文教委員会 第11号
- 発言数
- 177 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1985/05/17
会議録
○大塚委員長代理 これより会議を開きます。 本日は、委員長の指定によりまして、私が委員長の職務を行います。 内閣提出、著作権法の一部を改正する法律案を議題といたします。 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 本案審査のため、来る二十二日、参考人の出席を求め、意見を聴取することとし、その人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大塚委員長代理 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 —————————————
○大塚委員長代理 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。池田克也君。
○池田(克)委員 公明党の池田克也でございます。 最初に、今回の著作権法改正の意義づけあるいはその位置づけと申しましょうか、これについて大臣から御所見を承りたいと思うわけでありますが、若干私の意図するところを御説明いたしますと、去年は、いわゆる貸しレコードに関する貸与権の改正がありました。著作権については、時代の要請でいろんな不備な点あるいはつけ加えなければならない点、いろいろあると承知をしております。したがって、抜本改正というふうにはまだなってないようでございますが、私が今回の改正案を勉強する限りは、コンピュータープログラムについてのみ一つの対応をしたという部分改正のように私は受けとめているわけであります。これも、後から申し上げますが、非常に重要なことは十分認識をしております。やはりレコードの問題あるいはコンピュータープログラムの問題等いろいろ具体的な事件あるいは裁判、こうしたものが起きてくる後追いみたいな形でいろいろと法改正がなされていくわけでありますが、前にも附帯決議等でコピーの問題あるいは集中処理機構の問題等いろいろ言われているわけでありまして、私は、ずっといろいろな形のものが並んでいる中での一つではないかな、こんなふうに思うわけでありますが、将来における一つの見通しも含めまして、今回の著作権法改正の位置づけというものについて御所見を承りたいと思うわけでございます。
○松永国務大臣 著作権制度というのは、先生よく御承知のとおり、人間の知的な作品あるいは頭脳活動による創作品に対して適切な保護を与えることによって文化の発展に寄与する制度であるというふうに私は理解いたしております。いわゆる文化国家、文化の発展した国と言われるほど知的作品に対する保護、尊重という考え方が定着をしておるわけでありますが、我が国も徐々にそういう傾向になってきていると思います。 しかし、科学技術が非常に進歩してまいりますといろいろな問題が起こってくるわけでありまして、その問題の一つが先般対応していただきましたレコードに関係した問題であったかと思いますけれども、コンピュータープログラムも、そういう意味では新たな人間の知的な作品をどう保護していくかという問題として、数年前から非常に大きな問題になってきておるわけであります。いろいろな意見もあったわけでありますけれども、著作権法の保護の対象として著作権法の中に取り入れるべきであるというのが世界の大勢でもありますし、また、我が国の裁判におきましても、コンピュータープログラムは著作権法で保護すべき著作物であるというふうにする判例が幾つも出ておるという状況でもありますので、この際、コンピュータープログラムを著作権法に基づく保護の対象、その著作物につけ加えるという制度改正を行うことにしたわけでございます。 ただ、先生御指摘のように、著作権法の問題に関しましては、いろいろな課題が起こってきておるわけでありますが、それぞれ専門家の御意見等も聞きながら、時期を失しないように適切な対応を今後ともしていかなければならぬ、こういうふうに考えている次第でございます。
○池田(克)委員 私が大臣にお伺いしたいのは抜本改正——抜本改正というとこれはいろいろと意味合いが広いのですが、これは政府委員からもお伺いした方がいいのかもしれませんが、現在検討中の著作権絡みと申しましょうか、いろいろな課題が並んでいると思うのです。私は、例えば出版をめぐる問題とかあるいはデザインをめぐる問題あるいはその応用にまつわるさまざまな周辺の問題、今回プログラムが出ておりますが、当然付随してデータベースの問題なんかも出てくるのじゃないかと思っております。今文化庁の中で具体的な準備をしておられるかどうか、私は正確なことはわかりませんが、もしできるならば、これから先どんな方向でこの問題が進んでいくのか、御説明いただければと思います。
○加戸政府委員 ただいま先生御指摘ございましたように、著作権法上の課題は、幾つかといいますか数多くあるわけでございます。もちろん科学技術の進歩によりまして、いろいろな著作物伝達のメディアあるいは著作物そのものの考え方自体も変質してまいっておるわけでございまして、当面、今回提案申し上げております著作権法の改正によるコンピュータープログラムの保護以外にも、現在既に検討に着手しあるいは検討を行っているものといたしましては、一つはデータベースに関する著作権問題、それからニューメディアに伴います著作物利用の態様に関します権利作用の問題、それから新しい問題といたしまして、ビデオソフトに関する取り扱いの問題をこれから検討したいと考えておるわけでございます。 それから、既に過去審議会で報告をいただきながら、今なお相当の時間の詰めを行っておりますものとしましては、家庭内録音・録画の問題、いわゆるホームテーピングと言われているものでございます。それから、同じく時間をかけておりますのが、コピー、ゼロックスの普及に伴います複写、複製の問題でございます。これらは両者ともに報告をちょうだいした上で、かつ関係者との話し合いその他を進めて、いろいろな形で動きがあるわけでございますが、このほか上いたしましても文化庁が取り組むべき課題として考えておりますのが、一つが、コンピューターによりまして著作物がつくられる、いわゆるコンピューター自身が著作物をつくるといった、そういったコンピューター創作物の著作権問題をどうするのか、さらに、最近出てまいっておりますが、出版者からの要望でございます版の保護の問題を審議会等において検討していただくかどうか、そのほか条約関係といたしまして隣接権条約への加入問題、それから少し先に問題になりますけれども、放送衛星による送信の問題といった、数え上げましただけでも相当な量のものがあるわけでございまして、その中の緊急性の高いものからいろいろ御検討いただき、あるいは関係者のコンセンサスなり合意なりが得られたもので制度改正をしていくという方向に向かうと思います。 そこで、池田先生おっしゃいました抜本改正という御指摘でございましたが、御承知のように、明治三十二年にできました旧著作権法を昭和四十五年に全面改正いたしまして、相当な風雪に耐えるという考え方で出たわけでございますので、著作権制度の骨格、基本といいますものは、現在の現行著作権法によってその大枠を維持し、かつ条約上の義務等もございますので、この大きなフレームは変えることはできませんが、その中にありまして、個別の問題に対応した実情に即した手直しというのがそれぞれ今申し上げた課題に伴って必要になってくるだろう。そういう考え方で、当面はいろいろな課題について、それぞれ順次個別的な手直しによって対応していくという考え方で進めているわけでございます。
○池田(克)委員 大変たくさんの項目が挙がっているわけでございます。昭和四十五年にたしか改正されたわけでございますが、その当時も、あるいはそれからかれこれ十年ぐらいの間、著作権というのは余り大きな変革を見なかったように私は理解をしております。しかしながら、ここ数年来の動きでしょうか、この問題がいろいろと新しい時代に即応して法律を直していかなければならない、こういうふうな状況に立ち至っているわけであります。 今いろいろ挙げられた中で、私どもは長年関心を持ってきた問題に、出版物についての版面権と俗に言われておりますが、私も自分の過去にそうした編集の仕事をしていた経験もありまして、何回もこの委員会でこの問題についてはお尋ねをしたこともあるわけでございます。文献複写が非常に広範に行われており、最大の被害者は出版に携わった関係者である。非常な労力をもって作成し、情報の処理を手際よくやって発行すると、それがそれぞれ新しい機械でたちどころに複写されていく。十分それに対する報酬が償われてないと申しましょうか、こういう事例はあちこちに見られるわけでございます。とりわけファッションであるとか建築のデザインであるとか、こうした一目瞭然でコピーされていくような場合には、非常に労力が大きいだけにむなしさというものが伴う。こういうようなことであれば、やはり出版意欲というものが減退するということは、私は非常に大きな問題ではないかと思って見ておりまして、今ちらっと加戸次長の方から出版権の問題も研究をしている、こういうお話がありましたのですが、この問題について、著作者の創作活動を助けて版面の構成に創作的な行為を行っている出版者、これに対してどういう方向で今対応を進めておられるのか、これは見通しが明るいのかあるいはなかなかいろいろな問題があって難しいのか、この辺のお話をもう少し聞かしていただきたいと思っております。
○松永国務大臣 詳細な点は次長の方から答弁をさせていただきますが、先生御指摘のように、書物等の複写、いわゆるゼロックスによる複写、非常にはやっておるわけですね。私どもも結果的にはいろいろな会議等に本を複写したものを渡してもらって、そしていろいろな会議の参考にさせていただく、あるいは自分自身の勉強にさせていただくというのが日常茶飯事みたいに行われていることは事実でございます。こういったことは著作者の権利を侵害するだけでなくして、それを本として出版をしたその出版関係者の非常な利益を害することになることは事実なんでありまして、しかも、複写機器あるいは複写技術というものは大変な進歩発展を遂げておるわけでありますから、ますます複写とかそういったことがはやってくる傾向になることは、想像にかたくないわけであります。しかも、今先生御指摘の著作者の創作活動による作品を、さらにいろいろな知恵を加えて研究をして、そして出版物として出版されるのだと思うのでありまして、そこに出版者の知的活動の結果出版物になっておるという面があるわけなんでして、それが簡単にゼロックスされる、そうしますと本来の本の著者の権利侵害という面も当然あるわけでありますが、同時に出版関係者の大変な利益の侵害がなされる、あるいは出版者の知的活動の成果というものがほとんど盗用されるような形にも実はなり得るわけでありまして、そういう点でこの問題は大変大きな問題だというふうに私も実は承知しておるわけであります。 そこで、関係者からこの問題について、版面権というのでしょうか、一つの権利を創設していただいて、出版者の権利を保護するような仕組みをつくるべきであるという要望が出されておるのでありまして、それを受けまして文化庁としては著作権審議会でこの問題についての検討をお願いしておるわけであります。その検討の結果を踏まえて適切な対応を図ってまいりたいと考えておるわけでありますが、詳細な点は文化庁の次長の方から御答弁をさせていただきたい、こういうふうに思います。
○加戸政府委員 ただいま大臣が御説明申し上げたとおりでございますが、もともとこの問題と申しますのは、いわゆるコピーに関します、複写、複製問題に関します集中的権利処理機構の研究をいたしました調査研究協力者会議の報告が昨年四月に出されまして、それを受けて現在出版者の団体、特に日本書籍出版協会の中で委員会を設けてこの問題の取り組みをしておるわけでございまして、七月ないしは八月ごろにおよその結論が出るわけでございます。 そういったコピー問題、複写、複製問題に対応するシステムをつくっていく場合に、実は法律上の権利被害者はだれであるかと申しますと、例えば論文等を執筆されました作家、学者でこざいます。ところが、実態的に申し上げますと、ある学術雑誌が出版されれば一部購入して必要な部分だけコピーして回せばみんなが購入しなくても済むという点で、特に学術雑誌、雑誌関係の出版者が実態的には大きな被害を受けているわけでございます。ところが、そういった出版者は著作権法上の権利者ではないということになりますと、集中的権利処理機構を設立して対応しようといたしましても、中核になっていただくのは出版者であるべきでございますが、法律上の権利者ではない。一方、法律上の権利者である作家、学者の方々は、その集中的権利処理機構をまとまってつくってというような手間暇をかけて、お金をかけてというようなお気持ちにまでなれない。そういった実態問題がございますことを受けてたと考えますけれども、本年の四月に入りまして日本書籍出版協会並びに日本雑誌協会から、版面権あるいは版面の利用に関する権利、あるいは版の利用に関する権利というような考え方の権利創設の要望が出まして、五月に入りまして同じく社団法人の出版梓会からも同様な要望書が出ているという状況でございます。そういった意味で、今の集中的権利処理機構による対応との関連におきましてこの版面に関する権利というものは検討するに値する事柄だという考え方を持っているわけでございまして、外国の例といたしましても、イギリスでは既に著作権法の中で出版の版に関する権利といたしまして発行後二十五年の権利が保障されているという例もございます。そういった外国の例も参考にしながら、今の集中的権利処理機構の本来のあるべき姿、実働、稼働性というものを考えた上での両面からこの問題に取り組んでいく必要があるのじゃないかと考えているわけでございまして、具体的には、大臣も申し上げましたように著作権審議会に御検討をお願いして、その検討結果を受けた対応ということになろうかと考えております。
○池田(克)委員 非常に重要なテーマでございますので、ぜひこれについて適切な対応をお進めいただきたいと思うわけでございます。 そこで、今お伺いしました出版に伴う版面権にいたしましても、しょせん情報の処理をめぐる知恵と申しましょうか、処理をめぐる創作ということになるわけでございまして、今回法律として出されておりますプログラム権についても、やはり情報の処理という点では私は共通項があるのじゃないか、どんなふうに思うわけでございます。もともとの情報がある、これについての処理に一つの創作性を認める、こういう二段構えのことである。この点について私なりの解釈でございますが、今版面権の話が出ました。原稿がある、これを処理する、あるいはそれを出版にふさわしいような形に直す、こういうことと、いろいろな情報がプログラムにおさめられてさまざまな機能を持つように創作、工夫される。言うならば二次的な加工と申しましょうか、処理、こんなふうに両者には共通項があるように私は理解するのですが、それで正しいのかどうか、そういう認識を押しつけるわけじゃありませんが、そういう考え方ができるかどうか、お伺いしたいと思いますす。
○加戸政府委員 先生御承知のように、著作権法では思想、感情を創作的に表現したものを著作物として保護する。と申しますのは、例えば一つの情報そのものが著作物として保護されるわけではなくて、そういった情報を具体的にどんな形で表現するかという形で表現されたものが著作物として保護されているわけでございまして、いわゆるノーハウ、原理、アイデア、情報といったものは、それ自体はストレートには著作権法上の保護の対象にはなっていないわけでございます。もちろん、そういったものをベースにそれが対外的に人が認識し得るような形で表現された論文であり、あるいはコンピュータープログラムであり、いろいろな形で表現された表現そのものを保護するのが著作権法の立て方でございます。法律的にはそうでございますが、内容的に見ますと、表現されておる形の中に盛られている情報もその結果として著作権法の一環として保護される形にはなりますけれども、確かに先生おっしゃるとおり論理としては二段構えになっているわけでございます。 そのほかに、実は著作物関連のものといたしまして、先生先ほどおっしゃいましたような、例えば版の権利のようなものもそうでございますけれども、言うなれば、そういった情報が表現されたものがどんな形で使われていくのかという周辺の問題として、例えば一つの例といたしましては、著作隣接権で保護しておりますレコード製作者の権利のように、録音行為ということについて準創作性を認め、保護するというような考え方が法制度上あるわけでございますので、一つの情報からそれが表現され、かつそれが利用されるような段階的な形で一応理論上区分けするならば、むしろ三段階といいますか情報そのもの、情報が表現されたもの、その表現された情報がどんな形で使われていくか、使われている周辺の問題という意味では一応三つに分けて考えることもできるのではないかと思います。
○池田(克)委員 今三段構えとおっしゃっていたのですが、例えばシナリオを役者が舞台で演ずるというしぐさそのものはどういうことになりますか。
○加戸政府委員 これは著作隣接権制度として、今の著作権法上におきましては、いわゆる実演家が演ずる実演ということで舞台で演じます。そのしぐさ、演技というものは、著作隣接権の目的となる実演として保護されているということでございます。 〔大塚委員長代理退席、船田委員長代理着席〕
○池田(克)委員 そうすると、今のプログラムについても、一つのシナリオを演ずる、二段構えか何だかわかりませんけれども、そこに今度は演出というのがある。いろいろなものが加わって隣接して保護されていますね。プログラムも隣接的な意味を持つ。逆に、プログラムというものが著作権として認知されるとなると、隣接されているそういう演技や所作もそれはもう隣接じゃなくて本体だ、こういう議論は出てきませんか。
○加戸政府委員 プログラムにつきましては、先ほどの私が御説明申し上げた考え方としての三つに分けるとすれば、基本にありますのがアイデアなりアルゴリズムというコンピュータープログラムの基本となる思想、発想でございまして、それはそれ自体としては著作権法上では保護しないわけでございますが、そういったアルゴリズム等に基づきまして具体的に多数のシステムエンジニアがつくり上げましたプログラムを著作物として保護しよう、保護することを明確にしようというのが今回の法改正でございます。 そこで、先ほどの三段論法で申し上げますれば、じゃ、その周辺のものとしてはそういったプログラムがどういう形で伝達され、どういう形で使われていくか、そういった利用態様の段階において何かそういうものを保護する法益上の必要性のあるものが領域として考えられるかというような意味に理解いたしますと、現時点ではそのこと自体の問題は取り上げておりませんけれども、ただいま著作権審議会で検討しておりますニューメディアの問題といたしましてのいろいろな御議論の中にありまして、コンピュータープログラムの、例えばデータベース等が中心でございますが、ディストリビューターについての権利を認めるか認めないかというような議論があるわけでございまして、お答えとして的確かどうかわかりませんが、そのような考え方で対応しておるわけでございます。
○池田(克)委員 要するに、隣接権の問題もいろいろと議論があって私どもも御意見を承っているところなんですけれども、演技みたいな固定することがなかなか難しい——従来の著作権の考え方は、一つの思想というものを固定した、そして五感でそれを感知できる、こういう状態の中で権利が与えられ、侵害することについてそれはいけないというふうに決められていたわけなんですが、今回、今までの著作権とは抜本的に違うと私が思うのは、プログラムそのものは何らかの加工をして動かさないと五感にはわからない。これは大変な科学の発達といえばそうなんですが、非常に新しい概念が著作権法に入ってきた。これはこれでいいと思うのです、我々もそのつもりでこの法律を勉強したりこれから議論していかなければならないと思うのですが、今まで五感で受けとめられたものが、今度はそうじゃない、目に見えないと申しましょうか、機械なんですが、専門家がそれをごらんになればわかるのかもしれませんが、専門家でもどうもある程度の操作をしなければそれがどういうことになっているかわからないように私は伺っておるのです。ここら辺は、新しいジャンルと申しましょうか分野が初めて著作権法に登場した、歴史上画期的な改正であるというふうに受けとめたいのですが、この考え方はいかがでしょうか。
○加戸政府委員 コンピュータープログラムを著作物として保護することにつきまして、ここ数年の間、国内的にも国際的にもいろいろな考え方、議論のあり得たところでございまして、そのスタート時点におきます、何といいますかコンピュータープログラムがストレートに、従来の著作物と対比してちょっと違和感を持つ、著作物と言えるのかという素朴な疑問が当然あり得たわけでございます。 しかしながら、一応コンピュータープログラムというものを従来の著作物概念との対比におきましていろいろ分析してみますれば、一つは内容の問題として、単に〇一〇一といった信号によるコンピューターに対する指令というものは内容的な意味で従来の著作物と違うのではないかという考え方が一つあり得るわけでございます。これにつきましては、例えば、著作物というものが人間の思想、感情を創作的に表現したものとしていろいろ保護されております中には、職業別電話帳も著作物でございますし、数学の問題集も著作物でございますし、あるいは学術論文もしかりでございますが、そういったものと比べてみると、内容的な面から申し上げれば従来の著作物概念との違和感はそう生じないものであろう。 すると、次に支持媒体の問題として、通常、著作物というのは目に見え聞こえるというような考え方で、すぐ感知ができる。というのは、一つは、基本的には支持媒体の問題があると思うのでございますが、プログラムの場合、通例、ソースプログラムの場合は別でございますけれども、オブジェクトプログラムになりますと、そういう電気信号に変換されておりますので、磁気テープとか磁気ディスクに収納されている、そういった点で通常の著作物との違いというのがあり得るわけでございますが、これも御承知のように、録音・録画の行為による通常の録音テープあるいは録画テープの場合と同じような支持物に入っているという点では共通性がある。 で、基本となりますものは、人間が覚知できるのかどうかということが基本でございまして、そういう意味では、電気信号による表現というものは、例えば悪うございますが、例えば一つの例としますれば、モールス信号もしかり、あるいは暗号による指令とか点字とか、通常人は覚知できないけれども、それぞれの専門家ならば解読可能あるいは理解可能というようなものと同じような領域のものに属するのではないか。 そういたしますと、第四点としては、伝統的な著作物との違いは、むしろ先生先ほどおっしゃいました人間の情感に訴える、つまりある著作物が創作されれば、ああこんなものだといってその内容性を受けとめるという、いわゆる人対人の関係であったものが、コンピュータープログラムの場合は、どちらかと申すと、人の考えた思想をコンピューターを作動させる、機能させるという意味で対機械語であるという点が、従来の伝統的な著作物とは相当あるいは本質的に違うという点はあるわけでございます。 そういう意味では、今従来の著作物が人から人への文化伝達、思想伝達であったものが、人からコンピューターという機械に対する伝達である点が従来の著作物との大きな違いである。しかしながら、先ほど申し上げたいろいろな内容面、支持媒体の面あるいは人間が覚知可能であるかどうかといった点におきましては、ほぼ共通性を持ったものではないか、さように考えているわけでございます。
○池田(克)委員 いろいろ御説明いただいたのですが、基本的には非常に新しい、今までにない要素が加わった、私はこう思うのです。ですから、これをこれから著作権法だといって国民の皆さん方に理解をしてもらう、これはなかなか大変なことじゃないかと思うわけでございますが、もう一つこの著作権の問題として出てきたのは、初めて——初めてと言うと大げさですが、文化と産業というものの接点、こんなふうにも私はとらえるわけであります。最近、文部行政あるいは文化庁の行政と通産行政といろいろかみ合う点が出てくる。例えば臨時教育審議会のいろいろな審議などを私ども部内で議論などしておりましても、やはり競争原理の導入であるとか、産業的な発想がいろいろ入ってくる。これは私は時代の要請だと思うのです。 たまたま著作権法の改正なども、プログラムというものが——ある意味では従来の著作物は人に示して、そして意味を発生する。絵でも見せる、小説でも読ませる。見せることを目的としていたのですが、今度の改正から見ますと、企業などがコンピュータープログラムを作成しても、秘密のものもあって逆に見せたくない。自分で著作権は意識しながらもあえて人に見せたくないという企業秘密やノーハウを内包したプログラムが出てきている。こういう点から考えますと、従来の著作権の考え方に非常に大きな広がりが今度与えられた。 ですから、文化と産業という観点で、当初通産省からプログラム権法ということで出てくるのではないかというお話があったくらいでございまして、結果的に文教でこれを審議することになったのですが、文教の持つ幅、あるいは著作権というものを見る我々の見方、これについて抜本的に意識を変えていかなければ、産業という問題がここへかなり取り込まれてくる。これについても、言うならばもう一次元高い、哲学的と言うと大げさかもしれませんが、何が善で何が愚かみたいな発想からこの問題を見ていく、たまたま文化庁長官に作家がおなりになったようなことも私はそうした時節に関係があるのかなと思うわけでございますが、単なる今までの発想とは違った角度からこの問題にライトを当てていかなければならない。そうした点では今回の改正は非常に画期的なことだ、そういうことをいろいろな意味でPRをしていかなければならないのではないか。この後またPRの問題について触れたいと思っておるのですが、今の私の認識についていかがでしょうか。
○加戸政府委員 先生おっしゃいますように、従来の著作物概念とはかなり性格の特質を持ったものが包含されてくるということになりますし、またこれはコンピュータープログラムに限らず、著作権法が思想、感情を創作的に表現したものを保護することを目的にしております以上、人間の知的活動、頭脳活動によって生み出された所産というものが表現形態をとっている限りは、いかなるものでも著作権法がカバーをしていく、そういう意味では、どんどん概念範囲が広がっていくということが当然起こり得るわけでございます。その意味におきまして、文化庁の著作権法によって保護する使命といいますのは、そういった人間の知的活動、頭脳活動の成果を保護することによって文化の発展に寄与するという大基本方針の中ですべてカバーできるという考え方であるわけでございますが、その意味において、いいかどうかわかりませんが、例えば法務省が民法を所管している。その民法というのは人間の、例えば所有権、有体財産に関する権利等を規定しておる。しかし、具体的な例で言えば、例えば建築物の問題であれば建設省の所管になる。と同じように、人間の知的活動の所産としての文化的なものを文化庁が著作権法によって保護する。しかし、それに関連する具体的な産業分野の事業は、例えば放送であれば郵政省が所管をする、あるいは情報であれば通産省が所管する、そういうような形で、業法という意味ではなくて、権利の保護の基本法として著作権法が位置づけられるものだという意味で私たちは理解しているわけでございます。
○池田(克)委員 この話をいろいろやっておるとまた長くなってしまうので、ちょっと次の問題に進みたいと思うのですが、私がここで取り上げたいのは著作権思想という問題なんです。だんだん複雑になってまいりますし、一番最初にお話が出ましたように、今問題とされておることもたくさんあるわけです。ホームテーピングの問題なんか私は顕著な例だと思うのですが、国民の中に、こういう著作権を侵害してはいかぬということを余り知らないんじゃないか。基本的にこの著作権思想というものが日本では、欧米と比べて、あえて欧米と比べてというのはちょっと当たらないかもしれませんが、私自身の認識にしても、自分の周辺を見渡してみても、著作権思想というのは日本には余り根づいてないのじゃないかな、私はこう思っております。 著作権思想の普及という面で、どんなふうな対応を今日までしてこられたのか、これについてお伺いしたいと思います。
○加戸政府委員 先生おっしゃいますように、著作権思想の普及というのは大変難しい事柄だと理解いたします。と申しますのは、著作権そのものは法律を学んだ者でもかなり理解のしにくいものでございます。そういう意味で、一般国民にこれを理解してもらうということは並み並みならぬ努力が必要であるわけでございます。ただ、基本的には、国民性の問題として、人の心、人の気持ちあるいは人の権利を大切にするという、そういう認識が共通しておる社会におきましては、比較的こういった思想が普及しやすいという点は言えるわけでございまして、特に西欧諸国におきましては、知的な活動に対する評価というのは古い時代から尊重されてきた、そういう意味では、著作権思想も西欧諸国においては日本に比べて相当程度の普及がされているわけでございまして、そのために、じゃ、西欧諸国が相当PR、啓蒙、普及に力を入れたかということではなくて、国民性というのがひとつ大いに関係するんじゃないかという感じはいたします。 さはさりながら、当然、一般の理解を求めるための努力をすべきでございますし、文化庁といたしましても、従来から著作権に関する資料、啓蒙という形でいろいろな各種資料を作成いたしております。一つの例といたしまして、著作権法がわかりにくいものですから、ここに持っておりますけれども、「著作権法ハンドブック」というのを毎年つくりまして、文化庁としてはわかりやすく書いたつもりでございますが、やはり読まれますと、難しいとおっしゃられますけれども、ある程度初歩的な意味のこういうハンドブックも作成し、資料を配布もしている。と同時に、全国各地で著作権講習会あるいは図書館著作権実務担当者講習会とか、いろいろな形での各種会合を毎年開きまして、少ないスタッフでございますが、全国に出かけて、いろいろその都度その都度、国民、特に著作権に関連のある関係者の方々の御理解を得るように努力はいたしております。しかし、日本国民全体の感じとしてそこまで盛り上がっていっているかというと、私ども微力、力不足を痛感しておるというのが現状でございます。
○池田(克)委員 今ハンドブックをお示しになったのですが、大臣は法曹界の御出身であるように私伺っておりますが、例えば著作権法には、著作物の題号に関する同一性というのが要求されておりまして、他人がタイトルをつけ直すことは禁じられておるわけです。ところが、新聞や雑誌などでは、新聞は報道記事ですからちょっと例外かもしれませんが、いわゆる整理部というのがあって、内容を本人とはまた別の角度からこれをつけ直すということが日常茶飯に行われております。また雑誌でも同じであります。 私は、この問題について過去に苦い経験を持ったことがありまして、専門に日常、人の原稿をいじっている者でもよく知らないですね。親切に見出しをつけてあげるぐらいの考え方を持っているのでありますが、法律はそうなっていない。先ほどの版面権の問題もそこから出てくるわけです。やはり一つのものを操作して、処理して、それをなるべく多くの人に見せよう、あるいは意図するところを伝えようという第三者の作業というものが、今日の体制では全く評価されていない。むしろそれは犯罪を構成するようなことにもなる。私は何もこの問題だけにここでもってこだわって申し上げるのではないのですが、日常やっている、そういう業に携わっている人でも、著作権について許諾を得なければならないぐらいのことはわかっていますけれども、原稿のもともとのものを保存しておかなければならないとか、これはいろいろ約束事があるわけですけれども、あるいは何年以内に出版しなければならないとか、いろいろなこうした出版権の設定とかその譲渡とか細かい問題は日常余り知られておりません。 私は、そんなようなことから、今加戸次長がおっしゃったように、西欧の基本的な国民性ということは全くそのとおりだと思う。有形なものについては、他人の物に手を出してはならない、こういうように戒められておりますけれども、知識とか情報とかアイデアとかこういうものについて代償を払うということについては日本はおくれておるのじゃないかなという気がするわけですね。世界から日本は物まねがうまいなんてふうに言われたり、それからまねながら追い越していくというようないろいろな御批判があるわけです。これは私は、こうした無形の財産というものについての道徳観と申しましょうか、こうしたものがやはり基本的にない。これは今まではこれでよかったと思うのです。よかったとあえて言えると思うのですね。世界が認めてくれていたかもしれませんが、日本がここまで経済的に発展をしてきて大国の仲間に入った、こういう状況の中で、これでいいだろうか。やはり私は済まないんじゃないかなという気がするわけです。 例えば、プログラム権法として通産省からお出しになろうとした経緯を見ておりましても、やはり外国の情勢を見て、よその国は皆著作権法でこれをやっておるということからこうなったように私は理解しております。つまり、よその国は著作権というものについての意識が、国民にもあるいは法制上でもかなり日本よりは進んでいるんじゃないかなという気がするのですね。 そういう点で、やはり私は、この法律の改正を一つのきっかけとして今後いろいろと改正もあるだろうと思います。私がさっきなぜ細切れにどんどん改正するのかなということをお伺いしたのは、国民はわからない。著作権というものはどこがどう変わっていくのか、毎年変わっていった場合に、へえ、そんなになったのなんてことになりかねません。やはりどこかでけじめをつけて、この著作権という問題について思想啓蒙をしていくべきじゃないか。例えば学校教育の中で、どこでどうこれをやればいいか、これは私むしろ初中局長なんかにも御意見を承りたいような感じを持っておりまして、こうした人のもの、特に原稿とか著作物とかというものについて借りたり、借りるのも自分で借りるのはいいですが、写して人に配ったり、これはいいことじゃない、ちゃんと代償を払うべきものだとか、こういうようなことについても、やはりある程度の教育というものが子供のうちからなされてしかるべきじゃないかな、私はこういう感じを持つのですが、その辺の普及の問題と、当面、文部省が所管している範囲内でどの程度のことがなされ、今後されなければならないのか、この辺についてお答えをいただきたいと思うのです。
○松永国務大臣 実は私も三十年ぐらい前に法律を学んだことはあるわけなんでありますけれども、それでも著作権という事柄につきましては非常にわかりにくくて苦労しているふうなところでございますが、一般論として言えば、人の知的活動による成果につきましてこれを尊重するという考え方は、西欧の方が比較的進んでおって、日本などの方は余り進んでいないような感じがいたします。同時にまた、今先生も御指摘ありましたが、日本人は何かすぐれたものがあればすぐそれを参考にして、あるいはそれを取り入れるという傾向の強い民族性のような面もあろうかと思います。同時にまた、物の形にあらわれておれば、それを自分がとってきて使うなどという場合には許されないことはよく徹底しているような気がしますけれども、物の形であらわれていないものをまねたり利用したりする場合には、その程度はいいじゃないかなどという物の考え方もあるような気がいたします。そういったこと等がありまして、著作権者の正当な権利がややともすれば軽視されがちであるという状況が、今残念ながら日本の中に残っておるような感じがいたします。 そういう意味で、著作権思想を国民の間に普及していくことは極めて大事なことだと思うのでありますが、しかし、もともとが難しい法体系あるいは難しい概念がうんとあるものですから、普及させるにいたしましても非常に難しい面があろうかと思います。先ほど文化庁次長がお答えいたしましたふうに、それなりに著作権思想の普及啓蒙のための措置を講じておるわけでありますけれども、まだまだ十分とは思えません。いろいろ知恵を絞って、著作権思想が国民の間に普及するようにあるいは定着するように、今後とも努力をしていかなければならぬと思っているわけであります。 もう一つは、これは一般論でありますけれども、人の権利、人の利益を害しない、人の権利は尊重する、そういう意味での権利思想が国民の間に定着することが私は大事だと思います。自分の権利はがんがん主張するけれども、案外人の権利は軽視しがちだ。人の権利を尊重し人の権利は侵害しないという一般論としての権利思想が、自分の権利を主張することも権利思想としては一つの大事なことだと思いますけれども、それと同じように大事なことは、他人の権利を尊重する、大切にする、そういう権利思想の普及も大事なことではなかろうかと思うわけであります。 しからば、学校教育の場でどうするかという問題でありますが、今申したようなわけで、それぞれの人が持っている基本的な人権、権利というものを教える。同時にまた、人の権利を尊重することを教えることは大事なことであると思いますが、著作権などという難しい、権利の中の一つの項目だと思いますが、そのことをどういう段階で学校教育の場で教えるべきか、非常に難しい問題だと思います。小学校、中学校といった発育段階、まだそれほど児童生徒の知的水準が高まっていない段階でこういう難しい権利の問題を教えていって果たしてよく吸収できるかなという面もありますので、まだまだ小学校や中学校の段階では無理かな、やはり高等学校以上の段階で適当な機会に、他人の権利は尊重すべきものだということを教える、その中で著作権という問題についても、適当な方法で、生徒の発達段階を考えながら教えていくことも大事なことであろうと思います。要するに、いろいろな知恵を絞って努力をして、著作権思想を普及し、また定着させることは極めて大事なことだと思っておる次第でございます。
○池田(克)委員 私は、今大臣基本的には必要性を認めていただいたと思うのですが、具体的に、例えば学校の教科書にいろいろの名作、古典、これは著作権とは古典の場合は違うと思うのですけれども、引用されて掲載されております。著作権継承者などというのはなかなか面倒なんですけれども、遺族の許しを得て載せたという脚注とか注釈を教科書につけることも一つの方法だと思うのです。これがどの段階かは、今おっしゃるように、高等学校がいいかどうかわかりません。 ちまたでは、テープを交換したり、レコードをどんどんコピーしたり、そういう点これについて平気なんですね。とにかく悪いということを全く意識していない。私は、集中処理機構であるとか貸与権であるとかあるいはコピーに賦課金を課すだとか、いろいろな問題の対応を一生懸命やるのですけれども、その基本になるのは、国民の特に若い人たちにもこうした権利というものについての思想を教えることが一番基本じゃなかろうかと思うのです。確かに難しいからすぐには定着しないかもしれませんが、そういうふうにしてやる道はあるのじゃないか。例えばの例ですが、著作権の日を設定する。特許の日というのがあるそうです。これは難しい、しかし侵害するという実例がたくさんあっていろいろ法制上の問題があるということから考えるならば、私思いつきみたいですけれども、いろいろなものがあるのですから、著作権の日、こういうものもひとつ検討されるべきじゃないか。 二つの問題を今提案しました。教科書におけるそうした問題、それから文化庁として著作権啓蒙の日などというのをつくって、いろいろなことを一斉にやってみる、こういうことはいかがでしょうか。
○松永国務大臣 教科書等にほかの人が発表した作品を引用したりすることは著作権法の三十三条で認められておるわけであります。「公表された著作物は、学校教育の目的上必要と認められる限度において、教科用図書に掲載することができる。」その場合にはどこから引用したかということが掲載されるのが普通だと思いますけれども、そういう場合にはそのときその機会をとらえて先生が説明することによってあるいは著作権思想の普及に寄与するのではなかろうかと思われます。そういったことは大切なことの一つだと思います。 もう一つは、先ほども言いましたように、今まで権利について教える場合に、自分の権利の主張を教える面がやや強くて、人の権利を大切にする、人の権利を尊重するということを同じように、あるいはむしろそっちの方にウエートを置くぐらいに私は権利についての教えはすべきじゃなかろうかと思うのでありまして、そういった面では今後とも、他人の権利を大切にするんだということはあらゆる機会に教えていくべきであろうと思うわけであります。 もう一つ、先生のおっしゃいました著作権の日でございますか、これは著作権思想を普及させ定着させる意味では意義のある御提案だと私は思うわけでありまして、尊敬の念をもって先生の御所論を拝聴した次第でございます。
○池田(克)委員 これは、私がここでこういう話をしたということだけではなしに、いろいろな角度からこれからの時代に応じて機会を得てPRしていかなければならない。私たちもそういう点では仲間にも、こういう問題があるんだということをしょっちゅう言っていかなければならない。 初中局長、今までの経緯の中で何かありますか。教科書の問題とか、子供たちの学校現場とか、学校図書館の指導なんかの問題もあろうかと思うのですが、手短にもしお聞かせいただけれ……。
○高石政府委員 先ほど来議論が行われておりますように、著作権そのものに対する正確な正しい理解をどの段階から行えばいいかというのは非常に重要でありをすし、また難しい問題があるわけでございます。 そこで、小中学校の段階では具体的に著作権とはというような教え方をしてもなかなか子供の中に入っていかないということから、現在、社会科とか道徳という時間に権利、自分の権利、他人の権利、そういうことを中心に教えているわけでございます。したがいまして、そういう基本的な原則が十分に教えられておれば、その上に立った具体的な権利の侵害というものが高等学校段階でもう少し具体的に教えられるということで、高等学校段階の教科書では、商業とかそういうところでは著作権とかその他の工業権に基づくいろいろな権利、そういうものも教えるという形になっているわけでございます。したがいまして、現在の状況ではそういう基本的な線に従ってこの問題について対応することが必要であろう。 なお、具体的には、学校図書館の利用に当たりましては、著作権に対する理解、そういうことを含めて教えるというようなことを指導しておりまして、これも発達段階に応じてどういう教え方をしたらいいか、いろいろ難しい点があろうかと思いますが、そういう機会をとらえて具体的に教育していくという対応をしているわけでございます。
○池田(克)委員 こうした問題についてこれからもいろいろな機会を得て私もお伺いしていきたいと思いますので、何かいい知恵を御検討いただきたいと思います。 さて、随分時間が経過してしまいましたが、具体的にこの法律の中身について若干お伺いしたいと思います。 わかりにくい部分がたくさんあるのですが、文化庁著作権課がお出しになった「コンピュータ・ソフトウェアの法的保護問題の経緯」というプリントがありまして、この中に「プログラムの著作物性につき、創作性のあるプログラムは著作物であり得ると判断した。」という記述があります。「創作性のあるプログラム」、それでは、創作性のないプログラムというのはあるのか、この違いについて教えていただきたい。
○加戸政府委員 先生今御指摘になりましたのは、昭和四十八年に出されました著作権審議会第二小委員会の報告に記載されたものでございまして、当時の考え方としまして、もちろん当然のことではございますが、著作物であるためには創作性がなければならない、したがって「創作性のあるプログラムは著作物であり得る」、そういう考え方を示したわけでございます。 創作性があるかないかということになりますと、もちろんプログラムの中でも、極端なことを言えば足し算だけの、一足す一は二になるという計算の基本的な簡単なプログラムというのは当然あり得るわけでございますから、プログラムすべてが著作物であるということではなくて、その中のいわゆる人間の知的活動の成果として、従来から存在しているものがわかっていてつくるプログラムではないというようなものについての意味を強調した筋合いのものでございます。多くは創作性のあるものであろうと想像いたしますけれども、プログラムの中にも当然創作性のないものもあり得るという考え方で記載したと考えております。
○池田(克)委員 先ほどから議論いたしましたけれども、プログラムそれ自体は直接人間の五感に訴えるものではありません。機械を通して初めて人間の目や耳に感ずるという点から、自分がこれから創作しようとしているものが既に他の人によってつくられていたかどうか判断が難しいのではないか。そういう点で、一定規模以上のプログラムについて公示制度、こういうものが既にあるんだという登録をして、それが何らかの形で調べればわかるという制度を完備することが必要ではないかと私なりに思っているわけなんですが、いかがでしょうか。
○加戸政府委員 先生おっしゃいます考え方は、昨年通産省の方から出されましたプログラム権法の考えの中でも登録、公示制度というのが大きな一つの柱であったわけでございます。その意味におきまして、私どももそういった登録、公示というものの必要性はある程度理解はいたしておりましたし、今回通産省と文化庁との間で調整を進めた結果といたしまして、創作年月日登録の制度を著作権法の中に導入しようといたしましたゆえんも、今の登録、公示制度を考えられました通産省の考え方をある程度生かせるのではないかという意味で著作権法にリンクした形でございますけれども、その付随的な効果として、結果的には通産省がお考えになったような趣旨も相当程度実現できるという考え方で提案申し上げているわけでございます。
○池田(克)委員 登録することができるし、登録しないこともできるように理解をしております。ただ、私が申し上げたいのは、法人が作成したプログラムなどは規模も大きいだろうと思いますが、例えば登録を義務づけるぐらいはっきりだれでもわかるようにしたらどうかなという気持ちを私は持つわけです。ところが、さっきもちょっと触れましたが、恐らく機密に関することも出てくるだろう、そうするとそれについて強い抵抗が出てくるだろう。今度の著作権法と従来の考え方と違う、隠しておきたいというものも出てくる、ここに非常に特異性があると思うのです。 ですから、その点私も頭が痛いなと思っておりましたが、そうやって登録されたもの、されないものがあるとなると、結果的に極めて似たものが幾つかの企業あるいは個人のところでつくられる、それが後に五十年間も保護されていく過程の中で、意図的にあれはそっくりじゃないかという話がどこかで出てこやしないか。そうすると、そのことで恐らく相当な悶着が起きる。影響が大きいだけに、またそれをつくるためにかなりの費用がかかるだけに、この点は非常に問題があるんじゃないか、私はそういう気がするのですけれども、この辺は恐らく議論されていると思いますが、いかがでしょうか。
○加戸政府委員 著作権制度と申しますのは、あるプログラムがつくられていて、それを全く知らないで自分が独自に同じようなプログラムをつくり出すことは著作権法上は権利侵害にならないわけでございます。そういう意味で、一般的に申し上げますと、訴訟上問題になるのは、よく盗作と言われています場合には、前のものを見て知っていたかどうか、それを盗んだのか自分がつくったのか、これは立証が非常に難しい点は確かにございます。そういう意味で、登録、公示制度があるということは、例えばどんなプログラムができてどんなものであるかということを知るのは流通の上では大変重要なことでもございますし、でき得れば今回提案申し上げております法律で、プログラム登録に関しては別に法律で定めるという制度をとっております中では、登録されたものについての概要公示というようなことも規定いたしたいというような考え方で、今検討を進めているわけではございます。 ただ、登録全般を義務づけることにつきましては、例えば著作権条約の上で無方式主義、つまり自由につくって自由にそのまま無方式で保護されるという制度との抵触の関係はどうか、あるいは外国のプログラムについて登録義務を課すことが可能かどうかというような問題等もございまして義務としてまではできないけれども、そういう制度があることによって、業界全般が登録をし、そういったリストも整備され、例えば重複投資の防止もできるというようなことが付随的効果として考えられるような方向でその辺は検討してまいりたいと思うわけでございます。
○池田(克)委員 よくわかりました。考え方としてはそういうことがいろいろ議論された経過がわかりますが、通産省、この話あらかじめ申し上げておりませんけれども、この問題で業界の内部でいろいろ議論があったろうと思うのです。この登録、公示制度、これから法律でいろいろ定められていくと思うのですが、どっちが先か後かというのは争いの種になるので、少なくともはっきりいつかということだけはきちっと登録されていく、それがどういう機関であるかはこれから議論があろうと思いますが、業界の協会であるとか何らかの機関を設けて、せめて内々だけでも後に第三者的にはっきりこれが証明できるようなものもつくっていかないとトラブルの種になるのではないかなと心配するのですが、通産省としていかがでしょうか。
○越智説明員 先生御指摘の点は、まさに私どもの産業構造審議会の答申の中でも指摘されていた問題でございますし、先ほど文化庁から御答弁がございましたように、文化庁との話し合いでも主張した点でございまして、今度の創作年月日の登録制度というのは、著作権条約の枠内という限度の中で先生御指摘のような趣旨を最大限に生かす方向で対処していただいたものと思っておりますので、今後しかるべき時期に文化庁の方からその法案の内容の御相談があると考えておりますので、産業界とも、よく意見を聴取いたしまして、先生の御指摘に合うような方向でぜひ対処してまいりたいと考えております。
○池田(克)委員 ありがとうございました。 私、あちこち心配というか、こうやって法案を審議するわけですから、ある程度先のことも考えるわけですが、プログラムというものが売買されるということが予想される、権利が発生しているわけですから。これは通産省にもお伺いしたいのですが、売買の実例というのは、私、細かいことはいいのですが、アメリカなんかでは、警察庁の白書なんかを見ますと、売買を目的として盗んできたみたいな話が書いてあるのですが、日本の実例はよくわかりませんが、将来のこととして、プログラムというものが例えば親会社から子会社へというような形でも、いろいろ税法の処理なんかもあろうと思いますし、たとえ内々であろうともお金を媒介として売り渡されていくというようなケースは将来予想されるか、あるいは過去にあったか、そのことだけ短くお願いしたいのです。
○越智説明員 プログラムの権利の売買移転等につきましては、個々の契約内容に応じてさまざまでございますが、プログラムに関する権利のすべてを移転する場合、あるいはプログラムに関する複製販売の代行を許諾する場合、あるいはパソコン用ソフトウェアのように、店頭で売っておりますけれども、そういうパッケージプログラムをいわゆる通常の複製物の販売というようなことで売買移転の実例はございます。ただ、御指摘のように、アメリカ等に比しまして、そういう汎用のプログラムの比率というのは我が国ではまだ低うございます。
○池田(克)委員 これは文化庁にお伺いしたいのですが、こうやって売買が出てくると、その仲介業務という問題がやがて出てくるんじゃないかなという気がするわけですが、著作権に関しては著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律というのが、片仮名で書かれたやかましいのがありまして、ちゃんと許可を得ないで仲介してはいかぬことになっているはずですが、将来このプログラムの問題も、これに入るということを法律を直しておかなければいけないんじゃないかな、こういうふうに思いますが、いかがでしょうか。
○加戸政府委員 著作権の仲介業務につきましては、著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律という昭和十四年の法律がございまして、その中で一応仲介業務法の規制の対象といたします著作物の範囲を勅令で定めることになっておりまして、その勅令では小説、脚本、歌詞、楽曲、この四種類を指定いたしております。したがいまして、コンピュータープログラムの仲介業務がありましても仲介業務法の規制は動かないシステムになっております。 こういった考え方をとっております理由といいますのは、御承知のように、小説、脚本、歌詞、楽曲といいますのは一般国民に広く利用されるものでございますし、特定の仲介業務者が権利を一手に握って、この本を出すならば何万円でなくてはいかぬ、この音楽を演奏するならば何十万でなくてはいかぬというような形で、利用を阻害することを懸念いたしまして仲介業務法の規制をかけているわけでございます。そういう意味では、コンピュータープログラムが一種の音楽のような商品としていろいろな競争があり、いろいろな形でセールされていくという状態ではない性格のものでございまして、本来的に仲介業務法の規制をかけることがいいのかどうかというのは問題があろうかと思います。 ただ、将来的な問題として、例えばパソコンソフトのような形で一般流通化し、各社が競争してそれを売り出すというような実態が出、かつ、そのために独占的な弊害が出るというような事態が出れば別でございますけれども、当面はプログラムに関する仲介業務の規制を及ぼす考えはないわけでございます。
○池田(克)委員 わかりました。 ちょっと話は戻るのですが、さっきの百十三条の二項ですが、どういう場合に侵害が免責されるかみたいな、あるいは免責の反対になるわけですけれども、「情を知って」それを頒布行為なんというふうになったのですね。この百十三条二項の規定を決めた趣旨ですね、「情を知って」なんというと、なかなかどういうことなのか、大変幅の広い、かつて情を通じてなんという話があったようにも思いますけれども、法律用語でありましょうが、一つには立法の経過と、それからこの「情を知って」ということの中身ですね、どういうことが想定されているのか、この辺をお聞かせいただきたいと思います。
○加戸政府委員 著作権法で権利規制としまして権利が動きますのが、複製権であるとか頒布権であるとか放送権、有線放送権といったような権利でございまして、コンピューターのプログラムは、実はコンピューターを作動させる、機能させるということに意味があるという点の機能させる点の権利の内容がないわけでございます。そのことが昨年来、使用権を創設すべきかどうかということでいろいろ議論のあったところでございますけれども、国際的な今の動向、趨勢は、使用権は規定しないというのが現在のところの大勢でございますので、特に法律上の問題等もございまして中長期的な検討課題に残したわけでございますが、さはさりながら、いわゆる海賊版プログラム、これが海賊版であることを知りながらそれを使うことを認めるということは社会正義上どうであろうか。かつ現実の問題といたしまして、例えばゲームセンター等に違法なゲームソフトが出されていわゆるゲームが行われている状態の場合に、その頒布者というのはこれはアングラ業者でございますので抑えようがない。しかし、海賊版が堂堂と出回って、しかも公衆の前で機能しているということは何としても抑える必要があるだろう。そういった点で、海賊版であることを知りながら購入した者が、例えばゲームセンターでそのゲームソフトを利用させている場合には抑えようというのが今の百十三条二項の改正の趣旨でございます。 そこで、「情を知って」という用語でございますが、確かに日本語といたしまして、私ども、先生おっしゃいました情を通じるというのは俗語的によくわかるわけでございますけれども、通常は情といいますのは人間の感情という意味の情と、事実、事情といった意味の情と、いろいろな解釈というか受け取り方があるわけでございまして、法令用語としては、情を知っているというのが戦前から使われている法令用語でございまして、私どもは、日本語的に言いますと、事情を知って、事実を知りながら、真相を知りながらという意味の解釈で使わせていただいております。 この場合は、具体的にだれがいつどこで海賊版をつくって配られたあるいは売ったものだというような明細まで承知する必要はなくて、これは海賊版だなということの事実認識があれば「情を知って」ということでございまして、具体的な侵害行為がどのようになされたかという詳しい事実関係を知る必要はないというのが今の解釈でございます。
○池田(克)委員 警察庁お見えになっていると思いますが、警察庁、いろいろ資料を出しておられまして、コンピューターシステムの犯罪あるいはその防御ですか、こうした問題について非常に研究をしておられるようであります。 五十八年の警察白書などを見ておりますと、コンピューターシステムをめぐる犯罪は少しずつ増加の傾向にある、件数の問題はともかくとして規模が大きいというようなことが報ぜられております。特に金融機関をめぐる犯罪とか、ダイレクトメールのアドレスの盗用とか、これはデータの問題だろうと思いますが、アメリカなどではプログラムそのものについて意図的にこれを破壊しようとか、あるいは銀行におきましてコンピューターを操作して、利子の非常にコンマ幾らという、日本で言うと何円何銭の部分を操作して、それをずらっとたくさんの人数を集めるとそれだけで巨額な金になるわけでして、そういうような操作によって犯罪が発生したということも報ぜられているわけでありますが、警察庁として犯罪の予防や検挙についてどんな対応をしておられるのか、またこの著作権法の改正によってそれがどういう効果を持つのか、お伺いをしたいと思います。
○清島説明員 警察庁におきましては、コンピューター犯罪を二つの範疇に分けておりますが、一つは、現金自動支払機いわゆるCDから他人のキャッシュカードを使って現金を盗み出すCD犯罪と、それから、今先生いろいろ御指摘ありましたそれ以外のコンピューター犯罪ということでございます。 CD犯罪以外のコンピューター犯罪は、今いろいろ例に挙げられましたように、不正データーの入力とか、あるいはデータプログラム等の不正入手、コンピューター破壊、コンピューター不正使用、プログラムの改ざん、消去、磁気テープ等の損壊等の六種類、六類型に分類をしておりますが、検挙状況を見ておりますと、CD犯罪がここ数年急増する傾向にありまして、昨年は七百二十三件発生いたしまして五百七十五件を検挙しております。CD犯罪以外のコンピューター犯罪、昨年中発生件数十二件、検挙十一件ということになっておるわけであります。 これに対する対策いかんということでございますが、第一に、発生した犯罪事犯を確実に検挙して模倣的な犯行を抑えるということが重要であろうかと思います。そのために、これまで発生した犯罪の分析によりまして的確な捜査手法の研究を行うとともに、専門的知識を有する捜査官の養成に努めておるところであります。あわせまして、コンピューター犯罪の実態について各種機会をとらえまして積極的に広報を行い、コンピューター設置者等に対して防犯体制の整備、防犯設備の充実等について呼びかけておるところであります。 また、制度的な面につきましても、犯罪からコンピューターシステムを防御するための基準等について調査研究をしておるところであります。 最後に、著作権法案にあるコンピュータープログラムの関連でございますが、ただいまお話ししましたコンピューター犯罪の範疇には、実は著作権上保護しようとする問題、つまり他人のデータ等を盗用していろいろな、例えばインベーダーゲーム等でございますが、こういうものを他人のコンピューターシステムを複製して販売するというような事案は実はコンピューター犯罪の中に現在含まれておらないわけでございます。そこで、新しく著作権法上で保護するという問題が出てまいりましたが、いろいろ従来から問題のあったところでありますので、そういうプログラムを法律の規制の対象として明確にしたということにつきましては、私どもも取り締まり上の観点から評価できるものと考えておりますので、法案が成立した暁には適正な取り締まりに配意していきたいというふうに考えております。
○池田(克)委員 通産省に、これは関連するのですが、プログラマーという職種ですね、大変数も多く、また今でも人も足りない、六十万人ぐらいこれから足りなくなるという話も伺っているのですが、このプログラマーという職種について、私は大変素人ですけれども、いろいろ秘密を知る立場にあるだろう、あるいはまた、法人著作で自分がいろいろとつくった当事者が法人を退職して他へ行っていろいろとまた仕事をすることもあるであろう。そういう点からいきますと、確かに同じようなものはできないかもしれませんけれども、しかしながらそのノーハウというものは移動するであろう。そういう点から考えていろいろなことが予測されるのですけれども、プログラマーという職種について、例えば国家試験というのでしょうか、何がしかのきちっとしたモラル上の教育ができるとかそうした体制を整備して、細かいものはともかくとして、企業なんかがやるような大きなものについてのそうしたプログラマーの認定と申しましょうか、今回こういうふうにしてつくったものが保護されていくということから考えれば将来にわたって非常に重要な影響を持つと思われますので、私は、そういうものも今後考えられるのではないかな、通産省としてその辺はどんなふうにお考えか、犯罪の問題と絡めてというとちょっと恐縮なんですが、一応つながった趣旨として御答弁いただきたいと思います。
○越智説明員 個別のプログラムの開発に当たりましては、御承知のように、多数のシステムエンジニアであるとかプログラマーが関与するものでございます。現状では、プログラムにかかわります企業秘密の保護につきましては、ソフトウエア企業とそこに働く技術者、あるいはソフトウエア企業とユーザー企業との間のそれぞれの契約によりまして、個々のケースの事情に応じて秘密保持の義務づけがなされているというふうに承知をしております。関係の業界団体でも各企業にかような秘密保持義務を契約上明定することを指導しているところでございまして、今後とも、モラルの向上とともに、かような契約内容の適正化等を通じまして秘密保持の向上に努めていく必要があるかと考えております。
○池田(克)委員 この法律の中でプログラムの改変、これについて若干うたわれているところがあります。 念のためお伺いをしておきたいのですが、二十条の二項の三と四ですね、「電子計算機においてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変」、こううたわれておりますが、これについても「より効果的に」というとかなり幅があるようにも受け取れますし、この際、この法律が意図しているより効果的な改変とは何であるか、例を挙げていただければと思います。
○加戸政府委員 より効果的に利用するための改変と申します例といたしましては、例えば処理速度を上げるために若干の手直しをする、あるいは、例えば給与計算のプログラムでございますれば、新たに例えば児童手当といったような手当が創設されたので、従来のプログラムに入っていないのでそれを新たにつけ加える、そういったような形で計算をするために効率的にあるいはその目的に合わせまして必要な改変を行う事例、これは著作者の名誉、声望を害するものではないという観点から規定をさせていただいた次第でございます。
○池田(克)委員 もう一つ、「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」、今の三項と、これは四項なんですが、随分似ているようなん。ですが、別に項目を立てておられますので、こちらの方もお伺いしたいと思うのです。
○加戸政府委員 先生今御指摘なさいました条文、条項は現行法にある規定でございまして、一般的に一号、二号、三号といいますのは、例示としてこういうものというのを挙げまして、その以外にもあり得るというケースでございます。立法当初としましてはどういうような事態が出てくるかわかりませんが、著作物を使おうとする場合、そして合目的的、合理的に必要性があり得るだろう、そこで具体的な例として立法当時想定しましたのは、例えば映画をテレビで放映いたしますとどうしても左右が切れるとかという結果が出てくる、そんなケースも想定いたしまして、著作物を使おうといたしました場合に当然に著作物の内容が改変されざるを得ないというケースを一般的に想定したわけでございます。そういう意味では、今回提案申し上げておりますプログラムの改変に関します例も、四号で説もうと思えば読めるとは考えられますが、それをより一層明確にするために独立条項として規定をさせていただいたということでございます。
○池田(克)委員 このところは今伺っただけではなかなか、やむを得ない改変となりますと非常に多様なものが出てくるんじゃないかと思うのです。しかもコンピューターの場合、私は本当に不勉強で恐縮ですが、ほんのちょっと重要なところを直しただけで結果が大幅に違っておるということもあるように聞いておりまして、ちょっとほかの、原稿を一字直したとかそういうこととは根本的に違う、そういうふうに私は理解しておりまして、この改変につきましては、かなり具体的に例を示して、これとこれはいいけれどもこれはだめだというふうなはっきりしたことをしないと、後に大きな問題があるんじゃないか。つまり著作権法を、従来の著作権の側からいえばなるべく使いやすく、余り閉じ込めないでいろいろな使い方ができるようにしてあった。しかし今度の場合、産業と絡んで、さっき申し上げた新しい価値観が導入されて、それに伴って権利——権利と申しましょうか、金銭絡みの非常に大きなものがここに入ってきましたので、今までとはちょっと違うかなり厳しいあるいは細かいいろいろな規定をつくっておかなければ時代に合わないのじゃないかな、こんなように私は思うわけです。この改変の規定の問題について、通産省、何かお考えあるでしょうか。
○越智説明員 改変の問題でございますが、通常プログラムを利用いたします場合に、先生御指摘のように、バージョンアップといいますか、より使いやすいように改良していったり、あるいは虫といいますか、パグをなくしていくというようなことをやるわけでございますので、その辺の当然必要な行為が著作権法に触れるということでは利用に差しさわりがあるという点から、その辺を触れないということを明確化していただきたいというようなことを文化庁にもお願いをしていたのでございまして、その結果の条文と考えております。 条文の表現としてはこういうことだろうと思いますけれども、今後の運用、解釈に当たりまして、先生御指摘のような方向で明確化されていくことが望ましいと考えております。
○池田(克)委員 今通産省からそういう話がありましたけれども、この辺については、かなり親切と申しましょうか、先行きの問題でありますが、しかし、時々刻々かなり速いスピードでこの問題は動いてまいりますし、筑波の博覧会なんか見ますと、こういうものを動かした大変新しいものも次々出てくるというふうに思いまして、この辺は文化庁としても適切な対応をしていただきたいと思うわけでございます。 時間がなくなってまいりましたが、最後になるかと思いますが、これは通産省にお伺いしたいのです。 今プログラムはかなり手作業の部分が多いように聞いておりますが、次第に機械でつくる、そのつくったいろいろなプログラムをつないでいく、こんなふうな時代が来るというふうに私は理解をしております。そうなってまいりますと、いわゆる創作性というものがちょっと薄まるのじゃないか。既存のプログラムとつないで、そのつなぐということにもちろん人間の創意工夫があるだろうと思いますが、そういうことになっていった場合に、性質上、一つは創作性が失われたりあるいは時代の変化に洗われて陳腐化したり、五十年という保護期間というものが実態に合ってないのじゃないか。これはいろいろ議論があったろうと思うのですけれども、片方では十五年ということがあったのですが、これでいいのでしょうか。ここでもってあなた悪いとは言えないだろうと思いますけれども、現実問題として、保護されますとまたいろいろなことが出てくると思うのですが、この問題は今後どう推移していくのか。十五年と五十年の間のいろいろあったわけですが、私どもの感じでは、どっちみち陳腐化したならばそれ以上問題は起きないということなのか、その辺の経過をかいつまんでお聞かせいただければと思います。
○越智説明員 将来の推移を的確に見通すことはなかなか難しいのでございますけれども、私どもも、ソフトウエア技術者の不足等に対処いたしまして、そういう御指摘のようなコンピュータープログラム作成の自動化、工業化みたいなものを進めるべきであると考えておりまして、今回その関係の法案を改正いたしましてそういうプロジェクトを進めるようなこともいたしております。そういうことで、将来そういうものが現実化していきますと、その場合の創作性いかん、あるいはむしろできたプログラムよりもそれをつくるもとになったプログラムとか機械の方に創作性があるのではないかとか、いろいろな議論が出てくるかと思います。これはWIPO等の国際会議でも、将来そういう問題の可能性が指摘されておるかと存じますけれども、これは今後の国際的な検討状況、あるいは今申し上げましたような技術の進歩、その利用の実態等に応じまして、今後とも中長期的視点から文化庁とも相談しつつ検討を続けてまいりたいというふうに考えておる次第でございます。
○池田(克)委員 時間が来てしまいました。大変難しい問題で、私も一生懸命勉強したつもりなんですけれども、しかし、まだまだこの問題は始まったばかりという感を受けるわけでして、将来を予想することはなかなか難しいし、それに応じて適切な法律の整備が要求されるだろうと思うのです。 最後に、今までずっとやりとりを大臣お聞きいただいたわけでありますが、私は、重ねてお願いしたいのは、基本的にはやはり著作権思想の普及ということ、これがあいまいなままですと、だんだん複雑になるにつれて、専門家はそれなりにやるでしょうが、素人は全くそれから置きざりにされてしまう、こういう心配を私はするわけでありまして、先ほど来からお話を申し上げた点を踏まえまして、この著作権法の運用も含めて、私はここであえて申し上げるならば、文化庁著作権課の体制も時代に応じてもっといろいろ整備する面もあるのじゃないかなという気もするわけであります。そうした点で、大臣のこの法案あるいはこの行政に関する御所見を最後に承って、終わりたいと思います。
○松永国務大臣 先生が強調されましたように、著作権思想の普及それから定着、非常に大事なことであると思いますので、今後ともより一層努力をしてまいりたいというふうに考えます。 なお、科学技術の進歩、情報化社会を迎えてまいりますというと、著作権に関する課題もいろいろ出てきておるわけでありますし、また将来も出てくると思いますので、こうした事柄につきましても、専門家の意見等も聞きながら、時宜に適するように今後とも適切な対応をしていかなければならぬというふうに考えている次第でございます。
○池田(克)委員 終わります。
○船田委員長代理 この際、休憩いたします。 午後零時七分休憩 ————◇————— 午後一時三十分開議
○大塚委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。中野寛成君。
○中野(寛)委員 著作権法の改正につきまして、今回の改正部分に入ります前に、ひとつ著作権法に関連をいたしましてお尋ねをいたしたいと思います。 前回の改正の際につけられました附帯決議がございましたけれども、そのことの中から若干お尋ねをいたしたいと思います。 先般、日本音楽著作権・著作隣接権団体協議会の方から要望書が出されております。これにつきましては、前回の附帯決議を踏まえながら、外務大臣、文部大臣、衆参文教委員長及び文化庁長官にその要望が出されているようでございます。簡単に申し上げますが、ホームテーピング、家庭内録音・録画問題と、もう一つはローマ条約への加盟問題であります。附帯決議では「録音、録画機器の急激な発達普及の実態と今後の動向にかんがみ、これらの機器に対して、諸外国の制度も参考にし、著作物の私的使用等のための複製について賦課金制度の導入など、抜本的解決を図るための対応をすすめること。」こういうふうに附帯決議では触れられているわけであります。この附帯決議がつけられましてからおよそ一年たつわけでありますが、これらの問題についてその後どういう御検討がなされ、どういう過程に今あるのかということをまずお聞かせをいただきたいと思います。
○加戸政府委員 前国会でちょうだいいたしました附帯決議を受けまして、まず第一点目の、隣接権条約加入の問題につきましては、早速、法制度、条約関係を所管いたします著作権審議会の第一小委員会に附帯決議の趣旨を踏まえた隣接権条約への加入問題についての検討を依頼いたしまして、現在までに各関係団体からの意見聴取を行いまして、問題点の整理という段階に入っている状況でございます。 第二点の家庭内録音・録画の問題につきましては、既に第五小委員会の報告をいただきました五十六年の後、著作権資料協会に著作権に関します懇談会が設けられておりまして、そこで現在まで二十回の会合が行われているわけでございます。御承知のような、特にメーカー側でございます電子機械工業会あるいは磁気テープ工業会の代表の方々から十分な御理解がまだちょうだいできない、ただ好意的な方向でのいろいろな御意見等が出てまいっておるわけでございますけれども、具体的な方向性を見出すまでにまだ至っていないというのが現状でございます。 〔大塚委員長代理退席、船田委員長代理着席〕
○中野(寛)委員 ホームテーピングについてもう少し理解をしてもらえるように、業界の方へ働きかけをしているということでありますが、ホームテーピングによって受けるいろいろな影響はかなり深刻です。これら業界については、例えば倒産も、こればかりが原因とは言いませんけれども、いろいろな要因もあって閉店、倒産等が続いているということ等も考え合わせますと、やはりこれは明確な結論を早く出してあげないといけないのではないかと思うわけであります。あとどのくらいかかり、どういう方向に持っていこうとされているのか、文化庁としての御意見をお聞きしたいと思います。
○加戸政府委員 先ほど申し上げました著作権審議会第五小委員会の報告では、関係当事者間の合意の形成に向けて努力するようにという報告をちょうだいしたわけでございまして、当方といたしましては、なるべく関係当事者間の理解が得られた形で進めたいという形で若干の時日を要しているわけでございます。しかしながら、先生今御指摘がございましたように、ホームテーピングの問題は極めて大きな重要課題になっておりまして、特に権利者側の実質的な被害がどんどん広がる状況にございます。また、世界各国の情勢を見ましても、一九六六年に西ドイツが録音・録画用の機器に関します賦課金制度を導入いたしまして以来、一九八〇年代に入りまして相当数の国が法制化に踏み切りましたし、また法制化の方向に向かっている国も相当数ございます。そういった状況の中に、国際社会の中における日本という意味もあわせて考えましたときに、このままいりまでも懇談会の形式で時日を経過していっていいのかという反省もあるわけでございまして、附帯決議をちょうだいしたこともございますし、精力的に具体的な方向への御理解を得るべくなお一層努力を尽くしたいという考えでございます。
○中野(寛)委員 これはやはり法改正にまで行くわけですね。その法改正のめど、例えば次の国会なのかどうなのか。今国会というのは無理でしょう。その辺のめどはどの辺に立てておられますか。緊急を要するという御認識はお持ちのようでございますが、いかがでしょうか。
○加戸政府委員 事柄は当然緊急を要する事柄でございますけれども、何分この問題の解決のためにはどうしても録音・録画用の機器、機材のメーカーの御理解を得なければなりませんし、また、現実に例えば賦課金制度のようなものにいたしますれば、法律制度としては非常に大きな基本的な著作権法の中で、ある意味では画期的な制度の導入にもなる。しかも、理論的な問題もございますと同時に、実務的には、そういった機器、機材に対します賦課金は結果的には販売されます価格にも影響するわけでございますし、また、賦課金自体も外国の例から見ますれば相当膨大な額に上ることが予想されますし、そういった従来からの実務界に与えます影響は相当大きいわけでございますので、やはり関係者間に相当程度の認識なり理解を持っていただきませんと、ただ権利者サイドからこの制度が必要だという声だけで踏み切るにつきましては、相当な混乱も起こることが予想されますので、十分な理解を得るべく努力をし、かつなるべくならば無理のない形で、しかも国際的な趨勢におくれないようにという、二律背反したことを申し上げましたけれども、努力をなお必死に積み重ねるべき事柄であろうと思っております。
○中野(寛)委員 努力を必死に積み重ねるということでございますから、そのお言葉を信じたいと思いますし、ぜひとも御努力をお願い申し上げたい、御要望申し上げておきたいと思います。 もう一つの、ローマ条約への加盟問題でありますが、団体協議会からいただいた資料では、我が国のNHK及び民放を合わせたラジオの音楽番組のうち、時間にして八六・三%レコードが使用されている、それを一〇〇とした場合に、邦盤が四二%、洋盤が五八%、時間はトータルいたしまして三十八万百二十時間、すごい時間になるわけでございます。これは、使用料が一時間当たり約四円になるそうですが、ローマ条約に加盟していませんから日本の場合には洋盤について支払い義務を免れている。こういうことが、極論していきますと貿易摩擦、外貨の問題、国際収支の問題にもある意味では絡んでくるわけです。こういうことが一つの口実になってまた貿易摩擦の問題なんかを大きくクローズアップさせられるということはたまらないことでもあります。いろいろな関係者にとっては利害がそれぞれあります。しかし、少なくとも国際情勢の中で、ローマ条約に加盟している国々がとりわけ先進国では多い、そういう状態の中で、日本がいつまでも手をこまねいているというわけにはいかない。国際社会の中で文化先進国たるべき日本としては、これはやはり見逃しにできない問題ではないかというふうにも思うわけですが、いかがお考えでしょうか。
○加戸政府委員 一九六一年にこのローマ条約が制定されまして以来、今日まで二十数年を経過しているわけでございますが、現在、隣接権条約加盟国が二十七カ国でございます。これは人によりまして多いと見るか少ないと見るか見方はございますが、例えば著作権条約の場合でございますとベルヌ条約は七十六カ国、万国著作権条約は七十八カ国という実態に比べますと必ずしも世界の大勢には至っていない。かつアメリカ並びにフランスといった大手の国がこれに加入していないという状況もございまして、特にこの隣接権条約に入ったために経費を支払うべきこととなる放送事業者側におきましては、そういった状況でまだ急がなくてもいいのではないかというような議論があるわけでございますし、さらに、どうしても経済的な負担の増大に対しましては当然経営者側としては消極的にならざるを得ないだろうと思います。 さはさりながら、諸外国からも日本が隣接権条約に加入していないことに関しての批判等もございますし、今の特に洋盤の使用頻度の高いこの日本の状況におきましても、ローマ条約への加入ということにつきましては放送事業者側の理解を求めながら進めたいと思っておりまして、現在著作権審議会の審議におきましても、従来の態度とは若干変わりまして、完全拒否態勢ではなくてある程度の理解は示していただける方向に向かいつつあるというような理解をいたしております。 と申しますのは、早急にこのローマ条約に例えばことし入るとか来年入るという問題ではなくて、問題は入った場合の経済的な負担が一気に増大するのか、あるいはなだらかな経過措置等も講じられるのかというような、言葉をかえては恐縮でございますけれども条件闘争的なニュアンスが少し出てきたようにも思いますし、そうだといたしますれば、隣接権条約加入の方向へ向かってのある程度の理解は得られながら今後審議も進められるのではないかと考えております。
○中野(寛)委員 このローマ条約に未加入であるがゆえに支払い義務を免れる、ゆえに洋盤の方をやりますと安くつくのですね。邦楽というか邦盤の方はそれなりのものを支払わなければいけませんから、結局率としては洋盤の方が多いわけです。国際化しなければならないとやたらと叫ばなければいけないくらいに国際化がおくれている日本人感覚の中で、音楽だけがどうしてという感じもいたします。それは聞く方の希望だけではなくて、やはり放送局側のこういうことについての都合というものも多分にあるのではないか、これは単なる憶測ではないという気がするわけです。そういう意味で、ずるい日本人ではなくて、もっと堂々とこれらのことについても対応できる日本であり日本人でありたいな、また日本の文化をより一層高揚させるためにもそういうことが必要なのではないかと思うわけでありまして、文化庁としてはなお一層積極的に御努力をいただきたいと思います。 次長ばかり御答弁いだたいておりますが、大臣、この辺のことはうまく調整をしていただいて、また郵政大臣とも御相談いただいて大いに理解を深めることに努力していただきたいというふうにも思いますが、いかがでしょうか。
○松永国務大臣 先生御指摘の問題は非常に大事な問題だと思います。先ほどの複写機器、要するに複写等々の技術が発達したことに伴いまして著作権者の権利が侵害されておる、これをどこでどう補てんするか、カバーするかという問題になってくるわけであります。賦課金という制度は、複写機器等について複写機器等のメーカーにある程度の賦課金を課して、それをもとにして著作権者の方に複写に伴うマイナス分をカバーするような交付がなされるという仕組みだと思います。 ところが、複写機器というのは、何といいましょうか、正当な複写をする場合もしばしばあるわけでありまして、午前中の話にありました書籍等の複写の場合もそうでありまして、書籍等を複写するために複写用紙が使われる場合もありますが、手紙を書いて同時に数名の人に出すような場合にはまさしく人のものを複写するのではないのでありまして、自分の書いたものを複写してよそに送るということになるわけでして、複写機器あるいは機材等について全部かければそういうものも負担するような形にもなりますから、やはり関係者の了解、そしてまた、ある意味では一般消費者の理解等々がうまく進んで納得の上でいろいろな改正措置、改善措置はなされなければならぬということで、早くすべきだという意見はわかりますけれども、そういう分野があるわけでございますので、先生御指摘のようにそういつまでもというわけにはいかぬことでございましょうから、文化庁を督励してその対応策が進むように今後とも努力をしていきたいと考えておる次第でございます。 〔船田委員長代理退席、白川委員長代理 着席〕
○中野(寛)委員 急に大臣にお尋ねしましたので、大臣もちょっと内容的に一私は音楽等についての録音・録画のことについてお聞きし、またローマ条約のことについてお聞きしたわけでありますが、問題点の御認識は持っておられるだろうと思いますから、これ以上お伺いいたしません。しかし、その持っている緊急性というか必要性というのはますます高くなってきているわけですから、単に文化庁というだけではなくて、大いに御努力をいただきたいと思います。 それと、こういう問題はある意味では日本だからこそなお一層必要ではないかという気が私はするのです。先ほど来同僚議員の質問の中にも出ておりましたけれども、欧米と日本の意識の差、伝統的な違いというのは随分大きいわけです。貿易摩擦の問題で先般勉強しておりましたらこういう説がありました。これは著作権とちょっと外れますが、例えば欧米ですと、フォルクスワーゲンは大衆車をつくる、同じ技術を使ってもベンツの方は高級車をつくる、それから一方ではスポーツカーばかりつくっている会社があるというふうに、同じ技術開発でも、その開発された技術を使ってつくるものは会社によって全然別のところを目指すという傾向がヨーロッパの場合にはある。同じようなものをつくらない、それはむしろ恥だ、別の方向を目指す、そして特色を出していく、個性を出していく、それによって少々経費がかかっても、そのことによって文化的により高いもの、技術的により高いもの、そしてその形でむしろ国民に、また社会に奉仕をする。ところが、日本の場合には、どこかが千ccの何とか車をつくったらやたらと売れた、そうしたらほかの会社もどっとそれをつくり始める。一時三十万円、五十万円した電子計算機、これは便利だということになりましたら、それを一生懸命工夫して、千円で手の中に持てるコンパクトなものまでつくった。それによってみんなが買えるようになった。ところが結局、欧米の発想だったら、三十万の電子計算機を三十万のままで、もっと便利に、もっと激密に、もっと何とかというふうに工夫したのではないか。こういうふうに技術開発でも何でもそうですが、日本人の持っている感覚と向こうの人たちが持っている感覚というのは産業界でさえも違う。それが実は貿易摩擦の根源だというふうに言う人もいるわけなんですね。 日本的やり方の方が実は消費民主化には実に貢献しているわけで、私たちの感覚からすると、それは日本の方が正しいという感じがするのですけれども、少なくとも彼らとの感覚の違いだけは知っておかなければいけない。そして、余計な摩擦を起こさないように、例えばやはり著作権の問題だって我々は努力していかなければいけない。そうしないと、日本が世界の孤児になっていく、こういうことなんだろうと思うのです。これは知的活動に対する評価、またそれに対するペイをしていくというふうなことについての認識も、これはやはり同じ発想というか、同じ考え方の中で日本人と欧米の人たちの違いというものが出てくるわけなんですね。 そういうことを考えますと、日本の場合には著作権法の充実というのは実に難しいけれども、しかし、そういう日本的土壌があるからこそこれは必要なんですね。そして、そういう土壌があるからこそ日本は欧米よりも努力して普及活動、また意識を高めていく教育というものが、日本の場合はなお一層必要なわけなんです。 そういうことを考えますと、そしてまた、そうしませんと、確かに消費の面での民主化は進んでいく、使う方にとって便利な方にはなっていくけれども、創作意欲というのはだんだん減退していく、そして模倣がやはり上手になっていく、こういうことになってくる。それが現在の日本の実態ではないだろうか、こういうふうに思うわけです。 この隣接権の問題もございますし、今回のコンピュータープログラムに関する改正もございます。これから著作権法というのは、今までとは全然違う、より幅の広い、より高度なものになっていくのだろう。言うならば、著作権に関する革命が起こり始めているわけですね。今その第一段階に来ている、こういうことではないだろうかと思うわけです。 ゆえに、本来の質問に戻りますが、今回のこの著作権法の改正の趣旨、ねらい、そして今後の展望、こういうことについて基本的にどういうふうにお考えなのかをこの機会にお尋ねをしたいと思います。
○松永国務大臣 先生御指摘のように、著作権法で保護する著作物の対象、内容が、時代の変遷、科学技術の進歩によって随分変わってきつつあるというふうに私も認識いたしております。かつては主として芸術作品とか美術品とかそういった分野が多かったような気がいたしますけれども、最近は同じ音楽に関する著作権にいたしましても、問題としては、複製の問題が起こったり、あるいは書籍等の著作物にいたしましても、これまた複写の技術が発達したことに伴ういろいろな問題が起こってきておるということでございますが、今回の改正でいみじくも明らかになってきましたことは、今まで著作権法で保護されておった著作物は、主として、そのもの自体が人間の感覚に訴えて幸せ感を充実させる、そういったものが多かったように思いますけれども、今回のこのコンピュータープログラムというのは、それを利用することによって活用することによって新たなすばらしい財を生み出す、そういった分野もある著作物なんでありまして、随分新たな分野まで著作権の対象として保護をしていかなければ本当の意味での文化の発展に支障を来す、こういう時代になってきたような感じがいたします。 今度のコンピュータープログラムの保護を著作権法によってすることになったのは、プログラムが学術の著作物であって、そしてそれを保護することがより一層の進歩をもたらす、また同時に、諸外国でもコンピュータープログラムは著作権法に基づいて保護するということがほぼ大勢を占めてきた、こういったことから今回の改正をお願いすることにしたわけでありますけれども、しかし、そうした新たな情報化社会の進展、科学技術の進歩に従いまして、著作権法で保護すべき対象物というのはますます複雑多岐にわたってくるであろうというふうに認識しておるわけでありまして、今度の法改正がなされた後におきましても、いろいろな科学技術の進歩その他を常ににらみながら、そしてまた外国の情勢等も十分注視しながら、時代に合うような著作権法の改正あるいは不足する部分の充実等々は、常に研究をして適切に対処していかなければならぬというふうに思っている次第でございます。
○中野(寛)委員 基本的な認識についてお伺いいたしましたが、例えば、今日までは第二条一項一号で、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」こう書いてある。プログラムはこのどれに入るか、一般の人が考えると、我々みたいに素人が見ますと、何か入ってないように思ってしまうんですね。しかし、これは専門的に解釈すると入るのだそうでございまして、なかなかその辺の解釈というのは実に微妙でございますし難しいのですが、しかしいずれにせよ、だれが読んでもわかる著作権法に、また時代の趨勢に対応して今日までの著作権というものに対する概念ではもうとらえられないという状態、そういうものも意識してこれからの著作権法というのはそれこそ抜本的な改正というものが手続的な部分も含めて必要になってくるのではないのか。単なる部分改正の積み重ねで済まない時代をもはや迎えつつあるのではないか、こういう感じもするわけでありまして、コンピュータープログラムがこれに含まれるかどうかは今論じません、もうそれは過ぎていると思いますから。今私が後半申し上げた、そういう抜本的な、単なる一部分の手直しては済まないそういう時代を迎えつつあるのではないか、そのことについての御認識をお聞きをしたいと思います。
○加戸政府委員 著作権制度といいますのは、一八八六年に制定されましたベルヌ条約、これを国際的な一つの規範として、各国がその条約に定める義務等を国内法で具現化している制度でございます。 ところが、この著作物というものにつきまして、日本国の著作権法では今先生おっしゃいました二条一項一号の定義がございますが、外国の場合には定義を設けている例は極めて少ない、まれでございまして、およそ著作物というのはアプリオリに概念し、かつ具体的な例示をある程度、小説とか音楽とか絵画というような形で例示は掲げておりますけれども、著作物そのものというのは人間の知的活動で生み出されたものというものがアプリオリに大切なものだという意識があるわけでございます。したがって、今回のコンピュータープログラムの問題につきましても、外国で余り抵抗なくプログラムが著作物だと受け入れられたのは、そういった人間の頭脳活動の所産というのを前提としました定義のない著作物というものに違和感なく受け入れられたと思いますが、一方、日本の場合は、詳しい定義を、どうしても法律的に精密を期しますために、定義があるゆえに定義に該当するかどうかという議論が出てくるわけでもございます。 そこで、先生おっしゃいますように、これからいろいろなものが出てくる、それが今の法体系では十分カバーできないんじゃないかという御意見につきましては、私ども、今の二条一項一号の定義で、これから将来出てくるものであっても相当程度にカバーできるだろう、むしろ法律の整備という観点からすれば、それを著作権法上の保護の対象となる著作物であるということを明確化するために例示に掲げていくということによって解決することにより、現行の基本的な骨組みを動かすまでもないのではないかという考え方が一つございます。 それから、第二点としましては、新しい著作物ができてき、あるいは新しい著作物概念に適合した利用関係を規制する権利関係というのがございます。それにつきましては、基本的に著作権法は複製権をベースといたしまして、あと無形的な利用権である放送権とか演奏権とかいろいろな形のものがございますけれども、それぞれの権利をそのまま適合すると実態的に見てこの辺はどうだろうかという、例えばプログラムのような場合の著作物の特性に見合った若干の例外措置というかあるいは手直しが必要になると思いますけれども、それは基本的な権利関係はそのままにしておいた上で例外措置を設ける、あるいは実態に見合った措置を講ずるということで、基本的な法体系そのものは先ほど申し上げましたように条約をベースといたしておりますので、条約をベースとした現行法の骨格を変えることは条約との関係からいっても難しいという感じはいたします。 そこで、むしろ先生のおっしゃった御意見は、条約自体の問題として、新しい時代に適合した著作権制度というのを全国際的に共通するような新しいルールづくりということはまことに傾聴に値する意見でもございますし、またそういった方向へいずれは向かうものではないかという予測は私ども十分しておるわけでございます。
○中野(寛)委員 私は、この著作物についての日本人の意識というのは特別のものがあると思いますし、同時にまた、この著作物のボリュームについては日本はすごいものを持っていますし、これからますます日本の国際社会に占める比重は高くなるだろう、大きくなるだろうというふうにも思うわけです。そういう意味で、単に受け身の姿勢だけではなくて、もっと日本がこれらの問題については積極的にリードしていくという意識がこれからは必要になってくるのではないか、そこまで日本のこれらの問題に対する位置づけというのは高くなってきているのではないかというふうに思うわけで、今加戸さんのお答えでございますから、その方向でひとつまたせっかくの御努力をお願いしたいと思います。 さて、次に進みますが、この著作権法でいこうとする文化庁、そして新しくプログラム法案をつくろうとする通産省、これは先日から幾たびとなくその立場の違いについては質問されたところであります。 通産省にお聞きしますが、各論について、この部分については織り込まれました、この部分はまだ懸案として残っていますというようなことはまだ聞きません。むしろ、基本的になぜコンピューターソフトについてプログラム法案でなければならないというふうに通産省は思われたのか。 私、先日ちょっと資料を文化庁からちょうだいいたしましたときに、その法制化の目的で、文化庁の見解は、文化の発展に寄与することを目的とするとする著作権法の一部改正で対応だ、通産省の見解、これは産業構造審議会は、産業経済の発展に寄与することを目的とする新法の制定で対応すべきだ、基本的にこういうことなんですが、この基本姿勢の観点からいって、通産省は、この著作権法で対応することについては了解を——了解をされたから今日に至っているのですけれども、まだ基本的に何か問題が残るとか、通産省の立場からすると本当は困るんだけれどもとかというふうなものがあるのかどうか、単なるてにをはの問題ではなくて、基本姿勢としてどのようにお考えなのかをお伺いしたいと思います。
○越智説明員 コンピュータープログラムの性格につきましては、先生御指摘のように、産業構造審議会の答申で指摘があったわけでございますが、率直に言いまして、そういう文化の振興と産業の問題のような接点にある問題だと存じております。 それで、今回著作権法改正で対応するというふうに合意いたしました契機としましては、一番大きな問題としてはやはり国際的な検討の動向でございます。国際的に認められるような制度でなければいかぬという認識が一昨年来の検討でありましたわけでございますけれども、先般来のWIPOでの議論等におきまして、当面は、当面といいますか、著作権がコンピュータープログラムの保護の基礎になる、パーフェクトというわけではございませんけれども、基礎になるだろうという認識が各国の大勢を占めたわけでございます。ただ、同時に、そういうプログラムの特質にかんがみまして、著作権で保護した場合の問題点の指摘ももちろん行われております。それで、今回は、そういう国際的な動向あるいは本問題の処理の緊急性等を総合的に判断いたしまして、現時点としては、著作権法の改正によりコンピュータープログラムの保護を図るのが最も現実的な措置であるという判断に達したわけでございまして、さらに、よりよい権利保護のあり方については中長期的視点からさらに検討を続けるべきであるというのが私どもの基本的な考え方でございます。
○中野(寛)委員 越智さんの御答弁、先般来聞いておりまして、きのう通産省から三月十八日付の「コンピュータ・プログラムの法的保護について」という紙をいただいたのですが、その中にも「当面の対応としてはこということが出てくるし、あなたの御答弁にも当面という言葉がたびたび出てくるのですね。ということは、これは臨時的な措置なのか、これからこの著作権法では対応できない問題が起こってくるというふうにお考えなのか、その辺はどうなんですか。
○越智説明員 当面という言葉でございますが、これは今申し上げましたように、よりよい権利保護のあり方につきましては中長期的視点からさらに検討を続けるということを申し上げておりますことの対比で、当面という言い方を申し上げたわけでございます。それで、今後の国際的な検討状況、あるいは先般来出ておりますような技術の進歩等によりまして現在の著作権法体系によるコンピュータープログラムの保護が十分でないとされるようなことがあれば、その時点で見直すこととなるというふうに理解をしております。 ただ、現時点におきましては、先ほど申し上げましたような国際的な検討状況等を踏まえた結果、著作権法の一部改正により対処することが適切というふうに考えた次第でございます。
○中野(寛)委員 それでは、今回出された著作権法の改正案で、通産省としての主張また心配している点等々は一通り織り込まれているというふうに、基本姿勢も各論も含めてそういうふうに通産省としては考えておられるというふうにこっちは受けとめてよろしいわけですね。
○越智説明員 従来、コンピュータープログラムを著作権法により保護した場合の問題点としまして当省が指摘しておりました、例えば著作者人格権の問題、あるいは自己使用のための複製権等の制限等に関する問題等につきましては、今回の改正によって解決されているというふうに考えております。 ただ、残された問題、課題としまして、先般来議論になっておりますように、保護期間あるいは使用に関する権利をどうするかというような問題がございまして、これらは中長期的な観点から、国際的な検討等にも留意しながら、中長期的に通産、文部両省で協力して検討を続けていきたいというふうに考えている次第でございます。
○中野(寛)委員 関連業界はいかがでございますか。通産省が把握しておられる関連業界の現在の意向はどういうことでございますか。
○越智説明員 今回の法案を政府部内で検討するに当たりまして、当省としましては、コンピューター業界あるいはソフトウエア業界等の意見を踏まえて十分に対応したつもりでございまして、今回の改正に対して産業界から不満が出ているということは聞いておりません。
○中野(寛)委員 次に、今出ました保護期間五十年、これはたびたび出てくることなんですが、これだけ進歩の激しいものですから、確かに短期間で陳腐化してくるというものが多いかもしれません。そうすると、五十年というのはやたらと長いなというような感じもしますし、といって、どんどん進歩していくんだから、こういうのは五十年の期間があっても結局形骸化したものになっていくだろうという期待感もありますが、しかし、保護期間というのは、価値のあるものを意義があるから保護するという意味で期間を設けるんですね。そのときに、保護する価値が高いというものでなくなったものについては、やっぱりそれはそれで一般化していくとかオープンにしていくとかそういう措置が講じられる、または除外していく、これが本来の法律の制限条項の意味でしょうね。 そういうことを考えますと、やはりこれは通産省の言い分には多分に意味がある。しかし、これも国際条約との関係や国際情勢との関係があるでしょうから、そう簡単にはいかないかもしれません。しかし、これはどうなんでしょうか、この保護期間については検討の余地ありと文化庁としてもお考えなのでしょうか、どうなんでしょうか。
○加戸政府委員 日本が加盟しております著作権条約は二つございまして、一つがベルヌ条約、一つが万国著作権条約でございます。 それで、一九五二年にできました万国著作権条約は、保護期間は二十五年以上が義務づけられておりまして、したがって、この限りでは五十年の拘束はないわけでございます。一方、よりレベルの高い一八八六年にできましたベルヌ条約は、一九四八年にブラッセルで改正されまして、そのときに五十年が義務化されたわけでございます。最低の保護期間という形になりまして、先進国のレベルは一斉に五十年まで上がったわけでございます。日本は、御承知のように、一九七〇年、昭和四十五年の著作権法全面改正にようましてやっと五十年の仲間入りをした。そういう意味では、著作権の世界では保護期間に関しましては後進国であったわけでございます。それがやっと先進国の域に達したわけでございます。 そこで、著作権の保護期間というのは、先生おっしゃいましたように、基本的に、価値あるものが生み出されたその価値をどの程度保護すればいいのか。ある意味では腰だめではございますが五十年というのが今世界の共通認識になっているわけでございます。しかしながら、保護期間は原則五十年でございますけれども、ベルヌ条約の中におきましても、例えば写真の著作物と応用美術の著作物の二つにつきましては二十五年でも構わないという例外規定が設けられております。そのように著作物の性質によっては必ずしも五十年を要しないケースもあり得るわけでございます。しかし、著作物それぞれについて見れば、写真、応用美術以外は全部五十年というのが義務づけられて、したがいまして、五十年を遵守するのが今の日本の立場でございます。 ところで、じゃコンピュータープログラムも五十年でいいのかということになりましたら、それはまた新たな視点からの検討というのは必要でございましょうし、昨年のいろんなプログラム権法構想の間におきますいろんな議論の過程におきましても、例えば、投下資本を回収するとしても五十年は要らない、十五年でいいとか二十年でいいというような意味合いもございました。あるいは、特に科学技術の進歩発達が著しい今日、プログラムも陳腐化していくから、そんなに五十年までもつことはないだろうというような御意見もございました。もちろんこれらについては反論も可能でございます。プログラム全部が二十五年で投下資本が回収できるわけではございませんし、当たり外れもあるでしょうし、そういう意味では五十年の必要性が認められるものもあり得るし、あるいは今申し上げた科学技術の進歩といいながらも、よいものはいずれにしても二十五年たっても使われるであろうというようなことも考えられる。両論あり得るわけでございます。しかしながら、今後の考え方としまして、特に今の世界の各国の情勢の中にありましても、一般の著作物と同様に扱うべきかどうかにつきましては、五十年とはしつつもいろいろ異論を持っている国もございますし、特に開発途上国の立場からいたしますれば、五十年という保護期間の義務づけというのはかなり厳しいものであろうと思います。 そういうような点を総合勘案いたしますと、いずれ著作権制度の条約の改正の時期に当たりましては、プログラムに関しての保護期間については当然その期間の長短の問題は議論になると思いますし、その時点までの各国におきます国内的な動向、あるいは世界各国がどのような考え方で対応するのか、そういうのを見きわめながら、日本としても適切な対応をする必要が出てくるだろうと考えております。
○中野(寛)委員 わかりました。 次へ行きます。きょう一時からの衆議院本会議で、実は労働者派遣事業法案が可決されたわけです。で、参議院に送付されるわけですね。 さて、その派遣元のプログラム開発業者が労働者を派遣して、派遣先でプログラムソフトを開発した場合、著作権はどこに帰属するのか。契約で定めない場合はどうこうという条文があるんですが、契約で定めないで問題となった場合、派遣元の企業に帰属するのか、派遣先の企業に帰属するのか、派遣された個人に帰属するのか。また、今後コンピューター関係の派遣事業が法制定後増加した場合、先ほど申し上げたようなトラブルが発生する可能性が十分にあるわけであります。これらのことについて、はっきりした考え方を確立し、それを周知徹底させる必要があると思いますが、いかがお考えでしょうか。
○加戸政府委員 先生今おっしゃいました労働者派遣事業法は、実は、このプログラムの著作権に関します議論をちょうだいしました著作権審議会の審議の段階では想定はされなかったわけでございますが、もちろん企業の中に外部の職員が入ってきてプログラムの作成に参加するという実態もございましたし、そういった問題点の検討もいただきました。その著作権審議会第六小委員会の報告の中では、ちょっと読み上げさしていただきますが、このような考え方で報告がまとめられております。こういった外部から参加した部外者でございますが、「部外者がプログラム創作行為に参加したと言えるような場合には、この部外者は企業の従業員ではなく独立の地位に立つので、作成されたプログラムは企業とこの部外者の共同著作物になると考えられる。」これが原則論でございます。これに対しまして、「そのような場合には、第十五条の「法人等の業務に従事する者」を厳格に解釈するのではなくて、法人と個人との間に一定の身分関係の存することを必ずしも必要とせず、法人等の従業員と同様に法人等の指揮、命令を受けている場合にはこの要件を満たしているとの解釈も可能であり、この解釈に立ては、企業が単独で著作者の地位に立つと考えることができるとの意見もあった。」ということで、御議論としては二通りございました。 もちろん、今の場合はアウトサイダー、つまり部外者が会社で共同作業した場合の考え方に関します議論でございますけれども、今回の労働者派遣法の場合には、そういった単純な部外者ではなくて、派遣元が派遣先に従業員を派遣し、かつ派遣元と雇用関係がございますが、と同時に、派遣先との関係でも、何といいますか一種の使用関係的なものが生じている。ちょっと法律的に労働法上も非常に微妙な問題がございますが、そういったケースでございますので、今の報告と当てはめて考えました場合に、じゃどちらになるのだという議論が当然出てくると思います。 そこで、現時点におきまして、私ども労働者派遣の実態を、しかも派遣契約の内容等を詳細に承知しておるわけでございませんので、断言することは差し控えたいと思いますが、やはり基本的には派遣契約の内容によって定まった契約形態、労働形態といいますものが、著作権法の視点から見て、企業に雇用されている者と同視すべきものであるのか、あるいはやはりアウトサイダー的なニュアンスから考えて共同著作者の地位に立つのかという点で判断されるべきことになろうと思います。 しかし、実態問題としては、いずれにいたしましても著作権問題は、契約によって、多くの場合はプログラムを製作する企業者側いわゆる派遣先の方で著作権を確保するような措置は当然講じられるのではないかなということは想定いたしております。
○中野(寛)委員 いずれにせよ、この事業法案がいずれ通過するでしょうし、そういう派遣形態というものがこれによってまたふえていくでしょうね、現実に。ましてこういうプログラム開発業者というのはその派遣事業に一番多くかかわる事業の一つになるでしょう。そうすると、今、加戸さんがおっしゃったようなことを基本的に明確にして、こういうときにはこういう契約をきちんと結んでおかないとこうなりますよという指導は、向こうも勉強するでしょうけれども、しかし、やはりその基本的な考え方というのは確立をして指導しておくことが必要ではないかというふうに思うのです。 例えば、プログラムの権利について争いが起こることは当然あるわけですね。そういうときに法廷で争われますと、コンピュータープログラムの秘密性が果たして保持できるかという問題も今度出てくるのですよ。訴訟に行く前に、その秘密性を保持するために話し合いで紛争処理をするというふうなことももちろんあるでしょうし、また、一つのあっせん制度の活用というようなものも必要になってくるでしょう。こういうふうなことを考えますと、できるだけやはりこういうものについての争いを避ける事前の防止策というのは常に講じておかなければいけないというふうに思いますし、ましてこの著作権についての認識がまだ十分に熟し切っていない日本においては、なおさらそのことが必要なのではないかという気がするわけで、簡単に、再度同じ質問を二回するようですけれども、その辺の確立とPRという面についてお考えをお聞きしたいと思います。
○加戸政府委員 提案申し上げております著作権法案が成立いたしますれば、通産省とも協力しながら、関係業界に対します法の趣旨あるいは解釈等についての指導をすることは、当然また必要であろうかと考えておりますし、場合によりましては、今のような契約のひな形を当方から決めるわけにはまいりませんけれども、こういった問題点があり得る、そういった点の将来の紛争の種とならないような考え方、方向での十分な指導あるいは助言を申し上げるということもさしていただきたいと思います。
○中野(寛)委員 わかりました。 それで、次の質問をいたしますが、著作権に関しましてはもう一つお聞きしたいのです。 特許などの場合には、職務著作の特許権というのは労働者に属することになっているわけですけれども、著作権法に基づく今回のプログラムに関する規定ではどうなるのだろうか。企業に帰属するという今回の決め方から考えますと、特許などの場合に比べて労働者の権利を制限をするという形になるなあというふうに率直に思いますし、欧米ではどういうふうに考えているのだろうか。その辺のことについてはどういう著作権法上の考え方なのだろうかということをお聞きします、
○加戸政府委員 特許法上の職務発明とはかなり性格を異にするように私ども考えておりますのは、特許法上の職務発明につきましては、職務としてその発明をするといいますよりは、会社の仕事をしている中の過程におきまして副次的にこういう発明が行われたとか、あるいはもちろん特許権をとるための発明ではなくて、考案した結果がこれは特許に値するようなものが出てきたとか、そういうケースが多いわけでございます。 一方、著作権法上の職務著作と申しますのは、例えば職務としてプログラムをつくらされているという形で、著作物をつくること自体が本来の職務、使命であるという点が基本的に異なるわけでございますので、そういう意味で、工業所有権法、特に特許法のように、本来は発明者であるけれども、その権利、通常実施権は会社側に属するとか、そういうような形での調整規定を置いておりますけれども、著作権法の上では、むしろ個人の特性、個性というものが埋没しまして、会社のものとして世の中に出ていく、あるいはその著作物についての責任は会社がおとりになる、そういう性格のものにつきまして、法人著作という制度を設けているわけでございます。 外国の例で申し上げますれば、アメリカであるとかあるいはフランスであるとかオランダであるとかいうような国におきまして、当然法人を著作者とするような規定もございますし、そのほか多数の国におきまして、法人が著作権を有するというような規定を数十カ国設けておりますし、国際的な中でも、純粋に個人主義をとっている国ももちろんございます。しかしその場合は、契約によって著作権を会社側が取得するような実態的な動きにはなっているとは思いますけれども、制度は画一ではございませんで、多様な各種の制度が著作権法上設けられておるというぐあいに理解いたしております。
○中野(寛)委員 最後にお尋ねいたしますが、この著作権法を考えれば考えるほど、新しい時代を迎えている、しかも国際社会の中にあって協調性だとか、また国際社会の中における技術革新、進歩の動き、そういうものとも対応しながらやっていかなければいけない、大変な法律だというふうにも思うわけであります。そういう意味で、今後とも、例えば通産省だとか、派遣事業法からいいますと労働省だとか、もちろん文化庁を中心にして何か常に、単なる横の連携をとっているということだけではなくて、かなり密接な、そしてかなり恒常的な連絡機関というか、そういうものが必要なのではないかなという感じさえするわけです。まして日本が果たす役割というのは、言うならば、どっちかと言えば今までは後発国かもしれませんけれども、しかしこれからはまさに日本は最先端をいく国にならざるを得ないし、またなるべきでしょう。そう考えますと、なお一層私はその責任を果たすための積極的な姿勢というものが必要だと思うわけです。そういうことについて大臣に、基本的な考えですから、お聞かせをいただきたいと思います。
○松永国務大臣 先ほど中野先生、ヨーロッパの国の例として自動車の話をされたわけでありますが、同じ技術を使っても、ワーゲンならば自分の方は大衆車向きをやる、しかしベンツは高級車をやるという中で、同じ分野でそう競争し合わないで、適当に分野を分けてやっていっておるというお話がございましたが、確かにそういう傾向がヨーロッパの場合にはあるような感じがいたします。それはあそこの人々は本来狩猟民族だったからだと思うのでありまして、独自の道をそれぞれ歩んでいく。日本の場合は農耕民族ですから、どうしてもみんなが一緒に同じことをやる、そして、悪い言葉で言えばまねるわけでありますが、いい言葉で言えば、同じことをやりながら人のやっていることを参考にしてよりよいものを自分の方でやっていくんだ、こういう民族的な特色があるような気がいたします。 〔白川委員長代理退席、船田委員長代理 着席〕 そういう中で、科学技術の進歩をより一層させながら、同時に、知的活動の結果として出てくるものに対してきちっとした保護をしなければ、その開発をした者の権利は保護されないし、そのことはある意味では新しい進歩発展の障害にもなるようなことがあるわけでありますから、その意味で著作権法に基づいて著作者の権利が的確に保護されていくということは大事なことだと思います。しかし、事柄が美術とか芸術とかという分野と違いまして、その著作物を活用して新たな経済財をつくり出すという面があるわけでありますから、そういう関係ではまさしく通産省の方と競合して所管するような分野が多いわけでありますので、今後とも通産関係ともよく相談をし、協力しながら、適切な法の運用がなされるようにしていかなければなりませんし、同時にまた、時代の進歩に合うような状態をつくり出すためにもそのことは必要なことであるというふうに思っているわけでありまして、そういう考え方で今後とも適切な対応をしていかなければならぬというふうに考えておる次第でございます。
○中野(寛)委員 終わります。
○船田委員長代理 江田五月君。
○江田委員 著作権法の一部を改正する法律案についてお尋ねをいたしますが、コンピュータープログラムについては著作権法がこれをカバーしているんだ、コンピュータープログラムに著作権が成立するんだというのが、これはもう国内の判例でもありますし、また国際的にも一致をしておるんだろうと思いますが、今回の著作権法改正案も、これもそのことを確認するんだ、念のためにそういうことをはっきりさせるんだという、そういう改正だというわけですが、一体なぜ今改正しなければならぬのか、改正しなければならぬほどいろんな問題が生じてきているのか。いろんな問題が生じてきているからということなんだろうと思いますが、期間の問題も五十年というのに別に手を加えるわけではない、使用権創設などをするわけでもないし、強制許諾というようなことをやるわけでもないし、どういう問題が起こったから今回改正しなければならぬのだというあたりを、ひとつわかりやすく教えていただきたいと思います。
○加戸政府委員 コンピュータープログラムの法的な保護の問題につきましては、いろいろ議論のあり得るところでございます。したがいまして、昭和四十七、八年の段階におきましても、通産省並びに文化庁両省庁におきまして、それぞれ審議会あるいは検討委員会等で議論をした経緯もございます。国際的にもやはり議論のあり得たところでございまして、一般的な傾向は大勢として、先生おっしゃいますように、各国でも判例が積み重ねられ、あるいは政府の姿勢も明らかになってまいりましたけれども、それは完全にそのとおりだということで固定、確定しているわけではございません。既に立法いたしました国といたしましてはアメリカ、ハンガリー、インド、それからオースーラリア・この四カ国がございますし、それから、著作権法の改正案が審議されている国としましては西ドイツとイギリスがございます。そのほか相当多くの先進国におきまして、著作権法を改正してコンピュータープログラムの保護を明記しようとする動きが各国でございます。 ということは、とりもなおさず、解釈上あるいは判例上あるいは政府の意向としてそうであったとしましても、やはり従来の伝統的な著作物というイメージの強い考え方に対しまして、新しいメディアとして出てまいりましたコンピュータープログラムは著作物であるという旨の例示をすることによりましてその法的整備を図ることが、いわゆる法制度の明確化でもございますし、また国民に信頼性を与えるゆえんでもあるという観点のものが、基本的な今回提案を申し上げた理由でございます。 と同時に、コンピュータープログラムが著作物であるといたしましても、著作権法をそのままストレートに適用してよいかどうかという問題があるわけでございまして、コンピュータープログラムの特性に見合った、それなりの利用実態に即応した法制度という観点で規定の整備をする必要がある、その二点から、今回提案を申し上げたわけでございます。
○江田委員 あれこれと詳しく調べてみると、うん、確かにコンピュータープログラムは著作権法の守備範囲内だということがわかる。しかし、そんな議論がいろいろあるのをそのままにしておくのは法的安定に資するゆえんではない、そこでしっかりと、確認的ということではあるけれども、法を整備しよう、そういう意味合いと、多少法律問題もいろいろ起こっていますからこれに対応しようということだと思いますが、法律問題だけでなくて、コンピューターソフトをめぐる問題というのは実にさまざまな多岐にわたっているんだろうと思うのですね。 そこで、文部省、文化庁の側は、著作権法という法律とコンピューターソフトとの関係をどう調整をとっていくのかということを所管をされておるのだと思いますが、そのことに限らず、さらに広くコンピューターソフトの産業、社会の実情といいますか、コンピューターソフト産業が一体今どういう現状にあって、どんな問題点を抱えているのかという、そういう見方もまたこの法律の審議の上には必要だろうと思うので、ひとつそのあたり、コンピューターソフト産業の現状と問題点というと膨大になりますが、なるべく簡単に通産省の方からお答えを願いたいと思います。
○越智説明員 ソフトウエア産業の実態でございますが、網羅的な統計が必ずしも整備されておりませんけれども、例えば、私どもの特定サービス産業実態調査等を基本として考えますと、例えば年商売上高で約三千八百億、企業数として四百三十四企業というようなことになっておりまして、そのうち三分の二ぐらいが従業員五十人以下の中小のソフトウエア企業というふうなことになっております。また、以上はソフトウエア開発を主たる業務としております企業に関するものでございまして、ソフトウェア開発につきましてはそのほかに、御承知のようにコンピューターメーカーとか、情報サービス企業、コンピューターユーザー企業等、いろいろなレベルで開発をしておりまして、全体の開発規模としては、先ほど申し上げましたものの数倍に及ぶものと考えております。 それで、最近における情報化の急速な進展に伴いまして、これらのソフトウエアの供給をしておるわけでございますけれども、需要が急速に拡大している関係上、供給が十分これに対応できない状況になっておりまして、この需給ギャップの拡大が今後の高度情報化社会の建設にとって障害となるのではないかという問題意識を持っておりまして、こういうソフトウエア企業の開発力の向上というのが緊急の課題となっております。そのために、例えば現在手作業で行われておりますソフトウエアの生産のコンピューター化を図る等によります生産性の向上でございますとか、汎用プログラムの開発、流通の促進、それから情報処理技術者の育成、確保等が必要と考えております。 こうしたソフトウエア産業の克服すべき課題の中で、このプログラムに適切な法的保護が確保されるべきであるというのも一つの課題でございまして、プログラム開発者にその開発利益を確保し、取引の適正化等を通じまして利用者の利益の確保にも資するというふうに考えておる次第でございます。
○江田委員 コンピューターソフトを主として扱っている企業が、これは感じですからはっきりわかりませんが、通産省の方でしっかりつかんでいらっしゃるのかどうか伺いたいのですが、恐らく今、群小の企業が林立をして、それがまことに、電話一本に机一つと言うとちょっと言い過ぎかもしれませんが、小さなものが次から次へと生まれて、これが大変な競争をしておる。競争の活力という点ではそれもいいのかもしれないけれども、どうもこの業界が安定的でない、生き馬の目を抜くというのが行き過ぎる、そして一見詐欺まがいと言うと語弊があるかもしれませんが、企業活動の倫理性のようなものが必ずしもきちんと確保されていないというような、そんなこともあるのではないかと心配されるのですが、こういう点はいかがですか。
○越智説明員 御指摘のように、ソフトウエアの開発に携わっております企業は、先ほども申し上げましたように、従業員規模で見まして五十人以下の事業所が全体の三分の二を占めるというようなことで、かなりつぶれたりあるいは急速に拡大したりというような実情があるのは事実でございます。そのこと自体は、産業社会の活力というようなことで、格別問題にしているわけではございませんけれども、先ほどのソフトウェアの開発技術あるいはそういうものの安定性という観点からは、企業基盤の確立しました企業が安定的に開発していくことが重要でございますので、そういう観点から所要の対策を講じているところでございます。
○江田委員 その所要の対策というのは、簡単に言うとどういうことになりますか。
○越智説明員 例えば、情報処理振興事業協会というのがございますが、そういう事業を通じまして、先進的汎用的プログラムの開発普及の促進でございますとか、民間企業のプログラム開発資金あるいは技術者の育成資金等の借り入れに当たっての債務保証、あるいは日本情報処理開発協会というのがございますが、そういうところにおきます情報処理技術者の研修等を行っているわけでございます。
○江田委員 新しい産業分野が急速に登場してきておって、その歴史的な一時期に特殊な混乱というのも恐らくあるんだと思いますが、それだけでなくて、例えば先ほどおっしゃっておった汎用プログラムがどうも日本は弱いとか、あるいは汎用プログラムが弱いということのもっと前にソフトの開発力が全体として弱いのではないかというようなこと至言われておるようですが、どうも産業秩序だけでなくて、コンピューターソフトに関して日本人の能力というか、そう言い切ってしまうとまた問題かもしれませんが、我々ちょっと苦手とするんじゃないかというような意見もあるのですが、そのあたりをどう認識されておって、これからどうこれを克服しようとなさっておるか、お聞かせください。
○越智説明員 御指摘のように、例えば一般に流通します汎用プログラムの比率というのは、我が国では約一割ぐらいと言われておりまして、これは例えばアメリカでは五割を超えているというようなことを言われておりますので、そういう面から汎用ソフトウエアの開発力が弱いという問題がございます。これはいろいろな原因があろうかと思いますが、先生御指摘のように、現在の形態はいろいろな企業のニーズにこたえまして個別にプログラムを積み上げていくというような方向でございますが、大量の製品を高品質に維持するというようなのは得意な日本といたしましては、端的に言ってやや不得手な分野でございますし、歴史的に、アメリカ等に比較しますと出発がおくれているというような問題もあって、現在の状況に至っているというふうに認識をしております。 これらの問題に対しましては、先ほど申し上げましたような対策のほかに、今年度、情報処理振興事業協会等に関する法律の改正を行いまして、ソフトウエアの生産性向上に関しまして、ソフトウエア生産工業化システムに着手するとか、情報処理技術者の育成確保につきまして助成を拡充するとか、あるいは汎用プログラムの開発、流通の促進につきまして、汎用プログラム準備金制度という税制がございますが、そういうものの延長をする等、積極的に対処をしたいというふうに考えておる次第でございます。
○江田委員 汎用プログラム率が低いということなんですが、これは、コンピューターというものが最近は随分行き渡ってまいりましたけれども、しかし、アメリカなどに比べるとまだハード自体が十分に普及をしていると言えないので、いろいろな種類の汎用プログラムをつくってもそれがマーケットをなかなか十分に得られないから、汎用プログラムの開発がおくれる、汎用プログラム率が低いということがあって、ハードの方がもっと完全に普及をすると汎用プログラムの占める率も上がってくるというようなことは言えないのですか。
○越智説明員 これは事態の見方としてなかなか断定しがたい面がございますけれども、コンピューターの台数としては例えば十万台程度は普及しているわけでございまして、もちろんそのすべてについて調査はちょっとできないのでございますけれども、二割程度カバーする調査を私どもでも実施した結果でまいりまして、その保有しているプログラムのうちの汎用プログラムは七から一〇%ぐらいにすぎないという実態でございまして、これは基本ソフトウエアと、いわゆるアプリケーションといいますか応用のソフトウエアで比率は違いますけれども、電算機メーカーとか、あるいはアプリケーションでございますと自社開発の比重が非常に高いというのが現状でございます。ハードの普及がおくれているから汎用がうまく育たないというよりも、やはり汎用をつくる側の技術力、開発力に問題があるし、使う側の方もそういう汎用のをどんどん活用しようというところへなかなかいっていないということかというふうに考えております。
○江田委員 そうすると、やはり基本的にソフトというものに対する能力というか適応性というか、それがまた十分なところまできていないということが、汎用プログラム率の低いことの原因になっている。五、六年前ごろまでは、やはりハードがもうちょっと行き渡らないと汎用プログラムを開発したところでそれが十分市場を持たないからというような意見もあったようですが、どうもなかなかそううまくいかないようですね。 そこで、コンピューターというとどうも何か人間が機械に使われるようで、だんだん人間が画一化し均質化して、人間の個性なんというのはなくなってしまうのじゃないか。コンピューターで結婚相手まで全部決めてしまったとかいろいろ言われますが、どうもそうでなくて、やはりコンピューターを本当に使いこなすには我々ももっともっと創意性を持ってこなければならぬ、個性というものを発揮していかなければならぬということの方が重要だ。日本人のそういう創意制や個性の点における若干の立ちおくれが、コンピューターを完全に使いこなすということについての我我の立ちおくれの原因になっているという指摘の方がどうも当たっているようですが、これは文部大臣、今の日本の教育全体のあり方を反省してみて、こういうコンピューターということについて、コンピューターソフトということについてあらわれている我々の弱点というものをどうお考えですか。
○松永国務大臣 人間にはそれぞれ個性があるわけでありまして、コンピューターとか数字とか、そういったものを扱わせれば非常に能力を発揮する人もありますれば、あるいは文学の方に進んで能力を発揮する者もあれば、あるいは法律学や経済学の方で能力を発揮する人もあるというふうに、それぞれ独特の分野で能力を発揮するというのはその人その人の特性があるような感じがするわけでして、そうした能力、特性というのを比較的早い段階に見出して、同時にまた、本人の意欲もあるわけでありますが、それをうまく結合させながら人づくりを進めていくということは大事なことであろうというふうに思います。江田先生の場合には恐らく法律の方に進んで行かれたのだと思いますけれども、もし江田先生が高等学校の時代あたりから、法律の方に進むのじゃなくして技術の分野の方へ進んでいらっしゃったならば、あるいはコンピューター関係でもすばらしい能力を発揮される人材になっていらっしゃったかもしれません。私もそうなんでありますが、私の場合は先生と比べればはるかに能力は劣りますけれども、三十何年前に法律だけやっておったものですから、今のコンピューターのことをいろいろ専門家から話を聞きましてもなかなか頭に入りませんし、実は去年は二泊三日でIBMの研修センターに泊まり込みで勉強したこともあるのでありますけれども、わかったようなつもりでも帰ってくるときには八割くらい頭の中から抜けておりました。やはり若いときからそこになじんでいくことによってその分野で能力が発揮されるというふうになってくるんじゃないかと思うのでありまして、その意味では、高校あるいは大学の時代あたりからそれぞれの個性を見出してその能力を伸ばしていくような、そういう教育も考える必要があるというふうに思うわけでありまして、日本人自身の能力は、決してコンピューターとかそういう分野に能力の発揮できない、そんな劣っている国民とは私は思ってないのでありまして、やはり教育のあり方かなというふうに思っている次第でございます。
○江田委員 私は、高校三年卒業するまで理科系の科目を選択をいたしておりまして、大学を受けるときにさあどっちにしようかと大分悩んで文科系の方に入ったのですが、それでも法律の勉強は初めはずっとやらずにいろいろほかのことばかりやったり、大学へ来なくてもよいとか言われたりしておったわけですが、御心配いただきましてありがとうございます。余り理科の方の能力はなかったのだと思いますが、そういう分野別の能力ではなくて、分野を共通して欠けておる点、それが創意性とか個性とかというところじゃないかという反省が今実はあるのじゃないか。別にコンピューターという分野があるのじゃないので、法律学にしても経済学にしても、すべてコンピューターというものとこれからかかわりを持ってくる時代になってくるわけですね。法律にしても経済にしても、どうも横を縦に直せばそれで学問として成り立つなんというのがずっと続いてきた我が国で、別に日本人が劣るとか日本人がすぐれているとかいう話じゃなくて、今、これからの二十一世紀を支える、あすを担う国民を育てていこうと思うと、やはりコンピューターソフトの問題でもあらわれているように、論理性と、ただ論理を一一細かく追い求めていくだけでは乗り越えられない一つの発想の飛躍をなし得るような創意性、こういうものが必要なんだということが今の反省なのじゃないかと思うのですが、いかがですか。
○松永国務大臣 先生の見解、ごもっともだと思います。要するに、教育の目標としては、教育基本法に人格の完成を目指すというふうに書いてあるわけでありますが、私は、人格の完成というのは、その人その人が持っておるいろいろな能力があるわけでありますが、その能力を伸ばしていくというのが人格の完成であろうかと思うのでありまして、その人その人それぞれ個性がありますし独特の能力を持っているわけでありますから、その個性を伸ばしていくような教育が今後は望まれるわけでありまして、画一的なものよりは、個性を尊重し重視するという形の教育をしていかなければならぬというふうに考えるわけでございます。
○江田委員 どうも議論がコンピューターソフトから離れて教育論になってしまいましたが、このコンピューターソフトに関する法的整備というのは、一体なぜ文部省の所管ということになるのか。著作権法改正だから文部省所管ということなのか、それとももっと何かもとのところがあるのか、文部省所管になるべくして文部省所管になっているのだというゆえんが何かあると思うのですが、これはいかがお考えですか。
○加戸政府委員 著作権法はいわゆる財産権と呼ばれておりますうちの無体財産権、それが工業所有権と著作権の大きい二つの領域に分けられると思いますが、その無体財産権の一、大きな有力な態様でございます著作権の分野につきましては、文部省が所管することとなっておりまして、戦前は内務省で所管されておりましたものが、戦後文部省へ移管されたわけでございます。そういう意味で、文部省が所管するゆえんは、教育、学術、文化といった所掌事項のうち、まさに文化の大基本法というような考え方で文化庁が著作権を所管しておるわけでございます。 今回のコンピュータープログラムの保護制度につきましては、一昨年来いろいろ議論のあったところでございますが、国際的な動向に即応いたしまして、著作権制度の枠の中でコンピュータープログラムの法的保護を図るということで、政府部内の調整ができたわけでございますので、著作権法の改正を文化庁、文部省から提案申し上げたという次第でございます。
○江田委員 論議の過程で通産省と文部省でいろいろな議論があった。これを一部には縄張り争い的におもしろおかしく見ておったり、あるいは日米経済戦争の代理戦争風に観察をしておったりというような向きもあるようですが、そういう点もあるかもしれないけれども、やはりいろいろな議論が政府部内で活発に闘わされて、それを調整をしてきたというので、私はそれはよかったのじゃないかと思いますが、この点だけ伺っておきたいのは、果たして本当に縄張り争い約あるいは権限争い的なものがどの程度あるのか。コンピューターソフトの産業秩序を管轄をしていくという点で通産省が持っておる権限が、コンピューターソフトを著作権法で扱うことによっていささかでも傷つけられるとか小さくなるとかいうようなことがあるのですか、どうですか、通産省の方でお答えください。
○越智説明員 一昨年来議論になっておりましたのは、コンピュータープログラムのよりよい権利の保護のあり方として、著作権法によるアプローチがいいのか、工業所有権的なアプローチがよいのかということで議論をしていたわけでございまして、それが今回著作権法改正という形で決着をしたわけでございまして、このプログラムの法的保護が文化庁の担当となったということをもちまして、ソフトウエア産業の所管省としての当省の任務自体に変更があったわけでは全くございませんので、今後、プログラムに関する著作権法の運用につきましても、これは産業の状況に密接な関係がございますものですから、文化庁とも十分に連絡協力をしてまいりたいというふうに考えている次第でございます。
○江田委員 「コンピュータ・プログラムの法的保護について」という六十年三月十八日の通産省の文書があります。もう一つ「コンピュータ・プログラムの保護のための著作権法の改正について」という同日付の文部省の文書もありまして、ここでどちらも文部省と通産省とが合意に達したということを発表されているわけですが、その合意の中身が、通産省の方は、コンピュータープログラムのよりよい権利保護のあり方は今後とも中長期的観点から検討を続ける。当面は著作権法の改正を行って対応する。文部省の方は、コンピュータープログラム保護について著作権法改正を行う。コンピュータープログラムのよりよい権利保護のあり方については今後とも中長期的観点から両省協力する。こう二つの事柄が両省で順番が逆になっているわけで、これはやはり、両省の考え方の違いというか姿勢の違いというか、まあ、加戸次長のお言葉ではニュアンスの違いということかと思いますが、なぜこういう違いになってくるのでしょうか。
○加戸政府委員 文部、通産両省庁間で合意に達したのが一つでございます。その内容は全く同じでございます。 ただ、発表ぶりの違いといたしましては、文化庁サイドは、自分の所管する著作権法の改正案を今回出すことということが通産省の合意が得られたというのがもちろんアクセントが強いわけでございまして、したがって、第二点の方では、両省庁間で今後協力しながら中長期的観点の検討という立て方になったわけでございます。 通産省の方は、通産の方からお答えいただけば結構でございましょうが、著作権法を出すことになったというのは文化庁マターでございまして通産省マターでございませんから、それはウエートとしては二番目になるのではないか。特に、懸案事項でありました課題についての、今後両省庁間が中長期的に検討するというのがアクセントとして一番目に並んだという意味で、発表の場合のそれぞれの両省の考え方というのは、微妙なニュアンスの差といいますか、感覚の差はございますけれども、両省庁間で合意に達した内容は全く基本的に同一でございます。
○越智説明員 たまたま発表する文書の順番までは合意しなかっただけでございまして、基本的な内容は全く同じでございまして、今文化庁から答弁があったとおりでございます。
○江田委員 そこで、大臣、政治家の大先輩としてお答えを願いたいのですが、私は、こういう違いがあって、これは非常にいいことではないかと思うのですね。文部省の側は著作権法というものについて、この人間の知的活動の所産に対する権利性というものを、時代の変化に常に対応できるようにいつも配慮をめぐらせておく、一生懸命に著作権法に遺漏なきように努力していく。たまたまそこにプログラムというものがあらわれてきた、これについてどうするかというので、著作権法という光を人間のさまざまな活動に当てながら検討を加えていく。どうしたってそれは著作権法が表に出てくるのは当たり前ですね。したがって、このコンピューターソフトについては将来は著作権法がカバーしていくかどうかも白紙ですよなんというような考えにならないのは当然のことで、一方、通産省の方は、また物の考え方が違うわけで、コンピューター関連についての産業がうまく発展をし、秩序をきちんと持っていくように、行政として対策に遺漏なきように努力していく。たまたまそこに法的な問題が起きてきて、どういうふうな法的保護がいいのかということを検討して、いろいろやって著作権法ということになったけれども、これから先も著作権法でいいかどうかまで別に配慮が縛られるわけじゃないので、大いに産業政策上の見地から努力していくということで、発表の順序まで合意をしなかったというのはまことに結構で、これからもそういうふうに行政部内で大いに、違うところは違う、争うところは争う、衝突するところは衝突するでやっていっていただく方がいいんじゃないかと思うのですが、いかがですか。
○松永国務大臣 コンピュータープログラムの適正な法的保護の問題について、文部、通産両方の間で大変なけんかが行われたみたいなマスコミその他の報道があったわけでありますが、基本的に一致していることは、コンピュータープログラムについて適正な法律をつくって保護の対象にすべきだ、この点については意見は一致しておったわけであります。 ただ、文部省の方では、コンピュータープログラムは学術的思想の創作的表現であるから、当然著作権法で保護すべきものであるという考え方で対処をしてきておりましたし、また著作権審議会でもそのような答申をいただいた。先生御承知のとおり、幾つかの裁判例でもこれは著作権法の保護の対象であるべきだという判例もある。そしてまた、アメリカその他欧米諸国の間でも、著作権法の保護の対象である著作物として保護の対象にすべきであるという、そういうことでありました。そういったことで文部省、文化庁としては対応すべく法案の準備を進めておったわけであります。 一方、通産省の方では、私も実は閣僚になるまではいわゆる商工部会の一メンバーでありましたから、ある意味では通産省の意見をよく理解する議員の一人であったわけでありますけれども、美術とか芸術に関する著作物とは少し違う面があるわけでありまして、このプログラムを活用して新たな経済財を生み出すという効用がある著作物であるわけでありますから、美術や芸術の著作物とは少し性質が異なる、ある意味では工業所有権的なあるいは特許権みたような、そういったもののようなにおいが大いにするわけでありまして、恐らく通産省の方では、そういう側をとらえて、工業所有権的な法体系で保護するのが望ましいという考え方であったと思うのでありまして、それはそれなりに理解できるわけでありますが、先ほど言ったような諸外国の事情あるいは裁判例等々がありましたので、通産省の方も、文部省の所管する著作権法の中に取り入れてそして保護するということに了承していただいたものだと思うわけであります。 なお、コンピュータープログラムを製作する業界等の指導その他につきましては、これは主として通産省がおやりになることが適当だと思われるわけでありまして、その方面に文部省が出ていこうなどという気持ちは実はないわけであります。産業の育成はまさに通産省の任務なんでありますから、それは通産省でやっていただくべき事柄であろう、こういうふうに思うわけであります。 しかし、コンピュータープログラムにつきましては、この法律を通していただきましたならば、著作権法の保護する著作物として今後取り扱っていくわけでありますけれども、事柄が事柄でありますので、今後とも適正な保護をしていく、時代の進展に合わせていくためには、常々業界を所管するあるいは経済の発展を主たる任務としていらっしゃる通産省とも十分連絡をとりながら、適切な対応をしていかなければならぬというふうに考えている次第でございます。
○江田委員 ちょっとポイントを外してお答えになったようでございますが、私は、やはりこういう時代ですから、一億心を一つにしてなんというようなことはもうだめなんで、いろいろな人が心を別にしてそれぞれ努力するということがいいのだ、そういう、みんながいろいろな議論をやって大いにけんかをして——けんかと言うとおかしいですが、ということがこれからの日本の活力になってくるのだということは、政治家としてきちんと押さえておいていただきたいと思います。 さて、時間も大分経過をしましたが、通産省の方には随分産業界からの声が届いていると思うのですね。そこで、プログラム権法ということでひとつ法的保護を考えてはどうかということを検討されたのではないか。そのプログラム権法で実現したらどうかと検討されておった課題、あるいは産業界からの要請、例えば使用権の創設であるとか、あるいは五十年というのでは長過ぎる、十五年ぐらいがいいのではないかとか、それから、許諾に関して強制的なあるいは裁定的な制度をつくるというようなこと、これは今回入れられなかったわけですが、それはそれでよろしいのですか。それとも、やはり何か不満が残るという形があるのでしょうか。いかがですか。
○越智説明員 産業界の要望等のうち、今回の著作権条約の枠内という制限のもとに、対応できるものについては最大限対応していただいたというふうに考えておりますが、そういう制約上対応し切れなかった問題として、幾つかの問題点について、さらによりよい権利保護のあり方について中長期的視点から検討を続けていくというふうに合意した次第でございまして、その一つとして、先ほど来議論になっております保護期間の問題があるわけでございます。これは、繰り返しになりますが、著作権条約との関係もあり、直ちにその短縮を図るということは困難でございまして、中長期的検討課題の中でも最も重要なものの一つとして、国の内外において検討を続けていくべきであるというふうに考えております。 それから、さらに、プログラムの使用の権利化という問題がございまして、これは今回の著作権法改正案の中で、情を知って違法複製物を使用する場合にみなし侵害の規定を設けまして、一歩前進が図られたというふうに考えておりますけれども、より一般的な使用の権利化につきましては、さらに検討を続けるべきだというふうに考えております。 さらに、いろいろ国際的にも議論になりました強制許諾といいますか、私どもは裁定制度と呼んでおりますけれども、それについては特許法等にも前例があった制度なのでございますけれども、米国におきまして誤解がありまして、趣旨が必ずしも明確に伝わらなかったのは残念だというふうに考えておりますけれども、これは著作権条約との関係におきましても、産構審の中間答申にありましたような裁定制度を設けるというのはなかなか困難と考えられまして、今後中長期的にその必要性を含め慎重に議論してまいりたいというふうに考えております。
○江田委員 法律の細かな点をちょっとだけ聞きますが、今もお話のあった、使用権を創設するのではないが、しかし、悪意の複製物の使用に対して権利侵害性を認めるという百十三条の二項ですか、これは著作権関係についても善意取得的な法制度を導入するというそこまでのお考えが根底にあるのですか、そんなことでもないのですか。いかがですか。
○加戸政府委員 善意取得の制度を導入したという考え方ではございません。基本的には使用権を認めるかどうか、これは大きな課題として今後の検討にまつことになっておりますけれども、今世界の大勢がそういう方向では現時点ではないという観点で、とりあえず今何が困るのかといった場合に、本来著作権法は手を出していない使用権という分野については触れないといたしました場合に、ゲームセンター等で海賊版のソフトがインベーダーゲーム等で大いに使われている。もちろん頒布は押さえられるのですけれども、現場で使っている場合に、頒布業者がアングラ業者でつかまえられない場合に、かといって、当然、海賊版プログラムが堂々と白昼公然と使われていいのかという問題もございまして、そういうものを押さえるためには、清を知ったいわゆるそれを知りながら海賊版プログラムを使う行為のみを、とりあえず百十三条二項のみなし侵害でとめようという考え方で出たわけでございます。
○江田委員 現実に起こってきているいろいろな不都合にとりあえず対応するための措置である。そのことが将来持ってくるかもしれない法理論上の発展というものはこれからの検討にまつ、そう理解してよろしいのですかね。 それから、登録制度ですが、これは権利発生を要式行為に係らせるということは条約上無理だとしても、権利の対抗要件としての登録制度とか、あるいは訴訟要件としての登録制度とか、あるいは権利の中身を推定させるような効力を登録に持たせるとか、いろいろあると思うのですが、なぜ一体、権利発生の年月日についての推定を登録に係らせるというような制度にされたのですか。これは何かそうなる法理論上の当然の論拠というものがあるのですか。 それと、この登録制度というのは、これからどのような形で登録制度の法を整備されようとするのか、どういう手続でこれから立法作業をお進めになるのか、その際おおむねこんなことがもう決まっておりますよということがあれば、それもあわせてお知らせください。
○加戸政府委員 第七十六条の二の条文を新設いたしまして、創作年月日登録の制度の提案をいたしておりますのは、一般の著作物につきましては、第一発行年月日登録あるいは第一公表年月日登録という形で、いつ世に送り出したかということを登録する制度がございます。ところが、コンピュータープログラムなどにつきましては、通常、大部分は企業内部等で使われるというようなものでございまして、外部に市販するあるいは公表するというような性格のものが少のうございます。したがって、この第一公表年月日登録、第一発行年月日登録が利用できない。その結果として、権利の発生要件ではございませんが、登録の推定効果として、このプログラムあるいは著作物が先にできていてこれは後発部隊であるというような、そういう推定手段として利用できないための問題点を解消する制度として考えたということでございます。このことは、条約に抵触をしない範囲の、いわゆる権利の変動、発生には影響のない行為として規定したわけでございます。 と同時に、通産省がプログラム権法構想で考えておりましたいわゆる登録、公示制度、その結果として例えば重複投資の防止とかいうようなことが図られるメリットも、この創作年月日登録制度を創設することによりまして、その活用あるいは制度の仕組み自体によりましては、プログラムの流通の促進とかあるいは重複投資の防止というようなことも事実上図られるであろうという、その付随的な効果も考慮した結果の制度でございます。 なお、別の法律で定めることを予定しております内容は、まだこれから関係省庁、関係業界と調整しなければなりませんが、現在のところは、例えば登録手続あるいは登録すべきプログラムの複製物の内容、それから登録されましたプログラムの内容といいますか概要の公示といいますか、どの程度のものを公示するかといったような、そういった手続関係のものをこれから十分詰めていきたいと考えております。
○江田委員 半導体チップスの法的保護の法律が今衆議院は通って参議院の方へ回っておりますが、これと、コンピューターソフトを著作権法で保護するということとの間にそごが生ずるようなことはありませんか。
○加戸政府委員 ただいま商工委員会の方で御審議になっております半導体集積回路の回路配置に関する法律案でございますが、そこでは、いわゆる半導体チップの回路といいますか、回路配置というその仕組みを保護するわけでございます。したがって、その保護の対象となりますものが例えばROMでございますれば、ROMの中に入っておりますコンピュータープログラムは当然にプログラムの著作物でございますので、回路配置権とは全く別個独立の著作権法によって保護されるものでございます。したがって、回路配置権が十年で消滅いたしましても、中に入っておりますROMに集録されておるプログラムの著作物は当然に五十年保護が続くということでございます。
○江田委員 終わります。
○船田委員長代理 藤木洋子君。
○藤木委員 私は、今回の改正案の質問に入りますに先立ちまして、昨年の第百一国会で審議をされました著作権問題の幾つかについてお伺いをしておきたいと思います。 他の委員からも質問があったところでございますけれども、その一つは、著作物の私的使用等のための複製に対する対応です。百一国会で附帯決議をされましたように、この問題の解決は著作権法上の基本的課題となっております。 文化庁は、困難ではあるが、なお最善の努力を積み重ねていきたいと答弁をされておりますけれども、既に一年を経過いたしております。この間、文化庁としてはどのように御努力をされたのか、この一部については先ほどの委員にも御答弁をされたところでございますが、お聞かせをいただきたい。そして、今どういう段階にまで来ているとお考えになっていらっしゃるか、その点についてお伺いをしたいと思いますが、御説明ください。
○加戸政府委員 昨年の附帯決議を受けまして、文化庁といたしましては、当文教委員会でこのような附帯決議をちょうだいしたということを関係業界にもお伝えしております。現実的な事務処理体制といたしましては、先般来お答え申し上げておりますように、著作権資料協会の中に設けられました著作権に関する懇談会という席に文化庁の文化部長がその一メンバーになっておりますけれども、その会合での議論をまだ続けている段階でございまして、少なくとも、附帯決議をちょうだいする以前のような考え方よりは、附帯決議を受けた後の議論というのは、精神的にも心理的にもそういった重要性というものの認識は高まってきているだろうと考えております。 ただ、事柄は極めて著作権法に関します基本的な改革といいますか、改正でございますし、関係業界にとってみれば、相当膨大な経済的負担のかかる事柄でもございますし、やはり関係者の理解を得ながら、困難でございますけれども、長い道のりを歩いてきている、その歩いている途中だと理解いたしております。終着ゴールへ向けての具体的な方向性を早く出してもらいたいという形で、文化庁もなお努力を続けておるわけでございます。
○藤木委員 そこで、附帯決議にございます賦課金制度の導入という点についてですけれども、解決の方策としてこれが適切なものだというふうにお考えになっていらっしゃるかどうか。いかがでしょうか。
○加戸政府委員 世界各国の動向は、一九六六年に西ドイツがこの賦課金制度を導入されまして、その後一九八〇年代に入りまして幾つかの国がこの賦課金制度を導入しておりますし、また導入の方向にも向かっております。そのほか北欧諸国におきましては、いわゆる課税方式というのがございまして、ちょっと賦課金とは違う、税金として取るという、しかも取ったものを文化目的に使用するというようなもので、これは権利者には直接的には還元されていないというシステムもございます。国際的に見ますとこの二つの方式があるわけでございますが、主流はどうしても賦課金制度の方向が強いわけでございます。 文化庁としての考え方といいますか、著作権審議会の第五小委員会の報告におきましても賦課金制度がかなり有力な制度として提言があったわけでございますし、それがベースとして考え方の基本になっていることは事実でございます。ただ、この賦課金問題につきましては、当然のことながら、メーカー側、特に機器、テープ両方のメーカー側にとりまして、抵抗といいますか、心理的抵抗の強いものではございますけれども、やはり考え方の中心はそこに置きまして、妥当な解決を図るべく努力をしているということでございます。
○藤木委員 そこで、日本音楽著作権・著作隣接権団体協議会、この団体の調査によりますと、一年間で約八十億八千万曲の音楽が無償でホームテーピングをされていて、レコードの年間生産量の約十一年分に相当する、これは作詞家、作曲家の年間録音使用料の約十八年分に相当すると言われています。ところが、関係権利者には一円のお金も入ってこないわけですね。著作者らの創作意欲を高め、文化創造活動が継続して行えるように、附帯決議の趣旨を体し法制度の確立を図るよう急ぐべきではないかと考えるのですが、その点、大臣にお答えをいただきたいと思います。いかがでしょうか。
○加戸政府委員 ただいまのホームテーピングの調査につきまして、その数字の信憑性につきましては私ども確認はいたしておりませんが、そういった傾向にあることは事実であろうと考えております。 事柄が非常に問題となってまいりましたのは、従来の著作権制度と申しますのは、むしろ、ある作品を利用してそれを商売にしてもうける場合にはその一部は権利者の方へ還元してもらう。言うなれば、著作物利国産業をベースとした著作権制度の運用であったわけでございますけれども、今日の時代は家庭の中でそれが事実上行われている。そういうものについての対応が現行の法制度では対応し切れない、これは日本のみならず世界各国の悩みでもあるわけでございまして、そういったいわゆるエンドユーザーに対します利用状況というものについて著作権制度が何も手を出せなくていいのかというのが、ある意味での無力感を権利者に植えつけているような状況にもあります。 そこで、先ほど申し上げましたように、世界各国がそういう立法化なりあるいは立法化への動きというものを行っておりますのもうなずけるわけでございまして、しかも、世界的に録音・録画機器、機材の有力生産国である日本が立ちおくれている状況の中でそれを放置していいのかという問題は、私ども極めて深刻に受けとめておるわけでございます。
○藤木委員 二つ目の問題ですけれども、ローマ条約、実演家、レコード製作者及び放送事業者の保護に関する条約ですが、このローマ条約、隣接権条約への早期加盟についてお伺いをするわけです。 これも著作権法改正のたびに何回も附帯決議がされてきたところでございます。しかし前進をなかなか見ないという問題になっているわけです。文化庁は早期加入という方向での検討をすべき時期にあると認識されておられるようですけれども、関係当事者の一部に極めて強い反対があるということで、なかなか腰が上がらないといいますか、なかなか前進を見ないというところなんですけれども、このかたい壁をどうやって打開を図っていかれようとお考えになっていらっしゃるのか、お伺いをしておきたいと思います。 〔船田委員長代理退席、大塚委員長代理着席〕
○加戸政府委員 当委員会での附帯決議を受けまして、昨年の五月に文化庁といたしましては著作権審議会にこの検討を依頼いたしまして、一年近く経過しておるわけでございますが、第一小委員会において今審議をしていただいている状況にございます。現時点では、関係団体からのヒアリングを終わりまして問題点の整理に入っているわけでございますが、今後の持っていき方につきまして、オール・オア・ナッシング方式ではなくて、いろいろなバリエーションもあり得るという意味で、十分妥当な線で関係者間のある程度の合意が達成される方向での努力を続けたいと考えているわけでございます。
○藤木委員 その結論を得るまでにどのぐらいかかりそうだというようなめどが立ちませんでしょうか。もし立てはお示しをいただきたいと思います。
○加戸政府委員 事柄を端的に申し上げますれば、強い反対を従来からされておりましたのがNHK並びに民間放送事業者でございますので、いわゆる放送事業者サイドにおきましてどの程度の理解が得られるのかという問題でございます。少なくとも、過去の強い反対からは、客観情勢の認識あるいは国会の附帯決議を踏まえた形でのかたくなな姿勢からは大分やわらかくなってきたのではないかと私どもは主観的に見ておりますけれども、いずれにいたしましても、そういった関係業界、関係権利者間との間の円滑な話し合いでできることが望ましいわけでございますので、いつまでというタイムリミットを文化庁が事務レベルでつけることはちょっと難しいのではないかと思います。
○藤木委員 極めて難しいことをお伺いしたわけですが、それにいたしましても、努力が実りつつあるようなニュアンスに受けとめられる場面があったように私理解いたしております。 そこで、大臣、ことしの三月に東京で開催をされたIFPI、国際レコード・ビデオ製作者連盟の理事会でも、未加盟問題が非常に検討されて、要望が出されたと伺っております。文化の国際交流を強調しているのですから、早期に条約加盟が実現できるよう特段の御努力をいただきたいというふうに思うわけですが、大臣の御決意を伺っておきたいと思います。
○松永国務大臣 先生の御指摘のとおり、条約に加盟するよう積極的に対応していかなければならぬと思っておりますけれども、事柄の性質上、関係者の要するに納得も必要なんでありまして、NHKその他有力な放送関係者に強い反対意見があったりなどいたしますというと、それに対する十分な説明、説得もいたさなければならぬ、こういうことでありますので、これからもそういう方面でなお一層の努力を続けていきたい、こう考えておるわけであります。 なお、先ほどから先生御指摘の録音・録画機器の進歩に伴いまして、家庭における録音・録画が非常に手軽くなされるということから、著作権者の権利の保護が十分与えられていないという問題もこれまた同じような面が実はあるわけでありまして、先生御指摘のように、録音・録画あるいは複写機器等の機器に対して賦課金をかけてそれを徴収して、そして対応するということが一応考えられておることなんでありますけれども、しかし、その録音・録画、複写等の機器というものは、ある意味では著作物を録音し録画するなどということ以外にも使える機器、機材等も実はあるわけでありまして、そういうものからも賦課金を取るという形になりかねません。そういたしますと一般消費者に対する負担増にもなりかねないわけでありますから、これまた関係者の理解が得られるようにして、理解が得られた上でやることが望ましいというものがあるわけなんでありまして、そこにこの問題の対応がある意味ではある程度おくれてもやむを得ないという面が実はあるわけであります。 いずれにせよ、著作権者の権利の保護は的確になされなければならぬ事柄なんでありますので、今後とも鋭意努力を続けてまいりたいというふうに考えているわけでございます。
○藤木委員 なお一層の御努力をお願いいたしまして、著作権法の一部を改正しプログラムを法的に保護する問題で御質問したいと思います。 今まで各委員の質問に対する御答弁を伺っておりますと、政府間での合意が極めて不十分との感想を持ちました。文化庁と通産省のプログラムの法的保護についての主張の違いは何であったのか。昭和五十九年三月に文化庁がお出しになりました「コンピュータ・プログラムの保護についての通産省と文化庁の主張の対比表」に基づきまして、「保護法制」「プログラムの性格」「法の目的」の項を要約して説明をいただきたいと思います。
○加戸政府委員 昨年の時点で対立点が一応浮き彫りにされましたものをコンパクトにまとめたものを先生お持ちだと思いますが、基本的には、まず保護法制の違いでございまして、通産省は、新規立法で工業所有権的な考え方に基づく独立立法を考えられたわけでございます。一方、文化庁といたしましては、既存の著作権法の枠の中でこれを保護する、いわゆる著作権法の一部改正によって対応する、こういう法形式の違いが第一点でございます。 それから、プログラムの性格といたしまして、これは基本的な認識の問題になりますけれども、通産省サイドでは経済財として考える。文化庁といたしましては、いわゆる文化財といいますか文化的な所産であると考える。そういった認識の違いがあり、したがって、法の目的といたしましても、産業の発展に寄与するというプログラム権法の立て方に対しまして、文化の発展に寄与する著作権法という違いが出てくるわけでございます。 内容的な問題といたしましては、一つが使用権の問題でございまして、通産省のプログラム権法構想によりますれば、使用権をストレートに制定しようとしたものでございます。一方、文化庁といたしましては、使用権は問題が多いという形で使用権は設定をしない。仮に使用権でどうしても必要な分野をカバーするとするならば、海賊版プログラムの使用行為をみなし侵害とすれば足りるという考え方を示したわけでございます。 それから、著作者人格権につきましては、通産省サイドは不要である、必要ないという御意見に対しまして、文化庁としては、著作権制度上著作者人格権は必要である。ただし、プログラムの特性に見合った改変というものにつきましては、著作者の名誉、声望を害するものではないので、そういった間の手当ては可能であるという考え方を示したわけでございます。 それから、大きな相違点としましては、裁定制度がございます。いわゆる権利者が利用を認めない場合の公的機関による裁定制度でございまして、プログラム権法構想の中には盛られておりましたが、文化庁サイドといたしましては、条約との関係からいいまして、裁定制度を導入することは極めて問題が大きいという観点から、裁定制度は導入しないという方針をとっていたわけでございます。 それから、紛争処理の観点から、プログラムに関しますあっせん、調停、仲裁等の制度をプログラム権法構想の中では盛ろうとしたわけでございますが、文化庁は、著作権法に規定しますあっせん制度で足りるという考え方でございます。 それから、保護期間が一番大きな問題でございまして、通産省サイドにおきましては、産業構造審議会では十五年という考え方が出されましたけれども、文化庁サイドといたしましては、ベルヌ条約上の義務でございます五十年というのを守る必要があるという形で対立がございました。 それから、法形式に伴います問題でございますが、いわゆる国際的な関係といたしまして、私どもは、著作権でまいりますれば、日本が加盟しておりますベルヌ条約、万国著作権条約、この両条約のタブりを除きまして、百一カ国との間で自動的に保護関係が成立するわけでございますので、特段に条約制定の必要がないというのに対しまして、プログラム権法の場合でございますれば、その考え方に沿った条約の制定を呼びかけていって、それから各国の参加を期待するというような観点で、いわゆる自動的な保護リンクがされる場合とそうでない場合との違いがあろうかというようなこともございまして、以上申し上げたような点が、大体両者の相違点の主要なところでございます。
○藤木委員 今いろいろの違いについて御説明をいただいたわけですけれども、プログラムをどう見るか、経済財と見るのか、学術的思想の創作的表現と見るのかという、いわばその性格をめぐる根本的な考え方の相違がもとになっているのではないかというふうに思うわけですね。 そこで、通産省にお伺いをいたしますけれども、通産省はみずからがお持ちになっていらっしゃったこの基本的な見解そのものを放棄して著作権法に合意をされたのかどうか。いかがでしょうか。
○越智説明員 通産省としましては、WIPO等における検討状況等を踏まえた結果、当面の対応として著作権法の改正により対処することに合意したものでございまして、なお、よりよい権利保護のあり方については、今後とも中長期的な観点から国の内外において検討することとしておりまして、その際、御指摘の一昨年十二月の産業構造審議会ソフトウェア基盤整備小委員会で示された基本的な考え方も十分踏まえて、さらに検討をしていきたいというふうに考えているわけでございます。
○藤木委員 大変わかりにくいのですけれども、基本的な考え方そのものを放棄したということにはならないですね、今の御説明ですと。それも含めて中長期的に検討していく、このように理解してよろしゅうございますか。
○越智説明員 これらの特質の認識を踏まえましてプログラム権法という新法を提唱したわけでございますが、こういう新法によるアプローチを断念したということでございまして、プログラム経済財的な特質に応じてよりよい権利保護のあり方を検討すべしという基本的な考え方を変えたわけではございません。
○藤木委員 そういたしますと、コンピュータープログラムのよりよい権利保護のあり方について今後とも検討していく中身というのは、著作権法をさらに改正をしていくための検討なのか、それとも新規立法についても検討をするということなのか、その点はいかがですか。
○越智説明員 今回私どもが合意に至りました背景として、やはりコンピューターの権利保護の問題というのは国際的調和というものを十分に踏まえていなければいけない、それでないと海外におきます我が国のコンピュータープログラムの保護というのにそごを来すというふうなこともございまして、今回の結論になったわけでございますが、今後の検討に当たりましては、プログラムに関する技術開発の進展あるいはそのような国際的な検討状況というのを十分に踏まえつつ、よりよい権利保護のあり方について検討していかなければいかぬと考えておりまして、その結果、将来現在の対応を見直すこともあるということでございます。したがいまして、現時点においてそれが著作権法の枠内にとどまるのか、あるいはさらに別の法律をつけ加えるということがあり得るのかという点については白紙でございまして、今後の検討状況いかんというふうに考えております。
○藤木委員 そこまでは言及できないということのようですけれども、私、今のお話を伺っていますと、この合意というのは非常に不十分だと思うのですね。当面の対応ということでおっしゃるわけですけれども、それだってその場しのぎの態度を決めただけだということでありまして、真から合意ができたというふうには思えないわけです。 そこで、文化庁に伺うのですけれども、今回の法案のもとになるのは第六小委員会のソフトウエアの保護は著作権法改正で対処すべきという一九八四年一月十九日の報告だとされているわけですね。もしそうだといたしますと、この第六小委員会の報告というのは中間報告になっているわけですけれども、最終報告はお求めにならないのか、あるいは審議半ばにしてこれは打ち切ってしまったのか、それはいかがですか。
○加戸政府委員 昨年の一月に、先生おっしゃいますように第六小委員会からは中間報告をちょうだいいたしました。その時点におきましてはまだ国際的動向が確定といいますか大勢が決まってはおりませんものでしたから、将来におきます国際機関における検討、あるいは世界各国の動向等に変化を生ずる可能性もあるという意味で、ファイナルなものとはしないで、その昨年の時点におけるとりあえずの報告として中間報告をちょうだいしたわけでございまして、その報告の最終部分にも触れておりますけれども、今後におきます国内動向あるいは関係業界、団体の意見等も踏まえて対応するというような考え方でいたわけでございますが、本年の二月二十五日から三月一日までジュネーブで開かれましたユネスコ、WIPOの専門家会合におきまして、文化庁が考えておりましたような方向での世界的なコンセンサス、動向というのが見きわめられましたものですから、新たにつけ加えて再度最終報告をちょうだいするまでもないと考えたわけでございます。
○藤木委員 かなり国内で整備をしていることと国際的にやられていることと両方にらんで態度を決定されたようにうかがえるわけですけれども、コンピューターメーカーやソフトウエア業界の間での意見の対立というのも極めて深刻だと報じられてきたところです。合意に達したとは私は聞いていないわけですね。また、実際にソフトウエアを開発する技術者の中では、プログラムの法的保護というのは自分たちがつくったプログラムが法律でがっちり守られるのだと思っていたら、逆に法律でがんじがらめになってこれからは何もつくれない状態になるかもしれないという不安も出ているわけです。そこで、国民的合意はできていないと私は思うわけです。まして政府間の合意も極めて不十分だと受け取れるわけですね。文化庁の審議も途中でほうり出した、国際の動きに応じてもうストップしてしまったということでは、極めて不十分ではないか。 それから、通産省の産業構造審議会が出されました情報産業部会の答申も中間答申になっているんですね。伺いましたところ、これはそのままになっていて、審議委員の皆さんの任期がもう過ぎたので、別に解散をしたわけじゃないけれども自然解消したようになっている、こういうような状態になっております。一体なぜこのような乱暴なやり方をしてまでこの法案を今提出しなければならなかったのかという点について、その理由は一体何なのか、大臣にお伺いをしたいと思うわけです。
○松永国務大臣 何も乱暴なやり方で法案を提出したわけでも何でもないんです。コンピュータープログラムにつきましては適切な法整備をしてそれをきちっと保護すべきであるというのは、これはもう異論を差し挟む人がいないほどわかり切ったことなのでありまして、問題は、その保護の仕方について、著作権法の改正によって保護すべきか、あるいはコンピュータープログラムの性質が知的活動の所産ではあるが、同時に新たな経済財を生み出すそういう側面もあるものですから、通産省の方では、それは工業所有権的な法体系になじむものではないかということで、そういう立場からの立法を考えていらっしゃったわけでありまして、コンピュータープログラムについての適切な法による保護をやってはいかぬなどという意見は全くないわけでありまして、速やかにこれをやるべしというのが実は異論のないところであったわけであります。そこへ持ってきて著作権審議会の方から、これは著作権法を改正して適切な保護の対象にすべきだという意見をちょうだいし、また、実際社会におきましてはコンピュータープログラムに関連して幾つもの紛争が起こっておりまして、紛争が起こっておるのをそのまま放置するわけにはまいりません、法体系の不備ということになるわけでありますから。そこで、裁判所の受ける紛争に関しましても、幾つかの裁判所でこれは著作権法の保護の対象にすべき事柄であるということが裁判例として明示されたということもございます。そしてまた、世界の大勢を見ましても、著作権法で保護すべきであるということが大勢となってまいりました。 そういった事柄等がありまして、著作権法を所管する文部省、文化庁と、それから産業界を所管する通産省との間での意見も、先ほど言ったようなことで、保護をすべきである、適切な保護をすべきであるという点については全く意見は一致しておったわけです。ただ、どういう法体系で保護すべきかということについての意見の食い違いがありました。これは当たり前のことなんです。事柄の性質上、芸術や文化の著作物とは違いまして、知的活動の所産ではございますけれども、同時に、経済財を生み出す、そういう側面もあるわけでありますから、そちらをとらえれば工業所有権的な法体系で保護するというふうな考え方に通産省が立たれるのももっともな点も実はあるわけであります。しかし、先ほど言ったように判例も出た、著作権審議会の意見も出た、世界の大勢も明らかになった、こういうことから合意が成立をしたわけであります。 で、先ほど当面という言葉がございましたけれども、中長期的な見地から検討は加えるべきことではございましょう。中長期的な検討としての結論が出るまでがすなわち当面なんでありまして、あした、あさってのことだけを当面というわけではないわけでありますから、そういう意味で意見の一致を見て今回の法案提出という運びになったということでありまして、ちっとも乱暴でもない、きちっとした筋道を踏んで、そして、社会の要請に的確にかつ速やかにこたえるという行政側の責任をきちっと果たす、そういう立場で法案の提出となった、こういう次第でございます。
○藤木委員 私が乱暴と申し上げたのは、コンセンサスを得るためにもう少し慎重な対応が必要ではなかったか、このように私が考えて申し上げたことでございます。 確かに、プログラムの著作権をめぐる訴訟は我が国でも一九八二年から急増しております。けれども、プログラムの法的保護を明確にしたからといって、文化庁はあっせんできるだけでありますから、日立、三菱のIBMスパイ事件や新潟鉄工所事件、またテレビゲームのプログラム盗用事件などに代表されるこれらのトラブルの解決は、結局裁判にゆだねる以外はないと思います。これは審議を打ち切ってまで法案成立を急ぐ理由にはならないと思うわけです。 諸外国の動向や国際的趨勢ということを言われるわけですけれども、少なくとも著作権法をまだ選択していない国もあります。態度を決めていない国もございます。外国がどうかということではなくて、日本の国情に立って、国民の利益を守ることになるかどうかということで主体的に決めるべきことではなかろうかと私は思っているわけです。 そこで、法案の中身についてお伺いをいたしますが、保護期間の問題です。著作権法ではどのような考え方をもとにして、個人の場合で死後五十年、法人の場合で公表後五十年という長期の保護期間が設定されているのか、御説明をお願いしたいと思います。
○加戸政府委員 保護期間を律しますものは、国内制度だけではなくて国際的な条約関係がございます。日本が加盟しております条約が二つございまして、一つが万国著作権条約、一つがベルヌ条約でございますが、万国著作権条約におきましては二十五年以上の保護が義務づけられております。ベルヌ条約につきましては五十年以上の保護となっております。 この五十年が定められました経緯は、一八八六年のベルヌ条約制定以来保護期間の最低限は規定がなかったわけでございますけれども、一九四八年のブラッセルにおきます改正で、死後五十年または公表後五十年という期間が最低の義務として規定されまして、それ以来ベルヌ条約加盟国は国内法等を改正いたしまして、五十年より短い国はどんどん改正をしていったわけでございます。特に、この死後五十年制度が採用されます以前におきましては、ブルガリア、ハンガリーといった東欧圏諸国におきましては、配偶者の生存間及び子供が成人に達するまでの間という、ある意味では生活保障的な期間が国内法で定められていたわけでございますが、ブラッセルにおきます一九四八年の改正に合わせまして、これらの東欧圏諸国もいずれも死後五十年に改めてきたというような経緯もございます。 では、五十年というのは果たしてどういう理由かという疑問でございますけれども、要するに、人間が知的活動によって生み出した所産というものを何年保護すればいいのかというのは、絶対的なメルクマールはないわけでございます。ただ、過去、今申し上げた遺族が大人になるまでの間であるとか、あるいは死後二十年であるとか、日本は死後三十年だったわけでございますけれども、そういった期間について世界各国がまちまちでございましたが、言うならば、ヨーロッパの先進諸国が死後五十年、特に西ドイツにつきましては死後七十年、スペインが死後八十年というような国も出ている状況でございまして、どれが絶対ということはございませんが、ある意味の腰だめでございましょうが、五十年というのが先進的な著作権保護の水準という国際的なコンセンサスのもとにでき上がったものだと理解いたしております。
○藤木委員 確かに、日本が三十年とお決めになっていらっしゃったのを、徐々に三年あるいは二年と引き延ばしていらっしゃったのは、人間の寿命が延びていった、だから子供を、せめて次の世代の生活が保障できるような期間というような経過もあったように伺っているのですが、外国でも似たような例があるのだなということを今のお話を伺って知ったような次第です。 こうした長期の保護対象となっている現行の著作権法で言う著作物は、いずれも小説だとか音楽、絵画、建築、映画、写真といった文化財になっております。ところで、プログラムを精神的な創作物で文化的なものとして著作権に取り入れようというわけですけれども、プログラムは日進月歩で進歩向上しており、長期保護はむしろ進歩向上のブレーキになるのではないかという考えも成り立つと思うわけです。経済財としての側面が強いプログラムの場合、別の観点、別の見方から保護期間を検討すべきだと思うのですが、この点、通産省はどのようにお考えでしょうか。
○越智説明員 プログラムが、御指摘のように主として産業、経済活動に伴って利用されるものであるという認識に立ちますと、保護期間の五十年はやや長いのではないかという感じは有しているところでございますが、一方、著作物として保護します以上は、国際条約上も今直ちに短縮というのは不可能でございまして、先ほど来申し上げていますように、中長期的観点からさらに検討を続けるということにいたした次第でございます。
○藤木委員 特許法で独占的所有権を十五年としているのも、公共の利益、産業技術の発達を妨げるからで、これが一応の社会的合意と現在なっておりますね。著作権法にのっとって出されたWIPOのモデル条項も、さすがにこのベルヌ条約などとは異なる二十年を提起しております。通産省もプログラム権法で十五年程度適切なという表現を使っていらっしゃったかと思いますけれども、そういった期間を提案していたと思います。なぜこのような十五年ないしは二十年という案が今回流産してしまったのか。その点、通産省いかがですか。
○越智説明員 WIPOにおきまして二十年という条約草案が事務局の方から出されていたのは事実でございますが、WIPOにおける検討におきましても、大勢として今すぐそれにいこうというようなことにはなっておりません。プログラムを著作物として保護する以上は、先ほども答弁しましたように、著作権条約との関係もございまして、現時点では五十年とせざるを得ないと判断したものでございます。今後中長期的な検討課題として国の内外において検討を続けることとしたいと考えております。 なお、御指摘のありました産業構造審議会ソフトウェア基盤整備小委員会中間答申でも、本来十五年程度が適当であるが、国際的合意により短縮を図ることを前提に、ある程度長期間として制度を発足させることも検討するということになっておりまして、必ずしも当初から絶対十五年というふうに考えていたわけではございません。
○藤木委員 あるソフトハウスの経営者は、三年から五年の保護期間が望ましい、こういうふうに言っています。その後は公開することを求めていらっしゃるわけです。保護期間の見直しは今後中長期的な見直しの中で検討したいとされまして、現在は国際的動向の大勢に従うとの趣旨の説明が重ねてあったわけですけれども、スタートの時点からこの見直し問題がいろいろと言及されるというのは異例なことではないかと思うわけです。なぜ、きちんとした意思統一といいますか、意見の一致を図ってお出しになることができなかったのか、大臣はどのようにお考えですか。
○松永国務大臣 委員の御所見は、著作権法による保護期間が五十年、特許権の方は十五年、だとすれば、経済の発展あるいは生産活動の進歩の足かせになりはせぬかという御所論のようでございますが、先生も御承知と思いますが、特許権の場合は、独創的な研究をして、結果として出てきたものが前に特許として認められたものと要素の面で幾つか合致してしまえば、全く前のものをまねたものじゃない独創的な研究の結果であっても、それは特許権の侵害になる、幾つかの要素について前の特許と結果的に同じならばですね。それが特許制度の特色だと私は見ております。 著作権の場合には、独創的な研究の結果の所産であるならば、結果として類似したものであったとしても、それは実は著作権の侵害ではないわけでありまして、そこに特許権の場合とは違う分野があるわけです。独創的な研究をし独創的な頭脳活動の結果出てきた所産であるならば、類似しておったとしても、模倣でない限りそれは著作権の侵害ではない、こういうことになっておるわけでありまして、そこが実は違う点であります。 その意味では、期間の点だけでどちらが足かせになるか、足かせにならぬか、これは簡単には比較はしにくい面が実はあるわけであります。いずれにせよ、時間の経過によって陳腐化したものは実は価値はなくなるわけでありまして、保護期間はあったとしても、独創的な研究の結果新たなより価値のあるものが出てくれば、結果として類似しておったとしても、それは前の著作権には触れないわけでありますから、実はそういう面もあるわけでありまして、一概には比較検討しがたいという面があります。しかし、知的な活動の結果の所産につきましては、それを保護するということが知的活動をさらに促進するという意味合いで、結果的には文化の発展に寄与するということに実はなるわけであります。
○藤木委員 今特許権とそして著作権との比較といいますか、そういう側面からおっしゃったと思うのですが、私は、この保護期間について本当に徹底して検討されたかなという疑いをまだ捨て切れないわけですね。アメリカの圧力があったからではないだろうかという疑いもまた捨て切れないでおります。アメリカにとりましては、著作権法の最大の魅力はまさにこの五十年の保護期間だった、こんなふうに考えるわけです。しかも、工業所有権とは違いまして、非公開でプログラム権を長期間にわたって保護されるわけですから、こんなうまい話はないと思うわけですね。日本の市場で圧倒的優位に立つアメリカの基本ソフトを長期的しかも排他的に専有する権利をアメリカ側はこれで獲得をしようとしている。私は、プログラムの開発に要した資金をクリアした後は、これを社会に公開して、産業技術の発達を促進すること、また、福祉や医療や教育など国民の幸福に資することこそ求めるべきではないか、こんなふうに考えるわけです。法改正案の提出に当たりまして、日本政府の側に主体性がないのは客観的事実で、今後に問題を残すものだということを私は強調しておきたいと思います。 法人著作者の問題についてお伺いをいたします。 第十五条の「職務工作成する著作物の著作者」について改正案は、プログラムについて、「その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。」としました。著作という行為は自然人の行為であって、本来保護されるべきは実際の著作者の精神的財産であるべきですけれども、職務上の著作ということで一定の制約が加わるのはこれはやむを得ないと思います。 しかし、今日、法に言うところの「別段の定め」がある例は聞いたことがございません。SE、システムエンジニアを初めソフトウエアの技術者は、実際上の著作者でありながら、著作者としての人格権も著作権もすべて法人に奪われているのが実情ではないでしょうか。プログラムを著作権で保護する以上は、個々の自然人の精神的所有権が消えてしまわないように立法の工夫がなされてしかるべきだと思いますけれども、この点は御検討はされたのでしょうか。
○加戸政府委員 著作権法上著作物の著作者がだれであるのかということにつきましては、基本的には自然人主義をとっているわけでございます。 ただ、一般的に申しまして、こういった会社その他の法人というのが実態的に存在し、その会社の仕事としてでき上がる著作物の場合につきましては、その著作物についての責任は会社等の法人が負うというものでございまして、また、個性的に申しましても、それの作成を担当した職員の個性が著作者の人格として発露されているというケースよりも、会社の法人格として発露されているというぐあいに評価すべきものが多いというのが法人著作の考え方の基本でございまして、したがって、今申し上げておりますような事柄は、昭和四十五年の著作権法全面改正のときにおきます十五条の立法に当たって各般の御説明を申し上げたようなことでございます。 今回、プログラムにつきまして十五条二項の規定を設けました趣旨は、現在の十五条でおきますと、法人名義で公表するものの著作者は法人等であるという現行法の考え方でまいりますと、一般的に小説とか音楽とかこういった作品につきましては、商品的な利用が通例でございますので、市場に出すときには会社名の作品であれば会社名義で出されるという実態がございますけれども、コンピュータープログラムの場合には、むしろ大多数が内部的な利用にとどまる場合が多うございまして、パソコンソフト等のような商品は別といたしまして、一般的には法人名義で公表されるという事例がない。しかも、価値が高ければ高いほど秘密を要するというようなものもございますので、そういうものはないわけでございますので、実態的にそういったコンピュータープログラムの特性に対応しまして、法人名義を必要とする要件を外すために第二項の規定を創設したということでございます。
○藤木委員 私はどうもそこのところが理解しがたいところなんですね。少し文化庁のお考えの点からは外れるかもわかりませんけれども、職務上あるいは契約上仕事をして著作物となるものの場合で、現行の著作権法の中でも若干の考慮が見られるものがあるように私には思えるわけです。例えば映画とかレコードの場合がそれに当たるのではないか。映画の場合であれば、著作者は制作、監督、演出、撮影、美術などを担当して、つまり映画の全体的形成に寄与した者に与えられるというふうになっておりますね。著作権は映画会社にこれは帰属するというふうになっております。レコードの場合にいたしましても、著作権者は作詞、作曲家になっておりまして、レコード会社は著作隣接権者という媒体的役割としての権利を有するにとどまるということになっているわけですけれども、このようなことが保護されているのはどうしてでしょうか。その理由を御説明いただきたいと思うのです。
○加戸政府委員 映画につきましては、監督その他映画の全体的形成に創作的に参画した方が著作者となる規定を設けておりますが、これはある意味では念のためといいますよりも、著作者がだれであるのか、膨大な人員が参加し、多数によってつくられるものでございますので、それをある程度例示し明文化することによって、映画の著作者がだれであるかという解釈をはっきりさせようという趣旨に出たものでございます。 ところで、その場合の映画の著作者でございますけれども、この映画といったものを例えば観衆が見ましたときに、その映画に具現されました、それに参画された著作者の人格というのは、例えば監督であれば全体的に、あるいは録音技師であれば音の効果というような形で、あるいはカメラワークによります撮影監督といったようなそれぞれの個性が画面等に出ているわけでございまして、それは人格権としては保護されるものでございます。ただし、映画につきましては、膨大な経費を投じて会社がつくるものでございますから、著作権は映画会社に帰属するという特段の規定を設けたわけでございます。 そのほかに、今おっしゃいましたレコードの関係でございますが、レコード製作者の場合には、今の著作権とは違う著作隣接権という形でレコード製作者を保護しております。これは現実には録音した人がレコード製作者になるわけでございます。通常、会社の業務に従事しておりますれば、会社の業務として録音行為が行われますので、レコード会社がレコード製作者になるケースが多いと思います。 ところで、今おっしゃいました事柄と今回の事柄はちょっと性格が違いますのは、ある著作物をつくったのはだれであるのかといった場合に、個人か法人かを規定するのが十五条の規定でございます。その場合に、個人が個人の属性を発揮してつくられたものと評価するのか、会社の指示によって会社の仕事としてつくり、かつそれは会社が責任を負うものとして、人格的な発露というものはむしろ会社そのもの、法人そのものと評価すべきものが十五条の規定でございます。 具体的な問題として「先生多分プログラムの著作物についての職務上の著作の規定の適用の問題についての今御質問でございますので、その意味で申し上げますと、コンピュータープログラムにつきましては、例えばソフトウエアハウスでこのプログラムをつくりたいという指示に基づきまして、プログラムをつくることを仕事としてつくり上げ、かつつくり上げられたプログラムは多数のシステムエンジニア、プログラマーの合同共同行為によってつくり上げられた一連の指令の組み合わせになるわけでございますので、その中のプログラマー個人個人の個性がどこに入っているのかということは、いわゆる人格権を主張すべき著作者として概念することが妥当かどうかという意味で考えますと、映画の場合とは著しく異なるのではないかという理解をいたしております。
○藤木委員 その辺が理解の相違があるところなんでして、私もう一つ全然違った面から質問をしたいと思うのです。 職務上の場合という規定にするのは十分検討されてしかるべきだと思うのです。特許庁の関係の方、お越しいただいていると思いますが、職務発明というのがございますね。これはどうなっているか後でお聞かせをいただきたいと思います。 農水省もお見えですか。農水省の関係ですが、職務育成品種の場合はどうなっているか。これはいずれも職務上製作に当たるわけですけれども、それぞれお答えをいただきたいと思います。
○福田説明員 お答え申し上げます。 先生御指摘の点は、特許法三十五条に規定が設けられております。これによりますと、従業者等が、使用者等の業務範囲に属し、かつその従業者等の職務に属する発明、これが職務発明の定義でございますけれども、これについて特許を受けましたときは、使用者等はその特許権について通常実施権を得るということが定められている。一方におきまして、職務発明以外の発明につきましては、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させるといったことを定めた契約等は無効とする。これは逆からいいますと、職務発明についてはあらかじめ定められることができるわけでございますが、そういう趣旨の規定が設けられておるわけでございます。この趣旨としましては、発明者としての従業者等の地位あるいは使用者等の発明の完成に対する直接間接の貢献等を参酌しまして、両者間の利益の調整を図ったというふうに考えられますし、また、あわせて発明意欲の増進もねらいとしたものと考えております。
○土山説明員 種苗法におきましても、ただいまの特許法と似たようなスタイルだと考えておりますけれども、第八条におきまして、使用者とその新品種を具体的に育成いたしました従業者の間での出願等に関しましてのルールを規定いたしております。八条第一項におきましては、従業者が育成したいわゆる職務育成品種につきましては、あらかじめ使用者みずからが出願者となることを定めた勤務規則等のない限りは、原則として従業者が個人として出頭することができると定められております。また、八条第二項におきましては、使用者が出願者となる場合には育成者たる従業者は使用者に対して対価の支払いを請求することができることとされておりまして、言うなれば従業者の保護が図られる制度がとられております。 その趣旨等につきましては、ただいまの特許法の考え方と極めてよく似た考え方で私どもの法律もできておるわけでございます。確かに新品種の育成ということは大変重要な農林水産業上の大きな課題であるわけでございまして、新品種の育成を促進するという、単なる権利の保護を図るというにとどまりませずに、さらに一歩進んでとでも申しましょうか、さらにプラスアルファとでも申しましょうか、新品種の育成を図ることによって農林水産業の振興に寄与するという産業政策的な観点があるわけでございまして、そのためには確かに新品種の育成に使用者が大きな関与をしていることは事実でございます。例えば研究施設等を整備しますとか、膨大な投資をしますとか、使用者の関与する部面は大変大きいわけでございますけれども、同時に、他方従業者の専門的知識に裏づけられた、特に長期間にわたる努力が何としても不可欠である、こういうことから、個々具体的に携わっております従業者に何らかの利益を与えるということを制度上も担保するという発想に出ておりまして、そうすることによって初めて新品種の育成の振興につながる、こういうようなことから立法されておるわけでございます。
○藤木委員 ありがとうございました。 お聞きのとおり、特許の場合、使用者が第一義的に得られるのは通常実施権だけでございまして、発明者は、使用者に特許権を移譲したり専用実施権を与えたときは相当の対価の支払いを受ける権利を持ちますし、また種苗法におきましても対価の支払いの請求権を保障するなど、職務上であっても発明者などの権利を保障しているということになっております。 今日のソフトウエア業界の実態を見るときに、使い捨て同様の労働条件のもとで働いていらっしゃるシステムエンジニアあるいはプログラマーの技術者が、わざわざ申し出て権利の設定ができるなどとはとても私には考えられることじゃないのです。そういう別項を設けていらっしゃいますけれども、そういう取り決めがあった場合は別だと書いていらっしゃるわけですけれども、それは皆無じゃなかろうかと思います。ですから、今後中長期的な検討事項、いろいろ検討されるということですから、その事項の一つといたしまして、現実にプログラムの作成に当たった従業員個人を著作者とすべき問題、これをぜひ再検討していただきたいと思うわけです。小委員会でもこれは検討はされていながらその方途はとらなかった、こういう御説明がございましたけれども、ぜひ再検討に上せていただきたいと思うのですけれども、いかがでしょうか。
○加戸政府委員 ただいま先生例をお引きになりました、例えば特許権との違いは、本来その職員が特許権を得る発明をすることを職務として発明したと申しますよりも、職務のプロセスにおいて発明に値する成果を得られた、それを出願したら特許権が得られたというようなケース、あるいはある意味では職務遂行上の過程における副次的な効果の場合が多いわけでございます。一方、著作物の場合につきましては、自動的にでき上がったものが全部著作物として保護されると同時に、その著作物をつくることが仕事としてつくられる、そういった基本的な性格の差がある行けでございます。 それはそれといたしまして、今先生のおっしゃいましたような著作権法十五条一項、二項の規定の適用の結果として実態的にどういう状況になるのか、これはよく見ていなければわからないわけでございますけれども、著作権法上の特質としては、自分が仕事外でプログラムを幾らでもつくれるわけですね。それは自分の著作物で保護される。これは会社がこのプログラムをつくりたい、このためにということで多数のシステムエンジニアなりプログラマーを集めて一つの成果物を膨大次経費をかけてつくられる、しかも、つくられた中に個人の人格が発露されたといって人格権を共同して主張すべき性格のものかどうかということになると、先ほど申し上げましたように疑問の点もございますけれども、先生の御意見等もございまして、今後の法施行後の状況で十分その問題も一つの検討材料になり得ようかと考えております。
○藤木委員 そこで、いわゆる新潟鉄工事件に関連して伺いたいと思いますけれども、新潟鉄工事件で争われた点は何だというふうに文化庁はお考えでしょうか。
○加戸政府委員 本年二月に出されました東京地裁の判決のことだと思います。 新潟鉄工事件は、いわゆる新潟鉄工所におきます研究に従事しておりました技術者らが、自分たちの作品でございますか、コンピューターシステムに関します一連のシステム設計書、仕様書、説明書等のリスト、資料を無断でコピーするために社外へ持ち出したことに関連いたしまして、業務上の横領罪あるいは詐欺未遂罪という形で起訴されたわけでございます。この事件につきましては、全員有罪として横領罪の判決があったわけでございますけれども、その中でコンピュータープログラム関係、著作物関係の問題としましては、これらのシステム設計書等の資料が言うなれば著作権法上では著作物として会社のものであるのか、個人のものであるのかという法人著作に関する判断がございまして、十五条の規定を適用いたしまして新潟鉄工所の著作物であるという判断が下された。これは傍論的でございまして、本論は今申し上げた業務上の横領罪が基本的に争われた事例でございます。
○藤木委員 そうしますと、この著作物の所有権をめぐっての争いだったということになろうかと私もそのように理解をいたします。 この事件を通しまして考えられますのは、企業がソフトウエアの権利を持つということは、システム設計者は一企業に縛られてしまうことになるということだと思うのです。他社に移りましたり、スピンアウトして独立した場合は、これまでと異なった全く新しい発想でなければ仕事ができなくなるのか、自分が発明したソフトを組み込むことができなくなるのか、その点どうですか。
○加戸政府委員 著作権法と工業所有権法との基本的な違いは、特許権等の場合につきましてはある意味の絶対的な独占権でございまして、一つのシステム、一つのアイデアに基づいて何かがつくられましたそのことを原理的に保護するわけでございますから、先ほど大臣も申し上げましたように、似たようなものをつくると抵触するという関係がございます。 一方、著作権の方は独自の創作であればよろしいわけでございますし、また表現形式が異なればよろしい。特に、今度のコンピュータープログラムの問題につきましては、いわゆるアルゴリズムと申しますか、アイデア、原理というものは保護いたしておりませんで、表現形式を保護いたしますので、過去に従業員がつくりましたプログラムと別のプログラムをその発想に基づきましてつくるということも当然可能でございます。あるいは同一目的、同一機能のものになりますと、それはアルゴリズムが同じであると同時に表現まで同じであればそれはもちろんある意味の盗作になるわけでございますからできませんけれども、ノーハウはいかようにでも活用できるというメリットはあるわけでございまして、全く同じものあるいは同一のものを社外で退社した後につくれば、それは過去のプログラムの著作権侵害になるわけでございます。しかし、それはあくまでも原理まで及ぶのでございませんから、いわゆるシステムエンジニアとして持っておりましたノーハウなり技術というものを発揮する場は随分多いのではないかと考えます。
○藤木委員 確かに、外に出た方が以前の会社にいたときに作成したプログラムに類似したものを開発するということになりますと、これは開発者自身といえども道義的に問題があろうと私も思うのです。しかし、このままですと、自分が開発したソフトウエアの権利を自分が侵害していないかどうかということが問われるということが起こり得るわけですね。こんな矛盾が起きるということはやはり社会的には大きな損失になるんじゃなかろうかと考えます。ここにも法人著作者とすることから生ずる矛盾があることを私は指摘しておきたいと思うわけです。 限られた時間の中ですべての問題についてお聞きすることはできませんけれども、法案の中身にも法案提出の経過にも極めて大きな問題が少なからずあったのではないか、私にはこんなふうに思えてなりません。 ここで、私は、この法案が日米経済摩擦解消の一つの方法、手段に使われているのではないかという点で幾つかお伺いをしておきたいと思います。通産省が審議会で情報産業部会の中間答申をお出しになって、仮称プログラム権法を提起されました昭和五十八年十二月以降アメリカからどのような働きかけを受けたでしょうか。具体的に随分たくさんありますから羅列をされますと時間がとっても足りませんので、私の方から代表的なのを二つほど、昭和五十九年一月十二日にマンスフィールド駐日大使は前小此木通産大臣に何と言ってきたか、また、その後二月二十三日に、日米先端産業作業部会で、来日をしておりましたプレストウィッツ商務省顧問やマーフィー通商代表補からはどんな表明があったか、お知らせをいただきたいと思います。
○越智説明員 先生御指摘の五十九年一月十二日のマンスフィールド大使の点ですが、これは小此木通産大臣の就任に伴い日米間の諸問題について幅広い意見交換を行った、その中で、ソフトウエアの法的保護の問題も取り上げられたということで、この際は、個別具体的内容についての指摘ではなくて、ソフトウエアの保護について他の先進国と歩調を合わせた法律とするような要望でございました。 その後のプレストウィッツ氏やマーフィー氏が、ハイテクワークグループというのを日米でやっておりますけれども、その際にもう少し具体的な指摘がございまして、それは私どものソフトウェア基盤整備小委員会の中間答申の考え方では権利保護期間が短い、あるいは強制許諾といいますか裁定制度が導入されていることに対して疑念を表明する、基本的には著作権条約の枠内でプログラムを保護すべきではないかという考え方もあわせ示されたというふうに承知しております。
○藤木委員 まさにそのとおりなんですね。著作権法の魅力、これに飛びついてきたアメリカからの介入というのが非常にたくさんやられたということは事実でございます。 今お答えをいただきましたのは、アメリカから日本に対する経済的、政治的介入や圧力のほんの一部ですけれども、通産省案のプログラム権法の保護期間あるいは必要な場合の公開命令、こういった点がアメリカの独占企業の権益を脅かすものだったということは明らかでございます。ですから、アメリカはプログラム権法の撤回と著作権法改正を求めて執拗に攻め立ててまいりました。これが世界のコンピューター市場でハード、ソフトともIBMを中心とした圧倒的支配を進めるアメリカの巨大企業の対日支配、対日圧力以外の何物でもない、私はそのように思います。ですから、国民的合意もまだ不十分、政府間の合意も十分ではないと言わざるを得ないような状態ですね。通産省や文化庁内部の審議もすべて終了したという段階ではなくて、中途でこれを打ち切った。どこから見ても、国内事情が整っているとは私には考えられないわけです。 ですから、それにもかかわらずこの法律を今国会に提出しなければならなかったのは、アメリカの圧力に屈したからではないだろうか。私は、この法案がアメリカと日本の大企業の利益を保障することはあっても、文化庁がおっしゃっていらっしゃるようにその目的としている人間の生活や精神活動に重点を置いた文化の面から獲得するものにはならないであろうということを申し上げて、質問を終わらせていただきます。
○大塚委員長代理 次回は、来る二十二日午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時三十分散会