沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第7号
- 発言数
- 139 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1992/05/12
会議録
○井上委員長 これより会議を開きます。 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。仲村正治君。
○仲村委員 さきに通告をいたしました問題について質問をいたしたいと思います。 御承知のように、沖縄県は三日後の五月十五日に復帰二十周年を迎えるところでございます。このときに当たり、私は沖縄県民の一人としてこの二十年間を振り返り、戦中戦後の苦難の歴史を思い起こし、そしてその中からから取った県民の悲願の異民族支配からの脱却を果たしたときのあの欣喜雀躍の喜び、そしてこの二十年間がむしゃらに戦中戦後に打ち砕かれた県民の生活基盤整備に全精魂を傾注し続けてきた県民の足跡を思うとき、ただただ感慨深きものを覚えるばかりでございます。 去る大戦で全国唯一の地上戦が行われ、地獄の修羅場を見るような日米間の熾烈な戦いは沖縄県全土を焦土と化し、多くの人命から県民の財産に至るまで凄惨壮絶な悲惨な戦禍をこうむり、国破れて山河ありと言いますが、アメリカの戦争記録からいたしますと、沖縄戦では米軍が撃ち込んだ砲弾は三千六百万発だと言われております。そうすると、当時約五十万人ですから県民一人当たり七十五発の砲弾の標的にされた、こういうことでございます。そういうことで、沖縄県の中南部は地肌はすべてもぎ取られ一木一草に至るまで焼き払われ、国破れて山河ありどころではありませんでした。県民は折り重なる死体を乗り越えて、ようやく戦火がおさまったとき瓦れきの焼け野が原に茫然自失、立ちすくんでいたのでございました。 そして、そういう中で県民に待ち受けていたのは平和ではなくて、本土から行政権は分離され、軍事優先、民生不在の弾圧的な異民族支配の占領政策でありました。しかも、それが四半世紀以上の二十七年間も続いたのであります。 そのような苦渋、苦難の歴史に耐えて昭和四十七年五月十五日、悲願の祖国復帰を果たしたものの、戦中戦後に発生した犠牲や格差、そして制度上から発生したひずみ、これは実に惨たんたる状態でございました。政府は復帰後のこの二十年間、戦中戦後のこれらの犠牲や格差やひずみを償い、また是正するために懸命な努力を続けてこられましたことは、現に二十年間の成果として明確にあらわれておりますし、その点は高く評価もし感謝もしているところであります。しかし、戦後四十七年、復帰二十年を迎える今日なお多くの戦中戦後の未解決の補償やひずみや格差の是正が存。存していることは極めて遺憾なことであり、県民の大きな不満であり、また政府に対する不信感であることもまた事実であります。 厚生年金もその一つでありまして、厚生年金の格差是正については繰り返し繰り返し当委員会でも訴え続けてきているところでございますが、今日いまだにその解決を見ておりません。まことに残念でたまりません。宮澤総理は三月十二日の本委員会において、この厚生年金の問題は法律的には非常に厳しい問題であるけれども、高度な政治レベルの問題として考えなければならないと御答弁をなされております。さらにまた、四月二十一日に沖特委理事全員で総理官邸でお会いいたしておりますが、総理はこの問題解決について復帰二十周年のこの五月までには何らかの前進的なお答えを出せるものだと私たちは期待をいたしておったわけでありますが、三日後に迫った今日、またそのような状況ではないのでございます。 総理はそのときも高度の政治レベルとして考えなければならないだろう、こういう趣旨のお話があったわけでございますが、厚生省に対して総理から何らかの御指示があったものだと私は思いますけれども、これについて厚生省、どういう総理からの御指示があったのか、御説明をお願いしたいと思っております。
○加藤(栄)政府委員 四月二十一日の御要望に関しましては、総理の担当秘書官の方から厚生省及び沖縄開発庁に状況の御連絡がございます。その件につきまして現在、関係省庁間で検討を続けているところでございます。
○仲村委員 私はここで確認をしたいのでありますが、この厚生年金の格差が生じた原因は、本土から沖縄県が行政権分離をされてその制度適用が受けられなかったところに起因するものだと思います。これは明らかに政府の責任であるというふうに考えておりますけれども、これについて厚生省はどのような考え方を持っておるか御答弁をいただきたいと思います。
○加藤(栄)政府委員 沖縄の本土復帰は四十七年の五月でございますが、厚生年金制度について申しますならば、沖縄が米軍施政権下に入りまして、それから沖縄県の厚生年金保険が創設されます四十五年一月までの間は厚生年金の適用がないわけであります。これは米軍の施政権下に沖縄があったことによりまして、本土の厚生年金保険の適用は、これはいたし方なかったといいますかできなかったわけでございます。 それで、年金保険の仕組みといたしましては法律をさかのぼって適用するということは困難なことでございます。本土復帰のときにおきましてできるだけの対応措置を講ずる、法律を遡及して適用するという措置はできないのでそれにかわる措置といたしまして、中高齢者に対しまして老齢年金の定額部分について本土並みの水準とするという措置をとったわけでございまして、これは資格期間について特例措置を設けるということによって給付を確保するという考え方であります。さらに平成二年度から、厚生年金保険は定額部分とそれから報酬比例部分もございます。この報酬比例部分についても特例措置を行ったわけでございまして、これが平成二年度から平成六年度末までの間に申請を受け付けるということで現在実施中でございます。 政府といたしましては、そういうことで厚生年金保険の中で沖縄の特別な状況にも勘案いたしまして年金制度上とり得る最大限の措置を講じているところでありますので、御理解をいただきたいと思います。
○仲村委員 沖縄県がもし行政権分離をさせられていなければ、当然昭和二十九年制度発足と同時に関係者は年金に加入したであろうと思っておりますが、行政権分離のために、特に琉球政府では昭和四十五年にしか制度は発足しなかった。行政権分離がなければ当然昭和二十九年からこれは加入しておったわけです。それを行政権分離のために入ろうにも入れなかった。だからこれは、皆さんは先ほどから何だかんだ説明をしておりますけれどもそのよって立つ責任は国にある、こういうふうに私は申し上げたいのでありますが、これは違っておりますか。
○加藤(栄)政府委員 私は年金の担当でございますが、年金の仕組みといたしまして、そこの行政権分離によります影響をカバーするというのはこれがぎりぎりであるというふうに思っております。また、行政権の分離が生じたということにつきまして、それが年金制度の欠陥であるというわけでもないというふうに考えているわけでございます。
○仲村委員 そんなこじつけの答弁は許せないと思うのですよ。それは行政権分離がなければ当然二十九年から加入していたであろう、こういうことを考えると、その格差が生じたよって立つ原因は国にある、こういうふうに断定しても間違いないことだと思うのですよ。それを途中で措置をしたとかなんとか。この配慮については十分理解をしておりますよ。しかし根本の原因は行政権分離にあった、だとするとこれは国の責任である、国の責任においてこの格差の是正をしてもらわなくちゃならない、こういうふうに私は思うところであります。 そこで、五月十五日に沖縄県が祖国復帰した二十周年記念式典として、東京と沖縄県で同時にこの式典が行われます。これは私は一定の意義があると思いますけれども、ただしかし、一方においてこのような戦後処理が未解決のままにこの式典をするということについてはやはり不満と喜びが相半ばする、私はそのように非常に複雑な気持ちであります。私たちが四月二十一日に総理にお会いしたときには、これは法律上非常に厳しい問題ではあるけれども、さりとてこのまま放置するわけにはいかない、高度の政治レベルの問題として解決をしなければならない、こういうお話がございましたが、伊江大臣に対してこの問題について総理から何らかのお話があったかどうか、お尋ねをしたいと思っております。
○伊江国務大臣 私はそのいきさつをよく存じ上げておりますが、特に総理から私に対する御指示はございません。そういうことで所管の官庁でございます厚生省が今その問題を扱っているわけでございますが、私どもも沖縄の問題を広く面倒を見て差し上げなきゃならぬ立場にございますから、そういう意味においてはこれからいろいろ御相談があるだろうと思います。そういうことで対処したいと思います。そういうことでよろしゅうございますか。
○仲村委員 それじゃ伊江大臣のお考えをお聞きしたいのですが、伊江大臣も県出身でこの問題についてはもう十分御理解をいただいているものだと思いますが、この格差の存在というものを未解決のままでいいのか。特に私たちは、戦後四十七年、復帰二十年もたった今日そういった戦中戦後に起こった問題を放置したまま何が復帰二十年か、復帰二十周年記念式典かと言いたいぐらい先ほど申し上げたように喜びと不満が相半ばする状態だ。それについて伊江大臣の御決意をひとつお聞かせをいただきたい、こういうふうに考えているところでございます。
○伊江国務大臣 私も当委員会におきまして申し上げてまいりましたとおり、心情的にはもう本当に耐えられないような気持ちでございます。しかし制度でありますし、法律制度でございますし、実定法上の立場からは、もしも政治的な中断というものがなかりせばというその仮定のもしということがこの制度に許されないところに、私がこの委員会で申し上げましたように実定法上はなじまない、しかし心情的にどうしても立場上その問題についてのある程度の対応をしなきゃならぬなあというところから、私はあえて政治的な配慮の領域において対処しなきゃならぬ問題だ、こういうふうにお答えしてまいった次第でございますし、今日におきましてもその気持ちは変わらないわけであります。 したがいまして、総理もおっしゃっております政治的配慮というものを、一体何によって政治的配慮の形をあらわすかという問題についてこれから所管の厚生省とは十分に協議してまいりたい、かように考えております。
○仲村委員 現実の問題としまして、同じ年齢で同じ期間働いた人たちが現に全国平均で厚生年金の受給月額は十三万八千円です。沖縄県は九万円しかもらっておりません。六五・三%ですよ。これは今、生活補助でさえ十三万円もらっているのですよ。それからしますともう生活補助以下の生活をしなければならぬ、実際問題としてそういうことになっているわけです。この現実を考えるとこれはやはり政治問題として解決をしていかなければならない、こういうふうに思うわけでありますが、この現実を伊江大臣はどのように受けとめておられるか。
○伊江国務大臣 いろいろ資料のとり方にもよりましょうけれども、本土の二十九年に改正された年金制度が施行されている後で沖縄の復帰が四十七年、その前に沖縄に適用された法律、厚生年金というのは四十五年、その間十六年間のブランクがある。それに基づいての格差が今先生御指摘の数字によってあらわれていると思います。これは確かに耐えられない大きな問題だろうと私は思います。 しかし、先ほど厚生省からもお答えのように、年金制度の持つ性格からいってこれを遡及してもとへ戻せというふうなことが果たして言えるのかどうかというところに、総理もおっしゃるように非常に難しいところがあるから政治的な領域の問題として沖縄の問題は考えなければいかぬだろうと思いますと。その指示を厚生省は受けて、これからいろいろとどういう形でもってこれを解決するかということについての取り組みをなさると思うのです。それには私どもももちろん参加させていただきまして知恵を絞っていこう、こういう段階でございますから、決してこの問題をほったらかしにしているということじゃないのだということは厚生省からのお話にもあったようでございますので、そのつもりで取り組んでまいりたいと思っております。
○仲村委員 これは私も、厚生年金会計からその格差部分を措置するということは非常に難しい問題であると思っているわけでありますが、それではその格差是正をどういうふうにするのか。いわゆる政治決着で、やはり一般会計の中で基金をつくるなりしてそれで対処していかなければならぬだろう、これは私の私見でありますけれども、そういう一つの方法というのも考えるべきじゃないかなというふうに思います。恐らく五月十四日までには何らかの形での厚生省からの答えが出るのじゃないかという情報も聞いているわけですが、その点については皆さんも作業をなさっておられると思います。その点についてどういう方法があるのか、皆さんとしての一定の目安というのですか、そういうのがあればひとつ厚生省の方からお答えをいただきたい、こういうふうに思っております。
○加藤(栄)政府委員 御存じのとおり、厚生年金の問題につきましてはぎりぎりの二度にわたる特例措置を講じたところでありまして、年金制度としては最大限とり得る措置を講じたところであります。この点は御理解いただきたいのであります。それ以外のところで何らかの措置を講ずるといたしましても、年金制度の基本的な仕組みへ影響をもたらすおそれがあるものもあるわけでございまして、軽々には判断はできないものというふうに私どもは考えております。 現在、関係省庁間で鋭意何らかの対応がないかどうか、何らかの対応があり得るのかどうかということで御相談、検討を続けているところでございますが、本日の段階におきましては統一された方向づけというものはまだ生まれておらないところでございますので、大変恐縮でございますが、そういうことで方向についてお答えするものを私として持ち合わせておりません。そういう状況であります。
○仲村委員 私は総理の、これは制度上非常に困難な問題ではあるけれども、さりとてこのまま放置するわけにはいかない、やはり高度の政治レベルで決着をしていかなくちゃならぬだろうというような御発言は非常に重いものがあると思っているのです。これは私が先ほど申し上げたように、やはり行政権分離によって生じたことは国の責任であるというふうにお考えになっていると私は思います。事務的な段階から今御説明がありますように年金制度の中では非常に難しいですよということであるけれども、よって立つ原因は行政権分離によって起こった、これはやはり国の責任である、そういうことから総理はあのような御発言をなされていることだと思っております。私は、これは無責任に総理はそのようなことをおっしゃるとは思いません。何らかの指示があって何らかの作業が進められていると思いますよ。それは今のような答弁では私は納得いかぬですよ。もう十四日に答えを出していただくということでありますので、大体こういう方向で今作業を進めているという程度の説明はできるのじゃないかと私は思いますよ。どうですか。
○加藤(栄)政府委員 現在、関係省庁間で検討を続けておりまして……(発言する者あり)
○井上委員長 速記をとめてください。 〔速記中止〕
○井上委員長 速記を起こしてください。 仲村君。
○仲村委員 先ほどの理事会で厚生大臣は二時五十分ごろお見えになるということですので、ぜひ、大臣がお見えになるまで少し中断をしたいと思いますが、よろしゅうございますか。
○井上委員長 速記をとめてください。 〔速記中止〕
○井上委員長 速記を起こしてください。 仲村正治君。
○仲村委員 厚生大臣は二時五十分にお見えになるということでございましたので、随分お待ちをしていたところでございます。 沖縄の厚生年金の格差是正の問題につきましては、あらゆる場所であらゆる角度からその是正の実現方について訴えてきたところでございますが、特にこの問題は行政権分離によって生じたことであるし、国の責任において解決をしてもらわなければならないという立場から私たちはそれを訴えているところでございます。この五月十五日に復帰二十周年を迎えるところでございますので、この時期に何としてもひとつ解決をしていただきたい、こういう考え方から質問をいたしたいと思います。 去る三月十二日の当委員会において宮澤総理は、この厚生年金格差是正の問題につきましては、制度上は非常に難しい問題であるけれども、さりとてこれを放置するわけにはいかない、高度の政治レベルで解決を図らなければならないだろう、こういう御答弁をなされたのであります。それを受けて、四月二十一日に沖特委の委員長を初め全理事が総理官邸に宮澤総理をお訪ねいたしまして、何としても五月十五日までにこの解決をしていただきたい、こういう申し入れをいたしましたところ、そのときの総理の御答弁も前の委員会と同じように、非常に難しい問題ではあるけれどもやはり政治決着を図るしかないだろう、こういうお話でございました。これに対して私たち沖特委の理事の方からは、何としてもひとつ五月十五日までにはその結論を出していただきたい、そういう要望を申し上げたところでございます。 そういう一連の総理の御発言からいたしまして、厚生大臣に対してもその是正方についての何らかの御指示があったものだと私は思っております。きょうの委員会でそのような前進した形の御答弁がいただけるものだと私たちは非常に期待をしておるところでございますので、それについて厚生大臣からお答えをいただきたい、こういうふうに考えているところでございます。
○山下国務大臣 この問題につきましては、皆様御承知のとおり過去二回にわたりまして改正をいたしまして、その二回目の改正を目下実施中であります。この二回の改正によって、年金制度としてできるだけのぎりぎりのところまで政府としては誠意を持ってやってきたつもりでございます。年金のみをもって、年金のみというのは語弊がありますが、この問題についてさらに年金制度でまた改正せよとおっしゃることにつきましては、なかなか容易ではないと率直に私は申し上げておきたいと思います。 しかしながら、総理に対していろいろ皆さん方からのお申し出もありました。したがってその辺は私も十分承知いたしておりますし、総理も大変心を痛めておりまして、関係方面に対して善処するようにという趣旨のお言葉があったように私も承っております。そこでその総理の意も体しながら、十五日が二十周年の記念式典の日であるということはもう私も十分承知をいたしておりますので、私といたしましては、この問題につきましてできるだけ何らかの方向を見出せるように、残された日にち最善の、最大の努力を払ってまいりたいと思います。
○仲村委員 先ほども申し上げましたように本日の委員会を開催した趣旨も、何らかの形での前向きのお答えがいただけるものだと大変大きな期待を持っていたところでありますが、今厚生大臣から精力的に前向きに何としても五月十五日までには結論を出したい、前進する答えを出したいというような誠意ある御答弁でございますので、私たちもそれに大きな期待を持ってそのお答えを待ちたいというふうに考えております。この問題が発生した原因はやはり行政権分離によって生じたことでありますので、ぜひひとつ国の責任においてこの問題の解決をしていただくようにお願いを申し上げまして、私の質問を終わりたいと思います。 どうもありがとうございました。
○井上委員長 川崎寛治君。
○川崎(寛)委員 私は、沖縄厚生年金の格差是正の問題一本に絞ってお尋ねをしたいと思います。 私と沖縄のかかわり合いというのは実は大変長いわけでありまして、六四年に第一回の社会党の調査団の事務局長で参りましてから五十回ぐらい行っておりますし、この制度の問題についてはいろいろ議論もいたしてまいっております。 それから、今の厚生大臣の御答弁というのは私は大変不満であります。本来なら内閣として答えてもらわなければなりませんから、宮澤総理にかわる人、それは官房長官に出てほしいという要請をいたしましたが官房長官が困難である、しかし山下厚生大臣は国務大臣である、こういうことでございますので、国務大臣として宮澤内閣の、つまり宮澤総理の発言というものをどう受けとめるかという形で私は詰めてまいりたいというふうに思います。なお、この問題は日米間の返還に至りますいろいろな交渉の経過もありますのでありますからそういう問題も踏まえましてお尋ねをしたい、こう思うのです。 そこで、まず厚生大臣にお尋ねしたいのですが、一九七〇年、昭和四十五年に、アメリカの施政権下にありましたが、沖縄で本土並みの厚生年金制度が入れられました。なぜできたのですか。大臣が答えなさいよ。
○加藤(栄)政府委員 ちょっと事務的に私の方から。 昭和四十五年に沖縄、当時の琉球政府におきまして琉球政府の厚生年金保険法を施行したわけでございます。これは琉球政府におかれまして、本土の福祉等の施策にできるだけ近づけるということで各種の社会保障立法について四十一年からかなりいろいろと御検討されまして、四十五年に琉球政府としての厚生年金保険法の成立に立ち至ったものでございます。
○川崎(寛)委員 そうしますと、今仲村委員からもいろいろお尋ねがございましたが、今日あります大きな格差は、つまり返還ということを前提に考えるならば一九七〇年、昭和四十五年の段階で本土並みとしてきたのであって、その前にどうしてさかのぼれないのか。つまり、この状況というものは労働者の責任でもない、また事業主の責任でもない、そう思いますよね。いいですか、労働者の責任でもなければ事業主の責任でもない、こう思いますが、いかがですか。
○加藤(栄)政府委員 沖縄におきまして年金制度の適用されなかった期間が生じだということは、先生おっしゃいますように事業者ないしは被保険者の責任ではないわけであります。それで復帰に際しまして……
○川崎(寛)委員 いや、そこまでだ。僕の聞いていることにお答えしてください。 そうしますと、要するに、今生まれておる格差というのは労働者の責任でもなければ事業主の責任でもない。じゃ、それはどこから生まれておるのか。つまり返還について言いますならば、一九六二年、ケネディ声明がありますね。ケネディ声明で返還します、しかしその間の本土と沖縄との間の格差、摩擦を少なくしなさい。読み上げましょうか。僕は、沖縄県保健医療福祉事業団が「本土復帰までの沖縄の社会保険のあゆみ」という大変立派なものを出しておりますが、これをずっと調べてみました。ケネディ声明もあります。後ほど触れますが佐藤・ジョンソン会談というのもありますね。このケネディ声明ではこう言っているのですよ。「将来沖縄が日本の施政権下に復帰することになる場合、それに伴う摩擦を最小限にするため、私はいくつかの特定措置をとるよう指令した」これを受けて、それならば本土では年金は既に昭和二十九年、五四年から始まっておる、復帰するならば当然そこに摩擦が出てくることは明らかなんです。じゃ、なぜそこからそれを埋めることをしなかったのですか。いかがですか。
○山下国務大臣 私も実は当時のことはそんなに詳しくございませんが、ただ、当時のことをさかのぼっていろいろ調べてみました結果、米国の占領下において、日本の法律は占領下の沖縄には及ばなかったということで、したがって年金法についても、沖縄においてこれを実施することは不可能である状態に米国の施政権というものが及んでおった、こういうふうに私どもは理解いたしております。
○川崎(寛)委員 それならば、米国の施政権下にあったからだめなんだ、行政分離があった、こういうわけですね。じゃ、労働者の責任でもなければ事業主の責任でもない、明らかに格差はある、この明らかにある格差をお認めになりますか。
○山下国務大臣 それは今申し上げましたように、米国の占領下においては年金制度が用いられなかったという点において今日格差が出てきておるということは私も承知いたしております。
○川崎(寛)委員 それはどこから生まれたのですか、そういう状況はどこから生まれたのですか。平和条約第三条でしょう。平和条約第三条というのは、御承知のように立法、司法、行政の一切の権利をアメリカが行使することを認めたわけですから、信託統治制度を提案するまでの間、アメリカが行政、立法、司法すべての権限あるいは一部を行使することを認めるというのが平和条約の第三条なんですから、そうしましたならば、分離されておったからこういう格差が生まれたのだというのであれば、平和条約第三条がその分離と格差というものを生んできた原因ですよね。そのことは間違いありませんね。お認めになりますか。
○山下国務大臣 そのとおりでございます。
○川崎(寛)委員 いいですか。そうしますと労働者の責任でない、事業主の責任でない、そして本土としては手がつかなかった、それは平和条約三条からきたんだ、こうなるわけでしょう。そこをお認めになった。そうしましたらそれをどう埋めるかということが問題です。この厚生年金制度では埋められない、こう言うんですね。納入なくして支払いなし、だからできないのですと。ところが、その法律はその期間沖縄に及ぼせなかったのでしょう。それを疎外しておったのは平和条約第三条だというのをお認めになったのでしょう。平和条約第三条だというのをお認めになった。そうしたら、その条約三条と本土の厚生年金法というものとのぶつかっているところをどう解決するかということが政治の課題じゃないのですか。いかがですか。
○山下国務大臣 納付がない者に支払いかないということは、原則はそのとおりでございます。したがいましてその間はずっと空白で来た、そして今おっしゃったように施政権が戻ってきた、その時点においていち早く年金制度というものを我が国の責任においてやるという制度をつくったわけでございますが、やはりあくまで納付とその支払いというものは密接な因果関係があるわけでございます。したがって、長い間掛けなかった、内地に比べて掛ける期間が短かった、その期間についての給付というものの差はやはり出てくると思うのでございますが、しかし今おっしゃったとおりそれはただ単に本人の責任ではなくて、戦争の後のそういうことに基づいてその差が生じておるからということで、政府といたしましては、何らかの是正をしなければならぬということで二回にわたってできるだけの是正をしてきたのでございます。
○川崎(寛)委員 期間短縮の問題じゃないんですよ。期間短縮はそれはでき得る、つまり本土の年金制度でやり得るその最小限の問題ですよ。しかし、今それでできないんですよ。できないから総理も、大変困難だけれども考えてくれ、こうきたわけだ。沖縄県民は日本国民ですね。間違いありませんか。
○山下国務大臣 もちろん、そのとおりであります。
○川崎(寛)委員 それでは、憲法十四条における法のもとの平等というものはどうなるのですか。
○山下国務大臣 それはもうそのとおりでありますが、その前に、今の年金制度によって掛けた金額とその納付を受ける金額との間の因果関係がやはりありますから、それができなかったという点においてやむを得なかった、しかしやむを得ないで済まされないから二回にわたってできるだけの措置をしてきた、こういうふうにお答え申し上げているわけであります。
○川崎(寛)委員 そこが違うんですよね。つまり、日本国民であるけれども憲法体制から疎外されておったわけなんです。憲法体制から疎外されておった。それを疎外しておったのは平和条約三条なんです。それをお認めになったわけだ。そうしますと、現行法体系の中で沖縄のそれを救えない、救えないということはお認めになった。そして憲法の上の法のもとの平等ということも条約三条ではじかれておる、疎外されておるということもお認めになった。そうしたらそこを埋める方法は、現行制度の中では納入がないからということで救えないのですから、それを救う方法を考えるのが政治ですよ。いかがですか。
○山下国務大臣 ですから、復帰後においてこの年金の法の趣旨からすればぎりぎりの限界まで二回にわたって改正をしたということを繰り返し申し上げているのであります。
○川崎(寛)委員 だから現行制度では救えないのですよ。救えないことをどう救うかということなんです。だから、それは宮澤総理が救いたいというのであれば救うという方針を決めなければいかぬわけです。 そこで、先ほどはケネディ声明を言いました。佐藤・ジョンソン会談が六七年の十一月ですよね。私はこの後も、当時この問題は予算委員会の第一巡で成田さんと一緒にやったことを記憶するのでありますけれども、本土との間の差別をなくすようにせい、摩擦を少なくせいというのであれば本土の制度につなげていくことをやらなければいかぬわけです。やっていないのですよ。ところが、六二年にケネディ声明が出た後、アメリカは独自の日本の法体系と違うアメリカの社会保険法を入れようとしたわけなんです。そのことは厚生省、認めますね。
○加藤(栄)政府委員 当時の記録によりますると、米政府の高等弁務官の方におきまして統合的な社会保障制度を立案しよう、そういう動きがあったというふうに承知しております。
○川崎(寛)委員 ケネディ声明で摩擦を少なくするようにしなさいと言っておったけれども、しかし実際には、一方ではそういうふうにしてアメリカ的な日本と違うものをやろうとしたわけですよ。だから私は、今できない、できないということではなくて、少なくとも六二年のそのケネディ声明を受けていくならば、本土の厚生年金なりあるいは年全体系全体の中で沖縄の国民に対する福祉関係の体系をつくっていくことをアメリカ側と交渉すべきだった。しかしアメリカ側の弁務官は実際には独自のものを入れようとしたりしたわけです。だからこれは本土政府の怠慢だ、私はこう思うのですよ。いかがですか。
○山下国務大臣 今日までのいきさつにつきましては、私よりも先生の方が沖縄との接触が非常に深かった先生だけにお詳しいと思いますが、私の知る限りにおいては、先ほどお答え申し上げましたように現行の法律でなし得るだけのぎりぎりのところまでやった、そのように私は伺っておりますし、政府当局からもそういう今日までの経緯については聞いておる次第でございます。これはもちろん国会でも通過をして今日までの制度として来たのでありますが、しかし考えてみると、今日の時点においてはこれでいいのかなという疑問が起きてくる、それは私もよくわかるのでございます。そこでもう一回これを何とかするようにみんなで努力しようじゃないかというのが皆さん方のお気持ちであろうと思うのであります。したがって、それがこの年金法だけでは解決がつかないのでどうしたらいいかということで、十五日までの残された期間に何とか努力をしなければというのが私の偽らざる気持ちであります。
○川崎(寛)委員 だから、本土の年金制度で救おうとしても救えないということはもう明らかなんですよ、それは期間短縮をどうするかこうするかということで終わるわけなんですから。しかし、その間の差別、格差というのは明らかに平和条約三条で生まれておったのだ、こうなれば、あえて言えばそこのところは国家の責任、政府の責任、本土国民の責任。そうすると、本土の国民と沖縄の県民がどう連帯するかということが今の問題なんですよ。そうでしょう。どう連帯するか。そうすると本土側がどう救うかということは政府の責任だ。つまり、私は技術論を聞いているのじゃないのですよ。平和条約三条からくる沖縄の疎外されておったその格差というものをどう救うか、どうなくすかという方針を明確にすればよろしいのですよ。 これは厚生大臣として厚生年金法を守る立場ではできないのですよ。だからきょうは内閣を代表する人に、総理か官房長官に来てほしい、こう言ったのだが官房長官が来られないというのですから、それであれば国務大臣であるあなたが総理の言葉を受けて、平和条約三条によって差別されておった、奪われておった沖縄県民の権益をどう回復するかという宮澤内閣としての方針をお示しください、こう言っているのです。
○山下国務大臣 先生もおっしゃっているとおり、現在の年金制度においてはこれ以上のことはできないということはおわかりだと思います。したがって、年金という法の枠内で処理できないから超法規的なことでどういうことをなし得るかということを、先生方からもいろいろと私に対しておしかりもいただきましたし、十五日という期限も迫っている、あと数日の間にどういう解決の方法があるかということを私も今、日夜頭を痛めておる段階であるということを申し上げておるのであります。
○川崎(寛)委員 ドイツの場合も、ザールラントは国境がいつも動くわけですよね。五九年にザールラントの復帰協定というのをやった。それでドイツ社会保険法の中に吸収したわけですよ。そういうふうにしてドイツでは救っているわけです。 日本の場合には、要するに問題は納入なくして支払いなしという原則がある。そこのところがヨーロッパの法体系とまた違う点も出てまいりますけれども、しかしそこには社会連帯の原則というのがあるわけなんです。どうして連帯をしていくか、どうして救うかという立場でいくならば、私は年金制度ではなくて、つまり格差をなくすという基本方針さえ決めれば、財源の組み方、支払いの方法、それは技術論なんですよ。そうでしょう。そうしましたら、その格差をなくす、平和条約三条のもとでこうむってきたその損害に対しては政府の責任において解決しますという方針をお示しください。
○山下国務大臣 先ほどから繰り返し申し上げておりますように、事は年金の問題でございます。この年金の制度、法的な制度の中で解決がつけられれば文句ないわけでございますが、これはなかなかつかないということは先生方も御承知のとおりでございます。したがって、言うなれば超法規的な方法でもって解決しなければならぬというところに私も大変苦労をいたしておるわけでございますし、あと数日しかございませんが、先ほどから官房長官の話も出ました。これは厚生大臣一人ではなくて関係する他の大臣その他もいらっしゃいますから、この残された日にち、また総理もこのことに非常に頭を痛めておられます。したがって、総理の意も体しながら……(発言する者あり)いや、総理も頭を痛めておられますし、関係する大臣も多数いるということでございますから、あと数日の間に何らかの方向を見出したいということで現在努力をいたしておる、このように申し上げる以外にはないと思います。
○川崎(寛)委員 だから、今あなたにお尋ねするのは二つの性格で聞くわけですよね。一つは厚生大臣として、一つは国務大臣として、そういう立場でお尋ねするわけですよ。そうしましたら厚生大臣として年金制度の中では救えない、こう言われるわけですから、それならば救えないなら内閣全体でどうするか。内閣全体は救う、格差を是正するという意思があるのですかどうですか。超法規的云々と言うのだけれども、結局そこの部分については、私は特別立法でやる以外にないと思います。だから、年金制度を壊さない、つまり復帰によって沖縄を含むことによって現行の年金制度を破壊をするというのであれば、そこの平和条約三条で奪われているところはこれは政治的に解決をする。ザールラントもザールラント年金法、こういうことでやっているわけですが、沖縄年金法という形で政府自身がそのことをきちっとするということについて、今度は国務大臣として、つまり厚生大臣の立場ではできません。だから宮澤内閣全体でこの問題を政治的に解決しましょうという立場にあなたは立つかどうかということです。
○山下国務大臣 先ほどからも申し上げましたように、国務大臣の長でございます、また行政官庁の長でもございます、行政大臣の長でもございます総理大臣にもこの問題はお話し申し上げたのでありまして、総理もいたくこのことは心配しておられるということは申し上げたとおりであります。 そこで、今おっしゃったように私も厚生大臣という行政の長としての立場と国務大臣の一人という二つの立場があります。先生御指摘のとおり行政大臣、厚生大臣としてならば、これは年金法によって何とか片をつけるべき立場にあるのでございますが、なかなかそれが片がつかない、はっきり申し上げて。そこで国務大臣としてどうだとおっしゃいますから、そこは私もよくわかるのでございますが、国務大臣としてそれはわかるのでございますけれども、やはり年金に関する限り私が行政上の責任ある立場でございますから、私は私なりにこれは私が中心になって何とかしなければならぬ、それは私も責任があるわけでございますから、そういう立場で今苦慮をいたしているところであります。
○川崎(寛)委員 いや、だから繰り返すようですけれども、年金制度の中では吸収できぬ、救済できぬ、厚生大臣としてそういう考え方ですね。そうしましたらそれ以外の方法で解決する以外にない。細かな技術論でなくてまず基本方針ですよ。この復帰二十年を前にして本土としてどうすべきか、日本政府としてどうすべきか、国会としてどうすべきか。今国会として、立法、司法、行政の中の最高の議決機関としての国会でどういう方針を出すべきかということを議論をしておるわけでありますから、お尋ねじゃないわけですよ。 そこで、厚生大臣として年金制度を預かる立場からはできない、であるならばそれ以外の立場で内閣としてやる以外にない。この点はいいですね。
○山下国務大臣 おっしゃることは私もよくわかりますよ。ただ、二十一人の国務大臣がいますけれども、この問題はやはりその中の行政上の担当は厚生大臣でありますから、国務大臣という立場においてもとにかく私が中心になって何らかの方策を見つけ、そしてそのことを国務大臣の皆さん方にお諮りするというのが順序でなければ、二十一名の国務大臣の席でもって皆さんどうしましょうかと言ったって、もう残りの日にち少ないのになかなかそれは結論が出るものじゃない。そういう意味におきましては、国務大臣と厚生大臣という二枚鑑札という言葉はよくないかもしれませんが、そういう行政の上では私に責任があるわけでございますから、まず国務大臣の皆さんに諮る前には私がそういう立場において原案はつくるべきだ、そういう責任感を私は感じている次第であります。
○川崎(寛)委員 だから、そうなりますとあなたではだめだったということになるのですよ。せめて加藤官房長官に来てもらって、内閣の番頭として総理の発言を受けたお答えというか方針をここで聞かなければならなかったんだなということを痛感するわけです。だからそれはいけないんです。年金制度の中で考えるということをまた考えているのですか、そこはできないんですね。
○山下国務大臣 年金制度の担当大臣ではありますけれども、国務大臣として、さらに年金の担当大臣の二つの立場から、年金以外に何らかの方法はないかということはやはり私が中心になって考えるべきである、そのような責任感を私は持っているということを申し上げたのであります。
○川崎(寛)委員 それならば、平和条約第三条で疎外をされておる、こうむっておる損失、それに対しては政府に埋める責任があるということをお認めになりますね。
○山下国務大臣 現政府に責任があるかないかということは私は別問題であろうと思います。それは当時の状況からしてどうしてもできなかった、復帰した後に二回にわたって法を改正した、これは国会の議決を得て改正したのでありますから、それを今日今の内閣の責任だとおっしゃるのはちょっと私もよくわかりません。
○川崎(寛)委員 そうじゃない。復帰二十年を前にして今宮澤内閣が当面しているわけですよ。宮澤内閣が当面しているわけです。私は、六二年のケネディ声明であるとか、あるいは六七年の佐藤・ジョンソン会談であるとか、そういうものを受けた後のことについては問わないのですよ。といいますのは、復帰したのは七二年の五月十五日でございますけれども、いよいよ二十年目が来るわけですが、復帰をした後アメリカのニクソン教書はこの復帰に対して、復帰は本意でなかった、しかし力関係が変わったんだ、こう言っているのです、外交教書では。どういうことを言っているか。要するに力関係が変わったというのは二つあったわけです。一つは、アジアにおけるベトナム戦争なり何なりの大きな変化があるわけでありますから、そういうアジアの情勢が一つ。それから問題は、沖縄の現地は即時無条件全面返還で憲法体制のもとに返してくれという要求だったわけでありますから、そういう大きな二つのうねりの中で、アメリカとして基地機能を確保するためには施政権を返す以外に方法がなかった。だから返したわけですよ。そういう経過があるわけです。 そうしますと、その中でずっと六二年のケネディの返還という声明以後、本土政府は、本土との間の福祉の格差をなくせということを向こうが言っておるのだけれども施政権分離、行政分離だからできなかったんだ、こう言っておりますが、私はそれは非常に受け身だと思うのですね。政府の受け身の姿勢であった。当然復帰をしたときに年金問題、社会保険関係、そういうものは、本土の制度がどんどん進んでいるのですから本土の制度をにらみながら進めていかなきゃならなかった。だから、その点については平和条約三条で疎外をされて抑えられておりましたけれども、そこのところは非常におくれたという点はお認めになりますか。
○加藤(栄)政府委員 琉球政府におかれましても種々検討されて各般の社会保障立法を逐次なさったわけでありますし、また私どもの方で記録を見ますと、琉球政府において厚生年金制度の創設に向けて本格的な作業が開始されたのが昭和四十一年というふうに承知しております。制度の創設までの間におきましては、琉球政府に対しまして厚生省の担当者も出向きまして技術的な助言を行っているわけでございますが、基本的には琉球政府御自身の政策判断もあり、年金制度の整備を行っていったというふうに承知しております。
○川崎(寛)委員 琉球政府の責任にしておりますけれども、本土政府としてそれはいけないのですよ。ケネディも言っておりますように、将来沖縄が日本の施政権下に復帰することになる場合、それに伴う摩擦を最小限にするため命令した、こう言っておるのですね。摩擦が一番出るのは人間関係でしょう。個人個人でしょう。それは年金であり福祉であり健康保険制度である。そういうぎりぎりのところの問題なんです。だから、それについてそれは琉球政府の問題ですという言い方は、私は本土政府としては責任を転嫁しておる、こう思います。だからそれをまともに受けていくならば、アメリカ側が別組織もやろうとしたりするということに対しては当然あれだし、五四年、二十九年からの本土の制度に合わせていくことを本土政府としては当然アメリカ側に対して要求をし、やっていくべきだった。ところが、平和条約第三条による施政権というものは絶対的なものだ、絶対権限だ、触れられないのだ、そういう形で琉球支配、沖縄支配というものを認めてきたからこういう形の大変いびつな問題が生まれてきているわけです。 そこで、私はこの問題に絞りますのであとは上原委員に譲りますけれども、再度、宮澤内閣としては、年金制度の中で救えないならば平和条約三条からこうむっておるその損失、損害に対してはあくまでも本土政府の責任において格差を埋めますと、格差を埋めるとは言い切らぬかもわからぬが、埋めたいという基本方針をお述べいただきたいと思うのです。
○山下国務大臣 御趣旨はもう十分私も理解をいたしておりますが、先ほどから申し上げておりますように、少なくとも年金制度としては過去二回の改正によってぎりぎりのところまで来ている。(川崎(寛)委員「そこに返ったらだめだ」と呼ぶ)いや、ですから、これからはさらに私どもとしては総理の意も体しながら、残された日にちにどういう方法があるのかということを、ひとつ方向づけをはっきりとさせたいなということで今努力をしていることを重ねて申し上げている次第でございます。
○川崎(寛)委員 憲法の四十一条は、国会は国権の最高機関だ、唯一の立法機関だ、こうなっているのですよ。ただ、あと残された日にちにあなた方は内閣としてというつもりでしょうけれども、行政府としてそれをするなら国会に語らなければいかぬ。国会を通して沖縄県民に、日本国民にはっきりさせるべきなんです。何ですか、今の姿勢は。
○山下国務大臣 私はそういうつもりで申し上げたのではございません。先生のおっしゃるとおり国会は最高の立法機関でございますから、立法機関というのは法の建前でございますから、ですから現在の法律ではぎりぎりのところまで来ているから、その法を乗り越えてでも、何か沖縄の方々に超法規的でも何でもとにかくなす方法はないかということを今私が非常に苦心をしているということを申し上げたのであります。
○川崎(寛)委員 だからそれは政府として、沖縄年金法というか名称は別として何らかのものをせざるを得ないということを言っておる。それは立法措置になるのか、私は沖縄返還の特別措置法の政令改正ではこれはいじれないと思っております。だから政府がやらぬと言うなら、井上特別委員長に私はお願いしたいのですが、議会として、当委員会として、その問題を政府がやらぬと言うなら私は議員立法でやるべきだ、こう思います。委員長、どうですか。
○井上委員長 川崎委員の委員長に対する御意見については、次回理事会において理事各位にお諮りをし、御協議をさせていただきます。
○川崎(寛)委員 最後に。厚生大臣も大変苦しい立場でいろいろとお述べになっております。しかし二十年ですから、二十年の重みを考えますと、やはり厚生年金法の格差を是正するということについては本土の責任だと思います。ですから今言いましたが、超法規、超法規と言うけれども法律でやればいいのですよ、法律で。超法規じゃないのですよ。憲法と平和条約三条と年金法というそういうものの間でぶつかっておる問題ですから、そのぶつかり合っている問題をどう解決していくかというのが課題なんですから。そうしますと超法規というふうな問題ではなくて法律事項でやれることなんですから、私はやるべきだ。そして、どうしても政府がやらぬと言うならこれは議員立法でもやるべき課題だ、こういうふうに思っておりますから、そのことを強く要望いたしまして、私の質問は終わりたいと思います。
○井上委員長 上原康助君。
○上原委員 ちょっと厚生大臣が十分間ぐらい席を外しますので、流れが少し狂うのだが、やむを得ません。 そこで、厚生省事務当局おりますので一点確かめておきたいのですが、今も川崎先生と山下厚生大臣の方といろいろやりとりがありましたが、これは余り難しい理屈、理論の話じゃないのですよね。過去二回特例措置をやった、ぎりぎりのことをやったのだが、ではどうしてたくさん不満があるのですか。ぎりぎりの措置をやったけれども、厚生年金該当者約十五万三千名あるいは五千名とも言われている、現に今厚生年金を受給しておられる皆さんが三万三千から五千、三万数千名いらっしゃる、その皆さんが不満を持っているからしょっちゅうこういうことになるわけでしょう。だからぎりぎりのことをあなた方はやらなかったわけだ、結果的には。二回の特例措置をやったということにこだわるとこの問題は前進しない。それは事務当局もしっかり踏まえて作業をやっていただきたいということを注文しておきます。 それともう一点。きょうは川崎先生が大分やりましたので僕はそう多くはこの件では言いません。この間我々が総理大臣に会ったときに、なかなか難しい問題ではあるが、沖縄の厚生年金関係者あるいは党派を超えてこの問題については非常に関心を持ち、復帰二十年の重大な歴史の節目に当たってみんなが熱を上げて一生懸命汗をかいているときに何とかしたい、しなければいかないという気持ちはわかるので十五日までに何とかしたいということを、もちろんそれははっきり解決策をお示しになるとまでは言わなかったけれども、次の機会には何かもっといいことを言いたいというふうにおっしゃった。それを受けて理事会でこの間確かめたら、厚生省は十四日までに総理大臣に何らかの報告をやるということを言っていたのです。その作業は進んでいるわけですね。その点は確かめておきたい。
○加藤(栄)政府委員 総理に対する御要望は認識しておりますので、私どもとしましては、その意を体しまして可及的速やかに何らかの対応を探しまして、今せっかく努力をしているところでございます。
○上原委員 ですから、そんな遠慮遠慮言わないでもっと自信を持って言ってもらったらいいのです。十四日までにその何らかの方法を探して総理にこういう考えですということをお示しになる、そういうことで今皆さん努力をしておられる、こう理解していいですね。
○加藤(栄)政府委員 私どもといたしましては、御要望を受けとめまして、先生がおっしゃるように精いっぱいの努力をしているというところでございます。
○上原委員 そこで、超法規的とか何らかの改善策とかいろいろな表現があるわけですが、それはそれなりに、漠としている面もあるけれどもとにかく何とかしたいということだけはわかる。 ここで問題点を少し申し上げておきたいわけですが、あるいは二十九年という遡及とか追納とかいうのがどうのこうのいう話もあるのだが、それは別として、これは十六年間のブランクを埋めないと解決策、改善策になりませんよ。それを残したままではだめなんだ。付加給付方式とか、あるいはうるさいやつばらがいるから少し色を見せてやったらどうかという話をした人も何かいるようですが、その程度の不満と思ったら大間違いですよ、これは伊江長官も関係者もよく聞いておいていただきたいのだが。しあさって沖縄復帰二十年の式典を東京でも沖縄でもやろうとするのでしょう。この期に及んで委員会でこんな話をしなければならないということが私は本当に申しわけなく思うのだね。本来ならこれは政府の責任においてとっくに解決をしておくべきことだったはずなんです。そのことを今沖縄の県民はなぜこの程度のこともやってくれないかということで、きのうもたくさん上がっていらっしゃる。我々も一生懸命汗をかいている。だから、これは制度の問題とか保険は掛けてないから出した分しかもらえぬとか、そんなことじゃないんだよ。まさに平和条約第三条からきた沖縄の施政権を分断したゆえにこういう結果になっているわけだから、それを改めるのはやはり政治の責任なんだよ。それを、ぜひ理解をしておいていただきたい。だから、付加給付方式とかどんぶり勘定方式というのは絶対だめ。こんなことをしたらますます関係者に不平等、不公正、不満が出ますよ。この点は私は強く念を押しておく。 ですから大事な点は、あくまでも年金を受給しておられる個々の該当者が受ける年金額が是正されることが基本でなければいかぬということですね。これからまた受けるであろう方々の年金が、本土で同じ期間AならAの会社に勤めて同じ給与をもらっておるのと差が出ないようにするのがこの格差是正の基本なんですよ。ここの根本的なことを見失ってというか見過ごして、ただ色をつけて、この間一、二回高齢特例措置をやった程度のことでお茶を濁すということでは断じてならない。この点については事務当局もしっかり踏まえておいていただきたいし、伊江長官の決意を聞いておきましょう。
○伊江国務大臣 先ほども厚生大臣がお答えになりましたように、要するに、行政の領域では解決つかないから政治の領域である程度の解決を出そうというふうに取っ組んでおられますから、これは私も閣僚の一員としまして御協力申し上げていきたい。先生の御指摘のとおりだと思います。
○上原委員 だから、御指摘のとおりがそういう中身で改善すればいいのだが、あなたの言うことは当たっているけれども結果は違ったということでは困る。これは厚生省も加藤局長初めみんな大変苦労しておられるとは思うのだが、私の言っていることはわかりますね。個々の年金受給者の皆さんの格差を是正しなさい、これから定年になって年金を受ける側の皆さんに格差が生ずる可能性がある。その分をやりなさいというわけだから、年金制度の中で何か考えてあげようといったってこれは個々の皆さんにはちっともプラスにならないんだ。この基本は人間個人個人が対象であるということでやらないとこれは改善になりませんよ、それを私強く言っている。何らかの措置をやりたいというわけだから、何らかの措置はやってみたけれどもまた引きずるようではだめなんだよ。そこいらの点は理屈、理論はみんなわかっている。
○加藤(栄)政府委員 具体的な検討を行うに当たりましては、各般の御意見を伺いながら検討してまいりたいというふうに思っております。
○上原委員 山下大臣、きょうはどうもお忙しい中、また原爆被爆者の皆さんの御要請もあったようで御苦労さんです。この件ではもう何回か御要請も申し上げ、またいろいろお願いもしてきましたので、私の言わんとすることもおわかりだと思いますからそう多くは触れません。きょうは川崎先生とのやりとりで最初のころはどうなるかなとちょっと心配したのですが、さすがベテランの川崎さんの御質問にだんだん乗ってこられて、ある程度方向性というものが出てくるのかなと、まだそれほど安心はしておりませんが。 そこで、今も事務当局にも伊江長官にも注文をつけてあるのですが、これまで高齢者特例で二回おやりになった、制度のぎりぎりでやった、これは是としますよ。一応努力は私たちも評価します。だが、二回やってもなおたくさん不満があるからこれはしょっちゅうこういう取り上げ方をするし、多くの沖縄関係者の皆さんもまた要請、陳情をなさるわけですね。それでは足りないというか不十分なんですよ。 だから、これは四十五年の沖縄のスタート、二十九年と仮定してこの十六年のブランクを、加入期間を対等にしないと改善しないわけです。是正にならないわけですよ。その基本は何とか御理解いただかないと困る。だから、四十五年からは普通の年金制度、四十五年から二十九年のこの期間は付加給付とかなんとかいう形でやってみたって該当者の個人個人の是正になりませんよということを私は今申し上げているので、そこはしっかり押さえておいていただきたいと思います。あくまでも私たちが主張してお願いをしているのは、お願いというよりもやるべきだと考えているスタンス、基本姿勢は、個々の厚生年金受給者の皆さんの受ける額が、大和で働いている、本土で働いている同僚の皆さんの年金受給と同じ期間働いて同じ給与でやめた場合には同等になるような改善をしなさいということなんです。そのほかにもいろいろありますよ、附帯事項は。これは遺族年金の問題もいろいろ関連するでしょう。そこまで言うとますますあなた方びびってしまっても困るからそれはともかく、基本はそこをしっかりやっていただきたいということがこれの根本です。 その点について大臣の所見をお伺いしたいということと、今超法規的とかいろいろありましたが、総理も大変熱意を示されていることは、私は総理大臣にもう三回お会いしましたのでわかります。そこで、先ほど来お答えがありましたように、十五日というときょうは十二日ですからあと正味三日しかない。十四日までには厚生省の一定の考え方をお示しをするということを本委員会の委員長にお答えをしているわけですから、これを我々は重く受けとめている回そういうことですので、私が今指摘をしたようなことを含めて厚生年金の格差是正ということについて、これは厚生大臣が中心になってまとめていただかないといかない問題ではあるのです。あなたがもうこれ以上できませんと言ったらこれはやらないですよ。伊江長官がどんなに頑張ってもやらないかもしれない。総理大臣と厚生大臣と伊江長官等が中心でしょうね、何といっても。十五日までに何らかの方向性をお示しになるというのが先ほどの川崎先生へのお答えですね。
○山下国務大臣 先ほど川崎先生の御質問に対してもお答えしましたとおり、上原先生も総理大臣室に「衆議院の沖縄及び北方問題に関する特別委員会を代表して要請する」というこれをお持ちになりまして、この中にも「本問題の解決について、現行年金制度による対応は極めて困難である」ということが書いてございますし、これは皆さん一致した御見解であろうと思うのでございます。 そこで、年金に基づく問題が年金法という現在の制度において解決できないとすれば、法によらざる手段というのは何があるのか、極端に言うとそういうところに飛躍しないとは限りません。しかしいろいろみんなで模索し、いろいろ知恵を出し合ううちに何とか方法があるのではなかろうかというのが日夜私どもが努力している今日の態度でございまして、伊江大臣も沖縄の出身でございますし、また沖縄開発庁長官というお立場で私以上に御心配でございます。そこで今申し上げましたように、年金法というよりもむしろ年金制度自体はこれ以上やれませんということでございますから、超法規的に何かあるのかなということ以外にないし、また総理のお気持ちもわかりますし、残された日にちに何らかの方法を見出せるようにさらに努力をしてまいりたいと申し上げる以外にはないだろうと……。
○上原委員 確かに制度のスタートが違うし内容も異なっておったわけですから、その範囲内でやろうとすると難しいし、それはわかる。だが、是正をしなさいという中身は、私が先ほど来指摘をしておりますように、個々の年金受給者の方々が自分の受ける年金の額の差がなくなった、あるいは百点満点じゃなくても相当改善されたと実感できる中身の何らかの方法じゃないとこれは意味がないということを私は言っているのです。大臣のお気持ちもそういうことですね。
○山下国務大臣 現行制度においては年金の受給額に差があるということは、沖縄・北方問題に関する委員会の皆さんがお認めになっているところでございます。差があるということはお認めになっておると思うのでございます、そこで、それじゃそれを法規に照らしてどうするかというと、それは方法がない。これもお認めになっておる。そうすれば、年金法以外にどういう方法があるのかということをずっと私どもも検討してまいりまして、私も個人的にはいろいろ考えもありますけれども、これは関係の大臣やその他の方々とも協議をしながら最終的には腹を決めてかからなければならぬ問題だなと思っておりますが、まだ腹を決めるまでの私自身もいい方法を見出す自信が、私はまだ方策は決まっておりません。ですから今模索をしている段階と申し上げた方がいいかもしれませんが、ただ、時限的に十五日という期限があります、この記念日までにやろうとすれば。やろうとすればそういう期限がある。これは一つの大きな節目でございますからできればこれまでに、どうせ何か措置を講ずるならばこの節目までにやるのが一番いいということは私も百も承知でございますので、残された数日間さらに努力をしてまいりたいと思います。
○上原委員 お気持ちはわかります。また、初めて十五日までにという我々が要望したことについて、もちろん拙速でやってみたけれどもゼロ回答ということでも困る、さっきから言うように。私は二十年というこの時点でとっくに、とっくにと言ったらあれでしょうが、本来ならすっきりした形で沖縄県においても東京においても二十周年の記念式典を迎えるべきだったと思う、これ以外にもありますけれども。だが、そういうことを言い合っておってもいけませんから、おやりになりたいということもきょう両大臣からさらにありましたので、重ねて念を押すようで恐縮ですが、十四日に何らかの御回答をなさるという中身において、これは丸々こうしますということでないにしても、おおよそこういう方向で沖縄の厚生年金の格差是正については政府はこれこれしかじかなことをやっていく、県民の期待にこたえる。 これは本当に大違いですよ。こういう問題を残したまま、引きずったまま伊江大臣が沖縄へ行ってどんなスピーチをなさるか私は今から関心がある。宮澤さんが憲政記念館でどういうスピーチをなさるか。それ以前に、厚生大臣なら厚生大臣、官房長官なら官房長官、沖縄開発庁長官なら開発庁長官できょうここで議論されたこと、これは与党の先生方も同じようなことをおっしゃっていらっしゃるんじゃないですか。それだけの県民へのメッセージはお出しになる、こういうお気持ちだと理解していいですね。
○伊江国務大臣 とにかく私が今申し上げることは、厚生大臣が先ほどああいうふうにおっしゃっていることに御協力申し上げていく、こういうことであります。
○上原委員 ですから、厚生大臣にあなたは協力する立場、協力しようと言うから核になる厚生大臣の御見解を聞いておきますが、本当にそのぐらいのことはおやりにならないと困りますよ。式典が本当に湿っぽくなりますよ。それは政府もそういう気持ちではないと私は思う。梅雨空だが日差しもあるんだし、もう少しすかっとしたような県民へのメッセージを厚生大臣の責任においてなさいますね。
○山下国務大臣 繰り返し申し上げておりますように、法の中で処理できるならば私も行政の責任者としてそれはもう既に十五日を前にして私の腹も決まってなきゃなりませんが、法では解決がつかない、したがって法以外にどういう方法があるかということを今模索している。それには十五日、これを一つのめどとしてできればそうしたい、そういう気持ちも私もしっかり持っておりますから、さらに努力してまいりますと言う以外には申し上げようがないのでございます。
○上原委員 これ以上お尋ねしても、うるさいからもうやらないと言われても困るから、ひとつやってください。これはもう制度とか、一つクリアすれば今度はまた利子はどうするのとか企業負担を政府が見るのはおかしいとか、理屈をつければ幾らでもあるんです。そんな言い分になると我々だってたくさんまた言いたいことはあるが、そんな次元の低い話じゃないんだ。やはり沖縄が政権分断されたからなんだよ。アメリカの軍政下にあったゆえのこれは明らかに区別ですね。差別とまで言うときついが、差別、区別ですよ。県民の不利益ですよ。これを制度や法律でできなければ政治判断でやるのがこれがまさに政治じゃないですか。それぐらいの国力は日本はあるはずなんだよ。あなた方は復帰二十年をやろうと言うわけだからね。それもやらないと言うならまた我々もそのあれで考えましょう。絶対あきらめません、ネバー・ギブ・アップ。これは政府がやるべき。そんなこともやらないようだったら、本当にもう開発庁も要らぬ、式典も要らぬです。そこを強く受けとめておいてください。 次に、時間がありませんので、ちょっと赤土問題で、これもやれば時間が長くなるんですが確かめておきたいのです。 前に私この問題を何回か取り上げて、九省庁で対策会議を持ちましたね。ちょっとその追及の手を緩めておくと全然らちが明かないんだよね。あれこれ多いものですから我々もなかなか大変なんです、時間がありませんから。これから梅雨どきに入るので気になっているんです。九〇年から取り上げてまいりまして、振興局長に何回か私のところにもおいでいただいていろいろ御相談もしたわけですが、赤土問題にかかわる連絡協調体制ということでこれは平成二年ですか、九省庁でいろいろ協議をやっているわけです。この協議機関というものは具体的にはどういう機能をしているのか、これまでどのような対策をしてきたのか。対策をしているのに雨が降るたびにもう海は真っ赤な涙を流している状況ですが、これまで対策をしてきたこと、これからどうするのか、お考えを聞いておきたいと思います。
○水谷政府委員 赤土問題につきましてはいろいろと御心配をいただいておりますが、ただいま御指摘ございました九省庁の連絡会議、委員の御示唆もございまして平成二年九月に設置したわけでございますが、それ以降全体会議あるいは個別会議等を持っておりますけれども、会議としましては六回持っております。ただ、私どもはこの九省庁の連絡会議を持つことによりましてお互いの意思疎通が大変うまくいくようになりまして、問題が出れば情報を交換し合うという体制になってきております。 それで、そういった会議を持った結果としてそれではどんなことが具体的に対策として実現しているのかというお尋ねでございますけれども、例えばよく問題にされます土地改良関係でございます。農林省で申し上げますと五点ほどあるのかと思います。 第一点は、沖縄におきます土地改良事業計画指針というものの運用を改善しまして、例えば圃場勾配、これは勾配がきつければきついほど赤土流出の危険性がございますので、そういった勾配を、全国は大体一四%ほどでございますけれども、沖縄はかつて八%であったものを現在三%ぐらいまで緩めてきておりまして、かつ四十メーター間隔ぐらいには畦畔を置く、あぜ道をつくるというようなことをやって運用指針を改善しておりますし、第二番目としましては、土地改良事業の実施計画、これは予算を実施する際に出すものでございますけれども、その実施計画の中には赤土対策を盛り込むようにということで具体的な対策を盛り込んで、それを私どもなりあるいは農林省でチェックをするシステムにいたしております。さらには、農林本省と総合事務局と県の農林部局との間で縦の連絡会議を重ねて持っております。さらに第四点としましては、県の土地改良事業計画指針の中で畑地の整備というところについての改定を行うとか、さらに平成四年度におきまして、これは水産庁の事業になりますが、一たん流出しまして海域に流れました赤土の堆積、そういったものについて除去をする手法等の勉強を始めているといったことが農林省関係でございます。 あと建設省、厚生省あるいは環境庁等もございますけれども、お尋ねによりましてお答えをさせていただきたいと思いますが、とりあえず……。
○上原委員 時間が来ましたので、きょうはハプニングもあって大分ずれ込んでこれ以上御迷惑をかけるわけにもまいりませんので。要するにまだ不十分なんですよ、言わんとするところは。施設庁も来てもらったのだが、これから雨季に入りますから、この九省庁の連絡会議の機能を生かして、そして沖縄県ともよく協議をして赤土対策をきちっとやるように強く要望しておきます。その点やりますね、協議機関を早目に持って。それだけお答えください。
○水谷政府委員 最大限の努力を払ってまいりたいと考えております。
○上原委員 終わります。
○井上委員長 玉城栄一君。
○玉城委員 さっきの議論の続きなんですけれども、十四日には政府の考え方が出るだろうということで、きょうは十二日ですから沖特委員会が開かれる、しかも厚生大臣あるいは沖縄開発庁長官も出席されるということですから、我々としては相当具体的な考え方というものが当然出てくると思って先ほどからお聞きしておったわけでありますが、結局、結論的には何にも具体的な問題が出ていない。いわゆる格差があることは認めると。さっき大臣は、超法規でどういうことを模索して出すかということでと言われた。結局、十五日が復帰の日、十四日にその結論を出す、きょうは十二日、この十二日の段階でいろいろな模索をしている、いろいろな方々の意見をこれから聞きます、こういうことですが、政府としては本当にやる気というものがないんじゃないかということを痛切に感じるわけですね。 沖縄の問題は、確かにこれ以外にもいろいろな超法規的な問題がたくさんあります。ですから厚生省がこの問題の考え方を出すということは一つのモデルケースといいますか、こういう考え方で沖縄の抱えるさまざまな問題、いわゆる現行法になじまない問題あるいはマラリアの問題、いろいろありますが、そういう問題もやれるんだなということを、その片りんでもきょうのこの委員会で聞けると思っていたわけですが、ごらんのとおりの状況であります。したがいまして、ちょっと基本的に、本当に沖縄の厚生年金の格差是正の問題について前進する回答が十四日に出るものですか、局長、お答えください。
○加藤(栄)政府委員 大変役人的な御回答かもしれませんけれども、私の段階では、残された日時を何らかのその対応の方向を見つけ出すということで関係省庁と懸命に協議いたしまして努力をする。今現に何かその対策を持っておれば今の段階でも申し上げられるわけでありますけれども、今は努力中でありますので、まあそういうところを申し上げる。最終的に決定されて何か持っておればもちろんお話しできるわけでありますが、それが今つくりつつあるといいますか、努力をしている、検討をしているという……(玉城委員「だから前進する考え方は出てくるわけですね、当然」と呼ぶ)その前進に向けて努力をしております。
○玉城委員 もうここまで大騒動させて、地元はきょうそれにすごく期待をしている中でまさかゼロ回答というものはないと思いますけれども、今の厚生年金の問題については地元ではそれだけ期待が大きいわけですからやはり前進をさせていく、一〇〇%回答まではちょっといかないかもしらぬが、せめて大きな前進をするという期待感は持っていいと思いますが、どうでしょうか。長官、お考え方を。
○伊江国務大臣 一生懸命やってまいりますから、どうぞこの辺の回答でお許し願いたいと思います。
○玉城委員 超法規とさっき大臣はおっしゃっていましたけれども、超法規というと一体何ですか。いわゆる総理の考えの政治的決着をつけたいというふうに理解しておいてよろしいですね、超法規ということは。
○加藤(栄)政府委員 年金法の枠内にとらわれないでという趣旨というふうに私は理解しております。
○玉城委員 もう一つ、十四日ということは政府の最終的な結論を出す日という意味ですか、それとも十四日は一つのめどだ、十五日があるからめどであって、あるいは事によってはもうしばらく時間を置いて結論を考えていくというふうに考えていいのですか。
○加藤(栄)政府委員 先ほど厚生大臣からも申し上げましたが、関係省庁と協力いたしまして、総理の意を体しながら十五日が記念の日であることは意識しているのでできる限りの努力をいたしたい、そういう趣旨でございます。
○玉城委員 では、そのとおり……。まあ十五日があるからあるいはということも考えられるお答えにはなるわけですね。ですからこれは議員立法という話もあります。うちの党の厚生部会のメンバーの方でも議員立法か何らかの形でやらなくちゃいかぬじゃないかという話もありますので、やはりその辺も厚生省は考えられながら、超法規、超法規ということでそれだけで突っ張っていって、出てくる答えは余り前進するものでないようなことがあったらこれは大変なことになりますので、その辺はよくお考えもいただきたいと思います。 それでは質問をかえます。 伊江大臣御存じのように、沖縄は米軍基地がたくさんあります。専用施設の七五%。これはいきさつから見ますと当時米軍は、象徴的な言葉でよく使っておりますけれども、米軍の戦車あるいはトラクターあるいは銃剣で県民の意思を無視した形で一方的に強制的に取り上げたという表現を使っております。私は当たらずといえども遠からずと思いますけれども、そういう形で土地を強制的に米軍が基地として取得した経緯があることは事実なんです。そういうことがあって、安保条約、地位協定、国内法の公用地暫定法とたくさんの法律で提供するという論理は制度としては非常に確立されている、確立といいましょうか、あります。しかし、提供された土地が返還される場合の制度というものはほとんどないのですね。だから、これから基地の返還という問題が具体的な形で出てきますので、返ってくる場合の制度というものは今きちっと国として確立しておく必要が絶対にあると思うのですが、いかがでしょうか。
○嶋口説明員 お答え申し上げます。 施設、区域の返還に伴いまして生ずる返還跡地の利用問題につきましては、返還予告期間が三十日ということであって短いという観点から、跡地利用をする上で多々問題があるという御指摘を受けていることは承知しております。私ども、この問題につきましていろいろ検討しておるわけでございますけれども、施設庁と申しましょうか、返還事務、提供事務を担当しております私どもといたしましては、返還される土地の面積、規模、返還に至る経緯、地権者の方々の御意向、その所在する自治体の皆様方の御意向等千差万別でありまして、これは一律に扱うというよりもむしろ個別具体的に、その事案の個性に応じてより適切な解決を見出していくということが最も現実的で実際的ではないかというふうに考えております。
○玉城委員 今のお話の中に返還の三十日前に予告ですか、これも非常におかしな話で、これ自体が問題なんです。何十年も基地として使っていてそれを返す場合にわずか一カ月の余裕しかない形で返す、こういうあり方そのものに非常に問題があるのです。これは民法上いろいろ問題があります。 ですから、そういうものを含めてちょっと防衛施設庁に伺いますが、ではそのやっていらっしゃる返還手続、制度とまではいっていない手続でどういうプロセスで返していくか。といいますのは、御存じのとおりこの土地は、未利用期間とか遊休期間がもう十年とか十八年とか二十年とか二十二年とか、こんな形で土地が遊休状態にあるのですよ。当然沖縄県は何としてでもこういうものを解決しなくちゃならない。さっきのプロセスの話をちょっとしてください。
○嶋口説明員 お答え申し上げます。 先ほど返還予告を三十日と申し上げましたが、この三十日前の予告をもって契約は解除されるという制度になっております。これは米側との合意によりまして、米側から四十日前に日本政府に対して返還するという通報が参ります。それを受けまして私どもいろいろな所要の手続をとりますので、これに十日間ぐらい要するということでございまして、それで三十日の予告ということになっております。 ただ、これは米側との合意に基づくものでありますので、これを変えるというのはなかなか難しいという事情がございます。したがいまして個別の返還に当たりましては、制度化しておりませんけれども、いろいろな形で地権者、自治体の方々に通報しているところでございます。さらに、やはりできるだけ前広に返還を通報できれば、地権者の方々また自治体の方々の跡地利用を検討する上で、また策定する上で確かに大きな質となるということでございますので、この三十日という制度自体を変えることは困難でございますけれども、運用上でできるだけ前広に、どの程度前広にやれるかどうか現在勉強しているところでございます。
○玉城委員 それでは大臣、我々もそうですが、沖縄県側も知事の名前で、ぜひ国としてそういう確立した制度を、返ってくる場合のいわゆる受け皿を制度的につくってほしいという要望を、沖縄開発庁あるいは外務省あるいは防衛施設庁に要綱をつくって送ってきているわけです。ですから私も申し上げたように、提供するという論理だけが先走ってきちっとされて返ってくる場合の受け皿がないというのは非常におかしいと思うのですが、どうでしょうか。
○伊江国務大臣 受け皿が全然ないというのはちょっと極端な御意見だと思うのでございますが、私は、いきなり三十日前に返すよと言って長年借りていた土地をその程度の予告で地主に返すというふうなのは、これは社会通常観念からいっては余り妥当ではない。しかし実態として見ますと、実際問題としては返す何カ月か前にやはり予告みたいなのがあるように聞いておるのです。予告と言いましても、どうも返しそうだよというふうなうわさも含めましてそういうものがあるというふうに聞いております。 現実問題としては、返してもらった後その複数の地権者の合意、どうやってコンセンサスをとりどういうふうに開発するのかというふうなことが決まるまでに相当の時間がかかる、また場合によっては虫食いの返還もあるということで非常にやりにくいためにこの開発がおくれて、地主は返してもらったけれども五年も十年も開発行為がおくれている、こういうふうな問題も例外的な話は随分聞かされております。しかし受け皿としては、やはり地主間の合意ができ、地籍がはっきりして、どういう目的のどういう工事をやり、あるいはどういう公共事業をやるかということに対してはいち早く開発庁としては対応ができるような仕組みが法律上もちゃんとできております。ですから先生のおっしゃるのは、今現実に十年以上もほったらかされているじゃないかという現実のある一定の地域をごらんいただいてのお言葉かと思いますが、これにはいろいろな問題がそこにあるのだということをやはり考えなければならぬ。だから一般的に申せば受け皿は十分に整えておる、こういうことは言えると思うのです。
○玉城委員 遊休化している土地はたくさんありまして、那覇市でも牧港住宅なんか二十二年も未利用な状態に置かれている。ですからこういうもろもろの問題を含めて沖縄県が要綱をつくって、何とかそういう制度を確立してもらいたいという要望をしているわけです。これは沖縄県ですよ。我々はそういう似たような法案を出していますけれども、そういうことについて長官、そういうのは必要ないんだ、これは外務省は外務省でやれ、防衛施設庁は防衛施設庁、また沖縄開発庁は余り関係ないというふうな形で果たして済むものかどうか、こういう返還が取りざたされてくる時代になってきますと。そういう点、どうお考えになりますか。
○伊江国務大臣 私は必要ないというふうなことを申し上げているのではなくて、現在の法律体制としては受け皿は十分に確保できている、ただその返し方の問題にいろいろ問題があるというふうな御指摘だと私は承るわけです。ですから、返し方の対応について改善すべきものがあるやなしやの問題が今の御指摘のことだと思うのでございまして、その点については私どもも今後の問題として、開発庁の仕事以上に施設庁の仕事の範囲に入るかと思いますけれども、よく相談していきたいと思っております。
○玉城委員 総合的に計画的に土地が有効に使われるように、そういう返し方をしてもらいたいという制度確立の要求を沖縄県としてもしております。これはぜひ必要だと思うのですよ。何らかの形でこれをしないとみんなばらばらで、外務省に行くとこれは沖縄開発庁じゃないですか、沖縄開発庁へ行くとこれは防衛施設庁だ、こういう三者たらい回しの状態が現実なんです。沖縄のあれだけ基地を抱えた中で果たしてそれでいいかどうか。しかも、さっき申し上げましたとおり、狭隘な沖縄県で土地を有効に早目に利用したいというのが当然あるわけです。それに対するいわゆる財政的な国の責任をきちっとするというものが当然必要だと思いますので、ぜひそういう方向でお考えをいただきたいと思います。 それで、防衛施設庁にいわゆるPCBについて。その後新聞を見ますとまた新しいのを米軍が発表して、PCB入りの変圧器が沖縄の米軍基地にあるということが報道されていますけれども、そのいきさつと、こういうものをどうするつもりであるのか、その辺をちょっと御説明いただきたいのです。
○石橋説明員 お答えいたします。 平成四年五月六日、米側から、提供施設整備により設置した変圧器のうち、キャンプ・コートニーで二基及び牧港補給地区で一基の計三基の変圧器にPCBが含まれているとり通報及びこれらを交換するようにとの要請がありました。当庁としては、米側から交換要請のあった変圧器三基については、事実確認のための分析調査を早急に実施するよう現地那覇防衛施設局に指示しており、近々調査を実施する予定になっております。 また、三基の交換要請と同時に、提供施設整備で沖縄の米軍基地に設置した変圧器の一部及び岩国基地の十三基以外の変圧器の一部について若干のPCBが含まれている可能性があるとの通報を受けております。当庁としては、今後、新たに通報のあった変圧器については順次調査を実施していくこととしております。
○玉城委員 そういう調査をする、それは当然防衛施設庁として沖縄の場合は米軍の基地内に入ってそれを確認するという作業、そして交換するなりそういう作業があるわけですね。私、非常に疑問に思うのは、たしか昭和五十一年に通産省令か何かで、いわゆるPCBというものは非常に毒性があるから製造あるいは使用等も禁止されているものです。これを防衛施設庁が米軍に提供したというのは六十一年ですか、そういうことが禁止された後で米軍に提供している。それで米軍は今回、日本政府が提供したこういうものを取り去ってくれとか持ち去ってくれとかいうことですが、そのときは防衛施設庁としてPCBが入っているということはわからなかったのですか。その辺がちょっとわからないのですが、その辺はどうでしょうか。
○石橋説明員 お答えいたします。 PCBについては、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律及び同施行令により、昭和四十九年からその製造及び使用は禁止されている、また電気設備に関する技術基準を定める通産省令で、昭和五十一年以降これを使用する機械器具の設置が禁止されているところでございます。したがって、昭和五十一年以降当庁で設置した変圧器の絶縁油に法令で禁じられているPCBが混入していることは通常考えられないところでございます。しかしながら、岩国飛行場に提供施設整備により設置した変圧器の一部にPCBが含まれていることが判明したことから、今後は変圧器の絶縁油にPCBが含まれていないことを確認するため、いわゆるPCB不合証明書等を提出させる等適切な措置を講じていきたいと思っております。
○玉城委員 余りよく聞こえないのですけれども、そういうことがあって、防衛施設庁としては日本人従業員の健康診断もやるやにきょうもお話があったのですが、その点をちょっと報告してください。
○上瀧説明員 お答えいたします。 在日米軍従業員の関係で言いますと、過去二回開催されました日米環境分科委員会などの場を通じまして米側から、有害物質の取扱業務に従事する在日米軍従業員については適切な保護具を着用し適切な監督のもとでそういう作業に従事している、また、キャンプ・マクトリアスにおける漏出PCB汚染土の除去作業には四名の日本人従業員が従事しましたけれども、適切な保護具を着用して適切な監督のもとで従事した、そういったことなどの説明がございました。しかしながら我々といたしましては、従業員の中にPCBとの関係で健康に不安を抱いているというような声もありますし、また全駐留軍労働組合からも健康診断を実施してくれという要望がございます。したがいまして、本年度、毎年実施している定期健康診断の実施時期がまた迫ってきておりますが、この定期健康診断の際に、PCB問題に従業員が抱いている不安感の除去という観点から、PCB関係の検査項目を追加して実施するということにしたわけでございます。
○玉城委員 健康診断も当然やっていただかなければいかぬ。これはどういう健康診断をされるのですか。対象は今お話ありましたけれども、健康診断の項目とかそういうのを説明してください。
○上瀧説明員 まず、対象者から御説明させていただきます。 これはPCBに関連すると思われる業務を行っている職種の者のうちで希望する者、また、その他過去に従事していたことがあるとかいった事由により希望される従業員の方、そういう方を対象と考えております。 また、定期健康診断に追加して実施すべき健康診断項目といたしましては、皮膚症状、肝障害等の既往歴の有無とか、食欲不振、脱力感等の自覚症状の有無とか、皮膚所見の有無といった検査、そしてもう一つは尿中のウロビリノーゲン検査という項目を考えでございます。これは、特定化学物質等障害予防規則という労働安全衛生法令に定めるPCB関係の検査項目でございます。
○玉城委員 PCBに関係しまして、けさのNHKのニュースだったと思いますけれども、母乳からもPCBが検出されたという報道もあった。こういうのは当然非常にショックを受けるわけです。厚生省としてはこのデータの発表についてはどういうふう、に思うのか、またどういう対策をとろうとするのかお伺いいたします。
○田中説明員 御説明申し上げます。 母乳中のPCB等の濃度に関しましては、これまでの調査研究により特に乳児の健康に影響する程度のものではないと考えております。 先生御指摘のコプラナPCB、本日報道された物質でございますけれども、これにつきましては、これまでコプラナPCBの分析技術が確立していなかったことから十分な知見の得られていない分野でございます。今後の課題として検討させていただきたいというふうに考えております。
○玉城委員 前回も食べる魚の約三分の二はPCBに汚染されているという報道もあったわけです。今回は母乳からも出て、それが一回の検査でなくて九回も検査した結果ずっと出ている、一人だけでなくて二人という報道だったですかね。そういうことからしますとこれは一地域だけの問題なのか、あるいは全国的にこういう問題はあり得るかもしれない、その辺はどうなんでしょうか。
○田中説明員 PCBの食品中あるいは環境中におきます濃度、汚染というのは、常識的に言いますとゼロではございませんで多少はございます。ただその濃度はあくまで乳児の健康に影響する程度ではない、そういうことでございます。
○玉城委員 事は国民の健康に関する重大な問題でありますから、厚生省としては綿密に全国的に調査されて、どうならどうということをきちっと発表もしていただきたいと思います。 それからまた質問をかえますが、先ほどもありました赤土の問題で環境庁にお伺いしたいのです。 沖縄県が四十七年に本土復帰して、五月十五日、あと二日で二十年ですが、赤土の流出という問題は復帰以前には余りなかったんです。そういう意味ではこれは日本政府の行政の大きな失敗の一つではないかと私は思うのですが、環境庁の立場から沖縄の赤土流出問題についてどのような認識をされて、どういう対策をとろうとしているのか、まずお伺いいたします。
○石田説明員 御説明申し上げます。 沖縄県を初めとする南西諸島の沿岸海域において、内陸部から流出した赤土がサンゴ礁などの海域の自然環境に重大な影響を及ぼしているということは私どもも十分承知をいたしております。このため、環境庁としても、これまで赤土流出問題に種々取り組んでまいっているところでございます。 二、三例を申し上げますと、環境庁に一括計上されております予算として国立機関公害防止等試験研究費というのがございますが、この試験研究費の枠内で、赤土流出の発生機構、防止技術、サンゴ礁生態系への影響あるいはモニタリングの技術、こういったものに関する研究を平成三年度より五カ年計画で推進をいたしております。また、リゾート構想など法律等に基づく開発事業計画の関係省庁との協議に当たりましては、事前に赤土の流出防止に十分配慮していただくよう私どもの方も努力をいたしております。また、在日米軍施設あるいは区域からの赤土流出に関しまして、日米環境分科委員会において、米国側に対しましてその防止に十分努めるように要請をいたしております。 こういうことでやってきておりますが、今後とも、これらに加えまして九省庁の連絡会議などの場を通じまして、沖縄開発庁を初めとする関係の省庁並びに沖縄県とも連携を図りながら赤土流出の防止に十分な配慮がなされるよう努力してまいりたい、このように考えておる次第でございます。
○玉城委員 終わります。
○井上委員長 古堅実吉君。
○古堅委員 三日後に沖縄の祖国復帰二十周年の五月十五日を迎えます。こういう節目に当たって改めて思うことは、あの返還にかけた平和な沖縄の実現というものが、日米両政府の秘密の内容をも含んだと言われるその協定によって、米軍が返還前に使っておったあの基地、その機能をいささかも損なうことなしに満足のいくように保障してあげましょうという約束になった。そのことが二十年たった今日も県民を耐えられない犠牲に押し込んでいる。そのことにかかわる問題です。あの悲惨きわまりない沖縄戦を振り返りながら、苦難に満ちた戦後の歴史がありました。祖国復帰にかけた我々の、核も基地もない平和で緑豊かな沖縄、再び戦争につながるような心配のない誇り高く思えるふるさとを取り戻そうじゃないか、そういう願いを込めての返還運動でもありました。残念ながらそれは実現されていない。だからこそ一層この二十周年の節目というのは、ただ単にいろいろな式典とか催しとかそういうお祭り騒ぎにさせてはいかぬ、そういう思いが強くございますし、そのような決意も新たにし、頑張らなくちゃいかぬなというふうに考えて本日のこの質問に立っているわけです。 基地について県民はいろいろありました。先ほどもありましたけれども、銃剣を突きつけられ、ブルドーザーを出されて、伊江島のごときは現に住んでいるうちから引きずり出されて野っ原にほうり出され、そのうちをブルでひいて火をつけて、そういう形で奪っていった。私はその直後に、まだ学生でしたが調査に行った。まだ煙も絶えていないそういうときに調査に行ったことがあるだけに、生々しくまた残っています。本当に人間のするわざではない、怒りを込めて思いました。 そういう形で取り上げられていった基地でありますけれども、その基地について、ただ単に自分の土地を取り上げられたとかいったふうな単純な関係に考えているのではございません。日常的には、安保条約に基づいて米軍が実弾演習を三百六十五日、朝から晩まで二十四時間できるような仕組みに置かれている。だから戦場さながらと言っておかしくない事態が続くのです。そういうことが県民を犠牲にする、生活を破壊する。生活破壊の問題については、あの嘉手納、普天間などの爆音は、本当にその近隣においては人間が住むところではない、このように言わざるを得ないような事態などもございます。日常的に県民を犠牲にし、生活を破壊しているだけじゃなしに、この基地がいつでも、国際的な意味合いにおいても何か緊張があればすぐ沖縄が騒ぎ出す、戦場につながる。歴史的にそうでありました。そういうこともありますし、沖縄開発庁長官とのかかわりで申せば、こういう米軍基地が沖縄の振興開発にとって最大の障害になっておると県民はひとしく考えています。 復帰二十周年に際し、マスコミが次々と沖縄において世論調査を行いました。その調査の結果をこの間発表しておりますが、NHKの調査によりますと、基地の撤去、縮小を求める人々は八一%に上ります。沖縄タイムス、朝日新聞の共同の調査ではそれが八五・五%となっております。振興開発についての重大な責任を持つ長官としてそういう世論調査の結果についてどう受けとめておられるか、お聞かせいただきたい。
○伊江国務大臣 基地があるということはこれは現実の問題でございます。それで沖縄のあの狭い面積の中で基地が占める大きさについても、これからの大きな問題として荷物を抱えておるかという感じはもちろんございます。しかし、それが現実どうしようもない状態で、しかもまだ政府として安保条約を履行しなきゃならない、基地提供の義務がある政府としては、これはやむを得ないことであろうという現実も我々は考えなきゃならない。 したがいまして、政府といたしましても、また開発庁のこれからの開発振興に当たりましても、できるだけ基地の整理統合をしていただきたいということは我々の念願でもあるわけでございます。そういうことで施設庁とも外務省とも横の連絡をとりながら、基地の返還に向けての絶え間ない努力をこれからもやってまいりたいと思っております。
○古堅委員 長官非常に大事な問題なんですよ。どういう立場からこの問題をとらえて論ずるか。あなたは現実の問題としてやむを得ないというふうなことをおっしゃる。一体いつまで日米安保条約のもとで沖縄県民はやむを得ないという現実のもとで犠牲になれとおっしゃるのですか。日米安保条約だって、あの条約に基づけば固定期限としての期間というのは十年ですよ。何十年たっていますか。しかも冷戦構造は崩れ、今や軍事同盟というのは世界でもなくなる方向、核兵器も一発も残さず世界からなくしていこう、軍事費も縮小の方向だ、こういう時代です。そういう時代に日米安保条約だけを後生大事にこれが現実だと言ってしがみついて、その結果として沖縄は犠牲になっても仕方がない、こういう発想がある限り救われないのですよ。日米安保条約の全体としての廃棄、解消、そういうものをすぐあした、あさってとかそういうような形で簡単にできるとは思いませんけれども、沖縄の振興開発の最大の障害になっているのが米軍基地だということがはっきりするというのであれば、この問題については、安保条約があろうと沖縄とも手をとり合い、県民の願いにこたえて問題を解決していく。そこにこそ力点を置いて、どうその道を切り開いていくかということでどのような努力をしていきたいということにならなくちゃいかぬと思うのですね。前にもお聞きしたことなんですが、こういうおつもりは長官のお気持ちとして本当に出てこなくちゃいかぬと思うのですが、もう一度。
○伊江国務大臣 国際情勢のもとでだんだん世の中が変わってきているじゃないかというふうなことを今仰せられても、やはりこれは国際情勢の判断をどうするかという問題だけでございまして、現実問題を動かすのには私どもの立場からはできない。実定法上、我々は安保条約を守らなきゃならない、それに伴ういろんな関連法律を守っていかなきゃならない。しかしながら、我々が要求して、開発のために必要なものは返してほしいということは勇敢に申し出るべきであるのだというのが私の立場でございますし、基地と共存しながらでも開発ができるところもございます。そういうふうなことで、それを補うそれ以上の富を生み出すということを我々は心得なければならない、そういうふうに考えている次第です。
○古堅委員 時間もないので具体的なものを一、二お聞きしたいのですけれども、那覇軍港の返還問題が合意されてもう十八年もたちました。しかしまだ見通しさえもついておりません。いろいろその問題について動きがあるようなマスコミの報道などもございます。この際、一日も早く合意したような形で全面的な返還が実現できるように強く要求をしておきたいと思います。 ところで、復帰二十周年を記念する事業の一環として、那覇の奥武山に県立武道館の建設計画が進んでいます。それは九三年度に工事着工して九四年度に完成を月指し、九二年度予算では一億七千万円その実施設計費も計上されております。その敷地予定は一万二千平米、そのうち五千平米は米軍用地となっていまして、御存じのシーメンズクラブ等であります。このシーメンズクラブの返還のめどがつかない限り復帰記念事業としての武道館の建設というものがとんざしてしまう。ですからこの問題は、武道館の建設とのかかわりにおいても特にその促進を図り解決を図らなければいけない問題だというように考えますが、大きなかかわりを持っています長官としてその問題についてどう考えられ、努力をされるおつもりか。
○水谷政府委員 武道館の建設、県におきまして二十周年事業として位置づけてなされておりますけれども、この事業は、私ども一般会計の公共事業関係費から補助金を出しておりません。つまり、一括計上予算から出しておりませんので詳細は承知しませんが、たしか県において施設庁との間で今いろいろと折衝されているというように伺っております。
○古堅委員 シーメンズクラブは国有地なんですよ。ですから国とのかかわりは必然的に出てこざるを得ません。そういう意味で、ただ単に沖縄が何とかやっているなというふうなことではなしに、そういう立場からせっかくの復帰二十周年の記念事業が早目に進められるようにそれなりの努力は開発庁としてもすべきだというふうに思うからお尋ねしているのです。長官、いかがですか。
○伊江国務大臣 そのとおりだろうと思います。これにも努力してまいります。
○古堅委員 厚生大臣が見えましたからお尋ねします。 先ほど来ありましたようにこの沖縄厚生年金格差是正問題は、言ってみればあれだけ長い間アメリカの施政下にゆだねたそこに根本原因がありますし、政府の責任はどう弁明しても免れることのできない問題だというふうに考えます。そういう立場を踏まえてですけれども、この問題はただ単に沖縄側の要望が強いとかいうふうな簡単な問題ではないというふうに考えます。 その経過を少し言ってみますと、関係団体の人たちが長い間熱心にこの問題を取り上げ、いろいろな努力を展開してこられたことは申すまでもございません。御存じのとおりです。同時に、沖縄県としてもこの問題を重視して、一九九〇年六月に海部総理が来県されたときに直接総理にその問題の要請を行ったのを初めとして、一九九一年五月には沖縄厚生年金問題対策班を生活福祉部に設置して三人の専従を置きました。そして同年八月には沖縄厚生年金問題対策懇談会を発足させて、その年の九月十八日、大田知事が厚生大臣と開発庁長官に要請されて今日に至ったというふうな事情がございます。もちろんその間、衆参両院の関係の機関に対して県やその他からもいろんな要請行動が熱心に頻繁に行われたことは申すまでもございません。このような背景には、沖縄における切実な問題であると同時に、これが超党派的な切実な問題であるということも加味されています。 復帰二十周年、五月十五日を三日後に控えましたが、先ほど来超法規とか、あるいは何らかの話し合いを進めているなどというふうなことがございましたけれども、この問題は沖縄開発振興計画を出発させたときのあの沖縄県民への償いの思いを込めてやっていかなくてはいかぬ、その原点に立って考えない限り、今の法律の仕組みで、法律がありますからそれに当てはめてこうやりますというふうな形で出発する限りはもう絶対に解決しない。しかしこの問題は、ただ単に強い要望がありますなどという形で承っておきますなどということで許されるものではないというふうにも考える。政府の責任は免れることはできないだけに、やるということを前提にしてその方法。超法規的といっても、つかみ金をどこからか持ってきてぽんとやるなどというふうなことが政府でできるはずはない、あくまでも政治の具体的なあり方というのは法律の形になっていきます。そういうことをも含めて厚生大臣も開発庁長官も、解決してあげなくちゃいかぬ課題だというふうに受けとめております、やりますというふうなことがおっしゃれるかどうか、初めにお聞きしたいと思います。
○山下国務大臣 先ほど来、自民党の仲村先生、社会党の川崎、上原両先生からこもごもこの問題については私に対して強い御要請等がありました。おしかり等もいただきました。しかしながら、この問題につきましては過去二回の措置を講じて、現在の年金制度においてできるぎりぎりの線までこの二回の措置によってやってきたということはおおよそ皆様方御理解をいただいていると思うのでございます。したがいまして、今もお話ございました、国会は最高の立法機関でございますから、そののりを越えて超法規的にやるということはよほどのことでないとやれないのでございますが、しかしながらそこまで含めて考えて、とにかく何らかの措置ができないかということを今一生懸命模索をしているところでございまして、十五日という二十周年記念を前にして、できればひとつその前に何らかの方途を講じたい、このような考えで今いろいろと関係方面ともお話を進めているところでございます。
○伊江国務大臣 今の厚生大臣のお答えとその方針について私も同じ気持ちでおります。
○古堅委員 戦後四十七年たちました。沖縄は戦後の苦難な歴史を押しつけられました。二十七度線で長い間目に見えない壁がありました。ベルリンの壁などと言われますけれども、日本民族は長年にわたって分断されて、沖縄がああいうふうな事態に置かれておったのです。そういう事例が幾つもあるのじゃないんです。そういうことが根本にあってその責任にかかわるこの問題を、ただ単に現行法を前提にしてこれ以上のことはできませんというふうな形でなぜおっしゃろうとするのか。この国会は法律をつくるところです。このような意味合いを持ち、類例のないような事態、これが原因になって起きているようなものについては、政府は法律を提起するなどということを含めて、整合性を持たせながら解決を図りますとなぜそうおっしゃれないのですか。そういうことは何も憲法に禁止されるとかなんとかそういうものではございません。もう一度お聞かせください。
○山下国務大臣 同じお答えの繰り返してございますけれども、先ほどからるる申し上げておりますとおり、今の制度、年金制度としてはもう既に限界に来ている、この法治国家において年金法というのがあるならばその法の範囲内で取り仕切るのが当然でございますが、それでは何ともできないのでほかで何とかいい方法がないかということを今一生懸命模索している、しかも十五日という二十周年記念までにできれば間に合うようにしたいという総理の気持ち、私の気持ち、また沖縄開発庁長官も寄り寄り私どもと協議をいたしておりまして、残された記念式典までに何とか間に合うようにしたいという私どもの気持ちもまた御理解いただきたいと思います。
○古堅委員 もう時間がなくなりました。最後に申し上げておきたいのですが、昨年九月十八日に大田知事名で県からも要請がございます。これには結論において三点のこの問題解決についての県の態度が表明され、要請されています。これは県がいろいろな調査の上で、これが最低のものであろうという立場を踏まえての国への要請だろうと言う人もいます。そういう立場を踏まえてこの問題が解決されるように、政府の責任は免れることはできないということを改めて厳しく指摘して、御努力を願いたいと思います。 終わります。
○井上委員長 次回は、来る十四日木曜日正午理事会、午後零時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時三十四分散会