沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第6号
- 発言数
- 80 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1991/03/27
会議録
○中西委員長 これより会議を開きます。 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めます。 本日は、本件調査のため、参考人として財団法人日本国際フォーラム理事長伊藤憲一君、北海道大学教授木村汎君、安全保障問題研究会事務局長末次一郎君、青山学院大学教授寺谷弘壬君、以上四名の方々に御出席をいただいております。 この際、一言ごあいさつ申し上げます。 参考人の各位には、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。本件について、参考人各位には、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきますようお願いいたします。 次に、議事の順序について申し上げます。 御意見の開陳は、伊藤参考人、木村参考人、末次参考人、寺谷参考人の順序で、お一人二十分以内に取りまとめてお述べいただき、次に委員からの質疑に対しお答えいただきたいと存じます。 なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を受けることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承ください。 それでは、まず伊藤参考人にお願いいたします。
○伊藤参考人 ただいま御紹介いただきました伊藤でございます。 本日は沖縄及び北方問題に関する特別委員会に公述人として出席し、発言する機会をお与えいただきましたこと、御礼申し上げます。 四月十六日にゴルバチョフ大統領の訪日が予定されていることでもありますので、日ソ関係、特に北方領土問題について意見を述べさせていただきます。 まず、私は、案外当然視されていて明示的に議論されず、そのために議論を混乱させている問題点といたしまして、我々の根本目的は何なのかの再確認ということが必要ではないかと思うものでございますから、その点について一言申し上げた上で、本論の方に移りたいと思います。 私は、日本の対ソ外交の目的は、平和条約を締結して戦争状態に法的な終止符を打ち、日ソ関係の将来の発展のための強固な基盤を用意することであると考えております。そして北方領土四島の返還は、その前提条件として我々の問題意識に上ってくるものであると考えるわけでございます。 北方領土四島は、その経済的価値、政治的価値、軍事的価値等のために我々が返還を求めているものではございません。我々は、国民、民族の矜持、誇り、そして民族統合のシンボルとして、固有の領土であるがゆえにこれら四島の返還を求めるものであり、カイロ宣言並びにカイロ宣言を引用したポツダム宣言第八項の規定にかんがみましても、日本固有の領土であるこれら四島を返還した上で日本との関係をつくるというソ連の態度こそが国際正義に則するものであり、その意味で、単に日ソ関係のためだけでなく、世界的な人類的な意味で真の平和と発展を築く必要不可欠の条件であると考えるゆえんでございます。このゆえに、四島でだめならば二島というような取引が本質的に日本外交の目的と矛盾するということを冒頭に指摘させていただければと存ずる次第でございます。 この目的を確認した上で、いかにして四島返還に至るプロセスをたどるかという観点に立ちますと、私は、まず日ソ両国間において歴史の真実に関する理解を共有することが何よりも必要であり、不可欠であるのではないか。何が歴史の真実であるのか。一九四五年八月から九月にかけて起こったことの真実は何であるのか、いずれの側が加害者であり、いずれの側が被害者であるのか、こういった点につきまして日ソ間に理解の食い違いがある現状におきましては、道義論、法律論、政治論はいたずらに空転するのみでありまして、また翻って、逆にこれらの歴史的真実についての認識が共有される場合には、道義論、法律論、政治論はおのずと道が開けるものであると考えるわけでございます。この意味で、ペレストロイカ後のソ連が、例えばポーランドとの関係においてカチンの森事件の真実を認め、バルト三国との関係においてモロトフ・リッペントロップ間で署名された独ソ秘密議定書の犯罪性を認めたという前例は、日ソ関係についても歴史の真実の共有が不可能ではないはずであるということを私どもに示し ているのではないかと考えるわけであります。歴史の真実が共有され、ソ連が加害者である側面を自認する場合には、おのずと謝罪があり、謝罪があればそこから救済が出てくるわけで、私はそのような救済の最大のものとして北方領土四島の返還を位置づけることができるし、また位置づけるべきではないかと考えるわけであります。 前段が余り長くなりますともう残り時間ございませんので、私が申し上げたいと思っている点につきまして単刀直入に入らせていただきたいと思うわけでございますが、そのようなこととして北方四島返還への道筋を進むに当たりまして、対ソ交渉の基本的な姿勢であるとかあるべき日本側の立場であるとかいうようなことにつきましては、既に多くの議論がなされており、また本日も私以外の参考人から貴重な意見の陳述があるものと思いますので、私はむしろ、これまで等閑視されていたけれども非常に重要であり、かつ時間が限られている緊急の立法措置、あるいは少なくとも政府、国会における問題意識の革正が必要な問題としてこの問題があると考えるものでございますから、一点指摘させていただきたいと思うわけでございます。 この意見は、私、実は本年一月十日の読売新聞の「論点」というコラムに発表したものでございますが、北方領土が仮に日本に返還されることになった場合どういうことが起こるかということを想定してみますと、これは返還されてから初めて考えればよいということでは既にして手おくれになる性質のものであることに思い至るわけでございます。一九四五年以前四島に居住いたしておりました日本人の土地所有権者というものがございます。この人たちは北方領土が返還されれば当然その所有権を主張し、さらには、これを売却する場合にはこれが不動産開発業者等の手に渡り、土地所有権が転々とするという事態が起こることが考えられるわけでございます。 他方、この北方領土がかつてアメリカから日本に返還された沖縄と非常に違う点は、現在そこに日本人が住んでいないということと同時に、現在そこにソ連人が住んでいるということがあるということでございます。我々が力によって奪われたものは力によって取り返すという立場で戦争によって四島を取り返すものであるならば、ここに住んでいるソ連人をすべて放逐するということは可能でございますが、しかし、日ソ間の話し合いの過程の中で、ソ連側が自発的な意思によってやはりこれは国際の正義というものを認め、道義論、法律論の筋道を踏まえて返還するということでございますので、ソ連側の好意、善意というものを私どもは認識する必要があると思うわけでございます。そういう状況ですべてのソ連人に退去を求めるということは、非現実的な想定であろうかと考えます。私は、ソ連人には島外移住、島の外のソ連領に移住することあるいは島に残留すること、この自由な選択権を与える必要があろうかと考えるわけでございます。島外に移住するソ連人に対してはその補償の問題が生ずるかと思います。また他面、北方領土に引き続き残留を希望するソ連人に対しては、その法的地位とともに、経済的に生活が成り立つ条件を整備してあげるという必要があろうかと思います。 そういうことを背景として考えますと、現在北方四島はソ連が管理いたしており、ソ連では土地の私有権を認めませんので地主というものはございませんが、しかしそこに現に居住しているソ連人というものがあるわけでございます。そこの土地に生活の基盤を置いているソ連人がいるわけでございます。彼らが残留を希望した場合において、我が方が、北方領土は返還された、ゆえに日本のものとなり、したがって日本の旧地主がその土地を所有しているのだといって北方領土に戻るならば、ここで大きな日ソ間の混乱や摩擦が想定されるわけであります。東西両ドイツの統一の後、東ドイツの土地につきまして西ドイツの昔の所有者が所有権を主張したためにいろいろの問題が起こっていることは御承知のとおりでございますが、これは同じドイツ人同士の問題でありましたがためにドイツ内の問題として解決しておりますけれども、ソ連人を日本の戦前の地主が追い出すというようなことになれば、これは国際問題になるおそれがあるかと考えるわけであります。 右は、私がかねて主張しております、北方領土四島につきましては返還後これを国有地にすべきであるという議論の多数ある論拠の一つでございます。すべて述べている時間がございませんのでこの「論点」という読売新聞のコラムに書き残した以上の一点を追加いたしまして、なぜ国有地にする必要があるのかという主張につきましては、大部分この「論点」というコラムの記事によって御了解をいただければ幸いに存ずるわけであります。 もう一つは、北方四島が返還された後この四島については、私はいろいろな意味で、日本側は、無為無策、理念、哲学なしにただ単純に日本領土に編入して、そのほかのすべての土地と同じように無秩序な乱開発や私的企業による営利追求のままに任せるべきではないのではないか。これは第一に、この点だけについてはソ連の占領が幸いであったわけでありますが、四十五年間日本の高度成長による環境破壊から免れてきた北方四島の自然環境を保全するということ。それからもう一つは、ソ連側の自発的な意思によって返還されたという背景を踏まえて、返還された北方四島は日ソ友好のシンボル、日ソ友好の基地として位置づけていくという日本側の理念、哲学があってよいのではないか。この目的を達するためには、国有地にする必要がある。日本の土地私有権というのは世界でもまれなくらい絶対視されておりまして、一たん私有権を認めれば、この自然環境保全あるいは日ソ友好のための基地として利用するといったような目的は全く達成困難になろうかと私は考えるわけでありまして、国有地にした上で、しかし私企業の活力というものを活用する必要もございますので、いろいろな条件を課して個人または私企業に貸し付けるということでよろしいのではないかと考えるわけであります。 なお、北方領土を国有化するといいましても、北方領土の大部分は戦前においても国有地でありまして、私有地の部分は非常に少ないわけでございますので、その補償に要する金額というものは私はそれほど大きなものではないはずであろうと考えております。 このような意見を私が一月十日に発表いたしました後、いろいろな機会にいろいろな方々に御議論いただきまして、いろいろな御批判をいただいております。代表的な御批判を四つほどお手元にメモの形で御披露しているかと思うわけでございます。いずれにつきましても、検討を要する賢明な、参考になる御指摘であったと受けとめておりますが、しかしまた私といたしましては、それらの御指摘にもかかわらず、やはり返還後の北方四島というのは国有地にして、特別の地区にして、自然環境の保全と日ソ友好の基地としてこれを活用するという体制を、できれば新しい立法によって、もしどうしても立法が不可能ないし望ましくないということであれば、せめて政府、国会の場において返還後の北方領土をどうするのか、そのプログラムないしビジョンを御表明いただくことが必要かつ適切ではないか。しかも、これは返還前にやらなければならないことであり、時間は限られてきているという印象を持つわけでございます。 長時間、御清聴ありがとうございました。(拍手)
○中西委員長 伊藤参考人、ありがとうございました。 次に、木村参考人にお願いいたします。
○木村参考人 ゴルバチョフ政権が成立しましてから六年の月日がたちましたが、その中の展開には、日本の北方領土返還運動に有利な動きと不利な動きがございます。 有利な展開といたしましては、そもそもペレストロイカというものがなぜ始まったかといいますと、ソ連経済の低迷である。その経済を立て直す、その刺激になりましたのは、一九八五年、ゴ ルバチョフが政権をとりましたときに、くしくも日本のGNPがソ連の国民総生産を抜いて世界第二位になった、これをソ連におきましては日本ショック、日本の奇跡として、遅まきながらエズラ・ボーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のような論文や書物が出るきっかけとなりました。したがいまして、ペレストロイカを導きました原因はたくさんございます。例えばレーガン大統領のSDIだとかそのほかの理由もありますが、そのうちのワン・オブ・ゼムの影響として、日本の戦後の経済の発展ということがお隣の国に与えた影響は無視できぬものがあると思います。 その結果、あるいはその前後から、ソ連の知識人の間には一種の意識革命が発生したと私は思います。どういう意識革命かと申しますと、国際政治を見る目が変わってきた。ソ連の国際関係の書物を読んでみますと、キーコンセプト、国際政治を見る目の最も大事な言葉は、力の相関関係ということでございますが、以前は、力という場合、軍事力をほとんど意味していたと言っていいと思います。ところが、ゴルバチョフの周りの知識人の意識革命によって、力というのは軍事力に限らない、非軍事力、例えば経済の力、科学技術の力、精神力なども入るということが遅まきながらわかってきた。となってくると、軍事大国では必ずしもない日本が有利になってきて、軍事超大国としてのソ連の日本に対する優位性が逆転してくるわけでございます。 さらに、だめ押しになりましたのは、ペレストロイカのモデル国というのはどこか。モデル探しはあり得ないわけでございます。一たん社会主義、共産主義の道をとりました国がもう一度再資本主義化するという道は、前人未到の、歴史上未曾有のことでございますから、地球の上に特定国はないわけでございますけれども、強いて探すと、最初はハンガリーやユーゴスラビアや中国の混合経済、次いで北欧の福祉国家ということが言われましたが、最近ではほぼ日本だ、あるいは韓国と言っていいと思います。それは日本が何もすぐれているからではなくて、日本が短期間の間にロシアと同じような発展段階から比較的スムーズに科学技術の力を使って後の鳥が先になるという奇跡をなし遂げたことが、今の危機状態を迎えているゴルバチョフにとって最も参考になる国というような意味でありまして、欧米の方はもう余りにも進み過ぎているのでペレストロイカの参考にならない。その点で、むしろ日本や韓国やNIESの方が参考になるのではないか。 その第一番目に、科学技術の吸収、利用が日本人は非常にうまい。ソ連の場合は、イギリスの学者の研究によると、海外から高い外貨を使って輸入した科学技術を自分の国のものに普及し、物にして吸収する力が六〇%しかないという研究が出ているぐらいでございますが、日本はこの点ですばらしい。戦後一度設備がなくなったという有利性もあります。が、世界最新の科学技術を国民が自分の国に応用し、普及する能力を持っていた、ここの秘密を学びたい。 二番目に日本人に感心する点は、クライシスマネージメント、危機管理あるいは危機克服の仕方が非常にうまい。いかなる国も危機に見舞われるわけでございます。日本でも敗戦ショック、円高ショック、ドル・ショック、汚染ショック、オイル・ショック、湾岸ショック、ソ連でもアルメニアの大地震、チェルノブイリの事故とかいろいろ、それはもう不可避的なことでございますが、問題はその危機をどういうふうに克服するか、その点で日本人は、災い転じて福となすというようなことで危機を見事に乗り越えるばねのようなものを持ってきた。今のソ連は全面的な危機状態に入っていると言われておりますので、日本人は危機管理、危機克服の何か特別なうまい方法を持っているのではないかということで、日本をその点でもモデルとしようとして最近は視察団がたくさんいらっしゃるわけでございます。 三番目に、経済ばかり感心しているわけじゃありません。ソ連の考え方からいいますと、日本の経済は一流、日本の政治は三流というのはおかしい、政治が立派でなくてなぜ経済が立派であろうかという考え方で、日本を非常に買いかぶってくださっている点もあるのですが、安全保障や防衛や外交の面でも日本の戦後はすばらしい。まず最近、ソ連の軍事ドクトリンが修正されてきまして、防衛のための防衛ドクトリンと言っていますが、これは何のことはない、日本の平和憲法の精神である専守防衛を別のソ連の言葉で言いかえたことにほかなりませんから、日本は四十五年前にソ連の新思考の先取りをしていたと自慢できると思います。それから、最近ソ連では包括的国際安全保障スキームということを言っておりますが、この舌をかむような言葉の根底には、大平正芳さんがおっしゃった総合安保という考え方と非常に似通ったものがあります。 そういう点で、ソ連は遅まきながら日本がかつて歩んだ道を非常に参考としながら来ている、こういう点で日ソの関係は今逆転しているという大局を押さえない限り、ゴルバチョフの訪日を迎える我々の態度は根本的に間違っているということをまず第一点として申し上げたいと思います。 それから第二点は、しかしながら、ごく最近の状況は不利な点もあるということを御紹介しなければフェアでないと思います。 まず第一番目に、グラスノスチということで、ソ連社会において初めていろいろな人がいろいろなことを言うようになったものですから、それまでの時代ですと、フルシチョフとかスターリンとかブレジネフという人が北方領土は自分は返すと一言言えば、それは持って帰って国会で批准されることができたわけですが、今はもう百家争鳴のように、ソ連二億八千八百八十八万の人がまるでおもちゃ箱を引っくり返したように、それを前にして六、七歳の園児がすべてのおもちゃは自分のものだという発言権を要求しているような形で多様な見解が出ていますから、皆様新聞でもごらんのとおり、北方領土に関してあらゆる意見が出ております。こういうことは国会で申し上げてはいけないのかもわかりませんが、それを全部整理した本を四月十日に私は「北方領土—五つの選択肢—」ということで出しますので、もし先生方で参考になればという意味で申し上げているので、宣伝ではございません。 二番目に、それに関連して民族意識が非常に高揚していまして、今までのソ連を束ねていたのは階級という概念でございますが、今度かわって出てきましたのが民族という二字でございます。したがって、それぞれの共和国あるいは共和国の下の自治州、サハリン州に至るまでのあらゆるソ連の民族単位が、自分のところの資源や土地、領土は自分たちが決める権利があるというふうに主張し出した。これは日本にとって不利な第二番目の状況でございます。 特に、エリツィンという人が今カウンターパワーとして、ゴルバチョフがダーと言えばニエットと言い、ゴルバチョフがニエットと言えばダーと言う、必ずアンチテーゼとしての自己、自分の存在理由としておりますから、この二人が和解するということはおよそ難しい。太陽と月が握手するより難しい問題でございますから、これは日本にとって必ずしも有利な展開ではございません。 また、フィヨドロフ・サハリン知事が北方四島を直接行政区画におさめていることで、彼は経済学者でモスクワ経済大学の副学長から落下傘のようにサハリンをペレストロイカの実験場とする意気込みでやってきた人で、政治のことはさっぱりわからない人で困ったものでございますが、そういうことで彼は一島も返さないという法律論を全く無視したことを言っている。そうして一部のサハリン及び四島の住民に迎合しているという傾向があって、これも困ったものでございます。 それから三番目は、言うまでもなく、最近のラトビアやリトアニアに対する軍事介入に示されていますように、ゴルバチョフが保守派の意見をかなり考慮するようになってきたということで、保守派とエリツィンとは相なじまない、左と右でございますけれども、共通点はナショナリズムということで、ゴルバチョフが勝手に自分に相談する ことなく何か決めた場合は批准しない、いちゃもんをつけようということで、これは必ずしも日本にとって有利な展開とは言えない。過大評価することも必要ございません。結局は、ゴルバチョフの力はまだかなり強いと僕は思っていますから、反対を押し切って彼は外交上の得点を上げる気持ちで日本に来ると思いますけれども、だからといって彼の立場がかなり薄氷を踏む思いのジレンマに立っているということは我々も理解して、そのお家の事情を理解しつつ我々の主張をぶつけるべきだと思います。 それが私が二番目に申し上げたい日本にやや不利な、特に最近のソ連における展開でございますが、それらを含めまして有利不利の点を踏まえまして、結局ゴルバチョフはどういう対日目標を持って、対日政策を持って、対日戦略で四月十六日に訪日するかということにお話を進めます。 一番初めに、ゴルバチョフの対日目標としては、ゴルバチョフのキャッチフレーズは日ソ関係を生気あふれるダイナミックな、大規模なものにしたいということでございます。どういうことかというと、日ソという隣り合う国が四十五年もいがみ合ってポテンシャルな発展力を生かさないのはまずい、主にそれはソ連の外交政策の誤りだった、そういう誤りをもう今後繰り返すべきではないし、繰り返すことは愚かであるという考え方。そのためには日ソの間に生気あふれる、ということはロシア語では血の通ったという言葉なんですが、日本とソ連という隣国の間に生き生き血液が通うためには、たとえ小骨でありましょうとものどに障害が残っているようでは血液が流れることを邪魔いたします。その小骨というのは北方領土のことで、これが解決しない限り絶対日ソ関係はノーマルな関係ではない、というのはまた極論でございます。しかし、これが邪魔しているということもまた事実でございますから、障害はすべて取り去ろうというのが基本方針であります。 それから出てくる系、コロラリーとしまして、二番目に、ソ連は昔と違いまして、私の言葉で言う紙の上の勝利はもう求めておりません。これをペーパー・ビクトリーと訳しましたが、こういう英語があるのかわかりません。つまりどういうことかというと、昔は、平和条約を日本からかすめ取ることによって、対内的にも対外的にも日本とソ連はこんなに関係がよくなったんですよということを内外に誇示することがソ連の対日政策の主な目標でございました。特に、ブレジネフ時代はこの傾向が強くて、平和条約でなければ別のペーパーでもいいといって、ソ日善隣協力条約だとか極東における信頼醸成措置のとかアジア安保、あるいは最後に、私が読んだので最もびっくりしたのは、いかなる条約や協定でもいいからとりあえず結ぼうといったふうに、紙で結ぶことを重視しておりましたが、今のゴルバチョフの危機状態のソ連にとっては、紙は一片の紙で、何のおなかの足しにもならないわけです。 ですから、もう平和条約にこだわらないで、むしろ日本との間に生き生きとした経済交流、技術交流、科学技術交流、人的交流、政治交流、外交交流が欲しい、そのためには日本人の心からのポジティブな、前向きの協力関係が欲しい、そのためには日本人の国民感情の中にしこりやわだかまりがあってはいけないので二島では無理だろうと。プリマコフなどは近いことを言っております。つまり、実質的な、サブスタンシャルな協力が欲しいというふうに事態、情勢が変わってきたことを我々は理解する。 そこから大胆な私の推論では、平和条約にそれほどこだわらなかったわけですから、非常に楽になった面もございます。というのは、平和条約というのはどのような国の間でも国境を決めるものでございます、国境を最終的に確立する。二島で平和条約を結べば、もうソ連は絶対にそれ以後あとの二島を返しません。それは、平和条約というのはそういうものですから。四島で書いてくれればいいわけですけれども、それまでに、それを書けないということでせめぎ合いがもう四十五年間、あるいは鳩山訪ソ以来三十四年間続いているわけですが、その点でソ連の学者の中には、日本からは実質的な協力が欲しいのだから平和条約をいつ、どの段階で結ぶかということはそれほど重要ではないと言ってきたので、ここでちょっと日ソ関係の法律論は楽になってきた、それと同時に、出口論と入り口論との差も縮まってきたわけでございます。 その次に、今度はゴルバチョフの対日政策といたしますと、冒頭で述べましたようにソ連における二つの最近の展開を、妥協し統合した形でゴルバチョフという人は今「相互に受け入れ可能な妥協」ということを言おうとしている。これは、ソ連の外務大臣からリベラルな改革派の学者に至るまでがほとんどこの言葉を決まり文句のように使って、ある学者などは一つの論文の中に五回この言葉を使うぐらいです。どういうことかというと、外交交渉には妥協が必要なんだ、ソ連も妥協するけれども日本も妥協してほしいということで、抽象的に言いますと、ヤコブレフという人が第三の道と言ったことを、もう少し詳しく言うとこの言葉になるわけでございます。しかしこれは日本側からは受け入れられないわけです。日本は、正札商法に似たごとく、デパートでつけた値段はもうまからないわけです。ところがソ連人は、不思議にバザール商法という中近東の商法をとりまして、最初に大きく吹っかけて、最後は妥協するものだ、それが交渉だと思っている。日本はもう南樺太、サハリン及び得撫島以北の千島を事実上放棄しているわけですし、また、それを明確にする用意もありますから、四島はもうぎりぎり決着の線で、これ以上の妥協はないわけです。ところが、ソ連は日本の一部にアピールするように、交渉事には妥協が必要だから少し妥協してほしいということをにおわしてきているわけでございます。 そこで、私は二番目に、恐らくゴルバチョフが今度は来るときには二島プラスアルファという形になるんじゃないか。このアルファというのをゼロと置けば二島だけになりますし、二と置けば四島になる。このアルファをどうするか、少なくすると日本から経済援助が得られない、大きくすると帰って保守派とかエリツィンにいじめられるという、ゴルバチョフは前門の虎、後門の狼のようなジレンマに立って、このアルファをどうしようかということでやはり小沢さんもお呼びになったんじゃないかと思います。つまり、彼は日本に来る一週間前に政策を決定すると言いますが、そんなことはないと思います。日本に向かう飛行機の中でもまだ彼は決めていない。日本にいる四日間の中で、日本の対応を見ながら、A案、B案、C案、D案というのをポケットに入れてきて、そのアルファを大きくしようか小さくしようかということで決めると思います。ということは、ソ連の対日政策を決める大きな決定要素は我々だということですね、ほかならぬ我々の毅然たる態度だということです。 最後に、ゴルバチョフのもう少し具体的なストラテジー、対日戦術としては、こういうことをやると思います。一番目に、島では苦しいわけですから、島のかわりとなるものを提示すると思います。それをプレーアップする。それはシベリア抑留の謝罪、それから北方四島からの一個師団のソ連軍の撤退の発表ということで、島という問題だけが突出することを少なくする演出をする。二番目に、ゴルビー・ブームを起こすことによって、日本初訪問でございますから恐らく国会とか銀座とか宮城前とか京都の町、大阪の町で車からおりてできるだけの人と握手をして、ああ彼はやはりクマではなかったんだ、ソ連人も人間であって、あるいは日本の政治家よりももっと親しみが持てる、なかなか好感の持てる人じゃないかというムード、雰囲気をつくることによって肝心の島の問題をぼかすという戦術をとると思います。そして、日本人はお人よしですから一時はそういうブームに乗ると思います。それから三番目に、今明らかにとっているのは先送り戦術と私が言うもので、一回限りの訪問でこれだけ長年の懸案の問題が解決できるはずはない、継続交渉しよう、何 ならことしの秋に日本の総理大臣や外務大臣いらっしゃい。普通一年に一回以上首脳会談とか外務大臣級の会談が行われるのはあり得ないことですけれども、シェワルナゼと安倍さんが一九八六年にやったように、引き続き今度は息もつかせずやりましょうということで、そういう戦術をとるのではないかと思います。 もう時間が来ましたので、項目だけ読ませていただきます。 日本の対応としては、これは先生方がお考えになることですけれども、私個人としましては、ソ連のメンツを配慮することが大事で、金額を日本から提示するような、リークするようなことは愚かなことだと思います。というのは、ソ連にとっても返しにくくするので、という意味です。 二番目に、きちっとした文書を書かないことにはやはり、食い逃げというと言葉は悪いですが、あとの二島がはっきりいたしません。あとの二島についてはっきり文書を書かないと、ブレジネフがはい、はいと二度、ダー、ダーと言ったということの二の舞になると思いますし、河野一郎さんが行かれたときにも、通訳を連れないで入っていかれたということの二の舞になる。生き証人が亡くなった後何も残りません。残るのは、この意味では重要なペーパー、紙、ドキュメント、文書でございます。 三番目に、ヘルマンの法則というのは、ワシントン大学のヘルマンという教授が鳩山訪ソのときの日本の対ソ政策を言って、日本には対ソ政策はない、あるのは国内政治の派閥と、自分が有名になりたいという国内政治の延長だけである、しかもそれが日本の一貫したパターンであると言ったことですが、この言葉が繰り返されないことを切望して、私の陳述を終わります。(拍手)
○中西委員長 木村参考人、ありがとうございました。 次に、末次参考人にお願いいたします。
○末次参考人 末次です。 ほかのお三方と違いまして、私はソ連問題の専門家ではございませんが、かつて沖縄を復帰させるために努力した延長線上で北方領土問題に長年取り組んでまいりました。 一つの手法として、沖縄のときには、アメリカの専門学者と日本の専門学者とが会議を組織して、ここで返還のあり方をいろいろ議論を重ねて核抜き、本土並み、七二年という原理を生み出して、これがその後の流れをつくったという経過がございました。相手が違うのですぐそれが適用できるとは思いませんでしたが、ソ連のハイレベルの学者ときょうおいでの木村教授を含む日本の学者との間で日ソ専門家会議を組織したのが十八年前でございました。以来十二回にわたって会議を開くなどの接触を続けてまいりました。そういう関係で昨年は四回参りましたし、ことしは三月の初めに約十日間行ってまいりました。そういう立場で、当面迫っておりますゴルバチョフ訪日に焦点を絞って私の考えを申し上げようと思います。 訪日の背景を見ますと、国際環境は実に良好な環境でありますけれども、先ほどからお話がありましたように、ソ連の国内事情は最悪の事態であります。この最悪の事態に、なぜ彼がみずから日にちを決めるというような異例の手続をとって決めたかということでありますが、二つあるように思います。 一つは、数年前から訪日の問題が具体的に話題に上ってまいりまして、一昨年の九月の国連総会で、シェワルナゼ外相が九一年にならないと行けないということを表明いたしました。そのときのトーンは、むしろ来年は行けないよということを言ったのでありますけれども、そこから九一年というのがぐっと浮上いたしまして、昨年一月に自民党ミッションを率いて行かれた安倍さんがこれを踏まえて、それなら桜のころどうだと言われたのが端緒で、やがて創価学会の池田さんあるいは櫻内衆議院議長などがおいでになったときに、九一年桜のころというのがあたかも既定事実のように流れて、その後ひとり歩きをいたしました。したがいまして、一月、外務大臣が訪ソしましたときに、そろそろ具体的に決めてくれという話を持ちかけたときに、これを延ばすとかやめるというのはそれに伴うデメリットがあるわけでありますから、これが一つの側面。もう一つは、これはあくまでも私の憶測、推測でありますけれども、この時期を外すと行けなくなるのじゃないかと彼は思ったのではないだろうか。そこで決断をした。 その場合のねらいは何であろうかというと、私は三点あると思うのであります。 一つは、抽象的な雰囲気だけという最悪の場合があってもいいけれども、とにかく日ソ関係に新しい道をつける、あわよくば日本の経済協力を手に入れる。それから第二には、国際環境が米ソの冷戦の終結、あるいは、ソ連からいうとまことに心ならずもではありますけれども東ヨーロッパが全部背中を向けてしまった、案ぜられていた湾岸戦争は、一月に日程を決めた段階では極めて緊迫した状況でございましたけれども、結果的には終結をしたという国際背景でありますから、さあ今度はアジア・太平洋だというところに力点を置いて、彼特有のアジア・太平洋平和戦略のパフォーマンスを高々と掲げるということが第二のねらいであろうと思います。これは一昨年五月、中国を訪問したときに相当準備をしていたと思われますが、不幸にして天安門事件のためにこれを果たすことができませんでした。しかも、その後のアジア情勢の中には、中ソの正常化はもちろん、韓国との国交正常化、あるいは北朝鮮が日本との交渉に動き出した、モンゴルから撤兵をした等々、新しい情勢もございますし、オーストラリア、カナダの外務大臣がアジア・フォーラムを開けというようなことを発言するなど、そういう情勢の変化を踏まえて大きくこれを打ち出す、マスメディアの役割もあって相当大きなフィーバーを起こして日ソ関係の新しい空気を醸し出し、アジア・太平洋平和戦略を大きく打ち出すというこの二つの成果をもって、第三には、国内における薄氷を踏むようなみずからの政治的基盤を固める上での役割を期待しておる、そういうふうに見てよいのではないだろうかと考えております。 そこで問題は、具体的に日本に来た場合にいかなるスタンスをとるのかということでございます。 これは先ほど木村参考人からもお話がありましたように、その直前に至るまで、彼の裁断によって決まることが非常に多いわけでありますから、推定できない部分がかなりございます。しかし、今の段階で割合にはっきりしていると思われるのは——というのは、昨年十一月にソ連では準備委員会をつくりましていろいろな論議を重ねてきております。我々が接触してきたソ連側のカウンターパートの学者たちもこれに参加しておりまして、その辺からいろいろ類推をいたしますと、第一の対日関係については、まず従来のぎすぎすした関係を変えるということにかなり力点を置くものと思われます。 そのためには、まず第一に、懸案の問題が解決されないためにいまだに平和条約ができていないことは甚だ遺憾であるということを、言葉を飾らずに割合率直に表明することになるだろう。二番目には、木村参考人も言われましたけれども、シベリア抑留問題を思い切ってプレーアップする。そのために既に具体的な準備としては、訪日の前にハバロフスクを訪問して、ハバロフスクにある日本人墓地にもうでて日本にやってくる。その際は、ソ連外務省が整備に努めてまいりました抑留者、とりわけ死亡者名簿等を携えてきて日本政府に手交する。また、事務レベルの話し合いでシベリアから帰ってきた抑留者と話し合いたいという希望が出されておりまして、かなり演出を考えておるようであります。三つ目は、先ほど申し上げたアジア・太平洋平和戦略の展開の中で、日本がいかに大国であり、いかに大きな影響力を持っているかということを言葉をきわめて持ち上げるだろうと思われます。さらに、既に事務レベルにおいて、大統領が訪日した際に調印する文書の準備ができておりますが、現在までの段階で私が承知しておるところでは十一ぐらいが準備されてお り、先般ソ連でソ連外務省の意向などを聞きますと、この二十九日に来日する外相がさらに新しい文書案を携行してくる、雰囲気としてはなるべく数を多くしたいという姿勢がソ連側にも見られまして、中身は、私の見るところ大したことないものも含まれておりますけれども、例えば二十もの文書にサインをしたというようなことも新しい雰囲気づくりにプラスしよう、こう考えているように私には思われます。 そこで、二番目に、肝心の北方領土問題についてでありますけれども、昨年九月シェワルナゼ外相が日本にやってまいりました後、彼が最高会議で外交演説をいたしました。その中では、私の言葉で言うと包括先送りでありますが、要するに、領土問題も経済協力も文化協力も何もかもリンケージして、二十一世紀に向けて腰を据えて話し合おうということを強調いたしました。しかし、その後具体的な準備に入りますと、それだけではいかがなものであろうかという、まあ若干の前進が見られるかなと思っております。それは、先ほど申し上げた、一つには懸案が解決しないために平和条約ができてないことを遺憾とするということを打ち出した上で、一九五六年の共同宣言については、歴史的事実としてこれを認めるということまでは今回の場合はっきり踏み切るだろうと思います。そこから先一体どこまで踏み込むかということについては、木村参考人より私は悲観的でございまして、少なくとも現状においては踏み込みたくないという思いが依然強いと思います。 理由は明瞭でございまして、ソ連国内には類する民族の争いがたくさんございまして、その影響が広がるおそれがある。またバルト三国への刺激もある。さらには近隣諸国、とりわけルーマニアなどとの関係もなくはない。加えて、エリツィンの立場が極めてデリケートでありまして、この点については今度ロシア共和国の外交担当者あるいは最高会議の外交委員長などと相当突っ込んで話してみましたが、ロシア共和国側は、北方領土はロシア共和国に位置しているのであって、現在の協議が進められておる新連邦条約でも領土の変更については当該共和国の同意が必要であるという基本がございますし、そういう側面からかなりこの問題には関心を持っております。数日前エリツィンは、ゴルバチョフ大統領はこの問題についてもし日本で何かをやるとするならば事前におれと話し合え、またロシア共和国のしかるべき代表を同行せよということを申しております。私は、現在のモスコーの政治環境からいって、この話し合いが事前にできるとは思っておりません。その結果、エリツィンの要求を無視してロシア共和国に配慮せずやってくるのか、あるいはロシア共和国の代表を伴ってやってくるのか、その場合サハリン州の代表なども伴ってくるのか、これはこれからの問題で注目を要する点であって、もしもロシア共和国やサハリンの代表を伴ってくるということになれば、領土について一層かたい姿勢を示す一つの証左になるのではないだろうか、そんなふうに思っております。 そのほかに、私どもがソ連学者との会議の中で幾つか問題提起をいたしております。その一つは、八月九日のソ連の参戦は明らかに当時有効であった日ソ中立条約の一方的じゅうりんであって、歴史的訪日に当たって大統領はこのことに一言あってしかるべし、こういう問題提起をしております。しかし私の感じでは、諸般の情勢を総合して、正面からあれは悪かったというような姿勢を見せることはまず考えにくいだろう。非常に抽象的な表現で、遺憾であったというようなこと、受け取りようではどうでも受け取れる言い方をする可能性はなくはないが、はっきり言うことはまずないだろう。そのかわり、ヤルタ協定を持ち出すというようなことはしないだろう。理由は、ソ連の知日派学者たちにはもはやヤルタ協定が日本を拘束し得ないものであるというのが定説になっておりますし、また東ヨーロッパではいわゆるヤルタ体制が完全に崩壊しておりますし、三つ目は、先般の小沢幹事長との対話の中でも、双方の言い分をぶつけ合って事を解決する道をとらないで、いろいろな交流を通じて困難な問題を解決していこう、こういうかねてからの姿勢を再確認して打ち出しておりまして、そういうことからも、ヤルタを持ち出すことはまずないのではないだろうか。 もう一つ我々がぶつけているのは、懸案の地域から撤兵しなさいという要求であります。木村先生はそれを持ち出す可能性があるとおっしゃいましたが、私はこれも、ゴルバチョフが今軍に対して使っておる神経を考えますと、それほど明確に打ち出すことは難しいだろう。つまり、先ごろ軍の有力者が、五六年共同宣言は大国であるソ連は容認すべきであるが、北方領土に配備している軍隊は戦略的な価値が大きい、こういうことをあえて記者会見で述べております。また、私どもが接触しておる相手方の常連のメンバーの中に軍人がおりまして、これと話し合ってみましても、陸軍の存在は全く不要である、しかしレーダーセンターとか、あるいは海軍へのケアとか、役割はある、こういうことを言っておることなどから考えますと、軍をいら立たせるようなことは極力避けようとするのではないか、そのかわりアジア・太平洋平和戦略を述べる文脈の中で、極端な言い方をいたしますと、日本のある新聞は発言のこのくだりは北方領土からの撤兵を示唆していると思われると書きそうな、そういうアプローチの仕方になるのではないかなと思っております。 現在まだ三週間時間が残っておりますから、私の意見はそれでよしとするものではなくて、大詰めまでいろいろなアプローチをして努力をして、でき得べくんばもっと踏み込ませる努力をしなければならぬと思って私自身もいろいろ動いておるのでありますが、その場合に大切なことは日本側のとるべき姿勢でございまして、基本的には、四島問題を解決して平和条約を結ぶことが日本の動かざる基本的な姿勢であるということを堅持しなければなりません。 沖縄のときもそうでございましたが、事が余り動かないときは世間も静かであります。しかし、動き出すということになりますと、マスコミ初め方々がなかなか喧騒をきわめるものでございまして、今度の場合も、小沢幹事長のかばんの中身をめぐって各紙勝手なことを書いております。余りばらばらだから実害は余りないのかもしれませんけれども、事情を知っておる私どもから見るとこっけいであります。そういう意味で、マスコミのこれからの動きというのは非常に留意しなければならないと思いますし、また学者先生の中にも時々人の言わぬことを言うて楽しむ人がいますから、そういう足並みの乱れを印象づけることがないようにきちんとしなければならない。 全面解決をしてというのは四島が返ることであり、そのうち歯舞、色丹は条件つきながら将来の運命が決められておりますから、残りは国後、択捉ということになるわけであって、ちょっと気になるのは、最近、政治家筋から妥協的な発言がやや過早に出過ぎつつある。すべてをかけて勝負するというときにはリスクを大きく冒さなければならぬ場合もあります。しかし、冒頭から申し上げましたように、私は今度はそうではない、むしろゴールに限りなく近い折り返し点というふうに考えた方がいい。したがって、これからの交渉をどう続けていくかということがむしろ大きなポイントになってくるだろう。そのためには、首脳の定期協議とか外相の定期協議のほかに、現在は平和条約作業グループが協議を進めておりますけれども、新しい段階に向けてこれを閣僚級の協議にするとか、あるいは全権大使を配して協議を継続して行うとか、あるいは解決の時間的目標を、例えば沖縄の場合でありますと有名になったフューイヤーズという言葉がありますが、そういうところまでは何としても追い込んでまいらねばなるまい。 私の見るところ、ソ連側は人道上の問題で食糧や薬品をと言っておりましたのが、だんだん国際的にも、食糧は余っていて流通が悪い、サボタージュが都市の食糧を枯渇させておる、そういうことがわかったために、最近余り言わなくなりまし た。また、クレジットが欲しいということを目いっぱい言っておりましたが、今度行ってみますと、自分の経済改革の展望が彼ら自身にもできにくいだけに、欲しいけれども欲しいとは言い出しにくいというような雰囲気もございました。そこで、恐らくは、既に経済界の代表と懇談したいと申してきておりますから、その辺で懇談をしましょう。しかし日本側の経済界では具体的なプロジェクトに飛び込んでいく気配は今のところございませんので、包括的にいずれ将来はという日本的あいさつを一つの口実にして、新しく協力可能な道を開いてきた、その中に一月の日ソ経済合同委員会で最後まで話題になったシベリアの木材開発とかサハリンの石油、ガスの開発とか、決まってはいないが具体性を装うために例示的にこういうものをちりばめて、成果はあったという格好ぐらいを今のところ考えているかな。その辺をよく見きわめながらこれからの対応をしていかなければならないと思っておりまして、時間がなくて意を尽くしませんが、私はこれからの三週間の対応が非常に重要である、とりわけ政治家の先生方にはその点をよく見きわめて賢明な対応をしていただきたいと思っております。 ありがとうございました。(拍手)
○中西委員長 末次参考人、ありがとうございました。 次に、寺谷参考人にお願いいたします。
○寺谷参考人 寺谷でございます。どうも光栄でございます。 時間が限られておりますので、前の三人の参考人の方々がおっしゃった部分を省かせていただきます。したがいまして、レジュメとは少し違う内容で話をさせていただきます。 四島返還の正当性及び必要性については、伊藤参考人がおっしゃいましたとおりでございます。そして、それに対してソビエトの対応は、木村参考人と末次参考人がおっしゃったような感じを私も受けとめております。すなわち、ソビエトは今度ゴルバチョフの来日によって初めて日ソ間に領土問題が公式にあるということを認知する、これはエリツィンが五段階で述べておりました第一段階でございます。これが一点でございます。第二点は、一九五六年の日ソ共同宣言をクリアしている、そこを飛び越えているということでございます。したがいまして、あとは国後、択捉を審議しましょう、そして、その審議している間に、どうぞ日本よ、経済援助をしてくださいというのが、ゴルバチョフ来日の非常に大きな目的ではないかというふうに思います。 ゴルバチョフ政権は現在、社会主義経済という枠組みとソ連邦という枠組み、この二つの枠組みを外してはならないというふうに考えているようでございます。難しくなりますが、社会主義経済というのは、私有財産性を基底とした市場経済の導入は拒否するというわけでございます。したがいまして、木村参考人がおっしゃったように、今日までペレストロイカを推進してきたわけですけれども、経済的にはますます混迷の度を加えてきたというふうに言ってもいいかと思います。 ペレストロイカは御存じのように建築用語でございまして、土台から建て直すということで、ハイテク化と活性化、この二点でやってまいりました。 ハイテク化の点では、国家の予算を消費財を犠牲にしても重点的に工作機械の方に回してまいりました。しかし、この六年間の結論はほとんど成長性がないということでございます。したがって、アメリカに接近をしましてアメリカから技術援助をしてもらわないといけない。そして、領土問題があるにもかかわらず日本にやってきて、日本からの経済援助をしてもらわないといけない。西ヨーロッパからも同じように援助をというふうな考えでございます。この経済援助がないと、ソビエトのハイテク化は難しいということでございます。 もう一点は活性化でございますが、活性化の点ではむちとあめと両方でやってきたわけです。例えばむちの面では国家企業法を制定しましたし、あるいは節酒法を実施いたしました。これも、もとのもくあみで失敗でございました。財政赤字が膨れ上がっただけでございます。財政赤字はゴルバチョフ政権発足当初GNP比二・五%でございましたが、去年、一二%から一四%とアメリカの二倍から三倍になりました。これでは活性化するどころではございません。そして、アメリカの双子の赤字、財政赤字と貿易赤字になぞらえますと、もう一つ、ソビエトに大変大きな赤字がございます。これは対外累積債務でございます。社会主義経済である以上、対外債務はないと言っていたのですが、ルイシコフ首相が一九八八年、五百三十八億ドルあるというふうに認めて、その後アメリカの経済学者団が調査に行って、八百億ドルから約一千億ドル、これはドルとルーブルの換算によってこれぐらいのばらつきがあるわけですが、ともかくメキシコよりも多い大債務国ということは、経済の活性化はおぼつかないということでございます。 ゴルバチョフ政権になってからもう一つ顕著に出てきたのが、悪性インフレでございます。これは工作機械に国家の予算を重点的に向けたために、一般消費財がただでさえ乏しいのになくなった。そして、ハードカレンシーがないので、外国からの輸入もほとんどやらなかった。さらに、紙同然のルーブルをどんどん印刷して出してきた。これが二千五百億ルーブルから三千億ルーブルのたんす預金になっております。 さらに、この悪性インフレは活性化のあめの部分で起こっております。あめの部分と申しますのは、個人活動法を制定しまして、日本でいえば私的企業を認めた。それを私的と言わないで個人営、例えば家庭教師とかピアノの先生を個人営といっておりますし、何人かで資本を持ち寄ってやるレストランあるいは二次加工の店、こういったのをコオペラティブ、協同組合方式と呼んでおります。この辺がソビエトの言葉でございますが、ともかくそういった点でどんどん経済面の自由化あるいは地下経済のばっこが起こりまして、こういった悪性インフレあるいはハイパーインフレのような状態が起こってきているわけです。したがいまして、ことしの二月、通貨の面で五十ルーブル札、百ルーブル札を無効にする。一千ルーブルだけ交換するというふうな挙に出ましたし、そして、今は全般的な価格のメカニズムを改定しております。さらに、金融全般の改革をやらないといけない。この金融全般の改革をやるにしても、最低二百億ドルぐらいは必要だということでございます。ちょうど、日本との交渉で今問題になっているような金額だろうというふうに考えます。 もう一つ、ソビエトが枠組みを外してはならないというのは、ソ連邦の枠組みをどうしても維持しようという点でございます。この点も、私どもは配慮しないといけないと思うのです。 これに関して配慮しないといけないのは、日本にゴルバチョフ大統領がお越しになったときにはどうしても大変大きな金銭的なものが動くと思うのですが、日本がソビエトに最恵国待遇を提供しなければならないような状況が出てくるのではないかというふうな感じを持っております。この最恵国待遇は、御存じのようにアメリカが一九七二年、ニクソン大統領がソビエトへ行ったときに上げようということでしたが、ユダヤ人が弾圧されているということでバニク・ジャクソン・アメンドメントで適用されませんでした。そして、ことしの二月十一日にブッシュ大統領がソビエトを訪問して米ソ首脳会談をやったときに出す予定であったようでございますが、表向きはイラク・湾岸危機の継続、本音はバルト三国が武力的に弾圧されている、それに対する不快感を表明して延期になりました。米ソ首脳会談は多分五月ごろに開かれると思うのですが、それに先立ちまして日ソ首脳会談が東京で開かれることになります。そうしますと、もし最恵国待遇を与えないとソビエトに大型の政府借款とか銀行ローンが行きませんので、アメリカに先駆けてやるようになれば、日本人は民族弾圧について配慮しない国民かというふうな、変なリアクションをまた海外から受けるこ とになるかもしれません。こういった問題をきちんとしていただきたいというふうに考えております。 ゴルバチョフ大統領が日本に来られたときにはどうしてもかなりの金額が、政府レベルで動かないとしても民間レベルで動いていって、ソビエトに対する大型の設備投資が始まっていくだろうというふうに私は考えております。そして、このレジュメに一つ書いておったのですが、二百億ドルとか二百八十億ドルとか、これはソビエトに与えたとしても、通貨改革とか金融改革とか、さらには価格のメカニズム、こういったものはなかなか二年や三年ではよくならないというのが私の観測でございます。それならば、こういった金額を樺太、サハリンに集中したらどうだろうかというふうな考えを持っております。南樺太もまだ解決はしておりませんが、そこをソビエトが提案するような経済自由特区にして、日ソの人がそこで経済的に協力する。ちょうど香港が華僑によってかなり立派になったように、樺太にはコリアンの方々も三万人いらっしゃいますし、日本人も千人ぐらいおります。そして、かつて経験豊富な日本の企業の方々もおられますし、漁業資源、森林資源、さらには海底には天然ガス、石油がございます。あそこを大変立派なものにすれば、北方四島は手をつけずにあそこを立派なものにすれば、移転費は出さなくてもほとんどの人が便利のいいユージノサハリンスクなんかに移っていくのではないかというふうに私は考えるのです。ちょっと夢物語のようでございますが、あれが島でございますので、いろいろな法律であそこだけを大変な活性化をしてみる、これは日本経済にとって大変プラスするのではないか。こういったのを、ぜひゴルバチョフ大統領が来られたときに逆提案やっていただきたいなというふうな感じを持っております。 以上でございます。(拍手)
○中西委員長 寺谷参考人、ありがとうございました。 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。 ─────────────
○中西委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。中川昭一君。
○中川委員 参考人の四先生の皆様には、大変お忙しいところを貴重な御意見をいただきまして、まことにありがとうございます。 私、二十五分という時間をいただきましたので、余り長い時間ではございませんのでポイントだけ、御指名をさせていただきまして御質問をさせていただきたいと思います。 まず、日ソの関係というのは、戦後四十五年を振り返ってみましても、幾つかのエポックメーキング的な出来事があったわけでございます。 そこで、寺谷参考人にお伺いをしたいのでありますけれども、例えば五六年に共同宣言が締結されたときには、そこに東西の若干の緊張緩和があった。あるいは、六〇年にそれをほごにする覚書を一方的に送りつけてきたときには日米安保条約があった。そして、スターリンが亡くなった直後の五六年の共同宣言ということもございますし、またアフガン侵攻の後に日本は公式に、日ソ関係は政経不可分であるということを言い始めたわけでございます。そして、ゴルバチョフさんの登場以降この領土問題を含めて日ソという関係が非常に突っ込んだ関係になり、去年の安倍自民党訪ソ団の八項目合意というものがございまして、その一つとしてゴルバチョフ訪日ということになるわけであります。 基本的には、各先生からお話ありましたように、国際関係は非常にいい関係に進んでいるわけでありますけれども、ここ一年の間にソ連ゴルバチョフ政権というものは随分変わってきておる、今まではペレストロイカということで、改革派中心に政権を進めてきたわけでありますけれども、改革派のシャターリンさんとかいろいろな方が外れていって、今は保守、軍部並びに真ん中ぐらいの人の基盤の上に乗っかった政権ではないかというふうに私は考えるわけでありますけれども、そうだとすれば、仮に一年前、訪日をしようと考えたゴルバチョフさんが考えていたことと、今まさしく直前になって日本に向かって考えていることと、ゴルバチョフさんの頭の中を寺谷先生に想像していただくというのは大変難しい話かもしれませんけれども、一年前と現在とで、ゴルバチョフさんの心境といいましょうか、日本に対する考え方の枠組みというものは果たして変わっているのかいないのか、ここをお伺いしたいと思います。
○寺谷参考人 大変いい御指摘をいただきまして、ありがとうございます。 日ソ関係がよくなる度合い、今中川先生がおっしゃったように、例えば一九五六年と一九七三年そして今日、これを一、二、三回ととらえますと、まず歴史的な共通点は、一九五六年も一九七三年もそして今日も、ソビエトが経済的に日本の協力を大変求めている時期だという点が一点でございます。 そして第二点目は、米ソ関係がよくなって、その次に、さあ日本よ、何とか手伝ってほしいということでございまして一九五六年のフルシチョフ時代、それから一九七三年、これはニクソン・ブレジネフの関係ですけれども、そして今日、米ソ関係がやはりよくなっている。それが一つの条件でございますが、先生が御指摘のようにこの一年といいましょうか、あるいはイラク・湾岸危機以後、米ソ関係がややおかしくなってきている、私もそういうふうに感じております。 ソビエトの三十年間グロムイコ外相下の外交というのは、木村参考人がおっしゃいましたように、ミスター・ニエットで、アメリカのやることにみんなニエットと言っておればソビエトの外交が成り立っていたわけです。そういったことからすれば、シェワルナゼ外交というのはミスター・ダーで、アメリカの言うことにかなり協力的であったと思います。例えばイラク・湾岸危機でも、アメリカ・多国籍軍にソビエトの軍隊をシンボリックな意味でも送ろうではないか、もし送り得れば、アメリカ、日本、西ヨーロッパから経済援助並びに支援を取りつけることができる、これがシェワルナゼ外交で、シェワルナゼの辞任の一つの大きな要因でもございました。と申しますのは、軍部は、それをやっちゃいけない、むしろイラクに義勇兵を送りたいぐらいだ。あるいはソビエトに六千万ぐらいのイスラム教徒が、イスラム教圏の住民がおりますが、その人たちは、例えばチェチェン、イングーシが住んでおりますグロズヌイというところはイラクに義勇兵を送ろう、あるいはアゼルバイジャンのバクーなんかは、イラクのカルバラにあるアゼルバイジャンの大変有名な詩人マホメット・フズリーの墓が爆撃されたら義勇兵を送ろうじゃないか、そういう反対の動きもあったわけです。そしてアフガニスタンの侵攻で大変疲労したゴルバチョフ大統領はもうソ連の軍を送るのはよそうという結論であったと思うのですが、したがいましてシェワルナゼ外交が孤立したわけです。そして辞任をしたわけです。 シェワルナゼの後任に、さっき木村参考人が名前を挙げられましたプリマコフをつけたかったのでしょうが、プリマコフはかなりアメリカとは疎遠な関係だ。むしろサダム・フセインと二十三年間の友情を持っているということでアメリカは拒否しまして、ベススメルトヌイフという人になったわけですが、このべススメルトヌイフの外交がややシェワルナゼ外交よりもアメリカに対して冷ややかな感じがいたします。あるいはこれをゴルバチョフ外交の最近の変化と言ってもいいかと思うのですけれども、イラク・湾岸危機後の和平問題でも、例えばPLOをかなり話し合いの中に入れようではないかとか、あるいはイラクに対しても末期にその調停案を提示したようにかなりアメリカと違う政策をとっておりますし、イランに対してもとっております。と申しますのも、あの辺の政策はやはりパクス・アメリカーナ、アメリカひとりの支配による平和ではなくして、従来どお りパクス・ルッソ・アメリカーナ、アメリカとソビエトとの支配による平和を確立したい、それが、例えば石油が六億トンとれるソビエトの国益にもかないますし、今後とも武器を輸出していかなければならないソビエトにとってはかなり死活問題でございますので、ややアメリカと違うような外交展開をやり始めております。 しかし、ゴルバチョフ大統領が四月に日本に来られるまではそれほど大きな離反はないかと思いますので、従来の割といい関係、すなわち一回目の五六年、それから七三年、そして今回のゴルバチョフ政権と、三回ちょうど歴史的なアナロジーがございまして、米ソ関係がまあまあいい、そしてソビエトが大変経済的にのどから手が出るほど日本に協力してもらいたいというふうな二つの条件がある。ここで来られるので、私は、北方領土問題もかなり転換する可能性があるのではないかというふうに考えております。 以上でございます。
○中川委員 伊藤参考人にお伺いをいたします。 二点まとめてお伺いをしたいのですけれども、まず一点目は、先生のお話ではとにかく四島はもう全部同じなんだというお話でございました。今まで政府は、歯舞、色丹は北海道の一部である、国後、択捉は固有の領土である、こういうふうに二島を分けて、しかし交渉としてはもともと日本のものなんだから四島一括返還、こういうふうに主張してきたわけでありますけれども、この点、政府の考え方についてどうお考えになられるのかということと、それから、先生がおっしゃったとおりでありまして、まず歴史の認識、事実関係の共有から始まって、その後に道義的、政治的、法律論をやっていけばおのずから四島は戻ってくるし、これは自発的にソ連からそういう提案をするように努力すべきだ、私もそのとおりだと思います。現在の日ソ間を関係づけるものとしてはいろいろな条約があるわけであります。もちろん平和条約はまだでありますけれども、いろいろな条約、そして国連憲章というものがお互い国連加盟国として共通の認識にあるわけでありますけれども、この国連憲章の中に旧敵国条項という条項があるわけで、シェワルナゼ外交当時に、北方領土がソ連領であるのは旧敵国条項、百七条に基づく根拠だなんということを言い出していることもあるわけであります。そういう意味で、法律論的に、また先生の考え方でいっても北方四島の返還というものは当然のことというふうになるわけでありますけれども、この旧敵国条項だけは、ちょっと読むとなかなか相手に対して反論をするのが、現にこの条項があるということで私自身いつも非常に悩むところなんです。いつもいろいろな質問のときにこの旧敵国条項の撤廃をということを私は訴えているわけでございますけれども、この旧敵国条項との関連におきまして先生の先ほどのお考えはどういう位置づけになるのか、この二点を御質問させていただきたいと思います。
○伊藤参考人 お答えさせていただきます。 私が四島一括返還を当然のこととして議論する場合におきましては、この四島がすべて日本の固有の領土であり、歴史上かつて日本以外のいかなる国の領有下にも帰属したことがないという一点に基づくものであります。したがいまして、四島のうち歯舞、色丹の二島が北海道の一部であるのに対して国後、択捉はそうであるのかそうでないのかの議論とはかかわりなく申し上げておったつもりでございまして、その点につきましては、どちらであろうとも日本の固有の領土であるという本質的な論点が覆されるものではないという意味におきまして、私は、その北海道の一部であるかないかということは議論に影響を与えないのではないかと考えております。 なお、法律論に入りますと、法律論としては結局日本はポツダム宣言を受諾して降伏したわけであり、ポツダム宣言はいわば日本とソ連の両国を拘束する日本の降伏の条件であったということになるかと思うわけでございますが、その第八項が御承知のとおりカイロ宣言の条項は履行せらるべしと述べており、他方カイロ宣言は、日本は暴力とどん欲によって奪った地域からは放逐せらるべし、言いかえますと暴力とどん欲によらずして手に入れた領土、つまり固有の領土を奪われることはないと宣言しているわけでありまして、このゆえにソ連は日本に対して、いわゆる千島列島はともかくとして、国後、択捉、歯舞、色丹を奪うことのできない法的立場にみずから立っているということを申し上げたわけでございます。 他方、国連憲章の旧敵国条項につきましては、私はこれは本質的に経過規定であり手続的規定であって、これを根拠として戦勝国が旧敵国に対して何らかの新しい法益、権益、権利、権限を取得するものではないと解釈すべきであろうと思うわけでありまして、ソ連が北方領土を日本に返還する必要がない根拠として国連憲章の旧敵国条項を持ち出したのは、典型的な牽強付会の議論と言ってよいのではないか、国際的にも全く承認されていない、無理のあるこじつけの法解釈論と言ってよいのではないか、一言で申し上げますとそのように考えております。この旧敵国条項の問題については、ほとんど歯牙にもかける必要がないのじゃないか、ソ連側も真剣に言っているのではなく、平和条約作業グループの中で一応考えられるありとあらゆるへ理屈を並べてみるというソ連官僚の知恵比べの中で、下手な猟師も数撃ちゃ当たるかもしれないという発想で出てきている議論でないか、私はそのように考えております。
○中川委員 私も全くそのとおりだと思いますし、またこの機会に、まずこの旧敵国条項そのものを廃止するためにさらに国際的な努力をしていかなければいけない、これは日ソ交渉と直接関係ないかもしれませんけれども、日本の戦後という意味ではこの二つの大きな問題をクリアをしていかなければいけないというふうに思っております。 次に、末次参考人にお伺いをいたします。 参考人は、大変長い間実践で、現場でこういう御経験のある方でございます。そこでお伺いをいたしたいのですけれども、どういう形で今回ゴルバチョフ訪日の成果が出るかはわかりませんけれども、少なくとも二島だとか四島だとかあるいは経済協力だとかという、いろいろな意味で、広い意味で日ソがぐっと近づくということは、日本にとってみればもともと日本のものなんだから返してもらう、それに対して私自身は、返してもらうと同時にその間の日本のこうむった損害も返してもらうべきではないかとすら一時思ったこともあるのでございますけれども、そういう当然のものが返ってくる、しかし現実には、それを契機として経済的、文化的、人的な面でさらにいろいろな交流が深まっていくわけであります。しかし、それを世界の立場で見ますと、いわゆる世界でGNP二番目の国と三番目の国とが今まで不自然な状態にあった、それが一挙に近づく、少なくともスタートラインに今立とうとしておるということになりますと、世界の見方、特に東南アジアあるいはアメリカの見方というものも我々は視野に入れておかなければいけないのではないかというふうに思うわけであります。現に、日中国交回復のときにソビエトは、いろいろな意味でいろいろな意見というか、率直に申し上げれば締結に対して阻害をするような発言もあったようでございますし、また過去において、言葉は適切かどうかわかりませんが、いわゆるチャイナ・カードとかソ連カードとか、あるいは朝鮮戦争のときには日本カードとか、いろいろあったわけであります。 そういう意味で、今回日ソがぐっと近づくということに対して、特にアジアから見ての我々が思う以上の不安といいましょうか、去年の国連平和協力法のときの議論ではありませんけれども、そういうものに対して我々はどういう認識を持っておけばよろしいとお考えでしょうか。
○末次参考人 委員が考えておられるほど、国際的に影響を及ぼすほどうまくいく可能性が今全くありませんから、そういう心配をするよりも、当面の活路をどう開くかということの方がより大事だろうと思います。ただ、基本的な立場が違いますから、隣国としてあとう限り友好を広げるとい うことは、現在のアジア情勢などからいってもそれに非常な懸念を示している国というのはほとんどなくて、むしろ歓迎する方向であろうと私は思います。 ただ、発言させていただいた機会に、先ほど寺谷参考人にこの一年間の変化のことについてちょっと御質問がございましたが、私は、経済的には改革の成果が上がらないのみかむしろ後退をしておるという現状からは、一年前に比べると一層深刻に日本の協力が欲しいという心境だろうと思います。ただ、政治的側面を考えますと、この一年の間にむしろ彼が指導力を発揮することを非常に困難にする情勢に変わってまいりました。ゴルバチョフに近い連中とも今度大分会ってまいりましたが、彼らの一部は私のことをミスター北方領土と言うのですけれども、体を張ってやっておるおまえさんには言いにくいことだけれども、もし二年前にゴルバチョフが日本に行ったらおまえさんが満足できるような結果が出たかもしれない、今は手も足も出ない、この状況はしっかり見てくれというような言い方をするのでありまして、二年前それができたとは思いませんけれども、そういう意味では政治的には一段と厳しくなってきたと思います。 それから日本のこうむった損害についてちょっとお触れになりましたが、先ほど申し上げましたシベリア抑留問題をプレーアップした場合に、それが国家賠償に発展する危険はないかということはソ連側でもかなり検討したようであります。しかし、共同宣言第六条で相互に請求権を放棄していることから、これについてどうプレーアップしても国家賠償の要求が出てくる懸念は全くない。これはさかのぼって恐縮ですけれども、鳩山さんが交渉にお出かけになるとき、我々はまず賠償要求をという強いお願いを何回もいたしました。が、当時の鳩山首相の政治姿勢は、吉田さんがアメリカに風穴をあけたからおれはソ連にという思いに駆られておられましたから、結局請求権を放棄して、そのかわり抑留している者を直ちに帰せというところに焦点を絞られたわけでありまして、長い目で見ると甚だ残念なことであったと私は今でも思っております。余分なことを申し上げました。
○中川委員 ありがとうございました。 木村参考人にお伺いをさせていただきます。 今、木村先生だけではなくて、ほかの参考人の方からも四島のソ連軍の撤退問題というお話がございました。保守、軍部の考えも当然ゴルバチョフさんの行動には入っていると思いますけれども、ソ連の立場から見れば、北方四島から、一個師団か正確な数はわかりませんけれども、軍隊が島から一歩大陸へ戻っていくということはソ連の戦略上マイナスかどうかということを、これは保守派とか賛成とか反対とかという前に、やはり軍人としては当然ソ連の戦略という観点から考えるだろう、こう思うわけであります。そうした場合に、今の国際情勢の中で、仮に北方四島、特に国後、択捉にいる軍隊が一歩下がっていくということの与える軍事的なプレゼンスというのはどういうふうにお考えになるのか。 それから、先生も北海道でございまして私も北海道でございますが、今までの日ソ関係におきまして北海道が果たしてきた役割というのは大きいだろうと私は思うわけであります。漁業問題を初め経済的な問題、人的な交流の問題、あるいは去年コンスタンチン坊やが急遽日本に来たときには、やっぱり札幌という一番近い一番設備の整った病院に運ばれてきたということで、日ソ友好というものが一般国民の間にもプラスになっただろうと思うわけでありますけれども、今後こういう新しい展開がスタートするという期待の中で、北海道というのは、やはり一番近いわけですから、経済的にいっても人的にいっても果たすべき役割は非常に大きくなっていくのだろうと思います。 手前みそで恐縮ですけれども、これからの日ソ関係における北海道の新たな役割というのはどういうふうになっていくのか、この二点をお伺いしたいと思います。
○木村参考人 第一点は、難しい問題ですけれども、先ほどから私申し上げておりますように、ソ連の人々の間に行われている意識革命の結果、軍事力というものは国際政治においてはそれほど重要でないという認識が徐々に広まってきておりますから、そのような考えに一番強く抵抗している職業軍人の間にも共鳴者が出てきていると思います。軍部の中も決して一枚板ではなくて、一部の人は、今度の湾岸戦争にあらわされましたように、それ以前にゴルバチョフのペレストロイカの引き金を引きましたSDI構想にあらわれておりますように、重い兵器をただ数多く非能率なものを持っていても何の意味もない、もう少し近代化してスマートになって出直す方がいいのだという意味で、ゴルバチョフの政策に共鳴する人々もあらわれてきております。 そのようなことを受けて、ウラジオストクのソ連の四つの艦隊のうちで一番大きなソ連太平洋艦隊の基地もオープン、開放する日が近いと思います。そして、私自身もそこへ行ってきましたが、ミンスクその他が裸のまま陳列されている。それを私どもが幾ら写真を撮りましてもいいわけは、空の上からアメリカの衛星が写している時代ですから隠しようがない、そのようなウラジオですら開放されるときに、北方四島のうちに一個師団ほど置いておくメリットは軍事戦略的に下がってきていると思います。 それで、末次参考人とはちょっとニュアンスが違うかもわかりませんが、同じ情報源であるバテーニンという方などは、北海道新聞のシンポジウムで御一緒したときにはっきり、ゴルバチョフの訪日の前後にこの四島からのソ連軍の撤退が発表されるのではないかと。バテーニンという方は統一ドイツがNATOに帰属するのをソ連としては認めざるを得ないというアドバルーンを先に上げていた人で、今度も同じような役割を果たされるならば、バテーニンという中央委員会の軍事顧問の発言は当たるのじゃないか。これはちょっと楽観的かとも思うけれども、ソ連にとりましても、アメリカがこの東北アジアで海軍の軍縮に頑として応じませんけれども、この北方四島からみずから引くことによって日本の賛同も得ますならば、アメリカの立場も、予算その他の点から、世界の世論からもソ連の海軍軍縮にこの地域で応じなければいけないというわけで、そういう意味も考えた上で、軍部の一部の反対は当然ありましょうけれども、ゴルバチョフは思い切った決断をするのじゃないかと思います。 それから、北海道に関しましては、ソ連に対しては一般論として二重作戦をとるべきだと私は思っております。東京の自民党政府及び外務省は、一括四島返還という態度を毅然として続ける。北風といいますか、その路線を崩すようではすべてがもうつぶれることでございます。しかし、地方、北海道や富山、新潟、金沢あるいは民間団体というのは、私の言う善意のゼスチャー作戦といいますか、北方領土が返還されたらこんなにいい日ソ関係が築けるのだよということをあらかじめ少し示すために、先ほど先生がおっしゃったように、日本人が医療、食糧その他の緊急援助の点で日本国民の善意を示す運動、言ってみれば南風運動を推進してよろしいと思います。 ただし、注意すべきは、なぜ推進すべきかというと、ソ連の中にも圧倒的に経済的に強い、能率のいい日本に対する恐怖感があるので、これは我々は意外にわかってない点ですけれども、日本に四つを返した後、日本は何もくれないのじゃないか、我々も食い逃げを心配しておりますけれども、ソ連の側も食い逃げを心配しています。また日本のすごい経済力が入ってくると、瞬く間にソ連経済は駆逐されてしまうのじゃないかという心配もある。ロシアのことわざに、指一本与えれば腕全部とっていくのが日本人だ、そういうイメージもありまして、向こうにも疑心暗鬼があるわけで、それを、そんなことはないんだよ、日本国民はコンスタンチン坊やのときも一千万円以上の寄附を集めて、本当に隣国ソ連とは仲よくしたいんだよということを示すシグナルを前もって送っ て、それが領土返還によってはさらに大きくなるということを示唆するような運動は結構だと私は思います。しかし、それが余り行き過ぎますと、南風ばかりが行き過ぎると北風の意味がわかりません。南風と北風は相互にオーケストレートされて初めて効果を発するので、むちばかりやるとニンジンの効果はありませんし、ニンジンばかりやるとむちの効果はない、両者が相まって車の両輪のように、民間と官庁、あるいは地方と東京、中央が話し合ってオーケストレートして運動を進めていけばこの四島は返る。 そして四島が返った後には、単なる日ソの二国関係ではなくて、北海道を中心として北東アジア圏、北太平洋圏あるいは環日本海経済圏と申してもどのような名前で呼んでもいいですけれども、北海道と裏日本を中心とする日本の部分がソ連の極東部分やサハリン部分、朝鮮半島、それから北はカナダやアメリカのアラスカやポートランドの方と一体になった経済圏や政治、平和ゾーンというようなものが形成されて、東南アジアの人々の懸念にもかかわらず全世界的に非常に新しい未来が二十一世紀に向けて開けてくる。そういう意味で北方領土運動は、単なる日本のソ連に対するエゴイスチックな個人的な運動でなくて、その善意のあかしをもってさらに新しい未来をつくろうとする、ある意味では非常に偉大な、、壮大な実験の最初のステップになると思います。
○中川委員 ありがとうございました。 この後、岡田議員にお願いいたします。
○中西委員長 岡田克也君。
○岡田(克)委員 自民党の小沢幹事長のゴルバチョフ・ソビエト連邦大統領との二度にわたる会談によって、北方領土問題の解決に向けて前進があるのではないかとの期待が国民の間に高まっております。こういう時期に、本日四人の参考人の先生から見識に富む御意見を聞かせていただき、大変ありがたく思っております。先生方の御意見を踏まえて、北方領土問題にある程度絞りまして若干の質疑を行いたいと思います。 まず、質疑に先立ちまして、私の北方領土問題についての立場を明らかにしておきたいと思います。 私は、四島一括返還が必要であるという立場でございます。過去のソ連の権力の歴史を見ると、最高権力者が権力を失った後に大きな政策の変更あるいはぶれがあるということが起きております。そして、ゴルバチョフ大統領の現在置かれている立場あるいは状況にかんがみても、とりあえず二島で合意をして、その後国後、択捉両島について別に交渉するという考え方については、これは絶対に避けるべきであるというふうに考えております。より根本的には、先ほど伊藤先生がおっしゃいましたように、北方領土問題というのはそれ自体が究極の目的ではなくて、将来にわたって強固な日ソ関係を築くための前提である、そういうふうに考えるべきであると思っております。そういう意味で、国内的にも国際的にも筋の通った解決、すなわち四島一括返還という立場を堅持すべきであると思っているわけでございます。 ただし、主権が四島ともに日本にあるということを認めるのであれば、具体的な返還手続にはいろいろな幅があってもいいのではないかと個人的には思っております。例えば物理的な引き渡しについてはある程度の年月をかけるということも考えられますし、場合によっては、一たん四島の主権が日本にあるということを認めた上で、これは仮にの話でありますけれども、十年間なり二十年間ソ連に無償で貸与するということでもいいのではないかと思っております。重要なのは、第一に主権が日本にあるということの確認をするということと、そして第二に、引き渡し、あるいはそういった貸与ということをするのであればその期間が条約で明示をされるということではないかと思っております。 さて、まず伊藤先生にお伺いしたいと思いますが、先生は、日ソ関係の将来の発展のために強固な基盤を用意することが必要だ、それが日本の対ソ外交の目的である、その前提として北方領土四島の返還が実現しなければならないということをおっしゃったと思います。そしてそのために第一に歴史の理解の共有が必要であるということを言われました。歴史の理解の共有という場合、先生がおっしゃったいろいろな問題、当然あるわけでありますが、これに加えて、ヤルタ協定というものを一体どう見るのかということも重要でないかと思います。 ヤルタ協定、これについては米国が日ソ交渉に関する一九五六年九月の覚書の中で述べておりますように、国内的な連合国の手続を経ていないという性格から見ても、単に当事国の当時の首脳が共通の目標を陳述した文書であって、法的な効果を持つものでないということは自明のことではないかと思われます。また日本から見れば、ヤルタ協定の存在そのものを知らなかったわけでありますし、それについて受け入れの手続あるいは意思の表明は何らしていないわけでありますから、国際法の常識からいってヤルタ協定を根拠にすること自身が全く常識外といいますか根拠のないものであるというふうに私は思うわけでありますが、この点についての伊藤先生の御意見を聞きたいと思います。
○伊藤参考人 ヤルタ協定の法的効果に関しましては、岡田議員のおっしゃるとおりでございます。法律学の基本原則の一つに、合意は第三者を利することもなければ害することもないという法理、法律のことわざがございます。自分が関知しない、コミットしない第三者間の合意によって何人も義務を負わないという当然のことを反映した言葉でございます。 しかし、私がつけ加えてもう一つヤルタ協定に関しまして付言いたしたいと思うのは次のことでございます。それは、このヤルタ協定、特に戦後日本の処分、処理に関する部分、つけ加えて言えばそのほかにもスターリンが中国に対して要求した帝政ロシアの旧利権の回復に関する要求も含めてよいかと思いますが、こういった部分の持つ犯罪性であります。 歴史上ヤルタ協定のこの部分に該当する類似のものとしては、三度にわたる十八世紀のポーランド分割に関するプロシア、オーストリア、ロシアの合意がございます。これはポーランドの国内の混乱に乗じて、隣国である三国が私議いたしまして、三度にわたり密約を結んだあげく最終的にポーランドを分割してしまった合意でございます。このオーストリア、プロシア、ロシアの合意によってポーランドが何ら拘束されるものでないことは、合意は第三者を利することもなければ害することもないという法理によって明白であるのみならず、ポーランド分割の犯罪性ということは国際社会において確立された認識でございます。また、さらに前例を求めれば、ポーランド分割及びバルト三国、モルダビアのソ連による併合を黙認、承認した独ソ不可侵条約附属秘密議定書の合意に匹敵する犯罪性を持ったものでございます。ソ連は、ペレストロイカに入ってからこのリッペントロップ・モロトフ間に署名された独ソ附属秘密議定書の犯罪性ということについて自認いたしております。 ヤルタ協定の一方的な帝国主義的分割に関する合意というものは、その犯罪性においてこれらの歴史的前例に何ら劣るものではなく、そのことを念頭に置けば、ソ連は北方領土領有の根拠としてこれまでしばしばヤルタ協定を援用してまいりましたが、今やヤルタ協定を援用することを恥ずるだけではなく、ヤルタ協定を米英に要求し、そのような合意を生み出したスターリン外交自体について恥ずるべき段階に来ているのではないか。それがペレストロイカの新思考外交というものの論理的帰結ではないか。 なお、あえて付言すれば、いかに当時米英の便宜に沿うものであったとはいえ、このような犯罪的国際合意に加担した当時の米英の責任も私は看過するものではない、許すべからざる米英の責任であったと考えますが、しかし、この合意の主たる作成要求者はスターリンであり、そして、それ を戦後米英は否定しているにもかかわらずソ連は繰り返し主張し、それを根拠として北方領土の領土的要求権を主張し続けているのは、旧思考、スターリンの帝国主義的、犯罪的思考の遺物であると考えます。
○岡田(克)委員 今の御説明でよくわかったわけでありますけれども、先生がおっしゃいますように、もちろんこれはソビエトだけではなくアメリカあるいはイギリスの首脳にとっても、このヤルタ協定を認めたということは、その意味では問題があったというべきであろうと思います。しかし、北方領土の問題の根拠として今までヤルタ協定を援用してきたことは、先生もおっしゃるようにソ連にそれ以上の問題があったということを示していると思います。問題は、そういったヤルタ協定の性格についてソ連の国民がよく理解をしているかどうかということが私は非常に大事ではないかと思います。そういう理解が一般に行き渡って初めて北方領土の問題というものに対するソ連国民の世論というものが変わってくるのではないかという気がするわけであります。 ソ連がもう一つ挙げておりますサンフランシスコ条約について、お尋ねをしたいと思うわけであります。 まず、ソ連はサンフランシスコ平和条約そのものを認めておりませんから、サンフランシスコ平和条約を北方領土の根拠として持ち出すことにそもそも問題があるというふうに思うわけでありますが、仮にこれを認めたとして、それじゃ、あそこで言う千島列島に国後、択捉が入るということを仮に認めた場合にも、それは決して国後、択捉がソ連のものだということにはならないのではないか。つまり、みずからサンフランシスコ平和条約を認めていない以上、千島列島全体を含めて、あるいは南樺太も含めて、その領有についてはまだ国際的には白紙の状態ではないか、そういうふうな気が私はするわけでありますがこの点について専門家の御意見を聞かしていただきたいと思います。伊藤先生。
○伊藤参考人 この点につきましては私幾つか論文を書いておりまして、若干政府見解とも異なるところがあるわけでございますが、まず確認のため政府見解を御紹介いたしますと、政府見解では、日本は千島列島、南樺太を放棄した、千島列島の中には国後、択捉は含まれない、こういうことでございまして、このことを根拠としてソ連との北方領土交渉をやってまいったわけでございます。 私がかねて主張いたしておりますのは、サンフランシスコ条約二条C項というものの法的性格でございます。これは御承知のとおり、日本が千島列島、南樺太に対する権原を放棄するということを定めているのみで、放棄されたこれらの諸島がいずこの国の領有権下に帰属するかについて定めていないわけでございます。サンフランシスコ講和条約に署名した国々、これを連合国と仮に呼ぶことにいたしますと、連合国はこの二条C項を法律的行為として完成するためにはこの帰属先を特定しなければならないわけで、帰属先を特定しない法律行為は未完成の法律行為になるわけでございます。連合国としては、日本が放棄した後の千島列島、南樺太の所属につきましては、再度国際会議を開いてそこにおいて意思決定を行い、法律行為の未完成部分を完結する行為をなすべきであったわけであります。しかし、御承知のとおりの東西冷戦対立下においてそのようなことは現実政治的には不可能なことであったわけであります。特に、これらの諸島を東西対立の他方の雄であるソ連が軍事的に占領しているという状況下において、現実政治的に不可能な行為であったわけであります。 ところで、法律学上、契約において特定された法律行為が未完成のまま放置され、かつ完成の見通しがないときにどうなるか。法律学の一般的な理解では、その法律行為を定めた契約条項は無効とされる、効力を失う、失効するというのが法律学の一般的理解でございます。これは皆様、私人間で土地売買等の契約を結んだけれども、その契約文章が意味不明であったり実行不能であったときその条項がどうなるかというと、それは効力を持たない、失効するわけであります。 そのことを踏まえて考えますと、二条C項については、これは日本国と連合国の間の合意でありましたが、日本国と連合国の間の合意としては失効したのではないかというのが私の理論でございます。そして、日本がそのような、自己がかつて署名した国際合意の一部について失効を主張したことは過去にも例があるわけでございます。そのように日本はこの二条C項について失効を宣言すべきではないか。 その場合にどうなるかというと、千島列島、南樺太については、この問題がいわば日ソ二国間に白紙の状態で投げ出されるということであります。その場合には、日ソ間において千島列島、南樺太をどうするかをゼロから交渉する必要が生ずるということであります。したがいまして、私の個人的な持論といたしましては、日ソ間の平和条約交渉というのは、単に北方領土四島だけではなく、千島列島、南樺太を含めてどうするのか、千島列島、南樺太はソ連に帰属する、国後、択捉、歯舞、色丹は日本に帰属する、このことをゼロから交渉し合意すべきである、それが日ソ間の平和条約であり、これが日ソ間の戦争状態に終止符を打つものである、このように私主張してまいったわけでございます。したがいまして、この場合には千島列島の範囲いかんという問題を議論する必要は全くないわけでありまして、また、逆に言えば、南樺太はソ連、千島列島は日本という合意すら日ソ間で合意すれば合意可能なことであり、このことについて連合国は何ら抗議あるいは容喙する根拠を持たないわけであります。なぜなら、彼らはそのことについて未完成の法律行為しか合意することができず、しかもそれを完成させる能力を持たないからであります。 しかし、日本政府はそのような立論をたどらずに、千島列島の定義いかんということに論点を絞って、つまりサンフランシスコ平和条約二条C項による千島列島、南樺太放棄ということについては、ソ連についても日本はその有効性を認めるという立場で議論しているために、日本政府の法理論は千島列島の定義いかんという論点一点に集中して推移してきたということでございます。
○岡田(克)委員 時間もなくなりましたので、最後に一言申し上げたいと思います。 今の伊藤先生の御議論、一つの大変立派な御見識だと思います。ただ、もう一方の見方として、そういう議論があるからこそソ連が国後、択捉を返すことに対して危機感を持つ、心配をするという面もあるのじゃないか。つまり、国後、択捉を認めたときに北方領土全体あるいは南樺太の問題まで全部蒸し返されてしまう、そういう不安があるのではないかと思います。 そういう観点から、連合国との間で日本が主導的な役割を果たして、完結していないサンフランシスコ平和条約について完結をさせるという日本外交というのもあっていいんじゃないか。それを日本がアメリカ、イギリスと語り合うことで何らかの法的意味を持った合意を得て、それをソ連にギブすることで北方領土問題の解決の一つの大きなステップにする道もあるのではないかという私の私見を最後に申し上げまして、大変残念ですが、時間がなくなりましたので、私の質問とさせていただきます。
○中西委員長 午後零時五十分から再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時八分休憩 ────◇───── 午後零時五十二分開議
○中西委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。五十嵐広三君。
○五十嵐委員 きょうは、参考人の皆様お忙しい折においでいただきまして、私どもも先ほど大変勉強になるお話をそれぞれ承りまして、また大事な折柄だけに、心からお礼を申し上げたいと思い ます。以下、幾つか御意見を伺いたいというふうに思いますので、よろしくお願い申し上げたいと思います。 一つは、ちょうど休憩中もお話があったところでありますが、今我々は、四月の十六日にゴルバチョフ大統領を迎えて、領土に関する日ソ交渉の大きな山場をひとつ迎えようとしておるわけであります。しかし、十六日から十九日までの滞在期間ということだけではなくて、もちろんそれを契機として一九九一年、大きな山場を迎えていくのだろうと思うのでありますが、これは、交渉の上からいって我が国としてタイミングは一体どうなのだろうか。 先ほど木村先生のお話がございましたが、やはりさまざまな有利、不利の問題がある、全くそのとおりであろうというふうに思います。殊にソ連の国内的な事情、ゴルバチョフ大統領の国内政治基盤の問題等もあったりして、かなり重大な判断をするとするとゴルバチョフ大統領としては大きなリスクを覚悟しなければならぬのではないかという感じもいたします。しかし、私の感じからいうと、そういう意味ではさまざまな問題を抱えデメリットがあるが、総体の歴史的なこの問題についての解決のタイミングということからいうと、波長の長い波でとらえればやはりベストのタイミング、全力を挙げて解決に当たるべき時期だというふうにも私は思うわけなんです。この点についての御判断について、領土返還の問題の具体的な運動にお詳しい末次先生からでもお答えをいただきたい、こういうぐあいに思います。 なお、引き続いてちょっと二、三お聞きしたいと思います。 今度の場合、両国はそれぞれ交渉の主たる目的はやはり確かに違うような感じがします。日本の場合は何といったって国民的な、歴史的な悲願である領土問題の解決ということが最大の問題でありますし、ソ連側から見ると、今の国内的な、殊に経済の面における危機的状況の中での日本への経済支援といいますか、そういう意味での大きな期待が主たる目的であろうというふうにも思いますし、それぞれ目的は違うが、相互にその目的を受け入れて妥協してしまうという上では、私は双方の大胆な決意次第では可能性が十分に成り立つ合理的な根拠があるような気がするわけであります。そういう意味では、このタイミングにおける積極的な解決がぜひ望ましい、こんなふうに思っております。 そこで、問題は、そういう考え方に立っての具体的な領土返還の交渉のプログラムといいますか、それは一体どういうことで我々は対応していくことになるのだろうか、流れは一体どうなるのだろうかというようなことが我々にはよくわからないのであります。しかし、私なりに考えていることをまず申しますと、今小沢さんなんかも、そういうことのかばんの中身だと伝えられていたりもするのでありますが、やはり四島の主権を確認した上で、その返還の具体化に関しては、率直に言って二段階といいますか、相当な期間と手順というものをお互いで合意し合っていくということではないかというふうに思います。ゴルバチョフ大統領が来日の時点では、先ほどもお話がございましたが、やはり一九五六年の日ソ共同宣言の時点に立ち戻る、したがって一九六〇年の対日覚書は取り下げるということが当然のことであろうと思います。同時に、残り二島に関して、その主権の問題を含めて平和条約の従前の作業グループを格上げした格好で、先ほど末次先生でしたか、閣僚レベルというお話がありましたが、私も同感で、そういうレベルでの交渉が一定期間行われるのがやはり当然ではないか。つまり、そういう交渉のスタートに関して、先ほどの日ソ共同宣言の再確認とあわせて、それの両国の合意、確認というものが必要でないか。 同時に、一方で経済支援の問題も、これはソ連の側のメンツだとか、あるいは領土を買うとかいうような問題なんかも既にソビエト国内であって、告発するとかなんだとかという話さえも伝わっているわけであります。しかし、やはり援助すべき点は明確に援助する。つまりそれは、ソ連側のそういう主たる目的にきちんとこたえていくということもやはりまた必要なことであって、それは隣国として、しかもソ連の崩壊というのはまさに地球の崩壊と言われるくらい重大な問題であり、我が国の国際的な一つの役割というぐあいに考えて、この問題はまともに正面から取り組んでいくべきであろうというふうに思いますが、そういうことの交渉のスタートもやはりここですべきではないか。輸出入銀行の一定の枠の問題であるとかあるいは若干の、当面のことは当面のことなりに解決できるものはそこで解決といいますか、支援できるものはそこで決めるとして、しかしグローバルな、長期的な、大胆な対ソ経済支援というのはそこからスタートするということになろうと思います。大体そういうようなことがゴルバチョフ大統領がおいでになったときに決められていくべきものでないかというふうに思うわけであります。 第二段階は、一つには、それを踏まえて日ソの長期経済協力の交渉、それから二つには、今のスタートする閣僚レベルの平和条約交渉の継続、それからもう一つは、これも先ほどの質問にもありました、帰属の問題と関係をしてやはり日米調整等の作業が当然必要ではないかというふうに思うのです。 そういう一定期間の作業を経て、第三段階として、日本首相が訪ソするというような機会がそうなるのかどうかと思いますが、一つには、そういう交渉を経た上で四島主権の明確な確認と、それから、二段階というような表現が適当かどうかわかりませんが、そういう返還の方法についての合意による平和条約の締結に至る、二つには、一方これも協議を重ねてきていた日ソ長期経済協力協定の締結というようなものをつくり上げていくというようなプログラムの構想でいくことになるのかどうか。これは、私ども全く素人で私見なものですから、ただ、そういう流れになると認識しながら今回の日ソ交渉のスタートに対面していっていいのかどうか、この辺についてお伺いをしたいと思うのです。木村先生、寺谷先生、お教えをいただければありがたいというふうに思います。 それからその次に、そういう流れでいくといたしましても、返還の具体化に伴う諸問題がさまざまある。その中で、二、三の点についてお聞きしたいのであります。 一つは、先ほど各先生からもお話がありましたように、要するに、今のソ連の連邦と共和国の関係等からいってモスクワだけで決めるというような状況には全くなっていない。したがって、ロシア共和国、ロシア共和国の中のサハリン州、つまり北方四島を所管しているサハリン州というところの合意というものが非常に重要になってくる。 実は私は、二月十一日に超党派でサハリン訪問団を組織いたしまして、国会議員十二人を初め、あるいは横路知事など七十四人で直行便で初めて飛んでみました。そこでもいろいろ話をした。サハリンとの交流はずっと続けているわけなんですが、そういう中でフィヨドロフ知事とも何遍もお話をしたり、あるいはアクショーノフ議長とも話をしたりした中での自分の実感として思うのは、以前から見るとかなりサハリンの指導者の考え方は変わってきている、つまり弾力的になってきているというふうに私は感じているわけです。ですから、ここで必要なのは、先ほど御提起がございました、殊に寺谷先生からお話がございました、サハリン州に大胆な集中的な援助をしていくことがいいのではないかということと関連するのでありますが、私も同感でありまして、そのことがまた、実はフィヨドロフ知事あたりも非常に期待し、領土問題も絡めながら考えておられるところではないかというふうに思うのです。 ですから、そういう意味では、日ソの共同設計みたいなものでサハリンの開発十年計画であるとか、あるいは、特に必要なのは北方四島に関する開発十カ年計画というようなもの、これは、ある意味では北海道開発庁が具体的に所管をして共同設計を詰めるということであってもいいと僕は思 いますが、そういうぐあいに十年なら十年の間に北方四島が日本の生活レベルまで間違いなく進むとか、そこに我々も混住していられるんだとか、あるいは企業等についても合弁でやっていられるんだとか、共同開発を進めるんだとかいうような具体的な展望というものが彼らに与えられる、サハリン州にしてみても、具体的に十年なら十年でこういう開発が進んでいく、あるいは、天然ガスにいたしましても何にいたしましても主要なプロジェクトが具体的に進展をするというようなものが提示されるということが、実は領土問題を含めて現地側の理解を得ることになる。そこはサハリン側の理解が得られるということに次第になってくると、ロシア共和国自身も考え方が変わってくるものであろうというふうに私は思うので、それについての積極的な対応、つまり、積極的、具体的な我が方からの提示があっていいのではないかと思います。 同時に、非軍事化の問題であるとか、あるいは、先ほど伊藤先生からお話をお聞きして大変共感をいたしましたが、北方四島の国有地化構想というようなもの、これは我が方でそういうようなことの準備は進めるべきであろうと思いますし、ぜひそういうような具体的な諸問題を十分に気配りをしながら配慮すべきではないかと思うのですが、この辺についての御意見もいただきたいというふうに思います。 以上の点につきまして、それぞれの先生から、お気づきの点を御教導賜ればありがたいと思います。
○木村参考人 五十嵐先生からたくさんの御質問が全員に出たわけで、私は、その中から二、三を選んでお答えさせていただきたいと思います。 最初は、タイミングの問題が先生から出されて、全く同感でございます。私どもに、名前は挙げられませんけれどもソ連の方がひそかに言っているところでは、もう少し早く我々の書記長、大統領が日本に行ってもらった方がよかったというようなことで、やはり政治におけるタイミングを逸することの重要さということを述懐しておりました。 その人の意見に私の意見をちょっと加えますと、五回はチャンスを逃がしております。 まず、シェワルナゼ外務大臣が三回いらっしゃったのですから、そのうちの一回ぐらいはかなり早い段階にゴルバチョフ書記長がいらっしゃっていたら、日本人とか世界の期待が六年間待つほどは、こんなにオーバーに、期待が異常なまでにホットに過熱することはなくて、ノーマルな、静かな交渉ができたのではないかと思います。 その次に、東芝事件といろいろな括弧つきスパイ事件がありましてちょっと冷え込んだときも惜しかったと思います。その前にお話があったわけですから、レイキャビクの冷え込みもありましたが、米ソ関係と少し切り離すつもりで日ソ関係をごらんになったらよかった。 三番目には、これは向こうが言った言葉でそのまま言います。日本の自民党政権が中曽根政権で安定したときに取引をした方がよかったんだけれども、日本の政権が次はどのぐらいもつかというぐらい一年の間にくるくる変わったので、ちょっと我々も戸惑っている、これは向こうの人の言葉であります。 それから四番目には、御大喪の折に、ルキヤノフ最高会議議長を送るよりも、ゴルバチョフ大統領が日本を重視しているならばやはり訪問したら、確かに目立つことはなかったけれども目立たないがゆえのよさもあったのじゃないか、つまり、余り日本から島、島というようなことを言われずに、とりあえず来たということで日本の勉強もできたのじゃないか。今度は本当にプログラムが過密でございますから、ゴルバチョフに日本を見ていただく機会、時間もないわけですね。それから、何よりも民族紛争が燃え上がる前に来るべきだったので、そのタイミングは非常に痛かった。今はもうある意味で、一部の人によると一番悪いタイミングで日本を訪問することになるのだという意見もございます。 それから二番目に、時間のタイミングの問題で言いますと、私のお話をちょっとどのぐらい御理解くださったかわかりませんが、時は日本の方に利しているわけでございまして、日本としてはそれほど焦る必要はない。ソ連の方がそういう意味でこれ以上延ばすことはできないということが、やはり今非常に、国内的困難にもかかわらず大統領が来られることに決断されたのじゃないかと思います。 それから、今ベストのタイミングかということに関して末次先生からも御回答がありましたが、私はちょっと五十嵐先生の方に近くて、今割合いいタイミングだと思います。三つのレベルからですが、末次先生は内政上とてもじゃないけれどもいい時期と言えないということをおっしゃいましたが、おっしゃるとおりです。しかし、同じく言われたように、経済的には非常に今弱っているわけで、日本の支援を求めるという点で、日本からは実はその点いい点。それからもう一点出ませんでしたのは、外交上アメリカとの関係がバルト三国への武力介入と湾岸のとき以来ちょっとぎくしゃくしていますから、この訪日が急に日取りまで具体的に決まったのはやはり日本に対ソ支援を求めざるを得ないということで、そういう点でも日本にとってはかなりいいタイミングじゃないかと思います。 それからその次に、先生がおっしゃった点も全く同感でございまして、二国間の交渉というのはそれぞれの国益をかけた一種のゼロサムゲーム的なものでございます。つまり、両方の交渉当事者及び外務省は、少しでも自分の方がたくさんとって将来の自分の国民や政府に対して貢献したいということで真っ向から対立するものですけれども、それだけでは結局両方の国益とメンツが失われますから、ちょっときざな言い方ですけれども、その二つの対立した立場を少し止揚したような、ドイツ語で言いますアウフヘーベンしたような、英語で言うとプラスサムゲームにしたような形に少なくとも構成して、技術的に持っていくことが大事だと思います。 まず技術的には、ソ連側が四島を出すということはかなり向こうのメンツを傷つけますから、それをそこだけではないのだということをオブラートに包む必要がある。それからもう一つ、二国間関係のことばかりで考えるのではなくて、グローバルな利益にも、アジアの利益にも役立つという意味で、高次な目標のためへの、ソ連にとっては四島を犠牲にし日本は経済支援をするということで島と経済支援はダイレクトに交換関係になるというような形を避けるべきだ、この日ソという隣り合う両大国がいがみ合うことよりも、仲よくなって日ソの新時代をつくるということが両国のみならずアジア及び世界の平和と安定に役立つのだという、一段高い高次の高邁な立場から今度のゴルバチョフの訪日を理論構成するという工夫が必要なのじゃないかと思います。 最後に、ちょっと先生と違うかもわかりませんが、援助すべきか否かに関しては、次のような三つの細かい点が出されております。 まず第一番目に、ゴルバチョフ氏を助けることに対して、改革派の学者の方からは、今助けないでほしい、むしろ彼を追い詰めるんだというような改革派、彼は保守派と手を握っているので、そういうゴルバチョフを助けてほしくないという声もあって、だれを助けていいのかという助ける相手がちょっと不明になってきました。 それから、助けるのはいいのですけれども、ただ、今お金とかいう形で直接しますと、それをすぐ使ってしまって自助努力をかえって損なうので、苦しいけれども、少し援助の仕方は長期的な視野に立って、技術的な経営的なところで長い目でやってくれる方が本当に助かる、俗な言葉で言うと、お魚をくれるよりもお魚のとり方を教えてくれる方が長い目で、きょうお魚を食べてしまってあしたは何もないのでもう一度またお願いするという悪循環になるということで、いわゆる知的援助の方を望みたいというインテリの声もござい ます。 それから最後に、助けるのは結構でございますけれども、世界のいろいろな国々、アジアや、まあアジアは豊かになってきましたが、アフリカのいろいろな国々で、本当に飢えている国で骨と皮だけになっている赤ちゃんの写真を見るにつけまして、ソ連はまだ丸々と太っていらっしゃる方々で、それほど困っていらっしゃるように見受けない。ただ流通機構が悪いだけで、農村などでは、あるいは冷蔵庫の中にはまだ消費物資を持っている国をお助けするというのは向こうのプライドも傷つけるので、まあ確かにラーメンをお送りするという運動も先生の方でなさっているかもしれませんけれども、案外感謝されてないかもわかりませんので、これはやはりもう少し研究して、ソ連にとって一番効率的でお役に立って日本国民も納得できるような形、全世界からも、日本が島だけを買いたいために援助しているのじゃないというようなことは、超党派的に研究者も含めてグループをつくってやっていく。それはソ連というものが、先生がおっしゃったように核を持っている国であるし、難民を出すかもしれない、三億に近い国民であるという点から、この国が今後どうなるかということは、それはアフリカの一国よりも大きなインパクトを我々には与えるものですから、これはまた別と言うとおかしいのですが、関連させながらも、十分チームワークをつくって研究するテーマだと存じます。
○五十嵐委員 この後、実は上原先生がまた関連質問をなされますものですから、恐縮ですが、ここだけはおまえちょっとさっき言ったけれども違うぞ、よく覚えておけというような点についてそれぞれ御返事いただきまして、引き続いて上原先生にお願いしたい、こういうぐあいに思います。よろしくお願いいたします。
○中西委員長 順序はよろしいですね。
○五十嵐委員 はい、もうごく簡単で。
○伊藤参考人 私も、ソ連の側から見た場合に、それでは日本の希望どおり北方四島を日本に返してやったらソ連にとってはどんなよいことがあるのかという展望をソ連に与えてやるということは、お互いの建前であるとかメンツであるとかは別にして、実際の政治的決断をする上で非常に重要なことであり、その点日本側としては、北方領土返還を実現するために日本の側だけでできる強力な返還支援の手段、措置でございますので、これは篤と考え、我々でできることを打ち出していくことが懸命であろうかと思います。交渉において、ただソ連側に要求を突きつけ、こわもてで圧力をかけるだけが能ではないのではないか。 そういう観点から、従来議論されてまいりましたのは、北方領土四島が返ってきたら日本はソ連の、特に極東シベリアの経済開発に全面的な協力をしてやるのだという話でありまして、そのことについてもう少し具体的なイメージをソ連側に伝えていこう、必ずしもコミットした形でなくてもよろしいかと思います、ビジョン、パースペクティブとして日本側でいろいろな議論が出ているということが報道などを通じてソ連側に伝わるということでも、私はそれなりの効果を発するのではないかと思いますので、先ごろ読売新聞などに二百八十億ドル援助構想というものが伝えられたりいたしましたが、ああいった構想をめぐっていろいろな議論が日本国内で行われれば、その議論の様子を見て、ああかなり大規模の援助をソ連にしてやろうという気持ちについては日本国民の間、与野党を問わずコンセンサスがあるんだなというようなことが伝わるわけで、結構なことではないかと思います。 それに加えまして、実はもう一点が、五十嵐先生からも御指摘ありましたことでございますが、ソ連側としては、やはり返した後の北方領土四島、国後、択捉、歯舞、色丹が一体どうなるのか、そこに住んでいるロシア人たちはどう扱われるのか、これは当然直接的に関心のあることであろうと思うわけで、このことについては全く、それは返ってきた後考えればよいことというふうにしかとれない現在の日本の官民の、これは民間でも議論が全くないわけでございまして、余りにもその相手側の気持ちに対する洞察を欠いた状況ではないかと思うわけで、私としてはぜひ国会において北方領土法のような法律を通していただきたいと思っているわけでございます。 この法律では、まず、返還後の土地はすべて国有地にするということを決めていただきたいと思うわけであります。そのためには、一九四五年以前の日本人旧島民のうち土地所有権を持っている人たちに対する補償の問題が生じますが、幸いなことに北方領土四島の大部分は国有地であると聞いておりますので、また、現在の開発の程度にかんがみた地価というものは日本本土の地価と比べるならばそれほどの問題はないと思いますので、さほど財政的な負担にはならないものかと思うわけであります。 次に、返還後の北方領土の開発につきましては、本土と同じようなコマーシャルベースの利潤、営利追求の自由経済システムにすべてを任せる行き方ではなくて、目的をはっきりと私は定めていただきたい、二大目的を定めていただきたい。一つは、自然環境の保全であります。もう一つは、日ソ友好への貢献という特別の目的を掲げていただきたいと思うわけであります。 三番目には、そういうことでありますから、この返還後の北方領土は特別地区に指定する必要があるのではないか。先ほど北海道開発庁に委託するということでございましたが、その点につきましてはそうではなく、北方領土は北海道とは別の特別地区に指定することが必要かつ適切ではないかと考えるわけであります。 その理由を申し上げます。 まず、現在居住しているソ連人につきましては、島外移住、島の外に帰るのと残留居住、この自由選択を認めざるを得ないと思いますが、島外移住のソ連人島民につきましては補償を行えば済みますが、残留ソ連人につきましては、在日朝鮮・韓国人の方と同じような永住権を認める必要があるのではないかと思うわけであります。またこれに加えまして、これは御審議いただく必要があると思いますが、日本側が国際化の時代において非常にジェネラスな態度、寛大な態度をとるとすれば、極東在住のソ連市民くらいには自由往来のため北方領土特別地区を開放してもよいのではないか、かように考えるわけであります。 また次に、北方領土の経済活動につきましては、日ソ友好という目的に照らして、ここは日ソ合弁を基本とするんだというような方針を打ち出すことはいかがでございましょうか。 以上のように、北方領土につきまして特別の扱いをするということになりますと、この北方領土は特別地区、しかもこれは、私は、住民がいるのかいないのかわからない状態でございますので、日本政府の直轄地区にしてはいかがかと思うわけであります。以上の趣旨にかんがみれば、この行政及び開発を担当するためには、北海道開発庁ではなくて、北方領土庁といったものを創設する必要があるのではないかと考えるわけであります。 そして最後に、日ソ友好のシンボルでございますから、当然北方領土は永久非武装化するというようなこともこの北方領土法の中で宣言するならば、これはソ連側として、返還後の北方領土がソ連から見て脅威になる軍事的な利用の可能性はないんだということをあらかじめ告知する効果を生ずるのではないかと思うわけであります。そういう意味で私は、北方領土法のようなことをぜひ御検討いただきたい、そのための時間も限られているのではないか、返ってきてからでは、日本人旧島民の土地私有権といったものが現実化いたしまして、より自由かつ適切な処理というのは難しくなってくるのではないかと考えるわけでございます。
○五十嵐委員 本当に末次先生、寺谷先生、申しわけないのでありますが、上原さんの時間がかなり経過しているものですから、私、これで失礼いたしたいと思います。 どうもありがとうございました。
○中西委員長 上原康助君。
○上原委員 きょうは四名の先生方、貴重な御意見をお聞かせくださいまして、心からお礼を申し上げたいと存じます。 そこで、限られた時間ですので、端的にお伺いをさせていただきたいわけですが、御四名の先生方の意見陳述、参考意見を拝聴しまして、共通する面が多いし、また、ちょっとニュアンスが異なっている点もあります。日ソ関係、特に北方領土返還問題は、歴史をたどればいろいろな背景と主張があり、国民的コンセンサスもなかなか今日まで得がたいというか、得にくい点もあったわけですが、これだけ煮詰まってきますと、国民の合意形成というのはほぼでき上がりつつあると見ていいのじゃないのか、私は社会党ですが、そういう考えを持っている一人であります。 そういう観点から、四名の先生方にそれぞれ一言ずつで結構ですが、四島の一括返還は政経不可分を含めて絶対条件だと今日まで言われてきたわけです。これは、もちろん外交ですから、堅持をすべきだということは重々理解をしつつも相手のあることと、この機会に日ソの友好親善、本当に隣国としての将来に向けての基礎をつくっていくという意味では、いろいろ妥協もそれぞれの主張を生かしながらせざるを得ない面もあるいはあるかもしれません。そこで、四島の主権が確認されるという段階では、段階というか確認された上で、返還の方法については必ずしも四島一括でなければいけないということも最近の動きからしていかがなものかという見方もあるようですが、主権確認を前提として、先ほども与党議員の質問にもありましたが、返還の手順については幾らかタイムラグ、時間をずらしていくというようなことも、いろいろな経済援助、文化交流、そういう面を多角的に含めてあってもいいのじゃないかという感じもするのですが、そのことについて、伊藤先生から御順に四名の先生方に一言ずつ御見解を、もう一度確認をすると言ったらちょっと言い過ぎですが、お聞かせいただきたいと思います。
○中西委員長 時間の都合がございますので、できるだけ短時間にお願いします。
○伊藤参考人 私は、四島一括即時返還という、これは建前というかスローガンといいますか、崩すべきではないのではないか。 ただし、一括とは何か、即時とは何かという解釈につきましては、上原先生御指摘のように、四島の主権を認めると向こうが国際法的に有効なコミットメントをし、かつ最終的な四島引き渡しの期限、タイムリミットを明示した場合には、これは一括即時ということの解釈は極めて柔軟に対応してよろしいのではないか。現実的にまず二島、次いで何年か後に一島または二島と返ってくるということは、四島一括即時返還の大原則に背くものではないというふうに考えます。
○木村参考人 私も同様に、島の数に関しては絶対に妥協はあり得ないけれども、四つの島が返還されることが、もう後になってソ連の当事者が死亡したり知らないということによって後退しないという保証、つまり明示的な、相互が調印し、それぞれの国に持って帰って批准された国際的な文書の中で明確にされるならば、その返還の時期とか態様とか方法というのは技術的な問題であって、そこまで深追いするとかえって返るべきものが返りにくくなるという点ではほとんどの方の同意を得られる考え方でございますが、一言つけ加えるならば、それは、日ソ交渉がそこまで煮詰まって、ぎりぎりの段階で日本側が先ほど申しましたように相互に受け入れ可能な妥協というときに日本がすべき妥協の目玉であって、それを時期尚早に新聞に書き立てられるような形でリークしたり時期尚早にしゃべることは、最後の落としどころを初めから相手側に提示することで外交交渉上非常なマイナスがある。しかしながら、そのことを胸の中にしまっておいて、そこになっても日本国民は異存がないだろう、しかしソ連というものの交渉をいささか勉強している者としては、ソ連というものにそのようなこちらの落としどころを先に知らせますと、逆にその落としどころから出発して、さらに妥協しろということになりますので、取り扱い注意だと思います。
○末次参考人 結論は、木村さんの最後のところが結論でして、私は注意深く二年前から一括という言葉を避けてきました。しかし、四島が返ってきて初めて平和条約が結べるんだという原則はきちんとしておかなければいかぬ。木村先生、少し手の内まで言われましたけれども、このごろのはしゃぎ方はその意味でちょっと危険である、腹の中にしまっておくべきである。 同様の意味で、先ほど伊藤教授が五十嵐先生の御質問に答えられて、島のあり方についていろいろ論議されましたが、我々もそれについては相当細かい構想を持って、私的にはソ連側とオフレコで話し合っております。しかし、公開の席で伊藤教授のように今から打ち出すことは過早に過ぎる、まだ向こうはそこまで熟していないという私は考えです。
○寺谷参考人 ちょっと別の視点から申しますと、主権が確認されればという前提でございますが、私は、ゴルバチョフ大統領が大変日本国民の気持ちをよく知っているという発言と、領土問題というのは大変燃えたぎっているものだから素手ではなかなか拾いにくいというふうな発言をされているので、歯舞、色丹はクリアしているけれども、国後、択捉を問題として、戦後の未解決の問題の一つとして今後審議する、そして審議を継続している間に、いろいろな経済問題とかそういった問題も一緒に話し合っていくというふうな段階であろうと思います。 すなわち、二島か四島か三島かと分けるのではなくして、四島一括で審議しましょう、これが日本の国民の感情がわかっているという発言の背後にあるのではないか。結局は日本人にとりましては国後、択捉だけということになっていくと思います。 そういうことでございます。
○上原委員 大変参考になりました。私たちもそういう貴重な御意見、また要注意という点も、相手は外交面ではしたたかなところがありますから過大な期待をするのもどうかと思いますが、同時にまた、このせっかくのチャンスを、今までのことをとやかくいろいろ結果論で言っても始まりませんで、ここから始まるわけですから、これをしっかり国益を体して生かしていくということが肝心だと思いますので、きょうの先生方の御意見を参考にしていろいろの政策立案に努力をしてまいりたいと思います。 そこで、あと一点。これもできれば、時間があれば四名の先生方の御意見を拝聴したいわけですが、私は一つだけ、今まで出なかった意見のお尋ねをさせていただきたいわけです。 日ソ関係は領土問題もあり、大変不幸な状態が戦後続いてきた、率直に申し上げて。それは、我が国の外交姿勢あるいは安全保障条約等々の面も相当国際的視野から絡んでおったと思うのですね。それが冷戦構造の終えんによって、新たな国際秩序ができつつあるわけです、湾岸戦争で幾分懸念される向きもありますが。要するに、言葉は強いかもしれませんが、日本の対ソ政策、対ソ脅威論というか、ある面では一時期は非常に敵視政策を背景としてとってきた、これが大きく災いをしたと思うのですね。そういう意味では、アジア・太平洋の平和戦略ということを末次先生、御研究もなさり、またきょうもしばしば指摘をなさったわけですが、要するに北方領土の返還と同時に、将来的日ソの平和条約締結を含めて考える場合には、アジア版のCSCEというか、いわゆる安保会議のようなものも展望していくべきだと思うのですね。 そういう広いグローバルな立場でしかこれからの領土問題、経済問題、真の平和友好関係というものは確立していかれないんじゃないのかと思うので、言葉をかえて言うと、北東アジア地域の軍縮ということにもなろうかと思うのです。その一環として、先ほど伊藤先生が御指摘をしました、それは公にするしないは別として、日ソ友好への貢献度としての特別地区、それは国が直轄するかどうかはまだ議論がありますが、要するにあそこ を日本としても軍事目的にソ連を刺激するような使い方、跡利用はしないということは、私はやはり原則、原点じゃないかという感じがしますので、そういうことについて末次先生、これは伊藤先生か木村先生からお聞かせいただければと思うのですが……。
○末次参考人 島を非武装地域にするというのは、これはもう理論を超えた基本だろうと思います。ただ、ブレジネフ末期からしばしばソ連が提起したヘルシンキ・モデルのアジア・フォーラムというのは、アジアの情勢を知らない議論でございまして、その意味では単純ではないわけですね。しかし、例えばカンボジア問題とかあるいはASEAN、アジアNIESなど、共通レベルで議論ができる範囲で順次議論の幅を広げていくということは当然必要であろうかと思いますし、それからクラスノヤルスク演説などで述べております信頼醸成措置というソ連の提案の中に、例えば海難救助のために双方の海軍が協議の機会を持つとか、あるいは演習の相互開放とか、そういう可能な領域についてはステップしていくという必要があろうかと思うのですね。従来、その点について日本政府の対応の仕方は、専らアメリカに気兼ねし過ぎて後ろへついていっているという形跡がございましたが、むしろ進んでアメリカとも協議をしながら、可能な範囲の接点はつくっていくという姿勢がこれからは求められるであろうし、多分今度もそういう角度で首脳の間でも話し合いが行われるであろうことを期待しています。
○伊藤参考人 ヨーロッパにおけるCSCEのアジア版をつくろうというソ連側の主張は、ブレジネフ時代以来繰り返し提起されてきていたところでございますが、これにつきましては、中国がかつて中国包囲網をつくろうとするのではないかという観点から抵抗したことは御承知のとおりでありますし、日本といたしましては、それが北方領土棚上げに通ずるものではないかという観点から抵抗してきたわけでございます。しかし、最近の中ソ関係は変貌いたしておりまして、特に湾岸戦争後、中国の対ソ接近の姿勢も見られるような状況でございますし、私は、ソ連が北方領土の主権が日本にあるということさえ認めるならば、基本精神、基本原則においてCSCEのような安全保障のための枠組みを、これは末次参考人御指摘のようにアジア特有の難しい問題を抱えておりますが、それにもかかわらず、アジアにおいてもそういう枠組みが必要かつ望ましいということは日本の立場としてもあってよいのではないか。 ただ、くれぐれも申し上げたいのは、ヨーロッパにおけるCSCEというのは現状国境の固定ということを大原則にした上での枠組みでございましたので、北方領土問題が解決しないアジア・太平洋にそのまま持ち込んでこれを適用することは、日本みずから北方領土を放棄することにつながるという、この一点の問題点だけを指摘させていただいて、基本的には日本としても歓迎、努力すべき課題だろうと考えます。
○上原委員 時間が来ましたから、あと木村先生、寺谷先生にも御意見をお伺いしたかったのですが、やはり中国の立場もいろいろ関連してくると思いますので、また時間がありましたらそういう点でもお伺いをしたいと思います。 私が申し上げたのも、あくまで北方領土返還というこの国民的課題が解決の方向を見た時点における問題提起だというふうに御理解いただければありがたいと思います。 どうもありがとうございました。
○中西委員長 玉城栄一君。
○玉城委員 四名の先生方にはきょうは大変お忙しい中御列席をいただきまして、貴重な御意見大変ありがとうございました。感謝を申し上げます。 私は所属政党が公明党なものですから、その立場でお伺いをさせていただきたいわけですが、この問題はやはり四島一括返還、これが決着がついて平和条約、いわゆる政経不可分ですが、この建前論は日本政府がずっととってきたことで、この考え方というものはほとんど今日本国民の合意、コンセンサスの得られている問題であります。そういう立場に立ちまして、今御存じのとおり、具体的に交渉の段階といいますかその手前に、何せあと二週間ちょっとということですから、非常に国民的な願望でありますこの北方領土をこの際に、この機会に、このチャンスにという非常に期待感があるわけですね。それで、四名の先生方の大変貴重な御意見伺いまして、いろいろな意味で参考になりました。 そこで、この四島一括返還ということは、先ほど先生方のお話の中で、それは主権を、あるいは潜在的な主権も含めてでしょうか、認めてくれればその返還の時期的なものは別に問うこともないだろう、いわゆる四島返還という枠組みでとらえていいのか、その辺をまずちょっと確認させていただきたいんですが、木村先生から御順番に、ひとつよろしくお願いします。 といいますのは、先生の午前中のお話の中に、私はちょっとお伺いしたいんですが、出口論、入口論、その差が縮まっているというお話もありまして、まず先生の方からちょっとお伺いをさせていただきたいと思います。
○木村参考人 私は、午前中言葉が不足で少しおわかりにくかったと思いますが、従来の日本の立場は、北方領土が返らないうちはそれ以外の協力、交流をしないということで、入り口論の立場に立っておりまして、逆にソ連の方は、いろいろな協力や交流を進めていけばひょっとしたら最大の難題も解決するのではないか、しかしそれも別に保証するわけでもない、そのようなソ連の立場を出口論と呼んでいたわけですが、その場合技術的な問題になるのは、ソ連の場合は五六年のいきさつもあって二島は引き渡すと言っている。しかし、そこで平和条約を結ぶのでは、平和条約の性質からそれでもう一巻の終わりになってしまうわけで、あと残りの二島に対する望みはよほど平和条約を再改定するということがない限りだめでございますから、日本としてはどうものめない。ところが、日本側のように四島が返還されたときに平和条約を結ぶというのでは、ソ連側としてもなかなかのめない。ここでもう百八十度日ソの立場が違っていたわけですが、ソ連側が、私の言いますようにペーパー・ビクトリーという平和条約にそれほど固執しなかったようになりますと、平和条約を二島ソ連が戻すときに必ずしも結ばなくてもいい、最終的に解決するときでいいとなりますと少し緩んでくる。それからもう一つは、御存じのように日本の外務省や安倍晋太郎さんが御提案になっている拡大均衡論というので、その真ん中の道があるのではないか、すなわちいろいろな島の問題と並行してそれ以外の問題を発展させていけば、同時進行的に最後に帳じりが、四つの島が日本に帰るということならばよろしいんじゃないかということで近づいたわけでございます。 しかし、私の立場は、四島一括返還と政経不可分という日本の立場が逆にソ連にもプラスするという立場でございます。先ほどから申し上げているように、二島で妥協したりこの問題をあいまいにすると、問題を先送りするだけで日本から心のこもった、血の通った協力というものがソ連に向かって流れ出しませんから、ソ連としてはプラスにならない。そういう意味でソ連も四島一括返還論によってプラスするわけですし、また、政経不可分にする方がソ連も日本から得られた経済的な援助や協力や支援を有効に使おうという気持ちになりますから、最近の別の言葉で言えば、後進国やソ連は、タイドローンにしてくれる方がアンタイドローンよりもかえって自分たちがまじめに貸してもらったローンを有効に使う、ひもつきにしてほしい、漠然とした形でもらうと官僚のそでの下に入ってしまったり国民の自助努力を損なうことになるから、むしろ監視してもらう方がいいんだ、これはこういうことに使いなさいよ、まあ寺谷先生的に言えばサハリンに使いなさいよ、極東に使いなさいよ、エリツィンのいるロシア共和国に落としなさいよ、そういうふうに使途を、内政干渉のようですけれども逆に明確にすることがかえって相手側に喜ばれるというようなこともある わけでございます。 ですから、結論として申し上げるのは、私どもがつき合っている改革派のソ連の日ソ専門家などは、むしろ日本の立場をもっと毅然と言ってほしい、日本の政治家の方が例えばソ連に来るときは、もう四島一括返還、政経不可分ということをお経のように唱えて、まず我々の政治家を教育してほしい、それが我々の保守派だとか軍部に対するいい教育になるので、それをお客様で来たからといって少しあいまいに、日ソ間に不幸な問題があるとかいうあいまいな言葉にすると、ああこれで日本の政治家の方々の立場は変わったのかと思って間違ったシグナルを受けて、また時間を浪費して結局日ソのためにならない、この問題は早く解決して、もう二十一世紀へ向けて新時代をつくる方がいい、こういうふうに言っているわけでございます。
○末次参考人 冒頭申し上げましたように、ソ連側が今準備しておるスタンスは、領土及び平和条約については、従来言わなかった点でステップするのが二つあるだろう。一つは、領土問題、という言葉も多分使うと思いますが、という懸案が解決しないために平和条約が結ばれていないのは遺憾である、これは今まで公式には言っていないせりふであります。第二は、一九五六年の共同宣言を認めて、これからこれを出発点とするというか基礎とするというか、表現はともかくここまでは用意ができておると。 それでは我々は満足できないわけでありまして、残された時間にどこまで引っ張り込むかということが、限られた、残された時間の課題だと思うのですね。最も望ましいのは、四島を返すから平和条約を結ぼうよと言ってくれれば一番いいわけです。しかしそれはちょっと考えにくい。その次には、二島を返すから平和条約を結ぼう、これは先ほど木村教授も言われたようにできない相談であります。それでは二島をとりあえず返す、平和条約は先でもいい、仮にそういうスタンスを示すとしますと、それには国後、択捉の主権の承認と返還の具体的めどづけを描け、そういうものを入れて平和条約を結ぶというようなことが対応の姿勢になるだろうと思うのです。もう一つは、平和条約、返還に触れずに共同開発、共同利用をしようというような場合は、これは四島の帰属を認めない限り全く問題にならないわけでありまして、そういうことをきちんとして対応すべきである。 先ほどのお言葉の中に、入り口論と出口論が接近したというのは、私はそうは解釈しないのでして、向こうは一貫して出口論で、動いておりません。こちら側が入り口論が少し怪しくなっておりまして、拡大均衡と言いながら均衡なき拡大がだんだん進みつつあります。どんどんこっちが今譲りつつあるのです。譲ることによって相手の反応を見ながらやっていくというような配慮ではなくて、何かこうはしゃいで少し先走り過ぎているというところがございまして、その意味で私は、あくまでもクールに、基本的なスタンスをこちらは崩しちゃいかぬ。四島が返ることが決まって初めて平和条約であり、平和条約が結ばれて初めて本格的な協力ができる、この基本的なスタンスは絶対動かしちゃいかぬ。 ただ、海部総理が一月四日に伊勢神宮にお参りしたときに、一遍の首脳会談で片づくはずはないと言ったのですが、私はすぐ抗議をいたしました。私も腹の中ではそう思っているのです。思っておりますが、一国の総理がこういう大事なときにそういうことを言っちゃいけないのであって、来る以上は腹を決めてくるだろうということを言い続けておくべきなんです。 実際には、今後首脳会談も続けよう、レベルを高めた平和条約交渉もやろうという形になると思うのでありまして、そこまではぎりぎりの線ですから、そこから次へのステップの仕方を工夫していくという形になるだろう、そう思っております。
○寺谷参考人 末次参考人の話から続けますと、日本の立場は入り口論であったのですが、あるいは財界、商社の方は出口論。ほとんどここにお集まりの代議士の先生方も、自民党から共産党まで四島一括返還、これは日本の戦後の世論としては珍しいぐらい一致しているわけです。したがってその点はもう間違いない。これをソビエトにぶつけていけばいいと思うのですが、私も七、八年前から、日本は入り口論から少しエビタイ論に移っている部分もあるのではないか、エビをまいてタイが釣れればと、タイというのは北方四島でございまして、小さなミニプロジェクトをまいて、だめならば途中でやめてもいい、そういうエビタイ論がどうも一部にはあるのではないかというふうに書いたのですけれども、ともかくどういう戦術、戦略であっても四島が一括して返ってくれば、あと手続上時期が少しおくれようがそれは構わないと思います。 ソビエトの立場に立てばまた別ですが、日本の立場に立って外交戦略をちょっとだけお話ししますと、これは私が日米繊維交渉からずっと調べたのですが、大体日本の交渉というのは、最初は大変純粋に、善意でもって相手にぶつけていけば、腹を割って話をすれば相手がわかってくれると、大変純粋に相手にいろいろな問題をぶつけます。そして、そこで向こうからノーと言われると、日本国民一億二千万がやや総カッカする。そしてその次に、黒幕とか大物とかおっしゃる方が大体お土産を持って相手の国にお行きになります。そして、あなた方がここまで譲歩してくれれば私どももここまでおろしてもよろしいですという情報を一方的に提供されて、ときには五六年のように空手形を発行して帰ってこられることもございます。そしてその後交渉すれば、いろいろな情報を向こうが持っているわけですから、日米交渉でも日中交渉でも日ソ交渉でもそうですが、またノーと言うわけです。そして日本国民は再び総カッカしまして、そのうちに大所高所から考えて涙をのんで腹をくくるわけです。腹を最初に割っているのに最後に腹をくくるわけですが、そして外交は大体敗戦処理をやるような結果にこれまで終わってきているのではないかというふうな感じがいたします。 今回はそうならないように先生方にぜひ頑張っていただいて、私は、四島一括返還でゴルバチョフ大統領も審議をしに来るだろうと思うのです、そしてその審議を続けている間に経済の付加価値を上げていくと思うのです。私がゴルバチョフ大統領だったらそうします。来たときに、主権を認めますというふうな安売りはいたしません、どんどん値段をつり上げていきたいというふうな感じを持つわけですが、その大変な交渉でぜひ頑張っていただきたいと思います。 以上でございます。
○玉城委員 伊藤先生の御意見もよろしくお願いします。
○伊藤参考人 私は、ソ連国内にも四島返還派、二島返還派、ゼロ回答派、いろいろあるんだろうと思うのです。私どもが配慮すべきことは、ソ連国内の四島返還派を力づける、四島返還派に塩を送る、弾を送る、そういう対応をすべきであって、二島返還派やゼロ回答派を助ける対応をすべきではない。そういう観点に立ちますと、ソ連側が正式に四島を時期を明示して返還するという意図を表明するまで、本格的、大規模な日本側の実質的支援、援助というものは一切すべきではない。なぜなら、そういう状況があって初めてソ連国内の四島返還派は返還すればそれが来るということが言えるのに対して、日本側が別の対応をしていれば、二島返還派、ゼロ回答派は、何も四島を返さなくても既に日ソ関係は拡大しているじゃないか、このままなし崩しに進めていけばよいのではないかと言うだけだからであります。 しかし、ソ連側が正式に期限を定めて四島返還をコミットする前にも、言葉の上で、ビジョンの上で、プログラムの上で日本側としては、ソ連側が四島一括、期限明示返還の意思を表明すればこういうことをしてやるんだ、ああいうことをしてやるんだ、日ソ関係はこうなるんだというバラ色の夢は大いに振りまくべきではないか。これはコ ストゼロでありますし、しかも膨れ上がった夢というものはソ連国内において四島返還派を大いに支援する材料になるわけでありまして、そういう意味で知的支援ということが言われておりますが、いわゆる技術協力、ノーハウの伝授ということに限らず、日本側としてはこういうビジョン、プログラムがあるんだということを打ち上げる、アドバルーンを揚げる、それを含めた知的な私どもの対応をしていくべきではないか、そのように考えております。
○玉城委員 大変ありがとうございました。 私は、今度のゴルバチョフさんの来日で焦点はやはりそこのところが急所どころだ、やはり四島は返せ、これは固有の領土だ、これは日本全国民そういう気持ちです。四島を返すと向こうに言ってもらうためにはまた何かこちら側もしなければいけないという、その辺がこれから外交交渉の急所になるのではないか、このように思うわけであります。 それで、最後に末次先生に、沖縄返還の交渉のいろいろな経験もお持ちでありますのでお伺いしたいのですが、沖縄返還の場合と北方領土の返還とは、これは状況も違います。ですけれども、今から十九年前沖縄も既に正式に日本の領土になりました。今度は北方領土を正式に、正式にというよりも、これは日本の固有の領土ですから、ちゃんと返還してもらおうという段階でありますので、沖縄返還の交渉の経験を踏まえて、今回の交渉についてどういう点をやはり考えておく必要があるかとか、突然の質問で大変失礼なんですが、お考えがありましたらよろしくお願いします。
○末次参考人 沖縄のときはアメリカと日本の関係が、旧敵国というのではなくて友好関係に移っていたということがありましたし、それからベトナム戦争はまだ続いておりましたけれども峠が見えてきて、国際情勢に一つの展望が見え始めてきたという背景もございましたし、何よりも大きかったのは、沖縄百万が始終声を上げていて、状況いかんによっては幾らそこを基地として使おうとしても使えなくなるおそれがあるというような側面もございました。そのこともあってか、私どもがずっと接触を続けていくプロセスで、ボタンはどこを押してどういうふうにやれば次のシナリオがこうなるという展望がききました。今度の場合は、十八年やりましたけれどもなかなか展望がきかずに、これは、一つはあの国の構造が極めて複雑である、加えて政治的ないろいろな新しい要素が出てきたということもございますし、根底的に考え方が違ったということにあると思うのです。 ただ、わずかに私ども自分を慰めておりますのは、この両三年グラスノスチが叫ばれるようになって、ソ連でも言論がかなり自由になりました。二島、三島ないし四島というような前向きの発言をしたきっかけづくりをしてくれたのは、皆我々が長い間議論を続けてきた仲間たちでございまして、その間に個人的な思いつきで声を上げる連中もおりました。また今度の準備段階でも、我々がやってきた相棒たちがかなり意見具申をしてくれたり、あるいは報告書を提出したりして準備委員会に関与をしているわけで、これからが今までまいてきた種の正念場だなという思いでございます。したがって、今度ゴルバチョフがどこまで手のうちを見せるか、そこから次の作戦を考えていかなければならぬな、ある時期には、私は、この専門家会議は最高首脳が来たらそこで大団円になって、我々の十八年続けた会議ももう要らぬ、べったり、面ができますから、我々のような役割は要らぬと考えておりましたけれども、残念ながら現状ではお役目終わりというぐあいにはいかぬので、今まで積み上げてきたものを何とかして生かしていこう。 ただ、私が今非常に深刻に反省しておりますのは、最近一年ぐらいを例にとりましても、日本の新聞、テレビなどマスメディアがソ連の学者、専門家、政治家などに開放しているスペースと、ソ連の新聞、テレビが日本の学者や政治家に開放しているスペース等でいうと、百対一ぐらいになるのじゃないでしょうか。つまり、我々はもっとどん欲にソ連の新聞にあるいはテレビに働きかけて、意のあるところをソ連国民に訴えるという努力を十分にしてこなかったということを深刻に反省しています。 今度の三月十七日の投票の際にも、ロシア共和国の最高会議の外務委員の連中と話し合ったのですが、去年の一月に当地区委員会が世論調査をしたときに、日本への返還賛成といったのは八%でした。今回は二二%近くになりました。これは五十嵐先生がおっしゃったように、北海道がサハリンといろいろな交流をなさって、今五十嵐先生や知事などがテレビにも出たり、そういう意味の働きかけがだんだん効果を上げた一つの証左だと思うのですね。事実、不法にも八月十八日占守島に攻め込んできてというような歴史的事実を知らない連中もいっぱいいるわけでありまして、これからいろいろな交流をしながら、こういう事実関係についての認識をさせる。 たまたまロシア共和国最高会議の連中に、十七日の質問にもう一つつけ加えて、日本に引き渡しても君たちはそのまま住めるよ、そういう前提でどうかと賛否を問うたらと聞きましたら、ソ連側が、それでは五〇%以上が賛成するだろうなと申しておりまして、これはこれからの我々の働きかけを示唆していると思うのでありまして、一層効率的な努力をしていかなければならぬと思っております。
○玉城委員 どうもありがとうございました。 以上で終わります。
○中西委員長 古堅実吉君。
○古堅委員 きょうは四人の先生方から貴重な御意見を拝聴させていただきました。ありがとうございました。 最初に日本共産党の基本的な態度を申し上げて、若干の質問をさせていただきたいと存じます。 日本共産党は、これまでこの領土問題を大変重視して、みずからもいろいろな努力も行い、党の考え方も発表する、日ソ両党間の直接の交渉も行う、そういう努力を展開してまいりました。いよいよゴルバチョフ大統領の来日が近い、そういうこともありまして、昨年の九月には不破委員長名で、領土問題についての「日ソ領土交渉にあたっての提言」として四つの提言から成る党の態度を発表いたしました。同時に、こういう差し迫った時期に当たりまして、去る三月二十二日、「全千島返還をめざしつつ、中間条約で歯舞・色丹の返還を」という党の中央常任幹部会名での方針を発表いたしました。時間もございませんので、内容的には詳しく申し上げられませんが、党の立場を踏まえて質問をさせていただきたい、こう考えています。 先ほど伊藤先生から、この領土問題を扱うについての法律上の問題などに含めて、交渉に入る前提としての大事な御意見の御披瀝がございました。日本共産党としても、この交渉に当たっては国際的にも通用する正義と民主主義、そして道義的にいっても法律上の面からいってもきちっと通用するような立場を確立して、きちっとした話を進めるべきではないか、こういうことを主張しております。確かに、二国間に残された、もう戦後四十数年たっても実現してこなかった難しい課題なわけですから、そう簡単にやすやすといくなどということはだれも考えてはないと思います。ですから、いろいろな二国間における交渉もありましょうし、その過程の中では譲ったり譲られたり、いろいろな提案をしたり、そういうことなどもございましょう。しかし、どういう交渉の経過を踏まえるにしても、きちっとしたみずからの国際的にも通用する立場を踏まえることが一番大事な点ではないか、そういうことを伊藤先生は最初におっしゃったのではないか、このように思うのですが、そこらあたりのことについて、もう一度簡潔に先生の立場を表明していただけたらというふうに思います。
○伊藤参考人 人類の歴史を振り返りますと、つい最近まで、領土というものは力によって奪い、 それに不服があれば力によって取り返すべきものであるとされてきたわけでございます。すなわち、古典的な国際社会においてはジャングルの原理が行われていたわけでございます。つまり、力の支配というものが行われていたわけでございます。 これに対する最初の疑問というか挑戦というか、そういうことでは世界の平和とか正義とかいうことが成り立たないのではないかということが言われたのは、第一次世界大戦中、一九一七年にアメリカ上院においてウィルソン大統領が行った有名な、勝利なき平和演説でございます。戦争の結果結ばれる平和条約は、勝者が敗者に課する条件であるべきではなく、勝者、敗者の別なく正義に立脚した平和の秩序をつくるべきではないかという提言でございました。これは、第一次大戦を終結したベルサイユ講和会議におきまして、イギリスのロイド・ジョージ、フランスのクレマンソーといった帝国主義的政治家によって全く無視されたわけでございます。その結果、敗戦国ドイツはこのベルサイユ講和条約の結論に承服せず、再び力によって自己の主張を貫徹するため第二次世界大戦を起こしたわけであります。 そのようにして第二次世界大戦が起こったときに、チャーチルとルーズベルトはアメリカ・メーン州沖に浮かぶ軍艦の上で会談を行いまして、有名な大西洋憲章というものを発布いたしまして、この戦争における連合国の戦争目的は人類の正義と平和のためのものであって、戦勝国は一切の領土的拡大を求めないということを打ち出したわけであります。これを受けてカイロ宣言が行われ、これを受けてポツダム宣言が行われ、であるがゆえに日本は、私ども日本人の論理として言わせてもらえば、そういう平和なら受け入れようといって降伏したわけであります。 第二次大戦後、ドイツも日本も、ナチス・ドイツがとったようなかつての戦勝国に対する反抗的態度をとらず、連合国、戦勝国がつくった世界秩序に恭順の意を表するどころかこれに積極的に賛成し、協力してまいりましたのは、この連合国の秩序というのは勝者が敗者に課した力の論理ではなく、正義に基づいた、勝者、敗者の別なき新しい世界秩序の原理であったからのはずでありまして、これが国連憲章に示されているわけであります。 であるとすれば、私どもがソ連との平和条約交渉においてよって立つ基本的な立場というのは、ソ連はそもそも大西洋憲章、カイロ宣言、ポツダム宣言の原理にのっとって第二次大戦を戦ったのではなかったのかということであります。しかるにこれまでのソ連は、力によって奪ったものを取り返したいのなら力によってまた奪ったらよいではないかとか、先ほど午前中申し上げましたような、犯罪的なヤルタ協定を平然として恥じることなく引用して日本に北方領土の領有権の放棄を求めるというようなことでございましたので、これらを認め、あるいはこれらとの妥協、駆け引きによって二島だけで泣き寝入りするのもやむを得ないといってつくるような日ソの平和は、世界の本当の平和と合致するものではない。 こういう趣旨で私は、北方領土返還交渉というのは、経済的利益、政治的利益、軍事的利益を求めて行う打算、計算の交渉ではないのだ、これは、日本が戦後世界、これからの世界を築いていく理念というものを国際正義と永続する平和に求めているがゆえに、そのあかしとして日本は、日本一国の利益だけではなく、人類全体の利益のためにかち取ろうとしているものであるというのが、これが私の基本的な立場でございます。
○古堅委員 これはもう伊藤先生にお答えいただいたがいいかなと思いますが、必ずしも限定してのことではございません。どなたでもよろしいのですが。 一九五六年の日ソ共同宣言は、領土問題での二国間の合意が成り立たなかった。そのために平和条約という方向には発展しなかった。はっきりしております。同時に、今回目指しているのが平和条約の締結です。しかしどこまで行くかわかりません。そういう状況に立たされて、改めて平和条約とはということについて思いをいたすのですが、平和条約が締結されるということになりますと、二国間における領土問題はそれをもって最終的に決着がつくというふうに理解していいかどうか。先生方の御意見を願います。
○伊藤参考人 そのように理解して結構ではないかと思います。 戦争行為は宣戦の布告によって始まり、休戦協定ないし停戦協定によって暫定的に戦火をおさめますが、最終的に二国間の権利義務関係を確定するのは、特に戦争の結果としての場合には領土の帰属でございますが、を決定するのは平和条約でございまして、平和条約に敗戦国が署名調印するということは、敗戦の結果を、領土の喪失をみずから受諾するという意味でございますので、平和条約の締結によってすべてが決着するということで間違いないと思います。
○木村参考人 同じ結論でございますけれども、一言つけ加えますと、今伊藤さんがおっしゃったことをソ連の学者も、ソ連の国際法の教科書にもそのように書いておりますから、間違いないと思います。 先生がおっしゃいましたように、五六年の共同宣言は、領土の問題さえ、つまり国境の確定さえ行われておればあるいは平和条約になり得たものでございます。そういう意味で、ちょっと私どもから聞ける立場じゃありませんが、先生が先ほど中間条約とおっしゃったのはどういう条約か、ちょっとわからないぐらいでございます。 どうも失礼しました。
○中西委員長 ほかはございますか。——末次参考人。
○末次参考人 基本的にはお二方と同じですが、二島か四島かで合意ができなかったために平和条約を結ばなかった五六年に、あの共同宣言の第九条に、歯舞、色丹については日本国民に理解を示して引き渡す、ただし平和条約が締結されたならというのがくっつきました。単純に考えますと、二島と四島で意見が決まらなかったために平和条約ができなかったわけですから、第九条は単純に平和条約交渉を続けていくとだけうたっておけばよかったわけです。 それが何がゆえにああいう変則的な表現でぶら下がりができたかというのは、当時の経過をつぶさに調べてみますけれども、決定的な答えがなかなか出てまいりません。特に関係者がもうほとんどおられないということもございます。問題は、この二つのぶら下がりを今、日本側は我が方に有利に解釈して攻め寄ろうとしております。向こう側はこれを逆手にとって、これで決着させようという意図を持つ向きもなしとしませんので、これからの交渉に当たってはこの辺もよく踏まえた上で、平和条約こそ最後の決着だという取り組みをすべきだと思います。
○古堅委員 けさ来の御意見にもございましたように、ヤルタ協定その他国内法など持ち出して、領土問題は解決したんだ云々、そういうものは国際的にも通用しない言語道断の主張だというふうに考えます。しかし、二国間のいろんな複雑な交渉の中でのことですから、国際正義にこういう主張がかなうんだということを言ってみても、すぐさますんなりとこのような結論になるかどうかは別問題だと考えますし、だからこそ、きちっと国際的にも通用する立場を踏まえて粘り強い交渉というのがこれからも大事にされなければならぬのではないかというふうにも考えます。 そこで、ひょっとしたら今回の交渉で、北方四島というところまでも行かずに、歯舞、色丹の返還というところあたりの結論だけが出るということにもなるかもしれません。もちろん、先ほども申し上げましたが、日本共産党は、一八七五年に日露間で結ばれた樺太千島交換条約が日ソ間の領土問題についての国際的にも通用する到達点だというふうに考えておりますから、南千島だけじゃなしに、北千島も含めて千島列島全体が平穏に日本の領土になった固有の領土だというふうな主張をずっと続けております。そういう立場を踏まえ ながらも、今回の交渉でどこまで行くかわかりません。 それで、歯舞、色丹はもともと北海道の属島であるし、サンフランシスコ平和条約とかその他のかかわりは全くない、千島ともかかわりがないわけですから、それこそ何の差しさわりもなしに返還の要求できる立場にずっとあったと思います。返される可能性も、五六年の日ソ共同宣言に照らしても大きいというふうに思います。これが四島一括でなければならぬとかいう主張などを掲げて、この二島の返還ということにかかわる日ソ間の取り決めということをみずから拒否するとかいうふうなことになってもまずかろう。そういうときには、それなりの時点での到達点で、何らかの二国間の条約、そういうような取り決めをし、さらにそれを平和条約ということでの最終的なものにするのではなしに、引き続き交渉を先に展開できるようなことを残して、しかし二島だけでも先に返還をかち取るということも日本側としてはとってしかるべきことではなかろうかというふうに思うのですが、どなたかお願いします。
○木村参考人 もちろん、いただけるものは先にいただいたらよろしいので、私の個人の考えでは、今度のゴルバチョフの訪日の一回で四島一括返還は難しい、日本共産党がお説きになっている全千島返還はさらに難しいと思いますので、歯舞、色丹をお土産のような形で平和条約締結と関係なく持ってきました、差し上げますと言ったら、それまで拒否することはないので、それは当然四島でもらうべきうちの二島を何の義務もなくいただいたというわけで、いただけばよろしいので、ロシア語でありがとう、スパシーボと言っておけばよろしいのではないでしょうか。そこで、受け取りとして何か書いてくれと言われれば、何か一枚の紙、平和条約ではないですけれども、二島はありがとうございましたというのを書いて——それが先生のおっしゃる中間条約になるのかわかりませんが、あくまで平和条約というのはそこで国境が最終的に決着するということでございますから、それで四島一括返還と結びつけて非常にこだわっているわけでございます。 しかし、その段階で結ばないのならばそれはよろしいのではないかと思いますが、それだけなら、逆にソ連側がそういうことをするためのインセンティブといいますか動機といいますか、何のためにそれはするのか。手土産として、とりあえず要らない、平和条約も結ばなくてただ差し上げるというような虫のいいものは、今のソ連のゴルバチョフ大統領の置かれている立場からむしろ非常にありにくいシナリオであって、ゴルバチョフとしては四島に踏み切って、そのかわり平和条約も結び、日ソ関係をきちっとすることによって大々的な経済交流その他をやるということで、一身をなげうってリスクをかけて大ばくちに出るという可能性が一〇%くらいまだあると私は思いますけれども、そのような形で、ただ差し上げるけれども何もこちらとしては紙切れも要りませんというような形は、ちょっと一番リアリスティックでない考えと私個人は思います。
○寺谷参考人 一つだけつけ加えますと、過去にそういうチャンスはあったと思います。そして、フルシチョフが日本に二島を返すと言ったら返したチャンスはあったと思いますし、私も一九七六年から日ソ・シンポジウムで北方領土問題でタシケントとかアルメニアで講演したりして向こうの様子もかなりわかっているのですけれども、なぜあのときに二島をとっておかなかったか、そうしたらあと二島とかそういった問題になったのにと言うソビエトの学者もおります。過去にございました。
○古堅委員 時間がございません。 今度どこまで行くかわかりません。しかし、少なくとも歯舞、色丹の可能性というのは非常に大きい、あるいは国後、択捉、そこまで行く可能性も全然否定はできないというふうに思います。 ところで、これまでもいろいろ言われておりますように、また先生方の御意見、どなたかの御意見にもちょっとそういう感じのものを拝聴したような気がいたしますが、返されるということになった場合に、国際情勢とのかかわりで、そこにすぐ、日米安保のもと、日本、アメリカの基地が入り込むなどということになったんじゃ二国間における問題としてはどうなんだろうということが、当然常識的なものとしても、またソビエト側がこれまで言ってきたことからも問題視されることの一つだろうと思います。そういう面で、返還される今の島々について少なくとも日本の側からそういう基地をつくるとかいうふうなことはすべきでない、そういうことをはっきり、交渉を成立させるという前提に立っても日本側としては考えておくべき問題ではないかというふうに思うのですが、最後にそこだけお聞かせください。
○末次参考人 伊藤さんからも言われたり私も申し上げたように、当然そうだと思いますが、それは返還の条件としての話し合いに入る段階でございまして、残念ながら、私はしばしば申し上げているように、向こうはそこまでまだおりてきていない。 それから、先ほど、二つ返すと言ったら、領収書を書いて、もらったらどうかと木村先生はおっしゃいましたが、私は反対であります。そういうことなら今まで何も苦労しません。国後、択捉について明確な展望、それは例えば主権を承認するというだけではなくて返還のめどづけをするというようなところにまで踏み込まねば、よしんば段階的であっても一片の領収書でいただくというようなことは不見識だと私は思います。
○古堅委員 終わります。
○中西委員長 菅原喜重郎君。
○菅原委員 参考人の先生方には、朝から本当に御苦労さまでございました。いろいろ御意見も伺ったし、また質疑もし尽くされてきたようでございますが、実は民社党といたしましても今日まで四島の一括返還を主張してまいりました。去年の委員会での質問でも、この線を崩さないで外務大臣や何かにも質疑してきたわけでございます。ただ、最近になりまして四島の主権が承認されれば時差返還を認めてもいいような話が出ているわけでございますが、問題はこの四島の主権承認、このことが実は問題で我々は議論をしているとき、どうも四島を承認させるというこちらの主張も実務的には平和条約を結ぶ上にはなかなかナンセンスな話になってくるんじゃないか、こう思っております。 つきましては、先生方の時間のないところでの御意見を承るわけでございますので、日ソ外交、今までいろいろ論議されましたことを網羅いたしまして、これからどういうシナリオが展望されるのか、それからどういうシナリオで進んだ方がよいと思うのか、先生方の御意見を各自一人一人、時間が十分ございますので、政府、国会、国民への訴えにもなるわけでございますので、御開陳をいただきたいと思います。 まず最初に、それでは寺谷先生の方からお伺いしていきたいと思います。
○寺谷参考人 どうもありがとうございます。私のサハリン一極集中の案を五十嵐先生が賛同してくださいまして、ありがとうございました。 私は、恐らく北方領土問題がゴルバチョフ大統領が来られても審議継続ということになって、その間に経済援助を日本もやっていく立場に立つだろうと分析しておるのです。と申しますのは、ゴルバチョフ政権が今後経済的に三、四年は悪化していくだろう、そうしますとゴルバチョフ大統領の去就が問題になる。二年以内にソビエト経済がよくならないと指導部は去るべきだ、ゴルバチョフ大統領みずからがおっしゃっているわけですから、あと一年半弱しかございません。これがシナリオとして一番大きい範囲でございます。 二番目は、ゴルバチョフ政権にアメリカ、日本、西ヨーロッパが経済援助をすれば、悪性インフレとか財政赤字、累積債務がかなり少なくなってやや活性化していく、そうすると、大統領一年目でございますのであと四年、さらにはもう一期、すなわち二〇〇〇年三月まで大統領を務められるようになるかもしれません。満七十歳でござ います。そのときには、古希、還暦、ソビエトでも日本と同じようにいろいろな年がたくさん集まったターニングポイントですので、偉大な政治家として引退なさっていかれるだろうと思います。 三番目は、ゴルバチョフ大統領が急に亡くなられる。今私の調べでは軽い糖尿病でございますし、糖尿病による腰痛でございますし、去年の十一月には、シーモノフという人がロシア革命記念日に二発猟銃を撃ってゴルバチョフ大統領を殺したかった、シーモノフ・シンドロームというのもございます。 日本の安全保障と経済活動にとって一番いいのは二番目のシナリオでして、ゴルバチョフ大統領がやはり長期政権化する方がいいのではないかと私は考えているのです。そうしますと、ソビエトにある程度の経済援助をやって経済の安定化を図る、ソビエト全土ですと、中山外務大臣がおっしゃったようにどぶに捨てるといいましょうか、もうちょっと上品に言いますと、サッチャー元イギリス首相がおっしゃったようにブラックホールに銭を突っ込むようなものでございますので、サハリン一極集中でやるとさすがに日本は見事なものだというふうになってくるのではないか、そして日本も恩恵を受けるのではないか。 実は私、今経団連の外郭の日経調で東欧研究プロジェクトの主査をやらせてもらっておりまして、東欧にいろいろな経済援助をどういうふうにやっていったらいいか、二年目に入って検討しているところでございますが、東欧と同じようにソ連もある程度やったらどうか。そうしますと日本はECに経済活動として進出しやすい、単にソビエトを助けるのではなくして、今後日本の経済活動がますます困難をきわめてくる中に、日本も国際的に、経済的に活躍して、なおかつ安全保障上好都合ではないかというふうに思っておるのですけれども、そういう東欧に援助をする関係上、ソ連も少しやるべきではないかと考えております。 以上でございます。
○菅原委員 次に、末次先生お願いします。
○末次参考人 ある時期日本で、この問題を解決するのにはゴルバチョフが健在である間だという考えがかなり広がっておりましたが、私はゴルバチョフにこだわってはいけないと思います。今、寺谷さんは、一番いいのは彼がずっと続くことだということですが、私は、この夏から秋が危ないのじゃないだろうか、現在のシベリアの炭鉱ストがおさまる形跡がございませんし、これが流通機構その他にまで広がっていったりする場合もあり得るわけでありまして、ゴルバチョフがもつ、もたないは関係なく我々はスタンスを決めて今後の対応に臨まねばならないと思います。 その場合、最も可能性が多いのは、繰り返すようですけれども、五六年共同宣言を認めて今後継続協議ということに今のところはスタンスを定めておるようでございまして、その場合に単なるこれまでの延長ということでは相ならぬので、先ほども申し上げたような新しい交渉体制というものをきちんとつくっていく。それから援助につきましても、繰り返して申し上げましたように、今の段階はやはり平和条約が結ばれなければ本格援助はできないという姿勢を堅持しなければ交渉は成立しないと私は思っております。多少かたくなと言われても、そうでないと進まない。 将来地域的な交流などで、例えば今度もロシア共和国の外務大臣が、ゴルバチョフの訪日の後、シベリア六州の知事を帯同して訪問したいと希望しておりまして、これはシベリア、サハリン地区との交流をさらに密度を高めようというねらいでありまして、私はそういう意味の地域交流は、先ほど五十嵐先生がおっしゃったように大いにやっていいことだと思いますが、大型の支援ということはできない。 昨年の十月に私どもは十二回目の日ソ専門家会議を開きました。五月に予備協議をいたしまして、今度はゴルバチョフ訪日にすべての焦点を絞ってやろうということで事前協議をいたしました中に、ソ連が日本に対して協力を求めたいものを、抽象的にではなく優先序列をつけて持ってこい、こういう形で予備協議では合意しておりましたが、結局は出てきませんでした。考えられるあらゆるものを網羅的に横並びに並べただけでありまして、つまり、どこからどう手をつけて経済改革を成功させるかというシナリオさえまだ固まっていないということに相なろうかと思います。それをこちら側がやたらとはしゃいでいろいろなことを言うのは適当でない、毅然として臨むべきである、私はそう思います。
○菅原委員 次に、木村先生にお願いします。
○木村参考人 午前中申し上げましたように、四月のゴルバチョフの訪日の際にソ連がとる戦略は五つありまして、第一番目は、島の問題を突出させないで矮小化する。日ソの両国はもっと高等な目標に向けて努力すべきであるということを高らかにうたい合う。二番目に、島を水割り作戦をする。実務的な協定を十一から十五、ひょっとしたら二十結ぶことによって、一番肝心な島の問題には触れない。三番目に、ゴルビー・ブームのパフォーマンスで足らざるところを補う。四番目に、島の代替物を提示する。シベリア抑留と軍事的な撤退を発表する。五番目は、島の問題に関しては先送り、継続審議。 このシナリオが九〇%あり得ると私は思いますが、あとの一〇%で、俗な言葉ですが、あっと驚くことがあり得ると思います。つまり、二島については当然のこと、あとの二島に関してもかなりのコミットメントをして、それについて真剣に両国が継続交渉をして、ある程度の時期をめどに解決しようということが出るかもしれない。 その理由づけとしましては三つありまして、経済はこれ以上よくならない。二番目に、外交的な分野では、ゴルバチョフの権限というのは我々がジャーナリズムで知っているよりも大きいと見ています。逆に言うと、エリツィンの力はそれほど強くなく、フィヨドロフに至っては全く強くなく、しかも保守派、軍部、KGB、内務省という四派から成る複合保守コンプレックスですら御飯は食べていかなければならないので、ゴルバチョフの訪日の際に日本から経済的な援助協力をとることには反対でないどころかむしろ賛成していて、なるべくそのコストを少なくしてほしいというだけのことで、彼を大統領につけているというのは、対外的な名声を持つ、金の卵を産むゴルバチョフという鶏の首を早まって締める必要はない、したがってお手並み拝見で、ゴルバチョフがどのくらい黄金の国ジパングから経済協力というものを引き出してくるか、ひとえにゴルバチョフの集金能力の高さが彼のサバイバルのカードとなっているわけですから、そのことを重々知っているゴルバチョフは、最近の湾岸危機その他でぱっとしない外交、外交は我にありということで彼はやや外交能力があるということを誇示する必要に迫られているのじゃないか。それから、彼の秘密主義の末にあっと驚くような行為をするという従来のパフォーマンスのやり方から見て、意外なことがハプニングとして起こるシナリオも一〇%くらい、我々は今から織り込み済みの準備はする必要があると思います。 これは近未来といいますか、今から二週間後に迫ったことでございますが、それ以上の時間における日ソ関係について先生がお聞きになるならば、私は、甘いかもしれませんが、五年以内ぐらいに北方領土の問題は解決、四島返還ということで、その時期に物理的に返還されていなくとももうめどはついていて、日ソ関係は、日米関係のようないい関係にはなりませんけれども、普通の、隣り合う国としてのノーマルな、とげのない自然体の関係になっていて、沖縄北方領土委員会は解散されていると思います。
○菅原委員 次に、伊藤参考人にお願いいたします。
○伊藤参考人 結局この北方領土返還交渉の見通しというのは、我々の交渉の相手が北方領土を日本に返すことについて、返す意思と返すことができる能力を持っているかという、意思と能力の二面から相手側を判断し、私ども日本側の対応を考 えていくというのが基本であろうかと思うわけでございます。この観点からゴルバチョフ大統領とその政権というものを考えますと、私も末次参考人と同意見でございまして、ゴルバチョフという一人の指導者個人に余りにも過大な期待、すべての期待をかけて、このゆえに、ゴルバチョフが政権にいるうちにしなくてもよい妥協をしてまで北方領土問題の解決を急がなければならないというような対応をとることは、戒めなければならないのじゃないかと私は考えております。 と申しますのも、意思と能力という観点から見た場合に、ゴルバチョフが、意思というか、あるいはそうすることによって利益を得ると判断する素因とまたその決断をソ連国内の政治決定過程において貫徹する能力でございますが、それにおいて、我々から見て望ましい状況にいる指導者であることは疑いを入れません。しかし、今後のソ連情勢というものを展望いたしますと、ソ連の国内情勢は我々の予測を超えた展開をこれからしていく可能性があるということを踏まえる必要があるのではないかと考えるわけであります。 たしか昨年の年頭に、本日たまたまここに参考人として顔をそろえましたが、末次参考人、木村参考人と私の三人である雑誌の鼎談をやりまして、ソ連の国内情勢の見通しをやったことがございますが、ソ連の国内情勢のその後の一年間の推移を見ますと、我々の予想を超えて悪化していったわけでございます。今後の展望につきましても、ソ連が混乱と解体の方向に転落していく、そういう可能性が極めて増大していると私は思うわけでございます。ゴルバチョフ自身もいつまで政権にとどまり得るか、予断を許さないものがあろうかと思います。そういう中で、混乱と解体を進めていけば進めていくほど、中央政権の保守化傾向は進んでいくであろうと思います。その場合、木村参考人も申されておりましたように、軍部を中心とした保守派の結集ということが出てくるかと思います。 この間におきまして、皆様御承知のとおりに、ロシア共和国エリツィン最高会議議長などが北方領土の日本返還に対してクレームをつけているわけでございますが、この問題をどのように判断するかという点につきましては、実は先週、ゴルバチョフ大統領訪日の事前取材ということで、オフチンニコフ・プラウダ解説員を団長とする十二人のソ連人ジャーナリストが東京にやってきておりまして、私の話を聞きたいということでございましたので、昼食をともにしながら懇談したわけでございます。そのときに、そのジャーナリストの中に何人かロシア共和国の最高会議議員もおりまして、日本はロシア共和国と直接話をするべきではないかというような質問があったわけでございます。私は、交渉相手が複数化することは日本にとって決して有利ではないと考えておりますので、日本は外交権を有するとソ連国内で規定されている相手、この場合はソ連邦の大統領でありますが、としか交渉はできない、日本側が交渉相手を選ぶならば、それはソ連への内政干渉になるのではないかということを申し上げたわけでありますが、そのやりとりを通じて私が感じましたことは、ロシア共和国は北方領土の日本返還に反対しているのではなくて、日本返還の結果、日本から行われる援助の取り分を連邦と争っているのだということであります。このままでは日本の供与する援助は全部ゴルバチョフの懐に入り、ゴルバチョフの政権維持のために使われる、少しでもロシア共和国の取り分を多くするためにはロシア共和国自体が日本との交渉に入らなければならない、このような考え方が背後にあるのかなということを感じたわけでございます。言いかえますと、ソ連邦は解体の度を進めていくと私は思います。ロシア共和国自身の独立度が高まるだけではなく、ロシア共和国自体も解体していく可能性もあろうかと思いますが、それがプラスになるのかマイナスになるのか、これは一概に決めてかかるわけにはいかないのではないか。 したがいまして、時間がございませんので結論に走りますと、日本側は一概に思い込むべきではない、ゴルバチョフとしか交渉できないとか連邦が解体したら困るとか思い込まずに、ソ連側のありとあらゆる変化を想定し、それぞれの変化に対応する粘り腰の交渉を続けていくということがこの際一番肝要ではないかと思うわけでございます。
○菅原委員 どうもありがとうございました。 いずれにいたしましても、私たちも領土問題では私たちの主張を堂々と貫いて、今後とも主張するところは主張していきたいと思いますので、よろしく御指導のほどをお願い申し上げまして、私の質問を終わります。
○中西委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人各位におかれましては、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後二時五十二分散会