文教委員会 第12号
- 発言数
- 349 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1986/05/14
会議録
○青木委員長 これより会議を開きます。 この際、小委員会設置の件についてお諮りいたします。 文化の振興及び普及に関する諸問題調査のため小委員十五名からなる文化振興に関する小委員会を設置いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○青木委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 小委員及び小委員長の選任につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○青木委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 小委員及び小委員長は、委員長が追って指名し、公報をもってお知らせいたします。 なお、小委員及び小委員長の辞任の許可及び補欠選任につきましては、あらかじめ委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○青木委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
○青木委員長 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。藤木洋子君。
○藤木委員 まず最初に、私は、体力・運動能力調査の問題でお伺いをいたします。 児童生徒の体力測定は何のためになさるのか、その意義についてお述べをいただきたいと思います。
○古村政府委員 児童生徒の体力測定というのは、学校におきます生徒の体育の指導を含めまして健康、体力の増進に対します教育の基礎的な資料を得るということでございます。
○藤木委員 実際には体力の正しい評価になっていないのではないでしょうか。神戸新聞一月二十二日付は、「計器に誤差 体力測定に狂い」という見出しで、また二月二十七日付では、「体力測定器の誤差の波紋」という見出しで、神戸大学の体力測定学新谷助教授の調査結果を報じておりました。新谷助教授は、神戸市内の中学二十校、高校三校、合わせて二十三校から、各学校で体力測定に使用している握力計六十八個、背筋力計三十九台、これを貸し出しを受けて力量検定器を使用して検定を行われました。この検定の結果、一部の部品が欠損しており、修理不能だったものが握力計に二個、若干の修理を要し修理後に調整したものが握力計四個、背筋力計二個となっており、修理は要しなかったけれども誤差が大きかったために調整したものが握力計十個、背筋力計九個となっております。 文部省としては、こうした報告について承知をしておられるのか。実態を把握し、体力測定が正しく行えるようにすべきだと思うのですけれども、実態を把握するための調査をやる計画はお持ちなのか、その点をお聞かせいただきたいと思います。
○古村政府委員 一月二十二日付の神戸新聞については私の方でも目を通しておりますが、全国的にどういった形で体力測定というものが行われているかということについて一つの基準を持っているわけではございません。といいますのは、体力をはかる場合に、例えば五十メートル走をやらしたり千メートルを走らせたり、あるいは逆上がり、懸垂をやらせたりというふうなことも含めまして、いろいろな体力の測定の方法はあるわけでございます。ただ、一般的にやられておりますのは、そういったものも含めて握力計を使って握力の強さ、背筋力計を使って背筋力の強さというものを調べて、個人個人のデータをとるということが行われているわけでございまして、そのときに器械が壊れているといったことは、大体そういった検査をする場合に壊れた器械があるということ自身が間違いであるというふうに思っておりますので、私たちは当然そういったことが行われるについては器械というものが正しく作動するという前提のもとにおいて検査が行われているというふうに理解し、そういうふうに思っているわけでございます。
○藤木委員 しかし、その認識が誤っているという指摘なんですね、今回のこの新谷先生の御指摘というのは。確かに、今回の報告で計器そのものが不正確だという指摘は初めてのことだったろうと思います。しかし、何らかの対策を考えざるを得ないというふうに、神戸新聞を私拝見したところによりますと文部省としてはコメントをしておられるように見るわけですね。やはり実態をきちんと把握しなければ対策は講じられないというふうに思うのです。今までは間違いない、こう思っていらして、それが当たり前だというふうに考えていらしたことが、実態はそうでないということの指摘でございますから、ぜひ御調査をされるべきだと思うのですけれども、その点はいかがですか。
○古村政府委員 検査をする場合に器械が壊れているということでは検査をした意味は何もありませんので、私たちとしましては、当然そういった検査をする場合に器械が正常に作動するということが当たり前のことであるということですから、こういった神戸新聞での指摘もございますので、今後定期的に器械を検査するというふうなことが学校で行われてしかるべきだろう、そういうような方向でもって指導してまいりたいというふうに考えております。
○藤木委員 著しく誤差のある計器を分解されますと、ゼロ点が歯車の歯一個分ないしは二個分程度のずれがあるということも観察されているわけですね。ばね自体の誤差、これにも品種によって特定の傾向があるということも判明をしているわけです。定期的に検査をするというふうにおっしゃいましたけれども、それはどんなふうな方法をとって検査をされる御予定ですか。
○古村政府委員 こういった計器につきましては、大体県に計器の検定機関というものがございます。そういったところの協力を得て検査をするということに相なろうかと思います。
○藤木委員 私は、この改善を図るという問題で次に質問をさせていただきますけれども、こうした検定の結果、新谷助教授の報告書のまとめの中で、その一つは、握力計、背筋力計には誤差があるものだという考えに立つことが大事だというふうに述べていらっしゃるわけですね。握力計、背筋力計を購入したとき、その計器についている検定票というのがございますわ、私もこれ拝見をしたのですけれども、この検定票で誤差がゼロというものはほとんどないのです。最初からもう誤差があるわけです。ですから、誤差をプラス・マイナス加減して出てきた数量から計算しませんと、正確な握力あるいは背筋力の力というものが出てこないということになるわけですね。ですから、計器そのものが誤差を伴うものだという認識、ここに立つことが非常に大切だというふうに思うのです。 次に、使用によって誤差の程度も変化をするものだというとらえ方をすることが大切だと思うのですね。報告書の「検定により補正して使用すべきものである。各学校が使用に便利な場所に検定器を設置して、随時検定し得るような態勢づくりが望まれる。」という指摘は非常に重要なことだろうと私は思うのです。現在はこの検定器が適切に設置されていないために、計器の誤差がどれほどのものかということが不明瞭なまま体力を測定している、ここに体力の正しい評価が行われない要因があると思うわけです。今局長は県の機関があるとおっしゃいましたけれども、それではお伺いしますけれども、健康増進センターや体育館など関係の公共施設には検定器が確かに設置されているのでしょうか。それと、国立の機関はどうなっているのか、その辺はいかがでございますか。
○古村政府委員 国立の機関といいますか、国立の競技場にはこういった器械は備えておりますが、都道府県においては、大体のところは備えてあるだろうというふうに私ども推察いたしますが、おっしゃいましたように、器械そのものを正常にといいますか示されたとおりの方法でもってはからなければ誤差が非常に出るというのは、こういった器械に通例のことでございます。例えば握力計をやるにしても、どういう姿勢で持つかによって握力の違いが計器に出てくる、計器にあらわれる数字が違ってくるということから、そういった使用方法というのが非常に重要なポイントを占めるだろうということになりますので、私たちは、文部省で昭和三十九年以来いわゆる体力・運動能力テストというのをやっております。それに付随しまして、小学校でもスポーツテストをやっておりまして、その実施要項の中では、背筋力計及び握力計の正常な使い方、こういうふうに使わなければ計器は十分な作動をしませんというふうなことを写真なり図入りで示しておりますので、こういったものを参考にして的確な体力をつかんでほしいということを今までも指導しておりますので、今後もこういった点についての留意を一層求めていきたいと考えております。
○藤木委員 今の局長の御答弁では、各県の機関にも置かれているだろうと推察するとおっしゃいましたけれども、それはやはり推察の域を出ないのです。非常に少ないのです。それと姿勢が問題だということも言われましたけれども、これは写真を見て測定をする現場ですぐできることですよね。しかし、計器そのものの狂いというものは、直っているかあるいはどれだけ狂っているかということがあらかじめわからなければ測定ができないわけですよ。狂いをどれだけ持っているかとかあるいは正しいかというようなことを判定するといいますか、知るためには相当時間がかかるのですね。私も実際、検定器におもりをつけましてどれだけかの力をかけたにもかかわらずそこまで針が振れなかったという実験を拝見してまいりましたけれども、随分時間もかかりますし、労力も必要でございます。ですから、推察されるということではなくて、各機関に全部適切にこれが配置されているということが大切なことだと思うのですけれども、この検定器の適切な設置が必要だという立場に文部省はお立ちになりませんか。
○古村政府委員 二点お話があったと思います。一つは、計器の検定をするシステムということだと思いますが、それは、兵庫県の場合におきましても県に計量課というのがありまして、そこに計量についての専門家がいる。それと同時に県の計量検定機関がある。ですから、そういうところへ持っていけば、計器というのはきちっと検定をしてくれるということに相なるわけでございます。したがって、その器械が壊れているかどうかというのはそういった専門機関で調べてもらうということが必要だろう。そのときに、私が申し上げましたように、学校としては学校にありますそういった器械を、定期的に一年に一回というふうなことを決めるのがいいかどうかですが、この辺は計量関係の専門家と御相談の話ですが、定期的にそういった器械が壊れているかどうか、正確に作動するのかどうかということを調べてもらうことが必要だろうと思います。 それから、県にあります例えばスポーツセンターというふうなものにつきましては、通常考えればほとんどの県にあるのではないか、いわゆる背筋力測定器なりあるいは握力計というふうなものはそう大きな金のかかる話ではございませんので、そういった点ではかなりのところがそろえていると私の方は思っているわけでございます。
○藤木委員 やはりそれは思っていらっしゃるだけなんですね。この新谷先生がおっしゃっているのは、今お調べになったのは中学校二十校と高校三校ですけれども、これは神戸市内の学校のごく一部です、全体ではないわけですね。調べるのは何も専門家でなければできないというほど難しいことではないのです。保健体育の先生であれば十分おできになるんですよ。ですから、これは各地域地域に設置されている、必要に応じて調べるということが望まれているというふうに思うのですよ。ですから、そういうやり方に改めていただかなければ、兵庫県といっても随分広うございますから、自分の学校にある器械をそれだけ県の機関に持っていって専門家に調べてもらうなんというのは、全く論理的にも非現実的なことですし、実態として合わないのです。ですから、そのお考え方はぜひ改めていただきたいということを指摘して、改善の二つ目の問題を申し上げたいと思います。 体力の向上やスポーツの振興、このことは局長も今強調されたところですけれども、確かに国民の間でも関心が強まってきております。確かに体力を測定するということはその最も基礎的なことでございます。ですから、よりよい計器を購入するということとともに、計器を正しく使用するために必要な時間と手間を省いてはならないということだと思うのですね。教育現場で体力測定の計器を購入する場合、保健体育の教師はいろいろ検討されまして特定の品を選択をしておられるのです。ところが、実際買う段になりますと、予算に合わせて質が悪くて安いものを買うということになっているのですね。この質が悪いものは使用後わずかの期間で誤差が拡大をする、計器としての役割を果たさない場合が非常に多いという指摘がされております。そこで、よりよい計器が購入できるように国としても財政的な援助を行うことが求められているわけです。これは教材の一つですからね。教材費に対する国庫負担をなくしたということで、ますますこのような基礎的な最も大切な部分で粗悪品が使用されるようなことになるんじゃないだろうかという心配を私はするわけです。この点について十分な財政的措置を講ずべきだと考えるのですけれども、その点はいかがでございますか。
○古村政府委員 そういった体力検定器につきましては、当然、すぐ壊れやすいというふうな器械を入れるということは意味のないことでございますので、そういった点についてのことも含めましてよく検討してまいりたいと考えます。
○藤木委員 そうなんです。すぐ壊れるような計器を購入するというのは意味がないことなんですけれども、実はそれしか買えないという現場の実態になっているというところをひとつ御考慮いただいて、今検討されるとおっしゃいましたけれども、ひとつ真剣に取り組んでいただきたいと思います。 大臣にお伺いをしたいと思うのですが、学校教育現場だけではございませんで、公共のスポーツ施設や病院または就職に際しても体力テストをする場合に、この握力計、背筋力計というのは使用される場合が非常に多いわけでございますね。ですから、この測定器が良質でしかも正しく使用できるようになっているかどうかということは非常に大きな影響を持つ問題だというふうに思うわけです。ですから、今回のこの指摘が及ぼす社会的意義の大きさということをお考えいただきまして、改善するという立場での御決意をお述べいただきたいと思うのですが、いかがでございましょうか。
○海部国務大臣 指摘されておりますこの新聞の報道がそのとおりだといたしますと、せっかく一生懸命測定をしましても、器械そのものが間違っておったというのでは正確な結果が得られないのは御指摘のとおりだと思います。ですから、できるだけ正確なデータが集められるように努力をしなければならぬのも当然のことだと私は受けとめて聞きました。 ただ、この新聞を拝見しておりますと、「さっそく手を打つ」という対策の一つに、「先生を対象にした体力測定方法の講習会を開き、その場で合わせて計器の測定を実施するのも、対策の一つだ。」こうなっておりますけれども、まさにこれも読んでみて、これがすぐ行われれば対策の一つで、より正確なものに近づいていくことだなと私は受けとめますので、いろいろなことを踏まえて、なるべく正確な器械で正確に測定されるのが望ましいわけでありますから、そのような方向になるように研究し勉強していきたいと思います。
○藤木委員 研究して勉強して、そしてぜひ実効ある措置を講じていただきたい、その点も確認させていただきたいのですが、よろしゅうございますか。
○海部国務大臣 研究し勉強しました結果、こうしたらよりよくなると自信がつけば実行させていただきたいと思います。
○藤木委員 ぜひよろしくお願いをいたします。 次に、五月一日付学級編制の問題を伺いたいと思います。 学級編制については五月一日付の児童生徒数を基準とした確定というのが問題にされ続けてきておりますけれども、なぜ問題になっているというふうにお考えでしょうかお伺いいたします。
○阿部政府委員 五月一日付で実施するというのは従来から行ってきたルールでございまして、そのこと自体が特にまずいから六月一日にしろとかいうような話になっているとは理解しておりません。
○藤木委員 しかし、これには随分いろいろな問題が起こってきております。四月に新年度をスタートさせるに当たって学級編制というのは行われるわけですよね。確定は五月一日の児童生徒数を基準にしております。ですから、四月の転勤などによる変動で再編制を余儀なくされる場合が生じてくるわけです。特に一昨年来の会計検査院の調査で、児童生徒数を水増しして教職員の給与を不当に受け取ったという指摘がされてから教育現場ではどうなっているか、その点御存じでしょうか。
○阿部政府委員 児童生徒の数字を正確に報告をするということは基本的に必要なことでございますので、私どもはそういうふうに指導しておるわけでございます。教育現場においても児童生徒数を正確につかむという努力が行われているものだと思っております。
○藤木委員 正確につかむのは当然のことです。しかし、一定の予測を立てませんと四月のスタート時点で学級編制ができないわけじゃありませんか。 私の地元の尼崎市の例を申し上げたいと思うのですけれども、尼崎市はおかげさまで四十人学級が実現しております、武庫小学校、ここは一年生が二百三名でございました。四十人学級を三クラス、四十一人学級一クラス、四十二人学級一クラスの五クラスでスタートしたのです。しかし本来六クラス編制ができる人数でございます。学校は三人の転出者があるかもしれないという場合のことを考えた措置をとったわけです。これはあくまでも予測です。正しくつかめとおっしゃるけれども、予測を含んでスタートするわけです。学校は親に対して、子供の持ち物には名前だけ書いてクラス名は書かないでください、こういう指導をしておられるのです。子供たちは、「先生、五月になったら組が変わるの、どうして」、こういうふうに非常に不安なスタートを切りました。五月一日、二百二人は変わらず、結局五月八日に六クラスに編制をし直したわけです。担任がここで一人不足をするわけでございます。やっとなれた受け持ちの先生や友達と別れるのは嫌だと泣き出す子供も出てきたり、非常に幼い胸を痛めているわけです。せっかく係も決まっていたのに一からの出直しになったということになるわけです。また、浜田小学校、ここは二年生ですが、百二十一人を四クラスでスタートいたしました。しかし、校長は教員配置の申請を三クラス分しかしておりません。一クラスは担任なしで出発したわけです。四月中は仮担任として生徒指導加配の先生が当たってきましたけれども、本来の生徒指導も担任の仕事もどちらも十分にできないという不安定な状況が教育的であろうはずはないと私は思うのです。五月になって臨時採用の先生が配置されましたけれども、尼崎市全体で五月一日現在十三名の先生が不足しておりました。ところが、児童生徒減少都市でございますから、減少傾向を非常に厳しく予測いたしまして、三月には六十人の先生を市外に転出したばかりだったのですね。市外に先生方の転勤先を決定するのに市の教育委員会が要した時間とエネルギーというのは大変なものでございます。私も実際に教育委員会からお話を伺いましたけれども、希望も聞き、希望がない人でも出さなければならないということの御苦労というのは並み大抵ではなかったわけです。そして五月には不足した十三人の先生を今度は新たに迎えなければならない、こういう矛盾が出てくるわけです。 こうした教育現場の矛盾と混乱は、一昨年末の会計検査院による、水増し報告によりまして不当な受給を受けているという、あたかも行革に対する反逆行為であるかのような指摘以降特に深刻な事態になっているということが実態でございます。これは果たして教育的に望ましいというふうに文部省はお考えになっていらっしゃるのか、私はそうではないと思うのですけれども、この点いかがですか。
○阿部政府委員 子供の学級編制等が学年の途中で変更になるということがしばしば行われるとすれば、それは決していいことではないだろうと思います。そういう意味で、できるだけ正確な子供の動向をつかむように努力をしてほしい、それがまず最初に必要なことだろうと思いますし、そしてそれが万一やむを得ない事情でどうしても狂ったというような場合には、それぞれの実態に応じて弾力的な対応をいろいろ工夫していくということが大切なことであろう。そういうことで、この水増し問題との関連におきまして昨年の暮れに私の名前で各都道府県を通じて指導をしている、こういう状況でございます。したがって、一名でも子供が動けば途端に必ず全体をがらりとひっくり返して組み直しをしろというようなことを私ども申しているわけではないわけでございます。各都道府県と市町村、学校が相談して適切な方式を探してほしい、こういう指導をしているわけでございます。
○藤木委員 都道府県で弾力的な措置、運営ができるようになっているとおっしゃいますけれども、今の御答弁ですと、尼崎の武庫小学校の場合ですと六クラス編制にしないで五クラス編制のままいってもよかったのだというような内容にもとれるわけですね。しかしそれでは、せっかく四十人学級にした意味がなくなってしまうわけです。 それでは、そういった弾力的な運営ができるようにされているにもかかわらず五月一日付をもって学級編制を確定するというところが圧倒的に多いのはどうしてでしょうか。その理由はどういうふうにお考えになっていらっしゃいますか。 〔委員長退席、町村委員長代理着席〕
○阿部政府委員 五月一日というのを基準日にしておりますのは、学校の児童生徒数の数字が一番安定する時期であるということで、各種の指定統計、学校基本調査等も全部五月一日付でやっておるわけでございます。先生御案内のように、特に四月でサラリーマンの異動というようなケースが大変多いということがございますので、三月から四月いっぱいぐらいまでに子供の異動が大変多いということがございます関係上、五月一日を基準日にいたしまして、文部省としてはその五月一日現在の数で全体の必要な教職員数をはじいてさしあげるということにしておるわけでございます。ただ、具体に学級編制をどこで確定するかということは、先生御案内だと思いますけれども、多くの県では五月一日でやっているケースが多いと思いますが、四月でやっている県もございますし、四月の初め、四月の半ば、それぞれの県が判断をして適当な時期に決めている、こういうことでございます。
○藤木委員 そうじゃないのですね。学級編制の確定をしていらっしゃるところはやはり圧倒的に五月が多いのですよ。それで、今おっしゃいましたように、確かに五月一日の児童生徒数を基準とした調査というのに基づいて教員配置をされる。文部省は一番確定的な数字をつかんでなさるわけですからそれはそれでいいでしょう。でも、学校は四月にスタートしなければならないのですね。ですから、一定の予測というのを持った上で出発しなければならないというのが実態でございます。しかも、その大きな原因というのは、国の予算措置に全くゆとりがないというところにより一層深刻な問題があると私は思うのです。都道府県の裁量で学級編制ができるようになってはいても、結局予測した分がオーバーしたということになれば、これは県レベルで単独にこの予算措置をしなければならないという状況になっておりますね。こうした状況に文部省は胸が痛まないですか。私は地方の実態というものをもっと御理解いただきたいというふうに思うのです。 そこで、校舎などの設置の場合ですけれども、この場合は、児童生徒がふえる状況が予想されるようなときはあらかじめ余裕を見て建設できるようになっているのではございませんでしょうか。この場合は国の補助の対象になっていますね。そうではないですか。
○阿部政府委員 校舎につきましては、建築にある程度の期間がかかるということもございますから、二年後、三年後ということの見通しをして、その数に基づく面積に対する補助を行うといういわゆる前向き整備、前倒し整備をやっております。もちろんこれが後で狂ったという場合には補助金返還の問題になるわけでございます。
○藤木委員 そうですね。では、なぜ教師についてはできないのですか。補助金返還というふうにおっしゃいましたけれども、その予測が狂った、それほど開発地域だからここは児童数がふえるんだ、こういうことで申請が出されて、それを調査されて、文部省の方も確かにふえるだろうというふうにお考えになれば、これは国の予算でおつくりになるわけでしょう。しかし、それが一年や二年あるいは何年おくれるかわからないけれども、そのピッチのとおりには進まなかったという事態はしばしば起こり得るわけではありませんか。しかし、それは水増しでも何でもなくて当たり前のことでございます。教師に対して水増し報告は不当だというのであれば、校舎だって水増し建設ということになるわけですけれども、そんなばかげたことは問題にはならないわけですね。なぜ教師については国が補助できないのか、この辺のところをはっきりお聞きしたいと思うのですが、いかがでございますか。
○阿部政府委員 教員につきましては、現在いる教員に対する給与を補助しているわけでございます。建物の場合には三年先に必要になる校舎を前向きに整備していくという話でございますから、教員については三年先の教員を予定して補助をするというわけではございませんので、そういうこととは一緒にはならないと思うわけでございます。 もちろん、一定の基準があって、それによってはじかれた教員数というものについての補助をするわけでございますけれども、子供の数が結果的にふえたというようなことがあれば、これは実績によって補助金は精算払いされるわけでございますから、そういう形でもって、決して都道府県に余分な負担をかけるという仕組みにはなっていないわけでございます。
○藤木委員 そんなことは理由になりませんよね。だって、教育施設である校舎に認められている余裕を持った措置というのが教師に実施できないということはありません。どんなに立派な校舎がありましても、教師なしに教育が成り立ちますか。そうはいきませんでしょう。最も大切な部分ですよね。 大臣は所信表明で、「初等中等教育においては、心豊かなたくましい児童生徒の育成を目指して、一人一人に行き届いた教育を行うことが大切である」とお述べになっていらっしゃいます。かたくなにならずに、積極的に、ゆとりを見た予算をつけていただきたいと思うのです。国がそのような対応を示されるならば、県として適切な学級編制の時期についても真剣に検討されると思うのですけれども、大臣、いかがでございますか。
○海部国務大臣 各都道府県の教育委員会に配置してあります標準法に基づく教師の数、それからそれをもとに各都道府県が具体的に小学校、中学校に配置される教師の数、それから今文部省が申し上げておりますように、一番正確に児童生徒の数を把握してそれに対応しておるわけですけれども、余り先の長い目盛りの話になりますと、日本の国は職業の選択の自由もあれば、転勤は自己の意思に基づかずに会社なり役所なりの発令で行われることもありましょうから、余り重箱の隅をつつくような正確、まじめという議論はできにくいだろうと私は思いますから、その辺は弾力的に考慮する余地を都道府県の教育委員会にもある程度は渡しておくように、そしてそれを都道府県の教育委員会が有効適切に運用上の問題で使用するということ、これが今考えております私の頭の中にありますお答えでございます。それらのことについてはあくまで地方の教育委員会が主体的におやりをいただくわけでありますけれども、文部省としては、そういう考え方等については今後も指導をしてまいりたいと思います。
○藤木委員 確かに弾力的な措置をとるということが大切なんですよね。それは口で幾らおっしゃっても、保証されなければ地域ではそれは受けとめられないのですよね。ですから、弾力的な措置をも文部省がおとりになる、ここのところが一番肝心だろうと思うのですよ。口で幾らできますよ、違反になるとかなんとかということはしませんよ、こうおっしゃっても、県から出ていく単費が非常に大きいということになりますとやりたくてもできない、こういう現状にあるわけですから、その辺は財政的な裏づけもひとつ心広く進めていただきたいと思いますので、その点の御検討もお願いしたいのですけれども、大臣、いかがですか。
○阿部政府委員 この義務教育費の国庫負担という問題は大変大事な問題でございますので、すべて法律によって基準を決めて措置をしておるわけでございまして、定数等のはじき方も一学級に一人ということではなくて、一学級当たり一・何人、一・一幾つとか、その学校の規模によって端数がついて措置をされておるわけでございます。そういったようなところが、結局は例えば何枚に一人ぐらいの余裕がつけてあるというような格好に制度上はなっておるわけでございます。それを基準として、既にある程度の余裕がついた基準ができておりますとそこがきっちりとした基準になってしまうということで、これはこういった制度の宿命として仕方がないことであろうと思っておるわけでございまして、こういった範囲内で文部省としては総数をお渡しするからその中での運用を適切に図ってほしい、こういう構えでおるわけでございます。
○藤木委員 非常に器が大きゅうございまして、県全体に対して文部省がお渡ししているわけですから、それを配分するときにはいろいろな矛盾が出てくるのですよ。ですから、こういった実態をもっとリアルに把握していただきませんと、現場とはかなり違ってくるわけです。文部省が考えているとおりには運用されないという実態があることを私は強く指摘をさせていただきまして、時間の点もありますので、次の質問、教員採用の問題に移らせていただきたいと思います。 せんだっての質問で教員採用の問題がこの委員会で取り上げられましたけれども、思想、信条にかかわる設問は問題がある、望ましくない、こういう御答弁がございました。そのとおりでございましょうか。この点最初に明確にしておきたいのですけれども、よろしゅうございますか。
○阿部政府委員 教員に限らず、公務員の採用に当たって、思想、信条によってこの採否を決めていくというようなことは適切でないということはかねて申し上げておるとおりでございます。
○藤木委員 憲法に照らしましてもそれは当然のことでございます。教員の資質、能力を問うといたしましても、思想、信条にかかわる設問などは論外でございます。ところが、依然として憲法違反の教員選考がまかり通っているのが実態です。全国的にも思想、信条にかかわる問題が出されております。御存じでしょうか。
○阿部政府委員 各県において行われております教員採用試験の試験問題等を調査いたしておりませんので、具体にどういう出題であるかということは把握をいたしておりません。
○藤木委員 つかんでいただかなければ問題にならないと思うのですね。特に兵庫県で行われている採用試験について具体的に述べてまいりたいと思います。こういうことがやられております。 設問、「校長が君が代を歌いなさいと言いました。あなたはどうしますか。」「一職員ですから、他の先生の意見も聞きながら判断したい。」「職員会議で民主的討論をやるというわけですね。国歌斉唱についてあなたはどう思うんですか。あなた自身の意見を尋ねているのです。」「オリンピックでも歌いますから構わないと思います。」こういう面接試験です。 また、「日の丸、君が代について校長は掲揚、斉唱を主張していますが、職員会議は反対しています。あなたはどうしますか。」「校長先生に従います。日の丸、君が代に反対する理由は見つかりませんから。」 次は、「「君が代は……」とはどういう意味ですか。」「「天皇の世は……」という意味です。」「そんなこと言ったら他の職員から仲間外れにされますよ。」ここで回答者は困って答えが出ません。そうしますと設問者は、「「日本の国は……」という意味です。いいですか。」こういうことがやられているのですよ。 これらについてどうお考えですか。思想、信条を問う質問ではないでしょうか。
○阿部政府委員 面接についてのいろいろなやりとりというのは、その場その場でいろいろな形で発展をし変わっていくという性格のものだろうと思います。あらかじめ質問することが決まっており、回答が一つ出てくればそれで別の予定した質問に移っていくということであれば、筆記試験と変わらないわけでございますけれども、やはりやりとりがいろいろとあってということだろうと思いますので、その全体の流れを見なければ、ただいま御指摘の部分だけで何とも申し上げかねるわけでございます。ただ、一般論といたしまして、国旗、国歌の問題というのは学習指導要領に定められておるたぐいのことでございますし、あるいは、公務員になる場合には上司の職務上の命令に従うということは当然法律で決められており、あるいは服務の宣誓という格好で約束をして入ってくる、こういうようなことでございますから、そういう点に話題が触れたからといって、それは思想、信条という問題では必ずしもないのではないか、こういう印象を持つわけでございますが、ただ、個別具体のことについては詳しいことを承知をしておりませんので、今のお話だけでとやかく言うことは差し控えたい、こう思います。
○藤木委員 確かに、全国的な調査もしていらっしゃらないわけですから、印象を持つというふうにおっしゃいましたけれども、本当にそうなんですよ。実態ではないのです、今お答えになったことは。たまたま今回のこの面接の採用試験を受けた人のケースに当てはまる問題ではないわけです。決してたまたまやられたということではなくて、これが系統的にやられてきたということの資料がございますけれども、これは四年間にわたって調査をしたものです。一九八二年から八五年までです。八二年に日の丸、君が代に対する考えを聞いていたのは一四・三%、これが八五年には二七・二%になっております。労働組合(教職員組合)に対する考えを問われたものが二七・一%から二七・三%。それから、教職員のストライキについてどう思うかという問いなどは非常に多くて五一・四%、半数以上の人がこういう問題を聞かれているということですね。それから、校長、教頭など管理職と意見が異なった場合どうするかという設問は実に去年は三四%に及んでおります。このように単年度だけの特別に出てきた問題ではないということは歴然としているわけですね。さらに、校長、管理職に対する考えを問うたり、労働組合への態度を問う例も決して少なくございません。 例えばこういうのがございます。「給料をもらってない日曜日に政党ポスターを張ることについてどう思いますか。」「僕はそんなことしたくありません。」「法律に反するからですか。」「それは法律に反するかどうかわかりませんが、人が見ていると嫌ですから。」「だれも知った人がいないところ、例えば北海道でだったらやるんですか。」こんな質問は論外です。全くばかげているというふうに思うのですけれども、このような組合への態度あるいは組合を敵視するというような設問は不当労働行為ではないですか。
○阿部政府委員 お話を伺っておりまして理解できないわけですけれども、それが組合を敵視するということであるのかどうか、お話からは必ずしもそういうふうにはとれないと私は思っております。ストライキが法律に禁止されている以上は、ストライキについてこれはやらないというようなことは法令を遵守する公務員としては当然のことであるわけですし、労働組合についてどう思うかという質問につきましても、それについて労働組合は大事なことだと答えられて、それならだめだ、採用しないというようなことがあればそれは問題かもしれませんけれども、一般的に、現在あるいろいろな社会の仕組みその他について話し合っていく、面接の際に話題になるというようなことはあり得ることであって、それが組合敵視ということには必ずしもならないのではないかと思います。
○藤木委員 しかし、給料をもらわない日曜日に政党ポスターを張ることについてどう思うか、人が見ていないところだったらやるのか、これは明らかに不当労働行為じゃありませんか。弁護する余地はないと思います。 こうした採用試験はどんな状況でやられているかということですけれども、設問者が四人いるわけです。それに対面しまして五人の受験者がいるわけです。一部屋にこれだけ入っているわけですが、この面接で思想問題を目的にして質問を行うのは特定の設問者、こうなっているわけですよ。つまり思想問題を出して判断する担当官がいるということなんです。 こんな執拗な質問もございます。給料をもらっていない日にどうかということもそうなんですけれども、「学校の近くに風俗上よくないものができようとしています。校長は賛成、職員会議は反対です。あなたはどうしますか。」聞かなければならないことでしょうか。話のはずみでこんな質問があってもいい、そんなふうにお考えになっていらっしゃるのでしょうか。先ほどの答弁からでしたらそんなふうにも受け取れます。この方は何と答えているか。「できる限り校長先生にわかってもらうよう努力しますが、どうしてもと言われるなら校長先生に従います。」こう答えているのです。教員選考のあり方として全くばかげているのじゃありませんか。これが教員の資質をはかることになるのでしょうか。単に個人の思想、信条を問うにとどまらない。そうですね。誘導され、強要され、採用決定者側のいわば言いなりにさせられてしまう。こうしたことは憲法上も絶対許されるべきことではありません。採用試験におけるこうした誤りは一掃され正さなければならないと思いますけれども、いかがですか。
○阿部政府委員 先ほどからお答え申し上げておりますように、思想、信条によって採用するかしないかを決めていくというようなことがあってはならない、それは私どもも常々そう思っておりますし、各都道府県に対しても留意を喚起しておるところでございます。それと、具体の面接の場においていろいろな話が話題に出るということはこれはあり得ることだろうと思いますので、それが思想、信条ということよりは、公務員としてあるいは教員としてちゃんと法令を守っていくかどうか、人のいないところであれば悪いことをしてもいいというようなことでない、子供に対して誠実に対応していくような先生であるかどうかということをいろいろな面から話題を使いながら話していくということは、私はあることだと思っておるわけでございます。個々のお話については、それはそのときそのときのいろいろな場面でいろいろ出てくる話であろうと思いますので、それについてのコメントは差し控えさせていただきたい。先ほどから申し上げておりますように、思想、信条によって差別をするということは絶対にあってはならないことだ、こう思っております。
○藤木委員 それでは、先ほどの質問で、校長先生にあくまでも反対をして、風俗上よくないものができることに立ち向かって正義を貫くというような答弁をすれば採用されるのかどうか、そういうことを問うためにこの質問をしたとしても、これは極めて不適切な質問です。質問者の人格とかそういうものは話の端々に出てくるものだと私は思うのですよ。正義感を問うとしてもこういう質問をやるべきではない、こんなふうに思います。実際こういうことがやられていたのでは憲法違反というだけではございませんで、一体どんな教員が採用されるのか。阿部局長がおっしゃったような観点でこの設問がやられているのじゃないのですよ。 こういうものが出ております。教採受験の本、この中には「うまく答える技術」というのが載せてあるのです。しかし、教員である前に人間として、試験を突破するためにみずからの思想や信条を設問者好みの思考に塗りかえて要領よく答えるということが果たしてあってよいのかどうかという点ですね。文部省が考えている教員というのは一体どういう人間であるのか。組合に入らないとか、校長の言うことには何でも従う人間なのか、それが適格な教員資格者だ、このようにお考えですか。
○阿部政府委員 教職員組合というのは正規に認められておる団体であるわけでございます。法令上その存在が認められておる、制度的な保障を受けておる団体でございますから、そういうものに入らないことが採用の条件である、あるいはそれがいい教員であるなどということは私は毛頭考えたことはございません。
○藤木委員 うそをついても要領よく立ち回った者が採用され、自分の思想、信条を忠実に守り抜いた者が排除される、こうして採用された教師に今のいじめや体罰について機敏に適切な対応ができるはずがございません。得手とか不得手あるいは能力の差というものはあったといたしましても、その根底に真理と正義を愛し、憲法と教育基本法の精神をみずからが身につけているということ、また子供に対する愛情と情熱を持っているということこそ求められているのではないかと思うのですけれども、この点はいかがですか。
○阿部政府委員 子供に対して教育的な愛情を持っている、あるいは教師としての職業について使命感を持っている、そういったことが一番基盤となって、その上に一般的な教養でございますとか、専門的な知識、技能、実践的な指導力、いろいろなことが全部積み重なっている状態が望ましい教師像だと思っております。
○藤木委員 そういたしますと、兵庫県で行われている面接試験というのは、文部省がお考えになっているのとは全く違う、逆効果になっております。思想、信条を問うだけではなくて、問うた中身はまさに即判定の材料にされているわけです。見事に自分を殺してあるいはうそをついてでもうまく通り抜けた者が採用され、そうでない者は見事に落ちている、こういう実態がございます。 教員採用試験の実態について幾つかの事例を私は今挙げたわけですけれども、文部省が知らないということであってはならないと思うのです。もしこういうことが全国的にやられているとしたら大変なことです。実情をよくつかんで、憲法違反がまかり通っているような実態は是正していただきたいと思います。ぜひやってください。どうですか。
○阿部政府委員 憲法違反のような状態があってはならないということはかねてから都道府県に対して指導いたしておるわけでございますが、各都道府県は教員として一番すぐれた人材を確保したいというために最大の努力をしていると思っております。憲法違反になるようなたぐいのことをしているとは考えておりません。
○藤木委員 確かに、兵庫県の教育長もそんな質問をやっているはずはないと言っているのです。しかし、受けた人間がみずから告発しているのですよ。この実態と県の教育長のおっしゃったこととの隔たり、この差は一体どちらが正しいのか、明らかにする必要があると私は思います。教育長が正しければそれでいいじゃないですか。正しくなければ是正してください。いかがですか。
○阿部政府委員 個々の教員の人事、採用について、具体にどうやっているかというところまで文部省が立ち入るのはいかがかと思います。しかしながら、事柄として憲法違反のようなことがあってはならないということはかねてから指導してきたことでございますし、今後とも引き続き指導していくつもりでおることについては従来と変わりないわけでございます。
○藤木委員 そういったことをなくす一つの是正の措置として、なぜこのようなことがまかり通るのかということを私は考えてみました。これは、採用試験については全く公開されず密室で行われているというところに起因していると思うのですね。採用試験の内容については、試験後公表されるように改めるべきだと思いますけれども、それはいかがですか。
○阿部政府委員 公務員関係につきましては、教員に限らず非常に多くの、国家公務員の場合は人事院とか、地方公務員の場合は各県の人事委員会とか、いろいろな格好での試験が行われておるわけでございますけれども、この場合に、採用試験問題の公開はしていないのが普通であろうかと思っております。これは、どうするかというのは、もちろん採用権者である、教員の場合には都道府県の教育委員会が判断をすべきことであろうと思いますけれども、各都道府県の教育委員会にいろいろその辺についての考え方を聞いてみますと、やはり教員として採用試験を受けてくる人たちに事前に試験のための勉強を一生懸命それにばかり力を入れてやってもらうというようなことを教育委員会としては希望していない。何と申しますか、受験競争を激化するようなたぐいのことを教育委員会が積極的にやっていくということについては極めて消極的である、こういう判断が行われておるわけでございます。 試験問題を具体的によくするのにどうしたらいいかという問題につきましては、現在のがどうこうということよりも、より教員にふさわしい適切な人を選ぶためにどういう試験のやり方、方法、特に試験問題があったらよいかというような問題につきましては、臨教審でも御議論がございまして、御案内だと思いますが、臨教審の先般の答申におきましても、教育委員会側と大学側といろいろ調査研究をすることを進めるべきだという御指摘も出ておりますので、そういった面での検討はこれから文部省としても取り組んでいかなくてはならぬ、こう思っておりますが、試験問題あるいは試験の公開そのものにつきましては、事の性格上、そういうことで各都道府県の教育委員会が最終的には判断することである、こういうふうに考えております。
○藤木委員 今の御答弁では公開をしますと競争が激化するということでございますけれども、これは全く違いますね。非公開だったら競争が激化しないか、そうではございません。先ほども申しましたように、今でも「うまく答える技術」というのが出ておりますし、去年の試験の出題と今年度の傾向などというのが紹介されているわけですよ。あくまで国民の前に公開してこそ国民が納得し得る教員採用の選考ができると考えますけれども、いかがですか。
○阿部政府委員 これはなかなか難しい問題だと私も思っております。事柄として、人事院を初め国家公務員、地方公務員全体がそういう考え方で試験問題の公開は行っておらないというのは、やはりそれなりの理解できる点があるわけでございますし、といって、また反面、民間業者等の手によりましてこういう問題が出たということがかなりオープンになっているというような状況を見ました場合に、どうしてもしまっておかなくてはいけないことなのかどうかということは、また別の見方として、それは御意見としてあり得ることだと思っておるわけでございまして、これらの点につきましては、今後試験問題改善の問題等もございますので、それとあわせて各都道府県等から事情も聞き、文部省としての研究もしていきたいと思っております。
○藤木委員 受験の本が出ているから、だから公表されているも等しいという考え方は間違いだと思います。この受験の本を必要とする人は受験生だけなんですよ。国民には公表されているわけではないわけです。私は、このような思想、信条を問うような、また不当労働行為と思われるような不適切な問題、こういったものをなくすことができるのは公開することだと考えるわけです。先ほどあなたは、臨教審もいろいろと、適切な採用試験とはどういうことか、選考とはどういうことかということをお考えいただいていると言いましたけれども、これはだれかが適切だと認めることではなくて、国民のだれもが納得し得るかどうかということだと思うのですね。その辺はいかがですか。
○阿部政府委員 各都道府県の教育委員会がみずからの権限でだれを採用するかを決めるというのが、民主主義のルールによって決められた法律で定められたルールとなっておるわけでございますので、それをどうするかということは各県の教育委員会が責任を持って対応していくべきことだ、こういうふうに思うわけでございます。それを具体に、それではそのやり方として問題を公開するかどうかということの適否についての最終判断は、都道府県の教育委員会が行うべきことである。ただ、文部省としても研究はしてみたい、こういうふうに申し上げているわけでございます。
○藤木委員 ぜひ研究をしていただきたいと思います。兵庫県の場合のように、教育長はそういうことはやられていないと思い、実際にはやられているというようなことがあるわけですから、都道府県が独自に決めることなんだからということで文部省に責任がないというわけにはいかないと思います。私も、何も成績だとか採用の可否についての理由などをすべて公開せよと言っているわけではないのですね。この点ではいろいろ議論があるところでございます。埼玉県のように本人に対しては教えるというようになっているところもあり、採用試験の情報公開を行っているところもありますけれども、どういう試験をやったのか、面接では何が問われたのかということの中身については少なくとも公開するということはぜひやっていただきたいと思うのですけれども、この点は大臣からお答えをいただきたいと思います。いかがでございましょうか。
○海部国務大臣 公務員試験全体のあり方とか、特に教員の採用試験のときにその資質とかその人の物の考え方をいろいろ聞く、その中に今御指摘のように憲法違反になるような項目があったり、思想、信条を問うてそれによって合否を決めるというようなことはよくないことであるし、また、ないと信ずると局長も答弁しておりますが、先生、私はこれは全く個人の意見ですけれども、試験問題が次々に発展していって、やりとりの中には、例えば今具体的に言われたように、学校の近くに風俗上よくないものができるときに、自分はそういったものはできないことがいいけれども最後は校長の判断に従うんだ、従うように自分の良心を曲げなければ採用されなかったかどうかという点なんか、もしそうしなければ採用されなかったとしたら、具体的な事実としてこれはよくないことだと思いますよ。私なんかが試験官であったら、校長がそれを認めると言っても最後まであれは教育上よくありませんと言い切ってくれる人の方が教師としては望ましい資質の持ち主だと私は個人的には思います。けれども、そのところだけで合否が行われたかどうかもつまびらかにしておりませんし、また教育長の方は、そういったことは質問の中に入れたことはないんだあるいはそういうように判断したことはないんだと答えたように先生は御指摘になっておりますから、その辺のところは後日の参考のために局長からもう一回調査をして聞いてもらいますけれども、全体の流れといたしましてはそのようなことがないようにしていかなければならぬ。 同時にまた、内容の全部の公開というのは、ほかの公務員試験との関連もありますし、一々全部国民の皆さんがその公開を期待していらっしゃるのかどうか、国民の皆さんに公開して、その一人一人に対する一問一答まで全部出せということになりますと、これまた膨大な事務量になり大変な問題にもなってくると思います。すべての人に同じ内容の口頭試問を全部終わりまでやっていってその結果どうしたかというようなことになると、次から次から際限なく範囲も広がっていこうと思います。だから、これは今公務員試験がやっております範囲の中できちっと守っていくべきで、ただ、御指摘の埼玉県のように、結果の点数について本人が私はもっといい点数であったと思うけれどもどうなんだと聞いたときには、全体としてこのくらいのところであなたはこうでしたよということを知らせるように埼玉県がなさっておるわけですから、そのことは他の都道府県も自主的な判断でおやりになるならばそれはそれだと私は思うのです。 〔町村委員長代理退席、鳩山委員長代理 着席〕 ただ、内容の全体の公開という点については、局長が申し上げましたように、いろいろな経緯もございますので、これもできるものかできないものかひとつよく研究をしてみたいと考えます。
○藤木委員 海部大臣が御自身が試験官であったらとおっしゃいましたけれども、試験官個人の問題ではないところを私は問題にしているわけなんですね。といいますのは、この三、四年、特に四年前あたりからこういった傾向が顕著になってきているという特徴があるから申し上げているわけなんです。そして、きちんと答えた方たちが確かに落ちていらっしゃるのですよ。それだけが理由がどうかはわかりませんけれども、それにしても、組合に入ってやるとか、あるいは校長に言われたことにはそれはもう納得できなければあくまでも反対をするということを正々堂々と答えたような方たちというのは残念ながら落ちていらっしゃるのです。 〔鳩山委員長代理退席、委員長着席〕 私は、そういった問題というのは公開せずに正すということは極めて難しいことであろうと思います。教員の資質を問われるというようなことを盛んにおっしゃるわけですけれども、一番大切なのは、子供たちの教育に対してどれだけの情熱を傾けて教育に専念できるかということと、そして教育基本法、憲法にきちんと自分が立脚をしている、こういうことが一番大切であろうというふうに私は思うわけです。しかし、文部大臣、今、調べてみないとわからないというふうにおっしゃいました、御調査もされるというふうにおっしゃいました。ひとつ調査をしていただいて、こういった誤りがあれば是正をしていく、そのことに決して反対をしていらっしゃるわけではないと思いますから、是正をするための何らかの措置というのを御検討されるんだろうと思うのですが、その点はいかがでございますか。
○海部国務大臣 私は、常識的に考えて、先ほど具体的に例に出されたような問題が口頭試問の中で起こり得るとは思いませんし、起こっても、そのとき自分の信念を曲げて校長の指図に従うと言わなければ採用しないなんという、そんな間違った方針が貫かれているとは思いません。この三、四年特に顕著になったとおっしゃいますけれども、むしろ、顕著になったと断言されます背景なんかについて私はよく聞いてみたいと思うのです、本当にそういうことをしておるのか、本当にそうなったのか。また、法律で校長は校務をつかさどるとなっておりますから、学校の中の校務運営の問題については校長にいろいろ意見を述べてもらって最終的に校長の判断に従ってもらうのが望ましいと私は思うけれども、校務以外のことで、近所に風俗上好ましくないものができるかできないかというような問題の判断についてまで最終的に校長の判断に従わなければ教師にしないなんということは、これは判断として間違いだと思いますから、その辺のところはきちっとけじめをつけて区別をして、私もよく聞いてみます。そしてその結果、そのようなことでこの三、四年顕著に拒否しておった、ほかにどんなすぐれた資質、個性があってもそのことだけで拒否するというようなことが本当に目立つならば、これは明らかに誤りですから改めてもらうように指導をいたします。
○藤木委員 改めていただくように指導すると今おっしゃいましたけれども、私は、まずぜひ調査をしていただきたいということは重ねて申し上げます。 しかし、どんな資質があってもその問題で採用しなかったかどうかということがあってはならないというふうにおっしゃいましたけれども、理由は何とでもつけられると私は思うのですよ。しかし、この設題の中身というのは不適切ですよ。たとえ校長にあくまでも反対して私は頑張りますという回答を期待して聞いたとしても、こういう聞き方というのは不適切だと思うのですね。相手の人格にもかかわることですよ。聞かれる方の人格にもかかわりますけれども、問う方の人格も問われているというふうに私は思うのです。ですから、このようなことはやはり公開をするということで、本当に国民の納得が得られるのかどうか、最後には国民が判断を下すだろうということを強くここで申し添えて、時間がございませんので次の問題に移りますけれども、くれぐれもよろしくお願いしたいと思うわけです。 これは同和教育の問題でございます。同和問題は日本国憲法に保障された基本的人権にかかわる問題でございまして、かつ、人類普遍の原理である人間の自由と平等、これにかかわる問題であるという位置づけがされておりますけれども、同和教育の目的は何でございますか。
○齊藤(尚)政府委員 長い歴史的な条件のもとで差別を受けてきた人々の生活条件の向上、とりわけ教育の部面におきましては教育水準、文化水準の向上を目指して援助をしていくということであろうと考えております。
○藤木委員 現在、同和教育は正しくやられているというふうにお考えですか。
○齊藤(尚)政府委員 同和対策審議会の答申それから現在行われております各法律によりまして、徐々にではございますが大変な前進が図られてきておると考えておりまして、個別具体にはいろいろな問題がまだ残っておるかと思いますが、すべて改善の方向に向かっておるというふうに基本的には理解をいたしております。
○藤木委員 それでは、同和教育の成果がどのようにあらわれているかお答えをいただきたいと思うのです。対象地域の児童生徒の学力は向上しておりますか。
○齊藤(尚)政府委員 一般的に申し上げましてかなり向上してきている、とりわけ高等学校進学率等は同和地区以外の子供たちと同等の水準にまで達してきているというふうに理解しております。
○藤木委員 どうもそれだけでははっきりいたしませんね。同和対策事業特別措置法の開始から、同和問題に対する特別な行政措置というのがとられてまいりました。公共投資によって部落の住環境を中心にその暮らしを大きく変えてまいりました。このことで当然部落の子供たちの教育環境は望ましい変化を遂げてきたと私は思います。しかし、同時に、この期間強力に推進をされてきた教育行政についてはどうだったでしょうか。 現在も兵庫県の芦屋市では、上宮川会館で同和教育の一環としてやられている学力促進学級というのがございますけれども、これは同和地区出身者だけを対象にいたしまして、全市から集めて週三回にわたって行われております。この学力促進学級には、昨年四月から十一月までの八カ月間に延べ二千二十三人の市内小中学校の先生たちが動員をされております。ここでは学校の授業の補習がやられているだけではございません。解放教育と称しまして、解放に目覚める教育がやられておりますけれども、狭山事件を一方的に教材化して子供たちに教え、学校の先生ともども子供たちが駅頭に立ちまして、石川青年を返せとビラを配布することまでやっております。これは学力の向上に何ら関係のないことで、極めて問題だと私は思うのでございますけれども、この点はいかがですか。
○齊藤(尚)政府委員 同和地区におきましては、集会所等を中心といたしまして学習のおくれがちな地域の子供たちのために学力促進学級というのが一般的に実施されておるわけでございます。文部省でも集会所指導事業の委嘱をいたしておるわけでございますが、その事業の中でも約五分の一程度が子供たちの学力向上のための学級、講座等の実施になっているわけでございます。このようなことは地域の教育、文化水準を向上させるという社会教育活動の振興の観点からも大事なことではないかと基本的に考えまして、これに対する支援を行っているわけでございます。 ただ、先生も御指摘のように、教育はあくまで政治的中立でなければならないわけでございます。五十一年に出しました文部省の同和対策に対する基本方針の中でも、学習活動あるいは教育活動が社会運動や政治運動に利用されてはならないということを明記しておるところでございまして、その趣旨の徹底は今後とも図っていかなければならないと思っております。
○藤木委員 そうしますと、今の芦屋の場合は文部省のお考えとは反しておりませんか、いかがでございますか。
○齊藤(尚)政府委員 突然の御質問でございますので、具体の地域の具体の活動について現在コメントするだけの材料を持ち合わせておりません。ただ、一般的なこととして先ほど文部省の考え方を申し上げたわけでございます。
○藤木委員 御存じないから私が申し上げているわけでございまして、そういうことがあるということをお聞きになってどうお考えになられますか。
○齊藤(尚)政府委員 子供たちのための学力促進学級は、あくまでも学習のおくれがちな子供に対する教育活動ということに徹していただきたいものだというふうに基本的に考えております。
○藤木委員 それでは、狭山問題を教材化するということも学力の促進に役立つというふうにお考えでございますか。
○齊藤(尚)政府委員 大変一般論でお答えするしかないわけでございますが、学習の素材というのはいろいろあろうかと思います。ただ、学力促進学級につきましては、例えば成人学級に対する識字学級というようなイメージを持って私どもは臨んでいるわけでございまして、実際に学校の学習活動のおくれがちな子供たちに対してその促進を図っていくということが基本の学習活動であるというふうに理解しております。
○藤木委員 今のお答えでは、この狭山問題を子供たちに教えるということが学力の促進になるのかどうかということのお答えにはならないので私にはわからないのですけれども、それはどうお考えになっていらっしゃるのですか。
○齊藤(尚)政府委員 今もお答え申し上げましたように、一般論として申し上げれば学習の素材というのはいろいろあり得るわけでございますが、個別具体のどういう状況のもとでどういうことが言われたのかということを十分点検してみませんと、一概に断定的な判断はできないということでございます。
○藤木委員 大臣にお伺いいたします。大臣はいかがお考えですか。
○海部国務大臣 これはよく実情を聞いてみなければわかりませんけれども、全体の流れとすれば、教育の水準を高めていく努力をして、いろいろな意味で憲法の保障する基本的人権に即した教育をしていかなければならぬというのが、私どもが同和教育に取り組んでおります基本的な考えでございますから、教育水準、学力が上がるために一生懸命に努力をしておるさなかであって、具体、個々のケースでそれがどうだこうだとおっしゃいましても、私その実情を本当に把握しておりませんから、一遍よく事情を聞きますとともに、そういう方針から逸脱したり教育の中立性を侵すようなことがあってはならないと考えておりますから、そういう角度からよく話を聞いてみたいと思います。
○藤木委員 今の御答弁でも、これが教育の中立性をはみ出しているかどうかということのお答えにはならないわけです。そういうことをお示しになったわけではないのですね。しかし、私はこのような誤った同和教育による問題が生じている点について申し上げたいと思います。 中学生のいじめや金品の強要などというのがエスカレートして、窃盗やひったくり事件、こういったことが相次いで起こっております。先生や同級生に暴力を加えてけがをさせる。トイレの戸は取り外されて何もなくなり、天井板がはがされて階上の便器の底が丸見えになっている。こういう教育現場の荒廃というのは実にすさまじいものがございます。もっとも建物については破壊箇所を新年度に向けて修理はいたしましたけれども、これに対して学校側は、先生も手に余る状態、学校ができることには限界があると放置をしてきたのです。芦屋市内三つの中学校がございますけれども、このうちで学力促進学級対象児童生徒を抱えている二つの学校でのみこのような現象が起こっているのです。文部省はこれについてどうお考えでしょうか。
○齊藤(尚)政府委員 学校現場の実情につきましての具体のお話でございます。私どもまだそのような実情について十分承知しておりません。ただ、学校内における器物破損その他暴力行為につきましては厳に戒めなければならないということで、数年来一貫してこれに対する指導は強化しているところでございます。
○藤木委員 しかし、その指導は余り効果を発揮しておりませんね。 精道中学校の学校行事予定表というのが毎月出されておりますけれども、この予定表に学促開始日というのが記入されております。解放研大会、これも学校行事の一環として書かれております。学校行事としてやられているわけですね。さらに解放同盟青年部との話し合いの日程まで記入されております。学促の延長として教師たちは解同青年部との話し合いというのを行っておりますけれども、何か子供たちが問題を起こしますと、教師のやり方が悪いから子供たちが事件を起こすのだ、子供たちが非行に走るのにはその背景があるからだ、子供たちの生い立ちや育った環境がある、そこから学ぶことが大切だ、こうつるし上げられておりますが、しばしばこれは生徒たちのいる前でも行われております。 こうしたことから、教師に暴力を振るってけがをさせた子供らを一方で学校は警察に通報しているのです。ところが、一方では担任の教師が自分の車に乗せて裏口から逃がすという、ちょっと考えられないようなことがまかり通っているのです。何か問題が起こっても、毅然として指導するのではなくて甘やかしが貫かれております。このような状況下に置かれている子供たちが先生を尊敬したり信頼するでしょうか。このような教育が同和教育と言えるのかどうか、文部省のお考えを聞かせてください。
○齊藤(尚)政府委員 先生御指摘のように、暴力行為、いじめその他さまざまな問題が指摘をされたわけでございますが、それが同和教育の名のもとに行われているとすれば大変問題だろう。先ほど来申し上げておりますように、同和教育というのは、あくまで地域の人々の教育水準、文化水準の向上というところに力点が置かれているわけでございますから、もちろん子供も含まれるわけでございますが、それから逸脱し、暴力行為等が展開されるということが同和教育の本旨にもとるものであることは論をまたないと考えます。
○藤木委員 そのとおりです。このような学校生活が楽しいはずはございません。ですから、小学校から他市の私学へ進学を希望する者が三割もあるほどなんですね。もちろん中学校から市外の高校へ進学を希望する者も多くなっていますし、途中から転校を希望する者も出てきております。ところが、学級で、市外への進学希望者を立たせて、一人一人に理由を言わせるのです。そして、君たちの進むべき道は二つしかない、仲間と一緒に進むのか、それとも一人で仲間を踏み台にしていくのか、越境思想だと非難するのです。このように教師が生徒を差別者と被差別者に振り分けることが教育であろうはずがございません。誤った同和教育行政によって、部落の子供たちには特権意識を、部落外の子供たちには特別視をつくり出して、ますます市民を離反させるような結果になっております。これは同和教育の目的にも反しますし、教育基本法の精神をも否定するものでございます。これは同和教育ともまた教育とも全く無縁のものですね。 地域改善対策特別措置法もあと一年でございますけれども、この時点で、全国的に同和教育が正しくやられているのかどうか、その実態をきちんとつかんでいただきたい。もし芦屋市で行われているような誤りがあるならば、これは是正されなければならないと思います。全国的に同和教育がどのように進められているのか把握をしていただきたいと思いますけれども、いかがでございますか。
○齊藤(尚)政府委員 各県におきます同和教育の状況につきましては、主管課長会議等で意見交換、周知徹底等を図ってきているところでございます。先生御指摘のようなことがもし事実であるとすれば、やはり重大な問題であろうと考えます。その実情につきましては十分把握したいと考えます。
○藤木委員 十分把握してください。特にあと一年という大切な時期にも当たりますので、これは徹底して進めていただきたいと思います。 いじめにつきましても、父母や教師、行政が力を合わせてその克服に立ち上がろうとその取り組みが始められているときでございますけれども、芦屋だけではなくて、実態をつかまれたら問題点が非常に出てくるのではないかというふうに私は予測するわけですね。今私が示しましたのは芦屋市の例でございますけれども、兵庫県下ではこういった問題が幾つか起こっているわけです。ですから、速やかにといいますか、近い将来取り組んでいただきたいと思うのですけれども、どのくらいの時期から始めていただけますでしょうか。
○齊藤(尚)政府委員 学校現場の問題でございまして、申し上げましたように、実は私社会教育局を担当いたしておりまして直接の所管ではございません。御指名は社会教育関係ということでございましたので参上したわけでございます。先生の御趣旨につきましては、担当局課の方に連絡をとらさせていただきます。
○藤木委員 確かにそのとおりでございますね。学力促進学級そのものは社会教育でございます。しかし、社会教育にいたしましても、文部省がお出しになっている資料を拝見いたしますと、「実施に当たっては、学習者の実態、地域の実情、学習形態の特質等各種の条件に応じた効果的な方法で行うとともに、学校における同和教育、関係行政機関、社会教育関係団体の活動等と密接な連携のもとに行うよう努める。」というふうにお述べになっていらっしゃるので、私は、恐らく関連してどなたか出ていらっしゃるものとばかり思っておりましたのですけれども、その点は私の方からもきちんと申し上げればよかったと思いますが、その辺はぜひ文部省の中で連携をとっていただいて進めていただきたいと思います。 この調査に対しては大臣からも御決意をいただきたいと思いますけれども、よろしゅうございますか。
○海部国務大臣 ここでこういう御議論のあったことは担当局長に直ちに私からも伝えておきますし、両局長密接に連絡をとってやるように申します。 それから、やはり実情を知りませんと、先生のお話を聞いてそんなことがあるのかと驚いておったのではいけませんから、本当にそういうことがあるのか、芦屋以外のところでもそういったことがどんどん行われておるとすればこれまた問題でございますし、御指摘のような学校の荒れた状況は、同和教育であろうがなかろうが一般的に教育全体としても大変な問題で、今まさに文部省はどうしたらいいか問題解決に取り組んでおるさなかでありますので、十分心して話も聞き連絡を密にさせていきたいと思います。
○藤木委員 よろしくお願いいたします。どんどん起こっていなくても、いささかでもあっては困ると私は思っておりますので、その辺はよろしくお願いいたします。 しかし、芦屋市の一つの中学校では変化もあらわれ始めております。それはだれかれの責任にするのではなくて、親たちがまずみずからの努力をしよう、これには随分勇気が要ったそうでございます。しかし、勇気を奮って立ち上がったということでございます。親たちが一致して、荒廃から教育的生活をまず取り戻そうという話し合いをして取りかかったのが遅刻をなくそう運動、これに取り組み始めたわけでございます。校門に毎朝数人の親が立って朝のあいさつをするということから始めたわけです。この運動に取り組んでみまして、大体先生からして遅刻をしてきているではないか、これではだめだということで、PTAの幹事会がこのことを問題にし、率直に学校に申し入れを行ったというふうに言われております。この運動はほぼ一年以上続いておりますけれども、ことしになって新しく外から来られた先生たちが親と一緒に毎朝門前にお立ちになるようになったのです。それまでは親だけが立っていたわけでございます。ところが、この先生たちが朝門前に立つようになりまして、子供たちの遅刻が目に見えて減ってきたというのです。教師と親が一体になって取り組んでこそ子供たちに影響を与えることができるということを親たちも学んだと言っておりますし、私も非常に感銘をしてこの話を伺ったところでございます。私は、父母たちが勇気を持って立ち上がったということをまず評価すべきだと思いますけれども、この点、大臣いかがでございましょうか。
○海部国務大臣 問題解決のためにいろいろな手段、方法、アプローチの仕方があろうかと思います。私は今ふっと思いますことは、数年前荒れる学校として代表的に言われた町田市の忠生中学校、ここも校長先生を中心にする教職員の皆さんと付近の親の皆さんが力を合わせて立ち上がって、今日ではすばらしい学校に生まれ変わったという報道等も耳にしております。同じように、今先生具体的な御指摘の話は、その地域の親が立ち上がり、先生が刺激を受けて遅刻しないようになり、みずからも門に立つようになった、望ましいことであろうと思います。同時に、全国的にそのように地域の住民の皆さん、むしろ学校のすべての教職員の皆さんが心を合わせてくださってよくなっていった、教育の現場が荒廃から立ち直ってきたという報告も随分方々から来ているわけでございますので、そういう輪が全国的に一層広がっていくように私も心から期待をし、関係の皆さんにそういう御努力も心からお願いをしたい、こう考えております。
○藤木委員 確かに、私もそう思うわけです。教育荒廃を立て直す上でこの運動が貢献するように、私は激励をしていただきたいと思いますけれども、新しい先生だけではなくて、この運動に参加する教師がふえてきているときのう聞いたばかりでございます。私も大変喜んでいるのですが、これが学校ぐるみ、そしてその学校を抱えている地域ぐるみの運動にまでなりますように期待をしてやまないわけです。そういう運動を促進する上での教育の条件整備であるとか、誤った同和教育の是正の御指導が相まってこそ、本当にいい教育を実現することができるだろうというふうに願っております。これから御調査をされる期日についてはいろいろ相談をしてお決めになるということでございましたので、私どももそれを見守らせていただきたいと思いますけれども、一刻も早くその調査に着手をしていただいて、実情をきっちり把握をして適切な是正措置に取り組んでくださいますようにお願いをして、私の質問はこれで終え、次に山原先生にかわりたいというふうに思いますので、よろしくお願いいたします。
○青木委員長 山原健二郎君。
○山原委員 もう時間がありませんので、一つだけお尋ねしたいと思います。 それは、いよいよ概算要求の時期を目の前にしまして、この前私が取り上げました臨教審に対する大蔵省のメモですね、いわゆるスクラップする面とビルドする面というのがございまして、これを質問したわけですが、今回、御承知のように行革審の推進状況調査小委員会、委員長は臨教審の運営委員をしておられます瀬島龍三氏でございますが、ここが出しました「行財政革の進捗状況と今後の課題」、この報告書が出ております。これは御承知のように大蔵省の出したメモとほぼ一致するわけですね。そうしますと、今までこの委員会が文教行政について論議をし、そして確立をしてきました文教行政の制度、施策の根本にさかのほってこれを見直す、大胆な歳出削減をやるということが書かれているわけですが、これは非常に重大な問題でございまして、私は後で委員長にもお尋ねしたいのですが、文章はどうなろうと、この委員会として、そういうことはすべきでないというような決議を上げてもいいぐらいの問題ではないかと思っていますが、文部大臣はこの点どういうふうにお受けとめになっているでしょうか。
○西崎政府委員 先に事実関係につきましてちょっとお答え申し上げたいと思いますが、先生御指摘の臨時行政改革推進審議会につきましては、先般、四月二十八日に推進状況調査小委員会が小委員会としての意見の取りまとめを行っておるということは事実でございます。 ただ、行革審議会の全体の答申と申しますか、最終的な答申は、五月の末になるというふうに私どもは伺っておるわけでございます。したがいまして、小委員会の報告の内容自体について、行革審の意見がこうであるということを現段階で私ども政府側から申し上げるのはいかがかというふうに思うわけでございますが、小委員会は小委員会としてお取りまとめになった内容はあるわけでございまして、その中の問題として今先生が御指摘の点があろうかと思うわけでございます。 ただ、小委員会の報告の内容を私どもで拝見いたしますと、前文のところで「二十一世紀に向けての教育改革に即し、」というふうな言葉も入っておるようでございます。そのような教育改革に関する方向というものも行革審は意識した上で、財政再建その他の立場から文教行政にかかわる財政問題についてのいろいろな御指摘があるわけでございまして、これらの点につきましては、行革審の報告が出た段階におきまして私どもとしても対応いたさねばなりませんし、また、それと別個の問題といたしまして、教育改革にかかわる諸課題があるわけでございまして、これにつきましては、私どもも積極的に財政上の措置を講ずるべく努力をしてまいらなければならない、こういうふうな立場で現在はおるわけでございます。 以上でございます。
○山原委員 これは全面的に、今官房長おっしゃったのですが、義務教育国庫負担制度の見直し、教科書あるいは学校給食、それから大学、授業料を初めとして学生納付金、私学助成、高等学校以下の私学についても総額の抑制、育英奨学金制度の有利子化の一層の活用というような、これは全部今まで、戦後まさに営々として築き上げてきた文教行政制度の根幹をやはりねらっているわけですね。 そうしますと、これは次の予算だけに関係してくるわけではありませんけれども、相当な圧力になってきておる臨教審に対する大蔵省のメモ、それへ引き続いて行革審から出てくる、確かに五月に出るということでございますけれども、これはやはり我々としてははね返しておく必要があると思うのですね。その点についてきょうは文部大臣の決意だけをお聞きして終わりますけれども、ぜひ頑張っていただきたいと言うのかどうか、こんなことをされたのでは大変なことになるわけで、その点についての御見解を伺いたい。 それから、委員長にお願いしたいのですが、これは理事会で言えばよかったのですけれども、一応理事会にお諮りいただきまして、こういう点はやはり歯どめをかけておく必要があると思いますが、これについての委員長の御見解も伺って、私の質問を終わりたいと思います。
○海部国務大臣 かねがね臨調あるいは行革審、文教政策に関して財政的な面から非常に厳しい具体の発言があることは先生もよく御承知のとおりであり、また、この小委員会のまとめを見てみましても、文教政策の具体の問題についていろいろな発言がなされてまいりました。私も国会の質疑等を通じて、そうはいっても、やはり臨教審ができてそこでいろいろ御議論願ったこと、それを実現するためには、必ずしも行革審のおっしゃることと一致しない面の御決定や方針の設定もいただいておるわけでありまして、そして文部省といたしましては、そういった提言、方針をいただき、また答申を受けると、内閣はそれを最大限に尊重をするのですけれども、私どもは、文部省は臨教審の答申を最大限に尊重とするその立場を一番大切にいたしまして、同時に、臨教審の答申の中にも「教育改革の方向に即し、資金の重点的・効率的配分に努めつつ、国家財政全般との関連において、適切な財政措置を講じていく必要がある。」こう書いてございますから、きょうまでいろいろ御議論をいただいてきた論議の背景等も踏まえ、また、文部省がきょうまで考えてまいりましたいい教育を児童生徒の立場に立って行うためには、この制度、この政策だけはぜひ続けていきたい、そのためにはこういう予算措置も必要なんだという問題につきましては、私も担当大臣といたしまして、きちっとした態度で財政当局と折衝を続け、同時にまた、御質問の中に御激励の意味もいただきましたように、この文教委員会で委員長以下委員の皆さんがきょうまで積み重ね、努力をしておいでになりましたいろいろな政策については、私どももその方向を大切にしながら、財政措置を講じていくように努力を続けていくという決意をここで申し上げさせていただきます。
○青木委員長 山原君の委員長に対するお申し出の点は、非常に重大なる問題を含んでいると思いますので、後刻、理事会において協議したいと思います。
○山原委員 終わります。
○青木委員長 佐藤誼君。
○佐藤(誼)委員 まず、最近、新聞の記事になった事件といいましょうか、そのことについて質問したいと思うのです。 これは新聞の報道ですが、朝日新聞にこういう記事があるのです。ちょっと読みますから。「千葉県鎌ヶ谷市の市立東部小(清水利夫校長)で一昨年、児童が教室で犬を飼ったことから担任教諭が市教委に訓告処分を受けたが、今度はこの教諭を転任させようと呼びかける署名運動の趣意書が市自治連合会の回覧板ルートで流されていることがわかった。趣意書では、この教諭について「学校生活の上で大切な指導も余り行わず、放任に近い状態」「公教育の教師としてふさわしくない言動が多い」などとしているが、教諭は記載内容に強く反論。法務省千葉地方法務局人権擁護部は、人権侵害の疑いがあるとして調査を始めた。」こういう新聞報道なんです。この事実を知っていますか。
○川村説明員 ただいま御指摘の点につきましては、私も実は新聞報道を通して拝見したところでございます。それ以上のことにつきましては現在承知しておりません。
○佐藤(誼)委員 それじゃ、私の方で新聞の切り抜きを用意していますから、大臣と所管の方に渡してください。――いいですか。非常に新しい報道なものですから私も全部現地を調査しているわけじゃないのですけれども、新聞の報道の限りでは極めて重要な内容が含まれていると考えますので、質問していきたいと思います。 そこで、新聞の報道によりますと、今概要を読み上げて申し上げましたけれども、簡単に言えば、この対象になりました先生、中村秀樹教諭三十五歳ですが、事の発端は、一昨年六月、捨てられていた子犬二匹を中村教諭の指導で教室内で飼い始めたのがはじまり。そして、そのことからいろいろ問題にされて、同教諭は訓告処分を受けた。ところがその後、今申し上げたように自治会の通し回覧でこの先生の転任を求める署名運動が始まった。こういうことなんです。 これを見ると、今お渡ししました新聞にもありますように、いろいろな問題を含んでいるのじゃないか。つまり、事件はささいなことでありますけれども、教師の身分なり人権にかかわるようなことまで行われてきているのじゃないか。御案内のとおり、教師が教育公務員として、国民全体の奉仕者として自覚して教育という重要な職種を全うすることは大切なことだと私は思うのです。しかし、教師が子供の教育をつかさどる専門職としての自主性は尊重されなければならないし、また個人としての思想、信条の自由は認められていかなければならぬと思うのですね。私は、このような中村秀樹教諭が犬を飼った云々ということから問題にされるというこの一連の経過は、調べてみなければわかりませんけれども、しかし、このことについて訓告処分を受け、さらに重要なことは、今お渡ししましたように、名前も書いていない自治会の通し回覧で教師の転任を求める署名運動が始まっているなどということは、ちょっと行き過ぎではないかと思うのです。 これは、趣意書を見ると、時間がありませんから詳細は読みませんが、中段のところから、「昭和六十年度には、三、四年生の理科指導においても保護者より次のような声があがっています。」こういうことですね。事実に基づいた表現にはなっていない。「大変休みが多いが授業が予定通り進んでいるかどうか」「休んだ分の授業の穴うめはできているのであろうか」、以下ずっといきまして「勉強上のしつけもしない先生には担任は勿論専科もしてほしくない」というようにありますが、「鎌ケ谷自治連合会」になっておって、しかも「東部小学校の教育を考える会」、もちろん氏名もなければ署名もないのですね。こういう文書。しかも、内容は今言ったように事実に基づいたものではない。果たして信憑性があるかどうかわからぬもので特定の先生の転任を求める署名運動などということを一方的に始めていくということは、今申し上げたような教師の専門性としての立場、それから人権上の問題から考えて、私はどう見ても行き過ぎではないのかなというふうに思うのですけれども、この辺、大臣、今資料をお渡ししたのですが、この状況から見てどう思いますか。
○川村説明員 ただいま先生御指摘のように、教師は専門職として非常に高度の専門的な職業でございますし、それだけに父兄なり地域の住民からの要望も強いわけで、教師に対する期待も大きいわけでございます。私はこの件につきましては、ただいま申し上げましたように、今いただいてもう一度見直したばかりでございますので、詳細はよくわかりませんが、市の教育委員会が訓告処分をしたということがここに書いてございます。市教委が訓告処分をするということはそれなりに何かの理由があったのではないか。ですから、全くそれは根も葉もないことで処分をしたのかどうか、その辺もよくわからないわけでございます。そういうことで、教師に対する期待も非常に大きいし、それだけに父兄からいろいろな要望なり意見が出されるということもこれまた当然で、ただ、先生おっしゃるように、もし全く根も葉もないことで訓告処分があったりこういうふうな回覧が回されるとすればそれは大変な問題であろうと思っております。でございますので、早速千葉県の教育委員会を通じてよく実情を調査し、把握してみたいと思っております。
○佐藤(誼)委員 私が特に指摘したいのは、そういう状況の中で訓告処分を受けたというこのことの関係を調査することはもちろんなんですけれども、特に重視したいのは、あなたの方のお手元に渡してあるように、こういう趣意書が、特定の教師の転任を求めるという署名運動が、名前も書いていない自治連合会であるとか教育を考える会などというところでばらまかれて署名がとられていくなどということは、どう見たって行き過ぎではないかと私は思うのです。特に、新聞の限りではありますけれども、五月十四日、同じ朝日新聞にありますけれども、これを見ると、驚くなかれ、この署名運動には「校長や現職の市教育委員、市議会文教常任委員長、PTA会長がかかわっていたことが十三日明らかになった。」とあるのです。ここまでいったらこれは大変なことではないでしようか。このことを考えますと、私はちょっと常軌を逸していると思うのです。しかも、今人権擁護部の話によれば、本人も人権擁護部に提訴するというふうに言っているようでありますけれども、新聞の報道によりますと、人権擁護部では、「中村先生と学校の一連の騒ぎは注目して来たが、この趣意書は内容や責任団体があいまいなうえ、回覧という方法に問題がある」ということで、人権上問題だということを指摘しているのですね。しかも、今のように校長、教育委員会も全部関与しているということは許されていいものじゃないと私は思うのです。今審議官から答弁がありましたけれども、私は、早速この点実態を調査の上にしかるべく報告をしてもらいたいし、この委員会の中なりあるいはこれからなければ理事会でもいいし、そしてこれについては適切な指導をすべきだと思うのですけれども、文部大臣、どうですか。
○海部国務大臣 御議論を承りまして、この飼い犬事件というものと、署名を求めての回覧のやり方が行き過ぎではないかということの二つに分けて考えますと、むしろ、先生が御指摘になっておるのは、明らかじゃない趣意書を多くのところへ回覧したのは行き過ぎではないかというお立場であろうと私は思うのですけれども、この新聞をいただいて今全部読んでみましたが、その中で、一人の発意者のごとく言われておるPTAの会長の方も、署名は近く回収して市教育委員会に話をするつもりだ、この署名は近く回収しということを出した人も言っていらっしゃるようですが、いずれにしましても、今私も報道を見せてもらったところでありますから、教室での飼い犬問題というものはこれはこれでいろいろ学校教育のために対策がとられたてとだと思いますが、その後の人権問題に関する方の問題については、実情をきちっと調査して、また新聞にもこの方の談話としてこういうことも出ておるわけでありますから、その後この署名についてどのような収拾、対応策がとられておるのか、これも一回よく聞いて調査したいと思います。
○佐藤(誼)委員 事実関係を明らかにしなければ、その上に立つ判断なり対応というのも、事が事だけに重要だと思うので、今大臣が答弁されたことで私はその扱いを注目したいと思いますけれども、ただ、この中に人権擁護部の述べられたことはこのとおりで、その最後のくだりの方に「清水校長は」ということで、この報道が正しければ、「中村先生は、教師として生徒指導上好ましくない面もあり、この署名運動については、住民運動として尊重したい」などという、これが報道のとおり校長が述べたとすれば、特に「署名運動については、住民運動として尊重したい」などということは、校長としてちょっと常軌を逸しておるのではないか、私はこういう感じがしてなりませんので、この辺も含めて十分に調査の上指導、対処していただきたい。重ねてどうですか。
○海部国務大臣 なぜこのような趣意書を配り署名運動が起こったのかつまびらかにいたしておりませんし、また、校長がそのようなことを事実として言ったのかどうかということもよくわかりませんので、この点も含めて事実をよく調査をいたしまして、後刻委員長に私の方から御報告をさせていただきたいと思います。
○佐藤(誼)委員 じゃ、きょうのところは、事実関係がはっきりしない面もありますから、その程度の質問にとどめさせていただきます。 それじゃ次に、学校給食の問題で質問いたします。 去る九日、学校給食問題については質問いたしましたが、その後五月十二日、山形県の寒河江市の学校給食の民間委託の実態を調査してまいりました。その実態は、学校教育の一環としての学校給食のあり方、さらに、昭和六十年一月二十一日、文部省体育局長通知、いわゆる学校給食合理化に関する通知に照らしても、私は極めて問題が多いというとらえ方をしてまいりました。 その第一は、合理化を進めるに当たって地域の実情などに応じた適切な方法をとったかどうかということ、つまり、文部大臣も去る九日の文教委員会で答弁したように、地域住民の理解と協力を得て進められてきたのかどうか、この点をまず第一点私は調査をいたしました。しかし、実態は、後ほど申し上げますけれども、極めて一方的であり、しかも短期間に民間委託を決めて実施した、こういうことは明らかなんです。以下、若干その点について触れて申し上げます。それは、後で皆さんもぜひ寒河江市を調査してもらいたいのですから、ここではあなたの方に資料を上げませんけれども、若干私の方で調査した経過の具体的事実を申し上げて御見解も後で承りたいというふうに思います。 二月二十四日、寒河江市教育委員会は学校給食の民間委託を決定した。その後PTAや市民団体から多くの反対が起こった。そういう経過の上で、三月八日から三月十二日までの間に民間委託の対象となった柴橋小学校を除く地域で部落座談会をやった。しかしそれは、理解をしていただけなくとも粘り強くお願いする、そういう一方的な説明で終わった。これは当該学校の校長並びにそれに似たことを教育長も認めているのですね、必ずしも理解を得たとは思っていない。引き続いて三月十七日には、今申し上げた当該の柴橋地区民の給食直営の継続を求める請願、これが約二千名市議会に提出されました。これは学校給食直営化を進めていくという柴橋小学校の同地区の有権者の大体六割から七割に当たるのです、この二千名というのは。こういう署名が出された。そこで、教育長自身は今申し上げたような反対が非常に多いということを認めている、これは私は直接会ってきたわけですから。さらに調べてみると、民間委託の条例改正も正規の手続を踏まないで専決処分でやっている。なぜ専決処分をやったかということについて、教育長は、こういう対立の状態の中で正常な議会の手続による条例改正の決定はできなかった、したがって専決処分をやらざるを得なかったのだ、こういう言い方をしているのです。しかも、この民間委託のための予算は当初から計上されておりませんから、この予算は予備費の流用でやっているのです。 そこで、問題になりましたこの専決処分ということと予算の予備費の流用ということにつきましては、きのう社会党の上野雄文委員が地方行政委員会でこの点自治省にその見解を求めたのです。上野雄文参議院議員は一緒に調査に行った方です。そうしたら、この専決処分というやり方それから予備費流用については、自治法に違反するあるいは抵触する、そういう疑いがあるということを答弁しているのです。したがって、この問題については現地の方へ自治省で問い合わせをしているようでありますが、こういうことを含めながら事を進めているということなんです。しかも、それは今のような問題を含めながら反対が多い、しかも手続も極めて不正常な状態で進めてきましたが、とりわけ重要なのは、先ほど申し上げましたところの柴橋小学校、そこに従来の地方直営方式を民間委託にするというそのことを地域の住民、PTAに知らせてから入札まで約一カ月しかないのです。知らせたのが三月七日なんです。そして、地区のPTAなりあるいは地区の住民なりに知らせ座談会を持ったのは三月七日からですから。ところが、四月一日には専決処分をやり、四月六日、日曜日に今申し上げたような競争入札をやって、直ちにこのことについて民間委託の業務を開始した、こういうことなんですね。私はどう考えたって、先ほど申し上げたような地域の実情に即して適切な対応、あるいは地域住民の理解と協力、あるいは正常な状態でこのことを実施する、あるいは学校教育の一環として給食の質を落とさない、あの合理化通知の中でもいろいろなことを言われている。しかし、どの角度からとっても、これは極めて異常な状態であり、しかも不正常な状態のもとで強行されていると言わざるを得ないのです。私は九日に質問して、そして十二日に現地に入ると言って行きましたから、恐らくあなたの方でもそれを調査されたのじゃないかなと思うのでありまして、その点、今申し述べたことと絡めてあなたの方でどう考えておりますか、この点。
○古村政府委員 前回の文教委員会の御質問の後、私の方も県教委を通じまして詳細に経緯、あらまし等の状況を聴取いたしました。今先生がおっしゃいましたように二月の末にそういった業務委託をするということを決定してから三月一日にPTAの役員会を開き、三月五日には柴橘地区内の各区長、各町会長を集めて懇談会をしたとか、あるいは三月七日から三月十三日までにはPTAの各地区の懇談会をやったというふうなことをお聞きし、あるいは三月一日と五日に柴橋小学校の教職員に対しての説明をした、あるいはその間、子供達の学校給食を守る県民会議のそれについての反対の交渉があった、あるいはその他いろいろな形での団体との交渉があったという経緯はかなり詳細に調べたわけでございます。 そこで、前回にも申し上げておりますが、学校給食をこういった民間委託に変えていくというふうなことをする場合には関係者の理解と協力を得てやっていく、そしてそれがスムーズに滑っていくことが一番望ましいわけでございます。したがって、そういった点で、市の方の判断がどうなっているのかということでございますが、当事者であります市の教育委員会といたしましては、理解と協力を求めて、おおよそのところの理解と協力を得られたという判断を持っていると聞いておりまして、個々具体的にそういった点での理解と協力をどこまで得られたかというのは主観的なものでございますから、私たちといたしましてはこれについての判断がなかなか下しにくい。しかしながら、そういった点での努力を重ねてきたという経過は聞いたわけでございますが、それに対していろいろな反対の運動が起きているという事情もお聞きしたわけでございます。
○佐藤(誼)委員 聞いたというだけじゃだめなのであって、私は事細かに事実関係を述べているわけです。反対運動があったことはあなたの方も認めているのでしょう。しかも、教育長自身だって、反対があって正席な状態で条例改正が無理であったと。したがって、異常な状態の専決処分で、しかも予備費流用ということは自治法上も問題だと指摘されること、そういう中で、しかも一カ月ぐらいの間に事を進め、日曜日入札なんという形までやっている。これは正常な状態で進められているとは私は思わないです。その点、あなたの方はどう考えているのですか。あなたの方でも言っている学校給食のあり方、六十年一月二十一日に出した合理化通知に照らして問題があると思いませんか。これは問題はないのですか。どうなんです。
○古村政府委員 文部省としての方針は昨年の一月にお示ししたわけでございまして、それを具体的にどう実施していくかという点につきましては、各地方公共団体の判断が主体になるわけでございます。 したがいまして、私が申し上げましたように、いろいろな経緯があって、そして、例えば、四月九日に給食が始まっていますから、始まった後の四月二十三日のPTA総会でそういった民間委託についての説明をし、あるいは五月一日のPTAの総務委員会においてもそういった説明をして、特段の意見もなかったというふうなことで、市の教育委員会としてはそういった理解と協力の手続を一応踏んだと言っております以上、私の方もこれ以上それについて具体的な判断をすることはなかなか困難ではないかと考えるわけでございます。
○佐藤(誼)委員 あなたの方はこれから事実調査に入るつもりはありますか。大臣、どうなんですか。どうも今の担当の局長の答弁は、本当に物の本質を調べて学校給食がいかにあるべきかということで本来まじめに指導するという気持ちは大体ないじゃないですか。あなたがそこまで言われるなら、私たちはちゃんと行って調査してきたのですから、調査に行きましょうよ。では、私の言ったことを全然否定されるのですか。それでは全然問題はないのですか。教育長自身だって理解と協力は求めたけれども反対がたくさんあったということをはっきり認めているのでしょう。しかも、柴橋地区の二千名といえば、その地区の有権者の七割近いですよ、反対があったということを認めている。そういう反対の中でやらざるを得なかった。なぜか。行革だからやらざるを得なかったんだということを彼は言っている。行革だといっても、それだけの反対があるのになぜやらなきゃならぬ。正常な状態の条例改正ではなくて、これは地方行政委員会で問題になったのですからいずれはっきりしますけれども、この種のものを専決処分で、しかも予備費流用というのは問題がある。しかも一カ月以内の短い期間で、しかも日曜日の異常な状態の中で入札をしているなどということはちょっと、問題ないなんて言えるのですか。どうなんです。
○海部国務大臣 やりとりをお聞きしておりまして、私も体育局長から我が方の調査の結果というものはもらって目を通し、承知したわけでありますけれども、我が方の物の考え方と、調査に現実に行っていらっしゃった先生の受けとめられた感覚の間にややずれがあるようでございますので、私は、それらの問題点をここで今このようになっておると言うだけの事実を、私自身が現場を知りませんからお答えできませんので、食い違いの点や、さらに深くもうちょっと突っ込んでその辺の事情をつまびらかにしたらどうだという感じがいたしますので、引き続いて突っ込んだ調査をさせたい、こう思います。
○佐藤(誼)委員 突っ込んだ調査をしてもらいたいし、適切な指導も加えてもらいたいと思います。時間がもったいないから今言いませんけれども、私の方には契約書、仕様書から業務の実施要領まで全部資料があるのです。これをやり始めると時間がありませんから言わないだけの話でありまして、まともに受けとめてまともに答弁をしてくださいよ。 そこで、私は、調査をされそれなりの対応をするということを今言っておりますから、若干つけ加えておきますけれども、一つ問題になりますのは委託契約のやり方なんです。これも私は全部調べてまいりました。当初、教育委員会なり学校当局が地域住民に説明しておったのはこういうことなんです。民間委託は、調理室を民間に貸したり調理業務を任せるのではなく、調理する人を民間会社から出してもらい調理するのだ、つまり派遣方式だという説明をしてきているのですよ。ところが、この派遣方式というのは、後ほど三月二十六日の段階で寒河江職安から、これは職安法違反だ、まあ簡単に言えば人材派遣という形でやるわけですからこれは職安法違反だということで指摘をされまして、言うなれば、今申し上げた人材派遣方式ということを切りかえて、後で委託契約書を見るとわかりますけれども、請負委託のような形の契約書を結んでいるのですね。ですから、職安から指摘されましたものですから、地域住民に説明した内容と実際に委託契約を結んだ内容とは随分違いがあるのです、局長はその辺よくわかると思いますが。 そこで、どういう委託契約になっているかというので私の方も全部調べてみました。問題の焦点になりますのは、局長よく御承知のとおり、責任者の選任ということですよね。この部分が重要なんです。つまり、民間の業者がその調理をやるところの学校に責任者を置いて、そしてその責任者が全体を取り仕切っていく、こういうことが極めて重要なんですが、契約上はそうなっているのです、委託契約の契約上は。責任者を置くことになっているし、実際置かれていました。しかし、その責任者と私が会ってみたら、例えばこの委託契約の内容になっている「責任者は業務遂行に関し、仕事の割りつけ、順序、調理、技術的指導、勤惰点検等の指示その他管理を行う。」ずっと五項目あるんです。ところが、その五項目について聞いてみたんだけれども、例えば、その他責任者を除いて二名の調理員がいるんですけれども、この二名の調理員についての例えば欠席、早退その他いろいろありますね。そういうことについて責任者はみずからの判断でやっているんじゃないのです。これは全部この大日本給食株式会社という会社の上司の指示でやっているのです。簡単に言えば、一応形は責任者になっているんだけれども、全部上司の指示になっているんです。そういう、契約上は責任者を置いてそして委託形式になっているんだけれども、実際は人材派遣方式と同じ形になっているんです。なぜそこまで私が問題にするかというと、この七月一日から労働者派遣法が施行されるのでしょう。労働者派遣法が施行されますと、学校給食の場合にはあの派遣方式で認められる十四業種の中に入っていませんね。入っていないですよ。そうなりますと、形式はこういう形で委託契約を結んでおっても、実際は人材派遣と同じ形になっているのです。したがって、この問題はそれ自体が職安法違反の問題がありますが、実態は同時に七月一日から施行されるところの労働者派遣法のこれにも違反するということになっている。ですから、ここのところは、当初彼らは簡単に人材派遣方式でいけると思ったところが、指摘されたものですから今申し上げたような委託形式にしたけれども、実際中身を見れば職安法違反あるいは労働者派遣法違反のような形をやっているのです、実際に調べてみると。ですから、この辺のところもあなたの方でよく調べてください。 ですから、先ほど申し上げたような地域の住民の理解と協力、つまり地域の実情に即してなされたのかどうか、このことと、それから、実際、民間委託ということを言われましたが、その委託のやり方というのは多くの問題を含んでいるというこのこと、しかも法的な関係から言えば、専決処分、予備費の流用、人材派遣のやり方、これは職安法違反なりそれから労働者派遣法に抵触するような多くの問題を含んでいるんだということを、ただ教育委員会から聞きましたらこういうふうに言ったのでそれを信用するしかありませんなんて、こんな話はないと思う。何のために監督官庁があって指導しているのか。私の言ったことに対して問題があると思うなら、よく調べてください。よく調べて、ここは違いますよということを明らかにしてください。どうですか、局長。明らかにしなければ納得しませんよ。
○古村政府委員 よくそういった御指摘の点も含めて調査をいたしたいというふうに考えております。
○佐藤(誼)委員 私はもう一度重ねて言いますけれども、調査なくして発言なしというけれども、局長、あなたはもう少しきちっと勉強してもらいたいし、事実に即してきちっと教えてもらいたいのですよ。私が今言ったことわかりますか。もう一度答弁してください。勉強しているんですか、大体。
○古村政府委員 その辺のところもよく踏んだ上で調査をいたします。
○佐藤(誼)委員 それでは、次の質問に入ります。 臨教審の第二次答申が出されました。それに対してまずお尋ねをいたします。 文部省は臨時教育審議会の第二次答申を受けて、今後それについてどのように対応し対処しようとしているのか、概略、簡潔で結構ですから、現状の取り組みと今後の方針について。それからあわせて、前回の第一次答申で具体的な提言として、単位制高校、六年制中等学校が出されていますが、これについては現在までどのような対応をしてきたのか、またどう考えているかについて。内容は結構です。
○海部国務大臣 第二次答申を受けまして、今月一日に教育改革閣僚会議を開き、引き続いて同日閣議を開きまして、答申を受けてどのように対応するかという政府の基本方針は、この答申を最大限に尊重していく、このように決まりました。 それを受けまして、文部省としては、ただいま直ちに文部省だけの努力でできる問題と、他の省庁とのいろいろな関係がございますから、そこと協議しなければならぬ問題、あるいは法律改正が必要になる問題、いろいろございますので、それぞれ指摘された多くの問題についてどのようにできるかということを検討の最中でありますけれども、一、二おおよそ固まってきておりますことで御報告できますことは、例えば大学の教育の内容をきちっと審議する大学審議会といったようなものを置いたらどうかという御指摘に関しては、どのようなものにするのかということを御議論願うために、この夏までに文部省の中で大学改革協議会を設置しまして、そこで答申にある大学審議会はどのような形のものにするのか、もちろん法律改正も必要でありますから、来年設置しようと思うともう来年までにその結論を出していかなければならないわけでありますので、早急に夏ごろから取り組んでいきたい、このようなことは決めておりますけれども、その他の問題につきましては、申し上げましたようにいろいろな検討しなければならぬ問題がございますので、省内に六つのプロジェクトチームをつくりまして、それぞれのプロジェクトチームでいろいろ対応を考えておるところでございます。 なお、後段の御質問の、六年制中等学校の問題はどうしたかということでありますが、これは各都道府県の教育委員会を通じて、各都道府県がどのように扱っていただくのか、どういう手を上げていただくのかということになるわけですが、その前に教育課程審議会にお願いをいたしまして、この六年制の中等学校の教育課程、中高一貫的なものはどのようなことになるのか、ただいま御審議を願っておるところでございますので、その審議の結果が出たのを待って対応を進めていきたい、こう思っております。
○佐藤(誼)委員 それでは、次に、戦後教育の出発点になったのは教育基本法だと思いますけれども、この教育基本法の理念をどのようにとらえているのか、これを端的に示していただきたいし、また、それは日本の戦前及び戦前教育のいかなる反省の上に立ってその理念が生まれてきたものであるか、その辺のことについて大臣の所見を。
○海部国務大臣 教育基本法の精神を踏まえて教育改革は行っておりますし、また、臨時教育審議会の設置法のときにもそのことは繰り返し当時の文部大臣がお答え申し上げたところでありますけれども、戦後の教育の大きな背景、そして指針を示したのが教育基本法でありまして、私は、教育基本法は、その前文にも書いてありますように、日本国憲法の精神にのっとって、我が国教育の基本を確立するために制定されたものであると考えております。また、「個人の尊厳を重んじ」ること、「真理と平和を希求する人間の育成を期する」こと、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。」と規定されておりますように、教育基本法はそのような精神、そのような基本原則が貫かれておると考えております。 なお、教育基本法の中には、教育の目的を「人格の完成」と定め、「人格の完成」とは、「平和的な国家及び社会の形成者として、」「心身ともに健康な国民の育成」を図ることにある、以後第一条から第十条までにそれぞれ目的、方針等、基本原則が書かれておるところであり、このすべてを踏まえて前進をさせていきたい、こう考えております。
○佐藤(誼)委員 それは戦前の日本、戦前の教育のいかなる反省の上に立っているのですか。
○海部国務大臣 後段の御答弁を忘れまして失礼をいたしました。 戦前の教育というのは、一言で表現しますと、富国強兵という言葉がありましたように、全体主義的なそういった思想が非常に背景にあった。時期を分けますと、やはり戦後というのは富国強兵というものは全く考えておらずに、富国よりもむしろ富民、一人一人の国民が豊かになることが結果として社会や国が豊かになることであり、その努力の集積がいい結果を国民生活にまた投影し反映してくれるだろう、こういうことでありますから、やはり戦後の教育を貫いておりますものは、戦前の教育の示したそういった理念、目標ではなくて、一人一人を大切にする、先ほど申し上げましたように個性の尊重というようなことが戦後の教育基本法の中に書かれる一人一人を大切にしろという方針になりますし、その一人一人が豊かになるということ、幸せになっていくということ、これが願いでございますから、戦前の教育と戦後の教育の一番大きな違いはそこにあると考えております。
○佐藤(誼)委員 今大臣は、教育基本法の理念、その理念が戦前の日本、戦前の日本の教育のいかなる反省に立ったかということで概要を述べられました。そこで、引き続いて私は質問しますけれども、臨時教育審議会はこのたびの第二次答申でも、教育基本法の精神を尊重する、こう言っていますね。そしてその上で、今次教育改革の原則として個性重視の原則を打ち出しております。個性重視の原則を特定して改革の最も基本的原則に据えたことに、それを特定して据えたことに私は若干の疑問を感ずるのでありますが、この点、個性重視の原則というのを特定して出したことについて、大臣はどう考えますか。
○海部国務大臣 これは短絡的になるかもしれませんが、全体主義の中で人間一人一人の大切さとかとうとさというものを大切にしようという配慮が戦前の一時期の教育に欠けておったということ、それは御指摘のとおりであり、その反省に立って戦後は一人一人の資質や個性や能力を大切にしていきたい。相性尊重の原則というものを今度の臨教審の答申でも改めて提起をしたということは、一人一人を大切に行き届いた教育をして、それぞれの能力を十分に開発して切磋琢磨をし、結果としてそれが社会、国家の活力になっていくように願っておる期待があるわけでありますから、個性尊重の流れというもの、またそれを臨教審が大きな柱として打ち出したということには私はそれなりの評価をしておるところでございます。
○佐藤(誼)委員 私は、個性尊重の原則ということを挙げたことが不当であるとかあるいは間違いであるとか言っていませんけれども、しかし、教育基本法の精神を尊重して改革の基本に据えるとするならばまだ重要なことがあるんじゃないか。今大臣は、一人一人を大切にしている、一人一人の個性を大切にする、以下云々と言いましたけれども、その前に、人間を大切にするという中心に据えなければならぬものがまだあるんじゃないか。それから、もっと重要なことは、なかなか出てこないんだけれども、言うならば平和的な国家、社会の形成者、こういうことがなぜ前面に出てこないのだろうかなということを疑問を持たざるを得ない、私から言うと。 それは、御承知のとおり、教育基本法の第一条の中に、「教育は、人格の完成をめざし、」というこのことと、「平和的な国家及び社会の形成者として、」というこういう形、そのために以下徳目を挙げながらずっとありまして、「心身ともに健康な国民」となっているわけですから、個人個人とかという前に、人格の完成という人間の尊厳、人間の能力の全面発達、こういうものが最初に出てきて、そしてその具体化として一人一人が大切にされなければならぬ、こういう形にとらえるのが、教育基本法の精神を尊重するとすれば極めて大切な観点ではないのか。私から言えば、なぜそのところが、大切にすると言いながらもややバイパスになっているのか。 私は、ややうがった見方かもしれませんけれども、個性重視の原則という中からずっときますとどういうことが出てくるかというと、こういうくだりになっているのですね。二十六ページの下段でしょうか、個性という言葉は単に個人の個性という狭義の意味ではないというような形からずっときまして、国家、文化、時代、民族、これらについても個性が重視されなければならぬ、こういう形で出てくるのです。そして、その次に何がくるかというと、民族の個性ということで日本人の自覚でしょう。国家の個性ということで日本の国でしょう。文化の個性ということで伝統的文化、固有の文化という形で出てくる。これがよく問題にされているわけですね。普遍の前に個性の方が先に出ちゃって、日本人の自覚であるとか、日本の国であるとか、国を愛するとか、こういうことがやたらに出てくるわけです。 ですから、教育基本法の精神を尊重し、それが戦後教育の出発点になったとするならば、まず人格の完成ということと平和的な国家、社会の形成者、これを中心に据えながも、もう一度教育というものを見直し、改革していかなければならぬ、これが本来の筋ではないのか。ここのところが極めて重要な考え方の違いになってくると私は思うのです。 と申しますのは、幸いの機会でありますから、個々の問題よりは、私は意見を述べながら大臣の見解も聞きたいのですが、教育基本法の解釈といいましょうか力点といいましょうか、昭和二十二年五月三日文部省訓令第四号が出ているのですが、その中に、ずっといきまして、「教育基本法は、かかる理念と基本原則を確立するため、国民の総意を表わす議会の協賛を経て制定せられたものである。」「この法律においては、」次のところが大事です。大臣、ちょっと聞いてください。いいですか。「教育が、何よりもまず人格の完成をめざして行われるべきものであることを宣言した。」まずこれがばんと出てくる。「人格の完成とは、個人の価値と尊厳との認識に基き、」つまり、人格の完成とは個人の価値の尊厳ということですね。そして「人間の具えるあらゆる能力を、できるかぎり、しかも調和的に発展せしめることである。」私は教育にとって重要な指摘だと思うのです。それからその次に、「このことは、決して国家及び社会への義務と責任を軽視するものではない。教育は、平和的な国家及び社会の形成者として心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」ということで、人格の完成ということと平和的な国家、社会の形成者ということを挙げているのです。そして、心身ともに健康な国民をつくらなければならない。しかも、その人格の完成という中には個と言う前に人間の尊厳ということを言っているわけです。そして、それはその人間の能力という力点よりも、人間の備えるあらゆる、つまり全面発達ということ、例えば知的なものがすぐれていれば知的なものを伸ばしなさい、腕のきく人は腕を伸ばしなさい、それぞれの持っている能力を調和のとれた形で発達させなさい、簡単に言えばこういう言い方をしておるわけです。 私はなぜこのことを特に言うかといえば、大臣も御承知のとおり、今日の学校教育の中でどうしたって知育偏重のテスト教育、そういう形でもって全面発達がゆがめられている。その持っている個性がすべてペーパーテストや知育という点ではかられてしまっている。しかも、そういう点から偏差値だ、テストの点だということで、人間というものをそういう尺度で序列化してしまう。そういう点で、本当に人間の持っている力とか能力よりもそういうペーパーテストで序列化してしまう、そして差別、選別してしまう、こういうところに大きな問題が今日あるんじゃないか。 そういうことを考えますと、教育というのは、本来その子供が持っている人間として伸びる権利を保障すると同時に、人間としてその力を育ててやることだ、それから同時に、人間として持っている多面的な能力を開花させることだ。このことは戦後教育の出発点であり、今日も変わらないと思うし、むしろ今日極めて重要な視点ではないのか。その一つの派生的と言うとおかしいのだけれども、その延長上に個性の尊重とか自由という問題が出てくるのじゃないか。ここのところが抜けると、今日の教育荒廃等についての国民の期待に対してどういうふうに変えていくのか、このことに重大な問題点を残してしまうのじゃないか。個性、他と違う面だけを強調して、画一、形式に対して個性だ、自由化だ、弾力化だと言っただけで、果たして今日の教育的な荒廃を直すことができるのだろうか、このことを深く考えるものですから、あえてそのことを申し上げた。文部大臣、どうですか。
○海部国務大臣 先生の御議論に反論するつもりは全くありませんし、先ほど私が個性尊重、その重視した姿勢を評価する、こう申しましたのは、個人の尊厳、人間の尊厳、一人一人の人格の尊重ということは当然大前提として含まれておることでございましたから、教育のあり方という場に光を当てて、戦前の全体主義のもとにおける、個性を抜きにした、言葉をかえて言えば、人間の個性というものを全然無視して国家目的のためにそれを一つにしようとしたような誤った考えを抜く、その意味で個性尊重、一人一人の個性や能力を伸ばす教育にするんだという評価をしたわけですが、臨教審の第二次答申でもまさにその考えは当然の前提として持っておるわけでありまして、私もこの臨教審の答申を読みまして、例えば二十六ページにも「「個性重視の原則」が教育基本法の精神にのっとり「個人の尊厳、」」これがまず第一に出てきております、それから「「個性の尊重、自由・自律、自己責任の原則」という意味で用いられていることを明確にしている。」とちゃんと書いてあるわけでありますし、当然の大前提として憲法を大切にするならば基本的人権の尊重、個人の尊厳を大切にするというところが大前提になって出発するわけでありますから、そのように私も理解しておりますので、先生の御意見とは、ただいまのところ学校教育の現場で点数だけが支配するのをどうする、もっと多様な人格や人間の能力や資質が花開くような教育にすべきではないか、私もそういったゆがめられた面は率直に認めてそれを改めていかなければならぬと一生懸命努力をしておるつもりでございますので、御理解をいただきたいと思います。
○佐藤(誼)委員 この議論をやりますとかなり時間がかかりますからやめますけれども、似たようだけれどもやはり違うと思うのですよね。あなたが今答弁されたことを私は全面的に否定するとは言いません。個性重視の原則、個人の尊厳、その絡みを持っているということはそのとおりですから。ただ、私が主張したいのは、やはり個性とか個という前に、人格の完成、つまり個人の尊厳、人間の尊厳、人間として伸びるその力を伸ばしてやる、それを保障してやる、そのことを教育というのは大切にしなければならぬのじゃないか。教育は手段ではなくてそれ自体が目的だというこの意識をきちっと持たなければならぬのではないか。 〔委員長退席、臼井委員長代理着席〕 それから、特に私がこの点を指摘するのは、これは大臣も言われましたけれども、今日の教育というのは、あのマンパワーポリシーつまり経済成長時代から教育の大きな側面として、この人的能力、言うならば知育偏重、それがペーパーテストだ、偏差値だということで非常に偏った人間の育て方がされてきたのではないか。したがって、人格の完成の重要な部分であるところの、いわゆる人間が持っている能力のすべてを調和的に全面開花させていくんだ、知力も体力も。そういう形にしなければ、ペーパーテストだけがよければ一番に座って、悪ければ五十番に座るなんて、そういう序列化、差別化というのは避けなければならぬのじゃないか。この子供には知的能力もあるし、しかしこの子供は運動すればすばらしい、芸術がすばらしい、それを調和的に発展させながらそういう丸みを帯びた評価をしていかなければ、知的な尺度だけでやったら浮かび上がれない子供は落ちこぼれになるしかないわけです。ここのところをやはり我々がもう一度教育の中に復権していかなければ、今日の非行、落ちこぼれ云々といわれる問題はなかなか解決できないのではないかということを私は特に指摘したいわけで強調している。 それから、もう一つは、全体をずっと今まで見まして思うのですけれども、ところどころに平和的な国家、社会の形成者という言葉が出てきますよ。しかし、どう見ても教育基本法の理念の重要な、平和な国家、社会の形成者、したがって、平和及び平和教育が重要だということがなかなか出てこない。私は、尊重するとするならば、これは重要な理念だと思う、戦前教育の反省から出てきた。このことを私は極めて不満に思うのです。考えてみればおわかりのとおり、今日、核戦争の危機、人類の共滅か人類の共存か。しかも、緑と環境の保全、そして宇宙船「地球号」という人類が新しい課題を担っているときに、もっともっと平和や平和教育の重要性というものが教育基本法の精神を尊重する中身として取り上げられなければなりませんし、今後の教育改革の重要な視点としてここに復権させなければならぬのが出てこない。私は、この点は極めて問題が多いと言わざるを得ないので、その点を指摘しておきたいというふうに思いますので、以下、それに関連してもっと先に質問を続けていきます。 そこで、先ほど大臣は、「歴史の教訓」の部分をちょっと言われましたけれども、この部分で私は質問したいのです。六ページですね。これをお持ちですか。 六ページの上段からずっと記述してありますね。この部分を私は重要な記述だと思うのです。その中に、集約して言えば、読めばわかるわけですけれども、明治、大正、昭和を通じて富国強兵政策の中で富国政策は戦後教育との連続面であり、強兵政策は戦前の戦後教育との非連続面であるというとらえ方、以下ずっとありますね、端的に言うと。これは大臣、お読みになっているでしょう。というようなとらえ方でずっとなっています。私は、このとらえ方はちょっと問題があるなというとらえ方をしているのですが、大臣、これは読んだと思いますが、この辺の「歴史の教訓」のくみ取り方で考えることはないですか。
○海部国務大臣 先ほども申し上げましたように、戦前、端的に言えば富国強兵という目標を置いて日本はいろいろな政治も経済も教育も合目的的に進められてきた。その反省に立って、強兵というのはいかに非現実的なものであるか、この目標を否定を明確にしておることは当たり前のことだと思いますが、私は評価しておるし、また、先ほど言いましたように、富国というものを国が何が何でもというよりも、一人一人の国民が豊かになり幸せになり文化的な生活を受けることができるように富民ということを大きく願えば、それは結果として社会や国が豊かに、文化のレベルも生活の質も高くなっていくということにつながるわけでありますから、この戦前の間違いを否定し、戦前の間違いをとらえたここのところの表現は、私は先ほど評価をすると申し上げましたが、こういうとらえ方で結構で、今ごろまた強兵政策なんかを言われちゃ困るな、こう思っております。
○佐藤(誼)委員 いや、これは時間をかけて、私は今後文部省がいろいろな改革案を出すときの一つの重要なバックになる考え方だと思いますから、いずれやりたいと思うのですけれども、この「歴史の教訓」のくみ取り方はいろいろ問題があると私は思うのです。端的に言うと、このところから個性重視の原則とか、自由化だとか、弾力化だとか、多様化とか、そういう発想にずっとつながっていくんだと私は見ているのです、結論から先に言っておきますと。 そこで、なぜそういうことをこの教訓の中から言っているかということでございますが、まず一つは、この富国強兵政策ということに絡んでですが、あの「審議経過の概要(その3)」というのがありましたね。これを見ますと、その中で次のような説明がしてあるのです。戦前の国家目標は富国と強兵政策であった。その際、いずれに重点を置くかは、そのときの外的条件、つまり貧困からの脱却、外からの脅威への対抗というそのときの状況によって変わってくる、決められてくるのです、それで強兵政策、つまり戦争は外からの脅威への対抗の結果生まれたものであり、それは失敗の側面であり、戦後教育とは非連続的な面であると述べてあるのです、よく丁寧に読んでみますとね。 これは大きな問題を含んでいるという意味は、つまり、この文章でいいますと第四期でしたか、昭和十二年から昭和二十年までの区切りでしたか、あの部分を今のような表現で言っているのだと思いますが、その当時戦争が起こったのは外からの脅威への対抗という外的条件で起こってきたのだ、こういうような表現をしているわけです。つまりそれは、よく「侵略戦争」という教科書の記述が国際問題になりましたね。もう今日では、あの当時の戦争は侵略戦争だということは内外ともに事実になっています。しかし、今のような、つまり主体的なものではなくて、外からの脅威への対抗の結果として生まれたものであって、これは外的条件の結果だというように、言うなれば戦争なり侵略戦争を免罪しているのではないか、こういうことを私は見ざるを得ないのです。だからこそ、教科書検定でも「侵略」という言葉を取ってみたり、あるいはまた、非連続という形で戦後の重要な教育の柱である戦争の反省、平和、平和教育というのが今までもどんどん抜けてきたし、これからも、指針となるべき答申の中に出てこないということは、この辺のことの関係があるのではないか。つまり、戦前戦後の歴史の教訓のとらえ方に問題があるのではないか、このことを私は特に指摘をしておきたいのです。 私は、偶然に侵略戦争という侵略の言葉がなくなったのでもないし、答申の中に平和なり平和教育という言葉が出てこないのでもないし、こういうことに非常に関連があるというふうに言わざるを得ないので、「歴史の教訓」の非連続というそういうとらえ方、そこで、極論すれば免罪しようとすることにつながる発想ではないのかというふうに言わざるを得ないので、その点だけちょっと言っておきます。後で大臣、あったら述べてもらいますから。 その次に、七ページを見ますと、戦後教育を三期に分けています。七ページをごらんになってください。第二期は昭和二十七年から昭和四十六年までです。言うなれば高度経済成長期ですね。明治以来の追いつき型近代化、豊かな社会、つまり富国富民の実現という長期国家目標が達成された時期であった。この時期は高度経済成長の終わり、明治以来の追いつき型近代化の達成、成長の限界、つまり近代工業文明の転換期という認識が登場した時期であった。こういうとらえ方です。 簡単に言いますと、大臣、私のとらえ方を言えば、富国富民というのは戦前から戦後にずっと連続面だ、昭和四十六年ごろまで。そのころは今申し上げたように高度経済成長の終わりだ。追いつき型近代化は達成した。もう成長の限界で、近代文明にぶつかって転換期に入った。その時期に、後でずっと出てきますけれども、教育も追いつき型教育の役割は終わった。つまり、逆に言えばその弊害が出てきた。こういう表現になっている。どういう問題が出てきたかといえば、追いつき型、そういう追求の中で、教育は画一化、形式化、硬直化、閉鎖化という矛盾が出てきた。したがって、これからの教育改革はやはり個性というものを重視しなければならぬ、個の重視。そして画一化に対しては自由化、それから硬直化に対しては弾力化、形式化に対しては多様化という原則がずっと生まれてきているのです。私はそう見ざるを得ないのです。 ですから、先ほどの個性の重視云々というのは、大臣は大臣の見解だと思うが、この全体を見ているとそういう脈絡になっていると思うのです。そうすると、よく臨時教育審議会で当初から問題になった自由化論とかそういう問題は、必ずしも偶然の議論ではなかったと思うのです。私は、こういう歴史の教訓と極めて深くかかわって議論されておったと思うのです。 ですから、端的に言えば、戦前戦後の連続というのは、単なる非連続、連続という格好のいい議論だけではなくて、連続という形で、昭和四十六年ですか、そこまで持ってきて、そこは成長の限界にぶつかったが、教育もそこでもう一つの役割が終わった、矛盾が出てきた、それは個性をスポイルし、しかも画一、形式、硬直、そういうマイナス部分が出てきた、これが今日の教育の荒廃をもたらした原因である、こういう言い方につながっているのです。 大臣、いいですか。それで、私は、この中で香山健一さんがこういうことを言っているのが非常に印象的なんです。つまり、教育の弊害に画一化ということを出してきて、それは教育の上にもいろいろな問題を残した。それは、小錦に対してと私に同じ食糧を与えたら、小錦は腹が減ってしようがないだろう、私は余ってしようがないだろう、小錦は腹が減って暴れるだろう、私は腹がいっぱいでひっくり返るだろう、こういうような弊害が出てくるということをちらっと言っている。私はあながち否定しませんけれども、さればといって、そういう形で画一化、形式化の弊害だけを取り上げて、したがって、弾力化だ、自由化だと言えば今日の教育の弊害がなくなるのかというこの辺に絡まっていくのですよ。 ですから、そういう点をずっと見てきますと、どうも連続、非連続というとらえ方、そこから出てくる改革の原則、教育基本法の精神を尊重するといっても、この辺の脈絡をつけないと、最初申し上げたようなあの辺のところを、やはり教育のとらえ方に問題があるのではないかというふうに私はずっと脈絡的に思わざるを得ない。そして、それが後で多様化とか自由化という形で、時間がありませんから率直に申し上げますけれども、具体的な場面では、あの六年制中等学校だって原則的なことから言えば多様化、自由化とつながっている考え方だと私は思いますよ。それから、このたびの第二次答申でも私立の小中学校の設置促進ということを出しましたね。これなども、発想をたぐってみれば、ずっとやはり個性というものに発して、自由化だとか弾力化だとか多様化に全部関連する考え方だと私は見ざるを得ないのです。しかし、このことは逆に言えば、今日の教育の荒廃をなくそうというときに、学校教育の弊害である受験の過熱化、知育偏重の偏差値を直そうと思ったら、むしろ、そういうエリート校をつくって、そして偏差値競争、受験競争をさせるようなものをつくるのはいかがなものかと逆に思うわけです。ところが、そういうものが出てくるのですね。私は、非常にうがった見方かもしれませんが、今日の教育の荒廃なり過熱した受験競争の激化を緩和する、偏差値教育をなくする、そのためには学校のエリート化とか格差を助長するのをやめなければならないはずです。ところが、六年制中等学校とかそういうものが出てくる。こういうところはなぜかというのです。そしてむしろ高校の入試などの改善が出てこないのですよ。なぜそういうような、国民の側から言えば、言葉は悪いのだけれども、一貫性のないようなものが出てくるのだろう、国民の期待から、もっとかゆいところに手が届くようになぜ出てこないのだろうというふうに思う人が非常に多いと思うのです。それはばらばらのものではなくて、今のような歴史の教訓からずっと出てき、それでは教育基本法というものの何を重視するか、とするならば個性重視の原則以下ずっと各論までつながっていくのだと私は見ざるを得ないのです。これは私がうがった見方をし過ぎているのか、この辺、これからもさらに議論を深めていきたいなと私は思うのですけれども、きょうは総論として文部大臣に提起をしておきますから、きょうのところ、文部大臣の所感をまず聞いておきたいと思う。どうでしょうか。
○海部国務大臣 いろいろな御経験をお持ちの先生のお話ですから、先生の受けとめられ方、それから一貫した御議論の組み立て万、それは私も率直に敬意を表しながら承っておったのでありますが、しかし、私にも私の受けとめ方、考え方がございますので、お言葉を返すようで申しわけありませんが、率直にお聞きをいただきたいと思います。 まず第一は、臨教審の「審議経過の概要(その3)」の中の文字を最初に御引用なさいましたけれども、あの「審議経過の概要」は、こういう審議があった、いろいろな意見があったということを細大漏らさずなるべく国民の皆さんに知らせるために集めて書いたものでございますから、文字数も二十万五千字あったことは御承知のとおりで、その後出ました第二次答申の方が、これは文字数も十三万字とうんと集約されておりますし、これは議論がありましたという報告ではなくてまとまった答申でございますから、むしろ私たちは、この答申の中にあらわれておること、答申に書いてあることをそのままきちっと受けとめていただくのが一番ありがたいと思うのであります。 最初の歴史の見方の中で、戦争に免罪符を与えようとか、戦前の「富国強兵」の「強兵」というものが他国からの侵略の刺激でできたんだというような、あるいは戦争の間違いを認めないのではないかというようなニュアンスのお受けとめ方に関しましては、今度の答申の中でいろいろ述べておりますけれども、「非現実的な「強兵」に傾斜していったが、その帰結は誤れる戦争と悲惨な敗戦であった。」ということを大前提に書いて、それがいかに誤ったものであり、間違ったことであったか。したがって、この強兵という物の考え方とは全く連続性もないし、誤ったものとして認識し、誤ったものは繰り返さないというふうにきちっと誓いも立てておるわけでありますから、戦前の歴史の教訓の見方については、決して戦争を美化しようとか薄めようとかそんなような議論はなかった、私は私なりに臨教審の第二次答申を読んでそう受けとめておるわけでございます。 それから、もう一つは、特定の人の御意見、固有名詞も出されて自由化論争等の御発言もございましたが、率直に申し上げると、臨教審の内部で行われております自由な議論の中で極端な自由化論とかそういったものについては、私も個人的にどうしても賛成できない心配な面がございましたし、そこで、公式、非公式を通じて何度も極端な自由化論に対しては我々の方からの考えも述べ、議論をしたこともございました。あるいは、その極端な自由化論に対して別の立場からの臨教審内部の議論がありましたことは先生も御承知のとおりだと思うわけでございます。したがって、御指摘の画一的な教育のよくない点を直していかなければならぬ。これはむしろ、戦前の教育を受け継いだのではなくて、戦後のスタートのときに、欧米先進国に追いつこう、追い越そうとひたすらに豊かさを求めること、コマーシャルまでが大きいことはいいことだと言った時代を背景にしまして、何か国民みんなの要求がそちらにあるような政策努力が行われ、社会も教育も行われてきたということによって画一的な人間教育に陥っていった。 〔臼井委員長代理退席、委員長着席〕 点数だけが必要以上に幅をきかせるようになっていった。そういったことに対する謙虚な反省の中から議論を進めていきますときに、教育にとって一番大切なものは、やはり個人が尊厳を持ち、個人が尊重されなければならぬ。とするならば、お顔や名前が違うように資質も個性も能力もみんな違ったものを持っておる児童生徒に対しては、一人一人の個性を尊重して、そして結果として社会のためにどのような貢献ができるだろうか。まず、個性をうんと伸ばすためには個性を大切にする教育をしなければならない。今変わり行く問題の中で、当然の大前提や心配しなくてもこのとおりこれからもやっていけるんだというようなものを除いて深く議論をすると、今のところ、個性尊重の原則というものを今度の改革の答申の中に大きな柱として出されたことは、それはそれなりに評価できると私が受けとめておりますのは、そのような考え方に立ったからでございます。
○佐藤(誼)委員 非常に共通の点もありますが、やはり意見の違う点もあります。それはそれで結構だと思うのです。いずれこれからずっと議論しなければなりませんのでその程度にしておきますけれども、ただ、私はそれをさらに具体的にちょっと敷衍しておきますと、先ほど言いましたけれども、高校入試の改善のこと、これが出ていないのは皆さんから指摘されているとおりでございますから、突っ込んだ議論はそこのところはしません。ただ、問題は、先ほど言いましたように、六年制中等学校、それから私立の小中学校設置の促進というこういうことが挙げられておりますけれども、私流に言いますと、先ほどの議論からずっと関連して言いますと、発想としては、ずっと見ますと、個性の重視とかあるいは多様化、弾力化、それから選択の自由、こういうことのつながりの中で、こういう制度が一つの整合性を持った形ということで出てきているんだろうと思うのです。しかし、問題は、こういう制度をつくったときに、今教育改革の重要な視点である教育の受験競争の激化、知育偏重のそういうテスト教育、それから偏差値テストによる差別、選別、こういうおのおのの矛盾の問題が、むしろこういう学校が生まれてくることによって惹起されるのではないかというように私は思うのですよ。この点、大臣、こういう六年制中等学校なり私立の小中学校の設置が促進されていって、そういう矛盾なり心配はないんですか、どうでしょう。
○海部国務大臣 いろいろ御指摘をいただいております中で、例えば高校の入学者選抜方法の改革の問題は重要なテーマとして考えて、臨教審の方は引き続き審議を進めていくものの中にきちっと項目を挙げて書いてありますが、これは先生御承知のように、既に文部省でも高校入試の改革は大切だと思っておりますから、答申をまつまでもなく、都道府県の教育委員会でいろいろ最近もグループ別の問題とか科目の問題とか御努力を願っておりますし、文部省の中でも努力をしておりますが、引き続き大切なテーマとして挙げられております。あるいはまた、御指摘の私立の小中学校あるいは六年制の中等学校とかを設置することは、大きな流れ、方向に反するんじゃないか、マイナスではないかという先生の御心配に基づく御指摘でございますが、私は、むしろいろいろな資質や個性やいろいろな希望や能力を持っておる児童生徒を教育するためには、なるべく進路はたくさんに分かれておった方がいいのではないだろうか、あるいは特別の分野を願う人々のためにはそれにふさわしい教育課程というものもあるのではないだろうか。同時にまた、諸外国のことに触れるのはいささか脱線ぎみかもしれませんが、一時期、教育大討論をして、そういう私学とか宗教に基づく教育はやめた方がいい、あるいは地方の学校のそれぞれの自由に任せるのはやめて全部総合制の学校にした方がいい、これはイギリスでもフランスでも選挙公約にまで掲げてやったことでございましたけれども、御承知のように、フランスではそれに反省をして宗教教育も私学教育も復活をする方向に向いてきておりますし、地方にすべてを任した方がいいといったイギリスなんかでも、やはり一定の水準、一定の教育レベルを高めていくためには、総合制中等学校、コンプリヘンシブスクールだけにするのは間違いだというので、あの労働党時代の教育大討論の成果ではありましたが、このごろはまた、グラマースクールとかいろいろな私立学校とかそういったものもきちっと尊重し、価値を認め、育成していった方が、全体が切礎琢磨して、全体がいろいろ刺激をし合いながら結果として総合的な水準が高まっていくようになるんだということで、ごく最近そういう曲がり角等も持っておるようでございます。教育はひとしく国内問題ですから、イギリスがやったからフランスがやったからといって私も六年制中等学校制度を言うのじゃありませんけれども、例えば私学の中で中高一貫教育を既に行っておるグループの研究報告を聞いてみたりいろいろしますと、やはり途中の段階が一つ抜けて一貫した教育内容が組めるということはある点ではいい意味を見出すこともできるようでありますので、それらのことについて教育課程審議会が今鋭意審議を続けておってもらうわけでありますから、その結果を待ってまた先生とも議論の第二幕をやらせていただきたい、このように思います。
○佐藤(誼)委員 まあ議論の二幕の前にまだ時間がありますからちょっと続けさせてもらいますが、ただ、それぞれの個性を伸ばすというか能力を伸ばすというかということと、教育の機会均等を保障していく、言うなれば平等と言ってもいいですが、これは常に議論されてくる教育の哲学的な問題だと私は思うのです、それが制度化されてくるわけですから。ですから、これはずっと続く議論だと思うのですが、その根源的なものまで私は言いませんけれども、ただ、今大臣は、個性を伸ばすそのためには多くのセパレートされた進路がたくさんあっていいんじゃないかと言う。これも一つは個性を伸ばす方法かもしれませんけれども、しかし、それが幾多の弊害、つまり学校体系の複線化あるいはエリート化、学校の格差、そのことによって、ある特定のところに集中することによる受験競争の激化、それを突破するためのテスト、ドリル教育、そのための序列化、こういうことも心配しなければならぬ。今日の教育の例えば弊害とか荒廃という問題より、私から言えばむしろそっちの方が問題だと思うのです。そのときに、今あなたが言われましたけれども、こういう六年制中等学校といえば、これはこの前の臨教審とやったのでありますけれども、この六年制中等学校にはいろいろな形があります。芸術、体育もありますし、その中には普通のコースもあります。その中に、六年制ですから五年間やれば最後の六年目は自由だということを言っている。当然そこでは私が常識的に考えるのは専ら受験勉強だってあり得るわけです。それで、それはより有名大学にどのくらい入ったかということだってあるわけです。当然これは常識的にそういうふうに殺到するということが出てくる。このことについて私はこの担当である有田さんといろいろやりました。そのときに有田さんはこういうことを言っているのですね。「それから最後に、普通科でありますけれども、普通科は、御指摘のように、いや絶対それはエリート校にならないということを決して強弁するつもりはございません。」こう言っているのです。したがって私たちはエリート校にしてはなりませんよということを言っているんだと、こう言うわけです。だってエリート校にするなと言ったって、そういうシステムをつくって、しかも今日学歴社会を背景にしてよりすぐれた学校歴を持つ者がいい企業に入って将来を約束されるとすれば、そんな文章で書いたってみんな殺到しますよ。こういうようなことを助長していくのではというようなことを私は心配しているわけです。 それから、私立の小中学校云々ということを言いましたけれども、これだって私は全面否定するなどとは言いませんよ、それは私立高校のよさもありますから。しかし、ただ問題は、義務教育の公教育としての視点を忘れてはならないし、教育の機会均等を義務教育であるがゆえに重視しなければならぬと思うのです。ただその際に、いろいろな学校の設置の自由、選択の自由ということでこれが過熱化していったときに、今申し上げたような学歴社会というものが背景にあれば、いい学校、いい企業、いい高等学校となる。これは人情になっていく。そうすると、今でさえそれを何とか克服したいというのに、そういう問題に加速をしてしまうのではないかな。そしてそれは、能力と金でもって差別と選別、そういう問題を生んでしまうんじゃないだろうかなということが心配されるので、これからいろいろ各論に入っていくわけですから、私はその点だけを特に指摘をしておきたいと思います。 なお、後でこのことについて答弁をもらいますが、時間がありませんので、最後に、ちょっと話が変わりますが、初任者研修制度の創設ということが言われております。この初任者研修制度というものは今までもずっと議論されてきて、私が得た資料の中では、このたびの答申で、例の試補制度も含めてですけれどもずっと答申が行われてきたのは、明治四十三年以降を見ると十一回目と聞いております、この種のものが答申されてきたのは。そういう経過の中で、まだ一遍も実施されたことがない。しかしこのたび臨教審は答申をした。今この時期にこのような形のものが、過去十回も実施されてこなかったものをあえて出してきたというこのことについて大臣はどう考えるのか、このことが一つ。 それから、もう一つは、私が非常に心配するのは、教育というのは対象になる子供がおり、媒介する教材があり、教師がいるというこの三つが条件だと思うのですね。その場合に、その子供がどういうふうに育つかというのは、どのような教材つまり教科書を使うのか、どのような教師が教えるかによって子供のできが違ってくるし決まってくると思う。だから、今大臣も言われた戦前は軍国主義、超国家主義的な国の政策遂行のための国民をつくるために、教科書もそれに都合がいい国定教科書にしたし、教師も簡単に言えば国定教師というような形のものをつくり上げようとした。そして、簡単に言えば、その当時の教師は何を教えるかではなくてどう教えるかということだけを勉強させられた。その典型的な例が戦前の師範教育だったと思うのですね。ですから、あの戦時中には、師範教育というか師範学校型というか特殊なタイプの先生ができて、それが専ら国策遂行の人づくりに励んでいったわけですよ。私はそれがイコールになるとは思いませんよ。初任者研修制度に対して非常に心配するのは、何を教えるかよりもどう教えるかにだけ終始し、やがてある特定の型の中にだんだんはめられていってしまって、教師が本来持っていく教育に対する熱情と哲学、それから特に重要な教師としての自由と創造性、こういうものが若いうちに摘み取られてしまうのじゃないか、こういう心配を持っている人がかなりいると思うのです。いろいろ新聞の論調などで問題にするのはそういう観点からの論調だと思うのですね。ですから、この辺のところについて、大臣がそれは杞憂だと言えばそれまでなんですが、こういうことについてどう考えられるか。 あと関連してもう一つだけ。それはこれをやるについても金がかかりますね。いろいろな形で金が出されておりますが、初任者研修制度につく教師によっていろいろ違うようでありますけれども、いずれにしても莫大な金がかかります。そういうことの前に、よく言われるような教育条件の整備、当面、ゆとりある教育のためにもっと教師をふやすとか、あるいは四十人学級を早期に完成して三十五人学級に取り組むとか、こういうことの方を、同じ銭の中でやるならばその方を急がなければならぬじゃないかということを憂えている者の一人なんです。 したがって、先ほど六年制中等学校や私立の小中学校の設置の問題もありましたし、ひとつまとめて大臣の所見を聞いて終わりたいと思います。
○海部国務大臣 最初の、六年制中等学校の設置そのものは、エリート教育になり受験競争を激化し、よくないのではないかという御指摘でございますけれども、私どもの理解では、御議論の中でも、六年制中等学校の特色という中で、第一には、芸術とか体育とか外国語など専門的一貫的な教育訓練を比較的早く行うことがいいんだという分野とか、各種の専門コースを複合した教育、新しい産業構造や社会生活の変化に対応するきょうまでの専門教育の枠を超えたものを考えた方がいいのではないだろうかとか、あるいは普通教育と専門教育を複合的に行えるようにした方がいいのではないかというように、今までの学校体系の中でただ単にいい悪いというのじゃなくて、全く質の違った一貫教育を考える方がいいのではないかと思われるものをずっと列挙をしながら、こういったもののために考えていくということでありますから、必ずしもエリート教育に持ち込んでそこで受験競争を激化させよう、またするであろうなんという予測は立たずに、もっと時代の変化にふさわしい、習いたい、勉強したい、従来は一カ所ではできなかったものがここでできるんだというような姿かたちになってくることが望ましいことだと思いますから、そのような方向に定着していくことを心から期待しながら見守って、指導もしていきたいと考えております。 また、臨教審が提案しました初任者研修制度のことにつきましては、これはもう先生十分御承知と思いますが、教育は人なりと申しまして、児童生徒に直接触れる先生が、実験的な指導力を持ち、教師としての自覚と使命感を持っていただけることが何よりも教育効果を高める大切なことである、こう考えております。今日までも新任教員の研修、現職教員の研修、あるいは現職の先生方の海外旅行、いろいろ研修には意を用い力を注いできたのでありますけれども、率直に言わせていただきまして、きょうまでずっとやってまいりましたが、今のままで結構だという世論ではないようですし、また私どももそのように受けとめておるわけです。より指導力を高めてもらいたい、より実践的にいろいろなことを身につけてもらいたいという願いがございますから、そのためにこういったことを、臨教審の答申を受けますれば、今度は早い機会に教養審の方に、どうするかという大きな方向づけのための審議もお願いをしようと思います。 なお、これをやるからほかの条件整備をサボるというわけでは決してないわけでして、先生御指摘のように、大規模校の問題とか四十人学級の問題とか教育条件の問題等は、臨教審の答申をいただくまでもなく、必要なことだ、大切だと受けとめておりますから、予算編成のときなんかにも毎年、結果としてはいろいろおしかりを受けるような点が多かろうと思いますが、一生懸命に取り組んで努力をしてきたつもりでございますので、教育条件の方にお金をかけないというのじゃなくて、これはこれできちっと整備を続けていくというのは私どもにとってはやらなければならない問題の一つだ、このように受けとめております。
○佐藤(誼)委員 それでは、委員長、この質問でまたいずれということにいたしまして、これで私の質問を終わります。
○青木委員長 午後一時四十分に再開することとし、この際、休憩いたします。 午後一時十三分休憩 ――――◇――――― 午後一時四十四分開講
○青木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 第百二回国会、佐藤誼君外二名提出、学校教育法の一部を改正する法律案及び第百二回国会、中西績介君外二名提出、学校教育法等の一部を改正する法律案の両案を議題といたします。 両案につきましては、第百二回国会において既に提案理由の説明を聴取しておりますので、これを省略いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○青木委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ――――――――――――― 学校教育法の一部を改正する法律案 学校教育法等の一部を改正する法律案 〔本号末尾に掲載〕 ―――――――――――――
○青木委員長 ただいま議題となっております両案のうち、まず、学校教育法の一部を改正する法律案について質疑の申し出がありますので、順次これを許します。佐藤徳雄君。
○佐藤(徳)委員 私は、昨年の五月二十九日の文教委員会におきまして、本法案の質問を行いました。残念ながら継続審議になって、採決、可決という状況にまでは至りませんでしたので、調べてみましたら、これで私がこの法案に対する質問は三度目であります。 冒頭、私は、一九四一年つまり昭和十六年に養護教員が制度化をされて以来、養護教員が果たしてまいりました役割とその歴史的な経過を述べまして、養護教員に対しての認識について、前大臣並びに前々文部大臣にその見解を求めたものであります。 養護教員の皆さんほど、その時代時代の変遷によって極めて重要な役割を果たしてきた職種はないのではないか、歴史を調べれば調べるほど、そういう感じを私は深くするものであります。とりわけ敗戦後の混乱期には、子供たちの病気、栄養失調さらには結核、寄生虫など、いわゆる国民病と言われておりましたが、この国民病から救うための献身的な任務、まさに戦後民主教育の出発に当たりまして非常に重要な役割を果たしてきたと私は高く評価をしているところであります。そして今日、子供たちの健康管理も教育の荒廃に伴いまして新たな役割を課せられておることは御承知のとおりであります。すなわち、受験競争によるところの子供たちの異常なほどの精神的な圧迫あるいは精神的作用、さらにいじめ問題、校内暴力、家庭環境破壊からくるところの子供たちへの影響等、いわゆる子供たちの心の病の相談相手に養護教員の皆さんが当たられているその仕事というのは、単に子供たちの健康管理の面だけではなくて、教育荒廃に対しての大きな挑戦とも言えますし、さらにまた、学校教育の基本問題にも触れた教育的な仕事を担当されているのが今日の養護教員ではないか、こう私は理解をしているところであります。 後ほど触れさせていただきますが、臨教審の教育改革第二次答申につきましても、健康教育の問題についてかなり踏み込んだ答申内容も出ておりますから、今私が前段で申し上げましたことからいいましても、養護教員に対する認識を我々自身もより以上深めていかなければならないと思うわけでありますが、養護教員に対してどのような認識を持っておられますのか、大臣の見解をお願いをいたします。
○海部国務大臣 学校教育法の規定によりまして、児童生徒の保健管理及び保健指導に従事する学校保健の専門的な教員として養護教諭の制度が発足をし、いろいろな時代の変遷に伴って重要な役割を果たしてきた、これは今先生が御指摘のとおりでございますし、また具体的には、学校保健計画立案への参加、健康診断や健康相談への従事、救急措置、学校環境衛生活動の実施、児童生徒等に対する保健指導など、児童生徒の健康の保持増進について極めて重要な役割を果たしておっていただくことも承知をいたしております。 なお、最近におきましては、後段お触れになりましたように、この数年間、新しく学校におけるいじめとか心の荒廃とか、いろいろな問題が起こっておりますけれども、これらに関しても、学校の保健室、そこの養護教諭の方々の受けとめる対応、児童生徒の心を開いて落ち込んだ子を励ましたりいろいろな方面で重要な役割を果たしておっていただくということ等、私も事情を聞いてよく承知をいたしております。
○佐藤(徳)委員 提案者、いかがでしょうか。
○佐藤(誼)議員 養護教諭の場合は、今質問者も言われましたように、戦前からもその重要な役割を果たしてまいりましたが、特に戦後その重要性はますます増してまいりました。とりわけ養護教諭は、児童生徒の保健、安全に関する管理と指導という極めて重要な職務を行っております。特に、近年におきましては、社会経済の急激な変化に伴う生活環境の悪化、さらに入試の過熱的な状況を背景といたしまして、成人病を初めとする心臓、腎臓疾患等々、さらには情緒障害、発達障害、多くの問題を今子供は抱えております。そういう点で、学校においても、保健室に子供が多く体と心の悩みの相談並びに治療ということで来ているわけでございます。そういう点、養護教諭の増員を望む声が社会的にも父兄の皆さんからもあるのでありますけれども、御承知のとおりの学校教育法の百三条の「当分の間」というようなことで、その全校配置並びに複数配置がなされていない状況にあるわけであります。 そういう状況にかんがみ、国会の衆参の文教常任委員会等でもそのことを附帯決議としてやってまいりましたが、残念ながら文部省当局がそのことにこたえてくれないということは極めて遺憾なことであります。そういう点を何とか法的にも是正し、その実を上げ、そして養護教諭の本来の職務を全うしていただくと同時に、現在大きな負担になっている養護教諭の皆さんの御心労を緩和していかなければならぬということで、学校教育法第百三条の「当分の間」の削除ということを通しましてその実を上げる、これがこのたびの法案を提出した理由でもあります。 以上です。
○佐藤(徳)委員 「当分の間」の問題については、後ほど私の方から具体的に質問をさせていただきます。 今、提案者からのお答えがございましたが、私も教育現場の経験を持っておりますからその事情をよく知っているつもりでありますけれども、どうも最近、私の選挙区に限っての話かもしれませんけれども、保健室が子供たちの逃げ場になっているという話をよく聞くのであります。まあそれはいい意味にも悪い意味にも受け取れるわけでありますけれども、それだけ五、六年前以前よりもその意味では変わった形態に進行してきている、こう言わざるを得ません。大臣の答弁の中でもありましたとおり、確かに心の病といいますか、これが最近非常に多くなってきているということはおわかりのとおりなんであります。 ある学校、小学校でありましたけれども、落ちこぼれという言葉を使っては恐縮でありますけれども、よく言われておりますからそういう表現を使わせていただきますが、その子供たちを立ち直らせるために保健室に預けてもらったというような事例もあって、果たしてそのことがいいのか悪いのかは別といたしましても、かなり形態の変わった養護教員の任務が新たに課せられているということだけはひとつぜひ御認識をいただきたい、こう思っているわけであります。 さて、次に移らしていただきますが、大臣御承知のとおり、臨教審の第二次答申の六十一ページには健康教育について触れられております。「現代の生活環境は児童・生徒の精神的負担を大きくしている側面がある。」それから「児童・生徒の生活環境を健康的、人間的なものにするとともに、生命の尊厳、生きることの意義を基盤」とする。それから「今後は、とくに心の健康を含め、長期化する人生の全生涯にわたり健康で充実した生活を送ることができるよう、体力の増進と健康教育を重視する必要がある。」あるいはまた「保健体育など関連する教科については、健康科学を基盤として、新たに教科として再構成することが適切かどうかも含めその内容を検討し、」云々とあるわけであります。あるいはまた、「学校における健康管理については、」「養護教諭、学校医などの活用方策を含め、その在り方を改善する。」とまで踏み込んでおります。それで、「学校における心身の健康管理が適切に行われるよう」と続いておりまして、「教育行政における援助体制の整備を図る必要がある。」と結んでいるわけであります。これは御承知のとおりであります。 そこでお尋ねいたしますのは、「学校における健康管理については、」「養護教諭、学校医などの活用方策を含め、その在り方を改善する。」とありますけれども、改善の方策というものをどのように受けとめられて、文部省としてはどのようにお考えになっておられるのか、心の健康の問題を含めましてお答えをいただきたいと思います。
○古村政府委員 先般の第二次答申は、今先生が御指摘になったとおりの答申をいただいておるわけでございます。したがいまして、文部省といたしましては、こういった御提案をいかに学校現場において生かしていくかという方策について現在事務的には検討を進め、私どもにも保健体育審議会という審議会もございますし、そういったところでの有識者の意見等も聞きながら、これについての具体的な方策を決めていきたいというふうに考えておるわけでございます。
○佐藤(徳)委員 関連いたしまして、「保健体育など関連する教科については、」「新たに教科として再構成することが適切かどうかも含めその内容を検討し、」先ほど読み上げたとおりでありますけれども、こういうふうに記載をされておりますが、この問題についてどのように文部省自体が受けとめており、どのように考えていらっしゃいますのか、お答えをいただきたいと思います。
○古村政府委員 確かに、現在の保健体育の中では生命の尊重、体の安全、健康ということを主題に教えておりますし、道徳の中でも生命の尊重というものを教えている。こういった教科の関連ということを考えて新しい教科編成を考えたらどうかということでございます。 私たちは、そういった貴重な御提案もございますので、今直ちにこれをどういうふうな教科を編成できるのかできないのかということも含めまして、ひとつそういった専門家の御意見を十分聞いてみたいというふうに考えておるわけでございます。
○佐藤(徳)委員 子供の健康管理、心の病、心の健康を含めましてかなり問題になっている点でありますから踏み込んだと思いますけれども、それだけに養護教諭の皆さんの果たすべき役割というのは、大臣の冒頭の答弁にもありましたように極めて重要だと私も思います。 それで、これはひとつ大臣にお尋ねいたしますけれども、養護教員の皆さんに今後何を期待をして、そしてどのような施策を基本的に講ずるおつもりなのか、もしお考えがありましたらお示しをいただきたいと思います。
○海部国務大臣 先ほど申し上げましたように、学校教育法に規定されております本来の職務、学校においての児童生徒の保健管理及び保健指導に全力を挙げていただくことは当然のお願いとして、これは期待をいたしておりますけれども、もう一歩進んで、この二、三年特に新聞報道等において私の承知しておる限りにおいて顕著になっておる、学校内の心の平静を保つという問題、これはいじめに関連するかしないかは別にして、児童生徒が心の病を持っておるとか、あるいは救いの手を待っているとか、いつでしたか、この委員会でも学校に駆け込み寺のようなところを置く必要があるのではないかという角度の御議論もあったやに思い出しておりますけれども、その意味で、駆け込み寺という言葉がいいか悪いかは別にして、よく保健室に駆け込んでいく子供たちの数がふえてきたということも私も報告を聞いておりますので、そういったようなときにも、児童生徒のいろいろな心の悩みを聞いてやってもらったり、あるいは励ましの言葉をかけてもらったり、そのようなこと等も私はあわせて期待をしたい、こう思っておるわけでございます。
○佐藤(徳)委員 関連して、文部大臣二回目の経験でありますが、養護教員の皆さんといろいろお会いをして、持っている問題や悩み、そういうことをお聞きになった経験がございますか。
○海部国務大臣 聞いたことがございます。
○佐藤(徳)委員 冒頭私も申し上げましたように、歴史的にかなりその時代時代に対応する任務が与えられておるわけでありますけれども、先ほどのお答えのように、非常に従来とは違った意味のものが、例えばいじめの問題を含めまして子供たちの心の静かさを求めるという表現のお答えがありましたけれども、単に行政面の中でのみ理解するのではなくて、直接養護教員の皆さんとお会いをしながら、現場で起こっている実際の問題、それから持っている悩みや問題点を大臣みずからが引き出して行政の中に生かすことが、私はこの問題を大きく前進させるものであると考えますけれども、いかがですか。例えば日教組とかその他の団体がありますけれども、そういう団体を含めまして、養護教員の方々とひざを交えてこれからも話し合いをしてみるというお考えがおありでしょうか。
○海部国務大臣 私の時間に余裕がございましたら、お話はいろいろな方から聞くようにしておりますし、また、今週末にお許しがいただけて郷里へ帰ることができるといたしますれば、そこで郷里の養護教諭の代表の皆さんとお目にかかってお話をする約束はしてございますので、土曜日にゆっくり承ってこようと思っております。
○佐藤(徳)委員 それは結構な話でありまして、臨教審の委員を決めたようなえり好みをしないように、ぜひひとつオープンにいろいろ聞いて私どもにもその中身を機会があったらお知らせをいただきたい、このようにお願いをしておきます。 さて、定数問題について若干触れさせていただきます。五十五年度から六十六年度、つまり十二カ年計画、御承知のとおりでありますが、定数改善はこの十二カ年計画の中ではどのくらいになっておりますか。
○川村説明員 ただいま御指摘がございましたように、現在第五次の定数改善計画ということを進めております。昭和五十五年から六十六年でございます。この計画におきまして、御指摘の養護教諭につきましても格段にその充実を図りたいということでございます。 それで、具体的に申し上げますと、この全体計画としては、養護教員につきましては全体で五千百二十二人の増員を図りたい、定数改善をしたいということでございます。その中で六十一年度までで改善をいたしました数は千二百五人でございまして、進捗率で申しますと三二・五%に相なっております。
○佐藤(徳)委員 五千百二十二人。そういたしますと、完成年度は六十六年度ですね。六十二年度から六十六年度までに改善すべき数というのは、算術計算をいたしますと三千九百十七人になりますが、間違いありませんか。
○川村説明員 ただいま御指摘のとおり、残りが三千九百十七人でございます。
○佐藤(徳)委員 私は非常に心配をするからお尋ねをするわけでありますけれども、先ほどお答えありましたように、五十五年から六十一年までに千二百五人の改善がなされた。これは各年度年度によってその数は違いますけれども、単純平均していきますと、平均改善人数というのは百七十二・一人になるのですね。同時に、完成年度である六十六年度までの平均改善数は、例えば来年度はどのくらい、次の年度はどのくらいと、その達成から逆算していきますと七百八十三・四人になるのですね。ところが当初、たしか私の記憶に間違いないとすれば、四百人台だったと思います。それよりもはるかに上回ってしまうのですね。やっていただけるというお約束なんですけれども、これは先般の補助金問題の一括法案の連合審査のときに、四十人学級問題で私もこの点文部大臣にもお尋ねをした経験がございます。問題は大蔵が金を出してくれるかどうかなんでありまして、文部大臣よりはいささか後退ぎみの大蔵大臣の答弁に対して、私はもちろん満足はいたしませんでした。しかし、文部省が腹構えをするかどうかによるわけでありますから、私が申し上げた七百八十三・四人というものを毎年やっていかないと完成年度に到達しない、こういうことなんでありますけれども、大臣いかがですか、お約束どおり完成年度に達成ができるあるいは達成するという確認をしてよろしゅうございますか。
○海部国務大臣 第五次の定数改善計画を六十六年度に達成すべく全力を挙げて努力を続けてまいります。
○佐藤(徳)委員 財政抜きの話では実は困るのでありますが、置かれている立場は私もよくわかりますから、ひとつ閣議等でも今お答えになった内容を十分大蔵大臣、大蔵だけではありませんけれども、総理を初め関係各大臣に今からぜひひとつ根回しといいますか、いろいろな方策をぜひとっていただくことを期待をしておきます。 さて、次にお尋ねいたしますが、これは養護教員の問題でありますけれども、配置率はどうなっておりますか。
○川村説明員 現在の定数改善計画によりますと、この完成時におきましては、いわゆるごく小規模の一、二学級の学校あるいは三学級の一部の学校を除いて、すべての学校に養護教諭を配置いたしたい、こういうことでございまして、完成をいたしますと配置率は九六%強になろうかと思っております。
○佐藤(徳)委員 ちょっと質問が理解できなかったようでありますが、現在の養護教員の配置率の状況はどうなっているのですか、定数上それから実員。
○川村説明員 失礼をいたしました。現在の配置率を申しますと八二・〇%でございます。
○佐藤(徳)委員 これは定数上ですか、県単を含まない部分ですか。県単を含めたらどのくらいになりますか。
○川村説明員 先ほど申し上げましたのは標準法上の配置率でございます。県単を入れますと八五・七%でございます。
○佐藤(徳)委員 それで私は心配をして大臣にお尋ねをしてみたのでありますが、かなり自信を持って海部文部大臣はお答えになりましたから、内心安心はしているのですけれども、ただ、配置率が昨年は、五十九年五月一日現在で定数上の配置率というのが八一・七だったのですね。そういたしますと、わずか〇・三%きり伸びてないのですよ。それから県単の部分につきましても今お答えいただいたとおりでありますとすれば、昨年は八五・五%でありましたからわずか〇・二%きり上昇していないのですね。これは財政の厳しさもあるというお答えになるんだろうと思いますけれども、どうもこれでは心細いような感じがしてなりません。お答え要りませんよ。大臣、こういう実態ですから、これも踏まえてひとつ改善をお願いしたい、こう思います。 それから、全校配置を完了されている県数と県名をお知らせください。
○川村説明員 養護教諭につきましての全校配置の状況でございますけれども、現在、先ほど申し上げましたようなことで計画が進行中でございますので、全校配置を行っている県は大変少ないわけでございますけれども、私どもの承知している範囲では全部で四県、神奈川、大阪、東京都、愛知県、この四県では全校配置が行われているというように承知いたしております。
○佐藤(徳)委員 昨年と同じ質問をしたら同じ答えですね。ふえていないのですよ。県単の部分になりますと県の自治体財政になりますから、財政上非常に厳しいのでなかなかふえないかと思いますけれども、ただ、これはやはり大もとの国がふやしていくような状況づくりをしないと全校必置の県数というのはふえないということは明らかでありますから、十分その点を踏まえていただきたい、こう思います。 さて、その次に、無医村地区における配置状況を聞きたいと思いますけれども、全国の無医村地区における学校数は幾らぐらいあるのでしょうか。
○川村説明員 いわゆる医療機関が存在しない無医村でございますとか無医の離島でございますとかいう地域のことでございますけれども、私どもで承知しておりますのは、そういう無医村等で三学級未満の小中学校が設置されているもの、つまりそういうところにつきましては標準法上の配置をするという関係がございますので、そういう観点で無医村というものを押さえております。 そういうことで見ますと、無医村というのが現在四十七町村、それから医師のおりません離島は七十二ございます。こういう無医村でございますとか島に設置せられています小中学校を全部足しますと二百六十二校ということに相なっております。
○佐藤(徳)委員 この二百六十二校の中には配置されているのですか、されていないのですか。配置の現状についてお答えください。
○川村説明員 ただいま申し上げましたその二百六十二校という学校で具体に養護教諭が配置されているかどうかというのは、個々具体の設置はそれぞれの都道府県の判断でやっておりますので、具体には私どもは承知しておりません。
○佐藤(徳)委員 後でいろいろまた問題の提起はいたしますが、私の質問に対して提案者が「当分の間」の問題に触れられたわけでありますけれども、まさに全校配置のできないといいますか、その障害になっているあるいは隘路となっているのは、御承知のとおり学校教育法第百三条でありますと私も理解をしています。この当分の間養護教諭を置かないことができる、これは養護教員だけでなくて事務職員についても言えることなんであります。 そこで、ひとつ端的にお尋ねをいたしますけれども、大臣、どうですか、「当分の間」とは通常、社会通念上あるいは常識的には何年くらいが適当と判断をされますか。
○川村説明員 法令用語として「当分の間」という言葉はどう使うかということかと思います。これは、それぞれの法律の制定時の事情等によりまして一義的に何年以内であろうというふうな定義はないというふうに承知いたしております。物理的な時間がどの程度決められるかということは、それぞれの法律の立法時の状況でございますとか、その後の時間の経過における社会事情の変遷、そういうことを勘案しながら総合的に決められるものではなかろうかというふうに理解しております。
○佐藤(徳)委員 私が聞いておりますのはそういう官僚的答弁じゃないんですよ。極めて常識的、社会通念的に「当分の間」とは何年くらいが適当だと御判断されますか、それで文部大臣に聞いているわけなんで、あなたのおっしゃったようなそういう法律的な、解釈でもないでしょうけれども、わかったようなわからないような答弁を聞いているんじゃないのですよ。大臣、私見でもいいですよ。
○海部国務大臣 学問的、理論的にお答えができませんけれども、やはり常識的に「当分の間」というと、そのものを取り巻く背景や状況等にもよりましょうけれども、当分といったら常識的に言うと十年くらいが当分でしょうけれども、しかし政治的には五十年、百年かかることもあるわけでございまして、当分の間新聞の検閲はこれをする、当分がたったら新聞の検閲は解除するとある国が革命直後に発表したことがございましたが、五十年たってもまだ検閲は解除されておらぬということもありますので、政治的にはいろいろとこの使われ方があるだろうと思いますが、当分というのは常識的に言うとそんなことではないでしょうか。
○佐藤(徳)委員 十年ぐらいですというお答えをいただいて、それでとめていただけばよかったのですけれども、政治的という言葉を使われましたが、政治的中立も御存じですね。だから、教育というのはやはり純粋でなければいけないし、政治的にこれを利用されてはいけない。あなたのおっしゃるようなことを判断をすれば、政権が交代しない限りは「当分の間」は解決しないみたいな解釈に実はなっちゃうわけであります。いずれそうなるのでありましょうけれども。しかし、少なくとも私が言いたいのは、教育的見地に立って、しかも社会上通るようなそういう解釈をすべきが至当であろう。それは九十九年間の返還の問題も国際的にはありますが、しかし、少なくとも教育の問題に限っては教育的見地に立ってこれを判断しなければいけない、こう思うのであります。 わかりました。十年というのはいい答えです。だからそれが貫けるように、大臣ひとつ頑張ってください。 それで、御承知のとおり既に十年なんかとっくに過ぎているんですよね。だから、社会通念的な判断からいったら当然全校配置が終わっていなくちゃいけないという状況ですので、その点もひとつ十分御判断をお願いしたいと思います。 それで、ちょっとつけ加えてお尋ねしたいのは、「当分の間」を入れたというのは当時それぞれの理由があったと思います。その「当分の間」と入れた理由は一体何だったのでしょうか。四十年、五十年を見越した文字だったのでしょうか。
○川村説明員 この法律が制定せられた当時の議論でございます。詳細に私も存じておりませんけれども、当時の状況を考えますと、養護教諭につきましてはその養成体制が必ずしも十分ではなかったというようなこととか、あるいは現在もそうでございますが、当時も財政事情が大変に厳しいというようなこともございます。その他、全国に散在しております小中学校すべてに実際に配置ができるかというふうな地域的な問題、そういうふうないろいろな事情でこういう規定が入れられたのではないかというふうに理解をいたしております。
○佐藤(徳)委員 後で附帯決議の問題について少し触れますけれども、政治的には熟しておったときもあったのですね。問題は、文部省がやる気があるかないかですよ。そこに帰着するのです。後で附帯決議を紹介いたしますけれども、その歴史的変遷を見ますとどうやらそう判断せざるを得ません。ただ、私は特に今強調したいのは、大臣のお答えにもありましたとおり五、六年以前の状況と違うということなんですね。今日の子供たちの学校における健康を守るというそのものだけではない、教育荒廃の中で新たな任務がある。それで私はこの問題を強調しておりますから、昨年と同じような質問でありましたけれども、意味合い的にはかなり違った状況に来ているのだということを、大臣並びに文部省の関係者も十分それを理解してほしいと思います。 さて、時間もなくなりますから次へ進めさせていただきますけれども、大規模校、小規模校にいたしましても、あるいは養護教員だけではありません。事務職員の皆さんにしてもそうでありますが、一般教員もまた、それぞれ大規模校にいらっしゃる先生、小規模校にいらっしゃる先生も多くの悩みや問題を抱えながら今日教育を進めているわけであります。だから、ゆとりのある教育であるとか、あるいは充実した教育であるとか、授業に専念できるような条件の整備等が、今日の学校現場はもちろんのこと地域社会からも実は求められているわけであります。 そこでお尋ねいたしますのは、大規模校は全国に一体どのぐらいあるのでしょうか。あるいは小規模校はどのぐらいあるのでしょうか。
○川村説明員 大規模校、小規模校という定義もなかなか困難でございますけれども、仮に二十五学級以上を大規模校というふうに考えますと、昭和六十年度現在において五千百九校でございます。それから小規模校についてでございますけれども、小規模校も定義がございますが、仮に五学級以下の小学校、それから中学校につきまして二学級以下というものを小規模校といたしますと、四千三百八十六校ということに相なっております。
○佐藤(徳)委員 そこで、大規模校の問題は二つの側面がございまして、養護教員の場合は複数配置の問題、あるいは大規模校を解消する問題という両面の問題があるのですね。どちらが早いか遅いかは別にいたしましても、いずれ解決をしなければならない問題であると思います。急増対策の問題についても議員立法を出しておりますから、そのときに議論がされるでありましょうが、現状において大規模校で養護教員が複数配置をされている事実がありますか。あるとすればその人数なり割合をひとつ出していただきたいと思います。
○川村説明員 現在そういう大規模校で養護教員が複数配置をせられておるというのは、私どもの承知している範囲では全国で百六十三校、四つの府県でございます。
○佐藤(徳)委員 小規模校における養護教員の配置状況というのはどうなっていますか。先ほどの答えのとおりですか。どうぞ答えてください。
○川村説明員 先ほどお答えを申し上げましたように、現在の第五次定数改善計画では極めて小規模な学校を除くということでございますので、一学級、二学級の小中学校というところには配置をいたしておりませんし、三学級の学校についても四校に三校ということを目標にしておるわけでございます。そういう目標で現在この計画が進められておるわけでございますので、先ほどの配置の状況で申しますと、現在未配置校というのはほとんどが五学級以下の小規模校ではないかというふうに理解をいたしております。
○佐藤(徳)委員 養護教員の学校を兼務している兼務状況ですね、この実態を知らせてください。
○川村説明員 複数の学校、二校でございますけれども、兼務をしている養護教員の数が、調査をいたしますと全国で五百一人ということでございます。それで、その状況を見ますと、結局一つのところに小中学校が併設されている場合でございますとか、併設ではないけれども小中学校が隣接をしている、僻地の小規模校の場合にそういう実情があるということでございまして、大部分が二校でございます。それ以上の三校あるいは四校、五校の兼務という事例は聞いておりません。
○佐藤(徳)委員 こういう状態は望ましい状態だと思いますか。いかがですか。
○川村説明員 ただいま申し上げましたような事情で兼務が行われているということでございます。でございますから、そういう地域の実情によって兼務が全くこれはぐあいの悪いことだということを一概に言うことはいかがであろうかと思っておりますけれども、できれば将来の方向としてはできるだけ各校に養護教員は配置されることが望ましいというふうに理解をいたしております。
○佐藤(徳)委員 後段のお答えはいいんですけれども、前段が余計なんですね。そういう答えをすること自体が、私はやはり現場状況を認識していないあかしだと言わざるを得ません。こういう状態は望ましいことではないという後段の説明がありましたからわかりますけれども、こういう変則的な状況でなくて、一校に一名養護教員を完全に配置して、子供たちの健康管理あるいは大臣がおっしゃっておるような心の健康管理を十分されるようにひとつお願いをしておきたいと思います。 時間も余りありません。事務職員の問題について触れます。 大臣、一つぶしつけなお尋ねをいたしますが、学校事務職員が今日、特に小中学校でありますけれども、子供たちから何と呼ばれておりますか、御存じですか。
○海部国務大臣 やはり学校において基幹的な職員として仕事を果たしておっていただくわけでありますから、当然児童生徒の目から見れば先生、こういうふうに映っており、そのように呼んでおるのではないかと私は想像をいたしております。
○佐藤(徳)委員 そうです。そのとおりです。私が答えを出して申しわけありませんけれども、そのとおりなんですね。先生と呼ばれているんですよ、特に小中学校の場合は。事務職員さんなんてだれも呼びませんよ。つまりそのことは何を意味しているかということが私は重要だと思うのです。だから、学校事務職員というのは一般事務職とは性格的にも置かれている現状からいっても違うんだという認識が学校当局にもあるし、本人にもあるし、子供たちにもあるということなんですね。私の長い学校教育現場の経験からいっても、確信を持ってそういうことは言えると思います。それは単なる事務だけをやればいいというんじゃないのですね。だから、日常の学校生活において、ここが一番大事なところでありますけれども、子供たちとの結びつきがあって初めて事務職員という一般事務職と違う性格といいますか、職務といいますか、それが遂行されるのであって、いわば学校運営全般にわたってその一員である、こういう位置づけなんですね。だから重要な存在だという認識に私は立ってもらいたい、こう思うのでありますが、いかがでしょうか。
○海部国務大臣 学校事務職員の皆さんは、学校を運営するために基幹的な役割を果たしておっていただく重要な立場の職員であると私も受けとめております。
○佐藤(徳)委員 せっかく提案者いらっしゃいますので、きょうは文部大臣になったつもりでひとつ堂々とお答えください。いかがですか。
○佐藤(誼)議員 学校事務職員は、私たちが提案の理由の中にも既に述べているように、文書、統計、給与、福利厚生、学校予算の執行事務等々の本来的な事務、それから教育活動にかかわる事務、例えば教材教具、施設設備、就学奨励、転出入等に関する事務、さらに教育活動そのものに携わる問題、例えばPTAの活動に参与するとか、あるいは学校のクラブ活動の顧問になるとか、そういうこともあるわけです。特に、一般の行政事務の皆さんと違うことは教育活動の一環を担っての事務に携わるわけでありますから、とりわけ一般行政とは別の、学校教育の理念、教育内容、教育行政の仕組み等について教育的な側面からの専門性を求められているという点は、一般の事務職員と異なる学校事務職員の特殊性であり、大きな任務であり、専門性だと私は思うのであります。特に、そういう点からいいまして、学校の教育そのものが教諭だけで行われているわけではありませんので、事務職員や養護教諭やその他の方々がそれぞれの分野を全うし、それが有機的に連帯し合うことによって教育活動が全うされる、その中心になる基幹職員が教諭であり事務職員であり養護教諭等々であるというふうに理解しております。
○佐藤(徳)委員 大変立派なお答えてあります。だから、本法案が通ったとすれば、実際に学校で仕事についておられます事務職員の皆さんに励みも与えるでありましょうから、ぜひひとつ今のお答えを受けて、文部大臣並びに文部省も御検討をお願いしたいと思います。 さて、先ほど私は附帯決議の問題を指摘いたしました。調べてみましたら、養護教諭、事務職員にかかわる問題で附帯決議が随分されているのですね。 例えば、第二十二回国会、昭和三十年七月二十八日であります。これは大変立派な文章でありまして、「学校事務職員の身分給与等に関する件」という案件であります。「学校における教員と事務職員とは、ともに学校教育の両翼をなしており、学校教育の円滑を図り、教育効果を最大限に発揮させるためには、不可欠、かつ不可分の関係にあるものと思われる。」こういうのが冒頭に表現されているわけであります。だから、この制度ができた直後であっても当時の皆さんは非常に認識を深めていらっしゃったな、そんなことを考えますと、まさに敬意を表したいところであります。 さらに、第二十八回国会、昭和三十三年四月四日でありますが、これは前に文部大臣をやられまして現在衆議院議長の坂田先生が提出者になっているのですね。これがまたすばらしい提案をされているわけであります。つまり、養護教諭の問題について触れているわけでありますけれども、「養護教諭制度の拡充について、適切なる措置を講ずべきものと認める。」あるいは事務職員、養護教諭の問題についても触れられておりまして、早く全校必置をしなさいというような趣旨の決議も実はされているわけであります。 あるいは第三十九回国会、昭和三十六年十月二十日でありますが、自民党、社会党、民社党の共同提案で満場一致で実は通っているわけであります。とりわけこの中では、「養護教諭、養護助教諭、事務職員、実習助手等の適正な配置のできるように措置すること。」実はこう決議をされている経過があります。 あるいは五十一回国会、昭和四十一年三月十八日、あるいは第七十二回国会、昭和四十九年三月一日、いずれも三党共同提案でありまして、同じような趣旨が生かされた決議が実はなされているわけであります。特に、「養護教諭及び事務職員の全校配置と二人以上配置のための学校教育法の改正を図るとともに現行法の下においても学校数の四分の三という機械的な数字にかえて、例えば、きわめて小規模な学校だけを例外とするような措置に改めること。」など、非常に前進的な決議であったと私は思います。 さらにまた、八十六回の閉会中に行われた小委員会報告もございます。この小委員会の報告をちょっと紹介しておきますと、「養護教諭及び事務職員等については、速やかに全校配置が実現できるよう別途計画的に措置する。」そして「改善に当たっては、地方財政について十分に措置を講ずる。」こういう極めて明快な小委員長報告があるわけであります。文教にかなり御熱心でありましただけに、大臣御記憶があると思いますから、これらの歴史的な附帯決議についての感想なり、これを土台とした今後の展望なりについて御見解を承ります。
○海部国務大臣 附帯決議は、それぞれのときに与野党の皆さんいろいろお話し合いをいただき、指針として委員会でお決めになることでございまして、政府としては、それを最大限に尊重させていただきますと受けとめ、いただいて、それを行政に反映させていかなければならない重要な重みを持ったものだと私は心得ておりますし、同時にまた、それぞれのところで今御指摘になりました問題点は、とりあえずは現在進行中の六十六年を達成年度とする定数改善計画を着実に実施しなければならない、この一点だろうと思いますので、私は私の立場において予算的な裏づけを確保することが何より大事だと思いますから、財政状況の厳しいときでございますけれども、大蔵財政当局と腹を据えて積極的に交渉を進めて、その計画が達成するように全力を挙げて努力をいたしたい、こう決意をいたしております。
○佐藤(徳)委員 余計なことかもしれませんけれども、内閣改造になる前にぜひそれが実現されるように特に要望しておきたいと思います。引き続いてやっていただけるような状態になれば結構なんでありますけれども、どうなるかわかりませんので、今在任中に実現されるように、海部文部大臣、これは歴史に残るものでありますから、ぜひ肝に銘じて御努力いただきたいと思います。 さて、最後になると思いますけれども、公立学校事務職員の校種別の実数をお知らせください。
○川村説明員 現在の公立学校におきます事務職員の数でございますけれども、小学校は二万一千三百三十五人、中学校が一万四百三十四人、高等学校が一万九千四百五人、全部で約五万人ほどの事務職員が事務に従事していただいているということでございます。
○佐藤(徳)委員 それは何の調査に基づくものですか。 例えば、昭和五十九年度の文部省学校基本調査報告書によりますと、私の方から教えて恐縮でありますけれども、昭和五十九年五月一日現在、小学校が二万七千四百七十五人、中学校が一万四千二百十二人、高校が二万五百四十四人、合計して六万二千二百三十一人になるはずであります。そのうち女子事務職員がどのくらいいるか調べてみましたら、小学校が一万八千七百九十八名であります。その割合は六八・四%、女子職員の方が七〇%近くになっています。中学校が八千五百六十七名、割合にして六〇・三%です。高校が八千六百八十七名、割合にして四二・二%。合計いたしますと、三万六千五十二人の方が女子事務職員、その割合は五七・九%なんです。女子の方が過半数を超している、こういう実態であります。 さて、そこで、最後になりますけれども、大臣にちょっとお尋ねいたしますが、臨教審の第二次答申の中に育児休業問題とそれから新井戸端会議の問題が提唱されております。この育児休業問題は、岡本会長が専門的な人でありますから脳の問題からいろいろ分析をされたのだと思いますけれども、先般、私は臨教審の会長さんにいろいろお尋ねをいたしました。この辺まで踏み込めなかったのでありますけれども、しかし、少なくとも子供たちが成長していく過程で乳幼児期が非常に大切であるということがお読みになっておわかりのとおり強調されております。全体的にそういう兆候が来ているわけでありますけれども、とりわけ、私ども議員立法で既に趣旨の説明をして御存じのとおりでありますが、同じ屋根の下にいて同じ仕事をされて、そして事務職員なり栄養職員の皆さんなり養護教員の皆さんも、単に与えられた任務だけではない、これは先ほど私が説明したとおりなのでありまして、そういう実態からいって、皆さんが要求されている、早く実現させてもらいたいなという育児休業問題について文部大臣も積極的になってほしいと私は思うのであります。これはいろいろ議論のあるところかもしれませんけれども、臨教審でさえこの育児休業問題を大きく奨励をしている、こういう実態なのであります。大臣、いかがでしょうか。
○海部国務大臣 おっしゃるように臨教審の答申の中にもいろいろ書いてございますが、臨教審に書いてなくても、乳幼児の教育、就学前の教育の大切なことは私も個人として重要だと考えております。承りますと与野党でいろいろその重要な問題についても御議論を承っておると拝聴しております。
○佐藤(徳)委員 その後はないのですか。
○海部国務大臣 私もよく勉強し研究をさせていただきます。
○佐藤(徳)委員 研究の段階が長く続くのじゃ困るのであります。ぜひひとつその実現に向けて頑張っていただきたいと思います。 提案者の答えで締めくくってもらいたいと思います。今の問題を含めまして提案者の見解をお尋ねいたします。
○佐藤(誼)議員 大変失礼ですけれども、今ちょっと話をしておって質問の趣旨を聞き漏らしたので、もう一度お願いします。
○佐藤(徳)委員 今申し上げましたとおり、特に小中学校については事務職員の中で女子の皆さんが圧倒的に多い、過半数を超している、こういう状況であります。そしてさらに、臨教審の第二次答申の中にも育児休業を奨励する問題が出ておりますので、その点について文部大臣にお尋ねをしたところであります。十分研究したい、こう言っているのでありますが、提案者も、この育児休業の趣旨説明を行った当事者でありますから詳しいと思いますので、見解を承って、終わりたいと思います。
○佐藤(誼)議員 育児休業の必要は今日の状況では全婦人労働者に必要な状況に来ているというのが私の基本的な認識であります。御案内のとおり、職業を持った婦人の社会的進出というのは非常に大きくなっておりますが、育児その他の関係等もこれあり、なかなか正規の職員になれない方もいるわけです。それなども加わって臨時、パートがふえている状況にもあるわけです。ですから、婦人の社会的進出の上で極めて重要なのは育児の問題だということを考えなければなりません。特に、不十分とはいいながらも男女雇用機会均等法も制定されたことであるし、これから我々国会の中でもこの問題はオールジャパン、全婦人労働者の問題として考えていかなければならないと私は思っております。 ただ、経過的に見ますと、御承知のとおり、現在の育児休業法というのは全党一致のもとに、そのときの歴史的な背景と状況の中で生まれたわけです。そのときに、学校の教諭を初めとして養護教諭の方々等はその法案の対象になりましたが、残念ながら当時の事務職員の方は対象にならなかったわけです。それはその当時の経過を見ますと、随分議論されたようでありますが、簡単に言えば、当時の状況としては事務職員の皆さんに適用するということは時期尚早ではないか。その理由になったのが例の産休代替法の適用の問題だったわけです。それは教諭や養護教諭には適用されておったのですけれども、当時事務職員はまだ産休代替の適用にならなかった。それなども一つこれありまして、簡単に言いますと、当時育児休業が制定され発車するときに積み残された、そういう状況にあったわけです。ところがその後、養護学校の義務化等々がありまして、新しい職種として例の栄養職員であるとか看護婦であるとかそういう職種がその後へ出てきた。そして、まとめて言うならば、先ほど申し上げました産休代替法も事務職員に適用され、今申し上げた栄養職員や養護学校の看護婦等にも適用されて、当時積み残された理由が何らなくなってきたし、そしてまた新しくハウスの中に生まれた職種の方々も全部適用された。そうなりますと、何らそれを積み残しておく理由がない。したがって、今申し上げた事務職員や栄養職員や看護婦や准看護婦の方々に育児休業法を適用するのは経過からいっても当然でありますし、また、言うなればそれを一つの突破口といいましょうか、そういう形で積み残し分を早急に積み込んで、そして適用の拡大をしながら、やがて全婦人労働者にこの育児休業の適用を拡大していくというのが今日の状況に合った扱いであるし、またそういう扱いが適切ではないかということを私は考え、我が党も努力をしておりますが、各党の皆さんにも大変な御協力をいただいているということに対して深く感謝を申し上げ、早く実現することを心から御期待申し上げまして、私の答弁といたします。
○佐藤(徳)委員 本法案を速やかに実現できますよう私も期待をしている一人であります。大変立派なお答えでありました。ぜひひとつこれが一日も早く実現され、そして教育現場の中で生かされるよう私も努力したいと思いますので、よろしくお願い申し上げたいと存じます。 これで終わります。
○青木委員長 池田克也君。
○池田(克)委員 公明党の池田克也でございます。提案者の御努力に敬意を表しつつ、我が党の考え方も含めまして御質問をしたいと思います。 最初に、この議員立法についての提案者のお考えですが、これは法案の中身あるいは趣旨いずれをとってもまことにもっともなものであり、非常に緊急にこれを整備していかなければならないことはだれの目にも明らかであると私は思います。しかしながら、繰り返し国会決議がなされたり、いろいろとそれに伴う運動が行われているにもかかわらず、遅々としてこれが進まない、こういう事態が今日まで続いている原因は一体どこにあるか。単純にやる気がないと言えばそれまででありますが、政治の仕組みはそれだけではないと私は思うのです。提案者から、今回これを提案されるに至るさまざまな御努力の中で、その政治的な分析がもしあればお聞かせいただきたいと思います。
○佐藤(誼)議員 今日、事務職員、養護教諭全学校配置は必須の教育的な条件なんですが、今もいろいろありましたようにまだその実現を見ていない、それはいろいろな状況、問題があると思うのです。それは法制的な不整備になっている状況、それから政治的、財政的、いろいろあると思うのですが、この学校教育法制定から今日までの状況をずっと見ると、条件整備がおくれている最大のネックになっているのは、法の整備について不徹底であるという、つまりそれは具体的にいいますと第百三条に「当分の間」ということが入っている。それは先ほど海部文部大臣も言われましたけれども、制定された当時の法の考え方からいえば、養護教諭の養成の問題等もあったのでほぼ十年くらいかなという感じを持っておったと思うのです。ところがその後、財政的とか政治的理由が加わって、まだ十全なものになっていない。したがって、私たちは財政的、政治的なもので充実していかなければならぬ点は考えますけれども、それにも増して重要なのは、法的な整備を急がなければ、その点から財政的な理由とか政治的な理由でおくらされておる、したがって今回提案した最大の理由、つまり実現させるためには法の整備を急がなければならぬということ、具体的には第百三条の「当分の間」ということを削除することによって、国会並びに行政当局に法的に義務づけるということで初めて完全にしかも早急に実現できるのではないか。そして、今も指摘ありましたけれども、何遍国権の最高機関である国会が決議という形で決めていっても、文部省なり行政当局がいろいろな理由でやらない。したがって、私たちは議員の立場で文部省なり当局にかわって、その決議を生かしてもらいたいという趣旨も含めて今回の法律案を提案しているというふうに御理解いただきたいと思います。
○池田(克)委員 法律をつくってこれを義務づける、おっしゃるとおりでありますが、問題は、この法律ができるかどうかということで、今日の国会の状況を考えるならば、法律一本通すためにも非常に多くの労力――当然できていいような法律でもなかなか諸般の情勢、いろいろな力関係というものが表にあるいは裏にあって通りにくい。私も国会に議席を得て数々の法律を見てまいりましたが、なかなか今日の政治状況というのは難しい。しかも、数々の法律の中で優先順位があって、その優先順位の順序に従っていろいろと法律が通されていく。私は率直に申しまして、数々の教育的な要求される法制の中で、今日、この養護教員の問題は序列として低い位置に置かれていたのじゃないか。言うならば、これについての運動が十分に浸透していなかった。そう申しては、運動されている方の御努力に対して大変申しわけない思いもいたすわけでありますが、一つの国を動かしていくに当たって、私も予算委員会で中曽根総理ともやりとりをいたしました。中教審の答申が実らなかった原因は世論が十分に熟していなかった、大蔵省は財政が厳しいけれども、世論が十分に熟すのであるならばこれは大蔵省といえども予算を通さざるを得ない、こういう答弁を総理はしておりました。やはり国民的な規模で、子供たちの健康、広い意味の心の健康も含めたものをもっと大きな社会問題として、当然社会問題になっておりますが、その解決手段として、この養護教員の方々の極めて重要な位置づけ、処遇あるいはまたその配置というものがさらに大きな世論として盛り上がっていくために何らかの手を打っていかなければ、今日こうして会期の終わりのところに法律を審議するわけでありますが、何か物足りない、もっともっと大きなうねりを持っていかなければこの壁は突き崩せない、こういう感じを率直に持つのです。私の気持ちと提案者とは共通したものがあろうと思いますが、御感想があればお聞かせいただきたいと思います。
○佐藤(誼)議員 質問という形で御意見、所見を述べられたわけでありますけれども、全く同感でございます。先ほどからこの問題について質問、答弁もありまして述べてきたのですけれども、今日の子供の成長発達、社会環境等を考えますと、学校の中における養護教諭の必要性ということはどなたも共通していると思うのです。それが、先ほどから申し上げているような法律上の根拠がいま一つ不明確なために、財政上の理由であるとか政治的な配慮であるとかいろいろなことでおくれてきているわけです。したがって、今先生が指摘されるように、この必要性を世論の大きな盛り上がりの中に運動として位置づけていかなければなりませんし、同時にまた、それも受けながら文部省なり当局がきちっと責任を持たなければならぬ、法の整備もしていかなければならぬのではないか。幸いこの法案を議員立法という形で日本社会党が提案いたしまして、公明党さんにもその他の野党の方々にも大変な御理解と御支援を今日までいただいてまいりました。願わくは、与党にはいろいろな立場があると思いますが、こういう状況でございますから、与党である自民党並びに自民党の議員の皆さんにもぜひ御理解いただいて、国民的な課題として、またそれを解決するものとしてこの法案をぜひ御承認、通していただきたい、このことをむしろ私の方でお願い申し上げたいと思っておるところでございます。
○池田(克)委員 これは文部当局にお伺いしたいのですが、年々少しずつですがふえてきているように思うわけでございますが、文部当局としても決してないがしろにしておられるわけではないと思うわけでございますが、現状から考えて、この提案の趣旨についてどのような御所見を持っていらっしゃるか。とてもこれは無理であるというふうにお思いなのか、あるいは今のペースをずっと維持するというのか、あるいは今のペースをもう少しは早めていくというふうなお考えなのか、その辺の現状をお聞かせいただければと思います。
○川村説明員 先ほど来文部大臣からお答え申し上げておりますように、私どもといたしましても、この養護教諭あるいはこの法案で提案されております事務職員というものは学校の運営の上で大変重要な役割を果たしているということは、その点は十分認識しているつもりでございます。こういう厳しい財政状況のもとでございますけれども、現在進行中の第五次の定数改善計画におきましても、養護教諭につきましてできるだけの増員を図りたい、また事務職員につきましてもできるだけの増員を図りたいということで計画を進めている状況でございます。御案内のように、行革その他の関係がございまして、一時この計画の進捗がスローダウンしたりなんかいたしておりますけれども、私どもとしては、今後とも、この厳しい財政状況のもとではございますけれども、現在の定数改善計画をできるだけ前へ進めてまいりたい、予定どおり六十六年度に完成をさせてまいりたいと思っておるわけでございます。ただ、現在の定数改善計画で申しますと、養護教諭につきまして、これが完成した時点にすべての学校に養護教諭が配置されるかということに相なりますと、現在の計画では一応四学級以上の学校にはすべて配置する、それから三学級の学校につきましても四校に三校は配置をしたいというふうな計画でございます。全校にきちっとこれを配置するということは、目標としてはそういうことであろうかと思いますけれども、現時点ではともあれ、現在進行中のこの第五次の定数改善計画を着実に実現を図るということが私どもの当面の目標でございまして、その点につきまして、先生方の御助力を得ながらさらに努力をしてまいりたいと考えておるところでございます。
○池田(克)委員 私は十分まだチェックできなかったのですが、臨教審の一次、二次の答申には養護教諭に関して何か答申しておりますか、あるいは関連したことでも結構なんですが。――急なことで済みません。もし何なら後からでも結構ですが……。
○古村政府委員 臨教審の第二次答申におきましては、健康教育の充実ということを一つの大きなテーマに掲げておりますが、その中で、学校におきます健康管理について養護教諭あるいは学校医などの活性化を含めて、よくその改善方策を検討しろというふうな御提言をいただいておるわけでございます。
○池田(克)委員 とりわけ、この提案の説明にも「精神的な相談相手」という言葉が出てまいりまして、昨今いろいろと学校の中にあるいは子供たちの中にみずからの生命を絶つという痛ましい事件が続いておりまして、いろいろな意味で子供たちの相談相手が必要であるという状況の中で、率直に申しまして、精神的な相談相手というのはかなりの気苦労というものがあろうか、単なる医学的な知識とか通り一遍のそうした激励とかだけでは片づかない複雑なものがある。それを徹底的に解決していくためには、長期にわたってその家庭とか友達関係とか、さまざまな問題について掘り下げてこれに取り組んでいかなければ片がつかないという、非常に深刻な問題がここに含まれているわけです。 提案者にお伺いしたいのですが、精神的な相談相手という実態、養護教員の方々がどういう活動でどのような日々を送っていらっしゃるか、もし事情を御存じでしたら、その辺をお聞かせいただければと思います。
○佐藤(誼)議員 統計的に全部押さえているわけじゃございませんけれども、私たちいろいろな会合で、そしてまた学校等を訪問してよくわかりますことは、今日の子供が、私たち成人が成長した時代と違いまして非常に社会環境も違ってまいりましたし、また、とりわけ今問題になっている受験競争の激化、教育の荒廃というものの中で心身ともに大変痛んでいるといいましょうか、そういう点では、言うなれば一つの精神病的なものを持ちながら、しかし発達の過程で発達障害ともいうべきそういう情緒障害、心の病といいましょうか、そういうものを抱えている子供がたくさんいる。それは担任の先生にそういうような点はなかなか相談できない部分があるものですから、特に女生徒の場合はそうだと聞いております。そうなりますと、健康、保健、安全についての専門的な知識を持ち、しかも教育的に十分なる識見を持ち、経験を持っている養護教諭の方に相談しに行くという方がたくさんいるわけです。それがよく言われるように、一日百人も百五十人も来ることがあると言われておるわけです。それが、学校においては定員が配置されていない、ましてや複数も配置されていない。そういう状況の中で、養護教諭の方々が本当にそういう子供たちと真剣になってその問題を解決するために心身をすり減らしている、健康のいろいろな問題を引き起こしているということは私はよく聞いているわけです。ですから、私たちは、そういう教育的な側面からも、また働いている養護教諭の皆さんのいわゆる労働条件やあるいは人権にまでかかわる問題がありますので、そういう点からも、こういう法案の整備をして一日も早くそういうものにこたえるということが、教育的にもまた今日的な社会的な状況の中でも、極めて必要なことではないかという認識を持っているわけであります。
○池田(克)委員 これは文部省にお伺いしたいのですが、養成制度の不備ということがこの問題を議論するときにしばしば出てくるのです。法案の当初からそういうことがあったようですが、養成制度の不備というのはどういうことを指しており、今日それがどの程度改善されているのかについてお伺いしたいと思います。
○川村説明員 そもそも戦後にこの養護教諭制度が設けられましたときに、そういう新しい職種についての養成課程がないというようなことが基本的にございました。その後しかし、御案内のとおりにそれぞれの教員養成大学、学部等につきましても、それにふさわしいカリキュラム、コース、課程が設置せられるようになっておりますので、現時点で、この法律ができた当時のような養成上の困難、制度上に養成すべき適当な課程がない、教師がいないというふうな事情は、おおむね解消されているのではないかというふうに承知しております。
○池田(克)委員 これも文部省にお伺いしたいのですが、今の教育改革の流れの中で、家庭の教育力の充実という問題が出ております。と同時に、新井戸端会議というのが提唱されて、これからの動きについては私も興味を持って見ているのですが、言わんとするところはわかるような気もするわけでございます。井戸端会議というのは政策として提案して調査費などをつけてやるという種類のものかどうか、なかなか自然発生的にできてこない、特に都市においてはそういう傾向を感じておりますけれども、私が指摘をしたいのは、子供の心あるいは健康というものを支える上で家庭と学校という関係性があるだろう、そういう面に着目をした臨教審の発想というものもなされているように私は思うのですが、この養護教員の増員あるいは処遇改善、これはこれとして重要だと一つ押さえておきながら、片方で、家庭と学校、家庭と子供、そして心、健康、こういう一つの周辺のこれからの進みぐあい、今文部省内で考えている考え方、そうしたことについて御答弁いただければと思います。
○川村説明員 先生御指摘のように、臨教審におきましてはその辺のところに相当の議論が割かれておるわけでありまして、私ども、子供の教育ということを考えたときに、学校教育に対する期待もそうでございますけれども、御指摘のような家庭の問題というものは切っても切り離せない重要な問題であろうというふうに考えておるわけでございます。「家庭の教育力の回復」という言葉で臨教審の御指摘をいただいておりますけれども、これを私どもが行政の立場で受けとめて具体的にどのような形で展開をしていくか、大変重要な問題であろうかと思っております。せっかくこのたびの第二次答申でその辺の御指摘はいただいておりますので、現在それを受けとめた行政施策の展開方向につきまして大いに検討を部内で重ねている状況でございます。
○池田(克)委員 今の問題に関して提案者にちょっとお伺いしたいのです。 現場の状況ですけれども、養護教諭の方々の数、学校に配置されているかいないかのパーセントはあると思うのですが、生徒の数と養護教員の数の比較、比率の問題ですが、ともかく学校に配置をされている状態、やはり大きな学校と小さな学校とではその養護教員の方々の活動の内容あるいは労苦というものは違うと思うのですが、このパー学生数といいますか、そういう関係性というのはどういうことになっているのでしょうか。
○佐藤(誼)議員 細部にわたってのことは所管庁である文部省の方が詳しいと思うのですが、どのくらい養護教諭が配置されているか、これを配置率あるいは充足率といいましょうか実数で押さえていきますと、私の方でとらえているのは現時点ですけれども、配置率つまり定数法上、これですと八二%程度、それから各県の県単の部分がありますから実際に配置されている実数、つまり充足率は八五・五%、こういう状況だと聞いているわけです。したがって、充足率でも一五%パーセンテージは不足しておりまして、今の第五次の定数法が完全に六十六年に成ってもなおかつ九六・四%程度ですから、まだ全校に行かない。しかもこれは、先ほどから議論されているような大きい学校ではどうしても複数配置が必要になってきていますから、まだまだこの充足という状態からいうと離れている。私、大変蛇足の答弁で申しわけないのだけれども、とかく我々はパーセンテージで押さえがちですが、これは財政効率その他の点からやむを得ない点もありますけれども、しかし、事子供にかかわる教育の場合にはそういうパーセンテージの押さえ方だけでは不十分だと思うのです。例えば、私たちが腹いっぱいを一〇〇%だとすると、九五%腹の中に食糧を入れたとすればまあまあ充足している、もう少し我慢していいやということになると思いますけれども、例えば今の八五%ですと、一五%残っている。第五次の計画はできてもなお七%近く残っているということは、百あれば十五校、それから完成の暁には九六ということは七つの学校が配置されてない。そうすると、その当該の子供は配置ゼロですから、その当該の子供にとってはまさに配置率、充足率ゼロなんですね。何かあったときにはその子供には、そういう養護配置によってその子供の健康や安全のことを守ってくれる、言うなれば権利の保障とでもいいましょうか、これがゼロだという。ですから、これは数字だけでは押さえられない面がある。そういう意味で、子供の健康やあるいは今の安全にかかわる問題ですから、全校配置しなければだめだ。ですから、九〇%か九五%あればこれですべていいというふうにならないところに教育の質の問題があると私はこの際主張しておきたいと思うのです。
○池田(克)委員 これは文部省にお伺いしたいのですが、例えば養護教諭の方の活動で、生徒のうちへ行く、あるいは学校を出てさまざまなところでいろいろ調査したりする。先ほど申し上げましたように、子供の健康と心の問題は、子供が学校へ来てそこで教わるということ以上に、そういう先生方が家庭を訪問したりあるいは病院と連絡をとったり、学校外の活動の行き来は非常に重要な位置を占めるのではないだろうか。交通費とかあるいはそういう時間外に活動した分の諸手当とか、そうした面についての配慮というのは十分制度上あるいは予算上なされているのかどうか、これを私はお伺いしたいのです。
○古村政府委員 おっしゃいますように、養護教諭の先生方のしておられます仕事というのは、児童生徒の保健管理、保健指導全般にわたっておるわけでございまして、例えば心身の健康に問題のある子供については、家庭訪問をして母親に対していろいろなサゼスチョンをするとか、あるいはけがをした子供については、これを学校から病院に運んでいくとか、いろいろなことが校外に出ていくことが必要だと思います。そういった点につきましては非常に献身的におやりいただいておりますし、そういったことについてのいわゆる所要経費というのは当然地方公共団体の方で措置されていると考えておるわでけございます。
○池田(克)委員 そういう活動を円滑にしていくために、いわゆるPTAとは別に、学校単位で地域の父母とのそういう連絡協議機関というものが必要であると我が党は議論をしているのです。これにつきましては、PTAの場合は、御承知のとおり子供が学校に行っている、そしてその親と学校というふうになっておりますが、私どもはもうちょっと広げて、地域ぐるみで、とりわけ都市の場合そうだと思いますが、そうじゃない地域も最近なってきておりますが、地域にいる昼間人口が極めて少ないという状況の中から、そこになるべく工場やあるいは商店を経営して常時地域にいるような方々で編成をした、そうした地域ぐるみの子供たちあるいは学校を円滑に持っていくための組織をつくってはどうか、こうしたことを私ども党内で議論をしているわけでございます。 養護教諭の増員あるいは処遇の改善と相まって、そうした一つの地域組織と申しましょうか、一つの例として考えられるのは、消防組織などが今日ございます。物理的に消火活動をするということでございますが、それ以外にも、地域に定着した人々の手によって地域をそうした災害から守るような組織体がかなり全国的に整備をされ、自治省からも予算化されて制度化されておりますが、私は、そうした災害とはまた別に、子供ということに視点を当てたそうした救護体制と申しましょうか、救護と言うとぴったりしないかもしれませんが、非行あるいは心の悩み、そうしたものをさまざまな目で観察して未然に事故を防いでいく、そうしたことを考える地域組織というものがあってしかるべきだ、こうしたことを私ども検討しているような状況でございます。今日まで文部省内等でそうした検討や議論があったか、あるいは私どもが今申し上げたような考え方についてどのような御所見をお持ちになるか、どなたからでも結構でございますので、お答えいただきたいと思います。
○古村政府委員 子供の健康を保持していくために学校が一体となってということで、私たちといたしましては、学校に置かれております学校保健委員会、これは学校の先生と養護教諭と学校医の方々、それからPTAの方というふうな方が入って学校保健委員会というのが大体できておりますが、その学校保健委員会をより活性化していきたいということを私たちは申し上げておりますが、そこで今御提案になったような地域の方で救急連絡網をどう整備するかについて一つ議題として上げていくということも考えられますので、この辺の学校保健委員会の活性化の一つの方法論として今の御提案をよく考えてみたいと思っております。
○池田(克)委員 いろいろとお伺いをしてまいりました。私は、前々からもそうでありますが、具体的に学校を円滑にし、子供たちを健やかに育てていくために、この養護教員の方々の活動というものは極めて重要である、こう認識をしております。したがって、冒頭申し上げましたように、さらに世論を喚起して、大きなパワーで、従来の壁に風穴と申しましょうか、改革へ向けていかなければならない、こう思っているわけでございまして、これからも機会があればまたこの問題について提案者にもお伺いをしたいと思いますし、また、私どもの持っているこれに関連した幾つかの案を申し上げてよりいいものにして、国民の世論形成の一助としていただきたいと思っているようなわけでございます。提案者のこの法案についての御決意を最後に伺って終わりたいと思います。
○佐藤(誼)議員 私たちは、先ほどから述べているような趣旨で、ぜひこの法案が成立し、また法案が施行されることを望んでいるわけでございます。しかし、これはひとり提案者やそれを提案した政党だけでできるわけじゃございませんので、具体的には各党の皆さん、与党、野党を問わず法案についての御理解をいただきながら、ぜひこの国会の中で成立さしていきたいということで提案しておりますので、各党の皆さんの御協力をむしろ私の方からお願い申し上げたい、それが私の決意といえば決意ですが、お願いということになります。
○池田(克)委員 終わります。
○青木委員長 山原健二郎君。
○山原委員 まず、文部省にお伺いしたいのですが、けさほども文部大臣に対して質問を申し上げたのですけれども、今度の四月二十八日の行革審の報告書、これには国庫負担法の見直しを御承知のように強調しております。この国庫負担法の見直しの中に、学校事務職員、栄養職員の給与費の地方一般財源化が含まれているわけでございまして、その意味でこの委員会で、これはもう断じて許せないということで断固として今までの方針を守るべきだというてとを主張してきたところですね。また、文部大臣もそういうふうに今までは答えておりますが、きょうは大臣がおいでになりませんから大変聞きにくいのですが、文部省としてどういう見解を持っておるか、最初に伺っておきたいのです。
○川村説明員 御指摘の点につきましては、けさほど来大臣がお答えを申し上げたようなことでございまして、行革審の小委員会報告では、この負担金の制度について見直しをするようにという提案がなされておるということは私ども承知をしているわけですけれども、今先生御指摘のような具体的な事務職員、栄養職員について一般財源化をすべきという御提案ではないように思いますし、また、私どもとしては従来から、事務職員、栄養職員というものが学校の中で占める職務の重要性、そういう職務の重要性からかんがみて、こういう基幹的な人件費についてはこれをぜひ守っていきたいということでございます。その点については、大臣から申し上げておりますとおりの方針で、私ども今後とも進んでまいりたいというふうに思っております。
○山原委員 五月の下旬に行革審の答申が出るということでございますから、恐らく変わりはないと思いますね。義務教育国庫負担制度について「国・地方の費用負担の在り方の観点から、その内容について、引き続き見直しを行う。」ということですね。それから「第五次学級編制及び教職員定数改善計画の実施については、現下の国の財政事情等を考慮して、引き続き極力抑制する。」というところが関係してまいりますし、また、今まで大蔵省は文部省に対して、時には事務職員あるいは栄養職員の給与については地方一般財源化するということを言ってきたわけですから、これは私は容易ならぬ事態だと思います。仮に五月下旬に答申が出ましたときにどうなるかというと、答申は最大限に尊重するというのが政府の今までの公式答弁でございますから、答申が出た後でさてということになっては遅いわけですね。この点を、きょうは大臣はおいででありませんけれども、強調しておきたいと思います。 それから、今言いましたように、「第五次学級編制及び教職員定数改善計画の実施については、現下の国の財政事情等を考慮して、引き続き極力抑制」という言葉を使っているわけですから、文部省も相当決意を固めて当たらないと大変な事態を迎えるということを、重ねて申し上げておきたいと思います。 四十人学級と同時に進行している配置率の改善ですね。これは六十一年度までに何名措置し、何%の達成となっているか、これをお伺いしたいのです。
○川村説明員 現在、第五次の定数改善計画によりまして、五十五年以来教職員定数の改善を図っているわけでございますが、その中でただいまお尋ねのいわゆる配置率の改善、四十人学級以外の配置率の改善につきまして、これまで五十五年から六十一年度までの全部の改善数は八千三百七十八人ということでございます。したがいまして、全体の計画に対します進捗率をとりますと二一・七%という状況でございます。
○山原委員 二一・七%で、その場合養護教諭の場合何%か、事務職員の場合何%か。これは重なっているかもしれませんが、一応ここでお聞きしておきたいのです。
○川村説明員 養護教諭につきましては、これまでの改善措置数が一千二百五人でございまして、進捗率にいたしますと二三・五%でございます。それから事務職員につきましては、これまでの改善数が九百三十三人ということで、進捗率にいたしますと一四・六%でございます。
○山原委員 今回の第五次改善計画は発足をしまして既に七年経過しています。六十六年まであと五年ですね。それであるのに進捗率は養護で二三・五%、事務で一四・六%、こういう状態ですね。六十六年までに達成できるのかという問題ですが、どういうふうに文部省は考えていますか。
○川村説明員 現在の定数改善計画と申しますのは、先生御案内のとおり五十五年からスタートいたしまして、五十五年、五十六年というのは予定どおり進めたわけでございますけれども、その後、御案内のとおり五十七年からいわゆる行革によります抑制措置を講じたというようなことで現在のような状況になっているわけでございます。 今後の改善計画でございますけれども、今後、先生御案内のとおりに児童生徒数はずっと減少の一途をたどるということでございまして、この児童生徒数の減少に伴ういわゆる数職員定数の自然減ということが見込まれるわけでございます。私どもの計画では、今後の改善数というのはこの自然減の範囲の中で何とかできるのではないかというふうな見込みもございますので、私どもといたしましては、これはもちろん毎年度毎年度の財政状況、社会経済状況等もございます。そういう諸般の状況は十分勘案しなければなりませんけれども、ただいま申し上げましたような自然減というふうな現象もあるわけでございますから、何とか目標年度でございます六十六年度までにこの改善計画を円滑に実施をしてまいりたいというふうに考えているわけでございます。
○山原委員 大臣になったおつもりできょうはお答えしてくださいね。 六十六年までに達成できるかという質問をしているわけですね。何とかやりたいというようなお答えでしょう。先ほどは文部大臣はどう答えたかというと、全力を挙げて努力をする、こう言ったのです。でもこれは法律でしょう。法律事項ですからね。定数法という法律によって六十六年までに達成するというのは法律なんです。それを全力を挙げて努力しますとか、何とか達成をいたしますとかいうようなものではないわけで、まさか配置率の改善については達成を延ばすなどということは言わないと思いますし、そうは考えてはいないと思うのですけれども、そういうあいまいな態度ではこれはいかぬのです。法律は守らなければいかぬですね。六十六年度までに断固達成しますというお答えがなければならぬわけです。けさから聞いておって、文部大臣は何か全力を挙げて努力するというようなことをおっしゃっている。そうじゃないでしょう。文部省の認識としては、法律に対して忠実にこれを六十六年までには必ず達成するというのが文部省の態度ではないかと思いますが、そうでしょう。
○川村説明員 ただいま御指摘がございましたように、現在のこの十二カ年計画による定数改善計画というのは法律によって定められているわけでございます。私ども行政府といたしましては、国会で制定せられた法律を遵守するということは当然のことでございます。 ただ、先ほど来そういう物の言い方を申しまして大変御無礼をいたしましたけれども、実際の進捗の状況につきまして、こういう厳しい経済、財政状況その他のこともあるのでそういうことを申し上げたわけでございますけれども、法律で定められたことはこれは実行しなければならないというふうに考えているところでございます。
○山原委員 ここで提案者の佐藤誼先生に御意見を伺いたいのですが、提案者とされまして、こういう事態、あと五年しか残っていない、法律はきちっとあるわけですし、そういう点から考えまして、我々もたびたび附帯決議で全校必置ということと、さらに複数配置ということを何遍もこの委員会で決めてきておるわけですが、それが残念ながら遅々として進まない状況について、御意見を持っておられると思いますが、一言御意見がありましたらお伺いしたいのです。
○佐藤(誼)議員 当然、これは法律に裏づけられた計画ですから、努力しますとか、そうなることを望むなどという性格のものではない。したがって、六十六年には完全に実施する、こういうことになると思いますので、私もそういう立場でこれからもこの問題について取り組んでいきたいというふうに思っております。 ただ、現実問題いろいろな言い回しがあるようでありますが、現状の中、例えば養護の場合にはこの計画の折り返し地点を回りまして七年たって二三・五%、事務職員の方は一四・六%、あと五年しかないわけですね。ですから、これは大変だと思うのです。それだけにきちっと腹を据えて大蔵と、何が何でもこれはやるんだということで決意を新たにして取り組まなければ、これは法律事項とは言いながらも、結果的にはできなかったということになりかねませんので、これは文部省にきちっと実行するという手だてと決意を新たにしてもらいたいと思っている次第でございます。 ただ、これができましても九六・四%という配置率ですから、全校配置にはならぬわけです。ですから、全体的に促進し、さらに一〇〇%の配置率、さらに複数ということになりますと、先ほどから言っているような法律に基づいた施行ということをきちっとしないと完全にいきませんものですから、したがって、学校教育法の第百三条の「当分の間」を削除することが緊急かつ重要な課題だということで、本法案を提案している次第なんであります。
○山原委員 文部省は、事務職員は学校の基幹的職員と位置づけてきました。今まで各大臣ともそういうふうに答えてきましたが、この態度は変わっておりませんね。
○川村説明員 おっしゃるとおりでございます。
○山原委員 基幹的職員と位置づけておりながらなぜこのように配置率が低い状況になっているかということでございますけれども、今提案者がお答えになりましたように、いわゆる教育法第二十八条第一項のただし書きの項がネックになっておるわけですね。これは先ほどからも論議がなされておりましたからこれ以上申し上げませんけれども、この問題をどうしても解決しなければならぬ段階へきておると思うのです。 同時に、それは一層困難な様相も持ち始めております。行革審あるいは臨教審に対する大蔵省のメモによるところのいわゆるスクラップ・アンド・ビルドの方式、これがくるとさらに困難になってくるということになりますと、文部省は子供の教育という問題について、具体的には予算獲得について相当の決意を持たなければならぬ情勢を迎えたと思うのです。 養護教諭の場合、その重要性についても今日指摘をされております。これまた教育法第百三条で「当分の間」というのが存在をしておりまして、これがまた大きながんになっているわけです。この点はもう何遍もこの委員会で論議をされながら依然として解決していないことはまことに残念なところであります。 事務職員あるいは養護教諭の皆さんの仕事につきましては、事務職員の場合は、先ほどもお答えがありましたが、文書、統計、給与、福利厚生、学校予算等、本来事務と呼ばれることのほか、教材教具、施設設備、就学奨励に関する事務その他PTAに関する援助など、複雑多岐にわたって活躍をしておられることは御承知のとおりです。それから養護教諭の場合も、今日のいじめを根絶する問題などで主要な役割を果たしている。この点について提案者にお伺いしたいのですが、事務、養護について、どのような役割を持っておられ、どういうふうに位置づけをされているかを御説明いただきたいのでございます。
○佐藤(誼)議員 このたびの学校教育法の一部を改正する法律案の提案理由にその考え方の基本は述べてあるわけでありますけれども、養護教諭の場合は、御承知のとおり、児童生徒の保健そして安全に関する管理と指導ということを中心としながら、ごく最近の社会情勢の変化、社会環境の変化によりまして、子供がいろいろな意味の成人病あるいは発達障害というようなことを引き起こし、さらに情緒障害、心の病というようなことも引き起こされまして、これは単に教育の分野のみでなくて社会全体の非常に大きな期待となり、また全校配置の要望が高まっているわけであります。したがって、先ほどから申し上げているように、この点については緊急の問題だ、全校配置さらには複数配置というものは、その任務の重要性からいっても従来にも増して重要だということを深く認識しているわけでございます。 それから、学校事務職員についても、文書、統計、給与、福利厚生以下ずっといわゆる一般的な行政事務のほかに、教育にかかわる事務あるいは教育活動そのもののPTA活動であるとかあるいはクラブ活動であるとか、そういうふうに仕事の分野が非常に広範囲になってきている。さらに、学校教育活動の一環としての事務でありますから、学校教育の理念であるとか教育内容、教育行政等々の仕組みや教育に対する深い理解、こういうものがなければ学校教育活動の事務を担うということにはならない。そういう意味での、一般の行政事務の担当とは違った専門性が要請されているというのが今日の事態だと思うのです。特に、同じ学校というハウスの中で、教諭は教育をつかさどり、あるいは養護教諭はその分野で仕事を担当し、学校事務職員は学校事務ということで、教育活動の大きな連帯の中でそれぞれの分野を担い合うことによって教育活動の成果を上げる、こういう点では教諭も養護教諭の方も事務職員の方も文字どおり基幹職員であるということは文部大臣も言っておりますけれども、私もそのように認識している次第であります。
○山原委員 今日、特に教育荒廃の問題が起こりまして、その中で事務職員あるいは養護教諭の果たしておられる役割は非常に重要な意味を持っているわけです。複雑多岐であり、なおかつ今日の教育現場の実態に照らして本当に必要だというふうに思います。 文部省にちょっと伺います。今度の臨教審の第二次答申の中に養護教諭の問題についていじめとの関係で答申が書かれておりますが、御存じですか。
○古村政府委員 臨教審答申の中でいじめとの関係で養護教諭の職務に触れておりますのは、「児童・生徒の問題行動などは比較的早く保健室において把握されている事例が多いので、学級担任教員や生徒指導担当教員などの間だけでなく、養護教諭や学校医、家庭なども含め児童・生徒の心身の健康に関する情報交換、連携が円滑に行われるようにする。」というくだりでございます。
○山原委員 そのとおりですね。いじめの提言というのを特別に臨教審は出しておられる。臨教審の答申そのものについて私はいろいろ問題を持っていますけれども、事実に即してこの点は見ておると思うのですね。だから、第五節の「「いじめ」問題への当面の対応」の枠組みの中に、特に重視する中で「保健室の機能を高め、」というのがありまして、今読み上げられた項目が解説的に書かれているわけです。 そういうふうに見てみますと、重要性というのは本当にますます増大しておるにもかかわらず事態は改善をされていないというのが実情でございまして、これは大変残念なところですね。国会の附帯決議、さらにはこういう今日の情勢の中での重要性というものを考えましたときに、今提案されています法案は非常に大きな意味を持っておると思います。実は昨日、私ども党としまして四十人学級並びに配置率の改善さらに学力補充に必要な教員加配を六十二年度から三カ年で達成する法案の大綱を発表させていただきました。この方向でいきますと、文部省計画で遅々として進まない養護教諭、事務職員の配置率を抜本的に改善をすることができると考えまして発表したわけでございますが、これは四十人学級、それからマンモス校の解消、そして配置基準の抜本的改善ですね、これを三年間でやるという案でございます。三年間でやるというと随分巨額の金が要るのではないかと思われるわけですけれども、実はこれは文部省の数字も勘案をしまして試算をしてみたわけですが、例えば学級基準配置率の改善、学力補充の教員の加配、これをやりまして六十二年度で約五百九十四億円、六十三年度で四百八十九億円、六十四年度で五百三十億円という数字になってまいります。それからさらにマンモス校の解消、用地の取得に対する三分の二の国庫補助というのを計算いたしましても、大体初年度で千七百億円程度でございます。 今日の教育の荒廃の問題を本当に是正をするなら、臨教審が出している十三万語に及ぶこういう長大論文を書かなくても、実際に四十人学級を実現するとか、あるいはつまずきの多い、例えば小学校三年生、四年生の段階で非常に子供たちがつまずく算数やあるいは国語というものに対して先生を加配していわゆる行き届いた教育をやるということ、そういうことが一つ一つ着実に行われ、それに対して一定の財政措置が講ぜられるならば、今の日本のいじめを初めとする教育の荒廃というのは一つずつ解決できるわけですよ。数万語に及ぶこういう論文を書いて管理体制を強化する方向で行った場合に、これは逆に荒廃はさらに暴発してくるわけで、それを一つ一つ解決していくということを考えるならば、千七百億というのは、いわゆるF15戦闘機六十三機購入が五六中業の中身でありますけれども、そのうちのわずか十八機分で今の日本の子供たちの置かれている教育条件を相当に整備することができる。学校というものが本当に憲法や教育基本法に示されているとおり楽しくてたまらぬ学校にすることができるのだ。先生方も学校へ早く行って子供の顔を見たいというような学校にすることができるんだ。そういう点では、私は臨教審の答申を見ますと、本当にけさも佐藤先生みずからが御質問をされておりましたように、十三万語を費やして一体何が残るのか、全く教育予算、条件整備については先送りしてしまって、ちっとも肝心のことはできない、こんなばかなことはないわけでございまして、それを追っつけ大蔵省からはメモが来て、例えば初任者研修制度、何でも聞いたら年間七百億円と言っているでしょう。それをつくるためには、教科書を有償にするあるいは奨学金制度を利子つきにするとか、定数是正はやめるとか、四十人学級はやめるとかいうようなスクラップをつくっていく。とんでもないことだと思うのですよね。そういう意味からいいまして、今御提案になっております法案の持つ意味というのは非常に重大だと思うのです。その意味におきまして、御意見を持っておられると思いますので、臨教審答申との関係においてこの法案の持つ意味を、お考えがあると思いますが、そのことについて提案者からお伺いしたいのです。
○佐藤(誼)議員 いろいろございますけれども、私は、何といっても今最大の教育の緊急課題は、一致している点は何かというと、教育条件の整備だと思うのです。それは教職員の定数の改善であり、四十人学級を実現して三十五人学級に向かうということであり、マンモス学校を解消することであり、こういうことがなければ、今緊急に課題となっている教育の荒廃の問題も本当に克服していくことにつながらないと思うのです。 あえてこの臨教審をとるならば、臨教審の中で個性重視の原則というものを掲げて、先ほど文部大臣も、一人一人の個性を大切にし、言うならば行き届いた教育ということを言っているのだけれども、それをそのままそっくりいただいても、大切なことは何かといえば、今のような諸外国から随分おくれた四十五人、しかもマンモス学校の中で、行き届いた個性重視の原則でやれなんて言ったってやれっこないわけです。そういうことを言うならば、まず急ぐことは何かというと、今言った教育条件の整備を急ぐことの方が私は大切じゃないかということですね。 ですから、そういう点からいっても、私は、臨教審が個性重視の原則というそのことを取り上げてみても、教育条件の整備、その中には先ほどから言っておりますような教職員の定数改善の問題やら、四十人学級の問題やら、まずどの党にとっても党派を超えて緊急の課題だという認識は一致しておると思いますから、私たちは、まず事務職員そして養護教諭の全校配置から始めよう、三十何年間おくれにおくれているじゃないかというのが法案の趣旨でございますので、そのようにひとつ御理解をいただきたいと思っております。
○山原委員 時間が参りましたのでこれでおきますけれども、本当に教育条件の整備ということを重視しなければならぬと思いますね。その意味で私はこの法案に賛成をして、また、この法案が早く全員の理解を得て成立することを望みまして、質問を終わります。 ―――――――――――――
○青木委員長 次に、学校教育法等の一部を改正する法律案について質疑の申し出がありますので、順次これを許します。池田克也君。
○池田(克)委員 公明党の池田克也でございます。 学校教育法等改正案、衆法四号が議題になったわけでありますが、今日ここに至るまで提案者並びに関係者が大変御苦労されたことに対してまず敬意を表したいと思います。 最初に、概括的で結構ですが、今回この法案を国会にお出しになった提案者の趣旨をまとめて短くお聞かせいただきたいと思います。 〔委員長退席、町村委員長代理着席〕
○中西(績)議員 お答え申し上げたいと存じます。 何と申しましても今日のこの情勢というのは、科学技術の進歩発展が想像以上に大変なスピードで進んでおるということ、さらにこうした科学技術の発展に寄与する立場から、高等学校における実験・実習教育がますます重要性を増してきた、こうした視点に立って、それでは実習助手はそれぞれの学校において実験・実習教育にどうであるのかということを考えてみた場合、私たちはあくまでもこの法案を制定するに当たって考えましたのは、第一に、現行学校教育法にある「実習助手」を削除する、そのことによって実習助手の職務規定を削除したい、教諭に一元化を図っていきたい、こうしたねらいが第一であります。 第二に、教諭に一元化した場合の定数の問題につきましては、基本的には現行定数法を基礎に、実習助手の定数と教諭の定数と合算したものを新たな教諭全体の定数として大きな財政負担のないよう考慮したら可能ではないか。 そして三つ目に、将来問題となってくるであろう、先ほどから申し述べてきました中におきまして、高等専門学校の卒業生におきましては実習助手を附則十一項イに付加すること、なぜなら、看護実習免許取得にかかわって看護婦の免許を持っているこれらも含めてやっていきたいという考え方に立っています。 さらに、現在文部省令によって理科実験及び障害児学校、特殊教科や養護、訓練担当の教諭免許状が取得できるようにしなくてはならぬという内容であります。したがって、これがために経過措置の期間を十二年間、その間に実習助手である者はすべて研修を積み、免許を取得をするという体制をつくっていける、こういう考え方でもって提案をしておるところであります。
○池田(克)委員 文部省にお伺いをしたいのですが、この実習助手という制度、名前からしてどうも余りぴったりこないというように私は思うのですけれども、いろいろと調べてみますと問題点がたくさんある。文部省として実習助手に問題点があるという認識をお持ちなのか、あるいは今のこのままでいいというふうにお持ちなのか、その認識をまずお伺いしたいのです。
○高石政府委員 実習助手は、実験または実習を伴う教科や理科や特殊教科に関しての職務を助けるために置かれているわけでございまして、いわば学校教育を展開する上に非常に重要な不可欠な職種として置いているわけでございます。 ただ、実習助手については、将来の処遇の問題をどうするかということと、教諭への道が開けているかどうか、二つの問題点があると思います。大部分の実習助手につきましては、大体実習を担当する教諭としての資格が取れるような道が開かれておりますし、大学とか文部省の主催している研修会でそういう研修講座を実施しているわけでございます。資格を得た人たちが具体的にそれぞれの府県で教諭として発令をされていくかどうかということは、県の教育委員会で処理しているわけでございますが、免許状を取得する人と教諭として発令されていく人には若干ギャップがあるということがあります。 それから、給与上の処遇につきましては、それは実習助手そのものの制度の中においても十分な給与改善というものは考えていかなければならない、こういうふうに考えているところでございます。
○池田(克)委員 重ねて文部省にお伺いしたいのですが、今のような問題意識を改善するという意向あるいは計画というものはあるのでしょうか。
○高石政府委員 一つは、教諭の免許状を取得した有資格者、この方々が、それぞれの県の事情はございますけれども、できるだけ教諭への道が開かれるようにということの万策を講じていくことは必要であろうと思います。また、給与上の処遇改善につきましては、これは実習助手のみならず公務員全体の処遇の改善ということで努力していかなければならない。人事院等に対する申し入れについては、そういうことも十分念頭に置きながら文部省としては毎年対処してきているところでございます。
○池田(克)委員 これは提案者にお伺いするのですが、実習助手は工業高校とか農業高校とか、いろいろの職業系と申しましょうかそうした高校で活動しておられるわけなんですが、理科などには、そういう理科実習というふうな教科が認められていないということでしょうか。さまざまな実情にそぐわない面がたくさんある。提案者の説明をいろいろ伺いますと、免許法にも問題がある、こう私は理解をしておりますけれども、この問題、この法案だけではない、もっと広範な問題が背後にあるだろうというふうに理解をしておりますが、免許法に関しての提案者の説明というものをもう少し詳しく聞かせていただきたいと思います。
○中西(績)議員 御指摘のとおり大変な矛盾を持っておるわけであります。したがって、実習助手の身分というのは職業高校であろうが普通高校であろうが同一でなくてはならないわけであります。そうであるにもかかわらず、職業系の実習助手でなければその措置ができない、取得の方途がないというのは大変大きな矛盾を内包しておるとしか言いようがないわけです。したがって、昭和で申しますと三十六年、免許法附則十一項制定時におきましても、政府委員の発言の中には、将来問題として研究したい、あるいはこうした措置をとっておるのであるからぜひ拡大をしていきたいという、こうした内容の答弁があったわけだし、問題意識も既にそのころから明確にされておったわけであります。ところが残念ながら、二十五年、四分の一世紀にも達しておるわけなんですけれども、当時よりむしろ、先ほどの答弁にもございましたけれども、こうした内容について余り関心がないような状況にまで立ち至っています。言いかえますと後退をしておるとしか考えようがないわけです。ところが、理科実習が教科として独立しておらないことを文部省は、理科実験免許を困難などということを言っておるわけであります。ところが、この現行免許法十六条の三に基づきまして、教科の領域の一部に係る問題として、例えば柔道、剣道、あるいはこれは工業関係になるわけでありますが、建築、インテリア、デザイン、あるいはこれは商業に関係しますけれども、計算実務などの免許を授与をしておるわけですね。別途設けておるわけです。したがって、この理科実験につきましても、この規定に基づきさえすれば、この省令の改正を行いさえすればできるわけでありますから、こうした措置をとるべきではないだろうかと思います。それから、加えまして障害児の場合も大体同じようなことが言えるわけであります。したがって、こうした問題については、早急に免許制度そのものを改正をいたしまして明定をしていかないと、この解決は到底おぼつかない、こう考えるわけであります。
○池田(克)委員 文部省にお伺いしたいのですが、なぜ普通高校であった場合に実験助手の方々がそうした免許取得の道がないのか。職業高校にはあってなぜ普通高校にはないのか、ちょっとこれ、私理解しかねるのですが、いろいろ経過があったのだろうと思いますが、その辺を説明していただけますか。
○川村説明員 ただいま御指摘の点は、職業科の工業実習でございますとか商業実習、そういう面ではそれが認められるにもかかわらず、理科あるいは特殊教科についてなぜ認められないのか、こういう御指摘であろうかと存じます。これはできたときの経過、どういう経過であったのか私どもも詳細には存じておりませんけれども、少なくとも実習の形態が、先ほど申し上げました職業科の実習とは若干違うのではないかということに着目をせられて、つまり内容が極めて混然一体として実習をされているというふうな経過があって、現在のような規定になったのではないかと理解をしているわけでございます。
○池田(克)委員 ちょっと話をもとへ戻しますが、職業教育という問題ですが、今度の臨時教育審議会のいろいろ議論を見ておりますと、選択の機会の拡大ということが基本的な方針として打ち出されているわけです。私どもの党でも、特に高校段階におきます複合教育、複合高校なんということを提唱しておりまして、一年生はともかくとして、二年以降は非常に幅広い選択というものを子供たちに与えて、そしてその可能性と申しましょうか、本人の能力あるいは本人の自主性の選択というものに合わせてさまざまな選択の道を与えた方が充実した高校教育になるのではないか、そういうことから、複合高校ということを党の政策として決めているわけでございます。今日新しい高校を見ますと、確かにそういう方法が取り入れられておりまして、非常に多様な選択、今お話が出ましたデザインであるとかあるいは工業高校に置かれているようなそうした科目がいわゆる総合高校と称されるところにも置かれまして、非常に幅広い選択というものが出てきている。端的に申しますと、職業高校と普通高校というものをミックスしてそして総合高校的にし、子供たちがさまざまな選択というものができるというふうな道が傾向として出てきているように思うわけでございます。 今の文部省の答弁を伺っておりますと、普通高校と職業高校との間に、きちんとしたと申しましょうか、確固たる塀を設けて、実習助手の方の免許取得と申しましょうか、そういうことにも一つの隔てを設けているようでありますが、この臨教審の答申を見ますと、時代の要請から、相互に単位を互換するとか、相互に子供たちが選択をし、またもとへ戻ってこれるというふうな、相乗りと申しましょうか、そういう発想が次々と出てきているわけでございまして、この時代の変化というものはこういう免許制度にも十分採用していっていいのではないか、こういうふうに考えますが、文部省内における、あるいはさまざまな検討機関があろうかと思いますが、どのような議論になっているのか、そういう議論の積み重ねの上で臨教審のああいう答申が出てきたのではないか、こう私は思うのですが、その辺の事情をもし御説明いただければと思います。
○川村説明員 ただいまの免許に関するお尋ねでございますけれども、これはやや技術的な問題になるわけでございますが、現在の高等学校での先ほど御指摘のような職業科等の教育の実際を見ておりますと、教科の性格上、実習というものが非常に重視されておる。したがって、実習だけを独立して行うということが行われております。ですから、教育課程の上でも実習という一つの独立した科目が設けられておる。そうしますと、当然その実習を担当する教諭が必要である。ですから、そこで実習という科目を担当する教諭が必要ということで免許状ができる、こういうことでございます。それで、一方、現在の理科でございますとか特殊の教科、例えば理容とか音楽とかそういうものにつきましては、教育の形態から見て教育課程においてそれが独立をして科目として設けられるというようなことがないわけでございます。これは事柄が重要であるとかないとかということよりも、教育の実際に照らしてみた場合に、教育課程として独立をするということが必ずしも適当ではないというようなことで、実験・実習だけの科目ができていないということでございます。そういう科目がないから、したがってこの科目を担当する免許状を特段実習教諭として設けることはしていない、こういうことでございまして、その間に、先生御指摘のような、事柄の軽重の判断をし相互に壁をつくるというふうな発想で物を考えているわけではないわけでございます。それぞれの学校におきます教育形態がそういうものにふさわしいような科目の扱いその他が進んでまいりますれば、免許状というのはそれに応じた対応というものはまた当然考えなければならないのではないかというふうに考えているわけでございます。
○池田(克)委員 私が申し上げたこととちょっとうまくかみ合わなかったんじゃないかなと思っているのですが、今後の方向として、臨教審の答申の表現をお伺いしているわけなんです。従来は確かにそういうことでそれぞれ理科あるいは工業の実習というふうに分かれていたと思うのですが、授業の形態につきましても、私の意見から言えば、従来の理科というものに座学あるいは実験というものの双方がそれぞれあるのでしょうが、これからの時代にはこのウエートを少し置きかえていくということも必要であろう。子供たちの関心事、テレビやその他情報の発達の手段というものの度合いに関連して、単なる黒板に向かって授業をするということも重要でありますけれども、実習というものが、私も経験ありますけれども、子供たちの関心というものに非常にぴったりくる――非常に費用もかかるし、時間もかかるし、人手もかかる、そうしたものでありますけれども、教育のあり方としては非常に重要であろう。したがって、普通科高校における理科教育というもののあり方も、今までのような形から一歩踏み込んだ実習というものにウエートを置いた方向になっていくべきではないか。つまり、臨教審の言っている選択の拡大というものをいわゆる概念的に申し上げるならば、従来の教科のあり方、座学と実習とのあり方というものも踏まえて、やはり全体的にとらえ直していこうという、そういうものも含んでいるのじゃないがな、私はそう見まして、従来の学校の一つの秩序と申しましょうか、そうした壁を乗り越えた新しい免許のあり方、教員のあり方、当然実習に伴う助手の方々の体制というものを全面的に見直す時期に来ているんじゃないかな、こういう考え方を申し上げたわけでございまして、その部分について現状をお聞かせいただければということで、再度、どなたでも結構ですが御答弁いただければと思います。
○高石政府委員 職業に関する実習助手と理科の実習助手に差がある、なぜ差があるかということは、先ほど審議官が説明申し上げましたように、例えば農業であると農業実習、工業であれば実習というのが時間割上独立して教育が展開されるわけですね。そうすると、それだけの内容を持っておれば教諭という資格を持った人が教えるということがよりベターであろうということで、そういうことを担当する教員に道が開かれているわけです。理科の実験の場合には、理科の教諭がいて助手がいるということですから、理科実験の準備をするというような性格で基本的にその取り扱いが違うわけですね。したがって、そういう免許制度に差があるということでございます。 基本的に、将来の理科教育をどう展開していくかということは、御指摘のようにこれからの新しい社会の発展についていろいろ考えていかなければならない問題は持っていると思います。その理科の分野についても、工業とか農業でやっているような形の独立したものまで必要とする時代であれば、またそういう角度で検討していかなければならないだろうというふうに思っております。
○池田(克)委員 必要であればという仮定のお話でしたが、必要になってきたというふうに臨教審は言っておるのじゃないかな、私はそう見まして、この問題は、時間の関係もありまして、また別の機会にもっと詳しく、臨教審の具体化の問題についてのときにお話をしたいと思います。 ちょっと問題が変わりますが、この免許法の問題で提案者がいろいろと御苦心をしていらっしゃる中に、専門学校を卒業したあるいは高等専修学校を卒業した実習助手のあり方が指摘をされております。私が調べましたところでは、やはりその資格の取得の仕方に差があると理解をしておりますが、この問題意識についてどのようなものであるか、提案者から御説明いただければと思います。
○中西(績)議員 この免許法の問題として今一番問題になっておるのが高専卒の取り扱いでございます。この高専卒業生の場合には、今まででありますと、例えば工業高校を卒業した者であれば、直ちに職を得て六年し、十単位を取りさえすれば免許取得ができるわけですね。ところが、高専卒業生の場合には、それより二年間専門的な分野における学習を深めておるにもかかわらず十二年を要するという現在の内容になっております。したがって、倍の年限が必要だということになります。高等専門学校卒業者の扱いは、こうした意味で大変な矛盾があり不合理である、こう言わざるを得ないわけであります。文部省といたしましては高等専門学校卒業生が実習助手になることを想定しなかったのではないかと私は思いますが、現にこういう実態が相当出ておるということを考えなくてはなりません。したがって、高専卒業者は文部省も否定しないと私は思います。学校教育法、同施行規則などによる修業年限や修得単位数、さらに大学への編入の扱いなどから見るとき、当然短大卒以上ないしは同等と見るべきであろうと思います。改正案にも示しているように、附則十一項イ項に、三年十単位に含める内容に改正すべきではないかということを提示いたしておるところであります。 これとあわせまして、免許法の五条三項にも、高校の助教諭免許状を取得する場合には、その一号に大学二年以上在学、六十二単位修得者、これを該当者としておる。ところが、二番目に高専率を同じように並列的に取り扱いをするということになっているわけですね。ですから、こうしたことから考えましても、私たちが今提案いたしておりますその中身、そのことは全く現在の不合理をなくすためにも早急に改善を求める、こういうものになるのではないか、こう考えております。
○池田(克)委員 今の議論、文部省はどのようにお考えでしょうか、この高専卒の免許の取得の問題ですけれども。
○川村説明員 御指摘の点は、ただいま提案者からお話がございましたように、現在の免許法の附則十一項にかかわる問題でございまして、高等専門学被卒業者で実習助手になった者が教諭の免許状が十分うまく取れないのではないか、こういうことでございます。これは大変技術的な規定でございますけれども、その附則十一項に三つほどのケースが分かれておりまして、まずその基礎資格として、大学に二年以上在学した者の場合はどうか、あるいは高等学校で関係の学科を修得して卒業をした者はどうか、あとはその他、こうなっているわけでございます。 そこで、御指摘の点は、高等専門学校を卒業した者につきまして、そういう方が実習助手になっていただいた場合に、この附則十一項で読む場所が適当に見当たらない、その結果として、ただいま提案者からお話がございましたように、その他の部分で読みますから、九年以上まず実習に関する実地の経験をやれ、九年やってそれから最低在職年数として三年ということになりますと合計十二年かかる、それで、かつその間に十単位を修得する、こういうことでございます。 それで、これまた古い話になって恐縮でございますけれども、高等専門学校制度ができたときに、これは昭和三十六年に学校教育法の改正をお願いし、三十七年から高等専門学校が実際にできたわけでございます。当時のことを考えますと、当時は戦後の高度成長期ということもあり、高等専門学校は、非常に不足しておった中堅の科学技術者の養成であるということでございまして、そういう理工系の技術者倍増計画の一環としてこういう制度ができたということもあり、この制度ができたときに、そういう高等専門学校を卒業した方が高等学校の実習助手になるということは多分予想しなかったのだろうと思うのですね。そういうことはほとんど考えられないことではないかということで、制度の改正が見送られたのではなかろうか、これは推測でございます。そういうことで、高等専門学校についてこの附則十一項に位置づけが明確になされておらないものですから、さらに言えば、最近の五十一年の専修学校につきましても多分同様の扱いということになっているのだろうということでございます。この点につきましては、私どもは問題意識は前から持っているわけでございます。 今回の臨教審の第二次答申におきまして、高等専門学校のあり方についての、かなり思い切った、工業以外の分野にもこれを広げるとか、あるいは名称もかえてその位置づけを高等教育機関としてさらに明確にするとか、いろいろな提案があるわけでございます。そういう問題の一環として、この免許状の問題についても、また新しい観点から取り組むべきではないかというふうに現在思っているところでございます。
○池田(克)委員 新しい観点からということですが、今それだけの認識を持っていらっしゃるとすれば、すぐにでも改まるのじゃないかというふうに私は伺いました。いろいろと制度を直すときにはあちらこちら整合性をとるのですが、まずいと気がついたらすぐ直すということがあってしかるべきだろうというふうに思います。 時間が参りましたので、提案者にこの問題をお伺いしたいのですが、非常に長い期間この問題で努力をされてこられましたし、私たちもこの問題について、先ほど来申し上げておりますように、実験・実習というものが大きなウエートをさらに持つべきだというふうに思います。また、工業高校、農業高校、その他そういう職業高校と普通高校との間の相互的な連関というものも重要であろう、こういうふうに思っておりますが、何らかの、先ほど別の法律のときにも私申し上げたのですが、世論喚起という一つのインパクトがなければ動いていかないというふうな感じも持ちますが、何かしかるべきプランをお持ちかどうかお伺いをして、終わりたいと思います。 〔町村委員長代理退席、委員長着席〕
○中西(績)議員 この問題につきましては、今御指摘がございましたように、全体的な高まり、そうしたものの結集の中で可能だと私も確信をいたします。したがって、この問題につきましては、過去四回、今回で五回目の討論になっておりますし、これに関しましては今まで反対の討論は全くありません。ただ、極端な言葉を使わしていただきますならば、頑迷固陋なのは文部省のみ、ということになってまいりますと、こうしたものを説得する手だてというのは何だろうかということを考えましたときに、こうして積み上げてまいりましただけに、委員長の方にもお願いを申し上げたいと思いますけれども、理事会か何かで、これだけ積み上げてきたものを今没にする必要は何もないわけでありますから、ぜひ発展的に取り扱いを願うといたしましたならば、小委員会があるいはそれにかわるべき何かをつくっていただいて、そこで全党で具体的なそうした内容等につきましても詰めをしていただきまして、反対者は今までいなかったわけですから、ぜひそうした場をおつくりいただき、そして文教委員会の総意としてそうしたものがあるということで持ち込んでいただければ、今質問者が申されましたそうした内容に合致するのではないだろうか、こういうふうに考えておりますので、この点、質問の池田さん以外すべての皆さんにひとつよろしくお取り計らいをお願いを申し上げたい、こう考えます。
○池田(克)委員 終わります。
○青木委員長 藤木洋子君。
○藤木委員 今回でこの実習助手の問題は五度目になります。 そこで、最初に、文部省にお伺いをしておきたいのですけれども、第百二国会で大臣は、教諭任用は望ましい、積極的に教諭任用するよう各設置者を指導したいと答えられました。文部省は今でもこの考えでおやりになっているのか、その点確認をしておきたいと思いますけれども、いかがでございましょうか。
○高石政府委員 基本的にはそのとおりの考え方でございます。
○藤木委員 百二国会以降この改善がなされているかどうかについて提案者にお伺いをしたいと思うのですけれども、なされていませんでしたらそれはなぜだとお考えなのか、ひとつお答えをいただきとうございます。
○中西(績)議員 お答えします。 実習助手の抜本的な身分確立を図る制度改革法案でございますが、今回審議していただいておるこの内容については、今時間もございませんので細かくは申し上げません。今指摘ございましたように、五年を経過しまして四度、そして本日を入れますと五回になるわけでありますから、その間に、指摘がありましたように処遇改善について大臣は努力をする、さらにまた指摘ございましたように実習教科免許取得者の教諭任用は望ましい、各都道府県についても指導していきたいということを今までずっと言い続けてまいっています。しかし実習助手は、ここが問題なんですけれども、教諭と一体となって実験・実習教育において重要な役割を果たしており、実習助手を廃止することはできないというのが今までの大体の文部省の考え方のようであります。 そこで、改善されている点を強いて挙げるといたしますならば、この適用俸給表を見ますと、教育職俸給表(二)表の一級について、数年問題にしてまいりましたその結果、引き上げ率に一定の配慮をしたようであります。それから、号俸の伸ばしが今までは三十五号であったものを三十八号に引き伸ばしたということはございます。しかしこの点については、従来から俸給表の一級の問題点としてきたように、終身的な職種であるというこの実習助手あるいは寮母などの俸給表に対応できるものがないという基本問題が解決しておりません。資金水準は依然として最も低く、努力は多としながらも改善等をしてほしいという声はさらに大きくなってきておるということを申し上げなくてはならぬと思います。 特に、私たちが今まで指摘をしておりましたように、事務職(一)表との関係からいたしますと、逆転をしておる部分につきましても依然として逆転を解消しておるという状況にはまだなっておりませんし、そうしたことからいたしましても、賃金だけを見ましてもそうした点がまだ多々あると思います。 さらに、教諭任用の問題でありますけれども、依然としてこれは定数法の上から抑え込まれていますから、この教員定数の中に食い込むことになるものですから、それに入れますとほかの教員を排除するという結果になるわけです。したがって、特別措置をしておる県の場合ある程度ありますけれども、それはわずか数県しかありませんので、こうした問題等につきましても依然として十分な措置をしておるとは言い得ません。こういう結果でありますから、私たちが言っておるようにぜひその枠を広げるためには、先ほども答弁申し上げましたように、これに教諭の定数プラスの実習助手の定数を加えまして、こうした法改正をしていくことによって、その中で措置をとれる状況をつくっていただきさえすれば、今出ておる諸矛盾というものが一挙に解決つくのではないか、こう考えております。
○藤木委員 現行実習制度では積極的な取り組みが保障されないというだけではございませんで、この実習助手の教育活動について制限したり排除しようとする実態があると伺いますが、今のお話の中にもちょっと出てきたのですけれども、その排除しようとする実態というのをもう少し具体的におっしゃっていただけますでしょうか。
○中西(績)議員 排除とは。
○藤木委員 実習助手の教育活動について制限をしましたりあるいは排除をしようとする実態があるというふうに私伺っているのですけれども、その中身がちょっとわかりにくうございますので、具体的に御存じでしたらお知らせをいただきたいと思うのですが。
○中西(績)議員 実習助手の場合には、実習に係る指導をしていくわけでありますから、一般的な、排除されておると今指摘がございました点については、学校の条件というのは実業高校等におきましても普通高校におきましても非常に授業等がやりにくくなっておる、あるいは荒廃しておるという状況がある場合には、生徒指導等に大変な努力をしなくてはならぬ、こういう点等がたくさんあると思います。ところが、先ほどの養護教諭あるいは事務職のときに討論されておりましたけれども、実際に教諭に言えないようなことを相談に行ったり、あるいは、女性であるがゆえに養護教員というようなそうした問題等があったと同じように、一緒にこの実習・実験等で数人あるいは多くても十人程度でその枠の中でやるものですから、非常に密接な人間関係をつくり出していくわけですね。そうした場合に、生徒に対する指導面における役割というのは、教諭の知らないことだって十分本音を聞かしてもらえるし、そこでもって十分な指導が可能であるわけであります。ところが、そうした面における具体的な指導などになってまいりますと、例えばクラス担任などなるといたしますとこれを排除されるとか、あるいはクラブ活動の指導など実際にはたくさんやっておるのですけれども、生徒引率などについては排除されるとか、したがって、我々がよかれかしと願っておることをむしろ今、県教育委員会などからこうした状況が次々に打ち出されておるという実態等があるわけであります。したがって、むしろ学校の実態からいたしますと、加えていただく方が教育の効果なりは大きく上がっていくのではないだろうか。そうすることによってまた、教科面における真の教師として生徒から認められることになるわけでありますけれども、そのように排除されますと、先生の中でもちょっと異質なんだというこうした認識に立つと、いよいよその間の壁が深くなってくる。あるいは今度は生徒の側から逆に無視をするという態勢だってでき上がってくるわけですね。したがって、これが大変な障害になってくる可能性があるわけでありますから、こうした諸点を申し上げればよいかと思います。
○藤木委員 それでは文部省に伺いますが、養護学校において職業科以外の高等部に配置をされている実習助手の場合について伺います。 公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律の第七章の第十九条の二には、「養護学校の高等部の数に二を乗じて得た数」となっております。現在、精神薄弱養護学校高等部が何枚ございまして、何名の実習助手がいらっしゃるでしょうか。
○高石政府委員 昭和六十年五月一日現在で、特殊教育諸学校の高等部の実習助手の数は、盲学校二百十七、聾学校三百二十八、養護学校八百三十六、合計千三百八十一人でございます。
○藤木委員 精神薄弱養護学校高等部の学習指導要領には職業科の教育課程につきまして特に定めがないと認識しておりますけれども、特に定められたものがございますでしょうか。
○高石政府委員 特殊教育諸学校の高等部の実習助手につきましては、高等学校における実習助手に準じて置くというような形で置かれているわけでございます。
○藤木委員 学習指導要領に特に定められておらず、しかも二名の実習助手が高校定数法で配置をされているわけですね。精神薄弱養護学校の実習助手は、実験・実習という職業科がなくて配置をされているのですけれども、これはなぜですか。
○高石政府委員 養護学校の高等部において普通教育を主とする学科における商業、家庭等、こういうようなものを教育する場合に実習助手を置く、こういう考え方でございます。
○藤木委員 ですから、この精神薄弱養護学校の場合はそういう職業科はございませんでしょう。それなのに、なぜ実験・実習という全然ないものについて実習助手を置かなければならないのか。いかがでございますか。
○高石政府委員 御指摘のように、養護学校の普通科においては職業に関する教科が設けられておりまして、それらにおいての実習助手が家庭実習、工業実習、商業実習等を担当する教諭の職務を助けるというような形で置いているわけでございます。
○藤木委員 精神薄弱養護学校の実習助手は、本来、正規の教諭を配置すべきでございます。安上がりのために実習助手が配置されていると言えないのでしょうか。その点いかがでございますか。
○高石政府委員 それは普通の高等学校における場合と同じでありまして、高等学校の場合に、正規の教諭のほかにそれを助ける実習助手というのが職業教育に関しての教科について置いてあるわけでございます。ですから、養護学校においても正規の教員のほかに、先ほど申し上げたような家庭実習、工業実習、商業実習等をやる場合には全く同じようなパターンですから助手をもって充てるという考え方でございます。
○藤木委員 そういたしますと、精神薄弱養護学校高等部の実習助手は、職業科の実習助手ではないわけですから、教育職員免許法附則十一項で言う六年、十単位で教諭になるということもできなければおかしいのじゃないかと思いますが、この道も実は閉ざされております。教諭になりたいと思いましても、教員免許状を取得して都道府県の教員採用試験を受ける以外に方法はないものでございましょうか。
○川村説明員 免許法の附則の十一項についてのお尋ねでございますけれども、この附則十一項は、今先生御指摘のように、職業科の実習助手である方が実習教諭の免許状を取得するという場合の特例の規定でございます。ですから、そういう高等学校の職業科を出て実習助手をされた方が六年の経験年数と十単位で実習教諭の免許状が取れるということでございます。それでは、特殊教育諸学校の実習助手はどうなるのかというお尋ねであろうかと思いますけれども、その六年の経験年数と十単位ということを計算する場合に、盲・聾・養護学校の高等部における実習も経験年数には入ることになるわけでございますから、その高等部で実習助手として勤務をして十単位を修得すれば、例えば工業であるならば工業実習の実習教諭の二級免許状が取れるということでございます。
○藤木委員 私が問題にしているのは、知恵おくれの養護学校の問題なんです。ですから、それは該当しないわけですよ。――該当するんですか。するのであればするというふうにお答えをいただきとうございますけれども……。
○川村説明員 精薄の養護学校に配置されている実習助手のことでございますけれども、そこで経験年数をカウントするという今のことに関連をするわけでありますけれども、まず、現在の免許法の建前で申しますと、勤務年数、六年勤務したかどうかということは所轄庁でございます教育委員会が判定をするわけでございますけれども、実際にその方がそういう勤務に従事したかどうかということは第一次的にはその勤務校の校長さんが証明しなければならぬ、こういうことがまず原則としてございます。 そこで、今御指摘の精薄の養護学校の高等部で実習をやるというときには、例えば工業実習とか家庭実習という、実習は一つ独立した形で実習をされるという場合もあるけれども、先生御指摘のようにそういう実態でございますから、それらが幾つかまとまった形で、はっきりしないと申しては非常に語弊がありますが、幾つかのものを重ね合わせた形で実習がされる、その助手をする、そのときに経験年数の通算に当たって実際にこれが工業の実習をやったのか商業の実習とみなしていいのかということにつきましては、先ほど申し上げましたように、校長の判断でそこは勤務年数が出てくるということでございます。免許法で言っております六年とかなんとかという在職年数の計算というのは、年間を通じてそういう当該教科の授業を担当したということを言っているので、具体にはっきりと押さえがなかなかできない部分がございます。でございますから、養護学校の高等部で仮に工業実習的なものを非常に多くやったということを、その校長さんがこの実習の中身は工業実習に相当するんだよという判定がもしできるとすれば、それはその工業実習で六年という経験年数の積み上げは可能ではないかと考えております。
○藤木委員 おかしいですよ。最初から職業科の実習助手ではないわけですよ。ですから、これは六年、十単位で教諭になる道が全く閉ざされているというふうに私どもは考えておりますけれども、そうじゃないのですか。今のお話ですと、校長先生が認めれば何とかかんとかということを言われましたけれども、職業科の助手ではないということがわかっていてもそんなことができるものでございますか。
○川村説明員 精薄の養護学校でございますから、おっしゃるように職業科としてそこのところはきちんと独立はしていないけれども、その実習の内容がもしそういう実習だということが認定できれば、それは可能であるということを申し上げたわけでございます。
○藤木委員 そういう前例がございますか。
○川村説明員 実際にそういうふうなケースがあったかどうかは現在承知いたしておりません。
○藤木委員 現在承知していないとおっしゃいましたけれども、あるかもしれないということなのでしょうか。あるという話もお聞きになっていないのじゃないのでしょうか。私は、都道府県の教員採用試験を受ける以外に方法はないのではないかという危惧を抱いているわけですが、その点はいかがですか。
○川村説明員 大変申しわけございませんが、現在、過去にこういうものがあったということを私ども聞いておりません。ですから、そのケースとして実際にあったかどうかというのは、御指摘のようにちょっと私ども自信がないところでございます。
○藤木委員 もしあり得るとおっしゃるのであれば、あったかどうかということだけお調べいただきたいと思うのです。そんなに無理なことではないと思うのですけれども、お調べいただけますか。
○川村説明員 各都道府県の担当者にこれから調査をしてみたいと思っております。
○藤木委員 ぜひよろしくお願いをいたします。 精神薄弱養護学校の高等部では、知恵おくれが重い障害児が年々増加しております。実習助手と言われる人も、正規の教諭と全く同様に授業に参加しているというのが実態でございます。 例えば、埼玉県のある養護学校では、実習助手のある先生は、高等部で教諭と全く同じように教室で教育実践に参加をしておられます。それだけではございませんで、高等部の教育課程検討委員をやっていらっしゃいますし、カリキュラムの案なども作成をして、校内の職員会議や教育課程研究会に提案なども行っていらっしゃいます。実験・実習を補佐するというよりも、教諭と一緒になって教育活動そのものに参加をしている。また、教科担当で実習助手は実際に教科指導もやっているということも伺っております。 一九八二年の調査ですと、埼玉県の精神薄弱養護学校高等部の実習助手の週授業に参加している時間数は、六時間ないし十時間が二名、十六時間から二十時間が二名、二十六時間から三十時間が十一名、三十一時間以上は九名というふうになっているわけですね。また、この人たちの学歴調査をしてみますと、四年制大学の卒業者が九名、高校卒が十五名というふうになっております。文部省はこのような実態をどこまで把握していらっしゃるのか。 また、同じ一九八二年度の調査によりますと、全国の精神薄弱養護学校高等部の実習助手の週授業担当時数は、三分の一強が二十六時間ないしは三十時間となっておりまして、三分の一弱が十六時間ないしは二十時間、こんなふうになっているわけです。 しかも、給与の面は、昨年度の言い方で申しますと、三等級表適用がございまして、正規教諭の二等級表との格差も大きいわけです。この人たちをぜひ教諭にする道を講ずべきだと考えますけれども、いかがなものでございましょうか。
○高石政府委員 まず、養護学校における実習助手の仕事が教諭と非常に類似しているという実態を考えて、どう対応するかという問題が一つあると思うのです。これは各県の教育委員会の判断でございますけれども、助手の定員の範囲内で免許状を持った教諭を採用するということは可能であろうと思います。そうなると、実習助手の採用ではなくして、最初から教員免許状を正規に持っている人をそういう仕事に従事させるために採用する、そういう方向に転回していくことが養護学校の実習を伴うような教科について重要であるということであれば、そういう政策転換を図らなければならないという問題があろうと思うのです。 ところが、実態は、正規の教諭のほかに通常の工業とか商業における助手のような役割の人が必要であるということで、採用するときには余り学歴も問わない、したがって免許状も必要ないという形で実習助手を採用するということが今日の実態になっているわけでございます。 その人たちが将来免許状を取得していくためには、通常の免許状取得と同じように、例えば理科の免許状だとか、社会科の免許状であるとか、その他の免許状を取っていくような道は基本的にあるわけでございます。ただ、商業、工業等における実習のみを担当するような教諭という制度が養護学校において存在していないという御指摘であれば、そのとおりでございますので、その点については、今後、その実態を十分分析した上で検討していくべき課題であろうと思っております。
○藤木委員 実態をよくつかんで御指導いただきたいと思うわけです。 学級担任を決めるときに、担任の数が足りなくなる、つまり定数では賄い切れないという実態がやはりあるわけです。それで、結局、管理職の校長や教頭なども、実習助手ではあるけれどもこの人にはそれ相当の力があるということで担任を持ってもらう、そういう現状もあるという訴えを私伺っておりますので、こういった実態に即した対応をしていただかなければならないと思います。 たくさん伺いたいことがあるわけですが、時間がございませんので、例えば免許法施行規則第一章の特殊教科の免許状で申しますところの実習助手、これについても、理療科の実習助手の方たちが同じような境遇にあるわけです。この方たちは長年実習助手を勤めて、経験年数も多く、解剖などの授業には生徒をグループ分けをして、その一グループを実習助手が担当するということなどをしているわけですから、教諭と同じように授業に全面的に参加をしているということも述べられているわけです。盲学校の理療科の場合、二十一ないしは二十五時間の授業に参加していることが全国的な調査でも明らかになっておりますし、しかもこれが過半数に及んでいるということも述べられているところでございます。文京盲学校など、八王子盲学校理療科の実習助手の方の中にも、教諭として働いていただくのが適切だと思われる方がいらっしゃるわけですが、それをやろうとしないわけです。文部省はこのような実態をどのように把握をして、どのように指導していらっしゃるのか、それもきょうは伺いたかったところでございます。 それから、続けて少し申し上げておきますけれども、聾学校の特殊教科免許状には、理容と特殊技芸ということになっております。理容の場合は国家試験制度でございますからこれは別といたしましても、特殊技芸の場合、実習助手を長年勤めても、必要な教諭になるための単位を取りたくても認定講習がない、そのために取ることができないというのが実情でございます。教免法の施行規則第六十四条に定めた二級普通免許状を実習助手の方が取得する具体的な手だて、これも御説明をいただきたいと思うわけです。これが二つ目でございます。 それから、さらに、肢体不自由児養護学校での問題ですが、実習助手の機能訓練士がいらっしゃいます。この人たちは肢体不自由児の機能訓練を行っておりまして、学級担任の教諭の方がむしろ補佐しているという形になっているのです。教諭と対等、平等の関係というよりは、この面に関してはむしろ機能訓練士が教諭を指導している、そういった状況も見られるわけです。この人たちの場合、むしろ、免許法附則十一項にもございますように、六年、十単位で教諭にするというための道を開くこともぜひ御検討いただきたいというふうに思いますが、その点まとめてお答えをいただきたいと思います。 そして、最後に、今までの議論からも明らかになってまいりましたけれども、現在の教免法施行規則の盲・聾・養護学校高等部の実習助手に関連する部分につきましては非常に矛盾が多いということが明らかになってきております。そこで、提案者に、今回の法律案では省令改正案が具体的に考えられているのかどうかという点をお述べをいただきたいと思いますことと、さらには、実習制度がもし廃止をされるということになりますと支障がないかどうか、これは文部省から再々出されている疑問のようでございまして、これにひとつお答えをいただきたいと思うわけです。そして、本当に反対の質問者がないのであれば、まだ一人質問者は残っておりますけれども、ぜひこれを長い間たなざらしにするということで放置しておくのではなくて、本当に教育現場に生かすような形で実施できるようなことを全力を挙げてこの委員会として取り組むべきではないかということを強く主張させていただいて、私は質問を終わりたいと思うのです。私の方からもう申し上げませんから、以上のことについて文部省と提案者からお答えをいただきたいと思います。
○川村説明員 御指摘のいわゆる特殊教科を担当する実習助手の方の免許状の問題でございますけれども、特殊教科につきましては、ただいま御指摘がございましたような理療でございますとか理容、特殊技芸、音楽、その他そういうふうな特殊教科の免許状が設けられているということでございまして、こういう教科の実習助手をやっていただいている方が教諭の免許状を取る場合には、先ほどございましたような、一たん臨時免許状を取得し、さらにその後所要の単位を修得をするということになっているわけでございます。経験年数は五年で、あと所要の単位数を修得をする。臨時免許状を取得して助教諭となって五年の経験年数と所要の単位数を修得する、こういうことでございます。 そこで、所要の単位を修得するにつきましての認定講習でございますけれども、現在、理療についてはそういう指定の教員養成機関もございますからこれは認定講習は行われておりますが、それ以外の御指摘のございましたようなものにつきましては認定講習が行われていないのは事実でございます。これは適当な指導者がいないとか、とにかく対象とされる方が非常に少ないというようなこともございまして、現在までのところ開設されていないということでございます。この点につきましては、そういうことで、非常にニーズがあってかつ適当な指導者がおられれば、それはまたしかるべき形でそのことについての対応を図らなければならないというふうに思っているわけでございますけれども、現状は御指摘のようなことでございます。
○中西(績)議員 二つあったと思いますが、実習助手の身分問題は、学校種別問わず同一であるということをまず基底に置きまして、その中で考えた場合、今指摘がありました障害児学校の問題等については現在措置されておりませんから、この点について省令改正などを行うことによって措置をしていく。これはたくさんございますけれども、一つの例だけを申し上げますと、例えば理療の場合におけるあんま、マッサージ、指圧、はり、きゅうなどの免許状を有して、実習助手としてそれぞれ該当する学校において良好な成績で勤務している場合、五年の経験年数、その間に教育原理や心理、さらには専門の理療の単位など十五単位を修得した者に普通免許を授与すべきだと考えておるわけでございます。その他につきましても、理容や特殊工芸あるいは養護、訓練など同様に考えておるわけでございます。 それともう一つ、これが実際に実施される場合の問題指摘がございましたけれども、十二年間の経過過程の中で実習助手というのがいなくなることは事実であり、すべてが教諭になります。 そこで、今回のこの法改正で一番中心になると思いますけれども、現実の学校における実態、既に現行制度を超えてそれぞれ先ほどから指摘がありますように実習助手の皆さんには御奮闘願っておるというのが実態であります。したがって、それをどう具体的に措置することによって矛盾を解消するか、こういう立場に立っておるわけでありますから、あくまでも指摘のありましたように、実習助手の場合には「実験又は実習について、教諭の職務を助ける。」というこうした条文を狭義に解釈するのではなくて、あくまでも実際の職務あり、これに沿って実験・実習等補助的業務を拡大していくということが一番重要だろうと思っています。したがって、この実験・実習教諭が成立しない状況にまで実習助手は重要な役割を現在果たしておるわけでありますから、その他の生徒指導等含めまして学校運営上大きな支障が生ずるまでになってきておりますから、この点をどう捕促するかということになろうと思います。 いずれにいたしましても、こうした状況の中における学校現場における混乱がこのことによって起こるだろうかということを考えてみますと、実際に職務としてはそうした実験・実習の準備から後始末からすべてのものをやるわけでありますから、全くそこには支障がないということは、もう既にこの五年間言い続けてきたそういう中身であるわけであります。特に、そうした中におきまして、私たちは、今まで区別をすることによって果たし得なかった分も含めまして、すべての人が教諭になる、教諭になった皆さんが一緒に協同しそして協調する中で、四十なら四十の生徒を対象にしての対策を立てていくわけでありますから、むしろ、より効果の上がる実態がそこには生まれてくるのではないだろうか、とういうぐあいに考えております。 特に、私が申し上げたいのは、近来、科学あるいは技術の進歩急速でありますから、そうした中における体制づくり、先ほどの池田さんからの御指摘もございましたように、多様化する中におけるあり方としては、画一的に管理的にそれを強制したりあるいは抑制するのでなくて、むしろ、より拡大をした解釈の中で皆さんが自由にそこに活動できる体制をつくるべきではないか、そうした制度だって考えるべきではないかということの御指摘がございましたように、全くそのとおりだと私は考えます。 そうしたことで、先ほど最後に指摘ございました点から考えますと、こうして五年間にわたる討論の結論としては、今御指摘のございましたように、これまた委員長さんにお願いを申し上げるわけでありますけれども、理事会なりでぜひ各御質問いただきましたあるいは討論いただきました政党からでもこうした問題についての御提起をいただき、そうした中で全体の問題としてこれを集約していただければと思っております。そうする中で、社会党の提案だけでなしに、この委員会所属の全委員の総意としてこうしたものをまとめていくことが今一番大事ではないだろうか、こう考えておりますので、よろしくお願いを申し上げたいと存じます。
○藤木委員 終わります。
○青木委員長 佐藤誼君。
○佐藤(誼)委員 今までの質問等にもありましたように、最近の目覚ましい科学技術の進歩の中で、高等教育における実験・実習教育の重要性はますます大きくなっておりますし、また、障害を持つ子供たちに理容、理療、それから特殊工芸など技術、技能を習得させて、社会へ踏み出すための教育を行うこともまた極めて重要であることは御承知のとおりであります。しかし、にもかかわらず、これらの重要な実習あるいは実験の教育を担当する実習助手の皆さんの給与の面、待遇の面、身分の確立、大変立ちおくれを来していることは、この法案の審議の中でも明らかにされてきているわけであります。 特に私は、その中で、いろいろありますけれども、昨年も、その前から、実習助手の皆さんのまず当面急がなければならないのは給与の改善であるということで、昨年も、文部省並びに人事院の皆さんからも来てもらって、この点についてただしたのであります。人事院からは藤野説明員が来まして、このことについていろいろ聞きただしたのであります。 その中で、その認識については一致をいたしまして、特に実習助手の給与改善という立場から、水準の是正並びに号俸延長、二つの面から検討したい、特に号俸の延長については二号ないし三号ぐらいは延ばしたいということで考えておりますというようなこともありまして、最終的には「今先生のお話にありました点を含めまして、前向きに検討させていただきたいと思います。」こういう答弁で終わっているわけであります。 聞くところによりますと、これらも受けながら、昨年は人事院勧告等の中でこの実習助手の給与改善という立場から見直しが行われてきたということを聞いておりますので、その辺についての状況を、きょうは人事院から来ておりませんけれども、担当の方からひとつ説明をいただきたいというふうに思います。
○川村説明員 実習助手の待遇改善の問題でございますけれども、御案内のとおりに、実習助手につきましては、教育職俸給表、教(二)の一級、昔の三等級という格付になっておるわけでございます。このことにつきましては、従来から待遇改善につきましていろいろな御議論もあり、人確法に基づく給与改善の一環としてこの俸給表全体についての改善が進められてきたわけでございますけれども、ただいま先生御指摘のような具体の問題が幾つがあり、それにつきまして私どもも改善の要望をしてきたところでございます。 問題点は、今先生おっしゃいましたように二つございまして、一つは、従来の俸給表でございますと、最高号俸が三十五号で頭打ち、二号から三十五号で頭打ちでございますから、仮に高卒十八歳で実習助手に採用になったと仮定をいたしますと、五十一歳のところで三十五号になってしまう、そこで頭打ちという点が問題というようなことでございます。さらに、その昇給のカーブにつきましてもさらに特段の配慮ができないのかというふうなことがございました。 それで、ただいま御指摘がございましたようなことで、昨年度のこの給与改善の際にこの点の改善が図られまして、この教(二)の一級の号俸につきましては四号の増設がなされました。ということでございますから、従来ですと、仮に最短距離でいった場合に五十一歳で最高号俸に達するのが、五十五歳までということで四号つまり四歳延びるということに措置がなされたわけでございます。 さらに、今回のこの給与の改善につきましては、教(二)の一級の各号俸につきまして改定率がほかの級あるいは俸給表よりも若干高い、平均をいたしますと五・三%から五・九%というふうな改定率になっております。他の俸給表の改定がおおむね五%ないし五・三%ということから見れば、さらに一段の改善が図られた、手厚くこの号俸の配慮がなされたのではないかというふうに思っているわけでございます。
○佐藤(誼)委員 長年の要望が生かされて、今説明あったようにそれなりの改善、見直しがされたということは結構なことでございますが、まだまだこれからも改善すべき内容が多いようでございますし、また、きょう全部そのことについては尽くしませんけれども、十分意を尽くして改善に努力をしていただきたいというふうに思います。 なお、これは後ほど、待遇、身分確立にも関係ありますが、実習助手の方で教員免許状を持っている方がかなりいるわけですね。本来、これは制度のしかるべく適切な方途を講ずれば、教諭になってあるいは教諭に採用されて教諭としての給与面での適用が図られるものが、まあ後ほど議論したいと思いますけれども、現在の制度上の隘路から、教諭になるべき免許状を持ちながら教諭に採用されていない、したがって実習助手のそういう俸給表が適用されているというのが実態としてあるわけです。この辺あたりも今後は十分配慮すべき問題だというふうに思いますので、給与の改善についてはその点だけを指摘をしておきたいというふうに思っているわけであります。 現在、全国の高等学校及び障害児学校の高等部に約一万五千人相当の実習助手の方が配置されているというふうに聞いているわけであります。これら実習助手の教育現場におけるところの重要な役割、それに対する現行制度との間のギャップ、こういうものが今までも指摘をされてまいりましたが、特に私は、現場における実習助手の皆さんの実際の勤務態様がどうなっているのか、この辺をまず提案者の方に聞きたいのだけれども、提案者の方でその辺知り得た状況があるならば、ひとつこの際御披露いただきたいというふうに思います。よろしいですか。
○中西(績)議員 現場の実習助手の職務の問題でございますけれども、先ほども申し上げましたように、今、法で規定をされている内容とはまた別に、多くの教育的な問題を抱えておるというのが実習助手の実態ではないかと思います。 具体的に申し上げますと、例えば農業高校等におきましてあるいは工業高校等におきまして考えますと、教科別に、それぞれ班編成で行っておる場合には、まさに教諭と全く同じ内容で対応しなくてはならぬという実態があるわけであります。その上に立って、今度は具体的には細かく教育内容にまで立ち入る、例えば評価からすべてのものをお互いにそこで検討し合って最終的なものを出していかなくてはならぬわけでありますし、あるいは指導計画等につきましても全部一緒にやるわけであります。そうなってまいりますと、区別が非常にしにくいという状況に置かれています。 それに加えまして、今度は授業を終えた後、生徒指導の面におきましても、学校運営の中におけるそれぞれの職務というものは一般の教諭と全く同じ内容を持ってそれを担当しておるというのが今実態ではないかと思います。 ただ、その際に、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、そのように実態としては、例えばクラブ活動で申し上げますと、実際に指導する面におきましては教諭よりも実習助手の方がすぐれておるという場合にはその人にすべての権限が任される状況が出てくるのは、これは必然であります。ところが、実際に今度は引率ということになってまいりますと、教諭でないということを理由にいたしまして、そこから排除されるという状況が出てくるわけであります。また、生徒指導におきましても、やはり同じように担任、例えばクラスの担任などにおきましても全く同じような状況がある。ところが、先ほども申し上げましたように、実際に生徒とのかかわりからいいますと、教諭より以上に密接に関連し、そして、しかも深く、そこには全く虚偽の状況はなしに本音を吐いた人間的関係ができ上がっておる。これを全く無視されて排除されるという状況等が出てくるわけであります。 したがいまして、学校における現状というのは、そのことによって出てくる実習助手べっ視の姿勢が管理職の中にあると同時に、生徒の中にも先生らしからぬものがあるというこういう状況が出てまいります。したがって、その間における実態としては、そこから大きな支障が生じておるというのが今の学校現場ではないだろうか。ところが、よくお考えいただけばおわかりのとおり、職業高校あるいは普通高校等におきましても、進学校でないところでは大変な荒廃が拡大されておるという状況があるために、その責務からいたしましても大変大きな任務を持たせられておる実態はあるにもかかわらず、こうした矛盾を依然として抱え続けておるというのが実態ではないだろうか、こう考えております。
○佐藤(誼)委員 実態を非常に適切に説明をいただきましたが、今のお話にあるとおりで、言うなれば、実習助手ということで教諭の実験・実習を助けるという立場にあるわけだけれども、しかし実際はこの教育そのものに携わっている、そしてそれは教諭と同じような仕事をし、場合によってはそれ以上の仕事と負担をして教育活動に携わっているという、こういうことだろうと思うのですけれども、ところが、その方々、これは先ほどの議論にもありますように、実は実習助手という免許だけじゃないのですね。つまり、工業実習を担当できる教諭の免許状を持っているわけです、多くの方は。したがって、これは仕事の実際もそうなんだけれども、その方々は経験からいっても識見からいっても、それから勉学においても資格においても、教諭になり得る力の人が実際はそういう仕事をやっている。ただ、教諭にされないために、任用されないために実習助手という身分でやっていなければならぬ、こういう実態だと思うのですね。問題は、そういうキャリアと能力と資格を持ちながらなぜ教諭に採用されないのか。この方がたくさんいると思うのです。ここが私は最大の問題点であろうと思うのですね。 そこで、この点は今までも随分質問もしてまいりましたし、またある面からいえば、提案者のこの法案の趣旨でもあろうかと思うのです。そこで、その辺のことは後ほど逐一聞いてまいりますが、私は今のことに関連して若干実態をお聞きしたいというふうに思いますので、担当の文部省の方からお答えいただきたいのであります。 その第一は、よろしいですか、最近の統計で、実習助手の総数、その中で一級、二級あると思いますが、教諭免許状の所有者の数、また免許状所有者の数の中で教諭に採用された数はどのくらいかということが一つですね。 第二番目は、現行の免許法が改正され、そして実習助手の方も免許を取得し、教諭採用の道が開かれたのは昭和三十六年だと思うのですね。それ以後どのくらい実習助手の方が教諭に採用されたのか、合計ですね。この辺の資料がありましたら、ここでひとつ答弁をしていただきたいというふうに思います。
○高石政府委員 まず、実習助手の総数が、先ほどお話がありましたように約一万五千でございます。そのうちに、この一万五千の中で教員免許状を所有していると推計される方が約六千でございます。そして、実習助手から教諭へ採用されたと思われる数字が約二千三百でございます。これは六十年度当初の採用状況を見ますと二百四十八ということで、従来は百五十から二百ということを申し上げていましたが、ここ一、二年の状況は二百から二百五十というような傾向を示しているという実態でございます。
○佐藤(誼)委員 そうすると、今ちょっと聞き漏らしたのですが、二百四十八名が採用されたというのは何年度だったのですか。それから、その年は免許状を取得した人は何人ぐらいだったのですか。
○高石政府委員 二百四十八という数字は六十年度当初の数字でございます。したがいまして、六十年度の当初ですから、五十九年度に免許状の取得をした人がどれだけいるかということと比較しますと、五十九年度は二百二十一ということでございます。したがいまして、六十年度だけで申し上げますと、免許取得者が二百二十一で採用されたのが二百四十八ですから、過去の有資格者の中から教員に採用されている人が何人かいる、こういう推計になるわけでございます。
○佐藤(誼)委員 私、この点随分今まで質問してまいりましたが、採用される数も徐々にふえてきたようでありますし、従来は百五十から二百ぐらいかというようなことでありましたし、今聞きますと二百四十八、しかも免許取得者二百二十一ですから、簡単に言えば前年度までの累積された免許所有者で新たに採用された方が出てきたということになりますから、これは大変結構な話なんです。ただ、極めて数字的な言い方で申しわけないのだけれども、免許取得者が大体六千人ということでございますから、この方々を仮に数字の上で、消化するという言葉は悪いのですが、消化するとすれば、これはこの数字でいきますと六千名に二十人食い込んでいるわけですから、そうすると六千人を二十人で割るとどのくらいになりますか、三百となるのじゃないでしょうか。ですから、その年度の教員免許は二百二十一で採用が二百四十八となれば、確かにこれは結構な方向に今進みつつあるけれども、しかし、前の年までの六千人の免許所有者に対しては二十人食い込んで採用されたということにほぼなるわけですから、数字の計算からいえば、六千を二十で割れば約三百年かかる、こういうことになってしまうわけだ。 ですから、これは従来からの免許を取って早く採用されたい、採用されなければ退職してしまうという方々を本気になって採用するとすれば、この程度の採用ではだめだ、こういうことになると思うのです。私は現に身近なところで、この免許状を取って教員採用を待っておったのだけれどもなかなかその枠がない、採用されない、そして不本意なままに退職した方がたくさんいるということを見ているわけだ。ですから、この六千名の中にはそういうことを待ちわびている方が、年齢の高い方がかなりいると思いますので、この辺の、言葉は悪いのだけれども、解消といいましょうか、期待にこたえるための教員採用の道はさらにどのように考えますか。
○高石政府委員 面接質問に答える前に、もうちょっと実態から見ますと、実習助手の年齢区分の状況を見てみますと、四十歳までが大体一五%から二〇%――二十五歳未満が一五、二十五から三十が二一、三十から三十五が二一・九、三十五から四十が一四・七で、五十五歳から六十歳までの人を見ると二・九ということで、かなり努力をされて免許の取得を若いときにされている人が多いのではなかろうか。そして、その人たちが結果としては教諭への採用という道が開かれてきているのではなかろうかということでございまして、先ほど申し上げましたように、県としてもこの面について十分な配慮を加えながら教員の採用という問題に取り組んでいる傾向が六十年度を契機にして出始めているということでございますから、これは文部省が画一的に各県に割りつけて、こういうふうに消化しろというわけにいきませんので、各県の方にも重ねてこういう実態についての改善方を指導してまいりたいと思います。
○佐藤(誼)委員 それで、そういう採用がふえていったという傾向、これは大変結構なことなんで、これは昨年この点を質問したときに、文部大臣自身が、教諭任用は望ましい、積極的に教諭任用するよう各設置者を指導したいというふうに答えているわけです。この辺あたりも一つの背景になってそういう道がだんだん積み上げられてきたと思うのです。 ただ、残念ながら今のテンポでは、先ほど言った六千名の人の教諭採用の道を開くとなれば、まだまだこの点は手ねるいと私は思うのです。特に、今までも私はその点指摘してきたわけでありますけれども、昭和三十六年のときにこの免許法が改正され、実習助手の方も、一定の経験を持ちそして単位を修得すれば、免許を取りやがて教諭採用の道が開かれるという、そのときに国会でいろいろ議論されまして、昭和三十六年四月二十六日です。そのときに、後に文部大臣になりました内藤政府委員は次のようなことを言っているのですね。「そこでせっかく免許状をとった者が教諭に採用されないという事態になりますと、これは非常に本人に失望させますので、そういうことのないようにいたしたい。」そして、「免許状をとった者が教諭に現実になれるように積極的に指導して参りたい」ということをその当時から言っているのですね。これは昭和三十六年なんです。それから長い日時を経ているのですね。今ようやく先ほどの答弁で少し前向きになってきた。 昭和五十六年の五月二十九日、後に文部次官になられました三角政府委員は、同じように、「当該職業教科の教諭の資格を得られることは、これは望ましいことでもあると思っておりまして、現在も、それは認定講習等による道が開かれておるわけでございます。そのことによりまして、現行制度では実習教諭への昇進が可能でございます。」こういうことがある。問題は、私はこのときも言ったのだけれども、「可能でございます。」ではしようがないので、可能なものを実現の形にきちっと位置づけてもらわなければ、免許は取った、あなた教諭になる可能性がありますよ、これだけでは、これは実習助手の皆さん、つまり免許状を取った皆さんの期待にこたえることができないじゃないか。昭和三十六年、その当時の制定のことからいえばまだまだ不十分だということを指摘した、そういう経過がございます。 したがって、私は今後ともさらにこの問題については積極的に文部省が指導すべきだと思いますし、この六千人相当をどういう形で具体的に教諭任用の道を開くのか、抱負がありましたら文部省からお聞かせいただきたいと思います。
○高石政府委員 先ほどもお答え申し上げましたように、それぞれの県の事情がございまして、県内の計画によって消化するしか仕方ないわけでございます。したがいまして、いろいろな主管課長会議等を通じて、こういう実態についての解消策について尽力していただくよう指導してまいりたいと思います。
○佐藤(誼)委員 実際採用するのが各都道府県で、主管課長会議等のときに指導してということをずっと今までも答弁されてきました。そういう指導の中で、確かに従来よりは若干ふえてきていますね。しかし、先ほどからあなたがいみじくも言われた六千名相当の免許所有者をどういう形で、これにふさわしい形で採用の道を開くかとなれば、その程度ではなかなか具体的にならぬと私は思う。これは実習助手の方々よくおわかりだと思うのです、その程度ではならぬなと。 そこで、きょう提案されました改正案は、その辺もにらみながら学校教育法等の一部を改正する法律案を提案されたものではないかなというふうに私は想定いたしますので、その辺に関連して提案者の考え方を聞きたいと思います。どうでしょうか。
○中西(績)議員 今討論を聞いておりますと、文部省の考え方はこの五年間全く進展をしておらない。しかも、賃金がある程度是正をされたということが言われておりますけれども、この分につきましても、当初から六十年度の改正時にはこの点に関しては検討したいと思うということはもう人事院が言い続けてきた中身であります。したがって、賃金面におきましてもこれらについての改善が、積極的に文部省がどう改善をしていくかという主体的な考え方はそこにはなかったとしか言いようがありません。大変残念であります。 そこで、私は、今ありましたように、現在までの教諭の免許取得者が約六千人ということになると、指摘ございましたように、五十九年度の取得者二百二十一人、六十年度の採用が二百四十八人ですから、その差し引き額はわずか減少していくという状況でしかない。ですから、今これを解決するということになりますと、到底考えられないということがそこに残るだけであります。 そこで、私はきょうもお聞きをしたのでありますけれども、もしこのまま改善されずに、教諭の免許を取得しておるにもかかわらず、全く手をつけない県だってあるわけでありますから、そうなってまいりますと、そのままこれが経過いたしますと、六十歳になると、免許取得はいたしておりましても約八万円違うということを現場の皆さんからお聞きしました。実際に教諭に任用された場合との違いはこれほど大きなものになる。したがって、そのことは直ちに、退職をされますと、年金問題に振りかかってくるわけでありますから、生涯賃金高ということになりますと、そこには大変な格差を生ずるわけであります。それが制度的な措置をされておらないからこそそうしたものが出てくる。 それと、先ほど申し上げましたように、今度はただ単に賃金だとかそうした身分上の問題だけでなしに教育面における大きな問題がもう一つあるということを考えていただきますと、これは直ちに手がけておかなくてはならない問題であろう。したがって、私は、臨時教育審議会が免許法の改正等についていろいろ提起があると思いますけれども、それ以前の問題としても、この種問題につきましては、例えば高専の問題等については直ちに手がけることができるわけですね。さらにまた理科助手の問題、障害児学校の問題等につきましても、これは直ちにそうした皆さんに期待を持たせるような方向性というものを、免許法の改正をすることによって簡単にできるわけでありますから、それを手がけないということは、私は、一口で言わしていただきますならば、文部省の怠慢以外にはないのではないか。ですから、昨年の討論の過程の中におきましても、対生徒とのかかわりの中でどうだということを文部大臣、大変強調されたわけでありますけれども、そのことを考えれば考えるほど、この点を重視していただくということが今一番最重要課題ではないだろうかということを特に感じております。
○佐藤(誼)委員 そこで、重ねて提案者に私の方からお聞きいたしますが、先ほど実習助手の免許取得者の教諭採用の道は従来より、各教育委員会を指導したということもあるでしょう、数字もふえてはいます。しかし、そのテンポとそのやり方ではとても六千名相当の人たちに教諭任用の道を具体的に開いていくことにはなかなかならぬと思う、だれが考えてみたって。したがって、そういうふうにこれはなかなか期待に沿うような形で採用が進まぬというこの隘路は何なのか。また、そういう隘路を打開して、そして努力されて免許状を取られた皆さんが教諭の道に採用されて、そして先ほど教員に採用されれば八万円の違いがある、こういうものを具体的に解決をするためにはどこをどう変えていったらいいのか、これは今提案されておる法案との関係で少しく説明してくれませんか。
○中西(績)議員 一番の問題は、何と申しましても、一口で申し上げますと、やるかやらないか、その態度決定をいつするかが差し迫った問題であろうと思っています。そこまで既に来ておるというのが実態ではないでしょうか。 私たちの今までの経験から申し上げますと、一番の問題は教諭としての財政的な措置ですね。賃金に対する各県段階における財政措置がどうなされておるかということが一番の問題であります。ところが実際には、実習助手であっては、教諭免許を持っておっても教諭の枠の中に入り得なければ財政措置はできないわけであります。したがって、その措置のなされておる都道府県となされておらないところにそのように大きな格差が出てくるというのは必然です。ですから、私たちの今までの経験の中で申し上げますと、ある程度我慢して教諭枠の中に繰り入れていってやっておったのですけれども、パンクするわけですね。ですから、それ以上はできないということでストップしてしまうというのが実態であるわけですから、それをなくす方策というのは、先ほどから指摘がありましたように、あくまでも、今度の制度改革の大きな目標でございます実習助手をなくしてしまう、そのこと以外にはないわけでありますから、学校教育全般にわたって重要な役割を果たしておるこの実習助手の制度そのものをまず変えていかなくてはならない、そのためには教諭任用に切りかえていくという措置をぜひとらなくてはならないということが、まず第一の問題点であろうと思います。そして、しかもそうした体系の中で、十二年間の経過措置をとっていただく中でそうした諸問題について解決をしていくという内容を今度の改正については示しておるわけであります。 同時に、先ほどからるる申し上げましたように、いまだに免許法の中に全く繰り入れられておらない理科助手の問題にいたしましても、あるいは障害児学校の問題にいたしましても、こうしたものを直ちに措置していただく、さらに、先ほど申し上げた高専卒業の皆さんの場合にはもう一遍にできるわけでありますから、こうした問題等についても措置をしながらこの体制をつくっていく、こういうことが今一番問われておると思います。 したがって、今度の法改正の問題というのは、一口で言うならば、今申し上げたように、十二年間の経過措置の中で実習助手制度をなくして教諭制度に任用がえをしていく、こういう中身であるということでございます。
○佐藤(誼)委員 それで、私なりに考えますと、今のことよくわかったのですが、学校の具体的な場面で、工業高校の定数を考えますと、言うなれば理科、社会、数学のような普通科の教員、それから工業を担当する教員、こうあったときに、実習助手の方の免許状は、教諭免許を持っているのですが、それは工業実習という教諭の免許状なんですね。そして、この工業実習という免許を持っておる方が、今申し上げた職業科の工業の先生になるために、現行の制度の中でうまくその枠の中に、定数の中に入れるのかどうか、これが一番問題になると思うのですね、今指摘されるように。もっと具体的に言えば、普通科の先生が十、専門科あるいは職業科の工業に携わる先生が二十おって、そのほか実習助手の方が十二おって、工業実習の免許を持っておる方が五人おったとしますと、例えば二十人の工業を担当する先生方に欠員ができたときに、実習助手の免許を持っている方、これを採用するとすると、やはり一つの現実の問題が起こってくる。それは私も体験したことがあります。それはどういうことかというと、現行の免許状では工業という免許状と工業実習という免許状があるんですね。工業の免許状を持っておる方は座学もできるし工業実習もできるわけです。ところが、工業実習の免許を持っておる方は工業実習だけ持っておるわけです。そうなりますと、一定の二十という枠がふえない限り、たまたまあいたとしても、工業実習よりは工業の免許を持っておった方を採用した方が、これは座学もできるし実習もできますから、勢いそうなってしまうわけです。ですから、実際問題、免許を取っても工業実習の方はなかなか入れないということになってしまう。それは各県教育委員会にしても実態はそうなっていますから、ちょろちょろとたまたま偶然に一人か二人うまく入ったという程度にしかならないのです。ですから、さっき言ったとおり、例えば百五十人とか二百人とか、今度は少し余計になったという程度にしかならぬのです。したがって、六千人というこの数字は残るわけですよ、そういう制度上の隘路がありますから。 したがって、この提案の意味は、二十人なら二十人という工業のこの教員の中に実習助手の十人なら十人を枠の中に入れてしまって、簡単に言うと、工業実習の免許を持っておる方も教員の中に入っていく、これを私はこの制度で言っているんだと思うのですよ。そうしなければ、工業実習の免許を持っていても教員採用されないと思うのですよ。そこのところを一番考えているのがこれだと私は思うのです。そう理解している。そして、そういうふうになっていっても、実際工業実習の免許状を持っているのですから、何も実習をする分には変わりはないわけでしょう。従来、実習助手が実習をやってきたのですから。しかも、免許を持っておる方がさらに自信と確信と将来に対する希望に燃えてその工業実習に専念したなら、子供にとってもそれほど立派なことはないじゃないか。その人たちがせっかく苦労して免許状を取ってきて、それだけの素質と経験と力がありながらそれを閉ざしていくという方が問題であって、それを採用すれば、なお大きくそういう面で前進するんじゃないか。しかも実習助手の枠を教員の枠に入れるだけですから、改めて数がふえるわけじゃない。賃金の部分についても、そんなにべらぼうに違うわけじゃない。これはやろうと思えば、そんなにマイナスがなくできるんじゃないかと私は思うわけです。 ただ、この辺を具体的にどういうふうにこの法律案のもとで扱っていくか、こういう案は出ているけれども。この辺は、出した提案者本人もそんなにこだわらなくとも、今のような考え方が生かされるならば、制度のあり方については各党が知恵を出し合ってもいいじゃないかなという感じを私は持つのです。しかし、法案を提案された基本的な点はその辺にあるのではないかなと実態に即して私は思うので、その点ありましたら、提案者の方からどうぞ。
○中西(績)議員 一番の問題は今指摘をされたとおりでありますけれども、先ほど文部省の高石局長の方から答弁がございましたね。例えば二百四十八人採用したとは言いますけれども、その場合、実習助手の皆さんは教諭任用になったけれども、例えば国語だとか数学だとか他の教科面で、実習助手の間に大学夜間部に通ったとかいろいろなことで他の免許を取っておって、そのことによって採用された人もこの中に入っておるのではないか、私はこういう感じがするわけですね。そうなってまいりますと、約六千名を解消するという方策はここには皆無だという考え方に立っていいわけなんですね、もしそういう方々が二十人以上ことしの場合おると仮定するなら。そうしたことからいたしますと、今指摘のあったように何らかの方式をとらなくてはならぬ。そういうことになると、私たちの経験を先ほど申し上げましたように、例えば教諭の免許を取った人をどんどん教諭として賃金をということでやってみたんだけれども、一定の枠内でできたとしても、それを超え始めるともうどろすることもできなくなるというのが各県の実態だろうと思うのですね。そういうことであるわけですから、それを解消する措置としては、今あなたが言われるとおりに、枠をどう広げるかということになってまいりますと、教諭の現在いる枠、それに実習助手の枠を加えますと、先ほどの答弁の中では今一万五千名近くの枠が拡大できるわけでありますから、その枠の中に入れていただくということになればいいわけなんです。ただ、その場合に、各県の事情は違うわけですから、その数がどういうようになっているかは各県の実態の中で措置していただけばよろしいということになるわけですから、こうした方策をぜひとっていただければと思っています。
○佐藤(誼)委員 それでは、あと時間もだんだんなくなりましたので、文部大臣に最後にお尋ねしますから、ちょっと聞いておいてもらいたいのですが、先ほどから議論しておりますように、実習助手も経験を積み勉強すれば免許状が取れる、そしてその人たちにも教諭採用の道を開く、これで昭和三十六年以降ずっと始まってきたわけです。そして、先ほどあったようにたくさんの方が免許状を取った。しかし、私が先ほど言ったような学校の実態なり現在の制度の実態を考えますと、努力をしてもなかなか教諭の中に割り込んで採用されるというのは困難である。せいぜい従来から言えば百五十とか、今はよくなって二百四十八名でしたかというところまでいきましたけれども、なかなかこれは思うような採用の道は出てこないわけです。 そこで、私たち見るには、先ほど法案提出された方は、こういうふうに制度を改めるならば、つまり先ほど言ったように、この教諭の枠の中に実習助手の枠を入れて、その中で教諭の免許状を持っている方を採用するというような方法を講ずれば、よりそういう努力した方々、長年期待されている方々を教諭に任用できるんじゃないか、しかもそれは学校教育なり実験・実習の重要性からいって必ずしもマイナスにならぬのではないかということを提起しながらこの法案は出していると思うのです。したがって、この法案については一九八一年の九十四国会からこれまで五回にわたって議論してきているのです。したがって、私たち見るには、提案者はそういう知恵を出してこの法案を提起しているわけですから、文部大臣は何か知恵はありませんか。この法案に対してどう思いますか。丸ごとこれを通せとは言っていないと思うのです。何かみんなが知恵を出し合って、それにこたえる方途をつくり出そうじゃないかということで、各党の皆さんも先ほどから質問されていると思うのです。その辺どうですか、知恵の出し方について。
○海部国務大臣 いろいろ御議論を承り、また採用の数が先生からは物足りないというおしかりを受けるかもしれませんが、年々上がってきておることもまた事実でございますから、この辺を一つのよりどころとして、全体として見れば、やはりその地位にあって職務に励む皆さんが努力をされて、そして資格をお取りになったということになるなれば、その資格をせっかく取った方はでき得る限り教諭として採用するのが望ましい方向であることも間違いありませんので、先ほど初市局長が御答弁申し上げましたように、現実の採用権者である地方の都道府県教育委員会も指導してまいりたい、こう申し上げておりますけれども、やはりそうやって努力をされた方が目に見えて報われるような、そしてそれが、ここで御答弁申し上げるだけじゃなくて、年々増加していくという具体的な姿になってあらわれるようにしていくのが一番いい方法であろう、私は議論を承りながらそう思っておりましたので、初市局長が先ほど申しましたように、せっかくの努力が報われるように各地方の採用権者に対して指導をさらに行ってまいりたい、こう考えます。
○佐藤(誼)委員 文部大臣はなかなか識見があって、私は実行力のある文部大臣だと常々敬服をしておったのだけれども、やはりいささか壁を越えられぬのじゃないでしょうか。先ほど私は、今大臣が答弁されたような発想と手法では、少しずつはふえるけれども、長年にわたって議論してきたことに対する打開の道にはならぬのではないかということで議論しているわけですから、したがって、今大臣が答弁されたようなことは、今後も努力していくという、これはいいのですよ、悪いとは言いません。しかし、私たちあるいは提案者が出しているこのことは一顧だに値しないというものではないと思うのですよね。この辺はいいが、この辺は一考考えてみたらどうかとか、何かそういうことがないのはおかしいじゃないですか。この法案が通れば、文部大臣、あなたがやらなければならないのですよ。これは衆法であろうが何であろうが、国会を通れば、あなたは文部省ですから、責任者ですから、文部省としてこの法律を執行しなければならない。(「通ればだ」と呼ぶ者あり)あなたの協力も得て。そういうことなんで、その辺、知恵の出し方を言っているのであって、大臣、木で鼻をくくったような話はおかしいじゃないですか。何とかないのですか、その辺の感想は。
○海部国務大臣 ですから、私もきょうまでの足跡を見て、何とかそれらの方々の努力が報われるような方法で、ここで口で言うだけではなくて現実的に成果が上がるような方法で、今許されるような範囲で考えていきたい。関係者の意見もいろいろ聞いて、この問題が議員立法として提案され、数年来御議論願っておることも承っておりますし、また、前国会、前々国会、佐藤先生がこの問題を大切に考えて御議論いただいておる速記録等も私は十分読ませていただいておりますが、しかし、考えてみますと、今の高等学校における職務、制度の中で、この制度が定着して一生懸命やっていただいておる、しかしその中でさらに教諭の資格を取りたいと努力をされておる、その努力にこたえるような制度、仕組みも現実にできておるというならば、その御努力なさった皆さんの結果には十分報いるようにしていかなければならぬ。では、百歩譲って、この法律を今直ちに受け入れてやれということをおっしゃるわけでありますけれども、その壁を乗り越えると言われましても、今の免許制度のいろいろな制度、仕組みや建前がございますし、それから、御担当願っておる教諭を助けての実習の場面、教科科目というようなものもいろいろあるようでございますから、その辺のところはさらに私も研究をし勉強をさせていただきたい、こう思います。
○佐藤(誼)委員 さらに研究し勉強させていただきたいということへいきましたので、さらに一歩私は期待したいのですけれども、残念ながら時間が来ましたので……。 それで、これを丸ごとのめというようなことを提案者が言っているわけでもないと思うのです。あなたも勉強したいと言う、こちらも提案は提案しているのだけれども、この趣旨がもっと生かせるような知恵があるなら出してほしいということを各党の皆さんにもお願いしているわけなんで、その辺は、こういう立場で五年間やってきたので、十分勉強し御検討いただきたいと思うのです。 それで、これを裁くのは文教常任委員長、あなたでございますので、これは長年にわたりましてずっと提案してきたのでありまして、この次十六日ですか、また衆法についての議論があるわけですから、そのころまで文教委員長として、これを各党がどう知恵を出し合ってそのいい面を伸ばして生かしていくのか、ひとつ御検討いただきたいと思うのです。私の方ではこれについての採決を求めてはおりますが、かたくなにそのことだけにこだわりません。知恵の出し合いということも前提にしながら採決ということもあわせ要望したのでございますから、その辺で文教委員長の裁きをひとつお願いいたして、私の質問を終わりたいと思いますが、文教委員長、どうでしょう。
○青木委員長 佐藤君の申し出につきましては、理事会において十分審議をして結論を出したいと思います。
○佐藤(誼)委員 それじゃ、大変いい御答弁をいただきましたので……。 じゃ、どうぞ。
○中西(績)議員 長時間にわたって御審議いただきましたけれども、今文部大臣の発言を聞いておりますと、私、本当に文部大臣はもうちょっと勇気を持ってハードルを越えなくてはならぬということを痛切に感じました。ぜひ文部大臣に知っていただきたいというのは、文部大臣も、かつてこの免許法改正時から以降引き続きやっておったと思いますから、その中心におられた方ですから、この内容については最も熟知をしておる方であります。したがって、そうしたことを踏まえまして、今先ほど答弁ありましたその中身というのは、何といっても六千名というのは数が変わらないわけでありますから、この点は何としても脱却できる方策というのを考えていかなくてはならぬのではないか。そのためには一つのハードルを勇気を持って越える、このことが今一番問い直されておると思いますから、ぜひこの点を御了知いただきまして、この次の答弁の際にもぜひその点についての御見解をいただければと思います。 それから、先ほど質問者からありましたけれども、文教委員長におかれましては、こうした問題等についてさらにまだまだ調査すべき事項等があるといたしましたならば、文部省なりそうした内容についての詳細なデータを集めていただきまして、問題点を統一的に論議できるようにお取り計らいをいただければと思っています。お願いを申し上げまして終わります。ありがとうございました。
○青木委員長 中西君の御発言につきましても、理事会で同様に取り扱います。
○佐藤(誼)委員 私の質問は以上で終わりたいと思います。
○青木委員長 次回は、来る十六日午前八時五十分理事会、午前九時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時五十二分散会 ――――◇―――――