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104回国会参議院1986/04/22

社会労働委員会 第10号

発言数
7
登壇者
3
会派数
3
開催日
1986/04/22

会議録

岩崎純三自由民主党・自由国民会議

○委員長(岩崎純三君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る十八日、松岡満寿男君並びに野田哲君が委員を辞任され、その補欠として前島英三郎君並びに和田静夫君がそれぞれ選任されました。     —————————————

岩崎純三自由民主党・自由国民会議

○委員長(岩崎純三君) 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。  まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。今井厚生大臣。

今井勇自由民主党・新自由国民連合厚生大臣

○国務大臣(今井勇君) ただいま議題となりました原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。  広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者については、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により、健康診断及び医療の給付を行うとともに、原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律により、医療特別手当等の支給を行い、被爆者の健康の保持増進と生活の安定を図ってまいったところであります。  本法律案は、被爆者の福祉の一層の向上を図るため、医療特別手当等の額の引き上げを行うこととし、原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正しようとするものであります。  以下、その内容について御説明申し上げます。  まず第一は、医療特別手当の額を、現行の月額十万八千円から十一万八百円に引き上げることであります。  第二は、特別手当の額を、現行の月額三万九千八百円から四万八百円に引き上げることであります。  第三は、原子爆弾小頭症手当の額を、現行の月額三万七千百円から三万八千百円に引き上げることであります。  第四は、健康管理手当の額を、現行の月額二万六千五百円から二万七千二百円に引き上げることであります。  第五は、保健手当の額を、一定の範囲の身体上の障害のある者等に対し支給されるものについては、現行の月額二万六千五百円から二万七千二百円に、それ以外のものについては、現行の月額一万三千三百円から一万三千六百円に引き上げることであります。  以上がこの法律案の提案理由及びその内容の概要でありますが、この法律案につきましては、昭和六十一年四月一日から施行することとしておりましたものを、衆議院におきましては公布の日から施行し、昭和六十一年四月一日にさかのぼって適用することとするとともに、これに伴う経過措置を規定する修正がなされております。  何とぞ、慎重に御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願い申し上げます。

岩崎純三自由民主党・自由国民会議

○委員長(岩崎純三君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。  本案に対する質疑は後日に譲ります。     —————————————

岩崎純三自由民主党・自由国民会議

○委員長(岩崎純三君) 次に、戦時災害援護法案を議題といたします。  発議者片山甚市君から趣旨説明を聴取いたします。片山君。

片山甚市日本社会党

○委員以外の議員(片山甚市君) 私は、ただいま議題となりました戦時災害援護法案につきまして、日本社会党、公明党・国民会議、日本共産党、民社党・国民連合、二院クラブ・革新共闘を代表いたしまして、提案の理由を御説明申し上げます。  既に戦後四十年を経て、あの忌まわしい戦争への記憶が一段と風化し、新しい戦争への危険さえもささやかれる中で、なお戦争の傷跡が生活を圧迫し、生命と健康を失った多くの一般戦災者が、国から何らの援護を受けることなく、戦争犠牲者として傷病苦と生活苦にあえぎながら余命をつないでいる現実を放置することはできません。  私は、これら戦災者の心情と、報われることなく高齢化し、亡くなられる方々の続出する日々に思いをいたすとき、援護の手が一刻も早く差し伸べられる必要を痛感せざるを得ないのであります。  振り返ってみますと、さきの大戦では、原爆投下を含め米軍の無差別爆撃によって、銃後と思われていた非戦闘員とその住居までも一瞬にして戦場に変わり、我が国全土にわたる諸都市が焼き払われました。  昭和二十年四月十三日の状況窮迫せる場合に応ずる国民戦闘組織に関する閣議決定は、「新たなる兵役義務により、真として動員し、統帥権下に服役せしめ得る必要な法的措置を講ずること」を決め、昭和二十年六月二十二日に、即時公布された義勇兵役法では、「国民義勇隊に参加せしむべきものは、老幼者、病弱者、妊産婦等を除くの外 は、可及的広範に包含せしむるものを徴兵する」とし、いわゆる国民皆兵体制をつくり上げたことによっても、当時既に平和な銃後は存在せず、戦場そのものとなっていたことは明白であります。  これによる一般市民の死傷被害は、沖縄を除いても優に八十万人を超え、罹災人口は実に一千万人を超すと言われています。中でも昭和二十年三月十日の東京大空襲は、わずか二時間余の爆撃によって全部の四割が一瞬にして灰じんと化し、炎の中で約十万の都民の生命を奪いました。その惨状は、イギリスの一物理学者をして、原子爆弾攻撃による荒廃化を除けば、今までになされた空襲のうち最も惨害をほしいままにした空襲であると指摘させるほどでありました。  昭和十七年二月二十四日に公布された戦時災害保護法では、昭和二十一年に廃止されるまでの間に十二万七千人の民間戦災者、傷害者、同遺族に対し、救済、補償もなされました。戦後、政府は、今日まで戦争犠牲者対策を、軍人軍属及びその遺家族など、昭和六十年末現在約十万人に限定してきているのであります。その後、準軍属と言われる人々などわずかな範囲の拡大はあったものの、銃後の犠牲者に対する援護の手は、基本的に皆無に等しいまま今日に至っているのであります。  一方、今次大戦の同じ敗戦国である西ドイツでは、既に昭和二十五年に戦争犠牲者の援護に関する法律を制定し、公務傷病と同視すべき傷害の範囲を極めて広範に規定したため、援護の手はあまねく一般市民にまで及び、その対象は昭和六十年一月においても百六十六万人にも上っています。  我が国の戦争犠牲者対策は、原爆被爆者に対する特別措置は別として、あくまでも軍人軍属等に限定しようとするものであり、こうした政府の態度は、大戦の過ちを衷心から悔い改めようとする姿勢に欠けるばかりか、軍事優先の思想が根底にあるのではないかとの疑念さえもうかがわせるのであります。  戦後四十年を経て、いまだに放置されたままの一般戦災者に対し、国の援護措置を望む国民の声は戦災地域にとどまらず、それ以外の自治体からも決議、意見書が多く寄せられており、一夜にして十万人近い人々の命を奪われた東京では、犠牲者を悼み、反戦平和を願う大集会が催され、その都度一般戦災者に対する援護が強く求められているところであります。本案は、このような国民の声を背景に、本案成立の日までは、いまだ戦後終わらずとの確信を持って作成し、再び提案するものであります。  次に、本案の要旨について簡略に申し述べます。  さきの大戦で空襲その他の戦時災害によって身体に被害を受けた者及び死亡した者の遺族に対し、戦傷病者特別援護法及び戦傷病者戦没者遺族等援護法に規定する軍人軍属等に対する援護と同様、国家補償の精神に基づく援護を行おうとするものであります。ただし、遺族に対する援護については、遺族年金にかえて一時金たる遺族給付金百二十万円を支給することとしております。  援護の種類別に申しあげますと、第一は、療養の給付、療養手当二万三千円支給及び葬祭費十一万三千円を支給することであります。第二は、更生医療の給付として、補装具の支給及び修理、国立保養所への収容並びに日本国有鉄道への無償乗車等の取り扱いであります。第三は、障害年金または障害一時金を支給することであります。以上、支給要件、給付内容はすべて軍人軍属等におけると同様であります。第四は、遺族給付金、五年償還の記各国債として百二十万円の支給であります。遺族の範囲は、死亡した者の配偶者、父母、子、孫及び祖父母で、死亡した者の死亡の当時、日本国籍を有し、かつその者によって生計を維持し、またはその者と生計をともにしていた者といたしております。第五は、弔慰金五万円の支給であります。遺族の範囲はおおむね軍人軍属等におけると同じであります。  最後に、施行期日は、公布の日から一年以内で政令で定める日としております。  何とぞ、御審議の上、速やかに本案の成立を期せられんことをお願いいたしまして提案理由の御説明を終わります。

岩崎純三自由民主党・自由国民会議

○委員長(岩崎純三君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。  本案に対する質疑は後日に譲ります。  本日はこれにて散会いたします。    午後零時二十一分散会     —————————————

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