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102回国会衆議院1985/06/05

文教委員会 第16号

発言数
263
登壇者
23
会派数
6
開催日
1985/06/05

会議録

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 これより会議を開きます。  文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。佐藤誼君。

佐藤誼日本社会党・護憲共同

○佐藤(誼)委員 時間が三十分と非常に短い時間でありますが、きょうは主として臨教審のことについてお尋ねしたいのであります。  前回、臨教審の会長、会長代理が来まして、やや突っ込んだ議論をいたしましたが、きょうも出席方を要請しておりましたところ、何かきょうは定例の総会ということで出席できないことは非常に残念でございます。  これは後ほど質問することにいたしまして、その臨教審の質問の前に、具体的な事件の一、二を質問させていただきたいというふうに思います。  そこで、まず第一に、局長も御承知だと思いますが、岐阜県で、岐阜県立岐陽高校で体罰によるショック死事件が起き、また同じく県立中津商業高校では陸上部の女子生徒が自殺するという事件がありました。この件について去る五月三十一日、岐阜県出身の社会党の山下代議士が衆議院の地方行政委員会で質問をいたしました。それを報道した記事の中に、古屋自治大臣はその答弁の中で、今度の事件を資料に文部省に対処を申し入れたいという記事の報道があるのです。そこで、文部省に対してこの件について自治大臣の方から対処方についての申し入れがあったのかどうか、また、この岐阜の二つの事件について文部省はその実情を調査しているのかどうか、まずその点についてお伺いします。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 地方行政委員会での質疑が行われまして、文部省の担当課長も呼ばれましてそれについての質疑がございました。その際に、こういう問題についての的確な事実を把握し、適正な指導をしていくということは極めて重要なことであるというふうに認識しておりまして、したがいまして、県の教育委員会を通じまして、その事件の内容についての報告を求めているところでございます。また、県の方に対しましては、こういう問題についての適正な的確な、二度とこういう事件の起きないような指導を徹底するように指導しているところでございます。

佐藤誼日本社会党・護憲共同

○佐藤(誼)委員 ちょっと答弁漏れですが、古屋自治大臣の方から文部省に対してその対処方の申し入れがあったのかどうか、この点どうなんですか。何かアクションがあったのですか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 私は、具体的に自治省の方からこのような事件についての取り扱いを、具体的にこう対処してほしいという旨の申し出があったというふうにはまだ承知しておりませ九。ただ、その委員会におけるそういう一連の答弁がございましたので、自治省からの申し入れをまつまでもなく、これは文部省として当然対応すべきものと考えまして、県の教育委員会に対する事実の報告、それに対する事後の措置、こういうものについての状況把握に努めているところでございます。

佐藤誼日本社会党・護憲共同

○佐藤(誼)委員 今文部省の答弁では、状況把握に努めているということでございますから、事件は申すまでもなく生命を失うという重大な事件でありますが、なお岐阜県出身の国会議員の方がしかるべき時点にしかるべき方法で質問されると思います。したがって、私は、きょうその問題については深くは質問をいたしませんが、ただ、この問題は、我々教育にあずかる者にとっては、生命にかかわる重要な問題でありますので、若干私の私見を述べて、今後の皆さんの対処についての御検討をいただきたいものだというふうに思っております。  それは、申すまでもなく生命のとうとさを教える教育現場で、事故死や自殺が後を絶たない現状になっているわけです。これは私はまことに残念であり、遺憾だと言わざるを得ません。この種のことに対する学校当局の責任が極めて重大であるということは論をまちませんが、とかく世論としては、学校としてはどうしておったのだ、あるいは担任の先生の指導はどうであったのかということに焦点が当てられ、行政当局もこの管理監督、指導の強化ということにとかく終わりがちだということを私は言わざるを得ないわけです。しかし、このような事件は、我々が記憶する最近までにはごくまれな事件で、私もかつて学校の現場におったことがありますが、こういう自殺とかあるいは事故その他によって命を失うというのはほとんど数少なかったのですね。水死とかあるいはその他の学校行事の事故というのはありましたけれども、これは極めて憂うべき状況であり、減るどころかふえているということですね。このことを私は考えたときに、教育の荒廃などというレベルでは済まされない重要な問題だ。特に子供を失った親の心情からいえば、どこにその怒りをぶつけたらいいというか、やり場がないということだと思うのですね。ですから、このことを考えたときに、この問題の根は深く、しかも非常に広いバックグラウンドがあるというふうに理解し、対処しなければならぬのではないか。そのことを考えますと、今の教育環境の中で、子供は大人が理解できないほどの傷つきやすい状況に置かれているのではないか、それから学校の現場の指導もぎりぎりまで追い詰められた感じになっているのではないか、つまり子供と学校現場の状況をもう少し子細に私たちが調べてみる必要があるし、心を砕いて接近する必要があるのではないか、こうあるべきだと言うだけではいかないところに私は問題があると思うのです。子供をとらえてみても、かつては少々ほっぺたの一つや二つなぐられてもたくましく子供は成長した時代もあったし、またそれに耐えてきた。しかし、今の子供は従来の子供と違って非常に傷つきやすいというか、核家族の中で育った環境もあるかもしれません。この辺のところを十分留意しないと思わざる結果を招いてしまう、こういうことになると私は思うのです。  ただ、そこで私は、もう少し新聞の報道に着目して申し上げますと、女子高校生が自殺した学校のクラブの担任の先生は、新聞の報道によりますとこのように言っているのですね。校長先生の談話がありまして、その後にその担当の教諭が、「厳しさのなかにやさしさを持つこと、を信条に、指導に当たってきた」、ずっとありまして、最後の方に「人間を育てるのが教育。生徒が挫折してしまうような指導は、到底教育とはいえない。今後は、生徒一人ひとりの能力と性格をよく理解し、キメの細かい指導を行おう」ということでやってきたつもりだ、こういうことを言っているのですね。この種の事件が起きますと、新聞やマスコミというのは担任の先生やクラブの先生をとかくたたきがちになるのですけれども、この先生の談話をこういう形でマスコミが取り上げているということは、その先生に対する同情といいますか、こういうこともかなりあると思うのです。ですから、私はこの先生がそんなに糾弾されるような日常の生徒指導をやってきたようには受けとめられないのです。かなり厳しさの中にも愛情を持ち、しかもそれなりの指導をやってきたと思うのです。しかし、こういう思わざる事故になってしまった、このことは十分考えなければなりませんし、また、そのことを思ったときに、今の学校のバックグラウンドとなっている状況がどうなっているのか、このことに深い思いをいたして今後のこの事件の扱いに対応していかなければならぬというふうに私は思います。  その中で、きのうの読売新聞の夕刊ですけれども、囲み記事の中に「偏差値けとばせ!遠藤豊自由の森学園校長」。この人は三十年も教員生活をやって、最後は私立の学園をつくって今教鞭をとられている先生らしいのですけれども、この先生の言葉の中に「今の教育は、点数によって生徒を序列化し選別し、高校などに分配している。可能性を秘めた生徒の将来を、点数という単色の価値観で決めるのは許せない」というふうに偏差値至上主義を厳しく批判する文言があり、その後、続きまして、「子供らは一人一人、個性があり、創造する力がある。内面にある力を引き出すのが、学校です。点数中心の教育が、教師と生徒との人間的なふれあいを喪失させ、しごき、校内暴力を生む背景にもなっている」、こういうことを述懐しています。この言葉は、三十年間以上教育現場にあり、悩みながら指導し、そして自分の信念を生かすために自由の森学園というものをつくって、今そこで教鞭をとられておる先生の述懐だけに非常に重みがあると私は思うのです。ですから、私たちは、何か事件が起きますと、その現象だけとらえて対症療法的なものになりがちですが、もっと根の深いところに問題があるのではないか、この辺を十分とらえながら対応していかなければならないのじゃないか。この種の事件が起きますと、二度と再び起こらないようにということをよく言いますけれども、このことを十分心していただきたい、こう申し上げまして、いずれまたこのことについては質問をし、意見の開陳をする機会があると思いますから、先に進ませていただきたいと思います。  続いてでありますけれども、臨教審は去る四月二十四日、報告書その二を公表し、六月末第一次答申に向けて今作業が進められていると聞いております。私は、臨教審の審議が果たして国民参加、国民の合意形成に沿って進められているのかどうか甚だ疑問を感ぜざるを得ません。  ちなみに、ことし二月末の読売新聞調査では、臨教審に期待するというのは四〇%、期待しないというのが四六%。これは国民世論調査の結果です。それから、朝日新聞の五月十五、十六日の調査によれば、「臨教審のやり方について、どう思いますか。」という質問に対して、「審議内容をもっと公開すべきだ」というのが四〇%、「改革に不安を感じる」というのが一六%、「審議が性急すぎる」というのが七%、これを合わせますと六三%になるのですね。それから「考え方が今の時代に合っている」というのが五%、「短期間に良くやっている」というのが三%、これを合わせますと八%です。六三%というのがすべて否定的な意見と見るかどうか若干問題があるにしても、少なくともネガティブな意見だということだけは言えると私は思うのですね。  それから、項目別に見ますと、議論されている観点なり制度の改革に焦点を当てて一、二拾ってみますと、例えば自由化について、望まないというのが六九%、六年制中等学校について、必要はないというのが五二%、大学の入学について、従来どおり四月でいいというのが七七%、共通テスト、私立大学は今までどおりでよいというのが五三%、こういう数字が出ていますね。ただ、単位制高校については八〇%が賛成ということで出ていますが、言うなれば、臨教審の各論の審議についても制度改革の内容についてはほとんど否定的である、こういう状況ですね。  そこで、私は端的に三つの質問をいたしますが、一つは、臨教審に対する厳しい国民世論をどのように受けとめているのか。それから二番目に、鳴り物入りで発足した臨教審にしては国民の期待から大きくずれているのではないか、このことに対してどう思うか。三番目は、今国民は今日の教育荒廃の克服とそのための教育改革を期待していると思うけれども、その点に対するとらえ方、適切な対応が不十分ではないのか、その点に対する国民の不安がこういう国民世論の結果となってあらわれていることにもなっているのではないか、この辺のところをどう考えるのか。きょうは臨教審の会長、会長代理も来ておりませんから、事務局、それから臨教審の担当大臣ということになりますか、文部大臣の所見ということで今の点についてお伺いいたします。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 臨時教育審議会は、設置されて以来、我が国の教育のいろいろな課題につきまして精力的に審議をしていただいておると私は理解をいたしております。そして、審議に当たりましては、できる限り国民各界各層の意見を求めて、国民の理解と協力が得られるようにということで努力をしていただいているものと私は理解いたしております。したがいまして、公聴会を精力的に開催をされる、あるいは関係団体からのヒアリングも数多くされる、こういったこと等を通じて臨教審においては国民各界各層の意見を聴取し、かつ国民の理解と協力が得られるような努力をしながら今日まで精力的に審議をしていただいておると私は理解をいたしております。  それから、臨教審の審議内容等につきましての国民世論の問題でございますが、世論調査というのは問題の投げかけ方によっていろいろな反応が出てくるものですから、そう簡単には判断ができにくい面もありますけれども、例えば大学入試問題でございますけれども、共通一次試験という現在の制度につきましては、ある調査機関の調査でございますけれども、七割以上がこれは適切じゃないから改めるべきである、そういう世論調査の結果も出ておるわけでありまして、「審議経過の概要(その2)」に出ておる臨教審の考え方は、そういう国民の世論調査の結果とよく合っていると思います。そして、共通一次を適切じゃないから改めるべきであるという場合に、どういうふうに改めるべきかという点につきましても、これは廃止した方がよろしかろうという意見が七割近い意見のようであります。しかし、廃止した場合にはこれはもとに戻るわけでありますが、もとに戻ったままでいいのか、あるいは新たな制度を考えるべきかという点につきましては、これまた八割近い者が廃止しっ放しじゃなくして新たな制度を考えるべきである、こういった世論調査の結果も出ておるわけであります。大学入試問題等については、この世論調査の結果と合うような方向で審議が進められているというふうに「審議経過の概要(その2)」から私は判断をしておるわけでありまして、審議の進め方等も国民の意向と合うような形で進められておると私は理解をしておるわけでありますが、なおこれらの点につきましては、臨教審におきまして自主的にさらに一層の審議を進めていただいて、そして国民の期待にこたえる答申がなされるように私は期待をしておるわけであります。  それから、教育荒廃、学校荒廃の速やかな解決を国民が望んでいるということはそのとおりだと思います。ところで、教育の荒廃、学校現場の荒廃はどういう原因、どういう事情から起こったのか、種々さまざまな原因や事情があると思いますので、短兵急に、これをやればすぐ解決をするという、そういう簡単な問題ではないと思うのでありまして、臨時教育審議会でもそれらの点を十分考えながら、根本的な解決策を現在検討し、論議をしていただいているというふうに私は受けとめておるわけでございます。

齋藤諦淳臨時教育審議会事務局長

○齋藤(諦)政府委員 特に、国民の期待からずれているという問題並びに教育の荒廃をどうとらえているかというこの二番と三番は関連するのではないか、こういうように思うわけでありますけれども、例えば教育の荒廃という問題につきましては、第一部会でも、青少年非行とか校内暴力の拡大の問題とか偏差値偏重の問題をいろいろ分析しておりますし、第二部会では、学歴偏重のこの社会が厳しい学歴獲得競争を招いているという、そういう点にも述べておるわけでありますし、あるいは、第三部会は当然でありますが、第四部会でも偏差値による輪切り、そういうことについて共通一次の改正等も含めていろいろ議論がなされているところでございます。

佐藤誼日本社会党・護憲共同

○佐藤(誼)委員 先ほど担当の大臣から答弁がありましたが、熱心に討議をしている、理解が得られるように努力しているということでるる答弁がありました。残念ながら、そういうとらえ方が国民の意向からいうとずれていると私は言わざるを得ないわけであります。これは、先ほど申し上げました世論調査というのは、それなりの専門的な方がきちっと調査した客観的な数字ですから、やはりこれは虚心に受けとめなければならないというふうに私は思うわけであります。ですから、その点私は、今の文部大臣の答弁では果たして国民が納得できるかどうか疑問と言わざるを得ません。これは国民が判断することですから、私は私の述べたような厳しいとらえ方というものをやはり国民に表明し、それに沿うという努力が必要だというふうに言わざるを得ません。  次に、きょうの読売新聞で、これは新聞の報道ですからすべてがそのとおりだと言えないにしても、「臨教審内部の、造反。 専門委員の不満噴出」という形でいろいろここに書いてあります。その中で、全部は読みませんが、専門委員はないがしろにされているとの不満、部会の決定が総会でひっくり返されている、それから、盛り込む改革案の中身についても行き当たりばったりなどの厳しい批判が続出し、臨教審内部から造反の形となった、こういうことがありますね。これも私は確かめてみなければならぬけれども、この報道がそのとおりだとするならば極めて大きな問題だと思う。臨教審が発足したそのことは、国民の参加そして広く国民の合意形成ということで進めてきたはずなんです。ところが、さっき言ったような世論調査の結果になっている。しかも内部からこういう形で出ている。これが事実だとするならば、これは臨教審の内部でこの合意形成がなされないで、国民全体に合意形成を求めるといったってこれは無理だと思う。私は、まずこのことから始めなければならない、そういう意味で、きょう会長並びに会長代理に来てもらいたかったのですけれども、残念ながらきょうはおいでになっておりません。したがって、こういう臨教審内部のこれが事実だとするならば、これをどう考えられるか。  それから、もう一つの問題は、若干内部に立ち入りますが、例えば教育の理念などについても、臨教審の経過をずっと見ますと、時間がありませんから端的に言いますが、例の教育の自由化の問題から、この間の「審議経過の概要(その2)」ではいろいろな議論の結果、個性主義になり、今またいろいろな経過の中で、答申の中には個性の尊重というふうに変わっていくやに聞いています。つまり柱となるべき理念がくるくる変わっている。しかもそれは、この新聞等にもありますように、部会の報告が総会、しかも総会では部会の専門委員の意見とは関係なく、個人のメモによって変えられている、こういう問題点や、例えばもう一つの例をとりますならば、学歴社会というのは今日の教育荒廃にかかわる非常に重要な問題です。前回の「審議経過の概要(その2)」では、簡単に言えば、学歴社会は客観的には存在しない、むしろ国民の意識の層に深く根強いものがあるというような趣旨のことと言った。ところが、その後の経過を見ますと、これまた学歴社会は事実存在するというような方向でまとめられつつある。しかもそれは個人のメモをたたき台にしてなっていますね。しかもそれは一カ月ぐらいの範囲内で、変わってきているのは。こういうようなことを見ると、私は、専門委員の皆さんなりがこういう不満を出す、また総会運営の中で個人の発言によってくるくる変わるという、こういう運営の仕方にかなり問題がある。そういう状況の中で今やるべきことは何かと言えば、臨教審の内部の意思統一、運営の民主的なあり方、この辺あたりをしっかりして、そしてこの改革の柱になる理念、目標、これを定着させること、そしてまた各項目について十分慎重に議論して、答申を出すとするならば出すべきであろう、なぜそんなに急ぐのかということなんですね。なぜそんなに急ぐのだ、国民はそのことに非常に疑問を持っている。このことに対して所管の文部大臣なりあるいは事務局としてごく当面の問題について伺います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 詳しい答弁は事務局次長の方からしてもらいますが、大ざっぱな点だけ申し上げますと、我が国の教育の理念というものは、私が言うまでもなく教育基本法に明示されておるわけでありまして、人格の完成を目指す、こういうことなんでありますが、今次教育改革の基本的な方向という問題について申し上げますと、これは、現在の学校教育の中にある画一性、硬直性を打破していこうという基本的な考え方というものは、臨教審の中で意見は一致しておるというふうに私は思うのであります。ただ、それを具体的に表現する場合の表現方法、国民にわかりやすく、かつ誤解を生まないような表現をしなければならぬわけでありまして、そういうところでいろいろな議論が展開されておるというふうに私は理解しております。  例えば自由化というのは、あるいは教育の自由化とか、あるいは制度の自由化とかそういったものはややともすれば国民にわかりにくい、そういうところから個性主義という言葉が適当ではないかという議論が出され、主義というのも適当ではないなということで、個性の尊重とか個性の重視とかいうふうに表現方法について議論が分かれて、そして活発な意見の交換がなされておるというふうに私は見ておるわけであります。臨教審の委員の人たちは、多種多様な考え方を持った人に自由活発に議論をしていただく、そういうことになっておりますので、いろいろな意見が述べられ、議論が闘わされるということはむしろ論議を高めていくという上では適当なことではないかというふうに思っておる次第でございます。

佐藤誼日本社会党・護憲共同

○佐藤(誼)委員 時間がありませんから事務局は結構です。  そこで、今の答弁に絡んで二つのことが私は問題だと思うのですが、経過を見ますと、自由化、個性主義、主義は適切でない、個性の尊重、いろいろ変わってきていますね、簡単に言いますと。これは変わることが悪いとは言っていない。ただしかし、問題は、各論の例えば入試の制度をどうするとか、こういうところでいろいろな議論で変わっていくのだったら私はそれはわかるのですが、改革の理念、目標、柱になる部分がぐるぐる変わっていくようじゃ問題があるのじゃないか。その部分は時間をかけてもきちっとして整合性を持つものにしていく、これは変わらぬぞということで各論がいくというのが至当でないか、国民に対しても親切ではないか。  また、今大臣が言われたような経過をたどっていますが、これからだって各部会の意見がいろいろ違いますから、自由化論に対しては反自由化論みたいのがまたどんどん出ていますから、またこれが変わらないという保証はないわけです。こういう中でなぜ各論というものをやって急がなければならぬのか、この辺のところはよく考えておかなければならない、この教育の問題について。私は、立ち入ってなんですけれども、第一部会のところにメンバーの問題もあるのではないかと推測しているのです。もっと教育哲学者なりそういう者を入れて、もっと深みのある議論でこれだというものをやはり出して、そしたら動かないぞというものでないと、常に柱がぐらぐら動くようでは国民はなかなか信頼しづらいし、第一次答申が出ても、はてその次、第二次に行ってどうなるのかという感じを持たれかねないということを憂えるから私はそのことを言っている。これが第一点です。  それから、もう一つの問題は、ずっと経過をたどりまして、教育基本法にのっとりということをはっきり出すようになっておりますね。これは私も賛成なんです。ただ、時間がありませんから端的に言いますと、つまり、大臣も言われましたけれども、画一主義というこのことから個性が没個性化になっていく。したがって、教育基本法で言う個性の尊重、個性の尊厳というものを出してくる。それを生かすために自由化とか弾力性、こういう形で議論されてきておると私は理解するわけです。私は、教育基本法の個性の問題を取り上げているというのは極めて重要だと思うのですが、その前に議論しなければならぬことがあるのではないか。それは何か。人格の完成ということが議論されていない。教育基本法第一条の冒頭には人格の完成ということがあるでしょう。そして個性の尊重なり以下云々、こういうことになっている。人格の完成ということの議論が欠落している。私から言わせてみれば、画一主義の前に、教育というものが戦後経済成長の手段としてみなされてきた、そのための能力を開発することが教育だと位置づけられてきた、このことが今日ずっと学力主義につながってきていると思う。率直に言えば、教育は戦前は国家目的の手段にされ、ごく最近の教育は経済成長ということのための手段にされる。そのための能力、学力が前面に躍り出てきた。しかし、私は、教育基本法第一条で言うように教育というのは人格の完成、人をつくるという教育それ自体が目的だというこの議論がない、ここのところを議論しなければならないのではないか。その上に立って、それぞれが持っている個性をどう生かすかという、そのための個性の尊重、まあ関連はありますけれども、そういう議論が欠落しておるのではないか、この辺の議論の深みを私は臨教審に期待しておきたいと思う、議論するとすれば。  時間がありませんから、あと以下、この学歴主義であるとか共通テストであるとか六年制等の問題もございますが、残念ながら時間がございません。いずれ国民合意の形成となるならば、時間を十分にとって、国民にわかりやすい形で臨教審の皆さんと国政に携わる我々文教委員が十分に徹底的な意見の開陳をぜひ図りたい、このことを私はこの場で表明しておきまして、私の質問を終わります。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 中西績介君。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 私は、臨時教育審議会で、今佐藤さんの方から指摘ございましたけれども、いろいろ論議されておる中で、画一主義などについても多くの問題提起があるようであります。しかし、先ほども言われておりましたように、教育は人格の完成を目指してという教育基本法第一条、この点が抜け落ちておるという指摘がございましたけれども、それと同時に、この画一主義を論議する際に大きな問題が抜け落ちておったのではないか、私はこう思います。  と申しますのは、教育の面で管理統制をしていくあるいは学校の中における運営組織の管理統制を強めるという問題があった、こうした論議が余りなされておらないような気がしてなりません。今この点を私は具体的に明らかにして、このことがいかに大きな問題を醸し出しておるかということを明らかにしていきたいと思います。そうした意味で、きょうは私がいろいろな問題について提起をいたしますので、その点についての文部省の判断をいただきながら詰めていきたいと思います。  そこで、私はまず第一に、文部省が一九五三年、昭和二十八年に池田・ロバートソン会談以降最も力を入れた学校における管理体制強化策は、今学校現場ではどうなっているのかを具体的な例を挙げてみたいと思います。これは私この前ずっと調査を三週間ばかりして回ったわけでありますけれども、数え切れない、私も今度はこれを整理するのに大変な問題があるということに気づいたし、余りにも多いことに驚いておるわけであります。率直な意見をお聞きしたいと思います。  まず一つは、憲法、教育基本法を無視しておるという実態があるということであります。  これはAという高校の校長でありますけれども、日の丸、君が代については徹底的にやるのだが、すべては私が決めることだと言い、私が言うことはすべて職務命令と言い、その上に立って、例えば職員室に掲示しておる憲法の前文、教育基本法、これを、この校長はこれを見て不愉快な人もいるということを理由にいたしましてはぎ取ってしまいました。私はこのようなことが今現場で行われておるということを聞いてまさに慄然としました。  そして、そういう人でありますから、例えば今度は本年度同和教育方針を職員会議で話し合いをしようとしたところ、審議をする必要なし、昨年どおりでよろしいと言って一方的に宣言をして席を立ってしまう。さらに、これは新聞に出ておることですからなにですけれども、ことしの二月二十五日にこの学校では人事の内示がありまして、二十七日に事情聴取をしなくてはならぬのに、この二十五日から行方不明になってしまう。そして、二十六日には定時制の入学試験があったにもかかわらず行方不明。そして校長は、夜八時三十分ごろ小倉区内のホテルから取り巻き連中、そこでは親衛隊と言われているようでありますけれども、お気に入りの教師たちと一緒に飲酒し、出てきたところを発見されたと言われています。そして、最終的にはこの事情聴取も行わなかった。ところが、この人事に関して、今私が申し上げました前文、教育基本法をはぎ取るあるいはこのような同和教育方針について十分な審議をしようという主張をした人たちを全部配転にしておるわけです。片道二時間のところに配転しています。そして、それがそのまま決行されておるという事態、これはちゃんと朝日新聞にまで人事問題からホテルの問題、全部出ています。  もう一つ、Bという学校における校長、これも憲法についてこういうことを言っています。これは一人だけではありません。公教育の中で教員には思想、信条の自由はないということを公言しています。そして、県教委に反対する者はやめてしまえ、文句があるなら校長になって言え、これはこの人の正式の会議の中における発言であります。では、この人がどういう人であるかというと、教頭時代には、ある工業高校の教頭のときに毎日ごまをすって校長の送り迎えを自動車でする。そして、転勤をしたある学校では、家庭訪問をする教員を自動車で全部跡をつけて回る、学校内において特定の教師に対してどこにいるかということを徹底的にチェックするのがこの人の役目であった。このような事柄を考えますと――ほかにまだたくさんあります。特に、公教育の中で教員には思想、信条の自由はないと言ったのは一人ではありません。この点をどう思いますか、大臣。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 思想、信条の自由はあるのです。ただ、具体的な教育活動の場合には、自己の思想、信条を押しつけたり、それに基づいた特殊の教育はしちゃいかぬわけでありまして、教育の基本はあくまでも憲法、教育基本法、学校教育法等々の法律に基づき、かつまたそれに基づいて示された基準である学習指導要領、こういったものに基づいて適正な教育活動はなされなければならぬわけであります。  先ほどからいろいろな具体の事例のお話がございましたが、私はそれらの事例につきましてつまびらかにいたしておりませんので一々の答弁はできませんが、要するに、学校というところは、何といっても一般的な秩序がなければならぬと思いますし、適正な教育活動がなされる、そういう規律が守られなければならぬと私は思うのであります。そういう秩序とか規律の上に立って、教師が生き生きとした教育活動をするというのが望ましい学校のあり方であると思うわけであります。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 それでは、重ねて聞きます。教職員の常時いる職員室の憲法前文、教育基本法を見て不愉快な人もいるのではぎ取るという行為はどうお考えですか。具体的に言ってください。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 憲法や教育基本法の条文を見て不愉快に思う人は私はいないだろうと思うのでありますが、ただ、学校の中の管理あるいは秩序維持というのはその責任は校長に実はあるわけであります。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 この人はそう言ってはぎ取ったわけでありますから、管理、維持が自由であれば皆さんで話をしてそういうものをずっとそこに掲げておったものを、だからこの人は不愉快な人でしょうね。ということになると、この人は教員の適格者ですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 具体の事例を私は詳細にいたしておりませんので、恐らく憲法や教育基本法の条文を見て不愉快に思う人は私はいないだろうと思っております。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 あなたは今、不愉快になるというのは教員であれば大体おかしいということを言っているわけでしょう。この校長は不愉快になる人もいるということでこれをはぎ取ってしまったわけです。だから、この場合にはこの人は教員としてどうなんですか、適格者ですかと私は言っているわけです。なぜなら、例えば君が代を歌わなかったといって処分されているわけでしょう、不適格者として。国旗掲揚しなかったといって処分されているわけでしょう。この人は処分されていないのです。このような校長は教員としては失格者だと私は思うのだけれども、この点についてどうですかと聞いているのです。極めて具体的です。このことは間違いありませんから、つくって言っているのじゃないのです。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 大臣からもお答え申し上げたように、個々の具体の事例について私ども承知しておらないわけでございます。先生のお言葉のその部分だけをとれば確かに問題がある発言であるように思いますけれども、しかしながら、その前後でどういう事情がありどういう状況だったのか、いろいろな掲示物が職員室の中でどんな状態になっておったのか、いろいろなことを総合的に判断しなければ何とも申し上げられないことでございます。そういった個々の問題につきましてはそれぞれの都道府県の教育委員会等で判断していかれるべきことであろうと思うわけでございまして、私どもといたしまして、そこまで手を突っ込んでという気持ちは持っておらないわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 私は、文部省の見解を聞いておるのですよ。じゃ、文部省はそういう問題があってもそれは手を染めるべきあれではない、指導せぬということを言いますか。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 事情がわかっておらないので、現段階で判断ができないと申し上げておるわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 私が言っていることでどうでしょうと言っているわけですから、それに対する見解を。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 事柄が先生がおっしゃっている部分だけで判断するのが難しいと申し上げているわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 そんなことないですよ。私が言っている部分で何が難しいですか。私が言っている部分で判断してくださいと言っているわけです。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 前後の事情、諸般の条件等があろうかと思いますので、ある部分だけを摘出して判断するというのは難しい、こういうふうに申し上げておるわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 その前後があろうとなかろうと、今言っていることですよ。これを見て不愉快な人もいる、だから外すといってみんながとめるのを外しているのですから、これが前後がありますか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 先ほどもお答えいたしましたが、学校の中の管理責任は校長にありますね。その校長さんが、今まで張ってあった教育基本法の条文ですか、どういう事情でそれを外したのか、その事情がわからなければ的確な判断や評価はできないと申し上げておるわけであります。私は、先ほど言ったとおり、普通は憲法や教育基本法が張ってあるからといって不愉快に思う人はいないだろうに、どういう事情だったのかなという感じを申し上げておるわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 むしろそれは推奨すべきことでしょう、学校教育の中では。そうですね。推奨すべきことをそこに掲げて、さっきから論議されているように、皆さんがちゃんとそれを踏まえて、基本に据えて教育を推進するということが一番大事なことでしょう。ところが、朝、起立、礼というやつはやるんだよ。そして、立たなかったら呼びつけて、いろいろおどしをかける人が、今度は、推奨すべきそういうやつについてはとめるのを振り切ってこれを取っ払って、その理由としては先ほど言うように、これを見て不愉快な人もいるということを言ったわけです。学校教員の中でこれがおるとすれば、これは私は、教員として適格者の場合にはちゃんとあるわけですから明確ですよ。だから、この点について前後の事情だとかなんとかじゃないでしょう。こうした事態を平気でやるような人が既に出てきておるということが私は大変問題だということなんですね。これは大変ですよ。それから、さっきの、教員には思想、信条の自由はない、こういうことを平気で言う。  それじゃ、もう一つ聞きますが、ではこのようにして定時制の入学試験だとかそういう事情聴取などがあっても、行方不明になって、ホテルで同僚教員と一緒に酒を飲んで、夕方、夜ふらふら出てくるような校長、この校長がそうなんですが、これは適格者ですか。     〔委員長退席、船田委員長代理着席〕

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 この点につきましても、どういう状況でどういうふうになっていたのか、あるいはそのホテルでというお話がございましたけれども、それが夕刻のことなのか勤務時間中のことなのか、いろいろな点、確認をいたしませんと何とも申し上げかねるわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 私が聞いているのは、内示を、事情聴取をするという日あるいは定時制の入学試験があっておる日に、昼間ですよ。――じゃ、この人の勤務時間いつですか、校長の勤務時間。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 通常の場合には大体八時半から夕方の五時ぐらいまでというのが、その県の規則を承知しておりませんけれども、通常はそういうことであろうと思っております。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 じゃ、入学試験やっておるときに行方不明でいいですか。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 通常の場合には、入学試験等の場合に校長が学校の校長室におられるというのが普通だろうと思いますし、全体の指揮監督と申しますかそういう仕事をされるのが通常であろうと思っております。ただ、具体のケースといたしまして、他に必要な要務があって外出をするということもあり得るわけでございますので、そういう点を考えますと、にわかにどうこう申し上げられないと申しておるわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 この点ちゃんとしてくださいよ。二月二十五日に人事の内示があって、二十七日が事情聴取の日、二月二十六日に定時制の入学試験があって、この二十五日以降行方不明になったままだれも知らない。ところが、今言うように、二十七日の夜このようにして飲酒してホテルから出てきておるところを発見された、こう言っているわけですね。こういう人が、憲法前文あるいは教育基本法、これを見て不愉快になるという人もあると言う人なんですよね。このことがどのような内容を持つものか、このことを十分考えていただきたいと思うんです。今そこまで来ているんです。  それから、同じように、先ほど校長を出迎えたり送ったり、教員を後からつけて回る、家庭訪問するやつを、自動車で。この人も同じように、今言うように、教員には思想、信条の自由はない、県教委に反対する者はやめてしまえ、文句があるなら校長になってから言えというような暴言を正式の会議の中で言っておるわけですよ。  さらに、私はもう一つ例を挙げましょう。これは県の管理主事をやった人です。この人が、いろいろな問題について県教委に要請をしてほしいということを言われたときに、校長は雇われマダムだからできぬ、こう言ったんですよ。雇われマダム。それから退職した校長が、今の校長は茶坊主じゃ。なぜ実態の要請ができぬかということになると、突き詰めていくと校長には権限がない、すべて県教委の指示によって行われるべきである。したがって、一つの例を挙げますと、例えば県議会議員が管内視察で行きますね。そして何か要請がないか、何にも出てこぬです。なぜか。それは県教委が、そういうことをしちゃならぬ、こうなっているんですよ。ところが現場の人たちは、いろんなこうした要請をしたい、これを改善してほしいという要求がある。それをしちゃならぬ、県教委が今やっている施策に対してけちをつけることになるからしちゃならぬということになっているんですよ。これではどういうことなんでしょう。主体性がない校長などということで私は済まされてはおれぬと思うのですね。校長は茶坊主です、校長は雇われマダムです、こう言っていますよ。しかも、この雇われマダムというのは数人の発言があるのです。これはもう大変だと思いますね。  もう一つ例を挙げましょう。遠足先で校長が、生活指導主事にピールを買ってこいと言って、個人的な用事を言いつけて買ってこらした。私は買ってきた人も注意をすべきだと思うね、生徒指導主事ですから。生徒を引率して行っておるんでしょう。そしてそれを買ってきて、校長だけが飲むのですよ。ところが、この校長は今度は青年教師を自宅で飲酒させ、自動車に乗せで帰らせているんですよ。大事故を発生させて大変な問題になりました、新聞にでかでかと出て。  これに示されますように、自分はすべて何でもできるというこういう感覚ですよ。そのくせ、すべて県教委の指示だからということで県教委を背景にして、自分の行為はすべて正しいということで強制、強要をしていくという体制ができ上がってくるのです。そして正しい意見に対して反対をすると、気違いじみた職務命令でもってすべて律していく。何回かそれに従わなければ行政処分をする、この構造です。これは学校現場には全くなじまないのですよ。このことは直ちに教師に反映しまして、だんだんこれが長引いてきますと、教師の姿になってしまいますよ。あきらめ。発言したら処分される。職員会議で発言をすると呼びつけられて怒られる。職員会議で発言をしようとすると、事前通告をしておらぬと言って規制をされる。ありとあらゆる官僚的支配横行であります。  ですから、最もあらわれやすいのは新採教員にこれが顕著になってあらわれてくるわけです。新採教員の試験のあれを私は持ってきましたけれども、四十五項目にわたる昨年の新任教師の試験問題があります。これは何かといったら全部規律、規律だけです、教えるのは。こういう状況です。ですから、新採の教員なり若い教師は総合的な判断、創造性というのがなくなってしまう。無気力で、授業だけやっておけば事が済むと言っています。  その例を挙げましょう。これは二年目の教師の例でありますけれども、自分が担当しておるクラスからボイコットされています。なぜか。この教師は、管理と競争だけです。他の教師が助言をすると、校長の言うとおりにやっているから間違いない、こう言うのです。今、こうした管理者の実態が、ほとんどこれに近い状況になっている。これで果たして本当にそこに創造的な豊かな教育などということが遂行できるでしょうか。私はできぬと思いますね。この点大臣、感想どうですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 中西先生がいろいろな事例といいますか、問題は一つの学校のことだと思いますけれども……(中西(績)委員「一つじゃありません」と呼ぶ)いやいや、今おっしゃったことはある学校についての話と思いますけれども、申された学校は、学校の職員、組織等が正常な状態でない学校ではなかろうかなという感じがいたします。先ほどの先生の御発言の中にも行方不明になったとかという言葉がありましたが、その日、人事についての内示があったという話もございました。そうすると、内示を受けた側の人から見て校長先生の所在がはっきりしなかったということのように受け取られるわけでありまして、どうも人事に関連して、内示を受けた側が校長に会って、そしてどうなさるのか、いろいろな意見を言われるつもりであったかどうか。それが余り好きでないものだから、ちょっとどこかに行っておられたというように私は先生の話から想像してきておったわけでありますが、通常の状態ならばそういう事例は余りないだろう、こういうふうに思うわけでありまして、先ほどから局長も答弁いたしておりましたように、やはり前後の事情、その学校の職員、組織あるいは学校の秩序がどうなっているのだろうか、それをよく把握した上でないと的確な答弁ができにくいわけであります。  一般論として言えば、やはり学校というところは、校長がその職務として「校務をつかさどり、所属職員を監督する。」というふうにされておるわけでありまして、校長を中心にして秩序ある規律のある学校運営がなされることが望ましいし、それがあって初めて教育効果は上がるものだというふうに考えるわけであります。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 私が指摘をしました後の部分はどうですか。遠足先で教員にピールを買わさせて自分だけが飲む、自宅でそういうことをやる、そして自動車に乗せて帰す、大事故を起こす、こういう教員はどうなんですか。校長は茶坊主だ、校長は雇われマダム、こういう発言をすることが正常だと思いますか、どうですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 遠足先ということでございますが、どういう時間帯で、どういう状況であったかよくわからぬわけでありますけれども、その場には生徒はいない、夜分であった、そういうときに……(中西(績)委員「遠足先ですから夜分じゃないですよ。昼間の、昼飯どきですよ」と呼ぶ)それはどうも普通とは考えられませんが、その場所や状況、時間の指摘がなかったものですから、ただそれだけではちょっと判定しにくいわけでありまして、実際問題としてどういう時間帯で、どういう状況であったか、これをはっきり把握しないと適切な判断はいたしかねるわけであります。  それからもう一つの、自分のうちに若い教師を呼んで酒を飲んだということでありますが、それが夜分などの場合には、校長が若い教師と酒を飲みながら意見の交換をしあるいは親睦を深めるというのは決して非難さるべきことではないと思う。ただ、飲んだ上でその若いのが運転していってはまずうございますけれども、まあそういうものだろうと思います。したがって、やはり具体的な状況を的確に把握しないというと、私ども適切な判断は下しにくいわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 的確な判断を大臣しようとしないのです。遠足先の昼飯のときに買ってこいと言う。自分だけが飲むのですよ。勤務時間中でしょう。しかも生徒と一緒に行っているんでしょう。これで言い逃れできるのですか。  さらにまた、夜、家に呼んで話をし飲酒をすることは何も構いません。飲ませた人に自動車に乗せて帰らせることがいかぬということなんですよ。飲酒運転はどういうことなんですか。そのために大事故が起こっているわけでしょう。  さらに、先ほどから言う、校長は茶坊主だ、校長は雇われマダムだと教師の前で広言をするような校長に、どういう批評を持ちますか、こう言っているのですから、ごまかしちゃいかぬですね。こればっかりで時間かかったわけですけれども、私、それに答弁をしない、逃げるという文部省の態度が問題ですので、このことだけ指摘しておく。あえて理屈をつけて逃げようとする、そのことがどのように現場における教師たちに、そして実際に、どのように教育の面に大きな影を落としているかという、そのことが一番問題でしょう。あなたは管理者の側に立って教育を考えているのですよ。子供の側に立っての教育を考えていない。そこに一番大きな欠陥があるのじゃないでしょうか。それが今度の臨教審の中で論議されていないという、大きな落ち度があるのではないか、私はこう指摘をしたいのです。これはもう聞いたって逃げるばっかりですから、もう聞きません。はっきりしておるのです。  そこで、今度は、そういう事態になってくると会計はどうなるでしょう。学校会計が極めて不明朗になる。今までは全部の予算をみんな職員会議にかけていた。PTAの問題も学校予算も全部かけて、そして学校全体をどううまく運営していくかということ。ところが、これが支配をする側の手段に使われるようになってきております。特定の人だけに、Aという人が来れば、ああそうですかと備品をすぐ買ってやる、あるいは教材の購入などがスムーズにいく。あるいは旅費におきましても同じです。ですから、結局問題になりましたように、校長が月の二分の一出張でおらぬというのですよ。ところが、文書がなくておらぬ。ですから行方不明です。教師にはすべて文書がなければだめだ、こう言うわけでしょう。そんなこと本人は平気です。そして、この出張旅費の大変な額を校長が消費し、教員の研修旅費は絶えず値切られる。あるいは家庭訪問の際の旅費は支払わない、こういう現象が次々に起こってきています。  そして、例えばPTAの、Pですからこれに対しての発言権はあるし、規則にはちゃんと、会計については公開を求めることができるということになっておってもそれは秘密、そういうところに今度は事件が発生し、新聞をにぎわしておる、そうでしょう。  さらに、今度は、そういうPTAの金を秘密にするというのはなぜかと思ってずっと調べてみると、使途不明金、それは校長会だとかいろいろなそういう任意の団体に対する負担金ですよ。だからはっきりされぬわけだ。こういうようなものが次々に出てきて、私に言わせると、頭をなで、これによって支配をしていく、こういうものに使われておる。今はもう全部秘密主義です。従前はそれを全部皆さんで討議をして、学校の教材についてもあるいは教具についてもあるいは備品についてもあるいは旅費についても、こういうふうにやろうというふうにしておったものが、特定個人によって全部差がついていく、こういう状況です。  あるいは、今度は人事がそうですよ。一番私が驚いたのは、ある校長が外部の人、PTAの幹部あるいは地域ボスに、今回はだれだれを飛ばす、こういうことの発言があったら、それはそのとおりになるというのです。あるいは、校長に対していろいろ意見があって反対の意見を開陳すると、それを全員配転をしてしまう。そして、平気で差別意識丸出しで校長あるいは教頭が発言をする。これはよく聞いてくださいよ。あなたはそのように反対をしておると特殊学校にやりますよ、定時制にやりますよ、農業高校へ転出をさせるぞというおどしがかかるわけです。この言い方は、特殊学校、定時制、農業高校というのを差別をしておるとしか私は考えようがありません。  このように、ほかにまだたくさんこの人事問題ではありますけれども、人事、財政、秘密主義で特定の人にはそれを明らかにする、そういうことが次々に出てきておるということになりますと、学校の正常な運営というのは何でしょう。先ほど大臣が言われた、校長を中心にした正常な運営とは何でしょう、こういう問題があるところで。今私が言ったようなことで間違いあると思いますか、あるいは私が言ったことの方が正しいとお思いですか。どっちですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 先生の申された事例は、学校の規律が乱れ、秩序が維持されていない学校の事例だと思うので、子供の立場に立って考えると甚だ残念なことだと思います。校長先生も教頭さんもその他の教員の皆さん方も、やはり規律のある秩序正しい学校にして、そして教育効果を上げていただくように努力をしていただきたいものだ、しっかりやってもらいたいものだというふうに私は思います。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 いや、私が言ったのは、外部のボスに、あるいはPTAの幹部にだれだれを飛ばすなどということを言ってよろしいですか、これが一点目です。それから、特殊学校、定時制、農業高校へ転出をさせるぞ、こういうことを言ってよろしいですか、こう聞いているわけです。この二つ。極めて簡単です。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 そういうことを言った人がいるかどうか、私はつまびらかにしておりませんけれども、学校というものは、規律があり秩序のある学校であるならば、そういう言葉を言ったり聞いたりする人はいないと思うのでありまして、そのもととなる学校の規律それから秩序、そういったものがきちっと保たれて教育効果が上がるように努力していただきたいというふうに私は先ほどから申しておるわけでございます。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 全く答弁になっていないですね。またこれも逃げている。もう逃げの一手です。  あなたの言う規律というのはよくわからぬけれども、それでは、その学校が、例えばもう最初から言っているようなむちゃくちゃをやる校長がおって、そしてその結果、このようにしてだれだれを飛ばすというようなことが言われる、そうすると、その学校は規律が乱れている、だからそういうことは当然出てくるという、こういう言い方ですからね。これはもう全くだれが聞いても納得できませんね。私は、大臣がどうしてこう常識的な判断ができないか、極めて不思議に思っています。  じゃ、もう一つやりましょう。先ほどから私が言っておりますように、職員会議の問題について触れてみましょう。私は今度、先ほど一つの例として挙げました会計で問題の出ている学校のPTAの幹部にお会いしました。そうしたらそのPTAの幹部が、出るのは当たり前です、なぜなら、職員会議などというものが全く御前会議になっています、そして管理者によって私物化されています、特定少数の人がすべてを決定していっています、ですから会計などについても明確な報告だとかは全くされておりません。じゃ以前はどうだったのですかと言ったら、以前はちゃんと報告されておった時代にはそういう問題は出てきませんでした、こういう説明です。  そして、今度ある学校に行ったところが、完全な伝達機関になってしまっている。例えば、生徒の進級についても討論がされない、そして、もし言っても聞くだけ。あるいは修学旅行についても、その校長というのは今業者との関係が顕在化しておりますが、一〇%しか希望のないところを、学年主任に人事の面で脅迫じみた言動を弄して強行いたしております。  ですから、今私は例を二つ挙げましたが、会計のそういう問題についても一切報告もせぬ、討論される状況はない、そして今度は完全な伝達機関になっていて特定の人が決めたものを伝えるだけ、意見を言っても聞かぬ、これが今文部省が指導している諮問機関の実態です。これを見ますと、私は大変だと思うのですね。  そして、特に私が怒りを感じたのは、日ごろはそのようにしておるのに、もし生徒指導で問題が発生すると、対外的に責任を問われ始めると職員会議を開いてくれという申し入れがあるのです。結局責任逃れでしかありません。これが実態です。今とっておるこの諮問機関というものの徹底化がここまで来ておるということの認識をしてください。  時間がありませんから、もう一点だけ、研修問題です。これもたくさんあってできないのですけれども、二つだけ私は申し上げたいと思うのです。  一つは授業研修です。校内で行う授業研修で参加を制限するんですね。私たちがかつておった時分には、どなたでもいらっしゃい、同教科はもちろん他教科の人だって来てくれ、こういうふうに言っていました。ところが今は、担当クラスの担任だけで、同一教科の教員、空き時間の教員などは入れないわけです。拒否をされます。だから批評会も同じです。入れるのはクラスの担任と専任授業者、それを授業をする人だけで、すべて校長の指名者だけが入れる仕組みであります。  それから、もう一つ大事なことがあるのです。夏休みの研修報告を見ますと、教育内容にまで立ち入って制限をし始めているのであります。報告のこの基準は校長が決めるようになっておるようでありますけれども、例えば、報告書を出しますと、生徒指導についてはだめだ、教科でなければだめだ、これが一つ。それから、新聞内容などについて研究をして、思想的なものにかかわる問題について出すと、これは全部カット。それから甚だしいものは、本人が出したものが後になってみると改ざんをされておる、別の資料だとかいろいろなものがついて出されている、そしてそのことが学校を訪問してくる指導主事によって全部点検をされるという仕組みになっています。甚だしいものを見ますと、例えば国語の教師などが徒然草なら徒然草を研究したいというと、重点は何を研究するのか、そしてどのような内容が、こういうことまで全部校長から追及をされる。ですから、今どういう状況が起こっているかということですね。もうこれでは自主的な研修ではない。だから、休みの研修を規制をされるなら、夏、冬、春休みに年休をとって自分の研究課題をこのようにチェックをされ統制をされるということに対して私は抵抗しますといって年休をとらない人が出始めておるという実態です。ところが、今度はそのことを逆手にとって、年休は残すな、夏、冬、春に年休をとりなさい、こういう指導をしています。私はこれを見て、来るところまで来た。私は本人に直接会ってこれは聞いてきました。もう大変です。そのほか文部省が指導しておる新任の新採研修だとか五年経験研修だとか、もういろいろあります。  ですから、そういう学校ではどうなっているかというと、今度は生徒に対しては暴力的管理です。特に新設校においてはその点が激しい。例を挙げると驚くようなことですよ。校長に対して抗議文を生徒が出しておる。その出された抗議文が振るっています。私はこれは大衆の知恵だと思ったのですが、右から左に並べて書くと順序をつけられるというので、署名は円形にしておるというのです。もうそこまで来ておる。まだ物すごい問題がたくさんあります。しかし時間が参りましたからやめますけれども、今私が申し上げた研修問題、特に、どうして同じ教科の人が入れないのでしょう、指名以外はどうして入れないのでしょう。さらに、研修報告書を内容までチェックをして、改ざんまでして提出をされておるという実態、これは結局、県教委から認められぬということなんです。なぜかというと、校長会の中で、こんなばかげた校長がおるということを名前を挙げて指摘をするんです。こういうものしか出させ切らないというようなことを言うんだそうです。  今申し上げました、一つは、研修について内容までタッチしてよろしいか、そういう指導を文部省はしていますか。二つ目は、授業研修などで特定の人しか入れるなということを指導していますか。この二つだけ最後にお聞きします。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 ただいまの二点についてお答えいたしますれば、両方ともそういう指導はいたしておりません。

中西績介日本社会党・護憲共同

○中西(績)委員 私は今ずっと申し上げまして、答弁に対しては非常な不満を覚えるものでありますけれども、いずれにしてもそこまで来ておる。民主主義がどこにあるだろう、教育の自由がどこにあるだろう、このことを声を大にして叫ばなくてはならぬところまで来ておる現場の実態、文部省が昭和二十八年以降管理体制を強めていったその結果がこういう実態にまでなっておる。これは一つの県だけではありません。幾つかの県でそれが出ています。この中にいらっしゃる議員の県においてもそれが出ています。それは今ここで言いません。この点は、大臣、規律とか秩序とかいう逃げでなしに、規律、秩序というものはファシズム的な秩序と民主的な秩序があるのですよ、このことを認識をしていただかなくちゃならぬ。まだ研修は、官製研修と言われるいろいろな指導主事なりあるいは進路指導主事なり、こういう人たちの研修を私は例を挙げませんでしたけれども、もうざんきにたえません。これが今ずっと広がっておる実態であります。生徒の非行暴力あるいは無気力、今問題になっているのはそういうところから全部出てくる。大きな環境の整備とこの面、皆さんが一番一生懸命やっていることと一番サボっておることがそういうものを生み出しておるということをお気づきいただきたいと思います。  以上で終わります。

船田元自由民主党・新自由国民連合

○船田委員長代理 午後一時に再開することとし、この際、休憩いたします。     正午休憩      ――――◇―――――     午後一時四分開講

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。天野寺君。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 短い時間でございますので、議論をまとめていきたいと思いますので、きょうの私の質問については、実は学校教育の問題、特に初等中等学校の教育の問題という形で問題を限らせていただきたいと思います。臨教審等の問題も、教育という言葉の内容はいろいろ含まれていると思いますけれども、そこに限らせていただきたいというふうに考えます。  そこで、最初に、これは現状認識の問題として大臣にお尋ねしたいと思うのですが、先日発表されました臨教審の「審議経過の概要」でございますか、あの中で、現在の教育の状況について「過度の学歴社会意識や偏差値偏重の受験競争、校内暴力、青少年非行などにみられる教育荒廃は、画一主義と硬直化がもたらした病理現象であることを認識し、」というような言葉が、これは第一部会の概要でございましたか、そういう言葉がございました。  そこで、これは大臣、率直に今の教育の現状で画一主義というようなものがやはり教育の現場で大きな形を持っているというふうにお考えになっていらっしゃるかどうか。評価の問題はまたお伺いするといたしまして、画一主義とか硬直化とかいうようなものが教育の現場にやはり現にあるんだというようにお考えになっていらっしゃるかどうか、この辺はいかがでございましょうか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 我が国の学校教育の制度、仕組みの中に画一主義的なものが多々あるというふうに私は認識しております。  例えば、小学校、中学校は義務教育でありますけれども、高等学校後の問題についてでございますけれども、いわゆる六・三・三・四制というふうになっておりまして、いわゆる単線型と言われるわけでありますが、そういう仕組みになっておりますし、また、高等学校も多種多様な高等学校というよりは、その大部分がいわゆる普通高校であるという面、それからまた、大学の場合におきましても、最初の二年間はほとんどがいわゆる一般教養、そして専門はあとの二年でやる、こういった面とか、いろいろ制度、仕組みの上で画一的なものが多いというふうに私も認識いたしております。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 今のお話ですと、制度の面ということで画一主義が存在をしているのじゃないかというお話でしたけれども、こういう制度の面に限って画一主義があるというふうにお考えでございましょうか、あるいは教育内容といったようなものについてもやはり画一主義というようなものがあるというふうにお考えでございましょうか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 臨教審の「審議経過の概要(その2)」を中心にした議論だと思いますので、その面からお答えをしておるわけでありますけれども、現在のところ、臨時教育審議会の方では、我が国の教育に係る問題の中で主として制度や仕組み等々を中心にして議論をしていただいておる、こういうことで、現段階では、そういうところから出てきたその経過としての「審議経過の概要」であったわけでありますから、制度、仕組みの問題として画一主義についてのお答えをした、こういうところでございます。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 私は、臨教審の「概要」について大臣にお尋ねをしているのではなくて、文部大臣としてあるいは文部省として、従来教育行政、ずっと日本の教育行政をつかさどってきたわけでありますから、その上での文部省としての現状認識をお尋ねしておりますし、それからまた、先ほども冒頭にお断りいたしましたように、きょうは余りあちこちに問題が飛んでも時間がございませんので、主に初等中等学校教育ということに限って議論を進めさせていただきたいというふうに思うわけでございまして、したがって、第二部会の問題というふうに私とらえているわけではなくて、むしろ、現状認識として教育内容というものについての画一主義というようなことは文部省としては考えておられないのかどうか。実は、こういう質問をなぜするかといいますと、私は、教育内容についても文部省としては初等中等教育について画一主義ということをずっとお考えになってこられたのではないかという気がするわけです。その評価については後でお尋ねしますけれども、そういう点でいかがでございましょう。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 教育の内容の問題でございますが、私は、学校教育というものは、画一という言葉が適当であるかどうかは別として、一定の基準を設けて、その基準に基づいてなさるべき学校教育と、もっと自由にやってよろしい教育とあろうかと思います。小学校、中学校等につきましては、国がその責務として義務教育ということでやるわけでありますから、一定の基準を設けて、それによって国民に対して一定基準以上の普通教育を施すという責務があるわけでありますから、初等中等教育の場合には、画一という言葉は適当でないと思いますけれども、基準あるいは原則というものを定めて、それにのっとって教育がなさるべきだというふうに考えるわけであります。高等学校の場合には、その基準は初等中等教育に比べれば弾力的でしかるべきであろう、大学の場合には、非常に自由な教育内容であってしかるべきであろうというふうに私は考えるわけであります。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 臨教審の第一部会のこの「概要」では、まさに諸悪の根源は画一主義であるということが明確に述べられておりますよね。この点について、臨教審の画一主義についてのこういう把握の仕方について大臣としてはどういうふうにお考えになりますか。また、この画一主義というものは、臨教審が言うような形で、諸悪の根源として排除されていかなければならないものだというような形で大臣はお考えになられるのかどうか、その点はいかがですか。     〔委員長退席、船田委員長代理着席〕

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 私は、諸悪の根源とは思っておりません。また、臨教審が画一性というふうに言っていらっしゃるのは、私は制度、仕組みの問題として言っていらっしゃるのであろうというふうに理解をしておるわけであります。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 制度、仕組みの問題、そうすると、その制度、仕組みが現在の校内暴力とか青少年非行などに見られる教育荒廃を生み出しているんだ、そういうふうに臨教審の第一部会としては考えておられるのだというふうな、文部省としてはそういう御理解でございますか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 校内暴力それからいじめの問題、いろいろな青少年の非行の問題、その原因というのは、それは学校、家庭、社会を通じていろいろな原因があると思います。したがいまして、教育の面における学校制度の画一性だけがそういう問題点を生み出しているというふうに分析するのは十分な分析ではないというふうに思っているわけでございます。ただし、学校の現在の制度それから教育の内容等につきましても、社会の変化に対応していくようにしていかなければいけませんので、そういうことを考えた際に、現行の制度、仕組みそれから教育内容、こういう点についても現行制度の上でもう少し多様な弾力的な対応をしていくということは必要ではないか、こういうような指摘と受けとっているわけでございます。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 そうしますと、画一主義というものが制度、仕組みの問題だ。文部省としても、制度、仕組みの上では画一主義がとられてきているということは現状認識としてもお認めになる。これは文部省としても変えなければならないというふうに現状の認識としてお考えになっていられるのかどうか。そして、そのときの制度、仕組みの画一主義というのは、先ほど六・三・三制というふうな言葉がございましたけれども、具体的にはどういうところの制度、仕組みに画一主義がある、それをどこをどういうふうに変えていかなければならないというふうに文部省としてはお考えになられるのか、その辺はいかがでございますか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 学校制度は、戦後日本の制度は単線型でございまして、六・三・三・四という仕組みになっているわけでございます。戦前の教育は、複線型と申しまして、もう少し単線でない形がありまして、そして諸外国においてもいろいろな複線型のコースもあるわけでございます。そういう意味で、戦後の教育の水準を上げていくために今日まで我が国の学校制度が果たしてきた役割は十分に評価しなければならないと思います。しかし、そうした単線型の教育の制度以外に、もう少し複線型のバイパス的なそういうような発想の学校制度も考えていいのじゃないか、こういうふうに思うわけでございます。したがいまして、そのバイパス的な複線型の体系としてはどういうものがあるかということ、どういうものを志向したらいいかということが現在臨教審で議論の対象になっているわけでございまして、そういう点では文部省も、現行の六・三の単線型の制度を死守しなければならぬとか、それ以外には考えられない、そういうかたくなな考え方はとっていないわけでございます。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 時間が三十分でございますので、なくなってしまいますのであれですけれども、ただ、わからないのは、本当に積極的に単線制がなぜ悪いのか、単線制というのはどういう点で悪いのかということをお考えになっていらっしゃるんだったら一言で言ってください。それでこの問題は切り上げます。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 例えば高等学校段階で考えますと、高等学校の段階で教えるべき教育内容、そういう内容については社会の変化に対応していろいろな方式がとられていいと思うのです。したがいまして、現在の高等学校教育という三年の課程の中で中等教育を考えなくても、もう少し幅を広げて考える、そして社会の変化に対応できるような内容、制度にしていくというような考え方は適当ではないかと思うのです。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 今の問題はどこに問題点があって、どういうところが悪いのかということを端的に本当はお聞きしたいのです。それならば、それではどうするのかという問題が出てくるんだけれども、何かそこのところの問題が、なぜ単線制に問題があるのか、画一主義に問題があるのかというところがどうもよくわからないのです。  それでは、こういうふうにお聞きしてみましょうか。  複線制の要求というのは、生徒や父母の方にそういう要求が強くあるというふうにお考えになっていらっしゃるか、それとも今度は、学校教育を終えた社会の側、いわば産業社会というような側に、もっと違った教育を受けた生徒を受け入れたいという受け入れ側の要求としてそういうものがあるものだというふうにお考えになられるのか、これは現状認識の問題です。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 これは局長さんよりも私の方が適当だろうと思うのです。というのは、文部省は戦後のいわゆる六・三制を中心にして教育の拡大をやってきたわけでありまして、その立場でありますから、みずからここに欠点があるというのはなかなか言いにくいだろうと思うのです。  ただ、臨教審における論議の経過等を見てみた場合、また日本の社会の現状を見てみた場合、例えば先ほどの高等学校の場合でございますが、現在は義務教育が終わったらすぐ高等学校に行く、しかも原則として普通高校、こういう仕組みあるいは慣行になっていますね。ところが、人によっては専修学校といいますか、いやもう自分は社会に出るための特別な技術を身につけたいということで専修学校に行ったとしますね。しかし、専修学校に行っただけでは、今度は大学に行きたいと思ってもなかなか大学には行けないというふうな制度になっておるわけであります。そこで、中学校が終わった段階で、本人の希望、本人のその段階における学力の到達度、あるいは個性、そういったことを考えて、いわゆる普通の高等学校ではなくして他の学校に行けるという選択があってもよろしいわけでして、そうした学校に行った人はまた高等学校を出た人と同じような学校に行ける、そういう道をつけてもよろしかろうと思うのでありまして、そういった多様な制度、仕組みがあることによって、子供の希望に応じ、あるいはその個性に応じて教育の機会が設けられておるという状態にすることが政治家として望ましいのじゃないかと私は思っておるわけであります。     〔船田委員長代理退席、委員長着席〕

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 私は、普通科高校の数とそうではない工業、商業高校の数がどういうふうになっているかということは、今ちょっと材料を持ち合わせませんけれども、かなり商業あるいは工業、学校全体としてはそうではなくてもそういう科目を持っている学校もあると思うのです。ただ、全体として普通科に対する父兄の要望なり生徒の要望なりが強いということも事実であって、その上でやはり普通科高校が多数設けられているということだろうと思うのです。ですから、複線制の要求というものが必ずしも生徒やあるいは父兄の要求から出てきているようにも思えないわけでございますが、その点はまたもう少し後に議論させていただくとします。  問題は、教育内容の問題なんですけれども、こういう点でちょっとお尋ねをしてみたいと思います。  教育基本法の十条で、教育については直接に責任を負う形で行っていかなければならないという条項がございます。この教育の担い手といいますか、一体だれがこの教育の責任を負うというふうになっているんでしょうか。教員なんでしょうか、校長なんでしょうか、教育委員会なんでしょうか、あるいはまた文部大臣なんでしょうか。責任の相手方といいますか、だれに責任を負うかというのは、恐らく国民であったりあるいは教育を受ける生徒であったりに対して責任を負うのだと思いますが、一体だれが責任を負うというふうになっているものなんでしょうか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 教育を提供する直接の教師でもあるし、そしてその学校の教育方針を決める校長、そしてそれを管理する教育委員会、そしてそれに一定の基準を示している文部省、こういう教育を提供する側全体が国民に責任を負うような形での行政の展開をしなければならないし、教育の展開をしなければならないということでございますから、ただ校長であるとか教員であるとかそういう単純な形でお答えすることは非常に困難でございます。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 それじゃ、ある特定の学校の生徒の教育内容についてはだれが責任を負いますか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 小中高等学校の教育については国で定める学習指導要領の基準がございます。したがいまして、その基準に従って教師が教育を具体的に展開するという仕掛けになっておりますので、生徒に対する責任問題として、そういう教師の教育指導上の観点での問題なのか、ないしは教育内容のそういう基準を決めていることに起因する内容であるかによってその責任の持ち方が違うわけでございます。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 そうしますと、どこまでが教師の責任を負う範囲になるんでしょうか。教育課程の編成その他については、個々の教師の責任ではなく、学習指導要領等に定められている教科の編成に従うということでしょう。そうすると、教員というのは一体どこまで直接的に生徒に対して責任を負うものなんですか。ということは、逆に言えば、どこまで自分の権限で決定をすることができるものなんですか。私は責任というのは権限の裏返したと思いますから、その点ではどうなんですか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 生徒に対して具体的にどのような内容についての責任を問うかという、責任の内容が実は一つは論議されなければならないと思います。それから、それは別にいたしましても、学習指導要領の基準に従いましてそれぞれの学校で教育をする全体のカリキュラムがつくられるわけでございます。そして、その内容に応じて具体的な創意工夫を凝らしながら教師が直接教育に当たるわけでございます。したがいまして、教師の直接行っている教育活動上の行為によって生徒に対するいろいろな問題が出てくれば、それは教師の責任であるということになろうかと思います。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 文部省あるいは教育委員会、校長という形でもって上から下がってきた教育の一つの指示なり何なり、それに従っていれば個々の教師は責任がないんだという形でこの教育の責任――責任といいますか教育の問題を考えているから、まさに教育内容の画一化が生まれてしまい、そうしてそこに本当は今世間の父母たちが一番問題にしている問題があるんじゃないかというふうに私は考えるのですよ。  先ほど教育の画一主義というものは制度、仕組みの問題だというお話でございましたけれども、あの臨教審の「概要」を読んだ範囲でさえ、あの第一部会で出している画一主義に対する批判は、制度、仕組みの問題だけであの問題を論じているわけではない、私はそう思います。いろんな意見が出ていますけれども、あれを率直に読めば、あれは何も制度、仕組みの問題だけを取り上げたわけではないのは明らかでしょう。それじゃ、過度の学歴社会意識や偏差値偏重の受験競争や校内暴力や青少年非行、こんなものは制度、仕組みが悪いからなったんだという分析ですか。あの分析はとてもそんなものだとは思えませんし、その程度のものだと言ったら、恐らくあの先生方はお怒りになるんじゃありませんか。むしろ、教育の内容の中に画一化があること、それをあの先生方は平等意識が強過ぎるんだという分析をなさっています。その点では私は反対ですけれども、しかし、教育内容まで含めて、やはり日本の教育に画一化というものがこれをむしばんでいるのだという認識の上でもって、あの教育改革というものがあるのじゃありませんか。私はそういうふうに考えるのです。それで、その中の一番大きな根っこは、今局長おっしゃった教育の問題について、まず指導要領があり、これが法的拘束力を持つという文部省のお考えでしょうけれども、そういう指導要領があり、教育委員会があり、校長があり、その中でしか教師の教育に対する直接性、直接の責任が問われないというところに、むしろ問題があるのじゃありませんか。私は逆に、まさに教育基本法十条が、教育が面接に責任を持つというのは、現場の教師がぶつかっている生徒に直接責任を持たなきゃならないのだ、そこから教育が始まるのだという、そこだと思うのです。そこのところから今、教育改革の問題がさまざまに議論をされているのじゃありませんか。そこのところでの今までの文部省のお考え、それはいろいろな機会に発表はされています。しかし、そこのところのお考えをやはり変えていかない限り、本当にこの教育改革、この今の問題を解決していく道はないのじゃありませんか。大臣、いかがですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 教育基本法十条の規定で、直接に責任を持って行われるべきだ、こういうふうに書いてあるわけでありますが、これは前段があるわけでございまして、教育は不当な支配に服してはならない、そしてまた国民全体に対して直接責任を持たねばならぬ、こう書いてあるわけであります。したがいまして、またほかの条文からいっても、教育というものは公の性質を持つものであります。したがって国は、公教育である以上、その教育の内容というものが、国民に一定水準の望ましい知育の育成、徳性の涵養あるいは体力の増進等々のバランスのとれた教育を提供するという責務がありますから、その責務を果たすためには、法律、それに基づく政令、あるいはそれに基づく行政権限に基づくいろいろな通達、こういったことで秩序ある教育行政あるいは一定水準の教育内容、これが確保されるようにしていかなければ、私は公教育というものは成り立つものではないというふうに考えるわけであります。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 今大臣がお答えになったのは、むしろ十条二項の問題だと思うのですけれども、私は、十条一項を受けた形で、学校教育法の二十八条についての校長の職務権限なりあるいは教諭の職務権限というものが定められていて、やはりここで、教諭は児童の教育をつかさどるのだということで、もちろん直接的に教育に携わる者がまず教諭だ、教員だということの一つの原則規定があるのだろうと思います。校長については、「校務をつかさどり、所属職員を監督する。」という規定になっています。この校務の中に教育が入るのかどうかという議論はあるようでございますけれども、しかし、もし校長の監督の枠内だけで教師というものが教育をやっているのだということでは、やはり本当に自主的な教育、教師の自主性というものは育っていかないだろうと思うわけです。私は、そこのところでの考え方の転換を今文部省にぜひとも考えていただきたいし、その点でやはり今いろいろな問題提起がなされているというふうに思います。  先日、実は評判になりました黒柳徹子さんの「トットちゃん」という本がございました。大変な売れ行きだ。やはりあれも、私はあれだけの売れ行きを示したのは、教育というものについてのあるメルヘン、やはり自由な教育というものについてどれだけ国民がそれを望んでいるかということだと思うのです。その背景というものをやはり今ぜひとも文部大臣につかんでいただきたい。今国民が自由な教育を望んでいる。型にはまらない、上から抑えられているものじゃない自由な教育というものをやはり今国民が望んでいるのだという、そこの現状認識を私はぜひとも大臣にお持ちいただきたいというふうに思います。  時間が参りましたので、教育の自由化という点についての、制度ではない教育内容の自由化ということについての大臣の御答弁をいただいて、私の質問を終わりにしたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 教育というのは、少なくとも学校教育というものは、公の性質を持つものである、こういうふうになっておりますし、またその学校教育の中で、小学校、中学校というのは、いわゆる義務教育であります。義務教育というのは、国が責務として行う教育が義務教育であります。  なぜそういう仕組みがあるのか、そういう義務教育制度があるのかと言えば、国を構成する国民に対して、一定水準の先ほども申し上げました知的能力それから体力あるいは徳性、こういったものを備えられるようなそういう教育を提供する責務があるわけでありますから、その責務を果たすためには、それなりの一定の基準というものは必要なんでありまして、その基準の上に立って、現場の先生がそれぞれ創意工夫を凝らして教育をやっていただく、これが私は望ましい教育のあり方であるというふうに考えておるわけであります。

天野等日本社会党・護憲共同

○天野(等)委員 終わります。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 矢山有作君。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 きょうは、私の方からこの間、東大農学部のコンピューターのNEC、日本電気による不正使用の問題で質問主意書を差し上げて、御回答をいただいたのでありますが、回答を読んでみてもさっぱり解明できませんので、きょう少しその点に関連してお尋ねしたいと思います。しかし、時間が短時間ですから、きょうはほんの入り口で終わるだろうと思いますけれども、残りは引き続いてまた別の機会にお尋ねをさせていただきます。  まずお伺いしたいのは、御存じのこの問題について、和田教授を中心にした調査委員会で報告書が出されております。以下、和田報告と呼んでまいりますが、それによりますと、五十八年の十月から五十九年の五月にかけての一研究課題による千八百七十五時間の集中利用云々と、こうあるわけですが、これは例の熊谷農業高校の寺田教諭のなさったコンピューター利用を指しておると思います。回答の方を読んでみましても大体そういうことのようです。そうすると、この千八百七十五時間という時間が一体どこからはじき出されたのか、私ちょっとわかりませんので、お教えいただきたいと思います。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 記録によってそのように算定をしたというふうに伺っております。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 文部省、そんなことを言っておったのじゃ話にならぬですよ。和田報告書を見ただけでやるのなら、これは私はわざわざ質問主意書は出さない。和田報告書に多分の問題があるから質問主意書を出したのです。千八百七十五時間というものをはじき出した根拠というのは、私は何ぼ考えてもわからぬ。  御存じのように、あなたから提出いただいた資料がありますが、その電子計算機使用時間通知書というのがあります。これによって調べてみると、五十八年の九月までのACOS三五〇のJECCメーターの時間は百四十七時間です。五十九年の五月までのその時間は千九百七十四時間です。そうすると、この五十八年の十月から五十九年の五月までの間にどれだけの時間利用されておったかということは、千九百七十四から百四十七を引けばいい、千八百二十七時間になる。どうして千八百七十五というものが出てきたのか、これはぜひ東大等に当たって明らかにしてもらいたいのです。どうですか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 先生御指摘の調査委員会報告書によりますと、ただいまの件につきましては、「一研究課題による約千八百七十五時間(JECCメータ時間)」という報告の内容になっておりますが、御指摘のような原資料との食い違いがあれば、東大側にその点は確認をさしていただきたいと思います。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 認識の食い違いがあればじゃないのです。私はあなたの方から提出された資料によってわざわざ足し算、引き算をやって出した。だから、千八百二十七時間という時間は違わない。もし違うというなら、あなたの方から出した資料が間違っておる。資料の出し直しをしなきゃいかぬ。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 発言が不明瞭で申しわけございませんでしたが、認識ではございませんで、データに食い違いがある場合にはその点の確認は東大にさしていただきたいということでございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 ところが、千八百二十七時間という時間がこの寺田教諭の使った時間ではないということはわかりますか。なぜ丸々それが寺田数論の使った時間でないかというと、五十八年の十月から五十九年の五月、寺田教諭が使用しておった時期にちょうど、和田報告書に出ておりますが、NECから特別業務ということで二百二人が来て、ACOS三五〇の限界テストをやる生言ってこれを使っておるわけであります。したがって、千八百二十七時間全部を寺田教諭の利用時間とは言えない、この点はわかりますか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 私どもとしましては、本件が新聞等で報道されました時点で、東大側にその事実についての解明をして御報告をいただきたいというお願いをしたわけでございます。東大農学部におかれましては、そういうことも受けて調査委員会を設けて種々御調査の上、御報告をいただいたということで、現段階におきましては私どもは御報告の内容には間違いはないのではないかということで実は御回答を申し上げさしていただいたということになっておりますので、具体の詳細のことにつきましてはまだ十分検討はいたしていないのが状況でございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 ここで今、高等数学をやっているんじゃないのですよ。あなたからもらった資料によって寺田教諭の利用した時間を算出をして、そして和田報告書に書いてあるように、その時期にちょうど寺田教諭の利用とNECの特別業務が重なっておった。つまり両者が利用しておった。だから、千八百二十七時間というその時間全部が寺田教諭の時間じゃない。これも小学校の五、六年生ならわかるのじゃないですか。わかりませんか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 御指摘のように、いわゆる和田報告によると、その時期に特別業務のために人がセンターに入ったという記録が報告書にはあるわけでございますが、一方、東大側から聞いておりますところでは、それと並行してNECが割り込んで使ったということはないというふうに一応口頭では聞いておるわけでございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 口頭で聞いておる聞いておらぬによらず、和田報告書の中に書いてあるじゃないですか。何を言っているんですか。その日本語が読めないのですか。日本文字は読めるんでしょう。読んでごらんなさい。時間がないからそこにこだわっておるわけにはいかぬけれども、そんなばかな答弁がどこにありますか。我々の質疑を甘う見てもらっちゃ困るのです。  もう一つ言っておきましょうか。よろしいか。資料あなた方で調べてください。千八百二十七時間が寺田教諭の使用時間、全部それにしてしまっているわけだ。ところが、この千八百二十七時間にも問題がある。千八百二十七時間のうちでさらに落とされているものがある。何かというと、リランの時間を差し引いておる。リラン時間というのがある。これは故障でその間使えなかったということで、時間から外されるものですよ。これがリラン時間が八百十九時間。そうすると、今言う五十八年の十月から五十九年の五月までに出たJECCメーター時間千八百二十七からこのリラン時間の八百十九を引く。そうすると残ったのは千八時間。つまり、その間に千八時間使用しておるということなんです。この千八時間の中に先ほど言うたようなNECの特別業務が入っておる。こうなってくると、寺田さんが使った時間というのはうんと落ちてくる。寺田さんの使った時間がうんと落ちてくるというのは、逆にNECが利用した時間が非常に大幅にふえるということなんです。こういう数字の操作をやったのは、NECの使用時間を殊さら少なく見せようとする行為なんです、悪意のある。もし行為でないとおっしゃるのなら、教授、助教授四人が調査委員会を組織して調査した、その結果、小学校の子供でもわかるような引き算、足し算ができないようなそういう報告書を出したということは一体どうなっている。東大教授の頭脳はそんな頭脳なんですか。こうなってくると、和田報告書というものは全然信用ならぬ。あなた方はきょうの委員会がわかっておって、こういう点が問題になるということを気づかなかったのですかね。想定問答集をつくるんだろう、大抵。きょうの質問大したことないと思って想定問答集もつくってないのか。どういうことなんだ。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 先ほど申し上げましたように、詳細なデータの突き合わせをする時間的余裕等もございませんので、先生の御質問に的確にお答えできないのがまことに申しわけないと思いますが、調査委員会報告自体が、コンピューターの特別業務に関しては極めて疑義がある、しかしその疑義を完全に立証するには至らなかったということは申しておるわけでございますが、疑義自体は調査委員会報告でも認めておりますし、また、全体の流れを見まして、電子計算機の管理あるいは利用方法等極めて遺憾であったという状況はあるわけでございますので、その点につきましては、東大当局も学内処分等の措置もとり、私どもといたしましても、本件については当然契約を打ち切っていただくというような方向で処理をしつつあるというような状況にあるわけでございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 これは立証できるできぬの問題じゃないのだよ。和田報告書とあなた方から提出したこの資料をまじめにめくってそろばんをはじいてみれば出てくることを言っているんだ、私は。事実を言っているんですよ。何も立証できるできぬの話をしているんじゃない。だから、このくらいのことがわからぬような東大教授の頭は一体どうなっているのだと言うんですよ。また、その報告を受けてうのみにしてしまって、私のところへこうして資料を持ってきた、一体その文部省の頭はどうなっている。それなんですよ。この点はきちっと整理をして後から私のところへそれ相応な答弁を持ってきてください。  次に移ります。  会計検査院はこの件について検査をしたことがありますか。

五十嵐清人会計検査院第二局文部検査第二課長

○五十嵐会計検査院説明員 御指摘のACOS三五〇に関しましては、過去の検査におきまして、支払いの状況とかあるいは借り上げ契約の内容、こういった点については見ているわけでございますけれども、昨年の実地検査におきまして農学部に参りました。その際は、実は農学部にもいろいろとほかにも契約がございます。そういったものの金額の軽重、そういったことで、これについては検査が及んでなかったという実情でございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 まあ恐らくここまでは見ておらぬのだろうと私の想像です。  そこで、ひとつ御見解を承りたいのですが、私の言っているのは文部省から出てきたこの資料ですよ。この資料で見ると、五十七年の四月から五十八年の九月に至る十八カ月間、このACOS三五〇のJECCメーター時間は百四十七時間です。そうすると、一カ月当たり平均使用時間は何ぼになりますか。八・二時間。一カ月にわずかに八・二時間しか利用していない。この利用状況について検査院としての見解を伺いたいのです。こういう利用状況で十分効率的に運営されておると思うのか思わぬのか。

五十嵐清人会計検査院第二局文部検査第二課長

○五十嵐会計検査院説明員 先ほども申し上げましたように、利用状況についてはまだ検査しておりませんで、実は、つけ加えさせていただきますと、今度……(矢山委員「いや、そんなこと言っているんじゃない、私の聞いたことに一体どう感ずるか」と呼ぶ)今度の検査の際に十分その利用状況を判断して、それが事実であれば……

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 答弁にならぬね、それは。私はこの資料に基づいて言っているんだから、一カ月八・二時間という使用が適正だと思うのか思わぬのか、それだけを言えばいいんです。

五十嵐清人会計検査院第二局文部検査第二課長

○五十嵐会計検査院説明員 その点は十分検査の上で判断させていただきたいと思っております。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 そんなこと聞いちゃいないよ、今事実を指摘しているんだ。

五十嵐清人会計検査院第二局文部検査第二課長

○五十嵐会計検査院説明員 いずれにしても、検査をしない段階でそういったことを言えないものですから……(矢山委員「検査をする、せぬじゃない、私は事実を言っているんだよ」と呼ぶ)極めて低率であるということは事実どおりだと思います。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 低率だということは認めますな。

五十嵐清人会計検査院第二局文部検査第二課長

○五十嵐会計検査院説明員 そのとおりでございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 それで、検査院には一体どういう報告が出ているのですか。電子計算機使用時間通知書というものが一々出ているんだよな。その使用時間通知書に基づいて一カ月の使用時間は何ぼであったということは出てこないのですか。

五十嵐清人会計検査院第二局文部検査第二課長

○五十嵐会計検査院説明員 私ども、実は計算証明ということで、私どもで決めた計算証明規則というものがございますが、それによりましてこの契約につきましても、契約に至るまでのもろもろの書類、例えば入札書とか見積書とかそういったものも参ります。また契約そのものについても参ります。また一方、支払いのときには検査調書も参ります。しかし、その検査調書にはそういった使用時間の実績、こういったものは書いてございません。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 とにかくあなた、頭がいいんなら私の言うたことに端的に答えをし、悪いんなら悪いのをきわめるということになるよ。私の聞いていること、わからぬのかね。こういうところでは、私は事実に基づいて聞いているんだから、それに対して的確な答弁をしなければだめですよ。あなたを相手にしておったらしょうがない。  次に、こういうことです。よろしいか。これは今後問題になるからよく聞いておいてください。電子計算機の使用時間通知書を見ますと、使用機種名はACOS三五〇、使用機種番号は三一五と記入してあります。ところが、使用時間についての欄を見ますと、例えば五十八年九月三十日にはN七〇三五、またところによってはACOS三五〇と書いてあるところもあります。そして、その欄のところに当月使用分二時間、それはそこへ差し上げた五十八年九月三十日のを見てください。使用機種名でACOS三五〇、使用機種番号は三一五とあるでしょう。そしてその下の使用時間の欄にN七〇三五、ほかの場所ではACOS三五〇と書いてあるところもあります。その横に二時間、MS三〇、それに十時間、MS五〇、それに百八十時間、合計百九十二時間となっております。ところが、その使用時間の記入欄をひとつ見てください。黄色で塗ってあるでしょう。そこを見ておってください。有償契約の対象は契約書によるとACOS三五〇だけです。MS三〇、MS五〇は無償です。したがって、使用時間通知書に記入する時間は有償対象であるACOS三五〇の時間だけでいいんです。それをわざわざMS三〇、MS五〇の使用時間まで欄を偽造してそこに書き上げておるわけだ。  どうしてこういう作為をやる。これは明らかに文書偽造ですよ。現物をごらんなさい。それが文部省から出てきた現物だ。東大から出てきた資料でしょう。その文書は偽造ですよ。なぜそういうごまかしをやるか。それは、ACOS三五〇の使用時間をもっとふやさなければいかぬ、多目に見させなければいかぬ、そのための操作なんです。普通なら五十八年九月三十日にはACOS三五〇は二時間しか使ってない。ところが、書くべきでないものをわざわざ欄を偽造して書き足して、百九十二時間使ったことにしておる。これは文書偽造ですよ。東大農学部はこんなことをやるのかね。これは答弁にならぬですよ。どうですか。それをどう思いますか。その答弁を聞いてから……。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 ただいま拝見をいたしました報告書は、農学部の生物環境制御システムセンターの技官が日本電子計算機株式会社の技術課長あてに出したものでございますが、御指摘のとおりの記入になっております。そのような記入をした意図についてはこれはそんたくのほかないわけでございますが、ただ、こういうことを離れましても、ACOS三五〇の利用状況というものが当初の目的から考えまして非常に不十分であったということは私どもも明らかではないかと思っておるわけでございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 利用が不十分だったということだけが明らかなんじゃ困るのです。今差し上げたのを見て、これは後で手を加えて偽造したなということがわかりませんか。それは代表例をそこへ差し上げたのです。ここへ全部ある、あなたからいただいた。全部そうなっていますよ。後でていよく、今度は定規でも当ててきちっと偽造らしからぬようにしておるものもあるでしょう。そこへ差し上げた中にあるはずだ、御丁寧に偽造でないように見せかけたのが。五十九年五月三十一日の分はいかにも偽造でないように見せかけているでしょう。それから五十八年九月三十日の分もそうだ。ところが、この偽造であるということがばれてしまうのはどこでばれるかといったら、五十九年十一月三十日、六十年一月三十一日。これごらんなさい。完全に偽造であるということがばれているでしょう。何でこんな操作をやるのですか。何でこんなでたらめなことを東大でやっているのですか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 先生のお尋ねの趣旨が、システムということで表の左欄に後から書き加えたのではないかということであろうかと思いますが、もしそうであるとすれば甚だ遺憾なことであると思います。(発言する者あり)

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 委員長、ちょっと休憩してください。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 それでは、暫時休憩いたします。     午後二時三分休憩      ――――◇―――――     午後二時十分開講

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。矢山有作君。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 これは文部省、全然調べずに来ているんじゃないの、きょうの質疑があるということわかっていて。ちょっと無責任じゃないかね、委員会に対する対応が。それで、そこでやり合ったってしょうがないから、一応こちらから言いますから、それに対して一応のあなた方の考え方を述べてもらって、もうひっかかるんでなしにずっと流します。よろしいか。  五十六年の十月十二日、運営委員会で決定されたこのコンピューターのシステム構成、それはどうなっているか、わかっていますか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 機種選定委員会で行われました選定作業の結果、運営委員会で導入が決定されたシステムが、現在置かれておりますNECのACOS三五〇、MS五〇、MS三〇でございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 そこで、理事さんの意見を聞いてやっておきます。それで、後でまとめて時間を十分なら十分残してもらいますから、答弁してください。よろしいか。  そのことをまず前提にして、和田報告書を見ると、「当初のシステム構成に若干の変更」があった、こう言っているわけですね。一体この「若干の変更」というのはどういうことかということなんです。もしあなたが言うように、五十六年の十月十三日、運営委員会で出されたシステム構成、これだったとあなたから提出した資料、これだったと言うなら、「若干の変更」というのはどこかということはわからないんだ。「若干の変更」というのはどこが変更されているのかわからない。したがって、それをあなた方でどう考えているか、回答してほしい。  それから、次、土井報告書。これは御案内のように、この和田報告書では、これは土井教授が中心になって調査した調査報告書というものをどうも無視しておるような様子でありますけれども、この土井さんが出した調査報告、これは五十六年の十月十三日、運営委員会の決定されたシステム構成と、実際に導入されたそれとのことを詳細に述べております。土井さんの報告書の三ページ。運営委員会で決定されたシステム構成と実際に導入されたシステム構成、これが詳細に述べられております。それで、その中では、五十六年十月十三日に運営委員会で決められたシステム構成と変わって導入されたから、機能が低下をした、また継続性が一部損なわれた、こういうことを指摘しておるわけです。だからこういう点を、そのいきさつはどうだったのか。私は、どうも土井報告書の方が真相を伝えておるんじゃないかと思う。したがって、そこら辺のいきさっというものを、あなたの方で後で知らせてほしい。きょうですよ、きょうの最後に。  それから、システムの現況がどうなっておるのか、これを聞きたい。それで、システムの現況というのは、五十九年の十一月十九日以降に新しい機器を搬入をしております。勝手に既設の機器の接続や取り外しをやっておる。こういうことが一体やられていいのかどうか、どういうことをやっておるのか、これを具体的に示してほしい。  それから、次は、質問の五と六、これに対しての答弁の関連ですが、東洋大学の入試用ソフト及び大阪酸素工業のソフトを利用したCERESコンピューターの使用について、「立証するまでには至らなかったとの報告を受けている。」というのがあなた方の答弁です。これは余りにも無責任だと思う。和田報告は報告書を出されるときに、こういう書類を参照したと言ってわざわざ御丁寧にたくさんのものを挙げておる。それを真剣に調査をしておるなら立証できたはずなんだ。資料の数だけ数えておったのでは調査にならぬのですよ。資料の中身まで検討しておればそういうことは解明できたはずです。あなた方は私のところへ回答書を出すときに、東大に対してどういう調査をしたか、きちっと確かめたのかどうか。これが問題。  それから、負荷テストをレンタル先で、御存じのようにレンタルの開始後に延べ十二カ月間テストをやっておる。そのためにNECの職員二百九十一人を投入しておる。レンタルを開始した後ですよ。こんなばかなことがありますか。契約書の文書を見ると、契約書には、使用できる状態に調整を下して引き渡す、こうなっておる。当たり前なんですよ。引き渡してレンタルが開始されるまでに、一切、直ちに動くように整備をして渡すのが当たり前なんだ。ところが、この場合はレンタルが開始された後に、今言うような十二カ月、二百九十一人の大勢の人間を投入してテストを繰り返しておる。ということは、その間ACOS三五〇のコンピューターはろくな利用ができなかった、こういうことです。この点で、未完成品を持ち込んで多額のレンタル料を稼ぎながら、自社のための使用をテストの名目で続けるということ、こういうことが一体許されてよいのかどうか。これは検査院からも文部省からも御意見を聞きたい。  次に、こういうテストをやったその結果、利用が促進されたのか。一向に利用は促進されていない。そのことは、あなた方、和田報告書を読まれてもわかるだろう。土井報告書を読めば一層その実態は明らかになる。しかも、東洋大学の入試の資料を使ってのこのテストの場合には、利用促進のためにアプリケーションパッケージのリリースをやったらどうかということを前提にして、そのための負荷テストをやった、こう言うのです。ところが、アプリケーションパッケージは納入されておらぬ。これはどうか。  それから、その次、限界テストに並行して寺田さんが五カ月間使用しておるわけです。限界テストというのは、御存じのように、大量の計算をどんどん入れていって、そしてシステムダウンの限界を知るためにやるテストなんだ。そうすると、そのテストは一切の他の利用をシャットアウトしておいて、テスト専用でやらなければならぬ。ところが、奇妙きてれつなことに、この期間、その限界テストと寺田教諭のコンピューター利用が並行して進んでおる。これは一体どう解釈するのか。  以上の諸点について明らかにして、後ほどお答えを願いたい。  以上です。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 ただいま御指摘の点につきましては、早急に調査をしましてお答え申し上げたいと思います。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 終わります。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 有島重武君。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 きょう私は、報道されておりますいじめの問題、これを主要テーマとして質問したいと思います。そのほか放送大学の問題、また専修学校の問題にも触れていきたいと思っております。  最初に、いじめのことでございますけれども、この報道が大臣も御承知のとおり日々新聞をにぎわしております。今のいじめが非常に冷酷なものである、陰湿なものである、執拗なものである、これが非常に極端な場合には子供がその夜に自殺をしておるというようなことも報道されたわけであります。静岡県では、中学二年の男の子が、生まれつき体が不自由であった、これがいじめられまして、学校の体育館で首をつった。あるいは、山形では中学校三年の男の子が同級生から金をせびられた、これを苦にして自殺をしておる、こういったようなこと。あるいは、内向的な男の子、これがからかわれて自殺。あるいは、女の子が友人とけんかをして、仲間外れにした、こういうようなことが続々と出ているわけですね。こういった極端なこともございますけれども、このいじめというものがかなり一般化しておる。それで、これは告げ口、先生のところに指導を求めるとか、親に言うとかいうようなことがほとんどない。あればかえって事態が悪化するということを子供ながら知っている。そういうような状況であるというふうに伝えられております。  このことについて、私ども非常に心を痛めて、そして、これはどうにか解決をしなければいけない問題だ、解決の方途を開いていく責任があるというふうに私ども痛感しておるわけでございますが、大臣のこの件に関する所見をまず承っておきたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 私どもの今までの経験からいえば考えもっかないような陰湿ないじめなどという状態が随所に起こっているということは、非常に残念なことだというふうに思っております。したがって、この対策は急がなければならぬと思いまして、実態の調査をしておるところでありますが、同時に、専門家に集まっていただきまして、対策につきましての検討会議もスタートさせたところでありますので、その検討の結果等も早くちょうだいをいたしまして、それに基づいて対応策を速やかにとってまいりたいというふうに考えておるところでございます。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 文部省におかれましては、このいじめの実態についてどのように把握をしていらっしゃるのか、その点から聞いてまいりましょう。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 ことしの四月に専門家によります検討会議を発足させまして、その際に、各都道府県の教育委員会ないしは教育研究所等に相談に来られたいじめの内容分析、これを各県に相談に来た件数を全部集めてもらいまして、そしてその内容別、要因別、原因別、そういうものを今集約している段階でございます。したがいまして、大体のデータが、五月中までに出してもらうということでございますので、その上に立った原因分析をこれから進めていくということで、調査は行っておりますが、まだ集約、分析をこれから急いでやらなければならないというふうに思っております。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 まだその実態の把握が、五月にまとまるということでございますね。しかも、その調査は、都道府県教育委員会に相談に来られた件に限っての調査である、そういうことですか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 いじめの具体的な件数ということは余り意味がありませんので、件数よりも、いじめの具体的な原因別、様態別、それから背景、そういうような内容を詳細に調べているわけでございます。したがいまして、校内暴力の件数のような調べ方ではなくて、いじめについてのいろいろな内容がございますので、その経緯であるとか、態様であるとか、程度であるとか、いじめの原因、背景、いじめを受けた子供の学校生活、家庭環境、性格等詳細に、一つの件についてかなりのデータを整理したものを調査しているということでございます。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 五月中にと今言われましたけれども、それは発表されるのはいつなんですか、今、六月も大分入りましたけれども。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 各県からのデータが大体手元に集まりましたので、それを今作業を進めている段階でございますので、できるだけ早くこの内容分析をしていきたいと思っております。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 きょう、警察庁来ていらっしゃいますね。――警察庁では、去年一年の調査をなすったというふうに承っておりますけれども、ひとつその結果を御報告いただきたいと思います。

伊藤一実警察庁刑事局保安部少年課長

○伊藤説明員 お答えいたします。  私ども警察庁が、昭和五十九年中全国都道府県警察が処理いたしました少年による刑法犯のうち、いじめに起因する事件、それから、いじめが原因と見られる少年の自殺について行いました集計結果によりますと、いじめによる事件は件数で五百二件、補導入貝で千八百五十人、いじめの仕返しによる事件が件数で二十九件、補導人員が七十人となっております。また、いじめが原因で自殺したと見られる少年が七人というような結果を得ております。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 法務省来ていらっしゃいますね。――法務省の方から、人権擁護という立場でもって、この件に関しての調査ないしは判例というようなことの御報告をいただけますか。

永井敬一法務省人権擁護局調査課長

○永井説明員 法務省では、いじめの問題は主として学校において発生し、学校教育と深くかかわりのある問題であることから、学校及び教育関係機関において真剣に取り組まれておるところと考えておりますけれども、いじめは子供の人権を侵害する行為であり、どのような理由からも許されないものであって、これを放置すればあらゆる差別の芽ともなりかねない、まさしく人権問題であるという観点から、本年三月十二日付で人権擁護局長から全国の法務局、地方法務局長に対し、いじめの問題に積極的に取り組むよう通達を発し、その内容は、積極的にいじめの問題に関する情報を収集すること、第二は、学校等と協力して具体的事案の解決に努めること、第三は、子供を取り巻く家庭や地域社会に対して人権意識を高めて、いじめの問題を生じさせない啓発活動を行うこと、そういう三点を柱にした通達を出しました。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 文部省が一番おくれているような印象を受けるわけでございますけれども、この件についての責任主体というか、これは難しい問題ですけれども、やはり教育の問題としてこれを解決していくんだ、その決意といいますか、それが一番大切なことになるんじゃないだろうかと思います。  それで、大臣が昔と違ってというふうに言われましたけれども、大臣のころはどんなふうだったんでしょうか。ちょっと個人的なことにわたりますけれども、やはりいじめというようなものを経験なすったことがおありになるだろうと思いますけれども、その辺はいかがですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 昔もいじわるとかいたずらとかというのは小学校、中学校等でしばしばというか、時たまというか、あったと思います。しかし、最近報道されるような、しつこくまた集団的に陰湿になされるようないじめというのはかっては余りなかったように思うのです。私自身の経験で言えば、いたずらはしたことはありますし、けんかもしたことはありますけれども、しつこく陰湿に集団的にだれかをいじめるなどということをした経験は全くありませんし、された経験もありません。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 これは専門家のいろいろな御調査もあるんだろうけれども、一つの時代の変化といいますか、子供たちを取り巻く環境といいますか、こういったものがやはり大きな影響を持っているんじゃないだろうか、そんなふうに私は思うのですけれども、いかがでしょうね、大臣。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 このいじめの問題の対応策を考える場合に、やはり家庭教育、学校教育、社会教育、いろんな分野で対応策を考えていかなければならぬと思うのでありますが、昔と最近の少年の環境の変化で気づくことは、かつては核家族は少なくて、大体兄弟が四人、五人、八人などという状態で幼年期、少年期を過ごすということが普通でありました。そういう環境であれば、対人関係の円満な状態が自然に成り立っておったと思うのです。そういう経過を経て小学校に入り中学校に入れば、対人関係についてある程度の訓練を経てきているわけでありますから、陰湿ないじめなどというふうに走るようなことは少なかったのじゃないか。最近はどちらかというと、核家族あるいは一人っ子、二人っ子という程度の少人数の状態であるものですから甘過去に比べると幼児期、少年期における対人関係の経験、訓練というものが非常に不足しているという面があるのじゃなかろうか。  もう一つは、やはり人間の性格とか性質なんというものは、教育学者やあるいは医師あるいは心理学者等々の書物等で読んでみますというと、非常に早い段階の環境、育てられ方あるいは訓練、こういったものが人間の性格を形づくる上で非常に大きな影響があるというふうに出ております。そういった点を考えますと、やはりいじめという問題に対応していく場合には、その人の早い段階における養育のあり方、教育のあり方、これが非常に大事な点じゃないかなというふうに思うわけであります。そういう経過を経て小学生になり中学生になった子供に対しては、これまた昔よりも大変なことだと思いますけれども、学校教育の場でより適切な心の面の教育を充実さしていくということが大事なことであるというふうに考えておるところでございます。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 子供たちの育っている環境、これは随分大きな変化がある。それから、それに伴って心の教育ということがさらに大切な時代になってきている、そういう御所感だったと思います。私も同感であります。それで、もう一つ、教員の資質の向上といいますか、従来の教え方というのとこれからは質が違っていかなくちゃならぬのではないだろうか、そういうようなことも非常に言われることではないかと思いますけれども、この点はいかがでしょうか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 通常の家庭環境であれば、いじめを受けた場合には母親に言う、父親に言うということで、その日の生活体験を親に報告するというのが普通の家庭ではあるんじゃなかろうか。そういう状態であれば早急に対応策が立てられる、こう思うのです。よくある例は、なかなかその日の生活体験を親に言わない、あるいは言おうとしてもいない家庭もあるかもしれませんけれども、いずれにせよ、最初の段階において自分の保護者と相談をしないということが問題を長引かせる、あるいは早期解決を難しくしている原因の一つじゃないかというふうに思われます。  それと、もう一つは、やはり教師に対しても、生徒は自分のこうむった被害等につきましては率直に教師に相談するのが普通だと思うのでありますけれども、もし最近はそういうことをしてないとするならば、それは教師と生徒との間の信頼関係が必ずしも十分でないということのあらわれでなかろうかと思うのでありまして、教師自身、生徒から信頼をされて、何事によらず生徒の側から相談がすぐある、そういう信頼関係が樹立されることが望ましいというふうに思います。そしてまた、相談を受けた教師あるいは自分で見たり聞いたりした教師は、積極的にこの問題の解決に取り組んでいただくことが望ましいというふうに思うわけであります。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 話が初めの実態把握に戻りますけれども、文部省ではこれからまとめられるという話でございますけれども、もう東京都でもってこの間実態をある程度まとめられた。これを見ますと、小学校、中学校、高校二千三百二十七校あって、その中でもって九千五百三十九件あった、こういうことになっておりますね。これは五十九年の四月からだそうです。これはこうやって捕捉できた面でございますね。今大臣がおっしゃったようになかなか言わない。だから、親の方としても先生の方としてもなかなか手の打ちようがない。これは東京都の九千五百三十九件というのは手を打った方の数でございましょうね。それから、さっき警察庁の方では五百数件と言っておりましたね。これはその中で事件として捕捉した、こういうことでございますね。これが東京都内だけでもって二千三百数校ということで約一万件ですね。全国には学校は三万五千からあるわけですね。潜在的な広がり方、これは大変恐るべきものがあるのじゃないのだろうかということをその数の上からは私は実感するわけですけれども、大臣、いかがでしょうか、その点は。――それじゃ、大臣に伺う前に、警察庁に先にお答えいただいてから聞きましょう。  警察庁として捕捉されている五百数件というのは、どういった条件のもとでもっての捕捉なんでしょうか。いじめといっても、何をいじめとして定義づけて、どういったものを数え上げていったのか、そのほかにそれに類したものというのは大体どのくらいあると想像されるか、そんなようなことが警察庁の方としてもおありになるかもしれない。そのことを先に伺って、それについての大臣の所見も承っておきましょう。

伊藤一実警察庁刑事局保安部少年課長

○伊藤説明員 先ほどのいじめでございますけれども、私ども調査の前提といたしましていじめを定義したわけでありますが、単独または複数で単独または複数の特定人に対しまして、身体に対する物理的攻撃または言動によるおどし、嫌がらせ、仲間外れ、無視、こういったような心理的圧迫を反復、継続して加えることによって苦痛を与えることというふうに定義いたしまして、その上で全国都道府県警察が刑法犯少年として処理したものを抽出した結果が先ほどの数でございます。  ちなみに、警察の対応策といたしまして、各警察本部に少年相談室というのがございまして、先般警視庁の方でもこの少年相談室の一画にいじめ相談コーナーというものを設けまして広報いたしましたところが、この一月で約六百件の相談が寄せられるというような結果を聞いております。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 警察庁に伺いますけれども、今の定義を言われましたね。私も今聞きました。こうした単独または複数で単独または複数の特定の人に対して、身体に対する物理的攻撃または言動によるおどかし、嫌がらせ、仲間外れ、無視等の心理的圧迫を反復、継続して加えることにより苦痛を与える、こういったことでございましたね。それで、なお、番長グループだとかそういったようないわゆる暴力グループのようなものはここからは除外して、それは別建てに、またこの調査の対象にはしない、そういうふうに承っておりましたけれども、こういった定義によって警察の方に捕捉されたという数が、何か非常に少ないといいますか、そのように私は思いますけれども、東京都の方は九千五百三十九件と出ておりますね。この辺のギャップといいますか、その辺については警察庁はどんなふうにお感じになりますか。

伊藤一実警察庁刑事局保安部少年課長

○伊藤説明員 先ほども申し上げましたとおり、全国警察で事件として処理せざるを得なかった数でございますので、当然この背後にはかなりの潜在的な事案があろうかと思います。これらの事件として処理したもので一番多くの罪種では、傷害でありますとかあるいは暴力行為、こういったような事件として処理せざるを得なかったという件数がただいまの数でございます。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 事件として警察にまで取り上げられる事件、これはいわば教育というところから刑事問題までいってしまったものといいますか、けれども、まだ教育の部分といいますか、その部分に大変潜在的にあるのじゃないだろうか。それこそこれからの対策の一番中心的課題になるのじゃないだろうかと私は思いますけれども、大臣、その点どうお考えになりますか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 先ほど局長が答えましたように、文部省の方では全国的な調査をして、今その内容の分析その他をしているところでありますけれども、先ほど私が申し上げましたように、単発的ないたずらとか意地悪などというのも、これは昔もしばしばというかある程度あったわけでありまして、小学生、中学生など、時たまいたずらするくらいの元気があってもいいわけでありまして、問題になっているのは、先ほど警察の人も言いましたけれども、単独または多数で反復、継続というところが問題なんですね、陰湿なやつ。したがって、その数字の中には、昔も時たまあったようないたずら程度まで入っているのじゃなかろうかなという感じであります。大人でも時にはいたずらしますね。背中に「この人売ります」とか書いてみたり、知らぬ場合に。そういういたずらをするのはありますけれども、これはからっとしています。しかし、それが反復、継続、陰湿などというのは、これが問題の中心だろう、こう思うのでありまして、子供の場合にふざけっことかそういったことまでも厳しくあれするのは、どうも子供が暗くなりはせぬかな。からっとしたいたずらあるいはふざけっこなどというのは、これは何といいましょうか、子供には間々あることであって、そこまでくどくど言うのは、かえって子供の元気な成長にとっては、いわゆるいじめの場合とは区別して考えねばならぬのじゃなかろうかというふうに思います。  それにしても、いわゆるいじめ、反復、継続のカテゴリーに入っているもの、それも相当あるような感じを受けておりますので、文部省としては、先ほども言いましたように、分析をして、そしてまた専門家の検討会議の結果もちょうだいしたならば、速やかに適切な対応策を樹立して、これを実行に移してまいりたいというふうに考えているわけであります。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 大臣大変いいことを言ってくださったと私は思っておりますけれども、いじめというようなものはさまざまな程度があって、いたずらだとか意地悪だとか適当な遊び半分、こういうふうなことを全部目に角を立てて抑え込んでしまう、取り締まってしまうということは、決して教育上望ましいことではない。それが子供たちの何といいますか、子供らしい社会生活といいますか、人間関係といいますか、そういったものに結びついて、子供たちの成長に結びついていくように持っていく、これが教育なんだ。ところが、それが教育的な扱いにとてもとても手に負えないようなことになってしまう、これが困るんだ、そういうような一つのさばき分けの限度といいますか、そういったものを見つけ出さなければならないという問題をおっしゃったのじゃなかろうかと私は受け取りますけれども、いかがでしょうか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 先ほどお答礼いたしましたように、しつこく、陰湿に、反復継続、これが問題の中心だと思うのでありまして、子供が朗らかにふざけっこしている、あるいはいたずらをしているということまで厳しくやっていくのはいかがなものかな。やはり子供は伸び伸びと朗らかに育てていくことが学校の現場におきましても大事なんでありまして、そういったことを念頭に置きながら、悪質な、反復継続型の、陰湿な、そういったものに重点を置いて対応策は立てて実行していかなければならぬというふうに思うわけであります。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 話を教育の方に戻しまして、人間教育といいますか道徳教育といいますか、そういったことが今後非常に大切だ、そのことは大臣が御就任なさいましての所信表明の中にも大変重点を置いて述べられておったこと。これは私もこの前の大臣の所信表明に対する質問のときにも申しましたけれども、もう一度ここでそのことを確認しておきたいと思います。  それは、これからの心の教育、あるいは道徳の教育といいましょうか、そういうことをするにいたしましても、学校教育法にも明らかにされておりますけれども、「学校内外の社会生活の経験に基き、人間相互の関係について、正しい理解と協同、自主及び自律の精神を養うこと。」大変立派な文章であると私は思います。これは十八条のところで小学校の教育目標の第一番に掲げられておることでございますね。こうしたまず学校内外の社会生活の経験、これが現代の生活の中では非常に狭められているといいますか、昔と比べて今の子供たちの社会生活というものはその経験内容が非常に豊かさを失っているように思います。家の中一つとっても非常に合理化されている。昔はいろいろ家の手伝いなんかをさせられた。現在は手伝いをする余地がない。親御さんたちも子供たちに家の中の仕事の、ここのところを掃除しなさいとか、昔だったらふろをたけだとか草むしりをしておけだとか、そういった経験が我々はあるわけですけれども、そういうようなことというのは今のお子さん方はほとんどなくて、ただ言われていることは、勉強しろ、宿題済んだかというようなこと。家庭の中でもそうでありますし、それから近所の周りも暴れ回るような場所というものは非常に少ない。すぐ自動車が走ってきて危ないというようなこと。あるいは受験勉強で塾に行ってしまうというような生活内容。子供は子供なりの生活内容というものが非常に少なくなっている。  それから、もう一つは、人間関係とてこに書いてございますけれども、人間関係というものが、昔もいろいろな家庭はあったには違いないけれども、大体三世代家族というようなものでしょう。それから兄弟もあったことでしょう。その方が普通なわけで、お隣の家も大体三世代の構成であり、また兄弟もある。それからお父さん、お母さんたちにも兄弟がある。したがって、いとこやはとこがいる。そういうような状況の中で、私たちの世代は子供は子供なりのいろいろな人間関係、それからその周りの社会関係があって、それで成長してきたんじゃなかろうか。そういうような人間関係とか生活経験というようなものの土台をなしにして、それが少ないにもかかわらず、お説教的にいろいろ思いやりをせいだとかあるいは責任感を持てだとかそういうことを教えても、それはなかなか身につきにくいのじゃなかろうか。したがって、我々が子供たちにどうにかしていろいろな社会生活といいますか、また人間関係といったものを与えていく、そういった工夫をしなければならぬのじゃないか、私はそういうふうに痛感をいたしておるわけでありますけれども、大臣いかがでしょうか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 結局、家庭において子供がどういう生活をしていくかという問題でございますけれども、これは親のしつけ方によってはいろいろな生活体験というものはやらせられるわけでありまして、中学生になれば、女の子ならば御飯食べた後はお母さんと一緒になって食器の茶わん、皿を洗う手伝いもあれば、あるいは御飯の前には茶わんとかはしとかいったものを並べるのは子供がやるというふうなことも生活体験の一つですね。あるいはまた、買い物に行くような場合には、中学生くらいになれば、もし時間があればお母さんが一緒に買い物に連れていく、あるいはまた自分の出た布団はなおさらのこと、弟の分までちゃんと姉さんがしてあげるなどという生活習慣を平素からやっていくことは、私は大変意味のあることだと思います。いずれにせよ、規律ある生活習慣というのを平素からつけさせるということが大事なことであろう、こういうふうに思います。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 親のやり方によっては昔に匹敵するようないろいろな生活経験を与えることもできるとおっしゃいますけれども、その点は少しいろいろまたお調べをいただいた方がよろしいのではないかと思います。御飯を炊くといったって、昔の御飯の炊き方と今のスイッチさえ入れればちゃんと炊けちゃうというような話とは大分違うわけですね。それから今、女の子ならばとおっしゃいましたけれども、女の子に限らず男の子もやらなければならぬという議論もあるようでございます。  そこで、この前、累年齢の混成でいろいろ学校で人間関係を少し豊かにしていくということがこれから必要なんじゃないだろうか、そういうことを申し上げました。やや復習的になりますけれども、昔の家族状況あるいは社会状況といったものを前提として、学校教育というものは授業の能率を上げるために同年齢の編制でずっとできている。これは結構でありますけれども、それを崩せというわけじゃございませんけれども、現在家庭の中に兄弟が少ない。そういう人間関係が昔とは違って非常に単純化されてしまった。そういう中で育ってきている。それを家庭の中でそのまねをしろといったってなかなかできないことがあるわけですね。子供たちは、大人と子供あるいは先生と生徒、その中間の兄貴分とか弟分とか妹分とかそういうような経験が非常に欠けている。そういう中にあって、これは家庭で得られない、学校でならば工夫をすれば異年齢の混成のいろいろな場面をつくってあげることができるんじゃないだろうか。  今の学習指導要領を拝見いたしますと、これは小学校ですが、「総則」を見ますと、「学校において特に必要がある場合には、二以上の学年の児童で編制する学級について、各教科の目標の達成に支障のない範囲内で、各教科についての学年別の順序によらないことができる。」中学校にも同様趣旨のことが書いてあります。これはまさに異年齢構成ということを認めていこう、許していこう、こういうふうに受け取れるわけでございますけれども、ここに書いたようなことについての例はどういった例があるのか。これは初市局長から伺っておきましょう。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 異年齢の子供との交流の場をできるだけ拡大していくということは非清に重要であると思っております。  そこで、学校の場合は、教科指導の場合は、同一学年で一定の発達段階に応じて教育を展開するというような観点で、知的面の教科活動についてはやはり同じ年齢でクラス編制をして教育をしていくことが必要であろうと思います。  そこで、異年齢の子供たちが学校の生活の場で大いに活用できる場としては、一つは、児童会、生徒会等のクラブ活動の場所があると思います。それから、学校給食、学校の清掃、学校行事、農作物等の栽培活動等の勤労体験学習、こういうようなものは学校の中でも異年齢の子供がお互いに交流して教育活動が展開できると思います。  それから、学校外の社会活動教育の場でも、青年の家とか少年自然の家等を利用して、異年齢の子供たちがお互いに宿泊、訓練をしながらいろいろな体験学習をしていくというような場の拡大を求めておりますので、そういう方向での努力もやらなければならないと思っております。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 私も幾つか学校を見まして、給食をやっているところ、掃除をやっているところ、見てまい力ました。そのほかにも幼稚園でもって、三歳児、四歳児、五歳児、これを大体年齢別に分けているんだけれども、ある時間、ある日、丸一日くらい一緒にして遊ばせるというふうなことをやっているところがございました。  それから、外国の例でも随分たくさんあるようでございます。これは波多野誼余夫さんと稲垣佳世子さん共著でもって中央公論から出ている「無気力の心理学」というおもしろい名前の本でございますけれども、異年齢のいろいろな実験みたいなことをやってみたとか、これは遊びや給食だとかそういったことでなしに、今度は学科でもってやってみた。これは学校教育で上級生が下級生を教えることが試験的に取り入れられている。これはアメリカの例です。そして、あるいは教える者の自分に対する自信、自分に対する肯定的なイメージの発達、こういうことが、一口に言えば小さい子供に教えることによって自信を持つということですか、一週間に三、四回は上級生が下級生を教える時間を設けることにした。このメリットとして、自分に対する自信、自尊心、責任感、それから自分が教えてみて教師に対して感謝をするということが自然の気持ちとして出てきた。それから感謝されるうれしさというのですか、他人の役に立てたという満足、そういった人間関係の手ごたえを非常に感じているという報告がございました。  それから、保育所のことはここではまだ言わないようにしましょう。私の見た範囲でも、これからの問題になるかもしれませんけれども、幼稚園なんかに今度は高校生くらいの女の子さんが訪ねていって、そこで手伝わしてもらった。これがやはり大変にお姉ちゃんお姉ちゃんと言われてうれしくて、それで自分の人生観が随分変わったというようなことがありました。昔ならば、こんなことは家の中であるいは親戚同士の中でしょっちゅうあったことなんですね。ところが、そのうれしさをわざわざ言いに来なければならぬほどそれが新しい体験なんです。  こうした異年齢の体験を何か定常的に与えていくということが今後非常に大切なんじゃないだろうかと私は思うわけです。今高石局長も非常に意義があると言われましたけれども、これを進んで各学科の中にも持ち込むことができればよろしいのではないかとさえ思っているわけです。  ただ、これに予想される困難として、今の学校給食なんかでも、地方の過疎地帯の生徒さんが少なくなっているところ、あるいは東京都なんかでも都心部に参りますと百数十人しかおらない小学校があるわけですね。そういうところは教室もあいておりまして、食堂などもできておって、そういったところでは給食だとか掃除だとか非常にうまくできているのです。ただ、大規模校になりますと、そんなことをやっている場所もなければ暇もないということで、なかなか進まないということも聞いております。  ただ、大規模校の場合でも、それを工夫して二年生と五年生でしたか、一緒に食事をするのです。クラスを半分に分けて二年生と五年生、こっちは五年生の教室へ二年生が行って食事をしている。そういう工夫をして一生懸命、そういうことを努めてやっておるところもありました。  そういうものを見ておりますと、上の子供が非常に世話を見てやるのですね。それから礼儀も非常に正しくやりますし、後片づけのマナーが非常にいいのです。台などもきれいにふいて、それを一年生、二年生の子供がしゃっとやると、その後また上級生がふいてやるとか、それから偏食する子供なんかも、上の子と一緒に食事をしていることでもって随分直る。その中に先生が入ってあげたり、そういったようなことがありました。これは御研究いただいて、うんと取り入れていくべきことではないのだろうか。その中で、やはり責任感とか思いやりとか、そういうようなことがもっと育ってくる。そういうことを前提として、道徳教育もあるし、それから、今一番最初に言いましたいじめの問題でございますけれども、いじめが陰湿な方向にずっといってしまう、それが一番心配である。とにかく、子供らしく明るく、いたずらの範囲でもっておさまって、それがかえって活力になっていく、そういったことを望む上でも、この異年齢混成の教育、これを学校の中にどんどん幅広く取り入れていく、これが将来の大きな課題じゃないかと私は思うわけでありますけれども、大臣のお考え方、お感じになることを承りたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 ただいまの質問にお答えする前に、先ほどの有島委員の質問に対する私の答弁、ちょっと訂正しておきたい点がございます。  それは、女の子の場合はある程度の年齢に達したならば、こう申し上げたわけでありますが、これは適切な表現しゃないわけでありまして、子供がある程度の年齢に達したならば、それぞれの適性に応じていろいろな手伝いをさせた方が望ましい、こういうふうに訂正をさせていただきたいと思います。  ただいまの質問に対するお答えでございますが、異年齢交流というのは先生が前から大変主張していらっしゃる点でありますけれども、子供の健全な発達にとって意義のあることだというふうに思います。  学校教育の場でも、体育、スポーツなどの場合においては、上級生、下級生一緒になって体育、スポーツをやるということは、これは可能なことなのでありまして、私の承知しておるある中学校と高等学校が続いておる私立の学校の例でございましたが、運動会等前から準備もあるわけでありますけれども、高等学校の方の三年生が下級生、中学生まで含めて指揮をして、運動会の準備もやる、練習もやる、そして実際の運動会にも、上級生が全部取り仕切ってやるという仕組みになっておるようでありまして、それが非常にいい教育効果を上げているという例もありますので、学校教育の場でも、体育、スポーツ等の場合には十分取り入れていけるのじゃなかろうか、こういうふうに思います。特に、地域社会におけるスポーツ活動、あるいはボーイスカウトとかガールスカウトとか、そういった地域社会における活動におきましては、現在でも異年齢交流が積極的に行われているわけでありますけれども、学校の場でも地域社会でも、先生御指摘の点は子供の健全な発達にとって大変有意義なことであると思いますので、推進していくことが望ましいというふうに考える次第でございます。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 この異年齢混成の教育を学校の中に導入する。と同時に、国土庁でやり出しましたセカントスクール、地域交流、これは文部省でも自然教室ですか、自然と親しむあれですね。農村なんかに行って、それでこれはただ旅行をしに行くというのじゃなくて、クラスごと行って、向こうに泊まって、それで勉強してくる、こういった構想を予算づけられたというふうに聞いていますけれども、これは今後ずっと伸ばしていってもらいたいと思いますけれども、これについての評価ですね。高石局長からこの構想についてちょっと言ってください。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 自然教室は五十九年度から始めましたけれども、五十九年度は約千二百校実施いたしました。六十年度も予算を仲はしまして、今年度は千七百校程度の参加が見込まれるということで、参加する規模も漸次拡大しているわけでございます。  今後も、我々はこれは大切な事業であるというふうに思っておりますので、予算のいろいろな制約がございますけれども、最大の努力をしてまいりたいと思っております。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 大臣、これも大変すばらしい効果を上げておるようでございまして、やはり一週間近く合宿して、そこでもって自然環境に近いところでもって平素のこととは違う生活をしながら勉強していく。これによって随分子供たちが違ってしまった。そこにおいてはやはり協力関係が生まれるということなんですね。平素のクラスというのはどうしても競争状況でいる、競争の場である。ところが、今の自然教室のような場合、あるいは異年齢混成でもってやっているいろいろな諸行事の場合、ここで行われるのは協力関係があるんですね。そういった場をうんと多く与える。それで今のは、これは予算がどんどん伴うことでございますけれども、これはうんと充実してもらいたい。  ただ、この陰にはいろいろな先生方の苦労がありますし、いろいろな事故が起こったらば大変だとか、いろいろなトラブルが潜在的にはある、それを一つ一つ解決しながら、大変苦労してやっていくわけでございますけれども、ここにまたうんと光を当てていってもらう。こういったことが総合的になって、やはりいじめの問題のようなものに結びついていくのじゃないかと私は思うわけでございますけれども、今後このようなものをうんと強めてもらいたい、予算もしっかりつけてもらいたいと思うわけであります。大臣、どうぞ。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 自然教室推進事業、これは心豊かな青少年を育成する上で極めて有意義な施策であるというふうに思いますので、先ほど局長がお答えをいたしましたとおり、五十九年度から始めまして、六十年度はさらにそれを推進することにしたわけでありますが、今後ともこれは非常に大事な施策として重点的に推進してまいりたいというふうに考えておるわけであります。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 じゃ、放送大学のことについて少し時間のある限り聞いてみます。  放送大学がことし四月から始まったわけであります。学生の受け入れが、一万九千百八十八人に及ぶ出願があって、一万八千六百五十人を合格とした、こういうことだそうであります。  そこでもって、学習センターが現在六カ所でございますけれども、これだけじゃ不足になってしまうんじゃないんだろうかと思うんですね。これは増設をなさるべきじゃないかと私は思いますけれども、なかなかそれができないというふうに聞いておる。そのできない理由はどの辺にあるのか。その教員といいますか、スクーリングする教員の数の不足であるというようなことなのか、お金が足りないというのか、その理由を承りたい。

宮地貫一文部省高等教育局長

○宮地政府委員 放送大学の学習センターの数がどうかというようなお尋ねでございまして、御案内のとおり関東地域を対象といたします第一期計画でございますけれども、想定をされます地域別の学生数あるいは交通の便などを考慮しまして、具体的には学生数の多い東京都に二カ所、それから千葉、群馬、埼玉、神奈川に各一カ所、計六カ所の学習センターを置いて、ことし四月から面接授業を開始したわけでございます。規模の算出に当たりましては、当初の基本計画に基づきまして学生数の教育需要の予測調査をやりまして、それをもとにして算出をしたわけでございます。第一期計画の入学者数及び在学者数は、学年進行の完了時点で入学者数が一万七千、在学者数を三万人と想定をいたしまして、それを六カ所の学習センターで整備をするということで、基本的な考え方で言えば、そういう全体計画の積算の基礎から申し上げますと、学習センターの収容定員としては各センターとも約五千人を前提にしたことで対応しておるわけでございます。もちろん、今後の学生数の増減は直ちに予測はできないわけでございますし、第一期の当初の目標をはるかに上回って大変大勢の、特に全科履修生を中心とする学生数が多かったという国民全体の強い要望を踏まえまして、私ども積極的に対応をしなければならないと考えております。  現時点で申し上げますと、例えば一番多い東京第二学習センターでは学生数が四千六百余りという数字でございますし、千葉の学習センターで約三千二百という数字になっております。いずれにいたしましても、今後実際の学生の数に見合いまして現在予定しておりますものが十分でないということであれば、それについては対応策は考えなければならない課題であろうかと思っております。当初計画では学年進行で一万七千ぐらいでございましたものが、最初から一万七千ぐらいの学生になったものでございますから、そのために、例えば非常勤講師の手当について特に当初計画よりも上回って手当をすることで対応いたしているというのが現時点の状況でございます。  なお、学習センター全体についての今後の拡充計画その他については、全体の拡充をいつやるのかということと関連して従来からいろいろ御議論はございますが、例えば諏訪地区ではCATVで放送大学の電波を有線で流すということを具体に実施をこれは既に行っておるわけでございます。そして、そういう地域で積極的に放送大学の番組を取り入れて対応したいということがございますので、私ども放送教育開発センターが中心になりまして、放送大学と文部省も協力をいたしまして、諏訪地域広域市町村圏事務組合が具体的に対応しているわけでございます。そこで地元が積極的に、いわば学習センターのモデルのようなものをつくってやっていきたいというような申し入れもこざいますので、具体的に指導者その他については、放送大学あるいは放送教育開発センターが協力する形で、地域からそういう積極的な御要望のあるところについては、将来の拡充のいわば一つの積極的な対応策ということで、将来展望を持ちながら具体的に取り組んでいくというようなことなども進めているわけでございます。学習センターがどこまで充実をした対応ができるかということは、これからの放送大学の成否を決める一つの非常に重要なポイントでもございますので、私どもとしては教育の面で支障のないような形で対応してまいりたい、かように考えております。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 今の宮地局長からのお話ですけれども、私立大学なんかで単位の互換と関連して、放送大学の講義を放送ないしは有線で持ってきて、スクーリングは学校の中でやるということも今後は起こる可能性があると理解してよろしゅうございますか。

宮地貫一文部省高等教育局長

○宮地政府委員 大学の単位の互換についてはかねて先生から機会あるごとにそれの拡充策について積極的な施策をということで御指摘をいただいている点でございます。もちろん放送大学も正規の大学でございますし、放送大学の授業を他の大学が積極的に授業として取り入れていくというようなことについてはもちろん当然に対応すべきものだと考えております。現行規定では、三十単位の範囲内で単位の互換が認められるという制度上の対応になっているわけでございます。具体的には、例えば私立大学の通信教育部等で放送大学の授業をぜひ利用したいというような、具体の個々の大学からも幾つかそういう協議は既に始まっておるわけでございまして、個々の大学側と放送大学側とで十分その点は協議を進めまして、積極的な対応をしてまいりたいということで、現時点は進めているところでございます。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 「昭和六十一年度以降の高等教育の計画的整備について」という御報告があるわけですけれども、昭和六十一年から六十七年にかけて約八万六千人の学生が増加する。一つのピークが出るわけでございますね。これにいろいろな問題がある。この前も、あれは別な法案の審査のときにこのことを取り上げましたけれども、この急増のときに放送大学として何らかの寄与をするということを用意していらっしゃるのかどうか。

宮地貫一文部省高等教育局長

○宮地政府委員 十八歳人口のこれからの急増に対応する高等教育の全体の計画的整備については、かねて大学設置審議会の報告をいただきまして、それで対応しているわけでございます。御案内のとおり、六十七年度までに全体で約八万六千人程度の入学定員増で対応するということで諸般の施策を講ずるということでやっておるわけでございます。その報告の中では、入学定員増は大学、短期大学の昼夜間部、高等専門学校ということで対応しておりまして、放送大学そのものを十八歳人口の急増に対応するための入学定員増の対象とは直接にはいたしておらないわけでございます。もちろんこの四月からの放送開始に当たりまして、実際に年齢構成から見ましても、三十歳台が一番多いわけでございますけれども、もちろん通常の場合に大学進学年齢層に当たる方々も放送大学の受講者にも相当数入っていることは現実あるわけでございます。したがって、計画の段階ではこの放送大学の入学定員を直ちにカウントはしていないわけでございますけれども、役割としてはこの放送大学がそういう面でも役割を果たすことはあると私ども考えております。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 わかりました。  ちょっとまた別の話でございますけれども、正規の資格を取ろうというのではなしに、ただ自分の教養ないし興味で聞いている、そういった潜在的な聴取者はどのくらいあるんだろうかということは調査していらっしゃるでしょうか。普通の番組でございますと、大体視聴率というようなことを調査するようでございますけれども、放送大学についてはこの点はどういうふうになっていますか。

宮地貫一文部省高等教育局長

○宮地政府委員 先ほどもお答え申しましたように、全体としては約一万七千人の方々が全科あるいは専科あるいは科目履習生ということで登録した学生の数でございます。もちろんこれはテレビ、ラジオで放送が行われているわけでございまして、学生としては登録をされていなくて、積極的に関心を持っていただいてこの放送そのもので実際に学習するという層がどのくらいあるかということなど、具体的に視聴率というような形での調査などはいたしていないわけでございますので、どの程度であるかということは私どもただいま数字は持っていないわけでございますけれども、例えば具体的にテキストがどの程度販売されているかとか、そういうような形で、学生として登録された方々以外にもこの放送大学が積極的に利用されることそのものは大変望ましいわけでございます。先ほども申し上げましたCATVなどでこの放送大学の番組そのものをそのまま流しているというようなことなどもそういう一環に役立つことではないかと思っておりますが、具体の数字でどこまでそれが受けとめられて、学生ではないけれども実際にチャンネルをそれに合わせて聞いている者がどれだけ数がいるかという具体の調査はただいまいたしておりません。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 お調べになるという御計画もないのですか――それではいいです。  時間がありませんから、最後に、大臣に聞いておきましょう。  大臣、お聞きのように放送大学は、当初こんなに人が来るかどうかよくわからないというような状況から始まって、今はもう満杯になっているという状況らしい。そこで、恐らく現在でも放送大学の本部にはいろいろな手紙なんか舞い込んで、こういうふうにしてもらいたい、ああいうふうにしてもらいたい、特に長崎県とか鹿児島県とか北海道とか、ああいうところからもきっといろいろな注文が来ているのではないかと私は思うわけですけれども、いきなり全国に広げられないというのは、やはりスクーリングの関係というのが一番であろうと思うのです。いわゆるハードウエアといいますか電波を流すだけのことならばそれほどのことはないわけだ。ちゃんとスクーリングをして資格を取らせて、これはちょっとできない。今潜在的にどのくらい視聴率が上がっているかという調査がなされておらないということですけれども、私がそのことを調査なさった方がいいのではないかなと思うのは、それの数によっては、まだ正式に学生を採るには至らないけれども要望があるならば全国的に電波を流す、そのことによって随分多くの方々に益することができるということであるならば、そういうことに一歩踏み出されてもよろしいのではないか、そういったことを御検討なさるべきではなかろうかと私は思うのですが、大臣いかがでございましょうか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 放送大学につきましては、国民の関心も高く、そしてまた国民のニーズにこたえる形でスタートできたというふうに判断をいたしております。でありますから、当初の予定を超える入学者があったんだというふうに見ておるわけであります。  これをどう拡大していくかという問題でございますけれども、先ほど局長が答弁をいたしましたように、まずは学年進行による充実をしていかなければなりませんから、その点が一つ。もう一つは、学習センターの充実の問題があります。そういったことを当面進めていくと同時に、放送対象地域を拡大していくという問題につきましては、これもできるだけ早く検討しなければならぬというふうに思います。  先ほど九州その他の話が出ましたが、この放送大学の放送というのはいろいろな活用の仕方があろうかと思うのであります。その地域の社会教育の場で活用できるという面もありますし、あるいはその地域の人たちに対する学習機会の提供という意義もあるわけでありますから、これは国だけの問題というよりは、やはりそれぞれの地域で自主的な計画なり支援体制をつくっていただきまして、大学の方と協力し合って全国的に広めていく、地方の方もそういうそれなりの対応をしていただくという前提で対応していった方がいいのではなかろうかと思うわけであります。その一つの例として、先ほど局長がお答えいたしました諏訪地区におけるCATVを利用しての番組放送ということもあるわけでありますが、そういう形も十分考えられてしかるべきだというふうに思うわけであります。

有島重武公明党・国民会議

○有島委員 それでは、そういったことでもって御検討を進めていただきたい、お願いいたします。  終わります。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 滝沢幸助君。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 委員長御苦労さま、大臣御苦労さまです。  私は、一年間にわたりまして小学校、中学校、高校におきます教科書、特に公民、歴史というような部分におきます記述のことにつきまして質問を申し上げてきました。一年間にわたります論議を振り返ってみますと、事の始まりは、五十七年の六月ごろに中国から日本の教科書におけるあの一連の戦争についての記述について抗議が参りまして、これに対しまして、時の宮澤官房長官が中国に赴かれまして、かの国の要人にお会いになりましていろいろ御協議をいただきました末に、政府の責任においてこれを是正しますというお約束をなさった、世に陳謝したとも言われているわけでありますが、陳謝ならば罪ということでありましょう。いずれにしましても、そのようなことで解決の糸口がつきまして、その結果としまして、その年の十一月二十四日に文部省は検定基準の改定をいたしまして(15)というものを加えられたわけであります。その要点は、申すまでもなく、戦争当時の記述については近隣諸国との友好関係を配慮するようにという項目でございます。日本が中国にあのような戦争行為、これは侵略と書かれ、よその国、例えばイギリス、フランス等が中国に参ってしたことについては進出とかいうようなことに書かれるのもおかしいのではないかという議論もしたわけであります。  顧みれば、このようないわば検定基準の改定が行われるまでは、たびたびにわたりまして、文部省の検定の指導というのでありましょうかの中では、今申し上げましたように、日本の行為を侵略と書き、よその国の行為を進出と書くのは好ましくない、書き直してちょうだいしたいという、つまり改善意見が付された経過がございました。しかし、このいわゆる基準の改定が行われまして後は、姿勢が変わってくるわけであります。その変わってくる方向は、いろいろと議論してまいりますと、高石局長さんのいわゆるバランス論というものを森文部大臣の当時より繰り返して承ったわけであります。  そのバランスということは、簡単に申し上げれば三つのことがあろうと存じております。つまり一つは、今申し上げておりまする同じ中国に兵隊を送って戦争行為のようなことをした、ないしは領土を自分のものにしたというような行為について、日本は侵略であり、外国は進出である場合にバランスはどうかというバランス論、横のバランスであります。そして、もう一つは、いわゆる答弁の中でたびたび出てきたことでありまするけれども、満州事変を境にして、それ以前のものは日本のしたことであっても進出なんだ、それ以後の日本の行為は侵略なんだという縦の歴史的なバランス論。もう一つは、これは最初に森文部大臣より承ったことでございますが、それは仮に歴史の教科書に書いてなくとも公民の教科書に書いてあればいいのじゃないか、あるいは国語に書いてあればいいのじゃないか、全部の教科書を見ていただけばバランスがとれているんだ、こういうおっしゃり方であったわけであります。これら三つのバランス論はありましても、いわばバランス論で御答弁を承ってきたのでございます。  そこで、今、ひとつこのことの締めくくりのような意味でいろいろと御質問させていただきますが、外務省から見えていただいているはずであります。先に承らせていただきましてお帰りいただきたいと思うのでありますが、どうでしょう、宮澤官房長官のあの決定は、言う人に言わせれば、国の主権の一つでありまする教育の問題、これが外交の立場において判断され、外交の円満なる解決のためにこれが用いられたというところにおいて主客が転倒しているのではないかということを言われているわけであります。この見解についていかがでありますか。

浅井基文外務省アジア局中国課長

○浅井説明員 お答え申し上げます。  ただいま先生御指摘の点に関しましては、従来から国会等におきまして答弁申し上げておると思いますけれども、教科書検定ということが主権事項であって我が国の国内事項であるという点については全く問題がないところである、ただし、侵略とかそういう問題に関する中国から寄せられる批判、そして中国における国民感情、そういうものについては我々は十分考慮する必要がある、かつまた七二年の日中共同声明等における精神というものは我々は遵守するということをたびたび明確にしておるわけでございますから、そういう精神から中国との関係においても考えなければならないところがあるということを申し上げてきたのだと思います。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 もちろん、課長がなさったことではありませんし、課長の答弁の限りにおいて、今のような限界を超えないことはやむを得ませんけれども、どうぞひとつお帰りになりましたならば、大臣につぶさにきょうの状況をおっしゃってちょうだいしたいと思います。  と申しますのは、文部省に承れば、歴史というものは事実を書くのだ、こうおっしゃっているわけです。事実を書く場合に、事実とは何ぞやということはこれは抜きにしまして、外交的立場における隣近諸国との友好の立場に立つならば、事実を曲げても友好を保たなければならぬのか。事実を事実として書いたならば友好関係を損なうことになる場合に、どちらが優先するのかという議論が展開されてまいりましょう。  そして、もう一つ、実はここは文部省にもお伺いしなくてはならぬことでありますけれども、あの改定のされた検定基準の(15)というものは、さっき申し上げたとおり隣近諸国との友好関係を配慮せよ、こういうのでございます。つまり、今申し上げましたとおり、配慮しない教科書の原稿が出てきたならば、それに対しては改善を求めるということでありましょう。そのためにあれが書かれたと思うのです。これは文部省、どうですか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 歴史教科書につきましては、歴史的事実を客観的に子供にわかりやすいように書くというのが原則でございます。したがいまして、そういう基本的な原則の上に立ちながら、なおかつ、近隣のアジア諸国との間における近現代の歴史的事象の扱いについて、国際理解と国際協調の見地から必要な配慮を行うこととされたわけでございます。したがいまして、事実を曲げてそういうことを歴史教科書で友好関係に配慮して書くということはあり得ないことだと思います。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 事実を曲げて友好を重んずるのはいけない、それは当然でありますが、ならば、何もあの(15)は要らないじゃないですか。事実を曲げて隣近諸国との友好を阻害する書き方もいけないでしょう。だけれども、事実を曲げて友好を重んずることもいけないんじゃないですか。事実を書けということにすればあれはいいんじゃないですか。それを、殊さらに友好関係を配慮しろというのは、いわゆる外交が教育をリードしたというふうにこれは見られるわけです。私はこの論理は間違っていないと思いますよ。  そして、今の局長のお答えの中につけ加えさせていただきまするが、答弁の漏れでございます。つまり、あの(15)を加えたということは、友好関係を配慮しない書き方があったならば、これに対して友好関係を配慮して書き直してちょうだいというふうに改善意見を付するという意味でしょう。そこのところをひとつ。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 日中共同声明にも書いてありますように、日本側は、過去において日本軍が戦争を通じて中国国民に重大な影響を与えたことについての責任を痛感し深く反省する、したがって、日本の軍隊が中国に行って戦争したということは事実でありますし、そのしたことを侵略、進出という言葉で言うかどうかという問題になるわけでございます。日本の立場で言えば進出でいいじゃないかという議論になりますし、中国の立場で言うと侵略されたんだというようなことになるわけでございます。これはもうちょっと時間をかけてその歴史的な評価を待たないと、純粋客観的な評価は固まらないかもしれません。しかし、その行為について著者が、日本の行った行為は侵略であるというように書いてきた場合には、それを、いや進出に改めるという検定意見は出さないというようなことにしたのは、先ほどのこの条項をつけ加えた趣旨を留意してそういう姿勢をとることにしたわけでございます。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 お伺いしておりますのは、友好関係を配慮しない書き方の原稿が来たならば、これに対して改善を求めるかということです。そのことだけ。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 それは改めるわけでございます。改善を求めるわけでございます。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 ならば、その前に外務省、せっかく見えていただいてあれでありますから、一言だけ、これはなお大臣にお伝え願いたいという意味であなたにお伺いするわけであります。  つまり、今議論しているところでありますけれども、私はあの検定の基準(15)に書いてあるのと検定の行われている事実は違うということを申し上げている、ここに落差があると申し上げたいのでありますが、あの外交の一連の取り決めの中で、何かあの官房長官の談話ないしは文部省の検定基準改定の(15)ということ以外に何らかの契約もしくは取り決め等があるかどうかということは、私が憂えておりますのは、これは与野党とも問題にしませんからどうか知りませんけれども、日本がいわゆる警察予備隊というものをつくるような段階の、いわゆる苦田政権のもとにおけるアメリカとの一連の外交の行為等について当時国会等で火花散らす議論がなされたときにも、当時の政府はかたくなにアメリカとは何らそのような密約はございませんということを繰り返した。しかし、今三十年たちまして外交文書というものが今日出てきましたら、これはあの当時の国会の答弁は全く偽りであったということを証明するがごときものが出てきているわけであります。しかるに、これに対しての護論がないところは別としまして、そのようなことを思うならば、私は三十年後に、もちろん相手が中国でありますから外交文書その他のものを明らかにするかどうかは知りませんけれども、後にその当時のことはやはりこうだったということがありはせぬかということを憂えるがゆえに申し上げているわけであります。答弁は簡単で結構でありますが、どうぞ大臣にこの辺のところも伝えてちょうだいしたいと思います。

浅井基文外務省アジア局中国課長

○浅井説明員 簡単にお答え申し上げます。  私も当時中国大使館におりましたのでその間の事情はよく知っておりますけれども、今先生御指摘のような裏約束のたぐいのことは全くございません。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 そのように友好関係を配慮しない書き方の原稿があったならばこれに対して改善の要求をする、当然だと思います。なればこそあの(15)が加えられたというふうに私は信じて、それであろうと思います。  しかるに、局長の三月七日の予算委員会の第三分科会における御答弁を拝聴しますと、私はこれが一年間の文部省と私の議論の中のいわば結論だと思っておりますけれども、「現在行っている検定に当たりましては侵略、進出、侵入、そういういろいろな言葉を使うことについては特に意見」、つまり検定の立場において改善意見等「意見を述べないということになっておりますので、著者の書いてくる表現をそのまま認めるということになっておる」というふうにお答えをいただいておる。つまり、あの(15)というものは著者が書いてきたものはすべてそのまま通る、フリーパスというふうにお答えをいただいているわけです。それは先ほど申し上げました(15)のあの精神に合わない書き方をしたものについてもフリーパス、こういうふうにこの答弁の限りでは見えるというがゆえに、私は、この改定された(15)の文言ないしは宮澤官房長官の表明されたものと現実行われているこの検定の姿勢との間に落差がある、このように申し上げているわけでありますが、この間についての御説明は、大臣、いかがですか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 予算委員会の第三分科会で答弁いたしました内容は今御指摘ございましたような答弁をしているわけでございます。そのことと新たに検定基準につけ加えられた内容との間に矛盾があるのではないか、こういう御指摘でございますけれども、矛盾があるとは思っていないわけでございます。  なぜならば、例えば著者が進出というふうに書いてきたものについてそれを侵略というふうに改めるという意見も申さないわけでございます。著者が侵略となってきたものをまた逆に進出に直せという意見も申さない。その際に、その著者はいろいろな歴史の事象を取り扱う際に、そういう歴史的な流れ、背景をもとにしてそういう言葉を使うということでの判断でございますから意見を申し上げない、そして申し上げないことが結果的に近隣諸国の友好関係についての配慮になるというようなことでございまして、そういう結果になるわけでございます。したがいまして言わないのであって、配慮しているからこそそういう意見を言わない、こういうような立場で説明申し上げたつもりでございます。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 局長、頭がいいので私はどうもついていけないのですよ。つまり、あの(15)というものを加えたあの検定の基準というものは、今まで、それまでは中国の感情を逆なでするようなものもあった、それでは外務省の立場から言うと大変困るということであのようなふうになったんでしょう。事実を曲げろというのではないけれども、一般的に言えば、事実を曲げて書けというのではないけれども、書き方にもいろいろの幅があろう、どうかひとつ中国を初めアジアの諸国の国民感情を逆なでするようなことがないようにうまく書いてちょうだいよということだと思うのですよ。  そこで、私は、もしもそうではなくて友好関係を尊重しない書き方のものがあったならば改善意見を付しますかと言ったら、それは直してもらいますとあなたはおっしゃった。だけれども、三月七日の御答弁ではそれらのことについては意見を付さないことになっております。今もおっしゃっているのは、意見を言わないことが友好関係なんだ、こうおっしゃる。全然話がわからぬじゃありませんか。今まであの(15)を加えなくてならぬというものは、あのアジアの諸国に対して大変御無礼な教科書もあったからあのようなことになったんでしょう。だから中国から抗議も来たんでしょう。ですから、そういうあなたの国々の立場も十分に考えて書きますよ、今までのことはいけませんでしたというのがあの(15)じゃないのですか。それなのに、今までと同じ、依然として中国の国民感情を逆なでするようなものが出てきたならば改善の意見を付すると今あなたはおっしゃったでしょう。ところが、これに対して三月七日の答弁はどうかといったら、今もおっしゃっているとおり、そういうものについて一々言わないのが友好関係なんだとおっしゃるならば、何もあの(15)を加える必要はないじゃないですか。何も宮澤官房長官が中国までわざわざ行って謝ってくることないじゃないですか。外務大臣におっしゃってちょうだい。しかも、後でわかったのだけれども、あのことは日本のマスコミが取材中におけるミスから出てきたというのでしょう。そうならば、どうして外務大臣も、当時の外務省も文部省も毅然として、それは取材中におけるマスコミのミスがもとでありまして、御迷惑をおかけしお騒がせしたことは相済みませんけれども、そのような事実はございませんでしたと、毅然としてなぜ答えなかったのです。  大臣にお伺いしますが、世界の歴史の中で、その国の教育の基本姿勢を外交の立場において変えたということはありますか。今アメリカとの貿易摩擦、まことに大変なことです。このようなことは国利のために、世界平和のためにいろいろの工夫がされるのはよろしいでありましょう。しかし、事、その国の国民の教育に関することが外交の立場において姿勢が改められたという事実がよその国にもありますか。我が国においても今までありますか。大臣、いかがなものでしょうか。私はそういう事実があったことを寡聞にして聞きませんが、いかがですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 一国の教育はその国の主権に属する事柄でありますので、その国独自の考え方でなさるべきものだと思います。ただ、歴史教育の問題でございますが、その教育は、教科書等につきましては、客観的であって、公正であって、かつ国際協調の精神といったものに基づいた教育が望ましいのではなかろうかと私は思うわけでございます。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 ところが、大臣、戦争はつまりけんかでしょう。国と国とのけんか、それが物理的けんかになったものを戦争というんでしょう。口げんかならばこれは外交文書のやりとりで済むわけです。そのときけんかに負けた、勝ったは別として、よほどの例外を除いては、いや、向こうのおっしゃったとおりなんです、私は殴られたけれども、本当に相済みませんでした、向こうのおっしゃったとおりでございますというような結果というのはほとんどありませんね。これは勝敗とは別に、おのおのが、おれの方に言い分がある、まあ仲裁に入った人もあるので、きょうは立場上あの程度でおれは我慢したけれども、おれが本当は正しいんだというのが大抵のけんかの反省でしょう。そうじゃありませんか。一国の戦争が、あのような結果に終わったとはいいながら、双方において言い分が違うのは当然だと私は思うのです。ですから、日本の教科書に書いてあるあの一連の戦争の反省と相手国の書き方に相違があるのは当然なんです。それを相手国の立場に一〇〇%立ち返った書き方にしなければならぬというところに、教育の主権が売られた、このように私は申し上げているわけであります。  極論させていただきます。あの当時の宮澤官房長官のあのお取り扱いは、いわば国を売るものと言っても弁解の余地はないのではないか、このように私は思うわけですよ。特に、先ほどから申し上げておるのでありますが、あのことの発端は、一部マスコミの取材の中における手違いから生じたことである。サンケイ新聞等は、後で訂正の記事を出して、読者におわびを申し上げますと書いているんです。そのようなものが発端となってのあのことであることを思うならば、外務省、これに対していかがなものですか。

浅井基文外務省アジア局中国課長

○浅井説明員 必ずしもお答えになるかどうかわかりませんけれども、確かに、先生御指摘のとおり、当時のサンケイ新聞は九月七日付で、おわびするという報道を出されたということを承知しております。ただ、当時問題になったのは、あの年の検定そのものということよりも、中国側の立場としては、それ以前に行われていた「侵略」という表現を「進出」に変えるというようなことについて、全体としての流れというものに対して批判を加えていた。そういうふうに私ども理解しておりますので、御承知おき願いたいと思います。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 大臣、いかがですか。――じゃ、もう一回申し上げます。  これは今の大臣でないから全く気の毒な話でありますけれども、実は私は、あの一連の行為は一国の主権を売る行為であったと言われても弁解のしょうがないのではないか、こういうふうに申し上げておるわけであります。つまりは、あのことは日本教育の大きな汚点であった、これは一日も早く回復をしていただかなければならぬことだと思っております。と申しますのは、先ほども申し上げておりますとおり、戦争行為の反省が当事者両国の間で全く同じ書き方、しかも戦争に勝った立場の者に一〇〇%合わした書き方なんというのはよその国にないのではないかと思うのですよ。これは外務大臣にも伝えてちょうだい、それにとどまって結構でありますが、後で機会がありましたら私は外務大臣に承りたいと思うが、つまり、日本の国の教科書に何が書いてあろうと、中国がこれに対して云々言う、これは演説をしたり作文を書いたりすることは結構ですよ、だけれども、それを外交の問題として取り扱ってくることになれば、これは内政干渉、主権の侵害、こう申し上げて過言でないと思うのだけれども、どうしてあのとき、宮澤官房長官初め当時の外交の衝に当たられた方々はこれを毅然としてはねなかったのか。今後日本の外交の姿勢においていかにこの種のものは取り扱われるべきであるか。このことを後で外務大臣にお伺いしたいと思っておりますので、お帰りになりましたならば、ひとつつぶさにこの状況を伝えてちょうだいしたいと思います。  時間がないのでありますが、今申し上げておりますようなこと、教育は外交以上の、国の百年にわたる基本である、いやしくも外国からの干渉等によって姿勢が変わるということは教育の精神ではない、主権を尊重する立場ではない、私はこういうように思うのでありますが、総理大臣は総決算とおっしゃっておるわけでありますから、歴代の文部大臣の総決算の立場に立って、ちょうどこのときに文部大臣におなりになった立場から、この一連のことについてのお考え、御反省、今後の御見解等をひとつ承らしていただきたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 一国の教育がその国の主権に属するということは先生御指摘のとおりであります。したがいまして、他国の干渉を受けるべき事柄ではないことも事実であります。しかしながら、歴史の教科書等につきまして、客観的でないあるいは公正でない、そういう記述を我が国が使っておる場合には、これは我が国が国際的な信用とか信頼を得る道ではないと思います。したがいまして、教科書につきましては、客観的でかつ公正であって、教育的な配慮もなされ、そして国際協調の精神にも合う、そういう教科書を自主的に使っていくということが、我が国が国際社会で他国から信頼を得る道であろうというふうに思うわけでございます。

滝沢幸助民社党・国民連合

○滝沢委員 きょうはこの一連の問題について結論が得られると思って出てきたのでありますが、三十分の時間では無理であったようであります。浅井課長には、帰られたら大臣にひとつ御報告をいただきまして、後で折があったならばこのことについての見解を承りたいとおっしゃっていただきたい。そして、文部大臣、また後でチャンスをいただきましてこのことを議論さしてちょうだいしたいというようなことにさしていただきまして、まことに御苦労さまでありました。ありがとうございました。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 中野寛成君。

中野寛成民社党・国民連合

○中野(寛)委員 留学生のことについてお尋ねをいたします。  この問題については大臣も大変御関心をお持ちですし、大変御熱心でございますので、私どもと考え方は同じ方向にあるものだと思いますが、その大臣のお考えを幾つかお聞かせをいただきたいと思います。  私どもが一番心配いたしますのは、先進諸国に比べまして我が国への留学生の数がまだまだ少ない、今後二十一世紀へ向けて十万人の受け入れ計画をつくっていこう、こういうお考えがあることも承知をいたしておりますが、諸外国からの評判、必ずしもすべてが芳しいとは言えない。中には留学体験が失望に終わった、また、日本に留学して帰ったその人が逆に反日的な考え方を持つに至ったというケースも間々聞くわけであります。なぜそういうことが起こるのか。我が国の留学制度の現状と欠陥についてどうお考えかをお聞かせをいただきたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 私は、留学生対策というのは非常に大事な国の施策であると思っております。というのは、我が国が、明治以降のみならず、その前からのことでありますが、今日まで高い文化を持つ国になってきたこと、あるいは経済的にも豊かな国になってきたこと、そのもとを尋ねれば、かつては中国等を通じてあの国の進んだ学術、文化を実は入れたわけでありますが、その場合には、我が国から中国に留学生が行きまして、そしてその国で学んで、その学んだ成果を日本に持ち帰って、日本の学術、文化あるいは経済の発展に非常なプラスになったという歴史がありますし、明治以降はそれを主として欧米に学んで、そして今日の日本発展の基盤ができ上がった、こういうふうに私は理解をいたしております。  今日、我が国がこれだけの経済力を持つような国になってきた、学術の面でもあるいは科学技術の面でも経済の面でも先進国のトップグループに属するという国になってきたのでありますから、我が国の持っておるこの広い意味の力を活用して、発展途上国に対して積極的な国づくりに協力をしていくというのが日本の国際社会における責任であろう。国づくりの基本は人づくりであるわけでありますから、発展途上国の人たちを中心にして我が国に留学生として受け入れて、これに適切な教育をして、その人がその国にお帰りになってその国の国づくりに積極的な働きをなさる、そういうことに我が国が協力していくということは大変大事な国の施策であるというふうに認識をいたしておりますので、その認識のもとに留学生施策を進めていこう、こう考えておるわけであります。  ただ、今日までは我が国は他の先進国に比べて、留学生の受け入れ数あるいは留学生に対する援助策、まだまだ不十分な点もございます。それに、日本国民は他の国民とつき合うそのつき合い方が必ずしも上手でないということもございます。経験も少ないということもございまして、日本に来られた主として東南アジア等の留学生でございますけれども、日本国民の側で人種的な偏見を持っているわけではありませんけれども、どちらかというと、欧米の人の場合とは違って、東南アジアの国の人の場合には余り親近感を持たないで接触するような人も現実のところないわけではありません。そういったことで、ある意味ではその留学生が日本に対する悪感情を持ってお帰りになるということがあるかもしれません。これらの点は非常に大事な点でありますので、政府も民間もそうしたことがないような改善策をしていかなければならぬというふうに思うわけであります。  それに、もう一つの問題は、留学生の宿舎の問題でありますけれども、今までもその点につきましては力を入れてきたわけでありますが、六十年度の予算でもこの点は特に配慮をいたしまして、大学における留学生宿舎の建設、それから、新たに大規模の留学生会館をつくるべく設計費の予算を実は計上することができたわけであります。それにまた、民間でも留学生のための宿舎を建てていただく場合には、これは公益団体の場合でございますけれども、税法上の特別の措置をして、民間の力もかりて留学生の宿舎がより一層充実するような施策もやっておるわけでありますけれども、今後ともそういう施策を推進をしてまいりまして、留学生の人たちが日本に来て学んでよかったという感じを持ってお帰りいただけるよう、あらゆる施策を進めていかなければならぬというふうに思っているところであります。

中野寛成民社党・国民連合

○中野(寛)委員 大臣の基本的な考え方は私どもも了解をするわけでありますが、今御答弁の中で出ましたこの宿舎の問題、確かに御批判がまだ強いわけであります。数が少ない、また、民間で例えばホームステーをするにしても、その理解者がなかなか日本の場合には見つけにくい。これについては、やはりこれからも大いに啓蒙もし、協力も要請していかなければならないだろうと思います。  具体的に、いただいた資料から見ますと、大学等が設置する留学生宿舎、そして民間団体が設置する留学生宿舎、大学等が設置する一般学生寮、これだけ合わせてもまだ四分の一、あとは民間の下宿、アパート等に住んでいる。しかも、この留学生会館等の中には、一部二人一部屋というところもあるわけですね。それはそれで一つの意味を持たせているとは思いますけれども、しかし、現実に当事者に聞きますと、やはりそれは決していい条件ではない。これもお聞きしますと、留学生同士が二人一部屋、これはやはりちょっといただけない。もちろん一つの政策として、日本人と留学生との二人一部屋、これは一つの意味があるだろうと思うのでありますが、やはりまだ十分な施設がないことからいろいろな配慮に欠けているということがあると思いますし、これから十万人受け入れ計画、まあこれは十数年かかってやるということにはなりますが、しかし、余りにもお粗末過ぎないかということ。  それから、もう一つ、国費留学生、それから向こうの政府派遣の留学生の場合には、それなりに生活費、学費等々裏づけがあるわけでありますが、しかしこれは極めて数が少ない。約九〇%近い学生の皆さんは私費留学、しかも、大臣がおっしゃられたように、東南アジア等々からの留学生が多いわけであります。そういう国々と日本との生活レベルの差というものはまだ大きゅうございますし、日本へ留学すると自分たちの国では想像もできないような多額の生活費が要る。まして私立の大学等へ留学をいたしますと、授業料一部減免措置が講ぜられたり、また奨学制度が設けられたりはしているけれども、圧倒的大多数はやはり日本人学生と同じ条件のもとに学ぶわけであります。そうすると、何としても生活費も学費もべらほうに高い、これが彼らの実感であります。  ゆえに、やはりもっともっと政府の補助または、例えば私学振興財団等の助成措置の計算の枠にそれを入れるとか、あらゆる方法を講じて、とりわけ民間の協力はなお一層強く望まれるところでありますが、そういう方途が講ぜられませんと、日本は高いと一別にアメリカ等に比べて日本が高いという意味ではありません。その学生の出身国といいますか、その学生の自分の国に比べて日本はいろいろな面で高い、とてもではないけれども日本で生活したり学んだりすることができないというふうな気持ちを持っておられることも事実であります。また、そういう外国の留学生の父兄から現実にその悩みを私自身聞かされたこともあります。  こういうこと等についてどういう方途を今後講じられようとしているのか、それをお聞かせいただきたいと思います。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 先生の御指摘のとおり、留学生の非常に大きい部分を私費留学生が占めておるわけでございますが、文部省といたしましては、例えば日本国際教育協会を通じまして、優秀な私費留学生に、月額四万円程度でございますが、学習奨励費を支給しますとか、あるいは優秀な私費留学生を大学から御推薦をいただいて国費へ切りかえ作業をするとかというような措置は講じているわけでございますが、ただ、残念ながら十分な数ではないわけでございます。また、国公私立を通じまして宿舎あるいは医療費の補助というようなこともいたしておりまして、努力はいたしておりますが、なお日本における生活にいろいろ困難があるということは事実ではないかと思っておるわけでございます。  特に、諸外国に比べまして日本がまだおくれておる一つの要素といたしましては、民間あるいは大学においていろいろな形での奨学事業というものが展開されている度合いが非常に低いのではないか。一つは国としての努力ももちろんでございますが、一つはこういう民間の多様な努力あるいは大学限りでの努力というものをお願いをし、機運を促進することが大事ではないかと考えておるわけでございます。その意味では、最近の留学生重視という機運の中で、短い期間で三つほどの外国人留学生のための奨学財団が発足をいたしておりまして、現在既存の団体も含めて約千人程度の人が奨学金をもらっておるわけでございますが、まだまだ足りないのではないかと思っておるわけでございます。  それから、私立に対する措置といたしましては、私立大学の経常費補助金の配分に当たって特別補助という枠があるわけでございますが、その特別補助の配分に当たりまして留学生が在籍しているものについて特に助成をするということは従来からやっておったわけでございます。ただ、昭和五十八年度までは留学生が十人以上在籍している場合に限っておりましたが、これを五十九年度からは一人でも在籍をしておれば助成の対象にするということで、大体五十八年度が一億四千二百万円の総助成額でありましたのが、五十九年度は二億四百万円という状況になっております。  こういうようなことで、いろいろな方面での努力を払っていかなければならないと自覚をし、努力をしつつあるところでございます。

中野寛成民社党・国民連合

○中野(寛)委員 努力をしておられることは認めますし、またその成果も着々と上がりつつはあると思うのでありますが、日本の今国際社会の中で期待されているその位置づけ、そして我々がしなければならないという気持ち、そういうものに比べますと、まだまだ何ともまだるっこしいというのが実感であります。例えば、文部省の方からいただきました募集対象国なんかでも、世界各国というのがありますし開発途上国という分類もございます。開発途上国からの学生については、例えば一括してというか全部網をかけてそれなりの補助対象にする、または減免対象にする等々、そういうことを思い切ってやりませんと、やはりなかなか日本への留学はしにくいという気持ちが抜け切れないだろうと思うのです。もちろんこういう条件以外に、日本では学位が取りにくい、せっかく学位を取っても自分の国で日本の学位がなかなか評価されないなど、大学制度やその中身についての問題も多々あるのですけれども、それはそれで大学にも御努力をいただくとして、とりあえず、今御指摘を申し上げましたこういう費用の面での措置について、何%ずつ伸ばしていくなどということではなくて、もっともっと思い切った、例えばこれから十五万人ということを考えますと、最近の数字で、五十八年が留学生総数一万四百二十八人、五十九年は一万二千四百十人というように、これからどんどんウナギ登りに、この数字のままでいくならば上っていくだろう。とてもじゃないけれども、現在の予算措置の伸ばし方では、率だけは合っているような感じもいたしますけれども、しかしその留学生の対象の率が伸びていくにはとてもおぼつかない、こういう印象を強く持つわけであります。せっかく総理もまたこのことに先般の所信表明で触れられて、また大臣もそのことに重ねて触れて努力をしておられるわけでありますが、それが単にリップサービスにとどまらないようにするためには、よほどの決意と具体的な施策、予算措置が必要かと思うわけでありますけれども、大臣、改めてお伺いをいたしたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 先ほど申し上げたように、留学生対策というのは特に力を入れて六十年度の予算は編成したつもりでありますし、来年度以降につきましても、ひとつ格段の努力を払っていきたいと考えております。  ただ、ここで、先生でございますからざっくばらんに申し上げるわけでありますが、何といいましょうか、日本に来て本当の意味の勉強をしていただいてお帰りになるためには、やはりある程度の効率も考える必要があると思うのでありまして、発展途上国の場合にもそれぞれの国に一応の大学その他もあるわけでありますから、大学を出られて、そしてさらに自分の国の教育では満足できない、より充実したあるいはより高いレベルの学問や科学技術あるいは産業技術等を身につけたい、こういう積極的な目的意識を持った方を重点的に我が国に受け入れるということの方が効率的であろう。やはり限られた予算の中であるいは財源の中で進めていくわけでありますから、その意味で、十万人計画もその基礎をなすものは実は国費留学生を計画的にふやしていくという考え方なんでございます。もちろん国費留学生がふえれば私費留学生もふえるわけでありますけれども、その面は先ほど言ったような民間の奨学団体等の活動を期待しながら、これはそういう奨学団体に対しては、奨学団体が集める寄附等について税法上の寄附控除という恩典を設けまして、そして民間の奨学団体の活動にも期待をしながら、また国の予算の面でも最重点を置きながら、留学生施策を充実してまいりたい、こう考えておるわけでございます。

中野寛成民社党・国民連合

○中野(寛)委員 大臣の今の後答弁は理解できます。ただし、国費留学生をふやしたい、しかし、国費留学生は今二千三百四十五人ですね。十万人計画と比較しますと何ともはや数字の格差が大き過ぎるわけです。国費留学生をふやす、その意気込みはもちろん一番大事なことだと思います。同時にまた、より高度な知識を日本に求めるという意味で効率を考えることまた結構です。しかし、それにはしょせんは限界があります。やはりより一層普遍的にしていくという努力もまた必要だと思います。それぞれの国の国民の知識レベルをアップさせるために日本が協力をするという意味では、必ずしも特定の人に限る必要もないし、もっと普遍化して、一般化して、大いに日本に留学に来るという、そういう日本に対する期待感をもっともっと膨らませる、このことは私は大変大事だと思います。そういう意味で、大臣ももちろん国費だけに限っておっしゃられたわけではないけれども、しかし、もっともっとあらゆる力を、民間の力も合わせて総動員して、これらのことについて、これからの日本の国際化のためにも、そしてまた、とりわけ東南アジア等々近隣諸国の平和と発展のためにも日本が大いに貢献しているというそのことを皆さんに認めていただけるようにするためにも努力が必要だというふうに思います。そういう広範な御努力を心からお願いを申し上げたいと思うのであります。最後に、大臣にもう一度お伺いいたします。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 先生のおっしゃること、ごもっともでありまして、この問題には今後とも最大限の努力を払ってまいりたい、こういうように考えるわけであります。私も、留学生、特に国費留学生の場合でありますが、見てまいったことがあるわけでありますけれども、やはり日本に来る人の立場を考えましても、日本の大学の一年生からでは四年もかかる、ところが、日本語の勉強の時間もありますから五年以上かかるという結果になるわけでありまして、それよりは、発展途上国におきまして大学は一応出られて、そして日本に来られて、二年を一応基準として勉強してお帰りになるということの方が本当に留学生のためにもなることでありますし、また、そういう人の方がお国にお帰りになってからその国の中堅幹部となって活躍なさるという面が非常に多いわけですね。幾つかの大学では日本語教育をする時間がもったいないということで英語で直ちに教育を始めているわけでありまして、そういういろいろな工夫をしながら留学生施策は進めていかなければならぬ、こういうふうに思っておりますが、全般的に日本に対する期待が高まってまいりますと私費留学生もふえてくるわけでありますから、その私費留学生に対する援助策も力を入れていかなければならぬというふうに思うわけであります。

中野寛成民社党・国民連合

○中野(寛)委員 終わります。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 藤木洋子君。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 初めに、消費者信用教育についてお尋ねをさせていただきます。  私は昨年、仮入学の増加はサラ金禍によるものではないかということを当委員会で申し上げました。その後、群馬県の桐生市では小中学校にサラ金の督促状が届くなど、児童生徒をも巻き込むサラ金被害は広がる一方です。最近の特徴は、大学生を相手にした学生ローンの被害者の増大です。また、クレジットカードを利用し過ぎてサラ金に手を出す若者も後を絶ちません。相談にかかわりました弁護士さんは、金銭貸借に対する初歩的な知識すらなく、借金することについて全く抵抗感がなくなっていることに驚かされると話しておられました。サラ金利用者が六百万人に達し、クレジットカードの発行枚数が昨年三月で七千三百八十万枚にも上るという現状は、学校、地域、職場などあらゆるところで消費者信用教育を徹底していくことを必要としております。少なくとも中学、高校で、生きた生活の種となるような消費者教育が今こそ必要になっているのではないかと考えるわけですが、文部省の御見解を伺います。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 消費者教育につきましては、学校教育では小中高等学校のそれぞれの段階において実施をしているわけでございます。社会科、家庭科を中心にいたしまして、児童生徒の発達段階に応じて教育をやっているわけでございます。  ただ、学校教育での消費者教育には、今御指摘のようなサラ金問題について事細かにやるについてはそれぞれ限界があるわけでございまして、基本的には家庭における教育、しつけ、そういうものが家庭の責任において第一義的に行われることが極めて重要であろうと思っております。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 これは経済企画庁からの依頼でございますけれども、消費者問題に取り組んでおりました消費者信用適正化研究会がことし四月、消費者信用教育を我が国でも学校教育で実施するよう求めております。また、昨年十月には、全国サラ金問題対策協議会が、学校で消費者金融に関する教育を実施するよう文部省に要請をしております。実際、地方ではその努力がもう開始されております。福島県などでは、生活福祉部が中心になりまして、小学校の先生方の参加も得て、小学校高学年の児童を対象にしたパネルと教員用手引を作成、県内の全小学校に配布しております。残念なことは、教育行政の側が全力を挙げるところまで至っていないということでございます。学校で消費者信用教育がやりやすいような条件づくりの先頭に文部省は立つべきだと思いますけれども、大臣の御所見はいかがですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 消費者教育とかおっしゃいましたけれども、サラ金の場合について言えば、消費者教育と言うその前の道徳教育といいましょうか、私はそういう問題があると思うのです。すなわち、借りた物は返さなければならぬ、約束は守る、これが先になければならぬと思うのです。それがあれば、それはあなた、利息をつけて返さなければならぬということなのでありますから、そうたやすく借りれるわけじゃないのですね。先ほど高石局長は、家庭においてしつけやあるいは規律ある生活慣習ということを言われましたけれども、まさしくその点だろうと思う。  それから、もう一つは、どの段階で消費者金融に関する教育をすべきか、やはり子供の発達段階を考えなければいかぬでしょう。小学生じゃこれは無理でしょう。中学でやるのか、高校でやるのか、消費者金融に対する知識あるいは教育を授けるということも大切なことであろうと思いますが、それは子供の発達段階を考えながらやるべきことだというふうに思うわけであります。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 大臣は昨年度の経過を御存じないのでそんなふうにおっしゃったと思うのですが、実を言いますと、家庭で教育をしなければならない親たちがサラ金地獄にのめり込んで、子供が中途から仮入学というような形で転々として学校を移り歩かなければならない、そういった事情まで出ているということについて、前回の国会で私は問題にしたところでございます。ですから、この点は、家庭教育ということで学校教育が責任を放棄するのではなくて、ぜひともこれは前向きに検討を加えていただきたいというふうに私は強くここで御要望申し上げておきたいと思います。そういった地方の例などというのは、集める気になればできると思うのです。ぜひこれは精力的にやっていただきたいと思います。もう後に下がることができないような事態になってから悔やんでもならないということを、私はここで強く主張させていただいて、次の問題に移りたいと思います。  次は、教材の問題でお尋ねします。  学校教育にとりまして教材というのはどのような意義を持つのか、教科書があり、机といすがあり、先生がいれば教育ができるというものではありません。教材があって初めて子供たちの生き生きとした心身の発達や学習の効果がはかれるのであり、いずれを欠いても教育が成り立たないことは当然です。ここに義務教育における教材について国と地方自治体が責任を持って整備する意味の重要性があります。にもかかわらず、文部省がみずからお立てになった第二次教材整備十カ年計画は、五十九年度までに四八%しか到達しておらず、あと三年で残りの五二%をやらなければならないこの時点で、補助金から地方交付税へ一般財源化されました。その責任は極めて大きいと言わなければなりません。  このことを取り上げました山原議員に阿部教育助成局長は、「形式的なことを申し上げれば、負担金から一般財源化することによって、当初の計画そのものは、計画としてはなくなったと言わざるを得ない」と答弁されています。計画としてはなくなったということを文部大臣もお認めになりますか。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 確かにそのようにお答えをいたしております。この計画は、国の負担金を支出するについて毎年この程度の負担金を出していきたい、そういうことで立てた計画でございますので、負担制度から外れた以上その負担金に係る計画としてはなくなったと言わざるを得ないということはそのとおりでございます。ただ、その際にもつけ加えて申し上げておりますように、せっかく立てた計画でございますから、これが交付税制度の一般財源化をされたという時点におきましても、なおこの計画を念頭に置き、従来の教材基準というものを参考基準として活用してその整備に努めてまいりたいということを重ねて申し上げておきたいと思います。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 つまり、地方交付税へ一般財源化というのは、国が制限できる範囲ではございませんね。教材十カ年計画は形としては存在するものの、文部省は地方当局を督励するだけであって、計画遂行の責任は負わないことになるんじゃありませんか。それはもう重大問題です。  それでは、国庫負担金による教材整備計画は何のためにおつくりになったのか、御説明をお願いします。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 教材をできるだけ高い水準で整備をしていきたいということでつくったものでございます。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 それだけですか、それだけではなかったはずです。  憲法は第二十六条で「義務教育は、これを無償とする。」とうたっています。義務教育の無償化は教科書にとどまるものでは決してなく、個人に還元されるものを除いて、すべての教材、公の設備について速やかな無償化、父母負担の解消へと進むべきです。  ところが、教材費は五十七年度に一〇%削減、五十八年度にも一〇%削減、そして五十九年度には一五%と削り込んできました。  文部大臣は山原議員に、「しかし、今回六十年度におきましては前年度を二・八%でしたか上回る地方財政計画での財源措置をしていただきましたので、むしろ減額に歯どめがかかったというふうに私は見ておる」と、その見通しについてお述べになりました。  では、実際はどうか。私の地元、宝塚市では、地方交付税不交付団体ですが、ここではトータルで五十九年度二千六百九十二万円であったものが、六十年度は二千四百五十万円と九%ダウンしております。しかし、宝塚市の費用の持ち出しは昨年度の八割増しになっているのです。二・八%どころではないのです。ここに、国庫負担金から一般財源化したことで、地方自治体がこうむる負担の増大がいかに厳しいものであるかということが示されているのではないかと思うわけです。  その自治体自身の教育熱心度といった物差しや、優先事業の有無といった自治体の判断にかかわる事柄だけにその理由を求めることはできません。何よりも文部省の責任について指摘せざるを得ません。十カ年計画を残る三カ年で一〇〇%に到達させようとすれば、毎年これまでの四倍以上の費用が必要になってまいります。わずか二・八%でどうして前進させられるのか、進捗を保証できるのか。  次に、政府の責任についても触れておかなければならないと思います。政府は、昭和五十年以来の地方財政危機に対しまして、交付税率を引き上げるのではなくて、地方債の増発による地方への借金奨励政策を続けてこられました。その後年度へのツケが今回ってきて、実質的な交付税率は大幅に低下をしております。六十年度においては二七・五%と法定税率を大幅に下回っていることを見ないわけにいきませんね。このままでは計画は五〇%ないしは六〇%の達成にとどまるか、あるいは父母負担の増大を招くか、そのいずれかであろうと思いますが、文部省の責任を明らかにしていただきたい。一体、地方自治体にどのようにしろとおっしゃるのですか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 教材の整備でありますけれども、国が出すか、地方公共団体が出すか、出すべき財源措置を全体としてふやしていくことが大事なことなんです、国民の側からいえば。  先ほど委員が指摘になりましたように、国の財政事情が極めて厳しいものですから、結果として五十七年度が一〇%減、五十八年度が一〇%減、五十九年度が一五%城となりました。そのことが教材整備十カ年計画の進捗を極めて低い状態にとどまらした原因だ。こういう状態のままではなかなか整備は進みにくい。  一方、前々から答えておるとおりでありますけれども、必要な教材については設置者である市町村がこれを整備する、公費で支出するということが定着をしてまいりましたということもありまして、一般財源化すると同時に、その財源措置、前年度比二・八%をしたわけでありまして、それだけのものが地方に行くわけであります、一般財源としてではありますけれども。  そこで、市町村が、その来た財源の中から適切な予算を組んで、そして教材を整備していけば、教材の整備は父兄負担をふやすことなく進む、こういうことになってくるわけであります。ただ、地方交付税に積算された額を何年にもわたって支弁をしないという市町村がありますというと、そういう市町村の教材整備は進まないおそれがありますので、そういう市町村がないように、都道府県教育委員会を通じて、今回の財源措置の内容その他につきまして、先般の法律が成立した直後に通知を出しまして、そして整備を進めるよう指導したところであります。同時にまた、一方におきましては、我々の側で財政当局に強く要望して、今後ともこの教材費に伴う財源措置が減額されないように強く要望して、それだけの措置がなされるようにしていくことが我々の責務だというふうに思っているわけであります。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 今、通知をお出しになったというふうに伺ったのですが、それは文書でお出しになったのですか。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 先般、補助金一括法が成立いたしました際に、その後に法律の施行通達を出しました。さらに先月末に、交付税法の改正が通過をいたしましたので、それを踏まえまして、さらにこの教材費の問題につきまして再度局長名の通知を出して指導しておるところでございます。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 たとえ文書でお出しになったとしても、それは通知の範囲にとどまるものでございまして、その財源措置を国が制限をすることはできない、これは法律上決められているわけですね。ですから、地方にしたら大変苦しい思いをすると思いますよ。  文部大臣は過日の予算委員会で、我が党の議員に対して「十五年、二十年前は別として、この十年以来、学校の教材費につきましては父兄の寄附等に頼ることなく市町村できちっと措置するという条項が定着いたしておりますので、一般財源化しても父兄負担がふえるなどということはない、」とおっしゃいました。今も定着ということでおっしゃったわけですけれども、それでは、父母負担は皆無というふうに理解をしてもよろしゅうございますか。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 一般財源としてではありますけれども、きちっとそれだけのお金が市町村に行くわけですよね。そのお金をどう使うかにつきましては、ひもつきじゃありませんから市町村が使えるわけでありますけれども、市町村というのは我々と同じように、あるいはそれより以上に教育には熱心である、教育に必要な教材の整備は、その来た財源の中できちっと処置してくれるという、私どもは信頼をいたしております。  教育不熱心で、教材費として積算された交付税をほかの用途に使ってしまうことが長く続くなどという市町村があるとは私は思ってないです。そういう市町村があれば、これは大変なことですけれどもね。市町村はそんなに不熱心ではない、むしろ我々と同じように教育には熱心、教育のために教材は必要、したがって、財源措置がなされた以上、それを基準にして所要の教材はそろえるという熱心さがあるというように私ども思っておりますから。したがいまして、一般財源として財政当局がそれだけの措置をして、地方にその財源を交付税の形で支弁するならば、私はそれぞれの市町村で教材の整備はなされていくというふうに考えておるということをしばしば申したわけでありますけれども、さらにつけ加えて申し上げるわけであります。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 私の質問はそうではなくて、父母負担が皆無になったと理解してよいかと、このようにお伺いしたのです。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 父母負担という言葉にぴったり当てはまるようなたぐいの資料は持ち合わせておらないわけでございます。しかしながら、一つの補強的な資料といたしまして、PTAからの寄附金が学校の設備、備品にどの程度入っているかというデータを持っておるわけでございますけれども、これによりますと、ちょうど教材費の国庫負担が始められた時期、昭和三十年前後という当時の時期におきましては、教材、設備の整備に要する経費のうち約三割がPTAからの寄附金に頼っておった、そういう事情があったわけでございますが、この制度によっててこ入れをしてきたということによりまして、先ほど来大臣からも申し上げておりますように、定着をしてきた。各市町村が必要な経費を計上することが定着をしてきた。その結果といたしまして、最近ではPTAからの寄附金が占める比率というのは一・九%、二%程度というぐらいのところまで来ておるわけでございます。この二%というのを、ちなみに子供さん一人当たりの金額にいたしますと、年間に約百円というような金額になるわけでございます。もちろん、このPTAの寄附金がいわゆる父兄負担と見るのかどうかという問題がまた別途ございます。父兄に対して強制的に何かを割り当ててやっているというような性格のものかどうか、私どもはこの程度のものであればそれほどのことではないのではないかと思っておりますが、必ずしも父兄負担と見る必要はないのではなかろうかと思っております。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 今おっしゃったデータというのは昭和五十六年度の数字ではなかろうかと私拝察するのですけれども、財政的に苦しくなったのは五十七年度以降でございます。これから国の予算がどんどん削られてくるわけですから、その後についてどうなっているかということもぜひお調べをいただきたいと思うのです。しかし、今のお話でも、それは文部省が決めている教材という極めて限られた枠の中での父母負担だというふうに私思いますね。  文部省が昭和五十七年度に「保護者が支出した教育費調査報告書」というのをお出しになっていらっしゃいますけれども、これを拝見しておりますと、公立小学校における学用品、実験・実習教材費、また教科書以外の図書費、通学交通費などの児童一人当たりの父母負担は二万八百円を超えております。中学校になりますと、これが三万八千四百十円、こんなふうになっているのですね。  教材を含む父母負担ということで言えば、確かに新潟市の場合などは、五十一年から進めた父母負担軽減七カ年計画というのをやっていらっしゃるわけですが、この計画で三億余円をかけて、利益が個人に還元される費目を除いて、基本的に解消したと聞いております。  その反面、東京の民主教育をすすめる教育研究会議が行ったアンケート調査に寄せられました教員の声を見ますと、八六%もの圧倒的多数が学校予算が足りないと感じております。四割以上が、現状では父母からの教材費等の徴収に頼らざるを得ない、このように答えております。こうした傾向は今回の一般財源化によって一層ふえると考えられるわけですね。  国庫負担金にすることで成果を上げてきた父母負担軽減は、今後どのような方法で解消していくおつもりなのか、またそれについての年次計画など検討していらっしゃるのでしたら、お知らせをいただきたいと思います。

阿部充夫文部省教育助成局長

○阿部政府委員 先ほどのお話に義務教育無償というような言葉も出てまいりましたし、ただいまのお話とも関係するかと思いますので、この機会に申し上げておきたいと思いますけれども、憲法二十六条で言う「義務教育は、これを無償とする。」という規定は、昭和三十九年の最高裁大法廷判決によりまして、授業料不徴収、授業料を徴収しないという意味であるということは最高裁の判断として明確にされておるわけでございます。  そこで、一般に教材という言葉を使われます場合に非常に広範囲のものを含んで言われるということでございまして、設備類、備品のたぐいから図書のたぐいあるいは消耗品のたぐいまで、いろいろなものを含んで言われるわけでございます。私どもがかねてからこの教材費の国庫負担制度あるいは交付税上の措置というようなことで対応してまいりました教材と申しますのは、学校に備えて使用されるような教材、設備とか図書、器具、そういったたぐいのものを言っておるわけでございまして、このほかに児童生徒が個人個人で使用する教材、鉛筆、消しゴムのたぐいから副読本でございますとか定規、コンパスといったようなたぐいのものでございますけれども、こういうものがあるわけでございます。私どもは、その学校に備えて使用されるような教材につきましては、これは当然公費で負担をし、学校に備えつけるべきものである、それから個人個人で使用する教材につきましては、これは保護者負担でやっていくというのが普通であるというふうに考えておるわけでございまして、そういう方向で従来から考え、今回の交付税措置につきましても、そういう意味で、教材費という言葉は使っておりますけれども、設備、備品、図書のたぐいという考え方で交付税措置もいたしておるわけでございます。  こういったことが、先生のお話で、さらにこういった意味の教材費まで私費負担になるのではないかということであるとすれば、それにつきましては、それだけの財源措置をした上で、都道府県を通じ市町村の注意を促し、必要な教材整備が行われるように指導していくという構えで、この点につきましてはたびたびお答えしておるように、そういう方向で実施をしていくというつもりでございます。

藤木洋子日本共産党・革新共同

○藤木委員 私の聞いていることにお答えになっていらっしゃいません。私は、父母負担を軽減するそういった計画をお持ちかと伺ったのですが、今のお話では、全くそういった計画はない、父母負担があって当然というような態度です。  しかし、この際、私言わしていただきますが、今文部省がお立てになっていらっしゃるこの十カ年計画も極めて粗雑なものだと言わざるを得ないということを指摘しておきたいと思います。足踏みミシンであるとかあるいは足踏みオルガン、こういったのが教材の、あなたの学校にはありますかと聞いたら、あるというところにマルが入っているのですけれども、こういったものが一点あることが、あるということに数えられているのですね。  しかし、今家庭ではもう足踏みミシンは使っておりません。また、エレクトーンにかわっている時代です。こういったときに、本当に生き生きとした生活に即した教育が行えるような教材がそろっているかどうか、ここが文部省としてしっかり押さえていかなければならない点だと思うわけです。  全国の父母は、この教育費の増大を我が子のためとこう思って受忍していますけれども、せめて義務教育は無償にという願いは非常に大きいものです。GNP世界第二位の我が国の義務教育が父母負担増大を志向するならば、国民は黙ってはいないでしょう。教科書の無償制度は当然ですけれども、副読本や実験・実習費、通学費の公費負担、これを実現し、就学援助の適用も拡大をして、父母負担を軽減すべきです。公費で負担すべき教材費、消耗品費などの父母負担押しつけには私は断固として反対です。  私は、今回の措置を勇断をもって文部省は撤回し、みずから立てた教材十カ年計画の達成のために全力を挙げられることを強く要望いたしまして、質問を終わらせていただきます。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 簑輪幸代君。

簑輪幸代日本共産党・革新共同

○簑輪委員 最近、岐阜県内で二人の高校生が先生の体罰が原因で亡くなるという事件が相次いで起きました。  一人は、中津商業高校二年の竹内恵美さんです。陸上部顧問教諭の体罰に耐え切れず自殺いたしました。もう一人は、岐陽高校二年の高橋利尚君です。修学旅行先の宿舎で、禁じられていたヘアドライヤーを持っていた、使っていた、それだけのことで担任教師によって殴り殺されてしまったのです。  私は、この二人の高校生の無念さを思い、また、御両親を初め御家族の皆さんの言葉に尽くせない嘆きや怒りを思うときに、私自身も息子と娘を持つ母親の一人として、身の震えるのを禁ずることができません。と同時に、私は、政治家としてこの問題を真剣に受けとめ、この二人の犠牲を決してむだにすることなく、教育現場での体罰、一切の暴力を完全になくさなければならないという重大な決意でこの場に立っております。  事件後、岐阜県高等学校教職員組合を初め、父母、県民の、こうした不幸な事件を繰り返さないための真剣な努力も始まっています。去る五月二十六日には、全県から五千五百人余りが参加した集会で、教育の場から一切の体罰をなくそうとの特別決議が採択されました。この問題は、今岐阜県だけではなくて、全国的に注目されています。きょう文部大臣の見解を伺う機会を得ましたけれども、持ち時間が二十分と大変少ないので、私は、ぜひ大臣の誠意ある簡潔な御答弁をいただきたいと最初にお願いをしたいと思います。  竹内恵美さんは、やり投げの選手としてインターハイ県予選で優勝、全日本ジュニアオリンピック、奈良国体にも出場し、将来が期待されておりました。ところが、恵美さんの自殺後、もうこれ以上殴られるのは嫌、これ以上泣くのは嫌、だからこの世にいたくないの、こういう遺書めいたメモが発見されたのです。この山内教諭の体罰は日常的に行われておりまして、去年もやり投げの記録が悪いと頭をやりで殴られまして、それで頭の毛を洗うことができませんでした。ところが、翌日また同じ場所をやりで殴られているのです。また、顔がはれるほど殴られたとメモに書いています。その理由は日誌を書かなかったということです。さらに、修学旅行先でまで早朝トレーニングをさせられ、おくれたら、自覚が足りないということで旅館前のアスファルトに六人が正座させられてけっ飛ばされる、一メートルもふっ飛んだと言われています。大腿部に黒いあざを残して修学旅行から帰ってきたそうです。親が暴力をやめてほしいと頼んだのに対し、この山内教諭は、殴らなきゃ記録が出ないんだと平気でいたそうです。この自殺を受けて、三月の職員会議では先生方から、今のままでは二度と起きないとは言い切れない、これまでにも何人もの生徒が一歩手前まで行っているんだ、Aさんは死ななかったけれども心を完全に閉ざしてしまったという論議がされております。  岐陽高校の場合も、生徒たちの作文、これで体罰が日常的に行われていたことが明らかになっています。少し御紹介をしたいと思うのですけれども、「〝研修旅行中の死〟という事で、やはりこの学校の体罰はひどすぎるとつくづく思った。去年の四月、自分達はこの学校に入ってきて、竹刀を持っている先生が多く、とてもこわかった。自分も頭髪、服装などでよくなぐられた。手でなぐられたり、竹刀などでなぐられた。手でなぐるのはともかく、竹刀や教科書などでなぐるのはむちゃくちゃ腹がたつ。」  また、別の生徒は、「この学校は何かにつけてきびしすぎる。ちょっとしたことでなぐったり、たたいたり……。生徒指導室でなぐられている子を見たことがあるけれど、ひどいものだった。壁に頭を押しつけられたり、ビンタをはられたり……。もっと他に指導の方法があるんじゃないか。今の私たちにとって、先生という人は物を教えてくれる人なんかじゃない。なんでも力で片づけてしまうこわい人でしかない。信頼関係なんて何にもないと思う。だって私達は人間扱いされてないんだから。いつもいつも、命令されて、あれやれ、これやれ、できないとなぐられる。動物といっしょだ。」ということを書いております。  また、別の生徒は、「岐陽高校には、すぐ手をだす先生がたくさんいる。今まで何も問題がなかったのがおかしいくらいで、今回の事は特別なことではないと思う。ただ当たり所が悪かっただけではないのかな?」「この学校は、多くの先生が竹刀や棒を持っている。私達は牛でも豚でもなく人間なのに、何かあるとすぐに物でたたく。」こんなことが事件後、作文で書かれています。  大臣、事件が偶発的に起きたとか、特別な教師だったからということでないということはおわかりいただけるのではないでしょうか。体罰事件に特徴的なことは、体育や生徒指導の先生が校内で絶対的権力を持って暴力を振るうという構図が指摘されてもいます。文部省としても、これまで体罰に関して係争中の、現在九件あるそうですけれども、その例だけを見ても深刻な実態にあることは御承知だと思います。また、法務省の人権擁護局の調べでは、教職員の体罰による人権侵害事件というのはずっと続いて、昨年は五十九件を数えているということで、これらのことも大臣も御承知ではないでしょうか。体罰が日常的にまた全国的に行われているということを認識していながら、文部省として今日通達一本出さず、何の指導もありません。文部省がもっと早くこの問題に真剣に対応していれば、あるいは竹内恵美さんは、そして高橋利尚君は死ななくて済んだかもしれないのです。大臣は、体罰の現状についてどのように認識しておられるでしょうか、また、文部省の対応のおくれについてどのようにお考えか、お尋ねいたします。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 今、先生御指摘のように、岐阜県の高等学校で相次いで生徒の自殺、そして生徒の死亡という事件が起こったことはまことに残念であり、遺憾至極であると思っております。  竹内恵美さんの件につきましては、けさも佐藤委員から質問というか意見の表明もあったわけでありますが、山内教諭が竹内さんの練習や勉強に身が入っていないということから厳しく叱責し、あるいは体罰があったかどうかという点までは詳しくない点もありますけれども、そのことが一つの原因となって自殺された、まことに遺憾なことであると思うのであります。  もう一つの、修学旅行中の事件でありますけれども、これはもう大変ひどい体罰が加えられたようでありまして、それが直接の死の原因になっておるということで、現在、水戸地方検察庁土浦支部から水戸地裁土浦支部に起訴されておるわけでありますけれども、いずれにせよ体罰が行われたということは遺憾至極なんであります。  この点は、私が言うまでもなく、学校教育法第十一条で厳に禁止されておるのが体罰なんでありまして、このことは教師たる者は当然知っておるはずなんであります。なぜ体罰がいけないのかという点でありますけれども、直接的には相手方の生命、身体、健康等に対して害を与えるということだけではなくして、やはり体罰の場合には、ほとんどの場合がそうと言えるかもしれませんけれども、感情的になったり、そしてまた相手側もこれに反発するということになってまいりまして、決して教育上効果のないことなんであります。やはり教育がよりよく行われるためには、教師とそれから教えを受ける生徒の側に信頼関係があるということが前提なんでありまして、体罰というのは愛のむちだなどということを言う人がいるかもしれませんけれども、やはり大部分の場合が愛のむちよりは感情がほとんどの場合まじっておるのではなかろうか。そうなりますと、先ほど言ったように生徒と教師との信頼関係が根本的に損なわれる、そういう状況下では教育というものは成り立つものではない。そういったことから、学校教育法でも第十一条にわざわざ、当然のことではありますけれども、規定をしておるということなんでありまして、教師たる者は、当然のことながらそういう規定は承知しておるわけでありますので、ぜひひとつそういう規定を忘れることなく、教師本来の立場、使命に立脚をして、そして教育活動を続けてもらいたいというふうに思う次第でございます。

簑輪幸代日本共産党・革新共同

○簑輪委員 大臣の御答弁を伺っておりますと、まだ事実関係を十分に御承知でないということもあると思います。私は、やはり文部省が、この竹内さんの事件にしても高橋君の事件にしても、もっと真実を明らかにするよう積極的取り組みをしなければならないということをつくづく思いました。と同時に、体罰が学校教育法の十一条で禁止されている、その意味というのは、やはり日本国憲法、基本的人権の尊重、人間の尊厳、そういう立場から教育基本法がつくられておりますし、そしてその教育基本法を受けて学校教育法というのができている。子供にも侵すことのできない人権がある、このことが基本にきちっと据えられていなければならないというふうに思うのです。教育的配慮だの、愛のむちだの、あるいはまた熱心さの余りだの、いろいろ言われることもありますけれども、それらは一つとして弁解にすらならないというふうに私は思うわけです。そういう事実を思うときに、学校教育法の十一条が体罰を禁止している、そのことは教師も承知しているはずだ、にもかかわらず体罰が全国的にそしてずっと継続して問題になってきている、このことを今日文部省が真剣に受けとめ、新たにどうするのかということが今問われているのではないでしょうか。  この体罰というのは、無抵抗の者を殴る、ほとんど説明もなしに殴る、何回も殴る、他の生徒の面前で殴る、まさに肉体的な攻撃を加えるだけじゃなく、侮辱をする、屈辱感を与えるというようなことまでされているわけです。これからは精神的虐待というものも子供たちの人権を大変傷つける問題として真剣に受けとめなければならないと思うのです。したがって、一般社会では到底許されないことが学校という閉ざされた枠の中で今まで蔓延してきたということを思いますときに、何としても文部省がこの問題で新たな取り組みをしていただかなければなりません。体罰は、教師が教育目的でやろうとしても、その本質は暴力でしかありません。暴力によって子供を支配し服従させようとしたところで教育効果がないことは、大臣師言われたとおりでもございます。子供の体を傷つけ、屈辱感や恐怖感を与えて生徒管理をする、さらにまた学校管理をする、こういうことは絶対に許されないことだと思います。子供を人間として扱うのではなくて動物として調教するにも等しいようなやり方、私はこの問題を放置しておくことは断じてできない。したがって、大臣が本当に憲法、教育基本法にのっとって真に民主主義教育を進めていくおつもりがあるのならば、この際、体罰問題に関して全国的に実態調査をきちっと行うべきだと私は考えます。これは、通り一遍の管理者に命じて数字を出させるというようなことではなくて、きちんと、体罰に直面している児童生徒あるいは父母などに直接アンケートをとるなどさまざまな工夫をして、この実態を明らかにしていくことがどうしても必要だと思います。あわせて、高橋君の事件、竹内さんの事件、これもきちんと真相を明らかにし、原因を究明して、これを根絶することが望まれている、私はそう思います。  そこで、大臣、こうしたことが二度と起きないように、子供の命が奪われることのないように、文部省として早急に実態調査に取り組む、そういう御意思があるかないか、端的にお答えいただきたいと思います。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 体罰による大変不幸な事件、こういう事件が二度と起きてならないことは当然でございますし、我々教育行政に携わる者だけではなくして、教育現場で教育に当たる教師ももちろんこれを十分に考えて生徒の指導に当たらなければならないことは当然でございます。  御指摘のありますように、最近、校内暴力、いじめ、自殺、体罰という非常に多くの、もろもろの事件があるわけでございます。したがいまして、文部省としては、そういうもろもろの好ましくない事件を総合的に集約しながら、それに対応する施策を展開していくことが必要であろうと思っております。したがいまして、いろいろな事件が起きるたびごとに文部省が直接その件について調査をするということは、限界がありましてできないわけでございます。四万の小中学校がありまして、それを文部省が全部掌握するような仕掛けになっておりません。そのために、市町村の教育委員会あり県の教育委員会があって管理するわけでございますから、そういう事件については、その都度報告を求めるという対応はいたしますけれども、文部省みずから調査するということは制度の仕組みとして考えられないことでございます。しかし、先ほど申し上げましたような総合的ないろいろな事件についての実態把握には努めていかなければならないと思っておりますし、そして年に一回程度そういう総合的な実態把握の調査を今後やっていきたいと思います。また、それだけでは足りませんので、そういう事件については随時的確な報告を求めるということで対応してまいりたいと思います。

簑輪幸代日本共産党・革新共同

○簑輪委員 今の御答弁は、まことに今起こっている事態の深刻さをしっかりと受けとめてないと私は思うのですね。先ほど来いじめの問題もありまして、いじめについても調査をされているというふうに伺いますけれども、きょうの夕刊にも出ております。法務省の人権擁護局長は、教職員による体罰といじめの関係について、「体罰の中には、その内容が陰湿で児童、生徒のいじめを誘発し、あるいは助長していると思われるものも見うけられ、体罰がいじめに深く影を落としていることが否定できないのではないか」とはっきり述べているわけですね。いじめについて調査をされている。それよりも、今、そのいじめを調査する中でも明らかになっている体罰問題にしっかりメスを入れない限り、いじめの問題を解決することもできないということは明らかではないでしょうか。大臣、私は大臣の政治的な決断を強く求めたいと思います。これ以上犠牲者が出ないためにも、この深刻な体罰問題について、方法についてはいろいろ工夫していただきたいと思いますけれども、緊急に体罰に関する実態調査をやってみたいという決意を伺いたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 直接問題になっておる二件につきましては、これは教育行政に関する仕組みの問題もありますので、言うまでもないことでありますが、直接は県の教育委員会でありますので、県の教育委員会を通じてより正確な真相の把握をいたしたい。起訴されている事件につきましては、一番正確なのは検察当局だと思いますので……(簑輪委員「大臣、実態調査についてお願いします。時間がございませんので」と呼ぶ)その方も見まして真相把握に努めたい。  それから、実態につきましては、正確に把握する必要があることはこの事件だけじゃなくして必要なことでありますので、これも都道府県教育委員会を通じて全国的な実態も調査をして把握しなければならぬと思います。

簑輪幸代日本共産党・革新共同

○簑輪委員 大臣に実態調査をお約束していただきましたので、方法については工夫をしていただきまして、これは早急に調査をされた上で対策をとっていただきたいと思います。  最後に、特に岐阜県の実情について私は大臣にも承知していただきたいと思いまして、昨日私どもの岐阜県委員会が岐阜県教育委員会に申し入れを行いましたので、この文書をぜひ参考にしていただきたいということで渡したいと思いますので、委員長、お願いいたします。  それから、あわせて委員長にお願いしたいのですけれども、今の質疑を聞いていただいておわかりのように、体罰問題というのは大変深刻であり、あわせていじめの問題等も重大な問題になっているということで、子供の教育にかかわる国会の中の仕組みとしての文教委員会において、この際、ぜひ体罰、いじめ等の小委員会等を設置していただくなど、積極的な取り組みをお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 委員長より申し上げます。  ただいま簑輪委員からの申し入れの問題につきましては、極めて重要な問題でございますので、後刻理事会において前向きに検討させていただきます。

簑輪幸代日本共産党・革新共同

○簑輪委員 もう時間がなくなりましたので、最後に、今回のこの事態の中で子供の人権がこれ以上脅かされることのないよう、そして再び犠牲が繰り返されることのないよう、大臣に積極的に取り組んでいただきたいということですけれども、今もなお、この瞬間も全国どこかでいじめられている子供がいる、あるいはまた体罰を受けている子供がいるということを思いますと、私は本当に心が焦ります。どうかこの体罰を、そして一切の暴力を教育の場からなくしていくために、大臣が積極的に取り組む御決意のほどを伺って、私の質問を終わりたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 いじめをなくすということ、これは大事なことであります。また、体罰をなくしていくということも大事なことであります。私は真剣にこの問題と取り組んでいく所存でございます。

簑輪幸代日本共産党・革新共同

○簑輪委員 終わります。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 江田五月君。

江田五月社会民主連合

○江田委員 岐阜県の学校で起こった二つの大変に悲劇的な事件を例にとられた簑輪委員の今の、人の肺腑をえぐるような質問がありましたが、確かに学校現場が大変に荒廃をしておる。学校だけではなくて社会全体もどうもとげとげしい世の中になってきているような気がします。  文部大臣は、この事件の正確な把握というのを、どうも裁判記録をしっかりと精査をすると正確な把握ができるかのように御答弁をされましたが、やはり教育の問題ですから、事件の正確な把握もまた司法と別の観点からの把握というものが必要なんだと思いますが、そういう世の中の今のとげとげしい状態の中で、しかし、何とかとげを抜いていかなければならぬ、もっと本当に心の通う学校にしなければならぬし、社会にしていかなければならぬということが大切だと思います。それのためにいろいろなやることがあると思いますが、私はひとつここで具体的なことを尋ねてみたいと思います。  御承知と思いますが、私たちの国会議員の有志で鳥類保護議員懇話会というのをつくっておりまして、この懇話会がついせんだって総会をもちまして、その席で「義務教育課程において野生鳥獣の科学的知識、鳥獣保護、自然保護の教育を積極的に組入れることについて」という一つの決議をしております。  今、児童が自然を愛し、豊かな心を持つため、日常生活の中で自然と触れ合う機会、特に教育面で野生鳥獣について正しい科学的知識を持ったり、野生鳥獣を通して生物愛護の必要性を学んだり、自然の仕組みやその大切さを知ることが非常に重要。確かに、例えばバードウオッチングであるとか、あるいは野生の鳥のサンクチュアリーであるとか、いろいろなことがこの世の中に芽生えてきておるわけですが、学校教育の中でどうもそうした鳥獣保護、自然保護が十分に扱われていないのではないか、そういう指摘があるのですが、大臣どういうふうにお考えになりますか。まず、総論を伺います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 教育基本法に人格の完成が教育の目標と、こう書いてあるわけでありますけれども、私は、その人格の完成の中には、弱いものとかあるいは鳥類とかそういったものをかわいがるとか、いたわるとか、そういう心をきちっと持っているということも、人格の完成の中の大変大事な分野だと思うのです。そういう心というものは、これは小さい段階から、弱いものあるいは鳥類等動物類についてでございますけれども、やはりかわいがる、大事にする、愛する、そういったことを身につけさせる教育というものが必要であろう。私は、そういう心というものは、むしろもう学校教育の前の段階から身につけさせなければならぬ問題だというふうに思うわけでありますが、学校教育の場におきましても、自然保護とかあるいは動物愛護とか、そういった心を育てる教育というのは非常に大事なことだというふうに認識をしているわけでございます。

江田五月社会民主連合

○江田委員 今、義務教育の教科書でどの程度、この鳥類、特に野鳥とかあるいは自然保護というようなものが取り扱われておるかをお答えください。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 学校教育の場では、社会科、理科及び道徳、こういう教科で、自然保護、動物愛護、鳥類保護、そういうことを含めた教育を行っているわけであります。  例えば社会科では、小学校五年の段階で環境の保全や資源の有効利用ということで自然環境の保全の必要性、それから中学校の段階においてもそういう内容をもっと深めた学習。それから理科では、小学校の段階では、低学年の段階では小鳥を含めた動物の飼育や観察、植物の栽培、中学校の段階では自然と人間とのかかわりについての学習、そしてこれを通じて動植物についての理解、そして生命の尊重、こういうことを教えております。また道徳では、小学校の指導目標の一つに、自然を愛護し、優しい心で動物や植物に親しむということを示しておりますし、中学校においても自然を愛する豊かな心を持つことを示しているわけでございまして、いろいろな教科を通じ、また教科以外の特別活動を通じましても、自然との関係、そして鳥類、動植物に対する愛護、そういうことをかなりやっていると思っております。

江田五月社会民主連合

○江田委員 かなりやっているという御見解のようですが、ここに一つの調べがありまして、小学校の六年間に鳥に関する情報が載っかっているページ、これを分子として、全部の理科の教科書のページ数を分母としてパーセントを出すと、つまり全部の教科書のページ数のうち鳥が載っかっているページは〇・五%しかないという調査がありますが、しかも、その鳥が載っかっている場合にも、飼っている鳥に関するものは比較的あるんだが、野鳥、自然の中で自然の生命として存在をしている鳥についての情報というものが非常に少ないという、そういう指摘がある。〇・五%が多いか少ないか、どうもほかの比較の対象が難しいですから何とも言えませんが、やはりもっとこの自然保護というものを学校教育の中で大切にしていただきたいとお願いをしたいと思いますが、いがですか。

高石邦男文部省初等中等教育局長

○高石政府委員 基本的に自然とのかかわり合い、そして鳥類、動植物に対するそういう教育をやるということは非常に重要でありますし、特定の理科という教材の中では今御指摘のとおりでございますけれども、先ほど申し上げましたような教科を通じてやっておりますし、なお、そういう点の自然との触れ合い教室、自然教室、そういうものの中でも大いにやっていかなければならないというふうに思っております。

江田五月社会民主連合

○江田委員 時間が余りありませんので次に移りますが、先般、著作権法を改正をしまして、コンピュータープログラムも著作権の成立する対象になるということで所要の規定の整備をしたのですが、その際、ひっかかりながらどうも質問ができませんでしたのですが、公務員が職務上作成した著作物は、これは著作権はだれに帰属するわけですか。

加戸守行文化庁次長

○加戸政府委員 著作権法第十五条で法人著作の規定を設けておりまして、法人等の発意に基づきその業務に従事する者が職務上作成する著作物の著作者はその法人等とするという規定がございまして、例えば国家公務員の場合、その仕事として著作物をつくれば、今の要件に該当する場合には国が著作者であり著作権者になるという考え方でございます。

江田五月社会民主連合

○江田委員 大学の先生、これは研究するのが職務ですね。その研究の結果コンピュータープログラムを開発した、これはどうなるわけですか。

加戸守行文化庁次長

○加戸政府委員 ただいまの、職務上作成する著作物と申し上げました場合に、まさにそのプログラムをつくることが大学の教官の職務である場合には国が著作者であり著作権者の地位に立ちますけれども、大学の教官は当然研究をいたします。研究は職務でございますけれども、その研究の成果として得られたプログラムである場合には、当該教官が著作者であり著作権者である場合が多かろうと思います。と申しますのは、例えば大学の教授が講義をする、その講義をすることは職務でございますけれども、その講義をするために作成をする講義案というものは当該教官の著作物であって国の著作物ではない、同様な考え方が類推適用できるだろうと思います。

江田五月社会民主連合

○江田委員 そうすると、そういうコンピュータープログラムをつくることを職務としている者でない一般の研究者が、大学の文部教官、国立大学ですと文部教官として研究の成果としてつくられたプログラムについては、それを例えば民間に回してそちらの方で大いに活用していただく、さらにその対価を得るということがあっても、それは構わないということになりますか。

加戸守行文化庁次長

○加戸政府委員 著作権法の建前からいたしますれば、先生おっしゃるとおりでございます。ただ、実際に開発するに当たりましては、自分の勤務時間中に職場で、例えばコンピューター等を操作しながらつくられる場合が多うございますから、そのことによって大いに稼ぐということにつきますと、公務員としての立場でいかがかという問題はあろうかと思います。法律上、著作権法上は先生のおっしゃるとおりでございます。

江田五月社会民主連合

○江田委員 そういうコンピュータープログラムも今の大学の中で随分日常的に見ることができるようになっていると思うのですが、これは今度また文部省に戻りますが、今国立大学でコンピューター関係の研究施設、教育施設、設備ではありません、施設はどういうものがあって、かつどのくらいの数あるのでしょうか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 主なものを申し上げますと、大型計算機センターということで全国共同利用の計算機センターが七大学に設置をされております。また、学内共同の施設といたしまして総合情報処理センターあるいは学術情報処理センターという名称で五大学に設置をされております。それから、やや規模の小さいもので情報処理センターというような名前で同じく二十二大学、それから、情報処理教育センターということで、専ら学生の教育上のためのものとして十大学、あとデータステーションという形で四十七大学、これは国立についての数字でございますが、概況そのようになっております。

江田五月社会民主連合

○江田委員 今大きいものでは大型計算機センター、それから総合情報処理センター、情報処理センター、さらに情報処理教育センター、これは文部省で言えばそれぞれどういう部局の所掌になっておりますか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 ただいま学術国際局の学術情報課というところで所管をしておりますが、ただし情報処理教育センターにつきましては高等教育局の技術教育課というところで所掌をしております。ただ、現在の方針といたしましては、教育機能というものもむしろ同じセンターで処理した方がいいのではないかという方向で整理を進めておるところでございます。

江田五月社会民主連合

○江田委員 その所掌の局が違うのはなぜかということを伺おうと思ったのですが、今までの経過がそうなっておって、これから何とかそれを整理していきたいということで伺っていいのですか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 これは経緯、主として経緯上の理由でございますが、当初情報処理教育の必要性というのが非常に叫ばれた時代に、まず教育目的のセンターをつくるということが若干先行した気味があるわけでございますが、その後総合的な形で整備するということで、漸次そちらの方に方向を転換させていただいたというのが理由でございます。

江田五月社会民主連合

○江田委員 大型計算機センター、これはだれが使えるのですか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 これは全国共同利用のためのものでございますが、現実には個々の大学と結びまして、個々の大学からアクセスを可能なようにする、その大学数をできるだけふやしていこうということで努力をしておるところでございます。したがいまして、全国とは申しますが、七大学というのはおのずから地域の中心になるような大学に置いてございますので、その地域を中心とした諸大学とのネットワークを第一次的には形成したい。ただ、将来はそれを全体として統合したようなネットに持っていきたいという計画は持っておるわけでございます。

江田五月社会民主連合

○江田委員 国立大学からはアクセスできる、その他の研究機関、教育機関、私立大学にしても公立大学にしてもあるいは民間からはアクセスはできないのですか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 私立大学、公立大学につきましてもこれはアクセスが可能でございます。もちろん個々の大学で現在結んでおるものとおらないものとございますが、原則的には可能でございます。  それから、民間との問題につきましては、これは私どもで学術情報システムということを構想いたしておりまして、まず大学内部での学術情報のシステムを完成するというのが第一段階ではないか、そして、それがある程度形をとりました時点で民間との交流というのは次の課題にさせていただきたいということで、現在では原則として行っておりません。

江田五月社会民主連合

○江田委員 大型計算機センター以外の今の総合情報処理センターとかあるいは情報処理教育センターとか、こういうものに対するアクセス、これはどうなんですか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 総合情報処理センター等につきましては、学内共同でございますので、原則学内の研究者がそれを使用するということになっております。ただ、筑波大学だけは、これはデータベースサービスの試行等をやっておるという関係で、一部学外の研究者等の利用にも供しておるという状況がございます。

江田五月社会民主連合

○江田委員 そういうふうに、全国共同利用の大型計算機センターを除いて、その他のセンターについては、学内の施設であるということで他の大学あるいは他の研究機関あるいは民間はアクセスできないということになっていもわけです。しかし、これは技術上は何ら差し支えない、できるわけですね。専ら制度上の、制度の設置目的ということでそういう制限をつけているだけであって、技術的には大いにひとつネットワークを結んでいくということは可能なんじゃありませんか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 技術的には可能であろうと存じますが、ただいまの段階では、むしろ他大学へのサービスは大型計算機センターが直接行うという形で整備を進めておる状況でございます。

江田五月社会民主連合

○江田委員 しかし、大型計算機センターは旧帝大にあるので、旧帝大にあればそれで全部賄えるじゃないかという、もしそういうお考えだとすれば、それは大変な思い違いじゃないでしょうか。そうではなくて、むしろ旧帝大以外に地方の大学もそれぞれに特殊な専門性を持って、どこの大学にもそれぞれのいいところがある、すばらしい点があるという方向にこれからの大学を持っていかなければいけないので、だから、旧帝大のものだけが全国共同利用になっているからそれでよろしいのだ、どこか地方の駅弁大学に少々情報があったって、そんなものは全国どこにも利用できなくても構わぬのだというお考えだとすると、これは大変な時代錯誤だと思いますが、いかがですか。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 大型計算機センターの利用につきましては、各大学を通じまして大体千四、五百ないし六千程度の利用者が、これは広く国公私立大学、短大、高専等にわたってあるわけでございまして、そういう意味でそれぞれの大学へのサービス網は確保しつつあるわけでございます。ただ、さらにきめの細かいサービスとして、そういう総合情報処理センター的なものについても近隣の研究者等に開放するかどうかという点につきましては、これは、その大学の情報処理センターの利用の状況、つまり学内だけでいっぱいだというような状況がどうかということともかかわろうかと思います。いずれにせよ、各大学間の交流強化という観点から、全体の情報システムの問題として今後考えてまいりたいと思っております。

江田五月社会民主連合

○江田委員 何か非常におかしなことがあって、私ついせんだって岡山大学の総合情報処理センターを見学に行ってきたのですが、そこで話を聞いてみますと、例えば岡大の人が東京に学会に出てくる、そしてちょっと一つデータが欲しいのだということで、東大の大型計算機センターへ行って、そこから岡大のコンピューターを使って岡大にあるデータを検索するということは可能だ。しかし、東大の人が岡山で開かれた学会に行って同じことをやろうと思って岡大へ飛び込んでも、それはできない。何でそんなことになるのか、まるっきり理解に苦しむ制約があるというのですね。広島と岡山との間の大学間のプログラムも全然接続ができていないとか、そういう妙な縄張り風の制限はやめて、ひとつ大いに全国のコンピューター、せっかくこれだけ整ってきているわけですから、随分のお金をかけて大変すばらしいハードを入れているわけですから、これをもっと最大限利用できるようなシステムにしなければ、これは税金のむだ遣いというだけではなくて、これから大学が社会に開かれていかなければならぬとか、学際領域の研究などもどんどん必要なんだというようなことを考えるならば、当然取り組まなければならぬ課題だと思いますが、文部大臣、余り細かなことは結構ですから、まず私の質問についての感想を伺って、それからあと実務的にこれからどうされるかを伺って質問を終わります。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 全国的な学術情報システムを整備することは大事なことでありまして、今先生御指摘のように、いろいろな大学で相互に活用できるようなシステムにすることが望ましいと思います。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 先ほど申し上げましたように、学術情報システムを完成させますためには、学術情報センターといういわば中央に全体の調整をする組織がどうしても要るのではないかということで、ようやく東京大学内部に東京大学の文献情報センターという形で全国共同のセンターをつくってそのための準備作業を開始した時点でございますが、考え方といたしましては、そのセンターができますれば、むしろその中央センターは大型計算機センターとも結ぶと同時に総合情報処理センターとも直結するというような形で、総合情報処理センターの機能をさらに活性化するという方向で努力したいと思っております。いずれにせよ、今後全体の情報システムを考え、整備していく過程で、ただいまの御趣旨も体して努力してまいりたいと思います。

江田五月社会民主連合

○江田委員 終わります。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 大崎学術国際局長。

大崎仁文部省学術国際局長

○大崎政府委員 先ほどお尋ねいただきました点につきまして、現時点でわかります限りでお答え申し上げたいと存じます。  まず、第一点の、機種更新の際、当初システムの構成にどのような変更があったかという点でございますが、これは、一つは運営委員会のもとに機種選定委員会を設けて、そこで一応の結論を出し、報告があったわけでございますが、その時点では、NECのACOS四五〇とMS七〇とを組み合わせるということで、またそれに関連します各種の設備を添えた報告がなされたわけでございます。その後運営委員会で議論をいたしまして、画像処理装置とチャンバー制御システムをそれぞれ単機種で作動させた方がよいのではないかというような理由で、現在のACOS三五〇、MS五〇、それからMS三〇のシステムに変わったというふうに伺っております。  なお、和田報告書の中で若干の変更と申しておりますのは、一応運営委員会の結論に基づいてセンター長と日本電気の間で打ち合わせがなされていく過程でさらに変更があったということでございまして、例としましては、端末装置が四台から三台になる、あるいは当初予定されていなかった日本語のワープロが追加をされる。それから、MS三〇の対象のグロースキャビネットを三台から六台にするというような変更がなされたと聞いております。  なお、機種選定委員会の選定と実態との相違ということになりますと、それ以外に、主記憶装置が六メガバイトから四メガバイトになる、あるいは磁気ディスク装置が削除されるといったような幾つかの変更がなされておるという状況でございます。  それから、次に、昭和五十九年の十一月十九日以降に機器が新たに搬入されていないかというお尋ねでございますが、この点につきましては、昭和五十九年の十一月十九日にNECがパーソナルコンピューターN五二〇〇、二台と、それから通信処理装置ICP-Bを搬入したということでございます。これにつきましては正規の手続を経てないということでございまして、この点は問題があろうかと存じます。  それから、次に、東大農学部の電子計算機利用実態調査委員会の報告書作成に当たってどこまでその証拠資料を精査したのかということでございますが、私ども報告書等を通じて承知しておりますのは、アカウントデータあるいは電子計算機アウトプット、磁気テープ、磁気ディスクというようなもののほかに、調査委員会が入手し得た書類というようなことで聞いておるわけでございますが、これをどの程度突っ込んだ検討がされたかということにつきましては、現在私どもとして把握をいたしておりません。  それから、次に、レンタル開始後長期にわたってその負荷テストを行ったという理由でございます。これにつきましては、東京大学がNEC側から聴取した説明によりますと、負荷テストは、将来において利用者の増加があった場合、電子計算機の負荷状態が高くなり、メモリー容量及びディスク容量の不足が生じる可能性があるので、現有システムがどこまで対応が可能であるかを見きわめるために行ったというような説明がNEC側からなされておるようでございますが、引き渡し、まあ契約書の文言から見まして、この点、レンタル開始後さらにこのようなテストをかなり長期にわたってやるということにつきましては問題であろうかというふうに考えます。  それから、次に、アプリケーション・プログラム・パッケージを組み込まなかったのはなぜかというお尋ねでございます。これにつきましては、早速確認をいたしましたところ、御指摘のとおりアプリケーション・プログラム・パッケージを組み込んでおりません。その理由については、当事者とちょっと連絡がとれませんので現在確認できませんが、さらに確認をいたしたいと存じます。  それから、限界テストの点につきましては、これは御指摘のとおり、電子計算機の専門家にも確認をいたしましたが、先生御指摘のとおり、他者による電算機の使用をストップした上で行わなければできないということでございます。東大に照会して、今の時点の回答としては、時間を分けてやってきたんだという回答を一応得ておるところでございます。  以上でございます。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 五十嵐会計検査院第二局文部検査第二課長。

五十嵐清人会計検査院第二局文部検査第二課長

○五十嵐会計検査院説明員 先ほど先生の御質問は、レンタル後長期間にわたってテストを繰り返す、こういった不完全な機器に対して借料を払っているのは国費のむだ遣いじゃないかというような御趣旨だったように思っています。これにつきまして、確かに、御指摘のように契約条項に違反するというような事実があるとすればこれは遺憾な事態である、このように思っております。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 矢山有作君。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 きょうは時間の限界がありますから、今の答弁を聞きながら私の気づいたところを申し上げておきます。  一つは、電算機使用時間の問題ですね。つまり、電子計算機の使用時間通知書、これが作為的に改ざんされたんじゃないかという問題。これはいろいろここで議論せぬでも実情を調べていただけばわかることですから、これはぜひお調べをいただきたい。そうして正確な御回答をいただきたいと思います。  それから、私の調べておるところでは、この五十六年の十月十二日の運営委員会で細かいシステム構成の話が行われておるわけです。ところが、それがその後にいろいろ変更になったということが実は問題なんです。東大側の言っておるのは、この問題については五十六年の十月十三日の運営委員会では細かいことは決まらなかったんだ、こう言っているわけですね。決まらなかったんだ、それで、あとの容量の問題とか附属機械の問題等についてはセンター長に一任したんだ、こう言っているわけです。ところが、これは明らかに間違いです。これは私の手元にある資料で、ちゃんと五十六年の十月十三日に、どういう機器を導入するか、どういう容量のものにするか、どういう附属機械を入れるかということは相談をやられておるのです。その相談をやられておるものを、このときには決まらなかった、決まったのはACOS三五〇とMS五〇とMS三〇を入れることだけが決まった、あと容量、附属機械の問題は全部センター長に任せた、こういうふうな報告なんです。これは大きな食い違いがあるのです。何でこんないいかげんな報告をしなければならぬのか、この点が一つは疑惑なんです。だから、この点もはっきりとお調べいただけばわかることなんで、ぜひお調べをいただいておきたい、こういうふうに思います。  それから、もう一つの問題は、例の質問の五、六、七にかかわる、つまりNECの方がUTあるいは0SKのソフトを使ったCERESコンピューターの利用をやったとか、あるいは農学部研究室のOA化のためにN1システムを応用してこのコンピューターを使ったとか、こういったものについて自社業務がどうか判断ができなかった、こう言っているわけですね、これが自社業務がどうか判断できないことはありません。これは和田報告書の中にも示されております、最後に。この調査の対象にした主な資料はこういうものだ、こう挙げておるわけです。これを本当に中身にまで立ち入って調査をしておるのであるなら実態は把握できます。中身に立ち入らないで、何ぼこの書類の数があるとか、何ほの数の中身があったとか、その程度の調査ではこれはわかりません、その資料の中身に立ち入って調査をしなければ。それをやれば、負荷テスト、限界テストと言われておるものが、そうではなくて実はUTあるいはOSKのソフトを利用したNECの自社業務をやったんだ、このことが明らかになってくるはずです。  そのことは同じように、農学部研究室のOA化のためにN1システムを応用したシステムを使用した、この分についてもその調査をやれば明らかになります。  しかも、もう一つ申し添えておきますと、OA化のためにN1システムを応用してやった、こう言うのですが、N1システムはまだ開発されてないものであります。開発されでないものを応用してやれるわけがない。これは論理的にはっきりしておることなんです。むしろ、もう一つ言うなら、N1システムの問題は文部省もNECに開発を委託しておるんじゃありませんか。だから、そういった問題をもっときちっと調べていただきたい。このことはぜひやっていただかなければならぬと思います。  そして、このOA化の研究のために新しい機器の搬入をやったり既設機器の接続や取り外しまで勝手にやった。これは、先ほど正規の手続を経ておらぬとおっしゃったが、そういうようなことがどうして行われるのか。これは東大とNECとの間の何かよほどの関係がなければこんな野方図なことが行われるわけはないので、この点もきちっとお調べをいただきたい。  こういうようなことの調査をやるためには、今のシステム構成を絶対に解体して撤去させてはなりません。これを解体撤去させるというと実情の究明ができなくなります。NECは、レンタル期間が切れた、つまり契約期間が切れたから解体撤去と言うでしょう。しかしながら、NEC自体がレンタル料を取りながら自社業務のためにこのコンピューターを利用しておるということになるのですから、そんな契約期間が切れたから早く持って帰りますということにはならぬ。だから、真相が究明できるまでこれはぜひ残しておいてもらわなければいかぬ。我々も実態を調査したいと思います。  それから、先ほど限界テストについてはお話がありました。負荷テストについても先ほども申し上げたと思いますが、どうも自社業務であったかどうかわからぬとおっしゃいます。これは先ほど言った資料を十分調査していただければすべて明らかになりますので、いいかげんな調査でなしに徹底した調査をやっていただきたい。特に、この種事件が起こるというのは、ただ単に偶然に起こったものと私は思っておりません。恐らく東大の農学部側とNECの側、この間に相当な癒着関係が生まれておるのじゃなかろうか。それだからこんな野方図なことができたのだというふうに私は解釈せざるを得ぬので、これは徹底的に調査をして実情を究明していただかなければならぬと思います。このことはぜひお願いしておきます。  そして、調査をする場合に、和田報告書というのがいかにずさんなものであるかということは、これまでの質疑の中で、特に寺田教諭が使った時間とされておる千八百七十五時間等を俎上に上げながら私は明らかにしたところです。だから、そのものだけに頼るのではなしに、せっかくそのほかにも報告書は出ておるわけでありますから、それをも十分調査の対象にする。その報告書を書いた人たちの意見も積極的に聞く、こうした手だてをやっていただかなければならぬと思うのです。  以上、御要望をいたしまして、これは最終的に、いろいろと私の質疑を聞いておっていただいた大臣の方から明確なお考えを示していただきたいと思います。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永国務大臣 御指摘の、東大のコンピューターについて効率的な利用がなされていなかったこと、そして、管理につきましてもずさんで不十分な点があったということ、これはもう先生の御指摘が事実のようでありまして、はなはだ遺憾なことであると思っております。  なお、東大側で責任者については処分がなされたところでありますけれども、なお真相を解明する必要があると思いますので、先生の御指摘等、これは真相解明に努力をしなければならぬと思う次第でございます。

矢山有作日本社会党・護憲共同

○矢山委員 それで、いずれ調査結果等も明らかにされると思いますが、その時点で私の方もなお詳細な調査をして、また機会を持ってお伺いをさせていただきたい、こういうふうに思います。  終わります。

阿部文男自由民主党・新自由国民連合

○阿部委員長 次回は、来る七日午前十一時理事会、午前十一時三十分委員会、午後一時十分義務教育諸学校等における育児休業に関する小委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後六時四分散会

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