法務委員会 第13号
- 発言数
- 273 件
- 登壇者
- 26 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1985/04/10
会議録
○片岡委員長 これより会議を開きます。 お諮りいたします。 本日、最高裁判所上谷民事局長、小野刑事局長、猪瀬家庭局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○片岡委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
○片岡委員長 裁判所の司法行政、法務行政、検察行政及び人権擁護に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。石原慎太郎君。
○石原(慎)委員 私は、法務委員会に出席するのは生まれて初めてでございまして、のぞいたこともございません。法律、司法に関しては全くのと素人でございますが、この質問をいたしますために、友人の弁護士だけではなくて、友人には裁判官、検事もおりますので、いろいろ相談しお知恵も拝借いたしました。その中のある人がさわらぬ神にたたりなしたということを言われましたが、私は言わんとするところの意味がよくわかるような気がいたしました。しかし、日本を真に開かれた、より自由が保障された社会として安定させていくために、むしろ素人の方が同じようにほとんど素人である大衆国民を代表する場合もあるのじゃないかと思って、あえて質問させていただくわけでございます。 私たちがさわってならないのは自由そのものでありまして、これを棄損する可能性のあるものがあったらこれを正して防いでいかなければならないと思うわけでございまして、特に社会工学的に非常に規制力のあります行政、立法、司法に法律から外れたところでタブーがあってはならないと思いますけれども、大臣、この点を基本的にいかがお考えでしょうか。
○嶋崎国務大臣 ただいまのお話はそのとおりだと思っております。
○石原(慎)委員 私がいろいろ聞きましたら、これは正確な数字がどうか知りませんが、日本の起訴された事件の有罪率は人によったら九九%、ほとんどの人が九〇%コース、一方アメリカでは三〇%である、つまりこれはかなりの起訴された事件のうちの有罪率の格差だと思いますけれども、アメリカと日本を比べた場合に、民主主義のお手本として我々が考えていたアメリカと日本にかなりの格差があると思いますけれども、大臣、この点についていかがお考えでいらっしゃいますか。
○筧政府委員 有罪率、裏を返せば無罪率でございますが、日本の場合、一般刑事事件全体で無罪率はたしか〇・二%、ですから有罪率は九九・八%ぐらいになりましょうか、であると承知いたしております。アメリカのパーセントが三〇%かどうかは詳しくは存じておりませんが、相当高いということは一般的に言われておるわけでございます。その差異は、アメリカと日本の法制度の違いに基づくのが主要な原因であろうかというふうに考えておるわけでございます。
○石原(慎)委員 たしかアメリカは半分以下と聞きました。日本におりますアメリカのある著名な新聞記者二人にこの話をしましたら、彼らは肩をすくめてホリブルと申しました。恐ろしい、君ら日本人は不安を感じないのか。法制度の違いはあるかもしれませんけれども、彼らの言うところは、要するに裁判官も検事もともに人間である、完璧な人間がいない限り、そういう人間が扱う裁判でそれだけの数字が出てくるというのは非常に恐ろしいということを言っておりました。私は、裁判というものの実態は必ずしもこういった数値で左右されるものではないと思いますけれども、しかしこれは民主主義というものの成熟度をはかる非常に大事なかぎ、メジャースティックじゃないかと思います。 私、本当に素人ですが、ある事件をきっかけにこういう問題に関心を持ち出していろいろ調べましたら、日本の場合には裁判の運行にいろいろ問題があって、とにかく煩しいし自由になりたいから執行猶予がつくなら控訴もせずに受けてしまおう、またそれを勧める弁護士もいたりして、一種のあきらめで刑を甘受する人が非常に多い、そういう実態があるのに実は驚きました。法務省には御異論があると思いますが、これは私の印象と申しましょうか体験として申し上げておきます。 三権分立ということになっておりますけれども、この立法府にしろ、私も政府におりましたが、行政府にしろ、とにかくマスコミを含め縦横無尽に批判にさらされているわけで、それは開かれた自由な社会として妥当なことです。そういったやや行き過ぎの批判とかマスコミの動向もありますけれども、それが相互に作用し合ってチェック・アンド・バランスされていると思うのですが、どうも司法だけが一種の聖域化されている感じがいたします。 それで、そういうもののチェック機関として裁判官弾劾裁判所というのですか、これは鬼頭判事補の事件で知りましたけれども、また検察官適格審査会なるものがあるそうでありますが、こういうものがある大きなきっかけで開かれたという例を実は私、耳にしないのですが、これは今まで戦後たびたび開かれておるのでしょうか、どのくらいの頻度で開かれておるのでしょうか、お聞きいたします。
○岡村政府委員 最近十年間の例で申しますと、平均いたしまして毎年一回開かれております。五十一年以降現在まで十回開催されております。
○石原(慎)委員 私は、現在係争中のある事件を踏まえて質問をしているわけでございます。 実は、予算委員会でこれに先立ってある質問をいたしました。あえて申しますけれども、それは例の戸塚ヨットスクールの事件でございます。戸塚君は私の友人でもありますし、日本の誇る本物の超一流のヨットマンでありまして、真のスポーツマンであります。これは私の友人関係でございますけれども、私がこの事件を非常に注目して裁判の動向に関心を持たざるを得ないのは、これは予算委員会で文部大臣との応答の中で話したことでありますけれども、これはただの事件ではなくて、今日、日本の中学、高等学校の児童生徒において、いわゆる情緒障害児というものの数が世界に比して異常に多いのです。これは十六年前に中央児童福祉審議会でしたか、既に警告を発しているのですけれども、文部省は全く無為無策で来まして、いたずらにふえるばかりで、今本当に手をやいている。これは日本の民族史の中で初めて出てきた子供たちでありまして、対処の方法がわからない。私、これはどうして出てきたと思いますかと文部大臣に聞きました。松永さんは昔検事であり弁護士であった人ですけれども、じっと考えて、これは私個人の意見ですけれども、私は日本の若いお母さんがいかぬと思いますと言われた。これは実に名言、至言でありまして、私はそのとおりだと思いました。残念なことに、次の日の新聞にはそれは一行も書かれなかった。私はお母さんたちに対する大きな警告になったと思うのですけれども、これは取り上げられませんでした。 いずれにしろ、この情緒障害児に対する対策というのはどうにも立てられないし、臨時教育審議会でも一向にこれが俎上にのぼってこない。ところがこの情緒障害児がヨットスクールで奇跡的に治っていたわけです。周囲の人は、皮肉なことに今日彼を罪人、被疑者として扱っている警察の人たちも、これを非常に評価し、部分的には協力もしてくださっていた。ところがこういう事件になりました。 もともとこの学校は、普通の人にヨットを教えるために開設しました。そこに親が手に負えぬ子供を強引に入れた。子供も何となく海が好きだったのでしょう。そこにいるうちに治ってしまった。それが口から口へ伝わって、とうとう情緒障害児専門の学校になってしまったのですが、校長以下、コーチたちにすれば何も好きこのんでやっているわけではないので、素人相手に、普通のまともな子供相手に学校をやっておる方がずっと楽だ。だけれども、そういう社会的な希求もあって、彼らも意を決して学校の方針を切りかえて、そういう子供たち専門の学校になっていったわけです、必然的に。ところが、戸塚君自身も何で子供がこんなに治るのかよくわからなかった。彼は理科系の学校を出た非常にすぐれた人物ですから、自分で論理的に考えていったのですけれどもわからない。これは非常に効果があることだけは確かだから、国家のベースでもっと一般的に実験をして、もっと広くデータを拾って体系づけてもらいたいということを言っていた。そのやさきにあの事件になりました。 彼は幸か不幸か既に二年近く拘置所の中にいるわけです。その間、彼は勉強家ですからいろいろな勉強をした。同時に、日本の京都大学等々、大脳生理学で非常に新しい発見がありましてこれがわかってきた。ここでくどくど申しませんけれども、人間の脳幹という部分に非常に不思議な分泌物があって、これが作用して、子供に限らず大人を含めて人間の知情意を形成しているという分子生物学の新しい発見でありまして、アメリカのある泰斗は、今や人間の精神の問題は分子生物学の手のうちに入ってきたと言っても差し支えない、これは多くの哲学者や文学者に余りいい印象を与えないかもしれないけれども、科学的にはそれが立証されるだろうということを言っているわけですが、人口当たりの数が世界で一番多い情緒障害児について、政府を含めて、学校の先生も全く手をこまぬいて等閑視している。その間、どんどん少年たちの荒廃は進み、日本の教育は六・三・三制を何割に直したところでどうにもならないところまで揺るぎがきているわけです。 ですから私は、戸塚個人の問題は友人として憂慮いたしますけれども、それ以上に政治家として、教育に関心ある市民として、この戸塚君の体験が暗示しているものが正当に評価され、例がいいか悪いかわかりませんが、私はやや丸山ワクチンに似ているなどいう感じがするのですけれども、ここから文部省なりあるいは学校なりが大きな啓示を酌み取って、それを国家の責任で体系化して、日本の教育というものを根本的に考え直していく大きなきっかけがここにあると思う。 係争中の事件ですから、皆さん御意見はおっしゃらないでしょうし、これから先は私も論評を控えますけれども、全体の成り行きからすると、本質論が非常にゆがめられ、隠され、すりかえられた形で裁判が行われている。しかも、その裁判の前の準備もそういう形でしか行われていないというところに、戸塚君個人の自由の問題以上に日本の教育が蘇生する可能性が阻害されていると思うので、素人ながら諸先生の前でたどたどしくこういう質問を行うわけでありますので、そういう前提があるということを大臣並びに政府委員の方々に御了承いただいてお答えを願いたい。 私は、決して司法に立法府で干渉するつもりもありませんし、してもらいたいと思っておりません。ただ、係争中の事件だからといって我々は一歩離れたところで見るというのが大体今までの慣習のようですけれども、ある場合、いろいろな事実が歴然としているときに、三権分立と言いながら、立法府なら立法府で法務委員会があるのですから、ここで議論され、こういう問題を規正というと行き過ぎかもしれませんけれども、我々が見届けた上で、いろいろな判断を大所高所でなさる必要があるのじゃないかな。また同時に、こういう議論を通じて国民が何が行われているかということを熟知する、そして日本の自由民主主義社会というものがどこまで成熟しているのか、していないのかということを国民自身が知る必要があるのではないかと思うわけでございます。しかし、一般論としてお尋ねいたしますから一般論としてお答え願いたいけれども、ただ、どこにそういう証拠があるのだと言われましたら私はいつでも提出いたしますが、証言者もいるでしょうけれども、私なりに調べた事実をもとにして、一般論的な質問をし、一般論的な答えを願いたいと言っているということをひとつ御理解願いたいと思うわけでございます。 問題は大きく分けて四つほどございます。よく言われることですけれども、被疑者の長期勾留と保釈の問題、第二は証拠隠滅あるいは証拠開示、証拠にかかわる問題、第三は裁判の運営のための正当な手続、公正な手続の問題、第四は拘置所のあり方の問題でございます。どうも建前とするとこれは裁判所、裁判官の責任下にあると言われておるようですし、また検察官はやや警察官に似て特殊でありますけれども行政官の範疇に加えられるために、行き過ぎがあるにしても、それをチェックするのは裁判官の責任ということのようで、確かに警察官がある場合には少し行き過ぎをしてでもやってくれませんと犯人も挙がりませんし、検察が一種のプロとして非常に意気込んで激しい責め方をするのはうなずけますけれども、行き過ぎがあったときにこれをチェックするのが裁判官だと思います。ですから、すべての責任は裁判官に体系的には集約されるのかもしれませんが、事実を調べていくととてもそれで済まない、裁判官の目の届き切れないところでいろいろゆがみがある。これを単に裁判官ひとりの責任で問うて済むのかなという疑問を私は抱かざるを得ないわけでございます。 長期勾留の問題に入りますけれども、私が予算委員会で質問いたしましたら、周囲の与野党の予算委員の諸兄がひとしく驚きました。それは何で驚くかというと、単純な問題で、何だ、戸塚はまだぶち込まれているのか、あんな事件でまだいたのかということです。いかにも長いじゃないか、これはおかしいぞということが、ざわざわという形で与野党の委員の中から起きました。現にもう二年近くになりますが、その間十数回保釈の申請がされましたけれども、全部却下されました。 それは主な理由は一つでありまして、刑事訴訟法六十条と八十九条に言われております証拠隠滅のおそれがあるということでありました。それなら、いかなる証拠をいかにして被疑者側が隠滅するおそれがあるのかということをしきりに弁護側が聞いたわけです。恐らく他の裁判でもこれがあると思います。その場合に一般論として、いろいろ検察側の都合もあるでしょうけれども、これは可及的速やかに、いかなる意味で証拠隠滅のおそれがあるかということをわかりやすく検察が、あるいは裁判官を通じて弁護側に伝えるという責任があるのではないかと私は思います。できるだけ早くそれを答える責任があるのではないかと思いますけれども、いかがでございましょうか。
○筧政府委員 今、石原委員の御指摘にも関連いたしますが、何分現在係属中の事件でございますので、その過程における個々の裁判あるいは検察、被告側双方の立証の問題等についての論評は差し控えたいと考えております。 今御指摘の被告人、多数ございますが、戸塚宏氏を中心に申し上げたいと思いますが、戸塚氏に対しましては、二名に対する傷害致死事件、それから二名に対する監禁致死事件、死者四名でございますが、その事件を含めまして合計十三の事実で起訴されて現在審理中のわけでございます。そして、その間において被告人側から保釈の申請が二月ごろまでの段階で九回でございますが、その後なされておるかどうか詳細承知しておりませんが、いずれも裁判所によって却下されております。 その却下されております理由は、今先生の御指摘にもございましたが、刑事訴訟法第八十九条で、いわば権利保釈の例外事由が列挙してございます。その一号と四号でございます。一号と申しますのが「被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したものであるとき。」ということで、本件の場合、今申し上げました傷害致死あるいは監禁致死が二年以上の懲役ということで、犯罪がたくさんございますが、その中で重罪という類型に入るということでこの一号が該当するわけでございます。その理由としては、こういう重い犯罪については有罪になった場合には重刑も予想されるということなどから、定型的に逃走のおそれがあると認められるということであると言われております。それと、四号の「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。」ということで、裁判所はこの八十九条の一号、四号という理由で保釈申請を却下いたしておるわけでございます。 御承知のように、裁判所の決定には、本件保釈申請を却下する、その理由のところに八十九条の一号、四号と書いてあるわけでございまして、それ以上に、一号がどうして当たるあるいは四号の罪証隠滅は具体的にこういうことであるというような理由は付されておりません。また、付する必要もないとされておるわけでございます。
○石原(慎)委員 証拠の隠減がどういう形で行われるおそれがあるかということを具体的に説明する必要がないわけですね、本来は。しかし、それは非常に問題がありまして、いろいろな問題がそれから出てくると思うのですけれども、私、今あえて八十九条の一号についてはお聞きしなかったのですが、どうしてもこの問題を踏まえますと一般論といっても個人の名前を挙げざるを得ないのですけれども、一人だけ分離して検事の調書に同意して、自分で罪を検事の言うとおり認めた竹村コーチも、戸塚君と同じ罪状で傷害致死で起訴されていた。それで、一年以上というと、この人の求刑は二年何カ月で、結局判決は一審は二年で執行猶予二年ということでありました。となると、これまた致死という一種の殺人の容疑で起訴されていた人ですから、そういう意味では、分離された被告だけが、保釈ということに関しても、一回目の公判で自分の罪状を認知する以前、起訴状に捺印した瞬間に保釈されるという非常に不思議な現象が起こっているわけでありますが、係争中の事件ですから余り細かいことは聞きませんが、私はこれはどうもおかしいと思う。 私がここで一方的に物を言うこともまたこれは議事録に残って国民の目にさらされるので、それが必要だと思いますから、お答えがなくてもあえて私は言うべきことを言いますが、私、専門家に聞きましたら、これは一般論として、大体殺人という非常に重罪の容疑の人は保釈されにくい、しにくい、されないという慣例がございます。そうですが、実際に専門家から見てそういうことが慣例として定着しているという傾向があるのですか。
○筧政府委員 裁判所の判断、個々具体的なケース、ケースでその事案の真相といいますか、事案の内容、いろいろなその他の事情を総合的に判断して裁判が決定されるわけでございます。その間に慣例的であるとかいうようなものの入る余地はないものと考えております。 それから、今御指摘の竹村コーチの件でございますが、何か起訴状に捺印するとか検事の言うとおり認めて保釈されるということでございますが、そういうわけではございませんで、確かに傷害致死についての訴因もございますが、ずっと統一公判をしておりましたところを、ある段階で竹村コーチの方から分離の請求があり、裁判所が分離を認めて、分離裁判になった、そこで竹村氏の方が個別に裁判を受けた。その過程で裁判所は、罪証隠滅のおそれは、八十九条にいうおそれというものは認められなくなったという判断で保釈が許可されたものでございまして、検事の言うとおりにしたとかしないとかということとは全く関係がないものというふうに考えております。
○石原(慎)委員 竹村コーチの場合には八十九条の一号は適用されなかったわけですか、保釈に関して、それまでの勾留の理由として。
○筧政府委員 特に確かめておりませんので断定はいたしかねますが、恐らく一号、四号ということで保釈が却下されておったかと思います。そして、分離されて保釈になったときの段階では、一号によって保釈を拒むという理由もない。九十条とか九十一条とか、いろいろな裁量的な規定がございます。裁判官はその裁量の方法を考え、いろいろな諸般の情勢を考慮した上で、保釈相当という結論を出されたものというふうに考えております。
○石原(慎)委員 そこら辺が非常に、個々の事例でありますけれども、私たち素人には不思議な気がするのですが、要するに、同じように他の被告、つまり検事の起訴理由を認めないでいる他の相被告と一人離れてそれを認めた瞬間に、つまり同じ訴因で起訴されていながら、一人の人間だけが一号も適用するおそれがなくなった、必要性がなくなったということで保釈されるというあり方そのものに、何となく妙じゃないか、何が中で行われているのだろうかという疑義を持たない国民はまずいないんじゃないかと私は思います。 ただ、今局長は大事なことを言われましたが、慣例がないということ、大変結構なことです。私は、慣例というのはしょせん法律ができた後人間が補足してつくるものですから、それが定着するということは、あるとすれば非常に不可思議なことですし、けしからぬことで、本来殺人容疑の人でも無罪の推定という原則のもとに行われている自由主義社会の裁判でありますから、慣例が定着するということはその基本的な人権というものに抵触するので、そうだつ傾向があったらひとつ法務省の責任でそういうものにブレーキをかけていただきたいと思います。 私はこの問題に非常に関心を持ったのですが、やはり民社党の前の委員長の春日一幸先生もこれに非常に強い関心を持たれまして、先生は何かこの問題に対する質問書といいましょうか、一般論としてされたのですけれども、いろいろお考えになって、まだ質問書を提出されてないようですが、私、これは春日先生からいただきまして、何かの参考にしてくれということで拝見しましたが、大変大事なことを聞いておられるわけでございまして、質問書が正式に出る前に、春日先生の質問を法務委員会で横取りして申しわけないのですけれども、ついでですから、大事なことなので、制度上の問題としてお聞きいたしますけれども、要するに、被告人の勾留についての権利保釈制度を設けられておりますが、この制度には大幅な除外事由がありまして、その実態は、いわば例外的保釈制度になっていると思われる。したがって、この除外事由を整備して、特に証拠隠滅のおそれの項を削除するなどして、母法である英米法にあるがごとく、勾留は被告人の出頭確保のための制度として、かつ、保釈の請求があれば原則としてこれを許さなければならないこととするように、我が国の現行制度を根本的に改正する必要があると考えるかという質問がございますが、私も極めてこれに同感いたしますけれども、この点、法務省の見解はいかがでございましょう。
○筧政府委員 お尋ねの現行制度でございますが、現行制度はそれなりに現在有効に機能し、かつ、有益に働いておるというふうに考えております。したがいまして、これらの制度を根本的に検討し直すとか改めるとかいうようなことは現在考えておりません。
○石原(慎)委員 そのほか、これはいろいろ大事な質問がございますですね。 基本的に、戸塚事件もそうでありますけれども、ほかの一種の確信犯といいましょうか、政治事件で被疑者となった行為者が、その行為を正当な行為と自覚し認識して行われた類型の犯罪においては、一般の犯罪とは性格上異なっているので罪証隠滅のおそれも乏しいと考えられますが、そういう認識があれば保釈の可否に非常に大きな影響を持ってくると思いますけれども、そういう一種の確信犯というのでしょうか、今申し上げた性格の犯罪を結果として犯してしまった被疑者に、一般の犯罪と違って罪証隠滅の可能性というのは非常に少ないと私は常識的に思いますけれども、法務省は、そういう見解を持たれる可能性はありますか、今お持ちになっておられますか。
○筧政府委員 いわゆる確信犯というものは定義はなかなか難しいかと思いますが、政治あるいは信条等によって、自己の行う行為が正当であるという確信のもとに客観的に違法と見られる行為を行った場合とでも定義するのか、いろいろ言われておりますが、いわゆる確信犯というものが一般に罪証隠滅のおそれがないというふうには直ちに結びつかない、やはり罪証隠滅のおそれというのは、個々の具体的な裁判の過程といいますかその場において、当該刑事訴訟で争っております事実に関し責任を問われている被告人との関係において、人証、物証その他の証拠に対し何らかの働きかけをするとか、その他隠匿するとかというような罪証隠滅の具体的な危険があるかないかを判断することになろうかと思います。 したがいまして、これもあくまで抽象的一般論として申し上げますれば、例えば、ある人が確信的な意図によって殺人を犯した、裁判になりました場合に、その殺害という行為あるいはその前後の行為もすべて詳細に捜査官に明らかにし、それが客観的事実に符合しておる、ただ、彼の言わんとするところは、自分のやった行為は現在の法には触れるかもしれないけれども、こういう目的等でやったのであって正当であるという主張だけをしております場合には、具体的な訴訟の場において罪証隠滅のおそれというものはほとんどないのではないかというふうに考えます。 ところが、いわゆる確信犯でありましても、やはり具体的な裁判の場において客観的な行為といいますか、事実関係等を争うということがありますれば、その点について罪証隠滅のおそれがあるかないかが判断されますので、本人が、おれは正しいことをある確信に基づいてやったといかに力説しましても、罪証隠滅のおそれというものは当然出てくる場合があろうかと思います。
○石原(慎)委員 その点はよくわかりました。 次に進みますけれども、この証拠隠滅といろいろ関連のある証拠開示の可否の問題でありますが、いろいろ大事な証拠を検察側は持っていらっしゃるようであります。一般的に申しましても、何か事件があって捜査陣が踏み込んで家宅捜査をする、本来、そこで押収していった証拠なるものは一つ一つアイテムとして記述されるべきものだそうですけれども、どうもガサ入れを受ける方も動揺しているものだから、捜査側が書類ダンボール一箱とか二箱という形で中に何があるか、とにかく押収された方も覚えていない。ところが、その中に検察側にとっても非常に有力な証拠があるかもしれないと同時に、被疑者の方にも逆に非常に有力な証拠があるかもしれないけれども、それにも全く物理的に手が届かない状況になるわけであります。 そういうシチュエーションは今まで随分いろいろな裁判についてあったと思うのですが、今回行われた、私が踏まえてお話をしている事件でもその傾向がどうもありまして、例えばきっかけになりました小川君という少年の死亡事件も、検察がとったお医者さんの調書が三通あるということだけはわかっているのです。それぞれお医者さんの意見が違うんだということもわかっています。お医者さんに聞いても、もう検事に話したから言いたくないということで、いかなる理由で小川君が死亡したかという見解が医学的に専門家によって違うということは非常に大事な問題でありまして、弁護側がどういうふうに違うかということを知ろうとしてもその開示が行われない。それだけじゃなしに、すべての押収された証拠の開示がない。起訴のもとになっている検察側の証拠が開示されない。なぜ開示しないのかということを再三聞いてきたのですが、その答えがなかったのですが、最近、我々が聞くと非常におもしろい答えを検察側が弁護士と裁判官との打ち合わせの中でされたようです。それは、弁護人に証拠を開示する、弁護人が被疑者にそれを接見のときに話をする、報告する、被疑者がそれを手記にする、マスコミがそれを発表する、そしてほかのマスコミが相乗効果で大騒ぎして、その証拠の中に出てくる人物、特に少年たちのところへ押しかけて、親は動転して、調書にとられた証拠をさらに法廷で証言するべき出廷を拒否するおそれがあるということでありまして、こうなってくると、一体開かれた裁判か開かれた裁判でないのか、まことに判じがたいことになります。 これは実際に行われた回答ですからお調べいただけばわかることだと思いますけれども、どうも証拠を捜査側だけが、検察側だけが握っていて、開かれた裁判として弁護人は実のある弁護をしようといっても、これは片手縛った拳闘というか、片手よりも両手縛った拳闘みたいなもので、つまりこっちが打ってくるのを、おまえは両手を縛ったまま反撃せずにうまく逃げ回れみたいな裁判になるんじゃないか。どうもそういうおそれがあると思うのですが、一般論として、公判が始まったら、できればその事前に速やかに弁護人に検察側の証拠の開示が行われるべきだ、それが公正な、つまり裁判の維持に不可欠の条件であり、また被疑者が保障されている人権というものを守る、防衛の権利の保障のために絶対必要条件の一つであると私は思うのですけれども、この点大臣、いかがお考えですか。
○筧政府委員 証拠開示の関係でございますが、まず一般論として申し上げますと、検察官が捜査の過程で収集した証拠、それを全部最初から見せろということをおっしゃる方はほとんどないのではないかと思います。そこで、検察官といたしましては、そのうち公判廷で取り調べを請求する予定の証拠、これにつきましては刑事訴訟法の精神、趣旨にのっとりまして第一回公判期日前、その他できるだけ早期に弁護人側に閲覧の機会を与えるということでございます。 それからまた、検察官が取り調べを請求する意思のない証拠についても、最高裁決定等いろいろございますけれども、公益の代表者である検察官の立場、それから被告人の具体的な防御の問題等を勘案いたしまして、その事案の性質、審理の状況等に応じて、真に必要なものについては適正に開示するという努力をいたしておるわけでございます。 本件といいますか、また具体的事件になるようでございますけれども、この事件につきましても、検察官の方が現在までに約四百五十点の証拠を開示いたし、約六割くらいが同意、その余は不同意ということになっておるようでございます。不同意の書証につきましては、それにかえて証人を請求して証人調べが行われておる。それからもう一つは、その当該証人の検察官調書あるいは警察官調書等がある場合でも、これは審理の経過にかんがみ、書証ではなくて当該証人に公判廷で直接謹言を求める、刑事訴訟法の直接審理主義にも合致するわけでございますが、そういうものにつきましては、これは事前にはその当該調書を開示はいたしておりません。ただ、その当該証人を証人尋問する段階になりました場合に、当然被告人側も反対尋問することになるわけですから、その準備のためということで、その都度その段階で開示をいたしておるということで、本件についても同様の措置がとられておるようでございます。 それから、先ほど石原委員御指摘の鑑定書の点でございますが、私どもの承知しておりますところでは、小川君の死因についての医師の鑑定書は一通のみでございまして、これは既に開示済みでございます。それから三通あるというのは、これは別の事件の、吉川事件の鑑定書が三通あるということでございますが、これらについてもすべて開示済みでございまして、特にそういうもの、その死因等については当然公判廷で明らかにしなければならない事実でございますので、その過程で当然開示され立証がなされているというふうに承知いたしております。
○嶋崎国務大臣 今刑事局長からお話があったとおりでございますし、私自身も、告発が前提になっている関税法違反、それから査察事件あるいは間接税、そういう仕事を随分長く国税庁でやっておりまして、その取り調べに入ったことも再々あったわけですし、その場合の開示その他の問題につきましても、そんなに円融自在に事柄を処理しているというようなことは全くございませんで、いろいろな差し押さえ物件等についてもきちっとした一覧表をつくり、それを開示して、また現にそういうものの金額を確定しなければなりませんから、不利な証拠というものを十分提示して処理をしなければならぬというような過程をやったことはあるわけでございます。 警察庁の仕事の立て方、いろいろ御批判もあるしいろいろな論評があると思いますけれども、しかし私は、日本の警察制度というのはそういう意味では非常にきっちり行われておると思っております。
○石原(慎)委員 ちょっと今、私の錯覚もございました。間違えましたが、三通の調書があるのは小川君でない少年のケースでございました。ただ、私がごく最近聞いた時点では、まだこの三通の鑑定書といいますか調書が開示されてなかったので、もう既に二年に近い勾留が続き、裁判も行われている段階で、この大事な証拠の開示がないということはちょっと遅過ぎるのではないかと思ったので、そこにちょっとタイムラグがございましたけれどもあえて質問をいたしました。その調書が開示されているなら大変結構でございます。 それから、今税務署の査察の話を例に引かれました。これは余談みたいな話になりますが、つい二、三日前にある公認会計士会の非常に偉い幹部の公認会計士の先生と話をしまして、たまたまこの問題が出ましたら、石原さん、検察とか警察でいろいろなことがあるかもしらぬけれども税務署の取り調べというか踏み込みのあれの方がよっぽどもっと一方的ですよ、ということを公認会計士が自分の体験から言っていました。大臣は大蔵省出身ですから、税務の出身ですし、それに対するカバーリングもあるでしょうし、また認識もあるでしょうけれども、それを受けて立つ方の公認会計士会には、非常に際立って違う意見があるということもついでにお伝えしておきます。 原則として、調書の裁判というものは自由主義国家の裁判の中では禁忌とされている。これは全くそのとおりだと思います。つまり、自白というものの証拠性の問題だと思いますけれども、特に不当な長期の勾留によって得られた自白は証拠性が非常に乏しいということは刑法の中にうたわれておりますが、このごろだんだん自自主義になってきたのですね。最高裁の幾つかの判例なんかを見ましてもまた自自主義が戻ってきて、どうも調書裁判というものが正当化されるというかまかり通るような傾向があるようですが、これはやはり、このごろ冤罪事件が頻発していますけれども、これが明かすように傾向としては是正されなくちゃいけない、慎まなくちゃいけない問題だと思いますけれども、その点大臣、いかがお考えですか、基本的な問題ですので。
○嶋崎国務大臣 御承知のように、自白についてのいろいろな憲法上の規定その他があることは重々承知をしておりますし、またそういうことを前提にして、今刑事訴訟法の中でもいろいろそれを補完をするような手続というものも規定をされているということは御承知のとおりでございます。 しかし、御承知のように、自白というのは犯罪捜査の中で非常に重要な位置を占めておると私は思うのです。ただ、問題は、それだけで事柄は処理されるものじゃなしに、それを立証すべき客観的な証拠というものを確実に固めて整理をしていかなければならぬということは当然のことであるというふうに思っております。したがって、自白に非常に偏重した、そしてまたそれをうのみにしたような調査結果というのは非常にまずい結果を招いているということも十二分に承知をしておりますので、その点については新しい刑事訴訟法の制度の中で的確に運用されなければならぬというふうに思っております。
○石原(慎)委員 かつては自白は証拠の女王だと言われたことがあるそうでありますが、それが是正されなくちゃいけないと思うのです。逆にまかり通りますと、死体がなくても自白さえあったら殺人罪が成立するんだということになるので、そういう事態は絶対に避けなくちゃいけないと思いますけれども、これはやはり大臣、御同意いただけると思いますが。
○嶋崎国務大臣 自白だけで事柄が処理されるというようなことがあってはならないので、そういうことを立証されなければならない物的な証拠その他を確実に収集をして対処するということが絶対に必要だというふうに思っております。
○石原(慎)委員 裁判のあり方についてこのごろ論議がかまびすしくなったのは、一つは、非常に国民的な関心でありましたロッキード裁判に関して、一審の判決後、その姿勢から、門外漢と言われるような学者たちの間から反論が起こってきた。被疑者が元総理大臣であるから事は非常にクローズアップされるわけでありますけれども、私、たまたまこうした問題に関心を持たざるを得なくなったのは、その戸塚君の事件がきっかけでありますけれども、事のついでにロッキード裁判なるものに対する批判なるものを読んでみましたら、昨年の文芸春秋に石島さんという弁護士が、私たち素人が読んでもなるほどなと思う部分が幾つかある論文を連載しておられる。その中で、私は愕然としたのは、かつて名検事か鬼検事か知りませんが、言われた河井信太郎さんが酒席でざれ歌として、「王将」という有名な歌のかえ歌を歌っておられた。その文句は、 明日は法廷に出てゆくからは 何が何でも落とさにゃならぬ 脅しすかしで固めた調書 私はそれを読んで、本当に背中が寒くなった。これはざれ歌では済みませんですな。私は、この弁護士はいいこと言うなと思って後で聞いたら、これは共産党員だというのでがっかりしちゃったんですけれども、共産党の方いらしたら失礼いたしますが、私たちとイデオロギーを極めて異にするので共産党に対しては厳しい批判を持っておりますけれども、しかし全く自由を保障されていない共産主義というものを、どういうわけか、自由にあふれた日本の中で志向される共産党の党員の弁護士が、一種の国民雑誌である文芸春秋の誌上にああいう論文を書くということはまことに皮肉な現象で、一体何がどうなっているんだ、日本はかなり混乱しているなどいう感じがいたしました。 またこの問題に戻りますけれども、戸塚事件というのは、皆さん専門家だから言われなくてもわかっていると言われるでしょうが、自白が取りつけられないと非常に罪状の成立が難しい事件じゃないかと私は思います。また、専門家に聞きましてもそう言われますし、訴因そのものがかなり無理があるなどいう意見を持つ、実は弁護士だけじゃなしに、友人の検事もおりました。それはそれで、担当の検事の所信ですから私はここで口を挟みませんが、ただある種の裁判の中でどうしても自白というものが必要となってくるときに、それを取りつけるために一つの手段として長期の勾留が行われているという現況は、残念ながらあるのではないかと私は思います。これは厳正にチェックされませんと、そこら辺が裁判官の器量ということになるのでしょうけれども、ある種の信念を持ったグループですから頑張っていますが、脱落していく人もあるかもしれない。 そこで、結局訴因そのものが、先ほど申しましたように、この事件が持っている、暗示している日本の荒廃した教育の救済の手だてというものを頭から全く認めずに行われている起訴だけに、私は非常に心配がある。むしろもっと頻繁に被疑者の意見が聞かれたり、それに対する反論があったりする方がいいのではないか。密室とは言いませんけれども、非常に限られた世界でこの裁判が行われ、しかもどうやって自白をとるかということに時間がかけられているとするならば、これは被疑者にとってだけではなしに、司法にとっても極めて悲劇ですし、日本の国民にとっても悲劇ではないかという気が私はいたします。そういう意味でも、春日先生がされようとしている質問は非常に大事だと思いますし、実際に質問がなされましたならば、さっきの御意見もありましたけれども、正面から受けとめて法務省全体でお考え願いたいと思います。裁判は、一種の闘いと言うと語弊があるかもしれませんが、検察官と弁護士との丁丁発止の中で、これが開かれた形で公平に行われて、初めて被疑者の人権が守られ、同時に裁判官も、有罪にしろ無罪にしろ、公正な判定を下されるというものだと思いますが、非常に膨大な調書が延べ一万数千人という捜査員でつくられて、何でも厚さは七メートルくらいあるそうですけれども、これが非常に遅いタイミングでしか開示されていないということで、裁判そのものにひずみが出ている気がいたします。そういう例がほかにもあるのではないかと思ってあえてこれを申し上げているわけです。 もう一つ、賛否両論あるのは世の常でありますが、先ほど申しましたように、親もあきらめ、先生も投げ出した子供がこの学校で奇跡的に治ったということで、戸塚君を本当に神様、仏様、戸塚さんと言って感謝している親がいるわけです。そういう親の感謝、謝意、つまり肯定的な評価というものを、検察側の所信に盾突くことになるかもしれませんけれども、検察が現地の警察を使って規制している事実がございます。これについてここで論じることは具体的な例になるからお答えがいただけないかもしれませんが、ございます。これは非常に残念なことでして、いろいろな形である。もっとひどいのは、戸塚ヨットスクール支援会の幹部の人にまで嫌がらせとしか思えない尾行がついて、おまえの証拠写真を撮った、これだけで三カ月引っ張れるぞと言った刑事さんがいる。その証拠写真を見せてもらったら、別にこの戸塚ヨットスクールの事件に直接関係している、手をかしている人じゃないのですけれども、その尾行された人の証拠写真なるものが、その人がどこかで立ち小便している写真だったので、その人もびっくりしたし周りの人も驚いたというのですが、一番ぐあいの悪いのは、謝意を表明している親のところに捜査の方がいらして、余計なことを言わぬ方がいい、君のところの子供は治ったと思われているけれどもまだ確かではない、その兆候があったら即座に鑑別所に送るとか家裁にかけるぞというようなことを言われる。それから、これは知っているかどうか知らぬけれども、監禁傷害致死といって業務上傷害致死じゃないんだ、だからあんなアウシュビッツみたいなところに、事もあろうに親が頼んで自分の子供を入れただけでおまえも同罪になるんだぞということを言われると、これは親は動転します。要するに戸塚ヨットスクールとは絶縁しろという、そういう現象が実際に起こっている。 しかし、これは決してすべての警察の傾向ではございませんで、皮肉なことにこの事件が起こる前に、これは予算委員会でちょっと申し上げましたが、周囲の警察はどこももてあまして、学校で暴力を振るう、家庭内暴力を振るう、登校拒否をする子供たちが奇跡のように蘇生していくので、警察の方々はひそかに快哉を叫んだ。そして、親が、戸塚ヨットスクールに入れたいんだけれども、子供にそう言ったら嫌だと言って暴れているんで何とかしてくださいと言ったら、わかったと言ってパトカーを派遣して、警官が暴れている子供を取り押さえて、ヨットスクールのライトバンがその子供を迎えに来るまで警察が手をかしてくれた、そういう事例が現実にございます。あるいは、その学校のスパルタ教育がつらくて脱走した子供が、何とかしてうちへ逃げて帰りたいうちへ帰ったらまた親にしかられるかもしれないけれども、とにかくあそこだけは逃げ出したいと言って行くんだけれども、町の人もこれに手をかさない、とうとう子供たちは交番に泣き込んでいったら、交番のおまわりさんが、わかった、それじゃすぐお父さんに連絡してやるから奥の部屋に入っていると言って、子供たちをそこに入れて、お茶を出して、実は電話をかけて、おたくの生徒が逃げ出してきて行くところがなくてうちへ来ているから受け取りに来いと通報して、ヨットスクールの車が迎えに来て、こらっと言ってまた連れていってしごいて、その二人の子供は更生したそうであります。 そうなってくると、これは警察の立場も非常に微妙になりまして、親に向かって検察が本気で、ヨットスクールにおまえの子供を入れただけで親だって同罪で、起訴したらおまえだって起訴できるんだということになれば、検察官が今度は、戸塚ヨットスクールにシンパとしてひそかに共感を覚えて手をかした警察官まで起訴できるということになる。まことに珍妙な現象が起こっておるわけであります。 しかし、この状況を非常に冷静に踏まえた警察当局の発言がございます。これは当時の県警本部長が非常に冷静にこういうことを言っておられる。被告人らの所為については親の委託がある限り必ずしも犯罪とは言えない旨、述べたことがある。そう本部長は言っております。そして、スクールについては将来立派な施設として立ち直ってほしいということも言っておられる。私は、これが大方の日本人の良識を代表した意見ではないかと思いますね。それから、ある検察官の中には、これは本当かどうか知りませんけれども、弁護人から聞いたことですけれども、自分も司法官試験に合格してなかったら戸塚ヨットスクールに行ってコーチをやったかもしれない、これはお世辞か何か知りませんけれども、その後で怖いことを言ったのかもしれませんけれども、そういうことを言った検事もいるそうであります。 いずれにしろ、るる申しましたが、自白というものがいろいろな形で大きな意味合いを持たざるを得ない性格の事件の中で、検察と警察とどういう関係にあるかつまびらかにいたしませんけれども、検察陣が人を使って、つまり検察にとって不利な自白を規制するようなことが絶対にあってはならないと思いますけれども、これは原則論として私はそう信じます。あったかなかったということ、これは事実としてお調べ願ったらよろしいし、私はその事実を踏まえて申し上げているつもりでありますけれども、原則論としてそういうことがあってはならないと思いますが、いかがでしょうか。
○筧政府委員 石原委員御指摘の数々の具体的な事実としてお挙げになりました点、先生の御論説にも何カ所か出てまいっておったと思います。これらの具体的な事実につきましては、私どもといたしましては、事実はない、御指摘のあるいは先生の論説にお書きになっているところとはその事態の経過、内容が違うというふうに考えておりますけれども、これは裁判のいわば情状といいますか周辺の事柄でございますので、一々これを反駁し、論議することは差し控えさせていただきたいと思います。ただ、私どもはちょっと違うような見方をしているということだけは御承知おき願いたいと思います。 一般論として申し上げますれば、検察官は何が何でも、起訴したところを自分のしたとおりするとか、あるいはその戸塚ヨットスクールで立ち直った情緒障害児があるのを全部否定しようとして、警察を使ってそういう証言を抹殺といいますか変えようとしておるというような点については、そういう事実は全くないと申し上げたいわけでございます。戸塚ヨットスクールについてどういう効果があったかということ、これもまた裁判の過程で明らかになると思いますし、そのことをすべて否定しておるわけではございません。この点は裁判所の認定、例えば竹村コーチに対する確定いたしました一審判決を見ましても、行為目的があったとしてもその手段方法は社会的許容性をはるかに越えて違法性があるんだという言い方をしておりまして、その目的についての判示もあるわけでございます。したがいまして、検察官といたしましても、そういうような効果があったことは、それが事実であればそれはそれなりに評価さるべきであり、片や一方、そういうことがあるからといって、今回起訴されておりますような事実が傷害致死あるいは暴行、監禁等ということで刑事責任をとられるべき行為であるという点とは、また別のことであろうかと思います。 そういう意味で、何でも被告人の不利なように警察を使っていろいろな証拠を働きかけるというようなことは事実としてございませんし、そういうことを今まで考えたこともないと思います。被告人に有利な情状も主として被告人側から法廷に提出されて明らかになるわけでございますが、検察官としては、被告人にとって有利、不利な事情をあわせまして、その中で事実を解明し、それに対して法律を正しく適用して、適正な刑罰ならば科刑を得るということが目的なわけでございます。 そこから先、情緒障害児をどうすべきか、国がもっと力を入れるべきであるとか、その情緒障害児の原因が脳幹等云々であるというようなことについては、検察官としては全く職責外といいますか自分の範囲を越えた問題でございまして、その点について影響を与えるというような気持ちは全くございません。それはやはり、それぞれの分野で適切な対策がとられるということを検察官個人個人も心から期待しておるものというふうに考えております。
○嶋崎国務大臣 今刑事局長からもお話がありましたけれども、本件については公判係属中のことでございますから、私からこの問題についてとやかく言うつもりはありません。しかし、一番初めに委員からお話がありましたように、情緒障害児が非常に多い、日本は非常に特殊な現象であるというような御指摘がありました。私もその点については、そういう方々が非常に多いということはよく認識をしておるわけでございます。そういう中で松永さんは特に家庭だと言われた、私は非常に理由があるように思うのです。このごろ核家族になってきておりまして、子供を大事に育てるというようなことで、甘やかしてどんどん育てていくという中でこういう状態になっているような人が非常に多い。また、それを規制をするというところで、きちっと折り目がつかない家庭なりというものがある。また、社会環境自身もその辺について非常にルーズになってきておる。そういう環境の中で、私も関係のことで神経科の先生にいろいろな相談をしたこともあるわけですけれども、そういうときに折り目をつけたことをやっていかなければならぬので、今までの慣習の中でずっとやっていったのじゃいよいよ事態が悪くなるんだというような指摘をされたこともあります。そういうことは、この問題を取り上げていく場合に、そういう情緒障害児の方を持っておられる人の感覚として、何か折り目をつけていくようなチャンスがあったら、またそういうことによって立ち直るという事例も私はないわけじゃないと思うのです。 しかし、御承知のように、本件については二名に対するところの傷害致死事件であり、また二名に対するところの監禁致死事件であるという現実もまたあるわけでございます。したがって、そこは、この公判事件を考える場合によく御判断をしていただかなければならぬことではないかというふうに思っております。 それからもう一つは、先ほど私は自白について申し上げましたけれども、まず自白があるのではない。私はいろいろなことで関係の仕事をやらせてもらったこともありますけれども、まず客観的にこういうことがあるからということで大体自白というのは出てくるわけでございまして、最初から自白が走るというようなケースというのは、我々がやった例でもほとんどないという感じすらするわけでございます。したがいまして、自白万能主義で、まずそれがあって、それの客観的な証拠を固めていくというような説明に先ほどの説明が聞かれたとすると、そういうことではありませんので、よく御理解をいただきたいと思っております。
○石原(慎)委員 法務大臣に盾を突くわけではおりませんけれども、今大事なことを言われたのですね。これは確かに事件が係争中でありますけれども、法務大臣は、要するに傷害致死、監禁致死という二つの事実があると言われたけれども、これはちょっと不当な表現で、その容疑があると言うならいいですけれども……(嶋崎国務大臣「容疑でした」と呼ぶ)容疑ですね。容疑という事実があると承っておきます。大臣がその事実があると言うと、裁判官を通り越して一番偉い人が断定されたことになりますので。 いろいろ申し上げたいことがあるのですけれども、一つ、これは裁判の手続の中で実際にあった事実でありまして、これに関しては裁判所が非常に適切な処置をしたと思うのです。起訴された後、弁護人と被疑者の接見が一時期非常に阻害されました。大体三日に一回、しかも二十分ということで、検察官の指定がなければ接見は許されないという全面禁止が行われた。これはちょっと常識外のことであったと私は思いますが、さすがに裁判所は、これを要するに非合理であるということで解禁をいたしました。これは極めて妥当な措置だと私は思いますし、そういう評価もいたします。ここでそれが妥当であったことを今さら政府のオーソリティーから繰り返して言っていただく必要はないと思いますけれども、どういう裁判官か存じませんけれども、こういう非常に思い切った判定を下さざるを得ないような手続の不便というものが講じられているということは、この裁判に限ったことなのか限ったことでないのか知りませんけれども、お耳に入っているかどうかわかりませんけれども、ひとつ御認識いただきたい。もしこれが裁判のときによく起こり、裁判官がそういう問題に異議を唱えなければまかり通るとなると、非常に裁判そのものが成果を問われるということになるのではないかと、私は、この件については納得いたしましたけれども、改めて新しい憂慮を抱いたものでございます。 次は、拘置所の問題について伺いますが、私、戸塚君に名古屋の拘置所に面会に行って驚いたのです。これは監獄の中に拘置所が部分的に同居している。棟が同じなのか部屋が別なのか知りませんけれども、とにかく同じキャンパスの中におりまして、管理者も共通している。未決がどれくらいのパーセンテージだか私は知りませんけれども、ともかく囚人がいるわけですね。衣服は違いますし待遇も少し違います。ただ、同じキャンパスの中で未決と既決とを共通した管理者が管理していると、人間ですから、どういうわけか知りませんけれども、勾留理由に逃亡のおそれもありとされていないのに、その段階から腰に縄をつけられて法廷に引き立てられていく未決囚を眺めていて、やはりある種の混乱とか混同、錯覚を管理者が抱くのは妥当だと思いますね。私はやはり本来拘置所と監獄というのは別々のところにあるべきだと思います。それが望ましいと思います。予算の都合もあるのでしょう。ですから私は、もしそれが別のところに設けられるためには予算が足りないのだったらこれから一生懸命お手伝いもいたしますが、本来拘置所と監獄はやはり別のところにあるべきものだと思いますけれども、これはいかがですか。
○石山(陽)政府委員 お尋ねの名古屋の拘置所ということに限定してお答え申し上げますが、名古屋の拘置所は本来は未決を入れるための専門施設でございまして、実は監獄として、いわゆる受刑者の収容施設として使うという二重の目的は本来あの施設は持っていないわけであります。 しかしながら、たまたま、あるいは委員のお目にとまりました事態で既決の人もいたということでありますならば、これは、いわゆる未決の人は公判、裁判等のために出廷がありますし、作業を課すわけにもいきません。そのために、その未決囚を含めました炊事でございますとか洗濯の業務でありますとか、こういう雑役に従事するために、既決囚からいわゆる経理夫というものを拘置所に派遣しております。それらの人々が混合収容されているという事態、これはどこの拘置所もあり得るわけであります。 名古屋の場合には約五、六百名の収容者がありまするが、その中で既決の状態になっている者が百数十名おります。大きく分けますると、裁判が確定しまして正式な既決囚として、しかるべき受刑施設に移送するまでの間身柄を預かっている人、これが非常に数多くあります。それと先ほど申し上げました雑役に従事しております経理夫でございます、こういった者がおるわけであります。しかしながら、この二種類の被収容者は、仰せのごとく混合拘禁するということは絶対にいたしておりません。これは同じ拘置所の中でも厳に分画されました別の収容地域に、既決囚は既決囚ということだけで生活させております。それから、もちろん処遇目的そのものが全然違いますので、未決拘禁者に対しましては先ほど申し上げたとおり作業を課さないわけでございますし、既決の方は、ただいま申しました作業に相当するもの、いわゆる炊事とか洗濯とかといった雑役系統に従事する。これは具体的な作業になるわけでありますが、また強制処遇といたしまして、受刑者は処遇目的が全然別個でございまするから、受刑者にはそれなりの処遇、教育といったことを別途に実施しておる、これが実態でございます。
○石原(慎)委員 そうすると、名古屋の場合、あそこにいるかなりの数の既決囚は拘置所を運営するための必要要員としているということですね。 でも、かなりの数の人がいまして、それはその分を全部民間から雇うわけにもいかぬでしょうから必然的にそういうことになるのかもしれませんけれども、私が混同、錯覚と言うのは、既決か未決かを物理的に取り違えるということではないのですね。眺める意識です。つまり、未決の拘置者に対する管理側の姿勢というものにそれが出てくるのじゃないかということで申し上げたわけです。 戸塚君からたびたび手紙をもらうのですが、彼自身もああいうところに入るのは初めてなので、びっくりしていろいろなことを書いてくる。私も、この間一回面会に行ったときについでに視察をいたしまして、大変丹念に案内をしていただいたのですけれども、そのときに戸塚君の訴えというのでしょうか、不満をただしましたら、それは法規で決められたとおりのことをやっておりますと所長は言われました。多分そうなんでしょう。ただ、最初の六カ月間、戸塚君自身も自分ではかってみたら、野外に出て太陽を浴びながらぶらぶらする時間が延べで二十七時間であった。これは彼は非常に少ないと言っているわけです。彼のような一種の野人にとってみればなおさら強く感じられるところでしょうが、私でもやはりそれは少ないような感じがするのですね。建物だってこのごろうるさくなりまして、東京で家を建てるときに、冬至のときに何時間日が当たらなかったら建てさせないというような日照権があるのですから、人間は生きているから何とかなるだろうということでこれは済まないので、建物より人間の方が大事です。つまり、未決の拘置者の日照権はどういう根拠で出ているのでしょうか。 それと、こういうものはアメリカの拘置所どころか監獄に比べてもかなり厳しい条件だと思います。厳しいと言えばそれで済みますけれども、かなり非人間的というか、つまり拘置者というのは裁判を受ける前の人ですし、起訴されても無罪の推定で裁判を受けるわけですから、拘置の原則というのは監獄法にうたっているかどうか知りません、私はそこまで調べてませんが、要するに身は不自由に勾留されるけれども、平常の生活にできるだけ近い状況で勾留をさせるというのが原則ではないかと思うのです。まずそれを確認したいということ。 それにしてみても、六カ月で二十七時間云々という日照時間というのは、都会の日照権の問題に比べてもかなり厳しいというか不自然であると私は思うのですけれども、そういう論拠はどこによって出てくるのか。日本じゅうの拘置所に共通した規定があるのでしょうか。
○石山(陽)政府委員 石原委員の文芸春秋の記事を私も拝見しましたのでちょっと調べておきましたが、昨年一年間だけでございますと、具体的に名前を挙げるのはいささかはばかられるのでありますが、戸塚氏の場合日照のための戸外運動回数は、これは未決でございますので裁判に出ていく場合はどうしても外れてしまいますが、延べで百九十一回という実績がございます。一回の運動時間は現在のところ三十分でございます。それから、昨年の七月からは一回四十分に延ばしておりますが、これは一律そういうふうに扱っております。ですから、最初の御印象で半年二十七時間というのはちょっと少ないのですが、これは恐らく裁判への出廷その他の関係があったのじゃないかと思われます。 それから、諸外国の例におきましても、立法例は、私がわずかな知識で承知している範囲では、欧米系でも戸外運動の時間は一人当たり一回で一番長いのは一時間、それから三十分、大体この間で実施しているというのが諸外国の通例でございまして、特に日本の施設の場合少な過ぎるというほどのことはないというふうに考えております。
○石原(慎)委員 私の拙文にも書いたのですけれども、先ほど局長から、委員会の始まる前に立ち話をして、そういう誤認があったということを聞かされたのですが、相被告同士の会話で接見禁止の懲罰を食ったというのは、実は相被告だけではなくて、法廷の傍聴人との間の会話だったので懲罰をこうむった、それはあり得ることだと思います。そうすると、原則的に相被告同士の会話というのは許されていることでございますか。
○石山(陽)政府委員 委員も御存じのとおりと思いますが、法廷が開かれておりますときには、刑事訴訟法二百九十四条でございましたか、裁判長の訴訟指揮権というのがございまして、すべて法廷内の被告人の挙動等につきましては、発言の順番でありますとか回数でありますとか、これは裁判長の指揮によって行われることになります。したがいまして、この辺は裁判所の方からお答えいただいた方がいい問題かもしれませんが、法廷内におきます相被告同士のいろいろな発言その他につきましてはすべて裁判長の指揮下に入っておる、こういうことになりますので、もちろんその場合には、私どもの施設側職員の戒護権の問題ではなくて、すべて裁判長におゆだねしている、これが実情でございます。 ただ、監獄法の規定では、特に未決の刑事被告人の場合、御存じのとおり未決勾留の目的そのものがいわゆる証拠隠滅の防止ということに重点がございますので、法の第十七条によりましてみだりに交談しない、あるいは監獄外におっても刑事被告人同士で交通することを禁ずるという趣旨の規定がございます。そのために、私どもは、法廷に入る前あるいは法廷の終わった後等でそういうような行為のないようにということは、出廷のたびごとに、出廷の護送をしてまいります指揮者から、その日法廷に呼び出される被告人の人たちに対しまして注意事項として指導しております。 たまたま今御指摘の例は、先ほどもちょっと立ち話で申し上げたわけでありますが、本件の場合には、私どもの漏れ承っている範囲では、何か裁判所の許可によりまして、開廷直後かどうかわかりませんが、あらかじめ決められた時間内で弁護士等との打ち合わせ時間というのが設けられております。そこでお話し合いになったり、被告人同士でいろいろ打ち合わされるということは認めておるわけでございます。それ以外の場合は、開廷中でございますので先ほど申し上げた訴訟指揮権になる。ところが本件の場合は、実は被告人同士の発言を法廷中に、つまり開廷中に制限する趣旨は私どもは何もなかったわけでありますが、開廷直後に、傍聴人と被告人の一人の人がその制止を無視しまして交談を始めて、それを制止したということであります。 それで、これに対します懲罰は、現在の監獄法には面会の禁止という懲罰はございません。これはどういうことかといいますと、軽屏禁の処罰を受けたわけでございます。軽屏禁と申しますと、ちょっと字が難しゅうございますが、江戸時代で申しますと蟄居閉門のたぐいでございます。ですから、その反射効として当然に面会は許されない。しかし、この場合でありましても、弁護人それから特に緊急の用事があるという場合には、その懲罰執行中であっても面会を許すという扱いに現在はなっておる、こういうことでございます。
○石原(慎)委員 今の問題はよくわかりましたけれども、拘置所は、それこそいつ、だれが入るかわからない。田中さんだって入ると思って入ったわけじゃないでしょうし。つまり一般論として考えて、我々も国民の代表ですから、私もいい体験をしまして、これはとにかくいろいろ改良の余地があるな、お金も足りないならこういうことこそ充実しなくちゃいけないなと思ったのです。 日照時間もさることながら、拘置所に勾留されている未決の拘置者に対する管理者の意識というものも、ちょっとこれから改善の余地というのですか、これは日本人独特のもので、もうちょっと欧米に近いものに変わっていかないと、余り逸脱しても困りますけれども、問題があるんじゃないかなという気がしたのです。 戸塚君が、短い日照時間なんで、どんな洋服を着ていたか知りませんけれども、せっかく日が照っているから太陽を浴びたいので上半身裸にならしてくれと言ったら、だめだ、なぜですかと言ったら、見苦しいと言う。別に女の子がそこにいるわけじゃないんで、私たちなんかがそれを聞きますと、ふうんという感じがします。 その他、今度はいろいろな制約があり過ぎて、本来の原則でありますふだんの生活に近い勾留状態にはなかなかなり得てないのではないかという感じがいたします。例えば独房にいる人でも、中でヨガをやったり独自の体操をやったりするといけないので、安座するか正座するかどちらかしていろというので、年がら年じゅう公判があるわけじゃないでしょうから、退屈きわまりないと思うのです。差し入れの本は私物として置いておくのは許されるそうですけれども、雑誌は、本でもそうですけれども、かなりのものがありますが、雑誌はどういうわけか知りませんが私物の範疇としてはとめ置くこともできない。読んだ後は没収されるそうですけれども、ここら辺の規定がどういうところから来ているのか、我々のふだんの生活から遠いような規定があるという感じがいたしまして、これは要求でございますけれども、ひとつできるだけいろいろな改良をされまして、有形無形の形で拘置所が、開かれた裁判を象徴するように、勾留者のふだんの生活に近い状況になるような改善の余地がまだまだあるのではないかと思いますので、これは積極的にお考え願いたいと思います。 時間がなくなってきましたけれども、法廷内で被疑者がとったメモあるいは弁護人との接見のときにとったメモは検閲されるそうですけれども、これは要するに法律でそういう定めがあるわけなんですね。
○石山(陽)政府委員 法廷内でとりましたメモ等については事実上、検閲という形では——信書の発受の場合に検閲はいたしますけれども、そういう意味での検閲ということではなくて、どういうことをメモしたかどうかにつきまして、被収容者の動静を把握する、その傍ら、要するに未決拘禁施設の本来の使用目的であります罪証の隠滅工作その他が現実に行われなかったかということを予防的に確認するという形でやっている措置でございます。検閲と申しますと、接見交通の際に、文書の発受でございますが、これが監獄法に明文の規定がございまして、現在も行っておるところでございます。
○石原(慎)委員 いろいろけしからぬ謀議をしているかしてないかということのチェックのために、検閲というのですか、それを閲覧されるというのは拘置所内の保安のためにも必要な措置かもしれませんが、それはあくまでも原則といいましょうか、当然のこととして、その内容は拘置所の中だけで承知されていて外部に決して漏らしてはいけないものだと思いますけれども、それは要するに、その内容を外部に、裁判当事者に拘置所から漏えいするということはまさに禁忌だと思いますけれども、いかがですか。
○石山(陽)政府委員 その点は委員の仰せのとおりでございまして、あくまで私どもの事務の内部の問題でございますので、こういうものはみだりに第三者に公表したりあるいは発表したりということはあり得てはいかぬことであります。 ちょっと余談になりますが、委員のこの間の雑誌の記事を拝見しておりまして、立会面接の際、弁護人が立ち会っておる面接の際でも内容が抜けるということの趣旨がちょっと書かれてありましたので私もびっくりしたのでございますけれども、弁護人が面接される場合には原則として無立会接見でございまして、一切立ち会いしておりませんから、そういうことはまずない。メモ自体どっておりませんし、話も聞いておりませんので、それは恐らく何かの誤解ではないかというふうに実は考えておるわけであります。 それから、これももう一つ余談でございますが、やはり御執筆中にありました、先ほども御質問ありました中に、裸になって日光浴してはいかぬということも、これは一つの例で申し上げますが、被収容者にはいろんな人が入っておるわけでございまして、正直言って日光浴の際にくりからもんもんを誇示して被収容者に威圧をかける種類の者もあるわけでございます。一人やりますと、全部裸にして日光浴しなさい、北欧のスウェーデンの施設ならむしろそれを勧めるでありましょう。しかし、日本の場合にそれをやりますと、体にケロイド状の傷がある人はかえって嫌がります。そういうこともありまして、私どもの施設は厳正かつ公平を旨といたしますので、そういう措置もあり得るんだということを御理解いただきたいと思います。
○石原(慎)委員 大体質問はこれで終わりますが、私もこの問題、全く素人でございますけれども、いろいろ見解の違いもございましたし、また説明の中で伺って納得する前もいろいろございましたが、いずれにしろ係争中の事件を踏まえての私の生まれて初めての法務委員会での質問でありますが、私は自画自賛するわけではありませんけれども、こういう議論がこれくらいのレベルで積極的に行われることは好ましいと思うのです、ほかの件に関しましても。やはりそういう審議、討論の応酬の中で、そういうダイナミズムの中で直すべきものは直されていくでしょうし、また私も新しい関心を政治家として持ちまして、特に拘置所の実質的な充実ということには一般的な関心も抱くようになりましたし、そういう点でるる申し上げましたが、これはどういうふうに何にどう波及していくか私はわかりませんが、ともかくもこの事件に限らず、裁判というものはより公正により開かれた形で行われていくように、先ほど申しましたように自白というものがだんだん比重を増してくる傾向がございまして、こういうものに対する批判もあるようですけれども、それをまた十分政府当局もしんしゃくされまして、国民が司法に大きな疑念を抱くことのないようにひとつ御努力願いたいということをお願いいたしまして、質問を終わります。 ありがとうございました。
○嶋崎国務大臣 ただいまの委員の御発言につきましては、司法のあり方等について一般に、党の中でもあるいは個々の議員の皆さん方が関心をお持ちになっていただくことは当然のことであるし、それについてある程度の論評をされるということも結構でございますが、ただ、現に係属中の事案であったりする問題につきましては、具体的な問題としてこれを処理するというのはなかなか難しい点があろうと思うのです。したがって、そういう点について十分配意をしてもらわなければならぬことは当然でありますけれども、そういう中でいろいう論議されるのは結構であろうというふうに思っています。 それから、先ほど私は事実と言いましたけれども、あれはしゃべり間違いでございまして、容疑でございますから、よろしく……。
○石原(慎)委員 終わります。
○片岡委員長 小澤克介君。
○小澤(克)委員 最初に、検察当局にお尋ねいたしますが、いわゆる直告事件というのでしょうか、直告事件に限らず告訴事件でございますが、これの処理状況、特にその処理機関についてお尋ねをしたいと思います。 〔委員長退席、亀井委員長代理着席〕 「公判法大系」という本に、名前までは申し上げませんが、東京地検の現職の検事さんが論文を書かれておられまして、告訴告発事件についての統計的な数字などを使われまして、「告訴告発事件の数自体は、総数に比べて必ずしも多いとはいえないのであるけれども、その処理が検察官にとって相当の負担になっていることは、一般に、その処理に長期間を要していることからも窺われよう。」というような記載がございまして、そして、昭和四十八年八月末現在の東京地検管内における未済機関別の件数というのが一覧表になっておりまして、これを見ますと、ほぼ二年以内では何とか処理をしている、二年以上にわたるものは数的にはかなり例外的であるというような統計数字が出ているわけでございますが、これは多少古い話でございますので、現在でも天体同じような傾向がどうか、まずお答え願いたいと思います。
○筧政府委員 検察官が直接告訴告発を受けたいわゆる直告事件に限定して申し上げたいと思いますが、検察統計年報によりますと、特に五十八年だけとって申し上げてみますと、受理ではなくて処理件数、五十八年に処理をした直告事件、告訴告発事件でございますが、総数が五千百九十ございます。それは処理機関別に数が出ておりますが、十五日以内というのが千四百九十六で二八・八%、その後ずっと余り数は多くございませんが、六月を超えて一年以内というのが千百九十の二二・九%、それから一年を超えて二年以内というのが五百九十九の一一・五%、それから二年を超えたものが百二十八件の二・五%ということになっております。したがいまして、約二、三%のものが二年を超えるということになりますし、一年を超えるもの、一年を超えて処理に一年以上要したものが、これでいきますと一四%でございます。 今申し上げました数字は大体、ここ数年間多少の相違はございますが、ほぼ同様の数字を示しておると思われます。
○小澤(克)委員 実は告発人が一瀬敬一郎弁護士ほか五人、被告発人が警視庁公安部公安課の方、名前は伏せますが、の告発事件がございまして、これが昭和五十七年十一月一日に受理されているのですが、いまだに結論が出ていないというケースがございます。 今のお話ですと、二年以上にわたるものは二%ないし三%ということですが、本件は二年半程度経過しているわけでございます。個別事件については答えにくいだろうと思いますので、一般論としてお尋ねしたいと思うのですが、このケースなどは、これは罪名が特別公務員暴行致死傷でしょうか、刑法百九十六条ということでございまして、診断書もありますし、しかもこの診断書というのは裁判所の証拠保全命令に基づいて診断がなされたということも聞いておりますし、それから目撃者は同僚の警察官一名、あとは被害者と加害者のみ、関係者の数も非常に少ないわけでございまして、比較的単純なケースではないかと思うのですけれども、この種の事件について二年半以上も結論が出ていないというのは非常に奇異な感じを受けるわけでございますが、一般論で結構ですが、何か理由があるのでしょうか。
○筧政府委員 御指摘の事件は、確かに今委員御指摘のときに告発を受理し、現在まだ捜査中ということになっております。 一般論として申し上げまして、事案事案により捜査のいろいろな面での困難があるとしか申し上げようがございませんが、関係人は、少なくともその間の供述に食い違いがあるとか、そうしますといろいろな点でこれを補強するといいますか、固めるための証拠調へも必要であるし、何回も呼んで聞いてみなければいかぬということもあり得ようかと思います。あるいは民事に絡むというような事件になりますとさらにまたいろいろな捜査を要するわけでございまして、本件についても、御指摘のように形は単純など言える面もないではございませんが、内容的にはやはり相当慎重に捜査を要する事案ではなかろうかというふうに考えております。
○小澤(克)委員 個別事件には立ち入りませんが、この種事件のように、被告発者が警察の職員である、しかも公安関係の方であるというような場合に、検察の方で意図的に結論をおくらせているのではないかというようなことを国民の側で疑いを持たないように、ぜひお願いしたいと思うわけでございます。 それで、実はこの事件に関しましては、民事訴訟になっておりまして、被害者が原告となり、国賠ということで、東京都それから当該の公安の警視庁公安部の警察官、この二者を被告とする損害賠償請求事件があるわけでございます。それで、これも係属中の事件でございますし、その内容について、当事者間に全く百八十度の主張の違いがあるのはこの種事件では当然でございますし、また、現に裁判所で係属中の事件について国会のこの委員会で内容にわたるようなことは断じて議論すべきではないと思いますので、内容に関して云々するつもりは全くございませんが、実はこの事件に関しまして傍聴をめぐって若干トラブルがありまして、これまでに公判が二回事実上流れだということを聞いております。 そこで、まずお尋ねしたいのですが、昨年、一九八四年七月十六日の第八回口頭弁論期日において、これは当該の警察職員の方の被告本人尋問がなされていたそうでございますが、その公判の途中で警視庁公安部の方々、警察の方々、警察官の方が七、八名、あるいは一説にはもう少し多かったというようなこともあるようですが、傍聴をされた。それで裁判所が適当ではないとして退廷を勧告された。訴訟指揮としての退廷命令ではなく勧告だったと聞いておりますが、されまして、それを拒否された。それで一時休廷いたしまして、別室に代表者一名を呼んでいろいろ話して、再度法廷を開いて、再びまた裁判長席から退廷してはどうかということを勧告された。その結果退廷をされたということを聞いているのですが、まず、今お話しした事実関係はこのとおり間違いないでしょうか。
○鏡山説明員 ただいま御質問の件は、昨年十月二十二日の件だと思いますけれども、おおよそにおいては……(小澤(克)委員「いや、七月十六日です」と呼ぶ)失礼しました。 退廷させられたといいますけれども、実はこれは混乱を避ける意味で、裁判長の御意見もありましたので、一応混乱回避ということで退廷したわけでございまして、その後また裁判所の方といろいろ話しておりまして、そしてまた現在も、きょうもまた弁護士さんも入りまして裁判長のもとで話し合いしております。 いずれにしましても、警察官の傍聴を原告側 いわゆる原告側は、御承知のように極左暴力集団の中核派という組織の活動家で公務執行妨害で捕まっている被疑者でございますが、もちろん被告は警察官でございます事件でございまして、これは一般的な傍聴というよりも、いわゆる中核派の法廷戦術といいますかそういうものが絡んでおる問題でございます。これにつきましては、その後、おっしゃいましたように二度にわたって法廷が流会になったことがございますけれども、これはまた御質問がありましたらお答えいたしたいと思います。
○小澤(克)委員 極左暴力集団であるとか特定の政治結社なんでしょうか、私よくわかりませんが、の名前が出ましたけれども、私の方でも内容にわならないように注意して聞いておりますので、その点御注意願いたいと思います。原告がどういう方であるかということは本件は無関係でございまして、専ら裁判所の傍聴の問題としてお尋ねしているわけでございます。 それで結論として、裁判所からの退廷の勧告があって、それに従って混乱を回避したという事実はあったというふうに今お聞きしましたので、それを前提にお尋ねします。 その次に、これは日にちがちょっとはっきりしてないのですが、警察の方から裁判所に対して文書で、この七月十六日の裁判所の処置は納得できない、傍聴を認めるということを申し入れられたというふうに伺っているのですが、まずこういう文書で申し入れたという事実はあるのでしょうか。
○鏡山説明員 お答えします。 ただいまの先生のお言葉をお返しするようで申しわけございませんが、これは被疑者と被告の問題じゃなくて、原告は別にして、いわゆる組織が警察官の傍聴を組織的に阻止しようという問題でございますので、お答えの場合に、政治的云々とおっしゃいましたが、またそういう問題が出るかもわかりませんけれども、その点については御容赦いただきたいと思います。 それで、ただいまの件でございますけれども、公判終了後に警視庁の公安第一課の幹部の方から、それとそのときに退廷いたしました警察官の両名が裁判長のところに訪ねまして、今回は裁判所の意向に従いましたけれども、次回の公判には私ども警察官、私服員を傍聴させたいということを申し入れでございます。ただ、文書でしたかどうか、ちょっと私、今ここに持っておりませんが、この申し入れに対しまして裁判長も、やむを得ないでしょうというようなお答えをいただいているというふうに聞いております。
○小澤(克)委員 文書かどうか確認できないということでしたが、これは日にちあるいは今おっしゃった肩書、ちょっと聞き漏らしたのですが、どういった方が行かれたのでしょう。
○鏡山説明員 ただいまの日にちは、七月十六日の第八回公判が終わった後でございます。その日のうちでございまして、裁判長のところに参りましたのは、警視庁の公安第一課の管理官といいますか警視でございます。それからもう一人は、その日裁判所に行っておりました警部でございます。この二人が裁判長をお訪ねしております。
○小澤(克)委員 それで、その次の同じく昨年の十月二十二日、これは第九回公判、口頭弁論期日と聞いておりますが、既に満員の傍聴席に二十名程度の警視庁公安部の方とおぼしき警察職員が傍聴しようとしたことから混乱して、裁判所は開廷はしたものの、結局実質審理は流れてしまったというふうに聞いておりますが、まず、これは事実でしょうか。
○鏡山説明員 ただいまのは昨年の十月二十二日の第九国公判の際のことでございますが、その日、先に原告側の傍聴人は行っておったのでございます。これに対しまして警察官の方も傍聴しようということで裁判所に行きましたところが、この原告側の傍聴人がスクラムなどを組みまして傍聴させないということでトラブルが起こったわけでございます。これに対しまして裁判長は、裁判を聞くか聞かないか裁判所で処理するのは裁判長の権限だということで、このような状況のもとでは裁判の公開の原則に合致するかどうか問題がある、これ以上審理できないというので、次回公判を告げたのみで閉廷した、こういう事情がございます。
○小澤(克)委員 そういう混乱があって、裁判所の方で、この次からは傍聴券の希望者が多数の場合は、四十二枚ということのようですが、抽せんをするのだという方針を持たれまして、そして次の第十回公判、これが十一月二十六日と聞いておりますが、に臨んだわけでございますが、この傍聴券を配付する予定時刻の当日の十一時四十五分のおよそ二十分くらい前から、警視庁の方から三十名程度の警察官の方が、これはもう地理的にも非常に近いものですから、ぞろぞろと来られて傍聴券を求めて並んだ。ちょうど配付時刻にはほぼ傍聴券の数に見合う人数四十数名の方が並ばれた。このときももちろんその他の一般市民の傍聴希望者もいたわけでございますので、結局異常な状況となって裁判所が傍聴券を配付するに至らず、結局この日は公判そのものが中止されてしまったというふうに聞いておりますが、これも事実はこのとおりでしょうか。
○鏡山説明員 ただいまの十一月二十六日の第十回の状況も、結論的に公判が開廷できなかったのは事実でございます。ただ、今御指摘ございましたけれども、警察官が先に並んでおって後どうにもならなくなったというのではございませんで、警察官が行きましたときには、既に原告側の傍聴しようという人たちが四十数人並んでおったわけでございます。そこに警察官が行きましたところが、警察官は傍聴させないということでトラブルが起こったわけでございます。そういうことで裁判長も、これでは公判は無理だということで断念したというふうに私どもの調べではなっております。
○小澤(克)委員 物の見方の違いはともかくとして、外形的な事実は大体今のようなことだろうと思うのです。 そこでお尋ねしたいのですけれども、どうして警察の方でこういう組織的に傍聴という行動をされるのか、これが全く不可解なわけでございますが、この点はいかがでしょうか。
○鏡山説明員 この事件は警察官が被告になっておる事件でございます。ところが、この事件に関連しまして、実は先ほどから申し上げておりますように原告側の組織的な妨害、被告に対する恫喝的な発言あるいは罵声などがかなり起こっておるわけでございます。例えば五月二十一日の第七回の公判の際には、被告が証人尋問のために出廷いたしましたところが、傍聴席はほとんど原告側の者が占めておったわけでございますけれども、その中から、おまえがだれだれかと個人の名前を挙げまして、○○か、ただじゃおかないぞというような罵声を浴びせたり、主尋問の際にもたびたびやじを発しまして、裁判官から何度も注意を受けるというような傍聴態度であったわけであります。さらに閉廷後も、被告人が廊下に出ましたところが、本人を三万から約三十人で囲みまして、口々に絶対許さぬぞというようなことで本人に詰め寄った事例もあるわけでございます。このときは被告側の弁護人が割って入りまして、一緒に非常階段から避難するというような状況がありまして、証人に対する原告側組織関係者の……(小澤(克)委員「本人ですか証人ですか」と呼ぶ)これは本人じゃございません。威迫されたのは被告本人でございますし、威迫しましたのは原告側の傍聴人でございます。そういう非常に目に余るものがございます。 また、ここでその名前を出しては申しわけございませんけれども、中核派でございますが、中核派というのは御承知のように、昨年は永田町の政党本部に放火したり、一昨年は山口県岩国市で米軍の無線通信塔を切断したり、ことしも数々のゲリラ事件を引き起こしておるわけでございます。特に彼らの闘争の邪魔になるということで、警察は権力機関だと言ってこれに対する闘争を非常に強めておりまして、昨年の八月には千葉県下で、警察官と家族が居住しております駐在所に放火事件を起こすというような悪質な事件も敢行しておるわけでございます。しかも、機関紙などでもしばしば警察官の個人の名前を名指しで挙げまして、おどしをかけようとしておるわけでございます。こういうことでございますので、同僚の警察官が被告人のことを心配しまして、本人が心理的にかなり圧迫されるんじゃないかということで精神的に支援しよう、そして心を落ちつかせて平静な気持ちで裁判に臨めるように、こういう意味で同僚が裁判を傍聴しよう、こういうふうに聞いております。
○小澤(克)委員 今おっしゃったような政治的集団がどういう行動様式をとっているのか、私、そういうことはよく知らないわけでございますが、今のお話を伺っておりますと、先ほども組織的な傍聴妨害行動があったのでこれに対処したというような言葉も出まして、いみじくも、あたかも組織対組織という観点から行動されたように思えるわけですけれども、これは警察の組織として裁判所の構内で組織的に活動したということは、私は大変ゆゆしき事態だろうと思うわけですね。と申しますのは、法廷警察権というのは裁判所の専権でございます。それから、さらに裁判所構内の秩序の維持、これは官署としての裁判所の施設管理権の範囲内でございます。いわばこれは聖域じゃないかと思うわけです。こういうところに裁判所からの要請を受けて警察が出動するということは、これは全く別のことでございますが、仲間を支援するというようなことからまさに組織対組織という意識のもとに裁判所構内で組織的な行動をとった、これは私はあってはならないことじゃないかと思うのですね。たとえ相手が、どういう集団であるか私、知りませんけれども、裁判所という機関の中に、行政庁であり、そしてまた警察というのは場合によってはむき出しといいますか、物理的にも権力の意思を発動する、そういう機関でございますので、それが裁判所構内で組織的に行動するというのは全く妥当性を欠くんではないかというふうに考えるのですが、いかがでしょうか。
○鏡山説明員 今組織的に警察が動いたじゃないかという御指摘でございますけれども、裁判所に傍聴に行ったのはあくまでも休みを取りまして一私人として参加しております。公務ではございません。いわゆる自分の友だちが裁判所に出ていったところがいろいろと言われる、それを落ちつかせてやろうという個人としての人間的な友情から出たものでありまして、組織的ということは全然ございません。そういう意味では、裁判所に対して警察としていろいろ物を言ったりということもありませんで、一般の人と同じようにそこの列に並び、傍聴券をもらい、そして裁判の公開の原則に従って傍聴させてもらおう、こういうことでございまして、決して組織的な動きを示したわけではございません。よろしく誤解をお解きいただきたいと思います。
○小澤(克)委員 一私人として行ったんだというお話でしたが、事実関係、私の聞いているところではどうもそうは言えないのですね。例えば最初に申し上げた七月十六日の件でも、裁判所が傍聴を希望した六、七名の警察官のうちの一人を代表者として呼んで、そしていろいろ説得をした。この方の名前は伏せますが、公安関係の係長の方だというふうに聞いておりますが、その結果、この係長さんの合図で最終的には全員が退廷したというふうに聞いております。 それから、この第九回公判ですか十月二十二日のときも、地理的に近いわけですけれども、警視庁の方からちょうど傍聴券を配付する時間の二十分程度前にぞろぞろと一団をなして来られて、そして並ばれた。しかも、何か非常に異様な感じを与える格好をしておられるわけですね、ヤッケのようなものを着て、サングラスをかけたり、フードをかけて顔が見えないような。これは一市民の行動とはどうも考えられないわけです。 それから、先ほどおっしゃったように、裁判所に対して警察の傍聴を認めるということを交渉されたのも、公安第一課の管理官だということも聞きました。これは、そのときに傍聴を希望したうちの一人じゃなくて、恐らくその上司に当たる人だろうと思いますし、さらに、この問題をめぐって、代理人同士で、特に都の指定代理人と原告代理人とが裁判所を挟んでいろいろ交渉しているわけですけれども、都の指定代理人が、自分は傍聴希望者個々人の代理ということじゃなくて、警視庁の立場を代理して発言するのであるということを再三明言しておられる。さらに、この問題について、警視庁としてはフィフティー・フィフティーの傍聴というものを譲ることができないというような発言をされたり、また、本件についての窓口は、氏名は伏せますが、これこれであると、公安の課長代理の方だと思いますが、そういう発言もしておられる。また、それらの交渉の過程で、全く個人として、いわば市民として傍聴に来ているのだというようなことは一切言っておられない。そういうことを見ますと、これはやはり組織として傍聴を動員をしたというふうにしか思えないわけですけれども、その点はいかがでしょうか。
○鏡山説明員 先ほど、東京都の代理人の方が、警視庁を代表してというふうに言われたということでございますけれども、私どもの調べではそういうようなことはないということでございます。いわゆる東京都を代表してということはあったようでございますけれども、警視庁としてはないようでございます。 それともう一つは、警視庁の役職にある管理官が出ていったじゃないかという御質問でございますけれども、もともと相手側は我々を、そこに傍聴に行くのを警察官としてとらえるし、それから、裁判所の方も警察官の傍聴云々ということでおっしゃっておるものですから、そういうものについては一応代表が説明するということはあろうかと思いますが、参加している者はあくまでも個人的に参加しているというふうに聞いております。 ただ、その場合に、何か異様な服装だ、こういう御質問でございますけれども、私どもの聞いたところではやはりサングラスとかマスクをかけておった、これが異様であるというのは受け取り方の問題でございましょうけれども、先ほど申しましたように、彼らは警察官に対する個人テロというようなことも言っておりますから、そういう者に顔をさらしたくない、それから自分たちを守りたいといういろいろな工夫の結果だろうか、こういうように考えております。
○小澤(克)委員 今のお答えから、いみじくも、まさに警察官として傍聴を希望し動員したのだということがむしろ出ているのではないかと思います。全くの一市民として、例えば子供の教育のために休暇をとって子供を連れて裁判所を傍聴したとか、あるいは法曹を目指して勉強しておられるような方、警察官の中にも多数いらっしゃると思いますが、そういう方が裁判所というものはどういうものか見ておこうというような意味での全くの一市民としての傍聴とはどうしても思えないわけでございます。まさに、相手が組織的に妨害したからこちらも組織的に対応したとしか言いようがないわけでございますけれども、これは裁判所という聖域でございますので、どう考えてもおかしいのではないかというふうに思います。 また、都の代理人がという話がありましたけれども、これは原告代理人にも言えることかもしれませんが、当事者の代理人が傍聴席の問題について云々すること自体、全く責任も持てない話でしょうし、異様な感じがするわけでございますね。これは全く市民に公開されているわけですから、傍聴の問題について当事者の代理人が何か言うこと自体、奇妙な感じを受けるわけでございます。傍聴に関しては、専ら裁判所の訴訟指揮、法廷警察あるいは裁判所構内の庁舎管理権の問題として、何人ともそれに謙虚に従うべきではないかと考えるわけでございます。現に係属中の事件でございますので、これ以上触れることはしないようにしたいと思いますが、間違っても警察が組織的に裁判所の構内で行動をとったというような誤解を受けることがないように、これは裁判所の公正さということにつながる非常に重要な問題でございますので、こういうことについては慎重に対処していただきたいと思うわけでございます。今のは要望でございます。 それから、実はこの民事訴訟で、裁判所から証拠保全命令をもらって医師が原告の身体の受傷についての診察をしようとしたところ、これが妨げられたということも聞いているのですが、この件はちょっと質問の通告をしておりませんでしたので、これは事実かどうかの事実確認は求めないことにいたしますけれども、仮にこういう事実があるとすれば、これは裁判所の命令に対して行政機関として従うのが当然でございましょうし、もしこれに従わないなどということがあれば、これは法の支配に対するあからさまな無視、挑戦になろうかと思いますので、こういうことがあってはならないと思うわけでございます。これは質問通告しておりませんでしたので、一般論として、裁判所の証拠保全等の命令については行政機関として従うのが当然だと思いますが、この点、いかがでしょうか。一般論でお答えいただければ……。
○鏡山説明員 ただいまの件はまさに御指摘のとおりでございまして、私どもとしても、そういう誤解を招くようなことは絶対すべきでないと考えております。また、先ほどもございましたように訴訟指揮に従う、これも当然のことでございます。私どもとしては、そういうことに従わないということは決してございませんし、今後ともそういうふうにしていきたいと思います。 ただ、警察官だから傍聴しちゃいかぬというような一方的なことでトラブルが起こって、それで警察が悪いんだというような問題につきましては、これは私どもとしてもいろいろ判例も見させていただいておりますけれども、そういうはうな一方的な相手の言い分には従いかねる。いずれにしましても、私どもは裁判長の訴訟指揮に正しく従っていきたい、こういうふうに考えております。
○小澤(克)委員 警察官が傍聴していけないなどということは恐らくないだろうと思います。私人として傍聴されるのは当然でございまして、裁判は公開になっているわけでございますから、そういうことを言っているのでは全くないわけでございます。いろいろ相手が組織的に妨害するので危惧がある、不安だというのは、そういう面があろうかと思いますけれども、これはやはり裁判所の権限でございますので、裁判所の秩序維持についてどうも信頼ができないというようなことからいきなり集団的に裁判所構内で行動されるというのは、たとえ動機がどうであれ妥当でないと私は思いますので、この点いわば裁判所の聖域であるということをぜひ十分御認識いただきたいと考えるわけでございます。裁判所の秩序維持について不安があれば、これは裁判所に特に被告一この件は被告ですけれども、被告本人として代理人等を通じてお願いすればいいはずでございまして、それ以上にどうこうというのはどうも解せないわけでございます。 時間がございませんので、この点はこの程度にいたします。 法務当局に伺いたいのですが、不起訴事件につきまして事件の内容を公表するということは一般的には禁じられているのではないかと思うのですけれどもいかがでしょうか。不勉強で恐縮ですが、条文上の根拠などもあわせて教えていただきたいと思います。
○筧政府委員 ただいまの点でございますが、一般に不起訴事件といいますか、事件が不起訴という結果で終結しますと不起訴事件の事件記録が存在するわけでございます。それがその事件の内容ということになるわけでございます。不起訴事件記録の公開につきましては、委員御承知のとおり、刑事訴訟法第四十七条に規定がございます。「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」ということで運用されておるわけでございます。ただいま読み上げました四十七条の本文が訴訟関係書類の公判開廷前の非公開の原則ということを定めておりますのは、申すまでもなくそれに関係いたしました訴訟関係人、捜査の場合の関係人も多数あるわけでございますが、関係人の人権を保護するという面が一点と、それからそのことによって捜査あるいは裁判に対して不当な影響が及ぶことを防止しようという公益上の必要から定められているというわけでございます。また、ただし書きで公開してもいいという場合が規定されておりますが、これもやはり公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合に訴訟関係書類の公開を認めるということで、これは非公開とすることによって保護される公益に優先する他の公益上の必要があると認められる場合に例外的に取り扱うということを許したものでございます。 したがいまして、不起訴記録を公開するか否かということは、記録の保管者におきまして個々の事案ごとに個別具体的に公開の目的、必要性あるいは公開に伴う訴訟関係人の名誉等に対する影響などを十分に勘案した上、合理的な裁量によって決定することとなる、そのような趣旨で現在運用されていると承知いたしております。
○小澤(克)委員 大変御丁寧な答弁、ありがたいと思うのですが、刑事訴訟法の百九十六条は訓示規定だろうと思いますが、これも捜査の密行性といいますか、あるいは非公開の根拠規定にはなるのでしょうか。
○筧政府委員 百九十六条は、捜査に関係した者は、被疑者その他の者の名誉を害しないように注意しなければならないということを規定し、その書類あるいは不起訴事件の内容の公開ということと直接の関係はないかとも思いますが、捜査を通じ、あるいはそれが終結後にも関係者の名誉を十分保護しなければならないという趣旨では同一のことであろうかと思います。
○小澤(克)委員 そこで、先ほど教えていただきました刑訴法四十七条には、「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」という例外規定が設けられているわけですが、これが大変抽象的ではっきりしないわけですが、実際の運用としてはどういうふうに行われておられるのでしょうか。教科書等読みますと、公益上の必要については、典型的な例として国会による国政調査の場合が指摘されておりますが、その他の事由というのは具体的にはどういう場合なんでしょうか。
○筧政府委員 その他の事由というのはどういう場合があるか、なかなか難しい問題かと思います。今、委員御指摘の国政調査権の場合、その場合にもどこまで捜査内容あるいは不起訴事件の内容を公開できるかといういろいろな限度あるいは接点の問題があろうかと思いますが、一つの公益上の必要という場合に当たろうかと思います。 そのほかに、よく言われておりますのは、例えば交通事故がありまして、それについては業務上過失致死傷ということでその事件は不起訴になった、ところが民事訴訟で損害賠償等が行われた場合に、民事訴訟は御承知のように大分日時がたつものでございますから、どうしてもその当時の現場の状況等が再現できない、あるいは重要な関係者が、目撃した人がもう亡くなってしまったとかというような場合に、その当該民事裁判を主宰いたします裁判所から訴訟関係人の申し出に基づいて実況見分調書等の取り寄せの要請、嘱託があるというような場合、そういう実況見分調書が現在では再現できない、代替性がないというようなことも考慮いたしまして、その他の点も勘案いたしました上で、これは民事裁判を行うという公益上の必要があるということで相当と認めるという例は相当あるように承知いたしております。
○小澤(克)委員 今例示されましたのが例の裁判所からの文書送付嘱託で実況見分調書の現場見取り図だけ出すという実務の取り扱いのことだろうと承知しますが、大分以前ですけれども問題になったのが心臓移植事件で、ある医師といいますか大学の教授が捜査の対象になりまして、そして犯罪の嫌疑がないという結論で不起訴処分になったわけですけれども、このときに検事正談話という形式で不起訴裁定書の主文を含めてマスコミ関係に発表されたということがございました。こういうのはどういう根拠で、またどういう基準で行われるのでしょうか。
○筧政府委員 一般に事件が不起訴になりました場合に、その内容を公表するかどうかいろいろな例があろうかと思います。通常の場合には、一般の人がわからない間に事件が発生、立件されまして、それが不起訴になったということは発表もいたしませんから、どなたも御存じないまま済んでしまう。そういう事件を捜査したということも、ある場合には秘密に属するといいますか、公表を差し控えるという場合があろうかと思います。ただ例外的に、ただいまの心臓移植の問題あるいは最近では羽田沖の飛行機墜落とか、そういう社会的に関心を集めた事案等について、やはりこれはその処分結果あるいはその理由づけの主なところについては社会的な関心も強いし、その事件の性質上、今後のいろいろなことにも益するところもあるであろうということがあります場合に、もちろんその場合も、関係者の名誉あるいは今後の同種事件の捜査の円滑な遂行に支障が及ぶことがないというような配慮を施しました上で、必要最小限の内容を発表するということは、やはりただいまその公益上の必要という点からの判断であろうと思います。
○小澤(克)委員 そこでお尋ねするのですが、告訴告発のあった場合には関係者にその結果について通告するということは、これは法律上根拠があるわけでございますが、そういう場合を除きまして、全くの第三者に裁定内容あるいは被疑事実ですか、こういったことを通知するというようなことはあり得ないと聞いてよろしいでしょうか。
○筧政府委員 告訴告発の場合に関係者に、これは不起訴の主文といいますか、不起訴にしたという通知で、内容までは通知はされていないと思います。それは別といたしまして、全くの第三者に対してそういう通知を行うかという点につきましては、これは一般の場合には通知は行わないといいますか、行うべきでもないというふうに考えております。
○小澤(克)委員 実は、やや古くて恐縮なのですが、昭和五十三年七月二十六日付で千葉地方検察庁次席検事、名前は伏せますが、その人が公文書で、これは検番といいますか、文書の番号まで付しまして、ある被疑者の雇用関係にある、その使用者の立場の者に対して文書で回答しているんですね。「貴学園職員○○の処分結果について」という表題で、「本年七月二十二日付○発第一九一号をもって照会のあった標記の件につき、別紙のとおり回答する。」ということで、別紙が「右者に対する公務執行妨害被疑事件については、昭和五十三年七月二十二日付をもって公訴を提起しない処分(起訴猶予)に付した。なお、被疑事実の要旨は次のとおりである。」として、ここは伏せますけれども、被疑事実が書いてある。こういうことは、私の弁護士としての経験からしてもちょっと考えられない事態なのですが、こういうことは一般に行われているのでしょうか。
○筧政府委員 今小澤委員御指摘の件は、私、今初めて伺いまして、その内容を全く承知しておりません。したがいまして、今御指摘の事案がどういう事案で、あるいは貴学園というその相手方といいますか、どういう立場の人であり、あるいは何か御照会があったというところから見ますと、何らかの必要でその処分を知りたいという要望か要請が地検にあった結果であろうかとは思います。その場合の必要性はどういうことであったか、そういうことも今のところ全く承知しておりません。 そういうことで、今申し上げましたように通知といいますか、それを知らしめる必要があると判断した場合には、これは第三者と言えるかどうか別といたしまして、関係者に知らせるということもないわけではないと思います。その場合も、やはりそれなりに公益上といいますか、相当な必要があると判断し、かつ関係人の名誉を傷つけないという判断をなされた上でそういう通知をしたのであろうと思います。本件について、どういう経過であったか、早速調査してみないと何とも結論は出せないと思います。
○小澤(克)委員 私も、これは大変奇異に感じたものでお尋ねしているわけですけれども、これはぜひ調査を願いたいと思います。「千地検公安第二八七号」という検番が振ってございます。私の聞いているところでは、こういう通知等が根拠になって、当該職場において使用者から不利益な処分を受けたということも聞いているわけでございます。私は、これがどうして公益上の理由になるのか、全く理解のほかでございますし、あってはならない事柄ではないかというふうに思いますので、ぜひお調べを願いたいと思います。 実は、これは警察の方からもやはり照会に対して回答しているようですが、これは警察の方に質問通告していなかったので、しかもきょうお見えになっているのは警視庁の方ですね。この件はまた後の機会にしたいと思います。ぜひお調べ願いたいということを要望いたしまして、きょうは、大臣に対する質問がございませんで大変恐縮でございますが、若干時間が余りましたけれども、終わりたいと思います。
○亀井委員長代理 これをもって小澤克介君の質疑を終わります。 午後一時三十分再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時四十八分休憩 ————◇————— 午後一時三十分開議
○片岡委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。稲葉誠一君。
○稲葉(誠)委員 少年の犯罪に関連をしてお聞きをするわけですけれども、刑訴法の三百十七条ですか、「事実の認定は、証拠による。」というのがありますが、これは少年法に適用になるわけですか、ならないわけですか。
○猪瀬最高裁判所長官代理者 少年法には事実の認定は証拠によるというような明文の規定はございませんけれども、裁判の一般に通ずる原則として、当然刑事訴訟法のその規定の趣旨は少年法においても適用になるというふうに考えております。
○稲葉(誠)委員 適用になるならば、厳格な証拠でなければならないわけですが、実際には厳格な証拠でなくてやっているのじゃないですか。予断排除の原則というものも当然適用されなければならないのに、少年法の場合に適用がない、いろいろな問題がありますね。それを余り聞くとまずい、やぶ蛇になっちゃうのです、少年法の改正問題が起きてきちゃうから。余り聞くと危ないから余り聞かないのですけれども、それはそれなんですけれども、問題になってくるのは、新聞などに例えば無罪ということがよく出てくるのですね、少年法の場合に。そうすると、少年法の場合は何が一体無罪に該当することになるわけですか、どういう場合が。
○猪瀬最高裁判所長官代理者 先ほど、事実の認定は証拠によるという点についてお答え申し上げましたが、刑事訴訟法と同じ証拠法則が少年審判手続においても適用になるという趣旨ではございませんで、少年審判における非行事実の認定も証拠によって判断されるというのが原則であるということを申し上げたわけでございます。 少年審判の場合には、刑事手続の犯罪事実の認定に相当するものは非行事実でございます。非行事実には、犯罪、触法、虞法と三種類、規定があるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 例えば去年の十月、千葉県流山市内で三人乗りのオートバイを制止しようとした警察官の顔をすれ違いざまに鉄パイプで殴ったとして柏署に逮捕されたということで、去年の十月七日午前二時、これは送致書による事件記載ですが、そこで、家にいたところを逮捕されて、観護措置を決めて、少年鑑別所に収容されたというふうになっておるわけです。在宅できた者をそこで観護措置にして少年鑑別所に入れたりする場合もあるし、最初から来ている場合ももちろんありますけれども、どうも私にはそこの点が恣意的に行われているように考えられてならないわけなんです。 そこで、きょうは警察庁を呼んでませんから逮捕のことを今ここで聞いても——私は逮捕するだけの必要性があったかどうかということについて疑問を持っているのですけれども、それはそれといたしまして、それで鑑別所に入れて、一体いつからいつまで鑑別所に入れたのか、そして一体何を鑑別所でしたわけですか。この辺のところは矯正局長ですね。あなたは刑事施設法があれしちゃったのでこっちへ来るのもなかなか機会がなくなっちゃったろうと思ってわざわざおいで願ったのですが、どうですか。
○石山(陽)政府委員 昭和五十九年の十月九日、つまり新聞報道では事件の二日後に、観護措置によりまして私どもの千葉少年鑑別所に収容いたしました。それから二週間おりまして、十月二十二日の日に観護措置の更新決定がございまして、さらに、引き続き収容中に、一週間ほどたちました三十一日と記憶いたしますが、この際に家庭裁判所から観護措置の取り消し決定がございましたので、それで本人の身柄を外へ出した、こういう経緯になっております。
○稲葉(誠)委員 私の聞いているのは鑑別所の中で一体何をしていたのかというのです。これは今お話があったように更新したでしょう。もう十四日、十四日の更新が当たり前になっちゃっているのですよ。ここら辺、本当に安易に行われているわけです。十四日という期間で本当はできないのですか。では、一体何をするのですか。 鑑別という言葉自身もおかしいという意味があるのだけれども、これは英語で言うとクラシフィケーションですか、それではほかに何かいい言葉はあるかと探してみるとなかなか難しいのです。だから一つの問題は、十四日が、もうあと十四日行くと二十八日間行くということが全く普通の状態になっているのですよ。そしてこれは家庭局長、この審判は早く開かれているようですけれども、大体は二十八日の最後の日の二日くらい前のところで審判が開かれるのが通常の状況になっているのです。 それで、私が聞きたいのは、一体鑑別所の中で何をしていたのか、どうもよくわからないのですが、その結果をどういうふうに持っていったのですか。家裁へ持っていくわけでしょう、結果を。そのときに、事実関係については一体どういうふうな、認定というと言葉は悪いのですけれども、どういうふうなことでやっていっているのですか。少年の弁解や何か聞いたところを、一体どういうふうに書いているのですか。
○石山(陽)政府委員 鑑別所に入りますると、最初にまず本人の身元の確認その他という入所当初の手続が終わりましたら、大体数日の間、本人の行動調査というものをやります。これは本人の様子を見ておきまして、要するにほかの被収容少年、それらといろいろな集団行動をさせてみたり運動に出してみたり、こういうところからいわゆる行動鑑別という手法を使います。それからさらに進みますると、今度は性格鑑別という手法に入りますが、これは各種の心理テストあるいは知能テスト、こういったものをやります。それから今度は個人鑑別の段階で、個々の少年に対する個人調査を進めます。これは本人に生い立ちとか環境とかいろいろ聞きまして、そして本人の性格、資質というようなものについて科学的な手法で鑑別するわけでございます。そして、それらの結果をまとめたものを鑑別結果通知書という形で家裁に送ります。 なお、鑑別所はその性格上、少年の資質鑑別が中心でございますので、いわゆる捜査機関の延長として非行事実そのものについての存否その他の取り調べを鑑別所の技官あるいは教官がするということは、一切行っておりません。 本件の場合には一つ特異な現象がありましたので申し上げておきますが、少年が入りました際に多少ぜんそくの気味がありましたので、その期間中、続けまして数回にわたり投薬等を行いましてぜんそく治療をやっております。その間に、父兄その他の面会も多数回ございました。 以上の経過であります。
○稲葉(誠)委員 お話がありましたのですけれども、鑑別所の中の最初の三、四日というのは今おっしゃったようなことですけれども、実際は独房みたいなところに入れて、反省の機会ということで本人ひとりにしていろいろ悔悟というふうなことをさせるのではないかと思っておりますが、違うなら違うであれですけれども。 そこで問題は、この事件については結局どういうふうになったかということが一つです。それから、私のよくわからないのは、審判の不開始と審判の不処分というのがありますね。これは率直に言うと私もよく間違えてしまうわけですよ。わかりにくい言葉なんですが、どう違うのかということと、少年の場合の行われたことについてはもちろん前科にはなりませんけれども、成人になったときに非行の前歴という形で見ていくわけですか。そこはどういうふうになっているのですか。
○猪瀬最高裁判所長官代理者 審判不開始と不処分の違いでございますが、審判不開始は、家庭裁判所で調査を行った段階で審判を開かないで終局にする決定でございまして、その理由としてはいろいろなものが入ってくるわけであります。つまり、非行事実がその段階で認められないという場合も審判不開始になりますし、非行事実は認められるけれども、要保護性、要するに少年についての教育的な特段の処分をする必要はないというふうに結論が出た場合にも、審判不開始という同じ決定が下されるというわけであります。 これに対して不処分は、通常は調査が先行しまして、さらにその結果を踏まえて審判を開始しまして裁判官の直接審理をそこで行った結果、やはり非行がないということが判明した、あるいは非行は認められるけれども、要保護性があって保護処分の必要がないという結論が出た場合に不処分という決定をするわけでございます。
○稲葉(誠)委員 だかう、成人になった後においてそれがいわゆる前歴というふうなことで考えられていいことになっているのですか、一体どうなっているのですか。
○猪瀬最高裁判所長官代理者 少年法の目的は少年の健全育成にございますので、少年保護手続によって終了した処分は、少年が成人になった後に前科と同じような意味では考慮すべきものではないというふうに考えられております。
○稲葉(誠)委員 ここら辺のところは議論のあるところなんですが、私のもう一つの疑問は、事実がある場合、非行がある場合、虞犯の場合、こういうふうにさっき言われましたですね。私は前から、虞犯だけで、犯罪を犯すおそれがあるということで少年院や何かに送ることについては非常な疑問を持っておるのですよ。私は、憲法違反だという考え方を前から持っていてそういうことを言ったことがあるのですけれども、近ごろ調査官の人とよくいろいろ話をしてみますと、前は虞犯だけで、少年院送りかどうかは別として、いろいろな処分をしたことがあるけれども、近ごろは、ほかのものもくっついて虞犯がある場合は別ですよ、そうではなくて、虞犯だけということでは余り処分をしないというようなことを言っておられるのですね。実際はどうなんでしょうか、そこら辺のところは。
○猪瀬最高裁判所長官代理者 虞犯少年は、御指摘のとおり犯罪を犯した少年ではなく犯罪を犯す前の段階にある者でありますが、早期に少年の非行性を除去して更生を図るということが少年の健全育成のために必要であるということからしますと、虞犯少年を保護処分の対象とすることは合理性を持っているものと考えられるわけでございます。しかし、保護処分は自由の制限ないし拘束を伴うものでございますから、人権保障という点も十分考慮して運用すべきことは当然でございます。家庭裁判所におきましては、虞犯要件の事実が認められる場合、この場合は犯罪少年の場合と同じく保護処分の対象にすることが法律上認められておるわけでございまして、その虞犯少年を保護処分にするかどうか、どのような保護処分にするかということは、これは専らその少年の要保護性の内容及び程度にかかってくるわけでございます。 実際の事例を見てみますと、虞犯少年については要保護性にかなり問題のあるケースというのはございまして、虞犯を理由に虞犯少年について保護処分にしている例は決して少なくはないわけでございます。また、保護処分の中でも少年院送致をしたというような事例、これは全く虞犯だけであるか、あるいはほかの犯罪事実も認められた少年であるかという点は統計上ちょっと定かでないのでございますけれども、一応虞犯少年についての少年院送致は、昭和五十八年の統計で見ますと虞犯全体の一二%程度ございます。
○稲葉(誠)委員 だから私は、虞犯だけで、犯罪を犯すおそれがあるというだけで自由を拘束する、少年院に送るというふうなことは問題がある、こう言っているわけです。ほかのものに付随して虞犯がある場合ならばまた話は別ですけれども、虞犯単独で、それオンリーでそういうふうな処分をするということについては問題があるのではないかということを私は言っている。いろいろお話をしてみると、どうもそういうふうなものはやらないような方向に進んでおるというふうに私の話をした調査官の人たちは言っているのですよ。ですから、分けた統計があればいいし、なければないでまた別ですけれども、その点をお話し願えれば、こう思っているわけです。
○猪瀬最高裁判所長官代理者 先ほど申し上げました統計は純粋に虞犯事実だけに基づいて少年院送致した事例とは限らないわけでありますけれども、多くのものは虞犯事実だけに基づいてそういった保護処分をしているのではなかろうかと思います。
○稲葉(誠)委員 それはあなたの方で家裁へ問い合わせればわかることですから、ほかのものは抜きで、虞犯単独で少年院に送致したものが一体あるのかないのかということはよく調べておいていただきたい、こう思うのです。今でなくてもいいですから。もしそれがあるとすれば、具体的にどういうふうな事案なのかということですわね。そしてその少年が少年院なら少年院に送られて、その実態をフォローしてみてどういうふうなあれをしているかということ、これは家裁の仕事ではなくて今度は保護局の方の仕事になるかもわかりませんけれどもね。そういうようなものまでフォローしていただければいいと思うのですが、わかる範囲内で最高裁としてはやっていただきたい、こういうふうに思っておるわけですね。それはきょうでなくていいですよ。 それからもう一つの問題は、補導委託がありますね。補導委託して、そして試験観察にして、ある年限までいかないけれども何カ月か置く。そしてそれを家裁の調査官が行っていろいろ調べてその少年の更生に力を尽くすということをずっとやっているわけですね。試験観察は今まで相当多かったわけです。また率直な話、少年院へ送るか送らないかの境目の事件が多いわけですね。そういうような事件について、とりあえず試験観察にして模様を見て補導委託させて、補導委託先へ調査官が訪ねていっては何かいろいろするというようなことをしてほしいというようなことで、そういうふうになった例も相当あったわけですよ。ところが、いろいろ話をしてみるというと、どうもこのごろ試験観察が事実上できなくなってしまった、できなくなったとは言わぬけれども、それはなぜだと言ったら予算がないからだと。出張して補導委託先へ行っていろいろ調べなければならないわけですね。その県内にあるわけじゃない、ちょっと離れたところにあるわけですよ。隣の県あたりか、一つ越えたぐらいのところが多いのですけれども、そういうような予算がなくなったり何かして、家裁の調査官が試験観察で行くというチャンスが非常になくなってきておる、こういうような話を聞くんですよね。こういうことがまず事実なのかどうかということですね。それから試験観察にしても、予算のかからないような形での試験観察という形を最高裁当局としては進めておるのではなかろうか、こういうふうに考えられるのですが、その点はどういうふうになっておるのでしょうか。
○猪瀬最高裁判所長官代理者 御指摘のとおり、最近の試験観察は、若干でございますけれども減少ぎみ、しかし横ばいに近いような状況でございます。試験観察のうち、身柄つきで補導委託をするという、いわゆる補導委託のケースにつきましては、一般保護事件のうち、業務上過失致死傷の事件を除いたもので見てみますと、昭和五十四年ごろは年間約一千件くらいございまして、それがその後、五十六年くらいから七百件台、約八百件近くにまで減少しましたが、その後は横ばい状況、こういう状況になってきております。 この、やや減少した原因はいろいろな要素が絡んでおりまして、なかなか正確には把握しがたいところでございますけれども、先ほど御指摘の出張旅費が予算の面で不足しておるのでないかという御指摘の点は、これは必ずしもそうではございませんで、出張に必要な費用は裁判旅費になるわけでございますけれども、この裁判旅費は事件の動向が反映されるように積算されておりまして、特にこういった旅費の不足によって試験観察あるいは補導委託ができない、こういう状況ではないというふうに理解しております。 また、補導委託費、これも裁判費に属する予算でございますけれども、これは大体ここ数年三億円余の予算がついておりまして、これにつきましても決して、余っているというわけではございませんけれども、予算がなくて、必要性が高いにもかかわらず補導委託ができないというような事例はないのではなかろうかというふうに考えております。
○稲葉(誠)委員 補導委託先がいろいろ問題があったりして、いい補導委託先が見つからない場合もあるわけですよ。私もわかりますけれどもね。今おっしゃったようなことをすれば、補導委託費なら補導委託費を、予算全部どういうふうに使っておられるかどうかというふうなことについては、またよくお調べ願いたいと思うのです。 私の聞いたのでは、今言ったように、調査官としては一つの使命感に燃えて、何とか自分のところで解決したい、少年院に送りたくない。——矯正局長、少年院はあなたの管轄でしょう。それは裁判所の中でも、裁判官によっても一人一人、人によって少年院に対する考え方が非常に違うんですよね。少年院へ送ったらもう終わりだ、ここへ送ったらよくならないんでもうだめだという考え方をする人もいるし、そうじゃない、ここへ送ればよくなるという考え方をする人もいるし、国家の施設を遊ばしておくのももったいないからそこへ送るんだという考え方の人もいないとは限らないんですよ。いろいろ考え方があって難しいのだけれども、いずれにいたしましても、今言ったようないろいろな問題を含んでおると私は思うわけですが、今言ったような点は、わからない点についてはまたお調べをお願いいたしたいというふうに考えております。それで、最高裁はもう結構ですから、どうぞ……。 そこで、外国人の処遇一般のことについてまずお尋ねをいたしたいのです。これはいろいろありますけれども、まず、これは質問でなくておわかり願えれば答えてもいいし、きょうでなくてもいいと思うのですけれども、例えば指紋についてこういうことがあるんですよ。 かつて運転免許について、日本人でも指紋をとっていたんだが、途中からやめたことがあるのだということを言う人がいるのですけれども、こういう事実は実際にはあったのでしょうか、どうなんでしょうか。
○小林(俊)政府委員 正確なお答えの根拠がないのでございますが、私もそういうふうに聞いております。したがって、そういう事実はあったのではないかと存じます。しかし、正確には後日、調査の上、御連絡申し上げます。
○稲葉(誠)委員 きょうは、その点は、私の方から細かく通告していなかったわけですから、また後で結構ですけれどもね。どうも東京、千葉で、あるいはその後、福岡でやられている例があるらしいのです。それがやめになった理由ですね。それはどういう理由なのかお聞きをいたしたい。 それから、こういうことを言う人もいるんですよ。かつて国家公務員に採用された人は指紋をとっていたのだけれども今はやめている。今はもちろんやめているのですけれども、その経緯ですね。指紋採用の理由と廃止の理由ですね。これは学者の中でそういうことを言う人がいるものですから、これも調べておいていただきたい。きょうでなくていいですよ。 それから、昭和五十八年九月に刊行された「法務研究」の七十一集二号の、「在日外国人の実体法及び手続上の地位について」という、これは持木一夫という人の書いたものですね。これはどういう方か。「法務研究」だから裁判官ですか、あるいは検事の方か、どういう人かわかりますか。入管の職員がな。
○小林(俊)政府委員 入管局の職員だそうでございます。
○稲葉(誠)委員 この本もよく読んでおいてくださいね。いずれまたゆっくり質問いたしますから。 そこで、指紋押捺を拒否した場合についての、それに対する例えば再入国を認めない場合があって、現実に裁判になっていますね。そうかと思うと、例えば宮城教育大学の場合には、これについて資格外活動でないということで許可証を出したり何かしておるわけですね。これはベルギー人の方ですけれども、そうすると、ヨーロッパ人とアジア人との間で何か扱いの違いがあるのじゃないか、こういうふうな気がするのですけれども、そこはどういうのでしょうか。
○小林(俊)政府委員 国籍による本件に関する取り扱いの差異は全く設けておりません。現に先般も、イタリー人記者に対して数次再入国許可を取り消したところ、訴訟が提起されて係争中でございます。
○稲葉(誠)委員 いやいや、訴訟が提起されて係属中だというのはあれでしょう、五日間だか、緊急性、必要性があるというのでフィリピンへ行くだけ、取材活動だけについて裁判所で認めた、こういうわけでしょう。イタリー人の記者の場合は裁判所が認めて、それに対してあなたの方で不服の申し立てでもしたのですか。——いや、ちょっと待ってください。裁判所の決定だからね。たしか五日間だと思ったな。二十六日から三十日まで、取材のあれでしょう。それは裁判所が認めたので、だからあなたの方から言わせればイタリー人もベルギー人も朝鮮人も区別していないと言うのだけれども、今話を聞くとイタリア人とベルギー人とは区別しなかったかもわからないけれども、ベルギー人のあれと朝鮮人の再入国許可の場合、差別しているのじゃないですか。
○小林(俊)政府委員 再入国許可につきましては、指紋押捺拒否者については許可しないという方針を確立いたしております。したがいまして、国籍のいかんを問わず拒否者に対しては再入国許可は出しておりません。
○稲葉(誠)委員 いや、今のがまた問題なんですよ。この前の外国人登録法の改正のときにそういう話は出なかったというか、あなたの方から説明しなかったわけです。こっちも質問しなかった。そこまで考えてなかったから質問は出ていないわけだ、国会の議事録の中へ。だけれども、そのときにそういうことを決めたのだということをこの前の入管局長は言っておられて、その後そういう取り扱いになった、こういう説明をしているわけでしょう。この前の登録法の改正のときにはそんな話は全然出ていないわけだ。そこまで僕ら考えてなかったからね。まさかそういう報復行為が行われるとは考えてなかったから聞いていないわけですよ、そこまで。聞かなかったのが悪いといえば悪いのかもわからぬけれどもね。あなたの方も説明を全然しないんだ。この改正案が通れば、そういう指紋押捺拒否の場合、再入国についてこういう扱いをしますなんて一言も言っていないんですよ。これは反省をすれば、聞かなかった方が悪いのだろうけれども。どうもあなたを責めてもしようがないけれども。 今のあなたの話、それは再入国の許可のときにしないという話はわかった。いいか悪いか内容は別としてわかったけれども、ではベルギー人のときにどういうわけで特別扱いしたのか、違いがあるじゃないかということを聞いているのだから、その違いがあるならある、ないならない、あるけれどもこういう理由なんだということを説明しなければわからないですよね。
○小林(俊)政府委員 この資格外活動の問題につきましては、指紋押捺拒否者ということで、私どもとしましても案件の取り扱いを慎重に検討した結果でございます。いずれにいたしましても、資格外活動という問題と再入国許可という問題で表面上差異は生じておりますけれども、これは事案の性質から生じた差異でございまして、国籍上いかなる差異も設ける意図はございません。 それで、仙台の件につきまして、今回資格外活動の許可を行ったという事情を若干御説明申し上げたいと思います。 本件、ベルギー人神父は既に長年にわたって宗教活動のため本邦に滞在を認められておる人物でございます。また資格外活動の内容が、フランス語の講師ということで大学で教鞭をとっておるわけでございます。この資格外活動につきましては、過去二回既に許可を出した経緯がございます。今回の申請は三回目ということでございます。前二回につきましては、仙台の入管局限りで即日許可を出しておりました。ところがこの三回目の許可申請に当たりましては、これに先立って昨年十月、指紋押捺を拒否したという事情がございますので、仙台入管局でも種々検討の上、本省に取り扱いについて指示を求めてきたのでございます。 この申請が出されましたのが三月十八日であったと思いますけれども、これが本省に進達されてまいりましたのが四月三日でございました。そこで、私どもで種々検討の上、まず第一に本人が長期間にわたって本邦に在住を認められている人物であるということ、それから資格外活動の内容が宗教活動ということと相入れない活動ではないということ、それからその資格において既に二回にわたって許可が与えられておったという事実、さらにまた当該大学が本人の雇用を継続することを非常に強く希望しておったということ等を総合的に勘案いたしまして、私どもといたしましては、指紋押捺拒否というその事実が重大な否定的な要因であるということは十分評価したわけでございますけれども、総合的に判断の結果許可をいたすことにしたわけでございます。 ただ、これを許可すること自体が、当局として指紋押捺拒否を重大視しておるということをいささかも変更するものではないということは言うまでもないことでございまして、現にこの許可証は本日、仙台入管から本人に交付されたはずでございますけれども、その交付に当たって、そのことを本人にくれぐれも申し伝えるようにということを指示済みでございますし、あわせて、指紋押捺に応ずるように改めて本人に対して説得を行うようにという指示もいたしてございますので、これらの指示は指示どおりに行われたものと考えております。
○稲葉(誠)委員 別のことを聞かなければならぬものですからあれですけれども。今のあれですと、前に二回ぐらいの申請があったとかというようなことでしょう。それならば再入国の場合だって前に二回あって、二回は許可になっているわけですよ。三回目に不許可になった、こういうわけでしょう。 それから、長く日本にいるといったって、片一方は永住権を持っているわけですから、このベルギーの人はどういう資格か私は知りませんけれども、同じようなことなんで、こっちを認めてこっちを認めないというか差異がある根拠が、どうもわかったようなわからないようなことなんですよ、率直に言うと。合理的な根拠といったって、どこまでが合理的でありどこがどうなのかわかりませんけれども、その違いを認めるだけのものはないんで、私はベルギー人のこの神父さんに対して認めたのは当り前のことなんで、それならば今まで認めておったものを指紋押捺を拒否したからといって再入国の許可を——永住権を持っているのですよ、永住権を持っている者に認めないなどという報復行為的な処分はすべきではないと思うのです。これは行き過ぎですよ。現に、裁判になって争われているでしょう。しかし、これは国が負けるかもわからぬぞ。どうも私はそういう感じがしますね。少しかたくななんですよ。 ただ、今の場合、七、八、九月に三十七万の人がほとんどそこへ集中するわけです。その前にあなたの方の立場としては、今やわらかくしたら後でいろいろな影響があるということを考えられるのでしょうから、それは考え方としてはあれかもわかりませんけれども、どうもその区別が、合理性というものについて納得ができないということを私は考えておるわけです。 もう一つ、在日外国人の方の国民健康保険の問題です。住む場所によって国民健康保険に加入できないのは不平等だということで、いろいろ市町村が違うわけですね。全外国人に適用があるというのと、それから個別の国名を規定して適用があるのと、外国人適用の規定のない市町村とがあるというふうなことで、厚生省いろいろ調べておられるのですが、厚生省としてはこの問題についてどういうふうにしたいと考えておるのか、どういうのが一番正しいと考えておられるのか、ちょっとお聞かせを願いたいと思います。
○近藤説明員 お答えいたします。 国民健康保険は御承知のとおり地域保険でございまして、住民と申しますか被保険者相互の社会連携意識によって支えられる制度だということでございまして、また公費もかなり投入されるということでございまして、一応国民を対象にするというふうな制度になっておるわけです。しかし、例外がございまして、地域社会におきます外国人処遇の実情に応じまして、市町村の条例を用いまして外国人適用を認めるというふうな形をとっているわけでございまして、私どもといたしましては地域の実情に即してその拡大を図るように指導しているところでございます。 この外国人の個々の強制適用につきましては、保険料の問題が一つあるわけでございまして、保険料を前年度所得で取ってございますので、特に短期に滞在する外国人の方は給付だけを受けて保険料を払わないというふうなケースも出てくるわけでございます。それから、これは外国人一般の問題でございますけれども、住所の把握等の資格の管理というものが非常に難しいというふうな問題があるわけでございます。こういったような事情で、今まで地域の実情に応じて市町村で決めるという形をとってございまして、大部分の県では、これは全体で全外国人を適用するというのが大体三六%ぐらいでございまして、そのほか何がしかの外国人を適用しているという市町村は八七%というふうな状況になっているわけでございます。 今後、外国人を全国的に強制適用すべきかどうかという問題につきましては、国際交流が非常に活発化しておりますし、来日される外国人の方も非常に多いというふうな状況でございますので、御指摘のような拡大の趣旨を踏まえまして、今後の制度改革の一つの課題にしていきたいというふうに考えておる次第でございます。
○稲葉(誠)委員 経済企画庁の方、来ておられますね。私はいわゆる現物まがいの商法について、俗に不当商法といいますかいろんな呼び方をしているわけですが、五十九年四月十二日の衆議院の物価特別委員会で公明党の宮地さんの質問に対して、「国民生活それから消費者の立場を守るという政府の政策から考えましてもゆゆしき事態だと思いますし、しかも、その傾向がますます顕著になりつつあるということでございますから、政府といたしましてもこの問題を何らかの形で至急前向きに解決をしなければならぬ、」「関係省庁と至急相談をしたい、」こういうふうに経済企画庁長官はその当時答えているわけです。これは豊田商事に関する質問ですね、企画庁の方。まずそれが第一点です。確認してください、議事録を見ればわかるのですが。そうして、そこに書いてあることで、どうするのですか。「何らかの形で至急前向きに解決をしなければならぬ、」それから「関係省庁と至急相談をしたい、」と言っているのですが、具体的にどういうふうなことを相談して、どういうふうなことをこの豊田商事問題についてやったんですか。
○里田説明員 ただいま先生御指摘になりました国会の質疑等につきましては、現物まがいの悪徳商法ということでございまして、恐らく豊田商事などが念頭にあると思いますけれども……(稲葉(誠)委員「議事録を見なさいよ」と呼ぶ)いや、議事録はありますけれども……(稲葉(誠)委員「議事録を見なさいよ、豊田商事のことも質問しているじゃないですか、だめだよ」と呼ぶ)そういうのは十分念頭にあると思いますけれども、一応そういう問題を含めまして私どもとしては消費者保護会議で具体的に決めてございます。それによりますと「不法事犯の取締りの強化等、各種法令の厳格な運用を行うとともに、随時迅速な情報提供を行う。」と決定してございまして、事実こういう法律の適用につきましては関係省庁の方で真剣に御検討いただいているというぐあいに承知しております。 それから、同時に、何といいましてもこの被害者というのは大半が老人でございまして、そのために国民生活センターとか地方の消費者センターとかというのを使いましてその具体的な啓発活動に努めているのでございますけれども、何分にもこの老人のほとんどがそういうセンター等で発行いたしますパンフレットを読まないとか啓発活動というものになかなか御参加いただけないということでございまして、私どもとしては例えばケースワーカーなんかと協力をするとかといったようなことでいろいろ苦労はしておるのでございますけれども、いずれにしてもできるだけこういう孤独な、どちらかというと社会から離れておられるような方々に啓発活動を普及するように努めていきたい。私どもはそういうぐあいに努力しているところでございます。
○稲葉(誠)委員 質問者はちゃんと「大阪に本社のある豊田商事などが最近は悪らつな商法をしておる。また、そうした豊田商事の分裂した企業も非常に発生をしてきて」おる、それから「三月二十四日に大阪地検に対しましても既に告訴、」がされている、豊田商事のことだと言って質問しているのじゃないですか。そんなことを言っていてはだめだよ。 それはそれとして、私も確かにこれは一体どこで取り扱うのかということが率直に言うとよくわからないのですよ。企画庁に取り扱えといっても、企画庁というのは企画をするところで実施の役所じゃないという、そんなことを言っちゃ悪いかな。エコノミストの集まりだとも言えないというのもまずい。どうもなかなか難しいけれども、企画庁の国民生活局が扱うというのも何となくなじまないような気が私はするのです。通産省は産業保護の立場だからそれがやるのもおかしなことだし、どこがやっていいのやらよくわからない点が確かにあると思うので、結局あちこちあちこち行ってしまうということだと思うのです。だけれども、河本さんはこんなように言っているのだものね。「何らかの形で至急前向きに解決をしなければならぬ、対応しなければならぬ、」「関係省庁と至急相談をしたい、」とはっきり言っているのだ。これは宮地正介さんの質問に対して言っておられて、その他分科会で私どもの松浦氏に対して通産大臣も答えているのもあるのですけれども、いずれにしてもこういう答えはあるのだけれどもそのままになってしまっているのですね。これではいけないと思うのです。そこで、結局頼りになるのは最後は法務省ということになってしまうのだ。そうでしょう。(「そのとおり」と呼ぶ者あり)ここでそのとおりだと言うから、やはりそのとおりだ。 そこで、これはこの前も言ったとおり、大阪地検へ告訴が出ている。それから、仙台地検へも出ているでしょう。これはさっぱりやらないですね。今度ほかにも出ていますね。長野ではつかまっていますね。これは三井貴金属という別の会社がつかまっていて、そのうちの一人を新潟地検で起訴して、新潟地裁で詐欺でやられておる、こういうふうなことですよね。だからこれは金(かね)を預ける方は金(かね)を預けて、金(きん)なら金(きん)を現実にもらえて、もらったものを改めてその会社なら会社に預けておる、こういうふうに考えて、そして金を出しているに違いないわけですね。もらったものだと思って、自分のものになったと思って金(かね)を出しているに違いないと思うのですけれども、どうもそこら辺のところはよくわからないのですね。最初からその金(きん)を買ってないかもわからないのですね。どうもそのような系統もあるらしいのですが、そうなってくるとこれは詐欺だということがはっきりしてくるのじゃないかと思うのですがね。 だから、まず一つの問題は、大阪地検の告訴した告訴状もありますけれども、一体どういう点が詐欺なのですかね。だというふうに告訴されているのでしょうか。仙台も同じですか。それからこの新潟地検で起訴した事案は、会社は違うかもわからないけれども、どういうことなのですか。
○筧政府委員 お尋ねの豊田商事をめぐります詐欺等の告訴事件につきましては、大阪地検あるいは仙台地検に告訴が出ております。 ただ、仙台地検の関係につきましては、昨年四月に告訴が出まして、十月三十一日本起訴処分にいたしております。ただ、これは告訴いたしましたときにはまだ契約の期限が来ていなかったわけですが、その後、期限が来て、その期限が来たときに会社の方で約束どおり純金を返した、約束どおり実行してしまったというと変ですが、したわけでございます。告訴人は一人であったかと思います。そういうことで、詐欺をして告訴された事実が結果的には何もなかったことになるわけで、これは不起訴処分にせざるを得ないということだろうと思います。 大阪地検につきましては、現在七件の告訴を鋭意捜査をしておる段階でございます。その告訴事実の概要を申し上げますと、詐欺といたしましては、顧客との取引高に相応する純金地金を保有せず、これを他から購入する意思、能力もなく、顧客から受領した全員は営業経費に費消してしまい、顧客のために安全、有利な運用をして、約定全員を返還する意思、能力もないのにこれあるごとく装い、顧客に純金ファミリー契約の締結を勧めて、純金売買代金名下に現金幾ら幾らを騙取した、これはあくまで告訴事実でございます。このとおり事実があるかないかが、今捜査をしておるところでございます。 それから新潟と長野でございますが、長野につきましては現在まだ捜査中でございます。ただ、その逮捕いたしました者のうち二名は、新潟でも同じ会社で同様の詐欺をしたということで、新潟の方は既に現在までに起訴しているところでございます。その公訴事実の概要を申し上げますと、被告人五名は共謀の上、顧客が海外商品先物取引に関する知識が乏しいことを奇貨として、海外先物取引の保証金名下に全員を騙取しようと企て、昭和五十年いつごろからいつまでの間に顧客のため米国の商品取引所における円、ドル、オイル等の先物取引の仲介をする意思はなく、保証金として受領する全員は直ちに自己の収入とし、取引終了の際に清算して確実に差益金を交付する意思もないのにこれあるように装い、顧客数名を勧誘して保証金名下に現金一億幾らを騙取したということで、豊田商事に対します告訴事実と、長野あるいは新潟で起訴いたしました公訴事実、会社も違いますし、中身も今申し上げましたように、いわゆる純金ファミリー契約という契約を結ぶものと、こちらは別に海外商品先物取引をする、全くしないのにするんだ、するんだと言って金を騙取したということで、手口は似ていると言えば似ていると思いますが、ちょっと形は別のものであろうかと思います。
○稲葉(誠)委員 今の仙台の場合、金を返したというのでしょう。金を返したから不起訴にしたというのでしょう。告訴が出たので、そしてそれを呼んだので金を返したのじゃないですか。そこら辺のところまで、まだ調べはわかりませんか。
○筧政府委員 その捜査の内容については承知しておりませんが、先ほど申し上げましたように、被害者が、被害者といいますか、告訴人一人であるということ、それから告訴した時点でまだその期限が来てなかったということから、先ほど申し上げましたような結果になったわけでございまして、それと比べて大阪の方は告訴人も多数にわたっておりますし、騙取したとして告訴されております金額も非常に多額に上っておるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 これはいろいろな考え方が確かにあると思うのですよ。今どんどんやると、もし仮に会社がどうかなったときに実際にお金を預けたり何かしておるものが取れなくなったり何かして大きな被害を受けるから、社会的な影響も大きいからという理解の仕方も確かにあるかもわかりませんが、しかしそれをほったらかしていくと、さらにどんどん被害がふえていってしまうということが考えられるわけですから、だから大阪の場合なんか、それは捜査の内容と言えば捜査の内容だというのであれかもわかりませんけれども、それは告訴人側を呼んで事情を聞いていけば、大体の詐欺に遭ったのか遣わないのかというふうなことですね、騙取されたことについて、欺罔されたかどうかということについて、それは大体その調べでわかってくるのじゃないですか。わかってきた段階で、ある程度の被告訴人側の方の調べに行くということは当然考えられるわけなのですが、私はそんなに難しい事件でもないと思うのですがね、事件としては。被害者を固めて、被害者を固めたから直ちにそれが犯罪になるということにはもちろんなりませんわね。それはわかりますわ。しかし、それを固めた後に被告訴人側の持っておるという帳簿を出させるとか、あるいは弁解を十分聞いて、その弁解を一つ一つつぶすならつぶしていく。こういう形になれば、それが詐欺になるかならないか、それから出資法違反になるかならないかということは、そんなに難しい事件ではないのじゃないですか。やろうと思えばやれる事件ではないのですか。私はそう思いますが、どういう点が難しいのですか、これは。
○筧政府委員 一般的に難しいということになろうかと思いますが、このように組織的な犯罪あるいは企業活動を装ったといいますか、企業活動の形で行っておる詐欺というのが非常に難しいことは、従来の例でいろいろあろうかと思います。普通の詐欺でございますと、その被害者を調べて、言われたことと信じたことが、実際に相手の言ったこと等でうそが入っておるかどうかということを固めれば、相当程度捜査が進んだと言えるかと思いますが、本件のような場合には、それよりもさらに企業主体といいますか、詐欺の主体とされておる会社の資産なりあるいは営業状態なり、どういう営業活動をやっておるか、これをやはりつかみませんと、支払う能力があった、あるいは意思もあったということを推定するためには、それぞれの時点における資産状態あるいは営業状態等を確定していかなければならない。そうすると、そういうようなことで被害者を調べるのも必要ではございますが、それにも増して豊田商事なら豊田商事の実態なり営業内容なりというものを確定する必要があるという点が難しいと思いますし、もう一点は、現在との段階に行っているかということは御容赦願いたいわけでございますけれども、先ほどのように、着手といいますか、強制捜査も含めまして捜査に入ったということになると、その会社はつぶれるということは語弊がございますが、営業活動がストップする。そうすると、そこで被害がそれ以上には食いとめられるということは言えますけれども、そこで被害がもう確定されるような形になる場合が通常でございます。それをそうすることがいいか悪いかということも、いわば着手の時期としてこの種の事件では、従来から非常に頭を悩ましているところであろうかと思います。 さらに、この種事件、大規模なこのような詐欺事件につきましては、仮に捜査ということになりますと、相当な証拠品とかあるいは関係者とかもございまして、それ相応の体制をとり、相当な長期間をかけてやらなければならない。それやこれやを考えまして、現在捜査を進めておるというわけでございまして、やはり一般にこの種の事件については捜査の内容も非常に難しいということと、着手の時期も難しい。いざ手をつけて途中で投げ出すというようなことはもちろん許されませんので、それ相応の体制なり何なりを整えなければいかぬ。いろいろな点で困難があり、現在鋭意捜査中というふうに御理解いただきたいと思います。
○稲葉(誠)委員 時間が来ましたのでこれで終わりますけれども、東京の場合はいろいろ率直な話、特捜の方の事件が多いわけですね。今国税局との関係の大きな事件をまたやろうとかやらないとかという話も伝わっているけれども、知らないですよ、そんな内容は知りませんよ、新聞に出た範囲では伝わっているけれども。大阪の方でもありましたよね。ですけれども、それはやろうと思えばやれるので、無理に、めちゃくちゃに、そんな今あなたのおっしゃったような場合のマイナス要因がうんと出るのを構わないでやれというわけにもいかないと思いますし、証拠もうんと固めなければならないのはわかりますけれども、ほったらかしておくとどんどん被害が出るということだと、そこはある時期に考えなければならないのじゃないかと私は思うのですけれども、捜査の内容について私どもがかれこれ言うべき筋合いのものでもないし、また捜査を指揮する権限が我々にあるわけではないし、私の意見としては、被害がどんどんふえていくことのないような形に、ある時期にある程度のものをやっていく必要があるのじゃないか、こういうふうに私は考えておるのだということを一つの意見として申し上げておきたい。 これで質問を終わります。
○片岡委員長 中村巖君。
○中村(巖)委員 本日は覚せい剤の犯罪をめぐる諸問題についてお尋ねをしていきたい、こういうふうに思っておるわけでございます。 まず、最近覚せい剤犯罪というものが非常に多いということが指摘をされているわけでございまして、戦後第二のピークであるとか、そういうふうに言われているわけでございます。犯罪白書なんか見てまいりますと、昭和三十年ごろから一たん減少した覚せい剤犯罪というものが昭和四十五年ごろから復活をして非常に数が多くなっている。検察庁の処理の統計なんかを見ますると、昭和五十八年度で起訴された人員が二万七千百七十三、不起訴人員が三千百二十二ということで、三万からの処理人員というものが出ているわけでございます。こういう傾向だということでありますけれども、この検察庁の方で見られた限りにおいて起訴人員の推移というものが戦後どういうふうになっておりますでしょうか、それをまず第一にお聞きをいたします。
○筧政府委員 戦後ということで、ちょっと今戦後の資料を手元に持っておりませんが、私の記憶するところでは、戦後いわゆるヒロポンというのが急激にふえました。ところが、これにつきましては法改正その他各般の措置によりある時期に、ゼロとは言いませんが、極めてわずかの数に減少いたしました。その後四十年代ぐらいから徐々にまたふえてまいりまして、最近では五十七年がピーク、五十八年、五十九年は、それほど減っておりませんが若干減少しておるということでございます。それで、その間、殊に最近十年間ぐらいの統計を見ましても、十年前の昭和五十年を見ますと、検察庁の通常受理人員が一万三千二百八十七人、それから起訴人員は九千六百十六人、起訴率も七五・五%、これが十年前の五十年でございます。これに対しまして、ピークと言われております昭和五十七年には通常受理人員は実に三万四千四百三十一人、起訴人員は二万八千百四十九人と、起訴率も十年前の七五%から八九・二%に達しておるわけでございます。今申し上げましたように、五十八年、五十九年と若干件数が減少しておりますが、五十九年統計の仮集計によりましても、通常人員は依然三万二千八百六十人、起訴人員も二万七千百人、起訴率八九、五%ということで、なお極めて高い水準で推移しているというのが現状でございます。
○中村(巖)委員 それと同時に、また少年非行の中においても覚せい剤犯罪、少年非行を罪名でもって区分をするのはどうかという問題もありますけれども、覚せい剤関連の犯罪というもので非行とされた人員が近時非常にふえていると思われるわけですけれども、その辺の数はどうなっておりますでしょうか。
○筧政府委員 覚せい剤取締法違反事件の通常受理人員中に占める少年の数でご、ございますが、十年前の昭和五十一年を見ますと、少年の数が五百二十六人で全体の中の約三%を占めておったわけでございます。これはその後逐年増加をいたしまして、昭和五十七年には実に人員が三千七十六人、昭和五十一年は五百二十六人でありましたものが三千七十六人というふうに増加をいたしておりますし、全体の中で少年の占める割合も十年前の三%に対し八・九%というふうに極めて高い数字を示しておるわけでございます。
○中村(巖)委員 ついでに、もしわかりましたらば、婦人のその中に占めるパーセンテージをお教えいただきたい。
○筧政府委員 婦人の統計は現在私ども手元に作成しておりませんので、御容赦願いたいと思います。
○中村(巖)委員 これだけ近年覚せい剤犯罪というものがふえてまいりますと、これは大変に社会的な問題であるというふうに思わざるを得ないわけでありますけれども、一たん数的に減少した覚せい剤犯罪というものが昭和四十五年ごろから逐年増加をし、昭和五十七年にピークになって、今日まだそのピークから脱していない、そういう状況になったという、つまり一たん低下をしながらさらにふえてきた、こういう原因はどこにあるのだろうか、こういうことを考えざるを得ないわけでありますけれども、その辺は法務省としてはどういうふうにお考えになっておられますか。
○筧政府委員 いろいろな説といいますか、考え方があろうかと思いますが、確たるものはないわけでございます。やはり普通に考えられますのは、密輸入が極めて多くだんだんふえてきておるということ、あるいは暴力団の増加で暴力団の資金源として覚せい剤の密売が行われている、その実態がますますふえてきているのではないかということ、あるいは一般的、社会的風潮として、享楽的と言うと語弊がありますが、社会の安定といいますか、そういう享楽を求めるような安易なといいますか、そういう社会的風潮によって覚せい剤に一般市民層までが手を染めるというような事態が生じておる、いわば社会的風潮もその一因ではないかということも考えられるわけでございます。いろいろな要因が考えられようかと思っております。
○中村(巖)委員 今度は警察の方に伺いたいわけですけれども、警察庁としても検挙数とかそういうものの統計をいろいろとっておられると思いますけれども、今法務省の方で処理人員の話がありましたけれども、それに検挙数というものもほぼ即応しておるというふうに思います。実際に検挙数の上でもそういうことがはっきり出ているかということと、それから、やはり警察の方としてはその数の推移が生じた原因というものをどう考えておられるかということをお尋ね申します。
○吉田説明員 私どもの方で持っております統計は昭和五十九年中のものが最も新しいものでございますが、昨年の検挙件数が三万七千二百六十七件、人員にしますと二万四千二十二人ということになっております。覚せい剤の押収量は約百九十八キログラムということで、昨年だけを見ますと、先ほど来お話があります四十五年以来の、私ども第二次乱用時代と言っておりますが、人員あるいは押収量については最高を記録をいたしております。五十八年はちょっと減っておりましたけれども、昨年はまたふえておるという状況でございます。 中身について若干詳しく申し上げますと、二万四千人余りの検挙者があるわけですが、その違反態様別の中身は、使用事犯が約四八%くらいに当たります一万一千六百五十六人。続きまして所持の違反が五千九百二十七名、これが四分の一くらいになっております。あと譲り渡し、譲り受け、あるいは密輸入というような事犯が相次いておりますが、ほぼすべての罪種にわたって前年よりも増加しておるということでございます。 それから、なぜこの乱用がとまらないといいますか、さらに進んでおるかという原因でございますけれども、先ほど法務省の方から御説明ありましたこととほぼ同じように私どもも考えておりますが、実際問題として使う者がたくさんいるから入ってくるのか、入ってくるから使うのか、両方の面があろうかと思いますけれども、基本的には享楽的風潮なりあるいは女性層を中心として性的な問題とかいろいろあるようですけれども、需要がどうしてもなくならないということで、危険を冒して諸外国から密輸入が行われておるということではなかろうかというふうに考えております。
○中村(巖)委員 検挙数も大変にふえている、こういうことでございますけれども、私が聞くところによりますと、やはり覚せい剤犯罪というものが最近は、先ほど法務省にもお伺いをしましたように少年にだんだん蔓延をしているのではないかということと、さらに家庭婦人を含めて女性の方に蔓延しているのではないか、こういうようなことがあるわけでありますけれども、警察としてもそういうふうに御認識になっているのか、その点はいかがでしょうか。
○吉田説明員 概括的に申し上げますとおっしゃるとおりでございまして、ここ数年の間少年の占める割合がだんだん増加しております。ただ、昨年だけを見ますと若干低下しております。女性につきましては成人あるいは少年を含めましてずっと増加が続いておるという状況でございます。
○中村(巖)委員 覚せい剤の犯罪、こういうものは暴力団というものとの結びつきが非常に強いように思われるわけでございます。恐らく覚せい剤を密輸をするのも、あるいはそれを販売をするのも暴力団というものがほとんどの場合関係をしているのではないかというふうに思いますけれども、暴力団と覚せい剤犯罪というものがどういうふうに結びついているのか、その辺のことを警察庁の方で御説明をいただきたいと思います。
○吉田説明員 警察だけの話ですが、昨年一年間で検挙されました暴力団は一万八千三百件、人数にしますと一万一千三百五十二人ということになっております。これは全検挙の中で大ざっぱに言いますと約半数を占めております。 どういう場面で関与しているかということでございますが、まず密輸入事案は、必ずしも全部暴力団ではございませんけれども、最初の段階は暴力団以外のものがかなり関与している場面がございますけれども、日本に入ってくるころからは完全に暴力団の支配下にあるということでございます。それから後、国内に入りましてから密売組織がたくさんあるわけですが、この密売組織はほとんどのものが暴力団そのものかその支配下にあるものであるというふうに見ております。それから、暴力団は資金源がいろいろございますが、覚せい剤取引を重要な資金源にしておることは取り締まりの結果からも大体推測できるところでございます。
○中村(巖)委員 暴力団が非常にはびこるから資金源等々の関係で覚せい剤犯罪がふえるのではないか、こういうことも考えられるわけで、従来の覚せい剤犯罪の減少あるいは増大と暴力団の数の減少、増大とは相関関係というか、そういうものがあるのでしょうか。
○吉田説明員 私は直接暴力団の担当ではございませんけれども、私の知る限りで申し上げますと、暴力団の数そのものは、総数はここのところ十年ぐらいの間半減に近いくらい減っておるようであります。ただ、山口組等の広域暴力団はふえておるようでございますが。覚せい剤はここ十年くらいほぼ一貫してふえておりますので、必ずしも暴力団と覚せい剤が相関関係になっているという結果は数字の上では出ていないような気がしております。
○中村(巖)委員 私ども一つ不思議に思うことは、暴力団が密売組織を取り仕切っているのに、どうして一般の人が覚せい剤を入手できるようなことになっているのか、その辺の関係は警察庁としてはおわかりになりますか。
○吉田説明員 一般の人が覚せい剤を買う経路といいますか、メカニズムにつきましては必ずしも明確ではないことが多いわけですが、売る相手が暴力団であることを知りながら買っておる人がかなり多いとは思われますが、中にはそういうことは全く知らずに、暴力団ではないというような認識のもとに購入しているということもあろうかと思います。それにつきまして私どもいろいろな機会を通じまして、覚せい剤は暴力団の資金源であり、しかも販売組織は暴力団に関するものであるということを啓発広報しておりますけれども、なかなか浸透が困難な状況でございます。
○中村(巖)委員 今日製造されている、あるいは所持をしている覚せい剤そのものは恐らくほとんど密輸によるものであると思いますが、それはどういうところで製造されてどういう経路を経て日本に入ってくるのだろうかということでございますが、その辺警察の把握されているところはどういうことでございましょうか。
○吉田説明員 私どもが検挙した事件からしか推測の手段はないわけでございますけれども、検挙した事例、ここ近年のものを見ますと、韓国、台湾、香港というところで製造されたものが密輸入されておるというのが把握されております。 密輸入の経路でございますけれども、船であるとかあるいは航空機を使用しておるとか、正規の輸入貨物を装って入ってくるもの、あるいは個人が胴に巻くとかというような、携帯して入ってくるもの、あるいは船で途中まで持ってきましてそれを海に投棄しましてこっちからそれをまたとりに行くといったいろいろな形態があらわれておるわけでございます。
○中村(巖)委員 近時は日本国内において覚せい剤が製造されるということはないわけですか。
○吉田説明員 結論から申し上げますと、私どもが検挙した事例の中には最近は国内製造のものは出ておりません。先ほど来話がありますヒロポン時代には、ほぼ国内で製造されたものが大半を占めておったというふうに理解しております。
○中村(巖)委員 覚せい剤と関連というか、そのかかわりで聞いておきますけれども、近時の傾向として麻薬犯罪あるいは大麻の犯罪というものはどういう傾向になっておりますでしょうか。
○吉田説明員 覚せい剤以外の麻薬関係につきましては、三つ法律がございまして、麻薬取締法、あへん法、大麻取締法でございます。それを全部合わせまして、昨年一年間で千九百二十九件、千五百十九名を検挙いたしております。内訳を申し上げますと、麻薬取締法違反が百九十六件、百八名、あへん法違反が百八十四件、百八十一名、大麻の関係が千五百四十九件、千二百三十名ということで大麻が一番大きいわけでございます。これは人員だけでございますが、覚せい剤と比較しますと、全部合わせましても覚せい剤の総検挙人員の六・三%に相当するということで、覚せい剤に比べますればこれらの犯罪は数的にわずかであるというふうな状況になっております。
○中村(巖)委員 アヘン、大麻あるいは麻薬とあるわけでありますけれども、麻薬犯罪というものは近時大変に減っている、こういう傾向のようでありまして、それに対しましてこの大麻の犯罪というものがふえている、こういうことだというふうに言われておりますけれども、それは事実でございましょうか。
○吉田説明員 麻薬につきましては、昭和三十年代にヘロインが大量に使われた時代がございます。それがかなり減少しましてから以降は、一般的にはヘロイン関係は日本では大変減っております。 大麻につきましては、ここのところ毎年千人くらいの検挙がありますが、徐々にその数がふえておるというのが実態であります。
○中村(巖)委員 そこで、覚せい剤というものでありますけれども、これは麻薬とも大麻ともアヘンとも違うものであるということはわかりますけれども、その覚せい剤というものがどういうものであるかということはもうひとつはっきり私どもにはわからないわけでありまして、その辺について、厚生省に、覚せい剤というのはどういうものか、その薬理作用というか、薬としての作用というものがどういうものであるかということをお伺いしたいと思います。
○山本説明員 まず覚せい剤とはどんなものかということでございますが、現在覚せい剤取締法の方で規定いたしておりますものといたしまして、フェニルアミノプロパン、これは通常アンフェタミンと申しております、それからフェニルメチルアミノプロパン、メタンフェタミンと申しておりますが、この二つの化合物とその塩類、これを覚せい剤というふうに定義いたしております。 そしてその薬理作用についてでございますが、まず一つは多幸感、これはよくその乱用者が申すわけでございますが、髪の毛がさっと逆立つような感じがするとか、あるいは電気が体の中を走るような感じがするとか、あるいは体がしゃきっとした感じとか、あるいは体が軽くなったような感じとか、こういう一つの多幸感と申すようなものをもたらす作用がございます。そのほか、知覚の鋭敏化というような、感覚が鋭くなったというような自覚をもたらす作用がございます。それから、次に文字どおり覚せい作用、疲労感の減少であるとか眠気の除去であるとか気分の高揚というような覚せい作用をもたらす作用がございます。それからあと食欲減退作用であるとか血管収縮作用であるとか心拍数を増加する作用あるいは瞳孔を散大する作用、こういったようなものがあるわけでございます。
○中村(巖)委員 覚せい剤というのは、私ども実際に見たことはないのですけれども、何か結晶とか粉末とかいうような形で存在をしているようでございます。これを普通は何か静脈に注射するとか、そんなことのようであるわけです。 まず第一に、その覚せい剤というものは、もともとは医薬品というか医療の分野で何らかの有用性を持っているということでつくられているのだと思いますけれども、そういうことが実際にあるのか、そして現実にそういうものが病院そのほかで使われているのかどうかということ、それから今専ら静脈注射という形のようですが、普通その種薬物を使っている人たちはそれをどういうふうに使っているのか、その辺をお伺いをいたします。
○山本説明員 まず覚せい剤が医療目的に使用されておるのかということでございますが、これは病気の中でナルコレプシーというような、本来緊張してきちっとしていなくてはならないようなときに急に眠気を催すような難しい病気があるわけでございますが、こういう病気の治療等のために使用されておるところでございます。 それから次の乱用に当たっての使用方法というような点でございますが、これは先生御指摘のとおり注射によるものが多いというふうに聞いておりますが、このほか例えばたばこにまぶして吸煙するような方法であるとか、あるいはアルコール飲料等にまぜて吸食するような方法とか、こういうような事例もあるようでございます。
○中村(巖)委員 ついでですけれども、その覚せい剤なるものは何を原料にしてどうやってつくられるわけですか。
○山本説明員 これもいろいろな方法があるようでございますが、現在よく密造に用いられているのではないかと言われる方法は、エフェドリンと申します原料から密造されるケースが多いのではないか、こういうふうに言われております。
○中村(巖)委員 エフェドリンというのは何ですか。
○山本説明員 エフェドリンと申しますのは、ぜんそく等に医薬品として用いられる物質でございます。
○中村(巖)委員 そのエフェドリンなるものはケシか何かの植物からつくられるわけですか。
○山本説明員 エフェドリンについては、麻黄という植物がございます。これは古くから漢方で解熱等の目的で使われておったわけでございますが、これから抽出されたものでございます。現在は合成的にもつくることが可能な物質であるというふうに理解しております。
○中村(巖)委員 覚せい剤については中毒者になると大変恐ろしい結果になる、こういうことが言われております。例えば、中毒になれば精神に障害を来すんだ、こういうこともあるようでございますけれども、中毒の結果というものはどういうことになるのでしょうか。
○山本説明員 ただいま御質問のございました中毒という問題でございますが、大変これが幅の広い概念でございまして、なかなか難しい面があるわけでございますが、その中毒になってまいります過程をずっと追って御説明させていただければというふうに思います。 先ほどもいろいろ御説明があったわけでございますが、覚せい剤については、初めは好奇心とか刺激を求めて不正使用をいたす、そのうちに先ほど申し上げましたような多幸感をもたらすというようなこともございまして、機会を見て時折使用しているというような状態がまずあると言われております。こういう時期を過ぎまして次第にこの使用頻度が増してまいりまして、覚せい剤の使用を数カ月続けてまいりますと次第に猜疑心が強くなるとか怒りやすくなる、こういうような症状があらわれてくると言われておりまして、こういうことのために信頼関係と申しますか、いろいろな人間的なつき合いがうまくできなくなるようなことがございまして、家族関係あるいは友人関係に支障が生じてきて社会的生活に困難が生じてくる。そういたしますと、さらに今度は覚せい剤を追い求め、覚せい剤を中心としたような生活をする、こういう結果になってまいります。こうなりますと、幻覚、妄想というような、覚せい剤精神病と呼ばれるような状態が出てまいるわけでございます。 こうした覚せい剤精神病の状態になりました者につきましては、薬物の使用を中止いたしまして一カ月ぐらいたちますと通常は症状が消えるわけでございますが、一たん症状が消えました後につきましても、再び少量の覚せい剤を使う、あるいはアルコールを飲む、あるいは精神的なストレスがかかる、こういうようなことによって幻覚であるとか妄想であるというような精神症状が再燃をいたすことがあるというようなこともございますし、さらに、場合によってはこうした精神症状が六カ月以上続くようなケースも報告されておるようでございます。
○中村(巖)委員 その中毒の症状というかそういうものは、他の麻薬類、ヘロインであるとかあるいはアヘンであるとか大麻というようなものとは違うわけですか。
○山本説明員 ただいまお話のございましたヘロインのような麻薬の場合につきましては、通常、使用中は体の衰弱とか眠けをもたらすとか、こういうようないわば鎮静的な症状が主体である。非常に問題になります中毒症状といたしましては、薬をやめた後非常に激しい身体症状、例えば下痢とかけいれんを起こすとか心拍数の増加、不整脈を起こす、こういうようなことで、薬をやめた際の禁断症状に非常に激しいもののあるものでございます。 そういう点で、ただいま申しましたように覚せい剤の場合には使っている間に、悪くなるとそういう幻覚、妄想のような症状が出てくる、やめれば、通常はその後、疲労、倦怠感等を示す場合もございますが、通常、一週間から一カ月の休薬によりましてそうした症状が消失する、こういうような、どちらかと申しますとヘロインのような薬物は身体的な依存が大きい薬物でございますが、覚せい剤についてはそういう精神的な面での毒性の強い薬物、こういう感じかと考えております。
○中村(巖)委員 今依存の話が出ましたけれども、依存性というか、一たん覚せい剤中毒というかそういうことになったらば、どうしてもまた覚せい剤を追い求める、あるいは、さらにまた、一たん覚せい剤をやめてしばらくした後も、なお覚せい剤に取りつかれる、そういう特徴というものは覚せい剤の場合にあるわけですか。
○山本説明員 ただいま先生から御指摘のありましたような依存の問題でございますが、ヘロインのような身体依存を生じてどうしても求めるようなものと、それから覚せい剤なんかの場合には多幸感を追い求める、こういう感じからの精神依存でございますね、依存にはこういう二つのものがあるというふうに理解いたしております。 身体依存の方については、先ほど申しましたような症状に対します医療を施しながら見るということで治すことはできるわけでございますが、精神依存の方につきましては、例えば私どもがたばこをなかなかやめられないとかお酒をなかなかやめられないのと大体同じような内容のものでございますので、そういうものを脱却させるということは、現状では非常に難しい問題を含んでいる、こういう状況でございます。
○中村(巖)委員 そうなりますと、覚せい剤中毒者というかそういう者を治療するためには、どういうことをやればいいわけですか。
○山本説明員 現在覚せい剤中毒者のうち、先ほど申し上げましたような幻覚、妄想等の精神症状を持ちます覚せい剤中毒者につきましては、クロルプロマジンとかハロペリドールとかレボメプロマジンというようないわゆる抗精神病薬の投与を中心として行いまして、あわせて精神療法を行っておるような状況でございます。しかしながら、ただいま申し上げましたような覚せい剤に対します精神依存の状態については、治療することが非常に難しいとされておりまして、今後さらに研究を必要としておる分野でございます。
○中村(巖)委員 そうしますと、覚せい剤中毒の結果幻覚や妄想があるということで、その幻覚や妄想に基づいて人を殺すとか傷つけるとかそういう犯罪を犯すことがあり得るので、そういう意味では覚せい剤の中毒者というものは大変に恐ろしいのだということがちまたで言われているわけでありますけれども、その幻覚、妄想に基づいて犯罪を犯すような状況というものを薬剤でもって治療することは可能なわけですね。
○山本説明員 先生御指摘のとおり、先ほど申し上げたような薬物によりましてそういう症状を抑えるということは可能でございます。
○中村(巖)委員 それでは今度法務省に伺います。 先ほど、覚せい剤犯罪の処理人員のお話を聞きました。覚せい剤犯罪はいろいろな類型があるのでしょうけれども、裁判にかかりまして、その裁判の中で執行猶予になる率というものはどのぐらいございましょうか。
○筧政府委員 執行猶予率といいますと、通常、第一審において覚せい剤取締法違反によって懲役刑を言い渡された人員、その中で執行猶予を言い渡された者の割合というふうに御理解いただきたいと思います。そういう意味での執行猶予率でございますが、十年前の昭和五十年には五九・一%であったわけでありますが、その後逐年これが減少いたしまして、昭和五十八年には四五・五%となっております。といいますことは、逆に実刑率がそれだけ高くなってきておるということであろうかと思います。
○中村(巖)委員 執行猶予の率が確かに減少しているということであれば、だんだん裁判所の量刑も重くなっているのではないか、こういうふうに考えられるわけでありますけれども、ただしかし、今なおかつ五〇%に近いような執行猶予率があるということは、覚せい剤犯罪というものが大変に重大問題であるということからすればなかなか理解しがたい点があるわけであります。 表現はしにくいでしょうけれども、覚せい剤犯罪を犯しながら執行猶予になり得るというのは、どういう場合にそういうことになるわけでしょうか。
○筧政府委員 いろいろの場合その量刑は、罪名はもちろんでございますが、犯罪事実のほかにその者の初犯の状況がしんしゃくされるわけでございます。一概には言えないかと思いますが、覚せい剤取締法違反で執行猶予になると申しますのは、まずは初犯であるということでございましょうし、輸入とか売る方とかそういうものではなくて、いわゆる使用事犯と申しますか、末端で初めて覚せい剤を使用して何回かやっているうちに捕まった、いわゆる初犯でございます。それで、今後覚せい剤には手を出さぬと改俊をしておるというような場合、そういうものがほとんどではなかろうかと思います。
○中村(巖)委員 執行猶予になったりあるいは実刑になったりする中で、先ほど来の厚生省のお話を聞いていると精神依存性が物すごく強いということで、一度刑を言い渡されてもなおかつ再犯に陥る人間が非常に多いのではないか、こういうふうに思われますけれども、その辺の統計というものはございましょうか。
○筧政府委員 いわゆる再犯率でございますが、私ども、裁判結果の中でのそういう意味の再犯率の統計を持ち合わせておりません。警察庁の方がおられますが、警察庁の統計を借用して申し上げます。 これは検挙人員中における再犯者の割合でございます。総検挙人員中過去に覚せい剤事犯で検挙された前歴のある者の割合、これを見ますと、昭和五十四年におきましては、総検挙人員一万八千二百九十七人中再犯者が六千七百七十七人、その率は三七・〇%、昭和五十四年でございます。これがその後再犯者の数、傘とも逐年増加しておるようでございまして、昭和五十九年には、全検挙人員二万四千二十二人中再犯者は一万一千七百五十三人、再犯率は四八・九%。三七%が四八・九%まで上がっておるというのが警察庁の統計の調査から明らかでございます。 〔委員長退席、森(清)委員長代理着席〕
○中村(巖)委員 そこで今度は、覚せい剤犯罪によって刑務所に収容されることになった人間のことについてお尋ねをするわけでありますけれども、刑務所におきましてはまず処遇の面で分類ということをされますけれども、覚せい剤犯罪、覚せい剤を不正に施用していた人間について特別の分類というものはなされておるのでございましょうか。
○石山(陽)政府委員 先ほど来の質疑応答に出ておりますように、精神症状をもう既に発現しておる者でございますが、つまり覚せい剤の中毒症状が進んだ者、これにつきましては、現在分類上は医療刑務所に送って治療をするということを中心とした処遇をいたしております。それ以外の場合には、一般の分類によって各施設に分けて、それぞれの対応できる処遇施設に送ります。現在特別に、覚せい剤受刑者だけを精神障害者を除いて集票する、集めて拘禁する、こういう意味の施設は持っておりません。
○中村(巖)委員 覚せい剤中毒になるというか、覚せい剤を不正に施用している者というのは暴力団関係者に非常に多いように思われますけれども、暴力団関係者というのは恐らく特別の分類をされていると思いますが、その中で覚せい剤の施用者みたいな者がどの程度いるかということは、法務省の方でお調べになったことはございますか。
○石山(陽)政府委員 現在、全国の行刑施設に男女合わせて約四万五千人入っております。その四万五千人のうち、暴力団組織に加入したことのある者、組員、その他シンパの者、こういった人たちが大体二六・八%と記憶しております。一方、全収容人員中覚せい剤関係で受刑しておる者でございますが、これが大体二三%から二四%程度。ですから、仰せのごとく暴力団の組織員であってかつ覚せい剤事犯に関係している者というのはある程度その中にダブっておるわけでありますが、かなり似たような比率を示しております。ただし、暴力団の場合には、先ほど来お話に出ておりますように、いわゆる資金源獲得のための密売組織の従事員、これが一般の覚せい剤受刑者の場合について非常に高い。つまり自分も使用いたしまするが、密売その他によって譲渡犯をよくやる、こういう傾向が明らかになっております。
○中村(巖)委員 さらに、その覚せい剤関係の者について、刑務所内の処遇として何か特別なことをやっておられるのでしょうか。
○石山(陽)政府委員 先ほど申し上げましたように、精神的治療を要しまする医療刑務所に送られた被収容者で申しますれば、これは厚生省の方からもお話のありましたように薬物治療、精神治療、それから作業治療と申しまして自覚を養成するために軽作業、こういうものをやらせて社会的な適応能力を喚起させ、かつは自覚を養成する、こういった三つの治療と申しますか処遇方法をやっているわけでございます。 それから、一般の刑務所に分けました中毒症状がそれほどひどくない者、これらにつきましては各施設の施設長によりまして一般的な薬害教育を必ず実施するようにしておりますが、その方法はいろいろございまして、まず大きいグループ、あるいは症状、環境の似た者による小グループ、こういったふうなグループに分けまして、内容としますれば講話でありまするとか、自分で体験をいたしました薬害歴につきましての体験作文を書かせるとか、それから薬害防止のためのポスターあるいはスローガンをみずから書かせる、それからカウンセリングを受けまして、それらにつきまして医官その他から薬害がいかに恐ろしいかということを個人的に徹底させる、もちろんこれは講演とか講話の形で行われる場合もございます。それから、視聴覚教育といたしましては、VTR、映画、こういったものによりまして薬害の恐ろしさを実地に見せて教育する。こういった方法を加味し、大きいグループあるいは小グループというふうに分けて、収容期間中に、長い施設でございますと大体一月に一遍は必ずやるとか、あるいは短いところでありましても、収容期間が大体平均一年半ぐらいございますから、その間に、二、三カ月の期間は徹底して薬害教育を集中的に行う、こういったような形で処遇いたしております。
○中村(巖)委員 覚せい剤関係で医療刑務所に収容されるというような人間は、その数の上で毎年どのくらいいるか、現在どのくらいいるかということはいかがでございましょう。
○石山(陽)政府委員 今、毎年の新入の数は持ってきておりませんが、現在医療刑務所に収容している者のうち精神障害者が大ざっぱに言いまして約三百名おります。そのうち、いわゆる覚せい剤の後遺症、つまり精神症状に異常を来してしまったという人たちで収容されておる者が大体五十名とお考えいただけば結構でございます。
○中村(巖)委員 再び厚生省にお伺いいたしますけれども、覚せい剤に関する各種情報の収集とか対策というようなことで、厚生省は特別の機関を設けておられますか。
○山本説明員 ただいまお話のございました特別な機関というようなものは設けておりません。
○中村(巖)委員 厚生省の所管で麻薬取締官事務所というものがあるようでございますけれども、これは麻薬取締法で一定の人員が置かれることになっておって、かつまたそれらが各地方に置かれている、こういうことのようでありますけれども、麻薬取締官事務所というものは覚せい剤の関係ではどういう役割を果たしているのですか。
○山本説明員 現在、麻薬取締官事務所に百七十名の麻薬取締官がおりますが、こういう者は覚せい剤問題につきましては、まず一つは不正事犯に対します取り締まりを司法警察職員として行う、こういう職務を行っております。 それから、このほか覚せい剤そのもの自身が先ほど申し上げましたような医療の目的あるいは学術研究で使われることがございますし、さらに覚せい剤原料、先ほど申し上げましたエフェドリンでございますが、こういうようなものが薬物として正規の医療目的等のために流通するものがあるわけでございます。こういうものの取り扱いについても一定の規制をいたしておるわけで、こういうものが適正に行われておるかどうかの立入検査であるとかというような指導監督を行うという問題。 さらには啓発活動、一般市民に対しまして覚せい剤乱用の恐ろしさを伝えて未然に乱用防止を図る、こういうような業務を行っておるところでございます。
○中村(巖)委員 覚せい剤取締法というものがあって覚せい剤を取り締まることになっておるわけでありますけれども、これは厚生省の所管だということで、同じ厚生省の所管に麻薬取締法というものがあるわけでありますけれども、麻薬取締法と覚せい剤取締法の間にはいろいろな点でかなり違いがあるわけであります。一つの大きな違いとして、麻薬取締法の方では、そういう麻薬取締法違反の事犯というか麻薬中毒の者が生じた場合においてあらゆる機関からその報告がなされる、こういう体制になっておりまして、それと同時に、麻薬中毒者については精神病院への措置入院というようなことが規定されているわけでありますが、覚せい剤取締法の方ではそういう規定が全く欠けているわけでありまして、その辺の違いはなぜ生じているわけでございましょうか。
○山本説明員 先ほど麻薬中毒と覚せい剤中毒の状況の差異というようなことを申し上げたわけでございますが、ヘロイン等の麻薬中毒については、先ほど申し上げましたとおり薬をやめる際にいろいろな身体症状を伴うことがある。それから中毒の症状といたしましては、衰弱であるとか眠気を催すというような症状で精神衛生法ではなかなか対応できない、こういうことがございましてこの麻薬取締法による措置入院制度というのができたというふうに聞いておるところでございます。 覚せい剤中毒につきましては、先ほど申し上げましたように主な症状といたしましては幻覚、妄想というような精神病症状を呈することが多い、こういうようなことでこれまで精神衛生法による措置入院制度で対応してまいった、こういうことでございます。
○中村(巖)委員 精神衛生法上に措置入院というものがあるわけでありますけれども、これは精神衛生法上の措置入院を必要とする中毒者であるかどうかを覚せい剤中毒者の場合にたやすく見つけるということは可能なのでしょうか。
○山本説明員 この辺は必ずしも私どもの所管ではございませんのでなかなかお答えは難しいのでございますが、私ども現在こういう覚せい剤中毒者に対する医療保護をさらに充実しなくてはいけないというような問題がございますので、いろいろそうした診断基準であるとか、治療指針であるとか、アフターケアのあり方とかあるいは再燃防止の方法というような専門技術的な問題につきまして専門家の御検討をお願いしておる状況にございます。
○中村(巖)委員 覚せい剤の中毒になった結果、先ほどから申し上げておるように、幻覚、妄想、それがために殺人とか傷害というような犯罪を犯す、こういうことがあるわけで、そういう覚せい剤中毒者、この注意を要する者がありとするならば、それはやはり精神病院に収容しなければならないだろうと思うわけです。ところが実際問題として、覚せい剤中毒者を精神衛生法に基づいて措置入院をさせるということがなかなか実行されていないために、今社会問題になっておるところの覚せい剤中毒者の凶悪犯罪というものが起こっているのではないか、こういうふうに思うわけでございまして、覚せい剤の場合におきましても覚せい剤取締法それ自体においてかなり措置入院等々の措置を規定すべきではないか、あるいはそのほかの覚せい剤中毒者が凶悪犯罪を犯さないように何とか精神医療上処置をしなければならぬのじゃないかと思うわけでありますけれども、厚生省としてはこの覚せい剤取締法をそういった方向に改正するというお考えがおありでしょうか。
○山本説明員 ただいま先生から御指摘ございました問題につきましては、先ほども申し上げましたとおり、現在専門家にお願いいたしましてそういうことが可能であるのかどうかということを検討いたしますための前提条件として必要な点について御検討をいただいておる状況でございまして、今後さらにそうした検討を一層促進するように努めまして、その上で検討いたしてまいりたい、かように考えておるところでございます。
○中村(巖)委員 今のお話ですが、今具体的に作業が進められているということなのでしょうか、さらにそういうものが近々のうちに何らかの方向性を持って決定されるということなのでしょうか、もう一度伺います。
○山本説明員 ただいま申し上げました点は、専門技術的な点についてなお検討を必要とする点がございますので、これについて検討を進めさせていただいておる、こういう状況にあるということでございます。
○中村(巖)委員 話はちょっと変わりますけれども、最近、毎日新聞に報ぜられたところによりますと、大阪の刑務所内に覚せい剤が搬入されたということがあるのだということでございますけれども、その点について法務省はあの記事の真偽をお調べになったことはございましょうか。
○石山(陽)政府委員 ただいま仰せの問題は、大阪刑務所ではなくて大阪拘置所だと思います。 本年一月二十九日に、いわゆる差し入れ品を検査しております係の者が、ある女性の名義で被収容者に送られてまいりました雑誌三冊のうち一冊の背表紙が破れてまた張りつけた跡がある、不審に感じましてそこを開いてみたところ、雑誌の背中を浅く細長くくりぬきまして、そこに細いビニールパイプ、直径四ミリ程度のものでございますが、それと注射針一本それから耳かき四杯分ぐらい、約〇・二七グラム程度の覚せい剤をセロハンに包んだもの、これが収納されているのを発見しまして、直ちに報告書を作成し、所轄の大阪地方検察庁に連絡をし、その点について捜査を依頼しておる、こういう事実はございます。 今御指摘のように、新聞報道の一部には、その事実をもちまして大阪拘置所内に約二百名に及ぶ密売組織ができておるというような報道がなされましたけれども、あれは甚だもって遺憾千万な記事でございまして、他の新聞では差し入れを水際で防止した事例として事件を報道されておるのでありまして、大阪拘置所は、委員もよく御存じのとおり未決勾留の段階でございますので、厳正独居と申しましょうか隔離収容を原則として、通謀ができないような処遇をいたしておりますし、雑居に入っております者を運動時間に出すといたしましても、大阪の現状でございますと一度に出られる者はせいぜい十数名しかおりません。これらの運動の機会等を通じて密売組織を所内に二百人に及ぶ組織としてつくり上げるということは、恐らく現実的に不可能だと思います。 なお、私どもは、水際で防止し得たということ以外に、中へ持ち込まれ現実にそういうものが使用された事例がないかということにつきましては現在も調査中でございますけれども、警察にも問い合わせましたが、これまでのところそのような意味で発表したことは一切ない、そういう報告を受けております。 それから、この種の覚せい剤を含みます不法差し入れ事犯というのは、全国各地について申しまして一月に一遍ぐらいずつございます。それらにつきまして、各施設とも検査体制をチェックいたしまして、厳密な検査を経てこういった不法な持ち込み事犯を水際で防ぐということに今後とも努力してまいりたいと考えておるところでございます。
○中村(巖)委員 拘置所の中に覚せい剤の密売組織があるなどということになったら大変なことになるわけでありますが、恐らく今の拘置所の管理体制の中ではそんなことはあり得ないだろうと思っているわけでございます。 時間がなくなりましたので最後に、今社会的に大きな問題になっている覚せい剤犯罪の根絶はどうしたらできるのだということで、絶対に根絶しなければならないわけでありますから、その点について厚生省、警察庁及び法務大臣のお考えをお伺いして終わりにしたいと思います。
○山本説明員 ただいまお話のございました根絶のための方針ということでございますが、これにつきましては、政府におきまして薬物乱用対策推進本部において国民に対する啓発活動の強化、取り締まり強化及び厳正な処分、乱用者に対する徹底した措置、この三つの基本方針で行うこととされております。 厚生省におきましても、この方針に沿いまして乱用の未然防止というものをまず考えておりまして、このために地域社会の中で薬物乱用を許さないような機運を盛り上げていく必要があるというようなことで覚せい剤乱用防止推進制度というようなものを設けておりますが、こうしたものをさらに充実しながら地域社会の中でのこうした薬物乱用を許さない環境づくりを行ってまいりたいと考えております。 第二点目の薬物の取り締まりの強化という点につきましては、私ども、麻薬取り締まり職員に対しまして、薬物の供給、需要の根絶を目指して不正ルートの取り締まり活動に当たるように指示いたしているところでございます。 もう一つ、中毒者の問題につきましては、先ほど来いろいろ御意見をいただいたわけでございますが、今後ともこうした者の医療の充実のあり方という点について鋭意検討を進めてまいりたい、かように考えておるところでございます。
○吉田説明員 警察庁といたしましても、覚せい剤の乱用問題は治安上の重要な問題と認識をいたしております。私ども取り締まり機関でございますので、次の三点を最重点に取り締まりを行っております。 まず一点は、今の覚せい剤はほぼ一〇〇%近く密輸入されておるということでございますので、密輸入事犯を水際で封圧していくということでございます。それから、先ほど来話があります密売組織は暴力団が支配をしておる現状でございますので、これらの暴力団の密売組織を壊滅させていくということが第二点目でございます。第三点目には、使う人がいるから覚せい剤乱用がなくならないという最大の原因がありますので、乱用者、乱用事犯を徹底的に検挙する、これらを三本柱にいたしまして、税関その他の関係機関とも連携をとりながら、かつまた密輸出国となっておる外国の機関とも協力して取り締まりを推進しているところでございます。 あと、副次的でございますけれども、乱用者に対しまして道路交通法の免許の関係であるとか銃刀法の免許の関係であるとかといった面から危険性のある者を排除していく、あるいは相談電話等を設けまして困っておられる方の相談に応じるというようなこともいたしております。さらに、私どもが取り締まり関係を通じて知り得た情報をできるだけ広く国民の方々に知らしめるということで、PR活動を行っておるところでございます。
○嶋崎国務大臣 きょうは中村委員の方から非常に覚せい剤の問題について熱心な御質問をいただいたわけでございます。覚せい剤事犯は五十七年度ぐらいをピークにいたしまして少し落ちたかなと思っておりましたけれども、また最近増加の傾向にあるというような状況でございまして、発生件数が落ちていないということはまことに遺憾なことであるというふうに思っておるわけでございます。特に青少年を初めとする一般の市民にまで乱用者層が浸透をしつつあるというような状況にあるわけでございまして、そういう点については憂慮にたえないところでございます。かつまた、今御報告がありましたように、いろいろ暴力団その他の関係の者が資金源として麻薬を使っておるというような実情にもあるわけでございまして、一日も早くその根絶を期していかなきゃならぬというふうに思っておる次第でございます。 いずれにしましても、このような事態に対処いたしまして、覚せい剤事犯の根絶を図るためには、国民一般の方々にこの覚せい剤についての理解を深めていただいて、それを防圧するということに力を尽くしていただくことがまず第一番目に大切なことではないかと私は思っておるわけでございます。先ほど答弁がありましたように、総理府の中に薬物乱用対策推進本部というようなものも設けられておるわけでございますから、そういうところを中心にして広報活動を十二分に強化をするというようなことをやっていただくとともに、関係省庁とよく連絡をとって十分な対策を進めていかなきゃならぬというふうに思います。 とりわけ法務省といたしましては、警察当局とよく連絡をとりまして、検挙の徹底あるいは厳正な科刑の実現が非常に有効な対策であると思いますし、また矯正施設におけるところの状態というものもいろいろ考えてみますと、相当再犯率も多いというような実情にあるわけでございますから、そういう点にも十分注意をしまして対策を進めていかなきゃならぬというふうに思っておるわけでございまして、今後とも警察関係当局あるいは関係省庁ともよく連絡をとりまして、厳しい対処でこの麻薬問題に取り組んでまいりたいというふうに思っておる次第でございます。
○中村(巖)委員 終わります。どうもありがとうございました。
○森(清)委員長代理 三浦隆君。
○三浦(隆)委員 きょうは人権擁護にかかわる問題で、二つの点でお尋ねしたいと思っております。 初めは文部省に主としてかかわることなんでありますが、さきの四月六日の新聞に、「「各種学校」で大学受験できぬ 中華学校卒業 台湾女性が自殺」ということで、大変大きな見出しで載っております。外国人ゆえに大学受験できないということでもし自殺されたとすると、これは外国人に対する差別なのじゃないのかという点で、人権擁護に対する見地からどう考えられるか、法務省にお尋ねしたいわけです。 しかし、これは特に文部省にかかわることだからというのであれば、法務省としては一般に外国人であろうと日本人と同じように人権を認めるというのが基本だと思いますし、もし外国人なるがゆえに差別されるとするならば、それは合理的な根拠が必要であるというのが判例ともども通説であろう、こう考えるのですが、この事件に関連いたしまして、大臣からでもお答えいただければと思います。
○野崎(幸)政府委員 ただいま御指摘になりました事件は私どもも新聞紙上でこれを知った次第でございますけれども、大学受験ができないということで若い女性が自殺をされるという結果に至りましたことはまことに不幸なことであったと考えております。 ところで、我が国にもいろいろな学校がございますが、どのような学校の卒業生にどのような資格を与えるかということは文教政策に関する問題かと存じます。新聞で承知をいたしておりますところでは、この方は中華学校の高等科を卒業された。ところが、その中華学校が各種学校であるということで、その卒業生には大学の受験資格がないということになったもののようでございます。したがいまして、この問題が人種や国籍等の理由によって受験資格が与えられなかったものではないとも考えられるわけでございまして、これをもちまして直ちに人権擁護上問題があるかということについてはいささか疑問の点があるのじゃないかというふうに考えておるところでございます。
○三浦(隆)委員 大学の受験資格の有無というのも基本的には法令で定めているわけでして、法令もやはり合憲性がなければだめなものだろうということで、基本的人権がもし外国人にも及ぶとするならば、その制約はあくまでも合理的な根拠の範囲内でなければならぬというのが当然の解釈であろうと思います。 そこで、大学受験資格を法規上見ますと、学校教育法の五十六条に規定しておるのですけれども、この規定によりますと、その第一項におきましては、高校ではなくても、いわゆる普通高校卒業でなくても、「これと同等以上の学力があると認められた者」、高校卒と同等以上の学力があると認められた者には受験資格を与えているということでございまして、各種学校の卒業生は今なぜ大学受験が法規上認められないのだろうか、この点についてお尋ねいたします。
○佐藤説明員 ただいまお尋ねがございましたように、大学の入学資格は学校教育法の五十六条によりまして、高等学校の卒業者またはこれと同等以上の学力があると認められる者に対して認められているわけでございます。この学校教育法五十六条第一項の規定を受けまして、学校教育法施行規則の六十九条に一号から五号までその具体的な定めをいたしておるわけでございます。この場合に、国内にございます外国人学校につきましては、正規の高等学校ではなく、いわゆる各種学校という位置づけがなされておるわけでございます。この各種学校につきましては、教育内容につきまして個々の学校に全面的にゆだねられておるところでございまして、その各種学校の卒業者について一般的に、高等学校卒業者と同等以上の学力がある、そういうことを認定するということは困難である、こういう基本的な考え方から入学資格が認められていないのでございます。
○三浦(隆)委員 今のお答えですと若干不十分だろうと思うのです。 といいますのも、各種学校というのもそれこそ各種あるわけでして、和洋裁、編み物、手芸、簿記、珠算、看護婦など、職業や実際生活に必要な技術、技能を享受する身近な学校としてこれらが大変大きな役割を果たしているわけですけれども、中にはこの中華学校のように、実質的には普通高校と同じように入学資格あるいは卒業までの三年という期間、授業時間数、教科、教員、施設設備等、普通高校に準じた扱いをしているわけですね。こうした実際に普通高校と同じ学校と、いわゆる編み物あるいは手芸、そうしたような各種学校と全く同じ理解に立って、各種学校と言葉だけで考えるというのはいかがか、こう思うわけですが、どうですか。
○佐藤説明員 ただいま先生から実質をつかまえてのお話をちょうだいしたわけでございますが、先ほど御説明をいたしましたとおり、我が国の学校教育制度の上におきましては、基本的には高等学校という学校教育法一条に定めます学校制度に接続をして大学制度というものが考えられているわけでございます。もちろんその場合に、高等学校だけであれば問題があるということから幾つかの、例えば旧制の学校制度の卒業者でございますとか、外国における学校教育の卒業者、そういうものを拾ってございますけれども、いわゆる各種学校につきましては、実質はいろいろございますけれども、先ほど申しましたように、制度としてはその教育内容等につきましては全面的に個々の学校にゆだねられておるということでございまして、制度的にその実質をつかまえるということが難しいということになっておりますので、先ほども説明をいたしましたような取り扱いになるのであります。
○三浦(隆)委員 実際には大学受験の範囲というのは大変に広く理解されているわけです。例えば、今はございませんが、かつての戦争中的な理解に立てはいわゆる工員養成所、工員教習所あるいは職工教習所、このカリキュラムなどを見ましても、いわゆる高校とはとても考えられないそうしたところであっても、現実には高卒と同じ程度だというふうに認めて大学受験というものが可能なわけです。ということを見ますと、私が言いましたように、よっぽど中華学校の学問の方が英語、数学、国語なり社会なり理科なりというか、普通の高校で行われているものと全く同じカリキュラムに沿って、これに違反しているのじゃないのですね、普通の高校のカリキュラムと全く同じようにしながら、教員から施設からそれぞれそろえているということですと、別段どうしてそれがだめなのかなと、全くこれは理解できないのだろうと思うのですね。あるいは、例えばほかにも海外の学校のときにおいても文部大臣が高等学校の課程に相当する課程を有するものと指定した在外教育ならばよろしい、あくまでも高校の設置基準的なものに見合っていればそれを認めているわけです。にもかかわらず、なぜ中華学校の場合だけそういう高校設置基準とほとんど見合っているのに認められないのだろうか。言うならば、これは内容ではなくて外国人だからということになるのではなかろうか、そこをお尋ねしたいわけです。
○佐藤説明員 最初に端的にお答えを申し上げておきますと、先ほど来の制度の成り立ちは、外国人であるからそういうふうな取り扱いをしているのではないわけでございまして、日本人の子弟も含めまして、いわゆる各種学校の卒業者につきましては制度的にその内容を確認できないものでございますので、一般的にその卒業者に対して大学入学資格を認めるということは難しいということになるのでございます。 〔森(清)委員長代理退席、委員長着席〕
○三浦(隆)委員 外国人だからではないというお答えだったのですけれども、現実に中華学校がどういうカリキュラムを持ってどの程度の教員数をそろえているかというふうなことは、ちょっとでも現地の学校をお訪ねいただければ、あるいは資料でもいいから御請求いただければ、すぐわかることなんですね。わからないことじゃない、すぐわかることなんです。ですから、外国人だからではないんだ、差別ではないんだというのであれば、きょうすぐにでも電話一本おかけいただいてもかなりのことがわかるのじゃないだろうか。それを先ほどのように、単に各種学校だからということだけで全く普通高校と同じようになっているにもかかわらず認めないということは、これは合理的な根拠を持ち得ない。だめだという合理的理由を持ち得ないということでは、場合によっては憲法違反の疑いも出てくるのじゃなかろうかな、こう思いますが、どうでしょうか。
○佐藤説明員 御答弁が繰り返しになりまして恐縮でございますけれども、先ほど来お話がございますような教育の実質に着目をいたしますと、各種学校の中身は千差万別でございますのでいろいろな学校があり得るわけでございますが、私どもといたしましては、あくまでも制度として各種学校という学校制度はその教育内容につきまして個々の学校に全面的にゆだねられておる、こういう制度でございますので、その卒業者について一般的にその資格を認定することは困難であるということを申し上げたいのでございます。
○三浦(隆)委員 学校教育法施行規則の六十九条三号によりますと、各種学校云々という言葉は一切ございませんで、「文部大臣の指定した者」、こういう表現があります。言うならば、現行法であっても、法改正を何ら必要としないで、文部大臣が指定さえすればいつでも今言った中華学校の高校生は大学受験資格はあり得るのじゃないでしょうか。
○佐藤説明員 ただいま御指摘のように、学校教育法五十六条第一項を受けまして学校教育法の施行規則六十九条では五つのパターンを規定いたしておりますが、その三号に「文部大臣の指定した者」というものがございます。立法論といたしましては、どのような者であれ文部大臣が認定をすればそれは法律の改正を要せずして入学資格を認めることは可能なわけでございます。 ちなみに、そういった観点から、数多くございます現在の専修学校でありますとかあるいは各種学校等につきましてその入学資格につき従来より弾力的な取り扱いをすべきではないかという議論がございまして、学校教育制度全体を検討する中での一つの課題になっておるというのは事実であるわけでございます。ただ、それはそういった実態をよく見まして全体として、学校制度の基本にかかわるわけでございますので、慎重な検討が必要であるというふうに認識をいたしておるのでございます。
○三浦(隆)委員 今の答弁にも明らかに法規上、立法的には認めても何ら差し支えないというお答えがあったかと思います。また、事実この学校は正式に中華民国教育部の認可を受けた学校でございまして、これが台湾の学校であれば、そこを、正式な台湾の学校を卒業すれば日本の大学受験資格があるわけであります。同じ正式な学校がたまたま日本にあったために大学受験資格がなくなってしまう。台湾としては全く同じように正式な認可校なんです。台湾に持とうと日本に持とうとであります。内容は全く違いがないわけであります。たまたま日本に置かれたから認められない。そこで、やはり外国人だからかな、外国人学校だからかなと、当然の疑問が出てくるということであります。しかも、立法的には何ら差し支えないんだというお答えも今答弁で出てきているとすれば、これは別に専修学校云々ということは私は質問しておりませんで、各種学校も専修学校も関係なくお認めいただいてもいいのじゃないか。ただ、最初に私言いましたように、すべての専修学校の子を認めると言っておるわけでは決してないんだ、あるいは各種学校を認めると言っておるわけではない。数々ある各種学校の中でも普通の高校と全く同じような性格を持ったそういう各種学校の子供たちであれば認めても何ら差し支えないじゃないかということでございます。 もう少し詰めたいのですが、時間なので先へ行きます。 現行の学校教育法上、全く同じ時期に全く同じ子供が二つの学校に同時に二重在籍することが可能でございますか。
○佐藤説明員 学校教育法第一条に定めておりますいわゆる正規の学校につきましては、制度上これは全日制と申しますか、お昼の時間に教育を受ける、そういう教育機関につきましては、異種の学校を同時に履修するということはできないということを前提にして制度が立てられているというふうに理解をいたしております。ただ、今もお話に出ておりますような各種学校や専修学校の場合には、例えば大学に行きながら英語学校へ通うとか、そういうことは可能でございますし、一条学校間でない場合につきましてはそのようなこともあり得るかと考えております。
○三浦(隆)委員 今のお答えにもございましたように、原則として普通はできないのですね。なぜかと言えば、普通の学校ですと、三年なら三年、月曜日から土曜日までとか、毎日のように学校に行かなければならないし、また自宅に帰っても復習、予習なりしないと学校についていき切れない、そういう事情があるから二つはかけ持ちづらいわけです。ただ、たまたま特殊な各種学校、夜ほんの一時間、二時間行けばよろしいとか、そういうところであればかけ持ちができるだろうということです。ですから同じようにもし忙しい内容、言うなら同時にある高校として一年は何単位、何時間必要だというふうな学校を、例えば昼の学校、夜の学校とかけ持つということは難しいことだろうと思うのです。これは困難だと思うのです。だけれども、現実にはそういうふうにかけ持ったお子さんがおりまして、朝鮮人学校に通っているお子さんが同時に日本の普通の高校の通信制を受けまして、通信制の資格を持って大学受験を得ているという事実があるわけですね。そして、今その通信制高校は、どこの各種学校であろうと通信制の高校であればだれでも受けることができるのですね。そうすると、片方では厳しくだめだ言いながら、形式的に二重在籍、言うならその間の月謝は二重負担というか、格好だけでもいいから、そうすればだれでも大学受験ができるというのが現行の考え方でありまして、これは極めて不合理だろうと思うのですね。だめならだめで論旨を一貫しなければなりません。ところが、片方は二重在籍というふうなことをさせて、学費を払いさえすればだれでも今度は行けるんだというのが現行の運用になっているわけです。ですから、そんな無理したいき方をしなくても、現行法規であっても文部大臣が認められればそれでよろしいという規定があるんだから、そのまま素直に運用されて何ら差し支えないじゃないだろうかという感じがするわけであります。 ついでに関連しまして、現実に、東京ではございませんが、横浜の中華学院の事例でございますと、横浜中華学院の子供たちは五十校の大学受験の可能性を今持っているわけです。ただ、試験を受けても入るか入らないかは試験にパスしなければいけませんから何とも言えませんが、受験資格はあるわけです。早稲田大学、慶応義塾大学あるいは横浜市立大学と、言うならば私立だけではなくて公立大学も踏まえて横浜の中華学院は受ける力を持っているわけです。私が籍を置いております関東学院、毎年のように受けてきて毎年入れておるわけです。もしこれが法規上許されないとしますと、これまで入ってきた子供たちはみんなおかしなことになってしまって、卒業してからでも取り消されてしまうかもしらぬ、これこそまた不合理な解釈、運用になってしまうのじゃないか。しかもそれができるということも別に法規に違反してできているわけではないのです。先ほど言いましたように、高等学校と同等以上の学力があると認められれば構わないということで、学校教育法施行規則の同じく六十九条の第五号によりますと、「大学において、相当の年令に達し、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者」、こういう規定がございまして、今度は文部省と関係なしに大学の方がこの子はうちの大学へ来てよろしいと認めさえすれば幾らでも大学受験は可能だと法規は書いてあるわけであります。とするならば、むしろこの法規どおりいけば、東京の中華学院であっても横浜の中華学院と全く同じように、受け入れ校さえあれば何ら差し支えがない、むしろだめだという論拠を探す方が法規上は難しいのじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○佐藤説明員 御指摘のように、施行規則の六十九条五号には「その他大学において、相当の年令に達し、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者」というものを入学資格ありというふうに規定をいたしておるわけでございます。ただ、この五号の規定の趣旨は、御案内のとおり、一号から四号まで、いわゆる旧制度からのつなぎでございますとかあるいは外国の教育制度とのつなぎでありますとか、そういったものを一応きちんと整理をして規定をしているつもりでございますが、しかしながら旧制度の学校にはいろいろな形態もございましたし、場合によって漏れがあるかもしれない、そういう人たちを救ういわゆるセービングクローズとしてここに五号が設けられているわけでございます。 したがいまして、当初来お話を申し上げてございますように、専修学校あるいは各種学校の卒業者を直ちにこの規定を活用して入学資格ありというふうに認めるということはもともと予想をしておりませんので、私どもとしてはそういった形での運用はしていただきたくないということは大学関係者にはお願いをしてきているわけでございます。 しかしながら、先生御指摘のように、この規定は現に存在をするわけでございますから、私どものお願いに反しまして各大学が認定をなさればそれは違法あるいは無効であると言うことはできない、こういう仕組みになっておるわけでございます。
○三浦(隆)委員 今の言葉がもう一月早ければ、あたら女の子は死なないで済んだのじゃないか。今まさに桜の花の美しい時期でございますが、花の咲くのも見ないであたら一人の女性が自殺してしまった。もう少し文部省の行政指導も親切に、死なないで済むように、そういうふうな法規があることなら学校にも徹底してあげた方がよかったのじゃないかなというふうに思います。特に今は教育の国際化が叫ばれてきまして、臨時教育審議会の方も大分大活躍をしているところでありますので、教育の開かれた方向へ向かってぜひとも頑張っていただきたいと思います。 そういう意味では、二つあります。 一つには、現行法規上であっても可能なんだということが第一点。 次に、どうしてもそれはだめだとおっしゃるならば、今日本人も海外にたくさん日本人学校を持ってたくさん行っているわけです。同じようにやられたらば、同じように日本人の子供も自殺してしまうかもしれないのじゃないかな。考えてみれば、それぞれの国々との間で相互的にも子供たちが不安を感じなくて済むような措置をぜひとも文部省にはおとりいただきたいということをお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
○佐藤説明員 先ほど御答弁申し上げましたように、現在の五号の運用につきましては、その規定の趣旨から申しましてそれを運用していくことは望ましくないというふうに私どもは考えておるわけでございます。しかし、御指摘のございましたように、学校教育全体のあり方について現在検討されておる時期でございまして、私ども、質問しないのに答えているというおしかりをいただきましたが、専修学校等も含めまして学校教育制度全体を考える中で検討すべき課題であるというふうに考えております。 それといま一つ、私どもの方からはお答えしてございませんでしたが、御指摘のように、いわば相互主義と申しますか国際的な関係の中で、外国の取り扱いとのかかわりでこの問題を考えるというのも一つの視点であるというふうに考えさしていただきたいと思います。
○三浦(隆)委員 文部省にはぜひとも、外国人の子供たちだけでなくて、日本人の子供たちも同じようになるかもしれないということを考えていただきまして、どうぞ国際的に開かれた教育制度でありますように、今教育改革が強く主張されておりますので、大学の入学資格についてもぜひとも十分な御検討をいただきたいというふうに思います。 次に、帝銀事件の問題についてお尋ねをしたいと思います。 これも実は最近の新聞に大きく載ったのでありますけれども、帝銀事件にかかわりますアメリカのGHQ機密文書というのが数多く発見されたというかそういうことが報じられております。ということもありまして、今帝銀事件をめぐる論議が大変活発になされているわけであります。これと関連しまして、岡原元最高裁長官が、この五月で死刑確定から三十年を迎える帝銀事件の死刑囚平沢貞通元被告に対して、今さら死刑の執行はできないであろうという認識のもとに「三十年経過後、時効完成として釈放することも考え得る。」ことし一月号の「法令ニュース」でこう述べている。わけてあります。最高裁長官もやめればただの人だとあるいはお考えかもしれませんが、しかし我々にとってみれば、最高裁長官は、特にこの岡原さんは法務、検察の高官を経た人でございまして、これは単なる一私人の発言と同じとはとても思えない極めて大きな意味を持つもの、こう考えるわけであります。 そこで、時間の関係もございますので、三つほど続けてこれに関連してお尋ねしたいと思います。 第一は、この岡原元最高裁長官の、三十年過ぎたということに対しての死刑時効の問題についてどう考えられるか。これに関連して、逃亡した者に時効が成立するけれども、おとなしく拘置された者、例えば平沢貞通には時効が成立しないというのは、逃げればよくて逃げない者はだめだというふうな考え方は、一般的な常識とはちょっと合わないのではないかというふうに思います。これが第一のお尋ねであります。 それから、同じく岡原元最高裁長官の見解なんですが、三十年も死刑の執行がなされないまま九十三歳にもなった平沢被告に対して、今さら死刑の執行はできないであろうというふうな趣旨のことを述べられておりますが、これについてどうお考えなのでしょうか。 それから第三点は、ある外国人の法哲学者の見解でございますが、このホセ・ヨンパルトという大変日本に明るい方ですが、この方が法務省の解釈に対しまして、法務省の解釈では、時効は逃げた人に限るということだが、日本の刑法にははっきり書いていないじゃないか、むしろ予想もしなかったことではないのか、今この問題が起こっているのは歴代の法務大臣が死刑執行をむしろ怠けていたからではないか、責任は法務省にあったのではないのか、それなのに法務省の意見で時効は成立しないと決めつけるのは一方的過ぎるのではないのかというふうな意見も述べているわけであります。 この三つについてお尋ねしたいと思います。
○筧政府委員 まず第一点、岡原元最高裁長官の御発言でございますが、そのあとの今さら云々というのもあわせまして、いずれも岡原元長官の個人的な御意見でございますので、私どもとしてこれに対し、所見を申し述べることは差し控えさせていただきたいと思います。 それから、逃げればいいという、逃亡して云々という点でございます。第三点にも関連いたしますが、逃げた人に限ると法務省は言っておるという御指摘でございますが、私ども、逃げた場合に限るというような趣旨を申し上げた記憶はないわけでございます。問題の帝銀の平沢被告のように拘置されている場合には、時効の問題は生じないということは申し上げておるわけでございます。 では、一般的に時効がどういう場合に成立するのかということを本寺で見ますと、逃亡して一定期間を過ぎた場合であるというふうに書いてある、そのことと関連して御指摘かと思いますが、逃げた人に限るという趣旨ではもちろんございません。完成すべきものは完成する。平沢の場合は、それとは違って完成しないのだという意見を申し上げているわけでございます。 それから第三点になろうかと思いますが、そういう今まで法務大臣というか法務省が怠けておって、現在まで執行しないで至っておるその責任は法務省にあるのに、時効は完成しないというのは一方的に過ぎるではないかという御指摘でございますが、前にも申し上げたかと思いますが、死刑というものが一たん行われれば取り返しのつかない重大な刑罰であるという点から考えまして、その執行命令権者である大臣あるいはそれを補佐する私どもの方でも、記録を精査する、あるいはいろいろな問題を慎重に検討いたしまして、死刑執行の是非を決定するという慎重な態度をとるべきことは当然であろうかと思います。そういう態度をとってまいったわけであります。 特に本件の場合、本人から十七回に及ぶ再審請求あるいは五回に及ぶ恩赦出願が引き続きなされておる。そうした場合には、必要に応じてその結論が出るまでの間、執行を差し控えるということも必要であろうかと考えております。そういう意味で、法務省の怠慢の責任であるということ、あるいはそれでありながら時効は成立しないと決めつけるのは一方的であるというふうには私どもは考えていないわけでございます。
○三浦(隆)委員 いずれにしましても、そうした意見の出るのも九十三歳の高齢にまで達せられたということなんですね。逃げるのも毎日いつ捕まるかといってびくびくするかもしれませんが、しかし死刑の宣告を受けている人、いつ死刑の執行があるのかと毎日毎日過ごしていくというのも、えらい大変なことであろうというふうに思います。 さて、そこで人身保護法という法律に基づきまして、死刑囚の救済の申し立てという裁判史上初めての訴訟が東京地裁に起こされたということでございます。その申し立て理由の骨子についてお尋ねしたいのですけれども、裁判所はそれは答えられぬと言うかもしれません。しかし、そうしたことが新聞では、弁護士経由であるかどういう根拠であるか、よく出できているわけです。その理由は、是非は時間の関係もありますし、ここで私はお尋ねいたしません。それよりも、むしろ法務省、できれば大臣なりにお尋ねしたいのは、人身保護法による死刑囚の救済申し立てが、いわゆる九十三歳の年寄りから裁判史上初めて提起されたのだということ、人権擁護という観点から救済請求が起こされたことについていかがお考えがお尋ねしたい、こう思います。
○嶋崎国務大臣 平沢氏の問題につきましては、何しろ三十年の日月がこの五月の七日で来るというようなことを中心にしまして、いろいろな論議が行われているということを、私は十分承知をしておるわけでございます。そしてこの四月の五日の日ですか、東京地裁に対しまして、平沢氏についての人身保護請求がなされたということも承知しておるわけでございまして、いずれその問題については早急に検討した上、結論が出されるだろうというふうに思っておるわけですけれども、この問題を考えますと、先ほど来お話がありましたように、今日まで十七回に及ぶ再審、それに加えて五回目の恩赦が出されておる。そういうことでいろいろなことが積み重ねられて今日までまいったことは事実であろうと思いますし、その間いろいろな問題がありまして、ある意味で少し法務大臣は怠けていたのじゃないかという話もさっき出たわけでございますが、ぎりぎりの時期を踏まえた時分の法務大臣として、この問題についてはいろいろな意味から十分考えさせられた問題の一つであるというふうに思っておるわけでございます。 しかし、法務省だけの考え方から申しますと、死刑の確定判決に基づいて現在適法に拘置を行っているというようなことでありますので、人身保護というような考え方の請求の理由はどうも当たらないのじゃないか。従来から法務省の死刑の時効問題についての考え方というのは既にまた明らかにしておるところでありますし、そういうことを前提にして考えるならば、この人身保護請求の理由というのは必ずしも当たっておらないというふうに思っておるわけです。 しかし、いずれにしましても、御指摘のように九十三歳という年齢に達しておられるというような実情はよくわかっておりますし、現在なお恩赦、再審が論議されておるというような事態を十分考え判断をさせていただきたい問題であるというふうに思っておる次第であります。
○三浦(隆)委員 仮定の問題ですからお答えできないと言われればそれまでですが、もし平沢貞通が人身保護法も恩赦法も刑法もすべて放棄しまして、ただただ恐れ入りましたと言った場合、いわゆる自分の救済を法的な手続でなくて、一切それを断念しまして、今まで私もここまで法的な手続で助かろうと思って頑張ったけれども、だめだ、それはあきらめた、法務省もどうでもしてください、大臣、判こを押すなら押してくださいというふうに仮に開き直ったとした場合、大臣のお気持ちとしては判こを押せますか。
○嶋崎国務大臣 全く仮定の前提のお話ですから、お答えを差し控えたいと思います。
○三浦(隆)委員 戦後、死刑囚で個別恩赦に浴した事例とその理由についてお答えを願いたいと思います。
○俵谷政府委員 戦後、個別恩赦によりまして死刑囚が恩赦に浴したという数は合計いたしまして十一名でございます。いずれも死刑から無期懲役刑に減刑されております。 その理由でございますが、これはいわゆる個別恩赦でございますので、それぞれ個別に相当の理由があったわけでございます。 これを系列別に大まかに申し上げてみますと、一つは戦後昭和二十四年一月一日から少年法が改正されて新少年法が施行されましたが、この新少年法によりまして、犯行時十八歳未満の者に対しまして死刑をもって処断するという場合には無期懲役を科す、こういう規定ができました。この規定ができたことに関連いたしまして、旧法によりまして犯行時十八歳未満ではございましたが死刑の言い渡しを受けた、その判決を受けて確定したという者が若干おりまして、これらを救済する必要があるということから無期懲役に減刑されたという者が三名程度ございます。それから、同じように犯行時十八歳の少年ではございましたけれども、初犯であって改悛の情が大変顕著であるということで十八歳未満の少年と同様に考えられたことと思いますが、そういうことで減刑になった者が一件ございます。それから、共犯者と比較して著しい刑の不均衡が出てきて、これは先ほどの、一人が少年でその者が減刑されたということに並べまして死刑を減刑することが相当であるということで、共犯者につきまして減刑された、こういった共犯者との不均衡を是正するというような見地から減刑になった者が三名ございます。それから、終戦後の混乱下で八歳ぐらいを頭にいたしまして二名ないし四名の幼弱の家族を抱えて、しかも連れ合いが病弱であるというような状況で犯行を犯した、こういうことで、動機に酌量すべきものがあるということを理由といたしまして減刑された者が二名ある。それから、死刑判決が出まして拘禁中に精神異常を来した、大変贖罪感に駆られまして、施設に収容されております間にその念のきわみの至るところついに精神状態がおかしくなったということで、相当長時間にわたって拘禁をされたという者につきまして減刑を認めたという者が一名ございます。 大体、以上が主な理由でございます。
○三浦(隆)委員 ただいま個別恩赦に浴した人の事例数十一名ということとその人たちの理由についての御説明をいただいたわけですが、これをお聞きしておりますと、十六歳あるいは十八歳未満というふうなことでの年齢的な要件が一つ挙げられております。大変年が低いということであれば、今回は九十三歳という逆ですが、大変な高齢者だということが言えると思います。 それから、終戦後の混乱下云々ということであるならば、この平沢事件も同じく終戦後の混乱の時期でありまして、それが一人で、単独犯で銀行に行き、青酸カリの化合物を行員十六人全員に飲まして十二人が死亡したといった場合に、一人の人が十六人に同時に飲ませるというふうなことが果して技術的に可能であったのかどうか、一人や二人飲まない者が出ても不思議ではなかったのではないだろうかというふうなことから、この事件は当初から実は疑いを持たれておった。それでも今判決は下っているわけですが、そういう終戦後の混乱下に起きた事件だということを改めて考えてよいと思います。 それから、死刑確定後病気になって十年以上経過した云々とありますが、これは平沢の場合で言えば大変長い年月入っております。また同時に、こうして入っている事情が、画家として、素行が大変善良だ、おとなしいというふうなこともありますと、これまでの個別恩赦の対象となった方以上に恩赦の条件は備えているのではないかというふうな気がいたしますが、最後に、その一点だけお尋ねして終わりにしたいと思います。
○俵谷政府委員 お尋ねの問題は平沢氏の問題でございまして、いささか具体的な事柄でございます。この問題につきましては、先ほど来御答弁がございましたように、現在中央更生保護審査会におきまして慎重に審理が行われており、いろいろな御意見が出されておることは承知いたしておりますが、そういう御意見につきましては、私どもも事務当局といたしまして審査会の方にその都度情報あるいは資料としまして提供いたしておるのでございます。そのようないろいろな状況もあわせ考慮されて慎重な審理が進められるであろう、かように思っております。この問題につきまして、具体的に平沢氏のケースが恩赦事由に当たるかどうかということはこの際答弁を差し控えさせていただきたい、かように思っておる次第でございます。
○三浦(隆)委員 人一人の命がかかっていることでございますので、人権擁護という見地にある法務省としても十分なる配慮をお願いしたいということで質問を終わります。
○片岡委員長 林吾郎君。
○林(百)委員 法務省にお尋ねしますが、刑事訴訟法の五十三条によりますと、第一項には「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。但し、訴訟記録の保存又は裁判所若しくは検察庁の事務に支障のあるときは、この限りでない。」ただし三項で「日本国憲法第八十二条第二項但書に掲げる事件については、」——絶対的公開の事件ですが、「閲覧を禁止することはできない。」それで憲法八十二条を見ますと、「政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となっている事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。」要するに、政治犯罪、出版に関する犯罪、またはこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となっている事件の記録はこの閲覧を禁ずることができないというようになっておりまして、御承知のとおり、第四項には「訴訟記録の保管及びその閲覧の手数料については、別に法律でこれを定める。」こうあるわけですね。この閲覧の保障はされているわけですか。
○筧政府委員 刑事訴訟法五十三条の規定を受けまして、刑事事件の確定記録の閲覧に関しましては、法務省内部で昭和二十五年に当時の検務局長の通達を出しまして閲覧手続について基準を定めまして、その基準にのっとって全国の検察庁で運用されておるところでございます。
○林(百)委員 刑訴の五十三条の第四項では「記録の保管及びその閲覧の手数料については、別に法律でこれを定める。」とありますが、この法律は定まっているのですか。
○筧政府委員 手数料の方は刑事訴訟法施行規則で定められておりますが、保存に関する部分に関しては現在法律は定められておりません。
○林(百)委員 閲覧する手数料だけ決めておいて、閲覧する記録の保存については法律で決めてないということは一体どういうことなんですか。昭和二十四年の通達によりますと、これは甲府の裁判所からの問い合わせですが、「新刑訴によれば、刑事確定記録の保管は裁判所でなすべきか、検察庁においてなすべきか。」「答 新刑事訴訟法第五三条第四項により別に法律で定めることとなっており、近く第五回国会」——第五回国会というのは昭和二十四年二月十一日から五月三十一日までですが、「近く第五回国会においてその法律の制定を見る予定であるから、それまでは、一応従来通り取り扱われたい。」近く第五回国会において法律の制定を見る予定であると言いながら、どうして今まで法律をつくらないのですか。
○筧政府委員 昭和二十四年でございますか、現行の刑事訴訟法制定当時、訴訟記録の保管事務につきまして検討はされたわけでございますが、裁判所、検察庁その他、これを保管すべき機関について、従来のいきさつ等もあってまだ意見の調整を図る必要があるということ、あるいは各種訴訟記録の保存期間については相当期間の運用実績を検討した上で法定することが妥当であるというような事情から、当時法律制定には至らなかったわけでございます。 その後法務省といたしましても、訴訟記録の保管に関する立法につきまして検討を重ねてまいったところでございますが、保管機関をどこにするか、その方法をどうするか、記録あるいは原本双方についていろいろ問題があろうかと思います。あるいは保存期間をどの程度にするかというような多岐にわたる問題がございまして、これらについて慎重に検討する必要があるということで現在までまだ制定には至っておらないというのが現状でございます。
○林(百)委員 委員長、ちょっと資料を配付させていただきたいのです。 新刑事訴訟法ができたばかりだからどの程度に保存しておいていいかわからないと言うけれども、憲法で規定されているものはいつでも閲覧できるようにしなければならない。保存しなければいかぬわけですよ。それにしても、その通達が、第五回国会で近く決められるからそれまではいままでどおりにしておけと言ったのが昭和二十四年ですから、もう三十六年もたっていますが、刑事訴訟法で法律でこれを決めると言ったその法律が三十六年もたってまだできないというのは怠慢ではないですか。法律で決めなくて、今まで便宜上それをどうやって扱っていたのですか。
○筧政府委員 現在まで法律の制定に至っていない事情は先ほど申し上げたとおりでございます。 運用に関しましては、閲覧事務に関しましては昭和二十五年に検務局長の通達を発し、閲覧を行っているところでございますし、保存に関しましては古く大正七年の民刑訴訟記録保存規程というのがございますし、その後昭和四十五年に法務省刑事局長から「校務関係文書等保存事務暫定要領」、今の資料にその内容があるわけでございますが、それを通達いたしまして、現在それに基づきまして保存並びに閲覧の事務を行っているところでございます。
○林(百)委員 この「暫定要領」というのはどこがつくって、どこへ配ったのですか。どういう根拠でこういうものができるのですか。訴訟法によれば法律で決めると書いてあるのにどうして要綱でできるのですか。法律を守らなければならない法務省がそんなばかなことをいつまでもしていていいのですかね。責任問題じゃないですか。
○筧政府委員 今申し上げました通達は刑事局長から全国の検察庁に通達されたものでございます。刑事局長通達で賄うといいますのは、先ほど来申し上げておりますように、刑事訴訟法に書いてある別の法律が定められるまでの間局長通達をもって全国一律にこの基準で行うという扱いになっておるわけでございます。
○林(百)委員 あなたの方の通達は「近く第五回国会においてその法律の制定を見る予定であるから、それまでは、一応従来通り取り扱われたい。」というので、第五回国会でつくるからと言うのです。第五回というのは昭和二十四年ですよ。それが昭和六十年の今日までどうして要綱でいいのですか。どこから一体そういう根拠が出てくるのか。そしてこの要綱なるものはいつつくったのですか。法律をつくれというのを法律もつくらないで、三十何年間も、いや通達でやっています、要綱でやっています、そんなことが法務省で許されるのですか。いつこの要綱というのは出したのですか。
○筧政府委員 先ほど申し上げましたように、昭和四十五年の十一月に発出された刑事局長通達でございます。
○林(百)委員 通達とは書いてない、要綱と書いてあるのですよ。要綱が通達なんですか。それにしても、この要綱は昭和十五年にできたと言うのですか。
○筧政府委員 昭和四十五年でございます。「事務暫定要領」というのがこの通達の題名でございまして、この文書の性質は刑事局長通達でございます。
○林(百)委員 そうすると、この要綱で決められている保存期間というのは、刑事訴訟法で、憲法の八十二条で決められているものはいつでも見れるようになっているというのに、これはどうしてみんなこうやって消却しちゃうのですか。しかも聞くところによれば、保存なんかするな、なるべく早く消却してしまえという通達をあなた方は出しているそうじゃないですか。これは憲法にも違反してくるのじゃないですか。憲法の八十二条によれば、政治に関するもの、出版に関するもの、基本的な人権に関するものはいつでも見れるようにしなければいけないと書いてあるのですよ。ところが、あなた方の通達でやれば、長いのでも二十五年ですか、あとはみんな消却することになっているのじゃないですか。死刑のだけは永久ですけれども、あとは二十五年、十五年、十年、五年、三年、一年となっている。これは憲法違反じゃないですか。
○筧政府委員 憲法上、そういう閲覧はさせなければならない、つまり、ある場合に閲覧を禁止したり閲覧させないというような措置を講ずることはいけないということはおっしゃるとおりでございます。ただ、そのもととなる記録を、今御指摘の憲法に書いてあるいろいろな関係のものはすべて未来永劫保存しろということには直ちにつながらないかと思います。
○林(百)委員 未来永劫につながらないと言っても、憲法でこれこれの事件の記録はいつでも見れるようにしなければいけないと書いてある。いつでも見れるようにしなければならないということは、ちゃんと保存しておけということじゃないですか。いつでも見れるようにしておけということは、なければ見せなくてもいいんだなんて、そんな勝手な解釈ができますか、皆さん。しかも事は、政治に関する問題、基本的人権に関する問題あるいは出版に関する問題と重要な問題でしょう。 それでは次に、国民が重大な関心を持っていた事件を挙げてみますが、こういう記録は残っていますか。松川事件というのがありましたね。みんな一時死刑になって、それから無罪になったという事件。それから、メーデー事件もありましたね。騒擾事件で起訴されたのが騒擾ではないということになった。それから、チャタレー事件もありましたね。これは芸術であるかあるいはわいせつであるか、出版の自由に関する重大な問題。それから、二俣事件。また政治的な問題では、昭和電工疑獄事件あるいは造船疑獄事件とありましたね。私が今言った記録をあなた、覚えていますか。いいですか、もう一度言いますから、この記録は残っているかどうかちゃんとメモしてください。 まだいろいろありますが、主なものだけ言いましょう。松川事件、メーデー事件、チャタレー事件、二俣事件、死刑の判決が出ましたけれども最高裁で無罪になっていますね。それから、政治的には昭和電工事件だとか造船疑獄事件等がありましたね。この記録はあるのですか、ないのですか。
○筧政府委員 個々の事件についてあるかないかというのは確かめたわけではございませんが、それぞれの事件につきまして今お手元にございます暫定要領の局長通達に「完結事件記録等の保存期間」が定めてございます。これは、刑の言い渡しがなされた場合あるいは無罪等で完結した事件記録、それが刑の言い渡しがなされた場合には、その刑の長さといいますか刑期によって保存期間が別々に定められておりますので、今林委員御指摘の幾つかの事件をこのそれぞれに当てはめて、保存期間内であれば保存されているというふうに承知しております。
○林(百)委員 これはいずれも二十年以上もたっておる事件が多いわけですが、そうすると、言い渡しが無期懲役または禁錮で、言い渡しですからね、これは無罪になったわけなんですから、そういうのはどうなるわけですか。チャタレー事件なんというのは罰金ですからね。いずれもみんな期限が過ぎてもうないということじゃないですか。
○筧政府委員 ただいまの資料の別表に「完結事件記録等」として、「刑の言渡しがなされて完結した事件記録」、これが死刑から罰金、拘留、科料に至るまで七種類に分類して期間が定めてあるわけでございます。それから、「二」の方に無罪等により完結した事件記録、これはまた別の保存期間がそれぞれに定められておるわけでございます。したがいまして、今御指摘のいろいろな事件のうちこの期間を超えたものは現在はもうないということになるわけでございます。
○林(百)委員 現在ないということですね。無罪になったり罰金の事件なんですから。
○筧政府委員 現在、保存はしていないということでございます。
○林(百)委員 保存をしていない。こういう国民が重大な関心を持っている事件を、しかも早く消却してしまえという指示まで出している。法律でちゃんと保存についての期間を決めるというのに、法律も決めない、そして便宜的に通達でやっている、これをどう改善するつもりですか。刑事訴訟法の五十三条で法律で決めろとこうあっても、法務省はいつまでも決めないつもりなんですか。
○嶋崎国務大臣 今の刑事訴訟法第五十三条の四項では、裁判記録の保管につきまして別に法律で定めるという規定があるわけでございます。先ほど来刑事局長からお話がありましたように、いろいろな経過があって今日まで立法化されてきておらないというような実情にあることは事実でありますが、裁判記録の重要性というようなことから考えますと、今後関係機関とも十分協議をいたしまして立法化するように努力をしてまいりたいというふうにお話を聞いて私は思っておりますから、そういうことでお許しいただきたいと思います。
○林(百)委員 私がこういう質問をするのは、裁判の記録、判決というのはその時代時代の一つの世情を象徴したものであるし、それから一つの文化的な遺産というか司法上の国民の遺産なんですよ。こういうものはやはり大事に残しておいて、旧憲法時代はどうだったか、新しい憲法になってからはどうなっているか、基本的人権はどう守られているか、出版それから印刷、表現の自由がどうなっているかということは、文化的な遺産というか裁判の一つの遺産なんですよ。だから、これを残しておくことは国民の責務でもあるわけなんですよ。それを、法を守るべき法務省が昭和二十四年には法律決めますと言っていながら今もって決めてないというところに、私はきつい言葉で質問もしているわけなんですよ。別に他意があるわけではないので、日本の司法の歴史からいって、こういうものはちゃんと残して、後世に参考にしたい人があれば参考にする必要があるということからやっているわけなので、大臣が答えられましたように刑事局長も至急これを検討して、法律で決めるとあるし、それから法務省の答弁では昭和二十四年にはもう近く第五回国会では決めますとまで言っているのですから、これは至急立法のために努力をされることが必要だと思います。大臣の答えた答弁のとおりですが、あなたどう思います、筧さん。
○筧政府委員 ただいま大臣の御答弁のとおり、私としてもできるだけ早い立法を図りたい、そのための努力をいたしたいと考えております。
○林(百)委員 これは日本の司法制度とは別ですが、やはり日本の国の命運にとって重大な問題でありました東京軍事裁判の記録ですね、これは今どういうようになっておりますか。日本にあるかないか、あるとすればどういう形で残されているか。
○筧政府委員 東京裁判の記録に関しては、私ども今どこにあるか承知をいたしておりません。
○林(百)委員 国の命運にとってあれほど重要な裁判の記録、判決、これは出版でも出ているのですよ。これは朝日新聞社からちゃんと「東京裁判」というので出ているのに、法務省がどこにあるかわかりませんというのはそれは詭弁か言い逃れじゃないでしょうか。ちゃんと適当なところに保管されてあるんじゃないですか。知らないですか。こういう画期的な訴訟記録がどこにあるかわかりません。しかも出版界ではちゃんと本になって出版されている。法務省がどこにあるかわかりません、通りませんよそんなことは。わかっているならちゃんとわかっているように答弁してもらうし、そして調べましたら、林先生ここにありましたというなら後でそっと私の部屋へ来て、そっとでなくてもいいけれども、私の部屋へ来てこういう歴史的な記録はちゃんとここに保存してあります、これは後世の日本の国の大事な命運にかかわる資料でございますのでちゃんと法務省では保管してあります。なければアメリカから取り寄せたっていいのですからね、アメリカにはちゃんとあるのですから。それはどうですか。後で私に知らせてくれてもいいですよ。
○筧政府委員 少なくとも私ども刑事局では東京裁判に関与してございませんし、その後全く所管しておりませんので、記録がどこにあるかについては私としてもお答えをいたしかねるところでございます。
○林(百)委員 それは言い逃れですよ。局長、言い逃れですよ。ちゃんとあるんですよ。私、知っていますよ。何なら教えてやってもいいですよ、どこにあるか。しかしあなたが私のところに敬意を表して来るなら、それまで私も言いませんけれども、そんな詭弁を国会で言ってはだめですよ。 そこで私は、もう一つ、日本の裁判所で、そういう記録を残したりそれから司法制度に対する歴史的な遺産を保存する、そういう司法博物館というかそういうような構想を法務省としては考えて、そこへ記録も置いたりいろいろすることが必要じゃないかと思うのです。法務大臣のところへ行くと、あの部屋に火縄銃が三丁か四丁があります。あれが日本の法務大臣の大事な司法制度の遺産だなんということはちょっとおかしくて言えませんけれども、そういう構想を将来お考えになったらどうか。 実は民間には既にそういうものがあるんですよ。ここに資料がありますが、長野県の松本に司法博物館というのがあります。これはひとつ参考に配ってくださいませんか。これは参考にしていただければ結構です。 これは民間でやっておりまして、ボランティアでやっていますが、これは時間がありませんから申しませんけれども、目的、施設内容、建設順序、資料内容と分類。時代的展示、件別展示、全国的な視野からの展示、昭和憲法の成立事情と実態。それから、わが国の司法裁判はどのように発達してきたか、原始時代、古代、中世の司法裁判、近世の司法裁判。それから具体的資料例、こういうようなのがずっとあります。 それから、これにごらんのとおりに、松本支部の取り壊されるべき裁判所の建物がここにございますけれども、これもちゃんと温存してありますし、それから旧憲法時代の裁判のあり方がここに写真があります。 民間では既に日本司法博物館というものがつくられて、それはボランティアで大きな借財までしょい込んでいますけれども、みんながそれを補完し合いながらつくっているわけですが、将来こういうような構想をお考えになったらどうかと思いますが、大臣どうでしょうかね。
○嶋崎国務大臣 今、長野県にある司法関係の資料を保存する施設を維持をされておられて大変司法に関心をお持ちの様子を承りまして、まことにうれしいことだと実は思っておるわけでございます。御承知のように、司法省及び法務省の建物というのは昭和二十年三月十日に焼夷弾で焼けたわけでございます。しかし、それにもかかわりませず、今、官庁の建物としましては、明治二十八年ですか、何か設計をされてから七年がかりで建設をされたと私は聞いておるのですが、そういう由緒のある建物であるということは事実であるわけでございます。そういう意味で、非常にあの建物が老朽化をしているというようなことも一方で議論をされている現実があるわけでございますけれども、しかし、それをどうするかという話はなかなか難しいところだと思うのです。 聞きますと、今衆議院議長をやっている坂田議長が法務大臣のころに、何かあの建物を将来生かしていきたいというようなことを国会で答弁をされたというふうに聞いておるわけでございますから、そういうような点も含めまして、今の法務省の建っているああいう一画の地域、国有財産でございますから、こういう時代、保存というのはなかなか難しいと思いますし、ああいう建物を維持することは難しいと思うのでございますけれども、気持ちとしては、せっかくあの地域を保存をしてまいりたいというふうに思います。 ただ、法務省自体としましては、三月十日焼けたときに、法務省の建物に残った部分は焼け残ったのですけれども、たしか甲府の刑務所の方に疎開をしたものは全部当時焼けて、古いものの相当部分がなくなっているというような実情にあるように聞いておるわけでございます。したがって、そういうような施策をする場合には、建物の問題も今申し上げたような問題がありますけれども、それとともに、内容をどうして充実をさせるかというようなこともあわせていろいろ考えていかなければならないのではないかというふうに思っておるわけでございます。したがいまして、今の建物の問題も含めまして、今後、あれは非常に重要な国有財産でもありますので、どういう方向をたどるかよくわかりませんけれども、十分研究させていただき、また何か司法関係のいろいろな資料が保存をされるように、過去の問題はともかくとして、将来の問題を考えても非常に重要な意味を持っているのじゃないかと思いますので、研究さしていただきたいと思います。
○林(百)委員 松本の日本司法博物館には律令時代の司法・刑法の機構図、それから江戸時代以前の司法・刑法機構図、それから明治憲法下の司法裁判機構図、それから昭和憲法下の司法裁判機構図が全部展示してあるわけなのですが、この中で、徳川時代の各藩の中のまた司法制度も資料として残っているわけなので、民間でこのような努力をして、しかも相当の負債までしょい込んで、それをお互いにボランティアの諸君が私財を出し合ってやっているわけなんです。この建物は、本当に松本支部の建物をそのまま買い受けて、そして建てて、この中に法廷も前どおりにつくっているわけなんです。 それで大蔵省にお聞きしますが、まだコンクリートしてない構想ですから、しかし財源が非常に重要な要素になりますので、今、大臣が答弁されましたように、将来一定の場所にそういう日本の司法の歴史的な遺産を残そうというような構想ができて、そして大蔵省へも相談をするというような場合には、大蔵省はその話に応じてもらえるかどうか。そういうものは必要ありませんと、大蔵省の考えで、貨幣の陳列なら別として、司法裁判ならだめですというようなことを言われても困りますけれども、大蔵省の方は、そういう場合はどういう態度に出られますか。ここでちょっと説明願いたいと思います。
○吉本説明員 初めて伺いましたお話でございますので、また、ただいまお話のありましたような司法博物館というようなものの必要性云々の問題については、法務省でまず御研究されるべき問題でありますから、私の方からその点に関して申し上げることは差し控えさしていただきたいと思います。 なお、財政事情というのはもう御高承のとおり非常に苦しい状況でございまして、しかも、せんだって予算委員会でお話し申し上げてありますとおり、六十五年度までを見通しても財源不足が毎年三兆から五兆、六兆というふうに発生するような状況になっております。そういうような財政状況をよくお考えいただきまして、そういう状況の中では新たなる財源を生み出すというのは非常に苦しいということを御理解いただきたいと思います。
○林(百)委員 それは、財政的な情勢も私たちよく知っています。しかし、司法制度というのは基本的な人権に関する重要な問題ですから、三権の中の一つの社なのですから、そういう場合に、財源が今苦しいからそういう話を持ってきても門前払いですと言うのか、あるいは、法務省からそういう話が来たら話を聞く耳は持っているのですか。聞く耳持たないという態度なのですか。
○吉本説明員 今申し上げましたのは、財政の事情が非常に苦しいということを申し上げた問題でございまして、もちろん、個々具体的な問題については、責任を持って要請に当たられる省庁がいろいろ研究された上で、私どもはその相談にあずからしていただく、こういう立場でございます。
○林(百)委員 委員長、最後にもう一つ、労働省に……。(資料を示す) ワープロの問題ですが、きのう、ちょっと時間がなくて、今度またお尋ねの時間がありますので、簡単にお尋ねしますが、ワープロ、コンピューターの講習をして、講習料を三万八千円取って、その上さらに磨きをかけるということで、そこの資料にもありますように一時間二千五百円、それからさらにまたその上のランクに乗せて千五百円、約五万ぐらい取って、そして仕事は紹介してあげますからということだけれども、それに対しては必ずしも責任を負わない。そういうことが一つ。 これは通産省の方へも……。そういう新しい技術を利用しての、家庭の主婦だとかそういう人たちに対する何か不健全な仕事を持ち込むやり方がありますので、こういうことをやはり念頭に置いて取り締まりをして、本当に、講習をして級が埋まって、仕事を保証してやるから講習を受けなさいと言うならば、その仕事に対して保証をするような方法を監督するということが一つ。 それから、こういう会社がコンピューターを講習さしておいて、今出した資料にありますように「当社は企業から、各種の文書作成を受託、専門スタッフをオフィスに派遣して、受託業務を処理しております。」こういうようにしているのですがね。「いったん家庭に入った元OLなどをスタッフとして登録して頂き、必要に応じて派遣する方法をとっています」。今、労働者派遣事業の適正化の法律案が出ていますが、今の段階でこういうことをやって、こういう講習料を取って、そして一方では仕事は心配してあげますと言いながら心配をしないところか、一方ではこれを派遣するというような仕事までしているということは、職業安定法に今の段階では触れると思いますが、通産省と労働省、こういう仕事のやり方が不健全で取り締まりを要すると思いますが、その点はいかがでしょうかね。通産省と労働省、両方お聞きします。
○矢田貝説明員 この資料、ただいま拝見いたしましたので、さらに十分検討さしていただきたいと思いますが、一つの問題としましては、講習を受けた方々につきまして職業紹介を行っているというような問題があるとすれば、別途の職業安定法の中でございます手続等を経てないという——この会社は具体的によくわかりませんのですが、そういった職業紹介事業を行える一定の条件がございますが、そういったものに基づいて認可されているというものでなければ、そういった職業紹介面の問題が一つ生ずるかと思います。 もう一点、受講終了後におきまして、それを、今のお話では派遣しているというお話でございますが、これが当該企業との間で雇用関係がきちんとございまして、かつ、請負と昨日申し上げましたけれども、この相手の企業との間で請負業務を請け負っていくという格好できちんと請負の条件を満たした中で行われているということでありますと、いわゆる労働者供給事業に抵触するという事態はないかと思いますが、昨日申し上げましたように、そこでの雇用関係、いわゆる講習している会社との雇用関係がきちんとしてなくて、いわゆる労基法で禁止していますような条項に該当するような中身の部分があるとすれば、当然のことながら、労働者供給事業としまして私どもとしても指導、監督をしていかなければいかぬ、かように考えております。
○田辺説明員 ワードプロセッサーの場合、ちょうど昭和五十三年に商品として生まれたものでございます。当時数百台、五十四年に千台、現在、五十九年の統計で二十一万台ぐらい普及しております。そういうことで急速な普及を見ておりますけれども、今先生御指摘の問題につきまして、私どももこのワードプロセッサーが消費者あるいは各企業の間で適正に使われることを期待しているわけでございます。ただし、労働政策の観点あるいは法務当局の観点の問題かと思いまして、私の立場からは答弁を差し控えさしていただきたいと思います。
○林(百)委員 通産省、ちょっと時間がありませんので……。 答弁を差し控えさしていただくというのは、この資料にありますように、講習料が最初に三万八千円ですか、それからその後一時間二千五百円、さらにそれを通ってから千五百円ですか、それを取って、仕事を供給するとか言って、実際は仕事がこない。それで、それがほとんど家庭の主婦なんかでうちにいる人たちだ。講習料だけ取られて実際の稼ぎは言うような稼ぎにならないし、仕事もあっせんしてもらえないというようなことが一般的に行われているとすれば、それに対しての啓蒙の措置をとる必要があると思いますが、それはどうですか。
○田辺説明員 そういう問題の実態について、さらに。私どもも調べていきたいと思います。そして、そういう実態があるとしますれば、ワードプロセッサーの適切、的確な普及にとって、メーカーの立場、流通業者あるいは消費者の立場にとりまして極めて遺憾であると思っております。できるだけ適正な利用あるいは普及が行われるよう私どもも強めてまいりたいと思っております。
○林(百)委員 終わります。
○片岡委員長 次回は、明後十二日金曜日午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時十二分散会