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123回国会衆議院1992/03/10

沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号

発言数
221
登壇者
23
会派数
5
開催日
1992/03/10

会議録

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 これより会議を開きます。  内閣提出、沖縄振興開発特別措置法及び沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。宮里松正君。

宮里松正自由民主党

○宮里委員 私は、ただいま議題となっております沖縄振興開発特別措置法の一部を改正する法律案等について、伊江沖縄開発庁長官並びに関係当局に質問をいたします。  最初に、伊江沖縄開発庁長官にお尋ねをいたします。  大臣も御承知のように、沖縄ではかねてから、甲子園の高校野球で沖縄の高校球児たちが優勝するのが先か、それとも沖縄出身の政治家が大臣になるのが先かということが県民の間で半ばまじめに語られてきましたが、このたび、宮澤政権の発足に伴い伊江朝雄沖縄開発庁長官が誕生いたしましたことは、沖縄県出身め仲間の一人として、また沖縄県民の一人としてまことに喜びにたえないところであります。  伊江長官は、沖縄の歴史の上で名高い第二尚氏の流れをくむ伊江男爵家で生まれられ、お父様の伊江朝助先生は、貴族院議員をお務めになられたこともある著名な指導者でありました。しかも、ことしは沖縄県にとって復帰二十年の歴史的節目に当たり、四月一日からはいよいよ県民待望の第三次振興開発計画がスタートすることになり、県民は、その中で二十一世紀を展望した新たな政策が展開されることを期待しております。  伊江長官は、沖縄県のそのような歴史的節目に当たって、第三次振興開発計画の策定問題を初め、沖縄県の未来を築く大事な仕事の担当大臣に就任されたのでありますから、胸中ひそかに期するところがあると思います。  そこで、私は、最初に伊江長官の沖縄担当大臣としての決意のほどを伺っておきたいと思います。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 ただいまは大変に身に余るお言葉を賜りまして恐縮をいたすとともに、内心じくじたるものがございます。本当にありがとうございます。一生懸命沖縄のために頑張っていかなければならぬなと決意を新たにしている次第でございます。  このたびはまた、沖縄の振興開発のために法案を提出いたしまして、これから皆様に御審議賜るわけでございますけれども、一生懸命沖縄の開発のために、皆様方の御指導を仰ぎながら頑張ってまいりたいということを冒頭に申し上げておきたいと存じます。  ただいまお尋ねの点でございますけれども、昭和四十七年に復帰いたしましてから、ことしはちょうど二十年目の節目に当たるわけでございまして、二十年というと、人間で言うならば本当にこれは成人を迎えるわけでありますから、今までの戦後の復興期は一応十分にこなしてきたのではなかろうか、おかげをもって、ほかの都道府県に見られますような補助率に大きなかさ上げをしていただきます現在の法律体系のもとでの成果が実ってきたものだと私は存じております。したがいまして、そういう意味におきましては、これからの沖縄の振興開発計画というのは、あと十年間に向かってどういうふうに歩んでいくのかということが一つの御質問の趣旨でもあろうかと存ずるわけでございます。  したがいまして、そういう方向に基づきまして我々はいろいろと施策を立ててまいりますが、まず、私は、抽象的な言葉ではございますけれども申し上げておきたいのは、第一次、第二次の振興計画でやってまいりました成果を踏まえて、その上に立ってひとり立ちしていくというのが一つの目標であろうと思います。  私は、私自身の感想で申し上げることになるかと存じますが、第三次の振興計画の期間中に新しい富を創出するんだというのが私の第三次振興計画に取り組むスタンスでございます。したがいまして、そのためにはどういうことをやるかというのが、これからいろいろ御質問もありましょうし、伺ってまいってお答え申し上げることになると思いますけれども、御高承のとおり、今日まで二十年間やってまいりましたことでさらにまだまだ足りないという点は、一つは沖縄の地勢的な問題にもかかわることになろうと思いますが、いわゆる渇水期における水不足でございます。今まで、御承知のとおり、巨額の公共事業に基づいて大きなダムが五つできておりますから、通常の場合におきましては心配ないのでありますけれども、時々、渇水期にはやはり依然として水不足という状況が続いております。この水不足というのは、県民の生活に欠かせない水の問題でございますだけじゃなくて、工業開発、農業開発、それの維持、培養、こういったものにも非常に影響しますので、この水不足の状態を解決していくのがこれからの使命の一つになろうかと思います。  もう一つは、今沖縄の所得水準が、皆様方御高承のとおり、過日脚視察いただきましたときにごらんいただきましたように、依然として第一次産業と第三次産業に依存する体系でございまして、沖縄は第二次産業、つまり、製造業を中心とするところの経済構造になっていないという点につきまして、これを何とかしなきゃならないということが第二の命題になろうかと思います。  第三は、今申し上げましたように第一次、第三次の産業に依存するだけじゃなくて、第四次の産業と申しますか、新しい富を創出するんだと私が申し上げた理由がここにございますのですが、いろいろと検討しました結果、最後に行き着きましたのは、県民所得を全国並みに上げるためには何が必要なのかということを考えますと、どうしてもここに新しい産業立地が必要なんだ。しかし、雇用状況あるいは立地の状況からいたしまして、本土の主要産業あるいは成長産業を誘致するというわけには直ちにはまいりませんから、そこはやはり沖縄の立地条件を生かしまして、南方地域と申しますか、ASEANあるいはNIESの地域との中継貿易という、これは今まで皆さんおっしゃった点でございますけれども、それを軸にして新しい富を創出していくのが一番の沖縄のこれからの姿じゃなかろうかというふうに考えております。  そうして、それは具体的に言えばどういうことかと申しますと、幸いにしてこれから御審議いただきます振興計画法案の延長法案の中にもございますように、そして現在立地いたしております自由貿易地域、これがまだまだ機能的に十分じゃないと私は思っております。したがって、これから新しい富を創出するためには、この自由貿易地域の財政、特に関税措置でございますが、これをもう少し充実させていく必要があるんじゃないか。それは機能面でございますけれども、同時に、規模の拡大、今は臨空港型で、那覇の空港にすぐ接近しましたところに位置している小規模の地域でございますから、これを沖縄では、振興計画法に基づいて設置された大きな特色ある地域として育てるためにはやはり臨海型も育てていかなきゃならない。ですから、沖縄に複数の貿易地域をつくっていく必要があるんじゃなかろうかと思っております。そのためには、関税の完全な解放地区とするわけにはまいらぬにしても、そこへ向かって一歩一歩前進しながら、そこを起爆剤にして新しい富の創出を図っていきたいものだと考えております。  その他いろいろございますけれども、また後ほどの御質問にお答え申し上げたいと思います。

宮里松正自由民主党

○宮里委員 もっと大臣に引き続き抱負を語っていただきたかったのでありますが、私の質問時間もございませんので、次の質問に移りたいと思います。  次に、伊江長官に、四月一日からスタートをいたします第三次振興開発計画の中で展開すべき基本的な政策についてお伺いしたいと思います。  提出されました法案の提案理由の中でも説明されておりますように、第三次振興計画の策定に当たりましては、手続的には、まず、沖縄振興開発特別措置法並びに沖縄の復帰に伴う特別措置法の十年延長が一つ、もう一つは、その中で盛り込まれております高率補助制度を堅持する、この二つを基本にいたしまして第三次振興開発計画を策定し、これを強力に推進していく、いわゆるこの三点セットでこれからの施策は進めていくということになろうかと思います。  御承知のように、第一次振興開発計画と第二次振興開発計画は、いずれも沖縄の戦後の異常な歴史の中から生まれてきました本土との間の各種の格差を是正し、沖縄の経済社会の自立的発展の基礎条件を整備するということを目標にしてもろもろの施策が展開されてまいりました。そしてこの二十年間に、先ほど大臣もお触れになりましたように、約三兆数千億の国費を投じて急速に社会資本、産業基盤、生活基盤などの整備が進められまして、沖縄県は、復帰前に比べますと目覚ましい発展を遂げてまいりました。しかし、広大な米軍基地の存在やそこから発生するもろもろの問題、水資源の安定供給の問題あるいは離島苦解消の問題など、依然として解決すべき問題が数多く残っていることも否定のできないところであります。  そこで、第三次振興開発計画を策定して引き続き沖縄の振興開発を図っていこうということになったのでありますが、問題は、この第三次振興開発計画の中に盛り込むべき政策の中身をどうするかということであります。  沖縄の戦後の歴史の中から生まれてまいりました本土との間の各種の格差はまだ完全に是正されたわけではありませんので、第三次振興開発計画においても、引き続きその点に力点を置いて各種の施策を展開しなければならないことは当然のことであります。  しかし、第三次振興開発計画は、二十一世紀の到来を目前に控えて、その中で沖縄県のあるべき姿や沖縄県の果たしていくべき役割を描き出すものでなければなりません。そうだとすれば、第一次と第二次の振興開発計画のように、本土との格差是正や自立的発展の基礎条件を整備するというだけでは十分でなく、沖縄県の有する地理的条件や自然的条件、あるいは歴史的特性といったものを活用したもっと積極的で、もっと意欲的なものでなければなりません。  その第一は、沖縄県の地理的、自然的条件を活用して、沖縄県の温暖な気候と亜熱帯地域特有の海洋性自然に恵まれた島々を日本国民全体の保養の場として大いに活用するということであります。沖縄の島々は温暖な気候と海洋性自然に恵まれているばかりではなく、日本一の長寿県であります。沖縄県のこれらの地域特性は、沖縄県を日本国民全体の保養の場として活用する上で最も適した地域であるということを物語るものであります。  その第二は、沖縄県の地理的、歴史的特性を生かして、沖縄県を国際交流の場として活用するということであります。沖縄県の人々は古くからアジアの近隣諸国と善隣友好を重ね、また多くの沖縄県出身者が海外に移住し、世界の各地で活躍しておりますことは大臣御承知のとおりであります。そのようなこともあって、現に沖縄にある国際センターは、諸外国から研修に来た研修生たちからも大変に好評を博しているところであります。そのことは、沖縄県を国際交流の場として活用していく上で何らの支障もないということであります。  私は、四月一日からスタートする第三次振興開発計画においては、沖縄県の島々をこのように日本国民全体の保養の場として、また国際交流の場として大いに活用すべきであるというふうに思います。また、このように沖縄県の島々を日本国民全体の保養の場として活用し、あるいは国際交流の場として活用するということは、日本の国民的課題や、日本の国策としての国際協力事業の一翼を沖縄県が分担するということにほかなりません。でありますから、沖縄県の振興開発計画は今回の第三次振興開発計画で終了させるべきではなく、必要に応じてその後も継続すべきであろうというふうに考えるものであります。  これらのことにつきまして、大臣の所見を伺っておきたいというふうに思います。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 まことに御指摘のとおりだと私も思っております。したがいまして、そのためにも、沖縄の地理的な特性であると同時に、逆に言えば沖縄の地理的遠隔性の問題、裏返せばそういうことになるのでございますから、私は、交通網の整備と申しますか、アクセスを十分にとりながらこういった問題の解決を図っていきたい。したがいまして、まず、沖縄の本島内の道路のアクセスあるいは交通の高速化ということも必要でございますけれども、本土と申しますか、他府県の主要都市との間のアクセス、御承知のとおり、去年、おととしあたりから宮古島と東京との間に交通網が設定されたのが非常に大きなインパクトになっていると思いますが、ああいうふうに、沖縄の離島と本土の主要都市との間の航空路の設定によって、人の交流あるいは物流の速達化あるいは経費の軽減化というものをとりながら沖縄の往来を迅速化させていくということも必要でございます。  と同時に、東南アジアに一番接近する沖縄は、地理的に本土の南西の窓口でございますから、そういう意味におきまして、国際交流の拠点になるといっただいまの御指摘のとおり、私もその方向は正確な御判断だと思うのでありますけれども、そのためにも、現在あります航空路線の拡大、途中の中継の拠点地域にするような航空路の設定ということやら、船舶を利用しての中継基地ということも含めまして、やはり交通のアクセスということを前提に考えませんとせっかくの沖縄の地域的な特性は十分に発揮できないという観点を私は持っておりまして、その意味から、そういった方向にまず力を入れていくべきだな、こういうふうに考えております。確かに御指摘のとおりであろうと思っております。

宮里松正自由民主党

○宮里委員 大臣からもっともっといろいろな面について御所見を伺いたいのでありますが、私の持ち時間が余りございませんので、次に、沖縄の米軍基地の返還方法及びその有効利用の問題につきまして、防衛施設庁にお伺いをいたします。  本来、これは復帰のときに沖縄県側と国との間で議論を重ね、しかるべき措置を講じておくべきことでございましたが、当時沖縄県では、米軍基地の存在を前提にして、その後の取り扱いをどうするかなどという議論ができる状況にありませんでした。何度か国との間で協議を始めたのでありますが、具体的に詰まっていかずにそのまま放置をされてまいりました。その結果、日米間で返還合意された軍用地の返還の方法につきましても、その後の取り扱いにつきましても、本土の米軍基地と全く同様な取り扱いになってまいりました。結果として、返還合意された後三十日間の予告期間、そして二カ月間の管理期間という形、あとはそのまま返還を実施する、少なくとも取り扱いとしてはそのような形になってきたわけであります。  ところが、沖縄米軍基地は本土にある基地と違いまして、米軍が沖縄戦で沖縄全域を占領し、そして、自分たちが使いたいところを勝手につくり出していったのが沖縄の基地の実態であります。本土の基地は、ほとんどが旧帝国陸海軍の基地をそのまま提供しているわけでありますから、それとはおのずから成り立ちが異なるわけであります。沖縄の米軍基地につきまして本土と全く同様の扱いをするということは非常に実情に合わない点が出てまいりまして、担当しております防衛施設庁が大変な苦労をしておられること、私も具体的な形で承知をしております。また、このことにつきましては、沖縄県の軍用関係地主でありますとか関係市町村でありますとか、あるいは県当局にも大変な不満を残しておりまして、その改善を強く求めてきているところであります。御承知のとおりだと思っております。  時間がございませんので簡単で結構でございますが、その改善の方法などにつきまして所見を伺っておきたい、こう思います。

大原重信防衛施設庁施設部長

○大原政府委員 お答え申し上げます。  在沖の米軍施設は県土面積に対しまして非常に密度が高く、整理統合の御要望が県民の間に強いということも十分承知いたしているところでございます。また、我々といたしましては、その必要性につきましても十分認識いたしているつもりでございます。当庁といたしましては、従来から、米軍の運用上の所要及び地元の御要望等を踏まえつつ、沖縄における施設、区域の整理統合を図るべく努力を続けてきたところでございますが、いずれにいたしましても、今後とも、米側の理解を求めながら、また地主の方々の御意向も念頭に置きつつ、実情に応じ適切に対処してまいる所存でございます。  また、さきに諸先生方から御指導を賜りまして設置の運びになりました連絡協議会におきましては、今後とも、例えば返還予告のあり方等につきまして、どのような予告が適切に行われるか、こういった問題等につきましても関係省庁と意見の交換を十分に行ってまいりたい、かように存ずる次第でございます。

宮里松正自由民主党

○宮里委員 もうほとんど時間がなくなってまいりましたので、私はこれで質問を終わりますが、最後に、この米軍用地の返還方法並びにその有効利用の問題につきましては、防衛施設庁、沖縄の実情はよく御存じでございますから、これからも引き続き実情を正確に把握され、地元の人たちとも十分意見を交換されながら、これから後、万遺憾なき取り扱いをしていただきたいと思います。また、私どもも折に触れ、この問題につきましては関係当局と協議をしてまいるつもりでございます。その点、よろしくお願いを申し上げて、時間が参りましたので、私の質問を終わります。  ありがとうございました。

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 仲村正治君。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 ただいま議題となりました沖振法の改正に関連して、伊江大臣に御質問を申し上げたいと思います。  ことしは、沖縄が復帰して二十周年であります。この節目のときに、伊江長官は沖縄県から初めて大臣第一号として、特に、沖縄担当大臣に御就任をなされましたことを心からお喜びを申し上げたいと思っております。  私は、伊江大臣の大臣第一号の御就任は、ある意味で沖縄の戦後を終わらせる一つの出来事である、こういう考え方を持っております。佐藤総理は、かつて、沖縄の復帰なくして日本の戦後は終わらない、こういうことで沖縄県民の宿願を達成されて、いわゆる日本の戦後の一つを終わらせたわけでございますが、なぜ今ごろ沖縄県は大臣か、こういう疑問が国民の中にはあると思います。しかし、私たちは、戦後二十七年間異民族の支配下に置かれて、国政に参加する機会を阻まれてきたわけであります。何も大臣になれる人がいなかったわけではない、私はこのように考えているわけであります。そういう意味で、私は、伊江大臣の今回の大臣御就任は戦後の政治的な空白、断絶の一つが埋め合わされた、こういうふうに考えておりますので、このたびの大臣御就任の御決意と、私が今申し上げた戦後の一つが終わったという考え方についても御意見を賜われば幸いだと思っております。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 ただいまはまたありがたい励ましのお言葉を賜り、ありがとうございました。頑張ってまいりたいと思っております。  今御指摘ございましたように、戦後が終わったということはどういう意味を持つか、それぞれに人によって違ってくると思いますが、今仲村委員がおっしゃいましたように、ある意味で、確かに戦後の復興期は終わって新しい時代に入ってくるという時代認識は私も持っております。今日まで、沖縄の復興を支える財政的な基盤のもとになります二法、沖縄振興開発特別措置法、復帰に伴う特別措置法、この二法が随分支えになりまして、他の都道府県に見られない公共事業における高率の補助を賜っての復興期を二十年間にわたって過ごしてきた。その成果は、本当に今御指摘のとおり、もう復興は終わったんだ、戦後はこれで終わったんだというふうな認識にもつながる事態であろう、私もそういうふうに存じております。  したがいまして、先ほども宮里先生の御質問にお答えしましたけれども、人間でいえば二十歳というのはもう成人でございますから、これからはいわゆる自助努力と申しますか、自立をしていくための足腰を強くしていかなければならない。そのためには、沖縄の置かれている今の状況が、一応復興が終わったといたしましても、これを支え、さらに発展させていくため、つまりは沖縄の県民所得が、上昇はしておりますものの依然として全国の平均にはいってない。しかも、四十七位と申しますか、全国平均からいって七一%程度しか県民所得がないという状況は、二十年前とは多少違うにしても、ずっと続いている慢性的なものでございます。ということは、それは一つの経済的構造上の問題であろうと思うのです。これを何とかしなければならぬということで、私が先ほど、その復興状態を基盤といたしましてこれから第三期を歩んでいくための自助努力は、やはり新しい富を創出していかなければならぬのだということを申し上げたのはそのことでございまして、沖縄の立地条件を考えますならば、どうしても今置かれております自由貿易地域という特典を、沖縄振興開発法上認められております特典を大いに生かしまして、さらにその機能を拡大していって、新しい富を創出しながら沖縄がこれからの十年間の期間で足腰が十分に立つように、自立経済が発展していけるような支えをしていかなければならない、こういうふうに考えております。  今後とも、そういう意味におきまして、いろいろと委員会の皆様方の御指導があるものと期待をいたしまして私もその方向で頑張ってまいるつもりでございますので、よろしく御指導をお願い申し上げたいと思います。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 沖振法は今回改正で二回も延長され、またこの二十年間で、政府は平成三年度までに三兆三千八百四十一億円の巨額の国費を投じ、さらにこれに呼応する県民のたゆまざる努力と相まって、今日、沖縄県は、道路、空港、港湾、水資源、教育、文化、医療、福祉、農漁業及び流通の基盤や通信の施設等々、復帰時に比較して飛躍的な発展を遂げてまいりました。このすばらしい実績は正しく評価すべきであると私は考えております。また、今回、この法案の十年延長のために改正法案が提出されましたが、しかし、あの地獄の修羅場を見るような凄惨、壮絶をきわめた沖縄戦の戦火の傷や後遺症、あるいは戦後二十七年間の異民族の占領下で、本土の制度上当然受けるべき権利が適用されなかった不利益などが社会の各分野の格差として存在していることもまた事実であります。  最近の発表によりますと、全国と沖縄県の経済指標の比較では、いみじくも大臣先ほどおっしゃられましたけれども、県民一人当たり所得は、平成三年度で全国平均が二百九十二万九千円に対して沖縄県は二百十万四千円、これは七一・八%、こういう状況になっておりまして、相変わらず全国最下位、四十七番でございます。復帰のときに第一次振計を策定したときに、その第一次振計の最終年度であります昭和五十六年までに全国平均の八〇%体制を目指しておったわけでありますが、これはどうにもならなかった。そして、それをさらに二次振計では何としても達成しようということでございましたが、今申し上げたように七一・八%、実にこれは劣悪な状態でございます。また失業率も、依然として本土の二倍前後を推移しているというような厳しい状態が続いているわけでございます。  このように、二次にわたる振計を積極的に進めてきたにもかかわらず依然として厳しいこの現実を踏まえ、さらに国の内外の進歩発展に十分対応し得るものでなければならない、こういうふうに考えております。  したがって、引き続き沖振法が延長される理念と目的というものは、第一に、四全総に基づく東京一極集中を是正して、多極分散型国土形成の線上で沖縄県の望ましい地位を位置づけしていかなければならない。第二に、沖縄県の地理的位置、気候、風土等の優位性あるいはその特性を生かして、経済的にも文化的にも発展の基礎条件整備を図ることだと思います。三点目は、何といっても、戦後四十七年間たった今日もなお在日米軍基地の七五%が沖縄県に存在し、沖縄県が我が国の安全保障上重要な役割を担い続けている。それが県民に過重な負担をかけている点を、これは単に外務省や防衛庁の問題じゃない、私は、沖縄開発庁としてその調整をどうしていくかということが振興開発計画の理念でなければならない、こういうふうに考えております。四点目は、第一次及び第二次振計のやり残し、積み残しともいうべき、去る大戦で文字どおり鉄の暴風で凄惨、壮絶をきわめた犠牲者の戦後処理や、二十七年間の米軍統治占領下で発生した制度的不利益とその格差の是正であります。  私は、この四点が三次振計の理念と目的でなければならないと考えますけれども、伊江大臣の御所見を伺いたいと思っております。今の四点の細目については後ほど御質問をいたしますので、簡潔にひとつ御答弁をいただければと思っております。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 ただいま御指摘になりましたのは、確かに沖縄の経済的な体質をずばりおっしゃっていただいた感じがいたします。まことにそのとおりだと私も思います。  その経済的体質が依然として弱いものですから、今日まで県民所得と申しますか、あるいは経済的な発展基盤が十分に立地してないという言葉にも相通ずると思うのでありますが、その経済的基盤の体質が弱いという中には、私は二つあると思うのであります。その一つは、おっしゃったように経済を力強く支えていく基盤の企業の立地がないということ。もう一つは、地理的な地域的な制約が多過ぎる。それは一つは基地である。本島内の基地が二〇%というのは、確かに沖縄のあれだけの細長い狭い土地にとっては大きな面積でございます。したがいまして、沖縄の振興開発計画にもございますように、また県民ひとしく思っておりますのは、できるだけ基地は整理統合して、そしてそれを生産の基盤に転用すべきである、あるいはまた住宅地域に転用すべきであるという強い願望があることも私十分に承知いたしておりまして、要するにこの二つが沖縄の経済的な基盤を非常に弱めているんだということについては、私は、いろいろの御指摘を踏まえてそういうふうに認識をいたしております。  したがいまして、経済的基盤の確立のためには、今後とも関係各省と御連絡をとりながら、沖縄の基地の返還について、合理化、整理統合という問題についても努力してまいらなければならぬのじゃないかと思うと同時に、何度も繰り返すようでございますけれども、やはり新しい富を生み出す方策、それは自由貿易地域を軸にしての香港型と申しますか、でき得ればそういう方向へも向けての整備をやってまいるのがこれからの沖縄の第三次振計における一つの主要目標になろうかな、こういうふうに考えておるところでございます。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 私は、先ほど四つの項目を挙げて、今回延長される沖振法の理念と目的とすべきだというようなことを申し上げたわけでありますが、まず第一に、この四全総に基づく多極分散型国土形成での沖縄県の位置づけは、独立した一ブロックに位置づけをされているわけでございまして、それは、交通、通信、物流の拠点的な位置づけがなされるべきだということがこの四全総の中に書かれているわけでございます。だとすると、私たちがかねてから主張申し上げております那覇空港の沖合展開について、これは運輸省は、まだ需要の面でゆとりがある、キャパシティーが年十三万回、今約九万回ですのでまだゆとりがありますというようなことを言っているわけでありますが、四全総はそうじゃないのです。確かに東京や大阪に需要は発生する。しかし、これではいかぬのですよ。これを全国に分散していくためにはやはりそれを誘導する施策が必要だということ。だから、那覇空港はまだゆとりがありますからつくりませんというようなことでは、私はこの四全総は生かされないと思うのですよ。そういう意味で、まず運輸省の那覇空港沖合展開について、六次空整であと五カ年でできるかどうかわからぬけれども、今回改正される十年間の中では、その多極分散型国土形成という精神に基づいて、沖振法の中で、三次振計の中で何としてもやるべきだというふうに私は考えますけれども、大臣のお考え、そして運輸省の考え方をお聞かせいただきたいと思っております。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 運輸省は運輸省の立場でいろいろ御意見があろうと思います。私が申し上げることをあるいは運輸省は嫌うかもしれませんけれども、やはり沖縄の発展のためには、需要が少ないから、あるいは発着回数にまだ余裕があるからというふうに手をこまねいて見ているだけではだめなので、沖縄側の姿勢としても、これからこれを使いこなすだけの人の往来、物流、こういったものをみずからも汗を流して講じなければならない、この努力がまた別途あろうと思うのです。そういうふうにしてまいりますと同時に、やはり空港を拡張して、チャーター機でも何でもようございます。先ほど宮里先生の御質問に私がお答えいたしましたように、外国との交流、国際交流の拠点として、みずからその目標に向かっていろいろな施策を講じていくということと両々相まちまして整備すべきものだと私は思うので、ただまだまだ余裕があるから、発着回数が少ないからというだけじゃなくて、運輸省もそういうふうに誘導していただくように、北海道の状況で見られるように、そういう誘導型の政策というものも航空行政としてやってもらわなければならない。これは私も運輸省に注文します。そして、成田あるいは羽田空港が手詰まりの状態でございますだけに、それを補完するような空港として位置づけるということも運輸省の視野の中に入れてもらわなければならぬじゃなかろうか、こういうふうに考えておりますので、おっしゃるとおりだと思います。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 運輸省にお答えいただく前に、もう一点お尋ねしてから運輸省のお答えをいただきたいと思っております。  那覇空港は、御承知のように軍民共用であります。これについては、国の安全保障上、私たちもやむを得ざる点だと思っております。そのために、滑走路のそばまで行ってからもスクランブルがかかったりすると半時間も待たされる。これもやむを得ざることだと今の時点では考えますけれども、しかし、いつまでもそういう状態を我慢するわけにいかない。自衛隊が使用しても、民間の交通に支障がないような方策を講じていかなければならないということであります。  今大臣がおっしゃったように、やはり多極分散型国土形成を誘導する形での高速交通ネットワークの形成を図っていかなければならない。特に財政面でどうかというと、那覇空港はこれは黒字空港ですよ。そんなに周辺対策にかかってはいませんので、がぶがぶ黒字を上げている。だから、そういう面ではやろうと思えば問題ない、こういうふうに私は考えておりますので、その四全総に基づく考え方と、それから国土庁の立場からいろいろ機能分散をする。例えば、沖縄には国際センターもあります。県立のコンベンションセンターもあります。しかし、国際交流の拠点として位置づけていくためには、ここにはそれに関連する国立の国際会議場、そういったものもやはり必要じゃないかというふうに考えるわけでありますが、この点については、国土庁の立場からの御答弁をいただきたい。

小坂英治運輸省航空局飛行場部計画課長

○小坂説明員 運輸省の立場でということでお答えいたします。  沖縄県地元経済団体等に、現在の那覇空港の沖合を埋め立てまして、新たに滑走路をもう一本建設するという沖合への展開構想があることは承知しているところでございます。しかしながら、現滑走路の処理能力について言いますと、現在まだ余裕があり、今後の航空需要の増加等を考慮しても相当長期にわたり対応可能と考えております。また、空港の能力というのは滑走路だけでございませんで、現在の那覇空港を見ますと、ターミナル地域が、本土線と島内線のターミナルビルが分散立地しておりまして、近年の航空需要の増加に伴って狭隘化も進んでいることから、国内線ターミナル地域の拡充整備が喫緊の課題になっております。このための整備を進めることが私どもはまず第一の課題だというふうに考えておるわけでございます。このターミナル地域の拡充整備が先生御指摘の四全総の多極分散型の推進にも資するというふうに認識しておるところでございますが、そういう意味で、新たな滑走路の沖合展開整備構想につきましては、次の長期的な課題として受けとめてまいりたいというように考えております。

小林勇造国土庁計画・調整局計画課長

○小林説明員 沖縄の四全総における位置づけでございますが、先ほど先生からも御指摘がございましたように、四全総ではブロック別の整備の基本方向というものを明らかにしておりまして、沖縄については全国の十ブロックの一つとして位置づけております。そこで、本地域については、もう先ほどからいろいろ御議論がございますけれども、地理的特性を生かした東南アジア諸国との交流拠点の形成あるいは国際的規模の観光・保養地域の形成等により地域の特性を十分に活用した産業・文化を振興し、特色ある地域として自立的発展を図る地域として四全総では位置づけてございます。このため、沖縄においては、国際交流拠点の形成のための基盤整備、それからすぐれた自然特性を最大限活用した海洋性の余暇活動空間の整備あるいはネットワーク化、三点目に亜熱帯気候を生かした農林水産物の生産を振興するための基盤、流通機構の整備、こういうことについて施策を推進していくべきだということを四全総では明らかにしております。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 御承知のように、沖縄県は県全体が離島であって、国の中央であります東京から千六百キロも離れた非常に隔絶された状態にあるわけでございますが、それを解消していくためには、何としてもやはり高速交通あるいは通信網の整備ということが一番大事でございます。そして、沖縄県の復帰してからの目標というのは、戦中、戦後のいろいろな苦難の中で生じているいわゆる本土との格差是正、戦後処理、そして経済の自立的発展の基盤整備というようなことであったわけでありますが、今延長される沖振法の中でもその精神は受け継いでいかなければならない、こういうふうに思っているわけであります。  本土との格差と同時に、県内の地域格差、四十余の有人離島があるために、本島と離島との格差というのも非常にひどいものがございます。そういった離島苦を解消していくためには、やはり道路、港湾、空港、農業基盤整備あるいは観光産業などの振興が一番大事でありますが、手っ取り早くこの離島苦を解消する方法としては、可能な限り橋をかけるということが大事であります。二次振計でも四つの事業が進められておりまして、先般、池間島架橋は完了したわけでありますが、そのほかにも六か所ほどその要請が出ているわけであります。北から順序に申し上げますと、まず伊平屋−伊是名架橋、古宇利島架橋あるいは座間味の架橋、久米島のオーファ島架橋、それから伊良部島架橋、八重山の小浜島架橋、この六つがまだあるわけでございます。私は、三次振計初年度である平成四年度には何としても一つや二つはその架橋事業が入るべきだったと思うわけでありますが、これは県の対応がまだ十分できてないということもありました。しかし、私は、来年、再来年のうちに古宇利島架橋と伊良部架橋あるいは久米島のオーファ島架橋の三つは同時にやはり取り上げるべきだ、それぞれ順を経て他の三つについてもやるべきだ、こういうふうに考えております。  そして、離島の港湾、これは復帰後非常に皆さんに積極的に港湾整備をやってもらっているわけでございますが、何も設計がまずいとか、そういうことを言っているわけではございません。やはりこういうのはっくってみなければ、どういう風向きでどういう波浪の影響を受けるのか、これはもう専門家でもあらかじめ予測できない状態が起こるわけでございます。例えば、伊是名の仲田港あるいは伊江島の川平港、ここは暴風が去った後も、航路は非常に静穏になっているけれども港入り口で波が高くて船が航行できない、休航する、こういうことがしょっちゅう起こっているわけです。それから、渡名喜の場合は漁港を港湾的な利用をしておるわけですが、ここも同じような状況が起こっております。それから粟国港、ここは全く陸上施設がないのです。待合所も何にもない。それから、波照間の港も漁港を港湾的な利用をされていますが、ここも全く陸上施設がない。もうかんかん照りのときにもそこでみんな待っている、雨の降るときもそこで待っている、寒いときもそこで船を待っている、こんな状態が続いている。こういった点をこの三次振計の中ではきちっと整備をしていく必要がある、こういうふうに考えております。その点について、ひとつ沖縄開発庁からお答えをいただきたいと思っております。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 お答えを申し上げます。  ただいま離島について、交通体系を中心としたお尋ねをいただきました。私ども、沖縄全体にとりましても交通体系の整備ということは大変重要な課題だと認識をしておりまして、例えば、一次振計、二次振計の期間中に国の投資としましては約三兆三千億円の総投資をいたしておりますが、そのうち交通体系の整備としましては、つまり道路、港湾、空港全体で約一兆六千億ということでございますから、約五割弱、四八%ぐらいの投資を交通基盤の整備ということに向けております。  そうした中で、ただいま離島に対する配慮ということでございました。全体では、現在、離島は面積にしますと四八%ぐらいでしょうか、それから人口にしますと一一%ぐらいでございますが、そうした中で私ども試算をしてみますと、予算面で約二八%ぐらいを離島に充てております。そうしますと、たまたまでございますが、面積が四八%ぐらいで人口が一一%、足して二で割りますとちょうど二七、八%になりますので、人口を見ながら、かつ面積も見ながらということでは、まあ、ほどほどの離島に対する投資がなというふうに感じているわけでございます。  これは全体でございますけれども、そのうちで、ただいま架橋について具体的にお話がございました。架橋につきましては、現在までに七橋やりまして、現に三橋を工事中でございます。その後につきましてどのように考えていくかということでございまして、この問題は全体の道路予算とかあるいは他の事業との兼ね合いもありますし、それから加えて、ただいま個別の架橋のお話がございましたが、そういうことになりますと、県内における投資とか開発の地域的なバランスというものも、これまた県にとりましては大変微妙であり、かつ重要な問題でございますので、全体こうしたものをひっくるめまして、今後離島架橋をどうするかということについて、現在、県におきまして全般的な検討を進められております。したがいまして、私ども、現段階で個別架橋の可能性につきまして言及させていただくということは差し控えなければいけないと思いますが、ただ、島嶼県である沖縄県にとって架橋というものは大変重要でございます。その点は全く異論のないところでございますので、この調査結果を踏まえ、かつ各省ともよく相談をいたしまして、とりわけ、三次振計における極めて重要な課題として取り組んでまいりたいと考えております。  それから、同様に港湾についてもお尋ねがございました。港湾予算は約三百億近いのですけれども、そのうち、これまた半分近くを離島の港湾に割いているわけでございます。個別に仲田港、伊江港についてのお話がございましたが、それにつきましては、御説明ございましたとおりいろいろ風向き等の関係でフェリーが欠航するというようなふぐあいも生じておりまして、そのうち、仲田港につきましては平成二年度から工事をいたしております。フェリー用の岸壁の移設を考えておりまして、その工事を続けておりますし、それから伊江港につきましては、いずれ現在行っております八次港湾整備五カ年計画の中で着手をしたいと考えておりますが、その移設先につきまして、それは小型船の船だまりでございますけれども、それをさらに移設をしてそこに持っていこう、玉突きを考えておりまして、現在その先の船だまりの方の工事を行っておりますので、それの完成の後新しいフェリーバースの施設を考えてまいりたい。  それからさらに、個別の問題として粟国と波照間の待合所等のお尋ねがございました。かねてからお尋ねがございましたけれども、粟国港につきましては、平成四年度の県の予算でこの待合所の対応をしていただくことになっておりますし、波照間の問題につきましては、私どもも県も町当局にいろいろ督促をしておりましたけれども、地元の方の対応はむしろもうしばらく待ってほしいということでございますので、この点につきましては、五年度において町からの要請を待って対応していきたいというのが県のお考えでございます。  以上でございます。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 今回沖振法を延長されまして、それに基づいて第三次振計が策定されるわけでございますが、何といっても三次振計の第二の柱となるのは、沖縄県の地理的な位置あるいは気候、風土の特異性を生かしてこれからの沖縄振興開発を図っていくことだと思っております。  それじゃ、なぜ沖縄県が国際交流の拠点として最適地であるか。これはもちろん、全国の最南端の土地でありますので、中国や東南アジアや南西アジア、こういう地域からの入り口ということもありますけれども、同時に、我が国の徳川幕府のもとで三百年近くも鎖国政策が続いた中で、琉球王朝は十二、三世紀ごろから中国や東南アジアと貿易や交流を深め、人的、物的、文化的交流を盛んにしてきておるわけでございます。それを琉球王朝立国の国是としてきた歴史的経緯があるわけでございます。  一四五八年に、尚泰久王は首里城の正殿に万国津梁の鐘をかけて、そのことを国是として内外に宣言をしているわけでございます。その銘文を読みますと、「琉球国は南海の勝地にして、三韓の秀を鍾め、大明を以て輔車となし、日域を以て唇歯となす。此の二の中間に在りて湧出するの蓬莱島なり。舟楫を以て万国の津梁となし、異産至宝は十方刹に充満せり。」このようなことを尚泰久王は一四五八年に、コロンブスのアメリカ発見が一四九二年ですので、これはそれよりも三十五年前にこのようなことを言って、沖縄の地理的な位置を生かしての、いわゆる琉球王国立国の国是としてきたわけでございます。そのようなことが沖縄県民の血の中には脈々と生き続けている。そういう国際性豊かな県民性を活用するということが今回の国際交流の拠点形成だと私は考えているわけでございます。  伊江大臣は琉球王朝の血を引かれるお立場でありますが、沖縄県の歴史の中での国際交流の県民性が息づいていることに対する御所見を、大臣からお聞きいたしたいと思っております。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 確かに、私たちの祖先は、海外雄飛の積極的な精神を持った民族だと私は思うのであります。したがいまして、狭い沖縄の土地を広い海によって何十倍もの富にかえるんだ、そのために舟楫、舟をもって万国津梁、つまり橋にしてあちらこちらと交流していくんだ、こういう大きな理想は、その精神といいますか哲理と申しますか、あるいは政策的な目標と申しますか、そういったものは今日でも相通ずる現時点の課題だと私は思います。  したがいまして、先ほど来御答弁申し上げたように、例えば沖合展開の空港の増設の問題も、今日物理的にまだ余裕があるからというだけでは済まされない大きな課題を抱えておりますし、積極的に空港容量がふえるようにいろいろ各方面に足をつないでいくということを、これからも我々の施策の中で一つの目標として掲げていかなければならぬ問題だと存じます。  同時にまた、南方諸国との間の交流も歴史的な課題でございましたと同時に、今、東南アジア、ASEAN地域、NIESの地域から北北東にかじをとりますと、どうしても最初にたどり着くのが沖縄でございます。そういう意味におきましても、地理的にも歴史的にも大変に近いところでございます。繰り返しになりますけれども、やはり貿易に生きるという先訓を現代的に活用いたしまして、自由貿易地域の機能的あるいは面積的規模の拡大ということをこれからの発展の軸に据えなければならぬものだ、こういうふうに考えている次第でございます。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 沖縄県は国の中央から遠く離れた隔絶した地域である、台風、干ばつ常襲地帯である。過去の歴史などいろいろ暗い面も多いわけでございますが、しかし、その反面、やはり沖縄でなければできないような特性をたくさん持っているわけでございます。その沖縄の持つ亜熱帯気候、これは全国唯一の特性を持っておりますので、亜熱帯地域でなければつくれない農業、漁業、畜産、花卉園芸、熱帯果樹等の産地としての位置づけは非常に重要だと考えているわけでございます。  そういう考え方に基づいて、政府は、第一次、第二次振計を通じて沖縄の農業基盤整備には、圃場の整備に、沖縄の農地は約四万六千ヘクタールぐらいありますが、これは全国の約一%、その中で要整備面積は四万四千ヘクタール、その三六%が平成三年度で概成される見込みでございます。かんがい排水については二〇・四%、これはまだ非常に低い状態です。したがいまして、農業振興を図っていくためには、今後とも、この三次振計の中で思い切って農業振興のための施策を展開していかなければならない、こういうふうに考えているわけでございますが、沖縄の農業の振興を阻んでいるのは、何と申しましても毎年決まって来る台風、干ばつです。やはりそれに打ちかつだけの施策を講じていかなければならない、こういうふうに考えているわけでございますが、そのためには、どうしても作目転換ということもまず考えなければならない。今、台風、干ばつに耐え得るのはサトウキビしかないという考え方でありますけれども、冬春季、冬と春にかけて本土の端境期を目指しての野菜、花卉などの生産に目を向けていくとするならば、必ずしも私は悲観的な面だけではないと思っているわけでございます。  そのためには、やはり農業用水の確保が一番大事であります。これまでも農業用ダムの建設にはいろいろ力を入れてもらっております。北部や八重山あたりでは本当にこれが顕著にあらわれてきているわけでございます。しかし、一番干ばつに弱い宮古、各離島あるいは南部などでは、地下ダム計画も進められておりますが、同時に、河川水の利用ということも考えなければならないと私は思っております。  最近、各地で河川改良工事が行われております。川幅を広くとって洪水防止のために非常にすばらしい工事をしているわけでありますが、せっかく降った雨をさっと海に流していくような工事のやり方しかやっていないのではないかなということを考えますと、こういった河川工事に当たっても、建設省と農水省が協議をして、降った雨をためる工夫をしなければならない、各地にいわゆるせきをつくるべきではないか、こういう考え方。特に、今南部の報得川、饒波川あたりで相当広い断面で工事がやられている。しかし、あれだけ常時水が流れるわけではありませんので、ああいう工事のやり方でやりますと、あと二、三年もするとアシがいっぱい生えて水が流れなくなります。だから、一メーターか二メーターぐらいの水をためればアシが生えなくなる。そういう工夫が河川の維持管理の点から、あるいは農業用水としての確保の点から非常に重要な点だと思いますけれども、この点について、開発庁のお考えをお聞きしたいと思っております。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 沖縄の農業、とりわけ、水の確保の問題についての御質問でございました。  御指摘がございましたように、我が国唯一の亜熱帯の地域でございますので、その特性を生かした農業の展開というものが期待されるわけでございますけれども、その際いろいろネックがございます。一つの制約条件が、お示しになりました水の問題であろうと思います。干ばつに強いと言われるサトウキビにつきましても、やはり昨今の状況を見てみますと水が大事でございますし、さらに、新しい選択的な農業を展開していくという際にもやはり水が不可欠でございます。そうした中で、農業政策一般は農林省にまたなければいけませんけれども、基盤整備というのは私どもがやっているわけでございます。  例えば、本年の予算で申しますと、全国の農業基盤整備予算が三・八%の伸びでございましたが、沖縄につきましては五%の伸びをお願いいたしました。そして五%の農業基盤整備費の中で、水につきましては一二%ぐらい伸ばさせていただいております。とりわけ、先ほどお話ございましたように、大きなダムも必要でございますけれども、特に、離島あるいは山間部につきましては小さなため池等も大変必要でございます。むしろその方が、水問題は困難をきわめておりますので、例えば、県営につきましては二割伸ばしております。それから、団体営につきましては三三%伸ばしているということで、とりわけ水に重点を置き、かつ、県営、団体営といった小回りのきくため池づくりに力を注いでいるという状況でございます。国営のダム等につきましては、宮古、それから本島南部等についての現在の工事なり計画を進めたいと考えております。  それから、一具体的にお話ございました、河川整備の際に農業用水をためることを考えてはどうかということでございました。御案内のように、沖縄の河川は流域面積が非常に小さくて、かつ急流で、それでいて雨量強度が大変強いということで、河川の立場から申し上げますと、とにかく一たん降った水を、洪水を速やかに海の方に流すのだということ、つまり、洪水から県民の生命財産を守るということをまず基本に置いておられるようでございます。そうしたことから、現在せきの建設というのは、取水せきはございますけれども、ためるせきというものはお話のように持っていないようでございます。この点につきまして、農業用水のためにそういったせきの建設の御要望があれば、私ども、建設省、農林省になりましょうが、よく相談をさせていただいて適切に対応させていただきたい、かように考えます。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 河川整備に関連して取水せきをつくれということについては、報得川は今改修工事をやっていますのでぜひ現場も見ていただいて、これはそうすべきだというようなことでひとつ検討していただきたい。河川管理の面からも、せきをつくって水をためれば草は生えないわけです。しかし、このままにしておきますと二、三年するとアシがいっぱい生えて、これはもう水は流れなくなりますよ。何のために金をかけたかわからなくなる。そういうことをぜひひとつ検討していただきたいと思っているわけでございます。  今日まで二十年間、皆さんが沖縄の漁業振興のために各地域の漁港整備を積極的に進めていただいたことはよくわかっております。例えば糸満の第三種漁港、これは水産加工団地との関連で、我が国全体の漁業の南進基地としてつくったわけでございますが、漁業を取り巻く情勢というのは大きく変わってきまして、遠洋漁業というのは先行き非常に不透明、不安な状態になってきているわけでございます。そういう意味で、糸満漁港はこの際ひとつ再開発の余地があるのじゃないか。これからは沿岸、沖合が前提ですよ。ああいうふうに遠洋、沖合を前提にした漁港はもう本当に遊休化してしまう、宝の持ちぐされになってしまう、こういう感じを持っておりますが、また、これは名護漁港でもそのような状態が起こっております。名護の場合は、地元でも再開発をしたい、このままでは遊休施設だ、こういうことを言っているわけでありますが、それは皆さんがおやりになったことが悪いということではございません。その当時はそういう考え方があったわけですが、しかし、漁業を取り巻く情勢というのは大きく変化してきた。だから、そういう点から考えまして地域に見合う漁港に再開発する必要がある、こういうふうに考えますけれども、それについてのお考えをお聞かせください。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 ただいまお示しかございましたように、沖縄の漁業の漁獲高の推移を見てみますと、昭和五十五年ごろと比較しまして遠洋漁業は現在ほとんどゼロになっておりますし、それから、沖合漁業がほぼ半減近くになっております。そうした中で、最も手近な沿岸漁業というものが若干ふえてきているわけでございます。そういった意味で、漁業をめぐるいろいろな環境が変わってきている、それに対応して漁港の整備というものも考える必要があるのではないかという御指摘でございました。いずれにしましても、そういった御要請を念頭に置きまして、水産庁あるいは県ともよく相談をして勉強させていただきたい、かように考えます。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 三次振計で最も大事なことは、全国の在日米軍基地の七五%を抱えている沖縄県、この米軍基地を今日どういうふうに整理統合していくかということを抜きにしては、私は三次振計は考えられないと思っております。ただ、国防上、県民は今重要な任務を担っているわけでございますが、同時に、そのために振興開発が阻害されるようなことがあってはならない、こういう観点から私は申し上げたいと思うわけでございます。  沖縄の米軍基地は、地主と米軍が貸しますよ、借りますよというふうなことで今あるわけではございません。これは昭和二十年にアメリカが上陸してきてとにかく占領された、その状態が今続いている、そういうことでございますが、しかし、今日、世界の情勢は冷戦構造が終結して世界全体が軍縮の方向に行っているときに、ああいう時代につくられた米軍基地がこれからも必要であるということは、これはとてもじゃないが理解しがたいことでございます。アメリカは、日本が地料も払ってやってくれていますので、ああいう遊休施設を、要らないところを抱えておっても痛くもかゆくもないから、返しますよということを言いませんよ。だから、それをやはり外務省も防衛施設庁も一緒になって、特に沖縄開発庁が音頭をとって、これこれの地域は返してくれ、そういうような形でこれからこれに対処していくべきだと考えているわけでございます。かって、関東地方に散在している米軍基地を、日本の首都圏整備の非常に障害になっているということで関東計画で全部集約していった。そういうことをなぜ沖縄県でできないかということです。外務省も防衛施設庁も米軍に対しては余り物を言えない、弱腰である。大変言葉は悪いかもしれませんが、国民の税金を使って負担している以上、それに対しては皆さんもう少し強い姿勢で米軍にも言っていただきたい、こういうふうに思っているわけでございます。  そこで、絶えず問題にしておりますのは、返還のあり方に問題がある、使い捨てだというようなことを言っているわけでございますが、沖縄県民は無理やりに土地も農業という職業も一緒に取り上げられて、今その地料を目当てに生活をしているわけです。そうすると、もう要りませんからあした返しますというようなことを言われたら、これは大変なことになる。だから、これが障害になって総論賛成、各論反対なんですよ。口では全面返還を言うけれども、返すとなると反対だと言うんだ、もっと使ってくださいと。だから、これは返還のあり方に問題があるということなんです。少なくとも三年間ぐらいの予告期間を設けて、そして返還後もきちっと収入が入る、せめて三年ぐらいは管理補償という立場で地料相当額を補償する、こういうやり方でやるならば、地主は進んで返してくれ、市町村も進んで返してくれ、こういうことになると思うわけでございます。  去年、沖縄県で、提供に反対している人たちがいるために強制収用をかける、市町村にお願いしたら市町村はその公告、縦覧を代行しない、皆さんは知事にお願いした。知事も三カ月ぐらいどうしようかどうしようかと言って非常に苦労を続けておられたわけでございますが、やはり県民の利益を守る立場からこうあるべきだということで、皆さんに対してもこの返還のあり方についていろいろ注文をつけて、それじゃやりましょうということになった経緯はいろいろな資料から十分知っているわけであります。そのために十一省庁協議会もつくられているわけでございますので、私は、誠意を持って知事の代行したことにこたえてもらわなくちゃ、あの十一省庁協議会が何回開かれたかわかりませんが、これをお茶を濁すような形で適当にしていくということは、私は県民の立場として絶対に許すわけにいかない。その件について、知事とやりとりをしたことについてどういうふうに皆さんがこたえていくかということについてひとつお答えをいただきたい、こういうふうに考えているわけであります。

大原重信防衛施設庁施設部長

○大原政府委員 お答えいたします。  沖縄県に所在いたします施設、区域の返還に当たりましては、面積が広大でございまして、かつ、民公有地が大部分を占めていることもございまして、返還予告期間が短い、あるいは跡地が有効利用されるまでに時間を要し、返還後の補償期間が短い等の問題があるといたしまして、その改善が要望されているということは十分承知いたしているところでございます。これらのことを踏まえまして、先生御指摘のとおり、御指導を賜りながら、平成三年八月二日に、施設、区域の返還を行うに当たっての返還予告、返還後の補償及び跡地利用の問題等についてより適切かつ合理的な処理に資するために、関係省庁間で情報、意見の交換を行うということを目的といたしまして、関係省庁連絡協議会を設置いたしたものでございます。  返還処理問題につきましては、返還の規模あるいは地権者の方々、地域住民の方々や関係自治体の御要望等、それぞれ極めて複雑かっ多様でございまして、また個性的な性格を有しておりますことから、本連絡協議会におきましては、それぞれの事案の特性に応じ、個別具体的に意見交換等を行うことといたしております。  なお、この連絡協議会の運営に当たりましては、各省庁間で話し合ってまいりますが、連絡を密にいたしまして適切な運営を図ってまいりたいと存じますので、よろしく御指導賜りますようお願いいたします。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 私は、昨年、知事が公告、縦覧の代行の決断をした背景にはやはり返還のあり方に問題がある、地主の利益が損なわれている、これについて十分なる措置を講ずる、これは防衛庁長官もその会見の中で言っておられるわけでありますが、そのルールをきちっとつくっていただくようにお願いを申し上げておきたいと思っております。  そして、もう御承知のようにあの基地のある場所というのは平たん地で、いろいろな産業の面で、農業の面で最も有効に利用できる。そういう場所が全部米軍に使われているわけでございます。だから各市町村としては、自分の地域の振興開発を図ろうにも全部それが邪魔になってできないわけであります。それでも何とか工夫をしてその地域の振興を図ろうということでいろいろ計画をしているわけでございますが、例えば、浦添市が西海岸開発で三期に分けて埋立事業を進めている。これは国もその計画については賛同している。ただ、この牧港兵たん部の海岸五十メーターの制限水域が、返還してくれと言ってもどうしても聞かない、そのためにこの計画全体が全部足どめされている。嘉手納町なんかは本当に狭隘な地域に町民がひしめき合っている。そのマリーナを返してくれ、そこをどこかに移動してくれと言ってもこれも聞かない。沖縄市の東部海浜開発で、泡瀬通信施設の海岸の制限水域がこれもまた百五十メーターぐらいあるわけです。これも返還しないために沖縄市の東部海浜開発が前に進まない。金武町のブルービーチ、これも遊休施設なんです。いざというときにやはり米軍はハンセン基地への進入路としてそれを確保したいと思っているはずですけれども、これは金武町としては別の角度から、進入路が必要であれば代替地を上げますよ、こういうことを言っているわけでございます。こういうことが各地でちょっとした調整でできる。これを全く米軍は聞いてくれない。その辺について防衛庁も防衛施設庁も外務省も中に入って、このぐらいのことは我慢せいというような形でそれは調整をしてあげるべきだ。我関知せずの姿勢では、私は沖縄の基地問題は解決できないと思うのです。  これについて、まず伊江大臣、もし外務省や防衛施設庁が聞かなければ開発庁でひとつ音頭をとってやる、これだけの決意がなければならないと思いますが、各関係者の御答弁をひとつお願い申し上げたいと思っております。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 私は世界情勢の立場から基地の問題を論ずる立場でございませんので、現時点で基地の活用についてどう考えるかという私なりの解釈に基づいてのお答えを申し上げたい、そういうふうにお許し願いたいと思います。  本島の二〇%を占める米軍基地というのは、確かにいろいろな意味でこれからの沖縄の経済発展のための阻害になっている一つの要因であることは、先ほどもお答え申し上げました。したがいまして、ただ手をこまねいて見ていてはだめじゃないか、沖縄開発庁もひとつその調整役に入れという御指摘だろうと思いますので、この問題につきましては、その問題の都度と申し上げるよりも、今後の問題としてどうあるべきかということについては、私どもも大きな立場上考えなければならない問題ということは踏まえておりまして、私は着任以来、防衛施設庁の長官、それから今さっき答弁に立ちました大原施設部長などと、これで二回ばかりそういった問題についての打ち合わせをいたしております。今後とも外務省も含めて、おっしゃるとおり全面返還というふうな立場ではなくて、個々に必要なものについては、その必要の都度アメリカ軍に現地も含めまして申し出て、沖縄振興開発のために具体的にこの地域についてこういうふうにしてほしいという申し入れはやはり積極的にしなければならぬな、こういう気持ちは私も十分踏まえて持っております。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 今の伊江大臣の御答弁をひとつ外務省も防衛施設庁も防衛庁もしっかり踏まえて、これに対処していただきたいと思っております。今私が申し上げたような要求は、何もそれ自体が基地機能を低下させるものじゃない、こういうように考えておりますので、そういう点は積極的にひとつ中に入って、その基地を抱えている市町村の悩みというものを一緒に解決をしていただきたい、こういうふうに考えております。  復帰二十周年という響き、これはある意味で、二十年かかってもまだ戦中、戦後の問題が解決されてないのか、こういうことに私は思えてならないわけでございます。したがいまして、今回、沖振法が延長されて三次振計をつくるに当たって、この戦後処理問題というものをきちっとやっていただかなければならない、こういうふうに先ほど申し上げたわけでございます。  厚生年金の格差の問題、これを訴え続けてもう本当に長い年月がたっております。本土では昭和二十九年にその制度が発足して、沖縄県では昭和四十五年に発足した、そのために沖縄の本土と同年齢の人が本土の六〇%程度しか年金をもらっていない、こういう実情を十分認識をしていただいて、今、政府が算定した昭和六十三年の生活保護の金額が幾らかというと十三万です。それを沖縄県では約七十万しか年金をもらっていない。こういうことをよく御認識をいただいてその点に対する対処をしていただきたい、ぜひひとつ前向きな御答弁をいただきたいと思います。  もう一点、最後に八重山のマラリアの問題、これについてはいろいろ難しい見方をされる方も確かにおります。しかし、八重山の方々の意見を聞いておりますと、大正十年に、マラリアという風土病がある、これは方言でやきと言っておりますが、それがあるということで政府、内務省に対して調査を依頼した。そうしたら内務省の調査の結果、八重山の石垣島、西表を中心に山岳地帯にはマラリアという風土病があるというので有病地帯という指定をしている、大正十五年に。そういう場所に、軍事作戦上住民がそこにいては妨害になる、こういうことで全部その山岳地帯に追い払った、それでマラリアにかかって三千人の犠牲者が出た。こういうことを考えると、南方や中国でマラリアにかかって死んだ人たちとは意味が違うと思うのです。  そういう点で、この二点は三次振計の最後の戦後処理としてきちっと整理をすべきである、私はこういうように考えておりますが、以上御質問を申し上げて、私の質問を終わりたいと思っております。

加藤栄一厚生省年金局長

○加藤(栄)政府委員 それでは、沖縄の厚生年金の問題につきましてお答え申し上げます。  沖縄の方々がお受けになります厚生年金につきましては、沖縄の厚生年金制度発足が歴史的な経緯によりましておくれた、こういう特殊事情は私どもも認識しておりまして、御存じのとおりこれまで、本土復帰時におきましては、本土でございますと十五年以上入らないと適用されません中高年層の特例につきまして、沖縄の方は四年ないし十一年、その御年齢によりまして適用する。これで定額分の二十年加入と同等の最低保障が得られるわけでございますが、平成二年度からは、さらにその上の報酬比例部分につきましても十五年加入に相当する報酬比例部分が得られる、こういう特例措置を講じたところでございます。現在、二年度から始めました特例措置の申請を受け、実施をしている段階でございまして、年金制度として最大限とり得る措置を講じたところでございまして、その点を御理解いただきたいと存じます。  なお、沖縄県当局あるいは地元の関係者の方々からはまた御要望も受けているところでもございますので、県当局などとの意見交換は今後とも行ってまいりたい、かように考えております。

仲村正治自由民主党

○仲村委員 尖閣列島の問題で外務省や海上保安庁にも来ていただいたわけでございますが、時間が参りましたので割愛をしたいと思っております。  どうもありがとうございました。

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 上原康助君。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 沖縄の復帰二十周年を目前にして沖縄関連二法の改正案が今審議をされているわけですが、質問が多岐にわたりますので、ひとつ伊江大臣初め関係者の皆さんに、簡潔、明快に御答弁をしていただくことをまず要望をしておきたいと思います。  そこで、伊江長官、もう外交辞令を言ったり御祝儀時代は過ぎましたので単刀直入に聞きますが、あなたが沖縄開発庁長官に御就任なされてから、何か今までの沖縄開発庁長官と変わった、沖縄の振興開発でもいいし、基地でもいいし、戦後処理でもいいし、何でもいいですから、殊さら取り上げて閣議なりでこれまでやってきたことありますか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 いきなり私が就任いたしまして行政というものの急展開ということは、これはなかなかできない問題でございますが、私は、就任して間もなく閣議では、沖縄の振興はまだまだこれからやらなければならないから、沖縄振興開発特別措置法と沖縄の復帰に伴う特別措置法をぜひひとつこの次の国会で延長方お願い申し上げます、こういう発言は就任当初申し上げまして、総理以下の皆様方の御賛同を得たというところでございます。  それから、一番最初のお尋ねのおまえさんがかわってからどうなったのかというのは、先ほどもちょっとお答え申し上げましたけれども、私は、今日まで二十年間の沖縄の振興開発計画は、ある意味では社会資本の整備といいますか、また、言いようによっては戦後の復興に大きく力強い歩みを続けてまいったことでございますので、これを軸にいたしまして、今後の第三期に臨むに当たっては、沖縄の今後の発展の基盤となるための新しい富を創出することが必要じゃなかろうか、そのためには自由貿易地域を軸にしてやってまいるということを申し上げた次第でございますが、具体的には、県の有識者の方々あるいは本土の学識経験の方々に一応御意見を伺いながらこの問題に取っ組んでまいりたい、こういうふうに存じております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 大変残念ながらかわりばえがしないんですよね。あなたに期待をしたのは、沖縄第一号の大臣であるとかあるいは沖縄通であるとか、それはいろいろあります。しかし、今おっしゃる沖振法の延長の問題にしても予算の問題にしても、これは谷前長官が布石をして、それ以前から我々もみんな努力をして、当然なさねばならない一つの方向なんですよ。我々があなたに期待しているのは、与党議員でさえ言っている基地問題をどうするのか、厚生年金格差をどうするのか、戦後マラリア補償についてどうするのか、そういう沖縄にしかない特殊なというか特異な戦後復帰処理課題について、沖縄初の大臣として閣議で物を言い、みずから動いて政治力を発揮するかどうかを期待したのであって、沖縄の王様気分じゃいかないですよ。先ほどからいろいろ聞いていますと、この沖振法の中身をよく御存じなのかどうか。失礼になるかもしれませんが、新しい富をつくっていくために自由貿易地域を拡大して云々と言っていますね。沖振法に定められている自由貿易地域の実態がどうなっているか、大臣、知っていますか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 確かに今の御指摘のとおり、沖縄自由貿易地域においては関税の機能が十分に機能いたしておりません。したがいまして、極端に言う方はあれは保税倉庫じゃないか、これは沖縄の振興開発のためには、邪魔にはもちろんなりませんけれども、期待していたような自由貿易地域のイメージとは違うんだという御指摘は十分に私承知いたしておりまして、その機能を拡大していこうということでこれからやってまいりたい、こういう意味で申し上げた次第でございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 これについては具体的にお尋ねしますが、車ほどさように、我々が十年前に指摘をしたこと、あるいはその以前の沖縄国会時代から指摘をしてきたこと、基本的な課題というものが一向に解決をしていない、そういう前提でお尋ねをいたします。  もちろん、社会基盤が整備されて、二十年の間にいろいろ沖縄の経済とか県民生活とか社会に変化があったこと、これはだれでも認めることなんです。当たり前のことなんです。本土だってうんと変わっているんじゃないですか。そういう、何か沖縄開発庁とか政府がやったという恩着せがましいことをみんな余り言わぬでください。僕は、沖縄開発庁のあり方そのものに最近非常に疑問を持っている、正直申し上げて。今や総合事務局は自民党の沖縄県連支部、沖縄開発庁は自民党県運の東京支部、そういう極論さえあることを役人の皆さん知っているか、みんなじゃないけれども。政権与党だけが政治をしているんじゃないんだ。基地問題にしても、六歳未満のあの戦災児童の問題にしても、国民年金の三十六年に改善されたこと、厚生年金の二回に及ぶ改善、何一つ与党が本当にやってきたの。政府みずからこういうことを沖縄にやったことはありますか。この委員会とか予算委員会とか内閣委員会とか、あちこちの委員会で我々が指摘をして、かつては瀬長さん、安里さん、今は玉城さんや古堅さん、野党にことごとく指摘をされて初めて沖縄問題は前進をしてきたんです。これが復帰二十年の総括なんだよ。あなたの総括はどうですか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 やはり国会でなさることでございますから、それは与党だけの性質の問題ではございませんし、やはり野党の先生方の御協力をいただかなければならぬ問題も多々ございまして、この点は御指摘のとおりでございます。したがいまして、与党の発想によって沖縄の問題が解決したとか、あるいは野党が指摘したからこの問題は前進したとかというふうな性質の次元で論ずるべき問題ではなくて、沖縄の総合開発は、全国の国民の皆様方が、沖縄が大変に苦労したから、我々の方へ回す予算のうちの一部を割いてでも沖縄のために使ってくれよという大変に温かい意思が込められた沖縄の振興開発法でございますから、そういうことを踏まえて、これからも与野党の皆様方の国会での御審議で沖縄の発展のためにひとつお力をいただきたい、かように私は存じている次第でございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 それは私も、別に政府が、これは開発庁もみんなとは言いませんよ。誠心誠意やっておられる幹部もいるし、職員もたくさんいる。ほかの省庁だってそう。だが、沖縄開発庁長官とか特に沖縄出身であるならば、僕は超党派の政治姿勢でなければいかない。沖縄振興開発をやっていく上では、沖縄の基地問題とか基地の跡利用もありましたね。そんな断片的なことではなしに根幹の問題を私は聞いている。そういうことについてはどれだけ障害になっているかよく知っているはずなんだ、沖縄開発庁は。だが、あなたは大臣に就任なさると同時に、野党提出の軍転法は安保どうのこうのとか、基地を否定しているからこれはだめだとか、ことごとく沖縄開発庁がブレーキになっている。私は、そういう政治姿勢を改めなさいと言うのですよ。あなたが今おっしゃったように、本当に日本全体の政治力を結集して、野党の言うことも聞いてやると言うならば、野党が提出する法案や野党が指摘をする問題についても、すべて同意できなくても、その半分があるいは三分の二ぐらいは沖縄県民のためになる共通問題があるはずなんですよ。そういうのをことごとくあなたは就任以来否定している。だから私は冒頭こういう発言をするのです。そういうことについてどうお考えですか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 御指摘でございますけれども、私も先ほど御答弁申し上げたように、沖縄の基地は二〇%を占める、あんな狭い島では相当大きな比重を持っている、したがって、これは沖縄の開発の障害になっている一つの要素だ、これを整理統合して縮小してもらいたいという念願は、これは私は持っておりますということを申し上げた次第でございます。  それから、野党が提出する沖縄の問題についてはことごとくおまえは否定するじゃないかという御指摘でございますけれども、やはり我々は政府の一員でございまして、しかも私は閣僚の一員でございますから、政府の政策あるいは国際法上の我が国の位置、安保条約の機能の維持という問題については、政府の一員としては当然それを踏まえて行動しなければならぬ、発言しなければならぬ、こういうふうに思っております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 長官私はあなたにおまえとか言っていませんよ。あなた、これは会議録に載りますからね。上原が大臣におまえと言ってないですからね。それはあなた、訂正してください。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 私が申しましたのは、私にという意味でのおまえということで、先生がおっしゃった言葉ではないことは、じゃ訂正いたします。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 そういうことがあらぬ誤解を招くのですよ。基地の問題については、政府の一員である、閣僚の一員だから、それはわかる。しかし、あなたがブレーキになる必要はない。それは後ほど聞きましょう。  そこで、今復帰総括についてはお答えにならなかったのですが、この沖振法を前々から延長してもらいたい、あるいは特別措置法についても延長してもらいたいということは県民挙げての要望ですから、私たちもあえて反対じゃない。だから賛成をしている、促進をする立場をとってきた。だが、僕はもう一つ開発庁にクレームをつけておきたい。  確かに社会党は、賛成法案ではありますが、本会議の趣旨説明を要求いたしました。なぜか。本当なら、これは委員長もそういうお考えを持っておったわけですが、十年前は二十三時間以上この法案を審議しているのですよね、復帰十年に当たっては。沖縄からわざわざ六名の参考人もお呼びしていろいろ意見聴取をした。総理も審議の最後には出てきてもらった。外務大臣にも。だが今回は、時間がない、時間がない、賛成法案だから何も審議しなくてもいいというようなことを言っている。国会の審議は与野党の合意で成り立つ。本会議で質問しようが何しようが、沖縄開発庁がそういうことにいちゃもんをつける根拠もなければ権限もない。だが、開発庁長官初め幹部の諸君は、賛成法案なのに何で本会議でつるすんだろう、ぶら下げるんだろう、審議促進を邪魔している、こういうことを沖縄県のある団体とかそういうところに、早くおろすように言ってくれ、上原に邪魔するなど言ってくれ、こういう歪曲した——誠心誠意どうすれば問題点を浮き彫りにして本当に二十一世紀を展望する平和で豊かな沖縄にしていくか、国際情勢は大きく変わっている、これに見合う中身にしていくかということを我々は心血を注いで、マラリア問題も厚生年金問題もいろいろなことをやろうとしているのに、これだって開発庁長官初め、新聞に出ていますよ。なぜそういう態度をとるんだ。御見解を聞いておきましょう。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 いろいろな御指摘を賜ったわけでございますけれども、私たちは、審議の中身をどうしろとかこうしろとか、審議時間をどうしろなんということを申し上げるような、そういうおごった気持ちはございませんし、また、そういうことをすべき立場でないことは十分に踏まえておるわけでございます。ただ、希望いたしますのは、これが御高承のとおりに日切れ法案であるということのために、できるだけ早く御審議を終えていただきたいなという願望をそういうふうにお受け取りになったことだと思うのでございまして、決して審議について時間が多いとか少ないとか、あるいは本会議での質疑はやめてほしいなどということを申し上げてきたつもりではございませんので、この点については御高承賜りたいと思います。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 それは納徹できませんね。日切れ法案といっても、きょうはまだ十日でしょう。三十一日まで十分時間はあります。我々は、そういう国会の全体的な動きも見ながらいろいろやっているんです。あなたも参議院では議運の委員長もなさって、大臣もなさるぐらいだから国会のことには相当通じていらっしゃるでしょう。こっちだってきのう、きょうの議員じゃないですよ。当然いろいろなことを想定して、本会議での趣旨説明をし、いついつごろおろせば委員会がどうなるだろうということは与党以上に僕らは心配しでやっている。それについて、開発庁長官とか開発庁の何とか大物か知らぬけれども、そういう人々から一々文句を言われる筋合いはない。そういうことは納得できない。与党だけが政治しているんじゃないんですよ。だから、今日の政治を見てごらん。腐り切っているじゃありませんか。それは企業と官僚の癒着ですよ、政権政党の。そんな同じことを幾ら聞いたって、ここで自立的経済発展とか過去の実績とか何とかかんとか言ったって、基本を正さなければどうにもならぬ、そういう政治姿勢そのものを。  そこで、まず第一点確かめておきたいことは、これはこれまでも議論してきたことですが、いわゆる三点セットということを私たちはよく言ってきました。第三次振計の策定、沖振法、特別措置法の延長、これはだれも異存がないんだ。自民党だけがそれをやっているんじゃないんだ。それと、もう一つ大事なことは高率補助率の問題。これはいろいろ聞いていると、何かみんな沖縄へ帰ったら、高率補助は断固維持するとかなんとかかんとか言っている。だが、今は基本法にあるから、いろいろ五十九年までさかのぼらないでもこの間六十一年にですか、やってできているわけですよ。この高率補助は今後も、この十年間沖振法を延長する、三次振計を策定する、当然表裏一体のものでなければいかないと思うのですが、大臣、これは堅持していきますか。あなたは、そういうことについては閣議でお願いをしたと言っている。これは大事な点ですよ。ごまかしちゃいかないんですよ。今、裏負担がなされているから、あるいは特交でやっているから大丈夫といっても、我々は三年後どうなるか非常に心配している。少なくともこの十年間高率補助が維持されて初めて、あなたが言う新しい富を得ることが少しはできるかもしれない。私は非常に不安を持っているわけです、今のような姿勢では。この問題についてどうなさいますか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 やはり高率補助というのは我々の一番の願望でございまして、当面はそういうふうなことで延長することができる、皆様方の御審議の結果そういうふうになっていただくことを希望しているわけでございますけれども、政府は政府でいろいろな約束事がございますので、それはその時点においてクリアしていけばいいのでありまして、私たちの本質は、今先生が御指摘のとおり、やはり三点セットということが沖縄の振興開発の今後のためにも絶対に必要であるという点については、認識は先生と同様でございます。そのために頑張ってまいるつもりでございますので、よろしくお願いを申し上げたいと思います。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 きょうはできるだけ大臣に答弁させてくださいね。もう役人の答弁聞き飽きた。私が聞きたいところは答弁しなさいと言いますから。  そこで、それは政府には政府の考えはもちろんあるでしょう。政権政党ですから私も何も否定はしませんよ。だが、野党の存在を今の政治は余りにも無視し過ぎる、正直言って。そうでしょう。あなた方、実際はみんな腹の底でそう思っているんじゃないの、役人初め。それは民主主義の否定ですよ。だから政治が腐るんだ。  そこで、あなたはそうおっしゃいますが、そうしますと、政府には政府の考えがあるでしょう、それは。全体的な横並びということもあるでしょう。私だってその程度はわかる。そうすると三年後の見直しについても、沖振法の本法で定められているこの高率補助の維持をやもなければ沖振法の目的達成は不可能だ、難しい、そういう認識でやりますね。それを聞いているのです。余計なこと、それ以外のこと言わぬでいい。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 余計なことは申しません。そのとおりでございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 これは非常に大事な点で、今、振興局長初め関係者が御努力なさっている点は私は評価しますよ。だが、これは沖振法の本法に、沖縄の振興開発はこうこうこういう補助でやるということがあるからこの差額についても補てんできるのであって、それが十分の九になり十分の八になり、あるいはそれ以下になるかもしれない。三年後の見直しで、経済状況のいかんによっては。画一化しようとする動きはあるわけでしょう。そういうことを堅持して初めて沖縄出身大臣だとか、沖縄開発庁の存在する意義があるんですよ。  なぜそのことを言うかといいますと、最近の県民所得、まあ一々数字を挙げるまでもありませんけれども、見てくださいよ、皆さん。数字が示している。昭和六十二年度から、県民一人当たりの所得にしても、あるいは対前年度伸び率にしても本土より下がっているでしょう。昭和六十二年度は、沖縄が対前年比で一人当たりの県民所得伸び率四・四に対して本土は四・八。六十三年度、四・〇に対して六・四なんだ。平成元年度、沖縄が六・三に対して何と本土は九・二なんだ。いいですか。平成二年度、五・二に対して七・八。だから所得格差においても、一時七五%までいったんだが七〇%ちょっとになっている。これが沖縄県の、沖縄振計の実態なんですよ。格差の是正とか本土並みに持っていくと言ってみたって、沖縄にたくさん金を注いである、特別の配慮をしてあると言うけれども、むしろ本土の方が経済の伸びは高い。こういうことについて一体政府はどうするのか、沖縄県はどうするのか、我々はどうするのか。そういう中で補助金がカットされたら一体結果はどうなるの。このぐらいのことはだれでもちょっと勉強すればわかること。そういう具体的なことを言わぬで、伸びた、伸びた、三兆数億円も沖縄にやっているんだから大丈夫と言っても、これは通りませんよ。  今私が指摘したことと、これからの第三次振計における経済指標とか成長率とか、どういうものでやるのかお示しください。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 今の御指摘のとおり、高率の補助をもらうということは、沖縄は財政的に依存度がまだ解消をしない、それはやはり維持しなきゃならぬなという御指摘が一つ裏にあると思うのです。それから、なぜ本土の一人当たりの国民所得の伸びに対して沖縄がそれについていけないのか、沖縄はどうして遅いのか、こういう御指摘が第二番目の重要な御指摘だったと思うのです。それは、私が先ほど与党の先生方にお答え申し上げたように、沖縄の経済体質の問題が非常に大きく左右しているんだということを申し上げました。その一つが、企業の立地ができないという地域的なおくれがある。もう一つは、先ほど先生も御指摘のとおり、基地が大きな面積比重を占めているために生産基盤としての活用になってない、それを解消すべきじゃないかということをおっしゃいましたが、我々もそのことを十分に踏まえて、基地についてはできるだけ整理統合、縮小をしていただくようにこれからもやってまいります。  それで、第一の弱点でございます企業立地については、先ほど抽象的なようなことを申し上げましたけれども、新しい富を生み出すべくひとつ考えてまいりますよ、こう申し上げた次第でございますから、財政基盤をしばらくの間は政府に依存しなきゃならぬという意味においても、おっしゃったように高率の補助というものは今後とも我々努力してまいりたい、こういうふうに申し上げる次第でございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 財政基盤を維持する、堅持をしていく、それには高率補助は必要である。これも当たり前の論理、常識ですね。しかし、こういう物を生産する製造業がちっとも成長しないというか発展しない。むしろ一次、三次に比べて低下をしている。そういった沖縄の経済構造の脆弱性について根本的にメスを入れようとしないからそういうことになっているのです。  補助金のあり方にしても、確かに公共事業については十分の十とか十分の力とか人とか、高率補助の分は社会資本整備ということでどっとよくなったことは事実なんです。だが、十年前にも、文化施設であるとかソフトの面についても、もっと補助率をかさ上げするとか政府の政策的誘導とかリードをやっててこ入れしなさいということについては、あれほど口酸っぱく年がら年じゅう指摘をしてもなされていない。そこが原因なんですよ、大臣。それは、私はすべて政府の怠慢とは言いません。政府のせいにはしません。沖縄自体ももっと努力しなきゃいかぬところはあったでしょう。だが、我々があれほど文化面とかソフトの面について指摘をして、予算の配分であるとか補助率の問題で見直しはきかぬのかと言ってみても、一向にそれを聞こうとしない。大きいところだけ、日の当たるところだけ見ている。それも必要でないとは言わないけれども、そういった沖縄の離島を含めて、まんべんなくあなたが言う富の生産ができる、富の配分ができる、予算の配当ができるような政策、行政の仕組みが国にも県にも足りない。そこが今日の非常にアンバランスな経済構造になっている。これをどう改めようということが今回の第三次振興開発計画であり、三次の目標でなければいかないと思うのですよ、この沖振法の。この件については振興局長から聞いておきますよ。どういうふうに体質改善をしていくの。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 ただいま、補助率問題に関連いたしまして、例えば文化施設のおくれということをおっしゃいました。補助率と公共事業の整備水準との関係を見てみますと、補助率の高いもの、そうしたものは整備率が高いようでございますし、補助率の低いもの、文化施設等につきましては比較的整備がおくれているというのは御指摘のとおりかと思います。  ただ、前回の御審議、つまり十年前の御審議のときにもありましたけれども、補助率の高いもの、整備の進んでいるものを落として、そのかわり低いものについて補助率を上げていったらどうかという御指摘もございました。補助率の体系としては、確かにそのような議論もあり得るかと存じます。ただ、現在の沖縄の実情を見てみますと、補助率の高いものと申しますのは、道路、港湾、空港などの交通基盤の整備とか、あるいはダムあるいは国営かんがい排水といったような沖縄の振興開発にとって基幹的な事業が中心でございますし、かつ、それは今後ともかなりの事業量の増加が見込まれるものでございます。仮に整備水準の低いものについて補助率を上げるということになりますと、恐らくは、高率の補助を指摘している臨調答申等からしまして、高いものをどうするかといったような議論は当然起こり得るのだろうと思います。私ども、沖縄県に対する特別の財政措置というものの全体のパイというものがやはり一番大事だと思いまして、そこを何とか維持をしていくというのが、ことしの予算編成のときでも私ども一番念頭に置いたところでございます。  したがいまして、現在の高率補助制度によりまして全体としての沖縄の財政的な支援というものがございまして、その負担は全体として軽減されているわけでございますから、そこで浮いたものを、浮いたという言葉は語弊がございますけれども、そこで節減された分を文化施設等に有効的に回していただく。それは県なり市町村の全体の懐の中で彼此流通し合えるものでございますから、そうしたことによって効率的に配分することによって、全体としての円滑な、あるいはバランスのとれた県全体の社会資本整備を進めていただきたいというのが私どもの念願であり、考え方でございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 余りぱっとしないですね。僕は何も、補助率の高いものを引き下げて低いものに配当しろと言っているんじゃないんです。低いものを上げなさいと言っている。上げる努力をどれだけやってきたかと言っている。バランスがとれてないでしょう、実際。今の点は十年前の議論も会議録もよく読んで、皆さん暇があるでしょう。我々だって苦労して読んでいるんだよ。なぜそういったアンバランスが生じるのか、製造業や物を生産する企業が立地しないのか。そこを根本的にみんなで考えることが大事なポイントなんです、これは。一定の惰性の、ありきたりの計画やそういう考え方でやるから困る。  それと、もう一つ念のために聞いておきたいのですが、沖振法のいわゆる第一次振計のときにも、産業構造の一次、二次がどうとか人口がどうのとか、フレームはもうわかり切ったことで言いませんけれども、皆さんは、一次振計のときの県民所得は本土の八〇%に持っていくというのが大きな目標だったはずなんだ。だが、最近これは会長も言わなくなったね、どういうわけか与党は。二十年たっても、七五までやっといったと思ったら、これはまた七〇に戻っているからね。あと一〇%上げる。さっきの数字が示すように本土だってどんどん伸びている。経済力も活力はもっとあるんだ。だが、一時にどかっとやると海洋博とかいろいろな面でまた消化不良を起こすから、確かに、経済は持続性を持ちながら成長させるというのは難しい。私もその程度はわかる。だが、当初目標の八〇%に持っていくという、これはどうするの。堅持して、その目標への努力はやるの。それはあきらめたんですか。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 お答えを申し上げます。  三次振計におきまして、目標年次におきます沖縄県の人口あるいは経済社会の状況、これをどのように見込むか、すなわち、計画のフレームとして何を取り上げ、またその水準をどのように見込むかということでございますが、この点につきましては、現在、沖縄県におきまして検討が進められているところでございます。  二次振計におきましては、人口、労働力人口、それから就業者の総数それからその産業別構成、県内純生産及びその産業別構成並びにただいま御指摘の一人当たりの県民所得、これを取り上げているわけでございまして、このような基本的な事項につきましては、三次振計におきましてもフレームをお示しすることになろうと考えているところでございます。ただ、その水準をどのように設定をするかという点につきましては、計画の中に盛り込まれます具体的な内容と密接に関連をするわけでございますので、計画の内容と並行して今後検討させていただきたい、このように考えているところでございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 私が聞いていることに端的に答えませんね。県民所得の八〇%目標というのを堅持するのはいいんで、そのためにそれではどうするかと聞いている。所得を八〇%に伸ばすために何をどうするの。結果は、二十年たってもできないわけでしょう。ますます後退をしている。その結果については、すべてじゃないけれども、今私がある程度指摘をした。もし堅持をするなら、沖縄県から出る振興計画を見てからということではなくて、政府自体はどうするのと聞いている。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 当初に立てた八〇%の目標はもう下げたのか、端的にはそういう御質問だと思うのです。  しかし、先生も先ほどちょっと御質問の途中でおっしゃいましたように、経済というのは、なかなかこう見通しがつくようでつかない問題が多うございます。例えば沖縄県の全体の経済成長率は、本土の成長率よりも実は高いわけです。しかし、その経済成長率の中身をなすものをよく分析してみますと、製造業の成長率よりも非製造業の率の方が高こうございますので、沖縄の設備投資というのは非製造業の設備投資の方が多うございますために、全体としての経済成長率のアップにはなりましても、実質的ないわゆる県民所得の増につながらないという構造的な問題が実はございます。  したがいまして、我々は、その八〇%であるとか九〇%であるとかということを目標にするのではなくて、実質的に沖縄に立地する製造業の基盤を、あるいはシェアをいかに拡大していくかというためのいろいろな方策をこれから考えてい二うじゃないかということでございますために、一概に県民一人当たりの所得が八〇%とか九〇%とかというふうなセットはしない。だから、第一回目に、第一次の振興開発のときに設定しました八〇%は一つの目標であったことは事実でございますが、それは今、御承知のとおり必ずしも達成できない、むしろ後退しているという面があるということは御指摘のとおりでございます。したがって、県民所得一人当たりと申しますのは、人口の増にも影響することでございますために、人口の増を上回るような生産性の向上というのが必要であるという構造的な問題は、御指摘のとおり我々も考えていかなければならない。そのための努力をしてまいります。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 それは、経済論理を言うと大臣のおっしゃるそういう理屈も成り立つでしょう。だが、目標は、それじゃ、それはある意味では軌道修正ですね。もちろん、県がどういう指標を出してくるか。経済成長率も、沖縄は高い、高いと言うけれども、高くない場合だってあるのですよ、最近は。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 仰せのとおり高くない年もございますけれども、相対的に近年は高こうございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 高い、高くないといっても、沖縄が低いのは事実なんです。そういった目標を立てるならば、単なるアドバルーン、リップサービス、県民感情にただ表面的にリップサービスをするのじゃなくして、着実にそれに向かってどういう産業立地をして、どういう計画を立てるのか。あなた方が行政をしているのでしょう。そのことを私は指摘をしているのだ。  そこで、時間も余りありませんので、ちょっと本会議で昼を挟みますので、私は、さっきからあなたがおっしゃる自由貿易地域の問題をきょうは取り上げておきたいと思うのです。  一体、この自由貿易地域の実態というのは、皆さん、大臣はどう御認識しているの。一九八八年五月に沖振法に基づいて確かにスタートした。西銘前知事が大々的にテープカットもして、私も行ってみた。何のことはない、今どうなっているの。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 先ほども同様な御質問がございましてお答え申し上げましたけれども、確かに御指摘のとおり、当初、我々が非常に期待の目を注いでおりました自由貿易地域のいわゆるメリットというものは、我々の思ったほどではなかった。したがって、現在二十四企業が進出いたしておりますけれども、余りメリットがないというせいでございましょうか、これは率直に反省いたしまして、そのうち一社だけが外国からの進出企業でございます。その外国の進出企業の一つというのは実は台湾の企業でございまして、あと二十二の企業は全部県内の企業でございます。  もうこれだけの時間がたってもなお進出がそれほどないということは、確かにメリットがない。メリットがない一番の大きな問題は何かといえば、IQ品目の割り当てが少ない、しかも保税倉庫的な立地の状態である。これがやはり根本的に沖縄の自由貿易地域の発展を阻害していると思います。したがいまして、自由貿易地域の中には、確かに、進出企業の事業所税でございますとか固定資産税でございますとかという市町村の税制については大きな特典がございまして、あるいはまた関税につきましても、一部東南アジア方面から進出してきて、それで本土へ加工輸出いたしますものについては、沖縄から東京までの船賃は関税の対象にしないとか、そういった個々の問題については確かにメリットがございますけれども、総体的にIQの品目についての縛りが強過ぎるというふうなことがございますために、関税からすべて解放するといういわゆる税関の治外法権的な地域にするわけにはまいらぬにしても、今那覇空港で帰るときに戻し税と申しますか、ああいったものがあるように、少なくとも自由貿易地域においてもトレードマーケットみたいなものができる、関税のある程度の枠を広げる、こういったことを粘り強くこれからやっていきたい。そのために、それを軸にして富の新しい創出を考えたいと先ほど申し上げたのはそこにあるわけでございます。  したがって、製造業もそこに立地させたい。先ほど申し上げるのを失念いたしまして、今追加して補足させていただきますが、今の沖縄の製造業というのは食品製造業が多うございまして、あとの製造業の一部は消費の、本土から移入するものの代替生産製造業でございます。したがってパンチがきかない。こういうふうな構造的な問題がございますために、我々は逐一この問題について攻めていかなければなりませんが、まずは貿易地域の御指摘でございますので、現状認識は確かに先生御指摘のとおり、これからはそういうものに力を入れていきたいと考えております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 そうしますと、今度のこの法改正で自由貿易地域というのは、大変強調しているが、よくなるんですか、ならないんですか。それだけ答えてください。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 これについては、具体的に事務当局からお答えさせます。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 自由貿易地域につきましては、端的に申し上げまして、入居企業のうち、現在は製造業だけが税制上の特別措置の対象になっておりましたが、これを倉庫業、道路貨物運送業等々四業種拡大をいたしました。それからまた、今回の関税法の改正によりまして導入される予定の総合保税地域制度、これを沖縄の自由貿易地域にも導入をいたしたいと考えておりまして、現在、法案の御審議をいただいておるところでございます。そういう点から申し上げますと、従来よりも自由貿易地域制度はよくなるであろうというふうに申し上げることができるかと思います。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 私は、それは非常に悲観的ですね。なぜかといいますと、ちょっと具体的にいきましょう。私は経済は弱いし、また企業の代表でもないから今まで遠慮した面もあるのですが、やはり野党が厳しく取り上げなければこの問題も解決しないなどいう感じがしました、実際。  この問題は、政府も、我々も国会に籍を置かせていただいておりますので全く無関係とは言いませんが、沖縄県も、これはまた恐らく答弁では県知事の申請によって云々言うわけだが、法律はそうなっている。なぜこの自由貿易地域の問題がこれほど沖縄振興の目玉とかいろいろ言われながら、あなたは二十四社と言ったが、当初二十七社、みんな赤字なんだ。確かに一社だけがやっとこふらふらしながら今営業をやっているという状態です。こういう状態を放置している政治や行政や企業の体質というものは、私は我慢できぬですね。こういう沖縄振興のためのということで夢を抱かせて、メリットのないところに展望がありますか、あなた。企業配置をして、政策的にも財政の面においても行政の面においても指導しない、あるいは、もっと温かく沖縄の産業振興や企業立地、生産業を育成していこうとしないこれまでのその冷たさに私は問題があると言うのですよ。  これはもうとっくに皆さんお読みになっていると思う。平成二年、沖縄県工業連合会が出している。もう時間がないから私の方から指摘しましょう。「沖縄自由貿易地域を中心とした問題と課題」ということで、「IQ取扱いについて」「制度適用上の問題」、いろいろ指摘してある。恐らくこういうのはまず皆さん目を通しているでしょう。あるいは沖縄商工労働部が出しておる資料とか、そういうのは目を通しているかどうか。通しているかいないかだけ言ってください。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 ただいま上原先生御指摘の資料そのものかどうかわかりませんが、私ども、沖縄県等から、自由貿易地域の改善に関する要望については伺っているところでございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 この中で非常に問題点を指摘しているのですよ。「制度適用上の問題」、確かに、さっき言ったようにIQの取り扱いがある、輸入割り当て。それから、沖縄自由貿易地域の問題点の「経済的理由」の中では、  1 世界の常識から言って狭すぎる。  2 港湾も空港も接続していない自由貿易地域   はどこにもない。  3 経済的メリットがない。   (1) 本来は輸出入手続きはFREEになって    いなければならないのに、手間暇がかか    り、コストアップの要因になっている。   (2) 通過貿易さえ満足になされない。  それから「法制度の理由」、ここが皆さんがやるべきことじゃないですか。  1 法律上の定義がないため、何をどの程度   やっていいのか不明である。  2 関税法に依拠する事になっているが、依拠   過ぎるとFTZは成立しない。  3 保税上屋、倉庫、工場、展示につき、どれ   をどの程度の業務を遂行すれば沖振法の言う   FTZの機能を果たす事が出来るのか不明。  4 つまり、施行令がない。  5 関税法は自由貿易地域制を成立させる手段   にすぎず成立てきなかったら他の手段が必要   である。  それから、側として「管理運営上の理由」  1 行政主体の不明確性、主体がない状況であ   る。  2 行政指導がなされず、保税作業の範囲が不   明で企業とのトラブルになっている。  3 振興の意味での行政の情報が少ない(指導   もできない。  こういう実態なんですよね。もっとたくさんありますよ、「沖縄自由貿易地域制の課題」として。権威ある、しかも工業連というと、沖縄の生産業とか工業とかそういうものをやろうとしている中枢機関でしょう。これが前々から指摘をして、県にも国にも具体的に何回も提起をしているけれどもやらない。だが、口を開けば歴代の開発庁長官も国も、沖縄には自由貿易地域がありますと、沖縄だけですと。もう宣伝するのはいやだと言っていましたよ、私に。だから、こういうものももう与党だけ頼っておれぬと、政府だけ頼っておれぬ、野党の諸君で声を大にして、この沖振法の改正のときにはこういう実態を国会で言ってくれと。これが沖縄自由貿易地域の中身なんですよ。みんな聞いてください、役人の皆さんも。だから、あなたが言うように新しい富を生み出すために自由貿易地域を軸にしてやるといったってどうなさるの。こういうことを調べもしない。知らぬ人は、ああ、沖縄にはそういう免税措置をしておるフリーポートのあれがあって、大変観光もして経済が潤っているのか、こういうふうに思いますよ。冗談じゃない。  これはもっとほかにもたくさんありますよ、商工労働部が指摘してある問題点も。アメリカの自由中継貿易地域のような法整備をやってみたらという提言もある。もし我々が本当に行政を担当しているなら、こういうことにはもっと真剣になりますね。ここは政策をお互い提言をして、問題提起をして議論をしましょう、討論をしましょう。ほかにもたくさんあるんだ。この沖振法の中で問題点はこれだけじゃないんだ。産業構造の問題にしても、雇用失業問題をどうするかという中身にしても。今私が指摘したことについてどうこたえようとするのか、この実態。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 具体的な問題も大分あるようでございますから、その問題については事務当局にお答えさせますが、この基本的なスタンスの問題について私からお答えしておきたいと思います。  それは、先生は、私が自由貿易地域を軸にして新しい富を生み出すと言うが、それにふさわしいよう。な地域になっておらぬじゃないか、制度になっておらぬじゃないかという御指摘があったと思うのです。それについては、私が申し上げておりますのは、現在の制度を機能を拡大し、また、自由貿易地域を現在一カ所の狭い地域に限定するだけではなくて、それを複数に拡大していきましょうということを踏まえての意見を申し上げたわけでございますから、御指摘の点は私も、全部ではございませんけれども、幾つかの点について、重要な点については承知いたしております。したがって、おっしゃるとおり、沖縄の問題については与党も野党もございません問題が多うございますから、そういった問題については今後とも御指導を賜り、ともに政策の審議をさせていただければ幸いだと思っておりますので、よろしくお願い申し上げたいと思います。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 前段は私も肯定いたしましょう。そこで、これは要望を含めて、大臣、共通することについては与党が討論をし議論をし、一致するところは政策化してやらないかぬですよ。それは賛成、できるだけバックアップもしましょう、微力ですが。  そこで、私も合しまったと思っている。それは、この自由貿易地域のところについては政府の改正案じゃ不備、本来なら我々は修正案を提示したい。提示する時間が欲しいのですよ、もう少し時間があれば。だが、日切れ法案だ、日切れ法案だ、早く早く早くと。しかし間に合わないかもしれぬ、まだ参議院が残っていますからね。それは考えますけれども、少なくともこの自由貿易地域の問題については、今言う関税の問題、保税倉庫制度、何だかだ言ったってこれで何にもできませんよ。私は大蔵から資料を取り寄せて調べてみた。何のメリットもないですよ、今度の改正で。少なくとも、今指摘をした場所の問題であるとか港、空港等の立地の問題、産業配置の問題、税制問題、行政指導、五カ年ぐらい免税にするぐらいの特別措置をやらないかぬですよ、これはすべて。これは委員長にもお願いしたいのですが、そういう改正に向けてみんなでやろう、こう思うのですが、いかがですか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 新しく今度関税法で改正いたします総合保税の制度というのは、沖縄県には自由貿易地域がありますために、そこへ導入すればより一層効果を発揮するというのが先ほどの政府委員の答弁でございます。しかし、何にも役に立たないじゃないか、この新しい制度はとおっしゃる。その制度を各都道府県は非常に要望しております。したがいまして、そういう事情もよくお考えいただきたいものだと私は思うのでございまして、そういう意味では私どもは一歩先に行っておりますので、先生御指摘のとおり、この問題は非常にガードはかとうございますけれども、関税の問題を含めて、IQの問題を含めまして脚後援を賜り、一緒に政策展開をさせていただきたいものだと熱望いたしておりますので、委員長もよろしくどうぞ御指導を賜りたいと思います。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 恐らくこの点についてはどなたも反対はできないと私は思うので、我々はそういう立場でこれは考えないかないと思っております。特に開発庁は、もう少しそういうのも調べてみて、県の努力が足りなければ、そういうときは堂々と言ったらいいじゃないですか。本当に、なぜこういうものをほっておるか私は不思議でならない、同席している皆さんも。  それで、午前の時間がもう参りましたので、もう一つ、国土庁来ていらっしゃると思うので、開発庁にも簡単に御見解を聞いておきたいのです。簡単にです。  沖縄トロピカル構想、これは前西銘県政時代につくって、この間国土庁が認定したわけですね。承認した。私は、このトロピカル構想には大変疑問を持っている。バブル経済が崩壊をして、今、ゴルフとかそういった大々的なリゾート構想というのがどういう結果に日本全国なっているか。このトロピカル構想の評価。今後観光やリゾートというのは私も否定しない一人なんだが、沖縄の自然の豊かさ、環境保全というのは、傘とかえがたいところもあるのですよ。すべて国際級のリゾート、リゾートと言っているような状況でない。経済もまだそういう環境でない。このトロピカル構想についてどういう評価をし、これからどうするのか。私は、これは中身は相当手直しをして慎重にすべきだという意見を持っているのですが、基本的な見解だけ聞かしておいてください。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 お答え申し上げます。  沖縄は、御承知のとおり、海あるいは砂浜、サンゴ礁など亜熱帯の多彩な自然景観に恵まれております。リゾートの開発に際しましては、この沖縄の自然環境を保全しながら、これを生かしていくことが何よりも肝要である、かように考えております。  先ほど、リゾート沖縄マスタープラン、トロピカルリゾート構想の御指摘がございましたが、これは昨年十一月に、総合保養地域整備法に基づきまして、基本構想として承認をされたものでございます。その基本構想の中では、重点整備地区の設定に当たりましては、国立公園あるいは国定公園等の自然公園あるいは自然環境保全地域、鳥獣保護区等に十分配慮されておりますし、また、総合保養地域の整備に際しましては、自然環境保全との調和につきまして十分配慮することということにされているところでございます。また、これらに基づきまして沖縄県におきましては、今後のリゾート開発に係る事前協議に当たりましては、総合保養地域整備法に基づきます基本構想の対象となっているプロジェクト、それから市町村が認めた開発プロジェクト、こういうものだけを認める旨の対応方針を定めておりまして、市町村に対しまして秩序と調和のとれた段階的なリゾート施設の展開を指導している、このように伺っているところでございます。  私ども沖縄開発庁といたしましても、沖縄におきますリゾート地域の形成が乱開発に陥ることなく、貴重な沖縄の自然環境の保全等に配慮しながら適切に行われるように、今後とも沖縄県に対する助言に努めてまいりたいと考えておりますし、また、関連する交通基盤あるいは必要な施設の整備に努めてまいりたい、このように考えているところでございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 国土庁にちょっと見解を聞いておきたい。

斉藤恒孝国土庁地方振興局総務課長

○斉藤説明員 先ほど、リゾート構想について御指摘ございましたが、基本的認識については、ただいま沖縄開発庁の局長さんから御指摘がありましたように、この構想につきましては、すぐれた自然環境に恵まれ、また、独自の文化を培ってきた沖縄を体験できる内容になっておりまして、リゾート沖縄をアピールできる独自性と品質の高さを有するリゾート地域の形成を目指したものと評価しているわけでございます。ただ、数多くのプロジェクトの中から、かなり絞り込んで県の方で厳選してこの構想をつくられたということになっておりますので、ただいま御指摘になりましたような、バブルの崩壊に伴うものというものはそう多くないと考えております。  また、このリゾート法に基づく計画は、道府県の自主性を尊重し、県が自分で計画をつくって、総合的な見地から施策を推進することになっておりますので、長期的な沖縄の地域づくりという観点から、地に足のついた計画が推進されるよう沖縄県を支援してまいりたいと考えておるところでございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 時間ですから、午前中は終わります。残余は後でいたしますが、今いろいろおっしゃっていましたが、既にその計画の中に盛られているものさえ脱落しているのがあるんですよ、市町村地域に。だから、県や市町村が出したからといって都合が悪くなったら県のせいにせずに、国自体はどうするのか、このトロピカル構想を。そのことを検討しておいてください。  終わります。

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 午後一時三十分再開することとし、この際、休憩をいたします。     午後零時三十三分休憩      —————・—————     午後一時三十分開議

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。上原康助君。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 午前中に続いてお尋ねします。  何か佐藤北米局長が少し時間の云々を言っていますので、赤土問題から入ったかっだのですが、ちょっとだけ。基地問題は、あと二日ぐらいたしか審議すると思うので、その間にまたたっぷり聞きますから、きょうは考え方だけ、外務省と防衛施設庁から言ってください。  復帰二十年です。この間も本会議でも言いましたように、日米間で約束したものさえ基地の返還は四〇%ちょっと、復帰後今日まで返還されたのがわずかに二二%いかないのですね。しかも、ここは大事な点、沖縄開発庁も聞いておいて。第二次振計に入ってからの基地返還というのはごくわずか、こういう実態です。  そこで、僕は、今までのように安保が何やかんや、これはもういい、そんなのは聞きたくないです。復帰二十年ということで、まず那覇軍港をどうするのか、読谷補助飛行場をどうするのか、県道百四号を挟んだ実弾射撃演習をやめるのか、都市型訓練をどうするのか、嘉手納マリーナをどうするのか、この五つについて現在の状況、あるいは普天間飛行場を含めてでもいい。復帰二十年のこの節目に当たって、もう少し県民の期待にこたえる日米交渉なり返還のあり方、跡利用をやるべきだと思うのだが、これに対して政府はどうするのか。現在の状況と見通しについて、基地問題は後日たっぷりやりますから、お答えください。

佐藤行雄外務省北米局長

○佐藤(行)政府委員 お答え申し上げます。  基地の返還のおくれにつきまして、先生が大変いら立たしい思いをされているのは我々もよく承知しておりますし、正直申しまして、合意をいたしました我々といたしましても、何とかして返還のめどをつけたいと思っているところであります。その点については、防衛施設庁も開発庁も我々も、同じ気持ちで努力しているところであります。  そこで、きょうは、そういう上で現状ということでございますので申し上げさせていただきますが、先ほど御指摘になりました四つの施設と一つの訓練の問題でございます。那覇軍港の問題以下、先生指摘された四つの問題が、特に返還二十周年という状況を踏まえて象徴的な意味を持つということは、我々もよく承知しております。ただ、例えば那覇港湾施設の例をとりましても、移転先の問題その他、なかなか進捗しないという状況がございます。そこで、きょうは、現状と申されましても、四つについていずれも返還の見通しが立ってないということしか申し上げられません。ただ、そうは申しましても、二十周年であるということもありますし、そういう点も踏まえまして一層の努力をしたいと思っております。  百四号線の問題につきましても、我々として訓練がもうやめられるということまで申し上げられる状況ではございませんので、我々のできますところは、住民の方々に対する御迷惑を極力小さくするというラインで努力をしている、遺憾ながらそういうお答えにならざるを得ません。  ただ、いずれにいたしましても、基地の問題は沖縄にとって大きな問題であるということは我々痛いほどわかっておりますし、そういう意味で、ことしは節目の年でもございますので、一層の努力をいたしたいと思っております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 余り期待もしてなかったのだけれども、そんなものでは余計まずいですね。そういうことでは納得しかねるのです。これだけ世の中は大きく変わって、あなた方が、いわゆるソ連脅威論とかなんかかんとか言ったって通用しないのです。なぜ沖縄だけにそういうしわ寄せをさせるのか。僕は次の機会にいろいろ具体的に聞きますが、今申し上げたような、もちろん、そのほかにも爆音問題やたくさんありますよ。だが、少なくとも復帰二十年という、あなた方へ那覇の空港へおりてみてください。何が復帰二十年で振興開発か。ターミナルも端っこに持っていって、飛行機をおりると同時に一方は自衛隊基地、一方は米軍基地、あんな県なんてどこにある。それさえももう少し沖縄らしさをつくり切れないでおいて何が二十年だ、三次振計だ、それが県民の偽らざる心境なんです。  少なくとも那覇軍港とか今私が挙げたことについては、何がしかの前進があるように努力しますね。努力するかしないか、次の質問まで保留してもいいのだが、やりますか。これだけは両方答えてください。

佐藤行雄外務省北米局長

○佐藤(行)政府委員 御承知のとおり、二十三の施設の返還について平成二年のときに合意をした状況にございまして、それが進捗してないということでございますので、これの進捗のために最大限の努力をいたします。

大原重信防衛施設庁施設部長

○大原政府委員 お答え申し上げます。  先生先ほど御指摘いただきました那覇の軍港とか読谷飛行場、それから、かねてから先生から常に御指摘をいただいております嘉手納マリーナの問題につきましても、県民の方々、地元の方々の御要望が非常に強いということは十分承知しております。  また、重ねまして、那覇軍港は十五回安保協で、移設条件つきではございますが、返還条件で合意されたものでございます。こういった問題について、はかばかしくはございませんが、前向きに努力をしたいというふうに懸命に努力をしているところでございます。また、百四号の問題につきましても、住民の方々に御迷惑をかけている部分がございまして、安全に十分留意しながら訓練できるよう、米側とかねがね打ち合わせているところでございます。都市型の問題につきましても、いろいろ県民の方の御意向はございますが、今移設ということで検討をいたしております。  いずれにいたしましても、沖縄で米軍基地が存在することによりまして県民の方々、地元の方々にいろいろ御迷惑をかけている部分がございまして、これにつきましては、関係省庁ともどもお互いに検討しながら前に進んでまいりたい、かように思っております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 努力をしない努力という言葉は、何千回かここで聞かされたね。それではいけませんよ。私の感触では、むしろアメリカ側が、那覇軍港の返還のあり方については、復帰二十年に向けてどうしようかと真剣に考えている節がある。そのことも確かめて次に答えてください。いいですね。きょうはもう帰って、早く交渉してもっと基地の返還を促進してください、お二人とも。きょうのところはいいです。  次に、けさちょっとお尋ねしようと思ったのですが、伊江長官を激励するのに時間をとって触れられませんでしたので、赤土問題です。これなども私がずっと取り上げて、いろいろ現地調査もやって、政府に協議機関を設置してありますが、最近の実態はどうなっているのか。私は、これについては、農水省を含めて開発庁あたりがもっと予算の裏づけをやるべきだということを主張してきました。以前よりは県の対応も国の方もかなり関心を持っているようですが、最近の状況と、これからどういう施策を講じようとしているのか。開発庁と農水省からそれぞれお答えをいただきたいと思います。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 赤土問題、大変御心配をいただいておりまして、前々回の委員会でしたか、網羅的に監視体制等を整えよというお話がございまして、それについて御報告をしたところでございますが、その全県的な情報監視ネットワークが昨年の九月からワークをしておりまして、それ以来の報告状況を見てまいりますと、昨年の九片二十七日、十月三十一日、それからことしに入りまして一月六日、台風十九号等によります局地的な大雨がございましたが、その隊と、つまり三回、具体的な報告があっております。従来はこうしたものがありましてもなかなか把握できず、体制がとれなかったのでございますけれども、昨年の九月以降のこのネットワークの稼働によって、具体的に情報を集め、かつ、できるものから対応しているというのが一つの御報告事項でございます。  それから、予算の問題でございますけれども、かねて申し上げましたように、赤土問題はなかなかその挙動がよくわからないので、一方では調査研究を進めるということで、これまではどちらかと申しますと赤土の実態の把握とか、あるいは流出の防止策といったことに力点を置いてやってまいりました。しかし、それもまた十分ではございませんが、さらに平成四年度予算におきましては、除去の問題でございますね、一たんたまったものをいかに除去をしていったらいいかということでございまして、堆積している赤土の除去について技術的、経済的な側面から調査検討を行おうということで、私どもの方の予算と、あるいは御説明があるかもしれませんけれども、水産庁の方の予算で、新規に予算措置をしまして対応をさせていただきたいと思っておりまして、この二点が前回の御報告以降の新しい対応ではないかと考えております。

佐藤昭郎農林水産省構造改善局建設部水利課長

○佐藤説明員 農業農村整備事業における赤土流出対策についてお答えいたします。  農業農村整備事業の実施に当たりましては、沖縄県は昭和五十四年に土砂流出防止対策方針を制定しまして、赤土流出の防止に努めてきたところでございますけれども、平成元年の十月、本対策を強化することといたしまして、赤土流出実態調査及び赤土流出防止対策調査の結果などを踏まえまして、自然地形を活用した土砂流出防止対策の推進など工事実施に伴う対策の促進のほか、土壌保全管理に関する営農指導の推進、土砂流出防止対策に関する試験研究等の推進など、大幅な見直しを行ったところでございます。  さらに、平成三年度より、農林水産省、沖縄総合事務局、沖縄県の事業実施担当部の間におきまして、農業農村整備事業の設計、施工段階における取り組み状況の確認を行い、赤土流出防止対策のより一層の徹底に努めております。  また、沖縄総合事務局におきましては、昭和六十一年九月に、沖縄県の気象特性及び土壌特性等を踏まえた土地改良事業計画指針「畑地整備」を定めておりますが、従来の赤土流出防止対策の強化等を目的として、この指針の内容の改定を本年一月十日に行ったところでございます。  今後とも、赤土流出防止対策につきましては、現地の実情に応じた沈砂地の設置等の計画、設計面での対策、工事の施工における関係者の意識向上、農家に対する土壌保全管理の意識向上などの対策を講じる等、その防止につき十分配慮するよう指導してまいりたいと考えております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 この件も二、三年来いろいろ取り上げて、まだ十分とは言えないと思うのですが、ようやく九省庁の連絡会議を持った。努力をしていることは評価をしますが、こういうのも、本当に実態調査をしたり、がんがんやらなければいかぬのにやらないんだな、役人というのは。公共事業の問題にしても、あるいはコストにももう少しこういう赤土対策、流出防止対策というものを含めなければいかない。今予算の話をしましたけれども、全体でどのくらいの予算ですか。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 先ほど私申し上げました除去のための調査研究費、これは、新年度の予算で公共事業費の推進調査費というものの中で処理をしまして、それは実施計画というもので金額を固めますので、新年度に入って金額が判明いたします。

吉崎清水産庁研究部漁場保全課長

○吉崎説明員 沖縄県における赤土流出問題についての対策としましては、これまで、主に赤土の流出防止に取り組んできたところでございます。すなわち、平成元年度に土砂流出防止対策基本方針が策定され、また平成二年九月には、沖縄県農林関係赤土流出防止対策推進会議が設置されるなどの結果、平成三年五月に開催されました沖縄県における赤土流出問題に関する関係省庁連絡会議では、梅雨どきあるいは台風時などの大雨を除き、基本的に、公共事業等の実施に伴う赤土の流出は防止されているとの報告がなされたところでございます。  しかしながら、これまで流出した赤土が漁場に堆積していることから、漁場の機能を回復するためには海中に堆積した赤土を除去する必要があります。このため、海中に堆積した赤土を漁場環境に悪影響のないよう除去し、漁場の機能を回復するための手法の開発を目的とした調査に必要な経費を平成四年度予算に計上しているところでございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 だから、幾ら計上されているの。あなた、そんな訓示たれる必要ないから。

吉崎清水産庁研究部漁場保全課長

○吉崎説明員 まだ予算成立してございませんが、事業費三千万円ということでお願いしております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 それをぜひ言っていただきたいと思ったんだよね。大体想像つきますよ。どの程度の予算があって、どれだけ何をしようとしておるのか、どれだけ本気でやろうとしているのかがわかるのですよ。だから、私はかねがね言うように、予算の裏づけもやらないとこれはとてもじゃないが簡単にいきませんよ、研究だけではいかないんだ、そのことを強く指摘をしておきたいと思う。これはぜひもっと力を入れていただきたい。開発庁も農水省も、あるいは建設省、国土庁も関連するのでしょうね。  あと、農業問題、キビ問題等も、特に谷前長官のサトウキビ収穫の機械化の問題、葉っぱ服までつけてパフォーマンスはしたけれどもちっとも進んでいない。これも含めてお尋ねしたかったのだけれども、これは次に譲りたいと思います。今の赤土対策は十分やってください。  また伊江長官に少しお尋ねしますが、首里城復元問題に大変御関心を持っておられる。当然でしょう、自分の御先祖とも関係あるかもしらぬので。それは結構なことなんですが、あなたが地元の沖縄タイムスとかあるいは琉球新報さんといろいろインタビューしている等々を見ているわけです。若干気になる点もありますが、首里城公園化の問題あるいは博物館大構想等々、結構なことですが、そのためには、やはり沖縄戦というこの歴史の痛みというか大切さ、沖縄の心というものを現代人だけでなくして子々孫々にもいろいろ伝えて、沖縄の伝統、文化のよさ、平和というものを築いていくという面からしますと、首里城の復元あるいは公園化の問題とあわせて、首里城地下にある旧日本軍司令部のごうを復元をする、あるいはそれを戦争記念的な位置づけをして、首里城というものをむしろこれからの平和の殿堂にしていくということも大事だと思うのですよね。そういうことも含めておやりになるかということ。  僕は、首里城正殿の復元は賛成なんです。だが、現代人我々が、政治をする者、役人を含めて心しなければいけないことは、あの首里城をつくるためにどれだけの平民や農民や、かっての四、五百年前の沖縄の県民というか民族が虐げられたのか。佐敷城からあれだけの石をみんな牛馬、人馬でやったという。人力ですよ。そういう過去の歴史の苦悩、悲しみということも念頭に置いて首里城の復元ということとか今日のいろんなことを考えないと、ただできた、金をかけた、立派だというだけでは私は浮かばれない面もあると思うのです。  したがって、あの旧日本軍の地下ごうの問題等も含めて公園化するなら公園化するで結構なんだが、そういうお考えもあるのかどうか、これを長官に確かめておきたい。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 首里城の復元につきましては、単にあれができ上がったということだけでなくして、恐らくおっしゃったように多くの人の汗と沖縄の知恵と、あるいは当時の大貿易、大航海時代と申しますか、そういった危険を冒しながらのいろいろな建築のノウハウを入れて集大成されたものの復元でございますから、そういう意味におきましては喜んでいただいているということで、私ども非常に意を強うしているところでございまして、県民も、この復帰のちょうど二十年の節目にそれができ上がるということに対して大変な歓迎の意を持っているわけでございます。  今お尋ねの沖縄戦における最後のとりででありました三二軍ですか、旧軍の陣営があの地下にあったがために集中爆撃を食らったということで、そこには大変大きな犠牲があって、おっしゃるとおり、我々としては襟を正さなければならぬ聖地であると存じておりますが、ただいまの御質問にお答えするのには、今まだそこまでの構想は入っておりません刀しかし、これは沖縄の県民のコンセンサスを仰いで静かに考え直さなきゃならない問題だと個人的には存じておりますが、公式的な立場で申し上げるならば、まだそこまでの計画は持っていない、こういうことで率直に申し上げておきます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 もちろんそれは県の意向とか、当然遺族の御意向など気持ちもあるいはあるかもしれない。しかし、あのままほっておくわけにはいかないですね。これはぜひ検討課題としてやっていただきたい。  もう一つ、これもちょっと聞いておきたいわけですが、長官がしばしば国際文化学園都市構想というものをインタビューの中で言っておられる、あるいはジェットフォイルとか。これはたくさん言うと、あと厚生年金とマラリア問題をぜひ聞かなければいけませんから。この国際文化学園都市構想というのはどういうあれですか、どういうふうに三次振計の中でやっていくおつもりですか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 これはまだ行政ベースにのる話じゃございませんで、将来おまえは沖縄のためにどういうことを考えているかというインタビューに答えて、やはり沖縄はそういう意味では文化都市という位置づけをこれからやっていかなければならない、しかも、それは国際化という仕切りの中でやっていく性質のものである。したがって、今東南アジアからたくさんの若い人たちを呼ぶような運動もありますし、現にASEANセンターというところでは研修をやっておりますので、ああいったものを考えますとそういう文化的な設備が必要じゃなかろうかなという意味においての発想で申し上げたので、行政ベースにはまだのっておりません。そういうビジョンを私自身は持っておるということでございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 夢を持つのは結構です。ましてや天下の国務大臣だから大きな夢と構想はいいわけですが、同時にしかし、ただ打ち上げるだけではいけませんな、大臣。宮澤内閣はこれだけがたがたしているから、あなたが大臣をいつまでお務めになるかわかりませんが、三年ぐらいやってもらいたいという気持ちもあるけれども、ぜひこれは夢に終わらせずに行政ベースにのっけるように。大体夢が小さいですよ、細い。第三次振計法案を通すことと予算をつけるのが夢なんというと余り頼もしい夢じゃない。そんなのは当たり前なんです。ちょっと失礼申し上げましたが、ぜひ実現させていただきたいと思います。  次に、先ほどもちょっと触れておられたのですが、戦争マラリア犠牲者の遺族補償についてお尋ねをさせていただきたいと思います。  恐らく厚生省も開発庁も、この県がまとめた戦時中の八重山地域におけるマラリア犠牲者の実態報告書をお受け取りになってお読みになったかと思うのですが、その実態報告についてどういう御感想で何をしようと思ったのか、簡潔にひとつお聞かせください。

戸谷好秀厚生省援護局援護課長

○戸谷説明員 お答えいたします。  県の方から、今回の調査につきまして私ども資料をいただいて読ませていただきまして、大変重く受けとめたわけでございますが、私どもといたしましては、私ども所管しております戦傷病者戦没者援護法の枠組みで申し上げますと、やはり軍人軍属と国との雇用関係もしくはそれに類似の関係もしくは戦争公務による死傷、そういう点から考えてみますと、資料はいただいて読ませていただいたわけでございますが、こうした考え方を変更しなければならないというわけではないというふうに考えております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 すぐ援護法との関係に結びつけようとするところがあなたのみそなんだよね。そこまで聞いているんじゃないんだ。それはあなたが結論を出す問題でもないんだ、失礼だが。これを読んでどう思ったのか、戦争マラリア犠牲というのが現にあったのか、ないと判断するのかどうかをあなたに聞いているんですよ。法適用の問題はどうするかはこれから聞くから、先走って余計を言わぬで、あなた、人間らしい心で答えてごらん。

戸谷好秀厚生省援護局援護課長

○戸谷説明員 失礼いたしました。  私ども読ませていただきまして、私といたしましては、大変お気の毒であるということは思いましたし、こういうことがやはり戦争の中であったということは重大に受けとめていかなければならないというふうに思っております。  以上でございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 最初からそれだけ言えばすぐ局長にもなるんだよ、あなた。  そこで、開発庁はこれに何も言うことはないのですか。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 さきの大戦時に、八重山におきましては地上戦はございませんでしたけれども、避難地におきましてこのようなマラリアが流行し、多数の方々が犠牲になられたということに対しましては、大変心の痛む思いがいたした次第でございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 そう思うなら、それに何らかの答えというか、行政的、政治的判断を下さなければいかないということは、これはまた当然出てきますね。  そこで、この報告書をよく読んでみますと、これは余りにも悲惨な記録ですね。援護法の適用にかなうとか、できるとかできないという前に、今皆さんが言うようなお気持ちがあるとするならば、当然、政治的な判断で適正な補償というものを遺族に対してやらなければいかぬと思うのですね。これは私が前の委員会で取り上げて、こういうものになると開発庁なのか厚生省なのか窓口がはっきりしないということを指摘をいたしました。平成元年の十一月三十日に沖特で。そのときにも、厚生省や開発庁、関係者で協議をして早目に窓口をやって対策を立てるべきだということを指摘しました。幸い、内閣官房と開発庁と厚生省で連絡会議をおつくりになったと聞いております。これをおつくりになったということは、県の実態調査報告を含め、あるいは関係者からの強い適正補償要求に対して開発庁や内閣官房あるいは厚生省として、要するに政府としてこたえていかなければいかないという姿勢のあらわれだと私たちはそのことは評価をし、そう理解をしているわけですが、その点についていかがですか。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 先般、たしか二月の二十五日だったかと思いますが、総理府と沖縄開発庁それから厚生省、三者で御相談を申し上げました結果、従来、この八重山地域におきますマラリア問題につきましては、窓口もはっきりしていないという御指摘がたびたびあったということを踏まえまして、この連絡会議を設置することにいたした次第でございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 ですから、連絡会議をつくったのは結構です。私はよかったと思っている。つくった以上は、その犠牲者に対する何らかの償いをやらなければいかないという前提でそういう対策を今とろうとしておられるのでしょうということを聞いているめです。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 この八重山地域におきますマラリアの問題に関しましては、何分四十数年前の事案でございまして、沖縄県の方でもいろいろ御調査をなさっておられるようでございますけれども、当時の状況あるいは今日生存しておられる遺族の方々の状況等々も非常に不明な点がございます。私ども、そういう点も踏まえまして、この連絡会議では、総理府、沖縄開発庁、厚生省、この間でいろいろ意見の交換あるいは情報の連絡等を行ってまいりたい、こういう趣旨で設けたものでございます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 伊江長官に御見解をお尋ねしますが、今事務当局でもそういう作業というか実態把握を、県の要請を受けて政府は政府の立場でやろうとしている。結構なことだと思う。また、せんだっての本会議での私に対する答弁も、総理がそっけないことを言ったんで私も大分おしかりも受けているんだが、総理がああ言ったからといってこれはできないはずはないと思うのですよ。  もう五分ぐらいこの問題やりますので、伊江長官はこの八重山の戦争マラリアという問題についてどう受けとめて、これは戦後四十数年たってちょっと時期的には遅い面もあるけれども、この犠牲者に対する何らかの償い、補償というものはやらなければいかない、私はそういう気持ちだと思うのですが、まず、今までの議論なり、これまで大臣が聞いた範囲でよろしゅうございますから、どういうお気持ちですか、御所感ですか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 先ほど事務方から御答弁申し上げたように、確かにその事柄としては、私は痛ましい事柄だと存じております。ただ、我が国の本土で唯一の地上戦の行われたところでございますから、いろいろな意味の種々の痛ましい犠牲が発生したわけでございます。その中の一つであろうというふうに感ずるわけでありますけれども、それに対する対応を一体今後どうやっていくのかという、大きな国の四十年前のその犠牲者に対する弔慰の仕方がどういうふうな形でこれからまた掘り起こされていくのかなということを私は考えているわけでございまして、今直ちに政府としてこの問題にこうこたえる、また新しく発生した問題にはこうこたえるというふうな個々の問題としての取り上げ方じゃなくて、要するに地上戦が行われていろいろな形の犠牲者が発生した、そういった実態というのが私はどんどん後からも出てくるんじゃないかという気がするのです。ですから、そういった問題もやはり考えながらこういったものに対処すべきじゃないか、こういうように考えておりますので、先生御満足いくような答弁になっておりませんけれども、私としてはそういう受けとめ方をしております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 そこいらになるとちょっと期待外れになるわけよ。それこそ大臣がやらなければいかない政治課題じゃないですか、それこそ沖縄出身の長官が。  これは、皆さん、きょう僕はこの報告書の中からいろいろ抜粋して、山下軍曹のこの命令の仕方、それを受けた波照間とかあるいは八重山都民の皆さんの当時の心境というのは大変なものだったと思いますよ。私もまだ小さかったけれども、日本軍隊がどういうあれをやっておったかよくわかる。私の郷里の伊豆味の小学校も全部宇都部隊がおって、我々は山の中に逃げておった。日本刀をひっ提げて軍隊が通る、そこのけそこのけで。本当に天皇陛下が通るように、もうみんな軍隊が通れば恐る恐る。そういう中で軍命によって、波照間とかいろいろな安全な地域から西表の方に疎開というか強制移動させられた。しかも、そこはマラリア有病地域として指定されているところだ。だから、軍人が命令しなければ、こういう西表のマラリア有病地域で波照間の皆さん、八重山の皆さんが三千名以上命を落とさぬで済みよったのです。  それに対して、地上戦のほかにも問題があったらまた加えてやればいいんじゃないですか、よく精査をして。まさにこれは伊江長官、政治判断の問題なのです、これこそ行政に任せずに。事務方だけに調査をさせる、それは積み上げていくのはいいです。だが、やるのはやはり政治。きょう私が冒頭苦言を言ったのも、あなたが閣議で物を言えるような任務を与えていただいてよかったとインタビューするならば、沖縄にはこういう未解決の戦後処理があるんだ、復帰処理があるんだ、これについては政府は少し特別に手厚くやってもらえぬか。これをあなたが閣議で言えば、沖縄県民挙げて拍手喝采しますよ。そうではなくして、ほかにもあるかもしらぬからもうちょっと待てよ、上原君、そう無理なことを言うなよという姿勢じゃこれは合点いきませんよ。まさに政治の話ですがね。もう少しこの問題解決に、復帰二十年という節目もありますから決断をしていただけませんか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 私個人の政治判断でできることならばもうとっくに解決している問題だと思うのですね。ですから、そういう政治判断がどうのこうのということ、私自身の個人的な立場がどうのこうのという問題じゃなくて、こういった問題というのは、私は先生も御同感いただけると思うのですけれども、やはりあれだけの範囲で地上戦が行われていろいろな犠牲者が出ているわけですから、あるいは軍命令によってこうに何百人も退避させられて、そこに爆弾を直接食らってそこで亡くなられた方々をどうするかという問題だってあると思うのです。そういうようなことの事象にどうやってこたえていくかという、これは基本的な政府の対応の仕方の一つだと思うのでありまして、今後、私自身の政治力がどうのこうのの問題以前の問題としての立場で、こういった問題は先ほどの事務当局の答弁の問題だけに限らず、私の心におさめて検討をさせていただきたい、そういうふうに考えております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 それはもちろん十分検討せにゃいけませんし、いろいろ関連もあるかもしれない。もう時間がないので余りやりとりしませんが、後日もまたやりますし、あとは五島先生もなさるかもしれませんので。しかし、ほかにもこんな悲劇があるのですか、軍命によって山の中に強制立ち退きさせられてマラリアにかかって亡くなったという。しかも、その亡くなった経過も大変な悪戦苦闘をしているのですね。そうしますと、少なくとも、この戦争マラリア犠牲者の遺族に対する補償問題については、ほかのいろいろ犠牲者のこともあるだろうが、連絡会議も置いた以上は、沖縄開発庁としては解決のために積極的にこれは取り組んでいく、そういう理解でいいですね。これは大臣、はっきりおっしゃってください。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 先ほども事務当局からの御答弁ございましたように、連絡会議を設けてやりますから、その間にいろいろな情報も出てまいりますでしょう。そういったようなことをよくヒアリングいたしまして、私自身としては対処してまいりたいと思っております。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 非常に注目をしておりますので、この点については特段の御尽力を強く求めておきたいと思います。  これも、性格はちょっと違うのですが、今はお亡くなりになった戦争犠牲者の話。今度は現に生きている年金を受給している高齢者の話、厚生年金です。  これなども、先ほどもございましたけれども、本来ならこれは沖縄復帰のときに十分手だてをすべきだった。だが、そのころはああいう激動、変化の時代ですから、年金というのははるかかなたの話で十分な手だてができなくて、高齢者に対しては特例措置を設けた。それから我々がいろいろ指摘をすると、国民年金の改正とあわせて二回にわたる高齢者特例措置は目いっぱいやったんだ、またそういうお答えが来るかもしれませんが、これはもう理屈じゃないの。こんなのは理屈じゃないのです。もし沖縄が戦後二十七年間アメリカの軍事占領支配下、日本の政権から分断されなければ、こんな厚生年金の格差は起こりませんよ。そのことを私たち言っているんだ。だから、もう法制度がどうの行政がどうのということよりも、これも政治判断でやるべきだというのが私たちが今強く主張している点なんですよ。  ぜひ厚生省年金局長、これは大変苦労しておられることはわかる。何回もお会いもした。これも、この復帰二十年の五月十五日までに何とか結論を出して解決してもらいたい。あなた方が言うように高齢者社会だろうが。改めて厚生省の御見解を聞くし、これも伊江長官、あれもこれもというと大変でしょうが、少なくともマラリア問題だとか年金とか、さっき言った基地の問題とか自由貿易地域の問題とか、そういう目玉になりそうなものは、この際政府としても決断をすべきだと思うのです、総理にも十分お話しになって。これはもう大臣から聞こうかな。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 だんだん肩の荷が重くなってまいりまして、目玉が余りいっぱいあり過ぎるとどの目玉もだめになりますから、一つ一つ大きな目玉を解決していきたい、そういうふうに思っております。  しかし、物事は、もしもということが許されないような制度的な問題でございますので、これはいろいろと事務当局からも言い分がございましょうし、また、国会議員としてのお立場からの先生の御意見も十分に私もわかりますし、私も国会議員の一人として、その問題については今どうのこうのというコメントは避けさせていただきますけれども、しっかりと心にとめておりますということを申し上げておきます。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 もう終えますから。年金はあと五島先生に譲りますから。  年金局長、しかも、ただやれと言っているのじゃないのですね。受給者の皆さんは、遡及して自分たちの保険料については追納していいとまで言っているのですよ。あと、事業主負担をどうするかという問題なのですよ。そこまで言っている以上は、今重く心に受けとめるということは私も重く受けますよ、政治家としてお互い議員同士で。もう少し厚生省としてもひとつ特段の努力をいただきたいと思うのですが、いかがですか。

加藤栄一厚生省年金局長

○加藤(栄)政府委員 今先生おっしゃいましたように、沖縄の方々の特別なお立場というのは私どもも踏まえて、これまで二度にわたって特例措置を講じてきたところでございます。  先ほども申し上げましたように、二度目の特例措置というのは平成二年度からスタートしたところでございまして、現在もまだ申請受け付け中の段階でございまして、これは平成七年までに申請を受け付けるということでやっておるところでございます。  年金制度としては、最大限年金制度内でとり得る措置を講じたということをこれまでもたびたび申し上げておるところでございまして、そのところは、私どもといたしましては、地元の沖縄県あるいは関係者の方々からの御意見も相変わらず聞く窓口は閉ざさずに聞いてまいりたいと思っておりますが、今のところなかなか大変難しい問題でございますので、これ以上先に進むということが難しい段階である、こういうことを御理解いただきたいと思います。

上原康助日本社会党・護憲共同

○上原委員 難しいから何回だって取り上げる。これはネバー・ギブアップ。これは皆さんそんなことで逃げられませんよ。理屈は簡単なのに、だれだって否定できますよ。二十七年間アメリカの支配下になければ当然同じ制度に入りよったんですよ。これは制度の問題じゃない、これはもう決断の問題。政務次官も聞いていらっしゃるから、ぜひひとつ頼みますよ。  終わります。

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 五島正規君。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 私は、ただいま質問いたしました先輩上原議員の質問に引き続きまして、この沖縄の厚生年金問題を中心に質問していきたいと思います。  先ほど、厚生省の方からもお話があったわけでありますが、平成二年に採用されました特例措置というのは、沖縄復帰特別措置法の沖縄特例による受給資格期間の短縮の対象者に限られる、そして、その遡及期間を最長十五年間認めるということでございます。しかも、昭和四十五年の一月一日の時点において四十歳以下の被保険者はその対象から外されるという内容になっているわけでございますが、その結果、平成二年に政府が算定いたしましたモデル年金計算を見ましても、また、その他いろいろな団体が計算した中身を見ましても、現在、退職時の所得が同額の労働者が、沖縄と本土との間において、沖縄の年金受給者は約三分の二弱しか年金を手にすることができないということが明らかになっております。  こうした沖縄の厚生年金の格差の存在ということについて、まず長官に、改めましてどのようにお考えか、どのように措置されようと考えておられるか、その点についてお伺いいたします。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 これは、先ほど上原先生にもお答え申し上げた基本的な私のスタンスといたしましては、やはり制度的な問題は、もしもという言葉が許されないほど遡及ができない制度的な一面を持っていると思うのであります。したがいまして、今のお尋ねの件は、確かに、私も実態はつぶさではございませんけれども承知はいたしておりますが、厚生省が申しましたように、今直ちにこうだという結論がなかなか出せない。しかしながら、心情的には私はわかるような気がいたしまして、どうやってこれを解決するのかなという問題については、先ほども申し上げたように、国会議員としての立場から受けとめて考えたい、今はこういうことしか申し上げられない私の立場でございます。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 この問題につきましては、これまで何度となく本委員会においても論議されております。そして、それらの議事録を拝見いたしまして私なりにまとめてみるといたしますと、大きく二つの点においてこの実施がおくれている、この格差の存在が現在も継続しているということだと思います。  一つは保険原理との関係、すなわち、今長官もおっしゃいましたけれども、もしもということを制度と運営においては考えることはできない、そういうことで過去にさかのぼって加入をさせる、いわゆる遡及措置をするということは保険原理に抵触するんだ、あるいは、適用対象の拡大以前において沖縄においては何の措置もなかったからその制度上の引き継きができない、あるいは沖縄の被保険者についてのみ遡及措置を行うということになりますと、例えば厚生年金、かつて五人以上の事業所において働くというふうな事例があって、現在はそれがそれ以下でも加入できるというふうな問題があり、そういうふうな本土の労働者との間のバランスが崩れるんだというふうな、そうした三点がいわゆる保険制度の基本的な仕組みを損なうという言い方でございます。  もう一つ大きな問題は、過去の雇用関係の把握ができないということがあったというふうに受け取っております。これがこれまでこの問題において議論をされてきた、あるいは政府の方から答弁のあった点でございます。  しかし、これらの点を見てみますと、いずれも若干違うのではないか。例えば日本の国内における厚生年金の制度、まあ、現行法は昭和二十九年の改正で存続しているわけでございますが、かつて、五人未満の事業主のところで働く労働者はその保険に入れなかった。これはつくられた法律に基づいて、五人以上の事業主に限ってこの厚生年金というのはっくられた。明確な根拠がございます。したがいまして、その点について、確かにその時点で五人未満の事業所に働いている労働者の問題というのは、国会において採択された法の上において切り捨てられていたという法的な根拠があったというふうに思うわけでございます。  で、沖縄の場合は、そういうふうな意味で見てみますと、全くその経過が違うのではないかというふうに考えます。例えば、戦前からの政府の官吏の恩給については、戦前から引き続いて琉球政府に従事した人たちについては、琉球政府に従事した期間を通じて、日本政府は米軍の施政下においても、個人に対してこの恩給というのは払ってまいりました。そういう意味からいえば、沖縄というのは米軍の施政下にあっても、日本政府がそういう形で措置することが官吏の恩給あるいは軍人恩給等に見られますように可能であった地域でございます。これは当然、沖縄が一度として外国になったことはない。たまたま日本の敗戦によって沖縄の施政権というものが米軍に置かれ、日本は潜在主権。一貫して復帰というものを前提として、また沖縄の完全復帰ということを政府も当然のこととして政策を続けてきたはずでございます。そういう意味においては、沖縄はかつて一度もいわゆる日本とは違う外国であったという時期はなかった、施政権が米軍に押さえられていたそういう地域である。したがって、その地域に対して日本がそういう措置も官吏の場合にはすることができたという歴史的な事実があったと思います。  ところが、厚生年金については、御承知のように昭和十七年に発足しているわけでございますが、終戦により沖縄だけがその時点においてこの厚生年金の制度が消滅しているわけでございます。これはどういうふうな法律によって沖縄においてその制度を消滅させたのか。これはあくまで日本国内での取り扱いでございます。その点についてお伺いいたします。

吉武民樹厚生省年金局年金課長

○吉武説明員 お答え申し上げます。  本土復帰前の沖縄は、先生御案内のとおり、本土から行政分離をされまして米国の施政権下に置かれていたところでございますけれども、厚生年金制度において不可欠な適用あるいは保険料徴収という行政権の行使が、厚生年金は制度と不可分でございますために、本土の厚生年金保険法の効力は当時の沖縄には及び得なかったものというふうに私どもは考えております。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 先ほども申しましたように、戦前からあった官吏恩給法に基づくそういう措置は、琉球政府に引き継いだ段階においても、それは期間も継続し、日本政府から払ってきている。この厚生年金も昭和十七年、終戦前から発足しているわけでございます。その制度が琉球政府の手によって消滅した、そしてそれを日本政府が承認した、そういうふうな事実はあったわけでございますか。

吉武民樹厚生省年金局年金課長

○吉武説明員 戦中あるいは戦前の沖縄におきましては、もちろん、先生今おっしゃいましたとおり、労働者保険法あるいは厚生年金保険法の適用が行われておるわけでございまして、その適用関係については、現在においても、もちろん給付に結びつく形で対応させていただいているということでございます。私申し上げましたのは、本土復帰前の、沖縄が本土から行政分離されました状態におきまして、先ほど申しましたけれども、これは社会保険方式で運用いたしておりますので、年金制度におきまして不可欠な適用でございますとかあるいは保険料徴収ということが、当時の日本政府は沖縄につきましては施政権を有しておりませんでしたので、行政権の行使ができないということで、本土の厚生年金保険法の効力が当時の沖縄には及び得なかった、こういう解釈をいたしておるわけでございます。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 ですから、戦前からあった制度が、たまたま終戦により沖縄が米軍の施政下に置かれたという状況によって法律がなくなったわけでもなく、あるいは日本の法律の中において、沖縄という地域においては厚生年金の適用をしないというふうなことがあったわけでもなく、依然として日本の法律としては、その時点においても厚生年金という法律はあるわけです。本来であれば、当然、沖縄におけるそういう適用事業所にもその制度が到達するわけでございますから、それについて、実際実施できる行政権を日本政府が持っていなかった、そのことによって具体的に米軍施政下における沖縄においては厚生年金がきちっと成立てきないような状況にあった、そういうことでございましょう。いいですか。

吉武民樹厚生省年金局年金課長

○吉武説明員 先生御案内のとおり、厚生年金はもちろん国籍要件を有しておりませんけれども、一般的に申し上げますと、本土復帰前の沖縄の状態につきましては、私はもちろんその問題の専門家ではございませんので、私が理解しているところで申し上げますと、日本は潜在主権を有しておりましたし、沖縄の方は日本国民であったというふうに理解をいたしております。  ただ、厚生年金保険法は、日本国内の事業所と使用関係を有する方について適用するという形になっておりまして、日本国内の事業所と使用関係を有する方につきまして、先ほど来申し上げておりますけれども、年金制度の仕組み上、いわゆる適用それから保険料の拠出というところから始まりまして、その拠出の状態に対応をいたしまして将来的に年金給付に結びつくという仕組みをとっておりますので、当時の日本国政府といたしましては、沖縄におけるそういう厚生年金の実際の業務が実施できないということで、本土の厚生年金法の効力は当時の沖縄には及び得なかったもの、こういうふうに解釈しております。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 話をもう少し先へ進めたいのですけれども、もう一度お伺いしますよ。琉球政府における日本政府からの官吏の継続勤務についても、琉球政府で働いている期間も勤続年数として組み入れて、日本政府は当然それについて恩給を支払ってきた。これは、沖縄という地域がたまたま米軍の施政下にあったとしても、沖縄が日本の一部であるということには変わりがないという前提でそういうふうにしてきたわけでございますね。そういう意味において、昭和十七年にできました厚生年金法、これは終戦によって沖縄という地域の中においては厚生年金の適用事業所というものが消滅したのか、消滅はしていないけれども、たまたま施政権が及ばないためにその実態の把握というようなものを日本政府が直接できずに、そのために厚生年金が実体として機能しなくなったのか、それがどうなのかということを聞いているのですよ。

吉武民樹厚生省年金局年金課長

○吉武説明員 当時の問題を申し上げますと、例えば今申し上げました厚生年金保険法、これは年金の関係法でございますけれども、例えば健康保険法でございますとか、あるいは失業保険法でありますとか、こういういわゆる社会保障法につきましては、沖縄には効力が及び得なかった形になっておるわけでございます。これは後からまた御説明する機会があるかもしれませんが、そういう状態を前提といたしまして、当時の琉球政府におきましていろいろ社会保障政策につきましての検討が行われ、そして沖縄において、年金で申しますと厚生年金法あるいは国民年金法が設けられたものと私ども理解いたしております。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 この厚生年金のように戦前からある制度について、沖縄が米軍に占領された、施政権を米軍にとられていたということによってこの制度が中断し、そしてそのことをもって、これは何も沖縄の人たちがみずから望んでそうなったわけではなくて、日本政府の責任においてそういう戦後の一つの処理がされたわけです。そのことに対して、たまたま施政権が及ばないために厚生年金の制度が事実上機能中断したそのことの責任を沖縄の人たちにそのまま押しつけている。そのようなことは到底許されないのではないか。まして、戦後、数々のそういう制度が日本の国内においても実施されました。当然、米軍の施政下にある沖縄において日本の制度が同じようにできたということはなかったわけでございますが、基本的に言うならば、米軍の施政権下にあったとしても、日本政府は沖縄の復帰というものを前提とした政策を進めてきたわけでございますから、当然、復期を前提として日本の中において、将来復帰したときのさまざまな制度上のすり合わせ、調整というものが必要であっただろうというふうに思います。例えば、教育年数、学校教育制度等についてはそういうふうな努力がされてきたというふうに聞いております。また、沖縄の中においてそういうふうな制度が存続してきたとするならば、例えば共済年金に見られるようにこうした問題が起こらずに、スムーズに、復帰時において沖縄の人たちのそうした年金問題が継続できたということになったと思います。  そういう意味において、昭和二十九年に現在の厚生年金が発足するわけでございますが、琉球政府あるいは施政権者であった米軍に対して、復帰を前提として沖縄における厚生年金制度の確立について要請をし、その調整を行ってきたということは歴史的にあったわけでございましょうか、お伺いいたします。

吉武民樹厚生省年金局年金課長

○吉武説明員 今先生御質問ございました昭和二十九年当時、ちょうど厚生年金保険法の全面改正が行われて、今の年金法の体系が制定された時期でございますけれども、御案内のとおり、その制定時におきましては、沖縄は米国の施政権下にもちろん置かれていたわけでございますが、平和条約締結から間もない当時の日本政府から、沖縄の厚生年金制度の設立につきまして米国当局あるいは琉球政府に働きかけを行うということは、事実上困難な状況にあったのではないかというふうに推察をいたしております。何分にも昭和二十九年当時という時代の話なので、事実関係の確認はなかなか難しゅうございます。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 米軍に対して、昭和二十九年に至ってそういうふうな制度の確立について要請することが困難であったという推測というのは、これは許せないことだと思うのです。しなかったことに対するそういうふうな形での言いわけというのは、非常に沖縄の人たちにとっては我慢のならないことだろうと思います。  先ほど申しましたように、戦前からあった制度も、施政権というものが米軍に移ったことによって制度が中断する、そして、国内においてそうした復帰の段階において当然大きな問題になるであろう、そういうふうな制度の設立に伴って、琉球政府なり米軍に対してそういう制度上の整合性を沖縄の中においても立てていくように要請する、これがやはり復帰というものを回復した日本の政策の中においては追及されるべきではなかったか。  これは、そのことの責任を問うているのではありません。できなかったのは仕方ない、事実ですから。本来なら、そういうふうなことができておればこの問題はなかった。しかし、そういうこともしなかった。その結果、復帰の段階においてこうした年金格差という、特に高齢社会の中において極めて深刻な問題に当面している。そういうふうな歴史的な経過を見た場合に、沖縄の年金格差というものの存在は、だれの、どこの責任において解決されなければならないか明らかだというふうに考えるわけですが、大臣どうでしょうか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 今のお話は、復帰の時点においてなぜそういう措置ができなかったのか。公務員が海外に派遣されて帰ってきたときに、中断されたであろう期間を共済年金法の改正のときには吸収したじゃないか、恩給については継続を認めておきながら、なぜ厚生年金については復帰の時点にさかのぼるように法律改正を伴わなかったのかという反省、御指摘だと思うのです。  まさにそうではあると思います、よくわかりませんけれども。そうであろうとは思うのでございますけれども、今の段階では、先ほど事務当局から御答弁申し上げましたように、そういうことであったがゆえに雇用主と従業員とが折半して基金を積み立てていく厚生年金制度であってみれば、やはり過去二回のあの改正でその問題に対するお答えを申し上げたというふうに私は今理解しているところでございまして、制度的には私は余り詳しくはございませんので、あとはもう一遍厚生省の事務当局にお問い合わせ願いたいと存じます。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 この問題については、厚生省とはまた改めてやりとりしたいと思うわけですが、私は、こうした問題の存在というのは、基本的に、沖縄が米軍の施政権下に置かれたという歴史的事実、そして、その責任は日本国政府あるいは日本国民全体が戦争の問題としてとらえ、その処理という極めて重大な政治判断を要する問題である。それをされるのは年金理論ではないのですね。年金理論でいえば、私はそれなりに年金局がおっしゃっているのはわかる。年金を払ってない、それを遡及して払うのはおかしい、それじゃ年金という原理が成り立たない、私はそれはそうだと思う。だけれども、そもそもそういうふうになってしまった状況、あるいはそういうふうなことを避けるための努力が欠落していた、そういうことの結果として今日がある以上、それをどのように回復するかというのは、これは政治判断、だからこれは年金局の問題ではなくて、大臣どうなのかというふうにお伺いしているわけです。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 御指摘の点は、深く私の胸にとどめておきたいと思います。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 今大臣の方から御指摘があった論理もあるわけですが、もう一点、これまでの議論の中でもございました過去の雇用関係の把握等ができないというふうなことが、一つこの問題を解決するネックとして指摘されてきているように思います。  そこで、お伺いしたいと思うわけですが、沖縄におきまして、復帰前、最大の雇用者、労働者を一つの事業体で抱えていたところといいますと、やはり米軍施設において働いていた労働者の存在であっただろうというふうに考えるわけでございます。そこで、まず防衛施設庁にお伺いするわけですが、昭和二十三年七月一日に厚生年金法が一部改正されて、いわゆる国の事務所に雇用された者は厚生年金に加入するということに基づきまして、昭和二十四年四月以後在日米軍施設に雇用されている者に対しては、これは昭和二十四年の四月ですからまだ独立の以前、講和条約の前でございますが、日本政府が都道府県にその事務を移管して、年金事業者の負担にかかわる部分等については措置をしてきたという経過があったと思うわけですが、そのとおりですね、お伺いします。

上瀧守防衛施設庁労務部労務厚生課長

○上瀧説明員 お答え申し上げます。  今先生が御指摘になりましたように、昭和二十四年四月一日から、本土における在日米軍従業員につきましては厚生年金法の適用を受けることになりました。そして、そりまま現在に至っております。そうしまして、在日米軍従業員の厚生年金保険料の支払いにつきましては雇用主たる国が行うことになっておりまして、保険料は社会保険庁に支払っております。ただし、その事務そのものにつきましては、国から機関委任されました関係都道県が行っている、こういう状況でございます。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 まだ講和条約が成立せず、そういう意味においては日本のいわゆる国際的な独立が認められていない時期において、本土における米軍施設の従業員に対してはそのような措置をされ、現在につながっているわけでございます。その以前の段階においては、たしか、米軍の施設に働いている日本人労働者については国家公務員として扱われていたというふうに考えるわけです。  その時期において日本はそのようにしてきたということですが、沖縄における米軍施設に働く従業員の厚生年金について、本土と同じような措置がとられるようになったのはいつからでございますか。

上瀧守防衛施設庁労務部労務厚生課長

○上瀧説明員 お答えいたします。  若干厚生省の方にも絡む話かと思います、所掌だと思いますが、昭和四十五年から、沖縄においては厚生年金制度相当のものが開始されたというふうに我々承知しているわけでございます。沖縄は、本土に施政権が返ってきて以降、四十七年以降は、本土の場合と同様に雇用主たる国が社会保険庁に保険料を支払っている、こういう状況になっております。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 昭和四十五年の一月に沖縄の厚生年金法が施行されて、昭和四十七年五月まで沖縄において米軍施設に働いていた労働者の厚生年金の加入と、その支払い者はどうなっておりましたか。

上瀧守防衛施設庁労務部労務厚生課長

○上瀧説明員 四十五年から四十七年までは、米軍が保険料を支払ったというふうに理解しております。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 そして、沖縄が復帰する段階において、約二万人と言われております。その当時の沖縄の米軍施設雇用者の名簿を琉球政府がまとめ、それを防衛施設庁がお引き継ぎになった。その時点では、属人的なその時点での在職期間もあわせて引き継いだというふうにお聞きしておるわけでございますが、そうでございますね。

上瀧守防衛施設庁労務部労務厚生課長

○上瀧説明員 お答えいたします。  今の点でございますが、雇用関係について一言御説明させていただきますと、沖縄の在日米軍従業員の雇用関係は、四十七年五月の沖縄復帰の以前は、在沖米軍の直接雇用の従業員でございました。それのうち、今先生言われましたように、約二万人弱の者が復帰と同時に日本政府の雇用する従業員になった、こういう経緯がございます。したがいまして、復帰後引き続いて在日米軍従業員になった者につきましては、我々といたしまして、復帰前の期間につきましても、米軍が作成した人事記録をもとにいたしまして、沖縄県の方で作成した従業員台帳というものがありますが、この台帳によってそういう従業員に対してはいろいろと雇用関係のことがわかっている、こういうことでございます。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 そこで、改めて厚生省の方にお伺いするわけでございますが、復帰時の米軍の施設に雇用されていた約二万人の人たち、その人たちについては属人的な在職期間もわかっている。そして昭和四十五年には沖縄の厚生年金が発足するわけですが、その以前の段階においても、日本の本土においては、これは日本政府がその年金の支払いをしてきているということがはっきりしている。しかし、その人たちについても厚生年金の対象にはならなかった。それは沖縄に厚生年金制度がなかったと言われるわけでございますが、日本の厚生年金制度はあるわけですね。  そういう意味において、昭和四十五年以前の段階において、沖縄の米軍の施設に働いている労働者は厚生年金の適用労働者であったのかなかったのか。戦前、厚生年金制度というのは成立しております。日本の法律が及ばなかったという事実は認めるわけですが、法の建前上、この人たちはその以前の段階においても厚生年金の対象職場に働いていた労働者であるとお考えかどうか、お伺いします。     〔委員長退席、仲村委員長代理着席〕

吉武民樹厚生省年金局年金課長

○吉武説明員 先ほど来申し上げておりますが、日本の厚生年金保険法が沖縄における民間サラリーマンの方に適用になりましたのは、昭和四十七年の復帰時点でございます。それまでは、昭和四十五年から四十七年までは沖縄の厚生年金法の適用があったものというふうに考えております。四十五年以前につきましては、日本の厚生年金保険法の適用はなかったというふうに私ども解しております。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 先ほど、昭和十七年に厚生年金が成立した、そして沖縄も適用地域であったとおっしゃったわけですよ。そして沖縄という地域は一度たりとも外国であったことはなく、たまたま米軍の施政権下に置かれていたということである。だから、新たに外国であった部分が日本に合併したわけではない。おっしゃるように、昭和十七年にできた厚生年金法というものが消滅したということは、日本の国内法ではあるわけですか、消滅させたという。

吉武民樹厚生省年金局年金課長

○吉武説明員 先ほど来申し上げておりますが、昭和十七年から戦中につきましては、当時の日本の労働者年金保険法あるいは厚生年金保険法は、沖縄で働いておられる方々についても適用があったわけでございます。もちろん、昭和十七年から労働者年金保険法時代は、細かなことを申し上げますと、例えば、いわゆるサラリーマンは適用対象になっておりませんし、女性の方も適用対象になっておりませんので、そこは途中から適用になられたかと思われます。  その適用関係は、厚生年金保険法の仕組み上、もちろん給付に結びつく形でやらせていただいておるわけでございますが、行政分離から復帰までの状態を申し上げますと、日本の施政権が及ばなかったという状態でございますので、日本の立法権あるいは行政権、司法権は、基本的には沖縄に及ばなかったわけでございます。もちろん、潜在主権はございましたので、沖縄の方は日本国民であったわけでございますけれども。  それで、先ほど来申し上げておりますが、社会保険方式という形で実施をいたしております厚生年金法の適用から始まりまして、保険料の拠出、そういうことにつきまして、これはまさに国の、私どもの社会保険庁が、現状で申し上げますと都道府県、都道府県知事さんにお願いをいたしまして、そして社会保険事務所も実際に業務を行いまして適用を行い、そして保険料の徴収を行い、そして給付を行う、こういう仕組みになっておりますので、そこの面での当時の日本国政府の行政権が及び得ないという状態で、当時の沖縄につきましては厚生年金法の適用関係はなかったというふうに解釈しております。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 そんなことを聞いているわけじゃないです。要するに、戦前の厚生年金法というものは法律として生きているし、沖縄においてそれは適用しないという国内での法律があったわけではない。また、日本国内でつくられた法律を沖縄に適用しないということが書かれている法律というものはないわけです。そうではなくて、まさに施政権という、主権の一部が沖縄においては米軍に押さえられている、ゆだねられているという状況の中で、この日本の法律をその中で有効に機能させることができない状況に沖縄があったということであります。あなたがおっしゃるように、昭和四十七年、復帰の段階から改めてその法律がそこでつくられるのであって、それ以前は沖縄にそうした法律が及んでなかった、あるいはそういう法律が中断していた、なくなっていたということではないんじゃないか。それはあくまで、法律をそこに適用することが主権の放棄ということによってなかったということであるだろう。そうでしょう、大臣、その問題はそうですよね。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 ちょっとよくわかりかねますので、事務当局のお答えに従うだけでございます。

吉武民樹厚生省年金局年金課長

○吉武説明員 厚生年金保険法の基本的な仕組みを申し上げますと、これは、日本国内の適用事業所に勤務される民間のサラリーマンの方に対して適用を行っていく仕組みになっているわけでございます。  当時の沖縄の状態を申し上げますと、再三繰り返し申し上げますが、施政権が当時の日本政府になかったという形でございまして、したがいまして、そういう適用関係あるいは保険料の徴収、給付という形で、これはまさに行政権を行使して実施している社会保険制度たる年金制度でございますので、そこで適用関係が生じなかったということでございます。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 これは、別に厚生省の方にお伺いしなければいけないことではないわけで、まさに大臣のお話を聞かないといけないことなんです。  今の厚生省の話を聞いていますと、まるで沖縄という地域は、復帰以前の段階において日本政府が外国として認めていたというふうに理解しなければならないような言い方です。そうではない。沖縄というのは明らかに日本の一部であったし、したがって沖縄の人たちは主権が本土にあった、その段階、当時の日本の本土に来られた段階で日本人としての権利もすべて保障されている。そういう意味においては、たまたま沖縄という地域がアメリカの施政権下に置かれていたために、そういう日本の法律が有効に機能することができなかった。その一つとして、厚生年金がそこで実施できなかったという事実があるだろうということを言っているわけです。これは大臣が判断していただかなければ困ることです。  あわせまして、そういうふうにして考えるとするならば、今具体的に米軍施設従業員の例を出しました。現実に日本の国内においては、そこで働いていた労働者に対しては日本政府が厚生年金を掛けている、その事務手続もやっている。占領下においてもそういうことをやっている。もちろん、沖縄でそれがでさたかと言えば、それはできなかったでしょう、施政権が米軍にあるわけですから。しかも、その人たちについて言うならば、職歴についても琉球政府から復帰時に日本政府が引き継いでおられる。  私は、何も米軍施設に入っていた労働者だけに厚生年金を適用せよなんて言っているわけじゃございません。しかし、そういう具体的に遡及しようとした場合に、厚生省がおっしゃっているように遡及できない、あるいはその理由というものが具体的に見ていけば壊れてしまうじゃないか。そうなればあとは大臣が政治判断として、戦後処理の一環としてこの問題をどうするのか、それをお決めいただく時期に来ているのではないかということでお伺いしているのですが、どうでしょうか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 今の御指摘の点を私が解釈したことをちょっと申し上げますので、もし間違っていたら御訂正願いたいと思います。  今のお話は、厚生年金制度は昭和十七年から本土では施行されていた、それが沖縄ではアメリカの施政権下にあったためにそれは眠っている状況であった、こういう擬制をとっておられると思うのです。したがって、それが復帰すれば当然眠っていたのは起きるじゃないか、しかも、本土においてはアメリカの施設に働く従業員であろうとも厚生年金の適用はあった、沖縄においては、何人かはわかりませんけれども、沖縄の米軍施設に雇用されていた者の雇用関係の実態は明らかになっているじゃないか、そういうことを考えてみると、厚生年金が生きたままの状態で復帰するのは当たり前じゃないか、こういう御論理を展開されていると思うのでありますが、ここのところが実は難しいところで、私は、これは法制局の意見を徴さないと、にわかにはこの問題についての御提言といいますが御指摘についてはお答えできませんので、そういう時間をお許しいただきたいと思うのでございます。それは、厚生省を通じて法制局との間で、今の御指摘の点について法律解釈上妥当であるのかどうか、あるいは、日本に施行された法律がアメリカの施政権下に入ったがために何らかの法律によってその法律が適用除外、殺されたのかどうか、そういった事実関係というものは、これは私のような素人ではわかりませんので、一応法制局の見解を伺ったらどうかと思っておりますので、厚生省にはそういうふうに申し上げておきます。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 法制局の御意見を伺っていただけるということでございますが、もう一度整理しておきますが、平和条約によって米軍の施政権下に沖縄が置かれていた、そのことは歴史的事実である、厚生年金の受給権というのは、沖縄の人たちといえども当然日本人であった以上本来持っていた、たまたま施政権下にあったということにおいてそれが実効的に機能できなかった、沖縄の人たちについて日本人として享受すべき権利は、日本の法律によって奪われたという事実は一回もないんだ、そのことを私は強調して、そこのところを軸にしてこの問題を考えていただきたいというふうに申しているわけでございます。  今の長官のお話というのは、法制局とも話をされるということでございますが、法制局からどうだという御意見を徴されるだけではなくて、この年金格差を是正するという立場から、どういう方法があるかということを含めて法制局と話し合いをしていただけるかどうか、最後にお伺いしたいと思います。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 これは冒頭にも申し上げましたけれども、やはり制度の遡及という問題は大変な問題でございますし、それに、性格的に従業員と雇用主との積立基金でございますために、そういうふうなことで、にわかに今の御指摘について法制局の見解が出たらすぐに対応するような措置、あるいは見解がそうでなくても、政治的に解決する道はどうかというお尋ねは極めて難しい問題でございますけれども、先ほど上原議員にお答え申しましたと同じように、国会議員の立場として胸にとめておかしていただきたい、こういう答弁で御堪忍賜りたいと思います。

五島正規日本社会党・護憲共同

○五島委員 胸にとめておかれるということでございますが、胸にとめておかれっ放しては困るわけでございまして、まさにこの問題は、あの沖縄が日本で唯一の陸戦の場所であったという問題に並んで、戦後長く日本の主権が及ばない地域として放置され、そのことによって具体的に現在引き続き、しかも、これから長い老後、それによって非常に大きな被害が引き続くそういう課題として残っている問題なんだ。これを解決することがやはり政治家たる責任であるという前提に立って、これをどう解消していくかという立場に立ってぜひ努力をお願いしたいと思います  以上申し上げまして、私、若干時間が残っておりますが、質問を終わらせていただきます。

仲村正治自由民主党

○仲村委員長代理 以上をもちまして、五島正規君の質疑は終わりました。  次に玉城栄一君。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 沖縄が本土復帰をして二十年という大きな節目に当たりまして、さらに二十一世紀に向かって自立と言うけれども、先ほどからいろいろな議論をされているわけですが、そういう立場から、基本的な点についてお伺いをさせていただきたいと思うわけです。  政府主導による産業といいますか、それが自立化への糸口さえつかめないというのが現状です。そのために自由貿易地域についても、長官は、新しい富を創造するという意味で非常に大事だ、そのことは本当にそのとおりだと思うわけでありますが、沖縄は、御存じのとおり、政府の公共投資あるいは基地に関連する収入それから観光産業とか、そういうどちらかというと全部他立といいますか、自立の反対ですね、自分の力で生み出すというものとは反対の方向で成り立っているのが現状ですね。だから、それを二十一世紀に向かって、中央依存なり財政依存なり何にしろ、そういう形は当然必要な分はありますけれども、自立てきる面はやはりつくり上げていかなくちゃいかぬという立場でこの法案は非常に重視をし、非常に重要だと思っているわけでありますが、どうでしょうか。これから二十一世紀に向かって沖縄百二十三万の県民が生きていく、この国際化社会の中で生きていく、先ほどひとり立ちというお話もされておりましたけれども、ひとつその点から、基本的な点について大臣のお考えをお伺いいたします。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 これはたびたび申し上げてきたところでございますけれども、前半の他立的な、言うならば今までは他力本願であった、それをこれから二十一世紀に向かって自分で歩いていく方策として何を考えていくべきか、そういう御質問であろうと存じます。  まさにおっしゃいますように、今日までは確かに政府の財政援助といいますか、財政資金に基づいて発展をしてまいりました。発展してまいりましたと申すよりは、むしろ、戦争中の破壊された施設に対する復興期であったと存じます。その復興は、御高承のとおり、ある意味では相当に大きな効果を持ってまいりまして、今後の二十一世紀に向かっての豊かな生活を生み出すための公共事業の展開が続いてきたというのが、二十年になります今日までの前半の五年間だったと思うのです。  これから二十一世紀を迎えるに当たって、やはり自分で立っていくところの産業を育成しなければならぬ。そういう意味におきまして、私が冒頭に申し上げましたように、二十一世紀に向かっての新しい富を創造していくんだというのはまさにそういうことでございまして、それはとりもなおさず産業の立地でございます。しかし、産業の立地と申しましても抽象的になりますので、やはり沖縄の振興開発特別措置法に盛られている全国に例を見ない自由貿易地域に活性化するような機能を付与してもらうように努力する、それによりまして産業立地を仰ぐ。これは本土のみならず、東南アジアあるいは外国どこでも結構でございますけれども、そういったところからの産業立地を仰いで、そして、自由貿易地域に新しく機能を付与していただいたことをインパクトにして産業を拡大していくことが沖縄の経済発展につながるし、ひいては県民所得の全国の水準に近づいていくプロセスではなかろうか、こういうふうに考えておるわけでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 沖縄振興開発特別措置法に二つ目的がありますね。一つは本土との格差是正、一つは自立てきる基礎条件の整備。その目的が全く達成されていないわけで、沖縄開発庁もそのために役所もつくられて、存続して二十年間。ところが、自立てきる基礎条件の整備というものが、私ははっきり申し上げまして、この二十年間、沖縄開発庁主導でどういう新しい産業を沖縄につくり上げたのかといいますと、ほとんどないのですね。例えば、沖縄の県産産業といいますか、オリオンビールとかセメントとか、そういう重立った産業はほとんど米当時代につくられたもの、それを日本が引き取って、彼らはそれは発展しておりますよ。そういう沖縄が自立てきる新しい産業というものは、これといったものはほとんどない。これが実態ですね。ですから、そういう意味におきまして、私は、自立てきないようなシステムを政府が沖縄に押しつけているのではないか、沖縄開発庁だけじゃなくて。そう言っても過言ではないというような感じすらあるわけであります。  そこで、私ちょっとお伺いしておきたい一つは自由貿易地域の問題です。先ほどから議論になっておりますし、外務省の佐藤さんがいらっしゃいますからお伺いしてまいりますが、現在、那覇港湾施設に隣設して那覇自由貿易地域が設定されて、これができて三年間になりますね。現状、二・七ヘクタールですね。これは、具体的に言いますと地位協定上どういう立場になるのか。これは客観的に正確に把握しておかないと、この自由貿易地域を拡大するにしても何するにしてもどうもわからぬ点が多々ありますので、その辺からお伺いいたします。

佐藤行雄外務省北米局長

○佐藤(行)政府委員 お答えいたします。  御承知のように、那覇港湾施設の大部分は米軍に提供されております。それは地位協定の二条に従って提供されておるものでありますが、地位協定の中には共同使用についての規定がございます。それが二条の四項でございまして、二種類の共同使用のあり方があるわけでありますが、その四項(a)に、「合衆国軍隊が施設及び区域を一時的に使用していないときは、日本国政府は、臨時にそのような施設及び区域をみずから使用し、又は日本国民に使用させることができる。」という規定がございます。そこで、現在、那覇港湾施設の中の一部分が幾つかの日本側の機関等によって使用されておりますが、それはいずれも、先ほどの沖縄地区の税関も含めてでございますけれども、すべてはこの二条四項の(a)という地位協定上の規定に従って適用されておるものでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 今おっしゃいましたとおり、地位協定の二条四項の(a)で、一時的に使用していないときは日本国政府が臨時にそのような施設及び区域をみずから使用することができる。ということは、これは米軍提供施設ですね。米軍に提供した施設を、一時的に使用していないときは臨時に日本政府が使用することができるという形で、今の二・七ヘクタールのいわゆる自由貿易地域というものは、これが根拠になって使われているわけですね。そうしますと、一時的に、そして臨時にということですから、言葉のとおりフェンスはいいとしても、恒久的な建物が建っておる、こういうことは臨時的ということで許されるわけですか。

佐藤行雄外務省北米局長

○佐藤(行)政府委員 お答えいたします。  先ほど申し上げましたのは、法的根拠ということで地位協定上の書き方を申し上げたわけであります。実際の建物の施設がどの程度恒久的なものであるかどうかというのは、私も実態に即して判断せざるを得ないと思いますが、いずれにせよ、米軍に対する提供の建前というのは、未来永劫に施設を提供しているという前提ではございませんので、そういう枠の中で解釈上、今回の場合には二4(a)で共同使用となっているというふうに私は理解しております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 私は、これも否定はしたくないわけですが、ただ、一応明らかにしておきたいのは、沖縄開発庁も十一億か何か投じてあの施設をつくっているわけですね。沖縄振興開発特別措置法があの二・七ヘクタールの地域にはかぶさっているわけです。それも、米軍の提供施設にはそれでいいわけですか。

佐藤行雄外務省北米局長

○佐藤(行)政府委員 お答え申し上げます。  私、実態を正確に承知しておりませんので、若干一般論的なお答えにならざるを得ませんが、米軍につきましては、軍の活動に関しては日本の法令についての適用が免除されている仕組みになっておりますが、属地的には日本の法令は及んでいるわけでありますから、米軍の活動との調整の範囲内で一定の日本の法令が適用になるということは言えるのだろうと思います。ただ、それが具体的にどういうものであるかということは、私、今実態を存じませんので、お答えを差し控えさせていただきたいと思います。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 実態は、共同使用というのは名目、実質はもう返還されたというふうに見た方が非常に正しいと思うのですね。どうですか。それは違うというふうにおっしゃるのでしょう。  今度は二4(b)項ですね。二4(a)は、米軍が使ってないときに日本側が使わしてもらうということですね。二4(b)の場合は、今度は、日本が引き取って米軍が必要なときだけ使わしてあげる、こういうふうに解釈もできるのですが、今の自由貿易地域というものは二4(b)に変えることはできないのでしょうか。

佐藤行雄外務省北米局長

○佐藤(行)政府委員 お答え申し上げます。  理論的に言えば変えることは可能であります。問題は、アメリカに提供している基地をどれだけ返還してもらうか。あるいは一部には全面返還、一部には部分返還という御要望もあるようでございますが、どういう形での返還をしてもらえるのか、あるいは返還ができないまでもどういう形での共同使用をするのか。これは地位協定に則してどう考えるというよりも先に、実態をどういう格好でアメリカとの間で調整ができるか。それに応じて地位協定上は、全面返還であれば地位協定の適用はなくなるわけでありますし、先ほどの共同使用の形において御指摘のようにアメリカが主で日本側の使用が従になるのか、その場合は二4(a)になるわけでありますし、日本側の使用が主でアメリカ側の使用が従であると、一時的であると、その場合には二4(b)になるということであります。したがって、法律上の解釈としては、いずれの場合にも適用のできる条項があるということでございまして、要は、いかなる実態についてアメリカ側と調整ができるかということではないかと考えます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 ですから、私がお伺いしたいのは、現在、地位協定上の共同使用という形で使われている二・七ヘクタールですか、これは現実に日米間でそうやっているわけですが、非常に問題になっておりますのは、この二・七ヘクタールは小さ過ぎる。入っている二十七、今二十四と大臣はおっしゃられましたけれども、三年間者赤字なんです。これはその企業に責任をかぶせるわけにいかない、これは制度とかいろいろな条件が合わないためにそういう問題ができているわけですから。問題はその二・七ヘクタールの面積、隣接の国有地が二十ヘクタールぐらいありますね。その二十ヘクタールを使わせてもらえば、機能拡大どころか相当充実するわけですね。それを申し上げたいわけですし、そういう交渉をしてもらいたい。もちろん全面返還というのが望ましいが、それには移転先が伴う。あんな小さい沖縄でどこも猛烈に反対が起こるわけですから、そういうことで足かけ十七年ぐらいですか、移転を条件に全面返還というのは話し合いだけで一向にできなかったわけですから、せめて二・そのその面積を拡大する形で、いわゆる共同使用でもいいですが、二4(a)でもいいし二4(b)でもいいし、実際に沖縄という地域が自立できるような方法を考えてもらえないか。その点、外務省としてそういう面からの日米間の話し合いというものをされる必要があると思いますが、いかがでしょうか。

佐藤行雄外務省北米局長

○佐藤(行)政府委員 先生よく御承知の点でございますので繰り返して申しませんが、この問題には二つの側面があると思います。  一つは、アメリカ側との調整の問題であります。その点をとりあえず横に置きまして、日本側として今度の那覇の港湾施設の問題についてどのように取り組むか。恐らく関係省庁、皆さん一致している点は、できることならば沖縄返還二十周年に何らかの形での施設返還というものを進めたい。既に平成二年に合意されました施設返還の約束もなかなか実現しない状況でございますので、そういう中で、何かこの機会に進めたいという点については関係省庁一致しているところだと思います。また、住民の方々の気持ちもいろいろな形で我々聞いております。  そこで、そういう背景のもとで、那覇港湾施設一つとりましても、どういう形で進めたらよろしいのか。この間も沖縄の新聞を読んでおりますと、地主の方々は全面返還で一致しているという話もございます。私、報道で読んだだけでございますので、それが正しいことなのかどうかわかりませんが、現地でもいろいろな意見もおありだと伺っております。そういう中で、先生の今の意見も貴重な御意見として承っていたわけでございますが、この問題は事外務省だけで決められるわけではございませんで、開発庁の御意見もあるでしょうし、施設庁の御意見もあると思います。  前置きが長くなりましたが、私は、そういう前提を置いた上で、ただいま承りました先生の御意見も一つの意見として、これから我々が沖縄の施設返還の問題に取り組むときの参考として承らせていただきたいと思います。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 今お話のありました点、私もしっかり聞いておりましたけれども、地権者が全面返還という話は、さっきちょっと私申し上げたでしょう、二・七ヘクタールに隣接して約二十ヘクタール国有地があるんだと。二・その二十ヘクタールですから相当の広さですね。だから、最悪の場合その国有地だけでも自由貿易地域として使わせてもらえれば相当の成果が出るということですから、それは一般の地権者との交渉ということでなくても、国の問題になるわけですから、自由貿易地域を政府としては法律を改正しようということまでやっているわけですから、これは調整によってはできる可能性は十分あると思います。大臣いかがでしょう。今の点お願いします。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 全く御指摘のとおりでございまして、今外務省から御答弁がございましたように、どういう形で取り組まれるか、要望されるかということを踏まえて交渉していただくということになると思うのですが、我々といたしましては、先ほども申し上げましたように、せっかく空港に近い臨空港型の自由貿易地域の機能を拡大するためには、先生も御指摘のとおりの用地を、どういう形であろうとも確保していただきたいものだと考えております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 このフリーゾーン、いわゆる自由貿易地域というのは、世界的にあちこちあります。どこも港というものは当然伴っているわけですね。あるいはまた空港も伴っております。だから、自由貿易地域と言っていながら港が使われない状態での自由貿易地域というのは、ある意味で欠陥商品みたいなものです。これは港あっての自由貿易地域ですから、空港あっての自由貿易地域ですから、これはやはり表裏一体といいますか、どうしても港というものは必要で、そのために政府として努力をする。それをやってやることが沖縄の自立につながるわけですから、それは大蔵省ともぜひ折衝してやっていただきたいわけです。  それで、開発庁の事務局の方に伺いますけれども、今度改正されます総合保税地域というのは概要どういうものか、ちょっと御説明をいただきたいと思います。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 お答えを申し上げます。  総合保税地域と申しますのは、今回、関税法の一部改正によりまして新設されることが予定されております地域でございます。具体的にどういうものかと申し上げますと、外国貨物の蔵置、加工、展示等を総合的に行うことができる地域でございます。その中の施設はだれがっくるかということでございますが、一応関税法の中では、出資の一定割合を地方公共団体などが保有するという、いわば公益的な法人が施設を整備する。その施設は、そこに入居して事業を行います個々の事業者が共同で利用する、こういう形態のものでございます。そうして、そういう公益的な法人が施設を整備いたしました場合には、一定の要件のもとに、例えば、貿易に関連する施設の集積度が高いというような一定の要件に該当いたします場合には、その施設を整備されました地域全体に総合保税地域の許可が与えられる、こういうものでございます。  この総合保税地域制度の効果といたしましては、公益的な法人が施設の整備を一括して行いまして、これを個々の入居企業に利用させるということでございますので、入居企業は自分で施設の整備をする必要がなくなる、そういう意味では大変利便が向上するわけでございます。それからまた、従来の保税地域の場合でございますと、外国貨物の蔵置、加工、展示等を行います場合には、それぞれ保税上屋、保税倉庫、保税展示場あるいは保税工場という個別の許可を一々とらなくてはいけなかったわけでございますが、この総合保税地域の場合には、総合保税地域としての許可を一つ受けますと、その地域内の個々の施設につきましてはそれぞれ別々の許可を受ける必要がなく、そのまま蔵置、加工、展示等のすべての機能を果たすことができる、こういう性格のものでございます。  沖縄の自由貿易地域内におきますこの総合保税地域でございますが、自由貿易地域におきまして施設の設置または運営に当たろうというものにつきましては、まず沖縄開発庁長官が、その事業を行うことが適当であるという旨の認定をいたしたいと考えております。そして、その認定を受けた公益的な法人が施設の整備、運営を行います場合には、税関長から総合保税地域の許可を行うという旨の規定も今回の沖振法改正の中に挿入をいたしているところでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 佐藤さん、今のお話にもありましたとおり、今のは小さ過ぎますから、どうしても面積が必要なのです。これも例え話ですけれども、魚を食べさせるのも結構だけれども、その魚をとる方法も一緒に教えてあげなさいということわざみたいなものがありますね。ですから、従来の魚だけ食べさせておればいいんだということではだめなんですよ。やはり魚をとる方法も同時にちゃんと教えてあげないと、いわゆる自立というものには結びつかないわけですね。  歴史に学ぶという言葉がありますけれども、十四、五世紀ぐらいですか、大交易時代ということで、沖縄というか当時の琉球はそういう中継貿易で飯を食っておった、当時の人は。しかし、今の自由貿易体制が、複数で指定されるというお話がありましたね。中城とかあるいは石垣とか、三角貿易を今盛んにやっていますから、あるいは宮古のあのパイロット訓練飛行場とか、そういうところにこれをきちっと指定して機能させるような、そして政府がそういう成り立つような施策をやれば、今の人口の三倍は優に自立てきるといいますか、そう言う専門家の人もいるぐらいなんですね。ですから、今回せっかくこういう制度を芽出ししたわけですから、それが本当に機能するような形で、面積にしてもいろいろな形にしてもぜひこれはやっていただきたい。ひとつ、大臣のお考えをお伺いいたします。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 先ほど自由貿易地域を軸にするということを申し上げたわけですけれども、今御指摘のとおり、自由貿易地域は現在の一カ所の機能とそれから面積の拡大にとどまりませず、複数地区について自由貿易地域を設定し、また、新しく改正になりました関税法上の総合保税地域をそこヘセットする。そしてさらに、これは時間をかけながらでもぜひともその機能を拡大し、関税の解放地域とまではなかなかいきませんけれども、また香港型というふうに直接には結びつかないにいたしましても、そっちの方向に徐々に歩んでまいりたいというふうに考えておりますので、皆様方もひとつよろしく脚後援のほどを賜りたいと存じます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 御存じのとおり八重山の石垣港は、通常の場合は年間大体二百五十隻で、平成三年、去年の場合は八百五十隻、いわゆる台湾船籍やら中国の船が沖待ちしている。そのためにとん譲与税ですかが相当入ってくる。あれが陸に接岸しますと相当の金が落ちると言われているわけです。つまり、接岸したらそこに荷役がある、また物の仕分けがある、あるいは原料をドラム缶でこれまたいろいろなこん包をしてやる、そこでいろいろな第三次産業、第二次産業が興る。そういう波及的な効果が起きてくることはもう間違いないわけですね。ですから、石垣とかあるいはまた中城湾とかは、そういうことも地域指定の場合には今後の問題としてお考えだろうと思いますが、いかがでしょうか。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 お答え申し上げます。  自由貿易地域の拡大と申しますか、今後の新しい地域指定と申しますか、それにつきましては、現在、沖縄県それから那覇市で、将来那覇軍港が返還されました場合には、その跡地を自由貿易地域として利用することにつきましても御検討をなさっておられると伺っております。それからまた、沖縄県では、平成九年末に完成をいたします予定の中城湾振興地区、ここにつきましても自由貿易地域の展開を計画しておいでになる、こう伺っておるところでございます。私ども、沖縄県あるいは那覇市等の計画が具体的に固まり、御相談を受けました場合にはそれなりに協力を申し上げていかなければならぬ、このように思っておるところでございます。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 今答弁がございましたとおりでございますけれども、我々としては一日も早くこれを指定し、大蔵省とも相談してまいりたいと思っております。今、玉城議員が御指摘になりましたように、そうすれば地方においても活性化いたしますし、また特別とん税でございますか、船が入ることによって特別とん税などが地方公共団体に回るような新しい財源も確保できるわけでございますので、やりたいと思っております。  また、中身の問題だというふうな御発言もございましたが、これは当然、先ほど来申し上げているように、中身を伴うことを前提として進んでまいる、こういうことでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 それでは、ちょっと空港のお話を申し上げたいのです。  これは予算委員会の分科会で、私、運輸省にちょっと質問することにしておりますけれども、いわゆる第六次空整で現在のターミナルを移動するということで、那覇空港については総合的に整備計画を運輸省の方で計画しておられるようですが、現国内線の第一ビルの近郊にはフリーゾーン地域が隣接してありますため、これを三百ないし四百メートルの海岸道路を新設すれば陸海空の物流の有機的結合を図ることができ、陸海空貨物等物流集積基地として使うことができる。現在のターミナルの駐車場もありますね、あの辺はそういうものとして十分活用できる。ところが、まだ運輸省は宙に浮いたままだ、あのターミナルの跡地をどうするかということはまだはっきりしていないということで、それをあしたかあさっての分科会でお伺いしようということなんですが、開発庁とされてはどうですか、那覇空港の自由貿易地域との連結、有機的に連結して本当に機能するようにという考え方から。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 お答えをいたします。  運輸省の方から責任を持ってお答えすべきかもしれませんが、私ども伺っていることを簡単に御説明をしたいと思います。  現在のターミナルビル、国際線、国内線、離島線とそれぞれ分散立地をしておりますので、何とかそれを統合したいということでございまして、当面進めておりますことは、国際線のターミナルがございますが、その南の方に国内線のターミナルをつくる。そして国際線のターミナル、これはその後、現在の国内線のターミナルがあいてまいりますので、そうしますと玉突きでだんだん戻していこう。戻していこうと申しますのは、国際線のターミナルを、例えば真ん中に離島線がございますね、あのあたりに引き戻していきます。それから、その手前に貨物のヤードがあると思いますが、そういった倉庫あたりを現在の国内線のところに持ってくるということでございまして、順次南から申し上げますと、最終的には、国内線のターミナルがあって、離島線のターミナルがあって、それから国際線のターミナルがあって、一番手前のところ、つまり現在の国内線のターミナルのところにしたがって倉庫群、貨物のヤードが来る、そういうように承知をしております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 ぜひ有効に活用できるようにこの機会に、今ちょうど機が熟したといいますか、沖振法の改正で自由貿易地域というものを見直し、そして制度を充実しようという段階にあるわけですから、これは開発庁の方もひとつぜひ努力をしていただいて、それをまた運輸省にお願いもするわけですが、ぜひやっていただきたいと思います。  というのは、私は四、五年前だったですか、中国の広州に行きましたら、沖縄工業連合会が琉球館というものを開設したわけです。明治のころは中国に琉球館というのはあちこちに四、五カ所あったようです。ですから、戦争になる前の沖縄というのはそういう形で琉球館というもの、出先をつくって非常に交流をしていたという歴史があるわけですから、ひとつそういうものを参考にされて、さっき大臣がおっしゃられておりましたように、新しい富を創設するということはやはり知恵でできると私は思いますので、ぜひひとつお願いを申し上げたい、このように思います。  今度は、もう一つは、戦後処理の問題、マラリアの問題、厚生年金の問題、いろいろあるのですが、時間がありませんので、その前に読谷飛行場の問題についてお伺いをいたします。  これも長い論争を我々、大蔵省ともやりました。かつてその土地は国有地だと言うが、どういう根拠で認定したのか、それはどういう証拠を持っているのかということから始まったわけですが、当時沖縄本島は戦災でみんな焼けたんだ、そういうものはないはずだ、それはないけれども、宮古、八重山においてはそういう民間ベースでの売買がされたという証拠が残っているので、それと同じように沖縄本島についても、焼失はしたけれども、恐らく同じ状態で売買されたであろうという大蔵省の認定であの土地は国有地扱いされているわけですね。  これが今度復帰二十周年ということで、そういうことは別にしても、読谷村はあの地域の農地利用を綿密につくってあるわけです。それで県に持ち上げて、県も沖縄開発庁あるいは大蔵省に要請が始まっているわけです。それで、ここはまだ米軍基地がかぶさっていますから、それで防衛施設庁にお伺いしたいのは、この地域で落下傘の降下訓練をやるとは何事かと、読谷の村長さんは、何か持っておりてくるのはとんでもないということでいつもトラブルが絶えないわけですね。ですから、これはパラシュートの降下訓練をするにしては不適地であるということで、何年か前の現地の防衛施設局の局長は、やはり移設すべきではないかというお話もあったわけですね。それから相当月日がたっておりますけれども、今どういう状態でしょうか、お伺いします。     〔仲村委員長代理退席、委員長着席〕

山口金一防衛施設庁施設部連絡調整官

○山口説明員 御説明申し上げます。  パラシュート降下訓練機能の移設につきましては、飛行場からの距離、また現地の地形、広さ、代替地周辺住民の御意向等、広範な観点からの検討が必要であります。これらを踏まえまして慎重に検討を行っているところでございますが、今なお適当な移設先が見当たらないのが現状ではございます。移設先の検討に入りまして既に長期間を経過しているところでありますが、今後とも移設に向け鋭意努力してまいりたいと思っております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 それは移設を検討しているということですから、移設を早くやってもらいたいわけです。ただ問題は、二十年間も、二十年ですよ、あれは戦時中、十八年からですからね、二十年どころか相当の年数ほったらかしです。ほったらかしでいること自体に大きな問題があるんですね。ですから、せっかく地元は農地の利用計画をつくって沖縄振興のためにぜひやりたいという考え方で、今回県の方も含めて来ているわけです。それに、当時の沖縄開発庁長官三原さんあるいは竹下当時の大蔵大臣といった方々はちゃんとおっしゃっているんです。これは利用計画がきちっとされれば、沖振法の政令を改正してちゃんと活用できるような状態にしたいという趣旨のことをおっしゃっておりますけれども、さっき申し上げましたようにいよいよそういう段階に来ていますけれども、沖縄開発庁とされて、政令の改正についてどのようにお考えになっておりますか。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 読谷飛行場の返還跡地の有効利用につきましては、従来から、地主の方々を初め地元から強い御要望があることは承知をいたしております。今回、今月に入りましてから沖縄県が一応基本計画案を取りまとめまして、私どもへも御説明にお見えになられたところでございます。これは、地元の読谷村がおつくりになりました読谷飛行場転用基本計画を踏まえて県としての案をお取りまとめになられたものと理解をいたしておりまして、この内容につきましては、これから沖縄県の方で、関係の省庁とこの計画案の内容について調整を行われるというふうに伺っているところでございます。  この読谷飛行場の返還跡地の有効利用につきましては、一番問題になってまいりますのが沖縄振興開発特別措置法第九条に定めております国有財産の無償譲与あるいは無償貸し付け、あるいは時価より低い価額での譲渡、貸し付け、その関連の規定で、現在、沖振法施行令の五条の二によりますと、小学校、中学校等の学校だけがその対象になっている、その対象をどういうふうに改めていくか、こういうお話であろうかと思っております。  いずれにいたしましても、まだこの計画につきましては県が関係省庁と調整を行うということでございますので、その調整を経て固まった段階で、政令改正の必要が生じてまいりました場合には関係省庁と十分御相談をしてまいりたい、このように考えておるところでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 今の件は大臣からも一言善言葉をいただきたいわけですが、やはり今お答えされたような趣旨で大臣ぜひこれは実現していただきたいと思いますけれども、いかがでしょうか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 事務方から今お答え申し上げました内容でございますようですから、十分に検討して、前向きに取り組みたいと思っております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 いろいろとたくさんありますけれども、沖縄県の本土復帰二十周年というのは五月十五日に式典が行われるわけですが、これは十年もそうですし、復帰のときもそうですし、二十年というのはある意味で大きな節目であります。沖縄にとっては二十一世紀への橋をかけたような状態になるわけで、ただ二十年経過したというだけではなくて、今いろいろお話しのありましたとおり、産業の振興も含めて沖縄の自立てきる体制をつくり上げていく決意も非常に大事だと思うのですが、その式典も一つのセレモニーとはいえ非常に意義のあることだと思います。どういう式典をお考えになっているのでしょうか。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 ことしの五月十五日、これは沖縄が本土に復帰いたしましてからちょうど二十周年という日になるわけでございます。したがいまして、沖縄の本土復帰を心からお祝い申し上げますとともに、その一層の発展を期するという意味、それからまた、沖縄の返還というのは戦後の日米関係史におきましても大変意義深いことである、その意義を考えながら今後の日米関係の強化をうたっていく、このような趣旨で、政府主催によります復帰二十周年の記念式典それから記念レセプション、これを予定をいたしているところでございます。  それから、なお関連事業といたしましては、復帰二十周年の記念写真集の発行、それから郵政省の方でお世話いただいておりますが、記念切手の発行、それから大蔵省の方でお世話いただいておりますが、記念貨幣の発行がそれぞれ予定をされているところでございます。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 もう時間がありませんので、最後に例の尖閣列島ですね。もう大臣も御存じのとおりでありますが、あれは戦前は小さなカツオ工場等もあったわけですが、沖縄県の漁業関係者が非常に切望しておるのは、向こうにいわゆる漁船の避難港みたいなものをぜひつくってもらいたい。これは宮古島、伊良部の方々に非常に強い要望があるのですが、また、そういうことを沖縄県の漁業組合の方々が県にも要望しているようです。ですから、領土問題とはちょっと別にしても、やはり人道的な立場からも、ああいう非常に天候が急変するところのようでありますから、そういう漁業の避難港、もちろん安全操業はもう絶対必要だと思うのですが、その港をつくるという件については、大臣はどのようにお考えになりますか。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 ただいまお話のございました避難港の問題でございますけれども、私ども、県当局あるいは水産団体等から直接そうしたお話は伺っておりませんが、今後県等から伺いまして、もしそういうお話がありましたならば、関係省庁とよく相談をさせていただきたいと考えております。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 時間も参りましたので、特に、県民所得が相変わらず二十年たっても最下位であるという問題、例の高率補助の問題、たくさん問題があります。これはまたいつかの機会にお話し合いもしたいと思いますが、ひとつ沖縄振興のために、先ほどからお話がありますとおり伊江大臣には非常に期待が大きいわけでありますので、ぜひ期待にこたえられるように実績をつくり上げていただきたい。要望をいたしまして、終わります。

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 古堅実吉君。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 一九七一年十一月十日、いわゆる沖縄三法案を提案された山中元総務長官が、この法案提案の趣旨、いわゆる心ともいうべきものについてこう述べました。  沖縄は、さきの大戦において最大の激戦地となり、全島ほとんど焦土と化し、沖縄県民十余万のとうとい犠牲者を出したばかりか、戦後引き続き二十六年余の長期間にわたりわが国の施政権の外に置かれ、その間、沖縄百万県民はひたすらに祖国復帰を叫び続けて今日に至ってまいりました。祖国復帰が現実のものとなったいま、われわれ日本国民及び政府は、この多年にわたる忍耐と苦難の中で生き抜いてこられた沖縄県民の方々の心情に深く思いをいたし、県民への償いの心をもって事に当たるべきであると考えます。  沖振法の延長に当たって、これから十年にわたる沖縄の振興開発にかかわる重大な時期を迎えようとしておりますが、それを提案された沖縄出身であられる伊江長官のこの提案についての心をお聞きしたい。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 ただいま御引用になりました山中元総務長官の心の償いであるということにつきましては、本当に胸が痛くなる思いでございますし、また今日のように、振興計画が緒につきまして二十年の間に大きく発展してまいりました沖縄振興開発法の生みの親であるという山中元長官に、心からの敬意を表しておる次第でございます。  先ほど来お聞き及びのこととは存じますけれども、これから沖縄の振興開発計画はいよいよ第三次の節目を迎えて、二十一世紀への渡り橋をつくっていくというところでございますので、自立すべきものをつくってまいらなければならない。端的に申せば、さっきからあるいはお耳苦しいかもしれませんが、二十一世紀に向けて新しい沖縄に富をつくってまいりたい、こういうことで、具体的には、先ほど来お聞き及びのとおりのことを進めてまいりたいと思っております。  いずれにいたしましても、もはや沖縄は政府からの財政的援助に頼るだけではなくて、みずからで立ってまいる、そういう力強い足踏みを立てて邁進してまいりたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げたいと思います。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 一口に沖縄問題と申しますけれども、その内容は多岐にわたります。しかも、この時点で我々がなさなくてはいかぬと考えているものは、それなりの難点をも持ちながらそれを何とか打開しよう、そういう立場に立っています。その一つ一つを、いろいろと難儀の度合いはありますけれども、ただ単に法律があるからやりましょうという程度のものであれば、それはできないに決まっているという程度のものが多うございます。ですから、法律があるからやりましょうということではなしに、難しい問題を、これを何とかしようということでどう切り開いていくという立場に立つか、法律がないからそれはできません、このようにつれない態度をとるか、その態度のいかんによって県民の願い、期待にこたえて問題を解決していけるかどうかの道が分かれ出ていくと思います。そこが問われている大事な問題ではないか、私はこう思います。  先日、目的があって首里城近くに行きました。十一月の完成を待ってあの正殿がかなり外からも大きく見える、そういうところまで来ています。また、今戦後初めてと言われるあの御存じの龍潭池のしゅんせつが始まっています。私は昭和十九年に沖縄師範学校に入ったものですから、一年ばかりあの周囲で生活も、学園でのいろいろな学業もさせていただきました。一九五〇年、もちろん首里城は石垣が幾らか残っただけのことですっかりつぶれてしまったところでありましたが、事もあろうにアメリカはみずからの属領としたい、そういう政策のもとで、そのための任務を持たせた琉球大学というのを、今の正殿をつくろうとしているそこに大学の本館をつくりました。心ないしわざであったのであります。あの大学がつくられて実に二十二年目にして、県民と心ある人々の闘い、支援によって沖縄の施政権返還というのは実現されました。この施政権返還が実現されてもう二十年であります。アメリカの占領下に置かれておったその期間というのは二十七カ年です。  私は、正殿がつくられつつある、あの石垣もあのように立派に積まれた、そういう状況を見まして、改めてつくづく思わせられたことがあります。御存じのとおり、あの周辺、師範学校から円覚寺、守礼門、あの付近は特にそうでありましたが、大きな人でも三、四人でなければ抱えられないぐらいの大きなアカギが本当にうっそうと茂っておりました。あの通りというのは夏も冬も薄暗い、そして常に小さな流れが道を横切るほどに水がずっとしたたっていた、そういうところでした。龍樋もこんこんと年じゅう流れておりました。金をつぎ込めば石垣はっくれる、建物は確かに似せてあの正殿も立派につくられるでありましょう。しかし、二百年、三百年、数百年もたってきたあのすばらしいアカギ、あれを取り戻すことはできない。そこに戦争というものの取り返しのつかない問題の深さがあるなということをこの間向こうへ行って改めて感じました。沖縄問題にかかわる戦後処理の問題といい、そういう心を持って、償いの気持ちを持って対処し、法律かこうなっているからできないというふうな形ではなしに、どうこれを切り開いて県民の願いにこたえていくか、こういう立場に立たない限り、本当の心というのが生かされる施策にならぬというふうに思います。  先ほどございましたけれども、いろいろ難関を抱えました。しかし、沖縄出身の長官であられるだけに、ただ単に今まで政府が言ってきたような態度から同じことを繰り返すというだけではだれも受け入れません。困難な道があろうとも、どういう努力をなされていくか、そこが問われている問題であるだけに、もう一度、そういうものについて伊江長官の心を重ねてお聞きしておきたい。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 御指摘のとおりだろうと思います。今日まで本土の法律といいますか、現行法になじまないようないろいろな後遺症というのが、戦争中の問題に伴うところの後遺症あるいは戦後のアメリカ施政権下にあるときの制度によるところの後遺症、そういう本土の法律になじまない問題がいろいろと解決をされてまいりました。これはやはり先ほど先生が御指摘になりましたように、心の償いをやるという沖縄の開発法の実定法を上回るような援助、そしてまた、その精神が本土の新しい法律になじませるようにつくりました特別措置法を含め、私はそういう配慮があってできてきたものだと思います。そこで、今日なお、先ほど来先生方が御指摘になりましたいわゆる戦後の後遺症を伴うところの諸問題、これにつきましても、先生が御指摘になるような点をよく心に踏まえてまいりたいと思っております。  そして、先生が今おっしゃいましたように、首里城のお話がございましたが、私も、ついこの間参りましたときにあの辺を拝見いたしました際に思いましたことは、復帰に当たりまして大浜信泉先生が、もしもあのときに沖縄が信託統治制度のもとにあったとしたならば沖縄は永久に日本には返らなかっただろうし、沖縄県民は日本人ではなかっただろう、こういうお言葉を吐かれたことを私は非常に記憶しております。心にとめておりますが、あの気持ちからあの正殿、今日の二十周年を迎えます気持ちを考えますとまさに感慨無量でございますので、おっしゃいましたような点を心に踏まえてやってまいりたいと思っております。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 先ほど来、何人かの御質問がございましたが、三次振計、今度の振興開発法の改正に当たっての大事な中身は、これまで続けられてまいりました高率補助の問題だというふうに考えます。この三次振計はこれから十カ年にわたって進めようというのに、高率補助が例えば二年後にばっさり削られているとか、あるいは本土並みになってしまうとかいうふうなことになったのでは、これは、法律をつくって実際には中身は抜いてしまったというに等しいほどの重大な問題だというように考えます。三次振計の初年度に当たる今年度の予算編成で、昨年の暮れ、この高率補助の問題について知事を初めたくさんの要請団が東京にも見えました。いろいろ関係者の方々を含めてみんなで努力をされた問題でした。  ところで、これまでどおりの据え置きということになりましたが、この問題について二年後には見直しということの前提がある。そのことに関し、大蔵大臣と伊江長官との間の話し合いで何らかの合意があったという報道がございます。その合意がなされたという問題がこれからの高率補助のあり方というものを固定してしまうようなものであるのか、そこは私の重大関心事です。それについて、内容も含めてお聞かせいただきたい。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 沖縄の特例補助負担率につきましては、平成四年度予算要求以降、いろいろと折衝をしてまいりました。最終的には、先ほどお示しかございましたように、いわゆる大臣折衝におきまして伊江大臣の方から沖縄の現状を懇々と大蔵大臣の方に御説明をいただきまして、その結果、最終的に現在の特例補助負担率を継続するということが申し合わされたわけでございます。その際に、御案内のように現在暫定補助の制度がございまして、それが平成五年度まで政府の統一見解として続くということになっております。それは全国的な見直しか当然その際に行われるわけでございますけれども、その平成五年度末、つまり六年度までに全国的な見直しか行われるので、その一環として、沖縄についてもその見直し作業を行ってほしいということでございました。  いずれにしましても、それは二年の先でございまして、現段階でそれについて具体的にお約束等は全くいたしておりません。当然のことながら、二年後におきまして関係省庁、特に財政当局、関係の建設省等と十分話を詰めていくものでございます。その際には私どもも沖縄の抱える事情について十分説明をし、理解を求めてまいりたい、かように考えております。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 御指名でございましたので、私からも一言お答えを申し上げたいと思っております。  暮れの予算が決まります前の大臣折衝で、今政府委員がお答え申し上げましたような経緯をとりまして決定をいたしたわけでございますが、将来に向かってそういう方向で固定するという約束はございません。したがいまして、その時期になりましたら、政府委員が答えましたような態度で、立場で折衝をずっとやってまいりたいと思っております。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 高率補助の問題について、いずれにしても二年後には新しく検討し直されるということがございます。長官がどの時点まで長官としてお務めであられるか予測のつかない問題ではございますけれども、しかし、この時点でそういうことが予定されているということであればこそ、一層、二年後の検討し直される時期に当たっては、沖縄側が最も心配しているこの高率補助の問題が全国一般並み、あるいは県民の願いに反して大きく削られるというふうなことになったのでは、これは実質的に中身がないに等しいというふうに心配している。そういうことにならないように最善の努力を払う、今からそういう周囲の環境づくりをしなくちゃいかぬ大事な点じゃなかろうか、そのように思います。大臣、そういう面で頑張られるおつもりがありますか。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 御指摘をまつまでもなく、そのつもりでやってまいります。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 一九八五年以来、国庫負担率の引き下げ措置、いわゆる補助金のカットが実施されてまいりました。沖振法の特例措置についても、十分の十を中心に暫定的な引き下げがなされていることは御存じのとおりです。その件について、県当局が資料に基づいていろいろと示しておるものによりますと、一九八四年度比で一九九二年度を計算しますと、八年間で県分で七百十六億円、市町村分で百七億円、合計八百二十三億円の影響が出るというふうに聞いております。こういう大事な問題ですから、開発庁としてもそこらあたりにかかわるいろいろな検討や資料をお持ちかと思いますが、開発庁側で持っておられる数字について、できましたら御説明お聞かせいただきたいと思います。

水谷文彦沖縄開発庁振興局長

○水谷政府委員 昭和六十年度以降、こうして暫定的に補助率が下がっておりますが、その累計を私ども予算のベースで見ますと、今お示しになりましたのが足してみますとたしか八百二十億ぐらいだと思いますが、私どものベースですと、八百五十から八百六十億ぐらいになろうかと思います。これは恐らく予算ベースと実行ベースとでは、不用あるいは繰り越し等で多少違ってくるのかもしれませんが、いずれにしましても大きな相違ではない。恐らく国の予算のベースと執行のベースとの違いであろうかと思いまして、数字は違いますけれども、基本的に違ってないのではないかというように解釈をします。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 三十分ほどしか時間がいただけないものですから多くにわたって質問を申し上げられませんが、次に、基地問題についてお尋ねしたいと思います。  この問題についても、先ほど同僚議員からいろいろと御質問があったとおりです。しかし、沖縄振興開発に当たって、最初の十カ年あるいは二次振計の十カ年と二十年にわたって、沖縄振興開発のためにそれなりの予算もつぎ込んでいろいろやってまいったのだが、全体として思うように達成されなかった、そういう面がございます。その中でも一番大きな障害となった問題は、やはり米軍基地の存在であったというふうに思います。何をしようにも米軍基地にぶつかると言っても過言でないほど振興開発とのかかわりがございます。しかもその問題は、これまでのこの沖特委での審議の中で、開発庁は基地問題についての担当ではないということで避けて通ろうとする傾向があるように私は感じてまいりました。確かに、基地の返還その他の問題について直接開発庁の管掌にかかわるものではないかもしれません。しかし、事沖縄の振興にかかわって基地そのものが最大の障害となっている、そう申しても過言でないようなかかわりがあるというのであれば、開発庁と関係はございませんということにはならない問題です。これまでのように、基地に災いされて思うように進められなかったということがこれからの十カ年も続くというと、十年後になって振り返ってみて、また同じことを論議しなければいかぬということにならざるを得ないことは余りにも明らかです。ですから、今回、特にこのことに気をつけて関係省庁を中心に努力していただかなければいけない、これが基地の返還問題です。  そういう立場を踏まえて、後ほど防衛庁からもお聞きしますが、まず最初に開発庁の方から、振興開発にかかわって基地の返還、跡利用問題にどのようにかかわり、取り組んでいき、努力されるつもりか、そこをお聞かせください。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 私は、沖縄の開発にかかわる一切の問題について各省庁と調整をし、企画を進めていかなければならぬ立場でございますから、沖縄開発庁長官としての職務権限の中には含まれていない問題かもしれませんけれども、私は少なくとも宮澤内閣の閣僚の一員でございますから、沖縄開発という問題を沖縄の出身議員という立場だけの問題ではなく、閣僚の立場からも、沖縄の開発に資するものである限り、また、沖縄の開発のためにはどうしても物を申さなければならぬ立場は十分に踏まえていきたいと思っております。  したがいまして、この問題はうちの仕事じゃないというふうなむべない立場をとりません。ですから、あくまで事務的な処理の問題、それから交渉、折衝の問題は外務省、防衛庁、防衛施設庁がその所管でございますから、そういった所管の官庁との連絡を緊密にとることは間違いございませんけれども、また連絡をとっていかなければならぬ立場ではございますけれども、それは開発庁、これはうちだ、そういった分け隔ての気持ちでは接しない、やはり取り組んでまいりたいと思っております。しかし、おのずからそこには限界がございますけれども、それは先ほど申し上げたように閣僚の立場でその問題を推進していく、こういうつもりで私はこれからやってまいりたいと思っております。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 私は、この問題についてもう一回だけ長官にあえてお尋ねしたいと思いますが、現在の米軍の占用面積は、全国と沖縄との比では全国は約二五%、沖縄が七五%、全国土面積に対する米軍の占用施設は、その比で言いますというと〇・〇八五九六%です。ところが、沖縄における米軍占用施設の沖縄全県土との比で見ますというと一〇・七%です。沖縄の密度がどんなに高いものであるか、その二つを比較しますというと、沖縄の米軍占用基地というのは全国の実態に比べて実に百二十五倍、こういう比重を持っています。ですから、沖縄には基地がたくさんあるななどというそういう生易しいものではないということは、百二十五倍という数字をもってしても申せると思います。  伊江長官が沖縄出身として長官になられ、地元からも大きな期待がかけられる。そういうさなかでテレビに出られ、あるいは新聞に出られる。そういう談話などを丹念に読ませ、見させていただきましたが、この基地問題とのかかわりでちょっと気になってまいったことがございます。基地問題は、確かに返還してほしい、跡利用の問題について熱心にやってほしい、そういう面があるんだが、しかし我が国としては日米安保条約を軸にしてとか、沖縄の基地問題については要望があるんだが、しかし日米安保条約があるので、そのような言い方を何回かしておられます。しかし、沖縄出身の長官としての立場からは、日米安保条約はあるんだが長官として沖縄の願いにこたえ、沖縄の心を踏まえてこれをどうするか、基地返還、そして振興開発のために、安保条約はあるんだが沖縄の願いにこたえて頑張らなくちゃいかぬというのが自分の立場だ、このようにおっしゃってこそまともではないか、このように思いますが、お聞かせください。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 御指摘でございますが、多少誤解をなさっている点があるのじゃないかと思います。私が発言をいたしておりますのは、日米安保条約の機能を阻害しないようにしなければならぬという立場から全面返還ということには賛成できません、しかし沖縄の振興開発のためには、例えば部分返還であるとか、あるいは先ほど来議論のありました共同使用とか、そういうふうな面についてやはり整理縮小してまいらなければならぬな、こういう意味で申し上げているのでございまして、基地は安保の機能維持のためには絶対に一がけらも返してもらうとか要求するとかというふうな立場じゃございませんという意味で申し上げているのじゃございませんで、あくまで全面返還という立場には立ちません、こういうふうに申し上げているわけでございますので、どうぞその辺、誤解のないようにお願いしたい。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 次は、防衛庁関係からお答えください。  現在の沖縄の軍用地面積、これまで一次の十カ年計画で返還が実現できた面積、それから二次振計のこの期間内で返還できた面積、その間にふやされた面積、そこらあたりについて、正確な数字を御説明願いたいと思います。

山口金一防衛施設庁施設部連絡調整官

○山口説明員 御説明申し上げます。  昭和四十七年度から五十六年度の間に返還されましたものは、ボロー・ポイント射撃場等約二千七百十六ヘクタールでございます。昭和五十七年度からこれは平成四年一月一日現在でございますが、この間に返還されましたものは、牧港住宅等約七百九十ヘクタールでございます。  それから、これは追加提供されたものでございますが、昭和四十七年度から五十六年度までに追加提供されたものは約三十四ヘクタールでございます。昭和五十七年度から平成四年一月一日現在までに追加提供されましたものは約二十八ヘクタールでございます。

古堅実吉日本共産党

○古堅委員 返還について、復帰の時点でも大きな約束がありました。しかし、それが返還されないで、一次、二次の十年、十年の計画でも、今日、本当に見るほどの達成ということになりません。この十年間の返還のテンポでいきますというと、沖縄の基地が全部返還されるまでには百年もかかってしまう、そういう恐るべき遅々たる事態です。だからこそ、この問題を重視して強調しなくちゃいかぬという課題でもございます。  以上、指摘して終わりますけれども、振興開発、今度の法律で新しく工業地域についての問題も出てまいっておりますし、そこらの実態を見ますというと、重要な問題ということでありながら、この実態というのは検討さるべき大変な問題も抱えております。先ほどありましたマラリア問題とか交通渋滞の問題、その他、沖縄の戦後処理というふうな形で見らるべき問題について御質問申し上げなくちゃいかぬ課題がたくさんございます。これからのこの法案の審査その他を通じて、これら重要な問題について引き続き質問させていただきたいこどを表明して、終わらせていただきます。

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 小平忠正君。

小平忠正民社党

○小平委員 伊江長官、地元沖縄御出身の大臣として、その実情を本当によく知っておられる大臣の御就任、おめでとうございます。そういう中で、沖縄県の発展と県民の幸せのためにますますの御奮闘あらんことをまず心から期待するものであります。  まずそういうところで、当委員会の今までの時間の中で今回の改正に伴う要旨についてはるる質疑があっておりますので、私は、基本的な問題等を含めて何点か質問をいたしたいと思います。  まず、沖縄が昭和四十七年に本土に復帰して以来、本年は二十年目という節目を迎えております。この間、政府は、沖縄における経済社会の基礎条件の改善、住民の福祉、生活水準の向上等に向け、沖縄と本土との格差是正を目的としたさまざまな政策を実施してこられました。これについては私どももそれなりに評価はいたしております。しかし、沖縄は、歴史的にも地理的にも本土と比較して極めて厳しい条件下に置かれており、今なお種々の経済問題、生活基盤整備問題等を抱えて、解決すべき課題はまだまだ山積していると思われます。このような背景を受けて、今回、沖縄振興開発特別措置法等の一部を改正する法律案が提出されましたが、まず、政府の沖縄振興に対する基本的姿勢をお伺いしたい。  それにあわせて、政府は、昭和四十七年度より現在まで二次にわたる振興計画を実施して、今後の沖縄の振興開発の進むべき方向と基本的政策を提示してこられたわけでありますが、この計画の効果について、政府自身の評価、まずこの二点について基本的なことをお伺いしたいと思います。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 冒頭に、委員から励ましのお言葉をちょうだいいたしまして、心から感謝申し上げます。  おかげをもちまして、二期、沖縄の振興計画が進んでまいりまして、空港、港湾、道路、住宅、学校その他、いわゆる公益的な社会資本というものは、政府からの大変に手厚い御援助をいただきましてこれが充実してまいりましたことは御高承のとおりでございます。それの支えになりましたのが、先ほど御指摘ございました沖縄振興開発法、それから回復帰に伴う特別措置法、この二法のもとに他府県に見られない高率の補助という三本柱がこの計画を支えてまいったことでございますので、今御質問の、今後について第三次計画を進めるに当たっての基本は何だという御質問に対しては、まさにそれと同じように、十カ年間の延長、それと従来どおりの高率補助を三本柱として進めていくのがこれからの私どもの仕事じゃなかろうかということで、せっかくの延長法案と若干の改正を含めましたものを御提示、御審議がただいているところでございますので、一日も早い御審議を賜るようにお願い申し上げます。  同時にまた、これからは、社会資本の充実というものは、ある意味では戦争中に被害を受けましたいろいろな社会資本についての復興と申しますか、復興をもとにした、それを重点にした計画でございまして、最近の段階では、やっとこれが新しい豊かな生活を目指しての社会資本の充実ということに、だんだん質的に高度にはなってまいっておりますけれども、これからの第三次の振興開発計画の目標はという御質問に対しましては、やはり二十一世紀に向かって自立していけるような沖縄に持っていきたい。これは県民の願いでもございますし、我々もその県民の願いを踏まえてやってまいりたいと思っています。  では、何を据えるのかということになりますと、やはり沖縄のこれからの振興開発のためには、第一次産業、第二次産業、第三次産業とございます中で、第一次産業と第三次産業に今重点が志向されておりますが、ぜひ第二次産業というものを浮揚させなければならない。第二次産業がなぜに立地しないかという点につきましては、水の問題などいろいろございますほかに、やはり遠隔地であるということと材料にコストがかかるということでございますと同時に、また沖縄の立地条件として、ここに立地しますときの気象条件その他いろいろございますけれども、今の科学技術で今では解決できる問題もたくさんございますから、要は、先ほど来申し上げておりますけれども、現在、自由貿易地域というのが、これは沖縄にしか認められない本土における特別地域でございます。そこの機能がまだ十分ではございませんので、その機能を充実させ、そしてまた規模を拡大し、複数化をしました中で、沖縄に多くの企業が外国、内国を通じまして立地できるように発展させることによって沖縄の第二次の産業の立地が浮揚していくものだ。それを軸にして沖縄の産業を発展させていきたい、かように存じております。

小平忠正民社党

○小平委員 少しく数値をもってお伺いしたいのでありますが、第二次沖縄振興計画によりますと、目標年次、平成三年度における沖縄の姿を、人口は基準年次の昭和五十五年の百十一万人から百二十万人を超える、また県内純生産は一兆二千八百億円からおおむね二兆四千億円を目標として、就業人口は四十三万人から五十一万人を超える、一人当たり県民所得は百十六万円から約二百万円とする、こうなっております。  これに対して、平成二年度の実績を見ますと、人口は百二十二万人、県内純生産は約二兆三千億円、県民所得は百九十九・九万円、約二百万円ですか、数字上の目標はこのとおり一応達成されているように見受けられます。しかし、なお沖縄経済は財政支出に大きく依存しており、また県民所得も全国で最低、さらには失業率は四%、三・九ですか、全国平均の二・一%という中で約二倍と、いまだに本土との格差は解消されていない、こう見受けられます。その点の御認識はいかがでしょうか。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 ただいま先生御指摘のとおり、第二次振興開発計画でお示しをいたしております人口及び経済社会のフレームにつきましては、人口それから労働力人口、就業者数、この人口関係の三指標につきましては、おおむね目標を達成したと申し上げることができようかと思います。ただ、それに対しまして経済的な側面の指標、県内純生産それから一人当たり県民所得、これにつきましては、今から若干御説明申し上げますが、目標年次平成三年度におおむね二兆四千億円、これは昭和五十五年度の価格でございました。現状は平成二年度で二兆二千九百四十三億円、これは平成二年度の価格でございますので、その間の物価上昇率を勘案いたしますと目標の達成は難しい、こういう数字でございます。一人当たり県民所得につきましてもさようでございまして、目標年次の平成三年度は五十五年度価格で約二百万円、現状は平成二年度で百九十九・九万円、これは平成二年度の価格でございますので、その間の物価の上昇率を勘案いたしますとやはり目標の達成には至っていない、こういう状況でございます。  このような状況でございまして、沖縄の現状を踏まえまして、沖縄振興開発審議会におきましても「沖縄の経済社会は依然として厳しい状況にあり、現行計画の目標が十分に達成されたとは言い難い。」という御指摘をいただいております。平成四年度以降、沖縄の振興開発につきまして、「引き続き計画を策定するとともに、これに基づく事業を推進する等の特別の措置を講じていくよう」にという強い御要請をいただいたところでございます。

小平忠正民社党

○小平委員 今そういう御答弁の中で、それでは、今次のこの第三次振興計画によりまして本土と沖縄との格差はどの程度解消されるというように考えているのか、そこのところをお聞きしたいと思います。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 次の第三次の振興開発計画でどの程度本土と沖縄との格差が解消されると見込んでいるか、こういうお尋ねでございます。  三次振計につきまして、目標年次におきます沖縄の人口あるいは経済社会の状況、こういうものをどの程度に見込むか、すなわち、計画のフレームとしてどういう項目を取り上げ、またその水準をどの程度に見込むかということでございますが、この点につきましては、現在、沖縄県におきまして御検討がなされておるところでございまして、まだ私どもその内容を拝見していないわけでございます。ただ、第二次振興開発計画の場合には、人口、労働力人口それから就業者総数、県内純生産それから一人当たり県民所得という項目を取り上げておりまして、このような基本的事項につきましては、第三次振興開発計画におきましても一定のフレームをお示しすることになろうかと考えているわけでございます。ただ、その水準をどの程度に設定をするかいうことでございますが、それは計画の中に盛り込まれます具体的な内容とも関係をいたします。したがいまして、計画の内容と並行して検討する必要がある問題であろう、このように考えておりますので、現段階で、本土との格差がどの程度解消されるかという具体的な数字でお示しすることができないわけでございます。

小平忠正民社党

○小平委員 数値は確かに今明言はできないでしょうけれども、やる以上は効果大なるようにひとつ検討あらんことを私からも期待するものであります。  さてそこで、四全総においては、沖縄地方整備の基本的な方向として、豊かな亜熱帯・海洋性自然と伝統文化、それから、歴史的蓄積を活用した国際的規模の観光・保養地域の形成を図るとされており、今回のこの沖縄振興計画でも、沖縄の特性を生かした産業の振興、特に観光の振興開発、すなわち、リゾート開発が重要な位置づけをされると思われます。しかし、リゾート開発については、現にさまざまな問題が噴出しつつあります。  まず、現在開発中のリゾートの数とリゾート計画が失敗した地域の数、また、既に開発された地域と開発中の地域との面積の合計が沖縄県全面積の何%に当たるのか、そこのところをお聞かせいただきたいと思います。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 現在開発中のリゾートの数、リゾート計画が失敗した数、それから、既に開発された地域と開発中の地域との面積の合計が沖縄県面積の何%に当たるか、こういうお尋ねでございます。  沖縄県におきましては、今後のリゾート開発におきまして、いわゆる開発サイドからの事前協議を受けることになるわけでございますが、その際には、先般、基本構想が承認されました総合保養地域整備法に基づきます基本構想の対象プロジェクト、それから市町村が認めたいわば公共主導型の開発プロジェクト、これだけに限って認める、そういう厳しい対処方針を定めているところでございます。  そこで、基本構想の対象プロジェクト数は四十六でございます。このプロジェクトはおおむね順調に進展しているという報告を沖縄県から受けているところでございます。また、それ以外に市町村が認めた開発プロジェクト、いわば公共主導型のプロジェクトでございますが、この中にはまだ開発段階に達しているものはないというふうに沖縄県から伺っております。  したがいまして、基本構想の対象となります四十六プロジェクトに限って申し上げますと、開発面積は約二千六百ヘクタールでございます。これに既存のリゾート施設の開発面積千六百五十ヘクタールを加えますと、四千二百五十ヘクタールでございまして、これは沖縄県の県土面積の約二%に相当いたします。

小平忠正民社党

○小平委員 具体的にうまくいかなかったといいますか、いろいろと問題点があることもお聞きしております。そこのところを詳しく聞きたいのでありますが、時間の関係もありますので、私は、この問題で数点例をもって言いますと、沖縄のリゾート開発では、プライベートビーチがふえ地域住民が海から締め出される、また土地の高騰、さらには水の需要の増大、ごみ処理能力の限界等々の問題が数多く指摘をされておるようであります。これらの問題についてはどのように今後されていかれるのか、そこのところをお伺いしたいと思います。

造酒亶十郎沖縄開発庁総務局長

○造酒政府委員 ただいま先生御指摘のとおりでございまして、リゾート開発におきまして地域社会との調和等の面で問題が指摘されているということは、私どもも承知をいたしているわけでございます。したがいまして、沖縄県におきますリゾート地域の形成に当たりましては、地域社会との調和に十分留意していく必要があろうと考えておりますが、沖縄県では平成二年三月に、今後の適切なリゾート開発のあり方を示しましたリゾート沖縄マスタープランというものを策定いたしております。さらに、昨年十一月には、総合保養地域整備法に基づきます基本構想が承認をされております。この基本構想の策定の過程では、関係省庁が協議をいたしまして、その中では総合保養地域の整備に際しまして、居住機能との調和あるいは地価の安定等に十分配慮することとされているところでございます。また、その結果に基づきまして、沖縄県は、今後のリゾート開発にかかります事前協議、開発業者からの事前協議でございますが、これにつきましては先ほども申し上げましたが、保養地域整備法に基づきます基本構想の対象プロジェクト、それから市町村が認めた開発プロジェクト等だけを認めるという対応方針を定めておりまして、市町村に対しましても、秩序と調和のとれた段階的なリゾート施設の展開を指導しているというふうに承っているところでございます。  それからまた、地域社会との調和ということになりますと、どうしても地価の問題を抜きにして考えるわけにはまいりませんが、地価の安定等に十分留意をしながら、適正かつ合理的な土地利用を図る必要があるわけでございます。このため沖縄県では、監視区域の指定を現在三十八市町村に拡大をいたしておりまして、一部の地域では届け出面積をさらに引き下げるという措置を講じまして、国土利用計画法の機動的な運用を図っているというふうに承っているわけでございます。  沖縄におきますリゾート地域の形成が地域社会との調和に配慮しながら適切に行われますよう、私どもも、今後とも沖縄県に対しまして必要な助言を行ってまいりたいと考えております。それからまた、沖縄県の意向を踏まえながらも、関連をいたします道路、空港、港湾等の交通基盤あるいは首里城の復元などのような施設の整備を図ってまいりたい、このように考えているところでございます。

小平忠正民社党

○小平委員 今御答弁いただきましたが、大臣、沖縄のこれからの振興開発に向けていろいろな要点があると思いますが、今私、お聞きしましたように、沖縄のリゾート開発は大きな柱であると思います。そこで、このリゾート開発は不可欠でありますけれども、しかし、それが無秩序な乱開発にならないような施策をきちんとしていくべきである、そういう観点において大臣のお考えをお聞きして、私の質問は終わりたいと思います。

伊江朝雄自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官

○伊江国務大臣 全く適切な御提言でございまして、今総務局長から御答弁申し上げたとおりでございますが、要するに、受け入れ容量の問題というのを絶えず考えなければならぬと思うわけでございます。そのために、例えば水の利使用が非常に急激にふえたり、あるいはごみをどう処理するか、あるいは下水道をどう整備していくか。そういったいろいろな社会的便宜供与の公共事業が相伴いませんとやはり受容の能力をオーバーしてしまう、そこにいろいろなトラブルが起こる、同時にまた、乱開発に伴うところのいろいろな公害問題が出てまいります。そういったことを十分に把握しながら沖縄県としても受け入れ方を決めてもらわなければならぬな、御指摘のとお力でございまして、やはり知恵のある開発といったようなことでこれから進むべきじゃなかろうかと思っておりますので、沖縄県の方とも十分にそういう面の連絡をとり合いながらやってまいりたいと思っております。御指摘は当然承ってまいります。

井上一成日本社会党・護憲共同

○井上委員長 次回は、来る三月十二日木曜日午前九時十五分理事会、午前九時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後四時四十五分散会

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