文教委員会 第4号
- 発言数
- 188 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1987/09/01
会議録
○委員長(田沢智治君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 まず、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に国立大学協会副会長田中郁三君、日本私立大学団体連合会会長石川忠雄君、前名古屋大学学長飯島宗一君、静岡大学人文学部教授山崎眞秀君及び一橋大学経済学部教授関恒義君を参考人として出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(田沢智治君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ―――――――――――――
○委員長(田沢智治君) 学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案を議題とし、参考人より意見を聴取いたします。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。 皆様には、御多忙中のところ御出席をいただき、まことにありがとうございます。 当委員会では、学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案の審査を進めているところでございますが、本日は、本案について皆様から忌憚のない御意見を拝聴いたし、今後の審査の参考にいたしたいと存ずるのでございます。どうぞよろしくお願いいたします。 つきましては、議事の進め方でございますが、まず、お手元の名簿の順序でお一人十五分程度意見をお述べいただき、全部の参考人から意見を伺った後、各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。 それでは、まず田中参考人からお願いいたしたいと存じます。
○参考人(田中郁三君) ただいま御紹介のありました国立大学協会副会長をしております東京工業大学の田中でございます。国立大学協会の会長、副会長で相談いたしました結果、本日私が出席することになりました。 本日の私の立場は、国立大学協会全体を代表してというよりも、副会長をしております会員の一員として、また、特に理工系の教育研究に日ごろ携わる国立大学の学長の一人といたしまして、以下、意見を述べさせていただきたいと思います。 まず第一に、今後我が国が国際社会の中でさらに発展を続けていくために、国立大学の果たすべき学術研究の推進の役割についてお話しいたしたいと思います。 大学は、社会における学術や文化の発展のための研究と、それを支え、さらに将来に向かって推進させる人材の養成という点にその主たる目的があります。社会が科学技術の急激な進展に伴って変化を遂げていく現在、大学が将来の社会を先見性を持ってリードしていくためにどうあるべきか、また、どう実現していくかについて現在大学に与えられた課題は多く、また重いものであります。これらにつきましては、国大協において、第一常置委員会を中心として、種々討議がなされました。 国際的レベルでの学術研究を支えていく研究者の養成には、大学院の充実、大学の教育研究活動の高度化が必要であります。特に私は、二十歳代から三十歳代前半の若い研究者の大学における位置づけ、役割を重視する方策をとらない限りは、独創的な研究の推進はあり得ないと考えております。 最近特筆される超電導の研究を見ても、学際的な教育研究体制が必要となっております。これは将来ともますます重要になってくると思います。このことは、大学内だけではなく、大学間にわたって学際的、共同利用の研究体制を確立すべきだと考えております。ただ学際的といっても、我々が教育の面で考えた場合には、学部段階で学際的をやるというのではやはり本当の意味の幹ができません。その木の幹をつくるためには、いわゆるディシプリンといいますか、ちゃんとしたディシプリンの学問をやって、それが大学院に行って学際的な研究をやるという形が大学の教育として非常に重要であると私は考えます。そういうことで、学際的な教育研究体制が、今我々の大学に課せられた非常に重い課題になっております。 それからまた、大学、特に国立大学は、地方における学術文化の向上と、地域の産業の発展と開発に貢献していくことが強く望まれています。将来においても、さらに科学技術の発展による産業構造の変化に対応して、地域社会の要請にこたえる必要があると思います。 二番目といたしまして、国際化に対応して我々の大学がどうしていかなければならないかということについてお話しいたしたいと思います。 大学の国際化の急速な進展は、従来外国人留学生受け入れが国際的に見ても少なかったため、特殊なものとして取り扱われてきた実情を今日大きく変えることとなってきております。外国人留学生の受け入れを増加させて、かつ意味のあるものにするためには、十分な能力を保障した学位授与を可能とする教育研究体制、主として大学院を充実させることが緊急の課題であると考えます。これが不十分である限りは、外国人留学生の中の優秀な人たちが欧米の大学院に流れる傾向を助長するだけになるのではないかと恐れます。またこれは、欧米の留学生が最近我が国に相当人数として来ておりますけれども、やはり同じであって、そのクォリティー、つまり質的に高い人たちが日本に希望を持って来るだけの大学の、いわゆるこちらの大学のよさというものをつくっていかなければならないと思います。既に、大学の特定の分野によっては外国人留学生が博士課程で半数に近い、これは、例えば電気、電子のようなフィールドで半数に近い比率を持っております。大学にもよりますけれども、これだけの比率は大学の研究水準を左右する影響を与えている現状になっています。そうしますと、外国人留学生の資質及び受け入れ体制に格段の配慮をしなければ、大学の学術研究水準に深刻な状況をもたらす可能性があります。いわゆる従来から言われたボランティアである、外国人留学生の受け入れというのはボランティアであるという段階からもう既に非常に離れて、我々の大学の研究水準をあるいは学術水準を左右する力になっております。 大学の国際化にとってもう一つの課題は、学術の国際交流の推進であります。研究者、特に若手研究者の国際交流を飛躍的に拡充する必要があります。これは財政的な面と制度の弾力化の面があります。国際交流のために我が国の用意された国費あるいは民間基金はまだ微々たるものであって、国際学会への参加、短期、長期の研究者交流が極めて不十分であります。また一方、学生並びに研究者交流を盛んにするために、いつの時点でも大学院教育ができるよう、つまり、いつの時点でも外国人留学生が日本の大学に入って研究ができる、あるいは教育ができるよう大学院制度の弾力化が望まれる次第でございます。 三番目に、学術の発展、時代の変化に柔軟に対応できるよう、制度の弾力化と物的条件の整備が望まれます。それで、行財政改革として配慮を望むという観点からお話しいたしたいと思います。 学術研究推進及び国際化に対応して述べましたように、今後の学術の発展及び時代の変化に柔軟に対応できるために、大学における諸制度の弾力化が極めて重要であると思います。大学は、今後社会に開かれた存在として発展すべき任務を負わされております。大学に対する地域社会の期待と要請が最近特に高まっている折から、前に述べましたように、新産業の開発と既存産業の活性化のためにも、大学が果たすべき役割は極めて大きいものがあります。また、社会人の受け入れなども積極的に行う必要があります。このように、大学は地域社会へ、また企業を初め我が国の社会全体へ、またもっと広く国際社会に対し開かれたものにすべきでしょう。それには学部、大学院設置基準を初め、制度の弾力化並びにその運用に当たって適切に対処する必要があります。その反面、大学は若い学生とともに新鮮な雰囲気のもとに、企業とは異なって、目的志向型ではなくて、研究の論理的な発展を目指しています。研究の課題の選択並びにその進め方はより自由であり任意性があります。大学の研究生活において真の魅力を与えるものは、研究の過程において意外性の発見ではないかと思います。ここに大学が企業以上に独創的な研究の芽がより多くあり、意外性の発見が実りあるものになるために、実験など、種々試す余裕のある研究費の裏づけが望まれる次第であります。 大学における教育と研究は、そのときどきの社会的風潮に従って安易に変更すべきものではなく、学術の振興、ひいては人類社会の発展に奉仕するという長期的な視野に立って進むべきでありましょう。その意味では、大学と社会との間に一定の距離を置くこと自体は十分に理由のあることでありましょう。しかし、国立大学は、その社会的任務にこたえるためにも、大学の外部からの批判に対し謙虚に耳を傾け、教育と研究のあり方について厳しい自己反省をしなければならないと考えています。創造性、自主性を前提とした自律的な運営は大学の基本であり、このことは常に大学の硬直化、固定化を打破するために、改善の努力をすることが最も基本的でありましょう。 以上の諸問題の解決は、大学における積極的な自主努力の裏づけがあって初めて実効のあるものとなると考えます。このような観点から、大学審議会が設置されることになった際には、各大学においてみずから改革に取り組むときにその支援になるような行財政上の諸施策にかかわる提言を、大学の自治を尊重しつつ行われるよう期待するものであります。 また、国立大学協会として、改めて簡単に申し上げたいと思います。 大学審議会につきましては、臨教審におけるユニバーシティ・カウンシルの審議段階から、国立大学協会のメンバーでもあられた、ここにおられます第四部の会長をされておりました飯島先生を通じて御説明を受け、また、この法案につきましても、国立大学協会の各種会合、国立大学学長会議などを通じ、文部省から逐次御説明を受けております。それを受け、各大学あるいは各学長個々の立場で御検討がなされ、種々御意見もあろうかと思いますが、国立大学協会として文部省に異論を申し上げるというようなことにはなっておりません。私個人としては、大学に関する政策決定に当たり、各方面から広く意見を聞くことは極めて大切なことと考えており、その場合には、大学審議会において大学の立場を十分踏まえた議論がなされ、またそれが実行に移される場合にも、大学の自主性を十分尊重してなされることを期待するものであります。 以上をもって、私の参考人としてのお話を終わりにいたしたいと思います。
○委員長(田沢智治君) どうもありがとうございました。 次に、石川参考人お願い申し上げます。
○参考人(石川忠雄君) 石川でございます。 私は、ただいまの田中参考人と少しく角度を異にして私の意見を申し上げてみたい、そう思います。 私は、明治以来の日本の国家目標というのは、大まかに申せば日本の近代化ということにあったと思います。したがって、この国家目標は、日本の教育の発展にも非常に大きな影響を与えたと言ってよろしいと思います。 近代化のための教育ということを考えてその発展の跡をたどってみますと、私は、そこには大きな特徴が二つほどあったというふうに思います。その一つは、近代化を達成するためには国民の教育水準を全体として高めていくということがどうしても必要だということがあったこと、それからもう一つは、日本の近代化のためには、先進諸国民が今日まで近代化の過程において何をやってきたか、何を考えてきたか、そういうことを知るということが大切である。それを知ることによって日本の近代化にそれを適合していくということがあったというふうに考えられるわけであります。この二つのことは、確かに日本の近代化に大きな役割を私は果たしたと思います。しかし、考えてみますと、戦後四十二年たちまして、日本の近代化はいわば物質的な、少なくとも物質的な側面においては成熟期を迎えた。そして、その次に来る新しい時代をこれから迎えようと、そういうふうにしているわけであります。 そういう状態になってまいりますと、我々がお手本としてきたいわゆる近代化の先進国民というもの、これはだんだんと我々の目の前からなくなってきております。したがって、我々はそのモデルを知ることによって自分の近代化にそれを応用していくということはできなくなってきておるわけであります。したがって、みずからの運命はみずからの手によって切り開いていくという方向に変わっていかなければならないということになるわけであります。みずからの運命をみずからの手によって開いていくということを考えますと、今まで近代化の過程で我々が行ってまいりました知識修得に重点を置いた教育の方向というものは変わってこなければならない。自分の頭で物を考える力、あるいは創造性、こういったものを強くしなければ日本は新しい時代に活力を持って生きることはできなくなってくるということになろうかと思います。 また、そればかりではありません。我々は過去において、西欧に学ぶという言葉に象徴されておりますように、先進国民のことを学んでまいりました。しかし、今のような時代になってまいりますと、ただ単に西欧に学ぶ、受けるということだけではなくて、日本も世界の中で学問研究、教育の分野で貢献をしていくという、そういった側面が出てこなければならないというふうに考えるわけであります。 そう考えてみますと、やはり過去における教育、国の文教政策の力点がどちらかといえば初等中等教育にあったわけでありますけれども、これからの時代においては、高等教育についてももっと力を入れることが必要になってくるということが言えます。そればかりではなくて、その大学の持つ重要な使命にかんがみて、それぞれの分野における基礎研究をさらに強めるということもやらなければなりません。学術の国際交流とか、あるいは留学生の受け入れとか、そういった問題にももっと力を注がなきゃならない、そういう要請が出てきているわけであります。 それから、もう一つの側面で考えてみますと、戦後四十二年たちまして、日本を含めて世界はいろいろな分野で大きく変わりつつあります。変化しつつあることは確かであるけれども、しかし、その変化がどこにどう落ちついていくのかということを考えますと、これについてはだれもはっきりと答えることはできない、そういう時代が現代であろうと私は思います。別の表現を使えば、複雑で流動的で不透明な時代が現在である、こう言ってよろしいかと思います。この不透明な、複雑で流動的で不透明な時代というものは、私は決して短期には終わらない、長期続くというふうに考えております。なぜそうなのかといえば、それは明らかに科学技術の進歩に基づく工業化社会の発展によってこういう状況が持ち来されているからであります。 そういった現在並びに将来における時代の特性というものを考えて、目を学問に転じてみますと、こういう時代には、かつて学問研究の対象領域ではなかった、そういったものが新しく学問の研究対象領域としてどんどん拡大しつつあるということが私は言えると思います。のみならず、教育のあり方というものも随分変わってきつつある。特に情報化という問題は、日本の社会構造をこれから大きく変えるであろうということも考えられますし、それに基づく日本の教育のあり方というものも随分変化してくるであろう。そういうようなことを考えてみますと、時代は明らかに変わりつつあるのであります。先ほど田中参考人が言われました学際研究の重要性というものもやはりその一つであります。 こういった、研究領域は広がる、学際的な領域も広がる、さらには現象と現象との間のリンケージが非常に強くなって、どうしても一つのディシプリンからだけではなくて、いろいろな角度から物を考えられる人間というものが要求されてくる。こういうことに対応するということになりますと、明らかに我々は、そこの根底に時代の変化が大きく動いているということを感じるのであります。この変化は、決してゆっくりしたものではなくて、極めて急激な激しいものであります。したがって、そういうような変化に高等教育を担う大学が一体どう対応したらいいのかということは、これはすこぶる大切なことでありまして、ある意味では、日本の将来の命運を決めると言ってもよろしいかと思います。そういうことを考えてみますと、そういった変化に高等教育が研究を含めてどう対応するのかということを考え、かつ、それを日本の文教行政の上にどう生かすかということを論議するということは、非常に大事なことなのであります。 私は、そういう意味で、広く社会の衆知を集めて、そしてこれはもちろん大学人を中心といたしますけれども、広く衆知を集めて、こういった時代の変化、必要性に対する対応をどういうふうにしていくのかということを議論する、それが行政の参考になるということは、私は非常に大切なことであるというふうに考えておるわけでありまして、そういう角度から、ただ単に現在の文部行政のような形ではなくて、やはり広く社会の衆知を集める形の大学審議会というものが設置をされて、そこでそういう問題が議論されるということは非常に意味がある。ただし、それはもちろん大学の自治あるいは教授会の自治、これは大切であります。そういう学問研究についての自由を保障する自治は尊重するけれども、しかし、国全体として一体どういう文教行政を進めるか、どこを一体強く支援するか、あるいはどういう財政措置を講じるか、こういった問題について広く議論してもらうということは大切ではないか、こう考えておるわけであります。 私ども私立大学団体連合会では、役員会を非公式、公式に開きまして、そこでこの問題は議論いたしました。もちろん、大学審議会の設置については理解できるということが結論であります。私個人といたしましても、私学人の一人としてその設置に賛成するものであります。 ありがとうございました。
○委員長(田沢智治君) どうもありがとうございました。 次に、飯島参考人にお願い申し上げます。
○参考人(飯島宗一君) 私は、この三年間、臨時教育審議会の第四部会の部会長として、大学を中心とする高等教育の改革の問題について検討をする立場におりました。 この臨時教育審議会を中心とする大学改革の審議の経過を顧みますと、今お二人の参考人から御指摘があったように、大学のあり方に関するさまざまな問題が各方面から大学に対して指摘をされ、そして、大学自身の改革が今日本にとって急務であるということが強く論じられたわけでありますけれども、その過程の中で私が一つ持ちました感想は、大学というものがなかなか外部にとってわかりにくいものである。大局的な議論はさまざまな立場で大学に対してなされ、また多数の希望が出されますけれども、大学と申しましても、その覆うところの学問領域は非常に広範にわたっておりますから、その細部の問題について、的確に今後の改革の方向を描き出すということはなかなか難しい問題であるということを私は実感として持ちました。そして、今大学が持っているさまざまの問題点が、この大学自体の認識と努力によって解決されていかなければならないという各方面からの御指摘もそのとおりであると思いましたけれども、しかし、大学自身が主体的に大学改革ということを進めていくためには、現在のような社会構造の中では、財政の問題、あるいは制度の問題、あるいは社会全体ないしは国全体としての教育政策の方向というようなものが絶えず大学を囲む環境として作用してまいりますから、したがって、大学自身に前進、改革の意図があっても、その全体を覆うところの大学政策のあり方というものが改革され是正されなければ、今後の社会における大学の多くの人々の望むところの進展というものは大変難しいのであろうというふうに思われます。 臨時教育審議会では、三年間にわたって大学改革のポイントになるであろうと思われるところを討議をいたしまして、四回の答申にまとめてございますが、顧みますと、その三年間の作業を通じても、まだこの大学改革の問題については、論じ残したところ、あるいは触れ得なかったところが多数ございますし、それからまた、三年間の臨教審討議の中で掲げた大学改革に対する諸提案、例えば大学入学試験の改革、あるいは大学院の充実、一般教育、専門教育の活性化、あるいはさらに学術研究の発展進化、大学財政の充実、大学における組織と運営の活性化というような事柄について、およその提案を取りまとめたわけでありますけれども、このことが現実に実行されていくためには、もちろん大学自体の主体的な活動が根底であります。しかし、先ほど申しましたように、大学自体が主観的に改革を進めようという意思を持ちましても、現代社会の中における大学としては、社会全体、国全体の大学政策なりあるいは財政政策なりというものが必ず一つの枠組みとして作用してくることを否定することはできません。私どもが臨教審で掲げた諸問題につきましても、これを現実のものにしていくためには、大学全体にわたって大学の今後の政策をいかにするかということをさらに細部にわたって論じ、それを具体化して、各大学に自主的で自発的な発展を可能ならしめるところの条件整備というものをぜひ果たさなければなりません。例えば、私どもは、第二次答申において特に重要な一つのポイントとして、大学設置基準の大綱化あるいは弾力化ということを提案をいたしました。これは我が国の大学が、先ほど来の御議論のように、多面的な発展を遂げていくために、現行の大学設置基準がそれをエンカレッジする役割を果たしていくよりも、むしろそれを制約している傾向が強いのではないかと考えられますから、したがって、大学設置基準を将来を見通して思い切って大綱化し弾力化して、そして各大学の個性的な自主的活動の余地というものを増大せしめる必要があります。それなくして各大学がそれぞれの研究教育活動を現実的に充実するということには若干の障壁があるということを否定することはできません。 このような問題を国全体として議論をし、そして大学の活動をさらに活発化するための一つの焦点として、私どもは大学審議会を御提案申し上げたわけでありまして、この大学審議会は、今申し上げたような意味で大学の自主的活動の基盤となるべき大枠の諸条件について各方面の御意見も十分にちょうだいし、なおかつ、しかしながら、大学現場の声を政策に反映する機会として活用していただきたいと望んでいるものであります。 大学現場の声を政策に反映する機会と申しますと、若干奇異にお感じになるかもしれませんけれども、私どもも従来長く国立大学を学長としてお預かりしてまいりまして、そして、大学の現場をつぶさに見ますと、大学は必ずしも眠っているわけではありません。また、大学は必ずしも現状に固執をして、そして安易に惰眠をむさぼっているわけではありません。それぞれの学部学科あるいはそれぞれの教育研究の現場で、事柄を前の方に進めようという意欲はそれぞれ十分に持っていると私は思いますけれども、しかし国立大学等の場合に、そのことを現実に実行するためには、問題を設置者であるところの文部省に提案をいたしまして、そして文部省での討議を経、さらには政府全体の討議を経、あるいは問題によっては国会の御意見をちょうだいをしてそれが現実化されるというのが現在の手順であります。しかし、その間に、この大学現場の声が文部省を中心とするこれらの政策決定の過程に十分に反映しているかということを考えますと、私は必ずしもそうではないのではないかというふうに思います。したがって、大学審議会は社会の各方面の大学に対する期待、大学に対する考えをちょうだいをし、国民全体のものとして大学を発展させていく一つの議論の場、あるいは政策論議の場とすると同時に、私どもとしてはぜひ、大学及び各大学団体が大学政策に対してそれぞれの意見を申し述べ、それを国の政策に反映する一つの重要な機会たらしめることを期待しておるわけでございます。 また、もう一つには、現在の大学問題は、既に社会の大きな課題として量的にも質的にもクローズアップされております。このことは我が国だけの問題ではなくて、国際的にも高等教育をどう考えるか、どういう組織にするか、科学研究をどのように進めるか、それを社会の中でどのように支えるかということは、かなり高度と申しますか、専門的な研究の対象になっている事柄でございまして、したがって、私は大学審議会に各方面の意見を聞く、大学現場の声を反映。せしめる。同時に、大学審議会が国際的に見ましても一つの評価し得るところの大学研究あるいは高等教育研究というものの基礎を確かに固めて、そして、二十一世紀に向かつて我が国が誤りなき、あるいはより理想的な大学政策を実行し、その大学政策の枠組みにおいて各大学が自由で自発的な発展をするという姿をこの大学審議会に期待をいたしたいのでございます。そうして、日本の大学審議会を中心とした高等教育政策というものは、恐らく日本だけに役立つのではなくて、世界各国のこれからの高等教育のあり方、あるいは学術研究のあり方というものに対して貴重な一つの示唆を与えるような、そのような活動を大学審議会を中心に構成をするということは、考え方によっては今後の国際社会における我が国の一つの義務でもあるというふうに考えられます。 私どもは、以上のような意味で、大学審議会という形で、ぜひ活発な開かれた大学討議の場をつくっていただくことを提案をしたのでありますけれども、この提案に関連して一部から、大学自治との関係、その他の問題で、大学の自治を侵害するものである、あるいはこれを制約するものであるという意見があります。私は、この意見には全く反対であります。私どもが考えておりますのは、大学の自治をむしろ拡大をし、社会に関する大学の率直な発言というものを明らかにし、そして大学の主張をより多くの市民、社会に理解を求める場として大学審議会に期待するわけでございまして、その逆の方向を私どもは考えておるわけではありません。このことは、臨教審答申の全体をごらんいただきますと、私どもが絶えず強調しておりますのは、各大学の自治と自主性の拡大ということを強調しておるのでありまして、国立大学についてもその財政自主性、あるいは自己形成の自主性というものをもっと現在よりも大幅に各大学に対して与える、あるいは各大学に持ってもらうということを基調として提案をしているのでございまして、事柄はその反対の方向ではありません。 また、私は大学人の一人として、大学審議会の動き方いかんによってたちまち障害されてしまう程度の大学自治ではまことに困ると思います。大学の、真に学問を考えるところの自主性というものは、これは大学があらゆるエネルギーを通じて、責任に裏づけられて、ある意味では闘い取っていくべきものでありまして、その気迫なくして、この程度のことで大学の自治が侵害されるというような議論に、私は大学人の一員としても同ずることはできないのであります。 もちろん、今申し上げたような意味で大学審議会が働くためには、実際に大学審議会が構成された以降のこの運営の問題が非常に大きな役割を演ずると私は思います。この大学審議会が従来の文部省等における審議会のように、ただ行政府的な仕事を行うための一つの儀式である、あるいは一つの参考的な審議会にとどまるのではなくて、まさに政策官庁として脱皮をしようという文部省の、本質約な意味で国民全体の衆知を集めて高等教育の問題をいかに生かすかという点で、したがいまして、私は、この大学審議会の今後の運営のあり方というものについては、刮目をして注目をいたしたいと思うものでございます。 以上、大学審議会について、私どもの立場を御報告を申し上げました。 どうもありがとうございました。
○委員長(田沢智治君) ありがとうございました。 次に、山崎参考人にお願い申し上げます。
○参考人(山崎眞秀君) 山崎でございます。 私は、憲法、行政法、教育法の研究と教育に携わっております者ですから、そういう立場から、今次の学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案、以下、便宜上大学審議会法案というふうに略称させていただきますが、この法案について、考えているところを申し述べさせていただきたいと思います。 法案の内容について所見を申し述べますに先立ちまして、あらかじめ二つのことを、私の所見の前提として明らかにしておきたいと思います。 まず、その一つは、国のレベルでの民主的な大学政策立案機関、それ自体は大変必要であるというふうに認識していることでございます。ここで民主的なと申しますのは、詳論することは時間がかかりますので要約的に申し上げさせていただきますけれども、これは第二次世界大戦後の戦後教育改革、ここでは当然教育制度及び教育行政制度の改革を含みますが、この戦後教育改革の理念と原則に立脚し、すなわち憲法及び教育基本法の理念と原則、それから法規定の十分な実現を、今日の社会経済、文化、科学技術の発展に対応したアカデミックニーズとソシアルニーズの統一的実現の要請に資する学術研究と高等教育の発展を保障するための大学政策の構想、立案という意味でございまして、具体的には、自主、民主、公開といういわば戦後の、これは特に原子力基本法の冒頭に出てまいりますので御承知のことと思いますが、この自主、民主、公開という制度原則に基づく大学政策立案機関の必要ということについて申し述べたわけでございます。それからもう一点の前提は、先ほど来田中、石川、飯島各参考人がそれぞれお述べになりましたこととかかわりますけれども、今日の複雑、高度に発展をした社会経済、文化など大学を取り巻く状況の変化と、そしてそれが大学に改革を求めて突きつけている課題の認識、それ自体については大きく異なるところはないということでございます。ただ、問題は、そういう状況変化に対応して大学が改革を遂げていくためにどのような視点と原則と方法論を持って取り組むかということになるかと思います。 この二点の確認を前提といたしまして、それなるがゆえに、私の考えでは、今回の法案にはその内容においてにわかに賛成しがたいところがあるというふうに申し上げざるを得ないのでございます。 時間もございませんので、以下、大きく三つの論点に絞りまして、考えるところを申し述べます。 まず第一に、この法案の立法形式、それから立法手続、そして立法への過程についてでございます。まずその一つは、この大学審議会の設置をなぜ文部省設置法の改正で行わずに、学校教育法及び私立学校法で行おうとするのかということについての疑問でございます。 法律学を専攻しております者の立場として感じるところでございますが、申し上げるまでもなく、従来、中央教育審議会を初め幾多の審議会が、行政組織法としての文部省設置法並びに文部省組織令の中に規定されております。ところが今回の大学審議会に関しましては、そういう方法をとらず、学校教育法及び私立学校法の改正で行おうとされようとしております。これは、学校教育法と私立学校法は、基本的にはむしろ行政作用法と申しますか行政実体法でございまして、私が推測をするところでは、こちらの方を法改正で行おうとすることは、行政組織法として平板的に位置づけるのではなくて、むしろ高等教育、学術研究の体制の内容そのものについて法によって一定の方向づけをすることを意図されているのではないだろうかということを考えるわけでございますが、その点がまず一つでございます。 二つには、今回の法案の第六十九条の三第五項に文言で出ておりますが、いわゆる大学審議会の組織及び運営の細目を政令に委任をしているという、いわゆる政令への委任方式への疑念でございます。 もちろん政令で定める事項そのものは、衆議院の文教委員会でも既に阿部高等教育局長その他から御説明があって、会議録を拝見いたしましたが、言ってみればそれは形式的な事項六項目であるというふうにおっしゃっておりますので、そのこと自体に私はとりたてて意見を申し上げようとは思いません。しかし、政令記載事項は形式的な事項でありましょうけれども、この法案における大学審議会の所掌権限内容が大学制度の基本に関することという大変包括的な規定でありますことから、これを受けて、政令が、運営に関し必要な事項は審議会が定めるということになりますと、全体として一種の授権法的性格並びに機能を持つことになりはしないだろうかということを恐れることでございます。 それから三つ目には、大学審議会の設置に先立ちまして、既に文教委員会でも御議論があったようでございますが、文部大臣の私的諮問機関として昨年五月二十七日に発足をいたしました大学改革協議会によるいわば大学審議会の機能の既成事実化と、その審議内容と申しましょうか、審議経過に関する内容が明らかにされないということに対する不安といいましょうか、疑念でございます。 これは、文教委員会議事録を拝見いたしますと、第一号で、江田五月委員の質問に対する阿部高等教育局長の御答弁の中に、「大学審議会のプレの状態のようなものという実質はありましたにしても、」ということが会議録一号の十七ページにございます。このことがいわば私の懸念にかかわるわけでございますが、もし、審議会のプレのようなものという実態がございますならば、どのようなことがどのように御議論されているのか明らかにされても、これはおかしくはないのではないだろうか。 およそ私は、教育の問題に関して基本的に秘密にしなければならないということはないのではないかというふうに考えます。むろん、審議会が現行の具体的な政策について御議論をなさっている場合に、例えば議事録をそのまま公開するなどということは確かに場合によっては差しさわりがあるだろうと思います。例えば、どの発言者がどのように言ったということは、それがそのまま明らかになるとすれば、それは発言者がさまざまな心理的な圧迫を受け、自由な討論が期待できないという御懸念は確かにあると思います。しかしながら、今日のいわば憲法の一般理論に徴しますと、例えば皆様方も御承知のように、いわゆる情報公開の動きの中で、去る昭和五十九年六月十一日に埼玉県におけるごみ焼却場の設置場所についての資料の公開を求めた裁判がございますが、浦和地方裁判所の五十九年六月十一日の判決の中でも、これは確定判決でございますが、会議そのものの公開ということは確かに発言者の心理的圧迫を誘うおそれがあるのでこれは公開できないことがあるけれども、そのことは議事録の公開と矛盾するものではないとして原告の言い分を全面的に認めております。場合によりましては、会議録の発言者の名前だけを伏せて、発言内容、討議内容だけを公開するということも今日の情報公開論議の中では常識に属することでございまして、そのようなことを考えますと、大学協議会での御議論の内容が明らかにされないということは、私のような立場で教育政策、教育行政、教育制度、教育法の研究に携わっている者からいたしまして、いささかならず疑念を感じざるを得ないところでございます。 第二番目は、大学審議会の組織及び構成についてでございます。 その一つは、大学審議会の委員構成についてでございますが、法案の六十九条の三第四項を見ますと、現行の私立大学審議会、これは私立学校法の十九条三項、四項でございますが、現行の私立大学審議会のごとき、大学関係者、これは研究や教育に直接責任を負い得る者としての意味で、大学関係者が三分の二以上あるいは過半数を占めなければならないというがごときいわゆる歯どめ規定がないことでございます。法案を拝見いたしますと、大学設置・学校法人審議会の大学設置分科会の組織基準についてのみ四分の三以上として引き継がれているように見受けられますが、それにもかかわらず、なぜ大学審議会の方にはこのような大学での教育研究に直接かかわる委員が過半数を占めるような、いわゆる自主性保障のための歯どめ条項がないのでございましょうか。この不整合について、いささかならず疑義を感ずるところでございます。 二つには、大学設置・学校法人審議会の委員選出区分の規定について一点申し上げます。 これは、法案の六十九条の四第四項の一号と二号でございますが、ここを拝見いたしますと、現行私立大学審議会のそれと申しますか、私立学校法十九条の二項一号が「教員」というふうに書かれているのに対して、法案の今申し上げました六十九条の四の第四項一号、二号では「職員」というふうに用語が殊さら改められております。これは、恐らく何か意味がおありになるのではないかと思います。推測いたしまするに、現行の大学設置審議会令の二条一項、それから六条三項一号には「職員」という言葉が確かに使ってございますけれども、ここで、新しい法案でもって「教員」を「職員」というふうに変えたのは、それだけの単なる法文上の整合性だけではないように考えますが、いかがでございましょうか。 三つ目は、大学審議会の創設を提案した臨時教育審議会が、その第二次答申の中で、開かれた大学あるいは大学情報の公開ということを力説していらっしゃることにつきまして、私も大変そのこと自体には賛成でございます。先ほど飯島参考人もおっしゃいましたように、この大学審議会は、大学からぜひさまざまな意向、要求を寄せてほしい、それによって大学の自主性を行政に反映させてほしいというふうにおっしゃいまして、私も飯島参考人のおっしゃったそのお考え自体にはもとより賛成でございます。しかし、法案で拝見いたします限り、法案の中には、大学審議会から大学に対する意向を聴取する制度的ルート、あるいは大学から審議会への意思反映の何らかの制度的ルート、いずれも規定されてはおりませんで、かつまた、審議会の審議結果の公開原則も定められておりません。これらの原則、制度的ルートということが全く欠けていることによって、私も考えを等しくいたします先ほどの飯島参考人のお考えが、法律として可能であるのであろうかどうだろうか、法律学研究者としての私には大変に疑念を感じざるを得ないところでございます。 最後に、第三番目に、所掌権限について一、二のことを申し述べたいと思います。 その一つは、法案の六十九条の三の第三項で、いわゆる従来の審議会一般が、諮問に対する答申とそれからもう一つは建議と、通常この二つでございますのに対して、大学審議会では勧告権という規定のされ方をしております。なぜ通常の審議会の場合のごとき建議ではいけないのであろうか。これを過般の委員会における阿部高等教育局長の御答弁を承っておりましたら、勧告というのは法的意味においては建議と変わらない。すなわち相手方を別に法的に拘束するものではないという御説明がございました。そうでありますならば、なぜあえて勧告という言葉に置きかえたのであろうか。むしろ、立法当時の意思はともかくといたしまして、このままの形で法律が成立をいたしますと、やがてはこの勧告権という権限のニュアンスが政治的に機能するおそれなしとしないのではないかと思いますが、この問題については深入りはいたしません。 次に二つ目に、これがある意味で所掌権限の核心に触れるところでございますが、「大学に関する基本的事項」という包括的かつ無限定な規定のされ方について、それなるがゆえに、包括的でかつ無限定であるがゆえに、当然にこのことは大学の自治に抵触をすると考えざるを得ません。内容的には、「大学に関する基本的事項」とは何かということについては法案では直接にもちろんお触れになっておりませんが、これまでの臨時教育審議会の御議論から拝見をいたしますと、臨教審がお出しになった「審議経過の概要(その三)」、ここに持ってまいりましたこの本でございますが、この第三章「高等教育の改革」の第一節、特にその5の(5)のイという項目とのかかわりで考えてみたいと思います。時間もございませんので、今指摘をいたしました第三章の第一節の5の(5)のイというのが何を書いてあるかは省略をさせていただきますが、必要がございましたら後ほど補足をいたしますが……
○委員長(田沢智治君) 山崎参考人、恐縮です、時間が超過していますので。
○参考人(山崎眞秀君) はい、じゃ締めくくります。 では一点だけ。この大学制度に関する基本的事項の眼目の一つとして、「大学の評価」ということが挙げられております。これは私は、大学の評価それ自体は大変必要なことであると思いますが、大学の評価あるいは教員の評価が公正適切に行われるためには、各大学、各教員の研究教育活動がよって立ちます制度的基盤において、条件的な平等が確保されていなければなりません。 一つだけ例を挙げますれば、今日のいわゆる研究費、教官当たり積算校費だけでも、今日の国立大学の中でもその積算単価において七段階の条件的格差がございます。これは単年度当たりでございますが、これが歴年積み重ねられますと膨大な財政上の格差になります。こうした構造化された条件をそのままにしていかに公正な評価が行われるであろうか、大変に憂慮するところでございます。 大変長くなりまして恐縮でございますが、最後に私は、冒頭に申しましたような民主的な大学政策立案機関が必要であるということは先ほど申し上げたとおりでありますがゆえに、このような疑念あるいは法案の持つ問題というものが速やかに是正あるいは撤回されることを法律研究者としては期待せざるを得ないことをつけ加えまして、私の意見陳述を終わります。 時間を超過して大変申しわけございませんでした。
○委員長(田沢智治君) ありがとうございました。 次に、関参考人にお願いいたします。
○参考人(関恒義君) 十五分ということですが、対象が法案の審議ですので、法律学の専門であられる山崎参考人の意見をもう少し、私自身が承りたいというふうに思っております。したがって、多少超過した時間は私の方で調整いたします。 私自身は、大学審議会の設置に対しましては、飯島参考人とは異なりまして、学問の自由と大学の自治を守る立場から、全面的に反対いたします。この委員会でも問題になったようですけれども、このような立場からの反対は決して特殊でもなければ少数でもないことを初めに強調しておきます。 既に現在、十五大学の二十六教授会におきまして、大学審議会法案に対する反対ないし慎重審議の決議がなされていますし、これを含めて大学の教員有志による反対声明は四十四大学に及んでいます。山崎参考人が法律学の立場から疑念ないし反対の意見を出されましたが、憲法研究者八十四氏による反対声明も出されております。これですけれども(資料提示)こういう声明はわずかなところに文章をまとめなければならないということで、物事を単純化しているという面があるかもしれません。しかし、単純化しているだけにこの本質が明らかになるのであろうと、私はそう思っておりますが、この結びのところでは、大学審議会の設置は違憲であると、憲法違反であるというふうにはっきりと述べております。関連する箇所を読ませていただきます。 われわれは、大学審議会設置が、憲法の保障する「学問の自由」と「大学の自治」を否定し、政府による大学統制を企図するものであると考えざるを得ない。大学の〝在り方〟の基本は、それぞれの大学(その教員・職員・学生の討論)によって決定されるべきものであるから、われわれは、大学の〝在り方〟の基本を決定する権限を政府に付与しようとする違憲の大学審議会設置に強く反対する。 こういうふうに指摘しております。 さらに地域ごとに、例えば関西では、学長クラスを含む三十氏の呼びかけの反対声明に六十一大学の教員が約千四百人賛同しています。また九州では、九大学の学長、学部長が反対の意思表示をしております。東京では、二十一氏が呼びかけ人となりまして反対する訴えを出しました。私も呼びかけ人の一人となりましたが、この訴えに関連しまして、ここでは二つの点について指摘しておきたいと思います。 第一は、大学審議会は政財界代表の大学支配の機構づくりであるという点です。関連する箇所を読ませていただきます。こういうものです。 大学制度全般にわたる諸問題を「調査審議」する大学審議会の委員は、大学や学術・教育団体の推薦によるのではなく「文部大臣が内閣の承認を経て任命する」とされており、大学関係者以外の政界、官界、財界のメンバーが多数任命される可能性がつよい。このことは臨時教育審議会や大学改革協議会の構成メンバーをみれば十分に予想されるところであり、大学審議会は大学管理法など政府が戦後一貫してくわだててきた政財界による大学支配の機構づくりをついに実現しようとするものとみなければならない。このように指摘しております。 もう一つは、大学改革は大学構成員の自主的改革を基調にしなければならないということです。この問題についても関連する箇所を読ませていただきます。 本来、大学における教育・研究の充実・発展は、大学の自治と学問の自由という憲法、教育基本法の保障する原則にもとづき、大学構成員の自主的改革によっておこなわれるべきであり、この原則をおかして政財界の主導によって大学「改革」を外部から強要することは大学における教育と研究をゆがめ、わが国の高等教育の水準を低下させ、科学・技術の真の創造的発展にとってもかえって障害をつくりだすこととなるであろう。 こういうことです。 第一の問題につきまして、従来の大学管理法案、何回か提出されましたが、これは大学側の反対で今までは廃案になってまいりました。しかし、今回の大学審議会の場合は、極めて強引にやられていると言わなければなりません。このような強引なやり方というのは、既に第二次臨調が発足しましたときから、つまり臨調行革以来続いていると言うことができます。臨調行革は、会長さんが経団連の元会長ということで財界主導のもとに二十一世紀を展望する国づくりとして推進されてきているわけですが、この過程の中で、国民向け行財政は全面的に圧縮されてきているわけです。大学につきましても、一方では受益者負担のもとに毎年のように授業料、入学金が値上げされております。ところが、他方ではゼロシーリングないしマイナスシーリングということで予算は大幅に抑えられてきている、こういう状況にあるわけですね。このような臨調型国づくりに呼応いたしまして、臨教審は二十一世紀を目指す教育改革を掲げています。そのような目標に向かって大学審を接続させようとしていると言うことができるだろうと思います。 そして、このような教育臨調の中軸には、産学官協同の方向が据えられております。これは答申でも述べられている点ですが、研究交流促進法の成立以来、研究交流の中に防衛庁の職員が含められるということになりましてから、産官学協同の方向の中に軍が入り込んでくる危険が非常に増大していると言わなければならないわけです。いずれにせよ、産学官協同の方向というのが現在教育臨調の一つの軸に置かれているわけですけれども、このやり方では大学への予算を抑え、糧道を断った上で、財界からの寄附を導入するということによって、資金面から財界による大学支配というものが押しつけられてくると言うことができるだろうと思うんですね。大学審ができますと、単に資金面だけではなくて設置形態の面からも変更が加えられる。先ほど弾力化という言い方もありましたけれども、やはり第三セクター化する危険性が非常に強まるということを私は憂えるものです。そのような第三セクター化の方向ではなくて、大学の教育研究体制というものは学問の自由と大学の自治を全面的に保障するという方向で予算面をも含めまして公共的に充実していくべきものであるというふうに考えます。 先ほどの第二の問題について言いますと、大学改革というものは、大学自治のもとに全構成員の自主的改革によって行われる必要があるということを強調しておきたいと思います。学問の自由と大学の自治の喪失というものが大学の教育研究体制に大変なゆがみと障害をもたらしたことにつきましては、ここで戦前の苦い経験を引き合いに出すまでもないと思いますが、しかし、最近は防衛費がGNP比一%枠を突破して増大しているということ、あるいは中曽根内閣がSDIの研究参加を決定したということ、あるいはそれと関連して国家機密法が絶えず策謀されているというようなことなど、一般的に軍事化の傾向が非常に強化されているだけに、戦前の学問の自由と大学の自治に対する侵害の歴史を想起することはとりわけ重要であろうと思います。この委員会でも問題になったようですが、この歴史を骨とう品として済ますことはできないと思います。 このような時期であるだけに、これは飯島参考人が学長であったときの名古屋大学において、名古屋大学が全構成員によって確立いたしました平和憲章、これは非常に重要な意味を持つものだと思います。私はすべての大学人の共通の規範として掲げるべきものだというふうにみなしております。この平和憲章は、最初のところで、「軍国主義とファシズムによる侵略戦争への反省」及び「戦争遂行に加担するというあやまちを二度とくりかえさない決意」というものを表明しておりますけれども、ここに戦後史の出発点があることを強調しておかなければなりません。学間の自由と大学の自治の問題は、このような平和の問題、民主主義の問題と不可分の関係にあることをあわせて強調しておきます。 大学の自治は、暴力の問題とは無関係です。六〇年代末に一部の暴力的な行為によって大学紛争が起こされましたけれども、こういうものは大学の自治を破壊するものです。大学の自治の擁護とは何ら関係がありません。 そしてまた、大学は閉鎖的であるということがこの大学審議会の設置の一つの理由にされておりますけれども、私は、現在ほど大学が開放的になったということは歴史上なかったと思います。現在、大学への進学率は三五、六%に及んでいますし、昨年度は、これは日本経済の八月二十九日付ですけれども、そこでは大学進学希望率は四七%になっているというふうに報じております。もっと大学を充実していくならば、したがって大学の進学率はもっとふえるはずです。現在、国立大学でも千人以上の受講者を含む講義が既に存在し始めておりますけれども、やはり急速な学生の定員増に対応して、教職員の定員を増加させること、施設をもっと充実するというような形で大学改革を考えていただきたいと思います。 内需の拡大というようなことも強調されておりますけれども、やはり四十人学級から世界の常識となっております三十五人学級、三十人学級へ、このように教育内容を充実することの方がまさに内需拡大にふさわしいものではないでしょうか。 大学の自治の問題についてもう少し述べたいことがありますが、時間が参りましたので、その点は、質問がございましたら補足いたしたいと思います。
○委員長(田沢智治君) ありがとうございました。 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。 これより質疑を行いたいと存じます。 なお、参考人の皆様に申し上げます。各委員の質疑時間が限られておりますので、まことに恐れ入りますが、お答えはできるだけ簡潔にお願いを申し上げたいと存じます。 それでは、質疑のある方は順次御発言を願います。
○山本正和君 社会党の山本でございます。 実は、飯島先生の御著作やあるいは石川先生の御講演等も、時々お聞きしたりしております。いつも私にとっても、また私どもいろいろ運動しておる者にとりましても、大変な感銘を受けるような御著書やお話を承っております。そういうことも含めまして、きょうは率直な御意見を承りたい、こう思っております。 といいますのは、両先生のお話を聞いておりまして、今大学を、何とか本当に国民の期待にこたえる、また、国際社会からも評価され得る大学にしなきゃいけない、そういう現実にある。そのために国民的合意を期待できるような、国民的な合意がなされるような形での大学改革の場が必要である、こういうふうなお話だ、私はそういうふうに受けとめたわけでございまして、また、田中先生もそういうことでお触れでございました。本当に今の大学はこのままでいいのかということは大学人自身からも、また学生からも、あるいは小中高の教師からもいろいろと声が出ております。ただ、そこで私が大変心配しておりますのは、臨教審で議論をしていただきまして、その中で「ユニバーシティ・カウンシル(大学審議会-仮称)」という言葉をお使いになりました。そしてそこにいろんな役割が付与されておりますが、そのことが今度の大学審議会の設置法、まあ大ざっぱに言いますとそういう法律になりますけれども、それに果たしてそのまま適応する、こういうふうにお考えかどうかということが承りたいわけであります。 といいますのは、三先生とも大変強調されておられましたのは、大学の自治、自律こそが大学改革の基本である、こういう観点で御発言でございます。私ももうそれは大変重要なことだと思いますし、また、衆議院における文部省に。対する質問、あるいは参議院における質問でも、文部省側も、大臣も含めて、そのことの重要性を強調しておるわけであります。 ただそこで、実はこの大学審議会法というこの法案を見ますと、果たしてこれでいいんだろうか。先ほど山崎先生からもお触れになりましたけれども、文部省には文部省としての文部省設置法に基づく機能と権限がございます。文部省自身が大学に対して改革の提言ができる、あるいは大学教育の振興、学術の振興等について発言もできるということが文部省設置法にございます。そしてさらに、中教審が戦後ずっと長い間日本の教育制度全般について議論をしてまいりまして、昭和四十六年には中教審が高等教育の改革に関する答申もしておる。その中で、今度の臨教審で議論されておりますような内容が随分出ておるわけでございますね。ところが、それから既にもう大変な年数だっておるけれども、一向に大学がよくならない。 ところが今度の大学審議会法、正確に言いますと学校教育法の改正でございますけれども、それを見ますと、これに基づく審議会というのは、いわゆる今まで文部省が法律に基づいて定めたこの審議会の一つにすぎない。行政機関上のあり方としてはですね、建前としては。これは先ほど山崎参考人もお述べになりましたけれども、いわゆる臨教審とは違うわけです。大学審議会の設置に伴うこの法案というのは学校教育法を変えるという部分でございまして、先ほどから三先生がお話しになりましたような、本当の意味での大学の自治、大学の自律的発展というものを期待するならば、もっと別の場で議論されるべき、もっと重要法案と言ったらおかしいんですけれども、もっと本当に国民的にわかるような位置づけの法案で出されるべきじゃないかというふうに私は思っておったんです。ところが、これが学校教育法の一部改正、こういう格好でもってちょっと出されている。ただ中で表現が違うのは、勧告権があると、こう言っていますけれども、勧告というのは法律用語で言えばほとんど意味がない。しかも、大学問題の一番根本は、実際は大学の財政問題がさまざまな意味での大学発展を阻害しているということも私は聞いておりますし、また、飯島先生の御著書の中に、外国の大学と比較されまして日本の大学の置かれている環境の悪さ、こんなことでいいんだろうかと、こういうふうな御趣旨のこともございました。大学こそまさにこれからの日本の国を支えていく新しい人たちのための生活の場でもある、ところがそうなっていないじゃないかというふうな御指摘もございまして、大変共鳴をしたわけでございます。 そんなことを含めまして、一体この大学審議会法案、今度の法案というのが、率直に、先生方が御心配いただいているような形での問題を解決するための審議会というふうにお考えなのだろうかどうなのかと、この辺をちょっとお伺いしたいわけでございます。 それから、もう一点は山崎先生にお伺いしたいんですけれども、先ほどのお話で、何か大学の研究に対して積算単価が大変な格差があると、こういうふうなお話がございました。そういたしますと、大学で、特に研究の費目によって随分予算の制約がある。しかも、その予算の配分についても恐らく主任教授の方が随分御苦労されるんじゃないかと思いますけれども、そんなことで一体この積算単価の問題が、今のお話では何か七分の一とおっしゃいましたですかね、一対七ぐらいというふうなお話でございましたが……
○参考人(山崎眞秀君) 七段階と申しました。
○山本正和君 その辺の問題は、大学における研究の問題で現実はどうなっているのかというようなことを少しお教えいただきたいと思います。 時間が十五分でございまして、大変恐縮でございますが、よろしくお願いいたします。
○委員長(田沢智治君) ちょっと速記をとめてください。 〔速記中止〕
○委員長(田沢智治君) 速記を起こしてください。
○参考人(石川忠雄君) では、簡潔にお答え申し上げます。 私は、この大学審議会というものは、やはり臨教審答申を受けてつくられるものだというふうに考えている。したがって、あの臨教審答申の中で大学審議会に求められているもの、あるいは全般として大学が将来どうあるべきかというような問題、こういうものはこの大学審議会の中で当然議論される対象になるし、それを受けてつくられるものだというふうに思っております。 それから、大学の改革に当たって大学の自主性ないしは大学自治が大切であるということは、極めて大切であるということは、これは私は自明のことだと思います。やはり学問の自由とか思想の自由とか研究の自由とかいうものを保障するということは非常に大切でありまして、大学審議会が個々の大学の大学自治に関与するというようなことは臨教審は一言も言っておりません。しかし、個々の大学が改革を進めよう、あるいはこういうふうに改革をやりたいと考えても、そこにいろいろな意味での制約条件がある。もし国の文教政策が、あるいは国の社会的な要請が、この方向に向かって大学はやはりもっと伸びるべきだということがあるならば、その大学の要望を基礎にして、私はその条件を整えるということが非常に大事なんだというふうに思います。 ですから、これはそういう意味では、今までのような形で文部省に任せるのではなくて、もっと大学人を中心にして、社会的意見を広く集めて、そこで文部行政にそれを反映させるということが私は非常に大事だと思っておりますので、そういう立場から私は大学審議会の設置に賛成であるということを申し上げているわけであります。
○参考人(飯島宗一君) 私は立法技術の問題とかあるいは法律のあり方等については素人でございますからわかりませんが、今石川さんがおっしゃったように、私もこの大学審議会というのは、まさに臨教審でも申し述べましたように、むしろ大学側の率直ないろんな状況というものを反映させて、そして例えば高等教育予算も国から大いに出してもらいたいということは臨教審もるる述べておりますが、そのためにはやっぱりタックスペイヤーを初め皆さんの御理解を得る必要がある。また、一部に大学に対する誤解等があるならば、やっぱりそれはお互いに議論をして明白にして、前の方に進めていく必要がある。その意味で私どもとしては、むしろ積極面を大学審議会に期待しておるわけでございます。 したがって、これは法律からどういうふうになるのかは私はわかりませんけれども、例えば大学審議会が少数の人員だけですべてのことを議論できるとは思いません。多分幾つかのサブコミッティーが必要でありましょうし、それからまた、先ほど、いろんな声を聞く機会が規定されていないのが心配だというふうに山崎さんおっしゃいましたけれども、私はなるべく多数の方からヒアリングなり御意見を承るなりという機会をどんどん持つべきであると思いますし、それからまた、その議論の内容等についてもできるだけこれは公にして問題の焦点を明らかにしていくということは、当然そうなるべきものであるという受け取り方でこのたびの提案を拝見をしております。そのようになることを強く期待をいたしております。
○参考人(山崎眞秀君) 簡単にお答えを申し上げます。 先ほど私が申しましたことについての山本先生の御質問でございますが、臨時教育審議会が打ち出され、今度の大学審議会でも恐らくはそのお仕事の重要な一環になるでありましょう大学の評価ということについてでございますけれども、私は先ほど冒頭に申し述べました観点からして、本来、例えば国立大学の場合国民の税金によって賄われ、そして国民の負託によって研究と教育に携わっている国立大学として、大学の評価ということ自体は大変大事なことだと思います。しかし、大学に対するその評価というものが公正に行われますためには、いわばその評価の前提になります大学あるいは教員、研究者、それぞれを規定しております制度的条件がまず平等でなければならないことは申し上げるまでもないと思います。ところが、国立大学の場合、現在の予算制度の上では、いわゆる研究費というふうに申しておりますが、正確には教官当たり積算校費というのがいわば七段階に分かれているということをさっき私は申し上げました。それはおおよそ次のようでございます。 いわゆる戦前のころからの大学であった旧帝大を初め、あるいは一橋とか東京工大とか、つまりそれらの大学はいわば講座制大学というふうに呼ばれておりますが、その講座制大学の中には医学部、歯学部を対象にした予算の積算単価が該当しております臨床講座、それから理学部、農学部、工学部等、それから文系の学部でも、例えばフィールドを持っております社会調査とか、そのような講座を実験講座、そしてそれ以外のものを非実験講座、これがそれぞれ予算の積算単価はかなり大幅に違うわけでございます。もし金額が御必要でしたら後から申し上げますが。それ以外の、いわゆる戦後、一九四九年から発足をいたしました新制大学の中では、その後いわゆる修士講座、大学院の修士課程を持つに至りました大学、学部が幾つかございまして、これも修士講座として、この中には医学部、歯学部はございませんので、大学院修士課程を置く大学は実験修士講座と非実験修士講座という二段階に分かれております。さらにそれ以外のいわば全く大学院を持たない新制大学、例えば教員養成大学などもその一つでございますが、これは大学設置基準上学科目制という制度に位置づけられておりまして、そこでは実験学科目と非実験学科目というふうに分かれております。 以上、単年度当たりの教官当たり積算校費、いわゆる研究費は七段階に分かれ、それぞれ相当金額上の格差がございます。これは単年度当たりですけれども、これが歴年積み重なってまいりますと、そのいわば格差というものは膨大なことになりまして、このような条件的な格差がいわば構造化されたことをそのままにして、果たしてどれだけ公正な評価ができるだろうか。特に地方大学におります者からいたしますと、それは切歯扼腕の思いでございます。 ちなみにもう一つ、それにかかわりまして、例えばこのような条件的格差と申しますのは、大学審議会も恐らくはお手がけになるであろうと思われますほかの問題についてもかかわってまいります。例えば大学設置基準の見直しということが大きな課題になっておりまして、私もそれは必要なことだと思いますけれども、その中で、例えば単位の互換というような新しい行き方、これも徐々に広まってきておりますけれども、この単位の互換が可能であるためにはほぼ条件的に同規模の大学相互間でなければできませんですね。ドクターコースを持っている大学と学科目制の大学と、同じような単位互換は到底実態上できない。したがって、単位互換は徐々にふえてきておりますが、全体からしますと非常にまだわずかでございます。そういう条件的格差の構造化を是正することこそまずもって大学改革としてはするべきことではないのか。 そういう意味で、評価そのもの、あるいは大学設置基準の見直し等々のことは私は賛成でございますが、それが果たして適正に行われ得るであろうかということについて疑念を申し上げたわけでございます。
○木宮和彦君 それでは、私からひとつ御質問申し上げたいと思います。 まず最初に私の考えをちょっと申し上げまして、飯島先生と石川先生にお尋ねを申し上げたいと思います。よろしくお願いいたします。 先ほど来大変格調の高い立派な御意見を伺いまして、本当にありがとうございました。私もいい勉強をさせていただきました。 これはもう当たり前のことでございますが、憲法に、学問の自由あるいは言論の自由がうたわれておりますが、私はそのとおりだと思います。私もおやじが戦前の歴史の教師でございまして、特に中国との交通史、遣唐使などを研究しておりまして、津田左右吉先生の学説を引用したりして、かなり圧迫された事実もございます。しかし私は、学問の自由と大学の自治あるいは自主的管理とは全然違う。全然とは言いませんけれども、むろん大学の先生でも身分が保障されていなければ十分学問の自由は保障されないと言えばそれまでかもしれませんが、私は今の現状を見ていますと、むしろ、大学の自治の美名のもとにちょっと甘えているんじゃないか。これはやはり大学そのものの数が非常に普及してきて、対応ができないんじゃないかというように私は思います。大学院だけだというならまた話は別かもしれませんが、現状の大学の管理におきましては、やはり今回政府が考えておりますこの大学審議会というものも私はやむを得ないことだと思う。決して一番ベストでいいとは思いませんけれども、しかしこれは今の時点においては当然早急にやるべきことであり、また、これが国民にこたえる道だと私は思います。 ただ、先ほど飯島先生も御指摘になりましたように、今の大学の設置基準をもっと大綱化しろとか、あるいは国際社会に見せられるような立派な運営をしなくちゃいかぬとか、この審議会が文部省の政策の隠れみのになっちゃいかぬという御指摘がございました。私もそのとおりだと思います。やはり、仏をつくっても魂を入れなければ、せっかくやったことが何もならないと思います。 それから同時に、今回の大学審議会は、私立大学と国立大学と両方審議する機関というふうに私は理解しております。恐らくそうだと思います。私立大学というものは今まで国立大学とは全く土俵を異にしてやってまいりましたので、非常に私立大学にとりましてはメリットの点とデメリットの点が私は極端に今あらわれていると思います。現在、学生の八〇%が私立大学の学生であるにもかかわらず、そこに国家予算が使われているのは微々たるもので、国立大学に比べましたら私は大変少ないものだと思います。先ほど来、条件的に平等でなければ評価できないという御意見もございましたが、そういう意味では私学は全く劣悪な条件でやっているわけですから、私はそういう意味の是正も開かれた大学と同時に、また大学人が自分のことではなくてやっぱり日本の二十一世紀の将来の大学のことを考えてぜひこの運用を期していただきたいと思うんです。 ただ飯島先生に、これは私の意見でございますので御意見だけを承りたいんですが、大学審議会は私は大賛成なんですが、ただこれは今のは非常にグローバルな方針で、個々の大学に当たることは非常に何か悪いことのように言われておりますが、私はカナダへ行きまして、カナダの私立大学が日本の私立の大学のようにやっぱり理事会を任命されて、むろん学長さんも入っておりますが、恐らく教員の代表も入っておりますが、その他地元の、地方大学ですとそこの財界人とかあるいは一般の方々、いろんな方々の見識者をもって五、六人で形成して、そしてそれが大学の最高の運営を決めて、そこに教授会が身近にいるその理事会に対して要求する、またはそれによって理事会の方がまた説明して運用していくという、それが非常に和気あいあいと、私どもが視察に行きましてもその理事会が全員集まって、大学の先生も集まって、大変和やかな雰囲気で運営しているように見えましたけれども、将来はやはり国立大学もそれぞれにおいてこの大学審議会を延長して個々の大学にそういうものを設置して、しかも文部省の予算も細かいことまで規定するんじゃなくて、まあ積算基礎はあると思いますが、おまえの大学には何ぼだと、それは理事会でひとつ自主的に決めたらどうだというふうにした方が、私はそれぞれの個性が生かされるいい大学が国立大学といえどもできるような気がいたします。その辺は将来の話でございますが、御意見を承りたいと思います。 それから石川先生には、ぜひ私学の立場、今の私立の大学は現状でいいのか。しかも、補助金についていま一つ私は疑問を持っておりますのですが、やはり私学の一番の大事なことは、私は在野精神をなくしたら私学の魂はなくなると思うんですが、その辺につきまして、補助金とのかかわり合いをひとつお教えいただきたいと思います。
○参考人(石川忠雄君) 私は、大学の自治というものの持つ重要性、これは先ほど来強調しているわけでございます。私は、自治というものはやはり責任を伴うものだというふうに考えております。したがって、大学の自治が行われるということについてはそのとおり必要でありますが、しかし、その自治を完全なものにするためには、大学が大学としての責任を果たすということがやはり同時に大切なことなんだ。それは私は教授会の自治についても同じだと思います。ですから、そのことが仮に自治を主張することによって甘えが出てくるとか、責任を果たさないとかいうようなことがあるとすればそれは重大な問題でありまして、やはりそれはみずから反省すべきものであるというふうに私は思っておるわけであります。ですから、そういう意味で、私どもも心して、甘えというようなことではなくて、みずからの権利も主張いたしますけれども、同時に、それに伴う責任も果たしていくという努力をしたい、そういうふうに私は思っているんです。 先ほど、戦後大学の数が非常にふえたということが実はこの甘えを助長したのではないかというお話がちょっとございましたけれども、私は、全く無関係とは申しませんけれども、しかし、数がふえたということが直接の、つまり強い関係を持っているとは必ずしも思わないということであります。むしろ数がふえたことによって、これは主として私学が多くふえたのでありますけれども、そのことによってやはり日本の高等教育というのは大衆化した、あるいは多様化した、こういうことが言えるのではないか。今、日本の中で大学を見る目は極めて建前論で見ているところがありまして、大学は当然研究と教育が高度に行われなければならない、大学教授は研究と教育を高度に行わなければいけないというようなことが建前としてあるわけです。私は、それは建前としては、あるいは原則としてはそうだろうというふうに思います。しかし、高等教育が大衆化した現状の中では、やはりその中に研究を非常に重点を置いて考える大学があってもいいし、あるいは子供の教育というものを非常に重点を置いて考える大学があってもいい。つまり、そういう意味ではさまざまなタイプの大学が日本の中にあって、それが高等教育を実行するということで差し支えないんだ。つまり、全部同じでなければならないという画一的な考え方は、私は新しい時代にはそぐわないというふうに考えているわけであります。 私は、私学というのはもともとこれは個性的な大学であるんだというふうに思っております。それはやはり理想に燃えた建学者がいて、それが自分の人材養成の理想を掲げてそれで私学を始めたわけでありますから、したがって、そういった考え方が実はどの私学でもそれがなければいけないし、しみ通っていなければいけない。そういうことは必ずしも全部がそうだとは言えませんけれども、しかし、それは原則としてはそうであります。ですから、そう考えますと、やはり私学というものは本来そういったものを中核にして学間の研究教育体制を組んでいるわけであります。その意味では本来個性的な存在でなければならない。この点がもし私学からなくなったら、私は、これは本当に私学とは言えないんだろうというふうに考えております。 ですから、私はそれを保存しながら、しかし同時に、やはり私学の中でも仮に研究を一生懸命やる、あるいは教育を一生懸命やるにしても、じゃそこで十分に私学がそれをやれるという状況、特に経営的な状況をつくれるかということになりますと、現在はやはり時代の要請に応じるための教育をやり、研究をやるということになりますと、だんだんとこれはかってのいわゆるマスプロ教育ではなくて少人数教育に移ってまいりますし、設備、費用も非常にかかる。そういうことになると、それを受益者負担だけでやるということになったらこれはえらい費用がかかる。やはり私学は、国立大学も同じでありますけれども、国家、社会の枢要な人材をつくるということに非常に力を注いでいるわけでありますから、その意味では社会公共性を持っているわけであります。そういうような過度の負担、国立と極めて格差のある負担を国民一般に押しつけるということは、私学に入る国民に押しつけるということは、私はいかがなものかというふうに考えるわけであります。特に医学、理工学の分野というのは非常にお金のかかる分野です。ですから、そういう意味で私は、私学助成というものも重要な要素として今後国としては考えてもらいたい。 私学助成とか私学振興というのは、何と申しましても高等教育人口の八〇%を占めているわけでありますから、これは国の将来にとって重要な責務であるというふうに考えて、臨教審答申にもそのことを書かしていただきました。 ありがとうございました。
○参考人(飯島宗一君) 私は、大学の自治というのはもちろん基本的に重要なことだと思います。ただ、私も四十年間国立大学におりまして、国立大学に果たして本当の意味の自治というのはあるのだろうかというのは今でも非常に疑問に思っております。 もちろん、憲法の保障のもとに学問、思想の自由は戦後保障されておりますけれども、例えば一つの大学学部が教育をよくするためにどういう計画を立てるか、あるいはどのような施設をつくるか、あるいはどういう形で物を運用しようかということを仮に自発的に考えましても、先ほど申し上げましたように、国立大学は一面では非常に強い行政の枠組みの中にはめ込まれてしまっておりまして、大学自体の自主裁量権というものはいろんな面で非常に制約をされておる。私は、むしろ今、日本の国立大学全体を通じて重要なことは、まさに自治を実体化することを考えるべきであって、そのためには、先ほど御質問にもありましたように、例えば経費等でも、ある枠組みで大学に与えて、その大学の自発的な使用を認めるというようなゆとりが必要でありますし、また、真に自治が育っていくためには、それだけのリスクと責任というものを大学自体が背負って、自分の足で自分が歩くということをやらなければ、私はなかなか実体的な意味での大学自治というものは育ってこないと思います。 ですから、臨教審を通じても、またこのたびの大学審議会を通じても、私どもの考えますことは、おっしゃるように、むしろ各大学の実質的な自主性というものを保障したい。しかし、そのための枠組みというものをどう考えていくかということは共通的な重要な問題でありますから、その方向で大いに議論をしてもらいたいということはあります。それから、各大学にしろ、大学団体にしろ、足腰がしっかりしてくれば、私は大学の学問の必然性からいって、これはやっぱりその学問が役立つ社会の声を聞き、あるいは教育を受けたいと思ういろんな人たちの声を聞き、それを自分たちの大学の中に生かしていくという努力をするというのは、これは大学としては当然の筋道でありますし、また、そういう形で社会との基本的な連帯というものを保っていかなければ、幾らお金をよこせという声を大きくしても、多くの国民がそれを支持してくれるはずはない。 私としては、大学の自治のあり方の将来というものを今申し上げたような形になるべく近づけていきたいということを考えておりまして、その考え方の基本は、今の御質問と大変相覆うところがあるように思っております。
○高木健太郎君 私は、この大学審議会法案というのは、原則的には賛成でございます。ただし、一定の条件を満たされなければいけない、こういうことで賛成の立場に立つものでございます。 先ほどから石川先生、田中先生のお話を聞いておりまして、大学審議会法案というものが、臨時教育審議会で討議されました種々の問題点、そういうものを根底に置いてこのユニバーシティ・カウンシルができているんだということをお聞きしました。これはまずそういう意味でお聞きしたいと思うわけですが、とすると、大学審議会法というものを大学の方々あるいは大学人と言ってもいいんでしょうか、そういう方々がどれくらいこの法案の内容をよく研究、了解されているのか、この点について、これは想像でございますが、お聞きいたしたい。それからもう一つは、臨時教育審議会で討議された、大学に関すること、高等教育に関することだけでもいいですけれども、どの程度大学人と言われる方々がこれを知っておられるか。あるいはどの程度浸透していると思われるか。あるいはどの程度正しくこれを理解しておられるか。よいところはよい、悪いところは悪いとして理解をしておられるか。こういうことをまずお尋ねしたいわけです。私のところにも反対声明がたくさん参っておりますし、また、学生諸君らもあるいは職員も、大勢の方から訪問を受けました。そのときに、聞いてみますと、この法案は学問研究教育の自由を侵すものであり大学の自治を破壊するものである、その一点張りでありまして、それではどこがどうして破壊すると言われるのかということを問いただしてみましても、その内容を正しく勉強しているとは私には思われない。そういう意味で先生方は、大学の人たちはどの程度これを勉強し、研究し、理解をしておるというふうにお考えか。また、それに対して先生方は、大学の人たちに対して、あるいは大学関係団体に対して、どのように今までやってこられたか。その点を簡単にお伺いをいたします。 第二番目は、これは山崎先生からも御指摘ございました。私も学部長や公立大学の学長をしておりましたが、専門が違いまして法律のことはよくわかりませんが、非常に重要な部分が政令事項に入っている。これも私少し不安に思うところでございます。このことについてはきょうの午後開かれますこの委員会において責任者である文部大臣にじっくり聞いてみたいと、こう思っておりますが、法律ができてしまうとどうかなという不安はないではないわけですね。そういうことは考えております。しかし、問題は大学人の心構えであろう。意欲であろう。あるいは自分らの自治を守ろうとするその意欲であろうというふうに思うわけです。 このことについて飯島先生にお伺いしたいんですけれども、先生が私立大学協会主催のところでお話しになったことが八月の半ばごろ「教育学術新聞」というのに載っておりますが、その中に、「ユニバーシティ・カウンセルが生きたものになるためには大学自体、大学団体自体の積極的な発言と関与が非常に重要である」、私もまさにそう思うのでございまして、実は大学人というものは、私自身を省みましても、教育と研究に夢中になれば、あるいは夢中にならなければできないことでございますが、こういう法案というものに対しては余り興味がないです。そういう意味で、果たして大学人がこの大学の自治を守るとかカウンシルの問題に対してどの程度関心を持ち得るのか。あるいはどうしたらばそういう関心を持ら得るようになるとお考えか。そういう点について、飯島参考人のお考えがございましたらひとつお聞かせをいただきたい。 この二点で、最初の点は皆さん方に。最後の点は飯島参考人にお伺いしたいと存じます。
○委員長(田沢智治君) 速記をちょっととめてください。 〔速記中止〕
○委員長(田沢智治君) 速記起こしてください。
○参考人(田中郁三君) まず、大学の自治についての前に、国立大学の教官を含む多くの方々から種々の意見が寄せられているということについては、承知しております。国大協におきましても、それを念頭に置きまして各種の会合で意見交換を行ってきておりますけれども、国立大学の教職員といえば相当多くの人々がおり、それぞれの立場によって種々の意見があり得ることは当然であると私たちは考えております。しかしながら、私として、この法案は大学のあり方に関して広く意見を聞くために文部省に一つの審議機関を設けるという内容のものであって、個々の大学の自治にタッチするのではなくて、大学全体の問題について、今の大学の置かれた種々の問題を広い立場から有識者の意見を聞くということになっていると思います。そういう点で、今後の運営いかんを見守るわけでございますが、大学の自治ということについては私は守られていくであろうと確信しております。
○参考人(石川忠雄君) ただいま高木議員が言われましたように、大学の中の多くの学者は研究とか教育に一生懸命になっていて、法律のことやなんかは余り関心がないという趣旨のことを申されましたけれども、私もそういった傾向は、やはりかつて研究者であった者の一人として、そういう感じを受けます。どのくらいわかっているか、どのくらい浸透しているかということについては、ちょっと想像がつかないというふうに申し上げるよりいたし方ないのではないかと思います。 それから、そういうことに関連して、私学の件をちょっと申し上げますと、御承知のように、私立大学には今三つ団体がございまして、それが団体連合会という統合組織をつくっているわけであります。ところが、臨教審の進行の過程で、いろいろな部会からこういう問題についてどういう意見を団体として持つかということを問われまして、そのために、団体の中にそれぞれそういった問題に対応するための機関というのが設けられておりまして、そこでいろいろな私立大学の学長、先生を中心にして、いろんな人が集まっていろいろ議論をし、そこで対応の意見を持って臨教審のヒアリングに臨むということを今までやってまいりました。したがって、私立大学の学長に対しては、そういう意味でどういうことを臨教審が考え、どういうことをやっていたかということはかなり浸透しているだろうと私は思います。ただ、大学、学長を超えてもう少し先のことになりますと、これは別に調査をしたこともありませんし、想像で物を申すのもどうかと思いますので、これはちょっとわからないというふうに申し上げておきます。
○参考人(飯島宗一君) まず第一の御質問ですが、この点は、私もいろいろ考えることはありますけれども、性格には把握できません。臨教審としては。「臨教審だより」その他を含めてなるべく多くの方にその内容を理解していただく努力はいたしたいと思います。けれども、それがどの程度の浸透度であるかということについては、私も今データを持ち合わせませんので正確なお答えはできません。 それから第二の問題で、私は今各大学は、一言にして申しますと、大変評判が悪いと申しますか、臨教審の中におりましても、大学に関する批判あるいは文句といいますか、いろんなものが、どちらかというとネガティブな評価というものが大部分でありますけれども、私は大学にいる者として、身びいきをするわけではありませんけれども、目に見えないところでやはり大学の先生は、それぞれの自分の教育研究ということを大事に思っていない人は私はいないと思います。したがってその意味では、それぞれ、例えば一般教育の問題にしても、各専門教育の問題にしても、あるいはいろんな研究領域にしても、さまざまな学会があり研究会があり努力があり、その努力の総体というものは決して軽く見ることができないと思います。またそれを受けて、例えば国大協にしても私大連にしても、さまざまな大学団体等は、一部ではむしろ我々が予想以上に現在の大学の状況というものを深刻に受けとめておりまして、今のような状態で推移するならば大学は大変難しい状況になるということの憂慮の方が強いように思われますので、私はそれらの団体を見ても、それぞれ大小さまざまな課題はありますけれども、研究し、努力をしていらっしゃると思います。したがって、その声を吸い上げるという姿勢が大学審議会に出てくれば、各団体あるいは各領域とも必ずそれぞれの御意見を活発に寄せていただくという基盤は、私はあると確信をしております。
○佐藤昭夫君 まず、関先生にお尋ねをいたします。 憲法二十三条の学問の自由について、かつて衆議院の予算委員会で、文部大臣などは、軍事研究も学問の自由の一つだというような極論を述べたわけでありますけれども、憲法に定めている学問の自由の精神の根本は一体何かということをお尋ねをしたいと思います。 あわせて、この学問の自由とかかわって、きょうも大学自治問題がいろいろ議論をされていますが、私は学問の自由が、それの保障が、大学の自治によってこそ守られるんだというふうに思うのでありますけれども、ただ、大学の自治が今のままでいいか、こういう点で、大きく言って二つの意見があろうかと思うんです。 一つは、さっきもちょっとある方から出ていましたけれども、自治にあぐらをかいているから一つインパクトが要るとか、財界などは民間活力の導入だとか、こういう意見でありますし、もう一つは、自治能力が本当に発揮できるように、国の財政責任、行政の民主化、これを図るべしと、こういう意見があろうかと思います。 こうした点にもかかわりまして、真に生き生きとした大学をつくっていくためには、教授会自治からさらに全構成員の自治へと、こういう論もあるわけでありますけれども、ここらの点でまず関先生のお考えをお聞きいたしたいと思います。
○参考人(関恒義君) 軍事研究を学間の自由のもとに擁護するというような方が文部大臣になられていることを非常に残念に思います。軍事研究というのはやはり人殺しを中心とするそういう研究ですから、こういったものがなくなる方向で努力する、そういうことがやはり人類の目標であろうと思います。特に、憲法に則して言えば、戦争の放棄をうたい、平和のうちに生きる権利、生存する権利というものをうたっている、そういう問題と学問の自由、大学の自治というのは不可分につながっているものというふうに私は理解しております。つまり平和の問題、民主主義の問題と大学の自治は不可分の関係にあると、先ほども申し上げましたが、その点を特に強調しておきたいと思います。 それから大学の自治の問題についてですが、自治に甘えているというふうに大学人が見られることは非常に残念ですが、まあ大学が大衆化してきている、非常に多くの人たちが大学出身者になってきているということを通して、やはり日本の国民的な知識レベルというものが非常に高度になったわけです。そのようなものを前提として、日本の科学技術というものも発展したことをやはりはっきりと評価していただきたいんです。大学の自治というのは、読んで字のごとくみずから治めるわけなんでして、これはやはり大学に入った学生諸君もみずからを律することのできる能力、そういうものを身につけるということが大学の教育の中の非常に重要な課題であるということは、大学の歴史を通じて一貫してそのことは強調されているはずです。大学の先生は決して私は自治に甘えているとは毛頭思いません。むしろ自治能力をもっと拡大する方向で国全体が考えていただきたいというふうに思います。 私、先ほど名古屋大学の平和憲章の例を出しましたが、やはりこの中では、教育研究体制の自主、民主、公開の原則の確認及びその充実、さらには大学の自治を単なる教授会の自治としてではなくて、全構成員の自治としていかに拡大していくのか、あるいはそういう制度をいかにして保障していくのかということもうたっておりますが、やはり自治というものは、大学人のみならず国民一般のレベルでこれを一層高め、充実していくことこそが非常に重要なんだろうと思います。 特に大学審との関係で言いますと、臨教審の「審議経過の概要(その三)」でも示しておりますが、現在の教育改革は第三の教育改革だ――これは中教審の改革以来言っているわけですが、中教審の改革は理念がなかったと、今度は理念を入れるんだということを強調されておりますが、理念の問題をここでもって論ずる余裕はありませんけれども、この中教審路線以来の大学改革の問題として忘れてならないのは、筑波大学の問題だと思うんです。やはり筑波大学につきましては、自治を制約したという一つの実態があるわけですね。こういったものを大学審議会は、単なる筑波大学の問題ではなくて、もっとグローバルに、全体の問題としてとらえるというような方向を示しているところに問題があると思うんです。やはり、調査し勧告するというとんでもない権限を大学審議会が持つこと自体、これは私は自治の侵害だと言わざるを得ないんです。 そういう問題が国会においてもこの二月に提起された。しかし、実質的な審議はほとんどやっていないわけですね。つまり、売上税法案あるいはマル優廃止法案が国民的なレベルで批判された。その間はこの議論はほとんど国会で議論されていなかったわけです。衆議院でわずかな議論で参議院へ送られてきている。そして今これを問題にしているんですが、この問題にされているその時点で、一体大学人はこれをいかに理解しているのかというような問題すら提起されている。理解する余裕もないままに強引にこれを突っ走っている。このこと自体、私は大学の自治のとんでもない侵害を見るわけです。 ちょっと言い過ぎたかもしれませんが、そういう御意見もあるということですね、あえて御意見と言いますが。
○佐藤昭夫君 それでは続きまして、田中参考人に一点お尋ねをいたします。 近年、産学協同論が盛んだと思いますが、先生の東京工大でも寄附講座が始められているやにお聞きしますけれども、きょうはそのことの議論ではございません。いわゆる先端技術分野というものは平和のための技術と軍事目的技術と紙一重だというふうに言われておるわけですけれども、産学協同がどんどん進んでまいりまして、それがいつ何とき軍学協同、軍事目的にすりかわるというか、転化するというか、こういう危険なしとしないんですけれども、そういう軍学協同、軍事目的転化、これを食いとめる具体的な歯どめ策、これをどのようにお考えになるかということであります。 それからついでに飯島先生にお尋ねをしますけれども、先生、大学審に先立ってのプレ大学審とも言われる大学改革協議会の委員もなさっておったのでお尋ねをしますけれども、設置基準見直しの問題について相当議論があったようでありますし、聞くところによりますと、大学設置基準の緩和によって大学の水準が下がるところが出てくる、そうならないために大学評価が必要だ、こういう意見も出たというふうに聞くんですけれども、先生、御記憶、事実とどうでしょうか。
○参考人(田中郁三君) ただいまの御質問の産学協同あるいは軍事目的ということにつきまして、軍事目的の御質問についてお答えいたしますが、技術というのは、ある意味ではいろんな意味で使われる可能性がある。それがもし軍事的な目的に使われる可能性があるということがあれば、これは大学人というか、大学として非常な反対をいたすことだと思っております。ただ、現状としてまだそういう具体的な問題にぶつかっておりません。例えば、レーザーを使いますね。レーザーを例えばSDIに使うというようなことがもしあるとすれば、それについての一切の協力はやはりやらないというふうに教授会にしろ、大学人としてはそういう問題については非常にセンシティブだと私は信じておりますし、そういうふうに行われるだろうと私は思っております。
○参考人(飯島宗一君) 先般来文部省に設けられた大学改革協議会での議論と申しますものは、私の記憶では、系統的に設置基準のどこをどうしようかというあたりまで入った議論ではなかったと思います。これは委員の各人が大学設置基準等そのときの課題に関して考えておられるところをそれぞれお述べになったということで、改革協議会として、一定の具体的な方針を打ち出すというような作業までにはまだ至っておりませんと私は思っております。 それからもう一つ今御質問の、設置基準を大綱化すれば大学のレベルが下がるのではないかという議論は、大学改革協議会の中での議論ではなかったと思います。むしろそういうことを懸念する人が大学人あるいはその他関係の方の中にもあるという情報はその場で披露されたと思いますけれども、大綱化ということがレベルダウンを誘うんだという結論に至るような議論ではなかったと思っております。私は、大学設置基準の大綱化ということと、それから大学の教育研究内容のレベルダウンということとは別問題だと思っております。 私どもが強調し希望しておるところは、先ほどから申しましたように、大学がそれぞれ自由で個性的な発展をする上の枠組みとして、それを抑えつけているような大学設置基準の規定のあり方というものはこれを弾力化し緩和して、そして各大学の、例えば石川さんの言われるような個性的、自分でお考えになったところをそれぞれ伸ばし得るような基本的大綱というものに改めるべきであるという主張でした。そのレベルというものをどこで考えるかは、先ほどの山崎さんの評価の問題にもかかわりますが、私は、大学の評価というものを一つの基準で単純化して一級大学、二級大学、三級大学などというふうに評価をすることは、しょせんそのこと自体が不可能だと思います。評価というのは、やはり評価のためのそれぞれの基準があり、それぞれの物差しがあって、この面から見ればこの大学のこの点にはこういう問題がある、あるいはこういう長所があるということは言えましょうけれども、またほかの尺度から見ればこういう長所があり問題点があるという言い方ができるのが私は評価の本体であると思います。 したがいまして、レベルダウン、レベルアップということも、そう簡単に決めつけて議論のできることではないと思いますので、もちろん私どもは、日本の大学の水準は世界各国の中でやはりそれだけに評価をされ、そして外国からの交流も活発化するということが前提条件であると思いますから、およそ大学である以上大学としての最低のあり方というものを決めなければならないと思いますが、その弾力化が直ちにレベルダウンにつながるという御議論はそれなりの意味はあると思いますけれども、なお十分にそしゃくしなければならない課題であろうというふうに思っております。 私の記憶では、改革協議会等でそのことが非常に議論をされたという記憶はございません。
○佐藤昭夫君 ちょっとまだ時間がありますので伺いますけれども。もちろん改革協議会自体が幾つかのテーマについてのそれを煮詰めて結論を出すというような協議会じゃない、自由討議の場だということはよく承知をしておりますけれども、自由討議という形で、大学設置基準問題についての自由討議の中で、それにかかわって大学評価問題が議論に上ったやに聞くんですけれども、その程度の意味合いにおいて事実でしょうか、こういうことです。
○参考人(飯島宗一君) そのとおりです。フリートーキングの中で出た話題の一つであるということでございます。
○佐藤昭夫君 終わります。
○勝木健司君 私どもは臨教審の提言を受けまして、その提言にありましたユニバーシティ・カウンシル、大学審議会につきまして、その必要性を認識いたしております。できるだけ早く設置されて、二十一世紀に向かっての我が国の高等教育の基本方針というものを早く立案を進めていただくよう期待いたしておるわけであります。委員の構成あるいは運営のあり方等についてもお尋ねいたしておきたいなというふうに思っておりましたけれども、質問された方々に対します参考人の御答弁で大体理解いたしましたので、私は少し角度を変えまして、大学問題について高い御見識をお持ちの諸先生方に、この機会に、私が以前から持っております我が国の大学についての疑問点を二、三申し述べまして、御意見を承っておきたいというふうに思っております。 まず第一点でありますけれども、臨教審の答申にまつまでもありませんが、我が国の教育というものは、これからいよいよ国際化の必要性に迫られておるように思います。これに対応すべく我が国の高等教育界も、国公立大学における外国人教員の任用あるいは留学生の受け入れ枠の拡大など、近年各種の施策を講じてまいっておるようでありますけれども、しかし、国内の個々の大学はどうかといいますと、まだ開かれざる体質の大学が多いのではないかと思わざるを得ません。例えば、地方の国立大学の新設、あるいは私立大学の新設等々は別でありますけれども、東大を初め主要な国公私の大学の教員の出身校というものを大学職員録等々で見てまいりますと、これらの主要大学の教員のほとんどが出身大学の卒業生で独占されておるように見受けられます。それぞれの大学というものが自家受精による血族集団というものをかたくななまでに守り通しているのが実態のようであります。我が国社会に根強い学歴あるいは学閥の根というものもこのあたりにあるのではないかというふうに思われます。したがいまして、大学の国際化ということを進めていくためには、まず国内の大学間の風通しをもっとよくする人事交流などが前提として必要ではないかと思うのでありますけれども、この問題につきましての先生方の御意見というものをお伺いしたいと思います。あわせまして、そのための具体策があればお示しをいただきたいというふうに思います。 まとめて質問をさしていただきまして、御回答、御見解を承りたいと思います。 質問の第二点でありますが、大学間の人事交流というものを活発化していく、そして開かれた大学へと積極的に取り組む中で、臨教審の第三次答申にも触れられております国立大学の法人化の構想というものは一つの有効な方策じゃないかというふうに思います。確かに、現行の国公私立別の設置形態でいく限り、教員の人事交流というものもなかなか思うようにならないのではないかというふうに思われます。臨教審は、国立大学の法人化の問題に結論をとうとう出さずじまいに終わりましたけれども、この問題についての諸先生方のお考えをお聞かせ願いたいというふうに思います。特に法人化のメリット、デメリット、あるいは法人化の実現の可能性等についても御教示いただきたいというふうに思います。 第三点でありますが、文部省の報告によりますと、昭和六十八年度にピークとなります十八歳人口の急増に対しまして、大学、短大の新設、あるいは学部、学科の増設のラッシュが続いているとのことであります。さらに、これに加えまして、最近いろいろの報道がされておりますが、アメリカの大学の我が国への進出というものも活発化しているようであります。そうなりますと、ここ数年のうちに相当数の大学がふえるのではありますけれども、昭和六十八年を過ぎた後は一体どのようになっていくのか、どのようなことになるのか心配になるわけでございます。もし現時点で適切な対応をしていなければ、廃校の憂き目に遭う大学というものも少なくないのではないかというふうに思われます。先生方のお考えをお聞きいたしたいと思います。 また、アメリカの大学の分校の誘致というものを各自治体が今進めているようでありますけれども、これらの大学の法制上の位置づけ等、解決しなければならない問題があるようにも思われます。また、アメリカの大学の日本へ進出することの意義等々につきましてもどのようにお考えであられるのか、お聞かせいただきたいと思います。 時間の関係もありますので、飯島先生と石川先生にそれぞれ御見解をお伺いしたいというふうに思います。
○参考人(石川忠雄君) 十分にお答えできるかどうかわかりませんけれども、私は、戦前に比べますと大学間の人事交流といいますか、人的配置というのは随分変わってきたように思います。いまだに今おっしゃられたインブリーディングというのは強いのでありますけれども、しかし、それも戦後の高等教育の大衆化現象の中で、やはり人事の分散といいますか、人間の分散といいますか、そういったようなものは進んできたように思います。仮に私の大学の例をとってみましても、戦前と現在で比べますと、今の状況は、大学全体で考えてみますと、外から、ほかの大学を出られて私の大学に来られた方というのは恐らく四割ぐらいはおられるのではないかというふうに思います。ですから私は、こういった傾向は、余りインブリーディンクになるということは問題でありますが、さりとて私学の場合には、先ほど申したような私学自身の個性の問題もありますので、その学校の出身者が余り少なくなってしまうということも問題はあるであろう。そういうことで、私はそういうことを踏まえながら人事交流を進めるということは賛成でございます。 それから、国立大学の特殊法人化の問題、あるいは学校法人化の問題、これは確かに臨教審で議論されました、しかし、この問題は極めて複雑な問題を含んでおります。したがって、とことんまで議論し切れなかったということが実情でありまして、現在はそういった結論を早急に出してそれにすぐ移るということは、これはやはり日本全体の教育力、研究力を高める上に適当であるかどうかということに問題がございますので、そこまではいかなかった。しかし、やはり国立大学が大学の自治とかあるいはより自主的な存在になるということは学問研究の発展のためには大切なことでありますから、したがって、この問題については少なくとも一歩でも二歩でも先に進めようと、こういうことは皆さん恐らくあのときに合意であったというふうに私は思っております。恐らくではなくて確実に合意であったというふうに思っております。 それから第三番目の、私立大学を中心とした十八歳人口増加に対する設置の数がふえているということ、これはまた実はいろいろな要素が入っている問題だと私は思います。あの高等教育の計画では、昭和六十七年あるいは八年以降においても、高等教育に進む人口といいますか、それが大体三五%、そのくらいで決めた。ところが、その三五%というのは腰だめの数字と言ってはちょっと失礼になりますけれども、実はそこのところを正確にはかるということは、これはできないわけですね。大体こういうところでいくだろうという前提で計画を立てておる。最近の例を見てもわかりますように、進学希望者の数というのはふえておるわけであります。そういうようなふえ方が将来も、あるいは十八歳人口は減るけれどもパーセンテージは上がるかもしれないという問題もある。それから、社会の変化あるいは学間の進歩、発展によってそういうものに対応するようなものというのは実はこれからも考えていかなきゃいけない。ですから、既存のものだけでそれがやれるということは、これは私はないと思います。将来に向かってやはりそういうものは設置をしていく。そして人材を養成し、研究を進めていくということはやはり大切なことだと思うのですね。ですから、そういうことをいろいろ考えてみますと、昭和六十七年以降というものについて、まだ的確にこうしたらいいというようなことは今の段階ではちょっと言えないという状況にあるのではないかというふうに思います。私はそういう意味で六十七年以降の問題というのは、むしろこれは大学審議会でどういうふうに考えたらいいかというようなことをやっぱり検討してみることもいいんじゃないかというふうに思っているわけであります。 それから、アメリカの分校でありますけれども、これは先ほど飯島参考人が言われましたように、設置基準が簡素化、大綱化されますと、アメリカの大学もあるいはそれに応じて日本の大学と同じ資格を得るといいますか、そういうことが起こってくるかもし机ません。しかし、今の段階では、今の設置基準ではそうはいかないわけであります。ですけれども、仮にそういうことが起こってきて、アメリカの大学が日本の中に分校を設置しても私は差し支えないと思うのですね。むしろそのことによって日本の大学自身が刺激を受けて、そしてそれに対抗するように自分たちの研究教育を考えて発展させていく、一種の競争的条件といいますか、そういったことができることは、私は日本の高校教育の発展のためにはむしろ望ましいことだというふうに思いますので、余りこの問題は狭く考えない方がよろしいというのが私の意見です。
○参考人(飯島宗一君) 今石川さんのお述べになったところと私もほとんど同じ考えでございますが、まず、大学の教員の人事交流というのは、確かに御指摘のような傾向はあると思いますけれども、大局的に見れば、出身校の教員だけで占められるというような傾向は漸次減少して活発化しておるということは事実だと思います。むしろ一部では、そういう交流の活発化ということに伴って、中央偏在といいますか、東京偏在といいますか、そういう傾向が加速されることによって地方の大学はやや困ることがあるというような状況すら一部には見られるわけでございまして、私は、傾向としては、もちろん大学の教員は出身校にこだわることなく、最も適材とする人を大学に選ぶというのは、まさに大学の発展のためのかなめでありますから、その方向を貫いていくというのは原則であると思いますし、重要なことであると思います。ただ、それを障害しているような諸条件があるとすれば、したがってそれについて手当てをしなければならないと思います。 第二の、法人化の問題は、実は交流が便利であるという観点だけで法人化を論ずることはできないと思います。今石川先生がおっしゃったように、臨教審でもこの問題はかなり議論はされましたけれども、結局のところ、国立大学の問題と申しますのは、これがいわば国家の行政組織の中に組み込まれた状態にあるということが、例えば予算の点から申しましても、人事の点から申しましても、あるいはその他の行動から申しましても、大学本来の活動に対してある制約を与えているということは否定することができないと思いますので、何らかの形でパブリックの新しい設置の形態というものを通して大学本来の姿が発揮できるようなものを普及するというのは重要なことであると思います。ただし、そのことともう一つ関連をいたしますのは、一体高等教育経費をどうするかという問題でありまして、私学に対する助成ももっと厚くしなければならないことは先ほどから御指摘のとおりですが、国立大学を法人化するという問題と関連して、高等教育経費をどのような形で保障していくかという議論が相伴わなければ、単純に法人化すればすべてのことが活発化するというような議論にはならないと思います。その点で臨教審としては最終的な結論には到達いたしませんでしたけれども、重要な課題でありますから、引き続いて衆知を集めて議論をするということは私どもの了解しているところであり、また必要であると思っておるところでございます。 それから、大学設置計画あるいは大学の人員計画というのも、私は先ほど来申し上げておる大学全体の枠組みの問題としては非常に重要な事柄でありまして、先般も大学進学が百万人を超えたということで、早速大学等をもっと増設をしろという意見が一部のジャーナリズム等に出ておりますが、今の大学設置計画というのがかつての分科会の中の計画分科会でいろいろ練られたところでございますけれども、石川さん御指摘のとおり、これは絶えず見直して諸状況を考え合わせる、またそれをどういう考え方で前の方に進めていくのかということについて不断に検証をし、計画を点検し、前の方に進めていく必要があると思います。 私は、これは印象でありますから何とも申し上げられませんけれども、十八歳人口減少期に今のままの進学率の状態で大学が非常な困難を来すという状態には、あるいはならないのではないか。生涯学習体系とかあるいは社会の進化ということを考えますと、現在でも四十数%の志願率があるということは、先ほど関さんも御指摘があったところですが、それに応ずることを考えていきますと、必ずしも七十何年以降危機的な状況のみが訪れるとは考えません。もし問題があるとすれば、四年制大学はとにかく、短期大学、特に地方短期大学がどのような状況に陥るかということは慎重に見きわめていかなければならない重要な問題であると思っております。 それから、アメリカ等の大学の参加ということは、私も石川先生と同意見でございます。 どうもありがとうございました。
○下村泰君 私は、たった一点だけお伺いします。 山崎先生と飯島先生にお伺いします。 障害者教育の基本的理念、これだけお聞かせください。
○参考人(飯島宗一君) 基本的理念とおっしゃると非常に漠然としていて難しいと思いますけれども、私は、身体に障害がある方は当然、あらゆる教育機会において、そのためにハンディキャップを負うべきではないという方向ですべての施策を進め、大学もまたそれに対応すべきものであると信じております。
○参考人(山崎眞秀君) 私は、飯島先生のように医者ではございませんので、いわば憲法の研究に携わっている者として考えます。 まず、何よりもすべての子供たちは固有の発達の可能性を十分に保障される権利がある。それは憲法二十六条の示すとおりでございますが、その場合に、障害者の場合にはまずほとんど御自分の意思や責任にかかわらずハンディキャップを負って生まれてくるわけですね。いわば自分自身の意思、責任にかかわらぬハンディキャップを負っているということは、それだけ健常者が少しでもその障害者が自立して生きていくことができるような努力や生きがいを支えていくような権利保障に力を合わせるべきものだと思います。公教育は、当然その公教育の理念には、そういうことの憲法的保障を実現していかなきゃならないという考え方が含まれていると思います。
○委員長(田沢智治君) 他に御発言がなければ、参考人に対する質疑はこれをもって終了いたします。 この際、一言ごあいさつ申し上げます。 参考人の方々には、長時間にわたり貴重なる御意見をお聞かせいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表し、心から御礼申し上げます。本当にありがとうございました。 午前の審査はこの程度とし、午後一時四十分まで休憩いたします。 午後零時三十八分休憩 ―――――・――――― 午後一時四十六分開会
○委員長(田沢智治君) ただいまから文教委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○山本正和君 初めに、午前中参考人の諸先生から意見をお聞きしまして、その御意見の中にあった共通的な部分について私なりに受けとめました事柄を大臣がどうお考えになっているか、そのことをちょっと初めにお聞きしまして、その後、大学審議会なるものについての行政的な位置づけについてお伺いをしていきたい、こう考えます。 まず、東京工大の田中先生がおっしゃったお話の中には、大学審議会というのが大学の自治を援助する、そういう役割を果たしてもらうものとして期待をしている、こういう御発言がございました。そして、大学改革というのは大学自身の自己反省、そしてそれに外部からの批判、こういうものを加えて議論しながら大学の自律、自主、自治努力によって改革をしていくべきである、こういう見地を持っている、そういう意味で大学審議会が大学の自治を援助をする、あるいはさまざまな助言をする、そういう場である、こういうことについての期待を持っているんだ、こういうお話がございました。 また、慶応大学の石川先生は、大学がこれからの新しい世の中でどういうふうに対応していったらいいのか、本当に今二十一世紀を迎えようとする中でのさまざまな問題がある。しかし、このままじゃいけない、どう対応するのかということを大学自身が考えなくちゃいけない。とするならば、この大学審議会というのは大学人を中心としてさまざまな論議を行って、各界各層の人を広く集めて議論する場として期待をしているんだ、こういうお話がございました。 また、臨教審第四部会長の飯島先生のお話の中に、大変私も感銘をしたのでありますけれども、大学自身が今までもたびたび大学の改革のために取り組んではきているんだ。しかし、さまざまな問題があってなかなかそれが具体化しない。要するに、大学自身の改革のための条件整備をするについて今の状況ではどうにもならないという感じがしているんだ。したがって、大学自身が大学の改革をしていくための条件整備、そういうものが必要である、従来の文部行政の立場を越えてもっと広い場での議論が必要だ、こういうことを思っていますというお話がございました。そして、特に大学審議会なるものは、大学自身の声を政策に反映する場として期待したい。また、大学の自主的活動の基盤となる、そういう条件づくりをしてくれるカウンシルとしての期待、こういうふうなお話があったわけであります。 いずれも、臨教審あるいはさまざまな大学改革協議会等での議論の中で、日本の大学問題について大変見識をお持ちの方々ばかりでございます。この三人の先生方がおっしゃった言葉の背景は、大学審議会というのは、あくまで大学自身が大学をよくしていこうとする努力、それにこたえ得るものとして設置をする。大学改革の前提は大学人自身がやらなきゃいけない。もちろん、それには社会的な批判やさまざまな各界各層の声を聞かなきゃいけないけれども、そういう場として期待しているんだと、こういう点で三人の参考人の方の御意見は一致しているというふうに私はお聞きしたわけであります。 このことについて、これは速記録に載っておりますから、私が申し上げた事実は恐らく間違いないと思いますけれども、大臣のひとつ御見解を承りたいと思います。
○政府委員(阿部充夫君) 午前中の御論議は、私も直接は伺っておりませんでしたけれども、恐らくそういう趣旨のことのお話があったのであろうと思っております。 私どもも、かねてこの国会でもお答えを申し上げておりますように、大学改革というのを具体的にやっていくのはやはりそれぞれの大学でございます。ですから、私どもが審議会をつくってある一つの方向を出し、そしてまた各大学がやりやすいように、先ほど条件整備というお言葉がございましたけれども、そのために、例えば現在の制度でこれを弾力化し緩和をするということが必要ならば、そういうことも考えていかなくちゃならない、そういうたぐいのことを議論をし、そういう方向を出していただくというのがこの審議会の基本的な立場でございます。それに基づいて、あと具体に例えば現代化された教育課程をどういうふうに組んでいくかというようなことになれば、緩和された大学設置基準の中で各大学がどうするかということを考えていただくということで、大学改革というのはよそがやるわけではなくて大学がやらなければならないという点につきましては全く三先生の御意見と私どもも同じ気持ちを持っておるつもりでございます。
○山本正和君 どうもありがとうございました。 まず、さまざまな大学審議会をめぐる論議の中で、午前中の三人の参考人の先生の御意見、大学改革についての御意見ですね、そのことについては文部省もほぼ同じような考え方であるということで、その部分につきましては私も大変うれしく思うわけであります。 そこで、今度の学校教育法改正、さらには私立学校法改正の問題につきまして、これはいずれも国家行政組織法上の機関としての位置づけでありますから、そういう観点から少し、私も余りこういう問題は専門でございませんから詳しくはありませんけれども、若干、そういう法的な立場、法律構成上の立場の観点からお伺いをしていきたいわけであります。 まず、中教審というのは文部省設置法によってこれは位置づけられております。文部大臣の諮問機関としての位置づけがあります。この中教審というものと、今度学校教育法改正によって大学審議会をつくろうとしている。要するに、中教審の方は文部省設置法という法律に基づく審議会である。そしてこの大学審議会というのは学校教育法に基づく審議会である。この二つの法構成上の法律的な地位ですね。これはどういうふうになっておるのかお伺いしたいと思います。
○政府委員(阿部充夫君) 審議会の設置の仕方として、その基本的な法令的な根拠をどういうふうに置いていくかということにつきましては、従来から二つの流れ、やり方があるわけでございまして、一つは、文部省設置法その他の各省設置法という系統におきまして行政機関の一つの流れとしてこれをつくっていくというやり方も片方でございます。また、もう一方では、例えば具体には、現在ございます、今回も御審議の対象になっております私立大学審議会のように、文部省設置法ではなくて、私立学校法という実体法の方に基礎を置いてつくられている審議会というのもあるわけでございまして、要すれば、それぞれの審議会のそれぞれの性格、置かれた位置づけ等々を考えながら、その間で最も適切と思われるような方途を講じていくというのがこれまでのやり方であったろうと思うわけでございます。 今回の大学審議会をどの法律で規定をしていただこうかということを部内で検討をいたしました際にも、その点はもちろん議論の対象になったわけでございますけれども、今回の大学審議会を考えました場合に、これは大学を中心とする高等教育の基本的なあり方を調査審議するということから言えば、まさに学校制度そのものにかかわる部分というのを大変強く持っている審議会であるというような点もございます。また、従来学校教育法の規定の中で、これは従来の大学設置審議会でございますけれども、学位に関する事項でございますとかあるいは大学設置基準に関する事項というものは大学設置審議会に諮問するんですというようなたぐいの規定もございました。そういう規定を今回は、新しく大学審議会を設けるに当たりまして大学審議会の所掌事項とするというようなことも考えますと、相対的にそういう点を考え合わせましてこれは学校教育法の中で規定した方が適切ではなかろうか。そういうような判断に基づきまして今回の法案をお願いを申し上げている、こういうような事情でございます。
○山本正和君 中教審は、文部省設置法の第七条で「文部大臣の諮問に応じて教育、学術又は文化に関する基本的な重要施策について調査審議し、及びこれらの事項に関して文部大臣に建議する。」、こうなっておるわけであります。そしてまた、文部省の権限、役割として大学教育の問題についてはこういうことがあると。第五条の二十六項です。「大学教育及び高等専門教育の振興に関し、企画し、及び援助と助言を与えること。」、こういうのがあるわけです。 ですから、この学校教育法を改正して大学審議会を設置するということをこういう文部省関係の法令集でずっと眺めていくと、要するに中教審が学術、教育、文化あらゆる問題全般についていろいろ議論をして文部大臣に答申するという形になっておる。そして文部省は、文部大臣はそれについて計画し実施する主催者である、こうなっている。そこへ今度は、大学審議会という名前ではありますけれども、事実上高等教育の基本的事項全般に絡んで議論する場としての審議会が設けられた。そうなりますと、中教審と大学審議会でどういうふうな議論の区分けをするのか。その辺はどういうふうにお考えですか。
○政府委員(阿部充夫君) 審議会というのは、各省ともそうであろうかと思いますが、文部省にはやはり一番中心的な審議会として中央教育審議会が置かれておるわけでございます。ただ、文教行政全般、学校教育、学術、文化、体育・スポーツといったようないろいろな多面にわたる事柄についてすべてを中央教育審議会でこなすということも実際上不可能でもあるというようなこともございますし、あるいは必ずしも適当でないケースもあろうかと思います。そういうような見地から、それ以外にもいろいろな審議会は文部省の中に置かれておるわけでございまして、大学設置審議会、私立大学審議会は言うに及ばず、学術審議会でございますとか、文化財保護審議会でございますとか、教育課程審議会でございますとか、あるいは教育職員養成審議会でございますとか、いろいろなものが置かれておるわけでございまして、現在、臨教審の御答申を踏まえての、例えば教育課程の問題につきましては教育課程審議会で審議をいたしておりますし、それからまた初任者研修その他の教員の資質向上の問題につきましては教育職員養成審議会で審議をしているというような形になっておりますので、要すれば、全般について中央教育審議会は審議する立場にございますけれども、それとは別に個々の専門分野に応じた審議会等も設けられておりまして、そのときの必要性等に応じて、文部大臣としてはどちらに諮問をするかということを考えるという立場にあるわけでございます。 今回の大学審議会につきましても、中央教育審議会というものがあるではないかという御指摘もあるわけでございますけれども、特に今回の大学問題、大学改革の問題に関しましては非常に多岐多端にわたっておりますし、しかも他の項目と違いまして、臨時教育審議会の答申ではある一定の方向等は示しながらも、具体のやり方等については別途の審議会をつくってやる方がいいだろうというような御指摘もいただいております。 そういう非常にたくさんのものをこなしていかなければならないという大事な機関であるということ等も考えますと、この問題につきましては、中央教育審議会にお諮りをするよりは、大学問題についてはやはり独自の大学審議会をつくって、そちらにお諮りをしていくということが、特に先ほどのお話にもあったかと思いますが、大学関係者の声等も十分反映しながらやっていくというような点を考えましても、メンバーの構成等の面から考えましても、やはりこの方が適当なのではなかろうかと、そういうような判断で中央教育審議会と大学審議会を並立する形で置くことになっていくわけでございますけれども、実際上の諮問等は大学審議会の方にいたして、十分ここでの御議論をお願いしたい、こういうような全体の仕組みとして考えている次第でございます。
○山本正和君 これは、学校教育法の中にある大学設置審議会等の審議会を、二つほどですか、改称いたしまして、そして今度の大学審議会と私立学校についての審議会というものを設けたという格好ですけれども、そうなりますと、中教審が設置されている経過から見た場合、今まであった審議会をなくして新しい審議会を設けるんだけれども、学校教育法という立場のその法律の中でこれを入れてある。これは片方は文部省設置法、まさに文部省の全権限、あるいは行政の責任分野全体のかかわる中での位置づけの法律である文部省設置法の中での中教審というものがあった。その中にある高等教育を議論する部分というのをとってしまって大学審議会に持っていく、こういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○政府委員(阿部充夫君) 学校教育法で具体に規定のございます大学設置基準に関することと、それから学位に関すること、この二点は純粋に大学審議会の権限事項として規定をされておりますので、これはまさに大学審議会だけの審議事項であろうと思いますが、一般的に大学制度その他の問題についての御議論というのはもちろん中央教育審議会の審議事項の範囲の中にも入っているわけでございます。したがいまして、どちらに諮問をするかというのは文部大臣が判断をして決めていくことである。これは先ほども申し上げましたように、教員の資質の向上の問題というのは中教審の対象でもあるし、教員養成審議会の対象でもあるというのと同じ関係であろうと思っております。
○山本正和君 実は、昭和四十六年に答申されましたいわゆる四六答申で、高等教育に関する部分の答申があるわけです。この四六答申というのは、その当時大学問題いろいろありましたけれども、そのときの当面する必要な問題ということじゃなしに、我が国の教育全体を考える大変重要なものとしてこれは提起されておる。 そこで、これは文部省がお出しになった本ですけれども、そこの二百七十七ページ、八ページあたりに高等教育についての基本計画という指摘があるわけです。高等教育の基本計画を策定するという中で、今度の臨教審でいろいろ議論されているような問題がたくさん出ておりまして、特に私が関心を持ったのは、「既設の高等教育機関の改組充実であり、これを大学当事者との緊密な協力によって実現することは、政府の重大な任務である。」と、こう書いてある。四十六年ですね。さらには、「文部省自体の内部組織に必要な改革を行なうとともに、」「国の基本計画の策定とその実施計画の大綱」、「実施成果の評価、」「大学の設置基準のあり方と設置認可、」「既設の大学・短期大学の改組充実方針について、文部大臣に答申または建議を行なう新しい審議機関を設ける必要がある。」と、こう書いてあります、四六答申に。ということは、その当時から既に中教審では大学問題を随分議論をして、大学の今日の問題をいろいろ洗い出して、文部省に対して大学問題は緊急な内容ですよということを提起しているわけですね。 ところがそれが、四十六年から中曽根総理が臨教審構想を出すまでは、一体これはどうなっておったのかと調べてみますと、まあ筑波大学ができた、あるいは若干の大学についての新しい問題提起はしてありますけれども、ここに書いてあるような基本計画の策定、あるいは文部省自身の内部組織についての検討というようなことが一体されたのかされていないのか。要するに、中教審答申というものを文部省はどういうふうにお受けとめになっておったのか、この辺がさっぱりわからないわけです。しかし私は、まあわからぬじゃなしに、私も実は調べてみまして、文部省自身がかなりなお取り組みをしていることは知っています。随分いろんな角度から、観点から大学との折衝もされて、大学人からのいろいろな意見聴取もされて、大学改革のためにお取り組みになっていることを知っているわけです。そこへ突然、何か知らないけれども、臨教審という名前で、文部省が一生懸命に努力してきた、あるいは中教審の中で私どもは少なくともこの部分は大切だと思っている部分、随分あの当時の教育関係者は皆読んだわけでです、注目して。一生懸命文部省は努力している、その努力している部分を、文部省なんか役に立たないから、あるいは昭和四十六年以来一生懸命になって教育現場におる者が、あるいは大学の先生方が一生懸命になって苦労されておる事柄についての評価というものをせずに、いきなり臨教審がこういうものを出してきたように私は錯覚するわけなんですね。もちろん一貫性があると思いますけれどもね。 だから、大臣がこの臨教審から来るところの答申の具体化の問題について、大学審議会法をお出しになったときの趣旨説明をめぐる衆議院での議論を速記録でいろいろ見ておりまして、大変私は気になるのは、どうも文部省は頼りないんですよというふうに受け取れる、受け取られかねない要素がちょっとあるように思うものですから、私はここで大臣にお聞きしたいのは、本来、文部省は一生懸命取り組んできていますよ、そして学校現場のいろんな意見も聞きながら、大学人の意見も聞きながらやってきているんですよ、と、しかしその上にさらに、二十一世紀を迎える段階で、新しく大学問題についての議論をする場として大学審議会が必要だと思っているんですよというのか。それとも、文部省というのは役に立たないから、内閣で言われていたので仕方なしに今度ぼんとつくるんだから、そのつくる場所としてこの学校教育法の改正を出すのか。その辺のことをちょっと大臣に、今までの衆議院における御答弁の中に若干誤解を招くような言葉があるものですから、その辺を改めてお聞きしておきたいんです。
○国務大臣(塩川正十郎君) この法案の提出の際に、臨時教育審議会の答申を踏まえというようなことが書いてある。私は、確かに時期としてはそういう時期に相なったわけでありますけれども、この大学改革、そのためには大学人の意見も聞こうということはもうずっと以前から実はあったことで、もっと早く文部省としてもこの法案を出さなきゃならなかったんです。それは中教審の答申の中にもございました。それには随分といろんな改革案が盛り込まれておりまして、それにはやっぱり一生懸命取り組んできたと思っておるんです。例えば筑波大学がああいう形で今立派に整備されてまいりましたのも、あれも一つはあの答申が一つのきっかけになったことは御存じのとおりだと思うんです。したがって、この大学審議会の設置については以前から考え方があった、これがいよいよ踏み切るときが来たという、要するにそういう時節があったということでございまして、決して、臨教審の答申があったのでそれをまともに受けてこれを出したということのみではないということを御理解していただきたいと、こう思っておりまして、私は衆議院でもそのように答弁しておると思っております。それが私は正しいと思うんです。
○山本正和君 大臣はやっぱり日本の文部大臣として我が国の教育の最高責任者でいらっしゃいますから、ぜひとも、今までの教育界がさまざまな苦労の中で一生懸命模索してきているんだ、それはなかなかうまくはかどらないかもしれないけれども、みんなで懸命に努力しているんだという部分についての、大臣のやっぱりそういう部分についての正しい評価を持った御発言をぜひともひとついただきたい、こう思うんです。 要するに、教育の仕事というのは決して目に見えてよくなるものじゃない。また、親が見て、あの先生がいいとか悪いとかいって簡単に評価できるものでもない。しかし、結局教育の勝負をするのはだれかといったら、子供と直接かかわっている教師である、大学で学んでいる学生と大学の先生であるという部分がやっぱり根本なんですね。いやでも応でもその場に行くと普通の人間ならば一生懸命にやるんです。そういう営みが教育だと私は思うんですね。企業で一生懸命金をもうけようという立場とは違う。子供を教えるというその営みが違うということでの長い取り組みがあるということについて、大臣はぜひそういう部分は、まあ身内だから余り褒めぬでいいと思ったのかどうかわかりませんけれども、その辺は文部省当局も随分苦労されておられる、事務局が。それについてはぜひ御理解をいただきたい。私は、臨教審という構想が出たときに非常に腹立たしく思ったのは、なぜ一体文部省にこのことを聞かないのか、一番腹が立った。あるいは学校現場になぜ聞かないのかということを私は心配しているわけです。それはひとつぜひそういうことで、今の大臣の御見解でそういうふうに受けとめさせていただきます。 ただここで問題は、臨教審の答申に基づいて大学審議会法案が出てきているということについての誤解がありはしないかということを心配しますから、そこをちょっとただしておきたいわけです。 というのは、この臨教審の答申によるユニバーシティ・カウンシルですね。これは、「我が国の高等教育の在り方を基本的に審議し、大学に必要な助言や援助を提供し、文部大臣に対する勧告権をもつ恒常的な機関として「ユニバーシティ・カウンシル」を創設する。」、こうなっているんですね月これと今度提案されている大学審議会、学校教育法改正に伴う大学審議会というのは、ほぼ一緒ですか。どうですか、その辺ちょっとまずお伺いしたいんですが。
○政府委員(阿部充夫君) 法律にいたします際には、表現等非常に厳密に私どもは検討して使っておりますので、若干、あるいは表現等で違う部分はあるかと思いますけれども、基本的な性格においては同じものであると、こう思っております。
○山本正和君 そこで、もう一遍局長にお尋ねしますけれども、この審議会は、国家行政組織法でいう第八条機関でよろしゅうございますか。 〔委員長退席、理事林寛子君着席〕
○政府委員(阿部充夫君) 国家行政組織法八条の規定に基づく審議会である、こう思っております。
○山本正和君 そこで、ちょっとこれは衆議院の論議で私も疑問に思ったのでお聞きするんですけれども、公明党の鍛治委員が御質問の中で、これは会議録の二十三ページでございますが、 第二次答申の第二部第四章の中の第三節、「ユニバーシティ・カウンシル」の項の③のところですが、こういうふうにあります。「ユニバーシティ・カウンシルは、文部大臣の諮問に応じ答申を行うほか、自ら大学に関する調査研究、「自ら」ですよ。 自ら大学に関する調査研究、大学に関する必要な情報の収集や提供を行い、また、大学制度の基本に関する事項ならびに大学の計画的整備と見直し、専門分野に応じた人材の養成計画、大学教育の内容、方法等の検討、大学評価システムの開発等の事項を扱う。」こういうふうになっていると。みずから扱うんですよ。となると、八条機関というのは――これはもう大臣御承知のとおり、とにかく地方自治体は、こういう法律にちょっとでも解釈の疑義があると大変苦労しますから、まあ自治体におられて大変御苦労願った方であるからわかると思いますけれどもね。八条はどうなっているかといったら、第三条の各行政機関、これは省、庁、委員会ですね。その「定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、重要事項に関する調査審議、不服審査その他学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための合議制の機関」なんです。みずから扱うことはできないんですね、事務を。そうしたら、これは鍛治さんのこの質問で言うところの、みずからが扱うということにならないじゃないか、本来ならば。 私はしかしこれでいいと思うんですよ、本当はいいと思うんですよ。と思うんだけれども、局長の御答弁の中に、ちょっと微妙な表現で、これは「文部大臣の諮問に応じこというところでボツで切ってございます」その他云々と。したがってこれは建議できるんだ、みずから調査研究等ができるんだと、こういうふうな趣旨の形でもって、確かに大変間違いなくお上手に答弁しておみえでございます。ところが、鍛治さんの質問したのは、この大学審議会というのは、ユニバーシティ・カウンシルとして、さまざまな各界各層の意見を聞いて集めて、それを大学に対して直接助言もする、こういう権限を持ったものとしてユニバーシティ・カウンシルと書いてあるじゃないか、こう言っているんですよね。ところが八条機関にはそんなものはないんですよ。 私は恐らく中曽根総理がこの問題を臨教審にかけて――臨教審設置法も読んでみましたけれどもね。そして中曽根総理がその答申を受けて、この責任者であるところの文部大臣に何とかしてくれとこう言ったのは、この八条機関じゃないと私は思うんですがね。その辺は、八条機関であるということについては、政府部内の統一はしてありますか。
○政府委員(阿部充夫君) 八条機関の規定の、先生読み上げられました中にも「調査審議」という言葉が出てまいりまして、何かを審議をする場合に、その事柄について調査をするということは、当然附帯的についてくる仕事である、こう思っております。ですから、例えばみずから調査審議をする、調査研究をすると、こういう臨教審の答申でございますけれども、ある大学改革についての検討する場合に、例えばいろいろな資料を集めて勉強をしてみるとか、あるいは各般の人々を呼んでヒアリングをしてみるとか、そういった形での調査というような、あるいは研究というようなことは、審議会としても当然の審議に絡む仕事の一静として、法律に書いてある書いてないを問わず当然あり得ることである、こういうことで考えておりまして、それは八条機関という性格に何ら抵触するものではないと、こう思っておるわけでございます。 ただ、衆議院でも話題になりましたのは、大学に対する援助、助言と申しますか、そういうことをやるのかやらないのかということでございまして、これにつきましては、臨教審の答申では確かに援助、助言と書かれておりますけれども、こういった八条機関、審議会というようなものが直接個々の大学に対して発言をするというようなことがあり得るのかどうかという点等もございましたので、私どもは、法案を作成する段階におきましては、やはりこの点は臨教審の方々に、主たるメンバーの方に確かめまして、それはこの審議会が直接各大学に対して何かを言うということではなくて、審議会がいろいろ調査研究をし、その結果を答申として出す、あるいは建議と申しますか、勧告として出すといった中身がいわば間接的に大学に対して、大学がいろいろ物を考えていく場合に援助をし助言をしたことになると、そういう間接的なものと理解してよろしゅうございますねと、そういう点を確認した上で、したがって法律上の条文にはその援助、助言という言葉を入れないということで処理をしたわけでございまして、そういった意味ではこれが八条機関として、この国家行政組織法の八条に該当するものであるという理解の上で――もちろん内閣法制局の審議等も行いましたし、閣議でも御承認をいただいたわけでございますので、政府部内としてその問題についてのそごはないと、こう考えております。
○山本正和君 私が念を押しましたのは、この大学審議会に対してさまざまな誤解といいましょうか、いろんな、これは一体何なんだろうかということについて議論をしているわけです。ですから、大学審議会というのは、実はひょっとしたら大学の運営に突っ込んでぐるぐるやるんじゃないかというふうな誤解もあります。ところがまた誤解じゃなしに、そうしてほしいということを言って、その立場から賛成してる国会の中の――私は何党とはいいませんけれども、党派もあるわけですよね。だから、大学審議会というのは実はそうじゃないんですよ、文部大臣の諮問機関ですよ、したがって文部大臣というのが大学に対して従来同様、企画しあるいはいろいろ援助し助言する、これ、やっているわけなんだから、その中でもつと幅広くやるために審議会を設けたんですよと、こういうことを正確に言っていただかないと誤解が生まれると私は思うんです。 ところが、衆議院の審議はたった十時間しかやっていないものですから、一体大学審議会というのは何をするところというのはわからないんですね。何か知らぬけれども、大学審議会というものができたら、そこでいろんな人が入ってきて決めてしまったら何でもできるというふうな感じがするんです。ですから、これはあくまで八条機関であって、従来の中教審やそういう法律に基づくところの、法律に基づいての審議会であるということは絶対に間違いありませんと、これを私くどいようですけれども、もう一遍文部省としての明確な御答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) これは、衆議院の審議のときにもこの議題が中心でございました。私は先ほども申しましたように、提案理由のところに――私これどうかなと、読むのも。とにかく書いたのを読めということで渡されたものですから、それ正直に読んだんです。こんなのは、私そう思うことは事実なんです。なぜかといったら、臨教審臨教審と言って、何かそれを言って、これを言えば通る、やりやすいだろうと思って、そんな臨教審答申を踏まえてと書いてある、これは確かに誤解を生むんです。確かに誤解を生むんです。第一、ユニバーシティ・カウンシルなんて、それは日本語で言うたら何ですか、これ。わからないことを勝手にそんなことを言ってしまって、概念が、考えだけが走ってしまうことになる。そうじゃない。これはそうじゃないんです。 その発想の原点はそうでした。けれども、法案として出すときには、きちっと今までの文部省の考えている固有の考え方で出しておるんです。それは先ほども局長が言っていますように、この審議会は、要するに大学のいろんな問題を審議していただいて相談にあずかるという会であって、やるのは文部省なんです。それと大学なんです。大学に直接物を言うのは文部省なんである。決して審議会じゃない。そこはもう衆議院でも随分問題になったんです。臨教審の答申を踏まえてと書いてしまうものだから、臨教審で言っているのはユニバーシティ・カウンシル、これはさっきおっしゃったようなあんなことだ。だから、これと一緒かなと、こうなってしまう。ややこしいなと思って、それでこういう質問が出てくるんです。そうじゃないんです。これは、文部省が前から考えておった、それを法案として出した。たまたま臨教審の答申が出た。軌を一にした。これ、いい言葉で言うたそっ啄同機と言うんですかね。そんなことがあったんだということなんです。決してそうじゃない、中身は違うんだということ。しかし、臨教審でおっしゃっておる大学の改革を進めなきゃならぬ、そのためには意見を聞きなさい、これは一致しておるんです。これは一致しておるんです。こういうことでございますので、そういうふうに理解をしていただきたい。これは衆議院でも一番問題になったところでございます。
○山本正和君 大臣からはっきりと、これは臨教審というのがたまたま出ただけであって、文部省自身の責任でもって出す審議会であると、こういうふうにお聞きしましたから、その部分については理解いたしました。 そこで、私はお尋ねしたいのは、今度のこの法律案の中に、これから審議会を運営するについて、政令でさまざまな問題を定めるとここに書いてございます。政令で定めていくということについては、当然これは国会のこういう委員会における場の審議、そしてまた、中教審でいろいろ議論された議論、そして今度の臨教審で議論された議論、こういうふうなものを全部含める中でお考えいただくと、こういうふうに受けとめてよろしゅうございますか。要するに、かつての四六答申を含めて今まで文部省でさまざまな議論をしてきている、大学問題についてのさまざまな議論がございます。そしてまた、今度の国会で衆参両院でいろいろ議論をいたしております。そういうふうなものを踏まえながら、政令をつくるときには十分慎重な態度でもってこれは検討していくと、こういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○政府委員(阿部充夫君) 政令につきましては、もちろん国会の御審議を全部いただきまして法案が成立ということになりました暁に、国会での御審議の状況等を踏まえながら、政令というのは法律の趣旨にのっとったものを決めていかなければならない、こう思っておるわけでございます。 ただ、念のため申し上げておきますけれども、この政令で考えております事項は、この法律の委任にもございますように、組織、運営に関する事項ということでございますので、通常の審議会について定められておりますのと同様に、例えば正規の委員のほかに特別委員とか専門委員を置くとか、あるいは会長、副会長を置きますとか、あるいは部会を置いて個別に部会審議をするとか、あるいは議事手続をどうするとか、庶務はどこで担当するのかといったようなたぐいのことを規定することを念頭に置いておるわけでございまして、いわば実質的な中身に関することまでここで決めようというつもりはないわけでございますので、ひとつ御理解をいただきたいと思います。
○山本正和君 ここでこういうことをお尋ねしましたのは、政令へ委任をされるという部分について、これもやっぱりいろんな誤解が生まれておるわけです。誤解が、まあ正解かもしれませんけれども。政令に委任されたら何か全部秘密のうちにすべて処理されるというふうなことを大変心配するわけですね。 ですから、政令といっても、これは今までのここでいろいろ議論した、例えば本日私が質問いたしました中で、局長からもお答えいただいたんだけれども、参考人の三人の先生方が御発言になった、大学自身が何としても改革しなければいけない、大学自身が中心にならなければいけないと、こういう参考人の方の御意見ですね。そういうふうなものが仮に十分に反映するとするならば、例えば委員を決めるに当たっても、そういう議論というのは当然重要な要素としてこれは御判断になることでしょうし、それからまた、これから行う基本的事項についていろいろ討議するといっても、その基本的事項の討議に当たっても、この文教委員会やあるいは衆議院等で議論されたような事柄がやっぱりいろんな形でもってこれをもう一遍反すうしながら十分に文部省内では煮詰めていただく、こういうふうになるだろうと思うんですけれども、その辺の心配があるものですから、この政令を決めるに当たっても、決してそんな何か知らないけれどもわけのわからぬところで決めるんではありませんと、要するに、中教審以来大学問題について議論をされているさまざまな国民各界各層の声を聞き、そのことも大切にしながら、そしてあるべき二十一世紀についての大学改革というものが議論できる場としての審議会、こういうもので行くんだ、こういうふうに文部省はお考えになっていると、こういうふうに受けとめてよろしゅうございますか。
○政府委員(阿部充夫君) この審議会の性格については、先ほど来お答えを何回か申し上げているとおりで、御理解いただけたと思っております。 なお、政令の問題につきましては、繰り返しになりますけれども、他の審議会についてやはり政令で同様のことを形式的なことを決めておるわけでございますので、それと同じ程度の内容のものを決めようということでございまして、実質的中身にわたることをこの政令で何かを決めるということは、全く予定をしておらないわけでございます。 なお、今後の委員の選任の問題でございますとか、あるいは実際の審議会でいろいろ御議論が進んでいくという段階におきましては、この法案に当たりましての今国会での各種の御論議というのはもちろん御紹介を申し上げ、十分念頭に置きながら御議論をいただくということにしてまいりたいと、かように考えております。
○山本正和君 それでは、同僚議員が参りましたので質問交代いたしますが、最後にもう一つだけ念を押しておきたいと思います。 私は、やっぱり国民の間にある大変な不安といいましょうか、どうも何か知らないけれども大丈夫がしらん、こういう気持ちを持たせることの隠れみのとしての審議会というものが、従来いろいろおやりになった例がないでもない。これは別に政府ばかりじゃありません、地方自治体も含めてですね。どうもこれは物を言うとぐあい悪いというやつは、実は審議会がこういう結論を出しましたのでということを言って、審議会の意見がこうでございますからということでやっていくという弊害がなきにしもあらずと思うんです。 私は、ですから審議会というものよりも、本来からいえば文部省が責任を持って、文部省の権限として事務としてきちっと定められているわけですから、大学問題は文部省自身がやるべきだ。必要ならいろんな人のところへ行って意見を聞けばいいわけですから、別に審議会というものをつくらなくても。ただし、一つは要るでしょう。中教審なら中教審というものか何かやっぱり要る。というふうな意味で大学審をつくるというのならば、大学審も本当は文部省設置法の中で位置づけるべきだろうと私は思うんです。これだけ大きな問題を言っているのならね。単に学校教育法の一部だけをちょっと変えて云々というふうなそんなこそくな問題じゃないだろう、大学問題というのは。まさに、午前中の参考人の先生方からのお話もございましたけれども、要するに、大学問題がクリアできるかできないかがその国が二十一世紀に生き残れるか生き残れないかの問題であると言っても差し支えない状況にある。とするならば、学校教育法の一部改正というふうな形じゃないのがいいんじゃないかというふうに私は思っているわけです。 これはもう私の意見でございますから、私どもとしてはそういう立場からこれは反対している。しかし、もし審議会ができ上がってくるならば、今までの国会論議を通じて国民の間にあるさまざまな不満、不安、こういうものを解消して、本当に大学みずから改革できるような立場に立って行政としてはおやりいただきたい、こういうことを最後に要望いたしまして私の質問を終わります。
○粕谷照美君 今審議会のあり方について山本委員から質問がありましたが、私は、この審議会というものが国民の前に公開をされるべきではないかという立場で、文部大臣及び文部省にお伺いをしたいと思います。 きょうの午前中の参考人の意見聴取の中でも、臨教審の飯島参考人の方からは、大学現場の声を政策に反映させる機会を与える場としてこのような大学審議会というものを設けたんだ。あるいは、開かれた大学として討議を展開してほしい。運営の問題は極めて重要である。こういうお話もありました。また、国大協の田中参考人の方からは、広く大学の意見を聞くためにこのような審議会を設けたものと考える。今後の運営を見守るんだ。こういうことをおっしゃっておられます。また、山崎参考人の方からは、国大協と大学審との間に行ったり来たりするルートが法制上ない。公開の原則も中には入っていない。こういうことをおっしゃっておられました。 実は私もそのことについてきのうから質問をしようと思っていたものですから、まことに意を強くしたわけでありますが、臨時教育審議会、臨教審の法律が出されたときに、私どもは反対をいたしました。その反対の理由は多々あったわけでありますけれども、内閣直属の審議会であるということ、それから委員の任命に関しても不明朗な部分があるというようなこと、教育基本法に対して一体どのような態度でこの審議が行われるか等々、問題を挙げながら質疑をしたわけであります。それは社会党だけではなくて各党からも出されたわけでありますけれども、この臨教審の審議の公開が強く要望されたと思っております。そういうことを受け取ったのだろうと思いますが、臨教審は、その節目節目に、例えば第一部会、第二部会、それぞれの部会がどのようなことをやったかというようなことをマスコミを通じて報告をしております。それからまた、先日最終的にいただいた「臨教審だより」ナンバー二十一であります。三年間に三十一も出すということは大変なことであります。それからまた、「審議経過の概要」、これも四回出されております。随分詳しく審議の内容が報告をされております。どのような団体がどんな意見を出したかというようなことも報告をされております。私どもはこれで十分とは考えておりませんけれども、それでも臨教審なりに努力をしたんだなという姿が見られるというふうに思います。国民は論点を知ることができました。また、地方公聴会も積極的にやりましたし、政党とも話し合いましたし、日教組も含めて教育団体とも話し合いを進めているわけです。 こういう姿勢をこの大学審議会はとるのかどうなのか。その辺はどう考えていらっしゃるんでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 臨時教育審議会の例のお話がございました。臨教審の法案の際にもいろいろ国会で御議論があったことも承知をいたしておりますが、基本的には、大学審議会が成立をいたしました際に、その運営の問題にもなりますので、審議会自体が定めることだということが形式的なお答えになるわけでございますけれども、ただ、やはり私どもといたしましては、もちろん最終的な答申に至るまでの間に節目節目にその審議の状況がどうなっているかということを公にし、それについてまた各方面の御意見等をいただいていく、それをまた審議に反映さしていくというようなことは、審議の公開ということももちろん一つの面であろうかと思いますけれども、いわば大学人のコンセンサスをつくりながら一つの新しい改革の方向、方針を打ち出していくという面からも大事なことではなかろうかと思っておる次第でございます。 審議会が発足をいたしました際には、審議会のメンバーの方々と御相談をしながら、その具体の運営については、ただいまの御指摘なども踏まえて御検討願うようにしたい、かように考えております。
○粕谷照美君 その際の公表ということでございますけれども、例えば裁判所なども公表しておりますね。マスコミの方々も入って聞き取ることができるような条件になっておりますし、傍聴人も入ることになっております。 私たちは、やっぱりそこまでやっていただくということが、開かれた大学、情報の公開という立場からは必要なのではないかと、こう思っておりますが、文部大臣、いかがお考えでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 裁判所のお話が出ましたけれども、それは公判のときじゃないんです。判決でしょう。それはやっぱり裁判は公開のものと、これは憲法でも保障されておりますからね、当然ですが。 この大学審の問題は、私はやっぱり根本的に何か誤解がある、はっきりしていないように思えてならぬのですが、これは文部省がいろんな大学の関係者を定期的にといいましょうか、時期的な定期じゃなくてメンバーを決めましていろいろ御意見を聞くという会でございまして、でございますから、直接この審議会が行政執行機関のようなことをやるものじゃないものでございますから、そんなに一々公開しておったら本当に議論が進まないんじゃないかと思います。ですから、先ほど言いましたように、節目節目は、こういう問題についてこういう議論があってこういうふうに結論がつきましたという、これは報告の義務がありますけれども、審議をやっておる、第一回委員会、第二回委員会とかいろいろやっておる、全部それを公開してやれというのは、これは私はできない相談だと思っております。
○粕谷照美君 しかし大臣としては、最大限情報公開をしていきたい、こういうふうにお考えだと理解してよろしゅうございますか。
○国務大臣(塩川正十郎君) それは当然でございます。ですから先ほど局長が言っていますように、節目節目のときは、こういう審議があって、今こういうところの議論がまとまってきておる、あと詰めなきゃならぬ問題はどんなことがあるかというようなこと、こういうことも、これは実は私は情報は提供していかなきゃいかぬ、こう思います。けれども、委員会を公開でやれ、これはできないということを言っておるものでございまして、その点は理解してもらいたいと思います。
○粕谷照美君 それでは次に、私立大学審議会と大学設置審議会の再編統合について、私学の独自性が確保できるかどうかという点について伺います。 我が国の高等教育機関の中で、私学が果たしてきた役割というのは、非常に大きいと思います。本年度の調査によれば、学校数、学生の数も、約八割も私学が受け持っております。また昭和六十七年の第二次学生のピークに向けても、学生の大部分は私学が受け入れるということなしにはできないという状況だというふうに考えております。この私立学校法第一条は、「私立学校の特性にかんがみ、その自主性を重んじ、公共性を高めることによって、私立学校の健全な発達を図ること」と、こうしております。私立学校法は、私大等の自主性の確保と不当な行政の介入を防ぐために、独立した審議会を設置して法の精神を生かそうとしてまいりました。現行法第十九条で、委員は、私立大学の学長等二十名で構成するという基準などが条文で明記され、私大の意見が色濃く反映されるようになっております。 ところがこの法案を見ますと、「政令で定める団体の推薦する者」として、それを法律から政令にゆだねております。この辺はまた問題だと思います。また、私学に関する基本法たる私立学校法で今まで独立して審議してきたこの私立大学審議会を、一審議会の分科会に格下げをしている。これで私大の意見は十分に反映をさせることができるでしょうか、お伺いいたします。
○政府委員(坂元弘直君) 今回私立大学審議会とそれから大学設置審議会を再編統合する趣旨というのは、この前のこの委員会の審議の際も私から御答弁申し上げましたが、大学設置認可事務につきまして、現在、大学設置審議会の方は、専ら大学の教育研究水準を維持する観点から、当該大学の増設あるいは設置構想がいいか悪いかの是非、それから教員組織がいいのか悪いのか、あるいは教育課程がどうかということを大学設置審議会は現在審議しておりますし、同じ私学設置にかかわる問題につきまして、私立大学審議会の方は、学校法人の適正な運営を確保するという観点から、学校法人の経営等を含めて寄附行為の変更にかかわる審査をしているわけでございます。 〔理事林寛子君退席、委員長着席〕そういう観点で、両者は互いに、片方は大学の教育研究水準の維持向上、それから片方は私立大学における適正な経営の確保という観点から審議をしているわけでございまして、そういう意味からかなり密接な関係を持った審議をしてきておりまして、今日までも実際上は両審議会が随時必要に応じて相談しながら大学の認可事務を進めてきたわけでございます。 今回、これをもう少し統合的に効率的に行うことによって、例えば両審議会で別々に実地調査を行ったりあるいはヒアリングを行ったりする私学の手間、煩雑さをもっと簡素化できないかということを考えまして、両審議会を一つにすることに踏み切ったわけでございます。 ただ、その場合に、先生御心配のように、今の私立学校法に基づく私立大学審議会というのは、単に設置事務だけを行っているわけじゃございませんで、私立学校法に基づく文部大臣のもろもろの私学に対する権限がございます。その権限を行使する場合には必ず私立大学審議会の意見を聞かなければならないという建前になっておりますし、さらに私立学校振興助成法に基づきまして、例えば補助金等について不当なことがあった場合に、その理事者の解職を勧告する権限が文部大臣に与えられておりますが、これらを文部大臣が行使する場合も私立大学審議会の意見を聞かなければならないという、単に大学設置にかかわる権限だけではなくて、その他の権限も私立大学審議会に与えられておるわけでございます。 しかも私立大学審議会につきましては、先生も今御指摘ございましたように、私学法の基本的な考え方というのは、私立大学にかかわる問題というのは第一次的には私立大学に判断をしていただこう、その判断に基づいて文部大臣が権限を行使しようという考え方であり、かつ、そのために、私立大学審議会の委員は二十名になっておりますが、そのうちの四分三以上は私立学校関係者でなければならないということが法律上明確になっており、かつまた、その四分の三の私立学校関係者については私立大学関係団体の推薦に基づかなければならないというふうにすることによりまして私立大学の自主性を担保しているわけでございます。 そこで、この両者を統合した場合にどうするかということで、私ども、立法上大変苦慮したんですが、最終的には大学設置分科会と学校法人分科会という二つの分科会を置いて、学校法人分科会の権限は私立大学審議会が今持っておる権限をそのまま引き継いでいくということ、それから学校法人分科会の委員の構成等については今私立大学審議会に規定されております委員の構成、推薦の仕方を踏襲するということによりまして私立大学の自主性、私立大学の行政を文部省が行う場合に私立大学の自主性に基づいて、その意見に沿って文部大臣が権限を行使するという、そういう仕組みを確保し得たというふうに考えているところでございます。 したがいまして、この二つの審議会を一緒にしましても、私どもとしましては、私立大学の自主性尊重というのは確保し得たというふうに考えているところでございます。
○粕谷照美君 あと私の質問の時間五分間ございますので、今丁寧な御答弁をいただきましたけれども、ぜひ今度は簡単に御答弁をいただきたいと思います。 大学設置基準の見直しが臨教審で提起をされております。この見直しをすることによって大学の質が向上するのか低下するのか、これは非常に大事な問題であります。「概要(三)」を読んでみたり、あるいは第二次答申を読んでみますと、大学設置基準を根本的に見直して、大学設置認可に当たっての最低要件であることを明確にし、全体として大綱化、簡単化を図る必要があると、こう指摘をしております。今まで大学設置基準は大学設置認可に当たっての最低の基準ではなかったか、要件ではなかったのか、ここに一つの疑問が出てまいります。また、設置基準以下の大学、こういうものが認可をされてきたのだろうか、こんな疑問がまたわいてまいります。 そういうことを考えてみますと、この設置基準の見直し、大綱化、簡素化、これで本当に午前中の参考人の先生方がおっしゃったように大学の質が向上していくんだということにつながるんだろうか、そこが私は疑問でなりません。どうぞ明快にお答えをいただきたい。 あわせまして、この設置基準の見直しに大学基準協会の果たす役割というのは一体何なんだろうか。大学の自己評価と大学団体によるメンバー大学の相互評価、こういうものが臨教審に取り上げられております。ところが、この同じ臨教審の中に、この大学基準協会の活性化、拡大と、こういうような言葉があります。逆に言うと、この大学基準協会は今死に体なんだろうか、余り活動していないんだろうか、問題がどこかにあるんだろうか、こういう疑問が出てまいります。まずその状況をお伺いして、あとの質問はまた後日に譲りたい、こう思います。
○政府委員(阿部充夫君) 大学設置基準の見直しということが言われておりますゆえんは、要すれば、現在の大学設置基準というものが大変細かい点まで決められておるということによりまして、各大学が大学改革という見地から個性化、多様化あるいは高度化、いろいろな方向を進めていこうとする場合に、設置基準の枠に縛られてなかなかいいことでもできにくいという問題があるというような問題意識から出ている改革の提案であるわけでございます。したがいまして、もちろんこのことは大学の水準の低下を来すようなことを念頭に置いてあるわけでは決してないわけでございます。 ただ、それでは設置基準、具体のどの条項をどうするかというようなことを考えました場合には、ここは大変うかつにいじりますと、固く決めであることによって守られている最低の基準という趣旨が危うくなってくるおそれも決してないわけではないと思っておりますので、具体にどこをどういうふうにいじっていくかという問題につきましては、これは相当慎重に検討しなければならない事柄であろう、この点は私どももそう思っておるわけでございます。 また、それとの関連におきまして、現在の大学設置基準というのは、大学の設置認可の際の基準という趣旨が大変大きいわけでございますけれども、認可の際の基準ということと、一遍大学としてスタートした後はもう少し自由なことがあってもいいのではないかという意見もございますが、そういうことを考えますと、設置の認可の際の基準というのと大学が恒常的に目指していくべき基準というのはあるいは違ってもいいのかもしれない。その辺をどうするんだろうかというようなこと等も一つの大きな話題とこの問題についてはなっておるわけでございます。 そういった点は、先生御指摘の質的な低下を来さないようにということを十分念頭に置きながら、さらに議論を重ねて適切なものを考えていきたい、こう思っておるわけでございます。 なお、大学基準協会でございますけれども、大学基準協会が戦後、日本でいわば唯一の国公私立を通じた大学の自主的な団体であり、そして大学の水準をお互いの努力によって高めていこうということでできてきた協会でございますので、私どもは大変大事な協会だと思っておりますし、この協会の御活動によりまして、国公私を通じまして現在二百九十二の大学がこの協会の加盟校となっておるというようなこともございます。その間に大学基準協会が果たしてきた役割というのは私どもは評価しなければならない、こう思っておるわけでございまして、現在の状況が極めて不活発である、けしからぬというような批判をするつもりは毛頭ないわけでございますけれども、これから先、いろんな面で大学についての自由化、弾力化というようなことが行われていくというようなことを考えました場合には、やはり大学の自主的な団体である大学基準協会に期待するところというのは従来以上に大きくなってくるというふうに思っておるわけでございまして、恐らくそういう見地から臨教審の答申も、活性化しろというのは一層頑張ってやってほしい、こういう意味であろうと思っておりますが、そういう方向で大学基準協会自体も、これから自分たちのあり方をどうしようかという特別の委員会もつくって御検討を始められたと聞いておりますので、その検討の成果等も見ながら、私どもの方として御協力できる部分は御協力をしていきたい、こんなふうに考えておるところでございます。
○高木健太郎君 主としてユニバーシティ・カウンシル、大学審議会のことについてお伺いしていきたいと思います。 先般、二十七日に開かれました設置審議会の委員会におきましては、やむを得ぬ用がございまして欠席をいたしましたので、その節行われました審議、討論の詳細を存じませんので、あるいは重複するところもあろうかと存じますが、お許しいただきたいと思います。また、これまで社会党の二人の委員が大臣並びに局長に御質問をなさいまして、その答弁をお聞きいたしまして、私が疑問に思っており、また不安に思っておったことの大部分は消えたようでございますが、しかし念のために、もう少し細かくお聞きいたしますので、大臣並びに局長の御答弁をお願いしたいと思います。 最初に、私は大変残念に思うことがございますので、それを申し上げたいと思います。 大学自体は、大学を立派にしたい、社会の要請あるいは大学自体の発展、学問の発展のために全力を尽くしたいと思って、その管理者も、また各研究者、教育者も全力を尽くしてきたと思います。四十三年ごろ大学紛争がございましたけれども、それらも若い人々の大学改革への一つの熱意のあらわれであったと思います。 また、文部省も、ぜひとも大学に立派になってもらいたい、自分の子供である、そういうお考えでいろいろの政策をこれまでなさってきたわけでございます。もちろんそれには財政的な枠もございますし、他の各省との均衡もございましょうから、そう文部省だけで何もかもというわけにはまいらないのは当然でございますが、それにしましても、何か文部省から案が出てきますと、自分の子供である、あるいは自分が一番大事にしているその大学なりあるいは教育機関から、常に不信の声が何となく上がってきて、そしてそれがなかなかスムーズにいかない。文部大臣は、何を言っておるのだ、おれは悪くしようと思ってやっているのではないのだ、こうおっしゃり、また大学の方からは、絶えずそういう声が聞こえてくる。これは何としても将来ともそうあってはならないので、その原因がどこにあるかは、これは今後お互いに十分考えていかなければならないと思うわけでございます。 こういう大学審議会というのも、私はこの法案を見まして、非常に簡単な法案で、読めばそのままするっとわかるわけでございます。それは臨教審の第二次答申にもございますように、また先ほど山本委員からもお話しございましたように、高等教育のあり方を基本的に審議して、大学に必要な助言や援助を提供する。また、文部大臣に対して勧告権を持つ恒常的な機関をつくって、それで大学の自治を尊重しつつ助言、援助を行うのだと。また、大学のあり方が社会全体に深くかかわるので、大学人を初め社会的方面の学識経験者も加えて、そして大学をよくするようにしていきたいのだ。こういうふうに書いてございまして、これは私は何にも文句言うところはない、大変いいことだと私自身は思うわけです。 しかし、何となくそこに疑いといいますか、疑念があり、あるいは不信があるということはまことに残念である。私が今お聞きしますのも、ひょっとしてそういう疑念が、文部省がせっかくおやりになっても、またその裏の裏をかいて、そしてまた文部省が、ここで私がお聞きするようなこと、あるいは皆さんのおっしゃったことを、裏返したようなことをおやりになると、これはもう政治ではなくなってしまう、お互いの力関係になる。こういうふうにならないように、ここで委員の方々がいろいろな意味でお話しになることをよく心にとめていただきまして、内閣が変わっても時代が変わっても、ぜひこれが恒久的によく運営されて、大学が抱えております問題がうまく解決していかれるように、心から私はまずお願いを申し上げたい。その上で、そうならないようにするためにこんなことを御注意していただきたいというのが私のきょうの質問の大意でございます。 その第一は、こういう審議会というものは、法律ではいろいろあるでしょう。法律で縛ることはもちろんできると思いますが、私は専門家ではございませんので、そちらの方からお話できませんが、審議をするという人によりけりであろう、こう思うわけです。 そういう意味では、この大学審議会の委員がどのように構成されているかということが一番問題になるだろうと思うわけです。この委員の任命につきまして「文部大臣が内閣の承認を経て任命する」、そういう文句が載っておりますと、もうすぐその裏が出てきまして、文部大臣が黙って自分の気に入ったやつにするのだろうというような疑惑が起こる。しかし、先ほどからお聞きしますと、そんなことをするわけないじゃないかということでございますから、私はくどくはお聞き申しませんが、大学のことを大学審議会が審議するという以上は、ぜひやっぱり大学の関係者が少なくとも過半数を占めるような委員構成にしていただいたらどうか。まず、この辺のことにつきまして大臣のお考えをお聞きしたいわけでございます。 それで、先ほど私学審議会のことがございましたが、私立大学審議会の委員は私学関係者が四分の三を占めておって、そして私学団体からの推薦によるのであるということがございますし、また、中教審も、これは政令で決まったと思いますけれども、過半数を占めるようにするんだというような政令があるようでございます。それで、今回の大学審議会の委員の数は、これは阿部局長でも結構でございますが、大体どの程度のものをお考えでございますか。どういう割り振りをお考えか。その点、お考えがあればここでお話し願いたい。
○政府委員(阿部充夫君) このたびの大学審議会につきましては、委員二十名で構成をしようということを予定をしておるわけでございまして、委員の具体の人選につきましては、この法案成立をいたしました後に早速これに省内で取りかかり、大臣に御判断をいただきまして、内閣の承認を得てというような手続を踏んでいくわけでございます。 そういうことで、これからのことでございますし、また、事前に余りどんな分野から何人とかいうようなことをかたく申し上げますと、それによってかえって具体に適切な人材を人選をするということが硬直的になって難しくなってくるというようなこともあり得ますので、その点はひとつお答えすることをお許しをいただきたいと思っておりますが、もちろん大学についての御議論をいただくわけでございますから、大学関係者というものが中心になって相当数の方がおられるということが必要でございましょうし、また、それだけではなくて、せっかくの新しい改革につきましては、やはり社会の各界各層の方々の御意見というものが入っていかなければならないというようなこと等を総合的に勘案をいたしまして、できるだけ皆様方に納得がいただけるような人選をしたい、こういうふうに思っておるところでございます。 なお、各種の団体からの推薦というようなことにつきましては、現在、私どもそれは考えておらないわけでございます。そういう方式をとりますと、やはりそれぞれの出身母体と申しますか、の意見に制約をされるというようなことになってまいりますと、せっかくの自由な御議論をその場でフリーにやっていただこうというそのねらいが十分生きてこなくなるというような可能性もございます。もちろん、各種の団体等の存在ということには十分意を用いながらやらなければならないと思っておりますが、余り硬直的に、どの分野から何人とか、あるいはどの団体から推薦をもらうというようなたぐいのことでなく考えさしていただきたい、こう思っておる次第でございます。
○高木健太郎君 大学審議会にはできるだけ、過半数以上ですね、半数を超える大学関係者が入られることが私は望ましい、こう思っております。 ただ、問題が一つございまして、これは先ほどの参考人のときにも申し上げたわけですけれども、社会的にといいますか、学界でといいますか、非常に立派な仕事をされている学者と言われる方がたくさんおられるわけです。あるいは学士院賞をもらわれたとか、立派な人がおられます。そういう学者、あるいは非常に教育熱心であって学生も慕っている、そういうのが大学人の本当の姿じゃないかなと私は思うわけですね。ところが、そういう方というのは、視野が狭いと言うと怒られますけれども、自分の専門のことについては非常によく知っておられる。もちろん頭は非常に切れる方でございましょうから、どういう問題をその人にぶつけても十分解決し、正当な判断を下し得る、そういう頭脳あるいは人格を持っておられる方だと思いますけれども、やはりこういう問題は、いきなりその場に入れられるとそれは非常に戸惑いを感じ、また、本当に全体を見渡した判断ができにくいんじゃないか。 だから、学者はいい仕事をしたというだけでそれはいいのであって、偉い学者がいいというわけではない。もう一つ考えてみますと、そういうせっかくいい研究をしている、学問をしている、あるいは教育をしているという人がもしこういう委員に出られたとすると、大きな穴があくわけです。私、その人の一生の損失になると思うんです。それじゃ、だれでもいいから学長級ぐらい連れてくればいいじゃないかということですけれども、さあ、そこら辺が大変面倒じゃないかと私は思うわけです。 それで、この第七条の中教審、「本省に中央教育審議会を置く。」というのは、これは条文ですから法律でございましょうか、その第七条の三項に、「中央教育審議会は、人格が高潔で、教育、学術又は文化に関し広くかつ高い識見を有する者のうちから、文部大臣が内閣の承認を経て」と、こう書いてある。確かにいい文章でございますが、これは具体的にはなかなかやりにくい問題じゃないかな、こう思います。しかし、こういう文章かもしれませんが、人選をされるという場合にはある程度、あらかじめ何か基準をお決めになっていた方が、後でどういうわけだというふうに疑念を持たれたときに、それはこういう基準にほぼ満足する人であるから自分はこういう人選をしたのだということがきちっと説明できる。それは疑念を晴らすことになる。そうでないと、あれのひいきをしたというような、よくありがちなことでございますが、そういう目で見られないように、私はあらかじめ資格の基準をつくっておかれたらどうであろうか、そういうことが一つあるわけでございますが、これに対してはいかにお考えでございましょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、今どういう視点で大学改革をしなければならないかということ、そのことがさっき高木先生がおっしゃる一つの基準というものとつながっていくと思うんです。 私は、今回の大学改革の必要性と申しましょうか、視点というものを見ておりまするに、これはまだ私は役所に諮ってもおりませんし、私の一つの方針として持っておるものでございますが、一つは国際的に、日本の大学と国際的な大学、国際的なというか、諸国との関係を見て、どういう点に日本のいいところもあれば悪いところもあるかということをよく知っておるような人、いわゆる国際的な視野を持っておる人ということだと思います、一つは。それからもう一つは、今後の学問の趨勢というもの、これをやはりよく知っておられる、学問の進み方と申しましょうか、そういうこと、そして研究だとか教育の苦労をしてきた方という、そういう方がおいでにならぬだろうかということでございます。 それと、もう一つ私思いますのに、先ほどおっしゃいましたように、すばらしい学術的な功績を残された方、すなわちその方が学校の運営、経営ということ必ずしも満点かというとそうでないと思うんです。したがって、大学の管理運営について大変な苦労をしてきた方か、あるいはそれについて一定の識見を持っておるような方、こういう方に参画をしてもらったらと、こう思っております。 それから、一般社会から見まして、やはり大学とか教育機関に対しまして一つのしっかりとした識見を持っておられる、ただオポチュニストとしての意見をおっしゃるのではなくして、そうではなくして、その方のずっと過去のを見てしっかりとした教育観と申しましょうか、そういう大学観というものを持っておられるような人、こういう人がおいでにならぬだろうかというようなこと、そういうことを考えまして、私もいろいろと人選を、どういう基準がいいだろうかということ等見ておりまして、まだ定かになっておるものではございませんが、私は改革の必要性というものがどこから起こってきたかというその原点に立って、そういう方面から人選を考えていったらどうだろう、今のところそう考えておるところであります。
○高木健太郎君 国際性である、それから学問に対した見通しをしっかり持っておられる方、あるいは管理運営について苦労された方、私はそれは非常にいいことだと思います。 私がちょっと心配しているのは、よく出てくることなんですけれども、社会が要求しているもの、そのことをよくとらえてやるんだという、そういうことはよく書いてあるんですね。社会が要求しているというと、それ一見しますと非常にいい言葉のように見えるんですよ。しかし、社会というものはしょっちゅう動いているものでございますし、社会といっても広いわけですから、どこの社会を指しているかということもあるわけです。この社会から見ればこうだし、こちら側の社会から見ればこうだから、必ずしも社会の要請というのは、はっきりしているようではっきりしているものではないわけです。しかし、それじゃ社会と無関係に大学が存在するかというとそういうことでもない。やはり社会によって支えられていなきゃいかぬし、その要請にもこたえなきゃいかぬが、社会というものにはたくさんあるということを絶えず頭に入れておく必要があると思う。 もう一つは、自分の個性がしっかりしている人、そういうものが私は必要であると思うので、時々間違えて、あれは社会的にえらく評判のいい人というのをすぐ入れたがるという、そういうことがありますが、そういうのは先ほどおっしゃったようなオポチュニストだ。そういう人は私は余り入れない方がいいのではないか、こういうことを私の意見として申し上げておいて御参考にしていただきたいと思います。 もう一つは、こういう推薦に当たって大学の意見を聞くということはできないと思うんですね。なかなかできにくい。ある大学に聞いたらそれが漏れてしまう。そうすると人選というものは、あそこへ聞いたそうだというようなことになると、それが漏れると全く面倒な問題が起こるだろうと思いますので、これは大臣が一人の胸におさめるなり、ごく少数の人たちの御意見をお尋ねになるという以外にはないのだろうと思いますけれども、それとなく著書なり何なりで大学の意向というものはぜひ察して、それを反映するというようなお気持ちで人選に向かっていただきたいと思うわけでございます。 もう一つは、「内閣の承認を経て」という言葉があるわけです。これは大臣も内閣の一員でもございますし、これから先、内閣の各大臣のいろいろの広い分野に関係のあることでございますから勝手につくるというわけにはいかないでしょう。そういう意味では、内閣の承認を得るということは私は大事だと思います。しかし、「内閣の承認を経て」といって、この人はいい、この人は悪いというようなことを、当事者である大臣ほど一生懸命になって考えた人たちではないわけですから、少々ぐらい説明されましても内閣でいいか悪いかというようなことをよほどのことでない限りそれをリジェクトするというようなことはあり得ない。だから、これは一種の形であると思いますが、その点は大臣どうお思いになりますか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 内閣と協議するというのは、これは言葉はそうでございますが、結局、詰めて申しますと、内閣の首班ということになろうと思います。そうでございますから、あらかじめ私の方で人選いたしましたものをやはり総理大臣に直接相談もし、また説明申し上げて、正しい理解をしていただいて決定いたしたいと思っておりますが、その前に、人選をする前にはやはりどういう観点に立って人選をするかという方針をまず総理自身が理解してもらうように、その点はきちっとやった上で人選の相談に入りたい、こう思っております。
○高木健太郎君 こういうことを申しては失礼ですけれども、もう内閣もかわるのではないか、こう思うわけです。だから、今のように大臣がいろいろお考えになったこと、そういうことは記録には残りますけれども、次の大臣、次の内閣、そういうものにぜひ継承していただいて、恒久的な機関をつくるのにそれがふらふらしているようでは困る、そういう意味でひとつきっちりそれを何か言い継ぐというのですか、伝えるというふうにもしておいていただければありがたいと思います。 次に、審議内容のことについてお尋ね申し上げます。これは先ほどもちょっとお話がございました。審議内容ということは、先ほども大臣がお答えになりましたように、やったことを一々全部報告するというようなことはこれはできないと私は思います。また、事と場合によりましては名前を出すということも、私は審議が自由闊達に行われるということを阻害する。だから、完全に公開するというわけにはこれはいかないのではないかと思います。しかしながら、我々国会人も、どうなっているんだろうということは絶えずやっぱり関心があるわけです。大学人にも関心があるわけでございます。そういう意味では、どれくらいの時期ということは私は申し上げにくいわけですけれども、これはやってみて、その上で国会及び大学あるいは一般にそれらを公開する手段なりあるいは方法なりをひとつぜひしっかりお考えいただいておきたい、こう思います。 局長はどういうふうにお考えでございましょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 審議会の審議の状況につきまして国民に御理解をいただく、あるいは大学関係者にわかっていただく、あるいは関係の方々からいろいろまた御意見をいただくというようなことが必要であると思っておりますので、先ほど来お答えを申し上げておりますように、できるだけ節目節目と申しますかに、これまでの審議状況がどうなっているかということについては公表という形をとることが望ましい、こう考えております。 いずれにいたしましても、審議会自身の御方針ということもございますので、審議会ができました段階では、国会での御審議の状況などを踏まえながらその問題について御検討をいただいて、できるだけ一般に知っていただくような方途を工夫をいたしたい、こう思っている次第でございます。
○高木健太郎君 それとよく似た問題でございますが、この大学審議会というものは、先ほど飯島参考人が申されたように、かえって大学自体の自治を高め活性化する、そういうことにあるんだと。私もそれに全面的に賛成でございます。もちろん大学の自治はみずからの力で活性化しみずからが動くということにあると思いますけれども、時にはいろいろの刺激を受けて、そしてそれを活性化していくということが大事である。他の力は一切排除するというようなかたくなな気持ちではなくて、いろいろの意見を取り入れて自分自分の活性化に努めていくということでございます。 しかし、大学自体の中に、やはりいろいろの注文や要求やそういうものがあるわけです。今までは文部省にそれが伝えられたではございましょうが、それは各個でございますから、全体の問題として伝えていくということはなかなかいかない。そういう意味ではこの大学審議会は、大学の意見を受け入れるための開かれた審議会にぜひしていただきたい。それのシステムを考えておいていただきたい。ただ、大学の一人一人が、研究者の個人個人が審議会に打っていくというようなことはこれは不可能でしょう。かといって、大学の個々がそこへ持っていくということも不可能かもしれません。そうなると、例えば国立の国大協であるとか、そういうものから持ってくる、あるいは公立大学であれば公立大学協会でその意見をまとめて持ってくる、それを審議の場に乗せていただくというような一定のシステムをつくっていただきたいということが一つです。 もう一つは、今度は審議会で意見を大体統一されまして、そして文部大臣に勧告をされるという前に、黙って勧告されないで、大体こういうふうにまとめたらこれに対してコメントはないかというようなことは一応聞いていただかなくては不信を招くんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私はそれは非常に大事なことだと思うんです。大学が、今まで文部省も行政指導と申しましょうか、誘導策をいろいろ協議いたしました。それがどうしてこんなに遅々として進まず改革ができないのかといいましたら、改革しようと思いましたら、それによって犠牲を受ける方があります。この犠牲を受ける方をどのように扱っていくかということとの相対関係を示さないで改革だけが進められていく、そこが私は非常にこの改革を困難にしておると思う。 先ほど御質問がございましたように、その改革を進めるとそれではこういう一つのリアクションが出てくるが、これはどうするかということと相ともに解決の方向をつけていかないと改革はできない。例えば、えらい勝手なことを申して恐縮ですが、現在、国立大学あるいは公立大学で教育学部の定数というものはうんと余っておるんです。それでもなおかつ変更をしようとしても一向にできない。これはなぜか。それによって、その変更によって受けるリアクションというものに対して、このようにしようというものが文部省の方でも用意できない。教育学部を変えて、もっと時代が要請しておるといいましょうか、これから進むべき学問の分野にずっと定数を割くべきなんです。そうであるのにかかわらずそれが進まない。これが非常に各大学に沈滞した空気をつくってきておることも事実なんです。そういうものを並行してこれからやっていくような、そういう心得を、これを持っていかなきゃいかぬ。 でございますから、大学審議会で一つの方針が出ました。それを文部省が受けでどのように実施していくかということは、それこそ先ほどおっしゃいましたように、各大学の関係者と十分話をして一歩一歩進めていかなければいかぬのだろう、こういうふうに私は思っておるのでございます。そのためにもやはり改革への方向を大学審議会等できっちりと定めていただくということから始めなきゃならぬ、こういうことでございます。
○高木健太郎君 今の文部省と大学審議会の関係だけはこの法律の中にございます。だから、諮問をして、それに答申する、こういうフィードバックシステムがちゃんとできているわけですね。しかし、大学との間のやつは法律にはないわけなんですね。これは、文部省自体において自主的にそういうことをおやりにならなきゃいかぬ。あるいは大学審議会自体がそういうことを自覚しておって、絶えずこのフィードバックシステムをうまく動かしていかなければならぬということであろうと思うんです。 もう一つの問題が私はあると思うんです。それは、国会は国民を代表した者が集まっている一つの会議形態でございますが、これに対しても同様なフィードバックシステムを持っておくべきである。いわゆる国会の質問に対しては答える。あるいは国会に対してはそれを知らせる。そうやって、国会とそれから審議会あるいは文部省との間のフィードバックにぜひとも必要であろうと思います。この点もひとつお忘れなくファンクション、機能させていただぎたいと私は強く要望しておくわけでございます。 その点についてはどのようにお考えか、一応お聞きしたいと思います。
○政府委員(阿部充夫君) 審議会の審議の状況につきましては、臨教審の言葉で言えば「審議経過の概要」ということになりますし、あるいはもう少しまとまった段階で言えば、例えば中間報告というようなことになろうかと思いますけれども、そういう段階でのまとめを行いました際に、各方面に公表すると同時に、国会議員の先生方の方にもお配りをするようにいたしまして、それについての御意見等は、また国会の審議の場等でもってお聞かせをいただける機会があるのではないかと思っておりますが、そういう意味での情報の提供等はさせていただきたい、かように考えております。
○高木健太郎君 特に今言ったことも大事でございますから、文教委員会なり関係の委員会に中間報告なりそういうものを報告して、そしてそれを審議の課題にしていただきたい。そうやっていけば、私は間違いなく進んでいけるんじゃないかと思っております。 もう一つの問題でございますが、大学関係者、会社も同じことであろうと思いますが、遊んでいる人を委員にするわけではないわけなんですね。やはり社会的あるいは会社、大学において活躍をしている人、しかもそれは非常にアクティブに大学自体に対して関心を持ち、アクティブに働いている、あるいは学問にアクティブに働いている人、そういう人があるわけです。そういう人こそ欲しいわけですね。ところが、それはその人にとって非常に大きな負担になるし、また、大学あるいは会社にとってその人たちは非常に重要な人でございまして、私はその人たちの大きな負担になるだろうと思います。だからそういう委員に対してどうやって事務軽減といいますか職責の軽減といいますか、そういうことは図れないものだろうか。時間的にも非常に苦労ですし、それから、それを考える、勉強するということも必要なんですけれども、定年退職した人ばっかり連れてくるというわけにもいきませんから、それを何か軽減する方法は一応考えておく必要があるんじゃないか、こう思いますが、もし何も考えておられなければ、ぜひこれを考えていただきたい。どうしたら一番いいかですね。
○政府委員(阿部充夫君) 政府関係のこういった審議会にいろいろな方をお願いを申し上げるわけでございますけれども、もちろん皆さんそれぞれの本務を持っておられるという方がほとんどでございますので、やはりいろんな面で制約が出てきたりなんかするということはもう御指摘のとおりだろうと思います。政府全体の方針といたしましては、そういうようなことも考えまして、同一の方が四つ以上の審議会を兼ねることは認めないということでもって、お一人の方に審議会委員の仕事が集中してしまうということを避けるような配慮も行われておるわけでございますし、また具体の審議会の運営に当たりましては、それぞれの先生方の御都合等も聞きながら、できるだけ御都合のつく時間に審議会を開催していくというような形での対応というのは当然とらなければならないことである、こう思っておるわけでございます。 ただ、先生御指摘のように、それぞれの本務について負担を軽減せよというのは、いろいろな分野の方々がおられるわけでございまして、なかなか難しいことであろうかと思いますが、例えば大学側から出ておられる先生方の場合に、それぞれの大学でもって適切な配慮をしていただくということができれば大変ありがたいことでございます。これも私どもの方から命令とか指示とかいう格好でやることは大変難しゅうございますけれども、それぞれの大学での御配慮というものをできるだけ期待をしたい、そんなふうに思っておる次第でございます。
○高木健太郎君 もう一つのあれは、今のとちょっと関係するわけですけれども、中教審でも大学、いわゆる高等教育の問題を取り扱っておられるわけですね。例えば四六答申なんかはそうやってお出しになっている。あるいは三十八年ごろにもそうやってお出しになっている。だから今度はやることが中教審とダブるんじゃないか、こう思うんです。そうすると、中教審の中に大学関係の人もおられるんじゃないか、こう思うんです。だから、今後中教審とどういうようにそれを調整していかれるのか、その点もひとつお考えになっておく必要があるんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 中教審は、大学関係に限らず、文部省関係では小中学校、幼稚園から大学に至るまでの学校全体、それから学術研究の問題でございますとか文化の問題でございますとか、あるいは体育・スポーツ、最近では生涯学習の問題等々、非常に多岐にわたる問題を全部を所管をする審議会でございますから、そういう意味では、非常にたくさんの分野に目を向けながら審議を進めていくという立場にあるわけでございます。 そういった中で、もちろんこれまでも単発の問題につきまして、大学問題についてだけ中教審の御審議を仰いだというようなケースももちろんございますけれども、今回の場合には、臨教審の指摘等もございますし、また、大学改革そのこと自体が臨教審いかんを問わず非常に大きな宿題になっておって、その中で検討すべき事項というのは非常に多岐にわたっておるわけでございますので、これを中教審に全部お願いをするというのは到底物理的にも難しいであろうというようなこと等もございまして、この際大学審議会というものをお願いをしたいということにいたしたわけでございますので、そういう意味からいえば、大学問題につきましては、今後、大学審議会創設以後には大学審議会の方で御審議をいただくということを基本に考えていきたい、こう思っておるわけでございます。もちろん、中教審の審議の対象として大学問題が外されるということではございませんので、また折に触れていろんな方向から、特に総合的な視野から中教審が何かを御検討になるということはあり得ようかと思いますけれども、現在のところは、せっかくこの審議会をつくるわけでもございますので、大学審議会で大学問題は議論をしていただくということを基本に考えていきたいと思っている次第でございます。
○高木健太郎君 最後にもう一つ、委員のことについてお伺いいたします。 それは、二年が任期とまだ書いてないんですかね、二年と書いてあるでしょうか。中教審は二年でございますから、大体二年ぐらいが適当かなと思っておりますけれども、その委員の再圧ということも今後考えていかなければならない。そういうときに、ただ半数だけがかわるというような機械的なことではなしに、大学も評価されようとしておる時代でございますから、ある程度その方々の発言だとか、あるいはその人たちの一つの活躍とか、そういうことも加味した公正な再任というようなことも考えておかなきゃならない。また、余りに長くその人を一つのポストに置いておくということはその人のためにもならない、私はそう思いますので、再任のときも、今大臣が大体お考えになっていることがその再任に当たってもぜひその原則が長く続くように、だから、塩川文部大臣のときにこういう原則ができたんだと、人物としてはこういう人物なんだと、その原則がやっぱり恒久的に正しいものであるということが継承されつつ委員の再任というものをしていかなければいけない。これは塩川文部大臣は非常に大きな仕事をされたということになるんですね。今までできなかった、しかも今まで中教審は建議であったものが今度は権限になりましたからね、勧告権になりましたから、非常に大きいわけですね、力は強いんじゃないかと思うんです。だから、これによって大学が少しでもよくなれば非常に大きな仕事をされたということなるわけなんでして、これまで戦後の大学問題に関する懸案がこれによって少しでも片づいていくようになれば、これは非常に私は大きな功績だと思いますので、今大臣のお考えになっている一つの考え方を、大学に対する考え方、大学改革に関する考え方をこの中教審の答申と同じように何か書き残して、それが後の内閣に引き継がれていくようにすべきじゃないかなと、こう思っております。そのように、再任に当たってもぜひひとつ御考慮をお願いしたい。 それから、委員の資格あるいは人選、そのようなことについてはここで終わりまして、次は審議会の事務局のことでございます。 現在の予定では、事務局はどういうふうになっておりますでしょうか。予定でございますね。
○政府委員(阿部充夫君) 大学審議会の事務についてでございますけれども、文部省の高等教育局企画課の中に新しく大学審議会室というものを設けまして、室長は企画課長併任と考えておりますけれども、その下に専任のスタッフ三名を置いて、こり人たちに実際に大学審議会の運営に関するいわば下請の仕事をやっていただくということを考えておるわけでございます。当初、もう少し大きなもの等を考えておりましたけれども、大変財政事情厳しい中でこれだけのスタッフを専任で認めていただくというのはいわば希有の事態であろうかと思いますが、それだけに大学審議会の役割の重要性ということを関係の省庁にも認めてもらったという意味で、私どもも意を強うしておるところでございます。 もちろん、これだけのスタッフで十分だというわけには到底まいらないと思いますので、私どもといたしましては、局内の他のスタッフ全体がこの審議会室の仕事に協力をするというような体制をがっちりと組んでいきたいと思っておりますし、また、今後の運営のいかんによりましてはより一層この体制の整備ということの予算要求等もしなければならない点があるいはあろうかと思っておりますが、とにかくそういう形で専任のスタッフも置くことができましたので、こういうスタッフを中心に全力を挙げてこの審議会の仕事のお手伝いをいたしたい、こう思っておるところでございます。
○高木健太郎君 大学設置審議会ですね、そちらの方はどうなっておりますでしょうか。そっちの方の事務局ですね。
○政府委員(阿部充夫君) ちょっとうろ覚えでございますけれども、設置審議会それから私立大学審議会、今ございますけれども、それぞれいずれもいわば専任のスタッフを持っているわけではございませんで、ただ実質上それぞれの企画課あるいは私学行政課の職員が日ごろの、例えば認可の仕事を具体的にやると同時にそれぞれの審議会のお手伝いをする、こういう形でやっておるわけでございまして、いずれも四、五人くらいのスタッフでその問題に取り組んでいるということであろうかと思います。繰り返しますけれども、これはその審議会の仕事だけをやっているわけではなくて、各大学との個別の折衝でございますとか、あるいはそれに伴って認可の仕事をするというような仕事をやっている者たちが一緒に、何と申しますか両方を兼ねた格好でやっているわけでございます。
○高木健太郎君 いただきました資料を拝見しますと、予算は二千九百万ぐらいついているということです。これは私から見ますと、予算もそれから事務局の規模も、問題に対しまして十分ではないと思います。これは大仕事でございますから、ぜひ将来、これくらいあれば十分とはいかないまでもある程度の仕事ができるというぐらいの構想を今からお練りいただいて、それで財政もまた定員も、その程度のものを、構想をやっぱりつくっておく必要があるんだというふうに思います。ただ二名増というようなことではなしに、なぜそういうものが必要なのかという論理づけが私は必要じゃないか。そうじゃないと大蔵省はそれはくれぬだろう、こういうふうに思っておりますので、ぜひとも、今後ともひとつ御尽力願いたい。実際情報収集をやる、調査をする、あるいは先ほど文部大臣言われましたように国際的なこともやる、そうなりますと国際的なことも調べなきゃならぬ、なかなか私これ大変な仕事だろうと思っておるわけです。だから十分な事務能力をひとつ持つように今後御尽力を願いたいと思っております。 それでは、あと、任期制のことについて個々の問題についてちょっとお伺いしておきます。それは、第二次答申、それから最終答申を拝見しまして、それら全部が一つの基本事項ということになるんだろうと思うんですね。その中で、この問題は難しいぞという問題を、私が気のついたものをここで申し上げまして、ひとつあらかじめほぞを固めて勉強をしておいていただきたいということで申し上げるわけです。 それは、教員の任期制というのが出ております。この任期制というのは、これはアメリカでは全部ではございませんがかなり行われているわけでございます。また御存じのように、日本では前から任期制というのはもう出ているんです。しかしそれが現実的には行われない。だから人事交流が行われないということになるわけです。現在成功しているのは、私よりも阿部局長の方が詳しいでしょうが、放送大学、あそこの学長に会いましたら、香月学長だったかな、おれのところは成功しているぞ、こう言うわけですね。やったらやれるよというようなことを彼は言いました。いろんな人に会ってこの問題を聞いているわけですけれども、できぬことはないと思いますけれども、岡崎の生理学研究所ですね、あそこでは任期制というものを看板にして研究所を設置してもらったわけです。今では立派な研究所になっていると思いますが、しかし任期制はどうもうまくいっていないんじゃないかなと思うわけですね。この任期制というのは、助手から教授まで全部及ぶのかどうかということも問題でございますし、任期制そのことは大学そのものがフレッシュになりますから、非常に刺激剤となって私は大学の発展に非常にいいことだと思いますが、一つの大学だけで任期制をしいても動かないわけです、全然人事が。だから任期制は、いいからといって任期制をとるというわけにはこれはいかない。ぜひ、任期制というものについては全大学でこれの一つのコンセンサスを取りつけるというようなこと。それから、教員あるいは研究者の評価の仕方、これが非常に難しいんですね。それから、審議会でこれをおやりになるとすれば、これは各大学の大学そのものの事情を十分お調べにならないといけないと思う。これは非常に大きな問題だと思いますので、その点ひとつ、私から御注文をつけておきます。 教員の評価といいますと、現在行われている教授選考というようなものがございますが、ただペーパーテストだけでございますが、ドイツなんかでは必ずその候補になった者は三人でも五人でも呼びましてそれを講義させる。単に業績を見るだけじゃなくて講義をさせる。それで学生やあるいはそこの学長から評議員全部が出まして、その講義を聞いてその上でチェックする、そういうはっきりしたことをやるんです。日本でそういうことができるのかどうか。なかなかできないんじゃないかなと私は思っておるわけですね、日本人としては。そういう問題もあるので、これは十分慎重審議を重ねていただきたい。これに関してはまだ文部省はお考えにならない――もちろん審議会がおやりになることでございますが、そういうこともあるので、単一の大学だけではだめだ、全体の大学でこれは審議を願わなきゃならぬ問題である、こういうことです。 それと、先ほど話の出ました大学の評価システムをつくりたいということです。この大学の評価システムというのは、文部省としては大体どういうことをお考えでございましょうか。先ほど山崎参考人から、大学の評価といったって、もともとやっている研究者はそれぞれ違うんだから、七段階もあるんだから、それを同じに並べて評価するなんてできないじゃないか、こういうお話がございましたが、それとはちょっと別のお考えもあろうかと思いますので、大学の評価システム、実はどういうことが臨教審で討議をされたか、その点をちょっとお聞きしたいと思うんです。
○政府委員(阿部充夫君) 大学でいろいろ教育研究活動をやっていただいている、それを一層活性化し、生き生きとしたものが行われるようにしていくというためには、やはり大学に対する評価というようなことも一つの手段として大事なことではないかと思うわけでございまして、国際的に見ましても、イギリスの場合にはかなり極端なことが行われているように思いますけれども、UGCが、補助金の分配に当たりまして各大学について四段階に分けて評価をしているというようなことも行われております。アメリカの場合には、各種の学会等がそれぞれの分野ごとにそれぞれの大学についての評価を行っているというような実績もこれは相当あるわけでございます。また、ヨーロッパの諸国におきましても、近年そういう方向をやろうではないかというような機運も出てきているやに聞いておるわけでございます。そういった中での大学の評価の問題でございまして、いずれも各国の状態等、イギリスの場合等も最近始めたというものでもございますので、新しくそういう方向を各国とも模索をしているという段階でございますので、この段階の中で具体にどういうことをするのかというのを私の方からお答えをするのは今大変困難な時期であると思っております。 ただ、臨時教育審議会で御議論いただきましたのは、大学がその社会的使命や責任を自覚して、大学の根本理念に照らして、絶えず自己の教育研究及び社会的寄与について検証し、評価を明らかにするというような物の言い方でございまして、いわば、一つは大学自身が自己評価をしなければいけないということでございます。また、各種の大学団体等によって大学団体としての相互に評価をするというようなことも検討に値するという指摘もなされておるわけでございます。先ほどの御質問で話題になりました大学基準協会におきましても、大学の自己評価のための一つの試案のようなものを先般発表されておりますけれども、こういったたぐいのもの、あるいは大学団体におけるもの、その他いろいろな方法を模索しながら審議会での御検討をお願いしたい、こう思っている次第でございます。
○高木健太郎君 評価した結果をどう使うかということについても、大学は非常に心配しているんじゃないか。何でも値打ちをつけられるとやっぱり心配しますからね。これはどういう意味でこういうことをやるんだというようなことは、ぜひはっきりさせておいていただかなきゃならぬかと思います。 それから、これも第二次答申があるいは最終答申にあったと思いますが、大学における研究教育情報の公開ということがございます。これは臨教審の第二次答申にございますが、確かに私は学問は公開でなきゃならぬ。先ほど山崎参考人にもそういうことがございました。自主、民主、公開とか、そういう三原則があると。ちょうど核の取り扱いのようなものでございます。そういう公開でございますが、もちろん学問の自由というものがございますし、公開の自由がございますから、これは公開するのが当然でございます、しかし、さあ今の世界の情勢で果たしてそれがどれくらい可能かというようなことをちょっと考えるわけなんです。それについて何か持っておかないと、ただ何でも公開というわけにはいかないようなものもあるんじゃないか。 例えば、企業の秘密というようなことがあるんじゃないかと思うんですね。今度は産官学、学校も官庁も、それから――三つですね、この産官学が大いに力を合わしてやろうというんですから、もう十何年、十五年ぐらいになりますか、あのころ産学協同と言ったら我々はたたかれっ放しにたたかれたわけです。あるいはまた、日米共同研究と言うと物すごくたたかれた覚えが私はあるわけです。それが、世の中変わったといいますか、今度は産官学協同でやる、大いに力を合わしてやろうというような世の中になって、それが余り大きな反対もないというような世の中になってきた。それにしても私は企業秘密というものはあるんじゃないか。あるいはまた、西と東の勢力関係の中で、これはどうしても公開できないというようなものもあるのじゃないか。これはどのようにして審議されるのか。もしもそのときに審議会で、いや東側に対してもこれはどんどん公開します、学会へ行ってそれを発表します、先端技術のとてもいいところを出しますと、そう言われたときに、今度は文部省は、そんなことをされちゃ困る、あるいは外務省やその他から、各省からそんなことしちゃいかぬととめられたら、そのときはどうするか、これは非常に問題になるんじゃないか。 だから、公開はいいんですけれども、公開は原則ですが、そういう場合に審議会と文部省との間でもしも意見のそごが起こったら、どういうふうにされるんですか。これはあらかじめ文部省も考えておく必要があるだろう、こう思います。いかがでございましょう。
○政府委員(植木浩君) 今先生から臨教審の第二次答申のことをお触れになりましたけれども、確かに大学が教育研究等の状況について情報を広く国の内外に公開することが大切であるということが指摘をされております。大学におきます学術研究は、今も先生がおっしゃいましたように、真理の探究を目指して行うということでございますので、その研究成果は広く社会に公開をされるということが前提でございます。 近年、特に大学におきます民間企業等からの受託研究あるいは共同研究というものが盛んに行われつつあるわけでございますが、これらはいずれも大学の学問の府としての基本的使命を踏まえながら、研究者の主体的な判断に基づいて、学術研究上有意義だと、こういう前提で行われているものでございまして、かつ研究成果につきましてもいずれも公表を前提として行う、こういうものでございますので、私どもといたしましては、大学におきます学術研究は、それが企業等にかかわり合いのあるものであってもやはり公開を前提として行うというふうに考えておるものでございます。
○高木健太郎君 確かにそうでございましょうが、研究というものは、初めから結果がこう出るものだとわかった研究は少ないんです。また、そんな研究は頭の中で考えた研究であって、それは余り価値のあるものは出ないんです。やっている間にぽんとおもしろいものが出る。これはすごいものが出たと、こういうことが多いんです。そうすると、ある企業から金を出してもらっていると、共同研究で金を出してもらっていると、そういうときにおもしろいものがぽんと出た、これはおれが金を出したんだからおれのものだと、そういうことになるんじゃないかな、そんなときの取り扱いは大変難しくなるんじゃないかなということを思っておるわけです。
○政府委員(植木浩君) 例えば企業と大学との共同研究の場合でございますが、その場合に特許の出願になるような新しい発見等が行われたと、こう考える場合には、現在のシステムでは、企業と大学とであらかじめそういった条件をよく話し合っておきまして、それぞれの持ち分に応じて特許の共同出願ということができるようになっております。 この場合、特許の出願との関係を配慮いたしまして、若干学会誌等に発表する時期を一時これを調整をするというような点での話し合いというのは、事前に企業と大学とよく詰めておいていただきたいというふうに申し上げておるわけでございますが、そういう意味での調整というのは確かに先生がおっしゃいますように必要だろうと思いますけれども、基本的には、その場合においてもやはり公表をされるという点では、基本的な研究成果の公表を前提として行われるという点につきましては変わりはないわけでございますが、今申し上げたような若干の調整は必要になる場合があるわけでございます。
○高木健太郎君 これは各大学でお考え方が随分違うだろうと思います。だから、こういうことを十把一からげに審議会でぱんとやると問題起こしますよと、こういうことを申し上げているわけです。 もう一つは、先ほども参考人のときに軍事研究ということがちょっと出ました。例えば、防衛大学の卒業生を大学に入れてくれと。ある大学では入れるわけです。ある大学ではもうそんなの絶対入れないというようなことが起こるでしょう。あるいはまた、軍事研究というのは何ですかというような問題があります。防衛のことをやっているのもそれは軍事研究です。例えば防毒マスクというのをつくった、それもやっぱり軍事研究だ。あるいはまた何か超電導の研究をやっている。これは幾らでも、先ほどもレーザーの話が出ましたが、そういうものはみんな軍事研究につながるわけでございます。だから、どこからが軍事研究ということは線は引きにくい、私はそういうふうに思うわけです。こういうことも大学審議会で、軍事研究とは何ぞやとか、軍事研究一切まかりならぬとか、これは各個人の考え方もあると思うんですね。そこにやっぱり学問の自由というものが先決するか、あるいは国の安全というものが先決するか。私はどちらかといえば個人の学問の自由の方が先にあるんじゃないかというような気がするわけです。 例えば、昔天動説というのがありました。そのときに、すべて政治から宗教、全部いわゆる天動説にのっとっていろいろなものがつくられておったわけです。そうじゃないんだ、地球が動いている、天は、太陽はじっとしているんだというようなことはこれは大変なことだったわけです。しかし、真理はどうしても言わなければならなかったということがあるわけですね。 こうなりますと、これはちょっとやめておこう。国の方から見てこれは国の不利益になるからやめようとか、これは大学の不利だからやめようとか、そういうことではない。あくまでやっぱり学問の自由というものはそういうときには保護されなければいけない。こういうふうに思いますので、私は、大学審議会で取り扱う問題としては極めて面倒な難しい問題であると思いますので、第二次答申には載っておりますけれども、十分ひとつそこは勘案していただきたい、こう思います。 もう時間も大分迫りましたので、最後に私はちょっと嫌なことを申し上げなきゃならぬと思います。 それは、この審議会の結論を文部省が急いでおられるということなんです。そのことについて、どうして今――先ほども私が大学全体はこの大学審議会の意義というようなもの、設置の意義、あるいは臨教審の答申というものを十分理解しているかどうか。そういう理解をした上で法案というものが成り立っておるわけですからして、そういうことが大学人一般に十分理解された上でこれが審議されればよかったなというふうに思うわけですが、何かそういう急がねばならないような理由があったのかどうか。どういう理由であるのか。 例えばこれは基準協会と設置審議会とがら共通のものを出し合って、これは一つにして学校法人つくると、こういうことになっているわけですね。ところが、設置審議会の方は六月に締め切る、いわゆる設置申請が出ているわけです。それはもう六月に締め切っておりまして七月から始めなきゃならぬ。元来はこの法案は七月一日から施行されると非常に都合がよかったんですね。それがもう既に九月になっていますから二カ月おくれているわけです。それでこれはできるだけ早くやらなきゃいけませんが、もう二カ月おくれただけでも、今出ている申請はどういうふうに取り扱われているのか。二カ月足らないでも、あるいは昔の古い設置審議会でやっておられるのか、あるいは途中で審議会の委員がおかわりになるのか。そういう都合もあって急がれているんじゃないかなという、そういうことを私は勘ぐるわけですが、それに対して明快なお答えをぜひいただきたい、こういうことです。
○政府委員(阿部充夫君) 御審議をお願いしております法案は、御案内のように二つの中身を持っておるわけでございまして、一つは、大学審議会を設置して大学改革を進めていきたいということでございます。 この大学審議会の設置につきましては、文部省としてもかねてから大学改革を進めていくためにこういったたぐいの組織も必要ではなかろうかと思っておったものが臨教審でも指摘をされたわけでございますけれども、特に臨教審の指摘で言えば、緊急を要する課題ということで大学改革の中でも三つの点を述べておるわけでございますが、その一つがこの大学審議会の設置でございまして、あと、大学院の充実の問題と設置基準の改善の問題という三つが特に緊急課題と言われておりますが、そういったように、まず、この審議会を早くつくって、そして具体の議論にいろいろ時間もかかる面もあろうかと思いますので、一日も早くこれをスタートさせたいということが一つあるわけでございます。 もう一つの項目でございます現在ございます大学設置審議会と私立大学審議会を統合するという問題でございますけれども、この法案が通りますと、従来ありました大学設置審議会と私立大学審議会というのは形式的にはなくなりまして、それから、その間に委員を新しく考えるとかというような手続を踏まえまして、新しい大学設置・学校法人審議会が動き出す、こういう形になるわけでございます。 この審議会の方は、いわばルーチンの仕事を現実にやっておるわけでございまして、高木先生のお話にもございましたように、主として私立大学、公立も若干ございますけれども、現在この審議会に諮っている案件が百四十八件件数にしてあるわけでございます。これをことしの六月、七月ぐらいに受け付けまして、八月に諮問をいたしまして九月から実質審議に入る。十二月までにはそれぞれについての結論を出していくという、審議会の委員の先生方にとりましても大変な作業をしていただくことになるわけで、その間の過密なスケジュールを組んでいるというような状況にございますので、そういうことを円滑に実施をしていきますためにも、できるだけこの審議会が古いものがなくなって新しいものができるという時期を早くやっていただきますと後の審議が円滑にいく。これが若干おくれますと、従来の審議会はそのままあるわけでございますので、ある以上はそこの審議会で審議をやらなきゃならない、しかし途中で切りかわっちゃうというような大変難しい問題も出てくるわけでございます。 そういったことからも、ひとつ早急な成立について御協力がいただければありがたいと思っている次第でございます。
○高木健太郎君 私の疑問に思っていることにつきましては十分承知をいたしました。 何回も繰り返して申し上げますけれども、内閣がかわってしまって塩川文部大臣がおられなくなる。非常によく大学審議会のことについて御理解のあった大臣がおられなくなっちゃう。そうなりますと、ここでせっかくこうやって審議しまして、私がどんなに口を酸っぱくして申し上げましても、それは次の内閣にそう引き継がれるものではない。また、できました当時は、大学の自治を守るためには大学人自身が意欲を燃やさなきゃだめだよ、大学入自身が一生懸命やりましょうと。文部省も、新しくできたんだ、だから大いにしっかりやろうというような意気込みでやるんですけれども、そのうちに熱が冷めちゃいまして、そうすると、残るのは大学審議会法という法律だけが残っちゃうんですね。それがひとり歩きすると言っちゃ悪いですけれども、法律どおりに動いちゃう。その周りにくっついていることが実は非常に大事なんですね。あるいはそれが政令で決められるということのものの方に実は大事なものが入っているということだと思うんですね。それらがみんな忘れられてしまいまして、それで仏つくって魂入れないような法律だけがひょっこりそこへ残っている、そういうことになりやすい。特にこれは恒久的にということでございますので、そういう法律がひとり歩きをしないように、私がこれまで申し上げました、また委員の方々からもいろいろなお話がございましたが、そういうことがきっちり守られていくように、これだけ討議を尽くしたんだということがきっちり守られていくように、塩川文部大臣が次の大臣、そして次の内閣へとひとつぜひ伝えていっていただきたい、これを強く念願をしまして、私の質問を終わりたいと思います。
○国務大臣(塩川正十郎君) 温かい御配慮、どうもありがとうございます。 私たちもそれを願っておることでございますし、この政権の継続もずっと将来においても行われるであろうと思っておりますので、そういう点から見ますと、ぜひ私も、どなたが文部大臣になられようが、この敷いた路線はそのまま進んでいただくようにお願いをいたす、そういうことをいたしますので、どうぞ御安心いただきますようにお願いをいたします。
○高木健太郎君 終わります。
○佐藤昭夫君 前回私は、事前大学審と政府も称しております大学改革協議会での審議内容について、本委員会に文部省が提出をした資料が衆議院での提出資料を改ざんをしているということを取り上げました。それはそれとしまして、その後さらに検討をいたしますと、問題点がふえるばかりであります。 まず聞きますが、政府資料では、大学院改革について修業年限の弾力化などが検討された、こうなっていますが、分野によっては修士課程を一年とすることができるよう制度改正をすべきだというまとめが行われたんでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 修業年限についていろいろ御議論があったというのはそのとおりでございますけれども、現在、最終的なまとめにするまでには至っておりません。
○佐藤昭夫君 また、大学院学生に関して、パートタイムでの修学についての制度上の位置づけをすること、博士課程の学生については、ティーチングアシスタント、リサーチアシスタント、フェロー、これらの充実などの実現を図るというようにまとめが行われたんでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) いずれも御議論の過程でそういうお話が出ていたということは記憶をいたしておりますけれども、先ほども申し上げましたように、最終的なまとめについてはまだそこまで至っておらないわけでございます。
○佐藤昭夫君 私はとりあえず二つの例を挙げたわけでありますが、今の局長の答弁は、いわば文部省資料にもあるように、いろいろ自由討議をされただけだと、結論がまとまったというわけではないというふうにおっしゃるんですが、「大学院の充実と改革について」と題する報告案がまとめられているんじゃないですか。ごらんの方、多いと思いますけれども、時事通信の「内外教育」ことしの三月十七日号、そこに、今言いました「大学院の充実と改革について」という報告案がこの大学改革協においてまとめられたということで、そこにまとめられた文書の全文が掲載をされておるわけであります。そして、この報告をたたき台にして大学審議会で論議を進めていくというふうに言われています。こういうものがまとめられているんだったらなぜ正直に――これからの大学審議会審議の重要なたたき台、出発点になるというんでしょう、それを資料として出さないんですか。
○政府委員(阿部充夫君) 何回もお答え申し上げておりますように、大学改革協議会としての一つの案で、これで結構だというところまでまとまっておらないわけでございまして、議論をしております段階ではいろいろな資料等もつくりますけれども、最終的に協議会としてこれで我々の結論だというようなまとめになっておりませんので、そういう意味で途中の段階のものは提出できないということで、まとまっていないと申し上げておるわけでございます。
○佐藤昭夫君 白々しいうそを言いなさんな。今まででもいろいろ、時事通信の「内外教育」に、例えば教育課程審議会での「中間まとめ」だとか何だとか、臨教審の最終答申にしましてもしばしば、ここに抜粋という形やら全文という形やらでいろいろ掲載をしている。そんなにいいかげんな憶測記事であれこれ書かれておるというようなそういう時事通信「内外教育」じゃないと思うんですよ。今回ちゃんとここに、午前中来た会長の石川さん――石川さんが座長ですね。前段に石川さんの写真入りで、それで詳しくまとめの解説までつけて、「大学院の充実と改革について(全文)」と、ここまで書いてこれに掲載をしている。まとまっているようなものはありませんというようなそんなうそは、事ここに至ってはもう通用しませんよ。 この改革協議会というのはあれでしょう、大臣。大臣の私的諮問機関だというけれども、あなたのポケットマネーで運営しているわけじゃないでしょう。いろんな、交通費などは国費で出ている機関ですよ。だから先日来言っているように、この協議会で議論をされたことは当然、最終まとめはともかくとして、中間的に当文教委員会にも資料として出せと。いわんやここでまとめというものがされている、大学審議会のたたき台になるという、こういうものを出さぬという、これほど国会をばかにした態度というものは通らない。 大臣、どうですか。
○政府委員(阿部充夫君) 何度もお答え申し上げておりますけれども、協議会でいろいろ議論をし、今まとめをするべく努力をしているということはお話し申し上げたわけでございまして、そのまとめが、これでまとまったというところまでいっていない。ほかの分野で中間報告とかいう段階で発表されたのは、それぞれの審議会等で、まあここで中間にまとめておこうということが決められたものでございますけれども、大学改革協議会の今御指摘になっておりますものは、まだその中間段階で、中間的にもこれでまとめということにしようというところまでいっておらないものでございますので、そういう意味で私ども公表もいたしておりません。 したがいまして、まあどこかから流れたのかもしれませんけれども、そこに書いてあることが全然違うと申し上げるつもりもございませんけれども、ただそれはこの段階で協議会としてこれで結構だ、まとめにしようというところまでいっておらないわけでございます。したがって、まとめというものはまだできていないとお答えしておるわけでございます。
○佐藤昭夫君 この「内外教育」版に出ている大学院改革に関する報告なるもの、これについて、きちっと出すべき資料は出すということで、理事会で御協議いただきたいと思います。
○委員長(田沢智治君) 速記をとめてください。 〔速記中止〕
○委員長(田沢智治君) 速記を起こして。
○佐藤昭夫君 結論として、理事会に預かって協議するということですから、もう繰り返しはしません。 次の問題に行きます。 八月十八日の教育改革関係閣僚会議、ここで防衛庁長官が、防衛大学校を一般の大学並みの扱いをすべきだと、こういう発言をしたのに対して、文部大臣が、また翌日の兼議院文教委員会では阿部局長が、いとも簡単に大学審議会で検討したいということ、これは私はもうまことに重大だというふうに思うんです。はっきりしていることは、防衛大学校の教員、学生の身分や服務、これと一般の大学における教員や学生のそれとは根本的に違うということですね。 防衛庁来ていますか。――防衛庁にまず聞きますが、防衛大学校では、教員も学生も自衛隊員ですね。自衛官ですね。
○説明員(草津辰夫君) お答えをいたします。 防衛大学校の職員及び学生は、防衛庁の職員でございます。自衛官ではございません。
○佐藤昭夫君 自衛隊員だと。したがって――(「違う違う」と呼ぶ者あり)職員でしょう。だから自衛隊員じゃないの。
○説明員(草津辰夫君) 自衛隊員ですが、自衛官ではございません。
○佐藤昭夫君 私もそう言うたじゃないの。――したがって、自衛隊法五十四条、これに基づいて、「何時でも」自衛隊員としての「職務に従事することのできる態勢になければならない。」というふうに定められていますね。
○説明員(草津辰夫君) 御質問の趣旨、ちょっとわかりかねますけれども、その職務の専念は、防衛大学校の教官にありましては、その職務は当然防衛大学校における教官でございます。また学生は、学生としての職務でございます。そういう意味で、先生おっしゃいましたように専念する義務は当然ございます。
○佐藤昭夫君 専念義務に先立って、第五十四条に、「勤務態勢及び勤務時間等」という定めがあるでしょう。そこに、「隊員は、何時でも職務に従事することのできる態勢になければならない。」と定めていますね。
○説明員(草津辰夫君) 繰り返しの答弁になりますけれども、防衛大学校の教官と学生について申し上げますと、「何時でも職務に従事する」というのは、その職務の内容が、教官は防衛大学校で教育研究に従事することであり、学生は将来の幹部自衛官としての教育訓練を防衛大学校の中で受けるということに理解をしております。
○佐藤昭夫君 この五十四条の適用除外ではないでしょう。
○説明員(草津辰夫君) もちろん適用除外ではございません。
○佐藤昭夫君 憲法二十二条には、いわゆる国民の居住の自由、これを定めています、ほかのことも書いていますけれども。片や自衛隊法五十五条、ここでは、長官の指定をするところに居住しなくちゃならぬということになっていますね。
○説明員(草津辰夫君) 自衛隊法に定めておりますのは、自衛官につきましては、その職務上長官の定めるところに居住をするという義務が定めてございますけれども、それ以外のもの、例えば防大の教官、学生につきましては、自衛隊法上長官の指示するところに居住する義務というのは、法律上課してはおりません。
○佐藤昭夫君 もう一つ、憲法二十一条による労働組合その他の団体の結成の自由、これは自衛隊員については、法六十四条、これによってその自由は否定されていますね。
○説明員(草津辰夫君) 自衛隊員については、おっしゃいました労働組合等を結成するのは禁止されております。
○佐藤昭夫君 自衛隊法の六十条で、いわゆる職務専念義務として、「その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用いなければならない。」というふうに定めております。いわば自衛隊員である防衛大学校の教官あるいは学生、これは四六時中のそういう職務上の注意力、これを集中をしていなくちゃならぬというこの四六時中の職務専念義務。ですから教官の教育や研究も学生の勉強も、専ら防衛軍事のため行っている、こういうことになりますね。
○説明員(草津辰夫君) 将来幹部自衛官になる者を教育いたします機関として設置されました防衛大学校は、その教育内容につきましては、大学設置基準に準拠してつくられております。したがいまして、防衛大学校の中における教育と申しますのは、将来幹部自衛官にふさわしい者に対する知識、識能、人格を陶冶するという甘的で行われております。繰り返し申し述べますが、学力、知識につきましては、防衛大学校は大学設置基準に準拠してつくられておりますので、その教育内容は一般大学と、ほぼ準拠したものになっておるというふうに理解をしております。
○佐藤昭夫君 全然私の質問、すりかえているじゃないか。職務専念義務について伺っている。だから、あなた答えにくいからそういうすりかえをやるわけだ。 もう一つ教員について、教授会と呼ばれるものが防衛大学校にもあるそうですけれども、この教授会は、教員人事権、例えば学校長の選挙権はありませんね。
○説明員(草津辰夫君) 防衛大学校における教授会には、学校長に対する選挙権はございません。
○佐藤昭夫君 これから大臣に・ 幾つかの点を防衛庁に確かめたんです。この確認からも明らかなように、防衛大学校というのは幹部自衛官のいわば養成機関です。大学という名前を使っておりますけれども、それは憲法、教育基本法に基づく通常の大学、一般の大学、これとは根本的に違うものですね。ところが文部大臣、こういうような防衛大学校を一般の大学並みに扱う、そういう法改正をやろうとか、あるいは大学審議会に諮問しようとか、そんなようなことは絶対にすべきじゃない。そういうことはやらないというふうに約束をしてもらいたいんです。――大臣です。
○政府委員(阿部充夫君) 制度的なこともございますので、先にお話しを申し上げます。 先生の御指摘にもございましたように、防衛大学校、それからそのほかにも各省各庁がいろいろな大学校と名づくようなものを持っておりまして、これらはいずれもそれぞれの省庁の行政目的に即していわば教育訓練施設という形で置かれているものでございますので、学校教育法第一条に言う「学校」とは性格が違うということは御指摘のとおりだと思っております。 ただ、これからの高等教育というものを考えていきます場合に、狭い意味での、学校教育法一条に言う「学校」だけでなくて、こういった各種の、大学以外だけれども相当レベルの高い教育機関というものを総合的に考えて、いわば広義の高等教育というものを考えていくべきであるというのはこれまで文部省としても考えてきた線でございますし、このたびの臨教審の答申におきましても、大学と大学以外の高等教育機関との間の単位の互換制度でございますとか、あるいは単位の累積加算制でございますとか、あるいは大学に学ばなかった人たちのための学位授与機関の問題でございますとか、そういった問題を検討せよという指摘も出ておるわけでございますので、こういったことを踏まえて、こういった機関全体についての検討を大学審議会でやっていただきたいと思っておるわけでございまして、そういった中の一環として防衛大学校の問題も当然検討の対象になるものと考えておるところでございます。
○佐藤昭夫君 局長に答弁を求めていないのにべらべらしゃべったんだから、その分だけ引いてください。 大臣に聞きます。きょうは何も建設省の建設大学校とか自治省の自治大学校とか、そんなことまで聞いているんじゃないんです。防衛大学校の問題に限定をして聞いている。先ほど来繰り返しているように、明らかに一般の大学と設置目的の違うこの防衛大学校、ここと一般の大学と同じように扱っていこうというこの考え方、単位互換とか言いますけれども、それはカリキュラム表ありますよ。私も見ました。しかし、例えば政治学というのがある。防衛大学校の政治学と一般の大学の政治学と、教育目的違うでしょう。事ほどさように、そういう明確な違いがある防衛大学校を一般の大学と同じように扱うというようなことはこれはもう重大なことだ。そんなことを大学審議会に諮問しようというような態度はきっぱりやめてもらいたい。 大臣、どうですか。
○国務大臣(塩川正十郎君) 私は、内容がわからないから大学審議会で相談してもらうと言っておるんです。 それは佐藤さんの話を聞いておったら、何かまるで自衛官だけ人間ではないような扱い方で、そんなことじゃないでしょう。やっぱり日本人でしょう。しかもすべて、生涯教育をやろうということを今国挙げてそういうことを言っているんでしょう。であるならば、外国の方だって日本の学校へ入れて、勉強しなさいといって生涯学習体制をとろうと、日本に在留している人だってですよ。それを何だか、建設大学校じゃないし自治大学校はこれはいいんだ、だけど防衛大学校だけいけないんだと。設置目的なんだとおっしゃるけれども、設置目的は各省ごとでやっている大学校でしょう。しかもその人の生まれ育ったんだって日本人なんですから、これだけは別なんだ、自衛官であるからおまえは日本人でも別なんだ、おまえあっちへ行けと、そんな話じゃないだろう。だから、どうしたらいいかということを相談していただこうと。何も防衛大学校の政治科で習った、それで単位を取った、だからそれで認めようと、そんなこと言ってないんですよ。その防衛大学校で教えている政治学というものがいいのかどうかはそれは私もわからない。わからないから大学審議会で、政治の一単位取るんだったら、こういう内容の教科を教えていたらそれで一単位にしたらどうだと、こういう話なんでありまして、私はそこを大学審議会に聞こうということなんです。ですから、これは審議会にかけなけりゃ意味もわからないですよ。
○佐藤昭夫君 私は何も自治大学校、建設大学校はこれはええけどというようなのは言ってないんです。その問題はきょうは論じない。その問題についても私はいろいろ研究をしてみなきゃならぬ問題あると思うんです。ただ防衛大学校の問題は、非常に事柄が明白だ。あなたは、余り詳しいことわからぬから審議会に相談かけたいと思っておる――国の文部大臣が、教育行政の基本にかかわることをわからぬからと言うのはね、そんな無責任なことを言ってもらいたくない。もしもそんなようなことがどんどん進み出したら、防衛大学校と一般の大学との研究や人事の交流もどんどん進む、そして一般の大学の研究や教育も大っぴらに軍事化が進行する――もう時間ありませんから逐一引用しませんけれども、教育基本法の前文にもはっきり書いておるとおり、まさに平和を目的とする戦後教育の基本原則、教育基本法を否定をするという態度になりかねない。こういうことは、私は絶対にこのままでは引き下がれません。それは、文部大臣や文部省のいかんにかかわらずつくられる審議会の中である審議委員がそういうことを言い出した者が出てきたという問題じゃない。文部省として諮問しよう、文部大臣として諮問しようというこのことが重大だと言っているんですよ……
○委員長(田沢智治君) 佐藤君、時間です。
○佐藤昭夫君 態度変わりませんか。
○国務大臣(塩川正十郎君) それはおかしいですよ。だから諮問しなきゃならないんですよ。だって、先ほどおっしゃっているように、何か自衛官だけ学校教育法だとか憲法だとかに外れたことばっかりやっていると。そんなことじゃないだろうと思うんです。例えば高等学校まではちゃんと学校教育法に基づく学校でやっぱり教育を受けてきておるんですから、そうして自衛官になったからといって、これはやはり生涯学習として、つまり防衛大学校の学習は学習とし、そして他の学校のものを勉強しよう、その中で防衛大学校でやっておる学科の中で一つでも二つでもこちらの大学で教えているのと内容が一緒だったら、取ったことにしても同じじゃないかということ、これは常識として僕ら持っていますよ。だけれども、それは我々から言ってはいけないから、だから大学審議会に諮って相談の上決めてもらいたいと。大学審議会でだめだと言うんだったらそれはだめになるし、それでいいと言うんだったらそれでいいじゃないかということなんですよ。それを専門家に聞こうと。わしが文部大臣やっとったかて、そんな難しいこと知りますかいな。だから、審議会にちゃんと聞いた上でそれの扱いを決めようと、そういうことなんです。
○佐藤昭夫君 委員長、三十秒。
○委員長(田沢智治君) 勝木君どうぞ。
○佐藤昭夫君 いや、三十秒……
○委員長(田沢智治君) もう発言時間を大幅に延びておりますので認めません。
○佐藤昭夫君 さっきからのあの答弁で納得できますか。理事会でこの問題については協議してください。
○勝木健司君 質問さしていただきます。 大学に対します社会的な批判というものが最近とみに強まっているように思われます。したがいまして、今回の大学審議会の設置法案も大学の長期的なあり方というものを審議し、国民の期待にこたえるような大学改革というものを推進する施策の一環であるというふうに理解しておりますけれども、高等教育行政の中での今回の法案の位置づけというものをいま一度明らかにしていただきたいというふうに思います。
○政府委員(阿部充夫君) 今回お願いしております大学審議会でございますけれども、最近の科学技術の進歩でございますとか、あるいは経済社会の大きな変革、そういうものを踏まえまして、社会的あるいは学問的な要請というのがいろいろな形で大学へ来ていると思うわけでございますが、そういったものにこたえて、各大学が教育研究活動を一層活発に推進をするということが何よりも大事だと、こう考えておる次第でございます。 このような見地から大学改革を進めていく、そのために、その大学改革を実効あるものとするためには、一つには基本的な方向につきまして、大学関係者はもちろんでございますが、さらに社会の各界各層の方々の御意見も取り上げてどういう方向に進めていくかということを検討する、同時に、大学関係者の方々のコンセンサスもそういう論議を経ながらつくっていくということで大学改革を実のあるものにしていく必要がある、こう思っておるわけでございまして、そのための重要な機関としてこの大学審議会をぜひこの機会につくらしていただきたい、こういうことで御審議をお願いしているところでございます。
○勝木健司君 大学審法案に反対している方々というものは、大学審の設置によって学問の自由とかあるいは大学の自治というものが侵されるんじゃないかと考えておられるようでありますけれども、大学に対する社会的な要請と、それと大学の自治あるいは学問の自由との関係というものを文部省としてどのように考えておられるのか。また、大学審の設置が学問の自由を脅かすような状況が来るというようなことはないという認識なのかどうかということも含めて、どのような判断を持っておられるのかということで文部省の見解をお伺いしたいというふうに思います。
○政府委員(阿部充夫君) 大学の自治といいますものは、憲法上学問の自由の保障の規定があるわけでございますけれども、それを特に学間の府である大学について積極的に保障していく、そのための制度、仕組みとして法律上あるいは慣行上つくり上げられてきたものだ、こういうふうに考えております。 このような大学の自治でございますから、これは学問研究の発展のために不可欠のものである、こう思っておりますけれども、と同時に、この自治というものが単に、何と申しますか、大学のみずからの権利の主張というだけではなくて、やはりそれだけの仕組みが与えられているということについては、その自治に伴う運営上の責任というものが社会的責務という形であるというふうに私どもは思っておるわけでございまして、そういう意味で、各大学は社会的な要請等も踏まえながらそれぞれが生き生きとした活発な教育研究活動を展開していく責任があると思っておるわけでございます。 そういう見地での大学側の御努力というものをぜひ期待いたしたいと考えておりますが、今回の大学審議会の創設もそういったような基本的な精神に立ってのこれからの改革の方向を考えていただこうというものでございますので、もちろん大学の自治とか学問の自由というものに抵触するような方向というようなことは毛頭私どもは考えておらないつもりでございます。
○勝木健司君 一部には、大学審で大学に対する社会的要請というものを取り上げるということは、産業界の要求に大学を従属させる、また、大学の国家統制につながるというような主張がございます。しかし、社会の知的水準というものが高くなっております今日では、社会的要請の中身も変わっているのじゃないかというふうに思います。単にすぐに役立つ研究をやれとか、あるいは商売につながるような研究でなければ認めないなどということを大学に対して考えている人というのは、少なくとも見識のある人であればそんなにいるわけではないというふうに思います。 私は労働組合の出身であり、また商売人でもあったわけでありますが、大学に対してそんな短絡的な要求をするつもりはないというふうに思います。大学に対する社会的要請といった場合には、高度の専門的研究をやってもらいたい。例えば、ノーベル賞の受賞者のもっと多く出るようなそういう基礎的、独創的な研究をもっとやってもらいたいなどといったものもあるわけであります。また、日本の歴史や文化につきましても、特定のイデオロギーに奉仕するような研究というものではなく、正しい、また深い研究をやってもらわなくては、教科書問題につきましても本当に解決することはできないというように思います。そういった意味で、幅広い内容の大学に対する社会的要請だと私は考えております。 大学審議会で論じられるということは、大学を国家の要求や産業界の要請に合わせるなどというだけの問題ではないというふうに思いますけれども、文部省の見解をお伺いいたします。
○政府委員(阿部充夫君) 先生おっしゃいましたところがまさに私どもも考えている点でございまして、大学に対する要請というのは、大学が学問研究を推進をし、そしてすぐれた人材を輩出をいたしまして、日本全体、ひいては世界全体のために貢献をしていくということを期待されているからこそ社会の側からそういう面での要請が来ておるわけでございまして、一つ一つの事柄について直ちにあしたこうなるような改革をというようなことではなくて、やはり深い見識を持って、深い検討をした上での改革の方向というのが考えられていくべきである、こういうふうに私どもも思っておるわけでございまして、そういう面から、この大学審議会をつくりましても、単に社会からの御要請がぱっとそこへ出てくるということではなくて、その場で大学関係者と、いろいろな各界各層の方々の議論を積み重ねていくということによってそこに一つの新しい方向が生まれてくるということを期待しているものでございます。
○勝木健司君 次に、粕谷先生も一部触れられておりましたけれども、大学基準協会関係について質問をさせていただきます。 臨教審の第二次答申によりますと、大学審議会の創設に関連して、本来大学相互の間で自主的に水準の維持向上を図るための組織として設置されております大学基準協会のあり方を再検討し、これを活性化する必要があるとのことが明記をされております。 そこで、大学基準協会についてお伺いしたいことでありますけれども、この協会というものは、いつごろ、またいかなる目的で設置されておるのか、そしてどのような仕事を今までにしてきたかということを若干手短に御報告を願いたいというふうに思います。
○政府委員(阿部充夫君) 大学基準協会でございますけれども、昭和二十二年の七月八日、新しい戦後の大学制度が発足した直後であると思いますけれども、大学関係者によって自主的な団体として設立をされたものでございまして、昭和三十四年の十二月に財団法人というような形に切りかえられております。 この協会の設置の目的は、内外の大学に関する調査研究を行い、我が国における大学の質的向上を図るとともに、大学教育の国際的協力に貢献することとなっておりますが、要すれば、大学関係者自体が自主的に集まってお互いに大学の水準向上のために努力しようではないかと、そういうことを目的とする団体でございまして、これまでも大学に関する内外の資料の調査をし、あるいは研究をするとか、大学の質的向上のための各種の基準の設定をするというような仕事等を行うと同時に、相互の間でそれぞれの大学についての評価を行い、ある一定の水準に達したものについては正規の会員としての加盟を認めるというような事業を行うという形で今日に至っておるものでございまして、我が国の大学教育の改善向上のために相当の役割を果たしてきていただいたものと考えております。
○勝木健司君 大学基準協会の現状についてお伺いいたしたいと思います。 この協会の会員になっている大学というものはどれくらいあるのか。そしてまた、文部省として補助金か何か出されておるのかどうか。また、会報という雑誌を発行しているようでありますけれども、これはどんなふうに利用されているのか。また、事務局はどれだけの職員がおるのか。現状を御報告願いたいと思います。
○政府委員(阿部充夫君) この協会は、維持会員と賛助会員とございます。維持会員と申しますのは、いわば正会員と言った方がいいかと思いますけれども、そういうことで該当しておりますのは百二十五大学、それから賛助会員ということで入っておりますのが百六十七大学、合計いたしまして二百九十二大学でございます。現在あります国公私立の全大学数が四百七十五校でございますので、約六割程度がこの協会に加盟をしているという状況になっております。 事務局のスタッフは、事務局長を含めまして専任のスタッフが六人でやっておるわけでございまして、毎年二回会報を発行しているというほかに、先ほど来申し上げましたいろいろな基準の設定その他の事業を引き続き行っておるわけでございます。 なお、この協会に対しては、補助金は出しておりません。
○勝木健司君 今報告されたところによりますと、全大学の四割に近い大学がまだ未加入であるというふうなことであります。また、会員になっている大学でも、大学基準にかなった学部を持っている大学というものは百二十五学で、全体の四分の一にすぎないんじゃないかというふうに思います。つまりこのことは、多くの大学というものがこの協会の基準というものを余り重要視していないんじゃないかというふうに思われます。 そこでお尋ねいたしたいのは、この協会の大学基準と、そして文部省令の大学設置基準とは、どこがどう違うのか、御説明を願いたいというふうに思います。
○政府委員(阿部充夫君) まず、文部省令で定めております大学設置基準でございますけれども、これは、大学を認可をいたします際に、大学の学部、学科の構成でございますとか、カリキュラムあるいは教員の数、校地、校舎、設備等の点につきまして、いわば大学をつくるについて最低これだけは必要であるという最低基準という形で、これの水準に達したものについては原則として設立を認可をするというための認可基準という性格を持っておるわけでございますが、さらにこの設置後の運営につきましても、これが最低の基準として働くということで大学設置基準が決められておるわけでございます。 これに対しまして大学基準という大学基準協会が定めております基準、これは、大学基準というのは比較的簡単なものでございますけれども、そのほかに、各学部、学科の性格に応じてそれぞれの基準というものをやはり持っておるわけでございますが、これは考え方といたしましては、その大学が最低水準ではなくてこれから向上を図っていくために目指すべき、いわば大学基準協会の定義を使えば向上基準、こう言っておりますけれども、向上を図っていくための基準であるということで位置づけられておるものでございますので、そういう意味では若干性格が違うという面があろうかと思います。 ただ、大学設置基準が省令として昭和三十一年につくられたわけでございますけれども、それまでの間は省令上の設置基準がございませんでしたので、大学基準協会の基準を参考にしながら設置の認可を行ったというような事実はございますし、また現在におきましても、各大学の設置等に当たりましていろいろ指導等を要するような場合にこれを参考にさせていただいているというような面での利用は文部省としてもさせていただいておるわけでございます。
○勝木健司君 時間がもう大分迫っておりますので、進めたいと思います。 そこで、最初の臨教審の答申の提言に戻りたいと思いますけれども、大学基準協会のあり方を再検討していく、そしてその活性化を図るべきだということでありますけれども、再検討するということは具体的にどのようなことを検討しようと考えておられるのか。また、活性化させるためにはどうするのかということをお示しいただきたい。同時に、今回文部省の諮問機関として大学審議会を新設すれば、この大学審議会というものが中心になり、基準協会というものはますます開店休業の状態になるような気がいたしますけれども、どうなのかお伺いしたいというふうに思います。
○政府委員(阿部充夫君) 大学審議会を設けますのは、いわば大学の改革あるいは整備等についての国としての政策、ポリシーについて御議論をいただき、それを逐次実現をしていきたいということで設置をお願いをしておるわけでございます。そういった大学審議会の御結論等によってある一定の方向が示され、あるいは制度の弾力化等が図られました後、それ。基づいて具体に大学の改革をやっていくのは、先刻も御答弁申し上げましたようにそれぞれの各大学がやっていただくわけでございます。そういったことをやっていきます場合に、各大学がそれぞれ個別にやっていただくという方向もございますけれども、大学基準協会というような大学の団体があるわけでございますので、そういった団体としてお互いに努力をして水準の向上に努めていこう、あるいは改革を進めていこうということが当然あり得るわけでございまして、そういった意味で、大学審議会とそれからこの大学基準協会というのはおのずから立場が違うものでございますので、これによって基準協会が衰微をするというようなことはないと思っております。 むしろ、せっかくこういうことを進めていく際には、臨教審の答申にもありますように、大学基準協会にもっと今まで以上に頑張っていただきたい、こういうふうに思っておるわけでございますが、具体にどういう方向でということになりますと、私どもがいろいろ現在の段階で物を申すよりは、大学基準協会自体が、みずからそのあり方についての委員会をつくって検討に着手をしておられますので、その御検討の結果を待ちたいと思っておりますが、いずれにいたしましても、例えば基準協会の加入が六〇%で四〇%は加入していないというような問題をどう解決していくのかというあたりのところは、一つの大きな議論の焦点になるのではないか、このように想像もし、期待もしておるわけでございます。
○勝木健司君 次に、大学改革協議会問題について御質問いたします。 文部省は、既に大学改革に関する研究協議会を設置して、大学改革の研究を進めておられますが、この大学改革協議会を設置した趣旨、あるいは研究協力者の選任基準など御説明願いたいと同時に、今問題となっております研究協議されております内容は一体何であるのか。そしてまた、この協議というものはいつまで続けられるのであるのか。そして、この大学審議会が設置された場合、活動を停止すると考えられますけれども、一体どうなるのか。そしてまた、活動を停止するということであれば、どのような形で大学審議会へバトンタッチしていくのか。あわせてお伺いいたしたいというふうに思います。
○政府委員(阿部充夫君) 大学改革協議会につきましては、大学改革を文部省としても積極的に進めていく、そのためには各方面の御意見を取り入れ、御議論を重ねていただきながら具体化に努めていく必要があるという観点から設けたものでございますが、もとより現在大学審議会を法案でお願いをしておりますので、それまでの間しんぜんとして待っているということではなくて、そのための議論だけはずっと続けておきたいというような観点から、これは昨年の春でございましたかに設けて、それ以来、十回にわたって御議論の機会を持っていただいておるわけでございます。 これまで具体に御議論いただきました点は、この大学審議会創設の法案についての御了解をいただいたというようなことのほかは、具体には、大学院の充実の問題というのが一つ、それから大学設置基準の弾力化等を含めました見直しの問題、この二つの問題に大きくテーマを絞りまして御議論を重ねていただいておるわけでございまして、いずれ近い機会にその結論は取りまとめをいたしたい、こう思っておるところでございます。 この協議会は、そういった性格上、現在御審議をいただいております大学審議会が発足をするまでの間ということで設けておりますので、発足の暁には大学改革協議会は解消することに相なるわけでございますが、先ほども申し上げましたように、これまでの御論議、特に大学院の問題と大学設置基準の問題につきましては、御意見のまとまりました部分だけは少なくとも整理をいたしまして、これを今後大学審議会がスタートいたしました暁に、そこでの御審議の参考に供したいというようなことで取りまとめを行うべく現在努力をしているところでございます。
○勝木健司君 最後に、文部大臣に御見解をお伺いしたいと思います。 本法案が成立した場合に、今後のスケジュールはどのようになっておるのか。そしてまた、政令事項の決定、委員の任命等の時期を御説明いただきたい。 同時に、最後になりますけれども、高等教育の改革というものはやはり焦眉の急になっております。今後、大学審議会で答申なりあるいは勧告が出された場合、文部大臣としてどのような決意をもって改革に当たられる決意なのかをお聞かせいただきたいというふうに思います。 また、当然高等教育の改革には財政の裏打ちというものが必要だろうというふうに思います。財政当局への折衝に当たる決意もあわせてお聞かせいただきたいというふうに思います。
○政府委員(阿部充夫君) 大臣からお答えいたします前に、手順のことだけ先に私からお答えをさしていただきたいと思います。 大学審議会がこの法案をお認めいただいて成立をいたしますと、早速政令を制定をし、政令は手続的な事項がほとんどでございますけれども、それについての政令を制定をし、委員の選考にかかり、諮問事項を決めて会合をスタートさせるということになるわけでございまして、従来のペースからいきますと半月から一カ月ぐらいはスタートまでにかかるというふうに考えておりますけれども、せっかくの審議会でございますので、スタートがお認めいただきました段階から鋭意努力をいたしまして、できるだけ早く全体が動き出すように取り計らってまいりたい、こういうふうに考えております。
○国務大臣(塩川正十郎君) 手順は先ほど説明したとおりでございまして、できるだけ早くそういうものを実行していきたいと思っております。 そこで、政令が決まりましたら直ちに人選の基準についてと申しましょうか、どういう点について注意をしながら人選をするかということについて、先ほど高木健太郎先生の質問の中にもございましたが、このことは非常に私は大事だと思いますしいたしますので、これは内閣総理大臣と一度早急に相談をいたしたい。その上で私の方で人選をいたしまして、委員を一刻も早く任命いたしたい、こう思っております。 予算についてでございますけれども、六十三年度の概算要求の中に、こういうことを見越しまして、ある程度方向づけができました場合に対応するような措置は講じでございます。特に科学研究費、科研費というのがございますが、これにつきましては例年に比して非常に増額した要求をいたしておるのでございます。 しかし、大学審でいろいろ検討していただくのはそんなことではなくて、もっと基本的な問題が多いだろうと思っております。ついては、諮問をするに当たりまして、やっぱり文部省内で一応省議を開き、どういう問題を諮問するかということについてのまとめをしなきゃならぬ、こう思っておりまして、第一回の審議会が開会されますときにはその諮問が間に合うようにいたしたいと思っております。
○勝木健司君 終わります。
○下村泰君 私の質問は、また先般に引き続きまして、障害者教育についてお伺いしたいと思います。 ただ、これは私個人のお話をひとつ聞いていただきたいと思うんですが、この法案に対する委員会が始まりましてもう十時間以上やっております。私はその間いろいろと諸先生方の御意見も聞き、文部省側の御意見も聞いております。私は、学識経験者でもなければ何でもありません。まして高等の教育を受けた人間でもありません。庶民の代表でここに入ってきているんです。庶民の感覚、いわゆる熊さん、八つあん、そういう感覚で今日までこうして皆様方のお話を伺ってきまして、実に不思議だなと思うことが一つあるんです。 と申しますのは、日本の、今までのいわゆる大学を卒業なさった方々の中には世界的に有名な方もたくさんいらっしゃる。そして工学的に言えば、例えば戦前においては「神風」であるとか、ニッポン号であるとかというような飛行機をつくった先生方もいらっしゃる。戦後においては、新幹線のようなすばらしい世界的な鉄道開発をした方もいらっしゃる。また、今回のように気象衛星が上がっています。しかもこれがオール国産で上げられるというのがもう目の前にきている。あるいはノーベル賞をいただいた先生方もいらっしゃる。こういうすばらしい先生方がたくさん出ていらっしゃる日本の大学が、みずから改革する力がなくて大学審議会というものをつくって、そこの力で改革をしなければ改革ができない。そんなにあほが多いんかいなと、こんなふうに感じます。そして、自治がどうのこうの言っておりまするけれども、じゃ自治の力さえないのか。一体日本の大学というのは何なんだと。 私らも戦前から育ってきた人間ですが、いわゆる世間話の中で、何か人がうがったようなことを言います。そうしますと、その証明をする言葉として、ある大学の先生が言ったんだよの一言で納得するぐらい、それだけ権威があったと言えるわけですわな。私どもの大先輩であり、現在の漫才というものの形をつくり出したのが東京帝国大学卒業の秋田実という方なんです。たしかこの方はインド哲学だと思いましたけれども、その方がたまたま大阪の寄席の楽屋に入ってきますと、学士先生が来た、帝大の先生が来た、学士様がおいでになった、こういう言葉で秋田実という方は迎えられておったわけです。その方の一言によってエンタツ・アチャコというすばらしい漫才が生まれてきた。これは日本の芸能界では画期的な事柄なんです、この問題は。これはもう文部大臣の方は、それはただごらんになって、あるいはお聞きになってげらげら笑った時代がおありになったと思いますけれども、我々芸能界にとっては、これは大変大きな革命的なことだったんです、ああいう形のものが出てきたということについては。そういうものをつくり上げたのは秋田実先生です。 そうすると――我々の感覚は、熊さん、八つあんです。これはオケラの寝言として聞いていただきたい。そういうすばらしい方たちが出てきた日本の大学が、それは国際的にもあるんでしょう、社会的にもいろんな要望があるんでしょう。そういったことにこたえるためには、大学審議会というものをつくって、その審議会の答えが出てこなければ、あるいは勧告することによって改革することができるそういう審議会ができねば、大学自身が改革ができない。一体日本の大学って何をやってるんかいな、文部省もまた何やってるのかいな、こういう感覚を持ったということを申し上げておきます。別にこれでどうのこうのじゃありません。失礼があったらお許し願いたい。 さて、昭和五十九年の八月の六日というのは参議院の内閣委員会において臨教審設置法案が可決された日なんですが、このときの審議の中で総理がこういうことをおっしゃっているんですね。 国際連合の身体障害者年というものが世界的に行われて以来、非常に認識と運動は広がりました。偉大な大きな成果があったと思っております。日本におきましても、国連が世界全体でこれだけの仕事をやろうというぐらいの大きな大事な問題としてとらえられているわけでございますから、今度の臨教審におきましても、その人選あるいはその討議の内容等について、この障害者の問題、障害者教育の問題という問題についてやはり見識のある人とか、あるいは経験もある方とか、そういうような観点から障害者教育という問題も臨教審の取り上げるべき一つの大きなアイテム、大事なアイテムとして考えていただきたい、そう念願しております。これは、いずれ、委員が審議内容というのは自分たちで決めることでありますが、私は文部省をしてそういうような資料なり助言というものを適切にやらせるようにいたしたい、そう思っております。こういうふうに総理はお答えになっております。 さあそこで問題です。総理が資料なり助言というものを適切にやらせるというふうにおっしゃっているんですが、じゃ、今まで具体的にどういうことをやったのか、これをまず聞かせてください。
○政府委員(西崎清久君) 臨教審の審議のプロセスにおきまする文部省のかかわり、そしてどのような資料、どのような説明をしたか、こういう点でございますが、先週先生の御指摘でお答えいたしましたように、臨教審は、総会、第三部会、それから障害者教育にかかわるプロジェクトチームでヒアリングをやっておるわけでございます。過去の経緯といたしまして、いろんなヒアリングの機会があるわけでございますが、具体的に申しますと、六十一年の五月の末、具体的には五月三十日でございます。文部省と厚生省から、行政機関としての障害者教育について説明聴取及び意見交換という機会を設けていただきました。その際に、私どもの方からは特殊教育課長が出席をいたしまして、先ほどお話しございましたようなそういう答弁もございまして、現時点における特殊教育の現状でございますね、いろいろな現状、それから諸外国の特殊教育の現状、そしてこれからどういうふうな特殊教育のいろいろな力点なり課題なりがあるかという点について特殊教育課長の方から説明をしたわけでございます。 その中には、かねて先生御指摘のように、一般の健常児と障害者、障害児童生徒との理解あるいは交流の問題とか適正就学の問題、指導委員会等も含めまして。それから特殊学級の問題、それから盲、聾、養護それぞれの学校種別における特殊教育の現状なりあり方等についていろいろ特殊教育課長から説明をし、意見交換をしたというふうな経緯になっておる次第でございます。
○下村泰君 私、この意味というのは、本人とかあるいは親、教師など当事者、関係者の意見を幅広く伝え、あるいは聞いてもらう、いわゆる臨教審にですね。聞いてもらう、こういうふうなことだと思うんですよ。ここら辺はやっぱり局長がお答えになったように、特定の団体名とかそういうものしか出てこない。こういうところとヒアリングをしたからといって完璧なもの、もちろんそれは完璧というものはないかもしれません。でも完璧に近い何かが出てこなければならないんですが、今の局長の御説明にあったような状態ではまだまだという感じがします。いつかもここで御説明しましたけれども、やはり専門家が入って、実際にそういうことに従事していらっしゃる方が入っていなければ私は完璧に近くなるとは思えないんですね。さらに一つ、こういったことでこの審議会がこれから、例えば臨教審が出てきた、そして今度審議会になる、その場合に、よくよく幅広く聞けるように努力していただきたい。努力というよりもやってもらわなきゃ困るというのが私の意見。よろしゅうございますか。
○政府委員(西崎清久君) 臨教審の審議のプロセスはさておきまして、いよいよ私どもが具体的に主体的にこれから特殊教育の振興について努力すべき立場でございます。 今後の重要な課題としては、特殊教育にかかわる教育内容をどういうふうにするか、それから先生かねて御指摘の適正就学の問題とか、それからいろいろ医療とか福祉とか教育の一体的なセンターの設置をどうするのか、たくさん課題がございます。そのプロセスにおきまして、私どもは、今御指摘のとおり、やはり地域なり現場の先生方なり親の意見を十分反映した施策でなければ実効は上がらないというふうに考えております。 一つの例を申し上げますと、教育内容については現在教育課程審議会が動いておりますが、その下部組織とは別に、協力者会議というのをそれぞれの学校種別ごとにつくっておりまして、その中には学者である専門家の方々や、それからそれぞれの教諭の方とか校長先生とか現場の方もそれぞれ入っていただくというふうにいたしております。それからさらに申し上げれば、私どもは、公聴会とか研修会等いろいろな機会を設けておりますので、その際には文部省の担当者とそれから現場の先生方と交流なり話し合いの機会も多々あるわけでございますので、そういう点では、やはり現場の先生方なり地域、親の希望なりも十分くみ上げた上で施策の展開を図ってまいりたい。 先生の御趣旨をよく踏まえて今後ともやってまいりたいというふうに思っております。
○下村泰君 来年は、「完全参加と平等」をスローガンに始まった国際障害者年の中間年になります。今さらこんなことを大臣にお伺いするのは失礼かもわかりませんけれども、障害児者と聞いて大臣はどういうイメージを持たれますか。 それから、一言ではなかなかお答えになりにくい問題だと思います。障害の種類、部位、程度などによって百人百様のハンディがあります。それを一つにくくってしまうということは困難です。障害があるから養護学校、特殊学校という分け方は間違っていると私は思います。 そこで大臣に改めてお伺いしますが、この障害児教育ということで大臣はどういうお考えを持っていらっしゃいましょう。
○国務大臣(塩川正十郎君) 障害児教育で対象となります方でございますが、それは義務教育課程で約一%おられるわけであります。その一%の児童生徒に対するものと百倍の健常者と比べまして、公平に見まして障害児の教育施設は少ない。一対百ということで比べてみると、少ないという感じを私は持っております。
○下村泰君 何でこういうことをお尋ねするかといいますと、いろいろと御議論はありましょう。それぞれにおいて考え方もあると思います。しかし、私はこれだけは皆に共通するんじゃないかと思うことがあるんです。それは、進学のためにとか、社会で高い地位につくために知能を開発し、生活力をつけるのではなくて、発達の可能性があるから、発達したいと望むから、そして自分なりに積極的に生き続けようとしているその子供の自己実現の援助として、生きることの援助として教育があると思います。特殊という言葉を文部省よく使いますけれども、何が特殊なんでしょうかと私は言いたいんですね。目の悪い子が眼鏡をかけるように足の不自由な子が車いすに乗る、あるいは補助器具をつける、そんなことは当たり前のことだ。それが果たして特殊なんでしょうかということなんです。 何でこんなことを伺うかというと、実は、臨教審第三部会で障害者教育を考えるに当たって、そういったことから議論が始められたということなんです。この第三部会の専門委員がこういうふうにおっしゃっているんですよ。「障害者教育のあり方」の「基本理念」のところですね。 概要のとりまとめに当って、最も意を用いたのは基本的理念の部分である。 特に障害者教育に対する教育界における保守性を打破するためには、まず障害者に対する基本内認識を明確にする必要があると考え、障害者とは何か、障害者のいる社会とは何かということから議論を始めることとした。IYDPがかねてから主張している如く、障害者はその社会の他の異ったニーズを持つ特別の集団とは考えるべきではなく、通常のニーズを満たすのに特別の困難を持ったごく普通の市民と考えるべきであり、障害を有する者も有しない者も、共に社会を構成する一員であり、手を携えて豊かな社会をつくりあげるべき仲間であることを基本理念として据えることとしたが、この点については全委員の賛同を得ることができた。こういうふうにおっしゃっておるわけです。本来、原則として、障害の有無は別として、普通の学校に入る、これは臨教審の第三次答申、ここにあります。 障害者に関する施策において重要なことは、障害を有する者も有しない者も共に社会を構成する一員であり、手を携えてより豊かな社会をつくりあげるべき仲間であるという認識のもとにすべての施策が展開されることである。こういうふうにも臨教審の答申の中に入っておるわけですね。このことが基本で、その上で必要な手当でのあり方を考えるべきだと私は思います。 ただ、お断りしておきますが、何が何でも、だれでもみんな普通学校に入れろと私は言っているわけじゃありませんよ。本人の希望や親の希望も含めて、十分な時間をかけてその子の生きるための援助をすべきで、入学時のたった一度の就学指導なんて、せんだっても申し上げましたが、これにとらわれないようにしていただきたい。と申しますのは、もう文部大臣にも再三申し上げておりますけれども、この間のお子さんですね、大輔、聡子ちゃんにしても、もう七歳、八歳になって、今度二年に就学しますね。これでも、一度認定をされても、その子の親の望むべきこと、それから本人の望んでいることの状態に置いてやればちゃんと就学できる状態にもあるということ、ここのところをひとつよく考えていただきたい。ここをひとつ。
○政府委員(西崎清久君) 先生御指摘の、「基本理念」の考え方につきましては、恐らくプロジェクトチームの主査であられる石野委員、そのお考え方が全委員の賛同を得て答申に盛り込まれた、そういう経緯と私どもも承知しております。 そこで、先生おっしゃいますように、一人一人の障害を持つ子供たちが本当にしあわせに学校教育を受けるためには、特に就学時における、何と申しますか、判定と申しますか、特殊教育諸学校なり、特殊学級なり、通常の学校へ行くべき指定のところで綿密ないろいろな手だてを講ずる、これが必要でございます。 そこで、今私どもが考えておりますのは、今後の予算の問題ではございますが、現在適正判定につきましては、六歳児の前の健康診断、こういうふうなところでございますが、やはり早期の発見、早期の判断、早期の相談、これが必要だと思います。そこで来年度以降、できますれば六歳児以前において、あるいは五歳児とか四歳児の時点から、少しずつそういう相談事業を各都道府県においても市町村も協力して拡充できないか。それを積み重ねながら六歳児の就学時を迎えるということであれば、より適正な就学指導が実るのではないかというふうなことも考えておりまして、もちろん、先生かねて御指摘の就学の判定委員会等の構成なり運用については、これからもより配慮すべきだというふうに私どもも思いますし、指導は十分いたしてまいりたいと思っておりますが、いろいろな施策を総合させながら、子供たち一人一人の行くべき進路についての判断を着実にやってもらうようこれからも努力いたしたい、こういうふうに考えております。
○下村泰君 こういう障害者が大学に進学した場合に、国公立は助成金が出ております。私学の方は出ておりません。その問題にも触れて質問したいんですけれども、もう時間がありません。これをやると延びます。延びると御迷惑でしょうから、次回に譲ります。
○委員長(田沢智治君) 以上で本案に対する質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。 〔「異議なし」「反対」と呼ぶ者あり〕
○委員長(田沢智治君) 佐藤君。
○佐藤昭夫君 二日間、十時間足らずという極めて短時間の質疑で、審議が打ち切られることに強く反対します。 私が取り上げてきた問題以外にも、大学評価、教員評価のあり方、教員の任期制、教育と研究の分離問題、大学の多様化よりは大学間格差の解消、一般教育の拡充、大学のSDI研究参加初め、軍学協同、産学協同など、ただすべき事柄が多々あります。文部省の資料提出拒否とあわせて、明後日の定例日を残したままの審議終局に断固反対し、審議継続を強く求めるものであります。
○委員長(田沢智治君) これより、質疑終局に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(田沢智治君) 多数と認めます。よって、質疑を終局することに決定いたしました。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時十八分散会 ―――――・―――――