外務委員会 第5号
- 発言数
- 14 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1990/05/16
会議録
○柿澤委員長 これより会議を開きます。 国際情勢に関する件について調査を進めます。 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 最近のソ連・東欧情勢に関する問題について調査のため、本日、北海道大学教授木村汎君、青山学院大学教授袴田茂樹君、並びに今後のアジア・太平洋地域の安全保障に関する問題について調査のため、上智大学教授猪口邦子君、評論家田中直毅君をそれぞれ参考人として出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○柿澤委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 ─────────────
○柿澤委員長 最初に、最近のソ連・東欧情勢に関する問題について意見をお述べいただくため、参考人として北海道大学教授木村汎君及び青山学院大学教授袴田茂樹君の御出席をいただいております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ、本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位には、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただきたいと存じます。 次に、議事の順序について申し上げます。 まず、木村参考人、袴田参考人の順序で、お一人十五分程度の御意見をお述べいただき、その後、懇談に入りたいと存じます。 それでは、最初に木村参考人にお願いをいたします。
○木村参考人 ちょうだいいたしました時間が制約されておりますので、私は特にソ連の問題に関しまして一般論を述べたいと思います。 一言で申しますと、現在のソ連にはペレストロイカの危機が訪れております。ややきざなしゃべり方をいたしますと、その影響は全世界に及ぶものでございますから、全世界にペレストロイカの危機という妖怪が徘回していると言っていいと思います。これは皆様御存じのように「共産党宣言」、カール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスが一八四八年、今から百五十年前に執筆いたしました「共産党宣言」の冒頭の言葉をもじっているわけでございます。マルクス、エンゲルスは、当時ヨーロッパに、当時のヨーロッパというのはほとんど全世界を意味しておりましたが、ヨーロッパに共産主義という妖怪が徘回しているという言葉でこの有名な本を始めたわけでございます。五年少し前にゴルバチョフがソ連で政権を掌握しましたとき以来、私どもソ連研究者は、全世界にペレストロイカという妖怪、モンスターがはいずり回っているというような書き方でよく論文やエッセーを始めたものでございますが、五年たった今日は、そのペレストロイカという言葉の後に危機、クライシス、ペレストロイカの危機という言葉をつけ加えなければならないようになりました。繰り返しますが、今日のソ連情勢は、一言で言いますと、ペレストロイカの危機を迎えており、それが残りの全世界にどのような影響を与えるか、これが重大問題となっております。 危機もいろいろな種類がございまして、最初ゴルバチョフが登場しましたときに迎えました危機は、効率性の危機でございました。ソ連の経済のパフォーマンスや能率が悪いために、ついにゴルバチョフはペレストロイカの政策を始めたわけでございます。それがその後の五年間に次の二つの危機に変質し、変わってまいりました。最初に訪れたのは正統性の危機。あるいは共産主義、共産主義体制、共産党体制というのは果たして歴史的に政治的に正統性を持つものであるか。ひょっとしたら持たないのじゃないか。そうするならば、七十四年に及ぶソ連のロシア革命以来の歴史は何だったのかということで、アイデンティティーの危機。自分たちは何を今までしてきて、現在何であり、これからどこへ行こうとするのであろうかというふうな自問自答がなされる時代を迎えました。これが一、二年前のことでございます。さらに、ことしになりましてからは深刻になりまして、第三の危機を迎えております。それはサバイバルの危機でありまして、ゴルバチョフ自身が果たしていつまでサバイバルできるのかというふうな、危機もそのような三つの段階を経て進行してきております。 では、なぜこのような事態をソ連で招来したのでしょうか。その原因と現状とやや今後の展望について残りの時間お話し申し上げます。 まず、一言御説明いたしたいのはペレストロイカという言葉の語源でございますが、これはペレという言葉とストロイカという二つの言葉から成っているロシア語でございまして、ペレはもう一度、あるいはやり直すというような意味で、ストロイカは建てる、建築するということです。ですから、建て直しという訳が日本で使われております。この言葉にこだわりますと、ペレストロイカは次のような原理的な困難性を当初から担っております。つまり、一つの建物、それが個人の住宅であれオフィスであれ店舗であれ、その中に住みながら、あるいは営業や仕事、業務を続けながら古い部分を壊していって、新しい部分に徐々に移行する、このような難しさに伴う諸困難が今日のゴルバチョフの危機にも関係してきていると思います。 つまり、それまでのソ連というものをすべて否定しまして、それを全面的に一度に破壊しまして、その上に新しいソ連社会やソ連の政治経済体制をつくるなら比較的易しいことでございます。これは、我々俗人が自分の家を一挙に一晩で倒しまして、その次の日から大工さんに建築を頼めば易しいのですが、私どもは住まなければなりません。その間仕事をしなければなりませんし、商売を続けなければなりませんので、家屋の一部を改造しながら、その中に住み続けながら、仕事をし続けながら、もう一つの新しい部分をつくっていく、この作業は難しいわけでございます。当然混乱が生じますし反対も生じます。それが拡大されてきたのが今日の原因でございます。この原理的な困難さから次の五つの具体的な困難が、あるいはペレストロイカの特徴が出てまいります。 第一番目に、ゴルバチョフのペレストロイカは完成の見取り図がないということ、それを提示していないということでございます。 元来、ソ連社会とかソ連国民というのは目標を与えられることに安堵感を感じておりました。日本やアメリカや西欧の諸国は、人々の自由な活動によって、その総決算として社会や国家が動いていくものでございますが、ソ連社会は、難しい言葉で申しますと、目標志向型国家建設を行ってきた、英語で言いますと、ゴールオリエンテッドな国でございました。つまり、国民の自然発生性に頼るのではなくて、意識的な努力によって国づくりをしよう、社会の建設を行おうという点がそれ以外の国とは違ったわけでございます。ところが今日、ゴルバチョフはペレストロイカのゴール、目標もモデルも青写真も国民に示すことができないし、示していないわけでございます。彼が言うには、そういうものは前代未聞の実験をしている私どもにはないのだ、皆様にお願いしたいのは試行錯誤でプラグマティックにやっていただきたいというわけですから、上からの指令になれていましたソ連国民としましては、途方に暮れまして、ここに混乱が生じております。つまり、悪いものはこういうものだということは指摘できましても、これがいいことだといって、ビジョンや青写真やゴール、目的地を示すことなく、とにかく泳ぎ出しなさい、古い船を捨てて海の中に飛び込みなさいと言っているわけですが、どの岸辺に向かって泳いでいいのかわからないわけですから、国民や官僚もすっかり途方に暮れて、しばらく様子を見ようということになっているわけでございます。ついでながら、外国の雑誌では、ゴルバチョフは、スイマー、泳ぐ人ではなくて、泳ぐ人はやはり目的地がございます、プールの向こうにたどり着くとか、あの岸辺にたどり着くとかいうゴールがあるわけでございますが、そのようなスイマー、泳ぎ手ではなくて、むしろサーファー、ハワイなどでありますサーフィンの、ただ波乗りをして、それから落ちないように、波の中に落ちないようにしているだけが精いっぱいと皮肉なことを言う人もございます。 二番目の特徴は、第一と関連いたしまして、作業手続とかいうものが同じく示されていないことでございます。 ソ連社会は、マルクス主義に従いまして、直線的、段階的な発展を遂げるという一応の見取り図あるいは手続図が与えられておりました。原始社会から封建社会になり、それが資本主義社会になり、社会主義社会になり、共産主義社会に行くのだという直線的、段階的な社会の発展が示されていたわけですが、現在のゴルバチョフは、要するに古い部分を壊して新しい部分をつくるのだということだけしか示しておりませんので、国民はどの程度まで古い部分を壊してよろしいものやら、またどの程度まで新しいやり方を導入していいものかわからないということで、混乱あるいはその解釈をめぐって対立が生まれております。また、ソ連社会は今まで、不可逆性、一度つくった社会はもう戻らない、真っすぐ前へ進むだけであるという考えに立っておりましたが、そのように教えられてきましたところに、社会主義計画経済の中へ市場経済のメカニズムを導入しても構わないんだというようなことを言われてみたり、あるいは一党独裁制というものを打ち立てた後に、今度はそれを複数政党制へと移行してもいいんだというようなことを言われますと、ソ連国民も官僚も戸惑ってしまいます。つまり、そのミックスの仕方、ブレンドの仕方がわからない、それを示してもらっていないわけでございます。元来、社会主義と資本主義、自由主義と共産主義というのは原理的に相矛盾するものでございまして、交通規則で申しますと、右側通行をとるか左側通行をとるか、どちらかでございまして、その両方をミックスする混合経済とか混合政治体制というのはいたずらに混乱を招くものでございます。そういうわけで、ソ連のゴルバチョフのブレーンも、現在、動物に例えると、上半身は鳥であり下半身は馬であるという怪物が生まれている、その結果、その動物は空を飛ぶこともできなければ地上を速く走ることもできない、中途半端な改革である、もう少し改革を、やらないならやらない、やるならやるということで徹底すべきだ、そのようなことを述べております。 三番目の特徴は、このようなペレストロイカの、建て直しの不便とかコストをだれが担うのかというものでございますが、当然、平等、均等にではないことになりまして、国民の間に不満が生じております。 まず、ペレストロイカの受益者層というのは知識人でございました。グラスノスチによって、今まで見られなかった映画や文芸作品を読むことができた。その次に、コーペラティブ、協同組合企業といった私企業をやることによってお金をもうけることができたような人々、こういう人々が受益者層でございましたが、問題は、この人々が保守化して、知識人の一部はもうとるべきものはとったということで保守化している、それからまた、協同組合に従事して何万ルーブルの利益を手に入れた者は、それに従事しない大衆のねたみを買っているということでございます。それから一番のペレストロイカの犠牲者、費用負担者は、かつての特権階級でございました。これは党の官僚や政府の官僚層でございまして、強く反対、抵抗しております。そうして三番目に、最終の受益者となるのが大衆だと言われております。ペレストロイカの目に見える利益が回ってこないので、彼らはそろそろ不満をあらわにして、五年間も待っているのに自分たちに利益が回ってこないというふうに不満を持っております。 このことに関連しまして四番目にお話ししたいのは、ペレストロイカというものにおける時間の要素でございます。 時間というものは非常に大切だ。ペレストロイカは改革という名前でございますが、これはほとんど革命とイコール、等号で結んでほしいとゴルバチョフは言っておりますから、一種の革命でございます。革命というのは一晩で起こるものでございますが、改革というのでございますから、五年、十年とかけておるわけですが、ここで急ぎ過ぎてもいけないし、ゆっくりやり過ぎてもいけないという、そのペースのとり方が混乱を生んでいるわけでございます。タイミングをとらえて、モメンタムをとらえて物事はやっていかなきゃなりませんが、余り急ぎ過ぎると事をし損ずることもあるわけでございます。したがって、ゴルバチョフの演説集を注意深く読みますと、二つの発言が目につきます。一方において彼は、急げ、ソ連はもう非常におくれているということを言いまして、時は金なりとアメリカの哲学のようなことを述べておりますし、我々は急がなければならない、余裕はないんだというようなことを言っているかと思えば、リトアニアその他の民族主義者たちに向かっては、せいては事をし損じるのだというようなことも言っている。ゴルバチョフは非常に急いでいる、性急な人だということはよく言われておりますが、それは、例えば次のことからも説明できると思います。大統領にあのように急いでなったのはなぜか。それは、大統領になりませんと、共産党の書記長や第一書記にとどまっておりますと、東欧の例が示しておりますように、その人たちはかつては人気があったけれども、今はほとんど復活することはできなかった。クレンツだとかモドロウだとかポジュガイという人々がそうでございました。今度の新しい政治体制のキャップにもなるという早わざ。つまり旧体制という沈み行く泥船のキャプテン、船長が、新しい船出をする船の船長を兼ねるという早わざをやるには、ゴルバチョフは時として急がなければならない。俗っぽい例えでございますが、市川猿之助の幕間に戻っての早変わりとか、源義経の八そう飛びのような早わざをやらなければならない。 五番目に、ペレストロイカの、建て直しの特徴は、外回りの環境の整備が先行して、内側の、肝心の内部改造が後回しになっているということでございます。 我々が家を新築、改造する場合には、やかましく騒音が立ったりしますので、まず近所にあいさつ回りをして、外部の支持を取りつけることが大事なことでございます。そのことはゴルバチョフは非常に得意でございまして、アメリカ、イギリス、ドイツ、そのほかの国を歴訪して、外交は非常に成功している。ところが肝心のペレストロイカという、内政の経済面の改造が一向にうまくいっていない。よく中国のことわざでも、斉家、治国、平天下と申しますが、まず身の回りから始めていかなければならないのですが、ゴルバチョフは外から、外堀を埋めることから始めたために、外面はいいけれども内面の悪い主人として、外部ではゴルビー・ブームは大変なものでございますけれども、国内においてはいろんな選挙で支持率が思ったよりも低いわけでございます。 以上、五点についてお話ししましたが、最後に一言だけ、三十秒いただいて私のまとめをいたします。 最近、ソ連では、戦後日本の復興とペレストロイカとの比較研究が行われるようになってまいりました。これも無理もないことでございまして、ペレストロイカという言葉がどこで使われているかといいますと、七〇年代のオイルショック以後、日本経済が重厚長大から軽薄短小へと構造転換したことをもってロシア語ではペレストロイカという言葉を使っているわけで、ある程度日本がモデルになっていることは間違いないことでございます。 しかし、ここで簡単な比較をしますと、戦後日本の復興と繁栄の経済発展や政治発展とゴルバチョフのペレストロイカとは与えられた状況が違います。 第一番目に、上からの改革という点では似ております。日本もマッカーサー米占領軍の進駐がなければ、これだけの民主化や改革はできなかったでしょう、土地改革などできなかったでしょう。しかし、マッカーサーの権威とゴルバチョフの権威と比べると、やはりゴルバチョフの権威の方が弱いと言わざるを得ない。 二番目に、バックボーン、信仰体系が崩壊したという点でも日本とソ連は同じでございます。日本は天皇制が崩壊した。ソ連ではマルクス・レーニン主義というイデオロギーが崩壊した。日本ではその空隙を埋めるために新興宗教が一部ばっこしましたが、比較的同質的な国家であるために民族問題などに苦しめられることはございませんでした。ところがソ連では、イデオロギーの崩壊によって生じた空白を民族主義、ナショナリズムというのが今埋めています。これは多民族国家としてのソ連の難しさが日本とは違ってある点でございます。 それから三番目に、それ以前の体験との連続性が日本の場合は参考になっております。日本は自由主義経済や民主主義政治を軍国主義がばっこする以前に大正デモクラシーのもとにある程度経験しておりました。ところがソ連の場合は、市場経済や民主主義の経験を七十年間のソ連体制のもとで持っておりませんし、あるいはそれをさかのぼることツァーリズム・ロシアにおいても、産業革命、ルネッサンス、宗教改革、そういったものを経験しておりませんので、それだけ困難だということでございます。 どうも時間を超過しました。(拍手)
○柿澤委員長 どうもありがとうございました。 次に、袴田参考人にお願いいたします。
○袴田参考人 私は、昨年の十二月からことしの四月にかけまして、二回にわたり合計四十日間ほどソ連、東欧諸国を回ってまいりました。ソ連ではモスクワ及びバルト諸国、それから東欧数カ国を回りまして、各界の専門家の方々及び知識人、一般庶民と意見を交換してまいりました。私自身は本来ソ連が専門でございますが、今日の報告は、東欧諸国を中心に、ソ連に関してはバルト諸国、特にリトアニアの状況について私見を述べさせていただきます。 東欧諸国を回りまして一番強く感じたことは、日本に対する期待が非常に高いということと、日本に対するイメージが極めて良好であるということであります。現在世界を見回してみますと、恐らく東欧諸国は例外的に対日感情のいい地域ではないかと思われます。これは日本の外交にとりましても、また対外的な経済関係という面から見ましても、大変貴重な資産ではないかと私は思っております。 しかし、現在私が大変懸念していることがございます。それは、これまでの日本の対外政策あるいは対外的な経済関係の姿勢をそのまま延長して東欧諸国に持ち込みますと、五年かあるいは十年しないうちに東欧諸国に反日感情が高まるのではないかということであります。日本のこれまでの対外的な対応の仕方、特に経済的な対応の仕方を見ておりますと、資本力に物を言わせて、俗な言い方で言いますと、札びらで相手のほっペたをひっぱたくような形で進出する、そういうケースが大変多うございました。 現在、東欧諸国の専門家といろいろ話をしますと、彼らが日本に要求していることは次のような点であります。これはチェコのクラウス大蔵大臣を初め各国の専門家と話をした結果、私がまとめた点でありまして、六点ほどポイントを挙げます。 第一番目は、当然資本面での協力を期待しております。しかし、ここで注意すべきは、日本に対して、クラウス大蔵大臣がはっきりこういう言い方をしておりました。我々は金が欲しいのではない、金をもらいたいのではない。どういうことかといいますと、クレジットとか資本はのどから手が出るほど非常に欲しい。しかし、一九七〇年代のポーランドの轍を踏みたくないということであります。これは、ポーランドは七〇年代に資本主義国から大量の借款をいたしまして、一時経済が大変繁栄したかに見えましたけれども、それは経済改革に結びつきませんでした。その結果は、現在のポーランドの経済の破綻状況というわけでございまして、その轍を踏みたくないということであります。あるハンガリーの経済専門家が次のようなことを言っておりました。我々もポーランドの轍を踏みたくない。我々は西側の借款が非常に欲しいけれども、しかしアンタイドローン、つまり条件のつかないお恵みは我々の経済復興にとってかえってマイナスである。これは与える方も受ける方も非常にルーズになってしまう。むしろ我々はきちんとした経済ベースで、経済原理にのっとった協力が欲しいのであるという意味で、無条件のアンタイドローンというよりも、むしろきちんとした条件のついたそういうローンの方がいいということであります。 一番目は資本の問題ですが、二番目は技術協力で、日本に対しましては、エレクトロニクスその他のハイテク分野、それから自動車産業の技術等の協力が非常に期待されております。 三番目は人材面での育成。特に経営のノーハウ等。東欧諸国はもともと資本主義的な経済的な伝統のあるところですが、社会主義体制になって四十年以上たち、経営者としてのマインドあるいは資本主義企業で働く労働者としてのマインドを失っている。そういった面で、人材育成の面で協力をしてほしい。特に経営のノーハウを欲しいということであります。 それから、四番目としましては、それと関係しておりますが、特に金融面でのノーハウを我々は完全に失っている。その面での協力をぜひともしてほしい。金融面での特にノーハウ。お金が欲しいという意味ではなくて、金融面での人材の育成、ノーハウを欲しいということです。 それから、五番目の問題としましては、公害対策の技術面での協力であります。社会主義国は、常識的には企業が勝手に利潤の原理で動いているのではなくて、国家が全社会的な全国家的な利害のもとに企業経営を行っているので、公害が資本主義国よりも本来は少ないはずであるという常識がありますが、現実は全く逆でありまして、先進資本主義国と比べましても、ソ連、東欧諸国は公害面で著しくおくれております。その面で、日本は公害対策の成功した一つのモデル的な国家としてソ連、東欧諸国では見られております。もちろん日本でも公害面で非常に深刻な問題がありますけれども、その公害技術の面で最先端を行っているということも確かでありまして、その面での協力、特に公害対策という面での協力であれば、西欧諸国が日本に対して、その面で日本を警戒するとか悪感情を持つというのが比較的少ない、むしろ感謝される。グローバルな面でのそういう環境問題というのが世界的に今問題になっておりますので、この面で協力するというのは、経済摩擦等を起こさないで、日本が東欧あるいはヨーロッパ全体を含めて貢献する重要な分野になるのではないかと思われます。 六番目に文化協力の面があります。チェコのある文化問題の関係者に会って話をしましたところ、こういう不満を聞きました。チェコにおきましては、日本の文化に対する関心が非常に高い。日本文化フェスティバル、そういったものをいろいろな形で我々は企画している。しかし、日本の外務省関係、大使館関係あるいは経済関係者にその面での協力を依頼しても、ただお茶とお花といった程度のおざなりな対応でお茶を濁されてしまう。比較的最近、日本の前衛芸術家の集団、舞踏集団でありますけれども、それを呼んでチェコ国内での公演をしましたところ、大変な評判となって日本に対する関心が一挙に高まったけれども、残念なことに、これは貴重な外貨をはたいて我々自身でやらざるを得なかった。日本の企業は今東欧もうでということで、共産政権も崩壊した、新しい民主主義の東欧が始まるのだということで、東欧もうで、いい投資の口はないかというので投資環境調査団その他をどんどん送り込んでいるけれども、我々との文化協力という面でもっと協力してほしい。特に日本の場合、東欧は小国なのでなかなか一流の文化人などは送ってくれない。ただ金もうけだけでなくて、そういった面での協力をぜひともしてほしいということを強く訴えられました。そういった面で、現地の経済の改革、あるいはそういう文化交流に本当にためになる、しかも単なるお慈悲ではなくて、きちんとした、経済ベースに乗った協力関係、それを保つことが大変重要なのではないかと思われました。 それから、東欧問題に関しまして別のテーマでありますが、ドイツ問題が現在関心の的になっておりますので、今後の動きに関しまして私の意見を述べさせていただきます。 現在、ヨーロッパには大きく分けて二つの潮流が見られます。一つは、これまで東欧と言われていた地域に見られるナショナルな雰囲気の強化、あるいはそれぞれの国家的な自覚が強まる傾向、いわゆる個別化の傾向といったらいいでしょうか、これは特に東欧諸国に強く見られます。これまで東西陣営の中で、特に東側陣営という枠組みの中で抑えられていたナショナルなもの、今東欧国民はそこに夢中になって、ナショナルなもの、そういったところにアイデンティティーを求める、そういう動きを見せております。これは個別化あるいは分散化の傾向であります。もう一つは逆の傾向でありまして、これは西ヨーロッパ諸国に見られる傾向、九二年のEC経済統合に見られますような統合の傾向、統一化の傾向であります。これは西ヨーロッパ諸国に見られますが、しかし東欧諸国、西ヨーロッパ諸国ともに逆の面も見られます。それは、東欧諸国にもそういう個別化の傾向と同時に、かつての中部ヨーロッパとしての文化の一体性とか、あるいは経済面でともに西ヨーロッパ諸国と比べておくれているので協力せざるを得ないという、そういう協力の傾向もあります。また、西ヨーロッパにも、統合の傾向以外に、フランスを見ましてもイギリスを見ましても、根底にはナショナルなものを非常に現在も強く持っております。 結局こういう個別化あるいはナショナルなものが強まる傾向が支配的になるのか、あるいは統合の傾向が強まるのか、この問題が今後のヨーロッパのみならず世界の動きに非常に大きな影響を及ぼすと思いますが、ここで重要な意味を持ってくるのは統一ドイツの行方だと私は思っております。今二つの傾向のうちどちらの傾向が強まるのか。単純化して言えば、これはドイツの行方いかんにかかっていると思います。今後生まれるであろう統一ドイツが、もし大ドイツ・ナショナリズム的なものを強めたならば、かつてのヨーロッパ人が心配したような、また被害を受けたような、そういう大ドイツ・ナショナリズムが強まる。そういう方向に行くとするならば、周辺の諸国のナショナリズムはこれに刺激されて、そういうナショナルなもの、国家主義的な要素がその周辺でも強まっていくであろう。逆に、ドイツが行儀のいいヨーロッパの一員としての、そういう方向をたどるならば、統合の傾向あるいは統一化の傾向が強まるであろう。ということで、今後のドイツの行方が大きな意味を持っておると思っております。 次に、またテーマを変えますが、ソ連とNATO、それから東欧諸国、ドイツの問題について、私の意見を一言言わせていただきます。 現在ソ連は、ドイツ問題に関しましては、統一は支持する、しかし中立ドイツが条件である、NATOに西ドイツが残ったままで、そこに東ドイツが併合されるということに関しては、公式的には反対の意見を表明しております。しかし、現在のソ連の外交問題の専門家たちと話した結果、私は次のような結論を持っております。 公式的に現在ソ連は中立ドイツが条件であると言っておりますけれども、本音のところでは、既にソ連の指導者のかなりの部分が、むしろNATOの枠内におさまっている西ドイツあるいは統一ドイツの方がソ連にとっても安全であり、都合がいい、そういう考え方を持ち始めているということであります。これは日本とアメリカの間の安保条約の評価の変化とも対比できる問題だと思われますが、ソ連は長い間、日米安保条約はソ連を敵視した軍事同盟であるということで非常に厳しく批判してきました。しかし最近は、ソ連国内に逆の評価が生まれてまいりました。つまり、安保条約の枠におさまっている日本、アメリカの安全保障の枠組みにおさまっている日本の方が安全である。もし安保の枠組みを日本が外れるならば、日本が独自の国防の努力をするならば、日本は核を持ち、また空母を持ち、また攻撃兵器を持つようになるだろう、それはソ連にとってかえって危険である。そういう認識が強まって、むしろ安保の枠におさまっている日本を肯定的に見る意見が強まってきております。 NATOの問題に関しても、同じことが言えると思います。ソ連のある専門家と話しましたところ、こういう言い方をしました。私がNATOの枠におさまっている統一ドイツ、その方がソ連にとって安全じゃないですかと言いましたところ、その専門家は、袴田さん、私も同じような考えを持っております、ただ残念なことに、ソ連はこれまでNATOを極めて敵視するプロパガンダを行ってきた、この意識の転換が非常に難しい、ある意味でソ連は今自分たちのこれまでのプロパガンダのわなにはまっているのであるという言い方をしておりましたけれども、今後の方向としましては、近い将来、ソ連はNATOの枠内での統一ドイツというものを認める方向に行くと私は思っております。 最後に、リトアニアの問題について一言述べて終わりたいと思います。 リトアニアには、現在三つの政治潮流があります。一つは、ランズベルギスが代表しておりますサユディスという人民戦線派でありまして、これは急進独立派と言ってもいいと思います。それからもう一つは、これと全く対照的なグループでありまして、共産党内部の、しかもモスクワ派と言われているグループで、今は独立派の共産党から別個のグループをつくりまして、ソ連共産党から離脱すべきではないという意見を掲げて、モスクワ派というレッテルを張られているグループであります。その中間に独立派の共産党があります。これはブラザウスカスを指導者として描くグループであります。 この三つの潮流の特徴は、サユディス系のランズベルギスたちは、経済問題は後回しにして、まず政治的な独立をという主張をしております。モスクワ派の共産主義者のグループは、独立に反対しております。それに対しましてブラザウスカスのグループは、独立を支持する、リトアニアの独立を主張しておりますが、しかし、経済的な条件を無視して直ちに独立というのは現実的でない、五年から十年の移行期間を設けて、その間経済的な諸条件を整えながら、実質的な独立は五年から十年先に行うべきである、そういう意見でございます。 それで、最近のリトアニアの問題が先鋭化した理由は、ランズベルギスという急進改革派が最高会議の議長に選ばれて、経済問題を無視して直ちに独立という方向をたどったことであります。しかし、本日の新聞にも報じられておりますけれども、このサユディス系の指導者のうちでも、プルンスキネという、現在の女性の首相でありますが、彼女は欧米諸国を回って帰って、議会で次のような提言をしております。直ちに独立というのは、やや性急に過ぎる、諸条件を考えて、徐々にこの条件を整えなくてはだめだ、そのために多少の譲歩も必要である、そういう提言を議会で行っております。これはある意味でブラザウスカスの路線に歩み寄っているということでもあると思われます。 それで、リトアニア、今三つの政治勢力がございますけれども、モスクワ派は今後力を持つことはないでしょう。サユディス系のグループとランズベルギスのグループの問題、その両者が今後政治的に重要になってくると思いますけれども、基本的には、将来はサユディス的なそういう完全独立派が力を持つにしても、過渡期にはブラザウスカス的な立場に立たざるを得ないのではないかと私は思っております。今のサユディス系の指導者も、最近ようやくそのことに気がつき始めたというのが実情ではないかと思っております。 一応私の報告及び意見は、これで終わります。(拍手)
○柿澤委員長 どうもありがとうございました。 以上で参考人からの御意見の開陳は終わりました。 この際、懇談に入ることとし、休憩いたします。 午前十一時十一分休憩 ────◇───── 午後零時三十三分開議
○柿澤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 参考人各位には、長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。(拍手) 午後一時三十分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時三十四分休憩 ────◇───── 午後一時三十二分開議
○柿澤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 今後のアジア・太平洋地域の安全保障に関する問題について意見をお述べいただくため、参考人として上智大学教授猪口邦子君及び評論家田中直毅君の御出席をいただいております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ、本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位には、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただきたいと存じます。 次に、議事の順序について申し上げます。 まず、猪口参考人、田中参考人の順序で、お一人十五分程度の御意見をお述べいただき、その後、懇談に入りたいと存じます。 それでは、最初に猪口参考人にお願いいたします。
○猪口参考人 きょうは、このような機会を与えていただきまして、まことに光栄に存じます。また、先生方におかれましては、いつも大変御苦労さまでございまして、国民の一人として御礼申し上げます。 きょうは、今後のアジア・太平洋地域の安全保障について、私の意見を述べさせていただきます。 やや大きな話なんですが、今世界はあたかも今世紀の諸問題を今世紀中に克服して、よりよい新世紀を迎えようとしているかのように、非常に高い密度と相当な速度でさまざまな対応と変化に取り組んでいます。レーニンは二十世紀は戦争と革命の世紀と言いましたが、より正確には二十世紀は戦争と成長の世紀であったと言えるかもしれません。二十世紀社会は空前の規模の成長を遂げ、その際限のない成長主義の矛盾としての、例えば地球的規模の環境破壊の問題が表面化するようになりましたが、昨年のアルシュ・サミットでこの問題が重要事項として取り上げられるなど、成長がもたらしましたさまざまな問題についても対応が急がれています。成長とともに戦争もまた二十世紀の顔でありました。二十世紀中の戦死者の総数は、古代から十九世紀末までの戦死の総和を既に上回っています。二十世紀ほど多くの人が戦争の犠牲になり、それを嘆く人の多かった世紀は人間の歴史にございません。第二次世界大戦以降、世界は直ちに冷戦構造に滑り込みましたが、核軍拡競争と極限的な破壊の可能性を伴った冷戦を終わらせる努力は、この戦争の世紀の終わりにまことにふさわしい重要なものであると思います。その意味で、冷戦終結への努力を表明したマルタ会談と、それから地球的環境破壊の問題を取り上げましたアルシュ・サミット、この二つが開催されました昨年一九八九年は、戦争と成長の世紀を超えるための最後の十年の出発点であったというふうに位置づけることができるかと思います。そして、この二十世紀最後の十年の間、日本が世界とともに諸問題に取り組んでいくことは極めて重要であると思われます。このポスト冷戦の世界におきます、とりわけアジア・太平洋地域の安全保障について意見を述べさせていただきますが、この地域は言うまでもなく世界の動向から不可分であり、世界全体の中でこの地域のあり方をとらえる視点が必要であると思われます。 以下、この地域の安全保障問題について、五つの点に限って意見を述べさせていただきます。 まず第一に、私は、日本には国際社会の変革の方向性についてのより鋭い分析と認識と、さらに対応が必要であると思われます。海部政権になりましてからは、外交も非常に順調に進展し、新しい緊張緩和への動きを積極的に評価し、認めるようになりましたが、この緊張緩和への兆しは、既に五年前から明らかになっていたことであります。御承知のとおり、一九八五年十一月には、米ソ首脳会談史上最長の空白を破ってジュネーブ会談が開催され、また一九八七年には、最初の核軍縮条約でありますINF全廃条約が調印されました。米ソ首脳会談は、暗黙のうちに定例化されたかのように毎年開催されてまいりましたことは、御承知のとおりであります。世界の主要国の中で、日本ほど長い間冷戦終結への否定的な世界観を掲げてきた国は珍しく、この新デタントへの動きを認識する上でのほかの主要国との時間的なずれは、そのままアジア・太平洋地域におきます対ソ政策の停滞につながり、その結果、今日日本は重大な安全保障上の損失をこうむるようになっていると考えられます。ソ連の軍事力の背景には、膨大な社会主義的産軍複合といいますか、そのような動員体制があり、その体系を一気に縮小することは容易ではありません。したがって、ユーラシア大陸の西の端で緊張緩和への圧力がかかり、他方で、東の方ではその動きが鈍いとなれば、ソ連は当然のように軍事力を西から東に水平移動させることになることは十分に考えられることでございます。最新の偵察衛星情報によれば、ソ連の戦略ミサイルの三割がサハリン付近に配備されるようになっているというふうな報告が入っております。この種の問題については、さまざまな測定の仕方もありますし、いろいろな推測も入りますので、数字そのものにこだわる必要はありませんが、質的な面での軍事力の向上も含めて、欧州の冷戦終結が極東の冷戦強化につながるような結果になっては余りにも残念であります。それを阻むには、欧州正面におきますのと同じテンポと努力で対ソ関係を打開し、そして兵力の水平移動を許さないような戦略的外交が本来は必要でありました。言うまでもなく、外交の本来の目的は、自国に対する軍事的脅威の増大を阻むことにあります。それに失敗しますと、脅威を相殺するためにみずからが軍備増強に邁進しなければならなくなります。ソ連の脅威を低下させることに成功した諸国が、防衛費の削減、防衛費の抑制の方向に向かうこの世界の中で、日本が主要国中最大の防衛費増大を決行せざるを得ない立場に陥ったことは非常に残念であると思います。 日本は、まだ経済大国であっても政治大国ではありません。したがって、世界の主要国から、あるいは主要国の行方からひとり逸脱して独自の外交路線を歩むようなことは考えるべきではないと思います。対ソ関係改善についても、日ソ関係が米ソ関係や英ソ関係、あるいは西ドイツとソ連との関係より先に進むというのは危険であると思います。しかしながら、それより著しくおくれるというのも同じく危険であります。世界の行方をしっかりと読み取り、そして平和への大潮流から逸脱せずに世界とともに歩む、そういう機敏さが必要であります。そのためにも、世界の行方を先読みできるような分析力と、それを国民と共有していく民主外交が必要と思われてなりません。 第二点でありますが、したがって、日本は今後対ソ関係の改善に欧米とともに努力していかなけばなりませんが、そのためには、北方領土問題について最終的に四島返還が可能になるような現実的かつ建設的な立ち回りが必要であります。この点については後にいろいろと申し上げたいと思います。さて、その際に領土返還と一対の形で日本がソ連の経済発展に協力するということが当然論議されるようになると思いますが、その際には、ジオポリティックスならずジオエコノミックス的な発想に余り拘束されないことが必要ではないかと存じます。地理的に近いのでシベリア開発協力というのでは、これはむしろジオポリティックスを軽視した余りにも短絡したジオエコノミックス的発想であると言われなければなりません。私はむしろシベリアよりもウラル以西の経済の発展に協力するのがよろしいのではないかと存じます。といいますのは、このアジア・太平洋地域での緊張緩和がおくれている以上、シベリア地域におきます人口の増大、重工業の発展あるいはエネルギー資源の開発あるいは輸送、通信網の向上などは、潜在的なソ連のこの地域におきます兵力動員力を向上させることになる可能性もあるわけですから、もうしばらくの間、ソ連の極東に対する緊張緩和への意識が明確化するのを見届けてからシベリア開発には協力するのがよろしいかと思います。その間、日本はむしろソ連の心臓部でありますウラル以西の発展に協力すべきであると思います。そうすることにより、欧米とともに共同歩調もとりやすくなるでしょうし、また日本にとってノーハウの少ない地域への知識を増す機会にもなります。ソ連のウラル以西の経済に入り込むには、まず西欧EC経済にしっかりとした地歩を築くことが必要であり、さらに東欧経済に入り込むことが必要であります。このように、対ソ関係の改善は、シベリア経由ではなく、まず西欧経済から東欧の回廊を通ってユーラシアの西から入っていくということを考えてはいかがでしょうか。そのようなジオエコノミックスを超えたジオポリティカルな発想が今この時点では必要に思われます。 第三に、日本はポスト冷戦時代に向けての安全保障戦略をより真剣に構築しなければならないと思います。たとえソ連の脅威が後退しても、日本は国際法のもとで万国の保障された領土的防衛の権利にのっとった現実的な領土防衛構想を追求する権利があるわけですし、それを模索することが必要であると思います。偶発戦争の可能性や予想外の事態に対して国土、国民を守るという防衛をどう行うのか。一つには非核ハイテク技術によります防衛要撃システム、コンベンショナル・ディフェンス・イニシアチブなどとも時々呼ばれますけれども、そのようなシステムを構築、高度化していく必要があるかもしれません。それは、つまり日本へのいかなる攻撃用ミサイルも着弾前に捕捉し破壊できるようなそういう包括的なシステムのことであります。それは、まさにそのような非攻撃型防衛網は本質的に専守防衛的なものでありますので、憲法の精神にのっとってそのような新しい防衛システムを考えるということもお願いしたいと思います。ヨーロッパではノン・プロボカティブ・ディフェンスの考え方がよく議論されます。ノン・プロボカティブ・ディフェンスと申しますのは、非挑発的防衛というふうに訳されるのでしょうか、余り定訳はまだないと思いますが、日本の場合は海洋型であり、かつハイテク版のノン・プロボカティブ・ディフェンスをポスト冷戦時代におきます新しい安全保障戦略として積極的に前向きに考えてみてはいかがかと存じます。 第四に、この地域での米軍削減についてでありますが、緊張緩和とは地域の中での基本的な勢力バランスを崩しては成立いたしません。ヨーロッパ正面では米ソ・パリティの勢力バランスがあり、それが保たれるような形で低レベル均衡が模索されてきました。アジアでは、ヨーロッパ正面とは違い、米国の圧倒的な優位が今まで存在しておりました。したがって、緊張緩和もそれが維持されたままで推移しなければならないというふうに考えます。 第五に、今日アジア各地での核拡散の問題が懸念されるようになりました。核不拡散体制、NPT体制を改めて強化していくことは、唯一の被爆国としての世界的な使命であると思いますし、アメリカを支援しながらこの体制を強化していくことこそが、この地域の長期的な安定を考える上で実質的には非常に重要なことかもしれません。そのためには、特定の国を世界の体制から疎外するのではなく、すべての国が体制内化され、したがって、既存の体制とともに生きることにすべての国が利益を見出すような方向に誘導することが必要であります。それは巧みな外交によってのみ可能になるわけですが、軍拡より経済成長をという目標を設定することにより、アジア・太平洋時代が核拡散よりも、むしろ別の方向にエネルギーを向けて進めていくということが可能になるかと思います。今大西洋世界は著しいダイナミズムのもとに発展しようとしております。太平洋時代が来る来ると言われながら、ついに来ないまま新大西洋の時代になってしまったということのないように、この地域が軍拡より経済発展の地域となることを日本がリードしていく、そういう使命を今日本は抱えていると思います。 では、私の意見の開陳は、これにて終わらせていただきます。(拍手)
○柿澤委員長 どうもありがとうございました。 それでは、次に田中参考人にお願いいたします。
○田中参考人 一九八九年が奇跡の年だったというふうに言われて、そしてことしは、東ヨーロッパを中心に第二次世界大戦後当初予定されていた自由選挙というものが初めて実施され、東ヨーロッパの地に新しい政権が誕生し始めているわけでございます。経済の分野でいいますと、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーは、今資本主義革命を行っているのであって、社会主義の残滓というものを一刻も早く克服したい、そういう流れになってきているわけでして、果たしてこの資本主義革命というものが経済的にどこまで成功するのか、それが問われているという状況になっております。そういう意味では、ワルシャワ条約機構軍というものが完全に解体したことは、ソ連もアメリカも両方が認めるという事態になり、例えばアメリカにとってみますと、第二次世界大戦後大きなテーマであった欧州正面におけるソ連との角逐、駆け引きというテーマが消滅し始めているわけでございます。 これに対して、我々が大変関心を持っておりますアジア地域においては、残念ながらこうした流れが全く起きないでいるのが今日でございます。これは私の予測でございますが、今後むしろ我々が処理に困るといいますか、アジア・太平洋において平和と繁栄の構図を築くに当たって困難となるような問題はなおふえるだろうと思います。 例えば、中国でございますが、米中関係の悪化はさらに進むと考えるべき兆候が幾つかございます。アメリカの通商法にジャクソン・バニック・アメンドメント、ジャクソン、バニックのお二人がつけた修正条項がございますが、これは共産圏については基本として最恵国条項としない、関税等最恵国の待遇を与えない、待遇を与える場合は、移民を阻害しないようにする、それが確認されたときのみ最恵国条項を適用する、こういう形になっているわけです。もともとはソ連のユダヤ人の出国の問題、ソ連にいるユダヤ人が出国したいというときに、それをソ連当局が阻んでいたことからこのジャクソン・バニック・アメンドメントが行われたわけですが、それに対して、これは要するに、ソ連を言うならば制裁するという条項であって、そのもとでは中国と例えばハンガリーあるいはユーゴスラビアは例外的に優遇されていた、こういう形だったわけです。しかし、この条項は常に見直されるわけでして、六月から七月にかけてこれが行われようとしているわけですが、現在、米国議会はこのジャクソン・バニック条項上、人権の問題について中国はひどいという認定をしておりますので、議会はこの最恵国待遇を持続するというのに反対。ブッシュ政権でございますが、いろいろ言われております。これはすぐのことでございますから、もう二、三週間で結果が出ることでございますが、多分ブッシュも議会と歩調をともにするであろう。現在、米国議会では増税を含む財政赤字の削減について超党派の話し合いが行われるようになっておりまして、ブッシュとしては、議会との間の幾つかのカードのうち、議会の好意を得たいという中にあえて中国問題でぶつけるつもりはなさそうです。ブッシュ自身が中国の展開に大変失望してきている。幾つかありますが、ファン・リーチ、方励之と漢字で書きますが、今中国・北京のアメリカ大使館に夫婦で入っちゃっているわけですが、例えばこの人が中国を、北京を離れられないという状態が続いていまして、これは現在の中国政府が、昨年六月の天安門の武力弾圧ということをやった以上、この方励之の問題は当分処理できない問題として残っておりまして、恐らく米中関係はさらに悪化するだろうと思います。昨年、天安門事件が起きましたが、中国から米国への輸出額は現実にはふえておりまして、しかし最恵国待遇が外されますと、中国からアメリカ向けへの輸出については、物によって違いますが、三〇%とか四〇%の関税がかかるわけでございまして、米国における中国製品、繊維、雑貨等の中国製品の米国における競争力は一挙に低下する。大きな、ただ単にメンツを失うだけでなくて、実際の被害が起きるという状況が起きる、そういうことを我々は考えておく必要があるわけです。米中関係が緊張いたしますと、日中関係の処理もまた非常に難しい問題になる。これは第二次世界大戦後ずっとそうでございまして、日中関係がうまくいったのは、米中関係が好転したときにのみ実際問題日中関係はよくなったわけでして、米中関係が緊張をはらむようになりますと、日中関係の処理は相当難しい問題になる、これが我々が現実にもう間もなく抱えるであろう課題でありまして、八千百億円の対中借款は、こういう状態になると実際上空に浮くというふうに考えるべきではないかというふうに思います。 それから、北朝鮮における核兵器の開発のスピードについてはいろいろ言われておりますし、特別の見識を持つわけではありませんが、言われている限りでは、少なくとも現実、現在もなおこれが行われておりまして、アメリカの国防当局はこれに懸念を示している。何とかソ連との話し合いで、ソ連が幾つかの技術を渡していることは事実ですが、これを何とかとめられないかという交渉が米ソ間で行われていることは、これはアメリカの文書にもございます。これがやはり懸念材料だということがございます。 それから問題は、先ほど申し上げましたように、ヨーロッパにおいては、もはやその前方配備ということの意味がなくなり始めているといいますか、意味づけが難しくなりました。フォワードディプロイメントというのは、明白なる敵がいて前方が指定できたわけですが、敵が消滅したときに前方というのはあるのかという議論になるわけでして、NATO軍の戦略そのものが見直される。また、これ以上ソ連の剥奪感を、要するにワルシャワ条約機構軍というのは事実上解体したわけですから、これは共産党を通じての、言うならばソ連の支配体制のもとでのワルシャワ条約機構軍ですから、別に確たる官僚組織、機構が多国間にあったわけではなくて、共産党を通じての支配、共産党が事実上消滅してしまい、政権にいないわけですから、これはもう機能していないわけですね。そういう意味では、ヨーロッパにおいては果たしてNATOという軍事機構を兵力の水準において現在のままとどめることがプラスとは思えないという、これも共通の了解があり、統一ドイツの実現の過程では、ミッテルオイローパ、中欧における兵力の水準について米ソ間においても合意される可能性が現実に出てきているわけでございます。そういう意味では、兵器の種類から兵隊さんの数に至るまでヨーロッパでは米ソ間で話し合いが成立する可能性というのは出てきた。 これに対して我々の周辺のアジアを考えてみますと、そういう条件はほとんどないわけでございます。大変残念なことですが、そういう状態。アメリカのアジアにおける戦略も相当現実に迷いが出てきております。ことしに入りまして国防省の担当者、アジア・太平洋の担当者がいろいろな発言を繰り返してきておりますが、かつて常にありました、アジア・太平洋におけるアメリカ海軍の存在は、ソ連の核戦力に対応するもの、ソ連の脅威に対応するものだということだったわけですが、ことし発表されています幾つかの文書は、これは大幅に減じたということを、大幅になくなったことを前提にしておりまして、それではなぜアメリカ海軍はアジア・太平洋に存在感をこのまま主張するのかということになりますと、多くの議論は、力の空白がこのアジア・太平洋において起きた場合に、だれにとっても好ましからざることが起きる、力の空白が新たな紛争を生まないために存在し続けた方がいい、こういうロジックに転換してきているわけでございます。 そこで、我々どうやってこのアジア・太平洋における平和の機構、平和の実質的なメカニズムをつくり上げていくのかという問題になるわけです。ヨーロッパの事態から幾つかの教訓を学ぶとすると、東方政策、ドイツ社民党において行われました東方政策は、ソ連のコンフロンテーション、軍事対決の姿勢というものが持続する限り、欧州における安全保障の仕組みは意味がない、ドイツの統一はまして不可能だということを前提にして、このソ連のコンフロンテーションをどうやって下げていくのかというのが戦略であったわけでして、オストポリティークが行われ、基本条約が結ばれ、一九七五年にはその延長線上で全欧安保会議、CSCEという枠組みが決まります。このCSCEは三つバスケットがございまして、第一が安全保障、第二が経済協力、第三のバスケットは人権でございます。この人権の尊重という条項が効いてくるわけでございまして、これはアルバニアを除く三十五カ国が、北米、アメリカ合衆国、カナダを含む三十五カ国がサインしたわけでございますが、この議定書、とりわけ第三バスケットの人権擁護というこの規定を使いまして、例えばチェコスロバキアの憲章77のリーダーは、このヘルシンキ議定書の第三バスケットを根拠にみずからの正当化を行う、一九八〇年に結成されましたポーランドのソリダルノスチ、連帯の指導者も同じくこの第三バスケットを根拠にみずからの活動をするという、いわゆる西側にとっては、このヘルシンキにおけるCSCEの仕組みというのは大変大きな効果を持ったわけですが、それに相当するものを、全くそれと等価なものを我々がつくり出すというのは難しいわけですが、しかし軍事対決には展望がない、それを前提としない国際関係の構築ということが、例えば我が国からも呼びかけられてしかるべき、例えばソ連に対してそういう呼びかけが何をきっかけにどういうルートで行われるのかということは、我々がもっと考えなければいけないのではないかというふうに思っているわけでございます。 それでは、アジア・太平洋においてそうした安定した枠組みをつくるということになりますと、米ソ中日、少なくともいわゆる大国レベルでは、この四カ国においてある程度の共通の申し合わせといいますか、これが必要でございまして、米ソ間ではどうやらこういう枠組みをつくっていく、現在ただいますぐアジア・太平洋という雰囲気ではございませんが、少し長い目で見ますと、米ソ間にはこれはつくられる可能性はむしろ高い。しかし、その中に例えば中国が入れるだろうかということになりますと、入れるかもしれませんが、現北京政権が続く限りにおいてその可能性というのは余り高いと見るべきではないと思います。そういう意味では、日本が何かイニシアチブを発揮するということになりますと、ソ連との外交、一体どういうレベルで何を話しているのか、とにかく一度もソ連の元首は来ないわけでございますから、それがそういう状態でアジア・太平洋で何か枠組みをつくるということが可能だとは思えない状態が続いているわけです。 私は、長い目で見ると、アジアの地において集団安保という、地域集団安保というものをつくり上げる必要があるだろうと思います。国際連合憲章の第八章は「地域的取極」について規定しております。国際平和及び安全の維持のために、「地域的取極又は地域的機関」がつくられることを想定していると言っていいと思います。そして、地域的紛争を安保理事会に付託する前に、紛争の平和的解決の努力をこの地域的機関が行うことを想定しているわけです。こうした地域集団安保の構想は、国連を創設した人々にとってもかなり重要な意味を持っていたというふうに思うわけですが、そうした枠組みを、皆がテーブルに着き共通の問題、とりわけ人権にかかわる問題も、ここの場で議論されるようなそういう必要があるだろうというふうに思うわけです。我が国は経済援助については相当の実績があるわけですが、経済援助を行うということが、例えばこうした人権をも含む問題について討論のできる地域的な枠組みをつくっていくことにもう少し努力の方向が結集していいのではないかというふうに思います。 つい最近、パキスタンのブットさんの自伝の翻訳が出ました。ジアウル・ハク軍事政権に対してブットさんはずっとディシダンツ、反体制の立場から幾つか行ってきたわけですが、彼女を初めとしてパキスタンの地における人権抑圧の事例が多かった。そのとき、彼女あるいは彼らの立場をかなり救ったのは米国上院の外交委員会でございまして、援助の問題をてこにジアウル・ハク政権に対して人権擁護の立場から幾つかの注文をつけます。これは米国上院議員あるいは上院議員のスタッフというものが現実に働いてパキスタンにおける人権抑圧をジアウル・ハク政権に軽減させる、もちろん差しとめを要求するわけですが、形としては軽減する、こういうケースが具体的に書いてありまして、なるほどこういう形で具体的に米国上院外交委員会は人権問題にかかわっているということがわかるわけです。 我が国の経済援助は、昨年、ことしと御存じのように米国を上回る金額、ちょっと条件は悪いのですけれども、贈与の部分が少なくて貸してやるという部分、後で元本は請求するよという話があるので余りでかい顔はできませんが、しかし、金額からいけば米国を上回る金額を出しているわけですが、これが地域における人権擁護にかかわるような仕組みにつながった、あるいは衆議院外務委員会の先生方がそういう働きを具体的になされ、その成果が例えば反体制、ディシダンツの立場におられた人の自伝に出てくるというようなことを我々期待するわけですが、そういうことも含めて、我々の多分先生方に対する期待はそのあたりにも既にある。我が国が債権大国としてこういう地位に立ち、恐らくこれから十年とかあるいはもう少し長くそういう地位を続けると思いますが、そのときに我々はこの地域において軍事のことを議論するというのではなくて、もちろん安全保障のことを議論するのですが、基本はやはり人権の擁護というところを前提にした蓄積がなされるわけです。もし我々にそういう功徳があれば、功徳を積むといいますか、陰徳を積むこと十年あれば、我々は国際政治の世界においてももう少し尊敬を受ける立場に立ち得るのではないかというふうに思うわけでございます。 以上でございます。(拍手)
○柿澤委員長 どうもありがとうございました。 以上で参考人からの御意見の開陳は終わりました。 この際、懇談に入ることとし、休憩いたします。 午後二時四分休憩 ────◇───── 午後三時三十七分開議
○柿澤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 参考人各位には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。(拍手) 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時三十八分散会