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120回国会衆議院1991/03/19

法務委員会 第8号

発言数
123
登壇者
16
会派数
5
開催日
1991/03/19

会議録

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 これより会議を開きます。  内閣提出、司法試験法の一部を改正する法律案を議題といたします。  本日は、本案審査のため、参考人として日本弁護士連合会事務総長井田惠子さん、朝日新聞社論説委員佐柄木俊郎君、早稲田大学法学部教授鈴木重勝君、以上三名の方々に御出席いただいております。  この際、一言ごあいさつを申し上げます。  参考人各位におかれましては、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。  本案について、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきますようお願いを申し上げます。  次に、議事の順序について申し上げます。  御意見の開陳は、井田参考人、佐柄木参考人、鈴木参考人の順序で、お一人二十分以内に取りまとめてお述べをいただき、その後、委員からの質疑に対しお答えいただきたいと存じます。  なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を受けることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承をお願いいたします。  それでは、まず井田参考人、お願いいたします。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 日本弁護士連合会事務総長の井田惠子でございます。司法試験の問題につきまして、日弁連の立場から参考人としての意見を述べさせていただきます。  司法試験のあり方は、我が国の次代の司法を担う法律家の量と質とを決定していく極めて重要な問題でございます。現在の司法試験は、戦後、統一、公正、平等の理念のもとで、幅広く多様な人材を法曹として平等に受け入れる資格試験として、すぐれた機能を果たしてまいっております。年齢も性別も、また未婚者も既婚者も、差別なく、いつでも受けられる試験制度でありまして、その意味では大変開放性に富んでいる、そういう試験制度として一般から支持されてきているというふうに考えるものでございます。  特に司法は、国民の人権保障をその役割とするものでありますから、さまざまな人生経験を持つ多様な人材が法曹として誕生するということが求められると思うのでございます。柔軟な思考力、すぐれた判断力を持つ法律家、人間味豊かな法曹が必要であると思います。そこに、司法に対する国民の信頼が寄せられるというふうに思うのでございます。また、弁護士、裁判官、検察官が同じ試験を受けまして、その後同じ修習を体験いたします統一修習制度は、同じ法曹として、司法への共通の理解を高め、またそれぞれの力量を磨き合い、行政権から独立をいたしまして国民に公正な司法を実現していく上で、今後も堅持していくべきものと考える次第でございます。  日弁連は、司法試験制度の改革を検討する上で、この統一、公正、平等という理念を大切にいたしまして、これを損なわずに、今よりもっと全体として司法の容量を大きくする、充実させていく、そういう観点に立ちまして、そのような改革の一環と位置づけまして、司法試験の改革を望むものでございます。  ところで、司法試験の現状を見ますと、御承知のようにこの試験に合格することは著しく困難であり、また受験生にとっては過酷な現状になっていると存ずるのでございます。合格できる力を持ちながら、長い年月試験に受からない受験生が多数滞留している、そのことがまた、合格者の平均年齢あるいは平均受験回数をさらに突き上げるというようなことになっております。法学部を卒業いたしますのは、スムーズにいきますと二十二歳でございましょう。この試験の場合には、合格者の平均年齢は一九八九年度で二十八・九歳でございます。平均でです。合格者の受験回数もやはり平均で六・六六回、合格率はわずかの二%ちょっと、これでは余りにも過酷、また異常と言うべきだろうと思うのでございます。  若者は、この時期は、学業を終えて自己の将来 の方向を見定める時期、就職を決める年代です。経済的にも親から独立して社会人となる時期であります。しかし、司法試験に挑戦した場合は、今では、会社に勤めながら片手間に受験するなどというようなことは到底できません。これでは、長期に受験に専念できるような環境にある人だけが合格し、そのような可能性のない人は法曹への道がふさがれる、こんなことにもなるわけでございます。ですから、希望を持ちながら有為な人材が法曹になる道を断念してほかへ行ってしまうという結果にもつながるのでございます。また、何回も試験に挑戦して、受かればよし、もし受からなかったという人は、その後の人生設計に大きな影響を及ぼしてくると思われるのでございます。  しかも、合格点に近いところに同じぐらいの成績の人が多数いる。こういうことは、受験生は、もちろん力がありながら同じような成績であって入れないという結果にもなるのでございまして、大変問題な状況と思うのでございます。かつ、受験生が予備校通いをしていることも常識でございまして、大学教育から司法試験というものは大きく離れてしまっている。受かる受からないということだけが目標になってしまって、こんなことでは何かいびつな法曹が生まれてこないかという心配もございます。このことは、単に受験生に過酷というだけではなくて、法曹全体にとって、国民にとって、やはりゆゆしい状況であろうと思うのでございます。日本弁護士連合会も、このような状況は早急に改善されなければならない、真剣に早く取り組まなければならないことであると存じております。  さて、ではどんなふうにして司法試験制度を改革すべきでありましょうか。日本弁護士連合会が考えておりますところを述べたいと思います。  一九九〇年十月十六日に、法曹三者が基本的な合意をいたしました。これは、この法律案関係資料の末尾に合意書がございますのでごらんいただいているかと存じますが、日弁連では、一九八七年ごろから法曹養成問題委員会を設置しまして、法曹人口の問題等あるいは司法試験の問題点と対策について検討を続けてまいりました。翌年の暮れからは三者協議が始まっておりまして、また一昨年の十一月には法務省からいわゆる基本構想が出されまして、これらの経緯の中で、昨年の三月十六日の段階で、日弁連は司法試験問題についての基本方針というのを定めております。  これは、司法試験の合格者を増員する、裁判官、検察官の増員を初め条件の整備を図る、試験科目である教養選択科目を廃止するなど、現時点で法曹三者や大学関係者で大方一致できることを改善する、なお、司法試験制度の抜本的な改革、大学の法学教育の改革を検討するために、法曹三者と大学関係者による法曹養成制度改革協議会を設置する、基本構想はさらに検討を行っていく、というものでございます。  この基本方針に基づいて七月二十五日、昨年でございますが、三者協議で日弁連として新しい提案を行いました。このあらましは、おおよそ御存じかと思いますけれども、日弁連といたしましては、統一試験、統一修習制度というものが法曹三者の共通の給源として大きな役割を果たしてきたばかりでなく、公正な司法の実現に奉仕する法曹の養成に最もふさわしい制度であると考え、今回の改革は、この制度を守り、さらによりよいものにしていくという立場から提案をいたしております。その視点といたしましては、司法試験の改善は、当面の運用改善とともに、より中長期的なスタンスでの改革を法曹三者の協力で行うために、改革協議会を速やかに設置するというものでございます。  次に、基本構想三案につきましては、いずれも多くの問題点がありまして、日弁連といたしましては積極的に採用すべきものとは考えられないので、まず合格者を七百名程度に増員する、また教養科目の廃止を含め試験の運用改善を実施していく、かつ改革協議会でその間の経過と効果を検証しつつ、最終的には実施から五年後に検証を行いまして、先ほどのような現象が改善されるならば、そのような効果が見定められたときは基本構想は実施しない、しかし、その逆の場合は丙案を実施するものとするというものでございますが、その場合も暫定的なものといたし、また並行的に改革協議会で抜本的改革ができて、改革の効果が期待されるならばそれを優先的に実施する、こういう提案でございます。  この提案に基づいての三者協議での議論の結果、先ほどのような合意に至ったわけでございますが、これは法曹三者の信頼と互譲で成立したものでございまして、今後の検証に当たりましても、また実施に当たりましても、三者の信頼と良識のもとに行うということを確認いたしているわけでございます。内容的には、日弁連案は例えば増員の点では一千名を主張いたしたのに対しまして、五年間で九百人以上と、その辺の若干の食い違いがありますけれども、日弁連の案はおおよそ御同意いただいております。  司法試験の制度改革を行う場合には、小手先の論議で行ってはならないと考えるものでございます。根本的なところから考えてまいらなければならないでありましょう。  第一に、法曹人口の観点であります。国民の側から、弁護士人口、裁判官、検察官の数はこれでよいのかという点が論じられる必要がありましょう。法曹が国民の手の届くところにいるということが必要でありまして、その意味で、法曹三者はいずれも増員の方向で考えていかなければならないと思うのでございます。この問題は司法のあり方に直接かかわる問題でございます。一般国民から見ますと、司法はまだまだ遠いというのが実情だと思うのでございます。弁護士自身にいたしましても、三者の中では最も国民と直結する職業でありますけれども、市民の多様な法的ニーズにはこたえていないと言わざるを得ないと思うのでございます。医師に比べても明瞭なように思うのでございます。裁判所や検察庁にいたしましても、やはり官庁という立場もございましょう、市民からは近寄りがたいと感じられているのではないかと思うのでございます。国民から親しまれる司法を実現し、裁判の充実のために、裁判官、検察官の増員も積極的に実現していただきたいものと考えている次第でございます。  日弁連では、昨年五月の定期総会で司法改革に関する宣言をいたしましたが、この機会に司法予算の増額を望みたいと思うのでございます。  また、司法試験の深刻な現状として、試験のあり方が大学法学教育の実情から乖離しているということを直視すべきであろうと思うのでございます。司法試験においても予備校が花盛りということは、先ほども申しましたように重大な、ゆゆしきことと思うのでございます。  私たちはこのような観点から、司法試験及び法曹養成制度の改革を目指しまして、その後の三者協議でも改革協議会の設置というものが決まり、今回の改革が行われれば、速やかに第一回が開かれる予定になっておるのでございます。  なお、今回の法案でございますけれども、先ほど申しましたように、今回の改正案の中には、改正の方法として、一部の合格者について三年以内の受験者から採る、このような方向が打ち出されているわけでございますが、この点は日弁連としては、平等性、公平性の観点から問題があると考えており、この案につきましては、率直に申しまして日弁連の会内では消極的な意見の方がやや多かったというのが現状でございます。しかしながら、日弁連としましては、司法試験を緊急に改革しなければならない、また法曹三者でこの問題を乗り越えていかなければならない、司法試験の改革を行っていくという観点におきまして、日弁連の案を先行した結果、効果がない場合にはこの案に入ることを承認いたしております。今回のこの改正案につきましては、法曹三者の基本的合意というものを前提にしているという限りにおきまして、法案に異存はございません。司法試験の中の科目である教養科目につきましては、今のような教養科目の選択では、受験者に負担がかかるだけではなく、教養を深めるための試験というふうに も思えませんので、廃止した方がよいと考えております。  法曹三者は、司法試験の制度的改革のために真剣に議論をしました結果、基本的合意に達したわけでございまして、司法を真に国民のためのものにするためには、今後一層法曹三者の協力と信頼が必要であると考えている次第でございます。ますます三者が、苦しくとも一致できるところを見出していく努力を、力を合わせてやっていくことが、司法全体にとりまして、また国民にとって大事なことと考えている次第でございます。そして私たちは、抜本的な改革を目指す法曹養成制度等の改革協議会に希望を託したいと考えている次第でございまして、どうかこの点に皆様の御理解と御協力を心からお願いをいたしまして、私の意見陳述とさせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 どうもありがとうございました。  次に、佐柄木参考人にお願いいたします。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 朝日新聞社の佐柄木でございます。  論説委員室で司法の問題あるいは裁判の問題等を担当しております。ただし、専門から見ますとただの門前の小僧でありまして、そういう意味で、本日は、少し法案の問題から離れまして、国民にとって司法というものがどういうものに見えているだろうかというようなこと、それと法曹の養成の問題という観点からちょっと意見を述べさせていただきたいと思います。  戦後四十数年たちまして、民主主義であるとか国民主権であるとか、新しい憲法の理念というのは次第に定着してまいりまして、ただのお題目ではなくて、本当に実質を伴うものになってきたと思うわけでございますけれども、特に統治のシステムの中で立法権とかあるいは行政権というようなものを考えた場合に、立法権の場合は、皆様御体験なさっておりますように、直接の選挙という形で民意の反映ということを受けております。行政につきましても、議院内閣制のもとで間接的なコントロールを受けている。あるいは自治体の場合でいいますと、住民の直接請求というようなこともあります。そういうようなことで、国民主権、国民の意思といいますか、そういうものなしには運営されることがなくなってきているといいますか、個々の問題で民意を探るというのはなかなか難しいと思いますけれども、少なくとも抽象的に、この問題について国民の合意が得られるかとか、あるいは民意は何だろうかというような問いかけをせずに運営されることがなくなってきたということは言えるのではないかと思います。  しかし、その立法とか行政に比べまして、司法ということを考えた場合に、ちょっと違うのではないかなというふうにふだん考えております。制度的に考えた場合に、司法権というのは、御承知のように最高裁の裁判官の国民審査というような制度はあります。それから、小さいところでは検察審査会であるとか、簡裁の司法委員とか、そういうような制度もありますけれども、いずれも御承知のように形式的といいますか、余り実質のないものでございまして、余り国民との接点がないというのが実情だろうと思います。  裁判所の運営の実情を見ましても、民意であるとか国民の関心であるとか、そういうふうな価値といいますか、そういうことが運営する上で非常に大きな価値になっているというふうにはちょっと見えないわけでございます。むしろどちらかといえば、非常に専門的で技術的な分野でございますから、私どもも若いころから取材の経験を通じて裁判所とか司法界を見てきたわけですけれども、やはり専門的なことなんだから素人さんの出る幕じゃありませんよというか、どちらかというとそういう感じを受けることがしばしばあった。民はよらしむべし、知らしむべからずですか、そういうような発想が、非常に強いということはないと思いますけれども、そういうことがにじむというようなことがしばしばあったというふうに考えております。裁判所の建物なんかにしても非常にいかめしいのは御承知のとおりでございまして、法廷の運営なんかも、私どもから見るととかく権威主義的といいますか、そういうことになってしまうことがないことがないというか、そういう感じを受けております。  国民とか市民の立場に立った場合に、裁判所とか司法界というのが決して親しみやすい存在ではないということは、恐らく感じている方も多いのではないかと思います。その背景をいろいろ考えますと、裁判所の運営にも確かにいろいろ改善すべきところがあると思いますけれども、やはりもともと、日本の歴史をちょっと振り返ってみますと、法律というのはお上が民を統治するための手段であるというか、そういう色合いが濃かったという律令時代以来の我が国の法文化といいますか、そういうものも多分影響しているのだろうと思うのです。その意味では、裁判所が余り民意は何かとか国民主権とかそういうことを考えずに運営しても大丈夫というような背景の一つには、私たち市民とか国民の側にも非常に大きな責任があるだろうというふうに考えております。だから、法律は自分たちの権利を守ってもらうためのものだ、そういう自覚を持って、こういう法務委員会などの場もそうですけれども、司法のあり方というようなことについて国民が関心を持ち続けるというようなことがやはり一番重要なことなんではないかな、というふうに考えている次第であります。  国民と司法の距離ということを考える場合に、今申し上げましたように、関心の持ち方というか国民の側の問題が確かにあるのですけれども、やはり決定的なのは制度のあり方というものがあると思うのです。裁判官を初めとする法曹の養成という点でいいますと、我が国は、フランスとかドイツと同じように、いわゆるキャリアシステムという方式をとっております。御承知のように、試験を行って昇進とか昇給を通じて職業裁判官を子飼い的に養成する、こういうやり方でございます。  このやり方には確かにいい面がありまして、裁判官の公正さとか廉潔さ、そういう点の美徳といいますか、そういうものを保つのには非常に有効だろうと思います。あるいは訓練が非常に統一的に行われているので安定性があるといいますか、それから全国に公平に同じようなレベルの人たちが同じように配置されるとか、そういう面で非常にすぐれている面があることは事実だろうと思うのです。  しかし半面、国民に足場がないといいますか、そういうことでありますから、国民の側にしますと、我々の代表とか我々の仲間に裁かれているという感じが余りない、持てないといいますか、そういうことがあると思います。裁判官というのを考えますと、昔から化石論というのがありますけれども、それほど私はひどいものとは思いませんけれども、まあ社会的経験というのが、一般の職業を通じて実社会を体験してきた人に比べると乏しいのではないかなというイメージが、やはりあるのではないかと思うのです。特に判事補になりたての若い人に裁かれる法廷に自分がいたとしますと、やはりちょっと不安といいますか、信頼感という点でやや欠ける面が出てくるというようなこともあるのではないかと思うのです。  これに対しまして、アメリカとかイギリスでは、御承知のように法曹一元と言われる制度をとっておりまして、一定年数以上の経験を持つ弁護士の中から良質な人を選んで裁判官に任命する、こういうやり方であります。アメリカでは直接選挙で裁判官を選ぶという公選制をとっているところもあります。弁護士は国民と直接つながりを持ちますし、依頼者とさまざまな接触をするわけで、そういう意味では恐らく裁判官よりは下情に通じているといいますか、そういうことはあるだろうと思いますし、人権感覚についても鋭いのではないか、信頼をかち得る裁判がある程度期待できるのではないかというような考え方なんだろうと思うのです。  それから、制度という点でもう一つ重要なのは、裁判とかそういう審理の過程に国民とか市民の意思を反映させるという、いわゆる市民の司法 参加という問題があります。英米では御承知のように陪審制をとっておりまして、仲間の市民に裁かれるという形が刑事裁判と一部の民事裁判で行われております。また、裁判官の養成面ではキャリアシステムをとっているフランスとかドイツの場合は、審理に参加するといういわゆる参審制という制度がとられておりまして、平服の市民が法服のキャリア裁判官と一緒になって審理をしているということが実施されております。  例えばドイツの刑事裁判では、三人の本職の裁判官と二人の平服の市民の裁判官が審理に加わりまして、合議では全く同じ一票という評決の権利を持っている。有罪、無罪の場合とか、それから被告人に不利な量刑を言い渡すというような場合には三分の二以上の支持が必要であるということですから、二人が反対するとできないということですね。ですから、二人の市民裁判官がどちらも賛成しない場合は成立しないということになるようなシステムをとっているわけでございます。  もちろん、こうした制度にはそれぞれ利害得失がありまして、例えば陪審制なんかについてもよく言われるのは、衆愚裁判になっているのじゃないかとか、法廷がショー的になっているのではないかとか、そういう批判もあります。しかし、市民や国民にとって、裁判所の親しみやすさということでいいますと、キャリアシステムをとって、なおかつ陪審制も参審制もとっていない我が国の司法というものは、やはり先進国の中では一番官僚的といいますか、専門的といいますか、そういう意味で市民からは距離が遠い制度をとっている、こういうことが言えるのだろうと思います。こうした批判があるからのアプローチかどうか知りませんけれども、最高裁が、その陪審制や参審制の研究を開始して、裁判官を諸外国に派遣して情報を収集中であるということは、委員の皆様御存じのことと思います。  以上申し上げましたが、国民と司法の距離ということを考えた場合、しかしそれは裁判所だけの問題ではないということだろうと思うのです。例えば検察官や弁護士の問題もそうですし、日本の司法全体が非常に小難しい、特殊な技能集団といいますか、国民にとっては司法全体が何となく敷居が高いというふうに感じているのじゃないかと思うのですね。  私どもは、昨年秋「孤高の王国」という企画を朝日新聞の紙面で連載しまして、司法と市民といったような立場で問題をちょっと掘り下げてみたのですけれども、取材で会った多くの人たちも、裁判官さんとか弁護士さんというのは区別しないで、どうも一緒のように見えるのですね。それで、きちんと言い分を聞いてくれないんだというような不満を漏らす人がかなりいたということがありました。これは、裁判官や弁護士の姿勢という問題もあると思いますけれども、最大の問題は、やはり国民にとってこれらの人々が、自分たちの間だけて通用する言葉とか論理、そういうものを用いて、司法界という狭い特殊な世界の中で生きているように見える、そういうことだろうと思うのですね。そういうことを指して、私どもは、一面的かもしれませんが、「孤高の王国」という名前をつけたわけでございます。  その中では、司法試験の問題も取り上げました。非常に難関であるというのは御承知のとおりではございますけれども、そのために、ほとんどの受験生が塾を初めとして何らかの特別な教育、受験教育を受けているということ、それから大学の学部の勉強がほとんど役に立たないとみんな言っているということ、それから、学説なんかを勉強するより、長年のノーハウに基づいた塾のテキストの方が役に立つ、これを学生、受験生たちは、小さい魚、雑魚というあれをとりまして雑魚本というのだそうですが、その雑魚本を勉強するのが一番いいんだというようなこと、そういう受験生の姿なんかも紹介しました。実務家を育てるという意味では、確かにこうした教育や訓練というのはあるいは必要なのかもしれません。しかし正直に言って、ひょっとするとこれが市民感覚からかけ離れた今の司法の入り口なんじゃないだろうか、孤高の王国のいわば入国審査なんじゃないだろうかというふうに、実際のところちょっと不安になったということであります。  その孤高の王国を王国たらしめているのが司法試験の合格者の少なさ、言いかえれば法曹人口の希少さということだろうと思うのです。オランダ人のジャーナリストのカレル・ウォルフレンという人がいますけれども、その人が「日本権力構造の謎」という本で、「法を支配下におく」と題して特に一章をその司法の問題に充てまして、「日本では、法や司法は権力者の統治の道具になっている」という分析をしています。その中で彼が強調しているのがこの法曹人口の問題で、「弁護士や裁判官の数をごく少数にとどめることによって、法律の役割が最小限におさえられている」とか、それから、「法曹界への参入を厳しく制限することによって、裁判官や弁護士の数が人為的にきわめて少数に抑えられている」「それは、権力の側が市民が法の力を手にすることをおそれているからだ」というような分析を行っているわけです。  このウォルフレンという人は、日本たたきの理論的背景と言われる、いわゆるリビジョニストというのでしょうか、それの一人でありますから、多少色目でもって見てもいいと思うのですけれども、いずれにしろ、政府の意図はどうかということは別にして、法曹人口が諸外国に比べて少ないことは事実で、これは否定できないことだろうと思います。このことが司法と国民との距離を遠ざけるのに相当大きな背景になっているということは言えると思います。  これは日本弁護士連合会のちょっと前の調査ですけれども、一般市民を対象に、「知り合いの弁護士がいますか」というアンケートをやりましたら、一三・七%の人がいると答えたのです。大都市では二割近くいたのですけれども、弁護士の少ない郡部では、大体一けたという結果が出ております。その知り合いの弁護士に相談しやすいかどうかという質問を聞いた場合に、「何でも相談できる」と答えた人は五五%強というようなことです。あとは、「気軽に近づけない」とか「事務所が近くにない」とか、そういうようなことでございます。それを掛け合わせますと、「何でも相談できる」という弁護士は大都市で一割ちょっと、郡部に行くともう本当に一けたの下の方ということになるんじゃないかと思います。  アメリカでは、御承知のように我が国の五十倍ぐらいの弁護士がいる。それからイギリス、ドイツ、フランスなども、人口当たりにしますと我が国よりは相当多く弁護士がおります。多ければいいということでは必ずしもないと思いますし、これには先ほど言った法文化という問題もあります。それから、アメリカ型の訴訟社会がいいかどうかということも、これは相当吟味しなければいけないことだろうと思いますけれども、こういう安上がりの司法といいますか、小さな司法といいますか、このことが、市民が抱える法的トラブルの司法での解決の抑制要因になっているのではないかというふうに考えることができるだろうと思います。  そういう意味で、一番重要なのは法曹養成の計画だろうと思うのです。将来どのぐらいのあれが必要だからどうだという計画が必要なんだと思うのですけれども、私が一番問題だと考えているのは、これまでの法曹養成というのは、実は余りきちんとした計画なしにといいますか、そのときどきの法曹三者の力関係で決まってきたんじゃないか、恣意的に行われてきたんじゃないか、そういう印象がぬぐえないのであります。  医者の場合でいいますと、御承知のように医学部の一県一校設置とか、行政が相当明確な意図を持って展開されてきておりまして、昭和四十五年に厚生省は、昭和六十年までに人口十万人当たり百五十人を確保するという一応目標をつくりまして、それは昭和五十九年の末に達成されたわけです。それから後は、むしろ医者が過剰になるということで、昭和五十九年十一月に、今度は七十年をめどに新規参入を最小限一〇%カットする、こういう目標がつくられて、定員削減などの措置が 講じられつつあります。もっとも、これは増加のようにはうまくはいってないようですけれども。  今回の司法試験改革の議論の流れを見ていて、私が一番不満に思ったのはやはりその点でございまして、弁護士とか裁判官、検察官の必要数、あるべき適正な数といった養成目標といいますか、そういうものがないまま、研修所の収容能力とか修習実施の物理的、人的制限といった制約の中で、合格者数が何となく上限が決まってしまう。あとは、若い合格者にどのぐらいげたを履かせるかというような非常に技術的な問題に終始したという印象を受けています。もともと司法試験がこれほど難関になったのは、御承知のように、あと一歩の合格者というのが年々積み残されてきたわけです。司法試験の合格者数の過去の推移の表は関係資料にもありますけれども、これを見ていてちょっと不思議に思うのは、四十九年以降、これはあるいは財政の制約があったのかもしれませんが、四百人台。一時五百何人というのがありますけれども、大体四百数十人というふうに、むしろ少な目にこの十五年ぐらい抑えられてきたということが非常に影響しているのじゃないかなと思います。過去、最大五百五十人ぐらいあるわけですから、そういう合格者を出していたら多少とも事情は違っていたのじゃないかな、こういう印象を受けております。  時間が長くなりましたが、もう一点だけ。  以上、司法の問題を考えていて感じることの一つは、国民的視野に立った司法政策がちょっと乏しいのではないかなという感じを受けているということであります。最高裁とか法務省とか日弁連の三者が絡んで、合意を得るのがなかなか難しいという側面はあると思いますけれども、いろいろな政策、例えば最高裁の行った簡裁の統廃合とか支部の統廃合を見ていても、昭和三十九年のいわゆる臨時司法制度調査会の意見書を金科玉条として、それを何となく実施しているという印象が強くて、時代は目まぐるしく変わっているのに、新しい時代に即した司法の姿は何だろうかという点からの、もうちょっと大きな政策的な視点、例えば、これだけ時代も変わってきましたし、司法というのは国民に対するサービスだというような、姿勢の転換というか、そういう位置づけをやって、それに沿った政策に転換するということは、それは余りにも理想に過ぎるかもしれませんが、少なくともそういうこともできるだろうと思うのですね。そういう意味で、もうちょっと全体に司法の政策というのは大きな政策的な視点に立って考えるべきではないかということで、今回の法案の問題からやや離れて意見陳述さしていただきまして、大変申しわけございませんでした。  以上で終わらせていただきます。(拍手)

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 どうもありがとうございました。  次に、鈴木参考人にお願いいたします。

鈴木重勝早稲田大学法学部教授

○鈴木参考人 早稲田大学の鈴木と申します。私、今お二人の意見を聞いていまして、私の意見の方は初めから受験生を送り出すサイドの、どっちかといえば生々しいというよりか痛々しいのを話す予定でいたのですけれども、司法政策とか余り技術的だとか言われますし、大学も大分悪口を言われましたので少し変えようかと思ったのでありますけれども、時間は厳格に守らなければいけないということなので、大体予定どおり話させていただきます。  結論から申しますと、この法案に賛成でありまして、賛成というよりもむしろ待望していたということでございます。というのは、今お二人の参考人から話が出ましたように、これは大変過酷な状況にあるということ。これは恐らく法務省から数字を挙げて説明されたと思いますし、私、経験的にもっと具体的に申し上げるつもりでおりますが、何とかして今変えなければいけないということは、日本全国大体一致していたのですね。しかし、今度どう変えるかというときに、初め三回くらいで出たものですから、私どもかなり緊張していました。しかも、大学の方はほとんどそれに賛成なんですね。むしろ反対の方が極めて少数というよりも微々たる感じでしたので、この辺が最大限延びても五回だということになりますと、どのようにして対策を考えたらいいかということで、私どもかなり緊張していましたけれども、今回の五百人プラス二百人という、出べそのような二百人があることで、かえって大変救われたという感じがいたしております。  これから話をいたしますけれども、結論としまして、まず二百人の部分については在学生は大変喜んでおります。本当に歓声を上げて喜んでおります。それに対しまして、長年やっている、私どもベテランと称している受験生でありますけれども、これは五百人が全然侵食されなかったものですから、これまた大変、まあ喜んではおりませんけれども、安心しているという状況です。ですから、これを送り出す私ども、受験生として試験に向かわせる立場からしますと、よかったなという感じで、少々緊張が解けたかなという感じでございます。しかし、よくやってくれたということもあって、本当のところ、感謝しているところです。  まず、司法試験が過酷だとか異常だとか言われるのは、本当に私ども身にしみて感じているのでありますけれども、何といっても五年も六年も受験勉強しなければ受からないということが、ひどいということよりも、私どもとしますと、本当にできる連中がかなり大勢いまして、それが横道にそれていかざるを得ないというところの方が一番深刻だったのです。  だんだん申し上げますけれども、初めは試験問題の改革で何とかできないかということで司法試験管理委員会から私ども言われまして、本当はそれを言われるまでもなく私ども常々感じていましたから、何とか改善できないかということで、出題を、必ずしも知識の有無とか量によって左右されるような問題でなく、また採点結果もそれによって左右されないような問題をやったのですけれども、これは先生方ちょっとお考えいただけばわかるのですけれども、例えば三年生と四年生がいましてどっちがよくできるかといえば、これはもう四年生の方ができるに決まっているのです。今度は四年生と三年も浪人した者とどっちができるかといえば、こっちの方ができるに決まっているのです。ですから、逆に言いますと、在学生でも十分な解答ができると思うような問題を一生懸命つくりましても、そうすると、それはその上の方の連中ができるに決まっておる。しかも、単にできるのじゃなくて、公平に見ましても緻密で大変行き届いた答案をつくり上げます。表現も的確です。ですから、これはどう考えても初めから軍配が決まっていた感じはするのです。  ところが、それでは問題が特別そういうふうに難しいのかと申しますと、これははっきり申し上げますけれども、確かにそういう難しいという批判はございます。例えば裁判官でもあるいは弁護士でも、二度とおれたちはあの試験は受からぬよ、こう言うのですけれども、それはもう大分たたれたからそういうことなんでありまして、現役の学生、現場の受けている学生にとりましては、そんな無理のないスタンダードの問題なんですね。どのくらいスタンダードかと申し上げますと、例えば、まだことしは始まっておりませんけれども、ことし問題が出ます。そうしますと、ある科目の試験問題、大体二問でできておりますから、二問持たせまして、そして基本参考書一冊持たせます。学校で三年、四年ぐらいの、二年間ぐらい終わった連中に基本参考書一冊持たせて、そして一室に閉じ込めて解答してみろとやります。そうすると、ほぼ正解というか、合格答案がほとんど書ける状況なんです。ですから、私ども決して問題が特別難しいとは思っていないわけでありますけれども、やはり長年やっていた学生、いわゆるベテランの受験生はそこのところは大変心得ておりまして、合格できるような答案を物の見事につくり上げるのです。  その秘密は、見てみますと、大体長年、五年でも六年でもやっている連中は、もちろんうちにいるだけじゃなくて、さっきから何遍も言っておりますように、予備校へ参ります。そうしますと、模擬試験とか答案練習という会がございます。そ こで、私どもがどんなに工夫しても、その問題と同じ、あるいは類似の問題を既に練習しているのですね。例えば五年、六年たちました合格者で、模擬試験で書かなかった問題がないと言われるくらい既に書いているわけです。ですから、これはよくできるのは当たり前。しかも、それは解説つきで添削もしてもらっていますから。ところが、そうすると現役の方はどうかといいますと、それほど経験も知識もありませんから、試験場で初めてその問題と直面して、そもそも乏しい知識を全知全能を絞ってやるわけですけれども、やはりこれは知れているものです。差が出てくるという、初めから勝負が決まっているという感じがします。  こういうところから、私ども何とかできないか、試験の出題とか採点でできないかと思ったのでありますけれども、どうもそれには限界があるということがだんだんわかってきました。時には私どもちょっと絶望していた時期もありますけれども、何とかならないかということで、試験問題もだめ、それから採点の方もうまくいかないということで、そこで実際の試験改革の案が出てきましたときには、本当にこれは何とかなるかな、そこでまた希望を持ったのでありますけれども、しかし、その間にどんどん社会の情勢が変わりまして、売り手市場になってきます。売り手市場になってきますと、今の学生のメンタルからしますと、合格できる保証がない司法試験を何年も続けるよりも、気楽に企業の方へ行きます。これもやはり黙って見ていなければならない。これは大変つろうございましたけれども、かといって、引きとめて合格させることができる保証がありませんので、それもできないというのが長いこと続いていたわけです。だから、せめて言葉だけでもいいから何か保証でもしてやりますと、また引きとめることができるのであります。  しかし、よく見ておりますと、売り手市場だけじゃなくて、企業の人事部というのは大変見る目を持っておりまして、これがいいなと私ども思っている何人かは、何人かというよりもかなりおりますけれども、それを根こそぎ持っていってしまうのです。そして本当に後へちゃんときれいに残してくれる。このきれいに残してくれるのが司法試験でも受けようかと思いますがと言うから、ちょっと待てちょっと待てと。まあやってみたらどうだというふうに言いますけれども、どうも企業の方が一枚上手なんですね。  実は去年ですか、国家公務員試験というのは、先生方は上級と言った方がわかりやすいかもしれませんけれども、今I種と言うのですけれども、上級というのは一次試験と二次試験、三次試験もあるのですが、一次試験が発表になるころは七月の終わりなんですね。八月の初めに二次試験を受けます。ところが、七月の終わりですから、時期的にはまさに企業は採用の真っ最中なんです。ですから、国家公務員のI種、しかも一次試験受かった、一次試験というのは教養試験、択一ですから、あとは法律試験がちょぼちょぼにあるわけですけれども、しかしこういうのに目をつけまして、だあっと持っていったらしいのです。ですから、二次試験の受験生が少なかった。欠席者が多かったのですね。さすがに人事院がこれにクレームをつけました。私ども、同級生なり教え子がそういう企業の人事部にいますから、人事院からクレームがついたろうと言ったら、あれは、やったと思っているのです、こう言うのです。悪いことをやったと思っているのかと言いますと、そうじゃなくて、人事院がクレームをつけるということは、それほど私どもがいい人材を引っこ抜いたというふうにいよいよ確信を深めました、こう言うのですね。これでは話にならぬなというふうに思いました。  しかし考えてみますと、人ごとじゃなくて、司法試験の方も、択一が受かっただけでわりかし優遇するような傾向があるのですね。これでは、私どもとしますとますます心細いのです。どういうふうに心細いかと申しますと、司法のメカニズムというのは、私ども見ておりますと、どんなによくてもつまるところはそれを運用する人に尽きるのです。ですから、その人がどういうものであるかということは、私ども嫌というほど身にしみて感じております。私、専攻が民事訴訟法なんでありますけれども、司法試験問題とかあるいは大学のカリキュラムの問題に関与するのが、不思議に民事訴訟法なんですね。どこに行っても民事訴訟法とかち合うのです。どこに行っても民事訴訟法なものですから、また民事訴訟法かと言われるぐらいなんですけれども、これは理由がありまして、民事訴訟法というメカニズムを見ておりますと、どうしても限界があるのです。最後は、つまるところはそのメカニズムを運用する人になるのだということが嫌というほど身にしみますから、やはり人間が大事だということを身にしみて感じているわけです。そうなりますと、そういうふうに企業なり方々へ学生が、元来これならばいい法曹になるだろうと思うのが散らばっていきますと、私ども、将来が不安だなという感じはひとしお持つわけです。  そこでこの改革に至っているわけですけれども、ただ、私ども見ておりますと、若年合格者ならばおまえたちはいいのかということをしばしば言われます。確かに、先ほどのように異常な事態、長年の浪人の経験者によって若年合格者が締め出されてしまう状況があります。その連中がかなりいいのがいて方々へ散ってしまうということを私ども憂えているわけですから、そういうふうなことを私どもが話し合いますと、それじゃおまえたちは若年合格者だけを採用しようとしているのかと必ず言われます。これは決してそうじゃないのです。若年合格者、若ければいいというふうに私どもも思ってないわけです。いわんや、それが全部若ければそれだけでいいというふうにも経験上決して思ってないのです。  先ほどから話が出ておりますように、若年合格者、早い話が三年で受かったり四年で受かったりするのですね。去年も朝日新聞に出ておりましたけれども、四人、二十一歳、三年で受かったというのです。この人たちは、いろいろな週刊誌がインタビューをやっておりますが、それを見ておりますと、必ず、入学早々あるいは入学の前から司法試験の勉強を意識してやっているのですね。もちろん入学した途端に予備校へ通いますよ。そこで何をやるかというと、試験科目だけを熱心にやります。けれども、御存知のように大学のカリキュラムというのは、わずか司法試験の法律六科目だけじゃございませんで、三十科目も四十科目もあるわけですよ。それは余り出席してこない。むしろそれをやると司法試験の合格はおくれます。そしてまた、司法試験はその法律六科目、教養一科目さえやっていれば必ず受かるわけですから、法哲学とか英米法なんてなまじっかやるとおくれるというところで、そうなるわけです。ですから、どうしてもそこへ通ってくる。だから知識が偏っています。  しかし、私どももそれを頭からだめだとも言い切れないものがあるのです。なぜかというと、それをしないで何年も何年もいるよりも、一応受かってその後の勉強をしてくれればいいなという気持ちもありますので。ですから、予備校へ行くままに、一年生から行くのはよくないとかなんとか言いながら、連れてこないのです。  しかし一方、それと全く正反対の連中がいるわけです。大変要領が悪くて頑固ですけれども、学校の授業のカリキュラムは大変好奇心を持って、意欲を持って履修しています。そういうことですからどうしても合格はおくれますね。でも私どもが見ていますと、それがかなりおくれるのですけれども──卒業後始めるのがかなりいるのです。その中に、ともかく頑固で融通がきかなくて、要領が悪くてどうしようもない感じなのですけれども、私ども人間的に見まして、こいつなら信用できるのだけれどもというのがかなりいるわけです。ですから、もし若い人だけを採るという仕組みになりましてこの連中がはじかれますと、これも私ども、日本の司法にとっては大変憂うべきことだというふうに考えます。  ところが今度の改正の骨子は、五百人というのが今までどおりに何年たっても受けさせるということで、これはこれで私ども大変安心していました。それから、それプラス出べそのように三回だけの連中を勝負させる。これは一番初めに申しましたように、これはしゃべっていいかどうかわからなかったのですが、法務省から甲案、乙案、丙案のパンフレットが来ましたので、この時点で私ども、いいだろうというので学生に話しました。本当に低学年は喜びました。つまり希望を持ったわけですね。三回の連中だけで勝負できる、それも二百人も採用されるということで希望を持ちました。けれども、そうはいってもわずか二百人ですから、本当を言うと現実は厳しいですよ。連中に希望を持たせたのが本当はよかったかどうか、多少反省しないわけではないのですけれども。連中が考えるほど甘くはないですよ、わずか二百人ですから。しかし、少なくとも二百人の可能性があるということだけは、連中にとりまして希望だったのです。そういう形でこの法案ができましたので、私どもこれは大変歓迎したいと考えているわけです。  ただ、先生によりましては、五百人を無制限に何回も受けさせるよりも、かえって五回でびしっと切った方が本当は本人のためにもいい、つまり、本人はそのつもりで覚悟してやりますし、その後はそれなりの方向転換を図りますからその方がいいのじゃないかという意見もありますけれども、しかし現場はそんなものじゃなくて、やはりもうあの泥沼、受かって出ていくしかないのですね。朝から晩まで連中はやっています。それだけじゃなくて、もう本当に大学の受験と同じような受験戦争が家族も巻き込んで行われていますので、五年で打ち切られるということは、私どもに大変苦痛でした。しかし、それならそれで私も覚悟しようと思ったのですが、それが取っ払われたことで、本当を言うとこの法案に大変感謝しているところなのです。  それから、ふえますけれども、増加すると質が低下しないかとよく言われるのですが、そういうことは決してないです。かつて二百三十人の合格の時代があったのですね。それが五百人になっていますけれども、決して質は低下しない、むしろ質は上がったぐらいですから。広げまして、そうするといいのが志願してきますので、決してそれで質が低下することはないだろう。  それからもう一つ、ボーダーのところがよく問題になりますけれども、これは何遍も、先ほども参考人から話がありましたように、もともと司法研修所のキャパシティーから出てくるのですね。五百人というのは、私ども見てとても少ないなと思いますけれども、裁判長研修などに行きまして、その研修を見ますと、君は八百人とかなんとか言うけれども、この教室でどう思うと言うので、なるほど小さな教室はびしっと詰まっているのです。五十人でぎりぎりいっぱいですよ。なるほどこれでは二十人ふえるのはちょっと無理かなと思うぐらいですけれども、なぜもうちょっとそれがふえないのかなという感じはしなくはないのです。この機会に、ここの国会の先生方にいろいろお願いしまして、ずっとふえるような方法がもう少し考えられないものか。  ついでにもう一つお願いしておきますけれども、先ほど佐柄木さんが言っていましたけれども、あの時期に五百人欠けている時期があるじゃないか。私も思うのですよ、あれは、私も司法試験の試験委員になりたてで、何で減らすのかなと大変疑問に思ったのですけれども、ただ、頭にちらほらするのは行政改革でした。ですから、あのときに五百人よりもっとずっと出っ張っていれば今よりはよかったのじゃないかなという感じがしますけれども、あのとき四百七十七とかなんとかという厳しい時代がありました。  そうなりますと、これからも財政事情がちょっとでも悪化するとしわ寄せがあそこに行きはしないかと、少々心配なのです。九十億ドルの寄附も結構ですけれども、そのあげくこちらへ回るとちょっとつらいかなという感じがしますので、少々財政事情が悪くなっても司法の方だけは、これは日本の国民全体の問題ですから、そこだけは減らさないで、むしろ何とかしてふやすようにしていただきまして、拡充するような方法でお考えいただければと思います。  しかし、これで法案は終わったわけではなくて、いろいろな問題がまだあります。司法研修所はあれでいいのか、つまり二年間やらなければいけないのか。もうちょっと実務庁が協力してもらえないのか、そうするともっとふえるのじゃないか。あるいは私どもの大学の方にも問題があります。今ちょうど大学審で一般教育科目と語学と専門科目の枠が取っ払われますので、そうなりますと、もうちょっと自在に専門科目の教育がかなり強化できますので、それを利用しながら、この法曹養成と結びつけるように私どもぜひ工夫してみたいと思っています。  大学自身の方に大変問題を抱えておりますけれども、とりあえず私の意見はそういうことでございます。どうもありがとうございました。(拍手)

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 どうもありがとうございました。  以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。     ─────────────

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。田辺広雄君。

田辺広雄自由民主党

○田辺(広)委員 自民党の田辺広雄でございます。  ただいまそれぞれ参考人の皆様方からいろいろ意見を聞かせていただきまして、私も大変有益であったと思います。それぞれ順序に従ってお話をお聞きしたいと思います。  まず最初に井田参考人にお尋ねをいたしますが、かつて、三者協議ができ上がりますまで随分御苦労いただきましたことは、今のお話でよくわかりました。しかし、もうひとつわかりませんのは、今度の定員を七百人という程度まで増加させて、その後改革協議会で検討するということが言われております。今私たち法曹外から見ますと、増加させることがなぜそんなに反対なのか。反対の人もあるし賛成の人もある、そういう調整に大変手間を取られて、また努力をされてきたという過程の中で、どこに一体問題があるのだろうかということを実は聞きたいと思います。  まず最初の御質問でございます。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 先ほど申しましたように、私どもは、今日におきましては、裁判官、検察官そして私ども弁護士、全体的に増員をすべきであるというところでは基本的に共通した認識でございます。  ただ、今の御質問は、ここに至るまでいろいろな経緯があって反対の人もいたじゃないか、その人方はどういうことで反対したのかというような御趣旨かというふうに伺ったわけでございます。  これは、実は弁護士会の方では、今現在一万四千人を超える弁護士がいるわけでございます。そして、今後弁護士人口というのはどうあるべきかということを検討をいたしてまいります過程において、日弁連は、先ほど佐柄木参考人からもちょっと御意見がございましたけれども、会員全体に対してアンケートをいたしたりいたしました。その中では、増員に賛成という方が多いのではございますけれども、しかしながら、やはり反対という弁護士もおったわけでございます。  特にこれは、都会と、そうじゃない非常に弁護士人口が少ないところ、地方でございますね、そういうところとの違いがまたあるわけでございますけれども、条件が整備されないままに弁護士の人数がいきなりふえるというようなことになりました場合は、これは弁護士の御職業にも関係するのでありますけれども、しかしながら国民の側からも無整備のままにふえるということにつきましてはやはり問題がある、という指摘が出ているわけでございます。弁護士がふえると訴訟社会のように、アメリカのようにふえるということだけを今の日本の風土の中で考えてよいかということも ございます。それから各地の過疎の状況の中での人口とのバランスというようなこともございます。  ただ、反対の人でも、もっといろいろな条件が整備されることを前提にするなれば賛成であるという意見が圧倒的に多いということを考えますと、諸条件というものが整っていくことによって、そこの差といいますか、それは埋まっていくことというふうに考えております。基本的には、国民の側に立ってのサービスの拡充という法的ニーズへの対応ということ、国民の権利擁護という観点に立ちまして、今の段階ではやはり現実的な問題からある程度の制約はやむを得ないと思いますけれども、長期的にはこれはどのぐらいが適正かということを真剣に検討していかなければならぬ、これが改革協議会の大きな課題であるというふうに思っている次第でございます。

田辺広雄自由民主党

○田辺(広)委員 そこで、先ほど佐柄木参考人からもお話がございましたが、お医者さんの方はいろいろ計画を立てておるんだ、法曹三者の間にはこういう計画性がないんじゃないかと。今ちょっとお触れになりましたが、今度の改革協議会をつくりながら、大きな課題だと言われておりますから、それを将来一つの目標をつくっていかれるのかどうか、もう一度お聞きをしたいと思います。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 さっきも申しましたように、改革協議会はこれから始まるわけでございますけれども、その協議事項の見地というものは、これはさっき佐柄木参考人もおっしゃったように、本当に国民的な見地に立って司法試験制度と法曹養成制度を抜本的に見直していく、そういう構想でございます。このことをぜひとも実現をしていかなきゃならぬというふうに考えておりまして、これはこの法改正が行われたならば速やかに実現する、第一回を開催するということを法曹三者で言っているところでございます。  この中では、国民の立場から見た法曹養成制度のあり方とか先ほどの人口論とか、あるいは大学教育との関係とか後継者というものを得ていくための方策であるとか、現在の司法試験試験制度の運用のあり方であるとか、種々の問題につきまして抜本的に協議をいたしてまいりたいというふうに、大変積極的に希望を抱いている次第でございます。

田辺広雄自由民主党

○田辺(広)委員 ありがとうございました。  それでは、次に佐柄木参考人にちょっとお尋ねしますが、法曹外という立場から大変有益なお話をいろいろ聞かせていただきまして、私もなるほどということを思いました。しかし現実は、後ほどの鈴木先生からお話があったようにどろどろとした生々しいものであり、また狭められたこの範囲でどうしてこれから司法試験を受けさせるかというようなことになるわけであります。それで、今度提案をされましたこの政府の改正案について、先生は一体、そういう大きな高邁な理想は持ってみえるが、では現実今この改革の第一歩として、これが果たしていいのかどうかということについてお聞きをしたいと思います。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 私は、今回の制度改定に関しては、基本的にはしようがないだろうというふうに考えております。それは、基本的には法曹の数そのものをふやしていくというのは、適正数が幾らかということは別にしまして、いずれにしろ今不足しているということは、これは事実だろうと思います。だから、それは司法試験の現状をどうするかという問題とは別に、いわゆる国民のニーズの側といいますか、そういう側からいってもふやしていく方向は正しい方向であるだろう。  ただ、具体的にこの法案作成の過程で甲案だ乙案だ丙案だという議論がありまして、その場合にも、私例えば弁護士会であるとかそういう席で何か話をする機会があったのですが、そういう席で申し上げたのは、やはりこういう大きな、先ほど私は孤高の王国の入り口のパスポートというか入国審査だというふうに言いましたけれども、こういういわば司法界への入り口でございますから、こういうものはやはり骨太でなくてはいけないといいますか、制度そのもの、余り技術に偏してはどうだろうか。そういう意味では、甲乙丙の中でとるとすれば甲の方がまだ、要するに一律でありますから、何となく二重基準みたいな、合格基準みたいなものができる丙案というものはちょっといかがなものかなというようなことを感じました。  ただ、いずれにしろそれは技術的な問題でございますので、トータルとして人数がふえていくということについては賛成でございますし、そういう意味では消極的賛成と申し上げた方がいいのかもしれませんが、一応そういうことでございます。

田辺広雄自由民主党

○田辺(広)委員 今一番問題は、消極的な賛成、やむを得ないだろう、これはそうだと思います。そこで、今お話がありました若年者と高齢者の問題があって、それなら丙案より甲案がいいんだというお話もあったのですが、先ほどの鈴木先生のお話だと、いや丙案が一番いいんだという意見ですね。  それは、もう一つ先生にお聞きしますが、こんなことを言ってはいいかどうかわかりませんが、実は司法試験を受けまして、今一番足らないのが検事さんですね。ああいう任官者をどうするか。今の場合は、司法試験に受かってそして弁護士さんになるんだということの方が多くて、むしろそういう任官者をどういう状態にして採用の道を区別したらいいか、そのことについて先生、部外者なりの考え方を一遍お聞かせをいただきたいと思います。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 非常に難しい問題だと思うのですけれども、ただ、検察官が不足しているというような状況は司法界全体にとって非常に大きな問題であるだろうと思うのですね。だからそういう意味で、例えばトータルとして人数がふえていくということは検察官もふえていくということだろうと思うのですけれども、ただそのために、何が原因になっているかということは、いろいろ言われていますけれども、やはり待遇とか勤務地とかそういうことも含めて、検察官の方の希望を高めていく希望者がふえてくるような条件をつくり出していく。  そのためにはやはりトータルがふえていって、今の場合は、僕は正直申し上げて、都会地で弁護士さんをやることの方が、実入りとかそういうことも含めて、恐らく相当いいだろうと思うのですね。こういう状況を全体としてバランスのあるものにしていかなければいけないという場合には、やはり弁護士さんの数のことも含めてトータルで考えていかないと、何か、とにかく若年者が合格するというようなことが即検事さんの任官増につながるというように考えるのはちょっと早計ではないかというふうに、今の若者の気質ということもありましょうし、恐らくそう簡単ではない。一時的にはある程度の効果はあるかもしれませんけれども、長い目で見た場合に、やはりもうちょっとやらなくてはいけないことがいろいろあるのではないかなというふうに僕は考えておる次第でございます。

田辺広雄自由民主党

○田辺(広)委員 最後でございますが、鈴木先生にお伺いをいたします。  先生、今まで大学にあって、法学という立場から、この司法試験のことについては、非常にうんちくがあるわけでございますが、その中で、先ほどもお話ありましたように、今度の教養ですか、こういう科目をなくするということがいいかどうかということが一つ。  それからもう一つは、今後大学の方でも専門の方へどんどん進めていって、余分なものはなくしてしまう、そういうことがこれからの法曹界の幅広い人間形成だとか、先ほど佐柄木先生がおっしゃったような全体を眺めるような、国民と司法とのつながりをつけるという意味でも、非常に大きな意味があるのですが、それについて先生どういうふうにお考えですか。

鈴木重勝早稲田大学法学部教授

○鈴木参考人 確かに教養科目について落としてしまったのですけれども、あれがなくなりますね。それについて大学側は、大体ほとんどあれは賛成なのですね。もちろん一部の人は、教養のな い法曹なんてあり得ないのだからということなのですが、そういう発言を考える人はちょっと誤解があると思うのですね。まず何といっても設置の意義がわからない。もともと余りはっきりしていないのです。例えば会計学とか財政学一科目だけとって、それで教養があるということになるかとは、私はどうもそう思えないのですね。そのあげくの果てが、一科目あるために受験生の負担が大きいのですよ。  なぜかと申しますと、教養科目と称しながら、実は先生ちょっとごらんになるとわかるのですけれども、完全に財政学なら財政学の専門科目の大変最先端のような問題が出る。政治学もそのとおりですけれども、決して教養科目ではないのですね、今出ているのは。しかも現実の話は、五月の末に択一が発表になります。そうなりますと、今度七月の半ばに論文がありますけれども、そこで学生は、択一の三科目のほかにいろいろやりながら、一挙に教養科目をうわっと駆け足でやるのですね。だから、本当は余り身についてないだろうと思う。それから私ども切実に感じるのは、法律科目は全部合格点をとれている、ところが、たまたま教養科目、それは、殊に若い連中にとっては負担がとても大きいものですから、手が回らないのですね。ですから、それでおっこちてしまうということが、司法試験の場合果たしていいのかなという気持ちを持っています。  ただ、私の個人的な意見は、御存じのように、今私どもの司法試験とは二次試験のことなのですね。一次試験は免除されて、二次試験。一次試験を免除されない人、つまり大学の教養課程を終わっていない人はあれを受けなければいけないわけですけれども、これはごらんになるとわかっていただけるのですけれども、あれはかなり本格的な、もうオールラウンド、大学の自然科学から人文科学、社会科学、それに外国語までありまして、数学やなんかあるのですね。択一だけじゃなくて論文までありまして、これをかなりきちんとやってきた人がまたもう一度教養試験というのは、ちょっといかがかなという感じもしますし、いわんや今の司法試験法でそれを免除しておきながら、改めてそこでもう一度やるというのは、余り一貫してない話だろうというふうに思っていますので、そういう形で教養科目はなくなっていいだろうというふうに思っております。ただし、教養というのは大体生涯かけて身につけていくものじゃないかなと思うのです。テストになじむものかというと、そうじゃないだろう、せいぜい知識だけだろうという感じがしますので、そういう意味で、なくなってもいいのじゃないかという方へ賛成しているのです。  それから、大学の教養課程を先ほどの大学審でなくすということなんですが、確かに今私ども議論しているのですけれども、賛否両論ありまして、もちろん、教養科目を最小限に抑えろと言う人たちは、決して教養がゼロでいいとは思っていないのです。例えば先ほど話しました法哲学とか法制史、法思想史とか比較法学とか、そういうことが法律家の素養としての教養を大変高めていく現実がある。だから、今さらここで数学とか物理とか化学とか、あるいは高校でやったような政治経済を繰り返してやる必要はないじゃないかというのが大勢を占めております。ただ、大学としては今早急に結論を出しませんけれども、それにかわるようなものを何か工夫したいというふうに考えています。お答えになっているかどうかちょっとわかりませんが……。

田辺広雄自由民主党

○田辺(広)委員 時間がありませんので、最後に先生の方にお伺いしますが、今すばらしい人が司法試験を受けるという手前で、民間企業がどんどん引き抜きをやってくるんだというようなこともお聞きしたのですけれども、実際は大学と司法試験との距離がだんだん離れていく、それについて何かいい方法というのか、ありましたらお聞かせをいただきたいと思います。最後です。

鈴木重勝早稲田大学法学部教授

○鈴木参考人 それが今度の改革なんです。改革はまさにそれをねらったと思うのです。これはどういうふうにやっても、先ほど申しましたように、試験問題は極めて標準的なんですよ。だけれども、受験生のほとんどが、例えば憲法なら憲法があります、そうしますとほとんど同じ基本書を使います。そして、同じような講義を受けて、同じような予備校のアンチョコを使っていまして、能力もそんなに差がない。となればどこで差が出てくるかといいますと、やはり時間をかけることで、繰り返し繰り返しで体の中にたたき込んだ人の方がうまい答案を書けるのです。ですからこれは、制度といいますか、今の現状のまま続けていく限りは、大学の教育とも余り関係ありませんし、試験問題とも関係ない。ともかく長年月をかけた人がかけない人とじくりじくり差を開いていって、結局長年かけた人が合格するということなんです。ですから、今の丙案の方のように、長年かけた人はそのまま、しかし三回だけの人は三回だけで勝負させるという形によって希望を持たせてあの連中に参加させる。しかも、結局三回で受からないかもしれませんので、しかしその場合でも打ち切りではございませんので、無制限の方へ流れていく、これだけで随分学生は希望を持ちますので、変わってくるだろうというふうに考えております。

田辺広雄自由民主党

○田辺(広)委員 どうもありがとうございました。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 小澤克介君。

小澤克介日本社会党・護憲共同

○小澤(克)委員 委員の小澤でございます。  参考人各位におかれましては、大変御多忙の中を御足労いただきまして、私どもに大変貴重な御意見を賜りまして、まことにありがとうございました。時間が余りございませんので、二点ばかりそれぞれにお尋ねをしたいと思います。一つは、法曹養成制度に関して多少私の提案を交えて具体的にお尋ねしたい、もう一つは法曹一元等について、法曹全体についてお尋ねしたい、こういうふうにしたいと思います。  まず最初でございますが、最初に私見を申し上げますと、私は今回のこの改正案のうちの回数制限、正式に言うと年数制限ということになりましょうか、それについては必ずしも賛成するものではございません。と申しますのは、平等性云々という理論的な問題もございますが、効果についてどうも疑問なしとしない。すなわち、三回以内の方は明らかに有利になるわけでございますから、だれが考えても、合格圏に達するまで受験を手控えをする。そして、合格圏に達したと判断されたら受験を開始する。だれが判断するかというと、結局予備校の情報に頼らざるを得ないのではないだろうか。そして、幸いにして三回で受かれば結構ですが、もし受からなかったら次の制限なしの五百人の枠に向けてさらに移行していくだけということになるのではないだろうかな、というふうに実は思っているわけでございます。これはやってみなければわからない側面がございますけれども、そういう意味で、むしろ私は、この法曹三者の間で設置することが合意されました法曹養成制度等改革協議会、こちらに実は大きな期待をかけているわけでございます。ここで精力的かつ熱心に御検討いただいて成案をつくっていただいて、この年数制限に至らないで改革が実現できるようにいけばさらに理想的かなというふうに実は考えております。  そこで、この三者に期待するのは、まず裁判所に対しては、最高裁にとって都合のいいような官僚裁判官を養成したいなどというもし御意思があれば、それはひとつ遠慮していただきたいし、法務省に対しては、とにかく検察官不足を解消しようなどという狭い視点から考えていただきたくない。むしろ検察官不足の問題は、検察をいかに魅力あらしめるかということではなかろうかと思います。それから弁護士会に対しては、現在ではほとんど克服されたと思いますけれども、ややギルド的志向といいますか、余り数が多くなっては商売に困るというような意識がもし残存しているとすれば、それは早速克服していただいて、いかにして法曹全体を国民のためにあらしめるかという観点から御議論願いたいと思うわけでございます。  そこでまず問題点は、法曹人口がいかに何でも少な過ぎるというのが第一点だろうと思います。とにかく法曹人口が多くなければ法曹サービスという意味でもう話にならないだろうと思いますし、また民主主義の成熟にはリーガルマインドを備えた層の厚い法曹人口が要るということが、必ずしも法律専門職についていなくても必要だろうというふうにも思うからでございます。これが第一点。  それから第二点として、既に御意見の中にもいろいろ出てまいりましたが、大学における法学教育との断絶があまりにもひどい。これはぜひとも回復しなければならない。  それから三番目に、これが最大の問題でございますけれども、余りに過酷な試験となっているがために、有能な人材が司法試験を最初からあきらめてしまうというような司法試験離れ、これが法曹全体にとって大変大きな問題、あるいは国民全体にとっても大きな問題である。  それからなお、そうは言いながらも、やはりこの法曹というものには多様な方々が参加していただかなければならない。多様性の確保はやはり図らなければならない。  この四つの要請を満たすことを考えますと、これは非常に複雑な多元連立方程式でございますが、これを解いた解というのは、私の大変個人的な意見が強く出ますけれども、日本型のロースクールをやはりつくっていくことに踏み切らなければならない時期ではないかなというふうに思うわけでございます。有能な人で、しかもいずれ通るはずの人になるべく早く通ってもらおうということは、逆に非常に露骨に言いますと、そうでない方には早目にあきらめていただこう、こういうことになるわけでございます。ところが、これはなかなか難しいわけでございまして、現在の制度であれば、何年もかけて熱心に勉強したその人がこれを断念するということは、主観的にも非常に挫折感を伴いますし、また客観的にも他に行き場がないということになりますから、もうこれしかないということで合格するまでやる、こうならざるを得ない。  主観的にも余り挫折感なくあきらめられるし、また客観的にも他のよい職場があるということが必要かな、ということになりますと、やはり大学卒業の過程で、せいぜい留年生ぐらいまでで、本格的な法律専門の勉強をする前に一段試験をするということがかえって合理的なのではないだろうか。そして、そこを通った方について、具体的には大学院のマスターコースに、学者養成とは別の法律専門職養成課程をつくって、二年程度で卒業していただく。そこを卒業した方には、イメージとしては医師国家試験なみの合格率の国家試験をいたしまして、それを合格した方には、これはハレーション覚悟で申し上げますが、論文試験免除というようなことにしたらどうだろうか。  そしてさらに、リターンマッチの機会は必ず設けておかなければいけませんので、現状の五百人の枠の司法試験はそのまま維持し、このロースクール卒業者について五百人程度の枠、トータル千人、このようにすることが最もいいのではないだろうかというふうに思うわけでございます。そういたしますと、大学卒業時にロースクールに行くかあるいはあきらめて、あきらめてといいますかむしろ官庁あるいは民間に行くか、そこで一つの決断がなされますし、ロースクールを出た段階で、これは必ずしも法曹資格を取らなくても、企業あるいは官庁で即役に立つ法曹専門家としてあるいは大歓迎されるかもしれないかなと思いますし、また、それらのコースを外れた方については、リターンマッチの機会が十分に保障されている、このようにすることがこれらの多元連立方程式の解として最適なんではないかなと私は考えるわけでございます。  これについて、鈴木先生、それから井田先生、なお御意見ありましたら佐柄木参考人にも、批判的な御意見で結構でございますので、ひとつお願いいたしたいと思います。

鈴木重勝早稲田大学法学部教授

○鈴木参考人 大変賛成でございます。  それで、現在のところ、今先生お考えのような案が、まず法曹養成はちょっと控えている感じなんですが、横浜国大、筑波大学、それからついにことしの四月から東京大学がそういう、東京大学の場合専修なんですが、ほかの大学の場合専攻という形でもってつくりました。そしてそのときに、法曹養成の方はどうかと言いましたらば、今の司法試験の現状だと法律があるから難しいけれども、行く行く考えたいと。ただ、もうちょっと先生とバラエティーが違うのは、例えば既存の法律家の養成だとか、それから私なんかは研修所にかわるようなロースクールとかいうことがあるんですが、今先生おっしゃったような発想も実は出ておりまして、しかもそれだけではなくて、企業法務、国際法務に活躍できるようなためのものが出ております。これからは多分法曹養成の問題、今各学会がそれに焦点を合わせるだろうと思います。例えば、ことしの民事訴訟法学会のテーマは、大学における民事訴訟教育という形なんですが、学部だけではなくて大学院も含めまして、そしてそういう法曹養成をにらんだようなそういう議論が展開されると思いますけれども、私ども、大変賛成でおりますので、ひとつ先生方も大いに発言されていただければ大変助かると思います。  以上です。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 大変傾聴に値する先生のロースクール論だというふうに伺わしていただきました。  日弁連といたしましても、大学教育、法学教育、いかにあるべきかということに大変関心を持っているわけでございまして、これまでも大学の先生方においでいただいたりいたしまして御意見などを伺ってきておりますが、まだまとまったというようなところには至っておりません。今後、改革協議会の中で十分に論議をしていきたいというふうに考えている次第でございまして、先生の御意見も十分その中で議論をさせていただきたいというふうに考えます。

小澤克介日本社会党・護憲共同

○小澤(克)委員 それでは、時間が余りございませんので、もう一点お尋ねいたします。  佐柄木参考人の御意見、法曹全体についての大変貴重な御意見、拝聴させていただきました。私は、法曹一元ということが久しく言われながら、いまだに実現の方向になっていないことが大変残念でございます。これはやはり推進しなければならないだろうと考えますし、それから、読ませていただきました「孤高の王国」にも、矢口洪一前最高裁長官もそのような御意見をお持ちだというふうにも聞いております。昭和二十四年でしたかの国会での議論でも、大変古い話なんですけれども、統一修習をする過程で将来は法曹一元が理想であるということは、一致して政府委員等も言っているという状況でございます。  そこで、この法曹一元の実現方について御意見を、これは佐柄木参考人にぜひお願いしたいし、それからまた井田参考人及び鈴木参考人にも、御意見ございましたらひとつお願いしたいと思います。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 法曹一元につきましては、先ほどもちょっと触れましたが、昭和三十九年の臨時司法制度調査会の意見書の中に、円滑に実現されるなら我が国においても非常に望ましい制度であるということが報告されております。しかし、制度実現の基盤となる諸条件が未整備である、したがって、現段階ではその長所を念頭に置きつつ現行制度の改善をやって、その際に基盤の培養にも考慮を払うというふうになっているわけですが、その後の経過を見ますと、どうもその基盤の培養に考慮が払われたという感じは余りないのではないかというふうに私は考えております。  先ほど小澤委員が言われましたように古くから経過のある問題ですけれども、実はもっと、戦前の昭和十三年の帝国議会で、判事はすべて弁護士として実務に従事した者から任用するという裁判所構成法の改正案が衆議院で可決されたことがあります。それは結局貴族院で審議未了になったそうですけれども、非常に古くからある問題ではないかというように思います。ただ、これは臨司の意見書にもありますように非常に難しい問題がい ろいろある、特に、基盤という意味で一番大きいのは、やはり法曹人口の拡大だろうと思うのですね。相当の法曹人口がいないと、その中から適格者を裁判官にピックアップしていくということでございましょうから。それと地域的な、弁護士が今みたいに大都市に偏在しているような状況ではなかなか難しい。そういう意味で、これを本気で議論していくためにはいろいろなことを考えていかなくてはいけないのではないかなというふうに考えております。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 法曹一元の制度、これは国民にとりましても、国民のための司法実現という観点に立って大変重要な課題だというふうに考えておりまして、私ども日弁連としましても、今後これを大きく視野に入れて法曹のあり方というのを考えてまいりたいと思っている次第でございます。  弁護士から裁判官、検察官になるということの意味を本当にしっかりと認識していく必要があろうと思っているわけでございますけれども、ただ、これは簡単にそうできるものとも思えません。しかしながら、一歩一歩、例えば弁護士会からは弁護士任官というようなことも提起いたしておりますような現状でございまして、それもこの法曹一元の一つの形態というようにも言えるかと思う次第でございまして、私ども、これを視野に入れて今後さらに検討してまいりたいというふうに考えております。

小澤克介日本社会党・護憲共同

○小澤(克)委員 時間が参りましたのでもうお答えいただく時間はございませんが、私は、憲法が裁判官の任期を十年としたのは、やはり法曹資格のある者の中から、経験のある者の中から、あの人ならばと異論のない方が十年間だけ裁判官をやるというのが憲法の予定されたものではないかなというふうに考えておりますことをつけ加えまして、質問を終わらせていただきたいと思います。  ありがとうございました。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 御苦労さまでした。  冬柴鐵三君。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 公明党の冬柴鐵三でごさいます。  参考人各位におかれましては、御多忙の中をお運びいただき、そしてまた本日は大変に貴重な御意見を賜りまして、ありがとうございました。  さて、私は持ち時間が十五分でありますので、大体一問ぐらいしか聞けないと思いますが、よろしく御協力のほどをお願いしたいと思います。  今回の改正案は、当面の解決策としては非常にすぐれていると思うわけでございます。その点は鈴木先生のお説のとおりでございます。しかしながら、五年も十年も職を持たずに、親族に扶養されて、そして法律の虫になって灰色の青春といいますか、人生において非常に大切な時期を過ごすというのは、非常に不健康だと私は思うのです。しかも二万数千人の受験者の中で年間に合格する人が五百人、五十分の一といいますか、それを倍の千人にしましても二十五分の一。その目的を成就せぬままに去っていく多くの青年たちの立場を考えなければならないのじゃないかな、国家的にも損失じゃないかなというふうに思うわけです。  そうしますと、私も実は法曹の一員でありまして、この試験を通ってきているわけですけれども、統計から見ましても、大体三年から五年一生懸命集中すれば、その素養があれば合格ラインに達する、そのような調査結果も法務省からいただいた資料にはあります。そういたしますと、受験回数を連続して三回ないし四回に絞ってもいいのではないか。これはこれから受ける人にとっては非常に過酷です。しかし、これは今から五年なりの経過観察期間で約千名の人を今まで以上に合格をさせるということが前提になりますが、その後にはこういう制度はやはりとらないといけないのではないかなという感じを受けるわけです。  それは一つは、制限をいたしますと受験人口を確実に減少させることができるということが言えると思います。先ほど言いましたように、三年ないし四年たてば合格すべき人はそのラインに達するのだから、その人たちの中でなるべくたくさん合格させるということが考えられるのではないか。それからまた、合格ラインに達しなかった人には、早い機会に転身の機会を与え得るのではないかというメリットがある。それからまた、それだけ若年層の方に合格のチャンスを与えることもできる。それから、もし三回ぐらいにすれば受験人口をもっと、六、七千人ぐらいに絞れないかな。これはわかりません。そうすれば、昭和三十年代前半まで行われていた、短答式をやめて筆記式から入れるのじゃないか。  こうすれば、私は短答式が今どうなっているかわかりませんけれども、いわゆる記憶力偏重、受験技術偏重といいますか、そういうものを回避できるのではないか。そうすれば、行き過ぎた受験産業というものについても魅力が若干減殺できるのではないか、こんなことも、頭の中ではありますが、考えているわけです。  そういうことから、受験を連続して三ないし四回で回数制限を将来はとるということを研究すべきじゃないか。また外国でも、いただいた資料によりますと、米国、ドイツ、英国、フランス等では二回ないし五回で制限しているということも、こういうものが合理的な根拠があるというふうに思われるわけでございます。  そこで、まず、送り出していられる、まな弟子の立場を一番よく知っていらっしゃる鈴木先生から、私のこのような考え方に対する御批判なりお考えを伺いたいと思います。

鈴木重勝早稲田大学法学部教授

○鈴木参考人 まことにごもっともなんですね。そして、先ほど申し上げましたように、初めは三回連続案というのが出ましたときに、せめて五回にしてもらえないかというふうに私ども思いました。そしてその案に本当に反対したのは実はごくわずかで、ほかのほとんどの大学が賛成した。先ほど申し上げましたように、私も大変緊張しまして、それならそれでほぞを固めてやらなければいかぬと。それで、できないことないかなというふうにも思っていたのでありますけれども、しかし先生、今、現実は三年のとき受けるのですよね。三年、四年で受けましょう。三年で受かる見込みはまずない。というのは、訴訟法は大体もう三年科目でありますから、法律選択も四年科目でありますから、受かるわけない。四年のときもちょっと、まず僥幸でなければ受からぬ。そうなりますと、卒業したときは一応三回になるわけですね。  この三回だけで、試験問題としますと、採点結果は、私ども見ますと、大学でいえば良あるいは可の上くらいのところで、できているわけですね。だけれどもやはりぐっとできるのはいますので、どうしてもはじき出されてしまう。そういうことで三回が四回、四回が五回になってしまって、五回ぐらいになっているときは、もう連中としてはあきらめきれないのですね。自分でももう一息、実際はもう一息じゃない場合は多いのですけれども、しかしもうここまで来たからと。そうすると私どもももう一踏ん張りすれば何とかなるかなというふうに思いますので、そこで五回制限案を出されたときには緊張して、背筋が寒くなるような思いがいたしました。  しかし、今のこの丙案がだんだん実施されていきまして、そしてうまく実現していきますと、その過程であるいはかなり事情が変わってくるかなと、先ほど先生おっしゃったとおり。だから、三年とか五年というタームじゃちょっとぐあいが悪いので、十年とか十五年後にはそういう時代が来るかなというふうに、私も実は座談会で、やがて甲案の時代が来るだろうというふうには申し上げたことがありまして、そういうことが来ても、その時代には十分に大学の方も対応し切れるような処置ができるというふうに思っております。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 次は佐柄木先生に、今と同じ、私の考えについての御批判をいただきたい。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 先ほど田辺委員の御質問のときにもちょっとお答え申し上げたのですが、こういう制度というのはやはりなるべく骨太のものの方がいいのではないかというふうに考えまして、現在法務省が考えている制度も、時系列で考えるといいますか、ある人間とある人間を縦の中で考えた場合には結局公平だということは言えると思うのですけれども、ある試験においての公平さとい うことでいいますと、若ければ点が低くても合格するということになるわけで、そういう意味から申し上げますと、今先生がおっしゃられた案の方がわかりやすいといいますか、公平さという意味ではより実現されているということで、そちらの方が私もよろしいのではないかというふうに、どちらがいいかということで考えますとそちらの方がいいのではないかというふうに考えております。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 日弁連の井田先生には、同じ問い方はちょっとやはり失礼だと思うのです、日弁連が丙案を選択していらっしゃるわけですから。  私が申し上げるのは、現時点での話ではなしに、今佐柄木先生もおっしゃいましたように、あるいは鈴木先生もおっしゃいましたように、いわゆる司法試験制度という狭い管を通じて、そしてこの法曹というもの全体を見たときに、やはり長い目でもっと合理的な試験制度をとらなければ、三十、三十五までそれだけに人生をかけるというのは、しかもそれが合格の保証もないというのは、僕はやはり不自然な世界だろうというふうに思うわけですね。自分の子供がそういうことになったときに、自分たちはどう考えるだろうということも考えなければいけないと思うのです。  そこで、先生にはこういうふうにお聞きをしたいと思います。  今法曹三者合意のもとに、今後の改革の進め方を法曹養成制度等改革協議会で進められるわけですし、これに対して日弁連が相当期待を持っていらっしゃること、肌身に感ずるわけですけれども、その中で今私が提案したようなことも一つの方向として、あれはもうお断りしたんだからということじゃなしに、考えていける方向はとり得るのかどうか、そういう観点ではいかがでしょうか。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 現時点におきましては、先ほど申しましたようなことでございます。  しかしながら、これから先、さらにいろいろと改善が進んでいって、また状況も変わっていく中で、では、法曹養成がどうあるべきかという大きい観点でこの問題を考えていくその一環といたしまして、今後やはり協議会の大きなテーマになろうと思っておりまして、日弁連がそのことは、もう甲案は絶対に考えないんだとか、そういうことを申している趣旨ではございません。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 終わります。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 木島日出夫君。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。  時間の関係もありますので、手短にそれぞれの先生方にお聞きをしたいと思います。最初に、日弁連の井田先生にお聞きをいたします。  現在の法曹養成制度、司法試験制度が法曹の統一、公正、平等の理念のもとに行われてきて、大変これはすばらしい状況であるとおっしゃられました。もし今回の司法試験法が改正されまして、検証の結果丙案が導入されますと、その公正、平等の司法試験制度の中の平等の観点が、二百名の若年者優遇制度の導入によって、一部崩れることになるわけですね。これは既に当委員会でも、私の質問から、例えば五百一番の人間が不合格になって、大体千五百番の者が合格になる、ダブルスタンダードの導入によって逆転現象が起きるということが明らかになっているわけですが、そういう若年者優遇の問題もありまして、各地の弁護士会の中には必ずしも合意を得るのが難しかったやに聞いているわけなんです。今回の日弁連の態度を決定するに当たっての、まず弁護士会内合意がどのようにとられたのか、現状はどうなのか、お聞かせ願いたいと思うのです。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 日弁連の方でこの基本構想を検討いたしましたその中身につきましては、先ほど若干申し上げたとおりでありまして、この丙案が、日弁連としては積極的に賛成できるといいますか、そういうものではなく、やはり問題があるぞというふうに考えている会員が多数存在するわけでございます。それで、だからこそ日弁連の方としては、増員と運用改善をまずやってみるべきであるという主張をいたしまして、しかしながら、それでも改善効果があらわれないということであるならば、二次的にこの案をとるのもやむを得ない、同意する、こういうような経過でございます。  検証の結果、それではどうなるだろうかという予測は、今日でそう簡単に立つものではございません。しかしながら、大きい意味で私たち法曹のあり方がどうあるかという、その観点を改革協議会を通じて検討をしてまいりたいと思っているわけでございまして、その中で、仮にこの日弁連の提案が検証の結果必ずしもそれだけの効果があらわれないとして丙案に至った場合におきましても、それを永久的に存続させるとかそういうことではなくて、暫定的に見直しながらやっていく、廃止を含めて検討する、これが基本合意の線でございます。それで、大きい意味の改革の中で抜本的にこれは考えてまいりたいものだというふうに考えております。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 もう一点重ねて確認をしたいのですが、今回、日弁連が昨年十月十六日の基本的合意を行う、今回の司法試験法改正にも賛成の立場をとる、これに対しては全国各地の単位会の動向はいかがでしょうか。全員一致して賛成しているようでしょうか。そこがちょっと心配ですので、単位会の動向。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 これは、現時点で単位会にそれぞれこの法案についてのアンケートをとったとかいうことはございませんけれども、各単位会から選出の会長などが理事になっております理事会におきまして、多数で賛成をしているという状況でございます。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 私は、日弁連の中の会内合意をしっかりとるというのは、大変大事な作業であろうと思うわけです。これから五年後の検証の問題でも、予測をするに当たっては会内合意が必要であろうし、また改革協議会で協議を進める上でも、弁護士会として一致した意見で裁判所や法務省と協議に当たるというのは、大変大事だろうと思うのです。裁判所、法務省は合意はとりやすいですから、弁護士会が特段の努力が必要かと思いますので、そこを希望して、次の質問に移らさせていただきます。  佐柄木先生にお伺いをいたしたいのですが、先生おっしゃるように、今回の司法試験法改正が日本の司法のあるべき姿がどうなのか、それから法曹三者それぞれのあるべき姿がどうなのか、特に法曹人口がそれぞれどのくらい必要なのか、あるいはそのために司法試験制度はどうしたらいいのか、法曹養成制度をどうしたらいいのか、またそれにつながる大学の法学教育はどうあるべきか、そういう大きな点で法曹三者の一致を見て、合意ができて今回の法改正に至ったわけではさらさらない。そういう大事な、大きな枠では必ずしも法曹三者の合意が得られたわけではない。しかし、現行の司法試験制度の矛盾が余りにも大きくなってきているので、それを是正するため臨床外科的な改革法案が出てきたのではないかと私は受けとめているわけです。  一つだけお伺いしたいのですが、検察官になり手が大変少ないという点が、当面大きな問題であろうかと思うわけです。先生おっしゃいましたように、枠を大きくすればなり手もふえるのではないかというのも一つの考えであろうかと思うのですが、今回の法改正によって仮に七百名合格をさせても、それだけで検察官志望がふえるという保証は何一つない。そこで、ずばりお聞きいたします。昨年などは特に検察官志望が少なくて、大きな問題になったわけですが、先生の目から見て、現在の法曹養成の状況の中から、あるいは司法の状況から、検察官になり手が少ない根本原因はどこにあると考えておるのか、率直なところをお聞かせいただきたい。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 先ほどの御質問のときにも、非常に難しい問題であるというふうに私お答え申し上げたと思うのですが、一言で言えというとわかりませんけれども、今の若者の気質というようなことを考えますと、やはり一番大きいのは、自由業としての弁護士業に非常に魅力があるのに比べ て、裁判官には裁判官の非常にアカデミックな雰囲気といいますか、そういう感じの職業イメージがあると思いますけれども、それに比べると検察官というのは、いま一つ自由でもないし、もう一つ組織人になって仕事をやっていかなくてはいけないという意味で、今の若者の気質にちょっとそぐわないところがあるのかなというふうに考えております。その最大の問題が何であるかというふうに、おまえはどう考えるかということであれば、その一点を申し上げたいと思います。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 なり手が少ないとなると、私は両面があると思うのですね。なろうとする若者の方の持っている問題、気質その他の問題、それから受け入れる方の検察庁の持っている体質の問題、気質の問題、両方あると思うのですね。  そこで、もう一度詰めてお聞きいたします。受け入れる方の検察庁の問題はどんな点がポイントか、簡単で結構ですが、受け入れる方の持っている問題点についてお聞かせ願います。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 検察官というのは、私どももその昔、司法記者会などに所属しておりまして、ある意味で私ども新聞記者と割に波長が合うところがありまして、何といいますか、割に、私どもから見ると非常に魅力的な仕事に見えるということがあったのですね。特に、これは捜査検事の場合、妙な言い方をしますと、社会部記者と心理的に相通ずるようなところがありまして、破邪顕正の剣を振るうというか、そういう意味での、検察官というものにはそれなりに魅力が僕はあると思うのですけれども、そういう意味でいいまして、これは検証を要すると思いますけれども、そういう検察官のイメージが昔に比べてどうなのだろうかという点はあろうかと思います。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 一点だけ佐柄木先生にお伺いしますが、昨年の七月三十一日付のアエラの先生のお書きになった論文の最後の結論部分で「私見をいえば、若年層欲しさに「成績が下でも合格する」丙案は、小手先に過ぎる。試験にとかく厳密な公平さを求めるわが国民を納得させるのも困難ではなかろうか。  その意味では、「まず増員し、成果をみる」という日弁連案には、それなりの合理性がある、ともいえるかもしれない。」こういうお考えは現在でも同じでしょうか。それだけお伺いいたします。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 全く同じでございます。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 ありがとうございました。  最後に、鈴木先生にお伺いをいたします。  今回の案で既得の五百人枠が維持される、追加される二百人枠については若年層に優遇措置がとられる、高齢者も若い人たちも、受験生それぞれほっとしているというお話でありました。そこで、先生は、この改正で進んでいけば将来、三回受験したけれどもだめだった、そういう不合格者がどんどんとほかの方向へ転身していって、現在のような受験競争、受験地獄が解消できるとお考えでしょうか。現在の学生の状況等から見てどうなのか、お答えいただきたいと思います。

鈴木重勝早稲田大学法学部教授

○鈴木参考人 私はそう考えているのですね。というのは、今まで回数制限とか、例えば五年とか五回とか三年とかというのは、今まで一度も出たことがないのですね。受験生にとっては、今度初めて三回という数字が出たわけです。私は、学生を見てみますと、その重みが、もちろん三回終わりましても無制限枠の方に行けばいいのですけれども、この三回の方はかなり重く受けとめているのですね。ですから、恐らく自分で今まで全く目安が立たなかった、何回でも受けられますから。しかし、この三回というのはかなり影響を与えてくるだろう。そうなってきますと、少しずつ少しずつ、ちょうどカウンターブローをやられたように影響が出てきて、一つの目安になって方向転換を図ることがこれからあり得るだろうというふうに思っています。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 ある一つの見方をしますと、現在の司法試験制度が持っている最大の問題は、法曹資格として十分な能力がある、本来ならば合格点を差し上げるべき試験結果もとった、にもかかわらず、何しろ受験生が二万人で枠が五百だから、いかんせん大変な地獄になっているのだということだと思うのですね。非常に言葉は悪いのですが、ある人に言わせますと、滞貨一掃すれば現在の司法試験の持っている矛盾が幾らか解消できるのではないかということも言われるし、また、ある人から言わせますと、いや七百人くらいにふやしても、あるいは新しい制度を導入しても、むしろ逆にそれだけまた受験者が一層殺到してくるのではないか、そうしますと、受験者が多くて枠が小さければ受験地獄は一向解消しないのではないかという見方もあるのですね。全く違う見方なのですが、その辺についての先生の見方をもう一度お聞かせ願って、終わりたいと思います。

鈴木重勝早稲田大学法学部教授

○鈴木参考人 おっしゃるとおり、私もその後者の立場でして、決して五百が七百になったからたちどころに解消するとは思っていないのですね。というのは、もともとちょうど大学の入学試験と同じでして、枠がこれだけでもってことしも恐らく五十万人落っこちるのと同じように、司法試験の場合も、私どもがどうあがいてもこの宿命は変わらないだろうと思うのですね。  そこで、その中で合理的にセレクトできて、しかもそれぞれの方向が確保できるような、そういう改善だけが私どもとしては唯一の望みという形です。だから、決してたちどころに全部解消して、滞貨一掃してあとは悠々になるというふうには考えていません。これからも大変厳しいだろうというふうに受けとめています。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 ありがとうございました。終わります。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 中野寛成君。

中野寛成民社党

○中野委員 民社党の中野でございます。きょうはありがとうございました。  まず井田先生にお尋ねをいたします。  先ほど司法の容量を大きくというふうにおっしゃられました。これは単に人数をふやせばいいということだけではないのでしょうけれども、しかし、人数は極めて大きな要素であると思います。先ほど来検察官の数がよく出ておりますけれども、私は、都市部で開業されておられます弁護士の先生方からよくお聞きするのは、いやあ最近はいわゆるいそ弁のなり手がなくて困っているよ、いそ弁をとろうと思うと、もう修習生のころから飲み食いはおろかあらゆる手段を講じて籠絡しないと、とてもじゃないけれども来てもらえないという話を、最近よく聞くのでございます。そういう意味では、この検察官だけではない、アメリカのような訴訟社会を前提としないで、現在の日本の社会が、もしくはこれからの中期的な日本社会の展望の中で、どのくらいの容量が必要なのだろうか。難しい質問かもしれませんが、これは先生の日弁連としての公式の見解でなくても結構でございますが、どういう御意見があるのだろうかということでお聞かせをいただければありがたいと思います。

井田惠子日本弁護士連合会事務総長

○井田参考人 大変難しい御質問をいただきまして、適正とはどのぐらいだろうという御質問が出るのじゃなかろうかと実は思ったりして参りましたけれども、これはどのぐらいがいいだろう、二倍がいいだろうとか二千人がいいだろうとか簡単に申せることではないのではないかと思います。ただ、弁護士会全体の中には、もう本当に大幅に増員すべきだという論者もおりますし、それからまた、先ほどちょっと申しましたように、非常に人口の少ないところなどでは簡単にふやしてもらっては困るというところもございまして、やはり理想と現実といいますか、それは各地の条件が違うと思いますけれども、そういう中で考えていかなければならないというふうに考えております。  ただ、まあ私個人どのぐらいが適正かといいますと、私もはっきりそこのところが確信を持って言えるわけでもございませんけれども、やはり日弁連が主張いたしました一千名以上は、当面ぜひとも司法試験におきましても増員すべきであろうと思いますし、さらに市民のいろいろな、東京などにおきます状況を見ておりますと、これはまだまだ弁護士人口が足りないなと感じておりまして、さらに一千名よりももっと大幅な増員に向け て条件整備を図りながら考えていかなければならない、私個人はそんなふうに思っております。

中野寛成民社党

○中野委員 途中で政治家になる人もいますのでその辺もフォローしなければいけないと思いますが、これは余談でございます。  現在の日本の法曹界における質というのは、世界的に比較しても大変高いのではないかというふうにも思うのですが、佐柄木さんにお聞きをしたいのですけれども、ただ、先ほどもちょっと出ておりましたが、何というのでしょうか、昔から役者ばかなどという言葉がありまして、一生懸命法律の勉強をする、それで結局灰色の青春を過ごすみたいなこともあります。しかしそのときには夢を持っていますから灰色ではないだろうと思いますけれども、その結果合格をする、そして修習期間二年間。さあ、その中でいろいろ社会的な教養も身につける機会があると思いますが、果たしてそれだけで十分なのだろうか。  先ほど財政学とか政治学とかという教養科目の話がありましたが、何かもっと別の、我々がよく言う社会勉強的教養というのが必要なのではないかな、そしてやはり世情に通じたバランス感覚のある人々が日本の法曹界を支えてくださるということがとても大切ではないかなと思います。最近の、例えば暴力団の顧問弁護士だとかある宗教団体の顧問弁護士だとか、それがまたマスコミをにぎわせたりしておりますけれども、若ければいいというものでもない。逆に若いがゆえに、もしくは経験が乏しいがゆえに間違った判断をしたりということもあるのではないかと思うのでありますが、その選考と養成のあり方、これがこの法案の基本なのですけれども、今日までの取材の御体験からして、どういう御感想をお持ちか、お聞かせをいただきたい。

佐柄木俊郎朝日新聞社論説委員

○佐柄木参考人 司法研修所における修習といったようなものは、やはり実務家としての能力をつけるということでありましょうから、どうしても現在のような形に恐らくならざるを得ないであろうと思うのですけれども、先ほどの意見陳述でも申し上げましたように、日本の裁判官のキャリアシステムの場合に我々がともすれば不安を抱きがちなのは、狭い裁判官の世界の中でその後ずっと経験を積んでいかれて、いわば司法の世界の中で純粋培養されるというか、そういう形で今はベテランの裁判官というのが養成されているわけです。もちろん先ほど申し上げましたように公正廉潔であるとか利点はあるわけですけれども、ただ、裁判という作業が非常に森羅万象にわたる現象についての深い洞察力等を要する作業だと思うのですが、そういう場合に、そういう純粋培養的な世界で育った方がそうした幅広い視野に立った深い洞察力を示す上で難点がないのであろうか、というようなところに不安を感じておりまして、それが先ほど申し上げた法曹一元といったような議論にもつながっていくのではないかと考えております。

中野寛成民社党

○中野委員 鈴木先生にお尋ねしたいと思います。  私は、司法試験を三回受けまして三回ともだめでございまして、ちょうどそこで被選挙権が得られたものですから、これ幸いとそれを口実にいたしまして横道にそれて今日に至っているわけでございます。この法律がもっと早くできておったらもしかしたら、それでもだめだっただろうと思いますが、脳生理学的な分野にもまたがるかもしれませんけれども、記憶力がすぐれている年代、それに応用能力が身につく、そしてまた社会体験ということを身につける年齢といいますか、そういうのがある意味では年齢によって段階があるのではないかという気もするのです。例えば刑事訴訟法でも民事訴訟法でも、一生懸命勉強していたころは、この言葉の意味するところは何なのか、またこの法文、条文の意味するところは何なのかさっぱりわからなかったのが、社会人としていろいろな体験を踏んでいるときに、ああ、このことを言っていたのかと気がつくことがむしろ多いのですね。そういうことなどを考え合わせますと、法曹を教育していく、育てていくときに、やはりそういう段階といいますか、生理的な発達段階に合わせたシステムというものも考え合わせていいのではないか。それからまた、選考方法の多様化、司法試験に限らない多様化もあわせて考えていいのではないかというふうにも思うのですが、先生のお考えはいかがでしょうか。

鈴木重勝早稲田大学法学部教授

○鈴木参考人 おっしゃるとおりだと思うのですね。それで、先生三年目でやめられたのは、ちょっと、法曹界で一人大変な傑物を失ったことになるので、そういう例がありますので、できればゆるやかな制限ということは考えたいのであります。  ただ、今おっしゃった意味、よくわかるのですが、その発展段階、成長段階に応じた試験だとか選考方法だとかということは元来配慮しなければいけないのでありますけれども、少なくとも現実は、卒業しましてそのまま全然職業を持たずに図書館にこもりっ切り、あるいは下宿にこもりっ切りなんで、社会と接触する機会はほとんどない、これが恐らく八割超えているだろうと私は見ておりますけれども、法務省の調査では多少職業を持っている形になっているのですね。  だけれども、それをもう一歩突っ込めば、それは結局小学校や中学校の夜間の警備員だとか定期的な盆暮れの配達のアルバイトなんですね。それで、彼らに職業を持っていたか持っていないかと聞けば、やったことありますからイエスと答えますけれども、実際はそういうような計画的な職業についているわけじゃないのですね。ですから、社会的な体験が全然ない。ここがそもそも一番問題の発端なんです。ですから、もうほとんど成長はとまっていると同じなんですね。先ほど先生成長過程と言いましたけれども、早い話が、そういう道を選ばなければどんどんほかの社会で伸びただろうと思うのが、ここでもってこのレベルに達しない、達しないというか突破できないものですから、こういう繰り返しになっている。だから、私どもここを何とかしたいのですね。ですから、今度のこの改正案では、その連中もそのままで、しかもこの連中のために排除されている若い連中が多少なりとも可能性が出てくるというところで、大変助かるというふうに考えているのです。  私のところの大学で、卒業順位はつけないのですけれども、ベストテンだけは一応つけるのですね。横っちょに一、二、三、四、五と番号を振りますけれども、その横っちょに入学試験の成績を書いておくのですね。そうしますと、おもしろいことに、ベストテンのうち大体六人か七人が入学試験のどんけつといいますか、ボーダーラインのところで入ってきたのが躍り出るのですね。ですから、その受からなかった連中にもっと優秀なのがたくさんいたのだろうというのが私たちの期待なのでありますけれども、ところが、今度司法試験になりますと、この辺の者が受かるかといいますと、なかなか受からないのですね。むしろ余り目立たなかったのが早々と受かる。ところが、今度二回試験見てみますと、それも何かどんけつというか、余り目立たなかったのが躍り出てくる。恐らく裁判官とか検察官になった場合もあるいは、ちょっと差しさわりがあるので言えませんけれども、そうなのではなかろうかと思います。  だから、そういう意味で、確かに男というのはどんどん変わりますので、三日見ずば刮目せよというのは、身にしみて私もよく学生を見ていますので、何らかの多様な選考方法がとれればそれが一番いいだろうと思いますけれども、当面まず言われるのは、それで公平かと言われるのですね。せめて、私どもは入学試験の場合には極めていろいろな多様性のもとでやっていますけれども、司法試験も、これから私ども提言しましていろいろな考え方がそこに反映されてもいいのではないかというふうには考えております。

中野寛成民社党

○中野委員 多分、弁護士から政治家になられた先生方は、目立った上でまた跳び上がったのだろうと思うのですが、先生の今おっしゃられました、まさに多様な年齢のときに能力を花開かせるということがあると思うのです。そういう意味では、これからも選考の多様化、そしてまた社会的 な経験が十分に生かされるような方途なども考えなければいけないのだろうというふうに思いながら、今後また先生方の御意見をお聞かせいただいて、今回のこの法案は改革への第一歩だと思いますので、第二歩、第三歩と進めてまいりたいなと思います。どうもありがとうございました。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 御苦労さまでした。  以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人各位におかれましては、大変長い時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、大変ありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  どうぞ御退席ください。ありがとうございました。  速記をとめてください。     〔速記中止〕

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 速記を起こしてください。     ─────────────

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 この際、お諮りいたします。  本日、最高裁判所泉人事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。     ─────────────

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小森龍邦君。

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 先日の委員会におきましてやや途中切れの感がございますので、続きましてお尋ねをいたします。  時間の関係がありますので端的に申し上げますが、アイヌ民族に対する今日の法律として、北海道旧土人保護法なる法律がございます。これに対しまして、アイヌのウタリ協会などから強く新しい法律の制定の要請が出ておりまして、そのことについては過日触れたところでございますが、きょうは、北海道旧土人保護法という法律は、法律の名称そのものが差別ではないか、この点につきまして、内閣内政審議室の方からまずお答えをいただきたいと思います。

中西明典内閣内政審議室内閣審議官

○中西説明員 この法の所管は厚生省でございますが、今の御質問につきましては、私も、先生のおっしゃるとおり、非常に不適切な言葉だというふうに考えます。     〔委員長退席、星野委員長代理着席〕

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 同じことになりますが、人権擁護局長はその点をどういうふうに理解をされますか。

篠田省二法務省人権擁護局長

○篠田政府委員 私どもも、法律の名称としては適切でないというふうに感じております。

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 この前、前の梶山法務大臣のときの論議も、中身は差別であるものを不適切発言と表現をいたしまして、そして何カ月も、本会議からここの法務委員会に至るまで議論が続けられたのであります。その不適切の中身は何ですか。つまり、差別だから不適切なんですか。その点をお答えいただきたいと思います。

篠田省二法務省人権擁護局長

○篠田政府委員 今申し上げましたのは名称の点でございまして、やはりその響きとしてべっ称という印象を与える点で適切でない、そういうふうに考えております。

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 じりじりじりじり下がるというのが人権擁護局の悪い態度でございまして、私けさ広辞苑を開いてみました。この土人という呼び方というものは「軽侮の意を含んで使われた。」と、こうなっている。だから、響きとかなんとかということでなしに、軽侮の意味が含まれているのです。そういうことに対して敏感な反応を人権擁護局がされないようでは、我が国の人権擁護というものは成り立たないのであります。もう一度お答えいただきたいと思います。

篠田省二法務省人権擁護局長

○篠田政府委員 今の御質問ですけれども、それが結局べっ称ということになろうかと思います。

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 これがべっ称ならば、内閣内政審議室はもちろん、それぞれのアイヌ民族に関する行政的な取り組みをしなければならないところは速やかに問題を一歩歴史的に前進させる、こういうことにひとつ真剣な態度で臨んでいただくように申し上げておきたいと思います。  次に、時間の関係もございますから、司法試験のことに関連をいたしまして、先般やはり私のところでは十分に熟さないままに終わっておりますので、お尋ねをいたします。  検察官が足りない、この足りない検察官を行政各部門に配置をしておられる。これは、法務省の中の、例えば刑事局のように非常に検察行政と関係の深いところは私は当然のことだと思いますが、その他のところにも配置されておる。こういうことで少ないということになりますと、検察行政の万全は期せられない、こう思いますが、そういう検事の資格を持っておられる方を他の行政部門に配置するというお気持ちは、どういう形で人事配置をなさっておるのか、この点をお尋ねしたいと思います。私の方からあえて注文をつければ、法務大臣おられませんから、法務政務次官の方からお答えをいただきたい。

堀田力法務省大臣官房長

○堀田政府委員 政務次官の前に、ちょっと実情を御説明させていただきます。  現在百名余りの者を各省庁に派遣しておりますけれども、その第一の趣旨は、それぞれの各省庁が検察運営そのものと関連しておる、したがいまして、その中で検察官の能力を十分生かす、そのことが第一であります。さらに第二には、そういう関連した部門でいろいろな仕事をすることによりまして能力を高めて検察に帰ってもらうことによって、検察自体の能力をさらに高めるということでございます。例えば公正取引委員会であるとか国税当局であるとか、そういう関連の深いところに派遣して、検察自体の能力を高めるとともに、相手の行政そのものの充実を期す、こういう趣旨でございます。     〔星野委員長代理退席、委員長着席〕

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 政務次官からと私の方から注文つけましたけれども、先ほどの官房長の答弁で行政側の考えておられることわかりましたので、わかりましたということは肯定するという意味ではなくて、どういう説明でやっておられるということがわかりましたので、それはもう省略をさせていただきます。  そこで問題は、そうなると、試験を受けて法務省に入省した人がそのポイント、ポイントにつけないで、要するにやはり法曹資格を持った者が上位の立場に立つ、こうなると人事としてのひずみが出てくるのではないか、こう思いますが、その点はいかがでしょうか。

堀田力法務省大臣官房長

○堀田政府委員 御懸念の向きは理解できますけれども、そういうことが一切ないように運用してまいっておりますし、検察官全体の意識もそういう意識はない、先生の御指摘のような心配はしておらないというふうに理解しております。

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 心配はしておらないと言うても、これは地方自治体でいうと天下り人事とかというような言い方で、小さな市へ県庁の職員が来るとか自治省の職員が来るとかというときに、よく人事を圧迫するという議論があるのです。したがって、そこは、ここでああだこうだと繰り返しても仕方がありませんけれども、現実その枠だけは、下からずっと積み上げていっておる者を、途中さっとそのポストをさらえるということになるわけでありますから、その点も考えていただかないと、人事に活力が生まれてこない。その上、足りない検事を実際の法曹の分野において使うことができない、こういうことになりますから、その欠陥をひとつよくお考えをいただきたいと思います。  さて、法務大臣がお見えになりましたので、最後に一言だけお尋ねをしますが、先ほど内閣内政審議室あるいは法務省人権擁護局長の方から答弁をいただきまして、それは、北海道旧土人保護法なる法の名称そのものが差別ではないかという私の質問に対しまして、私の質問の趣旨というか、そういうものを肯定されたような答弁がございました。閣僚の一員としてこの問題についてどう思 われるか、既に新しい法律の提起が行われておるわけでありまして、その点についてどう取り組まれようとされておるか、お尋ねをしたいと思います。

左藤恵自由民主党法務大臣

○左藤国務大臣 今お話しの点につきまして、少数民族者に対します今なお根強い差別意識といいますか、そういうようなものがあるとも思いますし、また今お話しのそういった法律の名前、名称そのものも非常に前時代的であって、当然改めていかなければならない性格のものであろう、このように考えます。  そういった意味におきまして、先生今お話がありました人種、信条、性別、社会的な身分とか門地とか、そういうものの差別は一切あってはならないという憲法の精神から見ましても、さらに啓発に努力をしていかなければならない、このように考えておるところでございます。

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 啓発をしていかなきゃならぬのじゃなくて、自分ら自身が行政のポストにあって、責任ある立場にあって、この差別が現実の法律のなかにあるということをどうするのか、これをお尋ねしておるわけですから、それに対する法務大臣の決意のようなものをお聞かせいただきたいです。

左藤恵自由民主党法務大臣

○左藤国務大臣 法律の改正の問題を含めて積極的に進めていかなければならない、このように考えております。

小森龍邦日本社会党・護憲共同

○小森委員 終わります。どうもありがとうございました。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 御苦労さまでした。  冬柴鐵三君。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 「司法試験改革を考える」という本を見せていただきまして、昭和四十九年以降受験者数を前年から見ますと絞りこんだ、オーダーとして五百人台が四百人台におちた、その後五百人台に回復している年もありますけれども、要するに合格者の数を減らしたことによって、その年から合格率が、それまで二%台であったものが一%台に落ちているという客観的な事実がうかがえます。そしてまた、それに即応いたしまして在学生の合格率も二%台が一%台に落ちたということが、大まかですけれども客観的に言えるように思われるわけであります。したがいまして、今回非常に大きな問題になっています、受験者の中で合格ラインにほぼ達しているのにかかわらず合格できない人たちが千名以上滞留しているというところが非常に大きな問題で、それが試験の受験回数を六・五回という考えられないような回数に押し上げ、そしてまた、合格年齢というものを非常に高齢化させている一つの原因になっているんじゃないか、このように思うわけでありますが、その認識について御答弁をいただきたいと思います。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 御指摘のように、昭和五十年前後から五百人を切る合格者ということで推移しているということはそのとおりでございます。これは、毎年の合格者の決定というのは考査委員の合議で行われるわけでございまして、その合議の運営につきましては司法試験管理委員会が意見を述べるなど関与するわけでございますけれども、そういう形で決定されておるところでございまして、私ども承知しておりますところでは、特段一定の政策を持って合格者を五百人を切る数字にしたというふうには承知しておらないところであります。毎年の合格者というのは、おのずから前後の成績との対比においてある点で線を引くということの結果、こういうことで推移してきたのではなかろうかと思っております。  総論的な御指摘といたしまして、これまで昭和四十年前後以来ほぼ五百人前後ということで推移してきた、そのことが現在のような状況をもたらしている一つの原因になっているということは、それは関連性のあることであろうというふうに思っております。ただ、これは合格者の増加に伴いまして受験者もふえるという問題がございますので、これまで五百人という数字をある程度の範囲内において増加させておれば現在のような問題が生じなかったであろうかというと、それはそういう関係にはないのではなかろうか。若干の影響はあるけれども、その合格者を大幅に増加させるということならばともかく、五百人から一割程度前後の範囲内で増加させるということによって現在の問題点が生じないで済んだという関係にはないものというふうに理解いたしております。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 いずれにいたしましても、千名以上のほぼ合格ラインに到達している者が合格をせずに滞留しているという事態を早急に改めなければならない、そのような観点から、今回の法案はすぐれていると思います。  しかしながら、この改正案も、これがファイナルなものではなしに、三、四回連続受験回数制限を将来的にはやはりとるべきだろう、しかしこれは、このような滞留している人たちを一掃して、その後に始められるべきであろうと思うわけであります。その意味で、改革協議会でぜひこれは考えていただきたい。私の考える三、四回連続受験回数制限ということは、受験人口を確実に減少させることができるという点が一つであります。  二つ目には、法律的素養がある人は四年集中してかければ合格ラインまで到達することができる、そのような統計資料があるということでありまして、そのような到達した人は、しかるべく早い時期に合格をさせ得る確率を高めることができるのじゃないか。それからまた、三、四年たっても合格ラインに達しなかった人に対しては、早い機会に転身の機会を確保するということも国家の立場からも非常に大切ではないか。それから、そういうふうにすることによって受験者に早期に合否の判定をみずからできる、そういうようなこともあると思いますので、ぜひこの改革協議会の中でもこれは考えていっていただきたい、このように思います。  その点について、一言だけで結構です、時間がありませんのでお願いいたします。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 今後の抜本的改革の検討の中で、これは今次の合格者の増加あるいは合格枠制の実施の推移も見ながら、合格者の大幅増等との関係も含めまして、御指摘の点も考えてまいりたいと思っています。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 もう一つ、修習生が六百人を超えるということになりますと、最高裁判所司法研修所の増設が物的に必要となろうかと思います。  そこで、湯島の研修所も、私は出たことはないのですが、お伺いしたことがあります。うっそうたる緑に囲まれた、すばらしい、役所とは思えない、そう言ったら失礼ですけれども、非常に環境に恵まれた、一歩外へ出ますと相当繁華ですけれども、その中では、非常に広大な敷地の中にすばらしい学究的な雰囲気を漂わせるものであると私は思っております。これは松戸の宿舎とあわせて存続すべきじゃないかと私は思うわけであります。そうしますと、ひっきょう別に新しいものをつくったらどうだということになると思います。  私の提案ですが、増設は関西、なかんずく京都市内で、今の湯島よりは小さくてもいいと思うのですけれども、数百名収容する新しい施設をつくってはどうかというふうに思います。判検事の教官は専任でありますし、弁護教官はどうかということになりますと、関西では十分それに応ずる弁護士がいると私は確信いたしております。新幹線とかやがて開通するであろうリニアモーターカー、そのような輸送手段の発達、あるいはファクスとか宇宙中継テレビとか、そういうものをすれば、二つに分かれましても一体感は十分保つことができるだろうし、そこに修習生の水準の差というものは起こらないように、十分手当てはできるのじゃないか。もし湯島を全部取り払ってしまって、どこかへ大きな、千名以上も収容するようなものをつくってしまいますと、これは人間教育という点でやはり欠けると私は思うのですね。我々、十六期なんですが、そのときはたしか三百八十名で八組だったと思うのですが、そのような人数でも、組が違いますと同期であっても人の顔をなかなか覚えられないわけであって、それが千人にもなると、一緒にまとめてする必要はないのではないか、このように感ずるわけであります。  これは最高裁判所から御答弁いただいた上、予 算の関係で大臣の決意もお伺いして、私の質問を終わりたいと思うのです。

泉徳治最高裁判所人事局長

○泉最高裁判所長官代理者 裁判所からお答え申し上げます。  関西に司法研修所の分室といいますか支部を設置するということにつきましては、ただいま御指摘のあったようないろいろなメリットもございまして、大変示唆に富んだ御提言として拝聴いたした次第でございます。  一方におきまして、司法修習生を一ヵ所に集めて前期、後期に修習を受けさせるという現在の体制もまたメリットを持っております。特に修習生全員に対して均一な内容の修習を施し、実務の運営について全国共通の認識を持たせるということができます。さらに、統一的、一元的な修習によりまして、東京型、大阪型といった二つの実務の運営を生んだりすることがないようにできる、また東京系、関西系といった二つの法曹を生むことも防ぐことができる、こういったメリットも持っているわけでございます。  そういう観点のもとにおきまして、今回の当面の改革において七百人に修習生を増員することの対応といたしましては、現在の湯島の司法研修所と松戸の寮を、和光市と練馬区にまたがって存在いたします国有地の一部に移しまして、ここで七百人を収容できる近代的な研修所をつくりたい、こういうことで現在関係機関と折衝をいたしているところでございます。  ただ、現在の体制のもとにおきましても、裁判教官、検察教官につきましては、関西で実務の経験を積んだ方を多く迎えております。また、大阪の弁護士の方もセミナーの講師等として迎えているわけでございまして、こういった方策は今後も続けてまいりたいというふうに考えているわけでございます。  ただ、先ほどから出ております今後の抜本的改革ということにつきまして、法曹養成制度等改革協議会におきまして司法試験制度、法曹養成制度の抜本的改革を論議することになるわけでございますが、その際には当然司法修習生の数という問題が話題になりますし、それと受け入れといたしましての司法研修所の体制ということが当然話題になるわけでございますが、その抜本的な検討をする際におきましては、冬柴委員が御指摘になりました関西に司法研修所を設けるといった構想も含めまして、十分議論をしていきたいというふうに考えている次第でございます。

左藤恵自由民主党法務大臣

○左藤国務大臣 この問題は最高裁判所の所管でございますが、今最高裁判所の方から御答弁ありましたけれども、さらに我々も、その法曹養成制度等改革協議会ですか、こういったところで抜本的な検討がされるときにはそういった問題を十分取り上げていただきたいというようなことを、そして我々も関心を持っていきたい、このように考えておるところでございます。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 ありがとうございました。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 御苦労さまでした。  木島日出夫君。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 前回に続いて、改正法八条についてお聞きいたします。  八条によりますと、司法試験管理委員会規則で定めるところにより、合格者の一部につき、一定の期間内に試験を受けた者のうちから定めるべきものとすることができるとあります。他の委員の質問によりまして、これは今回の法曹三者の基本的合意に基づくものであり、この合格者の一部というのは七分の二を考えているという御答弁がありました。今回はそうでしょう。ただ、法律が一度つくられますと、法律はひとり歩きをいたします。これも指摘されたところですが、委任の限界というものが大きな問題であります。そこで改めて、今回の合意とはかかわりなくこの法案が将来も生きるとなりますと、合格者の一部とは、その天井はどこかという委任の限界が必ず問題になってこようかと思うのです。  そこで、立法時である今、改めてそこをはっきりとお聞かせ願いたい。合格者の一部の天井はどこに置くつもりなのか。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 端的に申し上げまして、合格者の一部が何%までであるというお答えをするのは大変難しいかと思っております。この条文におきまして、この合格枠制の範囲を規制するために「多様な人材の合格の可能性を損なわないように配意しつつ、」という規定を置いております。これがこの合格者の一部をどの程度まで変え得るかということを判断するための基準になるわけでございまして、その点は司法試験管理委員会においていろいろな事情を総合して検討されるべき問題であろうと思っております。法理論的にはそういうふうに考えております。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 立法府として、合格者の一部はどのくらいの数を想定しているのかが全く知らされなければ、まさにこれは司法試験管理委員会に白紙委任をしてしまうということになるわけです。仮に将来合格者を千名とする、五百人は条件をつけない、五百人は若年者優遇にするというようなことをやりますと、五〇%になってしまうわけですね。これは非常に重大な、再三指摘されていますように、今回の司法試験法改正が、統一、公正、平等を理念とする司法試験制度のうち、平等あるいは公正という点で大きな例外をつくるということでありますから、その例外がどのくらい大きいのかを決めるのは、まさにこの合格者の一部の天井はどこなのかということなのですね、今回は七分の二ということは先ほど来再三お聞かせ願っていますが。今の答弁では私はちょっと心配なのです。七分の二ぐらいが想定されているのだということは言えませんか。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 この点は、将来合格者をさらに増加させるということについてコンセンサスもでき、諸条件も整備されるということになりました場合には、そのほかのいろいろな事情とも総合して、この割合をそのままでいいのか、あるいは若干修正すべきなのか、その点は、今回の法曹三者の合意に至りました経緯も踏まえますと、それを変える場合には、また法曹三者で十分に協議して、その上で、そのままでいいのか若干変える必要があるのかということを考え、それに従って司法試験管理委員会で運用していただくという努力をいたしたいと思っております。  なお、先ほど一部の範囲についての御質問がございました点について若干補充をしておきたいと思いますけれども、この「合格者の一部につき、」という書き方をしておる、さらに「多様な人材の合格の可能性を損なわないように配意しつつ、」と書いてある、これをあえて申し上げますと、要するにあくまでも主要な部分は無制限枠というふうに考えるということを間接的に表現しているものだというふうに理解しております。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 主要な部分と主要でない部分という言葉を使いますと、主要な部分は大方、主要でない部分は少数というふうに解釈できるかと思うのですが、そう伺ってみましょう。  ちょっとあいまいな点が残りますが、もう一点、法八条は、司法試験管理委員会に白紙委任するものとして「一定の期間内」という言葉を使っているわけですね。今回の法曹三者の合意は初回受験から三年間というのがこの「一定の期間内」であるというお答えですが、これも法律でいきますとひとり歩きしますので、この「一定の期間内」の天井はどのくらいの期間を考えておるのか、御答弁願いたいと思います。今回は初回受験から三年間の者に限りということになりますね、その天井をどう考えているのか。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 この点も、先ほどの割合の問題と同様であるというふうに基本的にはお答えしなければなりませんし、またこれを変更するにつきましては、その前提として法曹三者で十分に協議を尽くした上でということも同様でございます。  ただ、これまでのいろいろな検討の経過から考えますと、その期間として一つの選択肢として考えられる数字として出てまいりますのは、五年という数字が考えられようかと思います。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 わかりました。  それで、仮にこの一定の期間の数字を三を五にするのであれば、受験者にとっては権利の拡大で すからそれは結構かと思うのですが、この数字を小さくする、三を二にするとか一にするなんということになると、非常に権利の制限になっていくわけですね。そういう場合にこの立法府へはどうされるのか、そこを聞きたいのですよ。それで限度ということを私は聞いているのですよ。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 今回の法案をこういう形にさせていただきましたのは、その辺の判断は、司法試験管理委員会が実情を十分調べて、先ほど申しました多様性を損なわない範囲内でという限定をするという形で、司法試験管理委員会に権限をゆだねていただくという形で法案を立案し、そういうことで御理解をいただきたいと思っているわけでございます。したがいまして、将来三年という期間をもっと短くするということが全くないかということになりますと、それを全くないと申し上げることができるものではございませんけれども、この点も司法試験管理委員会、そしてその構成メンバーである法曹三者の協議ということに御信頼をいただきたいというふうに思っております。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 基本的に運用については法曹三者の合意に基づいて進めていくという前回の法務大臣の答弁もありますので、基本的にはそこに信頼をしたいと思うわけであります。  最後に、その関係で、今回つくられる改革協議会の運営のあり方を見ますと、運営として「議事は原則非公開とするが、法曹三者は協議内容が実質的に公開されるよう配慮する。」という言葉が書かれております。午前中の参考人の公述の中にも、日本の司法が国民から非常に遠い、「孤高の王国」という言葉が使われているような状況でもあります。やはりこの法曹三者の協議の内容、運営が国民的な基盤を持つことがまことに大事だろうと思うわけであります。そのためには法曹三者の協議会へ提言する改革協議会の運営が、やはり公開が必要だと思うのですね。原則非公開、しかし実質的に公開されるよう配慮という、まことに意味のわからない言葉を使われているのですが、これはどういうことなのでしょうか。公開をお願いする立場から質問いたします。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 これは、会議における個々の発言が議事録になるわけでございますが、それを生の形で公表するということは自由な発言を確保するという観点から適当でない、しかしながら、どういう事項について、どういう方々の意見を聞いて、どういう内容の議論をしたかという形で、できるだけ国民各層に知っていただくような方法をとりたいということでございます。

木島日出夫日本共産党

○木島委員 終わります。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 御苦労さまでした。  中野寛成君。

中野寛成民社党

○中野委員 今回の司法試験法の改正案、改革への第一歩だということで私は評価をいたしたいと思いますが、またこれから、今も質疑応答の中にございました法曹三者との協議会が持たれます。問題は、法務省なり最高裁が現在の法曹界のあり方についてどういう問題認識を持っているか、受け身ではなくて、協議会でいろいろ出されるでしょう、それに基づいて提言があればそれを考えますというのではなくて、法務省、最高裁が実際に実務に当たりながらどういう問題認識を持っておられるのかということは、今後の改革の方向性を示す上において大変重要であろうというふうに思うわけでありまして、そのことについてまず御認識をお聞きしたいと思います。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 基本的なことは、法曹三者が司法という仕事を担っているわけでございますが、その司法が国民に利用しやすいものになっているかどうか、そして国民に信頼されるものになっているかどうか、それらの点において万全であるかどうかということ、これが基本的な問題であろうと思っております。  司法試験につきましても、そういった視点から十分な法的サービスを提供できるような人材を確保し、養成することができる、そういう試験でなければならない、そういう試験の運用が期されなければならない、そのように考えておりまして、その方向での改革であるというふうに認識しているわけでございます。

中野寛成民社党

○中野委員 先ほど参考人にお越しをいただいていろいろお聞きをいたしましたが、日弁連の方から、法曹の質、量を充実させなければいけないと思うということと、それからもう一つ、そのキャパシティーを広げなければいけない、容量を広げたいという意見が出されておりました。現状、例えば検察官が少ないとか、また東京以外のところですと弁護士も少ない。私の出身地であります大阪などは、現職の弁護士の先生方が、何しろいそ弁のなり手がなくて困っている、それを獲得するために大変な競争だということをしょっちゅうこぼしておられます。  そういうことなどを考えますときに、今回二百名合格者を実質上ふやすということですけれども、どのくらいの必要度、そして緊急性を認識しておられますか。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 御質問に的確にお答えできるかどうかわかりませんが、法曹人口がどうあるべきかという観点、これはそれぞれの弁護士会あるいは裁判所等で直接にお考えいただくべき問題であろうと思っておりますが、既にこれまで国民の間からは、法曹が国民から縁遠い存在である、裁判に時間がかかり過ぎるといった批判があるわけでございまして、社会の発展に伴う社会的な要請に十分にこたえているかどうか、これは問題があるところであろうと思っております。また、私どもといたしましても、各分野ともこれから複雑化、多様化、国際化する社会の要請に対応するためには、着実に法曹人口の増加をさせていくということが必要であるという認識を持っておるところでございます。  今回、いろいろな制約の中で合格者を二百人程度増加させるということで関係者の了解ができ、それを前提にして今度の法改正をお願いしているわけでございますけれども、この七百人程度、現状に比べて二百人程度の増加が最終のゴールであるというふうに考えているわけでは決してございません。いま少しいろいろな諸条件が整えば、いま少しかどの程度かということは、先ほど来出ております改革協議会を中心にしてこれから十分に検討していきたいと思いますけれども、方向としては、これをさらに増加させていくためのいろいろな諸条件整備について考えていかなければならない、というふうに思っているところであります。

中野寛成民社党

○中野委員 どのくらい必要かは法曹三者においていろいろと協議をされる、よいことでありますが、例えば検察、弁護士会等々に単に任せるだけではもちろんないだろうと思いますけれども、行政の視点というよりも国民の需要にどうこたえるかという視点に立って、やはり行政機関としての積極的な指針を持つべきではないかというふうに思いますので、そのことについては御要望申し上げておきたいと思います。  なお、最近、大学の先生からよく聞く話でございますが、何しろ大学の教育と司法試験とマッチしない。結局、大学をサボってでも司法試験のための予備校に行く方がいい、また、その予備校の方から大学の先生方が好条件で誘いを受ける。しかし、そこへ行きますと学者としての権威を損なうというふうなことなどのジレンマの中で、いろいろな矛盾が生じている。本当に司法試験に役に立つ学問かどうか、また、学問のあるべき姿にマッチした司法試験制度なのか、そして、その司法試験は本当にいい意味での法曹を育てるための的確な試験制度になっているのかというところに、文字どおりメスを入れなければいけない時代を迎えているのではないか、こう思うのでありますが、教育、選考制度、そして実務との関係、これらのことについての御認識をお聞きしたいと思います。

濱崎恭生法務省大臣官房司法法制調査部長

○濱崎政府委員 この法案を検討する段階におきまして、法制審議会の司法試験制度部会において大変熱心な御審議をいただいたわけでございますが、その中で支配的な意見として主張されました点を御紹介いたしますと、司法試験と大学教育のギャップが大きな問題である、この問題の解決に ついて、司法試験制度の側と大学制度の側の双方からの努力が必要である、こういう指摘をいただいております。さらに、この点に関しまして、大学の側から見ると、司法試験の合格者は余りに少ない、そのことが、大学教育と司法試験を有機的に結びつける上で大きな障害になっておる、他方、大学の法学教育については、その期間及び内容が法曹養成制度の一環を担うものとして十分であるか疑問があるという問題、そういったことが強く指摘されております。  こういった指摘を踏まえまして、先ほど来申し上げております改革協議会におきましても、司法試験あるいは法曹養成制度と大学法学教育との関係ということを、抜本的な改革を検討する上での大きな視点ととらえて取り組んでいくという所存であります。

中野寛成民社党

○中野委員 終わります。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 御苦労さまでした。  これにて本案に対する質疑は終局いたしました。     ─────────────

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がありませんので、直ちに採決いたします。  司法試験法の一部を改正する法律案に賛成の諸君の起立を求めます。     〔賛成者起立〕

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。     ─────────────

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 次に、ただいま可決いたしました司法試験法の一部を改正する法律案に対し、塩崎潤君外四名から、自由民主党、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議、日本共産党、民社党の五派共同提案に係る附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。  まず、提出者から趣旨の説明を求めます。冬柴鐵三君。

冬柴鐵三公明党・国民会議

○冬柴委員 ただいま議題となりました附帯決議案について、提出者を代表して、その趣旨を御説明申し上げます。  本案の趣旨につきましては、既に当委員会の質疑の過程で明らかになっておりますので、この際、案文の朗読をもってその説明にかえさせていただきます。  それでは、案文を朗読いたします。     司法試験法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)   政府並びに最高裁判所は、司法試験制度及び法曹養成制度等の今後の在り方に関し、次の事項に十分に配慮すべきである。  一 我が国の法曹人口が欧米諸国に比べて著しく少ない現状を念頭に置き、国民的立場に立って法曹一元の実現を含め法曹の在り方全般について国民各層の意見を十分に徴しつつ検討を進めること。  二 法曹三者の合意に基づいて設置される法曹養成制度等改革協議会において、誠実かつ精力的に協議を行い、合意を得るよう努力すること。  三 右協議においては、現在の司法試験制度・法曹養成制度が果たしてきた役割とその理念を十分尊重しつつ、更にその充実・発展を図るべく協議を尽くすこと。  四 右協議においては、現在の法曹養成において大学の法学教育との関連が薄れている現状にかんがみ、大学関係者との協力を密にしながら、大学における法学教育との関連の強化につき十分に検討すること。 以上であります。  何とぞ本附帯決議案に御賛同くださるようお願い申し上げます。

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。  採決いたします。  本動議に賛成の諸君の起立を求めます。     〔賛成者起立〕

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 起立総員。よって、本動議のとおり附帯決議を付することに決しました。  この際、左藤法務大臣から発言を求められておりますので、これを許します。左藤法務大臣。

左藤恵自由民主党法務大臣

○左藤国務大臣 司法試験法の一部を改正する法律案につきましては、委員の皆様方に熱心に御審議をいただき、可決されましたことに対し、心からお礼を申し上げます。  なお、ただいまの附帯決議につきましては、その趣旨を十分尊重いたしまして、今後とも努力を重ねていく所存であります。     ─────────────

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 お諮りいたします。  ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。     ─────────────     〔報告書は附録に掲載〕     ─────────────

伊藤公介自由民主党

○伊藤委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時四十四分散会

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