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104回国会参議院1986/05/08

文教委員会 第6号

発言数
223
登壇者
13
会派数
6
開催日
1986/05/08

会議録

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。  去る四月十八日、関口恵造君が委員を辞任され、その補欠として藏内修治君が選任されました。  また、昨七日、杉山令肇君が委員を辞任され、その補欠として岩本政光君が選任されました。

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。  臨時教育審議会の教育改革に関する第二次答申に関する件について本日、また、プログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律案及び著作権法の一部を改正する法律案について本日並びに来る十三日の両日、それぞれ参考人の出席を求めることにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) 御異議ないと認めます。  なお、人選等につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ―――――――――――――

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) 次に、教育、文化及び学術に関する調査のうち、臨時教育審議会の教育改革に関する第二次答申に関する件を議題といたします。  本日は、参考人として臨時教育審議会会長岡本道雄君及び同審議会会長代理石川忠雄君の御出席を願っております。  この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  両参考人には、御多忙中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。  本日の議事の進め方でございますが、教育改革に関する第二次答申につきまして二時間三十分程度各委員の質問にお答えいただきたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。  それでは、これより質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。

久保亘日本社会党

○久保亘君 たびたび御出席をいただきまして、どうもありがとうございます。  最初に、臨教審の性格についてお尋ねをしておきたいのでありますが、臨教審設置法が国会で審議をされました際に、私どもは、教育に対する政治の権力介入が起こることを憂慮いたしましていろいろと御意見を申し上げてまいりました。しかし、その後臨教審は、東京都議選を前にして第一次答申をお出しになり、今度は東京サミットに照準を合わせるような形で第二次答申が提出をされました。そして、第二次答申が提出されて間もなく、臨教審の任期半ばにして委員の一人が衆議院選立候補のために委員を辞任されるということを新聞で承ったのでございますが、これらのことについて、私どもは臨教審のあり方の上からどう考 えたらいいのか、会長の御所見を承りたいのであります。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 絶えず繰り返し申しておりますように、臨教審といたしましてはどこまでも自主的に、他のいかなるものにも影響されないように運営していこうというのが主眼でございまして、今までのスケジュールについて、特に政治を意識したということはございません。  なお、一委員の辞職に関しましては、ここで申し上げられることは、本人は、委員でありました間は専心無議に参加して、有益な意見を述べて役割を果たしてきたということでございます。それで、このたび一身上の都合で辞任ということでございますので、私はそれ以上深く入るあれにはございませんので、この点につきましてはこれ以上申し上げることはないということで、審議会それ自身としましては、終始自主的に運営していこうということには変わりございません。

久保亘日本社会党

○久保亘君 これ以上申し上げることはないというのはおかしいのではないですか。これ以上はここでは申し上げられないと言われるならわかりますが、申し上げることはないと言って、そういうことで私のお尋ねしていることを切り捨てられるような問題なんでしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 先生の御質問の焦点が審議会が政治に左右されておるかということでございますので、私は、審議会の会長としては、そういうものに左右されておらない、今後もされないように努力するということで先生にお答えしたと、そういうように思っております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 少なくとも臨教審の委員に任命をされ、それを引き受けてこられた方が、任期の途中で、一身上の都合によりということでおやめになるんですが、私どもがお聞きしておるところでは衆議院選挙に立候補されるそうであります。恐らく政党の公認でお立ちになるんだと思っております。そして、お立ちになります際には臨教審のメンバーであったことが当然経歴として使われるわけであります。だから、そういうことについて会長はどういうふうにお考えになりますかということをお聞きしているんです。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 会を辞任をしてしまった後のことにつきましては、実は私はその点は極めてはっきりいたしておりまして、もう自分に関係のないという認識をしっかり持っておって、特にそれに対してコメントもいたしませんし、特別なことを何も申し上げることはないというのが私の考え方です。

久保亘日本社会党

○久保亘君 これはもちろん委員を任命されているのは内閣総理大臣でありますから、いずれ私は、任命された側の立場をお尋ねしたいと思っております。会長は別に委員の互選によって会長になっておられるわけではなくて、会長は会長として総理の任命をお受けになっているんですから、それは互角の立場にあるのかもしれませんから、会長が辞任を許可するという筋の問題でもないのかもしれませんので、結構です。しかし、このことについては、私は任命権者の方にまたお尋ねしたいと思っております。できれば、日本の教育の問題について重大な責任を負ってこられた臨教審の会長として、このような形の辞任というのが大変望ましいことであったのかどうであったのか、そういうことについて臨教審の立場からの意見を聞きたかったのでありますが、申し上げることはないということですから、それでは聞いてもしようがないと、こういうことだと思います。  次に、この第二次答申というのは、これは基本答申としてお出しになると従来お聞きをいたしておりましたけれども、第二次答申ということになりました。今後一年三カ月の任期中に、引き続き三次答申という形のものをお出しになるのかどうか。この二次答申は、数次にわたる答申のうちの一つであるというふうに考えればいいのか。それから、もし第三次答申をお出しになる予定があるとするならば、今後第三次答申に向けての主たる審議のテーマは何をおやりになるつもりなのか。また、臨教審の任期は既に半ばを過ぎておりまして、あと一年三カ月でございます。この任期の最終段階では、数次にわたる答申を取りまとめて臨教審の最終報告をお出しになる予定になっているのかどうかですね。今後の臨教審の進め方についてお尋ねをしておきたいと思います。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 先生のおっしゃいますように、最初はこれを基本答申という名前で計画いたしておりましたのでございますが、それは、全任期の三年を考えますと、今ごろ出すものがちょうどその中間で基本的なものであろうというつもりでそういうふうに呼んでおりました。実際内容は、第一次答申の中に挙げました課題のうちで基本的なものを網羅しておるのは確かでございますけれども、なお今後残りましたものが必ずしも重要でないというものでもございませんので、そういうことをいろいろ勘案いたしまして、基本的なものでありかつ波及効果の大きい重要なものではございますけれども、これを第二次答申ということにいたしまして、次に出てくる三次答申というものを予想いたしておるというのが現状でございます。  その三次答申の中で何をやるかということにつきましては、この二次答申の百四十五ページですが、「結び」のところに項目を挙げて、こういうことをやろうということにいたしておりますので、ごらん願いますと、これが決して重要なものでないということでございませんので、これを二次、三次としたことについては御了解を得られると思います。  その三次答申の時期及びその後どういう答申を出すかにつきましては、これは今から運営委員会で考えまして、なお総会で審議して決めるということになっておりますが、大まかな予定といたしましては、任期の終わる数箇月前までにはこの答申はすべて終わっておりたいということでございまして、そういう目標で今三次答申というものを考えてはおりますけれども、先生のおっしゃいました、今までの一次、二次、もし三次があればそれも皆逐次答申ということでございますので、何か最終答申的なものをまとめるかどうかということにつきましては、まだ全く審議もいたしておりませんので、今後のことでございます。  以上のような状況でございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 そうすると、いわゆる三次答申に当たるものについて、その一番中心となるべきテーマというのはこれから御検討になるということですが、会長としては、第二次答申を終わった段階で、今後の臨教審の審議課題というものをどこに重点を置いてやっていきたいということはお考えになっておりませんか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 今申しましたように、三次答申の中には、それぞれ各部会に属しながら重要なものが入っておりますので、各部会の考え方もございますので、私がここで、これとこれだけが重要だというようなことを申すのは差し控えたいと思っておりますけれども、一般的に申しまして、財政問題なども大変大事なものだと考えておる次第です。

久保亘日本社会党

○久保亘君 私が今お尋ねしようと思ったことを一つお答えになりましたんですが、第二次答申では、これまで国会における議論、それから各種の国民の間にございます意見等からしても、教育改革に対する、教育財政をどうするかという論議は臨教審が避けて通れない課題だったと私は思っているのでありますが、今度の答申では、基本的には教育財政措置の具体化は今後の課題、こうなっております。しかし、一次答申から二次答申にかけて、この答申にあります内容を具体化していくとすれば、当然財政と深くかかわる問題なのでありまして、これは今後の課題ではなくて、基本的に財政の問題は今日の課題であったはずであります。その今日の課題であるものを、その部分だけ今後の課題にしてしまって答申を出されたということは、結局、臨教審もまた臨調行革の一部分であったのであろうかという印象を強く持つわけであります。  一体臨教審というのは、教育財政について独自の審議を行い、そして臨教審としての毅然たる提言をやる権限があるのか。また、そのことをおやりになるつもりがあるのかどうか。御意見を伺いたいと思います。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 今私が重要な問題だと考える中に財政の問題を入れましたのは、先生も御指摘のとおり、これが大変重要だということを意識しておるからでございます。ですけれども、基本的な方針としましては、各問題の具体の中に詳しく入って、それの予算を算定してというところまではなかなかできないだろうという予想も持っております。しかし、こうして答申を出しておる以上は、先生もおっしゃいますように、やはり基本的なものだけはしっかりしておかなくちゃいけないということで、百四十三ページに、「教育財政の展望」というところで、枠に入れて書いております中が実はもう基本的なものであって、この方針は譲れないと申しますか、そういうものでございます。  その第一は、教育というものが、これが何といっても基本的な国の資産と申しますか、基本的な社会資本だということで、これを積極的かつ効果的に充実させていくことが必要である、そういう基本に立っております。そのほか、税制の問題とか、それから既存のものについての目配りとか、いろいろ申しておりますけれども、いずれにしましても、このたび改革をいたしますについては、教育というものが本当に重要なものであるので、これを積極的、効果的に充実させていくことをしっかりやれということは基本として申しておるわけでございます。  それで、今後は具体的なものについて、財政についても言及してまいることになると思いますけれども、いずれにしましても、最初から申しておりますところは、行革審は国の経済というものを焦点にした審議会でございますし、我々の審議会は、どこまでも国の教育、研究を推進していこうという方向にございますので、その点は基本的な本質は異なっておりますので、おのおのそれが最善を尽くして意見を述べるところに審議会の機能があると思っております。今後それをどうお考えになって処理していただくかはまさに先生方のお仕事でございますけれども、それに対して私どもは、どこまでも教育というものが基本的な社会的資本なんだから、これに対しては積極的な効果的な投資をしてもらいたいということを基本的に主張しておるというわけでございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 今度の二次答申は、これは十三万語余りと言われるぐらいもう大変な分量のもので、あちこち読んでおりますと、非常にいいことも書いてあります。財政問題なんかについてもいいことも書いてあるんです。税制上教育減税をやれというようなことが書いてある。ところが、臨教審側からのきちっとした提言にはならないわけですね。検討をする必要があるというようなことでとまっておるわけですね。今、教育減税の問題はこれは先生方の問題だとこちらへ投げ返していただいたんですが、確かに我々の問題でありますから、我々は教育減税の問題を毎年やってまいりました。ことしもまた与野党の合意になって文書化されたものもあるわけであります。しかし、なかなかこの問題は具体的には解決しないという難しさもございますが、臨教審あたりが教育改革を論ずる立場からこれらの問題についてもう少しはっきりした提言をされるということは、私は大変大きな意味を持つと思うのであります。財政問題等についてもそういう点で、まあ三次答申に向けては財政問題が一つの重要なテーマとなろうということを会長が言われましたから、それを私も期待しておきましょう。時間があれば少し財政問題で具体的に論議もしたいんですが、きょうはそういう会長のお答えで、今後に議論を残しておきたいと思います。  それから、全体的な問題として、私この答申の中で会長にぜひ伺ってみたいなと思ったことがあるのでございます。それは、「戦後四十年を経て、二十一世紀を十五年後に展望するに至った今日、歴史は歴史として、この不幸な対立に思い切った終止符を打たなければならない。」と、こういう表現でもって、政治、行政と教職員団体との対立を解消することが教育改革にとって極めて重要なことだという提言がございます。この言葉そのものについてはよくわかるような気がいたしますけれども、「歴史は歴史として、この不幸な対立に思い切った終止符を打たなければならない。」、こういうことを答申でお述べになっております会長として、その不幸な対立に思い切った終止符を打つために当事者に対して何をしろとおっしゃりたかったのでしょうか、それをお聞かせいただきたいのであります。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) これは、私が絶えず繰り返して申しておりますところに、現在の教育の荒廃というものを認めるなら、過去において教育に力を及ぼしたもの、それは具体的に言えば、政府、文部省、それから職員組合を中心とする教育現場、それから自治を主張してまいった大学と、それからそれすべてを許してきた国民、それぞれが責任を持っておるのであるから、その荒廃を認めるなら、今この際におまえが悪いという言い方は教育的ではないのであって、一致団結してそういう対立には終止符を打って、そしてこの際教育改革に取り組もうというのでございますので、その点、私のこれは強い主張でございます。  それならどうしろというのかということにつきましては、行政につきましては、行政の規制緩和というようなものを一貫してここに全体に述べておるはずでございます。それからまた、学校の現場につきましては、校長のリーダーシップその他、本当に運営がしっかりできるようにということのデテールにつきまして、教職員にも、また生徒にも目を配ってそういうものを述べておる。  そんなことでございまして、終止符を打つということにつきましては、私は、すべての力をこの際一致団結して改善に向かおうじゃないかということであり、その具体的な内容については、この答申全体にその内容が詳しく述べてあるというふうに理解しております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 余りこの問題で議論をしようとは思いませんけれども、この長い歴史的な対立に終止符を打って日本の教育改革のために一致協力してほしいという、会長がおっしゃりたい気持ちは理解できる気もいたしますけれども、その場合に、この対立に終止符を打つということについての原点となるべきものですね、それは、方法はこの中にいっぱい書いてあるということでありましたけれども、この臨教審の答申というのは、これは国民の全体の批判にたえなければこれが至上のものということにはならぬのであります。  その場合に何が原点かと言えば、あなた方もこの答申の中に、今度も改めて確認をしたいということで明確に書かれている憲法と教育基本法の精神を尊重すること、この対立に終止符を打つ場合の両者の理解の原点は、この臨教審の答申の中に明確にお書きになった憲法と教育基本法の精神を尊重すること、そこから出発するということについては御異存はございませんか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) はいその点は、この審議会自体も、「教育基本法の精神にのつとり、」ということでございますので、この中をお読みいただきましたら、それを中心にしてということには変わりございません。

久保亘日本社会党

○久保亘君 そういうことでしたら、憲法や教育基本法の精神に基づいて日本の教育をどう考えるか、こういうことで教育関係者の間のこれまでの対立にどういうふうに終止符を打ったらいいのかということについても、臨教審が意見があれば私はお述べになるべきものだと考えております。  次に、今度のこの答申の中には、先ほど私はなかなかいいことが書いてあると申しましたけれども、非常に私も、なかなか立派な表現だなと思って読ませていただいた部分がございました。例えば、第四部の「教育行財政改革の基本方向」の中には、「画一よりも多様を、硬直よりも柔軟を、集権よりも分権を、統制よりも自由・自律を」ということを今後の教育の行財政の、教育行政の基本的な方向として示されております。  そこでお尋ねしたいのは、「集権よりも分権」、「統制よりも自由」、それで硬直せず柔軟にやれ、こういうことであれば、なぜ、目下国民の間にいろいろ意見が分かれており、地方自治体の間にも強い要請のあります教育長の文部省、文部大臣承認制の廃止について明確な臨教審の態度をお示しにならなかったか、また、教育委員の公選制度についてかくあるべしという方針をお示しにならなかったのか。今私が読み上げました、臨教審が国民に向かって述べられた基本的な姿勢、こういうものに立って、これらの問題についてのどういう議論が行われたのか、そして臨教審が今回の答申にそれを触れなかった理由等について伺いたいと思います。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 先生の教育長の任命制度についてでございますけれども、これについてはいろいろ意見もございまして、本文百三十九ページにございますように、「教育長に適材を得るための方策に関し、教育長の資質・要件、専任化、都道府県教育委員会の教育長も含めた任期制の導入、教育長の任命承認制度の得失等を総合的に検討する必要がある。」というところまではまいっております。  ただ、公選制、準公選制につきましては、これは議論が出た機会もございましたけれども、公選がよいということにつきましては、そういう議論は臨教審としては出ておりません。これはもう現状がいいということでございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 私言っておるのは教育長の承認制の問題ですよ。県の教育長は文部大臣の承認ですね。それから市町村の教育長は県の教育長の承認が要りますね。そういうものはやめるべきじゃないかという意見は国民の間に多いんですよ。また、自治体の長からもそういう意見は強いですね。だから、そういうことについて臨教審としてはどういう判断をされたんですかということを言っているんです。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) それが今お答えしましたところでして、おっしゃいましたようにそういう御意見もございまして、そして現在を考えますと、これにもいろいろ、やはり教育長の任命承認制度というものは、任命をする者に対してある程度の歯どめと申しますか、そういうものもあるし、必ずしもこれを廃止すべきではないというような意見もいろいろございましてね。ですけれども、なおそういう意見がありますので、今後教育長の任期制やその他にも関連して得失等を総合的に検討しようということになっておりますので、その点、任命承認制度につきましてはそういう余地は残してございますわけです。

久保亘日本社会党

○久保亘君 結局抽象的な論議では、集権より分権とか、統制より自由とか、そういうことを勝手にお書きになっているけれども、具体的な問題になれば、今までの古い官僚的な行政のしきたりというものから臨教審は全く踏み出すことができぬのじゃないですか。  それで、結局教育委員も公選制でない方がいいという一公選制の方がいいという意見はなかったとか、そんなばかなことはないんです。公選制にすべきだという意見が二十五人の委員の中に一人もいなかったということになれば、私は臨教審の委員そのものが問題だと思いますよ。今、国民の間の意見はそんな分かれ方をしていないんですから。二十五対ゼロなんという国民の意見じゃありませんよ。そういう者ばかり集めてきて、そして今までの文部行政というものをすべて守っていくようなやり方で教育改革を、二十一世紀に向けてというような、そういうきれいな言葉を掲げられても私はだめだ。そういうことで、先ほど言いましたように、歴史的な教育関係のいろいろな立場の対立をこの際終止符を打てと言われたって、とてもじゃないが臨教審は一体どこに足を置いて物を考えているんだということになれば、そのような臨教審の呼びかけというものは大変うつろなものに聞こえてくると私は思うのであります。しかし、この問題についても今後の検討課題として少しだけ引っかかっておるような話でありましたから、また機会を見て伺いたいと思っております。  次に、今度の答申のメーンのテーマというのは、やっぱり何といっても、臨教審がここぞとばかりにうたいとげております「生涯学習体系への移行」、こういうことなんだと思うのであります。これは一次答申とか、「審議経過の概要(その三)」とか、そういうようなものから見ましても、生涯学習への移行というのが今度の答申ではぐっと正面に押し上げられてきた。こういう気持ちを持つのであります。そして、随分ペンの達者な方がこの文章をお書きになったんだと思うのでありまして、この生涯学習への移行ということを自画自賛するに当たって、「我が国近代教育史上画期的な教育についての発想の転換をもたらそうとするものである。」、いいですか、近代教育史上画期的な教育についての発想の転換をやるのが生涯学習への移行ということなんだそうでありますがね。それならば、画期的な発想の転換をされる、生涯学習への移行という転換をされる理念は何ですか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 転換をする理念は、今までの教育というのは、今ここにも述べてありますように、「第一の教育改革」も「第二」も、何といっても学校を中心にした教育というものが焦点でございますね。それで、もし画期的な転換といえば、学校の方に比重があるのじゃなしに学ぶ方ですね。学ぶ方の人間に焦点を合わせていこうと、これが画期的といえば画期的でございます。――そんなことでよろしゅうございますか。  それで、今までは学校へ入るということからいろいろ問題が起こっているわけですね。受験戦争とかなんとか起こっておりますけれども、このたびの転換というものは、学校も大事にしますけれども、ひとつ学ぶ方の人間に、自己教育力といいますか、そういうものに主体を置いて進んで行けと。この意味では画期的であるだけにまた難しいことでもありますけれども、相当年月がかかっても、現体制の問題もありますから努力せんならぬと、そういう認識でございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 その学ぶ者と学校とを対置する理念にしてというのは、私ちょっとわかりにくいんですね。そうすると、二十一世紀における教育体系の中心は何なんですか。学校中心の教育体系を、発想を転換して今度は二十一世紀のために全く画期的なものにしますぞと、こういうことなんだけれども、そうすると、学ぶ者ということじゃなくて、二十一世紀における教育体系の中心はどこに置かれますか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 教育には、今までまあ便宜上といいますか、家庭教育とか、学校教育、社会教育、社内教育というようなものがございましたわけですね。それで、今までのは学校教育体系というものが教育のすべてであるというふうに認識されがちであったのを、このたびは、今申しましたようなすべてをひっくるめてその中を学ぼうとする個人が歩んで行く、そういうのが新しい教育の理念であると、そういうことです。

久保亘日本社会党

○久保亘君 今会長がお話しなさった程度であれば、別に画期的な発想の転換とまで宣伝するようなものじゃないように私は思うんです。これまでだって、生涯教育、生涯学習ということは、新しい時代の要請ということで随分いろいろと議論し、そういう問題と学校も現場も取り組んできたはずです。また、それぞれ社会教育の立場にある人たちも取り組んできたはずです。これがもし画期的な発想の転換ということで文部省もそれに同意をされるのなら、文部省は全部切腹しなければいかぬ。今までの責任を感じて者やめにゃいかぬ。それぐらいの問題だと私は思いますよ。こういうことを画期的な発想の転換ということで、今会長が言われるようなことを文部省が突きつけられるとするならばですよ。そして、文部省はそのことを黙って受けとめるとするならば、これはとても文部省は責任を負い切れるような問題じゃないでしょう、  どうも私は理解ができないことがあるんだが、学ぶ者に重点を移した教育体系にして生涯学習に移行をしていくということで、それならば、生涯学習といいましても学校というものを従来の感覚で仕切っているからそういうことが言えるのであって、むしろ学校というものが、生涯学習に役割を果たせるように学校教育自体もいろいろと変わっていかにゃならぬ問題が出てきているのであって、生涯教育に移行するという名前のもとに、学校教育の役割を縮小するとか、あなた方の表現によりますと学校中心の考え方を脱却するとか、これまでの学校は肥大化し過ぎていた、こういうような表現でもって学校教育を生涯学習の名前のもとに縮小し、役割を小さくしていくということが二十一世紀の新たな教育体系として構想されているものなんでしょうか。

石川忠雄臨時教育審議会会長代理

○参考人(石川忠雄君) この生涯学習の問題が大きなテーマとして取り上げられたその根底には、もちろん、戦後四十年たってこれから追いつき型近代化を脱して新しい時代に入っていこうというときに、それに対応できるものとしての生涯学習体系というものを考えたということであります。  したがって、学校教育に過度に依存していた過去のものとは違って、やはりそこには常に学校教育の中で培われた非常に強い、みずから学ぶ心、基礎・基本、そういうようなものを持ったものが、つまり常に生涯を通じて学習をしていける体系をそこにつくろうと、こういうことであります。したがいまして、社会に向かって従来の学校が開いていくということの必要はもちろんあるわけで、それはこの答申の、例えば「高等教育」を見ていただければわかりますが、そのほかのところにもそういうことはたくさん書かれているわけであります。したがって、そういう意味では学校体系が過去のままで閉鎖的であるということはいけないのであって、それを直さなきゃならないという必要はもちろんあるわけであります。  それからさらに学校教育を、何と申しますか、軽く見るとか小さくすると、そういうことをここでは言ってはおりません。むしろ、生涯を通じて学ぶ姿勢とその機会を提供されたときに、それに対応する人間が基本的に学ぶ人間としてつくられていくためには、学校教育というのは極めて大事なのでありまして、したがって、学校教育を軽視するという意味は含まれていない、そう申し上げたいと思います。

久保亘日本社会党

○久保亘君 そうすると、「学校教育体系の肥大化」というのはどういうことをおっしゃっているんでしょうか。

石川忠雄臨時教育審議会会長代理

○参考人(石川忠雄君) 「学校教育体系の肥大化」という意味は、過去においては過度に学校というものに依存し過ぎたということであります。例えばそれは社会教育その他もございましたけれども、しかし大体において、大学を終われば教育を終わったという考え方ですね、それがやはり問題なのでありまして、大学を終わっても、十八歳から二十二歳までやって終わっても、将来に向けてなおかつ教育を受ける機会というものがあり得るということを言っているわけでありまして、「肥大化」という意味は、そういう意味で過去に過度に学校教育に依存していたし、また、依存する意識を持ち過ぎたということを申しておるわけであります。

久保亘日本社会党

○久保亘君 どうもその辺のところがよく理解できないところですね。  過去に学校教育に過度に依存していた――過度に依存していたというなら、これからは依存度を減らすということに受け取れるんですよね。だから、生涯学習というのを、教育の全体を膨らましていく中で相対的に学校の受け持つ分野が小さくなるというならまあちょっとわかるような気もしますね。しかし、学校教育に過度に依存していたということになってくると、やっぱり何か学校教育の持つ教育の比重というものを軽くしていく、こういうような意味にもとれる。これに呼応するような形で、やっぱり義務教育の期間は長過ぎるんじゃないかとか、もう少し国や自治体がやっている学校を減らしてもいいんじゃないかというような意見がございますね。臨教審の中にあるかどうか知りませんが、周辺にありますね。財界等にも義務教育を短くしろという意見もございますね。だから、そういうようなことによもやこの「生涯学習体系への移行」という今度の答申が力を与えるというようなことにはなりませんでしょうね。

石川忠雄臨時教育審議会会長代理

○参考人(石川忠雄君) 私が先ほど申し上げましたことは、今久保委員の言われたように、これからの教育というのは全体としてもっと大きなものになると思うんです。したがって、そういうことから考えて、学校教育が今以上に重要性を減少させるという意味ではないと私は考えております。ですから、そういう意味では、例えば学校教育の義務教育の年限を減らせとか、そういうような意味で言っているのではなくて、例えば「高等教育」をごらんになってもおわかりいただけると思いますけれども、そこでは、いかにして例えば教育内容を充実するか、研究力をつけるか、そういうようなことをさらに多くやらなきゃいかぬということを言っているわけであります。  ですから、「生涯学習体系への移行」ということを言ったからといって、そのことによって学校教育を軽く見ていい、そういう意味ではないというふうに御理解いただきたいと思います。

久保亘日本社会党

○久保亘君 そのことについては、特に今度は義務教育に関して言えば、義務教育、まあ高等学校も今ではもう実質的に準義務教育でありますね。これらのもうほとんどすべての国民が受けている教育の期間というものに対する国とか自治体の公的な責任を軽くするものでもない。この「生涯学習体系への移行」という表現を使って、その中で、「学校中心の考え方から脱却」しようとか、これまでの学校教育体系は肥大化し過ぎていたというような表現が使われているけれども、それは今石川先生がおっしゃったようなことであって、これまでの国や自治体が果たしてきた公教育に対する責任を軽くしようとか財政負担を軽くしようとか、そういう意味をここで言っているのではない、そういうふうにはっきり理解きしてもらってよろしゅうございますか。

石川忠雄臨時教育審議会会長代理

○参考人(石川忠雄君) それは今久保委員の言われたとおりだと思います。私は少なくともそういうふうに理解しているということでございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 どうも、これだけ文章のお上手な方がお書きになるんなら、「学校中心の考え方から脱却」するというような非常に誤解を生みやすい表現というものは、もう少しいい表現でお書きになった方がいいんじゃないかと私は思うんですね。  それで、今のとこは先生のお答えよくわかりました。ところが、これをずっと読んでまいりますと、「私立小・中学校設置の促進」ということがございます。私は何も私立の小中学校が悪いと言うのじゃありません。私立の小中学校の設置を促進しようということを臨教審がおっしゃる根拠は何でしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) ちょっとさかのぼってなんですけれども、最前の先生の、生涯教育への移行、大変学校教育の軽視でないかという御心配でございますけれども、これは会長談話というのが同時に出ておりまして、そこにそういう危惧はないことがきちっと書いてございます。また同時に、これはなぜ画期的だということにつきましては、入試を中心とした大きな問題点ですね、それを大変強く考えておることと、現代の文明によって八十歳時代というものになっていますけれども、それに対する生き方というものが大きな転換期に来ておるわけですね。そういうものを重視しましてこのたび生涯教育というものを挙げたことは画期的である、そういうふうに思うわけです。その点、読んでいただきますとそういうものがにじみ出ておりますから、この名文の中から。ひとつ読んでいただきたい。  それと、今の私立学校の設置を促進するということについては、これはいろいろそういうふうなお考えもあるようでございますけれども、私立学校というのは、それぞれ創立者が理想を持って立ち上がっておりますので、そういうものを促進することによって多様化というか機会の拡大というか、そういうものが果たせるのでないかというような気持ちでございます。それ以上には特に何もございませんので、その点は、公教育を徐々に減らしてとか、そういう気持ちは持っておりません。

久保亘日本社会党

○久保亘君 一部に、まあ一部にというよりはこの答申を読んだ人々の間に、臨教審がわざわざ私立の小中学校の設置を促進する考え方を明記していることは、国や自治体の義務教育に対する責任を民間に委譲しようとするものではないかという批判がございますが、これは今西先生のはっきりしたお答えをいただきましたので、臨教審の意のあるところはそのように私も理解して、今後の動きを見てまいりたいと思うんです。  しかし、それにしても、私立小中学校の設置を促進するという方針を出されているということは、私は実態を御存じでないのじゃないかという疑問を持つんです。確かに創立者の理想のもとに歴史ある私立の学校はたくさんございます。特に石川先生の学校などは、幼稚舎からずっとそういう教育をされておるので、私も承知をいたしております。しかし最近、私立の中学校がずっと地方の方まで次々につくられつつあります。私は、まさか臨教審が、現在あちこちに生まれている進学予備校としての、全寮制で全国から子供を集めてくるようなそんな中学校をつくることを促進すべきだとお考えになっているのじゃあるまい、こう思うんですが、最近ブームのようになって、私の郷里にもございます。幾つもございます。中学校が次々に新設されましてね。中学校だけで新たにつくられた学校もございます。この学校は草深いところにございます。子供を寮に入れて、そしてそこで徹底したエリート教育、進学のための教育を施すのでございますが、これがやっぱり創立者の理想を反映した、私立の学校の特色ある教育ということになっていくんでしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) このたび私立学校の設立を促進しております我々の気持ちは、以上述べたとおりでございまして、数字を忘れましたけれども、日本では私立の小学校〇・五%だというんです。外国は十数%あるというんですね。そういう事実に即して、少し私立学校の設置を促進したらいいんじゃないかということでこのたびは提案はしておりますが、先生がおっしゃいますような事実がございます。よくそれも注意しまして、考えてまいらなきゃいかぬと思っております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 それはもう今は全国的に、地方に特に中学校の設置ブームがありますよ。これに今度は臨教審が拍車をかけられたわけですから、私はそれが二十一世紀のための教育体系にとって弊害とならないよう臨教審はしっかり御留意をいただきたい点だと思っております。  時間が大変短くなりましたが、あと一つ二つお聞きしたいのでありますけれども、生涯学習への移行という大きなテーマを看板にしてこの分厚い答申が出されたのに、なぜか人間の生涯の最も重要な出発点の部分、幼児教育に関して、今度の答申が意見を取りまとめられていないのはどういうわけでしょうか。それからもう一つは、この生涯学習の中で、言ってみれば一番重要な曲がり角と言いますか、にあります、中学校から高等学校へ行くその接続点のところでの問題を、臨教審が高校入試という具体的な問題として取り扱っておられないのはどういうわけですか。生涯学習ということが看板ならば、学習の出発点である幼児段階の問題、それから義務教育を終わって高等学校に進んでいく時点の問題、この重要な問題について先送りされているのは、私どもには非常に理解しにくいことなんですが、これはどういうわけでございましょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) この問題は大変重要な問題で、「家庭の教育力の回復」というところに申しておるとおりでございますが、特に生涯教育に関連いたしまして、その出発として、家庭教育それから義務教育の初めのところですね、これが大変重要な部分であるということは強く認識しておりますので、わざわざそれは一項目を掲げまして、「家庭の教育力の回復」というので枠の中に入れて申しておりますので、決して軽視しておるわけではございません。  ただ、初期の幼児教育という問題は、いわゆる保幼の問題なんかがございましてなかなか難しい問題なんですね。これは徐々に知見を蓄積しまして、そして生涯学習の観点に立ってこれをやりたいということでございます。  それから、仰せの高等学校の入試というものも、これは大変大事なものでございますので、このたび、第三次答申の中の「初等中等教育の改革に関するもの」の中に、「高等学校入学者選抜方法」というものもはっきり入れておりまして、この点を十分重視しておるという点は先生と全く同じでございますけれども、この知見を得てこのたびの生涯学習というようなものを補完してまいることができるというふうに思っておりまして、これを早くやっておらないと生涯学習ということは言えぬというわけではございませんので、その点、先生が重要だと御指摘のとおり、これについては特別に注目をして、第三次答申ということにしておるわけでございます。

久保亘日本社会党

○久保亘君 時間がなくなりましたので、最後に私一つだけ、気になることがございましたのでお尋ねしておきます。  今度の答申の一番根底にある、日本の教育に対する歴史的認識というところで、戦前戦後の教育が、昭和十二年から二十年までの間の特別な時期を除けばこれは連続性があるということを強く述べられておるんですが、この連続性ということを主張される背景に、教育勅語と戦後の日本の教育とをつなぐ、こういう考え方はよもやあるまいと私は思うんでお尋ねしたいんです。  そして、私の方から申し上げたいのは、戦前の教育と戦後の教育というのは、教育勅語の廃止、教育基本法の制定ということによって、もちろんいろいろその理念やその他の各論の中では引き継がれている問題もたくさんございますが、教育の一番中心の理念というのは、戦前の教育と戦後の教育との間には私は隔絶があると思うんです。その隔絶をあらわすのが教育勅語の廃止であり教育基本法の制定であったと、こう思っておりますが、この臨教審答申の冒頭に書かれております歴史的認識というものは、今私が申し上げていることとは違った意味で書かれているのでしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) これは、おっしゃいますとおり、戦前教育勅語から戦後教育基本法への転換というものが大きな転換でございます。ただ、ここに書いております非連続面と申しますのは、軍国主義とか極端な国家主義というものがあの年代のときにあって、それがもう終止符を打たれたというところから、それは連続しておらないことをしっかり認識することが必要だと同時に、連続面としては、「富国富民」ということを申しておるんですが、私はさらにそれを科学技術振興だと思っておるんですよ。やはり明治というものは、日本で近代化というものの中軸が科学技術振興であった、科学技術立国であった。それはもうまさに一次の改革、二次の改革も連続しておる。そして今日の科学技術の繁栄を来しておる。これはまさに連続であると、そういうふうに思っております。

久保亘日本社会党

○久保亘君 どうもありがとうございました。

仲川幸男自由民主党・自由国民会議

○仲川幸男君 会長、石川代理、両先生とも大変御苦労さんでございました。  今までもいろいろ私が臨教審と窓口のような形になってるる申し上げてまいりましたけれども、このたびの第二次のものを見まして、時間がございませんから、まず、強力に提言をしていただいたものを高く評価するもの、もう少し突っ込んでいただきたかったもの、大変心配なもの、これに分けまして、お尋ねもしたり申し上げていきたい。  まず、それより先に、きのう大学入試があのような形でA、Bグループがはっきりしまして一番安心したのはやはり受験生であったり親御さんであったりしたわけであります。そこで、この問題は、共通一次をつくるときからの実はある程度父兄の願いであったわけであります。共通一次には全国の高等学校の生徒も父兄も余り共鳴をしなかったのであります。そして、そのときに望んだことは、一期校、二期校ということでなくて、もう少し自由な形で二つ三つの学校を受験できる方法はないかなというのが願望であったわけなんです。それは私、あれは五十二年の春からであったと思うのですけれども、ちょうど五十二年の十一月に高等学校の父兄を代表して衆議院の文教委員会で参考人として意見を申し上げておるわけなんですが、まあ十年たってようようその願望のところへ舞い戻ってきたなという感じがしておるわけです。  本題に入ります前に、この問題は関係も大いにありということで、臨教審の会長に、またこれにかかわります私学はどうなりますかということを石川先生にお尋ねをまずしたいと思います。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 共通一次というものは、ちょうどここにおいでいただきます林先生と一緒に出発させていただいて、当時も、おっしゃいますようにいろいろ議論がございまして、これ全部賛成だから大いにというところまではいかなかった部分もあったかと思います。  おっしゃいますように、一期、二期という受験機会の複数化ということにつきましても、当時から要望がございまして申しておりましたのですけれども、時世が移るということは恐ろしいものでございまして、私なんか当時はなかなかまだ厳しい気持ちを持っておりまして、一期校、二期校というものが大変弊害があるということも言われましたし、また考えれば一回ということも、ギャンブルではなしに、本当の努力を積み重ねて一回一回に取り組むということもいいじゃないかというふうな気持ちもありましたりしてそれが賛成を得たわけでございますけれども、一般的な傾向として、これは国際的にも、機会を複数に持ち得るということはいいことだと思っておりますが、やはりそれにはそれだけのいろいろ混乱が起こります。  この点につきましては、国大協もここまでおいでになったんですから十分お考えになって、それを避けながら立派に受験機会の複数化というものを実施してほしいと、そういうふうに思っております。

石川忠雄臨時教育審議会会長代理

○参考人(石川忠雄君) 今度の共通テストのことについてお答えすればよろしゅうございますか。――それについての私学の立場でありますが、現在まだその新テストをどういうふうにやるかということは検討中でございます。文部省の中に入学試験改革協議会というものがありましてそれを検討しておる。したがって私は、それができ上がることを待って私学は検討していくということだろうと思います。  ただ、一つの改革の問題というのは、正しくその意図が受け取ってもらえるかどうかというのはなかなか難しいことでありまして、臨教審が提案した今度の新しいテストの問題というのは、各大学が独自の、自分自身が最もいいと考える入学試験をやるのにその新しいテストを利用できれば使ってもらいたいということでありまして、むしろ目的は偏差値だけによらないような独自の、本当に欲しい学生をとる試験に使えるところがあったら使ってほしいと、こういうむしろ便宜を供与するような意味で考えられているものでありますけれども、そこのところがどうも共通一次と混乱してしまって、参加させるとか参加しないとか、そういうような意味合いにとられているところが多いようであります。これはこれからよく納得していただけるようにしなければならないというふうに私なんかは考えているわけであります。  それから、今度国立大学が入試について、何と申しますか、A、Bグループに分けたということがございますけれども、その点について、私学の立場とすれば、別にそのことによって我々がどうこうしなきゃならぬということはなくて、むしろ学生諸君にとっては複数の受験機会が得られたということはいいことではないか、そう考えております。

仲川幸男自由民主党・自由国民会議

○仲川幸男君 それでは本題に入ります。  大変御苦労でありましたことを重ねて感謝を申し上げておきます。強力な提言として高く評価をしました二次答申の中身、これは項目ごとに分けておりますので、時間がありませんから私が読み上げて、後で一括でお答えをいただきたいと思います。  教育の荒廃に対する掘り下げと諸方策の提言、それから情報化、国際化の対応に対する非常に細かい提言がございました。それから教員の資質の向上、これは初任者研修も含めまして。まあこの問題については大変注意を要するであろう心配事がありますので後で申し上げますが、このこともなかなか深く、初任者研修をどうするかまで突っ込まれた。次に、先ほどお話しもありましたが、生涯学習への移行、そして家庭教育の活性化、この問題も高く評価をしなきゃならない問題だと思います。もう一つ、このことにはもう少し強く及んでいただきたかったとも思うのですけれども、税制改正についての二つの提言。一つは教育減税の問題、さきにもお話がございましたが。もう一つは私学など学校法人に対する寄附金の税制面の問題。これは先生、今民活と言っておる、これが非常に流行語になりましたが、教育界の中で民活といえばまあこれあたりが一番いい民活だということでございますので、この問題はかなり深く、今後もひとつ御協議をいただきたいと思います。  以上六点を挙げまして、強力なる提言と高く評価をいたします。  もう少し突っ込んでいただきたかったものというのは、学歴社会の延長の是正という問題であります。これは中曽根総理の御下命ですから、これが全部、まあ学校のいじめの問題までいきますと風吹いておけ屋になると言われたが、私はこれはそうではない、そのあたりに一番根源があるのではないであろうか。政府の中に、会長さん御存じかもしれませんけれども、まだキャリア組、ノンキャリア組という言葉が通用をしているんですよ、このかいわいに。このあたりがやはり、私は学歴偏重という題目を掲げるなれば、もう少しこの問題は突っ込んでいただきたかった。まだ間に合うと思います、せめて役人と称するものぐらいは、このことについて中曽根総理の一喝のもとにひとつ是正をする方向へ行くように答申を出していただきたい、こう思うのです。  それから、遺徳教育に対することは何回かここでお話しを申し上げました。教科書もないので道徳教育が小中学校でできますかと言ったら、それは大変難しいことだと言われる人もありますけれども、私は道徳教育は、前にも申し上げたかもしれませんけれども、「朕惟フニ」ではないのだ、徳育なんだ、こういうことで道徳教育の問題をもう少し突っ込んでいただきたかった。  それから、私も長い間そのことのお世話をしたから言うのではないが、PTAに対する指針というものがこの中では割合見当たらない。最大公約数を求め、コンセンサスを得、世論を起こすのは私はやはりPTAだと思うんですよ。今の社会教育団体というものとは一味違った世論を起こしてくれるのがPTAだと思うので、そういう意味では、先ほどもちょっとお話しをしました、この前の五十二年の共通一次をつくるときには、かなりここを小中高とも重要視して、ここの意見をかなり聞いたと思うのです。それが一つでございます。  それから、偏差値と壁との現況に対する物の考え方というのが少し表現としては甘いのではないでしょうか。次に、高校、大学受験科目外に置かれております体育とか音楽とか美術等の情操教育に対するものについても、これは弱いところですから、強いところだったら私は余り言わないのですが、弱いところですから、何かそこに強い力を与えてやるということが必要ではないでしょうか。  もう一つ、非常に残念に思いますのは、心身障害者の障害者教育に対する項目が、かなり読んでみたのですけれども、案外少なかったように思います。これがもう少し突っ込んでいただきたかったものということであります。  ここは大事なところでございますからもう一回申し上げておきますが、学歴社会の問題、道徳教育の問題、PTAの問題、偏差値と塾の問題、高校、大学受験科目以外の情操教育関係の問題、心身障害者の問題、こういうことであろうかと思います。  次に、大変心配なもの。先ほど少し財政問題に触れられましたが、私は、財政問題を語らずして臨教審を語ることにはならないと思うのですが、会長、四月二十八日、臨時行政改革推進審議会の推進状況調査小委員会が出しておるものをお読みいただいたかと思いますが、全部臨教審が言うたことに水をかけてしまったわけなんです。これはこの前、会長御記憶ありますか、大蔵省が臨教審答申へ異例の意見書、財政負担増は困る、こういうことで、新聞に出た、そのことをお尋ねをしたら、いや、あれはちょっとレクチャーをしたのですよと、こういうお答えであったと思うのです。大蔵省が圧力をかけたじゃないかと言ったら会長は、いや、あれはレクチャーをしたのでございますと言われた。そのときの書いてあることと一これをお上げしてもいいのですが、これは大蔵省が言うたのですよ、それと、今度臨時行革審の小委員会が書いておること、発表したこととはうり二つなんです。何も違ってない。見え見えぐらいな話ではないので、大蔵省が言っておるのを代弁をしている、こういうことなんですよ。そうすると、ここで何かのすり合わせをしておかないと、私は、これが大蔵省の考えであり、行革審小委員会の考えでありして、臨教審が絵にかいたもちにならぬようにやらなければならぬ、咲いた花が実を結ぶようにやらなければならぬ臨教審の大方針と、この問題をおいてないと思うんですね。ここで、まあ両方の委員会が一回、公式、非公式にかかわらずお寄りになってお話しぐらいしたらどうでしょうかね。これはどちらも中曽根総理がお願いしますと言っておる二つが、こういう形なことで、おまえが言っておることではまかりならぬと、こう言っておるんですから、まかりならぬと言われた方が少し何とかしないといかぬのではないでしょうかね。どうでしょうか。このあたりのお考えもひとつ。  ただ、ここで一つまことに残念なことには、臨教審の報告と今の小委員会の報告とで、図らずも同じものが一つあるんですよ、同方向にあるもの。それは地方へ財政移管をせいと、こういうことなんですね。今の地方の状態の中で、教育財政を移管するだのということに至っては、これは物がわからな過ぎる、こう思うのです。これは東京におったらちょっとわからないのですが、地方の教育現場におりますと、このことはもう大変重要な問題でございます。これ、私がお話しを申し上げて質問をいたしておる間に時間がたちますので、そちらからお話しをいただく時間を置かなきゃならぬと思いますから、このあたりで、そういうことでございますので…。  今の財政問題と別にもう一つ二つ。  六年制中学の問題は、これはエリート公立にならぬ方策、これを原則に物事を考えないと、先ほど言うた学歴偏重のところへつながりますよ。  それから、初任者研修制度の創設についての中身も、一つ言いますと、現場に十人おった先生方同士の中に一人新任が入ったらどうするんだという例を挙げて申し上げた方がいいんですが、時間がありませんから。初任者研修制度の創設に対する中身、どうするんだ、初任者研修。一人に一人つけるだの、そんなばかみたいなこととは言わぬが、なかなか非現実的な今の小委員会の報告もあって、しかるべき方法をとらなければならない、こう思います。  それから、個性化の問題についてはもちろん結構です。もう皆さん一斉にそういうお話でございましたが、義務教育というのは機会均等であったり、平均的なものであるという原則のもとに、一つそれを基本に置かないとならないと思います。  このあたりで一度答弁をいただきたいと思います。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 主なものから申し上げますが、先生が一番御懸念いただいておるのはやはり財政の問題だと思いますが、これはほかの先生方からも御指摘いただいておる点でございまして、これは形式的なことをお答えしておっても切りがございませんが、基調としては、繰り返し申しますように、それぞれ審議の焦点の異なった委員会が審議しておるわけでございますから、本質的なものを大事にするという点を主張するのであって、それがどういうふうに取り扱われるかということは先生方の御審議によらねばならないと思っております。  ただ、こちらは教育の審議会でございますので、大変基本的な点を今まででは申し上げまして、その詳細に至っては今後ということになっておりますけれども、基本的な点としましては、最前申しましたように、教育というものが極めて国の基本的な資産であるということと、もう一つ私が常に考えておりますのは、この教育とか文化というものは極めてフラジャイルなものである。壊れやすいものである。一遍中断したらこれは後から取り返すということのできないものだということは大いに強調したいと思っておるのです。これは今いろいろ財政なんかの大変苦しいときであるということはよく存じておりますけれども、文化、教育というものは、一たん中断いたしますとその影響が極めて末長く続くのであって、この問題はドイツなんかの実情に照らして今世界で言われておることでございますので、この点は先生方も強く認識していただいて、これがいよいよ問題になるときにはしっかり頑張っていただきたいと思っておりますので、その点、先生の御発言に対しましては大変力強く思っておりますから、どうぞその点、ひとつよろしくお願いしたいと思っております。  その他、六年制中学がエリート化しないようにとか、初任者研修の中身というようなことでございますが、これは、六年制の中学――私はエリート教育につきましては、エリートというものもつくらにゃならぬと思っておりますので、その点、これがやはり地域の偏差値偏重になるというようなことについては十分注意せんならぬと思っております。  それから、初任者研修のデテールにつきましては、各地域の教育委員会がしっかり具体案を練るというようなことでございます。  それから個性化につきましては、義務教育というものが基礎・基本であるからこれを大切にせいということにつきましては、もう終始そのことを強く念願いたしております。  このほか、たくさんございまして、学歴社会の是正につきましては、私は、先生がおっしゃっていただきましたように、学歴社会といい生涯学習の実現というものは、やっぱりその受け入れの問題が大きいんですよね。会社、それから官庁の受け入れというもの。そこがしっかりひとつ意識転換というものがないとこの定着は難しいと思っておりますので、この点は役所の方にも、それから企業の方にも今強く訴えておるところでございます。  道徳教育というものの内容につきましては、大変難しい問題でございますけれども、今までのはいわゆる徳目をレピートすることで道徳教育というものが行われたのでありますが、このたびの行き方としては、生活の中からそれを感得するという方向に行っておりますが、これはなかなか難しいことでございまして、私はまた同時に、この徳目というものの反復も大事でないかというふうに考えたりいたしております。  PTAにつきましては、これも一部にPTA活動の活性化ということも申しておりますし、それから芸術大学とか、先生のおっしゃいます健康科学というか、健康教育と申しますか、まあ健康の中には心身ともの健康でございますから、特に情操の教育というものを大いにやれというときに、何をやるんだというときに、私は芸術大学というものが大変大事だと思っております。基礎科学をやれといったときにも、やっぱり文学部、理学部をしっかりやれということで、具体的な方法として大事なのは、ああいう芸術の大学というものをしっかりやる。これは「高等教育」のところに枠の中にきちっとはめて書いております。  それから障害者のことは、これは大変重要なことでございますので、御承知のとおり、この第三次答申のところに書いておるわけでございます。  以上がほぼお答えする内容でないかと思いますけれども、先生の一番御関心の財政のことにつきましては、今私がここで言えますことは、答申に申しておるとおりでございますけれども、基本的なものとして、これが国の大変大きな大事なものであるということと、中断したらなかなか取り返しのつかないものであるという認識をしっかり持っていただいて、今後我々も審議しますけれども、先生方の御援助をよろしくお願いします。

仲川幸男自由民主党・自由国民会議

○仲川幸男君 まず、お答えが一つ漏れておるのは、心身障害者の問題が一つありましたけれども、もう御理解いただいておるものと思います。  そこで財政の問題は、もう一つ花を吹かして実を結ばさないかぬというのは共同の責任だと私たちも思って、ここでいろいろ意見を申し上げたり要望をいたしたりしますけれども、それは臨教審に実を結ばそうという一心以外にありませんので、それは共同の敵-ちょっと敵というのは取り消しておかにゃいかぬと思うんですが、もう教科書無償の問題も、給食の問題も、育英資金の金利の問題も、全部今追っかけてきているんですよね。何か臨教審がこちらをやったらよかろうということでそれをやるということになったら、この総枠の中でこれを減らせ――間違いない、もう次に来るものは、教科書無償の問題が押し寄せてくるんですよ。そのあたりも、臨教審の方もひとつよく心得てやってください。  だから、幾らでも金があるということでもないこともわかりますが、これぐらいは別枠でやれよとあちらを向いて言ってもらうぐらいな勇気を持っていただきたいと思いますが、ひとつこれお願いをし、長い間の御苦労を多として、また、これから一年余り御苦労をかけますし、その最後のものが恐らくこれからの教育の指針になると思います。くれぐれも地方への財政負担は、教育の問題は、道路や橋をかけることとは本質的に違いますから、それはここから向こうは県市町村に任すだのという目の粗いことで押しつけられたのでは困ると思いますから、ひとつ要望として申し上げておきたいと思います。  もうお答えは要りません。これで私の質問を終わります。

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) ここで石川参考人が都合により御退席になります。  一言、石川参考人にごあいさつ申し上げます。  本日は、御多忙のところ本委員会に御出席賜りまして、本当にありがとうございました。委員会を代表いたしまして心から御礼を申し上げます。  どうぞ御退席いただいて結構でございます。

石川忠雄臨時教育審議会会長代理

○参考人(石川忠雄君) それでは、お先に失礼いたします。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 それでは、先生大変どうも御苦労さまでございます。これから質問させていただきますが、最初に、やはり今大変問題になっている大学受験のことについてまず伺いたいと思います。  一つは、国大協の方が四月三日に大学受験の複数化というのを打ち出しているというのがございまして、それがいろんな意味で波紋を描いております。それから四月二十一日ですか、大学入試改革協議会が「中間まとめ」を出しております。これは、臨教審の第一次答申の具体化を図るために協議を行ってきたというふうに記載されておりますが、これは、システムとしては、臨教審系が大学入試改革協議会であるし、国大協の方は文部大臣の私的諮問機関というふうに書いてありますが、この二つは、将来は全くお互いに自由に進めていくんだろうかということであります。つまり、国大協が先に出していますね、そして、今それが問題になっていますが、それを後で大学入試改革協議会の提言というものがこれに全く反することがあるのかということでございます。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) これはなかなか難しい問題ですけれども、御承知のとおり国大協というのは大学自体がつくっておるものでございますから、それが大学の自治というものを中心に置きまして自発的にやっていこうというところでございます。  それで、この協議会の方もいろいろ御検討願うと思いますけれども、やはり基本的に大事なのは、我々もですけれども、実施されるということがなければだめなんですね。その意味で恐らく、これは想像でございますけれども、私は協議会の方も国大協といろいろ連絡をとりながらおやりになるんではないかというふうには思っておりますけれども、オフィシャルにどういう関係にあるかということにつきましては、文部省の審議会であり、片一方は独立したものだというふうに考えております。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 まあ確かに先生おっしゃるとおり、これは先生も今のようなお答えしかないのかなと思いますけれども。というのは、もう来年度複数受験というのが始まるわけですね。大学入試改革協議会側はそういうことを言っておりませんので、ですから、これが来年また新しい方針で変わったりすると、これは受験生はまた混乱するわけです。しかし一方では、五月七日、きのうですね、たくさんの大学の先生が今の複数受験に関して反対を表明しているわけですね。三十二の国公私立大学の教授六十六人。うち国立大学では、京大、阪大、北大、東北大、名大も入りまして十四校というふうに、これ新聞でございますが、出ております。ですから、反対があったらどうなるんだろうかというのは、一般の受験生はもう一番関心があるんだろうと思いますし、大変なことではないかと思っているんです。ですから、これは今、先生にお答えを出していただきたいということではありませんが、臨教審としても私は責任がないわけではないんじゃないかと思いますので、十分この辺は調整していただかぬと困るのではないかと思うんです。これが一つでございます。  内容に入ってちょっと伺いたいと思いますが、大学受験の複数化はもう始まるわけで、恐らく差しとめ要求みたいなものが、延期要求が今の大学の六十六人の教授の連名で出たというのがありますけれども、これは延期になれば話は別ですが、ならない場合の想定でありますが、今まで言われていることを集約しますと、大学の序列化は一層細分強化される、こういうことが言われております。それからもう一つは、点数は公表しないということになっておりますが、公表しなければどうなるのかというと、そこで受験産業の出番がやってくると受験産業は張り切っている。これが進路指導になる。ですから偏差値輪切りというものが一層はっきりしてくるのではないか。ただ共通一次のときの入試センターの役割が受験産業に移るということになるというふうに言われておりますが、これは先生はどんなふうにお考えでしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 国大協のいろいろな決定に限りませず、臨教審としては、ああいう提案をいたしました後は、主に文部省の協議会の成り行きを見ておるわけですが、実際問題として、国大協がこういう方針を出しておられます事実につきましては、例えば受験機会の複数化ということは本当に国民が望んでおることでございますので、それは結構だと思います。また同時に、こういう国大協自身が期日についても多様化についても、いろいろ内容について乗り出されることは意味があると思っております。  ですけれども、おっしゃいましたように、これがさらにいわゆる序列化を促進したり受験産業の隆盛をもたらすというようなことになりますとなかなかそこに問題がございますので、国大協もその点はよく工夫して、偏差値で序列が起こって輪切りが起こったということが大きな欠点だったんですから、その辺は十分しっかり考えてもらわなならぬというふうに思っておりますが、いずれにしましても、偏差値だけでなしに、大学がそれぞれの特徴を発揮するということで、序列といいますか、受験生の方が相手を選ぶことができるということであればそれが理想なんですから、ひとつ国大協もその点はしっかり御検討を願いたいと、そう思っておるだけでございます。  今御指摘いただいたような内容は、そういう可能性があるということでございますので、私も、気にはしながら今は見守っておるということでございます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 今のに関連なんですけれども、受験の機会の複数化というのは、私は初め、受験生の国立大学離れを食いとめたいということは知らなかったんですが、新聞等を見ておりますと、また、私に直接そういうふうな話を入れてくれた人もおりまして、国立大学の教授の方ですけれども、なるほど国立大学離れが共通一次であったのかと、私はそうは思っておりませんでしたので新しい認識なんですけれども、逆に今度は国立大学に集中をして、つまり、複数受験の機会があるということは、どこかにできる子がはまるというわけですから、それを何遍かやるということは、必ずふるい落とされて、偶然のチャンスというか、あきがあったから入るということはなくなるんで、今度は国立大学にコイが集まって私立大学にフナが行くと。まあ新聞にそう書いてあるものですからね。石川先生がおられるときに聞きたかったんですけれども、残念でありますが。  そういうことが現在言われているんですが、それはやっぱり臨教審はそういうことを考えたでしょうか。どうでしょうね。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 私も先生と同じに、国立大学離れというようなことを余り考えたこともなかったんですが、およそ臨教審が入試の改善を考えましたのは、現在言われております偏差値による序列化とか輪切りとか、そういう問題に注目して、それを改善しようということを考えましたので、入ります者があるいは国立に集中するとか私立にというような議論は私も頭にございませんでしたし、そういう議論も余りしておらないんじゃないかと思いますが、これも結局は私は、大学がしっかり個性化して多様化して、そしてそれに合った学生が集まるというところに、基本的にそれにいかぬと、幾らいじってみても、皆それで動いている以上は変わりにくいんだと思っておるんですよ。それに生涯学習というようなものを大きく挙げましたのも、即効的には効かないけれども長い目標ではやはりそういうところに行かねばいけないというところを示したものではございますんですね。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 もう一つ関連をいたしまして、大学入試改革協議会では、入試は十二月後半に行うというふうに中間まとめで出ております。ところが、高等学校側の、これはもうここ毎々共通一次以来でございますから数年来でありますが、高等学校側としては、入試はもっと遅くしてくれ、そうしないと高等学校教育三年ということはできなくなると。それは当然そうです。今度は十二月に試験をするということになりますと、十一月までに実質的に高等学校の教育は終わるわけでありまして、四カ月ぐらいは確実にカットされるわけです。それは高等学校教育ということを考えたときには、これをもう完成しないでしまうということになるわけで、この辺のことは、先生に伺ってもお困りかもしれませんが、どうお考えでしょうかね。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 時期の問題は、いろいろなファクターを共通一次のときには考えたわけです。雪が降るとかいろいろなことも考えましたけれども、やはり基本的には、高等学校の教育を乱さないというところになったものですから、いつやればほぼこれが全うできるかということは大変大きな関心事だったんです。  その意味で、私もこの問題について特に聞いてみたことはございませんけれども、今割合簡単に繰り上げて繰り上げてという話が行われているにつきましては、その点が十分顧慮されておるはずだと、おらねばいけないというように考えておりますだけで、特にこれについての実態を知っておるわけではございません。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 私の希望ですが、これは高等学校側、つまり、高等学校長協会というふうなのがあるようですから、そういう側との間でやはり納得のいくような手を打たれた方がいいんじゃないかなと思います。  次に、今度は第二次答申に関しての質問を、あと残った時間でやらせていただきますが、最初に申し上げたいのは、私たちというか、私の立場と申し上げてもいいわけですが、これ、先生方の出された答申の非常にいいと私が思っている面とかプラスの面は特にお伺いすることはないので、やっぱりマイナスと思われる面をどうするかということで、決して欠点を挙げるという意味じゃございませんので、それを御承知の上でひとつ質問に、答えていただきたいと思うんです。  まず、総括的に私が感じましたのは、この答申そのものを読んでおりますと、大変耳に聞こえがいいといいますか、大変いいように見えるんですが、それは問題点の指摘とか批判ということが多くて、具体的にではどうするのかということになりますと、どうしても文面からはうかがえないという面があろうかと思うんです。私は、こういう答申ですから、余り具体的なことは指示はなさらぬのかなとは思いますけれども、やっぱり答申の文言の裏に何を想定したかというのがあるわけですね。具体的に何があったのかと思って見てみると、目についたのは、手づくり弁当を学校へ持たしてやるのが親子の愛情だぐらいのところがもう極めて明快に出ておりますが、あとよくわからないということでございまして、それで、何カ所か出てきた言葉で、私言葉も、個性化、個性とか個の確立ということでいろいろお話し申し上げたんですが、やっぱり言葉が教育の問題で気になるんですが、「教育環境の人間化」という言葉がちょっと見た範囲で三カ所に出てまいります。「教育条件の改善」という項目、二部三章四節でありますが、そこに出てきます。それから「「いじめ」問題への当面の対応」というところにも出てまいります。それから情報化社会ということで、「情報化の影を補い、教育環境の人間化に光をあてる。」などと、大変美文でございますけれども、よくわからない、これは。それで、その「教育環境の人間化」というのは何を指すのか。そして具体的にはどういうことを想定しているんだろうかということであります。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 教育の人間化という言葉でございますけれども、これはアメリカ等では使っておるようでございますけれども、私自身は、これには大変親しんでおると申しますか、と申しますのにつきましては、先生、現在の我々の世界というのは科学技術文明ですね、物質文明ですが、その高度工業というものそれ自体が命ソフト化、ファイン化といいまして、これを人間化であると言って、科学技術会議は人間化という言葉を入れておるわけです。それで、人間化という場合には、現代の科学技術文明が人間に対して持っておる問題点ですね、それを意識しまして、それを補うようなものを与えねばならぬというのが人間化ということなんですね。  科学技術文明といいますと、理性だけだとか、超越したものに対する畏敬の念がないとか、自然というものが失われておるとか、そういうものが出てくるわけですね。そうすると、現時点で環境を人間化するということになりますと、そういうものを意識してそこに持ち込まねばならない。それを最前からおっしゃいますように具体的にどうするんだということが一番大事だということでございますので、教育に関連しましては、自然教室とか、そういうものが重要なのはそういう意味なんだということで申しておるわけですね。そのほか道徳につきましても、この中で人間を超えたものに対する畏敬の念だとか、それから偏差値偏重、理性だけ偏重してはいけない、もっと感性も、温かい心もということで今度の目標も立てておるわけですね。そういうもので全般として人間化というものを実現しようと、そういう目標でございます。  それで、大変これは偏した考え方でございます。もっと人間化というものを広くとってもいいんですけれども、私自身が自分の職業上と申しますか、そういう科学技術というものから教育とかそういうものを皆考えるくせがございますので、今は人間化についてもそんな面もあるというようなことでございます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 確かに、自然環境に触れるというのが具体的な項目として挙がっておりましたし、それだけなのかなと思ったんですが、それにしては都会はコンクリート砂漠化しているわけでございましてね、例えば自然に触れさせようと思ってもないということでありますから、やはりグリーン化していく、緑化をして、緑化運動というものと並行しなければならないわけで、そういったことがもしあるのなら早速教材として公園を使うとかいうことができるわけです。だから、そういったものとの兼ね合いでひとつお考えいただくんならいいんですけれども、ただ文字の上で、思いやりだとかなんとかだとか言ってみたところで、それはどれだけの効果を上げるかということが問題になるのではなかろうかと、こう思っているわけです。ただ、人間化ということが人間的なものへの、ヒューマニズムといいますか、そういったものの不足をというのが、言葉ではうたってもやっぱり難しいのではないかと思ったものですから、具体策として伺ったわけです。  次に、健康教育は私も自分の専門の中の一つでございまして、先生も医学者であるという意味では同じ分野におられるわけでありますが、健康教育と道徳、いじめとの関連というのがこの答申に出てきますので、私も大変関心を深くしているわけです。つまり、健康教育を充実するために道徳、それからボランティア活動、あるいは保健体育などの関連科目を見直すとか、内容を検討するとかというふうに出ております。これが一つですね。それから、いじめ対応のところで、保健室の機能を高めるということが出てきておりまして、健康教育は道徳やいじめの問題と深くかかわっているという認識があるように思ったわけです。  それでよろしゅうございますか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 先生と同じように医学ということでございますので、特にこのいじめの問題に関連しましては、私はこのたびの答申にも、初めのところにも原因は家庭にあるということを申しておりますが、これは家庭にあるというのは極めて包括的な物の言い方ですけれども、やはり幼児が成長に応じてしっかりしつけといいますか自己確立ができていないということにあると思っておりますので、そういうものがそのままいきまして学校という環境であらわれたんだというふうにとっておるわけでございます。そういう基本になりますと、これはやはり心身の健康といいますか、本当に人間の心と体との相関で、成長がしっかりしないとあらゆるところへ出てくるという意味で、その観点に立ちますと、健康教育という、まあ健康科学とも申しますけれども、そういう広い意味で私は単に体だけでなしに体と心の関係が大変密接なんだということも注目しまして、そして広い意味でこれを徹底して教えるというか、そういう立場が要ると思っております。  それで、健康教育につきまして、保健教育という名前で教科として存在しておるわけでございますけれども、これはやはり学校の先生をつくります過程で、どこまで大学でこれが健康科学として教えられておるのかというようなことはもう大変大事な問題じゃないかと思っておりまして、私は道徳にも同じことを申しておるんですが、教える先生が養成されるときにそれをどこまで教えられておるかということが重大ではないかと思っておりまして、先生のこの御指摘も大変貴重なものだと思って拝聴しております。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 いや先生、大変いいことを言っていただいて、私が言おうと思っておりましたことを言っていただいたと思っているんですが、私は機会をとらえては健康教育の重要性を主張してきたわけです。生命の尊厳もここにありますし、道徳の根源みたいなものがやっぱりその辺から上がってくるという部面が随分あるわけですね。心身というものが、ローマの詩人でしたかが言ったように、健康な精神は健康な肉体に宿る。その反対も言っているわけですね。ですから、これは非常に重要な相関関係があるわけで、やっぱり保健教育というものは重要だ。それを、一校に一人または二人の養護教員が全部負担するわけにはいきませんので、したがって、それを教える教師がどんな教育を受けているかということがまず第一なわけです。  それで、私が主張しておりましたのは、戦前から昭和二十五年までだったでしょうか、師範衛生という健康教育が必須であったんですね、教師免状の中に。それが二十五年かに外されたんですよ。それで任意になったわけですが、これは日本学校保健学会も、私もその学会長をしたこともあるんですけれども、それこそもう十数年来続けて主張しているんです、これをやっぱり必須にしなければだめだと。それを学んだ先生が自分の知識で教えていくということになるわけですから。ですから、これはもう非常に重要なことで、これはこういうのに盛るべきものかどうか知りませんが、臨教審の会長としてのお立場で何らかの形でひとつサゼストをしていただきたい、こう思っておりますが、いかがでしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 今おっしゃっていただきましたことは、「教員の資質向上」のところで、養成、採用、研修と分けております、その養成のところに、教職科目と申しますか、それについては先生も含めてこれを見直すということを申しておりますので、これは教育課程審議会にかかるわけですけれども、そのときにそういうものをしっかり主張さしてもらいたい、そう思っております。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 次に、「自己抑制力」という言葉が何カ所か出てくるんです。これはやっぱりしつけ教育、思いやり等に関連いたしまして、第二部第二章一節のところで出てまいります。それから第二部の第三章同じく一節にやはりもう一度出てまいります。こういった自己抑制力を育成するというふうに書いてあるんですが、自己抑制力を育成する教育方法というのは、先ほどのお話のように、具体的にはどういう教育なんでしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 私、この自己抑制力というものにつきましては、人格の形成という中でも大変大きなファクターと意識しております。これは脳の機構そのものに関係しまして、促進と抑制でございまして、抑制のないところにはパーソナリティーができないんだというところまで、個性も皆これですから。  それで、私はこれは学校教育から始まるものでないと実は思っておりまして、最前申しましたいじめというようなものの発生は、やはり家庭におけるしつけのときの自己抑制力の育成が足りないと思っておるんですね。それで、家庭において自己抑制力の育成はどうするんだということは、私は親が壁になってやることだと思っておるんです。何でもいいいいと言って言うことを聞いてやるだけじゃないと思っているんですがね。それで、壁に当たらなければだめなんですが、学校教育では、そんなら具体的にこれをどうするかということは、ここにも挙げておりますのは、自然教育とか集団教育というものは、自分以外に他がおりますから、そういうもので自分の思うとおりにならないことを体験することになりますので、総じて体験教育というようなものが大きいと思います。その観点に立って、先生もまたその辺のことをしっかりした確信を持って、教育に当たるというときに壁になってやる面もしっかりないといけないと思っておりますが、この辺はやはり先生自身の自覚が大きいですし、それから教育の中に鍛錬の面も要るというようなことでして、やはり養成のときから大事な問題だと思います。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 時間がありませんので、私の意見を述べさしていただいて、あと、できれば先生のお考えも承りたいと思うんです。  自己抑制力というのは、欲求があっても我慢しなさいというふうなことは口で言ったりしてうまくいくんだろうかというのがあるんです。それで私が思うのは、「二十一世紀のための教育の目標」という中で、新しく「公共の精神」というのが加えられたというのを私は注目したわけです。というのは、私が森文部大臣、松永文部大臣、それから現文部大臣、各大臣に一回ずつ以上は必ず申し上げたことなんですが、学校教育への期待というのに二つの価値があって、一つは競争の価値である、つまり自由の精神です。もう一つは協調の価値である。つまり公平なんですね。それで、自由と公平、競争と協調という、その協調の精神の中に自己抑制力というものが含まれているんだろうと私は思い続けてきております。そう思ってきております。  つまり、協調するというためには自分の欲望を抑えなければいけない。それは何だ、公正とか公平とか社会正義とかそういったものをしっかり教えていくことだ。何が正しいのか。悪いことをしちゃいけない、いいことはしなければいけない、いいとわかっていてもしないのは悪いと同じだといったような精神ですね。それが私はいじめにも働くし、いじめの傍観者をなくする一番重要なことはここではないか。ですから私は、「公共の精神」ということが今度の二十一世紀への目標に加えられたのは、今さら加えるというのは発展途上国ではないかと思ったわけです。これは西欧ではもう当たり前のことでありまして、ですからこれは、学校教育の価値のもう一つの集団生活の中における協調の精神、それが今度の「公共の精神」と同じものだと私は思っているんです。それが自己抑制力の育成になるのではないか。それは具体的なんですね。いかがでしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) おっしゃいますとおり、団体生活でございますわね、学校の生活は。それはまた別の言い方で、自己抑制力も含めまして、しつけのところ、社会生活の初歩だということをよく申しますけれども、その中にそういうものが皆入っておるわけでございます。  ただ、このたびこれをわざわざ挙げました理由は、その前に「自由・自律」という言葉を挙げまして、大変個人というものを大事にしようという、これを基本的なものを挙げておりますので、ややもすればこの自由というものが放縦、無責任というふうなものに誤解されやすい点もございますので、やはりここに対をなして公共というものも考えて、今先生がおっしゃいますような、他があるんだというようなことですね。そして、一つの目的に向かって協同をするというようなことも大事だということをわざわざ挙げたのはそんなわけでございます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 ありがとうございました。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 それでは、質問をさせていただきます。  膨大な臨教審の第二次答申、そしてその下敷きになっております「審議経過の概要(その三)」、合わせると四百八十ページほどになるんですけれども、これについて参議院の審議時間がわずか二時間半で、私に与えられた時間が十五分、これではほんの一部にしか触れられないということで、私はもっともっと国会の場でこういうものについての論議する時間が保障されなければならない、こういうふうに思うわけなんです。  さて、大学の設置認可事務とユニバーシティーカウンシルについて伺いますけれども、高等教育の改革について今回の答申は、大学の設置基準は全体としてその大綱化、簡素化を図るというふうにしています。大学設置審議会大学設置分科会等については、私立大学審議会と重複する事項について、両者の機能に配慮しつつ、一本化することを検討するとしています。そして、ユニバーシティーカウンシル、大学審議会を創設して、これらの審議会の機能を再編統合していくというふうに打ち出しているわけです。  そこで伺いますけれども、そうなりますと、大学設置認可事務の機能については、どこで果たすんでしょうか。第二次答申の中では明らかにされておりませんので、この点についてお伺いいたします。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) あの記載は、設置機能に関する部分を除いて、国公私立一緒にしてユニバーシティーカウンシルという考えです。  それで、先生のおっしゃいますように、それなら設置のことはどこでやるんだということでございますけれども、これはやはり設置審議会というものは残すわけなんですよね。大学設置分科会については、これは私大審議会一本化するんですけれども、設置をつかさどる部分というものは一本化してユニバーシティーカウンシルとは別に残すと、こういうことでございますね。そういうふうに私は理解しております。それで、今まで設置審というものはいろんなものを含んでいましたけれども、それは、その中の設置に関する機能だけは抽出、それで私大審もそれだけは取って、それだけは一本化して残そう、それからそれ以外のものはユニバーシティーカウンシルに統合しようと、そういうことでございます。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 今いろいろと複雑でたくさんあるので、簡素化してユニバーシティーカウンシルをつくるというふうに書いてありますが、そうしますと、大学設置認可事務というのは今までどおり設置審議会の方に機能としては残すということですね。二本立てになるということに理解してよろしいんですか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) おっしゃいますように、二本立てになるということでございます。ですけれども、設置審議のその基準に関しましては、できるだけそれを大綱化して、余り細かいところまでは言わないようにしようと、そういうことでございますが、おっしゃるとおり二本化するということです。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 ちょっと時間がないので、先へ急ぎます。  単位累積加算制度について伺いますが、八十四ページに書いてありますが、「一つまたは複数の高等教育機関で随時必要な科目を履修し、修得した単位を累積して加算し、一定の要件を満たした場合、大学卒業の資格が認定される制度である。」というふうにしています。「加算認定、卒業資格の認定は各大学が行う。」というふうにしています。  そこで伺いたいんですが、私の例を引いて恐縮ですが、私は中央大学を百二十四単位を履修して卒業いたしました。例えば百二十単位を中央大学で履修して、最後の四単位は東大で履修したというふうになりますと、これからは東大卒に、なるわけですか。認定するのは東京大学ということになるんですか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) ここに学位授与機関という第三者機関みたいなものを設けるというアイデアもございまして、先生の今おっしゃった例は極めて単純といいますか、でございますけれども、もっともっと複雑に、認定していいかどうかというような内容もございますわけですね。先生がおっしゃいましたのはもう当然認定される単位でございますからいいですが、もっと複雑に、これは大学卒として認定していいかどうかというようなものを含めますと、なかなかこれは複雑で、そういうものについては学位授与機関というようなものを別に設けるということもございますけれども、いずれにしましても、こういう問題の技術的なデテールはこれから政府が検討をしてまいると、そういうふうにこの答申は要望しておるわけです。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 そうしますと、大学が今まで持っております卒業の認定の権限と申しますか、こういうものが、大学から離れた違う機関、文部省とかあるいは別の第三者機関とか、そういうところで単位の認定、卒業の認定を行うような方向も考えておられると、こういうことですか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 大学が自分のところで教育した者はもう当然自分のところで認定いたしますけれども、今申しましたように、多様化でございますから、いろんな道を通って、その内容によっては単位に認めるべきかどうかというようなものもございますわね。そういうものを総合してそれを判定するのは別のものを、第三者的なものをつくろうということでございまして、今までの各大学が持っておる卒業認定の権限も取ってというようなものじゃないわけです。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 そうすると、基本的には最後の単位を履修した大学に卒業認定権が残されるというふうになりますと、最初に申し上げました極端な例ですけれども、例えば東京大学の卒業認定が欲しいというふうに考えている人が多いとすれば、 東大で最後の二科目なり三科目なりを履修して、国民がこぞって東大卒と、こういうような可能性も出てくるんじゃありませんか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 大変おもしろい考え方ですけれども…

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 いや、おもしろいって、臨教審が出しているんですよ。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) やはり今申しましたように、そういう基本的には認定は第三者機関だということと、それからデテール、技術的なものに関しましてはこれからやはり審議がされるということで、そこでまたそういうものは明らかにしてほしいと思います。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 卒業の認定とか単位の認定というような権限を大学から取って別の第三者機関に任せる場合もあるということは、大学の自治との関係からいっても非常に重要な問題だというふうに思うわけです。  それから、もう一つ具体的な問題としてお伺いいたしますが、寄附講座、これは九十四ページに書いてありますけれども、「大学と社会の連携の強化」のところで、寄附講座という考えを示しています。国立大学への民間資金の導入の一つとして、寄附講座の導入と短期任用制度の創設について今後検討するというふうにしています。この場合、寄附講座の教職員の身分保障、大学の人事権はどうなるんでしょうか。例えば、企業があるプロジェクトの成功のために設けた寄附講座で、仮にプロジェクトが目的を達成できなくなって寄附を廃止するとしたとします。そうすると、そのときにその講座におります教授以下の教職員の身分保障というのは一体どうなるのか。その点については、いかがでしょうか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 加えて最前のお答えをちょっとしておきますと、先生もおっしゃいますように、卒業認定をどこでするかというのは大変重要なことでございまして、特に学位につきましては、私なんかとんでもないことだと思っていたんですけれども、これは英国にもちゃんと例がございまして、それを、設置にはそれこそ慎重にいたしまして、そしてそれに託していいようなものをつくるわけですから、その点は大学の自治というか、そういうものにも抵触しないものをつくるということでございます。  それから、寄附講座の導入、短期任用制度でございますけれども、これは各大学がそれを受けて雇用するのでございますから、そのときの条件というか、そういうものは設定されるはずでございます。それに従って雇用される方もされると思います。それで、寄附の額によりまして、その果実から半永久的にできるようなものもございますし、いろんなものがあると思いますけれども、そのデテールは、やはりその具体案につきまして大学とその当事者との間できちっと整理されるものだと思っております。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 例えば企業が寄附講座という形で講座を寄附しますね。そして自分の社で、高齢になって社としては使えないけれども、大学教授ということでつけてやるとか、寄附講座とともにその教授もつけてやるとか、いろんな形が考えられると思います。  じゃ、その寄附講座が廃止されたときにその教授も要らなくなる、職員も要らなくなる、そのときに、講座とともにその人たちの雇用はそこで打ち切られると、こういうことになる可能性も出てくるんですよね。そういうこととあわせて短期任用制度の創設というようなことも考えておられるのかというふうに私は理解したわけですけれども、あくまで寄附講座ですからね。今回本会長がおっしゃったように途中で中止になるということも十分予想されるわけで、そのときに本当に教授なり職員が国立学校の職員としての身分が守られるのかどうか、その辺についてはどうお考えなんでしょうか。もうちょっと具体的に説明していただきたいと思います。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 大変重要な指摘でございまして、今私は、この点はどこまでも大学が主体性を持ちまして、お金を出すからこの人を雇えというようなものではもちろんないわけでございまして、大学が主体性を持って雇うといいますか、資金を企業からもらってやるわけでございますけれども、その際のやはり契約をはっきりしてせんならぬものだと思っております。  ですけれども、いずれにしましても、教育公務員特例法という精神もございますし、この辺は大変重要な問題ですから、今後十分デテールは検討して、この方法は採用せんならぬと、そういうふうに思っております。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 ちょっと具体的に幾つかの問題を指摘したわけですけれども、大学の改革についても大変重要な、ある意味では画期的な提案をなされているわけで、これを読みまして、私は非常にこの設置基準の見直しということに危惧を感じたわけなんです。大学設置基準の見直しということで、施設とか設備、定員等に関する基準を大綱化、簡素化する必要があると言っております。これは今まで保ってきた大学の水準、質を大幅に低下させるものなのではないか。何のためにこのようなことをあえておやりになるのかということは非常に疑問です。  八五年の九月に、高等教育の改革に関する臨教審各委員の意見を求めていますけれども、その中で臨教審のメンバーの一人は、校舎、敷地、教職員数、教員資格、設備、履修単位、修学年限などの設置基準、必置規則の大幅な自由化を主張して、さらにこの人物は、運動場、図書館のない大学も認めるべきであると、こういうふうに主張しているわけです。図書館のない大学、すなわち学問の府でない大学を認めよと、こういう見解を持っている、その程度の人物が高等教育の改革を進めるメンバーの一人にいるということに私は実はびっくりしたわけなんです。  こういう極論も含めて、こういう人の突き上げも受けながら大学の設置基準の緩和を行うということは、大学の水準を非常に低下させていくということは必至ではないかというふうに思うわけですね。これは高等教育の改革とは言えない。むしろ、高等教育が今まで営々として築いてきたそういうものを破壊する道につながるんではないか、そういう危惧さえ私は持ったわけなんですけれども、この大学設置基準の見直しということを、大学の質を下げるという効果をもたらすわけですけれども、そういうことをどうしておやりになるのか、その点についてお考えはいかがですか。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 先生のおっしゃいますようないろいろの危惧もございまして、例えば生涯学習というようなことにつきましても、大学が本来持っておる機能をしっかり守るということで、大学の質の向上ということが逆に、いつでもどこでもだれでも入れるということでは質が低下するのではないかというような危惧もございまして、そういう点は十分注意しておりますので、特に大学設置基準の緩和と申しましても、大学の本来の機能を向上させるのに意味のあるものを緩和するのであって、何もかにもすべてを緩和して全体を質の悪いものも大学にすると、そういうことではございませんので、この点のデテールはこれもやはりしっかり技術的にも詰めて、先生の御指摘のような点が起こらないように十分注意せんならぬと思っております。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 大学の質を向上させるということであれば、設置基準というのは最低なわけですから、これにプラスして、どんなにいい設置のいろいろな形態を持ってもいいわけです。最低基準を今決めてあるわけでしょう。これを緩和し簡素化するということはこの最低基準を引き下げるということにつながるわけですから、私はこれは高等教育の充実にはつながらないというふうに思うわけです。  時間が参りましたのでこれ以上質問をすることはできませんが、この大学の設置基準の緩和が小中高等学校の教育に物すごく大きな影響を与える。そしてそれに対する突破口だということをこの第二次答申でははっきり書いているわけですね。私は、大学の自由化ということが義務教育あるいは高等学校の教育にまで影響を与えるのではないかということを今まで指摘してまいりまして、岡本会長は、いや、そうではないんだとおっしゃってこられましたけれども、実はそういう大学の自由化を突破口にして小中高の教育にも非常に大きな影響を与えていくのだという方向がこの二次答申の中で書かれているわけですね、具体的にページを申し上げてもいいですけれども。  そういうことで、非常に私は、一時消えました義務教育の自由化という概念が生涯教育という言葉と相まって再び出てきた、非常に危険な方向を示すものではないか、こういうことを印象として持ちましたので、最後に指摘して、時間が参りましたのでこれで終わりたいと思います。

関嘉彦民社党・国民連合

○関嘉彦君 岡本会長にはお忙しいところをたびたび本院に来ていただきまして御苦労さまでございます。また、この第二次答申、これを取りまとめられるのにいろいろ御苦労だったと思うのですけれども、私、大体原則的にはこの考え方に賛成でございます。どうも御苦労さまでございました。ただ、一カ所、この答申の目玉になるいわゆる生涯学習の問題につきまして、あるいは誤解を招くおそれがあるのではないか。誤解というのはそれは私の方の誤解であって、私の方の考え方が間違っていると言われればそれまでですけれども、そういう懸念している点がございますので、そのことをまず最初にお尋ね申し上げたいと思っております。  生涯学習というのは、人間が死ぬまで学習を続けていくという考え方で、この考え方は私も賛成です。そして、これはまさに教育基本法に言っているところの「人格の完成」という考え方から導き出されてくる考え方だろうと思っております。この人格の完成の考え方も原則的には賛成でございます。ここに書いてありますように、「「人格の完成」は理性と自由の存在を基本前提として、人間が限りなく真・善・美の理想に近づこうとする営為の中にある。」、つまり、このような超越的な価値の実現に参与して人間がこれは死ぬまで努力していく、これは私は人間に与えられた使命ではないかと思う。その使命を実現する方法として生涯にわたって学習するのだ、学校を卒業すればそれですべて終わりになるのじゃなしに、卒業した途端に習ったことを全部忘れてしまうというのではなしに、学校というのは生涯学習のいわばイントロダクション、学習の方法を教え、基礎を教えるにすぎないのであって、卒業した後に本当の学習が始まるのだ、そういう考え方から書かれているのだろうと思います。  その意味では賛成でございますが、そしてまた、学習という言葉を使って生涯教育という言葉を使っておられないのも私よくわかるような気がするのですけれども、ただ注意しなくてはならないのは、未成年者に対する教育、家庭及び学校教育と、それから成年者が、市民が自分で卒業後学習を続けていくというのは、私はやはり基本的にその方法において違いがあるのではないかと思うのであります。  つまり、幼児に対する家庭の教育あるいは未成年者に対する学校の教育というのは、よき市民をつくり上げる、ここに自由を使いこなす能力というふうなことも書かれておりますけれども、自由を使いこなすような能力を備えた市民をつくり上げていくのが未成年者の教育であり、そしてそれを一応基礎にして自分でその後学習を続けていく、これは全く自発的な努力だと思うんです。未成年者の場合は、これは自由にほうっておいては自発的にやるものではないと思う。やはり何らかの意味の他律が働かなければ教育というのはできないのではないか。何か人間が生まれつき子供のままで完全な人間であって、それを束縛する外部の制度さえ改めていけば人間は自然に完成していくんだというふうな考え方は、これは十八世紀の啓蒙的な一面的な考え方でありまして、やはり子供に対しては、伝統的な文化あるいは社会制度のもたらすところの基本的な生き方、これを教え込んでいく。そして、そういった型にはめられた人間が初めてその型を破って自由のありがたみをわかっていく、あるいは自由を獲得しようという考え方になってくるわけでありまして、その市民になってからの自発的な学習と、それから市民にまで育て上げるところの家庭及び学校の教育とは、私はやはり基本的に考え方を違えなくてはいけないのではないか。これが何か一本として書かれておりますために、ともすると、何か子供に対して自律性、自発性を与えていけばそれでいいんだというふうな考え方を与えるとすると、私はこれは大変な間違った考え方ではないかというふうに思うわけであります。  例えば、子供の自律性を尊重することというふうな言葉が十五ページにあります。これなんかも、うっかり読みますと、子供に対して束縛を加えずに自由にさしておくんだ、それがその自律性を尊重することだというふうな間違った考え方を私は与えかねない点があるのではないかと思う。子供を自律するような人間に育てていく、そのためには年齢が小さければ小さいほどやはり他律がなくてはいけないのじゃないか。その点がどうもこれを書かれた人の頭の中ではっきりしていないのじゃないか。そのことが、例えばその子供の自律性を尊重することとか、あるいは「自由・自律」というふうな言葉も三十三ページにございますけれども、自律のできるような人間につくっていく、それが私はやはり未成年者に対する学校教育あるいは家庭教育であって、大人になってからの学習と大人になるまでの教育、それは私は区別して考えるべきじゃないかというふうに思うのですけれども、会長の御意見をまずお伺いしたいと思います。

岡本道雄臨時教育審議会会長

○参考人(岡本道雄君) 先生のただいまのお考えは私全く賛成でございまして、私は自然科学者でございますし、特に脳の専門家でありますので、割合今まで観念的な物の言い方というものには余り興味がないと申しますか、自分が実感しないわけなんですが、今は私は研究を離れておりまして、かえって、脳などから考えまして、創造性なんかの生まれてくるメカニズムに関連しまして、私は個性の育成というようなことを大変脳との関連で大きく考えております。その意味で、私は初期であればあるほどユニホームな中できちっと教育をしてやれということが主張でございまして、初めのところは基礎・基本というものはしっかりというのは、これは自由化の論争が起きましたすぐから、あの委員会の中では、一般の受け入れたものとして皆承知しております。  そういう意味で、家庭教育、義務教育にわたってやはり生きることの基礎・基本というものをしっかり――それは何も放任をしてやることではないんだ。放任をしておれば大変創造的な人間が生まれるだろうというのはこれはまさに誤りでしてね、そういうしっかりしたものでなければ創造性も生まれないんです。その辺ははっきり認識しておりまして、審議会としてもこの基礎・基本、特に家庭教育と初等中等の義務教育の年限ですね、そういうものには基本的なものをしっかりということを申しております。  これに関連して、生涯教育というものに関連しても私がちょっとこの間も申しました中で、こういう初期の教育というものは、ある意味で教育に関してエンジンをつくってやることなんだ、しっかりした方向とブレーキがかかった。そういうものが、今度それを離れて自由に実社会の中で教育施設を全部使って自己教育を展開するんだと、そういうふうに申しておりますので、この点、先生がおっしゃいますように、生涯学習とはいいましても、初めの間の教育というものが重要であるということはもう強く感じておりましたので、これも会長談話の中に今度は書いておきましたですから、どうぞお読みいただきたいと思います。

関嘉彦民社党・国民連合

○関嘉彦君 岡本会長はその点は十分おわかりだと思いますけれども、初期のころ、いわゆる自由化というふうな言葉がはやりまして、自由化というのももっと多様な教育をやれというのであれば私は賛成なんですけれども、不用意に自由化というふうな言葉を使われると、何か子供を自由に放任しておくことがいいことだというふうな間違った印象を与えかねない。それで私は、その自由化という言葉を使うことに反対して意見も申し上げた次第ですけれども、その点を十分今後も強調していただきたい。  殊に家庭のお母さんたちが非常に迷っているんじゃないかと思うんです。やはり家庭において子供に対してしつけをきちんとつけていくというふうなことは、これは基礎の大事なことなんですけれども、子供の自律性を重んずるんだ、尊重するんだというふうな言葉が出てきますと、何か子供を余り干渉しないでほったらかしておくのがいいんだというふうに理解する人も出てくるのではないかと思いますので、そのことを申し上げた次第でございます。  それから、これはさっき高桑委員も取り上げられた問題で、しつけ、自己抑制力を教えなくちゃいけない。問題はどのような方法でそれを教えていくかということでございます。これも下手すると、しつけ、型にはめるために体罰を加えるんだというふうな誤解を与えかねない。私は体罰にすべて反対するものではございません。何か体罰というのは非常に悪いことのように言われておりますけれども、私、今から三十年ほど前イギリスの小学校を訪問したことがあるんですけれども、そこで体罰の問題を聞きましたら、校長室にむちが置いてありまして、個々の先生は一切生徒に対して体罰を加えてはいけない。体罰を加えなくちゃいけないときにはその子供を校長室に連れていって、校長先生がよく両方の言い分を聞いて、そしてやはりこれは体罰を加えなくちゃいけないという場合には校長先生がおしりをひっぱたくということを聞いて、私はやはりその教育は正しいと思いました。  ただ、現在の日本でそういうふうなことを言いますと、失礼ながら今の二十代、三十代の先生たちは、ちょうど今いじめをやっている子供たちと精神年齢において余り変わらない、そういう人たちがいますから、何か子供同士でいじめをやるのと同じような気持ちで先生が子供をいじめる意味の体罰を加えるから、私は学校における体罰には反対ですけれども、家庭において親が、これも行き過ぎはいけませんけれども、子供に対して、幼児期において子供のしりをひっぱたくというふうなことは私は決して悪いことではないと思う。  ただ、そういった体罰というのは、私は最も最後の手段であって、むしろしつけ、自己抑制力を教えていくのは、精神的な苦痛を与える。つまり、うそをついたり人のものをとったりすることは人間として恥ずかしいことだ、その恥の観念を子供のときから教えていって、あなたおてんとうさんに対して恥ずかしくはないか、あなた家の名前を傷つけるんじゃないか、村の人たちに対して恥ずかしくはないか、そういった恥の観念が私は日本の古来の道徳を支えてきた抑止力になっていたと思う。  戦後、ルース・ベネディクトという人が「菊と刀」という本を書いて、何か日本の道徳というのは恥の道徳、人に対する恥の道徳、ヨーロッパの道徳は神に対する罪の道徳、罪を犯すというので抑止力が働くんだというふうなことを書いてある。それを間違って解釈した日本のいわゆる進歩的な人たちは、日本の道徳というのは恥の道徳であって、これは封建的な道徳だ、罪の道徳が近代的な道徳だというふうなことを説く人がいましたために、何か恥というふうな観念がなくなってしまった。これは私は、恥も外聞も知らない政治家なんかが出てくるもとはそこにあるんじゃないかと思いますけれども、私は、やはり日本人の場合に、抑止力として働くのは恥の観念じゃないかと思う。  まあその考え方をこの臨教審の報告の中に書くかどうかということは、これは別問題であります、これに対してはいろんな見方がございますでしょうから。ただ、どういう方法でしつけあるいは自己抑制力を育てていくか、これはやはり我我としても考えなくてはならない問題じゃないかと思う。単に、自然に親しむ、これも必要であります。困苦欠乏に耐える、これも必要でございます。しかし、もっと根本にあるものは、その抑止力として働くものは何であるか、これを考える必要があるんじゃないかということを申し上げておきたい。  もう時間がございませんので、あとは私希望だけを申し上げまして、もし何か御異論があれば御答弁お伺いします。なければ御答弁は要りません。  一つは、教科書の検定の問題。私は検定は必要だと思うんですけれども、どうも何かやみの中で行われているんじゃないかというふうな印象を持っている人たちがいる。これはやはり私はもっとオープンな姿において教科書の検定をやるべきじゃないかということが一つです。  それから教科書の問題でもう一つ。この答申の中にも「国を愛する心」というふうな言葉がありますけれども、国という言葉が日本語では非常にあいまいな使われ方をしておりまして、法律用語なんかでは国というと中央政府。国と地方自治体。中央政府のことを国という言葉であらわしているんですけれども、この「国を愛する心」というのは決して中央政府を愛する心ではないだろうと思う。国民共同体のことだろうと思うんです。そういった国という言葉をやはり教科書なんかの中で正しい使い方を教えていく。そうでないと、下手するとこれはかつてのような国家主義、国家権力そのものの増大を図るところのエタティスムに陥る心配があると思う。この問題もやはり教科書の中で正しい国を愛する心を教えていくということが必要じゃないかと思いますけれども、どうも私が見た限りの教科書ではその点十分じゃないように思います。  それから最後に、ユニバーシティーカウンシルの問題で、これは大学相互のお互いに切磋琢磨していく、そういう方法をやはりユニバーシティーカウンシルとしても考えていただきたい。何か大学の間の相互競争といいますか、いい意味の競争というのが非常に欠けているように思うんですけれども、これをもっと促進するような方法を考えていただきたい。これは希望でございます。

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたします。  この際、一言ごあいさつを申し上げます。  岡本参考人には、御多忙のところを本委員会に御出席賜りまして、大変貴重な御意見をちょうだいいたしまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして、心から御礼を申し上げます。  それでは、午後一時三十分まで休憩いたします。    午後零時四十一分休憩      ―――――・―――――    午後一時三十分開会

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) ただいまから文教委員会を再開いたします。  プログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律案及び著作権法の一部を改正する法律案の両案を一括して議題といたします。  まず、政府から順次趣旨説明を聴取いたします。海部文部大臣。

海部俊樹自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○国務大臣(海部俊樹君) このたび政府から提出いたしましたプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。  この法律案は、昨年六月に公布されたプログラムの著作物の保護に関する著作権法の一部を改正する法律により、「プログラムの著作物に係る登録については、この節の規定によるほか、別に法律で定めるところによる。」と定められたことを受けて、プログラムの著作物の特性等に応じ、その登録の手続及び登録機関等について著作権法の特例を定めることを目的とするものであります。  次に、本法律案の内容について申し上げます。  まず、プログラムの著作物の特性に応じて登録手続等の特例を定めております。  その第一は、プログラムの著作物に係る著作権登録原簿は、磁器テープ等で調製し得ることとしたことであります。  第二は、登録に際し、申請者は、プログラムの著作物の複製物を提出することとしたことであります。  第三は、登録されたプログラムの著作物に関し、その概要等を公示することとしたことであります。  次に、プログラムの著作物の登録に係る事務を円滑に実施し得るように、するため、文化庁長官は、登録機関を指定し、当該指定登録機関に登録事務を行わせることができることといたしております。このことに伴い、指定の基準、登録の実施義務、指定登録機関の役員または職員に関する罰則等、指定登録機関における適正な登録事務の実施を確保するための規定を設けております。  次に、施行日等についてであります。  この法律は、昭和六十二年四月一日から施行することとし、指定登録機関の指定に係る規定については、昭和六十一年十月一日から施行することといたしております。その他所要の経過措置を講じております。  以上がこの法律案を提案いたしました理由及びその内容の概要であります。  何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします。  次に、このたび、政府から提出いたしました著作権法の一部を改正する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。  近年の情報処理技術及び電気通信技術の発達に伴い、電子計算機を用いて必要な情報を容易に検索できるようにしたデータベースや有線テレビジョン放送やビデオテックスを初めとする有線系ニューメディアが急速に開発され、普及してきております。  このような状況に対応し、データベースについては、著作権法により保護される著作物であることを明らかにし、データベースの作成者の権利を適切に保護するとともに、その円滑な利用を図る必要が生じてきております。  また、データベースのオンラインサービスやビデオテックスなど有線系ニューメディアについては、その発達に適切に対処し得るようにするため、有線による送信に関する規定を整備するとともに、有線テレビジョン放送が、大規模化、多チャンネル化するなど、放送と同様の有力な情報伝達手段となってきたため、放送に準じた著作権法上の取り扱いをする必要が生じてきております。  これらの必要性に基づき、所要の措置を講ずることが今回の著作権法の一部改正の趣旨であります。  次に、本法律案の内容について申し上げます。  第一は、データベースの著作物について、著作権法による保護を明確化することであります。  すなわち、データベースの定義を新しく設けるとともに、データベースで、その情報の選択または体系的な構成により創作性を有するものは著作物として保護することを明らかにしております。  第二は、有線による送信に関する規定の整備であります。  まず、「有線放送」の定義を改正し、有線放送は公衆によって同一の情報が同時に受信されるように送信する形態のものに限定し、この有線放送と、利用者の求めに応じ個別の情報を個々に送信する形態のものを一括し、公衆に対する送信を広く「有線送信」と定義しております。これに伴い、著作者及び実演家の有線放送権を改め、有線送信権として規定するなど関係規定の整備を行っております。  第三は、有線放送事業者の保護についてであります。  現在、放送事業者には著作隣接権が認められておりますが、有線放送事業者に対しても、その実態にかんがみ、複製権、放送権、再有線放送権などの著作隣接権を新たに認めることとしております。さらに、放送事業者と同様に有線放送事業者に著作物の一時的固定を認めるとともに、商業用レコードの二次使用料支払い義務を課するなどの措置を講じております。  最後に、施行日等についてであります。  この法律は、昭和六十二年一月一日から施行することとし、所要の経過措置を講ずることといたしております。  以上がこの法律案を提案いたしました理由及びその内容の概要であります。  何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします。

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) 以上で両案の趣旨説明の聴取は終わりました。  なお、政府に対する質疑は後日に行うことにいたします。  これより参考人から意見を聴取いたしたいと存じます。  本日は、両案審議のため、参考人として、岡山大学法学部教授阿部浩二君及び尚美学園短期大学教授黒川徳太郎君の御出席をいただいております。  この際、参考人に一言ごあいさつ申し上げたいと存じます。  両参考人におかれましては、御多忙中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。  本日は、プログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律案及び著作権法の一部を改正する法律案につきまして忌憚のない御意見を拝聴し、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。  つきましては、議事の進め方でございますけれども、まず、お一人二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後各委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。  それでは、まず阿部参考人からお願いいたします。阿部参考人。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 本日、著作権法の一部を改正する法律案並びにプログラムの著作物に係る、登録の特例に関する法律案についての意見を申し上げる機会を与えていただきましたことに対しまして、まず御礼申し上げたいと存じます。  初めにお断りと申しますか、ここに二つの法律案が出されておりますが、著作権法の一部を改正する法律案につきましては、大別いたしますとニューメディアとデータベースとのこの二つの分野に分けることができるのではないかと思います。私はそのうちの主としてデータベースについての意見を申し上げ、ニューメディアにつきましては黒川参考人の方にお譲りしたいと、こういうようなつもりでおりますので、よろしく御了解いただきたいと思います。  それでは初めに、著作権法の一部を改正する法律案、そちらの方から申し上げてまいりたいと思います。  データベースにつきましてでございますが、今回の改正に当たりまして、「データベース」と、まず一番初めに定義が置かれているわけでございます。データベースと申しますと、非常に広い意味におきましては百科事典のようなものもデータベースと言うことができないわけではないのであります。しかし、ここにおいて問題といたしますデータベースは、そのような百科事典のようなものを取り上げているわけではございませんで、論文とか、あるいは数値、図形等多数の情報を体系的に整理統合し、コンピューターで、電子計算機で検索することができるように体系的に構成した情報の集合体、こういう意味においてデータベースが使われていると理解いたしております。  データベースというものは、作成に当たりましては、御承知のように非常に多額の金銭、費用と、それから多くの時間が費やされるわけでございます。したがいまして、そこには経済的な価値はもちろんのこと、文化的な価値も非常に大きいということは当然のことでございまして、これに対する保護が昔からといいますか、データベースの構築が考えられました時点からいろいろと考えられておりまして、諸外国の例を眺めてみましても、例えばアメリカの場合を取り上げてみますと、一九七六年に一九〇九年の旧アメリカ著作権法が全面的に改正されました際に、いろいろとデータベースにつきましても討論されたわけでございます。しかし、データベースという文言は明示はされてはおりませんでしたけれども、その中において、保護される著作物の中にリテラリーワークという言葉がございます。リテラリーワークと申しますと、日本では通常文芸の著作物というような表現をとっておりますけれども、私は、余りその表現といいますか翻訳は感心したものではないと、こう考えております。それは言語の著作物と言った方がより正確ではなかろうか、こう思いますが、非常に古いベルヌ条約が翻訳されたときも文芸の著作物と言ったので、それを引いて現在も文芸の著作物と言っているのじゃないかと思います。その言語の著作物としてのリテラリーワークの中にこのデータベースが入るのであり、著作権法上保護されるということをアメリカの新著作権法においては申しているわけでございます。それは審議の過程において明らかにされているところでございます。  ただ、文言は出ておりませんが、続きまして、データベースあるいはコンピューターのプログラムにつきまして審議を開始しておりましたアメリカの国会図書館、そこの著作権局だったと思いますが、そこに付設されました、新技術の開発に伴って生ずるところの著作物の保護に関する特別な委員会、国家委員会がございました。通常コンツーと呼んでおります。CONTUという略語を使っておりますが、そこにおきましても、データベースは著作物として考えていこう、しかもそれは編集著作物として考えていこう、このようなことで、著作物としてデータベースを保護するということにつきましては、アメリカでは現在確定した考え方であるというように私は理解しております。  また一方イギリスにおきましても、イギリスには日本の著作権審議会に該当するような委員会が臨時に設けられることがしばしばございますけれども、その一つとして、一九七七年にウィットフォード委員会というのが報告を出しております。そのウィットフォード委員会の中におきましても、データベースを著作物として取り上げよう、リテラリーワークとして取り上げようという報告がなされているわけでございます。  そのほかにも、カナダもまた一九八四年に政府の白書でそのような取り扱いをしているわけでございます。オーストラリアもそのとおりでございます。  また、国際機関といたしましても、御承知のようなWIPO、世界知的所有権機関とユネスコとの合同でしばしば持たれております政府の専門家会議におきましても、データベースの保護につきまして、これは保護の対象として考えていこう、データベースも著作物の中に含ましめることができるのであると、このようなことがしばしば、例えば一九七九年や一九八二年の政府間の委員会において取り上げられているところでございます。  こういうような、国際間におきましてもいろいろとデータベースの保護ということが努力されておりますので、今回、まあおくればせと言っては失礼でございますけれども、我が国におきましてデータベースが著作権法の中において保護されるということになりましたことは、私としては、極めて喜ばしいことではないか、こういうふうに考える次第でございます。  と申しますのは、先ほど申しましたように、データベースはこれを作成するに当たりまして多額の費用や多額の労力が使われてくるのであって、残念なことには、現在日本におきますところのデータベースの利用状態ということを見ましても、一九八四年、八五年――昨年、一昨年あたり、どちらでしたか、一昨年だったと思いますが、現在日本で使用することができると申しますか、用に供されているところのデータベースの数というものは、総数として、単純計算いたしまして約千二百くらいだったでしょうか、千二百余りだと思いますが、それが提供されておりますけれども、そのうちで、現に我が国でもって作成されたデータベースがどのくらいあるかと申しますと、そのうちの二百と若干という程度でございまして、約二一%ぐらいしか我が国のいわば国産はないわけでございます。そのほかのものは外国のデータベースでございます。とりわけ、主としてアメリカのデータベースが供されておりまして、私もしばしばその恩恵に浴しております。  例えば、アメリカにダイアログという大きなデータベースのディストリビュータープロデューサーがございますけれども、日本の紀伊國屋や丸善を通しまして、私の方の端末機でもって呼び出しながらいろいろな文献を参考にするということができるわけでございます。そういうデータベース、これは日本にも、おくればせながらと申しましても、日本では科学技術情報センターを中心といたしまして、化学関係の文献、これがあそこのJOISというデータベースが日本の化学関係者には非常に利用をされております。しかし、そういうふうなものはございますけれども、まだまだ日本ではこのデータベースの開発という点におきましては世界的に見ますとどうもおくれているのではなかろうか、こんな感じがいたします。そういうところで、この著作権でもってデータベースの権利を保護し、その流通を考えていこうということは、極めて結構なことじゃなかろうかと思っております。  そして、そこで一つ出てまいりますのは、なぜ著作権によって保護しなければならないかということが一つ疑問かと思いますけれども、これは確かにデータベースならデータベースとしての特殊な法律をつくるということも考えられないわけじゃありませんでしょうけれども、そういうことは現在の実際の社会から見たならば極めて不適切ではなかろうか。著作権による保護が最も適切であるというような感じを持っております。と申しますのは、先ほど申しましたように、諸外国において著作権法において保護するということを現にしているというだけではございませんで、これは言語の著作物として十分にその内容としてとらえることができますし、と同時に、現在百以上の国々が、御承知のような万国著作権条約であるとかあるいはベルヌ条約によって相互に著作物を保護するという体制をとっているからであります。そういうことによりまして、我々の著作物としてのデータベース、これも世界的に保護されるところの、何と申しますか、そういう体制が明示されてくるということは非常にうれしいことだと、こういうふうに思うわけでございます。  そこで、今回のこの著作権法の改正に当たりまして、どのようなことが中心として取り上げられてくるだろうかということをちょっと私なりに整理してみますと、著作権法の第二条に、データベースにつきまして定義を置いているわけでございます。そして、データベースで、その情報の選択または体系的な構成によって創作性を有するところのものについては、著作物として保護せられる、それがデータベースの著作物ですが、そのデータベースについての定義をまず第二条にはっきりと置いているわけでございます。そして、そのデータベースの中で、創作性を持つものについては保護していこうと、これが第十二条の二でもって保護の明確化を図っているわけでございます。これは理屈から申しますと、必ずしもこのような規定が置かれなくても、著作権法によってデータベースは保護の対象とすることには私は差し支えがないと思いますけれども、しばしばこのデータベース、新しい一つの知的産物でもあり、それに対する誤解があっても困りますので、この保護を明確化するということは、極めて賢明な手段ではないかと、こう思っております。  話は飛びますが、後ほど申し上げますところのプログラムの登録の問題のそのもともとのプログラムにつきましても、これは一つの言語の著作物として取り上げることは十分にできるわけであって、それを注意的に規定したのが、この前のプログラムについての著作権法の改正ではないか、こういうようなとらえ方をしてもよろしいと思いますが、データベースもまさしく著作権法によって保護されるものをここで保護していると明記し、誤解を避け、注意的な規定としてにせよこれをはっきりしたことは喜ばしいと、こう思っているわけであります。  さらに、この著作権法の一部改正におきましては、データベースというものは、現在、その利用形態というものはオンラインによって利用されるということが通常でございます。そういたしますと、このデータベースの作成は、個人でもって作成するというよりも法人組織において、これがどのような法人であれ、法人組織において作成するということが多いだろうと思います。法人の作成のときにおいては、一般に著作物についての公表が著作権の保護を受けるところの前提となっておりますが、データベースも、これは端末から引き出すときにはデータベース全体についての公表と果たして言えるかという点につきましては、若干の疑問があるわけであります。そういう点まで配慮いたしまして、いつでも公衆がそれを利用することができる、こういう状態において公表とみなすという規定が今回設けられているようでございます。それも極めて適切な規定の仕方ではなかろうかと、こういうように、考えるわけであります。  そしてまた、データベースの場合には、データベースを構成するデータそれ自体これもまた問題になりますが、それとデータベースとの関連におきまして、そのデータ自体のもともとの保護についてはデータベースの保護とはこれは抵触するものではない、そちらの方の権利を格別侵害するものではなくてその権利はそれ自体として保護し、それとは別個にデータベースをデータベースの著作物として考えていこう、こういう体制をとっていることは賢明ではないかと、こういうふうに思う次第であります。  データベースにつきましては、柱としましてはそんな三つ四つの点があるのではないかと思います。  それにつけ加えておきますと、このデータベースを単なる一般的な編集著作物として見るだけではなくて、それよりも一歩進んだデータベースそれ自体を著作物として見ると、こういう姿勢をとったということは、これは日本的ともいうのではなくて、世界でも余り見ないところの規定でございますけれども、これはそれ自体データベースの新しい知的産物としての特徴をよくつかんでいるんじゃないか。しかしそれは、編集著作物との間においてどういう差があるのか、こういう点は学問的には私は非常に興味があります。しかしながら、実際においては余りこれを問題にする必要もなさそうな、実務界ではそんなふうなことはほとんど問題にしないと思いますけれども、学問的には非常に興味のあるところでございます。  データベースにつきましてはそんな程度にいたしまして、余り時間を超過しても恐縮でございますので、次に、簡単にプログラムの登録の方について御説明といいますか、私の感じを申し上げたいと思います。  プログラムの著作物に係る登録の特例法でございます。御承知のように、これはことしの一月一日から施行された著作権法の一部改正法、その中において、プログラムが著作物として保護されるということが、注意的にせよ何にせよ、これは明記されたわけでありますが、その著作権法の中には、現在のところ、登録につきましては実名を登録する、あるいは発行年月日を登録する、あるいは著作権の登録をする、これは権利の対抗要件としての意味を持っているわけですが、三つの登録のやり方があるわけであります。その三つの登録に加えまして、今回、一月一日から施行されておりますところの著作権法の改正法におきましては、プログラムについての創作年月日の登録が制定されたわけであります。  その制定されたのは、これもまたそのときに十分に御審議いただいたはずだと思いますが、プログラムにつきましては公表されないということがしばしばあるわけでございます。公表されないプログラムにつきましては発行年月日、この登録ということは現実には余り役に立たないということになりますと、発行ということではなくて創作の登録ということが考えられてもよのではないか、そのことが実務会から多分に要望が出されたところだったと記憶いたしております。それにこたえてできたのが創作年月日の登録であり、したがいまして、それについての、登録についての規定の整備を図っていくということはこれはどうしても必要であり、それが特別法といいますか、特例法をとってくるということは、若干通常の形態からいたしますと、これはちょっと異例な形になるかと思いますが、つまり、プログラムにつきましての法律、著作権法の中にこの創作年月日の登録についての大まかなところはちょっと書いておいてもいいんじゃなかろうかと、こうは思いますけれども、プログラムについてそれ自体の保護を非常に強く要請しておりました実務界あるいは世界的な情勢から見まして登録につきましての手続に関しましては後回しにした、そしてプログラムについての保護を前に持っていった。この一月一日から施行しておきまして、あとは、この創作年月日の登録だけは後回しにした、これもやむを得ないし、また、今回これが出されたということは極めて結構じゃなかろうかと、こういうふうに考えるわけでございます。  そして、拝見いたしますと、この登録も、多数の登録があることはこれは一応予想しなければなりませんので、そこで磁気テープでもって原簿を作成する、あるいは申請に当たりましても磁気テープをもって申請してもよいというような含みまで残されているように私には見受けられるわけでございます。内容的に見ましても、私にとりましては時宜にかなった特例法ではなかろうかと、こんなふうな感じをしているわけでございます。  ただ、この場合に注意しなければなりませんのは、プログラムにつきましては公表しないということは、つまり商売上の秘密と申しますか、トレードシークレットと申しますか、そのように、一般に公表を嫌うというふうなこともございます。その点と登録との調和を図ったこの手続のいろんな施行規則というものが考えられなければなるまいと、こんなふうな感じを持っているわけでございます。  時間も参りましたので、これで、私の考えというものを簡単に申し上げた次第でございます。

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) ありがとうございました。  それでは次に、黒川参考人にお願いをいたします。黒川参考人。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 私は、著作権法の一部を改正する法案を主体として意見を申し述べたいと思います。  科学技術、特に情報処理技術と通信技術の発達に伴いまして、新しい情報の伝達媒体が出現し、これらの媒体によって著作物の伝達が行われるようになり、科学技術が著作権の制度に及ぼす影響が世界的に論じられておるようになっております。特に、最近の伝達媒体は多種多様な著作物を大量に伝送するため、このような事態に対処できるよう著作権の制度を早急に整備しなければ著作者の権利に重要な影響を与えるのではないか、そういうような改正の必要が叫ばれてきたわけでございます。従来から著作権制度は科学技術の進歩の後を追って、それもかなりおくれて整備されてきたのが従来からの世界的な傾向でございますが、このような傾向に対しまして、今回の一部改正法案は早い時期に当面これらの伝達媒体が著作権に及ぼす影響を調査、検討いたしまして、制度の改正を必要とするものを法案として取りまとめられたものでありまして、適切で時宜にかなったものと言うことができると私は考えております。ある意味では、世界の著作権制度をリードするものではないかというような感じも持っております。というのは、今回の法改正の対象になっておりますデータベースとニューメディアについて、今回の改正案のような検討の成果が、私の知る限りでは、他の国でまだ法律に規定されていないというような現実があるからであります。私はこのように、今回の一部改正法案を評価いたしております。  次に、法案の内容に入りますが、まず、データベースでありますが、現在商業用あるいは学術研究用のデータベースが既に多数利用されております。それらは、データベースは一応著作権で保護されるものではないかという考えのもとに利用の契約を取り交わしている者がある一方で、中には、既存の著作物を著作権者の許可を得ず、その要旨、すなわち抄録でございますが、それを利用している者もあるというような状況にございます。日本は、アメリカに比べましてかなりおくれてはおりますが、相当のデータベースが既に構築されており、また実用に供されておりますので、データベース自体の法的保護及びデータベースにおいて利用される著作物の保護を早急に著作権法で明確にすることの必要性が感じられてきたことであります。  もちろんデータベースは現行法におきましても第十二条の編集著作物と解することができるものであり、国際的にもおおむねそのように理解されておるようでありますが、この法案では、コンピューターによって効率的に検索できるよう諸種の情報を一定の目的のもとに体系的に構成された情報の集合体という定義のもとに、データベースの特性にかんがみまして、従来の編集著作物とは別個のものとして取り扱い、新たに十二条の二を設け、データベースの保護を定めているという点で、従来の一般的な考え方から見れば、さらに一歩踏み込んだ検討の結果が見られる、このように考えます。このような考え方によって、データベースの創作的要素である情報の選択とその体系的な構成に依存しているようなプリントアウトに、データベースの著作者の権利が及ぶことになるわけでございます。  なお、ビデオテックス、日本ではキャプテンサービスと呼ばれておりますが、このキャプテンサービスの情報提供者、すなわちIPでありますが、IPの提供する情報集合体、IPファイルと呼ばれておりますが、なども同様に、データベースと同様の保護が与えられるのではないかと考えます。  データベースの著作権問題は、先ほど申し上げたデータベース自体の著作物性の問題と、データベースにおける著作物の利用という両面の問題があるわけでございます。これらの双方の著作物の利用について考えてみますと、データベースはオンラインサービスとそれからパッケージによって利用者に伝達されるわけでございます。パッケージの場合は、従来からの二十一条の複製権がそのまま及ぶわけで問題はございませんけれども、オンラインサービスの場合をどのように考えるかという問題があります。オンラインサービスについては、現行法においては第二十三条の有線放送権が及ぶものと解することができると思われますけれども、有線放送が同一の著作物などを同時に多数の者に送信するのに対して、データベースのオンラインサービスは利用者のリクエストに応じて個々の利用者に送信が行われるという実態の相違があります。この点は、ビデオテックス、先ほど申し上げましたキャプテンサービスでありますが、ビデオテックスやVRS、画像応答システムにおける送信も同様であるわけでございます。したがいまして、これらの新しいメディアの今後の普及を考えますと、この際、従来からの有線放送の概念を含む新しい有線送信という概念を設けて、著作者と実演家にこの権利を認め、有線放送を、有線送信のうち公衆によって同一の内容が同時に受信されるものに限定したのは、法律上の概念を実態に適合させ、今後予測される有線系ニューメディアの発達に関して、著作者などの権利の保護を確実にする措置であると考えます。  なお、データベースの公表については、特に「公衆からの求めに応じ有線送信の方法で公衆に提示される状態に置かれた場合」と定めてありますのは、特にデータベースの場合は事例が多いと思いますけれども、法人名義の著作物の保護期間の起算点を明確にする上で適切であると考えます。  次に、有線放送に関する改正について申し述べます。  有線テレビジョン放送は、施設数も次第に増加しておりまして、また、大規模で多数のチャンネルを持ち、みずから番組を編成して自主放送を行うCATVも増加し、また、双方向のサービスを行うことも可能になっております。これらの有線放送事業者には、従来から著作権法上の地位は与えられておりませんでしたが、これらの施設がCATVとして今後さらに発展するのではないかという予測もあり、このような事態に備えて、有線放送の分野の公正な秩序を維持するために、CATV事業者に放送事業者に準ずる法律上の地位を与え、その自主有線放送を保護することとしたのは、CATVの今後の発展を図る上で適切な措置であると考えます。  したがいまして、有線放送事業者に対しては放送事業者と同様、著作隣接権として複製権、放送権、再有線放送権及び有線テレビジョン放送の伝達権を与えるとともに、その制作しますテレビジョンの番組、法律上は映画の著作物になりますが、これに関して有線放送事業者に権利を帰属させる。それから、公表された著作物の学校教育番組での利用あるいは自己の有線放送のための著作物の一時的な録音・録画についても放送事業者と同様の規定が定められているのは当然のことでありまして、CATVによる自主番組制作の円滑化に資するものであると考えます。  ただ、一方で有線放送事業者が商業用レコードを使用して有線放送を行った場合に、従来からの音楽有線放送と同様、商業用レコードの二次使用料の支払いが必要になったこと、及び非営利、無料の有線放送は放送の再送信の場合に限られることになったことは、自主放送を行うCATVが主として営利を目的として運営されていること、及び今後の発展を考えますと、やむを得ないものではないかと考えられます。  以上、有線放送を含む有線送信の規定が整備され、有線放送事業者に権利が認められましたことは、CATV、ビデオテックス、VRSなど有線系メディアに関して今後大きな事態の変化が生じない限り、著作者などの権利の適正な保護と情報通信の分野における公正な秩序の維持に役立つのではないか、このように考えます。  また、有線放送事業者に著作隣接権を認めることに関連して、データベースのディストリビューター、あるいはビデオテックスの送信センターなど、有線電気通信の送信を行う者を同様に取り扱うこととしてはどうかという問題がありますが、これらについては、現実にその経済的利益が損なわれているといった実態もなく、今後の状況の推移を見つつ、著作隣接権制度の全般に関する問題として検討されるべきものであると考えます。  なお、無線系ニューメディアにつきましては、法案で改正の措置は講じられておりませんけれども、直接衛星放送、文字多重放送、静止画放送、ファクシミリ放送は、「公衆によって直接受信されることを目的として無線通信の送信を行なうこと」という現行法第二条一項八号の放送の概念に適合するものであり、現行法の規定により著作者の権利が十分に保護され、また、放送自体も著作隣接権によって保護されるものと考えます。  また、衛星通信は、現在のところ公衆による直接の受信を目的としておりません。したがって、放送には該当しませんけれども、今後の通信衛星の利用あるいは受信の態様の推移によっては改めて検討の必要が生ずるかもしれません。  次に、その他のニューメディアとしまして、ビデオディスクとディジタル・オーディオ・ディスクがあります。これらはパッケージ系のものでありますけれども、ビデオディスクは現に市販されている映画、放送番組などの映像を録画したもののほかに、文書や図画を記録して発行することが可能になっており、電子出版などと呼ばれております。これらについては、著作者などの複製権あるいは録音権、録画権が及ぶことになっており、これらに関する現在の利用の状況から見て、直ちに何らかの措置を講ずる必要はないと考えます。  また、ディジタル・オーディオ・ディスクはディジタル信号で音を記録するため良質の録音が可能なものでありますけれども、これは現行法第二条一項五号のレコードに該当するものであり、これについても特別の措置を講ずる必要はないと考えます。  以上、有線放送を初めとしてニューメディアに関する著作権問題について意見を申し述べましたが、今回のデータベース、有線送信あるいは有線放送事業者に関する改正法案は、現在予測できる限りにおいて、新しい情報伝達媒体に関して著作者などの権利の保護を図り、著作物などの円滑な利用に資するものと考えます。しかし、最近の科学技術の発達は非常に急速でありまして、その変化によっては著作者などの権利に影響が及ぶことも考えられますので、今後とも事態の推移に応じての検討が必要と考えられます。  なお、プログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律案につきましては、本年一月一日から施行されました著作権法の一部改正により定められました七十八条の二に基づくものでありまして、関係各方面の意見を広く聞かれた上で、プログラムの著作物の特性を考慮して作成されておりますので、必要かつ適正なものであると考えます。  以上、意見を申し述べさせていただきましたことを御礼申し上げます。

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) ありがとうございました。  以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。  これより質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 ただいまの参考人の御意見をいろいろとお伺いしておりますと、何か法律そのものができた経緯についての御説明のような感じがいたしました。実は、私などはよくわからないから、ニューメディアとは一体どのようなことなのかというようなことについて学識経験者のお話を伺って、そして法律そのものについては十五日の文教委員会で質問したいと、こういうふうに考えていたものですから、もう既に、何か法律の説明そのもののような感じがいたしまして、さて質問の内容をどのようにしようかと思って先ほどから迷っておりましたのですけれども。  黒川参考人から、著作権法というのは、科学技術の発展の後を追って歩んできたというふうなお話がありましたが、私もそういうふうに思っております。それで、日本人は二十一世紀はニューメディアを使ってどのような生活をしていくのだろうか、そういう基本的な理念のもとに、著作権というのは一体どのようにあるべきかというようなことについて、参考人の御意見を伺いたいと思っているわけであります、ニューメディアに振り回されてはいかがかというふうに考えるものですから。お二方からよろしくお願いします。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 非常に難しい御質問でございまして、何と申し上げてよろしいやらという感じがいたしますが、御指摘のように、ニューメディアに振り回される世界であってはならないという点におきましては、私もそのとおりだと思います。ニューメディアはいろいろなものがございますけれども、それを使うのはやはり人間であり、人間が主体性を失うようなものであってはならない、こういう基本的な視点のもとにおいていろいろなニューメディアを考えていくべきじゃなかろうか。これは何も著作権法に関連する問題だけではないというように私は考えております。  簡単に申しますと、学校教育におきましても何であっても、機械そのほかにだけ、単なる伝達手段に頼りながらいくのではなくて、人間的な触れ合いというものを基本に置きながら、そこにニューメディアというものを、人間的な触れ合いをさらに豊かにするものに使っていこうと、こういうふうな基本的な姿勢がこれからの社会においては最も大事じゃなかろうか、こういうふうな感じがいたしております。つまり、ニューメディアそのほかになりますと、極めて単純に物事を目の前に見たりあるいは手に入れたりする機会というものはふえてくるだろうと私は思います。そういうことでありますと、人間はどうしても人間的な、何と申しますか、高めるといいますか、そういう意欲が薄らいでくるような気がいたしてなりません。  そういうことで、ニューメディアは非常に便利ですけれども、両刃の剣のようなものではなかろうか。それは使いようによってはどうにもなるようなものであって、それをこれからの世代の者に対して、ニューメディアをつくってきた者として、これを後世に託すだけのものを、地盤をこれからの者たちに対してしっかりと植えつけていかなければなるまい、こんなふうな感じは持っております。  簡単でございますけれども、基本的な考え方だけ申し上げさせていただきました。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 私は、ニューメディアというハードの問題よりも、むしろニューメディアによって連想される情報が問題であろうというぐあいに考えるわけであります。それで、先ほども申し上げましたように、著作権法による対応は、従来は世界的にやはりおくれていたということを申し上げたわけでありますが、おくれている間はその知的創作物を創作した人の権利というものは黙って使われてしまうというような状況になるわけです。それに対しまして、今、ニューメディアニューメディアと叫ばれておりますけれども、そこで流される情報というもの、それは著作物の場合もあるわけでありますが、その著作物についてやはり創作者の権利が及ぶということにいたしませんと、メディアばかりが繁栄するということになりますので、やはりこういうような著作権法によるコントロールといいますか、そういうことが必要であるというぐあいに考えます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 阿部参考人のおっしゃいました、ニューメディアがやっぱり人間的な触れ合いを促進をしていくようなものであってほしい、そうでなければならない、こういうふうにおっしゃったことは私もまことに賛成なんですけれども、どうも今考えてみますと、何か機械で操作される、人間的な触れ合いが逆に言えば断絶されるようなメディアの動きになりはしないか。この辺についてはどのようにお考えになっていらっしゃいますか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) ただいまのお話でございますけれども、そういう危険性がつまり両刃の剣の一面ではなかろうかというふうに私は思うわけでございます。ただその場合でも、使いようによりまして、例えばただいま黒川参考人が申し上げましたように、無体の財産というものを尊重するということを同時に教え込んでいくということによって、ただ物的なものにだけ流されない、そういうふうな場がつくれるんじゃなかろうか。これは非常に迂遠な考え方かもしれませんし、また、効率が悪いかもしれませんけれども、有体の財産だけではなくて無体の財産に対する尊重、これを重視するような方向でこれからいかなければならないのではないか。つまり、有体の財産としてのハード、それから無体の財産としてのソフトと、この両面が相かみ合っていかなければ、これからの社会と申しますのはどうもぐあいが悪い、こんなふうな感じでいるわけでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 黒川参考人、今の阿部参考人のお話と関連いたしますけれども、そういう意味で学校教育というものは一体どのような実態になっているというふうに御判断をなさいますか。有効に行われていると、このように考えていらっしゃいましょうか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 私、尚美学園短期大学の教授という肩書きになっておりますが、ことしの四月から就任したばかりでございまして、まだそちらの方は新米でございますが、一応、私のおります学校では、いろいろ新しいメディアに対応するような教育というものを、これは短期大学でございますので、特に実務的なことを中心にしてやっておりますので、そういうことも対応できるような教育をしておりますけれども、一面、やはり文化の重要性ということに重点を置いて教育を行っているという点がございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 先ほど阿部参考人の方から、データベースは非常に日本では開発がおくれていると、こういうお話がありました。開発がおくれているその理由は、一体どのように私どもは考えていったらよろしいんでしょうか。  それから、データベースの利用の実態についてはどのような、例を挙げながら、ぜひわかりやすく御説明をいただきたいと思います。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) お答えいたします。  データベースが日本においてはおくれていると、こう先ほど申し上げましたが、それは主としてアメリカとの対比においておくれているというふうに御理解いただきたいと思います。つまり、ほかの国々に対する関係におきましては、例えばカナダであるとかあるいはフランスであるとか、そういうふうな国々に対する関係におきましてはそうおくれているとは私も思ってはおりません。ただ、先ほど申し上げましたように、現在、外国のデータベースを大分利用しております、七九%かそのくらい利用しておりますが、そのうちの大半はアメリカのものであるというように御理解いただきたいと思います。  しかし、アメリカに比べますと非常におくれているというのは確かでございまして、それは先ほど申し上げましたように、データベースの作成のためには相当な費用と労力とを要しまして、それを作成するまでに持ちこたえるだけの機関がどれだけあるか――キカンと申しますのは時間という意味じゃございませんで、オルガン、組織という意味でありますが、それがどれだけあるかということになるかと思います。私が見ますと、それは、日本では最も大きなデータベースとして考えることができますのは科学技術情報センターでございましょうか、科学技術庁が管轄しているところでございます。そこにおける化学についてのデータベース、これは相当大きなものだろうと私は思います。これは世界的にも恥ずかしくはないというように思いますけれども、しかし、それは特定の分野でございます。アメリカの場合には、化学とかそういう自然科学の分野、医学関係の分野だけではございませんで、法律にせよ経済にせよ、そのほかの社会科学的な面におけるデータベースも非常に多数ございます。日本ではそちらの方までまだ手が回りかねているのが実情じゃなかろうか、こういう感じがいたしております。  日本でも、国会で制定される法令、それに基づくところの裁判所の判決、これらについてのデータベースも、アメリカなんかでは随分完備しております。日本でも最近やっとおくればせながらでき上がってきたというところでございまして、ただ、それもまた、利用のお客さんの数も少ないものですからまだペイをしないというところで、若干の足踏みをしている状態じゃなかろうかと思います。  基本的に申しますと、これはプログラムのハードではなくてソフトの開発の場合と性質は同じじゃなかろうかというように思っております。つまり、少数の人間だけでもってとてもできるものではございませんし、短期間ででき上がるものでもございません。御承知かと思いますけれども、プログラムソフトの作成に当たりましては、例えば二千人年というような言葉さえもございます。二千人の人が一年間かかって一つのソフトをつくり上げる、こういうので、尺度として二千人年などというような言葉さえも生み出されてくるような時代でございまして、それだけの多額の費用と時間とがかかってまいります。それを持ちこたえるだけの資力が日本の社会においてあるかないかということじゃなかろうか。おくればせながら、国家的な支えによりましてJICST、科学技術情報センターというようなものもございますし、それからデータベースの会社が二十何社が集まりまして、データベース振興センターでしたか、そういうものをつくってみたり、今盛んに努力をしているところでございますけれども、何せ出発点が遅いのでございますし、資力の問題もあり、まだまだアメリカに追いつくのは大変じゃなかろうか、こういうふうに私は思っております。それがおくれたということでございます。  それからもう一つ、利用の実態でございますが、それは、利用の実態といたしましては、自然科学の方々、例えば大学の化学であるとかあるいは医学関係の方々は、それぞれの教室に端末を置きまして、そして、東京にあります科学技術情報センターとか、いろいろなところと直接にオンラインで結びつきまして情報を引き出しております。その利用度というものは大変なものでございます。そしてまた外国の、先ほど私ちょっと触れましたアメリカのデータベース、これを利用することもこれは可能でございます。ただ、何せ日本のデータベースを外国の人が利用するよりも、日本の人が外国のデータベースを利用する方が非常に外い。そういう意味においては、何と申しますか、外貨はどんどん出ていくだろうということにはなりますけれども、それはどのような割合においてそうなっているのか私はつまびらかではございませんけれども、大体のところを申し上げても間違いでもないんじゃなかろうかと思っております。  そしてまた、大学なら大学、研究所なら研究所内においてデータベースを作成し、その中においてのみでございますけれども、利用しているということはよくございます。これからも、データベースの利用につきましてはふえはしましても決して停滞することはなく、どんどんその機会がふえていく、量的にもふえていき、それから金額的にもふえていくという大きな産業になるんじゃなかろうかと、こんなふうな感じでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 著作権審議会の第七小委員会の報告を見てみますと、データベースを著作物と認定して保護対象にすることになって、第三十条の関係で言えば、私的使用のための著作物の権利に関しては認められているということになっていますのですが、この四十一ページを見てみますと、「なお、これらの複製が許されることにより権利者の利益が不当に害される事態も生じ得るのではないかという問題があるが、これについては、現在ではあまり実態がないと考えられるものの、将来の実態の推移を見ながら検討する必要があると考えられる。」、これは、今御説明になったことを簡単にこのような言葉で報告をされたというような理解でよろしゅうございましょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 私が申し上げましたのは、私的使用についての利用ということではございませんで、大学あるいは企業そのほかにおきまして、自分たちの仕事のために利用するということでございます。三十条はいわば私的な使用、ドメスティックユースと申しましょうか、家庭内の使用ということでございますので、規模は非常に小さいというので、私が申し上げたのとはちょっと範疇が違うのではないかと思います。  三十条で触れられており、将来問題になるのではなかろうかと申しますのは、現在とは違いまして、端末機が各人の家庭にどんどんと普及するようになりましたならば、その端末機を利用し、オンラインによってそのデータベースからデータを引き出してしまい、引き出してしまってそれを私的な使用ということでもって蓄えてしまい、さらにそれをデータベースをみずから作成するとか、こういうことになりますと、データベース産業それ自体に対する、データベースという財産に対する大きな脅威になるのではなかろうか、こういうふうな危険、心配はございますけれども、それは現在においてはそういうふうな問題をまだ考えることは必要ではないのじゃないかといいますか、先に考えておっても結構でございますけれども、焦眉の急としての問題ではないのじゃないか、こういうふうな意味に理解していただければと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 実態がそのような状況になればまた著作権法の改正は考えなければならないと、こういうように理解をいたしまして、それで、現在考えられる問題としては、データベースの業者と利用者とのトラブルの問題だとか、あるいは業者同士のトラブルの問題などということが予想されるのではないかというふうに思いますけれども、その点については、今回、法律の中に何らかの盛り込みなどがありますでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 業者と申しますと、データベースのプロデューサー、製作者、それから続きましてディストリビューターとしてデータベースを頒布する者と考えてよろしいかと思います。それから簡単に申しましてエンドユーザー、使用者ということになるかと思いますが、大体におきまして、プロデューサー、ディストリビューター、それからディストリビューター、エンドユーザーの方におきましては、それは契約によってデータベースの利用についての処理されているのがほとんどでございまして、その間におけるところのトラブルと申しますか、それは今のところ余りないんじゃなかろうか、こういうように理解いたしております。  業者間におきましてと申しますのは、例えばあるプロデューサーのデータベースを他のプロデューサーの方がそのデータベースといわば盗用すると申しますか、それを持ってきて自分のデータベースとして売り出してしまうと、こういうことじゃなかろうかと思いますけれども、そのような訴訟そのほかの争いというものにつきましてはまだ、狭い世の中なのでしょうか、寡聞にしてまだ直接には聞いておりません。あるかもしれませんけれども、私ははっきりとは聞いていないということでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 日本の国においてはまだそのような状態だとしましても、アメリカなどは随分あるのではないかというふうに思いますが、いかがでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) あるのではないかとおっしゃいますが、確かにそのような想像は、私はできないわけじゃないと思います。  例えばデータベースを端末で、あるオリジナルなソースのデータベースから、ポストデータベースでございますが、そこからデータベースを端末でもってデータを取り出します。取り出して自分の端末機の方に蓄えてまいります。フロッピーディスクでも何でもいいですけれども、そこに蓄えて、それをダウンローディングと申しております、そのダウンローディングを少部分であれそれを一つずつ積み重ねてまいりますと、これはデータベースが一つ構築されてしまうことになります。それをまた他人に対して売却をするというようなことは十分に考えることはできると思います。  したがいまして、アメリカにおいてもそういうことはあるんじゃなかろうかと思いますけれども、それについてのアメリカの訴訟の記録を私はまだ読んでいないということでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 ディストリビューターの保護に関係して言えば、データベースの原テープを加工いたしまして、そして付加価値を与えて利用者に提供するなどというようなことも考えられるのではないか。今のところないとしても、将来はまたそのようなことがあるのではないかというふうに思いますけれども、この点はいかがでございますか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 今お話しのございました点は、ディストリビューターが付加価値をつけた場合に、それが新しい創作性をそこに加えた場合には二次的著作物としてのデータベースが発生する、でき上がるということになりますので、二次的著作物の著作者としての保護を受けられるということになろうかと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 わかりました。  それでは、ケーブルテレビジョンについてお伺いをいたします。  まず、ケーブルテレビジョンにどのような著作権侵害のおそれがあるかという問題でございます。――質問の意味、わかりますでしょうか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) ケーブルテレビジョンが行うということでございましょうか、ケーブルテレビジョンに対して行われる侵害ということでございましょうか。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 「が」です。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) ケーブルテレビジョンが行う侵害のケースとしては、自主制作、自主的に番組を制作するわけでございますが、その際に著作物が使われるということがあり得るわけでございますが、その場合に無断で使うということが一つあろうかと思います。それからもう一つは、番組の供給がCATVに対して行われるということがありますが、その場合に、その番組の供給を受けたものを許可を得ずに、その中に著作権が、あるいはそれ自体に著作権がございますので、その許可を得ずに自主放送を行うというようなケースが考えられるのではないかと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 ケーブルテレビジョンですけれども、今まで、正式には認知されないで何か補完措置のような形でやってこられたものが、今度はきちんと法律的にも認知をされるということになろうかと思いますけれども、法律でそれだけの権利が認められ保護されるということは、それ相応の実体がなければできないことだというふうに思っているわけであります。ここ十年ぐらいの間に随分大きな変化があったと思いますけれども、現状はどのようなことになっておりますでしょうか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) まあ有線放送といってもいろんなものがあるわけでございますけれども、最近は大型の、加入世帯が一万以上のものとかそういうものがふえてきておりまして、自主放送を行うものもかなりできておるというような状況にございます。したがいまして、今後さらに、徐々にではあるけれども大規模のCATVが発達をしていくのではないかというぐあいに予測されるわけで、そういうことから見て、そういう自主放送を行うCATVを、他の者による無断の利用から保護するということが必要ではないかというぐあいに考えられるわけです。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 このお仕事に関連をしていらっしゃる方々で、例えば宮古島だとかあるいは石垣島だとか、そういうようなところでケーブルテレビジョンをやっていますと、今度法律で認められますと二次使用料を払わなきゃならなくなるわけでありますね。そうすると、まあ折衝が始まるわけで、結局、著作権著作権と言いますけれども、随分経済的な問題がその間にぴしっと入り込んでくるのではないかというふうに思うわけでありまして、心配するのは、そういうことが協議ができないということになれ付、金銭の問題で折り合いがつかないとかそういうことになれば、結局この仕事もできなくなるというような実態に陥ってくるのではないか。  その辺のところは、どのように現状を把握していらっしゃいますでしょうか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 今お話しのありました宮古、石垣でございますか、いずれも離島地域でございまして、そういうところでは主として放送の再送信が行われているというように見ておりますけれども、中には番組を提供している者もございますけれども、現実には、やはりそういう離島地域に対する配慮と申しますか、そういうものも現実には権利者サイドで行っているようでございまして、その実態に適した使用料で有線放送を行えるというような状況になっているというぐあいに承知しております。  したがいまして、二次使用料の問題なども、自主放送をもしレコードなどを使うということになれば、二次使用料の支払いが必要になってくるわけでございますけれども、これもやはり私はその実態に即した形で、そういう離島地域の問題でございますから、そういう配慮が恐らくは協議の場でなされるだろう、またはそういうことが望ましいというぐあいに感じております。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 私はその点非常に心配するんですよね。というのは、貸しレコードの問題がありましてね、JASRACあるいは芸団協、これ話し合いがつきましたけれども、結局レコード協会はずっと営業成績が下がっている。その下がっている理由は、やっぱり貸しレコードあるいはホームテーピングに問題があるんだと、こういうことになりまして、許諾権があるんだから、許諾をしませんと一方的な通告などをしてこられますと、やっぱり弱い方というのは負けちゃうわけですね。こういう場合にも大変離島なんというのはなかなかペイしない部分でありますから、本当に、著作 権者という立場からもその権利は主張していただいて結構ですけれども、何というんですか、日本の文化をどのように高めていくか、そういう僻地においても高めていくかというような部分についての御理解というものを、今黒川参考人がおっしゃったようにぜひ出していただけると大変うれしいなと、こんな気持ちでいるものですから、心配をしまして伺ったおけであります。  それから、プログラムの保護の問題についてお伺いをいたしますけれども、国際的な動向というものは一体どのようになっておりますでしょうか。日本では先回著作権で保護をするということが決められたわけでありますけれども。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) プログラムそれ自体の保護と理解して申し上げますが、現在のところ、プログラム登録の…

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 両方に…。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 両方でございますか、失礼いたしました。  プログラムの保護につきましては、この前、この一月一日から施行されております著作権法の一部改正法で、ここで十分御審議いただいたのではなかろうかと、こう思いますが、日本においてプログラムにつきまして保護されておるのと同じように、諸外国におきましても、プログラムを著作権法上保護するという国が大多数を占めておるわけでございます。  と申しますのは、昨年の二月の二十五日から三月の一日にかけましてジュネーブで、プログラムを著作権によって保護することに関する国際的な専門家会議、これがWIPOとそれからユネスコとの合同の委員会で開かれました、合同の専門家会議でございますが、そこに三十五くらいだったと思いますけれども集まった国々がございまして、そこの国々からの意見を聞きますと、その当時、著作権法によって保護するかあるいはほかの法律によって保護するかといって頭をひねっていたのは、その当時は日本も頭をひねっていたところでございます。五カ国くらい、四カ国でしたかございました。そのほかの国々も、発言した国が十八か二十くらいございましたけれども、その国国のほとんど全部が著作権法によって保護するのであると。著作権法ではなくてほかの法律で保護すると申しましたのは、特別法でございますが、保護すると申しましたのはブラジル一国だけだったと思います。ほかの国々で、その当時はまだ著作権法上においてプログラムを保護すると法律上はなっておりませんでしたフランスでありましてもあるいは西ドイツ、これは西ドイツはもう判例上プログラムを保護するということは確定しておりましたけれども、制定法上においてもはっきりと、たしか昨年の七月だったと思います、相次いでそういう法律を作成しておりまして、オーストラリア、これはその前には特許法によって保護すると申しますか、特別法によって保護しようと、著作権法によっては保護しないと、こういうような第一審の判決が訴訟において出されたことがございます。控訴審においてはひっくり返りましたけれども、その後に政府の方の著作権法の改正によりまして、プログラムは著作権法によって保護しよう、こういうふうに、世界の大勢はほとんどの国々がプログラムは著作権法によって保護しよう、こういうふうな方向に固まっている、こう見て差し支えがないと思います。  ソビエトはまだはっきりしていないようでございますけれども、これはちょっと昨年の会議のときにもソビエトの代表が、どうしようか迷っていると、著作権法によるか特別法によるか、これは迷っているという話をしておりました。しかし、その迷っているというのも、このプログラムを著作権法の中に入れてしまうとまた著作権法の改正ということになってきて、だんだんと膨れ上がってしまうので、著作権法の性格は持つけれども別な法律でやってみたらどうかという意味において迷っていると、こんなふうな話でございましたし、ほかの国々の人たちも、ブラジルを除いてはほとんどが皆プログラムは著作権法による保護であると、これがまた現実的な意味におきましても最も適切であると、こういうふうな考え方のようでございます。日本もその一つの国に入っているということでございますが、ただ、法定として制定されておりませんけれども、裁判上プログラムを著作物として保護する、こういうふうな国々もあるわけでございます。  それから、登録につきましては、今のところ私はこのプログラムの登録につきまして、創作年月日にせよ何にせよ、登録につきまして具体的な日本におけるような特別法のようなものを持っている国というものはほとんど存じ上げておりません。ただ、この登録を、プログラムのみならず著作物についての登録制度をとっている国はございます。例えばアメリカでございます。アメリカは一九八〇年にプログラムを著作権法によって保護するということをはっきりと打ち出しております。制定法上打ち出しておりますが、アメリカにおきましては、プログラムのみならず著作物は、これは登録を著作権局に登録いたしませんと訴訟するための要件を欠くというふうにされております。つまり、訴訟になりましたならば登録をしておかなければどうにもなりません。したがいまして、プログラムにつきましての登録は、日本におけるような創作年月日、第一発行年月日云々というような区別がなしに、アメリカの場合においては著作物としての登録をなしておるわけでございます。したがいまして、アメリカの、漏れ聞くところによりますと現在万を超す登録ではなかろうかというふうに私は聞いておりますが、その正確な数は存じ上げません。そのほかの国々におきましては、西ドイツにせよあるいはフランスにせよ、プログラムについての特別法があるのかどうかよくわかりませんが、今のところは私寡聞にして存じません。  と申しますのは、恐らくその登録がなくとももともと著作物の場合においては創作によって権利が発生するのであり、アメリカにおいて登録と申しますのは、一・九〇九年以降におきまして、つまり昔の著作権法以来著作物については登録をするという一定の様式主義をとっていたわけであります。あるいは、アメリカ内において製造された著作物でなければならぬとか、といいますか、本とか何かの場合にはですね。というような製造物条項というようなもの、いろいろ特殊なものがございまして、その中の一つにアメリカでは登録という制度をとっていたわけでございます。ベルヌ条約に入っておりませんので、アメリカはそういうふうな制度もとれたわけですが、その伝統を引いて現在なおその登録を訴訟要件としている結果として万を超す登録がある、こういうふうな話は聞いております。  登録につきましては世界的にそんな状態で、余り間違いはないかもしれませんが、私が知らないというだけのことかもしれませんけれども、そのような理解でございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 先ほど、このプログラムについては、公表しないということと登録をするということの調和を考えなければならないとおっしゃいましたけれども、具体的にその調和を考えるというのは大変難しいことだと思いますが、どのようなことをお考えになっていらっしゃいますか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) その調和、一つはプログラムを登録すると申しますか、プログラムそれ自体の性格を見ますと、プログラムの権利者の権利の保護という点が一つございます。もう一つは、社会的に見ましてプログラムをできるだけ一般的に周知せしめて、二重の投資、先ほど申しましたようにプログラムを作成するに当たりましては多額の費用と労力とがかかるわけでございます。その二重の投資をできるだけ避けるためにも、それからまた、流通が望ましいという点からも一般に知らしめたい、こういうふうな二つの要素があるわけでございます。しかし、一般に知らせる、流通、二重投資を避けようとしますと、プログラムの内容ができるだけ詳しくなければならないということになるわけでございます。そうしますと、そのプログラムをできるだけ人に知らせたくないというような、企業秘密のような、そういう性格を持たせたいというメーカーそのほかもおるわけでございます。その人たちの希望と申しますか、それを無視するわけにもまいりませんので、その調和ということになろうかと思います。  そうすると、具体的にはどういうふうな形においてその接点を見つけることができるだろうか。一つが登録の場においてあらわれてくるのではなかろうかと思います。そうすると、登録する場合に、登録の内容と申しますか、どの程度の登録を認めるということが必要になるだろうか。あるところまで、ある程度の内容の登録を認めて、そこまで登録をするならば、一般的に著作物の内容としてのプログラムの性格そのほかのことがわかる、それならばそこのメーカーのところに行ってコンタクトしたらどうだろうかと、こういうことになり、一面においてはそのメーカーの方、プログラムの製作者の方として、プロデューサーの方として自分たちの権利も守ることができる。そこにどの程度の内容までプログラムを登録せしめるか。登録の要件としてどれだけの著作物として特定することができるその限度はどうなのかという、その辺のところの見きわめが接点になるのではなかろうかというのが私の考えでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 ローマ条約加入のことについてお伺いをいたしますけれども、世界の大勢というのは一体どういうふうになっているんだろうか。西ドイツが一九六六年に機器に賦課金を課すということを決めたと言われておりますけれども、一九八〇年代に入りますと、約十カ国が入っているということでありますが、十カ国というのは多いのか少ないのかという問題も含めまして、状況を御報告いただけますでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) ローマ条約と申しますと、これは隣接権条約のことでございましょうか。あるいは、今お話を伺いますと賦課金というふうなお話でございましたので、それは隣接権条約じゃなくて、私的録音・録画に関する機器に対する賦課金という意味じゃなかろうかなと、どっちの方をお答えしたらいいかなと思うんですが、二ついたしましょうか。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 ローマ条約加入の世界的な大勢が一つと、もう一つは、その賦課金の問題についてお伺いをしたかったわけであります。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) ローマ条約、隣接権条約の方からお答えしたいと思います。  御承知のように、一九六一年だったでしょうか、ローマでの著作隣接権条約、正確にはそういう言葉は使っていなくて、著作権に隣接する、実演家、レコード製作者及び放送事業者の保護に関する条約と、こう申しているかと思いますけれども、それにつきましての加入というものは、例えばベルヌ条約あるいはUCC、万国著作権条約に加盟している国が百国くらいあるというふうに、多数の国がおるわけでございますけれども、隣接権条約に加盟している国というものはまだ三十にはいっていないのじゃないかというように私は思っております。日本もその一つでございます。また、アメリカもそうだと思います。それにはいろいろな理由があるのではなかろうかと思いますが、だんだんとその加盟国がふえてきているというのが実情じゃなかろうか。その過程におきまして、いつまでも待っておれないというので、レコード保護条約、海賊盤防止のためのレコード保護条約が隣接権条約の中から取り出されたような形において、その保護の範囲は若干違いますけれども、そのレコード保護条約が作成されて、これには日本も入っているわけでございます。そういうように一歩一歩進んできているのが隣接権条約ではなかろうかと、こういうふうな考えでございます。  もう一つの私的録音・録画に関するところの賦課金の問題でございますけれども、これはたび重なってこの文教委員会からの附帯決議の中においても出されていたと、隣接権条約につきましてもそうでございますけれども、いろいろ御要望が決議の中にも盛り込まれていたんじゃなかろうかと、こういうふうに私は伺っております。  その私的な録音・録画に関するところの機器に関しましては、御承知のように、西ドイツあるいはフランス、あるいはオーストリーあるいはアイスランドとかいうように、いろいろな国々におきまして、私的録音・録画の機器、ハードに対して、ハードそれ自体あるいはテープそれに対して一定の、何と申しましょうか、賦課金と申しますか、上乗せする、一定の定価に対して上乗せをする、著作物使用料のような形において課しておるというわけでございます。その課しておるものの中におきましても、課し方にもいろいろございまして、税金として、文化的な目的税のような形において課しているのもあれば、著作者に対して還元するという性格をもって課しているのもありまするし、また両方を織りまぜて課しているものもございますし、いろいろあるわけでございます。  日本も、それにつきましていろいろと、JASRAC、音楽著作権協会や、あるいは芸団協、あるいはレコード協会等が熱心に賦課金についてそういう制度を設けるべきではなかろうか、こんなふうな運動があることも十分に承知いたしております。ただ、それに至りまして、やはり一方のハードのメーカーの方がそれに対して簡単にうんと申すわけでもございませんし、また、世界的に見まして、ハードのメーカーといたしましては、日本だけではない、これはアメリカも大きなハードのメーカーの一つだと言ってもいいと思います。そのほかの国々におきましては、例えばビデオのようなものは、日本が世界の生産のほとんどを占めているというように、フランスあたりではほとんどつくっていない、こんなふうな話も聞きますし、そういうところよりもむしろアメリカがいろいろとすったもんだしながら今なお上院、下院でもってその著作権使用料に関するところの争いと申しますか、続いているのだろうと思います。  そういう影響を受けて、日本でもメーカーさんの方でいろいろと足踏みをしているんじゃなかろうか、こんなふうな感じはいたしますけれども、やはり一歩一歩進んで、お互いにこれは敵対する関係と申しますか、利害が相反するというのは結果的にそうなりますけれども、ともに文化の創造にいそしんでいくところの二つの立場にあって、お互いに音楽文化の創造であるとかあるいはそのほかの文化の創造というのにハードとソフトとが両方相一致しなければどうにもなるまいというので、二人三脚のような意識が芽生えてきたのではなかろうかと私は印象づけられております。そういう意味で、前よりはこのごろはその歩みが速くなってきたんじゃなかろうか、両者の合意が、まあいつになるかよく知りませんけれども、昔のようにお互いに背中を向け合っているという状態ではないのじゃないか、こんなふうな感じを私は持っております。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 大変明るい展望が出てきたということで私も心強く思っているんですけれども、フランスではこれは昨年の六月ですか、議会で、生テープに対する賦課金制度を認めた著作権法改正法、これが成立をしたということでありますね。イギリスではまたダブルカセットの広告を中止をさせたという、大変厳しい著作権を守るという姿勢だと思うんですね。我が国では、一方ではそういうことを主張しながら、やっぱりダブルカセットなんかをどんどん広告をしているという相矛盾するような姿勢を持っている企業もあるわけであります。  著作権法改正をするということになりますと、やっぱり審議会をつくりながら条件をつくっていくということに政府としてはなろうかというふうに思いますけれども、ただいま阿部参考人のおっしゃった点について、黒川参考人は何か感触というようなものをどのようにお持ちになっていらっしゃいますか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 一つは隣接権条約の問題でございますけれども、国内的には隣接権条約のレベルを上回る立派な著作隣接権制度というものができ上がっておりまして、また、有線放送事業者を今後は保護するという考え方もございます。こういうような状況から見て、私としてはしかるべき時期に早く隣接権条約に加入すべきでは ないかというぐあいに考えておりますが、これにつきましては、やはり利害関係者の合意とその間の調整ということも必要であろうかと思いますので、その点についての作業が早急に急がれるのではないかというぐあいに考えます。  それから、私的録音・録画の件につきましては、先ほど阿部参考人からお話がありましたように、全く私も同意見でございまして、やはりできる限り早い機会に利害関係者のコンセンサスというものができ得れば大変いいのではないかというぐあいに考えております。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 これで最後にいたしますが、今黒川参考人は隣接権条約を上回る立派な法律が我が国はできているというふうにおっしゃいました。そうしますと、法律的には条件が整っているわけですから、あとは条約に加入をするだけですね。例えば、いろいろな条約が出てくる、そうすると我が国は、法律が整わないからということで今まではなかなかその条約を批准することができなかったということがあるわけですね。そうすると、著作権法においては、もうそれを上回るものができているんですから、あとは入るか入らぬか、これは政府の問題だと、こういうふうに理解をしてよろしいのじゃないかと思いますが、阿部参考人いかがですか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 形はそうだろうと私は思います。  ただ、先ほど、これは隣接権でございませんが、それともう一つの私的録音・録画の著作権使用料と申しますか、それにつきましても、著作権審議会に第五小委員会というのがございまして、前にそれについて私的録音・録画とその問題について討論したことがあるはずでございます。その報告書の最後に三つございまして、一つは著作権思想の国民的な普及によって著作権使用料、これを課することについての国民的な賛成といいますか、理解というものが必要ではなかろうかというのが一つございます。もう一つは、諸外国におけるところのいわば世界的な趨勢を見てひとつ考えていこうと、日本だけが先走りしてもどうかというふうなことじゃないかと思いますけれども、世界的な趨勢を見て考えていこうというのが一つございます。もう一つは、その両当事者といいますか、関係当事者間における合意の形成というこの三つの柱と申しますか、それを立てまして、そうすると、著作権思想の普及と申しますと、だんだんとこうずっときていると、隣接権につきましても同じことじゃなかろうか、こういうふうに思うわけでございます。  隣接権につきましても、どういうふうに、例えばそれは放送機関の方が出費を強いられてくるという形になりますので、具体的にはそちらの方面からの反対が非常に強いのじゃなかろうかと思うので、隣接権者に対する放送機関の方の費用の支出、これをどういうふうに考えていくか、それの当事者の決断が必要じゃなかろうか。それを強行してもよいのかどうかということはこれは一つの判断じゃなかろうかと思いますけれども、それは隣接権のみならず私的録音・録画の場合も全く同じじゃなかろうかと、こう思っておりますので、少し気長に私は見ているところでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 終わります。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 それでは、まず阿部参考人にお伺いしたいと思います。  昨年の百二回国会の法改正に続きまして今国会にプログラム登録法が提出されたことは、私は、大変タイミングのよい処置と思っております。  ところで、これが制定されますと一体どんな法秩序が形成されるのか、また、プログラムを登録することにより、実際のプログラム取引上の効果があるのか、その辺のところをお聞きしたいと思います。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 今回のプログラムの著作物の特別法、これはこの前百二国会で創設されましたプログラムについての創作年月日の登録に関する手続の法律でございます。  創作年月日の登録が可能になりますと、どういうような実体法上ないし実際上の効果が生じてくるかということになりますが、登録なさいますと、その人間が少なくともその著作物の創作者であるという推定規定が働いてくるだろうと思います。登録をすることによってそのプログラムについての著作権が発生するわけではもちろんございません。プログラムにつきましては、御承知のように、著作物として創作のときに登録するかしないかにかかわらず、創作のときにおいて著作権が著作物としてそれについて発生するわけでございます。登録をいたしますと、その創作者であるという推定が働くことになりますので、後日著作権についての創作者、著作者としての争いを生じた場合においては、少なくとも相手方は自分が創作したのであり、創作者として登録されている者が創作したのではないという、そのような立証することが義務づけられてまいります。したがいまして、創作者として登録をした者、ですからたしか法文にも、著作権者が創作の登録をするのではなくて、著作者が登録をするという文言が出ているだろうと思います。著作者の登録、著作者がみずからそれを作成したのであるという推定が働きますので、著作者にとっては非常に有利な一つの武器が与えられてくると、こう考えてもよろしいのではなかろうかと思います。  そうしますと、著作者として登録されている者からその著作権の譲渡を受ける者も、安心してその譲渡を、まあ安心と申しましてもそこに実体上もともと創作していなければ仕方がありませんけれども、そうでない限り、一応の安心をもって著作物を譲り受ける、あるいはその著作物についての使用の許諾を受けるというように、その流通についても一つの役に立つと、そういう機能を持っているのではないかという私の理解でございます。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 この法案によれば、プログラムの登録事務は文化庁長官が指定する公益法人に委託できることになっておりますけれども、行政の簡素効率化という面から見ればむしろ望ましい措置だと思いますが、他方においては公正中立さが要求されるわけですから、その意味においてこのような事務を民間の法人に行わせることについてはどのようにお考えになりましょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 指定登録機関のことと思いますが、その指定登録機関は、今御指摘になられましたように文化庁長官が指定する。その登録機関は民法上の法人であり、御承知のように民法上の法人は公益法人であり、公益法人は営利的なものを目的とするわけではございませんし、のみならず、公益法人を運営する、それを運営するその職員と申しますか、理事と申しますか、その人たちについても一定の資格要件もたしか要求していたかと思います。と同時に、公益法人において従事する者については、いわゆる守秘義務と申しますか、それも課しておるものでございますし、また、それに反するような場合においては刑罰規定も存在するだろうと思います。そういう形において、それから文化庁長官の監督ももちろん受けるわけでございますし、民間の方だからといって、そこに私は今御指摘がありましたような心配はそれほど考えなくてもよろしいんじゃなかろうか。  例えば、プログラムについてではございませんけれども、半導体チップ保護法というのがございますけれども、そこに財団法人として工業所有権協力センターという名前だったかと思いますけれども、もう既にことしの一月一日あたりから発足しております。それもまた財団法人として民間の法人でございますけれども、それも同じような監督を、たしか通産省の管轄だと思いますが、そちらで受けながらやっているということでございますので、この指定登録機関については、御指摘のような御心配は余り必要ではないのじゃなかろうかと、こういうふうに思っております。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 プログラム登録法の制定後、政省令が整備され、登録制度が実施されることになりますが、この制度が円滑に利用され、実際に生きた法律にするために特に希望されるポイントをお伺いしたいと思います。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) まあこの法律、特例法が円滑に施行されていくということを希望するだけのことでございますけれども、これをと申しましょうか、登録制度を積極的に利用するメリットがあるかないかということによってこれは生きるか死ぬかということになるんじゃなかろうかと思います。つまり、それだけのプログラムを登録するという業界の方々と申しますか、メーカーといいますか、その人たちがこのプログラムの登録についてどれほど熱意を持ってくるか、理解を持つかということになるんじゃなかろうかと思います。これは必要であるとなりますと、黙っていてもどんどん登録が多くなってくるだろうと思いますし、そうでなければ登録を控えてくるということになるかと思います。  ですから、私としては、今のところ登録がどんなふうになっていくかよくわかりませんが、ただ言えますのは、そのプログラムについての登録の、先ほどちょっとお答えいたしましたような接点ですね、どのような内容のところまで登録をするかということを認めて考えていくか。その登録の内容、余り詳し過ぎても困りますし、それから簡略過ぎても困る。その辺のところの見きわめを少し慎重に考えてみなければならないのじゃないか。その点がこの登録法に関しての私の希望でございます。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 現在のはんらんする情報の中から、自分が必要とするものを的確かつスピーディーに手に入れることが現代人には重要なこととなっております。そのような要請に応じてデータベースの開発は時代が求めているものだと考えますが、果たして今回の改正だけでデータベースの法的保護が十分なものになったと言えるのかどうか。  また、プログラムの場合の法改正においては、その保護を明確にしただけではなく、プログラムの特質に応じて、著作者人格権の一つである同一性保持権の特則やバックアップコピー等を許容する規定、創作年月日の登録制度などを整備しておりますが、データベースについては、これらと同様の規定の整備は必要ないのでございましょうか。先ほどもちょっとお話ございましたけれども。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) まず、著作者人格権としての同一性保持権の問題でございますが、データベースに対して、先ほどちょっとありましたように、プロデューサーが作成したものをディストリビューターがそれに対して何らかはプラスするかマイナスするかというような加工するということが出てくるのじゃなかろうかと思います。そういう場合に、もともとデータベースというものは加除、加除と申しますか、つけ加えたり減らしたりということはもともと運命づけられているものじゃなかろうかと私は思っております。例えば数値のデータベースのようなものでございましたならば、例えば株価のデータベースのようなものでございましたならば、非常に古いものは捨てていってしまう、新しいものはどんどんつけ加えていくというふうなことにもなりますでしょうし、そのように運命づけられているものもあればそうでないものもある。ですから、データベースによっても違うと思いますけれども、加除がもともと考えられ、想定されているものについてはこれは仕方がない。これはやむを得ない改変として同一性保持権に対する侵害とは考えられないと、こういうふうに私は思っております。  したがいまして、データベースにつきまして改めてプログラムのように新しく、プログラムのときにはたしか同一性保持権についての例外のような、建物の建築物についての改変と同じような措置をとりましたけれども、このプログラムにつきましては今のところは必要はないんじゃないかと、こういうふうに考えております。と同時に、もともとデータベースというものはそういうものとして提供されているというところからでもございます。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 ところで、このような技術の進展に対応する法改正は、文化の発展に寄与することを目的とする著作権法の使命との関係でどのような意義を持つとお考えでございましょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) これは先ほど申し上げましたように両刃の剣でございまして、これを積極的に生きている方向において利用していただければよろしいんじゃなかろうかと思います。  ただ、即物的に、何でも利用できるという形で引っ張り出して使われではこれは困るので、と同時に、国民の文化の発展という、後で飲む者は井戸を掘った者に感謝しろという言葉をどこかで聞いたような気がしますけれども、そういう趣旨をこのデータベースの中に、もともと著作権法というものは文化の遺産を大事にしていきながら後世に伝えていこうということでございますので、文化の後世の発展と申しますか、その辺の、著作権法の第一条にある目的規定に従ってこのデータベースも運用されていかなければなるまいし、保護についても考えていかなければなるまいし、また、そこでそのように積極的に努力しなければなるまいと、こういうふうに考えておりますし、それに大いに役に立つんじゃなかろうか、こういうふうに思っております。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 続きまして、黒川参考人にお聞きしたいと思います。  現行の著作権法において、放送事業者は著作隣接権制度により保護されておりますが、その趣旨は何なのか。また、従来有線放送事業者は保護されておりませんでしたが、今回の法改正により放送事業者と同様の保護が与えられることとなりますが、その意義についてお伺いしたいと思います。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 放送事業者に保護が与えられておりますのは、人間の精神的活動の成果を放送という手段によって世の中に送り出すに当たって、番組を制作し、あるいは番組を編成するという創作的行為に準ずる行為がそこにあるわけでございまして、そして一方には、その放送を利用して何かに使おうという行為があるわけでございまして、そういうことから放送事業者を保護するということであろうというぐあいに考えます。  今回、有線放送事業者に保護を与えるのも、CATVなどが自主放送を行いまして、放送事業者に準ずるような創作的な活動を行いつつあるという現状から見まして、その活動を活発にし、発展を促すという意義があろうかと思います。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 大規模多チャンネルのいわゆる都市型CAテレビに代表されるように、有線放送事業は地域に密着した身近な情報伝達媒体として期待されるところだと思いますけれども、有線放送事業の実態及び今後どんな伸びを見せていくのか、黒川参考人にお聞きしたいと思います。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 現在の有線放送の実態でございますけれども、昭和五十九年現在で全国に約三万八千ぐらいの施設があるというぐあいに聞いております。そのうち加入世帯が五百以上のものが約四百九十ということでございまして、都市型の大規模なCATVというものは、これはその定義にもよるわけでございますけれども、加入世帯一万以上のものが現在稼働しているもので約十三程度、ちょっとはっきりしたことはわかりませんが、そして郵政省の許可を得ているものが昨年の三月末で二十ぐらいあるというぐあいに聞いております。  それから、今後の発展の予測でございますけれども、これは実は現在の時点では大変困難でございますが、アメリカのような広大な地域においてはあのようにCATVが発達しておるわけでございますけれども、日本はこのように地域が狭隘でございますのでアメリカのような発展は望めないにいたしましても、徐々に発達していくのではないかというぐあいに考えます。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 放送には音楽を初めとするさまざまな著作物が利用されておりますが、放送事業者と著作権者との間では、その著作物の利用許諾についてどのような処理が実務上なされているのか。また、有線放送を行う上においてはさまざまな著作物が利用されるものと考えられますけれども、これもどのような形で利用許諾がなされてい るのでございましょうか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 放送事業者が文芸、学術、美術などの分野の著作物を多種多様に使っておるわけでございますが、これにつきましては、権利者団体が存在するものにつきましてはその権利者団体との間に使用の条件を取り決めまして、その条件に基づきまして、これは使用料なんかも含むわけでございますけれども、それに従って放送を実施しておる。特に、音楽の場合には音楽著作権協会とブランケット契約と呼ばれる契約、これは放送事業者の収入にリンクした形の使用料を払うことによってその団体が管理するすべての著作物を利用する契約になっておりますが、そういう契約でもって著作物を利用しておるわけでございます。CATVの自主放送の場合は、放送事業者ほどに著作物を利用するケースは現在のところは少ないんではないかというぐあいに思いますが、音楽に関しましては、現在の音楽著作権協会との間にやはり放送事業者のような一種のブランケットに関する契約が結ばれておるというぐあいに聞いております。  それから、CATVに対する番組の供給というのが行われるわけでございますけれども、この番組の供給につきましては、文化庁に、「ニューメディア(CATV)における著作権などの処理の在り方に関する調査研究協力者会議」というのが昨年でございましたか設けられまして、いろいろ著作権上の問題があるものでございますから、そこで検討が行われまして、その中間的なまとめをもとにしまして、現在、権利者の団体とそれからユーザー側と申しますか、ソフトの提供者側との間で一応協議をしていく体制になりつつあるというぐあいに承知しております。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 このようなニューメディアをより一層発展させていくためにいろいろ法律が関連していくわけでございますけれども、こうしたあらゆる法律をひっくるめて今後検討をしていかなければならない課題としてはどんなものがあるのか、最後にお伺いして質問を終わらせていただきたいと思います。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) その点につきましては、一つは、先ほど申し上げました通信衛星の問題があろうかと思います。通信衛星によって番組をAの国からBの方へ供給するという形が行われておるわけでございますが、最近は通信衛星の出力が強力になっておりまして、ある程度の受信機で受信ができる、そしてそれが利用されるというようなことが生じかねない、現実に生じている事例があるというぐあいに聞いておりますが、そういう意味で、この衛星通信を保護する、通信衛星による放送の中継を保護する条約、衛星信号条約、これはちょっと略して申し上げたのでございますけれども、そういう条約がございますので、そういう条約に入るということも必要かと思います。  ただ、これは加盟国が非常に少のうございまして、今のところそういう盗用を行う国というのが入っておりませんので、入ってそれが直ちにメリットがあるかどうかというのは別問題でございますけれども、そういう問題が考えられると思います。

山東昭子自由民主党・自由国民会議

○山東昭子君 ありがとうございました。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 それではひとつ、二、三質問をさせていただきます。  最初に、プログラム著作物を登録をする、これは特例法ということになっているようですが、私、その辺がよくわからないんですが、著作権法でなくて特例法というところへ持ってきた理由というのは何かあるんでしょうか。――阿部先生、何かございますか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 特例法にしなくても、著作権法の一部改正でもよろしいのかと、こういう御質問かと思いますが、私、立法技術のことについてはよく存じませんけれども、私のように外から眺めている者から率直な印象を言わせていただきますと、プログラムについての保護は、ことしの一月一日から施行されている、百二国会におきまして制定されたわけでございます。そのときに、プログラムについての創作年月日の登録ということは、百二国会において提案された法律案を作成するその前の審議の段階においては、審議というか審議会におきましては、余り問題にはならなかったことじゃなかったかと思います。ただ、その後において創作年月日を設けたらどうだという話になったと思いますが、そこでつけ加えられたということで、それはまた、つけ加えることにはそれだけの大きな意味があったろうと私も思います。  したがいまして、つけ加えることは非常に賛成でございますけれども、つけ加えるに当たりましても、それだけ内容的に整備しなければなるまいということになりまして、例えば、登録するに当たりましても、プログラムとしてはどういうプログラムを登録すればいいのか、ソースプログラム、オブジェクトプログラム、いろいろとございますし、あるいはオペレーティングシステムプログラムとかございますが、どういうプログラムを登録したらいいのかという詰めもありましたでしょうし、あるいは登録機関をどうするかということもございましたでしょうし、恐らく時間的にその第百二国会においてはそこまで詰める余裕はなかったのじゃないか。しかし、プログラムの保護はどうしても必要であるということで、急いで、プログラムを百二回国会において制定されたというのは、非常に結構じゃなかったかと思うわけでございます。少なくともプログラムについての保護を、単に学理上と申しますか解釈上著作物として保護されるというふうにとどめないで、制定法上においてきちんとしたという点において非常に大きな意味があった。  ただし、そこのところで、創作年月日、登録についての手続を、既に著作権法にある登録の制度として先ほど申しました三つございましたが、それに加えてなす。それについてどんなふうに、登録の内容をどの辺までいくか、あるいは申請書をどうするか、細かいところを詰める余裕といいますものはなかったんじゃないかというのが私の率直な印象でございます。したがいましてここに特例法として設けられたのじゃなかろうかと、こう思うんですが、私は、当たらないかもしれませんがそれほど外れてもいないような気がいたします。そういうことでございます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 少しわかったような気がいたしますが、いずれ今度また文部省の方に聞いてみたいと思います。  それでは、この登録制度というのは、プログラムそのもの、こういうものが問題になったのは比較的新しいことなんでしょうから、外国の実情というのはどうなっているんでしょうか。登録を取り入れている国と取り入れてない国ですね、もうすべての国は登録制度をとっているんでしょうか、どうなんでしょう。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 登録制度をとっている国で、私が非常にはっきり理解しておりますのは、アメリカでございます。アメリカは、著作物それ自体について争いがありましたときには、登録をしておきませんと、訴訟のための要件を欠くということで裁判所の門前払いを食ってしまうことになります。したがいまして、どうしても登録をすることは権利を保全するためには必要になってまいります。ただそれは、著作権を発生せしめるための要件ではございません。その訴訟のときにおけるところの要件だと、こう考えて、したがいまして、事実上訴訟のときに役に立たなければどうにもなりませんので、ほとんどのものは登録するということになります。プログラムも一般の著作物と同じように登録されてまいりますので、私の知っているところでは一万を超える登録があるのではないか、こう理解しております。  ほかの国々におきましての登録制度というのは、余り存じておりません。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 それでは、保護期間というのが私わからないんで伺いたいと思うんですが、我が国は五十年というんですが、外国ではフランスか何かは少し短いんですかね。これは、保護期間の決め方というのはどういうふうに考えていったもの なんでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 著作物の保護期間でも、プログラムの保護期間に限定してお話し申し上げたいと思います。  もちろんプログラムが著作物であるということを前提といたすわけでございますけれども、そういたしますと、ベルヌ条約の場合には、著作者の生存中、それから死後五十年と、これが原則でございます。-般的に著作物はそうでございます。したがいまして、日本におけるプログラムについての保護期間も、その著作者の生存中、それから死後五十年、あるいは、法人著作の場合においては公表後五十年、こういうことになっております。  ただ、フランスの場合には、プログラムの保護期間は、先ほど御指摘のように二十五年、たしか二十五年だったと思います、フランスの著作権法においては。ところが、二十五年でございますが、フランスはベルヌ条約国でもございます。したがいまして、私の考え方からいたしますと、フランスが二十五年にしたのはどういうことなんだろうかと、こういう疑問がすぐ出てまいります。ただ、フランスの場合に二十五年の保護期間というのは、応用美術に関する著作物については保護期間は二十五年となっております。ある説明書を眺めてみますと、フランスでは、プログラムを応用美術の著作物の一変形と申しますか、特殊なものとして理解したと、こんなふうな説明がございますけれども、それはこじつけであってとんでもないと、これは国際的に見ましても、条約上から見ましても非常に不都合な規定であり、そしてフランスの場合には条約は憲法と全く同じ効力を持っております。したがいまして、フランスの場合に、これを争って、二十五年の規定というのは憲法に反することではないのか、条約に反することではないのか、こういう議論は、フランスの中において既に起こっております。したがいまして、これがこれから後どういうふうになっていくのか私にはよくわかりません。フランスが二十五年をやめて五十年の方に持ってくるのか、あるいは外国に働きかけて、プログラムについてだけはベルヌ条約でも二十五年というように短く働きかけてくるのか、これはよくわかりませんけれども、どちらの方になっていくのか、この二十五年というのは非常に興味深く見ているところでございます。応用美術の著作物として見ることについて、フランスの場合においては非常に特殊な見方もございますので、一つの理屈としてはできないわけじゃございませんけれども、我々にとってといいますか、私にとってはどうも納得のいかないところでございます。  五十年にしたのはどうだと言われましても、これはベルヌ条約で五十年とされておりますので、その枠を外すわけにはいかないというお答えを申し上げる以外はないんじゃないか。じゃ、なぜ五十年かとなったら、またいろんな問題があるかと思います。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 これもわかったようなわからないようなことだったんですがね。  ところで、文部省の出されたものを見てみますと、コンピュータープログラムの保護ということで、「国際的調和に留意しつつ、今後とも中長期的観点から、国内的及び国際的検討を行うこと」を通産省との間で協力することが合意されたとかというのがあるんですね。「中長期的観点」というのはこれはどういう、例えば何年かしたら変わるということを考えているのか、それともこの世界の発達の状況というのが、もう長期じゃなくて中期的に何か考えられるのか、よくわからないんです。それから、「国際的調和」というのはどういう、つまり国際的にはどんな動きが推定されるのか。中長期というのが、中期を二十年とか長期を五十年というと、保護期間五十年というのは長期的に過ぎはしないかとか、何かいろいろあるように思うんですが、その辺、御感想みたいなものはございましょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 今の、通産省とそれから文部省との間の合意と申しましょうか、それは恐らくは通産省ではプログラムの保護についてはプログラム権法の策定によって保護しよう、文部省文化庁の方では著作権法の一部改正によって保護すれば十分であると、こういう見解がありまして、両省の間において話し合いが成立したときの一項じゃなかろうか、こう理解いたしますが、そのときにお互いの話し合いで、中長期的に国際的な調整といいますか、それを考えながらもう一度考え直してみようじゃないか、そういうことに含みを残して合意をしようということじゃないかと思います。  私の理解するところでは、その一つは今御指摘がありました保護期間の問題じゃなかろうかと思います。つまり、通産省のプログラム権法では、当初におきましては十年の保護期間ということをたしか提唱したはずでございます。しかし、プログラムは著作物である以上はそういうことはできないというのが文部省文化庁の立場であって、しかし、そのときには通産省の方ではどういうふうに考えていたのかよくわかりませんが、恐らくプログラムは著作物ではないと、こういう前提に立たなければ私は理解ができないんじゃないかと思うんです。ただ、そうは申しましても、確かに期間につきまして、プログラムのように日進月歩のものが五十年ないしあるいは七十年とかということになってまいりますと、長期であるというそういう感じはぬぐい切れないわけでございます。もともと私は、著作物についての保護期間が五十年も七十年もあっていいかということについて若干疑問はありますけれども、それは横に置いておきまして、そして五十年なりあるいはそれを七十年というのではなくて、縮める方向において、国際社会の動向を見ながら、フランスのようなものが出てくるとはそのときは想像ができなかったと思いますけれども、もしも出てきたならば、そういう視点からその保護期間についても再考慮すると、こういう余地を残しておいたのではなかろうかというのが私の理解でございます。  そういう点で、中長期的というのはどれくらいの期間かと言われましても、私には全然、ただ言葉じゃないかなと、言葉というのは失礼ですけれども、そういうちょっと将来において課題として残したと、こういう意味じゃなかろうかと、こういうふうに思っております。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 やっぱりお伺いすると、いろいろとおもしろい――いや、おもしろいと言ってはまずいですね、大変興味深い御意見が例えて大変いいと思っております。  この後もう一、二伺いますと、登録というのは、これ、登録料というのが何かあるんでしょうか。それは例えば外国と比べるとどういうぐあいになるのかなと思って、知らないので伺うんですけれども、いかがでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 創作の登録、登録原簿に登録するわけでございますので、一般に不動産の登記の場合でも登録料が支払われるのが当然でございますし、そういうような意味におきまして登録料はどうしても必要だろうと、こういうふうに思います。  ただ、今度委託されるのは、その案によりますと指定登録機関であり、それは民法によって制定されるところの法人であるということになりますと、その法人が運営するに当たっては、やはりその登録料というのはこれは国の方に行くだろうと思いますので、登録料ではなくて手数料のようなものがどうしても必要ではなかろうか。その手数料によって法人が運営されていくということにならざるを得ないのではないか、こういうふうに思いますし、また、そんなふうな案ではないかと思います。しかし、その場合におきましても、やはりどうしてもそれは必要じゃないか。チップの保護についてもそんなふうなやり方をとっているという話を聞いておりますので、同じような形において進められてもいいんじゃなかろうかと思いますが、まあチップの方については正確ではございませんけれども、その手数料を取っても仕方がない、それを、その金額が問題でしょうけれども、それは業界そのほかの意見を聞きながら決められ ることではなかろうかなと、こう思っております。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 それでは、次のデータベースのことを伺いたいと願います。  これは、私たち自然科学に携わっていたときに、非常にいいものであるということで、我々はやっぱり我が国は少しおくれているんじゃないか。図書、文献の収集なんかも大変なことだったわけで、だんだん便利になってきたなと思います。しかし使用すると高くつきますけれどもね。ですけれども、とにかく便利であることは間違いないんで、今のようにプライオリティーを主張する場合には早く調べておかぬといけませんので、重要だと思っておりますが、私の手元に、これは五十八年度版の通産省のデータベース台帳よりとなっておりますが、計九百十六で、ほぼ半分が社会科学人文科学、自然科学・技術、まあ自然科学が一番大きいですけれども、ほぼ半分がこれになっております。学問研究等々で使っている部分が多いんだろうと思うんですが、先ほど阿部先生のお話でしたか、今日本で使われているのは千二百とおっしゃったんでしたね。そのうちの二割が日本のもので、残りはアメリカが主なんですね。それで、これ五十八年度が九百十六と書いてありますのですが、今先生おっしゃったのは六十年ですか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 五十九年、六十年のことでございます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 そうしますと、ここ一、二年くらいの間に約三割近くふえておるんですが、データベースのふえ方というのは、まあアメリカが一番進んでいるんですね。そこでちょっと気になって伺うんですが、我が国の場合とアメリカの場合、どういう割合で町者が推移していくというふうに、それこそ中期じゃなくて短期的に、ここ数年の間の動向としてはどんなふうに考えられるでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 私、正確な数字の裏づけを持っておりませんので、ただの感想でございますけれども、現在のような割合において推移するんじゃなかろうか。もしかすると日本の方が、アメリカとの関係だけ考えますと、どんどん離されていくんじゃなかろうか。こんなふうな感じは持っております。ただ、正確な数字を過去におけるデータから出すというわけには、今のところ持っておりませんので、何とも申し上げかねますけれども、そんな感じは持っております。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 そこで気になるんですが、いろんな白書を見たり、あるいは日本の貿易黒字みたいなことを見て、我が国は世界で何でも第一番だと思い込んでいる、そういうミスアンダスタンディングがあるんじゃないかと思うんですね。私なんか、やっぱり自然科学系でおりますと、日本が決して世界の第一等国であると思っておりませんので、ある分野においてはすぐれていてもアベレージではそうはいかぬと、こう思っておりますので、このデータベースを見ていますと、そういう差があるというのは、将来科学の進歩を考えるとこれはやっぱり大変なことじゃないのかなと思っているわけです。  そういうことについて、一体どうしたらそれこそ追いつくのかと思うんですが、これは今のパテントと同じで、つまり登録してあるものはお金を出さなければその権利は使えないわけですね。だから、今の差というものはすぐは縮まらないわけだ。新しいものができてきた場合のことを言っているわけでしょうが。  私よくわからないんですが、分野別で、例えば医学なら医学の分野のある部分である方式ができてしまったら、その分野ではもうこれは手がつけられないということですか。どうなんでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) ただいまの御指摘は、非常に心細い話なんですけれども、全くそのとおりじゃないかと思います。  例えば、アメリカにおけるところの化学情報あるいは医学情報のデータベース、それが積み重ねられてまいりますと、日本で幾らこれからつくっても後追いだけになってまいりますし、どうしても最先端のものを使おうとするならば、アメリカのデータベースを利用することになっていくだろうと思います。そうすると、太るものはどんどん太っていく。そうでなくて後から追いつこうと思っても、追いつくだけの資力や体力がないということになってまいりますので、その辺のところは先生が御指摘のように非常に心配なところだろうと私は思っております。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 だから、この部分を取り上げれば貿易赤字なわけですね。もう八割以上借りて、向こうがどんどん太っているんですから。この辺、やっぱり少し政府当局も頑張って言ってもらわなきゃいけないと思うんです。何から何まで日本が黒字だと思っておられちゃ困るんで。  それでお二人に、一体どうしたらいいのか。子供にパソコンだか何か、ファミコンですか、与えていればいいのかですね。これはまあ冗談でございますけれども。何かこれを育成する方法というのはないものか。あるいは日本の開発したものを、何というか、保護するのか-やっぱり保護でしょうかね、そういったような方法論が何かございましょうかね。いかがでしょうか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 今のデータベースの件でございますけれども、先生がおっしゃいましたように、科学、その関係のものにつきましては、アメリカの後を追っている限りはなかなか追いつかないということですが、私はやはりアメリカにはないローカルの、地域の情報に関するデータベースというものがあるんじゃないか。そういうものを開発をしていくということが必要であって、その地域のローカルベースがあるいは世界性を持つかもしれないという点、まあ抽象論でございますけれども、そういうこともございますので、そういう方面のやはりデータベースの開発が今後行われていくのではないかなという気がしておるわけでございます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 それから、何か使用のデータですね。「データベース・サービス売上高推移」というのを見てみますと、米国は非常に急カーブに上がっていっているし、ヨーロッパがその中間で、日本は水平とまで言いませんけれども、やや上がるという程度なんですね。これはどうなんでしょうかね。たしか電話線を使いますね。電話線ですね、これ。ですから、電話代が高いと非常に高くつくわけですね。日本は電話代というのはアメリカに比べて物すごく高いですからね。そういうことも影響しているんでしょうかね。どうなんでしょうか。売り上げが上がっていない、日本の場合。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) どうもよくわからぬというのが率直なところでございますが、電話代とまでは考えたことはございませんでしたので、少し勉強させていただきたいと思います。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 電話の代金ですと、札幌と東京昼間使いますと三分で四百円ぐらいいっちゃいますからね、これとてもじゃない、すぐ破産しちゃいますよね。アメリカですと非常に長距離電話安いですから、だから私、売り上げが上がっていないというのは、やっぱり使うと高くつくというんで使わないのかなと思って見ているんですが、しかし、それは逆に言うと、学問の進歩におくれをとっているんじゃないか。このデータから見ますとですね。勢い我が国は、やっぱり人のまねを何でもいいから早くした方がいいというんで自分の開発がおくれるというのも、データベースの利用度が少ないということもあるんじゃないのかなと今思いながらこれを見ておったわけです。まあそんなことでございます。  次に、それじゃ有線テレビのことをちょっと伺いたいと思うんですが、ホテルに入るとホテル専用のものがあって、お金を入れると出るのがありますね。私はまだそれ使ったことがございませんが、そういうのがあるんですが、あれはどの範囲に入るんでしょうかね。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) これは有線放送には該当しないことになっておりまして、いわゆるCCTV、クローズド・サーキット・テレビと言われる閉回路テレビでございますね。そういたしますと、そこでいろいろ番組が流れているのは、実は著作権法上の概念からいえば一種の上映といいますか、そういうことに当たるというぐあいに考えております。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 そこで、これは何といいますか有線放送のアクトといいますかね、行動、行為のことについてなんでしょうが、内容について、これは有線のだけを申し上げているんじゃないんで、有線、無線を含めてなんですけれども、内容が日本は非常にフリーで、いろんなことがあって、それが子供にも影響していることがいっぱいあるわけですが、そういうことについて内容を、何か倫理規定というのが放送界にはあるようですが、これをもう少しきちっとできないものか。例えば、すぐ殺しの場面があるとかですね。これは有線、無線一緒でお話ししているんですけれども。それから、本当に見るにたえないようなのがやっぱりありますよね。まして子供と一緒になんか見られないというのがいっぱいあるわけで、そういうものの何かレギュレーションはできないものでしょうかね。どんなものでしょうか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 今お話しがございましたレギュレーションでございますが、これはやはり放送を行う者あるいは有線放送を行う者の自主的なレギューレーションでやっていかなければ、何か公的なレギュレーションを課するということはやはり一つの統制ということにつながりますので、それぞれの放送を行う者がそういうレギュレーションを定めていくべきじゃないかというぐあいに考えます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 今の件、競争の原理の中では、何といいますか、いい形でおさめるよりはやっぱり少しは刺激が多い方がそれだけ視聴率が高まるという考え方が一方ではありますので、自主的というのはある意味ではやっぱり野放しに近いのでないのかなという気がして今申し上げたわけですけれども、これは黒川先生のお話を幾ら言っていただいても多分同じことでしょうから、これぐらいにさせていただきます。  もう一つ、有線に限ってなんですか、放送というのを送信と変えたんでしょうか。放送という言葉が送信というのに変わったんでしょう。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 有線送信というのはいわゆる広い概念にしてございまして、違う場所にある端末から端末へ送って、中心から端末へ送るというのを有線電気通信というぐあいにいたしまして、その中で、同一の内容を同時に送るものを有線放送というぐあいに定めているわけでございますね。したがいまして、有線送信が上位置念でございまして、有線放送がその中に含まれる。同一内容を同時に送信しているものだけを有線放送と呼ぶと、そういうことでございます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 私はまた、放送の方が上位置念でブロードキャスティングと、ブロードなんであって、送信はリミッテッドなのかなと思ったんですが、そうすると、無線の方は放送のままで有線の方だけが有線送信になるんですか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) はい、そういうことでございます。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 そうすると、送信というのは英語に直すと、何という言葉になっているんでしょうか。あれはブロードキャスティングだから放送でいいですね、ちょうど。ブロード、広くて、キャストだから投げるわけですから。――いや結構です、どうも突然で済みません。しかし、多分外国に紹介されるときに英語に訳されるでしょうから。私、上位置念と下位置念が逆だったものですから、ちょっと驚いて、勉強したいなと今思ったものですから。どうもありがとうございました。  では時間ですので、もう一点で終わらせていただきますが、有線テレビの法律の方に、放送事業者の許可を得て有線放送をするというのが現在なんですかね、そうですね。その中には、何か対立があったときにはあっせん制度というのがある。そして、現在有線テレビ放送法の改正が進んでいるんですね。その中で、裁定制度というのが今度設けられようとしているというふうに聞いているんですけれども、その裁定制度というのとあっせん制度との違いですね。あっせんだから仲介をするだけで口は出さぬのか、あるいは裁定というのは裁判みたいなものなのか、よくわからないんですけれども、その辺は今度は、見込みというのはどうなるんでしょうか、裁定制度が進むとすれば。どんなものでしょうかね。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 私の聞いておるところでは、有線テレビジョン放送法の改正が予定されておりまして、それで放送事業者が同意を与えない場合には裁定を行うというような制度になるというぐあいには聞いております。あっせんではなしに裁定と。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 そうすると、裁判と同じ…。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 裁判といいますか、両者の意見を聞いて、主務官庁がその場合に決定を下すということになろうかと思うんですけれども。

高桑栄松公明党・国民会議

○高桑栄松君 わかりました。  どうもありがとうございました。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 じゃ、質問させていただきます。  著作権法において、データベースは著作物として保護をされているんだと、こういうふうに文化庁も考えておられるようですし、また、実態として、データベースはプロデューサーとディストリビューターとユーザーの間で契約で保護されているわけですが、今回明確にデータベースを著作物として保護するというふうに規定するわけですけれども、そのメリットはどこにあるんでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) データベースを、解釈上著作物として保護されるということについては、余り議論がないのじゃなかろうかと思いますけれども、このデータベースを今回定義いたしまして、データベースはそれ自体としての著作物という点を一つ取り上げたのが特徴ではなかろうかと思います。  と申しますのは、過去においてデータベースは、外国なんかの、いろいろここが解釈の分かれるところであり意見が随分あるところなのですが、データベースを一般に編集著作物として見る傾向が非常に強かったわけでございます。現在のデータベースも、データベースの多くは編集著作物であるということも言えると思いますけれども、さらに、単なる編集著作物の枠を超えて、それ自体第二条に示すような著作物それ自体として、編集著作物ではなくて、単なるその素材の選択配列を超えた一つの体系づけを持った著作物として考えることができると、ここまで踏み込んだところに今回の著作権法においてのデータベースについての何と申しますか、大きなメリットがあるんじゃなかろうか、そういうふうに私は考えております。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 そういたしますと、その著作物の中にデータベースを含めることに概念上多少無理があるから、だから明確に法律で規定するんだと、そういうことではないということですか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 著作物の中に含めることについて、もともと無理はございません。データベースを著作物として見ることについての疑問は余りないんですけれども、そのデータベースそれ自体を著作物として見るか、データベースを編集著作物という形において見るかというような、その見方の問題について二つの場合があるというふうに、そしてデータベースとしては独立の著作物というふうなことを取り上げたというところに意味があるんじゃなかろうかと思います。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 それから、契約によらないデータベースの利用という形態が実際にあるんですか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 契約によらないで利用するというのは、例えば契約によらないということは、つまりは、その権利者の承諾を得ないで利用するという形になるかと思います。それは三十条におけるところの私的使用であるとか、あるいは学校教育において必要であるとか、著作権の制限が置かれているような利用の形態の場合には、契約によらないで法律の規定によって許されるということになるかと思います。そうでない限りは、 無断の使用は契約によらなければすべて著作権侵害行為としての利用であると、こういうことになるかと思います。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 それで、データベースに関して問題になるのがプライバシーの保護ということだと思うんです。アメリカではプライバシー法、フランスでは情報処理、蓄積と自由に関する法律、スウェーデンではデータ法など、プライバシー保護に関する法律が諸外国では制定されているわけです。日本では一九八二年の行政管理庁の「個人データの処理に伴うプライバシー保護対策」という報告はあるわけですけれども、具体的な立法の見通しというのは現在のところないというふうに聞いております。  国民の知らない間にいろいろなプライバシー侵害が行われていて、それがデータとして活用されているというような経験をたびたびするわけですけれども、プライバシーの保護の対策を一方では急がなくてはならないのではないかと思いますが、この点についてお二人の参考人はどのようにお考えでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 御指摘のとおりだと思います。データベースの利用を、どこから持ってくるのかわかりませんけれども、例えば人名録のようなものを持ってきて、それでダイレクトメールのようなものをいろいろなものを送りつけてよこす、あれも一つのデータベースの利用であり、いつかわからないけれども、自分が知らないうちに自分のいろいろな家族関係や何かというふうなものがわかられているというようなことで、非常に不愉快に思うこともたびたびございます。  そういう点から、データベースとプライバシーの保護というものは、非常に関心が深く持たれているところでございまして、御指摘のように外国においてはいろいろな法制度がございます。日本においては、現在国家的な規模における法制度としては今ないだろうと思います。ただ、各地方自治体におけるところの条例の中には、そういうのが相当織り込まれているかと思います。条例においてプライバシーの保護を図っていることがある。例えば情報公開制度のようなものも各地方自治体において考えているということだろうと思います。しかしそれは、それだけではなくてやはり全国的な規模において、と申しますとそれは法令において、国家的な法律においてプライバシーの保護ということについて考えるべき時期ではなかろうかというふうに私は思いますので、その点は御指摘のとおりだと思います。  その中に盛り込まれるものについてもいろいろと、例えば三年か四年くらい前には総理府の方から立派な報告書も出ておりますし、そういう報告書を参考にしながら早くそういうふうな方向に進んでいただきたい、こういうふうに希望いたしております。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) ただいまの個人情報の管理の問題でございますが、我々が日常的にいろいろな、例えばパスポートの申請をするというようなことになりますと、これは皆情報処理ということでコンピューターの中へ入っていく。そういう限りにおいてはそれぞれそこにデータベースができていくということも言えるかと思います。そういうことであちこちにデータベースができるわけですが、そういう個人情報のデータベースが統一をされて大きなものになってくるということになってきますと、違う分野に使われるという危険があるわけでございます。したがいまして、そういうときにはやはり個人情報の管理を厳正にする措置というものが必要だろうというぐあいに考えます。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 この点について重ねてお伺いしたいのですけれども、一方でプライバシー保護の立法の見通しが明確にないまま、しかしデータベースの保護だけを急ぐというのはちょっと片手落ちではなかろうか、そういう印象を持つのですけれども、この点はいかがでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 片手落ちというふうに私は理解いたしませんで、一方がおくれているというふうな感じでございます。ですから、データベ-スの保護はデータベースの保護として考えていき、プライバシーの保護の方はプライバシーの保護としてできるだけ早くということで、プライバシーの保護についての制定がおくれているからといってデータベースをおくらせるというのはちょっと方向が違うような感じを私は持っております。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 同じ意見でございます。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 わかりました。  それで、著作権法でデータベースを保護するということは、五十年間という長い期間保護されるということで、コンピュータープログラムについての審議のときもこの点を私も問題にしたわけですが、データベースでも同じ問題があると思うのです。その五十年という保護期間の妥当性については異論もあるというお話も今出ました。特に、データベースのうち八〇%弱が外国で作成されたもので、まあ外国といってもほとんど米国製ですけれども。そういう実情、それからまた同時に科学技術分野では九割が外国製だというふうにも聞いていますが、これは一つは、その五十年という長い期間を保護しないと経済的なコストの回収ができないということなんでしょうか。それともう一つは、こういう日本で出回っているデータベースがほとんどアメリカ製のものだということで、五十年保護するということは、アメリカの大きな企業の利益を保護するということにつながるのではないか、こういう感じがしますが、この二点についてはいかがでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 御指摘のような御心配もあるかと思いますけれども、私は、お言葉ですけれどもちょっと違った考え方を持っております。  と申しますのは、例えば今はプログラムであるとかあるいはデータベースというソフトの問題を取り上げているわけでございます。一方、それらを生かすものとしてはハードがございますが、ハードにつきましても、これは特許そのほかによって随分保護されているわけでございます。ただ、ハードにつきましては、日本が、コンピューターの場合であってもハードの開発に当たる出発点におきましてはアメリカに非常な差をつけられていたはずでございます。しかし、現在はハードについてはどっこいどっこいという形に追いついてきているのじゃなかろうかと思います。それは、特許のところをかいくぐるわけじゃございませんけれども、みずから創意工夫をしながら苦労してやってきて、今のところはハードは何とか肩を並べるところまでやってきた。同じような努力を、そういうふうな無体財産に対して熱意を持って開拓していかなければ、日本の国はこれからどうなるかというような感じを私は逆に持っております。  したがいまして、外国が五十年保護するならば、日本でも五十年保護されるだけのソフト、プログラム、データベースをつくるという方向に我我は目を向けていくべきじゃなかろうか、こういうふうな感じでございまして、現状においては外国の方に、確かに外貨流出ということになりますけれども、その評価は別といたしまして、やはり我々は保護されるデータベース、プログラムをつくりたい、こういうふうなことでございますので、今のところはそうあっても仕方があるまい、これはもう頑張っていこうというような感じではないかなと、こんなふうに思っております。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 黒川参考人に伺いますけれども、五十年かからないとコストの回収というのはできない――五十年かからないとというか、コストの回収との関係において五十年という期間が必要だというふうにお考えでしょうか。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) むしろ私は、先ほど阿部参考人から御説明がありましたけれども、国際条約で公表なり死後なり五十年という制度がございますので、著作物として保護する以上はやはりその制度を一応適用するということであろうと思います。  しかし、コンピュータープログラムもあるいはデータベースも、これはアップ・ツー・デートなものでないと意味がございませんので、五十年も昔のデータベースを使うということはまずないだろうと思いますが、したがいまして、今後国際的な場でこういった著作物をどういう保護期間を与えれば適正であるかというような検討が行われるのではないか。まあこれは私の予測でございますが、そういうぐあいに考えておりますので、そのときにそれに従ってコンピュータープログラムなりあるいはデータベースに適応した保護期間を与えるというようにすればいいのではないかというぐあいに考えます。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 これが最後の質問になろうかと思いますが、外国のデータベースによる日本の文化の支配と申しますか、オーバーに言えばそういう懸念も持たれているわけですね。フランスでは、アメリカのデータベース業者の進出に対して脅威を感じて、大統領の諮問に答えて報告書を出して、その中で、外国のデータベースによる情報の支配は文化的植民地化を招き国家的危機につながる、こういう報告書が出て、政府は対抗施策を講じているというふうに聞いています。  日本のような外国のデータベースのはんらんに対して、どういう対応をとっていかなければならないのか、その辺についてそれぞれお二人の参考人から御意見を伺いたいと思います、

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 先ほど申し上げましたように、やはり日本は日本なりのソフトの開発、データベースなりあるいはプログラムの開発の方向で世界と競争していくということが必要じゃなかろうか。つまり、そういうデータベースやあるいはプログラムにせよ、それぞれについての外国のいろんな資料と申しますか、それが流入することを阻止するというようなことは学問そのほかについての流通という点から見ましても、一時的にはいいかもしれませんけれども、結局長い目で見た場合においてはどうかなと。いわば鎖国状態をつくっていくようなことになるのじゃなかろうか。むしろ世界的に開かれた中において自分なりの精いっぱいの努力をしていこうと、こういうふうな姿勢でなければならないのじゃないかなと。そういう意味におきまして、フランスのその見解に対して、私としては若干違った考えを持っているわけでございます。

黒川徳太郎尚美学園短期大学教授

○参考人(黒川徳太郎君) 私も、先ほど申し上げましたように、日本はやはり日本としてのデータベース、アメリカならアメリカに追随するようなデータベースでなしに独自のデータベースというものの開発をやはり進めていかなくちゃいけない、そういう必要があろうと思います。そういう意味で、データベースの作成について、構築について助成が必要だというようなことを言う人もございますけれども、ともかくも、国内のデータベースの作成の振興を図っていく必要があるだろう、こういうぐあいに考えます。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 終わります。

関嘉彦民社党・国民連合

○関嘉彦君 きょうはお二人お忙しいところを御出席いただきまして、専門的なお話をしていただきまして、大変ありがとうございました。ところが、私著作権の問題余りよく勉強していませんし、コンピューターの問題になるとますますもってわからないので、私の質問は、初歩的な、あるいはちんぷんかんな質問になるかと思いますけれども、蒙を開く意味で教えていただきたいと思います。  今度独立の著作物としてデータベースが保護されるようになったということが今度の法改正の一番特色だと思いますが、そのデータベースのもとになるデータの中には、例えば著作権がないもの、政府の官公文書でありますとか、あるいは学術論文なんかのタイトルだけであるとか、そういったもの。それから著作権が非常にはっきりしているもの、論文の中身とか。それから先ほどちょっと触れられましたプライバシーに関するような個人の情報に関するもの。大体これ三つが含まれると考えてよろしゅうございますか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) データベースを構成する素材の問題かと思いますが、素材にも、御指摘のように著作権によって保護される著作物もありますでしょうし、あるいは著作権によって保護されない著作物、あるいは著作物としてさえも言い得ないような、今お話しありましたようなタイトルであるとか著者名であるとかということになりますとこれは著作物それ自体でもございませんので、いろいろなものがその素材として含まれているだろうと思います。いずれにしましても、著作権によって保護される素材であろうとなかろうと、あるいは著作物として認められるものか認められないものか、いずれにしましても、それらの素材の選択、配列、のみならず電子計算機によって検索ができるような体系的なものをつくり上げていく、そこに知的創作の価値を認めまして、そのデータベースを一つの著作物として認めていく、こういうふうな理解じゃなかろうかと、こう思っております。

関嘉彦民社党・国民連合

○関嘉彦君 わかりました。  それで、その中で著作権の非常にはっきりしているものの著作権者と、それからデータベースの製作者との間の権利関係の問題ですけれども、例えば原著作者が、例えば論文なら論文の執筆者が、データベースを集める人に対して拒否をする、その場合にはデータベース化されないわけですか。許諾を与えない場合。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 素材に使われているところのものが著作権によって保護される著作物である場合、その著作者が、データベースとしてその素材の構成要素として使用されることを拒絶する場合、これは、それを拒絶にもかかわらず使用した場合においては、もとの著作権者の権利を侵害するということになるのであって、データベースはそれ自体として著作物として認めるということはその中における素材についての著作権を否定するものではないと、こういうことだと思います。その点は、今度の改正法の中におきましてはっきりとその素材についての権利を侵害する、あるいは無視するものではないという趣旨の規定が置かれているかと思います。

関嘉彦民社党・国民連合

○関嘉彦君 そうすると、その場合には、そのデータベースの中には収録されないわけでございますね。しかし、他方データベースの中にはできるだけ情報がたくさん入っている方が便利である、そういう公共の利益という観点もあるわけでございますね。その調和はどういうふうにして図っていったらいいか。あくまで原著作者の著作権を守るという立場で拒否をするのを認めていった方がいいのか。あるいは何か裁定制度みたいなものによってそれをその場合には認めさせるというふうなやり方の方がいいのか、その点どうでしょうか。

阿部浩二岡山大学法学部教授

○参考人(阿部浩二君) 拒絶する場合に、拒絶にもかかわらず裁定制度によってデータベースの中に取り込む、そういう制度は考えられないか、こういう御質問かと思います。  裁定制度というものは、私の考えによりますと、著作権法上におきましてもできるだけ裁定制度というものは持ち込まない方がよろしいんじゃなかろうか。持ち込まないで、それぞれの著作者の権利、それを尊重するという方向で考えていくのであって、裁定制度全体をもちろん否定するわけじゃございません、現在におきましても裁定制度が適用されている部分もございますけれども、さしあたりデータベースにつきましては、今のところは、全文データベースのような場合は私は別問題だと思いますが、学術論文の場合でも、アブストラクトを恐らくデータベースとして収容することになるだろうと思います。そうしますと、アブストラクト自体に原著作物の権利が及ぶか及ばないかということだろうと思います。そういたしますと、一般的には、アブストラクトにつきましてはもともとの原稿、もともとの論文をじっくりとそしゃくいたしまして、いわば換骨奪胎して、そのもともとの論文が一万字の論文であるといたしますと、それを二、三百字にまとめてくるだろうと思います。そのような場合には、別個の著作物としての考え方として考えることができるので、それは原著作物の使用といいますか、流用ということにはならないんじゃないか。そういたし ますと、データベースの作成については現実には支障はないんじゃなかろうか。ただ、全文をそのままおさめようとする場合においては、これは御指摘のように問題があるかと思いますけれども、全文データベースをそういう場合にはどれほど必要とするだろうかということになりますと、そういう点から裁定制度は今のところは必要ないんじゃなかろうかと、こんなふうな感じでございます。

関嘉彦民社党・国民連合

○関嘉彦君 わかりました。  あともう一つ、個人の情報が知らないうちにデータベースとして出回って、クレジット会社なんかはよくこの情報を交換し合っているような話を聞くんですけれども、そういうプライバシーの保護のことも質問するつもりでおりましたけれども、先ほど吉川委員の質問に対してプライバシーの保護はもっと急ぐべきであり、そういう立法をすべきであるというお答えでしたので、同じ質問になりますから繰り返しません。  どうもありがとうございました。これで終わります。

林寛子自由民主党・自由国民会議

○委員長(林寛子君) これにて両参考人に対する質疑は終了いたします。  この際、両参考人に一言ごあいさつ申し上げたいと思います。  本日は、御多忙のところ、長時間にわたりまして貴重な御意見をお聞かせいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。  本日はこれにて散会いたします。    午後四時九分散会      ―――――・―――――

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