決算委員会 第3号
- 発言数
- 268 件
- 登壇者
- 29 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1986/01/23
会議録
○委員長(丸谷金保君) ただいまから決算委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 昨二十二日、佐藤昭夫君が委員を辞任され、その補欠として橋本敦君が選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(丸谷金保君) 昭和五十八年度決算外二件を議題といたします。 本日は、文部省及び科学技術庁の決算について審査を行います。 ―――――――――――――
○委員長(丸谷金保君) この際、お諮りいたします。山議事の都合により、これらの決算の概要説明及び決算検査の概要説明は、いずれもこれを省略して、本日の会議録の末尾に掲載することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(丸谷金保君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 ―――――――――――――
○委員長(丸谷金保君) それでは、これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。
○本岡昭次君 文部省に質問をさしていただきます。 海部文部大臣、このたびは教育改革の最重要段階に再度文部大臣の大役、大変御苦労さんでございます。私は私なりの気持ちで一つの期待を持っておりますが、これからの一年間のおつき合いの中でいろいろと論議をさしていただきたいと思います。 大臣は、自民党文教制度調査会長として、臨教審に対してかなり批判的であられたようでございます。まず、その臨教審について伺います。 昨日、臨教審は、審議の経過の概要ですか、その三を発表いたしました。私もこれをさっと一読いたしまして、新しく教育制度の根本である教育の地方分権というのを改めて取り上げているところに大変興味を持ちました。しかし、この内容は教育委員会の統合とか教育委員会の内部の細々したことでありまして、余り内容的には賛成ができないのであります。私は文教委員会で、臨教審の岡本会長とやりとりした中で話題にしました教育長の承認制度の廃止、あるいはまた教育委員会が持っておるレーマンコントロール、あるいは住民自治、こういう基本理念を実現していく一つの方策として、教育委員の公選制の問題も再度検討してはどうかというふうなことも論議をしたのでありますが、抽象的には考え方として出ているんですが、具体的にその方策が出ていなくて非常に残念で、何とか基本答申にそうしたものを期待をしているのであります。 それからまた、過半数以上の都道府県教委から反対をされた教職適性審議会が、内部の論議の中からこれからの審議にまつという状態になっていることは、私は当然だと思います。できれば有害無益なこのような審議会が答申から姿を消すことを期待しているのであります。 また、同じような意味で、教員の研修は絶対必要でありますが、臨教審の言うような新任教員研修制度というようなやり方は、これも無理があるというふうに考えています。 それで、全体的に、現在の子供の教育に悩んでいる親や学校教職員、そして子供自身の願いからほど遠く、よく言われる二階から目薬というふうな状態で、過度の受験競争、文部大臣もとにかく入試制度を変えなければだめだというようなことを強調されているようでありますが、そうした問題をどうするのかとか、あるいはまた子供の正常な発達を妨げている偏差値教育、あるいはまた今社会問題化しているいじめとか暴力行為、非行、教師の体罰、こうした具体的な問題の解決に対してどう教育行政がかかわっていくのかということについては、ほとんど国民の期待にこたえていない内容ではないか、こう私は感じたのであります。 文部大臣として、この審議概要の三、当然内容を熟読されたと思うんですが、どういうふうにこの内容を受けとめられておりますか、初めにお伺いをしておきたいと思います。
○国務大臣(海部俊樹君) このたび文部大臣を拝命いたしました。一生懸命頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。 御質問の審議経過の概要についてでありますが、これは、先生もお読みいただいたように二百三十二ページありまして、二十一万を超える語数がございますから大変膨大なものでございます。ただ、この審議経過の概要の中に示されております八つの基本的に大切な問題点というのは、教育論議の中でいろいろな立場で皆さんが御指摘なさった問題が私は含まれておる。それなりに臨時教育審議会の経過をまとめられる御努力には敬意を表したいと思いますが、御指摘のように私もかつて文教制度調査会長という仕事を党でしておりました。そんなころ、いろいろ議論しましたのは、決して臨教審に対する批判というよりも、やはりよりよい教育に一歩前進、二歩前進していこうと思いますと、それぞれの立場で物を言いますと、全く完全に相合わない面も幾らかはあったかと思いますが、それはいい教育改革をしたいという願いで発言をしておったことでありますので、どうぞ御理解をいただきたいと思います。 また、指摘されておる問題点の中で、先生が言われるように家庭のお父さんやお母さんや国民の立場から見ると、いじめの問題とか暴力の問題とか、入学試験の過熱状況の問題とか、当面解決を迫る問題がいっぱいございます。それはそれなりに、当面の急務として臨時教育審議会に頼る前に、今の現行制度、現行体制の中でできるものは、例えばいじめについての対応であるとか、そういったことは文部省でも鋭意努力をしてやっておりますし、また臨教審の中でもそれらの問題について緊急な討議をしていただいて、その結果についても概要の中には触れられておるわけであります。 しかし、そういう表面に出てきておる病理的現象だけ対応しておればいいかというとそういうものではなくて、長い目盛りで、二十一世紀を目指してこの国がどういうような人材を必要とし、どんなふうに発展していくのか、それに対応する新しい目標の御議論も臨教審では願っておるところでありますし、具体的に御指摘になった新任教員の研修の問題にしましても、やはり教壇に立っていただくときにその先生が自信を持って立っていただくということは、その先生のためでもあるし児童生徒のためでもあるし、いろいろいい教育をするためには直接児童生徒に触れていただく先生の指導力とか資質とか、そういったものに影響されるところが非常にたくさんあるわけですから、私が現場を無視した教育改革はないといつも考えておりますことは、現場の先生が、まず第一義的に児童生徒に触れておって御指導いただくわけですから、その前に十分自信を持って立ち得るように研修をしていただくのは、私も個人としてそれはいい方向だなと思っておりますし、臨教審でも春の答申までにさらに具体的に詰めていただくテーマの一つになっておると伺っております。 そのほかに生涯学習の機会の拡大とか、地味な話ですが、高等教育をうんと改革して学問、教育の研究の水準をうんと高めていくことが国際化時代の日本には必要ではなかろうかという御指摘や、あるいは情報化時代への対応、教育行財政の問題、これらについても触れて御検討願っておりますので、私はそれなりの評価をして、答申に向けて広く国民の皆さんの意見もこれから聞いて回るわけでありますから、そういったことを踏まえていい答申が出てくるように期待をしておるわけでございます。
○本岡昭次君 たくさん文部大臣と議論をしてみたいんですが、時間がありませんので一つだけお伺いをいたします。 それは、今も大臣が述べられました新任教員研修制度の問題であります。新聞に書かれてあることを一々取り上げるのは余り好きじゃないんですが、それでも非常に重要なことが出ておりますので取り上げてみます。 一月六日の「ざっくばらん閣僚」というところに、海部文部大臣が述べておられることの中で非常に気になることがあるんですね。それは、新任教員研修制度について、「教職への向き不向きの問題もある。」、こう書いてある。教員になろうとして勉強して、採用試験に合格をして、それで現場へ配置されて、その上にその教師についてまた「教職への向き不向きの問題もある。」こう言われ、一年やってみて不向きなら事務職員に回ればいい。こう言われたら一体教員の養成制度のあり方、またこれ一体新任教員研修制度というのは何なのか、向き不向きを判断をしてだめなら事務職員に回せばいい、だめなら二年でも三年でも四年でもかかって立派な先生にするというんじゃなくてほかへ回せばいい、こういう感覚で新任教員研修制度が存在したら大変なことになる。まさか本気でこんなことを言われたんじゃない、これはマスコミの方がちょっと故意にこういうことをおもしろく書かれたのかなと思ったりしているんですが、これは文部大臣の本音であれば私はもう絶対我慢ならぬですよ、どうですか。
○国務大臣(海部俊樹君) 就任早々のインタビュー記事の中に御指摘のような表現がありますけれども、三十分ぐらいいろいろお話し合いをしたことがこれだけに凝固しておるんですが、私の真意を申し上げますと、児童生徒に直接触れていただく教師の立場、教師の責任というものは、やっぱりそれに向き不向きがあるという言葉を使いましたのは、私がこの前の文部大臣在任中に、新任教員の人でその雰囲気に耐えかねて今までなくしてしまった人の報告等も聞いておりましたし、ごく希有な例ではありましょうけれども、やっぱりそういったものがあるのかなということが頭にありましたので、その趣旨の発言をしたと思います。ただ、それが向いていないと本人が自覚して死んでしまうくらいならば、それはもっと向くような職場に誘導すべきではないだろうかという感じで物を言ったんでありますけれども、他の職種に行かれた方がいいのではないかというような思いがあって言ったことでありますから、表現としてここに言われるように、「不向きなら事務職に回ればいい。」というような、こういうことではお受け取り方に誤解をいただいてもいけませんので、今後はこういったことは他の向く職種をお考えになる方がいいのではないかというようなふうに考えておるのが私の本心で、職業に貴賎とか差別があるとは私は少しも思っておりませんので、向き不向きで議論をした、こういうふうに御理解をいただきたいと思います。
○本岡昭次君 それは、事務職に回ればいいというその内容は、あなたがおっしゃるように教員と事務職員の間に対する一つの職業上の差別感のようなものがあると私は感じます。それはそれでいいでしょう、あなたがそうじゃないとそう言っているんだから。 しかし教職の向き不向きを判断するために新任教員研修制度があるということは私は間違いだと思うんですよ。一人前の教師として教壇に立派に立てるようにするという、その中身は私はまだまだ問題いっぱい持っておりますが、まず基本的な考え方として、これはだめですね。そこで審査会のような形で結局教員研修制度が存在するということになれば、これは重要問題です。海部文部大臣、一体あなたはよい教師というのはどういうことによって本当はよい教師になると思うんですか。私は一つだと思うんです。子供と触れて子供との関係の中で変わることしかよい教師になる方法はないんですよ。先輩教師がどうであれ、海部文部大臣がいかに教育の学識経験豊かで文部大臣を何回経験されたかとかいう、そういうキャリアとかそんなものはだめなんですよ。子供はそのときどき皆変わります。町の子供、田舎の子供皆違う。北海道の子供と沖縄の子供、兵庫県皆違うんだ。それはその前に自分が直面した子供との間で立派な教師になる努力を本人がする以外はないんですよ。それをどんな立派な人が横について介添えをして一年間やるのかしらぬけれども、向きか不向きなんというのは、神様にもできないようなことをさせる、こんな恐ろしい文部大臣初めて。魔女狩りと一緒だ、これでは。これはもう絶対にあなたね、三十分の話を短縮したらこうなったんだじゃなくって、この表現そのものを撤回してもらわなければ私は文部大臣としてあなたは絶対ふさわしくない方だと思う。もっと僕はあなたは文部大臣として立派な資質を持っておられる方だと思っておったけれども、このことをこのまま肯定されていくんなら私はあなたに対する考えも変えないかぬし、文部大臣として不適格だと、こんな失礼なことを言わざるを得ぬだけの中身がこの新聞紙上といえどもあると思うんですよ。もう一度はっきりと性根を据えて答えてください。
○国務大臣(海部俊樹君) これは私はやっぱりその職業、それに対して向き不向きという言葉を使ったんでありますけれども、やっぱり向き不向きは希有な例かもしれませんがあろうと思います。ですからそういった意味で不向きだということを、むしろ私のここの発想は、あなたは不向きだと言うんじゃなくって、自分の方から研修の中でそういったことを自覚される人があったら、教壇に立ってからやめてしまったり命を失ってしまったりされるような例を防いだ方が、その人自身のためにもなるし教師のためにもなると私は思っております。ですから、教壇に立って児童生徒に触れていただく教師には、向き不向きがやっぱりあるのではないだろうかと私はそう思っておりますので、御理解をいただきたいと思います。
○本岡昭次君 それは一般的に通用するどこにもありますよ。議員だって向き不向きがあると言やそれは向き不向きがありますよ。あなただって文部大臣に向いているか向いていないかわからないですよ。あなたは向いていると思ったって周りの人は向いていないと言いますよ。だけど新人教員研修制度を新しくつくる、何のためかというときに、あなたの言うようなことが基本になってはおかしいでしょう、立派な教師を育てるということが基本なんであって、向きか不向きかを分けることじゃないでしょうと私は言っているのに、あなたが向きと不向きを分けることだと言ったら、これは大変なことになると言っているんですよ。はっきりさしてください、そこを。
○国務大臣(海部俊樹君) 私は希有な例を申し上げたと初めから言っておりますけれども、新任教員の研修はおっしゃるとおりに教師として指導力を高め自信を持って教壇に立ってもらうための研修でありますから、初めから仕分けしたり不向きの人がたくさん出るなんていうことを想定しての発言では全くないわけでありますから、希有の例だということを申し上げておるんです。そして現実にもやはりほんの一部でありますけれども、教師活動を始められてからでもいろいろな問題が起きることもあるわけですから、できる限りそれを未然に防ぎたいという気持ちでこのことを、私もこういったことを考えて言ったわけでありますけれども、全体の精神は、それは先生おっしゃるようにせっかく入ってもらう先生ですから使命を果たして頑張っていただきたい、そのためによりよくやってもらうための研修制度だと、この考えはこれはもう当然のことでありますから、ここではっきりと確認をさしていただきたいと思います。
○本岡昭次君 その議論はきょうはそのぐらいでおいておきます。 それで、その新任教員研修制度はまだ何も法律化されたわけでも何でもないんですが、ただ、今四十人学級でさえもなかなかうまくいかない、第五次教職員定数改善計画というのがあって、そして専科教員をもっとふやそう、あるいは中学校の免許外担任というふうな状態もなくしていきましょう、事務職員もそれから栄養職員も、あるいは小学校にもっと専科教員をということで八万人の定数増の計画を立てたんですが、それが遅々として進んでいないという状態の中にあって、新任教員に対して一人ずつ先生をつけるというふうなことは、私はそう簡単にできることじゃないと思うんですが、文部大臣、どういう人がそれについて、そしてその人の待遇をどうするか、そうするとお金がどのぐらいかかるかという問題の裏づけがなければ、これはなかなかそう簡単にいくことじゃないと思うんですが、その点はどう考えておられますか、予算の面は。
○国務大臣(海部俊樹君) これは今まだ答申が出てくる前の段階でありますし、余り予断と憶測を持って物を申し上げることは慎まなければならぬことでありますし、同時に研修制度がもし仮に答申できちっと出たとしても、それは文部大臣がああしろ、こうしろ、だれをつけろと言うことじゃなくって、教育委員会がそれぞれの御判断、特色を生かして、その制度、趣旨に従って具体策はお考えになることであろうと思っておりますので、答申が出るまでは、どんな議論がこれから答申に向かって積み重ねられていくのか、地方の御意見等も聞くわけでありますから、それを見守っておりたいと思っております。
○本岡昭次君 これは文教委員会で論議さしていただきます。 それで次に、具体的に現場の模様をぜひ文部大臣に聞いていただいて御意見をいただきたいんであります。それは養護教諭の未配置校というものが現にたくさん存在するということ、これ御存じだと思います。私は、養護教諭の未配置校について、兵庫県で多紀郡という郡とそれから養父郡というこの二つの郡の養護教諭のいない学校でどういう状態が日々の教育実践活動、子供の生活の中で問題が起こるかということも調査を今ずっとやっております。現在、調査の中間的なものでありますが、こういうことが出ているんであります。それは多紀郡の小学校六校に養護教諭がいないんであります。養護教諭がいないということは、本来養護教諭がやるべき学校の保健事務、保健的行事あるいは子供の病気、けが、さまざまなものに、授業を受け持ち学級を担任している教諭がそれにかわらなければならぬということが絶えずそういう学校では起こるんですね。 それで、この六校でこの六月から十一月までの調査をやりました。夏休みが入っておりますから実際は四・五カ月ほどなんですが、何と、その養護教諭が本来すべき仕事を教諭が肩がわりしたということによって、子供の授業に必要な時間が欠けた。それが六千九百六十分、時間数にして百十六時間というふうに統計をされているんです。それでその内訳は、病院や家庭へ送っていく時間が三千六百二十五分、身体検査等の保健行事に要した時間が二千四百九十五分、そのほか八百四十分。本来ならばこれは養護教諭が担当すべき仕事を教諭が子供を自習させ、そして子供を別な状態に置いて代行した時間なんですね。しかも、田の方ですから、子供がけがする、病気するとすると、直ちに子供を自習さして、その子供を自分の車に乗せてそして病院まで運んでいかにゃいかぬと。その途中もし事故に遭うたときに、その運んでいる教諭は本務でないから何ら保障がない。細かいこと言えば、ガソリン代を多く使ってもそれは自費でやらにゃいかぬと。まさに自家用車を持っている教師がそういうことを全部代行して、子供は自習させて、一時間、二時間、三時間ということをやっている。今までは家庭に親がいたからいいですけれども、共稼ぎというのは、田舎でもゴルフ場ができたりいろいろあって家に親がいない。仕方がないから教師が親のかわりもやって、半日丸々学校をあけにゃいかぬということが起こっている。それをまた統計をとっているんですね。しかも、保健の問題で、四月には御存じのように身体検査、いろんなことがある。養護教諭がいないから、保健担当の教諭ができるんです。その人はお医者さんの横にいて、歯科であれば歯科の道具を洗ったり、いろいろ看護婦さんがするようなことを代行してやらなければ学校の身体検査が進んでいかない。その間、学級担任でありますけれども、その担任はそのまま放置して自習だということでそれに当たらなければならぬ。体重測定しかり何しかり、全部それは学校には養護教諭がいるということでもっていろんな任務分担がされているわけなんですね。そういうことが田舎の学校では起こっている。六学級では六人の担任がいて、余分の教師は一人もいない。私は、一体、こういう状態が許されていいのかと。学校では、まさに欠陥学校だと思うんですよね。欠陥学校だと思うんです。特に中学校でそういう状態にあるのがひどい。思春期になって心の悩みなんかいっぱい持った子供がばっと保健室に駆け込んで養護教諭の先生と話し合っている姿をたくさん私見るんですが、保健室はあってもそこに養護教諭がいない中学校、これはもう大変であります。 私は、こうした状況を具体的にこれどう解決するのかということ、もちろん二十一世紀に向けて次の代を育てると言うけれども、今そういう状態の中で苦しんでいる子供、教師、私その声がばんばん耳に聞こえるんですよ。文部大臣、まずこういうところから一つ一つ手がけていただけませんか。やっぱり政治というのは、電気のないところに電気を送ってそこに光を当てる、小さな谷間、谷間、政治の光の当たっていないところに当てていくのが政治だと思うんですよね。だから、養護教諭のいない学校をどうするかということを、それをあなた、文部大臣としてこの一年間そこをきちっと対応していただいたら、それは皆山間僻地なんですよ、過疎地なんです、そこに起こっている問題は、医者もいない。これだけでも私はすばらしい文部大臣だと思うんですよね。もっともっときちっとまとめて私は文教委員会で言いますけれども、この問題についてひとつ文部大臣の、こういうところで頑張っている教員に対して勇気を、自信を、将来はこうなるんだと、頑張っておれば、養護教諭が私たちの学校にやがてまた来るんだということに対しての展望をきちっと与えてやっていただきたいと思うんです。
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように学校で、保健室で心の触れ合いを大切にしてもらったり、児童生徒のために養護教諭の皆さんが果たしておる役割は私は十分承知をいたしております。同時に、御指摘があったように、すべての学校に配置されていないという現状も承知しております。このことについてはすべての学校に配置するのが理想であることは間違いございませんので、たしか昭和五十四年度の調査によりますと配置率は七七%。そこで、すべての学校に一挙に配置しようと思いましても、ここはちょっと苦しい言いわけになるかもしれませんが、諸般の他の政策との整合性や財政状況等がありまして直ちにできませんでしたから、昭和五十五年度に第五次改善計画をつくって、昭和六十六年度までに九六・八%となるような計画をつくって、今その計画の途中であります。ですから、予算編成の時期等に一生懸命努力をして、そこに対する配置が確実に行われていくように鋭意努力をさせていただこうと決心をしております。 なお、御指摘になった具体的なことについては、ただいま初めて承ったことでありますので、また後ほどお答えをさせていただきます。
○本岡昭次君 時間もありませんので、要望しておきますが、今おっしゃいましたように第五次教職員定数改善の中でその問題は盛り込まれているんですが、遅々としてその定数がふえていかないわけなんですよ。だから、本当におっしゃるように四十人学級が完成する昭和六十六年のときに養護教諭が今おっしゃいました九六%か七%か、全校配置に近い状態を責任を持ってやる。それは絶対やっていただかないと、こういうところで頑張っている教員たちに対するやっぱり勇気を、希望を、おれたちも頑張っているけれども文部省も一生懸命やってくれるんだというものがなければどうもだめだ。 それと、今言ったように、自動車で、自家用の自分の車でもって、そして子供を、けが人を、病人を搬送していく教員、重病人だったらだれかもう一人つかにゃいけませんわね。もし途中で事故があっても一体それが教師の本務なのかどうなのかということを問われるんですよ。そこら辺の問題そうしたら一体どうするんだという問題も、小さい話だけれども、ガソリン代を使ってもそれはサービスなんだというふうなことで果たして通用するのかという、そういう細かい問題についてもひとつ文部大臣注意を払って対応をしていただきたいということを要望しておきます。 それから、もう時間がありませんので、質問の中には国士舘大学の問題とか、あるいは日生学園の問題、いろいろ聞きたかったのでありますが、また文教委員会に譲りまして、一つだけ、私が日生学園の問題を、去年からずっと三重県の問題を取り組んできました。文部大臣もお隣りの県の問題でありますからかなり関心を持っておられるんじゃないかと思います。それで、これは私学の高等学校の問題ですから国会で一々大仰に私は取り上げるのもどうかとはいつも思っているんですが、しかし今問題になっておりますいじめとか教師の体罰とか学校におけるリンチまがいの暴行行為とか、そういうようなものを具体的にどうやってなくしていったらいいのかというのは、やっぱり具体的な事象を取り上げてそれの解決の方向を探っていって、そしてそれがやっぱり周りに波及していくと、こうやらなければ、一般的にこれはやっていたんじゃだめだという立場からこれを取り上げて、学校とも私は個人的にもいろいろ理事者とも話し合って、何とかしなさいという私なりの改善策を示唆をしてやっているという状況もあるわけなんです。にもかかわらず、やはりこれからの問題はかなり学校も頑張ってくれているようです。私の言う意見も取り入れて学校の運営改革も幾つかやっていただいておりますから、私は喜んでいるんです。しかし、過去の悪い状態の中で死亡、自殺のやむなきに至った子供、あるいは病気し、けがをし、そして現在入院している子供、そのことによって退学をしてしまった子供等々の親はやっぱりその学校に対して我慢ならないわけですね。だから、とうとうその学校の教員を告発するという状況が新しく起こりました。僕はやっぱりこれは学校の対応がまずかったから、とうとう親が告発に踏み切ったんだと思います。 それで、文部大臣にもその事実を知っていただくために、ひとつ検察庁、どういう告発がこの問題に関して行われたのかということをちょっとここで報告をしておいていただきたいと思います。
○説明員(原田明夫君) お答え申し上げます。 お尋ねの件につきましては、昨年十二月に津地方検察庁に対して告発状が提出されたんでございますが、その内容につきまして若干不特定なところもございまして、それを補整していただきました結果、本年一月九日に告発を受理いたしまして、現在、捜査中でございます。 その中身につきましては、簡単に申し上げますと、五十九年五月から六十年の八月の相当長い期間でございますが、十数名の生徒が傷害あるいは暴行を受けた。それから、中には死亡する生徒がいた。また、自殺をする生徒がいたというような多数の事実でございまして、それにつきまして、氏名不詳者を含みます教諭、教員あるいは生徒につきまして、それぞれの責任を問うべきだという趣旨で告発がなされたものというふうに承知いたしております。現在、これにつきましては捜査中でございます。
○本岡昭次君 また、文教委員会でこの問題を取り上げていきたいと思いますが、ひとつ文部省も直接これを指導する立場にはないわけでありますが、三重県を通してこの日生学園の持っている暴力的体質の改善なり、あるいはまた、過去のそうした問題に対して責任を明確にして、そして、対応するようにひとつさらに強力な指導を要請をして、きょうの私の決算委員会での質問を終わっておきたいと思います。
○梶原敬義君 科学技術庁にお尋ねをいたします。 原子力船「むつ」の開発につきましては、昭和四十七年度末までに出力試験等を行って完成をし、以降二年間の実験航海等を行って、五十年度末までにすべての開発業務を終了するという、こういうことになっておりましたが、今日まで延び延びになって大変なお金がかかっておりますが、一体当初計画の開発研究費というのは幾らを見込んでスタートしたのか、最初にそれをお尋ねします。
○政府委員(中村守孝君) お答えいたします。 昭和五十年度末に研究終了をするということでの数字といたしましては、当初原子力船建造費も含めまして約百二十四億円という見積もりをいたしておりました。
○梶原敬義君 昭和五十九年度までこれは決算済みでありますが、国の使った、この「むつ」にかかった費用は幾らでございますか。
○政府委員(中村守孝君) 昭和三十八年度から昭和五十九年度まで原子力船の研究開発に関連いたしまして国が支出した経費といたしましては、原子力船事業団への出資金が約四百六十八億円。それから補助金として百五十八億円。それからこれは原船事業団へということでなく、直接科学技術庁から漁業振興対策事業ということで農林水産省に移しかえて使った経費が三十七億円。合計いたしまして約六百六十四億円という数字になっております。
○梶原敬義君 私が調査をしました数字よりは若干多いわけですが、さらに六十年度予算、今進行中でありますがこれが一体幾らで、六十年度見込みを入れますと合計で幾らになりますか。
○政府委員(中村守孝君) 昭和六十年度予算では新定係港建設費を中心にいたしまして原子力船研究開発に必要な経費として九十三億三千六百万円が計上をされておりますので、先ほど申しました数字にこの数字を加えますと約七百五十七億円という数字になります。
○梶原敬義君 さらに科学技術庁といたしましては、最終目的を達成するまでに一体幾らを見込んでおりますか。
○政府委員(中村守孝君) 昨年計画を変更いたしまして、おおむね一年をめどとする実験航海をするという計画に改めたわけでございますが、この結果六十年度から六十五年度末までの所要経費として国から追加支出される金額は約四百五十億円と見積もられておりますので、先ほどの五十九年度末までの国庫支出金六百六十四億円と加えますと、トータルで千百十四億円という数字になるわけでございます。
○梶原敬義君 非常に大変大きな金額になるわけですが、一体それだけ使ってどれだけの効果が今出ているか、中間総括としてひとつお伺いをいたします。
○政府委員(中村守孝君) 原子力船「むつ」の計画につきましては、御承知のような放射線漏れのトラブルを起こしまして、その結果その改修等に時間を費やしました結果、現状ではまだ出力上昇試験が行えないという状況でございまして、現在青森県の関根浜に新しい港を建設し、その港をベースにいたしましておおむね一年程度の実験航海をするということでこのプロジェクトを終結させるわけでございます。 そういう意味で、現在までにどういう成果が得られたかということにつきましては、これまで原子力船の建造ということでのいろいろな経験を経、その間におきます研究の成果という形ではまとまっておるわけでございますが、最終的にその原子炉の運転が実際に計画したとおりに動いたかどうかというようなことについての成果は残念ながらまだ得られていないという段階にございます。
○梶原敬義君 見通しはうまくいきますか。
○政府委員(中村守孝君) 私ども、前回原子力船の出力上昇試験ということで始めましたときに、不幸にして放射線漏れが起こりまして研究がそこで中絶したわけでございますが、その後この計画をどう進めるかにつきましては専門家の方々にもいろいろ御意見をちょうだいしたわけでございまして、その遮へいが技術が不十分であったためにあのようなトラブルを起こした。そういった点についての改修工事は十分完璧を期したつもりでございますし、そのほかその際に総点検を行いまして各部門にわたって専門家の意見を聞きつつ点検も行ったということで、今後関根浜の港ができ実験航海に入ればいろいろな研究成果がそこから生まれてくる。そして将来の原子力船「むつ」の研究開発に続く原子力船の研究の上にその成果を反映させていくことができるだろうと、私どもはそう考えておる次第でございます。
○梶原敬義君 いい成果を期待したいと思うんですがね、なかなか大変な金額をつぎ込んで、それに対する成果というのはこれは私はやっぱりもう問題にならないんではないかと思っております。 金額で、五十九年度までのこの「むつ」研究開発につき込みました金額、私がざっと調査をいたしました金額は少しさっきと違いますが六打六十五億五千万円、少し違うんですが、少ないんですが、これをベースにいたしまして、国のお金でありましても、予算でも全部これは資金コストがかかっておりますね。今まさに財政収支が結局不均衡でありますから、国債を発行して高い金利のお金を使っておりますが、本来ならこの「むつ」にかかった経費というのは、これまで昭和三十八年から投入した金額、毎年かかるその資金コスト、これを計算して、「むつ」にはこのぐらいの金がかかったんだと、そして将来それをずっと続けていけばこのくらいかかるんだと、こういうことが国民に対しては、本当に「むつ」に一体幾ら金がかかったのか、こういうことを知らせるためにはここをはっきりしなきゃならないんではないか、こう思います。 それで、先日科学技術庁の若い人がこの質問項目について尋ねてきましたが、金利の問題について、できればそっちでも計算ができぬかと、こう言ったら、なかなか金利まではと、こういうことですから、私が計算をしてみました。六百六十五億五千万円を対象に、現行の財投資金金利六・八%をもとに計算をいたしましたら、五十九年度末までに一千七百六十七億実質はもうかかっているんです。これは、大体このくらいは。それに六十年度の先ほど言われました九十三億を足すことになりますから、さらにこれが、次々にやっていくということになりますと、大変なお金がこれにかかってくるわけです。どうなんですか、この点については。私はそこまで厳密に、「むつ」にかかった、政府が投入した金というのはそこまで考えなきゃいけないと思うんですが、その点についていかがでしょうか。
○政府委員(中村守孝君) ただいまの御試算、ちょっと私どもそういう計算したことがございませんので、ちょっとその数字自体についてはコメントする材料を持っておりませんが、そういうことも心構えとして私ども外しまして、研究開発の経費の節減ということについては一層努力をしてまいりたいと存じます。
○梶原敬義君 しかも、政府がこれに出している項目といたしましては、出資金、補助金。出資金というのは、本来出資金の概念というのは、何か物が残ったり利益を生んだりそういうことなんですが、出資証券だけ恐らく大蔵省の中に残っておる。これは非常におかしいと思うんですがね、こういう状況で大変な金額を使っております。 それから、調べてみましたら、佐世保のドックで修理をするときに、あの岸壁に船をつないでおるだけで、当初皆さんが見積もっておったのは月に約二千万。つないでおくのに二千万ぐらいで見通しを恐らく立てておっただろう。それがだんだんこれは坪内さんが引き上げたのか、どうしてそんなに上がったのかわからぬけれども、月にあそこに係留しているだけで五千万ぐらいにはね上がっておるんです。当初あそこに係留をするだけで、岸壁につなぐだけで八億ぐらいの大体のあなた方の見積もりというのが二十三億ぐらいかかっておるんです。こういうべらぼうな想像できないようなことがどうして起こるんですか、どうですか。
○政府委員(中村守孝君) お答えいたします。 「むつ」の修理に当たりまして、修理港を選定することについても、ああいう放射線漏れというトラブルを起こした後でございますのでなかなかに難しい条件にあったわけでございますが、長崎県知事のごあっせんによりまして佐世保重工においてこれを修理をするということになったわけでございまして、佐世保重工のドックを使って修理をしたわけでございます。この係船料につきましては佐世保重工側の全体の運営上の問題もございまして、いろいろな関係の経費がかかったわけでございますが、その先生御指摘の使用料につきましては、単に岸壁に係留をするためだけの経費ということではございませんで、実は「むつ」がそこに係留されるということになりますと、その係留された岸壁は甲岸壁といっておりますが、その後背地が広うございまして、保安上あるいは「むつ」の修理のためにいろいろな資材置場等に活用するというようなこともございますし、さらに「むつ」の警備のために専従の警備員を配する。さらにはこうした甲岸壁にございますいろいろな建屋も使わせていただいたというようなことでございまして、こういったもろもろの経費を勘案いたしまして係船料という形でお払いいたしておりますので、単に船を係留させるだけということではなかったわけでございます。 いずれにいたしましても、当時のこの「むつ」の修理という難しい問題につきまして、この佐世保重工で修理をしていただくにつきましては、この費用の支払い等につきましても、先方様の御都合、いろいろなネゴシエーションが行われたわけでございまして、県知事のごあっせん等もいただきましてそういった金額で修理をさせていただいたというような事情にございます。
○梶原敬義君 佐世保のことは私も九州ですからよく知っておるんです。現地も私も「むつ」が入るときは行きました。 そこで、保安上とか、あるいは警備員とか建屋とか、こんなものは五千万円なら五千万円の月の係船料の中で言いますと何十分の一ですね。場所も私もよく知ってますよ。これは吹っかけられたんですよ、坪内さんから。これはまあ大分過ぎたことですから、だからそう言うのなら、保安上とかあるいは警備員とか建屋とか、あなたが言ったように一体トータル五千万円なら五千万円の月の係船料の中で一体幾らかかっているのか。きょうはもう無理でしょうから後ほど委員長、資料いただきたいんですが。
○政府委員(中村守孝君) 内訳が幾らということで、そういう経費が総合的に盛り込まれて最終的に全体で幾らという形になりましたので、そういう意味での今先生御指摘のような資料はちょっとございませんので、今の先生の御要請にはお答えしかねるということでございます。
○委員長(丸谷金保君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(丸谷金保君) それでは速記を起こしてください。
○梶原敬義君 それは契約はマクロにやっているからないと思う。ただ、先ほど言いましたように二千万が五千万にはね上がったと。その中で、そんなべらぼうな金額をと、こう言ったら、いや、その中には保安料も警備員も建屋もいろいろあると、こう言いました。これはもう微々たるものですよ、恐らく。五千万に対しては、少なくとも二百万もあれば済む話じゃないの。なぜこれを莫大な感じを与えるような答弁をするんですか。それは納得できませんよ。まともに答えたらどうですか。
○政府委員(中村守孝君) そういういろいろ、もろもろの経費もございまして、何分にも……
○梶原敬義君 どこが一番大きいんですか、どこが。もろもろの経費が大きいんですか。
○政府委員(中村守孝君) いや、もちろん岩壁の使用料が大きい部分を占めると思います。そういうことで、先方様とのネゴシエーションの中で決まった数字でございますので、そういう意味で、その内訳がどうということの御説明がしかねるものでございますのでそのように申し上げた次第でございます。
○梶原敬義君 時間がありませんから、また機会をつかまえて、この問題は全体を私は追及させていただきたいと思うんです。 科学技術庁長官、既に七百五十七億、さらに四百五十億投入、しかも、これは全部金利入れますと二千億近くになりますでしょうね、恐らく。そういうようなむだな、今政府は金がないときに、行革、行革、福祉は切り捨てし、しかも教育問題でももう大変地方にプレッシャーをかけて、こういう状況の中で、どうしてこの効果の上がらないことにどんどん金を費やすんですか。科学技術庁長官のお考えを承って一応。私はすぐ廃船をもう結論を出すべきだと、こう思うんですが、いかがでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) 科学技術庁長官を拝命されております河野洋平でございます。 今、委員御指摘のとおり、この「むつ」につきましては、長年にわたっていろいろなトラブルもあり、いろいろな場面に遭遇をしながら今日まできております。その間に、当初考えていた以上に巨額の金額がこの研究にかかっておりますことは委員御指摘のとおりでございまして、当初の計画を変更せざるを得ないこと甚だ残念でございますと同時に、委員の御指摘のような財政上の見地から見れば大変遺憾に思っておるわけでございます。しかし、これももう十分御承知のことでございますけれども、私ども科学技術庁の立場から考えましても、資源小国の我が国がこれから先二十一世紀をにらみ、あるいは世界有数の造船国でもある、あるいは海運国でもある、こういう従来の経験あるいは立場を踏まえて考えますれば、この研究に取り組むことは決して長い目で見れば我が国にとってマイナスだとは思っていないのでございます。十分に安全に配慮しながら、将来を考えて、先生御指摘のとおり、たとえ研究におきましても十分な経費等の節減にも心してこの研究はぜひやり遂げたい、そして未来の日本に必ずプラスの貢献をもたらしたい、こういう覚悟で臨んでおります。 この問題は自由民主党の中にもいろいろな御意見があったところでございますけれども、各方面の御意見を十分に伺いまして、今一つの方針に基づいて進行中でございますので、委員の御指摘を十分対処してこれから先もやってまいりたいと思いますので、どうぞひとつこの研究に長い目で見て応援をしていただきたいということを申し上げたいと思います。
○梶原敬義君 もう終わるつもりでしたが、新しい大臣が前から言われているわかりきったことを私は答弁が出てくるとは思わなかった。幾ら開発だからといって金かければいいものじゃないでしょう、恐らく。一千億といいますと、これは人口五十万ぐらいの都市の年間予算に匹敵するような金額ですよ。これは大変な人がここで生活できる金額ですよ。これはあなた、もっとやるなら問題のないように、事故の起こらないように、もっと最小限の金で効果が出るようにやらなきゃ、どんどん金使って、それで将来のことを言ったって、そんなものあてになりますかね。結果だってそれはもう大体、大臣が言っているような結果出ないんじゃないですか。だからもう少し、大臣の答弁は答弁として、それは立場もわかりますから、もう少し精査をしてやっぱり早急に見通しをつける、そのことを英断を持ってやっていただきたいことを要望いたしまして次に移らせていただきたいと思います。 それから、もう一つ科学技術庁ですが、宇宙開発事業団もいらっしゃると思うんですが、放送衛星のBS2aとBS2bの関係ですが、BS2bの打ち上げは一体いつになりますか。そうして、時間もありませんからもう簡単にいきますと、一体これは心配はないのか。打ち上げた後また悪かったと、既に進行波管の出力低下が問題になっておりますが、どうなのか。また保険の問題も、保険も大変高い保険料率で実質二五%、掛けた保険金は前回はほとんど、大部分は2aの場合は取れなかったわけですね。だからそういうことはないのかどうか、この点について伺っておきたいと思います。
○政府委員(内田勇夫君) 放送衛星二号b、BS2bと言っておりますが、これの打ち上げは二月の八日を予定しております。 それから、うまくいくのかという御質問でございますが、BS2aのふぐあいに関しましては、宇宙開発委員会の原因究明、検討結果を踏まえまして宇宙開発事業団が所要の対策を施した上、慎重に試験を行い、良好な結果を得ております。現在、二月八日の打ち上げに万全を期すべく種子島における最終的な打ち上げ準備作業を慎重の上にも慎重に進めておるところでございまして、私ども二月八日の打ち上げというものが成功するということを期待しております。 ほかの問題につきましては宇宙開発事業団からお答え申し上げます。
○参考人(岩崎隆君) 打ち上げ保険の御質問でございますけれども、いわゆる打ち上げ保険の責任期間でございますが、BS2aの場合には打ち上げ後九十日ということで設定をいたしました。今回BS2bにつきましては、これをもっと長くいたしまして、打ち上げ後百五十日ということを基本として保険を掛けることにいたしたわけでございます。この打ち上げ後九十日に対して百五十日ということで、2aのときの経験から見ましても保険のカバーとしてもまずは満足がいくものになったというように考えておりますので、まあ今回の2bにおいては保険もいささか違った形になろうかというように思っている次第でございます。
○梶原敬義君 日経の昭和六十年十一月十五日の記事を持っておりますが、「放送衛星2号b打ち上げ」「予定通り1-2月」、こういう見出してありますが、ここでNHKの林専務理事の談話が載っておりますが、「進行波管の出力が要求性能百ワットのところ九十ワットしかないという事実は残るが、総合性能の点では不安がないという宇宙開発事業団の判断はNHKとしても十分に理解できる。郵政省の仲介で、万一進行波管の出力低下が原因で故障が起きた時は、宇宙開発事業団が合理的な方法で損失を補てんするという約束が得られたことでもあり、予定通り来年二月に打ち上げることを了承した。」、こういうことを言っておりますが、NHKの方にお伺いしますが、こういう約束が得られたわけですか。
○参考人(矢橋幸一君) そのとおりでございます。
○梶原敬義君 宇宙開発事業団は合理的な方法で補てんをするという約束をしたということですが、これは実際できることなんですか、そういう場合に。約束してできるんですか。
○参考人(岩崎隆君) ただいまお話ございましたようにBS2bに関しまして、B系統進行波管が打ち上げ後におきまして出力低下が生じましてそれに起因をしてB系統に故障が生じた場合には、合理的方法によるてん補措置を講ずる、このてん補措置の中には、打ち上げ保険等保険によってカバーされる部分については、この措置に含めるということで一応のお約束をしているわけでございます。そのより具体的な内容につきましては、現在関係方面と鋭意御相談中というところでございます。
○梶原敬義君 修理をするというのでなくて、結局保険で見るという意味ですか、このことは。約束したというのは。
○参考人(岩崎隆君) ただいま申し上げましたように、保険によるカバーというのもこのてん補措置の一環であるということでございます。
○梶原敬義君 いろいろやる前からうまくいかないことを想定して言うのも縁起のいいことじゃないですから、うまくいくように祈りたいと思うんですね。ぜひやっていただきたい。 ただ、BS2aの場合の故障の責任問題につきましては、先般の決算委員会で郵政大臣は、NHK、通信・放送衛星機構、宇宙開発事業団、それぞれ連帯して責任があるんだというような答弁をいたしましたが、五十九年の本院の逓信委員会において我が党の片山議員がNHKに対して質問をしているんですが、「NHKは四月二十二日、三系統ある中継器のうち一系統は故障している、いわば欠陥商品のBS2aを機構を経由して事業団から受け取ったのでありますが、正常な引き渡しということで問題はなかったのか。これはNHKにお答え願いたいのです。正常なものを受け取ったつもりか。」、こういう質問に対しまして、NHKの矢橋参考人が答えております内容というのは非常に微妙なんですが、「NHKとしまして、四月二十二日に引き渡しを受けたわけです。その節には宇宙開発事業団の方から二チャンネルのテレビジョン衛星放送ができるということを確約をいただきました。データもいただきました。我々」云々ということから、最後に、「そのほか、今後の措置につきまして、故障の原因究明とそれから回復措置を至急に図るという確認をして、自主的な判断によって引き取ったものでございます。」、事業団はNHKに対してBS2aで相当心配ないような確約みたいな確認をやったような答弁をしておるんですが、この点につきましてNHKとしては一体今も変わらないのか、そしてNHKがこれを引き取った責任というのはどれだけあるのか、一体事業団にあるのか、NHKにあるのか、その点についてもう一度お尋ねをしたいと思うんです。
○参考人(矢橋幸一君) 我々は、放送衛星の設計、それから製作、打ち上げ、これを宇宙開発事業団の方へ通信・放送衛星機構を通じまして委託しているわけでございます。したがいまして、我々はユーザーとしてこの宇宙開発事業団のお仕事を信頼して委託申し上げているわけでございますけれども、ただ、我々としては視聴者に対しまして、我々は視聴者の貴重な受信料を使って放送衛星、しかも実用衛星を上げようとしているわけでございますので、そういう意味ではBS2aにおきまして故障が起きまして一チャンネルの放送しかできなかったということに対しましては、我々は受信者に対してはやはり責任を感じざるを得ないということでございます。
○梶原敬義君 ということになりますと、事業団あるいは科学技術庁はこの問題について一体どれだけ責任を感じているのか、これは責任者あるいは大臣から答弁を伺いまして、責任の問題を言ったって、もう使った金はなかなか出てこないわけですけれども、しかし、はっきりけじめだけはつけておかなきゃいけない。これは安易に、調子のいいときだけはうまくいった、悪いときは知らぬふりして国民をごまかすようなやり方というのはよくないと思うんですけれども、いかがでしょうか。
○参考人(大澤弘之君) 私どもは、放送衛星初め衛星につきましては、その打ち上げ、製作等に関しまして責務を負うておるわけでございます。今回のといいますか、BS2aの故障につきましては私どもメーカーに対して発注をいたし、プロジェクトの管理、受領というようなことでは事業団の責務でございますので、結果におきましてふぐあい、一チャンネルの放送だけになりましたということにつきましては十分責任を感じております。2bにつきましてはそういうことのないように、aの技術開発の経験を踏まえまして万全の上にも万全を重ねて臨んでおる次第でございます。
○梶原敬義君 大臣に答弁していただく前にもうちょっと言いますと、六百十億なんですね、やっぱり六百十億ぐらいの金額でしょう、この二つの打ち上げで。六百十億円ですよ。そのうちの六〇%はNHKが視聴料から払うんですね。四〇%は事業団ですよ。どっちにしても国民から吸い上げた金ですよ。だから、簡単に口では言いますけれども、本当にこれは大変なことだという反省の色があるのかどうなのか、長官いかがでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) BS2aの問題につきましては、開発を担当いたしております科学技術庁あるいは事業団、こういう立場にございます私どもは、あのふぐあいというものに極めて厳粛にこれを受けとめております。実用衛星ということでございますけれども、まだまだ宇宙におきますいろいろな条件等につきましては我々の思わざる場面もあるとは思いますけれども、いずれにいたしましても、開発を担当し実用衛星としてこれを打ち上げた私どもの立場からいたしまして、今回の問題については厳粛にこれを受けとめるのは当然と思っておりますし、そうしたことを踏まえてBS2bの打ち上げには慎重の上にも慎重を期したい、こう考えているところでございます。
○梶原敬義君 ぜひ神様にでも祈ってうまくいくようにしていただきたいと思います。 次に、文部省並びに会計検査院にお尋ねをいたしますが、問題は、マスコミに次々に非常にセンセーショナルに出ております児童生徒数の水増しに対する会計検査院の指摘の問題であります。五十八年度の会計検査院の決算報告書の中で指摘をされておりますが 会計検査院の昭和五十八年度決算検査報告にしる不当事項として、「義務教育費国庫負担金の経理が不当と認められるもの」として北海道、東京 神奈川、新潟、愛知、広島の「六事業主体におして、国庫負担金の算定が過大となっていて、国庫負担金十億六千八百一万三千四百八十七円が不当と認められる。」と指摘されており、そしてまあこれを国に返す、こういうことになるのでしょうが、文部省、どうしてこういうことが教育現場で起こるのか、この点について最初にお尋ねをいたします。
○政府委員(阿部充夫君) 昨年に引き続きまして今年もこういう御指摘をいただいておることを大変申しわけなく思っておる次第でございます。学校の現場におきましては、例えば学級の編制につきまして現在四十人あるいは四十五人という基準を設け、それによって学級編制が行われるという仕組みにあるわけでございますが、一名、二名の児童生徒の数の変更が、数が狂いますと、それによりまして例えば四十五人学級方式の場合には四十六人になれば二学級になるけれども、四十五人では一学級だという、大変大きな差がそこで出てくるわけでございます。現在の制度からいきますとこのこと自体はやむを得ない制度であると思うわけでございますが、現実に学校の現場になりますと、子供の数が例えば四月の当初にお父さんが転勤になったというようなことで一人減ってしまうと、途端に学級数が一つ減ってしまうというようなケースが出てまいります関係上、その辺のところを何とか免れたいというような現場の校長先生等の意向もあるのかと思いますけれども、そういう形で転出した子供を転出してないことにしておくとか、あるいはひどい場合には、全く架空の子供を名前まで自分で考えてつけてそういう子供がいることにしてしまうとか、そういったようなケースがこれまで御指摘のようなケースとしてあったわけでございます。私どもとしてはこういうことはやはりあってはならないことということで、検査院の御指導のもとに補助金が過大に交付されている分については返還をさせるとか、あるいは今後こういうことのないように厳正な指導を都道府県を通じてやるというような努力を現在重ねているところでございます。
○梶原敬義君 今五十八年度の決算をやっておるわけですが、五十九年度の決算報告によりますと、これはまた私の地元の大分県もこの中に幾つか入っておるんですね。私、一応、どうしてこういうことが起こるのか、帰って県の教育委員会や現場の皆さんとも話を聞いて、状況を調査さしていただいたんです。 地方ではこうなんですよ。大体二月から三月末にかけまして先生の異動をやるわけです。異動作業に入る。そして四月の八日から学校が始まりますから、そのときにはもう組もちゃんと決めるわけですね。非常に前もってずっと見通しを立ててやるわけです。そして四月時点のクラスがえのときに非常に微妙な状況になって、五月の一日の調査の時点でもう組をちゃんとつくっておったけれども、これは数が足らなかった、そういう場合やむを得ず少し報告をきちっとしなかったと、こういうような状況がずっと出ております。それから団地ができまして、団地の方に人が移ったり、あるいは県庁の近くというところは非常に地方とあるいは中央との人事異動なんかの対象になる人が住んでおる、こういうところで問題がたくさん起こっておるわけです。非常にこれは一見やむを得ない場合もあると私は見たんです。やむを得ないじゃ、これは法律を犯すんですからそこまでは言えないかもわかりませんが、逆にふえている学校もあるんですね。結局一人逆にふえたと、ここは規定からいくともう一学級ふやせるけれどもそれはせぬで、現状で四十六なら四十六でいく、四十一でいく、こういうような場合だって逆にあるわけなんです。 そこで、結論から先に申し上げますと、文部省、今の制度というのは、標準法の制度というのは学校の学級、生徒数、学年の生徒数でずっとやっていっているわけですね。ですから、そこの見通しの非常に立たないような時期、非常に困るわけです。じゃ、もっと九月ごろに組分けを二つに割るなら割るようにしたらどうかなんて、なかなかそれはできない。田舎では全部、私どものところは地方紙に、約二十万部売っている合同新聞という新聞社があるんですが、ここには全部の先生方の異動が載るんです。これは中央紙も多分地方版に載ると思う。こういう状況で、あと組がえとか、一度その学校に移った先生をまたよそにやるとか、これはなかなかもうできないんですよ。そういう社会情勢になっている、ずっと。だから学級ごとにやっていくと必ずまたそんなことだって起きると思う、見通しの問題で。だから、県なら県の生徒数に対して今より下がらない料率で国庫負担金を出すような形が、何か制度を考えぬとこれはまた起こりますよ、そういうことは。この点についていかがでしょうか。
○政府委員(阿部充夫君) 大変有益な御指摘をいただいていると思っておりますが、現在の制度で御説明を申し上げさしていただきますと、現在の標準法は、クラスの編制につきまして四十五人とか四十人とかいう標準を定めておるわけでございます。その標準に基づきまして教員数の計算をするというようなことになっておりますけれども、それはあくまで積算でございまして、全体の教職員の数は各県ごとにそういう積算をした上で、まとめてこの県には何万何千人ということでお配りをする、具体に中でどういうふうに使っていくかというようなことについて制約をするという制度ではないわけでございます。そういう意味から言いますと、現在配付をされた定数の中から若干のものを、例えばいろいろな予期せざる教員の変動等のために定数をプールをしておいて、そしてここでどうしても必要になったからそこへ足す、あるいは片一方で本当は過大になったけれども、しばらくそこへ置いておくというようなことが、やろうと思えばできる仕組みにはなっておるわけでございます。ただ、現実に、先生も御案内のことだと思いますけれども、その学級編制の標準等が定まっておりますと、なかなかその標準を動かして弾力的に扱うというのが、やり方として難しいというようなこともあるのではないかと思いますが、そういう意味で全部の県がそういう弾力的な対応を行うという状況にはなっておらないのが実態でございます。 実はこの件に関しまして昨年の十二月の末でございましたけれども、昨年国会で御指摘をいただいたようなこともございますので、今後こういうことがないようにということを各県に対して指導通知を出しました際に、そういった特別なケースについて弾力的に対応するということを県と市町村とよく相談をして工夫してほしいというようなこともお願いをいたしておるわけでございまして、今後とも運営上そういったある程度の弾力性を持った運営が行われるようにという指導等は重ねてまいりたいと思っておる次第でございます。
○梶原敬義君 会計検査院が検査する場合は、トータルでというよりは各学校ごとの学級ごとの数字でいきますから、結局そこを見ればもう法律に照らしておかしいという結論が出てくるわけですから、そこのところをやっぱり考えていかないと、ここの微妙なところは教育委員会と校長との間で、学校との間で、現場との間で、そこは少し足らぬでもここはこれで見るとか、そういう裁量の余地というものを残しておかないと、会計検査院はやっぱり法に照らしてぽんぽんやるものですからぴしっと指摘をして出る。 私はきょうは新聞を持ってきておりますが、六月十五日の毎日新聞の大分版ですか、そこに載っているのは、「大分市教委が教員水増し国、県から五千万不正受給」こうなっている。「不正受給」となっているんですよ。その先生たちは一生懸命子供に教育をしているんですよ。普通の事件とは違いますよ。これは教育を施しているんですよ。全部投資をしているんですよ。何でこれが「不正受給」になるのか。それから「会計検査院は不正受給と判断した分については県に返還を求める」、これは一体どういうことですか。 それから六十年の十二月十三日、これは朝日新聞、「大分市と国東町で教員水増し」「県に返還を求める」「校長らの処分を検討する」こう載っているんですよ。それから幾つかありますが、これは読売の十二月十三日、「県教委校長ら処分検討」、ぱっとこう出るんですよ。これは何か悪いことをしているようで、善意で一生懸命やって、これはなかなか見通しが立たない、なかなかこれはもう一学級でいくか二学級でいくか見通しが立たないけれども、何とか二学級でいけるんじゃないかと、それがいけなかった。しかし、そこの先生たちは全部子供に一生懸命、少ない生徒数の方がこれは教育は施しいいわけですから、目が届くわけですから、手が届くわけですからね。これはこういう非常にショッキングな形で、会計検査院もちょっと指摘をする場合には、あるいはマスコミに対して物を言う場合には、これは普通の事例とちょっと違うわけですからね、この問題についてはもう少し何とか、会計検査院としては法律に照らしてやるんだからこれは当然のことだ、こういうことになると思いますが、しかし、会計検査院の皆さんとしてはこれは調査をしながら現実矛盾にぶち当たると思うんですが、その点いかがでしょうか。
○説明員(天野基巳君) 国庫負担金の算定に当たりましては、先生御指摘のとおり我々は諸法令に照らしまして算定額が適切であるかどうかという観点に立って検査しております。そして、今の制度では毎年度の五月一日現在の児童生徒数がこの負担金算定の重要な要素になっているわけでございますので、その把握が正確になされているかどうかという点に着目して検査し、その結果国庫負担金が不適切なものがあるという事態を検査報告に掲記したものでございます。 先生申しましたように、いろいろその県の学校には御事情があろうかと思いますが、あくまでもこの国庫負担金がいろいろ適正に算定されるためには、どうしてもこの生徒児童数を正確に御報告していただくということが大切かと思いますので、ひとつこの点をよく御認識いただきまして、このような事態が二度と起こらぬようにしていただきたいと思う次第でございます。
○梶原敬義君 会計検査院もやはり検査をしながら、これは矛盾があると思いながらやっぱりやっておられると思う。だから、文部省もこういうことが若干現地の教育委員会と現場との間で裁量の余地があるように、会計検査院もそういうような指摘はしながら矛盾を感じておるなら、やっぱり文部省とその点についてはよく話し合いをしてもらうように、ぜひ要望しておきたいと思います。 最後に、教育改革につきまして先ほど文部大臣も先生の資質云々というようなことを言われましたが、私も三人の子供を育てておりましてなかなか子供というのは難しいものだと思っておりますが、やはり教育環境の整備をまずすることが大事じゃないですか。世界的に見て四十五人とか四十人とか一人の先生が生徒を教えているというのは日本だけじゃないですか、先進諸国の中では。だから、四十人学級をもう完全に予定より早く実現し、あるいはそれを三十人ぐらいに欧米並みにして、まずそこから、それが一つは大事じゃないか。 それから、非行問題とかあるいは校内暴力の問題というのは大規模校に非常に集中している、そういう多い傾向がずっと出ております。私どもの別府市の中でも、ある千五百人ぐらいの学校で問題があったんですが、それを二つに割って七百五十、七百五十にしたら問題がなくなっているんですよ。東京でもこの前の問題、先生が生徒を刺した、そういうマンモス校の問題もやっぱりあります。 だから、そこを文部大臣、大規模校を解消したり、四十人学級を早くつくり、もっと少なくするとか、あるいはもっと生徒に基本だけをちゃんと教えて、小学校の三年、四年ごろからは非行の芽が出る、落ちこぼれが出る、だからそう詰め込まぬで基本だけがっちり教えて、もう少しゆとりのある、そういう教育を目指す。 私は戦後の教育がどこが悪いのかなかなか今わからないんです。我々戦前の皆さんよりも少なくとも自由で民主主義の気風がある。それから平和を好んでおる。それから今アメリカと日本がコンピューターやなんかで競争しておりますよ、半導体やなんかで。高度情報化社会の中でいろいろな競争をしておる。自動車のマスプロにしてもあるいはテレビやなんかにしても、戦後の教育を受けた若い子供たちが今社会に出て堂々と第一線でやって競争で勝っているんじゃないか。どこが悪い。ただ、国家とかあるいは国のために命を捨てるとか、あるいは天皇制云々とか、そういうふうなものが欠けているということを言いたいんでしょう、恐らく基本的には。 だから、いいところはもっと伸ばして不足している部分をちゃんと、四十人学級とかあるいは大規模校を解消するとか余り詰め込まぬとか、高校の全入制をやるとか、学歴社会をもう少し崩していくとか、こういうことに全力を挙げれば。どうも議論が本末転倒しているような議論をときどき、先ほどの私の質問の中でも、本来大きく軒としてやらなきゃならないところを議論しておるのか、枝葉のところから議論をして、それを声を大きくすればそれがまかり通るようなやはり今の風潮じゃないですか、中曽根政治の。これを踏襲することをぜひやめていただいて、文部大臣の決意とか決断を伺って終わりたいと思うんです。
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、戦後教育が大変普及しましたこと、またそれなりに児童生徒が成長してきておることについて、私はこれは評価するのにやぶさかでありません。けれども、最近、御指摘あったようにいじめとか、しばらく前には校内暴力とかいろいろ心痛むような出来事が学校に起きた。その結果としてやっぱり大規模校の問題あるいはできれば四十人学級もしていくことが、結果としていじめとか暴力を除去していく対策にもなるのではないか、こう考えておりますので、例えば四十人学級の問題も中学校からとにかくスタートできるようにしたいという熱意を持って、まだ予算編成の時期は私は文部大臣ではございませんでしたが、党側の立場で一生懸命努力をして、中学校もスタートができるように結果としてなったわけでありますし、また大規模校解消のことは今年から新たに市町村の人口急増市町村以外のところでも、大規模校解消のときには用地取得費に補助対象になるように新たに制度を置くとか、いろいろ努力をして何とか大規模校の解消をしていきたい、そういうことによってゆとりのある、しかも充実した教育環境が是正されるようにしていきたいと、御指摘のとおりに考えておりますので、どうぞ御理解をいただきたいと思います。
○菅野久光君 初めに科学技術庁長官にお尋ねをいたしたいというふうに思います。 科学技術の基本政策についてでありますが、先月、総務庁の統計局から、五十九年度における我が国の科学技術研究調査の結果が発表になりました。それによりますと、民間、それから公的部門にわたる我が国の研究費総額は全体で七兆八千九百億円、これは米、ソに次ぐ世界第三位という水準にあるわけです。しかし、その中身は民間の研究費の伸びの一二・一%増に助けられたもので、国とか自治体の公的部門の伸びは三・三%にしかすぎないわけであります。 数字的に申し上げますと、民間が六兆一千八十六億円、公的部門が一兆七千七百七十八億円、外国関連機関が七十六億円ということになっておりまして、五十四年度と比べてみますと、民間部門においては五十四年度が七〇・四%が七七・四%、約七%伸びております。公的部門は五十四年度が二九・五%であったのに五十九年度では二二・五%、逆に七%ほど下がっていると、こういうような状況になっております。 学術的な基礎研究の重要性が叫ばれて久しいわけでありますけれども、企業を中心とした開発研究が盛んな民間部門だけに頼っていると、どうしても基礎研究あるいは創造的な研究の重視はかけ声倒れに終わってしまうというふうに思いますが、この統計を踏まえての長官の見解をお伺いいたしたい、このように思います。
○国務大臣(河野洋平君) 御指摘のとおり、民高官低なんというふうに言われておるわけでございまして、この数字、私、民間の科学技術研究費に対する支出が非常に盛んになってきたということで喜ぶ部分と同時に、公の部分がおっしゃるようにもうひとつ十分でないというふうに私も率直に思っております。これはしかしいろいろな計算方法とか考え方もあるようでございまして、我が国の国全体の研究費における基礎研究費の割合というものを見てみますと約一四%と、こういうふうに数字が出ております。この一四%という数字が多いか少ないかというのにはいろいろ議論があると思います。例えばヨーロッパでは二〇%ぐらいになっているというふうに言われておりますし、一方、アメリカでは、これは全体が大きいせいもございますけれども、一二%だということを言う人もおるわけでございます。 いずれにいたしましても、我が国がもっともっと基礎研究に力を入れていかなきゃいけないということは委員御指摘のとおりだと思っております。独創的な基礎的研究の強化が我が国が二十一世紀に向けて発展していくために不可欠だ、こういうことを科学技術会議でもおっしゃっておられますし、科学技術政策大綱に対する答申にもそう書かれてあるわけでございまして、私どももそうした方向でもっと努力しなければならぬ、こう考えております。 なかなか財政状況が厳しいとか、なかなか難しい条件下ではございますけれども、そうした中にあっても、もっともっと国立の試験研究機関などを中心にして基礎的研究を充実させる必要がある、こういうふうに心得ております。 ちなみに六十一年度についてちょっと申し上げますが、科学技術振興調整費による基礎的研究の強化、あるいは理化学研究所におきますフロンティア研究の推進と、こういった項目を立てて、非常に厳しい財政状況下ではございますけれども、予算措置も一応の前進をさせていただいております。これは竹内前長官の大変な御努力と、それから政府全体の科学技術に対する理解が非常に深いということ、さらには立法府におきます科学技術委員会の先生方の大変な御激励もあってのことでございますが、こういったことが進められるような予算ができておりますので、こうしたことを大事にしながら研究の強化に努めたい、こう考えておるところでございます。
○菅野久光君 基礎的な研究というもののすそ野が広がってこそ、我が国の科学技術の発展というものがあるわけなんですが、我が国の場合に今までこの基礎的な研究が非常に手抜きになっている。産業部門と関係しているところには手厚く予算はつけるけれども、基礎的なところは薄くなっているというのが今までの状況でありますから、こんな状況を解消するためにやはりより一層の努力をしていただきたい、このように思います。 次に、先月発表された科学技術白書について一点お伺いいたしたいというふうに思います。 それは我が国の技術貿易の問題でありますが、まず技術輸出については、日本は米、英、仏に次いで第四位なんですね。千三百五十一億円。一方、輸入は日、独、仏、英、米の順で第一位であります。四千七百億円。輸出が輸入を超えているのはアメリカとイギリスだけでありますが、日本の輸入超過状態は七八年以来一貫してふえ続けております。このことが今日海外から日本は外国の技術開発を利用してうまくやっている、こういう批判の声にもなっておりまして、これもまた貿易摩擦の一因にもなっておるわけです。このような事態について長官はいかがお考えか、お伺いいたします。
○国務大臣(河野洋平君) 御指摘のとおり、この部門について入超でございます。そうして努力によって輸出も若干伸びてはおるわけでございますけれども、その輸出先が多少問題がある。主な輸出先が開発途上国への輸出でこのバランスが少しよくなるというような状況も指摘をされているところでございまして、私どもは、先ほど委員御指摘のとおり基礎的な研究を重視して、この部分をもっと思い切って進めることによって、先進国へもこの輸出が相当進まなければいけないというふうに心得ておるところでございます。
○菅野久光君 そのとおりで、まさに基礎的な研究費が先ほど申し上げましたようにやはり公的部分が低かったということが、一面こういうことにあらわれているのではないかというふうに思いますので、先ほど申し上げました点との絡みでここを改善されるように努力していただきたいと思います。 次に、先ほど梶原委員からもお話ありましたが、原子力船「むつ」の問題でありますが、行く先々で金をばらまいて、宝船ともやゆされるほどむだ金を費やしている。そのたびごとに地元との約束をほごにして、北に南に不信の輪を広げている。これが今日の国民の原子力行政の不信にもつながっておるわけであります。 それで、先ほど梶原委員からも指摘がありましたように、大変お金を使って果たしてそれで先の見通しがあるのかどうかということになっていくと極めて問題がある。しかも国は大変な財政状況を迎えている。原子力の問題であれば何ぼ金を使ってもいいんだというようなことではないと思うんですが、もうそろそろあきらめたらどうかなというのが私は国民の声ではないかというふうに思うんです。先ほど、必ず将来に役に立つ、だからいましばらくできるだけ経費も節約してなどということをおっしゃっていますが、本当に金食い虫に何ぼ金をやっても、これは私はこの財政状況の中ではやっぱり国民の理解と納得ということを得られることにはなっていかない。だから今までのいろんないきさつがあると思うんですけれども、やっぱりどこかで見切りをするということが私は大事だと思うんです。ところがなかなか一度やり始めたら、これは予算なんかでもそうなんですけれども、一度予算をつけるとなかなかそれをやめるということをしないのが一般的な役所の体質なんですね。それをやはりきちっとその判断をするのが私は政治家だと、大臣の役目ではないかというふうに思いますが、その点についてさらに大臣のひとつお考えをお聞きしておきたいと思います。 そしてまた最近の報道によりますと、「むつ」の新母港を建設している関根浜に反対派が小展を建設しようとしているということが出ております。この小屋は「むつ」の停泊場所から約三百メートルの海岸沿いだということでありますから、五十七年六月の新母港の陸上施設構想でも停泊場所、港内航行区域から二百五十メートルは非借住地として最低はこの範囲に用地を確保するというふうに”記されていることに照らして言えば、この小屋によってかなり制約を受けることになるのではないかというふうに思いますが、この事態を科学技術庁としてどうとらえておられるのかお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(河野洋平君) 研究とか研究者というものは、その成果がきちっと出るまではかなりつらい厳しい立場に立つ場合が多いわけでございます。 そうした一方で御指摘のとおり巨額な資金を必要とするというこの問題でございますから、当然厳しい状況の中、身を持してしっかりとその研究の成果が一日も早く上がるように努力をするということが重要でございます。 また一方で委員御指摘のとおり、こうしたものが国益を踏まえて時に重大な決断をするということもあるんじゃないかという御指摘でもございますが、少なくとも現状では今重大な判断をするという場面ではないと私は実は考えておりまして、なおこの原子力船については研究を続けさせていただきたい、こう思っておるわけでございます。なかなか国際状況も変化いたしておりまして、非常に中東問題が難しいという時期には期待が大きくかかる、デタントの状況になるとそんなもの要らないやということになる。そうした国際的な関係からも期待が多くなったり軽くなったりということも一方でございますけれども、少なくとも中長期的に私どもは考えたいと考えておりますので、もうしばらくひとつこの研究を続けさせていただきたい、こう考えております。 関根浜の問題につきましては局長から御答弁をさせていただきます。
○政府委員(中村守孝君) お答えいたします。 原子力船「むつ」の新母港として予定しております関根浜、現在港の建設が進んでおりますが、この港の後背地につきましては、かなりな部分既に原子力研究所の所有になっておるわけでございますが、先生御指摘のように一部の民有地についてはなお買収ができない状況にございます。 しかしながら、この現在建設中の港に「むつ」が停泊するということを予定しております位置から見ますと、この現在まだ所有されてない民有地につきましては十分二百五十メーターという距離はとれるところでございますので、この民有地に居住されるような事態になりましても研究の遂行には支障がないというぐあいに私ども理解いたしております。
○菅野久光君 常識的に言えば、こう港がありましてね、船が祝いて、そして船が出るときには前の方へ進んでいくということになれば、また二百五十メートルのここのところが邪魔になるんじゃないかと思うんですが、ここに小屋ができたら、前に進まないで入ってきたとおりまたバックして出る、だから関係ないというようなことで局長が今答弁されたのではないかなというふうに思いますが、何か一般的にはちょっと無理があるような気がいたします。時間がございませんからその答弁は要りません。非常に私は制約されるのではないかということを指摘をしておきたいと思います。 次に、幌延の問題でありますけれども、これは前の竹内長官から河野長官もいろいろと引き継ぎをされておられることだというふうに思います。歴代長官がこの幌延における高レベル放射性廃棄物の貯蔵工学センターの立地については地元の理解と協力を得て行いたい、その地元とは当該町、それから周辺の町村、それを包括する北海道知事、こういうことであったわけですけれども、従来の歴代長官がお約束をされたそのことについて、河野長官もそのとおり引き継いでやっていただけるものだというふうに思いますが、その点をまず確認をさしていただきたい、このように思います。
○国務大臣(河野洋平君) 貯蔵工学センターを実際に立地する場合は、他の原子力施設の場合と同様地元の理解と協力を得て進めることが基本であるという前長官の御答弁がございます。この点は歴代の長官が繰り返して御答弁を申し上げているところでございまして、私といたしましても何ら変わるつもりはございません。 こうした考え方に立ちまして、立地に先立つ調査の実施について竹内前大臣はいろいろと手だてを尽くされたようでございます。その上で昨年の十一月、地元の情勢などを踏まえて熟慮の結果、地元の理解を深めてもらうためにも調査の実施が必要だ、そう考えて、直接の地元関係者の理解が得られた範囲で、当面の地元の疑問や不安にこたえるための調査から進めていくとの決断に至ったと伺っております。 ここまでは竹内前大臣からしっかりと引き継ぎをさせていただいております。
○菅野久光君 実はその調査ですね、調査といえども地元の理解と協力なしにはやらない、見切り発車はしないということがずっとこう来ていたわけでありますが、言えば抜き打ち的に、それこそ夜陰に乗じて行ったわけです。しかし、あの発表された状況を見ましても、夜中に何キロか離れたところへ行って、そして朝の二時半ごろ、二時間か三時間とにかく歩いて現地に行って、そこでまた朝の六時まで明るくなるのを待って、それからあの山へ行ってスプレーで場所をつけたと言うんですが、これは常識的に考えてみれば、そういうふうに発表されていますが、しかし北海道で十一月の二十日過ぎ、二十三日、あの時点で夜中二時間も三時間も歩いて現地に行って、それから明るくなるまであの山の中で、雪があるわけですからね、山の中で待っていて、それから今度スプレーでもって、何か午後二時半ごろに一応それが終わった。こういうようなことを言われておりますが、私はそれはちょっと真実と違うんじゃないかというふうに疑わざるを得ません。そのことは本質的な問題じゃありませんから言いませんが、そういうことが非常に道民の間に不信感をもたらしている。調査といえども理解と協力なしにはやらないということが、理解と協力を得るために調査をやるんだというような、言えば持って回った、ちょっとまさに理解に苦しむようなことをやられた。そのことがやはり不信感を非常に持っている。 十二月の一日、二日に北海道新聞社が幌延施設反対の知事の姿勢について道内の道民の世論調査をやった結果については御承知ですね。六七%が知事の姿勢に肯定的だと。しかもこれは政党別に言いましても、社会党支持層が八六・一%、共産党が八〇・九%、公明党が七二・七%、これは支持者でありますが、民社党の六四・七%、自民党の五二・二%の順で知事の姿勢を肯定している。こういうことからいっても、これはもうあの強行したということは、やはり今後の原子力行政を進めていく上に北海道にとっては非常にマイナスになっているということを申し上げざるを得ません。 この立地の問題でありますけれども、幌延というところはもう既に北海道大学の松井教授によって、幌延の町史にも載せられているようでありますけれども、地質の調査ができているんですね、やっているんですよ。ですから、植松理事はたびたび朝日の記事にも載っていますけれども、あそこは貯蔵工学センターを設置するところであって処分地ではない、こう言われております。しかし、処分のための研究もあそこでやるわけですよ。そうですね。ですから私は大変むだがあると思うんです。貯蔵工学センターを設置するのであれば、処分予定地に貯蔵工学センターをやはり立地すべきだと。そうでなければ、あの危険なものをあっちに移動しこっちに移動し、しかも三カ月や一年じゃないわけですよ。三十年から五十年とりあえずそこに貯蔵して、そして熱が冷えたり、放射能がある程度減じたそういう時点で処分地に持っていく。非常に私はむだがあると思うんですね。しかも、この深地層処分についての研究をやるというあそこの地層、松井教授の調査によれば、「幌延の地層は、地殻変動が激しくて放射性廃棄物施設を立地する所としては最悪の場所です。約百万年前という地質学的にはごく最近まで海だった所が上昇、激しくしゅう曲し、それは現在まで続いています。立地候補地である開進地区のわずか一~一・五キロ東側には断層(大曲断層)があり、しかもそれは地震の巣となる活断層の疑いがある。地質学の専門家の間では、あんな所に放射性廃棄物施設をもってきたら大変というのが常識です。動燃は一体、何を考えているんですかね」と、そう言い切るのは北大理学部の松井教授だと。これは北海道新聞社が出しておる「ダン」という本で、これは皆さん方もお読みになったのではないかというふうに思うんです。 それで、アメリカあたりの、放射性廃棄物政策法というアメリカで一九八二年につくられたものでも、やはり候補地を複数で選定をして、その中から処分地を選ぶということになっているわけですね。ところが幌延の場合には、そういう日本国内の地質学的に見てあそこが適当なところだということであそこを選定してやろうというんじゃないんですね。私ども何回も動燃にも行きました。科学技術庁ともいろいろ話し合いをしました。その中でも幌延が手を挙げたから、だからあそこに持っていくんですと、こういうことなんですよ。持っていきたいんですと、こういうことなんです。だから、私はそういう意味では非常に非科学的だと思うんです。日本の国内の地質のおおよその、細かい何メートル程度ということは別にしても、大まかな地質的なものというのはどっかでちゃんと調べられているはずです。そうすれば、その中からこういうところがいいんじゃないかというのは、これは当然私は出てくると思うんですよ。そういう地質学的に考えてみてここが適地なんだということでここを判断されたのではないというふうに私どもは判断せざるを得ないわけですけれども、その点についてはいかがでしょうか。
○参考人(植松邦彦君) ただいま先生から非常に多くの点について御指摘がございました。 まず、動燃が十一月に行いました現地の調査でございますが、先生御指摘のような形で調査が行われておりまして、大変調査員が苦労をいたしましたが、新聞その他に報道されておる中身のとおりでございまして、大変若い人たちが苦労をして調査をしていただいたわけで、この内容に問題があるというものではまずございません。この点説明をさしていただきます。 それから、幌延の現地についての北大松井先生の御指摘でございますが、確かにおっしゃるとおりのところもございます。開進地区には一・五キロ余り離れたところに大曲断層というものも存在しておるということも承知をいたしております。活断層の疑いがあるということにつきましても何度も御説明を私からもしてあるとおりでございまして、このあたりについてよく調査をさしていただきたいということをお願いをしておるところでございます。 朝日新聞の論壇においても御説明をしておきましたが、アメリカの政策法に基づく候補地を複数選定するというのは処分予定地ということでございまして、我々も処分予定地につきましては複数地点の選定をこれから行っていくということにしておりますので、その点そごするものではございません。 ただ、幌延に設置をいたしますのは貯蔵工学センターでございまして、高レベルの固化体その他を貯蔵さしていただく場所、またそれに関連する研究開発をやらしていただく場所でございまして、決して処分予定地ではございませんので、その点誤解をいただきませんようにお願いをしておきたいと思っております。
○菅野久光君 誤解なんかしてないですよ。
○参考人(植松邦彦君) まず、サイトについてはよく調査をさしていただきたいというふうに思っております。
○菅野久光君 処理と処分の区別ぐらい知っているよ。 植松理事がいろいろ言われていることと、それから動燃の廃棄物対策室長が言われていることとは大分違うんですよ。植松理事は、あそこは処分地でないとはっきり言い切っているんですけれども、対策室長の方はこれからまだ調査をしてみなければわからないというようなことも言っているわけなんですよ。だから、動燃日体が非常に言っていることが違うもんですから、またそこで疑惑が出てくる。 それから、処分地ではないということを言われているわけですから、なお私はむだだと言うんです。なぜ、処分地をちゃんと選定して処分地の上に建てないのか、あるいは深地層処分の問題についても、松井教授が指摘しているような軟弱な地質のところでやって、本当にそういうことができるのかどうかという問題だっていろいろあるのではないか。それは、私は素人ですからこれはわかりませんが、常識的にはやはり最も処分するのに可能な地質のところで実験をするということが、素人が考えてみても私は納得できるところではないかというふうに思うんですよ。 ですから、今年度、六十年度の予算で七千二百万円ですか、金をかけている。来年さらに一億何ぼか金をかけてやる。先ほど「むつ」の話も出ましたけれども、原子力については何ぼ金をかけてもいいというような、そういうような考え方がどうも出てきているんじゃないかというふうに思わざるを得ないわけなんですよ、残念ながらですね。 むだなことではないか。幌延はやっぱり適地じゃない。しかも、あそこは群発地震などもあったところですね。幾ら貯蔵工学センターとは言いながら、あそこに高レベル放射性廃棄物を一応持っていくわけですから、そういう意味で非常にこれはもう何としても道民の多くの人たちが理解できない、そういうことなわけです。 それで、あと一点だけちょっとお聞きをしておきたいと思いますが、高レベル放射性廃棄物は、現在のところ東海村の再処理工場から出るものだけでありますが、この後ほどんなことになるのか。それから、この前私は動燃に行ったときにもちょっとお聞きしたんですが、キャニスターですね。あれを幌延の貯蔵工学センターをもしも立地したとして、あそこに持っていく場合の輸送方法とか輸送経路ですね。それはどのように計画をされているのか、その点だけひとつお聞かせください。
○政府委員(中村守孝君) 再処理工場から出ます使用済み燃料から出る高レベル廃棄物の処分ということにつきましては、先生御指摘のように、処分地の決定ということについてはアメリカの例を見るまでもなく、非常に慎重にしなければならないことでございますので、私どもも今後十年程度をかけて慎重にその候補地を絞っていこう、こういう状況にございます。そのためにも、事前にいろいろな研究データをとる必要があるということで、その一つとして幌延にそういう深い穴を掘って、いろいろ工学的な実験をさせていただけないだろうかということのお願いをしておるわけでございます。 それから、ただいま先生御指摘の東海の再処理工場以外のものをどうするかということにつきましては、現在フランス、イギリス等に再処理をお願いしておりますものにつきましては、いずれ我が国に返還されてくるわけでございますので、それにつきましては現在青森県の下北に予定されております民間による再処理工場、ここの一画に貯蔵されるということでございまして、幌延に動燃の分を予定しているのと同じように、三十年ないし五十年は、やはり熱が相当程度冷えるまでそういったところで貯蔵をするということを予定しております。当然のことながら、下北につくっている民間再処理工場から出ますものも同時にそこに貯蔵されるという形になろうかと私ども承知しているわけでございます。 それから、海上輸送の点につきましては、現実問題としてまだ幌延を、ここに実際に立地しますよと決めたわけではございませんで、今その可能性の調査、非常に有力な候補地でございますので、もしよければ、それでまた地元がオーケーいただければということで、私どもとしては一応の検討をしておりますが、まだ勉強中という段階でございまして、どこをどうというところまでは至っておりません。
○菅野久光君 これは、輸送経路などもはっきりすれば、かなりいろいろ問題がまたさらに出てくるんだというふうに思うんですよ。だから、その辺やっぱり全体的な計画を明らかにして、これでどうだというような形にならないとこれはやっぱり、何というんですか、国民の理解と協力を得るということになっていかないのではないでしょうか。一つ一つだけぽつんぽつんと出してきて、そしてこの総合的な判断が何かできないような、そういうような形ではやっぱり困るというふうに思うんです。大臣になられて本当に大変な問題を抱えている科学技術庁の長官でございますし、北海道においては先ほど申し上げましたようなそういう道民の世論もある。そして、あの幌延というところは地質学的にも大変問題のあるところだというようなことを踏まえて、いつまでもここに金をまたつけるなんというようなむだなことはやめていくべきではないかというふうに思いますし、十一月二十三日に抜き打ち的にやったような、ああいうようなことはさらに混乱を起こすようなことになりますので、慎重の上にも慎重を期す。いかなることがあっても混乱を避けるために努力をするということを踏まえて、ひとつやっていただきたいというふうに思います。この点についてはよろしゅうございますか。
○国務大臣(河野洋平君) もうベテランの委員のおっしゃることでございまして、私ども釈迦に説法のような答弁で時間をつぶすのはどうかと思いますが、原子力の開発利用というものがこういう状態になってきておりますと、最終的に放射性廃棄物の管理といいますか、処分といいますか、処理の問題をとにかく決着をつけなければならない役目を負うておるわけでございまして、そうした前提に立ちまして適地を探すという役割を担っております。 適地につきましては委員御指摘の地層的な問題も十分調査をこれからもしなければならないと思います。しかし適地というのは、これももう余りあれこれ申し上げるつもりはございませんけれども、地層だけではなくて、いろいろな調査が必要であろうと思います。特に地元の理解が得られるか得られないか。どれだけ地層的に適地でありましても、その地域の理解が得られないということであれば立地は困難でございまして、まずは地元が誘致に賛成をしてくれるかどうかということも極めて重大な適地探しのポイントであるわけでございますから、地層的な調査をするということと同時に、地元の理解が得られるということも極めて重要だ、こう考えておるところを御理解をいただきたいと思います。
○菅野久光君 大変な苦労をしなければならない、そういう問題でありますが、やはり科学技術庁ですから、科学的に皆さんが納得できるような、そういう方途をぜひとっていただきたい。いやしくも政治技術庁だなどと言われることのないように、これからの対処を慎重にやっていただきたいということを申し上げて、科学技術庁の関係については終わりたいと思います。 動燃、どうも御苦労さまでした。 次、文部大臣に今度はお尋ねをいたしたいというふうに思います。 文部大臣はおよそ八年前に福田内閣で文部大臣をやられて、今回が二度目ということでありますし、大臣が大臣を終えられてからも党の文教畑を歩んでこられた、いわば文教行政のベテランということで、臨教審がいよいよ大事な山場に差しかかってエース登場というような話もあるわけでありますが、現在教育の分野では改革を必要とされている、そういう課題がたくさんある。大臣が今最も改革されなければならないと思っている点についてはどういうものがあるのか。時間がございませんので、簡単にひとつお願いをいたしたいと思います。
○国務大臣(海部俊樹君) 教育の改革の問題は、それぞれのお立場の皆さんの御意見を聞いておりますと極めて複雑多岐であります。例えば今社会が、学歴偏重という言葉が横行しておりますように、社会との接点をきちっと変えていかなければ、その後の学校教育も、それに伴う入学試験の過熱な競争ぶりも変わっていかないではないか。まず、ここから変えるという御意見もございます。あるいはまた、今さっきこの委員会でいろいろ御質問いただきましたように、教育現場で、特に初等中等教育の場で、将来この国を支える児童生徒の一人一人にしっかりした心や、豊かな情操や、いろいろな考え方を身につけてもらうようにするには、もっと環境をきちっと整備したらいいではないかという御意見もあります。 けれど、世のお父様、お母様とお目にかかってお話を聞いたり、新聞の世論調査などを見ておりますと、改革の第一のものはやっぱりこのごろはいじめ、そういったことに結果としては出ておるようであります。 いろいろ考えますと、やっぱりいじめが出てくる原因というのは、先ほど来御議論の大規模校や環境の問題も確かにあろうと思います。けれども、入学試験のところへいったときに、詰め込んだ暗記した知識だけで判定されてしまって、いい子、悪い子、普通の子と分けられたのではたまらないという、子供の側からの要求もあるわけであります。こういったものをみんな取り入れて、いじめが起こっておる原因は何だろうかと試していくと、ちょっと荒っぽい割り切り方かもしれませんが、今の必要以上に点数中心の入学試験の制度にも問題はあるのではなかろうか、こんな気がいたします。同時に、初等中等教育にも高等教育にも、それぞれのレベルで持っておる教育の内容、質を変えていかなきゃならぬという問題もあります。また、学校を離れて、人生最初に出会っていただく教師はやっぱり家庭のお父様でありお母様でありますから、家庭教育のしつけとか社会の環境がいい将来の児童生徒を育成するように御協力を願わなきゃならぬという問題もあります。 数えていけば切りがありませんので、私は臨教審の第一次答申の中で示されております入試の改革の問題、学歴偏重社会の問題、それから昨日発表になりました「概要」の中に、詳細は省略しますが八本の柱が出ております。それすべて有機的に関連してやっていかなきゃならぬ問題でありますから、これを全部を含めて、できるだけ教育が一歩改革、二歩前進するようにやりたい。当面はいじめの解消のために入学試験の問題や学歴偏重社会の問題に取り組んでやっていきたいというつもりでおります。
○菅野久光君 大臣言われるように、教育の問題というのは本当にもう言えば切りがないぐらい多くの問題を抱えています。大臣も私もいわば戦中戦後派ですね。そういう世代に育ってきましたが、そういう中で本当に戦後のある時期の教育の状況と今の状況とが大きく変わってきた、そのことに思いをいたさずして今日の教育改革というものを論ずるということは私は間違いではないかというふうに思うんです。 過去に目を閉じる者は現在に対して盲目であるという言葉がありますけれども、実は前に日教組の委員長だった槇枝さんの「文部大臣は何をしたか」という本、大臣のところにも贈られたのじゃないかと思いますが、この中でも書かれていますが、戦後の新教育指針、あれには全く、臨教審がいろいろ論議をしているんですけれども、もっとあのときの教育改革に戻っていけば、あそこで何かいろいろ教育の自由だとか個性主義だとか個性の尊重だとかと、いろいろ随分むだな時間を費やして、自民党の文教関係の方々も今の国民の期待にこたえてないじゃないかということを言われた。これは私どもも臨教審の法案審議のときに、短期的に今すぐ取り組まなければならないもの、中期的に取り組まなければならないもの、長期的に取り組まなければならないもの、そういうものに分けてやらなきゃならないんじゃないかということを言っておったわけですけれども、さっぱりやらないで、一年間何かむだなといったら怒られるかもしれませんけれども、何か論議を繰り返して、やっとこのごろ少し軌道に乗りかけてきたのじゃないかというふうに思いますが、教育は皆さんがそれぞれ育ってきた環境だとか経験だとか体験、そういうものを含めて、百人いれば百人の教育論がある。だからそういう中で、もうこのことだけしかないんだというふうに思い込み過ぎると、これはまた大変な問題が起きてくるというふうに思うんです。私は教育現場にもおりました。そういう意味では教育現場のことは知ってはおりますが、しかし本当に自分が知っているということが、その認識が本当にいいのかどうかということになると、これもまたいろいろあるんじゃないか。大臣も文教のベテランと言われておりますけれども、大臣の考え方についてもあれはやっぱりおかしいぞと言われる方もいらっしゃるのじゃないかと思うんです。 そういう意味で、やっぱりいろんな方々の意見を聞きながら多くの国民のコンセンサスを得るということが教育改革の場合には必要なんだ。とりわけ現場とそれから教育行政との間の中に余り問題が起きるようなことはできるだけ避けるような形での教育改革、教育現場で実際やっている人たちも、そうだ、そうしなきゃだめなんだというような方向、そういうものが打ち出せるような教育改革でなければ、私は本当の意味での教育改革ということにはなっていかないんじゃないか。 とりわけこういう教育の問題がいろいろ起きてくると、教員がこうだからああだからといろいろ出てきます。しかし、マスコミでいろいろ取り上げられているのは、教員全体の中から見ればわずかな数なんですね。多くの教員は本当に苦しみ悩みながら毎日毎日一生懸命やってきているんです。そのやってきている苦労だとかそういうものが表に出ないで、本当にごく一部の、それこそそれはもう私たちから見てもやっぱり教員としておかしいよと、そうあるべきじゃないということは、これは思想信条だとか政党政派を超えて、だれでも人間としてやっぱり認めざるを得ないものというのはこれはあるわけですね。しかし、そういう一握りの者たちがいるために、全体をそういう形でやるということはやっぱり間違いを犯していくことになるのじゃないかというふうに私は思わざるを得ないわけです。 そういう意味で、先ほど本岡委員からも言いましたけれども、初任者研修の問題なども、私の経験から言えば若い先生は若さ、情熱というものを子供にぶっつけていく、そういう子供との接点がある中で初めてその子供たちの心に溶け込むといいますか、心をしっかり自分で受けとめて、そして子供と一緒に学習していくという形、その中から本当の教育の技術というものが生まれてくる。ところが、退職された校長先生をつけてやるということになれば、ある程度それは教育技術というものはこれは老練だと思います。しかし、教育というのは教育技術だけで本当にいいのか。そうじゃないと思うんですね。いかに人間的なそういうものを培っていくかということがこれは私は大事だというふうに思うんですよ。そういう意味で、何か一般的に言えば初任者研修をやれば立派な先生ができるんだという形式的なもの、例えば主任制の問題なんかも、学校にもう前から主任がいるじゃないか、あの人たちは苦労しているんだからその人たちにお金をつけてやれ、そういうことだけで何かうまくいくように思われるんです。ところが、実際教育現場というのはそうじゃないんですね。初任者の人たちも老練な人たちもみんな一クラス一クラスの子供たちを与えられて同じように責任を持ってやっているんです。ある意味で言えば若い人たちから年寄りの先生が学ぶということもあるわけです。先生はまた子供から学ぶということもあるわけですよね。そういう中で特定の人だけにお金をつけることが、言えばお金もらっているんだからあんたがいろいろやればいいじゃないか、例えば学年通信なんというものをかわりばんこで書いていたものが、そういう中で先生方自体のそういうものが損なわれていくような、金で物が解決できるような、役所の機構と違うんだということもぜひ理解をして、あそこに五十億近い金がいっているわけですね。これは政策的に必要だからと言えばそうかもしれません。そういう考え方もあるんでしょうけれども、しかし教育現場から見ればあれはむだな金、現場の人たちが要らない要らないと言っているわけですから。それよりもなぜ四十人学級、要求より三分の一ぐらいしかつかないわけですね、中学の。なぜそういうところにこのお金を使うようなことをしないのか。そういういろんなむだがあるわけですよ。だからもっと私は、いろいろ今教育の問題についてたくさん問題がある、大臣が言われましたが、まず行政を担当する文部省と現場の先生方と、いわば日教組と本当に腹を割った、そしてお互いに知恵を出し合う、今のこの事態をどうやって打開していくんだ、こういったようなことを、今までの行きがかりとかそういうものを捨てていかなければ、これは今の教育改革というものに当たっていくことは私はできないんじゃないかというふうに思うんです。 少し私の考え方だけになってしまいますけれども、臨教審の法案審議のときにも、いろいろ臨教審で考え方が出されたらそれを国民の上に投げかけて、そして国民の各界各層の人たちからフィードバックをして、そしてそれをさらに臨教審で討議をして、さらにまた国民に投げて、そういうことを二回三回繰り返さなければ国民的な理解というものは得られないんじゃないかということを私は指摘したんです。でも現実的にはなかなかそういうことをなさろうとしない。わずか三年でやろうなんということ自体が私は無理じゃないか。そういったようなことで、これから臨教審の対応の問題について、臨教審で出されてきたものは何でも尊重するということになるのかどうか、大臣としてどのようにお考えか、そこのところをお聞きして、私の質問を終わりたいと思います。
○国務大臣(海部俊樹君) いろいろ御指摘をいただきましてありがとうございます。ただ、御指摘のとおりに、臨教審が始まります一昨年のころは、今まで中央教育審議会で答申をもらった四六答申を文部省は文部省なりに一生懸命努力をして片づけてはきましたが、世の中の方がどんどん変わってまいりますと、制度、仕組みがよければいいほど世の中もどんどん変わっていくわけですから、その変わっていったのに対応し、しかも二十一世紀に向けてはもっと激しい移り変わりがあるぞ。だから、もう一回いろんな立場の方の御議論をいただくということで臨教審も各党の先生方の御同意をいただいてスタートをさせました。何もしていなかったのではなくて、例えば第一次答申から出ました学歴社会弊害の是正の問題は既に各省に呼びかけて発足を始めて、いろいろな問題を提起しておりますし、また大学の入学試験の問題が今日の教育荒廃の一つの原因であるということに関しましても、文部省、昨年の七月に各界の、高校や大学の先生や有識者に集まってもらって、ことしの夏をめどに、どのようなものにしていくかという改革の協議会もつくって、できるだけの努力はいたしております。 また、私も文部大臣に就任しまして以来三回臨教審の総会に出席させていただきましたけれども、あれほど忙しい各界の代表の方が朝の九時から三時まで六時間ぶっ続けで御議論をなさっておった姿に、率直に私は敬意を表しました。同時にまた、そこにはいろんな立場の代表の方がいらっしゃって、必ずしも日教組の御推薦ではありませんから、日教組の立場で物はおっしゃっておらぬのですけれども、現場御出身の教師の方も臨教審の委員として御発言をいただく。それに対しては別の立場からの御意見も出てくる。いろいろな話を皆さんが総会の場に出しながらまとめて、しかも答申の前に「審議経過の概要」で、こういう角度の、こういう点の、こういう幅広い議論や考え方があったんだということをきのうはまた世にさらしたわけでありまして、今後地方へ行って公聴会をして、さらにいろんなところの御意見等も聞きながら、この春には答申にまとまってくるわけでございます。 私は、その答申につきましては、政府といたしましてはそれを尊重して、教育改革に生かしていくわけでありますけれども、それぞれ国会には国会の、各党には各党の教育改革に対する大きな目標や理想もあるわけであります。まさにそういった国民的な議論をしていただくのが国会の場だと思いますし、答申が出ましたら、それを今後、もし我々の文部省が考えておることと、それから国民の皆さんのためにこれはいいことだと、重ね絵のように合わせていいと思えば、これは法律として出さなきゃならぬものは法律として御審議をお願いするわけでありますから、そのときまでにいろいろ我々は皆さんの御意見等も十分承りながら、当面はどんな答申が出てくるかを今は見守っておるということであります。しかし、文教行政で、答申をいただかなくても、現在の法規や仕組みの中でやってやれることはたくさんあるわけでありますから、やれることはやっていこう。一つ二つきょうここで御答弁申し上げましたように、教育改革の中で手をつけたり努力をしておることはございますけれども、いずれにしても最後は、先生おっしゃったように国民の皆さんの御理解と御協力がいただけなければ教育改革というものは定着していかないわけでありますので、その方面に向かって一生懸命に努力をしていこうと、こう思っております。
○委員長(丸谷金保君) 午前の審査はこの程度とし、午後一時二十分まで休憩いたします。 午後零時二十四分休憩 ―――――・――――― 午後一時二十一分開会
○委員長(丸谷金保君) ただいまから決算委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、昭和五十八年度決算外二件を議題とし、文部省及び科学技術庁の決算について審査を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○服部信吾君 まず初めに、科学技術庁長官の河野大臣にお伺いいたします。 我々も同じ地元ということで大変期待をしておりまして、どうかひとつ科学技術の振興に頑張っていただきたい、このように思います。 長官もきょうちょっと何か急用があるようでございますので、時間が参りましたらば御退席いただいて結構でございます。 若干、大臣にお伺いしたいんですけれども、新自由クラブの代表と、そういうことでございますので、その点について若干お伺いいたしたいと思います。先般の選挙で、ある面から言うと自民党さん、大変厳しい国民の結果があった、このように思っておりますし、その自民党さんと連合を組んだということで、ある面から言うと国民の間にもそれらに対する、長期政権に手をかしたというような批判もあるようでありますけれども、この点について大臣はどのようにお考えですか。
○国務大臣(河野洋平君) 政治家にとって、あるいは政党にとってみずからの立場を明らかにする、そして有権者から支持をもらう、こういうことは極めて重要なことでありますけれども、もう一方で国家あるいは国益、そういうものを踏まえて政治的な行動をとらなければならぬということもまた当然のことであろうと思います。私どもは、服部委員御指摘のように、前回の選挙の結果を踏まえまして、日本の国の国際的な役割を果たす、あるいはまた直前にございます行財政改革でございますとか、その他の重要な政治課題を一つ一つこなすために自由民主党と政策協定を行いまして、その政策合意に基づいて連立内閣に参加をいたしました。参加した結果は委員御承知のとおりでございます。
○服部信吾君 当初、田川さんが自治大臣として御就任なさって、定数是正をやるということで、ほとんど手がつかなかった。また、いわゆる政治倫理の問題、これについてもそれほど成果が上がらなかった。次に山口労働大臣、いろいろなことをやられたようでありますけれども、その中でいわゆる大臣賞の乱発なんということもありまして、いろいろあったわけでありまして、この三年間の連立を組んでどのような成果があったのか、この点についてお伺いしたいと思います。
○国務大臣(河野洋平君) 新自由クラブの代表として御答弁をさせていただくことをお許しをいただきたいと思いますが、三年間、今三期目と私どもは申しておりますが、連立三期目までの間、我々がどんな実績を残したかということにつきましては、自分で言うのはどうかと思いまして、客観的、社会的評価にまちたいとは思いますが、もしお許しをいただけるなら、みずからの実績について、今服部委員お話してはございますけれども、この数年の間に政治倫理問題では国会の中にも制度が確立をされたことは御承知のとおりでございますし、また私どもは、例えば政治家の資産公開について提案をいたしまして、まだまだ不十分でございますけれども、閣僚の資産公開でございますとか、幾つかの政党がその政党の判断として資産公開を行うなど、若干の進歩がこの面にも見られているというふうに考えておるわけでございます。 また、昨年のことでございますけれども、例えば防衛費の問題あるいは国家機密法の問題等につきましては、野党の方々から、新自由クラブがこれをどうするかは非常に重要な役割を担っているぞといって大分御激励をいただきまして、必ずしもそういう御激励に乗ってやったわけではございませんが、私どもかねてからの党の主張は貫かせていただいたつもりでございます。 その他、申し上げればまだございますけれども、我田引水になってもいけません。若干の点申し上げておきます。
○服部信吾君 なかなか自分の口から言うのも私は大変だと思います。しかし、私は、三年ですからまだまだその成果が出たということはないと思います。しかし、私はこれからがある面から言えばいわゆる河野代表が言われているように、これから非常に重要な問題が出てくる。チェック・アンド・バランス、そういう観点からすれば大変重要なところにきたんじゃないかと、この三年間はいろいろなことがあったかもしれませんけれども、これからそれこそある面から言うと新自由クラブさんの態度によって大きな政治転換とか、そういうものが出てくるんじゃないか、こう思います。 二十七日から国会が始まりますけれども、その中で特に問題になるのが定数是正ですけれども、この点については代表、どのようにお考えですか。
○国務大臣(河野洋平君) 引き続き新自由クラブの代表として御答弁をいたしますが、私ども今服部委員から大変御理解のある御発言をいただきましたけれども、もう一つつけ加えて申し上げたいと思いますことは、私どもが連立に参加をいたしましたときには、委員御指摘のようにかなりの非難も率直にいただいたことも事実でございます。しかし、一方でこの連立に対してこれが一つの政治の流れであるかもしれないというような評価もいただいて、それが二年、三年たつうちにかなりの評価になって定着をしてまいりまして、昨年からことしにかけて各政党の大会などでも連立・連合論というのは極めて盛んになってきておりまして、日本の政治の構造の変化の芽が出てきたということもまた申し上げていいと思っております。 そこで、今お尋ねの定数是正についてでございますが、私どもはかねてからこの定数是正に意欲的に取り組んできたつもりでございます。自由民主党との連立に当たりましても、四項目の政策合意の中で定数是正を約束事に入れております。一日も早く定数是正に取り組もうと、こういうことで自由民主党と一緒に定数是正に努力をしてきたつもりでございます。もっとも私ども新自由クラブといたしましては、この定数是正には独特の案も持っているわけでございます。できることなら一対一・五ぐらいの比率でいくべきだ、あるいはまた我が党本来の主張でいきますと五百十一を減らしていくということが必要ではないか、こういったような主張もございますけれども、しかし当面とりあえずの案として五百十一という現在の数はそのままにして、そして定数の是正をしていくということに我が党も現実的対応をしたつもりでございます。 さて、さらに国会の論議になりますというと、これは服部委員先ほど御指摘もありましたけれども、現在あくまでも議員立法という形でこの問題が進んでおりまして、御案内のとおり前臨時国会におきましては議長裁定までお出しになってああいう幕切れになったわけでございますが、私どもといたしましては一日も早く定数の是正が行われるように努力をするつもりでおります。
○服部信吾君 そのように望みたいと思いますけれども、新自由クラブさんの政策の中でいわゆる小選挙区制は反対と。そういう面からいきますと、今回この二人区という問題、これは大変厳しいあれになってくると思いますね。当然この問題で今度の国会もいろいろと議論が出てくると思いますけれども、例えば自民党さんの方から二人区譲らないと、こういうようなことでこの問題で突っかかってきた場合に、大変新自由クラブさんとしては政策的には二人区は反対ということであるようでありますので、この点についてこういう局面に来たときにどういう態度をとるのか、この点についてお伺いしておきます。
○国務大臣(河野洋平君) 二人区を小選挙区と言うか言わないかで今大分議論があるところでございまして、私どもは小選挙区制をとるということについては賛成いたしておりません。ただし、二人区をどういうふうに見るかということについてはいろいろ議論があるようでございまして、今一番大切なことは、最高裁にも指摘されておりますように、こういう状況を一日も早く直すということが何より大事だと、そこで国会内でのコンセンサスを得ることが一番大事であろう。したがいまして、先ほど申しましたように、我が党には我が党の考え方が、総定数まで減らせというところまでさかのぼれば相当に我が党としては主張がありますし、我が党独自の是正案も作成をいたしておりますが、この場面では国会内のコンセンサスができる、そのために自説を若干曲げてでも定数是正の成立に努力をしたい、こう考えております。
○服部信吾君 ということは、じゃ現在の新自由クラブさんとしては二人区については反対でしょう。それは要するに二人区に対してこれが小選挙区制がどうかということは大変議論の分かれるところでありますから。今の時点ではこれは反対でしょう。
○国務大臣(河野洋平君) 前国会からのいきさつを申しますと、私どもが党として世に問うております是正案は線引きの変更と申しますか、でございます。しかし、前国会からの経緯を申しますと、私どもはこの前の臨時国会におきまして画民党提案の六増六減案、それでも将来の抜本改正が行われるという約束があればこれに合意いたしますという立場をとっておりますことを御了承いただきたいと思います。
○服部信吾君 今までの経緯からすればやはりこの小選挙区制、二人区、これはある程度国民の間でも定着しておると、この議論をここでまたするわけではございません。そういうことで大変な難しい局面に来ていると思います。そういうことでこの問題についてひとつ、そういう問題が来たときに私はこの小選挙区制、二人区、これについてはある程度一線を引いていただきたい、こういうふうに思っております。 それからもう一つ、同時選挙、これはある面からいうと、大変何か既成事実のようになっておりますけれども、この問題については憲法違反の疑いもあると、こういうこともあるわけでありますけれども、河野さん、この点についてはどのようにお考えですか。
○国務大臣(河野洋平君) 解散権というものが総理大臣にある。中曽根総理はこの解散権というものは極めて重要なもので、まあ言ってみればだれからも指図は受けないということを言っておられるわけでございまして、私どももその解散権をいつ行使するかについて我々が差図がましいことを申し上げる立場にはございません。しかし、一般論として申し上げれば、でき得べくんば同時選挙というものは避けられれば避けるべきものではないかというふうに私は個人的には考えております。しかし、これとて、解散権なんというものは特定の人間が特定の政党のためにばさっとやるものではないと承知いたしておりますから、国会の状況でございますとかあるいは野党側からのいろいろな行動、働きかけでございますとか、そういったことがあれば事は別なのではないかというふうに考えております。 政治は先生御承知のとおり生き物で、一体どういう場面でどういうことが起きるかなかなか予測しにくいわけでございますが、少なくとも現在の時点、こうやって国会が開かれる、予算の審議がもう真近に始められるというこの時期でございますから、国会の解散について予測を述べたりとやかく議論をすることは差し控えるべきではないかと思いますのでお許しをいただきたいと思います。
○服部信吾君 先ほど、図らずも連合の成果としていわゆる防衛費を一%枠内にとどめた、あるいは国家秘密法案、これについて廃案、こういうような形になったようでありますけれども、これはずっとこの線を守っていくわけですか。
○国務大臣(河野洋平君) 当然のことと考えております。
○服部信吾君 それでは若干今度は科学技術庁関係でお伺いしたいんですけれども、SDIについてでありますけれども、昨年調査団を送ったことしも十五日の日に調査団をまた送った。そこで、向こうへ行ってSDIについていろいろと研究をなされいろいろしているようでありますけれどもその成果、それから今回行ったその目的なり理由、これがありましたらお伺いしておきます。
○政府委員(内田勇夫君) お答え申し上げます。 ただいま先生お話しございましたように、政府はSDIの調査団を昨年九月末と今回と二回派遣をいたしております。 昨年秋の調査におきましては、SDIに関する最新の説明を米側から聴取するということを目的として実施したものでございます。米側の説明内容といたしましては、SDIの研究領域それからその研究の進捗状況それからSDI関係の予算の議会における審議の状況等につき説明を聴取したところでございます。また、今回の調査は、SDIの技術面での進捗状況それから今後の研究のスケジュール、また前回調査をいたしました以降におきまして各国の研究参加等の動きも出ておりますので、そういった各国の研究参加についての考え方等につきまして米側から説明を聴取するとともに、SDI研究の関連施設を訪問するということを目的として派遣をいたしたものでございます。
○服部信吾君 長官ね、宇宙開発の利用、これはもう平和利用に限る、こういう国会決議もありますし、国連の決議を批准もしております。そこで、科学技術庁としてはこのSDIについてこのいわゆる国会決議あるいは平和利用国連決議、これに対して違反するかしないか、この点についてはどうですか。
○国務大臣(河野洋平君) 私どもは国会の決議に違反したような行動をするつもりは全くありません。今局長から御答弁申しましたけれども、現在調査団がアメリカに出ておりまして今週末か来週早々には戻ってくることになっておりますから、その調査団の調査結果などもよく聴取したい、こう考えております。
○服部信吾君 これだけある面からいえば大変議論になっている問題であります。米ソ間においても大変厳しいあれをやっておる、フランスあたりも反対をしておる。アメリカ国内においてもマクナマラさん等議論が分かれている、また反対の科学者もいっぱいいる。そういう戦略防衛構想、SDI。これに対して中曽根総理が昨年あたり、八三年あたりからある程度理解をしてきて、昨年はアメリカから技術参加をしろと、こういう問題になってきているわけですね。ですから、まだ海のものとも山のものともわからないこういうような問題に対して、ある面からいえば昨年の三月あたりに外務大臣あてに早く参加するかどうかをしろというようなことを言ってきておる。当然これはもう前回の昨年のサミット、これはもう全然まとまらないということで議題にもならなかった。今回当然これは東京サミットでの問題になるかもしれませんし、あれほど日本の国が西側の一員一員としていろいろと言ってきておるわけです。当然この問題についてもこれから問題になるのじゃないのか。しかし私は科学技術庁としては、やはり中曽根総理がもしこれを認めると言ってきても、これは断固と私はそういう立場を貫いてもらいたいと、こう思うんですけれども、この点について長官のお考えをお伺いしておきます。
○国務大臣(河野洋平君) 政府の姿勢といいますか従来の政府の考え方は、もう御承知のとおりこれは非核の防衛手段だ、究極的には核廃絶を目指しているものだと、そういう認識に立って研究をするということには理解を表明しているというのが政府の方針、見解でございます。私も入閣するに当たってこの政府の方針は当然私にもかぶってくるものと考えておりますが、この方針は全くそのとおりでよろしいと思っております。 今しかし、服部委員がお話がございましたように、SDIがどういうものかわからぬじゃないかという御指摘がございました。そういうことを調査すべく今調査団が出ておるわけでございますから、この調査結果どういう結果かわかりませんけれども、この調査結果を十分に聞いてみたい、そして慎重にその調査結果を聞いてみて私どもは判断を下したいと考えております。
○服部信吾君 その辺をひとつ本気になって考えてもらいたいと思います。というのは、昨日私も、東京湾横断道路におきまして環境庁長官の森さんが、これはもう大変な問題だと、ある面から言えば反対というような立場で記者会見をしておりましたけれども、これだけの問題になっておるSDIですから、やはり連合を組んでおるパートナーとしてこれはもっと明確にした態度をひとつ示していただきたい。 時間が参りましたので。もう一点だけお伺いして御退席して結構です。 二十一世紀の夢とも言われる海洋開発、こういう中において汚職があった、こういう本当に嘆かわしい事件があったけれども、それも横須賀という我々の地元ですから、この点について長官のお考えをお伺いしておきます。
○国務大臣(河野洋平君) 服部委員御指摘のとおり、海洋開発というのはある意味で大きな夢を背負って大変な期待を担って行っている事業でございます。この海洋開発の拠点である海洋センターでこういう事態を引き起こしましたことを本当に遺憾に思っております。 科学技術庁といたしましては、従来から綱紀の維持について特に厳正を期すよう努めさせてきたところでございますけれども、こうした事態が起きてまことに残念遺憾と申し上げなければなりません。今回の事態については私からも同センターに対して厳重に注意を行うとともに、綱紀粛正の徹底を図り、職務遂行の適正化等について早急に改善を図ることを指示したところでございます。今般の事態の結果については司直の判断をまつ必要があるわけでございますが、今回の事態を厳粛に受けとめて、いやしくも国民の疑惑を招くようなことが生じないよう、職員を初めとする関係者の綱紀の維持についてなお一層努力をしてまいりたいと考えております。まことにこうした事件、残念至極でございます。 宇宙開発あるいは海洋開発と、科学技術庁が担っておりますこうした非常に次の時代につながる期待を担っている事柄でございますだけに、一日も早く世間の信頼を回復して、これが開発に意欲的に取り組めるような状況を取り戻さなければいけないと考えておる次第でございます。
○服部信吾君 この件について警察はどのように。この問題についての状況についてお伺いしたいと思います。
○説明員(国松孝次君) お答えを申し上げます。 お尋ねの件につきましては、現在神奈川県警察において捜査中のものでございまして、海洋科学技術センターが発注いたします大循環式潜水呼吸装置というものの納入業者の選定などに関しまして、同装置の製作請負業者から現金を受け取ったという贈収賄容疑で、本年一月十七日、同センター潜水技術部の幹部職員一名と、同装置の製作請負業者でございます日本酸素株式会社の幹部社員一名を逮捕いたしました。さらに同伴で一月二十日にも同社の幹部職員一名をそれぞれ逮捕いたしまして、現在捜査を継続しているものでございます。
○服部信吾君 この事件に関して海洋科学技術センターはどのように受けとめておりますか。
○参考人(佐伯宗治君) お答えいたします前に、今回のような事態が起こりまして各方面の方々に多大の御迷惑をおかけいたしましたことを心からおわび申し上げます。 職員の綱紀につきましては、綱紀の厳正な保持につきましては、従来から機会あるごとに指導に努めてまいりましたが、それにもかかわりませずこのたび当センター職員が収賄容疑で逮捕されたということは、まことに遺憾なことでございまして、今回の事実を厳粛に受けとめまして、今後再びこのようなことがないよう綱紀の確立と厳正な保持について一層徹底してまいりたいと考えております。 このような事態の再発を防ぐため、事件発生後即刻、綱紀粛正の一層の徹底を図ることについて全職員への訓示を行い、職員一人一人の自覚を求めたところでございます。また、事件後直ちに、事件の反省と再発防止対策を任務とする綱紀委員会及び契約の適正確保を図ることを任務とする取得契約事務検討委員会を設けまして原因の究明に当たっておりますが、今後体制の見直しや対策を可及的速やかに講じ、一日も早くセンターへの信頼を回復して、我が国の海洋科学技術全般の発展向上に貢献するよう最大限の努力をする所存でございます。
○服部信吾君 逮捕された方が大変有能な方だと、こういうことで、今までシートピアあるいはシードラゴン計画、新しくニューシートピア計画を行う、これの中心になっている方だと、こういうふうにも聞いておるわけでありますけれども、この方が逮捕されることによってこの新しいニューシートピア計画に支障があるのではないか、こういうようなこともあるわけですけれども、この点についてはどのようにお考えですか。
○参考人(佐伯宗治君) 先生御承知のとおり、ニューシートピア計画というのは、大陸棚の資源開発等の海洋開発を進めていくに当たりまして必要不可欠な潜水作業技術の確立を目指しております。一般に行われております空気による潜水では四、五十メートルぐらいしか潜水できないところを、高圧のヘリウムと酸素の混合ガスを使用して、海面下三百メートルまで潜水できるようにするための技術を開発することを目標としているものでありまして、昭和五十七年度から六十三年度までの七年計画で実施しているところでございます。 今回、ニューシートピア計画の推進者の一人が遺憾にも逮捕されるような事態となりましたことは、本計画の推進に全く影響がないということは申せませんけれども、ほかにもかわり得る優秀な人材を擁しておりますので、これまでどおりこれらの人材を総合的組織的に結集すること等によりまして、全体が一丸となって計画に支障を生じないように全力を挙げて努力していきたいと考えております。
○服部信吾君 この契約のあり方に大分問題があったようだと。まあ入札方式、競争入札ですね、指名それから随契と、こういうことでありますけれども、直接いわゆるこの大循環式潜水呼吸装置、これは随契で行う予定なんですか。この辺のところはまだこれからやるようでありますけれども、この点についてどのように考えているのか、あるいはこの契約のあり方についてお伺いしておきます。
○参考人(杉田昌久君) 本件、大循環装置につきましては、随意契約で契約を締結するという予定で現在手続を進めておりまして、ただいまのところ価格の面で調整を図っているというような現状にございます。 契約一般につきましては、私ども常日ごろから会計法規を遵守いたしまして、契約事務の厳正公明な運用というものに努めておりまして、特に綱紀の厳正保持については十分に注意してきたところでございます。 それで、今回の事態につきましては、これはまあ一義的には契約事務以前の問題でございますが、いずれにいたしましてもこれを機にセンターとして襟を正しまして、契約事務の一層の適正化を図ってまいりたいと考えております。 そういうことで、事件の発生後直ちに取得契約事務検討委員会を発足させまして、そこにおきます審議の結果等も踏まえ改善すべきところは速やかに改善する、契約事務につきまして一層の適正化を図ってまいりたい所存でございます。
○服部信吾君 普通、公共事業というのは大体入札の場合よほど小さい物件だとかそういうものでないと大体競争指名入札でやると、これが普通の常識になっているわけですね。それで例えばまあ不正があったり何かあったときには、かなりそういう会社に対してはペナルティーなり何かを与えると、こういう形になると思うんですね。特にこれだけの何か七千五百万円ぐらいの大変大きなある意味からいえば仕事、こういう分野においてはね、例えば道路とか建築とか、こういう分野はもう全然問題なく大きいですけれども、やはりこういう研究とかこういう分野においては大変大きな金額だと思うんですよ、設計だとかこういう面においては。そういうことを考えますと、もう少し基準というものをぴしっとして、これ以上大きなやつは、やっぱりこれはもう指名競争入札、あるいはこのくらいの小さなものであればこれはやはり随契と、こういうような基準あたりをきちっと設けていただきたいと、このように思いますし、ある程度これだけのことをして二人も捕まったということになりますと、これは会社に対してはペナルティーか何か設けるんですか、これは。
○参考人(杉田昌久君) 現在、事態が司直の手に解明をゆだねられているということでございますが、私どもとしましては私どもなりに事態の事実関係をよく調査いたしまして、厳しい態度で対処してまいりたいと思います。 それからなお、先ほど先生が随意契約と競争契約につきまして、まあ金額の大きいもの小さいものというふうなことで、大きいものは一般競争入札というようなことであるべきじゃないかという御指摘でございますが、私どもの場合非常に研究開発要素が多く、なかなか複数の会社がそういった技術を持っているということでなくて、非常に限られた場合ということがございますので、これは随意契約にせざるを得ない場合でありましても、いずれにしても厳正に契約を適正に実施するということで一層注意してまいりたいと思っております。
○服部信吾君 まああと出向の問題とかいろいろたくさんありますけれども、時間がありませんので、最後に科学技術庁ね、この事件を受けでどのような措置をとるのか、この点についてお伺いしておきます。
○政府委員(内田勇夫君) 科学技術庁といたしましては、先ほど大臣よりお答え申し上げましたように、非常にこの問題を厳粛に受けとめておりまして、直ちに海洋科学技術センターより今回の事件に関する報告を受けるとともに、大臣よりただいま御答弁申し上げましたように、綱紀粛正の徹底につき指示を行ったところでございます。 さらに、契約のやり方等につきまして制度上の見直しを行うとともに、その結果講じた措置について速やかに報告するよう指示をいたしたところでございます。 同センターよりは、職員全員に対し、各人に国の事業に従事する者としての厳しい自覚を持つよう徹底を図るとともに、佐伯理事よりお答え申し上げましたように、綱紀並びに契約について二つの委員会を設置し、このような不祥事を繰り返すことがないように総点検を行うという旨の報告を一昨日受けております。 私どもといたしましては、このセンターの内部での検討結果、そういうものの報告をもいただきまして、さらに同センターの今後の業務の適正化については厳正にこれを行うよう適切に指導を行っていきたいというふうに考えております。
○服部信吾君 次に、文部省にお伺いしたいんですけれども、時間がないので、文部大臣にはもっと非常に次元の高い観点でいろいろ御質問したかったんですけれども、ちょっと時間がありませんので、今問題になっております京都国立博物館、この中で敦煌ですか、これがにせものだとかいろいろ言われているわけでありますけれども、この点について大臣はどのようにお考えですか。
○国務大臣(海部俊樹君) 新聞報道で私も拝見したばかりでございまして、写本に押してある保存者の判がにせものであったのか本物であったのか、報道によりますとまだ確かな断定等がございませんけれども、私はやっぱりそういったことについては専門家の判定を待って判断をし、公表しなきゃならぬと、こう思います。
○服部信吾君 参考人の方、結構でございますから、ありがとうございました。 まあこの京都国立博物館で出されている「学叢」、こういうものがあるわけですね。その中にいろいろと藤枝晃さんという京大の名誉教授です、大変権威のある方だそうでございますけれども、この問題についていろいろ述べられているわけですね。 そこでちょっとお伺いしたいんですけれども、これがいわゆる守屋コレクションから京都国立博物館に寄贈を受けた時点で、一九六一年から六二年に調査をやったそうでありますけれども、この点についてはどのようになっておりますか。簡単にひとつお願いします。
○政府委員(加戸守行君) 昭和二十九年にこの守屋コレクションの寄贈を受けました中にも敦煌写本が七十二件ございまして、こういったものを含めました守屋コレクション全体につきまして、京都博物館の関係官で構成する鑑査会で一応調査いたしました。その後、昭和四十年の時点でこれらに基づきます図録を作製するための調査ということを行ったわけでございまして、当時その調査の一部分、つまり敦煌写本に関しまして藤枝先生に調査をお願いしたという経緯はございます。
○服部信吾君 要するに寄贈を受けるときにこれが本物かにせものかということを調査したわけで、すね。そのときの六一年、六二年の報告というのはどうなっていたのですか。
○政府委員(加戸守行君) 二段階でございまして、コレクションの寄贈を受けますときに調査をいたすわけでございまして、そしてこれは適正なものとしていわゆる寄附を受け入れたということでございます。 それから、昭和四十年の時点におきましては、図録を作製するために、つまり守屋コレクションの敦煌写本等に関します文化財の形状、品質、時代、価値といったものを調査をするというようなものでございまして、その真偽を判定するというような性格のものではございませんでした。
○服部信吾君 藤枝さんがいろいろと書かれておりますね、読んでいると思いますけれども。「とくに六一-六二年の調査では私の判定結果に対して当博物館の関係者たちはたいへんな勢で不満を示した。当時の私の判定能力はまだ幼稚であったことを否定しない。こんどの再調査で若干点について前回の判定を改めた。前回の調査が不十分、つまり私の力が足りなかったのである。しかし、これは小修正であって、大筋は間違ってゐなかった。」いろいろこのあれに対しては、これは時間がありませんから読んでおられませんけれども、かなり判定に対して行政側に不満を持っている。行政側というか博物館側に大変不満を持っている。こういうことでありまして、この点についてはどうですか。
○政府委員(加戸守行君) 藤枝先生がいろいろ御調査なさいました際に、御自身でのいわゆる紙質の調査をなさったことがございますが、その結果につきましては十分な結論が得られるに至らなかったということがございまして、その後いわゆる所蔵印といったもの、つまりこれを当時コレクションいたしました清朝の李盛鐸の印というものをベースに比較研究をされたわけでございまして、それは個人として御研究なさったわけでございまして、そのこと自体につきまして博物館側で公式に申し上げたというようなことは承知いたしておりません。
○服部信吾君 一九六五年に今度は紙質の調査を行った、こういうふうになっておりますけれども、そのときに調査結果はとったんですか。
○政府委員(加戸守行君) 京都博物館として紙質の調査をお願いしたわけではございませんで、五十八年の時点ではいわゆる京都博物館に所蔵しております外国品の書籍関係の所蔵品図録をつくるというための調査をいたしておるわけでございまして、その中で敦煌写本に関しましては藤枝先生に御調査を願っている。その関連で藤枝先生御自身が各般の観点からの御調査をなさったものと理解いたしております。
○服部信吾君 その調査に対していろいろと何人かの先生方と調査をしたそうでありますけれども、「諸先生は私にその執筆を命じたまま、再び博物館で会合することはなかった。私は言はれた通り報告書を書くだけは書いたが、博物館に提出はしてゐない。」。何のために調査をさせたのか。こうなるのですけれども、この点についてはどうですか。
○政府委員(加戸守行君) 先ほども申し上げましたように、調査自体は図録を作成するために、つまり五十八年度から調査を開始しまして、六十四年に図録を発行することを前提としての調査をお願いしているわけでございまして、現在調査継続中の段階でございますが、藤枝先生の御調査はそれに関連はしておりますけれども、御自身の観点からの調査で、京都博物館が例えば印の真偽といったような形で調査をお願いしたわけではございませんで、それは藤枝先生の御自身の研究として調査をされている事柄だと理解いたしております。
○服部信吾君 いずれにしても委嘱は受けているわけですよね、この問題に対して。何の報告もしていない。何か何やっているのかなという気もするわけです。それで、今回再び再調査をしたということは、これは六一年、六二年にした調査がちゃんとしていなかった、そういうことで再調査をした、こういうことでいいんですか。
○政府委員(加戸守行君) 昭和四十年の時点で調査をお願いしましたものは、その守屋コレクションの内容を明らかにする、つまりその品質、形状あるいは時期、価値といったものについての御調査をお願いしたわけでございまして、その研究は一応終わっているわけでございます。昭和五十八年からの調査は、その守屋コレクションを含めた外国関係の書籍につきまして図録を昭和六十四年に作成をする、その六十四年の図録作成に向けての現在調査中の段階でございます。
○服部信吾君 時間がありませんのでこれで終わりますけれども、大臣、この問題少し大変な問題だと思いますよ。京都博物館には恐らく修学旅行の子供たちも行くでしょうし、いろいろな方が見に行っているでしょうし、そういう中に国が指定した重要文化財も二点入っておると、そういうことになって、これはどうもにせものじゃないか。こうなりますと大変文化行政自体に厳しいあれになってくると思いますから、大臣この点についてもう一度この問題についての取り組みをお伺いしまして私の質問を終わります。
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように国立博物館は修学旅行のみならず一般の国民の皆さんもここにおいでになっていろいろ心を安らぐ場所でありますし、いろいろと本物にやっぱり接してもらわなければならぬということはこれは当然のことだと思います。 そこで、これは報道だけてありますが、きちっとしたところで専門家の御意見を聞いたり調査をして、その結果、もしこういうことが事実であるとするなれば、文化庁にも相談をしてそれなりの対応をしなければならぬと思いますが、これからも誤りのないようにできるだけ努力をしていくつもりでございます。 ―――――――――――――
○委員長(丸谷金保君) 委員の異動について御報告いたします。 本日、橋本敦君が委員を辞任され、その補欠として佐藤昭夫君が選任されました。 ―――――――――――――
○刈田貞子君 私は、最初に文部省の方の質問からお伺いをいたします。 国立大学における授業料免除制度についてお伺いをいたします。国立大学では国立学校設置法十二条に従って、経済的理由によって授業料納付が困難な者に対して、その免除を行い、その教育の機会を確保するという制度があるわけでございますけれども、現行の授業料免除制度がその目的にかなって有効に運用されているかどうか、このことが私はかなり前から言われていたことを記憶しているのでございますけれども、このたび五十九年度の会計検査院報告が出まして、それにもかなりシビアに指摘をされておりますので、まず文部大臣にこれに対する御認識から伺わせていただきたいと思います。
○国務大臣(海部俊樹君) 授業料免除の問題につきましては、単に経済的な理由で修学できないとか、成績は優秀であるけれども、その他の理由等があって修学の継続が困難な人に修学の機会を与える。教育基本法でも言っておりますようになるべく機会を皆さんが均等に利用することができるような措置の一つとしてスタートし行われておるものでございますから、この制度によって修学を続けている学生も多数おるわけでありますので、私は制度としては目的を果たして運営されておると、このように受けとめております。
○刈田貞子君 もう一つ、私は有効にということも重ねて伺っているわけですが、これはまた後でお伺いしますけれども、経済的理由によって大学教育が受けられないはずの人が、この制度によって教育の機会を得ているということは確かでございますね。 そこで、この制度ともう一つあるのが日本育英会による奨学金貸与制度があるわけでございます。これは財団法人でございますから国や文部省等が口を入れるはずのものでもないかもしれませんけれども、その貸与基準等を設けるに当たっては文部省と密接な連絡をとるということから、やはりかかわりはないとは言えない。同じ文部省の守備範囲の中で、所管の中で育英資金制度ですね、これは非常に何といいますか、ある意味での厳しい基準があるわけですが、いわゆる貸与基準、生活困窮度等に関する貸与基準、これを超えて、つまり緩やかな形の基準でこの免除制度が行われていると。育英資金はお借りしてそしてこれは返還するわけですね。だけれども一方では、この免除制度というのは全くただでちょうだいをしてしまうわけでございますから、その制度が育英資金よりも非常に枠が甘い中で行われているというようなことについて、大臣、もう一遍いかがですか。
○国務大臣(海部俊樹君) 局長から詳しく申し上げます。
○政府委員(大崎仁君) お答え申し上げます。 先生御指摘の日本育英会は法律でもって設置をされておりますいわゆる特殊法人でございまして、その財源につきましては国が貸付金等によりまして確保いたしておるところでございますが、我が国の育英奨学制度の中心をなしておる育英事業の実施の主体でございます。したがいまして、その育英会の貸与の基準につきましては、もちろん文部省と育英会が十分相談し、財政当局と協議の上で定められているわけでございます。 育英会の奨学基金につきましては、これは広い意味での学費あるいは生活費というものも含めまして貸与をし、学業優秀また経済的に豊かでないという方々の育英奨学の柱にさしていただいているわけでございますが、やはり、先ほどの大臣のお話にございましたように、国立学校の授業料免除ということも同じ趣旨の奨学援護のいわば一環として行われているわけでございます。そういう観点から、私どもといたしましても、各大学におきまして授業料免除の対象者を選考するに当たっては、育英会の基準というものを参考にして定めてほしいということで、要望は今日までもいたしておるところでございます。 ただ、具体の選考に当たりましては、学生の修学の実態あるいは家計の状況等できるだけ個別、具体的に把握をし、教育的な配慮等も加えていたしていただくという趣旨で制度的に各学長に判断をお願いいたしておる、各大学におかれてはそれぞれの方針で選考に当たっておるというのが今日までの実態であったわけでございます。 ただ、検査院の検査の結果の御指摘の御趣旨としましては、その各大学の基準の定め方あるいは運用の実態を見ると、育英会の基準に全く従っているところもあれば、それを上回っておるようなところもある、いわば各大学でまちまちの状況があるではないか、この点についてはやはり何らかの基準、統一した基準なり運用指針というようなものがないと不公平にならないかというのが御指摘の一つの趣旨ではないかというふうに私ども考えておるわけでございます。そういう御指摘の趣旨も踏まえまして、やはり不公平、不均衡というものが生じないような改善の措置を私どもとしても早急に検討をいたしたいと思っておるわけでございます。
○刈田貞子君 今おっしゃっていらしたように、会計検査院の指摘では、全国五十三の国立大学の授業料免除総額六十四億のうち六十二億を調べてみると、育英資金の第一種奨学生、その基準額を超えている家庭の子弟に対してまでその免除を与えているということがあって、それで六億四千八百万円という数字が出ている。仮に、これを対象とした六十二億で当たってみると一〇・四%になるというわけなんです。この比率をさらに五十六年から五十九年までの総額に当ててみると、三十五億二千三百万円という額が、本来もらっていいのかどうかというそういう立場の人に充てられているということになるわけで、やはり私は、会計検査院の指摘は非常に妥当だと思いますよ。たくさんあるお金の中から、そういう授業料を免除してやって応援するということはこれは人情だと。しかし、ルールはルールですから、やはりそういうものがばらつきがあっては不公平ではないかというふうに私は思うのであります。 その一つの理由として、この授業料免除の総額は、これは枠で大学におりてくるわけでしょう。二十五年度から五十年度までは授業料収入予定額の五%、それから五十一年度から五十六年度までが一〇%、そして五十七年度以降が一二・五%相当というふうになっているわけですね。そうですね。 この調整分を除いても、各大学がこの枠を受け取った、そこから今おっしゃったように学長の自由裁量になるということなんでしょうが、そこに統一的基準がないということがやはりそういう不公平を呼び起こしているということになりはしないかというふうに思うのでありますけれども、いかがでしょうか。
○政府委員(大崎仁君) 先ほど御説明申し上げましたように、個別の選考、具体的な判断というものは、これは大学にお任せするのが一番妥当であるということで、そのようにいたしておるわけでございます。 大学に選考をお願いいたします際には、やはりある限られた枠の中で数をお選びいただくということが必要になってまいりますので、年度当初に一定の枠の中でぜひお選びいただきたいということで、まず枠をお示しいたしまして、それでその枠が、もちろん大学によりましてはそこまでは要らないという大学が出てまいりますが、反面、比較的豊かでない方々が進学しておられる大学は、この枠ではとても足りないということで、再度要望してこられるところもございまして、その間の調整はまた後ほど文部省としていたしておるというような運用をいたしておるわけでございます。
○刈田貞子君 命のお話の中で、枠は多過ぎるからといって返してくる大学があるんですか。
○政府委員(大崎仁君) 枠をお示ししたといって、その枠いっぱいに必ずその大学が消化をするということを私どもがお願いをしているわけではございませんで、国立大学全体として必要性の高いものに充当していただくという気持ちで制度の運用に当たっているところでございます。
○刈田貞子君 このたびの会計検査院の指摘では、お茶の水女子大、旭川医科大学、東工大、一橋大等二十校の学校において生活困窮度の判定の方法に不適当なものがあるというふうなことがきちっと書いてございますね。このいわゆる不適当の中身というのが今言った生活困窮度を判定する判定の仕方にあろうかと、こういうことなんですね。 例えば、その判定の仕方の基準として、育英資金を受けている、この育英会から出ている奨励金をその収入に入れるか入れないか、年間二十六万四千円あるいは三十三万六千円のこの奨学金を所得としてみなすかみなさないかというようなことですね。それからまた、これは当然のことのように授業料を払っているとみなして所得からそれを差っ引いてやるというようなこと。あるいはまた、これはちょっと困窮度の判定とは違うかもしれませんけれども、東大では三百人の留年生に免除をやっている、あるいは京都では二百人の留年生がその恩恵をこうむっているというような、こういう結果が出てくるわけですね。したがって、免除者がマイカーに乗って通学してきているというようなことまで書かれるという実態が出てきてしまうのですよ。 それで、この生活困窮度の判定の仕方のようなことについて何かアドバイスがありますか。
○政府委員(大崎仁君) 先ほど申し上げましたように、経済的な面での判定基準ということにつきましては、私どもとして、従来、一応の目安といたしまして、日本育英会の無利子貸与の者に対する推薦基準というものを参考にするように各大学に指導いたしてまいったわけでございます。ただ、個々の修学の困難度ということにつきましては、いろいろ個人差あるいは家庭の事情の差というのがさらにあるであろうということもございまして、それを機械的、画一的に適用するということまでは私ども求めていなかったわけでございます。ただ、その裁量の幅というものをどこまで認めるのが適切かという点につきまして、今回の会計検査院の御指摘全体を通じまして、もう少し裁量の幅というものをはっきりした基準で示さないと、大学間あるいは学生間で不公平が生じるのではないかという御指摘だというふうに私ども受けとめておりまして、また個々の大学の個別の運用の状況につきましては確かに改善を要する点もあろうかと思いますので、そういう点は十分踏まえまして、この制度の一層の効果的な適用ということに努力をいたしてまいりたいと思っております。 ただ、この制度自体は、家計が豊かでない、あるいは何らか家庭の事情その他で勉学を続けたいという者のための非常に貴重な制度でございますから、制度自体はぜひ確立をした上で運用の改善を期していきたい、こういうふうに考えている次第でございます。
○刈田貞子君 もう一つ判定の基準が学業優秀というのがあるわけですね。この学業優秀の判定についてもこれまた非常に各大学がばらばらであって、しかしこれはまたまことに判定のしにくい要因でもあろう、要素でもあろうというふうに思うわけですけれども、この難しさ、しかしそれを超えてある種の一つの基準というようなものが出てこないと、これによる不公平というのもまた私は大変あろうかというふうに思うんですけれども、この成績優秀の判定についてはいかがですか。
○政府委員(大崎仁君) 先生まさに御指摘のとおり、学業の判定というのは、比較した上での判定というのは非常に難しい問題であろうかと存じます。それが一つはやはり大学に選考判断というものをお任せをしておる重要な理由であるわけでございまして、私どもといたしましては学業優秀の判断というものを行うに当たっては、やはりその個々の人間の事情というものをよく判断をして、単に学校の成績で機械的にやるというようなことではなくて、十分その人間の潜在的な能力なり置かれた事情も含めた上で御判断をいただきたいというふうに願っておるところでございます。ただ、やはり検査院の御指摘のケースにはそういう十分な調査という過程を経ないで、留年生に出していたというようなケースもあるようでございますので、この点につきましての注意はもちろんあわせて大学には流してまいりたいというふうに考えております。
○刈田貞子君 それから、先ほどおっしゃったように一定の枠を大学に示す、その後大学側の方の要望によってはさらにそれを調整するんだというようなお話があったわけですね。先ほどは減額の方の話を伺いましたが、今度調整分の、ふやしてくれという方の分ですけれども、この枠を超える承認を求められたとき、文部省は最初の規定の枠をおろすときとそれから超えたものについての判定基準というんですか、文部省が持っている、これは同一なんですか、それとも違うんですか。
○政府委員(大崎仁君) 最初に各大学にお示しする枠は一定の数値でこれをお示しをしまして、その中で各大学の運用をお願いをしておるわけでございますが、私どもとして追加のいわば割り当てを申請に基づいてやります際には、先ほど先生御指摘ございました日本育英会の無利子貸与の基準というものを厳格に当てはめまして、それに該当する者につきましてのみ認めるということが一つでございますが、それ以外に、風水害等の災害に遭った方でございますとか、あるいは家計を支えてこられた方がお亡くなりになったとかというような、特別の就学を続けがたい状況というのがその後生じてきた方々というような者への貸与もあわせていたすということで実施をしておるわけでございます。
○刈田貞子君 会計検査院の指摘によれば、この超過免除をしていたというところの分の方にかなりの問題、五十三大学のうち十六大学があったというふうな指摘もあるわけで、このチェックの仕方にかなりずさんさがあるのではなかろうかと、こういう御指摘あるんですね。これぜひよく文部省の方の側でも検討してみていただきたいというふうに思うんであります。私のハズバンドも、今私立ですけれども、かつては国立におりまして、こういうのはやっぱり前から話としてある。そしてそれは悪い意味でなくて、大学でこの制度をより効果的に学生に、つまり与えていくために大学自身が持っている苦労というのもあるのだということを盛んに言っています。 私は、そういう点からいきますと、やっぱりある種の規範とか基準、こういうものがもっとあっていいんじゃないかというふうに思うんですけれども、何かこの発表が会計検査院からあった途端に、京都大学とか東大の赤門あたりのところにたくさん札が立って改悪反対が出たそうでございますけれども、私も赤門の前か何か通ると袋たたきに遭うんじゃないかとは思いますけれども、そうではなくて、やはりルールはルールですし、きちっとした形で不公平のないようになっていくべきだと思う。経済的な理由で進学を断念して、高校の段階で就職して働いている青年が払っている税金が、今度は二年も三年も留年でいる大学生のところに免除という形でこの税金が貸与されている。どうですか、世の中不公平になりますよ。私はそういう意味で、やはりこれはきちっとさせるべきだと思う。いかがですか。
○政府委員(大崎仁君) 先生おっしゃいますように、学生間あるいは大学間の不均衡、不公平というものができるだけ少なくなるように、あるいはその制度の趣旨というのがよりよく生かされるように、今回の検査院の御指摘の趣旨も踏まえまして今後検討いたしていきたいと思います。 その意味では、一つの基準の考え方というのも明らかにいたしますと同時に、しかしまた、そのある基準というのを機械的、一律、画一的に適用することの弊害というのもございますので、必要な限度の裁量の余地というのがどこら辺が適当かということも、あわせて関係者の意見等も十分聞きながら対応させていただきたいと思っております。
○刈田貞子君 それから大臣ね、もう一つ、これは私の全く素人的な考え方なんですけれども、さっき申しました成績優秀の判定の仕方、これですよね、これは好きでも嫌いでも、どうしても今の段階ではやっぱり大臣が一番嫌いな数字で判断するよりしようがないわけですよね、海部大臣が一番嫌いな数字によってという、この数字で差別するより仕方がないわけです。 この制度というのはかなり昔からある制度でございまして、いろいろ世の中の教育に関する観念も変わってきているし、教育制度そのものも変わってきているし、社会やそれから世界に及ぼす教育というものの影響力もまたいろんな形で違ってきているというような時代になって、私、この判定基準の中の成績優秀という要因はもう一つわきへ寄せてもいいのではないかという素人的な考えを持っているんですが、これはいかがでしょうか。
○国務大臣(海部俊樹君) いろいろな御意見を承っておりまして、この制度が持っておる中で有効にこれは作用しておるし、私は有意義な制度だと最初に申しましたが、やはり適切に行われなければならぬことも御指摘のとおりだと思います。学校間であるいは学生間で不公平があったりすることも、それはやっぱりできるだけ是正をしていかなきゃならぬのはあたりまえでありますが、ただ家計の状況等だけじゃなくて、その学生の就学の実態というものもやはり見ていかなきゃならぬ。そうなりますと、私も数字だけでその人のすべてを評価するのはよくないと繰り返し言っておりますけれども、いろいろなやっぱりまじめに勉強してくださる努力とかそういったもののあらわれというものも、評価するときの一つの対象にこの場合はなろうと思いますので、先生具体的に御指摘になった二年も三年も留年している人がもらうとか、マイカーで通ってくるような学生がもらうとか、片方では大学に行けなかった人がもう所得税を納めておるんだというようなこと等考えますと、会計検査院の指摘を踏まえてやはりその辺の公平感というものもある程度納得されるような、そんな制度、仕組みに変えていかなければならぬのじゃないか。少なくとも今度の検査院の指摘は厳しく受けとめて、そのような方向で改善をしなければならぬなあと私は思いながら御質疑を拝聴しておったわけであります。ありがとうございます。
○刈田貞子君 それからもう一つ大臣にお尋ねをするんですが、大臣は私学の雄であるところの早稲田の御出身でいらっしゃいますわけですけれども、かつて日本の大学というのは、どういうのでしょうか、金持ちが私立に行き、そしていささかの高給者は国立へ行くというような概念があったと思います。私も同じような世代ですから多分そういうあれがあったと思うのでございますけれどもね。今私学と国立ね、これどうお思いになりますか。
○国務大臣(海部俊樹君) 詳細な調査をした結果を持っておりませんのでわかりませんけれども、しかし全体的に言いますと、やはり国立大学へ行く生徒と私立大学へ行く生徒とは授業料とか入学金とか、いろいろな経済負担が違うわけであります。もっともそれを何とか是正しようと思って私学助成などもやっておるさなかでありますけれども、気の毒なことに自分の家はこうだから私学は行けないから国立だけしか初めから受けないという生徒のあることも、私も耳にしたりいろいろしておりますが、入った生徒のどっちの家計が豊かかどうかということは、私はちょっと明確にお答えする資料を持っておりませんので、よろしかったら局長からお答えをさせますが。
○刈田貞子君 ついでにその先の方私申し上げますから、時間がないのでごめんなさい。 私のところにございますものでは、要するに今国立いったら小さいときから塾へ通わしてね、そしてたくさん教育費かけてやらなかったら国立に入れないんですよね。そうしたら結果的には国立に入っている家庭の方が豊かな家庭であり、そして小さいときから教育費がけられなかった、しかし大学へは何とかやらな世間に通じないだろうというようなことになって、大学入学期になってからうろたえて大学に子供を入れるという志を持った家庭なんというのは、苦しくても私立大学に入れなければいけないというような現実もあるわけですね。これは文部省の行った学生生活調査報告、これではさして差はないんですが、国立大学に通っている御家庭が五百三十六万円、それで私学がこれでいくと六百七十四万円、これでいくと国立の方が所得が低い家庭だと、こういうふうに言えるわけです。ところが、東京大学学生広報で見ますと、同じ年度の分で見ますと、これは東大の御家庭で八百六十七万円、国立の平均より三百三十万円も多いわけ。私学の方がはるかに低いんです。こんな数字で言っていると時間がなくなってしまうんですが、私はやっぱりさっき申し上げた教育を取り巻くいろんな環境も変わってきていますし、概念も変わってきていますよということは、こういう問題も含めて申し上げているわけです。そういう実情がある中で、国立大学だけに設けられているこの制度、この制度についても非常にシビアな見直しが私は必要ではないのだろうかという思いがありましてこの問題を取り上げたわけでございますけれども、この点いかがでしょうか。
○政府委員(大崎仁君) 先生ただいま御指摘のとおり、昭和五十七年度の学生生活調査で申しますと、国立大学の学生の家庭収入の年間平均が五百三十六万円に対しまして、私立大学の年間平均が六百七十四万円ということになっております。また、これをもう少し分析をいたしますと、家庭収入を五段階に収入の低い順から高い順に区分をいたしまして、どの区分の家庭から行っている学生がどれだけの割合を占めておるかということで分析をした数値がございますが、それで申しますと、一番低い区分、具体的に申しますと所得が三百四十二万三千円までの区分の家庭からの進学者が国立が二五・九%、私立が一六・二%ということになっておりまして、また反対に一番高い属、収入が七百四十四万六千円以上の層について見ますと、国立が一八・五%、私立が二九・三%ということでございまして、やはり私学に進学を希望しても家計負担その他の状況で私学に進学し得ない学生の存在等々その他いろいろ事情はあろうかと思いますが、全体としては比較的家計の豊かでない学生のための進学の機会として国立大学が役割を果たしておるという状況は見られるわけでございます。
○刈田貞子君 国立大学は年間二十五万二千円の人と、それから二十一万六千円の人と今二通りいるわけですよね、国立大の生徒というのは。片や私学はもう二百万に近いところだってあるわけでしょう。だから、それでさえ不公平があるわけですよね。その中で国立大学にこういう制度が設けられておるからには、やはり国民の税金で賄っている大切な制度だと。ぜひこれが万人が納得いく形で有効に機能するために、文部省は私はきちっと指導すべきであるというふうに思いますので、そういう要望を添えておきましてこの質問を終わります。 大変時間がなくなってしまったんですが、科学技術庁の方に質問させていただきます。 私が質問をいたしますのは、原子力発電所の寿命が来て、そしてこれが廃炉になるという問題をお伺いしたいと思います。 原子力発電所の原子炉の寿命というのは三十年から四十年だというふうに言われておりますようですが、これいろいろあるようですね。十六年という判定の仕方もあるそうですが、四十年ごろから漸次つくられてきた原子炉というのも、七十年代に入るとだんだんこれが廃炉になっていかなければならない。つまり原子炉の処分廃棄という行為が必要になってくるわけですね。そこで私はもう全く弱い分野なんですけれども、わからないだけにいたずらに不安を持っておりますものですから、そのことについてお伺いをしたいと、こういうことでございますけれども、この用済み原子炉の処分について技術が確立されたということを報道で聞いておるわけですが、その辺のところからまずお伺いいたします。
○政府委員(中村守孝君) 先生御指摘のように、原子炉の恒久的な運転が終了いたしました段階での原子炉の廃止措置ということは、この原子力発電を円滑に進める上で重要な課題でございます。このことにつきましては、現在の技術並びにそれを改良していくという行き方で克服できない問題ではないわけでございますが、しかしより一層経済的な、より一層安全な、そういう技術を確立する必要がございますので、現在我が国におきましても日本原子力研究所の試験研究炉JPDRというのがございますが、動力試験炉でございましたが、これをモデルにいたしまして解体の技術の開発を進めておりますし、また国際的にもいろいろな経験を持ち寄って、この技術の向上を図ろうということで、経験のある各国がお互いに情報交換をするという具体的な行動もとられておるわけでございます。 そういうことで、現在この問題につきましては、原子力委員会におきましても計画的にこれを進めるということで議論を進めまして、五十七年に策定いたしました長期計画におきましても、この廃炉につきましては安全の確保を前提に地域社会との協調を図りつつ進めるということ、さらにその敷地を有効に使う、原子力発電所の土地というものはなかなか得がたいものでもございますので、原子炉を廃止した後はまた原子力発電所として活用する、そういうような観点での廃止措置というものを考えるべきじゃないか、そういうことを考慮した上で、原則的にはできるだけ早い時期に原子炉が運転が終わりましたら解体撤去しよう、こういう考え方で臨んでおります。 ただ、いきなり、運転が終わったからすぐ解体ということをするということでは必ずしもございませんで、場合によりましてはしばらく暫時の期間は、ちょっと技術的な用語で恐縮でございますが、密閉管理とかあるいは遮へい管理、一部遮へい隔離、一部を残しました状況でしばらく放射能が低減するのを待って本格的な解体撤去、そういうようなことをするということになるわけでございまして、こういった原子力委員会の基本方針に沿って現在準備を進めて、いろいろな技術開発やら、それからその廃止措置をする場合の資金問題、それから出てまいります廃棄物の取り扱い、そういったものも含めまして検討を進めておるところでございます。
○刈田貞子君 この問題はまた改めてやらせていただきます、時間がないので。ですけれども、ちょっとだけ確認させていただきたいのは、廃炉にしなければならないということ、これは私も消費者問題をやっている中から原発の問題が出てきまして、大変関心があったものですから素人ながらずっと見てきたわけね。だけど、その段階では廃棄とか捨てるとかつぶすとかいうことは頭になかったわけですよ、まだ。ところが、これが廃物になるんだということを最近知ってから非常にショックなんですわ。大変なことが始まるなという感じがいたします、素人だけに、これは。六十年度に十八億六千万ですか、予算がつきましたね。これから始まるわけですね。例の日本原研の試験原子炉をつぶしにかかるわけでしょう。まず廃棄にかかるわけですね。今おっしゃった密閉を始めるわけですか。この作業が始まるということ、このことは私は非常に大変な作業が始まることになるというふうに認識しております。関心がある者は非常に心配をいたしておりますので、その不安についてはぜひ、つまり解体作業員等の健康とかそういうものについての不安、そして周囲の環境に対してはどうなのかというようなこと、こういう種類のことが大変素人ながら心配になる。 それからもう一つは、今回ついた十八億六千万の費用を見ますと、それが何年間で二百億ですか、あれは、二百億になる。試験炉一・二五万キロワットだけの分をつぶすのに二百億かかるんでしょう。そうすると、それから以降すっと出てきているあの大きい分についてはどのぐらいの費用がかかるのか。そして、これは全部電力の料金の中にいずれ上乗せされるわけでしょう。そういうのは消費者として計算したことなかったわけよ、今まで。だから、私は消費者代表として大変問題が出てくるなという実感を持っているので、このことを質問させていただいたんですけれども、耐用年数をどのぐらいと見ればいいのか、その場合の稼働率、利用率をどう見て計算したのか、そして一体どのくらいの電力料金に将来上乗せになるのか、その三点を答えていただいて私終わります。
○政府委員(中村守孝君) まず、原子力研究所の動力試験炉の解体にかかわる件でございますが、先生御指摘いただきました十八億の予算、六十年度予算に計上されておるわけでございますが、この動力試験炉の解体につきましては、先ほども申しましたように将来における商業用の原子力発電所の解体、そういったものをより安全に、より経済的に進めるための技術開発をする必要があると先ほど申し上げましたが、その技術開発の一環としてこれを取り上げておるわけでございまして、既に五十六年度から始めております。解体をするについてはいろいろな要素になる技術を開発していく必要がございまして、こういったものを五十六年度からずっと続けてまいりまして六十一年度から本体の取り壊しに入る。取り壊しに入るにつきましては当然ながら安全審査とかそういったことをやっていくわけでございまして、十年間で二百億かかるということでございますが、この二百億はあくまでもそういう技術開発を含んだものでございまして、実際の商業用発電所のものになりますと一体どのぐらいかかるのかということにつきましては、最近通産省の方の調査会の方で試算した結果がございまして、百十万キロワット級で約三百億ということを言われております。一般にも建設費の約一割ぐらいかなと、こういうことが言われております。そういったものについての資金を料金の上でどう見ていくか、これはこれからの検討課題でございます。一応、それで従来からいろいろ検討しているおよそ料金にどのくらい占めるのかなということにつきましては、先ほど建設費の一割と申しましたが、実際に料金にするときはもっと全体の料金に占める割合が償却期限も長くなりますので低くなるわけですが、解体だけで取り出した計算はございませんが、そのほかに廃棄物いっぱい出てきますから、それの処理も含めて、廃棄物とか廃炉とか、そういったものを含めて大体いわゆる電気料金キロワットアワー幾らという数字の一割増しぐらいになるのかなと、そういうおよその計算がなされております。
○佐藤昭夫君 まず文部大臣に質問いたします。 海部文部大臣は以前にも文部大臣をされまして、その後も自民党の文教制度調査会長などを務められてきましたし、教育問題の権威者と拝察をするわけでありますが、そこでお尋ねをしますが、教育基本法の精神の中には教育勅語の精神も含まれているとお考えになりますか。
○国務大臣(海部俊樹君) 教育勅語というのは戦後の国会で失効、排除の手続をされておってもうこれは今ないものでございます。それから、ただ、当時教育勅語がいろいろなことを中に徳目として書かれておる、夫婦が仲よくするとか親を大切にとか、そういう徳目自体も全部あの国会の排除手続によってなくなったものだとは私は考えておりません。それは全く別のものだろう、こう思って理解をしております。教育勅語というものはもう全くない。それから、教育基本法というのは戦後の教育のまさに基本をなしたものでありまして、人格の完成を目指して平和的な国家並びに社会の形成者として国民がこういうことを教育の目標としてやっていく、こういう理想を描いたものでありまして、全く違うものでございます。
○佐藤昭夫君 少し聞き方によってはデリケートな言い方をされましたけれども、教育基本法の精神とか教育勅語の精神というこの場合の精神というのは、言うならそれの根幹を指すわけですね。ですから、私が尋ねているのは、教育基本法の根幹理念に教育勅語の根幹理念は含まれるのか、こう聞いたんでありますけれども、文部大臣もお答えの中で触れられましたように、昭和二十三年教育勅語の排除、失効決議が衆参両院でやられているわけでありますから、当然根幹精神には含まれていないというお答えがすぽっとあってしかるべきと思うので、もう一遍お尋ねします。
○国務大臣(海部俊樹君) 言い方を変えてみるとそういうことでありまして、教育勅語は今ないわけでありますから、教育基本法とは何の関係もない、こう申し上げます。
○佐藤昭夫君 なぜこういうようなことを私が質問をしたかといいますと、実は、昨日発表されました臨教審の「審議経過の概要(その三)」ですね、これを読んでいきますと、まことに釈然としない部分があるからなんです。この概要によりますと、「今次教育改革は幅広い国民的合意を基礎に、教育基本法の精神を我が国の教育土壌にさらに深く根づかせ、二十一世紀に向けてこの精神をさらに創造的に発展させ、実践的に具体化していくことでなければならない。」、こういうふうに今次教育改革の根本目的を書いておる、ということでありますけれども、ここにありますように、教育基本法の精神を定着をさせる、そしてその精神をさらに創造的に発展をさせる、この二点を挙げているわけでありますけれども、そうしますと、精神をどのようにとらえるのか、その精神とは何なのかということが当然焦点になってくると思うのですけれども、この点についてはどう御理解をされているでしょうか。
○国務大臣(海部俊樹君) 教育基本法の精神というのは、やはり教育にあたって人格の完成ということを目指して、一人一人の人が平和的な国家及び社会の形成者として自主、自律の精神を持って育成されていくようにすべきである。臨時教育審議会の審議経過の概要の中にも、そのことについて審議がなされたということは、おっしゃるように指摘されております。そして、これが根づいているか根づいていないのか、いろいろな評価がございますけれども、例えば個性主義とか個性の尊重とかいうことがいろいろ書かれておるにかかわらず、偏差値による輪切り教育が行われているという現状などを見ますと、こういったところはさらに教育基本法の精神を根づかせていかなければならぬのではないか、私はそのように理解をしながら、この審議経過の概要も読ませていただきましたし、またこれからこれをさらに発展させていくということは、教育基本法の精神を踏まえて臨時教育審議会の設置法もできており、教育基本法の精神の中でいろいろ指摘されている問題がより具体的に反映していくような努力をお互いにしていかなきゃならぬ、こういう目標を定めておるものだと私は受けとめます。
○佐藤昭夫君 大臣が前段で引用もされましたように、この報告書にも、三十三ページに、教育基本法の前文はこう書いてある、第一条の目的はこう書いている、第二条、教育の方針はかくあるべし、こう書いている、第三条、教育の機会均等としてこういうことを述べている、ということをこの報告の中にも引用しているわけでありますけれども、そこで、それなら少し角度を変えて聞きますけれども、今後の教育、この報告によりますと、二十一世紀を目指す教育のその目標としては、教育基本法で掲げている教育の目的じゃ足りない、もっとこういうことをつけ加えていかなくちゃならぬ、こういうふうに言っているんでしょうか。
○国務大臣(海部俊樹君) 教育基本法で言っていることが足りないというふうに書いておるとは私は読み取っておりません。 要するに、教育基本法で書いております。その目的をさらに達成するために、いろいろの努力をしていこうということを書いておるのであって、この教育基本法というものを、書いてあることが足りないとか足りるとか、もっとやっていけというふうに書いてあるものだとは思いません。
○佐藤昭夫君 それでは端的にお尋ねをしますけれども、臨教審事務局にお聞きしましょうか。 四十三ページから四十四ページにわたりまして(注)ということで、附属資料のような形で「教育基本法の制定経緯」ということを二ページにわたっていろいろ記述をしているのでありますけれども、その終わりの部分、四十四ページの一番下のところでありますけれども、「この教育基本法制定過程において検討された諸論点のなかには、「人格の完成」か「人間性の開発」かをめぐる論争をはじめとして、伝統尊重をめぐる問題、宗教教育をめぐる問題、教育勅語の取り扱いをめぐる問題」「男女共学に関する問題」等々いろいろあったと。で、「最終的に現在のような法律上の表現にまとめられることとなった。」、というふうに書いているわけですね。これは一体どういうふうに受け取ったらいいんでしょうか。伝統の尊重、宗教教育。私が問題にしておるのは教育勅語。これらは教育基本法の中に含まれていると、その精神は。こういう意味でこの記述が出ているんでしょうか。
○説明員(齋藤諦淳君) 臨時教育審議会におきましては、教育の歴史とか現状あるいは未来展望並びに教育の目標ということで議論がなされたわけでありますけれども、今御指摘の点につきましては、教育の現状等に照らし、二十一世紀の教育の目標というものがいろいろ検討されたわけであります。なお、その際、その目標が教育基本法の精神に合っているかどうか、当然そのことも考慮に入れられているわけでありますけれども、当然基本法の精神にのっとらなければならないという、そういうことで言われておるわけでございます。 なお、教育勅語につきましては、基本法制定当時の歴史は勉強されたわけでありますけれども、時系列的には後になりましたけれども、衆議院では排除決議がなされ、参議院では失効確認されておるという、こういうような勉強をされまして……
○佐藤昭夫君 ひとつ端的に答えてください。 教育勅語の精神は教育基本法に含まれている、こういう意味でこの記述になっているんですか。
○説明員(齋藤諦淳君) 失効確認されたということを認識して、そういう意味で、失効したものであるということを確認の上でここに書かれておるわけでございます。
○佐藤昭夫君 当然、厳粛な歴史的事実としてこの失効決議がやられている。だから、教育勅語の精神が教育基本法の中に含まれておるというようなことは、表向きは言えないわけですね。ところが、実は危険な動きがある。 この臨教審第一部会に明星大学助教授の高橋史朗さんという方が加わっていますけれども、これ間違いありませんね。専門委員ですね。
○説明員(齋藤諦淳君) 間違いありません。
○佐藤昭夫君 そこで、昨年の十一月六日の臨教審総会、ここで高橋史朗氏は、この補足的な説明を行って、教育基本法は立法の精神、立法者の意思を踏まえて今日的に解釈する必要がある、と述べたようでありますけれども、そういう事実はあるんですね。
○説明員(齋藤諦淳君) 個々のどなたがどう言われたということではなしに、制定の経緯でそのような議論がなされた事実はございます。
○佐藤昭夫君 これはとにかく翌日の十一月七日の朝日新聞、毎日新聞でも報道されておる問題でありますから、教育基本法の立法経緯、立法過程、こういう問題として実は大変危険な議論がやられているんじゃないか。 この高橋氏の主張というのは極めて危険、重大でありまして、「現代のエスプリ」という本があります、雑誌が。これのナンバー二百十六、臨教審問題特集、こうなってますけれども、この中に高橋氏の論文が載っている。そこに要点こういうことを書いています。教育基本法制定当時は教育基本法と教育勅語は「併存・補完するものとして捉えられていた。対立関係として捉えられたのは、戦後の教育基本法と戦前の「軍国主義」や「超国家主義」であって、教育勅語ではない。」、こういう論が展開をされているわけですけれども、この方が臨教審の総会で発言をして、それで現にあなたも認めているように立法過程についての一定の議論が得られた、こういうことですね。
○説明員(齋藤諦淳君) 委員の中の一つの意見としてそういうことが開陳されたことがあるわけでございますけれども、それが臨教審として全体の意見になったという、こういうことではございません。
○佐藤昭夫君 それでは、その臨教審全体としてはこの教育基本法と教育勅語の関係についてはどういう認識に全体としては到達をしておりますか。
○説明員(齋藤諦淳君) そのような事実関係を確認の上で、教育価値というものは教育基本法に求めるのであるという、会長がその趣旨のことを記者会見でも発言しているところでございます。
○佐藤昭夫君 大臣もよく注意をしてお聞きいただきたいと思いますが、この審議経過の報告文書を注意深く読んでいきますと、軍国主義や極端な国家主義という表現で戦前を描き、それは否定をしている、そういうものは。しかし教育勅語の否定という文言は出てこないんです、この中に。あるいは絶対主義的な天皇制教育、これについても触れてないわけです。おかしいじゃありませんか。教育勅語は明確に否定され、失効したはずなのに、なぜそのことが明記をされないんですか。
○説明員(齋藤諦淳君) ちょっと事実関係、事務的に説明をさしていただきます。 そのような事実関係の勉強がなされましたが、先生御指摘のこの四十四ページに、最終的に現在のような法律上の表現にまとめられた、そういう意味でこの教育基本法の形で法律上の表現にまとめられたということをここで確認しているところでございます。
○佐藤昭夫君 いや、繰り返しますけれども、私が言っているのは軍国主義や極端な国家主義教育、これは否定している、この理念は。否定をするということは書いている。しかし教育勅語を否定するという、こういう記述は出てこないんですよ。だから怪しげな議論がやられたんじゃないか、危険な議論がやられたんじゃないかというふうに思わざるを得ないわけです。 この冒頭にも申しましたけれども、戦後教育の根幹となってきた教育基本法の理念を事実上改悪をしようとする、そういったくらみが、あなたは総会全体としてはそんなことは確認してませんということで逃げますけれども、しかしそういう危険なたくらみが進行しているんじゃないか。それはまたこの報告書の二十一世紀に向けての教育理念として戦前教育からの不易なもの、変わらないもの、自然を超えたそういう心、宗教心、こういうものを持ち込もうとする議論、実はこういう考え方というのが教育勅語に代表される天皇制国家主義教育の理念、これを今またよみがえらせ、これを持ち込もうと、こういったくらみがあるんじゃないかというふうに私は言わざるを得ないと思うんです。こういう形で教育基本法の解釈改悪といいますか、教育基本法というのはどういう内容、何を目指しておるのかという、それを解釈によって内容をすりかえ、改悪をして持っていこうというやり方、これは臨教審設置の際の教育基本法は厳守をしますというあのときの政府言明に照らしても、断じて許されないことだというふうに私は思うんですけれども、大臣どうでしょうか。
○国務大臣(海部俊樹君) いろいろな御意見があるなと思って今先生のお話を聞いておったんですけれども、教育基本法というものが現にあって、その精神を踏まえて審議しておるわけでありますから、それを解釈を変えようとかというようなたくらみはなかったと、私は党側からずっと見ておりましたけれども、そんな感じで受けとめておりました。何しろ二十一万語を超えるような膨大な文章でありますけれども、これを素直に読んでみましても、やっぱりさっきちょっと例に出しましたように、教育基本法の精神、それが現実にまだ十分生かされ切っていない点があることを我々は指摘するならば、それをなお生かされるように定着するように努力をしていこうと、こういうことはいろんなところに出てまいりますし、またそのための努力も第一次答申では既に出ておるし、やっていかなければならぬことだと思いますけれども、私はこれを読んで、教育基本法の精神をまた昔へ戻そうとかいろんなことを入れようとかしておるものだというふうには受けとめません。
○佐藤昭夫君 そのように言われるんだったら、さっきから言っている教育勅語を否定をすると、天皇制国家主義教育を否定をすると、こういうことで教育基本法というものは制定をされ、以後戦後教育が進んできておるんだというこういう記述がなぜないんですか。ないというのは何かの理由があるんじゃないか、一定の議論があるんじゃないかという、そこの疑問が出ざるを得ないじゃありませんか。きょうは限られた時間でありますから、これ以上この点については続けませんけれども、これは引き続き今後いろんな場で問題にしていきたいと思います。 そこで、臨教審のこうした動きと符牒を合わせるような形で実は大変なことが起こっている。もう一つ大臣にお尋ねしますけれども、昨年、千葉県の八千代市の教育委員会主催で幹部研修会がやられたわけですけれども、そのときに教育勅語礼賛のテキストが使われておる、こういうことが十二月二十三日の朝日新聞にも報道をされたところでありますけれども、繰り返しきょうも言われているこの失効、排除決議がされたもの、教育勅語、これをテキストに使って教育委員会が研修会をやるというふうなことはこれは許されないことじゃありませんか、大臣どうですか。
○国務大臣(海部俊樹君) 教育勅語をテキストに使って研修をしたという話は今初めて聞きましたので、その事実があったのかと言って聞いたんですけれども、そのような事実はまだつかんでいないということであります。
○佐藤昭夫君 教育勅語礼賛のテキスト。
○国務大臣(海部俊樹君) それは一遍調査さしていただきます。
○佐藤昭夫君 ぜひ厳重に調査を要求します。
○政府委員(阿部充夫君) 現在初めて伺った話でございますので、千葉県当局を通じて事情は聞いてみたいと思います。
○佐藤昭夫君 次の問題は、臨教審報告のもう一つの柱であります教員の資質向上策の問題であります。 重大な問題は、新任教員に対する一年間の研修制度、これを新設をする、現職研修の体系化、そしてまた意見がまとまったわけではないということらしいですけれども、仮称教職適性審議会ないし教育委員会のいわゆる活性化、これによって問題教員への対処などによる教員の統制強化を打ち出していることであります。しかしきょう私が問題にしたいのは、それに先立ってしかも余りにも無理があるということで臨教審でも議論にならなかった採用前研修、いわゆる本採用になる前にこの採用予定者を集めて研修をやると、こういうことが一部の県や都市で始まっておるわけでありますけれども、その現状はどうですか。
○政府委員(阿部充夫君) 採用予定者に対しまして研修と申しますか、オリエンテーションと申しますか、いろいろな形でのものはかなり行われておるんじゃないかと思います。全体の調査をしたことはございませんので、どの程度のものかということは承知をしておりません。ただその中で、採用前研修ということでそういう名目で行われているものがことしの四月採用組に関するものとして聞き及んでおりますものが、五十七都道府県と指定都市の中で四県二市でそういう予定があると聞いております。
○佐藤昭夫君 その程度把握をしておるということで、最も極端な形で出ておるのが大阪市教育委員会の関係ですね。これはもうオリエンテーション程度の口実では済まない、二十二日間やるというんですから、レクチャーに始まっていろんな実習も含めて。しかも、大阪市教委の公式の文書を見ますと、これはいわば本採用の前提としてこの研修を受ける必要がありますというふうにはっきり明記をしている。こういうところはもちろんでありますし、私の住んでいます京都市教委、ここは参加は自由だと一応は言っていますけれども、しかし対象者にとっては、研修を受けなんだら何か将来不利が起こるんじゃないかという気持ちになって強制感を持つというのは、これはもう紛れもないと思うんですね。 そこで確認をしますけれども、こういう採用前研修、こういう問題について文部省としての何か指導指針はあるんですか。
○政府委員(阿部充夫君) ただいま御指摘になっておりますようなケースについて、こういうことをやれというような指導をしたことはございません。
○佐藤昭夫君 そういう文部省としての指導方針はないと、それは当然であって、採用の前だから公務員ではない、教特法に定める研修としての法的根拠もないわけですね。ということは、採用前研修を義務づける、本採用のためにこれを受けなくちゃいけませんよということで義務づけることはできない性質の問題ですね、どうですか。
○政府委員(阿部充夫君) 事柄を正確に調査等をして知っておるわけではございませんので、正確なお答えにはあるいはなりかねるかと思いますけれども、採用前の段階でございますから公務員という身分を持っておらないわけでございます。したがって、採用を希望している者と教育委員会との関係という、まあいわば事実上の関係ということになるわけでございますので、そういった中で採用者の側がいろいろな手続をする、あるいは研修会等をやるというようなことは事柄としてはあり得ないことではないと、こう思っております。
○佐藤昭夫君 事柄としてあり得ないことではないとか、それは現にやっているんだからあるでしょう。問題は、それを採用予定者に義務づける採用前研修、そういうことはできない性質の問題じゃありませんか。法的関係がないわけですからねまだ、採用前は。
○政府委員(阿部充夫君) 採用選考を具体にどういうふうにやっていくか、採用手続をどう進めていくかという問題でございますから、採用する側でおる計画を立て、それにのっとって必要な手続を進めていくということはあり得ないことではないと申し上げているわけでございます。
○佐藤昭夫君 封建制の社会じゃありませんから、上の人が、あるいは雇い主がこうだと言うたらそれが全部それで拘束できるという、そんな社会じゃないでしょう。採用前の者に対して拘束することができるはずがないじゃないですか。しかも、採用予定者の中には学生、社会人ありますね。大阪のように二十二日間も長期研修で縛りつけるということになった場合にどういうことが起こるんでしょうか。社会人の場合、雇い主の二十二日間の休暇の同意を得るのが難しい場合もあるんじゃないですか。そして所得の減少、賃金カット、こういうことが起こる場合もあるでしょう。 学生の場合でも、卒業間近の時期の二十二日間というのは、卒論の作成とか、学生にとっても大学にとっても大変大切な時期なんです。これを採用前研修ということで強制的に引っ張り出す、そういうことは学生にとっても大学にとっても重大な打撃になるんじゃないでしょうかね。どうですか、この点の見解は。
○政府委員(阿部充夫君) 学生が就職をするということも大変なことでございますし、社会人というお話がございましたが、社会人の方が教員試験を受けて教員になろうというのも、それなりの大きな決意を持って臨まれることであろう、こう思うわけでございます。市の方では、伝え聞くところによりますと、採用手続、採用案内のところで、募集案内と申しますか、その段階でこういうことをやりますよということも事前に明確に予告をしているようでございます。具体に二十二日間というのはかなり長い日程になるわけでございますけれども、これも御本人とも希望を聞きながら日にちの調整等には応ずるというようなことも言っておるようでございますし、私どもこれ初めてのケースで、今これから行われようとしているのか、あるいは行われているのかというぐらいの時期の問題でもございますから、現在の段階で是非善悪を言う立場にもないと思っております。いずれ状況等は適当な時期に聞いてみたい、かように考えております。
○佐藤昭夫君 しかし文部大臣どうですかね、法的に義務づけができるような、そういう雇用関係はまだないわけでしょう、採用前だから。そういう重大な問題を含むこの採用前研修、こういうものが、さっきの言い方のように、地方、府県ないしは都市教育委員会がやるなら、まあそれは言うなら勝手だと言わんばかりのそういう言い方で。今はまだ非常に少数です。大阪市とか、それから京都市がそれをちょっと見習おうとしている。しかし、これがどんどんと全国に蔓延をしていったら一体どういうことになるんでしょうかね。ぜひ大臣、文部省としての指導方針を確立をする、行き過ぎを規制をする方向というのを至急に検討をしてもらいたいと文部大臣に求めますが、どうですか。
○国務大臣(海部俊樹君) 確かに強制とか法律にどうとかというような事態の起こる前の、身分関係のないときの事前の研修でありますけれども、しかし、やっておる、始めた趣旨というものは、教壇に立っていただく先生が教員生活を始めるときにはスムーズにそこに入っていけるように事前に、志を持った人ですから、オリエンテーションをしたり、あるいは御都合を聞いて教壇にも立つんでしょうか、実習をやるんでしょうか、いろいろなことを教育委員会がそれらの方々とともにやっておるのでありますから、将来のためになるように、本人の心の準備等のためにもプラスしておる面があるのではないかと私は考えますけれども、御指摘でございますので、その限度を超えないようにというか、強制のような状況があるのかないのか、そういったことは判断しなければならぬと思いますが、制度そのものとして、事前に合意の上でお互いに研修をやるということは、制度としては私はそんなに頭から否定してしまうようなことではない、こう判断します。
○佐藤昭夫君 結論は、とにかく私の指摘を指摘としてよく検討してみたいということでありますけれども、しかし前段で言われておることは私納得できないんですよ。そういうことで立派な教員になってもらうために採用前研修、それも意味があるんじゃないかというようなことを言われる。文部省はやっていますか。文部省だって立派な職員を集めたいでしょう。文部省、採用前研修をやっていますか。どこか中央の省庁で採用前研修をやっているところ一つでもありますか。あったら言ってみてください。それは、そういうことは法的に拘束できないからやれないんですよ、今は。ところが、大阪市教委を初めとする地方教育委員会がそういう先走ったことをどんどんやっているというようなことは、これは断じて許されないことなんですよ。ぜひひとつ最後の結論部分、よく事情も調べ必要な指導方向について検討するということで、さっき確認をされましたその点、再確認をちょっとしておきたい。 そこで、こういう重大な問題をはらむ採用前研修が、いわば文部省も指導方針もない、それを踏み越えて一部の地方でどんどんやられていく。その上に、今度の臨教審報告にあるように長期一年の新任者研修、これが制度化される、それから現職者も含めて、システムはどういうことになるか、とにかく適性審査というものもやってくる、こういう三重、四重の教員統制が臨教審で検討されているわけです。しかし一方では、教職員の自主的な研究活動に対してはますます圧迫、干渉を強める。こういうやり方では教職員の自発性が出てこないわけですから、いじめ、非行、落ちこぼれなどそういう教育荒廃をなくす真の方策には私はならないと思うんですね。ですから、今回の報告に示されておるそういう内容の答申化、これには断じて承服できない、そういうものは行うべきではないということを最後に強調をしまして、次の問題に移ります。 臨教審のもう一つの柱、高等教育問題、大学教育の改革を取り上げているわけですが、その中で大学設置基準の見直しとして、それは大学認可に当たっての最低基準とし、その大綱化、簡素化を図るというふうに書いています。ところで、もうよく周知のように大学の現状は、戦後四十年たちながら、いまだにその教育条件などについて大きな格差がある。旧帝国大学と地方の大学と言われるようなところとの間での格差がある。その格差を残したままになっているわけですけれども、この今回の報告に出てくる大学設置基準の最低基準化、最低こういう点が整っておったらよろしい、こういう考え方というのはこの大学格差を固定、拡大することになるんじゃないでしょうか。
○政府委員(大崎仁君) 現在、まだ審議の概要ということで審議の過程で出た御意見のまとめが出されたというふうに理解をしておりますが、その中でそのような表現があるかどうか、私直ちに確認はできませんが、ただ、現在の大学設置基準も最低基準ということでございまして、この基準を下回っては困るという 味での基準であるわけでございまして、その点につきましては特に大きな問題はないのではないかというふうに考えております。また、大綱化、簡素化という点につきましては、むしろ大学の多様な発展、多様な工夫ということをより容易にするというような観点から御議論がなされてきたのではないかというふうに承知をいたしておるところでございます。
○佐藤昭夫君 しかし、そのように言われようとも、本当のねらいはこういうところにあるんじゃないでしょうかね。大学設置基準の緩和、こういう言葉でもって、設置基準の弾力化、個性化、そういう言葉も使いながら民間資金への依存をさらに強めて国の財政的責任、これを緩和しよう、これが本当のねらいじゃないでしょうかね。あなたに聞いたらいいのか、臨教審事務局に聞いたらいいのか。
○政府委員(大崎仁君) 先ほど申し上げましたように御審議の経過の状況でございますので、その内容の書いてないお考えを私ども承知はできないわけでございますが、そのような考えで書かれたものではないというふうに私どもとしては受けとめているところでございます。
○佐藤昭夫君 まだまだ論争しなくちゃならぬ点があるんですが、ちょっと問題を進めます。 この間の一月二十日に京都大学でいわゆる中核派と革マル派による内ゲバ殺人事件、これが発生をしました。この際、この問題に関係して少し聞いておきたいと思うんですけれども、とにかく白昼、つい隣の教室では授業が始まっている、こういう状況のもとで暴力学生集団の殺人事件が起こったということでまことに許すべからざる事件であります。我が党は大学を舞台にした一部学生による授業妨害や暴力行為、こういった行動についてその根絶のために関係者の毅然たる対処を早くから要求をしてきたということは、これは教育の分野でずっと仕事をされてきた海部さんもよくよく御承知のところだろうと思いますけれども、しかし現状まだ完全に根絶をされたという状況にはなっておりませんね。京都大学でも私の調べたところではこの三年間で七件の暴力事件が起こっている、昨年はかなりの負傷者も出る事件が起こりました。それから、いわゆる授業妨害行動、バリケードを築いて教員が入れないようにして授業をつぶしてしまう、あるいは何かの集会をやるということでそれを授業が予定をされている教室にわざわざぶつけて、そして事前にそこが占拠される、したがって授業ができない、こういうことが少なくとも去年の後半期二回、京都大学なんかでは起こっている。これは京大だけじゃない、全国的に大なり小なりあることじゃないかというふうに思うんですが、京大でのこういう事態については文部省御存じですか。
○政府委員(大崎仁君) 一月二十日の午前十時三十分ごろに京都大学の教養部A号館の二階におきまして暴力事件が発生をいたしまして、ついに被害者が死亡に至っだということは承知をいたしております。
○佐藤昭夫君 それはもう新聞でもテレビでも書いているから、承知しているのは当たり前。暴力事件が今回たまたま発生したということじゃない、ずっと続いている、三年間に七件も起こっている、授業妨害行動も後を絶ってない、こういうことを知っていますか、詳細、いつ、何月何日、負傷者が何人と、そこまで私は聞いておるわけじゃない。そういうことを知っていますかと。
○政府委員(大崎仁君) 京都大学も含めまして一両年遺憾ながら学内における学生の暴力事件ということが若干件生じておりまして、学生団体間の抗争がその主たる原因になっておるところでございます。 京都大学につきまして申し上げますと、昭和六十年度に入りましても数回、いわゆる封鎖でございますとか、授業放棄といったような非正常な状態が見られておりまして、甚だ遺憾なことであるというふうに考えておる次第でございます。
○佐藤昭夫君 ところでこの問題は、授業妨害とか暴力事件とか、こういったものを根絶をしていくための大学の当局の努力、文部省の指導が一体どうであったのかというこの問題であります。例えば昨年ありました負傷者も発生をしたという暴力事件、このときの大学当局の対処は一片の総長や学部長の告示、これだけで済ましているということですね。さらに今度の事件です。この間の二十日の事件、これについて教養部長の声明というものが出ております。短いものですから読んでおきますけれども、「本日、C構内」、Cというのは教養、「C構内において、学生の人命に及ぶ暴力行為がおきた。一部の学生により、かかる不祥事のおきた事は、まことに遺憾のきわみである。 このような事は、絶対に容認できるものでない。 厳に自戒を求める。今後とも学生諸君の理性ある行動を期待する。」。非常に抽象的な一片の文章にすぎないわけですね。実際に死者まで出るということに至る学内に対して、学校の中に鉄パイプ、金属バット、そしてそれに備えてのヘルメット、こういうものを公然と学校の中に持ち込んでくるというこの姿、こういうようなことは断じて禁止をするという態度の表明が何にもないじゃないですか。あるいはさっき挙げましたいろんな形での授業を不毛に陥れるようなそういう妨害行為、まさにみずからの教育権をみずからつぶすそういう行為だとも思うわけですけれども、そういうこの暴力事件の武器になるような危険物の持ち込み、あるいは授業破壊、こういうようなことは断じて許さないというこういう内容というのは、大学当局の決意のほどというのは全然ないわけですね。こういう声明にとどまっているということを知っていますか、知ってたんですか。
○政府委員(大崎仁君) 問題が生じまして、このたびの事件以後大学として直ちに部局長会議あるいは学生部委員会等を開催をいたしまして対策を協議し、各般の措置に努力をしておるということは大学から報告を受けておりまして、その一環といたしまして、ただいま御朗読がございました教養部長名の告示を直ちに一月二十日の時点で出すと、あるいは翌日にさらに学長名の告示を出すというようなことを決定をし、実行に移したというふうに承知をいたしております。およそ暴力行為が理由のいかんを問わず絶対に許すことができないということは当然のことでございまして、文部省といたしましてもかねがね大学当局に機会のあることに学内の平穏な環境の確保ということについては強く要請をいたしておるところでございますし、各大学に置かれましても、そのことにつきましては当然のこととして関係者が努力に当たっておるところでございまして、ただいまの教養部長の告示の内容というものもそのことは当然の前提とした上でなされておるというふうに理解をいたしておるところでございます。
○佐藤昭夫君 この声明で結構だというふうに言わぬばかりの言い方ですね。私が指摘したいろんな危険物の持ち込み、あるいは授業妨害行為、こういうものを許さない、これは当然の前提だ。当然の前提が大臣、貫かれておったらこの三年間に七回も暴力事件が起こる、授業妨害で去年の後半期だけでも二回授業がつぶれる、そういうようなことはなくなっているはずじゃありませんか。それが続いているというのは、当然の前提と言いながら、その当然の前提を大学当局がきちっとやってないということの何よりの証明じゃありませんか。 さらに言いましょう。今なおこういう暴力集団に対して大学当局や文部省の泳がせ政策というか、甘やかし政策ですね、こういうものが続いているんじゃないか。 京大の例で言いますと、大学構内で最近、さっきちょっと話したマイカー学生がふえてきている、どんどん車がふえるのをちょっと抑制する必要があるというので、許可がない者については車の乗り入れができない、こういうことになっているんですけれども、この中核派の車だけは公然と出入りしている。下手にそれをとがめると後の報復が怖いからということで大学当局は物がなかなか言えない、こういう姿ですよ。あるいは彼らがやれ三里塚だとか何だとか、ああいうところでいろいろやったやつを、テレビ録画を放映をする、その際に引っ張ってくる電源を、大学当局のそこから電源を引っ張ってきて勝手に使っておるんだけれども、これも言うなら放任をしておるという姿ですね。今回事件が起こった教養部のそこのこの尚賢館という、これはかって学部長室があったかなり由緒ある建物なんですけれども、これを事実上中核派が占拠して当然のこととして国費である電話代も先熱水費も使いほうたい、こういう状況が今なお続いているんですよ。 私は言いたいんですけれども、臨教審は今回の報告の中でも大学改革の問題についていろいろ議論をしている。しかし今何よりも解決をしなくちゃならぬ急務の一つに、こういった大学を根城にして暴力学生集団が跳梁をしているというこの姿をもういっときも早くなくすということが重要な急務の一つじゃないか、こういう点で今私が幾つか事例を挙げましたけれども、こういう点の調査ということも、事実調査ということも含めて、今こそこのような殺人事件が再発する、かなり物騒な空気になっておるそうです、私、質問の前に再度京都に電話を入れてみましたけれども。こんなことが再発するとなったらそれこそ大変。これを機会にこういった暴力学生を一掃をしていく、そういう毅然たる姿勢で問題の解決にぜひ大臣、先頭に立って努力をしてもらいたい、どうでしょうか。
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように大学の場というのは、教育、研究が自由に行われるような雰囲気が保たれておることが前提でありまして、そこで報告されるような事件が起こるということは、これはもう問答無用で遺憾な事件でございます。 それで、今回のことに関しても学長自身も二度とこのような暴力事件の起きないよう学問の府としての大学の維持に当たるということを強く言っておられる以上、今事案は警察の手によって解明されておるでしょうけれども、文部省としてもかねがね学校には学園の秩序維持を強く要望してきたところでありますが、放置できない問題と受けとめまして、私も一生懸命に先頭に立って努力をしてみたいと思います。
○佐藤昭夫君 それでは最後に河野科学技術庁長官に、あなたの基本姿勢、幾つかの問題についてお尋ねをいたします。 昨年は広島、長崎に原爆が落とされて四十周年、第二次世界大戦終結四十周年、こういう年として核兵器廃絶を目指す運動というのが全世界で高揚して、それがことしの国際平和年に一層引き継がれて発展をしている。こういう立場から先日も十五年後を明確に区切って核兵器全廃を目指すというゴルバチョフ提案も行われまして、世界から歓迎の声が上がっているところかと思います。 そこで、新自由クラブを代表して入閣をされております政治家河野さんとして、まさにこの核廃絶を緊急の課題としてその実現に努力すべきあなたの決意のほどをひとつお伺いしたい。
○国務大臣(河野洋平君) 委員御指摘のとおり、核廃絶に対する全世界的な盛り上がりというものは昨年一つの区切りといいますか、節目というような意味もあって盛り上がってきたというふうに私も考えております。そうしたこともあって、米ソ首脳会談などが行われたということもあるかもしれません。 我が国は、申し上げるまでもなく唯一の被爆国としてこの問題に対しては核保有国とはまた別の立場から核廃絶のために全力を挙げるべきものだ、こうかねてから私は考えております。新自由クラブを立党いたしましてからも党是として核廃絶に取り組むという主張を一貫してしてきたところでございます。 御質問にございましたように、一人の政治家として世界の平和、核廃絶、こうした問題には懸命に取り組んでまいりたい、こう考えております。
○佐藤昭夫君 核廃絶に向けて懸命に努力をしたいと、こういうことでございますが、明日予定をされております自民党の党大会、この運動方針案を拝見しますと、従来ありました核廃絶、核軍縮というこういう文言がなぜかなくなっているんです。 それで、これ、入閣をされました河野さんとして、こういう運動方針から消えているということを支持なさっているんでしょうか。
○国務大臣(河野洋平君) 入閣はいたしましたが、入党しているわけではございません。自由民主党の運動方針の文言についてまで私どもは今とやかく論評をすることは、差し控えさしていただきたいと思います。
○佐藤昭夫君 なぜ、困ったことだと思います、事実とすれば、という答えが出ないのか、ちょっと私は解せませんね。 次の問題ですけれども、午後の冒頭、同僚委員からもあったそうですけれども、SDI問題です。これはお聞きするまでもなく、戦後の我が国の出発の根本理念として科学技術が人類の殺りく、戦争の手段となってはいかぬと、こういう立場から、例えば原子力基本法の第二条では原子力の平和利用の原則を定める、あるいは宇宙開発の国会決議、ここでも平和利用の原則というのを打ち立ててきた。科学技術行政の最高責任者として、当然この原則を厳守をして今後の科学技術行政を進めていくということは、これはもうお聞きするまでもなく当然のことだと思うんです。ということであれば、SDI協力という問題についてはこの際もう中止をする、あれが核廃絶に向けて有効かどうかという、そこの議論を今ここでやっても始まらぬと思うんですけれども、とにかく宇宙の軍事利用であることは明らかですね、SDIというのは。宇宙の平和利用原則に背反することは明らかだと思う。だから、当然中止をするという方向で、しかし、内閣の方針があるとおっしゃるんでしょう、一員だから。そうであれば、あなたが閣内においてやめようじゃないかということを率先して発言をして、そういう方向へ閣内をまとめていくという努力をなさるべきではなかろうかと思うんですが、どうですか。
○国務大臣(河野洋平君) 政府といたしましては、アメリカによる研究に理解を示すというのが今の段階でございます。その研究に理解を示しているというのは、SDIが非核の防衛手段であって、究極的に核兵器の廃絶を目指すものだからという解釈に基づいているわけでございます。つまり、少なくとも現在日本の政府は、アメリカが行う研究に理解を示すというのが今の段階でございます。このSDIの研究に参加するかどうかという、日本がそれに参加するかどうかという問題はこれからの問題でございまして、その対応は慎重に検討をされなければならない、こういうのが今の政府の立場でございます。 御指摘のとおり、科学技術庁は科学技術に関する基本的な政策を所管する官庁でありますから、我が国の今後の科学技術政策を企画立案、推進していく上で、このSDIの動向に大きな関心を持つのは当然のことであろうと思います。現在のSDIというものに対する考え方がアメリカにおいてどういうことになっておるか、その動向を十分把握していくということが重要である、こう考えておりますので、関係省庁、例えば外務省を初めとして私ども科学技術庁からもその調査につきまして現在米国に派遣をいたしております。やがて調査団も帰国すると思いますから、帰国を待って十分に現在のアメリカにおきますSDIに対する考え方あるいは現況というようなものを聴取してみたい、そう考えております。
○佐藤昭夫君 政府として対処を慎重に検討中だということでありますけれども、そうであればあるだけに、さっきもちょっと触れましたゴルバチョフ提案というものも出た。遅くとも十五年後に核廃絶の協定ができる、合意ができる、こういうことになったらSDI研究というのは必要なくなるじゃないですか。という立場に立って、ひとつ発想の転換をして、日本としては世界唯一の被爆国日本の立場としては核廃絶というのを最優先の政治課題にして、もうSDI研究というこんなところには深入りしない、こういうものはやめるというのをあなたが閣内で率先してそういう方向での発言、問題提起で、意思の統一を図っていくという努力をぜひやってもらいたいと思うんですが、どうですか。
○国務大臣(河野洋平君) 例えば、ゴルバチョフ提案に対しましてもさまざまな評価があるわけでございます。ヨーロッパにおける、何といいますかゼロオプションといいましょうか、こういった点で新しい提案として注目をする方もありますし、あるいはまた、まじめな提案であるならばジュネーブ会談のテーブルの上に出した方がよりよかったんではないかという評価をなさる方もありますし、また一方では、これらもSDIが一方にあるからこういう提案が出てきたのではないかと評価する方もあるわけで、現在こうしたやりとりについてはさまざまな判断、評価があるわけでございます。 先生のお考え、御意見もよく伺ったところでございますが、もっともっとこの問題については十分な調査研究の上、判断を下すべきものだと、こう考えておりますことをぜひ御了承いただきたいと思います。
○関嘉彦君 きょうの決算委員会、文部省と科学技術庁でございますので、科学技術庁に対しましても三つほど質問を通告しておいたんですけれども、放送衛星の事故の問題とそれから原子力船「むつ」に対して非常に巨額な国費が出されている。それの有効性の問題については既に同僚委員、特に梶原委員の方から詳細な質問がございましたので、私はもう同じことは二度と繰り返して質問しない趣旨でございますから、その二つの質問は取りやめます。最後の国立研究所の研究員の処遇の問題だけに質問を限定したい。あとは文部省に集中したいと思いますけれども、その前にちょっと一つだけ感じたことがございます。 それは、私政治家になる前に、一般の社会の常識と永田町の常識、随分違う点があるんじゃないかな、そういうことを感じておりましたけれども、政治家になりまして確かに違った点があるということを感じている次第でございますが、それと同じように、あるいはそれ以上に霞ケ関の官庁街と一般の社会との間に常識の違いがあるんじゃないかということを政治家になって発見いたしました。 それは官庁から出されているいろんなパブリシティーの文書、特に白書というのは各官庁のやっている仕事を一般に知らせてその支持を得る上において非常に大事な文書だと思いますので、政治家になりましてから、内容は余りおもしろくないんですけれども、仕事だと思って時々読んでおるんですが、一般の社会の人たちにはわからないような言葉が使われている。これは科学技術庁だけでなしにほかの官庁についてもそうです。私、気がつくたびにその官庁に対して忠告しているんですけれども、科学技術庁の白書につきましても、この「むつ」の問題のところを読んでおりまして、どうも普通のしゃばで使われている言葉と違うんじゃないかと思う言葉を発見したわけであります。テクニカルタームは、これはいたし方ありません。ほかのところ、私が読んだ限りではそれほど違う言葉は出てこなかったんですけれども、この昭和六十年版科学技術白書の二百四十五ページを読みますと、「今後の舶用炉の研究開発に必要なテーク、知見を得るため、概ね」何々というふうな言葉がございます。あるいは「関根浜新定係港の建設を実施した。」というふうな言葉があるんですけれども、「知見」という言葉は、私七十三歳ですけれども、今日に至るまで余り聞いたことがないんですけれども、知識と知見というのは一体どういうふうに違うんですか。あるいは「定係港」というのは、これは母港のことじゃないかと思うんですが、先ほどの科学技術庁の局長の答えでも母港という言葉を使われたように私は思うんですけれども、なぜこういった普通の人が聞いてもわからないような言葉を使われる必要があるのか、何かその意味が違うんであるならば後学のためにお教え願いたい。
○政府委員(中村守孝君) お答えいたします。 今「知見」とそれから「定係港」のお話ございましたが、「知見」という言葉につきましては、いわゆる知識、経験、それからいわゆる俗にノーハウと言っているようなことをいわば包括したような言葉というようなことで、いろいろな場面で使わしていただいておるものですから、そういうことで、一般的ではないということでございますが、私ども一般的に使っていたものですから、今後先生の御指摘なども受けて十分また言葉遣い等については検討さしていただきたいと思いますが、定係港と母港、母港というのはそれは非常に一般的な用語でございまして、定係港というのは船舶安全法に基づく船舶検査証書において使用されている表現でございまして、そういう意味で一つの正確さを期す意味でそういう言葉をそういう関係のところでは使っておるわけでございますが、一般的に俗な言葉というとなんでございますが、そういうところの表現ではむしろ母港と言った方が確かにわかりやすい言葉かと思います。そういった意味で白書等に書く場合はいろいろ取り違えられても困るというようなこととか、今まで使った言葉とまた違った言葉を使うと、逆にまたその差異はどうかとか、いろいろな問題もございまして、ついついふだんから使っている言葉を白書にも使わしていただいているというような現状でございまして、先生の御指摘も踏まえまして今後一層注意をしてまいりたいと存じます。
○関嘉彦君 知見というのが経験とかノーハウというんですと、「見」というのは見るというんじゃなしに経験の「験」を書くんだったらまだ話はわかるんですけれども、「見」というのは見るでしょう、どうもわからないですけれども。実はこれはやはり特殊な言葉を使うというのは閉鎖集団にどうしてもなりがちなんですよ。昔の軍隊がそうでした。しゃばと違う言葉をわざわざ使っておりました。閉鎖集団になってくるとどうしても独善的な自分ひとりよがりの考え方になってしまう。私は「むつ」の問題でも、あれは放射線が漏れたということは大変な事故ですけれども、しかしあれは一部の新聞が間違えて放射能漏れとかなんとかというふうに書いたということが騒ぎを一層大きくしたと思うんですが、これはやはりその当時の科学技術庁の方がどういうふうに考えておられたかどうか知りませんけれども、やはり何か自分でひとりよがりなところがあったんじゃないか。十分パブリシティーを怠ったんじゃないか、そういうことを感じておりますので、これは科学技術庁に限りませんけれども、各官庁とも普通の人たちが読んでわかるような言葉を使って白書を書いていただきたい、これは希望しておきます。 先端技術の開発の点では日本は、工業技術の点では日本はかなり進んできたんですけれども、基礎研究をやっていかなくちゃいけないんだと、これに至らない点がある、これに十分注意してやっていく、それは私ども全く賛成でございます。やはり基礎研究になりますと国立の研究所でありますとか大学、そういったところが重要になってくる。もちろん産業の方の、民間の研究所の力をかりることも必要ですけれども、その場合にやはり優秀な人たちが国立研究所に集まるように、特に若い人たちが集まるようにするためにはその研究員の処遇がやはり私は大事じゃないかと思うんであります。この白書にも指摘されているんですけれども、国立大学の研究に従事している人は教育公務員ですね。ところが、研究所の方は研究公務員。年をとるとそれほど差がなくなるらしいんですけれども、若いときは報酬の差があるというふうなことが書かれているんですけれども、やはり研究所で大事なのは特に若い研究員、自然科学なんというのはやっぱり若いときにやらなくちゃだめだと思うんで、その若い人たちを集めるためにはやはりそういった処遇に差があるということは好ましくないことじゃないか。 あるいは国立研究所の人たちは、これは大学教授も本当は同じなんですけれども、職場における職務専念義務というのがあるわけですが、大学の場合は私の経験から言いましてもこれはかなりルースに適用されておりまして、教授会あたりでお互いに了解すればどこで研究してもいいんだということになって、かなりルースになっている。余りルースになるのはよくないと思いますけれども、しかしこういった研究なんという仕事は朝九時から何時まできちんとここにいなくちゃいけないなんということではやれる問題じゃないんで、そういう点についてもちょっと差があるんじゃないか。そのためにもし研究が阻害されるというふうなことがあると困ると思うんですけれども、そういった研究公務員の報酬及び研究条件の問題をどういうふうに改善していかれるつもりであるかということが一つ。 それから、学会、それから大学、それから国立研究所、それから民間の研究所、この共同研究が今後ますます必要になってくるんじゃないかと思うんです。その場合に国立研究所の研究員が、あるいは大学教授でも同じですけれども、民間の研究所に出向して研究するということは可能なんですかどうか。その問題が二番目。 それから三番目は、そうして共同研究して得たところの知見ですかね、知見を守るための特許権の問題なんかもあると思うんですけれども、これはどういうふうに解決されるつもりなのか。 その三点をお伺いしたいと思います。
○政府委員(長柄喜一郎君) お答え申し上げます。 最初の国立研究所の研究者と大学の研究者の勤務条件及び給与の処遇の差でございますけれども、勤務条件につきましては、大学の方は教員の方々の特例法がございまして、勤務条件についてはかなりの自由度が付与されております。一方国立研究所の方につきましては非常に厳格になっておりまして、非常に自由度と申しますか、柔軟性に非常に乏しいという状況でございまして、このような状況では大学と国立研究所の共同研究、また企業との共同研究、こういうことも非常に不自由でございます。この辺につきましては我が方としても非常に問題意識を持っておりまして、この差を改善すべくいろいろ努力をしていきたいと考えているところでございます。 また給与の点でございますけれども、大学の教官の場合と国立研究所の場合におきまして手当、例えば大学院担当手当とか、国立研究所の場合でございますと特別調整額というふうな手当がございます。こういうものがございまして一律にどちらがどうというふうな比較は困難かと思いますが、ただ若い研究者につきましては国立研究所の研究員の方が依然として悪い待遇になっているというのは事実でございます。この点につきましては科学技術庁が関係省庁と協力いたしまして、相談いたしまして毎年人事院総裁の方にこの格差是正についての要望を出しております。この結果、ここ数年間のことでございますけれども、国立研究所における若手研究員の給与の改善が大分実ってまいりまして、ただまだ格差は残っておりますので今後とも引き続きこの給与格差の是正のために努力をしたいと考えている次第でございます。 それから第二点の国立研究所の職員が国立研究所とそれから企業との共同研究をやる場合の出向でございますが、現在でも研究休職という制度がございまして、研究をするために休職して出向するということが制度的には可能でございます。ただこの場合、出向いたしました期間の退職金につきましては不利益をこうむるというふうなことになっておりまして、こういう問題も解決していく必要があるということで、現在科学技術庁が中心となりまして、国立研究所の職員が企業の方と一緒に仕事するような場合、経済上の不利益のないような方策を考えていきたいというふうに考えております。 それから第三点目の特許権、共同研究等に基づきます場合の特許権の扱いでございますが、これも委託研究、国からの委託また企業からの委託で国の方が受託するような場合、こういう場合の特許権の取り扱いが不公平になっております。すべて国側に有利なような取り決めになっておりまして、これが国と企業との間の共同研究を進める場合の障害となっておるのは事実でございます。この点につきましても、双方公平になるような方策を今後とっていきたいと考えておる次第でございます。
○関嘉彦君 大臣、お聞きになりましたように、研究公務員の処遇の問題、これはかなり差があるように思うんですけれども、やはり大臣みずから先頭に立って、これは人事院の問題とか国家公務員法の問題とかあると思いますけれども、今後日本が科学技術立国として立っていくために非常に重要な問題であると思いますので、御努力願いたいと思います。大臣の決意をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(河野洋平君) 私も科学技術庁長官になりましてから研究所などを幾つか見てまいりました。研究所は研究所なりに相当な努力をいたしておられる様子を見ましたけれども、先生御指摘のとおり、もっともっと交流があった方がより活力が出るんじゃないか、そしてまさに先生御指摘のとおり、外国の例を言うまでもなく、いい研究がぱあっと成果を上げるのは、比較的若手の研究者がいい研究テーマにぶつかってぱあっと研究成果が上がるという場合が少なくないわけでございまして、もっと若い人たちがいい条件のもとで研究できるような、そういう素地をつくる必要があるというふうにも思いました。あるいはまた筑波で研究所を幾つか見ましたけれども、もっと例えば筑波大学との交流とかあるいは周辺の民間の研究所との交流等が行いやすいような条件をつくる方が望ましいというふうに、これも率直に感じた次第でございます。 そこで、その交流がうまくいくためには幾つかのハードルを越えなければならないところがございます。そうしたことを先生御指摘のとおり人事院に対しても毎年働きかけてきているわけでございますが、これから先も努力をしたいと思いますし、もっと少し先走って言えば、こうしたことがやりやすいような法改正といいますか法律の整備と申しましょうか、そういったことまでやっぱりいかなければいけないんじゃないかというふうにも感じている次第でございます。十分役所を督励いたしましてそうした方向にいくように努力をしたいと思います。
○関嘉彦君 科学技術庁関係の質問はそれで終わりでございますので、私の質問関係の政府委員の方は退場なさって結構でございます。 次は文部省関係に入りますが、民社党は前から教育改革の問題に熱心に取り組んでまいりましたし、私自身長い間教育界におりまして教育の問題、今のままでいいのかどうかいつも頭を悩ましておりました。したがいまして、政治家になりましてから、私は文教委員ではございませんけれども、事あるたびに文教委員会の方にも顔を出しますし、あるいは予算委員会なんかでも取り上げたことがあるんですが、若干そういった質問と重複する点もあると思いますけれども御了承願いたい。新しく大臣になられた海部さんに特に要望しておきたいことがございますので。 一つは教科書の問題ですけれども、教科書購入費というのは五十八年度の決算にも出ております。私は、この教科書の問題を単に行財政改革の観点から取り組むべき問題ではないと思うんです。私は、議会に来てどの委員会に出ても金を出せ出せというので、金を減らせという意見は余り聞いたことがないんですけれども、ほかの委員会じゃできるだけ金を減らすことを提唱したいと思っておりますけれども、教育に関しては私は金をけちってはいけないと思うんです。したがって、そういう観点から教科書無償交付がいいか悪いか、あるいはこの予算をもっと削るべきかということを言っているわけではないんであります。つまり教育効果、場合によっては教科書を余りたくさん使うことによって逆の効果を生み出しているんじゃないかと思うことがあるわけでございます。海部文部大臣、前の大臣のときにゆとりのある教育ということを言われました。私も全く賛成です。しかし、ゆとりのある教育ということを言うためにはまず教科目を整理して、教科目を整理すれば当然に教科書の数も減ってくるはずでございます。 一昨年の予算委員会で、私の孫が小学校の一年でしたので毎日持っていく教科書を持ってまいりまして、毎日こんなにたくさんの教科書をランドセルに入れて行ったり来たりしているんだということを言いましたら、そのときの森文部大臣が、私の方には孫がいないのでよく知りませんでしたというふうなお答えがございましたけれども、ゆとりのある教育をやるためにはやはり教科目を整理する必要があると思う。 そのゆとりの問題で私思い出しましたのは、イギリスにロバート・オーエンという社会主義者、これはマルクスの社会主義なんかとは全く違う、いわゆるイギリスの社会主義、イギリスのフェビアン協会の社会主義なんかの精神的な父になったとも言われている人なんですけれども、この人が教育論を書いているわけでございます。また実践をした人であります。会社が社宅をつくるのは日本だけの現象だというふうなことを言う人があるんですけれども、実はロバート・オーエンが初めて社宅を工場の横につくった。社宅をつくった理由は、一つは労働者の教育、もう一つもっと大事な目的は労働者の子弟を幼稚園に集めて教育する。幼稚園といっても今の幼稚園よりもっと程度の高い、小学生ぐらいまで含んでいたと思いますけれども、幼稚園に収容して、教育するためには方々に散っていたんではできないからというので社宅をつくって、その子弟を幼稚園に入れて教育したわけです。その教育の内容を見ますと、ダンスが非常に重視されているわけであります。これはつまりロバート・オーエンの考え方は、ダンスといっても遊戯と考えたらいいんじゃないかと思うんですけれども、狭い意味のダンスだけじゃなしに、子供のときにやはり遊戯、正しく遊ぶ訓練をすることが大事だ、そういう考え方で幼稚園なんかを経営したわけであります。私はロバート・オーエン全体の教育理念、教育に関する考え方には賛成しがたいんですけれども、しかしその幼稚園を非常に重視してそこでダンスを非常に強調したということは私は大いに学ぶべき点じゃないか。 日本の小学校においてもやはり欠けているのはそういったダンス教育といいますか、遊戯を教えることだろうと思うんですけれども、そのためには時間数が足りないという不平が必ず先生の方から出てくるに違いない。それで私はやはり時間数を減らす、みんなどの科目でもやっぱり必要だといえばある程度必要なことはわかり切っているんですけれども、もっと大事なダンスなり遊戯を教えるためにどの時間を減らしたらいいかとなってまいりますと、私はやはり小学校で教えている社会科の時間じゃないかと思う。殊に低学年、一年生から社会科の教科書があります。どういうことが書いてあるかというと、自分の周囲の働いている人たちのことを知らせるために、一年生のときには学校内、二年生になると町にどういう店屋があり、三年になると世田谷区なら世田谷区でどういう工場がある、そういったことを教えているようですけれども、こういうことを果たして教える必要があるんですか。あるいは仮にあるとしても、特に社会科という時間をつくって、教科書を使ってまで教える必要があるのかどうか。私は小学校の低学年においては、やはり基本になる、昔の言葉で言えば読み書きそろばんですけれども、国語とか算数とかあるいは体育であるとか芸術教育であるとかしつけであるとか、そういった基本的なものをまずたたき込むべきではないか、少なくとも社会科なんかは廃止した方がいいんじゃないか、そのことが第一点でございます。 それから、これは松永文部大臣のときにも私言ったんですけれども、小学校、中学校、高等学校で歴史、小学校の場合は日本歴史ですけれども、それを繰り返して教えているわけですね。少しずつ詳しくはなっていますけれども、基本的には同じ生活史あるいは文化史、そういったものを小学校で教え、中学校で教え、高等学校で教える、私はこれはむだじゃないかと思うんです。もっと整理して、仮に教えるにしても、例えば人物を中心にした歴史を小学校のときには教えるとか、高等学校では生活史を教えるとか、そういったバラエティーがあれば、もっと子供が歴史という科目に興味を持つようになるんじゃないかと思うんですけれども、どうも最近の大学に入ってくる大学生を見ておりますと、社会科学を勉強しようというのに歴史に対して興味を持たない学生が非常に多いわけです。私はそういう学生に対していつも言うのは、まず司馬遼太郎の小説を読め、これが一番の歴史教育だということを言うんですけれども、どうも今までの日本における小中学校、高等学校における歴史教育というのは間違っていたんじゃないか、必ずしも間違いとは言いませんけれども、一方に偏り過ぎていたんじゃないか、このことが第二点でございます。 それから今の歴史にも関連する、歴史もその一部分ですけれども、中学校、高等学校、これも私は社会科のことしか知りません、ほかの科目のことは専門外ですから差し控えますけれども、社会科、これもかなり繰り返しがあるわけなんです。一貫制の私立学校では、中学校三年と高等学校一貫して教えているところでは、大体五年間でこれを教えてしまって、あとをゆとりに使えばいいんですけれども、あとの一年は大学受験のために使っているんですけれども、それを何に使うかということは別にしまして、ともかく五年間で教えているわけです、教えられるわけなんです、これは体系的に教えていけば。 先般、教育課程実施状況の調査結果というのが出ておりますね。私はことしの一月十三日の教育新聞でその調査報告を読んだんですけれども、これは全文かどうかちょっとわからないので、あるいはその引用が間違っているかもしれませんけれども、こういうことが書いてありました。 中学の公民的分野では、概念の把握、政治制度の理解に関する力がそれぞれ不十分であると書いてあったんですが、具体的にその政治制度とか概念というのはどういうことを指しているのか、推察する以外に方法はないんですけれども、恐らくこれは、例えば民主制度、民主政治、デモクラシーあるいは人権、そういった概念のことを言っているんじゃないかと思うんですが、中学生でこういうことを正しく概念を把握することができると期待する方が私は無理じゃないかと思う。こういうのは中学校あたりではやめちゃって高等学校でやればいい。しかも九十何%の人が高等学校に行っている今日ですから、何も中学校あたりでそういった無理なことを要求する必要はないんじゃないか、そういうことに頭を使わせる必要はないんじゃないか。そういった点からも、社会科の教育を、一応科目をオーバーホールして、必要なもの、必要でないもの、それを輪切りにして何回も繰り返してやるんじゃなしに、体系的に変えていく、教えていく、そういうことを検討していただきたい。私自身どうしたらいいという案を持っているわけじゃないんですけれども、検討していただきたいと思うんですが、その点について大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(海部俊樹君) 御意見、私も共鳴をしながら承る点がたくさんございます。 例えば小学校の低学年の生徒については何を身につけてもらうか。前回のときにゆとりのある、しかも充実した基礎、基本を大切にする教育という旗印を上げましたけれども、やはり国語とか算数というように社会に出てからも必要である、しかもその児童生徒のそれぞれの発達段階に応じて教材を高め、到達度を高めていく必要のあるものもありますし、当時から社会科は必要があるのだろうかとか、あるいはもっとほかに社会や理科というものを整理して統合して、もっとポイントだけに簡素化したらどうかとかいう御意見もありました。また、全くこれは僕も今のところそう賛成じゃないんですが、日本人の英語の発言が悪いから、小学校のレベルから英語の教育をやれという御意見もございました。 いろいろありましたけれども、そういったことを全部踏まえて、ただいま教育課程審議会というのが小中高の教科構成について議論をしていただいております。先生が最初にお触れになった入学前の、就学前の幼稚園、その段階からの教科でも、一貫性とか必要性というものについても、そこではたしか議論を進めておっていただくはずでありますし、選ばれております委員の皆さんは、そういった各方面の専門家の方や学識経験者の方も入っていらっしゃいますので、私は、小学校の低学年に対する社会科の教材をどうするかというような問題等も踏まえて、先生の御指摘の方向に私も同感でございますので、教育課程審議会の審議も、私はそういったことを十分参酌しながらただいま行われておると、こう聞いておりますので、これはずっと見守っていきたいと、こう思っております。 それから、二つ目に御指摘になった問題も、これはやっぱり小中高の一貫教育の中で、歴史的な分野がちょっと偏っておるのではなかろうか、もう少し関連をもって一貫して教えるようにしたらどうか。また、我々の歴史の中で、いろいろ我々にとっては極めて有名人でも、今の中学生にとっては、教えられておらないから全く知らない人がいるというようなことが、時々我々の仲間の間の話題の中なんかにも出てきますけれども、まさにそれは学校教育の中でどの範囲のどんなことを、人物に興味を持てばみんながそこからその時代の歴史の背景等わかりますし、親近感を持って覚えていくわけでありますから、私は二番目の御指摘についても、これは教育課程審議会でぜひ審議を進めてもらいたい問題であって、それに対してもし我が方でいろいろ御協力をしたり、方向を定めるときがございましたら、そのような方向で児童生徒にも必要な基礎、基本をまず身につけてもらって、発達段階において必要なものは徐々に上の段階に上げていく、これがいい方向ではないかと、基本的にはそう思っております。
○関嘉彦君 英語のことを触れられました。私は、小学校から英語を始めた、それは特殊の教育をするために塾あたりでやるんだったら、それは一向に差し支えないんですけれども、公教育において小学校からやる必要があるとは私は考えませんけれども、中学校ではやはり重視してやるべきじゃないか。これは私の誤解であれば取り消しますけれども、たしか海部大臣が前の大臣のときに、ゆとり教育のために中学校の英語の時間が五時間から三時間に減少されていった、そういうことがあったように思うんです。もし違っていたら取り消しますけれども、ともかく五時間が三時間になったことは事実でございます。 私は、やはり国際化の時代においてやはり英語、英語と言うよりもむしろ国際語だと私は思うんですけれども、自由に自分の意思が外国人に伝えられるように、あるいは外国人の言っていることが十分に理解できるように、そういう意味の英語というのは非常に大事だと思います。これを私立は五時間やっておりますわね。そのために公立をやめて私立に行く人が非常にふえているわけなんです。これをまたもどのように五時間に戻す考えはないか、どうか。そのことが第一点。 それから、やはり先ほどの教育課程実施状況の調査結果の中にこういう言葉がありました。「英語を学習するのにふさわしい学習環境を整備するようにする」こと云々。これも何を言っているかちょっと抽象的でわからないんですけれども、私はやはり中学校あたりで外国人にじかに接することがこれは非常に大事だ。そういう意味の教育学習環境の整備になるんじゃないか。そのためには、アングロサクソン系の大学の卒業生を日本にも招待していますね。七、八年ぐらい前から、まず最初にイギリスから始まりまして、そのほかアメリカあたりからも来ているようです。私はこの考え方は非常に賛成で推進してきたんですけれども、一つはこれをもっと人数をふやすということ。それから、どういったふうな雇用条件になっているのか。限られた人数ですから一つの学校に張りつけるということもあるいは難しいかと思いますけれども、どういうふうな雇用条件になっているのか。 それから、臨教審でも社会的な経験のある人を特殊な学科、例えば芸術であるとか体育であるとかコンピューター技術なんかについては、特別採用することを討議しているようでありますけれども、やはり英語というのもこれは特殊の学科とみなしまして、日本に来ている外国人の中でも一定の教育の資格を持っている、あるいはそれにふさわしい人なんかもいるんじゃないかと思うんですけれども、そういう人たちを非常勤講師として使う考え方はないかどうか。ただし、非常勤講師というのはこれはまた別な問題のときに一度取り上げますけれども、国立大学に非常勤講師というのがございます。その報酬たるや幾らであるか御存じの方があればお伺いしたいと思うんですけれども、一週に一時間半の授業をしまして、今多少上がっていると思いますけれども、私がやめるときに、私は特別待遇で二万円。月ですよ、一回しゃないですよ、月ですよ。タクシーで行くと往復タクシー代の方が余計超えてしまう。我々は非常勤講師というのを、非常に勤める講師だというふうに呼んでおりましたけれども、そういう意味の非常勤講師として使えと言うんじゃなしに、正当な待遇を、謝礼をする非常勤の講師として使う考え方はどうであるか。その点を、三つの点質問いたします。
○政府委員(高石邦男君) まず、英語の時間のことを少し事務的に申し上げてみたいと思います。 時間数を減らしたということでございますが、実は昭和四十四年の学習指導要領の基準のときの標準時間数は年間百五時間、ですから週三時間。昭和五十二年度の改訂のときもその標準の時間数は減らしてないわけです。ただ、従来実際四時間ないしは五時間ぐらいやっていたのが、今回は三時間で授業をされているんじゃないかという実態はどうして出てきたかといいますと、それ以外に学校で選択の余裕の時間が昔はありまして、その余裕の時間を英語の授業に充てていたと、したがって週四時間、場合によっては週五時間ということをやっていたわけです。ところが、小中学校のゆとりの時間をもっと持たして伸び伸びと教育する必要があるというので、週の授業時間を全体的に四時間程度を減らしたわけですね。そうしますと、減らすと今まで英語に充てていた時間が充てれなくなったというようなことで、結果として今御指摘のようなことになっておりまして、標準の時数としては従来と変わらないわけでございます。ただ、御指摘のように、今後の国際化社会に応じて英語教育がどうあったらいいか、時間数の問題だけではなくして英語の教え方その他を含めて検討されなければならないということで、これはまた教育課程の一つの大きな検討課題と思っているわけでございます。 それから、そういう指導に当たる先生方の外国人との直接の指導を受ける機会ということで、これは従来からアメリカ並びにイギリスから指導者を招いてやっておりまして、この二つの配置の形態をとっております。一つは中学校、高等学校を巡回して当たれるように、一つの学校に固定しないで学校に巡回して指導してもらうような先生の配置。それからもう一つは、教育委員会等の指導行政を担当するところにそういう教師を配置して、直接的には英語の教師に対する指導をやる。二通りの形で現在補助制度を持って運用しておりますけれども、この面につきましては今後拡充していかなければならないというふうに思っております。 非常勤講師のことについては、ちょっと具体的な内容、経験がございませんので、私学の関係が多いので、もし何でしたら私学担当の方からお答えするかと思います。
○関嘉彦君 それは別に私学じゃないのです。私は公立の学校で外国人を雇う場合に非常勤講師、名前をどうつけるか、ほかの名前をつけてもいいですけれども、講師でもいいんですけれども、レギュラーに採用していく、そういうふうにしたらどうかという意味なんです。
○政府委員(高石邦男君) まず、中学校、高等学校の段階における非常勤講師として外国人を採用することについては、そういう特殊な分野につきまして採用するということについては、文部省自身もそういう方向で県がおやりになることについてはいいということを思っておりますけれども、その助成の裏打ちまでして現行制度はやっていないわけでございます。したがいまして、今後先ほど申し上げました外人の英語教師等の拡充を図っていく際に、そういうことを含めて検討していくべき課題であろうと思っております。
○関嘉彦君 中学校における英語の時間数をもっとふやすということ、これはぜひ検討していただきたい。そのために余り時間割りが過密になるようでしたら、先ほど言いました社会科を整理することによって時間は幾らでも出てくると思います。 それから、次の問題は教科書検定制度の問題でございます。先般、数日前の新聞で日本当版労連の方で中学校の教科書について検定の実態をまとめた「教科書レポート側」というのを発表いたしました。これを読みますと何かいかにも偏向した教科書検定が行われているかのような報道をした新聞もあるんですけれども。私は、やはり私自身教科書を書いた経験があるんです、今から三十年ほど前に。指導要領を無視して書いたものですから私の書いた教科書は全然売れなくて、その出版会社は破産に瀕したことがあって、申しわけないことをしたと思っております。それ以来教科書を書かないことにしているんですけれども。そのときにそのほかの教科書を全部集めて調べたのですが、著名な大学教授あるいは大学総長の監修者の名前がずっと並んでいる。しかし、私は本当にこの人は自分で書いた、自分で監修して実際にやったんだろうかと思うような、間違いとは申しませんけれども、真実を書いてない教科書が多かったわけです。事実は書いてあります、こうこうこういう事実があった。しかし、教育は単に事実を教えるだけではない。真実、真実というのは単に一面、こちらから見ただけの事実ではなしに、あらゆる方面から見てその真実を教えるのが私は教育だろうと思うんですが、非常に一面的な見方をした教科書が多いのに驚きました。もちろん、驚いたので義憤を感じて私は教科書を書くのを引き受けたのですけれども。私はやはりその意味で教科書検定は必要だと思います。ただし、こういった先ほど言いましたような出版労連なんかの発表に国民が惑わされないようにするためには、やはり文部省自身でその検定の結果を報告する。たくさんの教科書があって各学年にまたがるのを全部報告するということは私はできないだろうと思いますけれども、少なくとも社会科であるとか公民科、これが一番問題になっておりますから、それについて、こういう名前の出版会社、こういう著名な大学の先生が監修者になっている教科書にこういう誤りがあった、あるいはこういう偏った記述があったということをなぜ公表されないんですか。私はそれを公表されたらいいのじゃないかと思うのです。 それからもう一つは、やはりそういった検定制度を堂々と行うためには、これはやはり法的な裏づけが必要ではないか、教科書検定法とでもいいますか、そういうのが必要ではないかということを考えますけれども、その点について大臣の所見をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(海部俊樹君) 教科書検定に対する先生の御努力に敬意を表しますけれども、私たちはただいまのところ、教科書の検定に関する権限とかあるいは組織、あるいは教科書発行に関しては法律が既にできておって、法律に基づいてやっておるものだと、こう理解しております。法律に基づかないで教科書検定をやっておるものではございません。ただし、御指摘のように、その内容とかどこでどうなったとかいうことが国民の皆さんによくわかるようにやったらどうか。これは詳細は初中局長からお答えいたしますけれども、極めてよくないものはここを改めてもらいたい、あるいはここはもう一回考え直したらどうかとそれぞれ一冊の本について詳細な意見をつけて、ここは間違っておると思われる、ここはこのまま出してはいけないと思うという意見を、検定意見をきちっと出しておるわけでありますから、そういったもの等を通じてきょうまではやってきておりますけれども、もっと先生の御趣旨に沿うように、明らかにもっと大きなところで根本の問題で皆さんに知っていただくことがあるとするならばどういう方法があるのか、これも研究課題として検討さしていただきますが、詳細は初市局長よりお答えいたします。
○政府委員(高石邦男君) 御指摘のように、公開の問題というのはこれは前々から論議の対象になっておりまして、現在の制度では、著者と発行者に対して個別に検定をやる調査官が多い教科書になりますと三百カ所から五百カ所ぐらいの問題指摘を直接して、内容の改善を図っていくというやりとりをしております。したがって、少なくとも著者、発行者と文部省の関係においてはそれはもうはっきりしているということでございます。 そういう中身を一々全部公開するというのは、一つは事務的にその三百カ所を全部、一つの教科書について三十冊、四十冊出てくるのを一々公開するというような事務手続上の問題点も一つございます。それからもう一つは、やっぱり著者、発行者に対する一つの人権と申しますか、そういうことも配慮しながら対応していかざるを得ない点があろうということもございます。 そういうようなことで、そこまで踏み切った対応をしておりませんが、総括的にはそれぞれの教科書で問題になりましたことにつきましては二、三年前から記者会見を通じて、こういう事項についてこういう記述であったことについてこういう意見を申し上げたということで、個別の教科書ということではなくて総括的に公表するというような対応をしております。かなり熱心に記者会見でも論議が集中いたしまして、長いときには十時間ぐらい質疑が行われるというような状況でございます。 なお、抜本的には、教科書制度全体がこれでいいかということは、中教審の答申もございますし、引き続いて臨教審でも教科書問題を議論していただくということになっておりますので、その論議を踏まえて対応してまいりたいと思っております。
○関嘉彦君 その改善意見と修正意見のことは私もよく承知しております、私自身書いたときに。そのときはそういうような名称じゃなかったように思うんです。一九五六年、三十年前ですからちょっと名前が違っていたように思いますけれども、何かやはりぜひ改めなくてはならない点と改めたらどうかという点があった。私自身自分で書いて間違いなきを期したのですけれども百カ所ぐらいミスを指摘されまして、やはりこれは検定が必要だなということを感じたんです。改善意見の方については承服しがたい点がありましたのであくまで自説を主張いたして、それはそのまま通ったことがありましたけれども。 それで、先ほど局長は出版会社及び著者の人権のことを考えて公表を差し控えるということをおっしゃいましたけれども、ちゃんと自分の名前を書いて、監修者として名前を書いて出ている以上は、その監修者が自分で責任を負うのは当然じゃないですか。そういった人たちの人権よりも、私は教えられる子供の、その間違ったことを教えられる子供の人権の方がはるかに大事じゃないかと思うのですけれども、いかがお考えですか。
○政府委員(高石邦男君) 検定制度というのは最終的に誤りのなき教科書を子供の手に渡すという制度としてあるわけでございます。したがいまして、最終的に子供の手に渡るときは問題のないような形の教科書になっているわけですね。だからそのプロセスを公表するということについては、やはり著者側もそういう仕掛けの中で自分の書いたのが間違いであれば修正されるということはある程度プロセスとしてあり得ることでございますから、それがこの著者には何カ所間違いがあったというのを発表することは、やはりいろいろな立場の御意見もございますので慎重に対応してきておりますが、一つの御意見として、教科書制度全体の改善、制度の整備を図っていく場合には検討すべき問題点であろうと思います。
○関嘉彦君 私はやはり教えられる子供の人権の方を大事にしていただきたい、そのことを強調しておきたいと思います。 それから、実は私学助成の問題、それから国立、官公立と私学との授業料、納付金なんかの差の問題、それも取り上げるつもりでおりましたけれども、まあ大分改善されてきました、昔に比べますと。私がおりましたころなんか、一番最初のあれで一九五〇年代はたしか一対一〇ぐらいの比率であった時代があったように思いますけれども、最近は一対二・五ぐらいに、初年度入学したときに納める金なんかで言いますと大体その程度まで縮まってきたのじゃないかと思います。私はそれは結構なことだと思います。先ほど刈田議員の質問のときにもありましたけれども、昔のように必ずしも国立大学は貧しい人が行き、金持ちが私立大学に行くという状態ではなくなってきているわけでありまして、そのときに、授業料を格差を一切なくしてしまうということも一つの方法ですけれども、果たして大学が、官公立、国立の大学を維持していく、続けていくことにどういう理由と存在根拠があるか。私は何も国立大学にしておく必要はないのじゃないか。これは明治の初年みたいに日本が世界に追いつき追い越せ型のときに、少数の人材を養成するためにほとんど授業料を取らないで一生懸命養成してきたというような、その時代であったならばそれは当然だと思いますけれども、現在のようなかなり国民の知識水準も平等化してきている、所得の格差もだんだん少なくなりつつある時代において、果たして国立のまま維持していく必要があるかどうか。文部大臣は早稲田の出身ですが、まあ特に私学に偏重した考え方ではなしに公平な立場から一度検討していただいたらどうかと私は思っておるのですけれども、大臣の御所見はいかがですか。
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、いろいろと大学の設置形態がございますけれども、先生御承知のように諸外国の大学の設置形態というのは大体国立があるいは公立、州立てす。日本の場合は私学の方がうんと数が多くありまして、粗っぽい計算で言うと八割方が私立大学で高等教育をやっておる。日本の場合は今でも私学が非常に多いという特色があると思いますが、これはやはり官学に対してほかの分野でいろいろ活躍する人材を出さなければならぬという、明治以来の日本のこれも追いつき追い越せの一つだったかもしれませんが、民間の皆さんの建学の精神やいろいろ個性ある大学をつくろうということでできてきたわけでございます。だから国立と私学とが日本の場合はバランスし合ってずっと来ておると思いますし、それからもう一つは、例えば特別なお金のかかる育成とかあるいは特別に難しい専門の知識、技術を教えなきゃならぬというような大変なお金のかかるような分野、そういったものを国がお金を出して国立大学である程度国民の皆さんのために計画的に養成するという必要もあったわけでありますから、きょうまでの経緯等も踏まえてお互い持ち場持ち場で特色を出しながら進んできた国立、私立の関係というものをそのまま両方大事にしながら進めていったらどうかなと思っておりますので、今直ちに国立大学をどうこうしていこうということは考えておりませんが、いろいろな御意見のあることはよく承知いたしております。
○関嘉彦君 もう時間がなくなりましたので質問を打ち切りますけれども、別に私は大学がそれぞれ特色のある大学をつくるということは、あるいは建学の精神を持つということは非常に大事だと思います。私自身は東大ですけれども、早稲田大学で客員教授をしておりまして感じたんですけれども、かつてのような早稲田の精神がだんだん失われつつあるんじゃないかということを早稲田のために憂えた教官の一人でありますけれども、しかしそのことは別に国立だからこういう特色が出る、私立だからこういう特色が出るという問題ではないと思うんです。授業料の負担なんかを同じにするという意味で国立大学というのを全部民営化したらどうか。ただ、自然科学についてはちょっとやっぱり問題があるんじゃないか。非常にたくさん金をかけなくちゃいけないので、自然科学についてまでは私は言いませんけれども、少なくとも人文科学、社会科学について国立を続けていく必要があるかどうか。もう時間がございませんので答弁はよろしゅうございますけれども、十分検討していただきたいと思います。
○木本平八郎君 私は学校給食について、結論的に言えばもうやめたらどうか、廃止したらどうかということでちょっと御意見を伺いたいわけです。 現在、ざっとですけれども大体年間一兆円ぐらい給食にかかっているわけですね。父兄の負担が五千億ぐらいで地方自治体と国が大体あと半分と、こういうふうな金をかけてやっている。それなりに今までは意味があったと思うんですけれども、もう給食の目的というのは全部終わってしまっているんじゃないか。したがってそういう給食のあり方というものを見直す必要があるんじゃないかということを感じるんですけれどもね。まず、その辺どういう御意見を持っておられるかお伺いしたいのですが。
○国務大臣(海部俊樹君) 給食が初めてスタートいたしましたときに、児童生徒の栄養のバランス、体位の向上ということを目標にいたしました。だんだん体位も向上してきたという報告もございますが、しかし反面もう一つ、余りばらばらにしてしまって栄養のとり方、そういったような必要量が摂取できないではいけないのではないかということ等もございまして、この間は厚生省の示された新しい健康基準に従って基準等の改正等はできるだけいたしておりますけれども、学校給食は続けていこうと。これは学校教育の一環として教育的な効果もあわせ持っておるわけでございますし、それからこれは間接的な効果かもしれませんが、私も学校給食の現場を見に行ってそこの校長先生に、学校給食の中で学校の中の兄弟関係を取り入れてみた、一年生から六年生までの子供を給食の時間だけ学校の中で兄弟にする、それでいろいろ仕事を分担させる、そうすると、給食というものを通じて準備をしたり人のために役に立ったり自分が後片づけをしたり、何か家庭でだんだん希薄になってきた兄弟の関係とか、人のために自分が仕事をしておるんだということを児童生徒が自覚をしてくれるという思わぬ教育効果があったんだというようなことも承りましたし、物ができるときその過程に対して感謝の気持ちとか、いろいろ教育効果がたくさん期待できると私どもは思っておりますので、直ちに先生の給食はもういいではないかとおっしゃる御議論には賛成いたしかねるのでございます。
○木本平八郎君 確かにそういう共同作業とかみんなのためにやるとかいう効果はそれはあると思うんですね。どんなことだってやればあると思います。しかしながら、これだけの犠牲を払ってというか、いろいろの労力とか金をつぎ込んでまでやらなきゃいけないのか、あるいは同じ教育効果を求める、メリットを得るためにはもっと効率のいい方法があるんじゃないかと思うわけですね。その辺で今の共同作業以外にもいろいろあると思います。これはしかし、私少し意地悪な言い方をすれば、その当事者としては何とか理屈は幾らでもついていくし、つけたいと思うんですけれども、客観的に考えまして、こういうふうな非常に厳しい状況になってきているというときと、それからもう一つは、私はこれ最後に申し上げようと思ったんですけれども、教育のあり方自身がやはり、本人、まあ児童はちょっと無理かもしれませんが、しかし児童は児童なりに、それから親がもっと自主的に教育という問題、まあ自己啓発というくらいに、自己鍛錬というくらいの方向に切りかわっていかなきゃいかぬときじゃないか。何でもかんでも学校任せ、政府任せということでは日本の、今臨調でいろいろやっておられますけれどもやっぱり行き詰まりがあるんじゃないかという気がするわけですね。その一環として給食というのをやめてみたらどうだろう。やめたら一体どういうマイナスがあるだろう。この辺局長の方からお考えをお聞きしたいんですがね。
○政府委員(古村澄一君) やめたらどういうことになっていくかということですが、いろんなことが考えられますけれども、端的に申し上げれば、今小学校で一千百万人、中学校で五百万人を超す子供が学校給食を受けているわけでございます。したがって、そこがやめるということになりますとこれは弁当を持ってくるということになります。しかしながら、今のいわゆる国民生活の中で弁当を持ってくるという生活が定着しているかどうかということを考えますと、そこはやっぱり疑問があるだろう。となりますと、結局金を持たしてそこでパンを買ってくる、あるいはほかほか弁当を買うというふうな事態になってくるだろうと、私非常に素人的な言い方ですがなってくるんではないか。と同時に、そうなりますと子供の栄養問題というのは大変難しい問題になるだろうと思います。今学校給食でやっておりますのはやっぱり栄養というものを十分考えた上でバランスのとれたものを提供しているわけでございまして、親が弁当をつくってやっても、今の親として十分栄養問題を考えた上で弁当をつくってくれるかどうかということについても、若干の危惧の念がないではないということになりますと、もちろん弁当だけで子供の栄養を賄っているわけではございません、二食あるわけでございますから。したがって、親の栄養に対する考え方というものも学校給食を通じて十分理解を深めていくということが必要でございますが、そういったようなことが想定されるのではないかというふうに思っておるわけでございます。
○木本平八郎君 ちょっと皮肉な聞き方をするんですよね。ここにおられる皆さん全部栄養士の指導を受けた御飯を食べてないと思うんですね、少なくとも一食は。これは奥さんの全然ある意味じゃ素人の飯を食って、幸い非常に皆日本人命健康になっているんですね。そういう点からいって、私は確かに余裕があれば理想だと思うんです。しかし理想を追求するにはいろいろな制約条件がありますから、そういう無理をしてまで、まあ無理をやらなきゃいけない事態かどうかということを申し上げているんですね。 それでちょっとお聞きしたいんですけれども、私の認識では、肥満児が非常にふえているんじゃないか、それでむしろ栄養過多の方が問題じゃないかという気がするんですね。それで先ほど厚生省の基準で学校給食のカロリーを下げられたということがついこの間新聞に出てましたね。それ確かにそうだと思うんですね。そこでちょっと突っ込んでもう一つお聞きしたいんですが、今残飯率というのは大体どのくらいになっているんでしょうね。
○政府委員(古村澄一君) 残飯率のデータをちょっと今持っておりませんので細かい数字を申しかねるんですが、各学校において残飯というのは出ているというのが現状だと思います。
○木本平八郎君 私の聞いているのは、私もこれ数字的に聞いたわけじゃないんですけれども、ある給食関係の方に聞きますと、やっぱりどんどん残飯ができてきていると、あれはもったいないから少し減らそうと思うけれども、片一方で余計食べる子供もおるからと。それで残飯が出ている一番大きな原因は、これはもう基本的にはカロリーが足りているということなんですけれども、やっぱり偏食なんですね。嫌いなものは食わないということなんですね。この辺にはやはり私は非常に重要な問題があると思うんですね。同じ給食をやるんならむしろ偏食をなくする方法の教育、それから肥満児があるから、肥満児だけ集めてダイエットをやらせる。それで、大体肥満児というのはまた逆に言えば偏食のある子もあるんですけれども、そういうものを食わしてできるだけそういう健康管理を、やっぱりせっかく栄養士さんがおるわけですからね。そういう点にはどういうふうにお考えなんですか。
○政府委員(古村澄一君) 確かに今の子供は肥満児がかなり多くなってきているという傾向は見られるわけでございまして、学校給食の中でやはり肥満児対策というものも考えていかにゃならぬというのはおっしゃるとおりだと思います。したがって、具体的に各学校でどういう肥満児対策をやるかというようなことについてはよく研究をして、学校現場の方々とも相談をしてみたいというふうに思っております。
○木本平八郎君 私は余りそっちの方専門家ではないけれども、私の常識では動物の世界というのは母親が子供にえさのとり方を教えるわけですね。これがもう基本なんですね、生き方の。身を守ること、逃げることもありますけれども。猫が、母猫が子猫に教えないとネズミをとれないんですね。今の私は非常に日本の問題は栄養の問題よりも、むしろえさのとり方を母親が子供に教えてない面の方が非常に大きいわけですね。栄養、カロリーだけとらせればいいというそういうことが、やはり昔は非常に不自由なりに母親がいろいろ考えて子供の、例えば腺病質だからだとか、この子はこういう何があるからとか一生懸命考えて弁当つくったりなんかしていましたね。兄弟が多いからなかなかそんなに面倒見れないということありましたけれども、それはそれなりにお互いの中の切磋琢磨であったわけですね。ところが今一人っ子が非常に多くなっているというふうなことを考えますと、やはり私はこの際ある程度までは母親に返していく、そして今度母親と学校とお医者さんが一緒になって偏食を直していく、あるいは肥満児対策をやっていく、それでそういうふうなことに転換せざるを得ないと。そこまでの到底余裕がないと。それをそれじゃ今の給食がどれだけカバーしているかということになると、私は非常に余り効果が発揮されていないんじゃないかと。だから昔なりにマンネリで何となくきているということなんで、続けるとすれば続けるんで、はっきりここで考え方を決めて、考えを変えて対処していかないと、むだ遣いになるとは言わないけれども、皆さんがこれだけ努力して金かけているのに、結果的には余り効果がなくなっちゃうんじゃないかという気がするわけですね。 例えば私関西生まれなんですけれども、関西の人間というのは水戸のあの納豆ですね、朝食う、あれはなかなか食えないですね。ところがあれなれてみたらうまいんですよね。ところが関西の子供にあれ持っていって食えと言うと、まずもうみんなだめだろうと思いますね。これは食ってないから食わず嫌いだから、あるいは母親が食わしてないからなんですね。そういうことがある。 それから最近の子供は非常に歯なんかも弱くなってきている。それでやわらかいものばかり食っていますよね。昔は例えばソラマメのいったようなのがありましたね、かたいやつね。あれはもうかたいけれども、かみしめているとうまいわけですよ。そういうものをやっぱり訓練して、歯茎が訓練さしてないと、まあ二十過ぎてから歯槽膿漏になってくるということだってあるんじゃないかと思うんですね。そういうこと。あるいは土光さんじゃないですけれども、目刺しとか煮干しを食わせるということですね。そういうことも民族としては、食の文化とまではいかなくても伝統的なものでやっぱり子供のときからやっておかなきゃいかぬじゃないかと思うんですね。そういう点はこれはなかなか難しい面があると思うんですけれども、やるやらぬは別にして、感触的にというか、御所見的にどういうふうにお考えですか、大臣にちょっとお聞きしたいんです。
○国務大臣(海部俊樹君) ただいま御議論を聞きながら、この昨日読みました「審議経過の概要」の中で、学校給食の必要は認めながら、それは推進していきながら、母親に少し協力を求めるとか個別の問題にするとかどっかに書いてあったんですが、今ちょっと捜しかねておりますけれども、教育審議会の方でも一つのテーマとして前向きにもっとより子供のためになる学校教育制度についてのお話が提起されたとここに出ておったと私はきのう読んだわけであります、答申にどうあらわれてくるかわかりませんが。私どもの方でもよく家庭で親と子供との間の愛情弁当といいますか、間柄というようなこと等を議論される仲間もたくさんおりますし、私ども子供のころ親から弁当をもらっていったこと等も覚えております。しかし現実に、これは慎まなきゃならぬことかもしれませんが、私が給食食べにいったときには、子供たちは給食はいい、米の給食にしろ、肉をもっと出せと言います。どうしてかといって聞いたら、朝もパン昼もパンでは腹が減る、中には朝は食べないで来る子供がいる。そんなようなことを見ますと、学校給食と御家庭との関連ももうちょっとどっかの場で相談をして、本当に給食が有効に働いていくようにしなければならぬなと思いますし、またスポーツをやっておるある私の友人は、あのカロリーを減らすという新聞見てえらいけんまくで電話してきまして、何という悲しい守りの文教行政をおまえらは考えておるかと。随分長い間決めてきたカロリーでこのごろ肥満が目立つから減らすというのは何事であるかと。食べたらそれを消化する、エネルギーを金らしておかないで消化する方法をなぜ考えないか、スポーツをもっとやれ、ゆとりの時間もっと汗を流すように頑張れと全く指摘もありましたので、そういったこと等もみんな一遍含めて議論の場に出して私どもの方でも検討して、給食制度が本当に喜んでいただけるようなむだのない役に立つものに変えていかなきゃならぬのは当然のことだと思いながら承っておりました。
○木本平八郎君 この給食というのは給食法によりますと、これは地方自治体の判断でやってもいいしやらなくてもいいと、何も国家が文部省が強制しているわけじゃないと。しかしながら実際上は各地方自治体がやっているわけですね。ところが、やっぱり一つの問題は、各地方自治体も確固たる信念あるいは審議、議論をやった末でやるとかやらないとか、どういう方法でやるとか言っているんじゃなくて、何となくずっと昔からのしきたりでやる、文部省からも特別にこうやれああやれと言われないからずっとしきたりできたというマンネリなんですね、ある意味では。そこに私はやっぱりまず少なくともその辺からメスを入れるべきじゃないか。そして私はこれは法律上もそうなっているんですから、一たんこれは各地方自治体に給食をやるかやらないか、どういうふうにやるかはあなた方の自主的な判断でやってよろしいという通達を、通達というか言葉はわかりませんけれども、今法律でこうなっているんだから文部省としても決してそれをやれということは強制しないと、ひとつどうぞそっちの自主的に一生懸命検討してそれでおやりなさいということぐらいは私必要じゃないかと思うんですね。といいますのは、やはりこれは確かに地方によっていろいろ市区町村の差がありますけれども、その市区町村それぞれの特色がもう出てきているわけですね。私はある地方では例えば本当の郷土料理を、郷土料理的なものを、あるいはそこの特産物、我が県には我が市にはこういうものがあるんだ、これは当然母親が食わしていると思うんですけれども、大体パンしか食わさないんじゃそういうものを手をかけて料理してないかもしれない。それで毎日毎日そういうものを捜すのは大変ですけれども、一週間とかなんか一回、一カ月に一回でもいいからそういうものをやらせるとか、あるいは各都市が外国と姉妹都市の契約というか、提携していますね。それでそうすると我が市は具体的には余りよくわかりませんけれども、どっかの南米の何とかという町とやっていると、そうすると向こうにあるものを送ってもらって、そしてみんな生徒、児童が食べて、そうすると、ああ南米のああいう国があってこういうものがあるのかと、それでこっちのものをまた送るというふうな国際交流なんかもやっぱり考えていけると思うんですね。それを文部省がどこか知らないけれども、厚生省が決めたこのメニューどおりで、何か先割れスプーンか何かで食えるような、そんなものをやっていたんじゃどうしようもない。例えば牛肉のかわりにニュージーランドならニュージーランドのマトンを食ってみるとか、そういうふうな体験を広めるというふうなこともやっぱり必要なんじゃないかという気がするんですが、その辺の考え方についてはどうなんでしょうね、地方に任せるということについては。
○政府委員(古村澄一君) 一番先に、学校給食をやるかやらないかというのは自治体の判断であると。これは基本的にはそうでございますが、ただ学校給食法におきましては、「国及び地方公共団体は、学校給食の普及と健全な発達を図るように努めなければならない。」。開設は義務になっておりませんけれども、努めなきゃならぬという規定がございます。したがって、学校給食をやめてもいいよ、やってもいいよということを積極的に文部省から通達を出すということはなかなか難しい問題だろうというふうに思います。 それから第二番目の郷土食あるいはその他外国のものを取り入れた食事ということでございまして、私の方は、栄養基準は栄養量、栄養素の問題を基準として答申をいただいたわけでございまして、それを具体的に肉を使うのか魚を使うのか、どこの製品を使うのかということについては、これは各設置者の問題であるというふうに思います。 なお郷土食の問題は、これはいろいろなところで、大変子供も喜びますし父兄も喜ぶということから、郷土食については多くの学校でそういった問題を取り入れているというのが今の現状だろうというふうに認識いたしております。
○木本平八郎君 給食を普及しなきゃいかぬというのは、これはたしか法律、昭和三十年ごろだったと思うんですけれども、ちょっと後で訂正してください、いつだったか。それでその時分と今とはもう違っている、その時分は児童の体位が非常に悪かったとか。給食法ができたのはそうかもしれぬけれども、給食が始まったのはもうずっと昭和二十年代ですからね。だからそういうときはなるべく普及しなきゃいかぬという、これはもう義務もあったんだけれども、その目的は一応達しているのじゃないかと私は思うんですね。 したがって、今文部省がこれはその当時の趣旨はこうだったから、何もこれにこだわる必要はないとおっしゃってもおかしくはないという気はするわけですね。 それで、実は私は、もう一つ、地方自治体に征してやらしてほしいというのはこういう給食だけじゃなくて、郵便だって電話だって全部そうなんですけれども、鉄道でもそうですけれども、初め普及さしていく段階というのは官営でなきゃいかぬわけですね、コストの問題、負担できないですから。しかしここまで普及しますと、あとはやっぱり効率化ということを考えなきゃいかぬですね。これはコストの効率化もありますし、メリット、効果の効率化もありますから。 そういう面からいって、私はやっぱり今のこういう給食職員を置いてこれをやってという、そういうシステムではやっぱり効率が悪くなっていく。したがって、私は商社出身ですから余計言うんですけれども、やっぱりこういうのは民営委託にした方が非常に効率もいいし、いいんじゃないかという気がするんですね。 それで、例えば、先ほど材料なんかもどんどん自由でいいんだと、こうおっしゃったけれども、やはり私これこだわるわけじゃないですけれども、ここに米だとか、それから小麦製品、それから牛乳とかミカン汁とか、こういう農産関係のものがあるんですね。これは農業政策上の必要性から補助金を出して給食に押しつけているんですね、マーケットとして。こういう考え方はやっぱりやめなきゃいかぬじゃないかと思うんですよね。もっとそういう選択なんかは自由にさしてやれと。そういう点から、これは補助金があるから、安いから使うというのはそれはいいんですよ。しかし補助金を出すこと自身にやっぱり問題が出てくるわけですな。 そういう点からも、私はやはりこの際給食のあり方をもっと地方自治体の自主性に任した方がいいし、それからもう少し、これ言い方が悪いですけれども、差し支えあるかもしらないけれども、奥さんのレージーというか、怠けを金をかけてまでお手伝いすることないじゃないかという気もするので、もっとお母さん方が本気になって前に出てきていただく方がいいのじゃないかと思うんですがね。もう一度その辺の地方自治体にできるだけ任していくという考え方について御所見を承りたいんですがね。
○政府委員(古村澄一君) まず一番先に、法律の制定されましたのは二十九年でございます。 それから、次に農産物の補助金のところをちょっと御説明いたしますが、これは米と牛乳と小麦粉とミカン等について補助金を出しておりますが、これはほとんど、おっしゃいますように量の拡大ということに焦点を置いた農業政策から出ておる問題でございます。しかしながら、学校給食の分野におきましても、日本の農業政策との関係を断ち切ってまで進めていくわけにいかない問題が多いと思います。やっぱり日本民族としての、米をどう愛好していくかということも必要でしょうし、そういったことも学校給食の中では教えていく必要があることだろうということで農林省ともタイアップいたしておるわけでございますが、コストの効率化、これはおっしゃるとおり学校給食を運営するに当たってできるだけコストを効率化するというのは当然のことだと思います。 したがいまして、昨年の一月に学校給食経費の効率化を目指して、私の方から指導通達をお出しいたしましたが、そこでお示しいたしましたのは、共同調理場にすればコストが減るであろう。あるいは今常勤職員で調理員がおりますが、それを非常勤のパートタイマーにしたらどうだろうか。あるいは適当な民間会社があれば民間委託を考えたらどうかというふうな点を例示いたしまして、各地方公共団体に御指導申し上げたわけでございまして、各地方公共団体はそういった地域におきます実情を十分勘案しながら効率化の方向をやっぱり模索しているのが、今の現状だろうというふうに思うわけでございます。 それから母親との関係でございますが、これは当然おっしゃいますように母親の教育力の回復というものも大きな問題でございます。したがって、先ほど大臣がおっしゃいましたように、いわゆる家庭と学校教育、その間におきます学校給食のあり方というものを十分検討するということは、それはそれとして必要なことだというふうに思っております。
○木本平八郎君 今私は学校給食を廃止したらいいんじゃないかということでいろいろディスカスしたわけですけれども、これを急にやめるというわけにもいかないでしょうし、八万人から十万人近い給食職員の関係の方もおられるわけですね。したがって、私はまずやっぱりやっていただきたいのは、できるだけ民営化するということですね。民営化すれば、やっぱり業者はそういうエキスパートの栄養職員なんかを自分の方の会社へ採用してというふうに考えるでしょうし、人員の問題はないと思うんですね。 それからもう一つは、これは経済の基本的なことですけれども、こういう大きな組織というか、大きな国なら国、政府なら政府でこういうものを扱いますと、やっぱりどうしてもその効率が悪くなっていく。政府が給食を続けるにしても、できるだけその主体は小さい方が効率がよくなるし能率がよくなるというふうなことなんで、今後一応給食を続けていかれるにしても、できるだけそういうふうにして効率化して、そして効率化するというのはコストだけじゃなくて効果の方もね。そういうふうに一応御検討いただきたいと思うわけです。少しこのところ、頭をフレキシブルにしていただいて、それで本当に今後の児童にそういう栄養その他の面からどういうやり方がいいかということを見直していただきたいということをお願いいたしまして私の質問を終わります。答弁は結構です。
○委員長(丸谷金保君) 他に御発言もないようですので、文部省及び科学技術庁の決算についての審査はこの程度といたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時九分散会 ―――――・―――――