法務委員会 第6号
- 発言数
- 115 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1985/04/03
会議録
○委員長(大川清幸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 本日、藤田栄君が委員を辞任され、その補欠として竹山裕君が選任されました。 ─────────────
○委員長(大川清幸君) 昭和六十年度総予算中、裁判所所管を議題といたします。 勝見最高裁判所事務総長から説明を求めます。勝見最高裁判所事務総長。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 昭和六十年度裁判所所管予定経費要求額について御説明申し上げます。 昭和六十年度裁判所所管予定経費要求額の総額は二千百八十三億九千二百二十八万三千円でありまして、これを前年度予算額二千九十五億四千四百五十二万二千円に比較いたしますと、差し引き八十八億四千七百七十六万一千円の増加となっております。 これは人件費において八十六億五千七百三十八万一千円、裁判費において四億一千五百七十二万七千円、司法行政事務を行うために必要な庁費等において一億九千十万五千円が増加し、施設費において四億一千五百四十五万二千円が減少した結果であります。 次に、昭和六十年度予定経費要求額のうち、主な事項について御説明申し上げます。 まず、人的機構の充実、すなわち増員であります。民事執行法に基づく執行事件、破産事件、少年一般保護事件等の適正迅速な処理を図るため、判事九人、裁判所書記官十人、家庭裁判所調査官三人、裁判所事務官二十七人、合計四十九人の増員をすることとしております。 他万、定員削減計画に基づく昭和六十年度削減分として裁判所事務官三十九人及び定年退職者の不補充に関連する削減分として技能労務職員三人合計四十二人が減員されることになりますので、差し引き七人の定員増となるわけであります。 次は、司法の体制の強化に必要な経費であります。 裁判運営の効率化及び近代化のため、庁用図書等裁判資料の整備に要する経費として四億六千四百三十三万五千円、複写機、計算機等裁判事務能率化器具の整備に要する経費として三億七千二十八万三千円、調停委員に支給する手当として五十二億八千四百五十六万六千円、裁判費の充実を図るため、国選弁護人報酬に要する経費として二十五億二千三百六十二万二千円、証人、司法委員、参与員等旅費として六億八百十万六千円を計上しております。また、裁判所施設の整備を図るため、裁判所庁舎の新営、増築等に必要な経費として七十七億七千百二十五万九千円を計上しております。 以上が昭和六十年度裁判所所管予定経費要求額の大要であります。よろしく御審議のほどをお願いします。
○委員長(大川清幸君) これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○寺田熊雄君 今事務総長からこの予算の説明を承ったわけでありますが、私ども戦前の裁判官をいたした者としましては、当時は最高裁判所事務総局なんというものはありませんで、全部司法省が取り扱っておったわけであります。私どもの友人で大蔵その他の行政官庁に行った者がかなりおりますので、そういう連中といつも会うて話をしてみますと、何とまあ司法省の予算というのは他省庁と比べると貧弱なことよと慨嘆久しゅうすることが多かったわけでありますが、最高裁ができまして事務総局が裁判官その他の事務を取り扱うことになりまして、外部から見ておりますと、やや戦前とは違っていろいろな面で予算面の充実、備品あるいは宿舎の整備等で戦前と比べると大分改善の跡が見えるというふうな印象を受けておるわけでありますが、これは事務総長にお伺いしますが、やはり大蔵当局は、よく裁判所の独自性といいますか、そういうものを認識して、予算要求等に関しては十分な理解を示しておるように見受けるかどうか。その点あなた方の手ごたえというか、感触というか、そういうものをお伺いしたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(川嵜義徳君) 寺田委員先刻御承知のとおり、裁判所は憲法上独立の機関、財政法上も特別の機関として扱われておりまして、いわゆる二重予算権というものが与えられております。この制度を背景にいたしまして私ども大蔵財政当局と折衝に当たっておるわけであります。財政当局の方においてもこの制度を十分念頭に置いて対応してもらっているものと確信をいたしております。現に私ども毎年予算の折衝をいたしておるわけであります。そのことを肌で感じ取っております。
○寺田熊雄君 確かに、例えば国選弁護人の報酬等に関しては私ども日弁連から陳情を受けたりしまして、経理局長に頑張ってくれということを頼む一方、私自身も大蔵省の主計局長とか大蔵次官とかいうものに、これは特に配慮してもらいたいというようなことを電話で頼んだりすることもないではないのであります。あなた方の奮闘の成果といいましょうか、比較的国選弁護人の報酬のアップというのがまあまあの成績をおさめている。理想的ではないでしょうが、まあまあで我慢できるという程度の成果をおさめているようでありますが、ことしの国選弁護人の報酬それからその他別段そう難航することなく認められたわけですか、どの程度のあれでしたか。
○最高裁判所長官代理者(川嵜義徳君) 国選弁護人の報酬につきましては、これは地方裁判所三開廷というのを基準に申し上げますが、四万八千二百円であったものを五万三百円、率にして四・四%引き上げるということが認められました。一般の公務員のベースアップ給与改善率が三・四%でありますから、これにほぼ一%の上積みをしたということに相なります。
○寺田熊雄君 経理局長がそこまで詳しくおっしゃったので、ついでに調停委員の報酬等はどうですか。
○最高裁判所長官代理者(川嵜義徳君) 調停委員につきましては一日の手当額が一万一千八百円でありましたものを一万二千二百円、これは公務員の給与改善率相当でありますが、率にして三・四%に引き上げることになりました。
○寺田熊雄君 次に、最高裁の裁判官の人事について若干お伺いしますが、ことしの十一月に今の長官が定年を迎えられるということでありますが、この年内に寺田長官以外に裁判官で退任なさる方がおられるでしょうか。おられたらその人名をちょっと教えていただきたい。
○最高裁判所長官代理者(櫻井文夫君) ことしの五月二十二日限り監野最高裁判所判事が定年になります。その後十一月三日限り寺田最高裁長官が定年になることになっております。
○寺田熊雄君 裁判官の人事は内閣の所管ではありますけれども、司法の公正、国民からの信頼の確保等の見地から、できるだけ最高裁の意向を重視して決定してもらいたいということを今までしばしば官房長官などに要求し、大体そういう趣旨に沿っての人選をいたしますという答弁を得ておるわけであります。できるだけそういうふうに最高裁におかれてもやっぱり努力していただきたいと私は考えております。今までの歴代の長官の中でいずれも、例えば村上長官など、私どもの要求が受け入れられなかったことはなかったというようなことを私に語ったことがあるわけでありますが、できるだけそういうふうにあってほしいと思うのであります。これはまあ勝見事務総長から寺田長官にお伝え願えれば結構で、答弁は要りませんから伝えてください。 それから、これは法務省の刑事局長においでをいただいておるわけですが、最高裁の刑事局長もおられるわけでありますが、何か刑事局では非常に最近評判になっておる安楽死であるとか尊厳死であるとかいうことについては十分研究していらっしゃるということで、安楽死について違法性が阻却される場合はどういう場合か、一応刑事局長から御説明をいただきたいと思います。
○政府委員(筧榮一君) いわゆる安楽死につきましては過去これまで若干の判例がございますし、また学説においては賛否両論、いろいろな論議が交わされていることは寺田委員御承知のとおりでございます。 私どもとしても明確な結論を持っているわけではございませんで、今鋭意検討を進めているという段階でございますが、御参考までに従来安楽死についての主な出来事を一、二申し上げたいと思いますが、御承知の昭和三十七年に名古屋高裁の判決がございまして、この判決は六つの条件を挙げまして、この六つの条件が満たされれば安楽死を認めるべきであるというような趣旨の判断をいたしております。その当該具体的事件においてはその条件が満たされないということで結局嘱託殺人で有罪としたわけでございますが、この六つの条件というのがいわば今までで一番具体的に提案といいますか、具体的になされた考え方であろうかと思います。六つの条件一つ一つ申し上げるのは省略いたしますが、その後の幾つかの判例を見ましても、その六つの条件をもとに、それでは足りないとか、あるいはそのうちこれが重要であるとかというような意見が出されている判例もあるわけでございます。それぞれその六つを中心としたような一応の基準といいますか、そういう前提で具体的事件を判断して、安楽死について判断をしておる。その結果として、安楽死ということで違法性を阻却するという判断に立って無罪とした判例はまだ私ども承知いたしておりません。 これに対しまして学者の学説ではむしろ安楽死を認めるべきであるというような方向の論議が多いように私ども感じておるわけでございますが、いずれにしましても安楽死あるいは尊厳死というものは人間の生あるいは死に関する極めて厳粛な問題でございまして、法律判断もさることながら、国民の倫理観、あるいは宗教観、生命観というようなものが基調にあるわけでございます。また、その基調にはやはり医学的な考えあるいは技術の水準というようなものが基調になるわけでございまして、それらの点を十分検討しなければならない。そういう点で各般のいろいろな御論議あるいは学説、判例の動向等を検討いたして安楽死あるいは尊厳死についての考え方を今研究しているという段階でございます。
○寺田熊雄君 そうすると、私もこの名古屋高裁の判決は今手元に持っておるわけですが、これ以外にまだほかに判例があるわけですか。どのくらいありますか。
○政府委員(筧榮一君) これも下級審の判例が主でございまして、それも全部私ども承知しておるかどうかわかりませんが、尊厳死、安楽死等が問題となった事例としては現在七件報告を受けております。いずれも病苦に苦しんでおる者から嘱託を受けて同人を殺害した、あるいは不治の病に苦しむ親族の姿を見かねて殺害したというような例でございまして、この七件のうち六件については殺人あるいは嘱託殺人で公判請求をし、いずれも執行猶予つきではございますが有罪となっており、一件は起訴猶予ということになっております。
○寺田熊雄君 それは俗に言う安楽死なんでしょうね。尊厳死についての判例というのはあるんですか。
○政府委員(筧榮一君) 今申し上げたのはいずれもいわゆる安楽死に関するもので、尊厳死についての具体的裁判例はまだ承知いたしておりません。
○寺田熊雄君 簡単に言いますと、安楽死の方は苦痛に耐えられない場合にそれを取り除いてやるということが中心になるのだろうと私は考えておるんですが、それから尊厳死の場合は、もう死にたいという場合が大部分でしょうが、しかし、よく新聞をにぎわしますアメリカのカレンさん、これは植物状態の患者だというのでありますが、これをもう死なしてやりたいという両親の希望があるというような問題もまたあるわけでありますが、尊厳死というのは、もう死にたいという場合に、これに協力した場合はやはり嘱託殺人罪になるわけですか。それで、これは判例はないということですが、検察庁などはやはりこれは違法性を帯びるというふうな認識でいらっしゃるわけです か。
○政府委員(筧榮一君) 尊厳死についての定義もなかなか難しいかと思いますが、本人の生前の意思がある場合は、意思に基づく場合が多いかと思いますが、いずれにしましても死への末期症状に至っておる、あるいは植物人間になっておって生命維持装置等による延命をする以外にはもう方法がないという場合、そういう生命維持装置、人工装置を施さないか、あるいはこれを施しているのを取り外すかというような方法で、いわゆる人間らしい尊厳に満ちた自然な死を迎えさせるということであると理解いたしております。そういう意味でいわゆる安楽死とは若干その内容といいますかが違うのではないか。いわば安楽死と違いますのは、そういう状況に立ち至った人間に対する終末医療といいますか、終末医療がどこまで許されるかというか必要であるか、あるいは社会通念上、終末医療というのはどこまでやればそれ以上やらなくても許容されるかというような問題を安楽死とは違う意味で含んで、それがまた違法性の判断に影響するものであろうかと思います。 先ほど申し上げましたように、尊厳死についてはこれまで具体的な事例もございません。私どもこれは違法であるとか違法でないとか、やはり具体的ないろいろな条件の積み重ねをもとに判断をすべきものと、先ごろから問題になっております脳死というようなもの等も絡むわけでございますが、やはり人間の死というもの、それをどういうふうに考えるかという極めて深刻な重大な問題であるということで、慎重な検討を続けたいというふうに考えております。
○寺田熊雄君 判例もないというので、これははっきりした答弁をお願いするというのは無理かもしれませんが、何か浜松市に聖隷三方原ホスピス病院というのがあるとかいうんですね。これは末期がんの患者に対してモルヒネを四時間ごとに投与する。そうすると苦しまずにすうっと死を迎える。我々もいつも、まあいつもでもないけれども、時々はやっぱり自分が死に瀕する場合のことを考えないわけじゃないんで、できれば安楽に死にたい、尊厳でなくてもいいですけれども、安楽に死にたいというふうに考えるわけであります。そうすると、例えばがんになった場合にはモルヒネを四時間ごとに投与してくれれば痛みもないし、すうっと死んでしまう。これはいいじゃないかというふうな考えもできるわけであります。これをドクターがそういう処置をとった場合は業務上正当な行為となりますか。なると思われますか。これは刑法三十五条、これはどうでしょうか。
○政府委員(筧榮一君) 極めて難しい問題で、もちろん具体的にその症状でありますとか、医者の判断がその当時といいますか現在における医学の技術水準上妥当なものであるかとか、あるいはその患者の方の希望が真摯なものであるかとか、いろいろな条件が重なり合っての判断になろうかと思いますが、そういうものが重なって、まじめなもので技術水準上も最高といいますか、水準以上のものであるということになりましても、やはり本人の希望があればそこでその死を迎えさせていいのかどうか、その辺がやはり国民の倫理観、生命観、いろいろな御意見が国民の間にもあろうかと思います。私自身それに対して明確な結論を持っておるわけではございませんで、やはりさらにそういう点も検討を加え、国民的な合意というものがある程度できた上で、具体的事例に即して判断されるべきものというしかお答えのしようがないわけでございます。
○寺田熊雄君 これは今最高裁の刑事局長もいらっしゃるわけだけれども、刑事局長も裁判官でいらっしゃるし、この方面の御造詣が深いと承っておるから、あなたの御所感をちょっと承りたいのですが。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 申すまでもないことでございますが、こういうケースが起きましたときには個々具体的なその受訴裁判所が御判断なさることでございますので、私ども事務当局の立場としては意見を述べることは差し控えさせていただきたいと思います。
○寺田熊雄君 判例がないというんだから、しょうがないかもしれませんね。 それじゃ、その次に田中裁判のことをちょっと承りたいと思いますが、たしか今までに橋本委員に、田中裁判は今控訴審でありますが控訴趣意書の提出期間の延長の申請はまだ出ていないというような刑事局長の御答弁がありましたね。これは五月三十一日が期限であるようでありますが、いつからいつまでという、この弁護人の控訴趣意書の提出期間は大体どのぐらい裁判所が認めたのでしょうか。
○政府委員(筧榮一君) いつからいつまでということではございませんと思いますが、丸紅ルートにつきましては大久保、伊藤、桧山三被告、丸紅会社関係では御承知のように二月二十七日が提出期限でございますし、それから田中、榎本両被告につきましては五月三十一日が提出期限とされております。その提出期限が指定されたのが昨年の秋ぐらいであったと思いますが、今その日時ちょっと正確に把握しておりませんが、相当な幅があったことは確かだと思っております。
○寺田熊雄君 これは最高裁の方はわかりますか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 私も今詳細な記録を何も持っておりませんので、ちょっと正確ではないかと思いますが、たしか打ち合わせを行ったのが去年の今ごろかあるいはちょっと後ぐらいではなかったか、たしか一年ぐらい期間を置いたのではなかったかというふうに思っておりますが、ちょっと正確なことはわかりかねます。
○寺田熊雄君 控訴趣意書の提出に一年間の期間を認めるといたしますと、検察官の方は答弁書を出さなければいけませんね。この答弁書は大体検察当局としてはどのぐらいの期間を予定していらっしゃるんでしょうか。
○政府委員(筧榮一君) 裁判所の方がお決めになって御通知をいただくわけでございますので、予定ということはございませんが、期限の通知があれば十分それに間に合わせるように準備をしておるところでございますし、今最高裁の方から控訴趣意書一年ということでございましたが、通常の場合はそれより相当短い期間が、答弁書のことでございますから何カ月かという程度の、程度といいますか、期間が指定されているのが通常であろうかと思います。それに間に合うようにというか、その期限内に提出するように努力をするはずでございます。
○寺田熊雄君 大体論点は、嘱託尋問調書の違法性であるとか、反対尋問の機会が与えられなかったとか、職務権限であるとか、大体田中裁判に関しては論点は言い尽くされておるんですね。大体今最高裁の刑事局長がおっしゃった控訴趣意書の提出期間が一年といたしますと、この答弁書の期間は裁判所がお決めになるんでしょうね。その場合に大体どのぐらいの期間を置くのが通常なんでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 本件の場合も、これは両当事者お集まりいただいていろいろ協議した中で大体御希望などを伺って決めたというように聞いておりますが、一般的といいましても、これは事案によりましていろいろ違うことだと思いますし、私どもちょっとただいまのところどれぐらいが平均かということまでは正確には申しかねるところでございます。
○寺田熊雄君 検察当局としては、もう新たな証拠書類の請求というのは考えていらっしゃらぬのでしょうね。
○政府委員(筧榮一君) 何分これから公判が始まる段階でございますし、まだどういうことになりますかわかりませんので、現段階でどういう立証の予定であるか、新たな証拠書類を請求するかどうかということについてはちょっとお答えを差し控えさしていただきたいと思います。
○寺田熊雄君 田中側としても、当然法律問題だけに限定するとか、あるいは一審の記録で見るだけに終わるというようなことは到底期待しがたいので、やはり新たな証拠調べの請求をするということは大体考えられるところだと思うんですけれ ども、それについての検察官の対応などというようなものも、それが出てみないと今のところはそれじゃわからぬわけですか。
○政府委員(筧榮一君) 訴訟はこれから動いていくわけでございますので、その推移に応じて弁護側からの立証に十分対応して適切に公訴維持の活動を続けていくということになろうかと思います。
○寺田熊雄君 これは具体的な裁判ですから、だから余り最高裁がこれに干渉する余地というものはないんでしょうけれども、ただ、こういう国民的な注視の的になっている裁判ですからして、国民としてはできるだけ迅速な解決というものを希望しておるわけでありますが、これは最高裁としてもそういう点は何らか配慮して適切な指導をするというような余地があるんですか。全くそれはもう担当の裁判官に任して、一切裁判の迅速性の問題に関しても全く干渉はしないということでしょうか。その点いかがですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 各裁判所とも適正かつ迅速に処理するということは皆さん職責として心得ているところでございまして、私ども特定の事件につきましてこれはこうしろというようなことは特に申し上げるつもりもございませんし、そういうことはいたさないつもりでございます。
○寺田熊雄君 そうすると、あなた方としてもいつごろ結審になるかというような見通しは全く立たないわけですね。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) まさに具体的な裁判でございますので、それがどういう進展をするかというようなことはやっておられる裁判所でなければわからないことでございますので、私どもも全くわからない、こういうことでございます。
○寺田熊雄君 それから、昨年八月に私どもとしましては全く予想もしないような事件が裁判所を舞台に起きたわけであります。それは長崎地裁大村支部、ここで赤西という支部長判事が長崎市に本拠を持つ右翼政治結社の幹部らに拉致されて、三時間半にわたって監禁された、そして負傷したという事件であります。それで裁判官の報告によりますと、これは新聞報道ですから私どもそれを頼りに判断をしておるわけですが、終始銃口を向けられたという、全く戦前などには予想もされなかったような事件が今起きておるわけであります。 まず、この問題について犯人に対する裁判は今どの程度進行中なのか、これはおわかりですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) この被告人につきましては九月八日に長崎地方裁判所に起訴されておりまして、ただいま審理中だというふうにだけ承知しております。
○寺田熊雄君 これは法務省の刑事局長にお聞きするんだけれども、被告人は二人ですか。どういう罪名で起訴になったんですか。
○政府委員(筧榮一君) 突然のお尋ねで資料を用意しておりませんので、ちょっと正確なことはわかりません。
○寺田熊雄君 じゃ、最高裁。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 二名起訴されておりまして、一つは逮捕監禁、それから銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反、それから暴力行為等処罰ニ関スル法律違反という、こういう罪名でございます。
○寺田熊雄君 こういうことがあったとしても裁判官が右翼を怖がるようなことはない、私どもは当然そう信じておるわけであります。そういうようなことになっては困る。 裁判所の周りなどを時々騒音をまき散らしながら右翼団体が車を走らせるという現象があって、みんなもう迷惑をしておるわけであります。私の居住地である岡山で右翼の暴力行為というのがかなり頻繁に起きておるわけであります。ところが、その裁判の結果を調べてみると、非常に軽く処理されておるわけです。こういうしょっちゅう暴力行為をやっておる連中が捕まるというのは、たまたまちょうどすりが現行犯で逮捕されるのがたくさんの窃盗行為の中のほんの一部分であると同様に、彼らがしょっちゅう暴力的な行為をしておる、大衆を威迫しておる、そういうことはもう顕著な事実。顕著な事実なんだから、たまたまそういうものが刑事事件になった場合に、もうちょっと厳しく対応してもいいんじゃないかと私どもは考えるし、これは私だけの考え方だけじゃなくて、一般国民が皆そういうふうな印象を受けておるのであります。ところが、すぐ執行猶予にしてしまうという現象がほとんどである。実刑を食ったのは岡山の場合は一つもない。中には二年間の執行猶予期間というのもある。 それから、御承知のように、日教組大会がありましたときに大暴れに暴れて、警官が厳重な警備をしておる、それをかいくぐって旅館の百万円もするようなガラスドアを壊してしまう。弁償もしないのに執行猶予になってしまう。もうちょっとこういう右翼団体などに対して裁判官が厳しい態度をとってもらいたいと考えておるのでありますが、これは具体的な裁判に対して干渉をすべきでないというようなことは私どもよくわかっておるんだけれども、ただやはり刑事裁判の適正ということに関しては絶えずあなた方が裁判官の研修その他を通じて研さんの機会を持ってもらいたい。そうでないと、一般国民の法感情から非常に遊離した判決が行われるという現象を否定できないわけですね。これひとつ考えてもらいたい。どうでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) この量刑につきましては当事者にとりましてはこれは非常に重要な関心事でございますとともに、またこの量刑といいますのは余りに全国アンバランスであってもいけないというようなことでございまして、それぞれの裁判所におきましてもいろいろ裁判官の間で協議をされる、あるいは私ども協議会、会同等の機会におきましてもいろいろな場合にいろいろな量刑を調査いたしまして、それを資料としてお配りするというようなこともやっているところでございますが、ただいま仰せのようなことも今後また検討していきたいというふうに考えております。
○寺田熊雄君 それから、当然のことですが、右翼を恐れたり遠慮したりというようなことはかりそめにもあってはいけないわけですから、これは何らかの会同のようなときにも事務総長から十分そういう点の注意を喚起していただきたいと思うんです。 私が今まで長い弁護人の経験から、例えば実際はそうでないんだけれども、強大な暴力を持っておると考えられている、一般にはそう恐れられている団体がある。それが経営する例えば興行的な事業がある。そこに労働組合ができる。間髪も入れず労働組合の全員解雇したというような事件がある。私すぐ解雇の効力停止の仮処分を申請して十六日目に全員解雇の効力を停止する決定をとった事例があるんですが、その使用者を審尋する場合、裁判官がどうしても何かちょこっとやっぱり遠慮しているような、恐れていると言っては大変事実に違ってきて失礼になるかもしれませんが、そういう雰囲気を肌で感じたわけです。まあ今の十六日目に全員解雇の効力を停止する仮処分を決定していただいたんだから、結果的には法の支配というものは守られたことになって、これは大いに慶賀すべきことですが、そういう審尋の場なんかの雰囲気というようなものがもっとやっぱり毅然として、暴力を持っておると思われる人間に対しても厳しく対応するというようなことがあってもいい。もう私自身がたまりかねて、私がどんどんと質問をして終えたわけでありますけれども、かりそめにも右翼であるとかそういうものに対して遠慮したり恐れたりという気持ちがあってはいけないわけなんで、その点はひとつやはり最高裁においてもそういうことがないように御注意を願いたいと思うんですが。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 裁判の使命はあくまでも中立公正でなくてはならないと思うんです。ただいま御指摘のような暴力的グループに関する問題につきましては、むしろそれの範 囲外の問題であろうかと思いますが、私ども裁判所に身を奉ずる者といたしましてはあくまでもその種の威武に屈してはならないというふうに考えております。御承知のとおり、毎年の長官からの訓辞あるいはあいさつ等に必ずその問題について触れていただいているわけでありますが、私どもといたしましてもあくまでもあるべき司法を目指して、今御指摘のような威武に屈するようなことがあってはならないということを身にしみて感じているものであります。と同時に、私どもといたしましてもそのように一線の裁判官方の意識といいますか、高揚に努めたいというふうに考えております。
○寺田熊雄君 もう時間も余りないんですが、法廷におけるメモの問題ですね。これは前たしか昨年の四月でありましたか、この委員会で山田譲議員から質問がありました。なかなか後で会議録を読んでみますと非常におもしろいのであります。 たまたまそのときに山田議員が紹介しましたアメリカのシアトルの弁護士、アメリカ人は行ってみるとシアロー、シアローと言いますが、我々はシアトルと言う。このシアトルの弁護士のローレンス・レペタさん、これが法廷でメモをとっておった。東京地裁で誠備事件の加藤被告の公判傍聴をずっとやってきて、事実関係の正確を期するために傍聴席でメモを始めたところを廷吏にとめられた、裁判長に許可申請をしたがいずれも不許可になったということがあるようであります。このレペタさんの方では、裁判の公開というのは当然傍聴者に知る権利を保障しているんだ、知る権利であるから、その過程でメモをとったってそれは当然の行為じゃないかということのようであります。 このときの山田譲議員に対する最高裁の御答弁を簡単に紹介をいたしますと、メモをとるということで証人に心理的な影響を与える、自由な証言ができなくなるおそれがある、特に敵対関係にある傍聴人がメモをとるような場合は法廷外で証人がいろいろ批判を受ける、そういうまた目的で使われるおそれもあるというようなことを一つ言いいますね。これは裁判官の主体的な面でなく客観的な面なんでしょう。それから、メモをとると法廷内が非常にざわざわする、裁判官がそれによって気が散る、法廷内の平穏が害されるというようなことが一般に言われているようでございますと、そういう答弁をこれは刑事局長がしておられますね。だけれども、まあ少しこれを率直に受けとめますと、山田議員が懸命にそれを反駁しておられる方がむしろ道理にかなっておるんじゃないだろうかというような印象を受けるわけであります。 つまりメモをとるとらないにかかわらず、反対側の当事者が証人の証言をうそだと思えばそれをしっかりと頭に入れておくでしょうし、抗議するならばメモをとったから抗議をする、とらなければ抗議しないというようなこともちょっと考えにくいわけですね。それからまた、たまたま新聞社が新聞報道をするとしますと、その新聞報道をもとに抗議するなら抗議もするでしょうし、メモをとったから証人が心理的な圧迫を受けるということは少し牽強付会な印象を受けざるを得ない。それからもう一つは、裁判官が何か法廷がざわざわするというけれども、静かにメモをとればそれでいいんで、ざわざわしたら静粛にするように注意すればいいので、メモをとることがもう即法廷がざわざわして法廷の秩序を乱すというのは、ちょっと慎重な裁判官にしては、らしからぬ判断と言わざるを得ないわけですね。ちょっと牽強付会な感じがする。 だから、メモをとるのがいけないというならば、我々がやはりああそうか、もっともだというような合理的な理由を示していただかないと、ちょっと無理じゃないでしょうか。ざわざわするから裁判官が裁判しにくくなるというのは、どうも余りにも神経質な裁判官と言わざるを得ない。また証人の先ほどの事例についても、ちょっとどうも納得しがたいものがある。またこれは法廷警察権の一作用であるというのが刑事局長の御答弁であったわけですね。それはそうなのかもしれない。そうすると、何で裁判官の具体的な決定あるいは指示によらずして裁判所の構内に傍聴人心得なんというものが張ってあるのか。一体あれは何人の決定したものなのかという疑いも受けざるを得ない。これはもし禁止なさるならばもうちょっとやはり我々が納得できるような合理的な理由を示していただきたい。そうでなければやはりメモは許可すべきであると思うんですが、いかがでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) この前のこの委員会で私がお答えしたことでございますが、これはそのときもお断りいたしましたが、これは私の個人的な意見ということではなくて一般にそのように考えられているということを申し上げたことでございます。 その際も申し上げましたけれども、これは法廷警察権の行使ということで個々具体的なその裁判体の決することだというふうに考えられているわけでございまして、ただいまその裁判所の傍聴人心得などにもそういう記載があるじゃないかというお話がございましたが、実はこれも私どもが何も指導しているとか何とかいうことではございませんで、これも全国的に見ますと、傍聴人心得で一般的に禁止している庁もあるようでございますし、また傍聴人心得からそれを外しているところもあるようでございます。例えば傍聴券の裏に傍聴人の心得を記載してございますけれども、それもその各庁によっていろいろでございます。 今おっしゃいましたこれは法廷警察権の行使なのに裁判所で傍聴人心得に書くのはおかしいというお話もございましたが、これは実は各裁判体がなるべくそういうことを足並みそろえてやった方がいいじゃないかというようなことで裁判官がお集まりになりまして、そしてそういう申し合わせというようなこと、我々もこういう方向でやろうじゃないかという各裁判体の合意のもとにそういうことをしているということでございます。そういう傍聴人心得がある庁におきましても裁判官によって、いや自分の法廷では許すのだという場合にはもちろんそれにとらわれないで、その旨担当の警備員なり廷吏なりに指示して、うちの法廷ではこれは解除しているのだという運用をなさっているということであるようでございます。 その弊害というようなことが言われるがという、それは余り弊害としては意味がないのじゃないかということでございますが、あるいはメモをとっていかなくても同じと言えば同じかもしれませんが、これは我が国だけで言っていることではなくて、何か外国なんかでもやはりそういうことで裁判官は配慮をしているんだというようなことも聞いておりますので、やはりこういうふうに言ったと、細かいところまで書いていって、こう言ったじゃないかと、突きつけて威迫するというような場合と、ただ不利なことを言ったのじゃないかというようなことと、何か受け取る方も違うというようなことはあるのではないかと思われます。 それから、ざわざわするというようなことで神経質ではないかと仰せになられたわけですが、例えば証人尋問をするような場合に裁判官としてはその証人の言っていることが正しいのかどうかというところに全神経を向けて、一挙手一投足も見逃さないで見ておるわけでございますが、そういうときに、法廷の方でがさがさやって、それの方に注意を奪われるというようなことはできるだけ避けてもらいたい、裁判官はその審理に打ち込めるような体制を何とかつくってほしいと、そういうようなこともあるわけでございます。 それじゃ弊害がある場合にだけ禁止するというような運用もあるじゃないか、一般的には許してもいいんじゃないか、こういうこともあろうかと思いますが、一般的に言われておりますことは、傍聴人に果たして一般的にメモをとってまで詳しく傍聴しなければならない場合の必要性というのはそれほどあるんだろうかどうだろうか。実は弊害があると思われるときに禁止するという措置が実際の運用としてできるかどうかということなん でございます。この事件でどうも弊害が起きそうだというときに、きょうは禁止しますよというようなことになりますと、我々傍聴人について何か裁判所がへんぱな感じを持っているのじゃないかというような疑惑を持たせたり、あるいは何かそれがもとで紛争が起こるというようなことがたびたびあるようでございます。そういうことでございますと、この間も御説明いたしましたけれども、これは憲法上の権利でも何でもないので、全く裁判所の裁量に係らしめていることである、そうだとすれば、一般的には禁止しておいて、そういう必要だ、またそれが弊害がないと認められるときに解除していけば、実際の運用としては相当ではないかというような考え方から、多くの庁では一般的な禁止というような取り扱いをしているように承知しておるのでございます。
○寺田熊雄君 余り説得力のある御説明とは思えないけれども、またひょっと我々は何かああいいことを言うと思ってメモしたいと思うことがあるので、それをしも一切いけないというのは、どうも少し神経質に過ぎる。余り形の上の裁判の権威というか、そういうものに執着し過ぎるといううらみがあると思うのでありますが、これはひとつ皆さんでもよく検討してください。それで、きょうはこの程度にとどめておきますから、検討なさることを要望して、きょうはこれで終わります。
○海江田鶴造君 私からは最高裁、また場合によっては法務省側にちょっと御質問したいのですが、ロッキード裁判に関連しまして、元最高裁におられた方々の中で、これはもちろん新聞その他から求められて言われたのでしょうが、いろいろ御発言がありまして、それが新聞に報ぜられて、またいろいろ問題を呼んでおるということがございます。 そのお一人の方のお話並びに講演を中心にして実は二、三お聞きしたいのでございますけれども、田中裁判に関しましては一審有罪の後で、確かに一部の中で一審が有罪でも二審、三審でどうなるかわからぬとかいう議論があったのは事実でございますし、それに対しまして、元最高裁のお方が言っておられるのは、やはり一審の重みというものをよく知らなくてはならぬ、めったに二審、三審はそう覆るものじゃないんだと。まあこれは新聞報道あるいは雑誌でございますから、必ずしも正碓かどうかわかりませんが、そういうふうなお話が伝わっております。 その方のお話の中で、旧刑事訴訟法時代は覆審といって、これは控訴審においては事件の審理のやり直しをする建前になっておったのだが、新刑事訴訟法になってからはその主義を一変して、一審判決が基礎になっておる、この一審判決に対して法令上あるいはいろいろな証拠認定上間違ったところ、あるいは憲法違反その他の問題がある場合に、その点の主張があれば二審でこれをレビューするというだけのものが控訴審である、これを事後審といって一審判決に対してその後をどうフォローしていくかという考えに立っておる、こういうふうなお話でございます。新刑事訴訟法で一審判決があったならば二審以上は事後審である、事後審というのは事実審理ではなくて事後審だから形式審査あるいは法令審査ということであるというようなお考えのようでございます。 これに対していろいろな意見がありまして、いや、二審以降の控訴審においても事実審理をやってもいいんだというようなお考えもありましょうし、また現に私も調べてみますと、最高裁の判決ですら、たしか二俣事件とか松川事件とか八海事件とかでは重大な事実誤認があるということで最高裁が判断をしております。そういう点で一審の重みというのはよくわかりますが、一審に非常に重みがあって二審、三審は事後審であって余り細かい事実認定はしないんだというような考え方があるのかどうか。この辺について、これは一種の司法行政だと実は私は判断しますので、最高裁のお考えをお伺いしたい、このように考えます。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 法の解釈の問題かとも思いますが、法の解釈でございますと私ども事務当局として述べる立場にないわけでございますが、一般的に言われているところを申し上げますと、現行の刑事訴訟法は御指摘のとおり一審、二審、三審と三審制度をとっているわけでございます。そのうち控訴審は、建前といたしましては第一審の事実上及び法律上の問題点の当否を事後審査するということを目的といたしまして、主として第一審当時の資料に基づきまして第一審判決の当否を判断する事後審である、上告審は主として原判決の憲法違反あるいは判例違反の有無を審査する法律審である、こういうふうに言われているようでございます。また、現行法は第一審判決に対する控訴理由を制限しておりまして、控訴審において取り調べ得る証拠も原則として第一審にあらわれているものに限っているというようなことがございます。また控訴審の審理は書面審理を原則としているわけでございますが、その事実の取り調べというのは法の建前では例外的な場合に属すること、こういうふうになっているようでございます。
○海江田鶴造君 最高裁の判決の中にも、最高裁の中で事実審査をやっておられる、あるいは一審で出されなかった証拠が後で出された場合にこれも参考にして判断をしておられるケースがあると思うんですが、その点はいかがですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 控訴審で取り調べ得る証拠でございますが、建前といたしましてはこれは三百九十三条なんかにございますが、第一審において当事者がやむを得ない事由によって取り調べを請求できなかったような証拠というような記載がございますが、これは最高裁判所の判例等によりまして控訴審裁判所みずからが必要と認めるものはそれは裁判所の裁量で調べてもよろしいのだ、こういうふうになっているようでございます。
○海江田鶴造君 もう一つその元最高裁の方のおっしゃっておりますのは、新刑事訴訟ができて間もなく判例が出て、一審での有罪判決が出た場合には無罪の推定というものは覆るのだ、これはやや有罪の確定判決に近づくのだと、これは確かに保釈の問題とかいろいろあると思いますが、そういうことを言っておられますが、これは確かにその面もあると思いますが、一審での有罪判決が出た場合には一応無罪の推定はなくなるのだと、これはそのように解釈していいんですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 私もこれ非常に難しい問題で私自身よくわかりませんが、確かに御指摘のような最高裁判所、これは暴論かと思いますが、無罪の推定がなくなるのだというようなことを判示したくだりがある判決があることは事実でございます。この無罪の推定というものはどう考えるかということにつきましてはいろいろそのとらえ方があるようでございまして、一概にその無罪の推定とは何かというようなこと、これは必ずしも論者によって同じではないように思われますので、一概にその無罪の推定があるのかとか覆るのか、なくなるのかというようなことはちょっとお答えいたしかねるように思うのでございます。
○海江田鶴造君 これはどうもあるいは刑事局長にお聞きするのはぐあいが悪いかもしれませんが、最高裁の長官等をなさった方が退官されてから御在任中のことに関して、これはどうしてもマスコミが追っかけてきて言わざるを得ないんでしょうけれども、ある程度のことを言われる。そういうことによって若干の影響が私はあると思うんですが、退官されてから御在任中のことに関して新聞の求めに応じて、マスコミの求めに応じていろいろ発言されることは余り好ましくないと思われますか。それともこれは仕方がないと思われますか。いかがでしょう。
○最高裁判所長官代理者(櫻井文夫君) 既に裁判所を離れられた方の御発言について私どもからその当否等について申し上げるのはいかがかと思いますが、ただ、今お話しになりましたように、事件を担当している裁判官はこれは裁判外のどのような発言にも全く影響されないで裁判に当たるものでございますから、そのように裁判官はもう裁判官になったときからそういう気持ちでやってお り、しかもそれを常に先輩から教えられてやってきておりますので、そういったような何らかの影響を受けるというような御心配は全くないものというふうに考えております。
○海江田鶴造君 非常にこれからちょっと聞きにくいことを実は申し上げるわけでございますけれども、私も何人か裁判官を存じ上げておりますが、私は現在の司法試験、昔からの司法試験というものは法律上の知識というものを試す試験であって、やはりその人の人格とか、非常に穏健なる人物であるか、常識に富んだ人物であるか、あるいはちょっと一風変わった人物であるか、そういう人物は余り司法試験では審査しないんだと、このように承知しておりますが、いかがですか。
○最高裁判所長官代理者(櫻井文夫君) 司法試験は最高裁判所ではなく法務省の司法試験管理委員会の方でやっておられまして、そこでどのような基準から合格者を出すかということにつきまして私どもの方から御意見を申し上げることは差し控えたいと思います。
○海江田鶴造君 司法試験に合格して司法修習生というのを戦後は二年間やっておりますが、実は先ほどの元裁判官のお言葉の中で、職業裁判官というものは非常によく訓練を受けておって、新聞記事によって気持ちを左右されるようなことはないんだと、こういうふうに言っておられます。先ほどの人事局長の御発言の中でも、裁判官はよく何か教育されておるというような話がございましたけれども、司法修習生のときには法律、手続、勉強、その他のほかに、そういう裁判官としての、あるいは検察官として、あるいは弁護士としての何といいますか、そういう人間的な指導、職業人としての指導というものはなされておるんですか。
○最高裁判所長官代理者(櫻井文夫君) 司法研修所では裁判官の教官、検察官の教官、それから弁護士の教官それぞれおりまして、民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護についての教育をいたしております。その教育の中でそれぞれの技術的な教育はもちろんいたしますが、そのほかに法律実務家である教官が司法修習生に対してそれぞれの仕事をやっていく上での心構え、物の考え方というものを常に教育いたしております。
○海江田鶴造君 私はやや物の考え方がかたい方でありますから、裁判官の判決等を読んでおりますと、中には非常に気負った物の考え方、あるいは中には自分が例えばクリスチャンであるという立場からやや非常に偏狭な考え方というものが裁判に影響しているんじゃないかなと、こう思うことがあります。 その点になりますと、最高裁というところは確かに修練を経られた立派な年配もいったお方の判断でございますから、よく社会常識、良識をわきまえた判断をしておられるように思います。裁判の中にも単なる法律判断だけではなくて、いろいろな社会事象というものをにらんで、社会常識、良識というものに基づいた判断というのがよくあると私は思うんですね。余り一つ一つの例を言っては悪いのですけれども、例えばクリスチャンの人方は、事、他の宗教の問題についてはやや非常に潔癖な、長い日本人の伝承を離れたような判断をしておられる面があるんではないか、こう実は思うわけです。 私も長年役人をしておりまして、なかなかいろいろな人間がおって、中には非常に仕事は一生懸命やるけれどもはね返りがおったり、正義感は強いけれどもむちゃくちゃにやってみたりというようなのがあるわけで、そういう教育に随分苦労した思い出があるものですから、裁判官の中でも特に私はそういう点で、ただ単に法律判断、法律技術というものだけではなくて、人間的な円満な社会人としての判断というものが必要であろう、このように考え、司法試験では無理でしょうが、そういうものがやはり司法修習生の過程それから裁判所に入ってから先輩の御指導によってそういう人間的な指導というものがなされるべきではないか。 特に今のような非常に複雑な価値観の多様化の時代にあっては裁判官は、ここにもありましたように、マスコミも発達しておりますから、マスコミにおだてられたりすることがないように非常に冷静な、しかも感情的でない理性的な裁判官を若いときから育てていただくように特に希望するわけでございまして、これは答弁は要りませんけれども、よろしくお願いをいたしまして、私の質問を終わります。
○飯田忠雄君 本日の私の質問時間は三十分でございますので、昨日文部省のお方にもお尋ねすると申しましたが、とても時間がございませんので、文部省のお方はせっかくおいでくださったけれども、お引き取りくださって結構でございます。 まず、最初に法務大臣にお尋ねをいたしたいわけでございますが、現在死刑囚として平沢という人が拘留されておりますが、この人に対しまして今再審請求がなされておりますけれども、法務大臣といたしまして、法務大臣の御在任中、あるいはことしじゅうでもいいですが、この平沢に対して死刑の執行命令をお出しになる御所存でございましょうか。あるいは従来出さなかったんだから今回は出さないということでございましょうか。最初にお伺いをいたしたいと思います。
○国務大臣(嶋崎均君) 平沢氏の問題につきましては時効についてのいろいろな議論は多いのでございますけれども、三十年という日月が経過をしているということに絡みまして、この問題についていろいろな御議論があるということは私十分承知をしているわけでございます。しかし御承知のように、よそでも申し上げましたけれども、現在まで十七回目の再審が出ておりまして、現在十七回目の再審が行われておる。東京高等裁判所でそれが行われているわけでございますが、それとともに恩赦につきましても過去四回恩赦の申請がなされておりまして、今並行的に五回目の恩赦の請求が出ておるというような段階になっておって、中央更生保護審査会でそれを審議しているというのが現在の状況であるわけでございます。 したがいまして、私はこの裁判が行われるそれまでには、御承知のように日本の裁判の体系から言いまして相当の日月と努力を、公訴の維持を図って事柄が処理をされて、そして一応一つの結論が出ておる。また、それについてのいろいろなその後の手続というのがあるわけでございまして、そういう意味ではこの三十年という日月はいかにも長いというような感じを私自身は持っておるわけでございます。しかし、何しろ九十三歳というような年齢に達しておられるというような事柄もあり、今申し上げましたように再審が行われ、かつまた恩赦が並行的に審査をされておるというような状況にありますので、これらの推移を十分見守って対処することが必要なのではないかというふうに思っておりまして、現在の段階でこの問題について私から意見を申し上げるというのは差し控えたいというふうに思っておる次第でございます。
○飯田忠雄君 これは私実はお尋ねを申しましたのは、死刑の執行は法務大臣の専管事項になっておりまして、法務大臣の御命令で執行することになっておりますので、今までずっと執行されていなかったのだから、特に法務大臣が平沢を憎んでこの際執行しようというお気持ちがなければ従来どおりいくのではないかと思いますが、それで実はお尋ねしたんですよ。私今からお尋ねすることに関連をいたしますので、面倒くさいからこの際殺してしまえということでは困りますので、それで最初にお尋ねしたんですが、法務大臣としては今の段階では従来のような方式をおとりになって、強いて死刑の執行命令をお出しになるというお気持ちはないと受け取ってよろしゅうございますか。
○国務大臣(嶋崎均君) 結論から申しますと、御指摘のようなことであろうというふうに思っておるわけでございますけれども、それは私個人の話でございまして、何しろ恩赦の問題につきましては中央更生保護審査会で答えを出してもらうというのが建前である。この時効の問題について三十 年三十年と非常に厳しく言われますと、私が途中で何か事故でも起こせば別なのかもしれませんけれども、五月の特例の日をどうも私の在任中越えそうだということは、これはもう避けられない現実だろうというふうに思うのでございます。 そこで、今まで法務省が恩赦についての考え方というのはもう既に明らかにしておるわけでございまして、私はやはり時効についての考え方は明らかにしているわけでございまして、そういう考え方を前提にして事柄を考えれば今までとそう変わらないというか、逆に言えば恩赦なり再審なりというような話が決着がつくという事態を見守るというようなことになろうかと思うんです。それは何分にも九十三歳にも達しておられる、今までずっと経過がある、そういうようなことを踏まえまして、私はどうも結論から見るとそういうような感じになりそうだと思っておるわけでございます。 しかし皆さん方余り三十年三十年と言って責め上げられますと、まことに私、何というか、御指摘のように刑の執行につきまして、特に死刑の問題につきましては私自身が最終的な判断を下すというようなことに相なっておるわけでございますので、そういう意味でもこの問題についてよく深い御理解を皆さん方にも得たいというふうな気持ちでおるわけでございます。
○飯田忠雄君 それでは、要領得ませんけれども、次に進みますが、ポツダム宣言というのを日本は受諾いたしました。それで、ポツダム宣言受諾下における日本の政治、行政、司法、立法、こういうものはいわゆる進駐軍あるいはGHQの利益に反するような方向では行うことができなかった。一切GHQに相談をいたしましてGHQの利益に反しないような立法、行政、司法が行われたというふうに解せざるを得ないのでございますね。主権者はGHQですから。 そこで、私、実は当時いろいろな問題に出くわして、占領下における行政、司法、立法というものの現実を見てまいりましたが、今ここでそれを述べようとは思いません。ただ、今回の今申しました平沢の関与した帝銀事件というものにつきまして、当時警視庁が捜査を行いました重点的な相手はだれかといいますと、これは最近アメリカの文書公開法によりましてアメリカにおける弁護士が文書から拾い出したものがございまして、当時のGHQの文書です。 これはたくさんありますが、その中に一つこういうのがあるんです。それは当時の警視庁の藤田次郎刑事部長、この人がGHQに呼ばれていろいろ注文をつけられたり、あるいは報告をさせられたりしておるわけなんですが、その中で藤田刑事部長を呼んで会議を行ったことがあるんです。そのときに藤田刑事部長が答えておる内容の中にこういう言葉があるんです。効果的と思われる新しい捜査方針を立ててやっている、戦時中に青酸を毒薬として使用するための実験を研究していたのが千葉県の研究所である、そこにおった者を満州に派遣して、いわゆる細菌部隊をつくったわけですが、その機関に所属しておった人たちがどうも犯人のように思われるので、それに重点を絞って捜査をいたしておりますというわけですね。 「青酸毒薬を用いて帝国銀行で十二人を殺害した犯人のやり口はその軍の研究所が開発した訓練に酷似している。その銀行を検証したある刑事が掴んだ情報によると、その銀行強盗殺人犯が用いた言語においてすら、その犯人がその陸軍研究所で訓練を受けたことを示すものがある。例えば、犯人が英語で「最初の薬」および「二番目の薬」といったことにより警察は犯人が、青酸を戦争に使用するための実験をしていた軍の研究所で訓練を受けたものであることを確信するに至った。」、これは藤田刑事部長の報告書ですよ。 「殺人犯は、毒薬が既に沈殿している故に瓶の中の上の方にある液体を飲んでも安全であることを知っていて、銀行の従業員と同じ瓶から飲んだということを以て、警察は、いっそう適切な捜査方向を辿っていると確信している。」、こういうわけです。それから次に、「椰子から採った油を使って青酸を沈殿させる実験の話があった。」、これは刑事部長の話があったんですね。この文書はアメリカのGHQでつくりまして報告した文書ですから。 次に、「警察が殺人犯はその軍の研究所で教育を受けたと信じるに至ったもう一つの証拠は、犯人が所持していた器具が研究所で使用されていた器具の形状と似ていることである(戦争終結時に研究所が閉鎖されたので、所員たちは殆ど全員そこの器具を自宅に持ち帰った)。」、こういう話をしているわけですね。それから「藤田氏は、その研究所の閉鎖前にそこにいた所員に関する情報をノノヤマ元少佐とヨコヤマ元大佐から入手中である」、こう述べておるわけです。 その次に重要なことは「藤田氏は新聞社が本件の捜査を妨害するので甚だ不都合を生じている」ということを述べまして、GHQに協力を要請している、こういうわけです。このことは、警察は極秘の捜査をやっているのに、警察が捜査しようとするものが全部筒抜けになって、その相手のところへ新聞記者が押しかけてくる、捜査ができない、こういうことでは困るので、GHQの方で協力してくれということは、GHQからそういう情報を漏らして、そういう新聞社でもって妨害することをやめてくれ、こういうことなんですよ。 こういう文書がありますが、これから見ますと、当時警視庁が平沢を犯人として追及しておったんではないのです。こういうことがありまして、たびたび藤田刑事部長はGHQに呼ばれて、GHQは大変この事件について興味があるということを何回も言われ、そして、言われているうちにGHQの本当の心がわかったので、警視庁の捜査が知らぬ間に消えていくという事態に相なっておるわけです。そうして、そのかわり一カ月たって急に平沢が浮かび上がって検挙されている、こういう状況です。 当時、ソ連軍とアメリカ軍とは対立しておりまして、日本の細菌部隊は極めて優秀な技術であって、何としてもアメリカが欲しいということで、これを戦犯リストから外しましてアメリカ軍で秘匿したわけであります。それをソ連が大変しつこくせっついて、これを公開するようにという要求をしておる。そういう間における問題ですから、そのときにそういう秘密にしておるものを警視庁の捜査によってばらされたのでは、これは困るというのが当時の進駐軍のことですね。これは当時は主権者ですから、主権者は自己の不利になることは一切やらせないということは当然のことでございます。そういう事情において生じた事件なんです。 それで、実は裁判記録を私丹念に拝見いたしました。第一審、それから第二審、それから上告審ですね。最初証拠のとり方が非常に今だったら問題になるとり方をしている。例えば、平沢は終始一貫公判廷で否認しておるのに、証拠としたのは捜査段階における自白だけなんですよ。捜査段階における自白だけを唯一の証拠としております。しかも、その自白の内容を裏づける補強証拠というものは連絡が完全についておるという証明なしに採用されておる。 例えば青酸カリを持っておるということを平沢は捜査段階で白状しました。ところが、それに対して裁判所では、自白とそれから現実に青酸カリで殺されたという事実があるではないか、それがある以上、これは平沢がやったに間違いはない、こういう論断なんですよ。もう今の裁判だったら考えられないやり方をしております。これはなぜかというと、GHQの利益に反する裁判ができないからです。こういう問題を念頭に置いて私はもう既に新憲法が施行されて長いのですから、もうこの事件についてのことを考え直す必要があるのではないかと思うわけであります。 そこで私、御質問を申しますが、この最高裁のこれは大法廷の平沢事件についての判例でございます。この判例は大法廷の判例ですから、現在も生きておるのかあるいは死んでおるのかは知りませんが、その後変わったかどうか。刑訴の応急措置法というのがございまして、それの十条の二項 ですか、こういうものに、これは憲法三十八条の二項によく似た規定なんですが、「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は」「証拠とすることができない。」と、こうあるんですよ。これにつきまして、不当に長い抑留、拘禁というのはどのぐらいの抑留、拘禁を言うのか。これはしっかりとした一つの基準を設けておかなければならぬ問題でございますが、これについてどうもこの最高裁の大法廷の判決の御判断は明確でないんです。 どういうふうにしておるかというと、検察官が一カ月連続的に三十回にわたる取り調べをやっても、それは差し支えない、それからこれは別件逮捕ですが、甲の事件の被告人を検察官が乙事件の被疑者として約三十九日間五十回にわたり取り調べをしたからといってそれは違法ではない、こういうような判断なんですよ。そうすると、不当に長いというのは一体どれだけを言うのか。三十九日間五十回もやっても不当に長いものと言えないとすると、それではどのぐらいですかと、こう言わざるを得ないわけですね。これは憲法上の基本的人権の保障の問題ですから、そういう問題を明確にしておくことが必要であろうと思います。 そこで、お尋ねしますが、最高裁の法律解釈ですが、不当に長い抑留、拘禁というのはどのぐらいの期間を考えておいでになるのか、お尋ねをいたします。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 私ども判例の解釈について意見を述べる立場にございませんのでその点は御了承いただきたいと思いますが、ただ、判例におきまして、いろいろな不当に長く抑留または拘禁の場合に当たるかどうかということにつきまして最高裁判所の判例がいろいろございます。それを見てまいりますと、例えば六カ月は長いんだというのもございますし、いやこの事件のこの自白についてはそれでもいいんだと言っているような判例もあるわけでございまして、その判示しているところを見ますと、結局は個々具体的な事案に即して判断するのだということのようでございます。 結局は自白した者の心身の状況でございますとか年齢とかいうような供述者側の事情、そのほか事案の性質、これは例えば逃亡罪証隠滅のおそれがあってそれは身柄を拘束しておかなければならない必要性というのが非常に高かったのか、この場合にはそれが非常に薄いのだ、薄いにもかかわらず身柄を拘束しておいたということからこれは不当に長いという場合に当たるというようなこと、あるいはその事案が非常に重いのか軽いのか、あるいはこれを釈放してしまったら事件がどうなるのかというような審理に及ぼす影響というようなものから見まして、その拘束がやむを得なかったかどうかというようなものを具体的な事案に即して考えて、それによって判断するのだということでございまして、何日だったら不当に長いになるんだとかどうだとかいうようなふうには考えておらないように見受けられるわけでございます。
○飯田忠雄君 これはおっしゃるとおりだろうと思いますが、しかし世の中には相場というものがございますね。相場をはみ出るようなことでは困ると思いますよ。一月以上も五十回にわたって取り調べても、しかも、これを見ますとそれは非常に厳しい取り調べの仕方だということを弁護人は言うておる。ばりざんぼうを加えたり、いろいろなことを加えたということを弁護人は言うておるんですよ。それに対して裁判所は、そんな事実はない、記録に書いてないとおっしゃるんだが、そんなことは記録にないのが当たり前なんですよ、拷問めいたことをやったということは。ただ、そういう場合に、非常に極めて長い期間、三十九日と言えば長いと我々は判断せざるを得ないんですが、それをそうでないとおっしゃるならば、最高裁においてその三十九日はこれは事案によってそのぐらいでも長くないと、こうおっしゃるのであれば、それはもう最高裁の憲法感覚の問題だと言わざるを得ないのでありますが。 そこで、私はこれをなぜ問題にするかというと、戦時下における裁判というものの実態がわかっているから。それでそういうものであるなら、それを私は非難するんじゃありませんよ。やむを得ずそういう裁判をしなければならなかった。今日においてならそうならないと思われるんですが、今日の常識でやった場合にはどのぐらいの期間というものはおよそ相場があるではないかと、こう考えますのでその相場をお聞きするわけです。最高裁がもし相場がわからぬということであれば法務省はどうお考えですか。
○政府委員(筧榮一君) 不当に長いのがどれぐらいの期間であるかという点につきましては先ほど最高裁の小野刑事局長からお答えをしたとおりだと私も思います。結局一概に何日という相場というものがあるわけではございませんで、あくまで具体的ケースに基づいて、これはこの事件としては不当に長い、ここまで長くやらなくてもいいはずであるという、そこにおのずからなる物差しが具体的ケースの各条件の積み重ねによって出てくるわけでございますので、三十日あるいは三十九日あるいは四十日、五十日、それがどの時点から不当になるという相場というようなものは一般的には存しないというふうに考えております。
○飯田忠雄君 きょうの目的が大分ほかのところにありますので、この問題をやっていると時間を食いますので、ほかの方へ行きますが、刑法の十一条をごらんになってください。刑法の十一条には「死刑ハ監獄内ニ於テ絞首シテ之ヲ執行ス」とあります。これが第一項です。第二項に「死刑ノ言渡ヲ受ケタル者ハ其執行ニ至ルマテ之ヲ監獄内ニ拘置ス」と、こうあります。ということは、死刑の執行は監獄内で絞首をすることが死刑の執行であって、そういうことを行う前の段階では、これは「監獄内ニ拘置ス」と、こうあるわけですよ。そうしますと、監獄に拘置しておることは死刑の執行ではないんだね、この刑法の十一条からいきますと。そういう点はいかがですか。
○政府委員(筧榮一君) 死刑執行前の拘置は死刑の執行そのものではございません。
○飯田忠雄君 刑法の三十四条に時効の中断の規定がありまして、「時効ハ刑ノ執行ニ付キ犯人ヲ逮捕シタルニ因リ之ヲ中断ス」、こう書いてあるので、非常に混乱を来すのですが、ここで一つ御質問いたしますのは、死刑の時効の始まる一番初めのところはどこですか。これをお尋ねいたします。公訴の時効じゃありませんよ。刑の時効、死刑のどこから時効が始まるか。
○政府委員(筧榮一君) 死刑の時効の場合でございますが、平沢の問題いろいろございますが、それに関連して申し上げますれば、例えばその死刑囚が拘置されておって、その者が逃亡した場合、その時点から時効が始まるというふうに考えております。
○飯田忠雄君 それはおかしいので、死刑の判決が確定したときに、そのときに死刑の時効の始期がある、始まりがある、こう解釈するのが私は正しいと思いますが、そういう点についてはいかがお考えですか。
○政府委員(筧榮一君) 先ほど申し上げたとおりで、例えば自由刑の場合でございますが、自由刑の場合に刑の執行を始めます。始めてその途中で脱獄というか逃走した場合、その場合は時効期間はその逃げた日から始まるということでございます。
○飯田忠雄君 自由刑の場合には監獄に入れれば既に刑が執行されているんですよ。執行されておれば時効なんてありません、そんなものは。だから自由刑は逃げたときから時効が始まる。しかし逃げないでじっと監獄におった者について時効ということはありますか。どうですか、その点お尋ねします。
○政府委員(筧榮一君) 従前からお答えいたしておりますとおり、死刑執行の前段階、執行そのものの前段階である拘置、これは時効に関しては刑の執行と同一視すべき状況であるというふうに解しておりますので、その点では時効は進行しないというふうに考えております。
○飯田忠雄君 自由刑においても監獄におる者に時効が進行するということはありませんよ。これはもう逃亡したときにそこから始まるのであって、だからじっと監獄におる間は時効なんてないです、時効ということは、自由刑においては。いいですか。それは監獄に入れることが、それが刑の執行なんだから、そうでしょう。ところが死刑の場合は監獄に入れることが刑の執行じゃないんです。はっきりと刑法の十一条に書いてあります。刑の執行にいたるまでの間の手段として「拘置ス」と、こう書いてあるね。「監獄内ニ拘置ス」、だから監獄内に拘置するのは死刑の執行ではなくて、死刑執行にいたるまでの間の処置なんだ、そうはっきり条文に書いてあるでしょう。この条文に反する解釈をするということは条文無視に当たりますよ。その点はいかがですか。
○政府委員(筧榮一君) 死刑の執行にいたるまでの拘置というものは死刑の執行のために法律上当然に予定されている身体の拘束でございまして、死刑判決という裁判の執行としてなされているものであるという点から考えますと、時効の問題に関してはその刑が執行されているのと全く同視すべき状態である。したがって、先ほどの自由刑の場合に、自由刑を執行しておって途中で逃げたというその前に自由刑を執行しておるというのと法律上時効の点に関しては同視すべき状態であるというふうに考えております。
○飯田忠雄君 どうも筧さん、自分の職務上、今まで決まったことを覆すことが難しいものだから非常に苦しい答弁をなさっておりますが、これはどんなに法務省が解釈をなさっても条文の明文に反する解釈は許されませんよ。条文の明文がもとであって、それを変えるような解釈はできないので、明らかに十一条では死刑の執行は絞首して行う、そして死刑の執行をするまでの間は「監獄ニ拘置ス」と、こう書いてある。これはもう条文ですから、条文はどんなことを言うても変えるわけにいかないんですよ。 そこで、時間が来るから申しますが、論理的に法論理上いきますと、三十年間監獄に拘置されて、監獄から逃げないでその死刑の判決が確定したときからじっと監獄内に拘置されておった者は、これは三十年間死刑の執行をしなければ時効が成立するということは、これは法律の条文からいけば当然そうなる。それを殊さらにそうじゃないと言い切るような解釈を無理にやらねばならぬ。そういうことが我が日本国において必要なのかどうか。そういうことをしなければ日本国の利益が害されるのかどうか。その点についてお尋ねいたします。
○政府委員(筧榮一君) 条文を無視して殊さらに解釈しているつもりはございません。条文あるいは法律の趣旨を十分考えた上で素直に出した結論であると考えております。
○飯田忠雄君 もう時間が来たからなかなかできませんが、今私は決してごまかしておりませんから、法の条文どおりやっている。ただ、従来三十四条の時効の中断の問題を持ってこられて、こんがらがって解釈しておられるわけなんだが、時効の中断の問題は自由刑に関する問題なんですよ。三十四条は自由刑に関する問題で、あるいは死刑の場合に関係があるとおっしゃるかもしらぬが、死刑の執行は絞首して初めて起こるのだから、死刑囚が逃げた場合、逮捕したから時効が中断するということは、そういうことは死刑についてはあり得ないんです。それはもうよく事実、法論理上お考えになればわかるもので、そういう問題をいいかげんな解釈で条文を折り曲げるということはこれは困りますよ。 それで、私は法務大臣にお尋ねしたいんですが、明らかに法の条文上時効は完成する、そういうことになっておるのと、もう一つはこの帝銀事件というのは平沢が犯人かどうかは極めて疑わしいんです。今の段階になって平沢が犯人でないという証拠はありません。ないという証拠はない。だから私は再審を請求しても無理だと思うんです。新しい今度の資料は、これは状況証拠にはなるけれども、平沢自体の無罪を立証する新しい証拠にはならないから難しい。しかし疑いがあって今まで三十年間もやってきて、もう九十三歳にもなっておるんですよ。こういう者について、法の解釈じゃなくて法そのものなんだ、法の解釈じゃなくて法そのものからいって時効が完成する。こういう場合にそれを殊さら解釈をつけて完成するものを完成しないような方策をとるということはいかがかと私は思いますが、法務大臣、この問題について法務大臣のお考えをお尋ねいたします。そして私の質問を終わります。
○国務大臣(嶋崎均君) 先ほど来刑事局長からお話を申し上げておるとおり、何か牽強付会な議論をして法務省がそう言っているというふうには私は思っておりません。したがいまして、その前段階のところで飯田委員と意見が少し食い違っておるということであろうかというふうに思います。したがいまして、この問題につきましては、先ほどお話を申し上げたような考え方で対処するのが筋道じゃないかなというふうに思っておりますけれども、どうも私も法律の本当の専門家じゃありませんから、なおよく事柄を勉強して、この問題については先ほど申し上げましたように恩赦なり再審なりというものがある、しかも今までの経過から考えまして、もう八十二日ですか、あいた日がなかったというような現実も、例えば再審なり恩赦なりあって、それをのけて考えていくというようなことから考えますと、六カ月のうち八十二日しかあいた日がなかったと。非常に話は難しい経過をたどっておるわけでございますけれども、そういうような状態を受けて、現在なお十七回目の再審があり、四回、五回の恩赦が出ておる。しかも九十三歳になっておられる。時効論について我々の考え方よりも少し違った議論があるという前提もありましょうけれども、我々自身従来とってきた一応の考え方というものもある。そういう中でこの問題については慎重に判断をしていきたいというふうに思います。
○委員長(大川清幸君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。 午前十一時五十一分休憩 ─────・───── 午後一時二分開会
○委員長(大川清幸君) ただいまから法務委員会を再開いたします。 委員の異動について御報告いたします。 本日、寺田熊雄君が委員を辞任され、その補欠として秋山長造君が選任されました。 ─────────────
○委員長(大川清幸君) 休憩前に引き続き、昭和六十年度総予算中、裁判所所管を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○橋本敦君 まず裁判所にお伺いすることになるわけですが、実はちょうど一年になりますが、五十九年四月七日の当法務委員会でも御検討のほどを最高裁に私がお願いをした問題がまだそのまま残されておるわけでございます。それというのも、私がお願いしたのは、多くの弁護人や関係者からも直接最高裁法廷でも上申をしておるようでございますけれども、最高裁で刑事事件の口頭弁論が開かれた場合に、当該事件のそもそも当事者である上告している被告人がせっかく期日の通知を受けて出頭いたしましても、その被告人が座る席がない。最高裁は優先的に傍聴席に席をとるのでそこにお座りなさい、こういう処置をおとりになった、こういうことであります。 私はつらつら考えてみるのに、なるほど上告審の構造からいって、最高裁がおっしゃるように、弁論が開かれても、そこで弁論できる、いわゆる弁論能力があるのは弁護人ということで、被告人には弁論能力がないとされているために特別の席を設ける必要はないというお考えを一貴してとってこられておるようでありますが、しかし、事は法律的な弁論能力の有無いかんにかかわらず、最高裁が期日の通知をわざわざなさっていただいて、事件当事者が自分の事件について行われる弁論について重大な関心を持っている、関心だ けじゃなくてまさに当事者として最高裁に出頭した場合に傍聴人席に座られるということは、これは当事者にとっては全く心外なことになるのは当然だと私は思うわけですね。 だから、したがって弁論能力が法律的に、上告審の構造からいってあるからないからということじゃなくて、まさに憲法が保障しております国民の裁判を受ける権利の具体化の問題として、法律上弁論の必要もまた能力もないとしても、裁判を受ける権利の具体化の一つとして、最高裁でも口頭弁論を開く以上は被告人席をつくっておかれるのが当然ではないかということを強くお願いをしたわけでございます。これについて、その当時小野刑事局長はこの私の主張に対して「よく御趣旨を承って検討してみたいと思います。」とお答えくださったわけでございますが、その後最高裁での御検討はいかがであろうかということでお伺いをしたいわけでございます。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 昨年四月七日の当法務委員会におきまして私がただいま御指摘のような御答弁を申し上げました。その後、まず私どもといたしましては欧米の主要国がどうなっているかということを一遍調べてみる必要があるのじゃないかということで、早速私どもの方から海外に留学している裁判官の方にお願いいたしまして、主要な国について調査をしてみたわけでございます。 何しろ裁判所非常に多いわけでございますし、留学生も限られておりますので、たくさんというわけにはまいらないわけでございますが、まずアメリカの連邦の最高裁判所でございますが、やはり被告人には公判期日に出頭する権利も義務もないということになっておるようでござざいまして、やはり最高裁判所には被告人の席は設けてない。たまたま被告人が来ればやはり傍聴席に座っていただくという取り扱いである。アメリカで州のうちニュージャージー州の最高裁判所も調べてもらいましたが、これも連邦の最高裁判所と全く同様の扱いのようでございます。 次にイギリスでございますが、イギリスの場合には一般的には被告人が公判廷に出頭する権利も義務もないようでございます。ただ、法令の上ではイギリスの場合は貴族院でございますけれども、貴族院または控訴院が出頭の許可を与えた場合には出頭をする権利があるということのようでございますが、出頭の許可を与えられたという事例はほとんどないということのようでございまして、現に被告人席は設けられていないということのようでございます。 それから次にフランスでございますが、フランスにおきましても、特に、破棄院に上告趣意について被告人から口頭による補足説明を行うことを申請いたしまして、それでそれが許された場合には被告人が出頭できるということになっておるようでございますが、それ以外の場合にはやはり出頭する権利も義務もないということのようでございまして、被告人席は設けられていないということのようでございます。 それから西ドイツでございますが、西ドイツの場合は、これはただいま申しました国あるいは日本とは法制が違いまして、被告人は上告審においても、これは在宅の被告人に限られるようでございますが、在宅の被告人の場合にはみずから上告審で意見を述べることができる、こういうふうになっておりまして、出頭の権利があるとされているようでございます。こういうことで西ドイツでは被告人席が設けられている。 このような調査結果が出ているわけでございまして、我が国の場合も、今言いました日本と同じような法制をとっているところでは大体同じ扱いで、我が国だけが特に異例な扱いではないというふうに判断しておるわけでございます。
○橋本敦君 各国の法律制度それ自体からの検討も要るかもしれませんが、今一応お調べいただいた結果はほとんど認められていないという状況だということがわかりました。しかし法律制度や物の考え方ということがどうであるかということは、さらにまた検討を要する部分もあるかもしれませんが、我が国において最高裁で口頭弁論を開いて、事実上事実調べに近い形で審理が行われるということは法律的に皆無とは言えないと思うのですが、いかがですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 法律解釈の問題でございますが、私どもはっきりしたことは申し上げられませんが、理論的には皆無ではないというふうに思います。
○橋本敦君 その場合に皆無ではないということは私もそう考えておるから聞くわけですが、その場合にも被告人には意見を述べる機会を与えることが違法であろうか、与えられることは理論上あり得るということは考えられるのではないかという点が残るんですが、いかがですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 被告人が意見を述べるということをお許しになるかどうか、法律上はないかと思いますが、それはその具体的な裁判所が特にどうなさるかという問題でございまして、私ども何とも申し上げかねますが、もし裁判所が被告人について何か意見を聞くとか、あるいは被告人から事実をいろいろ聴取するとかというような場合に被告人をどこに置くかということは、これは設備の問題というよりは裁判所がどこに被告人を座らせるかという、まさにその訴訟指揮の範囲内の問題ではなかろうか。ですから場合によっては弁護人席の横に座らせるというか、あるいは別な席を設けるということも可能であろうかと思いますので、その辺のことはそういう具体的な場面で具体的に裁判所がお考えになることだというふうに考えております。
○橋本敦君 まさにそういう問題が残ってくるわけなんですね。だから、したがって西ドイツでは考え方として許可を得て意見を述べることができるという建前があるものですから、そういう建前を殊に例外的とはしないということも含めて被告人席を設けていらっしゃるというように理解することもできるわけですが、我が国においては、この西ドイツの例そのものではないにしても、今私が指摘したような問題は理論的にはあり得ることなので、そういう場合、単に当該裁判所の訴訟指揮の問題ということだけにしないで、制度的に被告人席を設けておくならばそういう例外的な理論的にあり得ることにも対応できるわけで、今局長がおっしゃったように、その場合にまさか傍聴席から発言させるわけにいかないのですから、弁護人席の横に座らせるか被告人席を設けるかしなくてはならぬというのは、おっしゃるとおりなってくるわけですから、そういうほとんどあり得ないことだということではあるけれども、理論的にそういうことは考えられることですから、なお諸外国の例をお調べいただいて、ほとんど例がないということではあっても、さらに我が国の最高裁の法廷のありようの姿として検討する余地がまだ残されているのではないかというのが私の考えであります。 きょうはこの問題で実情をお伺いしたということで、私どもの方もさらに検討を重ねていきますけれども、諸外国の例がそうであったから、だから確定的にだめかどうかということに私はすぐにならないで、最高裁でも引き続き御検討をお願いし、私どもの方でもまたいろいろと理論的にも考えてみたいと思っておりますので、引き続いての検討をお願いしてこの質問は終わりたいと思います。よろしくお願いしたいと思います。 それでは次の問題に移りますが、最近暴力団抗争の激化で、非常に重大な、我が国の法秩序あるいは治安維持の問題だけでなく、市民との権利のかかわりで問題が大きくなっておるわけであります。この暴力団の壊滅ということについては、これはもう警察に対しても検察に対しても、当国会でもかねてからいろいろと議論をされてきたことでありますが、今問題の山口組と一和会の対立抗争が一層陰にこもった形で、なくなるどころか、さらに深まっていくような状況、しかも山口組の幹部が殺されてから、それに関連する抗争もしくは報復と見られる発砲事件、殺傷事件が二十件を超えて起こっておるという状況を見るにつけ、この暴力団対策というのは、これはもう警察だけに 任しておかないで、検察庁としてもあるいは法務省としても断固たる態度で臨まなくてはならぬという事態になっておると思うわけであります。 ところが、一部には「山口組壊滅せず」というような本が出されてみたり、依然として抗争が後を絶たないということから見て、市民の立場からまさに検察及び警察に対して不信感とまでは言いませんけれども、抜本的な暴力団対策を本当に具体的に立てて進めてもらいたいという、そういう要求と期待が高まっておるのも事実であります。そういうことに対応いたしまして直接法務大臣から御決意のほどをお伺いしたいと思ったのでありますけれども、政務次官わざわざお越しいただいておりますので、法務省としてどう対応するか、警察とどう連携するか、そこらも含めてまず決意のほどをお伺いしたいと思うわけであります。
○政府委員(村上茂利君) 御指摘の暴力団の犯罪の問題につきましては、先日当委員会で法務大臣が所信を申し上げましたが、その中でも特に申し上げておるところでございます。法務省といたしましては、関係当局との緊密な連携のもとに厳重な取り締まりに特に意を用いてまいりたい。具体的な事案につきましては、厳正な科刑の早期実現を図るということが肝要であると考えておる次第でございます。
○橋本敦君 御趣旨はわかりました。 そこで刑事局長、大体犯罪捜査というのは第一次捜査権は警察にということでずっときておるようなことですが、検察と警察とは通常的に言えば第一次捜査権が警察にある、そして対等な協力関係にあるというのが大体通説として言われておるようなことでございますが、だから、その点から言えば警察の方が暴力団を捕まえて違法行為について追及し、それが検察官送致をされてきて検察官が動いていくというルールしかないようにも事実上は見えるんですね。しかし、こういう広域の暴力団対策ということについては、検察官は刑事訴訟法の規定で警察の捜査に対して一般的な指示権というのもあるように思いますし、そこらもう一歩踏み込んで捜査も含めて検察庁として対応がとれないものかどうかというようにも考えるんですが、いかがですか。
○政府委員(筧榮一君) 御指摘のように、この種いわゆる強力犯と申しますか、事件につきましては警察の方が第一次捜査権といいますか、人数その他いろいろな関係で主として検挙、捜査に当たるというのが、通例そうならざるを得ないわけでございます。しかし重大な事件につきましては、検察庁としても積極的にその指導といいますか、協力関係の中で法律的な面、その他捜査のあり方等について随時協力といいますか、あるいは助言等に当たっておるわけでございます。 特にこの暴力団関係の事件につきましては、全部の地検ではないかと思いますが、ほとんどの地検で暴力担当の検察官があらかじめ決められております。そういういわゆる暴力係の検事は常々警察と連絡をとって管内の暴力団の状況、資料等も目を通してその動静、内情等に通暁するように努力しておるわけであります。その上で具体的事件が発生した場合には事件発生の段階から警察と協力をいたしまして、犯人の割り出しあるいは検挙等につきましては、先ほど申し上げましたように、主として法律的な観点ということが主になるかもしれませんが、いずれにしても助言をし一緒に相談をして指導に当たっておるというのが実情でございます。 今回の暴力団の内部抗争につきましても、担当の大阪、神戸その他の関係地検におきまして、今申し上げましたような関係で緊密な協力をとっておるという報告を受けておるわけでございまして、現在までに大きい事件では大阪の組長の射殺事件、あるいは高知におきます事件、いずれも大阪の事件では実行行為者四人、それから神戸の事件では現在までに殺人未遂として十名を公判請求しておるところでございます。公判請求いたしました後は検察官の仕事でございますが、その場合には犯罪事実の立証のほかにその暴力団の性格、その被告人の暴力団における地位あるいはその暴力団の今までなしてきた行動といいますか、そういういわゆる悪性立証というものに意を用いまして厳正なる科刑を早期に実現するということに努力をいたしておるところでございます。
○橋本敦君 一般的な立場でのお話の筋としてはわかります。 きょうは時間がありませんので、その次に問題を進めたいと思うのですが、今市民の間では、暴力団が突然ビルの一角に事務所を構える、あるいは平穏無事に市民が暮らしているマンションに気がついてみたら暴力団が入っておったということで、市民が生活の平穏を害され、恐怖心を持ち、本当に地域ぐるみでその問題については市民が大変な精神的な被害も、また事実上生活上の被害も受けるということが起こっているわけですね。現に山口組の幹部が射殺をされたのは、あれは私の住まっている吹田でありますけれども、まさに平穏な住宅地の中の、そして平素は高級と言われる静かなマンションのエレベーターのホールで射殺がなされたということで、本当に市民には重大な恐怖心を与えたわけであります。 そこで、その暴力団対策としては、違法行為の徹底取り締まり、資金源対策も含めて、これは大きな警察、検察を含めての仕事でありますが、一般市民の保護という観点や生活の平穏から見ましても、暴力団をマンションから締め出したいという市民の要求がもうあっちこっちに本当に熾烈にあるわけですね。そういう場合に、市民の勇気ある運動が実って暴力団をマンションから追い出した、しかもちゃんとした法律手続で追い出したという事例もあれば、世論で追い出したという事例もあれば、市民運動も進んでおるわけです。 こういうことの中で、伺いますと、静岡の宅建業会の方で五月に総会を開いて、そこで皆さんの意見として、一つのアイデアとして、賃貸契約をマンションならマンションでやる場合に、その賃貸契約を締結して入居した後でも、暴力団組員だ、関係者だということが後でわかった場合には、貸し主は契約を解除することができるというそういう約款を入れたらどうか、そういうことは非常に暴力団追放という市民の期待にもこたえられるし、いいのではないかということが今議論をされておる。近く総会にかかるというお話を私も聞きまして、これは一つのやっぱりアイデアではないか、こう思うわけですね。 ところが、法律的に考えてみますと、賃貸契約を一たん結んで有効にその契約が実施をされた後で暴力団員だということが具体的に警察の通報その他で確実にわかったとしても、それで賃貸契約を解除するというそのことは、解除権の留保として、あるいは賃借り人を保護する借家法の規定から見まして、あの借家法の規定に反する一切の条項はこれは無効とされるという建前がございますから、そういう面から見てどうであろうか。 しかし、また一面考えますと、賃貸契約というのはすぐれて信頼関係ですから、信頼関係を著しく損なうような事実を相手方が秘匿しておって後でわかった場合には、それは賃貸契約関係の基礎になる信頼関係を著しく破壊するものとして、錯誤論かもしくはそれに近い考え方で契約解除権の行使を有効と認めるということも、これはあり得るのではないかと、こう思ったり、一つのこのアイデアについては私は暴力団追放という世論の中で何とかそういうことを進めていく方向も法律的に検討してあげたいなということもありまして、きょうここでお伺いをするわけであります。 具体的な契約約款はまだできていないわけですからわかりませんけれども、そういう向きについて民事局としてお考えはどうであろうかというのでわざわざ来ていただいたのですが、いかがでございましょうか。
○政府委員(枇杷田泰助君) ただいまのお話の具体的な契約条項というのがわかりませんので、はっきりしたことは申し上げられませんけれども、ただ暴力団員であった場合には解除できるというようなことにした場合に、直ちにそれが効力を有するかどうかについては少し研究してみなければならぬのではないかという感じがいたします。 ただいま御指摘のように、借家関係を維持するにつきましては貸し主と借り主との間に信頼関係がなければいけないということ、それから、殊にマンションの場合には共同生活を営んでおるわけでございますので、その共同生活が平穏に維持されなければいけないというようなことが基本的にあるわけでございまして、それらとの結びつきにおいて暴力団であるということが問題になるというかかわり合いが具体的に出てきた場合には、これは解除の原因になるだろうというふうに思われます。そのことは特に契約の中で条項として明記されていなくても事柄上当然だろうと思います。 したがいまして、暴力団の人が入って、そして組員の人が出入りをするとかいうようなことがあって、そしてそのマンションの生活にちょっと違和感が生ずる、これから何か起こるかもしれないというおそれがあるような場合には、これはもともと区分所有法の規定からいいましてもいろいろな手だてを講ずる道も設けておるところでございますし、また借家契約の内容としてもそういうようなことを発生させないということがこれは黙示的な契約内容になっておるということが当然言えようかと思います。したがって、そういう場合には契約の解除ができようかと思うのでありますが、ただそういう、何と申しましょうか、平穏な生活を害するようなことがない、あるいは貸し主との間の信頼関係に全然影響がないという、たまたまそういう暴力団員であるというだけで解除ができるという条項が借家契約の特性から見て直ちにそれだけで解除原因になり得るかということについてはちょっといろいろな説が出てくるところではないかと思います。直ちにそれが有効であってということにはならないという見解も出ようかと思います。 ただ、先ほど来申し上げておりますように、具体的に暴力団員であるということも一つの要素として平穏な共同生活を害するような証拠が出てまいりました場合には、それをつかまえて契約解除することはもちろん可能であろうということで一応考えておる次第でございます。
○橋本敦君 御趣旨はそれなりに私も理解ができるわけでありますが、要するに暴力団員には契約当初わかっておれば貸したくないという家主の意思は、これは自由契約ですから貸さなくてもそれ自体違法であることは何もないわけですね。だから、したがって借り主となる相手方が暴力団員であればもともと貸す意思はなかったということの一つのやっぱり象徴として、そういう契約を入れるということは契約の内容としてはあり得ることではないか。 そして、もう一つの問願としては、暴力団員、組員であるという事実は客観的に静ひつを害し、もしくは信頼関係を害し近隣の不安をかき立てるという条件をつくりやすい例示的一つの重要な事実として指摘をして、こういう場合も含めて契約解除をなし得る場合があるということを、今局長がおっしゃったような趣旨も踏まえて契約に仕上げるという工夫は、これは契約約款のつくり方として工夫の余地はあり得るのではないかというように思うんですが、いかがですか。
○政府委員(枇杷田泰助君) ただいま申し上げましたように、暴力団員であるということ、それだけで解除原因にするということについてはあるいは異論が出てこようかとも思いますけれども、その他もろもろな事情との関連において、そういうふうな条項が入っているということが総合的な判断を受けるような場合に、全く無意味なものではないという、そういう効果はあるのではないかという気はいたします。
○橋本敦君 この点については、静岡の場合なお検討中でありますが、これがうまくいきますと、全国にも暴力団の入居で困っている家主あるいは近隣者たくさんおりますし、暴力団を社会からやっぱりなくしていくという一つの市民の要求にも沿うことが法律的に可能であれば私はいいことだと思うんですね。この点については、静岡の例を聞きますと、警察の方も積極的に暴力団員かどうかという具体的事実については平素からマークをしている場合もあるので協力し得るということだし、市民の暴力団追放の一環としてやっていただくことは結構だというようなことで、警察もともに知恵を出したいというようなことを言っておるというふうに聞きましたけれども、法律的な判断としては、警察以上にやっぱり大事な問題があるのでお聞きをしたということでございます。今言ったような方向で、どういう約款になりますか、注目をしていきたいと思っておる次第であります。 以上で終わります。
○柳澤錬造君 裁判所の予算の問題につきましては私は特別取り上げてお聞きすることはございません。むしろもう少し予算をふやして、裁判官なんかも充実して、裁判のスピードアップや、いろいろ事件の処理というものを早く解決するようにお取り組みをいただいた方がよろしいんじゃないかという考え方を持っておりますので、そういう点でそれは触れずに、きょうは学校のいじめの問題で若干お聞きをしていきたいと思うんです。 きのうも同僚議員がこの点でちょっと質問しておりましたときに、文部省の方からおいでの方が、いじめとは何か、けんかか悪ふざけかの区別がなかなかつかないんだという答弁をなさっているのを私はここで聞いておりまして、いささか唖然としたんです。けんかか悪ふざけかの区別がつかないんだという、そんな悠長なことを文部省が言っているようだから、いじめがこれだけ全国的に広がっていくのだと思う。皆さん方ももう御承知だと思うけれども、昨年の十一月には大阪で高校生がいじめの仕返しにとうとう報復殺人をやっちゃった。ことしの一月は水戸の女子中学生がもういじめに耐えられなくて自殺をしていったという。 そういう中でもって、法務省の方が先月の三月十二日に、いじめの問題が大変な、もう教育問題にとどまらずに人権擁護上も当面の重要な課題だとして、全国の法務局に対して人権擁護局長通達と総務課長通知をお出しになった。非常にいいことをしていただいたと思うので、その趣旨と、それからそれがうまく、何と言ったらよろしいか、やれるか、そういう点でそのお考えをお聞かせいただきたいと思うんです。
○政府委員(野崎幸雄君) ただいま先生御指摘のとおり、いじめの問題は非常に大きな社会問題となってきておりまして、それに起因すると見られる自殺でありますとか殺人、傷害といった事件まで発生してきております。このいじめの問題につきましては、学校や教育機関におきましてもいろいろ真剣に対応されておるところでございますが、この現象は下火になるどころかますます燃え盛ってきておる観を呈しております。 いじめがどうして行われるのかという点をいろいろ調べてみますると、あるいはいじめられっ子の動作が鈍い、あるいは転校生である、あるいは身体障害者であるといったことが理由になっている場合が多いようでございますが、しかし、そういうことがいじめを正当化する理由にならないことはもう今さら議論をするまでもないところでありまして、そのいじめの結果、いじめられた人が肉体的精神的に非常な苦痛を受けておるということを考えますと、これは人権問題ではないかという考えに立ちまして、ただいま御指摘の通達を出したわけでございます。 その内容は、人権擁護委員の人権相談を強化するなどしまして、あらゆる機会を通じて、いまだ表面化していないいじめというものの情報をまず収集する、そうして、そういった情報が収集された場合には、学校当局に通報をして、学校当局としてそれに的確な対応をしていただくように要請する。同時に、法務省の人権擁護機関といたしましても、必要に応じまして学校当局と協力をして適切な解決方法を講じていく。それからいじめの問題は単にその当事者だけの問題ではなく、そういったものを容認しているというか、放置している社会の人権意識というものにも問題があろうかと思われますので、家庭や地域社会など、児童生徒を取り巻く社会に対しまして人権意識を高める 啓発を行いたい、こういうことを内容としておるものであります。 同様の趣旨から、全国人権擁護委員連合会長からも、各県の人権擁護委員連合会長を通じて全国一万一千五百人の人権擁護委員にこの問題の解決に積極的に取り組むよう協力方を要請してございます。
○柳澤錬造君 大変適切と思いますけれども、表面に出ていない情報を収集するという、そこが非常に難しいのじゃないかと思うんですね。それで、いろいろ調べてみると、被害者がそういうことを学校の先生にも言わない、家庭へ帰って親にも言わない。そして、うっかり先生なんかに言うと、いわゆるチクったというんだそうだけれども、いわゆる言いつけたといって、またそれが原因でいじめられてしまう。だから黙っててだれにも言わないという。ですから、そういう中で情報の収集をなさるということ、それで表面へ出てないものを取り上げて学校に通報する何をするという、大変適切なことだと思いますので、どうかその辺に力を込めてお取り組みをいただきたいと思うんです。 次に、新聞に出ているこの事実を読み上げてみてお考えをお聞きしたいと思うんですが、一つは、これは東京の中野区の中学で起きたことなんです。昼休み中に、中学二年生なんですが、仲間からいじめられて、かなり床に頭を打って救急車で病院に運ばれて十七日間も入院した。五十六年十二月のことなんですけれども、結局もうそれから体がおかしくなって、高校に行っても左手足が麻痺してしまう、脳波の異常の後遺症というものに悩まされてきて、それで親たちは東京地裁に学校といじめた子供たちの親を相手にして五千三百万の損害賠償を求めてやっているわけなんです。その事件の当時の担任の先生というのは、その事件後学校からも行方不明になっちゃって、どこへ行ったかわからなくなっちゃった。二年ほどして戻ってきたら、余り校長から嫌みを言われて嫌になったので飛び出したんだといって、学校の方もやめてどっかへ行ってしまった。その校長は、あの事故はいじめから起きたとは解釈していない、突発的な事故だというふうな言い方をしているわけなんですね。 ですから、これは今民事で争われている段階なんですから、この結果がどうなるかということよりかも、こういうふうな事件についてどういうお考えをお持ちかということでお聞きをしていきたいと思うんです。
○政府委員(野崎幸雄君) ただいま御指摘の事件は裁判にもなっておるようでございますので、その具体的内容に立ち入るのは避けたいと思うのですけれども、いじめの事例を見ておりますと、非常に深刻な結果が出ているにもかかわらず学校当局がそれを把握していないというケースがかなり多いとされております。これは今先生からも御指摘がございましたように、いじめられる側の子供がそのことを先生に言うと、あるいは親に言うと復讐をされる、さらにいじめが激化するといったことがあるためだそうでございまして、また周りの生徒たちも、かわいそうだなと思ってもそれに救いの手を差し伸べると今度はいじめられる側に回されてしまう。そこで、そういったものに口を出さず避けて通る。その結果いじめがいつまでも続いていくというようなことになっておるようであります。 しかしながら、被害者になっている子供でなしに観客になっていたり傍観者になっている子供たちは、実は家庭に帰って親兄弟に話しておる場合が、私自分の子供の例を見ていてもよくわかるのですけれども、かなり多いように思われるわけです。これは調べてみても大体そういうことが言われておるんですが、ところがそういうことを見聞きしても、自分の子供が、あるいは自分の兄弟がその被害者になっていないと、親はまあよかったなということで終わっちゃう。その結果それが表に出てこないということになるわけであります。 先ほどの通達が、人権擁護委員に人権相談等を通じて表面化していないいじめの問題についての情報を収集するようにというふうに指示しましたゆえんは、人権擁護委員は全国に一万一千五百おられまして、それぞれその地域に住んでおられるわけでございますから、自分の御家庭あるいは近所の方からそういった情報を収集しやすい立場にあるわけであります。また、人権擁護委員がいじめの問題に積極的に取り組むということを明らかにしますれば、恐らくそういうことで悩んでおられる御父兄からも相談が出てくることも考えられます。そこで、まずそういったことによって情報を収集する、そうしてその収集した情報を学校当局に通報いたしまして、もし学校の方でそういったいじめの問題を認知しておられないのであれば、そういう問題がございますよということをお話して、学校当局にもその問題に積極的に取り組んでいただくようにしたい。 あわせて、こういった問題は先ほども申しますように人権思想の高揚を通じて何とか早い機会に根絶をしなければならないわけでございますので、人権擁護委員及び法務局としては地域社会の啓発に乗り出して、みんなで力を合わせてこういう問題の根絶に努力してまいりたい、かように考えておるところであります。
○柳澤錬造君 ありがとうございました。 同じようなケースの事件で私、これは最高裁の方で、これも今民事で争っているところですから、それがいいとか悪いとか、そういうことでなしにお聞きになってどういうお感じをお持ちになるか、それで最高裁として今後にどういう対処をしようとお考えになるかということで御質問するわけなんです。 これは前橋の市立の六中、中学なんですが、五十八年の七月一日にそこの一年生が教室の掃除が終わったころに同級生五人に取り囲まれまして、けられる、殴られる、頭をぶん殴られるという格好で体がおかしくなっちゃって、それで今でも自宅のベッドに寝たままで、ぼんやり天井向いているだけで口もきけない、四肢不全麻痺というんですか、もう重度身体障害者の一級に認定されて、それで母親が食事から排便の世話からいろいろ機能回復訓練、病院通いでそういう生活が一年半も続いている。 このお父さんが学校が何もしてくれないので、いろいろ同級生なんかに調べていって、そうしたらそういう事実もわかって、何で中学校が学校として何もしなかったんだといって、これもその学校と加害者の生徒、両親、十人を相手取って四千四百万円の損害賠償を今起こして、これも前橋地裁で争っている。これもその暴行したときに、女子生徒がそれを見ておってすぐ職員室に知らせに飛んでいったんだけれども、担任の教師はすぐ飛んでこなかった。それで、何で行かなかったかということは行かなかったのではないというようなことで学校の態度も明らかでないんですけれども、現在前橋地裁で争われているさなかですから、どちらがいいとかどちらが悪いとかではなしに、先ほども言いましたように、そういうことをお聞きになって最高裁としてどういうお考えを持つかということをお聞きしたいんです。
○最高裁判所長官代理者(上谷清君) あらかじめお断り申し上げておきますが、今委員の御発言にもございましたとおり、現に裁判所に争いとして係属しております事件でございますので、当該事件の内容はともかくとしていろいろ争いがあるようでございますので、それぞれの言い分のどちらがいいかということは別としてお話を申し上げるということを御了承いただきたいと存じます。 それから、こういうふうな事件でございますが、私ども最高裁判所事務総局といたしましては特にいじめの事件ということで報告を受けているというわけではございません。例えば新聞、報道等で報道されまして社会的な注目を浴びた事件であるということで、そういう事件が起こった場合に私どもに報告が来るということでございまして、その限度でしか把握はいたしていないわけでございますが、今こういうふうないわゆる生徒間のいじめが原因となって損害賠償の請求がされております事件として報告されておりますのは全国 で六つばかりあるようでございます。そのうちの一つが今お話のございました前橋の地方裁判所に係属しております事件のようでございます。私ども裁判所といたしましては、このようないわゆる損害賠償訴訟が出てきた場合に、当事者のそれぞれの言い分のどちらが正しいかということを十分審理をいたしまして冷静に対処するという、それに尽きるわけでございます。 ただ、裁判所といたしましてはこういうふうな事件、実際問題としては日ごろお互いに接触している生徒児童たちの間の事件でございます。あるいはそういう生徒児童の両親を巻き込んだ紛争、あるいはまた学校の先生方なども巻き込んだ紛争ということになりますので、実際の事件の審理には、裁判所として、裁判官の皆さん方としても大変御苦労なさっておるところだと思います。私ども裁判所の立場でいたしますと、既に起こってしまった事件が損害賠償という形で裁判所へ持ち込まれるわけでございます。持ち込まれた事件につきましては裁判所の方で最善の審理を尽くして当事者の納得のいく判決をする。それに全力を向けて努力をし、私ども事務当局といたしましてもできるだけそういうふうな事件の判決に、審理に必要な情報等があれば資料等を御提供申し上げていくということになるわけでございます。 もちろん、裁判所といたしましては、このような事件が不幸にして起きて、後で紛争解決という形で裁判所に持ち込まれるよりも、それ以前に紛争が生じないように、むしろ紛争の根を断つというような形で、各行政機関初め学校の先生方、あるいは父兄の皆さん方の一層の御努力をお願いできれば、一番裁判所としても、何といいますか、望ましいところだと、このように考えておるわけでございます。
○柳澤錬造君 ありがとうございます。 それも私が一番お聞きしたいのはその一番最後の言葉で、もちろん裁判所は来たのを受けて法律的な解釈して、それは判断下せばいいんだけれども、これももう言わなくても皆さん方もおわかりだと思うんですけれども、大阪市立大学の社会学研究室の森田助教授を代表とする研究グループが「いじめ集団の構造に関する社会学的研究」ということをやりまして、そのレポート出しているわけです。結局東京と大阪の小学校の六年生と中学の二年生を対象にして、いじめの経験があるかというのには、小学生の七七%がある、中学生は六二・三%がある。それで、いじめたことがあるかという方には、小学生の五三・一%がある、中学生の四四・三%がある。それからいじめられたことがあるかというのには、小学生の方が六二・一%、中学生が四四%といって、大変な高い数字なんですね。 だから、これだけ社会問題にもなってくるんですから、法務省の方でもお取り組みをいただいている。それから最高裁の方でもいろいろと、ですからそういう点につきまして何とかしてこういう不幸な事態がなくなるような形での御努力をしていただきたいと思うんです。そして先ほども言いましたように、本来ならば文部省が一番この問題は真剣に取り組まなければならない。それから校内暴力なんかあれだけ大騒ぎになったことも経験しているんですから、やらなければいかぬ。その文部省が、本当にきのうも聞いておって、けんかか悪ふざけかの区別がつかないのでわからないような、そういうふうな見方をしているところに私こういうのがどんどん広がると思います。 時間もございませんから、ぜひともそういう点でもって法務省なり、それからもちろん裁判所の関係の皆さん方もこういう事件の起きないような方向で御努力をお願い申し上げて終わりたいと思います。
○委員長(大川清幸君) これをもちまして昭和六十年度一般会計予算、同特別会計予算、同政府関係機関予算中、裁判所及び法務省所管についての委嘱審査は終了いたしました。 なお、委嘱審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大川清幸君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後一時五十五分散会