社会労働委員会 第13号
- 発言数
- 242 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1986/05/13
会議録
○委員長(岩崎純三君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 本日、対馬孝且君が委員を辞任され、その補欠として浜本万三君が選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(岩崎純三君) 理事の補欠選任についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岩崎純三君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に高杉廸忠君を指名いたします。 ―――――――――――――
○委員長(岩崎純三君) 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案並びに原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案の両案を便宜一括して議題といたします。 両案の趣旨説明は既に聴取しておりますので、これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○糸久八重子君 大臣並びに水田援護局長、このたびの中国人養父母の扶養費問題の決着、本当に御苦労さまでございました。私もこの日の早く実現することを首を長くして待っていた一人でございます。 実は、一昨年の七月に黒竜江省の養父母代表団五名を千葉県でお招きいたしまして、そのときの団長でございます田丙南さんから、ことしの三月に歓迎実行委員会に手紙が参りました。その中に、扶養費問題に触れてございまして、こういうことが書いてあったわけです。 扶養金に関して八四年、日本厚生大臣を訪問したとき、私はこの問題を提起し、当時の渡部恒三大臣は、直ちに解決と約束をしてくれました。このとき既に、八四年三月十九日、中日両国交換文で決まっていたはずです。その後二年たっておりますが、いまだに解決をしていません。養子が手紙で、各人に三十万円送ると日本政府は内定したと言ってきております。おくれているのはなぜなのか、何か障害があるのか、私によく説明してほしい。 そういう手紙が実は参っていたわけでございます。 懸案でありましたこの扶養費の問題が、本当に皆さん方の御努力で交換公文の調印にまでこぎつけたようでございますけれども、そのホットなニュースをぜひとも厚生大笹からお聞かせいただきたいと思うわけでございます。
○国務大臣(今井勇君) それでは、今回行ってまいりました私から御報告申し上げたいと思います。 この五月九日に訪中をいたしまして、呉学謙外交部長に私はじかにお目にかかりました。その結果、懸案でありました扶養費問題の解決を見ることができたわけでございます。呉学謙部長も極めて率直に、しかもこの問題について快諾をしていただきました。本当に私もうれしく存じますし、ほっとしたというのが実感でございます。 その内容につきましては次のとおりでございます。 まず、帰国孤児一人当たりの被扶養者は一人とする、その扶養費の月額は六十元、支払い期間は十五年、日本側はこれを一括して送金する。それから二番目は、この送金は中国残留孤児援護基金が行いまして、中国紅十字会を通じて被扶養者に転送するわけでございます。それから、この扶養費の送金でございますが、毎年六月三十日までに前年度に帰国した孤児につきまして一括して行う。したがいまして、六十一年の三月三十一日までに帰国した孤児につきましては、口上書交換後、原則として三カ月以内に送金をするわけでございます。 先ほど申しましたように、私が直接向こうへ参りまして呉学謙外相とも親しくお会いをいたしました。そのときに呉学謙外相が率直にこう言ってくれました。今回のことは高く評価すると率直に言っていただきました。私からもそれに対しましてお礼を申しましたが、この率直に高く評価するというふうにおっしゃっていただきましたことによりまして、私は、中国側の要求を十分満たし得たものである、そのように考えておるものでございます。
○糸久八重子君 今回の合意が完全に中国側の要求を満たすものであるということで、本当によかった、そう思うわけでございます。本当に御苦労さまでございました。 今の御説明の中に、扶養費は六十元、孤児一人につき養父母一人ということでございますけれども、すさまじい混乱の中で、何人かの中国人家庭を転々とした人たちも多いと聞いているわけでございます。訪日の場合の報道の中にも、例えば○○さんに預けられてバツバツさんの手から今の養父母にとかというような、そういう報道をされている例も多いわけですけれども、複数の養父母がいらした場合、何らかの形でお礼金のようなものが出せるのかどうか、その辺はいかがでございますか。
○政府委員(水田努君) 扶養費を支払う場合の支払い方については、基本的に私どもは、中国の実情がはっきりいたしませんものですから、中国側の申し出に特に、問題がない限りはそれに従うという基本的姿勢でずっと交渉に臨んできたわけでございます。 中国側の方から、我々は事務的に簡潔な方がいい、中国としては、帰国孤児被扶養者一人というふうに割り切りたい、その場合には、もう既に養父母が両方とも亡くなっている場合も一人として払っていただく、それで、具体的な個々の払い方は中国側に任せてほしい、いただいたお金というのは全額紅十字会を通じてきっちりとすべての養父母に均てんするように当方がやるから、信頼して任せてほしい、こういうお話でございましたので、それに従いまして、先ほど大臣から御報告申し上げましたように、帰国孤児一人につき扶養すべき者は一人という割り切りのもとで、中国側の提案どおり私どもお受けし、お払いをするということにした次第でございます。
○糸久八重子君 現地の養父母に対する報恩措置に関連してお伺いをしたいわけでございますけれども、私ども千葉県では、日本人孤児の養父母に感謝する実行委員会が、先ほどもちょっと触れましたけれども、五十六年の十二月に超党派で結成されまして、「謝謝中国」募金活動とか、それから養父母の日本招待などが行われました。募金につきましては、学校の児童や生徒を初め各県民層から一千五百万が寄せられたわけですけれども、五十八年の八月に、養父母を含めた現地の老人のための施設の建設資金として中国紅十字会に送ったわけでございます。これに埼玉県からの三百万円の寄附を加えた総額一千八百という金額で、中国では初めての老人保健サービスセンターがハルビン市に開設をされまして、現地の養父母等に大変感謝をされている事実があるわけでございます。 単に扶養費の支払いというだけではなくって、我が国の政府といたしましても、日中友好のより一層の推進という観点からも、扶養費以外の取り組みをする考えがあるのかどうか、お伺いをしたいと思います。
○国務大臣(今井勇君) 私は基本的には、孤児を育てていただきました養父母を初めとします中国の皆様の御恩というものは、本来金銭ではかり得るものではないというふうに考えております。そういうことで、今後の日中友好を深めていく中で、例えば経済協力であるとかあるいは医療協力、それから文化交流といった各般にわたります協力あるいは交流というものを通じて、中国の皆様方の恩に報いていきたいというふうに私は基本的に考えているものでございます。
○糸久八重子君 孤児の総数のことについてでございますけれども、今のところ二千百三十五人と認識をして、本年度に七百人の孤児全員を招待して訪日調査を概了する方針のように承っておるわけでございますけれども、そもそも、孤児の総数についてどのような認識をしていらっしゃるのか。敗戦に至るまで日本人が二百十五万も送り込まれたという事実から考えてみますと、恐らく二千人程度の孤児の背後には二万とも三万とも言われる孤児の存在が、理地の事情に詳しい人から伺いますと、そういう指摘もあるわけなんですね。この辺の事情をどう理解していらっしゃるのか、お伺いをしたいと思いますが。
○国務大臣(今井勇君) 具体の問題につきましてはまた担当の局長から答弁いたさせますが、私は基本的に、昭和六十一年度におきましては、先生おっしゃいますように、未訪日の七百名孤児を日本に迎えて訪日調査というものを概了するということにしておりますけれども、私が訪中いたしましたときに、私から阮崇武公安部長に対しましてこう申し上げたんです。今後新たに中国側で日本人の孤児が判明した場合には、六十二年度以降訪日調査を引き続き行いたいので御協力を願いたいというふうに申し上げたところが、阮公安部長から協力につきましての確約をいただいておりますので、そのような形で、向こうのお申し出に応じまして私どもは喜んで受けたい、こう思っておるものでございます。
○糸久八重子君 恐らく、広い中国のことですから、実態調査等も大変無理ではないかと思うし、また積極的な孤児の掘り起こしもできないという状況にあると思われるわけですけれども、やはり六十一年度で概了するという形ではなくて、引き続きという大臣の御答弁をお伺いいたしまして本当に安心をしたわけでございます。 ことしの一月に、現地の瀋陽に総領事館が設置をされておりますね。ですから、そういうことから考えまして、総領事館を通じて情報の収集とか相談体制をしていく、そしてなるべく現地の情報をたくさん収集していくということをお願いしたいと思いますけれども、そういう用意はあおのかどうか、お伺いをさせていただきます。
○政府委員(水田努君) ただいま大臣からもお答えがございましたように、今井大臣から、中国に日本人孤児が一人たりともいる限りはその方々の肉親捜しは継続して行うようにという強い御指示をいただいているところでございます。 私ども、この孤児の調査につきましては、先生御指摘の総領事館はもとより、最も力を持っておりますのは東北三省の公安部でございますので、その公安部の外事警察が積極的に動いてくれることが最も掘り起こしについて有効でございますので、大臣からも、今度、中央での阮公安部長に要請もしていただきましたし、また私ども事務段階におきましても、東北三省の公安部の外事警察担当の方にお願いもし、また協力をしていただくために、この七月に日本に担当者を招聘しまして、孤児が社会復帰している実情も見ていただくという中で、人間関係をつくりながらこの問題を力強く進めていくようにいろいろ手を打っておりますので、必ずや先生の御期待に沿う方向で努力をしてまいりたい、このように考えております。
○糸久八重子君 孤児の方が帰国をいたしまして、日本社会に溶け込んで、そして自立をするための第一歩は、何といっても日本語の習得と基礎的な生活習慣の違いをマスターすることでございます。定着促進センターでは、日常会話レベルの日本語研修と生活指導が行われているようでありますけれども、このこと自体は大変結構なことでございますけれども、訓練期間がわずかに四カ月、これではどうしても初老期を迎え五十歳に手が届こうとしている孤児の方々が、実質的に外国語であります日本語をマスターするというのは非常に難しいのではないか、そう思うわけでございます。 大臣そして援護局長、もし御自身が逆の立場になって中国で四カ月トレーニングを受けられるケースを想定した場合に、中国語を理解して中国社会で自立をしていく自信がおありになるのかどうか、それぞれの所感をお伺いさせていただきたいと思います。
○政府委員(水田努君) 大変に厳しい御質問でございますが、何十時間語学の勉強をすれば適当かということは一つあろうかと思いますが、所沢のセンターでは、一応日本語の勉強を四百五十時間というふうに設定しておりまして、この時間は、外国人が日本に来ました場合に初歩的な日本語を勉強するちょうど倍近い時間を用意して集中的にやっているわけでございまして、コースも、幼児のコース、それから青年のコース、それから大人のコースと、三つのコースに分けているわけで、子供のコースは、大体もう四カ月でほぼ自由に日本語がしゃべれるぐらいになっております。それから青年の部でございますと、子供ほど自由じゃございませんが、ある程度、電話をかけたりその話を聞いたり、あるいは道を聞いたり切符を買ったりというような、日常生活に不自由のない程度の勉強はできるようになっております。それから大人の方は、かなりこれは御指摘のとおりに個人差がございます。個人差がございますが、しかしいかんせん、教室を一歩出ますとみんな中国語に戻っちゃうんですね、集団生活しているものですから。ここの文部省から出向いただいております語学教育の専門家の指導課長の話を聞きますと、やはり日本語の勉強を伸ばすためには、どうしてもここで長く置いておくよりも、社会に出して実践的な勉強をさせた方がより伸びが速いということで、むしろ実社会に出ての日本語の引き続いての補講体制を、特に大人の部についてどう補強するかが問題点であろうかと考えております。 それで、私どもとしましては、本年度の予算で孤児の世帯に生活指導員というものがつくわけでございますが、その指導回数を月四回から三回ふやして七回にし、三回分は日本語の補講に充てるという形で、実社会における日本語の補講体制を強化していくという方向に本年度から踏み出しているところでございまして、私どもとしましては、社会における生きた日本語の勉強に向けての補講体制を今後強化するという形で進まさしていただきたいと思っております。
○糸久八重子君 確かに、社会に出て生きた日本語を吸収することによって早く体得するということは、理論的にはわかるわけですけれども、厚生省がまとめました帰国孤児の生活実態調査を見てみましても、男性孤児でも就労している者は七四%、そして帰国後三年程度経過した時点においても約半数の世帯が生活保護の受給を余儀なくされている。つまり、日本社会において自立てきていない、こうした大変厳しい状況にあるわけです。その根底には、やはり言葉の壁が予想以上に厚いということを証明していると思うわけでございますけれども、その点で厚生省の認識はいかがでございますか。
○政府委員(水田努君) 確かに先生の御指摘の実態調査は、まだ帰国センターを設けていない時代に帰ってきた孤児を対象にしたもので、今後帰国センターがフル稼働してまいりますと、定着自立の実態というものも変わってまいろうかと思います。 日本社会に復帰する場合に、やはり基本的に基礎をなすものは言葉の面に対する本人の意欲、これがもう極めて大きいし、また、その意欲にこたえるだけの話学の研修体制を整えてやるということと、もう一つ重要なことは、この言葉が必ずしも十分でない孤児を受け入れる理解ある職場の開拓、この二つが両々相またないとなかなか理想的な定着自立ということは困難ではないかと考えている次第でございます。
○糸久八重子君 先ほど御答弁にもございましたけれども、本年度から従来の生活指導員の業務に日本語指導が加えられまして、派遣日数も七回になるようでございます。しかし、これで万全の態勢と言えるのかどうか、やはり大変疑問でございます。 夢にまで見たあこがれの祖国で言葉が通じないために落ちこぼれてしまう、そして地域にはなじめないで、肉親からも遊離して東京に舞い戻って残留孤児だけで寄り添って生活をするようなケースが大変多いと聞いておるわけでございます。これらは結局はセンターでの研修期間が余りにも短いことに起因しているのではないかと思うわけですけれども、せめて一年くらいに一延長することは考えられないものなのでしょうか。
○政府委員(水田努君) 大量の帰国の時代に入りました。特に扶養費の問題が決着がつきましたので帰りやすくなっておりまして、私ども、センターの順番待ちというのがこれからも大変な問題になってまいろうかと思いますので、今、本年度予算が成立いたしましたので、大車輪で所沢のセンターの受け入れ能力の倍増ということを着々準備を進めておりますが、それだけでは必ずしも十分でないんで、大臣から民活方式で、所沢のセンターで受け入れができなかった者についての、オーバーフローする部分についての応急対策措置を少し援護局、積極的に前向きに検討しろという御指示をいただいている段階でございます。 要は、その四カ月での教育の内容をどう充実させ、センターを卒業した後での日本語の補講体制、特に生活指導員というのは全額国の委託費でやっておる事業でございますが、地方自治体もこれを誘い水として、それぞれの地域社会の住民になる人でございますので、地方自治体にも日本語の補講についてそれぞれ工夫し協力をしてもらいたいということを本年三月の主管課長会議でもお願いをしたところでございます。それぞれやはり都道府県でも国の委託事業以外に、特に東京でありますとか大阪でありますとか孤児の多い地方自治体では、それぞれボランティア団体の協力を得ながら、また地方独自の工夫された日本語の補講の体制が組まれておりますので、それらが総合的に機能し合って私は対応できていくものと考えております。 決して楽観をしてはなりませんし、私どもも国の委託事業については今後もさらに実情に応じて充実、改善することも検討してまいらなきゃならぬと思っておりますが、そういう補講体制を強く踏み出したという点についてはひとつお認めをいただきたい、御理解をいただきたい、このように思っておる次第でございます。
○国務大臣(今井勇君) 今、局長から答弁いたしましたが、民活の方式についての言及がございましたが、私はこれはとても今の厚生省だけでやっていたんでは間に合わないと思います。そこで、皆さんからも大変な御協力と御同情等をいただいておりますので、東京だけではなくてその他の主な都市につきまして、皆さんの善意と同時に、国もそれに対して何がしかの費用を持つような形で積極的にやってまいりたいなと、こう思っておりますので、ひとつそういう意味のお知恵とまた御援助をぜひお願いいたしたいと思います。
○糸久八重子君 先ほどの質問の中にも入れましたけれども、東京に残留孤児だけの租界のようなものが形成されていると。その点についてはどのように対処していくのですか。
○政府委員(水田努君) 東京に肉親関係者がいる場合は当然そこに帰ってくるということになろうかと思いますが、私ども、身元がわからないまま、いわゆる未判明孤児で帰ってこられる方につきましては所沢で身元引受人とのお見合いをさせまして、そのまとまった身元引受人のところに孤児が帰ってまいるわけでございますが、正直に申し上げまして、東京の下町三区というのはもう完全に悲鳴を上げておりまして、生保定着安住型ということになっておりまして、下町三区の区長さんはもう大変苦労しておられるわけでございます。 私どもとしましては、下町三区の身元引受人にあっせんをする場合には、即就職をして自立して働くという具体的な職場の見通しのある人についてはあっせんしますが、そういう具体的な就職についての意欲を持っておられない方には下町三区の関係の身元引受人のあっせんは極力お断りを申し上げ、下町三区に御迷惑をおかけしないようにしませんと、やはりせっかくの孤児に対します全国的な理解と同情といろんな面に水を差してしまう結果になるんじゃないかということを非常に心配いたしておりまして、どうも下町三区では、あそこに行くと生保に安住でき、また中国語でほとんど生活の用が足せる一種の華僑世界をつくるというようなあり方を形成していくということは、今後の大量に引き受ける孤児問題を処理する上で新たな別の意味の社会問題を提起することになろうかと思っておりますので、この問題につきましては、私ども援護局が一つの毅然とした姿勢をとらないと、やはり定着対策ということについての問題について今後必ずしもよくない面の影響が出てくるんではないかということを大変心配しておりまして、私どももボランティアの団体にその点を率直に申し上げまして、ボランティアの団体の方にも御理解をいただいておりまして、そういう方向で特に下町三区だけが何か非常な苦労をなさるという結果が生じないような形に持っていきたい。 そのためには何としても、全国から善意ある身元引受が参っておりますので、それを積極的に活用し、やはり東京に流れ戻らないためにはそれぞれの落ちつき先で一日も早く就労させる、仕事に自信を持たせる、その地域に根を張らせるという施策をとっていくことが大事ではないかなということで、そういう方向でことしの全国の援護主管課長会議でもみんなと相談し、そういう方向に各県が責任を持ってやっていきましょう、こういう呼びかけをいたしておりまして、私どもその方向に向かって努力をしてまいりたいと思っております。やはり孤児の華僑社会みたいなものを形成するというのは極めておかしな話でございますので、そういうことのないように持っていきたいと考えております。
○糸久八重子君 ただいまの問題は、東京に身元引受人がいる場合だけではなくて、研修センターから出てそれぞれの身元引受人のところへ行って各県に散らばるわけですね、そこの地域の生活になじめないで、そして東京にいる孤児同士の友人を頼って上京してきてしまうというケースがたくさんある、そう聞いているわけです。ですから、今、局長がおっしゃったとおり、やはり地域での再研修体制のあり方等々もこれは十分に考えていっていただかなければならない、そう思うわけでございます。 それと、所沢のセンターの今後の拡充計画についてはいかがでございますか、お伺いしたいと思います。
○政府委員(水田努君) 現在の収容能力を倍増させるということで予算をいただき、ことしの十一月末にオープンさせるということで準備を着々進めているわけでございます。 現在のセンター、九二年運営をいたしております。九二年運営をいたしまして私ども一番反省をいたしております点は、居住室が画一なんです。帰ってくる世帯数が多い場合少ない場合、非常にばらばらでありまして、多い場合は二部屋使わなきゃならぬということが収容能力を阻害する一つの要因にもなっておるものですから、現在の所沢のセンターは教室専門にして、居住棟を新たにつくるという形で、近くの厚生省のリハビリセンターの敷地の中に宿舎専門の居住棟をつくる、そこには大中小の部屋を用意いたしまして、効率のいい収容ができるような形にしてやってまいりたいということでございます。 私ども、倍増しました場合に一番頭が痛い点は、日本語の質のいい講師を借用意しなきゃならぬものですから、この教授陣の確保に一番苦労をした点で、しかもオープンが十一月でございますが、十一月からでは人が採用できませんので、もう既にこの四月から採用をいたしておりまして、芳子遊ばせる格好になりますが、人というのは途中採用というのはできませんので四月から採用し、その講師陣の確保に大変苦労をしたという点が今回の倍増計画、予算の獲得はもとより、その講師陣の確保ということに大変苦労をいたしたわけでございます。 フル回転した暁には、私どもカリキュラムの内容その他で二年間の経験を踏まえまして改善をすべきことが多々あるというふうに考えています。例えば、やはり先輩で自立するのに非常に苦労なさった方を呼んできて、実践的な社会適応のノーハウについての孤児との懇親、一方的な教養を教えるというだけじゃなくて、そういう苦労された孤児の先輩の実践学というようなものもカリキュラムの中に積極的に取り込んでいって、役に立つ講座内容という形のものも工夫をしてまいりたいと考えております。 また、後ほどあるいは出るかもしれませんが、今年度から労働省が全面的に就職の面についてのカリキュラムに御協力をいただくようになっておりますので、そういう面でも、年々私ども経験を踏みながら、そういういい意味の蓄積、改善が図られつつあるんではないかと考えている次第でございます。
○糸久八重子君 日本語教育の面につきましてはボランティアの方たちが本当に苦労をしてくださっているけれども、苦労の割にはその実が上がっていないというようなことも一部伺っている部分もございます。そういう意味では、今、局長がおっしゃいました質のよい講師を採用するということ、本当にこれは大事なことであろうかと思うわけでございます。 昨年、中国残留日本人孤児問題懇談会の提言が出されたわけですけれども、この中にも、センター退所後の日本語学習の場の確保策として、地域の公民館等の既存の施設を利用した日本語教室の開催とか、それから孤児家庭への日本語教師の派遣を指摘しているわけでございます。孤児の大量帰国時代の到来を控えているわけですが、早急にこれらの具体化を図っていかなければならないのではないかと思いますけれども、いかがでございますか。
○政府委員(水田努君) 御指摘のとおりでございまして、先ほど生活指導員三回分増というのを申し上げましたが、ある程度孤児がまとまっている都会地区、これはその三回分をむしろ日本語の教室という格好で活用をして、その講師に要する費用というものはその三回分で充当して日本語学校を開いていただくと。それは、公民館なり何なり身近なところでそういうものを実践的に使ってやるようにということを指導いたしているところでございまして、基本的にはもう先生の御指摘の方向のとおり、地方自治体と協力しながら、要はもう実行の段階でございますので、そういう形に持っていくように積極的に推進してまいりたいと思っております。
○糸久八重子君 来年度の予算要求に向けて力いっぱい取り組んでいただきたい、そう思うわけでございます。 それから、肉親の判明率が回を重ねるごとにだんだん低下をしてまいっておるわけでございます。昨年度は二割台にまで落ち込んでしまったということで本当に心配なんですけれども、やはり残務処理的な駆け足招待旅行というような形ではなくて、実りあるものにすることを要望したいと思います。今年度たくさんの、七百名の方が訪日されるわけですけれども、判明率を高めるためにどのような御努力をなさいますでしょうか。
○政府委員(水田努君) 孤児の方の訪日の滞在期間を延長してほしいということがボランティア団体あるいは国会の質疑等を通じて強く要請されておりましたので、私ども従来の十二日から三日延長の十五日ということで中国側と交渉いたしましたが、中国側は気持ちよく受け入れていただきましたので、三日間期間が延びたということになるわけでございます。これは中国側、特に東北三省にとっては、公安部の外事警察の人がハルビンならハルビンというところに黒竜江省の参加する孤児全員を集めまして、引率して北京に連れてまいりまして、飛行機に乗せて送り出して、それで日本に滞在して、そして帰ってくるのを待ち受けまして、また引率してハルビンまで連れて帰るということで、公安職員の人は、いろんな仕事のある中で、孤児の関係で非常に時間をとられると、大変な犠牲を払っておるんだということを常に私ども聞かされておりまして、事実そのとおりの御苦労を願っているようでございます。そういう中でも、少しでも判別率が落ちてきているという私どもの事情を理解していただきまして今回三日延長を認めてもらいましたので、この三日は、さらに肉親、関係者の名のりが出るように頑張っていきたいと思います。 マスコミの方も、今度は大量に参りますので、従来に比べて紙面を割く部分が多くなってくるので、これもなかなか、マスコミの関係の方も大量の調査をやるべきだと、こうあおってきたけれども、結果的に、大量に来るとその紙面を割くのが今度は大変だとマスコミの方で頭を抱えておられるわけでございますが、これについても、従来と質を落とすことのないようなひとつ記事の扱い方にしてほしいということでお願いをしているわけでございます。 そういう中国なり日本の国内におけるマスコミの協力なり、そういう善意に支えられた事業でございますので、私どもとしては、この限られた期間の中で援護局の職員全力投球して、一人でも多くの判明者が出るように努力をしてまいりたいと思っております。
○糸久八重子君 単に滞在日程を延ばすだけでは、そして便々と身内、肉親があらわれるのを待っているだけでは決して判明率は高まらないと思うのですね。特に満蒙開拓団という形で集団的に中国に送り込まれた特定の県があるわけですね。ですから、そういうところの中で特に身内、戦中に中国へ行っていたというような、そういう地元での掘り起こしというのはできないものなのでしょうか。
○政府委員(水田努君) 私ども、実は大臣の御指示でコンピューターシステムで、援護局に膨大な資料があるわけでございますが、孤児関係のデータで必要なものはあらかじめインプットしておいて、参ります孤児についてのデータを新たに入れて、そこで関係者を事前に割り出すコンピューターによる検索システムというのをこの四月からスタートさせることができましたので、今回、六月から訪日する孤児についてはコンピューターを使いましてできるだけ事前にその割り出しというものを図ってまいりたいと思っております。 ことしは、いずれにいたしましても七百名という大量の調査でございますので、ベテランの調査員をほとんど通年的にこれにとられてしまいますので、六十二年度から、中国の中に出向いて調査するということは中国側が受け入れないと思いますので、国内にいる御指摘の満蒙開拓団関係者から、肉親で申し出ない方についても掘り起こしができはしなかろうかということで、ベテラン調査員のキャラバン隊を出しまして、そういう孤児についての日本国内における新たな手がかりを得るということについてのキャラバン隊を組む予算要求を、国内の旅費でございますのでなかなか予算要求は厳しいのじゃないかと思いますが、そういうことの試みも明年度の予算要求の中ではしてみて、時間との勝負でございますので、できるだけ何とかいろんなあの手この手で努力をしてみたいと思っているわけでございます。
○糸久八重子君 帰国をしないで中国にとどまっている孤児についても、例えば定期的な観光旅行などの里帰りを養父母ともども一緒に行うというような、そういう対策を考える時期に来ているのではないかと思いますけれども、これらについての検討の余地はございますか。
○政府委員(水田努君) 肉親のある方については墓参りのための一時帰国制度というものが既にあるわけでございますが、未判明の方については、何か里帰りセンターみたいなものがなければ、日本に来てもまず泊まる場所からないと、もともとぎりぎりの生活をしておりますので、日本の高い宿泊料を払うというようなこともできないのだろうと思いますので、そういう未判明孤児、帰らない人についての里帰りセンターとか、日本に永住帰国しないので、せめて何か帰る場合の旅費の援助ができないかというようなことについて、ひとつ民間の善意を活用してみてはどうだという御意見等もあるようでございますし、また、そういう面について少しお金を出してみたいというような方もあるやにも聞いておりますので、先生の御指摘の問題については私ども少し今後研究をさしていただいたらどうかなと。私ども気持ちの上では、何か民間ベースの善意で、なかなか国のお金では無理じゃないかと思いますが、この厳しい予算下でございますので、そういう民間の方のいろいろな善意があるならば、それを結集して何かそういう方向が見出せるものならそういう方向も工夫してあげるべきじゃないかと思いますので、いましばらく少し研究をさしていただきたいと思います。
○糸久八重子君 先ほどのお話の中にも、例えば日本語教育等の場合とか、それから促進センター等も民間の力をかりてというお話があったんですが、私はその辺は余り賛成できなかったのですけれども、本来的にはこれは、国が政策的に中国の東北部に送り込んだということですから、全面的にやはり国が責任を負うべきだと思うんですね。しかし今の里帰りセンター、そういうものについては、これはやはり民間の力をおかりしてそういうセンター的なものをつくっていくということはよろしいのではないかと思いますので、ぜひお力を注いでいっていただきたい、そう思うわけでございます。 それから、中国で取得をいたしましたいろいろな資格の問題なんですけれども、これも私の身近にある例なんです。中国の医科大学を卒業いたしまして医師の免許を持って日本に帰国をしたわけなんですが、日本ではその免許が通用しないということで、日本で生活を立てるためにはり、きゅうの免許を取りまして、現在はり・きゅう療術師という形で生活をしていらっしゃる方がおるわけですけれども、例えば医師とか看護婦とか教師とか、やっぱりある程度の資格を持って帰国をなさる方もいらっしゃると思うんですね。そういった場合に、中国で取得したその資格が生かされる方向で積極的な検討をしていただきたいと思うわけです。懇談会の提言でもこれらを主張しているようですが、その辺についてはいかがでございますか。
○政府委員(竹中浩治君) 帰国されました孤児の方々にできるだけのことはして差し上げたいという基本的にはそういう考えでございますが、一方で医師というものを取り上げてみますと、先生御承知のように、医師というのは国民の生命、身体を預かる重要な職種でございまして、医師法の規定に基づきまして一定の課程、教育を終えた後に厳格な国家試験を課すると、それに合格して初めて免許が取れるということになっておるわけでございまして、したがいまして、中国と限らず、外国の医師免許を持っておられる方がそのままというわけにはまいりませんで、これも医師法の規定によりまして、我が国の医学教育と同等以上の教育を外国で受けられた方、そういった方々には医師国家試験の受験資格があると、こういうことに医師法でなっておるわけでございます。 特に中国の医学教育でございますが、かなり多種多様な形でございまして、いわゆる西洋医学の系列の医学教育におきましても、我が国の医科大学は六年でございますが、中国の場合大部分が五年であるというふうに聞いておりますし、また、例の文化大革命の時期には、非常に医学教育の内容もいろいろな影響を受けて十分でなかったというようなことも聞いておりますので、なかなか難しい面がある。 私ども、今のようなことでございますので、中国で医師資格を持っておられる方お一人お一人について個別に調査をいたしまして、日本の医科大学と同等であれば直接国家試験を受けていただくし、あるいは五年課程の場合には、これも内容によりますけれども、予備試験を受けて、それから国家試験、本試験を受けていただくというような可能性もございますので、個別に御相談に乗りたいと思っておるわけでございます。
○糸久八重子君 はり・きゅう療術師についてはいかがですか。
○政府委員(竹中浩治君) はり、きゅうも原則的には同じでございまして、これは日本の養成所を出るということが条件になっております。医師の場合と異なりまして、外国の養成所、外国の教育課程を受けた者が、受験資格を生ずるという道は、現行のあん摩マッサージ、はり師、きゅう師法にはそういう規定はない。ですから、日本の養成所を出ていただくことが現行法ではどうしても前提条件にならざるを得ないということでございます。
○糸久八重子君 その問題はまた後でもう少し詳しく検討していきたいと思いますけれども、時間が残り少なくなりましたが、まだ幾つか残っております。 実は、孤児世帯が生活保護を受けている、そして生活保護の制度では、せっかく就職して賃金を得ても、その分が収入認定をされるわけで保護費が削られてしまう。そうすると、働かないで生活保護をもらっていた方がいいというような考えになっている孤児も多いと聞いておるわけでございますし、また、孤児問題に非常に造詣の深い知人から聞いた話なんですが、孤児の多くは受け取っている生活保護費についての認識がないというんです。つまり、これは孤児の置かれている特殊な状況に着目した特別な手当だ、そして給付金だ、そう理解している方が非常に多いということなのです。 ですから、こういう事情を考えますと、生活保護法にかえて、労働の収入が多少にかかわらず、一定額を特別手当として継続的に国が支給する制度のようなものを考えられないものなのか。このことにつきましては、私ども国会友の会の一部でも特別法による制度化が検討されているようでございますけれども、行政の立場から、このような考えについてどのような所感をお持ちになられるでしょうか。
○政府委員(水田努君) 私ども、孤児の方は原則として今後は所沢のセンターあるいはそれに準ずるような民活によるサブセンターの研修を全部終えて社会に出ていっていただく、こういう形になろうかと思いますが、やはりそこの教育の中で生活保護法の持つ意味というものをきっちりと認識をさせておく必要があるんではないか。どうもボランティアの方で、今、先生が御指摘のような趣旨のことを言っておられる方があるのではなかろうかという懸念すら私どもちょっと持っているわけでございますが、要は、鉄は熱いうちに打てということわざがありますように、やはり所沢のセンターにいるうちから就職に向けての方向づけをきっちり持って、生活保護というのはあくまでも経過的なものであるという認識のもとに出ていただく。今回私ども、主管課長会議のときに、各都道府県の方といろいろとお話し合いをしたわけでございますが、やはり、所沢のセンターを卒業して一年以内に就職のめどをきっちりとつける、そういう方向で国も県も力を合わして生活指導員を使って対処していこう、こういうことにいたしているわけでございます。 私どもとしましては、先生のせっかくの御提案でございますが、特別手当という創設の方向は、ややむしろ孤児を安住さしてしまいやしないかというマイナスの面も十分配慮しなきゃならぬので、現在の制度をどううまく活用するかということに力点を置いて運用に当たらしていただきたいと思っております。
○糸久八重子君 次に、孤児の老後の所得保障策についてお伺いをしたいわけです。 昨年の年金法の大改正で、在外期間が空期間として算入されることになったわけですけれども、四十歳代になって帰国した孤児は当然のことながら加入期間が大変短い。そしてその上、生活保護の受給とか低所得のための保険料の免除措置によりまして、年金額は一層切り込まれて、とても年金と言えるような水準にはほど遠いのではないかと思うわけです。年金が拠出制ということを前提にしていることはわかるわけですが、特別な状況にある方たちだということで、何か特別措置について検討をする用意があるのかどうか、お伺いをさせてください。
○政府委員(吉原健二君) 先ほど来いろいろお尋ねがあるわけでございますけれども、私どもも、中国孤児で日本に永住帰国された方につきましてできるだけの援護対策をとりたいという気持ちは全く同じでございますけれども、今御質問の、年金制度の上で何か特例的な措置ということにつきましては、率直に申し上げまして、なかなか難しいのではないかというふうに思っているわけでございます。 今回の年金改革におきまして、昭和三十六年以降の期間につきましては、海外におられた期間、中国におられた期間も基礎年金の資格期間に算入をして、今後保険料を一定期間納めていただければ、その納めていただいた期間に応じた年金が出る、こういうことになっているわけでございまして、いわば年金制度の上でできるぎりぎりの措置がこういうことでございまして、その上に、過去の期間保険料を納めなくても年金を増額するとか、そういった特別な措置というのは、お話のございましたように、拠出制の年金、保険料を納めた期間に応じて年金を出す仕組みの上では、率直に言ってなかなか難しいというふうに思っているわけでございます。
○糸久八重子君 懇談会の提言に、公的年金を補足する手段としての私的年金の活用ということも書かれておるわけですけれども、それも一法と思うのですが、それらの検討の余地はございますか。
○政府委員(水田努君) 私的年金の活用というのは、やはり孤児の、帰ってまいりまして現在置かれております生活状況から見て、私どもは、ちょっと財源的に当面無理があるんではなかろうか、このように思っております。
○糸久八重子君 まだお伺いしたいことがあるんですが、時間が参りました。 中国のことわざに、一点突破全面遂行という言葉がございます。養父母の扶養金が解決したことを突破口といたしまして、中国残留孤児問題にかかわるすべての施策が全面遂行になるようにお願いをいたしたく、大臣の御決意をお伺いして、質問を終わりたいと思います。
○国務大臣(今井勇君) 私も今度中国へ参りましていろいろお話をしました結果、この孤児の問題につきましては中国も大変心配をしてくれておりますことを身をもって感じたわけでございます。 そういう意味で、私どもとしてはできるだけのことをして差し上げたいと思う気持ちは十分ございますが、やっぱり我が国には我が国のかねてからの法制度、しきたりがございますので、それをどううまく運用していって、孤児の皆様方に少しでもお役に立つことができるようになるかということについて、いろいろ従前も考えてまいりましたが、今後ともひとつまた、ない知恵を絞って考えてみたい、こう考えておるものでございます。
○糸久八重子君 ありがとうございました。よろしくお願いします。 終わります。
○浜本万三君 私は、主として原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案の問題について質問をいたしたいと思います。 ことしは被爆四十一年に当たります。この間被爆者の方々は、孤独、病苦、生活苦、いわゆる三重苦の厳しい環境の中で生き抜いてきておられるわけでございます。私は、昭和五十年に参議院本会議におきまして、国家補償による被爆者援護法の制定について、野党を代表いたしまして議員立法を説明させていただいた経緯があるわけでございますが、自来援護法実現に向けて運動をしてまいっておる一人でございます。今国会におきましても、衆議院におかれましては、社会党、公明党、民社党、社民連の協力によりまして、援護法の議員立法が提案をされまして、その実現方を要求されておるところでございます。したがって、私は被爆者の皆さんに対する援護法の早期実現を強く求めておるものでございます。そういう立場から質問を申し上げるわけでございます。 まず最初に、昨年実施されました六十年被爆者実態調査の際、私どもの長年の懸案でありました原爆死没者調査が初めて行われたわけでございます。これによりまして、被爆者に関する調査は曲がりなりにも一応体裁を整えることになったと思うわけでございます。しかし、調査要綱によりますと、「調査の目的」について、「死没者の状況を明らかにするための資料を得ることを目的とする。」と言われておるのみで、政府がどのような措置をとるのかについては明確になっていないわけでございます。しかも、死没者調査の解析は、今後二、三年かかるのではないかというふうに言われております。 したがいまして、今後政府としてはどのような援護施策を展開されようとしておるのか、つもりなのか、大臣の明確な御答弁を承りたいと思います。
○国務大臣(今井勇君) 今回の死没者調査によりまして死没者の具体的なお名前がわかりまして、また、その数が明らかにされること自体、原爆で亡くなられました方々やその御遺族のお苦しみに対しまして、国民が改めて思いをいたすことに。なると思うわけであります。さらに私どもは、今のお尋ねでございますが、一般の戦災者との均衡といった問題にやはり波及しない形でこういった方々に対しまして何らかの弔意をあらわすというふうなことはないものかいろいろ考えてみたいと思いますが、また、少なくとも私どもが考えておりますことは、今回調べましたことによって、何か私どもの弔意をあらわす方法をひとつ皆様とともに考えてみたいということでございます。
○浜本万三君 この死没者の実態が明らかになりますと、当然のことながら、大臣が今お答えになったように、被爆者の方々に対する何らかの弔意をあらわす方法を検討したい、こういうことなんでございますが、さらに私は、遺族に対し弔慰金や遺族年金を支給するとともに、家族の精神的苦痛についても償いをすべきである、かように思う次第でございます。大臣、そういう点についてはいかがでしょうか。
○国務大臣(今井勇君) せっかくの先生のお尋ねでございますが、私どもはこの原爆の問題につきましては、やっぱりおっしゃいました、被爆者に対しまする弔慰金あるいは遺族年金といったものの支給につきましては、何かこれは基本懇の意見書にもございますように、極めて国民的な合意を得ることは難しいのではなかろうか、そのように考えておるものでございます。
○浜本万三君 それじゃ大臣、もう一回伺いますが、そういうことを大臣言われますが、原爆被爆という人類史上未曾有の被害の最大の犠牲者というのは、一体となただと考えていらっしゃるんでしょうか。
○国務大臣(今井勇君) 亡くなられた方御自身であることは間違いないと思います。
○浜本万三君 そういたしますとね、ここでもう改めて申し上げることは必要ないわけなんですが、つまり原爆の最大の被害者は死没者であるというお話でございました。ところが、現行の二法による被爆者対策は、その対象が生存被爆者に限定されておるということ、それから施策の中身におきましても、例えば所得額あるいは疾病の状況、さらには被爆の状況等でもろもろの制限を受けておる状態でございます。これは私はまことに遺憾だというふうに思います。 政府といたしましては、今こそ原爆という人類の想像を絶する被害を受けた被爆者の身体的、経済的、精神的な苦しみが限界の極に達しておるんだという事実を明確に認識していただきまして、二度と核による惨禍を招かない、被爆者を再びつくらないとの決意を込めて、国家補償の原則に基づいた被爆者援護法を制定すべきではないかと思うわけでございます。 特に、被爆者の高齢化の状態を考えますと、もう被爆者の皆さんには四十周年はあったけれども五十周年はないと私は思います。死没者を含めた調査が行われた今こそ、援護法に向けて具体的な行動を起こすべき時期ではないかと痛感をしておりますが、これはまあ大臣の良心にかけてひとつ御答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(今井勇君) 同様な御質疑が何遍となくあるわけでございますが、私は現行二法では、被爆者が原子爆弾の傷害作用の影響を受け、今なお特別の状態にあることに関しまして特別の対策を講じることにしているわけでございます。 御提案の援護法案でございますが、現行の諸給付をより手厚いものとする内容が含まれているわけでありますが、そのような点につきましては現行二法の枠内の改善として私は今後とも努力をいたしたいと思うものでございます。 しかしながら、この被爆者援護法につきましては次に申し上げます二つの点で問題がありまして、政府としてはこれを制定することはどうも私は考えにくいと考えるものでございます。その第一は、原爆で亡くなられました方々の遺族に対しまして、遺族であるという理由で補償を行いますことは一般戦災者との均衡上問題があることであります。第二は、国に戦争を行ったといったなどの不法行為の責任がある、これに基づく国家補償を行うという点にあると私は考えておるものでございます。
○浜本万三君 どうも大臣の答弁はよろしくないですね。つまり、今二つの理由を挙げられたわけでございますが、その一つの中に、戦争の犠牲は国民ひとしく受忍せよという戦争責任を否定した恐るべき思想が含まれておるように思います。これは基本懇でもそういう報仰があったのでございまして、まことに私は基本懇の考え方は残念だと、かように思っております。しかし、その基本懇の報償でも、被爆者対策は広い意味の国家補償の見地に立って、被害の実態に即応する適切妥当な措置対策を講ずべきことは認めておるわけでございます。また最高裁判決も、実質的に国家補償的見地から国家補償的配慮が制度の根底にあると述べている状況にあるわけでございます。 百歩譲って、援護法の早期実現が困難であるとするならば、それに近づけるために現行二法を統一いたしまして、被爆者対策法のような形で一本の立法形式として国家補償的な制度であることを明確にする、そして現行の施策を一歩でも前進させて援護法に近づける努力をすべきであると思いますが、大臣の認識を承りたいと思います。
○政府委員(仲村英一君) 御指摘のとおり、孫振斗訴訟の最高裁の判決では、原爆医療法につきまして、国家補償的配慮が制度の根底にある社会保障法という複合的な性格を有するというふうに述べられておるところでございます。また、ただいま御指摘のいわゆる基本懇でございますが、基本懇の答申におきましても、原爆対策は広い意味の国家補償ではあるけれども、国の不法行為責任を認めるとの趣旨ではないというふうな御指摘があるわけでございます。その意味におきまして、両者はいずれも援護法案の趣旨とは異なると私ども従来から考えておるところでございます。 原爆被爆者に対しまして、私どもが広い意味におきます国家補償の見地から、現在原爆二法を中心に医療、福祉の両面から各般の施策を行っておるところでございますが、ただいま御指摘のように、これを今ここで一本化するという積極的な理由というのは私どもにはなかなか見出し得ないというのが現状でございますので、御理解をいただきたいと思います。
○浜本万三君 まことに残念な答弁であろうと思いますが、なおひとつ検討してもらうように強く要望しておきたいと思うわけでございます。私も、十年間ほどこの問題の論争を政府といたしておりますので、これ以上、先ほどの答弁がございました限りにおきましては、政府に対して論争を挑むことはやめますけれども、非常に強い援護法制定への希望を被爆者の方々は持っていらっしゃるわけでございますから、早急に前向きの姿勢をとっていただきますように心から要望をしておきたいと思います。 そこで、これから内容の改善問題について若干お尋ねをいたしたいと思います。 まず、死没者調査の中間発表ができないかということなんでございますが、実態調査の発表が政府の方針によりますと六十二年三月ごろの予定であると言われております。これに対しまして死没者調査の解析の結果が出るのは二年ないし三年の時期を要する、かように言われておるわけでございます。私といたしましては、二つの調査の結果を早く出して新しい施策の材料にしてもらいたい、こういう希望があるわけでございます。したがって、死没者調査の解析が二、三年かかるということでは、例えば六十二年三月に結果が発表できる実態調査の発表時期とずれるわけでございます。 〔委員長退席、理事大浜方栄君着席〕 できるだけ一緒にしたいと、かように考えておりまするので、死没者調査の結果を中間報告の形でまとめることはできないだろうか、こういう気がいたします。これに対してお答えをいただきたいと思います。
○政府委員(仲村英一君) 先ほど大臣からも御答弁いただきましたが、この死没者調査につきましては、実は具体的な政策への活用を前提とせず、死没者の方々の実態をさらに明らかにするということを目的として実施したものでございますが、御承知のように、この死没者調査は二通りの方法で行われておるわけでございます。その第一は被爆者の実態調査、いわゆる生存者の調査に合わせまして死没者について記入していただく調査票で情報を集めるというのが一つと、それから第二といたしましては、これとは別に、全国に埋もれております相当数の被災関係の資料を収集して、その中から死没者の情報を得るというふうなこの二つの情報ソースを使ってまいりたいと考えておるわけでございます。 いずれにいたしましても、それらの調査によって得られましたお名前を広島、長崎両市で行っておられます被爆者動態調査に一つ一つ統合するという形で作業をする必要がありますので、この作業がかなり膨大なために、最終的な結果が生存者の調査と同時に発表するのは非常に難しいということで申してきておるわけでございますけれども、御指摘のように、死没者調査の進捗状況を中間的に取りまとめることがもしできますれば、調査に御協力をいただいた方々のお気持ちにも沿って非常に意義があるのではないかと考えます。したがって、どのような形でどのような時期にまとめられるかということを含めて検討しなくてはいけないと思いますけれども、よく広島、長崎両市とも相談をしてまいりたいと考えております。
○浜本万三君 中間報告については若干歩み寄っていただいたような答弁をいただきましたので、早急にそのことが実現できますようにひとつ手配をしていただくようにお願いしたいと思います。 それから次は、被爆者の高齢化対策の問題についてでございますが、これは緊急な課題ではないかと思っております。したがいまして、高齢化に伴う現行施策の改善を急ぐべきである、私、こういう気持ちを持っております。既に政府とされましても、高齢化時代における社会保障の主要な柱に高齢化問題をとらえておられるわけでございまするし、また昭和五十年に被爆者の生活実態調査を行いましたその結果を見ましても、高齢世帯が被爆者の中にも非常に多いという資料も出ておりまするから、十年たった今日なおその数字は多くなっておると、かように思います。 したがいまして、私は、被爆四十一周年を迎えようとしておる今日、被爆者の年齢が高くなっておる。こと、また苦しかった歳月に加えましてさらに病弱化が進行しておること、また被爆者対策についても新たな対策が迫られておる現状を考えますと、被爆者の高齢化から派生する問題について基本的に考えていかなきゃならぬと思いますが、この点どのような考え方で取り組まれる予定でございましょうか。
○国務大臣(今井勇君) 被爆者の高齢化対策の問題でございますが、その具体案につきましては現在集計中の実態調査の結果を踏まえて検討することになりますが、私は、今後の被爆者の対策の基本方向というものは、御指摘のとおり高齢化の問題にあると認識いたしておりまして、御指摘ごもっともでございます。
○浜本万三君 高齢化の問題について今後積極的に取り組む、こういうお答えがあったわけでございますが、これは希望といたしましては、早速八月から概算要求に入るわけでございましょうから、来年度この施策が姿をあらわせるようにひとつ御努力をいただきたいということを要望しておきたいと思います。 次は、施策の充実の問題について若干お尋ねをいたしたいと思います。 被爆者は、生涯絶えず病気の不安を抱きながら生活しておられるのが現状でございます。そのために、当然これは予防健診の持つ意義が大きいと思われます。特に被爆者の深刻な不安となっているがんの問題があるわけでございます。 五十八年度の広島原爆病院の死者のうち、実に五七%ががんで亡くなっておるという報告がございます。したがって、早急に健康診断項目にがんの検診を加えるべきである、かように思うわけでございます。また、例えば胸部レントゲン、胃の透視、または胃カメラ等々について検査項目の拡大を図ってもらいたい、かように思いますが、いかがでございましょうか。
○政府委員(仲村英一君) ただいま大臣からもお答えいただきましたように、被爆者の方々の高齢化の問題というのは非常に大きいわけでございます。したがいまして、お年寄りでございますのでいろいろな病気にかかりやすいということはあるわけでございますけれども、現在私どもが行っております被爆者に関します健康診断におきましては、御承知のように、定期的に年二回ということで行っておりますが、一般検査の中でいろいろ問診、触診、視診も含めまして理学的な検査も行っておるということもございますので、そういう場合に、必要が認められた場合にはがんの精密検査を行うことができるようにもなっておりますので、そういうふうなことで進めるということが一つでございます。 一般の健診に、御指摘のような胸部のレントゲン写真でございますとか胃の透視を加えるというふうな御意見でございますけれども、実は老人保健法におきまして、集団健診で胃がんと子宮がんについてはその健康診査が実施されておるわけでございますので、私どもといたしましては、その事業の活用ということによって対処したらいかがかというふうに考えておるところでございます。
○浜本万三君 医師が必要と認めたもの、そういう検査項目が加えられるわけなんでございますが、御本人が希望したらというところに運用上改めたらどうかというのが一つ。それから、今あなたがおっしゃったように、老人医療の中でこれをうまく運用したらどうかということなんですが、そうすると、ますますあなた老人医療赤字が出るじゃございませんか。しかも原爆被爆者の方は、原爆の健診ということに非常に大きな信頼を置いていらっしゃるわけでありますから、そういうこそくな手段の答弁をせずに、まともに答弁をしてもらいたい、このように要望しておきたいと思います。 それから次は、所得制限の問題についてお尋ねをするんですが、所得制限は、被爆者本人だけでなしに家族の所得までが対象になっておることは御承知のとおりだと思います。これからの問題として、従来の考え方を改めてもらいたいと思います。発想の転換をするべき時期に来ておるのではないか、こう思いますが、いかがでしょうか。 また、仮に所得制限の完全撤廃が困難であるとするならば、先ほど被爆者の高齢化対策を重視したいというお話があったのでお尋ねするんです、が、まず被爆者の高齢化対策の一環として、高齢被爆者について健康管理手当ぐらいは所得制限の撤廃をされてはいかがか、かように思いますが、あわせてお答えをいただきたいと思います。 〔理事大浜方栄君退席、委員長着席〕
○政府委員(仲村英一君) 各種手当に関します所得制限の取り扱いでございますが、御承知のように、医療特別手当等放射線障害の程度の大きい方々に支給される手当に関しましては所得制限は設けてございません。しかしながら、他の手当につきましては、御指摘のように所得制限を設けておるところでございますが、毎年それが過大な制限とならないように配慮しておるところでございまして、本年は、税額で申しますと八十七万七千円、標準四人世帯で申しますと八百七十八万円という収入で所得制限を切っておるところでございまして、被爆者対策は障害の実態に即して重点的に実施すべきものであると考えておりますので、ある程度の所得制限についてはぜひ御理解いただきたいと考えておるところでございます。 また、高齢者に対する健康管理手当の所得制限をやめたらいかがかという御指摘でございますけれども、健康管理手当等の各種手当につきましては、被爆者が一般の人と異なる特別の出費を余儀なくされることにかんがみて支給されるものであることから、やはり経済的に余裕のある方々には支給を制限させていただいておる実情でございます。この点に関しましては、被爆者の年齢によって扱いを異にする理由はちょっと乏しいと私ども考えておりますので、高齢者に対する健康管理手当の所得制限を撤廃するというのは非常に難しいと考えておるところでございます。
○浜本万三君 難しかろうが、ぜひそれも考えていただきたいと要望しておきます。 それから次は、健康管理手当の更新手続についてでございますが、二つ問題提起をいたします。 明らかに治らない病気の場合は終身支給をするようにしてもらってはどうかということ、もう一つは、高齢者については支給期間を延長すべきではないか、この二つの私考え方を持っておるわけですが、いかがでしょうか。
○政府委員(仲村英一君) 健康管理手当は、御承知のように、被爆者の方々が一定の疾病にかかっておることに着目して支給されておるものでございます。したがって、その病気にかかっておられる状態を定期的に確認するということは手当の趣旨から当然必要ではないかと考えておるわけでございます。しかし、対象となる障害の範囲あるいは対象疾病で考えますと、中にはかなり長期に治りにくい病気も含まれておるのも実実でございます。 したがいまして、現在健康管理手当のあり方について、おっしゃるような意味も含めまして検討をしておるところでございまして、手続上の負担軽減ができるかどうかを含めまして、さらに検討を進めてまいりたいと考えております。
○浜本万三君 この点については大変前向きの答弁をいただきましたので、来年度からの施策に実現できるように私は強い希望を申しておきたいと思います。 次は、時間が余りございませんので、原爆養護ホームのベッド数をふやしてもらいたいという希望を含めました質問を申し上げたいと思うわけでございます。 被爆者の高齢化が進みまして、このホームの待機者が非常に増加をいたしておるわけでございます。したがいまして、ベッドの増設等の計画的な整備を急いでもらいたい、こういう希望でございます。 広島の現状を申し上げますと、原爆被爆者の方が三百七十五人入所されておるわけでございますが、そのほかに待機者と言われる者が約五十名ございます。これは相当多くの人が待機をされておるという実情があるわけでございますので、この改善方を早急に実現してもらいたい、こう思います。
○政府委員(仲村英一君) 原爆養護ホームにつきましては、御指摘のように、待機されておる方がいるというふうに私どもも承知しておるわけでございますが、増設あるいは増床につきましては、地元から具体的に要望がありました際に、要望に沿えるような形で適切に対処してまいりたいと考えております。
○浜本万三君 要望がありました際でなしに、理にそういうたくさんの待機者がおるわけでございますから、厚生省が積極的に広島市ないしは長崎市と連絡をとっていただきまして、多分こういう実情を報告されると思いますので、それを聞かれました上で早急に対策をとってもらいたいと思いますが、重ねてひとつお願いします。
○政府委員(仲村英一君) 御指摘のように、両市とよく連絡をとってまいりたいと思います。
○浜本万三君 次は、同じような、関連することなんですが、例えば原爆養護ホームの短期利用制度というものが考えられないのか、また中間施設の創設等は考えられないのか、この二つの点をあわせてお尋ねいたしたいと思います。
○政府委員(仲村英一君) 短期利用、まあショートステイというふうな形を御想定なされているのか、あるいは中間施設ということでは、ただいま老人保健法で老人保健施設のような形のものも厚生省としてお願いしてございますが、どういう形の利用形態でおっしゃるような運用をすれば被爆者の方々のニーズに対応できるかということを含めまして、よく地元とも相談をさせていただきたいと思います。
○浜本万三君 それから引き続いてお尋ねをするのでございますが、被爆者のための家庭奉仕員をふやしていただきたいという希望があるわけでございますが、この点いかがでしょうか。
○政府委員(仲村英一君) 被爆者の日常生活のお世話を行う家庭奉仕員の派遣につきましては、現在主として老人福祉法によります老人家庭奉仕員派遣事業によりまして対応がなされておるところでございます。被爆者家庭奉仕員派遣事業は、老人家庭奉仕員派遣事業によってカバーできない六十五歳未満の方々を対象とするなど、補完附な機能を果たすものと考えておりますけれども、御要望がさらに強ければ、私どもといたしましても、地域の実情を踏まえまして検討を進めてまいりたいと考えております。
○浜本万三君 そのほか、理地広島等では、例えば診断費の超過負担分、約二割ほどあるそうでございますが、これを全額国が負担してほしいとか、あるいは日曜、夜間の診断があるよってございますので、その加算を認めてほしいとかいうようないろんな改善要求がございますが、この点につきましては、ひとつ現地の事情をよくお酌み取りいただきまして御検討をお願いいたしたいと思います。 それからその次は、文化庁の方にお尋ねをするんですが、四月二十七日の朝日新聞に載っておったんですが、日本考古学協会が中心となりまして、広島の原爆ドームを国際平和のシンボルとして国の特別史跡に指定する運動を行おうてはないかということが述べられております。 文化庁とされましても、原爆ドームの持つ歴史的な意義は御承知だろうと思いますから、これを積極的に評価してもらいまして、国の史跡として指定できるように前向きに考えてもらいたいと思いますが、いかがでしょうか。
○説明員(田村誠君) 文化財保護法による史跡の指定でございますけれども、史跡の指定は、我が国にとって歴史上、学術上価値の高い遺跡のうち、我が国の歴史の正しい理解のために欠くことができないもの、かつその遺跡の規模、遺構、出土遺物等において学術上価値のあるものについて行うことができる、こういうふうにされているわけでございます。また、特別史跡について申し上げれば、史跡のうち、特に重要で我が国文化の象徴たるものについて行うことができるということになっているわけでございます。 現在、史跡指定は千二百三十五件、特別史跡は五十六件ということでございますが、これらの中で時代的に最も新しいものというものを見てみますと、明治の初めのころのものが十件程度指定されているのみであるわけでございます。近現代の物件の指定をほとんど行っていないというのは、時代が接近していることによりまして、一般的には、多様な価値観のあるため、どのようなものを史跡に指定して残していくべきかの統一的あるいは体系的な選択の基準等が必要であると考えるわけでございますが、まだこの辺が学問的にも行政的にも用意されていない段階であるというようなことにあるわけでございます。 したがいまして、原爆ドームを含めまして、近現代の物件の指定というようなことにつきましては、いましばらくの時代の経過の後、検討の段階に入るのではないかというふうに考えているわけでございます。
○浜本万三君 恐らく、考古学研究会でありますとか、日本考古学協会でありますとか、あるいは文化財保存全国協議会でありますとかいうようなおおむね二十団体程度の諸団体が、広島の原爆ドームの特別史跡としての指定を求めて運動をされると思いますから、そのときにはひとつ前向きの対応をしていただくように特に要望しておきたいと思います。 それから最後に、大久野島の毒ガス障害者対策について伺いたいと思います。 これは、第二次大戦中、広島県大久野島にあった毒ガス製造工場において業務に従事させられた者のうち、軍との間に正規の身分関係のあったいわゆる旧令共済組合員と、動員学徒、女子挺身隊員、人夫等の身分関係のなかった者の援護措置において、後者については認定患者制度というものがないので大きな差異を生じておる現状であろうと思います。国家総動員法で徴用令等により徴用されて、同じ時期にしかも同じ工場において同じ毒ガス作業をさせられながら、なぜ救済内容に差異が生じておるのか、私としてはどうしても理解ができないところでございます。 そこで、大臣に希望するわけでございますが、共済組合員と厚生省関係の障害者との援護措置の差異、つまり格差是正について具体的な行動を起こしてもらいたい、かように思いますが、これこそ前向きの答弁をひとつしてもらいたいと思います。
○政府委員(仲村英一君) ただいまお尋ねの大久野島の件でございますが、動員学徒等の非組合員につきましては、これらの方々が大久野島に入られたのは毒ガスの製造が中止になった後だというふうに私ども聞いておりますし、また、携わった作業も風船爆弾の袋張りなどという比較的危険の少ないものだったというふうに私ども聞いておるところでございます。このような理由から、厚生省所管の非組合員に対する措置におきましては、比較的長期にわたり直接毒ガス製造に従事した旧令共済組合員に対するような認定患者制度を設けていないところでございます。 現在のところ、さらに動員学徒等の非組合員の中には、旧令共済組合員に対する救済措置におけるような認定患者、いわゆる典型的な症状を持った方がおられないというふうに私ども聞いておるところでございます。
○浜本万三君 時間が参りましたので終わりますが、もう少しひとつ調査をしていただきまして、差異のないような救済措置を講じてもらいたい、これを希望しておきたいと思います。
○国務大臣(今井勇君) 今、答弁いたしましたが、もしそういう人が出てくれば、これは検討する必要があろう、こう考えております。
○浜本万三君 終わります。 ―――――――――――――
○委員長(岩崎純三君) この際、委員の異動について御報告いたします。 ただいま和田静夫君が委員を辞任され、その補欠として片山甚市君が選任されました。 ―――――――――――――
○中野鉄造君 私は、中国残留孤児の問題についてお尋ねいたしますが、先ほどからいろいろと質問もあっておりますけれども、重複を避けてお尋ねいたします。 今日まで約十回に及ぶ訪日調査が行われたわけですけれども、今までの調査でいろいろ学び取ったといいますか、そういったような上から反省すべき点、こうしたらよいのではないか、そういう点があったならば、どういう点をお考えになっているのか、お尋ねいたします。
○政府委員(水田努君) これまで十回にわたる訪日調査で八百四十二名の方がお見えになっておられますが、その中で身元が判明された方は四一・四%の三百四十九名でございます。 この訪日調査でお見えになった方の年齢構成を見てみますと、約八割の方が終戦時五歳以下でございまして、本人に関します記憶が非常に薄い。肉親構成であるとか、親と離別した地点であるとか、そういう具体的な身元判明につながることについての記憶が五歳以下であるために薄いということでございます。 それから未判明になった孤児です。訪日調査でわかった人とわからぬ人があるわけですが、未判明の孤児の四人に一人が複数の養父母の間を渡り歩いている。それから未判明孤児の約一五%がもうほとんど手がかりがゼロに等しい。いわゆる複数の養父母を渡り歩いた者、それから手がかりがほぼゼロに等しい者、これを合計いたしますと約四割の者がもう極めて、せっかく訪日したけれども手がかりにつながるものを持っていないという状況にございます。 それで、私どもとしましては、やはり反省点としましては、訪日の限られた期間中での調査だけに終わらせないで、引き続いて追跡調査をしていくという体制を確立する必要があるんではないかということで、日本における関係者からの申し出のあったデータと未判明になった孤児のデータ、それぞれをコンピューターの中にインプットしまして、今後割り出しをする追跡調査のシステムをつくりましたが、四割に相当する者については依然としてデータが余りにも乏しいわけでございますので、これらの者については、今、中国の方に日本人孤児として判定したときのデータをひとつ極力事情の許す限りで開示願って、日本政府にお知らせを願って、それをインプットしながらさらに判明率を高める方向に持っていきたい、このように考えているわけでございます。 それからさらに、中国に終戦時に幼児を残してきたという日本側の人の申し出、これは、ある人は全部コンピューターの中にインプットできているんですが、その申し出をしていない人というのは当然あり得ようかと思いますので、これの掘り起こしを、例えば満蒙開拓関係者なんかはかなり、あそこのうちは残してきているはずだよというような情報が当然あり得ると思いますので、そういうやつの掘り起こしも今後やってまいるということで、もうできるだけ一人でも多くの判別者が見つかるようなシステム、体制をひとつつくってまいりたいと、現在そのように考えている次第でございます。
○中野鉄造君 いろいろ今御答弁がありましたけれども、私が考えますのには、従来までの孤児の肉親捜しというのが、どちらかといえばこれは厚生省の仕事だと、そういったようなことで、特に地方自治体あたりでの協力体制というものがいま一つ足りないんじゃないか、こういうような気がしてならないんですけれども、この点についての自治省のその対応の仕方といいますか、現状といいますか、それをひとつお願いしたい。 それともう一点は、いろいろな今、満蒙開拓当時のそういったようなこと等もありますし、また、この前孤児の人たちだとか、そういう会合に出ましたときにちょっと感じたことですが、大連会だとか、青島にいた人たちの会合だとか、奉天に、昔で言う奉天にいたときの人たちのいろいろなそういう団体ができているわけですね、そこから引き揚げた人たちの団体が。そういう人たちにも協力をいただいて何とかひとつ手がかりを捜すといったような、そういう民間の団体の協力を得るためにも、各地方地方にそういうような団体があるわけですから、どこから引き揚げた人たちの団体とか、そして定期的にやっぱり会合をやっていらっしゃるわけなんですね。そういう人たちにももっともっと御協力をいただいて何とか手がかりを捜すといったような、そういう対応が本当に地方自治体でももう少し力を入れれば新しい糸口というものも見出せるんじゃないかと、こういうような気がしてならないんですが、その点についていかがですか。
○説明員(前川尚美君) お尋ねの中の前段の地方自治体の対応状況等についてお答えを申し上げたいと存じます。 中国残留日本人孤児の問題に関しまして地方公共団体がどういう対応をとっているかということでございますが、これは申し上げるまでもないことでございますけれども、中国残留の孤児の方々が日本へお帰りになって一日も早くその地域に定着し、また安定した生活を築いていただきたいと、こういう願いはだれしも同じだろうと思うわけでありまして、私も、地方公共団体はそういう気持ちで誠心誠意対応していただいているものと考えております。 基本的には、これはもう厚生省の方のお話とも関連することになるわけでございましょうけれども、国の責任のもとにおきまして、厚生省が中心となって関係省庁各般の施策を展開してきておられるわけでございますし、また地方公共団体におきましても、これら各関係省庁との関係におきまして、それぞれ地域の実情に即した対応をしているというふうに承知をいたしております。日本語教室の問題でありますとか、あるいは生活相談の実施の問題でありますとか、公営住宅の問題でありますとか、そういった点について万々それぞれの事情に応じた対応をしてきているというふうに承知をいたしているわけでございます。 私どもといたしましても、自治省といたしましても、これらのこういった推移を見守りながら、また、必要があれば関係省庁にも連絡して万全を期する体制をとっていただくようにしてまいりたいというふうに考えておるところでございます。
○中野鉄造君 厚生省ね、私、官民一体となってもう少しそうした協力体制というものができないかということについてのお考えも今また聞かしていただきたいんですが、同時にまた、自治省の方ともよく協力をいただいて、各都道府県には、旧満州開拓あるいは満州建設ということについて市町村ごとにその送り出しといったようなものに大きな役割を当時果たしたわけですから、その資料だとか情報だとか、そういったようなものが残っているところだってあると思うんです。そういうようなものについてのいろいろな、自治省を通してというか厚生省から直接地方の自治団体に対して、そういう要請なり手だてはとっておられますか。
○政府委員(水田努君) 先生の御指摘のとおりであろうかと思います。 現実に、黒竜江省の関係の孤児の判明率が他の省に比べて非常に高いのは、やはり満蒙開拓団の関係者の御協力があるから判明率が高くなっているわけでございまして、そういう意味で私ども、眠っている情報の抱き起こしということは極めて重要な課題だと考えておりますが、限られた人員の中で、本年度七百名という調査に文字どおり局を挙げて全力で取り組むわけでございますので、特にこの関係にはベテランの調査員がとられますので、六十二年度の予算要求において、そういう地方に参りまして、先生の御指摘のように、県や市町村の協力を得ながらそういう眠っている情報の抱き起こしをするための、平たい言葉で申し上げますと、キャラバン隊を編成して情報の収集に六十二年度以降計画的に厚生省として当たってまいりたい、このように考えております。 その実施に当たっては、当然自治省の方の御協力もいろいろと仰がなければならないかと考えておりますが、そういう意味で、国も地方自治体も一体となりまして民間の中に眠っている情報というものを抱き起こす、これはもう当然やらなければならぬ施策であり、そういう方向を六十二年度から積極的にやってまいりたい、このように考えております。
○中野鉄造君 その点についてはひとつよくよく御検討いただいて、よろしくお願いしたいと思います。また自治省の方でも、地方自治体にそのような指導方、協力方をよろしくお願いしたいと思います。 次に、今後厚生省が身元未刊則者についても中国政府との協議によりまして中国籍のまま計画的に帰還を実現することを決定されたということは非常に結構なことでありますが、しかし、日本国内において肉親の協力を得られない残留者が実質的に自由な意思決定をするためには、日本に帰還した後の生活あるいは就職等が確保されなければいけないし、こうした対策を少なくとも早急にこれは確立して、彼ら自身にそのことを知らしめなければいけない、こう思うわけです。そこで早急に年次受け入れ数、及び希望後何年以内に帰還できるか、こういったようなことについて計画を作成して公表すべきじゃないかと思うんですが、この点についてはいかがでしょうか。
○政府委員(水田努君) ごもっともな御指摘ではないかと思うんですが、残留孤児というのはいわば二重国籍でございまして、日本人であると同時に現在は中国人で、中国において生活をいたしておりますので、これはいつまでにあなたたちはどうやって帰っていらっしゃいということが、やはり他国民にかかわる問題でございますので、中国政府との兼ね合いで非常に計画的にやるということは難しい面があるものですから、むしろ帰国希望のある人について迅速に対応できるような受け入れ態勢を整備するということの方が、やはり中国との関係を考えますとより適切ではないかなというふうに考えておりまして、現在の帰国希望状況を見ながら所沢のセンターの倍増計画を現在鋭意進めているという状況でございます。
○中野鉄造君 そこで、今お話があった国籍の問題ですがね。日本の国籍取得手続についてでありますが、現行法制のもとでは、国籍の回復、戸籍の確認については、これは肉親が判回し、その肉親において血縁関係のあることを立証するか、さもなければこれらをすべて残留孤児らの人たち、この未帰還者自身がその費用を自弁して調査し、立証し、かつその手続をしなければならない、こういうふうになっていますね。しかしながら、孤児となった状況を考えれば、孤児自身に自分が日本人であることを証明する、あるいはだれの子であるかの証明を求めることはむしろ過酷ではないか、こういう気がするんですが、この点どのようにお考えになりますか。
○政府委員(水田努君) 身元が判明された方の場合は当然日本に戸籍があるわけでございますので、とれは余り問題がないわけですが、未判明の方で永住帰国される場合の日本国籍の取得について、今、中野先生の御指摘の問題が生じてまいるわけでございます。 したがいまして、これに対します対応としましては、訪日調査で孤児がこちらに参っております期間中に、日本で戸籍を取得するためにはこういう資料を用意しておかぬと大変な後で手間暇、時間、費用がかかるよということで、大体最大アッパーリミットこの程度のデータを用意しておけばいいんではなかろうかということは、これは最高裁の事務局の御協力を得まして、その範囲というものをある程度訪日調査の期間中に中国孤児に教えておりますし、また帰国案内するときにも重ねて用意をしておきなさいよということで連絡をいたしております。 それからまた、一方、裁判所というのは我々行政官と大分違うようでございまして、最高裁から通達を流せば個々の裁制官がそれに従うというのではなくて、裁判官独立の原則というのがあるので、非常に潔癖な裁判官にぶつかれば、もうとことんみずから納得のいくまで根掘り葉掘りやるという方がそれは現実にあるようでございます。それをやっちゃいかぬよと言うことはなかなか裁判官独立の原則があっていかぬようでございますが、最高裁の御協力を得まして、家庭裁判所の判事の方向けの「家庭裁判月報」という中に厚生箱サイドからの資料を掲載さしていただいて、これは日中両方の政府で日本人孤児として認めているのだから、ひとつできるだけ簡素に対応してほしいというような趣旨のことを十分書いたデータをこの月報に詳しく書いて、こういう慎重な手続を経て日本に帰ってきて日本人孤児として認定しているんだから、裁判でもできるだけ必要最小限度のデータでひとつ協力願いたいという趣旨のものを月報に掲載さしていただいておるわけですが、いやいや、どうしてもおれはもう裁判官独立の原則で徹底的にやるんだという方にぶつかれば、それはもう運が悪いと言う以外に方法がないと思うんですが、大局的には非常に迅速に処理ができるという方向に向かっていると思っております。 それからまた、本年の四月から所沢のセンターに最高裁判所の方からお見えになりまして、孤児に実際にそれぞれの落ちつき先の家庭裁判所で具体的な手続のとり方についても御指導をしていただくようなカリキュラムを組むことができましたので、そういう面でも従来に比べまして大幅に改善が図れるものと考えている次第でございます。
○中野鉄造君 今、最後におっしゃった所沢のセンターにはいれた人たちにはそういった救いもあるでしょうけれども、いわゆるその前の、何ら手がかりがない、しかし自分は日本人孤児として日本の国籍を取得したいといったようなそういう人たち、しかも現実には孤児の人たちは、非常に失礼な話ですけれども、読み書きもどちらかといえば不自由な方々が多いと、そういうように聞いております。そういうことから考えれば、今いろいろおっしゃったそうした調査、立証に関する手続を孤児の人たちの費用負担において行わせると、またその事態の発生原因や状況に照らしてこれは過酷じゃなかろうかと思いますし、結局日本国内において何らかのそういう援助者のない孤児の人たちにとっては、多くの場合これは不可能に近いと、こういう結論になるんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(水田努君) 基本的には、孤児に求められております資料というのは中国側における資料でございます。中国政府が日本人孤児であるということを認めている公的な資料、それから確かに日本人孤児であるという養父母の証言を書いた書類であるとか、あるいは近所の方の書類であるとかということで、基本的に時間と費用がかかるというのは、日本に帰って自分が中国における日本人孤児であったということを立証するための資料収集に時間と金がかかるということで、帰ってくる前に全部それを用意してくれば、それを出せばよほど特別な裁判官にぶつからぬ限りにおいては円滑に就籍が図れているわけでございます。 そういう準備をしないで日本に帰ってこられた方々については、やはりそういうことについてボランティア団体の方が相当援助をして、若干時間はかかりますけれども、時間がかかるというのは、中国からの資料を集める際の時間と、それから孤児が中国から帰ってくるときの帰り方で協力者があらわれる、あらわれないということ、円満な形で帰っている人は協力者があるわけですが、非常に夜逃げみたいな格好で飛び出して帰ってきた人については、なかなかそこらあたりについての協力者がないために苦労をするという面があるわけですが、最終的にどうしてもそういうことについての協力者がない場合には、幸い東北三省の中には総領事館もできておりますので、そういうところの協力を得て必要な書類の整備を図る以外にはないんではないかと、私はこのように考えている次第でございます。
○中野鉄造君 今おっしゃった、その準備をしてくる人としてこない人の比率といいますか、どのくらいになっていますか。
○政府委員(水田努君) これにつきましては、今御指摘のとおり、所沢センターを開所した二年前から本格的な孤児対策ができてきたとおよそ言い得るんじゃないかと思いますが、それ以前に帰られた方については、必ずしもそこらについての十分な知識、準備がなかったということは当然考え得ることです。帰国者の大半というのは今後にあるわけでございますので、今後については、今申し上げたようなことで、ほとんどトラブルということはなく事前の準備をして帰ってくることができると思います。 これまでで準備が整ってない者については、おおよその人が私どもは、ボランティア団体の協力でそれなりに時間はかかっておりますが、解決はできつつあると見ております。先ほど申し上げたように、帰り方について非常に悪い帰り方を、言葉が適当かどうか知りません、中国の側に全く協力者を得られない者については、外交ルートを通じて補完してあげる以外に方法はないと思いますので、そういう人たちについてはケース・バイ・ケースで的確に厚生省の方で対応をしてまいりたい、このように考えます。
○中野鉄造君 先ほどお答えにもありましたように、訪日孤児の多くは、やはり中国政府の方でこの人は日本人孤児であるということを認めておればこそ来ているわけなんですね。そういったようなことでありますので、中国政府が日本人孤児であると認めているということ、それを一番基本のベースにしてひとつ政府の責任において戸籍を復活させる、そういったようなことを考えられるべきじゃないかと思うんですが、それが一点。 それと関連してもう一つは、やっぱり孤児の中には、国が定めた未帰還者に関する特別措置法によって戦時死亡宣告を受け、あるいは戸籍からも削除されているという方々が非常に多いと思うんですね。ですから、そういうことも含めて、第一点で申しましたそれと同じように、政府の死亡宣告による戸籍喪失でありますから、生存が判明した場合には、これもまた政府の責任において戸籍を復活させる、こういうことが当然じゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
○政府委員(水田努君) まず、第一点につきましては御指摘のとおりでございまして、日中両方の政府が日本人孤児として調査もし、また永住帰国を認めているわけですから、そのことを十分御理解願いたいということは各省連絡会議の中で、最高裁の事務局も入っていただいておりますので、再三要請もいたしておりますし、また先ほど申し上げましたように、裁判官独立の原則があるので、家裁月報という中でそこらの事情もるる解説説明し、個々の審理、判定に当たる人の理解を求めるという方策をとっているところでございます。基本的には先生のもう御指摘のとおりであると我々は考えているわけでございます。 後者の死亡宣告の取り消しの点につきましては、もともと国が一方的にやったわけではございませんで、民事の手続をとることの煩雑さを避けるために、しかもいろいろな民事の手続をとっておりますと、当時の未帰還手当の支給が極めておくれるという事情があったために、行政的な簡便な方法を立法措置によってとる道を開いたわけでございますが、戸籍の回復については、本来プライバシーに属する問題でございまして、判明しても自分の戸籍に回復させるのはいやだという親もいるわけでございますので、やはりここはまず民事的に自力回復をしていただくのが私ども原則ではなかろうかと考えているわけでございます。
○中野鉄造君 いろいろなケースがあると思いますが、日本の国籍を回復するためには、現在のあれでいけば、法務省に申請をし、日本での国籍を失っていないことを実証しなければならないわけですけれども、先ほどからもいろいろお話があっておりますように、証明の不可能な人については、これはいわば帰化手続を経て日本人となる以外に方法はないと思うんですね。そうするとこの帰化について、これはもう本人はもとより配偶者や子供についても相当時間を要するわけでございまして、いろいろな申請手続をしているその期間についてはいわば無国籍の外国人、そして同じ帰国者でありながらも社会保障制度加入対象外となるなど非常に不公平も出てくると思うんですが、こういう点については何か考えておられますか。
○政府委員(水田努君) 厚生省の守備範囲を超える問題が余りにも多いわけですが、孤児にとっては先生御指摘のとおり深刻な問題でございますので、関係各省と先生の御趣旨を体しながら問題の早急な解決についていろいろと知恵を絞ってみたいと思います。 なお、日本の国籍の取得については、法務省の方から御出席いただいておるようでございますので、そちらの方から御回答をしていただきたいと思います。
○説明員(海老原良宗君) お答え申し上げます。 先ほどから御説明がございますように、身元が判明していない場合の日本国籍の取得につきましては、まず第一義的には家庭裁判所による就籍の審判により戸籍がつくられることになるわけでございますが、不幸にいたしまして、親も見つからずに、また証拠の関係でも就籍が認められなかったといたしましても、私どもの方では、少なくとも片親が日本人であると確認されております孤児につきましては、一般の外国人に比較いたしまして簡易な帰化手続であります、すなわち日本人の子に準じた簡易帰化手続というのがございますが、この簡易な帰化手続で国籍の取得を認めることができるようできる限りの配慮を払うつもりでおります。
○中野鉄造君 そうしますと、今そういったような法務省でも極力いろいろな手続の簡素化といったようなことについても便宜を図っているようですけれども、そういうことについては、センターに入所している人たちは当然でしょうけれども、それ以外の訪日のその時点で孤児の人たちに周知徹底をしていただいておりますか。
○政府委員(水田努君) 従来もやっておりますが、特に今回参ります十一次からは三日間期間が延長になりますので、そのうちの一日は、永住帰国で日本に帰国する場合についてのことを十分ばっちりと時間をかけ指導をいたしてまいりたいと考えております。
○中野鉄造君 先ほどちょっと出てきました費用についてですが、この費用は、いろいろな立証をするための経費ということについては個々によってさまざま違いがあると思いますけれども、事務手続上の費用というものはどのくらいかかりますか。
○政府委員(水田努君) 必要な書類を全部帰国される際に用意をして帰られた方については、家裁で自分で申し立てができるので、実質的な費用負担はほとんど私ども要らないものと考えております。また、そこでいろんなトラブル等が生じますと、他の救済を求めるようなことになりますと多少費用がかかるという問題が生ずるかと思いますので、そういうことがないように、所沢へ最高裁判所の方から来て具体的な家裁の申請手続の仕方についても手とり足とり講義をしていただくようになっておりますので、ほとんど問題なく今後は対応できるのではないかと考えております。
○中野鉄造君 次に、先ほどからのお話のように援護対策、これは年々改善されておりますけれども、その援護の対象が公費による帰国者中心でありまして、つまり自費帰国者や本人が帰国後呼び寄せる二世家族は対象となっていないわけなんです。残留孤児の年齢も、既に若くても三十九歳から四十歳、五十歳と中年を過ぎる域に達しておりまして、二世家族も全くこれは当然のことですけれども日本語がしゃべれない、こういうことであろうかと思います。 したがって、公費、自費を問わず、帰国者の定着に最も大切なのが結局言葉でありますけれども、定住促進センターへの入所には公費、自費帰国に差をつけることなく入所させるような用意がありますか。
○政府委員(水田努君) 自費帰国という場合、大きくいって二つに整理しておかなきゃならぬと思うんですが、一つは、本来、身元が判明した方については、家族の方に経済力がある場合には自費で帰ってきていただくというのが建前ですが、実際問題としては、ほとんどそれは国費によるという形で実行上の運営はいたしているわけでございます。 所沢センターに入るのに順番待ちで待ち切れない人は、親元から金を送っていただいて飛び越して帰ってくるというケースがあるわけでございますが、そういう飛び越して帰ってこられた方、やはり順番待ちの方がおられるものですから、いわば順番待ちの順位を飛び越えて自力で帰ってこられたということでございますので、それを認めますと所沢の順番待ちをしておられる方に対しての関係がどうであろうかという気がいたしております。やはり日本語の勉強というようなほかにございますので、そういう機会をできるだけ、当然その人たちに生活指導員をつけますので、そういう方向で勉強をしていただくということになろうかと思います。 そのほかに、私どもボランティアの人から聞いておりますのに、親類縁者を全部呼び寄せられて、六十人ぐらいも来ているという方があるわけですが、この人たちまで私どもは帰国者という言葉を入れることが適当かどうか非常に疑問に思っているわけでございまして、夫が日本人孤児で奥さんが中国の方で、その奥さんの兄弟、子供全部、一切合財呼んだら六十人になったと、こういう方があるわけでございまして、こういう方々までも全部一口に帰国孤児という言葉で呼ぶのが私ども適当かどうか、非常に問題がありはしなかろうかと思っているわけでございます。 先生の御指摘のように、直系の関係で、自分の子供が結婚しているために一緒には連れて帰ってこなかったけれども、その後日本での自分たちの自立の見通しもついたんで、親子一緒に日本で生活したいということで呼んだような場合については、即所沢センターに入れるかどうかは別としましても、帰国孤児に準ずるような温かい配慮を当然してまいらなきゃならぬと思いますので、そういう方向でできるだけ努力をしてまいりたいと思っております。
○中野鉄造君 所沢センターが今一カ所なんですね。先ほど六十二年度の予算のお話もありましたけれども、先ほどおっしゃったように順番待ちの人たちもいらっしゃると。そういうことから考えても、関西方面、関西以西の人たちを中心として大阪あたりに、例えて言えばそこいらに一カ所といったような、もっと欲を言うならば、ブロック的に何カ所か全国につくるといったような、そういう計画をしていただければと思うんですけれども、それが一点。 この間所沢に視察に行かしていただきましたけれども、あのときにも、いろいろ一生懸命活躍していらっしゃるあの職員の方々、職員といいますか、厚生省の人は当然厚生省の役所の方ですけれども、日本語を教えている人、あるいはいろいろな日本の生活、風習、習慣、そういったようなことを教えているあの方々は、身分はどういうふうになっていますか。その二点お尋ねします。
○政府委員(水田努君) まず、所沢のセンター以外に当然オーバーフローする分を受けとめるセクションが必要ではないかということで、これは大臣から民活で少し工夫をしてみるという強い指示を受けておりますので、私どもは民活という方式で、大量帰国時代に備えて若干補完するようなことを前向きに検討準備をさしていただきたいと思います。 その場合に必要なことは、所沢のセンターの事業内容に質的に劣らないように教授陣をそろえなきゃならぬということと、それから労働省といろいろな提携をとっております、それから最高裁との提携をとっておりますので、そこらあたりも、ある程度連携関係がそのサブセンターでもつくようなことがどうしても必要になってこようかと思います。そうなりますと、つくり得る地域はおのずと場所的にはあちこちという形にはならないと思います。あるいは東京都内あるいは大阪というような限られたところに、今申し上げたような条件を整備し得るというのはおのずと地域的には制限されてくるんではないかと考えておりますが、いずれにしても、大臣は非常に強い意向を持っておられますので、私どもその意を体して今後、扶養費の問題が解決しましたので、ひとつその民活の問題の、どう具体化するかということで全力投球をして研究をさしてまいりたいと思うのであります。 二番目のセンターの職員の身分関係でございますが、一部センターの常勤の職員がおりますが、多くは非常勤の講師という形をとっております。 と申しますのは、センター自身が永遠に続く仕事ではございませんで、おのずと終期のある仕事でございますので、主力は非常勤の講師、一部基幹的な職員は常勤職員と、こういう構成で運営をいたしております。
○中野鉄造君 この間テレビでも見ましたけれども、最近外国の企業が日本に進出してくる、そのためのこともありましょうけれども、東京都内だけでも二十五カ所ぐらいの日本語学校というのができてきたと、そういうことを伺っておりますから、今、大臣がお考えになっていると言われている民活を利用してそういう日本語を習得させるような、そういうような機関をひとつぜひ意欲的に考えていただきたい。 次に、やはり定着に欠かせないのが住の問題ですけれども、現在はどちらかといえば多くは私人に頼っているというのが状況でありまして、帰国者の人たちの基本的生活を保障するためにはやっぱりそうせざるを得ないかもしれませんけれども、そこにはおのずと限界がありまして、法的に定められた社会福祉施設等で対応すべきがこれは妥当じゃないかと思いますが、この点についていかがでしょうか。
○政府委員(水田努君) 私どもは、やはり孤児の自立を促進し、たとえ肉親が判明した場合にも同居しない方がよろしいと。同居することは肉親側の大変な負担にもなるし、また孤児の側の自立意欲を阻害させる面もありますので、身元未判明の者は当然、身元が判別した者も、私どもは原則として公営住宅に入ることが望ましいということを考えております。しかもその入る場合に、一般の日本人の中に入る方がよろしい。これをまとめてしまいますと、やはりどうしても中国語で話しますので、日本の社会への復帰その他にどうしても阻害を生じできますので、できるだけ一般の公営住宅の空き部屋の中にばらばらに入れてもらう方が本人の自立のためにもよろしいと基本的に考えているわけでございまして、機会あるごとに私どもも各省連絡会議の際に建設省に、身元未判明の者は当然でございますが、身元が判明した孤児についても公営住宅の空き部屋の中に積極的に入れていただくようにお願いをしておりますし、ことしの参議院の予算委員会の席においても建設大臣から、地域地域の実情に応じて最優先的に対応するという大変温かい御答弁をいただいておりますので、その趣旨はもう各県の援護担当課に議事録をつけて伝えてございますので、それを踏まえながら各県における住宅課とよく連携をとりながら遺漏のないようにお願いをしているところでございます。 その点につきましては、私どもはむしろ固めないということが日本社会に復帰させるために非常に重要な要件だと考えておりますので、今、先生の御指摘のような社会福祉施設にまとめて何か共同生活をさせるというような方式は、やはり極力私は避けた方がよろしいんではないかと。むしろ、公営住宅の中で一般の日本人と一緒に共同生活をするという形でのあり方の方が適当ではないかと考えている次第でございます。
○中野鉄造君 次に、就職の問題ですが、残留孤児の帰還者の就職、今もお話があったように、一日も早く日本の生活習慣、日本語にならさせるためにも固めない方がいいと。これはその趣旨はよくわかりますが、さて、この職業というか仕事を身につけさせるための職業訓練というか、そういうことについてやはり中国での長い間の特色を生かした仕事が何かないかなと思うんです。 〔委員長退席、理事佐々木満君着席〕そういうようなものがないとするならば、そういう帰還者に対してはどのような職業訓練というものをお考えになっているのか。労働省、見えていますか。――労働省と厚生省、その点についてどういうふうな対応をなさっているのか。
○政府委員(水田努君) 所沢のセンターというのが一応一つのナショナルセンターとしての機能を果たし始めましたので、ことしの四月から労働省の方も大変全面的に御協力をいただきまして、後で詳しく御説明があろうかと思いますが、入っている間に日本の就職事情についてのガイダンスをするほかに、近くの所沢の職安で個別に就職希望を聞き、求人票を作成していただく。それから、やはり孤児の中で余り技能を持たないブルーカラーに属する人が圧倒的に多うございますので、ある程度日本の社会で自立する場合に必要な技術を身につけた方がいいという人には職訓校に入った方がいいというような御指導も、それから落ちつき先での入校も迅速にできるような手はずを労働省の方で積極的に講じていただくようになっておりますし、またその関係の通牒も既に都道府県に出していただいておりますので、私ども孤児の就労問題というのは今後飛躍的に改善されていくんではないかと期待しているわけで、労働省に大変感謝いたしているわけでございます。
○政府委員(田淵孝輔君) 労働省としましては、中国残留孤児が就職するにつきましては、日本語が不自由なこと、あるいは我が国の社会、雇用慣行にふなれであること、また御指摘のように、技能の習得が必要な場合が多いこと等の問題がございますので、職業転換給付金制度を適用いたしまして、職業訓練を受けている期間中、職業訓練手当を支給する、あるいは職場に採用内定をいたしましても、うまく職場に適応できるかどうかというような問題がございますので、職場適応訓練というような制度を活用するとか、あるいは採用していただく事業主に対して賃金の三分の一を助成する特定求職者雇用開発助成金制度を適用するというような就職援護措置を講じているところでございます。 また、お話のございました特に職業訓練につきましては、従来入校の状況を科目別に見ますと、男の方ではやはりブルーカラーが多うございまして、溶接であるとか電気工事であるとか製版印刷、機械工あるいは自動車整備と、かなり各般にわたりますが、いずれにしてもブルーカラーの系列の職種が多うございます。女の方につきましては、経理事務とかあるいは印刷製版といったような種目を選んでおられまして、私どもも、先ほど厚生省からお話ございましたように、所沢のセンターでは、所沢の安定所が直接出向きまして、職業講話を実施するとかあるいは職業相談を綿密にやるというような形で継続的な援助を行う体制を整えているところでございます。
○中野鉄造君 それで、各地方の公共職業安定所などに帰国者の就職に係る相談窓口というものを設置するお考えはありますか。
○政府委員(田淵孝輔君) 先ほど申し上げましたように、所沢センターへ入所される方が一番多いわけでございますので、その入所期間中によく職業相談をしまして、行かれる先へ安定所間で連絡をとりまして、その在所中に既に先の安定所の方で求人開拓をしていただきまして、その人に適当な職を探しておいていただいて、その後も引き続き、本人がその地へ行かれてからも就職が容易になるように準備を整えて、それぞれの安定所へ送り出すというような形になっております。 また、それぞれの安定所に窓口をというお話でございますが、かなり数も、多分それぞれ分かれますので、集中いたしませんので、すべての安定所にというわけにはまいりませんけれども、職業安定所の中にはそれぞれ一般の求職者を対象にする窓口と、そういう特に困難な方々を対象にする窓口がございまして、そういう窓口を活用して、特に中国残留孤児についての理解を深めた職員を配置するというような形で適切な対応を図っていきたいと考えております。
○中野鉄造君 時間がありませんので最後になりますが、この問題は、今までの質問でも明らかなように、もう外務、法務、文部、建設、労働あるいは自治省という各省にこれはまたがるものでありまして、各省庁の横の連携が十分に行われていないと、結局孤児の人たちに対する十分な援護の手が機能しないということになるわけです。例えて言いますならば、労働省の就職確保策が不十分であったとすると、それによって困窮している帰国者に対して厚生省は生活保護の受給期間の永続化、これは好ましくないと見たり、あるいはまた子女の教育について文部省が過去十カ年具体的な対策を持っていなかった。したがって、厚生省で帰国希望の有無の調査をしても学齢期の子供を持つ残留孤児は当惑してしまう、こういったような実情があったのではないかと思うわけですね。 そこで、孤児対策というものは、そのすべての対策が相互にこれは関連を持って帰国の実現、定着とその福利の増進が図られるものでなければいけないと思うわけですけれども、この際、国において帰国者援護に関する総括的行政機関を設けて、一元化された効率のよい総合的な施策を講ずる必要があるんじゃないかと思います。これが十分に機能しないと、これはもう末端の都道府県、各地方公共団体においても同様ないろいろな問題が起こってくるわけですけれども、その点について大臣からひとつ最後に御答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(今井勇君) まず、帰国孤児の対応の一元化でございますが、これは、せっかく今まで厚生省が中心になりまして各省と連絡をしながら対応してまいりましたわけでございますし、今後も続けまして、各省の御協力をいただきながら、厚生大臣がやはり中心になってやらしていただきたい、このようにまず思うものでございます。 さらにまた、この中国残留日本人孤児の問題は、お話しのように人道上の問題でもありまして、私といたしましても、大臣就任以来全力を挙げてこの問題に取り組んでまいりました。とりわけ扶養費の問題につきましては一日も早く解決しなきゃならぬということで、このたび訪中いたしまして呉学謙外交部長と会談をいたしまして、この問題の解決を図ってきたところでございます。扶養費の問題が解決されたことに伴いまして、これから孤児が永住帰国ということで弾みがついてふえてくるだろうと思います。 したがいまして、今後の大量の帰国に備えまして、先ほどからいろいろ御指摘いただいておりますが、受け入れ態勢というものの整備を図ると同時に、帰国の孤児が一日も早く日本の社会に定着をし、自立できますように、関係の各省あるいはまた地方公共団体というものの御協力、あるいは国民の幅広い御理解を得ながら、住宅の問題それから就職、教育といった問題を通じまして、定着の自立促進対策というものを確立、充実さしていきまして、最善の努力をいたしたいと存じますので、何分とも、従前に増しての御協力をお願いいたしたいと思うものでございます。
○佐藤昭夫君 私も、既に出ております同僚議員の質問と多少重なる部分もあろうかと思いますが、被爆者対策の問題と中国孤児引揚者に対する援護対策の問題などを中心に質問いたしたいと思います。 まず、私の地元、京都の原水爆被災者懇談会、ここが毎年、京都在住の被爆者を対象に健康と暮らしに関するアンケートを実施しております。昨年末のアンケートの結果を見ますと、全般的な特徴として、入院・通院患者が七〇%、昨年、一昨年よりもふえているこういう実情や、「自分の体がいつ悪化するかわからないので将来のことが心配」だとか、「身体が虚弱なので職が定まらない」「体が弱いので特別視されているよう」「老後の生活が不安」だ、こういう声が一様に寄せられているわけであります。 こうした健康と暮らしをめぐる切実な実態から見て、今日の被爆者の最も大きな要望は、国家補償の精神に基づく被爆者援護法の制定の問題であります。この要望を政府と与党は否定されてきているわけでありますが、それとは逆に、援護法制定要求のすそ野はますます広がり、強くなっている、このことをまず前提として申し上げて、現行の施策に関する二、三の問題でお尋ねをします。 ことしの三月、日本被団協、ここから今井厚生大臣に現行法による対策の改善要望が提出をされているので御承知のことと思いますが、その第一項目に、「現行健康診断制度にガン検診を加えるとともに、高齢化した被爆者の実情に見合ったものに改めること。」ということで、当面、健康診断に加えるべき検査項目として、胸のレントゲン、胃のレントゲンまたは胃カメラ、CEA、便の潜血反応などを挙げ、「現行の定期検査二回、希望検査二回の制度は、高齢化した被爆者の実情に見合ったもの」とは言えない。したがって「現行健康診断制度の改善も含め、より充実した検査を実施することを要望します。」と、こうなっております。 そこで大臣、厚生省としてはこれらの要望を受けとめて、改善の必要があるということで検討を始めておられるのでしょうか。
○政府委員(仲村英一君) 被爆者のがん対策につきましては、現行の被爆者健康診断におきましても、一般検査の項目で視診、問診、聴診、打診、触診というふうな理学的な検査もございます。さらに、必要が認められた場合にはがんの精密検査を行うこともできるようにしてございまして、早期発見に努めておるところでございます。 一般健診に、全健診者にがん検診を加えることについての御要望があることは、私どもも直接お会いしてお聞きしたわけでございますけれども、集団健診になじむ胃がんあるいは子宮頸がんにつきましては、老人保健法に基づきます健康診査の制度がございますので、私どもといたしましては、実施の段階でいろいろ工夫をしていただきまして、そちらの方でお受けいただくようにしたらいかがかというふうに考えているところでございます。
○佐藤昭夫君 必要な場合にはがんの検査をやることになっているということでありますけれども、この要望としては、被爆者の場合、とりわけがん障害に罹病をする方が多い、そういう実情の上にも立って健康診断の項目に加えてもらいたいという、ここが要求の言うなら核心部分になっているわけですね。 その点については、なぜそういう方向に踏み切れないのか。その点についての見解はどうなんでしょうか。
○政府委員(仲村英一君) 先ほどもお答えいたしましたけれども、一般の老人の方々の健やかに老いるための対策ということで老人健康診査というのがあるわけでございますので、私どもといたしましては、被爆者対策につきましては、被爆者の方々の健康診断につきましては一般検査、精密検査という段階を加えておりますけれども、老人保健法に基づく保健事業におきましては、四十歳以上の方々につきましては胃がん、子宮がんの検診が受けられるという機会もございますので、実際の事業を実施する際にそういう事業の担当の方とよく連携をとっていただいて、そちらでお受けいただいたらいかがかということで考えているわけでございます。
○佐藤昭夫君 そんな現行制度の内容のるる説明を求めているわけではないわけです。 大臣、改めて言うまでもありませんけれども、ことし、周知のように戦争が終わって四十年、世界が唯一、日本国民が原水爆のあの惨禍を体験して四十年、だから政治的には全地球上から核兵器を全面禁止していこうというこの課題。同時に、そのことと深く結びついて、本当に被爆者の人たちが安んじてこれからの生活ができるよう国としての施策、とりわけ厚生大臣でありますので、厚生省としての施策の充実をどう図るかという非常に重要な、そういう政策の充実強化の節目を迎えておることしたと。 こういう時期でありますだけに、被団協の方たちの健康診断の中にがん検診の項目を加えてもらいたいというこの問題を本当に誠意を持ってひとつ政府として受けとめる。で、どうしたらそういう方向に施策の前進を図ることができるかという点で、この被団協の皆さん方とも一層よく話し合って、そういう方向へ問題の前進を図っていく努力をぜひともやっていただく必要があるだろうというふうに思うんですが、大臣の基本的な見解はどうでしょうか。
○国務大臣(今井勇君) 私は、先ほどから政府委員が答弁しておりますが、老人保健法に基づく事業として胃がんだとか子宮がんの検診をやっておりますから、そういうものとのつながりで、やっぱりそういったものを活用することによって、今おっしゃったようなものを取り組んでみたらいかがだろう、そういうふうに考えております。
○佐藤昭夫君 いやいや、それは現行制度の問題であって、それを一歩前進を図るという方向で、全くそういうことを検討しようという気持ちもないということですか。
○国務大臣(今井勇君) 検討する気持ちがないということじゃなくて、そういうことをやっておりますから、その活用によってできないだろうかと私は思っているものでございます。
○佐藤昭夫君 まことに冷たい態度ですね。 問題を先へ進めましょう。健康管理手当の問題でありますけれども、現在この健康管理手当は、被爆者約三十七万人、そのうち二十一万六千人の人々に支給をされているわけでありますが、この手当対象の十一疾病、それはもうほとんど治癒不能という、そういう疾病が多いのであります。でありますから、なぜこんな治癒不能ないしは治癒極めて困難と言われるような疾病の症状報告まで、この手当の支給を受けるのに必要とされるのかという問題が早くから提起をされてきました。被団協の要望にもありますように、確かに行政の煩雑、むだ、こういう点があるという、なしとしないわけでありますけれども、この点で厚生省は今までも検討を行うと、こういう答弁をしてきたわけでありますけれども、本当にこの要望に沿って手続の改善、簡素化、この問題についてどのような取り組みをやっているんでしょう。
○政府委員(仲村英一君) 健康管理手当の手続の改善の問題でございますが、被爆者の方々から更新に関しまして手続上の負担軽減ができないかという御要望があることは十分承知しております。先ほども御答弁させていただきましたけれども、この問題につきまして、御指摘のような手続上の負担の軽減についての検討をさらに進めてまいりたいと思いますが、内容的にどのような書式にすべきなのかとか事務的な問題もございますので、さらに検討させていただきたいと考えております。
○佐藤昭夫君 今も触れましたように、治癒不能の疾病だと、しかもその多くが高齢者の方々だと、そういう人たちに殊さら煩雑な手続を求めるというのは本当に酷な行政だと思うんですね。 見直し作業をやっているというんですけれども、いつごろをめどにその作業の結論を出そうということですか。
○政府委員(仲村英一君) 疾病によりましては、常に進行性だというふうなものばかりでもない部分もございますので、やはり一定の期間の見直しは必要ではないかという原則はございますけれども、先ほども申し上げましたように、診断書の様式でございますとか、いろいろの事務的な問題を含めて、私どもとしてはできますれば今年度じゅうにでも結論を得たいというふうに考えておるところでございます。
○佐藤昭夫君 大臣、行政手続の簡素化の問題について今年度中に結論を出すべく今見直し検討作業をやっているということで、もっと早くできないのかというのが被爆者の方々の要望かとは思いますけれども、そういう見直し作業に基づいて来年度からは何とかひとつ簡素化を図るべく一層の努力をすると、当局としてこういう点、大臣、お約束もらえませんか。
○国務大臣(今井勇君) 今、局長から答弁させましたが、この問題につきましてはやっぱり十分検討させてみたいと思っております。
○佐藤昭夫君 せめて老人の方々、七十歳以上の被爆者の人たちについては手続の簡素化を急ぐと、この点はどうでしょう。
○政府委員(仲村英一君) 一定の年齢以上の方々についてそのようなことができるかどうか、やはり医学的な問題もございますので、検討の結果を見た上で考えてまいりたいと思っております。
○佐藤昭夫君 そういう事務的な答弁をするんじゃなくて、本当に原爆の被害を受けて、とりわけその犠牲、悲惨な生活を背負っておる老人の被爆者の人たち、この人たちに国として温かい思いやりの姿勢がにじんだような施策をどういうふうに工夫するかと、こういう問題で、医学的な何だかんだということじゃなくて、本当に老人の方にはまず急いででも問題の解決を図ると、こういうことがあっていいんじゃないですか、大臣。
○国務大臣(今井勇君) いずれにいたしましても、今の先生の御趣旨を十分体しまして、よくこれは検討させてみたいと思います。
○佐藤昭夫君 手続の簡素化問題とともに、ぜひあわせて検討いただきたいのは、健康管理手当の趣旨からいいまして、例えば六十歳以上の被爆者には全員支給すると、こういう必要があるのではないかという問題であります。 その理由は、高齢の被爆者は、被爆者でない方と比べてみてやはり健康の不安が多いというのは言うまでもありません。これが根拠の一つでありますが、それに加えて、健康管理手当は出発時は六十五歳以上の者に支給していたのを、その後漸次年齢制限を改善してきて、現在年齢制限はなくなっています。こういう点から見ても、全員に健康管理手当を支給するというこの問題は、被爆者の健康実態から見て十分検討に値する問題じゃないかというふうに思うんですけれども、どうでしょう。
○国務大臣(今井勇君) この問題は、健康管理手当というものが、被爆者の方々が放射線との関連で否定し切れない疾病にかかっていることに着目して支給されているものであることは先生御存じのとおりでございます。もとより原爆被爆者対策というのは、原爆によります健康障害という点に着目して、被害の実態に即した施策を重点的に講ずべきものでございます。そこで、一定年齢以上の被爆者に疾病と無関係にやはり手当を支給するというのは、これは適当ではないんじゃないかと私は考えております。
○佐藤昭夫君 疾病と無関係に支給をせよという、そういう乱暴なことを何も言っているわけじゃないんです。健康管理手当支給の制度自体が、最初は年齢制限をやってきた、しかし今や年齢制限がなくなってきたという形で、できるだけたくさんの範囲の人たちに支給をしようという方向へ、精神としてずっと国自身も向けてきたわけですね。この精神の延長として、しかもさまざまな手当が出ているんですけれども、健康管理手当というのは最も圧倒的な部分を占めている、こういう実情の上にも立って、もうこの制度自身全員に支給するという方向にさらに踏み切っていく検討を開始してどうか、こういうふうに言っているわけです。どうですか。 〔理事佐々木満君退席、委員長着席〕
○政府委員(仲村英一君) 先ほど大臣から御答弁いただきましたが、やはり対象となる障害の範囲及び主な対象疾病ということで健康管理手当の制度は成り立っておることから考えまして、一定年齢以上すべてというふうな形でこの健康管理手当をお出しすることは無理ではないかと私ども考えておるところでございます。
○佐藤昭夫君 諸手当に対する所得制限の撤廃の問題であります。 四人家族の標準的な家族の場合、収入八百七十九万円以上のものは支給対象とされない、こういうことになっているわけであります。しかし、現状の支給率は約九六%という点で、やはりこれもほぼ全員支給に近い現実になっているという点で、所得制限撤廃のこの問題についても検討の俎上にのせるという時期に来ているんじゃないかというふうに私思うんですけれども、どうでしょうか。
○政府委員(仲村英一君) 所得制限の問題でございますが、放射線障害の程度の大きい医療特別手当等、そういうふうなものに該当する方々についての所得制限は、御承知のとおり設けておらないわけでございます。しかしながら、その他の手当につきましては所得制限を設けさせていただいておりますが、それも、ただいまおっしゃいましたように、支給率を維持するという考え方から、所得、税額あるいは標準世帯でただいまおっしゃいましたように八百七十八万円でございますが、そういう形で所得制限をごく一部ではございますけれども設けさせていただいているわけでございます。 障害の実態に即しまして、私ども被爆者対策は重点的に実施すべきものだと考えておりますので、ある程度の所得制限についてはぜひ御理解をいただきたいと考えておるところでございます。
○佐藤昭夫君 なかなか納得できないわけでありますけれども、時間の関係がありますので、重ねてひとつ大臣に要望をしておきますので、よく勉強してほしいというふうに思います。 関連して、厚生省の行政にかかわって、被爆者対策問題とは別個でありますけれども、一つの問題でお尋ねをします。 看護婦の修学貸与金の問題です。 この貸与金は、これまでの一万三千円、これを新一年生より二万二千円に引き上げるかわりに、貸与率を一五%から七%に半減する、こういう方向で六十一年度から制度の変更をやるということで検討をされておるというふうに聞くわけでありますけれども、今、この問題に関係して京都で大変な混乱が起こっているということを聞きました。 その混乱というのは、京都府は六十一年度の貸与金の申請用紙すら学校や学生におろしていないということ。でありますから、学生は、出願をするときに、受験をするときに学校案内などで貸与制度があるということで入学をした。その暁、貸与を申請しようとしたら申し込み用紙すらないからシャットアウト、こういう状況が起こっているわけであります。京都府側の一応の説明は、厚生省が今この制度を見直し中だからその結論待ちだ、したがって用紙をおろすわけにはいかぬという、こういう言い方でありますけれども、これは学生にとってはたまったもんじゃない。貸与されるのかされないのかわからないということでは、親も含めて不安になるのは当然であります。 大部分の府県ではこんなことは起こってないというふうに聞くわけであります。若干の数県のところで起こっているらしいということでありますけれども、なぜこういうことが起こるのか、実情をよく調べて、申請事務を関係の自治体が、都道府県が早くやるように国としても指導をしてもらいたいと思いますが、どうでしょうか。
○政府委員(竹中浩治君) 看護学生の修学資金でございますが、今年度、補助制度を実は大幅に変更するということで現在作業を進めておるわけでございます。補助制度の変更の中身は二つございまして、一つは、この補助金も含めまして幾つかの補助金を統合するという問題と、それからもう一つは、今、先生お話しのように、新入生から貸与金を引き上げるとともに、貸与対象でございますが、特に看護婦さんの獲得の困難な医療機関に限って支給をしようというようなことで、新入生につきましては、貸与制度の中身そのものにつきましても大幅な改正をするということでございます。 そこで、従来から貸与金の支給を受けております在校生と申しますか、昨年から引き続いて貸与金を受けておる方でございますが、これらの方々につきましては、各都道府県とも、京都府を含めてごく一部の県を除きまして、大部分の県につきましては例年どおりの取り扱いをいたしておりまして、ほぼ問題がないという状況でございます。ただ、新入生につきましては、今申し上げましたようなことで、貸与制度そのものにかなり大幅な変革がございますので、今その作業を進めておるところでございます。したがって、各県とも、新入生の貸与金の申請受け付けはまだちょっと出おくれておるというのが実情でございます。 ただ、私ども、できるだけこの作業を進めたいということで、遅くとも今月末までには一切の交付要綱の改正作業を終えまして都道府県に連絡したいと思っております。 在校生の問題につきましては、今申し上げましたようなことで、大部分の県について例年どおり扱っておるわけでございますが、京都府においては慎重に検討しておられるというのが実情のようでございます。在校生に御迷惑をかけては困りますので、この点につきましては、私どもも京都府に強く指導をしていきたいと思っております。 それから新入生につきましては、今申し上げましたようなことで若干時間をおかしいただきたいわけでございますが、これも、申請をしていただきまして、決定を見ますれば、四月からさかのぼって支給をする。大体、看護婦さんの修学資金でございますが、多くの県では各四半期ごとまとめて、つまり三カ月分ずつまとめて支給をする、あるいは二カ月ずつまとめて支給をするというような県が多うございますので、実際上は、ほぼ最終的には例年とそう大きく変わりのない時期に支給ができるのではなかろうか、そういうふうに最終的にはしたいと思って努力をいたしておるところでございます。
○佐藤昭夫君 混乱を起こしている原因が二つあるわけですね。一つは、大臣、本年度六十一年度から新一年生について従来に比べて貸与金の支給規則を変えると、こう言いながら、既に五月にも入っているのにまだ規則の問題が決着してないということから、一部の都道府県では、どういうことになるんやらということで、そこを見ているということで申請用紙も渡せない、こういう問題が起こっておるという国側に一つの責任がある。それからもう。一つは、すべての府県で起こっているわけじゃない、若干のところで、だから大部分のところはさしたる混乱もなく事が進行している、こういうことでありますから、若干の府県のやり方がいかにも事務的、官僚的なそういうやり方のために、だから暫定措置としてとにかく用紙だけ渡して、ひとつ申請してください、そのうちに国の方の結論が出たらすぐにでも処理ができますからということで、うまく対応しようと思えばやれないはずの問題じゃないというそれが、府県側の対応がまずいがために混乱を起こしている。原因が二つある。 こういうことでありますので、ひとつよく状況をつかんで、せっかく喜びに燃えて胸膨らませて希望に燃えて入ってきた新入生、またその親たち、これが不安なくひとつ対応ができるようなそういう措置をぜひ国からも指導してもらいたい。国の作業を急ぐということはもちろん大事ですが、こういうことでひとつ大臣やってもらいたいと思うんですが。
○政府委員(竹中浩治君) お話しのとおりでございまして、交付基準、交付要綱の改正につきましては私どもサイドでできるだけ急いでまいりたいと思っておりますし、特に在校生の取り扱いにつきましては大部分の県がスムーズにいっておることでもございます。今週、実は私どもこの関係の都道府県の課長会議をやる予定にいたしておりますので、その際にもさらに十分都道府県を指導いたしまして、在校生の取り扱いについては遺漏のないように、例年どおり行われるように指導をしてまいりたいと思っております。
○佐藤昭夫君 それでは次に、中国引揚者に対する援護対策の問題で幾つか質問いたします。 九日の日に、中国人養父母の扶養費について孤児一人約六十万円、これを一括して支払うということで中国側と合意をしたと。これで一つの問題が解決をしたわけでありますが、要は帰国後の対策、これをどう充実強化を図るかというのが今後の中心になります。 これに関して二、三お聞きをしますが、中国からの帰国者には帰還手当として六十一年度大人一人で十三万七千六百円、子供はその半額、これが支給をされるわけでありますが、これは一時金ですからもう少し思い切ってふやしていいのじゃないか。全く違う環境で出発する帰国者の当面の自立に備えた資金になるわけでありますが、一時金ですから、ふやしても政府の出資が何年も継続するというものでもない。 でありますから、これは東京弁護士会が日弁連での議論に基づいて、中国残留邦人に対する施策の問題について幾つかの提言をしておりますが、この帰還手当というのは、少なくとも日本国の標準家庭が備えている家具、調度品を調達するに必要な金額を支給すべきじゃないか。現在余りにも少な過ぎる。日本で生活保護を受けている世帯でも、家具、調度が全くない状態はこれはもう皆無だと。これに引きかえて、残留邦人の帰国した場合には無一物から出発しなくちゃならぬという、それに対してわずかな帰還手当しか出ないということでは非常に施策として貧弱じゃないかという問題を東京弁護士会などがるる訴えているところであります。 こうした点で、この帰還手当の引き上げの問題について検討してもらいたいと思うんですが、どうでしょう。
○政府委員(水田努君) 金額はもう御指摘のとおりでございまして、平均的な帰国世帯は大人三人子供二人という形になっておりまして、総額で約五十五万という金額になります。この五十五万という金額で世帯のための費用、すなわち冷蔵庫を買いますとか、食器棚を買いますとか、炊飯器を買いますとか、そういう世帯用の調度品をそろえるのに大体二十三万程度かかろうかと私ども見ております。それから個々の人数に応じた寝具とか被服等をそろえるのに大体三十七万七千円程度、合計で六十万七千円程度かかるんではないかと見ておりますが、一方、これら孤児につきましては帰国後直ちに生保の適用をいたしますので、生保の方から家具、什器、寝具等として十一万五千円程度の給付がなされますので、それを総合勘案いたしますと、おおむね現在の帰還手当は妥当なものでないかと考えている次第でございます。
○国務大臣(今井勇君) 今、局長が答弁しましたが、現在の帰還手当につきましては、帰国孤児の平均的な世帯に対して支給する場合、世帯単位で必要な冷蔵庫だとか洗濯機などを言っておりましたが、そういうものを購入する上で私ども必ずしも十分とは言えない面があろうと思います。 そこで私も、六十二年度の予算要求に向けまして帰還手当のあり方についてよく検討いたしまして、その改善に向けて努力いたしたい、こう考えております。
○佐藤昭夫君 ぜひひとつ努力をお願いしたいと思います。 この帰還手当が少ないためにどういう実態になっているかということで、中国帰国孤児の生活実態調査、五十九年の十月に行われておりますが、帰国時ほとんどの世帯が生活保護を受けるというところから出発している、これ九六%であります。そして帰国後二、三年で約半数の世帯が生活保護から脱却をするということになっていますが、しかしよく調べますと、三年以上四年未満が四八%、四年以上が三四%自立脱却できずにいる、こういう調査の結果になっているわけでありまして、こういう姿というのは結局経済的基盤、これが一つの重要な原因になっているということはもう言うまでもないと思いますね。そういう点で、大臣の方が六十二年度に向けてよく検討したいということでありますので、ぜひお願いをしたい。 それと、自立の重要なもう一つの課題として言語の問題があります。言葉の問題がある。この言葉の習得について、帰国孤児が各府県に帰ってからもいろいろ学習が必要なのは言うまでもありませんが、京都の南部、宇治市の府営大久保団地というところに、私の住んでいる町ですけれども、ここに十五世帯七十人が居を構えています。言葉の習得のために北の方に府立婦人会館、ここで集中して勉強するということです、週三回通学しているんですが。この交通費、これを府が二年間に限って援助するということで、ただでさえ通うといったって、私鉄に乗っても一時間以上かかるそういう距離です。バスなんかでとろとろ行ったら一時間半ぐらいかかるかもわからぬと、こういう距離でありますけれども、もっと身近などころに夜間の学校とか、あるいは学習の教室を開いてほしいというのがこれらの人たちの切実な要望であります。 こうした点で、ぜひ帰郷後の言葉の習得対策などについて、政府としても一層のひとつ充実を図るという方向で検討してもらいたいと思いますが、どうでしょうか。
○政府委員(水田努君) 所沢のセンター卒業後の日本語の補講体制の強化については御指摘のとおりでございますので、今後とも私ども努力をしてまいりたいと思います。
○佐藤昭夫君 最後に、老後対策、年金の問題であります。 とりわけ孤児の人たちの、中高年帰国者の老後の不安は強いわけでありますけれども、中国在住中を年金資格期間に通算する、そういう配慮をしているということではありますけれども、年金制度が改正されて、四十年間保険料を納めて初めて基礎年金五万円余りが出る。中高年齢の帰国孤児、仮にこれから二十年間保険料を払ったとしても、今のあれで通常の基礎年金の半額、二万五千円程度しか出ないということではおよそ老後の生活に大きな不安が出るというのは当然であります。 したがって、この中国の在住期間を単に資格年数に入れるということだけじゃなくて、免除者並みに三分の一を支給する、こういうような方向にこれらの人たちに対しての特段の配慮を検討するということはできないんでしょうか。
○政府委員(吉原健二君) この問題につきましては、先ほど糸久先生の御質問にもお答えをしたわけでございますけれども、現在のいわば社会保険方式といいますか、保険料を納めていただいて、その納めていただいた期間に応じて年金を支給する、こういった建前の制度におきましては、なかなか過去にさかのぼって保険料を納めなかった期間について年金をふやすというような措置が実際問題として、あるいは理論的にもとりにくいわけでございまして、中国在住の期間を、昭和三十六年度以降の期間になるわけでございますけれども、基礎年金の資格期間に通算をする、算入をする、それが実は現在の年金制度の仕組みの上ではなし得るぎりぎりの措置、手当てだと私ども思っているわけでございます。
○佐藤昭夫君 もう一言ですが、生活保護を初め、生活困窮者に対しては言うまでもありませんけれども、二様の法定免除、申請免除の扱いがあるわけです。ですから、同様の精神の上に立ってこの帰国孤児、こういう人たちの老後対策、この問題をさらにひとつ充実をするという方向で、全く検討の余地がないものかどうかということをぜひ検討を始めてほしいというふうに思うのですが、重ねてお聞きします。
○政府委員(吉原健二君) 中国孤児の方につきましても、これから将来に向かって保険料を掛けていただく、その場合に生活保護等を受けておられる場合にはもちろん免除の措置があるわけでございますけれども、年金制度におきましては、過去にさかのぼって保険料を納めていただくとか、あるいは免除の措置をとるということが制度の上でどうしても、いわば率直に申し上げましてできないと言っても言い過ぎでない措置でございますので、あくまでもやはりこれから将来に向かって保険料を納められる方には納めていただいて、免除の方にはもちろん免除の措置があるわけでございますけれども、その期間に応じて年金を支給していくというような考え方、これはなかなか実際問題として理論的にも変えることができないわけでございます。
○佐藤昭夫君 では、終わります。
○下村泰君 私は、一般戦災者の援護問題についてお伺いをしたいと思います。 戦後四十一周年を迎えております今日に至るまで、政府の戦争犠牲者対策は、国との間に身分関係のあった軍人軍属、準軍属、その遺家族に限定されておりますね。それ以外の民間の犠牲者については一般の社会保障の充実により対処していくという基本方針のもとに顧みられていません。二十年代は国全体が模索の中にあって、いろいろと国民に対する施策どころの騒ぎではなかったと思います。 三十一年度版の厚生白書というのがあるんです。したがいまして、このころからこういうことがはっきりしてきたんじゃないかなというような気がするんです。この厚生白書に「戦傷病者および戦没者遺族に対する援護」というところがあるんです。「制度の概要」として、 太平洋戦争は、すべての国民に多大の惨禍をもたらしたが、なかにも軍人・軍属として動員されて戦没した者、傷痕を受けて不具廃疾となった者は最大の戦争犠牲者というべきで、その数は二〇〇万人を超えた。終戦前においては、これらの戦傷病者や戦没者の遺族に対して、恩給法および軍事保護の施策によって相当手厚い国の補償または援護の手がさし伸べられていた。これは当時の国策の反映としての意味が強かったものとはいえ、今日においても、これらの戦争犠牲者に対し国家財政の許す範囲において可能な限りの国家補償を行うべきことは、国民感情に支持され、広く是認されている要求であると言わねばならない。 こういうことがはっきり書かれているわけです。 そうしますと、ここで私は一番腑に落ちないのは、軍人軍属として動員されてこういう症状になった人たちが最大の犠牲者であって、それでは内地において生産に従事しながら、しかも銃も何もなく、空に向かって鉄砲を撃つこともできない。で、仕事をしながら、しかも戦争遂行のためにいろいろな事業に携わっていた人たちが、あのB29という大きな飛行機。によって爆撃されて犠牲が出ておるわけです。この人たち、これだけの損傷を受けた人たちが、これは最大の犠牲者とは言えないのか。「最大の犠牲者」と、ここで区別するところが私は何としてもこれは納得できないんですが、こういうふうに分類しなければならないというのは一体どういうことなのか。どうもここのところは理解できないんですが、御説明願いたいと思います。
○政府委員(水田努君) さきの大戦は、先生御指摘のとおり、国民の一人一人が大なり小なりいろいろと戦争を遂行したことによっていろいろな犠牲をこうむったわけでございまして、その点は御指摘のとおりかと思います。 なお、私どもが所管をいたしております戦傷病者戦没者遺族等援護法というのは、国との使用関係ある者に対して、その公務を遂行中に負傷し死亡したということに対する、いわゆる使用者責任としての補償をするための制度でございまして、今申し上げました一般の個々の民間の方を対象とすることは、この法律の性格から見てなじまないものと考えている次第でございます。
○下村泰君 実際のことを言って、局長としては答えにくい問題だと思うんです、これはね。個人として答えるのと局長としての立場で答えるのとは、大分私は心の中では葛藤していると思うんですよ。 私自身もビルマへ行って過酷な戦闘状態のもとで戦闘してきた人間なんですよ。デング熱というのに侵されますと、一週間四十度以上の熱が出っ放しになるんです。ですから、どこかに疾病のある方は必ず余病が併発して、もう寿命が縮まる。そこへマラリアにかかったらなおひどい。マラリアにも三日熱、四日熱、熱帯熱とある。熱帯熱にやられたらもう完全に脳漿を侵される。こういう状態を私は五体満足でこうして帰ってきたんですから、私は自分自身が帰ってこられたことに感謝しております。 けれども、必ずしも動員されて赤紙一枚で行った人間、そういう人たちだけが犠牲者じゃないんですよ。国の中で手も足も出せないカメの子みたいな状態で生産に従事していて、いきなり爆撃食った人、これだってやっぱり最大の犠牲者じゃないかと思うんですがね。 厚生大臣という立場を離れて、今井さんというお一人の感覚がどういう感覚か聞かしてください。
○国務大臣(今井勇君) 私も、今井個人であると同時に厚生大臣でございますから、私の個人的な意見を申し上げる自由を持たないわけでございますが、やはり我々の今やっております仕事というのは、一つの法律をつくっていただいて、その法律に基づいてそれを忠実に執行するということでございますから、今、局長の申し上げたような御答弁を私も繰り返さざるを得ないというふうに思うものでございます。
○下村泰君 この問題をこれ以上、最大の犠牲者はだれかということについてこれをお話ししても、それ以上の答えは返ってこないんですけれどもね。 それでは、野党側が今一貫して提出しておりますのは一般の戦時災害援護法、いわゆるこういったものを今まで何回も提出されているはずだ。ところが一回もこれ俎上に上ったことないんです、これね。この根拠になるのは必ず国との間の身分関係、こういうことのお答えしか返ってこない。 それならば、在外財産の補償、旧地主補償の実施、これはどういうことになりますかな。なぜ在外財産等ならば身分関係がなくとも補償の対象になって、体に実際に被害を受けた人が今なお苦しんでいる、中にはそれが原因で亡くなっている方もいらっしゃるそういう方に対して、国の方としては弔意すらも示してない。これは一体どういうことなんですかね、今申し上げたのは。身分関係がないでしょう、在外の人たちは。そういう方々が補償されて体に傷を負った方が補償されない、これはどういうことなんですか。
○政府委員(水田努君) 私、厚生省からお答えするのが適当かどうかと思いますが、私ども在外財産につきましては、補償というよりは見舞い金という性格で給付がなされたものと理解をいたしている次第でございます。
○下村泰君 そうすると、身分関係がなくても見舞い金が出るならば、なぜ一般戦災者の方にも来ないんでしょうか。
○政府委員(水田努君) 先ほども申し上げましたように、戦争によります被害というのは、これだけ大きな戦争をしたわけでございますので、国民がいろんな形でいろんな大なり小なりの犠牲を払い、どこまでバランスをとってそれを見ることが至当かという問題が常につきまとうわけでございまして、そのために総理府の方に戦後処理問題懇談会というものが設置され、その報告を受けて検討調査室の方で現在、戦後の処理で残された問題をどう均衡をとりつつ処理するのが至当かということで検討が行われているものと私どもは受けとめている次第でございます。
○下村泰君 まあ結局、その直接関係の当事者でないわけですよね、局長は。ですから骨身にこたえて、何といいますかな、私のこういう感覚ですね、私は、もう議会用語とかこういう余り言葉をよく知りません。ですから、こうしてお茶飲み話をしているようなつもりでお話はしていますけれどもね、心の中では、何でそういうことしか返事ができないのかな、こういう感覚しかないんです。 かといってそれじゃ、といってもやっぱり答えは同じだと思うんですよね、まあ立場立場でそうなるんだろうと思いますけれども。ただ、局長のお話を聞いていると、おれは戦争に関係ないよ、おれが戦争起こしたわけじゃないよというような感覚なんですよね、語感からくる感じはね。 じゃ、ちょっと伺いますがね、一般戦災者の被害の状況ですね。死傷者、これはどういうふうに把握していらっしゃいますか。
○国務大臣(今井勇君) その前にちょっと私も。 今、局長が答弁いたしましておしかりを受けたようでございますが、私やはり、国が使用者であった場合とそうでない場合というのは、何と申しましょうか、区別して考えざるを得ないというふうに思うものでございまして、国が使用者であった場合には、戦傷病者戦没者遺族等援護法等のその法律をおつくり願って、それでその中の条文に従って処理するわけでございますが、一般戦災者の場合にはそういうものは今現在ございません。それで、一般的な社会保障という観念からカバーしているわけでございますが、しかし国民の中にも、やはりそういった先生のようなお考えをお持ちの方がたくさんございます。 そんなことで、総理府でそういうものを一括して戦後処理問題懇談会ということで検討中でございまして、いずれこの総理府で検討しているものが私は答えが出てくるであろう、こう思うわけでございます。そういった答えに応じまして、国会でそれをお取り上げくださいまして、法律としてこうやろうじゃないかということになりますれば、私どもはそれにやはり準拠していくというふうな考え方でいかざるを得ないということを申し上げたいと思うものでございます。
○下村泰君 あのね、今の厚生大臣のお答え大変いいんですよ、すばらしい私はお答えだと思います。ただし古過ぎますわ。これが昭和三十年代に今のお答えが出てくればなおいいんですよ。もう四十一年ですよ。ところが、今、総理府がそういうことを御検討くださって、それが国会に上程されて、法案として出てくる、大変結構なことです。しかしそのときには、四十一年前にそういった場面に遭遇されていろいろな十字架を背負った方たちが半数以上いなくなっていますよ。手おくれじゃないですか、それじゃ。 いいんですよ、お答えとしては、まことにいいんですよ。だけれども、これから先、そのお答えの内容がいつ出てくるんですか、それ聞かしてください。
○政府委員(水田努君) 先ほどもお答え申し上げましたように、犠牲を受けた方について国としてどう弔意をあらわしていくかという問題につきましては、広範にわたりいろんな国民が犠牲を受けておりますだけに、その間の均衡を図っていかなきゃならぬと。大変難しい問題であり、かつ均衡を図りつつ問題を処理する場合に、それに要する国家財政との関連、相当各般に慎重に検討しなきゃならぬ問題があるわけでございまして、そのために、先ほど申し上げましたように、各界の代表から成ります戦後処理問題懇談会を設け、その報告を受けて総理府の方で現在各般の内外にわたる調査が進められているわけでございまして、やはりそれだけの難しい問題ではなかろうかと考えている次第でございます。
○下村泰君 ですからね、この問題が、今も申し上げましたように、昭和三十年代にそういうふうな状態に入っていればですよ、政府の方が、それはそんなに難しくないと思いますよ。だけど、今のように四十年もたってしまったら、もう戦争そのものが風化されていますでしょう。余計わかりません。今の方が調査しにくいのは当たり前なんです、 では一体、一般戦災者の被害の状況は先ほどお尋ねしました、死傷者数について把握している数を教えてください。
○政府委員(水田努君) 一般戦災者の数は約五十万人である、死没者の数は約五十万人である、それから負傷者は当時三十四万人程度であるというふうに認識をいたしております。
○下村泰君 実際の数になったらそれどころじゃないと思いますよ。 長年の懸案でありました原爆死没背に対する調査が昨年実施されて、現在いろいろと解析作業中であると承っておりますけれども、この際、まず戦時災害全般についても調査を実施して、必要な援護措置を検討することが平和国家のあかしとしてぜひ必要である。しかも総理大臣がいつも言っております戦後の処理、こういう言葉を使っているわけですよ。ところが、こういうところを一つ取り上げたって、これは戦後の処理がされてないわけですよね、完全な。いつかもここでお尋ねしましたら、遺骨収集はどのぐらいなさいましたかと言ったら、六年も前に私が聞いたときに二万で、六年後に聞いたらやっぱり二万であった。何をその間やっていたんだとお尋ねしたことがありますけれども、そういうふうに、意外どこういったことに対する処理というのは、その割に熱心に行われていないというのが私は現状だと思うんです。 そこで、原爆死没者の調査、これが出されるんでしょうけれども、この調査の基本ということよりも、こういうものを含めて戦争が及ぼしたあらゆる人的、物的被害あるいは人類に与えた影響、その他の関連資料を集めまして戦争白書、これ仮の名前でございますけれども、こんなものを後世に残す、そして絶対にこういった間違いは繰り返してはならないというようなことを残すべきであると私は思うんですけれども、いかがでございましょう。これは各省庁にわたるんでしょうな、こういった資料は。例えば総理府というところはよくまとめて物をおっしゃるところなんですが、総理府の方はどうなんですか、これ。
○説明員(榊誠君) お答えいたします。 現在、総理府の方で一般戦災関係で所管している事務につきまして御説明申し上げまして御答弁さしていただきますが、総理府の方では、一般戦災死没者の慰霊に関する措置ということで二点ほどの措置を講じてございます。 第一点は、全国戦災史、実調査ということでございまして、これは一般戦災死没者の状況に関します資料等を収集、記録いたしまして後世に残すと、こういう調査を実施してございます。 それからもう一点は、例年八月十五日に全国戦没者追悼式というのが政府主催で行われるわけでございますが、この追悼式に一般戦没者の遺族の代表の方に参列していただくというような措置を講じさしていただいている。 そのような範囲の中で現在仕事をさしていただいておりまして、今、先生御質問の戦争白書となりますと、戦争に関するあらゆる問題、例えば軍事面、外交面、財政面、教育面あるいは国民生活もろもろの面と、こういうことになろうかと思いますけれども、今申し上げましたように、戦災史実調査の部分のみを現在所管しておるという立場でございますので、全体を取りまとめるという立場にはございませんものですから、その点は御理解いただきたいということでございます。
○下村泰君 結局こういうことになると、もう所管がどこだかわからないですね。それとまとめにくいわけですわね。 厚生省の方はどうですか、例えばこういうものを。
○政府委員(水田努君) こういう問題をどの範囲でどのように収集し、どういう目的で後世に残していくかと、これは各般の議論があるところであろうかと思いますので、まず、どういう目的でどの範囲、どういうふうに後世にそういう戦争被害というものを残すかという基礎づくりが必要かと思います。私は、そういうものは個人的に申し上げまして、率直に言って必要ではないかと思うわけでございますが、その範囲、収集、その仕方につきましては、各省庁の多岐にわたる問題については現在確かにそれを所管する省庁はございませんが、そういうものを前向きに取り組んでいくという政府の方針が確立されるならば、それはやはり総理府の中にそういう検討の場を設け、総理府が各省の協力を得ながら進められるのが至当ではないかと、そのように考える次第でございます。
○下村泰君 例えば各省庁にそういった資料があるとすれば、それは死蔵になってしまうわけですよね。ただ単にこういうものがあるんだと、この関係にはこういうものがあるんだというだけの話になってしまう。それは膨大な資料でしょうし、まとめにくい作業かもしれません。けれども、後代に残すという意味においてはこれは大変なものだと思いますよ。そういうものを例えば国立図書館なんかに置いて一般の人に見せる。これ有意強なことだと思います。 ですから、もしそういうお気持ちがあるならば、例えば厚生省なら厚生省には援護局とかその他があって、そういう関係のものが多いと思いますから、むしろ厚生省が音頭をとって、そういったもののつまり調査そして編さんをするなんというお役をとっていただきたいぐらいに思いますね、私は。 例えば、先ほどから伺っていますと、身分の保障とか何とかかんとかということでなかなか戦時災害援護法の早期成立というのは難しいわけです。これは私はぜひ必要だと思うんですよ。もし一遍にこれがやれないというならば、とりあえずの措置として、現に傷病苦と生活苦にあえいでいる戦災による障害者、この方々についてまず一般の社会保障の枠を超えた援護を実施してみる、そして私どもの要求している援護法に向けて風穴をあげるという方法はどうかいなというふうに感ずるんですが、いかがでしょうかな。
○政府委員(水田努君) 私どもも、先生の御質問のお気持ちは痛いほどわかっているつもりでございます。やはり厳しい財政状況の中でいかに福祉政策を後退させないかというのが現下の置かれている現状でございますが、その中で実行面でできるだけいろんな配慮のできるものは配慮をするということではないかと思うわけでございます。特別のプラスアルファの政策をとるということはなかなか現状においては、先ほど申し上げましたような現下の置かれている状況から見て難しい面もございますが、何か運用上の面でそういう配慮をすることが可能なものがあるならば、そういう方向はひとつ検討をさしていただきたいと思う次第でございます。
○下村泰君 五十五年の身体障害者の実態調査の際に行われた戦争災害に起因する障害者の調査、これは生活状態、年金の受給の状態あるいは課税状況等から、一般の障害者と比べ有意の差はなかったから一般社会保障でよいというのが厚生省の論理。私はここのところはちょっと違うような気がするんですよ。戦争災害、この方たちはなぜこういう障害者になったのか。これは原因が全然違うわけでしょう。国というものが我々の知らない間に無謀な計画を立てて、無謀な戦争を起こして、その結果こういう状態になった人たちなんですから、やはりこれ似国が責任を負わなきゃならないという発想でなきゃ私はいけないと思うんですね。ですから、このこともまたどうお考えですかと言うと、さっきと同じ答えしか返ってこないと思うんですね。 そこで、具体的に伺いますけれども、婦女子に特に多いと言われている顔面のやけど、あるいは片目の失明、こういう場合、身体障害者福祉法や国民年金法という一般の社会保障施策に従った場合、どのような救済が受けられますか、聞かせてください。
○政府委員(水田努君) 今御指摘の事例につきましては、生活機能障害を原則としておりますところの国民年金法の適用該当者ということになろうかと思いますが、その程度の障害では国民年金では残念ながら給付の対象まで至っておりません。
○下村泰君 それでは、国と身分関係のあった者がこれ同じ状態であったらどういう施策が受けられますか。
○政府委員(水田努君) 第五項症の障害年金が支給されることになります。
○下村泰君 第五項症というのは、これは恩給法のあれですね。戦傷病者戦没者遺族等の援護、これは恩給法を活用しておるわけですね。「心身障害ノ為社会ニ於ケル日常生活活動ガ著シク妨ゲラルルモノ」、この次ですな、「頭部、顔面等ニ大ナル醜形ヲ残シタルモノ」、こういうところですね。 そうすると、これによって手当を受けて、一般の人は全然受けられないと、これおかしいんですね。援護法の適用があれば第五項症に認定されて、現行で年額百八十六万三千円、改正案によれば七月から百九十六万二千円の障害年金が受けられる。民間人の場合は同じ傷を負っても何にももらえない。これ大臣聞いていてどう思いますか。どう受けとめられますか。
○政府委員(水田努君) これは年金の性格の差によるものでございまして、一般国民に対します国民年金の障害の測定の方法というのは、先ほど申し上げましたように、生活機能喪失という点で見ているわけでございまして、一方恩給に由来しますところの援護法の場合は、いわゆる事業主責任の補てんという格好の性格をとっているととから、こういう現象面で見ますと、一方は給付が出、一方は給付が出ないという形になっておりますが、それぞれの持っております法律の機能の差が結果的にこういうことになっているわけでございます。
○下村泰君 答弁に苦しがっていらっしゃることが本当によくわかりますわね。これ以上聞いても無理かもしれませんから、まだ時間を残しておりますけれども、こういう問題はまた次に譲ります。 ひとつ、厚生大臣のもうちょっと何となく情味のある――そういう方々だって戦争の最大の犠牲者なんですから、私だって最大の犠牲者の一人なんです。ただ五体満足だから何にも言いませんけれども、やはり一般の国民も犠牲者なんですから、その方々に対するもうちょっと情味のある御見解を承って終わりにします。
○国務大臣(今井勇君) 確かに、戦争によります被害というものにつきましての御質問でございまして、私もよくお気持ちはわかります。ただ、戦後処理問題も今のお話のそれも一つでございますが、総理府におきまして引き続き検討が行われておりますので、先生の御指摘いただきました諸問題、これまでの経緯から考えましても極めて難しい問題であろうとは思います。 しかしながら、先生の御意見も十分承りましたので、お気持ちが伝わりますように、本日の審議を踏まえまして、総理府にも呼びかけまして、ひとつ十分検討さしていただきたい、こう思うものでございます。
○片山甚市君 今、下村委員からるる一般障害者の問題についてお話がありましたが、私はそこにおる水田局長みたいな素人と違いまして、十一年間、十二年間この問題に取り組んできましたから、お答えは局長でなくて大臣だけでよろしゅうございますから、瑣末な答えをしてもらうつもりで質問いたしません。 冒頭に、少し自分の気持ちを述べておきたいんですが、戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正について本委員会における審議が大詰めを迎えたこの段階で、私に発言の機会が与えられたことについて格別の感慨を持つものであります。 冒頭、私ごとにわたって恐縮でございますが、私が本院に籍を置き、今まで二期にわたり国政に参加し、真に国民の生活と権利を守るために全力を挙げてきたつもりであります。中でも社会労働委員会に所属した期間が最も長く、多くの課題と真剣に取り組んでまいりました。この間、同僚議員、調査室、政府機関等関係各位の御鞭撻、御協力を得て、社会労働問題について懸案の解決を図るため審議に参加できたことについて光栄に思う一人であります。本委員会における私の質問は恐らくこれが最後の機会であることから、同僚議員、関係機関各位に改めてお礼を申し上げます。 その上に立って、私が意を尽くしてもなお今日解決していない懸案が幾つかあるが、最も心が痛む事案は、既に下村先生がおっしゃったけれども、与党を除く全会派の総意をもって提案し続けてまいりました戦時災害援護法が今なおたなざらしのままになっていることです。 先ほどから言うように、法律があればやりますが、法律がないからというのは、私の方が自民党において全部づくってくれというのに、あなたたちが断ったという責任を一つも思ってない、本当に腹の黒い話です。私たちは、昭和四十七年故須原昭二君が提案してから各党が全会一致で出すまでの間、忍耐強く時を待ってきたのであります。 でありますから、先ほどから言うように、法律がないから、考えが違うからというのは、私どもの考えに反対してつくらなかっただけでありまして、決してそんなこじつけの話をする局長の御答弁をいただく用意がない。我々は努力したけれども、時利あらずして皆さんの意見を迎えることができなかったと言われるのはいいけれども、法律の解釈でなくて立法であります。きょうは解釈しておるんじゃないですよ。私は提案者です。しかも野党全体を代表して提案しておる、そういうことです。 去る四月二十二日、再び本委員会に提出した戦時災害援護法の趣旨が一日も早く生かされることを心から願い、幾つかの質問をするものであります。大臣から誠意のある御答弁を賜りたいと思います。 まず、今井厚生大臣におかれましては初めての機会でありますが、戦時災害援護法の提案趣旨についてこの間読みましたが、どのような所感を持っておられますか。
○国務大臣(今井勇君) 私は、一般戦災を受けられました方々については心からお気の毒に思っております。また一般戦災者の処遇問題につきましては、戦後処理問題の懇談会におきましても検討をされておりますし、現在も総理府において引き続き検討されているものと承知をいたしております。厚生省におきましても、関係者の方々から過去何回か陳情をお受けしておりますし、関係者の心情を察しますと、まことに同情にたえないところでございます。 ただ、厚生省といたしましては、先生のせっかくのお言葉でございますが、私は、やっぱり一般的な社会保障制度を充実強化することによって皆様のお気持ちにこたえてまいりたい、このように思っているものでございます。
○片山甚市君 先ほど下村委員から何回も繰り返して、銃後でなくて戦場であったということについてしっかり理解ができておるかどうかになると、天皇が命令した、しなかった、その天皇が今ごろ神様から人間になり象徴になっておるんですから、責任をとるとすれば当然一般の人たちに責任をとるべきであります。 そういう意味で、今、大臣がおっしゃいましたけれども、きょうここに来られておる方々を見てもらったらわかるように、若い人がおりません。この十一年の間、十二年の間にどんどん亡くなっていく人を見ておって、本当に祖国を愛する気持ちで死んでいけたかどうか、社会を本当によいものだと思って死んでいけたかどうかになると、家族があればよろしいけれども、家族が少なければ、また結婚もできないままであれば、どれだけ悲しかっただろうと思うと、国が大きな力で支えることが私たちの願いだと思います。 そういう意味で、歴代の大臣はおおむね提案趣旨について理解をし、前向きの解決に努力する旨の答弁がありましたが、歴代の大臣がおっしゃったように、今もなお今井大臣もお考えですか。
○国務大臣(今井勇君) 私も同様でございます。
○片山甚市君 ことしは特にこれまでと違った環境にあるのかどうか。といいますのは、先ほど言ったように、いわゆる戦後処理についての問題がありますが、御努力が願えるような条件が若干でもあるんでしょうか。
○国務大臣(今井勇君) 私は、だんだんと財政状況も極めて厳しくなっておりますので、例年に比べてことしがよりよき年であるかどうかというお尋ねでございますれば、極めて厳しい年だとお答えせざるを得ないと思います。
○片山甚市君 ことしは例年と余り変わらない厳しさであるというように理解してよろしゅうございますか。
○国務大臣(今井勇君) むしろ例年より厳しい年であろう、こう存じます。
○片山甚市君 厳しくしておるのは、アメリカの言うことを聞いて軍事力の増強とかいろんなことについて躍起になっておりまして、日本の国の経済は金持ちで、五百億ドルもアメリカに貸してあるんです。もらってきなさい、金はそこにあるんです。それは政府の金でない、ところが政府は、日本の政府が五百億ドル持っておるではないかと責められると、あたふたとアメリカのレーガンの言うことを聞いてうろうろしておる。これはあなたは厚生大臣だけでなくて国務大臣でありますから、中曽根総理大臣がやっておることについては、今井厚生大臣も国務大臣としての責任がある。そういう意味で、厳しくしておるのは今のやはり中曽根内閣の政策上の問題である。私たちは納得できません。 そこで、増岡前大臣からどのような申し送りがあったのでしょうか。
○国務大臣(今井勇君) 一般戦災者の問題につきましては、増岡前厚生大臣からは、全国戦災傷害者連絡会の方々にお会いをいたしまして、他の戦後処理問題と一括して総理府で御検討いただくのが至当であるので、御要望の趣旨は援護局の担当課を通じて総理府に伝えたと私は聞いております。
○片山甚市君 結局、歴代の大臣はみずからの任期中に解決することができなかった。とすると、行政機関に携わる者がきちんと引き継いで懸案処理に当たるべきことをサボってきたということになるのではなかろうか。私は増岡前大臣がどのように処理されたのか何も聞いておりませんで、今若干聞きました。これからその経過に基づいて、先ほどのお話によれば総理府の方へ訴えをするそうでありますが、大臣に重ねて聞きます。私たちの気持ちについてどういうような経過をたどって処理されますか。
○国務大臣(今井勇君) ちょっと御質問の趣旨を、大変申しわけございませんが、今後どういうふうにするかというお尋ねでございましょうか。
○片山甚市君 そうです。
○国務大臣(今井勇君) 先生の御質疑を的確に総理府にお伝えをし、かつまた内閣として、これをどうすればよろしいかということについての御相談をいたしたいと思います。
○片山甚市君 これからのことはわかりましたから、今まで総理府にそういうことでおぜん立てしただけで、あとは予算編成に当たっても、いろんなことについても、何ら経過をたどりませんでしたか。もう言うだけ言ったから終わりだ、そういうことで厚生省は終わったんでしょうか。
○政府委員(水田努君) 前大臣の御指示に従いまして、総理府の特別基金検討調査室に要望書を添えまして、また先生の御質問の趣旨も同時に伝えておけという御下命でございましたので、そのこともあわせて十分お伝えしたところでございます。 御案内のとおり、予算というのは、各省縦割りの厳しい枠の中でそれぞれ概算要求の対応をするという形をとっております関係上、私どもは総理府の方にこの関係の対応に関する検討費の計上その他については一切お願いを申し上げているところでございます。
○片山甚市君 経過については了承するというのはわかりました。 そこで、私たちとしては、何回も陳情を申し上げて請願をしてまいりました立場からいいますと、何らかの措置というのは、戦時災害援護法をつくるかつくらないかということが決まらなければ、予算をつけなければ抜本的な解決はできないことは言うまでもありません。先ほど局長の方からも、若干運用の問題で何とかなるものなら考えてみたいとおっしゃっておるんですが、調査の問題をとってみても明確ではありません。私たちは、団体として会員に調査をして差し上げましても、全国規模で全部網羅することはできない。そこで、市町村を含めて協力願うようにしても、厚生省がやっぱりそれだけの能力がないということで、今日までまともな積算ができません。亡くなった方とか、けがをしておる人の数はおおよそこのぐらいだと。そんなことで、私たちの援護法について実際真剣に検討してくれることになっておるかといえば、全くそういうことはない。初めから心がないから、この問題について取り扱いができていないということであります。 きょうは、先ほども申しましたように、私もこれで議員をやめますが、何としても情けないのは、何一つけがをした人たち、亡くなった人たちに対して慰霊を行う機会がなかった。軍人軍属、御家族に対する法律を適用するような法律にしてくださいとは言いましたけれども、それが全部通ると思っておるかどうかになるとわかっていますが、何一つやらなかったということについては、恐らく亡くなっていく人たちは、皆さんのような歴代の厚生大臣を含めて、歴代の総理大臣を含めて立派だということにならないと思います。それはもう御覚悟であられる。人の恨みというのを受けて死んでいくよりも、人に喜ばれて死んでいく方が大臣よろしいと思いますから、今後一層御努力を願いたいと思います。 そこで、総理府に聞くんですが、政府は昭和五十七年から五十九年に向けて戦後処理問題懇談会を設け、これによって幅広い戦後処理の課題に一定の結論を出すという手続をとったことは事実です。しかし、なぜそれが恩給欠格者問題、戦後強制抑留者問題、在外財産問題などに絞られてきたのかであります。 先ほど局長の言葉で言えば、それは、雇用関係がないけれども見舞い金を出す、そうおっしゃったんなら、運用の問題ですから、大臣、本来ですとこの人たちに、いや、ことしてもお見舞いするよと、こう言ってくれて、金額を言いませんが、財産に見舞いをするほどの余裕があるなら、人の命を捨てて、今日なお痛んでおる人たちに対して、御苦労さんという気持ちがあってもいいのじゃないか。先ほどのお話によれば、御承知のように、もう後も先も何もしないような印象でありますから、そういうことであります。 私は、戦争の犠牲となった多くの国民が求める要求を短期間にすべて解決してほしいというんでありません。困難なことぐらいはよくわかっています。今言った三つの問題についての検討を進めることも当然であります。否定しません。しかし、その三点とも事の重要性はともかく、声の大きい組織、票の集まる組織、全国的に影響力を持つ組織を背景にしたなら、政府・与党は何でも聞くという欲ぼけの問題ではないか。本気でそう思っておるんだろうか、選挙を日当てにしたものでないかということであります。確かに全国戦災者の諸君は、数は表面的に少ないです。財力もない、体力もない、家計もそう豊かでない。ですから、自民党のところへ押しかけてくるほど力がないかもわかりません。この委員会にも、例年のごとく戦争犠牲者の方々がお見えになっております。この方々の中でも、先ほど申し上げましたように、老齢化されて障害の関係で亡くなる人もふえて、一人また一人消えていく、こんな寂しいことありますか。若い人ならまた頑張れと言いますけれども、私たちが今この際汗をかいて剛、張らなければ頑張るときはありません。そして、見えない目や動かない手足、痛む体を私たちに向けて真剣に訴えている。問題は、声の大小、組織の大小でなく、戦争被害の実態の全容に口を向け、すべてに心配りをした対策が必要であります。それが戦後処理の基本ではないか。特に、一般戦災障害者のように、戦争被害によって体に消すことのできないつめ跡を残された人々の問題を戦争犠牲者と受けとめず、放置したままで、何が戦後処理だと私青いたいのです。 いずれにしても、戦後処理懇談会報件、昭和五十九年十二月二十一日に出されておるのみで戦後処理がされることについては、断じて納得できません。政府は、この懇談会報告を受けて、具体的に何をどうされるのか。昭和六十二年四月から何かやられるようでありますが、具体的に説明をしてもらいたいと思います。
○説明員(杉浦力君) お答えを申し上げます。 まず、二つの御質問をいただいたと思っております。第一は、戦後処理懇でなぜ三つの出題を中心にやったかという点。それからもう一点は、処理懇の報告に従って何を政府でしたいかという点だと思っております。 まず第一の点でございますが、政府といたしましては、本来昭和四十二年の在外引き揚げの方に対しまして支給いたしました特別交付金の措置をもちまして、基本的には戦後処理は終わったということで推移してまいったわけでございます。 しかし、その後先生方御存じのように、まだいろいろ残っておる問題があるということがございまして、先生も御指摘のように、五十七年に総理府の私的諮問機関といたしまして戦後処理問題懇談会を設けたわけでございます。そこで、戦後処理はいかにあるべきかという点につきまして御議論をいただいたわけでございます。各界を代表いたします方にお集まりいただいて御議論いただきました結果、基本的には、戦争による被害というのはあらゆる国民かまず受けておるものである、そして、その犠牲につきましては国民一人一人が受けとめなければならない問題である。しかし、その犠牲の中に物すごく不公平があってはならないという点は十分御理解をいただいておることだと思っております。そしてその結果、先ほどから出ておりますが、処理懇の御結論と申し上げますか、提言と申し上げますか、こういったものは戦後処理に関連して今から新しい施策をつくる必要はない、過去の施策で十分な措置が何らかの格好でできておる。しかし、今まで長い間訴え続けておられます方々のことを考えれば、基本的には政府が幾ばくかの、「相当額」と書いてございますが、お金を出しました特別の基金をつくりまして、その基金で戦争の被害、犠牲、こういったものを将来に残すような事業をしなさいという御提言をいただいたわけでございます。 私どもは、その第二の点でございますが、この方針を受けとめまして、今後特別の基金を設置いたしまして、十分内容を検討させていただきまして、皆様方が御納得いだたけるような事業を進めてまいりたいと思っております。
○片山甚市君 今の話によると、戦後処理特別基金を昭和六十二年四月ごろに発足させて検討委員会を設置するということの報告についての説明だと思いますが、よろしゅうございますか。
○説明員(杉浦力君) 検討委員会につきましては、まだ現実にはいつからどういう格好でつくるかという点につきましては考慮いたしておる最中でございまして、六十二年という具体的な数字は持ち合わせておりません。私どもはことしの予算におきましても昨年同様調査費及び検討費をいただいておりますので、それでもって十分な検討をさせていただきたいと思っております。
○片山甚市君 一億円の調査費があるんですからできるはずです。 そこで私は、今日まで何らの補償も受けず、今なお戦争の傷跡に苦しみつつ日々の生活を送っている一般戦災者に対する援護措置を何としても実施すべきだと考えますが、先ほど大臣から、もうそれは勘弁してほしいと、できないと、こういうふうに言っておるんですが、私は、あなたがだめだと言っても言わざるを得ないんですが、もう一度御意見を聞きたいのです。
○国務大臣(今井勇君) 先ほど総理府の方から御答弁がございましたが、やはり一般戦災者の方々の問題につきましても、できるだけ私は何か対応をいたしたいと考えておりますが、非常に難しい問題でございますので、この問題は私からも改めて総理府によく話をいたしまして、十分な検討をし、その結論を得るようにひとつしていただきたいものだと、こういうふうに考えておるものでございます。
○片山甚市君 私は、援護法をつくれという立場ですから、こういう提案をすることはいかがなものかと思いますが、百歩譲って、今つくられる基金運営に当たっての検討委員会のメンバーの中に政府部外の者を加える際は、戦争被害者の生き証人である戦災障害者の代表を入れるということはできないか。今まで立派な学者とか学識経験者とかいうエリートが来て勝手に青いよるけれども、傷んだ人ができないか。これについて、恐らく総理府という人たち、餓鬼と言った方がよろしい、は冷たいから、ろくなことを答えぬと思うけれども、答えてください、とりあえず。当てにせぬのですが、答えてください。
○説明員(杉浦力君) お答え申し上げます。 先ほどもちょっと申し上げましたのですが、九一体的な基金の事業を検討いたしますための検討委員会あるいは検討会、名前はわかりませんが、こういったものにつきましては現在どういう格好で構成、運営したらいいかという点について検討をさせていただいておりますので、現時点でどういう格好の委員構成にするかとか、あるいは委員の方を選ぶかというような点につきましては、まだ腹案を持っておりませんので御了承願いたいと思います。
○片山甚市君 全く了承できませんね。大臣答えてください、私からちょっと言いますから。 私は、先ほどから総理府に対して意見を述べたいとおっしゃっておったのだから、大臣がおっしゃることは当然ですが、やっぱり一般戦災者の障害者等を入れて、よく話を聞いた上で国民の合意が得られるものをつくってほしいということですから、考え方について認められるかどうか、大臣が。総理府はよろしい、いつもこんな手です、いつもいつも。軍人以外は人間じゃないのだから、軍属以外は。だからあなたにお伺いしますが、それは勲章をつくっておるところですから、ですから私から言わせれば、こういうことができたら、厚生省は十何年間も――私は一番好きだったのは園田直さんですが、非常に仲よくやってきました。心から尊敬しました。そういう人たちと話をしたことをきのうのごとく思うときに、歴代の大臣の中で今井さんにはぜひともそのぐらいはやってみてほしいと思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(今井勇君) 先生のお話よくわかります。この戦後処理問題の懇談会の報告を受けましての政府の対応といたしましては、先生のおっしゃいますように、藤波前官房長官が昨年の五月二十一日の参議院の内閣委員会で、戦後処理問題の意味の深さを考えると、いろいろな御意見をお持ちの方々に御意見をお寄せいただく機会を持つとか、あるいはできるだけ丁寧であるべきだと考えており、特別基金検討調査室としてそのように取り組んでいくようにしたいとお答えになっておるわけでありまして、総理府の検討調査室におきまして、この一般戦災者の方々の問題につきましてできるだけ丁寧な対応をしていただくように、私からも改めて総理府に十分なお願いをいたしたい、このように思います。
○片山甚市君 大臣、一歩突っ込んで聞きますが、私が申し上げたのは、丁寧じゃなくて、戦災障害者をそのメンバーの中に入れてもらえるような強さを持ってもらいたいということでありまして、大臣が丁寧にやってもらうのはいいんですが、総理府が、そういうような今まで何回も何回も問題提起をしたものについてしておりませんから、できるようにしてもらいたいんです。
○国務大臣(今井勇君) 先生の御要望につきましてはよくわかりましたので、総理府と十分に打ち合わせをさせていただきたいと思います。
○片山甚市君 聞くところによると、昭和五十二年につくられた社団法人日本戦災遺族会という組織がありますが、政府は、戦災被害者を代表する団体として認知し、政府の戦没者慰霊行事に参加費の補助を出しておるそうです。 一方、愛知県など一部自治体で若干の援護措置を受けている全国戦災傷害者連絡会、会長は杉山千佐子さんでありますが、これの会員の中にも戦災死亡者遺族があるにもかかわらず戦災遺族としての何らの措置を講じてもらったことはない。にもかかわらず、特別基金検討調査室から日本戦災遺族会に対して戦災当時の実態調査と意見を求め、遺族会は下部機関に調査をおろしたということであります。それ自体云々する必要はありません、それはいいことですが、この調査が他の戦災遺族を抱える団体には及ばず、自民党直系の団体だけであるということ、ましてや戦災障害者の実態など何一つ調査に反映しておりません。このようなことは片手落ちの政策でありまして納得できない。一般戦災被害者の実態を把握する適切な方法を示してもらいたいと思うんです。 私が今申しましたのは、自民党の山口シヅエさんを会長にした団体であることは事実です。私たちは運動して全傷連をつくって頑張っている、私たちが戦時災害援護法を出しておることに対応するために。この団体は要求しませんから、お祭りだけしてくださいと要求する団体です、この日本戦災遺族会というのは。私たちは軍人軍属と同じような措置をとってほしいということです。しかしそれはそうでなくても、戦災死没者遺族などがどういうふうにしておるかということについての調査をするときには、私たちの団体である全国的な全傷連のメンバーにも言葉ぐらいかけたらどうでしょうか。それができないから私は先ほどから総理府の餓鬼はというか、やつは承知をしないと、こう言っておるわけです。餓鬼と言ってもいいんです。人なんて言いやしない、総理府がやっておるんですから。それは調査をやったのは内閣の方でやっておるんです。 国会議員がおもしろ半分に議員立法出しませんよ。あなたら総理府はそう思っているでしょう、総理府の餓鬼ともは。勝手に出しているんだと、議員立法というのは。全野党が一致しているんですよ。確かに数が十か十五か足らないから辛抱しておるけれども、これ十か十五かこちらがふえたら思うとおりになるんです。そうでしょう、一票の差でやっておるんだから。これをばかにするということはあり得ない。先ほど下村委員の御答弁についても高慢な言葉で、温かみのある言葉でなく高慢な言葉でしたから私は激怒しておる次第です。少し日常よりも言葉は荒っぽいけれども、総理府の方に今のことについて抗弁することがあったら抗弁、答弁じゃないですよ、私の言うことについて文句があるんだったら言ってくれ。
○説明員(杉浦力君) 私の方から先生のお話に抗弁というような言葉を申し上げるものはございません。 ただ、総理府の方は、戦後処理懇で一応中心といたしますものが、先ほどからお話に出ております三問題を中心にいたしまして、そして一般戦災の問題につきましても処理懇で留意をして頭のどこかに置きながら御議論されたというふうに伺っておりますものですから、それに基づきまして実情調査、この実情調査も個別の施策をするための実情調査ではなくて、特別基金をつくるための、基金の事業としてどういうものがいいかという点を中心にいたしました調査をさせていただいておるわけでございます。 したがって、特に中心となっております三つの問題につきましては、個別の方の意見を伺ったわけでございますが、そのほかに、これらの三つの問題の方々が集まってつくっておられます団体の方につきましても、団体の意見として基金の事業でどういう事業が望ましいと思うかという点をお聞きしたわけでございます。それに関連いたしまして、先ほど先生から御指摘のありました戦災遺族会にも、先ほどの留意をされておったという点を配慮いたしまして、御意見を伺ったという次第でございます。
○片山甚市君 だから片手落ちだと言うんです。自民党の外郭団体には連絡できたけれども、私の方の全傷連という全国戦災傷害者連絡会というところがあるんですが、それはあなたたちの大臣に毎年会っているわけですよ。会わない年というのはめったにないんです。そこであなたの方の厚生大臣が軽い証拠に、総理府はそんな文書はもらってないつもりでおるんです。そのときに伝えますと言っただけなんです。伝えたら、日本戦災遺族会の連中じゃなくてこの人にも連絡するのは当然ですが、私たちにも連絡があるべきはずがしてないですね。それを言うと知らぬふりをするわけです。何もそういうところの団体にしたからけしからぬと言っているのではない。するならば、あなたたちと対に話しておるんですよ、議会を通じて。議員立法しておるわけですよ。これについては一般の個々の問題は言ってないですよ、私たちは一般戦災の問題について。ですから、間違いですから総理府の非を改めてもらいたいのです、大臣から。あなたたち、増岡大臣が本当に言ってない証拠です、総理府に。あなたの方がうそを言うておるんです。言っておったらちゃんと頭にあるはずですよ。頭に置いてやりましたら日本戦災遺族会しかなかったとぬかしておる。ぬかすんですよ。言っておるのと違うんですよ、この餓鬼は。ちょっと答えてください。
○国務大臣(今井勇君) 今おしかりを受けたようでございますが、再度きちっとお伝えいたします。
○片山甚市君 大臣が言わないと、ほかの方が言っても聞きませんから、ひとつ今井大臣の方で……。 特別基金検討調査室のスタッフが論外国に派遣。され、それぞれの国の恩給、補償制度について調査をしてきたようですが、その概要について簡単でよろしいから御説明願いたいと思います。
○説明員(杉浦力君) 先ほどから申し上げておりますように、私どもが今後検討したいと思っております基金の事業に役立つ資料といたしまして、先生御指摘のような外国の調査をいたしております。参りました国は全部で八カ国。これにつきましては、関係省庁の御協力を得まして資料等の収集に当たっております。 ただ、資料を収集いたしております中心の議題は、先ほどから申し上げておりますが、基金の事業に参考になる資料という前提をつけまして、退役軍人に関する問題、それから戦争捕虜に関しての問題、そしてもう一つがいわゆる日本で申し上げます在外財産、財産を国外で喪失した人に対する問題、こういった点につきまして情報を集めております。 ただ、今その整理をいたしておりますので、どういう格好のものになっておりますかはまだちょっと御報告しかねるところでございます。
○片山甚市君 時間が来たようですから急いで話をしますと、西ドイツにおける戦争犠牲者援護法が、一般市民に対する援護の適用があることを私は承知しておるんですが、私たちは当然、国家補償の精神に基づき一般戦災犠牲者に対する援護が行われるべきものと考えます。これは戦時災害援護法の成立を見なければできないことでありますが、そこで当面の対策として、行政が検討しておる基金制度の内容には、戦災遺族、戦災障害者に対する施策、それにふさわしい事業が行われるべきだと思いますが、今の話では難しそうですが、どうですか。厚生省としては私の意見どうですか。
○説明員(杉浦力君) 先生の御質問の趣旨、私の方でなくて厚生省の方かもわかりませんが、私どもの現在考えております範囲で申し上げますれば、特別な措置を必要とする事業は基金ではなかなか難しいと。 したがって、基金で議論いたしましておりますのも、基本的には先ほど来の三問題が中心で、それに関連いたしまして事業を検討するという点が基本でございます。
○片山甚市君 時間が来たようですから。 今次大戦における国民のとうとい戦争犠牲を銘記し、かつ永遠の平和を祈念する意味で、国の施策は、戦後処理として片づけてしまうのではなく、平和を守るあかしとして今後とも具体的な施策をすべきだと思います。その意味からも、一般戦災犠牲者、特に戦災障害者の切実な訴えを聞き届けてもらいたい。 ただ、第九十四回国会で高杉委員から杉山千佐子参考人に質問した事項で彼女が答えたことについて少し読んで、そのことについての大臣の所感を聞いて終わります。 私は、昭和二十年三月二十五日の未明、名古屋のあの大空襲で防空壕に生き埋めになりました。眼帯を外さしていただきます。 女性としてこんな悲しい姿になりました。顔面に醜い傷跡を残し、左の目は爆弾の破片で眼球破裂し、そして右の目も網膜を痛められ、現在視力は〇・〇四よりも以下になっております。絶えず左手は神経を冒されてけいれんと激痛とに襲われ、三十数年間、ああきょうはよかったと思う日はなく、本当に灰色の人生を過ごしてまいりました。同じ日に、生後わずか七カ月の女の子が生き埋めになり、いまもって大脳障害を起こし、痴呆、本当に物も言えない生きた化石のような人間になっております。 こうした事例は時間があれば幾らでもお話し申し上げたいのですが、時間の制限もございまして、一つ一つ挙げるわけにいきません。私たちは、太平洋戦争のとき国家総動員法令というもので、安全なところへ逃げることはもちろん許されておりません。お国のためと、火たたきとわずかな水と砂とでもって戦ったのです。 空から降ってきた焼夷弾、爆弾、よく雨あられのごとくと申しますが、本当に寸断なく降り注ぎました。もんぺに火がつき、防空ずきんに火がつき、多くの者は泣き叫びながら火の中に消えていったのです。幸い命の助かった者も、こうした醜い姿になって現在、地をはうように生き続けております。軍人軍属には、それぞれに手厚い補償がなされましたが、私ども民間戦災障害者には今日まで何の補償もないのです。 ということを中心に証言していますが、制度としてないのですから、これをすぐにしてくださいと言いませんが、このことをきちんとすることが戦後処理の問題になるということで私は強調しておきます。 大臣は、気持ちの上でおわかりであっても、公式に答えられないとすれば非常に残念ですが、所感を述べていただいて、私の質問を終わります。
○国務大臣(今井勇君) 戦災によりまして障害を受けられ、今日までいろいろな御苦労をなされました方々に対しましては、本当に心から御同情を申し上げる次第でございます。 先生おっしゃいましたように、きょうの委員会の終了後、全国の戦災傷害者連絡会の御要請を直接お受けすることにいたしておりますので、その切実な声を十分にお伺いいたしまして、政府でも、政府部内で検討をさせていただきたい、また総理府にも十分お伝えをすることにいたしたい、そう思うものでございます。
○片山甚市君 終わります。
○委員長(岩崎純三君) 他に御発言もなければ、両案に対する質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岩崎純三君) 御異議ないと認めます。 それでは、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題とし、討論に入ります。 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。――別に御発言もないようですから、討論はないものと認めます。 これより採決に入ります。 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を問題に供します。 本案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(岩崎純三君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。 中野君から発言を求められておりますので、これを許します。中野君。
○中野鉄造君 私は、ただいま可決されました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対し、自臣民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党・国民会議、日本共産党、民社党・国民連合、二院クラブ・革新共闘の各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。 案文を朗読いたします。 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、次の事項につき、速やかに格段の努力を払うべきである。 一、戦没者遺族等の老齢化の現状及び生活の実態にかんがみ、国民の生活水準の向上等に見合って、今後とも援護の水準を引き上げ、公平な援護措置が行われるよう努めること。 二、戦没者遺族等の高齢化にかんがみ、海外旧戦域における遺骨収集、慰霊巡拝等について、更に積極的に推進すること。 三、生作未帰還者の調査については、引き続き関係方面との連絡を密にし、調査及び帰還の促進に万全を期すること。 四、訪日調査により肉親が判明しなかった中国残留日本人孤児について、引き続き肉親調査に最大限の努力をするとともに、今後とも、日本人であることが判明した中国残留孤児については、すべて訪日調査の対象とすること。 また、帰国を希望する日本人孤児が一日も早く日本に帰国できるよう、中国帰国孤児定着促進センターのほかに民間施設の活用等その、受入体制の一層の整備を図るとともに、関係省庁及び地方自治体が一体となって、広く国民の協力を得ながら、自立促進対策の総合的実施に遺憾なきを期すること。 五、かつて日本国籍を有していた旧軍人軍属等に係る戦後処理のなお未解決な諸問題については、人道的な見地に立ち、早急に、関係省庁が一体となって必要な措置を講ずるよう検試すること。 六、ガス障害者に対する救済措置は、公平に行うとともにその改善に努めること。 七、法律の内容について必要な広報等に努める等更にその周知徹底を図るとともに、相談体制の強化、裁定等の事務の迅速化に更に努めること。 右決議する。 以上でございます。
○委員長(岩崎純三君) ただいま中野君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(岩崎純三君) 全会一致と認めます。よって、中野君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。 ただいまの決議に対し、今井厚生大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。今井厚生大臣。
○国務大臣(今井勇君) ただいま御決議になりました附帯決議につきましては、その御趣旨を十分尊重いたしまして努力いたす所存でございます。
○委員長(岩崎純三君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岩崎純三君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 次に、原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、討論に入ります。 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。――別に御発言もないようですから、討論はないものと認めます。 これより採決に入ります。 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を問題に供します。 本案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(岩崎純三君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。 高杉君から発言を求められておりますので、これを許します。高杉君。
○高杉廸忠君 私は、ただいま可決されました原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対し、自由民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党・国民会議、日本共産党、民社党・国民連合、二院クラブ・革新共闘の各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。 案文を朗読いたします。 原手爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対する 附帯決議(案) 政府は、昨年、本委員会において死没者への弔意を込めて採択した恒久平和への決意及び被爆者対策充実に関する決議を尊重し、また、広い意味における国家補償の見地に立ってその対策が講じられるべきであるとの原爆被爆者対策基本問題懇談会の意見等にかんがみ、被害の実態に即応した援護対策を一層拡充するよう努めるとともに、次の事項についてその実現に努めるべきである。 一、昨年行われた死没者を含む実態調査の速やかな解析、その集大成を図ること。 二、被爆者の障害の実態に即して所得制限を撤廃するとともに、医療特別手当等については、他制度との関連も考慮し、生活保護の収入認定から外すことについて検討すること。 三、原爆症の認定については、被爆者の実情に即応するよう、制度と運営の改善を行うとともに、健康管理手当の認定についても、制度の趣旨が生かされるよう地方自治体を指導すること。 四、原爆病院の整備改善を行い、病院財政の助成に十分配慮し、その運営に当たっては、被爆者が必要とする医療を十分受けられるよう万全の措置を講ずるとともに、被爆者に対する家庭奉仕員制度の充実及び相談業務の強化を図ること。 五、被爆者とその子及び孫に対する放射能の影響についての調査、研究及びその対策について十分配慮するとともに、原爆医療調査機関の一元一体化について検討し、その促進ること。 六、放射線影響研究所の研究成果を、被爆者の健康管理と治療に、より役立てるため、運営の一層の改善、同研究所の移転、原爆病院との連携強化等につき検討すること。 七、本年、期限切れとなる在韓被爆者の渡日治療について、制度発足の趣旨にかんがみ、その継続を図るよう努めること。 右決議する。 以上でございます。
○委員長(岩崎純三君) ただいま高杉君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。 木附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(岩崎純三君) 全会一致と認めます。よって、高杉君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。 ただいまの決議に対し、今井厚生大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。今井厚生大臣。
○国務大臣(今井勇君) ただいま御決議になりました附帯決議につきましては、その御趣旨を十分尊重いたしまして努力をいたす所存でございます。
○委員長(岩崎純三君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岩崎純三君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ―――――――――――――
○委員長(岩崎純三君) 次に、公衆浴場法の一部を改正する法律案を議題といたします。 発議者糸久八重子君から趣旨説明を聴取いたします。糸久君。
○糸久八重子君 ただいま議題となりました公衆浴場法の一部を改正する法律案につきまして、日本社会党、公明党・国民会議、日本共産党、民社党・国民連合、二院クラブ・革新共闘を代表いたしまして、提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 本年は、売春防止法制定三十周年に当たる年でありますが、政府公認の集娼制度は解体されたものの、売春の形態は多様化し、潜在化して第三者による女性の搾取は後を絶ちません。 「国連婦人の十年」の起点であった一九七五年の国際婦人年メキシコ会議において、婦人の人格の尊厳及び肉体の不可侵が宣言され、人身売買及び売春の禁止が決議されています。また、一九七九年十二月、第三十四回国連総会において採択された女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約第六条においても、「締約国はあらゆる形態の女子の売買及び女子の売春からの搾取を禁止するためのすべての立法を含む適当な措置をとる」旨規定されているところであります。この条約の批准、加入国は、我が国を含め現在既に八十五カ国にも及んでおります。 我が国においては売春防止法によって売春は禁止されているとはいえ、さまざまな売春の形態が存在し、社会環境は年少者の性的非行や少女売春を生み出す大きな要因となっています。また、暴力団や業者による売春の強要は外国女性、主としてアジアの各国にも及んでおり、海外からの非難も浴びています。それらはしばしば風俗関連営業たる個室付浴場業その他各種の接客業者の仲介や強制によるものであり、このまま放置しておくならば売春防止法はその意義を全く失うものとなりましょう。中でも個室付浴場業の業態は売春の温床と化し、風俗関連営業の距離規制の悪用によって全国各地に集娼地域を発生させており、そこで役務を提供する女性に対して、浴場業者は、事実上の管理売春による搾取を行っています。また、これらの業者と結託するひも、暴力団などによる売春の強制、搾取など女性の人権侵害は目に余るものがあります。 かかる実情を見るとき、売春防止法の実効性を補完するための一助として、個室付浴場業において異性による役務を提供させることを禁止し、売春の温床を多少とも取り除く必要があります。 これが、ここに公衆浴場法の一部改正案を提出する理由であります。 次に、この法律案の内容について、その概要を御説明申し上げます。 まず第一に、営業者は、浴場業の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供し、また異性の客に接触する役務を提供する者に当該役務の提供のために当該個室を使用させてはならないものとしております。 第二に、都道府県知事は、必要があると認めるときは、立入検査等を行うことができるとともに、違反した営業者には、浴場業の許可を取り消し、または営業の停止を命ずることができるものとしております。 第三に、第一の規定に違反した者は、これを六カ月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処することにしております。 なお、この法律は、公布後二カ月を経過した日から施行するものとしております。 以上がこの法律案の提案理由及び内容の概要であります。 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
○委員長(岩崎純三君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。 本案に対する質疑は後日に譲ります。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時五十九分散会 ―――――・―――――