内閣委員会 第3号
- 発言数
- 190 件
- 登壇者
- 21 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1987/05/21
会議録
○委員長(岩本政光君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 昨五月二十日、野田哲君が委員を辞任され、その補欠として山口哲夫君が選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(岩本政光君) 恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。山下総務庁長官。
○国務大臣(山下徳夫君) ただいま議題となりました恩給法等の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 この法律案は、最近の経済情勢等にかんがみ、恩給年額を増額するとともに、普通扶助料の最低保障額及び傷病者遺族特別年金について特別の改善を行うこと等の措置を講じ、恩給受給者に対する処遇の適正な充実を図ろうとするものであります。 次に、この法律案の概要について御説明申し上げます。 この法律案による措置の第一点は、恩給年額の増額であります。 これは、昭和六十一年における公務員給与の改定、消費者物価の上昇その他の諸事情を総合勘案し、恩給の年額を、昭和六十二年四月から、二%増額しようとするものであります。 その第二点は、普通扶助料の最低保障額及び傷病者遺族特別年金の特別改善であります。 これは、普通扶助料の最低保障額を、昭和六十二年八月から、他の公的年金との均衡を考慮してさらに引き上げるとともに、傷病者遺族特別年金の年額についても、これに準じて引き上げようとするものであります。 その第三点は、寡婦加算及び遺族加算の増額であります。 これは、普通扶助料を受ける妻に係る寡婦加算の額を、昭和六十二年八月から、他の公的年金における寡婦加算の額との均衡を考慮して引き上げるとともに、公務関係扶助料受給者等に係る遺族加算の額についても、これに準じて引き上げようとするものであります。 以上のほか、傷病恩給に係る扶養加給の増額、恩給外所得による普通恩給の停止率の引き上げ等、所要の改正を行うことといたしております。 以上がこの法律案の提案理由及びその内容の概要であります。何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛同あらんことをお願いいたします。 なお、この法律案では、経済事情の変動に伴う恩給年額の増額等の措置は、昭和六十二年四月一日から施行することといたしておりましたが、衆議院において、これを公布の日から施行し、本年四月一円から適用することに修正されております。 よろしく御審議のほどをお願い申し上げます。
○委員長(岩本政光君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。 それでは、これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。
○久保田真苗君 この恩給の問題につきましては、当内閣委員会で委員の皆様が大変頑張ってこられまして、また、総務庁の側におきましても、恩給局が受益者の立場に立って本当に懸命に推進されたと思っております。それで、もう討議が相当し尽されてまいったことですけれども、一つここでお伺いしたいのは、一律二%の増額を決定したことについてでございます。 御存じのように、恩給の増額につきましては、昭和五十一年度から六十一年度までにつきましては前年度の公務員給与改善率を基礎として、その水準だけではなくて、改善傾向、つまり上に薄く下に厚くというものをも反映させてきたアップ方式をとってこられたわけでございます。それが、今年度になりましてこの方針をやめて、一律二%というふうにやっていらっしゃる。これは上薄下厚というその考え方を否定したというふうに見られるわけですが、その根拠と理由をお聞かせください。
○国務大臣(山下徳夫君) ただいまの御質問でございますけれども、昭和六十二年度における恩給年額の改定に当たりましては、公的年金制度改革に関連した恩給制度の見直しの結果を踏まえまして、恩給がまず国家補償的性格を有するという特殊性を考慮しながら、恩給年額の実質価値を維持する観点から、昭和六十一年における物価の変動あるいは公務員給与の改定、その他の諸事情を総合勘案して、二%の改定を行うこととしたのでございます。 なお、御質問の点につきまして、詳細の点は局長からまた補足説明をさせたいと思います。
○政府委員(品川卯一君) 御承知のように、四十六年から六十一年まで給与改善に即した公務員給与の準拠方式をとってまいったわけでございます。これをどうして変えたのかということでございますが、御案内のとおり、五十七年に臨時行政調査会の第三次答申の基本答申におきまして、公的年金とのバランスの見直しをしろということがまずございました。また、臨調の答申を推進いたします前のいわゆる行革審の五十九年あるいは六十年の答申にも、同様の趣旨がございます。また、六十年末の共済改革に関連して共済法改正法案を審議されました各委員会におかれましても、同様の趣旨の附帯決議をいただいております。また、前行革審が最終段階におきまして、昨年の六月、恩給の方の検討がおくれているという状況にかんがみ、検討を急げという答申をいただいておるわけでございます。 このような背景がございますので、恩給当局といたしましても、このバランス見直し検討については、六十二年度予算に何らかのその検討成果を具体化するのが最終ぎりぎりだろうということで、昨年の八月に恩給問題懇談会を開催いたしまして、いろいろ有識者の方の御意見も承りながら、検討を詰めてまいったわけでございます。その検討結果をも踏まえながら、昨年の予算で公務員給与が二・三一のところを二%という総合勘案の考え方でこの数字を決めさせていただいて、御提案申し上げているところでございます。 御承知のように、恩給法の二条ノニという条項がございます。四十一年に創設されておりますけれども、その中に書いてございます基準は、一つは国民の生活水準、それから公務員の給与、物価その他の諸事情というものを総合勘案しろというものでございますので、今までの経緯はいろいろございましたけれども、この原則に立ち戻りまして総合勘案した結果、この二%という数字をとらせていただいたということでございます。
○久保田真苗君 今のは私の質問に答えていただいていないと思うんです。今おっしゃったことは、公務員給与が二・三一%アップなのにもかかわらず、これはアップ率を御遠慮したその理由だと思うんですね。私が伺っておりますのは、今までとっていらした下に幾らか厚く上げ底を多少してきた、そのことを今回は、最低保障額の二%アップというのがありますけれども、全体にそれをおやめになったわけですよ。一律二%アップですからね。そこをおやめになった、その理由を伺いたいわけです。
○政府委員(品川卯一君) 給与スライドを採用いたしたのが四十八年でございますが、五十一年からはいわゆる回帰分析方式という方式を採用いたしましてax+b、方式、bという定額が高ければ高いほど相対的に上に薄く下に厚くというこの式を五十一年から六十一年までとったわけでございます。 今回なぜこれをとらなかったか、一律二%にしたかということでございますが、一つには、回帰分析方式をとる場合には公務員給与の改善傾向を反映して、それを回帰分析して一定の式をとるということでございますが、今回は給与に準拠しなかった、総合勘案という方式をとったということでございますので、公務員給与の改善傾向を算式に即反映するということができなかったという事情が一つございます。 それから、これまでいろいろこの回帰分析方式をとってきたということのほかに、最低保障制度というようなものを四十年代からとってまいっておりまして、相対的に上下格差が相当程度縮小してきているという事情がございます。終戦直後当時におきますところの大将と兵の格差が仮定俸給上十六倍程度ございましたが、現在時点では六倍程度に縮まっております。また、それを基礎に算定いたしました実際の受給額について見ますと、長期の方の場合、今回御提案申し上げた改正額では八十九万六千九百円、約九十万になっておりますけれども、現在、受給者の方で元中将の方が一番高うございますが、四百万強でございます。したがいまして、格差が四倍強ということで、実際の受給額は四倍強という額に縮小してまいっております。 このような点につきまして、昨年の恩給問題懇談会におきましても、果たして現在程度の上下格差が適当であるかということについていろいろ御意見を賜ったわけでございますが、まあこの程度縮小しておればある程度十分なのではないかという御意見も中にございました。そのほか、御承知のように、昨年の給与改善は上下格差の傾向が非常に薄かったということがございます。そのような理由に基づきまして、今回は一律というやり方をとらせていただいたわけでございます。 ただ、今後、給与の改善傾向が非常に上下格差の強い改善が行われるというような状況が重なりますと、恩給につきましてもある段階ではやはりそれを見直して上下格差をつけた改善をする。それがある程度累積されてまいりますと、給与との対比におきましてどの程度の累積があるかということがわかりますので、それがある程度累積した段階においては、何らかの措置をとることが適当な段階がおり得るということは考えております。
○久保田真苗君 総務庁長官、私はこれは年金だと思うんですね。これは年金なんです。そういたしますと、当然のことながら、老後の生活を安定させる、そして老後の一定額の所得保障をするというところに最重点が置かるべきものなんですね。上下の格差がどれくらいか、何倍かというようなことは二の次の問題だと思うんです。でございますから、私は、この最低保障額がやはり老後の生活を安定するに足るというところへいくまでは、ぜひともやはり所得保障であるというその原理を見失わないようにしていただきたいんです。ことしこの原理をお変えになったということについて、非常にわずかばかりの恩給に対してこういう一般公務員の所得格差、その上下の格差というところが最重点になっているという感じを否めないもので、私はそこに一つの危惧を感じるんです。 最低保障額の適用人数及び最低保障額の金額をおっしゃってください。
○政府委員(品川卯一君) それぞれ種類ごとに最低保障の金額でございますが、普通恩給につきましては、長期の方の場合、長期は六十五歳以上でございますが、長期でかつ老齢の方、六十五歳以上の方は御提案申し上げております今年度の金額が八十九万六千九百円でございます。また、これは最低保障ではありませんが、傷病恩給につきましては、増加恩給がそれぞれ、第一項症から第七項症までございますけれども、第一項症につきましては四百五十五万四千円でございます。また、第七項症が百四十七万六千円でございます。傷病年金につきましては、第一款症が百三十四万一千円、第四款症が七十六万五千円でございます。その他主なところを申しますと、遺族に対する給付でございますが、普通扶助料が長期の方が最低保障が六十二万七千二百円でございます。また、公務扶助料が百五十四万三千四百円でございます。増加非公死扶助料が百二十二万二千四百円でございます。また、傷病者遺族特別年金が三十七万六百円でございます。金額については以上のような状況でございます。 また、適用者の割合でございますけれども、普通恩給、普通扶助料に分けて申し上げますと、普通恩給が全体で八九・七%、約九割でございます。普通扶助料の場合八七保六%、約八八%。これが最低保障の適用者の割合となっております。
○久保田真苗君 一番高い六十五歳以上の方の普通恩給でもって、最低保障額が九十万未満ということですね。そして、そこに適用される方が九割なんですよ、長官。そういたしますと、実際問題としてほとんどの人がそこになるわけですね。ですから、私は、要するに今まで少し加算していた、下に厚くという、そのことを今回おやめになったのにつきましては、やっぱり財源的な理由から一番層の厚いところのわずかな上げ底を切り捨てたんじゃないかと、そういうふうに思うわけです。でございますから、私は今後の年金というものの性格から見まして、老後の生活安定というところに最重点を置いていただく意味からは、やはり今までのような下に厚くの思想、それは持ち続けていただきたいと思うんですね。 それからもう一点は、今回物価等にスライドするというその観点も臨調等の答申を入れて加味なすったと、やっていらっしゃるわけなんです。しかし、もしこれが公務員給与にスライドするというだけでなく、物価を含めるということになりますと、当然にそこの部分は生活必需にリンクされるべきものだと思うんですね。私は、ですから、当然にそこのところは、今回の考え方は少し矛盾していると思うんですよ。物価にリンクする部分をお取り入れになっていて、しかもそれを生活必需、つまり下に厚くという少しばかりの上げ底をしていらしたのを落としてしまったわけですから、その二点において、私はこの点に問題があると思うんです。来年度からもこれをお続けになるということでございますと、上下の所得格差がどうかというような、そんな大層な金額のものを支給しているわけじゃございませんから、この原則は私はやはりもう一度老後の生活安定の原資なんだという観点から、ぜひ慎重にお取り扱いいただきたいと思うんです。お願いいたします。
○国務大臣(山下徳夫君) 政府委員から詳しく御説明申し上げましたように、恩給問題につきましては、臨調並びに旧行革審から重言をいただきまして、それを踏まえながら恩給問題懇談会等々も開いてあらゆる層の御意見等も賜り、いろいろと先ほど申し上げましたあらゆる要素を検討して今回の措置をとったわけでございます。 そこで、まあ下に厚く上に薄くとかいうような問題につきましては、従来御説明申し上げました。ように、たしか十年ぐらいでしたか、同じ方式でやってきておりますけれども、やはりここらあたりで一回全体的に見直す時期ではないかということで、そこらあたりも懇談会等に付していろいろ検討した結果の今回の措置だったと思いますが、今お話がございましたように、来年度以降どうするかということにつきましては、公務員給与の改善のぐあい等を見ながら、また来年度は来年度として改めて、今年度のものをそのまま踏襲するということではなくて、新たに検討すべき問題だと存じております。
○久保田真苗君 恩給法に関連しまして、私、従軍看護婦の問題を取り上げたいんですが、官房長官がまだお見えになっていませんので、新行革審に飛ばしていただきます。 それで、この新行革審が早速動き出すようでございますね。それで、六十三年度の予算編成方針等についておやりになるというような報道がございますけれども、新行革審は当面どういうことをおやりになることが決まっているんでしょうか。
○政府委員(佐々木晴夫君) 先生御承知のように、新行革審はこの四月二十一日に第一回の会合を開催しております。それから、それ以後現在までに五回の会合を開き、各省庁からただいま諸般の行革の推進状況等につきましてヒアリングを行っている段階であります。その意味で、このヒアリングにつきましてはやはりある程度期間がかかると思いますものですから、その段階でいわば検討の課題がさらに決まっていくということになると思いまして、今の段階、確たることを申し上げられないわけでありますが、当面そのヒアリングを通じて各省庁から問題点を把握をしてまいるというふうな段階が続いてまいるというふうに理解をいたしております。
○久保田真苗君 それで最近、土光敏夫氏が行革についての国民会議というようなものの中で、今の行革のあり方を二十三点だというふうに厳しく評定しておられるんですね。で、まあその中の一つに、これは私が前総務長官の時代に取り上げさせていただいた問題を指摘されている箇所があるんです。それは情報公開制度の問題なんでございます。 この前、私が前長官にこの問題を伺いましたときに、まあいろいろと進めているんだと、情報公開。で、総務庁としては本当に前向きで検討しているということを報告するというようなこともございます。それはこういうふうに言っておられるわけです。情報公開について「やりたいということは、いずれかの日に法律をつくって出したいという考えでございまして、これだけはまだどこにも言っておりませんが、そういう考え方で総務庁は本当に前向きで検討しておるということ」だと、そして重ねて、「本当に検討、検討でなしに、検討は具体性を帯びた検討である、このように御理解をいただいて結構」です、こう言っておられます。 それで、本当に具体的にこれをお進めいただいている状況についてお伺いしなければならないんですけれども、私としましては、本当に進んでいるという状況をできるだけ早期に示していただきたいということを新長官にも改めてお願いいたしまして、御決意のほどを伺いたいと思うのでございます。
○国務大臣(山下徳夫君) 情報公開の問題につきましては、より一層公正で民主的な行政運営を実現する、さらに、行政に対する国民の信頼を確保する、こういった観点から取り組むべき課題であると私も認識をいたしております。昨年末の閣議において決定されました六十二年度の行革大綱等において、「行政情報の公開」につきましては、まず、「文書閲覧窓口制度の整備・充実等行政運営上の改善に関する具体的方策を推進する」、さらに「制度化の問題についても、引き続き所要の調査研究等を進める。」、このようになっておるところでございます。今後ともこの閣議決定に則して所要の改善及び調査研究等を進めてまいる所存でございますが、制度化の問題は何分にも広範な問題を含んでおりますので、いましばらく諸般の検討を進めることについては御理解をいただきたいと存じます。
○久保田真苗君 ひとつ前長官にも増して、この問題に熱意を持ってお取り組みくださるよう再度お願いしておきます。 それから、もう一つお願いしましたことは、これから行革審の中に委員会などを設けておいでになると思うんです。私、旧行革審の実態を調べまして、この前、前長官に申し上げたことなんですけれども、この委員の構成で五十九人の参与のうち三十九人、実に六六%が元官僚であったわけです。そして、女性の数が非常に少なかった、こういうことなんでございます。で、私はこの官界出身の方が三分の二もこの行革という問題に携わっていらっしゃるということは、やっぱり自分の座っているいすを自分で持ち上げられないという意味合いにおきまして、ぜひ余りにそういうところへ多くの比率を配分しないでいただきたいというお願いをしたわけでございます。で、玉置長官は、相なるべくは官界出身者のお世話にならない方がいいんじゃないかというような御答弁をいただいておるんですが、この点につきまして、長官の御意見はいかがでしょうか。私は、余りにもバランスを失した形にならないように、もちろん官僚の方が専門知識を深く持っていらして非常に役立っていただくということはわかるんですが、それが絶対多数を占めて、この一番大事な小委員会のところで事実上の決定が行われるということについては非常に問題があると思いますので、よろしくお願いしたいと思います。
○国務大臣(山下徳夫君) 今お尋ねがございました参与等の人選につきましては、これは審議会みずからお決めになる問題でございます。現段階におきましてはまだ掘り下げた事項について具体的には決まっておりませんが、やがて具体的に決まりまして人選に入ると思いますので、その時点において、先生の御要望等も私からお伝えしたいと思います。
○久保田真苗君 女性の登用につきましてはいかがでしょうか。
○国務大臣(山下徳夫君) 今申し上げましたとおり、これは新行革審でお決めになる問題でございますけれども、一般論といたしましては、やはり適時適材主義だと心得ております。そういう観点からお進めになると思いますし、総務庁として私どもで決められる人選につきましては十分考慮し、例えば行政委員等につきましても比較的に女性の方々がだんだん多くなってきておる。その傾向ははっきりいたしておるわけでございまして、御趣旨の点を踏まえて、今後とも処してまいりたいと思います。
○久保田真苗君 官房長官お見えになりました。突然になりますのですけれども、二〇〇〇年に向けての婦人の地位向上、新しい国内行動計画、この間官房長官が閣議でもってお世話いただいた案件でございます。あの中に、現在五%台の審議会等の女性委員を二〇〇〇年に向けて一五%の目標に持っていくという、たった一つの目標値と時期をはっきりお示しいただいたということについて、一五%はいささかささやかながら、敬意を表したいと思います。そこで、お近い関係にございます総務庁長官にもこのことを御承知いただきまして、ひとつぜひ率先垂範をお願いしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。官房長官もよろしくお願いいたします。
○国務大臣(後藤田正晴君) 今、久保田さんおっしゃいましたように、二〇〇〇年に向けての新しい国内行動計画を決めたばかりでございます。今まで大体目標値を御承知のように一〇%と、こう決めてあって、それにまでとてもいってないというようなことだったんですが、こういった世の中全体に関する仕事を推進しようとする場合に、それぞれの男性女性によっての特質もあるかもしらぬけれども、やはり私は、現状から見まして、もう少し婦人の目を通しての細かな実態というものがそういった議論の中に反映することが必要なんじゃないかと。それで、まあ一五%といえば、今おっしゃるように、まだ少ないのではないか、本来言えば五〇、五〇でいいではないかという御議論もあろうと思いますけれども、社会の実態から見て、まあせめて私は二、三割ぐらいは本当は入ってもいいのではないかなというぐあいに思っているんです。それで、お隣の山下さんが今おっしゃいましたように、総務庁なんかの中のあれにはいろんな御婦人の方が入っておることも事実ですけれども、それでもまだ少ないと思いますね。 ただ、それにはやっぱりそれなりの、何といいますか、とりようによって悪くとられると困るんですよ、困るんだけれども、見識というものを養っておいていただかないとぐあいが悪いなという面も率直にあります。私、出席して聞いていますから、意見をね。久保田さんのような方なら、それはどこへ行ったって勤まらぬなんという心配はないんだけれども、必ずしもそうでない場合もやっぱり相当あるんですよね。しかし、全体としては、私は今えらい失礼なことを申しましたが、今のままではいけないと、これは。これはやはり婦人の参加はふやすべきである。役人の数にしても私はそうだという考え方を持っておりますから、御意見十分尊重させていただきまして、逐次、これ急にというわけにいきませんが、そういう考え方でずっと改善措置を講じていく努力を積み重ねたい、かようにお答えいたしておきたいと思います’
○久保田真苗君 次に、突然なんでございますけれども、ちょうどお二人の長官がおそろいになったところで、私ひとつぜひ心から要望しておきたいことがあるんです。 それは、恩給法そのものではないんですが、それとの絡みで、従軍看護婦さんの慰労金の問題なんです。これは人数はもう残っている方は二千人余りが対象なんです。しかし、これは非常なエアポケットになっておりますグループでして、戦後処理問題の一環として忘れられてはならないグループだと思います。そこで、簡単に何が不公平かということを申し上げます。 まず、この慰労金は恩給や年金ではないということなんですが、しかし、事実上何年かにわたって年金のように支給されてきたということなんでございます。当然に私は恩給に準ずる扱いをすべきだろうと思っておるわけでございます。なぜかと申しますと、一つは、この従軍看護婦のうち、軍の命令によって戦地に赴き、そこで公務で戦没した方あるいは障害者となられた方、こういう方につきましては、厚生省の所管でございます戦傷病者戦没者遺族等援護法という法律によりまして、恩給と同じ扱いを受けているわけでございます。つまり、亡くなったり、けがをした方で障害が残った方、こういう方は同じ扱いを受けているんです。今私が問題にしておりますのは、無事に生還された従軍看護婦、この方々でして、恩給の扱いですとこういう方に対しても当然に恩給が支給されております。ところが、この方々は全く工アポケットになりまして、いろいろとさんざん陳情のあげく慰労金という形になっておりますけれども、まず第一に金額が非常に少ないということです。そして、その額がなかなか増額されないということなんです。 慰労金というのは、年間に一番低くて十一万円程度、最も高いところでも三十四万円程度というふうなことになっておるわけでございます。したがいまして、金額としてまことに少なく、人数としても二千人余りとまことに少ない。そういうことから、これは本当に政治折衝の対象にも何にもなりにくくって、最も扱いづらいケースなんでございます。でも、やはりもう戦後処理の問題がここで、皆さん老齢になられまして、あと十年二十年の間に終わりを告げるという時期を迎えておるわけでございます。私は、やはりこれは情けなかったんだということじゃなくて、これだけ経済大国になったんですから、有終の美を発揮するような総合的な御処置を官房長官にもお考えいただきたいし、総務庁長官にも、この恩給問題の中心になっていらっしゃるお立場から、国務大臣としてぜひこの問題はお考えいただきたいのでございます。 具体的には、まず、これは六十年に何年か分をためて増額されたんですが、凍結凍結という事態が続きまして、何年か後にやっと少し上げるという状態になるわけです。しかし、その間に凍結されたものは失われるものでございまして、決して本人に返ってこないんです。それは、官房長官も公務員給与の凍結というものがいかに非人道的なものであるかということを御理解いただいておると思います。そういう見地から、私はぜひ凍結なしの増額をお願いしたい。そして、これが恩給に準じた扱いに改善されていくことをぜひお願いしたいと思います。内容的にはこれから予算の中で御検討いただくことでございますので、その際ぜひお心の中にとめ置いていただくことをお願いいたします。 次に、官房長官に光華寮の問題をお伺いしたいと思います。この光華寮の問題が二月からいろいろと問題になっておりますけれども、これにつきまして官房長官の御所見を伺いたいんです。それは、一つは、近々閣僚の方が訪中されますとこういう問題が中心になるんじゃないかというようなことも聞きますので、どういうふうに日本政府としてはこれに対応しておいでになるのか、お伺いしたいと思います。
○国務大臣(後藤田正晴君) 御質問のこの光華寮の問題が今、日中間で難しい問題になっておるということは事実でございますが、私どもとしては、こういった問題で日中間の友好関係といったものにひびが入るといったようなことの絶対ないように、やはり日中友好という両国の外交関係、これを大切にしていきたい、こう基本的に考えておるわけでございます。促したがいまして、この問題、両国の国の立場といいますか、制度が違いますからいろんな議論があるわけでございますが、やはり冷静に対応をしていくことが何よりも肝心だ、こう考えておりますが、仰せ、御案内のように、日本としては三権分立の立場をとっております。相手方から見れば、しかし、そうは言いながらも三権分立は日本の国内の問題であって、日本国全体としてはやはり司法といえども日本国の中の組織ではないのかと、ならば、見方によれば二つの中国ということになりかねないようなああいった判決というものは中国側としては認めるわけにまいらないと、こういう御主張でございますね。それは、その立場に立ては私もわからぬではないけれども、何せ日本は、日本としてやはり日本国憲法のもとで三権が分立をして、司法の判断に対して行政が口を横から入れるというわけにはまいらないわけでございますから、その点は日本側としては、やはり中国側に粘り強く日本の制度というものをよくひとつ説明もし、理解も深めていただいて、そしてぜひ冷静に対処してもらいたい、そしてやはり司法の判断を待っていただく以外方法がないのではないのかという基本的な考え方をとっておるわけでございます。それで何とか中国側の理解を求めたいなと、こう思っておるわけでございますが、厄介な問題であることは事実でございます。 ただ、一つまだ残る最高裁判所の司法判断というものもあるわけでございますし、この問題は御案内のように民事の問題でございますから、そういった点について最高裁がどのような判断をせられるかということを、私どもとしても冷静に見詰めておるというのが実態でございます。
○久保田真苗君 三権分立ということでございますから、それはもう行政が司法の判断に介入していくということはあり得ないことだと思います。しかし、この問題が純然たる民事の問題がどうかということにつきましては、問題があるのではなかろうかと思うわけでございます。なぜならば、日中共同声明というものがございまして、日本政府の立場というものがございます。それから、相手方の国有財産につきまして、その帰属の範囲をどうするかという問題もあるかと思うんです。したがいまして、これは民事訴訟でありながら国際公法の絡まる分野も出てくるのではないかという、そういう感じを持つわけでございます。 そこで、外務省に事実関係として伺いたいと思いますのは、外務省はこの問題について裁判の中で、あるいは裁判に関連して、意見等を述べる機会がおありになったかどうかということです。
○政府委員(谷野作太郎君) お答え申し上げます。 先生も御案内のように、この問題は実は国交正常化以前から一貫して日本の法廷の場で係争中の案件でございます。中国側からは、御案内のように、累次にわたりましてこの光華寮というのは中国政府の所有に帰すべきものであるという立場が述べられておるわけでございますけれども、私ども政府当局といたしましては、ただいまも官房長官から御答弁がございましたように、このような、まあ学生寮でございますが、光華寮のようなこういった種類の財産につきまして、それに関する紛争、これは官房長官の御答弁にもございましたように、最終的には法律上の問題として裁判所の判断にゆだねられるべきものであろう――現に今係争中でございます。そして、三権分立の体制のもとでは、司法の手続にのっとって争われておりますこの種の民事の訴訟に関しましては、行政府の立場から介入することはできないということを申し上げておりまして、かつまた他方、日中共同声明、中華人民共和国政府を唯一の合法の中国の政府として認めた日本政府の立場、これにはいささかの変動もないのだということもあわせて説明しておりまして、その限りにおいて意見を申し述べておりますけれども、大要今申し上げましたように、司法の手によって最終的に判断がなされるべきものであるということが、政府の立場でございます。
○久保田真苗君 外務省の基本的態度を説明なすったんですが、私が伺いましたのは、このことに関連して裁判の中で、あるいは裁判との関連において、外務省が裁判所に対して意見を述べる機会があったかなかったかということなんです。
○政府委員(谷野作太郎君) 何分係争中の案件でございますものですから、私どもは慎重に、私どもの考え方というのはただいま申し上げた以上のことについて公に申し述べてはおりません。
○久保田真苗君 公に意見を述べたことはないわけですね。
○政府委員(谷野作太郎君) さようでございます。
○久保田真苗君 それからまた、事実関係の中で、今現にその光華寮に何人の方が住んでいて、その方々の国籍は一体どこなのかということです。
○政府委員(谷野作太郎君) お答えいたします。 現在ここに住んでおりますのは計四十六名というふうに承知いたしております。そのうちの八名が法廷で争っておるわけでございますけれども、この八名を除く三十八名、これは中国から来られました留学生であるというふうに承知いたしております。なお、被告になっておられます八名につきまして、この方々については学生ではございません。
○久保田真苗君 その四十六名のうち国籍はどういうふうになっていますか。
○政府委員(谷野作太郎君) 私どもの承知しておりますところでは、四十六名のうち先ほど申し上げましたように三十八名、これが中国から参りました留学生というふうに承知しております。それからその残りの八名、中国の国籍と承知しております。
○久保田真苗君 八名が中華人民共和国の国籍ですか。
○委員長(岩本政光君) もう少し大きい声で答えてください。ちょっと大きい声で答えてください。
○政府委員(谷野作太郎君) 八名も中華人民共和国の国籍を有しております。
○久保田真苗君 中華人民共和国の側からいろいろと新聞等で非難されているという報道がたくさんあるんですね。いっぱいありますけれども、正式にはどういうことが申し入れられているんでしょうか、どういう形で。
○政府委員(谷野作太郎君) いろいろございますが、最近日本の新聞等でも大きく取り上げられましたのは、中国の指導者の鄧小平さんが日本側に申されたことでございまして、これは要するに、この光華寮裁判につきましては日本においてしっかりとした方策をとってもらいたい、中国人民自身の経験から軍国主義とも関係があるのではないかということを申されました。最近の中国指導者のこの問題についての発言は例えばこういうことでございまして、これにつきましては新聞等でも大きく報じられたところでございます。
○久保田真苗君 今最高裁に係っていまして、それを見守っておいでになるわけなんですけれども、これがいずれかの方向で確定いたしますと、場合によっては立ち退き等の事態に立ち至っていくというふうに思われるわけなんです。 そこで、国の制度のあり方とか、それから民事訴訟についての判断、そういったものについて両国間に意見の不一致がありましておさまりがつかないというようなときには、これはどういう解決の方法がございますでしょうか。
○政府委員(谷野作太郎君) ただいまいずれにいたしましても最高裁で御審理中の段階でございますから、結論を先取りいたしまして私ども行政府当局からあれこれと申し上げる段階ではないような気がいたします。
○久保田真苗君 官房長官、最高裁に係りますと長いんですよね、多分そうだろうと思うんですが。その間、日本政府として何か打っていく手というものが考えられますでしょうか。
○国務大臣(後藤田正晴君) これは、久保田先生、やはり国際関係というのは、現在は主権国家同士がお互いにその主権の尊重をしながらの国交関係を結んでできるだけ仲よくやっていこうと、こういうことでございますから、これはやはり中国側のおっしゃることも、それは私わからぬでないんですよ。先ほどちょっと申し上げましたように、ああいう議論もあるでしょう。しかしながら、日本には日本の憲法のもとにおいての制度というものがある。その制度のもとでいろんな条件も考えながら、民事裁判として日本の裁判所が最終的に決定すれば、これはやはりそれを尊重をしていただくと。それで、それを尊重していただくように外交的には理解を求めていくというのが私は基本的な立場であろうと。日本の制度のいかんにかかわらず、相手国がこう言うから、日本の制度はこうだけれどもこういう結論を、違うのを出しますよというわけにはまいらない。これはお互いの主権国家同士で尊重し合うということでやっていただく以外方法はあるまいと、かように考えます。
○久保田真苗君 それでは、次にがらっと問題が変わるんですけれども、動物保護の問題について。これは総理府本府の御所管なんでございます。 私がぜひこれを取り上げてみたいと思いますのは、この動物保護の問題は総理府が非常にいい法律を持っておいでになるわけです。動物の保護及び管理に関する法律というのでして、昭和四十八年に、もうこれは長年の民間運動とそれから国会議員の努力によりましてついにできて、みんなが喜んだという法律なんでございますね。そして、動物保護審議会という内閣総理大臣の諮問機関である非常に格式の高い審議会もできたということなんです。しかし、こういうことは非常にフォローアップが大事だと私ども思うんです。それで、特にこのうちに十条、十一条という条文がございまして、この条文にかかわることを、私はきょうはそこだけを取り上げてみたいと思います。 十条というのは屠畜の問題なんですね。これは動物を殺さなければならない場合、できるだけその動物に苦痛を与えない方法でしなければならないという法律になっております。そして、総理大臣は関係行政機関の長と協議して、その方法に関して必要な事項を定めることができるという、この法律は罰則まで伴う、総理府本府としてはかなり珍しいくらい強い法律をお持ちになっていらっしゃるわけなんです。 それで、私がお願いしたいと思いますのは、ひとつこれに関連して、屠畜の方法が今どういう現状にあるか、そしてその所見についてお伺いしたいと思うんです。
○政府委員(橋本哲曙君) 総理府といたしましては、ただいま先生御指摘のとおり、動物の保護及び管理に関する法律に基づきまして、できるだけ動物については苦痛を与えないで処分しなければならないということで現在指導をしているところでございますが、ただいまの屠畜の方法でございますが、総理府としては十分に実態を把握しておりませんが、この法律の十一条に基づき産業動物の専門委員会を開きまして、そこで産業動物の飼養及び保管に関する基準を現在検討中でございますが、その先生方からのお話によりますと、一般的には、牛と馬につきましてはハンマーまたは打撃銃によりましてみけんに穴をあけまして失神させるということで、なるたけ苦痛を与えないということで、その後頸動脈を切りまして放血するという方法をとっているというふうに聞いております。また、豚の場合につきましては電殺という方法をとっておりまして、大体二百ボルトから四百ボルトの電流を通しまして失神状態にしまして、牛、馬と同様に頸動脈を切りまして放血をしているというような方法をとっているというふうに聞いております。
○久保田真苗君 現在、毎年牛につきましては百五十万頭、豚につきましては二千万頭以上の屠殺が行われます。ですから、これは決して小さい問題ではないと思うんです。そして、今おっしゃった屠殺の方法なんですが、私、動物福祉協会というのを知っておりまして、この福祉協会が長年の間、外国の動物愛護団体等ともどもに屠殺の方法を、この牛につきましてですが、打額銃ですね、今おっしゃった銃によってみけんに穴をあげるという方法をせめてとってほしいという訴えをしてきまして、この結果を今どういうことになっているかと思いました。ちょうど決算部会で芝浦の食肉センターを拝見させていただくことができました。精しくここで申し上げられません。しかし、打額銃というのはそれならば非常に苦痛がないかということについては多少の疑問ありますけれども、今行われている方法としては三十秒ぐらいの間で牛がもうそこへ沈み込んでしまうという、時間が短いということにおいてはそうなんですね。 それで、この打額銃を使っているところをきのう厚生省がもう急いで調べてくだすったんです。それによりますと、牛について、屠畜場三百八十三カ所のうち、この行額銃を使うのが二百四十六カ所なんです。しかし、それ以外につきましては手動ハンマーでやっている、それが百二十二カ所。それから、それをミックスしてやっているというところがありまして、その他というのがあるんです。その他というのは直接頸動脈を切開するという方法で、非常に残酷だと思います。まだこういうことがかなりの屠畜場で行われているということは非常に残念に思うわけです。なぜならば、今、牛は農水省におきましては畜産振典事業団で扱われているんですけれども、こういうところの経理が非常に円高差益のためによろしいのですね。しかし、そういう中においてまだ打額銃というこんなちっぽけな銃がそろえられないということは非常に残念だと思うんです。 なぜならば、屠畜について、衛生面は厚生省です、肉質については農水省です、価格については畜産振興事業団です、そして実験動物については文部省でございますと、ばらばらになっております。そこで、確かにこれは内閣総理大臣のもとで、官房長官の監督のもとで行われるということが非常に適切だと思います。時間がありませんので私はもうこの問題だけにお願いをいたしますけれども、つまりは屠畜方法の改善について今それを現に基準をつくっておいでになるのでしたら、ひとつぜひ実態を見ていただきまして、そしてこういう最良の方法が行われるように――大変私はその動物に対して申しわけないことだと思うんですね。ぜひそこのところをよろしくお願いしたいと思います。 それから、実験用動物については、既に世上相当の非難が起こりました。この前、猿をはりつけのようにして何回も自動車の衝突事故のあれに使ったということで、福祉団体等から抗議が参りました。ところが、それを見ますと、通産省、文部省に行っていまして、決して動物の保護を所管する総理府には来てないんですね。そういうことでございますので、私、これも確かにこり法律御所管保の官房長官の御責任になりますので、この趣旨が徹底されるように――なぜなら総理府は既に告示をお出しになっています、実験動物について。しかし、それがちっとも徹底されていない。広報の面で非常に多額の広報費をお持ちでございますので、こういうのもぜひ広報で国民がよくわかるように周知していただきたい。 屠畜の方法の改善それから実験動物についての周知徹底、この二点についてぜひよろしくお願いしたいと思います。御答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(後藤田正晴君) 今、久保田さんのおっしゃった動物の屠殺の方法について、できるだけ残酷な方法を避けなきゃならぬ。これは法律があるわけですし、それから実験用の動物については、確かあれ基準があるんですね。それらの出しっ放し、行政のやりっ放しになってはおりはせぬのかなという疑問を、今久保田さんの御質問を拝聴しながら思いました、この点は。これは十分そういう非難を受けないように、制度がきちんとできている以上は、これは私どもの方として各省庁に趣旨を徹底してそして努力をしていきたい、こう思いますのでお許しいただきたい、こう思います。
○山口哲夫君 三月九日に北海道の上富良野町で、自衛隊の砲弾が目標の着弾地より三・五キロも飛び過ぎて場外で炸裂するという事故が発生いたしましたけれども、約一カ月以上もそれを自衛隊の方では隠しておりまして、四月二十一日に地元の営林署から事故発生の事実とその原因究明を求められて、初めて回答して陳謝をしております。その後、また一カ月も公表を避けまして、ようやく五月十八日に公表いたしました。地元の人たちは、どうしてこんな恐ろしいことが隠されていたのかと、大変怒りをあらわにしているわけであります。 今私が申し上げたようなことが事実であるかどうか。そして、なぜ事故の起きた当日にこれを公表しなかったのか。この点についてお答えいただきたいと思います。
○政府委員(依田智治君) 三月九日の日に北海道の上富良野演習場で、私どもの第一特科団一〇四特科大隊が二百二ミリりゅう弾砲六門をもちまして実射訓練をやりました。
○山口哲夫君 経過はいいですよ。今、時間がないから、私述べたんだ。
○政府委員(依田智治君) はい、わかりました。 その点、先生の御指摘の事実があったことは事実でございます。 それで、なぜ公表がおくれたかという点でございますが、当日、六門の二百三ミリりゅう弾砲で一発ずつまず撃ったところ、確認班が、どうも一発だけ本来六キロのところに落ちるところを落ちていないようだ、ちょっと先に落ちた可能性があるということで、いろいろ当時推定しまして、音の方向というようなことでどうも北側のすれすれのところ付近であろうというように、この推定にも問題があったわけですが、そういうことで、当時積雪ニメートルくらいあったわけでございますが、スキーその他で演習を中断して捜索したけれども、見当たらない。なお、念のため外周等をジープ等で見てみましたが、国有林の方は人の入った気配等ないというようなことで、人身事故もないようだし、恐らく北端であろうというようなことで、実は先生御指摘のように、地元の営林署とか上富良野町にも連絡しないまま時が経過し、それから四月二十二日に至りまして、営林署員によりまして、破片とともに立木約二十本くらいが損傷しておるということが判明したわけでございます。 そこで、すぐ営林署とともに調査いたしまして、上富良野町長にも実情を説明しておったわけでございますが、私どもの中央陸幕本部、陸幕の監部並びに内局の方に連絡が来たのが実はつい最近の十六日の日でございまして、私どもの方としては、こんな重大な問題がどうしてこんなに遅くなったかということで、実は現地レベルだけで処理すべき問題ではないということで、すぐ大臣にも報告し、公表し、また陸幕長からも安全対策並びに報告、連絡の励行、地元の支持を得た射撃の実施というようなことで、通達をした次第でございます。 そんなことで、まことに申しわけない事案であったと考えております。
○山口哲夫君 茨城県の百里基地で、F15ジェット戦闘機がミサイルを誤って発射したことがありましたですね。あのときも、事故が発生してから六時間半たって公表しているわけです。自衛隊というのは、人身事故がなければこういうことは公表しなくてもいいという、そういうことになっているんですか。
○政府委員(依田智治君) そういうことはございません。やはり、場外等に影響のあるおそれのある事案等については、可能な限り公表し、地元の支持も得て訓練等も実施していくということでございます。 先ほどの、九月にありましたミサイルの問題につきましては、その原因や付近の調査等に若干時間がとられまして、実際に公表したのが六時間以上過ぎてからであったということで、これももっと迅速に報告すべきものであるというように考えておりまして、地元との話し合いにおいてもそういう方向で努力するということをお約束している次第でございます。
○山口哲夫君 人身事故がなくても公表することになっているんですね。今そうお答えになりましたね。
○政府委員(依田智治君) これは、たとえ人身事故がない場合でも、やはり場外等に重大な影響を及ぼすおそれのあるようなものについては、なっておるという規定は特にございませんが、私どもの判断としては、地元との信頼関係という面からも、公表すべきものであろうというように考えております。
○山口哲夫君 それでは、現地の責任者というのは、そういう事実を知りながら公表しなかったという責任は当然ありますね。
○政府委員(松本宗和君) 現在、その責任の内容につきましては検討中でございます。当然、服務関係で違反があると判断された場合には、行政上の処分をいたすということになります。
○山口哲夫君 服務関係でどうこうというんじゃなくして、自衛隊としてそういう重大な事故があった場合には隠してはおかないんだ、当然それは公表するべきなんだ、そういうお考えをさっき述べましたね。だから、責任者として、これだけの重大な事故があったのに、それを二カ月も放置しておいたということについての責任はありますねということです。
○政府委員(松本宗和君) 今回の場合に関して申しますと、そういう点で、これは事実関係をもうちょっと調べさせていただきませんと何とも申し上げられませんが、隠しておいたというようなことであればそれなりの責任はあるというぐあいに考えております。
○山口哲夫君 事実関係どうこうという問題じゃないんですよ。隠しておいたということについての責任はありますねと。
○政府委員(松本宗和君) その隠しておいたかどうかということでございます。そこで、私は、ちょっと歯切れが悪いようでございますが、その事実関係について改めて十分調べた上で対処すべき問題であろうと思いますが、もし先生がおっしゃるようなことであれば、責任はあるというぐあいに考えていいかと思います。
○山口哲夫君 あいまいにお答えされると困るんですが、事故が発生したのは三月九日ですよ。そして営林署から確認を求められたのが一カ月後ですよ。四月の十八日ですよ。営林署が確認したのが四月十八日。そして、駐屯地へ通報したのがその三日後の二十一日。それから初めて自衛隊は動き出したんです。地元の町長に報告をしている。だから、ここでもう一カ月以上放置しておいたことは間違いない。しかも、これは非常に重要な、重大な事故です、後ほど申し上げますけれども。だから、私は、現地の責任者というのは明らかにこれは隠していたということはもう事実ですから、そういう面での責任は当然あると思います。 さて、今の事実確認ですけれども、一発だけ先に落ちたらしい――先というのは遠くに落ちたということでしょう。一発だけ先に落ちたらしいというんですけれども、六発撃って、その中で確認したら一発だけ先に落ちたということですか。
○政府委員(依田智治君) 当日は、火砲六門によりましてやったわけでございますが、最初各砲から一発ずつ撃った。それで、それを観測班が三カ所で確認しておったところ、初弾がその六キロ先の中に確認できないということで、それではどこに落ちたかということで、実は観測班は着弾地点を中心に双眼鏡等で目を奪われておりましたので、一発がないと、じゃその先ほどいうときに、方向とそれと大体表で計算して北端であろうと、こういうようにどうも推定したようでございます。それが演習場内の雪の深い北端のところあたりに落ちた模様であると、こう認定したようでございまして、そのあたりの認定の仕方にも私は今回の事案の場合甘いものがあったのではないか、今後こういう点は十分反省して、もっと場外に飛び出したおそれがあるということは専門家ならば当然推定できたのではないかということで、今後の反省にしたいというように考えておるわけでございます。
○山口哲夫君 一発目がどうも遠くに落ちたらしいということで二発目から撃つのをやめて、そして二時間ほど捜したのでないんですか。
○政府委員(依田智治君) これは火砲が六門並んでおりまして、白五号によって撃てということで、ある演習の目標に向かって各砲から一発ずつ撃ったわけでございまして、六門が終わったところで待てと。それで、近接してどんどん撃ってきますので四十四発当日撃ったわけですが、その六発撃ったところで中断したということでございます。
○山口哲夫君 わかりました。 それで、自衛隊はこの道道から山中へ人が侵入した形跡もない、人身事故のおそれはないとして捜索を打ち切ったと、こう言っていますね。ところが、近くでは営林署の作業員が十二名もトドマツの間伐の作業中だったわけです。二百三、ミリりゅう弾砲というのは、四キロ先の百二十二センチ、一メートル二十二もある強化コンクリートを貫く威力があるんだそうですね。それで、空中で爆発するそうですね、これは。半径五十メートルの殺傷能力があるという。一歩間違えば、これは大変な大事故になったと思うんです。なぜ山林に入って捜索しなかったのか不思議でならないんですけれども、どういうことですか。
○政府委員(依田智治君) 先ほどの性能につきましては、大体三十メートル掛ける七十五メートルの幅で破片が飛び散る、その周辺にある大体五〇%の人畜を殺傷する能力があるという、相当強力なものでございます。今回場外の大体五百メートルくらい先に落ちたわけでございますが、当時は、先ほど申しましたように、射撃の方向並びに観測班の立ち会い幹部等の状況から、場内北端に落ちたものと推論したと。ここにちょっと問題があったのではないか。後すぐジープを出しまして周辺を捜索したわけでございますが、新聞報道等によりますと、爆発した二キロぐらいのところで営林署員が作業中であったのではないかということは、後日そういう指摘があるわけでございます。今後の対策としましては、万が一にもそういうことのないようにすると同時に、営林署等とも十分連携をとりまして、きょうはどういう作業をやっておるか、そういう点も把握しながら安全の面に力を入れていく必要があると、こういうふうに考えておるわけでございます。
○山口哲夫君 私は軍隊の経験ないのでわからないんですけれども、物の本によりますと、演習のときには薬きょう一つ見つからなくても、それこそ何時間かけても捜し出すというような、よくありますわね。そういうことから考えますと、何でそう簡単に打ち切ってしまったのか、最後まで見つかるまでどうして追跡しなかったのかなと思うんですがね。そこが不思議でしょうがないんですが、どうですか。
○政府委員(依田智治君) 当日は九時五十分から始めまして、十時過ぎに六発撃ったところで十時五分すぐ練習射撃中断ということで、十一時二十二分までの間に演習場外の着弾と思われる地点を、雪が一・五から二メートルあったので徒歩でやってもなかなか広範囲にわたって捜索できないということで、スキー等も利用しましてやったけれども、いずれにしても破片等がどこに入っちゃっているのか確認できなかった。雪を全部堀り返すわけにもいかないというような状態の中で、しかし、当日は警戒員等も相当場周に配置しておりましたので、その警戒員等の報告等を総合しても人が場内に侵入した形跡はない。それから周道、道道が周りにめぐらされておりますが、道道の付近並びにそこから山に入っていったような形跡もない。そこで、人身に対する被害はないであろうというように即断したようでございまして、その点には大変なやっぱり甘さがあったのではないかというように考えておるわけでございます。
○山口哲夫君 間違って、白七号というんですか、火薬を装てんしたわけですね。そうすると、白七号で撃った場合には大体どのくらいの飛距離があるということは、これはもう専門家ですからみんなわかるわけでしょう。しかも、弾というのはこれは真っすぐ飛ぶんでしょう。まさか右や左に曲がって飛ぶわけじゃないですよね。ねらいをつけて撃つんですから、真っすぐしか飛ばないはずですよ。そうしたら、どのくらいの飛距離があるかということはわかるんじゃないですかね、専門家なら。
○政府委員(依田智治君) 白五号、六号、七号とございまして、五にくっついておりまして六、七。六、七はちょっと火薬の度で五キロぐらい違うわけです。五と六では五キロぐらい違うわけですが、七キロに対して五キロ足すような感じになるわけです。それを他のところはみんな取り外して撃ったわけですが、今回の場合は緑五号というのが大体白七号と同じ大きさでしたので、ちょっと砲手が勘違いしてそれを入れてしまった。実際には、最大射程でいきますと七号で撃つと十六キロぐらい行く、一方の五号では十一キロという程度でございます。ただ、当日の演習では射角を相当低くして撃ちましたので、通常六キロの弾着地点に落ちている。それから推定しますと、十分場外に出る可能性は単純計算でもあるわけですが、当日は三カ所の観測班並びに当時の射撃指揮幹部が、いろいろ当時の方向並びに弾着の音、どの方向でやったかというようなことを想定して、演習場の場内北端であるという感じの認定をしたようでございまして、そういう点については、先生御指摘のように、大変なやっぱり専門家として甘さがあったのではないか。これは一歩間違ったら大変な問題があるということで、私ども今後そういう問題については十分データ等に基づいて厳正な判断を下して対処するようにということを指示しているところでございます。
○山口哲夫君 地元の北部方面の幹部が、七号の装薬でやっても場外の弾道距離には至らないと言っているんですね。そういうことってありますか。間違って七号使ったわけでしょう。そうすると、その場合の火薬の量からいきますと大体どの程度まで飛ぶということはわかるわけですね。それをどうして現地の幹部の方は、もし間違ったとしても弾道距離には至らない、こういう簡単な判断をしたんでしょうかね。
○政府委員(依田智治君) 先ほどもちょっと御説明しましたように、白五号で撃ちますと十一キロちょっと飛ぶわけでございます。それから白七号ですと十六・八。五が十一・七ということで、そこに五キロぐらいの違いがあるわけでございます。当日の弾着地点が六キロぐらいということですと、比例計算でいって恐らくその三分の一、少なくとも三分の一に当たるようなものは、したがって六キロに対して九キロ付近までは飛ぶというのが予測されるわけです。実際に飛んでおったのが九キロちょっとでございまして、そうなると、演習場北端ないし飛び出すことは、若干五、六百メートルのところに落ちる可能性があるということは、推定できる問題ではないかというふうに考えております。先生御指摘のとおりでございます。
○山口哲夫君 そうでしょう。そうすると、現地の幹部の言っている判断というのは非常に私は専門家としてもおかしい、そう思いますね。どうですか。
○政府委員(依田智治君) これはデータから推論すればそうでございますが、現場ではやはり観測班とか、部隊の安全幹部とか、それから大隊長以下立ち会い幹部等の判断は、当日の風向きとかいろんな音の方向とかを総合して実はやるものでございまして、どうしても関係者としては、どうも場内であるという希望的観測も恐らく入ったんじゃないかということで、客観性に欠ける判断になったようで、私ども素人が考えても今回の判断においては場内ということで断定していたということはやや甘いし、判断が適切でないというように考えております。
○山口哲夫君 私は、撃つときの射角も間違ったんじゃないかと思うんですよ。それでなければこういう判断というのは出てこないんじゃないか、後からこういう弁明というのは出てこないんじゃないかなというふうに思うくらいです。 さて、それで三谷大隊長は着弾を確認したんですか。
○政府委員(依田智治君) 三谷大隊長は着弾は北端の部分であろうというように自分の当時立ち合っていた状況から判断したようでございます。その方向が、北端からちょうど場外五百メートル出ていったところの延長線上の中にございまして、音等を聞く場合にこだまその他で前の方に聞こえるというような要素も恐らくあったのかどうか。大隊長は演習場北端に落ちたということを自分として推定したようでございます。
○山口哲夫君 地元の新聞では大隊長は確認した、こういうふうに言っているんですね。ところが、地元のいろいろな団体が抗議に北部方面に行ったときにはその幹部は、大隊長は確認していないんだ、こういう物の言い方をしている。現地で対応する仕方が変わるんですね。私はそういう点で非常に何かこう隠しているんじゃないだろうかという疑問を持たざるを得ないんです、これは。そういう点では非常に残念に思うわけでありますけれども。 それは時間もありませんからそのぐらいにいたしまして、今後の演習計画というのは一体どうなっているんですか。
○政府委員(依田智治君) この二百三ミリ等の問題につきましては、地元の上富良野町並びに営林署等とも、先ほどの作業員がいつ入るか、そういう場合にどういう連絡をとりどう調整して実施するかというような点を現在鋭意調整中でございますので、そういう点も調整し、十分御説明した上で実施したいと。 なお、少距離の小銃とかその他そういうようなものにつきましては、訓練は平常どおり実施しております。
○山口哲夫君 ここ数年、日米共同軍事演習が非常に定着化してきておりますね。そういうことから、どうも自衛隊のやることは安全よりも米軍並みの実戦重視になっていく可能性を私どもは感ぜざるを得ないわけです。それで、今後もこういう事件というのは私は起こり得る問題だと思っています。しかも、あの地域は営林署の職員の人たちが常に伐採作業をやっているところでありまして、私はこの地域というのは演習には向かない地域だと思うんです。それで、ぜひひとつ今後は一切中止をしてもらいたい。強く要望いたしますけれども、どうですか。
○政府委員(依田智治君) この訓練につきましては、実は火砲等を国内で訓練できる場所というのは極めて限定されております。もちろん、ナイキとかホーク等相当長距離に及ぶものは国内で訓練するところがありませんので、アメリカ等に多額の金をかけて行って訓練しておるわけでございますが、せめて自衛隊の主要装備である火砲等については、国内の限られた練習場で訓練をする必要があるというように考えております。その場合に、もちろん安全の点――今まで、自衛隊創設以来、こういう場外へ直接着弾したという事件は、もう何発撃っているかわかりませんが初めての例でございまして、私ども初めてでもこんなことはあり得べきことではないということで考えておりまして、安全マニュアル――今回の場合も十四人が一つの砲を撃つのに関与し、かつ安全係が点検する、五号を六、七と外せば外したものがここにあるわけですが、ないのに撃ったということで、このあたり基本がおろそかになっていたということでございますので、十分人為的に今後とも対応は講じ得るものであるということでございますので、安全管理については十分各部隊に徹底を期して、訓練につきましては従来どおり実施させていただくということでお願いしたいと考えておるわけであります。
○山口哲夫君 万一にもあり得ないということが、現実に起きているんですよ。だから、あなた方が再発防止は可能であるというようなことも言うし、こんなことはめったに起きることでないから、今後は十分注意するから大丈夫だと言うんですけれども、万一にも起きないことが起きているということからいえば、将来だって起きる可能性は十分にある、こういうことなんで、そんな危険な中では地域の住民が生活できないでしょう。仕事もできないですよ。だから、ここは不適なんですよ、演習には。だから、絶対私たちとしてはこれは許すわけにはまいりませんので、今後一切演習はここではやめてもらいたい。どうですか。
○政府委員(依田智治君) 火薬の量と射角というものを確実に励行すれば、十分安全な訓練ができるわけでございます。今回はたまたま白五に七が入ったという希有な、しかも十数人がこれを見逃したというのは全く私考えられないことですが、絶対こういうことのないようにやると同時に、やはり陸上自衛隊の主力である火砲の訓練につきましては、国内においても今後実施させていただきたい。この点は、特にこれは我が国の防衛のためにも絶対必要なことであろう。その点、十分注意して実施させていただくように考えておるわけでございます。
○山口哲夫君 最後に申し上げますけれども、我が国の防衛のために必要だと言うかもしれないけれども、それがもし事故が起きたらこれだけの――何か略称原子砲と言うんだそうですね。自衛隊で持っている最高の武器だそうですね、この種類では。そして、半径五十メートルの地域を殺傷できるというんですから、その近くで作業をやっていたんですから、これは日本人を殺傷していたかもしれないんです、もうちょっと間違って飛んでいたら。そういうことを考えたときに、これは私はとても北海道のこの地域というものは、そういう武器を使っての演習には向くものではない。しかも、そういうことが頻繁にだんだん強化されて行われてきているわけです。 そのために、逆にソ連に対して今度軍隊の強化までさせているような、よくそういうことを言うではないですか、皆さん。だから、日本の北海道の中でそういう大々的な演習をやればやるほど、ソビエトの方では非常にやっぱり脅威を感じて、また北海道に対する、何というんですか、武器を強化していく、そういうように次から次へとエスカレートしていくんですよ。だから、北海道の住民にとってみたら、こういうことが今後ますます自衛隊の北海道における演習強化、武器配備の強化につながっていくんです。道民の生活の面からいっても、今後一切こういう演習はこの地点においては中止することを強く要求して、終わります。
○板垣正君 私は、恩給の国家補償としてのあり方、特に具体的な公務員給与に準拠しての改定、この問題に絞りまして申し上げたいと思います。 昨年の暮れ、今審議中の恩給関係の増額措置等が検討されたわけでありますが、受給者に対しましても非常に大きな動揺と不安をもたらし、また我が党におきましても総務会等におきまして、この国家補償のあり方についてけんけんがくがくの論議が行われると、こういうような事態を招来したわけであります。 その背景にありましたのは、つまり行革等の臨調等の方向づけによって、恩給についても物価スライドに移行させようと、こういうものが逐次表面化し、かつ恩給局等の検討懇談会、これが大体そういう方向の答申を出されるという運びの中で大変な混乱と不安と動揺をもたらし、その結果、恩給局の懇談会の結果は公表すらできなかった。そして、辛うじて人事院勧告公務員二・三%、それで物価よりはむしろ公務員寄りの総合的なところというわけでございましょう、二%という改定率が設定された経緯があったわけであります。そういう今までの経緯等も申し述べ、今後この扱いについてはやはり受給者の立場等も十分考慮し、山下長官もかねがねこれは国家補償、それを踏まえて扱っていくんだ、考えていくんだとおっしゃっていただいているわけでありますが、やはりそれは理念とともに具体的な扱いについても確固とした姿勢で取り組んでいただきたいという、そのことをお願いいたしたいわけであります。 〔資料配付〕
○板垣正君 今、お許しをいただきまして、資料をお配りいたしました。これは遺族会で作成した資料でございますが、戦後、昭和二十八年、恩給法がいわゆる復活をいたしました。それから昨年に至るまでの、まあ遺族会でありますから遺族の公務扶助料、この増額措置の経緯が一覧表に挙がっているわけであります。 まず恩給局に伺いますが、この資料は私ども正確であると思っておりますが、数字的にいかがでしょうか。
○政府委員(品川卯一君) お示しの資料を読ませていただきましたが、内容は正確でございます。
○板垣正君 この三枚の用紙に集約されておりまするけれども、これはまさに、二十八年から今年度まで入れますと三十四年間に及ぶ恩給問題、公務扶助料等を中心とする、関係者の本当にまさに汗と涙の結晶であります。また、政府、国会、関係方面もこれとのかかわりの中で一年度一年度安易に過ごした年は一年もない。非常な苦難の中から新しい装いで生まれた恩給、国家補償のあり方、それを模索しつつまた一つの方向が生み出されてきた、これが物語られているわけであります。時間が限られておりますから詳細な説明は省略いたしますけれども、一通りごらんいただきましても、この三十四年間、今回の改正まで入れますと二十四回目の改正であります、増額措置は。しかも、この二十四回の改定について公務員給与の改善とかかわりのなかった回は一回もないということが、明確に申し上げられるわけであります。 この二十八年以来は、当初の発足が当時ございましたいわゆる公務員給与ベース一万円、これも恩給審議会の建議よりも引き下げられてスタートしたわけでありますが、このいわゆる公務員の一万円ベース、そして公務扶助料、いわゆる最大多数を占める兵の階級における年額が二万六千七百六十五円、これでスタートしたわけでございますが、その後の歩みはほぼ公務員給与ベースを後追いするという形で改定が積み重ねられ、その間いろいろな政府の機関、審議会等も設けられた経緯もあるわけであります。 そして、一つの画期的な出来事は、四十一年の調整規定、いわゆる恩給法二条ノ二の新設でございます。これによって初めて恩給を上げる根拠というもの、政府の責任というもの、また、受給者がこれを権利として主張すべきもの、いわゆる政策的配慮で今までは扱われてきたが、そうではない、恩給はやはり受給者にとっては権利であり政府にとっては改定を行うべき責任がある、しかもそれには三要素を総合していくべきであるというこの規定が盛られたということは、一つの画期的なことであります。 さらに、四十四年度について。この年は物価を基準として上がっております。ただし、初めて恩給局が概算要求を出したのがこの年度であります。それまでは恩給局は、こうしたもので普通の予算のような概算要求は出さない。予算編成最終段階においてひとつの政治的なつかみ金で、最終政治折衝で処理されてきたのが、四十四年までの経緯であります。この年初めてこの概算要求がほかの省並みに出された。そのときには、公務給与の上がり分と物価について要求がなされましたけれども、そこは大蔵省に値切られて積み残しになって、物価だけの上がり率がとられたという、こういう事情でございます。 さらに四十五年、このときにはこの概算要求に出されたものが初めてほぼ実現を見る。これが山中総務長官の時代であります。この山中総務長官が前後三回にわたっての折衝に当たって、恩給局で検討して概算要求として出されたものは全額認めらるべきであると、これが国家補償のあるべき姿であるという形で、これからこの恩給のコースが敷かれたということが言えるわけでございます。 そして、その後の四十七年に至りまして、四十八年の一月から最底保障額の設定、そして四十八年の概算要求からは純然たる公務員給与改善のパーセントを持ってきて、二三・四%というこの四十六年、四十七年の公務員給与の改善分がそのまま計上されておる、こういうわけでございますね。そして、この四十八年以降、公務員給与の上がり分をスライドさせる、そうしたあり方が定着をしてくる。さらに、最低保障額制度が設けられて、改善についても公務員給与の改善に、特に五十一年度以降いわゆる上落下厚の措置がとられて、圧倒的多数を占める最低保障額適用の面の改定措置が進められてきたわけでございます。 なお、五十二年以降はそうした形で公務員給与の上がり分をスライドさせる、さらに公務扶助料等については最低保障額の引き上げをさらに加算をして行う、実施時期に若干のずれがございますけれどもそういう形が定着を見たということが、この後五十二年以降のこの表を見ると明確に物語られるわけであります。したがいまして、公務扶助料、これは恩給全体についてももちろん言えるわけでございますけれども、この増額措置というものが恩給法二条ノ二を根拠としつつ、しかし国家補償のあり方においては、やはり公務員給与の改善に準拠をして、そして安定した姿、定着した姿で行われてきた。ここに、高齢化しつつある受給者の一つの安定感といいますか、そうしたものが得られてきたわけであります。 やはり、こうした実績、また国家補償のあり方の具体的な姿というものは、政策の場においても尊重されるべきではないのか。これを、ただ年金一元化だからもう物価に持っていけばいいんだという姿において、受給者にとっては極めて残酷な措置と受け取られ、非常な不安と動揺をもたらす、これは政策として決してとるべきことではないのではないか。だからこそ、昨年暮れにおきましても、我が党においても久々に恩給をめぐっての大論議が巻き起こり、受給者にも大変な不安、動揺をもたらしたという経緯があるわけであります。行革もとより大事なことでございましょうが、そうしたものがそういう戦後一番大きな犠牲を受け、その中からやはり遺族として、人間としての誇りを失うことなく苦難に耐え抜いてきたこういう層の人々に、言うなれば弱い層の人々に不安を与える、しわ寄せをもたらす、こういう行き方は私どもは断じてとるべきではないと、こう信ずる次第であります。 さて、そこで恩給局長に伺いますけれども、恩給受給者のこの数ですね、もうピークは過ぎているのではないか。何といっても高齢化が進んでおりますが、そうした数がピーク時はいつごろであったのか、現在どういう状況にあるのか、これからの見通しはどうであろうか。また、この受給者の年齢ですね、つまり受給者の数あるいは受給者の平均年齢、年齢についてはできれば恩給受給者全体、それと公務扶助料等を受給しておる戦没者の遺族の立場の者の平均年齢、そして受給者の数のこれからの見通し、さらに恩給予算総額のこれからの見通し等があれば、お聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(品川卯一君) 恩給受給者の数及び今日までの推移、今後の見通してございます。 年金の恩給受給者の数につきましては、昭和四十四年度は二百八十二万五千人でございまして、これがピークでございます。その後、年々漸減の傾向にございますが、過去五年間の受給者数を見てみますと、五十七年度が二百三十五万一千人、五十八年度が二百三十万人、五十九年度が二百二十四万九千人、六十年度が二百二十万三千人、ここまでが恩給統計でございまして、六十一年度は予算でございますが二百十六万六千人、御提案を申し上げております六十二年度予算でとっております数字が二百十二万四千人となっております。受給者の数の今後の見通しにつきましては、厚生省の簡速静止人口表を用いて推計いたしますと、五年後の六十七年度には百八十六万人、十年後の七十二年には百五十五万人、十五年後の昭和七十七年には百十八万人といったような推計の見込みになっております。また、八十年度には百万人を割りまして九十三万人となる見込みでございます。 なお、平均年齢でございますが、受給者総数の全体で申しますと、六十一年三月末の統計によりまして平均が七十・九歳になっております。最近の状況でございますが、毎年〇・六歳から〇・七歳程度で延びてまいっております。したがいまして、現在時点を推計いたしますと、七十一・五、六歳程度が全体の平均年齢ではないかと思います。 なお、種別に見てまいりますと、文官と旧軍人に分けますと、文官が七十八・四歳、旧軍人が七十・四歳でございます、六十一年三月末時点で押さえておりますが。また、普通恩給は、全体で文官が七十九・二歳、旧軍人が六十九・一歳でございます。また、増加恩給は、文官が七十・一歳、旧軍人が六十八・三歳でございます。傷病年金が、七十三・四歳が文官、旧軍人が六十八・三歳でございます。普通扶助料関係でございますと、長期、短期合わせまして文官が七十八・四歳、旧軍人が六十七・九歳でございます。公務扶助料関係は、文官が七十四・七歳、旧軍人が七十六・一歳でございます。 以上のような状況になっております。
○板垣正君 今お述べいただいた数字等から見ましても、もうかねて言われているように、恩給受給者が極めて高齢に達しておるということ、そうしてその受給者もかつてのピーク時に比べますともう四割以上減少してきている。これは恩給受給者の一つの宿命と申しますか、制度の宿命と申しますか、そういう面からも、やはりほかの社会保障的あるいは社会保険的年金と無理やりに一元化しなければならないという根拠は非常に少ないのではないか。やはり国家補償としてのあり方というものと、さっきも申し上げましたように、従来の経緯を尊重していただき、またこの特殊性をやはり十分考慮していただくということをお願いしたいわけであります。 それから、もう一つ伺いますが、昭和二十七年に初めて遺族援護法ができました。占領下は年金等は支給が全く禁止をされておったわけでありますが、昭和二十八年に年額二万何千円かの本当にスズメの涙のような年金がとにかく出るようになったわけでありまして、近年に至りましてようやく月額十二万円を超える、まあほぼ年金らしい形はとってきている。ここに至るまでの道というのはまことに険しいものがあったわけでございますが、ではお一人の遺族が例えば受けられた総トータル、この三十四年間に幾らぐらいになるんでしょうか。
○政府委員(品川卯一君) 昭和二十八年以来のトータルの数字でございますが、二十八年四月から六十二年三月までの間に、兵の階級の数字を便宜申し上げますが、兵の階級にあった者の遺族が受給した公務扶助料の総額は、約一千四百九十七万円となっております。なお、現在時点におきますところの、その後の受給されたときから現在までの消費者物価によります調整係数でこれを調整いたしました総額は、二千二百六十一万となっております。
○板垣正君 ここに日経連方式による生涯給与試算というものがございますが、これは最近人事院の方からもこうしたものについて報告書が出され、これを総トータルすることをして比較することは適当でないというふうなあれもありますけれども、いわゆる日経連方式による五十五年時点の数字でございますと、生涯給与の試算、民間が二億四千百三十二万三千円、公務員が二億四千三百五万六千円。人事院試算によっても幾つかケースがございますが、いずれにいたしましてももう約二億から二億二千万。退職時三等級、四等級、五等級、生涯給与はやはり今の時代二億二千万から四千万。若くして国のためあの戦争で亡くなった自分の息子なりあるいは主人なりこういう人たちが生きておれば、やはりこうして平均的に生涯給与として二億を超す恐らくそうした働きが伴ったであろう。これを仮に半分に見ましても一億と。やはり若くして肉親を失った、主人を失った人たちの悲しみはいつまでも消えません。寂しさも消えません。そうした思いも消えません。そうした人々が今三十四年かかって一人が受けられたのが総トータル約千五百万足らずということですね。千四百九十七万。これは決して多い額とは言えないと思うんです。一兆何千億を超す恩給費というものは国家財政の上から私は決して軽いものとは思いませんけれども、それだけ多くのやはり痛ましい戦争の犠牲があったということも言えるし、またそれを償っていかなければならないのが国家の政治の責任でございましょう。 以上、いろいろ申し上げましたけれども、きょうは附帯決議も全党一致で準備をさせていただいております。国家補償の理念を貫くということ、具体的には今まで積み重ねて実践されてきている公務員給与の上昇、やはりこれを一番大きな基準に置いて、今後の改善措置についても温かい御配慮をいただきたいと思いますが、山下長官の御決意を承ります。
○国務大臣(山下徳夫君) 恩給は、御承知のとおり、国家補償を基本とする一つの年金制度である、こういう一つの考え方には変わりございません。私もそれはそのとおりだと思っております。そこで、恩給の改定に当たりましては、公的年金制度改革に関連した恩給制度の見直しをやる。そして、御承知のとおり、国家補償的性格がございますから、やはり実質的な価値が下がらないようにしなきゃならぬということで、下がらないというよりもむしろ維持していくという観点から、法の定めによりまして諸般の事情を総合的に勘案してこれは決められるべきものであり、今後とも恩給年額の決定に当たっては、この基本的な理念というものはしかと踏まえながら定めていかなければならない、かように思っておる次第でございます。
○板垣正君 理念は結構でございますし、また、そうした総合的な判断というものも必要だと思いますけれども、やはり人事院勧告に伴う公務員給与というものに重点を置いて御配慮いただくように重ねてお願い申し上げておきます。 次に、官房長官お見えいただきましたが、靖国神社の問題についてお願い申し上げたいと思います。 中曽根総理が一昨年、靖国神社の公式参拝を実行されたわけであります。これはまことに戦後史にとって画期的なことであり、特に関係遺族、多くの国民の喜びというものはひとしおなものがあったわけであります。しかし、これが外交的配慮のもとに中止をされているということで今日まで来ておりますけれども、これはまことに残念なことであります。ぜひ総理のひとつ決断によってこの参拝は続けていただきたい。全国の戦没者遺族、特に老いたる遺族たちの願いは、やはり靖国に総理が国民の代表として、その資格において参拝をしてもらいたい、それによって救われるという思い、それによって本当に英霊が浮かばれる、こういう思いは本当に切なるものがございます。靖国神社とは何か。靖国神社の公式参拝とは何か。今さら申し上げるまでもないと思いますけれども、やはりこの戦没者、亡くなった方々の鎮魂という、これはやはり日本民族固有の伝統、歴史、文化そして国民感情に織り込まれている。そういうつながりにあり、かつ現在の日本はかつての日本とまた違っております。靖国神社のイメージというものも、靖国神社の本質は変わりませんけれども、やはり公式参拝の政府見解が示しているとおりに、ただただ戦没者を慰霊、追悼する、あわせて改めて平和への決意を新たにする、平和を祈る、もうこれ以外ないわけでございましょう。 昨年来、報道関係のいろんな世論調査がございますが、最近は毎日新聞が去る四月の二十九日、これは憲法問題を中心の世論調査でございますけれども、やはり靖国問題、公式参拝についてどう受けとめているか、違憲であるのかどうか、そういうことについての調査によれば、六六%の国民は違反ではないというふうに認めておる。公式参拝は結構なことだと。違反であるとするのは二九%。あるいは玉ぐし料を公費で支出することについても、五〇%は憲法上認められるべきだと、違反ではないという意見が出されております。昨年の十月、つまりいわゆるA級戦犯問題等をめぐって中国からいろいろ言ってきたあの混乱の中に行われたNHKの世論調査でも、六一・五が賛成、反対が二八・三。あるいは読売新聞も五二が賛成、二五が反対。朝日新聞におきましても、五〇が賛成、二三が反対と。反対を上回る賛成の方のそうした声というもの、これがやはりある面素直な日本国民の心のあらわれではなかろうか。 いろいろ困難な事情がある、特に対外的配慮というものも無視はできないということも十分承知はいたしておりますけれども、しかし、できることとできないことがございます。そして、ただまたこれを宙に浮かしておくというわけにはまいらない。そこで、中曽根総理がせっかく公式参拝の見解を明らかにされ、実行され、その見解は今日も生きておる。どうかこれ有終の美と申しますか、最後の締めくくりといいますか、戦後の総決算を唱えられたそり一番中心にある靖国の問題であります。そういう立場でひとつ重ねて御決断を期待をし、またそれに伴う外交的な処置をぜひお願いしたい。これについて官房長官の御見解を承りたいと思います。
○国務大臣(後藤田正晴君) 靖国の参拝の問題は、御案内のような経緯で、先年、政府としては、従来からの法制局見解、なお違憲の疑いを否定し得ない、したがって公的資格における参拝は遠慮を申し上げざるを得ないといったような見解を一部訂正をいたしまして、ただいま板垣さんおっしゃったような国民の多くの気持ち、これを背景にしながら、同時にまたすべての遺族の方々のお気持ち、こういったことを十分配慮をした上で、各界の方々の御意見等を徴しながら、従来の法制局見解を一部変更をして、いわゆる神道儀式といいますか、宗教的な色彩を払拭した形において、国務大臣として、つまり公的資格において靖国神社にお参りをして、戦没者を追悼し平和を祈念するということは憲法に違反するものではないと、こういう見解を示しまして、官房長官談話等で国民にもそのことを訴えた上で、八月十五日に決断をして、いわゆる公式参拝をさせていただいたわけでございます。 この政府の法的ないわゆる憲法解釈、それからまた国民の世論の尊重、遺族の気持ちに対する政府の態度、これは私は今日といえどもいささかも変えるつもりはございません。そのとおりを守っていきたいとこう思っておりますが、ただ、あの公的参拝をした後、中国を初めとし東南アジア各国から厳しい反応が出たことも御案内のとおりでございます。政府としましては、国内的なそういう事情はあえて踏み切りましたけれども、近隣諸国にあの戦争で大変な迷惑を与えて、そしてなおその被害者が今日中国を初め東南アジア各地で生存をしていらっしゃる、この人たちの気持ちをやはり考えざるを得ない。しかも、その人たちの気持ちの中で、指導者の方々が言われる言葉は、まことに言いにくい言葉ではありますけれども、靖国神社の祭神についてのいわゆるA級戦犯問題という厄介な問題が絡んできたといったようなことがあるわけでございます。 かれこれ考えますと、政府としても、あの後すぐ引き続いて秋季の大祭であるとか春季の大祭であるとかいったようなときに、いわゆる公的参拝を続けるかどうかということについて真剣な検討を加えた結果、この際やはり国としては近隣諸国との関係、近隣諸国の国民感情というものをやはり尊重せざるを得ぬではないかといったようなことで、この際は、従来の政府の立場は変えないということはそのままにしておきながら、具体的な参拝をするかしないかということについては、これはもう各閣僚のもともとそれぞれのお立場による判断ということに任せてあるわけでございますが、そして同時に、あれは制度として決めたわけでもございませんけれども、まあそういうようなことでございますから、総理大臣としては参拝を残念ながら遠慮をさせていただかざるを得ないと、こういうことで今日に至っておるわけでございます。板垣さんのお気持ちはよくわかりますし、これから先また八月十五日も来ることでございましょうが、私は今までの態度をここで変えるというお答えはできない。やはり従来どおり残念ながらこの内閣としてはやらさせていただきたいと、こう思います。 なお、憲法問題等については、先ほど言ったような見解が私どもの考え方でございますが、これについてもやはり裁判といえば我々としては尊重しなければなりません。なりませんが、裁判といえども人間がやること、裁判官によって違うということもあるわけでございまして、せんだっての岩手判決といったような新しい判決も出ておる。これが先行き控訴審等でどうなるかといったようなことも、我々としては十分に見きわめる必要もあろう、かように考えておるわけでございます。いずれにいたしましても、この具体的な公的参拝については、従来どおりの立場を守らせていただきたい、かように考えます。
○板垣正君 大変残念でありますが、もう時間もありませんので以上で終わります。
○飯田忠雄君 まず最初に大臣にお尋ねを申し上げますが、恩給制度の意義を大臣はどのように御理解されておられますか、その御所見を承りたいと思います。
○国務大臣(山下徳夫君) 恩給の意義及び性格につきましては、恩給法には別段の定めがございません。恩給は、国家公務員が相当年限忠実に勤務をして退職された場合、あるいは公務によって傷病をされた、そのために退職された場合とか、あるいは死亡された場合等に、国がその者との特殊な関係に基づいて、使用者としてその公務員またはその御遺族に給付するものでございまして、その意味において国家補償的な性格を持っているということをきょうも答弁してまいりましたけれども、そういう国家補償的な性格を有する年金制度であるというふうに考えておる次第でございます。
○飯田忠雄君 先般の大臣の御説明によりますと、恩給は国家補償的な性格を持っておる、このような御発言がございましたが、この国家補償的な性格ということは一体どういうことを意味するのでございますか、お尋ねいたします。
○政府委員(品川卯一君) 国家補償とは何かということでございますが、一般的に、国家補償とは国の政策の実施により損失を受ける者に対して、特に国が損失を補てんするということであると解していますが、これを恩給に即して考えますと、恩給における国家補償とは公務員が長年公務に従事して老齢となり、または公務に基因して傷病にかかり、あるいはそのために死亡され、その結果経済上の取得能力を減損したという場合に、その方に対しまして使用者たる国がその特殊な関係に基づきまして一定の条件のもとに恩給を給付することによって、その失った経済上の取得能力の補てんに充てるという意味のものと考えております。
○飯田忠雄君 どうも私は非常に鈍な性格でございまして、御説明をお聞きしましてもはっきりいたしませんので、こちらから、御説明に合っているかどうかわかりませんがお尋ね申し上げますが、国家補償といいますのは公務員とかあるいはその遺族の方々の生活保障の意味ではないかというふうに考えるわけですが、いかがですか。
○政府委員(品川卯一君) 恩給が国家補償であることの中身が生活の保障ではないかということでございますが、恩給は、先ほど申し上げましたように、忠実に公務に従事した公務員に対する国の補償ということで、恩給以外の収入が幾らあるか、資産がどうであるかといったようなこととは関係なく、普通恩給の場合でございますが、退職当時の俸給と在職年に応じて一定額を差し上げるというものでございます。 したがいまして、在職年数が短い場合、いわゆる短期の方の場合には必ずしも額が十分ではございません。いろいろ社会保障的な面も取り入れまして、普通恩給につきましては長期の方は四十一年から、短期の方は四十九年から最低保障制度を設けてはおりますが、何分この短期の方につきましては非常に額が少のうございます。このような点につきましては、必ずしも生活保障ということにはならないわけでございまして、生活保護が最低限度の生活保障という観点から額を定めているのに対しまして、恩給の特に短期の方につきましては、それを下回るというような現実もございます。これはそれぞれ制度を異にするものでございまして、まことにその点はやむを得ないものでございます。 しかしながら、恩給は忠実に公務に専念した公務員の退職後の適当な生活の支えとなるという実態は、これは事実でございます。長期の方の場合には、かなり世帯収入に占める恩給の割合が高いといったような実情もございます。ちなみに、普通恩給で文官の方が、私どもの生活状況調査という結果によりますと、世帯収入に占める割合が恩給が主になっておる者という調査結果では、長期の方が一四%と、非常に低うございます。また、短期の方でございますとわずか四%といったような状況でございます。そのような実情にございますけれども、今後ともこの社会保障的な機能ということにつきましては、生活保障的な色彩は確かに種類によっていろいろ差はございますが強うございますので、今後ともその面を十分対応してまいりたいと考えております。
○飯田忠雄君 そうしますと、国家補償という補償の意味ですが、これは損害賠償の意味でしょうか。どうも恩給というものの性質上、損害賠償とはとれないのですがね。例えばいろいろ国のために働いた、働いて労働の提供をしたからその労働の対価としてある一定のものがもらえる。それを仕事をやめてから補償するという、そういう意味のものであるとすると、そこはちょっとおかしくないでしょうかね。これはやはりそうした損害賠償といったような補償ではなくて、つまり国のために尽くして働いてくれたんだから、それの老後の生活を見てあげようという趣旨じゃないでしょうか。
○政府委員(品川卯一君) 恩給にも種類がございまして、例えば傷病恩給の場合は、これは旧軍人の方の場合戦務につかれまして受傷されまた罹病されたということでございますから、これに対して公務扶助料と並びまして最も公共的な、国家的な補償の必要性が高いということだと思いますけれども、しかしながら、普通恩給の場合につきましても補償性がしからばないかといえば、これは社会保障制度と違いまして、同じく国家補償性もある。 その説明といたしまして、ただいま申し上げましたように、長年公務に従事された方につきましては、経済上の取得能力を減損された、つまり、軍務に服されあるいは文官として国家の職務に服された場合に、必ずしも十分な給与を差し上げているわけではございません。それにもかかわらず、非常に厳しい規律があるわけでございます。旧軍人の方につきましては、生命の危険もあるといったような極めて特殊なまた過酷な勤務条件のもとにおいて、かつ、必ずしも高くない給与で若い時代に長年月かかって国家のために奉仕した。そのことによって経済上の取得能力を長期間国のために減損していっておる。それに対して国が補償してあける、退職された後補償してあげる、こういったことでございまして、国家が補償するということにつきましては、公務関係であろうと年功普通恩給関係であろうと、これを通じまして経済上の取得能力の減損に対する補償であるという考え方を従来とってまいっております。 法律学的に申しまして、これが損害賠償であるかあるいは損失補償であるかという厳密なことにつきましては、恩給局といたしましては、いわば両者の中間に位するとでもいいましょうか、恩給の特殊な補償性であるというふうに考えております。
○飯田忠雄君 それでは、具体的に話を変えましてお伺いいたしますが、恩給の基礎となっておる仮定俸給がございまして、それを基準として具体的に恩給が決められますね。例えば現在のこの俸給表で計算しまして、恩給として支給される最低の額の人はどのぐらいになるでしょうか。つまり、兵隊さんが恩給年限に達したときの金額ですね、幾らもらえるのか。
○政府委員(品川卯一君) 普通恩給につきましては、文官であろうと軍人であろうと同じでございまして、長期かつ六十五歳以上の老齢の方でございますと、今御提案申し上げております最低保障額は八十九万六千九百円でございます。ただ、実在職年が最低年限に達しない軍人の場合でございますと、兵の場合十二年、准士官以上十三年と、加算年を入れなければこれに達しないといういわゆる短期の方はこれより低うございます。 数字を申し上げますと、実在職年が九年以上の方は六十七万二千七百円でございます。六年から九年までの方が五十三万八千百円でございます。六年未満の方が四十四万八千五百円でございます。ちなみに申し上げますと、旧軍人の普通恩給受給者の方が現在百万人強ございますが、そのうち九十七万人までが短期の方でございまして、実在職年が十二年に満たないといったような方がほとんど大部分でございますし、かつまた、その平均実在職年数は短期長期含めまして五・八年ということで、六年にも満たない。また、短期の方だけについて見ますと、五・四年という非常に短い年数になっております。
○飯田忠雄君 現在生活保護の制度がございますが、生活できない人が生活保護を受ける場合に支給される金額は年間とのぐらいでございましょうか。一人当たりで言ってください。
○説明員(萩原昇君) 昭和六十二年度で一級地の一、これは一番高いところでございますが、三人世帯を標準としておりますけれども、これは夫婦と子供でございますが、十二万九千百三十六円というのが月でございますので、この十一倍ということでございます。
○飯田忠雄君 恩給の場合はそれよりもはるかに少ないですね。八十何万とかおっしゃいましたが、年間。生活のできない保護を受けておる者でも百四十万を超すという状況でございますが、恩給をもらうというのは、生活保護を受ける人よりは国のために尽くしておる人だと思いますがね。そういう人が生活補給金よりも少ないものしかもらえないということでは何か矛盾をしておりませんかな、どうでしょう。
○政府委員(品川卯一君) 確かに、先ほどの生活保護の額と普通恩給の最低保障と比べまして差がございます。しかしながら、公務に従事された公務員に対する国の補償という考え方に立ちますと、生活保護は、資産もない、あるいは他に収入もない、あるいは稼働能力がないといったような方に対する国の他の施策、恩給も入ると思いますけれども、そういったものを活用してもなお最低限の生活が営めないという方に対する保障でございますが、公務員の恩給の場合は、必ずしもそのような最低限の生活をされているという方に対する生活保障をするという立場に立っていないわけでございまして、先ほども御説明いたしましたように、国家補償という観点に立っているわけでございます。したがいまして、必然的に短期間在職された方に対しましては最低保障制度を設けたとしてもそれが非常に低いという現実につきましては、これは制度の違いということから御理解を賜らなければならないと考えております。
○飯田忠雄君 生活保護の場合も、これは国が国民に対する一種の保障ですわね。生活保護自体が一種の国家保障なんですよ、性格的に言えば。先ほど恩給の場合は損害賠償とかそういうような性質じゃなくて特殊の国家保障だとおっしゃいましたが、その特殊の国家保障という意味の国家保障の中に、生活保護も入るのではありませんかな。生活保護というものが国家保障でないなら、一体何だということになります。福祉だとおっしゃるが、福祉というものはこれはごまかしの言葉でありまして、国家保障なんです。国家が保障している、国民に対して。国民が生活ができないので、できるように保障しているというものでございましょう。根拠は憲法の二十五条。 そうなりますと、国家保障であるということに恩給を理解するならば、同じ国家保障と見るべき生活保護基準、これよりも低いというそういう恩給をつくること自体がこれは問題ではないかと、こう思われるわけです。国家予算からいきますと、厚生省で支払うか恩給局で支払うかの問題であって、金額の総額においては変わらないですわね。財政的に変わらないようなものであるなら、当然生活保護基準に達するまで恩給を上げていくというのが、国家保障としては筋ではないでしょうか。どうですか。
○政府委員(品川卯一君) お説ではございますけれども、国家補償、表現は同じでございますが、生活保護は国が最低限の健康で文化的な生活を保障すると。恩給の補償とは違いまして、恩給の方はこれを埋め償うという意味の補償でございます。それを国が保障しているという意味では同じ保障ではございますけれども、国家が稼得能力の減耗に対して償ってやることを恩給制度という制度を構築して国として保障している、そういう意味では同じ保障でございます。しかし、中身は、恩給が償うという意味の補償であるのに対して、生活保護の方はそれを保ってやる、最低限を保ってやるという意味でございますから、中身の制度は違うということでございます。 また、恩給の最低保障を引き上げて生活保障としての生活保護水準以上にしたらどうかということでございますが、短期の方を典型的に考えてみますと、戦争に数年行っておられる人でまだお若い方は、復員されまして他の生業にいろいろつかれるわけでございます。民間に勤められますと、厚生年金等の受給者になられるわけでございます。公務員になられますと、三十四年九月までは恩給ということになりますけれども、その後継続されますと共済ということで、また年金受給者になられるわけでございます。一般の自営業につかれますと、その間においていろいろ資産の形成もされることだろうと思います。そのような過程を経て老後になられました場合に、いろいろ他に収入源があるのではないか、恩給しかないという方は極めて少ないのではないかと考えるわけでございまして、そのような実態から見ましても、また制度の性格から見ましても、恩給が仮に短期の方等につきまして非常に額が低いということであっても、それを生活保護水準まで引き上げなければならないということは考えていないところでございます。
○飯田忠雄君 国家公務員あるいは地方公務員として勤務した者が退職後生活できないような、生活補給を受けなければならないような状態に置くということ自体が、国としては保障していないことなんだと思いますがね。国家保障であるなら、少なくとも公務員であった人が公務員をやめてからの生活が生活補給を受けなければならないようなことにならないようにするのが、保障じゃありませんか。
○政府委員(品川卯一君) 年功恩給の場合、文官でございますと、十七年という年数、一般にはもっと長い方が通常だと思いますけれども、それを経て、なお恩給年額あるいは共済年額、今文官の普通恩給で平均いたしますと、恩給の場合百二十二、三万ぐらいになっていると思います。共済の方はもっと高こうございますけれども。これが果たしてそれで生活が維持できない極めて不当に低い額であるかどうかということにつきましては、国民のコンセンサスがどの辺にあるか確かめることはなかなか難しいとは思いますが、私どもといたしまして、これまでできるだけその面を引き上げるように努力してきたわけでございます。今後ともその面の努力は続けたいと考えております。
○飯田忠雄君 この問題は議論してもどうにもならぬ問題ですので、ぜひ私は大臣にお願いをしておきたいわけでございますが、少なくとも恩給である以上は、生活補給として支給される金額まで最低を上げる措置をおとり願いたいと、こう思います。法改正をしていただきたい。それでなければ恩給の意味をなさない、こう思うわけでございます。これはお願いです。よろしくお願いします。 それから次に、旧陸海軍の部内にも文官がおりました。全部軍人だけじゃございません。旧陸海軍部内におった文官に対する恩給法の適用関係はどのようになっておりますか、お尋ねをいたします。
○政府委員(品川卯一君) 旧陸海軍内におきますところの一般官までございますが、例えば陸海軍の巡査、法務官、司政官、事務官等、恩給法上の警察監獄職員に相当する者や文官等のほかに、また官吏待遇の嘱託等もあったわけでございます。 〔委員長退席、理事板垣正君着席〕 これらのいわゆる待遇官吏の多くは、嘱託または部内限りの判任官、高等官待遇でございまして、特に恩給法令の上で指定をいたしました者以外は恩給法の適用は受けておりません。指定した者にはどういうのがあるかということで例示をいたしますと、この勅令で指定しておりますけれども、例えば神社の宮司でありますとか、監獄の衛生技師、それから地方待遇職員でいきますと、道路主事とか産業主事、農林主事等がございます。
○飯田忠雄君 ただいまのお話ですと、陸海軍部内におりました一般官吏の中にも恩給法が適用になる職種とそうでない職種があるとおっしゃいましたが、これはまことに理解しがたいことではないかと思います。それはそうとして、そういうふうに恩給法がなっておればこれはやむを得ませんので、そういう点も妥当な方向へ直すようにしていただきたいわけです。 それから、陸海軍の部内におりまして働いていた一般の官吏が、軍と行動をともにいたしましてけがをした場合あるいは死んだ場合、こういう場合の取り扱いはどのようになっておりますか。援護法上の取り扱い、恩給法上の取り扱いなどでございますが。
○政府委員(品川卯一君) ただいま申し上げましたように、この恩給法上は官吏、軍人といったような身分につきまして身分要件を要するわけでございますから、そのような身分を持っておられる方がそのような状況下に置かれました者につきましては、恩給法上の手当てをするわけでございますが、そういうような身分を持っておられない方につきましては、これは援護法あるいは全く措置がないと、いろいろなケースがあろうかと思います。 援護法につきましては厚生省の方から申し上げます。
○飯田忠雄君 それでは、話を少し方面を変えますが、最近戦後処理問題がいろいろ議論をされております。この問題につきまして、実は前から満蒙関係恩給法改正期成同盟という方々が運動をされておりまして、名目のしっかりした、例えば日本の役人であって満州国へ来たとか満州から日本の役人になったとかというのは、これはもう解決されておるわけですが、そうでない、満州だけにおってそこで戦死をしたり、あるいは人民裁判で銃殺になったり、あるいは暴動が起こって行方不明になったりしたような方々、あるいはいわゆる治安維持に出て、日本軍と共同で戦って共同作戦で治安維持問題を解決するに当たった警察官、こういうような人たちがどうも救済されていないのではないかというふうに思われておるわけでございます。 そこで、お尋ねをいたしますが、旧満州におりました日系官吏の法律上の地位について、私どもの理解いたしておりますところでは、明らかに旧満州国における日系の官吏は日本の官吏と同じだというふうに理解をいたさざるを得ない根拠があるのであります。それは、たくさんの文献が戦後出されておりますが、例えば満州国史編纂刊行会というところから、「満州国史」というのが出されておりまして、その総論の方で書かれておる問題に溥儀と本庄の秘密協定というのがございます。満州国皇帝であった溥儀、これと関東軍司令官であった本庄との間の秘密協定でありまして、この秘密協定は最近に至ってテレビでも放送されました。それから、いろいろの当時の人が証言をしておりますので、この「満州国史」総論に書いてある内容は正しいものと考えざるを得ないわけですが、その中の協定の第四号を見ますと、これには「満州国参議府の参議、中央及び地方の各官署の官吏に日本人を任用し、その選定は関東軍司令官の推薦に委ね、その解職も関東軍司令官と協議の上その同意を得べきものとする。」、こういうふうに書かれております。 これに関しまして、古海忠之という人がおります。これは満州国の総務庁次長でございました。日本で言うならば副総理に相当する地位にあった者でございますが、その人が「忘れ得ぬ満州国」という本を出しております。それの五十七ページに「関東軍と日系官吏」という項目がございまして、それを見ますと次のように言っております。 関東軍司令官は本庄・溥儀協定によって日本人官吏を満洲国に任用する場合の推薦権を取得したが、関東軍はこの推薦権を任免権と解釈していた。関東軍司令部第三課(後、第四課)が日本人官吏の任用を担当し、中期までは委任官(判任官)の採用まで関東軍の承認を要し、総務庁人事処はその折衝に相当苦労したものであった。こういうことを言っております。こういう記事そのほかたくさんの本がございますが、これを見ましても明らかに満州国というものは、これは中国か言っておられるように、日本のかいらい政権であったことは間違いないわけです。かいらい政権であったことが間違いないということは、とりもなおさず満州国に行っておった日本人の官吏は、これは関東軍司令官の指揮下において動いた日本の官吏なんだと、こう言い得るものですね。形式上はなるほど満州国官吏といっても、実態は日本政府の役人なんですよ。 このことは、中国政府側で発行しました「偽満州国史」というのがあります。これは非合法国家である満州国の国史という意味です。「偽」というのは非合法という意味でありますね。人為的に勝手につくったものだと、こういうことです。その中にやはり「〃日満議定書〃及密約」という項目がございまして、そこに日本側で出した「満洲国史」とほとんど全く同じ内容のことが中国文で書かれて、本が発行されております。これは「偽満州国史」の百四十六ページです。こういうことから見ましても、満州国における日系官吏というものは、中国側から見ても日本国側から見ても明らかにこれは実質的に日本の役人であるということはもう間違いないわけでございます。 これは、そういうものであるならば、当然そういう扱いで見ていかねばならないのではないかと。いわゆる関東軍の中におりました日本の役人、公務員というのと実質は変わらないものであるわけです。そういう立場から申しますと、当然その処遇は、日本人が日本軍のもとに働いたんだからその処遇として扱われるべき問題ではなかろうかと思います。形式上満州国だというだけの理由で、これを外国の役人扱いをするのは間違いではないかと、こう思っております。だから、そのことは日本の政府でも認められて、恩給法の扱いで、日本の役人であった者が満州国に来た場合、あるいは満州国の役人が日本の役人になった場合は年金の通算を認めた。これは明らかに日本の官吏と認めた証拠ではないかと思うわけです。そうでありまするならば、満州国だけで終わった人間、これに対して差別をする理由はないと思われますが、この点いかがでございますか。
○政府委員(品川卯一君) 先ほどもお答え申し上げましたように、恩給を支給するに当たっての二つの大きな要件は、一つは最短資格年限であり、一つは、官まであったあるいは旧軍人であったという身分要件でございます。満州国の官まだけで終わったという方につきましては、身分要件を形式的に明確に欠いているわけでございます。 実質は同じではないかということでございますが、先ほどお示しのように、通算関係につきましては、日-満-日のケース、満-日のケース、日-満のケースにつきましてそれぞれ通算制度は取り入れてはおりますけれども、満州官まだけでおやめになったという方につきましては恩給法上の処遇は一切いたしておりません。ただ、この日-満-日とか満-日とか日-満ケースに通算を認めているのではないかとおっしゃいます点につきましては、これは満州だけではなくて外国政府職員全体でございます。昭和三十六年に日-満-日ケース、日-満ケース、満-日ケースそれぞれ認めましたのは、外国政府職員ということでやっておりまして、その実質がどうであったかという点につきまして本来の恩給受給資格をそのことでもって与えるということは、恩給制度の基本に触れる問題でございますので、私どもは、せっかくのお言葉ではございますけれども、満州官吏のみでおやめになった方につきましては、恩給を差し上げる対象にするということは考えていないところでございます。
○飯田忠雄君 これは恩給局でないかもしれませんが、この満蒙関係恩給法改正期成同盟でいろいろ陳情をなさった文書が出されておりまして、それは厚生省の方へ参りまして、厚生省の援護局の御回答が出ております。それによりますと、「昭和十六年十二月八日以降の犠牲者については、日本軍の要請により、又は共同作戦により戦争に参加した事実が証明できれば「戦傷病者、戦没者遺族等援護法」の第二条第三項第二号の適用をうけ救済することができる。」と。「昭和二十年八月十五日以降中国内でソ連軍、中共軍、国府軍に捕えられて処刑され、或いは抑留されて死亡したものについては、未帰還者留守家族等援護法第二条第一項第二号の適用をうけ救済することができる。」、こうありまして、その次、第三項で、「しかし、援護法等は、昭和二十七年四月一日の施行であるので請求権は同三十四年三月三十一日で時効が完成し消滅している。」、こういう回答なんですね。こういう回答が来て、だから陳情が来てもおまえらの陳情はだめだ、こうけっているわけです。厚生省でこういう陳情に対して法律の適用があるんだ、こういうふうに判断されておりながら、なお昭和三十四年の三月三十一日でもう時効だということでこれを排除されるというのは、これは大変温かい同情心が大分消えてしまうおそれがありますわね。 この点につきまして、このような満州におきまして、例えばここには「犠牲者の態様」としてこういうことが書かれておる。「現地駐屯軍の要請に基く匪賊討伐戦に参加して、戦没し又は戦傷病者となった者」とあります。現地駐屯軍というのは関東軍のことです。それから「二、関東軍、蒙古駐屯軍等の要請に基く治安粛正工作に参加して、戦没し又は戦傷病者となった者」、三が「反満抗日章等反動分子の襲撃を受けて死没し又は傷病者となった者」、四が「ソ連軍又は反乱軍と交戦して戦死し又は戦傷病者となった者」、五が「終戦後、在職中の職務に起因して捕われ、人民裁判等の名目で処刑された者」、こういうものを掲げております。この掲げておる言葉は今日妥当を欠く言葉がございます。こういう言葉で言っていいかね。例えば匪賊という言葉を使っていいかどうかはこれは問題ですが、そういうことは一応ここでは問わないことにして、これは期成同盟の方で出してきた文書ですからそのとおり読んだんですからね。こういうような人たちに対して、これはもうまさに日本軍の要請に基づいてやったことであり、日本軍の処置による結果なんですから、それに対して何ら救済されないということでは手落ちではないかと思われますが、こういう点につきましても余り時効だからと言って排除するだけではなくて、もう少し温かい御審議をしていただいて何らかの処遇を考えていただけないであろうか、こう考えるわけであります。これはあるいは厚生省の仕事かもしれませんが、総務庁の方においても御検討をお願いいたしたいと思うものでございますが、いかがでございますか。
○説明員(山岸親雄君) ただいまお話にありました戦闘参加者でございますが、軍の要請によりまして戦闘参加を行った者、これにつきましてはただいまお読み上げいただいたとおりでございます。 それから特別未帰還者としての処遇でございますが、これは今八月十五日というふうにおっしゃられたかと思いますが、九月二日から引き続き外地にあった者ということになっております。 それから時効によって請求権が消滅しておるということで非常に冷たい扱いではないかということでございましたが、昭和五十四年、または五十六年、ちょっとはっきりしませんが、そのときから時効宥恕ということで我が方は時効を援用しないということでやっておりますので、御請求があれば審査裁定するということになっております。
○飯田忠雄君 それではよくわかりました。時効なしに今後面倒を見るというお話だと思いますので、了解いたします。 今までにこういうことで実際に名のり出て救済されたものはございますか。
○説明員(山岸親雄君) 戦闘参加者と、それから未帰還者でございますが、残念ながらお尋ねの満州国日系官吏ということで抜き出した数字を持っておりませんので、御容赦いただきたいと思います。
○飯田忠雄君 厳密には、終戦のときに満州国におりました役人で、むしろ悪いことをしなかった者は安心をして現地におりまして、逮捕されて政治責任を問われました。犯罪やっていませんから、刑事責任じゃありません。政治責任です。それで、人民裁判になって銃殺になりましたね。これは在職中に何一つ悪いことをしていない、また国民をいじめるようなことをしていなくても、地位によって、副県長という地位についておったがゆえに銃殺になる。いや、副県長でありましても、ちょっと心が痛いようなことをした者、悪いことをしたのは、全部逃げて帰っています。日本へ逃げて帰ったのは皆悪いことをしたと思ってもいいぐらいです。ところが、いいことをしておったのは、安心をして現地におったんです。それが捕らえられて銃殺になった。これは、いいことをした悪いことをしたは関係なしに、日本国の政治の責任を負うたんです。日本がやったいわゆる植民地政策の犠牲になったのでありますが、そういう人たちに対する救済は余りないようでございますね。遺族が帰っても、遺族は相当苦労をして暮らしておる。それから、本人たちの名誉回復もなされていない。もちろん、これは声を大にして言うということははばかれるのは、政治責任を問うたのは中国政府が政治責任を問うたので、その問われたのは日本政府の政治責任なんです、元来は。殺された者の罪ではないのです。ですから、その辺のところをよく理解をしていただければ、戦犯ということで全部銃殺になりましたが、その戦犯の意味は、日本におけるA級戦犯だとかB級戦犯というああいう戦犯とは内容が全く違います。何一つ悪いことはしていない。 私は、実は当時満州国の公務員として向こうに行っておりまして、安東省の鳳城県の協和会の事務長をやっておりました。たまたま私の場合は、日本軍がたくさん来て、それの帰順工作を仰せつけられて成功したから、戦犯に問われなかったんです。ところが、それは運がよかったんです。ほかの人は、例えば副県長以下は大変善政を施したということで評判がよくって、終戦後捕らえられて人民裁判になりましたが、人民裁判が成立しなかった。つまり、人民裁判というのはあらかじめサクラがおりまして殺せ殺せと言うんですが、ところが、あの場合は殺せという声よりも助けるという声が多かった。それで、人民裁判は不成立になりまして、副県長は監獄に戻されたんです。それから、三月たちましてから銃殺になりました。これは裁判を経ないで。そのときの罪状は何かというと、日本軍の飛行場建設に協力した罪、こういうことなんです。これは、まさに日本政府のやったことに対する政治責任を彼が一身に負うて犠牲になったと言わざるを得ないことです。 そのほか、そのときには私のおりました鳳城県というのは、満州の中で唯一暴動の起こらなかった、一番平穏な県だった。たった一つです。周辺は全部起こりました。だから、周辺からどんどん日本人が入ってきて、終戦時には二万を超した。そういう状況のところですから、これはそこの副県長から県公署の警務科長から総務科長から視学まで銃殺になりました、十二人。これは、悪いことをしたからじゃないんですよ。日本政府のいわゆる戦争をやった罪、日本政府が中国を抑圧した罪、それを一身に引き受けたんです。そういうものの戦犯というのは、日本において言われておる戦犯とは意味が違うと私は思います。捕虜をいじめたのでもなし、殺したのでもない。戦争を指導したのでもない。たまたま関東軍司令官の部下であるがゆえに、関東軍司令官の命令に従って飛行場建設に協力したというだけなんですよ。そういう点を、やはり満州国で処刑された者というものは普通の戦犯ではないということを御認識願いたい、こう思います。私はもう全部銃殺になるところを見ておりました。刑を執行されることまで。いつ私自身もなるかわからないから見ておりましたが、日本軍の帰順工作に成功したというだけの理由で私自身は助かりました。今日の中国の空軍を建設した部隊の帰順工作を私はやった。それで許されただけです。もし、たまたまその運がなければ、私自身も戦犯です。銃殺になっています。だから、そういう点を正確に事実を理解していただきたい。形式的なものではなくてね。これをひとつお願いをいたしておきます。 それから、ついでにと言っちゃ悪いですが、この恩給法の問題につきまして、今申し上げたような人を処遇する問題でございますので、処遇という点になりますと、やはり栄典ということが当然出てくる問題ではないかと思います。それで、栄典問題につきましてお尋ねをいたしますが、栄典についてのどうも法律を私は探してみましたが、見つかりません。今日の栄典は法律に基づかないでなされておるのが多いような気がいたすわけでございます。憲法の七条には栄典につきまして天皇の国事行為としての規定がございますが、これは国事行為の規定であって、栄典を授与するということは元来は国政行為なんです。国政行為をだれかが決めまして、それを天皇が代表されて国民のために国事行為をお行いになるものでございますから、その前段階のだれに栄典を、勲章を上げるかといったようなことを決める根拠になる法律がなけりゃならぬはずなんです。ところが、その法律がないわけです。 それから、十四条にもこの栄典の規定がございます。十四条の第三項ですね。「栄典の授与は」云云ということが書いてありますが、これは憲法ですから、これを受けた法律がなけりゃならぬはずなんです。ところが、今日まで栄典法という法律はつくられないで、内閣の閣議でお決めになっただけで栄典はなされておるということになりますと、これは憲法が決めた国民の栄典であるはずのものが内閣の栄典になってしまうんですね。こういうことでは困るのではないかと思われるわけですが、この栄典法をおつくりになる準備をなさるということはなかったでしょうか。それとも、あればどういう理由でそういうことが今までできなかったのか、お尋ねいたします。
○政府委員(海老原義彦君) 先ほどから憲法第七条の規定の趣旨に照らしての御質問かと思いますけれども、憲法の第七条の規定によりますと、栄典の授与は天皇が内閣の助言と承認とによって行うということになっておりまして、天皇の国事行為の一つでございます。この場合、栄典を授与するということは特定の国民に特定の権利を与える、あるいは特定の義務を課すというようなものではございませんので、勲章などの栄典の授与について内閣の助言と承認に当然基準が必要なわけでございますが、その基準は必ずしも法律をもって規定しなければならない事項であるとは考えておりません。したがって、現在の助言と承認の基準は、例えば明治八年の太政官布告第五十四号であるとか、あるいは明治二十一年の勅令二十一号などでございまして、こういった栄典関係の法規が現在は政令に相当するものであると考えられておりますが、その政令に相当する法規に基づきまして、栄典の授与を実施しているわけでございます。 このような考え方は戦後ずっと行われてきまして、生存者に対する叙勲が停止している間も死没者等に対しましてはこの考え方で叙勲が実施されてきた、また褒章は戦後も引き続き行われてきたというわけでございます。殊に、昭和三十九年に生存者に対する叙勲を再開いたしましてからは、叙勲は国家、公共に功労ある方を広く対象としていくということで、毎回要綱を定めまして、栄典に関する有識者の方々を各界からお願いいたしまして、その方々の意見を徴して推薦要綱を内閣総理大臣が決定し、閣議に報告するというようなことでやっておるわけでありまして、このようなやり方を実施しましてから二十三年経ておりまして、この生存者叙勲の叙勲者だけでも約十六万名に及んでおる、既に国民の間に広く定着したものとなっておるわけでございます。今後ともその適切な運用についてなお一層の努力を重ねることにいたしたいと思います。 先生御質問の最後のところに出てまいりました栄典法というものを考えたことがあるのかということにつきましては、実は政府は過去三回栄典法案を国会に提出した事実がございます。昭和二十三年と昭和二十七年と昭和三十一年でございまして、いずれも衆議院において審議未了、廃案となっております。こういった栄典法案を提出したのは、これまでの長い伝統を持って国民になれ親しまれてきました栄典制度を抜本的に改正しようという考え方でございます。いわば新しい制度をつくろうと。そういう場合でございますと、やはり特に国会における御審議をいただいて、その御意思を反映していくというために、法律の形式をとることが妥当と考えたわけでございますが、現在のように従前の制度をそのまま維持運営していく上では、先ほど御説明しましたように、栄典の授与についての内閣の助言と承認の基準を特に法律でもって定めるという必要はないかと考えております。
○飯田忠雄君 私は、従来行われたものについて、特にその叙勲を問題化しようとは考えていないんですよ。過去のものは過去で、それでよろしいと。が、憲法の第七条というのは、天皇の国事行為に関する手続規定なんです。それで、内閣の助言と承認というのは、その国事行為についての助言と承認なんです。助言と承認の内容は国事行為に限られる、国政行為の助言と承認はできないんです。これは四条違反になります。憲法第四条によりますと、天皇は国政に関する権限はない。だから、国政についてもし助言、承認をするならば憲法違反です。 〔理事板垣正君退席、委員長着席〕 そこで、私は過去のことは問いませんが、いわゆる栄典の授与をすることは、宮中でお授けになること自体は、これは国事行為です。それはそれでいいんです。しかし、勲章をだれに上げるかという問題を決定する場合は、それは天皇が決定されるわけじゃないですね。どういう勲章をつくって、どういう勲章をどういう人間に与えるかという問題は、これは政治なんですね。国政行為なんです、元来。国政行為であるならば、国政行為を担当するのはこれは国会でしょう。日本の現在の憲法下における国政の担当者は国会であって、主権者である国民の代表は国会議員だとはっきり憲法に書いてある。そういう意味におきまして、栄典というものは元来国民に対する栄典であるのですから、主権者である国民が被統治者である国民に対していろいろ栄典を与えるというものであるわけです。だから、そういうものにつきまして、ただ内閣の閣議で決めてやればいいといったような、そういう軽い問題ではないんじゃないかと私は思いますよ。ですから、この点もやはり研究問題としてやっていただきたいと思うわけです。 それから、先ほどから申し上げておるいわゆる国のために犠牲になった人たちに対する処遇の問題は、栄典をもって処遇するものもある、恩給ができなければ。ところが、実際には、今日四十年たってなお何ら名誉回復もなされていない。本来は国の負うべき責任ですよ。それを負うた者に対して何ら名誉回復がなされていない。当然叙位叙勲もあってしかるべきものがそういうものもないというところに、私は問題があると思うわけです。だから、こういう点につきまして陳情者がいろいろ陳情しておりますので、虚心に見てやっていただきたいわけです。 それから、栄典というものは、国民が喜んで受け得る体制でなければいかぬと思うんですよ。これは、内閣で閣議で決めて授与してやるんだということを余り言いふらされますと、もう栄典を受けにくい人もおるわけだ。そうでしょう。なぜ我我は自民党政府のお情けをもらわなきゃならぬのかと言って、やめられる人もおるわけです。だから、そういうことのないように、すべてが喜んで栄典を受けることができるような栄典制度をつくるということで、ぜひ御努力を願いたいと思います。そして、今まで不幸な日に遭っている者に対して褒めてやっていただきたい。時間がありませんから、きょうはこれで質問をやめますが、どうでしょうか、大臣、私の述べましたことについて。
○政府委員(海老原義彦君) 憲法第七条の解釈問題については、きょうは法制局も来ておりませんので、詳しくは触れないことにいたしたいと思い、ますけれども、内閣の助言と承認の基準は必ずしも法律をもって規定するものではなく、過去の法令が現在政令として扱われておる、これによっておるのだということでありますが、これはあくまでも基準の話でございまして、そういった基準をどのように運用していくかという問題につきましては、賞勲局のもう百年来の伝統的な考え方でございますけれども、過去の先例と比較していく。いろいろな角度から非常に功績の多い方、各種の功績があるわけでございますが、これを総合的に評価して過去の先例と比較していくということでございます。したがって、そういった多数の先例に縛られて考えていくので、決して恣意的な判断ができるというものではなく、非常にリジッドに考えていっているということを御理解いただきたいと思います。 なお、最後に、今次大戦によって犠牲になった方の問題でございますけれども、今次戦争に関する勤務に従事しまして、これに関連して死没した軍人軍属等のうち、勲章、勲記の未伝達の方約百万人、それから未行賞の方約百十二万人、合計二百十二万人に対して、昭和三十九年以来叙勲を行うこととして続けておりまして、昭和六十一年末、昨年末までに二百四万四千二百八十七名に対して叙勲が行われておるような次第でございます。 先生御指摘の満州における不運な戦争犠牲の方方がこれに含まれておるかどうかということは、十分な統計がございませんけれども、原理的には、もし軍人あるいは軍属であるということであれば含まれておりますし、軍属の資格を有するか否かということは、これは厚生省援護局の御判断にかかることかと思います。
○吉川春子君 恩給法についてお伺いいたします。 昭和六十二年度の恩給改定率を二%にした根拠を説明してほしいと思います。二%という数字に合理的な根拠はあるのでしょうか。
○国務大臣(山下徳夫君) 昭和六十二年度における恩給年額の改定につきましては、公的年金制度に関連した恩給制度の見直しの結果を踏まえまして、恩給が国家補償的な性格を有するものであるという特殊性を考慮して、恩給年額の実質的価値を維持する、この点も勘案しながら、昭和六十一年における物価の変動、公務員給与の改定あるいはその他の諸事情を総合勘案して、二%の改定を行うこととしたものでございます。今後の恩給年額の改定に当たっても、基本的にはやはりこのような考え方に沿って行ってまいりたいと思っております。
○吉川春子君 二%という数字にどういう根拠があるのかと。二・一でもよかったんですか。一・九でもよかったんですか。
○政府委員(品川卯一君) 六十一年度までの給与スライド方式を変更いたしまして、新たにいわゆる総合勘案方式ということで二%を定めたわけでございますが、これは、恩給法二条ノ二にございますように、国民の生活水準、公務員の給与、物価その他の事情を総合勘案した結果でございまして、一定の算式根拠に基づきまして二%という数値を積み上げたというものではございません。
○吉川春子君 行政運営の基準というのは、客観的に定められるべきものだと思うんです。公務員給与とかその他の要因というような、非常にあいまいな基準で今後決めるということになれば、政治的な要因も入ってくる可能性があります。行政介入の余地を残すことになると思うわけですけれども、行政運営というものは客観的な基準によるべきではないか、その点についてはどうですか。
○政府委員(品川卯一君) 昭和四十一年にこの二条ノ二という規定が創設されて以来、この規定をいかに客観的あるいは合理的に、適正に運営していくかということでいろいろな模索の段階を経まして、消費水準とか物価とかいう時代も当初ございましたけれども、四十四年から四十七年まで、恩給審議会方式という一定の方式を恩給審議会の御意見に基づきまして定めた時代がございます。 その後、四十八年から給与スライドになってきておりますけれども、明確広算式あるいは一定の根拠に基づいて自動的に出るということが望ましいのはまことにその通りではございますが、恩給塗一条ノ二の考え方は総合勘案して決めるということでございますので、将来この総合勘案方式に従って一定の自動的な基準が設定されるということがないとは言えませんけれども、しかし、当面私どもは、この恩給法二条ノ二の基準に従って総合勘案の上定めていく、その時点時点におきます諸事情を総合勘案して最も適正なところで決めていきたい、それが恩給法二条ノ二の「総合勘案」という趣旨に合致するゆえんなのではないかという原則に立ち戻った考え方を、今後ともとっていきたいと考えているところでございます。
○吉川春子君 法の解釈論はわかりますけれども、それが非常にあいまいな基準によるものだということを指摘しておきたいと思います。 一律アップ方式の問題ですけれども、これも他の委員の方から質問がありました。恩給の増額方式として公務員給与の改善傾向を考慮した回帰分析方式、上落下厚方式がとられてきたわけですけれども、今回は一律アップ方式がとられることになった。先ほどの御答弁を伺っておりますと、上下格差というものは大したことないんだと、こういうお話でしたけれども、四対一あるいはそれ以上の格差というのが大したことないというのはどういうことでしょう。
○政府委員(品川卯一君) 大したことないというふうにお答えいたしたわけではもちろんございません。仮定俸給の格差、あるいは現在の公務員の、例えば事務次官の一級の差が十一倍ぐらいございます。陸将と三等陸士の差が十倍程度だと思いますけれども、そのような格差に比較すれば、現在の仮定俸給上の差は六倍ぐらいになっている。また、受給額の面からいいますと、最低保障制度という社会保障的な考え方も導入しておりますので、その差が縮小してきている。それでもう十分であるというわけではございません。そのような縮小の状況にあるということでございます。 また、昨年の恩給問題懇談会の委員の先生方の御意見の中には、現在程度の格差で適当なのではないかという御意見の先生もおられましたけれども、今後とも上下格差については従来と同じように見ていく必要があるのではないかという先生もおられたことは事実でございます。したがいまして、今回は、本日の冒頭述べましたような事情によりまして一律という方式をとりましたけれども、今後における給与の改善傾向が上下格差の傾向を強く反映しているという状況が重なった段階におきまして、私どもといたしましてもこの上下格差を縮小するような措置をとることが適当な段階があり得ると考えておりますし、またそれが相当程度積み上がれば、当然縮小することが適当であると考えておるわけでございます。ただ、それがいつになるのか。今年度は一律ではございましたけれども、将来そういうことが近く、あるいはある程度の年数後かもしれませんけれども、必ずそういう段階はあり得ると考えております。
○吉川春子君 そうすると、政府の基本的な考え方としては、やはり上落下厚になるように改善を重ねていきたい、こういうことでよろしいわけですか。
○政府委員(品川卯一君) 第一に、一番大きな勘案すべき要素は、今後におきます給与の改善傾向がどういったような上下格差の状況を反映したものになっていくかということが一つ大きな要素となると思います。それがかなりの傾向を示しているということであれば、当然その面を恩給の面においても反映させる必要があろうかと思います。
○吉川春子君 保恩給受給者の中で、今回遺族の処遇改善で普通扶助料の最低保障額、寡婦加算及び遺族加算の改善がなされたわけですが、遺族が内縁関係、つまり内縁関係の妻には恩給の受給資格がありますか。
○政府委員(品川卯一君) ございません。
○吉川春子君 ほかの年金制度ではどうなっているんでしょうか。
○政府委員(品川卯一君) 詳細には承知しておりませんが、他の諸制度では大部分が対象になっているのではないかと思います。
○吉川春子君 そうしますと、ほかの年金制度では内縁関係の妻の権利が認められていて、恩給だけが認められていないというのは、何か特別な理由でもあるんでしょうか。
○政府委員(品川卯一君) 恩給法上、扶助料を受けることができる遺族は、公務員の法律上の配偶者、子、父母または祖父母でございまして、公務員の死亡当時、これと生計関係があったことが法律上の要件となっております。したがって、お示しの内縁関係にある、婚姻届を出していないという方につきましては扶助料を受けることができませんが、これは、恩給制度が歴史が古く、また官吏や旧軍人に対して給与する年金制度であるという沿革的な理由を持っていることで御理解を賜りたいわけでございます。 これが古い倫理なのではないかと、現代に適合していないのではないかというお考えが別途当然あり得ると私どもは思いますけれども、局におきましても、過去この点についていろいろ検討したことがございます。ただ、いろいろ過去の人との均衡問題あるいは現実に適応する場合の非常に実施上の隘路、いろいろな問題点がございまして、なかなか制度をそこへ改正していくということが困難であり、また総合的に判断して適当でもないということで、見送った経緯がございます。ただ、先生のお示しの考え方につきましては、そのような考え方は十分あり得ると私も考えます。
○吉川春子君 大臣にお伺いいたします。 今も憲法論議がありましたけれども、法のもとの平等というか、こちらの制度では適用されるのにこちらの制度では適用されないと、こういうことは非常に不平等でもあると思いますので、内縁関係の妻の権利について恩給法上も認められるようにぜひ検討していただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(山下徳夫君) 今政府委員から御説明申し上げましたとおり、これは長い歴史を経過して今日に至っておりまして、額を上げたり率を上げるということと違って、やはり従来の今日まで支給された方々との一つの不平等とかいろんな問題が起きてくるかと思います。おっしゃる年金との不平等ということは、私もわからないではありません。私もかつて民法の妻の相続分の変更のときもいろいろこれも議論した経験もございますが、今おっしゃる点につきましては、将来検討する課題の一つではあると思いますけれども、直ちにこれを変えるということはいかがなものかと思います。
○吉川春子君 ぜひ検討課題として早急に取り組んでいただきたいということを申し上げて、次の質問に移ります。 中国残留孤児の方々の中で帰国された方々の問題についてお伺いいたします。 政府の責任によって引き起こされた戦争による後遺症が戦後四十年たっても今なおあちこちに残っておりますが、中国残留日本人孤児問題もその一つであると思います。厚生省はこの問題についていろいろと努力されてこられたと思いますが、定着促進センター、サブセンターについてどういう措置をとられているのか、お伺いしたいと思います。
○説明員(大西孝夫君) お答えを申し上げます。 中国に残された孤児の方々がお帰りになります際に、どうしても非常に大きな障害になりますのは言葉の問題でございまして、お帰りになりましてすぐ各地域に行ってお暮らしいただくというわけにはいかない事情がございますために、国におきましては所沢に定着促進センターを昭和五十九年度から設けておるわけでございますが、その受け入れ能力が非常に限界がありましたために、昨年の十二月からこの受け入れ能力を従来の年間九十世帯から百八十世帯に倍増をさせていただきまして、現在その形になっておるわけでありますが、さらに今年度、六十二年度におきましては、全国各地に五カ所のサブセンターを民間の既存の施設を活用する形で設けさせていただきまして、北海道、福島、愛知、大阪、福岡でございますが、そこで合年延べ百五十世帯を年間受け入れられるような態勢を今整えつつありまして、まだオープンというところまでいきませんが、近々オープンできるように今最後の準備を進めている段階でございます。
○吉川春子君 日本語の習得状況が残留孤児の方々の自立問題と非常に密接な関係があるわけですが、大体日本語の日常会話を不自由なく話せるようになるには何カ月ぐらい必要なものでしょうか。
○説明員(大西孝夫君) 大変難しい御質問でございますが、若い方、特にお子さんは非常に適応力がございまして、センターの研修期間は四カ月でございますが、この間にかなりの程度にまで上達できるわけでございますが、残念ながら孤児御本人あるいはその配偶者になりますと、四十代の方々でございますので、正直言いますと、人によると思いますけれども、一年、二年たってもまだなかなか十分に会話ができないという方もおられるようでございますし、中には一生懸命努力して一年で随分マスターされて上手になった方もございます。それはかなり個人的な差があるように思いますが、概してその孤児本人ないし配偶者というふうに年齢の高い方の場合はやはり長時間を必要とすると、こういうことだと思います。
○吉川春子君 厚生省が五十九年十月に調査された結果を拝見いたしますと、簡単な日常会話ができるようになるまでの期間、六カ月未満という方が一二%で、六カ月以上を必要とする方が八八%いて、さらに一年以上必要だという方が五三%と。これ厚生省のお調べになった数字ですけれども、確かに残留孤児というとちょうど私の年齢で、これから新しい例えばロシア語を習うとかなんとかということになると困難だなということは、自分と照らしてみてもわかるわけですが、この所沢の定着センターなどは日本語の習得期間をどれぐらい認めているんですか。
○説明員(大西孝夫君) 研修期間四カ月ということでやっております。それで、この所沢センターの位置づけとしましては、帰国をされた方々にごく初歩的な集中的な講義ということで、日本語及び日本での生活習慣等を学んでいただくという位置づけでございますので、そこで言葉が十分に話せるようになるというふうには、私どもも余り期待はできないというように考えております。したがいまして、むしろそこで基礎的なオリエンテーションを受けた後、各地の生活に入りまして、そこでなお引き続き日本語学習や日本語の生活習慣の習得ができやすいような、そういう体制をその落ちつき先において整えるということが非常に大事だということで、十分各都道府県とも協力をしながらその充実に努めておるところでございます。
○吉川春子君 厚生省御自身の調査によってもこれだけの期間が大体平均的にかかるわけで、それと比べて四カ月の定住促進センターでの生活というのは余りにも短いと思いますが、将来的に――将来的にといっても余り先では困るんですけれども、もう少し長く滞在できるような措置とか、それから日本語をもっと早い期間身につけられるような方法について、何か改善策を考えておられますか。
○説明員(大西孝夫君) 所沢センターの研修内容につきましては、そのカリキュラム等について国立国語研究所のいろいろ御意見を承ったりしましてその充実に努めておりますし、今後特に視聴覚教育といいますか、機器等も用いた視覚に訴える面ということも取り入れるようにして、なお充実に努めたいと思っております。 なお、その四カ月が短いという点につきましてはいろんな方面から御指摘を受けていることでもございますし、十分私どもも大きな問題点の一つというふうには認識をしておりますが、実はそこで日本語授業等に当てております時間は四百五十時間でございまして、通常留学生の方々が日本へ来て初歩的に語学研修を受ける場合には大体二百時間とか三百時間というふうに聞いておりまして、そのおおむね倍近いところでございますし、それから一つには、日本語の習得という意味からいいますと、そういう研修箇所において集中的にやるということももちろん大事でありますが、現実の社会に溶け込んで、そこで日本人との接触の間で覚えていただくという点が非常に重要な面もございますし、そういう意味から必ずしも四カ月では絶対短いということではないかと、私どもとしては一応妥当な期間ではないかと思っております。 それからもう一つは、先ほど申しましたように、受け入れ態勢の充実ということで、できれば千世帯と見込まれる方々を今後三年間で少なくとも受け入れられるようにしたいという趣旨でサブセンターを設け、受け入れ能力を拡充したわけでございますが、期間を延ばすということは逆に受け入れ数の方を少し減らすということにもなりまして、私どもも、その期間を延ばす方が大事か、受け入れを急ぐことが大事かということになりますと、今の時点としてはとにかくお帰りになりたい方に少しでも早くお帰りいただくということで、その受け入れセンターの期間は四カ月として、そこを卒業した後の方々の日本語教育なり生活相談なりについてのアフターケア態勢を十分充実するという方向に重点を置いて今後対策を立てたいなと、かように考えておる次第でございます。
○吉川春子君 器を同じにして考えるとそういうことになりますけれども、器を大きくするということを私要求したいと思います。 日本語を教える教師を各都道府県が雇っていろんな方法で日本語教育をやっておりますし、夜間中学なども、本来の目的は義務教育機関ですが、そういうところでも日本語の教育が行われているわけですけれども、例えば日本語の教師を雇ってそういう話学教育をやる場合に、ぜひ国でその人件費に対する補助、二分の一が、率は具体的には言いませんが、とにかくそういう国の補助態勢ですね。こういうものをぜひ実現してほしいという声が強いんですけれども、これについては改善の予定はありますか。
○説明員(大西孝夫君) 実は一昨年でございましたか、私どもの方で設けさせていただいております孤児問題に関する懇談会という機関がございまして、そこでいろいろ孤児問題についての長期的な対策、考え方というものを御議論いただきまして答申をいただいているのでありますが、その中でやはりそういう地方の日本語教育なり何なりの制度の充実のために助成を考えるべきであるという実は御意見いただきまして、六十一年度予算でこれを実現すべく要求をしたのでありますが、今基本的には補助金制度を含めて行財政改革見直しの気運にあるわけでありますし、正直申しまして対象件数が少ないために零細補助というような形になりやすい性格の補助助成制度でありますために、政府部内での意見の一致が難しゅうございまして、私どもとしましては、したがいまして、委託制度の充実で、その六十一年度で考えたことを委託制度の方に振りかえて、国の事業を県に委託する形で実施するという方向で、六十一年度の場合で申しますと生活指導員の派遣回数を七回にふやす形で、そのふえた回数を日本語教育等に当てていただくというような形で、充実を図ろうとしたわけでございます。なお、各都道府県におきましてもいろいろ御努力いただいておりますけれども、日本語教育等につきましても十分でないという面もございますし、今後とも私どももこの日本語教育その他生活指導などの態勢を整えるということが非常に大きな課題だという認識を持っておりますし、できる限りの改善を図るように努力したいと考えております。
○吉川春子君 零細補助というような理由で削られたとすればけしからぬことなんで、まさに語学教育が十分できるかどうかが自立への道につながるかどうかですから、私たちも働きかけたいと思いますけれども、概算要求をまたことしもぜひやっていただきたいと思います。 それから、ちょっと時間の関係で先へまいりますが、生活指導員という制度があると聞きますけれども、この実態はどうなってますか。
○説明員(大西孝夫君) これは国が県にお願いをして選任いただくという態勢をとっております。いわゆる国の委託事業の形でございますが、その具体的な生活指導員の選任といいますかは、各都道府県において御判断いただいて、していただいております。数は、現在といいますか、六十二年、ことしの一月一日現在の数字で、全国で二百五十五名になっております。それで、これは歴史的には昭和四十七年の国交回復後多くの中国帰国者が帰られまして、これをお世話する際に、言うなれば先輩格に当たります戦後の引き揚げ者の方方がいろいろ中国の事情にも詳しい、あるいは日本、中国の言葉ができるということもありまして、熱心にいろいろ御指導いただいたわけでありますが、そういうことを踏まえながら、五十二年度からだったと思いますが、この生活指導員制度を国の委託事業として採用したという経緯がございまして、したがいまして、生活指導員になっていただいた方々のかなりの数は、御自身戦後まもなく中国から引き掲げられた方々で中国語もある程度話せるという方が多くて、年齢的にもやや高い方が多いということでございます。しかし、だんだんその生活指導員の数が多く要求されるようになっておりますし、最近は若い方々もその職についていただいているということでございます。
○吉川春子君 時間の関係で大臣にお伺いしたいと思います。 この中国残留孤児の問題は、やはり戦後処理という重大な問題ですし、今お聞きのように、日本語教育の問題とかあるいは生活指導員の問題とか、さまざまな改善していかなければならない問題がまだあるわけですけれども、ぜひ政府の責任で帰国された孤児の方々が立派に自立できるような、そういう措置が十分とれるように、予算面その他で頑張っていただきたいと思いますけれども、いかがでしょうか。
○国務大臣(山下徳夫君) 私の行政上の所管ではございませんが、国務大臣として御趣旨は承っておきたいと思います。
○吉川春子君 経企庁お見えでしょうか。――経企庁は先日、「内需拡大と成果配分」と題する調査結果を発表いたしましたけれども、時間は余りありませんが、簡潔にこの中身について御報告いただけたらと思います。
○説明員(上野達雄君) 現在の日本経済というのは、外需中心の経済から内需中心に移行しなければならないというのが現下の最大の課題でございまして、そのためにどういった政策をとるべきかということでございますけれども、そのためには内需拡大をするために消費あるいは住宅を拡大する、その前提となる所得、それから消費するような時間、労働時間の短縮、この二点が非常に重要ではないかということでございまして、そのために政府としましては賃上げあるいは労働時間短縮を可能にするような環境をつくるということで、四%程度の経済成長、物価の安定、それから労働時間短縮に関しましては公務員、金融機関等が積極的に週休二日を実施していくということを提言としてうたっております。
○吉川春子君 人事院お見えですか。――人勧のことについてちょっとお伺いいたしますけれども、今経企庁のお話でも明らかなように、内需拡大の一番重要なことは時間短縮と賃金引き上げたということなわけです。賃上げの問題についてはやはり公務員給与というのが民間、特に中小零細企業の給与を左右する非常に重要な問題ですけれども、内需拡大との関係において人事院勧告、ことしの方針等についてちょっと御意見を伺います。
○政府委員(中島忠能君) 公務員の給与をめぐるいろいろな御意見については、これは注意深く見守って勉強しなければならないと思います。ただ、私たちの勧告というのが現在まで得ておる評価というのは、非常に国民の間におきましてもあるいは公務員の間におきましても高いものがございます。私たちはその高い評価というものをどうして得てきたかといいますと、情勢適応の原則に基づいて民間賃金に準拠すると、このことを長い間積み重ねてきた結果だというふうに認識しております。したがいまして、今先生が御指摘になりましたような御見解も一つの御見解かもわかりませんけれども^私たちは国民及び公務員の間の理解と納得というものを大切にしてまいりたいというふうに思います。
○吉川春子君 人事院は、伝えられるところでは、ことしは春闘の低調なことから、一%台の勧告を行うんじゃないかというふうに言われていますけれども、どうですか。
○政府委員(中島忠能君) 現在、民間賃金の実態調査の途中でございまして、したがいまして、その結果がどういうふうに出るかということにつきましては、現在何とも申しようがございません。ただ、春闘の結果を見ますと非常に昨年より低くなっておりますので、私たちも現在行っております調査の結果がどういうふうになるかということを注目しておるところでございます。
○委員長(岩本政光君) 時間が来ておりますので、簡単にお願いします。
○吉川春子君 今、内需拡大の大合唱といいますか、そういうことが行われておりまして、それが政府の方針でもあるわけですから民間に準拠というだけでは国の責任が果たせないのじゃないかと、この際、国際的な内需拡大の要請にこたえるためにも、やっぱり公務員の労働者の待遇改善に大胆に取り組んでいくべきではないかと思うんですけれども、最後にそのことをお伺いします。
○政府委員(中島忠能君) 一つの御意見だというふうに思います。ただ、そのときどきの経済、社会の情勢によりまして変動する要素というもので公務員賃金の基準を決定するということについては、人事院は非常に慎重でございます。
○柳澤錬造君 この恩給法は賛成の立場にありますし、総務庁の皆さん方もいろいろ御努力なさっているわけですから、そういう点も評価して若干の質問だけさせていただきます。昨年はかなり突っ込んでいろいろ質問もしていきましたんですが、ことしはその辺の点は省きまして、二、三の点だけお聞かせをいただきたいと思います。 第一は、この十年間の予算と恩給費の伸びというものを私見てみたんですが、昭和五十二年の予算が二十八兆五千百四十三億円、六十二年度、本年度が五十四兆一千十億ということで、一・九倍になっています。それに対して恩給費の方は、昭和五十二年度が一兆五百七十二億、予算の中の三・七%になっております。本年度は一兆七千二百八十六億ということで、この十年間の伸びが一・六倍ということになっております。予算の中に占める割合が三・二%。予算と同じ伸びをしておればちょうど二兆円ちょっと出るぐらいのところに本年度の恩給費がなるわけです。恩給費が予算よりかも伸びるようなことをしたら国家財政上からこれは大変なことになるので、そんなことはすべきではないと思いますけれども、だからといって余りシビアにしていってしまうのもいかがなものかと思うんです。ですから、そういう点から考えればもう少し考えてあげたってよかったんじゃないかなと、こう思うんですけれども、その辺の御見解はいかがですか。
○国務大臣(山下徳夫君) きょう、先ほど来政府委員からるる御説明申し上げておりますように、恩給の裁定につきましては、それぞれの一つの基準に従って、いわゆる実績数値というものも勘案して、それを基礎としてやっておるわけでございます。したがいまして、結果的にそういう数字になっておりますけれども、決して御指摘のように恩給費を格別抑えたということではない。結果的な数字がそうなっておるということでございますが、政府委員から詳しく御説明申し上げます。
○政府委員(品川卯一君) 大臣から御説明いたしましたように、私ども毎年予算要求をするに当たりましては、最新の統計とか実績数値をとりまして、受給者数が新しい年度においては幾らになるか、また、どのような増額改定等を行うかといったような数値を基礎にいたしまして、これにマイナス要因といたしまして、失権見込みがどれだけ出てくるか、転給がどれだけ出るかといったような、受給者数の減少の見込み等を当該年度における改善要素と合わせて、所要額を典外的に算定するわけでございます。お示しのように、五十二年度以降、確かに国家財政一般会計の伸び率に比較して少ないのではないかということでございますが、ただいま大臣が申しましたように、特に抑えるようなことはいたしておりません。結果的にそうなっているということでございます。
○柳澤錬造君 この恩給の中で難しいのは、傷病恩給なんです。昨年の五月以降この一年間で、この旧軍人の傷病恩給について本人を呼んで意見を聞いた、そういうのは何人ぐらいいますか。
○政府委員(品川卯一君) 当委員会におきまして昨年も御同様な御質疑をいただいたわけでございますが、傷病恩給は請求書に添付されております履歴書とか受傷または罹病証明書とか、症状経過書、診断書、エックス線フィルム等によりまして、専門医、いわゆる顧問医と言っておりますけれども、顧問医の意見をそれらの諸資料に基づいて徴しました上で審査を慎重に行って、適正な公務関係の認否あるいは格付を行うということでございまして、御本人をお呼びいたしますということは、旅費を給しないで一方的に来てくださいということは適当ではございませんので、そういうことはいたしておりません。ただ、御本人の方がいらっしゃいましたときには、できるだけ親切な対応に努力しているところでございます。呼び出してわざわざ出頭していただくということをお願いしたことはございません。
○柳澤錬造君 なぜそれを聞いたかというのは、昨年のときにも随分申し上げたんだけれども、本人が行って説明をしたいからぜひ聞いてくれと言って手紙を出したり電話をかけたりしても、総務庁の恩給局の方ではそういうことについて応じてくれなかったから私は去年あれだけのことを言っておったんですから、そういうことであってという、今そういう質問になったんです。 これは本当に大臣も考えてあげていただきたいと思うことは、医者が、今言うみたいに顧問医というのがおって、見て判断下すんですよ。しかし、この前も言っているように、私から言わせれば、戦争の経験のない者がこの文書を見て、それでああだこうだ判断するわけでしょう。その情景というものが浮かび上がってこないわけなんです。それは、地震だとか水害だとかいうのはしょっちゅう起きるから、そういうものについては、こうだと言えばああこの程度かと判断がつくわけだけれども。ですから、そういう点で異議申請出していっても、最終的には、総務庁長官が最後に決定を下しますと、もうその人たちは救済を求める道がないんです。それで、そういう人たちが今何人も私のところへも来て、もう何とかしてほしいと言う人もいるくらいなんです。最高裁で死刑判決受けた人だって、再審請求出して、それでそういう再審の道が開かれて現実に無罪になるということも行われているくらいなんですが、もう恩給局長がだめだと言って却下した、じゃもう一回と言って出す。で、今度は総務庁長官がそれもだめだと言って却下すると、もう救われないわけなんです。救う方法がないわけなんです。ですから、そういうふうなどうしても何とかしてほしいと言う人たちについては、救済するだけの道を何とか開いてあけてくださいということを希望を申し上げておきますけれども、それについてのお考えはいかがですか。
○政府委員(品川卯一君) ただいま述べられましたように、初度請求をしてけられたと、異議の申し立てをすると、それでもまただめだと、そこで長官まで上がりますところの審査請求でこれでおしまいだということで、もうすべがないということかどうかという点でございますが、実は、行政不服審査法に基づいて審査請求を行った場合に、その裁決が出ましたものにつきましてまた再審議また再裁決をしていただくということは、もちろん制度上できません。しかしながら、まず一つは、それぞれの段階におきまして請求者の方から御要請があります場合は当然でございますけれども、できるだけ理由を納得いただくように、具体的に詳しく説明でも裁決文にも書くということを心がけていることがまず一つございます。 それから、審査請求の段階もやはりだめであったという方につきましては、事後の手段といたしましては、新たに資料が見つかったと、あるいは、さらに病気があるいは傷が重くなったと、その障害の度合いが進行したといった者につきましては、その後重症という形でその後においても請求をしていただくことは恩給法の第四十六条第三項に規定がございますので、このその後重症の請求をいただきました上で、再度私どもで検討さしていただくという道は残されているところでございます。私ども、審査に当たりましては、先生の昨年いろいろお示しいただきました御趣旨を十分体しまして、心して今審査に当たっているところでございます。今後ともその点の努力を続けていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
○柳澤錬造君 局長、ぜひそういう気持ちで取り組んでいただきたいと思います。そうすると、総務庁長官が最終的な決裁を下しても、それからさらにもう一度不服というか何というか、申し立ての道は開かれているんだというふうな判断をしてよろしいですね、そこのところは。
○政府委員(品川卯一君) そのとおりでございます。その後重症という制度がございます。
○柳澤錬造君 もうきょうは早くやめたいと思いますので、大臣、最後に、これだけやっぱり頭に入れて御指導いただきたいと思います。 今問題になるいわゆる旧軍人ですね、この人たちというのは自分の意思で出ていったわけじゃないわけでしょう、御存じのとおりに戦前は。それで死んじゃったりけがをしちゃったり何したりってこうなって、そして今恩給の適用を受けるわけなんですから、そういう点で、自分の意思ではなくて、国家のために軍人に召集されるなり、それは現役で服するなり何なりして行って、それで戦争でけがをしておるんですから、その辺が普通の場合の文官やなんかの恩給をもらう場合とはちょっと事情が違うと思うんです。ですから、その辺の点はぜひ心して、それで年々そういうふうな人たちというのは減っていってもふえるわけじゃないんですから、みんなかなり高い年齢になっていることですし、そういう点でもってできるだけ思いやりを持って、そしてそういう人たちについては救済をする方法を考えてあげていただきたいということを最後に希望し、それについて大臣の方から御見解を聞かせていただいて私は終わりたいと思います。
○国務大臣(山下徳夫君) 先生のおっしゃるとおり、かつての戦争に呼び出されて傷病を受けたというような方々に対しては、その御労苦を思い出しながら、できるだけ親切に窓口事務にしましても審査の事務にいたしましてもやらなきゃならぬ、基本的にはそういう態度で接し、何かしてあげられるところはないかという、そんな考え方から審査すべきだろうと思います。 ただ問題は、何分長くたっておりますので、実は私も今こういう立場でございますが、請求する立場で何回となく私も交渉した経験もございます。その中で、やっぱり当時実際に戦争によって疾病を受けたんだという証拠になるものが何かないかと思って、当時の子供の小学校の通信簿の父兄の欄のところに、こうして父はこうやっているというのがあって、それを持っていって、そしてうまくいったこともあるのでございまして、なるたけそんなこと、いろんなものを見つけ出しながら親切にひとつできればしてあげるという、そんな気持ちで接していくということだけは私ども忘れてはいけないと存じます。
○柳澤錬造君 終わります。
○委員長(岩本政光君) 他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。 これより討論に入ります。 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。――別に御発言もないようですから、討論はないものと認めます。 これより採決に入ります。 恩給法等の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(岩本政光君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。 板垣正君から発言を求められておりますので、これを許します。板垣正君。
○板垣正君 私は、ただいま可決されました恩給法等の一部を改正する法律案に対し、自由民主党、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議、日本共産党及び民社党・国民連合の各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。 案文を朗読いたします。 恩給法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、次の事項について速やかに検討のうえ善処すべきである。 一、恩給年額の改定については、国家補償としての恩給の性格、恩給受給者の高齢化等に配煮し、今後とも現職公務員の給与水準との均衡を維持するよう努めること。 一、恩給の改定実施時期については、現職公務員の給与改定時期を考慮し、均衡を失しないよう配慮するとともに、各種改善を同時期に一体化して実施するよう努めること。 一、恩給の最低保障額については、引き続きその引上げ等を図るとともに扶助料の給付水準については、さらにその実質的改善を図ること。 一、恩給受給者に対する老齢福祉年金の支給制限を撤廃すること。 一、外国特殊法人及び外国特殊機関の未指定分の件について再検討を加え適切な措置を講ずること。 一、戦地勤務に服した旧日赤救護看護婦及び旧陸海軍従軍看護婦に対する慰労給付金の増額について適切な措置をとること。 一、恩給欠格者等の処遇について検討すること。 一、かつて日本国籍を有していた旧軍人軍属等に係る戦後処理の未解決の諸問題については、人道的見地に立って速やかに検討すること。 一、旧満洲国日系公務員の処遇問題について検試すること。 右決議する。 以上であります。 何とぞ委員各位の御賛同をお願いいたします。
○委員長(岩本政光君) ただいま板垣君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(岩本政光君) 全会一致と認めます。よって、板垣君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。 ただいまの決議に対し、山下総務庁長官から発言を求められておりますので、この際、これを許します。山下総務庁長官。
○国務大臣(山下徳夫君) ただいまの附帯決議につきましては、今後慎重に検討してまいりたいと存じます。
○委員長(岩本政光君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岩本政光君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時八分散会 ―――――・―――――