国会等の移転に関する特別委員会 第2号
- 発言数
- 53 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1991/09/18
会議録
○金丸委員長 これより会議を開きます。 理事辞任の件についてお諮りいたします。 理事木間章君から、理事辞任の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○金丸委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 引き続き、理事補欠選任の件についてお諮りいたします。 ただいまの理事辞任による欠員のほか、森井忠良君の委員辞任に伴い、現在理事が二名欠員となっております。その補欠選任につきましては、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○金丸委員長 御異議なしと認めます。 それでは、理事に 五十嵐広三君 及び 山口 鶴男君 を指名いたします。 ————◇—————
○金丸委員長 次に、国会等の移転に関する件について調査を進めます。 この際、西田国務大臣から発言を求められておりますので、これを許します。西田国務大臣。
○西田国務大臣 一言ごあいさつを申し上げます。 現在、人口や諸機能の東京への一極集中が大きな弊害をもたらしております。その是正のため、政府においては国の行政機関等の移転、地方の振興など各般の施策を講じてきておりますが、さらに基本的た解決策として、首都機能の移転問題について真剣に検討すべき時期に来ていると考えております。 国会におかれましては、昨年十一月の決議に引き続き今国会において特別委員会が設置され、東京一極集中を是正し、二十一世紀にふさわしい政治行政機能を確立すべく、率先して移転に取り組まれようとしていることに深く敬意を表する次第であります。 現在、政府においては、内閣総理大臣が首都機能移転問題を考える有識者会議を開催するとともに、国土庁においても私の主宰する懇談会において、首都機能移転に関する検討を重ねてきているところであり、国民的規模での議論と認識が広まるよう最大限の努力をしてまいりたいと存じます。 金丸委員長を初め、各委員の先生方によろしくお願いいたしまして、ごあいさつといたします。 —————————————
○金丸委員長 参考人出頭要求に関する件についてお諮りをいたします。 本件調査のため、本日、参考人として東京都立大学名誉教授磯村英一君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○金丸委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 —————————————
○金丸委員長 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ御出席をいただき、まことにありがとうございます。何とぞ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 なお、議事の順序でございますが、最初に三十分ほど御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。 それでは、磯村参考人、お願いをいたします。
○磯村参考人 磯村でございます。このような席を与えていただきましたことにまず厚くお礼を申し上げたいと思います。 国会が昨年この問題につきまして、と申しますか、いわゆる通称遷都と申しまする問題につきまして国会の決議をされましたことは、この問題の解決につきまして、若干専門の立場からいたしましても、大きな一石どころか大きな課題を提供されたことといたしまして、心から敬意を表したい、こう思うわけでございます。それなしに、今まで多くの方々から遷都について意見がございましたけれども、恐らくあのままでは一歩も進まないというのが私の考えでございます。それは、今回の国会の決議によりまして、それがどのように発展するかはこれからの課題でございますけれども、その見識に対しましては心から敬意を表したいと思うわけでございます。 最初に、大変個人的なことを申すのでございますけれども、私は今から二十三年前に、同じような問題につきましてアメリカの下院の証言を求められまして、ワシントンのこういう席でもって、日本の戦後の都市化の問題につきまして約一時間向こうで報告をいたしたことがございます。そのときの記念の一つのものを持っておりますけれども、実は金丸委員長はお忘れだと思うのでございますが、その前後に私は、金丸委員長が国土庁に御関係のあったときにお呼びになりまして、その当時、遷都というものが一体どうなるかということを個人的にお尋ねがございまして、若干の調査をした経験も持っているわけでございます。それが改めて今回、国会という国民の重要な会議の席の前で委員長としてこの問題の進行の席にお立ちになることについては、これは改めて思い出の深いものを思うわけでございまするが、私は短い時間に要点だけを申すわけでございます。 それは、今世界と言っては大変言い過ぎますけれども、私は昨年の六月にローマに呼ばれまして、国際政治学会の地域部会というものが臨時の会議をローマで開きまして、ヨーロッパ共同体の将来の中心がどこになるかということの検討の会議に日本から私が代表として向こうに参りまして、意見を聞かれたわけでございます。 ヨーロッパがある程度国境というものの厳しさを緩和して連合的な組織になるという前提もありまして、それではECの、ヨーロッパ共同体の中心をどこにするかというのがこの会議の中心的な課題でございます。そのときには、実はソ連からも専門家が来て、ヨーロッパが共同体になったときにどこにこの中心を置くかという議論がいろいろなされました。その結論的な問題を簡単に申し上げますると、中心的な課題になったのは、連合体になる以上は余り国境というものにとらわれないという最近日本でもはやりの言葉、ボーダーレスという言葉でございます。 ボーダーレスというのは、具体的に申しましたならば、フランスの学者はもうフランスと言えばパリだ、イギリスの学者はロンドンであるとか、あるいは、その当時はまだ西ドイツといったようなものが中心でございますけれども、西ドイツはボンであるとか、こういったような主張というものにとらわれないで、過去のそういう中心にはとらわれないでボーダーレスで議論をしよう、これはその当時の全体の学者のだれも異論がなかったわけでございます。 〔委員長退席、綿貫委員長代理着席〕 ヨーロッパのどこかの首都を改めてECのセンターにすることには問題があるというので、過去のいわゆるロンドン、パリあるいはベルリンといったようなものは結果的には具体的には避けて、せいぜい人口が、どんなに多くても五十万あるいは百万を目標にした、その間でこれが選ばれるのが中心ではないか、こういうのがそのときの合意でございます。 ただし、これはいろいろ政治的なものも伴うので、学問的に言ったらばそういったような傾向が考えられるということで若干のぺーパーも出ているわけでございますけれども、ボーダーレスという、既存の国境あるいは州の境あるいは市の境等にはとらわれないでこれを実施するというのが、その当時のいわゆるECの会議の中心的な説明でございました。私もそこで発表をしたわけでございますけれども、それは国会の御決議がある前のときでございましたので、日本国内でもいわゆる遷都という言葉でそういったような問題があるということは説明してまいりましたのでございまするが、そのときアメリカの学者の発言が非常におもしろかったのでがございます。 それは何であるかというと、アメリカは相当な負担と努力をもって第二次世界大戦の後、国連をニューヨークに持ってまいりました、こういうことが議論になったわけでございます。アメリカの学者の一部と申し上げてよろしいのでございますけれども、アメリカが国連のあのセンターをニューヨークの真ん中に置いたことは、これは必ずしも学問的にも将来の見通しがなかったのではないかということを学者自体が反省をしたことは強く印象的でございました。 そのときに一つの例を挙げましたのでございますけれども、アメリカとソ連とがその当時いわゆる冷戦時代でもって、しかし、国連の代表としてその当時フルシチョフがやってきますけれども、ニューヨーク市は自治体でございます。強くソ連に反発をしまして、フルシチョフが上陸をして自動車で国連に入ることに反対したのでございます。結局、やむを得ずニューヨークの郊外に軍艦をつけまして、そこから船でイーストリバーを渡って国連の建物のそばから上がったという、これはかなりおもしろい一つの新聞的な課題でございますけれども、それが中心で、国連といったような世界の政治をするところが一つの国の、しかも大きな都市の中心にあるということは、政治そのもののあり方についても問題だと言われましたことは、あるいは先生方の御参考にもなるのではないか、こういうふうに思うのです。その国連が次第に機能を拡大いたしまして、どうしてもあそこだけでは不十分だと地域を拡大する、これは治外法権でございます。ニューヨークのいわゆる自治体としての行政権が及ばないところとなりますると、結果的には、今国連は自分の機能を果たすためにニューヨークの中にいることが非常に難しいという事情もこれはあるわけでございます。 そういう点を考えてまいりまして、それでは仮に日本の都市のあり方はということになりますると、日本のこの遷都問題とほかのいわゆる首都問題との大きな違いは何であるかということになりますると、日本は大体単一民族ということが言われるわけでございます。しかも島国でございます。したがって、その中心が今東京にこれだけ集中しているというのは、ヨーロッパとかアメリカとは若干事情を異にするのでございますけれども、この情勢というものが今後も一体どれだけ開かれて考えるかという問題は、首都問題を考えまする上からいって非常に重要な課題ではないかということでございまして、その間に、そのローマ会議でもかなり問題になりましたのは、西ドイツの首都はボンでございます。人口わずか十数万のところが半世紀にわたって西ドイツのキャピタルとしての役割を果たしてきたのは何であるかということも、都市問題あるいは遷都問題をお考えになりまする上からいって、かなり重要な課題ではないかということでございます。 それでは、日本といったような問題に、私は、ここでどこの都市がどうこうなんということを大それて申す考えは全くございませんでございます。前提となる条件をきょう申し上げるわけでございますけれども、日本の場合においては、今挙げましたようなアメリカとかヨーロッパの経験というものをそのまま挙げることは無理ではないか、私はこういうふうに思うわけでございます。 しかし、日本におきましても、この二十世紀の中において遷都問題があったことは事実でございます。しかし、それを学問的に分類いたしますると、日本において遷都問題があったのは、戦争か災害のときだけでございます。今回の国会までも、こういったような御決議をなさるような問題は別といたしまして、その前までの問題は何であるかというと、大正十二年の関東の震災の後、これは今ではこういったような措置はなされないと思うのでございますけれども、天皇の詔勅によりまして、東京は首都としての地位をかわらないという詔勅によって、東京移転といったような問題は直ちに消えてしまったわけでございます。 もう一つございます。それは、太平洋戦争の終末に当たりまして、この東京が焦土になったときに、日本自体がその国土をどうするか、首都をどうするかなんということを考える余地はなかったのでございます。ただし、私は、そのときに東京都の渉外部長といたしまして、マッカーサー司令部とはかなり自由なコミュニケーションがあったのでございますけれども、その中に、東京の首都をあるいはほかに移したらよろしいんじゃないかという意見があのマッカーサー司令部の中にあったことを私ははっきり知っているわけでございます。 結果的には、それがそうならなくなったというものは何であるかということになりますると、その当時の言葉は奠都といったのでございますけれども、遷都の中ということになると、日本の常識といたしましては、はっきり申しますると、皇居の移転といったような問題がこのマッカーサー司令部の中では言われたわけでございます。皇居移転というよりか、天皇に移っていただくという話があったわけでございますけれども、マッカーサーの上部におきまして、日本でこの際に、日本が終戦に当たって、そのような、日本のある程度まで尊敬の中心になっている方を移すことは占領政策を——これは占領政策でございます、占領政策を円滑に遂行する上においてはというので、そのままでさたやみになっている。これも戦争という結果の中で東京の首都の移転ということが言われたことでございまするが、その背後に、もし日本が戦争を続けましたならば、この日本のいわゆる仮の首都がどうなったということなんかは、もうあえてここは申しませんでございます。 二回だけでございます。 それ以外にということになりますると、今回のように、東京に機能が、あらゆるものが集中をしてきたこの結果というものが、これはいわゆる長期的な問題でございますけれども、長期的な視点でもって遷都あるいは展都を考えましたのは、これは今回が初めてでございます。 それでは、外国ではと申し上げますると、外国の場合におきましても、長期的な遷都という問題には非常に難しい問題があるわけでございます。それは何であるかというと、遷都問題の一つのサンプルといえば、ブラジルのブラジリアとかあるいはオーストラリアのキャンベラというのはどなたでも参考にするのでございまするが、あれが実現したというのは、相当の時間と政治的な背景があってこれが実現をしているわけでございます。 ブラジルの場合におきましては、その当時の大統領が何とかして政治的なバランスをとるというかなりの問題が中心になってあそこが選ばれ、それがその後十数年かかって、辛うじてあのガバメントセンターとしての首都をつくったのでございまして、あれが初めから果たして都市と言えるかどうかといったような問題は、今日でも学者の間ではこれは疑問になっているのでございます。極端なことを申しましたならば、あれは博覧会の会場ではないかという批判さえもあるということを考えますと、ああいったような形を、単なるデザインとかあるいはプランだけでもって、国民のこの国会に対する関心というものを考えないであれをやって、私は何回か参りましたけれども、今日におきましてもあそこが、いわゆるブラジリアというのが首都であるということは必ずしも言えない、あるいは首府であるということは言えると思うわけでございます。そういったようなものを考えてまいりますると、あれはクビチェックと申します大統領の決定と、その後の中で、辛うじてこれは建築的なデザインということで実現をしたのでございまするが、それが初めて、今日、ブラジルという国の一つの政治、行政の上でどういったような役割を果たしているかということは、これはやはり検討をしなければならない。 オーストラリアのキャンベラでございましても、二つの州の真ん中へ持っていかなければならない、そういう政治的なものでもってこれができているということになると、何か遷都問題というとそういうことになりますけれども、もし参考になさるとすれば、私は、最近のこのECのこういったような検討なんかは二十一世紀に向かってのいわゆる長期的な展都——戦争か災害でもって移すというならば、短期的な展都ならば何も申しませんでございます。国会の御決議一つでよろしいんでございますけれども、現在日本は、世界で最も平和で、経済の繁栄の頂点にあるといたしましたならば、その場合の遷都の選択というものは、一つは何であるかということになりますると、東京といったような都市の発展というものと、政治あるいは特に国会というものが一体どういう関係に今後あるかという見通しがやはり必要なんではないかと私は思うわけでございます。 それは、現在世界の三つの極、東京、ニューヨーク一ロンドンと一応言われるのでございますけれども、ニューヨークには国連のセンターがあるわけでございます。これは国際的なセンターでございます。これが将来どうなるかといったような問題もあるのですが、同じような役割をアジアでもってこの日本の東京が一体これから果たすのであるか、国会が別に行って、国際的なそういう役割は東京にあるのかどうか、そういうものも一緒に移っていかれるのかどうかといったような問題は、決して日本の首都という問題ばかりではございません。アジアの中心として、世界の半分のセンターとしての役割を一緒に果たすのかどうかということまでの御配慮があってしかるべきではないか、私はそういうふうに思うわけでございます。 こういうことを考えまして、時間の関係上、簡単に申しますけれども、それでは、それを可能にするのは何があるかということでございます。皆さん方の具体的なプランが、国会の移転というものはどういうイメージかということは、今まだ国民にわかっておりませんでございます。もし仮に、どういう形で、どういったようなデザインでこれがある地域に行くということになりましたら、そのデザインが問題でございます。組織が問題です。 それからもう一つは、あるところにと申したのでございますけれども、仮に日本のあるところが受けようとしたって、そこがそれを受け入れられるようなプランがあるのかどうか。そうして東京というものの中で、この二十世紀の繁栄を一緒に支えてきた東京というものを、後の繁栄といったものを考えないでこの首都移転と国会移転というものがあるのかどうか、こういうことになるわけでございます。 もうこれ以上申し上げることはございませんです。東京都と申しましても、これは自治体でございます。自治体の中に、国会という大きな、日本の現実においては最高の権力の機関でございます。それが外にお出になると、一体それに対して後はということに全く配慮なしなんということでは、私は、それは国会の権威にかかわると思うのでございます。そうなってまいりますと、大変言いにくいことでございますけれども、国会の機能というものが、一体今までのような非常に大きいもので、大きいといいますか広大なものであるのかどうかという問題が一つあると思うのでございます。何も行政改革で地方に移すとか移さないなんという、そんな小さい問題ではございませんでございます。 日本が国際的な立場でということになりますると、その役割を果たすためには、二十一世紀の国会の果たす役割は一体どういうものがあるかということを、外国の例などは別問題として、日本的なあり方として御検討があったならば、これは世界の注目を集める、こういうふうに思うわけでございます。したがいまして、私は、このいわゆる首都等の移転といったような問題は、決して日本だけの問題ではない、グローバルな問題としてお考えを願いたいのです。と同時に、国会、その機能というものは一体何であるかということもお考えいただく必要があるのではないか、こういうふうに思うのでございます。 私の親しい学者の一人に、これはアメリカの学者でございますけれども、アメリカの国会はハワイにあってもいいのじゃないか。ハワイにイースト・ウエスト・センターというのがございますことは先生方御存じだろうと思うのでございます。これは、アメリカと中国が両方金を出し合いまして、ちょうど現在の日本の国会に匹敵するぐらいの会場とそれからいろいろな会議場を持った、イースト・ウェスト・センターと言えば、これはいわゆる太平洋の真ん中の一つの大きなインターナショナルの中心でございます。もし東京以外にそういう国会をおつくりになるならば、国会とそれから国際に貢献するような機能も一緒に踏まえるぐらいのお考えをぜひお持ちをいただきたいのです。国会の機能をただここに持っていくといったようなことならば、これだけお忙しい政治家がお集まりになってするよりか、建築のデザインでもお任せになれば結構でございますけれども、そうではないのです。日本が二十一世紀に果たす役割を、あるいは世界の問題がその国会で、日本のガバメントセンターで議論される、極端なことを言えば、ニューヨークの国連の果たす一部の役割が日本の国会のガバメントセンターで行われるぐらいのお考えがあって、初めて日本の国民が国会の移動というものを納得すると私は思うのでございます。小さな視点でもって東京から出します、東京の都民がどう考えるか。それを受けるところも、それではこの日本のどこの都市だって、国会がと言ったらみんな手をお挙げになる、その手を一体どのようにおさめるかということも、これは皆さん方、おわかりになると思うのでございます。 これだけ大きなものとなれば、大きな役割を持つのが二十一世紀の国会であり、それが世界的な中心だ、こういったようなものになれば、恐らく発想というものもおのずと違ってまいるであろうということでございます。あえて私はこれをガバメントセンター、そのガバメントというのは、これはパーラメントセンターが中心で、そのパーラメントセンターにガバメントセンターがどれだけつくなんという問題は、あえてここでは私は申し上げませんでございます。それよりも大事なのは、パーラメントセンター、国会センターに国際的な機能というものを考えていただくので、初めて国民のすべてが手を挙げてこの移転というものに賛成をするのではないか、私はそういうふうに思うわけでございます。 ちょうど時間でございます。私のような者があえてこんな大それましたことを申し上げましたのも、私の二十世紀に対する遺言だとひとつお聞き取りをいただきましたならば、こんな幸せなことはございません。ありがとうございました。
○綿貫委員長代理 ありがとうございました。 以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。 —————————————
○綿貫委員長代理 これより参考人に対する質疑に入ります。 この際、委員各位に一言申し上げます。 質疑につきましては、時間が限られておりますので、委員各位の特段の御協力をお願いいたします。 なお、委員長の許可を得て御発言をお願いいたしたいと存じます。
○斉藤(一)委員 斉藤でございます。簡単に二点ほど先生にお尋ねしたいと思うのですが、先ほど大臣のあいさつにもございましたとおり、この東京は人口、諸機能の集中の結果、非常な弊害が出てきた。そして、東京一極集中を是正するためにも国会移転が必要になってきたという趣旨のごあいさつがございました。私も全くそのとおりだと思うのです。 そこで、仮に国会移転が決まりまして、東京一極集中の是正にどれほど役立つのかという点がまず一つ疑問としてあるわけでございます。この点について先生はどうお考えなのかということをまずお尋ねしたい。 それから二点目は、国会が仮に移転するといたしましても、御承知のように、現在、東京臨海部開発というような大プロジェクトが進んでおりまして、さらに人口、諸機能が、あるいは企業が一層集中してくるということになれば、東京一極集中の是正であるはずの国会移転も意味がなくなってしまうという疑問を持つわけですが、この点について先生はどういうふうにお考えなのか。つまり、東京一極集中の是正という問題と国会移転という問題がどういうふうに関連しているのか、基本的なことですけれども、先生にお尋ねしたい。 以上です。 〔綿貫委員長代理退席、村田(敬)委員長代理着席〕
○磯村参考人 大変理屈を言うようでございますけれども、一極集中対多極分散といったような問題は非常に口当たりがいいのでございますね。言葉だけはわかりやすいのです。実際はわからない。一極集中といったようなものは、現在の二十一世紀に向かって世界の一つの動向であるということを証明しているのは日本なんですね。口当たりは別問題として、若干さわることを申し上げるのでございますけれども、それでは国会は、どうして新幹線を増幅し、リニアモーターをおつくりになる、これは何であるかというと、集中を加速しているんでございます。非常に常識的なものを申し上げますと、百聞一見にしかず、こういう言葉がございますね。例えば皆さん方が議会をおやりになるということも、これはテレビや何かが発達した時代ならば、お宅にいてテレビ電話で——私は現に今アメリカの大学とテレビで向こうの総長や何かと話し合いをしていますけれども、それではどうしてもいけないから集まりますし、サミットで集まり、皆さん方は国会で、そうして顔を見合わせて決定をする。これは人間の本能なんですね。百聞一見というその原点なんですね。 ところが、今情報化時代でもってあらゆるものがお互いに入ってまいります。入ってまいりますると、どうしても現実にこれは聞かなければならないというので、議会なりこういう集まりが必要だ、こういうふうになっていると思うのでございますから、そこの問題、国会はそういう日本の最高の決議をする中心でございますから、それがどこかへ移られるという、それはこの二十一世紀の理論に合うので私は賛成をしているわけでございますけれども、なぜ東京に一極集中がということになると、同じ理論が、例えば株式の取引がどうであるとか、あらゆるものが東京に集まっている、そういったようなものの中心を動かさないで、そういうものを動かして初めて可能でございます。 例えば、現にこれは私も関係しているのでございますけれども、国会図書館の御相談相手になっているのでございます。国会図書館は今度、これは一極集中もいいところで、本がいっぱいになっちゃったので、どうにもならないで関西に、こういうのでございますね。最初に関西にと言ったときに、これを分館という言葉をお使いになったのですが、これは私は間違いじゃないかということで、現在では独立の館としてそちらに行っているわけでございますね。それは、国会図書館であっても、新幹線で行けば二時間、三時間で行けるようになるのだ、そういう論理になれば、国会図書館は東館、西館ということになれば、しかも内容に特徴があれば、これは分散になるのでございます。そういうことが私は、一極集中の問題ではないか、集中に対しての分散の論理というのはそうではないか、こういうふうに思うのでございます。したがって、人間が集まって最高の決議をするものは、できるだけこれを分散するというのが私の分散でございまして、権限がどうだ云々の問題よりも、集まる人間はそちらに分散するということではないか、こういうふうに思うのでございます。 第二の問題は、東京の大変具体的な問題でございますけれども、それでは、もし国会が、今おっしゃったようにウオーターフロントの問題について何か御異議がありとしたならば、私は、それに対して政治的な何らかめ配慮を知事なり東京都となすってしかるべきではないかと思うのでございます。東京都は自治体でございます。自治体がその計画を持って、そしてこういうふうに進みたいとたらば、これは進まざるを得ないのでございまするが、それがもし、どういう点でということに、なるのだったならば、そこに集まる、どういう機能がそこで営まれるかということが問題で、ウオーターフロントが住宅になるとかあるいはビルになるとかというようなことで争うなんというのは小さいのではないか、こういうことでございます。 したがって、そういうことを考えてまいりますると、これは皆さん方お気につかないかもしれませんでございますけれども、今、関西が大きく変わるというのは、関西の国際空港が二十四時間あそこで稼働するということなのでございます。これは、日本の分散の中においてこれだけ大きな変化はございません。もしあれができなかったならば、北海道の千歳の空港は二十四時間できることになるのでございます。二十四時間の空港を日本が持つということくらい大きな分散の計画はないのでございます。それは何であるかというと、これから物を運ぶのは飛行機になるわけでございます。東京の成田空港は、最近でこそ三十分延長しましたけれども、十時半になったらば静かにしなければならないのですね。これは住民の要求で当然だと思うのですけれども、それが今度はいわゆる関西になった場合においては、関西の空港に在荷物をやって、新幹線なりリニアモーターで東京にやってくるようになる。そういうことを考えてまいりましたらば、そういう考え方で分散というものの選択が大事でございまして、既存のものを出ていけといったような問題よりも、今申しましたような、二十一世紀というのは貨物空港というものが中心になって集中するんだというような見方というものは一つの選択ではないか、こういうふうに私は思うわけでございます。お答えになりましたかどうかはわかりません。
○鳥居委員 お伺いしたいと思います。 直截的な伺い方なんですが、磯村先生の御持論の中で、遷都、これで具体的に富士山ろくの広大な土地が注目に値するというお話がかなり前にございました。その後どういうふうにお考えか。 それからもう一つは、国会の持ち方について、大きな都市を順繰り、相撲の夏場所、秋場所じゃありませんが、国会の持ち方についてちょっと移動をしていく形の国会の持ち方はどうかというお話があったと思うのですが、このあたり、もうちょっとお聞かせ。いただきたいと思います。
○磯村参考人 後段の方、ちょっと聞こえなかったんですが。
○村田(敬)委員長代理 風会の持ち方ですね。二番目の御質問。もう一回言ってあげてください。
○鳥居委員 国会の開催地を、東京だけではなくて大都市で国会が開かれるという形の持ち方はどうかというお話です。このあたり、先生、もうちょっと詳しく伺いたいと思うのですが、ねらい、その効果、どういうふうにお考えでございましょうか。
○磯村参考人 では、お答えいたします。 前段の方は、金丸委員長がおられると一番なんだったのでございますけれども、これは二十数年前に国土庁長官であられたときに、やはり遷都問題がございましたときに、いろいろお話でもって、その当時私が「展都」という言葉を使ったのでございます。それは何であるかというと、その当時の情勢では、国会なんかはまだ今日のような御関心がなかったものですから、機能分散というだけでございましたのですが、国会というのは国民の一つのシンボルなんですね。シンボルでございます。と同時に、これは国際的な一つの大きな目標になるんですね。外国人が日本というと、そこに出てくるのはマウント・フジなんでございます。そのことを考えてまいりますると、あの富士山ろくといったようなものの広さは、これは少なくとも国会や若干の政府機関が行ってもあそこに立地できるぐ「らいの空間はあるというのを、実際に調査をしました上で私は発言をしたわけでございます。それ以外に、私どもが予想したような新しい国会のセンターをつくるようなところは簡単にはございませんでございます。 それと、これは後で議長が速記をどうなさるかは別問題として、その当時私は、あそこを実地調査をしましたときに、行っている間に我々の富士山に向かってアメリカの砲弾が、演習だ、演習だといってぶち込まれているんでございますね。一体これは、政治の方々はどういうふうに見ておられるかということなんでございますね。こんな半世紀に近くなっても、それは演習だと言えば別でございますけれども、日本の象徴である富士山の土手っ腹に向かって、それはあいているからといって、これをいつまでそんなことを、幾ら友好のアメリカといってもこれはということで、あれを返してもらいたい、そのためには国会をあそこにつくるんだと言ったらばということが私にあったことは事実でございます。そういったようなことも配慮をして、しかも日本人にとって富士山と、富士国会といえば何かもっとフレッシュな感じも、大変これも失言になったらば勘弁していただきますけれども、本当に何か清らかなものを感ずるんだという、全く庶民的な感覚を持って私は富士国会論と言ったんでございまして、それが浜松の方に近くなろうと静岡になろうと、そんなことは私、なんでございますけれども、何しろあのすそ野と。 それは、なぜこんなことを申すかといいますと、私がアメリカのハーバード大学にいたときに、そのハーバード大学の総長が、私が日本から来たと言ったら、ああ富士山から来たか、こう言うんでございますね。何で富士山と言ったんだと言ったら、おまえ何だ、世界の山でもってあれだけ自然にすそ野を持っている、日本の心が自然に調和している証拠をあらわしているのが富士のすそ野だ、こう言われましたときに、私は、日本人はもう一回あの富士山を見直していいんじゃないかという、今とはちょっと違いまして少し若かったものでございますから、ロマンもございまして、そんなことを申し上げたわけでございますが、後の方はちょっと私……
○村田(敬)委員長代理 鳥居君、もう一度二番目の質問をしてください。
○鳥居委員 磯村先生、それで、今とは違うというおっしゃり方なんですが、今は具体的にどういうふうにお考えでしょうか、国会の移転につきまして。
○磯村参考人 私は、大変恐縮でございますけれども、大学紛争のときに学生にマイクをこっちからやられまして、こっちは聞こえないんでございます。決して聞く耳持たぬというようなことじゃございません。
○鳥居委員 磯村先生のお考えですが、その後、先生のお考えというのは次第に変わっていらっしゃると思うのです。国会をどのように移転をするのか、国会運営の移転という意味で、
○磯村参考人 国会をどのような形でと、そういう意味でございますか。
○鳥居委員 はい、そうですね。
○磯村参考人 これは、私から申し上げることは適当じゃないと思うのですが、日本の国会を初めいろいろな集会というものが非常に情報化するわけでございます。私が想像をしますと、仮に先生方がこの下のボタンでも押して、今これが必要だといったらばすぐに出てきて、そうしてこの委員会の討論やなんかにお扱いになると同じように、どこにおいでになっても資料やなんかをお集めになることは非常に容易になる、こう私は思うわけでございます。そうたってまいりますると、皆さん方のそういった集会の時間とかあるいは集会の期間といったようなものが、一年間にそう長くはないというふうに私は見ていくわけでございます。非常にこの討議、集会のいろいろなコンパクトな扱いというものが出てまいります。そうなってまいりますると、例えば国会が函館へ行こうと、まあこれは極端でございますよ、あるいは北九州へ行こうと、これはまた、それでも一応そこで国会もやり得るような形になっていくのではないか、こういう予測が私にはあるのでございます。この予測は、私はまだ、下手なことを出しますとまた袋たたきに遭いますから、いずれ、きょうここで発言をしました上で、皆さん方のお顔を拝見しながら、それじゃ国会というものは、何もスモール・イズ・ビューティフルなどという古い言葉で言っているんじゃないですよ。小さいものは美しいなどと言うわけではございません。情報というもの、それのいわゆる開示というものが大事なことはわかった上でございますけれども、それでは今のような、この二十世紀を象徴するようなこういう殿堂のままで地方へお移りになるのかどうかというのは、こちらから伺いたいことなめでございます。
○井上(普)委員 先生のボーダーレスというお考え方には私は全く賛成なんです、国で。ただし、先生は今、富士山のすそ野に持っていけというお考え方を二十年前にはお持ちになっておったというような、これは私は大きな間違いだろうと思うのです。 私どもは首都移転の研究会を二十年やっておるのでございますけれども、その際に、地質的にどうかということをお伺いしました。そうしますと、富士山は活火山である、あと百年、二百年の都をつくるときに活火山のところへやられたのではこれはいけない、どうぞ富士のすそ野だけは考えないことにしてくれというのが地質学者のお話でございました。私は、先生がそういう富士山のロマンを持っておられることは乳ことに結構なんでございますけれども、日本の遷都ということになりますと、これは百年の大計どころじゃない。水さえあればボーダーレスで最も適当なところへ持っていったのが一番いいのじゃないか、このように考えますのが一つ。 もう一つ先生の御意見を承りたい。もう一つは、遷都なり首都移転といいますと、一番反対するのが役人です。役人が、筑波学園都市をつくるのにも一番反対をいたしたのは役人と学者でございました。でございますので、役人あるいはこういう公務員の皆さん方の環境整備をまず第一番にやらなければ展都、遷都はできないと私は思います。この点について先生のお考え方を承りたい。
○磯村参考人 今の点は申すまでもなく、私、きょう触れなかったのですね。なぜ私が金丸さんに、二十年前に富士展都論というあれをしてそのままにしているかというと、その後に起こりましたいわゆる日本の地震説の問題が、これが一つございます。それから最近などでは、現在活動している九州のあの事情を見ればということもあるのでございますけれども、これは私は、この展都、遷都の、あるいは国会移転の問題のやはり大きな視点になると思うのです。ですから私は、この二十年前の考えを、何も今だから富士に国会を移せなどということは絶対きょう言っているわけじゃないのです。そおれは、今の自然の環境を十分考慮してのことでございます。 それでは先生に、その問題の御質問をもう一つ私によって展開すると、じゃ国会なども日本列島どこへ行ったって、日本というのは災害の島である。台風を初めとして災害の島と言われているのですから、やはり相当検討しなきゃならないのでございますね。ですからその問題は一応別として、それじゃ考えますると、国会が身軽になってと、これまた失礼でしたらば取り消して結構でございますけれども、簡素になってひとつ移っていただきたいというのは、そういうことも考えているからなんですね。もっと簡素になれというならば、国会は事情によっては、所によっては、恐らくこれは具体的にはそうなるのじゃないかと私は予想しているのですけれども、主要ないいところを二、三お選びになって、時によってはここで、春はここで、夏はここでと、こんなことを言ってはしかられますが、その点では日本のお相撲さんというのは場所を変えてこうやって、どこへ行ってもあれは満員でしょう。そういうことを考えますと、これは半分ジョークで申し上げますけれども、そこには真理があるということを私は正直に申し上げます。
○井上(普)委員 先生のお話を承っておりますと、山の中の町村で、町村合併がなかなか難しいので役場を三年交代、四年交代であっちこっち変わるお話を思い出すのでございます。都といえば歴史に残るところでございます。簡素にやれということはまことに結構。私どもも簡素にしなければいかぬ。しかし、首都機能を移転するのでございますから、これは民族の二百年、三百年先のことを考えなきゃならないので、私ども、地質学者にお話を聞きました。そうすると、断層があるけれどもこれは大したことない、火山で灰になることを考えると、一番にそのことを、実は今から十七、八年前でございますが、富士山にだけは移すのは考えてくれるなというのが地質学者のお話でございました。 もう一つは、先ほど申しましたが、公務員がい一がにしで環境整備をしなければ移らないかという証拠は、筑波学園都市で実証済みであります。公務員の反対をいかにして防ぐかということが、遷都、首都機能を移転させるかのポイントだろうと私は思う。でございますので、先生のそういうような観点からしての首都をどういうように移転すればいいか、これをひとつお伺いいたしたいのです。
○磯村参考人 今のお話、わかるのでございます。 もう一つ申し上げるのでございますけれども、それは公務員の勤務場所云々の問題でございますけれども、公務員の勤務場所を東京云々という、公務員というのには国家公務員、地方公務員がございますね。これも私に言わせると、この区別とか差別というのは本当はなくて、全体的に移動できればと私は思うのでございますけれども、東京に来れば一応なんだということが会社の職員もそう。ですし、これは地方の官庁でもまだそうなんでございますが、私はそういう公務員の立場と同時に、一つドイツの例を挙げたのです。 あれは、ボンが小さなところで国会をやっています。この西ドイツが、少なくとも西ドイツだけでも日本に匹敵するような国土が、ある程度まであれだけの繁栄を持っているというのは、州に議会があってそこにはいわゆる大臣という名前のつく議員の方もおられる、そういうことでございますから、州の権限というものは非常に強いのですね。強いものですから、先ほどあちらから御質問があったように、国会の権限といったような問題は、同時に国会の権限というものは、日本が直ちに道州制になるかどうかは別問題として、そういったような面に移していったらば、私は政治がそうならないと、そこで働く公務員も東京に来ることが一つの出世だというような問題は、私はどうかと思うのでございます。 ですから、北海道の州議会、そこには大臣とおっしゃろうと何であろうと結構でございますけれども、そこで多くの問題をお決めになるぐらいのことは私はできるのじゃないかと思うのです。そういったようなことで、いわゆる政治の力のいろいろなパワーというか、それを地方に分けるということで問題の機能の調整というものができないか、こういうのでございます。アメリカのように大きな州の形のものと、日本のような非常に小さく割っているところとは必ずしもマッチしない。向こうでガバナー、東京のガバナーといえばある程度でございますけれども、ある県の外バナーといえば、向こうでいったらば本当は村長さんみたいな資格しかないのです。そういったようなことを是正することも兼ねて国会の権限を調整していただけないか。だから、国会の移転というものは今地方自治体が問題にしている、あるいは地方制度調査会なんかが進めようとしても進められない道州制の問題なんかとかかわり合ってくる課題ではないか、私はこういうふうに思うのでございます。
○井上(普)委員 最後でございますが、そういうように地方の組織、分権、あるいはまた道州制まで考えるのならば、これは問題が大きくなり過ぎて、首都機能移転から大分はみ出してまいります。これはそういうことも必要でございましょうけれども、まず首都機能移転ということをやることによって、さまざまな問題が後々解決していくのじゃないかと思う。そういう面からすると、どうも先生の論議の進め方と私どもの話の進め方とは大いに食い違ってまいりますので、もうこの程度にさせていただきます。
○山口(鶴)委員 磯村先生のお話は、私よくわかります。ただ、日本をアメリカやドイツのように連邦政府にするということは無理だと私は思います。お話のありましたように、日本の単一民族的な状況、また国土の狭さ等から考えましても、それは無理だと私は思います。ただ、先生の御指摘になったように中央政府の権限を思い切ってスリムにするということは、私は大賛成です。 例えば中央官庁の中に自治省というのがあります。人員は一番少ないです。しかし、交付税、交付金を持っていますから、予算の額は自治省が一番多いわけですね。問題は、基準財政需要額等で一般財源として自治体に財源を与えている、その配分だけをやっているから多くの役人は必要ないわけです。ところが、建設省にしろあるいはその他の省にしろ、道路から橋から、どこに補助金をやるかというふうなことまで一々中央でやっているから膨大なスタッフも要るしということだと思います。また運輸省などは許認可権限の缶詰みたいなものですね。 ですから、こういうものを思い切って自治体に与えていく。企業がなぜ東京に集まるかといえば、この許認可権限はみんな中央政府が持っていますから、どうしたって企業は、本社は東京に持ってこざるを得ない。一極集中がより促進するということだろうと思います。ですから、今の自治法の団体委任事務、機関委任事務、すべてこれを自治体の固有事務にするくらいの思い切った、私はこれが真の行政改革じゃないかと思うのですが、そういった中央の権限を思い切って地方に配分する、それからまた、補助金ではなくて交付税のような一般財源として自治体にお金を配分をするという仕組みをとっていけば中央政府もスリムになるし、また、そういった配分の問題をめぐって国会が随分議論しているわけですから、そういった意味での議論は余り国会では必要でなくなってくるということになれば、国会を移転する場合も、あるいはガバメントセンターをほかに移す場合も随分楽になるのじゃないかと私は思うのです。だから、そういった意味での自治体をもっと大切にする行政改革を進めていく、そういう中でこの遷都を考えたらどうかという先生の御指摘は大変結構ではないかと思って私は承りました。私のような考え方、先生のお考えの聞き方でよろしいかどうかということが一つです。 それからいま一つ、先生は何か、国会はアジアのセンターであって、国際的な観点が必要じゃないかというお話をされました。そういう点もある」かもしれません。しかし私は、国会がどこにあるかということとそのことをくっつけて考える必要はないのじゃないか。例えばアメリカでは、政府や国会はワシントンにある、国連の中心はニューヨークだ。ですから、アジアの中心は東京であっていい。しかし、政府や国会は東京とは別のところにあるということでも差し支えないのではないかというふうに私は思います。この点の考え方についてはいかがでしょうか、二点お伺いします。
○磯村参考人 今お話しございましたが、最後の方からお答えを申し上げます。 実は私は、ある程度まで国会を尊重したものでございますから、まあなかなか単独ではお出にならないでしょうから御一緒に、こう申し上げましたので、東京は恐らくアジアのセンターになっていくということは間違いないと思うのでございます。その点では、東京はニューヨークになって、仮に名古屋がワシントンになるとか、あるいは大阪はどうだといったような選択は、私は、これは十分にある、こういうことでございます。ただ非常に重要なことは、今おっしゃいましたように、国際化といったようなものが日本に非常に大きな比重を持ってくることなんですね。東京の行政なんというのは、そのうちには東京の役人の中に外国人が入ってくるぐらいのことを予想して考えなければやっていけないと思うくらいに、私は、東京の国際化というものはそう考えます。 そうなってまいりますると、それに対抗する上からいっても、国会は相当な内容を持って地方に彩られるというのじゃないと、東京はこれだけのパワーを持っているのに一体何で移すんだという議論は直ちに出てまいります。そのときに、もう一つこれはお考えにならなければならないのは、一つは何であるかというと、東京というものが自治体の姿であるのかどうか。これは私のように地方自治を中心に勉強してまいりました者としては発言しにくいのでございますけれども、千代田区、中央区それから港区なんかの現状を見ますと、あそこで人口が毎年減っていく、減っていく数だけ外国人になっているということは、十年先になったらば、あの地域の三分の一は日本人で三分の二は外国人になったときにその行政を一体どうなさるかといったような問題なんかは、同時に東京都に対して政府なり国会が、何も国会だけ持っていくんじゃないよ、おまえの方の問題についてはこういうなにがあるんだというぐらいの御配慮も適当なときに出てよろしいのではないか、こういうことでございます。 もし東京から国会が出ていくというごとになった場合に、東京の都民の運動として、これはいわゆる自治に反するんじゃないか、今まで一世紀のなにをどうするんだなんという運動が起きたらば、先生方、これはちょっと難しい問題とだけ申し上げておくのでございますので、これは決しておろそかにできない問題です。ですから私は、きょうは非常に具体的に申し上げることを極端に避けているのでございますけれ。ども、それはやがて皆さんの方から御発議があってしかるべきではないか。それを乗り越えていった場合においては、このいわゆる国会移転なんというのは途中でもってホシャンになる、こんなこと言っちゃ本当は追い出されるのでございますけれども、その懸念はございますね。
○山口(鶴)委員 最初の質問についてのお答えをいただきます。
○磯村参考人 今、連邦制が行革なんかで言われていることでございますけれども、私は連邦という言葉といわゆる道州制といったものとは必ずしも同じにしておりませんのでございまして、私は連邦というような発言は……
○山口(鶴)委員 行政制度をどうするか、道州制にするとか連邦制にするとか、そういうことは一応抜きにしまして、中央政府が持っている権限を、現在の都道府県、市町村でいいわけですから、そこに大幅に移譲していけば政府もスリムになるし国会もスリムになる、したがって移転がしやすいというふうに私は考えているが、いかがですかということです。
○磯村参考人 それならば私もわかるのでございます。この問題はそのようにとっております。いわゆる連邦論は、私は、これは日本また日本の国民性には適応しない考え方でございます。
○近藤(鉄)委員 きょうは大変貴重なお話、先生ありがとうございました。 そこで、首都機能移転、ガバメントセンター移転というお話なんだけれども、私は、むしろガバメントの中で国会だけを切り離して移転してしまう。そして、きょうもお役人がたくさん来ていらっしゃいますけれども、こういうお役人さんがこうした委員会に出席できるように、リニアモーターでもいいですし新幹線でもいいですが、せいぜい一時間以内で通勤できるぐらいのしかるべきところに国会だけ持っていきましょう。だから、いわば国会村になってしまうわけですが、それをつくって、お役人さんはいろいろな、子供さんの学校、教育その他あるでしょうから東京でいいと思うのです。我々は国会議員なんだから、子供の教育で東京にいなければならなか一つたらならなければいいのであって、もうそこは割り切ってしまって、国会議員だけが行く。それは経費とかなんかの面で安いというだけではなしに、特に我々政府・与党はそうたんですが、我々立法府それから行政府が非常に密着してしまっていますね。だから、ややもすると立法府が物を考えないで、簡単に行政府にいろいろな資料をすぐ要求してしまう、また考えさせてしまう。ですから私は、立法府と行政府をきちっと分けるためにも立法府だけ設けて、そして同時に政党も一緒に連れていってしまう。したがって、自由民主党や社会党、共産党、公明党、民社党の各党の党本部も行きます。だから、政党と国会だけが行って、そしてお役人さんが通勤可能な一時間以内ぐらいの距離であれば、例えば十時に委員会を開くと九時に出てくればいいわけですね。そのかわり、きょうも局長以下課長さん方たくさん参っておりますが、もう国会に来るのは局長以上——大体我々が質問するのに、課長さんまで来て説明しなければならない質問をする国会議員も問題だと思うんですよ。細か過ぎる。逆に、局長が自分の専門の分野で課長を連れてこなければ回答できないというのもおかしいわけですし、まさにテレビ電話からファックス、いろいろあるわけですから、そういう政府委員、名お役所の出先を国会内に持っておけば必要なコミュニケーションができるわけですから、そういうふうに立法府と行政府にきちっと分けてしまって一国会村として通勤一時間以内でスタートするということがいいのではないかなと私はかねがね思っているわけでありますが、先生のお考えはどうでしょうか。
○磯村参考人 ただいまのお考え、よくわかるのでございます。私なども、きょうここにおられる役所の方々、いろいろお近づきもあるものでございますから、この年輩になりますと非常に情がございましておりはっきりしたことを申し上げられないのでございますけれども、今おっしゃいましたように国会は立法の府なんですから、片っ方はそれを実行するという極めて単純なことなんでございますけれども、我々が見ておりましても、現実においては行政府がいろいろなプランをおつくりになって、それがこういうところでただ議論だけになってという嫌いは否定することはできない、こう私は思うのでございます。 ですから、もしそういうふうに後ろの方に、後ろと言っては言葉は悪いのであれでございますけれども、行政府との密着がないということがはっきりすれば、これもまずいのでございますけれども、先生方の御勉強ももうちょっと違ってくるのじゃないかというふうに思うのでございまして、そのために金がかかるのだったら、どんなに金がかかるのであろうともよろしいと私は思うのでございます。このいわゆる国会移転に伴って、ここにスリムというお言葉もいただいているのでございますけれども、スリムの内容にはそういう条件が絶対必要だ、全く賛成でございます。こうなると、私は、官庁に出入りがちょっと難しくなるかもしれませんが……。
○近藤(鉄)委員 私は、国会等移転の特別委員会でいずれこの問題を積極的に展開しようと思うのでありますけれども、やはり行政府と立法府をきちっと分けることがまさに我が国の政治改革であり、立法府が独自の調査機関を持つ、政党も独自の調査機関を持つ、国会図書館をもっと充実して先生のような学者にどんどん来ていただく、もうベストの学者は国会図書館の研究室に置くとかそういうことにして、我が国の巨大な官僚機構はすばらしい優秀なシンクタンクでもありますが、それに対抗して我々がおのずと立法府としてシンクタンクを持つということがこれからの我が国の政治の発展のために非常に大事でないか。だから、全部持っていくというとお金もかかるし、お役人さんの反対もある、国会議員だけは田舎の国会村で新しい生活を始めるというふうにぜひすべきだなとかねて思っておりますので、ひとつ、こういう考え方も取り入れていただきたいと思う次第でございます。
○磯村参考人 今のことに御返事になるかどうかはわかりませんけれども、きょうは国土庁関係の先生方がお見えでございますけれども、ふだんから私はどうしても、こういうところに一極集中といったような問題の原点があったのだということを申し上げておきたいと思っているのでございます。 私は、たまたまいろいろ関係がございまして、筑波移転といったような問題の計画、それから大学が移るときにも私は大学にも御援助したのでございますけれども、あの計画の中には、教育大学が名前を変えて筑波大学になるという問題以外に、私立の大学の敷地があったのですね。私なんかも、私立の大学の学長をやっていましたから、できれば筑波へ行きたいと思ったのですが、私立大学の経営なんというものは国立大学と並んだら成り立たないというのですね。筑波大学が上で私立が下だ、学生が集まらないというので、私はその構想をだめにされたのです。 もう一つ申し上げます。これも局長には御勘弁いただくのでございますけれども、国土庁は、大学は外へ行け、筑波は東京の外だったのですけれども、そんなことでございます。八王子というのは東京都なんですね。ですから、あそこに二十幾つの大学が集まってしまった。なぜ集まったかということになりますと、学問は東京でするのだ、八王子に行っていれば東京で勉強しているのだ、こういったような神話が通っているようでは、そこまで東京への集中が病膏肓に入っているのだということを考えないと、ただ分散なさい、それでは東京都の中心からは分散しました、行ったところが八王子だ、そこは東京都だ、そうなると学生もたくさん来るというので、あそこがとんでもないセンターになってしまっているのでございますが、あれはやはり東京への集中をもたらしてしまっています。 同じようなことが、最近首都圏という言葉がもっと強くなると私は思ったのが、今度は国の方では東京圏とおっしゃるのです。首都圏に云々というときには分散になりますけれども、東京圏ということに在ると、この響きはやはり東京になってしまう。これは国土庁なんかもお考えにならないと、今分散ということを御指導になっているお立場からいえば、東京圏の整備といえば、これは東京への集中と同じになってしまう。ですから東京はしきりに、ウオーターフロントがどうだとか、あるいはあちらの核がどうだといったようなことになるのでございますけれども、東京圏ということを改めておっしゃったものでございますから、これが集中になっているということは、これは言い過ぎだったら御勘弁いただきますけれども、私の実感なのでございます。首都圏というものが薄れてしまっているわけでございます。
○金子(満)委員 それでは、時間の関係もありますから、二つの点について御見解を伺いたいと思います。 一つは、東京一極集中ということについて、その弊害は多くのところで語られています。同時に、これを是正しなければならないという声もたくさんのところから出ていることは御存じのとおりだと思います。しかしそこで、一極集中がなぜやられるようになったのか、その原因については必ずしも一致していません。いろいろの考え方があります。そして、見解が発表されていますが、そういう中で、私自身は国会とか政府機関が東京にあるからこれが原因で一極集中になったのだとは思いません。また、国会などが東京にあるためにどんどん人口がふえて、地価が上がって、住宅問題が深刻になって、交通事情が悪化するのだとも私は思いません。一極集中を生み出したもの、特にこれを加速させたものはやはり一九八七年、六十二年の四全総だと私は思うのです。 四全総では、東京圏のあり方として次のように言っています。これからは本格的な国際化時代が到来し、東京圏が世界都市としての役割を高めなければならない一東京圏は金融、情報等の面での世界の中枢都市の一つとして国際経済社会の発展に寄与する、そのために都心部及び臨海部の総合的な財発を進めるとうたっています。これが一極集中を加速させた、これは歴史の経過から見てそうだと思います。したがって、ここにメスを入れなければ、一極集中をなくすということを繰り返して唱えても、一極集中をなくすことはできない。 そこで、私は、磯村さんは三年前に「東京遷都と地方の危機」という本を書かれましたが、これを興味深く読ませていただきました。その中には次のような指摘がございます。「四全総がいみじくも前提にしている国際化——情報化、交通機関の高速化・集中化等——整備新幹線も含めて——は、すべて東京一極集中の”原子”である。これらの原子は、相互に作用して、巨大なエネルギーを創生する。その力は単なる”都市計画””首都計画”などといった程度の方策では対応できるものではない。」このように述べております。そして、同じ年に「都市問題」という雑誌に寄稿されまして、そこでもいろいろ述べているのですが、同じ意味のことを言っています。「一方では遷都論を推進しながら、現実の国の政策が、いぜんとして一極集中に向かっていることである。」このように磯村さんは指摘をされています。しかも、一極集中の原子が四全総にある、このように言われていますが、三年経過したけれども、この点は今もそのように考えておられるのかどうたのか、あとの質問がありますので、そこのところだけ最初答えていただけるとありがたいと思います。
○磯村参考人 最後の私の切腹の場面と、こうなるわけでございますけれども、今の御発言、きょう申し上げましたことを最初からお聞き願えれば、私は若干考えを変えていると思うのでございます。その本は二年前に書いているのでございます。その後、きょう私が申し上げましたように、ローマ会議に出たり、それから、ついこの六月には世界社会学会を主催して、神戸でこれをやっているわけでございます。そういう経験からいきますと、きょうの私の考え方と、今先生が証拠をお出しになってなにしたのは、それは若干違っておりまして、この私も決して二年間を酔生夢死してこれここに出てきたわけでは絶対にございません。私も二年なら二年なりの進歩、そこの間には、冒頭に申し上げましたように、これはお世辞などではなくて、国会が火をつけていただいたことは、これは絶対的な一つのポイントである、もしこれが本当にお進みになるならば、私はその本をもう一回書き直すつもりでいるわけでございます。その覚悟でここに出てきているわけでございます。
○金子(満)委員 この本の見解については伺いました。 そこで、事実一極集中の中で、お話にもありましたけれども、東京湾の臨海部の開発はどんどん進められている。新幹線の問題についても、これまで東北新幹線、上越新幹線が上野始発であったのが、この六月に東京始発に変えられる。それで東京の駅は、去年度で一日平均三十五万人の乗降客がございますが、これに今度新幹線が入りましたから、これを上回ることは間違いがないと思うのですね。JRや私鉄を含めて十近い線があの中に入っている。しかも、見えない地下には相当の売店があるわけですね。災害とか都市計画とか一極集中とかいろいろ考えたときに、これは一極集中のやり方そのものだと思うのです。これは是正しなけりゃなりません。 そこで、二番目の御見解を伺いたいのですが、それでは、この国会と政府機関を移転するとすれば人口が減るのかという問題。仮に国会や政府機関が他に移転しても、その結果として人口の移動は余りたいというのが各界から指摘されております。多くて数十万ということだろう。社会経済国民会議が去年発表した「「新都」建設への提言」というのでも、国会と政府機関が移転したその先の人口はせいぜい二十万程度であろう、こういうふうに言っております。 それから、これもまた取り上げると磯村さんからいろいろ言われるかもしれませんが、「東京はよみがえるか 遷都論批判」という本がございます。これも私、読ませていただきました。この中でいきますと、国会が移転されても「政治センターであるから、そこを利用するものは「定着」する必要はない。国会が開かれるときに集まればよい。また、若干の役人が国会へのサービスのためには連絡センターをおけばよい。」こういうように述べております。 それからまたほかの、まあ隣に米沢さんがいらっしゃいますが、この点は民社党の機関誌の「かくしん」にもなかなか踏み込んだ議論がされて、ここにも寄稿されています。そこを読みましても、東京には現在以上に人口の集中、それも外国人の居住がふえることが予想される、それはさっき港区とか千代田、中央の話がちょっと出ましたが、そういうようなことが言われている。 こういう点を考えると、例えば風会、政府機関が移転した後はどういうふうになるんだろう、こういう建物は結局は金融機関や情報機関がそれを使用することに大勢はなるだろう、新しいビルが建つだろう、こういうことを考えると、人口は減らない、かえってそのことによって集中する、人がふえれば交通状態は悪化をする、住宅事情しかり、こういうことになろうと思いますが、この点について磯村さんの御見解を承りたいと思います。
○磯村参考人 まともにお答えすることはひとつ御遠慮させていただきたいのですけれども、先生が今おっしゃいましたこと、東京は一極集中を分散、こう言っているところが、現実においては一極集中に向いているという事実をもっとはっきり申し上げます。よろしゅうございますか。 ここ数年の間に、東京は二十四時間的なオペレーションになるのでございます。その兆しは何であるかというと、地下鉄が時間を延長しようとしています。郊外電車が終電車を延長しようとしています。世界の都市、首都でこんなことをやっているのは実は日本だけでございます。ニューヨークだったら終夜運転しています。恐らく東京がそうなったときに、しかも、後楽園のドームは今のところは十時か十一時ごろまででございますけれども、あれが午前中に使えないなんということは資本の論理が許さないはずでございます。これをやるようになったならば電車が終夜運転、これは当然でございます。そのうちに成田がどうなるか。全部これは一極東京への集中の兆しなんでございます。 もっとはっきり申し上げます。私は、自分の研究室をイギリス大使館のそばに持っています。その近所のマンションとかアパートは、夜遅くなって電灯がついてやっているのでございます。なぜかというと、イギリス大使館とかそういった大使館は夜に向こうの情報をとっているのです。夜遅くまで勉強していると、私の窓から、向こうは明々とやっているのでございますが、こうなった場合に、こういったようなものを一体どこが受け入れるかということになりまする挑戦をしないで多極分散といったって、これは無理ではないかと私は思うのです。何も六本木とか原宿だけが問題ではございませんで、そういったような東京の中心的な機能ということが大きな課題となってきていると私は思うのでございますが、これもぜひひとつ計算に入れて、逆に、それでは国会が暁国会をやっていただけるかといったようなものになるかどうかということも、これは将来のオペレーションの中でお考えになる必要があるのじゃないかと思うのでございます。 これは、私がワシントンの向こうの国会に行って証言したときに向こうで聞いてきたところで、向こうではいわゆる暁国会と呼ぶものをやることもしばしばあるということを聞いているわけでございます。したがって、そういうことを考えてまいりますと、東京に集中の原因というものは、国会が夜開かれていたとすれば、その周辺といったようなものを、いわゆる都心三区なんというものが一番二十四時間稼働するというようなことも否定できないのではないか。そういうものも含めて、それでは国会がなくなった場合の東京はという構想こそ、今ウオーターフロント云々の問題はございますけれども、私は、この問題に今触れる。ことは、私の名前がたまたま磯村だということで御遠慮したいと思うわけでございます。
○金子(満)委員 あと一言。一極集中悪い、多極、分散だという話は言葉としてはとても滑りがいいということを先ほども言われました。私は、そういう中で、確かに多極分散ということになると、地方自治体にかなりの権限を与えなければ多極分散にはならない。また同時に、一極集中を否定しながら実際に動いている事態というのは一極集中の方だ。暁の国会の連続をやっているわけじゃありませんからこの国会の存在が原因ではない、ほかに原因があるというのは磯村さんも、先ほど若干の訂正がございましたけれども、書かれている点を見ると、体系的に書かれている、歴史的に書かれている面もあるなど私も思ったわけですが、これは私の意見ですから、これで私の質問は終わります。
○米沢委員 磯村先生、御苦労さまです。 先ほどからいろいろと質問が重なっておりますから、重複する部分があるかもしれませんが、お許しいただきたいと存じます。 御案内のとおり、この委員会ができた経緯は、東京一極集中というのが非常に大きな問題だ、したがって何らかの形で是正するために、せめて、首都の移転ではなくて政治機能の移転ぐらいして、一極集中を排除していく方向をとっていかねばならないのではないか、こういう趣旨でこの委員会はできている、私はそう思っております。 この一極集中の歴史的な経緯を見ると、日本の発展と東京一極集中というのは軌を一にしていますね。発展が東京一極集中を生み、東京への一極集中がまた日本の発展を支えてきたというのが事実だと思うのです。しかし、ここに来て、特にバブル経済等を経て、この東京一極集中というのはもう弊害の方が大き過ぎる。特に、もう土地高騰は地方の方に拡散しておりまして、私は宮崎でございますが、何にもせぬけど土地だけは上がる、あるいはお金の価値が、余りにも価値観の差が大き過ぎて、ちょっと東京と宮崎は別の国ではないかなと思うような現象が多々ある。 そういう意味で、この東京一極集中を是正するためには、政治の分野、教育の分野、文化の分野、情報の分野、たくさんありますけれども、せめて政治の分野で、一つの政治機能を移転することによって東京一極集中の是正の端緒をつくりたいというのは我々も賛成であり、そしてまたそのためにこの委員会はできたと思うのでございますが、先ほど磯村先生の話を聞いたときに、確かに、この首都移転を国内的な課題として、いわんや多極分散の決め手として論じることにはためらいを覚える、こうおっしゃっておりますが、せめて国会を移転すること、すなわち政治の分野を、機能を移転することには磯村先生は賛成の立場なのか反対の立場なのか。 同時に、そのことについて、例えば国会移転についていろいろと難しい問題はありますが、成功する可能性について、磯村先生はどういう御見解を持っておられるのかという点について、まずお聞きをしたい。
○磯村参考人 先ほどこちらに一応お答えしていたと思うのでございますけれども、今お答え申し上げまする私のイメージの中に出てくるのは、皆さん方、国会議員とされてこの国会の審議をなさる場合に、地元の意見といったようなもの、それから国策といったような大きなものと、どちらにどれだけ重点を持って御検討なすっておられるかといったようなこと、大変これは失礼なんでございますけれども、日本の場合においては、国会議員の方といえば、何か、地方に行けば国会議員の方に陳情すればといったようなことで、陳情といったような問題と、ステーツマンとしての意見をお持ちになるといったような問題と、どちらが政治の上で重くなるかということが私の考えの中に一つあるのでございます。 したがって、それがいわゆる地方自治体の議会や何かだといいましたならば、直接、有権者あるいは傍聴者あるいはそこの市民といったようなものでございますけれども、国会となりますと、そこに出てくるものは、そういったようなものはもちろん選挙の答えてありますから大事でありますけれども、それ以上に世界がどのように動いていくかということを逆に国民に教えていただくような知識を、国会なりあるいは情報化社会なんですね。 私なんかは、先生方のあの予算委員会のあれなんかを本当に真剣に見るのでございます。真剣に見るのです。そのときに何をおっしゃっているかということが、私ばかりではなくて今のこの情報化社会の中で、ああいったようなことがもっとオープンに全部の国民の中にわかるようになったならば国会のあり方が違ってくるんじゃないか、私はこういうふうに思うのでございます。あの中における総理大臣の答弁、それに対する議員の方の御質問、これは国民が、もう国民の知識でもってこれに対してある程度の評価をしているんですね。その場が国会だと私は思うので、情報化社会の中で一つのある程度の評価が行われているのが国会ではないか。 それで、我々が国会に期待したいのは、例えば湾岸問題なんかがあったときに、一体日本人として、あるいは国際社会の者としてどういったような動きが適当であるかということが、多くの方々の議論の中で我々にわかるような場となってほしいということでございます。我々が新聞や何かで伝えられるのは世界のニュースなんですね、今は世界のニュースでございます。ラジオやテレビなんかも、そこに来るのは世界のニュースでございます。朝、我々の耳に入ってくるのは、ロンドンのドルの値段とニューヨークの値段と東京なんですね。同じようなことで、世界の、ロンドンばかりじゃなくて、そちらとアメリカとアジアの情報の中で、我々は日本の国会の中でその方向を期待しているということになると、もうちょっと国会が 私は先ほど、国会がもっと機能を云々ということは、今でも国会というものが我々にとってはかなり閉鎖された社会になっている。それを、情報化社会だということになりましたならば、それも含めて情報化の中で国会が一体どうだというような工夫がまず提示されて、それが国民にアピールされて、それだからという国会の動きを決めていただくのが私は大事なんじゃないか、こういうふうに思うのでございます。ちょっと米沢さんの御質問に答えられたかどうかわかりませんけれども。
○米沢委員 もう一点、これは簡単にお答えいただきたいと存じますが、戦後、ドイツがボンに遷都しましたね。あのボンの、首都という、政治機能をボンに集中したということは、磯村先生の御見解では成功したとお思いになっておりましょうか。それとも、あれはやはり問題があったというふうにお思いでしょうか。
○磯村参考人 私は、ボンの遷都というものは、ドイツの国民性の中においてこれは成功したと思うのでございます。したがって、私は、ボンの遷都というものをそのまま日本に云々なんという軽率なことを決して言っているのではないのでございます。日本の国民性の中で一体あのくらいの措置をとった場合にどうなるかということは、国会なりあるいは国土庁なりがお調べになっていただきたいということでございまして、しかしこれは一つの参考になることは事実でございます。ローマ会議のときにも、かなりボンにおける国会、それからもう既に御存じのようにECにはECの国会というものがあるのでございます。これはもう既にあるわけでございますから、そこでのあり方と、今度はECの首都としてということになると、ある程度まで行政も若干一緒になるということでこの会議は開かれたのでございますから、若干の条件をつけて、ひとつ御検討をいただきたい、こういうことでございます。
○米沢委員 ありがとうございました。
○村田(敬)委員長代理 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、参考人に一言お礼を申し上げます。 参考人には、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼申し上げます。 参考人には、御退席いただいて結構でございます。 —————————————
○村田(敬)委員長代理 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 本件調査のため、来る二十五日、参考人の出席を求め、意見を聴取することとし、その人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○村田(敬)委員長代理 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 次回は、来る二十五日水曜日、午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時二分散会