大蔵委員会 第9号
- 発言数
- 49 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1990/04/27
会議録
○衛藤委員長 これより会議を開きます。 税制に関する件について調査を進めます。 この際、一言申し上げます。 御承知のとおり、今日、急速に変化する社会経済情勢のもと、当委員会の所管する税制に関する問題は、国民の各界各層から強い関心が寄せられているところであります。 かかる状況にありまして、税制問題全般につきまして、さまざまな分野の方々から参考人として意見を聴取し、自由濶達な議論を行うことは、極めて有意義なことと存ずる次第であります。 本日は、かかる趣旨を踏まえ、その第一回目といたしまして、マスコミ関係、特に新聞各社の論説委員の方々から御意見を聴取することといたします。 ここに、委員各位の御理解と御協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。 まず、午前中に御出席を願っております参考人は、読売新聞社論説委員川岸近衛君及び毎日新聞社論説委員玉置和宏君の両君であります。 なお、午後は、朝日新聞社論説委員高橋文利君及び日本経済新聞社論説委員小島明君の両君の出席を予定しております。 この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。両参考人には、税制問題全般につきましてそれぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 なお、議事の順序についてでありますが、まず、参考人にそれぞれ三十分程度御意見をお述べいただき、次に、委員からの質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。 それでは、読売新聞社論説委員川岸参考人からお願いいたします。
○川岸参考人 この公聴会は、聞きますところによりますと新しい形式の公聴会ということだそうでして、そのトップバッターに選ばれてまことに光栄であります。ただ、新聞記者というのは、商売として、しゃべることよりも書くことあるいは質問することが商売でありまして、この場のように、一方的にしゃべって、しかも質問はできずにただ質問されるだけという経験は初めてでございますので、極めて居心地が悪いのでありますが、最初に一つ二つお断りしておきたいと思います。 私、今読売新聞で税制担当論説委員でありますけれども、税制の専門家というわけではなくて、専門家としてはこちらにいらっしゃる先生方にもそうそうたる方がたくさんいらっしゃるわけで、二年前にたまたま税制を担当したということでありまして、さらに言えば、社説というのは、御承知のとおり、読売新聞の場合で言いますと、大体二十人ぐらいの論説委員が大体一時間ぐらいにわたって合議した上、その結論をもとに執筆する、そういうことになっております。したがって、きょうは私ただ一人出席しているわけでありますが、私のこれから申し上げる意見というのは、会社のいわゆる社論の基本的な線には沿っておりますけれども、私の個人的な意見というものもかなり入ってくると思いますので、その点をお含みおき願いたいということが一つであります。 それからもう一つ、これは個人的なことでありますが、私はつい三日前まで東南アジアの天然ガスの基地を十一日間ほど見学に行っておりまして、三十四、五度の炎天下で非常に歩き回ったものですから、いささか強度の夏ばてといいますか南国ぼけといいますか、そういう状態にあります。したがって、周到に準備してくるという余裕がなかったものですから、きょうは日ごろ考えていることを中心にお話ししたいと思います。 それで、本論でございますけれども、きょうのテーマは税制全般ということでありますが、私は主に消費税についてお話し申し上げ、時間があれば土地税制について若干触れたいと思っております。 消費税については、御承知の方もいらっしゃると思いますが、我が読売新聞は極めて例外的に、昔から基本的に原則支持という立場をとっておりまして、その支持の理由は、大きく言って三つぐらいあると考えております。 一つは、いわゆる課税の公平さということでありまして、税制の理念としては、よく公平、中立、簡素という三つの理念が言われることがあります。また、税制のタイプとして、資産課税、所得課税、さらに消費課税、この三つがあるというふうに言われるわけでありますけれども、第一の公平さということが最近税制の上では一番注目されておりますし、また重要なことではないかと考えるわけです。ただ、公平さということは抽象的にはどなたも異論がないわけでありますけれども、それぞれの立場立場によって何が公平であるかということについては見解が分かれることがしばしばあるわけでありまして、この消費税というのもその一つではないかと思うわけです。 それで、日本の場合、去年の税制改革が行われる前までは、我々のようないわゆる給与所得者、サラリーマンを中心にして非常に税の不公平感というのが強かったわけです。給与所得をもらっているサラリーマンは、所得税に非常に重い税金がかかっている、ほかの職業に比べて不公平ではないかという感じを抱いていたわけでありまして、そういうサラリーマンを中心にした不公平感を少しでも和らげるあるいは緩和するということが今回の税制改革の一つのねらいであったのではないかと思うわけです。 くだくだしい数字は皆様御承知でしょうから申し上げませんけれども、OECD加盟二十四カ国のうち、統計が整っていないアイスランドを除く二十三カ国の中では、所得課税という点では地方税も含めて日本は第一位の比率、国税、地方税の税収の六五・八%を占めて二十三カ国中トップであるという統計があります。また逆に、消費課税については、その占める比率は一八・一%で、これは二十三カ国のうち最下位であるという数字が出ております。ちなみに、それぞれのOECD二十三カ国の平均を言いますと、所得課税では四九・四%、消費課税では四〇・九%というのが平均値であります。もう一つの課税であります資産課税については、日本はその占める比率が一六・一%ということで、これは上から四番目、比較的高いところに位置しているわけです。これも平均値でいいますと九・七%。つまり所得、消費、資産課税の割合というのは、先進国の大体の平均的な姿というのはそれぞれ五対四対一というのが平均値になっているわけです。 もちろん、必ずしも平均値が一番理想的な税収の姿というふうには言えないわけでありますけれども、それにしても、この平均値に比べて日本が従来、ちょっと言い忘れましたがこれは昭和六十二年の統計でありますが、これまで非常に所得課税に偏っており、消費課税の比重が非常に軽かったということは言えるのではないかと思うわけです。 しかも、所得課税の比率というのは昭和三十五年以来六十年まで年を追うごとに比重が重くなっておりまして、昭和三十五年でいいますと、これは国税だけでありますが、所得課税の比率は五三・六%だったのが昭和六十年には七〇%まで上がっている。しかもそのうち給与所得にかかわる課税というのは、三十五年に一一・九%、およそ一二%だったのが、二十五年間に一〇ポイント上昇して二一・九%まで上がった。逆に消費課税の方は、いわゆる間接税でありますけれども、三十五年に四二%強だったのが昭和六十年には二二%弱、およそ二〇ポイント程度低下しているわけであります。これはよく言われる直間比率とも関係するわけでして、昭和三十五年には五四対四六の比率だったのが昭和六十年には七三対二七というふうに、非常に直接税の比率が上がっておるということであります。 さらにまた、冒頭にも申し上げましたとおり、よく世上クロヨンとかトーゴーサンとか言われるわけでありますけれども、この言葉が実際に実態をあらわしているかどうかという点についてはかなり不正確だという指摘もありますけれども、サラリーマンの実感としては非常によくわかる言葉であり、したがってよく引用されるということになるわけだと思うわけです。我々も弁護士さんとか医者とかあるいは中小企業、自営業者の方なんかとつき合っていますと、大体ゴルフの会員権を複数持っていたり、あるいは土地を非常に購入したりという層は、我々サラリーマンでは余り見られずに、そういう独立した事業者の方の方に多く見られる。何か、所得が全部、捕捉されていないのではなかろうか、そういう疑念が生じているということは事実であります。 さらにまた、御承知のとおり日本のサラリーマンの場合は、給与所得に関する課税というのは給料袋から源泉徴収されている。しかも最近では、給料袋は姿を消してみんな銀行振り込みに変わってきている。自分の懐を、手を素通りして銀行に入ってしまう、そういう姿になっているわけであります。消費税論争華やかなりしころに、こういう実態から、所得税は間接税で消費税の方が直接税だ、そういう一種の笑い話が生まれたのもこの辺の事情を物語るものではないかと思うわけであります。私も実は十数年前から数年前までイギリスのロンドンとアメリカのワシントン支局に勤務しておりましたが、アメリカの場合でいいますと、これは御承知のとおり原則としてサラリーマンでもすべて自己申告ということで申告書を税務署に提出する。したがって、自分が幾ら税金を払うかという実感は非常によくわかるわけでありますけれども、日本の場合はそうはなっていない。 それから、そういった不満を反映して、たしか昭和六十三年に特定支出控除という制度が設けられまして、給与控除以外に、通勤費とかあるいは研修費とか幾つかの項目が実際に給与所得控除以上に上回った場合、それも控除できるという制度ができましたけれども、最近ある法律雑誌に書かれた論文を見ますと、昭和六十三年でこの制度を適用できた人は全国でわずか十六人しかいなかった、そういう数字があるそうであります。 こういうところを見ますと、今回の税制改革が、所得税の減税ということを一方に置いて消費税導入ということを図り、ネットで減税ということになったのは、私どもとしては評価できるのではないかというふうに考えているわけであります。 それから、第二番目の理由でございますけれども、これはよく言われておりますように、今後二十一世紀に向かうにつけての日本の高齢化というものが非常に急速なスピードで進むということでありまして、年金とか老人医療費を中心に国庫負担というのも相当ふえていくだろうということが予想されるわけであります。もしこれからふえていく分を所得税のみで負担していくということになれば、重税感というのは一層強まることになる、そういった点が第二番目の理由であります。 御承知のとおり、国民負担率というのは平成二年度予算ベースで四〇・四%、ついに四〇%台に乗せるという事態になりまして、今後、先ほどの新行革審の答申では、二十一世紀初頭まで四五%程度、あるいは二〇二〇年、高齢化がピークに達するときで五〇%未満に抑えたいという目標は出しておりますけれども、これを達成するのは甚だ難しいのではないか、非常に厳しい財政運営、歳出抑制というものが必要になってくるのではないかと思うわけです。 高齢化に関連して、消費税では見直しあるいは修正で福祉目的税化という意見も出ました。福祉目的に主に使うんだという趣旨だと思うのですが、それはそれで、そういうふうに名称を変えることで国民大多数の合意が得られれば非常に結構だと思うわけですけれども、後でまた見直し案については触れたいと思いますが、個人的には、名称を変えるということだけで看板を書きかえてもそう実質的な意味というものはないのではないかというふうに考えるわけであります。 支持する第三番目の理由としましては、日本で去年から実施されている消費税、一種のEC型付加価値税の変型でありますけれども、こういったものは既に世界四十八カ国で実施されている。OECDでいえば、先進二十四カ国のうち二十カ国で既に実施されている。また、我々アジアの近辺を見ましても、私が訪問しましたインドネシアでも、八五年から一応一律一〇%の税率で実施されている。ただ、インドネシアの場合はいわゆる生活必需品というのは除いているようでありますけれども、とにかくそういう付加価値税方式が世界の多くの国で採用されるようになってきている。 経済がこれだけ国際化いたしますと、外国の例をまねすればいいというものではないのですけれども、ある程度統一した税制というものを持っていないといろいろ不便なことが生じる。資本が外国へ逃げたり、あるいは優秀な人材が外国へ流出したりという事態も懸念されるわけであります。 さらに、こういう世界的な傾向、所得税を減税しながら一方で間接税を導入していくという方式がなぜこのようにふえてきているのかというと、これは税制の専門家の御意見をまたなければいけませんけれども、個人的に言いますと、所得税が余りに累進度が強いということになりますと、自分で汗して働いたお金をむだ遣いしないでためる人よりも、怠けて余り働かずに稼いだお金はすべて使ってしまう、あるいは親から受け継いだ遺産をつぶすような人の方が軽い税金を払うということはおかしいのではないかという感じはあるわけでして、物の本によりますと、既に十七世紀のイギリスの政治家ホッブスがそういった趣旨のことを主張しておるそうであります。ホッブスは、したがって所得税よりも支出税の方がより合理的であるというふうに言っているわけですが、消費税あるいは付加価値税というのも支出税の一種と考えれば、現代でも通用する考え方ではないかと思うわけであります。 それから、四番目につけ加えますれば、従来の間接税、御承知のとおり個別物品税というものを採用していたわけでありますけれども、この個別物品税というのは、御承知のとおり体系としては非常にお粗末で、課税される物と課税されない物との区別が一体どこにあったのか。コーヒーと紅茶を比べても、コーヒーは課税されて紅茶は課税されない、よく言われる例でありますけれども、そういう矛盾があった個別物品税を廃止して、一応原則として物品あるいはサービスすべてに一律に課税するという方式に変わったわけでありますが、むしろその方がより合理的ではないかと私は考える次第であります。 以上、三つ四つの点で基本的に消費税というものを支持してきたわけでありますけれども、付加価値税あるいは消費税にはまた欠点というのももちろんあるわけでありまして、付加価値税全般でいえば、よく言われる逆進性というものがあるわけです。さらにまた、例外品目を余りにたくさん設けますと複雑になってきて計算が面倒になる。あるいは、一%税率を上げても非常に税収が上がるわけですから、傾向として歳出要求が強い民主主義国家においては、えてして税率というものが安易に上げられてしまう、そういう懸念がある。さらにまた、技術的にいえば外税にするか内税にするかということで、買い物のたびに一円玉を使わなければならないという不便さというものを指摘されるわけであります。 逆進性ということについては、私は、基本的には、冒頭に申し上げましたように消費税の中だけの逆進性というよりは所得課税あるいは資産課税というものと比較しての逆進性、あるいは逆に言えば公平性というものをより重視する必要があると思いますけれども、しかし、個別的に見て所得の少ない人に相対的により負担がかかるということも、これは否定できない事実であります。したがって、これは消費税自体で救済するというよりは、一般歳出で必要な手当てをする。本当に救済を必要とする社会的弱者に対してはそれを救済する措置を歳出面でとる、あるいは極端に話が進めば、税制でもし面倒を見るということになれば、いわゆる逆所得税といったようなアイデアもあり得るかと思いますけれども、とにかくそういったことで逆進性を少しでも緩和していくという対策もこの面では必要になるかと思います。 以上の点から今法案として出されております政府提案の見直し案についてごく大ざっぱに評価しますと、非課税範囲の拡大という点では、出産費あるいは火葬費、身障者用の物品、あるいは家賃などが新しく非課税項目に組み入れられることになっておりまして、私はこの点は、日本人の生活から見てもこの程度非課税項目を追加することは許容できるし、むしろ家賃などは、持ち家を持っている人と借りている人との不公平をなくすという点でも非課税にするのが適当であると思うわけです。また、今度の消費税が余りにも事業者を優遇しているのではないかという点については、今度の見直し案では申告・納付回数を年一回から四回にふやす、あるいは簡易課税のみなし仕入れ率を政令事項に回すということで、臨機応変に実態に合う措置をとったという点も評価できるわけであります。 ただ、今度の見直し案で非常に目玉となっております食料品の非課税という点について申し上げれば、流通段階で一・五%の軽減税率、小売段階では非課税という仕組みは、政治的な要請としては私も非常によくわかるのでありますけれども、税制全体の仕組みからいうとこれはかなり複雑な制度に変わるという印象を受けておりまして、個人的には余り評価できない修正案というふうに考えております。ほかの国でも、食料品に対しては軽減税率を設けているところ、あるいは、一国だけですがイギリスのように非課税にしているところがございますけれども、軽減税率を設けている場合は、大体二〇%の標準税率を半分の一〇%にする、あるいは一五%の場合五%に下げるということでありまして、そういう税率であれば半分にするということも意味があるのでしょうが、日本の場合は、わずかと言うと語弊がありますが、三%の税率をその半分の一・五%にしても余り意味がないのではないかというのが私の率直な印象であります。 さらにまた、今度の見直し案には含まれていない部分でいえば、簡易課税五億円あるいは免税点三千万円というのもいかにも大き過ぎるのではないか。中小企業の事業者の皆さんの帳簿づけの御苦労もわからないわけではないのですが、これも外国の例に比べると、極端に言えば一けたぐらい違うわけであります。だから幾らにすればいいかという点は、私も答えは持ち合わせておりませんけれども、簡易課税五億円を二億円とか一億円に下げる、あるいは免税点三千万円は一千万円程度に下げるというような引き下げもあってしかるべきではないかと思うわけであります。 ただ、これもよく言われることでありますけれども、非常に零細な商店などが納税業者となることによって、自分で処理し切れなくなって税理士を雇わなければいけなくなる、そのコストがその小売店の商品に上乗せされる、したがって商品の値段が上がるというマイナスもあり得ることを承知した上で、こういう簡易課税あるいは免税点の引き下げというのを行うべきであろうと思うわけです。 さらにまた、基本的な方式であります日本の帳簿方式、これも外国では伝票方式が普通になっているのは御承知のとおりですが、まだ日本で帳簿方式は一年たっておりませんので、どういうマイナスあるいはプラスがあるのかよくわかりませんけれども、これも、できれば二、三年の習熟期間を置いて諸外国並みに伝票方式に移行するということが適切ではないかと思うわけです。 以上、大体私の考えでありますけれども、一言で言えば、消費税というのは今のところ経済的に言えばほぼ定着している。しかし政治的には、皆様がよく御承知のとおりこれから国会で審議が始まろうというところで、一部には与野党の協議機関で論議しようではないかという意見も出ているやに聞いております。私も、国会でまじめに論議が進むということには非常に賛成であります。 ただ問題は、税制協議会といった場を設けるにしても、その協議の過程、プロセスが国民の前にすべて公表される、どういう意見が出されたのか、どういう反対意見があったのか、その結果どういう妥協が成立したのかということが逐一我々マスコミを通じて国民の前に知らされることが何よりも肝心だと思うわけであります。これは、消費税の成立過程を見ても、余りにも国会審議が少なかったということが、リクルート問題と重なって消費税に対する反感を助長したという経緯を考えても、非常に重大な点ではないかと思うわけであります。 以上、簡単でございますが、私の意見陳述を終わります。(拍手)
○衛藤委員長 どうもありがとうございました。 次に、毎日新聞社論説委員玉置参考人にお願いいたします。
○玉置参考人 毎日新聞論説委員の玉置でございます。座ってお話をさせていただきます。 ただいま読売新聞の川岸さんからいろいろ前文がございましたが、あの固有名詞を毎日新聞と置きかえていただきますと大体私のあいさつになるのだ、こういうふうに考えておりますが、ただ、論説室ではやはり合議制でございます。したがいまして、私が本日税に関して申し上げることは、すべて私個人の見解ということで御理解、御了承をいただきたいと思います。 さて、川岸さんときょうは別に分野調整をしたわけでは決してございませんが、たまたまこういうふうになったのでありますが、私は土地税制についてきょうはお話を申し上げたいと思っております。と申しましても、私、現在論説室で税制を担当しておりまして、決して消費税に関する関心が薄れたとか軽視しているとか、そういうことではございませんので誤解のないようにお願いしたいと思いますが、また後ほど時間がございましたら、御質問を受けるという形で若干お話しは申し上げるつもりでございます。 なぜ私が土地税制を今お話ししなければいけないのかということなのですけれども、私は、経済ジャーナリストとして非常にこれからの日本経済に危機感を実は持っているのであります。それは、最近イギリスのジャーナリスト、エモットさんの「日はまた沈む」とかそういう観点で申し上げているわけではないのであります。日本の平等社会というものが土地の高騰によって非常に危ういのではないか、そういう問題意識を持っているのであります。 実は、皆さんの政治の世界では、一昨年のリクルート事件というのが、潮の流れを変えたといいますかあるいは日本の政治の一つの節目になったのだろうと私は考えておりますけれども、日本経済にとっての色合いの変化というのは、実は一九八五年の時期から大きく変わってきたのだと私は思っております。御記憶にあると思いますけれども、この年、アメリカは債権国から債務国に転落したのであります。日本は世界一の債権国にのし上がったわけであります。しかも、思い出してみますと、この年の九月に、いよいよアメリカとの経済摩擦が激化しまして、その結果プラザ合意が成立し、円が大変急激に上昇した時期であります。 実は、こういう経済的なことを振り返ってみるのは、その翌年の一九八六年から約三年間、ここで日本の経済の構造がすっかり変わってしまったということを皆さんに申し上げたいからであります。と申しますのは、一九八五年のGNPは約三百兆円強であります。日本の総資産、これは土地が大宗を占めるのですが、株も入ります、この総資産増が大体三百兆円足らずだったのです。ですから、フローのGNPとストックの資産はほぼパラレルだった。一九八四年はもう少し総資産の方は低いのです。一九八三年もそうです。ところが、一九八六年から日本経済がすっかり変わったと申し上げたのは、資産の方が急激に伸び始めたのです。ここに数字がございますけれども、一九八六年一年間だけで約六百兆円ふえました。GNPが三百兆円。資産の方が二倍です。その翌年の八七年は八百兆円ふえてしまいました。その翌年の八八年はやや減りましたけれども、これも大体六百兆円強でございます。この三年間に、資産増が何と二千兆円という膨大な数字に上りました。 ちなみに、数字の話ばかり申し上げて恐縮なんですが、経済記者というのは数字がないと成り立っていきませんものですから数字を申し上げますけれども、一九八八年末、つまり三年間のストックとそれ以前のストックを全部足しますと、日本の総ストックは六千兆円という天文学的な数字でございまして、フローの約十六・三倍です。GNPの約十六・三倍であります。 この三年間のストックの急激な増の原因は、皆さん御承知のように土地の高騰です。東京で約三倍上がっておる、今地方でも上がっておりますけれども。この原因の大宗は土地の高騰であります。私は今はっきりした数字を手元に持っているわけではないのですけれども、恐らく世界の経済史上で、三年間でこれほど資産のふえた国はない、言いかえますと、土地と株がこれほど上がった国はなかったのではないか、こういうふうに思っているのです。確かに、一九二〇年代の後半、アメリカも土地と株の投機で大変ブームになった時期がございますけれども、その結果一九二九年十月のウォール街の大暴落という結末が次に来たわけなんですけれども、そのときですらこれほどのスピードで上がったわけではない、こういうふうに思います。 私は、これを経済的に申しますと、日本の分配構造に非常に大きな亀裂とひずみ、しかも将来の日本経済に対する悪影響というものを感じるわけであります。つまり、土地を持っている人と持たない人、あるいは土地が買える資産家と買えない低所得の人、あるいは東京を初めとする大都市で土地を持っている人と田舎で持っている人、それぞれの間で恐らく大変大きなストックの格差が出てきております。これは私は、巷間言われている金融の問題等、これは大きな原因だと思いますけれども、もう一つの原因は、日本の土地税制というものがこうしたストック経済への、ストック社会への対応ができていないのではないか、そこに実は大変大きな問題があるのではないか、こういうふうに考えておるのです。 ちょっとおもしろいデータを御紹介したいと思います。 これは、日本のある政府系金融機関にバックデータを出してもらいまして私が自分で計算したのですけれども、そこそこの住宅地ですが、東京で一平方メートルの土地をサラリーマンの平均収入で買おう、何日かかるか。私の計算によると百八十日です。百八十日飲まず食わずで働いて、それでようやく東京のそこそこの住宅地の一平方メートルが買える、こういう数字が出ておるのです。これは、アメリカでちょっと同じ計算をしてみたのですけれども、ロサンゼルスで一平方メートル、アメリカ人の平均収入で何日で買えるか。アメリカでは一・八日です。要するに二日弱です。それじゃ西ドイツはどうだろう。これは、西ドイツの大都市フランクフルトの例でありますが、西ドイツの平均的なサラリーマンがフランクフルトでそこそこの土地を買う、五・四日であります。五・四日、つまりアメリカの大体三倍くらいになるでしょうか。余りにも日本の土地が常識外れであるということがこの数字ではっきりするのではないか。 ついでに、こういう試算もしてみました。それでは三十坪買う。三十坪が一つの住宅地の最小面積といいますか、東京ではそうですね。日本では四十八年飲まず食わずです。ロサンゼルスでは三十坪の土地は六カ月働けば買える。フランクフルトでも一年半ですね。 実は、私事にわたって恐縮なんでありますけれども、私が今所属している毎日新聞のオピニオンページで、私、ことしの一月の中旬に署名入りで「日本の平等社会が危うい」という記事を書きました。実のところ、日本で土地や家を持っている人は世帯主のおよそ六〇%ある、したがって、日本では土地が幾ら上がっても暴動は起こらないのだ、こういうふうに言われておるわけでありまして、私がこういう記事を書いても、もしそうだとすれば恐らく反響は余りないはずなんですね。 ところが、現実には私の予想をはるかに超える大変な反響がございまして、例えば、大阪のある主婦の方からいただいた手紙なんかを見ますと、それこそ十年ぐらいためてようやく八百万円お金がたまったので、それを頭金にして二千五百万円のマンションを買おうと思ったら、半年で一千万円上がってしまった、あと半年でさらに一千万円上がってしまって四千五百万円になった、とても買えません。そういった手紙が非常にたくさん参りました。ぜひ土地を下落させてほしい、土地の政策というのは、土地の価格を抑制するのではなくて土地を下落させることである、こういう意見がかなりたくさんございました。 ということで、私はこの土地問題こそこれから――ここは税制に関する委員会でございますので税制に限って申し上げますと、土地を下落させるくらいの税制をこれからつくっていっていただきたいというのが私の意見であります。 私は、先ほど「平等社会が危うい」という問題提起をいたしましたけれども、私がロンドンに住んでいたとき、ちょうどサッチャー政権が誕生したばかりでございました。日曜日の午前中、サッチャー首相がいつも国民にテレビで語りかける番組がございますが、私は、そこで、日本人を見てごらんなさい、彼らは努力して勤勉であれば成功できるのだ、こういう社会をイギリスでもつくらなければいけないのだということを、何度も例のかなり激しい言い方で語りかけていたことが非常に印象的なわけなんです。 現在のこの東京の土地を考えますと、とてもサッチャー首相に顔向けならぬのではないかというふうに私は考えるほどなんですが、イギリスの階級社会という、ああいった経済の効率性からすると大変難しい社会から見ると、日本がいかに平等であり、努力すれば成功できるという、そういうチャンスがあるからこそ日本経済の活性化というのが達成されてきた。これはもう世界じゅうどこへ行ってもそう言われるわけです。事実そうだと私は思うのですが、そうした問題をこれから税制で解決していただきたいというふうに私は考えております。 そうした中で税制をどう考えるかという私の個人的な意見を一、二申し述べたいと思うのですけれども、私は率直に申し上げて、日本の土地税制というのはかくも激しいストック社会への移行を予想していなかったのだ、こういうふうに思います。しかし、これはかなり好意的な見方でありまして、もう少し厳しく言えば、日本の土地税制というのは所有者に甘く利用者には非常に厳しい、こういう原則に貫かれているのではないかと思います。しかも、農地の宅地並み課税一つをとりましても、大変特別措置が多過ぎる、例外が多過ぎるのであります。これは何も税制に限らない。この前問題になりました大店法にしましても独禁法にしましても、およそ歴史に逆行した方向で特別措置というのが盛られ続けてきたということであります。そういう意味では、特に土地税制に関して言いますと、やはり特別措置が多過ぎたのではないかというふうに思うのです。 それでは、具体的に今どういった税制を考えるべきなのかという点について申し上げますと、私は、土地の保有コストを高くする、少なくとも欧米並みに高くするということがやはり基本ではないかというふうに思います。なぜ日本だけが土地神話というのが崩れないのだろうか、なぜ日本人だけが土地に執着するのだろうか、いろいろな見方があるわけですが、少なくとも経済の面で言ってみますと、土地の保有コストが低過ぎるということは言えるだろうと思います。現在固定資産税というのは、御承知のように標準税率が一・四%でありますけれども、実効税率は、これは通説ですが〇・一%程度というふうに言われていることは御承知のとおりであります。しかし、これははっきりしたデータが実はないのです。したがいまして、例えば土地税制に関する大変な専門家である一橋大学の野口悠紀雄教授によれば、恐らく〇・〇五%くらいかな、こういうふうにおっしゃっています。先生方もひとつ御自宅の計算をなすって時価との評価を見てみるとよろしいのですが、私は計算してみますと、私の場合実効税率はおよそ〇・一四%ですね。ということは、ちょうど十分の一ということで税金を払っております。 そういう観点からいたしますと、土地の保有コストを高くする、それによって不完全利用ないしはほとんど利用されない土地、将来値上がりを期待している土地、この部分についてはかなりはげ落ちていくのではないかというふうに思います。これは後ほどもう少し具体的な問題と一緒にお話しを申し上げたいと思うのですが、とりあえず固定資産税の評価額をより実勢価格に、ないしは公示価格でもいいですけれども近づけて、それで保有コストを高くするということが必要ではないかと思うのです。 ところが、固定資産税というのは市町村税なものですから、これは自治省の管轄になり、かつ日本の固定資産税というのは全く公表されておりません。つまり、隣の土地の評価と私の家の評価と比較することはできないことになっております。これも非常におかしいのですね。土地の査定額が公表されないというのは恐らく先進国では日本だけだろうという学者がいるくらいですから、この点もやはり非常に問題だろうと思うのです。 そして、固定資産税を私が先ほどお話し申し上げたようなもし評価額でやられますと、約十倍払わなくてはいけません。これはちょっと大変だなということになりますけれども、しかし、これは住民税つまりフローで減税をするという考え方をとればよろしいのではないか。つまり、私は最初に、ストックで課税をすべし、日本の場合ストックに対する課税というのは非常に甘いというふうに申し上げたのですが、固定資産税というストックに重課するかわり、フローの住民税を軽課する、それをマクロで同額にすれば増収にも減収にも国の財政はならないわけですから。あるいは固定資産税でそういうことをすることは非常に難しいということであれば、新たに国税として土地保有税を創設すればよろしいのではないかと思います。この場合は当然フローに対する減税部分は、個人については所得税、法人については法人税、こういう形になろうかと思います。 そういったストック重課、フロー軽課という形を通じて、これを基本にしながら日本の土地税制を考えていかなければいけないと思うのですが、この議論で非常に問題なのは、よく出るのですが、例えば、東京にもう何十年も住んでいて収入がない老夫婦は一体どうするのだという問題があるのです。しかし、そういう問題というのは社会政策の問題として一つ考えられると思いますし、それから、こういう言い方というのはちょっと突き放した言い方になってしまうのですけれども、余りそういう問題を細かくやっていきますと結局やはり同じように投機を許すような甘い土地税制になってしまうおそれがあるのですね。ですから、私はできるだけ一律に保有税をかける、保有コストを高めるという考え方がやはり一番大事なのではないかというふうに思うのです。 そうしますと、例えば個人の場合、収入に見合った土地を持ち、家を持っている人は、所得税ないし住民税で減税された分をほぼ固定資産税で支払う、ないしは新しい保有税で支払う、こういう形になって、ほぼこれは中立だと思いますね。 ところが、不完全にしか利用していない、駐車場か何かにしているとか、あるいはほとんど草ぼうぼうにしておくとか、値上がりを待っているとか、そういう方は大変困る。こういう方は増税になる。これは売るか貸すか、あるいはもう一つほかの有効利用を考えざるを得ないということだろうと思うのですけれども、貸すというのは、借地借家法を改正すればかなりこの部分の供給というのは出てまいると思うのです。それから、売る場合は譲渡課税を軽課する、安くしてあげるということがある。 それからもう一つ、有効利用させるという場合、例えば大企業ですと、エクイティーファイナンス、株式市場からお金を持ってきてそれでマンションを建てるなりなんなりができる。ところが中小企業や個人の場合はそれが非常に難しい。資金がありません。その場合どうするかというのは、実は私、一つ提案したいのは、土地の証券化という問題であります。これはアメリカでも非常に盛んですし、私が知っている範囲では、ヨーロッパの中で西ドイツなんかも非常に盛んですね。土地を証券化しますと、若い人でもその証券を買って、仮に土地が上がった場合は、そのストックに対する含みの分というのは証券を持つことによってある程度担保できるわけです。そういう点で、証券化の問題というのは、これは税制と直接関係ないのですけれども、これから仮に保有コストを高めた場合の考え方としてはそういう方法もあるのではないかと思います。 最後に、相続税について一言だけ申し上げたいのですけれども、これはよく言われるのですが、東京の土地が大変上がったときにワンルームマンションが大変売れました。これは、例えばサラリーマンでも自家保有の方は、数千万の借金をしてワンルームマンションを買えば非常に節税になるということですね。節税になるばかりか、これをずっと残しておきまして将来相続させるときには、当然そのマンションは土地が上がった分は上がっているわけですから、そういたしますと、これは金融資産として持つよりも土地資産として、不動産として持った方がはるかに安い相続税で済む。こういう二つの節税の方法というのが出てくるわけですね。 私は、この税制そのものがそういった投機を許す、投機を助長する税制になっているからそういう問題が起こったのではないかというふうに考えます。つまり、税制のゆがみが投機を呼んだというふうに思います。もちろんやっていらっしゃる方は、これはそうしたことをやるのは当然といいますか、それは経済行為ですから、それが悪いと私申し上げているわけではないのですけれども、少なくともそういう税制の抜け穴というのがある。そういう問題というのは、結局相続税の評価をする際の土地の評価額というのが実勢からはるかに離れているから起こるわけですね。したがいまして、相続税について私はやはりできるだけ実勢価格に近づけた評価をすることが、これは固定資産税も同じ思想なんですが、そういうことが土地の投機を防ぎ、かつ日本人の土地神話というものを打ち砕く大きなてこになるのではないかというふうに考えておるのです。 そろそろ時間が参りましたけれども、私は世帯数の六〇%が家や土地を持っているということは、どうも自分をかんだ犬の頭を日本人はなでているような気がしてしようがないですね。しかし、その犬は次の世代の人間を必ずかむに違いない。しかも、これは言ってみれば日本経済のストックインフレという犬だと私は思いますが、そうした犬の頭を自分の資産がふえたと考えてなでている、こういう状況は必ず後世に大きなツケを残すのではないか、日本経済危うし、こういうふうに考えております。 以上です。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○衛藤委員長 ありがとうございました。 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。 ─────────────
○衛藤委員長 これより参考人に対する質疑を行います。 この際、委員各位に申し上げます。 本日は正午から本会議が予定されておりますので、質疑時間につきましては各位の特段の御協力をお願いいたします。 なお、質疑のある委員は、挙手の上、委員長の許可を得て発言するようお願いいたします。また、発言の際は、所属会派及び氏名並びに質疑する参考人のお名前をあらかじめお告げいただきたいと存じます。 それでは、質疑のある委員は挙手を願います。
○渡辺(嘉)委員 社会党の渡辺嘉藏です。 川岸先生にまずお伺いしますが、私も分科会の質問の関係でおくれて申しわけなかったのですが、今ちょっと聞いておって意外な感を持ったので質問を申し上げたい、こう思うわけですが、これは議論するつもりではありませんので御了承いただきたいと思います。 まず第一は、直接税が三十五年は五四、それが六十年は七三、こう上がって、直間比率がこうなっているということですが、三十五年当時は、エンゲル係数も五〇%以上で、まだまだ日本は戦後のへその緒をつけておった時代なんです。その後、高度成長をしまして、そして所得が向上してきた、GNPも向上してきた、これによって所得税がふえてきたのです。私はこれは理の当然だと思うのです。だから、低水準の時代に間接税が高くなるのは、これは税制全般をずっと見ておっても、あるいは開発途上国その他ずっと見ておっても、大体それに当てはまるのです。 こういうような意味から、直間比率が今大体七、三の状態にあることは、非常に理想的だと私は見ておるのです。先生は、直間比率は五分五分がいいのか、あるいはまた一定の水準を持っていらっしゃるのか、どういうふうにお考えかということです。私は、直間比率というのは結果論であって、冒頭に水準があるものではない、こう思っております。 それから、税の取り方としては、支出税、所得税いろいろありますが、支出税は、今、日本の形態でいきますと、所得税でサラリーマンが税金を払います、その手取りで今度は消費をします、そのときまた取られるわけですから、言うなれば一種の二重課税です。ですから、間接税のあり方というものは、政策的にやむを得ない、あるいはまた社会が許容する限度においては許されるべきですけれども、どちらかというと、きちっとしておかなければいけないのではないか。 こういうような意味で、アメリカが直間比率が九対一です。州の地方税の間接税を入れましても大体二五、六%なのです。こういうような比率から見ましても、私は今、日本の七、三の比率は大体いいのではないか、こういうふうに見ておるのですが、先生の御意見を承りたい。 それから、消費税については導入結構だという先生の御意見、これは先生なりにいいと思うのですが、それの見返り減税が、法人所得八百万以下は一%、八百万超の法人所得者は二%になって、そんなことは私はどう考えたって合点がいかないということ。 これに関連して、福祉目的税ならどうかということに対しては、先生も批判的でしたが、私もこれは批判的なのです。福祉目的税ならいいという考え方は大蔵省だって困ると私は思うのです。一般財源として欲しいのですし、福祉団体だってこれは反対しておるのです。私は、意味はわかるのです。こういうような意味で、私はこの点については同感なのですが、これについてまた御所見を承れたら承りたい。なぜかというと、こういう間接税、消費税等の収入でもって社会福祉にやるということは、富の再配分その他の関係から見て私はおかしいと思っておるから、これを申し上げます。 それから、EC型の付加価値税に移行するようなことを先生言うていらっしゃる、世界の流れだ、こう言うていらっしゃるが、私は理由はわかるのです。一つの流れになっておることも認めざるを得ない。 なぜか。これは、直接税ですと、引き上げれば引き上げるほど政府に対する反感は強くなる、人の懐に手を入れて税金を取っていきますから。間接税だと、知らぬうちに業者が持っていって業者が納めますから、だから政府に対する反感が少ない。 それから二番目に、税務が、私の計算によると約九十数%民間がその仕事をやってしまう、政府は余り仕事をやらない、こういうことで非常に有利である。 それから、税率がそのときの景気によってどんなにでも上下できる、こういう問題があります。そういうような意味で、景気が悪くなれば悪くなるほど税率を上げればいいのですから、それで安定財源、こうなるわけですから、大蔵省にとってはいいかもしれないけれども、国民はたまったものではない。企業もたまったものではない。 しかし、EC型の付加価値税の方向がいいのではないかということを先生は言うていらっしゃるが、私は今の帳簿方式をインボイス方式にすることは日本の場合は大変だぞ、こう思っております。 そこで、三点セットの問題についてまず触れますが、今の三点セット、中小企業に対する五億以下の簡易課税あるいは限界控除制度の問題、三千万円以下の非課税の問題、この三点セットは私は好ましいと思っておらない。私も中小企業の立場はいろいろ理解しておるのですが、好ましいと思っていない。これは廃止して、もう一遍正常に置き直さなければいけないと思っておりますが、先生の御見解を承りたい。 それから、三%の今の税率がいつまでも三%だと思っていらっしゃるかどうかということです。国民の中にも、三%や一・五%ならしようがないわという空気もあることは事実なんです。多数ではないですよ、まだまだ多数だとは思わぬけれども、ある。ところが、三%なら今の税制改革の差し引きは二兆五、六千億の赤字になっておりますから、これが三%のままいくということはあり得ないはずなんです。だから先生は、これは将来何%くらいになると考えていらっしゃるのか。そのときに、軽減税率で食料品なんかを半分にしたら効果があるのだ、あるいはイギリスのようにゼロ税率を採用することを考えていらっしゃるのか、この点を一遍承りたい。 そういうようなことを考えまして、私は、消費税はもうどんなことをしたって逆進性は直るものではないのだから廃止すべきなんだ、廃止して新しく出直さなければならぬ、こういう結論を持っておるわけですが、これに対して先生の御見解を承りたい。 それから、玉置先生に承りたいわけですが、時間がありませんから一つだけ伺います。 固定資産税なんかはこの際少し直して、上げたらどうだろうか、そしてストック税的なものを含めたらどうか。私も土地税制については非常に関心も持ち、非才ながら勉強したわけですが、どうも本当になまぬるいと思っているのです。しかし、土地は値上がりをすると思うからみんな買っているのです。買うからまた値上がりをするのです。株は下がりましたから水膨れが減ってよかったが、土地は世界的な互換性はないのです。日本の土地は日本の土地なんです。日本の土地を代物弁済でアメリカに売るわけにはいかない、不可能ではありませんが。そういうような意味で、こんなものは日本だけの水膨れ現象なんです。ですから、固定資産税その他の税制で昭和四十八年、四十九年、五十年と土地が値下がりしましたが、私はあのくらいのことを起こさなければいけないと思っております。 ところが、その後上がってきたわけで、固定資産税をなぶりたいという御意見、私もよくわかるのです。ただし、これには私はこういう考え方を持っておるのです。居住用と営業用と保有用と税率を区分して固定資産税をかけるべきだ。そうしないと、住宅の土地が幾ら値上がりしたって、住宅は住宅なんです。だから、居住用と企業が持っておる事業用の土地、それから企業が将来投資するために何万坪と持っておる土地、たくさんありますから、更地のままで五年も十年もほかっておりますから、そういう保有しておる土地を区分して、そうして固定資産税の税率を変えるべきだと私は思う。今は一律に一・四、都市計画税を入れて一・七ですか。ですから、私はこれに差をつけるべきではないかと思う。 それから、先生のおっしゃるような固定資産税の評価額の公開制度、これは絶対にやらなければいけない、こう思っておりますが、先生の御所見をお伺いしたい。 以上です。
○川岸参考人 非常に多岐にわたる御質問でしたが、第一点の直間比率については、これは国会でも盛んに論議された経過があると承知しておりますけれども、理想的な直間比率というのは一体幾らかということについては、私も明快な答えは持ち合わせておりません。ただ、それでは先進国がすべて直接税の比率が高いのかということになりますと、確かにアメリカは非常に例外的に九割という高さを持っておりますけれども、イギリス、西ドイツ、フランスなどは五四%ないし三十数%という段階でありまして、これは先生御承知のとおりであります。そうしますと、先進国に移行すれば、あるいは国民所得がふえれば直接税の比率が上がるのは当然だということもまた一概に言えないのではないかと思うわけであります。 それから、第二点の所得税減税に関しての御質問は、恐らく法人税というか法人課税に対するいわゆる抜け穴、ループホール、そういったものを防ぐ措置が必要ではないかという御意見ではないかと思いますが、私もそれは全く同感であります。 第三点の福祉目的税化ということについては、私もどちらかといえば渡辺先生の意見に同感でありまして、余りに目的税化するということは間接税という性格からいっても好ましくない、むしろ一般財源として確保しておくのが適当ではないかというふうに考えますが、しかし、これはまた政治的な側面もあるわけでして、福祉目的税、収入は福祉に主に使うんだということで国民の大多数が合意するのであれば、それはそれでもいいんではないかというふうに考えております。 それから、四番目の御質問、EC型付加価値税に移行する場合の税率の歯どめという御質問だったと思うわけですけれども、税率は、日本では一応三%というのは法律事項でありますので、もしこれを上げるとすれば国会で可決しなければいけない、それが一つのというか、唯一の歯どめであります。これは将来イギリス、ヨーロッパのように一五%あるいは三〇%に上がるかどうか、最後の御質問の将来何%になるかという御質問とも関連しますけれども、これは全く私の予想の範囲を超えておりまして、将来二十一世紀になって、そのときの国民が間接税は一〇%に上げてもいい、あるいは所得税をそのかわり最高二〇%にしてくれ、そういった声が上がればそういう選択もあるのではないかというふうに考えております。 それから、いわゆる三点セットについては、最初の御説明でも申し上げましたとおり、私も基本的には事業者優遇という制度を残すことにはむしろ反対でありまして、なるべく簡易課税あるいは免税点、限界控除といったものの価額を引き下げていくという方向が望ましいと考えております。 以上です。
○玉置参考人 居住用と事業用とに税率を分けてはどうか、つまり、居住用を軽くして事業用の方を重くしよう、それの方が合理的ではないか、こういう御意見だったと思います。 私もそれは一つの考え方としては検討に値すると思うのです。ただ、問題は、それだけではなくて、居住用でも広さですね、広さで区分する。広いものについては重課する。あるいは逆に、例えば現在二百平米以下の住宅については四分の一の特別措置がありますけれども、その割合は別にしまして、そういう小規模住宅地についての固定資産税は余り上げないという考え方は、考え方としては正しいのじゃないかなと思います。 ただ、私が先ほどお話しした中でも若干申し上げたと思うのですが、余り特別措置をつくっていきますと、例えば今の二百平米以下の小規模住宅の特別措置でも、これは一つの抜け道といいますか、人が住んでいるような形で実は投機用の住宅を不動産業者が持つとか、そういうところを非常に厳密にチェックしませんとなかなか手から水が漏れてしまうことになりかねない、こういうこともありますので、考え方としては、できるだけそういった特別のものをつくらない、フラットなものを考えていった方がいいような気もいたしますが、いずれにしても、これは税制の専門家がこれからお考えになることだと思います。基本的にはそういう考え方もあろうかと思います。
○渡辺(嘉)委員 ありがとうございました。
○衛藤委員長 あらかじめ委員に御了解をお願いいたします。時間が限られておりますので、一人の質疑時間はおおむね五分見当にお願いを申し上げます。
○大木委員 社会党の大木です。 大変結構な玉置さんの土地税制の問題についてちょっと質問いたしたいのですが、特に相続税関係の問題です。 今の渡辺委員の質問とも若干関連いたしますが、結果的に、土地には実勢価格、公示価格、さらには路線価、いろいろな見方があるわけでございますけれども、実勢と路線価の場合には大体四割ぐらいを占めているかと思うのです。これも事業用と居住用、個人と法人ですね、そういった関係が出てくるわけですけれども、法人に対する相続税ということについては一切お考え方はないのですか。 同時に、個人の場合、三十坪という居住用に対して、実勢はもちろんでございますけれども、路線価でいきましても、とてもじゃありませんが、高齢の方々やサラリーマンの子弟の方々が払える能力はないと思うのです。そういった問題について、もう少し一般の市民の方々が支持できる考え方といったものをお持ちでございませんか。
○玉置参考人 第一点の御質問ですが、企業には相続税はない、相続はないという点については、私は、株式会社の場合は株という形で、それは相続といいますかその評価は出てくるのですが、株を公開してない会社の場合、当然そういう不公平というのは出てくるもので、これは最近経済界でも、要するに相続させたらどうだという考えがあるので、これはこれからみんなで考えたらどうかなというふうに思います。 ただ、どこからどこまで、どの時点で相続するのか、これは非常に難しいんじゃないでしょうか。むしろ、これは税制の面もありますし、それから株式会社の場合、株式会社法とかそういういろいろな経済法との関連もどうもありそうな感じがいたします。ただ、おっしゃるように、私が最初に一つのキーワードとして申し上げた不公平の是正といいますか格差の是正という観点からしますと、当然そういう議論があってしかるべきだと思います。 それから、二番目の問題ですけれども、実はそれが大変大きな問題で、しかし、基本的にはだれか――だれかといいますか、血を流す部分が必ずあるのですね。それを平等にあるいは合理的に、納得のいく痛みを共有する。やはり今の土地神話を崩さなければいけない、そういうことに理解を持てば、それは当然国民が理解をしていかなければいけないことではないかというふうに思います。おっしゃるように、それが一番の大きな問題だと思います。
○金子(一)委員 自民党の金子一義でございます 玉置先生に御質問なんですが、今のに関連してくるのですけれども、もともとの御発想が、土地の価格をむしろ下げるため、そのための税制をしくべきだというふうに今お伺いしておったのですが、したがって、時価に、なるべく実勢価格に固定資産税等々を近づけるべきだという、そういう御発想になってこられた。今おっしゃられましたように、現在の固定資産税に対して十倍、逆に言えば現在は十分の一程度じゃないかということをおっしゃられたわけですが、もともとの御発想で、固定資産税を時価に近づけろといいますと、既に現状として余りに地価が高くなり過ぎちゃっている部分があるんじゃないか。 今、十倍とおっしゃられた、この十倍の負担だけでも大変でありますし、さらに、いわゆるこのバランスとして、土地を持っていて、そしてそれを転売するといったような将来のキャピタルゲインというものを、間尺にもう合わないよというところまで持っていくためには、これは議論でありますけれども、実際の時価の一ないし二%の固定資産税、保有税といったものに持っていかないと、なかなか今の十倍程度じゃ、まだ保有していても有利だという議論があるのですね。 アメリカ等でも大体時価の二%程度、今東京ですと、平均でいきますと固定資産税は一・四ですけれども、時価に対しては〇・〇六、世田谷へ行きますと、これはちょっと宅地並み課税に関係あるのですけれども、せいぜい〇・〇二とか〇・〇四という数字なんですね。そうしますと、それを保有していてもだめだよという話にまで税を持っていくとなりますと、これは十倍どころの話じゃなくなっちゃうんですね。 そうなりますと、やっぱり地価が現状ちょっと高過ぎるんだろうな、そこからスタートするのですけれども、宅地として小規模のものという概念はお認めになりながらも、できるだけそういう特例は認めない方がいいというお考えになりますと、そうしますと、まさに追い出し税になってしまう可能性があるのですね。 そこで、今おっしゃられましたように、フローの部分で、つまり所得税なり住民税の方を減税をしていって、そして保有税という形で上げていくというバランスで考えろ、したがって収入に見合った所得税なり住民税なりを負担できる人がそこに住めばいいじゃないか、そういうお考えに立ちますと、それはいわば働いている現役の人たちが東京に住みなさいよ、所得のなくなった人、払えない人は外に住みなさいという、払えない人と言うとちょっと言い方が悪いのですけれども、所得のなくなった方、または現役を卒業した人はもうちょっと安いところへ住みなさいよという、一種のサイクルですね、要するに、現役が東京に来て働いて、そして退職しましたら地方とか郊外という、一つの社会のサイクルという考え方ですかね、そういう社会の一つのコンセンサスみたいなものが出てこないと追い出し税になっちゃうんじゃないかな。私としては、そこは、そういう考え方がコンセンサスを得られるのだろうかと疑問を感じます。 もう一つは、さっき渡辺先生もおっしゃられたのですけれども、個人の場合と、それから東京の問題はまさに企業保有の土地の問題、企業保有の土地がもう四割からいや九割だという議論もありますけれども、やっぱりどうしてもそこに帰着するのですね。時間がなくなっちゃって申しわけありませんが、簡単に申し上げますと、どうしてもやっぱり個人と企業というものをここで、税の世界で分けていく議論というものが行われていきませんと、これは個人の税率を幾らこうやりましてもなかなか解決できないだろう。 そうしますと、企業の保有、いわゆる会社が持っている部分について、既に議論が出ておりますとおり、土地の再評価という議論というものが、つまり、相続税の考え方でもいいのですよ、企業にも相続税を課すという考え方でもいいのですけれども、行き着くところは再評価という議論に帰着してくるのだと思うのですね。そこへ行き着くとなると、いわゆる企業の国際競争力という点で、中小企業の方にとってもこれは大変な問題になると思うのですね。大企業はもとよりでございます。 先ほど、玉置先生、イギリスにおられて、サッチャーさんが日本の企業を見習えとおっしゃられた、ちょうど私も同じ時期にロンドンに滞在しておりサッチャーさんの話を聞いておったのですけれども、サッチャーさんが引き合いに出された、企業の活力というのは日本はすばらしいという再認識を多分玉置先生はされたのじゃないかな。そこへいきますと、企業の含みという、再評価という考え方、これは本当に私はやっていかなきゃいけないと思っているのですけれども、その再評価の問題についてどういうふうにお考えになるか。 二点に絞って御質問をさせていただきます。
○玉置参考人 例の追い出し税になる可能性がある、例えば収入がないとか年金生活とかというケース、収入が非常に低い、収入は低いけれども世田谷で五十坪の土地でずっと暮らしているんだ、こういうことだと思いますが、これはある都市銀行が調べた含み益なんですけれども、世田谷のある地点、六十年の公示価格が六十八万円で、四年後の平成元年の公示価格が二百四十六万円、含み益は二億九千三百七十万円ですね。これは、サラリーマンの現在の平均年収六百二十一万円で割りますと四十七年分であります。つまり、ここのところをどういうふうに考えるかということになろうかと思うのですね。 確かに、追い出しといいますか、そういう結果になる場合もありましょう。それから、それでは固定資産税が払えないから、そこを貸してどこかに行こうという考え方も出てきましょう。売ろうという考え方も出てきましょう。あるいは、先ほど私一つの提案として申し上げた土地の証券化、そういう制度ができれば、これは金融制度の改革になると思いますが、そういう形で、土地は手放さないけれどもそれを有価証券にして売る、こういう方策も出てくるのだろうと思うのですが、この議論をしますと、これはもうどうにもかわいそうだとか、あるいは感情的な議論になりがちなんですが、私は、経済的に少し冷静に考えていけば、普通のサラリーマンの平均年収の四十七年分の含み益をわずか三年間で得たのですから、何かそこはもうちょっと工夫をする、三億円の含み益でしたら、借金して、それでとりあえずは固定資産税を払っていくとかということも可能ではないかという感じがします。 それから、金子先生の御質問で、企業の問題ですけれども、実は企業の遊休地をどうすべきかとか、あるいは現在、企業の駐車場、形だけの駐車場にした部分については非常に軽課をしているわけですね、軽くしている。そういう部分というのは見直すのは当然でありまして、今まで見直していなかったのがおかしいというふうに私は思います。 ただし、全体の税率を、固定資産税の場合ですね、企業を重くして、事業用地を重くして、先ほどちょっとお話ございましたけれども、それを企業が存続できないぐらい重くして果たしていいのかどうか。やはり私は、これは企業も個人も同じレベルで考えてもいいのではないかなという気がいたします。 それで、私が今申し上げている提案というのは、あくまでも普通のサラリーマンが一生懸命仕事をすればある程度の自分の住宅を持てるという、要するにこれはナショナルミニマムの問題だと思いますね。衣食住のナショナルミニマムの問題だと思うのです。確かに、相続をする運のいい人もいるでしょう。しかし、田舎の土地を相続してもこれはしようがないのですから、そうすると、何億も相続できる人はそうたくさんはいないだろうと私は思います。今、出生率が一・六六ですから、半分くらいは、あるいはもうちょっと相続できるという計算も成り立ちますけれども、相続もできない、土地ももちろんないという人が、これから一体どういうふうに何を目標に仕事をしていくのか。いわゆる住に対するナショナルミニマムを保障するのがやはり政治ではないか、税制ではないか、こういうふうに私は考えております。
○細谷委員 日本社会党・護憲共同の細谷でございます。 これは内容というよりむしろ判断だと思うのですけれども、御承知のように、この消費税をめぐりまして見直し案と廃止案が国会に上程され、このままでいけば両方相打ちになって、結局今の消費税が残るという形になるわけであります。それでは大変国民は不幸だと思うのですね。 そこで、政治は何をしなければいかぬかという問題があると私は思うのですが、一体どういうふうにこの問題を打開していったらいいのか。我々は政治家として、消費税廃止ということで当選してまいりましたから、これは主張も通したい。しかし、そういうことでいったときに、どこかでやはりこの解決点、一致点を見出していかなければいかぬとも思うのです。 そこで両先生に、もし差し支えなければ、先生方自身はどうすべきだとお考えになるか、どうしたらいいのか。それから、むしろそうじゃなくて、ちょっと視点を変えれば、国民の世論というのは一体どの辺にあるのだろうか、どの辺を志向しているのだろうかということでも結構でございますけれども、それについて忌憚のない率直な御意見を聞かせていただければ結構でございます。それが一点です。 それから、ここのところずっと行われてまいりました一連の税制改正については、法人については言いませんけれども、高額所得者の減税というのは極めて大きい優遇だという感じを率直に言って国民は持っていると私は思います。もちろん、コンセプトとしては中堅サラリーマンの減税ということをうたっておりますけれども、現実は、じっと見てみると高額所得者に大変優遇になっておる、法人のことはさておきまして。そこで、例えば、十五段階あったのをずっと縮めてまいりまして今五段階になっておる、税率の刻みを少なくしている、そのこと自身は私は否定をしないのです。しかし、結果として高額所得者が大変な減税になっている。 それをこのまま放置するということは、やはり国民感情として許さないのではないか。そこで、もしこの税率とかそういうものをいじるというのが無理だとすれば、資産、キャピタルゲインにもっと思い切った課税をしていくということもあわせてバランスをとりながら考えていかなければならない課題じゃないかというふうに思っています。その辺についての御見解をいただければと思います。 それから、三点目ですけれども、今、人的控除という制度が所得税にあります。御承知だと思いますけれども、これは大変不公平税制だと私は思っているのです。例えば、扶養、配偶者控除ですが、金持ちであろうと中堅サラリーマンであろうと低所得者であろうと、配偶者の寄与度というものは私は変わらないと思うのですね。妻一人の場合で、基礎控除、配偶者控除、特別配偶者控除、合計で百五万円の人的控除がありますけれども、これに対して税率五〇%の人は百五万掛ける五〇%ということになります。税率の低い人、所得の少ない人は一〇%ですから、大変な格差が出てくるということなんです。ですから、私はこういう所得控除じゃなくて税額控除というふうに考えていくのが真の意味での平等じゃないかというふうに思うのです。この辺についての御見解を、もしできましたら承りたいと思います。
○川岸参考人 三つとも非常に難しい御質問でありまして、私も的確にお答えできるかどうかわからないのですが、第一点の消費税の問題、おっしゃるとおり、確かにこのままでいけば相打ちになって現行税制が残るということになるわけであります。私の率直な個人的な見解を申し上げれば、現行税制がそのまま残ってもいいではないかというふうに考えるわけですが、しかし、政治的に言えばなかなかそうも言っていられない事情もあります。 そこで、やはり国民が何を今求めているのかという点になりますと、各種の世論調査などを見ても、依然として廃止論は根強いものがありますけれども、どちらかといえば存続して見直すべきだという意見の方が多数を占めているのではないかと思います。 そういう線に従って、存続して、なおかつ先ほど私が冒頭に申し上げましたような修正、いわゆる三点セットを含めて、要するに消費税が払ったお金の三%かかるということに対する不満ももちろんありますけれども、消費者がこれは国庫に入るものだと思って納めたいわゆる消費税相当分が、そのまま国庫に入らないで何か中間段階で懐に入ってしまっているのではないかという不満が一方で非常に根強いわけですね。したがって、そういったところをもっと透明にするように――ある業者などは消費税還元セールなどと銘打って割引セールをやったりする。本当にそういうものを原資にしているのかどうか、私もそこまで調べておりませんけれども、ああいうことが行われていると、消費者としてはいかに割引セールが行われてもだまされたという気がするのは非常に当然な感情、反応だと私は思うわけです。したがって、そういうことがなるべく起こらないように透明な税制に近づけていく、そのために、簡易課税制度あるいは免税点の見直しというものも非常に重要なファクターになってくるのではないかと思います。 第二点の、高額所得者優遇ではないかという御質問でありますが、確かに、高額所得者と中堅所得者を比べれば高額所得者の方が減税額では大きくなるということは事実であります。 ただ、私ども身近なサラリーマンで考えると、例えば年収一千万あるいは二千万といったような人がそれほど高額所得者と呼べるのかという感じも率直に言って持つわけでありまして、先ほどの玉置さんの御見解とも若干共通する点でありますけれども、むしろなるべくそういうフローの面での所得税というのは軽減していって、おっしゃったとおり、キャピタルゲイン課税――キャピタルゲインには土地もありますし株もありますが、そういったものを強化していく。今、日本の社会というのは俗に所得面ではかなり平等社会になっているわけですが、資産面では、玉置さん力説されたとおり非常に不公平な格差が現に拡大しつつあるという状態ですから、むしろ今国民の不満というのはそういう資産面での格差にあるということも言えると思います。そういったものを少しでも緩和する措置、これは税制だけではもちろんできないと思いますけれども、税制も一つの重要な手段であることは疑いを入れないところでありますから、土地あるいは金融資産についても適切な税制を求めていくということが重要ではないかと思います。 三番目の人的控除、これを不公平ではないかという観点からの御質問だと思いますが、税額控除がいいのかあるいは所得控除がいいのか、私もそこまでちょっと専門的な知識を持ち合わせておりませんけれども、非常に難しい問題ではないか。正直なところ、どちらがいいのかと言われますと、私もとにかく今までの所得控除の方式になれているものですから、税額控除にした場合にどういうプラス・マイナスが出てくるかということはちょっと想像がつきませんので、お答えは保留させていただきます。
○玉置参考人 消費税の定着問題につきまして、私どもの新聞社の世論調査では、やるたびに、見直しあるいは再見直しを条件にした存続というのがふえてまいりまして、私、今正確な数字を持っておらないのでありますけれども、私の記憶では、ごく最近時の世論調査では恐らく六割は超えているのではないかと思います。もちろん、廃止すべしというのは、若干減っておりますが依然として二十何%というのが世論調査の結果でございます。 二番目のキャピタルゲインの問題ですが、金融資産については例えば利子配当所得の分離課税二〇%というのは実現していますし、これから問題は、やはり土地等のストックに対する課税強化という方向を進めなければいけないというのは、私先ほどから申し上げているとおりであります。 それから、配偶者控除の問題は、実は私大変不勉強でございまして、今まで考えていなかったものですから、ちょっと今お答えを申し上げることはできません。申しわけございません。
○宮地委員 公明党の宮地正介でございます。参考人の皆様には大変御苦労さまでございます。 最初に、毎日新聞の玉置さんにお伺いしたいと思いますのは、先ほどデータで、特に一九八六年から三年間、土地、株を中心に日本の資産が大変に多くなった、約二千兆円資産がふえた、そしてトータルで六千兆円。こういう中で法人の特に土地の含み資産がこの三年間にやはり相当増加をしていると思うのです。やはり先ほど来お話ありますように、消費あるいは所得、資産のバランスのとれた課税の中で、資産課税の問題というのが今回の税制改革の中で一番欠落しているのではないか。そういう点で、法人の持っている土地の含み資産に対して、我々公明党としては土地増価税ということを提唱しているわけなのですが、これはいろいろ議論がありまして、未実現のものに課税をするのはいかがかと、大蔵省あたりはまだ踏み込んでこないわけですね。 今、玉置さんは、保有税を中心としていろいろお話しされましたが、法人の持っている含み資産の土地に対して課税するという問題についてどういう御意見、御見解を持っているのか、この点についてお伺いをさせていただきたい。 それから、私ども公明党は、今回の総選挙の中で特に――やはり土地とか住宅が非常に高騰してまいりまして、先ほどもちょっと川岸さんが触れておりましたが、持ち家の方に対する税制面の恩恵といいますか軽減措置というのは、住宅ローン控除とかいろいろあるわけです。ところが、家賃を払っている方々に対しての税制面の控除制度がないわけですね。そこで私ども、所得税控除方式あるいは租税特別措置法による税額控除方式によって、年収一千万円以下のサラリーマンの方の五十平米くらいを基準にして、家賃控除制度を所得税控除あるいは政策減税として、時限立法でも結構ですが控除して対応すべきではないか、こういうことを提唱しているわけですが、これも大蔵省は、既に人的控除とかいろいろ含まれておる、あるいは低所得者の方々に対しては、税金を払ってない方にはどうするんだとか、特に一極集中の中でこういうことをすればさらに進むんではないかとか、こういう御意見もあるのですが、こうしたものに対する先生方の御意見を聞かせていただきたい。 もう一点、消費税についてでありますが、消費税は導入手続に一つ大きな問題があるのではないか。中曽根元総理のあの大型間接税は導入しない、ここのところは私ども政治的にまだクリアしてないのではないか。率直に言ってやはり公約違反である。この導入手続のまず入り口のところの問題について先生方はどういう御意見を持っておるのか、この点についてお伺いしたいと思います。 以上です。
○玉置参考人 土地増価税につきましては、先日、たしか朝日新聞だったと思いますけれども、森ビルの社長の森さんがそういう御提案をされていましたですね。私、非常に興味を持って読んだのですけれども、ただ、固定資産税とか、あるいは私先ほどちょっと申し上げた国税としての新しい土地保有税との関係をどう考えるかというのが一つあるのじゃないかなという気がいたします。 それから、家賃の所得税控除については、私は基本的には賛成をしております。 それから、第三点の大型間接税の例の中曽根元首相の公約問題についてですが、これは、私当時まだ税制をやっておりませんで余り詳しくないのですけれども、一国民としては非常にけしからぬ話である、こう考えております。
○川岸参考人 土地増価税及び家賃控除については玉置さんとほぼ同意見でありますので余りくだくだ申し上げませんが、家賃について言えば、確かにこれは技術的にはいろいろ難しい問題も含んでいるのじゃないかと思います。 ただ、首都圏の場合でいいますと、先日たしか東京都の諮問委員会が、もう東京都の場合は持ち家よりも借家でやるべきだという答申を出したと記憶しております。私も、この住宅問題、特に首都圏という範囲で非常に特異な問題を投げかけている問題だけに、東京都あるいは周辺の県、さらに国が一体となって、首都圏問題に対する対策、そういう、縦と言うとちょっと語弊がありますが、横の連絡体制をとって、首都圏問題解決のために大英断を下さなければならないだろうというふうに希望している者の一人であります。 それから、第三点目の消費税の導入手続についての御質問でありますが、私もこの消費税、この二、三年の国民大多数を巻き込んだ紛争を見ておりまして、幾つかの教訓があったのではないか。 一つは、公開された国会審議の場で十分に論議されないまま早急に実施されてしまった。別に与野党どちらに責任があるとは言いませんけれども、国会での、公開された場での十分な審議が尽くされなかったということが一つ。それから第二点は、不幸にしてちょうど同じころリクルート事件が起きまして、国民一般の間に政治に対する不信感が非常に燃え上がった。単純に言えば、いわばぬれ手でアワでもうけるような政治家が、自分たちの懐からさらにまた新しい税金を取る資格があるかという怒りが、一つの大きな消費税に対する反感となって燃え上がった、そういう不幸な経緯があった。 さらに言えば、これは私の個人的な見解でありますけれども、御指摘のとおり、売上税で中曽根元首相が大型間接税というものは導入しないと公約された点。これは、恐らく当時中曽根元首相の頭には、現在のような消費税あるいは売上税ではなくて、製造売上税といったものがあったからではないかと思うのですけれども、それにしても国民に対して結果的に公約違反となったという点は否定できないと思います。
○玉置参考人 金子先生から先ほど御質問いただきまして、私ちょっと説明不足だったところがあって、あるいは誤解があってはいけませんので一言申し上げます。 固定資産税なり土地保有にかかわるコストを現在のおよそ十倍をめどにふやさなければいけないのではないかという意見を私申し上げましたが、これは来年度の税制改正ですぐやろうということではございませんで、ある程度マイルドな形でやらなければいけないのは当然でございます。人によりましては十年から十五年かけてやる、しかし基本方針はきちっとさせる、こういう意見が多いと思いますが、私は、十五年はちょっと長いのじゃないか、せめて今世紀の終わりくらいまでを目標にしたらどうだろうかという意見であります。
○衛藤委員長 これにて午前の参考人に対する質疑は終了いたしました。 両参考人には、御多用中のところ御出席の上、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 午後一時から再開することとし、この際、休憩いたします。 午前十一時五十四分休憩 ────◇───── 午後一時三分開議
○衛藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 午前に引き続き、税制に関する件について調査を進めます。 ここに御出席を願っております参考人は、朝日新聞社論説委員高橋文利君及び日本経済新聞社論説委員小島明君の両君であります。 この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。両参考人には、税制問題全般につきましてそれぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 なお、議事の順序についてでありますが、まず、参考人にそれぞれ三十分程度御意見をお述べいただき、次に、委員からの質疑に対してお答えをお願いいたしたいと存じます。 それでは、朝日新聞社論説委員高橋参考人からお願いいたします。
○高橋参考人 税制問題についてお話しする機会を与えられましたので、日ごろ私が考えておりますことの一端を、時間の許す範囲内で述べさせていただきたいと思います。 今、我が国日本は、第三の開国というようなことが言われておるわけなんですけれども、明治維新、それから終戦に続く平成の開国ということで言われておるわけです。その最大の眼目といいますか中心、ポイントになる点は、明治以来続いてきた企業優先といいますか生産者優先といいますか、そういう社会構造を消費者を重視した仕組みに切りかえていくということが言われておるわけです。 そういう観点から考えてみますと、税制面においても企業、法人優位の税制の仕組みというものができ上がってしまっているのだということを痛感しておるわけです。たまたま確定申告がこの二月に始まった直後に、私二月二十五日付の紙面で、一面の「座標」というのを書いたわけですけれども、そこで、「確定申告の死角」ということで、法人に比べて個人がいかに損しているかというのはおかしいわけですが、個人に比べて法人がいかに優遇されているかということを書きました。そうしましたら、三十通ぐらい読者の手紙が参ったわけなんですけれども、いずれも、全くそのとおりである、そういう企業本位といいますか、法人を優遇した税制を何とか改めてもらいたいということが言われておったわけです。 それで、その最たるものの一つは、最近問題になっております企業の含み資産に対する課税問題というのができ上がってきまして、これは昨今いろいろマスコミをにぎわせていることでもありますし、恐らく午前中の参考人も何らかの形で触れたかと思いますので、これ以上私は触れません。しかし、そういう形で何となくといいますか、今まで当然だと考えられていたことがそうではないというふうな形になってきたということについては、この後どういうふうな決着がつくかわかりませんけれども、立法府の皆さんがこの問題に対して積極的に取り組んでいただけることを私は期待しておるわけです。 もう一つ、私がこの際言わせていただきたいと思っておりますのは、最近そういう意味で、企業の文化活動でありますとか、日本が余りにも生産効率第一主義できた反省から、そういう文化活動に対する企業あるいは個人の寄附なんかの問題が出てきておるわけなんです。これにつきましても、個人と法人にはいろいろな面といいますか差があるわけでありまして、その私の書いた記事の中でも、たまたま新宿の土地の地上げといいますか、それで思いがけないお金が入ったものですから、その金を少しでも役立てたいということで、自分の出身の、これは長野県の方なんですが、中国人の留学生の寮をつくって自分の村に寄附した。その方は、戦争中満州へ行っていろいろな中国人に世話になったりしたことがあったものですから、その恩返しをしたいという気持ちであったわけなんですけれども、一億二千万という金を自分の土地を売って得たお金の中から寄附した。ところが、個人の寄附については二五%、厳密には二五%ないのですけれども、所得の二五%しか控除できないということであったわけです。ところが、法人の場合には公共団体に対する寄附金というのは全額控除になるということでは、法人と個人で憲法のもとで平等というのは成り立たないのではないかということで提訴して、今裁判にかかっておるわけです。 この話は新聞でもごらんになった方もあるかと思いますので、一つそういう例があるということを申し上げたいと思うわけなんですけれども、実は法人と個人に寄附の差というのはある。なぜあるかということについては、いろいろな見方があるわけですけれども、例えば法人の場合には、利益を上げた後でその利益の処分については、取締役会であるとかそういう一定の機関の意思決定というものが入る。それに対して個人の場合には、自分一人の恣意的な気持ちでそれができるのであるというようなことがあって、もし高額所得者が勝手に自分の金を自分のやりたいところへ寄附してしまったら国の税収は減ってくる。要するに、もうとにかく何でもかんでもできるだけ自分の国のところへ集めて、国が言うとおりに配分するのが一番いいんだというような発想だろうと思いますけれども、そういうことで個人には限度が設けてあるということであるわけです。 ところが、私、実は外国ではどうなっているかということを調べてみたのですけれども、西ドイツの場合には個人と法人に差がないのです。つまり、個人の場合も法人の場合も寄附金の課税上の取り扱いというのは全く同じであるわけです。それから、これはいろいろ算定の規準の仕方も違いがあるかと思いますけれども、アメリカについて見ますと、公共性の強い団体、つまり国とか地方公共団体でありますとか教会とか病院とか、そういうところに対する寄附金は、個人の場合には原則として所得の五〇%を限度として所得控除できる。これに対して今度は法人の方は、課税所得の一〇%が限度というわけですから、形の上からだけ比較しますと、個人よりも法人の方が厳しいということが言えるだろうと思うのです。大なり小なり個人と法人で差を設けている国がありますけれども、先ほど申しましたように、西ドイツのように個人と法人が全く同じであるというところもあるということは、知っておく必要があるのではないかと思った次第であるわけです。 それで、ともかく法人と個人の差があるということに目をつけて、日本では逆に同族法人でありますとか、節税のために法人成りにするのも幾つもあるわけです。あるいはまた、青色申告におけるみなし法人というのがあるわけですけれども、そういう人たちというか、一応法人となっておるのですが、いわゆる私的な消費というものがいろいろな形で、一般のサラリーマンとの不公平という形で問題になってきておるのは御存じのとおりであるわけです。早い話、家族の下着だとかその手のたぐいまで一切合財経費で出しておる。そういうのに対して一般のサラリーマンは、全くそういうことはできないということで、常日ごろ出ておったことは御存じのとおりであります。 これを直すためにどうすればいいかということがよくあるのですけれども、そんなこと言ったって、私的消費というのはなかなか税務の執行面において捕捉しがたいんだということが一つあるわけです。朝から晩までつきっきりで監視していない限り、わからない。仮に納税者番号を入れても、これは捕捉が不可能であるということになってきておるわけです。結局、そういうふうに入ってくる方に目をつけてやるのじゃなくて、入った以上必ず使うわけだから、その消費の面で課税したら少しでも公平性が確保できるということで消費に課税するという面でいいますと、今の消費税のたぐいの問題が出てくるだろうと思うわけです。その意味で、消費に課税することによる公平性の確保ということが、私はそれを支持した一つの理由として挙げたいと思うのです。 そこで、いわゆる大型間接税の問題について意見を述べさせていただきたいと思うのですけれども、私は今、財政、税制問題を担当しておるものですから、新聞社の仕事で社説を書いておるのですが、朝日新聞は別に大型間接税には反対していませんよということをよく言っておるのです。つまり、将来の福祉財源として大型間接税が必要になる時期が来るということは、必要性は認めているんだ。しかし、今の消費税はいろいろ欠陥があるので、それはやはり直してもらいたいということを主張しておるわけなのですが、そのことについて若干述べてみたいと思います。 では、現行消費税とどういうふうに違うのかという問題があるわけですが、既に言われておりますように、これは堕落型というふうな形で、これを直すべきだというようなことが一番の問題点で、我々もこれは導入するときから言っておるわけなのですけれども、とにかく導入しさえすればいいというような形でスタートしたこの税制についての批判というのは、税に対する不信感は根強く、税に対する不信感というのは、結果的には政治、行政に対する不信感ということになるかと思いますが、そういうことの出発点になっているのじゃないかと思うわけです。 いわゆる三点セットというようなものについて、もうこれは具体的に触れることはしませんけれども、三点セット、プラス帳簿方式という問題については、これは五月に消費税の納税が一巡するのを待って見直しをするんだということを政府も約束しておるわけなのですが、導入するときに既にわかっていた問題のはずであるわけですね。しかも、こういうのは直すべきだということは、とにかく各方面から似たような意見というものは出てきたわけなのです。ですから、導入する時点でわかっていながら、とにかく導入すればこっちのものだという形でやったことに対する不信感というものが根強く残っておる。 それから、納税しても、納税義務者は事業者になっておるわけですけれども、実際に納めるのは消費者である。しかし、消費者が払ってもそれが全部が全部入るのではなくて、事業者の懐に残ってしまう。この額四千八百億円とも、一説には一兆円を超えるのじゃないかという説もありますけれども、これは事業者にとってはもうけになる益税であるという話になってきておるわけでして、そういうことが定着させたかに見える一つの原因になっているのであるということは、かねて指摘されておるとおりであります。とにかく導入する時点で既にわかっていたことばかりなわけですから、早い話、免税点は二年間、あるいは限界控除制度なら三年間とか、簡易課税、帳簿方式の問題は五年間とか期間を区切って、最終年は五年たったらきちんとした姿になるんだというふうな青写真を示した上で導入してくれたらまだよかったのだろうと思っておるわけです。 それから、自民党の方も見直し案を出しておるわけですけれども、例えば食料品の小売段階非課税、あるいは卸売段階までの一・五%の軽減税率というような問題を考えてみましても、これはやはり本質的な見直しではないと言わざるを得ないわけです。皆さん御存じのことばかりだと思いますけれども、帳簿方式への移行でありますとか三点セットの是正でありますとか、そういうことをやろうとしたってできないんだ、だからこそ廃止してしまえというのが、恐らく野党の廃止案だと思うのですが、これは本質的な見直しができないことを前提にしてやめてしまえということを言っておられるというふうに私は理解しておるのですけれども、これについてもまたそれでいいのかという問題は、後で若干述べてみたいと思っておるわけです。 では、食料品の非課税要求ということをマスコミも書いたし、国民は要求しているんじゃないか、そういう要求をしたからそういうふうにしたんだ、恐らくそういうことを言われるのだと思いますけれども、これはもし非課税制度を考えるならば、物品別ではなくて用途別にやらないと非常におかしなことになる。つまり、帝国ホテルでビフテキを食った場合も小さな店屋で飲食した場合も同じように食品が非課税になるということは、本来消費税というものが選択できる税であるにもかかわらず、そういう面で一律に課税されるということの矛盾というものがあるのではないか。帝国ホテルで食事するような人は非課税になることを期待して入ってきちゃいないわけですから、それで非課税にしてもらいたければ、非課税の安い店屋というのはあるわけですね。 実は私ども資料をもらいましたけれども、例えばフランスの場合、標準税率一八・六%、食料品なんかは五・五%になっておりますけれども、例えば同じホテルにしても四つ星以上の高級ホテル、あるいは宝石とか毛皮とか香水とか乗用車なんかになりますと、割り増しも三三・三%、相当高率な課税になっておるわけですね。それで、同じホテルでも三つ星以下のホテルならば軽減税率七%が適用されるわけです。あるいは新聞、雑誌とか、公共の交通料金でありますとか医薬品とかいうものは七%。さらに、一般の食料品とかそういうものが五・五%になっておるわけなんですが、御存じのようにフランスなんかですと、水を買ってもお金を払わなければいけない。その場合に、当然自宅で買う水は本来の五・五%の特別軽減税率なんですけれども、ホテルで飲む水というのはそれ以上の税率がかかって、サービスの提供ということがあるわけですから、当然それより高い税金。つまり、食料品は食料品というふうな形を、物品別ではなくてどこでやるか、その場所あるいは用途別に課税といいますか、免税あるいはゼロ税率を適用する場合に、そういう方面から考えていくのが筋じゃないかということが第一点、言いたいところであるわけです。 それで、実はそちらに委員長の許可を得て資料をお配りしたので見ていただきたいと思うのですけれども、「朝日新聞世論調査から見た消費税問題」というのがここに、ことし三月の時点でやった世論調査なんですけれども、「今回の総選挙は、消費税問題が最大の争点といわれました。自民党が安定多数を取ったことは、自民党の見直し案が支持されたことを意味する、と思いますか。そうは思いませんか」。これは、ここにありますように「そうは思わない」というのが五六%になっておるわけです。 それから次の、去年の十二月にやった調査なんですけれども、「自民党が消費税の見直し案をまとめました。あなたは、この見直し案をどの程度、評価しますか」。これも、「大いに評価する」「ある程度評価する」を入れても三七%で、「あまり評価しない」三九%を下回っているという結果が出ておるわけです。それに対して、野党は消費税廃止、税制やり直し法案を国会に出している。この法案に賛成ですか反対ですかと問いますと、賛成が五八%になっておるわけです。 それから、だんだんさかのぼっていくわけですけれども、次に十月の調査時点で、「消費税は今後、どうしたらよいと思いますか。見直した方がよいですか。廃止した方がよいですか。今のままでよいですか」というのに対して、「見直した方がよい」、これが「廃止した方がよい」を上回っておる、見直しの方が廃止を上回っているということで、参議院の選挙が終わってだんだん衆議院の選挙に近づくに従ってこういう結果になっていったという、御存じのとおりであるわけです。それから、「消費税を見直す場合、どの程度の見直しが必要だと思いますか」というのに対して、ここにもありますけれども、「生鮮食料品を非課税にする」とか「非課税範囲を広げる」とありますが、一番多いのは、「課税方式を含め抜本的に」やれというのが三〇%あったということであるわけです。 それから、これも去年の九月の調査なんですけれども、「これからの高齢化社会を支えるためには、あなたの税金が増えても、やむをえないと思いますか。そうは思いませんか。」というのに対して、「やむをえない」というのが「そうは思わない」を上回ってきておるわけでして、これは八八年三月の調査に比べれば、「やむをえない」がふえておるわけです。それから、「今の消費税をどうするかは別として、「物やサービスに広く課税する間接税は、将来の高齢化社会のために、いずれ必要になる」という意見があります。あなたは、この意見に賛成ですか。反対ですか。」という問いに対して、「賛成」であるというのが五二%で、半分以上あったということであるわけです。 そこで、去年の九月十六日の社説で「「反税」ではない国民の良識」というのを書いたわけですけれども、新税を好きか嫌いかで分ければ、どうせ反対するに決まっているという意見が強かったわけです。それで書いたわけですけれども、ここから浮かび上がる国民の意識というのは、将来の高齢化社会の財源として物やサービスに広く課税する大型間接税の導入は必要だ、税負担がふえるのはやむを得ないということだということを書いておきました。 そういう前提から考えますと、現在の消費税が定着しているかどうかということに対しては、いろいろなデータがありますけれども、定着していないと言わざるを得ないだろうと私は思います。なぜかといいますと、第一点は、地方公共団体で転嫁していない自治体は幾つもあるわけでして、中には一たん転嫁しながら途中でやめてみたり、それから途中で市町村議会の構成が変わったりして、一たん取った税をその四倍も五倍も返却費用をかけて返したなんという、何のためにやっているのかわからないような自治体というのがあるわけです。 何よりもここで強調しておきたいことは、それでは一般の民間企業はどうなのか。これは、定着したというデータが出ております。きょうの夕刊を見ますと、国税庁が二十七日、消費税の確定申告の状況を発表しておるわけですが、大体九九%がやっておるのだということが書いてあります。これは税務調査をしていないから言える話でありまして、つまり税務調査をこれからもやらないというのだったら恐らく定着するでしょう。今は税務調査をやらない段階で、言ってみれば仮免みたいな状況であるわけですね。これはならし運転中、つまり厳密な意味での税務調査をやらないということでやっておるわけですから、これは当然なわけですけれども、もしこの仮免のまま路上に出れば、それこそ駐車違反で続々とっ捕まるというような形で、同じように税務調査をやり始めたら、定着したなんて言えないような結果になるだろうと僕は思います。これからも将来税務調査をやらないというのなら、恐らく定着するでしょうけれども、恐らくそういうことにはならないだろうということであります。 ただ、私はここで今皆さん方にお願いしたいことは、先ほどうちの世論調査の結果を示したわけですけれども、今内外にやらなければいけないことがたくさんあるわけなんです。それで、経済はボーダーレスエコノミーなんて言われておるわけですけれども、政治の世界に限って言いますと、これはアメリカもそうですけれども、どうも内向きの政治の場面においてはそういうことが非常に多過ぎるのじゃないかと思うわけです。当然内外に対応を迫られている事柄が山積している中で、この問題を引きずったまま臨時国会で決着をつけるというようなことになっておるように観測されておりますけれども、私は、少なくとも二年間凍結して、とにかく法律はそのままで、二年間ゼロ税率にして凍結したらどうかという考えを持っておるわけです。これは事務的には可能だけれども、去年の四月の混乱を再現するものであるというふうな意見が一つあるわけです。あるいはまた、一たん導入したわけだから仮に外したところで値段が下がらない、いたずらに上がったり下がったり問題が起こるだけだというような御意見もあるわけなのですけれども、そういう技術的な問題点は克服するすべがないわけではない。 いずれにしても、消費税の問題を少し冷却期間を置いてもう一度考え直してもらいたい。それで、平成五年から新たに福祉目的税として出直すようにしたらどうかと思っておるわけです。といいますのは、売上税から消費税に至るいろいろなプロセスで出てきた話というのは、これをなぜ入れるか、そもそもの問題の出発点が財源問題だけだったわけですね。これは大平内閣のときから十年以上やっているのだという説もありますけれども、とにかく最終的に法案が通ったのはおととしの十二月で、実施したのは三カ月間しか期間を置かずに四月からやっているというふうな、とにかくこれほど国民をばかにした話はないのじゃないかと私は思うのです。しかも、歳入欠陥であるとかあるいは減税財源にするというような形で導入してきたところが、思いがけない自然増収。しかも、巨額の自然増収が三年も続いてくるという形で、状況が変わってしまっている。根本的な欠陥というのはそのままにしておいて、継ぎはぎだらけの見直しを幾らしても、これはなかなか国民の納得が得られないのじゃないかと思うわけです。 では、その二年間やっている間の財源手当てをどうするのか。景気も下降局面で、平成四年ぐらいに恐らく法人税も落ち込みがあるのではないかという意見もあるわけですけれども、いずれにしましても、例えば国とか地方公共団体の、これは本来消費税の底に一つあるわけですけれども、税で税金を払っているような面があるわけでして、例えばその分だけでも去年の段階で一兆三千億ぐらいあったと思いますけれども、そういう問題。あるいは国有財産の売却とかNTT株の売却のときにいろいろ問題が起こったわけですが、いずれにしてもこの手だてというのは、これだけ六十兆円規模を超す予算の中で、その一割ぐらいの歳入の手当てというのができないはずがないだろうというふうに思っておるわけです。 一番いけないのは、とにかく物にかけるわけではないわけですね。つまりカボチャとか大根に税をかけるわけじゃなくて、国民にかけるわけであります。商品にかけるわけなんですけれども、タックスペイヤー、いわば国民の心にかけるという、そういう配慮が欠けているのじゃないかという気がするわけです。私は、新聞記者として大蔵省の担当が一番長かったわけですし、大蔵省に知っている人もいるものですから、先生の皆さん方の中にも知っておる方が何人かおりますけれども、会うたびにこういう問題があるということはかねて指摘してきておるわけなんです。納税者、国民が税に対する不信感を持ったままでこのままやっていくことがいいのか、あるいはもう一度凍結――方法はほかにもいろいろあるかと思いますけれども、一たん導入したからこのままとにかく定着したといって強引にやっていくのがいいのかと考えますと、恐らくその答えはじわじわとボディーブローみたいな形で、これから選挙制度の改革もあったりして世の中が変わっていくきっかけができたと思います。結果としてそういう方向で、国民、納税者の意識が、一たんやってもとに戻して、またそんなことを認めてくれるのかどうかという向きがあるかと思いますけれども、先ほど示しましたように、世論調査の結果を見ても、国民の意識としては、高齢化社会のためにいずれ必要になるという意識はとうに持っておるわけですから、そのためにはみんなの納得できる形の大型間接税にした上で実施してもらいたい、そういうふうに思っているわけです。 いずれにしましても、とにかくカボチャにかけるのではない、要するに納税者の、タックスペイヤーの心にかけるのだというふうな、まずもってそういう意識でやっていただきたいと思う次第です。とりあえず……。(拍手)
○衛藤委員長 ありがとうございました。 次に、日本経済新聞社論説委員小島参考人にお願いいたします。
○小島参考人 委員長、ありがとうございます。小島でございます。 私は、税制についての専門家ではありません。一ジャーナリスト、新聞記者として税制に詳しい人の話はいろいろ聞いていますが、むしろ職業柄としては税制についての方向感覚、そんな感じで私なりの考えをまとめてみたいと思います。 聞くところによりますと、午前中の参考人は、例えば土地税制あるいは消費税の問題、各論にかなり突っ込んでお話をしたようです。今、高橋参考人の話もありましたので、私はちょっと方針を変えまして、我々が税制について議論している何年かの間に、日本の国内の環境あるいは日本を取り巻く国際的な環境が極めて大きく変化しているわけで、したがって税制を議論する場合、我々がそもそも議論し始めたころとは別の、違った視点というものを加味していかないといけないのじゃないのかという感じで見ていますので、その辺をちょっと申し上げたいと思います。 日本の経済、いろいろな方々が指摘されるように、経済社会、非常に大きな構造改革、調整を今迫られているときでありますし、その中で税財政、とりわけ税制が経済社会全体の資源の誘導をするという役割がこれまで以上に強く求められてきているのじゃないかという問題意識を持っています。構造改革そのものが必要だというのは、再三税制論議にある高齢化の問題、これが日に日に近づいている、高齢化時代が近づいているということが一つ。さらには日本の社会が、いろいろ格差の問題が議論されていますが、日本の歴史の流れの中で見ても着実に豊かになってきている。もっと重要なのは、世界の目から見て日本は明らかに豊かな社会に入ったということです。三点は、それとの関連で日本の経済が急激にグローバル化して、その結果世界経済における日本のかかわり方も変わってきて、特に日本の存在が日本自体じゃなくて世界の中で極めて巨大化している。そういう中で日本の制度、税制も財政の支出の面でも、その他行政改革で議論されているいろいろな問題すべてが、内外両方から点検を要する局面に来ているのじゃないかと思います。 さきに中間報告がまとまりました日米の構造協議も、税制について触れています。土地税制のあり方、行政自体の透明性ですとか、我々の日常の生活の個々、非常に細かいところまで言われています。逆に日本側も、アメリカに例えばメートル法を導入しろとか、いろいろな具体的なことを言っています。クレジットカードを使い過ぎたというようなことも言っています。そういう形で、主要な国々が全体がうまくバランスするようにお互いの制度を監視し合う時代。振り返ってみますと、一九八五年九月にプラザ会議で、五大国蔵相会議が開かれました。あれから為替が変わり始めたのですが、同時に財政、金融のあり方ということをお互いに注文し始めたわけですね。振り返ってみれば、あれはお互いにある程度主要国間で、従来は主権であったとか内政であったとか、純粋にそう思っていたものを、お互いに多少譲り合って、ある程度内政干渉をし合うということで初の合意が生まれ始めた、そういう意義づけができる会合だと思うのです。 それを受けまして、プラザ会議の後に日本で前川委員会というものができました。その報告が翌年の四月に出たわけですが、翌年、つまり昭和六十一年、一九八六年に生まれたこの報告は、その翌月、東京でサミットがありましたが、サミットでも日本の公約として織り込まれる、あるいはプラザ会議の合意がそっくりそのままなぞるような格好で東京でのサミットのいわゆる声明に盛り込まれるという形で、今度はサミットレベルで内政干渉をある程度せざるを得ないということについての合意があった。その延長で日米の構造協議があって、今度は二国間でもう少し各論まで至った内政干渉があった。なぜそうなるかというと、やはり世界のグローバル化であり、日本の経済の巨大化という大きな流れがあると思うのです。 いずれにしても、直面する問題は、極めて構造的であり、根本的であり、しかも一時的ではない永続的な要素を持っています。したがって、単に財政収支を調整するたぐいの、財政再建のための財源をどうするかというたぐいでの税のあり方という発想から大きく一歩踏み出さなくてはいけない段階に来ておるのじゃないかと思います。国内の問題でいえば、生きがいの問題とか、ダイナミズムを持った形で高齢化社会を日本社会が迎えられるかどうか、豊かさが全体に出てくる中で多様な価値観を生み出せるかどうか、それによって豊かな文化的な生活が日本国内で享受されるかどうか、それが外ににじみ出るような格好で日本の文化が世界に対して多少でも貢献できるかどうか、あるいは日本の企業、個人の行動が変わって対外的にも日本の社会が調和しやすいような仕組みになるか、そういうような課題が日本が今直面している課題だと思うのですが、そういう課題に取り組む際に、税制というものがかなり重要な機能を持ち得ると思うのですね。 そういう持ち得る税制の機能を我々は余り本格的に重要視してないという感じがします。したがって、これからの課題は、税制の方向感覚というのでしょうか、税制の方向づけということが新しい課題ではないかと思います。そういうようなことを考えた上で税制をやっていかなければ、どんな税制を入れても国民の支持を十分得られないし、したがって、制度が十分定着しないのじゃないかという感じがします。 構造調整に関しては、経済審議会が昨日、構造調整部会報告というのをまとめて、きょう新聞その他に載っております。その中の一文をちょっと読ませていただきますと、「中長期的にみると、」第一、「高齢化社会の到来が目前のものとなっている。」第二、「戦後の国際社会を形作っていた枠組みが大きく変貌しつつあり、」第三、「地球環境問題、人口問題等地球的規模での解決を必要とする課題に直面している。」「こうした内外の課題に応え、二十一世紀に向かっていかなる経済社会を構築していくかが重要な課題」であるという言い方です。非常に抽象的なんですが、今の問題意識を、財政再建といいますか、そういう税制に絡んだ議論の流れとかみ合わせてみたいと思います。 昭和五十五年度と言われておる例の財政再建元年ですね、ここで特例公債の減額という基本方針が出てきたわけです。それから十年たちました。さらにまた、五十六年には臨時行政調査会が設置されまして、行政改革論議が始まりました。五十八年には旧行革審ですね、臨時行政改革推進審議会。さらに、昭和六十二年四月には新行革審が生まれ、行政改革の議論がずっと続いていました。この間、九年が経過しました。この九年ないし十年の議論の過程で、日本の国内の状況、それから日本が世界の中で置かれている状況が極めて劇的に変わっておると思います。 幾つか拾ってみますと、第一は、ベルリンの壁とか米ソ首脳会談の最近の動きに象徴されますように、冷戦というものが終わった。昨年十二月のマルタでの米ソ会議というのが恐らく、米ソが四十年間の冷戦をお互いにやめて、冷戦という仕組みをお互いに埋葬する埋葬式ではなかったかと私は理解しています。第二点は、そういう中で世界じゅうが経済、経済と言い始めています。そこで第三点は、その中で日本の経済がどういう仕組みで動いているかということがさんざん問われ始めています。第四は、その日本の経済そのものですが、一人当たりGNPは、為替のレート次第ですが、もうアメリカ並みあるいはそれを超えたりする。それから、GNP全体も一九九〇年代、この十年間に必ずアメリカを抜くのじゃないかというような見方になっています。そういう巨大な日本が今貿易黒字を続けているわけで、当然、構造協議みたいな議論が出てくるのは歴史的な必然だと思うのです。そういう中で税制がどう絡んでくるかということも考えなくちゃいけないというのが、私の問題意識です。 先ほど高橋参考人が、寄附に対する免税の問題を指摘されました。私も、この点はこれから日本の社会が直面する極めて重大なチャレンジじゃないかと思うのです。豊かな国が豊かな文化を創造し、その豊かな文化を世界的に共有できるようなものにするかどうかは、日本の国内的な文化創造力にかかっていると思うのです。最近のある統計ですと、米国における民間の寄附の合計が年間で一千億ドルという規模に達しているようです。それからいろいろ公益団体、一部は課税されたりしていますが、その多くは非課税団体です。それが実際に動かしている資金資源は、年間三千億ドルとも四千億ドルとも言われています。要するに、民間部門と公共セクター、その中間の非営利で準民間、この部分が今アメリカのGNPの四%、五%ぐらいの勢いでその機能を発揮しているわけです。そこが、政府がやりにくいもの、純粋に利益主義の民間ではやり得ないもの、そういう分野に入っている。マイノリティーの問題に対する対応もありますし、文化、教育、そういうものを支援する動きもありますし、ともかくこれが大変大きな分野を形成している。国が豊かになったら何か文化を生まなくてはいけないのじゃないかと私は個人的に思うのですが、そのためには何か、要するに税制面からも仕掛けがほしいなというふうに感じています。 それから、税制面で、例えば日本の今の税制なり歳出もそうですが、すべてが、大ざっぱに言いますと、日本は貧しいんだ、欧米にキャッチアップしなくちゃいけないんだというたぐいの、追いつき追い越せ型貧乏哲学にのっとった仕組みがいまだに続いている。 ノーベル賞というのがありますが、京都のある日本の企業がそれに対抗しまして日本版ノーベル賞、主に科学というか技術の分野を対象にしたものですが、これをつくって、外国の専門家その他の貢献をした人、業績を残した人に与えています。そこで、今の時点でどうであるか確認していませんが、つい昨年あたり担当者といいますか当事者と話をしてびっくりしたのは、ノーベル賞に値するような業績をなし遂げた外国の人に賞を与える。その賞にも二つの種類がある。要するに技術の分野の賞あるいはサイエンスの賞、それからもう少し文化的な分野の賞、二つあって、技術の方の賞は無税である、文化については有税である。したがって、お金といろいろ記念品を渡すわけですが、両方ともみんな外国人ですが、片一方の人だけは呼びとめられて、納税の書類を示されて、これを書き込めと言われる。片っ方は全額もらって、喜んで帰るわけです。これが今の日本の気前のいい文化活動といいますか、企業のできる、あるいはしようとしても税制がそうなっているわけですが、実態だということなんです。 要するに、今ある問題というのは、一つは日本が貧乏だったときは、零細な資金を全部中央がかき集めて、それを大きな金額にまとめて非常に効率的に配分する、これが一番効率的だったわけです。むだ遣いしない。ところが、これだと文化は生まれない。というのは、要するにこれは生産性が高くなるとか効率がいいとか、あるいは欧米にはある一つの理想的なモデルがあって、評価が決まっているというものに対しては資源が自動的に流れます。しかし、何かもやもやしていて、これから生まれるかもしれない、非常に将来は大きな文化を創造するかもしれない、そういうような可能性に対しては一切資源が流れないということです。 したがって、間接税の関係で一時議論があったのは、三年ぐらい前ですか、免税と有税の対象をどうやって区分けするか。歌舞伎は免税にして、落語は有税にするという議論がありました。これは中央が、落語と歌舞伎という文化の価値について、財政の資源配分という口実で入ってき過ぎる、決定的におかしな現象だったと思うのです。ですから、そういう分野はむしろ違った税制、つまり免税にするとか、それによって資源が民間から民間の中で、しかしそれが非常に公益的な分野に資源が流れるような仕組みを同時につくった方がいい段階に豊かな日本は来ているのではないか。 第三セクターというのがアメリカにあります。日本で第三セクターというと、官と民のなれ合いみたいなところで、両方の悪い点が集まっているような状況になっていますが、そうではなくて、両方のいいところ、民間の利潤動機で動いて、しかしダイナミズムがあるのです。そのダイナミズムと、もっと大きく公共性というかそういうものを意識した奉仕、文化活動あるいは公益事業、そういうものにかなりの資源がまとまって流れる、それによって多様な価値、文化を生み出していくという機能を果たしているものです。したがって、日本の第三セクターと海外で言っている第三セクターと全く違うもので、日本の今議論している第三セクターにない、海外版の第三セクターをつくるということは、日本のこれからの挑戦じゃないかと思います。その際の税制というのは、極めて重要である。ですから、日本のこれからの新しい価値を生み出すために、税制で社会的な価値創造を支援するというような発想がぜひとも必要であるという感じがします。 それから、その関連で、先ほど高橋参考人も言われた、要するに金持ちが財団をつくって脱税するじゃないかという議論ももちろんあります。それは当然、欧米の国々でもそういう議論はありました。しかし振り返ってみますと、あらゆる制度は、それを乱用する不届き者は多少出てきます。しかし、それ以上に、その何十倍ももっと積極的にプラスの面で活用するという人々も当然出てくるわけです。乱用については、そういうことが必要だ、価値があるのだと認める社会が生まれれば、当然乱用に対する監視が自動的に働く。一般的な脱税もそうでしょう。税に対する考え方がしっかりしている、税制が国民に信頼される、そうすれば当然脱税に対して厳しい社会的監視が行われるということで、それはそういう価値観を我々が社会全体につくり出せるかどうか、そういう挑戦だと思うのです。 それから、残る時間、消費税ということを、我々の当面の大関心事ですので、若干コメントしておきたいと思います。 要するに、税金の問題は行政改革と直結してもっと議論していただきたいと思うことが一点です。しかし、幾ら行政改革をうまくやっても、租税負担率がある程度上がらざるを得ないという方向はあると思うのです。そうした場合の税の体系ということで考えますと、やはり何らかの間接税が、それもすそ野が広い、できれば薄い方がいいわけですが、ともかく広い、そういう意味での大型の間接税がこれからある程度定着してこざるを得ないという感じはします。 逆に、直接税、とりわけ所得税に限定して考えてみますと、日本の所得税の最高税率は、今や主要な経済大国の中ではちょっと高過ぎるくらいな状況になってきています。それから、行政改革の議論をしてきました過去九年間に、国民負担率が上がってきました。社会保障、保険関係のあれもありますが、しかし税金の方も同時に上がっているのです。その一因は、所得税が今の税率をほったらかしておいても自然に上がる。要するに自然増税。インデクセーションされておりませんから、国会の議決を経ず、毎年我々の税負担は上がるという仕組みです。時たま、自然増税を調整すべくインフレ調整減税があることもありましたが、大体過去何年もの間ほったらかしにされている。このままずっといった場合には、日本の国民全般の所得税の限界税率はどんどこ上がっていきます。それだけやっていれば今程度の間接税なんか要らないくらいの、おつりが来るくらいの税収はあると思います。 しかし、それでいいのか。やはり社会のバイタリティーを維持するという問題を考えますと、その辺は考え直さなければいけない。日本の累進性は、国際的に見てもかなりきつい方だと思います。それから所得税に関しては、所得の種類によっての所得の捕捉、したがってそれから来る税の不公平、不公正というものが、これからむしろどんどん大きくなる可能性があると思います。いずれにしても、直接税一本でこれからの高齢化社会や、これから出てくる社会的ニーズを賄い切れるわけはなくて、むしろそこから来る弊害を考えますと、ある程度の間接税をまともに受けとめて入れていった方がいいという感じがします。 当面の、改正するか廃止するかという議論ですが、仲間割れするような感じになりますが、先ほど高橋参考人が言われた、当面ゼロ税率で凍結という話もありますが、それも一案だと思いますが、少なくとも言えることは、導入して一年、二年度目に入りました。これが最初の混乱というものを考えますと、意外と落ちつきが見られます。一つの新しい税金を日本の国民が学んでいる最中です。高橋参考人が言われたとおり、新しい税金に対しては絶えず極めて鋭角的なショックが、心理的な抵抗があります。しかし、将来において間接税の導入をしなければいけないと考えますと、これは非常に大事にしなければいけない学習過程だと思うのです。今ここで慌てて大きく変えた場合、もちろんプラスもあるでしょうが、マイナスもまた大きい。学習しているあれが、また教科書が変わって大騒ぎになるわけです。まだ一年生の教科書で、答案用紙に答案を書いて卒業試験に受かってないわけです。学習段階の初めなわけです。企業も個人も急速に学習しています。ですから、その学習を妨げないことが一つの重要なあれであり、拙速で改正しますと、恐らくそれはまた中途半端で、場合によってはもっと混乱を生むような改正になると思います。しばらくこの学習を大事にするという発想も私はあるのじゃないかという感じがします。したがって、拙速だけは避けていただきたい。 最後に、あと一分か二分しかありませんが、土地税制について、関心事項です。 土地の税制も、土地の政策、都市計画も含めまして全般的土地関連のいろいろな制度、政策を総合的に組み合わせた上でその土地税制がどう機能するかということを考えないと、とんでもないことになると思うのです。税制だけでとても処理できる問題ではありません。 それからもう一つの視点は、これまで土地の問題は、土地が上がるたびに何らかの政策が出ました。しかし結果的に見ますと、すべては土地の供給を刺激することには失敗し、土地に対する需要を膨らませる。土地が高くなった、地価が高くなって家が高くなった、それじゃ住宅ローンをいっぱいつけましょう、あるいはそれに対して免税しましょう。供給が変わらないで需要がふえる、当然値段が上がる、次の人はもっと多く金を借りなくちゃいけない、それで買うという、その繰り返しだったと思うのです。日本の土地住宅政策というのが、日本の産業はサプライサイダーですごい強い効率を発揮しましたが、土地政策については全く需要を刺激することしかなかったんじゃないかという感じがいたします。いかにして土地に対する直接な、税制もそうですし都市政策もそうですし、いろいろな農地の区分けとか土地の利用の方式も全部そうですが、それを全部総合して供給がふえるようにしなければどうしようもない。例えば譲渡所得税ですね、キャピタルゲインに課税すればいい。土地の供給がふえないとすれば、それは当然買い手に転嫁されるというだけの話です。買い手が自動的にそれを負担する。したがって、それが高くなるからまた住宅ローンをつけるとか免税する、そしたら次の買い手はもっと高い金を払う、そういう悪循環ですね。これが一点。 最後の点は、土地、住宅その他の金融資産を中心に最近個人の間の不公平、格差という議論が出ています。持てる者、持たざる者、フローについては非常に平等になった。しかし、フローも勤労所得ですね。資産に絡んだ所得に対しては、非常に格差が生まれている。それから、資産そのものもそうである。格差が大きいという議論があります。確かに個人個人の間で大きく格差が生まれています。しかし、より根本的なのは、これから見なくちゃいけないのは、個人と法人部門の資産の格差ではないかと思うのです。個人は法人と同じような地域、同じ土地を求めて競争しても、これは個人が負けるわけですね。最近は、大企業が非常に豪華な社宅を持ちますが、これは企業の資産がふえるだけの話であって、その資産形成の過程で、その企業に属していない一般の人たちは住宅、土地を所有する可能性を締め出されてしまうというだけの話で、これからの流れを考えますと、従来は個人から個人に所有権が移転する、そういう資産の割り振りの変化があったわけですが、この過去三年ぐらいの、土地が急騰する、したがってその上に乗っかっている住宅も高くなる過程では、個人の比率が急に下がって、法人の比率が高くなる。 これは、新しい現象で、重要な問題だと思います。それを土地制度面あるいは税制面からもにらまないと、土地問題、住宅問題というのは不十分な対応しかできない問題になってしまうんじゃないかという感じがいたします。 どうもありがとうございました。(拍手)
○衛藤委員長 どうもありがとうございました。 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。 ─────────────
○衛藤委員長 これより参考人に対する質疑を行います。 この際、委員各位に申し上げます。 質疑は時間が限られておりますので、各位の特段の御協力をお願いいたします。 なお、質疑のある委員は、挙手の上、委員長の許可を得て発言するようお願いいたします。また、発言の際は、所属会派及び氏名並びに質疑する参考人のお名前をあらかじめお告げいただきたいと存じます。 それでは、質疑のある委員は挙手を願います。
○富塚委員 社会党の富塚三夫です。 高橋さんに御質問したいんですけれども、現存する消費税の取り扱いの問題で、なるほど消費税導入によって税制の理解は深まったことは事実だと、私もそう思います。同時に、これからの与野党の話し合いの中で、かつて導入するときのような、あのような国会の状況などをつくり出すと、結果的に税の不信はさらに政治の不信とともに拡大していくであろう、こう思うのですけれども、朝日新聞の調査で、最後のところの社説の判断の中で「「反税」ではない国民の良識」ということで、将来の高齢化社会の財源として大型間接税を国民は容認をしているということが結論として挙げられているわけであります。しかし、各論の設問、回答のところをずっと見てみますと、一ページにありますように、消費税を見直す場合にどの程度の見直しが必要なのかということで、課税方式を含めて抜本的な検討をしろというのが三〇%と大きなウエートを占めているわけであります。 問題は、消費税という各論に対する設問と答え方と、朝日の結果としての、消費税の導入、延長からくる反税でないという、国民の条件つき間接税導入ということの問題のかかわり合いが必ずしも明確になっていないから、自民党さんにすると見直し案が総選挙で認められた、社会党や野党は参議院で廃止が認められたみたいなことでは、これからの与野党の話し合いというものは結局うまくいくことにはならないだろうと私は個人的に見ている一人なんです。ということになると、むしろ将来の高齢化社会のビジョンを明確に示した上で、新たな間接税の問題を消費税の現状の取り扱いを含めて考えるべきだということが、いわゆる朝日新聞の結論として考えられているように思うのです。そこのところ、新聞の世論調査の設問と答えと結果という問題、その結果的に出されている朝日の結論は、私は非常に重視しなければならない問題だと思う一人なんであります。 ですから、そういった意味で高齢化社会に対するビジョン、つまり年金とか医療とか福祉の問題などに対する財源として間接税を考えるべきだということにするならば、消費税を一時白紙や凍結にして出直していくべきだ、その問題を含めてやっていくべきだということが、いわゆる新聞社の結論としてあると私は思うのです。そこのところ、消費税の見直しの各論について、課税方式の再検討というウエートも非常に高いし、非課税範囲を広げるとかいろいろな意味で言うと、そこらの問題がいわゆる税制改革、とりわけ消費税の存廃をどうしていくかという政治的な争点で扱われてきた今日の状況を迎えて、私は今与野党が冷静に判断をする時期だと思っている一人ですけれども、そういう意味でそこらあたりのところは、結論に出されたところと消費税の展望について、もっと歯切れのよいような問題提起をしてもらうことはできないのかどうか。これが一つです。 それから、天皇の即位の礼を記念して十万円の硬貨をつくろうということを今度提案されようとしているわけです。やはり国民は、消費税導入の一円玉というものに、日常生活の感覚で非常に不便を感じていると思うのです。ところが、政府は十万円の金貨をつくるという。つまり、国民生活の実感の中から来るいわゆる一円玉による不便という問題、そういったものなども新聞社としてはどういうふうに十万円の発行とともに感想をお持ちになられるかということをお聞きいたします。 それから三つ目は、やはり思うのですけれども、土地住宅税制の問題なども、結局国民のニーズによって住宅を大量に建設する。東京都のようにいろいろな検討も始めている。公有地、すなわち国や地方自治体の所有する土地を開放して、今必要な国民のニーズに基づく住宅建設をどんどん進めてやっていけば、おのずと土地税制の問題も冷静に議論できる。高騰化する土地、土地転がしによってのいろいろな今の一極集中ということでの問題とかさまざまなことを土地税制というその枠の中で議論したら、これはなかなか結論が出る問題ではない。 そうすると、前に申し上げた高齢化社会の福祉政策のビジョンと税負担、間接税などの問題も、つまり政治の分野における税制の改革という一つの枠組みでなくて、政策の中心課題とのかかわりの問題点というものを各新聞社ももっと積極的に取り上げてもらいたいと思うのです。国民の意見を聞いてもらいたいと思うのですが、そこは国会の機能とのかかわりもいろいろあったり、行政とのかかわりもありますけれども、今何といっても税制改革、政治改革が最大な課題であって、消費税の存否をこれから与野党で話し合うと内閣も言っているわけですが、そこの話し合い方の問題を、ひとつ所感があったらお聞かせをいただければ幸いだと思います。 以上です。
○高橋参考人 では、お答え申し上げます。 第一点の問題なんですが、これは世論調査、実は時計の文字で順序I、II、III、IVとあるわけです。この調査の時点は、先ほど申しましたようにIVから始まって、III、II、Iと最近の時点にさかのぼってきたわけで、したがって私が言いたかったことは、国民は新しい税金を導入することに何でもかんでも反対しているのじゃないのだというところを強調したかったわけなのであります。 ただし、大型間接税の問題というのは、将来の福祉財源として必要だということについては国民的合意ができているということで申し上げたわけなんですけれども、したがって、これは富塚先生おっしゃるように、将来の福祉ビジョンとの関係で論議されなければいけないのは、これは当然であるわけです。ところが、日本の消費税の出方は、売上税のときもそうだったわけですけれども、これを私申し上げたのは、最初は将来の福祉財源というような形で必要だということで出してきたわけじゃなかったわけですね。十年来やっておると言ったわけですけれども、大平内閣のとき以来の日本の財政構造というのは、赤字国債を増発したりして、あるいは多額の歳入欠陥ができたりして、とにかく新規需要がにっちもさっちもいかないというような形での財政運営を強いられてきたわけでして、そういう中で新たな財源を確保しなければならないということで、最大のポイントはそこにあった。ですから、導入した途端に本来の意味とかけ離れるような形で、それこそ一部にもう既に福祉目的税にすべきだというのが選挙の期間中にも出ておりましたけれども、最初に導入するときの意図は、やはり財源論から出発したということは否定できない事実であります。 だから、財政運営のフリーハンドがとにかく欲しいということでもって出したのがこれだったわけですから、しかし、今みんな国民のコンセンサスが出ているのはそういうことではなくて、将来の福祉財源として必要だということを言っておるわけですから、ここで再構築という全く新しいものが必要になってくるわけです。それは既に国会の論議の中でも明らかにされたように、将来の福祉ビジョンというものの中で考えていかなければならないということですから、私はまさにそれはそのとおりだと思うわけです。そういう意味で、富塚先生の指摘されたことはもっともだと思うし、当然その方向で進んでいかなければならないだろうということを私はずっと思っております。 それから、一円玉が非常に問題になっているときに新たなコインを発行したりなんかするという大蔵省のコイン商法については、私は実は非常に批判的なわけですけれども、昭和六十年に、大蔵省が天皇在位六十年のときにコインを出して以来、毎年味をしめて出していったあげくの果てに、にせ金貨事件まで起こってきた。これも財源論から出てきた話だったのですね。つまり、何とかして新たな財源を確保しなければいけないということで、本当はそれだけの価値もないものを十万円で売りつけたりしたということがあったと思うわけですけれども、恐らくそのときには差額が入ってきて国庫が潤うという、もちろん考えついた大蔵省の方も、これだけ国の財政が赤字運営を強いられているということで妙手で考えたのかもしれませんが、今はそういう時代じゃないと思うのですね。だから、ここでいろいろと出し方の問題も考えざるを得なくなったわけですけれども、これは当然だと思うわけです。 いずれにしても、コイン商法で財源を手当てしなければいけないような状況に日本の財政は今なっていないことも事実ですから、その問題あるいは富塚先生のおっしゃったことは、一円玉で云々している人がいるのに出すのはどういう――私なりに考えて今言ったのは、若干お尋ねの意図と違うかもしれませんけれども、コイン商法そのものをこの消費税の問題と絡めて取り上げるということ自体が、深い関連性はないのではないかと思います。 それから第三点の住宅土地税制の問題については、若干御意見があるいは違うかもしれませんけれども、かねて大蔵省は、税制というのは土地住宅問題なんかの補完的なものであるということを言ってきたわけですね。これはとにかく私はわからないわけじゃないのは、大蔵省が担当しておりまして、とにかく建設省や国土庁がろくな対策も出してこない、税制でやってくれと言ってくる、それはけしからぬじゃないか、こういうことで、本来の計画もないのに税制でやれということ自体が制約があるのは、当然だろうと思うわけです。今問題になっている例えば遊休地税、これをかけるにしても、本来使うべき都市計画でそういう用地の利用計画がコミュニティー全体としてないのに、遊休地課税をかけられても困るじゃないかという意見も出てきて当然だと思うのですね。したがって、土地税制が補完的な地位というのもわからないじゃないですけれども、しかし、節税行為とかそういうことが人間の行動モチーフになっているぐらいいろいろあるわけでして、税逃れのためのいろいろな手段とかそういうことが人間の行動を規定していく面というのは否定できないわけですね。そういう面からいいますと、余りにも土地税制なんかについて大蔵省が補完的な地位だとかいってやらなかったのはよくなかったのではないかと思っております。今回はその辺の反省というのが出ていると思いますのは、土地税制の問題と同時に、建設省、国土庁もそれなりの対策を出してやろうという姿勢がありますから、そういう形での政府が一体となってその問題に取り組むという姿勢を示したということについては、新たな状況が生まれているのではないかというふうに思っております。
○仙谷委員 社会党の仙谷由人でございます。 私、選挙区は徳島でございます。今度の選挙で当選するまでは、東京と徳島で弁護士をしておりました。それで、先ほどの小島さんのお話を伺いまして、確かに世界経済の中における日本の経済というふうな考え方、視点から見ますと、私はそのとおりだと思うのです。余り経済のことは強くありませんけれども、そのとおりだと思います。しかし一方、今度徳島に帰ってみますと、そういう日本が今全体として豊かであるというふうなことは、言えないのではなかろうか。先ほど川岸さんがお話をされた中で、一千万や二千万の我々の所得は高額所得者ではないというおっしゃり方があったわけですけれども、ここにいらっしゃる方は大体そういう感覚をお持ちだと思いますが、徳島へ帰ってみますと、所得が三百万、四百万なんです。何といいましても、この東京一極集中の中で、資産も所得も、そして企業間の格差も地域間の格差も、非常に拡大してきたのではなかろうか。私は、選挙中も実感としまして、今度のこの消費税、いいか悪いかは別にしまして、それらの格差を拡大する客観的機能を持つだろう、そのことだけはどうしても否定できないだろうというふうに感じておりましたし、そのように主張してきたわけでございます。 いわば機能としてそういう機能を持つだけじゃなくして、先ほどおっしゃった所得の捕捉の問題に関して言えば、これはもう明らかに、今まで不公平感が漂った所得の捕捉の問題の中で、簡易課税と限界控除と免税点という三点セットで、サラリーマンといいますか給与所得者の方から見ても、これはどうなっているのだという不公平感がますます募る、そういう意味での不公平拡大の少なくとも機能は持っておるのではないか、そんなふうに私は感じておるわけでございます。したがいまして、社会にバイタリティーをつけるために直間比率をなだらかにしなければならないというふうな御議論がございましたけれども、大都市を中心にしてみますと、そのことは多分そのとおりだと思いますが、東京を中心とする大都会が元気になればなるほど、地方の都市あるいは地方の町や村がやせ衰えて、今や壊滅寸前になろうとしておる。 それで、選挙期間の前でございましたか、出雲市の岩國市長、最近は熊本県知事の細川さんなんかもおっしゃっておるようでございますけれども、地方と東京がもう少し均衡のある発展をするような全体的なグランドデザインがないと、格差が現存する中でこういう形式的な平等を入れますと、ますます実質的不平等が広がるという、その典型がこの消費税ではなかったか。したがいまして、今の間接税論議の前に、先ほど高橋さんがおっしゃった、企業に対する課税が個人から見て甘いといいますか、不公平な部分が随分あるのではないか。これは準備金の問題にしましても、積立金の問題にしましても、いろいろな問題があると思うのです。そういう不公平あるいは高額所得者に対する不公平感を募らせる問題、所得の捕捉の問題、こういう不公平をまず是正するということがなされませんと、どうしても福祉社会のために、高齢化社会のために消費税導入、間接税導入という理論を立てましても、三%の税率でそんな財源が出るはずないわけでございますので、これはいずれかは高齢化社会の福祉財源ということを言うときには一〇%、一五%を確保しなければならないというのは、皆さん方は言わないけれども本音だと思うのです。 もし、そういうことになるとすれば、今のような不公平な状態、そして格差が拡大した状態をほっておいたら、絶対にそんなところへ行き着くこともないだろう。まず不公平是正をしなければならないというふうに考えるのですけれども、地方の経済の問題と不公平の問題について、小島さんの御意見をひとつ承りたいと思うのでございます。
○小島参考人 大変難しい御指摘をいただきました。 ただ、地方と東京、大都市との格差は、おっしゃるとおり、今確かに非常に深刻な問題だと思います。そのことはわかりますし、私はずっと東京で仕事をしているので、その辺の気配り、目配りが不十分で余り理解が足りないのかもしれません。それを認めた上で、ただ、例えば間接税の大型間接税風なものを導入している国はほかにもあるわけですが、その導入の前後に、地域格差がこれで大変拡大するとかいう議論が起こった国は日本だけだと思うのです。税はある程度関係があるかもしれませんが、その地域格差は税以外の、もっと違う国全体の運営の問題があって、それに税の問題がたまたま乗っかったのでそういう議論をされるということだと思うのです。しかし、こういう議論の出方というのは、恐らく日本的なもので、それは日本の中央と地方の格差問題、それが何かということを追求していかないといけないのじゃないかと思うのです。 例えば、先ほどすべて中央に財源を集中し、資源を集中し、それをばらまくという格好の今の資源配分の方式、これは確かに国全体をとってみた場合には効率的ですが、あるいはそれは中央に資源が集まり過ぎる、その過程で情報も集まる、中央にいろいろな資源も人も情報もあらゆるものが集まる、そういうプロセスが組み込まれてきてしまい過ぎたのかもしれません。それは日本的特徴として三割自治だとか、要するに自治体の自治が非常に中途半端になっている。そこにもっと根本的な問題があって、そこが是正されないとどうしようもないのじゃないかという感じがいたします。 最近、ちょっと税金とは離れますが、大店法の議論がありました。結局、ある中央官庁がこれを一応監督してまして、あれを廃止した場合に、地方にそれの権限が行って地方でまたいろいろな規制があるのじゃないかと心配をする議論があったわけですが、そもそもそれが従来の、財源や資源を全部中央に集めてばらまくという発想の延長でしかないのです。それをもし中央で管理することをやめて地方に全部任せた場合、地方は全部競争状況に入るわけです。ある地域は大店を入れて、いろいろ流通その他の仕組みを変えて、しかしそれはいろいろな人が入ってくる。隣の自治体、地域からも人が来るかもしれません。あるいは全く昔からの制度、仕組みを維持したいという地方もあるかもしれません。競争があるわけです。国が一律的にやった場合には、国外脱出以外人間は動きようがないわけです。地方におろした場合には、その地方、どの居住区を選ぶか、個人個人がある程度選択できるわけです。 そういう機能が今全部中央にまとめていろいろなことをやっている行政の仕切り、それを変えない限りは、個人は選択しようがないわけです。したがって、地方が独自性なり、ほかの地域と競争するという強みを発揮するチャンスもないわけです。多くの国で東京みたいに一極集中しているのは、あるいはソウルはもっとひどく集中しているようですが、普通の国はそうじゃなくて、いろいろな地域にそれぞれの大都会で、そこで完結している行政なり経済単位ができているわけです。日本は基本的なところは、行政も資源の配分も全部中央に一たんまとめて、それで下におろすというところがこれまでは非常に有効だったけれども、おっしゃるとおり、極めて深刻な問題をこれからはむしろ増幅するような形に入っていく、そういうところじゃないか。 私は、どの程度間接税あるいは消費税が地域間の格差拡大につながるかはちょっとわかりません。あるいは今言ったように、もっと大きな根本的な問題は、行革の場合でも中央と地方の分権化という議論がありました。それが必要だと思うのですね。それから、中央と地方だけじゃなくて、すべてそれも公的セクターですが、民間セクター、民間部門にその権限を移譲する、つまりデレギュレーション、規制緩和、そういうものも必要です。それがあって地方も一応分権化していれば、例えば大きな飛行場をどこかがつくる、飛行場をつくるか何をつくるかは、その地域の財源を考えながらその地域がそれぞれ考えればいい。それによって、その地域の持ち味が生かせるかもしれません。今の予算の配分ですとみんな――今問題になっているのは、公共事業の配分がここ十年も十五年も分野ごとに一律で全然変わらない。これだけ日本の構造を変えなくちゃいけないときに、どうして配分が変わらないのか。金額を議論しているのじゃなくて、配分が変わらない。これが非常に重要なことですね。それはやはり、そういうような仕組みが、中央にまず集めてそれでばらまく仕組みがあるからだと思うのですね。 ですから、その辺、私はむしろ個人的な関心としては、そういう分権といいますか、あるいは規制緩和、行政改革、新行革審は一応解散してしまいましたが、これからこそああいう発想の議論と実行が必要じゃないか。それに、場合によっては税制を絡めていけば、もう少し格差の是正の方向に向かってかなり積極的な変化が出てくるのじゃないかというふうな感じがいたします。しかし、先生の御指摘の点については、私は余り知恵がありません。
○原田(義)委員 自民党の原田義昭と申します。どうぞよろしくお願いいたします。 主として高橋先生にお聞きしたいのですが、今度消費税の撤廃といいますか、完全な組み替え要求が野党から出たわけですけれども、私は、民意というか国民の声、それをどういうふうに見ておられるか、その辺をお聞きしたい。というのは、まず昨年の七月に参議院選挙がございまして、これは御承知のように自民党の大敗ということで、まさに消費税がテーマとなって、そして選挙が行われたわけです。ですから、参議院を中心に民意を反映して廃止法案を出された、これは一つの見識だろうと私は思うのですが、その後に衆議院選挙が行われました。この間半年ちょっと、また消費税の定着云々が議論されたわけですが、そしてここにおいて自民党が安定多数をとった、こういうことでございます。にもかかわらず、この廃止法案が参議院と同じような形で出されておるのが現状なんですが、これに対してどういうふうに評価されるのか。 先生は、個人的な考えとして、依然として自分は消費税の問題はまだ定着してない、消費税の実施状況は定着してないというふうにおっしゃっておるわけですが、実はこのアンケートをちょっと見せていただきますと、一番上は選挙が終わった後で、「支持された三六%、そうは思わない五六%」。そして、その下の八九年十二月、これは選挙前でございますけれども、このパーセントを見ますと、要するに足しますと、「評価しない」というのが五八%で、「評価する」というのが三七%ですね。それからIIの②「野党は消費税を廃止し、」というのは、「賛成」が五八%、「反対」が二六%ということです。これはサンプル数三千で、回答率七八%。版で押したように同じなんですけれども、ここから考えられるのは、恐らくこのサンプルの六〇%くらいがもともと消費税に反対で、四〇%くらいはもともと賛成というか、それが総選挙を挟みましても一切変化していない、こういうようなことを示しておるのだと私は見ておるんですよ。 私が申し上げたいのは、そもそも選挙であれサンプリング調査であれ、国民の声がどこにあるのかというのは、確かに神様以外ははっきり言ってわからないわけですね。ですから、折に触れていろんな形で表にわかるような調査、制度があるわけですけれども、アンケートであれば、おれはどんなに決まっても反対だ、その結果が一番上のサンプル数の話であって、この人は選挙があってもなくてもおれは反対だ、ぴったり五八%が「そうは思わない」となっているのは、恐らくそういうことだろうと思うのです。アンケートであればいいのですが、そういうアンケートないしは後で選挙の結果を少し先生に聞きたいと思いますけれども、曲がりなりにも選挙をやって、参議院のときは国民の声を反映しているということで一生懸命廃止法案ができ上がったわけですけれども、まさにその半年後にみんなが考えた上で総選挙をやった。私は、これが民意を反映していないとはとても思えないのです。選挙にいい選挙と悪い選挙があれば別ですよ。しかし、それがそういうふうに時系列を追ってきちっとあるにもかかわらず、依然として私は個人的には定着してないと言うけれども、この辺はひょっとして一番目のアンケート調査から先生が、やはり五六%があれしてないのだから自分は定着してないと思う、こういうふうに言われているのか。 いずれにしても、先生方論説の、オピニオンリーダーの方の影響力というのは極めて大きいものがございますので、私はその辺、素朴な疑問ですが、大変疑問を感ずるわけでございますけれども、この辺のことについて、特に今度野党は廃止法案を出されましたけれども、これに対しては少なくとも各新聞必ずしも論評――総選挙でこれだけあれしたんだから、それが民意を反映しているものかどうかというのは、野党の人もわかるのではないかなと思うにもかかわらず、その辺は私は必ずしもつまびらかでないのですが、今のことも含めてちょっとコメントいただきたいと思います。
○高橋参考人 お答え申し上げます。 この世論調査は、一応サンプルを三千とってやっておるわけですけれども、これは調査ごとに毎回相手の方は変わるわけです。有権者の名簿で全国からサンプルをとって、面接で聞くことになっております。電話とかそういうのではなくて、直接行ってやるという方式をとってやっておるわけです。それで、世論調査の結果がそのまま民意にあらわれるのかどうかというのは、世論調査とその民意、あるいはその結果というのは、それこそ研究テーマの大きな一つになるわけなんですけれども、これは選挙のときの予測の問題、皆さんそれこそよく御存じかと思いますけれども、その時点のずれというのか誤差といいますか、あるいは人間の意識行動、聞かれた場合にどういうふうに答えるかという、あるいはそのときの精神状態みたいなものもあるでしょうし、その辺の誤差はあるだろうと思います。 それから、例えば八九年十二月の調査、IIの②なんですけれども、野党の消費税廃止法案が成立することに賛成ですが五八%もあって、反対をはるかに上回っておるわけなんですけれども、それ以前の、二カ月前の十月の時点で、今後消費税はどうしたらいいと思うか、見直した方がいいか廃止した方がいいかという問いに対しては、「見直した方がよい」というのが五四%、「廃止した方がよい」を上回っているわけですね。これは参議院の選挙の直後に、圧倒的に廃止した方がよいという、各新聞社によって多少違いはありますけれども、そういうことで出した社の調査も、参議院の選挙からだんだん衆議院の選挙にいくにしたがって、見直しの方がふえていったのは御存じのとおりであるわけです。それは一つの分析。見直した方がいいと言っていながら、じゃ廃止法案にも賛成なのはおかしいじゃないか、論理的にはそういうことになるわけですが、この種の調査というのはそういうぶれが当然あるものだということで、要するに、廃止すると言ったってできないだろうから見直しでいいんじゃないかというような人に対して、しかしその廃止法案が通ればどうか、それはいいに決まっている、こういうことだろうと思うのですね。 それからIですけれども、選挙に自民党が勝ったことは、見直し案が支持されたことを意味すると思いますか、そうは思いませんか。「そうは思わない」というのが五六%あるわけですが、これは、自民党は確かに安定多数は確保しましたけれども、得票率、全国のパーセンテージから見ますと、御存じのとおり五割を超えていないわけですね。したがって、「そうは思わない」が五六%あっても何ら不思議はないだろうと思います。 しかし、その結果から何を見分けるかということが問題だろうと思いますけれども、結果的にそういう大きな流れというかうねりというか、そういうものを見る一つの目安として考えるというのが一つの方法であって、この結果を我々も一〇〇%見ておるわけじゃないことは、例えば選挙の世論調査なんかでも、こういう調査をやった上に、なおかつ取材のあれで加味して調整するわけですね。これは調整する前の数字であるわけですから、この程度の誤差といいますか相違点というのは、許容限度の範囲内であろうとは思います。全体の流れをトレンドとしてとらえる場合に、我々はそれを役立てているという意味です。
○原田(義)委員 その誤差を言っているのではなくて、要するに、野党の態度が参議院選挙の後と衆議院選挙の後と一切変わってないことについては、どういうあれを持っておられるのでしょうか、そこが私の聞きたいポイントなんです。
○高橋参考人 我々は、参議院選挙の結果、消費税廃止を主張して野党が勝ったから、それで一つの答えが出たというふうに一時とりました。それは事実です。なぜかと言えば、その前に国政選挙というのは例の衆参同日選挙で、いわゆる中曽根さんの公約違反と言われた大型間接税を導入しないというのがあっただけなわけですから。それで、その後税制改革論議が出てきたときに、もうとにかく公約違反だということでまず反対だということも言ったわけなんですね。中には、公約違反かもしれないけれども、今のままの税制でいいと思っている人はいないだろうから、まず中身の論議に入ったらどうかという意見もありましたけれども、やはり直近の選挙でやらないと言ったものを、すぐさま選挙が終わると同時に手のひらを返して出してきたということに対する批判ということで言ってきたわけです。それが、参議院の選挙の結果、野党が勝って自民党は負けたわけです。したがって、その時点で既に消費税は導入されておったわけですけれども、さらに論議を深めるために、衆議院も解散して総選挙で民意を問えということを言ってきた。その結果自民党が安定多数を確保したという事実、これは認めなければいけないわけですし、そのとおりだろうと思います。 それで、我々としては、先ほどから繰り返し言ってきておるわけですが、大型間接税そのものには反対はしないという態度、必要なときが来るだろうということは言っておったわけですけれども、今の消費税は問題があるから直すべきだということで、自民党の方も見直し案を出してきた。しかし、この見直し案ではまだまだだめだということで、我々そういう態度を出しているわけなんですが、今衆議院と参議院でいわゆるねじれ現象というのが生じておって、両方の決着をどうやってつけるかという問題があるものですから、中身をぶちまけた話をしますと、論説委員室でいろいろ論議を交わすわけですけれども、常にその辺のところがいま一詰め切れないということが正直なところあるわけです。だから、これから国会の論議でその辺を詰めていかなければいけないのを見ながら、我々も態度を決めようと今考えておるわけです。
○原田(義)委員 どうもありがとうございました。
○宮地委員 公明党の宮地正介です。 最初に、朝日新聞の高橋参考人にお伺いしたいと思います。 今議論されておりました、消費税が定着しているかしていないか、これは非常に重要な問題であろうと思うのです。大蔵省は消費税が非常に定着をしてきておるという判断に立っておるわけですけれども、参考人のおっしゃったように、一つは地方議会における消費税の取り扱い。昨年、ことしの三月定例会などを見ておりますと、特に条例を改正して三%の転嫁をするところ、これは首長さんの行政判断ということで頭から提案をしていない議会も相当あるわけですね。また、提案をしても否決をされているところも相当ある。そういう意味で、地方議会における消費税の三%転嫁の問題というものはまだ定着していない、非常にまだ問題としこりが残っておる、こういうふうに私も理解しております。 また、二つ目の税務調査。税務調査がまだ行われておらない段階でこれがもし行われれば、相当混乱といいますか、定着度が非常に問題になるのではないか。私も、これは非常に大きな一つの視点ではないかな、こういうふうに思っております。 三番目に、二年間ゼロ税率で凍結をして冷却期間を置け、そして平成五年あたりから福祉目的税として出直すべきである、こういう御意見を開陳されたわけですが、確かに今回政府が提出しております消費税法の第一条に福祉の財源として対応していくという項目が書かれたわけですね。福祉目的税というと、先ほどから議論されておりましたように、財政当局としてはフリーハンドがなくなってしまう。財政運営上としては、これは福祉目的税にしない方が非常にやりやすいのは当然であります。 そこで、これは個人的な私見として、福祉目的税というところに持っていく前に、消費税法の第一条で福祉に財源を充てるということを書かれたわけですから、例えば特別会計をつくって、そこでがっちり消費税財源を押さえ込んで、そして国民にわかりやすい形で福祉に使っていく。その場合、今の消費税は御存じのように全体の二〇%が消費譲与税に行くようになっておって、残りの八割の中の百分の二十四が地方交付税の中に盛り込まれていく。合わせますと大体三九・五、約四割が地方で、国の取り分が六割、こうなっているわけですね。今先生のおっしゃっている福祉目的税という財源は、この六割のところを指しておられるのか、丸ごと考えておられるのか、もしこの辺のところの御見解があれば教えていただきたいな、こんな感じがしておるわけでございます。 それから、日経新聞の小島さんにちょっと伺っておきたいのですが、導入してちょうど一年半が経過をして、逆に落ちつきが見られておる、導入当初は鋭角的なショックが確かにあった、現在は学習過程にある、しばらく学習を見守るべきである、こういう表現をされたわけですが、日経さんの場合は、再見直し論で大体合意ができて論説室の対応をされておるのか、この辺をちょっと御確認させていただきたいな、こう思います。 以上です。
○高橋参考人 地方財源との関係なのですけれども、福祉目的税にした場合の問題点として指摘されたことは、現在既に一般会計の社会福祉予算というのが十一兆、十二兆円規模にあるにもかかわらず、消費税収入がまだ五兆円台にとどまっているというような問題が確かにあったわけです。今度、平成二年度六兆円を超えるわけですけれども、いずれにしましても現在のところ、社会福祉予算の半分ぐらいしか消費税分がないという問題が一つ。 それから、おっしゃるとおり、地方に回す分が四割弱あるという問題、これが一つのネックであるというふうなことを言われたのは、承知しております。しかし、この問題はそれほど大きな問題ではないと私は思っております。 大蔵省なんかが福祉目的税にするという場合に、早い話、二十兆円の社会福祉予算があるのに対して消費税が、今六兆円ですけれども、仮に七兆円とかになっていった場合に、まあ六兆円でもいいわけですけれども、その差額は一般会計で出して面倒を見ておる。さらにそれが、たまたま消費税収入がふえて、六兆円の予算に対して八兆円とか九兆円になっていった場合に、全部で二十兆円の社会福祉予算であったわけですから、では消費税の増収分は一般会計に繰り入れてくれるかというと、そんなことしないじゃないか、福祉目的税であるからには仮にそれが増収になっても全部福祉に使われるのだ、そういうことは困るというふうなことを言うわけですけれども、これは財政テクニックの問題であって、その程度の問題というのはいかようにもやりようがあると思うのですね。今の時点では、社会保障関係の予算が消費税収入を上回っているという現実で話をしているわけですけれども、それこそこれから先、消費税率がアップされたりなんかしていけば、今のままでアップされるかどうかわかりませんけれども、将来の話としては、その税額を回すという事態になるときもあるかもわかりません。 ただ問題は、地方財源をどうするかという、これもあるだろうと思いますね。しかし、これは地方交付税の配分率、つまり所得・法人・酒税の三二%という配分規準そのものも、本来は見直す規定にちゃんとなっておるわけですね。ところが、これが見直せない、だから困るというふうなことになって、見直せないという一つの前提に立って論議をすればそういうことになるわけですけれども、こっちを動かさないという方法はないと思います。 それから、地方に対して特別地方消費税とかいろいろあったわけですけれども、これも消費税を導入するに当たって地方団体の協力を取りつけるためにやった面が非常にあるわけですから、そういう意図を抜きにして考えれば、地方団体は確かにひもつきでない財源が欲しいということは事実でしょうけれども、地方は地方に対する金のつけ方を別の面で考えればいいわけですから、それが全然不可能であるということにはならないと思いますので、その辺は単なる財政の配分の問題としてクリアできるだろうと私は思います。
○小島参考人 基本的な我々の内部での合意点は、ある程度の間接税を組み合わせた税体系を入れなければいけないということが一点。それで、今ある現実の消費税、これが不完全であって改善の余地がありということですね。ただ改善する場合には、先ほども申しましたが、時期的にただそれだけを急ぐということよりも、内容が問題である。内容については、基本的に、品目別にでもあるいは売上高の規模においても、例外はなるべく少ない方が結果的に簡素になり、公平になるということです。 具体的に、自民党の案その他の案について、個々の点についてまでは点検していませんが、基本的な考え方として、例外は少ない方が公平かつ簡素であり、それは税が定着しやすいというふうな判断で、一応方向としては論調をまとめております。
○衛藤委員長 時間がありませんので、簡潔にお願い申し上げます。
○金子(一)委員 自民党の金子一義でございます。一、二分で済ませます。 今、宮地先生初め諸先生から定着の議論が出ているのですが、これもいろいろな御意見がある。そして定着という場合、先進国どこでも導入をした。そこで本当に定着するのに一年、二年かかっているのですね。今の時点で定着したかどうかというのは、我々の立場からいえば、むしろそれが定着したのかどうかということを今議論するより、今の段階ではこれを定着させる努力をするのが我々政治の立場だ、私はこう思っているのです。そこで少しお考え方が違ってくるかもしれません。 それからもう一つ。きょう午前中からずっと議論をしていまして、高橋先生は凍結だとおっしゃったのでございますけれども、野党の先生方の中にも、とにかく参議院選で、選挙後の本会議、予算委員会の御発言を伺っておりますと、参議院も民意だ、あれは廃止だという御意見もあれば、おっしゃられましたように公約、手続の問題等々で絶対だめだという御意見もある。同時に、非常に弾力的に考えておられる、きょう午前中からの御発言の中でも、こういうふうに選挙を終わって、今政治的に相打ちになって現行消費税だけが残ってしまうということでは、政治的に成り立ち得ないじゃないか、それはここへ来て冷静に考えよう、糸口を見つけようという野党の先生方の御発言もきょうは随分あるのですよ。これだけはぜひ論説委員のお二人の先生方も、こういう意見もあるよということは思って帰っていただきたいなと思うのです。 そこで、時間がなくなりますので一点だけ。何とかこういう状況を打開して、お互いに与野党とも糸口を見つけていきたい。そしてそのときに、ある野党の先生方が、お互いによろいかぶとを脱いで、現行消費税をどうするかという議論を与野党間でオープンに議論をし直す。そのときに、テーブルの上に廃止案があってもいいし、凍結案があってもいいし、現行の見直し案があってもいい、だから何も廃止ということじゃなくたっていいじゃないかという、これは野党の先生の御発言なんです。私は、選挙結果いろいろありますけれども、廃止から見直しということになりますと、これは百八十度転換ですから、勇気ある転進ということになるのかと思うのでございますけれども、野党の先生方にも何かこの辺で勇気ある転進、つまりテーブルに着いていただく。今の見直し案にいろいろ議論はありましょう、高橋先生もおっしゃられましたけれども。そういうことで弾力的な御発言がある、御意見も出ておりますので、そういう勇気ある転進というものを何とかやっていただけないだろうか、私はそう思っているのですが、こういうことに対しての両先生の、ちょっと一言ずつで結構でございますので、御意見をお願いいたします。
○衛藤委員長 時間の関係上、参考人にお願いいたしますが、もう一方、日本社会党・護憲共同の渡辺嘉藏君に簡単に御質問いただきまして、両人の質疑にまとめてまた簡単に参考人にお答え願います。
○渡辺(嘉)委員 それぞれのお話を聞きまして私の思いと大分違っておるので実際はがっかりしておるのですけれども、しかしそれはそれぞれの考え方ですから、ここで政治論だとか意見を申し上げるつもりは全くないのです。ただし、この朝日の流れの中から富塚委員もおっしゃったように、だから社会福祉を目的とした間接税ならいいんだという推論がずっと出ておるわけですが、しからばちょっとそこで承りたいのです。 私は、それにちょっと合点はいかないのですよ。しかし、それならば現在の推論で大体計算はわかるのです。今の三%でいけないことは間違いないのですね。どのくらいのパーセントをこのくらいの社会福祉ビジョンで、そして、これに対応するためには何年先には幾らの税率なんだ、こういうふうに朝日は少なくとも押さえていらっしゃるはずです。なければ、こういうことは出てこない。だから、どれだけに押さえていらっしゃるのか。 それから、二年間の凍結期間にゼロ税率とおっしゃったのですが、ゼロ税率をやっておるのはイギリスだけなんです。ゼロ税率というのは、一応取るだけは取ってきて、最後に還付する、あのゼロ税率方式があるのですね。だから先生のおっしゃるのは、どうも凍結論のように私は受け取っておるのですが、ゼロ税率とおっしゃいますと、イギリスのものをモデルに考えますので誤解を受けるのですが、これは私が今申し上げたように、凍結論というふうに受け取っていいのかどうか。これがまず一つです。 それから、アメリカが八五年に、御案内のレーガン大統領がアメリカの税制改革をやった。あのときにも、このEC型の付加価値税導入の意見もあり、その後もあるのです。しかし、レーガン大統領はそれを拒否した、これは御案内のとおりですね。ところが、アメリカの成り立ちとヨーロッパの成り立ちとは、それぞれの成り立ちそのものが違うのですから、今ここで多くを触れません。ヨーロッパの場合にEC型の付加価値税が、これで三十年、四十年あるいはまた七十年という歴史を持っておるのです。だから、それの成り立ちそのものが違っております。税制、国柄、建国そのものが違っております。だけれども、アメリカはそれを導入しなかった。こういうことについて、どういう御見解か。 いま一つは、背番号制等によって資産性所得の課税を捕捉することは私は必要だと思うが、先生は先ほどこれは困難ではないか、こういうことを言っていらっしゃったのですから、この点も含めて御意見を聞かせていただきたい。
○衛藤委員長 では、最後に両参考人から金子委員並びに渡辺委員の質疑にお答えをお願い申し上げます。参考人には、恐れ入りますが、時間の関係がありますので、できるだけコンパクトにお願いいたします。
○高橋参考人 先生のおっしゃる趣旨としては、わかっていただきたいという話は、私はよくわかりましたので……。 渡辺先生の方にお答えしたいと思いますけれども、社会福祉の将来のビジョンを認めた上で税制、間接税を認めているのかという議論に対しては、先ほど富塚先生にもお答えしたわけです。そういう将来の社会福祉のビジョンを明確に示した上でやるべきだということで、具体的に、つまりパーセンテージ何%でどうなるというようなことについて、私たちは実は議論したことはありません。ただし、私見を言わせてもらいますと、三%というのは大型間接税としては、これはちょっとここで言うとあるいはまた時間がなくてあれですが、恐らく三%という税率の消費税というのは、これは世界どれを見てもない低い税率なわけですから、税率として三%ということは成り立たないだろうと思うのですね。いずれにしても、本来だったならば標準税率が一〇%で、軽減税率が五%あるいは先ほど言いました特別の割り増し税率としては一五%とか、そういうふうな形で複数税率の採用によって逆進性を緩和していく、そういうふうになるのが本来の大型間接税の筋であるということは言えるだろうと思います。 それから、ゼロ税率と凍結論との関係なんですが、私は、イギリスのような本来税率があって、そのうち食料品とかそういうものについてだけゼロ税率にしろと言っているのではありませんで、全部についてゼロ税率にしろと言っているわけですから、凍結しろという意味でそういうふうに言っているわけであります。 これは先ほど、先生の方のお答えにも関連するわけですが、つまり、与党の方で見直しを言って、今の見直しもさらに見直すからなどといろいろなことを言っているようです。それから野党の方で廃止論、いろいろ中にも若干変化の兆しがあるというお話だったわけですが、いずれにしても、廃止と見直し論でがちゃんとぶつかって、とにかくどうにもならないという事態を避けるためには、実は棚上げして、しかも、よりよい本来の意味の大型間接税をつくるために、二年間、すべて今の法律はそのまま残した上でゼロ税率にしろと言っているわけであって、凍結しろということです。
○小島参考人 定着に努力する必要があるという御指摘がありましたが、私も基本的には賛成です。 ただその際、これまでの国会での審議で、要するに公約違反であるかないかとかいうたぐいの、そういう発想の議論は大分聞けましたが、実際に税のあり方、その前提となる将来のビジョンというものを国会で十分論じ尽くしたかというと、必ずしもそうでないのじゃないか、我々もその点は十分論じ尽くしていないと思います。これからその税の改善ですね、消費税についても改善を考える場合に、その問題も並行して本格的に議論していただきたいという気がいたします。 それから、税率をある程度想定した場合、当然ある福祉の社会のビジョンがあるはずだと、その関係ですが、これは今申しましたとおり、まだ十分議論していないので、どういう世界、どういう考えでこれからの社会を描くのかということが抜きになって、あるいは余り十分に議論し尽くさないまま税率の問題が決まってしまったのじゃないかと思うのですね。税率をどうするかというのは、基本的にはこれからどういう社会を選ぶかという我々の選択であるし、それとの絡みで税率が決まるし、その最終的な決まり方は議員の方々が国会で決められるということです。 ただ、どういう社会を描くかということに関しては、私は再三言うようですが、行政改革で議論したような問題、要するに、民間部門がもっとやるべきような問題は民間に任せるということも含めて考える。例えば福祉社会といっても、民間セクターが福祉関連でやれることは多分にあるわけですね。それが政府のある規制によって全然やれない。例えば医療の問題でも、人生は長くなって、けがをしたり病気になったから医者に行くというのじゃなくて、その長い人生を健康で生き続けるために、病気にならないためのそういう関心というのは、先進国であればあるほど極めて高まっているわけです。日本でも急速に高まっています。そういう部分については、民間のダイナミックな協力というものがあり得るわけで、全部を行政がやる、したがってそれが全部福祉財源を必要とするものだという発想そのものは、変えていかなければいけないのじゃないかという感じがします。 それから背番号制については、恐らくアメリカの背番号制というのは、社会保障、社会何とか番号というのがありますが、あれは社会保障の給付金をもらうために番号制にしたので、意外と速やかに定着している。今度日本の場合の議論は、逆に課税の捕捉のために議論が始まったことから非常にアレルギーがあるのですが、いずれにしても本当に公正な制度としてその合意を得た制度になるということであれば、納税者が番号を振られても文句はないはずですね、正しく納税している限りは。その辺は、要するに納税のモラルあるいは税に対する信頼感を確立することが、同時に背番号制みたいなものも制度的に受け入れられる環境をつくる条件ではないかというような感じがします。これは卵か鶏かわからない議論になりますが、非常に相互連関している、関連のある話だと思います。
○衛藤委員長 どうもありがとうございました。 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 両参考人には、御多用中のところ御出席の上、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時十分散会