文教委員会 第1号
- 発言数
- 11 件
- 登壇者
- 3 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1991/11/14
会議録
○委員長(大木浩君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 昨十三日、大浜方栄君が委員を辞任され、その補欠として井上裕君が選任されました。 —————————————
○委員長(大木浩君) 理事の補欠選任についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い、現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大木浩君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に木宮和彦君を指名いたします。 —————————————
○委員長(大木浩君) 次に、国政調査に関する件についてお諮りいたします。 本委員会は、今期国会におきましても、教育、文化及び学術に関する調査を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大木浩君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 —————————————
○委員長(大木浩君) 次に、教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、派遣委員の報告を聴取いたします。 まず、柳川委員より第一班の御報告を願います。柳川君。
○柳川覺治君 去る十月三十一日から十一月二日までの三日間、滋賀県及び愛知県に委員派遣が行われましたので、その調査結果の概要を御報告申し上げます。 派遣委員は、大木浩委員長、小林正理事、世耕政隆委員、針生雄吉委員、高崎裕子委員、笹野貞子委員と、私、柳川覺治でございます。 一日目は、まず滋賀県を訪ね、稲葉知事、西池教育長等から県勢と県教育の概況について説明を受けました。当県では二十一世紀を「ひとの時代」ととらえて長期構想を立て、その一環として県立短期大学を四年制大学に改組するなど、高等教育機関の整備を図っている旨の説明等がありました。 派遣委員からは、産業構造の変化と教育のあり方、看護婦の需給割合、琵琶湖に地域を分断された滋賀県教育の特殊性、養護学校中等部卒業後の進学率が高い理由、外国人労働者の流入に伴う外国人子女教育の問題、競艇、競輪等の青少年に及ぼす影響の有無などについて質疑がありました。 次いで、比叡山延暦寺を訪れました。叡南執行等から防災施設の概要や厳しい修業のお話などを伺った後、延暦寺東塔地域にある文化財を視察しました。延暦寺は、千二百年余りの歴史を有するとともに、根本中堂を初めとする国宝や重要文化財の宝庫でもあります。その保護のために、昭和五十六年度より九年間、総工事費十二億一千万円をかけて防災施設工事がなされています。私たちは、大講堂の周囲に設置された放水銃から勢いよく放出された水が、この重要文化財をどしゃ降りの雨のように覆って保護する様子を間近で見ることができ、文化財保護のための防災施設設備の有効性、重要性を一層実感した次第であります。 二日目は、まず滋賀県立近代美術館を視察しま した。当美術館は、近代日本画、郷土ゆかりの作品、現代アメリカ美術を中心とした現代美術を収集しております。訪れたときは、障屏画の特別展を開催しており、重要文化財の「調馬・厩馬図」などを見てまいりました。また、当美術館は県民の創作活動を発表する場としての役割も果たしており、身障者の作品を集めて展示してありました。 続いて視察した滋賀県立草津養護学校は、長時間通学の解消及び大規模校の適正規模化等を図るため、本年四月に新設されたものであります。各階に広いプレイルーム及び養護訓練室があるほか、本格的な生活訓練や宿泊学習が行えるよう生活訓練室を設けるなど特色のある教育、訓練の実情を見学させていただきました。また、スクールバスヘの安全な乗降のために、校舎内におけるプラットホームの整備及び車いすの乗降装置の設置を行い、また、衝撃を吸収する弾性ゴムで中庭等を覆うなど、児童生徒の安全に大変配慮をしているのが印象的でありました。 以上で滋賀県での日程を終え、愛知県に向かいました。 愛知県においては、まず名古屋大学を視察し、早川学長等から概要説明を受けました。学生食堂の老朽化対策についての要望が行われたほか、大学の施設については、全国大学等の施設費、事業量に係る国の予算は近年若干の増加が見られるものの、その増加分の多くは新設の施設に振り分けられ旧来からの施設には回りにくいため、その老朽化、狭隘化が進んでいること、研究費に占める外部資金の割合が増加していること等の指摘がありました。また、教養部を学部化し四年一貫教育体制の整備を図っていること、大学の自己点検評価に関して検討委員会を設置して取り組んでいること、あるいは大学院大学化を推進していることなどの説明があり、大学改革に向けての努力がうかがえました。 派遣委員との間では、文科系の学生及び博士課程における外国人留学生に対する学位授与のあり方等に関して質疑応答がなされました。 続いて、理学部反応有機化学研究室を視察しました。狭い研究室内には無数の機器機材、薬品が所狭しと置かれ、また水素ボンベが無造作に置いてあるといった状況等をつぶさに見てまいりました。なお、この研究室は袋小路となっており、一たん火災など起こった場合、かなり危険なのではないかと感じられ、大学の研究施設設備改善のための予算の大幅な拡充が必要と感じました。 続いて、同じ東山地区にある先端技術共同研究センターに参りました。当センターは、我が国独自の先端技術の創出を目的として昭和六十三年に設立され、基礎科学の原理から新しく生み出される技術について、産官学共同で研究を行う機関であります。ここでは派遣委員全員が防じん服を着用してクリーンルームである微細加工室とデバイスプロセス室等を視察しましたが、その研究環境は最新の機器機材と余裕ある空間を持つものであって、理学部との大変な違いを感じました。 次いで、愛知県公館に赴き、奥田副知事、小金教育長等から県勢と県教育の概況について説明を受けました。当県では、学校群制度の廃止、複合選抜制度の導入など、全国に先駆けて実施した高校入試制度の改革が順調に推移していること、また、中退防止の観点から親の転勤に伴わない転入学・転科・編入学制度を導入し、各学校の各学年十名程度の枠を設けていること、さらに、平成二年の入管法改正に伴ってブラジルやペルーの日系人子女が急増しており、言葉の問題を初めとしてその教育に苦慮していることなどを承ってまいりました。 派遣委員との間では、貿易額世界一の状況下における県立大学のあり方及び特色ある大学づくりなどについて意見交換が行われました。 次いで、名古屋城跡を訪ね、さきの大戦で焼失を免れたやぐらや門といった重要文化財を視察したほか、特別展「沖縄の雅び」を拝見しました。 三日目は、まず、愛知教育大学附属名古屋中学校を訪れました。当校は国立大学の附属学校であるとともに、昭和五十五年に帰国子女学級を開設して以来、百三十名に上る帰国子女を受け入れてきたという特色を持つ学校であります。将積愛知教育大学長、岡本附属名古屋中学校長及び現場の教官から概要説明を受けるとともに、帰国子女の英語科授業及び技術科のコンピューター授業を参観し、体育館等の校舎を視察しました。大学長から、教官の給料等が公立学校の教員に比べて低いこと、当校の施設は質の悪い建築資材を使った時期に建てられた上、約四十年の歳月の経過とともに老朽化していること、また、研究授業の参観者が会場に入り切れないなど当校の重要な役割である教育に関する研究施設としては十分その使命を発揮できない状況にあること、さらに、念願の柔・剣道場の建設のめどが立たないことなどについて切実な要望がありました。 次いで、財団法人徳川黎明会が設置する徳川美術館を訪ねました。当美術館は国宝の源氏物語絵巻を初め、数々の重要文化財や尾張徳川家に伝わる大名道具を収蔵するものであります。徳川館長の説明を受けつつ拝見しましたが、その質の高い展示内容もさることながら、能舞台や茶室、甲冑などの展示方法にも工夫がなされていると感じました。 最後に愛知県図書館を視察しました。国内では初めての大型複合的文化施設である愛知県芸術文化センターの図書館部門として今年の四月にオープンしたものであります。当図書館の特色は、その蔵書数六十九万冊のうちの三十万冊に関して開架式を採用していること、三十二名の朗読協力員を擁して目の不自由な者の利用を助けていることなどであります。また、コンピューター利用により容易に本の検索ができるシステムを導入するなど、最新の機能を持った図書館でありました。 以上が今回の派遣の概要でありますが、この報告で詳細に触れることのできなかった滋賀県及び愛知県の要望につきましては、本日の会議録の末尾に掲載していただくようお願い申し上げます。 最後に、この場をかりまして視察先の関係者の方々に改めて御礼申し上げます。 以上で報告を終わらせていただきます。
○委員長(大木浩君) ありがとうございました。 次に、森理事より第二班の御報告を願います。森君。
○森暢子君 去る十月三十日から十一月一日までの三日間、岡山県及び香川県に派遣されました第二班の調査の概要を御報告申し上げます。 派遣委員は、田沢智治理事、石井道子委員、肥田美代子委員、小西博行委員と私、森暢子でございます。 一日目は、まず岡山県庁を訪れ、県の教育概況と国に対する要望事項について説明を受けました。 説明では、吉備文化に象徴されますように古くから文化の栄えた土地柄であるため、文化面におきましてはその蓄積を生かし文化的特性を発揮するよう、また教育面では、子供の個性を伸ばすとともに生涯を通して学習を行うことができるような教育体制の整備を図りたいとのことでありました。このため、一芸に秀でているが既存の高校になじみにくい生徒も積極的に受け入れる、単位制で全寮制の吉備高原学園高等学校を県が施設を整備し、県、民間等で構成する学校法人が運営するという公私協力方式により本年四月に開校し、また、保健福祉学部、情報工学部、デザイン学部及び短期大学部から成る県立大学の解設準備が平成五年の開学を目指して進められております。 次に、岡山大学を訪問いたしました。まず、高橋学長から大学の歴史、現状、施設などについて説明を受けた後、理学部固体物理学教室、大学図書館、遺伝子実験施設の三カ所を視察いたしました。固体物理学教室、遺伝子実験施設では、中村教授、早津教授からそれぞれ研究の説明を受けますとともに、その実験を拝見いたしました。現在、大学の施設の狭隘、機器の老朽化などが言われておりますが、実情を伺いますと、研究費は年間三百万円で学生一人当たりに直し月二万円から三万円くらい、機器や器具等もなかなか購入できないとのことで、卒業生も産業界に進み後継者も 育ちにくくなっているそうであります。大学における研究体制の強化充実が望まれて宿りますが、特に国立大学につきましては理工系の占める割合が高い上、地域への波及効果も大きく、その必要性を強く感じた次第でございます。 大学図書館におきましては、質量ともにすぐれ、全国的にもまれな大名家の文書として名高い池田家文庫の藩政資料マイクロフィルム化事業が行われておりました。完成いたしますと、岡山大学から世界に向けての情報の発信源となると関係者の期待も大きなものがありました。 次に、去る九月二十三日に開館した岡山シンフォニーホールを訪れました。新しい時代にふさわしい地域文化の拠点として、今後地域の文化活動に大きな刺激を与えていくものと思われます。 二日目は、まず県立岡山西養護学校を訪ね、山本校長より説明を受けた後、校内を視察いたしました。同校は知恵おくれの子供たちを対象に、小中高等部を合わせ児童生徒二百十九名、教職員百十九名の大規模な養護学校であり、地域との交流や、特に高等部では勤労体験にも力を入れ、また韓国の学校とも指導計画や作品の交換などの交流を行っているとのことでありました。 障害を持つ子供たちは暗い雰囲気と見られがちなため、花と歌声であふれる学校にしたいと取り組まれているそうでありますが、教職員の方々が児童生徒と一体となり、熱意と明るさを持って指導されている姿を目の当たりに拝見いたしました。 なお、同校におきまして養護教諭の複数配置について強い要望がございましたのでつけ加えさせていただきます。 岡山西養護学校の視察を終えた後、県から備中国分寺五重の塔の台風十九号による被害の復旧について要望があったことを踏まえ、五重の塔の視察を追加することといたしました。五重の塔は国の重要文化財に指定され、吉備路のシンボルとも言われております。再建以来百五十年余を経て、昨年から解体修理を行っておりましたが、今回の台風により柱やひさしか壊れた上、塔本体も傾くという被害を受けました。このため当初二億三千万円を予定していた事業費は、さらに一億数千万円の増額が余儀なくされることとなり、県からは国に対し格段の配慮を願いたい旨の要望がございます。 次いで、倉敷美観地区を訪れました。美観地区は町屋と蔵を中心とし、大原美術館や旧町役場など若干の洋風建築がまじった落ち着いた町並みを形成しており、十三・五ヘクタールが昭和五十四年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されております。また、倉敷市が背景保全条例を制定し、背景を含めた町並みを全体として保全するための施策が講じられております。 美観地区におきましては、日本で最初の西洋近代美術館である大原美術館及び重要文化財大橋家住宅も視察いたしました。 以上で岡山県の日程を終え、瀬戸大橋を経由し、香川県に向かいました。 香川県におきましては、まず県の教育概況と国に対する要望事項について説明を受けました。 香川県も岡山県と同様、古くからの文化遺産に恵まれた土地柄であり、また、昭和六十三年の瀬戸大橋の完成、平成元年の高松空港の開港など、二十一世紀に向けて発展への基盤整備が着々と図られているところでございます。教育面では、生活体験が少なくなっている現在の子供たちの状況にかんがみ、自然体験等の各種の体験活動を重視した教育を推進するとともに、不登校の子供たちや高校中退などの問題についても、適応指導教室を設けたり、委員会を設け検討を行うなどの取り組みを行っているとのことでございます。 なお、香川大学の拡充につきまして、経営情報学部及び理工系学部の設置の要望がございました。県では旧高松空港跡地の払い下げを受け、いつでも対応できる体制にあるとのことでございます。 三日目は、まず、瀬戸内海歴史民俗資料館、次に特別史跡讃岐国分寺跡を訪れました。 瀬戸内海歴史民族資料館は、国の補助金を受け昭和四十八年に開館したものであり、瀬戸内地方の漁労用具や農耕用具、土器や石器など考古、歴史及び民俗資料が収集、展示され、あわせてその調査研究が行われております。収蔵品のうち瀬戸内海及びその周辺地域の漁労用具二千八百四十三点が、昭和五十二年に国の重要有形民俗文化財に指定されております。 讃岐国分寺跡は昭和二十七年に国の特別史跡に指定され、現在、宅地開発の波の中で、史跡地の公有化が進められております。また、昭和五十八年からは発掘調査が行われ、僧房や築地塀の一部が復原されております。 文化財は、我が国の歴史、伝統、文化を理解する上で欠かせないものであります。先人の遺産の上に今日があり、それを守り将来に伝えていくことは私どもの責任であろうと思います。資料館、国分寺跡を視察し、文化財の保存の重要性を一層強く感じた次第でございます。 次に、国の特別名勝に指定されている粟林公園を訪れました。 栗林公園は、明治維新まで高松藩主松平家の下屋敷として使用された二十三万坪の広大な庭園であり、現在は香川県が管理しております。樹木の育成、建物の管理とともに、近年、周囲に高層ビルが建築されるようになったため、景観の維持にも腐心されているとのことでありました。 最後になりますが、栗林公園の久保所長の説明の中に、「一たん弱った樹木をもとに戻すためには大変な努力が必要である」という言葉がございました。教育、文化にも同様のことが言えるのではないのでしょうか。弱らすことなくはぐくんでいくよう努めなければならないと、文教委員の一人として、思った次第でございます。 以上で報告を終わりますが、今回の調査に際し、両県から受けました要望事項につきましては、本日の会議録の末尾に掲載していただきますようお取り計らいをお願いいたしますとともに、両県並びに関係の皆様方に大変お世話になりましたことに対し、この場をかりまして厚く御礼を申し上げます。 以上でございます。
○委員長(大木浩君) ありがとうございました。 これをもって派遣委員の報告は終了いたしました。 なお、ただいまの派遣報告につきましては、別途派遣地での要望等をまとめた報告書が提出されておりますので、これを本日の会議録の末尾に掲載することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大木浩君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 本日はこれにて散会いたします。 午前十時二十四分散会