文教委員会義務教育諸学校等における育児休業に関する小委員会 第1号
- 発言数
- 6 件
- 登壇者
- 3 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1985/06/13
会議録
○白川小委員長 これより義務教育諸学校等における育児休業に関する小委員会を開会いたします。 本小委員会は、去る三月二十九日設置され、四月十日私が小委員長に選任されました。 本日、第一回の小委員会開会に当たりまして、一言ごあいさつ申し上げます。 本小委員会の運営につきましては、小委員各位の御協力を得まして円満かつ適正に運営してまいりたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。 義務教育諸学校等における育児休業に関する件について調査を進めます。 まず、義務教育諸学校等における育児休業に関する法制定の経緯について、文教委員会調査室長高木高明君から説明を聴取いたします。
○高木専門員 お手元に配付いたしております「女子教育職員の育児休業制度の推移」、この資料によりまして、義務教育諸学校等における育児休業に関する法制定の経緯について御説明申し上げます。 現行の義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律、以下女子教員等の育児休業法と呼びますが、これが成立しましたのは、二ページから三ページに記しておりますとおり、第七十五国会でありまして、自、社、共、公、民の五党提案でございます。 法律の内容につきましては、既に御承知のとおりでございますので省略させていただきます。 本法の制定に至る経緯につきましては一ページから二ページに記してございます。 まず、昭和四十一年に佐藤内閣で育児休暇制度について検討が指示されました。また、教職員組合においてその制度の法制化の提起が決定されましたこと、それにILO、ユネスコ等での育児休暇制度の提起、こうした背景を踏まえまして、第五十五、第五十八、第六十五国会に社会党から参議院に女子教育職員育児休暇法案が提出されましたが、これらはいずれも審査未了となりました。 六十八国会では、参議院の文教委員会で小委員会が設けられまして、その審査の結果を踏まえて文教委員長提出の法律案が提出されまして、全会一致で可決されましたが、これは衆議院段階で審査未了となりました。 次いで、七十一国会には、参議院で社、公、共、民四党提案の同一内容の法案が提出されましたが、これも衆議院段階で審査未了となりました。 また、七十二国会では、衆議院で看護婦等の育児休暇及び進学休暇に関する法律案が社会党から提出され、社会労働委員会に付託されましたが、七十五国会で審査未了となっております。なお、この間に、昭和四十年から約三年間の試行を経まして四十三年五月に、日本で初めてと言ってよい本格的な育児休業制度が日本電信電話公社で実施されました。 また、四十七年、六十八国会では、事業主の育児休業実施を努力規定として設けました勤労婦人福祉法が内閣提出で成立いたしました。 こうした経過の後に、七十五国会に至りまして、参議院では三たび女子教員等の育児休業法案が提出されましたが、衆議院において、女子教員のみならず看護婦、保母等をも対象に加えた育児休業の法律案が自、社、共、公、民の五党提案で成立しました。これはさきに述べたとおりでございます。 本法は五十一年四月から実施されましたが、本法施行後、三ページになりますが、産休代替法の対象職員として事務職員及び学校栄養職員を追加する改正が行われました。 次に、四ページでございますが、女子教職員等の育児休業法の対象範囲に、学校栄養職員、事務職員、看護婦及び准看護婦を追加する改正案が九十一、九十四国会に参議院に社会党から提出されましたが、いずれも審査未了となっております。 九十六及び九十八国会には、参議院にすべての労働者に育児休業を保障しようとする育児休業法案が社会党から提出されましたが、これも審査未了でございます。 また、九十六国会に衆参両院の文教委員会に育児休業に関する小委員会が設置され、自来、ほぼ毎国会この小委員会が設置されております。このうち本院では、九十八及び百国会で小委員会を開会いたしまして、先ほどの適用職員の範囲の拡大の問題について懇談いたしております。 五ページになりますが、第百一国会になり、三たび参議院に社会党から育児休業法案が提出されましたが、審査未了となりました。 そして、六ページ、最後のページでございますが、今国会になりまして、社会党、公明党からそれぞれ育児休業法案が参議院に提出され、社会労働委員会に付託されて、四月二十五日提案理由を聴取いたしております。 また、育児休業小委員会は両院に今国会もそれぞれ設置されております。 以上、女子教職員等の育児休業に関する法律の制定に至る経緯と法律施行後の改正の動向について概要を御説明申し上げました。 終わります。
○白川小委員長 この際、佐藤誼君から発言を求められておりますので、これを許します。佐藤誼君。
○佐藤(誼)小委員 今、調査室の方から育児休業法の制定の経過等ございましたが、私の方からも、義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律、以下育児休業法と申しますが、この成立の経過及びこの育児休業法を一部改正しようとする背景を明らかにしていきたい、これが一つ。もう一点は、育児休業法の改正案の内容及びそれを提起している理由について述べていきたいと思います。 ところで、資料として、法律案ではございますが、これはややそれに準じた形でこれから皆さんの御討議の資料ということもございまして、二種類資料を上げております。簡単に申し上げますと、一つは、育児休業法の一部を改正する法律案要旨、それから同じく育児休業法の一部を改正する法律案提案理由となっています。こういう意味で、私の方で若干申し上げますので、後ほどこれも御討議の参考にしていただきたいというふうに思っております。 そこで、現行の育児休業法の成立に至るまでの経過、今お話ございましたが、私の方からは、一部改正をするということの理由とつなぐ形でその経過の要点だけを節々の点だけを申し上げたいと思うのです。 実は、この育児休業の制度が生まれたのは定かでない点もありますが、私が知っている限りでは、昭和四十年の五月電電公社で育児休業制度を始めだということが始まりと聞いております。次に、いろいろございますが、やや年代順に追っていきますと、昭和四十一年の十月にはILO、ユネスコの「教員の地位に関する勧告」が出ております。昭和四十一年、同じ年に当時の佐藤首相から教員の育児休暇制度について検討しろという指示が出ているのですね。それ等のことを背景にしながら、昭和四十二年から昭和四十九年まで、国会で言いますと、第五十五回国会から第七十五回国会まで、断続的な点もありますが、女子教育職員の育児休暇法案という形で提案され、審議されてきた経過がございます。それが、今も報告ありましたが、その経過を受けて昭和五十年の七月三日、育児休業法案が全党の共同提案で成立し、今日に至る、こういうことになっているわけですね。 ただ、その場合に、これからも議論になりますが、内容としては義務教育諸学校等の女子教育職員を対象にする、ただし、その際学校事務職員は除いているわけですね。もう一つは、内容的には医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母が入っている、こういうことになる。問題は、これからも議論になります事務職員が除かれたのはなぜか、こういうことがずっとつながっていきます。それから、経過としては学校の教育職員を対象に議論されてきましたけれども、成立の段階では、いろいろな曲折を経ながら医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母が入ったということが経過上の特色になっているわけですね。 次に、この法律が成立するに当たってどのような観点で成立をし、また議論されたかということを若干触れておきます。 それは、勤労者の立場から言えば、この法律は母性の保護、働く婦人の権利を保障するという基本的な点があったと思うのですね。同時に、勤労者の就業の継続確保、継続保障といいますか、これが一つあったと思うのです。しかし、同時に、成立の経過を見ると、使用者の立場から人材の確保とそのための継続雇用ということが組み合わされた形でこの法律が制定されてきたというふうに見受けられます。これは当然、人材確保という点とどこまで職種を広げるかという議論の経過で、特定業種及び専門性の強調ということがこの成立の過程の中で議論されてきたということが一つ言えると思うのです。それからもう一つは、対象の範囲を今のように一定のところに区切るという観点から、直接人間に接する業種というようなことも議論されてきたということが言えると思うのです。それからもう一つ、これは問題として残されたわけですが、同一ハウスの中の不均衡、例えば学校教職員でありながら、教員等は対象になり事務職員は除かれた、不均衡ではないかという議論がその当時からあったのですね。ただ、それは、当時記録等を見ますと、いろいろな議論の中で、いや事務職員はそうは言ってもまだ産休代替法の適用にもなっていないじゃないか、まずそのことが先ではないかというような議論が展開された経過がございます。 次に、この法律成立後の状況はどのような状況であったか、つまりどのように運用されているかということですね。育児休暇制度の利用状況は、皆さんのお手元にもありますけれども、非常に高いのですね。七五・七%ですね。この資料にあります。それから、財政負担の状況がどうなっているか。これは皆さんのお手元に行っていますでしょうか。行っていなければ後でお届けしますが、ありますか。——これで見ますと、金額で言いますと、昭和五十九年度の文部省助成局地方課調べで、育児休業制度が採用されて、その結果負担としては一人当たり三十五万七千円むしろ少ないのですね。こういうことが明らかになっています。 次に、そういう経過をたどりながら、適用業種拡大の要求がずっと続けられてきた。これは後ほど議論になると思いますが、事務職員等の適用業種の拡大要求というのが中心であったわけです。これは、最初は事務職員から始まり、さらに栄養職員、さらに養護学校の看護婦及び准看護婦というふうに広がっていきまして、昭和五十五年以降百児休業法の一部改正案という形で提案されて今日に至っておる、こういう状況になっておるわけです。 一方、事務職員等だけではなくて、全婦人労働者に適用拡大すべきだという議論もずっとあったわけです。これは、昭和四十七年七月一日、勤労婦人福祉法が制定され、その第十一条にその旨が記されておりますが、それ以後、昭和四十年からずっとILOの勧告、国際婦人の行動計画、それから女子雇用均等に関する条約等の中で、国際的にも全婦人労働者に育児休業制度を確立し適用すべきだという世論が高まってきていることは御承知のとおりであります。それらも受けまして、全婦人労働者に育児休業制度を適用すべきだという趣旨の法律案が、昭和五十七年五月十二日社会党提案、公明党からも出ているようであります。それが法律制定後の状況でございます。 そこで、今お手元に上げております育児休業法の一部を改正する原案、具体的には事務職員等対象業種を拡大することの提起ということになりますが、それは一部を改正する法律案要旨というのを見ると端的にありますように、その第一項に「育児休業制度の適用対象となる職員に、義務教育諸学校等における学校栄養職員、事務職員並びに看護婦及び准看護婦を加えること。」内容としてはこれだけなんです。この「看護婦及び准看護婦」というのは、先ほども経過で申し上げましたように養護学校ということを対象にしている、こういうことでございます。 そこで、今申し上げた三つの職種をこの際対象業種にするべきだ、そういう改正案を提起している理由は何かといいますと、一つは、先ほどの経過でも申し上げましたように、育児休業法制定のときに事務職員が除外されたということは、いろいろございます。これは適用業種をあるところで区切らなければならぬという理由もあったと思いますが、そういう議論の中で特に議論になりましたのは、当時、産休代替法すら事務職員には適用されていないではないか、したがって、産休代替法が適用された後に、つまり同じハウスの中でその点では教員と対等になりますから、そういう状況になったときにこの問題は検討してはどうかという議論の経過がありました。ところが、昭和五十三年五月十二日に事務職員に産休代替法が適用されたわけです。したがって、その当時事務職員を外した理由の一つはなくなってきたということが言えるわけであります。 と同時に、学校栄養職員、これは第七十二国会で学校給食法等が改正されてその身分等がはっきり位置づけられ、さらに昭和五十三年五月十二日、つまり事務職員と同じでありますが、産休代替法の適用がなされました。その後、養護学校の看護婦、准看護婦、これは昭和五十四年四月一日、養護学校が政令で義務化され、その後この職種にも産休代替法が適用されることになったわけであります。 したがって、そういう経過を見ますと、事務職員の場合には育児休業法が制定された当時からその職種はあったわけでありますが、今申し上げたように、産休代替法等の適用があってから初めて検討するということの経過がありましたが、あと学校栄養職員と養護学校の看護婦及び准看護婦は、その当時は職種がなかったのですね。これが新しくできてきた職種であるわけです。したがって、今日時点で見るならば、この学校事務職員を今申し上げたような経過と理由によって、つまり産休代替法の適用もされたしというようなことも含め、教育職員と並ぶ教育に必要な専門職員であるというような観点から、当然これは育児休業法を適用してもいい職種であるし、同時に、学校栄養職員と養護学校の看護婦、准看護婦は、その後できた新しい制度の中で生まれた職種であり、しかも産休代替法の適用を受けているということになれば、ここまで広げて対象業種にすることが至当ではないかと考えまして、この対象業種拡大を提起しているわけでございます。 それから、これは学校に勤務された方はよく体験されることでありますけれども、学校の中で教員と事務職員とは別だという考え方も随分ありました。しかし、今日時点では、学校教育活動を行うためには、教育をつかさどるいわゆる教諭、広い意味の教員が必要であると同時に、この学校事務職員は学校教育活動に不可欠であるという職種として定着してきているわけでございます。 特に、昭和三十年七月二十八日の衆議院の決議というのは非常に重要な決議でございまして、この決議によりますと、その決議の中身というのは、学校事務職員の身分給与等に関する国会決議、昭和三十年七月二十八日、西暦年号で一九五五年七月二十八日衆議院文教委員会というふうになっています。その中に次のように書いてある。 およそ、学校における教員と事務職員とは、ともに学校教育の両翼をなしており、学校教育の円滑を図り、教育効果を最大限に発揮させるためには、不可欠、かつ不可分の関係にあるものと思われる。このために、従来教員と事務職員とは待遇官吏として、同一の身分、給与体系を与えられてきた経過がある。 しかるに、現在は、教員と事務職員とは、それぞれ、任免、分限、懲戒、服務、研修、給与、等画然と区分されており、同一の職場に勤務する職員が異なった身分規定を受けているため、種々の弊害が生じており、このことは急速に解快されなければならないことである。事務職員は、学校という教育の場において、成長、発達の段階にある児童ならびに生徒の、教育の上にも及ぼす影響が多いので、その身分ならびに給今に関する規定について、教員のそれと同様のものを適用すべきである。 よつて政府は、すみやかに、事務職員の身分、給与の制度を教員と同様なものとするよう、所要の法律改正をするよう要望することを決議する。 こういう決議があるのですね。これは今読んだことでおわかりだと思いますが、簡単に言えば、事務職員は学校教育活動に不可欠の職種であり、しかも教育職員と並ぶ両翼である、それについては余りにも身分、給与に差がある、したがってこの格差をなくすべきだ、こういう決議ですね。 これらを受けまして、その後、例の結核休職の特例法の適用であるとか、時間外勤務手当の支給の適用であるとか、それからずっと来まして先ほど申し上げました産休代替法の適用であるとか、こういう形に教員と並んできているわけです。ですから、私は、今回提起しておるような育児休業法を同じハウスの中にある事務職員に適用するということは、このような流れからいっても至当であると思うし、また、今日学校の事務職員はまさに教育活動になくてはならない仕事の一翼を担う専門的な職種だ、こういうふうに位置づけなければならないと思うのです。そういう点が二番目の理由であります。 それから、もう一つ、最後に申し上げておきたいのは、されば適用業種を全婦人労働者に適用すべきでないか、こういう流れからいえば、その業種に限定するのは問題があるのではないか、こういう考え方もあると思うのです。私は、それは一つの考え方でありますから否定はしませんし、当然全婦人労働者を対象にするように拡大していくべきだと思います。しかし、今日の時点ですぐに企業種にこの育児休業法を適用するといってもかなり困難だということは常識的に見られると思うのですね。したがって、今申し上げたような経過と現状に照らしたときに、まずできるところからこの適用を拡大していって、そして全婦人労働者へと持っていく、そして国際的な地位にふさわしいものにしていくということは時宜に適した方法である。したがって、今申し上げたような経過と理由によって、実現可能な位置に置かれている学校事務職員とそれから学校栄養職員と養護学校の看護婦、准看護婦については、この際適用するということで法律を改正していってはどうか。このことは企業種、全婦人労働者を対象に拡大する運動と矛盾するものではないし、また、それを引きとめるような方向に作用さしてはならないと思います。 最後に、とかく現在行革絡みの審議が続いている中で財政負担が問題になりますが、この法の一部を改正しても新たに財政負担を伴うものではないし、先ほど申し上げたように、むしろ財政負担としては減る。ただし、この問題、いろいろ議論ありますが、現状としてはそうなっているということを御理解いただきながら、ぜひこの点について皆さんの御理解と、そしてきょう十分なる御検討をいただきたいというふうに思っています。 若干長くなりましたが、以上抱負を申し上げまして、皆さんの御検討の材料にしていただければ幸いでございます。 以上です。
○白川小委員長 これより懇談に入ります。 〔午前十時三十五分懇談に入る〕 〔午前十一時二十分懇談を終わる〕
○白川小委員長 これにて懇談を終わります。 本日は、これにて散会いたします。 午前十一時二十一分散会