沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号
- 発言数
- 119 件
- 登壇者
- 17 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1989/11/14
会議録
○沢田委員長 これより会議を開きます。 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。北村直人君。
○北村委員 きょうは、中山外務大臣そして水野総務庁長官にお越しをいただきまして、北方に関する質疑をさしていただけることを光栄に存じますし、また、両大臣そしてまた各関係諸官庁の皆さんには、きょうまで北方に関するいろいろなことにつきまして御尽力をいただいたことに心から感謝を申し上げる次第でございます。 それじゃ早速でございますけれども、外務大臣にひとつ質疑をさしていただきたいと思いますが、きのうそしてきょうのテレビ、新聞では、ヤコブレフ氏の来日そしてまた彼のいろいろな報道が華々しくされております。きのうは外務大臣もお会いをさしていただいた。総理もお会いをさしていただいた。党では小沢幹事長もお話をさしていただいた。その中で、領土についてお互いそれぞれ主張がある。第三の方法を勉強したい、こういうようなお話をヤコブレフ氏がコメント等しておりますけれども、大臣、この第三の方法というようなこと、今考えられることとしてどのようなことが考えられるか、御答弁いただきたいと思います。
○中山国務大臣 第三の方法ということで、昨日ヤコブレフ団長からお話があったと新聞報道で私も実は存じ上げているような状況ではございますが、私とのお話の間では、第三の方法というお話は全然ございませんでした。長年の日ソ間の一番大きな問題、領土問題、これを解決して平和条約をつくっていこう、締結したいという私どもの願望、ソ連政府の方も、何とかこの激しく国際政治情勢の流動する中で日ソ関係の改善をして、安定した法的地位を確立して日ソ関係を拡大したいということでございまして、第三の方法ということにつきましては、外務大臣としては直接お話を聞いておりませんのでコメントを申し上げる立場にございませんが、全力を挙げて努力をいたしたいと考えております。
○北村委員 大変難しい問題だと思いますし、また小沢幹事長も、国土と国民ということで日本の物の見方、考え方をしっかりとヤコブレフ氏にお話をしたようでございますが、ただ、日本の考え方とソ連の考え方に今なお平行線があるとすれば、普通の一般的な考え方とすると、何か道を解決をしなければならぬとすれば、平行線をたどっていることに固執をすることでなくて、何か別の道をまた考えなければならないのではないかというのが、普通の国民の人方の疑問として出てくるのではないかと思いますね。 今も御説明をいただきましたけれども、日本側として第三の方法というのはあるのかどうか。さらに、あるとすればどういう方法がとれるのか、もしお答えをいただけるのであればお答えをいただきたいと思います。
○都甲政府委員 ソ連との領土問題を解決して平和条約を締結するという問題につきましては、なかなか双方の立場が対立してきていたわけでございますけれども、御承知のように昨年の十二月に次官レベルの常設作業グループというものができまして、そこで平和条約交渉の問題が具体的に話し合われているという状況になってきております。そういう中で、ことしの五月の外務大臣同士の会談におきまして、日本側から、日ソ関係は一番重要なことは領土問題を解決して平和条約を締結することであるけれども、しかしその問題だけではないということで、その問題はもちろん中心に置きながら、そのほか実務関係の推進あるいは信頼的な雰囲気の強化あるいは交流の強化、それから最高首脳レベルでの交流ということで首脳訪問という、その五つの分野を均衡させて拡大していこうということで合意を見た経緯がございます。そういうことで、この基本的な問題は横に置くことなく日ソ関係を進めたいということを、ゴルバチョフ書記長がことしの五月に発言をしたことがございますけれども、やはり全体として関係を進めていく中で、この問題の解決を図っていくということについての合意が基本的に見られているというのが現状であるということを御理解いただきたいというふうに思います。
○北村委員 なかなか難しいと思いますが、ぜひ早期返還に向かって、今までも御尽力いただいていると思いますが、相手側も第三の道ということであれば日本側もそのことも踏まえながら、しかし日本の主張だけはしっかりと主張しながら、返還に向けてのなお一層の御尽力をお願いしたいと思います。 その返還に向かっては、やはり日本の最重点項目でありますので、内閣の総理大臣が現地を見ていただくというのは、これは国民の皆さんの願いでもありますし、現地の北方を抱えている根室あ るいは根室管内の方々もそのとおりだと思います。鈴木元総理以来、まだどなたも総理大臣は行っておられません。やはり海部総理大臣にも、これは早急に現地に行っていただきたい。外務大臣はもちろんでございますし、総務長官もこれは何度もということでございますが、外務大臣として総理大臣にぜひ檄を飛ばしていただきたい、外務大臣の力で総理大臣を現地に行かしていただきたいと思うのですが、そこら辺の熱意のほどをお聞かせをいただきたいと思います。
○中山国務大臣 委員の、この領土の総理の視察という問題につきまして熱心な御意見をちょうだいしまして、大変感激をいたしております。現地の方々からの強い総理の北方領土視察の御要望は十分承知をいたしておりまして、海部総理の政治日程の調整を含めて、海部総理がこの北方領土視察に行っていただくような努力をいたしたい、このように考えております。
○北村委員 ぜひ、総理大臣に現地に行っていただけるよう強力な御指導を賜りたいと思いますし、総理大臣が現地に入るときにはぜひ中標津の空港を御利用していただいて、あそこが北方の最前線の飛行場でもございますので、ぜひ使っていただきたいなと思います。さらに、ぜひ国民の長たる総理大臣に行っていただくということと同時に、今までも国を挙げて北方に対する啓蒙運動をしていただいたと思いますが、総務長官、今まで北方領土を視察をした都道府県は、どのくらい行っておられると思いますか。
○鈴木(榮)政府委員 各県に北方領土返還要求の県民会議ができておりまして、おととしで全県にでき上がっております。その人たちの自主的な運動といたしまして、かなりの数の人たちが行っておると思いますが、自主的に行っておりますので、その辺のことは把握しておりません。ただ、私どもが主催しております各都道府県の北方主管の課長会議あるいは政令指定都市の主管の課長を集めた会議は、北方領土隣接地域において毎年行っておりますので、この人たちは必ず毎年行っておりますし、あるいは北方領土問題対策協会で各県民会議の代表の方を呼んでおりまして、これも毎年会議しておりますので、その代表の方は毎年北方領土の視察をしているという状況でございます。
○北村委員 大変全国の皆さんの御関心をいただいておりまして、府県の皆さんはほとんどの方々が、全府県の方々が行っていただいているようでございますが、しかし中身になりますと、府県の議会の皆さんですとか役所の皆さんあるいは北方対策の関連の協議会の方々は行ってはおられますけれども、一般市民となりますと、四十六ですかの府県の中で半分くらいの府県の人しか行っていないのですね。これは調べていただけるとよくわかるのですけれども。ですから、啓蒙運動を推進するということになれば、それは役所の人たちだけでなくて府県の方々、住民の人たちが、たくさんの方々が行っていただけるという御指導をひとつ総務庁にお願いをしたい。 それと同時に、きょうは文部省の方も来ていると思いますけれども、北方領土を修学旅行に取り入れているという学校がありますか。
○林田説明員 各高等学校等が修学旅行の見学先でどこへ行っているかということの直接の調査は、文部省としてはいたしておらないわけでございますけれども、北海道教育委員会に問い合わせて調査をお願いいたしましたところ、根室市でございましょうか、北方館、それから北方領土対策協会に視察を申し入れた高等学校の修学旅行の学校が、昭和六十三年度、個別の学校については報告を得ておりませんけれども、八校で六百八十名が訪れていると聞いておるところでございます。
○北村委員 これからの時代を担う若者が、領土のことについてこれでは私は大変申しわけないような気がいたします。文部省さんの事務的なことはちょっとよくわかりませんけれども、特に高校の修学旅行については何らかの形で北方を公立の高校も行っていただいて、現に自分の目で見てもらう。それから、北海道の高校あるいは北海道の中学校ぐらいは、ぜひ地元の自分たちの北海道に隣接する北方領土をこの目で見ていただけるような教育の指導ということを、文部省に向かっても総務庁も強力に御指導をいただきたいものだと思うところでございます。 さらに、今の国際状況からいって、もっともっと日本は世界に開かれた国をつくろう、こうなっておりますけれども、世界的に国際的社会を迎えている現在、日本人がソビエトに行くことについては、規定だとかいろいろなものがあるでしょうけれども、比較的自由な旅行だとかというようなことができる。しかし、ソビエトの人たちが日本に来ることについては、手続だとかいろいろなものでなかなか厳しいものがある。また、北方四島を抱えている根室については立入禁止である。これでは今の国際社会の時代と言われているときに、ましてや日本が領土問題で多くのソビエトの方々にも御理解をいただかなければならぬというときに、ちょっと情けないのではないかという気がいたします。確かに、防衛問題とかいろいろな問題の中で厳しいものがあると思いますが、ここら辺について外務大臣でも結構でございますし外務省でも結構でございます。簡単といったらおかしいですが、もっともっとソビエトにも日本が開かれた、あるいは立入禁止などということを解除できるようなことにならないか、そこら辺をお答えいただければと思います。
○都甲政府委員 お答えを申し上げます。 最近、ソ連の国内での旅行がかなり自由になっているということはございますけれども、基本的にソ連はまだ閉鎖地域がかなりございまして、ソ連の極東地域においては特にそうでございます。現在でも、ウラジオストクのような町でもまだ完全には開放されてないという状況でございます。そういうことで、各国ともいろいろな考慮に基づいて閉鎖地域をつくっておりますが、ソ連の場合にそれがまだまだ非常に広範にわたっているという事実をまず前提として申し上げたいと思います。 それから、長期的な観点からいたしますれば、日ソ間で種々の形で交流が進むこと自体は非常に好ましいと思っておりますけれども、他方、北方領土が解決していないという現状を踏まえまして、現時点において日ソ関係は、全体の流れの中で適切に進めていく必要はどうしてもあるだろうというふうに考えます。そういう意味で、北方領土問題の原点である根室というところについてのソ連人の入域の問題については、相当慎重に考えていかなければならないいろいろな問題があって、いろいろな機会に地元の方々ともお話をしてきておりますけれども、基本的には御理解を得ているというふうに私どもは考えております。
○中山国務大臣 日ソ間のこれからの人的交流という問題が非常に大事になってまいると思っております。昨日、ヤコブレフ団長と私との会談におきましても、私はヤコブレフ団長に対して、二十一世紀のアジア・太平洋あるいは日ソ関係というものをよりよき関係に発展させるために、小学生、中学生の交流等もこれからお互いの国での検討課題にやってまいろうということを申しまして、双方ともこの考え方に合意をしたということでございまして、私どもは次の世代へ向かって、二十一世紀に向かってどのような日ソ関係を構築していくかということまでお互いに考え方を交換していることを申し上げておきたいと思います。
○北村委員 私の時間もそろそろ来たようでございますので、最後に、今総務庁にも大変お世話になりながら、北方特別基金について百億の基金の完成に向けて努力をしていただいているところでございます。最初は五年間で百億というお話であったようですが、これらもぜひ百億早期に積み立てをいただきたいと思います。さらに私は、近い将来必ず北方四島一括返還、返ってくるというよりも不法占拠がなくなると信じておりますし、またそうなると確信をしております。そうしますと、あそこもやはり開発をしていかなければならぬということになると私は思います。お答えは結構でございますが、沖縄は四十七年に返還をされて以来、平成元年度、ことしまでに約三兆円の開 発予算が投入をされてきております。ということになると、北方領土がもし返って、もしというよりも返ってきたときに、後の開発も相当な開発をしなければならぬだろう。今の国の予算からいくとマイナスシーリングや何かで到底、北海道開発庁がこれは主管をすることになるでしょうが、開発庁の予算だけではなかなか難しいということになりはしないか、そういうことが私は懸念されるような気がいたします。今から一兆円なんということにはならないでしょうけれども一千億や二、三千億の新しい開発基金みたいなものも考えておく必要があるんではないかという気が私は個人的にはあります。 そういうふうなことを踏まえながら、最後に総務庁長官に北方のこの基金の問題、それから百億を早期に積み立てていただきながら、返ってくるときまで一市四町に対する温かな御理解をいただける、その御決意をひとつお聞かせいただきたい。それをもって質疑を終わらせていただきます。
○水野国務大臣 北方領土問題については、先ほど来外務大臣のお答えもございましたけれども、私どもは国内において国民運動を絶えずやる、こういうことが仕事でございます。これは御承知のとおりでございます。過去四十年間、私どもはいろいろな角度で御承知のとおり鋭意努力をしてきたわけでございますし、日本じゅうの四十幾つの都道府県すべてに県民会議もできましたし、いろいろな立場で充実をした返還運動が進んでいる、私はかように思っております。この返還運動が絶えず行われるということが、日本の国民は絶えず北方領土の返還を希求している、絶対これが日ソ間の諸問題の大前提としてあるんだということを認識してもらえるというふうにも思っておりますし、外務省、外務大臣がこれからソビエトとのいろいろな交渉に当たりましても一つの応援態勢、こういうような形でやってきている、また実りがあるということを私どもは期待をしているわけでございます。 そこで、今お尋ねの北方地域に対するいろいろな対策でございますが、特に北方基金の問題については、これは委員が御承知のとおり平成元年までに七十五億円の積み立てをしてまいりました。先ほど千億単位、一兆円というようなお話でございましたけれども、それに比べれば大変御不満でありましょうが、平成二年度も十億円の概算要求をしている最中でありまして、時期的には少しずれましたが、約百億という目標はこの一、二年で達成できる、かように思っております。もちろん、北村先生のお考えの数千億というような大きな規模の基金については、やはり返還問題が確実になったときからスタートするということで、私は、今日はこの北方問題に関係のある諸問題についての基金だ、こういうふうに思って御理解をいただくしかなかろうと思っております。
○北村委員 ありがとうございました。終わります。
○沢田委員長 武部勤君。
○武部委員 まず最初に、私も外務大臣にお伺いを申し上げたいと思います。 ただいま同僚の北村委員の質疑の中でも、外務大臣のヤコブレフさんを迎えてのお考えの一端をお聞かせいただいたのでありますけれども、やがて九一年にはゴルバチョフ議長来日の予定、このように報道関係が伝えているわけであります。今、お話ありましたように、ヤコブレフさんが第三の道を提唱したというようなことで、これは我々にとりまして非常に大きなショッキングな話であろう、こう思うわけであります。といいますのは、どうもソ連の外交戦術といいますか戦略といいますか、そのことによって世論が大きく揺れ動くというようなことが特に根室地域には多々あるわけでございます。このたびのヤコブレフさんの考え方の中身については知られざるところでありますけれども、新聞等の解説によれば、二島返還を意図しているのではないかというようなことも解説しておりますし、私がここで外務大臣に確認をさしてもらいたいということは、日本の対ソ外交の原理原則というもの、つまり政経不可分という考え方についてはこれから変わっていかないものなのかどうか、あるいは最近の国際情勢の中で日本政府としてもソ連との外交、とりわけ領土問題の考え方については、もう少し幅を持たせて考えていくべきではないかという主張もありますけれども、その辺の基本的な考え方について、外務大臣のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
○中山国務大臣 日本政府のこれからの日ソ間の交渉の基本的な問題につきましては、先生もう御承知のとおり、国会における数次にわたる北方領土四島一括返還の決議が超党派で行われておりますし、なお、当委員会におきましても過去数回行われておるわけでございまして、この原点は私どもは不動のものであるというふうに実は踏まえまして、昨日のヤコブレフ団長との会談におきましても、ただいまお尋ねの日本のこれからの平和条約への取り組みについては北方四島の返還、この問題を避けて通れないということを申しております。その点は、十分ソ連側にも御理解をいただいているものと考えております。 なお、御指摘のように、国際情勢が五十年あるいは百年くらいのスパンでの大変革を実は起こしておるさなかでございまして、ヤコブレフ団長からも、米ソ関係の改善がこのように進んでいる中でアジア・太平洋においてはいわゆる日ソの関係だけが実は停滞をしておる、これは何とか改善したいという強い御意思の表明もあったわけでありまして、私どもは、そういう問題の解決に向けて全力を挙げて努力するということを昨日も話し合ったようなことでございます。
○武部委員 そこで、私も、総理が唱える対話と改革の政治ということを外交面でも積極的に展開すべきだ、こう思うわけであります。対ソ関係についても経済的にあるいは文化的に、あるいは技術的な交流協力関係というものをもっと踏み込んでやるべきではないか、領土問題がもし障害になっているとすればこれはお互いに不幸なことではないか、こう思うわけでありまして、外務省外交ルートでそういった問題がすべて解決できなければ、小沢幹事長が述べたと言われている党が受けて話し合ってもいいというようなことについて、外務大臣はどのようにお考えでございますか。
○中山国務大臣 委員も御指摘のように、日ソ関係の交渉をどういうふうにこれからやっていくかということは、日本の外交の総攬者として我が国を代表して外務大臣がこれに当たるということが原則でございます。そういう意味で、シェワルナゼ外相とのニューヨークにおける外相会談、それを踏まえまして明年の三月中旬にシェワルナゼ外務大臣が日本を訪問される。その前に、日ソの平和条約作業グループの事務レベル協議が十二月に行われるわけであります。さらに明年末にかけての日本の外務大臣の訪ソ、さらに明後年のゴルバチョフ書記長の来日という、一定の日ソ間の外交のプログラムというものが既に敷かれて双方が合意をいたしておりまして、私どもはこのプログラムの上に立って、平和条約締結に向けての各種の事務レベル協議あるいは外相会談あるいは首脳会談を通じて日ソ間の平和条約締結への努力をいたしたい、このように考えておりまして、その間にあって外務省として政府与党である自由民主党にもその折々に御相談を申し上げ、御協力をお願いすることもあろうかと考えております。
○都甲政府委員 先生先ほど御指摘のございました日ソの対話の状況について、若干補足説明をさせていただければと思います。 昨年の十二月の外相会談以来、日ソ間の対話のいろいろな面での進展が見られておりまして、例えば科学技術協力の面につきましても分野を拡大してきておりますし、それから経済貿易協議についてもこれはかなり深い協議になってきている。それから何よりも政治対話の面で、日ソ間で非常に建設的な対話を行うようになってきていることもございます。それから、昨年十二月に文化交流プログラムを合意いたしまして、東京におけるソ連側の文化事業に加えて、ことしはモスクワにおいてもかなり大規模な文化週間を行った次第でございます。そういう形で、ソ連側も最近のこの対 話を通じて日ソ関係の中に建設的な雰囲気が生じてきているということは、これは評価してよろしいという事実を付言させていただこうと思いました。 ありがとうございました。
○武部委員 時間がありませんので、この問題についてはこれにとどめたいと思いますが、ただ、最近のいわゆる世界秩序が、今までのような東西関係の枠組みの中で進められてきたということがにわかに大きく変わってきているということは、最近の高度情報化社会にありましては、日本じゅうの末端までかなり衝撃的に影響を与えているわけであります。とりわけ、私も一昨日根室に行ってまいりまして皆さん方の話を聞いておりましたけれども、これは大きな期待感があるわけでありますし、同時に言葉ではなかなか言いあらわせない不安感というものも漂っているわけであります。このことは、総務長官はさきに現地視察をやっていただいているわけでございまして、つぶさに現地の声をお聞きかと思いますので、十分そのことをお考えいただいて、北方領土返還運動に迷いが生じないように十分政府としても考えていかなければならないのではないか、かように思うのであります。 少し具体的にお話ししますと、ここ二、三年の間北洋漁業が大打撃を受けてきたということで、経済的に大変地域が疲弊しているわけであります。そして、出てくる言葉は、とにかく我々は生活、地域の経済が第一なんだ、こういうことでありますから、しかももう一点言えることは、だんだん元居住者の皆さん方が高齢化して物故者がふえてきているという過程で、若い人の間には、この北方領土返還運動をなぜ我々がこうまで一生懸命やらなければならないんだ、そして、なぜ我々だけが目の前にある我々の海で操業できないんだろうというようなことから、領土返還運動そのものに大きな問題が生じてきているように私は思うわけであります。 それに加えて最近の国際情勢でありますし、今外務大臣からお話がありましたように、ゴルバチョフ議長の来日に向けていわゆる五つの視点というような考え方で作業が積極的に進められているということを考えますと、私は、国境の町に対する日本政府の考え方というものをもっとしっかり持っていただかなければいけない、このように思うのです。このことについては総務長官に、現地視察をして生の声を聞いていただいてどういう印象を持ってこられたか、そして、今申し上げましたような国論の統一とともに返還運動をさらに強力に展開していくということ、それから対ソ外交といいますか、関係をさらに積極的に進めていくという問題をどのように考えていくべきか、お考えをお聞かせ願いたいと思います。
○水野国務大臣 先ほど外務大臣から、北方領土問題というのは、これからの日ソの諸問題の一番最初に避けて通れない問題であるというようにお答えがございました。私もさように思っております。 私どもの問題は、先ほども北村委員にもお答えいたしましたけれども、この四十数年間、領土の返還運動ということを国民的な規模で盛り上げてやってきたわけであります。もちろん、その間に、これは精神的な問題だけでなくて、先ほど来お話がございました北方基金の問題であるとか公共事業費の重点的な配分であるとか、その他いろいろなことでも配慮をしてきたわけでございますが、先般私が現地を視察しましたときにも、それはさりながら確かに根室地域の経済が非常に落ち込んできている、これを何とかしてほしい、こういう御要望もあわせてあったことは承知をしております。これはまた、関係省庁によく連絡をいたしまして、私どもはなるべく来年度予算の中で盛り込んで対処をしていきたい。しかし、今私どもが領土問題そのものについていろいろな雑音を入れることは、これは外務大臣がこれから対ソ問題として交渉をなさるわけでありますから、交渉に先立って私どもが何らか別の考え方その他を表明することは、かえって交渉を阻害することではないかと私は思いますので、あえてその点については意見を述べることも控えますし、特に申し上げることもございません。
○武部委員 例えば経済問題になりますと、やはり根室地域では漁業の問題が一番大きいですね。これは外務大臣に、御答弁は求めませんが、いわゆる三角水域の操業の再開とか四島周辺の新たなる漁場の確保とか共同事業の問題、さらには九二年いわゆる沖取り全面禁止という問題も投げかけられているときでありまして、これらの問題を精力的に外交交渉の過程で解決すべく努力願いたいと思いますし、また同時に、さは言いながらもう現実問題、いろいろと大きい問題が出てくると思うのです。私は、はっきり言ってまだまだ努力が足りないということに加えて、ちょっと発想を変えてもらわなければいけないなと思いますね。これはやはり根室は、現地が領土返還運動について意見が分かれてきますと大変なことになります。現に、ここ二、三年の間で、相当二島返還論などに動かされる人々もふえてきているわけでありますし、北村委員の指摘にもありましたように、いわゆる日ソ間の交流拡大の拠点にすべきだ、もっと交易をやられるぐらいのことまで考えるべきだ、こういうような意見も出ているわけでありますので、このことについて我々は注意を喚起させていただきたい、こう思います。 そこで、先ほども申し上げましたように、元居住者の皆さん方あるいはここにありました旧漁業権を持っておられた方々、その継承者の方々の問題についてちょっと伺っておきたい、こう思うわけでありますが、本件については、政府は昭和三十六年の特殊法人北方協会に交付した十億円の国債をもって解決済みである、こういうふうにしておりますけれども、過日、私どものところに、北方地域漁業権補償推進委員会の皆さん方が数々の要望をお持ちになっておいでをいただきました。この旧漁業権補償の問題については、私はその要望をお聞きし、これから数々整理し、見直しをしてみなければならぬ問題がある、こう思うわけであります。 したがいまして、議論は別の機会に譲ることといたしまして、特にお願いをしておきたいことは、先ほども言いましたように高齢化が非常に進んでいるということ、物故者が毎年増加しているということにかんがみまして、今なされているいわゆる救済対策資金の融資の問題でありますけれども、これらの皆さん方の要望を踏まえて抜本的に私は改善すべきではないか、条件を改善すべきでないか。資料をいただきましたが、これによりますとまことに時代がおくれているといいますか、現代にマッチしていないというふうに思いますし、またさらに、子供さんやお孫さんの時代の方々にもこれは継承できるような援護施策というものを考えるべきでないか、このことについては総務長官も現地へ行って十分お聞きと思います。このことについてのお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○鈴木(榮)政府委員 先生御指摘のように、もと北方地域に住んでいた方、一万七千人ほどおりましたが、最新の資料によりますと一万人ちょっとという数字になりまして、非常にしかも老齢化しているという状態でございまして、そういうもと北方領土に住んでいる方々から北方領土問題対策協会が行っております融資の対象を二世、三世まで拡大してほしいという要望もございます。この問題につきましては、この法律で融資の対象を当時住んでいた人というふうに限っておりまして、これはもともとその生活基盤を北方地域に持っていた方という制度の趣旨を踏まえたものと思いまして、この点につきましてはこういう制度上の問題もありますので、さらに検討をさせていただきたいと思います。 なお、あと融資枠の拡大とか、融資限度額の引き上げとかあるいは利率の引き下げにつきましては、今までも所要の手当てはしてきたつもりでおりますが、今後とも元居住者の要望あるいは他の制度融資の状況とか、あるいはこの融資の実際の運用の状況なども考慮いたしまして、さらにその 御要望に応じまして検討を進めていきたいと思います。
○武部委員 時間がなくなったのですけれども、本当はもう今の答弁聞いていて私は腹が立ってしょうがない。検討します、そんなことばかりじゃ話にならないですよ。先ほど言いましたようなことは、現地の世論というものは大変なことになりますよ。この問題についての窓口になってくれますね、総務庁。窓口になってくれますね、この旧漁業権の問題。
○鈴木(榮)政府委員 旧漁業権の補償という問題になりますと、もともとその補償ができないということでこの融資事業が始まりまして、その融資事業の方を我々は所管しておるわけでございますから、その融資事業に関しましては我々の所掌でございます。我々が担当しておりますので、そのように御理解いただきたいと思います。
○武部委員 終わります。
○沢田委員長 上原康助君。
○上原委員 最初に、北方問題について少しお尋ねをしてみたいと思います。 先ほども与党委員の御質問があったわけですが、戦後の最大と言ってもいいかと思うのですけれども、懸案であり、また重要外交問題である北方領土返還の問題がようやく日ソ間の具体的なテーブルにのりつつあるということは、大変歓迎すべき日ソ関係あるいは国際環境だと思うのです。 そこで、端的にお尋ねをいたしますが、ヤコブレフ政治局員の来日によってこの領土返還問題、日ソ関係がどう具体的に展開をしていくと日本側としては予測しておられるのか、もう少し外務大臣の率直な御所見、これからの我が方としての対ソ交渉の展望というものを明確にしていただきたいと思います。
○中山国務大臣 先ほども申し上げましたように、一応日ソ間の外交日程というものが、先般のニューヨークにおきます日ソ外相会談におきましてプログラムが決定されたわけでございます。そういう中で私どもは、今回ヤコブレフ団長をこの国会が御招待されたという機会に昨日お話し合いをさせていただき、ヤコブレフ団長からソビエト連邦の外交責任者としての立場できょうはお目にかかるというようなことでございましたが、具体的ないわゆる細部にわたるこれからの外交交渉のいろいろなテーマにつきましては、この会談ではお触れになりませんでした。それは三月に来日されるシェワルナゼ外務大臣と私との会談、また、十二月に行われる日ソの平和条約作業グループでの事務レベル協議、そういう時点におきましていろいろと具体的な問題が協議をされていくことと考えております。
○上原委員 それは今までも報道されておる域は出ていないわけですが、要するにソ連の新思考外交というか、さっきもありましたように国際情勢の大変革に伴ってアジア・太平洋地域における最大の課題である日ソの関係改善、領土問題の解決という方向に、ソ連側としても本気で考えておると見て差し支えないと思うのですね。確かに外交ですから、手の内を明らかにしたりいろいろやることはよくないかもしれませんが、やはり日本側としてもソ連の新思考外交に対応した発想の転換という、一面にあるソ連脅威論、そういうものに対してももう少ししっかりした外交哲学というものを新たに考える必要があると私は思うのですね。それが非常に欠けているのではないかということを率直にこれまでの経緯を見て感ずるわけです。 そこで、そういった一連の外交日程はある程度決まっている、十二月に平和条約作業グループの話し合いもある、さっきの御答弁では再来年のゴルバチョフ書記長の来日に向けて、平和条約を締結できるような方向で進めていくのだということでしたが、これまでの日本側の主張というのは、平和条約締結即四島というか領土問題の解決、こう言っておられるわけですね。この平和条約締結に向けて作業グループで進めている、そして再来年のゴルバチョフ議長の来日、これは時期も含めていつなのか、一年という範囲はかなりありますので、その見通しは立つのかどうか、そこいらはどうなんですか。
○中山国務大臣 私は、ゴルバチョフ書記長の明後年の来日の時期というものは、遅い時期ではないというふうに判断をいたしております。そして、その見通しが立つのかどうかというお尋ねでございますけれども、ゴルバチョフ書記長の御来日はあるという確信を持っております。
○上原委員 遅い時期ではない、その点はよりよい方向だと思うのですが、私が見通しは立つのかどうかと言う点は、訪日だけのことではなくして、平和条約を締結する方向で今作業グループで進めておられるわけでしょう。平和条約が締結できるということの前提は領土問題の解決だと見て差し支えないと思うのですが、そういう面の見通しはどうかということを私はお尋ねしているわけです。
○中山国務大臣 委員も御案内のように、日本政府の従来の考え方、また国会における御議決、こういうものは現在までも何らの変化はしておらないわけでありまして、こういう外交姿勢というものは今後とも堅持をしてまいるということを申し上げておきたいと思いますが、これから明後年にかけての日ソ間の外交というものは、極めて各種の多様な段階で展開されるものと私は考えておりますし、また、これだけ激しく国際政治の流動している時代でございますから、米ソ間のいろいろな協力、話し合い、そういう中で日米間の話し合い、この多極的な話というのがこれからいろいろと各地で起こってくる、そういう中でこの作業を進めていくという考え方を持っております。
○上原委員 この問題の解決なくして、本当の日ソの強力な関係というものは樹立できないと思います。また国際情勢にとっても、安全保障を含めて国際関係の解決を図るにも領土問題の解決は不可欠だと思うし、せっかく相手もそういう気持ちになっている、そこは大事にとらえていただきたいと思うのです。 そこで、第三の方法云々のことですが、外務大臣との会談ではこれは出なかった。自民党首脳との会談で出た。そこが意味深のような感じもするわけですが、外務省の受け方は、第三の方法とは領土問題を指したのではない、日ソ関係全般のことを言っているのじゃないかと思うという外務省幹部の見解のようなんです。しかし、第三の方法を考えて検討してみたいということは、領土の膠着した状態を何とか解決する方法がないか、手探りでもやってみたいというふうに暗示したと見るのが正しいのじゃないかと私は思うのですが、そこは外務大臣はどういう御見解ですか。
○中山国務大臣 私どものこの日本国が戦争で敗れて、沖縄返還という問題が長年の国民の願望でございましたし、また、北方領土の返還というものもあわせて国民の長い念願でございました。佐藤榮作総理の大変な御苦労で沖縄が返還されたことは、沖縄御出身の先生もよく御理解をいただいているところでございますが、大変な苦労が払われてきた経過がございます。 そういう意味も踏まえまして、私どもはこれから始まる日ソ間のこの交渉につきましても、言語に絶する双方の努力が必要であろうと思いますが、その点は、私ども外交を預かる立場におる者といたしまして、国民の御期待にこたえるべく全力を挙げて努力してまいりたい、このように考えております。
○上原委員 これは国民、特に北海道の皆さんや関係者の多年の大きな願望ですから、ぜひ期待にこたえていただきたい。 今、沖縄返還のこともありましたが、それはまたいずれ関連づけて、時間をとって、防衛問題を含めて議論をしなければならないことですから、後の五十嵐先生のお尋ねに北方問題は譲りたいと思います。 そこで、大臣が今いみじくも沖縄問題とおっしゃいましたから、大臣は前に沖縄開発庁長官、いわゆる総務長官をなさったのですが、最近外務大臣は、沖縄、北方の中で沖縄問題について余り 触れないのですね。お尋ねする機会もない。外務大臣がなかなか忙しいということはわかるのですが、逃げてしまって沖縄問題に触れないから、きょうは短い時間ですけれども、どうしても触れたいことがございますからよろしくお答え願いたいと思います。 まず、基本的な点しかお尋ねできませんが、在沖米軍基地の整理縮小問題についてお尋ねしたいと思うのです。 これは古くて新しい課題で、この間の日米安保事務レベル協議において松本防衛施設庁長官が、これは外務省もそうだと思うのですが、米側に、沖縄は基地の密度が非常に高過ぎる、基地問題のすべての根源はそこにあって、この密度の高い基地の整理縮小は早く解決しなければならない問題だと伝えた、米側もこれに対して真剣に取り組んでいくとの姿勢を示したと聞いております。さらに具体的には、施設庁あるいは外務省の関係者がこれも作業班をつくって返還問題を検討されておる、また米側も日本側と同様に担当者を配置して検討を進めておる。これはもう復帰直後からの問題なんで、このことについて外交の最高責任者あるいは日米安全保障の一番の元締めとも言うべき外務大臣としてはどういうふうな認識で、今どうなさろうとしておるのか、お答えいただきたいと思います。
○中山国務大臣 上原委員が長年この問題について御苦労いただいておることに、まず冒頭に敬意を表しておきたいと思います。 私がかつて沖縄開発庁長官をさせていただいていた時代にも、先生からいろいろと御指摘もいただき、御協力もいただいてまいったわけでございますが、日米安保条約に基づきまして沖縄を初め我が国に駐留しておる米軍の存在というものは、我が国の平和と安全並びに極東の平和と安全に寄与するものであり、政府としては、米軍施設、区域の円滑かつ安定的な使用の確保は、日米安保条約の目的を達成するために極めて重要なことであると考えております。 他方、政府といたしましても、沖縄において米軍施設、区域の密度が高い、その整理統合について強い要望があることも十分承知をいたしておりまして、米軍施設、区域の整理統合についてその一層の促進を図るために、現在、日米合同委員会の場において鋭意努力を払っております。今後とも努力を続けてまいりたいと考えております。
○上原委員 基地問題をお尋ねすれば、すぐ日米安保条約の意義とか、それを尊重して住民の何やかんやと、これはもう本当に聞きたくないです。外務省は返還前から、十八年同じことを言っておる。私が聞いておるのはそうではないのだ。復帰の時点で、日米安保協議の十四回、十五回、十六回でいわゆる返還合意計画が定められたわけでしょう。それが遅々として進まない。進まないから、今も全国の専用米軍基地の七五%も狭い沖縄にひしめき合っている、集中、凝縮されている。それがゆえに、いろいろな弊害が起きているわけです。だから、そういう中で、日米安保条約は我が国の安全保障にとって必要だからおまえらもっと我慢をせいと言ったって、それはもう限界ですよ、外務大臣。その打開策をどうするかということを私たちは絶えず追及もし、また、いろいろ協力できる面は協力もしてきたつもりなのですね。 そこで、安保協の十四、十五、十六回で取り決め、合意を見たものの進捗状況は四割強ですね。日米間で合意を見た計画でさえこういう状況なのです。これが全部解決するのは、向こう十年かかるか二十年かかるかわからない。政府間の合意事項というものが十年も二十年近くもほったらかされるというのは、外交としては極めてお粗末だと私は思いますよ。その点、どうするかということなのです。これが一つです。もう少し誠意のあるお考えをこの際披瀝をしていただきたいと思うのです。 では、具体的な面で、今整理縮小の検討をしているというわけですが、無条件での返還施設として最近取りざたされているものが、恩納通信施設あるいは泡瀬ゴルフ場等々の問題がありますね。あるいは奥間レストセンターもそうだというような話もあるが、我々は定かでない。また那覇港湾施設については、具志川市の天願桟橋あるいは勝連町のホワイト・ビーチに移設計画が、日米合同委員会の事務レベルで検討されているという報道を仄聞いたしております。こういうことが具体的に日米間でどうなっているのか、いつ明らかにできるのか。これは基本的な面で、十四、十五、十六の安保協で合意されたものがなぜできないか。このことについて、日米間で取り決められたことが今日までできなかったことについての外務大臣の見解、これを解決するのにどうするのか。今私が具体的に挙げた基地の整理あるいは返還については、日米間の作業グループで検討されているのかどうか、これが二点目。 三点目は、いつ公式な日米間の合意があって公表されるのか、この際、ぜひ明確にしてください。
○有馬政府委員 まず第一の点でございますけれども、御指摘のとおり、昭和四十八年、四十九年それから五十一年、十四、十五、十六と安保協議委員会で合意されましたもののうち返還されたものは四六%でございます。残余のものにつきましてもその後話し合いを続けておりまして、現在、先生が御指摘されました、そして先ほど大臣が仰せられた合同委員会で検討いたしておりますが、遅々としてまだ返還が実現をしていない理由は、まずは代替施設が見つかっていないということ、それから返還後の開発の見通しが立っていないということが主でございます。しかしながら、現在検討されておりますものの中にこれらが含まれていることは当然でございます。 それから、先ほど先生が言及されましたようなものが検討の対象になっていることは事実でございます。しかしながら、それぞれにつきましていろいろな理由があるものですから、まだ結論は得られておりませんで、いつまでにその結果が公になるかということにつきましては、まだここで申し上げられる段階ではございません。
○上原委員 外務大臣に重ねてお尋ねしますが、要するに防衛施設庁あるいは外務省の北米局、事務レベルに任しておってはこの問題は解決しないのですよ。安保協議で決めたことは外務大臣でしょう。最近はいろいろな事情があって安保協議も開かれてないようですが、十四、十五、十六の安保協議で決められたことがいまだに半分も解決していないということについては、ここいらでもう一遍総点検をして、できるのかできないのか、それはやってくださいよ。どうですか。その過程で、今県なり我々が具体的に指摘をした基地の返還、縮小についてどうするかということを、大臣の方から事務当局に早急に指示するくらいのことをやらぬと、沖縄の基地問題というのは全然進みませんよ。いかがですか。
○中山国務大臣 地元の西銘知事初め県民の皆様方の強い御要望のあることも十分存じておりますので、その点につきましては今後とも努力をしてまいるつもりでございます。
○上原委員 いつもの答弁だけでは納得しかねます。ぜひひとつ、さらに促進を図ってもらいたいし、米側もそのような動きもあると聞いておりますので、特に嘉手納のマリーナの返還とか、あるいは公共道路をつくる場合に障害になるような地域のことについては、早急に解決をしてもらいたい。 最後に、都市ゲリラ訓練の問題ですが、全くもって今ごろああいう物騒なものを建設させるということは、我々絶対容認できない。これは何も野党や社会党が言っておるわけでなくして、県民挙げて、恩納の村長さん初め地域住民は反対なのです。残念ながら機動隊まで導入して、基地優先、安保優先の政策をやっている。こういう時代でないのです。即刻このような訓練はやめるべきだ。あくまで中止をさせるように求めるわけです。何か四軍調整官スタックポールは、今月下旬からも演習を実施したいというような話なのですが、政府の見解はどうなのか。あくまでこれはやめさせてもらいたい。これは外務大臣、ひとつお答えください。
○有馬政府委員 政府といたしましては、この訓練施設に対します県民の方々の御懸念、それの安全をめぐっての御懸念については篤と認識しておりまして、これを米側に伝えております。米側もこれは承知しておりますけれども、他方政府としては、この訓練というものは米軍にとって必要な訓練だとも認識しているわけでございます。 その安全性の確認につきまして米側は、御承知の場所にあるわけでございますけれども、射撃方面はすべて山側とする。それから、射座となる建物の民間地域の窓をすべて閉鎖してある。それから、本件施設の中で民家から最も近い建物、約四百五十メートルでございますけれども、これは倉庫として使用することとする。それから、演習の際は必ず安全担当歩哨を立ち会わせる。さらに追加いたしまして、使用される火器はライフルとピストルだけでありまして、火災の心配はない。それから環境の問題については、建物を緑に塗るというようなことに加えて植樹をするといったようなことで、重々の配慮をするつもりであるということを申しております。 しかし、いずれにいたしましても先生御指摘のとおり、県民の方々に安全をめぐっての御懸念があることは事実であって、米軍との間で接触を密にして、これの運用に当たってはくれぐれも安全に配慮するように引き続き伝えてまいりたいと思っております。
○上原委員 もう後の方の時間もありますので、あなた、実弾、弾を撃ち込んで、植樹をするなんて、そんな子供じみたことを国会のこういう場で答弁しては困る、その点だけ強く指摘して、きょうのところは終えます。
○沢田委員長 五十嵐広三君。
○五十嵐委員 きょうは外務大臣がおいででありますので、短い時間ですけれども幾つかお伺いしたいと思っております。 このところ、ポーランド、ハンガリー、東ドイツ、ブルガリア、一方でソビエトのペレストロイカとあわせて、全く我々の予想をはるかに上回る大きな津波のような変転の状況がヨーロッパで出ている。殊に、二十八年間のベルリンの壁が事実上遂に崩壊した。私ども日本の国民としてもテレビや新聞にくぎづけということでありますし、まさに世界史の極めて重大な変転の地点に我々は立っている、こういう印象を受ける。殊にベルリンの壁というのは、そういう意味では鮮烈なショックを我々に与えたと思うのですが、これらについて日本国の外務大臣としてどういう印象や見解をお持ちになっているか、お伺いをしたいと思います。
○中山国務大臣 東西両ドイツの戦後の分割による長い間の対峙、また民族の願望というものが国際政治の中で大きな一つの区切りをされていた、その壁が取り除かれる、そして自由に同じ民族が交流できるということにつきましては、私どもDからこの事態を歓迎いたしたいという気持ちでございます。 また、先生御指摘のように、国際政治がソビエトを初め東ヨーロッパ各国において、本当に私どもが想像していた以上の早いスピードで激動いたしておりまして、この大きな変革というものは、五十年あるいは百年に一度の人類が体験するような変革ではなかろうか。そういう中で、世界各国が民主主義と平和というものを求めて、あらゆる地域でいろいろな動きが起こり始めた。特に、共産党の指導のもとで行われた社会主義経済の破綻というものが、これの背景にも一つ大きくあったということもやはり否めない事実でございますが、私どもとしては、米ソの極めて強力な核兵器を背後に控えた対立から対話の時代へ、そして今協力の舞台というものが設置されておる時代でございますから、そういう認識に立って、新しい考え方で日本の外交を展開していかなければならない、このように考えております。
○五十嵐委員 戦後、一つの世界の枠組みのようなものが今変わって、今の大臣の話ですと、対立の時代から協力の時代にというような劇的な変化の時点に今立っているという御認識をいただいたわけでありますが、ぜひそういう認識の上で諸般の外交政策を進めてもらいたい。 殊に、そういう大きな波の母体であるソビエトにおけるペレストロイカ自身が、しかしなかなか容易ならない。この容易ならない事業について、ペレストロイカの成功を期待する各国はそれにどう協力するか、こういうことも必要なことだろうというふうにも私どもは思うのです。また、各国はそういう気持ちでおられるようだ。ごく短くて結構ですが、その点についてはいかがですか。
○中山国務大臣 昨日のヤコブレフ団長と私との公式会談におきましても、私の方からもペレストロイカの成功を心から期待している旨を申し上げております。また、日本政府といたしましても、昨今来日をされたソビエトの調査団に対してできる限りの協力をして、日本の経営管理方式の研究にも参加をしていただくような手はずを整えておりますし、また、今回の国会御招待のソ連最高会議の訪日団につきましても、あらゆる日本の経済団体が、企業あるいは工場等の見学につきましても最大限の御協力を申し上げて、日本をよく御理解いただきたい、こういう姿勢をとっておりますし、私ども日本政府としても協力すべき点は十分協力してまいりたい、このように考えております。
○五十嵐委員 今のお話もわかりますが、願わくは前段それぞれお話がございましたような認識あるいは時代的な今日のそういう見解、立場というものに立って、ひとつ積極的な御活動をお進めいただくようにお願い申し上げたいと思います。 そういう状況を背景にしながら、九月末、日ソ外相会談でソ連側は突然、。九一年にはゴルバチョフ書記長が訪日するということになっていると。大変我々は歓迎を申し上げたい、こういうぐあいに思うわけであります。 今回はまた、ソ連では実力ナンバーツー、こう言われているヤコブレフさんが訪日なされた。きのうは自民党小沢幹事長との話の中で、第三の方法を勉強したいというふうな御発言もあったというふうにお聞きしているわけであります。 一方、このところ、大体昨年来ではありますが、この一月くらいを見ましても、ソ連の学者だとかあるいは代議員だとかいろいろな方々からたくさんのアイデア、変化球と受け取っているような言葉もあるようでありますが、さまざまな提案がなされてきている。十月十八日、ちょうど日本に来ていたアファナシエフ・モスクワ歴史古文書大学長の講演で、個人的見解だが日本に北方領土を返還すべきであるというような発言も出て、四島の主権返還、共同運営方式を示唆なされたわけでありますが、その後お帰りになってモスクワでの集会でこの学長は、十一月三日でありますが、四島は日本の領土であると確信するというようなことをさらに断言をして、三段階の返還、解決方式を新たに提案をしているようであります。 十一月一日になりますと、ノーベル賞フォーラムで来日中のソビエトの物理学者サハロフ博士がちょうど札幌に行かれて横路知事とお会いになった。この対談で、戦争による国境の変化があってはならない、こういうお話を述べた上で、しかし、両国の交渉に関してはお互いに妥協も必要だというようなことを述べているようであります。 十月三十日のモスクワ放送は日ソ関係について、北方領土はサハリンの地域に入っているわけですが、サハリン選出のビタリー・グーリーというソ連人民代議員にインタビューしているのですが、グーリー代議員は北方領土問題の解決について、ソ日両国がともに主権を持つことによって、双方が完全に平等であるということを原則にした共同経営が可能になる、こういう主権を共有する共同経営論を主張したというようなことが伝えられてきているわけであります。そのほかにもさまざまあるのは大臣御承知のとおり。 ただ、これらの人々は比較的いわゆる改革派に属している人で、しかもいずれも民間人ということもございますし、プラウダ等でこれらの発言に対するかなり手厳しい批判があったり、あるいはサハリン州の執行委員会では、ああいう四島を返還すべきじゃないかというような発言は絶対反対 だというような決定がこの間なされたなんということも、我々ちょっと仄聞をしたりしておりますから、それはなかなか多数意見というようなものでないことは言うまでもないのであります。しかし、ソ連の国内でこれだけ勇気のある画期的な発言が、日本側の意見に近いところでそれぞれ公然と語られてきているということは、我々聞いていて、ある意味では驚くほどの感じがするわけであります。 こういう点を、単に変化球だという受けとめ方だけでなしに、やはり新しい一つの変化の兆しといいますか、そういうようなものとしても受けとめながら、先ほど第三の方法を勉強するというような発言もありましたが、やはり今まで、どっちかというと領土問題に関しては我慢比べという言葉で象徴されるようなものである。それは、確かにそのとおり必要なことには違いないのであります。しかしこれからは、前段来の国際的な状況あるいはソ連国内におけるペレストロイカの進行、さまざまな状況からいって、我慢比べだけでなくて、積極的な知恵比べというものが必要になる時代に入った。しかも、ここ一年かそのぐらいが、まさに正念場を迎えてきているのではないかというふうに思うわけで、ぜひひとつ、そういう意味ではこれに対する積極的な行動的な戦略というものをお持ちいただきたい、こういうぐあいに思うわけです。 さっきの第三の方法というような意味で言いましても、従前、双方で入り口論、出口論、そんなようなことでにっちもさっちもいかないというようなことでない、ある新聞では、けさ見ると、経済、政治の同時並行論のようなとり方をしているところもあったようでありますが、やはりそういう第三のしかるべき道について我が国も汗をかいて積極的に探っていく、このチャンスを逃さないで、我が国の国民の期待にかなった問題の解決を見るべきではないかと思うが、大臣の見解はいかがですか。
○中山国務大臣 委員御指摘のとおりでございまして、私どもは単に日ソ関係の改善という問題だけではなしに、先日オーストラリアのキャンベラで開かれましたアジア・太平洋の関係閣僚会議に私出席いたしまして、ASEAN及び参加したアメリカ初めいろんな国の外務大臣との協議の中で、アジア・太平洋の二十一世紀の展望、平和と繁栄をどうするかという各国の外相の議論の中で、やはりこの日ソ関係というものはできるだけ早い機会に解決をいたしたい。昨日、ヤコブレフ団長からもそのような強い御意思の表示がございまして、私は、今先生御指摘のように積極的に日本の外交を推進しなければならない、そのような考え方でこれから進んでまいりたいと考えております。
○五十嵐委員 九一年にゴルバチョフ書記長が来る。それは見方によっては、そこが始まりだという見方もあるかもしれない。そんなお話も、外務省筋からも我々も聞くことがあるわけであります。しかし私は、全体の状況からいうとそうでないような気がする。やはりゴルバチョフが来るときがピークだと思う。ですから、そういう意味からいうと、今日最大の努力を展開してほしいと強く要望をいたしておきたいと思います。 それから関連してですが、さっきちょっと触れましたサハリン選出のビタリー・グーリーという人民代議員ですが、彼がモスクワで我が国のある新聞記者のインタビューに応じて、領土問題を解決する雰囲気をつくり出すために、極東選出のソ連の人民代議員と北海道議会議員が、サハリンと札幌で交互に話し合いを行うようなことを考えてはどうだということの提案があった。これは、いずれも外務省などの公的機関の代表は含めないで、日ソ双方の世論代表といいますか、それぞれ所管の地域の代表として議会レベルで自由に対話したいというような提案がなされた。 これは報道だけで、書いたものも何もまだ我々は確認しているわけではないのでありますが、こういう提案について北海道議会でも、それはいいじゃないかという歓迎の意見もあり、議長の見解として、領土問題の将来展望が明るいものになるならば、提案に応じる考えはあるということも言われているわけです。 ヤコブレフも、そっちの方も世論があるがソビエトにも世論があるというふうな話をしていたようでありますが、世論形成の上でも、機会があれば日本側の意見をどんどんソ連の国民に訴えていく必要もあるわけであって、領土問題におけるこういう両地域の国民外交といいますか、そんなもののあり方というのはおもしろいではないか、ソ連国民に訴える一つのチャンスとしてとらえていいのではないかという感じも——もちろん、領土問題ですから国の問題には違いないが、それぞれの住民としても合意があればいいのではないかという感じも、前段に言う大きな情勢の進展の中でありますから、そういうふうに思うのでありますが、いかがですか。
○都甲政府委員 先生の御指摘の点は私どもも報道で知っておりますけれども、具体的には内容はわかっておりませんので、特に正式なコメントというわけではございませんが、一般的に申しまして、もちろん人的な交流ということは望ましいことでございますし、お互いの世論に訴え合うということは非常に重要なことだろうと思っております。 ただ、現在、御承知のように日ソ間において領土問題は、平和条約作業グループあるいは大臣間の交渉という形でかなり具体的な話し合いに入っており、まさにこれから正念場に行こうという段階でございますので、この問題についてはかなり慎重な配慮を要するものではないかと思っております。そういう意味では、特に北方領土に近い北海道の議員の方々と先方の議員の方々との交流については、そういう観点から慎重な配慮が必要ではないかというふうに考えている次第でございます。
○五十嵐委員 もちろん、それは軽率にどうかなんということ、そんなことはそれぞれの議員だって思っているわけではないわけです。十分慎重にしながらも、しかしそういう空気の醸成のためには積極的な、これにこたえるようなこともあっていいと思うので、ひとつ十分御検討おきいただきたい。じっと温かく見詰めるという態度であってほしいというふうに思います。 それから、ちょっと今のことにも触れるわけでありますが、ちょうどサハリンの目の前にある稚内が、今まで一生懸命サハリンとの友好のために努力してきている。特に今年は、チャーター船が行ったり来たりすることが実現してまいりまして、大変関係者も喜んでいるわけであります。 ところが、こっちからはサハリンにはどんどん入国するわけでありますが、しかし向こうから、ソ連人が稚内から我が国に入国することについて、外務省がどうもことしは承知しないというようなことを言っている。従前は入れていることもあるのですがね。それで我々もびっくり仰天しているのでありますが、この前、稚内市長らの強い要望もあってソ連課長が稚内入りいたしまして、いろいろ向こうとも話をしてまいりました。いろいろ改善の努力はしておられるのであろうというふうに思うのでありますが、ぜひひとつこれは改善していただきたい。どうしてそういうことになるんだかわからない。 それで、稚内の市長さんたちはいろいろな、お国の方のことも考えて、制限区域について、ここからは立ち入っちゃだめだというところをしっかりと線引きなんかして御要請をしているようでありますし、今までずっとお話をしてきているような流れからいっても改善するのが妥当だ、今我々サハリンに行ったって入れないところはないのですから。そういうふうに思うのですが、いかがですか。
○都甲政府委員 今の先生の御指摘の点につきましては、地元の方々のお気持ちは私どもも痛いほど理解いたしております。 ただ、ぜひ御理解いただきたいのは、確かにサハリンは開かれておるかもしれませんけれども、極東地方において開かれておる港というのはナホ トカだけでございます。その他、多くの港が閉鎖中なり、軍事上、安全保障上の観点から立入禁止の区域になっているというのが実情であるということも、また御理解いただきたいと思います。 北海道につきましてはいろいろと難しい問題がございまして、北方領土返還をめぐる動きあるいは今申し上げました安全保障上の動きということがございまして、それから先ほど申し上げましたソ連領の中における制限の対応等も十分踏まえつつ、総合的にいろいろな措置をとっている区域がございます。こういう安全保障上の観点等につきましてはぜひ地元の方々に御理解いただきたいと思いまして、私どもとしても緊密な連絡をとっているところでございます。 先ほど御指摘ございましたように、ソ連課長を現地に派遣いたしましたのも、地元の方々の御意見を十分踏まえつつ、そしてまた先生御指摘のような点も考慮に入れつつ、関係省庁とどういう改善措置がとれるかということを検討してみたいという考えから発したものでございますが、基本的にそのような難しい問題が日ソ間にはまだ存在しているということは、ぜひ御理解をいただきたいというふうに考える次第でございます。
○五十嵐委員 後で一緒にお答えいただきたいと思いますが、改善の方向でそういう各省との話し合いやなんかもしながら、なかなか画期的な改善というわけにはいかないだろうが、しかし運用上の改善等について御配慮しているのかどうか、その点、後でちょっと答えてください。 もう時間なんですが、どうしてもこれは大臣にちょっと聞いておかなければならないことがございます。実は、サハリンには四十数年前、戦前、戦中、我が国が強制的に朝鮮半島から、南が多いのでありますが、労働力として連れていった。そして炭鉱や飛行場の建設等に強制的に労働させて、戦争が終わった。終わったんだから、これはもうすぐにでも帰るかと思うとそうではなくて、当時のさまざまな、これはお話しする時間がありませんが、問題があって、結局彼らは置き去りにされた。当時、その数四万三千人と言われるわけです。それで、四十何年間も肉親とも会うことができない。我々は、ボランティアの皆さんが一生懸命苦労してやっておられるそういうものを受けて、先年来超党派でこれが解決のための議員懇談会も設けて、外務省の協力も得てやってきているわけでありますが、近年ようやく、ここ二、三年明るくなってきた。これもペレストロイカ等の結果であろうというふうに思うのですが、あるいは韓ソ両国の接近ということもあって、急進展を見てきているのでありますが、なおまだまだこの問題はこれからの問題。 そこで、この機会でありますから、大臣にこのいわゆるサハリン残留韓国・朝鮮人問題、我が国の歴史的な責任に属する問題だと私どもは思っているが、その基本的な認識、見解をお聞きをいたしたいと思うのと、それから、予算の上でもここ二、三年ずっと御苦労いただいておりますが、しかし、もう予算づけよりも事実の進展の方がはるかに大きいわけですね。今年なんかでも三百数十人、既に一時帰国、永住帰国がある。これから先、年度中これも何百人か来そうだ。全然予算が足りない、こういう状況になっているわけですね。ぜひこういう点については十分な配慮をするのが、大した額じゃないのですから、必要ではないかというふうに思うので、この点についての御見解も承りたいと思います。
○中山国務大臣 戦時中にサハリン地域に強制的に連れていかれた韓国、朝鮮の方々のことを思いますと、じくじたるものがございまして、この方々のお国へ帰られるお手伝いをするということも、私どもはできるだけのことをやらなければならないというふうに考えております。また、その機会を見ずに亡くなられた方のことも思いますと、人道的な観点から見ても大変胸の痛む思いがいたしておりますが、こういう立場で、法律的には日韓間の請求権協定によって解決済みということになっておりますけれども、人道的な立場で政府は道義的責任を感じながら、この問題にできるだけ成果が見られるように努力をいたしてきております。累次にわたってソ連政府に対しましても、在サハリンの韓国人の本国訪問、親族再会のための訪日、訪韓に関して好意的配慮をお願いをいたしておりますが、近年ソ連側から従来よりも、今先生御指摘のように、極めて前向きの姿勢を示してきていただいております。 私どもといたしましては、直接的な韓国—ソ連間の往来の制約は緩和されていくということについては、歓迎をすることを基本的に姿勢として持っております。また、東独等に見られるような新しい流れの中でこれからどのようなことが展開していくのか、また、そのようなことがこのアジア東北地域においても一日も早く実現ができるように、日本政府としてもできるだけの努力をしてまいりたいと思っておりますが、日本国としては、現在、平成元年に五千八百万円を予算として計上しておりますけれども、今後とも人道上の観点に立って、必要な経費というものをこれから増していく必要があればそのように努力をいたしたいと考えております。
○都甲政府委員 先ほどの件につきましては、いろいろと現地の御事情も承ってまいりましたので、どのようなことができるか、今後関係方面と検討してまいりたいというふうに思っております。
○五十嵐委員 恐縮ですが、これで終えたいと思いますが、最後に一つ、ちょっと確認をしておきたいことがあるのです。 実は、ことしの夏、八月十七日の新聞なんですが、これは国内で主要新聞全部が大見出しで出ている、あるいは韓国内の新聞も一面トップでそれぞれ出ているということでありますので、しかも我々は実は確認といいますか、その事態について正確に知ってないということもありますので、ちょっと御確認だけさせてもらいたい。今のサハリンの問題とそれから被爆者の問題であります。これは韓国の与党の民正党が八月十七日朝の中央執行委員会会議で、韓国政府がサハリン残留韓国人と在韓原爆被害者への賠償を日本に要求する交渉を行うように求める決定をした、こう書かれているのですが、そういう事実があったかどうかということだけでいいです。我々、実は聞いていないものですから。それで、そのいずれかについて日本政府で申し入れなんか受けていることがあるのか、交渉の事実があるのか、その点だけちょっとお伺いしておきます。
○谷野政府委員 委員のお話にございましたような報道は、私どもも読んだことはございます。しかしながら、その件につきまして、今補償というお言葉がございましたけれども、そういったことについて、韓国の政府あるいは与党から日本の政府に対しまして補償要求ということがなされているということはございません。
○五十嵐委員 どうもありがとうございました。
○沢田委員長 なるべく時間の厳守をお願いいたします。 藤原房雄君。
○藤原(房)委員 外務大臣に最初にお伺いします。 大変に国際情勢が大きく揺れ動き、また多難な時代、外交問題の長としまして担当なさいまして、もう既に諸外国いろいろなところへお話し合いに行かれた精力的な御活躍に心から敬意を表する次第であります。きょうは沖縄・北方領土対策の特別委員会ということで、ソ連の問題が中心になるわけでございますが、ちょうど昨日ですか、大臣がヤコブレフ団長とお会いになられたということ等もございまして、時間が非常に短うございますので、本当はもう少しいろいろなことをお聞きしたいと思っておったのですが、そういうことはできませんので、まず感触とか印象といいますか、また今後のことに対しましての二、三点だけお伺いをしておきたいと思います。 最初に、先ほど同僚委員からもいろいろな角度からお話ございましたが、最近の学者の御発言やジャーナリストの発言、こういうことの中に北方領土問題について非常に柔軟な発言が見られるわけであります。これは情報公開等ということもご ざいまして、そういうときにこういう発言ができるようになったということも一つあるのだろうと思いますが、しかし、非常に日ソ間の大きな懸案事項であるという認識の上に立っての関係者の発言であろうと思うわけであります。加えて、ヤコブレフ氏というソ連ではナンバーツーと言われるような、こういう方が日本にいらっしゃる。また、再来年はゴルバチョフ書記長がいらっしゃるという予定が報じられているわけでございますが、こういう一連の動きに対しまして、外務省としてはこういう変化に対してどのように見ていらっしゃるのかということと、それから昨日お会いいたしましたヤコブレフ氏との会談で外務大臣が率直に感じられた印象、先ほど同僚委員にもいろいろ答えておりましたが、改めてお伺いをしておきたいと思います。
○中山国務大臣 この新しいソビエトの外交政策というものは、新思考外交というものに根差していると私どもは認識をいたしております。あわせて、この戦後四十数年間の間の歴史を振り返ってみますと、戦後の冷戦時代、極めて激しい米ソ間の対立の時代から七〇年代に入って変化が起こり始めて、現在は米ソ間に対話から協力の雰囲気が出て、具体的にいろいろとヨーロッパにおける軍縮問題等については話が進行をしております。そういう中で、昨日ヤコブレフ団長との公式会談の印象といいますか、率直に申し上げて、極めて友好的な雰囲気で話が終始をいたしたということをこの機会に申し上げておきたいと思います。
○藤原(房)委員 外務大臣は、前に総務長官もなさっていらっしゃって、当委員会のことについては、担当しております問題につきましては非常に熟知をしていらっしゃる立場にいらっしゃると思います。そういうこと等を考え合わせますと、国民の悲願であります北方領土返還、これらにつきましては今日までも携わり、そして現在その外交的な責任者という立場にあるわけでございまして、時代の一つの大きな流れの中で今日ほど大事なときはないという御認識に立たれていらっしゃるのではないかと思うわけであります。そういう大事な、ソ連が変わり国際情勢がいろいろな変化を遂げる中で、今日まで硬直状態でございました日ソ間の諸問題につきまして、対話から協力というようなことを大きな柱としまして大きく動きつつあるという、こういう中でこれから精力的なお取り組みをいただきたい、その強い御決意をひとつお伺いいたしたいということと、それから何といいましても国際世論ということも大事なことだろうと思います。 国内のことについてはまた後ほど申し上げたいと思うのでありますが、欧米諸国を初めとしまして、今日外務省も——私どもいろいろな提言をいたしました、パンフレットをつくって諸外国に対して世論を喚起すべきだとか。また外務大臣、最近は国連等におきましては必ずこの問題についても提起をする、こういうことで非常に精力的にお取り組みになっていらっしゃる、こう思うわけでございますが、こういう重大なときにかんがみまして、さらにまた国際世論を喚起するということ等につきまして、今年度予算、来年度予算等の中でそういうものがまたさらに考えられているのかどうか、啓発事業。 それから、国際シンポジウムが過日も開かれておりましたが、国際的なそういう学者、ジャーナリスト、またそういう関係の方がお集まりになってシンポジウムを開くということも非常に大きなことで、これも積極的に最近はお取り組みになっていらっしゃるようであります。さらにソ連の改革派の学者とか、いろいろな企画を練ってこういうものを推進する。担当の方々のいろいろなお話を聞きますと、シンポジウム、今日まではどちらかというと諸外国でやっているのにこっちが参加する、日本で開くというのは非常に少なかったようでありますが、最近日本の国内でも開かれるようになった。これらの国際シンポジウム等につきましても、ひとつ予算等につきましては十分に配慮をしまして、国際世論の喚起ということについて十分な配慮をしていただきたいものだ、こう思うわけであります。これらのこと等につきまして、大臣の所見をちょっとお伺いしておきたい。
○中山国務大臣 委員から過分なお言葉をちょうだいして恐縮に存じておりますが、第一次鈴木内閣におきまして北方領土担当の国務大臣として、佐藤信二副長官とともに、北方領土返還の国民の念願を込めて二月七日を北方領土の日として閣議決定をし、各党の先生方の御賛同を得てこの運動が展開してまいったことはまことに感慨深いものがございます。そういう観点から、今率直に申し上げて、極めて重大な国際政治の舞台の中で日本も一つの新しい方向をつくり上げなければならない時期に来ている、そういう中で国際世論をどうして形成するかという問題についても大変重要な問題でございまして、これにつきましては安全保障条約を結んでいる米国と日本との間の信頼関係を崩さないということも、極めて重要な日本の外交のポジションでなければならない。そういうことで、先般キャンベラにおきましては、ベーカー国務長官との日米外相会談におきまして、これから展開をされる日ソの外交交渉のプログラムについては、既にベーカー長官の御同意もいただいております。なお、先日来日されましたイギリスのサッチャー首相に対しましても、北方領土返還についてのゴルバチョフ書記長へのメッセージもお願いをいたしておりますし、最近訪ソを言われておられるカナダのクラーク外相も、この領土問題についてお話をされるというふうに報道を受けております。 これから必要な政府関連の予算というものにつきましては、できるだけ必要なものは確実に確保していくように格段の努力をしてまいりたいと考えておりますが、あわせて各党の先生方にも、ひとつ全力を挙げて御支援をちょうだいするようにお願い申し上げておきたいと思います。
○藤原(房)委員 世論喚起ということで総務長官にお伺いを申し上げるわけでございますが、ただいま申し上げました国際的なシンポジウムのようなものを開かれておるのですけれども、今後も継続的にさらにまたいろいろな趣向を凝らしまして、外務大臣が諸外国の要人とお会いになって、そこでお話をするということも当然のことでございますが、日本の国が主催するこういう会合というものをひとつ充実をさせていくということ、これは日本の国に限らないのですけれども、今までどちらかというと諸外国の方が多かったのです。最近日本で開かれるようになりましたが、国際シンポジウムの運営とか、それから非常に重大なときを迎えたということだけに、国民世論の結集が非常に大事なことになるだろうと思います。この啓発活動につきましては、本年度もいろいろ概算要求の中にもございまして、私どもも見ておりますが、新規な啓発事業、こういう節目に当たっているといいますか、大きな転換点にあること等も考えまして、さらにまた充実強化をする方向でお取り組みもいただきたい、こう思うのでございますが、大臣のお考えをお伺いしておきたいと思います。
○水野国務大臣 国内世論ということでございますが、私どもは外務省の持っている外交権を侵すことなくやっていかなければいかぬわけでございます。 そこで、民間の啓発でありますが、北方領土に昔住んでいた方々が、高齢者の方がだんだん亡くなったりあるいは減っている、こういうことがございますので、これについては返還要求運動を継承発展させていくということが大事だと思い、そういう観点から中学生向けの北方領土問題の解説のビデオなんかを作成をしております。そのほか、北方領土問題を理解してもらえるような漫画の本をつくったらどうか。漫画というと大変軽くお考えになる方があると思いますが、若い人たちは非常に漫画の本なんかを読んで、このごろは劇画といって、日本歴史とか古事記まで劇画に出てくる時代でありますから、こういうものも作成したらどうだろうかといったことも考えております。先生の御指摘のフォーラムということについても、外務省の外交権というものを侵すことなく、でき 得ればまた考えさせていただくこともできると思っております。
○藤原(房)委員 拡充強化をひとつしっかりお願いいたします。やってないとは言ってません。やっていますが、よろしくお願いします。 何せ時間がないものですから、あちこち飛んで本当に申しわけないのでありますが、私、前回の委員会のときに申し上げたのですが、北対協の融資事業、先ほど同僚委員からもお話あったのですけれども、元居住者の次世代に対する融資、これは実態をよく調査をしまして、そして検討させていただきますというお話でしたが、あれから半年以上たっているわけなので、これはどうなっているか。これを言うと、ああでもないこうでもない、長い話になって時間がなくなってしまうから、一遍にまとめて質問します。 これはエビでもカニでもそうですけれども、殻を破って新しい世代になりませんと、新しい体制を整えませんと、法律でそういう縛りがあるということであるならば、また新しい時代に対応した形に改めなければならないのではないかと思います。実態調査を実際したのか、結果がわかったのか、わからないというならばいつその実態が把握できるのか。それからまた、検討は今後どうするのか、いつごろまでにこちらに結論を出すのか、この点もしっかりお伺いしておきたいと思うのです。これはぜひやらねばならぬ課題であろうかと思うのでありますが、これらのことも含めましてひとつお伺いしておきたい。 それから、先ほどございました旧漁業権者の問題、これも私どもは当委員会に二十年ぐらい所属をしておりまして、いろいろなお話申し上げているのですが、確かにいろいろ歴史的な経過もあるのですが、これはこれらの方々も含めて融資ということになっているわけですけれども、こういう社会情勢の中で、これも社会に適合した形で拡充強化を考えなければならないときに来ておるのではないかと思います。何しろ、御存じのとおり、根室へ行きましても、町並みは昔の町並みをしておるのですけれども、漁船漁業がほとんど締め出されておりますから、働く方々というより人口がどんどん減っておる。若い人たちがどんどん流出をしておる、こういうことで働き手がだんだんなくなる。これから町がどうなるのか。あの先はもうないわけでありますから、根室、その周辺、限られたところでの企業誘致なんてほとんど考えられない状況の中にありまして、苦労いたしております。 そういうことを考えますと、隣接地域の問題についてはいろいろな予算措置をしてやることになっておりますが、事業の採択等につきましてはもう少し規制を緩和いたしませんと、最近いろいろなことを言われておりますが、こういうこともあわせまして、ここの地域がいいところだ、住みやすいそれなりのところだということでございませんと、北方領土返還という世論を喚起しながら、その土地は非常に経済が低迷して住むに住めないような地域であるなどということではいかぬ。あの地域を何とかしようではないかというところから、いろいろな立法的な措置を講じようということになったわけでありますから、その目的を達さなければ、金額を積み立てるとかなんとかということももちろん大事なことですが、それが有効適切に地域の発展、住民の方々の福祉向上につながっていなければならぬわけでございまして、主客転倒のないような措置をしっかり進めていただきたいと思うのですが、あわせて。
○鈴木(榮)政府委員 まず、私の方から旧漁業権の問題と融資の問題についてお答えいたしたいと思います。 旧漁業権は、昭和二十一年にGHQの覚書によりまして行政権が消滅したということで、旧漁業権の補償は対象にならなかった、こういう特殊の事情を考慮いたしまして、旧漁業権を持っている者ともと北方領土に住んでいる方々に対する融資事業が開始されたわけでございます。そして委員御存じのとおり、旧漁業権者に対しましては、旧漁業権を持っていた人、それからその人が亡くなった場合にはその家族のうち一人ということになっております。それから元居住者につきましては、六カ月以上北方領土に住んでいた、ですから世帯主だけでなく配偶者、子供を含む家族全員が対象になっているわけでございます。 このように、北方領土に生活の基盤を置いていた者の生活の安定を図る、こういう趣旨でこの融資事業が始まったわけでございまして、この融資の対象を元居住者の子、孫に拡大することは、こういう制度の目的、性格から考えていろいろ難しい問題があると私たち考えておるわけでございます。ただ、先生御指摘のように、元居住者から強い要望がございますし、また、北方領土返還要求運動の継承という視点からも考えたらどうかというお考えがございますので、こういう問題の検討の基礎資料とするために実態調査を行ったわけでございます。 この実態調査は、元島民の組織でございます千島連盟におきまして、その連盟がつくっております名簿から必要事項を取り出しまして集計を行いました。その結果、元居住者は一万七百人程度、二、三世につきましては二万七百人程度、合わせまして三万一千人ぐらい、こういう数字は一応出ているわけでございますが、名簿上の重複とかあるいは記入事項の漏れというものがかなりあるということでございまして、今、再度正確な結果を得るために作業を行っているところでございます。この結果を見まして、引き続き検討していきたいと思います。
○藤原(房)委員 大臣、ひとつしっかり検討するということですから、これは現状はよく御存じのとおりでございまして、しっかりひとつ御検討いただきまして、前向きでお取り組みをいただきたいと思います。
○沢田委員長 玉城栄一君。
○玉城委員 まず、外務省の方にお伺いいたします。 昭和五十五年以来、外務省の方は北海道に担当大使を置かれまして、いわゆる北海道に関連する国際問題、北海道側との意見交換、それからいわゆる国際情勢に対する道民への啓発広報活動、こういう二つの目的で大使を置かれまして、ことし九年目ですか十年近くになるわけですが、八人の大使がその間赴任しておられるわけですね。その具体的な成果、それをどのように評価しておられるのか、お伺いいたします。
○佐藤(嘉)政府委員 お答えいたします。 ただいま委員御指摘のとおり、昭和五十五年度から、私ども外務省の中で北海道との関係を一層緊密にしていく必要があるという観点もあり、また同時に、北海道側からの御要請も受けまして、今御発言のありましたような目的を持っていわゆる北海道大使というのを発令させていただいておるわけであります。 具体的にどういう成果が上げられているか、こういうお尋ねであったかと思います。私ども日ごろの活動を通じまして、北海道の方々が国際問題について御理解をいただくということは必ずしも数量化できるものではございませんけれども、昨今の目まぐるしく変わる国際情勢につきまして道民の方々が御理解をいただくということは、日本の外交活動を支援いただくという観点から、目には見えませんけれども大変力強い御支援になると思いますし、また、そのこと自体が大きな評価であろうかと思います。現に北海道側からは、かような活動を通じて、北海道全般において国際問題に対する理解は深まってきていることについての評価をいただいているわけでございます。 若干具体的なことを申し上げますと、一つは、国際会談を北海道へ誘致したいというような御要望が道側からございます。具体的に申し上げますとラムサール条約というのがございまして、これは湿原の保護あるいは水鳥の保護を目的にいたします国際条約でございますが、その会議を一九九三年に釧路で開催をしたいという御要望が伝えられました。私ども政府内部でこの御要望を受けまして、実現に向けて努力をしているということでございます。明年のこの会議におきまして、この開催地をどこにするかということが議論されると いうふうに承知いたしているわけでございます。 それから在京の、東京に駐在します各国大使、なかなか地方旅行をされる機会に恵まれない大使もおられるわけですが、そういう方々を北海道に御案内申し上げて、北海道の事情を御視察いただいているということもございます。 それから、現在おります古川大使は発令以来九カ月余りたっておりますけれども、既にもう二十三回の講演会を催し、国際問題についての意見交換をさせていただいております。また、道側関係者との意見交換というのも九十回に及んでおりますし、各支庁を訪問いたしております。北海道の中に十四の支庁がございますけれども、八つの支庁をお訪ねして意見交換をしている、そういう機会をこれからもどんどんふやしていきたい、かように考えているわけでございます。
○玉城委員 今、お話のありましたとおり、大変評価をされていらっしゃるわけですが、ことしの大使である古川大使は、今お話のありました講演回数が九カ月で二十三回。九カ月で二十三回ということは、月に割って相当の数ですね。それから、意見交換など九十回です。ですから、九カ月で意見交換九十回です。この意見交換というのをちょっと中身を聞きましたら、マスコミとかいろいろな金融関係者とか有力者とか、いろいろな方々との意見交換が九十回。支庁訪問八回、市町村訪問六十三回、これはことしの九カ月でこれだけやっておられるわけですね。ですから、これは五十五年からずっとトータルしますと、今評価をされたように、外務省としては北海道に大使を置いたその意義は十分あった、その成果は出たと具体的に評価をされているわけですね。 そこで、私は、大臣にお伺いしたいのですが、私は、この委員会も含めまして外務委員会等でも、十年来、沖縄にもそういう大使を置くべきであるという主張をさせていただきました。これは性格は違いますけれども、御存じのとおり、外務省は日米安保条約を所管していらっしゃる。それをいわゆる安定的、円滑に運用もしなくてはならないという責任もある。ところが、その安保条約に基づく米軍基地というのは、沖縄七五%。これは占用施設。七五%ということは、本土の三倍ということですね。人口は一%しかない、国土は〇・六%、そういう小さい県にそれだけの巨大な基地を集中的に置いて常にトラブルが起きる、そういう状況なんですね。ですから、北海道のように五十五年、あるいは本当は沖縄が復帰しました四十七年からでも沖縄にそれ相当の大使を置いて、その巨大な基地に絡むいろいろな問題に対応させるべきではないかというのは当然のことなんですね。ところが、北海道には置いておいて沖縄には置いてない。これはある意味では差別じゃないか。あるいは、外務省が本気になって日米安保条約を遂行しよう、そういう気があるのかどうかすら疑わしい、そう考えるのですが、いかがでしょうか。
○中山国務大臣 委員いろいろ御苦労いただいて、政府に有益な御注意をいただいていることも感謝を申し上げますが、今、政府委員から答弁をいたしましたように、北海道に外務省から大使を出すということは、あくまでも待命中のいわゆる非常勤といいますか、そういう大使でございまして、随時北海道に出張するというような形を実はとってまいったところでございます。今回、沖縄県の要請を受けまして、常勤する職員を外務省から派遣してもらいたいという要望を受けて、外務省としては沖縄県の要望にこたえる態度でこれから臨んでまいるということでございまして、その点、御了承いただきたいと思っております。
○玉城委員 それはこたえるということですが、私が申し上げておりますのは、北海道には昭和五十五年から、大使級の人も非常勤であってもこれぐらいの活動をされておる、諸活動。今もって沖縄には置いてない、復帰して十七年、それはおかしいのではないか。しかも、沖縄にはそれだけの重要な日米安保条約の問題も抱えている。こういうことで、県側から要望があったからどういうふうにこたえられるというのですか。
○有馬政府委員 県からの御要望というのは、県として米軍との連絡調整を初め、沖縄の実情を遅滞なく外務省に伝えるなど、基地問題に迅速に対応できるような体制を強化するということでございまして、実務レベルの職員を外務省から県に出向してもらう、これが最も得策ではないかという考えに立ち至ったというふうに承知いたしております。 先ほど官房長が申しましたように、北海道の場合には常駐ということではありませんで、私の理解しておるところでは月一回程度、しかし、その都度多くの講演の場面等を設けていただいて、活発な活動をしているのは事実でございますけれども、そもそもなぜ沖縄において外務省が何らかの形で関与することが好ましいかといえば、私が最初に申し上げましたような目的を達成するためなのであって、そのためには、もちろん県からも常駐の大使を派遣してくれというような御要望はあったのでございますけれども、これはもう諸般の事情で大変に困難であるということでございまして、今般御要請のありました県庁に職員を派遣するということ、これに対処したいというふうに考えておりまして、詳細を今詰めているというところでございます。
○玉城委員 私が申し上げますのは、北海道に昭和五十五年からそういう体制が、非常勤であっても、これは何回も繰り返しませんけれども、成果を上げて具体的に評価されている。沖縄でも、もし昭和五十五年から北海道と同じようにそういう大使を非常勤であったにしても置いておけば、私は相当今の沖縄の事情と変わった状況は当然生まれていたと思います。何せ九カ月で九十回もマスコミ、いろんな方々を含めて意見交換もされるわけでしょう。この十年近い間には相当なものがありますよ。そういう形で沖縄にもされていたのであれば、皆さん方の言う日米安保条約の円滑かつ安定的な運用ということにも大きな、そしてまた沖縄県民側のサイドに立ってそういういろんな問題の諸解決はでき得た、こう思うのですね。 有馬さん、今おっしゃったことは、これは県の職員になるのですか。大使じゃないのですね。大使じゃないこともはっきり言っていますが、県の職員になるわけですか、身分上は。
○有馬政府委員 今般の十一月二日でございますけれども、沖縄県から外務省職員の沖縄県への出向という考え方が表明されまして、この要請を基本的に受け入れることとして、今後さらに沖縄県との間でその具体的対応等につき調整をしていきたいと考えているということでございます。
○玉城委員 大臣のお答えを最後にぜひお願いしたいのですが、これはさっきも申し上げましたとおり、外務省は日米安保という重要な日本の国としての基幹政策、それを遂行しようといろいろおっしゃる。しかし、その割には建前論を立てて、力でそれを押し通すという感じなんです。今そういう時代じゃないですよ。これはソ連側の関係も対話の時代から協力という時代にまで入ってきているわけですから、そういう力で、権力で押し通すというところに皆さん方の条約の遂行に、あるいは現地ではトラブルが常に絶えない、こういうことですから、これはもう有馬さんは官僚のトップとして尊敬はしますけれども、お役人さんの発想もこれ以上出ないと思うのですね。政治家として、遅きに失したにしても、沖縄にも北海道と同じように大使を今後は検討するというお考えはありませんか。
○中山国務大臣 一応外務省としては、今回沖縄県の御要請に応じて人を派遣するということで、おおよそ県側とも既に合意ができ上がっておりまして、私といたしましては、率直に申し上げまして、きょうは政治家としてどう思うかというお話でございますが、大使が行った場合には出張でございます。今度は二十四時間結局在勤をするという姿勢の中で、この日米間のいろいろな協定に基づく住民の方々の不満を少しでも解消するように、外務省は県と協力してやっていこうという姿勢でございますので、しばらくこの経過を見てまいりたい、このように考えております。
○玉城委員 時間が来ましたので、終わります。
○沢田委員長 岡田正勝君。
○岡田(正)委員 大臣にお尋ねをいたします。 十一月十日の衆議院の外務委員会におきまして大臣は、北方四島の返還につきまして多様な道があろうかと思いますというような意味のことをおっしゃいましたが、これは、四島返還が実現するのであれば必ずしも一時期に返還されなくても仕方がないという意味も含んでおるのでしょうか。
○中山国務大臣 そのようなことは考えておりませんで、多様な道と申し上げましたのは、これから外交というものを展開してまいります場合にいろいろな紆余曲折があろうかと思いまして、そのような意味で、ありとあらゆる方策を使って日ソ間の外交を進めてまいるという意味でございますので、御了承いだたきたいと思っております。
○岡田(正)委員 これもないのだろうと思うのでありますが、多様な対応の道があると思うというその中で、我が国の領土として領有権が認められるなら、そこにおける実際の統治体系というものは、いわゆる共同管理方式というようなことも含めておるよというようなことはまさかないでしょうね。
○中山国務大臣 現在の日本の外交の基本政策は、従来どおり一切変化はございません。
○岡田(正)委員 せっかくの機会でもございますし、私が外務大臣に質問させていただくのは、引退を決意いたしました私にとりましてきょうの機会が恐らく最後であろうと思います。 そういう意味からこの残りの時間を使わせていただくのでありますが、大臣も御承知のとおり、北朝鮮に行ったきりただの一人も帰ってまいりません日本人妻の自由往来の問題につきまして、これはいよいよことしの十二月十四日が満三十年でございます。行かれまして満三十年、お若い方でも向こうにおる人、二十で行ったとしても五十歳です。日本に残っていらっしゃる御両親ということになると、これは七十、八十、もう既に物故された方も随分たくさんいらっしゃいます。墓参りもできない、臨終にも会えないというような非人道的なことがまかり通って三十年なんです。そのことにつきまして、私どもはこの衆議院におきましても参議院におきましても、既に四十八名の議員がそれぞれ、ほとんどが外務委員会でありますが、訴え続けてまいりました。 そこで、私、議員生活最後の質問になるということを伝え聞かれまして、実は関係留守家族の皆さんが、ごらんください、あれほどたくさんの方々が九州の方からまでもわざわざ上京していただきました。あの中には、右から二番目の方でありますが、八十歳になるお母さんがいらっしゃいます。本当に耳も遠くなってしまってお弱りになっておる状況でございますし、一番こちらの男性の方とお隣りの奥さんとは、妹さんを向こうへ出したきりさっぱり会うことができないというような状況になっておりますし、前列の一番右端の方は、実は九歳のときにお母さんと別れてしまいまして、その後、国に残りましたお父さんが亡くなった後は施設で生活して、今日あの姿でございます。こういうふうにお一人ずつ紹介しますと、時間がなくなってしまいますので省略をさせていただきますが、皆さんきょうのこの委員会、大臣の御答弁、本当に神や仏に祈るような気持ちで傍聴においでになっております。そういうことから、大臣といたしましても、これは人道上の問題ですから、難しい話ではございませんので、ぜひ積極的に前向きの御答弁をちょうだいできますようあらかじめお願いを申し上げまして、質問をさせていただきたいと思います。 まず第一の質問でございますが、大臣も御承知のとおり、実は北朝鮮にお帰りになった九万三千有余名の方々というのは、国交がないのにどうして帰れたのかなということになるのでございますが、御承知のとおり、カルカッタ協定というものに基づきまして、当時の藤山外務大臣の主唱によりまして閣議で了解事項となりまして、それから始まったのがこの帰還事業なのでございます。それで九万三千三百四十名の方々が帰ったのでありますが、その中に日本人妻、日本国籍を持っておる人が六千人もいらっしゃるわけです。その方たちが今日までだれ一人として帰ってこない、だれ一人として里帰りしてこない、こんなことは世界広しといえども恐らく例がないのではないかと思うのであります。 それに対しまして、では日本も同じように、日本にいらっしゃる北朝鮮の人々を北朝鮮に帰らすようなことはしてないのか、いわゆる北朝鮮へ郷土訪問ということはさせていないのかといったらさにあらずでございまして、日本は大変人道的な立場に立ってこれも処置していらっしゃいます。昨年の実績だけでも、日本の国内におる北朝鮮の人が六千五百二十二名も行ったり帰ったりということを繰り返しておるのであります。ところが、我が日本人妻はゼロなのであります。これは一体どういうことなのでしょうか。全くこんな摩訶不思議なことが世の中にあっていいのだろうかと私は思うのであります。国交がないから非常に難しい問題であることは、よく存じております。しかし、ここで何か、とにかくこの帰還事業が起きたのは閣議了解で起きたのでありますから、やはりこの機会に、満三十周年を迎えました今日、来月の十四日が満三十周年記念でございますが、そのときまでに何とかして自由に往来できるように、そういう閣議了解事項あるいは閣議決定というようなもので、日本の政府の人道問題に対する決意を表明していただけぬものだろうか。これがもう私が議員として最後の訴えです。 それで、きょうも実はこの自由往来の議連をやりました。百六十五名の衆参両院議員が参加していらっしゃいます。毎月五百円ずつ御出費をいただいて運営しておるのでありますが、きょうの昼休みに、参議院の議員会館で第二回の総会を行いました。百名を超える人が参加をしていただきました。非常な熱狂ぶりでございました。そういう中で、自由往来の促進の問題をやらねばならぬというので、会長さんが実は江藤運輸大臣なのです。副会長に志賀節環境庁長官もいらっしゃるわけです。お二人も閣議の中に入っていらっしゃるわけですから、中山外務大臣が中心となって、ぜひひとつこの機会に閣議了解をとるなり閣議決定をなさるなりして、六千人に及ぶ日本人妻の関係者各位、そういう人たちに安心をしてもらえるような御決定がいただけぬものだろうかということをぜひともひとつお願いをしたい。これは私のもう最後のお願いです。大臣の御決意を承りたいと思います。
○中山国務大臣 先生が議員引退を決意された最後の機会のこの問題に関する御質問ということで、大変感銘を深くいたしております。先生が日本人妻の日本への帰還問題、議員連盟でいろいろ御苦労いただいてきたことにも、深い敬意を表しておるわけでございます。 先生も御案内のように、日本政府は、いわゆる北朝鮮に行かれた日本人妻の日本への帰還については原則自由でございます。北朝鮮政府の出国の許可があればいつでも帰っていただける、このような状態であることも御理解をいただきたいと思っております。先生も摩詞不思議な話だとおっしゃいましたけれども、北朝鮮政府は我が国と国交はございませんが、厳しい外国への渡航制限がしかれていると聞いております。きょうは関係の御家族の方もいらっしゃいますけれども、歴史のこんな大きな流れの中で、壁を越えたら射殺すると言われたあのベルリンの壁が取り除かれるという時代でございますし、その背景には、共産圏あるいは自由圏それぞれのいろいろな国との間での協議が行われた中でのこのような変化が起こっているこの時点でございますから、私どもアジアにおきましても、このような人道的に見てまことに遺憾であるというような問題が一日も早く解決できるように、日本政府としては引き続き努力をしてまいりたい、このように考えております。
○岡田(正)委員 大変ありがとうございました。御丁重な答弁をちょうだいいたしまして感激であります。 さてそこで、きょうは法務大臣がいらっしゃい ませんが、一日本人として本当に摩訶不思議な、向こうからお帰りになる方は三十年間全くゼロ、ところが、我が日本にいらっしゃる北朝鮮の人は、去年は六千五百二十二名も行ったり帰ったりしていらっしゃる。これは金日成主席がおっしゃっていますが、私どもは人道的立場の問題でありますから、相互主義で解決したいと思います、相互主義でやります、こうやって実は何遍も約束しているのです。ところが、それが全然実現しません。それで大臣、どんなものでしょうか、相互主義ということは、日本にいらっしゃる北朝鮮の人も六千五百二十二名も自由往来をさせているよ、だから、向こうにいらっしゃる日本人妻も同じように自由往来をさせたらいいじゃないかというのが相互主義じゃないでしょうか。今の状態というのは、片っ方だけが誠意を尽くして、片っ方は頑としてその壁を破ろうとしないのであります。 先ほどおっしゃったように、今や東西のベルリンの壁もなくなった時代であります。これはもういま一息でありますので、ぜひともこの問題について、相手がどうしても日本人妻の自由往来、里帰りはさせないということをあくまでも主張するのであれば、我が日本も心を鬼にして、相互主義の立場に立って、しからば日本にいらっしゃる北朝鮮の人も自由に出入りはさせません、同じじゃないですか、相互主義じゃないですか、私は、そのくらいの断固たる決意を政府は持ってもらいたい。特に法務大臣は持ってもらいたい。その法務大臣に決意をしていただくのには、やはり外務大臣が一番適当な方でないかと私は思うのです。ですから、閣議の中で、ぜひとも法務大臣に対しても、こんなことをほっておいていいのか、むちゃくちゃだ、これはもう独立国日本としてはっきりした態度を相手に毅然として示すべきときが来た、もう満三十年だ、石の上にも三年というが、三十年もじっとしておって何ら問題の解決になってないということは、関係者に対しても申しわけないし、日本の国民に対しても申しわけないと言って、ぜひともひとつ大臣からそのアクションをとっていただきたいのです。 承るところによりますと、大臣は小児科の先生だそうですね。本当にお人柄が顔にも出ております。本当に福相なお顔でございます。赤ちゃんはものをよう言いません。ものをよう言いませんが、痛いから泣いている、その泣き声だけでもって小児科の先生というのは、これはここが悪い、ここが悪いと適当に判断をされてきちっとそれを治していかれる。そういう心優しいお医者さんが小児科の先生です。しかも、大臣は医学博士でいらっしゃいます。この国際的な人道問題に、その先生の手によってどうぞひとつメスを入れてやっていただきたい。三十年を超えても何にもできぬような日本だったら、独立国日本なんというたんかは切らぬ方がいい、私はそう思うのでありますが、さらにもう一度決意を伺いたいと思います。
○中山国務大臣 今重ねてのお尋ねでございますが、今外交的に北朝鮮と日本の間は大変冷たい関係といいますか、そのような関係になっているのはまことに残念なことでございまして、日本政府といたしましてはできるだけ、一日も早い北朝鮮との正常化といいますか、そういうことで出先の大使館等を通じていろいろと接触をいたしておることも事実でございます。しかし、現在のところ前向きの返事がないということでございますが、こういう歴史の大きな変革期の中で、外務大臣といたしましては北朝鮮政府の外交方針に重大な関心を払っております。 実は、先日この北朝鮮を訪問されました前のアメリカの極東担当国務次官補であったシグール氏とも会談をいたしまして、北朝鮮政府の態度が今どのように変化しつつあるかということもお話を伺っておりますけれども、いろいろな多極的な国家間で新しい平和の醸成へ向かって努力が行われている最中でございます。先生の大変御熱心なお話を承って、さらにこれからも北朝鮮との関係の正常化に向かって、日本政府としては人道的立場に立って努力をいたしたい、このように考えております。
○岡田(正)委員 ありがとうございます。 ちょっと委員長、お許し下さい。——今お手元に差し上げましたのは、実は今月の七日に着いたばかりの向こうからの、日本人妻の書簡でございます。この赤線の引いてあるところだけ申し上げておきます。「日本の食品、ラーメン、きめの細かい雪の様な砂糖、そしてにほいのよい石ケン、何にもかも参拾年ぶりに味合せて頂きました。」こういうことが出ております。また、この文面を読めばいかに生活が困窮しておるかということがわかります。その次の赤線の「私達は三年もしたら合へるつもりで来ましたが、もう参拾年も過ぎ、あと何年生きられるか知りませんが、死ぬ前に、一度でよいから、皆様にお合いしたい」という、血の出るような叫びを書いていらっしゃいます。望郷の念が切々と伝わってくるような思いがするのでございます。 この書簡をきょうの昼休みに皆が読みまして、これは大変だ、我々の心ばかりのものでも、ひとつ品物を送ってあげようじゃないかといって、十二月中旬をめどにみんなでひとつ、お歳暮とかそういういただき物でも何でもいいから、とにかく自分のうちの古着でもいいから、出し合って送ってあげようじゃないか、そしてその経費は議員連盟で持とうというようなことになりまして、みんなで拠出することを申し合わせました。 ぜひこの機会に私、お願いしたいのですが、日本の外務大臣である中山先生も義援物資を出してくださったということは、大変な重みになるんです。これは大変な重みであります。多くとは言いません、小さい物でも結構ですから、ぜひその義援活動に御協力いただきたいと思いますが、取りに行ってもいいでしょうか。
○中山国務大臣 喜んで御協力をさせていただきます。
○岡田(正)委員 ありがとうございました。言うことありません。どうぞひとつ、目的を達成できますよう御尽力いただきますように心からお願いをいたしまして、私の最後の質問を終わります。 ありがとうございました。
○沢田委員長 児玉健次君。
○児玉委員 九月二十七日、ニューヨークで行われた日ソ外相会談で、ソ連側から、ゴルバチョフ議長が一九九一年に来日する、こういった意向表明があったと聞いております。ゴルバチョフ議長の来日が日ソ両国間にある諸懸案の平和的解決を促進し、日ソ両国民の友好関係に役立つために、両国の間に横たわっている歴史的な、そして現状にかかわる障害をいかにして取り払っていくのか、そこに目を向ける必要があると思います。 中山外相は、報道によりますと、この日ソ外相会談で日ソ関係改善のために真剣に努力する考えであると表明されたと伺っておりますが、どのような努力をなさろうとしておるのか、大臣の御答弁を求めます。
○中山国務大臣 外交を進めていく上での基本になるものは、相互の信頼の確立ではないかと私は考えております。そういう意味で、日ソ外相会談におきましても、シェワルナゼ外務大臣と私との冒頭の話は、双方がお互いに信頼関係を確立することだ、その基盤に立って、これから四十数年間の日ソ間の問題を解決するように双方が努力するということで合意ができたわけでありまして、そこからヤコブレフ団長の今回の国会招待による訪日、あるいはまたこれから行われようとする日本の議員団のソ連への訪問、あるいは十二月の日ソ平和条約作業グループの事務レベル協議、あるいは三月のシェワルナゼ外務大臣の御来日という点を踏まえて、私どもはできるだけ誠心誠意努力をしてまいるということに尽きると思います。
○児玉委員 日ソ両国の友好関係を進めていくために、それを妨げる双方に存在する障害として、日本の側からすれば日米軍事同盟の強化の問題、やはりこれは率直に言っておかなければいけない。他方、ソ連の側からすれば、領土問題で平和五原則に反した社会主義国らしからぬ立場に固執している問題、こういった問題にそれぞれ真剣に目を向けて、そしてそれを除去していく努力をしな ければならないと私は考えております。 そういった見地から、ことしの秋に実施された太平洋演習、主としてこれは日本の側からの問題です。いわゆるPACEX、この問題を私は取り上げたいと思います。非常に濃い秘密のベールに包まれております。私たちも、この演習の全貌を知りたいと思ってさまざまな努力をしてまいりましたが、一つの政党では困難だというところがあります。 たまたま、PACEXについて実施前と実施後、二つの報道がなされております。 一つは八月十八日の産経新聞です。その中で、「演習の詳しい内容は極秘とされているが、南部太平洋、東部太平洋、オホーツク海などからソ連艦隊を駆逐してきた空母群が、海上自衛隊、航空自衛隊が守る北海道苫小牧沖付近に集結。そこから艦載機を発進させ、青森県三沢基地のF16戦闘爆撃機と協力して、北方領土、サハリン、沿海州一帯のソ連軍基地を攻撃目標にすることになるもよう。」中略して「とくに今回の演習が注目されるのはシーレーン防衛、千島列島占領、ソ連軍重要拠点の無力化、同盟国との共同作戦など米軍が有事に行おうとしている戦略のすべてが、一つのシナリオとして初めて明確に姿を現す点だ。」こう産経は書いております。 そして演習が終わってから、十一月四日の朝日が、ある記者の署名入りの論文として、「PACEX'89 全体像に迫る」出だしのところで、「今回、米軍当局は参加国さえ公表しないほど口が堅かった。」そう述べた上で、いろいろ断片をつなぎ合わせて次のように述べています。「北上した日米主力艦隊は、十月二日、千島列島沿いに南下してきたと推定される空母エンタープライズ戦闘群と、北海道根室南方と岩手県宮古東方を結ぶ海域で合流した。」そう述べた上で、「たぶん演習海域は、根室の南東方あたりだろう。三海峡封鎖、オホーツク海と日本海の制圧、千島、サハリン、沿海州の攻撃といった米海軍の前方展開戦略による演習だったと思われる。」 私がこれを取り上げたのは、一つは演習が実施される前の、あるマスコミの予測を含めた記事です。他方は、演習が終わった後、それを総合して述べたものです。 まず伺いたいのは、外務省はこの演習の内容を十分承知していると思うのですが、いかがですか。
○有馬政府委員 この米太平洋演習PACEXにつきまして、米国政府は発表いたしております。「米太平洋軍は、本年九月より十月までの間、太平洋方面に所在する米軍部隊の指揮統制、相互運用性及び後方支援能力の訓練を目的とした、PACEX89と称する演習を実施する予定である。PACEX89は、主として、従来より計画されている一連のルーティーンの演習の実施を分析するため、計画、調整及び評価を行おうとするものであり、その結果として演習をより効果的かつ効率的に実施することを目的としている。」ということでございまして、それ以上米側の演習の運用の詳細については承知する立場に私どもありません。 いずれにいたしましても、いわゆる太平洋演習と申しますのは、米軍独自の訓練のほか、各国との共同訓練を含む演習の米側の総称にすぎませんで、個々の訓練や演習についてはそれぞれ別個独立したものであり、相互には関連なく、太平洋演習において統一的なシナリオに基づいて米太平洋戦略の検証を行うというものではないと承知いたしております。
○児玉委員 北米局長は今、この演習全体についてのアメリカの一般的なねらいといいますか、そういったものについて述べられました。我々日本国民が承知したいと思っているのは、これらの演習が具体的にどのように展開されて、どのような国が参加して、そしてとりわけ我々が千島列島の返還ということを国民的な要望として出しているときに、この千島、北海道の周辺で何を行おうとしたのか、何を行ったのか、その点、外務省は御承知でしょうか。
○有馬政府委員 繰り返しになりますけれども、太平洋演習といいますのは、米軍独自の訓練のほか、各国との共同訓練を含む米軍の演習の総称にすぎないということでございまして、後半のおっしゃられました、内容について私どもが承知しているかということにつきましては、存じません。
○児玉委員 こういった演習が事実として展開された。これが日ソ両国の友好関係を願う両国民の希望に反するものだと私は考えますが、外務省どのようにお考えですか。
○都甲政府委員 お答え申し上げます。 先ほど北米局長から御答弁申し上げたような目的を持っているこの訓練であるということからいたしまして、私どもは、これが日ソ両国の関係の障害になる性質のものではないと承知しております。
○児玉委員 この問題については、また続けて議論をしたいと思います。 私は、この演習で危険な役割を担ったF16の低空飛行の問題について取り上げたいと思います。 政府は、私がことし六月十九日に提出したF16の低空飛行に関する質問主意書に対する答弁書の中で、「米軍による実弾射撃等を伴わない通常の飛行訓練については、」ということであれこれ述べた上で、「施設・区域の上空外において、これを行うことは、認められるところである。」こう述べられました。実弾射撃やそのカテゴリーで、例えばミサイルの発射、ロケットの発射、爆弾の投下、こういうことさえなかったら、外務省はそれらの軍事演習を通常の飛行訓練というふうに受けとめていらっしゃるのですか、伺います。
○有馬政府委員 ここで「実弾射撃等」と言ったときの「等」につきましては、タッチ・アンド・ゴーとか実際の戦技技術の向上とかいったような表現が従来国会でのやりとりの中で使われております。しかしながら、先生に差し上げました答弁書の中に言いますところの通常の飛行訓練というものは、地位協定上認められていると我々が考えているものですけれども、その具体的態様については、その都度判断していかなければならないものだと思っております。 しかし、いずれにいたしましても、米国の軍隊がその機能に属する個々の活動について、施設、区域外において認められるかどうかということ、これは繰り返しになりますけれども、その活動の目的の態様等の具体的な実態に即して、同協定に照らして合理的に判断されるべきものと考えております。そしてその際、米側は、いかなる場合であっても公共の安全に適切な配慮を払っていかなければならないことは当然であり、またその必要性については、我が国政府から米側に常々伝えているところでございます。
○児玉委員 ちょっと聞き取りにくかったので再度聞きますが、「実弾射撃等」の中にタッチ・アンド・ゴーや戦技技術の向上が含まれるのですね。そのことについてだけお答えください。
○有馬政府委員 「等」ということで、実弾射撃あるいはタッチ・アンド・ゴーといった戦技技術の向上ということでございますけれども、戦技技術の向上といった場合にも、これは一般的な表現でございまして、その内容にはさまざまなものがあります。その中には、地位協定上特に施設、区域の、あるいは訓練施設として提供されたもので行われなければならないものもありましょうし、具体的にその態様を見た場合には、施設、区域の外でそのように呼ばれ得るものであっても、許容されるものもあろうかと存じます。
○児玉委員 外務大臣にお聞きいただきたいのですが、F16が岩手や北海道その他で超低空飛行の訓練をやり、三沢基地に帰投して真っ先に何をやっているか。さまざまなことをやりますが、直っ先に行うことの一つに、機首の部分に存在するビデオカメラからビデオテープを抜き取ることです。これは、地上のレーダーサイトや大きな橋やそういった建造物に対して、低空から接近して射撃を行おうとする訓練を行う。その際、引き金は引いてない。爆弾を落としていない。しかし、その接近と射撃行為の結果はビデオで完全に解析できて、命中したかしないかというのはわかる。そうなると、射爆場における実弾射撃を伴う行為と、 実弾射撃は行わないけれども事実上同様の行為というのは区別がつかない。自衛隊の関係者に私が聞いているところによれば、超低空飛行での対地目標の捕捉を行う訓練の相違点は引き金を引くか否かのみである、こう言っているのです。外務省、この点はどうですか。
○有馬政府委員 おっしゃられましたような訓練の運用の内容については、承知いたしておりません。
○児玉委員 時間が来ましたから、これは続けてやりますが、私は最後に、大臣退席されるそうですから……。 F16のいろいろな事故、緊急着陸などがございます。私たちはその都度、住民の不安が強いから原因を明らかにするようにというふうに言ってきましたが、一九八七年三月二十二日、F16が八戸沖で墜落した際、事故原因は機械の故障のためですよ。機械の故障のためといったら、英語で言えば何と言うのか。極めて広範な概念で、こんなのは事故原因の説明にはならない。八九年三月二十七日、F16千歳空港への緊急着陸、半年以上たった今日も原因は調査中です。 いろいろ立場の違いはあるだろうと思う。しかし、起こした問題について外務省に通告をしない米国の態度は極めて無責任だと思いますが、同時に、外務省はそのような米軍の態度を容認してはならないと思うのです。国民の安全を確保するために、事故が起きた場合、最小限、その事故を速やかに明らかにさせるという点で外務省の努力を強めていただきたい。この点、いかがでしょうか。
○有馬政府委員 大臣がお答えになられます前に、私どもといたしましては、そのようなことがありますときには、その都度米側に対しまして事故の原因等を照会いたしております。そして、回答を得ております。時間がかかる場合もありますし、そうでない場合もございますが、例えば先ほど先生が言及された三月二十七日の、予防着陸と私ども呼んでおりますけれども、その際は、当該F16は飛行中燃料系統の警告ランプが点滅したため、千歳空港に予防着陸したということでございまして、点検の結果、燃料系統に何ら故障は見られなかったという答えを得ております。
○中山国務大臣 今、北米局長から御答弁申し上げたことでございます。
○児玉委員 終わります。
○沢田委員長 次回は、来る三十日木曜日、午後零時五十分理事会、午後一時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時五十四分散会