文教委員会 第11号
- 発言数
- 128 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1986/05/09
会議録
○青木委員長 これより会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。有島重武君。
○有島委員 初めに、時事問題を二つ、一つは入試の問題、一つは体育協会のアマチュア規定の問題をやりたいと思います。 入学試験については、大学改革の一環としてこれを位置づけなければいけない、私はそう思っておる。また、大学改革というものは学校制度全般の中でどのように位置づけられていくのか、もっと大きく言えば生涯教育、生涯学習という教育の大きな枠組みの中にどういうふうに位置づけていくのか、あるいは国際対応の中で大学をどう位置づけるのか、そういうことが先決であって、入試だけを取り出して言及するということは私は余り好ましいこととは思っておりませんけれども、今や時事問題ですから聞いておきます。 共通テストについて中曽根総理大臣は、私立大学の参加は要らないということをかつて言われました。このたび、受験機会の複数化を図る国立大学の入試制度改革が国立大学協会の総会で正式に決定したということになっておるわけです。これと絡んで私立大学の参加というような問題は一体どういうふうになっていくのでしょうか、このことを最初に聞いておきたいのです。
○大崎政府委員 新しい共通一次試験にかわるテストの必要性というものにつきまして臨教審の第一次答申で御提言があったわけでございまして、この新しいテストは、国公私を通じて自由な利活用ができるようなすぐれた入学者判定のための基礎的資料を提供するということを本来の目的にしておるわけでございます。 その具体的な構想につきましては、これも臨教審答申の御提言を体しまして、大学、高校関係者等から成ります協議の場を入試改革協議会という形で設けまして検討を進めていただいておったところでございます。先般、これまでの審議状況につきまして一応のおまとめを中間的にいただきまして、これを大学あるいは高校その他関係者に公表いたしまして、それぞれのまとめに対する御意見をこれからいただこうというのが現在の段階でございます。 そういう意味では、私立大学等も含めましてこういう新しいテストの考え方に対する検討が、現在それぞれの団体あるいは個々の大学においても進行中であるというふうに理解をいたしておりまして、今後、七月をめどに改革協議会の報告をいただくための作業を進めてまいる予定になっておるわけでございますが、その七月の最終報告が出まして、各大学とも、それでは自分の大学でどういう利用活用をするかというような御検討がさらに積極的に進んでまいるというふうに承知をしておるところであります。
○有島委員 大臣、いかがですか、共通テストのメリットというものは確かにある、それに私立大学がどうかかわってくるかということ、これは国大協の御意見はいろいろあるけれども、大臣として大きい視野に立って、将来ともこういった方向にあるべきではないだろうかというようなお考えを何か持っていらっしゃれば、お話しいただきたい。
○海部国務大臣 私は、大学の入学試験というのは大学教育の一環として受けとめておりたい、こう考えるわけです。ですから、大学の入学試験のあり方というものは最終的にはそれぞれの大学が決定するものであります。 けれども、先ほどの御質問の前半にありましたように、ちょっと言葉足らずで誤解を招くといけませんから詳しく御説明させていただきますけれども、私立大学を今度の新しいテストに参加させるのが望ましいのか望ましくないのかという議論につきましては、これは一応の決着がついたと私どもは受けとめておりますし、たしか予算委員会でも池田委員の御質問のときに、総理とのお話し合いの結果も御報告をさせていただいた記憶を私は持っておりますが、繰り返しますと、臨教審の第一次答申の中でも、国公私立を通じた新しいテストというような書き方で、当然国立、私立全部の大学を包含した共通の新しいテストを考えるという指摘もございましたし、それを受けて、文部省でも今、私立大学関係の代表者も加わっていただいた改革協議会も持っております。 それから、総理大臣が予算委員会で私学を入れることに反対だとおっしゃったことには、今の大学共通一次試験の制度を見ているとという大前提がございまして、問題の出し方等に工夫、改善をしないで、依然として反射神経だけに頼るようなマル・バツ式のようなテストが先行しておるとするなれば、そういったようなところへ私学を繰り入れることには反対だ。そういったことに関しましては、試験問題の内容をもっと思考力を試すテストに改革するように入試センターの方にもお願いをしてあるし、入試センターの関係者もそれは考えておるところでございますということを申し上げました。同時に、今度は国公私立を通じて利用するといいますが、それは決して強制するものじゃなくて、大学が全くそれを使わないという決定をされれば、それはそれでよろしい。また、使い方にしても、きょうまでのような使い方をしておりますと、直ちにコンピューターによってずらっと偏差値が出てしまって、大学の輪切りというような嫌な言葉も出てきますから、その弊害を取り除くためにはどうすべきかということで、専門の分野だけの利用や一科目だけの利用や、いろいろな利用の方法も各大学に自主的に御判断願って結構ですというところまでいろいろ御説明申し上げてあるわけでして、総理も、そういう改革をされるなれば、いいから使おうこのテストというのを私たちは腹の中に準備をして、強制はしませんが、私学の中でも、これはいいから使ってくださいよと言って、じゃあ使おうという私学があるときは入ってもらうことは望ましいことでありますから、その方向で一生懸命努力をしております。こういうことに相なっておりますので、今、私学の代表者も入っていただいた改革協議会で七月を目指して報告の調整がなされておりますが、ついこの間その中間的なまとめが発表された、こういうことでございます。 なお、私自身は、この新しいテストというものはより人間的なものであり、しかもより基礎資料というものを各大学に提供することができるように、各大学はその新しいテストから得た基礎資料だけじゃなくて、それにさらに上積みをして、専門の学科、専門の領域において、この生徒はうちの学校で学ぶにふさわしい適性があるかどうかを大学自体の試験で選んでもらって、その総合によって判断をしてもらうというふうに利用されていくことが全く望ましいわけですから、自由に利用活用していただく基礎テストである、こういう性格の新しいテストになっていくことが望ましい姿だ、私はこう考えております。
○有島委員 もう一度大崎局長さんにお聞きしますけれども、今度A、Bというふうに群分けをいたしますね、これはいつまでやるのか。これは六十二年はそういうふうにする、その先はどうするのか。これはどうなっておるのですか。
○大崎政府委員 国立大学の受験機会の複数化につきましては、かねてから各方面から強い御要請もありまして、そういうようなことを背景に国立大学協会においても検討が続けられ、また臨教審の第一次答申でも複数化をすべしという御提言がなされたわけでございます。それを受けまして五月の七日に国大協が臨時に総会を開きまして、A、Bのグループ分けにつきまして国大協としての決定をいたしたわけでございまして、文部省といたしましては、その決定を受けまして所要の手続等は早急に講じたいと思っておるわけでございます。これはそういうような背景で進めたものでございますので、六十二年度の入試からこれが開始をされるわけでございますけれども、六十三年度以降におきましても基本的にはこの受験機会の複数化ということが引き続き行われるものであるというふうに私どもとしては考えておるわけでございます。ただ、その具体の実施方法等につきましては、六十二年度の実施の結果というようなものの評価、反省というようなことを反映して手直しがあり得るかどうかということにつきましては、また今後の検討課題ではないかというふうに考えておるわけでございます。
○有島委員 それでは、体育局にかかわることはちょっと後回しにさせていただいて、きょうの本論の方に入ります。 一つは、臨時教育審議会の第二次答申が去る四月二十三日に発表されたわけであります。文部省としてはあるいは政府としてはこれをどう受けとめるか、そして、文部省としてはどこから手をつけて、どういうふうに作業をしていくのか。大ざっぱなことでございますけれども、ここら辺から伺ってみましょう。
○海部国務大臣 御指摘のように二十三日に第二次答申を受けまして、政府といたしましては、今月一日に教育改革閣僚会議並びに閣議を連続して開きまして、最大限に尊重するという方針を政府として決定をいたしました。文部省といたしましては、それをさらに具体化していくために、これは非常に幅の広い多岐にわたる提言でございますから、まず手をつけることのできるものからどのような方法でレールに乗せていくかというので、省内に従来設けてありました教育改革に関するプロジェクトチームも、その指摘された項目について再編成をいたしまして、それぞれが対応として考えるわけでございます。 それから、さらに具体的に申しますと、例えば、その中に出ております大学審議会、答申にはユニバーシティ・カウンシルと横文字で書いてありましたけれども、あの大学審議会というものもいかなる形のものにしていくかということを、さらに各界の有識者にも集まっていただいて御検討を願わなければなりませんので、なるべく早い機会に大学改革協議会といったような協議の場を文部省の省内にまずスタートさせまして、どのような大学改革協議会の内容にするかということを詰めていきたいと思います。 また、教員の研修の問題等につきましても、教員養成審議会を開いて、そこに諮問をして全体の方向等をまずつくってもらうようにしていかなければならない、こう考えておるところでございますが、具体的なことにつきましては政府委員より御必要ならば詳しく御答弁を追加いたします。
○五十嵐政府委員 ただいま大臣からお答えいただきましたものにつきまして、若干詳しく御説明をさせていただきたいと思います。 四月の二十二日にいただきました第二次答申でございますが、これにつきましては、五月一日の閣議におきまして、第二次答申を最大限に尊重しながら教育改革を効果的に推進することとしまして、総合的観点から所要の改革方策の検討立案等を進め、逐次その実現を図るということの御決定をいただいたわけでございます。 また、文部省の中におきましては、これは第一次答申以降、文部事務次官をヘッドといたします教育改革推進本部といいますものを設けておりまして、その中におきまして全体的な検討を進めておりますが、そこに従来、第一次答申を受けましたプロジェクトチームといいますものを設けておったわけでございますが、それを改組いたしまして、六つのプロジェクトチームを設けるというふうにいたしたわけでございます。 それで、具体的な内容といたしましては、一つは生涯学習に関するプロジェクトチーム、第二が初等中等教育の改革に関するプロジェクトチーム、第三が教員の資質向上に関するプロジェクトチーム、第四が高等教育改革・学術研究振興に関するプロジェクトチーム、それで第五が教育財政に関するプロジェクトチームでございます。さらに、臨教審の第二次答申におきましては、第一部におきまして二十一世紀の教育の基本的なあり方を踏まえながらのお考えを示されておりますので、全体を総括するものといたしまして、二十一世紀の展望と教育目標に関するプロジェクトチームを設けたわけでございます。 先ほど大臣から申し上げましたように、今度の第二次答申は非常に幅の広いものでございまして、提言項目におきましても、いわゆる枠の中にくくったものが三十八あるというようなこともございまして、いろいろな検討を進めていかなくてはいけないということでございます。ただ、事柄によりましては関係省庁との調整を余り必要としないというようなものもございまして、そういうものにつきましては速やかに実施をしていくというようなことでございまして、具体的に申しますと、例えば徳育の充実と初等中等教育内容の改善でございますが、これは昨年の九月に設けられました教育課程審議会におきましていろいろ検討を進めておるわけでございますから、早速そこで検討をお願いするというようなことでございまして、それで、教育課程審議会におきましては六十一年の秋に中間まとめを行うというようなことでございます。 それから、先ほど大臣からお話のございました高等教育改革を進めるためのものにつきましては、大学改革協議会といいますものを速やかに動かしていくというようなことがございます。 それから、初任者研修制度につきましても、これは非常にいろいろな調整を必要とするわけでございますが、文部省の中に教育職員養成審議会といいますものがございますので、そこの中で初任者研修制度等につきまして早速検討していただくための準備に取りかかるというようなことでございます。
○有島委員 六つのプロジェクトチームをおつくりになった。もう発足をなさったわけですよね。 それでは、この中でさっき大臣が言われました二つの問題について特に伺っておきましょう。 いわゆるユニバーシティ・カウンシルということですね。これは「我が国の高等教育の在り方を基本的に審議し、大学に必要な助言や援助を提供し、文部大臣に対する勧告権をもつ恒常的な機関として「ユニバーシティ・カウンシル」を創設する。」こうなっているわけですね。これは最大限に政府はお受けになるわけだから、創設なさるわけですね。
○大崎政府委員 一般的に、臨時教育審議会の御答申につきましては、先ほど五十嵐審議官から御答弁申し上げましたように、最大限に尊重してこれを進めていくわけでございます。ただいまお尋ねのユニバーシティ・カウンシルの創設ということにつきましても、そのような姿勢でその具体化に取り組んでまいりたいというふうに考えておるところでございます。
○有島委員 しつこいようだけれども、これは創設するんですね、大臣。
○海部国務大臣 私はその方向で検討を進めております。創設をするんです、方向として。
○有島委員 そうすると、大臣がするとおっしゃると、これはいつごろまでにしなければならぬということがたちまちあると思うのですね。時期についてはお考えがありますか。
○大崎政府委員 ユニバーシティ・カウンシル、仮称大学審議会ということで、私どもは大学審議会ということで受けとめておるわけでございますが、この創設の御提言というものにつきましては、あわせて、現在設置をされております大学設置審議会、さらに私立大学審議会の再編整備というようなことも答申にはあるわけでございます。そういうようなものを総合的に検討いたしまして、その具体化を急ぎたいと考えておるところでございますが、いずれにいたしましても、法改正を伴う事項でもございますので、その法改正の成案を得るための努力というものを早急にまず進めるということが私どもの課題であるというふうに考えているところでございます。
○有島委員 時期についてはお考えがおありになりましょうか。これはいつごろまでにつくらなければならないか。これはプロジェクトチームができたわけだから、これが設立準備委員会になるんでしょうかね。あるいはその調査費がつくとか、もっと予算がつくとかということにならなければならないですね。それで、概算要求の時期がもう近づいているわけですね。いつごろまでには手をつけなければならない、そういったことになろうと思うのですけれども、これは相当急いでやるべきではないんだろうか。議論はもう出尽くしておるわけですから、一つの機構をこうやってつくっていくと決めたらばやっていかなければならないのではないだろうか、私はこう思うわけでございますけれども、大臣のお考えはいかがでしょうか。
○海部国務大臣 先ほど申し上げましたように、私、個人的には、大学の現在のあり方とか大学の基礎研究の峰をうんと高くするにはまだまだやっていかなければならない問題がたくさんあると受けとめておりますので、臨教審の答申の指摘は私は方向として賛成でありますから、こういったものを置いていかなければならないと思っております。 ただ、どのような姿かたちでどのようなことまでやっていただくような大学審議会にするかということについては、なるべく早く各界の有識者に集まっていただいて御研究を願わなければなりませんから、その大学改革協議会のようなものをできるだけ早く、できればこの夏ごろまでにお願いをして、審議を始めていただいて、そして法改正の手続が必要であるとするならば、これは次の国会にでも出せるようにしなければなりません。それぐらいのスピードでこの問題は検討に着手していかなければならぬものだ、こう思っておりますから、答申の中で早く具体的に手をつけなければならぬものの一つであると私は受けとめております。
○有島委員 わかりました。本気でお取り組みになって、法改正の必要があれば次の国会に出す、これぐらいなスピードだ、こういうことでございます。 次に行きましょう。きょうは中身の議論はしません。 第二番目の初任者研修制度について、これは教員養成の問題でございます。これについてはどうなさいますか。
○海部国務大臣 全体の方向としての御議論の中で、教師の資質の向上といいますか実践的な指導力を身にうけていただくということは、今次教育改革の重要なテーマの一つだと考えますし、教育は人なりと言われておりますとおりに、やはり現場を無視した教育改革はないわけですから、教師の資質向上のためにはあらゆる手だてを講じなければならない。今日でも初任者研修も行っておりますし、また現職研修も行われておりますし、いろいろございますけれども、第二次答申の中で具体的に指摘されたこの問題につきましては、これもできればこの夏ごろまでに諮問をいたしまして、早急に教育職員養成審議会に専門的な御審議をお願いをしたい、こう思っております。
○有島委員 このことにつきましては、先般文教委員会に臨教審の岡本会長をお呼びいたしまして、私たち若干の質疑をしました。その中で私も発言をさせていただいたわけでございますけれども、教員の資質を向上しなければならぬということはみんなが考えている。だけれども、向上すべき資質とは一体どういう資質が本当に今望まれておるのか、この議論がやや未熟ではなかろうかと私は思うわけです。 教育のあり方は、変わっていく部分と変わらない部分と確かにあるでしょう。しかし、その中で特に学校教育というものの位置づけといいますか、人間の一生の中における教育の営み、あるいは成長、発達の姿の中で学校が果たす役割そのものが、明治以来百年の学校制度で定着してきた今の学校あるいは学校の先生方、教育は人なりというふうに今言われましたが、確かにそうなんだけれども、それが学校教育に限定されてこの教員問題ということになるわけですから、そういう学校教育の位置づけそのものが変わってきた、変わらざるを得ないような客観情勢になっている。 それで、うんと素朴な言い方でございますけれども、明治初年ないしは大正のころまでは、学校というところはしっかりした知識が集約されているんだ、それも正確に子供たちに教えていったわけなんだ、こういうことがあった。そこで、子供たちはできるだけ上手にそれを学ぶということがあったのでしょう。現在もそういったことは確かにあるでしようけれども、知識が学校にだけ集約されているかというと必ずしもそうでないような社会状況が出てきてしまっているということですね。そういう中で、今の学校の教師たちが非常に戸惑っていると思いますね。昔から求められていた資質、それからこれから求められる資質、現に今求められているんだけれどもそれに対応し切れないでいるような様相、こうしたものをはっきりとよく見定めてかかるということが大変必要ではないんだろうか、そういうふうに私は思うわけなんです。 私も考え考え話しておりますから、十分意が通じるかどうかわからないけれども、大臣、教員の資質の向上と言うけれども、これから特に向上しなければいけない資質というものについて御見解を持っていらっしゃればひとつ聞きたいと思います。
○海部国務大臣 これは、先生御指摘のように、世の中がいろいろ変化はいたしますけれども、変わらざるものは、やはり特に初等中等の義務教育段階においては、将来国民となったときに必要な知識、人間の生き方、他人との共存関係、そういったものを身につけるのが学校の持っておる大きな責務であるとするなれば、そこで指導者になる教師に求められる資質は、集約的に申し上げますと、一つは、自分は教師であるということの使命感、それから教育基本法に書いてありますように、平和的な国家、社会の形成者として心身ともに健康な国民を育成しなければならぬという面からいきますと、専門的な知識、教官に対する知識を持っておると同時に、人間としてもやはり実践的な指導力を持って、その目標にふさわしい、人格形成をしていくにふさわしい指導を学校教育の場ではやってもらわなければなりませんから、教師としての実践的指導力をしっかり身につけておっていただかなければいけないと私は思います。そういったものをまとめて、使命感と実践的指導力をまず身につけてもらうことが教師としては非常に大切な資質であって、それぞれ教科に対する豊富な知識も持ってもらわなければならぬ、さらにプラスして、こちらが欲を言えば、児童生徒には直接心の通い路を持って導いていただかなければならぬわけであります。また、就学前の家庭の状況が今物すごく変わってきております。昔は兄弟の数によって切磋琢磨できた人間的なもの、家庭の教育力、家庭の教育機能の変化というようなことも世でよく言われますけれども、いい悪いの批判は別にして、そういった現実を踏まえて、入ってくる子供は昔の子供とは違うわけでありますから、そういうお互いに友達同士の、他人同士の、またいつもよく先生御指摘になる異年齢同士の接触の仕方とがあり方というものも、御家庭で味わうことができずに、学校教育の場で初めて出会う未知なる経験と遭遇ですから、このところでどのように教師が教育的な影響力を及ぼしていくかというのは、教師の本来の職務からいったら、あるいは逸脱してくるぐらい広い守備範囲になるかもしれませんが、しかし、教育基本法には「平和的な国家及び社会の形成者として、」の国民を育成するんだとちゃんと書いてあるわけですから、平和的な社会の形成者としてはそういったことを乗り越えていく資格、資質を身につけさせることも大切な指導の一環ですから行わなければならぬ。 〔委員長退席、町村委員長代理着席〕 それから、先生の御意見を聞いておって、なるほど学校も変わったし、学校を卒業すればそれでいいんだという時代ではなくなりました。昔のように、世の中も変化しない、余り学問も変化しない、マスコミも発達しない時代ならば、学校で身につけたことだけで人生五十年ぐらいは生き抜いていくことができたでしょうけれども、人生は八十年時代になる、科学技術は進歩する、世の中は物すごく変わる、変わったことはすぐマスコミを通じて広くすべての国民が知るという時代になりますと、学校で学んだ時期、学校で学んだだけのことではどうしても生涯を豊かに終えることができないようになってくる。そうすると、学校を終えてからの社会とまた学問との交流関係、相互依存関係というものは、これは義務教育段階ではなくて、主として高等教育の段階になると思いますけれども、そういった社会と学校との交流、相互依存関係というものも、新しいテーマとして学校にも期待され、出てくるわけであります。 ですから、一番大切な、人間の基礎、基本を身につけていただく初等中等教育のところでは、教壇に立っていただく先生に資質として求められるものは、大変厳しいことになるかもしれないけれども、使命感と実践的指導力を中心として、児童生徒の将来のために行き届いた目配り、心配りをしてくださる、そんな方が望ましい教師であると私個人は考えております。
○有島委員 お考えを聞かせていただいて、どうもありがとうございました。私も大臣と全く同感です。 私も、いささか考えを述べさせていただけば、例えば専門的知識、あるいは人間的な指導力、あるいは家庭や社会との協力の仕方。今異年齢の教育効果を駆使していくことができるような教師の力量というようなことが言われたかと思います。この前お話ししたときには、教師自身が持っている国際性の問題といいますか、教師一人一人が外国人の友だち一人ぐらいは持っていた方がいいんじゃなかろうか、そのことによって子供たちにも随分大きな影響を与えるんじゃないだろうか、そんなことを申し上げたことがある。それから、生涯学習社会というようなものから考えた場合に、それに十分こたえてあげられるような、これも基礎ともかかわるでしょうし、それから応用にもかかわるような、そういう一つの人間の生き方を教師自身が身につけなければならぬということがこれからの教員の資質の内容になってくると私も思いますね。 私たちが暮れから正月にかけまして、全国三万数千校の小学校、中学校の校長先生あるいは一般の先生方、それから父母の方々に対して意識調査をいたしました。そのときの調査結果は大臣の方にもお届けいたしましたから見ていただいたかと思うのですけれども、教員問題については、何よりも望まれることは使命感である、そういったことが非常に高いパーセンテージでもってあらわれておりました。今度は、その使命感の内容ですね。教育基本法第一条、これをもう一遍よく見直さなければならない。これが現代においてどのように読まれていくのかというようなことも問題になると思います。そうなってまいりますと、一つは、教員養成の段階の問題ですけれども、今の大学で行われておる教員養成課程の内容について少し議論してもらわなければならないですな。 ちょっと考えますと、教育は人間を扱っているわけですね。同じように人間を扱っているものに医学がありますね。医学の発達というのはここ二十年、三十年大変著しいものであると思います。それと直ちに比べることはできないにしても、教育学というものは一体どのくらい発達したのか、変わってきたのか。私たち公明党・国民会議の仲間に医学の方の先生方がいらっしゃるものだからお話をいろいろ承ることが多いわけでございますけれども、生理学あるいは大脳生理学あるいは心理学というようなところと教育学との連携、そういうものが今非常に求められているのじゃなかろうか、今まだまだ非常に不足しているのじゃなかろうか。それで、確かに大学では、青年心理学、幼年心理学、発達心理学、そういうようなことを言っているけれども、それが教員養成で扱われているものと、非常に古いままでもって、極端なことを言うと戦前の学説がそのまままだ行われているところもあるというふうに聞いています。教育学部と言っても、教育学として学者をつくる場所と、それから割と教員養成の方に傾いている実践教育学的なところとあるでしょうけれども、ここら辺をひとつ活性化していくといいますか、もう少し新しい時代に向かうような研究開発がここでもなされなければならないのじゃないだろうかということを私は思うのですけれども、大臣のお考えはいかがでしょうか。
○海部国務大臣 医学と教育学のお話は、私も学問的、理論的にお答えする自信の全くない、要するに医学に関しては無知な方でありますからいけませんが、御質問を聞きながらふっと考えたことを率直にお答えさせていただきますと、医学の進歩は物すごく目覚ましい。それは人間にとって少なくともマイナス要素、よくない、悪い状況が起こったというときに、積極果敢に切開手術でそれを撤去する、あるいは撤去しないまでも、放射線治療をするとか、あるいは何か集中的な方法で、よくないと判断されたところを早期発見して積極果敢に取り除いて、その人の健康保持のためにプラスになる、結果がすぐ出る短期勝負のできるような研究開発ですから、目に見えて進歩がわかると思うのです。 教育の方も、では、例えばこの前の昭和三十二年の教育課程の改定以前の卒業生と以後の卒業生とどちらが社会的に貢献しておるかなんということは、ちょっととった統計もございませんし、教育は国家百年の大計というくらいですから、今断言して言えることは、明治初期に岩倉調査団が世界の教育を調べ上げてきて、教育立国の旗印を掲げて、文盲のない国をつくろうと、非常に厳しい財政のときに教育に目を向けてくださった結果が、今日我々が非常に豊かな、質の高い生活を享受することのできる大きな原因である、感謝しなければならぬということまでは断言できるのですけれども、さあ今の教員養成のあり方はどうなんだろうか。 時々臨教審なんかで幹部の先生と議論しておりますと、教員養成課程の教育内容とか科目についてもっと精選をしなければならないという必要性やそういう御議論は私もよく耳にしますので、それぐらいのことはよくやってくださいよ、中にどういう教育学の体系を繰り込んでいったらいいのかは断言できませんが、それはやるべき必要があるのじゃなかろうか。ただ、それをやったからといってすぐ翌年、翌々年に成果が出てくるようなわかりやすい結果が出ませんし、教育というものは将来に向かって、より悪くするというのじゃなくて、よりよくしようと思って努力をしていくことでありますので、その成果があらわれるのがしばらく先のことになる、しかも目にはなかなか見えにくい分野を扱っておる学問であるということを比較しますと、なるほど切開手術のように教育の至らないところをばっと果敢にわかりやすく処置することはなかなか難しいのじゃないだろうかなと思いますけれども、さはさりながら、やはり養成の段階においてはもっといろいろな知恵を出すべきではないだろうか。 特に、一つ私が考えることは、教員免許証を与える前に、今実習と称して各学校へ行って、教員資格を取るために教壇に立って実習を受ける学生の数は随分ありますけれども、実際教員免許を取る人の数は非常に少ない。こんなようなところも、ひとつ教育内容の精選とともに解決していかなければならぬ問題の一つかなと、私個人は問題意識を持っておりますけれども、教育学全体の流れの中でどうなるかこうなるかということは、ちょっと今お答え申し上げた範囲にとどまるわけでありますので、もし私の答弁に不足があれば、政府委員の方から補足をいたさせます。
○有島委員 私の質問も今考え考えで、まだ熟したものじゃないから、まあそういうことです。 ただ、今の大臣のお答えを聞きながら、従来の医学というのが、悪いところは取っちまえ、そういうような西洋医学がどんどん進んできて、それが今反省をされておるらしいですね。それで、東洋医学の全体性といいますか、かなり時間をかけて人間そのものの治癒力、生命力というものを回復して、人間そのものに病気を治させてしまうというような行き方が今うんと取り入れられているということですね。実はそのことについては、あれは多分永井文部大臣のときであったかと思いますけれども、この文教委員会でもって東洋医学の行き方ということについての御議論をしたことがあるのですけれども、これはここでの議論には余り適当ではないかもしれないから、またのチャンスでやりたいと思います。 教員の資質ということについて、学問的にもそれから実践的にも、もう一遍ここでもって本当に考え直していかなければならないときにある、このことは事実であろうと思います。 ある先生からこのことは聞いたのですけれども、東京の町の中を一日歩いておりますと、何かメモして歩いたら英語が三百何十もあったというんですね。それをみんな使っているというんです。みんなわかるというんですね。例えばパーマネント、これは知っているという。ただ、パーマネントというのは永久という意味なんだ、マグネットにもそういうのがあるのだとか、そういう話になってしまうともうわからないんだ。それからカリキュラムだとか随分難しい言葉をたくさん使っているわけです。その日常に使っている言葉をどうして学校できちんともう一遍教え直してくれないのだろうかと言うんですね。これは中学校一年生、小学校のときだって構わないと言うんですね。ボールペンならボールペンというものは使っているわけだから、ボールは使っているわけだから、そういった日常にたくさん転がっている材料を一つ深めていく、これが専門性というものではないのだろうか、こういうことであります。 国語の方でもって聞いたことは、子供はみんな自分の名前は漢字でも書けるというのです。自分の名前くらいは一年生のときからきちんと漢字でもって書いてもいいのじゃなかろうか、こう言うわけですね。仮名でも書けるし、漢字でも書ける。その際に、自分の名前というのは、それこそ生きている限り書くわけですから、それはほかのだれよりも上手に書けてもいいわけですよというふうに言われた。私は書くたびに本当に冷や汗をかきながら、自分の字が何か曲がっていたり、うまく格好がつかなかったりするな、親はどうしてこんな難しい字を使ったのだろうなんて思いながら書いているけれども、「有島重武」については、書き順はこうだとか、これははねるのだとか、この幅はこうだとか、「武」の字のたすきはこういうふうにやるのだとか、本当の基礎を小学校の一年生の一学期でもってきちんと教えておいてくれたら随分よかったなと本当に思いますね。これはどんなに厳しくやられても子供はついてくると思いますね。 それで、その国語の先生が言うのには、仮に一学期でそういうふうにやったのならば、今度二学期には、隣に座っている子供とそれを交換して、隣の子供にも、そこに小林アキラ君なら小林アキラ君がいたら、その小林アキラ君は、何だ、こんな字を書いちゃだめだよと言って教える。小林の「小」という字はこういうふうに書くんだと言って、彼は彼でしっかり教わったわけだから。それで、両隣の子供の名前、そしてクラス全体の名前もすぐ、これは嫌々習うのじゃなくて、試験に出るから習うというのじゃなくて、これは自分の一生のためだ、お友達も尊敬するんだ、こういうことでもって一生懸命にやるというんですね。そして、そういうふうにやらせておくと、子供たちは行き帰りに家々の表札を読んで歩くというんですね。新聞や何かでも一生懸命字を拾い出していろいろ始めるというんですね。看板も読むのです。そういうような教え方というのがいつの間にか消えうせたというんですね。だから、野原に出ていってタンポポを摘んで、これがどんなにおいをしているのか、どうのこうの。そういうものが消えうせたのと同時に、身の回りにたくさん転がっているそういう材料を教育に転化してしまうというような教育の行き方が、専門単元だとか、民主教育だとか、そういったような行き方もあった、あるいは教科書を教えるのではなくて教科書で教える、いろいろあった。あったけれども、何かそういったところ、本当の生き生きとしたものが衰弱しているのではなかろうか、そういうことを言っておられました。一つは英語の先生から言われたこと、一つは小学校の国語の先生から言われた問題です。 もう一つは、子供の話を本当によく聞いてあげられるという能力といいますか、訓練といいますか、これはゆとりがないからだとみんな一概に言うわけなんだけれども、教育というのはそういうことが大切なんだ。何か取り柄があったならばぱっと褒めてやるとか、そういうことが大切なんだ。それが基礎ですね。そういう基礎が抜けているのじゃなかろうかというのですね。 そこで、こんな時間をとってしまって、ここでこんなことを言っていてはいけないわけですけれども、この初任者研修制度についてどういうふうに取りかかるか。これはまたちょっと次元が違う話かもしれないけれども、そのときにだれが初任者を研修するのか。先輩たち。その先輩たちがたどってきた学校教育のあり方そのものが今問われておる。下手な研修をされてはかえって困るのではないかということも考えなくてはいけない。 ベテランの先生がいるかもしれないけれども、それが何に関してのベテランだったのか。例えばいじめの問題なり、早く見つけて早くそれをやめさせてしまうということについては上手かもしれないけれども、悪に強い子は善にも強いんだという認識を持って、そういう暴れたりいじめたりする子は人よりか一味違った生命力の持ち主だ、それをあるグループのリーダーにしてしまったら、やたら世話のいい子になってしまったという例があるわけです。そういった意味のベテランもいるわけですね。 かつて校内非行、暴力があったときに、体育の上手な方々が多く採られて暴力がなくなった、そういった例もあったようでございますけれども、そういった大人が完全、子供が不完全、言うことを聞け、こういった行き方。あるいは、そうではないんだ、大人も子供も平等だ。それでもって権利と義務だ。子供も生きる権利がある分、学ぶ権利もある。権利、義務のレベルとかいうことが今まであった。それがある場合には真っ正面からけんかをしたということがあるけれども、そういったはざまの中で一つの新しい時代が兆している。 僕たちも今度は調査に加わりまして、随分教育者の方々、親の方々にじかにいろいろな意見を聞いたわけですけれども、そういう中で聞いてきた話だから、それはここで大臣にも御報告いたしておきます。 大臣もいろいろと今のお話聞いていらっしゃると思いますけれども、結論的に、この初任者研修制度というのはよほど慎重に詰めていかなければならないのじゃないだろうかというのが私の考えです。大臣、このことについてどうお考えになるか、承っておきたいと思います。
○海部国務大臣 御質問がたくさんございましたけれども、最後の点について特に申し上げますと、先生おっしゃるとおりだと思います。 ただ、今のままの状況で何も研修もしないで教壇に立ったらどうなるだろうかということを考えてみますと、現職教員の研修会でさえ、現職になって経験豊かな方でさえ、お互いにこの問題はこのように解決をしたとか、この問題はこのように指導したら非常に成果が上がったというような報告を聞いて、今さらのごとく開眼をしたという現場の先生の声もあり、また教育全体の中には、先ほども申し上げましたように、将来の日本国民としてふさわしい基礎、基本を児童生徒に身につけさせなければならぬ。将来専門分野の教育を受ける前に、知育、徳育、体育の調和というもの、あらゆる生活体験を身につけさせなければならないということになりますと、おのずから教師として守っていかなければならぬ大枠といいますか、大きな方向性というものはやはりあるわけですから、そういったものの指導力を身につけてもらうとともに、先輩のやったことが全部間違いなかったとは思いません、間違っていたからこそ、この間の典型的な中野区の富士見中学校のような例が出たり、授業をすることは極めていい先生だという評価を受けておる人が、教室の中での小さな暴力、不正を取り締まることの能力が全くなくて見て見ぬふりをしたという欠陥を指摘されたということになりますと、一体、すべてパーフェクトな人格を要求するのは無理かもしれぬけれども、人間として一歩でも二歩でもそれに近づいていただくために、また教師としての指導力を少しでも高めてもらうために、このようなことは有意義ではなかろうかと思われることをみんなが経験し合ってから教壇に立ってもらうということは、意義のあることだと私は思います。 今、世界の国々が、その国の教育の基礎学力を高めなければならぬ、基礎学力を高めるとともに人間的な心の触れ合いを大事にしなければならぬ、この点に教育改革のポイントを置いておるように思われます。そのための具体策は何であるかと聞けば、やはり教員の資質向上で、研修制度の重要性ということをみんな判で押したように答えておるわけでありますから、私も、今度答申を受けてスタートさせようとする初任者研修の制度については、教養審の方で今先生のお話しになったようなことを十分に踏まえて、どのような姿かたちで研修をするのかということをきっちり方向を定めてもらうとともに、私自身も、退職された教師が一対一でついて一年間指導するだけでは、これは本当の初任者研修になるのかな、それも必要な一場面かもしれないけれども、もうちょっと、例えば夢を語らせていただくなれば、初任の教師仲間同士でグループをつくって、問題の起こった学校を見学するとか、山間僻地の分校を見てくるとか、あるいは養護学校の教育指導を見てくるとか、都会のど真ん中の大規模校と言われるところを見るとか、黙ってみんなで授業を参観しながら、おまえはどう思う、自分はこう思うというような議論の中からでも一つの刺激と教訓は生まれてきて、お互いにみずから感ずるところも出てくるのではないだろうか。そんなようなこと等も初任者研修の間には取り入れてもらえたらいいなということを、私自身の願いとして、いろいろな生活体験をしてから教壇に立ってもらいたいということを考えておりますので、先生御指摘のように、教養審の審議の中で、そういった問題を各方面の専門家の皆さんに慎重にじっくりと御検討を願って、また各都道府県の教育委員会にも御意見を聞いて決めていただきたい、こう考えておるところでありますから、慎重にやれ、大切な問題だという点については全く同感でございます。
○有島委員 臨教審の答申の中にも「教員の資質向上については、これからの教員に必要とされる資質を吟味し、」云々と書いてございます。大臣に今お答えいただいたので、私はこの問題を終わりますけれども、どうか慎重にやっていただきたいと思います。 さっきちょっと時事問題として一言だけ触れたかったと思った体育協会の問題がございました。これだけ差し挟んでおきますと、アマチュア規定を今度体育協会が直しました。これはどんな影響がこれから起こってくるか。特に学生スポーツについてどんなふうな影響が予想されるとお思いになるか。それをあらかじめカバーするといいますか、そういったことが必要ではなかろうかと思うわけなんですけれども、大臣、お考えがあったらば……。
○古村政府委員 今回、五月七日でございますが、日本体育協会がスポーツ憲章というものを制定いたしました。これは、御承知のとおり国際的に従来アマチュアについてのスポーツについてはかなり厳しい縛りがかかっておりましたが、これを例えば賞金レースに出場してもいいとか、そういったように国際競技団体の意向がかなり変わってまいりましたので、それに対応して日本での競技団体の行き方というものを若干変えたということになっておるわけでございます。 内容として特筆すべきところは、従来はスポーツを行うことによって物質的利益を求めてはならないということになっておりましたが、みずからが物質的利益を求めてはならないというふうに変えまして、その意味するところは、自分として金もうけにいってはいけない、ただスポーツの、例えば陸上競技連盟が主催する競技会に出て優勝したときに、そこにある金銭が出てくるという、そういった団体としての決めができて、そういったものが動くことについては、そのお金をもらってもそれはアマチュア規定に違反しないのだというふうなことが特筆すべき点だと思います。このことは、従来からもアマチュアスポーツのあり方と金銭の授受の問題ということとのジレンマ、いわゆる国際的動向との間においてのジレンマをスポーツ団体それぞれ持っておりましたが、結論的に言えば、国際競技団体の規定に従って各競技団体がそういった方向を決めていくということに相なったわけでございます。 そこで、おっしゃいますように、このことがいわゆる高等学校の生徒とかあるいは中学校の生徒のスポーツにどういう影響を持ってくるかということに相なりますが、ここのところはやはり私たちもその影響がないように、金銭を求めてスポーツをするというふうなことはアマチュアスポーツの趣旨に反するわけでございますから、そういったことがないように各競技団体と、そしてそれぞれの高体連、中体連等とも十分御相談をしてここのところの指導をやってまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
○有島委員 大臣、この件について何か心配される点というのが、今体育局長の方も言われましたけれども、何かそれに対してあらかじめ手を打っておいた方がいいというようなこと、お考えがあれば聞いておきます。私はきょうはこのことをもう深く言いませんけれども、もしお考えがあれば大臣からひとつ……。
○古村政府委員 先ほど申し上げましたように、この問題はつい一昨日体協が決めまして、そのことに具体的に各種目別の競技団体がどう対処していくかということを決めていく段階でございますので、具体的に今文部省としてどういうふうなスタンスをとるかということについては決めておりませんが、少なくとも悪い影響を来さないような形での御相談というものをしてまいりたいというふうに考えております。
○海部国務大臣 体育局長が詳細御説明いたしましたが、私は、基本的には、プロとアマというそういう言葉の裏にあるものは、やはりお金目当てではないのだ、そして自分の能力をぎりぎり最大限発揮して頑張るのだという、そういったきょうまでのスポーツを盛り上げてきたすがすがしさといいますか、さわやかさというものが、金銭によって悪い影響を受けないようにしていただきたい、このことは期待としてお願いをしておきたいと思っております。
○有島委員 次に行きます。 放送大学のことについて先般この席でもって質問をさせていただきました。これは三月二十八日付でございます。その際に、私は、政府に対して我が党の竹入委員長から、放送大学の全国ネットワーク化を速やかに実現すべきである、このように申し入れをしてある。それは文部省の方にも伝わっているでしょうし、臨教審の方にも行っていると思う、これは申し入れをしたのが二月十四日でございましたから。この臨教審の答申の中では、高等教育のところと、もう一つは社会教育のところでございましたか、そこでもって扱っておる。また、生涯学習という柱のところでもこれに関連したことも言っておる。特に、生涯におけるいろいろな資格を与えていくというような問題でもってこれに触れておったのであります。 そこで、この前の質問のところをちょっとなぞっていきますと、全国ネットワークについてもう進めていくべきではないだろうか。なお一層これを充実して広がっていくように頑張ってやらせていただきたい、こうおっしゃっていますので、全国ネットワークを早くやろう、こういったふうにとってよろしいのか確認をしておきたい。 それから、もう一つは、この場で大臣から御提案があったのですね。それは、放送大学なんかでもって、例えば朝に時事英語の時間があれば御自分も聞くであろうというような点があった。これは大臣の御提案ですから放送大学の方には伝わっているのではなかろうかと私は思うわけだけれども、どんなふうになっていますか。これは局長さんに伺いましょう。
○海部国務大臣 最初に、私の個人的な考え方を申し述べましたのでお答えさせていただきたいと思います。 放送大学というのは新しい形の高等教育機関で、でき得ればこれがほかの大学とも単位の互換制などを通じて相互依存関係が高まっていけばすばらしいなと思っております。今のところは計画は、先生御承知のように、六十三年度までの第一期計画で、それが関東地区ということに限定していろいろやっておりますから、私は、これはできれば将来、一日も早く全国的なものになることが望ましいと基本的には考えておりますので、今後第二期、第三期を考えていくときにはそういう方向でしていくべきであると思っております。 それから、英語のお話は、先ほどの先生の御指摘にもありましたように、町を歩いておっても本当に横文字がはんらんしておりますし、正直言ってすぐによくわからないようなものがある、あるいは我々が間違って理解しておるものもある。 例えば、先ほど例に出ましたボールペンなんというのも、日本ではボールペンと言えば立派な英語として通用しておりますけれども、ある理屈の好きな外人に言わせますと、ボール・ポイント・ペンと言ってくれないと意味が通じないんだ、ボールペンというのは日本語だと言って私は注意されまして、その注意が正しいかどうかさえもわからぬままに、そうですかと言ったことを思い出すのです。 また、放送大学の講義の中で時事英語みたいなものがあるといいなと思いますのは、あれはNHKが毎朝マイク・マクサマクさんとかいう人の一口英会話、会話のポイントレッスンをやっておってくれますが、あれなんか自動車の中で聞いておると、なるほどと思ったり、忘れておったことを思い出すこと等も随分ございます。そうしますと、例えば一般の大人が、先生おっしゃるように、町にはんらんしておるような英語をどう受けとめたらいいのか。あるいは、このごろ英字新聞だとか、英語では盛んに新しい略語がどんどんと出てくる。そういったようなものがどういうことを意味するものかということを知ってもらうためにも、そういった時事英語の易しい解説とか、時折使われる、国際会議、米ソ首脳会談なんかでSDIなんて言ったけれども、SDIというのは何だというような素朴な疑問もあるわけですから、そういったことなどが放送大学のカリキュラムの中で放送されるならば、それが聞くことができる時間帯ならば私も聞きたいなという強い願いを持っておりますので、そういったことを申し上げたわけです。それはまた多くの国民の皆さんの御要望でもあろうと思いますので、カリキュラムを編成するのは放送大学の自主的な権限でお決め願うわけですから、担当の局長の方から放送大学に、大臣はこういうことを考えておって、国会でこういうやりとりもあって、こういう答弁もしておるようだから、英語のカリキュラムはどうしたものだろうかというようなときにまた御判断くださいというように、やりとりのことは放送大学の方へもお伝え願っておると聞いております。 また、私も、個人的に放送大学の先生にいろいろお目にかかるときに、例えばイギリスのオープンユニバーシティーなんかがずっと定着し成功していったその動きの一つの中に、そういうような考え方、カリキュラムの編成に非常に柔軟性があったということも聞いてきておりますので、そんなこともお伝えする。私の個人的な願いでありますけれども、放送大学の方にもお伝えして、なるべく多くの御家庭の方々が、そのメリットと言うとまた横文字になっていけませんから、自分の実生活の中でなるほどこれは聞いておるといいことがあるわと思ってくださるような番組提供、カリキュラムの編成というようなものも必要なことではないだろうか、こう思っておりますので、率直にその気持ちをこの前は表明したわけであります。御理解を賜りますように。
○有島委員 ありがとうございました。私も大賛成なんですよ。 それで、今の日本の放送大学というのは、まだ余り有名でないというのですか、利用者がまだまだ少ない。確かに参加者は定員をもうオーバーしているとかありますけれども、もっともっと気楽に聞いてもらうということがあってよろしいかと思うのですね。そういった多少ジャーナリスチックな面を含んだ、多くの人が聞けるようなものをつくる。そのことによって、まだ電波が届いておらぬところが関東一円にしましてもたくさんあるわけです、アクセサリーをちょっとつければいいと思うのだけれどもまだやってないというところがあるわけですが、そういったPRといいますか、そのことについても非常に有益であろうと思います。 それから、海部文部大臣が、この「全国に広げる計画その他のことにつきましては、御必要ならば局長から御答弁を申し上げます。」こうおっしゃったときに、私はほかの質問があったものですから、大崎局長からのお話をその場でお聞きすることができなかったので残念だったわけでございますけれども、きょう、まだあと十分ほど時間があるのでひとつお聞かせいただきたい。 全国ネットワーク化については、その第一期計画が終わってから本腰になるでありましょう。それはわかります。第一期計画というのは昭和六十三年というふうに今明確に言われたと思いますね。ただ、そういうふうになってまいりますと、今からその次のことについては当然スタートをしていかなければならないでしょう。さっきユニバーシティー・カウンシルですか、あの話もございましたけれども、この件については大学だけではなしに社会教育の問題もある、もっと生涯教育全般の立場というものが臨教審から指摘されておるわけでございます。ですから、この放送大学全国化にまつわって、何かやはりこのためのプロジェクトチームといいますか、準備会といいますか、審議会といいますか、そういったものの発足も必要なんじゃないんだろうかと私なんかは考えております。局長から御説明をいただければと思います。
○大崎政府委員 放送大学の対象地域の拡大につきましては、このたびの臨時教育審議会の答申の御提言にも、検討の必要性が指摘をされておるところでございます。 それで、ただいまの先生のお話にもございましたように、第一期の計画といたしまして、関東地域を対象に現在いわば年次計画で進行の途中でございまして、大学自体といたしましては、年次計画を計画どおりに実施するための教材あるいは放送内容の整備その他ということに真剣に取り組んでおるという状況が今あるわけでございます。ただ、今後全国化ということを展望しながら、対象地域の拡大その他の改善の措置に取り組んでいくという必要性は、放送大学自体もまた文部省といたしても感じておるわけでございますが、そのためには、例えば放送網というのを今後どのように整備していくか、あるいは、放送が聞けるようになりましても学習センターの整備ということがこれに伴いませんと、正規の学生の受け入れということにはまた支障を来すわけでもございますので、学習センターの整備を放送網の整備と並行してどのように進めていくか。その際に、既存の大学との連携協力、あるは既存の社会教育施設その他諸活動との連携協力、さらにはテレビその他の諸事業との連携協力と、いろいろ多角的に検討を進める課題があるわけでもございます。さらには、当面の問題といたしましては、やはり先生のお話にございましたように、少し手当てをすれば現在の東京タワーからの電波を活用してさらに対象地域を実質的に拡大できるのではないかというような可能性もございますので、そのようなことも含めまして検討を進める必要があるというふうに考えておるわけでございます。 そういう考え方に立ちまして、やはり文部省だけ、部内だけの検討ということでございますと視野が狭くなるあるいは専門知識が不十分だということもございますので、部外の専門家の御協力も得ながら検討を進める場をつくりたいというふうに考えて、今そのための準備も始めておるというのが現在の状況でございます。 〔町村委員長代理退席、委員長着席〕
○有島委員 大臣、いかがでしょうかね。これは考えていかなければならないと今局長言われておりますけれども、これはだれがその主体になって考えていくのかということがはっきり決まらないと、放送大学の全国ネット、そのことについていろいろと問題がある。それは、放送手段の問題、あるいは昔は放送衛星ということが大切だというふうに思われていたわけですけれども、ここ二、三年の間に随分通信メディアというものの常識が変わってきてしまったということがございますね。というようなこともありまして、これは放送大学を本当に考えるというか、やはり何か一つのプロジェクトチームのようなものを発足させるべきときに来ているのではなかろうか。 それで、この放送大学についての大臣の御理解、御見識はこの前も承っておりますし、それから単位互換の中心となる、あるいは生涯教育の一つの大きな柱になる、こういった御認識はおありになると思うのだけれども、そういった生涯教育なら生涯教育、単位の互換というようなことが、当初考えられていたよりも現在は随分その状況がもう熟してきているというふうな認識もあろうかと思うのですね。何か一つその機構をおつくりになるべきときに今来ているのじゃなかろうかと思いますが、いかがでしょうか。
○海部国務大臣 御指摘のとおりだと思いますし、また、私どもも省内でその必要性を感じておりまして、放送大学の今後の整備に関する調査研究、そういったものの御審議を願う協力者会議のようなものを発足させる、先生の御指示のように私どもたまたまそういったことを考えておりましたので、近く協力者会議をスタートさせまして、各専門分野の学識経験者、御意見をお持ちの方に集まっていただき、放送網の整備、新しい教育システムのあり方などについて御議論をお願いし、その結果を待って、文部省は放送大学とも話し合いをしながら基本方針に従って改革をし、進めていくような努力を続けていきたいと思っております。
○有島委員 じゃ、そういった機構をおつくりになるというお考えがある、御用意があるということで、それを期待いたしております。 最後に、この放送大学をなし崩し的に全国化していくという動きがあるやに聞いております。例えば信州大学の方でもそういったことを言っておる。あるいはほかの県でもそのようなことを望んでおるところがあるというふうにも聞いておりますし、それから、単位の互換という点からいって、産業能率短大それから桜美林大学ですか、そのほかにも千葉大とか東工大とかいうことが言われているというふうに聞いておりますけれども、こういった状況を最後に承って、私の質問を終わろうと思います。
○大崎政府委員 対象地域の拡大につきましては、いわゆる本格的な地域の拡大ということと並びまして、先ほどもちょっと申し上げたわけでございますが、現在の東京タワーからの送信ということの枠内で工夫の余地がないかということを検討いたしておるところでございます。既に長野県、山梨県、静岡県等では、地域によりまして、CATVを利用することによって放送大学の番組が視聴できるという地域なり世帯があるわけでございます。このような地域では、既に放送大学学園も同意をいたしまして、同時再送信で番組の受信ということが行われておるわけでもございます。 また、こういう放送手段ということを活用いたしまして、本年度から長野県の諏訪地区をモデルといたしまして、CATVの利用による放送大学教育というようなことにつきましての実験研究も放送教育開発センターが実施を開始をするということにいたしておりまして、そのような各種の工夫を多角的に考えながら、対象地域の拡大ということにも取り組んでまいりたいというふうに考えておる次第でございます。 それから、第二点目の、一般大学との単位互換につきましては、先生御指摘のとおり、本年一月に産業能率短期大学、四月に桜美林大学と同短期大学と正式に放送大学との間の協議が調いまして、本年度の二学期から、放送大学の授業でいいますと八月からになるわけでございますが、単位互換がスタートをするという段取りになっておりまして、現在数大学と相談が調っておりますので、今後こういう動きがさらに活発になることを期待をいたしておるところでございます。
○有島委員 時間ですね。じゃ終わります。ありがとうございました。
○青木委員長 三浦隆君。
○三浦(隆)委員 それでは、初めに若年妊娠と人工中絶の問題、そして進みまして健康教育の推進ということでお尋ねをしたいというふうに思います。 まず初めに、厚生省の方にお尋ねをしたいのですが、先ごろ十六歳の少女がわずか四カ月という短い期間に二度にもわたって人工中絶の手術を受けて、そして手術中に出血多量で死亡したという事件が報じられておりますが、この事件の事実関係についてお話をいただきたいと思います。
○小林説明員 今先生が御質問になりました件、新聞報道では承知をいたしておりますけれども、厚生省の方でこの事件が事実であったかどうかについては承知をいたしておりません。
○三浦(隆)委員 といいますのは、厚生省もぜひお調べいただきたいのは、学校教育に関係を持つ子供たちが簡単に人工中絶というものを行っているという事実、そしてそういうお医者さんに対する対応を厚生省がどうされているのかということなんです。例えば処置料その他を踏まえても、小さい子供たちがそんなにお金を持っているのでもなかろうのに、再々にわたってそういう人工中絶を行う。それが一人や二人ならいいのですが、かなりの数がこのごろ指摘されるのではないだろうかということで実はこの質問を構成したわけです。 次に、続けて厚生省にお尋ねしたいのですか、こうしたお医者さんの手術というのはどういう法令上の根拠に基づいて行い得るものでしょうか。
○小林説明員 人工妊娠中絶は優生保護法という法律で規定をされておりまして、この法律の第三章の「母性保護」というところで、「医師の認定による人工妊娠中絶」というのが法第十四条に定められております。この法十四条の中には、本人または配偶者の遺伝性疾患という理由とか、それから二番目に、本人または配偶者の四親等以内の遺伝性疾患、それから三番目に、本人または配偶者のらい疾患、四番目に、母体の健康を著しく害するおそれ、それから五番目に、暴行、脅迫等による妊娠、これらによる場合には医師の認定による人工妊娠中絶が合法化されているわけでございます。
○三浦(隆)委員 今回の事例はそのどこに該当すると思いますか。
○小林説明員 先ほどもお答えしたと思いますが、本件の事例につきましては報告いただいておりませんのでわからないのでありますが、新聞等の情報から考えれば、多分その四番目の母体の健康を著しく害するおそれがあるということではないかと推定をいたしております。
○三浦(隆)委員 医師に認定権が仮にあるとしまして、やたらと受け付けていいものとも思えませんし、先ほど言いましたように、特に小さい子供たちから、無料でお医者さんがかかわっているならまだしものこと、かなりの処置料を仮に取られるとすると、その子供は正式に親からお金を取れるものか、もしなければ、無理やり何らかの方法でお金を集めなければならない。無理やりお金を集めるということは、また新たなる犯罪なり非行への道に走りかねない問題があるだろうと思うのです。 ですから、厚生省としても、調査をしておらないとかそういうことではなくて、過去にどの程度の中絶という件数があり、そして、特に未成年者による人工中絶の事実がどのくらいあるかということを調べて、ただ調べただけでなくて、未成年者の人工中絶が大変多いものであると仮定するならば、これまではともかく、これからは積極的にこれに取り組む姿勢をとらなければいけないと思うのです。少なくともお医者さんにとっては、わずか四カ月の間に二度までもその子がやってくる場合に、どういう注意なりをお医者さんとしてその子供に与えているものかとか、親元にどのような連絡をしているのかとか、学校に対してそのお医者さんはどういう連絡をとられているのかとか、ただただお客さんとして扱って金を取ればいいんだ、そういうふうな野放しの状況の医療行政であっては困るのじゃないだろうかというふうに私は考えるわけです。これについてどう思いますか。
○小林説明員 まず最初に、人工妊娠中絶という手術によって、そのお医者さんの技術が悪いために命を落とすだとかそういうことのないように、医療レベルの確保ということが厚生省の立場としてはまず大変重要であると思います。 それから、今先生がお話しの料金ですけれども、それについては厚生省として調査をしたことがございませんので、未成年の方を安くするとかということがあるのかどうかということは承知をいたしておりません。 そして、人工妊娠中絶の件数について今先生は触れられたのですが、私どもが行っております優生保護統計においても、人工妊娠中絶そのものは減っておりますけれども、十代の人工妊娠中絶は増加をしているという事実があることは承知をいたしております。 ただ、私の方は優生保護を所管しておる課でございますけれども、人工妊娠中絶ということに至らないことの方が、特に若い人の場合、それが望まれぬ妊娠であれば、そこに行かないようにすることが大変大切だと思っておりますが、ちょっと私の所管外でございますので、答弁は差し控えさせていただきます。
○三浦(隆)委員 この十六歳という年齢に注意していただきたいのは、学校教育と大変深くかかわっているということなんです。こうした事件が繰り返されると、いつかその子は学校にいたたまれないような状況に入っていくかもしれません。そして、学校から離れた場合にその子供の行く末というものは、えてしてより深い非行へ走っていく可能性を持っているだろうということを考えると、その子供は、場合によると親にも先生にも相談しないで、困ってお医者さんのところへ駆け込んでいく、その駆け込まれたお医者さんがその子供にどういうふうな対応をしてくださるかということがこの際大変大きい問題なんですね。ただお客さんとしてお金を取ればもうかるのだというふうな発想で、何回でもいらっしゃい的な発想をやられたのではえらいことじゃないかというふうに思うのですね。ですから、これから厚生省としてもこの問題に重大な関心を持って、お医者さんに対して、特に婦人科の先生方に対して適切な処置をとっていただきたい、こう考えております。 次に、警察の方にお尋ねしたいのですが、昨年におきます性非行の年齢別状況、昨年なりあるいは近年におきます状況についてお知らせをいただきたいと思います。
○根本説明員 私ども把握しておりますのは、性非行の中でも私どもが補導したほんの一部でございますけれども、しかも男子の少年については把握してございませんので、女子少年について御説明申し上げたいと思います。 昭和六十年中において性非行で補導した女子少年の数は九千四百二名でございます。これは昭和五十二年、実はこのころ性非行が大変問題になりまして、このころから初めてこうしたデータをとり出したわけでございますけれども、この時点と引き比べますと千七百二十八名増加している、その間ずっと増加を続けている、こういうことでございます。 それを年齢別に見てみますと、十六歳が一番多くて二六%、二千四百五十七名、次いで十七歳、それから十五歳、十四歳、こういう順序になっております。先ほどの五十二年と引き比べた場合、十四歳が五百五十名増加しております。それから十五歳が六百三十七名増加しております。十六歳が三百七十名の増加、十二歳が百六十三から二百七十三でございますから、百十ほど増加しております。いずれにしても、五十二年当時と比べますと年齢が下がっている、こういった傾向が見られるかと思います。
○三浦(隆)委員 また警察の方にお尋ねをいたします。 この性非行で今度補導された女子少年ですが、その態様別はどのようになっておりましょう。
○根本説明員 性非行一般でとらえられないものですから、警察といたしましては、いろいろな法令で保護した、こういうことでございますけれども、売春防止法で保護、補導した少女が九百九十三名、それから児童福祉法で保護した少女が八百二名、それから各県にございます青少年保護育成条例関係が三千八百五十八名、こういったものが主だったものになっております。
○三浦(隆)委員 今の警察の御答弁にもありましたように、大変に若年者というか年齢が低下してきているということ、それから増加してきているということ、これは大きな問題であろう、こう考えるわけです。 私の手元にあります資料によりましても、例えば昭和五十五年に性非行で補導された女子少年の態様別人員は八千百五名でありましたけれども、五十九年には九千八百十三名というふうになっています。その態様の中で、売春防止法の該当、児童福祉法に該当する淫行、青少年保護育成条例に該当するみだらな性行為、刑法百八十二条における淫行、虞犯送致における不純な性行為、その他の不純な性行為というふうに分けられるのでしょうが、売春防止法という項目を見ても昭和五十五年には百八十七名であったものが、先ほど九百九十三名でしょうか、大変な勢いでふえてきているということに大きな問題があろうかと思います。大臣は見えなくなりましたか。――それでは、大臣への質問は先に飛ばすことにいたしまして、戻りましたならば、大臣に対してお尋ねしたいのは、学校におけるこうした性非行の広がりについてどのようなお考えを持っていられるかということであります。 続きまして、これと関連する健康教育の推進という問題でありますが、――戻られましたので、大臣に早速お尋ねしたいのですが、今、厚生省、警察庁から御報告をいただきましたように、女子の生徒さんたちが年々年齢が低くなるように、しかもそれが、性非行に走る人がふえ続けてきているということで、学校教育としても大変重大な問題であろうと思いますので、大臣の御所感として、昨今の性非行の広がりについてどのようにお考えでしょうか、お尋ねをしたいと思います。
○海部国務大臣 御議論を承っておりまして、私もそういった広がりには心を痛める一人でございます。同時に、基本的には、男女の出会いというものはもっと厳粛なものでなければならないと私は思っておりますので、社会全体の御協力とか家庭の御協力も環境整備の面で必要でありますが、学校教育の場においては、あるべき健康教育というものをもっと推し進めて、その中にはもちろん性の問題もきちっと正しい理解をしてもらうように、またそういったことを通じて人格の形成にも役立っていくわけでありますから、学校教育の面でもそれらの教育指導は一層意を尽くしてやっていかなければならぬ、こう思っておるところであります。
○三浦(隆)委員 実は関連しまして、学校でも性教育というのが、我々の時代と違って大変盛んになってきたわけであります。これ自体は母体を大切にしようとかよい意味を持っているのでしょうけれども、その性教育を受けたことによって性に対する興味を逆に呼び覚まされてしまって、逆に言えば、そうした学校教育で性教育を進めれば進めるほど性犯罪が広がっていくというふうなことでは大きな問題なのじゃなかろうか。むしろ、そういう性非行に走った場合に、例えば今言ったように手術を受けて自分自身の生命を失うこともあれば、大変な大きな問題を起こすのだ。いわゆる興味本位に走った結果は大変に悲劇的な要素を持ちやすいということを、単に性教育として事実を教えればいいということだけではなくて、その結果、走ったことのマイナスもあわせて学校教育としては教えていかなければならぬものなのじゃないだろうかということで、これまでの性教育と、これからあるべき性教育というのでしょうか、それについて大臣のお考えを聞かしていただければよろしいなと思います。
○海部国務大臣 御承知のように、学校教育は児童生徒の発達段階に応じて適切にしていかなければならぬことでありますが、どのレベルのところで教えたらそれが興味に走ってしまうのか、どのレベルのところできちっと教えれば自覚を持ってそういった衝動的な行動に走らないようになるのか、これは専門家にずっと御議論願わなければならぬことでございます。また、ごく最近、イギリスなんかの中学校で、性教育が行き届いたがために、先生御指摘のように中学校で出産がふえてきた。中学校で出産した子供のための教育や施設なんかもまた考えなければならぬというのは一体どういうことなのだろうかという新しい問題が起こっておるという話等も私は聞いて帰ってきたところでございますので、先生の御質問に対して、私も余計敏感にどうしたらいいのだろうかという点を考えるのですが、やはりいろいろ御指摘の具体的な例なんかも教えるとともに、同時にまた、男女の出会いはもっと厳粛なものであった方がその人の人生を豊かにするのだという、健康な生き方の教育というものもきちっとしていかなければならぬわけでありまして、そのためには広く、やはり社会全体の環境浄化あるいは御家庭における御協力というものも、この際あわせてお願いをしていかなければならぬ大変重要な大きな問題だなと私は受けとめておるところでございます。
○三浦(隆)委員 アメリカ、イギリスなども日本以上に性教育が充実しているそうですが、そうした充実している国が、今言ったように性犯罪が日本よりはるかに広がっていて、むしろ大変困っているように聞いておりますので、ひとつ性教育には慎重にお願いしたい、こう思います。 ところで、大臣は、社団法人の日本小児保健協会、ここで昭和六十年三月四日付の常任理事会決議文書というのがありまして、そこに、教育改革に関する意見についてということで、実は臨教審の会長さんあてに出された意見書があるのですが、そういうことを何かお聞きになったことがございますか。
○古村政府委員 六十年の三月四日付で日本小児保健協会から臨教審会長あてに意見書が出されたということについて、文部省といたしまして承知いたしております。 内容について若干申し上げますと、一言で申せば、健康教育の重視ということを主体にした意見書であるというふうに理解いたしております。
○三浦(隆)委員 実は、それと似た表現なのですが、今度の臨教審第二次答申の中に、第三章の「初等中等教育の改革」といったテーマの中で、六十ページあるいは六十一ページというところを見ますと、括弧の中のウというところで、それから六十一ページの方では④の中で、実は健康教育について触れております。なかなか大切なことだと思いますので、ちょっと読ませていただきますと、児童・生徒の生活環境を健康的、人間的なものにするとともに、生命の尊厳、生きることの意義を基盤とし、単に生物学的、身体的観点からだけでなく、今後は、とくに心の健康を含め、長期化する人生の全生涯にわたり健康で充実した生活を送ることができるよう、体力の増進と健康教育を重視する必要がある。このため、道徳、特別活動における指導との関連を図り、保健体育など関連する教科については、健康科学を基盤として、新たに教科として再構成することが適切かどうかも含めその内容を検討し、それらが計画的、組織的に指導されるようにする必要がある。この際、とくに思春期に向けて性教育を含め正しい健康に関する知識が身に付くよう配慮する。とありますが、まさにこの指摘のとおりであろう、こう思うのです。 特に、ここでも言いましたように、簡単にいわゆる人工妊娠中絶をする、人の命を実に粗末に考えるという考え方をぜひ改めさせなければいかぬ。 そこで、ここにも「生命の尊厳、生きることの意義を基盤とし、単に生物学的、身体的観点からだけでなく、」とありますが、これまでの性教育というものが、人体の構造を教える、いわゆる生物学的、身体的観点に走り過ぎておったのじゃないだろうか。そうしたことよりも、むしろこの生命の尊厳ということを性教育を通じて訴えてもらいたいという感じがするわけです。先ほど読みましたその最後に、「思春期に向けて性教育を含め正しい健康に関する知識が身に付くよう」ということでありまして、そうした物的な発想ではなくて、心的なというのでしょうか、命の尊厳という性教育へと今後文部省が充実した教育を行っていただくよう心からお願いをしたい、こう思います。 それから、関連しまして、最近中高生の中で、特に女生徒の中で飲酒、喫煙の傾向が増加していると、私の友人の学校の校長なり教師の方からも再三の指摘が来ております。男の子でも未成年者が酒を飲んだりたばこを吸うというのは許されないことですが、特に女子の場合には、母体に及ぼす影響が大変にひどかろうと考えるわけです。こうした、女子にとってたばこの吸い過ぎあるいはお酒を飲み過ぎた結果が身体にどのような影響を及ぼすかということを、昨今のビデオなり何かわかりやすい図式をもって、子供たちに実感を持ってこれはまずいというように、ただいけない、いけないと怒るだけではなくて、自分たちがスライドなりテレビを見ながら、これは大変なことだ、注意しなければならない、むしろ親なり教員から指摘されるよりも、自然とそうなるような教育方法というものも考えられないだろうかと思います。 今の飲酒、喫煙に対して、再度、法律が禁じていることでもあるし、学校として、女子の場合特にそれが影響を及ぼすことをはっきりと教えていただきたい。これが第一点です。 それから、男子もなんでしょうが、特に女生徒に対しましては、学校教育の一環として、学校の夏休みなりお休みの期間中に、乳児院だとか保育所、そういうところをできるだけ見学させるということも課外授業の一環として考えられないだろうか。というのは、そういう施設を歩むことによって、子供たちに命のとうとさ、生命の尊厳さということを身をもってわからせることも必要であろうと思うのです。いわゆる学校内の授業としての性教育云々ということではなくて、課外講義という形になるのでしょうか、そうした乳児院だとか保育所だとかいうところを見学させてほしい。あるいはさらに進んで、そうした小さい子供の施設だけでなく、お年寄りの施設などへ行くのもいいかもしれません。とにかく、自分は若くて健康である。しかし、小さい子供たち、病弱な子供たち、年寄りというふうなものも必死に生きていくといった姿を、子供たちに授業の一環としてでも見せた方がプラスじゃないかと私は思いますが、大臣どうお考えでしようか。
○海部国務大臣 いろいろ御指摘いただいて、しかも先生御自身が教育者としての御体験を踏まえての御意見でありますし、私も方向としては全く同感でございます。特に健康教育を通じて、その児童生徒の健康、特に女生徒がいろいろな面において衝動的に現象的な行動に駆られて受けております心身の被害の影響というのははかり知れないものもあろうと思いますので、それがいかによくない、しかも肉体的にも厳しいつらい結果を生むものであるかを具体的に学校教育の中で教えていくということは大切なことだと思います。 また、ただいまの高校生の喫煙の問題につきましては、文部省といたしましても、教師用の指導書を作成することにいたしまして、現在その作業を進めておるのでありますが、私のつたない経験からいきましても、たばこを吸うとやにが出る、そのやにはハンカチにくっつけると一吸いでもこんなになるということを先生が生徒の目の前でやってみて、先生のような大人になってからならいいけれども、おまえたちはまだ未成年者だからだめだと言われたことが妙に今記憶に残っております。そういうようなこと等も一つ実物教育として教えていったらいいのかな。とにかく健康教育の重要性というものは、物の面、体の構造の面だけでなくて、先生御指摘になったように心の面からきちっと指導していくことが大切だ、このように私も考えるものでございます。
○三浦(隆)委員 次は矯正教育の問題でお尋ねをしたいと思います。 一般に、学校教育あるいは生涯教育という言葉はだれしもよく知ってなじみが深いのですが、矯正教育というと知らない方もたくさんいる、これが実情であろうと思います。しかし、今回臨教審によります第二次答申が出ておりますが、昭和五十九年九月五日付で中曽根首相から臨教審の会長にあてて、臨教審を設置するその諮問を「我が国における社会の変化及び文化の発展に対応する教育の実現を期して各般にわたる施策に関し必要な改革を図るための基本的方策について」と訴えておりまして、その理由の中で「近年における校内暴力や青少年の非行等の増加」云々とあるわけで、幾つかの理由を挙げた中の一番先に首相はこの校内暴力、青少年の非行等の増加を憂えられていると思います。そしてその文章の終わりの方に「適切な改革を要するものが生じてきているのではないか」、いわゆる今まで少年非行があっても学校教育の場では余り触れられないできた、しかしこれはもう触れないではいられないというか大きな問題になってきたのだということで、取り上げざるを得なくなってきたというふうに思います。 そして、これを詳しく御意見を聞いている時間はありませんが、それなりの答えはあるのです。しかしこれは、お医者さんで言えば、病気になった人をとらえてこの病気はこれこれしかじかだという分析的なことはあります。あるいはどうだからこういう病気になったまでは載っているのですが、それに対して治療、処方せんが余り具体的に書かれていないわけです。あるいは具体的な処方せんが仮にあったとして、病気であれば薬を飲ませる、注射を打つとか対応策を考えると思いますが、医者ならば果たしてその注射なり薬が効いているのかどうかということをまた途中で検討してみなければいけないだろうと思います。あるいはさらに、診立て違いでもしそれが死亡するとかそういうことになれば、医者としての責任が追及されるのではないだろうか、私はこう思うのです。それならば学校も全く同じでありまして、義務教育ということで子供たちを預かる以上は、その子供たちがどんな家庭に育った子であろうと、どんな悪い社会の中で育った子供であろうと、まさに学校教育、プロとして教員は立派な子供に育てていく自信をまず持たなければならない。そして、もしだめであった場合の、教員なり校長なり教育委員なり文部省としての責任体制というものを明白にしてもらいたいと私は考えるわけです。 それで、お尋ねをしたいと思うのですが、「文部法令要覧」というものがございます。およそ教育にかかわる法令は全部載っておると思ってもよろしかろうと思うのです。ところが、欠けているものがあるのです。ここにいう、例えば少年院法であります。大臣、なぜ載らないと思いますか。
○海部国務大臣 突然の御質問でしたので、私にはちょっと答える能力がありませんので、よく勉強してまいります。
○三浦(隆)委員 文部省の方、どなたかお答えてきますか。
○高石政府委員 これは総務課で編集しているわけでございますので、その際に、最初は文部省の所管している法律を集めるというところから出発して、随分薄い段階から今日お手元にあるようにかなり分厚い法令集にまでなってきているわけでございます。その際、どこまでを入れるかという一つの判断があろうと思いまして、まだ少年院法まで収録するほどのボリュームにしていないということでございまして、別に一つの方針、計画があって除外していると思っておりません。
○三浦(隆)委員 問題になりますのは、冒頭に言いましたように、矯正教育というのが言葉すら余りなじまれないということなんです。そして、この「文部法令要覧」というのは、およそ教育にかかわることならまず載っていると思って差し支えない。それでも省かれてしまったということに、いかに少年非行、結果としての矯正教育に対する関心が薄かったかというあらわれだと思うのです。過去に薄かったことはこの際ともかくとしまして、これからは確実に載せるように前向きな姿勢をとっていただきたい、こう思うのです。 なぜならば、現実に非行化して少年院に入った子供がいると、その少年院において中卒なり高卒の資格が取れるのです、全く同じような。学校において中卒、高卒の資格が取れると同じように、少年院においても中卒、高卒とほとんど同じものを取ることができるわけであります。 そこで、その第五条では、「少年院の長は、在院者に対する矯正教育のうち教科に関する事項については、文部大臣の勧告に従わなければならない。」というふうにして、まさにカリキュラムそのものは文部省の管轄に置いてもいいと言っていいわけですね。ところが、矯正教育という言葉に余りなじみを持たれないようでは、大臣の勧告というのは果たしてどのようにこれまでやってきたかもおよそ疑わしいと言ってもいいことだと思うのです。とするならば、普通の学校においても学校の施設なり先生の資質が要求されているとするならば、そこから、落ちこぼれという言葉がいいかどうかわかりませんけれども、少年院に入っている子供たちの方がより充実した、よりよい先生なりその子供たちに合ったカリキュラムというものを組んでいただかなければ、子供たちは生涯立ち直れないんじゃないだろうかということを心配するわけであります。 試みに、少年と成人におきます刑法犯検挙人員というものを考えてみますと、少年の方が、例えば五十九年度に三十万一千二百二十七名、十年前の昭和四十九年には十九万八千七百四十五名、さらに十年前の三十九年には二十三万八千八百三十名、さらに十年前の二十九年には十二万四百十三名でありまして、この数字統計から見る限り、というのは昭和二十九年、三十九年、四十九年、五十九年と振り返りますと、十二万人台から三十万の大台を超えるように、子供たちのそうした検挙人員というのがふえてきているということであります。これは大人に比べて子供たちの少年犯罪の大変な広がりを示してきているということです。 そして、特に少年の中でも家庭裁判所に送られた子供たち、五十八年の統計ですと十九万九千二百二名でありますが、そのうち少年院に送られた子供が四千七百五十八名という多きに上っているわけであります。特に少年院に入っている子供たちは十四歳、十五歳、十六歳、十七歳、十八歳というふうな年齢でありますが、この子供たちが中学を終えれば今度は進学という問題がかかってくるわけであります。恐らく文部省は統計もとられていないんじゃないでしょうか。五千名を超える子供たちが進学を希望しているにもかかわらず、中学から高校にどれだけの数の子供たちが進学可能であったかということなんです。文部省、統計をとったことございますか。
○高石政府委員 文部省自体では調査しておりませんけれども、法務省で少年院等における学校の修了、復学の状況については調査が行われているわけでございます。
○三浦(隆)委員 具体的にどうなっていますか。
○高石政府委員 具体的に、これは昭和五十九年中の法務省の矯正統計年報によりますと、総数が六千二十八でございます。その中に中学校の終了証書、これをもらっているのが六百八十八、それから少年院の終了証書が四名、それから高等学校の終了証書が二名、それからその他五千三百三十四というのは中学校ないしは高等学校レベルの子供が現にそこに入っているということだと思います。
○三浦(隆)委員 それで、私が質問したのは、せっかく中学卒業の資格を仮に得たとしても、現実に進学できないということなのです。私が、たまたま地域の方で有名な事件が起きまして、そしてその子供たちの追跡調査を実はしたわけです。その子供たちが実は鑑別所から少年院に入るにつれて、全国の少年院を私は回ったわけです、何人かの子供たちの追跡調査を。そして、その子供たちにその後も会いました。進学を希望しながら、現実には学校は受けとめてくれないのです。恐らく考えられることは、少年院にその子が入ったという内申の結果であろう。というのは、その子が普通の子に比べて能力がないと言っているわけではないのです。能力が仮にあったとしても受け付けてくれない。私立は受け付けてくれない。公立も受け付けてくれない。これに関して、私は地元の校長さんにも実は私立、公立とお会いしてきたわけです。それをとらないということは、やはりほかの子供たちへの影響その他教育上の配慮ということなのでしょうけれども、しかし、多くの子供たちの教育上の配慮を考えるのはよしとして、しかし、一度過って犯したにせよ、少年院に入って心から反省をして、さらに進学を希望しているにもかかわらず、仮に内申書の記載によって入り得ないとするならば、その子は生涯を棒に振ってしまうことになるのじゃないだろうか。だから、むしろ、私学はともかく公立の学校としては、その子供たちを進んで受け入れられるような体制をとっていくように、文部省としては地方に指示をすべきものじゃないだろうか、私はこう考えますが、大臣いかがお考えですか。
○高石政府委員 全国的に調査をしたわけではございませんけれども、二、三の、例えば東京であるとか茨城県の進学の際の調査書を見てみますと、一般的には中学校卒業ということで、少年院に行ったか行かなかったかということを書く欄がないわけでございます。したがいまして、現在、大部分はそれぞれの在籍していた中学校の卒業証書を先ほど申し上げましたように得て、そして高等学校へ進学をしていく。それで、高等学校に進学する際にはどこの中学校の卒業生であるかということを書く欄はございますけれども、それは既に少年院からその学校に移しかえて卒業証書をもらっておれば表面に出ないというようなことで、相当に内容は改善されているのではないかというふうに理解しているところでございます。
○三浦(隆)委員 書く欄があるなしではなくて、現実に書かれておるのだということであります。これは少年院に入った子供だけでなくて、学校紛争を起こした子供たちその他についても、あらかた今記載が、特に先生と折り合いが悪い子供に対しては、先生もやはり人間なのでしょうか、余りよい言葉が書かれていないわけであります。私も教員としての採用のあれにもいろいろと携わっておりますので、事実何件も知っているわけであります。かといって、そうした事実を記載しなければ、事実を記載しないということで責任を問われるかもしれないし、これは大変難しいところだと思います。 そういうことで、大人でも犯罪を犯して立ち直ろうとするなら、気持ちよく社会が迎え入れなければいかぬだろうと思うのですが、特に小さな子供たちの場合に、中学を終わるけれども高校に行かれないではかわいそうではないだろうか。まさに憲法二十六条に、むしろ憲法違反と言ってもオーバーじゃないのじゃないだろうか。「ひとしく」ということは差別なくということだと私は思うし、仮にかつてそういう事件を犯したとしても、そのことによる差別というのは決して合理性があるものとは思えない。そして、その子供が仮に能力があって、教育を受けたいと言っているのに受けられないということは、「教育を受ける権利を有する。」という言葉が空文になってしまうのじゃないかというふうに考えるわけであります。先ほど言いましたように、少年院に入っている子供たちの数は現に多いということでありますから、そういうこともひとつ文部省はお考えをいただきたいというふうに考えるわけであります。 それから、私が追跡調査をしたその子供たちは、家庭にも戻れない子がおり、学校も受け付けてくれない、社会に就職しようとすると、少年院に入ったという事実によってまともな企業がその子供を採用してくれない、こういうことになるわけであります。それではその子供は再びまた悪への道を走ったとして、必ずしも子供の責任とは言い切れなくなってきてしまうじゃないか。むしろ、そうした少年院の子に限りませんけれども、学校から落ちこぼれて中退する子供というのは年々今増加の一途です、高校で受け入れられなくて社会に出る子供は。そうすると、その子供たちの犯罪というのは一般の率に比べると高くなっているんだということを考えて、そういうことの起こらないようにするためにも、少なくとも学校教育として少年院帰りということを特殊な目を持たないで見てほしい、こう考えるわけであります。 それから、ではなぜそういうふうな目を持つようになるかというと、事件を起こしているにもかかわらず、その学校の先生がまともに少年院に行かないということであります。昨今は前よりは行く方がふえたようですが、しかし、現在でも少年院は宿泊の施設を持っておらぬのです。聞きますというと、泊まってまでくれる先生はいないということであります。しかし、現実に泊まらなければ少年院における矯正教育の実態に触れることができないわけであります。なぜなら、夕食を終わった後も授業をやっているし、私は夕食後の授業の音楽なり英語なり数学の授業も一つ一つ見て回ったわけであります。一晩泊まれば、朝また一緒にみんなで食事をする機会もあるわけであります。恐らく学校で非行を働いているときの子供たちの姿とそこは全く違うもう一つの面の子供を見ることができるわけであります。学校の先生がそれを見れば、ああこの子供はだめな子だと思ったけれども、ここに入っている子というのはなかなかいい子じゃないかというふうに再評価できるはずなんだけれども、先生がやってこなければ見ることができない。見ることができないということは、少年院に入った子供は、再び学校に戻ると、ああまたあの子が入ってくると学校がひっかき回されて大変なことになってしまうな、そういうふうな目で見やすくなってしまうであろう、言うならば悪循環をたどってしまうということであります。 ですから、時間になりますが、教員の資質の向上というのは、文部省が仮に考えるように、教育学部を出すとかあるいは教育学部の大学院をつくる、学歴を高めるだけのことではないのであって、今までの教員でもよいから、少年非行を起こしたとするならば、その子供がどういう生活をして今一生懸命立ち直ろうとしているのかということを、少年院へでも出かけて、場合によっては泊まりがけでその実態を見るくらいの、ぜひそういう教員であってほしい、こう考えるわけであります。 そういう意味で、これまで臨教審の中でも、これだけの文章がありながら、この臨教審の全文どこを見ても矯正教育の一字の言葉も載っておらぬのであります。このようにして学校教育なり生涯教育が語られても、社会のどこからも見捨てられている子供たちに対する教育をこれからはぜひとも文部省として見てもらいたい、こう考えるわけであります。私は、文部省による中教審ではなくて、あえて文部省の枠を超えて臨教審ができたというときに、これは少年非行を起こした子供のいわゆる家族的な家庭的な背景で厚生省がかかわり合いを持つのか、就職ということにおいては労働省などもかかわり合いを持つものか、そしてまた、これまではそういう子供たちの進学をむしろ阻害してきた文部省の姿がこれで変わってくれるのか、そういうことがこういう答申に少しでも盛られてくるのかと思ったけれども、出てこない。その後、臨教審の会長さんとお食事する機会があってお願いしたけれども、このお願いも全然ここには出てないということであります。しかし、これまでは先ほど来言いますように知らないでも済むけれども、これからは矯正教育という言葉も文部省もぜひとも知っていただいて、これに対する対応を現実に立てなければ少年非行というものはとまらないであろう、こう考えます。 最後に、そうした意味で、矯正教育について文部大臣の御見解をお尋ねしたい、こう思います。
○海部国務大臣 詳しいお話を承りまして、私も、教育の重要性というのならば、こういうややもすれば本人にとっては非常に不幸な状況の中で、しかも立ち直ろうと思って一生懸命に勉強したその成果が受け入れられるような社会の雰囲気ができていくのがまことに望ましいことでありますので、矯正教育の問題については今後とも十分配慮をして指導してまいりたいと考えます。
○三浦(隆)委員 次は、塾の教育の問題についてお尋ねをしたいと思います。 これは文部省から出されました「昭和六十年度 児童・生徒の学校外学習活動に関する実態調査速報」というのがございます。これを見ておりますというと、実に塾に通っている子供が多いということでありまして、まさに学校教育を補完しているのか、学校教育以上の存在にだんだんなってしまうのかと思うばかりに、塾というものが繁栄してきているということであります。本来、学校教育が完全に充実しているものならば、それほど塾という存在が今日のような企業的に成長して繁栄するということもなかろうじゃないかと私は思うのですけれども、大臣は、現在の塾の繁栄というものをどのようにお考えでしょうか。
○海部国務大臣 塾が御指摘のように非常にふえてきておる、同時にそれは、児童生徒にとっては補習塾というような形でとらえますと、学校でのおくれを何とかして取り戻すことを願って行く、そういった塾もありましょうし、また今の進学過熱の状況の中で受験の技術的なものを身につけさせるようなそんな壁もございましょうし、またおけいこごととかその他家事見習いに属するようなことまでやっておる塾もございましょうから、すべてから見ますといろいろな意味で、塾はいいとか塾は悪いとか一言で片づけることは難しいことだと私も思います。 けれども、塾の調査をしてみます中で、どうして塾に行きたいか、子供が希望するからというのが半数以上になって一番になっておるということは、子供が希望するから行かせるということの子供の希望にもまた随分いろいろあろうとは思いますけれども、御家庭における子供の数の減少化とか、あるいは夫婦ともにお働きになる場合のかぎ家庭の問題とか、心の通いとか人との友人関係を見失って塾へ行けばまた新しい友人関係ができるから行きたいというようなそんな願いがあるのか、あるいはもうちょっと、これは言いたくない嫌な話ですが、学校ではわからないけれども塾へ行くとよくわかるから塾へ行きたいんだという行きたいというのか、いろいろ子供の方の行きたいという要求もあろうと思います。私は、結果として、公教育というものが小学校、中学校、きちっと義務教育で国が責任を持ってやらなければならぬという状況のときに、そんなにたくさん塾が出てきて、しかも家庭の支出調査の中でも塾などにかかる支出が一番教育費の上昇の負担を高めているというような結果も別の調査で出ておるわけでありますから、私はせっかくならば土曜日とか日曜日とか、学校以外の時間はもっと多様な生活体験を児童生徒は身につけてほしいと思っておるわけですから、この塾の状況は、ある意味では過熱状態ではないだろうか、これは学校教育そのものの反省とともに、また入学試験の制度の改革とかあるいは学歴社会の問題とか、いろいろ追及していきますと切りがないかもしれませんけれども、要は、各学校における授業というものがきちっと行われることによって、入学試験との関連なんかもそれによって解決されることによって、塾の過熱状態だけは何とか正常なものに戻すようにしていきたい。人間関係が足りなくて塾へ行って遊びたい、遊びを知らない子供があるというならば、やはり学校のクラブ活動とかカリキュラムの組み方をもう少し考え直していかなければならぬだろうし、あるいは、教え方が難しい、入学試験に役に立たないような勉強ばかりだというならば、学校教育の場における教科内容の指導なんかも御一考願わなければならぬことになるのかもしれませんが、その辺のところももう少しいろいろな面から研究、検討して、少なくとも過熱状態だけはなくしていきたいというのが私の基本的な考え方でございます。
○三浦(隆)委員 今大臣の答弁の中にもあったのですが、子供たちに対する調査の中で、なぜ塾に行くのかといったときに、親が強いるというよりも子供が希望するからというふうな答えの方が過半数を超えているという事実、強いられて行くというよりも子供が行きたいから行くんだ、これは大変なことで、今学校を登校拒否して行きたくないなんという子がだんだんふえてこようというときに、塾の方には子供が進んで行きたいというのでは、これは学校にとってゆゆしき問題じゃないんだろうかというふうに思うのです。 その回答になるのでしょうか、では塾に行ってどういう効果があったかというのに、「学校の勉強がよく分かるようになった」というのが三六・六%、「勉強に興味や関心を持つようになった」というのが二九・五%、こんなにもたくさんの子供たちがいるということですね。塾へ行って勉強がわかる、塾へ行って勉強に興味を持つようになった。では裏返して、学校では勉強はさっぱりわからなかった、学校には全然興味を持たないのでは、学校は何をしておるんだということになるんじゃないでしょうかね。そしてもう一つには、「塾の先生は熱心に教えてくれた」という答えが三二・六%。塾の先生は熱心に教えた。本来学校の先生がより熱心に教えてくれたという答えが出なければいけないんだろう。私は、ここに塾の繁栄の一つの大きな理由があるだろう。学校では得られないものが塾に行ったら得られるんだという事実であります。文部省はひとつ学校をよりよく充実、立て直して、こういう理由がなくなるように、むしろ学校の先生の方が、学校の方がより勉強がわかるように教えてみせるとか、そして学校の先生と接しているうちに勉強に対する興味が尽きることなくわき出てくる、そういう魅力ある先生であるように、これは学校に対しても教師に対しても痛烈な批判的な答えじゃないかというふうに思います。 一方で、禁じても禁じてもなおかつ現職の教員の塾アルバイトというものがいまだにあるんだとこの統計にも載っておりますが、本業である学校の教育をいささか手抜きしなければ行かれぬことでしょうから、そうした手抜きをしながら現職の教員が禁じられている塾のアルバイトに専念しておるような場合、こういう者に対する文部省の対応策を踏まえてお尋ねしたいと思います。
○阿部政府委員 御指摘の現職教員の塾におけるアルバイトの件でございますけれども、先生が御指摘いただきました第一回目の塾に関する調査が昭和五十二年結果が出てまいりました。その時点で、当時の初中局長名で、学校の教員の場合にはその職責と責任について十分自覚をして服務の厳正を図ってほしい、こういう指導通知を出しました。それに伴いまして各県におきましても、まずほとんど全部と言っていいぐらいのところが、塾アルバイトを基本的に認めないという方針を明確に打ち出しておるわけでございます。その結果、今回の調査の際には、塾アルバイトに従事している教員の数というのはあの調査ではかなり減少していると思っておりますけれども、なおかつ後を絶たない状況があるということは大変遺憾に思っておりますので、各都道府県に対しまして引き続き指導いたしまして、法令に認められてないような無許可のアルバイトというようなケースについては厳正に対処するように指導を重ねてまいりたい、かように考えております。
○三浦(隆)委員 本当に、もう少し学校教育が子供たちに自信を持てる存在になるように、特に教育は施設だけではなくて教える先生によることが大変大きいと思いますので、手抜きして塾など出かけないように、もっとまじめに学校教育に専念するようにしてほしいと思います。 それから、この調査では公私の区別がついておりませんけれども、私立の教員であるのか公立の教員であるのかも統計調査ではっきりわかるように、今後は手直しをして調べていただきたい、このように考えております。 では、質問はこれをもって終わらせていただきます。
○青木委員長 この際、休憩いたします。 午後零時二十九分休憩 ――――◇――――― 午後五時十三分開講
○青木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。佐藤誼君。
○佐藤(誼)委員 最近、学校給食に関する議論が各方面で活発になされております。実は私の出身地鶴岡市が学校給食の発祥地と言われております。今日、日本の学校給食は世界的に見ても高いレベルにあり、日本の食生活の改善とか児童生徒の体位向上に大きな役割を果たしてきたというふうに私も評価するものであります。 しかし、問題もあるわけです。昨今の女性の社会的な進出とか男女雇用均等法の制定等に従いまして、学校給食に対する期待もまた一段と高まってきていると思います。それに対して質、量ともにどのようにその期待にこたえていくか、新しい課題がまた出てきているというふうに思います。 そこで、私は、文部省に伺いたいのですが、昨年の一月に学校給食に関するいわゆる合理化通達を出していますね。その趣旨は那辺にあるのか、そのことについてまずお答えいただきたいと思います。
○古村政府委員 御指摘のとおり、学校給食法が二十九年にできまして、学校給食がずっと続けられてまいったわけでございますが、現在の国、地方を通じての厳しい財政状況ということから、行政各般についてその見直しがなされたわけでございます。学校給食業務につきましても、臨時行政調査会あるいは臨時行政改革推進審議会あるいは総務庁の行政監察等からいろいろな検討がなされて、学校給食についてはその運営の合理化をすべきであるというふうな御指摘がなされたわけでございます。したがいまして、文部省といたしましても、こういった各方面からの御意見をもとに学校給食業務の運営を合理化するということで、昨年の一月に通達を出したわけでございます。
○佐藤(誼)委員 そうしますと、従来から文部省は、学校給食法の目的なり目標に照らして自校直営方式が望ましいということで指導してきたと思うのです。また、学校の給食調理員等についても、常勤職員として定数配置されるように指導してきたと思うのです。そういう従来からの方針に照らしてみると、このたびの合理化通知というのは方針と異なる点が数多くあるわけですね。したがって、今文部省は、従来指導してきた方針が変わったのか、変わらないのか。つまり、直営方式ということについて指導してきましたね、そういう従来からこれはよかれとして指導してきた方針が変わったのか変わらないのか、どうなんですか。
○古村政府委員 御指摘のとおり、従来文部省といたしましては、学校給食を実施する場合には直営方式が望ましいということで指導をしてまいった経緯はございます。しかしながら、先ほど申し上げたいろいろな事情の変化、情勢の変化に対応いたしまして、その点については、先ほど申し上げたような民間委託を含めました合理化の通達を出したということになります。
○佐藤(誼)委員 そうすると、現時点でも、直営方式と従来から望ましいということで指導してきた方針については変わりはない。しかし、情勢の変化によって合理化通知を出した。今の答弁は簡単に言えばそういうことですね。どうなんですか。
○古村政府委員 先ほどから申し上げております合理化通達の中で、方法を三つ例示いたしておりますが、一つは共同調理場の方式であり、一つはパートタイマーの活用の問題であり、もう一つが民間委託、こう三つ出しておりまして、その中で、直営ということからいけば前の二者というのは直営方式でやっていく場合に当てはまるわけでございます。したがって、そういった直営方式でやる場合にはこういった方法をよく考えてほしい。それから、民間委託についてはいろいろな条件を決めて、そういった条件を踏んだ場合には民間委託をやることも結構ですよというふうなことで、直営が望ましいとか民間委託が望ましいということを表から考えないで、その辺のところは、やはり各市町村が合理化ということを前提にして、いかなる方式をとるかというのは各設置者が考えることであるというふうな通達にいたしたわけでございます。
○佐藤(誼)委員 どうも答弁が首尾一貫していないんだけれども、つまり、合理化ということを前面に出して、それに合う方式であればどういう方法でもいいということですか、簡単に言うと。つまり、あなたは、従来から学校給食法の目的、目標に照らし、学校教育の一環として、望ましい方式としては自校直営方式だということでやってきたということを言っているのでしょう。ですから、そのことがどうなのだということを聞いているわけです。 ですから、あなたが今言われたことは、それは望ましいという方針は変わりはない、ただし、情勢の変化、具体的に言えば臨調、そういう諸般の情勢の中でこういう合理化という通知を出した、合理化の選択肢としては幾つかある、こういうことなんでしょう。ですから、簡単に言えば、望ましい形として指導してきた方針に変わりはないけれども、臨調その他の諸般の情勢等もこれあり、合理化という形でこのたびの通知を出したんだ、こういうことになるんじゃないですか。
○古村政府委員 直営方式が望ましいということが変わったのか変わらないのかということにつきましては、今度の通達、臨調の答申を受けました通達等によっては姿勢が若干変わったというふうに言わざるを得ないというふうに思います。
○佐藤(誼)委員 かなり無理な答弁をしているようですが、若干変わったと言う。 ただ、この前、六十年二月二十一日、このことについての我が党の小川省吾委員に対する答弁については、文部省が従来直営方式でやってきた望ましい方針という指導そのものに基本的変化はないと言っているのです。それはいいのです。つまり、あなたはいろいろ無理して答弁されている。先ほどいみじくも臨調の最終答申、行革審の意見書、総務庁行政監察、こういうものを指して、情勢の変化あるいは要請ということを言っていると思いますが、総務庁行政監察を見ますと、「したがって、文部省は、学校給食の運営の効率化及び人件費等コストの縮減を図る観点から、「学校給食の食事内容について」の通知の見直し及び「学校給食に従事する職員の定数確保及び身分安定について」の通知のうち調理員の定数確保とその配置基準を定めた部分を廃止して、学校給食の民間委託、パートタイム職員の活用、共同調理場方式への転換等を推進する方策を講ずる必要がある。」こう言っているのですが、この一月二十一日の合理化通知は全く同じ内容になっている。ですから、あなたは文部省ですから、いろいろなことを言われていると思いますが、残念ながら、文部省としては、教育の一環ですから従来のとおり自校直営方式を基本に据えたやり方が望ましいということを指導してきたし、今日も基本的に変わらぬ、しかし、今言ったような行革が取り巻く環境の変化といいますか、そういうものを受けながら、合理化を前面に出した通知を出したのだ、こういうことになるのではないかとどう見ても思わざるを得ないわけです。これは、この通知を受けて指導している教育委員会なりしかるべき関係者の受けとめ方に非常に大きな影響を与えるものですから、その辺のところを端的にお聞きしているのですが、大臣、どうですか。
○古村政府委員 先ほどから申し上げているとおり、直営方式が望ましいということで民間委託に目を向けなかったというのが今までの文部省の指導であったと思いますが、今度の通達によって民間委託という方法も取り入れていいということに踏み切ったことに相なるわけでございまして、そこのところは変化したと思います。
○佐藤(誼)委員 民間委託ということを変化したと言うその根拠になったのは、結局、先ほどいみじくも言われた情勢の変化でしょう。行革ですね。そういう言い方になると思いますから、これ以上無理な答弁をされてもあなたの方でもちょっと困るでしょうからこれ以上言いませんが、ただ、ここで私が言いたいことは、学校給食が教育活動の一環として重要なものであり、それにふさわしい運営の形態は何かというこの視点だけは外してもらいたくないわけです。確かに、行政全体の中で文部省だって運営しなければならないことはわかりますが、その教育的な視点だけは失わないで、いかなる経営形態なり運営が望ましいかという、この視点を外してしまうと、食べさせればいい、安ければいいということになって、教育から離れてしまうのですよ。このことだけはきちっと押さえてもらいたい。大臣、どうですか。
○海部国務大臣 局長がるる申し上げておりますように、率直に申し上げて、いろいろな他の政策との整合性とか情勢の変化があったことは、これは私もそうだろうと思います。しかし、先生御指摘のように、学校給食が果たしております学校教育の一環としての役割、それを通じての教師と生徒との交わりとか生徒同士の交わりとか、いい教育的効果が上がっていることもまた事実でございますので、その視点だけは失わないように、そういった考え方を大切に続けていくべきだ、私もそう思います。
○佐藤(誼)委員 時間が限られておりますから、先に質問を進めます。 この通達の中に、「合理化の実施については、学校給食の質の低下を招くことのないよう十分配慮すること。」とありますね。「質の低下」というのは具体的にどのようなことを念頭に置いているのですか。
○古村政府委員 通達を出すときに考えましたことは、従来の方式からこういったいろいろな合理化方式に切りかえたことによって、子供が受ける給食用物資あるいは給食用の献立について質が低下することを防ぐということを第一の基本として考えたわけでございます。
○佐藤(誼)委員 さっぱり的を射ていないのだけれども、「質の低下を招くことのないよう十分配慮すること。」非常に重要な部分になっていますね。「質の低下」ということをあなた方が言っているわけです。「質の低下」というのは、具体的にどういうことを念頭に置いてこの言葉を使っているのか、こういうことを言っているわけで、同じようなことを繰り返してもらっては困るのですよ。
○古村政府委員 例えば民間委託をしたことによって大変粗雑な物資が使われるとか、そういったことが一番先に頭に浮かぶことでございます。
○佐藤(誼)委員 今民間委託ということが出ましたから、その通知によりますと、「民間委託の実施」ということで、「献立の作成は、設置者が直接責任をもって実施すべきものであるから、委託の対象にしない」、こういうふうに言っています。「物資の購入」以下ずっと、これについては「設置者の意向を十分反映できるような管理体制を設けること。」こうありますね。非常に重要な部分だと思うのです。特に、献立だけは民間に委託しない、直接設置責任者が実施すべきだと言う。これはなぜですか。
○古村政府委員 学校給食というのは、ただ食事を出せばいいというものではない、子供の栄養量も基準を決めて示しておりますし、そういったときにどういった給食の献立を使っていくか、例えば地域に根差した郷土食を使った方が教育的に効果があるだろうとかいろいろなことを考えますときに、献立というのはその食事の基本をなすものでございますから、これについては設置者が責任を持ってやる必要があって、民間委託をしたときに、委託を受けた業者の方でそういった献立を作成するというのは質の低下を来すもとになるだろうということから、献立の作成は設置者にということでございます。
○佐藤(誼)委員 直営の場合にはこういうことは余り議論がなかったのですが、民間委託のときに、献立についてはこのことを特筆して、これは設置責任者のところでやるべきだということを言っていますね。これは基本にかかわるということをあなた今言われましたが、民間委託した場合に、なぜここだけを取り出して民間委託にしないのだと言うと、それは重要な部分だからだと言う。そうすると、民間委託すると全体的にレベルダウンする、質の低下をもたらす、そういうことも想定される、危惧される、したがって一番重要な部分だけは民間委託できませんよ、こういう言い方になっていると思うのですよ。つまり、ほかの言葉で言えば、民間委託すれば質の低下はどうしても避けがたい、したがって、そうなってもここだけは設置責任者がやりなさいよ、こういう形になっているわけですよ。ですから、あなた方がどのようにこの文書の中で質の低下を招くことのないようにして民間委託をやれと言っても、民間委託そのものが本来質的低下を招くような条件にあるということをあなた方はいみじくもここで言っている、私はそう思うのです。 そこで、質問を変えますけれども、民間委託ということになりますと、質の低下ということが必然的に起こらざるを得ない理由というのは常識的にあると思うのです。これは業者ですから、奉仕事業じゃありませんから、したがって営利が基本になりますよね。ここのところが基本になって活動が行われるわけですから、当然いろんな問題が出てくるということは想定される。 例えば、我々は自校直営方式というのが望ましいし、これを中心に今日までやってきたということは、逆に言えば、安全、栄養、手づくりなど給食の質を守ることができるし、設置者の責任を明確にすることができるから今日までこれをやってきたのだと思うのですよ。ところが、民間に移せば、営利本意になりますから、当然今言ったような安全、栄養、手づくりという点が手抜かりになって質の低下を招く、これは明らかだと思うのです。したがって、あなた方は、いみじくもそうなっても、このメニューをつくる部分だけは直接設置責任者のところでやりなさいということになっているわけです。 だから、結局、どう見たって民間に対する委託というのは質の低下をもたらさざるを得ないと思うのです。この点は学校教育活動の一環であり、しかも、子供の生命あるいは健康にかかわるものを、そのような形で合理化という名前で、想定されるような問題を含みながら民間に移すということが果たして至当なのかどうか、この辺についてどうなんですか。
○古村政府委員 学校給食は設置者の責任において行われるということが基本でございますので、それが直営であれば設置者が全工程にわたってずっと責任をとるということになりますが、民間委託をした場合には、その部分が設置者のところから離れるということになるわけです。したがって、離れてもどの部分とどの部分をしっかり押さえておけば設置者としての責任がとり得るかということが、ここに書いてあります献立の作成を設置者で決めろ、あるいは物資の購入とか調理業務等における衛生、安全の確保についての管理体制をしっかりしてほしいということを条件として通達をしたわけでございまして、民間に移ったことが直ちに必然的に質を低下させる問題であるというふうな意識を私たちは持っているわけではございません。
○佐藤(誼)委員 だとするなら、そこまであなた言い切るならば、全部民間委託したらいいじゃないですか。全面にわたって直営から民間に移したって質の低下をもたらさないんだとあなた断言するならば、あらゆるもの全部民間委託すればいいじゃないですか。なぜメニューの部分だけあなたの方で直営にするんですか。
○古村政府委員 学校給食の中で基本になるのはやはり献立だろうというふうに思います。それは、ただ栄養価が高ければいいという問題ではなくして、現下の子供の健康状態に合わせた栄養の配分というふうなことをいろいろきめ細かく、学校給食におきます栄養所要量の基準というのを文部省の方でいろいろな審議会の委員の方々の御検討を経てつくっておりますが、そういったものに合わせてやはり適正な食事が提供されるべきだ、そのためには、それを民間委託した場合に、業者に任せてしまうのは学校給食の基本としていささか問題が多過ぎるということであろうかと思います。
○佐藤(誼)委員 いささか問題が多いというのですが、大いに問題ありきということでございまして、まあ時間の関係がありますからそれ以上深入りしません。 次は、この合理化通知ですね。文部省はこの通知をもって教育委員会が市町村に対し強制的に指導することを期待しておりますか。
○古村政府委員 いろんな行政事務、いろいろな仕事をしていく場合においては、絶えずむだを省いていくという合理化のことは必要だと思います。そういった視点に立つ検討というのはなされてしかるべきだというふうに思いますが、この方式を押し込んでいく、強制していくというふうな性質のものではないと思います。
○佐藤(誼)委員 そうすると、この通知は教育委員会の教育長あてに出されていますけれども、端的に言えば、指導はするが強制はしない、合理化を実施するかどうかは自治体の判断であるというふうに理解していいんですね。
○古村政府委員 そのとおりでございます。
○佐藤(誼)委員 そうしますと、この通知の「記」のところに、前文もそうなんですが、「地域の実状等に応じ」とありますし、また「記」の部分の2のところにも「地域の実状等に応じ、パートタイム」以下云々とありますね。この「地域の実状等に応じ」というのはどういうことを指しているのですか。
○古村政府委員 いろんな地域の実情があるわけでございますが、端的に申し上げれば、例えば民間委託をしようというときにも、そこにそれを受託するそういった会社といいますか民間会社がなければそれはできる話ではございません。また、共同調理場方式をと思っても、そういった適地がなければ共同調理場方式をいかにやろうとしてもできないだろう、いろんなことを考えた上で、各市町村がそこで自主的な判断をしてほしい。しかしながら、そのときにもやはり合理化の視点というのを外さないで自主的な判断をしてほしいということがこの通達の趣旨でございます。
○佐藤(誼)委員 受託する会社があるかどうか、共同調理場の土地があるかどうか、そういう物的というか地理的条件というか、つまり、やるに当たってそういう条件が整っているかどうかということで今答弁されていますけれども、しかし、広い範囲の合理化を行うということは、これは教育に直接影響いたしますし、父母の皆さんにも関心の深いところでありますし、子供に直接影響があるし、地域全体にかかわってくるわけですね。したがって、これはそういう地理的な物的な条件の前に、地域の皆さんの理解と協力がなければ、あなたの方で三つの視点を出していますけれども、合理化は進められないと思うのですよ、実際問題。したがって、私は、この「地域の実状」という中には、合理化を進めるに当たって地域の理解と協力を求めるという、このことも当然入っていると理解したいのですが、どうなんですか。
○古村政府委員 これは通達から外れるわけでございますが、いかなる仕事をするにしても、やはり地域の理解と協力を求めていく努力というのは当然必要なことだというふうに思います。
○佐藤(誼)委員 一般論だけでなくて、具体的にこの場合も当てはまるのでしょう。
○古村政府委員 ですから、その辺は、設置者が自主的な判断をする場合に、いろんな条件を考え、そして地域の人の判断も考え、そういったことをいずれもひっくるめてやっていくのが行政を進める側の責任ある立場であろうかというふうに思うわけでございまして、これは私は、一般論として申し上げる以上のことは、この学校給食の仕事だけについてどうこうということまでは申し上げるわけにはまいらないというふうに思います。
○佐藤(誼)委員 何かわからないような答弁をしないでくださいよ。一般論もそうですし、この場合だって当てはまるんじゃないかということを言っているわけよ。何も無理な質問をしているんじゃないでしよう。 これの出典は、文部省の学校給食広報の中に「この合理化の実施にあたっては、学校給食が学校教育の一環として実施されていることにかんがみ、円滑に行うことを基本とするよう留意する必要がある。このため、設置者は具体的な方法について、関係者の理解と協力を得るよう努めることが必要である。」以下云々とあるのですよ。これは文部省の給食課の学校給食広報の中に書いてあるのですよ。これはうそですか。
○古村政府委員 ですから、確かにいかなる仕事をする上においてもそういった地域の住民の理解と協力を得ていくというのは当然の姿勢であり、こういった給食業務についてのある一つの方法の変革、変更をするというときにも、そういったことを設置者としては努力すべきことだというふうに考えます。
○佐藤(誼)委員 答弁になっていないんだけれども。 そこで、私はなぜこのことを言うかというと、現にこの通知の施行をめぐりまして地域では幾多のトラブルがやはりあるのですね、これは。というのは、なぜ私はそのことが今頭の中にあるかというと、海部大臣はよく知っていると思いますが、かつて学校の統廃合というのがありましたね。あのときに、統廃合を促進するという意味も含めて、補助率の問題で優遇した時期もありましたね。それらのことも重なって、かなり無理してこの統廃合をやったためにあるいは統廃合を促進したために、随分地域でトラブルが起こって、文部省としては一時期その見直しの意味での通達をまた出したことがあるんですよ。つまり、地域の皆さんの理解と協力が得られるように、そしてその上に立って進めなさいという通達を出したことがある。このことも現に、知っているかもしれませんけれども、例えば、私が属する山形県の寒河江市ではこの問題が起きて、今大問題になっているのです。つまり簡単に言うと、「地域の実状等に応じ」とは言っているけれども、最も重要な、地域の当局者が理解と協力を求める合意形成にどれだけの努力をしたのだろうかというふうに思わざるを得ない点があるから私は聞いているのです。だれにだって、理解と協力がなければどんな形態の合理化だってできないと私は思うんですよ。 そこで、質問を続けますけれども、寒河江市の場合に、このことについては、参議院で我が党の本岡議員が四月二日に質問をしているのですが、時間もありませんので、若干寒河江の実情を述べて質問を続けたいと思います。 山形県の寒河江市では、この四月から学校給食の民間委託が強制されました、あるいは強行されました。調べてみると、民間委託に当たっての予算の計上もなければ、業者の選定に当たっての契約内容も極めて不明確であり、具体的な内容もないままに既成事実を積み上げて、どんどん民間委託を強行していった。それに対して関係する皆さん、PTAなりあるいは市民団体の皆さんが大変反発して、今日抜き差しならないところまで問題がエスカレートしているわけです。この事実を知っていますか。
○古村政府委員 寒河江の問題につきましては、山形県の教育委員会を通じて実情を聞いております。
○佐藤(誼)委員 端的に言うとどういう内容のように理解していますか。
○古村政府委員 私たちが聞いておりますのは、二月に寒河江市が市の行革大綱を決定いたしまして、その中で調理業務を委託するという方針を決めた。それから、三月に入って地域のPTAとかあるいは住民等へのいろいろな説明をやっていった。それから三月二十二日には、市の直営による学校給食の継続についてという請願が市議会によって不採択になった。そして、四月九日から民間委託によります学校給食が開始されたということで、その間いろいろな形での反対される団体があったということは聞いております。
○佐藤(誼)委員 いろいろな経過があるようですが、端的に言えば、その進める側の当局と地域住民の皆さんの間に十分なる意思疎通が、先ほどから言っている理解と協力がないままに見切り発車して事が進められた、これがやはり最大の原因だと思うんですね。このことは、先ほど私が質問いたしましたけれども、「地域の実状等に応じ」という、このことを中心にした進め方をあなた方は提起しているわけですから、この通知の趣旨からいっても、こういうトラブルが起こるような形で進めることは望ましくないと思うのです。この点どうでしょうか。
○古村政府委員 具体的な寒河江市の問題でございますから、それについて、どういった状況でそのことが動いてきたかということについて詳細をこの目で見ているわけでもございませんし、県教委を通じての話でございますから、それについてどうこうというのは若干問題もあろうかと思いますが、市としての意思判断というのをどこに求めるかとすれば、市民の代表であります市の議会がどう判断するかということに最終的にはなってくるのではないかということから考えますと、市議会は民間委託についてオーケーサインを出したということがあります。したがって、私たちは、そういった角度からすれば、現在の市の立場というのはそうとりたててどうこうということではないのではないかというふうな感想を持ちます。
○佐藤(誼)委員 ちょっと認識のずれも甚だしいのでありまして、まだ現地を見ていない、詳細も把握をしていないという、このことを基本にして答弁しているようですが、これは四月二日に質問をして、そのときも同じことを言っているのです。まだよくわからないということを言っている。あれから一カ月たっているじゃないですか、きょうは五月ですからね。その間何をやってきたのですか。国会の中で質問されて、まだ十分承知しておりません、したがって把握しなければわかりませんと言って、一カ月たっているじゃないですか。しかも、現地では何もおさまっていませんよ。ますます問題がエスカレートしているのです。いずれにしても、このような状態を引き起こしているということは、この通知の趣旨からいっても、これは憂うべき状態であって望ましいことではない、このように私は見ざるを得ないのですが、大臣どうですか。
○海部国務大臣 具体的な、どのような話し合い、どのような交渉が行われてきたのかということは、私も、局長から先ほど答弁のありましたのをここで聞いておった限りでありますけれども、やはりPTAの皆さんとかその地域の町内会の皆さんとかあるいは市の当局、関係者みんながやはり話し合いを十分されることが必要だろうと思いますし、教育委員会から聞いた報告では、そのような話し合いもし、手続もし、設置者の方で御判断を願ったのだ、こういう報告でございますので、先生御指摘のように、騒ぎがますます大きくなって収拾がつかなくなっておったのでは、これは好ましい状況ではございませんので、さらにその辺のところは、PTAの皆さんや現場の関係の皆さんと十分お話をして御理解をいただくようにさらに指導をしていきたいと考えます。
○佐藤(誼)委員 さらに指導をするということですが、私は今たまたま寒河江の例を出したのですが、ほかの地区にもあるんですよね。恐らくこの通知によって、いろいろな意味での施行に当たってのトラブルなり波紋があると思うんですね。この辺のところをあなたの方で十分追跡調査といいますか、しているのかどうか。これは昨年の一月ですから、もう一年有半たっていますね。ですから、やはりその辺のところを調査すべきだと思う。この辺どうなのか、まずそれが一つ。 それから、今寒河江のことは十分指導したいということですが、私は十二日に現地に調査に参ります。社会党として参ります。ですから、この通達を出したことに関連して起こっているのですから、あなたの方でも責任あるでしょう。そういう点は、指導もそうなんですけれども、やはりきちっとした調査もするべきだと思う。その点、大臣どうですか。
○海部国務大臣 現地で十分な話し合いをなされたのかどうか、PTAの皆さんや直接関係する方々にどのような説明が行われたのか、それは十分調査をいたします。
○佐藤(誼)委員 この点は、私も十二日に行ってきまして、なお十四日も質問ができる予定になっていますから、そこで若干私の方で継続しますから、きょうはその問題はそれだけにしておきます。 あと最後に、時間になりましたから、昭和二十九年に学校給食法が制定されて以来、冒頭に申し上げましたように、それなりの成果を上げてきたと思うのです。ただ、今学校給食を見ると、それをめぐって、先ほど臨調の話もありましたけれども、いろいろな風当たりの強い点もあるわけです。しかし、これは学校教育の一環としてやってきたことであるし、欠かすことのできない分野だと思うんですね。今日、飽食の時代になったからといって、これは任務が終わったというものでもないし、ただ食べさせておけばいいというものでもないと思うのです。今日、日本人がこのように立派な体格を持ち、体力の点ではちょっと落ちるようでありますけれども、これも学校給食の大きな成果であり、集団的な意味からいっても、我々子供の時代には学校では食べ物の貧富の差が明確に出ておった、それがだんだんなくなってきた。この辺の教育的見地から見たときに、いろいろな意見が出されているようでありますが、少なくとも文部省としてはこの学校給食を、見直す点は見直さなければなりませんけれども、その本来の成果をとらえ、意義を十分押さえて充実強化を図っていかなければならぬというふうに私は思うのです、まあいろいろな答申も出ていますけれどもね。 この辺、学校給食の充実強化という点について最終的に文部大臣の答弁をいただいて、質問を終わりたいと思います。
○海部国務大臣 学校給食のきょうまで果たしてきました役割については、現場にお詳しい先生もう重々御理解賜っておると思いますし、私どもも、児童生徒が教師との間あるいは児童生徒相互間で心の通い路を持ちながら、人のために自分は何ができるだろうかということまで考えられるような、そんないい教育効果を上げていただいておるということは重々承知いたしておりますので、これを大切にしていきたいと考えております。
○佐藤(誼)委員 質問を終わります。
○青木委員長 次回は、来る十四日午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時五十分散会