国民生活・経済に関する調査特別委員会高齢化社会検討小委員会 第1号
- 発言数
- 39 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1985/11/27
会議録
○小委員長(糸久八重子君) ただいまから国民生活・経済に関する調査特別委員会高齢化社会検討小委員会を開会いたします。 参考人の出席要求に関する件についてお諮りをいたします。 高齢化社会に関する件の調査のため、必要に応じ参考人から意見を聴取してまいりたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○小委員長(糸久八重子君) 御異議ないと認めます。 なお、その人選等は、これを小委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○小委員長(糸久八重子君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 ―――――――――――――
○小委員長(糸久八重子君) 高齢化社会に関する件を議題とし、中間施設に関する懇談会中間報告及び高齢化社会を支える負担・財源問題について参考人から意見を聴取いたします。 本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり、二名の方に順次御出席いただくことになっております。 まず、中間施設に関する懇談会委員佐分利輝彦君から意見を聴取いたします。 この際、佐分利参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ、本小委員会に御出席いただきましてまことにありがとうございます。本日は、中間施設に関する懇談会中間報告につきまして忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。 また、議事の進め方といたしましては、まず三十分程度御意見をお述べいただきまして、その後六十分程度小委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。よろしくお願いを申し上げます。 それでは、佐分利参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。
○参考人(佐分利輝彦君) 御紹介をいただきました佐分利でございます。 お手元に資料が二つお配りしてございます。一つは本年八月二日の中間施設に関する懇談会の中間報告でございます。もう一つはその要旨メモでございますが、まずこの中間報告本文に基づいて懇談会の考え方を御説明し、私の意見を二、三述べさせていただきたいと思います。 まず初めに、二十一世紀になりますと、国民の五人に一人は六十五歳以上のいわゆる国連の定義による老人になるわけでございますが、そういった次代の老人が本当に生きがいに満ちた生活を送るためにまず大切なことは、健康を維持することだと思います。このためには、健康増進、疾病予防など日常の健康管理が最大限に重視されなければならないと思います。また、それに加えて、年金を初めとする所得の保障、就業機会の確保、老人の特性に配慮した各種福祉施策や住宅対策の推進、ボランティア活動などの幅広い社会活動への参加促進、それぞれの老人に即した生涯教育や余暇、文化活動の機会の拡大などが求められていると思います。 したがいまして、行政がこのような総合的な対策に適切に取り組んでいくことは言うまでもないことでございますけれども、まず何よりも老人本人を含む国民一人一人が老人問題をみずからの問題としてとらえていくことが必要であり、これを国民の意識改革にまで高めていかなければならないのではないかと思います。また、各個人、家族、企業、地域等社会全体の課題としてこうした取り極みを積極的に行っていくことも重要であろうと思います。 そこで、まず第一に要介護老人対策の基本的な考え方でございますけれども、家族が要介護状態になった場合には、物心両面の負担は極めて大きいものがございます。また、介護者が高齢化いたしますので、介護力の低下などによりまして、家族の、また家庭の崩壊のおそれも心配されております。これが老人自身の最大の不安要因でもありますし、また家族の不安要因であると思うのであります。 したがって、家庭で必要な医療、適切な看護、介護が行われることをだれもが望んでおりますけれども、最後は、多少経済的な負担がかかっても、このような要介護老人を引き受け、必要な医療、適切な看護、介護を行ってくれる場所が欲しいというのが国民の本当の気持ちではないでございましょうか。 そこで、家族が要介護老人となった場合に、家族が過重な負担を負わずに家庭内で適切に看護、介護を行うことができるように多様な在宅サービスを用意してほしいという希望がございましょうし、また家庭でどうしても処遇することができないような場合に安心して入所できる施設をつくってほしいというような国民の要望もございます。したがって、こういった要望に対してどのように対応していくかがこれからの政治、行政の最大の課題の一つであろうと思われます。 要介護老人対策は、要介護老人の主体性、自立性を最大限に尊重したものでなければならないと思いますし、その多様なニードに対応したきめ細かなサービスが老人の立場に立って提供される必要があります。 また、老人は地域の中で生活していくことが望ましいのでありますから、要介護老人対策を推進する場合には、できるだけ地域内でサービスを受けられるように配慮すべきであります。 このような立場から要介護老人対策を推進していきます場合に、リハビリテーションという視点を重視する必要があると考えるものでありますが、これは老人が持つ能力を最大限に活用して、身体的、精神的、社会的に充実した生活を送れるようにするというリハビリテーションの理念、そういったものに基づいて対策を進めていこうとするものであります。 また、それと同時に、家庭内の介護には限界がございますから、在宅介護が困難な老人の増加する時代においては、その収容対策も必要であります。 これからの対策といたしましては、在宅の処遇を基本としながら、施設の処遇を合わせた施策体系を構築すると同時に、できるだけ住民に身近な行政主体である市町村が要介護老人対策の中心的な役割を担っていくことが必要であると思われます。 また、高齢化社会におきましては、多数の要介護老人が社会に常態として存在するものであるという認識に立って制度のあり方を考えていかなければなるまいと思います。 ところで、寝たきりを含みます要介護老人のための施設といたしましては、既に特別養護老人ホームという施設があってその整備が進められております。また、現実には病院にもかなりの要介護老人が入院していらっしゃいます。しかし、今後大幅な要介護老人の増加が見込まれておりますので、行政による措置と公費を中心に運営されております特別養護老人ホームの体系だけによってこのような課題に対応していくことは、財政的に見ても、また多様な老人のニードへの適合性から見ても困難であると思います。また、病院は要介護老人の生活の場としては余り適しておりません。 したがって、今後は、国や地方公共団体等の公的な施策の一層の充実を図ることはもちろんでありますけれども、欧米と同じように民間の活力を導入する等の方法によって、多様化するニードに的確に対応したサービスが、量的にも質的にも確保されるように施策を推進していく必要があると考えられます。 次に、要介護老人対策の現状における具体的な問題点でございますが、まず昭和五十九年、昨年の時点で六カ月以上の寝たきりの状態にある六十五歳以上の老人は、入院と在宅を合わせまして約三十七万人とされておりますし、これに特別養護老人ホームに入っていらっしゃる約十一万人を加えますと、要介護老人は約四十八万人となります。人口の高齢化が進みますとこれは二ないし三倍、大体二・四倍ぐらいまで著しく増加していくことが予想されております。 また、寝たきりの原因の疾患を発生予防する、要するに脳卒中等循環器病を防ぐとか、あるいは骨折等を防ぐとか、そういった原因疾患の発生予防とか、あるいは社会的な発生要因、つまりリハビリが十分でないから寝たきりになるとか、家族等がその介護の方法をよく知らないから寝たきりになるとか、そういった社会的発生要因への対応等が不十分であります。 また、残念ながら在宅対策は極めて不十分でございます。これはホームヘルパー一つとりましても、まだ日本は二万二千人ぐらいしかおりませんで、イギリスの十分の一程度の配置状況でございます。 また、特別養護老人ホームについては、特に都市部における不足など地域的な偏在がございます。これは地価が非常に高いというふうなことも大きな影響を与えておりますけれども、またこういった特別養護老人ホームは介護の機能は強いと思うのでございますが、医療と看護の機能は必ずしも十分ではありません。また、社会福祉事務所の決定という特別な入所手続も必要とされております。 次に、病院に入院していらっしゃる老人の中には社会的な理由で入院を続けていらっしゃるという方が少なくないのでありますけれども、病院は本来診断とか治療をする場でありまして老人の生活の場ではございません。また、病院の場合も都市部に多く地方に少ないという地域的な偏在がございます。 次に、病院と特別養護老人ホームの役割、機能、サービスの内容などが制度上大きく異なっているにもかかわらず、病院と特別養護老人ホームに入院したり入所していらっしゃる要介護老人には実質的にはそれほど大きな差異がございません。さらに、そういった入院したり入所した場合の費用の負担方法についても大きな相違がございます。病院の場合でございますと、老人医療費支給制度によって支払われ、一部の自己負担があるわけでございますけれども、特別養護老人ホームでございますと、措置費ということで国と地方、公費によって負担されまして、一部の自己負担があるというような形になっております。 また、保健、医療と福祉は従来から連携が十分でございません。 以上のような問題点がございます。 そこで、要介護老人対策の今後の方向について考えてみますと、次のようなサービスが整合性を持って提供される、体系化される必要があります。 第一は、健康管理、疾病予防対策の重視でございますが、要介護老人は現状のままでございますと大幅にこれからふえてまいりますし、しかも高齢者の中にふえていくわけでございます。特に日本の場合には八十歳以上の高齢者が約三・四倍程度にふえると思うのでありますが、そういった高齢者の中の高齢化という現象が要介護老人をますますふやしていくと思うのであります。そこで、まず要介護老人にならないような対策を強化することが大前提でございます。これには、国民みずからの健康増進、健康管理の普及、徹底、定期的な健康診査の積極的な実施、またプライマリーケアつまり第一線医療の充実、保健所、市町村保健センターの充実など、こういった健康管理、疾病予防のための施策を推進する必要がありますし、また寝たきり防止のための家庭内介護方法等の家族の教育の強化を重視する必要があると思います。 第二に、在宅サービスの積極的な展開でございますが、家庭における看護、介護能力だけでは限界がございますので、それを補完するという見地から要介護老人の多様なニーズに対応した各種の在宅サービスがきめ細かく行われる必要がございます。従来、ホームヘルパーの派遣、老人保健事業としての訪問指導などが行われておりますが、総じて在宅対策は不十分であったと言えると思います。 今後は、保健婦などによります訪問指導、訪問看護、ホームヘルパーの派遣、食事・入浴サービスなどの居宅サービス、自宅におけるサービスや、デイケア、ショートステイ、これは施設におけるサービスでございますが、そういった通所、短期入所サービスなど多様な在宅サービスが、市町村を中心として社会福祉施設・医療施設、社会福祉協議会などの関係団体、保健所、福祉事務所などの関係行政機関との密接な連携のもとに広範に展開される必要があります。 第三に、入所サービスの充実でございますが、今後さらに入所サービスの必要性は高まってまいります。そのため、施設のあり方を考える場合には、保健、医療の面のニーズと福祉面のニーズとを本来的にあわせ持ったような施設体系の整備を図っていく必要があります。また、入所サービスでありましても、できる限り家庭や地域とのかかわりのもとに、身近なところで提供されることが求められておりますので、こういう面からも市町村の役割というようなものが重視されるわけであります。 次に、いわゆる中間施設の体系でございますが、中間施設といったものは医療施設と福祉施設、またこれらの施設と家庭の間に存在するいろんな問題を解決して、整合性のある施策、施設の体系を確立していくために必要なものでありまして、その体系的な整備を図らなければなりません。そのために、次のような関連制度の見直しを進める必要があろうと思われます。 まず第一は、中間施設の性格、類型でありますが、中間施設は在宅型施設と入所型施設と大きく二つに分けられるわけでありますが、またその両方の機能を持ったものというのも出てくるわけでございますけれども、この在宅型施設におきましては、老人対策を考えます場合に、まず在宅処遇に重点を置くというような立場から、この在宅施設を重視しなければならないのでありまして、その機能といたしましては、一日のうち一定時間要介護老人を受け入れて、入浴、食事などを含む日常生活援助やリハビリテーション、生活訓練などを行う。これはデイケアとかデイサービスと申しておりますが、もう一つは、看護、介護を行っている家族の病気、休養等さまざまな理由によりまして、家庭における看護、介護の機能が低下した場合に短期間要介護老人を受け入れて、必要な看護、介護を行う。これをショートステイと申しておりますが、そういった機能が考えられます。 こういったサービスは既に特別養護老人ホームなどで行われておりますが、それを大幅に拡充する必要がありますし、また病院や市町村にございます老人福祉センターなどでも行えるようにして、できるだけ既存施設の活用によって地域に密着した整備を図り、サービスを提供していく必要があると思われます。 次に、入所型の施設でありますが、在宅ケアでは対応できない要介護老人のために、入所型の中間施設もどうしても必要でございます。北欧四国の経験では、やはり六十五歳以上の老人の少なくとも六%ぐらいはこういった入所型の中間施設が必要であろうというように言われておりますが、この施設の機能といたしましては、入院治療後に家庭、社会復帰のためのリハビリテーションとか生活訓練などを行うという機能が一つございますし、また病院に入院して治療するほどではありませんが、家庭では十分なケアのできない要介護老人に対して医学的な管理と看護を中心としたサービスを行うといったような機能が考えられます。 それで、入所型施設の場合には、長期入所というのがふえてまいりますので、家庭にかわる生活環境がこの施設には必要でありますし、またそれに対応したいろいろな生活援助の配慮も必要であります。それで、将来的には、特別養護老人ホーム、入所型中間施設に老人病院を加えた三つの施設を通じて、条件整備を図りながら制度の体系化、一元化を図るべきであろうと考えられます。 次に、中間施設の費用でありますが、高齢化社会では、老齢に伴う要介護状態に国民の多くの人がなる可能性があるわけでありますから、先ほども申しましたように、多くの要介護老人が通常一般的に社会にいらっしゃるというふうに考えて対策を進めていく必要があります。このために、中間施設の維持運営費については、公費だけに依存するのではなく、保険財源、医療保険の財源の導入も検討されるべきでありましょう。これからは、おかげさまで年金制度は成熟化して、一定の年金が全国民に支給されるようになるのでありますので、生活サービス等の費用の負担につきましては、利用者負担の原則に基づいて適当な水準の利用料を徴収するというようにする必要があるのではなかろうか。それで、その利用料の水準については、在宅サービスと入所サービスとのバランスを配慮しまして、各種サービスの費用負担のあり方について、将来的に体系化を図っていく必要があるのじゃないかと考えられます。 次に、その他中間施設に関する留意事項でございますが、保健、医療と福祉の機能の連続性、既存施設の有効活用、そういった見地から病院、特別養護老人ホームに中間施設を併設するということを積極的に考えていくべきでありますし、特に入所型施設については、病棟単位の病床転換なども図っていくべきでありましょう。 また、地域特性を生かしたものとするために小規模の施設、いわゆるミニホームでございますね、それから保険医療と福祉等の多目的複合施設など多様な形態を認めるようにする必要があります。 また、中間施設の設置主体といたしましては、医療法人、社会福祉法人、公益法人、地方公共団体、公的医療機関などが考えられますが、特に営利を目的とする株式会社等を設置主体として認めることは、日本においては余り適当ではないのではないかと考えられます。 また、在宅型の施設については、市町村社会福祉協議会なども運営主体として活用する必要がございましょう。 また、設置主体によりまして種々の税制上の取り扱いが異なっておりますので、設置主体で著しい差異が生ずることがないように税制上の配慮をする必要がございましょう。 また、中間施設への入所はいわゆる措置ではなくて簡単な手続によるようにすることが適当であります。例えば病院の委員会等で判定するというような方法であります。また、そのような方法でございますと逆にいろいろな問題も起こってまいりますから、適正に入所し、退所するための何らかの方法についても検討する必要があろうと思います。これも、委員会をつくったり入退所の報告とか届け出をしたりというようなことが考えられるわけでございます。 また、中間施設の構造設備や人的スタッフの基準は当然つくらなきゃなりませんが、従来のように画一的、硬直的な基準とならないような配慮が必要であろうと思います。 さらに、中間施設は、先ほど来在宅型とそれから入所型に分けて話してまいりましたけれども、両方の機能をあわせ持って、あわせ提供していく、こういうことが理想的であります。そういう意味で、入所型の施設も、在宅サービスといったようなものが展開できるように、その際には要介護老人だけでなく家族に対する指導も十分できるように考えるべきであります。 また、中間施設のうち入所型のものにつきましては、既にございます特別養護老人ホームだとか病院、そういったものとの役割、機能との密接なかかわりがございますので、今後の医療とか福祉の制度体系の方向づけに非常に大きな影響を及ぼします。したがって、まず試行的にそういった入所型の中間施設というのは実施に移していったらどうであろうか。パイオニアと申しますか、実験的と申しますか、少しそういう段階を経たらどうかということを申しております。 次に、関連施策でありますが、第一はやはりマンパワー対策の確立てあります。 それから第二は、いわゆるケアつき集合住宅あるいはケアつきマンション、こういった住宅政策的なものも必要でありまして、積極的に取り組んでいく必要がありますし、そのための医療、福祉サービスのソフト面とか、建物、設備のハード面、こういったものの総合的な取り組みにも配慮する必要があります。 さらに、中間施設の整備に対する融資、補助金、税制のあり方についてもこの際必要な配慮をするべきであります。 また、今回この懇談会では中心的な議題とはいたしませんでしたけれども、異常行動を伴う痴呆性老人の問題は、これはこれから寝たきり老人以上に大きな問題になる可能性がございます。したがって、老人性痴呆に関する調査研究を積極的に実施すると同時に、総合的な施策を推進するように努力する必要がございます。 次に、老人病院を初めとする医療施設にはいわゆる社会的入院というようなケースがかなり見られるわけでありますが、そういう社会的入院によって病院本来の機能を発揮できなくなるというようなことが考えられますので、それを防ぐための方途についても検討する必要がございます。これは、大きな病院でございますと、病棟の一部を中間施設にもう初めから転換してしまう。それで、病院と中間施設と機能を分けて運営していくというような方法などが考えられるわけであります。 また、最後に、要介護老人に対する行政施策はいろいろな行政所管部局に関係がございます。関係行政組織の連携を従来以上に密接にすると同時に、将来は機構、組織の再編成も含めてそのあり方を検討する必要があるのじゃなかろうかと思われます。 最後に、結びの言葉でございますけれども、この懇談会は要介護老人対策や中間施設の基本的な理念、大筋の方向について意見をまとめたものでございます。ただ、その中には関係審議会における具体的な検討が期待される事項も少なくないように思われます。この懇談会は、今後政府のこのような問題に対する取り組み方を踏まえながら、必要な検討をさらに続けていくことになっております。 最後に、保健、医療と福祉の両領域の総合化や連携強化のもとで保健、医療とまた福祉の二つの領域の関係者の理解と協力が特にこれから必要である、こういうように考えられますし、また要介護老人の対策を進める場合には、要介護老人本人とその家族を取り巻く地域社会全体が温かい心遣いに基づく積極的な協力をしていくことが、本当に求められているのじゃないかと考えるということでこの中間報告を閉じております。 以上が中間報告の概要でございます。 時間が若干超過いたしましたけれども、最後に二、三私の意見を述べさせていただきたいというように思います。 一月二十四日の社会保障制度審議会の建議にもございましたように、日本の年金とか医療の保障制度というのは既に世界最高の水準になっていると思うのでありますが、ただいま申し上げましたような老人などの介護に対する保障制度、そういったものは先進国の中では一番おくれていると言ってもいいのじゃないかと思われます。それは、介護を受ける場合の費用の負担の問題もございますし、また介護のサービスを実際に提供する提供の仕方の問題もございます。その両面について非常におくれておりまして、介護保障というのが医療保障とか年金保障と同じように全国民にあまねく保障されるように、早急に制度の充実を図る必要があるのじゃないかと思うのであります。 また次に、先ほど来申しましたように、特に要介護老人対策ということになりますと、保健と医療と福祉のいわゆる総合化されたハイブリッドなサービスが必要になってまいります。そういう意味で、施設そのものもいわゆる多目的施設化していくわけでございますけれども、そういった従来とかく連携協力のよくない保健と医療と福祉の連携協力をよくするためにも、またその効率を上げ成果を上げるためにも、やはり第一次の実施責任は市町村にする。つまり市町村に権限を委譲して、それに必要な財源を差し上げる。そのようにする方が本当の、総合的な水準の高い政策が遂行できるのじゃないかというように考えます。 それから第三点は、今欧米でしきりに始めておりますように、いわゆる民間活力を大いに利用できないものであろうかという課題であります。ただ、民間活力の利用という場合にも、まず出てまいりますのは、国や県や市町村にかわっていわゆる第三セクター方式でうまくいかないであろうかという問題がございますし、その次に社会福祉法人だとか、医療法人だとか、あるいは公益法人だとか、そういった法人でうまくいかないだろうかという問題が出てくるわけでございますが、欧米では、レーガン大統領もサッチャー首相も、民活ということで自由市場、自由競争の原則に立って、株式会社だとか有限会社だとか、そういった営利目的の企業もこういった面で大いに活用していく、そして公私で競争をしてもらうというような政策を進めているのでございます。 しかし、福祉にいたしましても、医療にいたしましても、一つの国の風俗とか文化だとか、あるいは長年の伝統というふうなものがございまして、日本の場合、営利企業に福祉や医療の領域に参入させるというようなことは余り国民が賛意を表さないのではなかろうかというように考えております。 ただ、いろいろこれから非常に、寝たきり老人も最高時には百十万人を超えるんじゃなかろうかというように考えられますし、また痴呆性老人も百三十万人近くになるんじゃなかろうかというように考えられます。すると、全部の方が入所型の中間施設を必要とするわけではございませんけれども、先ほども申しましたように、六十五歳以上の六%だとか七%ぐらいは入所型の施設が要るということになりますと、これからかなりの施設を整備しなければならないという問題が起こってまいります。 そうなりますと、まず民間の資金をもっと活用できないだろうかというような問題も起こってまいりますし、また欧米がやっておりますように適当な指導とか監督を行えば、たとえ株式会社、営利企業であろうと、こういうサービスを提供する、こういう領域に参入させてもいいのではないかというような考え方も出てくるのでございまして、これは今後の一つの大きな課題であろうと思うのでありますが、私自身は適当なガイドライン、指導要領をつくって、知事さんなどが指導とか監督をなされば、かなり民間の活力をうまく利用できるのではないかという立場をとるものでございます。 最後に、先ほどの答申の御説明にも出てまいりましたが、費用の一部負担ということになりますと、どうも福祉の後退ではなかろうかというような印象を与えるようでございますけれども、これは医療の場合も福祉の場合も同様でございますが、国民の間の公平、またそれも世帯の間の公平の問題が一つございますし、また限りある資源を有効に使うというような面もございまして、そういった公平とか効率化というふうな面から、費用の本人あるいは家族の一部負担というのはやむを得ないのではなかろうかというように考えるものでございます。 以上で私からの意見は終わらせていただきます。
○小委員長(糸久八重子君) どうも大変ありがとうございました。 以上で佐分利参考人からの意見聴取は終わりました。 これより参考人に対する質疑を行います。質疑のある方は、小委員長の許可を得て順次御発言を願います。
○高杉廸忠君 要介護老人対策の基本的な問題、あるいは中間施設のあり方等についてお話をいただきましてありがとうございました。 そこで、限られた時間でありますから以下五つほど具体的にちょっと伺いたいと思いますけれども、最後に貴重な意見として言われました、我が国はやがては超高齢化社会、世界に例を見ない長寿社会ということは我々も予想されるわけですが、課題としては保健、医療、福祉、私は年金も含めてだろうと思いますが、そういうすべての連携そして協力、この上で対策が基本であるということも異論はないんです。 具体的に費用の点で、中間施設について申し上げてみたいと思うんですが、費用負担ですね、中間施設にかかわる。これは具体的にはどういうようにお考えになっているのかという点。 それから第二に、御指摘もありましたように、公費のみに依存するのではなく、保険財源の導入も検討すべきであるとしているんですが、これは危惧ならいいんですが、どうしても医療費抑制策の口実に使われるんではないだろうかという危惧が私は実はあるんです。そこで伺うんですが、在宅とのバランスを考慮した適正な水準の利用料というような表現でされているんですが、具体的にはどういうようなものをお考えなのか、これが第二点。 第三番目に、在宅ケアを中心とした在宅型施設の充実というのは、構想としてはもちろん異論はないんです。しかし、実際に効果があるようにするためには、お話もありましたように、極めて多くのマンパワーと、計算しても大変多額な費用が必要じゃないか、こういうように思うんです。そこで、具体的に計画的な対応というのは果たして可能なのかどうか。私はその資格者あるいは指導者を養成することすら、今の我が国における状況としては世界で最低なわけですから、果たしてそれが具体的には計画的な対応として可能なのかどうかですね、そういうマンパワーに必要なそれぞれの人たちの。その辺が心配な点が三つ目です。 四つ目は、入所型施設についてはあくまでも社会性を維持するためのものでなくてはならないと、こう私も思うんですね。したがって、寝たきり老人の中間施設が簡易収容施設に陥るようなことであってはならないと私は思うんです。その心配をするんですが、どうしても中間ですから簡易な収容施設に陥るような心配が出てくるんです。その点についてはどういうふうにお考えになっているのか。 最後でありますが、中間施設の機能における医療の重要性について私は大変重要に考えているわけですね。そこで、老人は常に病気を抱えているものであると思うんですね。医療がなくても介護があればいいんだということではないと思うんです。そこで、介護と同時に、あるいは介護の後に必ず医療が必要であるんですね。私はそう思っているんです。その点についてどういうようにお考えなのか。 以上、具体的に五つほど申し上げましたが、この機会にぜひお聞かせいただければありがたいと思っています。
○参考人(佐分利輝彦君) まず、第一の中間施設の費用のあり方でございますが、これは現在、一応のコンセンサスが得られております考え方としては、医療費はまず医療保険あるいは老人医療費支給制度でございますね。介護の費用がこれまで公費負担であったんですが、この介護に医療保険とかあるいは老人医療費の支給制度を導入したらどうであろうか、これが一月二十四日の社会保障制度審議会の建議の一番の核心でございますね。介護に医療保険とか老人医療費の支給制度を導入する。残りました生活費につきましては、ただいまお話もございましたように、年金制度も成熟化して充実してまいりますから、それを使って応分の一部負担をしてもらったらどうであろうかというのが基本でございます。 ただ、この基本の中核になります介護に医療保険あるいは老人医療費の支給制度を導入したらどうかということに、例えば健康保険組合連合会はまだ賛意を表していないわけでありますし、また日本医師会も、低成長の医療費の時代に、今まで医療費でなかったものに医療費を使うというのはどうも問題があるのじゃなかろうかというような考え方をしておりまして、本当に関係団体のコンセンサスを得たというところまではいっておりませんけれども、社会保障制度審議会あるいはこの中間施設に関する懇談会、その他社会経済国民会議等々、主要な審議会、懇談会、団体等の御意見では、先ほど申しましたようないわゆる保険と老人医療とそれから生活費については、一部自己負担でという考え方でございます。 ただ、もっと具体的に一体どういうふうに負担するのかという御質問だと思うのでございますが、はっきり申し上げまして、厚生省も現在委員会をつくってもう日夜検討しておりますが、なかなか難しい問題でございまして、まだ結論が得られておりません。純粋な医療について医療費で払うということは従来もやってきたわけでございます。特別養護老人ホームに入って投薬をすればそれは医療費で払ったわけで、注射をすればそれも医療費で払ったというふうにやったわけでありますが、この介護費を医療費で見るということが皆さんの御了解が得られるかどうかということでございますが、このような世界一の超高齢社会を迎える、それに対応するための老人保健医療福祉対策の検討でございますから、大所高所に立ては介護費も医療費と見ようじゃないかというふうなところぐらいまでは、話し合いがつくんじゃないかと思うのであります。 そうすると、その医療費の部分については医療費自体の自己負担制度というのがございます。それはどうしてもその自己負担はしてもらわなきゃならないわけでございます。医療費自体の自己負担制度がございます。例えば老人の場合でございますと、来年は六月から一日五百円で入っている間じゅうずっと一部負担をしていただくと、入院の場合ですね。そのような内容になっているようでございますが、そういうふうな医療費自体の一部負担は当然こちらの方にもかかってくる。 そこで、残ったいわゆる生活費、結局給食費だとか、あるいは部屋代とか、それから日用品費だとか、そういうふうなことが問題になってくるわけでございますけれども、これもいろんな考え方がございます。本人の所得に応じてかなりたくさん徴収してもいいんじゃないかというような考え方がありまして、例えば現在の特別養護老人ホームでございますと、本人が高所得でございますと月に八万円ぐらいまで徴収されます。そうすると、それぐらいまでは高所得の人は取ってもいいんじゃないかという意見が一方で出てくるわけです。所得に応じてだんだん減らしていけばいいんじゃないかという考え方でございます。 もう一つの考え方は、例えば今国民健康保険はオール七割給付でございますが、厚生省はできるだけ早いうちに国民オール八割給付にしたいということを申しておりますようですね、国民オール八割給付。例えば今、被用者保険の本人は一割負担でございますが、家族は、外来は三割、入院費は二割の負担でございますね。そういうふうになっている。退職者医療もそうでございますね、新しくできました。それをオール八割給付、二割負担にしようというような一つの目標がございますので、何というか全体の費用の二割ぐらいまでは持てる人には持ってもらう。しかし、いろんな所得水準がございますから、それに応じて中所得、低所得の人は少なくしていく、そういうふうな方法も考えられるんじゃないかと思われます。 ただ、要するに今後の老人対策で、保健医療福祉の対策で一番中核になって大切なのが、この中間施設をいかに立派なものをつくって育てていくかということじゃないかと思うのでありますが、そういう意味で入院した場合とこの中間施設に入った場合と、それから特別養護老人ホームに入った場合と、また自宅の場合と、費用負担が非常にアンバランスがございますと、この中間施設の制度そのものが育たないわけでございますね。この中間施設に入ろうという人が余りない、こういう中間施設をつくろうという人も余りないということで、将来どうしても必要で、一番立派に育たなきゃならないという制度が育たないわけでございます。 そういう意味で、現在病院に入った場合の費用負担と、それから特別養護老人ホームに入った場合の費用負担、それから現在の在宅は非常に不遇でございますけれども、これからいろんな特別控除、税金面の配慮をされると思います。また、在宅型の中間施設がいろんなサービスを提供して、本人の所得に応じて無料であったり低額であったりというふうになると思うのでございますが、そういうところをうまくバランスをとってやっていく必要があるんじゃなかろうかというように思います。 まあ、これは二番目の御質問にもう既に入っているわけでございますが、そこで三番目の在宅は理想的だけれどもそのマンパワーは一体どうするのかというお話でございます。 昭和七十五年、二千年までは、まだ日本は先進国の中では一番年齢構成が若い恵まれた国でございまして、余裕がございます。そういった余裕のある時代は、例えば医師のような非常に養成にお金がかかり、また一たん養成し免許を与えると医療費をたくさん使う、そういうふうな専門職は余り養成しないようにして、むしろコメディカルと申しますか、パラメディカルと申しますか、医療補助者をたくさん養成したらどうであろうか。保健婦だとか助産婦だとか栄養士だとか、薬剤師なんかもございますけれども、そのほか臨床心理だとかケースワーカーだとか、いろんな医療補助者がいるわけでありますが、むしろそういった医療補助者をたくさん養成して有効に使っていくべきじゃなかろうかという時代に入るわけでございます。 しかし、さらに高齢化が進んでまいりますと、どうしても一般の方々に応援をしていただく、よく言えばボランティア活動に期待するところが大きくなってくるわけでございます。これは地域の近隣のボランティアというふうなこともありますし、またいわゆる老人同士のボランティアというふうなこともございましょう。さらに、二十一世紀になりまして先進各国こぞって超高齢社会、日本が世界最高の超高齢国家になるわけでありますけれども、そういう時代を迎えますと、まあ何と申しますか、ボランティアを一種の義務づけるような形でございますね、そういうふうな時代も来るのじゃなかろうかというように言われております。 次に、四番目の御質問でございまして、何か中間施設という安上がりの施設をつくって、そこに老人を入れて、費用も余りかからない、サービスも余りよくない、そういうふうなことになるおそれがあるんじゃなかろうかという御質問でございますが、これは中間施設のあり方の問題であると思うのであります。 この中間施設の中心になります職員は、看護婦それから介護人でございます。このあたりが必要数、質の高い人たちが確保できるかどうかにかかってくるわけでございますけれども、そのほかリハビリテーションの機能でございますね、それからケースワークの機能、そういったものも非常に望まれます。そういった中間施設の職員の職種とか員数の基準はいずれ明確につくられると思いますので、立派な基準をつくりまして、しかも実際に良質のサービスが提供されているかどうかをいろいろな方法でチェックをするという必要がございましょう。 これはまあ欧米各国で既にやっていることでございますが、そのようにやりますれば、この中間施設でもう十分なサービスが受けられるという要介護老人も少なくないわけてあります。むしろ、今病院なんかに入っておりますよりもいい介護だとか、あるいはリハビリテーション、あるいはその他の生活の援助等が受けられてかえって幸せであるとか、サービスの質が高いとか、そういうことが期待できるわけでございます。 ただ、先生もちょっとおっしゃいましたが、一番最後の五番目の御質問にも関連してくるのでございますが、要するに六十五歳以上の人は、現在が千二百万人、これが最高で二千八百万人、二・三倍になる。ところが、八十歳以上の方は、現在二百十万人ぐらいいらっしゃる、これが七百五十万人ぐらいになる。そういうふうに三、四倍にふえる。高齢者の中の高齢化が進むということになりますと、かなり重い病気を持ったあるいは障害を持った老人がふえてくるわけでございますから、ただいま申し上げましたような、あと十年か十五年はそれでいいサービスができるだろうというような中間施設では間に合わなくなってくるわけですね。 先ほども申しましたケアつき集合住宅だとかケアつきマンションというのも、まだ老人が若い間の対策でありまして、超高齢老人がどんどんふえてまいりますと、ケアつき集合住宅とかケアつきマンションでは間に合わなくなってくる。さらに一方では、医学技術も進歩いたしますから、在宅医療そのものが物すごい医療をするようになってくる。また、こういった中間施設で物すごい医療が簡単にできるようになってくる、そういうふうな時代も来るんじゃないかというように思われるわけでございます。 ですから、そういったことは高齢者の中の高齢化の進みぐあいが一番中心でございますが、一方においては、医学技術、その周辺領域の科学技術、サービス等の進歩、そういったものも考えながら常時見直しをしていかなければならないんじゃなかろうか。中間施設のあり方も、また老人病院のあり方も時々見直しをして、その時代によく合った、その時代の老人に真にいいサービスを提供し、幸せを与えるような中間施設とか老人病院を整備して、サービスを提供していくというようにしていかなければならないんじゃなかろうかというように思います。 以上でございます。
○小委員長(糸久八重子君) かなり細かい説明がございましたけれども、時間も余りございませんから、簡潔に質問し、また簡潔に御答弁をいただきたいと存じます。
○橋本敦君 私も、高杉先生が質問なさった問題に関連をして同じような問題意識も持っているんですが、重ねて三点ばかりお伺いしたいと思うんです。 一つは、この中間施設構想、これはなるほどおっしゃるとおり、在宅介護を基本にしながら地域に密着をしてつくっていくということが理想的である。しかも、手続が複雑ではなくて簡易に利用できるという側面も大事である。しかもそれが、今高杉委員が御指摘にもなりましたが、簡易収容所にならないように適正な水準も保持しなきゃならない。こういう要請にこたえるといたしますと、これは参考人がおっしゃったように第三セクターであるいはいろいろ工夫するということもありますけれども、全国的なばらつきを避ける、それから水準を一定程度保つというように考えますと、私はやっぱり公的責任というものを貫いていかないとうまくいかないのじゃないかという気がするんですね。株式会社ではやっぱりぐあいが悪いとおっしゃっている側面もそこにあろうかと思うんです。 したがって、公的責任、いわゆる社会福祉ということを基本にして考えた場合の公的責任の原則をどう貫くか、貫く必要がある、こう思うんですが、懇談会の指摘に対して一部からも、公費負担あるいは公的責任の回避という批判もあるようですから、改めてこの点もう一度原則的な問題としてお聞きをしたいというのが一つです。 それから二つ目は、現在四十八万人の寝たきり老人がいらっしゃる。私どもの資料では在宅が二十七万人。それで、一万五千人のお年寄りが何らかの施設への待機中であるということになりますと、このニーズは大変なものですね。したがって、中間施設も必要ですが、今の特養が御指摘のように都市部には非常に少ない、偏在している側面がありますから、特養施設の増設も緊急なので、この点とのバランスをどうお考えになっていらっしゃるだろうか。 そして、特養について指摘がありましたように、医療面についての機能が弱いという御指摘もありましたけれども、これはやっぱり充実をさせるということで、介護医療を総合的な方向に持っていくこともできるんじゃないだろうか。そういう意味で特養は依然として特養として充実をさせるという方針が必要だと思うんですが、第二点にこの点はどうお考えだろうかということでございます。 それから第三点目は、高杉先生もお話しになりましたが、利用料ですね、この利用料をどういうようにするかということは、第一の質問の公的責任の原則との関係でやっぱり慎重に考えなくちゃならない、こう思うので、利用料がおっしゃったように八割というような原則じゃなくて、お年寄りの老人の生活実態が、私は全国的に見ると本当に貧しいお年寄りが多いと思うんですね。だから、そこらをも頭に、視野に十分入れて考えなくちゃならぬと思いますので、三点目に本当に貧しいお年寄りを中心に考えた場合の利用料はどうあるべきか、重ねてこの点三つお伺いしたいと思うんです。
○参考人(佐分利輝彦君) まず、第一のやはりこういう施設は福祉の理念に立って公的でやるべきではないかという御質問でございますが、私もそのとおりだと思います。ただ、高度成長の間に国公立、公的の施設には甘えがございまして、とかく活力が落ちるとかあるいは非効率になるとかそういう面がございまして、それに対する反省として一時期民活というのが出てきたんじゃないかと私は思うのでありまして、この民活に対する反省もまたそのうち起こってくるだろう。やはりこういうものは公的にやるべきであって、公的にやっていかに効率を上げ成果を上げるかということが中心課題ではないかというように思うのでありますが、どうも欧米を初めとして、一時期ちょっと民間を使ってみようかというような時期が今ちょうど来ているということだと思っております。 それから二番目に、特別養護老人ホームの機能の強化でございますが、これはそう難しいことではないわけでございますね。まず今、例えば百ベッドの場合に、有資格の看護婦は三人、寮母さんが二十二人、お手伝いさんが一人、それから医師は一人でございますが常勤でなくてもいいと、そういうふうな基準でございますので、二十四時間有資格看護婦の看護をやろうと思えば今の三人を六人にする、まず一応。それから医師も、今は常勤でも非常勤でもいいというのをやはり常勤にしてみるとか、しかももうお年寄りの引退前なんというなのでなくてもっと若い方を常勤で一人雇うとか、そういうことで、特養はもともと介護面は強いわけでありますから、看護も医療も強くできる。また、今の老人はそれほど高度の医療を必要としない人が入っているわけでありますから、その程度でいいわけであります。 したがって、先生がおっしゃるような方向で、明年から特養もどんどん医療面、看護面を強化していくべきである、またできるというように思っております。問題は、土地代が高いということで田舎の方にございます。これをどういうふうにするかというふうなことでございますが、そのほかに特養が適所リハビリ施設をつくって、簡単な増築で済むわけでございますから、適所型のサービスを提供する余力があれば、もう既にかなりの形で巡回サービスもやっている、訪問サービスもやっているわけでありますから、そういった適所型サービスあるいは訪問型のサービス、そういったものもどんどんおやりになるようになればいいのじゃなかろうかと思います。 それから、第三番目の利用料の問題でございますが、先ほど申しました中では現在の特養にお入りになったお金持ちの一部負担が一番高いわけで、八万円ぐらいまでいってしまうわけでございます。その次に申しましたのが、オール八割給付なら二割負担ということ。ただ、日本の場合には、二割負担といっても一方で高額療養費制度という歯どめをしてございます。本人一割負担という場合も、入院すればその一割だって高いものになりますから、月に五万一千円までは自分でお持ちなさい、それを超えるものは払い戻しをしましょう。これは日本の非常にユニークな制度で、定率一部負担でございますが、しかし一定額の歯どめをかけております。 そういう面を考えますと、例えば現在の価格で申しますと月五万一千円というのが一つのめどになりますのでございます。これが一つの上限であって、あと中位所得なら半分とか、低所得ならただとか、東京都の場合ですとそこを四段階に分ける――ほかの大きな市ですと五段階に分けているところもございますが、所得水準でこう四段階ぐらいにしまして、最高が五万一千円、最低はゼロ、その間にまた段階が入っている、そういうふうな方法もあるんじゃないか。やっぱり現在の高額療養費の五万一千円というのは、そういう自己負担を考える場合の一つの参考になる額ではなかろうかというように思っております。
○抜山映子君 先ほどマンパワー対策の確立についてはボランティアの義務づけということをおっしゃいましたけれども、これは具体的にどういう形での義務づけをお考えになっていらっしゃるのか。私なんかは学校の教科組み入れということも一つではないかと考えているんですが、その点が一つ。 それから、もう一つの質問は、今大変子供の数が減っておりますし、核家族化しておりますので、ひとり暮らしの老人が大変にふえるであろう。そのひとり暮らしの老人の人たちの声を聞きますと、夜が怖いということを皆さんおっしゃるんですね。そういう場合に、自分がひょっと苦しくなったときに緊急警報装置ですぐ来てもらえるようなサービスがあれば、ひとり暮らしも怖くはないというようなことをよく耳にするんですが、そういうことの実現の可能性というものについてどういうふうにお考えになっていらっしゃるか、その二点をお伺いしたいと思います。
○参考人(佐分利輝彦君) まず、マンパワーの問題に関連してボランティアの義務制の問題でございますが、今御提案ございましたように、もう中学以上の教科の中にボランティア活動を含めていくということがまず穏当な方法として考えられるわけでございますけれども、一部の国では福祉徴兵制みたいなものを考えているところがあるわけでございます。二十歳になったら、兵隊に行くのでなくって、福祉施設へ行ってボランティア活動をする、社会、国、お年寄りに奉仕をする、そういうふうなことを考えている人もあるわけでございます。 しかし、まずその前に、六十五歳以上がお年寄りというのもおかしいわけでございますが、六十五歳以上の方がふえる、しかも非常に元気であられる、今のお年寄りは元気であられるわけでございますから、まずその六十五歳以上の方の中でお互いに助け合うというふうなことが、隣近所で助け合う、家族で助け合うの次ぐらいに必要なんじゃないかというようなことも言われております。 それから、二番目のいわゆる緊急時の通報機器と申しますか装置でございますが、これは先進的な市町村では既に始めておりますでございます。ヨーロッパ等の先進国ではもう一般化しておりまして、それがケアつきホームだとか、集合住宅だとか、アパートだとか、そういうふうになるわけでありますけれども、自宅の場合もそういった警報機器を支給して持っていていただいているというふうな形に、この面ではかなり早く進んでいくのじゃなかろうかというように考えております。そのような機器を置くだけで、随分御老人御安心なさいますし、またいろいろサービスの改善あるいは救急対策にも貢献できるわけでございます。
○小委員長(糸久八重子君) ほかにございませんか。
○高木健太郎君 せっかく佐分利先生おいでになったので、ちょっとお聞きしておきましょう。 マンパワーですね、これが今も義務づけというようなことでございましたが、医師の方の需要といいますか、供給面の方がどうであろうかということが一つですね。町の中にあってパートで来るというぐらいならば何とかやれますけれども、少し離れたところでは、別に医療というようなことでもないから、医師というのは余り要らないんじゃないかというような気が一つします。 それから、看護婦だとかあるいはリハビリの人とか、そういうのがどういう形でそこへサービスするのか。通常の病院等でサービスしているのとは違うんじゃないかと思うんですね。治療というのではなくてケアですからして、どういうケアをやるんだろうかということ。 それから、もう一つ考えられるのは、このような年ごろになった人は、いわゆる物理療法というのを非常に好んでいるわけですね。例えばマッサージであるとか、はり、きゅうとか、指圧とかというものにかかっている人がかなり多いんですね。その人たちとの連携というようなことも考えられるんじゃないか。また、その人たちの治療がいわゆる保険の中に組み入れられてないものがあるわけですけれども、そういう場合には非常に高額の自己負担になる。それを何とかもっと低額にする方法はないか。 こういうことで、マンパワーのことについて三つお尋ねします。
○参考人(佐分利輝彦君) マンパワー、またそれにかかわるサービスの御質問でございますけれども、確かに老人は幾つかの病気を持っている方が多いわけで、八十歳ぐらいになりますと、そうでございますね、七〇%の方は寝たきりとか、あるいはかなりの病気を持っていらっしゃるというふうな方があるわけでございます。ただ、その老人の病気も、急性期の非常に高級な医療を必要とするというふうなものはそれほど多くはないわけでありまして、ごく簡単な治療とか投薬とか処置とか、指導をしておればいいというふうなものが割合に多いんじゃないかと思います。 そういう意味で、ただいま御提言がございましたように、医師が直接関与するというよりも、むしろその他のサービスであるリハビリテーション、これには理学療法士、作業療法士、また日本の場合には、あんま、はり、きゅう、マッサージ師をリハビリ補助員として使っておりますが、そういったリハビリ職員が必要になってまいります。また、いわゆる在宅看護の場合、地域の看護婦、訪問看護婦、こういったものが必要になってまいりますけれども、それ以上にやはり数として最も大切なのは、ヘルプサービスと申しますか、エードサービスと申しますか、給食だとか、入浴だとか、散髪だとか、日用品を買ってくるとか、そういうふうな日常生活の援助に対するサービス、そういったものが必要で、ヘルパーというのが非常に重要になってくると思います。 そういう意味からも、医療関係者の養成計画は、そういったニーズにうまく対応するように、各職種のバランスのとれた養成確保計画を練らなければいけない、また生涯教育計画を立てなければいけないというふうに言われているわけであります。 最後に、お年寄りの場合は慢性病、老人病、成人病でございますから、やはりマッサージを受けたいとか、あるいは漢方薬、さらに、はり、きゅうを受けたいとか、そういうふうな方が少なくないわけでございまして、その費用を全部保険の方で給付するようにしたらどうかというふうな御提案であったかと思うのでございますが、これはやはり一方では保険財政とも絡んでくるのでございましょうね、また一方では、利用者がふえればもっと料金が安くなっていいはずでございますね、はり、きゅうにしても、漢方にしても、あるいはマッサージにしても。そういうふうなこともありまして、先ほどこれから国民はみんな何らかの基礎年金をもらうようになってくるというようなお話をいたしましたが、そういうふうな年金なんかもうまく使いながら、そういった特殊なサービスが割合に受けられるようにしていく必要があるんじゃないかというように考えます。 ただ、現在においても、医師が特に必要と認めたものについては医療保険の方、あるいは老人医療費の支給制度の方で給付をするわけでございまして、その認定がなかなか得られないということであろうかと思いますが、お年寄りもふえ、需要もふえてくるわけでございますから、そういった給付面の改善も少しずつは進めていく必要があるのではないかと思います。
○小委員長(糸久八重子君) ほかによろしゅうございますか。――それでは、以上で佐分利参考人に対する質疑が終わりました。 佐分利参考人には、大変お忙しい中を本小委員会に御出席いただきまして本当にありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見等につきましては、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。小委員会を代表いたしまして心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手) 速記をとめてください。 〔午後二時二十九分速記中止〕 〔午後二時四十五分速記開始〕
○小委員長(糸久八重子君) 速記を起こしてください。 中央大学丸尾直美先生がお見えになりましたので、意見を聴取いたします。 この際、丸尾参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用のところ、本小委員会に御出席をいただきましてまことにありがとうございます。本日は、高齢化社会を支える負担・財源問題につきまして忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。 また、議事の進め方といたしましては、まず二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後五十分程度小委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。よろしくお願いを申し上げます。 それでは、丸尾参考人に御意見をお述べいただきます。
○参考人(丸尾直美君) どうも申しわけありません。十二時半まで授業がありまして、大体二時間以内で十分来れると思ったんですけれども、ちょっとごたごたして遅くなりまして、御迷惑をかけました。 きょう私に与えられましたテーマは、高齢化社会における福祉財政の問題であると思います。それに似たテーマで最近論文を書きましたので、お手元に資料をお配りしてあると思いますが、まだ校正段階なものですから、非常に汚れておりまして申しわけございませんですけれども、ポイントだけほんのちょっと申し上げまして、それから何か提言的なこととおっしゃられましたものですから、そちらの方に十分ぐらい使わせていただきます。 この中で、最初に、社会保障費の負担が重くなってきていると、その理由は何かということで、社会保障費がふえている一般的理由をそれぞれ指標化したりしまして計量的にやってみますと、非常に影響していますのは、長期的には人口の高齢化が進行しているということ、それから意外と経済成長率の鈍化がきいている。これが一方で社会保障費の対国民所得比の分母の伸びを小さくし、また失業率をふやしたり、あるいは生活保護等社会保障の恩恵を受ける人をふやしたりするということなどもありまして、それが意外ときいているということです。それ以外に、やはり一九七三年からの拡張的な福祉政策があるわけですが、これはどうも政治的な要因と言うしかないんじゃないかというようなことが書いてあるわけです。 それから、人口の高齢化が社会保障にどう影響するかということが三ページ目から書いてありまして、一つはもちろん費用負担をする人に対して受給者の比率が多くなるということ、それからこれ自体が生産年齢人口の伸びを鈍化させたりして成長率を鈍化させるとか、間接的なことなどもありますけれども、より具体的には後の方で年金と医療、老人福祉サービスについて書いてあるわけです。 年金につきましては、言うまでもないような理由であるわけですが、医療につきましては、ずっと後の七ページから書いてありまして、高齢化自体による医療費の増加がどれくらい影響するかということが七ページから八ページにかけて書いてあります。 ここでは、要するに六十五歳以上の高齢者は平均的な国民に比べて三・数倍平均医療費を使う、六十五歳以下に比べては四・数倍使うという、そのことが非常に影響しているということで、そのことを考慮に入れますと、年齢構成が変化するだけで非常に国民所得に対する医療費の比重は高まりますし、このままでいけば高齢化のピーク時には医療費の六〇%以上が高齢者医療費になるであろうという見通しを書いてあります。そして、それだけに高齢者医療対策に本格的に取り組む必要があるということが書いてあるわけです。 それから八ページの8、老人福祉サービスへの費用負担が今後非常に大きくならざるを得ないということが書いてあるわけです。この分野は、日本は福祉行き過ぎということが言われたりしますけれども、年金などに関しては制度的、構造的には先進国並みになったと言われますけれども、老人福祉サービスや障害者福祉サービスに関しましてはまだ文字どおりの非常にアンダーデベロップドの状態でありまして、今後どうしても家族機能の低下、高齢化の進行、婦人就労率の増加等によりまして、この部門への福祉支出の比重は非常にふえるであろうという予想が書いてあるわけです。 そして、この中で、若干特殊な問題としまして、経済成長率と利子率が社会保障の財政にどういう影響を与えるかということが書いてあります。一部の学者の中で、経済成長率に対して利子率が高ければ年金財政はかなり楽になるという議論があるわけですけれども、私の場合は成長論者でして、経済成長率が実質で低くなることによって特にその差が生ずる場合には、利子率に比べて成長率が低いということは少しも年金財政にとっていいことではなくて、むしろその負担が重くなるということが書いてあるわけです。一つの理由は、成長率が高いと結局所得が伸びますから、負担率が高くなりましても手取りの大きさにはかなりの違いがあるということです。 五ページの向かって左側の真ん中ぐらいに一つの実例が書いてあります。実質経済成長率が二%と三%で一%違うと、実質所得は三十年で、二%のときには一・八二倍になる、三%のときには二・四二七倍になるというようなことが書いてあります。 もう一つの例を挙げますと、例えば名目でもいいですけれども七%の経済成長と五%の経済成長で見ていきますと、昭和六十年から百年の間に、五%の成長のときは所得は七・四倍になりますけれども、七%の成長のときは約十五倍になるわけです。ですから、仮にその保険料率が、ある研究でやっているところで見ますと、五%の経済成長率では社会保険料の年金の保険料比率が二三・五%になるのに対して、七%の経済成長のケースでは社会保険料負担は二九・五%とかなり重くなるということが書いてありまして、これだけ見ると、どうも成長率が高いと負担が重くなるという感じを受けるわけです。 しかし、実際に数字で見ますと、今言いましたように所得の増加がまるで違いますから、仮に当初の勤労者の平均所得が二百万円として計算しますと、五%のケースでは社会保険料率が二三・五%でも手取り所得は一千七十一万円になるのに対して、七%の成長のケースでは社会保険料率は二九・五%でも手取りは二千百十五万円になりまして、ちょうど倍ぐらいになるわけです。要するに、大事なことは負担率ではなくて、手取りがどれだけ残るかということが重要であるんであって、余り負担率だけ重視して成長率を抑えるという結果になるということは、何といいますか、手取りを小さくする結果になるということが書いてあるわけです。 それにまた、確かに年金積立金は厚生年金だけでも五十兆円ありますし、相当のお金になっておりますけれども、しかし国債は百三十三兆円あるわけですから、利子率が高くなるということは年金積立金だけ見れば非常にいいことですけれども、国債を見れば非常に大変なことになるわけです。両方を見る必要があるわけです。もちろん年金積立金の利子率が高くて国債の方が安くなればそんなにうまい話はないわけですが、そういうことでもない限り、経済成長率というものをもうちょっと安定的に成長させるということを重視させるべきではないかということを考えております。 それで、ちょっと提言的なことを申しますと、今言いましたようにやはり実質経済成長率を安定的に維持し、失業率も維持するということが社会保障の長期財政を比較的楽にするという上で非常に重要だと。その場合、一つの基準として、負担の基準として私が重視したいと思うのは、要するに勤労世代の手取りが実質で伸びるということですね。負担率が高まっていっても手取りが伸びていくということが基本的に大事であって、過去日本の労働者といいますか、雇用者の場合を見ますと、過去統計のはっきりある一九七五年から八三年度の数字で見ますと、実質経済成長率は四・六%でしたけれども、勤労者の手取り賃金の伸びは年々〇・九%であったわけです。 これが内需を非常に抑えて、貿易摩擦の方にもひいては広がり、あるいは財政赤字の原因にもなっているわけですが、手取りをある程度安定的に維持するということが、内需拡大のために重要なだけではなくて、やはり負担感を重くしないという意味で非常に重要であるわけです。リチャード・ローズなどが「福祉国家は破産するか」という本の中で書いておりますけれども、やはり手取りが実質で下がる、そういうのが数年続きますと、物すごい不満感が起こるわけですね。手取りが少しでも着実にふえているときには、負担が重いとかというような不満感は起こらない。 ですから、それをいつもメルクマールに、一つの尺度として、何か手取りがマイナスになりそうなときは何らかの措置でふやしていく、減税などして手取りをプラスに維持していくという、そういう政策をとるということが非常に重要ではないかということです。 それから、就労率を高く維持するということ。日本の場合、将来年金が充実していくと高齢者の就労率が下がっていくことが予想されますけれども、できる限り特に年金の負担が多くなる段階になって高齢者が就労するようなことを考えるということが必要です。 それと、非常に重要なのは婦人の雇用ですけれども、これは二重の効果がありまして、一方では保険料を払う人をふやしますし、特にパートでも社会保険に組み込んでいくというやり方でやっていきますと、スウェーデンのような場合ですと、非常に高齢者の比重が高くても、日本に比べて、全国民の中で就労している人の比重が日本より高いということになっているわけです。だから、高齢化だけで就労者の比重が低くなるということにはならないんですけれども、婦人の問題は他方家庭機能を少なくしますというような部分、それから男女平等の問題もありますし、いろんな点を考える必要がありますから、簡単なことは言えませんけれども、十分に将来の年金財政を考える場合考慮する必要があるということです。 それからもう一つ、どうも、特に老人福祉サービスなどが今後ふえるという問題を考えていきますと、スウェーデンのような場合を見てみますと、大変なホームヘルパーとか老人福祉施設が必要になってくる。日本の場合を考えますと、とてもそういうことはできない。スウェーデン並みにやるとすれば、ホームヘルパーだけで、二〇〇五年ぐらいのスウェーデン並みの高齢化になるとき、日本は百万人以上の公的なホームヘルパーを雇用しなければならなくなる。そういうことができないということを考えますと、やはり公的部門とそれから日本のいわゆる民間活力的なもの、老人福祉サービスについてもそういうものを生かす。それからもう一つは、ボランティア、近隣とか家庭機能という、そういう三つのいわゆるインフォーマルセクターですね、そういうものを最適に組み合わせる方式を考えていかざるを得ないではないかということです。 それから、今後老人福祉サービスと老人医療という非常に重要な問題がありますから、その問題につきましては、福祉医療の総合システム化、あるいは中間施設に関して適切な政策をとっていくということが重要であろうと思います。
○小委員長(糸久八重子君) 大変ありがとうございました。 それでは、丸尾参考人からの意見聴取は終わりましたので、参考人に対する質疑をこれから行います。 質疑のある方は、小委員長の許可を得て順次御発言を願います。
○青木茂君 御提言のところでお話ございましたように、結局手取り、つまり可処分所得ですね、可処分所得を伸ばす。そうすると、問題は伸ばすための方策になるわけですけれども、可処分所得を伸ばすためには、逆に言うと非消費支出を抑えるということになるわけですか。
○参考人(丸尾直美君) いや、可処分所得は、税金とか社会保険料とか、それともう一つは実質ですね、分配率が変わるということですね。要するに、今までの日本の経済成長というのは、四・六%の経済成長をしながら実質賃金は一・六%しか伸びない。それから、税金と社会保険料が重くなっていくから手取りが〇・九になるわけですね。そういう状態で内需を経済成長率並みに維持していくということは、論理的にほとんど不可能であるわけですね。そこを何か考えないといろんな点で矛盾が出てきますし、勤労者の不満が生じてくるということですね。
○青木茂君 もう一つだけ。すると、具体的に可処分所得を伸ばす方策は、何か御提言はございますか。
○参考人(丸尾直美君) 労働組合は賃上げ率のことを言っていますけれども、これはまたインフレの関係で問題がありますから、やはり賃上げ率は余り低過ぎない、適切にやっていくということがもちろん必要ですけれども、やはり国全体の生産性の上昇に比べて余りに実質賃金が低いという、そういうギャップが出てくるわけです。日本の場合大体半分であったわけですね、ずっと過去十年間ぐらい。そういう場合、その差を埋めるように、これは国の政策としてはやれないですけれども、企業として何か非常に生産性との差があるから、ボーナスとかいろんな形で戻すとか、あるいは私がさきの自論で言っていますのは、株式分配するということですね。何らかの形で環元していかないと、内需がふえようがないじゃないかということですね。
○橋本敦君 将来の社会保障財政をどう確立するかということは非常に大きな課題でございますので、先生の御提言も今いただいたわけですが、そういう意味で、おっしゃるように、一つは実質成長率を安定的に持続させる、それから国民の手取りを所得として伸ばしていく、さらには就労率を高めに維持していく、こういうことが基本的に大事だという御意見、私も全く賛成でございます。仮にそういったことがうまく機能していけば、いわゆる社会保障財政の破綻論ということも、解決をしていく非常に大事なめどが開けるんじゃないだろうか。今しきりに言われている高齢化社会の財政破綻論は、実は今後の経済成長事を、先生がおっしゃるような実質成長率を安定的に維持していくという視点を少し見落とし過ぎるというか、軽視するというか、財政危機論が余りにも先に立っているのではないかという感じもするんですが、この点は先生の御意見はどうでしょうか、お聞かせいただきたい。これが第一点でございます。 それから第二点として、それにしても、一つの解決機能としては、公的部門と民間活力あるいはボランティア活動、この三つの組み合わせを考慮すべきだという御意見がございました。なるほどその組み合わせが合理的でうまく機能すればそれもそうだと思うんですが、一つは、統計的に見ましても諸外国と比べて社会保険料を含む社会的負担が、企業については日本の場合は非常に低いわけですね。 ILOの資料によりましても、事業主負担がアメリカは三五・五%、スウェーデンが四四%、イギリス二九・五%、これに比べて日本は二八・八だと。ヨーロッパへ行きましてECの皆さんと話をしても、貿易摩擦はいろいろあるけれども、公正な競争という点からすれば、日本の企業はもっとヨーロッパ並みに社会保険の負担をやってもらわないと公正な競争ということにならぬじゃないかという意見もよく聞かれるわけですが、この企業の負担割合という問題については、先生のお考えはどのようなお考えを持っていらっしゃいますでしょうか。 以上の二点について御意見をいただければ幸いでございます。
○参考人(丸尾直美君) 第一点につきましては、確かに比率が余りに重視され過ぎて、今よりこんなに比率が高くなる、今でさえ、一〇・六%でもこれくらいなのに、二九%かなんかになったらどんなことになるかという、そういう議論が強過ぎますね。ですから、要するにそのとき手取りが何倍になっているかという、その発想も非常に重要であるわけですね。ですから、そういうことをきちっと出して、比率は何倍になりますよ、しかし手取りは何倍になりますよ、今よりずっと豊かになるんですと、そういうことがはっきりわかるような形で出していただければ、もう少し負担に対する恐怖というものがなくなるんじゃないかと思います。 ただ、余りに負担が重くなっていきますと、例えば今までのように日本は一・六%ぐらいの実質賃金の伸びでいきまして、勤労者の社会保険と税の負担が、今の比率から倍以上のスウェーデン並みの三五ぐらいまでになるということが、二〇〇五年ぐらいのスウェーデン並みの高齢化のときに生ずるというので、個々に計算していきますと、手取りがほとんど伸びなくなっちゃうんですね。ですから、それではまずい、やはり手取りをどれぐらい伸ばしていくのがいいかということについて合意を得るということが非常に重要だと思います。比率だけではだめで、やはり大事なのは手取りがどれくらい伸びていけばみんないいのかということ、それが重要だという点では私も同感であるわけです。 それから、企業の負担につきましては、やはり法人税と社会保険負担との総合であるわけでして、一方で負担率が高いところは法人税が実効税率で見ると低くなっているところもあったりするわけですね。 だから、その両方で考えなくちゃいけないということと、もう一つは、企業の負担率が異常に高い国では労働者の方も税金、社会保険料の負担率が高いということですね。スウェーデンは、社会保険料は企業が大分負担しておりますけれども、税金が高いから、何といいますか、やはり日本の勤労者に比べて率で言いますと負担率は倍以上になっているわけですね。ですから、そのバランスで、企業だけ高くて賃金が低いとか、企業の負担率が低いとか、そういうことがあれば問題ですけれども、今正確に各国で賃金と企業との負担率の相対比重がどうかということ、ちょっと一言では申し上げられませんけれども、その辺を検討してみる必要があると思いますね。
○橋本敦君 ありがとうございました。
○松岡満寿男君 一番最初のところで、最近福祉の問題につきましては、財政問題の観点からいろいろ見直し論が出ておるんですけれども、先生の資料によりますと、「経済社会政策の思想の流れの変化」という言葉がございますけれども、これをひとつ具体的にちょっとお話しをいただければと思うんです。 それからもう一つは、先ほどの中間施設の答申の中でも、それぞれ地方自治体、まあ老人がそういうところに居住しておるわけですから、この責任が非常に大きいのだというようなお話もあったようですけれども、事実、現在それぞれの地方自治体は努力しておるわけですが、利用者の自己負担部分と自治体財政による費用負担部分の比重ですね。現状、地方自治体の財政も国家財政と同じような状況で、町村部に行きますと特に自主財源というのはほとんどないわけですよ。そういう点から見ますると、まさに先ほど先生がおっしゃいましたように、経済的な成長率あるいは就業問題あるいは手取りの問題、そういうものが確保されてないといけないんだという前提があるわけですけれども、地方自治体自身の財政状況がそういう状況にないわけですね。 そうすると、そういう仕組みを求めていくということになると、じゃ地方財政というものはどういう形でそういう財源を確保していけばいいのか、あるいは利用者等のそういう地方財政での負担というものをどのようにやっていけばいいのかということが一つ疑問に思うんですけれども。 それから、それの関連で、表2の③「社会的要因」に、「家族による相互扶助機能の低下」、それから「近隣による相互扶助機能の低下」、こういう要因がございますが、こういう社会的要因というものをできるだけなくしていく努力をやはりそれぞれの近隣社会の中で皆しておるわけですけれども、それをやっていくためにはどういう方策というものが先生のお考えの中にありますか。ございますればそれをちょっと、お考えをお話しいただければ非常にありがたいと思います。 以上です。
○参考人(丸尾直美君) 第一に、新しい思想の流れというのは、やはり新自由主義、それから供給サイドの経済学が一九七〇年代の終わりぐらいから出てきたということですけれども、その背景は、やはり第二次大戦後のようなときには、まだ社会保障に使える国家の資源配分、国全体の資源配分の比重というのは非常に低かった。ですから、そういうところに配分するということは非常に緊要なニーズにこたえるものであったから、福祉を増進させるということがほとんど自明であるかのごとく考えられていたわけですね。ですから、大きいことはいいことだという感じであったわけですが、それが非常に比重が高くなってきた、社会保障などの比重が高くなってきた。 それに加えて、かつては、一九六〇年代から七〇年代の初めまでは、市場の欠陥ということ、私有財産制と市場の欠陥、いわゆる資本主義の欠陥というものが非常に研究されて、経済学者もそういうことばかり議論していて、その欠陥を是正するために政府が介入すべきだという議論が発達したわけですが、政府自体にも非常に欠陥があるということが十分認識されていなかった。それが政府自体が非常に欠陥があると、非効率であるし決定にも合理的でない問題があると、特に経済学的観点から見てそうだということがわかってきまして、やはり両方を考えて最適な組み合わせを考えるという考えになってきたわけですね。 そうすると、逆に新自由主義者たちは、政府の欠陥の方を非常に重く見て、市場の欠陥の方を相対的に軽く見ますから、小さい政府という、そういう考えになってきた。一つの何というんですかね、考え方ですけれども、やはりそういう研究の流れが背後にあるということであります。それと政府支出自体が大きくなってきたということ、そしてそのことによって政府の欠陥も明らかになってきたという流れが背後にあると思います。 それから、地方自治体に関しましては、長期的にはやはり年金とか基本的な社会保障の部分に関しましては国家が基本的に決めて、そして財源も社会保険料と国庫補助という形になると思いますけれども、これから発達していく老人福祉サービスとか、広義の福祉の関係の自治体のいろいろなサービス、そういうものは国家が必ずしもやるのが適さなくて、むしろ自治体が末端で自分たちで最適な比率を決めていくというのが適する部分もあるわけですね。 ですから、もちろんナショナルミニマム的なものは出しますけれども、そうでない部分に関しては、自分たちで、末端のところで決めさせると。それはもちろん若干の基準、最低と最高ぐらいの基準を置いて、その中で決めさせるというようなことでやっていって、もちろんそれに伴う住民税のようなものも自由に決めさせるという、そういう方向になっていくんじゃないかと思う。それだけ政治が何といいますか、熟し、自治体や地方の住民の政治能力も高まっていけば、ある程度そういうふうに任じていって、決めさせていっていい問題というのは、かなりあるんではないかという印象を持っております。 確かに、例えば老人ホームにしましても、日本は特養に七割、ちょっと今度減らして、七割それでも国が補助を出してますけれども、スウェーデンの場合、特養への国家の補助というのはほとんどないわけですね。自治体でやっているわけです。ナーシングホームですと、県と末端の自治体とやっているわけですね。それがいいというわけではないですけれども、どうも流れとしては、自治体の能力、そして一方で自主財源の権限を拡張しながら分権化していくという方向がまあ必然的にとられるのではないか。現に、老人ホームにしましても何にしましても、だんだんとそういう方向に動いているわけですね。 それから、インフォーマル部門と言われるもの、つまりここで言う社会的要因の家庭機能や近隣機能ですけれども、やはり親に対する子の数が少なくなるということ、それから婦人の就労率が高まること等を考えていきますと、インフォーマル部門の家庭機能の低下というのは避けられないと思うわけです。 ただ、低下を促進するような結果になった政策というのは、必ずしもいいかどうかということは検討する余地、必要があるわけです。スウェーデンの場合、まあ悪く言う人はそういう見方もあるわけです。ただ、男女平等論からいきますとそれでいいんだという見方もありまして、何とも言いにくいところですけれども、それは十分検討する必要があると思います。 それからもう一つ、一方でそういう本能的な血のつながりなどによる、そういうインフォーマルセクターが衰えますけれども、他方人間の自発的意思によるボランタリーな近隣機能やインフォーマルセクターの機能というのは、これは高まる可能性があるわけです。これを何とか育てていく。それをボランティア精神を害しないような形で、何らかの形で助成していくという、そういう活動は太いに必要であると思います。これが家庭機能の低下をかなり補って、インフォーマル部門全体としてはそれほど機能が落ちないということが可能になるんじゃないかと思います。
○松岡満寿男君 今のボランタリーの機能ですけれども、ヨーロッパの場合はああいう福祉施設に対する奉仕活動というのは、日本なんかの場合はわりかし婦人会とか青年会議所とか、いろいろな団体がやりますけれども、宗教団体が多いんですね。そういうものについては、日本についてはどういう見通しがあるんでしょうかね。 それと、もう一つ二番目に、ちょっとお答えいただきましたいわゆる末端の自治体での福祉の分担でございますが、国と地方との行財政の再配分をやはりしていくべきだという議論がいろいろな角度で今なされておるわけですけれども、福祉の部分についても、今先生がおっしゃいましたような形での、確かに末端でよりなじみやすい福祉施策というのはあると思うのですね。しかし、現下福祉はやはり国の施策だという基本に日本の場合立っておるわけですけれども。 そういう中で、問題はこの財源でございますね。今のような状況ですと、昨年も高率補助一〇%カットと、生活保護を中心といたしまして地方に従来の八対二の比率で持っておりましたのを七対三と、しかし最終的には財源はとりあえず手当てするから配分はこういう形にしてくれというのがことしの予算であったわけですけれども、来年もそういう形が出てくる可能性もあるわけですが、その財源について、今の先生のお話を伺いますと、例えば自主財源が不足しているという場合については、新たな住民税とかそういう形での確保を地方自治体の場合はせざるを得ないような状況になるんではないかと思うんですけれども、財源確保につきまして少し何かお考え等がございましたら、ひとつお話しいただけたらと思いますけれども。
○参考人(丸尾直美君) まず、ボランタリーにつきましては、確かに宗教団体というのが非常に大きな役割をヨーロッパでは果たしていますけれども、それ以外のものも随分あるわけでして、イギリスなどを見てみますと、もちろん国民性はありますけれども、やはりコミュニティーが成立するということ。日本も、コミュニティーが昔あったところはお互いに自然に助け合ったわけです。コミュニティーが安定して成立すれば、そこに少し組織をつくるというお手伝いをしたり、そういう人が出てきて組織ができてくれば、ボランタリーはできると思うのです。 それは、全くの慈悲心とかそういうものじゃなくて、それはもちろん宗教精神とかいろいろありますけれども、イギリスの場合などを見てみましても一種の社会交換ですね、交換である。要するに、あるコミュニティーについていて、非常に年輩の寝たきり老人を中年か高年の御婦人が一生懸命世話をすると、そのことによってその人が寝たきりになったときにはみんなが一生懸命やってくれるだろうという一種の期待感がある。これはもう何かサービスバンクのようにやっていくようなものじゃないけれども、目に見えない形でそういう交換が成立するようになるというのが、やっぱりボランタリーが発達する一つの条件であるわけですね。 それともう一つは、身近にあるということですよ。そういう寝たきりの人がいるとか、そういうホームとか、それから在宅のそういうのがどこにだれがいるということがわかっていて、特に老人ホームとかデイ・サービス・センターとか、そういうのが身近にあるということですね。東京二十三区にないでしょう、ほとんど。ないから行きたくても行くところがないんですよ。やはり身近にある、あそこに行けば仕事がある、それで喜んでくれるという、それがあるということが必要です。そういう意味でも、身近なところに老人ホームとかデイ・サービス・センターとか、そういうものをつくっていて、そこにいつも行くというのが一つの社会習慣になるようになっていくということが宗教よりも基本的じゃないかと思います。 それから、財源につきましてはいろいろに分かれているわけですね。国家の負担比というのは、長期的にはほかの財源ができてくるに従って政策によっては比重が下がっていくでしょうけれども、それにかわって、一つは今、中間施設の議論の中にあるように、重介護を一部社会保険化していく。スウェーデンやデンマークの場合、日本の特養に当たるナーシングホームは医療扱いですから、費用は医療費から出るんですね、医療費と医療保険から。それがいいかどうかわかりませんけれども、社会保障制度審議会で出した方向というのは、すべて重介護は社会保険化するというのがいいかどうかはともかくとしまして、一つの財源の出る方向としてやはり検討すべきことではないかと思うわけです。 それから、長期的に年金が成熟してくる、他方どこかで財源さえあれば、できれば本当に基礎年金をなるべく早く成熟させて、そして自己負担――今までの老人福祉サービス等は本当に生活保護の横並びですから、そういう場合が多かったからその人たちに負担せよというのは無理なわけですけれども、そうでなくて、もっと普通の階層の人も利用できるようなそういう施設になれば、あるいはサービスになれば、それに自己負担がかかるというのは、これはむしろ合理的であるわけですね。ですから、それがある程度高まらざるを得ないと思います。 イギリスでも、老人ホーム、これは統計のとり方によりますけれども、この自己負担分は三〇%ぐらいだと思います。スウェーデンでも一五%から二〇%の間ぐらいだと思いますね。日本はまだ非常に低いわけですが、それは当然非常に限られた生活保護横並びの人が入っているからそうなるのであって、長期的にそうでなくなっていけば、やはり自己負担の比重もふえていくということになると思うんですね。 それから、超長期的には、行革等が特に十分に行われて、そして何らかの段階で、一方におけるいわゆるトーゴーサンなどのああいうものとか、財産取得とか、資本利得とか、そういう不公正な税制との抱き合わせで、それの改革との抱き合わせで、付加価値、例の大型間接消費税の導入ということもいつかは話題にならざるを得ないんじゃないかという気持ちはしています。やはり手取りに直接食い込まさせないという一つの方法は、間接税に一部切りかえていくということでもある。しかし、これは余り安易に言うということは誤解を招きますから、まあ弱い形でちょっと申し上げたわけでございます。
○松岡満寿男君 ありがとうございました。
○高木健太郎君 高木でございますが、経済の方は全然素人でございましてわかりませんが、また先生にお聞きするのが適当かどうかもわかりませんが、老人における病気というのを考えるときに、一つは病気ではなくて単なるエージングであるということですね。それを病気と自分が考えて医者に行く。それは何にもならないわけで、治療の方法も何もないというのが行くと。だから、先ほどまでは負担の方を先に考えていますが、消費といいますか、減らす方を、病気にかからないようにするというのが大事だとよく言われるんですが、エージングと疾患ですね、イルニスというものを混同してやるから一人平均にかかる医療費が多くなっているんじゃないか。これはスウェーデンあるいはデンマークというようないわゆる高齢化の既に進んでいる国と比べまして、日本の一人の医療費がどれくらいに当たるかということですね。 それからもう一つは、一人の老人に要する医療関係者の労働時間がどれくらいになっているだろうかということですね。それから、一人の老人なら老人の疾患に対してどれくらいの長さがかかっているか。というのは、慢性病とかエージングですとほとんど治らないということもあるわけなんです。だから、全体の積算ですね、労働時間の積算。それから、一回にかかっている、一日なら一日にかかっている労働時間。それと、一人にかかる医療費というようなものはどうなっているかというようなこともかなり大事で、そちらの方を下げることが実は一つの問題じゃないかなというふうにも思うんですが、これは先生にお聞きすることじゃないかもしれないんですけれども、何か御存じのことがあったらひとつお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(丸尾直美君) ちょっとそちらの方の資料を本日持ってきませんでしたけれども、医療費は一人当たりどれくらいかというのは、国民所得に各国の医療費の比重を掛けて、それを人口で割れば出るわけです。日本は、国民医療費の比重は先進諸国の中ではまだ最も低い方の国。しかし、これは先ほど言いましたが高齢化の程度によって非常に影響されますから、低いといえば当然ではあるわけですけれども、国によっては、例えばアメリカのように、高齢化の程度は日本と同じくらいであるのに、国民所得に占める医療費は一〇%ぐらいに達していて、そして一人当たり所得も日本より高いから、恐らく医療費は世界一だろうという国があるわけですね。これは、老人と貧者以外は公的な社会保障による医療費ではないわけですね。民間医療でそうなっているわけですから、必ずしも社会保障費でやる方が高いことになるんじゃなくて、むしろ民間の方がかかっているわけですね。 しかし、他方スウェーデンも、あれはもう非常に国営医療的であるわけですけれども、やはり恐らく一人当たりの医療費を見ると、アメリカと同じぐらいになっているんじゃないかと思うんですね。ただ、スウェーデンは老齢化の程度が非常に高いわけですから、それからナーシングホームのような、先ほど言いました老人介護費が医療費の中に組み込まれていますから、そういうことを計算に入れますと、スウェーデンの方が、社会保障でやっている国の方がアメリカのような民間で非常に活用しているところよりは若干安いですね、それでも。イギリスのような国営医療はまた非常に安くやってますけれども、あそこはただ、無理して安くすると非常に長く待たされるとか、いろんな問題が出てくるわけです。 それから、疾患の長さというのは物によって非常に違いますから、私の方でちょっと数字は平均的なことでもわからないですけれども、御承知のように病院の滞在日数というのが非常に長い。特に老人の場合が恐ろしく長い。これが、おっしゃるような老化と病気とが分かれていないことになるからそうなるんだということで、中間施設論などが出てきているわけですね。 労働時間に関しましては、開業医に関してはまるで統計なんかは別にないわけですけれども、とにかく非常に働くということは間違いないですね、日本のお医者さんは。だから、一人当たりの生産性――生産性というのは一人当たり何人診るかということ、これはもう非常に高いということは間違いないと思いますね。これは私もよく知らないんです。むしろ医師会か何かがほかの国と比べて出しているのがあるかもしれないですけれども、ちょっと今適当な統計を思い浮かべられません。けれども、スウェーデンとかイギリスとか、ああいう国は予約制ですから非常に少ししか診ませんよ。日本は、とにかく並んでいれば、待っていれば診てしまいますから、大変なハードワークをやられていますよね、お医者さん。
○高木健太郎君 だから、有病率ということがよく厚生白書なんかにも見られるわけですね。その有病率の中に、どういうふうにあれとって有病率を決めるのかわかりませんが、ただ病院に来た人間の数を見てやっていると、そのときに同一人が来ているのか、違った人が来ているのかというようなことをうまく選択してああいう統計ができているのかですね。一人の人が非常に長くかかっていれば有病率が非常に高くなるんですね、それをばらばらにとれば。しかし、実際は一人の人が毎日行っているわけですね。三百六十五日病気だということで三百六十五人ということになるんですね。統計上は有病率が非常に高い。しかし、実際は一人の人が行っているというようなこともあるんじゃないか。そういう統計のとり方がはっきりしていないものだから、我々は有病率のつかまえようがないということもあるんじゃないかと思うんですね。 それから、今おっしゃったように、日本は医療費がだんだん上がっているというけれども、実際今の医者の生産性から考えて、医者の労働時間から考えて、実際どれくらいのインカムというか収入が医者にあるのか、労働時間と医師の収入ということも余りはっきり出てない。今お聞きしていると、日本の医者は働き過ぎていると、よく働いているということですけれども、普通表面上見ると医者が非常に収入が多いように見えるけれども、実際の労働時間から見るというと、一時間のいわゆる労働に対する収入というのはそう多いんじゃないと、アメリカなんかに比べれば半分なんかいかないんじゃないかと思うんですがね。
○参考人(丸尾直美君) おっしゃるように、有病率の統計は統計によって数字が全く違いますよね。それはどこの期限をとるか。一つは、一年間に病院に一回行けば有病だったというのもあり得ますし、ある時点でアンケートをやって有病かというのもあるでしょう。それから、一カ月の間に病気になったことがあるかという、そういう期間によって非常に違ってくるわけですね。ですから、その定義をよく見ていただけば比較できるわけですけれども、私もそっちの方、どこが一番権威なのかちょっと知らないんですけれども。 お医者さんの所得と労働時間の関係、アメリカはあのとおり、医者当たりで所得、医療費を計算して、そうしてまた労働時間を見れば、確かにおっしゃるように日本の倍ぐらいあるのかもしれないですね、時間当たりの収入は。それははっきり私も調べたことはないんですけれども、確かに所得が高いけれども、一方日本のお医者さんもよく働いていられるという、これは事実だと思いますね。そういうことは医師会なども調査して、これだけ一生懸命やっているんだということを出されれば、もう少し納得いくんじゃないかと思いますけれども。
○高木健太郎君 ありがとうございました。
○小委員長(糸久八重子君) 各委員の先生方、いかがでしょうか。よろしゅうございますか。――それでは、以上で丸尾参考人に対する質疑は終わりました。 丸尾参考人には、大変お忙しい中を本小委員会に御出席いただきまして本当にありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見等につきましては、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。小委員会を代表いたしまして心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手) なお、本日参考人の方から御提出いただきました参考資料等につきましては、その取り扱いを小委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○小委員長(糸久八重子君) 御異議ないものと認め、さよう取り計らいます。 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後三時三十九分散会