沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号
- 発言数
- 148 件
- 登壇者
- 18 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1991/04/24
会議録
○中西委員長 これより会議を開きます。 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めることとし、中山外務大臣及び佐々木総務庁長官の所信に対する質疑を行います。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。武部勤君。
○武部(勤)委員 ゴルバチョフ大統領の訪日に我々は大変期待をかけていたわけでありますが、実際にはその期待が裏切られた、そういう印象を強く残したゴルバチョフ大統領の訪日であった、私はこのように思っておるわけであります。 その一つは、第二次大戦末期の対日参戦が日ソ中立条約を一方的に破棄した侵略戦争であったことを自覚せず、大戦終了後に不当に奪い取った北方領土を返す、そういう言質を与えなかった、二つ目には、大戦終了後にソ連が日本の軍民を抑留して強制労働させたシベリア抑留問題について、同情すると言うのみで謝罪を拒み通した、そういうことであります。さらにこの十七日、ゴルバチョフ大統領が我が国の国会において演説をいたしましたが、悪いことはすべてスターリンがやったことだ、こう言いたげに、当時下された決定は異なる世代の異なる世界観を持った人々のしたことである、このように述べまして、私たちはそれに責任を負うことはできない、一言で言うと開き直った、そういう印象の演説であった、こう思っているわけでありますが、個人はともかく、国家は存続する限り負の資産を承継しその精算をなさねばならない、こう思うわけでありまして、さような意味では国家の道義的責任であると同時に国際法上の法的義務でもある、このように思うわけでございます。 これは私の印象でありまして、大臣に御見解をただす気持ちはございませんが、さらにまたその後三日間にわたりまして、海部総理大臣とゴルバチョフ大統領、両国首脳が六回にわたりまして会談を行いました。そしてぎりぎりのところで共同声明を作成したのでありますけれども、この御苦労は多といたしますが、しかし、記者会見で両首脳はそれぞれ満足しているという、まあ私からすれば自画自賛しているような印象を受けたのでありますけれども、ただいまお話ししましたように、懸案の北方領土問題を解決することができなかったばかりか、共同声明では一九五六年の日ソ共同宣言の確認にも至らなかった。私どもの選挙区に当たります現地根室では大変失望の色を隠すことができなかった。領土問題の解決に期待を抱いていた根室地域の人々に対しましては、むしろ海部総理が率直に、領土問題ではここまでしか至らなかった、申しわけない、そういう謙虚な気持ちで記者会見をやっていただきたかったというのが現地の人々の偽らざる心情ではなかったか、こう思うわけでありまして、まず冒頭、このことについて外務大臣と総務庁長官のお二人に、今回の日ソ交渉の結果についてどのような評価をされておられるのか、そのことを伺いたいと思います。
○中山国務大臣 今回のゴルバチョフ大統領の訪日に関しまして総括して申し上げれば、我々が期待した結果ではなかったということは率直に言えると思います。一方、従来我々が国会の決議も尊重しながら交渉に当たってきた一貫したいわゆる領土返還運動、四島一括返還という我々の考え方について、今まで日ソ間には領土問題はもうないと言ってきたソ連の大統領と日本の首相との間に、歯舞、色丹、国後、択捉という四島が両国のいわゆる領土問題として共同声明に載せられているということは、これは今後の交渉に一つの大きな舞台をつくったものである、私はこのように考えております。 なお、シベリア抑留の方々、また亡くなられた方々の名簿を受け取りましたけれども、私は当時はまだ学生でございましたが、あの悲惨な当時の姿、また舞鶴へ引き揚げてこられた方々の話を思い出せば、日本人の心の中にはあの当時のソ連軍の行った行為というものはなかなかぬぐい去ることができない。これに対して大統領が亡くなられた方への哀悼の意を表されましたけれども、日本人の気持ちの中にまだこの心が解けるというような十分な言葉はなかったのではないか、外務大臣としてはそのように考えております。
○佐々木国務大臣 私どもは、御案内のとおり北方四島の一括返還、その実現ということで、それこそ国民の皆さんと御一緒に国民運動として盛り上げて頑張ってきたわけでございますけれども、そういう立場から申しまして、今回の結果というのは本当に残念だ、こう私は思っております。同時に、この問題をめぐります情勢の厳しさ、私なりに考えてみましても、とりわけソ連の国内の政治情勢の厳しさ、そういうものを改めて痛感いたした次第でございます。 ただ、そういう厳しい中にありまして、総理、外務大臣、非常に粘り強い交渉を続けていただきました。その結果、初めて公式に北方領土の存在、しかも四島というものを明記して協定ができた、そして、今後交渉を加速していくということをお互いに確認し合った、こういうことは、この問題の解決に向けてしっかりしたレールが敷かれたのではないかな、こういうふうにも私は評価をいたしておるわけでございます。 いずれにしましても、私どもはこれまでと同様に四島一括返還ということで国民の世論を盛り上げて、引き続き粘り強く頑張ってまいりたい、こういう気持ちでございます。
○武部(勤)委員 共同声明では、ただいま御答弁の中にありましたように四島の国境画定について話し合ったことは盛り込まれたわけでありますが、しかし四島の主権については触れられていない、このことがまことに残念であります。また、四島を対象とした領土交渉は日ソ関係の拡大均衡を図る中で解決を図るということで合意した、こうなっておりますが、私は北方領土問題の解決なくして日ソ両国間に真の友好関係を確立することはできない、このことをソ連にもっと明確に言うべきではなかったのか、このように思うわけでありますし、この際政経不可分という対ソ外交の基軸は変えるべきでないと思いますが、このことについての御見解。さらには、当然のことながら、平和条約締結への前提といいますか条件として領土問題の解決、これまた不可欠だ、かように思うわけでありますが、この点についての御見解。つまり対ソ外交の基本姿勢、それから平和条約締結に向けての考え方並びに見通し、このことを外務大臣にお伺いしたいと思います。
○中山国務大臣 今回の六回にわたる首脳会談は、それぞれの国益を代表して両国の首脳が激しく渡り合ったという言葉で表現してもおかしくないと思います。そういう中で、今後の日ソの外交、その基本であるべきものは領土問題を解決して平和条約を締結する、この従来の考え方には何らの変化もございません。また経済協力につきましては、無原則な政経分離は行わないというのが基本的な姿勢でございます。 なお、今回の共同声明にも見られますように、この平和条約を作成するためのいろいろなこれからの作業を加速的に進めていくということが必要であるということの共通の意思ができたわけでありまして、そういう意味では、私は外相協議も含めてできるだけ加速化するという方向に努力をいたしたいと考えております。
○武部(勤)委員 加速化することは我々も心から期待はいたしておりますけれども、総理大臣ができるだけ早い機会に訪ソしたい、こういうことでありますが、まだ首脳会談が終わって間もない昨今であります。むしろソ連の出方といいますか、その辺のところをよく見守って、我が国の国益を損なうことのないように交渉に当たっていただきたい。加速化することは大事かもしれないけれども、私は余り早まる考え方はいかがなものか、そういう印象を個人的に持っておりますので、これは考えとしてお伝えしておきたいと思います。 そこで次の質問ですが、今回合意されたいわゆるビザなし渡航について伺いたいと思います。 この問題については、旧島民の交流または墓参のため、あるいは根室地域を初めとする現地における経済交流というような考え方に立つならば前進と考えていい、こう思うわけでありますけれども、いわゆる無秩序な経済活動あるいは観光など、こういったことが無制限に行われるということになれば、下手をするとソ連のペースになるのではないか、合弁事業などで乱開発のおそれもあるのではないか、そういう心配が現地では非常に大きくなっているというふうに思います。しかも、そうなった場合に、四十五年間返還運動の拠点として真剣に努力を積み重ねてきた現地根室の皆さん方にすれば、何かすると地元の頭越しにそういった自由往来がなされるのではないかという心配を非常にいたしております。主権問題、返還問題がなし崩しにされるおそれもあるという声も聞かされているわけでございまして、ぜひこの点については地元の人たちの心を踏みにじることのないように十二分に注意して考えていただきたい。 特に、旧漁業権者あるいは居住者、こういった方々は、やがて島が返ってきたならばふるさとに戻って仕事ができる、あるいは生活ができる、現にこのように期待している人たちもいるわけでありまして、このビザなし渡航についての考え方を少しく具体的にお聞きいたしたいと思います。
○兵藤政府委員 お答えいたします。 六回に及びます会談の中で、ゴルバチョフ大統領は突然、ビザなし渡航を含めます一連の措置を提案されたわけでございます。この中のビザなし交流についてのお尋ねでございますが、私どもは今先生がいろいろ指摘なさいましたように、四十五年、日本国の北方四島に対します法的な立場というものはいささかも崩してはならないという、この一点を守り続けてきたわけでございます。そのために根室にいらっしゃる方々が墓参に行けなかった時代があった。昆布がとれなかった時代があった。歯を食いしばって頑張っていただいた。その結果、その法的な立場というものを今日まで守り通したという、そういう実績があるわけでございますが、一方、交流の必要性ということも私どもも理解し得るところでございますので、墓参の拡大という方式が両方の知恵でできたわけでございます。これは両方の法的な立場を害さないという形でできたわけでございます。これを参考にしつつ、念頭に置きつつ、両方の法的な立場を害さないような枠組みが何とかできないかということで実務的な話し合いを早急に始めたいと考えております。 ビザなしで入りましても、仮に旅券の所持を義務づけられて、北方四島に上陸した途端に北方四島のスタンプを押されるということでは、これは基本的に我が方の立場を最初から害するということになるわけでございますから、そういう形態ではない、双方がぎりぎりのみ得るような具体的な解決策に向けて知恵を絞ってみたいというふうに考えておるところでございます。
○武部(勤)委員 時間の関係もありますから先に進みますが、次に、漁業の分野における共同声明に関して、水産庁おいでいただいていると思いますので質問をいたします。 この共同声明には漁業協力の内容が不明確である、したがって、地元関係者は今後の対応のためにも具体的内容等早急に承知したいという声がございます。したがって、今後、日ソ共同声明に基づいて新漁場の開発、合弁事業の推進等も含め日本漁船の操業確保がどのような形で進められていくことになるのか。とりわけ領土の問題も期待が裏切られた、しかも、後でまたただしますが、いわゆる一九九二年以降サケ・マスの沖取り全面禁止という通告を受けておりまして、経済的に根室地域は大変な打撃を受けているわけでございますが、この状況の中でせめて四島周辺の操業ができるようにならないか、そういう要望もございます。このことを伺いたいと思います。 あとも続けて、一遍に聞いてしまいましょう。 今お話ししました沖取り全面禁止に関して、十六日の閣議後、農林水産大臣が来年以降の漁業協力が前進であれば受け入れざるを得ないというような考え方を明らかにされておりますけれども、具体的に今後の対応についてどのような計画といいますか考え方を持っているのか。五月に近藤大臣が訪ソされるということも聞いておりますけれども、その訪ソに当たっての具体的な交渉の内容等、可能な限りお答えいただきたいと思います。
○嶌田説明員 先生お尋ねの、まず日ソ共同声明におきます今後の日本漁船の操業の確保等の問題でございますけれども、先般の日ソ共同声明におきましては、これまでの日ソ間の漁業分野におきます協力の積み重ねを踏まえまして、このような協力を相互利益に資する形で一層発展させていくということでいろいろ決めてございますが、要は、世界の二大水産国として海洋生物資源の保存と合理的利用に関しまして今後国際的場で協調し ていこうという話と、それから現在行われております地先協定、サケ・マス協定などにおきます現行の政府間協定に基づきます日ソ漁業関係の維持発展、それから三番目には、極東地方におきます水産物の加工でありますとか貯蔵など、これは日本漁船の参加によります資源の有効利用というようなことを中心といたしまして、民間ベースでの協力を推進していこうというのが大きな柱になっております。 共同声明の大枠は大体こういうことでございますので、今後の話でございますが、これを踏まえまして具体的な事柄につきましては、外交チャネルでありますとか民間協議などもございますので、いろいろな場を通じまして我が国漁業者の操業確保を図っていきたいというふうに考えております。 それから二番目にお尋ねの今後のサケ・マスについてでございますけれども、先生御承知のように、我が国のサケ・マス漁業につきましては、ソ連がかねてから沖取り停止声明というようなことを明らかにしておりますし、また最近におきましてはアメリカ、ソ連などを中心といたしまして北太平洋のサケ・マス会議に関します新たな枠組みをつくっていくというようなことで、今非常に厳しい状況に置かれております。 このようなことを踏まえまして、政府としましては、計画的に国際漁業再編対策ということで、昨年の暮れには所要の予算措置を予備費で計上したところでもございますし、また、操業確保につきましてもこれまでソ連といろいろな形で意見交換を図ってきているところでございます。先般の日ソ共同声明におきましても、操業に際し日本漁船の活用を考慮し、というような文章が入っておりますし、このような形でサケ・マスにつきましては日ソ間で一応の合意が得られているというところでございます。具体的には、今後ソ連の二百海里水域におきます日ソ合弁企業によりますサケ・マス操業の確保をいかに図っていくかということになりますので、現在極東で、今週、民間ベースの協議が行われております。 このような状況も見守りつつ、政府間におきましてどのような協力ができるか、これらの今後の安定的確保のために、政府におきましてもいろいろ努力していきたいというふうに考えております。
○武部(勤)委員 嶌田部長、四島周辺の操業を地元が非常に強く望んでいるのですけれども、これも交渉の対象になりますか。
○嶌田説明員 四島周辺におきますと、例えば去年の暮れの地先交渉におきまして、長年の懸案でありました三角水域におきますカニなどの共同調査というようなことが一応政府間で合意できまして、ことしその調査をすることになっております。 サケ・マス等につきましては、どちらかといいますと今までの実績からいいまして、カムチャッカでありますとかそれからオホーツクの少しソ連の沿岸に入った方でございますが、そのようなところが中心になっていくのではないかというふうに考えております。
○武部(勤)委員 現地の漁業関係者の要望をよく聞き入れて最大限努力していただきたいと思います。 それから次に、これは総務庁にお尋ねしますが、ことしも北方領土への墓参が近づいていると思うわけでありますが、ことしは従来と違って規模も大きくなるだろう、そういう期待もしております。人員、対象地域、実施時期あるいは枠の拡大等々、どのような計画を今お立てになっているかお聞かせいただければと思います。
○池ノ内政府委員 今年度の北方領土墓参につきましては、いわゆる元居住者の方々が非常に高齢化をしておるというような状況にかんがみまして、極力たくさんの方々に参加していただく、こういうような基本方針に基づきまして現在作業を進めております。 御案内のようにことしにつきましては、北海道で従前どおり船の手配をお願いしますとともに、国といたしましても、運輸省から航海訓練所の練習船、これは青雲丸という名前になっておりますが、それを無償提供していただくということで人員の増加を図っていく、こういうことにしております。 具体的な計画の中身でございますが、これは北海道が実施主体でございますので、北海道が中心となって実施計画案の詰めを行っております。現在北海道が考えておりますのは、参加人員は約二百人程度、それから墓参地域につきましては、昨年から択捉島も対象になっておりますから、四島七カ所というふうに考えております。なお時期につきましては、例年どおり八月の中下旬、こういうふうな意向を持っております。 したがいまして、総務庁としましては近く外務省にお願いいたしまして、これはソ連側といろいろ話し合いをしていただかなければなりませんので、今申し上げましたような点に基づきまして今後具体的に作業を進めていきたい、かように考えております。
○武部(勤)委員 時間がなくなってしまいましたので、最後に私の考えと、総務庁長官にお答えをいただきたい、こう思います。 とにかく先般の首脳会談の後の記者会見でもそうでありましたけれども、現地の人々に期待をするなというのが無理な話でありまして、このたびのゴルバチョフ大統領の訪日は千載一遇のチャンスと思って大きな期待をかけていたわけであります。しかし、その結果については最大限努力されてあのような形であったということでありますが、現地の人々と政府といいますか東京の間の気持ちのギャップは大き過ぎる、こう思うのです。それから共同声明の中身も、正直言って非常に不透明といいますか、玉虫色といいますか、具体的にこれからどういうふうになっていくのだろう、そういう気持ちが非常に強くありまして、落胆と同時に混乱をしているというのが現地の実情であります。そこで、ぜひ総務長官に一刻も早く現地を訪れていただいて、政府の考えを訴え、地域の人々の声を聞いてきていただきたい、そして勇気づけていただきたい、こう願うわけでありますが、長官の御決意のほどを聞かしてください。
○佐々木国務大臣 私は、先般北海道までは参りましたのですけれども、天候に災いされまして現地へ参れませんで、大変私も残念でございましたが、地元の皆様にも御迷惑をおかけいたしたわけでございます。したがいまして、新しい情勢を踏まえまして、ぜひなるべく早く現地へお伺いをしてお話をお聞きしてみたいな、こう思っております。 私は、北方領土一括返還、そして平和条約を結ぶということは、我が国の国策として何ら変更はないものだ、こう思います。それから、外交を進めるに当たりまして、国民世論の盛り上がりを図っていく、これはぜひ必要なものである、こういうふうに確信もいたしてございます。したがいまして、先般の共同声明、こういうものを踏まえまして、これからも国民世論の盛り上がりが必要だという信念に基づきまして、関係団体の皆様とも御相談を申し上げ、連携をとりながら粘り強く運動を続けてまいりたいと思いますので、どうぞよろしく御指導をお願い申し上げたいと思います。
○武部(勤)委員 両大臣のいよいよの御活躍をお祈りしまして、質問を終わります。ありがとうございました。
○中西委員長 北村直人君。
○北村委員 初めに、両大臣、外務大臣及び総務庁長官におきましては、日ごろから北方領土問題、特に北方問題につきまして大変な御尽力をいただいておることを心から感謝を申し上げますと同時に、今回のソビエトのゴルバチョフ大統領来日に当たりまして、日ソ会談等々大変な御尽力をいただいたことに心から感謝を申し上げる次第でございます。 先ほど武部委員の方からも御質疑がございましたが、その中で、外務大臣それから総務庁長官ともに今回の一連の会談の評価を残念であるとの評価があり、その上で領土問題が共同の土俵に上が った、上がったことが非常に前進である、お二人ともこういう評価をされているわけであります。私は、ある意味で、残念だというそのお気持ちの中に、非常に外交問題というのが大変な、国と国との外交問題というのは目に見えない大きないろいろな力が作用されているのではないかなという気がするわけであります。 それで、簡単で結構でございますが、外務大臣、残念だというお気持ちの中に何が一番今回大臣が残念だ、こう思われたか。目に見えない、何というのですか、日本とソビエトとの間、あるいはアメリカも含んで、あるいは世界じゅうを含んだいろいろな国際状況の中で、今回の日ソの協議の中で地元の方々あるいは国民の方々がこいねがっていたというのでしょうか、ある意味ではマスコミの皆さんに少し踊らされたかなというような感じもしないわけではありませんけれども、湾岸戦争あるいは今回の日ソの会談等々を見ておりますと、外務省なりあるいは総理大臣のコメントよりも先に国民の皆さんにはマスコミの皆さんを通じて情報というのでしょうか、こういう流れではないだろうかというような、それが蓄積されて国民の皆さんは非常に期待感を持った。それらのことを評価した上で、外務大臣が残念だという言葉の中に、先ほど言ったように一番の大きな原因は何でありましょうか、そのことをお聞きをしたいと思います。
○中山国務大臣 今回の日ソの首脳会談というものは、日本とソ連とが隣国同士でありながら、日本の総理大臣というものは過去にソ連を公式に訪問したことがある、しかしソ連の最高指導者というものは日本を一度も訪問したこともない、こういった関係の中で、ソ連の大統領が日本を公式訪問されるということが実現をしたことは、私は率直に申し上げて、人の話とかあるいはテレビの映像とかで日本というものを認識しておられた大統領が実際に日本人の肌に触れ、そして町並みを見て、あるいはまた新幹線に乗られて日本という国家、またその町のあり方、国民の感情というものを肌で感じられたということは、今後の日ソの関係が改善されていくためには非常に大きな効果があったものという認識を私自身持っております。 私も残念だ、こういう言葉を使いましたけれども、率直に申し上げて、委員も御指摘のように少し国民に対して期待感を持たせるような情報が多過ぎたのではないかというふうに思っております。私は外交の実務責任者でございますから、真実がどうであるか、外交交渉というものがいかに激しいものかということは、わずかな時間でございましたけれどもこの一連の日ソ交渉を通じて私自身は肌で感じておりましたから、私は冒頭から楽観も悲観もしていない、ただただ交渉に当たるだけだという考えでおりましたけれども、全体的な雰囲気としては、領土が返ってくる機会になるのじゃないかという期待感が大変高かったと私は思っております。そういう意味では国民の皆様方にとって残念な思いがあったのではないか、こういう印象を実は持っているわけであります。 しかし、海部総理とゴルバチョフ大統領との会談がなぜ六回に及んだかというと、実はなかなか双方の主張が共同声明の案文としてまとまらなかったわけであります。どちらも譲らなかったというところで最後まで双方が文書をつくる上での合意に達しなかった、それぞれ主張を曲げなかったわけでありまして、そういう意味では、この交渉を通じてさらにこれからの交渉が引き続き行われなければならない、そして、やはり日ソの関係を改善するためには平和条約を結ぶための努力を続ける必要があるということを認識いたしております。
○北村委員 平和条約の準備を完了させるために作業を加速して進めていく必要がある、こう先ほど外務大臣の御答弁をいただきました。それでは、御答弁いただけるかどうかはあれですが、準備を完了させるにはどのくらいの期間が必要になるとお考えでしょうか。
○中山国務大臣 私は、一にかかってソ連邦の政府の考え方にかかっていると思います。
○北村委員 もう一つ、共同声明の中で書かれておりますが、「ソ連側は、日本国の住民と上記の諸島の住民との間の交流の拡大、日本国民によるこれらの諸島訪問の簡素化された無査証の枠組みの設定、」云々というふうに書かれております。提案されております。先ほども御答弁があったとは思いますが、やはりこれらを進めるに当たって北方領土問題があいまいになったり、あるいは我が国の法的立場が侵されるようなことになっては大変なことになる、私はこう思うわけであります。これらのことを政府として一体どういうふうに対処していくことになりますか。
○兵藤政府委員 ソ連側の提案の中で人が往来するという点でございますが、これは先ほどもちょっと御答弁申し上げましたことでございますが、既に墓参方式と申しますか、墓参に限って双方の法的な立場を害さない一つの知恵が生まれておるわけでございます。これを念頭に置きつつ、これをもう少し広げていく、お互いに交流をするということの肯定的な意味も私どもも十分理解をいたしておるつもりでございますので、向こうからこちらに来る、こちらから必要な場合に行くという場合の何か具体的に知恵がないかということをこれからソ連側と話し合ってみたいというわけでございます。 さらに、ソ連側の提案の中には互恵的な原則に基づきます経済活動ということがあるわけでございますが、この辺になりますと、いかにして法的な我が方の立場を維持していくかということについては大変に難しい問題が横たわっているであろうというふうに想定をいたしております。まずは人の往来ということについて知恵が絞れるものかどうかという点を考えてみたいというのが基本的な考え方でございます。
○北村委員 外務大臣にもう一つお尋ねをいたしますが、共同声明の中で、一九五六年の日ソ共同宣言の関係が非常に難航したように思われます。それで、特に現地の、現地という言葉は悪いかと思いますが、根室あるいは旧島民、千島連盟の皆さん、今回の交渉に当たってはある意味では非常に冷めた目で非常に冷静な態度をとってきた、期待感をこれは顔に表現を出さないまでもしっかり腹に入れながら非常に冷静な行動を今回とってきてもらったと私は思っております。ただ、そういう方々も、この一九五六年の日ソ共同宣言で我が国へ引き渡しが約束をされたと言われております歯舞、色丹の二島、これがどうも、その冷静な地元の皆さんも何となくわかりづらいというのでしょうか、どうも玉虫色になってしまったのではないかというような懸念を抱いておりますし、特にまた一般の国民の人方も一体どうなったのかなと思うというような私は気がするわけであります。 ですから、そういうのを踏まえると、今回の会談で特に領土問題に対する外務大臣、政府の認識とゴルバチョフ大統領、ソ連政府との間にいわゆる解釈の相違というものがあったのではないのかな、これはないというふうに私は信じておりますが、そのことについてどう思われておりますか、お答えをいただきたいと思います。
○兵藤政府委員 日ソ共同宣言第九項、日ソ共同宣言を公的な文書で確認するか否かという点につきましては、激しい応酬もあったわけでございますけれども、ゴルバチョフ大統領は、最終的にこれを公文書で確認することは現段階では自分はできないということで政治的な理由をいろいろ挙げられたわけでございます。この点は明らかに一つの議論が結局平行線をたどった点でございました。しかし一方、領土問題の中核が歯舞群島、色丹島を加えました択捉、国後両島の四島である、この帰属をめぐる問題、これが領土問題をめぐる平和交渉の中核であるという点については、ソ連側は明確に合意をいたしたわけでございます。
○北村委員 新聞等の報道では、異例の公式見解である五六年共同宣言は有効であるというようなことも報道はされておるようでございます。やはりしっかりした認識の中で、まあこれは二国間の交渉でございますから、それぞれの、また言葉の違う国と国との交渉ですから、その一言一句を日 本語に訳したとき、あるいは向こうの言葉に直したときにその国民の方々がどうとるかということは大変重要なことになりますので、今後の交渉においてもしっかりした中で取り組んでいただきたい、こう思うわけであります。 それでは総務庁長官に、先ほども委員の方からも御質疑がありましたが、墓参の件につきまして、総務庁でも結構でございますが、もう少しこの中身を、何か運輸省のお船を使わしてもらうというその船の、それではどのくらいの船を使ってどのくらいの人数がその船に乗れるのか、そこら辺をお聞かせをいただきたいと思います。
○池ノ内政府委員 運輸省の航海練習船、一応五千トンということでかなり大きな船でございます。一応今のところ乗船人員については、確定的ではありませんけれども百三十人程度は乗れるのではないかというふうに考えております。したがいまして、従来の北海道大学あるいは北海道水産高校の船よりもかなり大型な船だということでございます。
○北村委員 本当に大きな船で一度に百三十人程度ということになりますと、この北方墓参に期待を抱いておる方々はある意味では大変期待が大きいと思います。でもそうなりますと、今までは根室港から出港していたわけでありますが、五千トンクラスということになりますと根室港はなかなか難しいのではないのかなという気がしておりますが、そうすると、あそこは花咲港がありますのでそちらの方かなというような感じがしますが、そこら辺の準備はどのようにすることになりますか。
○池ノ内政府委員 お話ございましたように、五千トンクラスになりますと根室港を使って出港、入港するのは難しいというふうに聞いております。したがいまして、そうしますと出港地、入港地を別の港湾を探さなければならないわけでございますけれども、これは地元の皆さん方は、ぜひ北方領土返還運動の原点の地である根室にある港から出発し帰ってくるという非常に強い要望がございます。また、今お話ございました花咲港につきましては、五千トンクラスの船の入港が可能なようなしゅんせつ作業が今行われ、可能になるのではないか、こういう話もございます。 そういう点から、私どもとしましては、地元民の皆さんの要望、それから実際の可能性というものを十分尊重いたしまして、ぜひ花咲港から出入港できるように努力していきたいというふうに考えております。
○北村委員 先ほど申したとおり、地元の方々はある意味ではしっかり冷めた目で今回の日ソ交渉も見詰め、そして今まで全国の方々の先頭に立ってこの返還運動をやってきたわけであります。この根室から出港して根室に帰ってくるというのが大きな意味がございますので、これは五千トンクラスの大きな船といえども根室の花咲港からぜひ出入港できるように、今後もしっかりとした確認をとっていただきたい、こう思うわけであります。 私の時間は三十分をいただいておるのですけれども、ちょっと緊急に議運の理事会が入ってきたものですから、ちょっと時間を残して譲りたいと思います。 最後に、先ほど質問がありましたけれども、総務庁長官、ことしの二月十七日、わざわざ札幌まで行って、そこから根室まで吹雪で行けなかったということがあります。吹雪でも札幌まで行っていただいた。これは北方領土、あそこをぜひ自分の目で見てみたい、こういう熱意のあらわれだと私は思っております。先ほども、行っていただける、行きたい、こういう意思をいただいたわけでございます。どうか早い時期に、これからいい天候が続くと思いますので、もう吹雪で行けないなんということはないと思いますので、ぜひ総務庁長官、北方領土を視察していただいて、地元の方々の熱意と、今回の日ソ交渉、会談にかけた非常に強い願いみたいなものを肌で感じていただきたい、こうお願いをする次第でございます。そしてまた外務大臣にもぜひ現地を見ていただきたい。また、もう何度もこの委員会でもお願いをしておりますが、ぜひまた外務大臣のお口から、あるいは総務庁長官のお口から、総理大臣にあそこをやはり見ていただきたい。本当は見ていただいてゴルバチョフ大統領と会談をしていただきたかったな、これが地元の方々のせめてもの願いでありましたが、なかなか総理大臣、日程がとれないということで現地には入っていただけませんでしたけれども、しかし報道によりますと、ソビエトに行かれるというような報道もございます。そうであれば、ソビエトへ行ってまたゴルバチョフ大統領と話をする前に総理大臣としてあの地をしっかり見ていただけるように、外務大臣からもあるいは総務庁長官からもぜひ御進言を心からお願い申し上げまして、時間を残しながら質問を終わらさせていただきます。 ありがとうございます。
○中西委員長 五十嵐広三君。
○五十嵐委員 私は、今度の両首脳の交渉、共同声明というものを見て、なるほど一九五六年の二島が返還されることの確認がなされなかったということについては残念に思うのでありますが、しかし、ゴルバチョフ大統領が返還の交渉の対象を四島として合意したというようなことなどを含めて考えれば、一つの返還の道筋、枠組みというようなものから見て一歩前進だ、こういうふうに考えております。大変であろうと思いますが、ぜひ四島返還を目指して一層の御努力を期待したい、こういうぐあいに思います。 そこで、そういう上から若干の御質問を申し上げたいと思いますが、今もそれぞれ御質問ございまして、不明瞭な点が共同声明の面では確かに多いというふうに思います。 まず、共同声明の第四項で、第四パラグラフのややおしまいのところでありますが、日ソ共同宣言の「千九百五十六年以来長年にわたって二国間交渉を通じて蓄積されたすべての肯定的要素を活用しつつ建設的かつ精力的に作業するとの確固たる意思を表明した。」ここで言う肯定的要素ということはどういう意味に受け取ったらいいか、それが一点であります。 それから二点目は、そういう上からして、これは今までの質問に対するお答えにも含まれていたとは思いますが、五六年の日ソ共同宣言における二島返還というものはこの肯定的要素に含まれているかという点。 それから三点目は、一九六〇年に対日覚書で、ソ連は一方的にこれを否認するというような経過があった。こういう歴史的経過というものはこの肯定的要素には含まれないと解してよろしいか。 まず以上の点についてお答えいただきます。
○兵藤政府委員 お答え申し上げます。 まず、肯定的要素というものはどういうものであるかということでございますが、確かに漠然とした表現になっております。ぎりぎりの妥協としてこういう文章が出てきたわけでございますが、私どもがまず念頭に置きますのは、一九五六年以来、五六年も含むわけでございますが、以後の平和条約締結交渉にかかわりますいろいろな重要な外交文書がまず入るわけでございます。ここには当然のことながら一九五六年十月十九日の日ソ共同宣言も入るし、それと一体をなしました松本・グロムイコ書簡も当然入る。それ以後のいろいろな領土をめぐります文書がすべてここに入るということでございます。それからさらに、文書だけでございません。平和条約締結交渉というものがいろいろな形で行われてまいりました。例えば田中・ブレジネフ会談でございますとか、このときに口頭で四島が確認されたという経緯があったことは御承知のとおりでございますが、それも含めまして、さらには、ゴルバチョフ時代に入りまして外相レベル間の平和条約締結交渉あるいは七回にわたりました日ソ平和条約作業グループのいろいろな議論ということも、当然この中に入ると考えておるわけでございます。 その中で、御質問の第三点目でございますか、グロムイコいわゆる対日覚書というものが入るかどうかという点でございますが、私どもの立場か ら申しますと、これは肯定的要素ではなくて否定的要素であるというふうに考えるわけでございます。 なお、ちょっとこの機会に対日覚書についての認識を確認させていただきたいと思いますが、一部にグロムイコ対日覚書は日ソ共同宣言を無効にするものであるという議論がございますけれども、グロムイコ対日覚書の文章を正確にもう一度読み直しますと、安保条約の議論をした後で、「よってソ連政府は、日本領土から全外国軍隊の撤退及びソ日間平和条約の調印を条件としてのみ、歯舞及び色丹が一九五六年十月十九日付ソ日共同宣言によって規定されたとおり、日本に引き渡されるだろうということを声明することを必要と考える。」これが対日覚書の核心部分でございます。つまり、グロムイコ対日覚書におきましても、ソ連政府はこの第九項が無効であるということを言ってきたわけではございません。第九項を履行するための新しい条件をつけてきたということであったわけでございます。 しかるに、この条件が二つあったわけでございます。一つは平和条約調印、これは第九項で書いてあることでございます。したがいまして、対日覚書で書いてまいりましたことは、日本領土から全外国軍隊の撤退という条件がついた、こういうことだったわけでございます。したがいまして、この点につきましては外国軍隊の駐留を認めるというふうに態度が変わったわけでございまして、これはゴルバチョフ大統領御自身からも御発言があったわけでございますが、したがって、事実上ここにつけてきた条件というのは取れているということが言えるということでございます。
○五十嵐委員 今のことに関連しては、先ほど兵藤局長がおっしゃっておられましたが、この交渉の中で、ゴルバチョフ大統領が公文書に記するようなわけにはならないさまざまな状況の中からの発言であろうというふうに思うのですが、そういうようなやりとりであったということでありますが、公文書には残らないということとしての議論の中では、少なくとも五六年の日ソ共同宣言にかかわる二島返還に関しては、つまりそこを確認するということに関しては一定の感触を得たものかどうか、もしお話ができれば印象を承りたいと思います。 引き続いて、この共同声明の第四項第三パラグラフになりますか、今も議論が少しありましたが、ソ連が北方領土への日本人の渡航について「無査証の枠組みの設定」、つまりビザなし訪問を提案をしているわけであります。それで、私はやはり今度の経過等から見ても、殊にロシア共和国であるとかサハリン州であるとか、そういうものの交渉への絡みというような実態から見てかなり現地の住民を中心にしてそういうことの認識を広めていく、そういう努力が非常に必要だなと、かねがねそう感じてはきていたのですが再認識をしているわけであって、そういう意味で私は、現地の人々との交流や相互理解のチャンスを拡大するということは不可欠のことだというふうに思うのです。そこで、共同声明を機会として従来の渡航自粛の、あれは八九年の九月でしたかの閣議了解を見直して、日本人の北方四島への訪問を、まあもちろん一定の制約というものはつくとは思いますが、容認してはどうかというふうに思います。先ほど兵藤局長のお話で、墓参方式を参考にしてこれを広げるというようなことで相互交流を考えたいというようなお話がございましたが、それは言いかえれば身分証明書方式というものの拡大といいますか応用といいますか、入管手続に関してはそういうことであろうというふうに思うのですが、もう少しお話がいただけないか。それから、対象については若干の規制が、無制限ということではないと思いますから、その辺のところについてはどういうぐあいにお考えになっているか。 それから従前お話で、ある意味ではペナルティーのようなものが付せられていた報道関係の皆さんに対する制約なんかというのは、これは報ぜられるところでは前向きに御検討になっているようでありますが、これは一体どうか。 それから、実はきのう北海道の横路知事が記者会見で、これはやはり両国のやりとりというものを見ながらということであろうと思いますが、道としても北方四島に調査団の派遣を考えたい、こういうことなんですね。こういうことについて、私はさっき言ったような理由からそれは認めていくべきものだというふうに思うが、これについてもいかがか。 それから、同じこの項に書かれております相互の「互恵的経済活動の開始」の提案でありますが、これは具体的に言えば日ソ合弁事業を北方領土内で行うというようなことであろうと思うのですが、先ほどのお話のニュアンスからいうとなかなか困難な感じが受け取られます。しかしそれについて検討する考えはあるか、あるいはそういう合弁事業ということ以外にここで言う「共同の互恵的経済活動」というものの考え方があるかどうかということをお聞きしたいと思います。 それからもう一点、これは、さっき言いましたのはこっち側から北方領土に入っていく場合のことでありますが、北方領土に住んでいるソ連人の方々を我が国で受け入れる、交流するということについてどうお考えか。つまり制限を解除する考え方はあるか。 以上の点についてお伺いしたいと思います。
○兵藤政府委員 お答えをいたします。 第一の御質問でございますが、共同宣言の確認の問題でございますが、これは先ほどもちょっと御報告を申し上げましたように、ゴルバチョフ大統領は、恐らくいろいろな政治的な理由ということから、今回日ソ共同宣言を確認するということについては最後まで同意をされないということでございました。したがって、その点の確認の議論は平行線を最後までたどったということでございます。 第二点の閣議了解の見直しということでございますが、先ほど御報告申し上げましたように、まず私どもの政府内部で、法務省その他を中心といたしまして具体的にどういう方策が考えられるであろうかということの検討を始めているところでございます。私どもはまず、先ほどの御質問の第五点と関連するわけでございますが、仮にそれ以上のものに進むといたしましても、とにかく人が行き来できなければほかのことができないわけでございますから、まずは人の往来、交流ということにつきまして具体的に両方が納得するそういう知恵を出し合って方式をぜひつくってまいりたいというふうに考えております。 その際に、これは御質問の第六点に関係するわけでございますけれども、私どもは日本側の関係者が北方四島に渡るというだけではこれは不十分であろう。やはり、まさに先生がおっしゃいましたように北方四島に住んでおられる方々も日本に来ていただいて、日本という国を見ていただく、あるいは交流をしていただくという積極的な意味はあるだろう。したがって、私どもはその際には当然両方の交流を念頭に置いた何かの建前を、方式を考えてまいりたいというふうに考えておるところでございます。 それから、それと関連いたしまして、これは御質問の第四点でございましたが、北海道庁の調査団を派遣したいということでございますが、そういう日ソ政府間の枠組みができます前の状態というのは、今までの状態が続くわけでございます。したがいまして、道、道庁の場合には地方公共団体でございますので特にそうだと思うわけでございますが、墓参と同じような特別の合意ができない限りそのままいらっしゃる、現状のままでいらっしゃるというわけにはいかないんだろうというふうに思うわけでございます。 それとの関連で御質問の第三点でございましたが、報道関係者のお尋ねがございました。私どもは、一昨年の閣議了解というものを踏まえまして報道関係者の方々にも自粛の要請を続けてまいったわけでございますけれども、今回の今御報告申し上げましたような日ソ間の話し合いの進展ということを踏まえまして、若干の今までの措置の変更というものをいたすことにしたわけでございま すが、これは引き続き、報道関係者の方々に対してもこの新しい方式ができるまでは今までと同じように自粛を呼びかけていくということが基本でございます。 それから最後に、互恵的な経済協力というものは一体どういうものだろうかという御質問でございました。これはソ連側とまだ具体的に話し合っておりませんので、ソ連側が一体何を考えているのかということはこれからの話し合いの中で一応私どもも聞いてみたいと思っておりますけれども、いずれにいたしましても人が行き来する交流の基本的な枠組みというものをつくることが最初である、これが第一の仕事であると考えております。
○五十嵐委員 今のはちょっと漏れていたと思います。身分証明書などの拡大というような具体的な手続になるんだろうと思いますが、その辺のところをちょっとお伺いしたいのと、それから今もお話しのように、道の調査団にいたしましてもあるいはマスコミの皆さんにしてみても、前向きではあるが、しかしともかく両国間の話の一定のめどが立たなければというお話のようでありますが、そうとすれば、それはつまりいつごろまでに大体めどをおつけになるようなお考えでおられるのか、そこもちょっとお伺いを申し上げたいと思います。 時間がありませんので、ちょっと先に参ります。 経済協力の問題ですが、今度の共同声明で政府が言っておられるように、第九項のところですか、いわゆる拡大均衡というようなことが書かれていますが、しかし同時に第十項のところでは、ペレストロイカ推進のために貿易経済関係の一層の拡大を促進するということの合意を別項でしているわけですね。これは政府の今度の配られた解説書みたいなものを見ますと、第十項目に関しては説明は欠落しているのですね。それは全部説明しているわけではありませんから、欠落するのもあってもいいと思いますが、しかし私はこれはちょっと大事だなと思っているんですね。従前から見て、ペレストロイカの推進のために経済関係の拡大を推進するんだという合意は、私は注目すべき点であると思うのですよ。そこで、政府が検討しておられたという、例えば輸入代金の未払い分の四億五千万ドルの輸銀融資だとかあるいは貿易保険適用などの支援策、これは伝えられていた面でありますが、そういうことなどについては今の段階としては無理なのか、あるいはペレストロイカ支援という意味での、一定の前向きの経済支援についての検討が行われることになるのか、そういう点をお伺い申し上げたいと思います。 それから、今度のあれを見ていて、シベリア抑留日本人に対するゴルバチョフ大統領の哀悼の意は表せられたけれども、しかし謝罪の意がなかったことについては胸にひっかかるものがあった。これを大臣はどういうぐあいにお考えになっておられるのか、ひとつこれをお伺いいたしたいと思います。
○兵藤政府委員 最後の点を除きまして、最初の三点についてお答えを申し上げさせていただきます。 身分証明書というものを活用する方式にするか否かという点でございますが、これはこれから法務省等といろいろまた再検討させていただくことでございますので、今この方式でいくということをここで御報告申し上げることはできないと思います。何らかの、これも参考にしながら、あるいはこういうことになるのか、あるいはほかの何か知恵が出てくるのか、あるいはソ連側がどう考えているのかということもございますので、その点を踏まえながら検討させていただきたいと思います。 第二の御質問で、めどはいつまでかということでございますが、先ほどの御指摘のような事情がございますので、私どもはできるだけ早くまず実務的な話を東京かモスクワで開始したいと思っております。今、ちょっとこれこれまでにという目標を設定しているわけではございませんので、これ以上のことを申し上げることはできませんけれども、できるだけ早くそういう枠組みをつくってみたいと考えております。 それから、経済協力に関します共同声明の第十項でございます。これは、御指摘のとおり第十項が存在するわけでございますが、説明書の中にあえて入れませんでしたのは、先生御承知のように、政府間のレベルでは経済問題について貿易支払い協定に基づきました日ソ政府間の貿易経済協議というものが毎年開かれるわけでございます。それから民間、財界では日ソ・ソ日経済合同委員会が開かれるわけでございます。この活動についての評価をしようというのがこの十項を起こした背景でございます。これも先生御指摘のとおり、九項と並びまして日ソ間の経済関係について前向きの評価をしておるということでございます。 それから、最後の御質問のいわゆる輸銀融資の話でございますが、今回ゴルバチョフ大統領の訪日に際しまして、海部総理とのお話の中で具体的にこういった御要請は全くございませんでしたことを御報告申し上げたいと思います。
○中山国務大臣 今回のゴルバチョフ大統領の国会における演説あるいはいろいろなところでの御発言の中で、終戦の際に満州におられた日本の方々が多数捕虜となってシベリアに連れていかれて、長い年月、異国の地で労役に服してこられた。不幸にして六万人の方々が亡くなられたわけでございまして、私も、今回の調印が終わった後で抑留者、死亡者の名簿を三万六千人分受け取りましたときには、実は大変感慨深いものがございました。終戦のときの姿を私よく覚えておりまして、そういう方々の中で、帰ってこられた方々には帰ってこられた方々の苦労の思い出があるわけですし、亡くなられた方々の御家族にはそれなりの思いがまたあるわけでございまして、勝者敗者、そういうものを抜きにして、ソ連の大統領がもう少し心の和むごあいさつがあれば、そういうことを知っている日本の人々はもっと素直に大統領の歓迎ができたのではないか。私は、そういう点を実は残念に思っているわけであります。
○五十嵐委員 共同声明等にかかわりましてはその程度として、まだあと少し時間があるようですから、なお二、三御質問申し上げたいと思います。 今度東京での国際熱核融合実験炉(ITER)会議に出席するために来日しておられるソビエトのエフゲイ・ベリホフ科学アカデミー副総裁が、北方領土に日本とソ連とカナダの三国で一千万キロワットの原発群を含める大規模エネルギーセンターを建設する構想について日本政府に協力を打診したという報道がありました。そういう打診の事実があるかどうか。それから、まだ北方領土の交渉がこうやってやや本格的に始まったという段階で、そこにこういう巨大なエネルギーセンターを建設するなんということは検討の対象外というふうにも私はどうも思われるわけなんで、その見解もちょっとお伺いしたいと思います。ちなみにサハリン州のフョードロフ知事はこれに反対の意思表示をしているようでありますが、これについての御見解を承りたいと思います。
○兵藤政府委員 第一の御質問でございますが、かかる要請が向こうの政府から参ったということは、私は承知いたしておりません。 第二の点につきましては、全く先生の御見解と同意見でございまして、まずはあそこの主権の問題というものが第一にはっきりさせなければいけない問題でございまして、私どもは前から共同主権とか共同経営とかいうことにつきましては、まずこの法的な立場が第一に問題になるという認識でございます。
○五十嵐委員 今度の共同声明の中に出てきているのでありますが、第十八項の終わりの方でしたか、「国際連合憲章における「旧敵国」条項がもはやその意味を失っていることを確認するとともに、国際連合の憲章及び機構の強化の必要性に留意しつつこの問題の適切な解決方法を探求すべきことにつき意見の一致をみた。」こう出ておるわけであります。これは、例えばこの間来の予算委員会等でこの旧敵国条項に関してはいろいろ議論 のあったところで、これについて日ソ間でもうその意味は失っているということの確認が合意された。しかも、これについて適切な解決方法を探求すべきだということになった。この適切な解決方法を探求すべきだというのは、要するに一緒になってこれが除去といいますか、これをなくするための協力、努力を互いにしていこうということなのだろうというふうに思いますが、そういうふうに解していいのか。旧敵国条項に関して合意したというのは、今回が外国との関係では初めてかどうか、その辺もちょっと含めて。
○柳井政府委員 お答え申し上げます。 ただいま御指摘のとおり、この共同声明十八項で旧敵国条項に関する項目が設けられたわけでございます。この問題につきましては、中山外務大臣御自身が先頭に立たれましてこれまで国連の内外で非常に強力に我が国の立場を主張してこられたわけでございます。我が国の立場は御承知のとおり、国連の加盟国になりました我が国にはこの条項の適用はもはやないのだということでございますし、またこの条項が依然として憲章の中に存在するということ自体不適当であるということでございます。その結果、この条項がいわば時代おくれのものでございまして、既に意味を失っているということにつきましてはかなり広く理解が得られつつあると存じます。 日ソ間におきましても外相会談等でこの問題を取り上げてきたわけでございますが、その結果ここにございますように、「双方は、国際連合憲章における「旧敵国」条項がもはやその意味を失っていることを確認する」という共通の認識に達したわけでございまして、このような公式の文書でこの点を明確にしたのは恐らく初めてであろうと思います。 それから第二点でございますけれども、それではどういう手続を今後とっていくかということでございますが、当然我が国としてはこれをきれいにすっぱりと削除してほしいということでございます。ただ、削除ということになりますと、御承知のとおり、国連総会の三分の二の多数でこの改正を採択する、また、安全保障常任理事国すべての同意を含む三分の二の多数が批准をしませんと発効しないということでございますので、これまでの働きかけも安保理常任理事国を中心としているわけでございます。 そこで、先ほども申し上げましたように、この旧敵国条項が意味を失っているということにつきましてはかなり理解が得られておりますが、他方、削除するということにつきましては、それ自体に反対でないにしても、それをきっかけにいろいろな憲章の改正の問題でございますとかあるいは機構の改革でございますとかいろいろなものが出てきて、かえって国連という体制が混乱するおそれもあるのではないかという慎重論があるのも事実でございます。したがいまして、この点を考慮いたしまして若干わかりにくい表現になっておりますが、この「国際連合の憲章及び機構の強化の必要性に留意しつつこの問題の適切な解決方法を探求すべき」であるという表現になったわけでございまして、ソ連を含めて安保理常任理事国、さらにはほかの加盟国との間でこれをもとに一層この問題の解決に努力をしていきたいと思っておりますが、現状はそういうことでございます。
○五十嵐委員 最後に大臣、三月二十五日ですか、ゴルバチョフ大統領が来日するに先立って、自民党の小沢前幹事長が訪ソなされていろいろ御苦労いただいたようであります。この折には枝村駐ソ大使であるとか、それから東郷外務省ソ連課長であるとかが同席なされたようでありますが、その前後に、ロシア語で極めて詳細な内容を付していわゆる二百六十億ドルの対ソ支援、経済支援構想なるものが随分流布された、報道関係もそろって大々的にあれしている。これは一体どういうことであったのか。今振り返ってみて非常に不思議なことなんですね。しかし、何か内容を見てみると、去年の秋、通産省が各商社を呼んでヒアリングしたとき、それぞれのいろいろな、うちの方はこういう仕事だなんというあちこちのプロジェクトが出てきて、そんなものを二十ぐらい整理したものがあそこに入っていたとか、どうも私はそういう点から見て解せない話だという感じがするのでありますが、これについてのお考えをお伺いして、質問を終わりたいと思います。
○中山国務大臣 委員も御指摘のように、この二百六十億ドルというような金額がひとり走りをしたということは全く解せない話でありまして、私は外交を預かる者として一切そのような相談にはあずかっておりません。そのために、ソ連の外相が訪日される前に記者会見を改めて持って、明確にこの点を公開したわけでありまして、日ソ間にお金で島を買うといったようなことがあればそれは両国にとって不幸なことであるというのが私の考え方でございます。
○五十嵐委員 どうもありがとうございました。
○中西委員 伊東秀子君。
○伊東(秀)委員 まず外務省にお伺いします。 これまでの政経不可分の原則から、ソビエトに対しては人道的支援に限ると言われていた経済的支援について、マスコミ報道では一部政経不可分の原則を修正して拡大均衡を打ち出したというような報道がされております。 そこで、その拡大均衡ということの中身に関してなんですけれども、これはこれまでの人道的支援と言われてきた経済援助の幅をも拡大するつもりであるかどうかということと、さらには、合意文書の中に貿易対象品目の拡大をうたった部分があるわけですが、こういったこれまでの約六十億ドルと言われた対ソの貿易幅も、どれぐらいまで拡大するという具体的な目算があってのことなのかどうか、その辺をお伺いしたいと思います。
○兵藤政府委員 拡大均衡という考え方は、一昨年の、当時の宇野外務大臣が訪ソいたしましたときにシェバルナゼ外務大臣との間で、それ以後の日ソ関係というものを拡大均衡の原則の上で進めていこうということを合意したわけでございます。それ以来、日ソ間の関係の一つの原則ということでしばしば引用されるようになったわけでございます。この原則は、昨年の九月にシェバルナゼ外務大臣が参りましたときに中山外務大臣との間で、ゴルバチョフ大統領の訪日をいかに準備するかというお話をしましたときに再び確認をしたものでございます。 これはどういう原則かということでございますが、まず第一に、日ソ間の最重要課題は北方領土問題を解決しての平和条約の締結である。第二に、しかしそのためには両国間で信頼関係の醸成を図っていくことが重要である。第三に、しかしそれをただ口で言っていては物事は進まないということで、実務関係というものを一つ一つ積み上げていこうじゃないか、ゴルバチョフ大統領がお見えになるまでの間に、これは領土問題と全く関係なしに、ゴルバチョフ大統領をお迎えするにふさわしい日ソ関係の雰囲気づくりレベルまで日ソ関係を引き上げようということで、十分野というものを特定いたしまして、これは文字どおり日本側も汗をかいてきた分野でございます。その結果まとまったものが十五文書でございます。それでこの第四の原則として、実務関係を積むためには一番重要なのは人と人との交流であるという人的交流、第五に、その人的交流の総仕上げとしてゴルバチョフ大統領の訪日というものを位置づけようじゃないかという考え方、これが当時から拡大均衡五原則とか五要素とか時々言われるものの内容でございます。したがいまして、今度ゴルバチョフ大統領が訪日いたしましたこの時点で何か新しい考え方が拡大均衡という概念のもとで出てきたかという御質問であれば、今までの御説明でおわかりいただけたと思いますが、そうでないということでございます。 なお、貿易支払い協定あるいは極東の沿岸貿易について品目表の拡大があったわけでございますが、これは、一つにはいろいろな時代の流れによりましてお互いの関心品目というものがかなり変わってまいります。したがって、それに合わせて、ニーズに合わせて品目表を拡大していくという一つの要素があるわけでございます。 どのくらいの数字になるかという予測のお尋ねでございましたが、一昨年は六十億ドルでございましたけれども、これは去年はかなり減っているわけでございます。これは、一つにはソ連の経済のお家の事情というものが大変に色濃く反映しているわけでございまして、ソ連の経済が今後どうなるかという見通しが極めて不透明でございますので、今ここで数字についての見通しを申し上げるということはほとんど不可能に近いことであろうと思います。
○伊東(秀)委員 また、十九日の閣議の後の記者会見で中山外務大臣が、平和条約の作業の速度と経済協力が絡み合うような形での、つまり政府間協議の進展を見ながら今後経済協力についても考えていきたいというような趣旨の記者会見をされたということで、ソ連に対する公的融資とか金融を含む経済支援、貿易保険適用などの具体化を検討する考えを明らかにしたのではないかというような一部推測が生まれているわけでございますが、そうなのかどうかということが第一点と、もし平和条約締結の政府間協議の進展を見ながら公的資金あるいは金融あるいは貿易保険の適用等を考えるというのであれば、その進展がどのような状況であれば具体的にそういった公的資金援助に踏み切るというようなお考えであるのかどうか、その辺をお伺いいたします。
○中山国務大臣 私が先般の記者会見で申し上げましたのは、無原則な経済協力を行わないというのが日本の原則でございます、ただし、私どもこれから隣国であるソ連との関係というものはよりよい方向に改善していく努力をしなければならない、それは即平和条約を締結する、それには領土問題を解決するという問題がございますが、いろいろな協議をする中でソ連と日本との間で将来どうあるべきかといったようなことも当然議論にはなるわけでありますから、そういう点でこれからソ連との交渉に臨んでまいろう、こういう考え方でございます。
○伊東(秀)委員 ということは、公的な資金の援助へどういう段階で踏み出すかとか、金融あるいは貿易保険の適用等についてはまだ具体的な検討には入っていないということでしょうか。
○中山国務大臣 さようでございます。
○伊東(秀)委員 それから、このたび市場経済移行のための改革に対する技術的支援に関する協定というものが入っておりまして、ノーハウの提供等を今後行っていくということを合意されておられるわけですけれども、先般私が超党派でサハリンを訪れましたときにフョードロフ知事が、一番日本に近く、市場経済への移行も進んでいるサハリンを含む極東地域にこういった支援はしてもらいたいという意向を示したということ、さらには、サハリンには日本が強制連行で連れていった韓国・朝鮮人の方々四万三千人がそのまま残留しておられる。現在でも約三万九千人の人々がおられて、大変年老いて身寄りのないような人も出てきている。住宅問題あるいは生活援助あるいは記念館をつくってもらいたいというような希望を持っておられるわけですけれども、これに対して、そういった人道的支援とか、あるいはサハリンに対して特にペレストロイカ支援を重点的に行っていきたいというような意向があるのかどうか、お答えお願いします。
○兵藤政府委員 一般的な対ソ支援のお話ということでお答えをさせていただきますならば、例えば去年の十二月に日本政府が決定いたしました緊急の人道的な援助、これは医療品と食糧でございました。この食糧につきましては私どもは、今まさに御指摘のようなことも考慮に入れまして、全部食糧については極東地域、特にサハリンに重点的に物資を送るということで、もう一部それを実施しているわけでございます。医療についてもそういうように考えていきたいということでございます。 それから、ペレストロイカに関しますいろいろな、先ほど御引用になりました協定に基づきます技術的な協力の問題、これはこれから具体的に話し合われるわけでございますけれども、今具体的にサハリンを対象とした協力というものが進んでいるわけではございませんが、考え方としては極東地域を重点的に考えていくということは十分にあり得ることだろうと思いますし、過去の経済協力の実績を見てまいりましても、やはりシベリアにおける経済協力、例えばKS協定と言われるわけでございますが、シベリアの森林資源を開発していくという開発プロジェクトはもう長年にわたりまして何回も更新をされて続いておる、あるいはエネルギーの問題で申し上げればネリュングラというところの原料炭の開発というものは相当進んでおりまして、現在は見返りとして原料炭がどんどん日本に入ってきているということでございますし、石炭のほかに石油、天然ガスのことで申し上げれば、サハリンの沖のチャイウォ、オドプト鉱床のいわば探鉱作業というのが終わりまして現在開発段階の話し合いが進んでおるというように、おのずから極東地域というものが重点的に考えられるということは地理的な近接性からいって自然なことであろうというふうに考えております。
○伊東(秀)委員 九〇年の四月十八日の外務委員会とそれから九一年の二月二十二日の予算委員会で、ともに中山外務大臣がこのサハリンに残留した韓国・朝鮮人の方々への謝意を御表明になったということがありまして、彼らに対しては日韓条約の適用外である、戦後処理の未処理の問題が残っているというようなことを御表明になったと思うのですが、今新たにソビエトへの拡大均衡、経済支援という問題になったときに、こういったことの戦後補償を含めて、今その残留の韓国・朝鮮人の方々は約七五%がソ連国籍である、無国籍が五%ぐらいというような状況にあるわけで、ソビエト支援の一環として人道的に彼らに対する何らかの義務としての支援をするというようなお考えはないのかどうかについてお伺いいたします。
○兵藤政府委員 直接の担当でございませんので私の承知している範囲のことをお答えいたしたいと思いますけれども、まさに今おっしゃったような気持ちの表明といたしまして、政府としては、この件につきましては歴史的、道義的責任を認識するという立場から、サハリン在住の韓国人の韓国訪問の早期実現のために日韓両赤十字社間での直行便の運航ということに際しましてはこれを支援する、渡航費の面で面倒を見るというような形の支援を行っているというふうに承知をいたしております。
○伊東(秀)委員 今後については、新たにそれをより強化するというようなお考えがあるのかないかについてはいかがでしょうか。
○兵藤政府委員 まことに申しわけございませんが、私は担当をいたしておりませんので、これ以上のことについての御答弁を申し上げるのはちょっと御容赦をいただきたいと思います。
○伊東(秀)委員 私の方も通告してなかったことでもございますので、また後ほどでもお知らせいただけたらと思います。 それから、その技術援助に関してなんですが、今民間ベースで現に進んでいる合弁事業に関して、日本の企業が企業ベースでソビエトの人たちに研修を施している、日本に呼んできていろいろ視察をさせたりしているというようなことが現に行われているわけですけれども、こういった民間で現に行われているものに対して支援するというか補助をするとか、そういうお考えについてはいかがなんでしょうか。
○兵藤政府委員 今御指摘の民間レベルの研修ということは、私の承知しております限り、相当以前からこれは全く民間、企業ベースで行われているというふうに承知をいたしております。したがいまして、もしこれに対して政府が何らかの形で経済的な援助ということをお考えでございましたら、そういうことを考えるということは現在私どもの考えているいろいろな構想の中には入っておりません。むしろ私どもは「先ほど御引用になった技術的な支援に関する今度調印されました協定を受けまして、政府としていろいろな調査団を向こうに派遣する、あるいは向こうの調査団を受け 入れる、そういう関連の費用というものは、この間御承認をいただきました平成三年度の予算案で既に御承認をいただいて、これをこれから実施していくという段階にあるわけでございます。
○伊東(秀)委員 次に、無査証での北方四島への入域の問題について伺いますが、もし無査証で新しい枠組みのできた段階で入域できるというようなことになった場合、入域中の日本人がトラブルを起こした場合の法律の適用の問題あるいは裁判管轄の問題が必ず起きてくると思うわけです。ですから、新しい枠組みを考える場合には必ずそういった主権の問題が絡まってくるわけですけれども、ということは、この問題を平和条約締結つまり領土問題、主権問題の解決と切り離して早期に新しい枠組みをつくるということは事実上は不可能じゃないかと思うのですが、その辺についてはいかがでしょうか。
○柳井政府委員 ただいままさしく御指摘になりましたように、この自由往来ということを実現するに当たりましては、先ほど先生がおっしゃいましたような問題があるわけでございます。先方が、ソ連側が現在現実の施政を行っているというところで我が国の国民が参りまして何らかのトラブルが起こった、そこで警察権なりあるいは裁判管轄権の問題が生ずるということがあるわけでございますし、また入国——入国と言うべきではございません、入域でございますが、入域に当たりまして、仮に無査証ということでございましても我が国の国民が日本のパスポートを持って参りまして、そこで、例えばの話でございますが、国後島でソ連に入域したというような判こを押された場合には、これはこれでまた問題があるわけでございます。 したがいまして、このような問題を回避する方法がないかどうかということで、とりあえず参考になり得るかと思われておりますのは墓参の方式でございまして、いわゆる身分証明書を持って訪問する、またグループで行動していただくというようなことでございますけれども、率直に申しましてなかなか難しい問題がございますが、ただ、往来の促進ということ自体はいろいろな意味で望ましいことでございますので、ただいま御指摘のような法的な問題を回避しながら、何か方法はないか、知恵はないかということで今いろいろ頭をひねっているところでございます。
○伊東(秀)委員 ということは、最終的な領土問題とは別途に、より迅速なと言えばいいのでしょうか、簡易な方法を外務省としては模索して、できるだけ早く枠組みをつくりたいという先ほどのお答えが出てきたということなんでしょうか。
○柳井政府委員 まさにおっしゃいましたとおりでございまして、平和条約締結を待たずにできるだけ早く何らか実際的な方法を探求したいということでございます。
○伊東(秀)委員 一般的にだれもが無査証で行けるというその新しい枠組みができる以前に、例えば民間団体で合弁を非常に具体的に考えている人たちとか、あるいは地方、国会、国レベルの議員とか、今後の領土交渉とその後のことを考えるに当たって視察がしたい、現地に行ってみたいというような場合に、その新しい枠組みができる以前にさらにもっと別途な方法を考えるということはどうなんでしょうか。
○兵藤政府委員 新しい枠組みができます前の状態というのは今までと同じ状態であるわけでございます。今回ゴルバチョフ大統領がお見えになりましたけれども、残念ながら先生のおっしゃる主権の問題についてのソ連政府の態度は依然としてかたいものがあった、そこは変わらなかったということでございます。したがいまして、私どもはできるだけ早く実際的な交流の必要性ということは十分理解するわけでございますのでその枠組みをつくりたいと思っておりますけれども、それまでの間は今までと同じ状態が続くわけでございます。したがいまして、私どもは引き続き国民の皆様に自粛をお願いしたいということでございます。
○伊東(秀)委員 領土を返還してもらう場合には現に住んでいるソビエト人の方々の了解と納得ということが非常に重要になるわけで、それを促進するためにもなるべく早期に簡易な枠組みの制定ということが大事じゃなかろうか。つまり、最終的な問題の解決のためにもそれを急いでいただきたいというふうに私の方で要望したいと思います。 次に、やはり三項目目の、ソビエトから提案があったという軍事力の北方四島における削減の問題なんですが、ゴルバチョフ大統領の記者会見では具体的な期間が三年ないし五年というようなことが出てきたかのような報道もございます。 そこでお伺いしたいのですが、このソビエト側の提案に関して、削減する対象とかあるいは期間とか数量とか、そういった具体的なことも話し合われたのかどうか、それに対して日本側はどのような要望を行ったのか、その辺の話し合いの経過についてちょっとお伺いいたします。
○兵藤政府委員 この北方四島をめぐります第三バラグラフの提案というものは、全体として今ほぼまとまりましたような形で突然ゴルバチョフ大統領の提案という形で出てまいったわけでございます。ゴルバチョフ大統領の方からは、それ以上の具体的なことは言えない、ただ私どもと申しますか海部総理大臣からは、削減というのでは不十分である、そもそも不法占拠の上に不法に駐留しておる軍隊なればこれは全面撤退をしてもらいたいということを強く主張されたわけでございます。それ以上の具体的な議論はございませんでした。
○伊東(秀)委員 外務省にあと一点だけ続けてお伺いしますが、十六日に近藤農水大臣が来年以降の公海でのサケ・マス沖取り禁止の受け入れを表明したというような報道がございました。これに対して外務省としてはどう受けとめているのかどうかというのが第一点。 さらに、ゴルバチョフ大統領が財界人向けの発言として、ソ日地域開発銀行の開設とか軍需産業の民需転換についての支援を求めたというような報道もあったわけですが、こういったソ日地域開発銀行あるいはソビエトの軍需産業の民需転換について、外務省としては何らか具体的な構想がおありなのかどうか、お伺いいたします。
○兵藤政府委員 近藤大臣の御発言について私どもとしてコメントする立場にございませんが、第二、第三の御質問の開発銀行の構想あるいは民需転換の話というのは、私ども承知しております限り、ゴルバチョフ大統領が財界との昼食会の演説の中で相当具体的に強調されたというふうに承知をいたしております。首脳会談におきましてはそのような具体的な突っ込んだ話というものはございませんでした。
○伊東(秀)委員 次に、水産庁にお伺いいたします。 今回の漁業に関する共同声明で、水産物の加工、貯蔵、販売、共同事業その他資源の有効利用の面で双方の企業及び団体間の協力の発展を促進するという旨の記載があるわけでございますが、今のは時間がなくて要約したのですけれども、つまり合弁事業をどんどん促進していきましょうというような趣旨に解されるわけでございます。これまでも既に漁業に関する合弁事業、例えばピレンガ合同とかディアナとか、オホーツクスイサンとかマガダン漁業合同などがあるわけですが、こういった合弁事業がこれまでの漁獲枠の確保とか日本漁船の漁労機会の確保に関して発展させてきた、つまり貢献してきたという評価を水産庁としては与えているのかどうか、お伺いいたします。
○田家説明員 ただいま委員から漁業分野における合弁事業の評価についての御質問があったわけでございます。現在、日ソ間の関係におきましては、ソ連の二百海里の漁獲に関しましては、政府間協定に基づきまして一定のクォータと操業条件に基づいて操業しているというものと、それから協定の外側におきまして今御指摘の合弁企業と民間の協力を通じてクォータが与えられて、そのもとで操業しているという、大きく分けて二つのパターンがございます。 合弁事業につきましては、一九八七年にソ連が合弁企業法をつくってから現在八つの合弁企業ができております。中には漁労だけではなくて水産加工だけというようなものもございます。 実際の評価という問題になりますと、我々直接やっているわけではございませんので仄聞いたしますと、クォータの発出権限者が不明確であるとか、経済性についての見解がいろいろ異なるということで、実際問題としてはいろいろ苦労されておるというのが実情でございます。ただ、今後の日ソ関係のもとにおいて我が国漁船の漁場の確保という点にかんがみれば、合弁企業を通じた対応というのは必要じゃなかろうかという見方をいたしております。
○伊東(秀)委員 これまで行われてきたような政府間交渉ではなくて、合弁事業を通じての共同操業方式をとるということになった場合に、資源の調査とか利用計画の策定とか、あるいは操業、加工、販売の全過程を通じての両国の企業の協力が不可避になるわけでございますけれども、その協力を可能にするような法律の整備が必ず必要になると思うわけです。その場合、その合弁企業に適用される法律、あるいはトラブルが生じた場合の行政指導をどういうふうに行っていくのか。 これまでのトラブルとしては、例えば日本人の合弁の出資者がソビエトの方に在駐できないために経営が非常にずさんになっているとか、経営に対してコントロールが日本人の側からできないとか、あるいはソ連側で対外経済関係法規の網をくぐるために合弁を利用しているようなこともあるとか、いろいろ問題が発生しているわけですけれども、政府間の共同声明で今後こういった合弁方式を進めていきましょうということを打ち出したわけですから、こういったこれまであるトラブルに対してはどういうふうに対処する方針を持っているのかという点、それからその適用する法規の問題、三つ目には、合弁の操業主体の漁船の国籍あるいは操業の指揮権の問題をどういうふうに考えているのか、この三点。 それと四点目は、ゴルバチョフさんが十九日の未明の記者会見で日ソ間の経済協力形態の一つとして言及したコンセッション方式、つまり一定の範囲の地域を決めて、そして期間を決めて、資源利用を有償で民間に認めていくという方式を打ち出したわけですけれども、これが本当に実現可能であるというふうに水産庁ではお考えなのか。 この四点についてお答えいただけたらと思います。
○田家説明員 今、広範な問題について委員から御指摘があったわけでございますが、果たして的確な答弁ができるかどうかわかりませんけれども、現実に合弁企業を、日本側パートナーがソ連側パートナーと話し合って実際事業を進めております。その過程におきましていろいろな問題が発生しているのは事実でございますが、先生今御指摘のような、合弁を逸脱しているとかそういうふうなことは我々承知いたしておりません。ただ、基本的に経済体制の差から来る、例えば経理面につきまして十分な会計法の体系ができていないとか、それから利益に対する考え方が違うとかいう純粋の経済問題としての共通の基盤が十分にできていないということについては承知いたしておりますが、法的な問題については、なお御指摘されたような問題については我々は承知いたしておりません。ただ、このような問題につきましては、基本的には民間の問題でございますが、我々政府の間におきましても日ソ漁業委員会とか日ソ合同委員会といういろいろな協議の場がございます。そういう場を通じまして、民間の円滑な話し合いを通じて問題が解決するように、政府としても必要に応じて話し合っていきたいと思っております。 それから操業の指揮権という問題につきましては、具体的にどういう問題と結びつくか私は理解できないわけでございますが、いずれにいたしましても、合弁事業のクォータを与えられて日本漁船が操業に参加するという場合におきましても、我が国におきましては漁業法なり漁船法なり、それから海上運送法という国内秩序があるわけでございますから、国内法に沿う形で漁船を出していくということを確保しながら指導してまいりたいと考えております。
○伊東(秀)委員 今の点でちょっと外務省にお伺いしたいのですけれども……
○中西委員長 あと参議院の本会議があるものですから、時間を延長すると困るのです。
○伊東(秀)委員 ちょっと足りなかった部分を、法規の適用について外務省にお伺いしたいと思ったのですが、水産庁がお答えにならなかった分です。
○柳井政府委員 法規の適用につきましては、具体的にどのような事業が行われるかによりまして精査する必要があると思いますので、ちょっと今この段階でお答えしにくいのでございますが、もう少し具体的な状況がわかった時点で考えてみたいと思っております。
○中西委員長 玉城栄一君。
○玉城委員 中山外務大臣、本当に御苦労さんでございました。 確かに今回の首脳会談の成果につきましてはいろいろな意見があります。期待外れだ、失望だ、あるいはゴルバチョフさんの今の国内情勢からしましてはやむを得ないだろう、何せ今回の日ソ首脳会談というのは、十六、十七、十八、十九、四日間ストレートに茶の間にニュースとして入ってくるわけですね。ですから、その動静については国民の皆さん方が、また我が国の領土の問題についてですから非常に関心を持って見ていたわけです。何だこんなことだったらとか、いろいろな意見もあります。いずれにしても外交というものは大変だなということをやはり国民の皆さん方が、当然の要求が通らない面があるということ、先ほど外務大臣は残念だということをおっしゃいましたけれども、せっかく五六年に返すというように書かれた共同宣言、今回はただ交渉対象として四島を明記したといいますか、ですから、これは後退ととるか前進ととるか、本当に解釈の分かれ目だと思うのです。問題は、今後この固有の四島をどう我が国の本来の姿に戻すかということ、これから外交交渉として皆さん方の非常に大きな課題が残されているわけでありますが、これは一日も早くそういう状態にしていただくように心から念願を申し上げる次第であります。 それで、きょう外務委員会で配られました「「日ソ首脳会談」について」ということですが、日ソ関係を新たに推進していく重要な基礎になると考える、今回の日ソ共同声明ですね。今回の場合は領土問題について新しいレールに乗せた一つの出発点だ、そういうふうに受け取っていいわけでしょうか。これは局長さんでもよろしいですが。
○兵藤政府委員 先生まさに御指摘になられたことでございますが、今回の交渉を通じまして、平和条約締結交渉の枠組みとして、四島返還、四島の帰属、これが領土交渉の中核の対象となるということがはっきりしたわけでございます。そういう意味では新しい出発点になるというふうに申し上げることもできるかと思うわけでございます。
○玉城委員 特に今回の場合、そういう意味で領土問題に偏り過ぎたような感じもしないでもないわけであります、我が国の立場からすればですね。しかしソ連側の立場からすると、何かアジア安全保障の問題が、これはたしか十七日の衆議院の本会議でもゴルバチョフ大統領がそのことを強調しておられました。なぜこれを申し上げるかといいますと、私は御存じのとおり沖縄でありますが、沖縄は、朝鮮戦争、ベトナム戦争あるいは中近東、今回の湾岸戦争の発信基地として非常に軍事問題に関係が深いことになっているために、こういうアジア安保というものについても関心があるわけです。その辺のいわゆる今回の話し合い、また我が国の態度、これはどういうことであったのか、お聞かせをいただきたいのです。
○兵藤政府委員 海部総理とゴルバチョフ大統領との第二回目の会談が、国際情勢に関する意見交換でございました。この意見交換の中におきまして、アジア・太平洋地域の総合的な安全保障の問 題につきまして意見交換が行われたわけでございます。この中でゴルバチョフ大統領は、国会の演説で御披露がございましたような考え方というものの一端をいろいろと説明されたわけでございます。我が方はゴルバチョフ大統領のそういう考え方に対しまして、海部総理の方からは、まずやるべきは日ソ間でアジア・太平洋地域の安全保障をいかに考えるかという総合的な観点に立っての議論を深めること、これがまず一つ大事なことである、と同時に、アジア・太平洋地域におきます何らかの機構づくりと申しますか、そういうものに一足飛びに飛ぶというのはなお時期尚早であろう、その前に日ソ間の対話を深める、あるいはさらにその先に進んで、日ソ間に政治的に安定した基礎ができる、あるいは朝鮮半島における緊張が大幅に緩和されていくということ、あるいはカンボジア問題の存在等々、ヨーロッパと違ってなお存在する個々のいろいろな問題を一つ一つ片づけていくことによって、ゴルバチョフ大統領が志向されておられるようなもっと広範な、総合的な観点に立った安全保障の場がおのずから開かれてくるであろう、今一足飛びにそういった機構づくり、組織づくり、フォーラムづくりというものに進むのは時期尚早であると考えるという日本側の考え方を海部総理から述べられたわけでございます。
○玉城委員 今回の日ソ共同声明、これは二十三項でしょうか、「アジア・太平洋地域の平和と繁栄を推進するとの見地から安全保障面を含む広範な問題について両国間の対話と交流を拡大していくことの重要性につき、意見の一致をみた。」この部分がその結論ですね。これから解釈します限り、今後ずっとそういうことは話し合いしていきましょうということですね。 いろいろな考え方がありますけれども、国際情勢というのは、ヨーロッパのいわゆる冷戦終えんの波及がアジア地域にも徐々にこれから及んでくることは当然だ。ですから、アメリカも二十一世紀に向けてアジア地域の兵力、戦力をどんどん削減していく、これは目に見えていますよ。ですからそういうことで、日米安全保障条約というものの必要性は認めますが、しかしいつまでも日米安保にしがみついていく、それが外交の基軸だということも現状のところは認めつつも、やはり今後の方向性としては、スタンスというものは、日進月歩で国際情勢というのは回転し変化していくわけでありますので、今のこういうゴルバチョフ大統領の提案について、今回の共同声明ではある程度の結論がこういう方向で今後話し合いしていこうということで私非常に重要だと思いますので、ひとつやっていただきたい、このように思うわけであります。その点はどうですか、何か局長お考えありますか。
○兵藤政府委員 日ソ双方とも先生のおっしゃるような認識に立って、今後ともこの意見交換を拡大し深めていきたいという認識、まさにそういう認識が海部総理とゴルバチョフ大統領の間でも確認をされたわけでございまして、それが先生が御指摘の共同声明第二十三項に具現されているわけでございます。
○玉城委員 この共同声明でもそうでありますし、今回十五の協定が締結されているわけです。先ほどから質疑もございますけれども、文化の交流、人の交流、往来ということがたびたび共同声明の中にも出てまいります。今後それが拡大されていくことは当然だろうと思うわけでありますが、これまで、例えば沖縄におきまして、ソ連の芸術家というかそういう方々は沖縄にはちょっとまずい、入るな、あるいはキューバのバレーボールのスポーツマンが沖縄に来るのはちょっとだめだ、あるいはベトナムのある要人が沖縄に来るのはだめだ、そういうことがありましたね。あったのですよ。ですから、こういう日ソ関係が領土問題も含めて平和条約の問題で今まで以上に緊密化していくということになりますと、今のような沖縄は軍事基地があるからだめだということであったら今後どうなるのか。こういう国際化時代に、南と北という北の一つの文化、そういうものにも接したいという願望はあるわけです。こういう問題はどなたにお伺いすればよろしいのですか。また私がお伺いしたいのは、そういう旅行制限といいますか、そのエリアはきちっと明確化されていて、沖縄地域はそれに入っているのかどうか。今後こういう日ソ関係の時代になりますと、こういうエリアは直していくのかどうか、その辺をお伺いしたいわけです。
○久米政府委員 一般論を申し上げますと、査証発給の要件、可否は、具体的な申請がございましたときに、申請に基づいて国益の保護あるいは安全保障、相互主義といったような観点を総合的に判断して決めておるわけでございます。ソ連人の沖縄訪問についても、査証申請がありました場合には基本的にはそういった観点を総合的に判断して、個々のケースごとに判断しているというのが現状でございますけれども、先生今御指摘になったケースというのは具体的にどのケースかは存じませんけれども、音楽家について今まで、少なくともこの二、三年の間は沖縄に行くことについて拒否したということはございませんし、それから、おっしゃったような中での制限地域というのがあるわけでございまして条件をつけたということはございますけれども、しかしその結果として訪問ができなくなったということは私どもは承知いたしておりません。 今、行動制限地域のことを御指摘になりましたけれども、これはソ連側もソ連において日本人に対して同様な制限あるいははるかに厳しい広範囲にわたる制限を課しておりまして、これに比べると日本の方の制限というのは非常に微々たるものであるということで、これは相互主義の見地から今後また検討していくべき問題かと考えております。 いずれにいたしましても、政府としては日ソ間の人的交流の拡大自体はこれまでも拡大均衡の考え方に立って促進してきたところでございまして、近年日本を訪問するソ連人の数は非常に急速に増加しているというのが現状でございまして、今後ともこうした人的交流の拡大を図っていきたいという考えでございます。
○玉城委員 これは事前にそのことをお知らせしてきちっとした形でお答えいただきたかったのですが、それができなかったので申し上げると、キューバの場合は二回。ベトナムもそうですね。その理由が、沖縄は米軍基地が多いからという意味で共産圏の人々については行動制限をされているという理由のように伺っていたわけでありますが、スポーツマンとか芸術家という方々は別に軍事基地とは関係ない、あくまでも文化面ですから。ですから、日ソ関係がこういう時代に入ってきましたから、そういうことについては例えば沖縄地域は行動を制限する地域と決まっているのですか。
○久米政府委員 沖縄全体が制限地域となっているわけではございませんで、現に最近の申請でも、例えば宮古島のトライアスロンへの参加についてソ連人に対して査証を発給したケースもございますし、それからシルクロードの音楽の旅という音楽団体に対しても、八九年三月申請のものについて、一部の行動制限という条件は確かに課してはおるわけですけれども、査証を発給して入国を認めた、沖縄訪問を認めたということはございますので、沖縄全部について行動制限を課しているわけではございませんで、あくまでもその中の一部ということです。ただ、これは一般的にはあくまでケース・バイ・ケースの検討ということでございます。
○玉城委員 ですから、私が申し上げているのは、こういう時代ですから、一部の地域であったにしてもそういう行動制限とかということをしないように、そういう規制を加えているのであればぜひ解除の方向に持っていってもらいたいということです。 それで、沖縄県は四分の一世紀が米国の施政権下で、そして昭和四十七年五月十五日に日本本土に返還され、復帰したわけです。返還されてちょうど来年で二十年になります。満二十周年といい ますか、一つの節目だと思いますが、その二十周年の記念事業として外務省も何か考えていらっしゃるやに、これは新聞ででありますけれども伺っております。沖縄県がずっと他国の施政権下にあって、そして本来の姿に戻って二十年になるわけです。そこで外務省、軍事基地のことを常に申し上げますけれども、今もって在日米軍基地の七五%は沖縄にあるという状況からして、外務省もやはり深いかかわりがあると思うのですが、どういうことをお考えになっているのか、お伺いいたします。
○松浦(晃)政府委員 先生御指摘のように、まさに来年は沖縄返還のちょうど二十周年に当たります。私どもといたしましては何らかの記念行事を行いたいと思っておりますけれども、具体的にどのような行事を行うかにつきましては今後検討してまいりたいと思っております。いずれにしましても、先生御指摘のように、沖縄返還という歴史的な事実のちょうど二十周年に当たりますので、またこの機会に改めて日米の友好関係を増進するような催し物を考えていきたいと考えております。
○玉城委員 大臣はベーカー国務長官にもそのことをお話しされたのでしょうか。そのことが新聞にありましたけれども、いかがでしょうか。向こう側はどういう感じでおられたのですか。
○中山国務大臣 日本政府といたしましては、明年が沖縄返還の二十周年の記念の年に当たるものでございますから、我々の領土が本土に復帰したということで政府として、政府主催になりますかあるいは民間との共催になりますかはわかりませんが、ひとつ立派な、記念すべき年にふさわしい行事を行いたい、このように考えております。
○玉城委員 政府主催、外務省主催になるわけですね。外務省主催の復帰二十周年記念行事といいますか事業というのをどこでやるのか、現地の沖縄でやるのか東京でやるのか。その場合に、やはりせっかく二十周年ですから現地の人々も非常にいろいろ言いたいこともあるでしょうし要望もあるでしょうから、その辺はどうなるのか、お伺いいたします。
○松浦(晃)政府委員 今まさに先生御指摘のように、どこで行うかということもさらに検討してまいりたいと思いますけれども、それに当たりましては沖縄県の方々の御意見もぜひ伺わせていただいて、その上で検討を進めてまいりたいと考えております。
○玉城委員 主催は。
○松浦(晃)政府委員 主催に関しましても、今大臣申し上げました以上のことをちょっと私現段階で、まだこれからも検討していく課題でございますので、具体的なことを申し上げかねるのでございますけれども、これも来年に向けまして検討を進めてまいりたい、こう考えている課題の一つでございます。
○玉城委員 検討は始まっているということでしょう。主催についても外務省とか沖縄開発庁とかいろいろ話があるし、これも検討の最中だと思います。 実は、昨年、一昨年でしたか、松浦さん、沖縄県に外務省から職員を出向されましたね。昨年ですね。四月一日でしたからちょうど一年になるわけです。これは大臣、沖縄にはたくさんの米軍基地がある、一つはその処理の問題、もう一つは国際交流の促進という二つの担当ということであったわけです。職員の方は県の参事官クラスで、非常に一生懸命に仕事をしておられて、みんな沖縄の人は注目しているわけです。非常に期待もされている。私も多少かかわりましたのでよかったなと思っているわけですが、問題は国際交流の促進ということ、これが余り見えてこないのですね。沖縄県は非常にそういう点を要望していますので、その点、大臣の所信を読みましても余り国際交流——基地の問題はよく出てきますけれども、これは過去の所信も全部そうです。ですから、本庁自体が余り沖縄の国際交流ということを考えていらっしゃらないからそういうことなのかなという感じもするのですが、いかがでしょうか。
○中山国務大臣 私は沖縄開発庁長官をしておりましたので、沖縄にやはり国際交流センターをつくるべきだということで、あれはたしか鈴木内閣のときにJICAと協力をして現在の沖縄の国際交流センターを建設したわけでございます。おかげで大変好評をいただいておりまして、あれを活用していくというようなことが重要ではないかというふうに考えております。
○玉城委員 まだ時間がありますから松浦局長さん、そういう外務省の優秀な方を沖縄県に送って仕事をしていただいている、そのことは外務省にとってプラスになっておるのかマイナスになっておるのか、あるいは情報面、その点どういうふうに評価されていらっしゃいますか。
○松浦(晃)政府委員 先生御指摘のように、外務省から沖縄県に出向していただいております目的は二つございまして、一つはまさに沖縄におきます米軍基地関連の問題の処理及びそれに関連いたしまして外務省とのリエゾンということでございますが、もう一つはまさに国際交流の促進でございまして、この二つの目的で派遣させていただいておりますけれども、私どもから見まして、まだ一年でございますけれども、おかげさまで大変有意義であるというふうに考えております。 先生には従来から大変支援していただいて感謝しておりますが、私どもといたしましては引き続き、今申し上げましたような二つの目的を持って沖縄県との間の連絡を密にするために、外務省の職員に大いにその役割を果たしていただきたい、こういうふうに期待している次第でございます。
○玉城委員 最後に要望といいますか、大臣、安保条約に基づいていわゆる日本政府がアメリカに軍事基地を提供する義務を負っています。基地を提供するにはそれだけ土地が必要ですから、土地は防衛施設庁が借りてそして米軍に提供する。条約に基づいて提供する。そこまでの論理はあるのですが、今度はこれが返ってくる論理が、いわゆる制度といいますか、これがきちっとされていないのです。ですから、軍事基地はアメリカも昨年の六月ですか、整理統合という形で返還される部分も出てきておりますけれども、今後私はやはり沖縄の米軍基地というものは、冷戦の終えんということからしましてもやはり縮小されていきますよ。好むと好まざるとにかかわらずそうなっていきます。ですから、この基地の返ってくるというものを制度的にきちっとつくらなくてはいけないと思うのです。それが今ないのです。 例えば防衛施設庁、返ってくる土地はどうなりますか。返るまでに、三十日で地主との約束をする、そして三カ月の原状復帰、それで終わり。これは、長年土地を提供して、終わりはそういう形でやるということに対する地主の方々の不満は非常に大きいわけですね。それが今一つの問題になっておりますが、それはひとつ大臣もお考えになっていただきたいわけです。そういうことで、実はきょうはそういう感じの法律を社会党さんと共同で提案をして、これは通るか通らないかは別問題として提案しているわけです。問題はそういう制度がないというところに大きな欠陥があるわけですので、その点を知っておいていただきたいと思います。大臣にちょっと一言、どういうふうにお考えか。これまでも何回も質問してきましたけれども、よろしくお願いします。 以上です。
○中山国務大臣 沖縄におきます基地の縮小返還の問題、この問題は県民の方々も重大な関心をお持ちのことと私もよく存じておりまして、これの整理統合については日米合同委員会でいろいろとやっておりますけれども、整理のつくものから逐次旧地主に対して返還していくということが好ましい、またそうあるべきであるというふうに考えております。
○中西委員長 古堅実吉君。
○古堅委員 最初に、日ソ首脳会談についてお尋ねします。 今回の日ソ首脳会談にかけた国民の最大の関心事、期待といいますか、これが領土問題にあったことは申すまでもありません。ところでその結果 は、国民わけても北方関係の皆さんに大変失望感を与えた、そういう水準にとどまりました。残念なことです。日本共産党は、領土問題を解決する根本には、スターリン以来のソ連の二重の大国主義、それを正していくということを基礎に置かなければいかぬということを繰り返し主張してまいりました。この二重の大国主義と申しますのは、ヤルタ協定で対日参戦の条件として日本の歴史的な領土である千島列島の引き渡しを要求したという誤りにかかわる問題です。もう一つは、この千島にも含まれていない北海道の一部である歯舞、色丹を千島とともにソ連領に一方的に編入した、こういう許せない誤りのことです。この大事な基本的な問題にかかわる点を正すということを姿勢としてきちっと確立して対ソの交渉を進めないというと、これは解決の方向に前進せぬぞということをついこの間の委員会における質問でも指摘をしておきました。 ところで、来日したゴルバチョフ大統領は国会での演説の中で、第二次大戦は全く別の世界での戦争であり、当時の決定は異なる世代の異なる世界観を持った人々によるものだから責任は負えないという演説をされました。スターリン以来のソ連の二重の大国主義に対するいかなる反省も示されないどころか、まことに無責任きわまりないそういう演説をしたのであります。そのことについて、今回の日ソ首脳会談を通じてソ連のこういう態度を日本政府として正されたのか、それとも事実上それを容認するということになったのか、そこらあたりをお尋ねしたい。大臣、お答え願います。
○兵藤政府委員 六回にわたります大変厳しい交渉の過程におきまして、海部総理大臣より繰り返し北方四島の主権の主張を展開したわけでございますが、その中で、海部総理も何回か北方四島の占拠というものはスターリン時代の拡張主義というもののもとにおいてなされたということで、例えば水津満参謀の有名な証言があるわけでございますが、その証言を紹介される等してソ連の当時の占領の非を鋭くつかれたわけでございます。
○古堅委員 私が今質問した趣旨は、国会のゴルバチョフ演説とのかかわりで、どういう態度をとられたのかということなのです。そこらあたりもいろいろと言及して実際になさったのですか。
○兵藤政府委員 ゴルバチョフ大統領が国会でされた演説は、元首としての正式の演説でございます。これについて交渉の場において、海部総理からこの演説のここの箇所あそこの箇所ということでそれを題材にした議論をしたということは一切ございませんでした。
○古堅委員 政府がこれまでとり続けてきた態度というのは、ヤルタ協定云々をしながらも、実際にヤルタ協定に基づいて結ばれたサンフランシスコ平和条約二条C項、それは容認するという立場をとっています。そこを、その矛盾を国際的にも通用するような形で正してかかるべきだということをずっと指摘してまいりましたが、そこをごまかして、サンフランシスコ平和条約の千島列島というものには南千島は入っていなかったのだなどというふうな形で押し通そうとしている。そういうごまかしでは、ああいうソビエトを相手にして道理の通った、納得させるようなところに発展しませんよ。ヤルタ協定にもさかのぼっていきませんよ。 そういう交渉の結果として、残念なことにも歯舞、色丹、それについての一九五六年の宣言にかかわる線さえも確認できなかった。平和条約を締結するという、将来にかかわってこの問題に一定の発展が期待できるという面が出てくるかもしらぬ、そうならなくてはいけないのですけれども、この時点においては、一九五六年のあの宣言よりも後退したということは認めざるを得ないのじゃないですか。どうです。
○兵藤政府委員 日ソ共同宣言は、従来から御答弁申し上げておりますように両国で批准を了した厳粛な国際条約であるということで、我が政府はいっときたりともこの有効性について疑問を差し挟んだことはないわけでございます。その点の黒白は極めて明白であるという立場で、一貫してソ連政府と交渉をしてまいったわけでございます。 繰り返し御答弁をさせていただいたわけでございますけれども、今回、海部総理よりこの点の確認を求めたわけでございますが、ゴルバチョフ大統領は、法律論としてこの追及に対して真正面からお答えになることはなかったということでございました。いろいろな政治論を展開される中で、どうしても今回、自分が共同宣言を確認した形で自分の国に帰るわけにはいかない、それは極めて困難である、不可能であるという主張が繰り返し展開されたわけでございます。
○古堅委員 今度の共同声明で、北方四島にかかわる言及はございますけれども、しかしそれについては両方ともに、自分たちの立場を踏まえて言いたいようなことを言えるような程度のものになってしまっておるのです。ただはっきりしている点は、北方四島までに限定した、千島については何らかかわりない、もう将来にわたって問題にしようとしないということだけは明確にした、そこだけがはっきりしたのです。将来にわたって禍根を残すことになりましたよ。だからヤルタ協定にさかのぼりなさいと言っておるのです。これは許せないと思います。そこだけはっきりしたのです。認めるわけにはいかないのです。 一九八九年三月に出された「われらの北方領土」、外務省大臣官房国内広報課が出しましたパンフですね。そのパンフに、 ソ連政府は、一九六〇年の日米安全保障条約締結に際して、日ソ共同宣言で合意された歯舞、色丹の返還実現の前提として、日本領土からの全外国軍隊の撤退という全く新たな条件を一方的に課してきました。すなわち、一九六〇年一月十九日、岸総理はワシントンで新しい日米安全保障条約に署名しましたが、一月二十七日、ソ連政府は、日本政府に対して覚書を発して、その中で、歯舞、色丹の両島を「日本に引き渡すことによって、外国軍隊によって使用せられる領土が拡大せられるがごときことを促進することはできない」として、日本領土から全外国の軍隊の撤退及び平和条約の調印を条件としてのみ、歯舞・色丹が日本に引き渡されるだろうと声明しました。 というくだりがございます。 今回の共同声明の四項で、「平和条約が、領土問題の解決を含む最終的な戦後処理の文書であるべきこと、友好的な基盤の上に日ソ関係の長期的な展望を開くべきこと及び相手側の安全保障を害すべきでないことを確認するに至った。」というふうに言っています。これは今さっき読み上げた、ソビエトが日本に覚書を発してというその部分を撤回したということになりますか。
○兵藤政府委員 必ずしも御質問の御趣旨を正確に理解したかどうか自信がございませんが、もし御質問が、一九六〇年一月のグロムイコのいわゆる対日覚書の中の御引用、つまり全外国軍隊の撤退というものを条件としてのみ歯舞群島、色丹島の引き渡しを実施することができるということを指しておられるのであれば、何回か御報告をさせていただきましたように、この点についてはソ連政府自体の日米安全保障条約に対する見方というものが大幅に変わったわけでございます。ソ連政府は繰り返し、日ソ間て締結されることとなるべき日ソ平和条約と日米安全保障条約並びにそれに基づきます日米安全保障の諸体制というものが両立するという見解を明確に表明しているわけでございます。それが私どもの認識でございます。
○古堅委員 せんだってこの問題について、仮に幾つかの諸島が返還されるということになった場合に、そこに米軍基地を置かせないということが言えるかということを質問いたしましたら、それは今のところ言えないというようなことを外務省は表明されました。既にもう昔の国会における論議の中で、そういうことにはなりませんというふうなことを言ってこられた態度なんですよね。だからそれを、今日何十年も過ぎてきて、この時点ではそういうことさえも表明できない、その程度の話し合いを両方でやろうというふうなことなわ けですから、なかなか相手を説得するなどというふうな形で前進しにくい面、みずからひっかかりを持たせていますよ。ソビエトは日米安保条約にひっかけていますし、日本政府は返還された後のこの島に米軍基地をつくらないということさえも言えない。それが両方の関係でしょう。お話にならぬじゃないですか。 この問題については前にもやりましたし、きょうもいろいろと質問をされていますし、我が党の態度としては、不破委員長の談話として明確に対外的に発表されていますので、質問はそこまでにとどめておきます。いずれにしても、我が国の主権にかかわる、北方の関係の皆さんからしますと、戦後四十六年たった今日、これだけ切実な思いを込めていろんな努力をしてきたのにそういうがっかりする、失望させられるような結果しか出なかったという時点に至ったものであるだけに、えりを正してこの問題について国民の納得のできるような解決の方向に努力をすべきだということを申し添えておきたいと思います。 次に進みます。開発庁関係の方、お見えですか。 さきに沖縄県の方から、三次振計の大綱を策定して政府への要請がなされております。この大綱の中で、二次にわたる沖縄振興開発計画の実施によって沖縄は、「社会資本の整備を中心に本土との格差は次第に縮小されるなど沖縄の経済社会は総体として着実に発展してきた。しかしながら、先の大戦によるか烈な戦禍、戦後二十七年間の長期にわたる本土との隔絶による社会資本整備等の後れ、広大な米軍施設・区域の存在等沖縄の持つ特殊事情は依然として厳しく、格差の是正されていない分野も存在し、自立的発展の基礎条件の整備も十分ではない。」と述べるとともに、引き続き沖縄の総合的振興計画の必要を訴えております。 国は、この要請をどう受けとめて、どんな対処を現在進めておられるのか、簡単に御説明をいただきたい。
○造酒政府委員 お答え申し上げます。 沖縄県がこのたび決定いたしました第三次振興開発計画の大綱は、県としてのお立場において第三次振計に向けての考え方をまとめられたものと理解をいたしております。沖縄開発庁といたしましても、現在なお水資源の確保あるいは所得格差の是正、雇用の確保など、二次振興開発計画の期間中には解決されない種々の問題があると認識しているところでございまして、これら二次振計中に解決されない問題につきましては何らかの対応が必要であろう、このように考えておるところでございます。 いずれにいたしましても、次期の振興開発計画の策定につきましては、現在沖縄振興開発審議会におきまして御審議をお願いいたしているところでございますので、その審議結果等を踏まえまして判断をしてまいりたい、このように考えているところでございます。
○古堅委員 三次振計の仕上げがいよいよ大事なときに至っておりますが、それだけに、その基礎にかかわる点での態度についてもお聞きしておきたいと思います。 一九七二年の祖国復帰に伴う第一回目の振興開発計画の特別措置法の趣旨説明をされた政府の態度表明がございます。造酒局長も御存じだと思います。そのくだりは文章がちょっと長いから読み上げませんが、当時の山中総務長官が趣旨説明をされたくだりです。その趣旨をどう生かしていくかということが、大事な三次振計についての中身となり、県民の願いにこたえる方向に少しでも前進させられるかどうかということにかかわる問題になろうと思うのですね。その趣旨を踏まえて今回の三次振計にも努力をしていかれる、そういうおつもりがあられるかどうか、その点をずばりお聞きしたいと思います。
○造酒政府委員 ただいま先生御指摘のとおり、沖縄はさきの大戦におきまして我が国唯一の戦場となりまして、大変甚大な被害をこうむったわけでございます。かつまた、戦後長期間にわたりまして我が国の施政権の外に置かれてまいりました。また本土から遠隔の地にあり多数の離島から構成されている、さらに基地の密度が高いというような、こういう特殊な事情を抱えているわけでございます。 私ども、現在審議会におきまして次期振興開発計画につきまして御審議をいただいているところでございますけれども、当然そういう諸事情を踏まえた上で御審議が現在行われておりますし、また審議会からいただきます御意見にも当然そういう御事情をごしんしゃくいただいた上での御意見がいただけるもの、このように期待をいたしているところでございます。
○古堅委員 ぜひ沖縄の心を酌み取るような形での御努力を全般にわたって展開していただきたいと強く要望しておきたいと思います。 それから、先ほど玉城委員からもございましたが、来年復帰二十年を迎えます。新聞に報道されましたので外務省として記念事業を考えておられるのだなということがわかりましたが、先ほど御説明いただいたことに加えてちょっと突っ込んでお聞きしたいのですが、記念事業ということで何か歌や踊りというふうなそういうことを考えておられる、そういうものなのか、あるいはこの際ということで何らかの実のある事業、そういうものでも突っ込んで考えていらっしゃるのかなということが私の関心事の一つです。大臣は、いつもおっしゃるようにかつて長官をされたという立場もあって、沖縄に御理解あられる、そういう立場で両方兼ね備えたようなそういう受けとめをいただけるのじゃないかというふうにも思うのですが、例えば二十七年というアメリカの占領というのは、沖縄にあった者からすれば文字どおり本当に過酷なものでした。ここに渡るについてもパスポートをアメリカにお願いしてとらなくちゃいかぬし、結核を治すということで、沖縄ではあの当時の医療事情では無理なので本土の病院にかかろうということで出ようとするのだが、アメリカにマークされてこのパスポートが出ないということで病気も治せぬ、そしてそういうことが当時の立法院議会にも持ち込まれる、人権問題になるなどというふうなことなど、いろいろありました。 ところで、沖縄の祖国復帰が達成してUSCAR、アメリカ民政府がなくなりました。二十七年にわたる占領中の大事な資料というものは、聞きますと、耳をそろえてみんなアメリカ本国に引き揚げていったというふうなことのようです。それでも、その二十七年のブランクにかかわる、我が国全体から見ても大事な戦後史の一部をなすそういう資料というものは、これからでも努力をして保存する、そういうことなどが大事な問題の一つではないかというふうにも思いますし、沖縄でもいろいろな立場からそういう散逸しつつある資料を保存する、そのための資料館をつくるなどとかいうことについての関心が寄せられ、主張というものが強まり、世論も高まっております。そういうことにもかかわって、ぜひ外務省もかんで二十年の復帰記念事業としてそこらあたりまで検討してみていただいたらどうか。これをどこかが検討——開発庁よりも私はやはり外務省だろうというふうに思いますし、検討に値する大事な内容ではないかというふうに思うのですが、大臣いかがですか。
○中山国務大臣 いずれにいたしましても、沖縄返還二十周年の記念事業は、政府が東京でやるものとあわせて地元の沖縄でも当然行っていただくものと考えております。沖縄の県民の方々の戦後の長い御苦労というものは私どもよく理解をいたしておりますし、今日の繁栄した沖縄というものを記念して、さらに沖縄が発展するように、またこの時期を一つの時期としてどのようなことができるか、外務省も真剣に検討さしていただきたいと考えております。
○古堅委員 終わります。
○中西委員長 柳田稔君。
○柳田委員 きょうは、先般来日されましたゴルバチョフ大統領との日ソ最高首脳協議について御質問さしていただきます。 深夜遅くまで何回も何回も協議をされましたこ と、その努力に対してまず敬意を表したいと思います。 いろいろと御協議をされたその結果、日ソ共同声明というふうなものを発表されたわけでありますけれども、この共同声明に対して政府としてどう評価していらっしゃるのか、まずお聞かせを願いたいと思います。
○中山国務大臣 今回の日ソ首脳会談におきます共同声明の作成、また十五に及ぶ協定の署名等につきまして、私どもは、我々の四島一括返還といった国民の念願である歯舞、色丹、国後、択捉の島名が入ったということは一つの大きな領土問題における前進ではなかったかと思っております。これからさらに努力を続けていかなければなりませんが、いずれにいたしましても、首脳同士の話し合いが十三時間に及んで行われたということ自体異例のことでございまして、この領土問題をめぐるそれぞれの国の主権にかかわる問題がいかに厳しいものかということを改めて痛感をしたようなことでございますが、政府といたしましては引き続き領土問題の解決に全力を挙げてまいりたいと考えております。
○柳田委員 今厳しいというお言葉もありましたし、全力を挙げていきたいというお話もありまししたけれども、率直に言って北方領土問題解決、前進があったのかどうなのか、再度お答えをお願いしたいと思います。
○兵藤政府委員 北方四島の主権問題について何とか突破口をつくりたいということであったわけでございますけれども、主権の問題そのものについての前進があったかというお尋ねであれば、残念ながら主権そのものの問題についての前進はなかったということでございます。しかしながら、先ほど来申し上げておりますとおり、平和条約締結交渉の中核をなす領土問題、その領土問題はすなわち北方四島の帰属の問題であるということ、大臣から御答弁申し上げましたように、それは歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島という四島の帰属の問題、これが領土問題として解決されるべき問題であるということが明確に日ソ間で合意をされたということ、つまり同じ土俵でこれから話し合うということが明確にされたということは、従来の三十数年にわたりますこの領土問題をめぐります二国間交渉というものの推移に照らしましても一つの前進であったのではないかというふうに思うわけでございます。
○柳田委員 共同声明の第四項に、海部総理とゴルバチョフ大統領は、北方四島の帰属についての双方の立場を考慮しつつ領土画定の問題を含む日ソ間の平和条約の作成、締結に関する諸問題について詳細かつ徹底的な話し合いを行ったという部分がございます。今御答弁になりましたように、四島の名前が書かれたということは成果だというふうに海部総理も記者会見でおっしゃっておりますけれども、このことについては私もそういう意味では前進かなという気がするわけなんですが、今回のこの中身を読んでおりますと、会談の事実経過を述べた、それにすぎないという感じがいたします。この共同声明でソ連が領土を譲歩するというふうなことはとても考えられませんし、また、今後のいろいろな交渉の中で行われるであろう共同声明に四島がまた必ず掲載されるとも思われないような気がいたしております。と申しますのは、過去の例、昔の例をとってみますと、いろいろと態度を変えてきたということもあります。この歴史を見て、今後もこの北方四島は最低でも必ず明記されるし、今回の共同声明が土台になってこれからさらに前進があるというふうに思っていらっしゃるかどうか、お聞かせを願います。
○兵藤政府委員 これからの予測を今この段階ですることは私は避けたいと思いますけれども、先ほど申し上げましたように、ここで初めてソ連も同じ土俵に上って話し合いをすることになったということは間違いないことであろうかと私は思います。そうでありますれば、日本政府としては、その土俵に乗って真摯な話を続けていくということがこれからとるべき姿勢であるというふうに思います。
○柳田委員 また同じ四項の、平和条約の準備を完了させるための作業を加速させるために、戦争状態の終了及び外交回復を共同で宣言した一九五六年以来長年にわたって二国間交渉を通じて蓄積されたすべての肯定的要素を活用という部分を、海部総理は記者会見で、一九五六年の共同宣言の二島の返還の有効性は確認されたのかという質問に、五六年の共同宣言以来のすべての肯定的分野を確認している、もちろん共同宣言も含まれると述べていらっしゃいますけれども、これは日本側の解釈にすぎないのではないかなという気がいたしております。と申しますのは、ゴルバチョフ大統領は、文書の中でこれまで成立しなかったもの、チャンスを失ったものは復活させなかったと明白に述べて、海部総理の記者会見の中身と真っ向から対立をしているわけでありますけれども、この点についての政府の御見解はいかがでありましょうか。
○兵藤政府委員 今回の交渉を通じまして、ゴルバチョフ大統領が日ソ共同宣言を公的な文書の中で確認するということはどうしてもできないという姿勢を貫かれたということは、繰り返し御答弁をさせていただいているところでございます。したがいまして、この一点につきましては議論は最後まで平行線をたどったということでございます。 海部総理の記者会見におきましては、まさに今指摘をされました一文、つまり一九五六年以来の蓄積されたすべての肯定的要素というものの中には、これはこの文脈の解釈としても当然そうとしか読めないわけでございますけれども、この中には日ソ共同宣言、松本・グロムイコ書簡等の重要な文書が全部入るということを強調されたものと私は承知をいたしております。
○柳田委員 ゴルバチョフさんの発言に関してはどのように感じ取られていらっしゃいますか。というのは、これまで成立しなかったもの、チャンスを失ったものは復活させなかったとおっしゃっておりますが、その真意はどこにあると思われておりますか。
○兵藤政府委員 海部総理は何回か、法律論として、国際法上の議論として日ソ共同宣言というものが厳粛な国際条約であるということ、したがって、それが一方的な通告であるとか政治的な宣言とかそういうもので無効になるとか無効になり得るというようなことは、これは全く通らない議論であるという主張を展開されたわけでございます。それに対して、ゴルバチョフ大統領から真っ正面からその議論を否定するという御議論はなかったわけでございます。しかしながら全く別の、今一部御紹介がございましたけれども、いろいろな形での政治的な御議論、それは一言で言えば、今の政治状況下で自分はここで日ソ共同宣言の確認というものを文書の形でして帰るわけにはいかないんだということを強調されたわけでございます。私は、その背景にはゴルバチョフ大統領が現在置かれている極めて厳しい政治状況というものがあるのではないかという、私の個人的な推察を申し上げたわけでございます。
○柳田委員 ゴルバチョフ大統領の背景が厳しいというお答えでありましたけれども、では、ゴルバチョフ大統領がどうなるかわかりませんけれども、世代がかわったならば議論は前に戻るというふうにも考えてよろしいのでしょうか。
○兵藤政府委員 こういう場でございます、今のような大変な仮説の、仮定の上での御議論にお答えすることは適切ではないというふうに考えます。
○柳田委員 四島の名前が共同声明に記載された。先ほども申しましたように私の方も前進しているというふうに思うわけなんですが、ここまでゴルバチョフ大統領が折れたということであるならば、この声明以外に何か口頭でお約束があったのかなという推測もあるわけなんですが、そういうことはあったのかどうなのか、教えてください。
○兵藤政府委員 もしも仰せの意味が、共同声明にうたわれたことと裏腹に何か裏で秘密取引があ って、何か秘密の約束なり文書が取り交わされたのではないかという御趣旨でございましたら、そういう事実は一切ございません。
○柳田委員 今度は政経不可分についてお尋ねをしたいと思うのですけれども、今回日ソの首脳会議が行われたということで、いろいろと報道がありました。今、裏取引も一切なしということでありますが、今後の政府の方針についてお伺いしたいと思います。
○兵藤政府委員 共同声明の中にも第九項でございますが書かれてあるわけでございますけれども、従来より政府が推進してまいりました拡大均衡の原則という原則に従って今後もあらゆる分野での日ソの実務関係を積み上げていこうという基本認識、これが確認をされたわけでございます。事実、先ほども御答弁を申し上げたわけでございますけれども、この拡大均衡の原則にのっとって今回十五の文書に署名がされ、これは御評価はそれぞれ異なるかと思いますけれども、かなりの実務的な積み上げというものがゴルバチョフ大統領御来日の機にできたということで、ゴルバチョフ大統領もこの実績の積み上げ、十五の文書の完成ということに対しては高い評価を下されて帰られたわけでございます。
○柳田委員 今後いろいろと交渉をされるというふうに思うわけなんですが、海部総理もソ連を訪れるというお話も聞いております。しかし今後、今回の日本における首脳会議を聞いておりましたりまた新聞紙上で読んでおりまして少し安心ができないというのが私の率直な実感なんですけれども、そういう状況下で総理がソ連を訪れていろいろと協議をされる、そのときはできたら大分の前進をしていただきたいなという気がするわけなんですけれども、そういうことで総理が行く前にいろいろな手順があるのではないかな。その一つとしては、実務的な人がまず事前に行かれていろいろと協議をされるとかということもあるかと思うのですけれども、その辺についてはどのようにお考えでしょうか。
○兵藤政府委員 今回の共同声明におきまして平和条約締結交渉を加速化するということがうたわれたわけでございますが、まさに仰せのとおり、実務的なレベルでのいろいろな作業、実務的なレベルということを申します際には当然のことながら既存の日ソ平和条約作業グループというものがまず来るわけでございますけれども、この日ソ平和条約作業グループの中におきまして、法律論、歴史論をかなり展開をしてまいったその過程の中から平和条約の概念というものをそろそろ整理をしていく、その過程から平和条約そのものを相互でつくり上げていくということも合意をしておるわけでごさいます。このあたりから実務的な仕事がさらに継続されていくかというふうに考えております。
○柳田委員 いろいろと協議をされるわけですけれども、今ソ連の状況を考えてみますと、ソ連としては日本の経済協力、いろいろな面が必要だというふうに推測はされるわけなんですが、それだけが前面に出てくるような気がしてならないのです。今お答えいただきましたように、日ソともにいい結果が得られるような状況になるんだろうかという不安もあるわけですけれども、それについてはいかがでしょうか。
○兵藤政府委員 北方領土問題に関しますソ連側の決断を求めます場合に私は幾つかの要素があると思っておりますけれども、一つは、先生が御指摘のようにソ連の国内のいろいろな状況があるわけでございます。その中でも、ゴルバチョフ大統領の置かれております国内政治的な状況というものも当然ございますでしょうし、あるいはその他の国内問題、民族問題もございましょうし、あるいは軍というものがどういう発言権を持っていくかというような、そういったこともございましょうし、経済がどうなるかというようなこともあるかと思います。国際的な状況もあると思います。また、日本との関係でのいろいろな条件というものもあるだろうと思うわけでございます。そういうような諸条件の総合体として恐らくゴルバチョフ大統領もこの北方領土問題というものを引き続き考えていかれるんだろうというふうに思うわけでございますが、私どもは、いずれの状況にいたしましても、従来から堅持してまいりました四島一括返還を強く求めていくというその姿勢で今後もソ連側と粘り強く交渉をしてまいるということであろうと存じます。
○柳田委員 先日、シベリアに抑留、抑留という言葉が正しいかどうかわかりませんが、された人とお話をしましたときに、今回の成果また今後の見通しをどう考えられますかと言いますと、非常に悲観的なお話をされておりました。その人と話をしますと、日本の考えは甘いのかなという気もせざるを得ないのですけれども、その抑留された皆さんに対して納得してもらえるような御説明ができる自信はございますか、今回の一連のこと、そして今後のことについて。いかがでしょうか。
○兵藤政府委員 仰せの御質問の御趣旨が、抑留者、関係者がいろいろ考えておられる補償の問題のことでございましょうか、あるいは今お話しの続きで北方領土そのものについての……(柳田委員「そうです、それも含めてソ連の姿勢」と呼ぶ) これは大変難しい問題でございます。私どもといたしましては、先ほど申しましたようないろいろな条件下で最大限の努力をして、小さい可能性であってもそれを徹底的に追求していくということ、その中で可能性の糸口を何とか早急に求めていくという姿勢を貫くという、この一点に尽きるだろうと思うわけでございます。
○柳田委員 今後も努力をしていただきたいと思うわけですけれども、私どもも北方領土返還ということで一生懸命運動してまいりました。キャラバン隊を組んだりしまして北海道まで行ったこともございます。そういうふうな意味で一生懸命運動した立場で言いますと、残念だなあ、今後本当に北方領土四島が返ってくれることを、それも早急に返ってくれることを祈念してやまないわけであります。 そういうことで、今後まだ運動していかなければならないわけなんですけれども、この運動に少し落胆の色も隠せないということもあるわけなんですが、政府として、総務庁として今後この返還運動をどのように進めていくつもりなのか、最後にお尋ねをしたいと思います。
○兵藤政府委員 総務庁の方からお答えになります前に、一つだけ強調させていただきたいと思いますのは、今回のゴルバチョフ大統領の御訪日の中で、私はやはり日本の国論が割れていなかったということは大変に大きなことであった、そのことはゴルバチョフ大統領もしかと受け取って帰られたに違いないという気がいたしております。今後のこの交渉の中での成否を決めるいろいろな要素がございます。先ほどソ連に関連したいろいろな状況、国際的な状況、と同時に日本に関連したいろいろな状況があると申しましたけれども、その中でも何よりも大事なのは、国論が割れていかない、国論が一致しているということが大変に重要な要素であろう、その点に関しましては、今回国論が割れることはなかったということは大変に大きな力であり、ゴルバチョフ大統領に対するメッセージであった、このメッセージは必ずや生きることがあるであろうというのが私の確信でございます。
○佐々木国務大臣 私もこの返還運動に携わっておる立場でございますけれども、そういう立場から申しまして、本当に念願でございました北方四島の一括返還、これが実現を見なかったということは大変残念なことだ、こう率直に思います。 しかし、こういうお話のございましたような厳しい情勢の中で、先ほど来御答弁のございますこの四島の帰属の問題につきまして名前を挙げてこれが盛られたということとか、あるいは北方領土の存在、問題の存在というものを認めたとか、あるいは今後交渉を加速するということも共通の合意等が得られた、そういうことを考えますときに、この領土問題の解決に向けてのレールが敷かれた、こういう意味では私は評価すべきものだ、こう考えております。 これには本当に外交当局の粘り強い交渉、努力があったと思いますが、今お話がございましたとおり、この外交努力を支えたのは私はやはり国民世論の盛り上がりだった、こう思うわけでありまして、北海道の関係の皆さんやあるいは五千五百万を超える署名をされたそういうほとんど全国民的な世論に対しまして私は感謝を申し上げたい、こう思っております。これからいよいよ返還へ向けて厳しい外交交渉が始まると思いますけれども、それなればこそ私は、この際国民世論というものを一層盛り上げていかなきゃならない、今そういう心境でございます。具体的な進め方につきましては、今後関係団体とよく相談をしまして対処してまいりたい、こういうふうに考えております。
○柳田委員 最後に、北方四島が日本に返ってくることを希望もするわけですが、それに対する外務大臣初め皆さんの御努力を心からお願い申し上げまして、質問を終わらせていただきます。 ありがとうございました。
○中西委員長 次回は、来る五月八日水曜日午前十時十分理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時二十一分散会