国民生活に関する調査会 第2号
- 発言数
- 162 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 7
- 開催日
- 1991/09/25
会議録
○会長(遠藤要君) ただいまから国民生活に関する調査会を開会いたします。 国民生活に関する調査を議題とし、内外価格差問題に関する件について参考人から意見を聴取いたします。 本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり三名の方々に順次御出席をいただき、御意見を賜りたいと存じます。 この際、田島参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ、本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございます。 本日は、本調査会が現在調査を進めております内外価格差問題について忌悼のない御意見を拝聴し、調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。 議事の進め方でございますが、まず参考人から三十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。 それでは、田島参考人にお願いいたします。
○参考人(田島義博君) ただいま御紹介をいただきました学習院大学の田島でございます。 私の専門は流通ということでございますので、内外価格差問題と流通を関係させて御報告申し上げたい、このように思います。 まず、私たちも仕事柄世界じゅうをしょっちゅう回っておりますけれども、日本というのはとりわけいろんな値段の高い国でございます。そういう日本と外国の値段の違い、つまり内外価格差というのが日米構造協議をきっかけに非常に大きくむしろ外国から提起された、こういう状況がございました。それ以来内外価格差につきましての議論というのが活発になっておりまして、何が原因であるか、こういったことでいろんな角度からの追求、研究というのが行われておるわけでございます。 私といたしましては、内外価格差の発生する原因というのはおおよそ七つぐらいあるだろうというふうに考えておりまして、お手元に差し上げてございますレジュメの一のところで、「内外価格差の発生理由」ということで七つ一応ピックアップさせていただいております。 一つは、明らかに地理的な理由でございまして、これは日本というのが距離的にも海に囲まれておるというふうなことで、過去、流通手段が余り発達しておりません時代には、どうしても運賃その他が非常に高くなるというふうなことで値段がもともと高かった、高くなる理由がある。これは今日でもどうしても輸送費その他高くなる理由になっております。 それから二番目と三番目というのは、これはどちらかといいますと消費者の買い物行動、これに原因があるということでございますが、一つは、日本ではブランド信仰が大変強うございまして、輸入品でございますと、昔から舶来品というと船に乗ってやってきた高級な品物というふうなことで、ブランド品に対する信仰が強うございます関係で、ブランド品を独占的に取り扱います輸入総代理店というのがございます。一般に輸入総代理店というのは、コストを安くして大量に販売するというよりも、どちらかといいますと特定の人々に高い付加価値で販売をするという習慣が昔から強うございまして、これは現在でも相当程度残っておるというふうに考えられます。そういう意味で、内外価格差に対する対応策の一つとしては、総代理店をどうするかという問題が出てくるわけであります。 それから三番目に、日本の消費者がどういうふうな理由で商品とかあるいはお店を選ぶかという、商品及び商店の選択理由に関する調査というのが総理府でございますとかいろんなところで行われておりますけれども、日本の消費者の場合には、値段というのは多くの調査で四番目とか五番目とかそういう低い順位にございまして、一番目は、例えば品質でありますとか、あるいはサービスでありますとか、あるいは立地の便利さとか、そういう品質、サービス要因というのが強うございまして、価格要因はどちらかというと低い。これはいろんな理由が考えられるわけでございますが、一つは、日本の場合には終身雇用制でございますので、景気がよくなったり悪くなったりいたしましても雇用の不安というのが余りございません。しかも、年功序列給でございますので、勤めておりますとずっと所得が上がってまいります。そういうことで比較的価格動機というのが弱いように思われるわけであります。 そういうことがございますので、四番目に書いてございますように、小売店の方もディスカウントというのは余り日本ではいたしませんで、これはアメリカ、ヨーロッパと日本を比べていただきますとおわかりのように、日本にはディスカウンターというのが余り発達をいたしておりません。家電でありますとか眼鏡でありますとか、そういう若干の製品にディスカウンターはありますけれども、総じてディスカウンターの発達が弱いといいましょうか、それから一般の小売店でも値づけの仕方、値段のつけ方においてむしろ品質、サービスを優先させる関係でやや高く値段が設定される、こういう傾向がございます。それは小売店の値づけの仕方でありますが、実は後へ参りますほどだんだん重要な問題になります。 五番目に、メーカー希望小売価格と建て値制という制度的な要因と申しましょうか、日本の仕組みがございます。これは欧米でございますと、メーカーは自分が売り渡します値段を決めまして、その後卸が幾らの値段にするか、また小売が幾らで売るかということは卸、小売の自由であります。ところが日本の場合には、特にメーカー品は小売価格まで実はメーカーがまず決めます。メーカー希望小売価格と呼んでおりますが、この価格の維持が認められますのは、一つは法定再販、つまり出版物とかレコードのように著作権に関係しております品物、これは再販売価格維持が独禁法で認められております。それから、公取が指定します商品については価格維持をしてよろしいという、いわゆる指定再販というのがございまして、これは千三十円以下の化粧品でありますとか、あるいは一般の医薬品でありますとか、そういったものにこの制度がございます。しかし、ほかの商品につきましてはメーカーが値段を決めましても、それを小売に守らせると違法になります。 とはいえ、メーカーが小売価格を決めるという慣習は非常に強うございまして、小売業はメーカーの値段どおりに売るという傾向も強うございます。それからまた、メーカーが決めました希望小売価格を例えば一〇〇といたしましても、小売店にその商品が入るときには七五とかあるいは卸から小売に行くときにはこれが例えば六五とか、そういうふうに流通各段階の価格体系も希望小売価格をベースにして決められる、そういう習慣がございまして、これをメーカー建て値制と呼んでおるわけであります。実はこれが全体として価格を硬直させる、競争原理が働きにくい、こういう状況がございます。そういうメーカーの値段のつけ方の問題であります。 それから、制度的理由と書いてありますのは、これはむしろ法律とか行政に基づいて価格が硬直しやすいものでございます。例えばお米の値段などというのはそういうことでございますし、あるいは牛肉の値段というのもそうでございますし、牛乳の値段というのもそうでございます。そういう法律とか行政が絡むことによって例えば値段が高くなったり硬直したり、競争の原理が働きにくいというふうなものがかなり多うございます。日本では、そういう行政による価格介入あるいは流通介入というのは諸外国に比べて比較的多いのでございます。 それから七番目に、流通上の理由というふうに書いてございますけれども、これは日本の流通の仕組みあるいは流通という仕事の仕方、こういったものが値段を高くする理由になっている、そういうことでございますが、これは後ほどまた詳しく申し上げます。例えばメーカーから小売店まで商品が流れていくとき普通卸を通りますけれども、卸の段階が物によりまして二段階とか三段階とか、こういう一般に多段階構造というふうな言葉を使っておりますけれども、そういう卸の仕組み、これは何といいましてもやはり流通コストは高くなります。 それから、やはり小売段階には圧倒的に多数の中小小売商業があります関係でなかなか競争原理というのが働きにくい、こういった問題もございますし、それからまた仕事の仕方におきましても、これはメーカーの営業活動、卸売の営業活動、小売の販売活動、そういった流通の仕事の仕方におきましてかなりまだ合理化の足りない面というのがございまして、そういう流通が原因になって値段が上がっている、こういう問題がございます。ですから、内外価格差が発生しますときには、以上申し上げましたような七つの要因が絡まり合っている、こんなふうに考えられます。 そこで、その最後の流通というところを取り上げて以下御報告申し上げますと、日本の流通システムでございますが、まず歴史が非常に古うございます。もともと人間というのはもう昔々からお互いに物を交換しないでは生きていけない。そういう意味で我々の想像を超えるぐらい古い時代から交換というのが行われておったわけでございますが、商業といいましょうか、業としてそういう交換といいますか商業が成立するというのは、これは国際的に見ましても現在ある国では日本というのは非常に古いのであります。 例えば卸売業について申しますと、今ちょうど「太平記」をやっておりますけれども、「太平記」のあのころ、荘園の荘官、役人でありますが、年貢を集めて輸送するという仕事をしておった役人が独立して商人になっていきます。例えば問屋というのがそれでございますが、例えば年貢を九州の荘園から船で大阪へ持ってまいりまして、大阪の市でお金にかえまして京都にいる荘園領主に納めます。そうしますと、大阪の市で幾らで買うかと言って値を問うわけでありまして、そこから問いという言葉が生まれるわけでありますが、そういう問屋というのはもう室町の前に成立をいたしておりますから、これは大変に古いのであります。 小売業というのは、これは昔々は市場で商いをやっておりまして、市のことは実は魏志倭人伝の中にも既に出てまいります。国々市あって有無交易すというのが邪馬台国の話で出てくるわけであります。それ以来連綿として軽市とか餌香市とか万葉集にも出てまいりますが、そういう市場の商業、店舗の商業というふうな形で小売も卸も非常に歴史が古うございまして、歴史が古いということはいろいろ昔のシステムが残っているということです。 例えばどういう点に残っておるか、一つの例だけ申し上げますと、これは諸外国と著しく違う点でございますが、欧米でありますと、小売商業ではスーパーマーケットというのが非常に大きいウエートを持っております。日本でも急速に発達をしております。このスーパーマーケットに商品を納めます卸売業というのは欧米、特にアメリカの場合には加工食料品を扱う、飲料を扱う、たばこ、酒、それから生鮮食料品、それから石けん、洗剤、歯磨きのような日用雑貨、これは全部一つの卸が扱います。ところが、日本はまず生鮮食料品の卵といいますと、お魚、野菜、肉というふうに全部分かれておりまして、それからまた加工食料品と申しましても、瓶、缶詰の卸とお菓子の卸、あるいはお酒の卸、みそ、しょうゆの卸というふうにずっと商品別に細かく流通経路が分かれております。 したがって、卸のところが非常に細いパイプになっております。ですから、大きいパイプになっていないんです。こういったことも大変に流通の効率が悪いという原因になってくるわけでありまして、それがどの辺に今問題が出ておるかと申しますと、例えばコンビニエンスストアというのが出てまいりました。総合小売業です。コンビニエンスストアというのは食料品も売っておりますが、石けん、洗剤、歯隆きも売っております。文具も売っております。菓子も売っております。いろんなものを売っておるのでありますが、その一つ一つが細いパイプの卸で流れております。 ところが、小売の方はいろんなものを売るようになってきているわけです。ですから、コンビニエンスストアにいろんな品物を一緒にして納入するという業者はいないわけです。したがって、コンビニエンスストアというのは倉庫を持っておりませんから、小さいストックでそのストックが例えば半分になりますと発注をいたします。そうすると、それを運ぶわけでございますが、いわゆる小口高頻度配送という問題が発生をいたしまして、このために例えば自動車の動く数が異常に多くなりますと、それが交通混雑の原因になったり、いわゆるNOxの発生量が多くなったり、またそのことがコストを上げていく、こういう仕組みになっておるわけです。ですから、そういう歴史の古さ、したがって日本の流通システムというのが大変いろんな特異性を持っている、外国から比べた場合。その特異性というのは流通の構造といいますか、仕組みの方にも、それから行動、つまり仕事の仕方の方にも、それから制度、つまり大店法とかあるいは酒販免許制度のような制度でございますとか、こういった行政の仕組み等々の面で非常に特異性というものがございまして、そういったことが流通というのを全体的に非常に効率悪くさせているということが言えるわけであります。 それから、日本市場というのがこれまではまず地理的にも孤立をしておりました。それから、日本が経済的に強くなりましたのは本当にここ二十年かそこらでございまして、現在の行政の仕組みの中には三十年前、四十年前につくられた行政の仕組みというのがたくさん残っております。そういう三十年前、四十年前の行政の仕組みというのは日本は大変弱いから、外国から強い商品とか強い資本、こういったものが自由に入ってこないようにいろんな仕組みで日本市場を守るという、こういう仕組みができ上がって、これがいろんなところにまだ残っておるのであります。これがまた外国といろいろトラブルを起こす原因にもなっておりますけれども、また日本の流通の仕組みを非常に特異なものに、特別なものにする理由にもなっておりました。 そういうふうなことで、現在、例えば物流面にコンビニエンスストアということで問題が起こっていることを先ほどちょっと申し上げましたけれども、日本列島の上で道路がよくなり、高速幹線網というのができ上がってまいりますと非常に商品が大きく流れていきます。例えば多くの場合、荷物を運びますときにはいっぱい積んで運んでおりますが、戻ってくる車は全部空っぽであります。そうすると、あれだけトラックが走っておりましても実は行きたけ荷物が載って帰りは空っぽ、これはもう大変に非効率でございますが、そういう非効率というのがいろんなところにございます。 国際比較、特にディスカウンターにつきましては、先ほどちょっと申し上げましたので先へ進ませていただきます。 じゃ、そういう流通を合理化するためにどういうことをすべきかということでございますが、日本の行政の中には競争を制約する仕組みというのがいろいろございまして、その一つが大店法でございます。ございますと言うべきかございましたと言うべきか、これは去年の五月三十日に運用適正化措置がとられました。先般の通常国会で改正法が成立をいたしました。また、二年後に抜本見直しを行うということに相なっておるわけでございますが、いずれにしても、大店法の運用緩和あるいは改正を通じて小売段階の競争を活発にする、これは一つの重要な方法であろうと思います。 ただ、国会での議論、私は衆議院の法案審議の際に参考人で出席をいたしましたけれども、一つ我々の願っておりましたことが反映されておりませんのは、大きいお店が自由にいろんなところにつくられるというのは大変結構ですけれども、一つはそれが都市計画と十分結びつく必要があります。こちらは特定商業集積法その他で都市計画との結びつけば一応取り上げられておりますが、実はあちらこちらにお店ができますと、車で買いに行く人もありますしトラックで荷物を運ぶということがおりますが、これによってかなり環境が破壊されるという面はあるわけであります。ですから、買い物が自由になるという面と、それから環境が破壊されるという面と、このバランスをやはりよく考えないといけないということは言えるかと思います。 それから、やはり日本ではどちらかといいますと、先ほどメーカー希望小売価格ということを申し上げましたけれども、ああいう縦の形で価格競争が余り起こらないような仕組みになっている。どちらかというと、強いメーカーが下の方を支配するという仕組みがあるわけですが、そういう縦の方向と別に今度はまた横で、わりかたあうんの呼吸と申しましょうか、非常に意思疎通がよろしくて、各社の品物の値段がそろってしまうんです。別にカルテルをしているとは言いませんけれども、していればこれは独禁法違反ですが、してなくても何となく値段がそろっちゃうんですね。こういう形で競争がちょっと少なくなっておりますので、やはり独禁法その他もう少し運用を厳しくすることによって競争を促進するというふうなことが行われ、特に日本での商取引の仕方といいますか商慣行、こういったものが改善されていく必要があると思うのであります。 時間もございませんけれども、例えば商慣行の中で返品というふうなものが日本は非常に多うございます。品物を送るコストがかかる、売れないのを返品する、後ろ向きの流通が行われまして、このコストは結局だれが負担しているかというと消費者であります。それからまた、例えば日本ではメーカーが販売促進のためにリベートというものを与えます。このリベートの額というのはかなり大きいのでありますが、これもやはり消費者の負担です、最後は。だから、そういう商慣行のところをもう少しメスを入れていく必要があります。 日本の流通システムというのは、全体として小さい小売店があるというのは大変便利なんです、買い物には。しかし、それがまた一方で非効率ということもございますので、いい点を生かして悪い点を克服するようないろんな合理化の案ですね、これは例えば小さい酒屋さんがコンビニエンスストアのチェーンに入りますとかなり経営がよくなります。だから、ああいう小売業の組織化でありますとか、情報システム化とかいろんな方法がまだあり得るわけでございます。そういったことを通じて中小小売商業を組織化し活性化していく、情報化というふうなものを使いこなす、それから流通規制というものをもっともっと緩和していく、こういうふうな方向で流通というのは合理化さるべきであるというのが私たち流通を研究している者の結論でございます。 以上、御報告させていただきます。どうもありがとうございました。
○会長(遠藤要君) どうもありがとうございました。 それでは、これより参考人に対する質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○小野清子君 自由民主党の小野清子でございます。 ただいま政務次官を仰せつかっておりまして、今環境問題も含めてお話をいただきましてありがとうございました。健康政策中心にやっておりますので、この流通部門はまことに素人でございまして、先生の系統立ったお話を伺わせていただきまして大変勉強になりました。ありがとうございました。 一般的に、内外の価格差といいますと、日本のものが外国、外国のものが日本でどういう価格になっているか等々、例えば余りの価格の開きとか、あるいは日本のものが外国で買ったらその方が安いとか、素人にとりましては不可思議な現象が非常に気になるところでございまして、本日の問題は非常に女性にとりましても関心の深いところでございます。 いろいろお話を伺わせていただきましたけれども、ブランド志向が、先生は信仰とおっしゃいましたけれども非常に高いということなどは、例えばブランド品を安くしたら逆に売れなくなったというおかしな現象があることも私聞き及んでおりましたので、なるほどそういう精神構造がこういう流通関係の中でも一つのブレーキになっているところもあるのかな、そんな気持ちを持ちながら聞かせていただきました。 いかがでしょうか。特に価格差の大きい分野というのはこの分野であるということがもしおわかりであれば、その辺をお聞かせいただきたいということと、なぜそうなのか、かつまたそれを改善するのにはどうしたらいいのか、その辺の価格差の大きいあたりをぜひひとつお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(田島義博君) まず価格差の非常に大きいものといたしまして、少しランダムに取り上げさせていただきますが、例えば自動車とか家庭電器でございますとか、こういう日本が得意といたします耐久消費財、これは外国に出しますときの価格決定は比較的競争的価格決定をいたします、例えば外国の自動車メーカーと戦うために。ところが、国内で同じような品物を販売いたしますときには、日本国内というのは寡占体制でございますので、そういう意味では支配的地位に基づく価格決定が行われます。そうしますと、むしろ外国の方が同じ品物で日本より安い、こういう状況が発生をいたします。これがまず一つの領域です。 それから第二に、やはり価格支持でありますとかそういう制度を持っている商品、これは農産物が中心になってまいりますけれども、これは圧倒的に日本が高い。 それから第三番目に、やはり御指摘の有名ブランド商品、ファッショナブルグッズと申しましょうか、こういったものに関しましてはいろんな理由が考えられるわけですけれども、やはり日本というのは値段が高こうございまして、例えば有名なハンドバッグを一つとりますと、例えばイタリアで生産されている、これがニューヨ一クで売られ、東京で売られている。イタリアから輸出されるということにおきましては、ニューヨークも輸出でありますし、日本も輸出であります。ところが、ニューヨークの小売店で買いますと日本の小売店の大体半分で買えます。これはいろんな仕組みがやっぱり後ろにあるわけでございまして、消費者のブランド志向というのも一つの例でございます。 それから、先ほど御指摘になりました安く売ると売れなくなる一つの例だけをちょっと申し上げておきますと、値段が急速に下がっていった事例としては、スコッチといいますか、ウイスキーがございます。下がっていきました理由としては、いろいろ酒税を変えたとかそういう行政的な措置もあったわけでございますが、他面、いわゆる並行輸入、総代理店を経由しないで第三国から日本へ入ってまいりますものですが、この並行輸入でスコッチがたくさん入ってまいりました。これで価格競争が激しくなりましてずっと値段が下がっていったわけですが、私、全体としてはやはり数量は売れていると思います、値段は下がりましても。ただし、贈答品市場では全く力を失ったということは言えると思いますが、別に贈答品、ウイスキーだけを贈る必要はございませんので、全体としてはやはり売り上げは伸びて値段が下がっているだけの効果は出ておるというふうに思います。 ですから耐久消費財、それから政府の価格支持等のある農産物を中心にした商品、それから国際的に有名なブランド品、こういった領域が非常に価格差の大きな分野ではなかろうかというふうに考えます。
○小野清子君 ありがとうございました。 それから、日本の場合にはメーカーが小売価格まで決めてしまっているという、大変強いメーカーという感じを先ほどのお話の中で伺ったんですけれども、そのことがやはりディスカウンターが弱いということにも結びついてしまうのでしょうか、その辺を伺わさせていただきたいと思います。
○参考人(田島義博君) 私はそのとおりだと思います。つまり、小売店がメーカーの決めた値段どおりに売ります理由としては二つぐらいあるわけでございますが、一つは、自分で実際どういうふうに値段をつけたらいいかというふうなことが小さい小売店さんにはなかなかわかりませんものですから、メーカー希望小売価格でそのまま売ってしまうという形になっているケースと、それから日本のメーカーは、どちらかといいますと自分のつけた値段が品質の表現であるというふうに考えますものですから、値段が下がりますと品質を傷つけられたというふうに考える例が多うございまして、法律に違反しない程度において価格維持努力をするというケースは一般に存在するかと思うのでありまして、やはりそこら辺はディスカウンターが日本に出にくい一つの背景にはなっているというふうに考えます。
○小野清子君 お話の中で法律、行政が価格決定に絡むことが多いというお話もございましたけれども、これは具体的に例えばどういう部門になるのか、お話を聞かせていただきたいと思います。
○参考人(田島義博君) 例えばお米のような国家管理品目でございますと、そのお米の価格決定に直接国が介入をいたしますし、それから価格決定に直接介入いたしません場合にも、例えば支持価格というふうな形で、ある商品の値段が著しく下がりますと生産者が非常に苦しみますので、どこら辺まで下がったらどうするというふうな、そういう支持価格のような形で価格介入を国が行うというのが幾つかございまして、直接的に国が価格決定をするというふうなもの、それから支持価格のような形で価格形成に関与するもの、それからもう一つ大変重要な点は、例えば酒類の価格のように、現在本当は自由価格な人ですけれども、昔からずっと公定価格の時代が長うございまして、そのために業界が価格というのは自由ではなくていわば国が決めるものだという錯覚を持って、横並びにもなっているし小売価格を守るという習慣のついてしまっている業界というのもございます。大体三通りあろうかと思います。
○小野清子君 こういう内外価格差というものが生まれる大きな点になろうかと思いますけれども、競争を制約するというものが多いということと、海外の場合には案外自由に価格を決めているところが多いというあたりが何か一つ絡んでくるのかなと、そんな気持ちもしてお伺いさせていただいているんですけれども。 それから、日本の流通は細いパイプであって、例えばおしょうゆならおしょうゆ、何なら何と個別であるというお話、そして海外の場合にはさまざまな物が一つの問屋さんを通して出てくる。これが車の流通、さっき先生からお話がありました環境の問題等々もあわせてということですけれども、今現在は先生、いかがなものでしょうか。一つの企業が単一品を売る時代から非常に多種目というんでしょうか、例えば化粧品関係が食品関係とかいろいろなものに、洋服関係とか広げる時代になってまいりましたね。こういう時代の傾向というものと、価格あるいは流通関係の問題とあわせまして日本の傾向というのは今後どういう方向に向かっていくのか、そのあたり先生のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○参考人(田島義博君) まず、小売の段階でずっと取扱商品の拡大が行われておりまして、例えば小売段階を統計で構造変化をちょっと調べますと、簡単に申しますと、魚屋さんとか八百屋さんとか肉屋さんという特定の商品を売っている専業的な小売店の数というのは急速に減ってきておりまして、いろんな食料品を総合的に売ります各種食料品小売業と呼ばれる、スーパーとかコンビニがここに入っておりますが、これが急速にふえております。そういう傾向は他の業種にも見られるわけでございまして、したがって、小売業の方がそういう取扱商品の拡大をいたしております。ただし、卸売の段階というのは非常に変化がしにくい。 それで例えば、今後異業種の卸売業が合併することによってパイプが大きくなるというふうな事例も出てくるかとは思いますけれども、小売業の変化に比べますと卸売業というのは非常に変化しにくいという性質を持っておりまして、この卸が変化しないとやはり全体の仕組みというのは変化できないというふうに思うのでありまして、そこら辺がちょっと小売ほどには卸は急速に変化できないでいるというのが現実がと思うのであります。
○小野清子君 その辺が、いわゆる日本の内外価格差にしろ流通にしろ、これからも変わりそうで余り変わる可能性というものは見えないということなのか、その辺ちょっとお聞かせをいただきたいのでございます。
○参考人(田島義博君) 私はこのままではいけないと思います。したがって、経済の自由な働きの中で、例えば卸売構造がそういうふうに急速に変化していくということはちょっと期待しにくいとなれば、何らかそういう変化を誘導するということが言ってみれば国の仕事になろうかと思うのでありまして、そういうことで卸売業の合併を促進するとか、あるいはむしろ物流の面からいろんな商品を取りまとめて運ぶような新しい物流システムをつくり上げるとか、何かそういう卸のところの構造変化を促すような行政というのは不可欠である。ですから、保護行政というふうなものはもうこれは終わりを告げたと思いますけれども、むしろそういう構造改革を誘導するような公的な介入というのは私は必要だというふうに思います。
○小野清子君 そうしますと、中小の小売業を組織的にシステム化することが必要だと先ほどお話をいただいたわけですけれども、これが今のお話のいわば将来構想に向かっての大事な点ということになるんでしょうか。
○参考人(田島義博君) 小売の話でございますけれども、小売がそういうふうに組織化されてまいりますと、いや応なしに卸も集約化されざるを得ないというふうな関係になりますので、卸のところを構造改革するという手もありますし、小売を組織化するというふうなことを通じて卸を改革するという手もあります。私は、小売の組織化というのはそういう意味では非常に重要な手段の一つだというふうに考えております。
○小野清子君 行動、制度、行政の仕組み等々いろいろお話をいただいたわけでございますけれども、競争の制約が多いということがどうもいろいろな観点で最後のネックになっているんじゃないかなと。私もいろいろ自分で買い物をいたしますときに、本当に値が一緒なんです。そして、何か新しい製品が出るときには必ずみんな同じうたい文句で出てくるんですね。横の連絡がいいなと思うことと、それとまた外の器の値段が上がっているんじゃないかと思うようなことすらいろいろあるわけですけれども、いい意味の自由競争の中で本当のいい品物が皆様の手に届くということが最も理想的なことだと思います。 そういった意味での競争力の制約というものを外す意味で、代表的改善すべき法律といいますとどういうものが邪魔になっているのか、最後にそれをお伺いさせていただきまして、私の質問を終わりたいと思います。
○参考人(田島義博君) 基本的には、私はやはり独禁法の運用強化だと思います。そういう意味では、この七月に公正取引委員会が公にいたしましたガイドラインというのは大変重要な役割をするというふうに考えております。そのほかいわゆる業法というのがございまして、いろんな業界に関する法律があるわけでございまして、例えば石油業界でありますと石油業法というのがございますし、お酒に関しましては酒税法とか酒団法というふうな法律がございますし、揮発油の販売に関しましては揮発油販売業法というふうなそういうさまざまな業法がございまして、その業界の人たちは仲よくというふうなことを少し行政でやっておりますものですから、多少はそこら辺も競争阻害になっておる。 そういう意味では、単に独禁法を強化するというだけでなくて、やはりそういう業法等いろんな法律が特定の業界について少し競争を制限というよりも競争が起こりにくくさせている、そこら辺の仕組みというものをもう少し明らかにする必要があると思いますが、この業法と競争の関係というのは従来必ずしも明確に取り上げられておりませんで、ある意味では議論の一つのエアポケットになっておるというふうな感じはいたします。
○小野清子君 時間があるようですのでもう一問。 最後になりまして、これは先生の感想をお聞かせいただきたいんですけれども、このごろ過剰包装というのがこれは環境問題とも絡んでありまして、例えば敷布一枚でも上げ底という形になっております。消費者が悪いのか販売する方が悪いのか、これはもう卵と鶏の論になろうかと思いますけれども、諸外国の場合には相当徹底して買う側の立場が、これは贈り物は贈り物、贈り物じゃないものは簡素にという方向になってきていると聞いておりますけれども、その辺の諸外国の情報並びに先生のお考えを伺わさせていただきまして、終わりにしたいと思います。
○参考人(田島義博君) 私は、日本の文化の一つに包む文化というのがあって、例えばふろしきだとか、包む道具というのが大変よろしいわけでありますが、そういう包む文化の一つに包装があると思うんです。その包装が実は何重にもなっておる。つまり一つの商品が包装されて、それが幾つか詰め合わされて包装されて、その上にまた小売店のきれいな包装があって、それをまた袋に入れてくれるとか、つまり包む文化が行き過ぎまして、それともう一つは、日本は儀礼的贈答という慣習が非常に多うございます。いわゆる盆暮れのお中元、お歳暮というこれが物すごい大きなマーケットを形づくっておりまして、こういう儀礼的贈答というのが過剰包装をさらに刺激する。 それから、そういう儀礼とかきれいに見せるとか包む文化とか、そういう方からきている過剰包装と、もう一つは、やはりある種の欺瞞的行為というのが、いわゆる上げ底でございますとかそういう形で大きく見せかけるというふうな、そういうものがかなり横行いたしておりまして、両方で過剰包装が行われております。やっぱり世界じゅうの木を日本の過剰包装のために大分切っちゃっているということがありますので、ある意味ではそこら辺は緑のマーケティングと申しましょうか、そういう緑を大切にする売り方をやるところが伸びる、それを消費者が支持する。これは事例がやはりイギリス等にもございまして、それを標榜した小売店がトップの座を奪ったという事例がNHK等でも報告されておりましたけれども、そういったことをもっと促進して、何年間かかけてこれは売る側、つくる側、買う側の意識改革がやっぱり必要じゃなかろうかというふうに考えます。
○小野清子君 どうもありがとうございました。
○谷畑孝君 社会党の谷畑でございます。よろしくお願いいたします。 今の田島先生のお話を聞いておりまして、内外価格差というのは本当に複雑な要因といいましょうか、流通も絡んだ、しかもそこへ日本の長い歴史的な要素もある、こういうことで、これは大変な問題だなと思いながら聞いておったわけなんですけれども、幾つか質問を先生にしていきたいと思うんです。 一つは、最近ゆとりのある生活といいましょうか、あるいはそういうゆとりのある生活の実感を持てるような社会にしたい、こういうことで、労働界もそうでありますし、また来年度の政府の予算を見ましても、通産であろうとあるいはあらゆる分野におきましてもゆとり感じられるような予算というのを非常に希求していると思うんです。去る九月十五日に総理府の国民生活に関する世論調査ということで、これはいつもやっているわけですけれども、そこで払いつも不思議だなと思うのは、国民のほぼ九割が私は生活は中流程度である、全体がそのように感じている。もう一方では、そうしたら生活の実感はどうだ、豊かさを感じているのか、こうなってきますと、今度は約半分ぐらいが生活に時間的ゆとりがない、そういうことになっていると思うんですね。 そこで先生、その中にはもちろん労働時間の問題だとか、あるいはマイホームが持てないという問題とか、これも大きな原因があると思うんです。同時にもう一つは、私はやっぱりこの内外価格差というか物価だと思うんですけれども、その点について、ひとつゆとりと物価との関係について先生のお考えをお聞きしたいと思います。
○参考人(田島義博君) 値段が高いというのは、ある意味ではその分だけ所得が低いということになろうかと思うんです。つまり物価というのは所得の裏返しといいましょうか、同じお金でどのくらい買えるかといったときに、やっぱり値段が高けりゃ少ししか買えないわけでございますから、逆に言えばそれだけ所得が低いということです。ですから、やはり物価が高いというのはある意味ではそういう実質所得を引き下げる効果を持っております関係で、自分の生活の豊かさの実感というものを非常に阻害するといいましょうか、ということになると思います。 これが以前は所得が急上昇しておったものですから、所得がどんどん上がっていく。そうしますともう非常に自分が豊かになっているというふうな、豊かになっていくという気持ちがあったと思うんですが、諸外国に比べますと今でも日本は上がっている方だと思いますけれども、それでもだんだん落ちついてきた。そして、特にそうなってくると多少値段が問題意識に上がってくるんですが、特に日本人の非常に多くが外国に行くようになりまして、一千万人を超す日本人が一年間に外国へ行く。外国へ行きますと、外国の値段といいましょうか価格体系を経験してまいりまして、例えばホテルの値段、食べ物の値段あるいはお肉の値段、そういったものを体験してまいります。やはり海外に消費者が出かけることで海外の価格体系に接する、日本の価格の高さをわかってくる、そうすると全体的に価格水準がもうちょっと下がるべきではないか、つまりディスカウントというふうなことじゃなくて、全体として価格水準が下がるべきではないか、そういうふうな感じを持つ消費者がふえてきておる。 そういう意味で、所得の大きさとか自動車を持っている、大きいテレビを持っている、まあまあ不満ながらもマイホームがある、そういった物的な面から見ますとやはり自分は中流のところにおるというふうに考えましても、実際はいろんな物の値段が高い、あるいは暇がふえたので旅行するとえらいまた旅館の値段が高い、ゴルフに行くとえらいまたフィーが高いとか、そういったことを痛感しながら中流ではあるけれどもやっぱり生活から見るとそんなに楽じゃないな、外国の方が豊かだなという、そんな感じはしてきておるのじゃないかというふうに思うのでございますが、一応、何か感想程度で申しわけございません、
○谷畑孝君 どうもありがとうございました。 先生のおっしゃるとおり、どうしても日本の社会も会社社会ということになって、いわゆる部長クラスになってきますと接待費がつくということで、自分のポケットから余り出さずに、だから一時間座ったら何万円もかかるというようなことも含めて、ゴルフにしたって皆そうだと思うんですけれども、やっぱり自分たちが払ったりいろんな形を全体がなしできますと、これは問題だということにつながってくると思うんです。これも内外価格差の一つの怒りといいましょうか、そういうものを結集していくには非常に大事なことだなと、こう思っておるわけであります。 次に先生、ゆとりを感じないのは、これもまた、きょうも後ほどにあるということなんですけれども、やっぱり住宅の問題があると思うんですね。特に最近では土地の高騰、それと住宅の高騰によって非常に高くなってきているような感じが私するんです。そこで先生、特に消費者の物価統計というものの中から土地や家屋の指数が除外されているということがあるんですけれども、これはどうですか。除外するんじゃなくて、もう少しそれも入れながら物価指数そのもの自身がどうだということの方が、私どもとしては対処することにおいては非常に大事なことではないかと思うんですけれども、その点についてどうでしょうか。
○参考人(田島義博君) 実は私、物価統計そのものは利用はいたしますけれども、専門家じゃないものですから余り的確な答えはできないかと思うんですが、一国の物価水準を表現し、またはそれを国際比較するためにどういう項目が選ばれるべきかというのは二つの視点があると思うんですが、一つは、日本の中で日本人の暮らしの程度といいましょうか、全体の物価の動向を的確に表現するような商品及びサービス等の統計をとる対象としてピックアップするという、つまり日本人の生活というふうなものをどの程度きちんと表現できるかという形での選び方というのがあると思います。 もう一つは、それが国際比較が可能になるように海外とある程度合わせるということが必要かと思うのでありますが、私、専門外でございますので、ちょっとその程度の印象しか述べられませんので、お許しをいただきたいと思います。
○谷畑孝君 先ほど小野先生の方からもお話があったんですけれども、過剰包装のことで。この問題については一番よく目につくといいましょうか、私どもが買い物に行っても、ただワイシャツ一枚買っても本当にごみ箱がいつもいっぱいになる。もう包装紙の上に包装紙というそんなことで、問題意識があったり、世論的にも大きな議論としてなってきておるとしても改善されないという問題があるんですね。 そこで、私はつくづく感じるんですけれども、過日も大阪で焼却場を見てきたり、あるいは東京の夢の島を視察させていただいたり、そういうことで最近は特にリサイクルの問題だとかごみ戦争だとか、そういうような非常に大きなテーマになっておりますけれども、都会などは土地の高騰によってごみを焼却するのに、大阪などではもう一人当たり三万円かかる、東京だったら五万円以上かかるんじゃないですか、焼却場をつくるにしても、国民一人当たりにしていくとですね。ということは、リサイクルしないでごみになったものを焼却するだけでそういうことなんですから、これは大変な、言いかえればお金を出してごみを買って、そしてまたお金を払ってそのごみを処理しているという、こんなばかなことになる。だから、もちろん内外価格差にはたくさんの問題があったり、いろいろと原因があったりもっと多面的なものもあるけれども、しかし我々が見て問題だと、一つはこう思うんです。 そこで、今小野先生もおっしゃったように、僕はある動く芸術といいましょうか、動く芸術という大きな工場がありまして、そこを少し知り合いの関係で見学させてもらったんです、一日かけて。しかし、正直な話、一日かけてもおもしろいんです。 どういうことかといったら、実は百貨店の包装紙の中に彫り込まれているデザイン、それから買い物をしたところでの袋、その袋がいわゆる動く芸術だというんですね。それで、あるところでこの人がかいたもの、こういうセンスのものが、歩いていると動く芸術が歩いている、私もあそこで買い物をしたい、こういうことになってそこの工場で見学してお話を聞いておりましたら、どんどんとその工場が発展しまして、次また第二工場、第三工場と……。これは今小野先生もおっしゃったように、一体それは消費者が悪いのか、そういう気持ちを持っている我々が過剰包装をさせてしまうのか、それともそうじゃなくて、余りにも宣伝広告、そういうものが優先してしまったのかという、こういう問題も僕は非常に大事なものだと思うんです。もう一方では、先ほど言いましたように、やっぱり大都会ではたくさんのお金をかけてごみを焼却しなければならない。 そこで私は、なぜこの問題を再度お話しするかといいますと、流通だとかそういうものが非常に複雑でなかなか一挙にいけませんわね、これはこうだということでね。しかし、過剰包装とかこういう問題は直ちに私はできる問題だと思う。しかも、それがやっぱり価格が安くなっていくという、こういう仕組みにならなきゃならぬと思っています。 先生、その点もう少し、そう思い。ながらもまだまだ改善されませんし、何かひとついい知恵がありましたら教えていただきたいと思います。
○参考人(田島義博君) 例えば、先ほど小野先生の御質問に対して私の意見を申し上げたこと以外につけ加えること、こういうことになりますと、ただいま御指摘のように、日本ではある意味では異常に販売促進活動が盛んでございまして、例えば商品を店舗に展示いたしますときにも、なるべくよく見えるようにということで、例えば靴下なら靴下の中に紙が入っていてそれで形を整えているとか、あんなものは余り外国で見たことございませんし、ワイシャツを買いますと、いろんなクリップがとまっていたり針がくっついていたり、販売促進のために極めて熱心であることが御指摘のような過剰包装というか、その中間での大変な労働を発生させておるというふうなことが言えると思うんです。これは自然とよくなるというふうにはまいらぬと思うんです。 そこで、幾つか対応策というのを考えなくちゃいけないと思うんですが、一つは排出したごみ、これは生活廃棄物もそれから産業廃棄物もいろいろ両方ひっくるめての話ですが、やはり自分の出したごみについての責任をどういうぐあいにとらせるかというふうなことで、ごみの方からある程度迫るというのも一つだと思うのであります。 例えば、これはちょっと話が違うのでありますが、企業なんかが出しますコンピューター用紙、ファクスの用紙、それからコピーの用紙、これはもう大変な量でございます。特にファクスの用紙なんか薬が塗ってございますから再生できません関係で、そういうファクスのネットワークというのが発達していくというのは確かに一つの発展ですけれども、そこでまた新たな大量のごみが発生する。例えば排出する紙の処理について企業にそれぞれ責任を持たせるということになれば、私もう少しペーパーレス化が進むだろうと思うんです。 これは私が思いますに、日本では発展する方向、これを追い求めるときにはみんなが一斉に追い求めていくんですが、発展というのは必ず片一方で何かのマイナスを持っているわけでございますが、それがどういうマイナスをもたらしていくかというところについての配慮というのはどういう分野でも割と少ない。そういう意味では我々は単眼というか、複眼的な思考に我々自身がやっぱりちょっと弱い、そんな感じがします。 ですから、私は一つの答えとしては、過剰包装に関しては、先ほど申し上げましたつくる側、売る側、買う側の自覚を促すというふうなことのほかに、やはり生活廃棄物もひっくるめてごみについての責任というものをどうとってもらうかという、これは廃棄物適正処理法とかそういった法律がございますけれども、その運用あるいは新法、そういういろんな方法が考えられるんじゃないかというふうに思います。
○谷畑孝君 時間が来ましたので、準備していたものがあるんですけれども、もう一点質問して終わりたいと思います。 特に流通の合理化というところの中で、私も先国会のときに商工委員として大店法の改正について質問させてもらったのでありますけれども、大店法の改正によりまして非常に大型店が進出しやすくなった。そして、特にその中には輸入商品の売り場、これが法律の規制外に置かれて、いわゆる輸入をもっと促進するという、そういうものになったわけですが、本来ならそういうようにして自由に競争をさせていく中で価格は下がる、こういうふうになるんですけれども、どうですか、先生、正直な話が、そういう大店舗が進出しやすくなってきたんですが、これが流通の大きなインパクトになって価格が下がるかどうか。それと、輸入の売り場がふえていく中で輸入がふえていくのかどうか。 それともう一つ、先生が先ほどおっしゃいました輸入の総代理店の問題と並行輸入の問題、これもやっぱり並行輸入をどんどん促進させたり、あるいは個人輸入をどんどん促進させないと、総代理店だけがぐっと囲んでしまって、いわば一つの独占みたいになってしまって価格を操作してしまう可能性もある、こう思いますので、ここらの点も重ねて、価格を下げるために非常に有効だと私は思うので、並行輸入と個人輸入の仕方、そして大型店における輸入販売だけじゃなくて小さな小売店も皆輸入ができて、またそういう個性あるものが売れる、そういう競争をもっとさせなければいかぬと思うんですけれども、その点、先生、どうですか。
○参考人(田島義博君) 御承知のように、去年の六月一日以降現在までの十三カ月間、つまり現行大店法の適正化措置以後現在まで出店表明をしたものが千五百件、それからそれまで調整途中であったものの数が、ちょっとはっきり覚えておりませんが相当数ございます。それからまた、改正法のもとでは一年で調整手続を終わることになりますので、確かに大きい店が出しやすくなる。競争が激しくなりますので、それが価格の引き下げをもたらす効果というのは一応は考え得るし、またそうあってほしいと思うんですが、必ずしもそうならないのではないかという心配をいたしております。 なぜかと申しますと、やっぱり土地が非常に高くなったところへ今までよりもっと大きなお店ができるわけでございます。そういう高い土地で、安いコストで物を売って企業として採算をとるというふうな仕組みがあるいはシステムが開発されているかというと必ずしも開発されていない。そういうふうなことで、むしろ新しい設備投資が消費者価格を押し上げるのではないかという心配を私たちはしております。 したがって、我々が大型店に求めておりますのは、実は既存店でも赤字のお店が結構あるわけでございます。ですから、そういう赤字のお店があると、新しく出店したお店についてある意味では、例えばこのくらいもうけなくちゃいかぬというふうな形の要求が強くなりますので、企業が全体として効率化するためには既存の店舗のスクラップ・アンド・ビルドを進めるとか、高度なシステム色とるとか、やはりそういう形で新しい大きい店をつくれば売り上げがふえる、だから利益もふえるだろうというふうな格好ではない、もうちょっと新しい考え方をとるべきだということを大型店には申し上げておるわけです。ですから、そういった措置をとるのと同時に、やはり消費者の側並びに公的に価格監視をいたしませんと、大型店がふえても価格は必ずしも下がらない、こういう問題が起こると思うんです。 それからもう一つは、やはり輸入品が入ってくることによって日本の商品との価格競争をやらせるというのも一つの手でございまして、御指摘のような並行輸入というのはこれは明らかに値段が下がる一つの方法であります。それで、外国のメーカー等は余り並行輸入を喜ばないのでありますけれども、やはりそれによって需要が日本で拡大しますと、これは大きいマーケットですので、そういう意味では並行輸入は外国のメーカーが余り好まなくても日本は進めてよろしいんじゃないか。 それから第三点として、大店法における千平米以下の輸入品専門売り場の特例措置でございますけれども、今大型小売業は、やはり千平米大店法の枠外でつくれるというのは大変な魅力でございますので、そこで輸入品をどういうふうな品物でどういう売り方をしたらいいか、言ってみれば国際的、グローバルなマーチャンダイジングというのを今一生懸命やっている最中でございます。ここでは、一方ではやっぱり価格アピールをするものが出てくると思うんです。そういう意味では、やはり輸入促進を通ずる国際競争というのが価格引き下げの一つの大きなきっかけになるというふうに思っております。
○谷畑孝君 どうもありがとうございました。終わります。
○会長(遠藤要君) 大変田島参考人に失礼な話ですが、これからあと五名の方が質疑を先生にしたいと、こういう希望でございますので、その持ち時間が往復で一人十分ということになりますので、質疑者もまた参考人もその点含んでひとつよろしく御協力願いたいと思います。
○刈田貞子君 十分の中で質問と答弁をいただくことになりますので、大変恐縮でございますが、私は先に質問だけを並べてしまいますので、後から御答弁をまとめていただければというふうに思います。 実は、当調査会は長いこと内外価格差に関する調査を進めてまいりまして、先般有識者意識というものをここの調査会でも委託いたしましてまとめてあるものがございますが、その中の有識者の方々の御意見の中で、「流通機構に対する意見」というのがございまして、その意見を私も実はなぞって先生に御質問したいというふうに思います。多段階で複雑な流通機構の合理化が必要であるということと、それから流通過程の整備と商慣行の合理化が必要だというのが、この流通機構に関しては非常に多くの意見があったというふうにまとめられておるわけでございます。 そこで、先ほど来から具体的なお話は個々に出ておりますけれども、決定打と言われる、我が国の流通機構の中でここが最大の欠陥だと言われるものが、先生おっしゃるところがおありになりましたらずばりおっしゃっていただきたい、このように思います。 それからもう一つは、慣習、慣行の問題でございますが、先ほどリベートのお話等いろいろあったわけですけれども、これは悪い商慣行もございますけれども、ある意味では日本人的ないい商慣行もある。そして、それが一つの潤滑油になっているというような部分もございまして、これはやはり我が国の文化度のようなものともかかわってくるわけでございますので、言ってみれば悪い商慣行というようなこと、先ほどリベートはなくすべきであると考えるというようなお話がございましたが、含めてそれをひとつ御指摘いただければというふうに思います。 それからもう一つは、私は消費者運動を長いこといたしておりまして、前々から再販指定の問題については長いこと取り組んでまいりました。多くの再販指定商品がございました中で、今日では先ほど先生がおっしゃいましたように、公取の千三十円分とそれから独禁法にかかわる書籍の問題が残っておるかというふうに思います。私の個人的な意見では、独禁法にかかわる書籍の問題については、これは私は認めたいというふうに思っている者の一人でございますが、公取がかかわる方の千三十円の分、これが現在残されている理由をどのように考えればいいのかということが一つ私の問題意識として常にございますので、この点をお教えいただければというふうに思っております。 あわせて、問題のメーカー希望小売価格というものが実はまかり通っているわけですね。具体的には、例えば商店の店頭で、この家電製品、冷蔵庫は十三万二千五百円というふうに売ってくれというメーカー希望価格が書いてある。それがバツで消してあって、その次に当店の小売価格というふうに書いてある。さらにディスカウント価格というようなものまで三段構えで実は今価格表示があるのが通常でございます。こうしたものの中におけるメーカー希望小売価格というのは本当にあるんだろうかという思いが実はございまして、この点の解明をしかとしていただきたい、こんなふうに思っております。 それから系列化の問題でございますが、先ほど上からの価格の指示というような系列化のお話をなさいましたけれども、ファミリーレストランで象徴されるような厚いステーキがなかなか庶民に食べられなかった。それがファミリーレストランで庶民がステーキを食べられるようになったという、このファミリーレストランみたいなシステム、チェーン化と申しましょうか、こういうふうなあり方については、私は今後はいい意味での系列ができていくことが必要だと思う。強いて言うなら、もしかしたら横系列の話なのかなというふうに思いますが、縦系列と横系列をこれからかなり有効に生かしていくならば、まだまだ日本は価格の面で調整する部分がいっぱいあるんじゃないかというふうに思いますので、まだまだいっぱいあるんですけれどもここでとめて、時間が残りましたらさらにお伺いいたします。 以上です。
○参考人(田島義博君) 時間の関係で簡潔にお答えさせていただきたいと思います。 流通の問題といたしましては、先ほどの繰り返してございますが、仕組みといいましょうか構造とそれから取引の仕方、つまり商慣行とかあるいは流通行動と呼んでおる分野、それから国がどういう制度を法律的、行政的に持っておるかという、そういう構造、行動、制度、こういう三つの側面があろうかと思います。従来は日本の構造の点が非常に問題だと指摘されて、最近やや商慣行なんかが問題になってき、制度も問題になってきているんですが、この中のどれが一番問題かずばり言えと言われるとなかなか難しいのでありまして、この三つ全部一遍に直さぬといかぬ。ですから、流通構造と取引の仕方と国の行政の仕組み、この三つをやっぱりセットにして直さぬといかぬというのが我々の判断でございます。 それから商慣行でございますが、これはもう御指摘のとおりいい慣行、悪い慣行ございます。例えば、いい慣行の一つの例で、これは日本ではどちらかといいますと安定的な取引関係を望みます、継続取引でありますが。アメリカ、ヨーロッパは一回ずつの取引でありまして、つまりアメリカの場合には油断すると相手にだまされるとか、そういう考えが一応前提になっておりますので、したがって一回一回の取引で、しかもそのたびにきちんとした契約書を交わしてというふうなことになりますが、日本の方は継続取引で、これがある意味で私は日本の取引を円滑化する上で大変役立っていると思います。 ただ、やはりそういう継続取引が前提になりますので、仲間内だけで通用する取引の仕組み、つまり例えばリベートというのはメーカーが卸に払うあるいは小売に払う、だけれども消費者には行かない、だけれどもその費用も実は消費者が負担しているんだ。こういう形で仲間内だけのという仕組みが異常に発達をいたしております。したがって、それが外から見ると、複雑で不透明で場合によると不公平でというのがあるわけでありまして、やはりこういう点は直さなくちゃいけないというふうに思います。 それから、希望小売価格は業種によりましてそのまま守られているのと、家電とかカメラとかそういう世界はちょっと別でございまして、カメラとか家電という世界は次々に新製品ができていきます。大体新製品についてはもともとディスカウンターも余り安売りいたしません。ですから、店頭でディスカウントと言われているものほかなり型落ち商品であります。 それから、新製品でもディスカウントをする場合がありますが、メーカー希望小売価格というのはどっちみち守られっこないような値段がつけられておりまして、それがディスカウントの値段が表示されますと、メーカーのセールスマンがそれじゃ余りに安過ぎるので、ディスカウントプライスにしてももうちょっと上のところへつけてくれというふうなことをお願いするケースがございまして、これをお願い価格と言っております。したがって、先ほど御指摘になりました三種類じゃなくて四種類普通ございまして、ここら辺は日本のメーカー希望小売価格の決定方法がやはりちょっとおかしいんだと。ですから、もうちょっとプライシングを国際化する、つまり海外に向かって出すときと同じような値段で、そういう考え方で国内の値段も決めるべきだという、ユニバーサルプライシングというのが我々が主張する一つのポイントであります。 最後でございますが、系列としてアメリカ等から批判されておりますのは縦系列で、そこで支配と従属の関係が非常にはっきり出てきて、メーカーが支配する。そこで、卸、小売業を言ってみれば非常に拘束する、これが一つ問題だ。あるいはそのことで外国から参入できない、これがやはり問題でありまして、御指摘のようなチェーン化といいますか、あるいは組織化と申しましょうか、あるいはグループ化といいましょうか、こういったものはもっともっと促進されるべきだというふうに我々は考えます。 以上でございます。
○近藤忠孝君 日本共産党の近藤であります。 今先生が言われた、外国に出すときには競争的な価格決定、国内では支配的地位による価格決定、しかも流通にまで支配力がある、これができるのは結局大メーカー、いわゆる独占企業と言われるところですね。それで質問は、このいわば国内における独占価格が、国内の価格決定における位置づけといいますか、比重といいますか、どの程度のウエートを持っておるのか。私はかなり大きいと思います、生産量から見ましても。となりますと問題は、内外価格差の基本は、流通段階はもちろん問題がありますけれども、決定的なのはやっぱりここの独占価格の問題じゃないかと思うんですが、その点いかがでしょうか。
○参考人(田島義博君) どのくらいのウエートになるかというのを実際に計算しておりませんので、ちょっとここで確定的にどのくらいの割合かということをお答えする能力がないのでございます。ただ従来、どちらかといいますと、内外価格差に関しまして流通が原因だ流通が原因だというようなことがよく言われまして、ある意味で言われ過ぎまして、我々は、やっぱりメーカーの価格決定の仕方にもかなり問題があってこれが変わらぬといかぬのだということを前から言っておりました。また、公正取引委員会でもメーカー希望小売価格と建て値制に関する研究会がございまして、これは三年ぐらい前でございましたでしょうか、いろんな調査をいたしたわけでございまして、私が委員長を務めさせていただきましたけれども、メーカーの値段の決め方にも問題があるんだと。 それでその場合は、御指摘のような、例えば独占的な地位を特定のメーカーが持っている、そういう非常に独占的、寡占的産業、これはもう御指摘のとおりでございますが、そこら辺はどちらかというと耐久消費財に多いのでありますけれども、それだけでなくて、例えばその他食品でありますとか日用雑貨でありますとか、いろんな分野でもかなりメーカー希望小売価格という形でのあるいは建て値という形の決め方、これがやはり相当価格を硬直させている。そういうふうな意味で私たちは、必ずしも独占的な業界だけじゃなくて、もっと工場生産にかかわる産業の多くにやはりこの種の価格決定上の問題点があるというふうに考えております。
○近藤忠孝君 同じ質の問題でありますが、確かに食品が高いのは事実です。しかし、その高い原因も、基本的にやっぱり農機具、大体農家があんなに個々に持たなくてもよろしいものを、農機具の高いのをみんなが持っているということとか、肥料、飼料、これも大体全部独占価格ですよね。だから、ここがもっと輸出のときのような競争原理が働けば日本の食料ももっと安くなるんじゃないかなと思っておるんですが、その点はいかがでしょうか。
○参考人(田島義博君) 私ももう少しいろんな産業に競争原理が働くべきだ。日本の場合、人によりましては競争激しいよとおっしゃるんですが、確かに競争が激しいという面もございます。しかし、日本では競争の手段が、比較的値段以外の競争手段が多いのでありまして、いわゆる非価格競争、やはり競争といいますときには、もう少しそれが価格にあらわれるような競争の仕方、これは行き過ぎますとまた過当競争になりますけれども、もう少しそういう競争原理が特に価格のところに働くべきだ。そういう意味で日本の産業というのは、どこをとりましても実は価格競争というのが余り活発でないというのがちょっと問題だというふうに思います。
○近藤忠孝君 それから、先ほど大店法の問題について、決して価格引き下げの作用にならないんじゃないかというお話もございました。先生の「正論」のお話の中でも同じような観点、また先ほど言われた町並みの問題とか、そういった点も指摘をされております。そのとおりだと思うんですけれども、問題は、現在申請中のものが全部認められたら大変なことになるのじゃないかと思うんですね。 地域的に見ましても計画中のものだけ見ましても、その地域の購買力をはるかに超えるものがありますよね。全国的にも必ずそうなると思うわけですが、今申請中のものを全部認められた場合に恐らく大型店舗そのもの自体も成り立たないのじゃないか、ましてや中小の商店は壊滅的打撃になって今までの町がなくなってしまうのじゃないかと思うんですが、そのあたりはいかがでしょうか。
○参考人(田島義博君) 大型店が出てくることで値段が下がらないということを確定的に申し上げたのじゃございませんで、値段が必ずしも下がることを期待しにくい面があるので、何といいますか、価格引き下げにそれが寄与するような形のいろんな誘導をやるべきだというふうな意味でございます。その点だけちょっとお断り申し上げておきたいと思うのであります。 大型店の出店の状況でございますが、運用適正化措置がとられました初めのころということは、去年の六月とか七月とか八月というころはかなりラッシュと言えるような出店表明がございましたんです。ところが、その後ずっと落ちついてまいりまして百を割る力もだんだん多くなって、したがって出店ラッシュ的なのは去年の六月、七月、そういう時期でございました。つまり、いつでも出せるということになったものですから大型店がわりかた安心して、つまり上位二十の全国チェーン的なところの出店表明というのは割と少のうございまして、むしろローカルのスーパーマーケット等の出店表明がふえております。ですから、そういう意味ではいわゆる大型の複合的なショッピングセンターが全国にどんどんできて、商店街が一斉に陥没をするというふうな状況ではないように私は思います。 特定商業集積法等の活用あるいは中小小売商業振興法が改正されまして、そのことを活用することによって新しい集積、それから商店街、この両方の活性化の道は私はあり得るというふうに思いますし、特に商店街で若い経営者たちの活動が最近活発になってきているというのはある意味で喜ばしいことだ、こんなふうに考えております。
○近藤忠孝君 終わります。
○池田治君 先生の高邁なる御意見を拝聴しておりまして、私も感心しております。最後の方になりましたので余り立派な質問もできませんが、ひとつよろしくお願いします。 まず第一に、先生は石油とか酒とか米とか肉とか、こういった業界を守る不必要か規制がたくさんあって、これを撤廃した方が自由競争をもたらし、かえって価格の値下げにつながるんじゃないか、こう申されておりました。私も概括的にはそのとおりだと思っております。しかし米につきましては、農家保護という政策上の問題もございますし、石油についてもまた資源の限界という点もございましてこれも問題があろうかと思います。ただ、肉はことし自由化になりましたから、これは問題ないと思います。 私が言いたいのは、私は自分が好きだからじゃございませんが、お酒の問題です。お酒は醸造も販売もこれは許可制になっております。この醸造を自由にさせたらどうか、販売店も自由にさせたらどうかという運動が今一部で起きております、私のところへも陳情が参りました。終戦直後のような食糧難の時代を過ぎまして、豊かな時代になってきたわけですから、もう酒は自由につくらせて、あの酒税法なんかも改正して、醸造法も改正するというふうにやっていきたいと思うんですが、先生の御意見をひとつ聞かせてください。
○参考人(田島義博君) 私、たまたま中央酒類審議会の委員をいたしております。お酒を自由化すべきだという御指摘でございまして、私も非常に酒を愛する者の一人でございますが、世界じゅうで生産、流通が完全に自由化されている国というのは、先進国の中ではポルトガルだけじゃなかろうかと思います。ポルトガルも流通は自由ですが、生産も自由であったかということはちょっと定かではございません。いずれにしてもっくるところ、売るところ、飲ませるところでどちらかというと制約がございまして、それでこの制約をかける理由は二つございます。一つは、お酒というのは非常に税金の取りやすい商品でございますので、財政物資になっておりますので、そういう財政物資という観点からコントロールするというのが一つでございます。財政的、経済的理由と申し上げたらよろしいかと思うのであります。 ところが、欧米諸国は余り酒税に依存しておりません関係で、経済的、財政的理由よりむしろ社会的、宗教的、倫理的理由でございまして、したがって、大体アルコール度数が高くなると税率も高くなるという格好で、値段を高くして飲ませないようにいたすのであります。日本はそこへいきますとビールの税率の方がしょうちゅうの税率より高いというふうなことでえらい矛盾があるというようなことを内外から言われておるのでありますが、結論的に申しますと、やはりアルコールというのは財政的側面のほかにそういう社会的側面がありまして、これがやはり青少年の飲酒その他を通じて非常にアルコール依存症をふやしていく関係がございます。最近では御婦人のキッチンドリンカーなんかも相当ふえてきておるようでございまして、そういう意味では、やはり私個人としては、生産、流通全部自由化というのはちょっと商品の性質上無理かなというふうに思っております。どうも御意見と違うようで申しわけございません。
○池田治君 いえ、違っているわけではございません、これは先生のお教えを請うために質問しているわけでございますので。 先生は、完全自由化は無理だと言われましたけれども、確かに販売店につきましては若干問題があろうかと思います。特に、小売販売でなしに飲酒する場所を提供しているところは、やはり青少年育成の問題とか風俗営業の問題がございまして、これらは規制しなくちゃいけないと思うんですが、醸造そのものは財政的理由がなけれはこれはもう自由にさせてもいいんじゃなかろうかと思います。もう一度先生の御意見をお伺いします。
○参考人(田島義博君) これは、醸造面の自由化云々ということになりますと、ちょっと私ののりを越えるのと、中央酒類審議会におります関係で、どうも私の発言自体がやや制約をされている点をお許しいただきたいと思うのでありまして、そういう意味では私は日本のお酒をつくるところ、売るところ、飲ませるところ、この三つの段階のところで問題があるのは、醸造させるときに例えばビールでこのくらいの生産量がないと免許を与えないというふうなとき言っている最低数量ですね、そこら辺が少し大き過ぎはしないかということと、そういう点で改善すべき点はあるというふうに思っております。 むしろ売る方、飲ませるところ、飲ませるところというのは日本は野放しでありまして、外国は売る方を自由化して飲ませるところを厳しく制約するというふうな国もございまして、そういう点ではちょっと飲ませるところで日本は野放し過ぎはしないか。それから、売るところでもスーパーとかそういうわりかた便利なところに余り免許が過去おりていなかった、こういう点もうちょっとバランスのとれた免許のおろし方が要るんじゃないか。最近大型店に対する免許というのは相当緩和されてきておるので、外国からの苦情というのは大分減ってきつつあるとへうふうには思います。答えが長くなりましたが、醸造の方の完全自由化はちょっと無理ではなかろうかというふうに思います。
○池田治君 お酒のことはこの程度にいたします。 あと、ディスカウンターの問題が一つ残っておりますが、先生は値づけの仕方というところで、日本では商慣習といいますか、終身雇用制や年齢給というものがあって比較的安定した経済生活が営まれるのでディスカウンターというのはなかなかなじまない、こういうふうにおっしゃったと思っておりますが、外国の事例ではどういうような形でディスカウンターが発展しているんでしょうか、この点お伺いしたいと思います。
○参考人(田島義博君) 例えばアメリカあるいはドイツという国を考えますと、消費者は確かに高い物を買いますときには非常に高いところへ参ります。それはもう我々の想像のできないような高級なお店がございます。ところが、そういう非常に富裕なといいますか豊かな家庭でも、日常生活にかかわる商品を買いますときというのは非常に価格意識か強うございます。ですから、生活物資に関しては非常に価格意識が所得の程度と無関係に強いということが言えます。したがって、一般に日常生活にかかわる商品の分野からディスカウンターというのが出てまいりました。ですから、スーパーマーケットというのは徹底的なディスカウンターとして登場いたしました。あるいはデパートなんかも昔はそういうおしゃれの衣類というよりも生活に密着した衣類のお店としてスタートしたんですが、あれも徹底的なディスカウンターであります。そういう生活に密着したところからディスカウンターが出てくるというのが特徴であります。 ところが、日本はディスカウンターというとどちらかというとぜいたく品から出てくる。例えば家電とかあるいは眼鏡はぜいたく品じゃございませんけれども、そういうどちらかというと選択的、随意的消費の方からディスカウンターというのが出てくる。日本のスーパーも最初はディスカウンターでございましたが、消費者の要求というのが、これはやはり生鮮食料品を日本人は非常によく食べるということと関係があると思うんですけれども、生鮮の比重が高まるに従って全体としてはディスカウンターではなくなっていった、こういうことが言えると思います。ですから、例えばアメリカとかドイツでは食べる物とか身近な物のディスカウンターが非常に多いというのが、これがそういう意味で生活コストを安くする一つの原因ではないかなという気がいたしております。
○池田治君 ありがとうございました。
○寺崎昭久君 民社党の寺崎でございます。 最初に消費者行動についてお伺いいたします。 先生の御著書を拝見いたしますと、これにも消費者行動が内外価格差を縮める大きな要素になるだろうという御趣旨のことが書かれておりますが、日本にはどうも消費者運動とか消費者団体が余り育っていないように思いますけれども、なぜ育たないのか、先生の御見解を第一点伺いたい。それから、これにかかわってもし育成していくとすれば、行政として何かお手伝いできる方法があるのかどうか。 それから三つ目は、消費者自身の買い物行動についてですが、買い物行動の合理化を通じて小売に競争状況をつくらせるんだという御趣旨の御意見が記されておりますけれども、消費者行動の合理化を促進、啓蒙するためにどうしたらいいのか、御意見をお伺いしたいと思います。
○参考人(田島義博君) いろんな国での流通の変化を見ておりますと、やっぱり最終的には消費者がどういうタイプの店を選ぶかというふうなことで、消費者に選ばれるお店が成長し選ばれないお店がおっこちていくというふうな格好で流通が変わる。そういう意味では消費者というのが非常に大きな力を持っておるというふうに思うのであります。ただ、日本で消費者運動がなぜ育たないかという御指摘でありますが、私は日本はかなり消費者運動は活発ではないかなというふうに思うのであります。やはり今日までの例えば消費者保護行政の立法でありますとか、その他私消費者運動によってもたらされた成果というのは随分あるような気がするのであります。 ただ、現在やや消費者運動が不活発に見える理由としては、かつての主婦連とか地婦連を中心にしたこういう組織的活動から次第に草の根運動の方へおりてきている。したがって、それがちょっと消費者運動が不活発になっているように見える一つの原因だけれども、草の根運動化している点では私は大変評価すべきだ、こう思うのであります。そういう草の根運動になっていくときに一つのいい点というのは、やはり買い物というふうな側面だけでなくて、買い物と、例えば環境の問題とかそういったものが広く、言ってみれば消費者運動というよりも生活者運動のような形に変化する点が私は非常にいいんだなというふうに思うのであります。 それで、私はそういう意味では、日本の場合は女性の教育水準その他も国際的に見ますと非常に高くなってきておりますし、それから日本の情報の流通量というのも非常にふえてきておりますので、日本の消費者の知的水準というのはずば抜けて高いというふうに思うんです。ただ、意識水準がいかがかということで先ほどの過剰包装とかいろんな問題が出てくるのだと思うのでありますが、これも日本という国自体の国際化の過程の中でそういう意識改革というのは内から外から両方行われていくんだ。 そこで私は、行政がいろんな形で現在啓蒙活動をやっておりますし、また商品テストでありますとか情報提供、苦情処理、こういったものの機関をいろいろつくっておりまして、消費者行政というのはかなり整ってきていると思うのでありますが、ただ一つ、将来的に本当に日本の消費者の啓発に資するために何をすべきかということになりますと、私は学校教育をかなり変えるべきだと思う。特に大学を出る女子学生、女性というのは非常にふえてきておるのでありますが、やっぱり賢い消費者としての教育をきちんと受けるというのは、今度は企業に入って売る側に立ちましてもいい売り方ができるはずでありまして、私、そういう点では社会の要請に大学のカリキュラムの方が合っていないな、それをちょっと反省いたしておるわけでございまして、少し長期的に考えればそっちを非常に重視すべきだというふうに思っております。
○寺崎昭久君 時間の関係でもう一問になりますか。 先ほど刈田先生からも公取法にかかわる再販価格維持制度の御質問がありましたけれども、今日的な意義について先生はどういう御認識をお持ちなのか。 それから、もしこの再販価格維持制度を撤廃した場合に、今適用を受けている化粧品だとか医薬品といったものは値段が上がる方に動くのか、下がる方に動くとお考えなのか。あるいはこの制度を撤廃した場合に、例えば化粧品なんかは千三十円を超えるものもたくさんあるわけですけれども、これもどこの化粧品屋さんなどを見ても値引きほしませんというような売り方をしているのが大体一般的だと思うんです。こういったものにどういう影響を与えるとお考えなのか、御意見を賜りたいと思います。
○参考人(田島義博君) なかなか予測は困難でございますが、私はどちらかといいますとこれまで、これまでといいますか、以前は再販の積極的側面への評価をいたしておりまして、その理由は日本には中小小売店が非常に多い。中小小売店が多いのは、一面非効率で非常に悪いというふうなことが言われておったのでありますが、大きいところと小さいところと比べれば条件が同じなら小さいところは効率が悪いと言えると思うんですが、ところが、小さいお店がたくさんあるというのは我々の買い物にとっては非常に便利なんです。 ドイツなんかになりますともう大きい店ばかりで、しかも郊外でございます。しかも閉店時間法というのがあるものですから極めて買い物に不便でございます。ですから、日本の買い物というのは中小小売店によって非常に便利さというのが維持されておる。そういう意味では中小小売店を保護するというのは、一面では中小小売店の店主及び家族がそこで安定的な仕事を得ている、完全雇用上の役割というのも無視してはいけない、こんなふうなことがある種競争を、何といいましょうか、調整するような仕組みの理論的な妥当性というものを持っておったと私は思うんです。 ただ、そうなってまいりますと、じゃ、なぜ化粧品と医薬品とあるいは新聞、雑誌、レコードだけなのかという、そこで再販品目拡大論が出てくるのであります。ただ、今日的にどう思うかというふうに御指摘でございますが、そういう点からいいますと、中小小売商の組織化でありますとかあるいはシステム化でありますとか、情報化でありますとか、そういったことで集団としての競争力を強化する方法というのはだんだん出てまいりましたので、小さい小売商の保護のための再販というふうな視点よりも、私は、もうこれほど日本という国が国際化して世界のシステムの一つに完全になってきておりますと、やはり世界と非常に違った仕組みを日本だけがやるというのは困難だという感じにはなっております。 実は新聞、雑誌等の著作物もひっくるめて現在先進国で再販をやっている国、許している国というのはまあないわけでございますね、日本以外は。そういう意味では、国際的には日本で再販という制度を取り続けるというのが非常に困難になってきた。ですから、私たちとしては仕組みというのを国際的にある程度整合させる必要というのも国際国家として必要になってきているというふうに思うのであります。 それから、化粧品の再販撤廃後の影響というふうなことを御指摘でございましたが、例えば高級化粧品の場合は、これは流通の仕組みとも関係するんですが、アメリカの有名な化粧品メーカー複数ございます。あるいはフランスにもございますが、高級化粧品というのは余り価格競争というのはしてないんですね。そういう意味では再販撤廃によって価格がいきなり下がるかというふうなことになりますと、私は余り下がらないんじゃないかなという気がいたします。したがって、そういう意味では中小小売業にいきなり打撃が及ぶかということになりますと、ちょっと何とも答えにくいんですが、ただ中小小売商が反対しますのは、消費税導入によって一遍パンチを受けて、大店法の緩和でまたパンチを受けて、また再販撤廃でパンチを受けるというと、何で我々だけ、ある分野の小売業だけが三つもパンチを受けなくちゃいけないんだという、そういう被害意識は非常に強いというふうに思うのであります。 ですから、再販に関しては国際的常識の線で今後処理すべきであろう、中小小売商への打撃は組織化とかシステム化とか、そういった合理化努力で吸収すべきであろうというのが私の見解でございます。
○西川潔君 よろしくお願いいたします。先生、もう二時間しゃべりっ放しで御苦労さんでございます。私で最後でございますので、よろしくお願いいたします。 素朴な疑問でございますが、内外価格差が問題とされるのはどの程度の価格差があるときなのか、それと価格差というのはあってはならないものなのでしょうか。生活とか文化の違いがあると思うんですが、ふと感じたようなことからお尋ねしたいんですけれども。
○参考人(田島義博君) かなり厳しい御指摘でございまして、そういうことをかつて考えた人というのは余りいなかったと思うんです。学者でも国会等でも余りそういうことは議論にならなかった。しかし、ある意味では物すごい重要な点だと思うんです。 まず、我々は内外価格差があってはならないという前提の上で議論しておるものですから、内外価格差があってどうしておかしいんだと言われると、それは何といいましょうか、すべての商品について世界じゅうが同じになるはずというのはないわけでございますから、例えば日本でこういう商品は安いけれどもこういう商品は高いよという、そうすると必ずそこに内外価格差というのはあるわけです。ですから、内外価格差が全部なくなると世界じゅうすべての商品、すべてのサービスについて同じ値段になってしまうというわけですから、それこそ夢みたいな話で非理論的な話じゃないかという御指摘は、私まことにもっともだというふうに思いますので、我々も理論を今後組み立てますときにはただいまの御意見を参考にさせていただきたいと思うんです、 さて、内外価格差がどのくらいであれば許容されるのかにつきましては、これも実は難しい質問でございまして、学者もひっくるめており研究の及んでいない分野でございまして、これもきょう我々研究者虚をつかれて、もうただただ、いやこれはこれから研究しなくちゃいけませんと、こう申し上げるばかりでございまして、大変お答えの能力がございません。お許しください。
○西川潔君 申しわけございません、素朴な疑問の方がかえってよかったのかなというふうに思うんですけれども。 GNPだとか生活だとか文化だとかということの違いであるというふうに僕は今、先生のお話をお伺いして感じたんです。先ほどもメモをとらせていただきながら、内外価格差の問題を主として先生は流通から述べられたんですけれども、この内外価格差を発生させる原因の一つとして、単品による納品の業務によりまして自動車の動く数が多くなったり、また車の渋滞にもつながるというふうにお話をお伺いいたしました。それから、メーカー側はメーカーの希望小売価格をつくって販売価格を維持するわけですから、大幅な安売り店なんかにはいわゆる出荷の調整をしたりするわけですね。そうすると自由な市場競争の妨げになる、こう思うわけです。そうすると、我々消費者は安くていい品物が手に入らないということになるんですけれども、こういうふうになった場合は独禁法との関係などは問題にはならないものでしょうか、先生のお考えをお聞かせ願います。
○参考人(田島義博君) やはり独禁法というのは非常に重要でございまして、例えば一つの例を申し上げますと、小売店は以前よりも非常にたくさんの種類の商品を売るようになりました。ところが、小売店の経営といたしましては、在庫はゼロにしておいて卸がそのたびに運んでくれる方が経営の効率はいいというわけで、例えばそういう無在庫流通と申しましょうか、あるいは小口高頻度配送と申しましょうか、しゃれてこれをジャスト・イン・タイム物流と呼んでいる人もございます。つまりそういう仕組みがこのところずっと出てきて、これがこのところの人手不足で、運賃が高くなるその他で、もう今までの卸マージンではやれないから値段を上げるという形で、去年実は食料品とかビール等が値上がりしました理由というのはかなりこれが大きいんです。 ところが、そういう小口高頻度配送を要求するというのは、ある意味で小売の、ちょっと自分に都合のよ過ぎることではないかというふうな声が上がってまいりまして、最近公取といたしましては、先ほどのガイドラインの中で、大きい小売店が十分自分の方の合理化をしないまま小口高頻度配送を納入業者に要求するのは、これは優越的地位の乱用に当たる可能性がある、こういう見解を表明しておりました。だから、取引上は非常に優越した地位を利用して相手に自分に都合のいいことを押しつける、そういうことに該当する可能性がある、こういうふうなことを言っておりまして、したがって、小口高頻度配送等の問題も独禁法のちゃんとした運用で少し適正化されるとは思うんですが、独禁法だけで何かを直すというのは難しいので、やっぱりいい仕組みをつくっていく必要というのはあると思うんです。 そういう意味で、そういう仕組みをつくる上で力のある行政官庁、例えばお酒については国税庁でありますとか、食品については農水省でありますとか、工業品については通産省とか、こういったところがやはりそういうシステム化行政をやって、それと独禁法行政との結びつきでよくなるというふうに持っていくべきだと考えております。
○西川潔君 最後の問題です。 先生は「通産ジャーナル」の「これからの流通政策」の中でも述べられておりますのですけれども、望ましい流通の姿ということで。僕は、東京では息子二人と生活をしておるんですけれども、きょうのこの話をしますと、ぜひおやじ聞いてきてもらいたいということなんです。僕は四国から大阪へ、大阪から東京へ参っております。こちらへ来るときにいつも僕は、東京へは外国へ来るような気持ちで来ておるんですけれども、消費者の立場から見ますと、同じ品物が随分、外国と日本とぐらい東京と大阪が違うわけです。 この前まで僕は代々木上原というところで子供と生活をしておりまして、そして今、宿がえをいたしまして文京区の方へ行き、その前はそこの有栖川というところに子供と一緒にいたんですけれども、お魚一つにしても随分値段が、代々木上原で三百五十円のカマスが六本木へ行きますと八百円するんです。随分親子三人で悩みました。本当に別の国だと思うくらい東京都内でもこれだけ差があるんです。それぞれ流通の姿を描いていくために、先生は何かこういうことがもっと我々の生活の中で解消していけるようなお考え、教えていただけないものでしょうか。
○参考人(田島義博君) 大変難しい御質問でございますが、カマスの値段の問題は、一つは地域とか流通の違いというよりも質の違いによるところがかなり多いんじゃないかと思うのでありまして……
○西川潔君 ほとんど一緒なんです。
○参考人(田島義博君) そうですか。 それで、私も九州から来ておる人間でございますけれども、東京の値段が非常に高いのは、やっぱり一つは地価が高いということもありましょうし、かなり高付加価値ビジネスといいますか、付加価値をとるビジネスを、卸も小売もその他のサービス業もやるというふうなことが一つ原因になっているんじゃないかなというふうに思うのであります。 ただ、何といいましょうか、最近食料品でも生鮮食料品でも質のいいもの、質のいいものへというふうに動く傾向というのは非常に強うございまして、これは流通の違いを各国比較しますと、一番違うところというのは食品の流通が違うんです。それで食品の流通の違いというのはやっぱり食慣習、食文化から来ておりまして、こういうことをこういう場で申し上げると不謹慎かもしれませんが、例えばアメリカのようにきょうもあしたもあさってもビフテキでいけるという国と、もう毎日違った魚を違った料理方法で食べたいという国ではやっぱり食品流通の仕組み、それから食品の価格というのはそっちの面からもやや日本が高くなっちゃうのはやむを得ないかなというふうには思っております。それでも、なおやはり流通の仕組みを改善しながら合理化する必要はあろうかと思いますが、いきなり即効薬というのはなかなか見つからぬような気がいたしまして、いろんな分野について何か時間をかけた努力が要るんじゃなかろうかなというふうに思っております。 大変、お答えになりませんで失礼いたしました。
○西川潔君 ありがとうございました。
○会長(遠藤要君) 以上で田島参考人に対する質疑は終了いたしました。 田島参考人にはお忙しい中、本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。 本日お述べいただきました御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。 ありがとうございました。(拍手) なお、本調査会は午後一時十分から再開することとし、暫時休憩いたします。 午後零時二十六分休憩 ――――――――――――― 午後一時十三分開会
○会長(遠藤要君) ただいまから国民生活に関する調査会を再開いたします。 休憩前に引き続き、国民生活に関する調査を議題とし、内外価格差問題に関する件について参考人から意見を聴取いたします。 この際、来田参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ、本調査会に御出席をいただきましてありがとうございます。 本日は、本調査会が現在調査を進めております内外価格差問題について忌偉のない御意見を拝聴し、調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。 議事の進め方でございますが、まず参考人から三十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。 それでは、来田参考人にお願いいたします。
○参考人(来田弘君) 御紹介いただきました来田でございます。 では、まずもってこの調査会が国民生活全般にわたって真剣なお取り組みをされていることについて心から敬意を表したいと思います。あわせて、きょうこのような機会を与えていただいたことにつきまして、会長さん初め会を構成する皆さん方に心から御礼を申し上げたいと思います。 私に与えられたテーマは内外価格差でございますが、事前に事務局から調査会のこれまでの取り組み経過を資料としていただきました。拝見させていただきますと大変詳細にそして幅広く取り組んでおられること、さらには、これまで参考人の方が発言をされておりますが、それらも一通り目を通させていただきました。大変高い見識で学問的に整理された内答であったり、あるいは専門家という立場でのポイントをついたお話がされたということをうかがい知ることができました。私は、このような参考人の方のようにそれほど見識や知識もございませんので、私は職場へ勤めてもう四十年近くになりますし、たまたま労働組合の役員というものもやっておりますので、職場で働いている仲間たちは働くことによって収入を得、その収入で自分なり自分の家族の生活を維持していく、つまりそういう消費者の立場に立ってこの問題について発言をさせていただきたいと思います。 なお、時間的な制約や、このような場は初めてでありますので、不十分な点はぜひお許しをいただきたいと思います。レジュメ的なものを事前にお配りさせていただきましたのでできるだけこれに沿って述べてみたいと思います。 私を言うまでもなく、四十六年前、日本はあの敗戦、そして廃墟の中から今大きく立ち直って経済大国になっているわけでありますし、同時に産業界や企業も大きく成長した。しかし、その根底になったのは、何といっても額に汗してまじめに働き続けた多くの勤労者の存在があったということを忘れてはならぬと思います。 その勤労者が今どのような状況に置かれているか。プラザ合意以降円が強くなりまして、名目で比較をいたしますと確かに日本の勤労者の賃金は世界のトップクラスです、しかし 私が言うまでもなく、ではヨーロッパやアメリカの勤労者に比べると生活がどうなっているか。狭い住宅、国際的にも有名になった過労死と言われるほどの長い労働時間、そして長い通勤時間、そして物価が高い。このような状況で賃金は名目で世界のトップになったけれども、本当にゆとり、豊かさがあるかというとそういう実感は味わえていない、これがこの問題に取り組んだ動機の一つです。 二つ目は、こういうような中からゆとり、豊かさを目指してということで、経済、産業重視から消費者や生活者重視、こういうように転換を図ろうと言われるようになりました。大変結構なことだと思いますし、極めて当然だろうと思います。その中でも物価の問題、極めて重要なテーマでありますし、特に円高になった以降の内外価格差問題、極めて重要だろうと思います。しかし、翻ってみれば内外価格差問題が声高に叫ばれて以降相当の時間が経過をしておりますけれども、消費者はその実感を味わっていないというのが実態じゃないでしょうか。いろいろお聞きしますと、政府は内外価格差対策推進本部を設置したり、各省庁がそれなりの対策を講じられたと思いますが、家庭の主婦の方々は本当にこのことの実感を味わっていない、このことが二つ目の動機であります。 三つ目は、私たちは働く者ですから、組織をつくり経済の成長や企業の繁栄に見合って、そして物価が上がれば生活を守るために当然のこととして賃金の引き上げを要求せざるを得ません。毎年何がしかの賃金は確かに上がりました。年金も上がってきました。しかし、上がれば当然それに相応して所得税や住民税などの税金や健康保険、厚生年金などの社会保険が引かれるわけです。残りはその分少なくなる。あわせて、物価が上がることによって実質の使えるお金の額というのはそのように結びついていない。 お手元に配付をいたしました資料の一番を見ていただきたいと思います。八七年から九一年までまとめてみましたが、二つ目の欄にその年度における賃金の引き上げ率をパーセンテージで書いてあります。たしか八八年までは年度の物価上昇率は〇%台でございましたが、結果として税金や社会保険料が賃金の引き上げに伴ってふえたとしても、真ん中辺にあります可処分所得、名目、そして物価の上昇によってそれを計算いたしますと実質ということで、例えば八八年であれば、真ん中辺に、四百万円台でありますが、賃金は四・五〇上がったのに対し、実質は三・五八が私たちの実際の懐に入ったわけでございます。 しかし、八九年、九〇年になりますと、賃金の引き上げ幅は五・一一なり五・九五と八八年なり八七年より高く伸びています。しかし、八九年の消費税の導入あるいはその翌年の湾岸による石油関連価格の引き上げ、さらには生鮮食料品等の天候不順による高騰などによって、物価が政府見通しよりも八九年からは実績では大きく上回り、実質の可処分となる上昇率は、例えば九〇年は八八年に比べて賃金そのものは一・五%上がったわけですけれども、実質は一・六八%ということで、賃金は上がったけれども実質は半分以下になった、こういう状況であります。 九一年、ことしは五・六%の賃金が上がりました。消費者物価、まだ三月が来ませんから実績は出ませんが、政府見通しは二・四と言われています。仮に見通しどおり二・四だといたしますと、四百万円であれば実質は二・五八しか上がらない。四、五、六、その消費者物価、既に統計局から発表されていますが、三・五%を超えるような状況になっております。したがいまして、三・五%と四%で推計をいたしました。となったとすると、実質の上昇は三・五になったら一・四七、四%消費者物価が上がったとすると一%を下回る実質の賃金しか懐に入らない、こういうような状況であります。 したがいまして、私たちは賃金引き上げたけでなく、実質の賃金の引き上げ、そのためには物価問題、内外価格差問題、ここにメスを入れる心事があものじゃないかということが私たちがこの問題に取り組んだ契機でございます。そういうことで、いろいろな省庁なり機関から内外価格差問題の資料が出されておりました。極めて短い時間、そして限られたスタッフで、本来の仕事をやりながらですから不十分でありましたので、国民生活にとってウエートの高いもの、あるいは内外価格差が大きいと思われるものを中心に二十六品目を選んで既存の価格差に関するデータを引用したり、あるいは時によっては関係省庁に出向き、団体に出向き、企業などから聞き取り調査をいたしました。 そして、私たちがポイントを置いたのは価格差を調べるのではなく、なぜそのような価格差になっているのか要因を探り出し、そしてその解決策をどこに見出すべきか、こういうことで調査に当たりました。その結果導き出されたものが二番目の二以下でございます。 まず基本的な考えとしては、このような内外価格差を解消しそして物価を引き下げていくには、まずもってこれまでの産業、経済優先から消費者、生活者優先・重視の政策に構造的に転換が必要である、これは言うまでもないことだろうと思います。二点目には、そしてその問題を解決する、実効を上げていくためには多くの問題があろうと思いますが、まずもって規制の撤廃なり、特に政府がかかわる問題について勇断を持って、そして不断の努力が必要だろうと思います。と同時に、政府に求めるだけでなしに、やはり産業界、企業なりあるいは私たち消費者なりあるいは労働組合なりがそれ相応の努力、これらをリンクしながら進めていくことが重要だということが基本的に導き出されました。 そして、その柱はということで四本立ててみました。例えばいろいろな規制がございます。輸入数量の問題、支持価格の問題、流通の問題。これらの規制を緩和するなり撤廃をする、こういうことによって解消できるんじゃないか。二点目には、このことを通じて市場原理を徹底させ、本当に正しい意味での競争を促進する、このことが必要じゃないか。三点目には、文字どおり消費者・生活者重視の政策をまずもって立案をしていただきたい。立案ができましたらぜひ実行していただきたい、そして必要な監視なりをやっていただきたい。そういうことを通じながら本当に構造転換を図る必要があるんじゃないか。先ほども述べましたが、これらのことを政府なり企業なり消費者なりあるいは働く者たちが連携をし、協力をし、そしてそのことをやっていくことが不可欠じゃないかということが導き出されました。 ただ、誤解をいただくといけませんが、規制についてもいろいろな健康にとって有益な規制、あるいは身体の安全にとって有益な規制、あるいは過疎地における活性化を図るためのそれなりの規制なりがあると思いますが、これらは何もかにも規制を撤廃しろと、こういうことを主張する気持ちはございません。誤解のないように御理解いただきたいと思います。 そして先ほど政府、企業、消費者そして労働組合の果たすべき役割、こういうものを考えてみました。政府は、中期経済計画でも明らかにされておりますとおり、消費者物価の上昇一・五%を前提につくられております。このような物価安定策、これで甘んじることは私は好ましくないと思います。これだけ円が強くなり内外価格差が発生をしておるわけですから、まずもって内外価格差を解消する、そして物価は平行移動だとか自然に上がるというのじゃなしに引き下げていく、こういうような立場に立った発想の転換が必要だろうと思います。このことについて政府に求めたいと思います。 たしか経済同友会から、前提つきでありますが内外価格差が解消されたら物価は五%ないし六%下がるということが報告されていることを目にいたしました。このことからも私たちの主張はぜひ御理解をいただきたいと思います。 先ほども述べましたが今度は規制の問題です。 多くの問題が政府の関与をしている問題だろうと思います。やはりすべての領域で消費者重視の観点に立って、流通機構の合理化を含めたいろいろな許認可、規制等があろうと思います。これらをぜひ緩和、撤廃して自由な競争の中で価格引き下げに反映できるようにぜひお願いしたいと思います。 次に、公正取引委員会の問題です。 昨年のあのビールの値上げの問題、沖縄は別として、本土では四社しかビールをつくってはおりませんし、私たちがビールを飲もうとすればいや応なしにそこから買わざるを得ないんです。しかし、一斉に同じような値段で上げられる。あるいは生コンに対する公取の見解、最近いろいろ問題があって最後は消されましたが、玄関マットなどの清掃用品などの一斉値上げの問題、このような管理的価格に対してもっともっと力を入れていただきたいと思いますし、これだけ国際社会ですから多くの輸入される商品がございます。そのかなりの部分が輸入代理店を通して統制的な価格に置かれている。もっともっと一人一人が安易に安い価格で輸入できるような仕組みに変えるべきじゃないかと考えます。 次に、税金の問題です。 私たちの調査した結果でも、ガソリンなりお酒類は五〇%前後が税金であります。アメリカあたりですとお酒類の税金部分はかなり低いわけです。もちろん税金は国の運営をしていくために重要な財源であることは否定をいたしませんが、やはり税制全体の中での税率の適正化により、それを価格の引き下げに反映できるような御努力を求めたいと思います。 次に、土地の問題です。 私が言うまでもないと思います。土地が高いために、店舗を構える場合あるいは輸送をする場合道路の使用料、これらが結果としてコストとして物価に反映をしてきております。ぜひ土地問題についても力を入れていただきたいと思います。 政府が果たすべき役割の最後としては情報の問題です。 いろいろな情報が出されておりますが、果たして、せっかく御努力いただいたその情報が末端の家庭の主婦のところに届いているか、そして届いて選択ができるような状態になっているかといえば、そのようになってないというのが現状じゃないでしょうか。このようなことを政府が果たすべき役割ということでまとめてみました。 企業が果たすべき役割でございます。 たくさんのものがあろうと思います。何点かについて申し上げたいと思います。 まず前提として、企業は消費者あっての企業だ、この視点を十分踏まえて取り組んでいただくことを求めたいと思います。多くの選択肢が物を買う場合あろうと思います。しかし、そういう選択肢がないのが実態なんではないでしょうか。先日、私は福島の方へ農業問題の調査に参りました。そこで農民から言われました。びっくりいたしました。お米を収穫するのにコンバインを使う、そのコンバインにラジオやクーラーをつけてコンバインの料金が高くなってきている、大変驚きました。その農民の人たちは、ラジオを聞きたければ今までのコンバインに携帯用ラジオをつければいいじゃないか、たかだか三日か四日の収穫にクーラーつきのコンバインは要らないと。こういうのが実態であります。 あるいは過剰サービス。例えばガソリンスタンドにガソリンを買いに行く、そういたしますと若い人が二人三人出てきて掃除をしてくれます。大変ありがたいと思います。しかし、この人手不足、人件費が高いときに洗いたければ自分で洗えばいいと思います。結果としてそういうのがコストにかかってくる、こういうふうなサービスやなんかはやっぱり抑制する必要があろうと思います。 次に、寡占の問題です。 先ほどビールのお話を申し上げました。寡占ないし寡占に準ずる業界の企業はぜひ自己規制をして価格に反映させていただきたいと思います。どうしても企業の努力で限界があるものもあろうと思います。いろいろな規制等で必ずしも物価に反映できないものがあろうと思います。そういうものがあった場合は、こういうような制約がなくなればもっともっと価格が引き下げられる、あるいはこの程度引き下げられる、そういう情報を消費者に公開していただきたいと思います。そうすれば消費者も、その企業が言うことがもっともなことであれば一緒に政府に声を上げていくと思います。その努力を求めたいと思います。 過大な宣伝や広告、さらには企業交際費、私が言うまでもないと思います。たしか昨年、新聞でビール価格が問題になりましたとき、ビールの宣伝費や販売促進費は一〇%程度だと言われていました。私たちは宣伝費を飲むわけじゃありません。もちろん一定の宣伝や広告は必要だろうと思いますが、こういうことを見直していただきたいと思います。企業交際費で高い飲食費、高い贈答品、こういうことも結果としてコストにはね返っていることを企業はぜひ心得ていただきたいと思います。 次に、為替差益の問題です。 大変円が高くなりました。しかし、結果として差益還元がなされるまでに相当の時間がかかったということであります。そして、差損が発生したらすぐに原材料費の仕入れ価格が上がったということで価格値上げがされるわけであります。昨年、たしか一時期円安になりました。そのことでハムなど加工食品が上がりましたが、しかしその後、今度は円高になって下げられたかというとそのようなことは聞いていないわけであります。ぜひこのことを企業に強く求めたいと思います。 過剰包装の問題です。 これは資源問題と重要なかかわりがあろうと思います。やはり消費者に選択をさせて、一定の包装が必要なもの、余り包装が要らないもの、これらによって価格に差をつけること、こういうこともやっぱり企業として必要なんじゃないかと思います。 さらには二重価格の問題です。なぜ日本でつくられたものが日本で高くて外国で安いのか、納得がいきません。こういうことについてやはり原因をえぐり出し是正を図る必要があろうと考えます。 次に、求めるだけでなく消費者の果たすべき問題です。 やはり過剰なブランド志向が現実にあることを否定することはできません。ぜひこのことを改めることは極めて重要だろうと思いますし、消費者も、サービスがされればこれが当然だということでなく、過剰なサービスがなくなれば何ほかなりとも価格が引き下げになる、こういうような発想の転換、こういうことを促進していく必要があろうと思います。 とにもかくにも身の回りから物価について正しい情報を手に入れる努力が必要だろうと思います。そして、その情報を活用し、十分な知識に基づく生活行動、そのことが結果として自分たち自身に利益としてはね返る、こういうことを考えました。 四点目には労働組合の問題です。 物を生産しサービスを提供する、こういう立場におりますから一つは職業人としての顔を持っています。同時に、冒頭にも述べましたとおり、職場で働いた結果としての収入で物を買いサービスを受けそのための支出をする、つまり消費者の顔を持っていると思います。したがって、労働組合も消費者の立場に立って、労使協議などいろいろ労使間の場がありますから、そういう場で消費者の立場に立って、消費者の声を産業なり企業に反映をしていく努力が私たち自身迫られております。そして、先ほど企業に求める役割で申し上げましたが、そのようなことを、消費者の利益を重視するような経営をするよう求めていく必要があろうと思います。労働組合には大きな組織、小さな組織、違いはございますが、いずれにしても団体としての組織力があります。これらを使いながら、国民全体の立場に立って物価引き下げに向けての消費者意識の向上なりあるいは世論喚起、こういうことが今日極めて重要だということが導き出されました。 今消費者は一日も早く物価の引き下げ、内外価格差の解消を求めております。それにこたえ得る対策の確立を最後に訴えます。 政府関係機関あるいはマスコミあるいは私たち組合が実施をいたします世論調査、組合員調査、そういう中では物価問題は常に上位にランクをされているのが実態であります。それだけこの期待にこたえる、要望にこたえることがまさに政治や行政の務めだろうと思います。しかし、実態は後追いであると言わざるを得ません。今こそ国民、勤労者の期待にこたえて縦割り行政の弊害などもなくしながら、まさに一元的、機動的、総合的な取り組みを開始していただきたいと思います。そして、その成果を私たち国民、勤労者の手に渡していただきたいと強く訴えざるを得ません。もう内外価格差に関するいろいろな資料はたくさん私たちの身の回りに見ることができます。調査や議論の段階ではないと思います。処方せんは出そろっていると言っても過言でないと思います。問題は、これらの調査や議論の結果から出た処方せんをどう早く、そして確実に実行していくのかが問われているのではないかと思います。そのことに対し消費者は強い期待をかけております。 そのため私たちは、内外価格差を含めた物価対策について、資料の最終ページにあります「連合の提言する「物価対策実行機関」(仮称)」、この設置を提言してまいりました。ここにも書いてありますとおり、目的は物価の安定、引き下げと内外価格差の解消、そして消費者重視の政策を実践していくことを目的とする。性格としては、物価対策全般に立って調査、審議、そして結論を政府に答申し、目的達成のため必要に応じ関係省庁、企業、団体に要請、勧告、そしてこれらの答申、要請などがどのようになっているかを随時チェックし、監視をし、目的達成に資すること、こういうこどであります。構成は、ここに書いたように、消費者の立場を前面に据え国民各層の有識者によって構成をするということであります。内容としては幾つかございますが、(2)の①かも⑬まで書きましたように、生鮮食料品の問題、輸入商品の問題、許認可や規制の問題、流通の問題、公共料金、寡占等々⑬までであります。ぜひこれらをやっていただきたいと思います。 確かにいろいろな機関はありますが、どうもそこで審議されている内容、まとめられた結論が国民の目に届いていない、あるいはそれが本当に懐に響くような形となっていないということを言わざるを得ません。ぜひ御理解をいただきたいと思います。 なお、この最後の資料三の下から五行目ですが、ワープロの間違いで消費者サイドというのが漢字になっていますが、片仮名に直していただくことをお願いいたしまして、極めて雑駁でございましたが、私たちが考えておる内外価格差問題についての発言とさせていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○会長(遠藤要君) それでは、これより参考人に対する質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○清水嘉与子君 自民党の清水と申します。どうぞよろしくお願いいたします。 大変具体的に、そしてわかりやすくお話をいただいたというふうに思います。それぞれの役割、何をしたらいいのかということを整理していただけたような気がいたします。 そこで、幾つか御質問を申し上げたいというふうに思うんですが、この内外価格差の問題というのは日米構造問題協議の後ずっと国民が広く認識するようになったわけでございますけれども、政府におきましても大分いろいろ努力されたと思います。製品輸入の促進などにも努めまして、例えばことしの五月に経済企画庁が第二回の日米共同価格調査を行っておりますけれども、ああいうのを見ますと、数は限られておりますけれども輸入品の価格についてはかなり改善が見られる、そして輸出品についてもやや改善が見られるというような評価がされているというふうに思います。また商店を回ってみましても、最近外国の製品が随分多くなってきたような気が私はするんです。先日もある時計屋さんに行きましたら、ここは並行輸入品のコーナーですなんといって出ていました。そしてもう一つ価格が出ていまして、これは何かと言ったら、輸入代理店が入れるときの値段だと、こういうふうに書いてあって、それで見ると、並行輸入したものが五割とまではいきませんが、四割方安い値段がついていました。 というようなことで、いろんなところで工夫をされてかなり価格を安くしようという努力がされているんだなと。したがって、随分人々もそういう意味では手に入れたい物が少し豊富になってきたんじゃないかというふうな感じが私はしているんですが、この辺についてどんなふうに評価をされておられますか。
○参考人(来田弘君) 確かに前よりもある商品の価格差が解消したことについては、私は先生おっしゃるとおり否定することはいたしません。ただ、先日新聞を拝見したんですけれども、平成四年度の概算要求ですか、そのことが記事に出ておりまして、経済企画庁だったと思いますけれども、四年度に向けてさらに内外価格差を究明するために増員を図りたい、そのための予算措置を図りたいまだまだ内外価格差は縮小されていない、是正されていないという記事がございました。したがいまして、確かに幾つかの品目をとらえてみれば、先生おっしゃったとおり縮小されていることは事実だろうと思います。しかし、まだ全般的に経済企画庁自身が来年度予算にそのことを盛らざるを得ないということは、まだまだ不十分だということだろうと思います。 こういうところで申し上げるのはどうかと思いますが、先ほどの二十六品目は、連合は極めて異例な形でありますが日経連との共同作業でまとめました。そして昨年の七月、海部首相のところに要望書を、私どもの会長と私参りました。そのとき首相が言われたのを今でも覚えていますが、確かに言われるとおりすべて解消していないけれども下がったものがあると言われました。実例としてチョコレートとエビのお話をされました。確かにエビやチョコレートは下がっていると思います。あるいは先生が具体的なものは言われませんでしたから何だかちょっとわかりませんけれども、下がったものがあろうと思いますが、まだまだ不十分だろうと思います。もしそのことがなければ、海外旅行に若い女性が多く行かれるわけですが、本当に価格差がなければ日本が外国でひんしゅくを買うような衝動買いなんかはしないと思います。したがって、それなりの成果は私は否定をいたしませんが、まだまだやるべき課題がいっぱいある、それが私の感じでございます。
○清水嘉与子君 ありがとうございました。 それで今の二十六品目なんですけれども、まだ食料品等につきましては、これは相当の規制があって下がっていないというようなことで具体的な解決策が出ているわけでございますけれども、私これを拝見いたしましてちょっと意外に思いましたのは、これはニューヨークとの比較ですよね。価格差がないと言われている家賃だとかそれから鉄道運賃なんというのは、私はもう日本にいて実感として高いんじゃないかというふうに思っているわけですけれども、それが全く価格差がないという調査でございました。それを見ますと、この価格差がなくなればじゃ果たして実感として豊かな生活が実感できるのかというと、そうじゃない。むしろこれはニューヨークも大変住みにくいところだなというのが私の率直な印象なんですが、この辺のちょっと少し御説明をいただけますでしょうか。
○参考人(来田弘君) まず家賃でございますが、調べる前は私自身も相当日本は高いなという先入観を持っておりました。これらは、一つは材料として週刊アパート・マンション情報というのが日本では発行をされております。それから、ニューヨークの場合はニューヨークタイムズに新聞広告として出ております。そうすると、もちろん価格差がないもの、大きくあるものがありますが、ちょっとずれがありまして、比較的日本が高いと見られる率は、日本を一〇〇とした場合、ニューヨークは六四ということで安い。逆に、日本が一〇〇としたとき、ニューヨークは一三六ということで幅がありましたが、平均して九四でございました。そして、日本の場合は山手線沿線のワンルームマンション、ここの平均的な家賃を統計として調べました。ニューヨークの場合はワンルームないしツールーム、ここの平均家賃で調べてあります。 そうすると、高いと言えば高いんですね。ただ、部屋の大きさが違うということです。日本の場合はこれで調べました結果、大体四十平米ぐらいでした。一方、ニューヨークの場合はワンルームあるいはツールームでも百五十ないし二百平米ということで、そういう意味で言えば価格差はあったということであります。ただ、一部屋借りると、特に私たちの組織は独身者の男性が多いわけですから、これは結婚すれば別として、給料安いものですから、そんなに三部屋も四部屋もあるところへ住めませんので、まず一部屋から入るということで価格差は出ませんでしたが、ただ部屋の広さがあるんじゃないかということで、そういう意味では先生御指摘のように価格差がないとは言い切れないと思います。 それから、鉄道運賃は日本は高いなと思うんですが、高くなるのは急行料だとか超特急だとかこの分がどうしても使わざるを得ない。例えば東京から大阪へ行くのに、在来線で五時間も六時間もかけて行く人は今少なくなってきておるだろうと思います。そうすると新幹線を利用する、新幹線を利用すると超特急代を払わざるを得ない、これが普通運賃に上乗せされるわけですね。アメリカには新幹線制度というのがありませんので、同じ制度がないのに比較することはちょっと妥当じゃないと思いまして、日本の急行料金みたいなものが運賃に込みになっておりますので、その点で比較をするとそう価格差はなかったということです。ただ、より速くより快適にということで超特急や何かを入れますと高くなるのは当然だと思います。ただ、比較をする日本の新幹線みたいな料金がなかったので、この段階での調査結果は価格差なしというふうにならざるを得なかった。ですから前提つきです、いずれも。
○清水嘉与子君 今のお答えである程度わかりましたけれども、土地の値段がやはりニューヨークと大分東京は違いますので、そこでワンルーム四十平米と百五十平米が差がなかったというのは、やはりちょっと乱暴過ぎるんじゃないかなという気が私もいたしております。 次の質問ですけれども、この内外価格差、大変深刻な問題で何とかしなきゃいけないということではございますが、消費者のこれは行動といいましょうか、にも非常に関係すると思いますけれども、今の若い人たちの買い方というのは、私たちは何か買うときにはお金を払いますので幾らということはちゃんとわかりますけれども、若い方々はもうキャッシュレスで、ほとんどカードで使ってしまうというようなことの生活が多くなっちゃっているわけですね。そこで余り価格のことは、何というのでしょうか考えずに、衝動買いじゃないでしょうか、すごくカードを使ってしまうというような生活で、この価格差をそれほど深刻に考えているのかどうかということを疑問に思うことがあるわけです。 ブランド品なんかでも、中高年のある程度の財産のある方が買うんじゃなくて、結構若い人が相当なものを持っているというのが日本の現状でございますが、恐らくこういう方々は組合員の方々にもたくさんおられると思います。こういう傾向について、何か御意見ございましたらお教えいただけませんでしょうか。
○参考人(来田弘君) 大変難しい御質問で何とお答えしたらいいかわからないのですけれども、直接物を買うだけでなく、カード社会の弊害というのは大変な問題に来ているんじゃないかと思います。私自身も職場にいたときみずから体験したわけですが、ある職場の仲間がカードが安易に手に入る、それで単に物を買うだけでなしにそのカードをそのカード会社の自動支払い機ですか、に入れると簡単にお金が借りられる、そういうことで破産状態、職場をやめざるを得ない、退職金で清算をしても間に合わないという体験を幾つかしてまいりました。 直接きょうのテーマでないと思いますけれども、安易に学生の人でも手に入って、この前もテレビで特集されていましたが、カードで破産をする、破産宣告を受けるんですが、このような弊害が出ていると思います。やはりそれなりの一定の審査というか条件、こういうことをやることが問われているんじゃないか、そのこともぜひ考えていく必要があるのじゃないか、こういうこと。お答えにならないかもしれませんが、以上です。
○清水嘉与子君 ありがとうございます。 それではまた角度を変えまして、御指摘の中で政府の果たすべき役割、そしてまた企業の果たすべき役割、労働組合の果たすべき役割ということをはっきり分けて御説明いただきまして大変によくわかったんですけれども、労働組合の方々というのはもちろん消費者の立場でもございますし、また今いろいろこの内外価格差を起こしております企業の中の一員としての役割ということまであるわけでございまして、その弊害、ここでは主には企業側の責任としていろいろ出ている問題でございますが、こういった企業が果たすべき役割を労働組合として中から改革といいましょうか、そういうことに対して積極的に企業の中でそういうことを持ち上げて改善するという、あるいは情報公開をするというようなことについてどのくらい役割を果たせるのかというあたりを、あるいはもうやっていらしたのかというようなことを少し御説明いただきたいと思います。
○参考人(来田弘君) まず日本の労働組合の状況ですが、アメリカやヨーロッパの労働組合と違いまして、日本の場合は企業別に組合がまとまっているというのが欧米に比べた違いなんですね。したがって、どうしても労働組合でありながら、時には企業の先行きがどうなるかということを忘れようとしても忘れ切れない弱点があろうと思います。この脱皮が今強く迫られていると思います。 しかし、いつまでもそれであっては、例えば自動車工場に働いている仲間で自動車の組合をつくっている。しかし、その人たちは表へ出ればハムを食べたり電車に乗ったり、ほかの企業で生産された商品なりサービスを受ける。そういう肉をつくったり電車を走らせたりするところの労働組合は、お互いに企業内組合だからということで自分のことばかり考えていたら、結局みんなの首を絞めるんじゃないかということで、そのことの脱皮を図ろうということで一生懸命努力をしています。まだまだ時間が不足していると思います。しかし、そのことに大胆に取り組んでいこうじゃないかということで今懸命に努力しておりますし、幾つかの労働組合ではそのことについて組織内で合意を得て、十分であるかどうかは別として企業に対して求めている、こういう組合のあることも事実として言うことができると思います。
○清水嘉与子君 具体的な御提案として、一番最後のところに物価対策実行機関の御提言がございまして、大変関心を持って見させていただいたわけでございますけれども、こういう機関ができてある程度活動し始めれば相当な効果が上がるんじゃないかなというふうに思いますが、まず各企業の中で、かなりこういう部分でできる点があるのじゃないだろうかという私は感じがするんです。さっき政府のこととして、消費者にいろんな情報をもっと流してほしいというようなことがございましたけれども、企業の中から自発的にこういうものが出てくればもっとできますし、また過剰サービスの問題にいたしましても、ある程度企業の方でこういうものには、手数料は要らないけれども、これにはプラスになるというようなことをもっとはっきりしていただくとか、あるいは新しいものが開発されたときの情報でありますとか、あるいは国内外で売っております物の情報でありますとか、いろんなことの情報を例えばの話ですけれども、消費者に出すというふうなことが各企業の立場でもうできるんじゃないだろうかという気がいたしてならないわけでございます。 そこで、そういうことについて、当然のことながら組合ももっと参加してそういうことができればというような希望を持つわけでございますが、その辺の見通しといいましょうか、いかがでございましょうか。
○参考人(来田弘君) もちろん政府なりに求めるだけでなしに、いろいろなことが可能だと思います。そういうことで、私たち自身も取りまとめた結果を多くの経済団体等にも要請してまいりましたし、先ほど言いましたとおり、それぞれの組合で、その組合がある会社の経営側に対して物を言ってくるなどの努力をやってまいりました。 一例だけ申し上げますれば、自動車でありますけれども、大変に日本の自動車は頻繁にモデルチェンジをされるわけですね。そうすると、モデルチェンジをすると、何か今までの車がほかに比べてみすばらしい。結果、買いかえをしなくちゃいけない。買いかえだけでなしに、古い車が廃棄物となって環境問題にも影響してくる、そういうことで一例ですが、企業に対してやっぱり頻繁なモデルチェンジということは、単に物価問題だけでなくいろいろな角度から必要ないんじゃないか、こういうことやなんかをやってきております。それなりの努力は単に政府に求めるだけでなしにやってきておりますし、言われるとおり、そのことも並行的にやっていく必要があろうと考えております。
○清水嘉与子君 どうもありがとうございました。大変建設的なお話をちょうだいいたしましてありがとうございました。
○前畑幸子君 社会党の前畑幸子でございます。 きょうはお忙しいところ御苦労さまでございます。連合の皆さんにおかれましては、今一番先頭に立ってこれからの労働者がどうあるべきか、そしてそのためにば日本の国の経済がどうあるべきか、一生懸命頭脳集団で勉強をされているということで大変心強く思いますけれども、今大変国に対して問題があるという御批判でございます。きょうまで日本の経済を支えてきた労働者があって、汗を流して働いてきた結果がきょうの日本の発展を見ているわけでございますので、もうそろそろ労働者もやはり生活にゆとりと豊かさというものを、人間らしさを求めて今方向転換、物の見方を変えつつある大事なときであると思います。 そうした時期に、内外価格差という問題が数年来問題提起されながらなかなか思うようにならないということ。そして今、若い人も含め日本から世界各国に働く人が出かける状況になったわけで、そうした中で、まだなお内外価格差というものが厳然と存在しているということは大変問題があると思います。例えば、私も若い方たちが持っているようなブランドのハンドバッグなどを買いたいなと思いますけれども、外国へ行ってきた人に言わせると、いや今度行ったら買ってきてあげるからもう少し辛抱しなさいというようなことを言われるわけですけれども、そんなことでは日本は大変情けないことだと思います。 私は三十七年に卒業したんですけれども、ちょうどそのころに一万八千円から高い人で二万円ぐらいの給料ではなかったかと思います。三十年たって十倍、今二十万円ぐらいだと思いますけれども、そうしたものに比べまして、日本の国で今一番騒がれております土地問題、私は名古屋市名東区というところでございますけれども、その当時一万円であったところが今二百万円でも買えないという状況。そうした、一面では本当にはかり知れない物価の上昇の中で、私たちはきょうまで三十年間生活をしてきてしまったんだなと考えるわけでございます。 大体、考えますと体で忍苦といいますか、そういうものに対する値上がりというものが余り上がらずに、例えば美容院の美容師さん、それから理髪店の理髪師、それから大工さんとか庭師さんとか、そういう方たちの工賃の上がる率よりも、食品に対するもの、それから住宅、土地に対するものの値上がりというものが随分上がりが大きいと思います。その辺に対して、勤労者の立場としてどういうふうにお考えになってまいりましたか、お聞きしたいと思います。
○参考人(来田弘君) まず、私たち組合員の特に土地の問題についての気持ちですけれども、私自身東京に生まれ、東京で学校へ行き、東京で働いて、今も東京で生活をして五十六年になります。私が職場へ入ったころは、私は長田先生の後輩でございまして、立派でありませんけれども、郵便局で働いておりました。私どもの先輩は、地方から出てこられても大体二十年かあるいは三十年働くと、下町で狭いながらも、長屋でありますけれども家が一軒持てました。しかし、今仲間の感想は、仮に三十五年、四十年働いても、退職金をつぎ込んでも全く家が持てない。これは一般の職員でなく大きな郵便局の局長さんも持てないというような実態、それだけ土地問題が深刻だと思います。 そして土地問題は、先ほど申し上げましたとおり、やっぱりお店を構えればその店舗料金、物を運べば運送料、たまたま私ども高速道路料を調べました。アメリカには日本のたしか十倍近い高速道路があるわけですけれども、全く高速道路料が要らないということですね。日本の場合は大変高い、しかも渋滞、結果、流通費に時間と高速道路料がコストとしてはね返ってくる。やっぱりその原因は土地政策、こういうことが言われているんじゃないかと思います。 それと、あと美容院あるいは理髪のお話をいただきました。床屋の料金についても、たまたま二十六品目の中で調査をいたしました。私どもの調査では、あの八五年のプラザ合意の時期は、ニューヨークでも東京でも当時の為替レートで換算するとほとんど差がなかったんですね。しかし、八五年以降円がずっと高くなってきますと、必然的に日本の床屋料金が、レートで比較すると大変高くなっている。しかし、この床屋さんを経営する人に、ほかの製造業なんかと違って生産性を上げろと言ったって、頭半分刈ってこれで終わりというわけにいかないと思います。 それから、同じようなことはタクシー料金、日本てたしか同じような時間帯で同じような距離をタクシーに乗った場合、そして同じような条件下でニューヨークで乗った場合かなりの開きがあります。タクシーも電車と違ってどんなに詰め込んだって四名か五名しか乗せられない。タクシーの連結というのはないわけですし、床屋さんも半分だけ刈って終わりというわけにいきません。それらの人たちもそれなりに収入を得て生活していかなくちゃいけない。だから、単発的に物を見て言うんじゃなしに全体的、構造的にやっていかないと、今言うところの例えばタクシーだとか床屋なんかは上がらないと思うんです。 そういう意味で、最後に述べましたけれども、全般にわたってメスを入れて、それで物価対策、内外価格差対策に生かしていかねばならないということを感じています。
○前畑幸子君 そのとおりだと思います。この価格差というものは、流通を合理化することによって多少緩和されると思います。 それから、いろいろな公的規制の緩和も問題だと思います。流通の合理化をするにはどうするかといいますと、今言う取引の回数が日本の場合は大変何段階か多段階あるわけですね。製造から第一次卸、第二次卸、要するに倉庫から卸という形になりまして、そして販売店へ来るわけですけれども、そうしたものを今だんだん少なくしよう、その回数を少なくしていくのがいわゆるスーパーですね。それから、生協などもその一つだと思いますけれども、組合などは今大変生協活動というものに力を入れられて、そして産地直送、生産者直通という問題で、なるべく中間マージンというものを排除して値打ちに買えるようにしようという運動が盛んなようでございます。 そしてまた、スーパーなどは製造元からとか大問屋から直接買ってしまうというような一生懸命努力をされているわけですけれども、労働者の立場としますと、そういう中間的な企業に働く人たちも大勢いるわけです。そこに私ども社会党としても苦しみがある問題だと思いますけれども、それは労働組合として、それから企業側として今後どのように考えていらっしゃるかということをお聞きしてみたいと思います。
○参考人(来田弘君) 流通のことでお話がございましたが、例えば野菜なんかですと、現地で生産され輸送されてきて、市場に集まって競りにかけられて、そして小売、これが普通の形であろうと思います。最近お聞きしますと東京の例だそうですが、数字が若干違いがあるかもしれませんが、本当に正しい意味で競りにかけられて価格が決定されるというのは極めて少なくなってきているということを聞いているわけです。たしか六〇%か七〇%ぐらいが外食産業とか大口のスーパー、こういうところで、本当に零細の八百屋さんだとかこういう方々はその残り二〇%か三〇%の中で競りをせざるを得ない。それで、大口の人たちが値段をつけることによってほぼ数字が固まっていて、競りの機能を発揮していない。こういう点なんかはぜひこれからメスを入れる必要があるのじゃないかなと思います。 それから、いろいろなところでいろいろ流通部門を効率化、合理化すれば、そこに働いている人たちの職場がどうなるかということをたしか言われました。私たちもそういうところに働いている仲間を組織していますから、やはりそのことにも心して取り組まないと仲間から何だということも言われかねません。したがいまして、その点はいずれにしても今、日本は大変な人手不足になってきているわけですし、そのことから外国人労働問題も出てきていると思います。ましてこれから高齢化が進めば大変な状況になると思います。ぜひそういうことについてやはり一定の安心できるビジョンなり将来展望、こういうことを与える、これが先決だろうと思います。ただただ流通を合理化して、私の職場はどうなるんですかと言われるようではこれは労働組合として困りますので、その点もやはり強く関係業界なり政府なんかに私は求めたいと思います。
○前畑幸子君 そのように今おっしゃったとおり、やはり先にビジョンを挙げて、そしてお互いに消費者の立場というものにひとつ物が変わればなるわけですから、していくことは大事なことだと思います。 先ほどから言われるように、流通の合理化の中には午前中にもちょっとお聞きしたんですけれども、いわゆる輸送が東奔西走で、ほとんどトラックで在庫を持ちながらお店には在庫を少なくしていくということが余計に今度は交通渋滞、そしてまたそうした運転手さんの確保に大変時間も力もかけなきゃならない。そしてそういうところに働く方たちは、今度はまた大変苦しい、稼働時間も運輸業界においては一般の労働者と比べて大変な長時間労働を強いられている、そういうことにもかかわってくるわけですし、そしてまたそれがコストにはね返る。そして、先ほどおっしゃったように高速道路の料金が大変に今は高いわけで、土地が高いからそれがはね返っているということで悪循環をしているのであろうと思いますので、これから根本的に企業とそして消費者も物の発想を変えていかなきゃいけないと思います。 もう一つ、私最近気になっておりますのが、先ほど外国の住宅と日本の住宅の件が出ましたのでそれに関連しまして、私の知人が昨年から娘さんを外国に留学させているんですけれども、こちらで借りますと東京あたりだったら二十万近くするような二DKぐらいのマンションが、向こうでは四万五千円ぐらいで借りられるんだそうですね。そしてまた、学費がこちらの私立大学に入れるよりも三分の一ぐらいで済むということで、むしろ向こうへ行って教育を受けさせた方が親の負担は楽だというようなお話を聞いたんです。大変なことだなと思います。 私たちのときにはアメリカ、外国の大学へ行くなんてことは考えられない大変高価なことだったんですけれども、今は逆に東京の大学で学ぶことの方がお金がかかるという状況になりつつあるという、アメリカのそうしたメリットを日本の学生が受けてしまうというのもどうかと思いますけれども、そんなような逆の状況も出てきている。そして、今外国の方たちがこちらへ来てお働きになって、外国にもよりますけれども、こちらで得られた金額が、例えば一カ月十万もうけ出せば一年分の生活が向こうへ行ったらできるというような、何か世界じゅうの貨幣価値というものがちょっと狂ってしまってきているような気がいたします。 物価という問題は、日本で言いますとどうしても人件費がかかるから、そして販売費用がかかるから、製造費用がかかるからということで、それが物価に返っていくわけなんです。どちらが先になるかということなんですけれども、今労働組合の皆さんも日本の経済を考える中で組合活動と、そして企業の育成と企業の社会に対する貢献度ということも含めて考えていらっしゃると思いますけれども、これから先のこうした価格決定に対して労働組合としてもある程度意見を反映されていく方向があるのでしょうか。
○参考人(来田弘君) 先ほど申し上げましたとおり、まだ日本の労働組合は企業別から脱皮し切れておりませんので、それぞれの組合がそれぞれのカラーを持っているのが現状でありまして、とにもかくにも私も述べました労働組合として果たさねばならない役割ということを申し上げました。繰り返すことは省略させていただきますが、この内容については連合全体で機開会議の中で確認をした内容でございます。ですから、当然この確認した内容に基づいてやっていこうということで、一歩一歩やっているのが現状でありまして、まだまだ成果が成ってないなということは否定し切れませんが、ぜひこのことはやっていきたいと思います。そして、企業に対して求めるものはやはり求めていきたい、そのことを抜きにしては本当に救われない、またその運動を続けることによって、労働組合に対する世の中全体の認識をより高めたいなということも頭に描きながらやっていきたいと思います。
○前畑幸子君 経済大国日本という言葉を聞いて久しいのですけれども、その反面働く者たちが今、余り豊かさ、ゆとりというものを感じないでいるという現状の根本がどこにあるかということをきちっと見きわめる中で、税というものの負担もそれから社会保険に対する負担も、今御説明のあったように、給料の上昇よりも超えて負担率が上がっていっているというような状況の中でございます。物価が下がればそれでいいわけなんですけれども、今その問題の中で、過剰な包装という問題を企業としてもひとつ取り上げていただいて、そして消費者もそれを自覚する中で、少しでも物価を下げる運動を組合としてもそういう方面から取り組んでいただけたらと思いますけれども、お願いいたしたいと思います。
○参考人(来田弘君) 労働組合として果たすべき役割ということで世論喚起ということを申し上げましたが、やはり今私ども約八百万近い組織でありますし、それに家族を加えれば一千何百万になりますか、ちょっと数字は調べておりませんからわかりませんが、相当の数になると思います。徹底するにはかなり大きな世帯ですから相当の時間がかかると思いますし、相当のまた費用、お金が私たち必要だろうと思いますが、このことについていろいろなキャンペーン活動やなんかぜひやっていきたいと思います。やはり百万の人がデパートヘ行って物を買って、買い物袋を私は要りませんよと言えば百万の買い物袋が節約できるわけですし、相当なお金になると思います。一例ですけれども、そういうことを一つ一つ着実に積み上げながら、資源問題とも結合させながら物価問題なんかに私たちの組織というものを大きく活用したいな、それを組織だけでなく地域の皆さんにもやっぱり同じように手を組んでやろうじゃないか、こういうふうなキャンペーンをやっていきたいと考えております。
○前畑幸子君 ありがとうございました。
○刈田貞子君 本日はお忙しいところ、大変御苦労さまでございます。公明党の刈田でございます。私は十分しか持ち時間がございませんので、自分の意見も交えて最初にしゃべってしまいますので、その後御感想及び御回答をよろしくお願いいたします。 私は、物価問題というのは長いこと消費者という立場からかかわってきた者の一人として申し上げますならば、大変難しい問題だということの実感を持っている者の一人です。トータルで考えて安い高いと言うことは非常に簡単でございますけれども、それをめぐる事情を考えたときに、物価の問題というのは容易でない問題だという実感をいつも持っている者の一人でございまして、今回も当委員会におきまして内外価格差というテーマを抱えながら、しかし大変なものだというふうに実は思っておる者の一人です。私は、今ここで言う物価の問題、つまり内外価格差の問題というのは、言ってみれば適正価格なのかどうなのかということを精査しなければならないのではないかなというふうに思っております。これは私の持論です。 実は、長い間私も団体の代表をいたしまして、物価調査を二十二、三年続けてきました。私は三十品目ずっとやってきたんですが、長い間やる中で発見してきたことは、物の値段のつけ方考え方が、消費者の側に立って考えるつけ方と企業の論理でついている考え方と二通りあるなということを発見しております。 その一つは、時間がないので余り演説はできないのでありますが、キューピーマヨネーズ。マヨネーズ三百グラムが入っておりますあのチューブの値段と、五百グラム入っておりますチューブのマヨネーズと、一キロ入っているマヨネーズは、消費者は一キロ入っている方が当然得だろうというふうに思って皆買っておりました。ところが、ユニットプライシングで調査をいたしましたところ、これは三百グラムが一番得なんだということになったわけでございます。そこでキューピーマヨネーズに参りまして、そこの消費者対策室と話し合いをいたしました結果、三百グラムのキューピーマヨネーズが一番よく売れ流通するから、こういうことでございました。私どもは今申し上げましたこのユニットプライス、単位価格表示を店頭にさせる運動を続けてまいりまして、現在ではユニットプライシングが励行されておりますが、これがそういうところで功を奏したわけですけれども、すべからく物の値段というのはこういうふうに考えるのかといういい勉強をした一つでございました。 それから二つ目は、冷凍エビフライ。これを調べたときに、同じようなものなんだけれどもどうも価格差がある。これは何なのかということでよく見てみたらば、これはそのエビが着ている衣率でございました。三〇%の衣率と六〇%の衣率ではやはり違うというふうに、物の値段というのは相当精査して考えなければ相ならぬなということを長年やって感じていた者の一人でございまして、つまり物の値段というのは、その商品にとって適正であるかどうかということを考えるのはやっぱり価格の問題であろうというふうに一つ思っております。 それからもう一つは、この内外価格差問題を考えるに当たっては、先ほど午前中の参考人が指摘なさったように賃金との関係なんだと。高いと思うときには賃金が低いから高いと感じるんだというお話を実はなさいましたけれども、私も長年そう思ってまいりました。懐が寒くなると同じ商品が高く感じるという実感をしつつ生活してきまして、やっぱり物の値段というのは今日的に言うならば賃金との関係の問題もあるだろう。 そこで、私が今申し上げたいのは、ここで提言なさるところの物価対策実行機関でございますが、これは非常にいい機構をおつくりになるなというふうに実は思って見ております。総理大臣の諮問機関でしたか、企画庁長官の諮問機関でしたか忘れましたけれども、国民の代表を集めた物価対策審議会がございますので、それとは全く違う形での活動をなさるんだろうというふうに思うんですけれども、願わくばそうした、先ほど申し上げたような物の値段とかいうふうなものは、そう単純じゃないというようなことも含めてこういうところで実は調べていっていただきたい、あるいは環境づくりをしていっていただきたい、こんなふうに思いますので、この機構をつくろうとなさったそもそもの意図と、それからここに内容書いてありますけれども、こういう活躍が現実に進められるのかどうかというようなことも含めてお伺いしたいと思います。
○参考人(来田弘君) 一つはキューピーマヨネーズの例だとか冷凍エピブライを例にされてお話しされました。やはり消費者に正しい情報が提供されることが極めて重要だろうと思います。 たしか二年ほど前だったと思いますけれども、経済企画庁長官が高原さんのときですね、消費者教育支援センターというのが設置されました。途中、私どもその資料を手にして疑問に思ったんですけれども、一つは、その支援センターは経企庁の呼びかけでつくったのだから、いろいろな調査研究なり、あるいはそれのまとめられたものを周知するのは国の費用で行われると思いましたらそうでなかったんですね。大企業あたりからそれぞれ一単位何百万円かずつお金を集めて消費者教育支援センターをつくろう、もちろんその後、国からも何ぼかお金が出されたということを聞きましたけれども、これで本当に消費者の立場に立った、消費者の声を反映した消費者教育ができるのかどうかということを疑問に思いました。 私どもも、お金は出せませんけれども、消費者の集まりで大きな組織の労働組合なんだから参加させていただきたいという要請をいたしましたが、結果はナシのつぶてでありました。企業が、お金を出したところがそこに参加できて、お金が出せない労働組合の仲間が参加できないというのは今でも疑問に思っております。引き続き強く求めていきたいと思います。 それから、先生が言われたのは、経済企画庁がやっている物価安定政策会議だろうと思いますけれども、私どもの代表も何名か参加をしております。その状況を聞きました。しかし、言葉は悪くてちょっと申しわけないんですけれども、何かアリバイだけで終わっているんじゃないか。あるいはそのときどきの物価動向やなんかの情勢を説明されて時間が来て、はい終わり。一人の発言時間が二分か三分と。それから、時には総理大臣も出席されるそうですが、忙しい方だからしょうがないと思いますけれども、一通りごあいさつされたら退席されるとか、本当に機能しているかどうかということを参加した仲間から聞いたんですけれども、感ぜざるを得ません。 私どもの提言したこの最後の資料は、あくまでも一つの考えです。ですから、これでベストとは思っておりません。ただ、いずれにしても今あるいろいろな諸会議、それだけの権限なり機能を持っていないということ、それから各省庁ばらばらだということですね。例えば物価レポート一つ見ても、農水省にかかわっていたり運輸省にかかわっていたり厚生省、大蔵省あるいは郵政省、幾つもの省にかかわってやられているということですね。やはりそういうものを一元的な総理直轄の機関としてつくっていただきたいなと思います。 ここには書いてなくて私のこれは私見ですけれども、いろんな省庁ございますね、例えば農水省。消費者のことを考えていることは否定をいたしませんが、どうしても生産者サイドに立っているんじゃないかという気持ちを持たざるを得ません。通産省も企業側に立っているんじゃないかなと思わざるを得ません。やはり消費者をこれだけ重視しようというんなら、消費者の立場に立った省庁があってもいいんじゃないでしょうか。例えば消費者省というものをつくる、国民生活省というものをつくる。私は、今これだけ経済・産業優先から消費者・生活者優先ということを言うとするならば、やはりそういう発想の転換も図って、本当に消費者の立場に立った、国民の立場に立った政治というものを、行政というものを強く求めたいと思います。
○近藤忠孝君 参考人が指摘されている企業が果たすべき役割の中で、「寡占ないし寡占に準ずる業界の商品・サービス価格についての自己規制の強化」というのがあります。この点は午前中の学習院大学の田島参考人も、国内で寡占的な価格のウエートが大変大きいということをお認めになったわけで、大変大事なことだと思うんです。ただ私は、企業に自己規制を期待できるのかどうかと思うんです。やはりこれは資本主義の発展段階で集中し、寡占状況になり独占価格になる、これはいわば資本の論理なんですね。 そこで、一つはだからそういう意味で独禁法があるんですし、また労働組合の役割として、やっぱり生産地点におるわけですから、それぞれの企業内では価格がどう、原価がどう、どれほどのいわば独占価格が出るのかということはそれぞれわかると思うんです。ですから、労働組合の役割としてそれを中でチェックしていく機能を果たせないのか、いろいろあると思うんです。労使協議会の中でやる場合もありますし、そこでそれが機能しない場合にはいわば公表するとか時には告発するとか、こんなことができないのかなと。ただ、企業内労働組合の制約があるために難しさはあるかもしれませんけれども、私はそこをいわば克服することが労働組合の社会的機能ではないのかなと思うんですが、いかがでしょうか。
○参考人(来田弘君) 先生言われたこと、みずから自己脱皮すること、これは多くの課題があろうと思いますしあるいは時にはチェックをする、これも重要だろうと思います。今後努力をしていきたいと思います。 今回この二十六品目を調査するに当たって、これは幾つかの人に分担をしてもらってやってもらいました。そうすると、どれとは申し上げませんが、いろいろな資料が不足したということで企業に求めましたが、なかなか明らかにしてくれないのもかなりありました。しかし、私どもは労働組合の手を通じて、それは会社なら会社の企業秘密があろうと思いますけれども、そのことで責任がそこに携わった人に課せられてはちょっと問題になりますので、その点は慎重にいたしましたが、やはりみずから自己脱皮をしようじゃないかということで、今まで手に入らなかった資料やなんかも手に入れることができましたし、単に事務局だけが懐にその資料を持っているだけじゃなしに、社会的にも公表をしてまいりました。そういう努力をしてまいりました。まだまだ不十分じゃないかと思いますが、今後も続けていきたいと思います。
○近藤忠孝君 連合に加盟する労働組合の場合には、いわば寡占状況にある企業が大変多いので大いに期待をしたいと思います。 もう一つは、その下に公的規制による制約の問題が出ています。いわば公的規制の緩和、撤廃の問題ですね。これは参考人も先ほど必要な規制の問題は言われました、労働者保護や環境保全という立場で必要なものは違うんだと、そのとおりだと思うんです。ただ、何カ所かここへ出てきますと、やっぱり公的規制の緩和、撤廃ということがひとり歩きするんですね、実際世間もそうなんです。そういうことが言われているものですから私もよく調べてみますと、例えば運輸関係の規制にしましても、これはそれなりの経過があり必要があって規制をされておるわけなんです。ですから、場合によっては規制の強化の必要な場合もある。特に寡占価格なんかの問題は、これはむしろ強化をしていかなければ本当の意味の自由競争、市場性が貫徹されないと思うんです。 そこで私は、そこはかなり厳格にえり分けていく必要があると思うんです。実際、時代の変化の中でもう不必要だし、何というか拘束だけの意味で残っているものがもちろん幾つかあるんですが、問題は物価との関係でこういう規制の緩和は必要である、逆にこういう面では強化が必要だと。ここは私はかなりえり分ける必要があると思うんです。その点についてのお考えと、それからもう一つ、物価に直接響く規制の緩和として幾つか具体的なものが指摘できれば指摘していただきたいと思います。
○参考人(来田弘君) 前段の御質問ですが、一時期、私どもが討議をした場合、規制の緩和という言葉がひとり歩きしかねないような状況があったことは事実でございます。しかし翻ってみて、例えば一極集中が声高に叫ばれ、その弊害をなくすために地方の活性化を図らなくちゃいけない、過疎地対策をやらなくちゃいけない、あるいはお年寄りがふえてきている、あるいは障害を持った方が現実にいる中で何でもかんでも野方図にさせたらどうなるかということを考えまして、常に心しているのは、やはり規制にもすべてを一概に論ずるんじゃなくて、私、最初の時間で申し上げましたが、健康や安全あるいは財産あるいは地方の活性化に阻害になるような、そういうような点については規制問題を語る場合常に留意して当たろうじゃないかということで進めてまいりまして、連合の中でこの物価問題でなくいろいろな関係の問題も検討しています。 今連合内合意として、規制についても一概にすべての規制が悪いんだというだけでなく、社会的に必要なものについてはそれだけの留意をしよう、こういうことで大体合意が図られておりますので、今後もその気持ちは忘れずに進めていきたいなと思っております。 後段の方はちょっと……。
○近藤忠孝君 具体的に例を……。じゃ、もしあれば後で伺います。 それからもう一つ、最後に品目別解決策の米のところで、「農機具・肥料等の生産財市場の自由競争化」と、これは一種この部分が独占価格化されているという意味だろうと私は理解したんですが、そうかどうか。実際どういう状況と把握されておるのか、その点お答えいただきたいと思います。
○参考人(来田弘君) これは先ほど、冒頭の発言のときコンバインのお話をさせていただきましたが、これは福島へ行った調査のときの聞いた内容です。そのほか九州だとか中国地方だとか何カ所かに私たちの仲間が行きました。私が行ったのは一カ所です。 現地に行って専業農家の方あるいは兼業農家の方、それからそこに公的部門の労働組合では自治労だとか全農林の方あるいは農協の方も含めてお話をお聞きいたしました。そうするとかなりの部分が、農機具にしても肥料にしてもこういうものを農協を通じて買わざるを得ない。ほかで買おうとすればできないことはないけれども、自分だけがほかで買ったら後のことがということを痛切に言われました。すると、そこで買わざるを得ないということになればある程度言い値で買わざるを得ない。高値どまり。農業問題にはいろいろな多くの要素があろうと思いますけれども、やっぱりこの点はメスを入れていかなくちゃいかぬ。 それからもう一つは、農協の問題で言われましたけれども、本来の農協の設立目的になっているのかどうなのかですね。営農指導に当たっているのかどうか。どうも金融業だとかなんかに走り過ぎているんじゃないかということを言われまして、これはちょっと蛇足ですけれども。やはり決まったところで買わざるを得ない、結果高い。そしてコストが高くなる、こういうことをやっぱり私どもは指摘せざるを得ないというのが実感であります。
○近藤忠孝君 終わります。
○乾晴美君 連合参議院の乾晴美です。 連合の来田さんにはいつもいろいろとお世話になっておりまして感謝いたしております。 連合が今、ゆとり、豊かさということを声を大にして言っていると思いますけれども、そのゆとり、豊かさというのが即レジャーではないと思いますけれども、先ごろ企画庁が五つの都市で、レジャーがどうなっているかという料金の内外価格差を調べたものを七月二十三日に発表されておりました。それを見せていただきますと、海外旅行、国内旅行、それからゴルフ、コンサートが物すごく外国と比べて全部日本が高いわけですね。その中で、テニスだけがよその国と比べて安かった、こういうことが出ているわけです。ゴルフに至っては二・四倍から四・五倍になっておるというようなことが出ておりましたので、その理由は何なんだろうかというように考えていらっしゃるかということが一点。 私も十分しかありませんのでまとめて三つお尋ねいたしますので、後でお答えしていただけたらと思います。 もう一つは、一九九一年ごとしの六月四日から、日経新聞なんですけれども、「日本の食品なぜ高い」というのをシリーズで十四回にわたってやっているわけです。そしてまた、七月十九日から七回にわたって、「続日本の食品なぜ高い」ということでシリーズを組んでいるわけなんですね。いろんな角度からそれを分析されていますけれども、特集が組まれているということはそれだけ日本の食品が高いんだと思うんです。その原因をどのように分析なさったりお考えになっていらっしゃるかということが二点目です。 それから三点目は、先ほどから皆さんがおっしゃっています情報の提供なんです。私も前の内外価格差の問題のときに、情報というのは内外価格差の情報が即わかるように、例えば今道路なんかによく見かける、ただいまの騒音は何ホンですよというのが出ているのと同じように、ただいまの内外価格差は幾らですよ、香港でキュウリ何ぼとかいって、日本では今キュウリ一キロ何ぼというようにわかるといいなとかというようなことを言って笑われたわけなんですけれども、そういった情報が先ほど、来田参考人の方からも家庭の主婦まで届いていないのではないかということで意見を申されておりましたけれども、例えばどんな方法が素早く情報として届けられる方法があるかなとか、情報に関してもう少しお考えがあったら教えていただきたいと思います。 以上三点でございます。どうぞよろしくお願いします。
○参考人(来田弘君) レジャー関係の費用が高いというお話がありましたが、事実そのとおりだろうと思うんです。これは、ある意味では私たち労働組合の課題でもあると今考えております。 まず一つは、どうしてもまだまだ労働時間が千八百時間にいっていない、諸外国はもっと下回っている、休みの日数が少ない。そうすると、ちょっと休もうとすればお盆だとか正月に集中せざるを得ない。だから、休暇の問題に私はメスを入れることがこのレジャー関係費用を安くする一つの方法じゃないかと思うんです。 そういう意味で、私の友人、外国人なんですけれども、ある外国から日本へ来て、それから今パリへ行ってお土産品ショップで働いている女性がいるんですけれども、もうたしか三週間ですか、夏休み休まないと雇用主が罰せられるとかというようなことをちょっと聞いたんですけれども、正確かどうかわかりません。いずれにしても、長い休みというものを嫌な気持ちでなく素直に休めるような環境をつくることが必要だろうと思います。そういう意味で、連合はバカンス法の制定というものを求めたいなと思っております。それで、お盆だとか正月だけでなしに三百六十五日を通じて休めるような職場づくり、そしてそれにふさわしい人。ですから、私はちょっと個人的なことを申し上げてあれなんですけれども、東京にいるわけですが、お盆やなんかで地方へ行くのが嫌いなんです、込んでいて高くてということでですね。ですから、そういうことから求めていく必要があるのじゃないかと思うんです。 それと、ゴルフなんかは人々の本当のレジャーということでなしに、企業の交際の場になっていることがやっぱり高くしているんじゃないかなということを言わざるを得ません。 それから、あと農業の問題ですけれども、大変生鮮食料品問題が心配です。これはつくる人だけ責めるんじゃなしに、生産から、流通から、小売から全般にわたってメスを入れなくちゃならないということに今来ているんじゃないか。特に、農業というと米に焦点がいきがちですが、野菜は一定の鮮度が必要ですから簡単に輸入できるものじゃありません。しかも、野菜というのはかなり重たいもので、高齢化していますから、一本一キロや二キロの大根だとか重たい野菜はなかなかつくりたがらない。ハウス栽培に移ってきている、それで高いお金になるもので。そういう点にメスを入れた、農業構造全般にわたったメスが必要です。 それから、やっぱりむだの排除で安くする必要があるんじゃないか。例えばキュウリもみを食べるのに、ちょっと具体的な例になってあれかもしれませんが、大体長いままキュウリもみを食べる人はいないわけです。これは、真っすぐなキュウリだって曲がったキュウリだってキュウリもみにすれば一緒なんです。それから、おみおつけの大根も、真っすぐな大根だって二つに分かれている大根だって細かく切れば一緒なんですね。そういうものを包装の関係であれがあるかもしれませんが、やっぱり二つに切るなり三つに切ってダンボールに入れて出荷をする。これを安い価格で表へ出せば、キュウリもみにするのに曲がったものだって間違いないと思いますので、そういうもっと研究努力が必要なんじゃないか。 それから情報の関係です。 多分時間がないと思いますので簡単に申し上げますけれども、私、経済企画庁に聞きましたら、いろんな情報を出されていますというのをいただきました。これをどこへ出しているんですかと言ったら、消費者団体へ渡していますだとか、あるいは郵便局とか銀行に置いていますということで、家庭に行ってないわけです。ですから、どの程度お金がかかるかわかりませんけれども、立派な冊子じゃなくてもいいと思うんです。B5の紙一枚でもいいと思いますから、月に一遍でも新聞折り込みに入れることやなんかを考えることも必要なんじゃないかと思うんです。そうすれば、家庭の末端、主婦の目に届くところへ情報が入っていくのじゃないか、こういうふうに考えます。
○乾晴美君 どうもありがとうございました。
○寺崎昭久君 連合で二十六品目にわたる内外価格差を調査されたということなので、この中からタクシー料金についてお伺いいたします。 このタクシーに関するコメントでは、ちょっと高い安いというのがわからないんですが、多分これは安いと書いていませんので高いという部類なんでしょうか、解決策のところ。
○参考人(来田弘君) 結論からいえば、これは東京とニューヨークの比較でしたけれども、もちろん日本の場合は消費税、たしかニューヨークの場合は常識的にチップが約一〇%から一五%、これを込みで計算いたしまして東京を一〇〇とした場合、ニューヨークは六三から四ということで東京の方が高いです。
○寺崎昭久君 御存じのように、日本のタクシー料金というのは同一地域同一料金制をとって、なおかつそれが認可料金になっているわけであります。利用者からは料金を自由化してもいいのではないかという声が前々からあり、また業界の一部でもそういう声がないではありません。今のように料金が高いというのは、この許認可制をとっているから高いのかどうか。また、その関係でいえば、将来的に自由化すべきものと考えておられるかどうか、その点をお伺いしたいと思います。
○参考人(来田弘君) 私どもが調べた範囲では、認可の問題は東京もニューヨークも両方とも認可制でございました。ただ違いは、日本の場合はタクシーには法人と個人のタクシーがありまして、法人が二万二千台に対して個人が一万九千台。一方、ニューヨークの場合は専門的用語ではメダリオンというそうですが、これは流しの営業権を持っているタクシーです。これが一万二千台で、流しの権利を持っていないで、だからどこか一定のところに駐車していて呼び出しかあるとか、こういうタクシーがその倍以上の約三万台ある。これが大きな特徴だということがわかりました。 それと日本の場合は、個人タクシーでしたらその売り上げが全部個人ですから自分に入るわけです。法人のタクシーでしたら売り上げが一たん会社へ入ってその中から歩合制だとかなんかで入るそうですが、ニューヨークの場合は、約七〇%の法人のタクシーもタクシーを会社からリースして、リース料を払って法人の看板でタクシーをやっている。これがかなり違うなということがわかりました。それともう一つは、外国人労働力問題ですね。日本の場合は、外国人労働者はかなり入ってきていますけれども、タクシーには余り入っていないのが実態です。ニューヨークの場合は、相当の外国人労働者がその国よりもニューヨークヘ来た方が賃金がいいということでかなりタクシー運転手になっている。結果、ニューヨークのアメリカの人たちの賃金よりも安いタクシー運転手の賃金で済むということ、これがかなり影響しているということがわかりました。 いずれにしても、タクシーの場合は一台当たりの乗車人員に制限がありますから、一台の車に十人、十五人、乗れませんし、先ほど言ったように、タクシーの連結タクシーというのはありませんので、やっぱり生産性向上に限界があるなということを感じました。
○寺崎昭久君 「一台当たりの乗車人員が少ないので」云々と書いてあるわけですが、これを裏返して考えますと、例えば一人乗った場合の料金と二人乗った場合の料金を変えてもいいじゃないかという、そういう御提言ですか。
○参考人(来田弘君) いや、違います。そこまで踏み込めませんでした。ここに書いたのは、一台当たりの乗車人員が少ないので、例えば電車を考えてみますと、一台の電車に運転手と仮に車掌を乗っけても二人の人で百人も二百人も入るわけですけれども、タクシーは一人の運転手で三人か四人しか乗らないから一人当たりの運賃にかかる人件費コストが高い、そういう意味合いで書いています。
○寺崎昭久君 私も今、確認という意味で伺ったんですけれども、合理性ということで考えますと、一人乗って五百四十円、二人乗っても五百四十円というのは余り合理的じゃないような気がするんです。ですから、一人乗って五百四十円、二人の場合には六百四十円とか、そういうような料金の決め方というのも将来検討してもいいのかなと思いながら質問したような次第です。 時間ももう五分しかありませんので、レジャー料金の内外価格差の問題についてもう一度お伺いいたします。 七月二十三日に経企庁からレジャー料金の内外価格差の調査結果が発表されております。例えばゴルフ会員権、プレー代、ロンドンと比較しますと日本は入会金で百倍、ビジターのプレー代だと三、四倍というような結果が出ているわけです。東京の方が高いというのは、一般的に考えれば土地代が高いとか造成費が高いとか、そういうような基礎的な条件の違いもあると思うんですが、そういう中で多少なりとも料金を下げていくということを考えれば、どうしても運営とか経営面にかかわって工夫する余地があるのではないかというように考えるわけです。 ゴルフ場の実態については私がくどくど申し上げる必要はないと思うんですが、ほとんどのゴルフ場に共通した問題点というのを考えてみますと、一つは会員数が多い。茨城カントリーとまではいかなくても、ビジターが多過ぎて会員がプレーできないというのが少なくありません。それから法人の会員割合が多い。それから、一方ではコマーシャルで私はロイヤルメンバーだからいつでもできますなんという、そういうメンバー制をとっているところもある。また、節税対策と称してクラブハウスだとか、ゴルフ場そのものに庭園と見まがうばかりの金をかける。あるいは新たにゴルフ場を増設することによって経費で落としてしまうというような経営がまかり通っているところにゴルフのプレー代の高い一つの要因があるのじゃないかと思うんです。もともといえばゴルフというのは営利事業なのか非営利事業なのか、そこら辺を判然としないまま、規制についても税制についても、その他について一律に課税しているところにあるいは規制しているところに問題があるのかなと思うんです。 それで、私は三つぐらいこの際考えたら少しは事態が改善されるのじゃないかと思うので申し上げるんですけれども、ゴルフの会員権というのは、どちらかというと土地の売買と同じような感覚で売り買いされているんではないかと思います。したがって、このゴルフ会員権については不動産と同じような税制を、つまり保有に対して税金をかけるということを考えたらどうか、これが第一点であります。それから二つ目は、ゴルフ場の運営あるいは利益に対する課税についてはビジターを入れる割合に応じて税率を変えたり、いろんな恩典を変えたりするというようなことが必要なのではないか。それから三つ目は、会員でもゴルフ場の経営とか運営に関しては情報公開はほとんどされておりません。ですから、一定の情報については公開するというような規制を義務づけするべきではないかと思うんです。いろいろこれのミックス型というのはあると思うんですが、これぐらいを骨にすれば多少は運営とか経営にかかわる部分から内外価格差が縮められるのじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
○参考人(来田弘君) 大変難しいお話で、一点、二点、三点とございましたが、寺崎先生のお考えということで十分受けとめさせていただいてできるものはやってみたいと思います。 まず一言言いたいのは、本来ゴルフはスポーツたろうと思うんですね。それがやっぱり社交の場に化しちゃっているということが最大の原因じゃないかと思います。私も何回か外国へ行って、大体外国はホテルのそばにゴルフ場があって、朝なんか早く起きたら見るんですけれども、例えばクラブハウス一つ見ても日本のようなデラックスなクラブハウスというのは余りないですね。食事をするのも自分でサンドイッチ買って、それでジュースを飲みながら、しかもキャディーさんもいない、自分でカートを運転するか引っ張ってやっている。とにかく高い、高いというふうに引っ張られているというのが実態なんじゃないかと思います。したがって、お答えにならないかもしれませんが。 ただ、これはきょうの直接の問題じゃありませんが、最後言われた公開の問題です。これは情報公開法もそれぞれ検討されるやに聞いておりますけれども、やっぱりあのような、この前新聞を騒がした五万人にも売りつけたというような、ああいう被害をなくすためにも一定の公開というのを義務づける必要というのは、要らぬ損失を招かないためにもこれは個人的ですけれども必要なんじゃないかというふうに考えます。
○寺崎昭久君 ありがとうございました。
○西川潔君 西川でございます。よろしくお願いいたします。乾先生と少し重複する点もあると思いますが、よろしくお願いいたします。 消費者の立場に立って物価に関する幅広い情報の周知と徹底を行うべきである、また身の回りから物価についての情報を手に入れ、そして活用し、商品サービスについての十分な知識による生活行動の実践が必要となっている、先ほどこうおっしゃられましたんですけれども、私もそのとおりだと思います。 そこで、二つお伺いしたいなと思っておったんですけれども、乾先生の方からも随分質問が出ました。一つは情報の問題です。どういうふうにしてこのシステムを伝えたらいいのか。物価一つとっても卸売物価、消費者物価などたくさんあるわけですけれども、私の知っておるところでは、今ケーブルテレビというので毎日物価の情報を流して、そしておうちの方から奥様方が、じゃ何番の何々、サンマを下さいとか白菜を下さいとか、そして宅配をしていただくというような、みんな会員制になっておりまして、こういうことをやっておられる地域もございますんですが、これは先ほど折り込みのお話まで出ましたので次に移らせていただきます。 もう一つの点は、得た情報をうまく活用するノーハウをどのようにして消費者が今度学んでいくか。よく言われる消費者教育というものはどのようにこれから進めていけばよいのかという、何かアイデアがございましたらお伺いしたいと思います。
○参考人(来田弘君) 後段の消費者教育ですけれども、私先ほど、経企庁が音頭取りでつくられた消費者教育支援センターというのですか、主に対象は子供さんたち、未来を担う学生たちが中心と、ちょっと間違いがあれば正していただきたいと思います。もちろん一般の人も入っておると思いますけれども、そういうふうに聞いておりますので、間違いだったら直したいと思いますが、そういう活動をもっともっとしつこいぐらいにやってもらいたいなと。 先生言われましたけれども、ケーブルテレビのお話初めてお聞きしました。私のところもケーブルテレビを引けば引けるところなんですけれども、それだけの受信料というんですか、それからあと設備料というんですか、お金が相当かかるようですからやってないんですけれども、そういうのも活用できれば極めていい方法じゃないかというふうに考えられます。 ただ、いずれにしてもチラシの話は一例ですけれども、とにもかくにも末端に届いていない。それから、東京都の物価のパンフレットが出ていることを知りました。東京都ですから、私東京にいますから、町内会やなんか通じて来るかと思ってうちの者に聞きましたらそんなもの見てないと。この前東京都へ行って聞きましたら、区役所の出張所とかそういうところには置いてあるけれども、一般のところには行っていないと。せっかく貴重な能力と大変な財産を使っていても家庭の主婦のところまで行っていないということで、やっぱり問題は、正確な立派な情報をつくるということと、ポイントはどう伝達するか、そこがポイントじゃないかと思います。
○西川潔君 ケーブルテレビもいいアイデアだと思いますし、また私はテレビの仕事もさせていただいておりますが、今衛星の時代にいよいよ突入したわけですけれども、こういうものも使って今このおる場所から今度はいろいろ、お肉であるとか野菜であるとか、そしてまたお魚であるとか、そういう地方の場所と衛星でつなぎまして産地直送で結構安いものが今後は手に入るようなシステムも考えられるのではないかなというふうに思うんです。 先ほど来ゆとりと豊かさが実感できないという意見でございますが、私自身もそう思います。それがなぜなのかと今度は考えるときに、物価の現状を実感に沿う形で映し出すような手法が必要だと思うわけですけれども、先ほど物価対策実行機関を提案されておられる、そしてそのチェックの方法としてどのような指標が今度適切と考えられますか。そして、国民が見てそのとおりだと思うような実態の反映にふさわしいシステムづくり、一部省庁でもございますけれども、まだまだ規模的にも小さいと思うんです。どこかにもっと大がかりなチェック機関、情報を提供する機関というものが必要なことはないでしょうか。
○参考人(来田弘君) 私どもは、この機関の設置を提言したときに、今行政改革の時代だから、また一つ組織をつくることは行政改革に反するのじゃないかという意見があったことは事実なんです。そのことに対してこう答えたんです。例えば物価は内外格差一つとっても、農水省であり、運輸省でありあるいは厚生省や、お酒類は大蔵省だとか、郵政省だとかいろんな省庁が絡まって、それで元締めは経済企画庁。先日、農水省へ行きまして野菜の問題でお聞きをしたわけです。今生産がどれくらいで、流通がどれくらいでというお話をしましたら、それなりのお答えをいただいたわけです。国際的にこれを比べたらどうなんでしょうかと言ったら、いや私のところじゃありません、ほかの課ですということで、でもおわかりになるんじゃないでしょうかと言ったら、いや全くわかりませんと言う。 同じ省の中で全く情報がなってない。まさに、二カ所三カ所だけならいいが四カ所五カ所で同じことを、もちろん品目は違うかもしれませんけれども、ばらばらにやっている。そういうものをうまく統合すれば、だからスクラップ・アンド・ビルドをすれば新しい立派な機構ができるのじゃないか。そのことが仮に若干行政の手間がふえたとしても、消費者はそのことで自分自身の生活が豊かになればそのことは許容するのじゃないかということを言ってきたわけですけれども、そういうことを一つ申し上げたい。 それから、指標の問題は私ども連合として、物価関係については、統計局が発表する全国及び東京都区部の消費者物価指数等が出されまして、たしかこれは五年に一遍品目を決めて、各地における物価動向で指数が出るということはわかっているんですけれども、やはりその数字が、本当に家庭の主婦の実感に合った指数になっているかどうかというのが私たちの議論の中で問題になりました。 一つは、先ほどどの先生かちょっと記憶いたしませんが、地代の問題、土地代の問題がそこにカウントされてない、あるいは税金がカウントされてない。税金は確かに消費じゃありませんけれども、いや応なしに出ていくわけですから、もっともっと指数の対象品目を広げるべきじゃないか。それを消費者物価指数ということでふさわしくないとすれば、先生指数と言われましたけれども、仮称ですが、総合暮らし度指数というものをつくって、本当に生活実感が反映できるような指数というものをつくることを検討してもいいんじゃないかという結論が私ども内部で出ましたので、それをどうやっていくかはまだ先の課題ですけれども、そういうことも考えているのが現状でございます。
○西川潔君 終わります。
○会長(遠藤要君) 以上で来田参考人に対する質疑は終了いたしました。 来田参考人にはお忙しい中、本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。 本日お述べいただきました御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。 ありがとうございました。(拍手) ―――――――――――――
○会長(遠藤要君) それでは、ただいまから鈴木参考人より御意見を伺いたいと存じます。 この際、鈴木参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ、本調査会に御出席をいただきましてありがとうございます。 本日は、鈴木参考人には、特に土地、住宅問題について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。 議事の進め方でございますが、まず参考人から三十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。 それでは、鈴木参考人にお願いいたします。
○参考人(鈴木徳彦君) 鈴木でございます。こういう席でお話をさせていただけるのは大変光栄に存じております。 私は企業に勤めている人間でございますけれども、きょうのところは全く個人という立場でお話をさせていただきたいと思います。最初に御了承を得ておきたいと思います。それから先生方を前にして、とても何かお役に立つようなことを私の方から申し上げるということも大変難しいことでございますので、私は企業で、研究所ではございますけれども、比較的現場に近いところにおりますので、その現場を中心にしていろいろなことが起こっております。そういう事実関係を中心にして御説明をさせていただければと思っております。 お手元に、土地、住宅のことを考える場合のキーワード集のようなものをお届けしていると思います。少し項目を並べ過ぎましたので、三十分以内で全部御説明できるかどうか危ぶんでおりますけれども、もし残れば、後ほどの御質問の中で関係があればそのところは御説明をさせていただきたいと思います。 早速御説明させていただきますと、まず二枚がキーワード、いわばレジュメがわりのような性格を持っております。そのほかに資料集で十三枚ほどのページがございますが、その両方を御参照していただければと思います。 初めに住宅着工。ここのところいろいろ新聞の記事にもなっておりまして、簡単に御説明をいたしますと、着工数が平成二年度で百六十七万ございました、概数で言いますと。それが今急激に落ちております。大体平成二年度に比べまして今年度の各月の着工数の現状というのは、このところ三、四カ月二けたぐらいの減少を続けております。今年度については、トータルでは百四十万台ぐらいの数字になるのではないかと業界で言われております。厳しい見方をするところでは百四十万を切るかというような予測をしているところもございます。 ちなみに、世界レベルではどれぐらいの着工数があるかといいますと、住宅でございますので当然そこの国の人口に関係をいたします。そこの国の総人口の〇・七%というのが標準的な着工数というふうに見られます。日本で言いますと、一億二千万の人口に対しまして〇・七%ですから八十四万、世界レベルでの着工数としては、標準としては日本の場合には八十万台というのが普通というふうに考えられます。それに比べて非常に多いわけですね、倍以上というような数字がここのところ続いておりますけれども、戦後の住宅の事情、いろいう言われますように質の問題、その辺などが絡みまして、日本では非常に高い着工数のレベルを保っているということが言えるだろうと思います。 そして、地価の方ですけれども、私どもで実は首都圏と近畿圏、それから中京圏、九州圏という四カ所で地価の調査を毎年繰り返しております。十二年を超えまして、ある程度の実績も出てまいりました。小さな研究所がしていることですから大した調査はできませんけれども、同じ調べ方を十年以上続けておりますと一つの傾向が出てまいります。 その傾向が、次の資料の二ページ目のところをごらんいただきますと、上の欄がその四つの都市圏の各圏域の平均上昇率を一覧表にしたものですけれども、ひとつごらんをいただきますと、首都圏の場合に一番最低の上昇率、これは大分もう前になりますが、五十七年の十二月のところで首都圏の地価上昇率がマイナス、わずかですけれども〇・一%という数字が記録されております。私どもの調査のやり方でそういう数字になっておりますので、公示価格そのほかとは当然違う数字が出てまいりますけれども、傾向としては同じような傾向を描いております。次の隣の近畿圏ではいつが最低になっているか。それから一年後、一・五%というのが出ております。さらに一年、若干同じ数字が中京圏では二・二%と並んでおりますけれども、一年から一年半ぐらいのタイムラグを持ってさらに中京圏に谷間が進んできている。九州圏はさらにそれから一年おくれる、そういう経過をたどっております。一つの地価の動き方の波及の状態がつかめるのではないかと思います。 今度の上昇に当たりましても同じようなずれが起こるかどうかということで注目をしておりましたけれども、首都圏のピークは六十二年の十二月でございました。近畿圏がそれから今度は二年ほどおくれております、一年半前後ぐらいのおくれでやはりピークを描きました。中京圏はさらに一年おくれております。そうしますと九州圏、つまりその他都市圏といいましょうか、地方都市圏についてはことしかかなりの上昇を見せるはずであるというふうに見られるわけですが、つい最近の基準地価の発表の中身もやはりそういうぐあいになっておりまして、地方都市圏ではかなり高い水準に今のところ地価が推移しております。 そうしますと、この後ですけれども、首都圏の場合にはピークからピークまでが大体七、八年かかっているわけですね。このサイクルが続くとすれば来年度あたりは首都圏はまだ上昇の時期に至りません。近畿圏、中京圏も当然上昇は起こしません。九州圏のような地方都市圏はことしかピークであるとすれば、来年度は下降の局面に入ってまいります。つまり、全地域において日本の場合には地価は鎮静化の方向に向かうということになります。ですから、日本全国の平均値をとりますと、恐らく来年度から二、三年というのは非常に落ちついた動きを示すのではないかと見られております。 少し余談になりますけれども、その地価調査の結果を色つきの地図にしておりまして、ちょっとごらんになりにくいかもしれませんが、五十四年からこれが五十八年まで、それからさらに今お回しをいたしますが、これはワンセットしかありませんので、五十九年から平成一年までというような――恐れ入りますが、ごらんいただけますか。(資料を示す)価格分布と上昇率の分布が色分けをしてございますけれども、価格の分布の方は高いところが赤くなっている。赤い範囲がだんだん広くなるというような、そういうような地図でございます。 上昇率の方は、上昇率は毎年かなり大きく変わりますので、それを色の分布にいたしますと、その変動の仕方が地域を伴います。どこの地域がどれだけ上がるかということがよくわかってまいります。五十四年のところがピークでございます。その次のピークが六十二年で、こちらの方が若干大きい地図なものですからそのピークのところだけ御説明をいたしますと、こちらの五十四年のときは上昇率が非常に高い、つまり赤い色というのが、とてもごらんいただけないかもしれませんけれども、首都圏全域にわたって赤い分布がございます。中心部のところはむしろ余り上がっておりません。全域にわたって、住宅不足の時代でございますので、実需が殺到いたしまして値段がどんどん上がった。上がった結果、買えなくなって需要が鎮静化してくる、そういうことがわかります。 ところが六十二年のときの、これは六十一年ですけれども、値上がりを始めたときは中心部から上がり始めております。御存じのとおりでございます。私どもの調査は商業地は入れておりません。住宅地だけを取り上げて調べておりますので、中心部から住宅地が猛烈な値上がりを起こしまして、よく言われますように土地の量不足か原因で値上がりが起こったといたしますとどういうことが考えられるか。この六十一年、二年の地図からはそれが考えられないんですね。例えば住宅の量不足、この周辺のところが一番大きな住宅地でございますけれども、真ん中が猛烈な勢いで富士山型に噴火をし始めたように値上がりが始まりましたときに、この周辺部のところに大量の宅地を供給すれば真ん中の火がおさまるだろうかと。これはどう考えてもおさまるわけはないんです。つまり、値上がりを始めた原因というのが、五十四年のときには実需で、量不足が原因で値上がりをしたと言ってもいいんだろうと思いますが、六十一年から二年にかけての値上がりというのはパターンがすっかり変わってきた。量不足ではなくて質の問題、この場合は使われ方の問題だというふうに考えられますけれども、それが原因で今回の高騰が起こったというふうにも言えるのではないかと思っております。 余計なことを申し上げますと、先ほど申し上げましたように来年度から二、三年間というのは、この地価変動のサイクルからいいまして一番全国的に低いレベルになる時期でございます。それと、そのピークからピークあるいは谷間から谷間までのサイクルが七、八年ということが相変わらず続くものであるとすれば、ここのところで例えばいろいろ規制がございますけれども、最近は金利の問題にしてもあるいは融資の総量規制の問題にしても緩和方を望むというような業界の声も強いようですけれども、仮に緩んだとしても今は上がる時期ではないということは言えると思います。 私どものような研究所でこういう地価の調査までやっているということは、実を言いますとその次の項目にございますけれども、データがない。土地や住宅のことに関してもそうですけれどもデータが非常に乏しいという現実がございます。ということで、日本には土地の経済学というものがないと言えるのではないか。変な話をすれば、大学に経済学部はありますけれども不動産学部というのはございません。大体欧米の大きな大学には不動産学部というのがございますけれども、日本の場合にはございません。 昨年あたりから、その前からもそうですけれども、土地政策に対するいろいろな論議が審議会などで行われますけれども、そういう場合でもなかなか議論にならない。というのはデータがないので議論にならない。私はこう思いますということをそれぞれ主張なさるという形で審議が進まざるを得ない、データをそろえなければ、土地の状態というのは実はよくわからないのではないだろうか。土地の対策というのが常に対症療法であるというのもやはりそこに原因があるのではないかというふうに個人的には考えております。 少しとっぴな話をいたしますと、例えばがんやエイズというのは人間にとって非常に怖い病気でございますが、病原がわかりません。とられている療法というのは対症療法だけですけれども、その一方で必死の病理研究というのが続けられているわけで、そのうちには原因をつかむことができる。そうすれば対症療法ではなくてちゃんとした薬の調合ができるということなんだろうと思いますが、地価の高騰というのが土地の病気であるとするならば、地価高騰という病気を治すためには、やはりデータを積み上げて学問体系をつくらないといけないのではないだろうか、生意気なようですが、そういうふうに思っております。 結局、病理がわからない状態ですと、非常に効くであろうと思われるよう療法、創業に当たるようなもの、それも使い切れないわけです。病気は治ったけれども、本体も倒れてしまったというのではどうしようもないわけでございまして、副作用がわかれば創業も使える。例えば土地の場合で言うと、私権制限などというのは創業の部類だろうと思いますけれども、それを使った場合にどういう副作用がどこに出てくるのか、事前にそれがわかればそういう創業も使うことができるであろうということで、非常に遠回りのような感じもいたしますけれども、実は土地の経済学をつくり上げるということが一番早い道ではないかというふうに考えております。 それにしても、「根気のいるデータ整備」と書いてございますけれども、大変データが少ないということもありまして、ただ探すだけではない、みずから調査をしなければならないだろう、そういうこともあるだろうと思いますが、たとえ十年、二十年かかるにしてもとにかく始めなければいけないのではないだろうか。民間の機関も調査に動員するような形で、先ほど大学に不動産学部がないと申し上げましたけれども、不動産学会というのが三年ぐらい前でしょうか、できております。有志の先生方の集まりでございますが、そういう不動産学会に、例えば予算をつけて国から委託をするとか、そういうような形でデータをとにかく集める、整備をするということを始めなければいけないときではないかと思っております。 次の項目に移りまして、土地の問題はどうもうまく御説明できませんけれども、そんなことでまた後に回すといたしまして、住宅の方の着工数にちょっと触れておきます。 次の三ページ目の資料が住宅の着工数のグラフでございます。三本あるうちの下の二本はこの際余り問題はございません。一番上側、外側の線が着工数を示しております。一言申し上げますと、五十七年のところで谷間になっておりますが、この五十七年の谷間ができる左側のところは、言ってみれば住宅の量不足の時代、五十七年の谷間のところから右側というのは、これは量不足で住宅着工がふえているのではなくて、質の改善欲求というものが表に出てきて着工数がふえているというふうに見られます。五十七年から右というのは質の時代というふうにも言えるんだろうと思います。昭和四十七、八年のところで列島改造論、一億総不動産屋などという声も聞かれましたけれども、大きなピークがございます。今回の六十二年を中心にした、六十二年、六十三年、元年、その辺のところの山が四十七、八年の山にちょうど匹敵する高さになっております。それを御記憶いただきまして、次の四ページをめくっていただきますと、これは宅地の供給量のグラフでございます。 四十七年のところにピークがございます。やはりこのときに大規模開発が日本国じゅうで行われました。東京都の周辺でもニュータウンがたくさんできました。そのニュータウン、たくさん分譲されました大規模分譲地の上にたくさんの住宅が建っだということが、先ほどの着工の方のグラフと合うわけでございます。御注目いただきたいのは、六十二年、六十三年、その辺のところでは宅地の供給量は余りふえておりません。横ばいのままでございます。 もう一枚おあけいただきまして五ページ目に行きますと、単純に着工のグラフと宅地供給のグラフを重ね合わせただけでございますけれども、四十七年前後というのは、大量の宅地供給があり大量の住宅が建っだということが歴然とわかります。しかし、六十一年以降ぐらいのところでは、宅地の大量供給がないのにもかかわらずたくさんの住宅が建ったという実績が残っております。言い方を変えますと、宅地の供給がなくても住宅が建つ、つまり宅地の量は足りないわけではないということを言えるのだろうと思います、少し大胆な言い方ですけれども。 問題は、量が足りるか足りないかではなくて質の問題なんだろうと思います。その辺のところで、まさに量から質へという変化が起こっておりまして、それを見落としては私どもの商売も間違えますし、国の政策も間違える場合もおるのではないかということを考えております。 こうした量不足の時代が終わったということで何が起こったか、どんなことが起こったかという中から一つ拾ってみました、何が変わったかというようなことで。それが六ページ目のまた着工の方のグラフでございますけれども、上の方のグラフが「利用関係別」といいまして、住宅の種類を分けております。一番上から「貸家」、「持家」というふうに言っておりますが、それと「分譲」、このほかに給与というのがあります。社宅ですけれども、わずかな数でございますのでそれは省いてございます。 従来は持ち家の着工の方が非常に多かったわけです。ところが、五十八年ごろから貸し家の着工数の方がはるかにふえてまいりました。なおかつ、その下のグラフをごらんいただきますと面積がだんだん小さくなっております。この辺をとらえて、質の悪い貸し家が大変ふえてきたということがよく報道されております。その面もある程度はありますけれども、それだけではない別の根本的な原因があると思われます。 それが、八番目の言葉になっております「貸家新時代」などと言っておりますが、従来貸し家というのは、持ち家を持てない人が持ち家のかわりにアパートを借りて住んだ、貸し家を借りて住んだ。ベースになっているのは一世帯一住宅でございます。そういう形で貸し家が使われましたけれども、現在の貸し家というのは、自宅のかわりに、持ち家のかわりに貸し家を借りるのではなくて持ち家がある上に貸し家を借りる。大学生あたりでも、おやじと余り仲がよくありませんとすぐ飛び出して、独立してアパートを借りたりなんかという生活をいたしますし、女性の社会進出が多くなれば、当然のことながらそういうところでも単身者用の、女性用のかなり質の高い貸し家が大きな需要量を示します。 あるいは単身赴任というような形、これは持ち家がふえますと単身赴任がふえるわけです。お母さんと子供はなかなか動こうとしないわけで、男性だけが単身赴任をするということになりますけれども、そういう形でも貸し家がふえます。ということで、一世帯で複数の住宅を利用するようになった。小人数で利用いたしますから、当然のことながら床面積は小さくてもいい。ただし、冷暖房はもうビルトインされているというようなグレードは非常に高い貸し家でございます。 問題は、ワンルームマンションなどで管理の問題で悪者にされておりますけれども、一つの時代の流れとしてこの貸し家の問題が出てくる。それの背景にあるのもやはり量不足ではなくて質の問題に変わっているということであろうと思います。 時間が足りなくなってまいりましたので、少し急ぎます。 次の七ページのグラフをごらんいただきますと、これも量と質の関係を示すグラフでございますけれども、住宅需要実態調査というのが五年置きに行われております。上の方の棒グラフ、その中で住宅に困っているとか不満があるという世帯の数でございます。 一日しておわかりになるように、不満世帯がその網目をかけている黒い部分でございますけれども、五年置きにどんどんふえております。これは常識的に言うとおかしいわけでございまして、新しい家がどんどん建っているわけですから不満は減らなければいけないんですが、逆に不満がどんどんふえてくる。 どういうことかといいますと、その下の理由のところに円グラフがございますが、理由がどんどん変わってきております。初めは住宅が狭いというような不満点であったわけですが、それが五十八年、右の上へ行きますとかなり狭くなりまして、逆にプライバシーの問題などがかなり出てまいります。六十三年あたりになりますと突如として駐車スペースなどという不満が飛び出してまいります、現状も車庫規制などでニュースになっております。つまり、不満の内容がどんどん高度化をする、これぐらいのことでぜいたくになってきたとはとても言えませんけれども、内容はどんどん変わりつつあるということで、やはりこの辺のところでも住宅、土地に対する政策というものをフローからストックという面に光を当てて、焦点を当てて考えなければいけないのではないだろうか。 一つの例で言えば、個人が物を買うときに国がお金を貸してくれるというのは住宅だけでございます。金融公庫から貸してくれるわけですが、この場合も新規需要の場合にはかなりの額を貸していただけますが、例えば買いかえをするような場合には余り恩恵に浴せないわけでございまして、あるいはマンションのようなものは買いかえなければ住まいの改善ができないわけでございますので、そういう場合に大体欧米諸国ですと、居住用財産の買いかえというのは実質的にほとんど無税というのがどうも常識のようでございますけれども、日本の場合にはそうはいかないわけでして、買いかえるよりは建てかえる方が税金が取られないというんで、実際は建てかえは大変なんですけれども、一戸建ての住宅の建てかえを勇敢になさるという方が大変多いわけでございまして、その辺のところもそろそろ考えなければいけないところではないかというふうに思っております。 住宅が足りた足りたというふうに言っておりますけれども、どんなぐあいに足りているのかというふうなものを見る場合に、実は日本の全世帯の中でどれくらいの人たちが、どれくらいの世帯が住宅を所有しているかという所有率がわかりません。統計がございません。 八ページの表をごらんいただきますと、下の方の表の真ん中ぐらいのところに持ち家比率などというのがあります。これが常識的には所有率だと思われておりますけれども、この持ち家率というのは所有率ではございませんで、自分の家に住んでいる人の率でございます。つまりこの調査の場合には、調査員が各家庭を訪問しまして、今あなたが住んでいるこの家はあなたの所有ですかというような聞き方をいたします。ですから、東京に持ち家があって地方に転勤をしているサラリーマン家族があるとすれば、それは持ち家ではなくて、持ち家族から外されてしまいまして貸し家族になります。つまり、持ち家率よりは所有率の方が必ず上回るという、そういう数字になるはずでございまして、いろいろな数字を集めまして推計をいたしますと六三%ぐらいかなという数字が出てまいりますが、正確なところはわかりません。 先ほどデータが足りないと言いましたけれども、一番基本的な数字である住宅の所有率がわからないというような程度でございますので、データ整理もかなり大変なことであろうとは思われますが、とにかく始めないといけないのではないか、繰り返しそのことばかり申し上げております。 それから、持ち家の人たち、持ち家族というような言い方をしておりますが、持ち家族というのは所有している人だけではなくて相続も考えなければいけません。所有率が上がってくれば当然相続もふえてまいります。現在貸し家に住んでいて、いずれは親から家が相続できるというふうに言っている人たち、相続可能の世帯、それを貸し家居住の人たちからピックアップいたしまして、東京都の場合を調べてみますと、これは住宅金融公庫の調査でございますけれども、所有している人と相続が可能な人を合わせまして八割を超えるという数字が出てまいります。八割ぐらいが相続を含めた持ち家族と言われるわけでございます。 こうなりますと、日本の住宅政策というのは持ち家政策でございますけれども、持ち家政策の中に、相続をどうとらえていくのかということのスタンスが一つ問われるべきではないかという気がしております。つまり、相続税を上げるというようなことがあるとすれば、持ち家というのは一代限りで切ってしまって、そこでいわば取り上げて富の再配分を図るという考え方に立つことになるのだろうと思います。それはそれで立派な一つの考え方でございますけれども、どうもその辺のところが、相続税などの問題とそれから持ち家政策ということの間に何かしっくりしないというような感じを個人的に持っております。 それから、やはり量が足りた後での問題というのは、そこの次にあります建てかえとか買いかえの更新需要でございますね。地価高騰というのが非常に大きな社会問題ではありますけれども、既に持っている人たちあるいは相続できる人たちにとっては、地価というものとは無関係に住宅を買ったりつくったりすることができる、それが全体の八割の市場に達するわけです。言ってみればここも政策無風地帯。もちろん持っていない、持てない人たちに対してどう政策で援護していくかというのは非常に重要な問題ではございますけれども、全体の八割の市場を全くの無風状態で見ていないでもいいのだろうか。実を言いますと、住宅地の再開発の問題という大変難しい問題がございまして、建てかえを全く個人の何といいますか、権限の中で自由にやっております。私どもにとっても実は大切なお客様でございますけれども、政策としてそれでいいのかどうかというのとはちょっと別の話ではないかというふうに思っております。 なお、相続の方の問題は資料の方の九、十、十一ページあたりに書いてございます。 時間になってしまいました。一つだけあとつけ加えておきますと、注文建築というやり方、注文住宅という家の建て方、日本では当たり前でございますけれども、世界じゅうで注文で家をつくるというのは日本だけでございます。欧米の場合には分譲スタイルで住宅を手に入れるわけでございますね。有名なビバリーヒルズのようなああいう高級住宅地でも分譲で手に入れるというのが当たり前の手段でございまして、自分で注文をして自分の地面の上に好き勝手な家をつくるというやり方は日本だけでございます。これはいろいろな面でいろんな影響を及ぼしております。日本に都市計画がないと言われるのも、大もとをたどりますとその辺のところに落ちつく、あるいは土地そのものが商品化をしてしまうというような、これも注文建築というものが一番のベースにあるのではないか。 時間になりましたが、ちょっと余計なお話をさせていただきますと、例えばここにアメリカの不動産のカタログがございます。販売用のチラシですね。これは西海岸の方のプールつきの非常に立派な家で六百四十八万ドル、百四十円のレートで計算しますと九億円ぐらいの大変立派な家でございます。 それから、アメリカのホテルなどへ行きますと、フロントのところにこんな不動産のパンフレットがよく置いてございます。商売柄ぱっと持ってくるわけですけれども、中に物件の紹介がたくさんございます。これはアトランタのホテルに置いてあったものですけれども、七百万から三千万ぐらいまでの家ですね。ほとんどが中古です。こちらも中古といえば中古なんです、豪邸ですけれども。 この不動産広告の中で、見ていて気がつきましてびっくりいたしましたんですが、一つ大きく欠けているものがあります。それは何かといいますと土地の面積がどこにも書いてないんです。日本だと考えられないですね。不動産広告で何が書いてなくても何坪あるか、何平米あるかというのが、敷地の面積が必ず出ているわけですが、アメリカの不動産の広告にはどこにも書いてないですね。部屋の大きさは書いてあります。家の大きさはわかりますけれども、土地の広さがわからない。やはりそういう面の常識の違いというのが非常に大きくあるようでして、今後日本の経済がこのまま強い状態が続く、そうしますと、文化も自動的に諸外国へ流れていきますし、日本の経済学の体系みたいなものも外国に流れていく可能性が多分にあるのではないか。最後にそんなことを拾い上げたわけですけれども、そんなことが大きな経済摩擦の種になるようなことがあっては大変ではないかというふうに実は考えております。 十二ページに、大変字が小さくてごらんになりにくいかと思いますけれども、日本の東京の土地の数字を一〇〇にした場合に、世界各国の町の地価がどれぐらいに当たるかということを抜き出してみました。これは私どもの計算ではなくて、下の方に注がございまして、不動産鑑定協会というところでなさったわけですが、東京を一〇〇にいたしますと世界各国のレベル、二とか三とかいう数字でございます。その辺のところでも大変な違いがあるという、そのことだけ最後にお伝えしておきます。 少し時間をオーバーいたしました。
○会長(遠藤要君) それでは、これより参考人に対する質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○鎌田要人君 鈴木参考人には大変克明な資料の裏打ちのもとに貴重なお話をいただきまして、心から御礼を申し上げます。 時間の制約がございますので、私は冒頭に、鈴木先生データがないということを大変強調されました。私も全くそう思うわけでございますが、これに関連しまして、この二十日に国土庁の方から国土利用計画法の施行令に基づきます都道府県の地価調査、いわゆる基準地価、これの公表がございました。東京が一%下がったあるいは大阪圏では二けた下がった、名古屋は逆に上がった、そういったようなまだら模様ということもございましたが、これに関連をいたしまして、これは新聞の記事で恐縮でございますが、二十一日付の日経で「宅地開発に支障きたす 不動産業界」という囲み記事がございました。この中に不動産会社の社長さんの実名を挙げまして、「実態とかけ離れた統計数字を根拠に、総量規制などの政策判断が行われるのは極めて遺憾」と大変厳しい御批判があります。 私はこれを見て大変残念だと思いますのは、全国でたしかこの基準地価、都道府県全体の地域につきまして二万五千七百三十四地点、公示地価の地点よりも多いわけでございますね。そういうところについて、それぞれの地域で大変な手間暇かけて、国民の貴重な税金をかけてやられたこの基準地価というのが、専門家の皆さんから見ると一顧だに値しない、逆に言うと、そういうものをもとにして総量規制なんかやったら大変なことですよと言わぬばかりの、そういった、現実にこの基準地価というのは、根拠のない実態から離れたものなのかどうか、御専門の立場から率直にこれをお伺いいたしたい。 また、時間がございませんので一緒にお尋ねをいたしますが、先ほど、地価は明らかに鎮静化の傾向にあるというお話がございました。あるいは私のこれはちょっと聞き違いかもしれませんが、私は、今の段階ではいわゆる融資の総量規制、軽々にこれを緩めては心理的なやはり効果というものもあり、あるいはまた再び消えかかったバブルが出てくるのじゃないか。私は非常に保守的な人間でございますので、そういう感じを持つわけでありますが、今先生のお話では、総量規制を緩めてもそう地価は上がる状況にないんじゃないか。その根拠をひとつお教えいただきたいのでございます。 それから第三点は、先ほどの新聞記事に関連をしてでございますが、ちょうど先生に関係のありますミサワホームの三沢社長が、「総量規制は優良な宅地の開発にも影響を与える。融資を受けられずに開発が遅れれば、さらに地価が上がり、住宅が値上がりすることになる」、こういうことをおっしゃっておられます。先生がおっしゃったことではありませんので、人の言ったことだといえばそれまででありますが、不動産業界でそういうやはり空気がおありなのか。私ども外部から、あれよあれよというこの狂乱地価を見ておりました者からしますと、どうして総量規制の前にこういうことができなかったのか。総量規制は去年の四月からでございますね。その総量規制があるから優良な宅地の開発がおくれるんだ、どうして総量規制の前にそういうことができなかったのか。その辺のところのメカニズムと申しますか、という点もお教えいただければ大変ありがたいと思います。よろしくお願いいたします。 以上でございます。
○参考人(鈴木徳彦君) 大変難しい御質問ばかりで、一番おしまいの方から答えさしていただきますと、三沢社長だけではなくて、業界の中ではやはり非常に苦しいという声が最近強くなっております。やはり不動産というのは先ほどお話ししましたように、もう御存じのように、非常に日本の地価は高いものですから、それを素材として仕入れて何かの開発行為を行おうとすれば膨大なお金がかかるわけでございますね。それはやはり借り入れで賄うというのが常識でございまして、もちろんひどい開発、あるいはバブルに乗って踊っているような、そういう余り真っ当でない開発というものももちろんあるでしょうけれども。例えばそうですね、マンション一つ建てるにしても三年ぐらい前から準備をしなければいけない。そのための借り入れをやはり必要量しなければいけない。本当に役に立つようなまともな開発そのものも総量規制ということで網をかぶせられてしまいますと何もできなくなってしまうというような面は、確かに業界の中の声として強くあります。 ただ総量規制が、先ほど地価変動のサイクルが七、八年ということ、それから一年半前後ぐらいで次々の圏域に波及をしていくというようなお話をいたしましたけれども、もちろん総量規制をかけるとかあるいは監視区域制度を強めるとかと、対症療法ですけれども、対症療法をやることによってその時期を早めたりあるいは下落傾向を強めたりとか、そういうような効果はもちろんありますけれども、何というんでしょうか、それだけで全部が動いているというわけでもないわけです。かなり両方でもって、左右されるにしても、もともとのサイクル的な力というのは非常に強い感じを持っております、多分に調査を担当している個人的な感覚かもしれませんが。それが今のサイクルの時期であり、先ほど言いましたように全部が今落ち始めているところですね。首都圏は一番の最低の時期でもつ一で、今までの経験上で言えば三年間ぐらいはじっとしている時期に当たるわけです。ということで、時期的には今規制を緩めてもすぐまた地価が上がるというようなことは、これはまずあり得ないだろう。 先ほど地図をお回しいたしましたけれども、今回の六十一年、二年の高騰に至る前にどういうことが起こっているかといいますと、先ほどお見せした地図がここにありますが、その前には中心部が黄色くなっています。その前は中心部が青くなっております。全体が灰色でほとんどマイナスの上昇率であった時期から真ん中がかすかに青くなる、つまり値上がりを始めるわけです。それから、その青の中に黄色がまざって、なおかつ青い部分が大きくなっている。そして、次には中心部から猛烈な高騰が始まるというような推移が見られるわけですけれども、これが間が飛んでしまって、真ん中が青くならないうちにいきなり富士山型に、爆発的に地価高騰が起こるということはちょっと考えられないわけです。 ということで、今から二、三年の間というのはまず鎮静化したままであろう。逆に言うと、そこが一番いろいろな療法の打てるときですね。高騰しているときには手がつけられませんので、ちょうど鎮静化する時期二、三年、ここのところはそれに当たるだろうと思います。地価対策を基本的、根本的に何か打つとすればいい時期に入っているわけです。いつまでも総量規制、監視制度ということだけにこだわらずに、それは外しても、よく言われますように、利用計画そのものに手をつけるということが対症療法ではないにしろ直接的な療法になるわけですけれども、そういう療法に乗りかえるということも大事なんじゃないだろうかという気がいたします。 またそれから、総量規制というのは地価対策のためだけに使う手ということでもないようでございましょうし、ほかの分野への影響ということも出ているようにも聞いております。その辺のところの兼ね合いもありまして、地価対策を別な形に変えてもっと基本的な問題に触れていく時期ではないかというふうにも考えております。 それから最初の御質問の基準地価ですけれども、私どもが地価調査をやってみてよくわかるんですが、その地価調査の結果を何に使うかということで調査のやり方が違うんだと思います。巷間その地価については一物四価であるとかそういうことか言われますけれども、その調査目的がはっきりしているのであれば一物四価であっても差し支えないんだと思います。その地価調査の結果をどう使うかということの問題、今までそう言っては大変申しわけございませんが、例えば公示地価が何となく一番基本的な調査として同じやり方で繰り返し行われてきた、そういう地価調査があるから全部をそれに寄せてしまって、例えば相続税を八割方にするというようなお話がここに出ておりますね。公示地価を持ってきて、それの八割方をもって相続税のベースとするというような考え方というのはいいようでいて実は危険もあるのではないだろうか。税金を決めるための地価調査であるならば、それはそれできちんとした性格を盛り込んで行わないといけないのではないだろうかという気がしております。 ただ公示地価、基準地価は当てにならないということではないんだと思います。私どもがやっている実勢価格に一番近いなどと言われておりますけれども、それと基準地価というものはやはり調査の目的が違うと思いますので、数値が違うのはそれは当たり前の話で、その目的をしっかり踏まえた上でその数値を読まなければいけないんだと思います。 それから、二番目の鎮静化のお話はさっきちょっと含めてお答えをしてしまいましたので、よろしければ……。
○鎌田要人君 どうもありがとうございました。 それでは、今のお答えに関連しましてお尋ねをいたしますが、私がお伺いいたしましたのはそこのところをもう一つ突っ込んで教えていただきたいのですけれども、私は今練馬に住んでいるんです。たまたまお隣の御主人が亡くなりまして、それで相続税を払うために百五十坪の土地の五十坪を売られた実例を目の前で見ているわけですけれども、ちっとも下がってないんです。狂乱地価のもとで、言い値とされたものからちっとも下がってない。だから、これは本当にそういう意味では一物四価といい、いろいろありますが、本当に地価というのはデータ不足とおっしゃいましたが、それと同時に、本当に何の目的に使うかによって地価がこんなに変わりますと、なかなか客観的な評価というのは難しいな。 そういう中でやはり都心部は、本当にこれはあれだけ事務所の地価をきっかけにしまして、もう正直言って手が届かなくなっている。需要者の方がもう追いつけなくなっている。周辺部の場合ですと、今まで例えば五十キロ、東京駅から五十キロのあたりに住んでいた人は少し安くなったならば少しでも近いところへ来る。そういう買いかえ需要というものも出てきて、今融資を緩められるとやはり投機化する可能性が非常に高いのではないかという気がしてならないんです。そこのところをもう一つお教えいただきたいということです。 それから、このように地価が鎮静化してきましたことにつきまして、私どももこの税の問題あるいは融資の問題、基本的には日本の土地利用規制というのが非常に大まかでおくれておる。この三本の柱を総合的に組み合わせてやってきておる。またこれからもやらなければならないと思っておるわけですが、このように、今日おっしゃいますように鎮静化してきたことについて一番大きな貢献をしたのはどれが大きかったとお考えになっておられますか、それをお教えいただきたいと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) またおしまいの方からお答えいたしますと、やはり一番効いたのは融資の総量規制というのが、これは何といっても効いたと思います、取引がとまってしまいましたので。需要がなくなってしまったわけではなくて取引そのものが停止をした、これの力が非常に大きいと思います。それからやはり金利の問題もございます。それから、最近は余り効かなくなりましたが、当初非常によく効いていた療法、対症療法というのは監視区域制度です。両横綱という点で言えば監視区域制度それから融資の総量規制、この二つかと思います。 それから、大変前半も難しい御質問で大事なことだと思いますけれども、すぐ御近所でもって地価が全然下がらなかった、そういうこともあると思います。その反対に非常にすとんと下がってしまったという、それが最初から少し繰り返し過ぎたかなと思いましたけれども、量と質の問題なのではないか。まきに土地の質、具体的に言えば例えば環境のようなものですけれども、ああいうようなもの、立地条件とかそういう場所によりまして非常に物すごい勢いで値上がりをしたところ、余り値上がりをしなかったところ、逆に値下がりを始めたときに物すごく深い谷間になってしまったようなところ、あるいは下がらなかったところ、そういうのがまだら模様になっているんですね、東京でも大阪でも。ということでその一つ一つの土地の特性によってかなり変動率が変わったということが今度の一つの特徴ではないだろうか。それも、やはり量の問題ではなくて質の問題であろうというふうに考えております。 それから、周辺地域に買いかえをどんどんしていく、これはまさにそういうことでますますスプロールをしていく、一人一人が、個人個人が自由に土地を買って、先ほどの注文建築ですが、自由にその上に家を建てられるという制度になっておりますので、今までの財産である都心近くの土地を売ってさらに広い、あるいは緑の環境のいいようなところの周辺部に買いかえていく、そういうことというのは起こり始めております。それをとめる方がいいのか、とめない方がいいのかという難しい問題もございまして、一番の都心部の都心三区と言われるようなところはそういうことのために住民がどんどん減っていってしまっております。 ただ、それは個人が恣意的にそういう買いかえをするということ以外に、都心部ではとてももう相続税が払えないんでこの際売ってしまって買いかえるというようなこともございます。そういうことはやはり総合的に見て、多くの対策というのは法人目当てに行われるんだろうと思いますけれども、個人の居住用財産に関してはかなり例外的にいろんなものが扱われるんでしょうが、でもやはり基本姿勢がそういうことであるならば、影響というのは個人の面にもどうしても出ざるを得ない面もあるのじゃないだろうか。その辺のところの総合的なとらえ方、殊に個人の居住用財産をどうしていくかということをきちんとしたスタンスで初めから決めておいて考えるというようなやり方が大事なんじゃないかと思います。 お答えの一つになるかどうかわかりませんが、例えば市街化区域内農地、練馬区、杉並区、世田谷区あたりには農地がたくさんございます。それを税制を変えることでどんどん吐き出させようというような話がございます。それはそれでいいんだと思いますけれども、その農地を利用する計画というものを最初からかなり具体的につくっておきませんとマンションが幾つか建っておしまい。まさに東京にとってはとらの子の土地です、これは。それしか残っていないというぐらいのとらの子の土地を簡単に使い尽くしてしまっておしまいになってしまうというような懸念がございます。余りいい考えではございませんけれども、例えば農地というのはどんなに狭くても五百坪やそこらはあります。五百坪ありますと敷地が五十坪、東京の敷地は狭いですから五十坪ぐらいで相当いい家が建つわけです。五十坪の家を建てるとすると十軒建つわけです、五十坪の土地に区切ってやりますと。そうしますと、五百坪の農地がある場合にはどこの十軒を持ってくるか、その隣のすぐくっついて住んでいるところの町並みが古ければそこに働きかけて十軒分先につくってしまって、つまりいい市街を構成しておいてそこへ引っ越すような形でかわっていただく、そういう場合にはいろいろなプラスアルファもつくというような政策でやれば、そこの農地の使い方というのは非常に具体化して利用計画が決まるわけです。 そういうことをしないでいて、ただ農地を吐き出させるという政策をとりますと、先生がおっしゃったようなそれが狭い規模、都心に近いようなところでやはり起こってしまうということではないかと思います。余りどうもうまいお答えになりませんで申しわけございません。
○鎌田要人君 どうもありがとうございました。結構です。
○日下部禧代子君 データがないとおっしゃりながらも大変的確で実証的な統計をお使いになりまして、大変示唆に富むお話をいただきまして本当にありがとうございました。 まず、お言葉の中で私もそうだなというふうに思いましたことは、土地の経済学がない、つまり土地や住宅に関する研究体制というものが日本ではまだ確立してないということを御指摘になりまして、私自身もそういうことを深く感じておりましたので全く同感でございました。 私自身の経験を申しますと、私が学びましたイギリスの大学では、私は政治経済学部の社会政策学科だったんですけれども、ソーシャルセキュリティーやら教育、医療その他の中に住宅という、いずれかを選ぶことになっておりましたけれども、私は自分の指導教官から住宅問題が大切なんだよ、社会政策の中で最も重要な基本的なものは住宅だと言われながらも、その当時全然そういう認識がございませんで、今そのことを、自分自身のことを思い出しながらお話を興味深く聞かせていただいておりました。 日本の研究体制、そういった住宅問題あるいは土地問題に対しての研究体制の不備ということの一つに、やはり学際的な研究体制がこの問題に対してないんじゃないかなという気が私はしております。 例えば、イギリスにおきましては住宅あるいは土地問題の研究者といいますと社会経済学者、政治経済学者、それから社会学者、法学者、都市、地域、農村計画の研究者、地理学者、それから統計学者、不動産学の学者、もうもろもろの学際的な学者が研究体制を組んでおります。ところが、日本の場合にはそういう体制どころかいわゆる土地の経済学というものさえない、学会はあっても不動産学部もないという、これはなぜでございましょうか。 そのことと一緒にお聞きしたいのでございますが、先ほどアメリカのパンフレットをお持ちになりましてお話がございましたけれども、御本などを拝見いたしますと、海外の事情にもお詳しくていらっしゃるようでございますので、欧米との土地、住宅に関する常識の違いというようなものについてもまず最初にお伺いしてみたいと思います。私は、データがない、それに理論がない、その上哲学がないというふうな感じがしておりますが、そのことも含めましてお話を承れればと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) 大変重要な御質問でございまして、とても私などにお答えができるようなあれではございませんけれども、感じているままを申し上げますと、学問体系がない、なぜかということに私も前から疑問を持っていましていろいろ調べてもみたんですが、どうもはっきりわからないんです。ただ言えるのは、どうも日本の気候が一番大もとにあるのかな、気候風土でございます。 例えば、日本の戦後の復興というのは当然衣食住が中心ですから、何から始まったか、食べることから復興が始まりました。次に衣に行きましてそれから住むところ。というのは、日本は文明諸国の中では一番熱帯に近いわけです。温帯、温かいところなものですから、食べる物を食べて、ぼろでもまとっていれば橋の下で寝て起きて暮らしていても何とか暮らせる。戦後、実際バラックに随分暮らした経験がございますけれども、住んでおりました。あるいは地下ごうに住んでいる人もおりました。二年ぐらいそんな状態を続けたなんという人もありました。そんな生活をしていても死なないわけです、日本の場合には。ところが欧米の場合、例えばヨーロッパ、戦災を受けたという点ではドイツとかイギリスあたりでもミサイルを飛ばしっこしましたんで大分やられておりますけれども、あちらの場合には復興を住むことから始めませんと生きていられないわけです。一冬に寒波が何回かやってまいります。ちょっとした寒波が来ると現在でもかなりの人が死にますので、もう冬の寒さというのは大変な敵でございます。 ですから、国が国民に対して何をしなければいけないのか。日本の場合には食べることをまずやらなければいけなかった。ところが、ヨーロッパの場合には住むところを提供してやらなければいけなかった。その辺のところから始まるわけです、 ということで、それに注文建築という日本の習慣が加わりまして、戦後まさに東京周辺部に向かって大変なスプロールを起こしていくわけです。都市計画なんというのは全くそっちのけで勝手に住むところを占拠、占拠といっても悪い意味ではありませんけれども、合法的に手に入れて住みついていく。 ところが、ヨーロッパの場合にはそういう住み方をすると命が保障されませんので、しかも国が提供する場合には二戸建てで提供するよりは集合住宅、つまりマンションのような形で提供して、エネルギー設備を考えるとかあるいは町の計画を考えるとかいうやり方をしてまいりました。日本のように一戸建ての注文建築という習慣がございませんから、集合住宅をつくってそれを分譲なり賃貸するなりして国民を住まわせるということをやっていってヨーロッパの町ができ上がっていく。土地の利用の仕方について、一番基本的なところから住み方の違いというようなものが存在をしたんだろうというふうに思います。 それによってヨーロッパ流の戦争の仕方があったり、日本流の戦争の仕方があったりというようなことも言えるんだろうと思いますけれども、そんなことがベースになっていて、ヨーロッパの場合には土地というものはみんなが共同で利用するものだという意識が初めからあるということで、それの利用の仕方について学問体系が組みやすかった。 日本の場合には、それこそ勝手にやっているうちに土地が強力な商品としてあるいは資産として世の中にまかり通るようになっていった。戦後のわずかな時間ですけれども、その中でそういうことが起こったんではないだろうか、戦前からあった習慣ではないわけです。戦前にはもちろん注文ではありましたけれども、今のように当たり前に土地が商品化しておりませんでしたし、注文建築も当たり前ではなかったわけで、一番の根本的な理由というのはその辺のところから始まって、いまだに日本の場合には学問体系がそろわないままに来てしまっている。土地だけは強力な商品として経済の根幹に居座ってしまうようになりましたので、そこで手がつけられなくなってもう当惑をしているというような、そんな感じじゃないかという気がいたします。 うまいお答えになったかどうかわかりません。大分常識の違いというのは根強くあるようです。 日本の資本がハワイを占領したとか、オーストラリアでは門戸を閉じたとかいろいろ起こっておりますが、まさに土地本位制と言われるような経済体系が世界じゅうに今のまま流れ出していくと危ないんではないだろうかという気もしております。
○日下部禧代子君 どうもありがとうございました。 またお話の中で、創業というお言葉がございましたけれども、いわゆる対症療法ではだめなんだということをおっしゃっておりましたが、今までのさまざまな土地、住宅に、特に土地に対する政策というのは対症療法であったのではないか。それでは先生のお考えになりますいわゆる創業とも言える処方というのはどういうものでございましょうか。そして、副作用への準備というものがなされれば、そういった創業も使われるのではないかという御論文も拝見しておりますけれども、その中にいわゆる私権の制限だとか、あるいは地価凍結というふうなことも創業の一つだというふうにお述べになっていらっしゃる論文を拝見いたしておりますけれども、その点を含めまして御意見を承りたいと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) 私は名医ではございませんので、医者の資格も怪しいと思っております。ちゃんとしたそれこそ学問体系ができていて、立派な先生方がいらっしゃれば私なども出る幕はないんだと思いますが、私がお呼びをいただくというようなこともやはり学者先生がいらっしゃらない、専門の方たちがいらっしゃらない。時々笑い話的に言うんですけれども、土地の専門家の先生方に何か御相談しよう、だれがいいかなということを指折り数えますと、五本の指を折るのが精いっぱいでして十人まではなかなかいかないんです。つまり、それぐらい学問が貧弱だということなのかなという気もしております。余計なことを申し上げました。 それで、何が創業でどういう処方の仕方があるか、これはまさに今はわからないんじゃないか。当然私にはわかりませんけれども、これは今専門家と言われている方たちでもわからないんではないだろうか。ですから、どうしても出てくるものは、審議会というのは病理研究の場ではありませんから、対症療法を生み出す場でございまして、病理研究というのはもっと別なテーブルがないとできないんだと思います。しかし、土地についてはその病理研究をするようなテーブルがいまだにどこにもない。それをつくることが大事なんじゃないかという気がいたします。 その病理研究のテーブルにやはり資料をのせてあげませんと、いかな名医も、例えばがんやエイズが危険な病だということはもうよくわかっていますけれども、世界じゅうのがんやエイズのお医者さんを集めて審議会を一年間開きまして、それでがんやエイズが治る療法が出てくるか、出てくるはずはないですね、これは。病理研究というものとどういう療法を取り上げようかということを審議する場とは違うわけですから。土地の場合も全く同じなんだと思いますけれども、相変わらず病理研究をするテーブルがない。それをやっている、病理研究を続けているうちにその劇薬が多分見つかるんだろうと思います。今思いつくのは私権制限とか地価凍結とかそれぐらいのことしかないということなんです。 これは、まさに効くことはだれの目にもはっきりしているのだろうと思うんですけれども、それは病気には効きますけれども、ひょっとすると経済を殺すかもしれないという心配もあるわけです。殊に日本の経済を殺すかもしれない。少し言い方が危険かもしれませんが、例えば今さまざまな療法が効いて、それから地価変動も一番低いサイクルのところに来ておりますからと申し上げておりますね。そういうこともありましてひょっとすると経済の減速ということに拍車をかけているのかなと、わかりませんけれども。 つまり、総量規制というのは対症療法ではあったけれどもかなりの創業であった。それで取引がとまってしまって土地の経済そのものが、これはもうまさにバブルはつぶれていると言ってもいいのかもしれませんが、かなり危なくなってきているわけです。同時に、そのほかにも影響を及ぼし出しているとすれば、本来はどこまで考えてその創業を使ったかということは私は存じ上げませんけれども、ひょっとするとある程度無意識に使ってしまった創業が効き過ぎてきているのかなという気もするんです。その辺のところが初めから、いやそういう副作用が起こるのはもう当たり前だ、大丈夫だよと、そこまで行っても死にやしないよという、そういう自信が病理研究をやった上でついてくれば使えるんだと思います。私権制限とか地価凍結というのはそういうレベルの療法ではないかというふうに思っております。なかなかこの伝家の宝刀はそういう意味では抜けないんだろうと思います。
○日下部禧代子君 今いわゆる高齢化社会というふうなことが言われておりますけれども、どうも高齢化社会というイメージが大変に暗いイメージになってしまっております。しかしながら、考えてみれば人間は長生きするということはずっと望んできたわけでございますから、多くの人々が長生きになるということはこれはうれしいことであっていいはずでございます。しかしながら、そうならない非常に大きな原因の一つに、お年寄りや障害を持った方が安心して暮らせる、あるいは散歩を安心して楽しめるというふうないわゆるアメニティー水準の高い住環境がないということ、このこともかなりこの高齢化社会を暗くしていることの一つではないかなというふうに思います。 そういうアメニティー水準の高い住環境を含めたさまざまな条件を整えていけば、高齢化社会というのは落ちついた、ゆとりのある本当の意味での大人の成熟社会ということになり得るんじゃないかというふうな気もするわけでございます。先生のお考えでどのようなアメニティー水準の高い住環境を、お年寄りや障害者が安心して暮らせるような本当の意味での豊かな住まいと町づくり、そしてそれを含めた都市計画。どうも日本の今までの住宅の建築というのは都市計画というトータルな見方、あるいはまたその人の一生ということを考えない、部分的ないわばまだこちらもトータルではない発想のもとに住宅建築あるいは町づくりというものが今までつくられていたような気がするわけでございますが、その点で自治体におけるいわゆる地域の再開発というふうなことも含めまして、御提言をいただければというふうに思います。
○参考人(鈴木徳彦君) 高齢化社会、本当に大変なことだろうと思います。そのために、例えば東京の中でおっしゃるように非常に環境のいい高齢者用の町がつくれるか、至難のわざだと思います。先ほどの劇薬の話ではないですけれども、いろいろ私権制限をして利用計画を立ててということが可能であればやれないこともないでしょうけれども、それは言葉の上では言っても実際は不可能なんだと思います。少し後ろ向きの感じがしてしまうんですけれども、キーワードの後ろの方に書いておきましたが、十七番です。マルチハビテーションというような形が自動的に始まっているわけです。 例えば、通うには少し遠過ぎる、よく挙げられる例が高崎ですけれども、高崎あたりに自宅を持っていて新幹線通勤をして、それで東京には設備のいい狭いアパートを一つ借りていて両方を使い分けながら仕事をする。休日が大分ふえてまいりまして週休二日制というのはもうほとんど定着をしてまいりました、三日制のところももう珍しくはなくなっているという、人生のうちの半分近くの時間が休日だというような生活がもしできるとすれば、勤務をしている時間は今までどおりであるとしても、あいている方の時間を何もごみごみした東京の中で暮らすこともない。殊にお年寄りであればなおさらそうかもしれませんけれども、子供が育つ環境としても東京よりはむしろ高崎周辺の自然の方がいい、そういう考え方もできるんだろうと思います。 そういう形で社会のあり方が変わっていく、休日がふえていくというようなことを一つのてこにして、環境のいいところに、生活都市などという言い方をしておりますけれども、ビジネス都市と生活都市というような、東京はビジネス都市であるとすれば生活を楽しむための都市というような形で生活都市というようなものが周辺にある。ベッドタウンではないわけですね。ベッドタウンというのは仕事のための寝る場所というだけの意味ですけれども、そうではなくて生活を楽しむ、片一方は仕事をする町という、そういう位置づけをして生活都市みたいなものを、日本の場合には幸いにして狭いですから、例えば郡山近辺にそういう生活都市を、これは計画的につくらないといけませんけれども、郡山近辺ぐらいに生活都市を一つつくっておきますと、そこから東京に人間を送り出せますし、当然仙台にも送り出せますし、山形の方にも送り出せます。ベッドタウンではなくて、生活都市という生活のベースがあってその近隣のビジネス都市に人間を送り出すことができる、そういうようなやり方がある程度可能かな。 しかも、情報化社会になってまいりまして、いろいろ通信、連絡をとるという意味では何不自由なく幾ら場所が離れていてもやれるという状態になってきます。その辺をうまく組み合わせるとそういう暮らし方というのが可能であるかな。これはアメリカではだめなわけですね。隣の町へ飛行機で行くというようなそういう距離ではとてもだめですけれども、日本の場合には逆に狭いですから、鉄道のような交通機関を利用するだけで結構行き来ができるという、そういう地の利を生かしてやってみる手もあるかなというふうに個人的には思っております。アメリカのように高齢化社会といいますと、非常に有名なのはサンシティーという老人の町があります。何万人という御老人だけが住んでいるという、これは日本人の感覚には合わないんじゃないかと思うんですけれども、それよりは今申し上げたような生活都市のようなものがむしろいいかな。 その場合にでも、おっしゃいますように重要なのは都市計画なんです。日本のように一人一人が勝手に、合法的に自分の土地を五十坪、七十坪、三十坪というふうに手に入れまして、その上に勝手な家をつくっていきますと初めから町ができないわけですね。そうやってみんなが住みついて百戸、二百戸、千戸になったときにそれを町と呼ぶという、そういう言い方なわけですから計画も何もない。ところが、欧米型の注文ではなくて全部分譲形式で家をつくるというやり方をしますと、ちゃんと住居地域というもの、それに見合う商業地域とかあるいは文教地域とか、生産地域とか、そういうものの配置が町全体で、町を一つの有機体として構成することができるわけです。 日本の場合には、繰り返しますが、私どもにとっては大変大事なお客様ですけれども、注文で家をつくるというような習慣がかなりブレーキをかけている面があるわけです。それがいけないんでやめさせるということではなくて、そういうこともちゃんと踏まえた上でその利用計画をきちんとつくって、そういう生活都市のようなものを生み出していくということはやればできるんだろうと思います。それの主導権を掘らなければいけないのは自治体なんだと思います。 ところが、日本の場合には自治体がそういう都市計画、殊に今後は住宅地の再開発になるわけですね。住宅地の再開発というのは、新聞でも実は活字がないんじゃないかと思うくらいお目にかからない言葉なんですけれども、商業地再開発というのは割にすぐに見られるわけですが、住宅地に関しての再開発計画というのは余り聞いたことがないんです、これは、ヨーロッパあたりの例を見ればよくわかりますけれども、自治体が旗を振らなかったらできない仕事です。自治体が自分の体の悪いところを治すようなそういう感覚でやらないといけないわけなんです。そういう感覚で生活都市のようなものに部分部分をつくり変えていけば、初めは少し後ろ向きに始まったマルチハビテーションという考え方ですけれども、それをもっと先に伸ばすことができるかな、積極的にみんなが応援してくれるようなそういう性格の住まい方に変えられるかなというふうに実は思っております。
○日下部禧代子君 どうもありがとうございました。
○刈田貞子君 公明党の刈田でございます。 時間がございませんので、先に質問を重ねてさせていただきます。後でお答えをいただきたいと思います。 先般、九一年の経済白書を読んでおりましたら二章のところに、土地がいささか下がってきておる、だけれども、さらなる総合対策が必要だという意味のことが書いてありました。くどくどと書いてありました。お伺いするんですが、先ほど来から総量規制の問題と、それから監視区域の設定のことで鎮静化への効果をというお話をなさっていらっしゃいましたけれども、あわせて土地税制がどう働いたかを含めて、これから考えられる総合対策というのはどんなふうなことなんだろうかということが一点でございます。 それからさらに、白書ではバブル経済のことを説明しながら、株ははじけて何にも残らなかったけれども、土地ははじけてそして地価下落ですか、地価下落ということが住宅建設にプラスに結びついていくはずである、住宅建設にプラスに結びついていくという解説が経済白書に載っておりました。それでお伺いをいたしますが、この土地の下落ということはストレートに住宅建設にプラスに働くでしょうか、いかがでしょうか。これが二問目の質問です。 それから三番目の質問は、先ほど農地の話をなさっておりましたが、この十日から新生産緑地法がスタートを始めまして、百九十指定都市が大きな宿題を抱えておるわけですが、そこで宅地化を希望する農地に当たっては、今農協等が中心になって計画的にいろいろ意見を集約しているようでございますし、農住組合法等があるいはまたこれにかかわる給付金制度等がプラスにいいぐあいに働いていくのではないかなということを考えておる者の一人ですけれども、問題は生産緑地を選ぶ方の問題でございますが、これが今までの二種五年、それから一種十年というのから三十年に買い取り請求をする期間が延びるわけですね。 そこで、今まで私が調べてきた関係では、例えば東京東久留米市、ここ五年間で生産緑地の買い取り請求が一種、二種合わせて九十件ございました。ところが、その中で市が買い上げられたのが四件しかないわけです。東京近郊の都市としては、これは地価高騰の中で仕方がない事実でございますけれども、今後こうした百九十都市の市町村が、買い取り請求が出てきた場合にのどから手が出るほど欲しい土地でありながら買い取りするわけにはいかない現実というものがたくさん出てくるだろうと思う。そういう問題も含めて都市計画というものを一方で立てていかなければならないということで、実は余り話題にならないんだけれども、私はそういう地域に住んでおりますものですから、今大変なときに当たっているというふうに思っております。 そこで、新生産緑地法のスタートに当たって何かいいアドバイスをお持ちではなかろうかということと、あわせてこれは私個人の意見でございますけれども、地方自治体もそれぞれ基金を皆積み増ししていく計画も持っておりますけれども、NTT・Bタイプみたいなああした貸し付けが、こういうところにどんどんしていかれるようなことを考えなければならないのではないか。そうでなければ、全部三カ月後にはデベロッパーの手に渡っていく、スプロール化していくということが、この三十年というタームはあるもののその過程で何がいつ起きるかわからないという中では、市は絶えずこうした生産緑地の買い取りということを意識していかなければならないわけですので、こうした問題も含めた地域の都市計画というものが今非常に私は問題だろうと思っておりますので、こういうことについていいアドバイスがあったらお伺いしたいと思います。 以上です。
○参考人(鈴木徳彦君) 皆難しい御質問ばかりでございまして、これまたうまくお答えができるかどうかわかりませんけれども、地価を下げるということについて税制がどう効くかということに関しては、今までのところですと余り大きな影響は残念ながらなかった。今度の地価税が地価を下げるために設けられたというようなそういう話が出ておりますけれども、この地価税自体が出たときにどうなるか。先ほど言いましたように、サイクル上はまだそこは最低の時期なわけですね。地価税が本当に地価抑制に役に立つかどうかというのは、その次の高騰期、これは七、八年サイクルで言いますと一九九五年ぐらいになるんでしょうか、それ前後ぐらい、今までのサイクルで言いますとその辺のところに来るわけですけれども、そのときにどう効くかということの問題なんだろうと思います。 少し余計なことを申し上げますと、地価税が、スタートが〇・二%とか〇・三%という、初めは一%という声があったがだんだん下がってくる。やはり、ひょっとするとこれは創業なのかな、何%なら劇薬になって何%ならばやわらかい薬になるのかな、その辺の判断もあるように感じるわけですね。どうしても対症療法というのは、先ほど言いましたように病理がわかりませんとそんなに強い薬を最初から使うわけにはいかない。弱目の薬からだんだん使っていくということにどうしてもなるでしょうから、骨抜きというような話が出てきてしまうんでしょうけれども、それはやむを得ないことなのかなという気もするんです。 ですから、地価税というものが実際にどれぐらい効くかというのは少したってみないとわからないんじゃないだろうかという気がしております。しかし、やはり一番基本的には税制というのは、周辺の対策といいますかやり方でして、基本的には利用計画そのものの方に踏み込んでいかないと地価というのは実は動かないんじゃないだろうか、そんな気がしております。 それから、住宅建設に地価の下落というのが役に立つのかどうか、これは単純に言ってしまえばもちろん役に立ちます。殊に、八割は先ほど持ち家族だというふうに申し上げましたけれども、二割は持っていらっしゃらない方がいるわけでして、持ち家政策を続けていく、それを貫くのであれば地価の下落というのは当然その残り二割の人たちにとっては朗報なわけでして、一戸建てにしてもマンションにしても、当然手の屈く範囲にまで来れば皆さん方買うわけでしょうから役に立ちます。 ただし、変な話ですけれども、地価が下落しないと住宅建設そのものがピンチに陥るかどうか、つまり住宅業界がもう不況でどうにもならなくなるというような状態になるかどうか。これはもうはっきり言ってなりませんというお答えだと思います。 それは、先ほども申し上げましたけれども、八割の市場というのは地価とは無関係の市場になっているわけです。二戸建てで言えば建てかえというのは全く地価は関係ございませんし、買いかえをする場合にもこれは相対的なものですから、買う物件も二億、三億という値段ですけれども、売るものさえあればやはり二億、三億で売れますので、場合によっては余裕さえ生み出して買いかえをすることもできるというようなことも言えますので、地価の暴騰そのものが住宅建設の方の業界に決定的な影響を与えるかと言えば、それはそうではなくなってきている。今までは住宅建設と地価の動きというのはかなり連動していたわけですけれども、それが縁が切れてきたというか連動をだんだんしなくなってきたという面も言えるんじゃないかと思います。 それから、東久留米市の例のお話ですけれども、これは本当に難しいですね。理想的なことを言えば、聞いた話で確めておりませんけれども、スウェーデンのストックホルム市というところがございます。 向こうの人にこれはお話を伺ったんですが、百年がかりで全部ストックホルム市の私有地を公有地にやっとできたよという話をしてくださったんです。ストックホルム市全域を市の公有地にした、それを百年がかりでやった。これはもう日本では考えられない、それを平気で言うんですね。やはり地域の話といいましょうか、自治体の本来のあるべき姿というのはそういうものなんだろう。二年、三年で片づけるのではなくて、もう勤めている人たちがかわる、議員さんもかわる、そういう中で百年間同じ政策が続けられてくる、それぐらいの息の長さを持っていないといけないのではないだろうかという気がいたしました。またしかし、とはいっても目の前でいろいろ困っていることがたくさん起こるわけですから何とかしなければなりませんけれども、そういう場合に一つの手としては、買い上げるのではなくて借りるという手はあると思うんです。 これは公の場合の話だけではなくていろいろな地域開発のときに出てくる話ですけれども、売買をいたしますと、土地の値段というのが顔を出しますと、それは一朝一夕にそうは下げるわけにはいかないわけです。ですけれども、賃貸の話であれば地価そのものを余り表に出さずに済むわけです。全然出さないで事を行うということも場合によってはできると思いますけれども、公の場合もそれから民間の場合もできるだけ借りるというやり方を工夫して土地の利用を図る。それには気持ちよく貸してもらわなければいけないわけでして、地主側をどう説得するか。それはおどしで説得するだけではなくて、その土地を貸す人たちにもそれなりのちゃんとした利益を与える形で利用計画をつくるということが大事だと思いますけれども、日本では余り土地の賃貸というものは好まれていないわけですが、今後考えてみなければいけない大きなテーマじゃないかというふうに思っております。
○近藤忠孝君 先ほどの参考人のお話で、八六年から八七年の首都圏の土地の値上がりの原因について、これは量不足ではなくて質の問題である、このように言われました。同じことは、参考人の八六年六月のエコノミストでも土地は量的に充足されている、こういう発言もございました。このことは、首都圏だけじゃなくてその後一、二年のタイムラグで起きた近畿、中京、この場合にも当てはまるんでしょうか。
○参考人(鈴木徳彦君) 近畿までは間違いなくそうだと思います。中京になりますと少し様子が変わりまして、あの辺はむしろ実需が中心というような動きをまだしております。少し様子が変わっているかなと思いますけれども、東京、大阪につきましては質の問題で、いわば相場として非常に大きく動いたという、そういうことだろうと思います。
○近藤忠孝君 そういたしますと、その当時よく言われたことは需要供給論、要するに土地が上がっちゃうのは供給が足りないからで、供給をふやせば抑えられるのだという話がありましたけれども、参考人が実際見てこられたところから見ると、この考えは当たらないということになるわけですね。
○参考人(鈴木徳彦君) 量が足りたといっても不満が消えるほどに立派な質のそろった量が足りたわけではなくて、一応量は足りたということでございまして、質の問題を絡めてもちろんもっと良好な環境の土地というものはどんどん供給されてほしいと思っておりますし、供給されれば需要も当然あるとは思いますけれども、基本的には量の問題は終わったというふうに考えております。
○近藤忠孝君 次に、昨年十二月のエコノミストでの座談会で、これはもう下がった段階の話ですが、しかし余り楽観できないんじゃないかと参考人が言っておられます。そして、気をつけないとまた暴れ出すんじゃないかという危惧を持っている、こういう指摘をされておりますが、この根拠はどういうことでしょうか。
○参考人(鈴木徳彦君) 先ほども申し上げましたように、地価の変動サイクルというものがかなり強力にあるのではないだろうか、言ってみれば景気の循環サイクルのようなものです。例えば景気の循環サイクル、今、後退期に入ったというふうに言われておりますけれども、日本の国じゅうが挙げて、あるいは世界の景気としては世界じゅうがもう力を振り絞って何とか景気が後退しないようにということで頑張るわけですけれども、それでもやはり景気の循環サイクルというのは起こるわけです。地価の変動サイクルというのも、それほどではないにしてもかなり強力なそういうエンジンを持っておる、それが何だかよくわからないわけですけれも、とにかくどう組み伏せようと思ってもなかなか組み伏せられないような不気味な力を持っていると言えるのじゃないかと思います。 それがさっき表のところで御説明をいたしましたピークからピークまで、あるいは谷底から谷底までが大体七、八年ぐらいのサイクルで繰り返されている。実は過去データがきちんとないものですから、私どもが調査を始めた五十四年より前にそういうことが起こっているかどうかというのは立証しがたいわけですけれども、どうも調査を繰り返すたびにそういう感じが強くなっているわけです。 そうしますと、先ほど言いましたように、サイクル上で言うと、一九九五年前後ぐらいのところで次の首都圏のピークが来てもおかしくないわけですが、それをほうっておいたら大変なことになるのではないか。しかも、繰り返しますように量より質の問題で、相場のような状態で変動が起こり始めておりますので、さらにその変動の幅が大きくなる可能性もある、あるいは時間が少し短縮されるということも起こるかもしれません。今、来年度から地価としては全国的に一番鎮静化のサイクルに入ってくるというふうに申し上げましたけれども、そこで下がったからといって安心していますと、その二、三年後にまた足をさらわれるような暴騰が起こりかねないということを考えております。
○近藤忠孝君 鎮静化したとはいえ大変な超高値でありまして、また上がったら本当に大変だということになるわけです。ですから、事前の防止策が必要ですが、既に指摘されているように、金融の問題と税制とそれから監視あるいはチェック、こういったこと、あと参考人は計画の問題というようなことを言われておりますけれども、大体そのことをきちっとさらに強化してやれば、再度高騰というあっちゃならないこと、これは防げるとお考えでしょうか。
○参考人(鈴木徳彦君) やり方次第だと思うんですね。ただ、例えば一九九五年にもう次のピークが来るというようなことを仮定して、仮想して対策を立てるとしますと、病理研究はそれまでには済まないと思うんです。それぐらいの短時間じゃ終わらないだろう。ある程度病理研究の結果が出てくるというのは十年ぐらいのタームで考えないといけないのじゃないか。ということは、その前に一度首都圏のピークが来てしまうわけですけれども、そこはもう対症療法で抑え込むより仕方がないわけです。やはり金融の問題それから監視区域制度の問題、しかしこの辺も考えてみますと、金融の問題が五年後ぐらいになりますとかなり世界規模になるのではないか。 ですから、融資規制というのは日本の銀行を相手にしては大蔵省言えますけれども、これが国際化しちゃった場合に、どこまでそういうことが言えるのかというような問題も起こるかなと個人的には思っているわけです。監視区域制度も、細かく広くやればやるほどこれは予算を食うわけですし、お金をかけなければなりません。そういう面でもかなり苦しい面もある。やはり対症療法というのはそのときにしか効かないと思った方がいいわけで、次のときにもそれが十分の効果を発揮してくれるかどうかというのは予測不可能な面があると思います。そういう点ではまさにいろいろ準備をしなければいけないんだと思います。 しかし、何はともあれ動き始めの頭のところでつかめれば対策の打ちようもあるわけです。今までは上がってしまってから下げよう下げようという対策が主になっていますけれども、上がる前に抑えればやれるかもしれないわけです。それで、国土庁を初めとして、私も委員をやらせていただいておりますけれども、いろんな指標を組み合わせてできるだけその動きを頭のところでつかまえようと。また、私どもの研究所では、一応企業グループの傘下の不動産業者がいるわけですけれども、そういうところへ毎月アンケート調査をやっていまして、動きの瞬間風速を聞いているわけです。今取引はふえてきたかとか、成約件数は減ってきたか、横ばいか、ふえているか、そういうことを簡単なファクスのアンケートでとれるようにしていまして、動きをぜひともつかもうと思っているわけです。その動きが早目早目につかめれば、先ほどお話しした地図で言えば、六十一年から噴出をいたしましたので、その前の六十年か五十九年ぐらいの段階で動き始めたなということがわかれば、それは対症療法を考えるだけでもある程度高騰を防ぐことができるかなという気がしております。
○近藤忠孝君 最後に、参考人がお出しになった八ページの空き家率、このことの御説明がなかったので、簡潔にこの意味するものを御説明いただいて、五十九分にひとつ終えていただきたいと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) 申しわけございません、十分な御説明ができませんで。 空き家率というのはまさにあいている家の率でございまして、大体どこの国でも一〇%前後ぐらいになりますととまるようです。それ以上は家が売れなくなるわけですね。転勤をするにしても何をするにしても、そういう社会移動を受け入れるためにある程度の空き家が常に必要である。それが大体一割ぐらいであろうと思います。日本でも一割に大分近づいているわけですけれども、そういうことで空き家の率は余りもうふえていかないかなと。空き家の中心はやはり貸し家の方、貸し家の着工もそろそろ頭打ちになるかなと実は少し前から思っておりましたが、先ほどのグラフでごらんいただいたように、貸し家の方もちょっと落ち始めているわけです。ですから、そういう面からいっても量的充足というのは、まさに量の面だけですけれども、質は抜きの話ですが、一応終わってきたのかなと、そういうことを考えております。
○近藤忠孝君 ありがとうございました。
○池田治君 いろいろ先生方がお聞きになったので、私は重複するかもしれませんが、もう一度お尋ねをいたします。 バブル経済の波に乗って活動していた中小や弱小の不動産業者が、今はもう倒産したり倒産寸前におるということを聞いております。これは準大手も何カ所かあると伺っております。この不動産業者は、普通の倒産でなくて土地を持ったまま手形決済に困って倒産するという状況下にあるやに聞いておりますが、これは総量規制がやられたということももちろんでございますが、総量規制に派生じて、一般のお客さんたちはもう少し待てはまた安くなるんじゃないかという買い控えの現象が出てきて、それでますます不動産は動かない、不動産を高く購入してきた人たちは土地も下落して倒産寸前になっている、こういう話も伺うんですが、参考人の方でそういうデータといいますか、おわかりになりましたらお教えを願います。
○参考人(鈴木徳彦君) 細かい数字的なデータは持ち合わせておりませんけれども、まさにおっしゃるような状態で、中小不動産で土地を持っているけれども売るわけにもいかない。売れないわけですね。そういうことで倒産に追い込まれるというような件数が大分ふえているようでございます。まさに準大手もそう、大手もかなり苦しいところもあるように言っていますですね。
○池田治君 そうしますと、このままいけば準大手、中小――零細で家内工業的なところは別ですけれども、そうでないと不動産業者はばたばたと倒産をしていく。これをほうっておいて地価の鎮静化を待った方がいいのか、それとも総量規制を緩和して少々思い切ったことをやった方が日本経済のためによいのか、これらの問題については参考人はどうお考えになりますか。 先ほどから周期の問題、サイクルの問題を言われておりまして、七、八年のサイクルで上がってくる、ここ二、三年は大丈夫だと、こういうようなことをおっしゃっておりましたが、もしそれが本当ならば、総量規制は外しても余り影響はないのじゃなかろうか、こう思っております。そうして逆に今度は、総量規制を外すことによって今まで買い控えた人が一挙に買いに出てまだ不動産をつり上げる、こういう心配もあるようなんですが、そこらあたりをひとつお教え願いたいと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) 大変難しい予測でございまして、サイクル上は今本当に最低の時期に入ってまいりましたので、先ほど言いましたように、土地というものはすぐに動き回るものではないという確信に近いものを持っております。今総量規制を外してもすぐに値上がりするというようなことは、これは起こり得ないだろうと思っておりますけれども、だからといって何でもかんでも規制を外してしまえばいいというわけではなくて、繰り返しになりますけれども、今最低のところにありますので、ここのところ少し規制を外しておいても若干安心なことは安心なわけです。そのときに、先ほどから繰り返しておりますように、利用計画など別のやり方、規制といいましょうか、取引を冷え込まさないで地価が上がらないというようなやり方があるかどうかというあたりを少し詰めて考えてみないといけないのではないだろうか、それをやる時期が今なんだろうということなんだと思います。 買い控えというのはいろんな形で起こっておりますけれども、ここのところへ来でまた長期プライムが少し下がる、住宅ローンの金利も下がるというようなニュースが流れておりますけれども、要するに金利にしてもかなり高いところでまだまだとまっているという感覚がありますので、少し下がってももう少し待てはまた下がるかなという期待もあります。それから、アナウンス効果も含めましてマスコミ中心に地価がさらに下がるというようなことが言われておりますので、そういう面からの買い控えというのもありまして、これは総量規制が緩められて不動産業者が借り入れができるようになっても、すぐ需要のところに反映をしてくるというものでもないだろうと思います。 そういう意味では、住宅の建物の方の業界ではなくて不動産業界、土地を商売にしている方、そちらの方の業界というのは、いずれにしてもかなり苦しい状態がここのところ続くのじゃないかというふうに思います。
○池田治君 業者さんはもうけようと思って土地を買い込んだわけですから、それが下がったからといって文句を言える筋合いでもないと思いますけれども、国家社会といいますか、経済社会全体で見ますと、ある業者が土地を買い占めたままそれを何の有効活用もしないまま倒産していく、それで後は裁判問題になったり競売問題になったりして、何年間もそのままくぎづけになってしまうということは大きな社会の損失だと私は思っておりますが、そういうところがこのまま放置すればたくさん出てくるのじゃないか、こう思いますけれども、参考人はどうお考えになりますか。
○参考人(鈴木徳彦君) おっしゃるとおりだと思います。そういう形で利用されない、死んでしまっているような土地がふえるということもございましょう。これはさっき申し上げましたけれども、まじめな、優良な開発の行為もやはり融資が行われないためにとまってしまっているという、そういう場合も起こるだろうと思いまして、両方の面からして土地の有効利用というものがある程度停滞をしてくる、これは否めないのではないかと思います。ただ、その目的が土地を有効に利用するということよりも地価を下げるということに主眼を置かれた対策であるならば、それはいつ緩めるかという別な観点もあるのかというふうに考えてもおります。
○池田治君 それから、今宅地供給の増大を図ろうということで、衆議院では借地借家法の改正が通って、間もなく我が参議院にも回ってきそうなんですが、この借地借家法で借地人、借家人の権利が大分保護されているわけですけれども、これをある程度契約更新の期間を短くしたり、また正当事由を少し緩めたり、こういうことをしないといろいろ宅地開発にも障害になるのではなかろうかということで、いろいろ立法趣旨を言われるんですが、参考人は現実の問題としてそういう目に遭われたことはございますか。それとも、本当に今の借地借家法が宅地供給に障害になっているということを言えるでしょうか、お答え願います。
○参考人(鈴木徳彦君) 少し研究所の方で調べたことがございまして、数字をきょう持っしてきておりませんけれども、借地の量でございますね、借地の量というのは、戦後一時期はある程度ふえましたけれども、その後何年ですからょっと覚えておりませんが、一貫して量が下がっております。つまり、新しい借地というものが出現しないわけですね。借地というものがどんどん減るという傾向がずっと一貫して続いているわけなんです。その非常に大きな理由というのが、おっしゃられるように地主の権利が極めて制限をされているという面があって借地を出しにくい、借地として提供、供給しにくいという面があるわけです。それを新しい借地借家法では地主の権利をもう少し認めよう、地主と借地人の権利のバランスをとろうという、そういう趣旨が盛り込まれているようですけれども、そういうことによって借地の量がふえていくということを期待したいとは思っております。 先ほどちょっと申し上げましたように、賃貸ということ、土地を賃貸、つまり借地にして出すということでかなり地価に対する悪い影響を防ぐことができますし、土地の利用計画をうまく組むということもできると思います。ただ単に、地主の権利を上げて借地人の権利を下げようという、そういうことだけではなくて、全体的な土地利用計画の中で借地というものの位置づけを考え直して使う時期ではないかというふうに考えております。
○池田治君 ありがとうございました。
○寺崎昭久君 民社党の寺崎でございます。よろしくお願いします。 先ほど来国のホテルに置いてあるパンフレットに八百万円から三千万円ぐらいの住宅が紹介されているというお話がございました。どの程度の大きさなのか、建築後何年たっているのか定かではありませんが、お話を伺いながら多分日本よりも相当安いんだろうなというように思いました。また、数年前のことですけれども、アメリカのテネシーで友人がツーバイフォー工法で家を建てたときに話を聞いたんですが、たしか単価が日本に比べると三分の一ぐらいだったように記憶しているんです。 そこで、質問なのですが、住宅建築費を日米で比較すると実態はどの程度と考えていいのか、もし差があるとすれば原因がどこにあるのか、そして有効な対策というのがございましたらぜひお教えいただきたいと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) カタログに出ておりました七、八百万円の家というのは、日本で言いますと四LDKよりもう少し大きいですね。ふろが二つあるというそういう家で、決して貧しい家ではないですね。ですから、日本の不動産屋が向こうへ行ってそういう物件を見ると、ああ安いなと言って現金で買ったなんという話がありまして世の中を騒がせるわけですけれども、かなり安いんです。 それは建築費の方で比較をいたしますと、実を言いますとアメリカの建築費も日本の建築費もそんなに大きな差はございません。日本はここのところ人件費が非常に高くなっておりますので手不足、殊に職人不足なものですから、非常にそこら辺のところでコストアップ要因が働きまして、一昔前に比べるとかなり割高になっておりますけれども、基本的には材料費もそんなにアメリカと日本と変わるわけではありませんし、人件費そのものも本来はそんなに変わるものでもありません。建築費そのものの額というのは余り違わないとお考えいただいていいと思います。 ただし、土地の値段がまるっきり違いますので、向こうの場合は先ほど言いましたように、建築だけをするという習慣は余りないわけです。分譲住宅を買うという習慣なものですから、ちょっと比較のしょうがないんです。なおかつ、そのカタログの七、八百万円という家は土地つきですから、日本ですと建築費だけでそれぐらいかかる場合もありますけれども、いや、もっとかかりますね。中古の値段と少し違う面もありますけれども、建築費だけで比較をすると余り違いはないと思います。 ただ、ツーバイフォーだと安くなるかどうかというのは、これは建て方が違うわけでして、ツーバイフォー工法というのは、一戸建てを千戸つくるような分譲地があるとしますと、その分譲地全体をいわば一種の工場に見立てるわけです。それで、そこの中でラインをつくって基礎を打っていき、その上に土台を組み、柱を立てというようなやり方で、何組かの職人がぐるぐるそこの地域を回りながら次々につくっていくわけです。一カ所に大量に同じような住宅を建てるためには極めてうまく工夫されたシステムなわけです。そのために建築の単価がかなり安くなります。 日本の場合には、一カ所にそういうぐあいに五百、千というような一戸建ての住宅を建てることもないことはないですけれども、通常の住宅の需要というのは、建てかえに象徴されるように、ばらばらに離れた土地に一軒ずつ住宅をつくっていくわけです。日本にもツーバイフォー工法というのは輸入をされましたけれども、アメリカでは建築コストをむしろ下げるために工夫をされたつくり方なんですが、日本の場合にはばらばらにそういうぐあいに建てますので、本来のツーバイフォーの利点というのが生きないわけです。日本では逆に高級住宅のつくり方とされてしまっていまして、安い住宅ではなくなっております。そんなような理由もございます。
○寺崎昭久君 次は、用途地域の問題で御意見を伺いたいと存じます。 日本にはいわゆる静かな住宅街、住宅地というのは極めて少ないと私思っているんですけれども、その一つの要因というのは、いわゆる建築規制上の用途地域のあり方に問題があるのではないかと思うんです。御存じのように、例えば第一種住居専用地域においても五十平米以下ですと事務所、店舗を併設してよろしいというような規制に今なっているわけですけれども、私はこの際、もう併設は認めないというように用途地域の見直しが必要な時期に来ているのではないかと思うんですが、この点に関して御意見を承りたいと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) それほど実は用途地域について詳しくは調べておりませんけれども、ただ、日本の場合にその利用規制が一番緩やかであるということは言われておりますね。ですから今回の、昭和六十二年前後の地価高騰というのは、本来、住居地域であるところに、つまりマンションが建つようなところに事務所ビルが、それが買われてどんどん建っていった。これは付加価値が違いますのでマンションをつくるよりは事務所ビルをつくる方が土地が高く買われる、高く地上げをしてどんどん住宅を外に追い出していって事務所ビルをつくっていく、そういうようなことが一番発端になったというふうに言われておりますけれども、そういうことを許す外国の利用計画というのは余りないようです。 日本の場合にはかなりそれが緩やかであるということで、さらに厳しくというような声が出されておりますけれども、これは言ってみれば利用計画の中でやはり一つの権利制限になるわけです。どこまで強くやれるか。当然規制を厳しくすればするほど土地利用のうまみというのは業者の方から見れば減っていくわけですから、地価が下がるという効果が起こるかもしれません。それがどこまで下がっても経済上大丈夫なのかという見きわめが先ほどお話ししたようにつきませんので、どこまでやれるかということはありますけれども、日本もその辺のところは、むしろだんだん厳しくなる方向に行かざるを得ないんではないだろうかという気がしております。
○西川潔君 最後でございます。よろしくお願いいたします。民間の住宅研究所で御研究されておられます鈴木様にはちょっとお答えしにくい質問になるかもわかりませんけれども、御意見をお伺いしたいと思いますので、よろしくどうぞ。 私は、住宅問題は福祉問題の側面も強く持っていると思うんですけれども、そう考えますと、先ほどスウェーデンのお話も出てまいりましたんですけれども、もっと行政が土地・住宅問題で主導的な役割を持つ方がいいのかなと思ったりもするんですけれども、公的住宅、民間住宅の関係、また土地の公共性という点でどういうお考えを持っておられるのか、お伺いしたいと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) 私は、住宅と土地の問題というのは行政と切り離せないんだと思います。単純な商品ではございませんので、住宅も土地もこれはもう行政と全く切り離せない、行政の方向性によって市場の方も決まっていくんだろうと思います。ただ、その場合の行政というのがどこがやるのがいいか。日本では今まで余りやられていなかったようですけれども、私は自治体だと思うんです。国ではなくてやはり地方自治体が自分の体をつくるというような意味で、住宅問題あるいは土地の利用問題に真剣に取り組まないといけないのではないか。 一つの例ですけれども、ヨーロッパでこんな話もございます。ある地域計画をつくるわけですね。 この場合はニュータウンのような新しい土地に町をつくるような場合ですけれども、そこの一番近い地域にある大学の中の建築学部の学部長が全体のピラミッドの頂点に立つわけです。その横に自治体が並ぶわけです。その下にその学部、あるいはそのほかからでもいいわけですけれども、いわゆる建築家と言われる人たちがつくわけです。その建築家の人たちがブロック、ブロックを受け持つわけです。全体の地域を五つでも十でも分けまして、その一つ一つのブロックを担当するわけです。その建築家の下に業者がそれぞれつくわけです。特に大規模開発をするような場合、日本ですと一つのデベロッパーが大きなタウンをつくりますけれども、そうではなくて、そのブロック、ブロックでそれぞれ業者がつきまして、それぞれ調査をし、計画をつくり、案ができ上がったところでその自治体と一番長の者、学部長ですかね、その辺のところと議論が行われまして調整をしていく。それで折り合いがつけば実行に取りかかる。 そういうようなやり方で、先ほど言いましたように注文ではございませんから、住宅も全部つくり込まれているわけです。一つの町の一つの部品として、住宅があり病院があり商店街があり工場がありというような形で計画ができ上がる。そうしますと、道一本にしても、住居地域がこの辺で、低学年の学校の地域はこの辺だというふうに決まりますと、その間は住宅の片一方の屋根を長くしておきまして、雨が降っても子供がぬれないで学校まで行き帰りができるとか、そういうようなおもしろい工夫をしたりするわけです。そういう非常にきめの細かい都市計画というのが可能なわけです。 日本でも、実をいいますと非常に基本的に難しいところはあるんですけれども、それぐらいの意気込みで自治体が町をつくるということ、あるいは再開発をするということを考えなければいけない時期ではないかというふうに思っております。
○西川潔君 ありがとうございました。大変希望の持てる、夢の持てるお話をいただきましてありがとうございます。 もう時間も残り少のうございますので、まとめてお伺いいたします。 例えば、いただきました資料の中に、「量から質」という資料をいただいたんですけれども、僕は高齢化社会のことを勉強させていただいておりますが、今後住宅の中で、お年寄りの皆さん方が老後は医療とか年金とか住環境であるというふうに言われておるんです。例えばベッドの問題であるとか車いす、障害者の皆さん方のこともあるわけですが、今後本当に物すごいスピードで高齢化社会を迎えるわけですけれども、現在お年寄りの住宅事情は大変深刻になっていると言われております。これは地価の値上がりなどによりましても、都心部の民間の古いアパートに住んでいるお年寄りが長年住みなれた地域から出ていかなくてはならないという状況もたくさんあるわけです。このようなお年寄りが不動産屋さんなどに住むお家を紹介してくださいと参りましても、年寄りは事故が多いから紹介してもらえないということもたくさんあるそうでございます。 さらに、公団などの古い団地も高層化などによりまして建てかえを行っていることから、それまで長く住んでいた老人たちは建てかえのために家賃も高くなるわけで、経済的にも負担し切れないという深刻な問題もあるわけですけれども、量から質、そしてまたお年寄りのこの大きな社会問題、鈴木所長さんはどのように考えておられるか、何かいいアイデア、御意見があれば最後にお伺いして、終わりたいと思います。
○参考人(鈴木徳彦君) 残念ながら、余り夢のあるお答えはできないわけですけれどもおっしゃるとおりでございまして、実は全く個人的なことになりますが、私の両親も自分の家でみとられて亡くなりましたけれども、家の中での老人の看護というのは最後はやはり無理でございますね。最後の一年間ぐらいというのは、もう家の者の手には負えなくなってくるということではないかと思うんです。といって、全部病院に入れられるわけでもありませんし、やはりこれは住宅の問題というよりは、個人の住宅を利用してうまく看護ができるような、うまく介護ができるような、そういう仕組みを世の中につくらないといけないんではないだろうか。病院にベッド数が足りないのはもう目に見えておりますから、といって、家の中の人間たちだけの手に負える問題ではございませんので、そこのところをどううまくみとるかということを、舞台になるところ、土台になるところは各家ですけれども、それをベースにしてどういうシステムを組むかということを本当に真剣に考えないといけないのではないかと思うんです。 独居老人のような、一人でアパートに住まざるを得ないようなそういう方たち、お年寄りについては、これはやはりある程度公的な補助ですね、先ほどの建てかえることによって家賃が上がって住めなくなった。これはもう公的な立場でどう家賃補助をしていくかという、そういうようなことも考えなければいけないのではないか。 ただ、一番見きわめが難しいのは、民間でできる部分と税金を使わなければできない部分と、その境目のところをどうするか。民間でできる部分まで税金を使うというのも間違いでしょうし、税金を使わなければできない部分まで民間にやらせるというのも無理なんだろうと思いまして、そこら辺の境目がまだよくわからないところがあるのじゃないかと思うんです。その辺の見きわめをつけていかなければいけないのではないかと思っております。
○西川潔君 二十八分まででございまして、今後もまた構造の問題などもどうぞひとつ御研究いただきまして、よろしくお願いいたします。本日はどうもありがとうございました。
○会長(遠藤要君) 以上で鈴木参考人に対する質疑は終了いたしました。 鈴木参考人にはお忙しい中、本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。 本日お述べいただきました御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。 ありがとうございました。(拍手) ―――――――――――――
○会長(遠藤要君) 継続調査要求に関する件についてお諮りいたします。 国民生活に関する調査につきましては、閉会中もなお調査を継続することとし、本件の継続調査要求書を議長に提出いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(遠藤要君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 なお、要求書の作成につきましては会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(遠藤要君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ―――――――――――――
○会長(遠藤要君) 委員派遣に関する件についてお諮りいたします。 閉会中の委員派遣につきましては、その取り扱いを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○会長(遠藤要君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時二十八分散会