文教委員会 第8号
- 発言数
- 287 件
- 登壇者
- 21 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1985/04/19
会議録
○阿部委員長 これより会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がおりますので、これを許します。佐藤誼君。
○佐藤(誼)委員 文部大臣の所信表明に対する質問の最後になるようでございますが、それでは早速質問に入らせていただきます。 今日、教育改革は国民の大きな世論になっておりますし、また国政の重要な政策課題であることはひとしく認めているところだと思います。そこで、教育改革には、二十一世紀以降をも展望したやや長期的視点に立つものと、それから当面緊急の課題があるというふうに私は思うのですが、文部省として、緊急かつ重要な教育改革の課題は何であると考えていもか、まず文部大臣にお願いしたいと思います。
○松永国務大臣 現在、学校教育の場でいろいろ指摘をされている問題は、非行の増加の問題、あるいはその中の一部になろうかと思いますが、いじめという問題、さらには高校あるいは大学における入試競争の過熱の問題、こういった事柄が学校教育のかかわりにおきましては速やかな対応を迫られておる問題ではなかろうかというふうに思っております。 長期的な問題といたしましては、社会がこれから大きく変化していくということが確実に予測されておるわけでありまして、そういった変化に的確に対応しながら主体的に行動できる、そういう人材を養成していく。特に知育、徳育、体育という教育の分野におけるバランスのとれた教育活動がなされるようにしていくためにはいかにすべきかというのが長期的な課題ではなかろうかというふうに私は考えているわけでございます。
○佐藤(誼)委員 緊急、重要な課題ということで、非行、暴力、いじめ、加えて受験競争の過熱というようなことを挙げられましたが、私は、皆さんも大体そう思っていると思うんですね。 これは御案内のとおりでありますが、昭和五十九年「少年非行等の概要」ということで、既に警察庁からその実態が出されております。 これはいつの日付になっているかちょっとはっきりしませんが、私が見たのでは、「内外教育」の三月一日号付で見ておりますが、大体これを見ますと、非行、暴力的なものは大筋やや減少の傾向にある。しかし、今も出ましたけれども、盗みであるとかいじめであるとか、あるいは自殺もその中に入るかどうか、自殺であるとか、こういうものがどちらかというとふえている。しかし、依然として少年非行は予断を許さない、こういう形で出ておるわけですね。 さらに、いみじくもきょうの新聞によりますと、これまた各社が取り上げているようでありますが、トップ記事で、「いじめ深刻七人自殺 全国で千九百二十人補導」ということで各社が報じておりますね。これは警察庁が十八日に発表した内容でありますけれども、極めて深刻な事態に達しているわけであります。特に、御承知のとおり自殺がふえてきている。ことしも小学校五年生の子供が自殺をいたしましたが、この発表によりますと、小学校四年の方が自殺をしているんですね。こういう憂慮すべき事態にありますし、またこういうことのもちろん反映でありますが、父兄の教育に関する調査、これはことしの二月二十三日、読売新聞の調査によりますと、現在の学校教育に対する父兄の不満が六〇%、大都市では七〇%。不満の理由、つまり裏を返せば、改革を必要とする事項のトップに非行、暴力等の問題、等というのは幅広いと思いますが、その問題が四七・六%、五〇%ですね。断トツであるわけです。やはり我々は、この非行、暴力に始まるところの今日の教育荒廃全体について、何としても朝野を挙げ各界が協力してこの問題を改革し、そして克服していかなければならぬというふうに考えるわけでありますが、その点について、重ねて大臣の見解をまず聞いておきたいと思うのです。
○松永国務大臣 学校における非行、暴力は、先生御指摘のように、やや減少傾向が見られるようでありますけれども、しかし全体としての数字はまだ極めて高い数字になっておるわけでありまして、減少傾向が出てきたからということで安心しておってはいかぬというふうに思うわけでありまして、今まで同様あるいはそれより以上に、こうした学校現場における暴力の問題あるいは青少年の非行の問題、これは深刻に受けとめて真剣に対応していかなければならぬというふうに考えております。 先ほど先生から、自殺の問題等が指摘をされましたけれども、これも昔は余りなかったことじゃなかろうか、こういうふうに思うわけでありますが、こうした非行、暴力あるいはいじめ、自殺の問題等は、これは学校教育だけで対応できる問題でもないわけでありまして、家庭における親の養育の仕方もかかわりがあるでしょう。あるいは家庭のいろいろな環境も関係があるでしょう。そしてまた、学校において教師の指導力、あるいは学校において教師全体が連絡をとり協力をしながらこの非行、暴力等々に対処していくということも大事なことであろうと思います。 同時にまた、社会における青少年の健全育成を阻害するいろいろな状況も出てきておるわけでありまして、そういったものの解決策を図っていくことも極めて大事なことであると思うわけでありまして、さようなわけで、家庭、学校、社会それぞれの分野でそれぞれ携わる者たちが、先ほどから申し上げているような青少年の教育にかかわるいろいろな困った問題について、協力しながら解決策を図っていくということが今極めて大事なことであるというふうに私は考えておる次第でございます。
○佐藤(誼)委員 今の問題、もう少し突っ込んで質問し、私の見解も述べていきたいというふうに思います。 そこで、まず、今の回答に引き続きまして、非行、暴力を初めとする今日の教育荒廃、これは今いみじくも文部大臣も対策ということで言われましたが、社会、学校、家庭、これらにまたがる複合的な原因によるものと私も思うのです。言うなれば、社会の経済至上主義であるか、あるいは社会のひずみ、非教育的な環境、さらに家庭における核家族化、共働き、家庭の甘え、さらに学校における受験競争の激化、テスト教育、管理強化、いろいろあると思うのです。私は、そういう複合的な要因によるものだとは思いますが、しかし、我々がこれから適切にその克服のために対応していく上で、これら諸要因、その中でも非行、暴力を初めとする教育荒廃の主たる原因あるいは構造的要因、これを何と考えておられるか、お聞きしたいと思います。
○松永国務大臣 何が主たる原因かと特定することはなかなか難しい問題であると思いますが、先ほども申し上げましたとおり、家庭における親の養育のあり方、家族構成、それと学校における教師の指導力やあるいは教師が協力しながら、十分連絡をとりながら対応していくという問題、ここらが対応策としては特に大事ではなかろうかと私は考える次第でございます。
○佐藤(誼)委員 悪いけれども、とらえ方がちょっと甘いのではないか。その原因をきりもみのようにもっときちっと追求する必要があると私は思うのです。私から言わせると、いろいろな要因が複合していると思いますけれども、基本的に言えば、今日学歴社会を背景にした過熱した受験競争とテスト教育、そのえり分けの手段とされてきた偏差値教育にあると私は思うのです。つまり、偏差値による序列化と落ちこぼれ、それは不適応な子供の発生と差別に対する反発、こういうものを必然的に引き起こしていると私は思うのです。その中で主として差別に対する反発が非常に強いと思うのです。その結果生まれてくるのが、積極的な面で出てくるのが非行、暴力であり、いじめと言われる現象だろうと思うのです。内側に返ってくる、内側に人づていくという、これが言うなれば登校拒否であり、自殺であり、ある面から言えば高校の大量退学だと私は思うのです。このことはいみじくも、この前、警察庁に補導された大部分の子供、その中でも特に書類送検等をされた子供を見ますと、成績の序列ではほとんど下位なのですね。学校でいうならばお客様扱い、構ってくれない、そういう子供が異口同音に言っていることは、そういう学校の扱いに対するあるいは教師に対する不信と反発なのですね。ですから、いろいろな要因が複合していることはそのとおりなんですけれども、あえて主たる原因、構造的要因というならば、ここのところに原因を見出しながら、他に気を配りながらそこをぴしっと押さえていかなければならぬのではないかと私は思うのです。 そこで、時間も制限されておりますので引き続いて申し上げますが、一九八四年四月の日本青年会議所「学校教育の現状と課題」というその中に、「学校教育の課題」とありまして、「教育理想の見直し」の中に次のことが書いてある。「学歴主義と受験教育体制が強まるとともに、画一的なつめ込み教育と、それに適応できない生徒の逸脱現象が深刻化している。」こういうふうに言っているのです。私は非常に適切だと思います。 さらに一九八四年九月、関西経済連合会「教育改革への提言」の中の「五、知識偏重教育の是正」の中に、「戦後の日本は高度産業社会の建設を急ぐあまり、教育が知識偏重に走りすぎた。有名大学に入学することを唯一の目的とし、そのための激烈な競争は高校以下小学校教育にまで波及した。」以下云々と書いていますね。私はこれも当たっていると思う。特に「戦後の日本は高度産業社会の建設を急ぐあまりこというのは非常に適切な見方だと私は思うのです。 続いて、一九八四年十一月「自由民主」。自由民主党の機関紙だと私は思うのですけれども、その中に次のように書いてある。 「児童生徒の校内暴力、家庭内暴力や登校拒否の多発、少年の非行犯罪の年々の増加と若年化、悪質化の傾向等は、わが国の将来に暗影を投じており、憂慮に耐えない。その根源は、広くは学歴社会に根ざす受験本位の知育偏重、画一教育にあり、これについていけない落ちこぼれが将来に望みを失い、非行や犯罪に走るところにある。」こういうふうに書いてある。 次に、ことしの二月四日、衆議院予算委員会において海部委員、つまり元文部大臣、この方が次のようなことを言っている。「問題を追求していくと、そこには偏差値教育とか入学試験の問題とか、いろいろ出てきました。」ずっとありまして、「社会において学歴偏重社会、いいところへ就職するためにこの学校へ集中するんだという風潮がなくならないと病理現象の解決ができませんので、まず第一は、ここのところへ手をつけて解決をしていかなければならぬ。」 私は今ずっと引用いたしましたけれども、それぞれ立場や考え方は違っても非常に共通している。私もこの見方に大筋は賛成なのです。このことを文部省が果たしてどの程度とらえているのか。先ほどの大臣の答弁では、非常に広くはとらえているけれども核心に触れていない感じがしてならない。 そこで、私は、では文部省がどういうとらえ方をしているのだろうかということを若干文献で見てまいりましたが、なかなかそれらしいものが見当たらないのです。ごく最近のものでは、昨年の七月「校内暴力の実態と文部省の施策について」その「はじめに」というところに、「校内暴力等の問題行動の背景には、家庭の在り方をはじめ、物質中心主義の社会的風潮、急激な社会環境の変化、学校における指導の在り方など種々の要因が複雑に絡み合っている。」こういう表現になっているのです。私は、これでは平板的であり、並列的であり、核心に触れてないという感じがしてならないのです。 この間、昭和六十年一月二十三日に「我が国の初等中等教育」というのを文部省が出しましたね。この中の「三、知・徳・体調和のとれた人間形成の重視」その「自今後の課題」の中に次のような指摘がしてあります。「また、過熱した受験競争の中で知識のつめ込み教育重視の風潮が児童生徒の人間形成に悪影響を及ぼしているとの指摘も強い。」となっている。「指摘も強い。」という表現になっている。自分たちがそう思うとは書いてない。こういう文部省のとらえ方なんですね。 先ほど大臣も言われましたけれども、緊急の課題はまさに今の教育の荒廃の克服であり、父母や国民の期待にこたえるという点からいうと、その施策のこれからの道筋としてはその原因のとらえ方が非常に総花的であり、あえて言うならば皮相的ではないかと思うわけでございます。したがって、その辺のことについて、私はあえて今言いましたけれども、どうお考えですか。
○松永国務大臣 青少年の非行の増加あるいは落ちこぼれ、いじめ、こういう極めて憂慮すべき事態の原因でございますが、先ほど来申し上げておりますように、いろいろな原因が複合してそうなっていると思うわけであります。 今先生は、過熱した受験競争そして学歴社会、それに非常に大きなウエートを置いて御発言をなさったわけでありますが、私も、過熱した受験競争そして学歴社会の弊風、これも極めて大きな要因であると思いますけれども、だからといって、受験競争が過熱しているから過熱した受験競争がなくならない限り非行、落ちこぼれ、いじめはなくならないというふうには私は考えないわけであります。あるいは学歴社会があるから非行に走るのもやむを得ないという考え方には私は立ちたくないわけであります。やはり受験競争にしろ学歴社会にしろ実は昔もあったわけであります。高等学校の入学競争、ある意味では昔の方が競争は激しかったと思います。あるいは大学の受験競争、昔もまた激しかったと思います。したがって、それだけに責任を転嫁することは私はいかがなものかなというふうに思うわけでありまして、先ほど申したとおり、家庭における養育のあり方あるいは家庭環境、そして今申し上げたような学校の場においては受験競争の問題があり、そして社会の問題としては学歴社会の問題がある。いずれもそれぞれに問題があるわけでありまして、それぞれを解決していくことが大事なことであって、受験競争、学歴社会にだけ問題を持っていくのは、私はちょっと、ほかの分野の責任というものがなくなって、転嫁されるおそれがあると思いますので、やはり先ほど来申し上げましたとおり、家庭、学校、社会それぞれに原因がある、それぞれが責任を持って問題解決に当たらなければならぬと思っておるわけであります。 そういうことから、受験競争の問題にいたしましては、前々からこの委員会でも御議論なされておりますように、高等学校の入学試験のあり方について改善されるように、文部省としては都道府県教育委員会に通知を出し、そして改善措置をお願いする。その中身は、公立高校についての受験機会の複数化、あるいは偏差値偏重による選考をやめてもらいたい、それからまた進路指導に当たる先生に対しましては、生徒の適性、能力あるいは意欲等々を総合的に判断して適切な指導をするように、こういった幾つかの改善措置をしてくれるように指導して、受験競争の過熱化に対応しようとしているわけであります。同時に、大学の受験の過熱の問題にいたしましては、国大協あるいは臨教審でその改善策が今検討されておる、こういうことでございます。学歴社会というのは、これは社会の対応との関係もございますので文部省だけでは対応できない点もあるわけでありますが、やはりこれは学校側も、それから社会、企業の側も、学歴じゃなくして学力、あるいは生涯を通じての学習というようなことで、公正な立場でそれぞれが生きていけるような状態をつくり出すことが大事なことであろうというふうに思っておるわけであります。
○佐藤(誼)委員 私も、この学歴社会を背景にした受験競争、それに伴うもろもろのものだけが原因だなんて言ってないわけです。いろいろなものが複合しているということを前提にしながら、その中であえて主たる原因、構造的なものまで突っ込んでいくとそれが浮かび上がってくる、こうい意味合いで、改革についてはそこだけに焦点を当てればすべて解決するとも言っていないのです。私はやはりとらえ方、そこを軸にしたとらえ方をしないと改革の具体的な方策は浮かんでこないのではないか、文部省はどう考えておるかなかなかよくわかりませんけれども。ただ、先ほど私は幾つか引用いたしましたけれども、私が知り得る限りの、党派、立場を超えても、その主たる要因、構造的原因というのはほとんどそこに見出せるという点、これは文部省、ぜひ理解をしておいていただきたいと思います。 今、昔も受験競争があった、今もあるという言い方をしますが、確かにそれはそうだと思う。長くは言いませんけれども、私たちもそういう網をくぐってきました。しかし、昔の受験というのは、確かに厳しかったけれども一種のロマンがあったと私は思う、厳しい中にも。しかし、今の受験競争、受験体制はまさに灰色だと思うのですね。行き詰まりだと思う。人間的な壁としてぶつかっている。こういうところに基本的な問題があると私は思いますから、その点はあえて文部大臣に答弁を求めても意見の違いが浮き彫りにされるだけでしょうからそこはあえて言いませんけれども。 そこで、問題は、学校の実態がどうなっているのか、子供が今の受験体制なり過熱なる受験競争なり偏差値教育、テスト教育をどう考えているか、このことを私はちょっと引用しておきたいと思うのです。 既にいろいろ知っておられることでありますが、次の詩です。つまり、高校入試を間近に控えた中学三年生の詩です。 ぼくの見た夢 大きな商店の店先に ぼくは並べられていた ぼくも、ぼくのまわりの商品もみんな値段がつけられている それは偏差値である お客は数値の高いものから買っていく。 ぼくは売れ残ってなかなか売れない「お客」という意味は高等学校だろうと思うのですがね。 これは非常に意味深い詩だと思うのですね。この中学校の生徒の詩。つまり、テスト結果による偏差値でレッテルが張られ、序列化していく。そして、偏差値で冷酷に進学校が定められていく。つまり輪切り進学です。その姿が如実に浮き彫りにされていると私は思います。つまり、今日の受験体制に組み込まれた学校教育の実情と、そこから抜け出すことのできない子供たちのやるせない心情、静かなる怒り、これがこの詩の中に入っていると思う。私は心して読まなきゃならぬ詩だと思うのです。教育改革の出発点はここにも一つのベースを置かなきゃいかぬのじゃないかと思うのです。 次に、これも予算委員会で読まれている詩ですけれども、小学校四年生の詩。この子供は五年のときに自殺をいたしましたね。 テスト戦争 紙がくばられた みんな、シーンとなった テスト戦争の始まりだ、 ミサイルのかわりにえん筆を持ち 機関じゅうのかわりにケシゴムを持つ そして目の前のテストを敵として戦う 自分の苦労と努力を その中にきざみこむのだ テストが終わると戦争も終わる テストに勝てはよろこび 負ければきずのかわりに不安になる テスト戦争は 人生をかえる、 苦しい戦争この詩は、今言ったように小学校四年のときにつくった詩でありますけれども、五年のときに自殺をしている、御承知の二月十六日に自殺した横浜市金沢区並木第三小学校五年生杉本治君の詩ですね。この子供は、自殺をする前日つまり二月の十五日に親友に、学校が破壊すれば勉強しなくてもいいし先生も楽になる、こういうことを言った。このことでもってこの子供は担任の先生の注意と指導を受けた。それからずっといきまして、翌日に自殺をしているのですね、この子は。確かに、新聞の報道等によりますと、この子供は特異な性格を持った子供でなかったかとか、担任の指導のあり方等についていろいろ言われております。しかし、私は、この詩の中にも、今日学校の教育の中でテスト教育、偏差値教育、これがいかに子供に過重になっているか、そして子供の心をむしばみ、非人間的な扱いの矛盾、これを引き起こしているか、私はこのことを察するに余りあると思うのです。 今、文部大臣は、戦前の受験競争、そしてまた現在も同じような受験競争があると言う。確かに見た目は同じです。しかし、中身の深刻さはかなり違う。このことをとらえておかないと、本当に父母あるいは国民にこたえる教育改革は果たして進むのかどうか、このことを私は非常に憂うる者の一人なんです。そういう点で今あえてこのことについて申し上げました。先ほどから大臣の答弁を聞いていますから、端的にこの詩に対してどうですか。この詩に対しての所感を……。
○松永国務大臣 いわゆる受験競争のもたらす弊害というものが小学生あるいは中学生に相当の影響を与えている。この詩を書いた人たちは特異な、何というか非常に敏感に受けとめる、そういう人のように思われますけれども、受験競争の激しさが子供の健全な育成に大きな影響を及ぼしていると私は考えております。 ただ、私も子供を育てたことがある、私も受験競争をくぐり抜けてきた人間の一人でありますけれども、率直に言って、昔は旧制中学校の合格率は六〇%ですね。今は高等学校の入学率は九九%、高等学校に進みたいという人のほとんどすべてが高等学校には行っておるわけですよね。そこで、何が問題かというと、希望する高等学校に行けないという問題があろうかと思います。特に佐藤先生の場合には東北大学にあの当時御入学というのは相当な厳しい競争を生き抜いてこられたわけであります。したがって、大事なことは二つあります。 一つは、努力しなければならぬということはやはり高校生にも教える必要があると思います。先輩たちはみんな努力して自分の希望する大学に入られた、その問題が一つあるわけであります。問題は、努力の仕方なのでありまして、そこに入学試験の選抜の仕方につきまして合理的になるような改善措置がなされなければならぬというふうに私は思うわけであります。 また、中学生の関係で言えば、先ほども申し上げたとおり、公立高校の入学試験を受ける機会が一回しかないということがありますので、中学浪人を出すわけにいかぬ、中学浪人になるわけにはいかぬから、そこでいわゆる偏差値による進路指導がなされる。もしこれが複数化されれば、先ほど先生の御指摘がありますように、ここに挑戦してみるかということで一つのロマンも生まれてくるだろう。努力した結果、偏差値は必ずしもよくなかったけれども、合格した。そこにチャレンジするということでそれが成功するという例もありましょう。しかし二度目はやはり安全をかけて、行けそうなところに行く、しかしこれは自分がチャレンジした結果でありますから認めざるを得ない、こうなるわけでありまして、制度、仕組みの改善は思い切ってやっていかなければなりませんけれども、やはり受験というのは、着実に努力しなければ自分の希望は達成されない、このことだけは子供にもわかってもらう必要がある。努力をしないで自分の希望がかなえられるというふうに思い込ませるということは、子供の健全な育成上もそういいことじゃないような感じを私は持っておるわけであります。
○佐藤(誼)委員 子供に努力の必要とか、親の言葉で言えば先憂後楽ということでしょうが、そういう観点で、子供にはよい大学、一流企業ということで、子供のしりをたたいているのが現実の姿ですね。そういう状況の中で子供が大変苦労していることをよく考えてみなければならぬのではないかということだけを申し上げたいと思うのです。 そこで、私はちょっと質問の角度を変えますが、今私が述べたような教育荒廃、文部大臣も教育荒廃ということについては共通の認識のようでありますけれども、今日の教育荒廃をもたらした責任の一端は、文部省の今日までの教育行政にもあったと私は思うのです。その点、文部省はどう考えておりますか。
○高石政府委員 戦後、文部省は、小中高等学校の教育につきましては、一人一人の子供の適性を伸ばすということでいろいろな政策を展開してきたわけでございます。しかし、その政策が必ずしもこれで磐石、万全であるということが言えないというのが現実だと思います。したがいまして、そういう事象に対して常に対応していくという姿勢でやっているわけでございます。 御指摘がございますように、高等学校につきましても受験競争が現在非常に激化しているし、いろいろ問題があるということで、四十一年に入試のあり方の検討をし、その後の経緯を見て、昨年は入試改善についての抜本的な対応を講ずるというようなこともやってまいったわけでございます。 一方、教職員の質、研修、そういう点で十分な対応をしていかなければならないということで、教職員の質を高めるためのいろいろな施策も展開してきたわけでございます。また、教育内容、教科につきましても、時代の進展に対応して教育内容を改定していく、詰め込み主義だと言われていたものをできるだけ簡素化し、基礎、基本の教育内容に改める等のことをやってきているわけでございまして、文部省のやってきたことが現実の教育をゆがめるというふうに指摘をされる方もございますけれども、文部省は、少なくともそういう現実の問題について、それを解消し解決するための対応を懸命になって努力してきたつもりでございますが、現実にはなお不十分な点があるということは認識しているわけでございます。
○佐藤(誼)委員 何事も一〇〇%というのはありませんから、そういう意味ですべてよかったとは思わない。しかし、文部省もそれなりの努力をしてきているのですという趣旨のことなんですが、私はもう少しこの内容について突っ込んだ見方なり反省が欲しいと思うのです。 御承知のとおり、文部省が「我が国の初等中等教育」というのを一月二十三日に発表いたしましたね。これに対して、今臨教審の委員になっている香山健一氏は、「文部省改革の必要性に関する考察」というのを出しております。私はこれをすべて是とするものでありませんけれども、この中に、先ほど申し上げたような文部省の「我が国の初等中等教育」の報告書ですか、これを中心にして見解を出しております。言うなれば、文部省は、やってきたことに対する何ら基本的な反省がないのじゃないか、何が是で何が非であるのか、この辺のところのめり張りがさっぱりないじゃないか、これでは教育改革を主張するゆえんがどこから出てくるのですかというような趣旨のことが盛られておりますね。私はこれをすべて賛成というわけにはいきませんけれども、それなりの見方をしている方がかなりいると思うのです、文部省の文部行政に対して。このことはやはり深く反省してみる必要があると私は思うのです。何もこれは文教行政だけじゃありませんよ。それぞれ教育に携わった者がこの辺で戦後の教育について、自分はいかなる弊害に対する加担者であったのか、その総括と反省をみんなしなければならぬと私は思うのです。そういう観点から言うと、文部省の総括というか反省、突っ込んだ見方といいますか、私は不十分のような気がしてなりません。 そこで、若干長くなりますけれども、以下私の見解なり考え方を述べまして、それに対して文部省としての所見なり見解を後でお聞きいたします。 今日の教育荒廃、病理現象と言われるものが、有名高校、有名大学、一流企業就職エリート社員、そして出世と生活安定、つまり学歴社会を背景に父母の期待を背にした過激な受験競争、詰め込み教育、テスト教育、偏差値教育がもたらしたひずみ、ゆがみというのが非常に重要な要因だと私は見るのです。先ほど言ったことの繰り返しのようなことでありますけれどもね。 そこで、今これに対する文部省の反省の答弁をいただきましたが、私はすべて文部省が悪いとは言っておりませんよ。今日のこういう受験競争を初めとする教育荒廃を加速させていった一つの責任は、文部省の教育行政にもあったと私は思うのです。つまり戦後の教育の出発点は何であったか。それは、私から言えば、戦前の教育が国民教化の教育、すなわち富国強兵、戦争遂行という国家目的の手段とされてきた。その点を反省し、教育基本法に示されているように、教育が他の目的の手段ではなく、人間形成それ自体が目的であるということから出発したのが戦後の教育基本法の体制であったと私は思うのです。これは私は忘れてはならないと思うのですね。しかし、その後の文部行政の中では、私はそれが大きくゆがめられていったと思うのです。これはもちろん文部省のひとり歩きではございません。文部省は政府の一行政機関であり、それは政党政治のもとで行われたことは否定しがたいことはもちろんです。 ゆがめられていった第一は、教育が、高度経済成長政策、昭和三十五年ごろからだったと思いますが、それとともに経済発展の手段とされ、人格の完成よりは知育偏重のための人材開発に主眼が置かれてきた。そしてそのことに文部省は大きく加担してきたのではないか。 いま一つは、教育の自由と創造よりは、教育の国家統制と教育現場の管理強化を強め、教育現場における教師集団としての連帯性と活力を失わせ、子供の全面発達を願う教師の自由と創造の芽を摘み取ってきたのではないか。つまり、これは今日の受験体制の強化と相まって、遊びを知らない子供、学ぶことの楽しさを知らない子供にしてしまったのではないか。それが今日、テスト人間、偏差値人間と言われるおもしろくもおかしくもない子供がたくさん出、刺激がなければ反応しない無気力人間を多数つくることになってしまったのではないか。これは、いみじくもこのごろの各会社の採用試験等の中にそういう反省が随分出ていることは御承知のとおりです。 そこで、私は、先ほどから述べてきた経済成長政策の中で文教政策がどのような歩みを続けてきたか、この際若干触れてみたいと思います。 一九六〇年、昭和三十五年十二月、池田内閣の時代、所得倍増計画、つまり経済成長政策が閣議で決定をいたしました。それと関連して長期教育計画が経済審議会から発表されました。その計画によれば、教育が経済成長を進める立場からその任務が位置づけられ、教育は経済成長に必要な人的能力を開発し向上させることだ、つまり人間の全面発達よりは知育偏重の教育が強調されたということです。このことは、今日のよく言われる知育偏重のテストと教育、その選別のための偏差値教育をその後大きく促進していったことに無関係ではないと私は思うのです。その意味で、今日のよく言われる知育偏重の教育が必ずしも偶然に生まれたものではないと私は思います。今申し上げたことと深くかかわり合っているというふうに私は見るのです。 以後、文部省は、経済成長のための人的能力の開発と向上の立場で教育政策を進めてきたと思います。その具体的報告書が一九六二年十一月「日本の成長と教育」という教育白書の中にあらわれてきております。その内容は、端的に言えば教育投資論です。どれだけの投資をしたらどれだけの人間能力が開発、向上され、つまり人材が開発され、経済成長に役立つかという、いわゆるエコノミスト的な観点に立つ白書であったことは御案内のとおりであります。 さらに、一九六三年一月、人的能力の開発、よく言われるマンパワーポリシーが経済審議会から発表され、一九六六年十月には、それを受けた形で後期中等教育の拡充と整備というのが中央教育審議会から答申をされ、そして、それに基づいて経済成長に役立つ人的能力の開発が文部省の教育行政の中で進められていったことは、紛れもない歴史的な事実だと私は思うのです。 その点、私は、先ほどから問題になっておる学歴社会と受験競争の激化という立場から若干触れてみたいと思います。つまり、文部省の人的能力開発政策によって、経済発展に役立つ能力、すなわち知的能力を持った者が社会的評価を受けるようになるのは当然です。やがてそのことは、知的能力を持つ者がペーパーテストで選別され、よりよい大学、つまり有名大学に進学するようになる。そして有名大学を出た者は、エリートとして一流会社に就職し、よりよい社会的地位を獲得するという、いわゆる学歴社会の風潮を促進していったと考えられると思います。言うなれば、学歴社会の定義にもよるでしょうけれども、私は、学歴社会は、よりよい学校歴を得た者がよりよい社会的地位につく可能性のある社会というふうに私は思いますから、そういう意味では、今のマンパワーポリシーの政策は、学歴社会の風潮を促進していったと考えざるを得ないわけです。一方そのことは、学歴社会を背景に、知育偏重の受験競争の激化を招き、そのえり分けのすぐれた方法として偏差値が導入され、今日のいわゆる輪切り進学を生むということにつながってきたというふうに私は思います。 ただ、その場合、戦前には偏差値という考え方はなかった、もちろんかぎ括弧つきですが。偏差値教育という言葉もなかった。私は、偏差値教育が全国レベルで普及するためには少なくとも二つの条件が社会的に必要であったと思うのです。その一つは、統計処理の母集団をより広く求めることができるということです。すなわち、受験産業の資本が巨大化し、全国規模の模擬テストの実施が可能であるということ。いま一つは、コンピューターの導入で統計処理が迅速かつ正確にできるということであります。この学校の序列化、偏差値教育、輪切り進学に今大きく寄与してきているのが大学の共通一次だと私は思うのです。そういう意味で、つまりそれが今共通一次が教育改革の重要な課題になってきているのだというふうに思うのですね。 最後に、私は、かつて一九七〇年日本を訪れたOECDの教育調査団の報告書の中で、日本の教育はすべて経済という機関車に連結されていると述べています。そして、すぐに役立つ教育はやがて役に立たなくなると指摘しているのです。日本の今日の学歴社会を背景にした受験競争と偏差値教育、そのことが引き起こした教育のひずみ、ゆがみと教育荒廃、これは、日本の教育が経済発展や経済界の要求に左右され、極論するならばその手段とされ、かつ、経済界の要求を代弁してきた政府及び文部省の教育行政が、その加担者としてその一翼を担ってきた、そういう意味で、私は責任追及するなどという考えは毛頭ありませんけれども、今教育改革が大きな国民世論になっている折から、この点をもう一度振り返って総括し、反省すべき点は反省すべきだと私は思うのです。ただ単にこれは教育行政だけを責めているわけじゃありません。教育はすべての、それぞれの分野で協力し合って成り立っているわけですから、私は、文部行政があるいは文部省が、総括、反省すると同時に、それぞれの教育に当たった所掌の皆さんが、戦後の教育をもう一度振り返って反省し、総括する必要があるという観点であえて申し上げているわけであります。 そこで、私は、以上述べたようなことから見ますと、文部省の考え方にはどうしても歴史的な視点が欠け、かつ、その加担者と言うと厳しいのですけれども、その一翼の責任があったという、そういう反省が欠けているのではないかということを言わざるを得ません。したがって、今後教育改革は、単なる小手先の制度いじりではなく、その根源ともいうべき歴史的、社会的背景にまでメスを入れる必要があると思うし、そして、教育は何かという本質に迫るとともに、教育改革に哲学がなければならないというふうに私は思います。 そういう意味で、いろいろ長く述べましたけれども、私はそういう考え方を持っております。それに対して文部大臣並びに文部省はどのような所感と感想を持たれるか、ありましたらお聞きしたいと思います。
○松永国務大臣 先生のいろいろな観点からする戦後教育の分析につきましては、一つの御意見として参考にさせていただきたいと思いますが、経済成長、所得倍増に文部省が加担したとかなんとかというふうな見方ではなくして、むしろ文部省は経済成長あるいは所得倍増を活用して教育の量的拡大を図ってきたというふうに私は見るわけであります。 それは、先生も御承知のとおり昭和三十年、高等学校進学率は五〇%でございました。高度経済成長の成果を活用して高等学校の量的拡大を大いに図ってきたわけでありまして、その結果が今日九四%の高等学校進学率というふうになってきたわけでありますが、それは教育の機会均等を実現したということにもなるわけでありまして、それなりに評価をしなければならぬというふうに私は思うわけであります。 ただ、反省すべき点は、量的拡大を目指す余り、多様な高等学校、それぞれの子供に適した高等学校教育を与えるようなところまでまだいってなかったというふうに思うわけでありまして、これから多様な高等学校をつくり、あるいは子供の個性あるいは能力等々に応じた高等学校の教育がなされるような改善措置が必要ではないかというふうに考えるわけであります。 人的能力の開発という視点でございますけれども、いつの時代にも人的能力の開発は必要なことであると思うわけでありまして、教育基本法に言う「人格の完成」というのは、その人の持っておるいろいろな能力を発展させていくということが人格の完成の意味でもあると思うのでありまして、その意味では人的能力の開発はいつの時代でも大切なことだというふうに思います。 特に、我が国は科学技術その他の面でも相当発展を遂げてきたわけでありますけれども、今まではややともすれば模倣型であったと言われているわけでありまして、ほかの国の優秀な人材が開発をした科学技術等を利用してそれに改善を加えたような形でしかないじゃないか、世界人類に貢献するような発明、発見あるいは科学技術の進歩というものが日本の人でできるような人材を育成する、あるいは人的能力の開発を図ってそういう分野で世界に貢献するということも大事なことであろう、そういったことをしなければ、世界の人たちから尊敬される国家、国民にはなれないのじゃないかというふうに思うわけでありまして、その面でも力を入れていかなければならぬというふうに思うわけであります。 経済成長というのは、国の経済を繁栄させ拡大させることによって、国民は充実した経済生活を営むことができ、また幸福をつかむこともできるわけでありまして、経済の発展というものを否定するわけにはいかぬわけであります。また、そうした経済の発展は、その国の国民、なかんずく青年がそれなりの能力を持ち、また高い教育を受けるその人たちが経済の発展を支えるわけでありまして、そしてその結果は、国民の経済の充実ということでみんなの幸せにつながっていくものだというふうに私は考えておるわけであります。 それから、有名大学云々の問題でありますが、私は、ある意味では昔よりも大分改善されてきた。有名大学といえば日本の場合には東京大学であるわけでありますが、最近では、ある意味では東京大学の地位は低下してきたというふうに私は見ております。いろいろな分野でその現象は出ておるわけでありまして、例えば司法試験等を見ますと、東京大学卒業者の合格率は三分の一を切っておりまして、その他の大学が三分の二以上を占めておる、早稲田大学、中央大学等々、他の大学が東京大学の地位にとってかわっているという面も実はあるわけであります。また、有名企業等が採用する場合にも、東大だから云々という状況は大分なくなってきたようでありまして、むしろ、ある意味では、東大卒業者の弱点、欠点が指摘されている状況になってきておるわけでありまして、むしろそれ以外の大学出の方が重要視されるという状況も出てきておるわけであります。ことしのいわゆる上級職合格者の中から文部省へ採用された人の中には東大法学部出身者は一人もいないということなども、学歴主義が相当改善されてきた結果ではないかというふうに私は思うわけでありまして、いろいろな大学から文部省に将来の幹部候補生として採用されているという現象も出てきております。恐らくこういうことは十年、十五年前には考えられなかったことではないかというふうにも思うわけでありまして、大変いい傾向であるというふうに私は思っておるわけでありますが、将来ともいろいろな改善措置を常に図っていかなければならぬ。そしてまた、今までの文部省の教育行政については常に反省を加え、よりよいものを志向していくことが私どもの務めであるというふうに考えておるわけでございます。
○佐藤(誼)委員 経済成長政策がすべて悪かったとか、経済成長がすべての悪の根源だとか、そういうことを言っているわけじゃないのです。確かに経済成長が日本の繁栄をもたらしたし、またそれは、暮らしの豊かさをもたらすことによって進学率を高めていったし、そういう意味では、量的な拡大ということとともに教育の水準なり教育の機会均等というものが高まっていったことは統計的に明らかであるわけです。私はこのことを否定するわけじゃないのです。 ただしかし、そのことの余り、量の面と質の面、この両面を考えたときに、確かに量の面ではそうなってきたと思うのです。しかし、質の面をとらえますと、先ほど文部大臣は人格の完成ということを言われました。そのとおりです。私は、端的に言えば、この人格の完成という丸みを帯びた教育目標がだんだんかすんでいったのではないか。今大臣が言われる人格の完成という中身は多面的な能力も含まれている。確かにそのとおりです。例えば知・徳・体。経済成長を急ぐ余り、教育の果たすべき役割、任務を、人格の完成の多面的な中の一つである知的能力だけをえりすぐってそこだけを開発、向上させようとした、そういう偏った政策というものが、ずっと今日の高学歴社会の志向をもたらしたり、あるいはそれを達成するための過熱な受験競争を引き起こしたりという、そういうひずみ、ゆがみを生んでくる重要な要因をなしたのではないか、そのことを我々はきちっと歴史的な評価としてしておく必要があるのではないか、このことを指摘しているのであって、その点、私は、やや言葉も選びながら私の見解を述べているつもりでございますので、十分その点は文部省もきちっと理解をしておいてもらいたいと思います。 そこで、今いろいろ話した中で学歴社会の話が大臣からも出ました。今まで私が述べてきたいろいろな教育のひずみ、ゆがみの大きな背景になっているのは、日本型の学歴社会ということです。このことについては今臨教審の中の第二部会等でも議論されております。いずれこの辺の問題もまた議論しなければならぬと思いますが、その中で、これは新聞の報道の限りでありますけれども、我が国は必ずしも学歴偏重しているとは認められない、しかし国民の意識の中には高学歴志向が残っているというふうな述べ方をしておりますね。これはどういうまとめになって答申になってくるかわかりません。私は、この点、学歴社会の問題は大学の格差とか受験競争とか今日の偏差値教育に深くかかわっている問題でありまして、このことは十分掘り下げなければならぬと思うのです。このことが、今第二部会で言われるような今日の学歴社会が単に国民の意識の問題だと片づけられるのかどうか、私はもう少し実態に照らして精査してみる必要があると思うのです。実態と変化の方向というものを明らかにしておかなければならぬのではないかと思うのです。 例えば、私はいろいろな資料を見てまいりましたが、就職に当たって一流有名大学を重視するというような考え方を持つ企業は、従業員が五千人以上の場合には七九・六%あるというのですね。これは一九八四年四月のリクルート調査です。しかも、大企業の八〇%近くが就職に当たっていわゆる一流有名大学を重視すると言っているのです。それから新重役の出身校、これは東京証券一部、二部上場の調べでありまして、これは一九八一年の週刊ダイヤモンドですから随分古いのでありますが、国立大学、私立大学有名校が圧倒的に多い。これははっきり数字が出ている。それから学歴と所得、縮まってきたとは言いますけれども、一九八三年の労働省の調査によれば、年齢五十五歳から五十九歳の間をとってみますと、高校卒を一〇〇にしたときに大卒は一六九になっておる。これは統計的数字を見た限りで、学歴あるいは学校歴と就職の有利さ、昇進、所得は関係があるということをこの数字は示していると私は思うのです。そしてまた、親が子供を大学にやりたいというのが五二%あり、しかも、本人任せという二七%を入れますと、約八〇%が大学にやりたい。本人がその気になったらやりたいというような趣旨を含めますと非常に高いのですね。ただ、変わりつつあるというのは、御承知のとおり、企業の採用に当たって指定校制度が少なくなったということや、あるいは企業内での昇進、昇格、これを実力主義または企業の実績主義に基づくという、余り学校歴を重視しないという企業が非常に多くなってきた。これは好ましい傾向だと思うのです、これが八〇%近くありますから。ただ、ごく最近は情報化社会に向けてまじめ人間よりは個性と創造にあふれた人物が必要だ、こういう会社が多くなりつつありますから、私はこの学歴社会が固定したものでないということはわかりますけれども、先ほど言った高学歴者が一流企業に行き、やがて社会的地位を受ける、こういう実態は依然として強く存在しているということですね。そして、それにもまして高学歴志向が国民の中に根強くある、この事実はやはりきちっと押さえておく必要があるのではないかということを、この際、学歴社会の問題が出ましたから、私の調べた限りのことをここで申し上げておきたいと思います。 なお、教育荒廃を初めとする今後の教育改革のあり方については、文教常任委員会の討議すべき大きな課題でありますから、いずれまたこの点については私も行いたいと思いますが、時間の関係もありますから先に進ませていただきます。 次は、臨教審に関する若干の質問をし、お答えをいただきたいと思うのです。 そこで、まず文部省の方にお尋ねいたしますが、端的に聞きます。 第一点は、今まで申し上げているような、現在、学歴社会を背景にした学校格差、受験競争の激化、テスト教育等が問題にされています。そのときに、学校設立の自由、私に言わせれば学校あるいは教育の供給の自由、次に学区制の廃止、つまり学校選択の自由ということだと思います。それに複線型エリート校と見られる六年制中等学校が誕生したならば、今のような日本の教育の現状の中でこれからの日本の教育がどうなると思いますか。質問の趣旨はおわかりですか。 二番の質問です。文部省は、臨教審の答申のいかんにかかわらず、教育基本法を変える意思はないというふうに確認してよいと思うかどうか。また、もし臨教審の答申が教育基本法の精神に反するものであれば、それは採択しないのだと理解してよいか。 以上、二点です。
○西崎政府委員 ただいま佐藤先生の御質問の第一点でございますが、学校の設置の自由、それから学校選択の自由と申しますか学区制の問題、それから六年制高等学校と申しますか中高一貫の問題、このような事柄が今後の教育において実施される場合にどういうふうに考えるか、こんな点であったかと思うわけでございます。 まず、学校の設置の関係でございますが、学制の問題としては、義務教育の問題あるいは義務教育以上の高等学校、大学の問題については基本法、学校教育法の規定があるところでございます。学校の設置者が自由に学制を決める、学校の内容なり制度なりを決めるということは基本法体系からいって、これは問題でございます。基本的な義務教育の区切りの問題等は基本法に明定されておるわけでございまして、基本法に明定されている以外の区切りの問題についてはまだ立法によって許されるというふうに考えるわけでございます。 それから、学校の学区制でございますが、この問題は、保護者に義務教育を受けさせる義務を負わせ、設置者に学校設置の義務を課しておるわけでございます。普通教育として市町村に対して小中学校の設置義務を課しておるわけでございますから、児童生徒の父兄に学校の選択の自由を全面的に認めるということにつきましては、義務教育の制度の趣旨からいって極めて困難でございます。したがいまして、現在における学区制の問題につきましては、若干の身体的事由その他の調整の余地があるわけでございますが、その辺の運用の問題としては考えられることではないかというふうに考えるわけでございます。 それから、六年制の問題につきましては、義務教育は九年とするとし、その中学校につきましての三年が義務教育になっておるわけでございますが、六年制の区切りの問題については必ずしも基本法の問題としてはとらえられませんで、今後の立法の問題でございますので、この点については、考え方として六年制の高等学校、中学校をくっつける問題は今後の検討課題として考えられるところでございます。 それから、先生の御質問の第二点でございますが、教育基本法の精神にのっとり臨時教育審議会は審議を行うということでございますので、期待されておるわけでございますので、自由濶達な御議論は別といたしまして、私ども行政庁の立場といたしましては、臨時教育審議会でお出しになる答申は基本法の精神にのっとって審議された結果が答申される、したがって基本法に抵触するような答申ではないということを期待しておるわけでございまして、現時点では基本法の問題でその改正等を必要とする答申が出るかどうかという仮定の問題については考えていない、こういうふうな現状でございます。
○佐藤(誼)委員 私が質問した趣旨とちょっと答弁が違っているというか、とらえ方が違っているのです。私は今の項目についてどう思うかということを言ったのじゃなくて、今のこういう荒廃した高学歴社会を背景にした場合に、簡単に言えば今のような自由化にしていった場合、しかもエリート、六年制の複線型として出ていった場合に、これからの教育がどうなっていくだろうか、そういう政策的な意味で質問したわけでありますけれども、それ相応の答えが得られなかったのは非常に残念ですが、時間がありませんから、この問題はいずれまたやりたいと思います。 ただ、私はちょっとその点について見解を述べておきますが、香山氏を初めとする自由化論の皆さんは、今日の教育の病根が画一性なりあるいはまた閉鎖性、非国際性ということと指摘されております。これは私はそれなりに理解できる点があります。そしてまた、香山氏に言わせれば、教育の荒廃の非常に大きな要因は画一性にある、こういう言い方をしておりますね。これは私は一面うなずける点がありますけれども、これでは不十分だと思います、学歴社会というファクターが必要だと思いますから。 そこで、ただ、香山氏が自由化ということで、かつてアメリカの教育使節団が日本に来たときに、教育は教師の自由から出発しなければならぬという、このことを引用されております。この点については私は非常に高く評価し、賛意を表します。時間がありませんから引用はいたしません。ただ、そういう状況の中で、この「自由化」、これはかぎ括弧で、どういうことを本当に言われているのかまだわかりませんけれども、少なくとも我々が新聞その他で見聞きしている範囲内においては、その流れとしては、例の中曽根首相のブレーンである京都座会ですね、そして七つの提言等がその背景になり、ずっと流れてきている。これはこれからいよいよ精査をしていかなければならぬし、このことについてはしかるべきところで議論したいと私は思っております。しかし、おしなべて言えることは、その背景になるものは臨調行革の考え方が根底にある。言うなれば、今行われていると同じような意味での、教育におけるあるいは教育界における民間活力の導入、そして市場原理の導入、受益者負担、こういうような考え方が基本にありまして、教育の民営化、あえて言うならば教育の商品化、こういうような形で、供給とそれから選択の自由、それを前提にして開放していく、つまりそれが画一性に対する我々の考え方だというような出され方をしておりますけれども、しかし、この行き先がどうなるかということは私の多弁を要するところではないと思うのです。ただ、今のような学歴社会を背景にした受験競争の状況の中でこういうことをやれば、当然それは特定の学校に集中し、そのことによってさらに一層の企業主義をあおりながら、受験競争の激化というようなことを誘発し、そしてそれがどんどん進んでいくということは当然でありますし、また特に、今申し上げたような複線型のエリート校ができてくるならば、それに対する集中ということで、もう小学校の段階からさらにそういうような受験競争の激化ということが低学年の状態まで進んでいくであろうということは想像にかたくないわけであります。したがって、どうもこの辺の輪郭がはっきりしませんので何とも言えないのですが、私は、今時点で言うならば、そういうことが、これから今の教育荒廃の問題に違った角度からさらに拍車をかけるだろうというようなことを指摘をしておきたいというふうに思います。 それから、教育基本法の問題ですけれども、教育基本法の精神にのっとり答申されることを期待している、まだ出ていないので何とも言えない、こういう趣旨なのですけれども、これは、教育基本法と乖離しないということは予算委員会の中で中曽根内閣総理大臣がはっきり言っていることですから、あえて私は質問したのは、所管の文部省ですから聞いたのでありまして、これをあいまいにしておくとまた誤解を招きますから、私は、内閣総理大臣の予算委員会の答弁に間違いはないというふうに理解をしておきますから、これはまた変えることもあり得るみたいな答弁になりますと、これは大問題ですからね。 それから、基本法の精神に反するものが出た場合どうするかということでありますが、これは基本法の精神にのっとりですから、反するものは切る、答申は採用しないということになるのが当然だと私は思うのです。何が反するか、反しないかということは判断の問題ですけれども、私は、この辺のところをはっきりしておく必要があると思う。しかし現実の問題としては、それをどういうふうに分析し、対応するかという問題はまた出てくると思いますけれども、この辺のところをはっきりしておかないと、いろいろな問題で、何遍も何遍も同じような余り生産的でない議論がなされるということを考えますので、私はあえて文部省にもそのことを申し上げておきたいというふうに思います。 そこで、次に、これは臨教審の方に質問しておきますが、どうせきょうは時間もありませんからすべて質問に答えるわけにはいかぬと思いますので、きょうは質問だけしておきまして、どうせ二十四日臨教審の代表の方が来ますから、申し上げてだけおきます。 一つは、審議会の当面の審議日程及び報告、答申のスケジュールはどうなっているか。 一番目として、臨教審の審議に当たってどのような調査報告資料を活用しているのか。 二番目は、報告、答申をまとめるに当たって、部会と総会の関係、それに部会長の任務と権限、また会長の権限はどうなっているか。 最後に、私の感想も入ってですが、報告、まとめの取り組みが、教育という点から言うと拙速主義ではないのか。 その次に大きい二番、委員及び専門委員はその肩書きで対外的にどの程度審議内容及びそれに関する個人の意見を述べることができるのか。 さらに、今までの質問等にもありましたけれども、マスコミ等にどんどん発表されて、国会が知る前に、何か臨教審の議論になりますと、もうそれが決まったかのごとき印象を与え、また国民が受けとめているということは極めて遺憾なことでありますので、この辺に我々はどう対応したらいいのか、いずれかの機会で議論したいと思いますが、これは文部省並びに我々議会の側として重要な対応でありますので、よく考えておく必要があると思うのです。 最後に、この臨教審の今日までの審議の経過、全部はつまびらかではありません。これは二十四日概要が出ますけれども、どうも審議の中身が、ほとんど下地ができておって、それを審議会の舞台に乗せ、臨教審の答申内容に盛られるように人選が進められてきているのではないか。そして審議はその線に沿って進められているのではないか、こういうことですね。先ほど私は、京都座会のことやら香山氏のそれなりの論文と言いましたけれども、きょうは時間がありませんから、全部詳細に引用するわけにはいきません。私は、どうも初めに臨教審の答申の内容ありき、逆順して人選して材料を引っ張り出してくる、こういうような嫌いはないのか。つまり、臨教審の出発とあり方の問題が非常に疑問にされておりますので、以上の点を私はこの際申し上げておきたいと思います。 それで、この臨教審の問題は、また二十四日にありますから、重ねての答弁等はそのときにしてもらいたいというふうに思います。 そこで、最後に、外国人の教員採用の問題について残った時間、質問をいたします。 一つは、長野県の在日韓国人ヤン・ホンジャ(梁弘子)さん、日本読みでどういうふうに読むのか私ちょっとわかりませんけれども、この方は、五年間の臨時教員生活を経てことし四月常勤講師として採用されました。ヤンさんの採用をめぐりまして、いわゆる国籍条項が改めて問題になりましたけれども、この国籍条項には法的根拠があるのかどうか、これが一点。 二番、この国籍条項は、国公立の学校の教員には適用されますけれども、私立学校には適用されておりません。なぜ公立と私立に差があるのか、この二点、まず質問します。
○阿部政府委員 公立の小中高等学校のいわゆる国籍条項の問題でございますけれども、公立の小中学校、高等学校の場合には公務員ということになるわけでございますが、外国人の公務員への就任能力につきましては、法令上の明文の規定があるわけではございませんけれども、従来から公務員に関する当然の法理である、いわば不文法の原理であるというようなことで、公権力の行使あるいは公の意思形成への参画にかかわる公務員には外国人を任用することはできないという解釈で参っておるわけでございます。公立の小中高等学校等の先生は地方公務員でございまして、その職務内容は児童生徒に対する教育を行うと同時に、校長の行う、例えば教育課程の編成でございますとか、入退学の許可でございますとか、そういったたぐいの公務の運営に参画をすることをその内容としているということから、これにつきましては外国人が就任することはできないというのが政府としての統一的な見解でございます。 それから、第二点の、私立学校についてのお話でございますけれども、国籍条項、ただいま申し上げましたように文字どおり公務員について適用される法理であるというようなことから、私立学校についてはこの法理の適用はないと考えておるところでございます。
○佐藤(誼)委員 どうも理解できないのが、当然の法理ということですね。この当然の法理というのはいかなるものであるのか。少なくとも日本は法治国家であり、法律に基づいて行政が行われるわけですから、少なくとも憲法を頂点とする法律上の根拠がなくて、行政府の判断で一方的に行政行為が行われるというふうに私たちは理解できないわけですよ。行政行為をやることはできないと思うのです。すなわち、今の点に関して言うならば、職業選択の自由を制限するためには、少なくとも国会の定める法律によるべきであり、法律の規定がないのに行政の一方的判断で制限することはできない。このような行政行為は、つまり憲法が定めるところの法治主義に関する違反ではないか、そういう意味では違憲の疑いすらあるのではないかというふうに私は思うのです。 これに類似した例は、かつて司法試験に合格した、言うなれば外国人をその国籍条項によって研修生に採用しないという問題が出まして、今私が述べたような法治主義の原則に違反するということでいろいろ議論になりまして、最後はこの外国人の方は国籍条項を除外されて研修生になったという経過があるのです。ですから、私は、当然の法理という考え方自体が行政権としては行き過ぎた判断であり、見方ではないかと思うのですけれども、まずその点が一つ。 それからもう一つは、国公立の学校には適用するけれども私立には適用しない、こういうことですが、これは余り時間がありませんから深みに入りませんが、ただ、私は教育活動というのが国家権力の行使そのものではないと思うのです。これは、文部大臣は予算委員会でもそのことは言っておりますね。これは清水委員に対する答弁の中で議事録に明記されております。それはそうだと思うのですね。ただ、公の意思形成ということがそれじゃどういうことになるのかとなりますと、私はその理解が非常に難しいのですけれども、少なくとも大臣の答弁では公的なものという言い方をしております。つまり、私もそうだと思うのですが、私的なものに対して公的なもの、こういう意味だと思うのですね、少なくとも教育というのは。これは教育基本法の第六条の教育は公的であるというこのものにつながる考え方であって、この教育基本法そのものは、公立であろうが私立てあろうが全部適用されますから、少なくともそういう公的なものというそういう意思形成というのは、教育基本法をまつまでもなく、公立であろうが国立てあろうが私立てあろうが、これはやらなければならぬし、やっているわけです。とするならば、公の意思形成ということを前提にして、国公立には適用するけれども私立には適用しないというこういう考えは、私は少なくとも成り立たぬと思うし、教育基本法の第六条に照らしても、これは等しく扱わなければならないことだと思うのです。まずそれが、公立、私立ということを差別する理由はないということと、少なくとも教育活動というのは権力の行使でありませんから、したがってそこに国籍条項を適用するというのはおかしいというふうに私は思うわけです。 以上の点について、どうですか。
○阿部政府委員 法理についてのお尋ねでございますけれども、御承知のように、素人っぽい議論をすることになりますけれども、法というものにつきましては成文法の場合と不文法の場合があるということでございまして、成文になっていないものにつきましても当然の法理というものはあり得るというのが私どもの解釈でございますし、これは政府全体として、新憲法のもとにおいて昭和二十年代からとってきた解釈でございます。 それから、私立学校のことについてでございますけれども、私学につきましては、先ほどのお答えの繰り返しになりますけれども、公務員について、公務員という国の行政関係の業務を担当する職員についての法理ということで考えられておるわけでございますので、同じようなことであったといたしましても、国あるいは地方公共団体で何事かを定めるというものと私立学校において何事かを決めていくということは性格が違うわけでございまして、まさに公務員についての法理ということで、国公立についてだけ適用される法理であるというふうに解しているわけでございます。
○佐藤(誼)委員 当然の法理というのが、政府なり行政権の所在するそこでもってそういうふうな選択と判断がなされていいのかどうか。少なくとも憲法を頂点とする法治国家ではそういうことは許されないと私は思うのです。これはまたいずれ機会をとらえてということになりますが。 それから、もう一つの公立、私立の問題です。少なくともあの教育基本法はすべての学校に適用されるわけであります。しかも、その原則の一つは公ということでしょう。そのために、私立学校であっても学校法人というのが前提になっているわけですからね。そのことを考えますと、そこに差をつける、つまり公の意思形成ということを前提にして、そして私立と公立――国立も含みますけれども、差をつける、それは私は納得がいかないということだけ申し上げておきます。 あと次に、これに関して一、二でありますが、若干私の見解という形になるかもしれません。 外国人の教員採用については、御承知のとおり大学の外国人採用の法律によって、そして従来は、助手あるいは専任教師、つまりここで言う公の意思形成に参画することのできる教授会には参加できないその職種だけが従来は外国人が採用されて、公の意思形成をする教授会に参加する職種である教授、助教授、講師等については採用されなかったのですね。ところが、この改正によって、外国人であっても公の意思形成を図る教授会に参加できる教授なり助教授なり講師も採用することができるようになった、これが大きな違いだと思うのですよ。 ところが、今の中学校なり高等学校なり小学校では、教諭はもちろん、講師であっても助教諭であっても、今で言う公の意思形成と言われる職員会議にはもう既に全部出ているわけですよ。これは紛れもない事実なんです。だとするならば、最初から公の意思形成であるところの職員会議に、校長はもちろん教諭も講師も助教諭も皆出ているわけですから、そこになぜ教諭と一この場合ヤンさんの場合でいいますと常勤講師というところになぜ区別をつけなければならぬのか、まずこれが一つ。 それからもう一つは、実際学校の中では教諭、常勤講師も、何も変化がないわけです。子供にとっても、職員会議の構成員あるいは発言する機会にとっても、何も変わりがないのです。あるとすれば、たまたま同じ資格を持っておって同じ試験を通っても、定員の問題とかそれに準ずるようなことで身分上の差をつけることはありますけれども、しかし、そのことをもって教諭と講師に区別をつけて、教諭の方は外国人を採用してはならぬけれども常勤講師についてはよろしいという判断は出てこないと思うのです。このことについてどう思われるのか、お尋ねします。
○阿部政府委員 小中高等学校の場合の教諭でございますけれども、これは学校で最も基幹的な職員ということで、児童の教育をつかさどるというような規定で置かれている職でございます。したがいまして、当然、大学の場合の教授等が従来果たしていたと同じように、校長の行う校務の運営に参画をしていくことが予定されている職であると考えておるわけでございます。これに対しまして助教諭、講師でございますけれども、これは学校教育法の規定でも明らかなように、特別の事情がある場合に限りまして、しかも教諭にかえて置くことができるというポストでございまして、そういう意味で、助教諭、講師が常時教諭と一緒にいるということは予定されておらない、特別の事情がある場合に限って置かれるポストであるということでございます。また、その職務内容も、助教諭につきましては教諭を助ける、それから講師につきましては教諭または助教諭に準ずるというような規定でございまして、いずれにいたしましても、教諭に比べますとその職務内容とか責任、権限等が狭くあるいは軽くなっているというふうに考えておりまして、そういうものであるから、それは教諭と同じような形で校務の運営に参画をすることを期待されていない者、こういうふうに解釈をいたしておるわけでございます。 なお、職員会議につきましては、先生のお話がございましたけれども、私どもは意見を異にしておるわけでございまして、職員会議というのはそこで何事かを決めていくという大学の教授会のような法的根拠を持った機関ではない、全く事実上の会議であるというふうに考えておるわけでございます。 なお、大学の助教授、講師との対比についてのお話がございましたけれども、大学の場合にも助教授、講師について従来からなり得ないことはない、外国人がその職につき得ないというものでは必ずしもないという解釈をしてまいっておりまして、ただ、その中で正規の機関である教授会に参画をするというケースがあることから、そういう意味で、この前の外国人任用法案におきましては、その点を明確にするために助教授、講師についても外国人を採用し得るという規定が置かれた、こういうふうに理解をしているものでございます。
○佐藤(誼)委員 今の答弁を聞いておっても、当然の法理から出発した具体的任用に至るまで、全体的に非常に行政府の一方的な判断に基づいてこのことが扱われているという点は、私は強く指摘しておきたいと思うのです。 それから、もう一つは、今の説明の中でも全体的に整合性が弱いと思う。ですから、そういう面での議論があると同時に、極めて外国人を差別する云々という意味での今の指紋押捺の問題とも絡みまして、非常に大きな政治的な問題にもなっているわけでございますから、きょうここですべてを尽くすわけにいきませんけれども、いずれかの機会に譲りたいと思います。 そこで、今の外国人に対する国籍条項、このことに最後に大臣として、ずっと今まで答弁した経過もありますし、また四月にヤンさんが常任講師として採用されましたね、そういう経緯もございますから、文部大臣から所感を聞いて終わりたいと思います。
○松永国務大臣 先ほど局長も答弁いたしましたように、公権力の行使または公の意思形成に参画する公務員の任用につきましては、公務員任用に関する当然の法理があるわけでありまして、その法理を踏まえて、それに抵触しないような形で任命権者である長野県教育委員会が講師として採用されたものと受けとめております。私といたしましては、梁さんが講師として立派に活躍をされることを望んでおる次第でございます。
○佐藤(誼)委員 それでは、この問題はいずれまたやることにしまして、きょうの質問は終わります。
○阿部委員長 この際、休憩いたします。 午後零時五分休憩 ――――◇――――― 午後二時三分開議
○阿部委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 本案審査のため、本日、日本私学振興財団理事神山王君に参考人として御出席を願い、御意見を聴取することにいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○阿部委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ―――――――――――――
○阿部委員長 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。馬場昇君。
○馬場委員 医学部附属の看護学校を廃止して医療技術短期大学部を併設するわけですけれども、大臣はこの案の提案理由の中で、「近年における医学の進歩と医療技術の高度化、専門化に即応して、資質の高い看護婦及びリハビリテーション関係技術者を養成」するためにこういう措置をとるものであるという説明があったわけでございますが、これはまことに私も結構なことだと思うわけでございます。 そこで、お尋ねしたいのは、五十九年度末で医学部に附設の看護学校が十校ございます。これを全部医療技術短期大学部に改組する予定があるのか、どういう形で改組していくのか、このことについてまずお尋ねしておきたいと思います。
○宮地政府委員 御指摘のように、医学部附属の看護学校は鹿児島大学を含めますと十校あるわけでございます。これらについても短期大学とするのか、そのスケジュールはどうかというようなお尋ねでございますが、先生御指摘のございましたように、従来から看護婦と医療技術者の資質の向上を図るということと高度化する医療水準にこたえるために、専修学校から短期大学に準備の整いましたものから順次改組転換の措置は講じてきておるわけでございます。私どもとしては、残りの専修学校についても短期大学の設置は検討してまいりたい、かように考えております。 その具体的なスケジュールでございますけれども、このことについては国全体の財政状況でございますとか、あるいはまたそれぞれの大学におきます準備状況その他も勘案をしながら決定をしてまいらなければならないわけでございまして、ちなみに六十年度予算におきましては、ただいま御提案申し上げております鹿児島の今回の短期大学部の設置のほかに、例えば岡山大学の医療技術短期大学部の設置準備調査費でございますとか、徳島大学の医療技術短期大学部の設置調査費というようなことで、具体的には事務的な準備をそれぞれの段階に応じて進めてまいるということで対応をいたしているものでございます。
○馬場委員 昭和四十八年度以降新設されましたところの医科大学にはこの附設の看護学校はないですね。こういうところにも今言われたように医療技術短期大学部というのを設置する予定があるのですか、こういうところには全然設置しないのですか、その辺のことをお尋ねしたいと思います。
○宮地政府委員 新設の医科大学につきましては、それぞれの地域におきます看護婦等の医療技術者についての需給の関係でございますとか社会的要請を見ながら今後の検討課題としてまいらなければならないことだ、かように考えております。私どもとしては、当面は既設の大学の医学部附属の看護学校等を、順次、先ほど来御説明をしておりますような医療技術短期大学部に改組転換をしていくということからまず取り組んでまいりたいということを考えておるわけでございまして、その作業の進行ぐあいに応じまして、新設の医科大学の場合の医療技術短期大学部の併設の問題もその後の課題として検討いたしたい、かように考えております。
○馬場委員 専修学校たる看護学校を医療技術短期大学部に改組するわけで、資質の高いそういう技術者をつくるということはいいことでございます。 そこで、これは大臣のお考えもお聞きしたいのですが、医療技術水準の向上のために短期大学部を今つくっているのですが、大学学部と同じようなレベルにこの技術者の養成を引き上げるというようなお考えはないですか。アメリカ等では既に三百校ぐらいございますね。そして、厚生省の医療制度調査会の答申もそういうことを示しておるわけでございますが、大学学部程度に養成機関を引き上げるということについてのお考えをお聞きしておきたい。
○松永国務大臣 学部レベルの養成問題につきましては、指導的な役割を果たす特別の立場に立つような人あるいは教員を養成するという立場からのものにつきましては、東大や琉球大学等に看護学部等を設けたわけでありますけれども、一般的には専修学校改組による短期大学部で対処したいと考えておるわけでありまして、今先生御指摘の学部による養成という問題は、そこを出た人の役割や需要がどの程度あるか、こういったことも考えなければならぬわけでございますので、検討課題だというふうに考えておるところでございます。
○馬場委員 これは厚生省ともかかわりがあると思うのですが、きょうは呼んでおりませんので文部省にだけお尋ねするのですけれども、わかっておったら答えてもらいたいと思うのです。 今後の看護婦等の医療技術者の需給見込みとその養成計画、こういうものについて見通しを明らかにしていただきたいと思います。
○宮地政府委員 医療技術者に関する今後の需給見通しについてのお尋ねでございますが、御指摘のように主として厚生省においてその検討がなされているわけでございます。看護婦あるいは理学療法士、作業療法士等、それぞれ現状におきましてはまだ地域的に供給不足があるというぐあいに私ども承知をしておるわけでございます。また一方、近年の医学や医療技術の高度化、多様化に対応いたしまして、医療技術者の資質の向上を図る必要もあるということは大変社会的な強い要請があるわけでございます。そこで、文部省の施策としては、既設の専修学校の改組転換ということで医療技術短期大学部を併設して進めてきているわけでございます。 看護婦全体の需給計画でございますけれども、現在私ども厚生省から伺っているところでは、その需給計画全体についてただいま見直しの作業を進めているわけでございまして、その作業の進行状況に応じて、養成計画もそれに即して対応してまいらなければならないかと思うのでございます。 現時点でのおおよその需給状況でございますけれども、現在数が、看護婦、保健婦、助産婦を加えまして、五十七年度末の数字でございますけれども、就業者数が五十九万五百というような数字を伺っております。実際の六十年度末の必要数、これは過去において需給を見通した際の数字でございますので、今日その需給について新たな観点から見直しの作業が進められておりますけれども、過去に必要数とされておりましたものが、六十年度末で申せば約六十六万四千というようなことで、その数字だけから見ますとなお約七万余り不足をするわけでございますが、調査時点の数字が五十七年度末の数字であるということや、その後看護婦の養成施設が順次充実してきておることもございまして、私ども、今日ではそんなに大きい数字が不足しているとは考えておりませんけれども、いずれにいたしましても、最初に申し上げましたように地域的な点ではなお不足の状態にもございますし、それら全体は、医療水準の高度化とか社会全体の変化に対応して、今後の需給の数字については厚生省が作業を進めておりますので、私ども養成側としてはそれに対応していかなければならない、かように考えております。 もとより看護婦の場合には、文部省所管の施設のほかに、厚生省の国立病院でございますとか、その他厚生省の指定の養成施設でも養成が行われているわけでございまして、質の高いものについては先ほど御指摘の学部卒業のレベルの場合もございますし、また短期大学にこうして順次切りかえてきておるわけでございますので、全体のパーセントはまだ総数に対して一〇%程度かと思いますけれども、全体の養成数の中でどのようなレベルのものをどう養成していくかなどについても、厚生省側とも今後協議を進めながら対応してまいらなければならない課題だ、かように考えております。
○馬場委員 近年、医学も非常に進歩しておるわけでございますし、医療技術も大分高度化しておるわけでございますし、やはり本当に高度の技術を持った者を養成するという意味で、ぜひ、養成も安上がりの養成じゃなしに、高度技術を身につけた者をたくさん養成していくという方向で扱っていただきたいと思うのです。 次にお尋ねしたいのは、専修学校たる看護学校のときの授業料は年間二万四千円でございましたね。ところが、今度医療技術短期大学部になりますと、授業料が年間十八万四千八百円、何と約八倍ぐらい授業料の負担が多くなっておるわけですね。看護学校のとき二万四千円で短大のときに十八万四千八百円。内容がどういうぐあいに変わったからこんなに高くなるのですか。ちょっとそれを説明してください。
○宮地政府委員 御指摘のように専修学校当時の授業料は五十六年度から二万四千円ということで、今回六十年度予算編成に当たりまして、六十年度入学者からその点は全体的な状況を勘案いたしまして二万四千円を三万六千円に改定することで予算計上をいたしておるわけでございますが、それにいたしましても、短期大学の場合には先ほど御指摘のような十八万四千八百円というような授業料になるわけでございます。これは、短期大学という形で、私ども、全体の教官組織でございますとか教育課程その他につきましても、いずれももちろん、短期大学の設置基準にかなうような形でカリキュラムの構成とか教官組織その他についても充実を図るわけでございます。そういう意味で内容的な充実が図られるわけでございますが、いわば短期大学ということで、一条学校といいますか、正規の大学の組織として対応をするわけでございますので、大学、短期大学全体の授業料体系の中から見れば、この点は、大学になるということでございますので、それに見合う授業料ということで設定いたしているわけでございます。 それらに対する施策としては、私どもとしても、例えば授業料の減免でございますとかあるいは奨学金の充実というような形で、学生の負担についてそういう施策で軽減を図ることについては努力をいたしている点でございますけれども、基本的には、今申しましたような、大学になることに伴って内容の充実その他大学レベルにするということ自体もちろんございますし、それと、全体の体系から見れば、大学、短期大学という形で対応しております全体の中から、ただいま申しましたような授業料を設定をしているというのが現状でございます。
○馬場委員 今の話を聞いておりますと、専修学校だから安上がりの教育をしている、短期大学になると充実した内容の教育をするんだ。そうすると、生徒の側からとってみますと、専修学校に入っても本当に立派な看護婦さんになろうとか医療技術者になろうと一生懸命やっているわけだ。短大に入ってもやはり生徒は同じ気持ちでおる。ところが、片一方が二万四千円、片一方は十八万幾ら。今の話でことし上がっても片一方は三万六千円。これは受ける側からとってみますと、本当におかしな話ですよね。矛盾がいっぱいある。 そこで、今これを議論したって将来の問題ですが、じゃ、さしあたり十八万になっているのだから、そういうときには、受ける側からいいますと授業料の減免という――言うならば、看護婦とか医療技術者は、精神的にいっても非常に奉仕的な仕事だという考えとか、ある意味における誇りも持っているのです。そういう意味で授業料の減免とか育英会の貸与などで、特別にこういう人たちに配慮しなければならぬと思うのですが、今ちょっと言われましたけれども、例えば授業料の減免なんかどうなさるのか、育英会の貸与なんかどう優遇措置をされるのか、もう少し具体的に答えてください。
○宮地政府委員 御指摘の授業料の減免の問題でございますけれども、現在授業料免除についての考え方は、予算の全体の枠の中で対応しているわけでございますけれども、従来授業料収入予定額の一〇%の範囲内で免除措置を講じておったわけでございますけれども、昭和五十七年度において授業料収入予定額の一〇%分を全額免除、さらに五%を拡大してその分については半額免除できるように措置を講じたわけでございます。したがって、この点は短期大学になりましてもそういう適用をするということになるわけでございます。 もう一点は、日本育英会の奨学金の問題でございますけれども、奨学金の無利子貸与の場合でございますけれども、奨学生選考の際の家計の収入限度額については、授業料との差を考慮して、短期大学の場合の方が限度額について約二十一万円高くなっている。したがって、それだけ収入の高い者も無利子貸与の対象になり得るというような形で、育英奨学の制度としては対応する形になっておるわけでございます。 なお、新たに創設をされました有利子貸与の採用対象としては、短期大学でございますのでもちろん対象に加わるわけでございまして、その点で量的な拡充ということは図られるわけでございます。従来専修学校でありましたものを短期大学に改組することに伴って、それではそのことに直ちに対応して措置を講じておるのかという御指摘でございますけれども、今御説明申しましたような全体の枠の中でそういう対応をいたしておるわけでございます。この点は、従来、看護学校等は国立病院なりあるいは大学の附属病院等でいわばそれぞれの施設に必要とする者を養成するという立場で設置をされてきておったものでございますけれども、全体的に社会情勢の変化というようなことがございまして、そういう性格が薄れて、広く医療技術者養成施設としての性格が強まってきたわけでございます。そういう形もございまして、授業料の面においても一般の大学と同じような扱いにする形で対応しておるわけでございます。牛生御指摘の、特に看護婦というような場合のケースについてその点をどう考えるかというのは一つの検討課題ではあろうかと思いますけれども、私どもとしても、ただいまとっております施策は以上申し上げたようなことで対応しているわけでございます。
○馬場委員 大切な質問があと大分ありますから、ひとつ簡単に答えていただきたいと思います。 今、局長最後に言われました、短期大学部になってこれだけ授業料が上がるのですから、やはり看護婦さんとかこういう奉仕的な仕事といいますか、奉仕的というのはある意味でちょっと適切な言葉ではないかもしれませんけれども、授業料の減免等については十分考慮していただきたいと思うのですが、今短期大学になって八倍くらいに上がった。これは教員、教官とかその他内容が充実したから上がるんだ、短期大学になったからとおっしゃいますから、どれだけ充実したかということを聞きたいのです。鹿児島大学の場合、短期大学になって教職員定員がどれだけふえるのですか。私が知るところによりますと、余りふえなくてほかの学部からお貸しをいただくようなことになっているようでありますし、それから、ここに配置いたします定員は設置法の附則第三項の定員になっていないのですね。これは非常におかしいと思うのです。そういう安上がりの、ちょっとよそからかき集めて片手間にやっておりながら、授業料ばかり八倍に上げるというのはどうもおかしいと思うのですが、局長、どれだけ内容が充実するのですか。なぜ附則三項の定員にしないのですか。
○宮地政府委員 今回御提案申し上げております鹿児島大学医療技術短期大学部でございますが、附属の看護学校を改組転換して設置するものでございます。その定員は、看護学校からの振りかえが四名でございますが、ほかに全体計画としては、教官四十人、その他職員十七名、計五十七名の計画になっております。この定員数は、ほかの例えば五十九年度設置をいたしました長崎大学の医療技術短期大学部と同じような規模でございます。したがって、振りかえを除いた五十三名についてはすべて新規の定員として措置をするものでございます。 もう一点、この場合なぜ設置法附則定員としないのかというお尋ねでございますが、設置法附則第三項によって定員措置をされておりますものは、いわば従来整備をお願いしてまいりました国立医科大学等について大型のプロジェクトが進行してきましたものですから、それが総定員法制定当時は予想していなかったものでございましたので、総定員法の枠内で対処することが必ずしも適当でないということで設置法附則定員をお願いしたわけでございます。ところが、医療技術者養成という点も事柄としては大変大事な施設でございますが、特例措置とされております四年制大学の場合とは規模は異なるわけでございまして、教職員の定員の規模全体から申せば、例えば医科大学で申しますと、単科の医科大学、旭川医科大学八百人等という規模がございますので、この医療技術短期大学の場合には必ずしもそういう大きな規模でございませんので、総定員法の枠内で処理できるものということで対応いたしているものでございます。
○馬場委員 看護学校を専修学校から短期大学にしたということですが、内容を見ますと、あなた今五十七名とか、五十三名定員がふえるのだ、それは完成時でしょう。ことしふえるわけじゃないでしょう。ところが、ことし入ります生徒は授業料は八倍になるということもございますし、大型プロジェクトならば定員は附則三項にする、こんなのは全然無視してしまってこれは別だ、名前は変えたけれども、授業料は高く取るけれども、中身は完全に差別して無視している、そういう考え方があるわな。本当にやろうと思えば、何とか理屈つけてこれを附則三項定員に持っていけばいいじゃないですか。それもしないでおっておかしいと思うのですよ。 そこで、これは鹿児島大学から外れますけれども、定員問題について物の考え方についてお尋ねしたいと思うのですが、ことし第六次の定員削減計画の四年目で、大学で九百十九名削減されていますね。そして、定年退職者の後を補充しないという削減で五百五十九名、計千四百七十八名大学の関係の定員がことし削減されておるわけでございます。定年の不補充というのは特別必要な場合を除いて不補充、特別必要な場合は補充してもいいというような決定になっているのですけれども、大学の教育研究に携わる教員というのは特に必要な場合に当てはめて定員の補充はしていいのじゃないかと私は思います。 もう一つは、大学は定員外職員が非常に多いのです。そして、定員外職員というのはみんな恒常的に勤務しておりまして、定員内職員とほとんど同じ仕事をしている。そういう中で身分とか賃金とか労働条件が違って非常に差別されておるのですね。こういう点について、ここでは詳しく中身は説明せぬでもいいが、大学なんかでは非常に問題を抱えておる。だから、こういう定員の問題について、大体定年の不補充の問題は、特に必要な場合だといって補充していいとか、あるいは定員外の者を定員内に入れるとか、そういう要求が大学で非常に強いわけですから、文部省として大学の方とこういう点について意見交換をするとか協議をするとか、そしてやはり改善する必要があろうと私は思うのですが、大学側からのこういう意見、要望について話し合う気があるのか。協議せよと僕は言いたいわけですが、協議するかしないか、その点だけでいいですから答えてください。
○宮地政府委員 初めにお尋ねのございました、定年制実施に基づく定員不補充の場合の対応で、特に教育に従事している教官職等については、教育研究の上で支障があるからそれを除外すべきではないかという御指摘でございますが、私どもとしては、定年制施行に伴うこの対応については、従来総務庁とも折衝経過はいろいろあるわけでございますが、結論的に申せば、教官職については補充をするという考え方で、具体的には行政職(一)(二)で基本的には対応するという形で処理をいたしているわけでございます。 それから、お尋ねの第二点の、定員外職員の問題について、御指摘のように、かねてから国立学校全体について定員外職員がおりまして、それの定員化の措置等については年々必要なものについて対応するということで対応してきておりますが、なお相当数の定員外職員がいることも事実でございます。これらの処理については、全体の国家公務員の定員管理そのものが大変厳しい状況でございますけれども、私どもとしても、真に必要なものについての対応ということは、今後も大学側の実情も十分把握した上で対応していかなければならない課題だ、かように考えております。
○馬場委員 ぜひ大学側と十分協議してください。 そこで、これは大臣にお聞きいたしますが、今まで具体的な内容のことで聞いたのですが、今度は少し政治的なことも含まれますので、大臣にお聞きしたいのです。 第百国会で、国家行政組織法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律、この中で国立学校設置法の一部の改正が行われまして、大学院の設置、大学附置研究所、国立大学共同利用機関、これは従来法令事項であったものが政令事項になりましたね。私どもは、これはけしからぬと思って反対をしたわけですけれども。 そこで、ことしの昭和六十年度の予算と関連して、政令事項になったものだから政令を改正して、そして大学院だとかその他の設置を行われておるようですが、この政令は何日に公布して、何日から施行されましたか。内容は後で聞きますから、政令の公布と施行の日時を言ってください。
○宮地政府委員 政令は三月三十一日公布いたしまして、四月一日から施行でございます。
○馬場委員 今のは間違いじゃないですか。政令は三月三十日に公布して、四月一日の施行じゃないですか。ここに官報ありますよ。――いやもう間違いだと思いますからそれでいいのです。三月三十日です。 そこで、この中で大学院なんかの設置の政令がずっと出ているわけですが、大臣、ことしの予算は何日に成立しましたかね。これは参議院で成立したのは四月五日でしょう。六十年度の予算に関係がある大学院等の設置を、予算の成立の前に政令を改正して公布して、予算成立前に施行する、そういうことがあっていいんですか。
○宮地政府委員 御指摘の点は、大学院の設置については、従来の取り扱いが変わりましたものは……(馬場委員「それはわかっているのです。だから、予算の成立前にそんなのをしていいか」と呼ぶ)その点については、従来から大学の学生の修業年限との問題の関連があるわけでございまして、四月一日から大学院を設置するということについて、政令事項として処理をさせていただいているものでございます。
○馬場委員 その大学院を設置する予算は通っていないのですよ。予算がないのにできるのですか。現在、補助金整理法なんかが国会に出ている。これはまだ通っていない。従来の法律でその都道府県に補助金を出せばいいのに、法律が通っていないからまだ全体の金が出せませんと言って今国民をいじめている。全く、予算が通っていないのに大学院を設置するなんというのはおかしい。学生を受け入れるかどうかというのは、それはそちらの勝手だ。予算がないのに、成立していないのに、そういう大学院の設置ができるのかどうか、これは文部大臣どうですか。――あなたは大臣か。
○宮地政府委員 事務的に御説明させていただきたいと思いますが、組織の設置につきましては政令事項とされているわけでございまして、予算の執行につきましては、六十年度予算についてはもちろん予算成立後執行すべき事柄は当然でございます。ただ、組織としては、先ほど申し上げましたような事情から、四月一日からの施行ということで組織の対応をさせていただいておるものでございます。 なお、このことは従来からそういう対応で処理をさせていただいているわけでございます。
○馬場委員 これは大臣、例えばこの予算が否決されたら、成立しなかったらどうなるんですか。この大学院は政令でつくっている、もう学生はそのスケジュールで走っている、そういうときに予算が通らなかったらどうなるんですか。この予算もちゃんと十七億か何か出ている。これが通っていない。これは実におかしな話だと思うのですが、大臣、これは政治的に見たらおかしいと思わぬですか。あなた方、ミスしているのじゃないですか。
○松永国務大臣 今局長がお答えいたしましたように、組織は政令でつくる、予算は予算が成立してから執行する、こういうことになるんじゃないかと思うのでございます。したがって、予算が成立しなければ予算の執行ができない、組織はできているけれども予算の執行はしない、こういうことになるんじゃないかと思います。
○馬場委員 今の補助金でもわかるように、これが通らないからといって予算を全然配賦をしていない。そういう中で、例えばこんな――予算が執行できなければ入った生徒は宙に浮いてしまうが、これは本当は、やはり予算が通ってから出すのが当たり前じゃないですか。この辺はまた、時間がちょっとなんですから……。 もう一つまた、あわせて質問しておきたいのですが、学校教育法の一部を改正する法律、これは。昭和五十年に衆議院、五十一年に参議院を通ったのですけれども、学部を持たずに大学院のみをつくる大学の設置を可能にした法律です。このときに、昭和五十年の七十六臨時国会で、この衆議院文教委員会で「独立大学院の個別の具体化に当たってはここの委員会ですよ、「本委員会の意見並びに設置予定大学院の教育研究関係者その他学識経験者等の意見を十分に取り入れ、その構想を明確にするよう特に配慮すること。」こう附帯決議がついておる。参議院も同じ附帯決議がついております。だから、今度あなた方が政令で設置いたしました連合大学院あるいは総合大学院、こういうのは新構想大学院と同じだと私は思うのです。そういうことで、この附帯決議によりますと、この大学院を設置するときにはこの衆議院文教委員会の意見を聞く必要があったのじゃないですか。とれがこの附帯決議の趣旨でございます。ところが、今度は全然聞かれていないのですが、この附帯決議の趣旨が生かされていると思いますか、思いませんか。
○宮地政府委員 御指摘の附帯決議は、お話しのように学校教育法の一部を改正する法律案の成立の際のものでございまして、「いわゆる独立大学院の個別の具体化に当たっては、」云々ということで附帯決議がございます。これはいわゆる学部を持たない大学院のみの大学と申しますか、そういうケースについてこの独立大学院の制度を学校教育法上の制度として設けたわけでございまして、今回お願いをしております連合大学院というのはここに申します独立大学院に当たるものではないわけでございまして、通例の形の大学院でございます。ただ設置の仕方が、複数の大学が設置する、基幹大学と参加大学とを設けて設置するという形でございまして、そういう意味では従来の大学院とは違いますけれども、附帯決議で申しております大学院というのは、いわば学部なしで大学院のみの大学と申しますか、そのケースを置くものが学校教育法の一部改正に言われております大学院と私どもは理解をしているわけでございます。
○馬場委員 それはわかって質問しておるわけです。しかし、例えば今度政令でできました東京農工大学大学院の連合農学研究科、これは基幹大学が東京農工大で参加大学は茨城大学、宇都宮大学ですね。愛媛大学の場合は、基幹大学は愛媛大学で参加大学は香川大学、高知大学、こういうことで、私は学部を持たない大学院のときにこういう附帯決議がついたというのは知っていますけれども、これはやはり今までこういう大学院がなかったのだから新構想大学院だと私は思います。国会を重視するというならば、そういうときには国会に対して、例えば今のようなへ理屈を言わなくて、こういう新しい構想大学院をつくろうと思っている、どうですかということを、この附帯決議の趣旨に従って本委員会の意見を聞くというのが、当然国会を尊重することになると思うのですよ。そういう点で、してはならないということは法律に書いてないわけですから、また拡大して、例えば学部を持っている大学院をつくるときでも、事前にそういうようなことをここに語るくらいの親切さがあってもいいのじゃないかと私は思うのです。だから、大臣は国立学校設置法の提案理由の説明をなさった。鹿児島大学に短期大学をつくるだけですと言われるけれども、そういうときには、ことし例えばこういう大学院をこういうぐあいに連合大学院方式で新しくつくりたい、あるいは総合大学院方式をつくりたい、こういう検討もいたしておりますということを、提案理由の説明のときに、国立大学にそういうものをつくるのですから、当然そういうことをここで説明をして、そしてお互いの意見を聞いて、みんなに祝福されてこういうのをつくるべきだと思うのですよ。附帯決議は学部のないときの大学院ということは知っていますけれども、ことしつくったのも新構想大学院ですから、当然そういう親切なことをやった方がよかったのじゃないかと思うのですが、どうですか。
○松永国務大臣 先生の御親切な御指摘、将来の参考として親切な提案理由の説明等がなされるように努めてまいりたいと思いますが、理屈を言うわけじゃありませんけれども、予算の方の説明では、それは予算の委員会の審議をお願いするというかかわりで、ある程度の説明はしてあったようでありますけれども、今のこの大学の提案理由の説明の場合にも重ねてしておった方が親切ではなかったかなという御指摘と思いますので、将来はそういう方向で努めてまいりたいと思います。
○馬場委員 これは大臣、前の附帯決議というのは国会の意見ですよね。自民党さんも御賛成なさった全国民の意見としてそういう附帯決議がついている。だから、こういうのはなるべく国民に親切にやるのが当然だから、今あなたもそういうぐあいにして連合大学院をつくるとかなんとか、例えば政令事項になったとしても、国立学校の設置法を提案するようなときには、国立学校はあとこうこうこういうことを政令で計画しておりますということを述べて意見を聞くぐらいのことはしなければいかぬ、こういうぐあいに私は思います。 そこで、もう一つですが、国立学校設置法、例えばいろいろきょうのこの短期大学部とか何かありますね。これは十月からやって来年から生徒を募集するというのですが、設置法の問題は何でも前年に決めておいてそして来年から実施する。その年に実施するものをその年の国会でやるというのはやはり混乱すると思うし、また期日もずれてしまうということだってあるわけだから、少なくとも前年に法律は決める、そして次年度から実際実施させる、そういうことが国立学校のいろいろな設置の問題についてはいいのじゃないかと思うのですが、そういうシステムをとられませんか。
○宮地政府委員 文教委員会の審議の際にもかねてそういう御議論もございまして、例えば今回御提案申し上げております鹿児島大学医療技術短期大学部につきましても、開学を十月一日にし、学生受け入れを翌年四月一日からというような予算措置で、審議の点で従来から、学生をその年度の四月から受け入れるということでございますと、事実上法案審議の日程等から見て問題が生じたケースが間々ございましたので、新たなものを設置するに際しては、法律事項に関して言えば、今申し上げているような形で、極力十分な御審議をいただけるような形で対応しておるわけでございまして、それらの点は今後においても十分参考にさせていただいて対応させていただきたい、かように考えます。
○馬場委員 大臣はどうですか。
○松永国務大臣 従来はその年の国会で四月一日に開学、四月一日に学生受け入れなどという例が多かったと思いますが、今先生がおっしゃったような趣旨がある程度入れられて、十月開学、翌年の四月一日学生受け入れということになったわけでありまして、ある程度の前進がなされてきておるというふうに思うのでありますが、これからもそういう方向でやるのが望ましいと思います。
○馬場委員 それから、第百国会で、さっき言いました国家行政組織法の一部を改正する法律の修正で、政府が政令で新設、改正及び廃止したものは「次の国会に報告しなければならない。」となっていますね。ところが、国立学校は今ここで審議しているのです。あなた方は三月三十日に政令で大学院なんかつくっています。「次の国会」って、今やこの国会で審議しているのだから、三月三十日に政令をつくって四月一日は施行しているのだから、ことしはこういう大学院、こうこうこういうものをつくりましたということをこの国会に報告する義務があるんじゃないですか。これはどうですか。
○宮地政府委員 国家行政組織法の改正に関連する国会に対する報告事項の処理は、政府全体の立場としては、総務庁が各省庁のものを取りまとめて、ただいま先生御指摘のように、次の国会において報告するという形での処理をいたしておるわけでございます。 ただ、実質的な御審議をいただいております当委員会において、実質的にそれらの事柄について論議ができるようにという御指摘については、私どもも予算の際にそれらの内容について十分御説明をいたしておるわけでございますけれども、なお、その点について申し上げますと、本年度大学院を置く大学については該当するものがございませんで、大学内の研究所については、岡山大学温泉研究所の廃止をすることと、統計数理研究所を文部省所轄研究所から国立学校特別会計の中に国立大学共同利用機関として置くということが内容としてあるわけです。
○馬場委員 総務庁がまとめて次の国会でということじゃなしに、今国立学校の設置を審議しているのですよ。あなた方文部省でしょう、文教委員会でしょう。例えば、こういう大学院を設置いたします、連合大学院構想初めてでございます、総合大学院構想をこうつくりました、普通の大学院はこうつくりました、冒頭にこういうものの一覧表を出してここに報告するのは文部省として当たり前じゃないですか。そういうことをやらぬでおいて、質問してから答えるということでは、積極的に文教委員会の協力を得て、支持を得て、本当に立派な文教行政をやっていこうという姿勢がないじゃないですか。大臣、今後はぜひそういうぐあいにやっていただきたいと思いますが、どうですか。
○松永国務大臣 報告の形式だと思うのでございます。そのこと自体としての報告ではございませんが、報告の形式としては総務庁がまとめてすることになっておるのでございます。文教委員会に対するお知らせとしては予算の概要説明の中にそれは記載しておるわけでございますけれども、先生御指摘のようなことが、あるいはより一層親切といいますか、いいやり方ではないかというふうに感じられる点もありますので、将来そういう方向で検討したいと思います。
○馬場委員 予算でどうのこうのと言って逃げなくても、三月三十日に政令を公布して四月一日から実施しているんだから、その一覧表を出して、こういたしましたと、それで質問があれば聞けばいいのだよ。 そこで、連合大学院方式でさっき言ったものができました、総合大学院構想で新潟大学、金沢大学、岡山大学というのができておりますが、結局、総合大学院構想の新潟大学、金沢大学、岡山大学、これは三年計画で総合大学院としての自然科学研究科に発展させるのですか、どうですか。
○宮地政府委員 考え方としては、現時点ではおおむね三年程度で実現するという形で対応していくつもりでございます。
○馬場委員 そこで、大臣にもさっき言ったのですが、次年度のことは一年前に国会へ法律で出すものは出しなさい、計画しておるものもちゃんと一年ぐらい前に出して、こういう計画でずっとやっております、予算がとれれば実行するんです、そういう計画中のものもその都度、来年はこういう計画があります、その次はこういう計画がありますということを文教委員会に出して、そして皆さんから意見を聞くということが、すべての国立学校のいろいろなものを設置する場合には必要じゃないかと私は思うのです。そういうことで、例えば今後の計画を一覧表にして出しなさい。今後どういうものを検討しておるのか、そういう中で一覧表を出していただければいいのです。私はここで要求しておきます。 私がよく知っておりますもので、熊本大学を例にとって申し上げますと、熊本大学の工学部の研究科博士課程、それから理学部の研究科博士課程、これを統合して自然科学研究科を設置したいということで、熊本大学から計画書が出されまして五十八年度から調査費がついていますよね。こういうものはほかにもいっぱいあると思うのですが、ぜひひとつそれの一覧表を出していただきたいと思います。新潟、金沢、岡山大学はおおむね三年計画でやるというのですが、熊本大学の場合はこれよりも一年おくれて今やっているのですか、どうですか。
○宮地政府委員 熊本大学については五十八年度から、なお教育学研究科については五十九年度から改革調査費を措置して検討していただいているところでございます。学内で鋭意検討が行われているわけでございまして、その検討結果を待ちまして私どもとしては対応してまいりたい、かように考えております。
○馬場委員 熊本大学の検討結果を待って措置したい、こういうことですが、検討はもう終わっているのじゃないですか。あなた方、こういうものをつくるときに非常に秘密主義ですよ。だから私がさっきから言っているのは、熊本大学はこうです、どこの大学はこうです、こういうことをやっております、そして予算がつけば実行できますということをオープンに言って、この文教委員会で皆さんに議論してもらわなければいかぬということです。今の熊本大学のことでも、私もあなた方とも話をして大体知っているのです。検討を待ってやりますじゃなくて、予算がつけば来年つくる予定です、こういうことを何ではっきり言えないのですか。これは何か秘密ですか。ちょっと言ってください。
○宮地政府委員 六十一年度予算の中身について申しますと、各大学からそれぞれ要求事項が出されてまいりましたものを、私どもとして全体の予算の枠の中で国立学校特別会計予算としての要求事項の取りまとめをいたしました上で出す性質のものでございます。現時点では、それぞれほかの大学についても同様でございますけれども、大学で検討されたものが私どものところへ所定の期日までに出されて、それの取りまとめが行われて対応するものでございますので、ただいま申し上げましたような形で御答弁申し上げたわけでございます。
○馬場委員 今審議しております鹿児島大学の医療技術短期大学部というのは、五十八年に設置の調査費がついて、五十九年に準備調査費がついて、六十年に発足できた。こういうものをつくるときには大体そういう手順でいくのですか。
○宮地政府委員 設置の状況の一般的な仕組みという点で申しますと、財政状況が必ずしも厳しくなかった当時においては、学内の準備状況が整い次第進めていくという設置のテンポで対応してきておりましたけれども、今日の大変厳しい財政状況を踏まえますと、その点についてはより慎重な形で対応してきているというのが現状でございます。先生御指摘の鹿児島のケースのような形が必ずしもすべてのパターンになるとは申しがたいわけでございますが、いずれにいたしましても、それぞれの個別の大学の準備状況と全国の大学の要求を全体の予算の枠の中にどのようにおさめられるかという、双方のバランスと申しますか、それのおさまりぐあいによって全体の予算を要求するという立場にあるものでございますから、それらの点については必ずしも一概に申せないような点がございます。
○馬場委員 自分の県の大学ですから言いにくいのですが、私が知っている限りでは準備状況は万端整っておるわけでございますし、おたくとも大分打ち合わせもしておられるようでございます。ぜひ来年できますように進めていただきたいと思います。 それから、今度熊本大学に薬学研究科博士課程ができましたね。また教育学部の修士課程を政令でつくっておられますが、これは総合大学院とは関係ないのですね。
○宮地政府委員 薬学については措置をいたしたわけでございますが、教育学部の修士課程等についてはこれからの問題でございます。
○馬場委員 あと、臨教審で今議論されております大学の九月入学に対する文部省の考え方とか、六十一年度から十八歳人口の急増に対する文部省の対応とかを質問しようと思っていたのですが、ちょうど時間が来てしまいましたので次回に譲りたいと思いますが、いずれにいたしましても、大臣に最後にお願いしておきたいのは、一番いいのは法律事項ですよね。何でも議会に諮って、そして国民の意思として何でも決めるのがいい。法律事項から政令事項になるべくやらぬ方がいい。ところが、今の中曽根さんはみんな法律事項を政令事項に持ってくる、そして変な自分の勝手な諮問委員会をつくって、自分の気に合った者をブレーンに置いて、国民の意思でございますと言って政令でやってしまう、そういう政治の方式をあの人はとっておる、これはけしからぬと思うのです。ですから、こういう大学関係の設置とかなんとかいうのは、いろいろな決まりはあってもぜひ委員会なんかに十分意見を聞きながら行政を進めてもらいたいということを要望申し上げて、私の質問を終わります。
○阿部委員長 佐藤徳雄君。
○佐藤(徳)委員 御承知のとおり、我が国の高等教育に係る問題については、八割は私学がその任務を負っているという事実であります。したがいまして、私は、昨年七月十八日に行いました文教委員会で、東北福祉大学のいわゆる隠し口座問題について幾つかの問題を提起しながら御答弁いただいたわけであります。特に宮地高等教育局長、それから会計検査院の説明員の方、私学振興財団の神山参考人から、私の質問に対してそれぞれお答えをいただいたわけでありますが、その後、いろいろ調査をすればするほど非常に重要な問題が内包しておりますので、前段については昨年の文教委員会における答弁の確認を求めながら質問を進行していきたい、こう思っているわけであります。 その第一は、仙台市国見一丁目八番一号、八木哲夫名義、これは当時の東北福祉大学の経理課長でありますが、八木哲夫名義による口座番号二五六-〇一五四五三九の通帳、これは学校法人の資金ではなくて、野球部関係の金である、これは大学側の説明であると宮地局長は答弁しておりますが、そのように答弁したことを確認していただけますか。
○國分政府委員 お答え申し上げます。 ただいま御指摘の口座番号の預金口座につきましては、昨年七月にお答え申し上げ、またその後も来省いたしました大学関係者等に引き続き確認したわけでございますが、先般お答えしたとおりと承知いたしております。
○佐藤(徳)委員 前回の会議録を私持ってきておりますが、その当時の答弁に間違いないかということを聞いているのでありまして、そのとおり答えてもらえば結構であります。――次の質問をしてから答えてください。 それでは、昭和五十七年六月十八日に四百四十万円が入金されているが、それは一体どこから入金になったのかと私は質問したはずであります。それに対しまして宮地局長が、「四百四十万円は、総合運動場造成工事の請負業者が同工事の第二回支払い分として受領した金額を預金いたしましたその利息分ではございますが、野球部の運営費として充てられたいということで寄附をしたものというぐあいに報告を聞いております。」こう答えておるわけでありますが、そのように答弁したということを確認していただけますか。
○國分政府委員 前段御指摘の点、それからただいま御指摘の点、そのとおりでございます。
○佐藤(徳)委員 工事を請け負った社名を明らかにしてほしいと私はお尋ねをいたしました。それに対しまして「総合運動場造成工事を請け負いました業者は株式会社地崎工業仙台支店」であると、これまた宮地局長が答弁しておりますが、間違いございませんか。
○國分政府委員 そのとおりでございます。
○佐藤(徳)委員 私学振興財団の方いらっしゃっていますか。――お尋ねをいたします。 東北福祉大学に対して私学振興財団が融資した事実と金額についての質問を私はいたしました。それに対して神山参考人は次のように答弁をしているわけであります。すなわち「五十五年度に運動場用地買収としまして四億五千五百万、五十六年度に運動場造成並びに校舎鉄筋新築のために六億円、それから五十七年度にその二年次分として運動場造成、校舎鉄筋新築のために六億円、五十八年度に体育施設用地買収のために四億四千万円、四年間に計二十億九千五百万円の融資を行っております。」この事実に間違いありませんか。
○神山参考人 そのとおりでございます。
○佐藤(徳)委員 会計検査院の方いらっしゃっていますか。――五十九年七月十八日の文教委員会の段階では、会計検査院としては現在調査中であるとの答弁をいただいております。私は最後の段階で、内容によってはさらに質問を留保するという発言をいたしました。その後の調査結果はどうだったのでしょうか、報告をいただきます。
○白川会計検査院説明員 お答えいたします。 昨年来問題になっておりました東北福祉大学のいわゆる隠し口座問題についてでございますけれども、私ども、昨年の七月以来検査及び補足調査を行ってきました。調査の過程では取引の裏づけとなる証票などはほとんどないものですから非常に困難をきわめましたけれども、私どもの立場として、これが学校法人の正規の経理とかかわり合いがあるかどうかという点から検討を進めたわけでございますけれども、調査の結果、正規の経理とは関係のない、別途の経理であると理解しております。 以上でございます。
○佐藤(徳)委員 いま少し論議を深めましてから、必要によっては再度お尋ねをいたします。 それで、融資をいたしました私学振興財団は、融資を受けた大学が、例えばこの場合工事でありますが、業者に支払った場合に、財団に対して報告があるのですか、ないのでしょうか。そしてまた、報告を義務づけていますか、いませんか。
○神山参考人 お答えをいたします。 私どものお金をお貸しする場合には、一応学校法人と請負業者の請負契約によります支払い条件によりまして資金を交付するわけでございます。したがいまして、資金を交付する際、工事代金を明らかに支払ったという業者からの請求書あるいは領収証を御提示いただきまして、確認いたしまして、そして資金を交付する、こういうことになっております。ですから、義務づけということではなくて、そういう領収証を提示していただいて資金を交付する、こういうことになっております。
○佐藤(徳)委員 それでは、東北福祉大学は、昭和五十六年四月一日にグラウンド造成の着工に入りまして、同年の六月、私学振興財団に対して融資の申請をしたと思いますが、その申請を財団は受理をなさいましたか。
○神山参考人 確かに申し込みを受けまして、私の方は審査しております。
○佐藤(徳)委員 昭和五十六年の二月ごろ、東北福祉大学の理事会で、グラウンド造成費として六億五千万円が承認されたという事実があります。そして同年の三月三十一日に、地崎工業仙台支店に契約の一部として二億円が支払われたはずでありますが、その事実について間違いがありませんか。
○神山参考人 お答えいたします。 その二億円の支払いについては、私の方は存知しておりません。
○佐藤(徳)委員 グラウンド造成に関する当初の工事見積額は、たしか六億五千万円であったと思いますが、ところが六カ月後に突然八億一千九百万円に工事見積もりが変更されているはずであります。つまり、一億六千九百万円が上積みされたことになるわけでありますけれども、変更したその内容は何であったのでしょうか。
○神山参考人 当初、工事請負契約は、今御指摘のございましたとおり、昭和五十五年十二月二十五日の契約で六億五千万円でございます。その後、昭和五十七年三月十日に当該法人から一億六千九百万円の追加工事請負契約が提出されております。 その内容について申し上げますと、それは陸上競技場の拡大等の施設内容の充実によるもののほか、隣接権利者、地区住民の同意を得るために暗渠工事の増加工事をいたしております。そのほか、既設道路に排水ボックスを敷設する設計変更、こういうことで契約変更が出てまいりまして、その請負契約が出まして、合計いたしますと今御指摘の数字になるわけでございます。
○佐藤(徳)委員 そういたしますと、財団といたしましては書類審査ですべてが終わる。現地調査あるいは事実の確認がなされているのか、なされていないのか、その辺はどうですか。
○神山参考人 追加工事につきましては、追加の設計変更については、私の方は六億五千万円に対して融資の対象にしておりまして、追加については融資の対象にしておりませんので、書類は受け付けておりますが、審査はしてございません。
○佐藤(徳)委員 それでは、追加の一億六千九百万円ではなしに、当初計画の見積もりであります六億五千万円については、現地確認は終わってからされているのですか、されていないのですか。
○神山参考人 現地確認はいたしておりません。書類上の確認でございます。
○佐藤(徳)委員 これは東北福祉大学に限らず、すべての大学に対しての融資は全部現地確認がないまま書類審査で終わる、こういうふうに理解してよろしいですか。
○神山参考人 そういうことではございませんで、私の方は、融資業務につきましては、年々、法人の数はちょっと今忘れましたけれども、融資を対象とした事業につきましては法人の調査を行っております。
○佐藤(徳)委員 そういたしますと、六億五千万円という金はかなり大金であります。なぜ一体東北福祉大学は現地確認をなされなかったのですか、その理由を明らかにしてください。
○神山参考人 私の方は、年次的に計画をつくりまして、その書類が提出されたときに、借り入れ申し込みがあったときに書類上審査することが建前になりまして、その添付書類あるいはうちの方の契約条項に合致しているかという書類審査をするわけでございまして、その実態の調査につきましては、工事がすべて完了いたしまして、それからの検査といいますか調査ということになりますので、実際借り入れ希望があったときにその物件一件一件についての調査はしていない、こういうことでございます。
○佐藤(徳)委員 時間がありませんから、別な問題に移らざるを得ませんけれども、しかし、かなり問題があると私は思います。 それで、昭和五十六年十二月十日ごろ、昭和五十六年度分として私学財団から融資として大学に三億円送金されているはずでありますが、間違いございませんか。
○神山参考人 間違いございませんが、十二月十一日に、一般施設資金の貸付金としまして、今御指摘になりました運動場造成工事に対して三億円、それから校舎建築工事に対して三億円、計六億円貸し付けております。振り込んでおります。
○佐藤(徳)委員 それはわかっているのです。ですから、十二月十日ごろに東北福祉大学に対して三億円を送金した事実に間違いないかどうかを聞いているのです。
○神山参考人 間違いございません。十一日でございます。
○佐藤(徳)委員 三月十一日。
○神山参考人 はい。
○佐藤(徳)委員 工事契約の、つまり支払いの方ですね、この契約は一体どういうふうになっていたのでしょうか。例えば工事開始前に何億円、中間で何億円、工事完了した時点で何億円、こういう工事契約になっているのでしょうか、もしわかれば明らかにしてください。
○神山参考人 先ほど申しましたように、請負契約の支払い条項がございまして、そういうような形になっております。
○佐藤(徳)委員 東北福祉大学も。
○神山参考人 東北福祉大学もそのような形になっております。請負契約の中の支払い条項に決められた前払い、中間払い、出来高払い、こういうような形になっております。
○佐藤(徳)委員 通常そのようにとられていることについては私も承知をしています。ですから、東北福祉大学につきましても恐らくそのようなやり方をしたのではないかと思っておりますけれども。 それでは、別な観点でお尋ねをいたしますが、私が調査をしたことによりますと、東北福祉大学の場合に、最後の段階だと思いますけれども、工事が完了していないうちに金を支払っている形跡が調査の中ではありました。そこで、本来支払う必要がないはずなのに、地崎工業へ二億円を支払ったことにして領収証を発行させて、受領証を受け取り、そして現金を七十七銀行八幡町支店に六カ月の定期預金として入金をさせたのではないかと思われますが、そのような事実を承知していますか、いませんか。これは文部省でも財団でもどちらでも結構です。
○國分政府委員 総合運動場造成に伴います資金の支払いの関係でございますが、先ほど神山参考人から御答弁がございましたように、契約時に二億円、出来高六〇%のときに二億円、完成をし、引き渡し時に残額、それから先ほど御質問がございました追加工事につきましては、引き渡し時に四億一千九百万円を払うという契約内容になっておりまして、そのとおり支払われたというふうに私ども聞いております。
○佐藤(徳)委員 二億円を六カ月の定期で預金をして、ここで発生した利息が四百四十万円、昨年の文教委員会における答弁では、これが野球部への寄附として四百四十万円が入金された、こう答弁されておりますね。そうすると、二億円を六カ月定期で預金した事実はあるわけでありますが、その日にちを明らかにしてください。
○國分政府委員 お答え申し上げます。 いわゆる四百四十万円の利息を生みました二億円につきましては、先ほどお答え申し上げました出来高六〇%のときに支払われた二億円の果実ということでございまして、日付は五十六年の十二月十五日に地崎工業に支払い、数日してこれを六カ月の定期預金にしたというふうに聞いております。
○佐藤(徳)委員 その四百四十万円が昭和五十七年六月十八日に小切手で八木哲夫名義による二五六-〇一五四五三九の口座番号の通帳に振り込まれたはずでありますが、その事実はお認めになりますか、どうですか。
○國分政府委員 そのように承っております。
○佐藤(徳)委員 それでは、先ほどの二億円の問題について再度お尋ねをいたしますが、出来高払いの六〇%の金を五十六年十二月十五日に振り込んだ、こうお答えがありました。五十七年の六月十六日ごろ支払った事実がありますか、ありませんか。
○國分政府委員 その点については承知いたしておりません。
○佐藤(徳)委員 実はそこが一番問題になる点なんであります。私の調査によりますと幾つがその内容がわかるわけでありますが、それは後ほど明らかにしていきたいと思います。 いわゆる隠し口座の中に四百四十万円を入金したという事実関係は、先ほどのお答えのとおり明らかであります。いわゆる私学振興財団から融資を受けて、グランド造成の費用の一部を、私の調査によりますと勝手に流用したのじゃないか。結果的には元金そのものに手はつけなかったにしても、そこから発生した利息、四百四十万円を隠し口座に入金したという事実からいいましても、非常に問題のある四百四十万円である、こう理解せざるを得ないわけでありますが、これは昨年の委員会でお答えになりました地崎工業からの野球部に対する寄附金であるということは間違いありませんか。確信を持って言えますか。
○國分政府委員 先般の御質疑のときに、大学からそのような報告があるということでお答え申し上げ、その後におきまして再度確認いたしましたが、間違いないという報告を受けております。
○佐藤(徳)委員 そうすると、地崎工業からその利子分の四百四十万円は野球部に寄附された金である、これは前回と同じ答弁ですね。――それでは、そういう確認をいただきましたから次に進んで、その点は後ほど明らかにしていただきたいと思います。 東北福祉大学には後援会が存在しているはずであります。それはお認めになりますか。
○國分政府委員 承知いたしております。
○佐藤(徳)委員 会費は学生一人年間二円を徴収して予算編成をして運営しているはずでありますが、この事実について間違いございませんか。
○國分政府委員 そのように聞いております。
○佐藤(徳)委員 御承知かと思いますけれども、予算の中の支出の部で幾つかの科目が設定をされております。例えば会の運営費であるとか助成費、事業費、親睦会補助、予備費等が設定をされています。助成費の中に教務部助成というのがありますね。それから野球部振興助成というのがありますね。そういう費目があると思うのでありますが、間違いございませんか。
○國分政府委員 承知いたしております。
○佐藤(徳)委員 それでは、教務部助成費とはどのようなものに支出をされておりますか。
○國分政府委員 教務部助成でございますが、大学教員の教育研究活動に必要な経費の助成ということを目的といたしまして、具体的な使途といたしましては、教材購入に関する助成、教育研究に係ります会議のための経費に対する助成、講演会の講師に対する謝金、旅費等の助成、教員の研修のための経費助成という使途であるというふうに承っております。
○佐藤(徳)委員 それでは、野球部振興助成費の内容について説明してください。
○國分政府委員 野球部振興助成費でございますが、野球部強化に関する助成を目的といたしておりまして、具体的な使途といたしましては、野球部の試合のための旅費、宿泊費、食費、コーチ等の謝金、用具購入費等の助成というのが具体的な使途であるというふうに承っております。
○佐藤(徳)委員 そういたしますと、不思議と思いませんか、四百四十万円がいわゆる隠し口座の中に野球部の金として寄附されてきておる。しかも、後援会の中では今お答えがありました振興助成費というものがある。一体なぜ四百四十万円を正規のルートに乗せて、そこで受け入れをしなかったのでしょうか。御見解を承ります。
○國分政府委員 学校法人の会計とは別に、ただいま御指摘にございましたように、いわゆる任意団体としての後援会というものがあり、そこで予算等が組まれているわけでございます。 それからまた、一方これも大学の教職員等で構成するいわば学内団体として野球部振興会という団体があり、そこでもお金の出入りがあるわけでございます。 それから、御指摘の口座につきましても、これも前回お答え申し上げましたように、当初は野球部に対しますせんべつあるいはお祝いのお金等々を今後における野球部に対する助成のために使うということで口座を設けた、いわば三つがあるわけでございますが、ただいま御指摘の四百四十万円をどこに受け入れるかというのについてはいずれが適正かという議論はあろうかと思いますが、そういう地崎工業から野球部に対する寄附という申し出がございましたときに、これを振興会等に入れますと全部費消してしまうおそれがあり、むしろ突発的な必要等が生じた場合の支払いに充てるには、ただいま御指摘の口座に入れておいた方が適当ではないかというふうに当時判断をしたというふうに承っております。
○佐藤(徳)委員 承っていることを聞いているのではなくて、文部省の見解を聞いているわけであります。そういうやり方が果たして正しい方向であるのかどうか、文部省の見解を聞いているわけでありますから、承ったことだけの報告を求めているわけではございません。答えてください。
○國分政府委員 いわば任意団体においての経理のあり方でございますので、どれが適当かということをちょっとお答えする立場にないのではないだろうかというふうに考えております。
○佐藤(徳)委員 各大学にそれぞれ後援会があるはずであります。後援会のない大学なんというのは恐らくないんじゃないか、こう思うのでありますが、後援会というのはおっしゃるとおり任意団体かもしれません。しかし、例えば東北福祉大学の例をとりますと、学生一人年間会費二万円です。そして三千九百十六名おります。莫大な金じゃありませんか。これは単に任意団体の金だからあずかり知らないということには学校としてはならないと私は思うのでありますけれども、公金的性格がある、こういう認識でありますが、いかがでしょうか。
○國分政府委員 いわゆる公金ではありませんし、また学校会計自体ではないわけでございますが、学校に関係する会計ということで、事実上大学当局等が時には管理しアドバイスするということもあろうかと思いますので、その経理が一般的に申し上げまして適正に行われる必要はあろうかと考えております。
○佐藤(徳)委員 もちろん適正に行わなければなりません。私が聞いているのは、任意団体であっても学校がそれを徴収をして管理をしている、そして予算をつくっている、支出をしている。ですから、その金は公金的性格じゃないのですかと聞いているのですけれども、それはどうなんですか。
○國分政府委員 公金という厳密な定義で申しますと、国のお金あるいは地方公共団体のお金ということになろうかと思いますが、学校のお金もいわば公共的な性格を持っているかと思うわけでございますが、私が申し上げましたのは、そういう意味での学校のお金ではないということで申し上げたわけでございます。
○佐藤(徳)委員 時間がなくなりますから、それでは関連して次の質問をさせていただきます。 後援会費であります。昭和五十五年度の教務部の助成費予算、これは決算も含めますが、さらに野球部振興助成費の予算、決算、おわかりでしたら答えてください。
○國分政府委員 手元の資料でございますと、決算がございませんが、予算で申し上げますと、昭和五十五年度におきます東北福祉大学後援会の予算は、教務部助成といたしまして六百十万円、それから野球部振興助成といたしまして五百万円を計上いたしております。
○佐藤(徳)委員 前回の委員会における質問の際に、私はその隠し口座の現金出納のコピーを提示して質問をいたしました。それで、今回文部省が答弁しやすいようにと考えまして、時間の関係もありますから、昨日お渡ししたものであります。お持ちになってきていますか。 それではちょっと伺いますが、昭和五十六年四月十七日に、この隠し口座に百五十八万八千八百八十円入金をされているわけであります。これはどこから入金されたか御存じでしょうか。
○國分政府委員 御指摘のとおり、昭和五十六年四月十七日に御指摘の口座に百五十八万八千八百八十円が入金されておりますが、そのお金は、先ほど来御審議いただいております後援会会計の五十五年度決算時の未払い金、これは教務部助成金についてのようでございますが、教務部助成金の未払い金のいわば一時預かり金としてこの口座に入金したというふうに聞いております。ただ、この金額につきましては、その後五十六年六月十六日までの間にその口座から本来の目的のために全額支出されているというふうに承っております。
○佐藤(徳)委員 つまり、後援会費の予算の中の教務部助成費の使い残し分が今指摘がありました百五十八万八千八百八十円なんですよ。おかしいじゃありませんか。後援会費の、しかも性格がはっきりしているこの助成費の使い残しの金額をこの隠し口座に入れるということ自体に私は問題があると思いますが、どうですか。
○國分政府委員 先ほども申し上げましたように、後援会というのは任意団体でございまして、その経理というものが必ずしも会計規則等にのっとりまして行われているという性格のものではないわけでございます。通常でございますれば、このような未払い金がございますれば決算におきましても未払い金として計上する、あるいはまだ債務が発生していないのであればこれを翌年度に繰り越すというような取り扱いが一般的かと思うわけでございますが、そういうような取り扱いがなされてない。任意団体ではございますが、必ずしも適切な取り扱いではなかったろうというふうに考えております。
○佐藤(徳)委員 それは適切なというよりは間違いを犯していると私は思いますよ。そうじゃありませんか。普通だったら不用残で残るはずであります。次年度繰り越しになっても結構な金なんであります。それがなぜ一体問題になっている隠し口座の中にその不用残の百五十八万八千八百八十円という金を入れたのかという、私はそこに問題があると思うのであります。適切であるかどうかは別なんであります。明らかに間違いなんであります。間違いだと思いませんか。
○國分政府委員 通常の会計処理のあり方としては普通ではございませんので、適正なものではないと考えております。
○佐藤(徳)委員 私は、今まで幾つかの問題をお尋ねをして答えていただきましたが、かなりの調査をした結果の集約として幾つかまとめてみたわけであります。 〔委員長退席、白川委員長代理着席〕 実は、当時の経理を担当しておりました経理課長の八木哲夫さんという方がいらっしゃいます。つまり名義人であります。この方が、昨年行われた文教委員会で私学財団なり文部省なりがお答えした内容とは事実関係は違う、これは明らかにしておかなければいけない、こういう気持ちから、私もお会いをいたしまして、私あてに上申書を書いてくれました。この事実に基づいて私は幾つか質問をしたわけであります。内容はこうであります。 私は昭和五十九年三月三十一日まで東北福祉大学経理課長をしておりました。 以下事実関係の一切について上申いたします。 昭和五十六年二月頃の理事会でグランド造成費として六億五千万円が承認されました。 地崎工業仙台支店へは同年三月三十一日に契約の一部として二億円が支払われました。 工事は四月一日に着工されましたが、私学振興財団へは同年六月にグランド造成に対する融資の申請をいたしました。これは大竹総務部長の指示によるものです。当初の工事見積額である六億五千万円の内容につきましては大竹総務部長からその内容は一切知らされませんでした。六ケ月後に突然八億千九百万円に工事見積が変更されたことを知りました。 昭和五十六年十二月十日頃、昭和五十六年度分として、私学財団から融資として大学に三億円が送金されました。私学財団融資三億円に対し、大学としては全体の四分の一の自己資金を用意し、四億円の領収書を準備する必要が生じました。工事完了前でしたがすでに二億円は地崎工業に支払いがされていたため残り二億円の領収書を地崎工業より取ることの必要が発生したものと思われます。ところがこの時点で、工事が完了していないことから工事代金を支払う必要がなかったため大竹総務部長が、現在本学の就職課長ですが当時の七十七銀行八幡町支店長清水秀夫氏と協議したものと思われますが、あたかも地崎工業へ二億円の支払いをしたようにみせかけ領収書は受領しましたが、現金は七十七銀行八幡町支店に六ケ月の定期預金として入金されたことは確認することができます。そこで発生した利息四百四拾万円は、昭和五十七年六月十八日に小切手で私が預かっておりました口一座に振り込まれたのです。 正式に二億円は七十七銀行本店にある地崎工業仙台支店の口座にふりこみ支払ったのです。 その時期は昭和五十七年六月十六日頃だったと思います。 私が預って居りました七十七銀行八幡町支店口座番号(二五六-〇一五四五三九)の通帳は大竹総務部長から命令されて作ったものです。昭和五十九年七月十八日に行なわれた衆議院文教委員会でこの問題について質問がされたことは承知しておりますが、その時文部省の宮地政府委員は野球部に関する口座であると答弁しておりますが、私が預ってきた限り、野球部とはなんら関係のない口座であることは明確に証明することができます。しかも、入金、支払については、一切大竹総務部長との間で行なわれたものであります。 本学には東北福祉大学後援会があり、学生一人弐万円の後援会費をもって年間予算を編成しておりますが、野球部については「野球部振興助成」という科目に予算化されており、その予算額は、野球部振興会に支出されて、そこで運用されているのが正式な会計システムであります。同じ後援会費の科目の中にある教務部助成の使い残しの金額百五拾八万八千八百八拾円もこの口座に入金されていることも事実と相違ありません。 以上のことを上申いたします。年月日、昭和六十年四月八日、住所があって、八木哲夫さんの署名があり、捺印がされて私のところにこれをくださいました。 そういたしますと、実際に経理を担当してきた経理課長であります。新聞あるいはその他でいろいろ話がされておりますけれども、事実関係を隠ぺいしているということは、まさに学園の民主化に逆行しているし、大学としての正しいあり方ではないということを彼は述懐しているわけであります。そして、文部省が昨年の委員会やあるいは先ほどの中でもお答えしておりますように、すべて野球部の口座であるとすれば、私の調査の中でも明らかにされておりますけれども、例えば仙台の有名な料理店に支払った金が通帳の中にメモとして記載をされています。あるいは理事会の工作費としてこの口座から金を引き出して、実は何十万円と使い果たしている事実があるわけであります。あるいはまた、その中身はわかりませんが、大学の関係者が東京に出張をするときに、正規の出張旅費は大学から支給されておって、そしてこの口座から大変な額の金を引き出して東京に来ており、文部省と何かつき合いがあったようなメモさえ実はあるわけであります。いかがでしょうか。
○國分政府委員 ただいま御指摘の点でございますが、大学当局の説明と、ただいまの八木さんの意見とで、事実関係は同じでも見解の異なる部分がもちろんございます。それから、二億円の支払いの時期については、大学当局の説明と食い違っている点がございます。それから、御指摘のいわゆる口座の性格につきましては、大学当局におきましても、当初は野球部が優勝したことのお祝いあるいは遠征する際のせんべつということで受け取ったものを管理するための口座で、なおかつ野球部の必要があるときに支払っておったわけですが、時日の経過とともに本来の目的外の、例えば後援会のいろいろな経費の一時立てかえであるとかそういうものに変質してきたと申しますか、そういうものにも使われるようになってきたということは大学当局も認めているわけでございます。そういうことから、その口座の運営が適切でないということで、先般この口座を廃止したということを承っておるわけでございます。いずれにいたしましても、大学当局の説明等と食い違っている点もございますので、ただいま御指摘いただきました点については大学当局にただしまして確認いたしたいと考えております。
○佐藤(徳)委員 先ほど後段で申し上げましたが、例えば五十七年十二月二十二日に十万円、五十七年十二月二十七日に三十万円、そして五十八年二月八日に三十万円、それから五十八年三月二十五日に二万円、これは財団と文部省に使ったとメモは記載してあるのであります。あるいはまた、先ほど指摘しましたように、野球部の金を管理している口座とすれば、一体なぜ理事会工作費として仙台市内にある料理屋に多額の金を支払わなければいけないのですか。私が確認を求めたいのは、八木さんが証言しているように、明らかにこの口座は野球部に関係のないものであるという確信を持って私はお尋ねしているのでありますが、いかがでしょうか。
○國分政府委員 口座の出入りにつきまして私どもなりに大学当局から聞いたところを整理いたしますと、幾つかのパターンに分かれているようでございます。先ほど来申し上げましたように、当初の口座開設の目的でございます野球部関係ということで入金があり支出がなされているものもございます。あるいはまた、先ほど御指摘ございました教務部助成等のいわば未払い金の一時預かりというようなことで入金があり、その後それがまた本来の目的のために出ていったというような入金あるいは出金の状況がございます。あるいはまた、ただいま御指摘ございましたように、後援会等の会合その他のために、一時的に立てかえ等でこの口座から流用したというような経費の流れもあるわけでございます。確かに、こういう状況を見ますと、当初の目的であった野球部関係の口座ということからかなり変質してきているということが言えようかと思うわけでございまして、大学当局におきましても、この点が不適切であるという考えに立ちましてこの口座を廃止したというふうに承知いたしております。
○佐藤(徳)委員 残念ながら時間がないのでありますけれども、野球部の金の通帳でないということだけは明らかでしょう、どのような弁明をしようとも。間違いじゃありませんか。私は一例を出しているだけにすぎないのであります。例えば四百四十万円入金されたその金が、もし八木さんのこの証言が事実だとすれば、明らかに公金流用あるいは業務上横領の疑いがかけられる内容じゃないかとさえ理解ができるのであります。これは私の調査だけでは不十分だなということはよく私も存じておりますけれども、さらに問題は幾つかまだ山積しております。この問題を解決をしない限りは大学の民主化は果たすことができない、こう思うのであります。調査委員会がつくられておりますけれども、しかしその調査委員会の中身を私が知る範囲では、一体だれがマスコミに対して資料を提供したのかという犯人捜しをする調査委員会であって、事実の究明をなされる調査委員会ではないということは明らかな事実であります。明らかに問題をゆがめている、封じ込めようとしている福祉大学の関係者に対して、私は激しい怒りを感ずるわけであります。 会計検査院の方いらっしゃいますから、最後に四百四十万円の金の流れの問題についてお考えを聞かしてください。同時に、文部大臣ずっとお聞きになっておられたわけでありますが、最後に文部大臣の御見解を承って、質問を終わりたいと思います。
○白川会計検査院説明員 お答えいたします。 先ほど私、この隠し口座については大学の正規の経理ではないというような説明をいたしましたけれども、その後、先生のお話にありました地崎工業との取引関係につきまして、私どもも昨年の七月に実地検査において調査いたしました。正規に会計処理が行われているということを書類及び証票において確認しております。ただ、先ほどお話のあったような事態については、私どもとしては検査権限の関係もございまして承知しておりません。 以上でございます。
○松永国務大臣 我が国の高等教育の中で私学の果たす役割は極めて大きいわけでありまして、それだけに私学に対する国民の関心、そしてまた期待も大きいわけであります。したがって、私学の経理等につきまして疑惑を招くようなことがあったり、いろいろな非難を受けるようなことがあるということは甚だ遺憾なことであります。したがって、一般論でございますが、そういった事態がないように、この東北福祉大学も含めて各私学は自主的な努力をして、そして疑惑を招いたり非難を受けたりするような事態がないように改善されていくことを希望している次第でございます。
○佐藤(徳)委員 時間が過ぎてしまいましたからこれで終わりますが、ただ、この問題は、ここで議論したからといって終わりにはならないと私は思うのであります。かなり大きな疑惑問題があるわけでありますから、この問題をぜひ理事会で御検討いただきたいと思います。委員長ちょっと不在ですが、しかし、あなたが委員長席に座っている限りは権限があるわけでありますから、ひとつよろしくお願いいたします。いかがでしょうか。
○白川委員長代理 追って理事会で協議したいと思います。
○佐藤(徳)委員 質問を終わります。
○白川委員長代理 有島重武君。
○有島委員 国立学校設置法の一部を改正する法律案、この審査に当たりまして、基本となるべき高等教育の計画的整備についてただしておきたいと存じます。 「昭和六十一年度以降の高等教育の計画的整備について」、昭和五十九年六月六日に大学設置審議会大学設置計画分科会、ここから報告が出ているのを拝見をいたしております。この整備の方向といたしまして三つ挙がっておりまして、「開かれた高等教育機関の整備」、それから第二番が「高等教育機関の国際化の推進」、三番目が「特色ある高等教育機関の整備」。こうした方向、また内容につきましては、私ども長年主張してまいりました高等教育の政策というようなことと一致する点が多くあるんじゃないだろうか。評価もいたしますし、また期待もいたしておるわけであります。 そこで、今は臨時教育審議会でもっていろいろな審議もいたしておるわけでございますけれども、その臨教審の報告をまつまでもなく、この種のこうした方策はどんどん進めていく、文部省内でどんどん検討を進めていく、そういった性質のものであろうというふうに私は理解するものですけれども、それでよろしいでしょうか。
○松永国務大臣 基本的には、先生のお考え方と私どもも同様でございます。すなわち、臨教審の方では長期的な展望に立って、学校教育を含む我が国のいろいろな教育の機能について御審議をいただいているわけでありますけれども、今御指摘の高等教育の新しい整備計画というものは、十八歳人口の急増、急減という事態が目前に迫っておるわけでありますから、それに対する措置を緊急にやることが望ましいという御指摘をいただいておるわけでありまして、そうしたことは本来文部省が文教行政の責任者として進めるべき事柄であるというふうに思うわけであります。ただ、臨時教育審議会におきましては、今申したとおり、我が国の教育機能全般に関する審議をしていただいている関係上、これらの問題につきましても御審議なされるかどうかまだはっきりいたしておりませんけれども、臨時教育審議会の審議の動向を一応横で見ながら、進めるべき施策は着実に進めていくというのが私どもの責務であるというふうに考えておるわけでございます。
○有島委員 そこで、第六番目の「計画推進のための方策等」というところでいろいろなことが述べられておるわけです。例えば「国民各層の高等教育に対する多様な要請に適切に対処するために、」①②③とあって、教育課程の柔軟化、それから大学院入学資格を弾力化する、大学の修業年限なんかを弾力化する、それから「卒業単位に至らないまでもある一定の単位の修得に対して、社会的評価を与える」、そんなようなことが書いてある。また、「放送大学、通信教育、専修学校を含めた高等教育全体の広がりの中で連携協力を深め」ていく、「相互の交流を促進する」、その間の単位の公的な認定をするための新しいシステムを検討する、こういうことが述べられております。 この後のところもあるのですけれども、この中で、放送大学が本年四月からいよいよ始まっておるようであります。順調にほぼ計画どおりいっておるのじゃないかと思いますけれども、それと並行して単位の互換ということが、これも昭和四十七年に大学設置基準が改正され、それ以来大分年月はたっているのですが、そういったことがどんなふうに進んでおるか、放送大学の進捗状況はとうであるか、そういうようなことについて、これは高等教育局長さんから伺っておいた方がよろしいのじゃないかと思いますが……。
○宮地政府委員 お尋ねの一つは、放送大学についての進捗状況はどうかということでございますが、六十年四月から実際に学生を受け入れまして、授業を開始いたしたところでございます。関東地域での応募者の状況その他についてはその都度新聞等でも報道されているとおりでございまして、当初の予定では、スタート時は全体で約一万人の定員ということで対応いたしておりましたが、志願者が大変多うございまして、一万八千人程度の人員になっておるわけでございます。全科履修生が当初予定しておりましたものよりもほぼ二倍の枠になっておるわけでございます。国民の中にいわば全科履修生ということで放送大学を卒業するための単位の修得という形で希望をしている方々が大変多いということは、国民各層の中にいわばまじめな形で放送大学の授業を履修して大学卒業を意図する方々がそれだけ多いということは大変心強い点でございまして、そういう期待にこたえるような形で、放送大学の整備もこれからさらに年次計画に沿って進めていかなければならない、かように考えております。 御案内のとおり、当面は関東地域を中心にしました学習センターの整備をまず進めておるわけでございますが、それぞれ地方からそれらの放送大学の授業の中身を地域の社会教育の中に取り入れて積極的にやっていきたいというようなお申し出なども具体的に出てきておるものもございます。それらの点について、放送大学としての授業そのものは、かねて御説明しておりますように、まずは当面関東地域での学年進行の完成に全力を挙げるということがもちろんあるわけでございますけれども、地方でのそういう御要望の線に沿って、何らかの形で積極的な対応も必要ではないかということで、それぞれ関係の方々と放送大学との具体的な協力の仕方その他についても、積極的に御相談を進めていくようにということで対応をいたしておるところでございます。 それから、第二点の、単位の互換の問題でございますが、これもかねて先生から御質疑を何度もちょうだいしておりまして、制度の仕組みとしては、短期大学との単位の互換の点も含めまして相当整ってまいっておるわけでございます。また、各大学の諸規定の整備も進んできておりまして、外国との間での単位の互換の問題は比較的活用されておると申しますか、そういう点がございますけれども、国内の大学の学部間、大学院の場合になりますと、ある程度積極的な対応もございますが、大学の学部間の実際の単位の互換ということになりますと、制度の整備に伴って実際にそのことがどこまで実行されているかということになりますと、これは必ずしもはかばかしくないというのが率直なところでございます。それらの点の隘路がどこにあるかというようなことも、私どもいろいろ問題点の検討はいたしておるわけでございますが、これらの点については、「高等教育の計画的整備」でも述べられておりますように、それらの制度的な仕組みを全体的にどこかでオーソライズするような組織を設ける問題でございますとか、「計画推進のための方策等」で述べられております事柄についても、それぞれ基準分科会でございますとか関係の審議会等でもさらに検討を進めていただきながら、具体化を図るために具体的な措置について積極的な取り組みを進めてまいりたい、かように考えております。
○有島委員 単位の互換のことについては、その前提に、あの大学のあの講義はとりたいと言われるような特色のあるといいますか、独自性といいますか、先駆的なといいますか、あるいは深さといいますか、ここでも言われておりますが、やはりそういう特色ある大学をつくっていくということと並行してそれが進んでいくべきものであろうというふうに、それを促進しなければいけないなというふうに私どもは思っております。ですから、外国の場合あるいはまた大学院の場合、こういったところからどんどん単位互換というのが進んでおる、これは極めて自然のことであろう。それが外国からの留学といいますか、まるまる来るのではなくて、向こうから日本のこの単位を欲しいと言われるようなものがまたどんどんできていくということが今後の非常に大切な問題になるんじゃないだろうか、そういうふうに思っております。 それから、今のことでもってなお二つだけまだ聞いておきたいのは、放送大学から、ここでもってある一定の、二年なり三年なりいろいろ単位をとって、それでその途中から他の大学に転入するというような場合が起こるのではないだろうかと思うのですけれども、そういうことに対しての、それは妨げるものではないというふうに当然なっていると思いますけれども、そういった受け入れ態勢というか、そういうようなものの用意はお考えになっておるかどうか。 それから、もう一つは、単位の累積加算、これによる資格を与えろということが私たちの多年の主張であった。こういったことは検討してくれということをしきりと言っていたわけでございます。ここにはそれらしい文言がちょっと出ているのですけれども、「一定の単位の修得に対して、社会的評価を与える制度」、こういうような言い方で言っているわけですけれども、一足飛びに大学の修業年限というものによらず修得単位によって卒業資格を与えていくようにすべきじゃないかということを私どもは言っているわけだけれども、この単位累積加算による資格付与、この方はどうなっておるか。二つの点をもう一遍お伺いします。
○宮地政府委員 広い意味での大学が開かれたものになるというような形で単位の互換でございますとか、あるいはさらに広い意味で大学間において編入学その他が積極的に行われるということは意義のあることでございますし、かねて先生からもそのような観点からの施策を進めていくことについていろいろと御提言もいただいているわけでございます。編入学その他については、それぞれ再入学あるいは転入学、さらに狭い意味での編入学、短期大学なり高専を卒業して大学の途中学年に入るというようないろいろな形があるわけでございますが、お尋ねの点は、放送大学に入っておった者がほかの大学へ編入学というようなことについてはどう考えるかというお尋ねでございます。 現実問題として具体にそのことが生ずるところまではまだ至っていないわけでございまして、そういうことも将来あり得るということで検討はしなければならぬ課題ではないかと思っております。問題は、放送大学の場合には通常の形の場合の大学と大変形態が違うわけでございまして、従来通例の形で申しますと、大学に在籍する形というものはいわゆる二重在籍といいますか、そういうことは認められないのが原則でございます。ところが、放送大学の場合について申せば、必ずしも従来の原則どおりそのことを考えるべきかどうか、そのことについても検討課題ということがあり得るのではないかと私ども考えているわけでございまして、それらの点も含めまして、大学制度全体を開かれたものにするという形で、そういうことについても今後積極的な形で検討していかなければならないのではないか、かように考えております。 それから、お尋ねの第二点は、単位の累積加算の問題についてでございますけれども、単位の互換につきましても、ただいまのところ三十単位以内というようなことで、一応全体の大学の卒業要件の中で一つの限定と申しますかそういう形を設けているわけでございますが、それぞれ特色のある講義をA大学、B大学、C大学というような形で単位を修得して、それら全体をもって大学の卒業の要件を満たすということで認める形については、基本的には大学制度、大学の在学、あるいは大学の卒業、単位の修得というものをどう考えるかという大変基本的なところにかかわる問題があるわけでございます。現時点では単位の互換をある制限を設けて制度として認めるというところに至っておるわけでございますが、さらに先生御指摘のような、単位の累積加算制度というようなことなどについても検討課題ということで、私ども意識はいたしておるのでございますけれども、大学制度全体のあり方の中に大変基本的にかかわる問題点もあるわけでございまして、それらの点については、大学基準分科会を中心として大学関係者その他から広く意見を聞いて結論を得た上で対応してまいりたい、かように考えております。
○有島委員 大臣に御理解をいただいておきたいと思いますのは、私ども、こうして放送大学とか単位の互換とか単位の累積とか言っております。その一つの前提条件として、大学における履修形態の中に、少人数における師弟関係を必ず確保していく、大学教育というのだったらそういったことを確保しようじゃないか。現在でもゼミナールとか何かそういうような形でもって十二、三人、十五人のクラスは行われておりますし、それから理工学部なんかでは実験や論文なんかの関係でもってそういうことは当たり前になっているわけでございますけれども、経済だとか文科系におきましても少人数をある程度確保する、国公私立ともにこれを確保していくということをやっていきたい、それが理想なんですよ。そのためにいろいろな・マスメディアも使っていいのじゃなかろうか、そういったことから始まったわけで、今ここでは格別に議論をしようというわけではございませんけれども、そういったことを今後進めていってもらいたいと思っているわけであります。 それで、この先にまた行きますけれども、今度は大学の設置基準等の関係の基準というのですか、これは五十九年八月十三日大学、短大の設置基準が改正をされたわけですね。そしてこの場合には、特に校地面積の算定とか、それから兼任教員の問題であるとか、期間を限っての定員増であるとか、こういうようなことが問題になっておるわけでございますね。ところが、ここで国土庁所管の工業(場)等制限法というのによりますと、首都圏に関してはこの増設ができないわけですね。したがいまして、この設置基準が改正になっても首都圏においてはできない、こういうことになるのでしょうか。そうすると、こういうふうになっていると首都圏ではどんなようなことが起こってくるのか、そういったこともあらかじめ想定して何か手を打っておられるのかどうか、その辺はどうでしょうか。
○松永国務大臣 大学等の整備につきましては、大学等が大都市等に過度に集中するのは望ましいことではないということで、大都市地域すなわち首都圏等につきましては抑制的に対処してきたわけであります。しかし、十八歳人口の急増という事態は、現実の話として南関東地区とか近畿地区とか、そういう言うならば大都市圏に起こるわけでありまして、したがいまして、大都市圏等の抑制的な対応では十八歳人口の急増に対応しにくいという事態が予測されるわけであります。したがいまして、十八歳人口の急増に対処するためのいわゆる期間を限った定員増という事柄につきましては、従来の方針を改めて大都市地域についてもこれを認めるという方向で対処していく考えであります。その関係では、教室建築の制限等の問題につきましては国土庁で適切な配慮がなされることを希望しておるわけでありますが、文部省としては、事務当局で国土庁との協議を今進めているところでございます。
○有島委員 そうすると、首都圏の方は大丈夫だ、問題が起こらないということでしょうか。まだ何か文部省の方と国土庁の方と考え方にそごがあるような印象を受けるわけだけれども、大丈夫でしょうか。
○宮地政府委員 ただいま大臣がお答えいたしましたように、これからの十八歳人口の増が大都市中心に南関東あるいは近畿というようなところで起こるわけでございまして、それらに対応する対応の仕方として、期間を限った定員増については、例えば考え方としては、第一次ベビーブームの際の例が一つあるわけでございますけれども、適切な措置を私ども事務的に国土庁側と協議をして、この期間を限った定員増についての本年の申請期限としては九月末でございますので、私どもとしてはなるだけそれまでに結論を得るように事務的に協議をしておるというのが現時点の状況でございます。私どもとしては、これらの対応としてはぜひとも必要な事柄でございますので、国土庁側にも御理解をいただくような形で鋭意協議を進めているというのが現状でございます。
○有島委員 大丈夫ですね、要するに。
○松永国務大臣 大丈夫というように私が太鼓判を押すわけにはいきませんけれども、事務当局が真剣に国土庁と協議をいたしておりますし、国土庁の方の理解を得られるものと私どもは期待しておるわけであります。
○有島委員 そのほかにも、今度この八万六千人の学生増ということは、これは避けられないというか見込まれておるというわけでございますね。その九割方は私立学校の方がこれを受け入れなければならぬということでございましょうね。それで、私立学校の方も校舎をつくったりとかいろいろしなければならぬことがありますね。これは全国的なことだけれども、この辺のことも十分検討をして、大丈夫なのかどうか。
○宮地政府委員 全体の整備の状況が今後の見通しとしてどうかというお尋ねでございますので、御指摘のように、全体の八万六千人程度の枠というのはこれは相当大きい数でございますが、私どもとしては期間を限った定員増について約四万人を上回る対応で対応するということで処理をいたしたい、かように考えております。 もちろんその際、国公私のおおむねのシェアと申しますか、そういう分担に応じて、国立大学についても期間を限った定員増については相当積極的な姿勢で対応しなければならないということで、いわばそのための定員措置の問題等がございますので、六十年度予算については、その試行段階と申しますか、そういう形で三大学について期間を限った定員増について措置をいたしたわけでございますが、そういう措置を受けて今後六十一年度以降、全国の国立大学についても臨時定員増については積極的な対応をいたしたい、かように考えております。 それから、全体の整備について申せば、おっしゃるように、私立大学に積極的な対応をお願いしなければこの数字はこなせるものではないわけでございますので、それらの点については、先ほど御指摘のような形で、設置基準の面で弾力的な取り扱いをするという形などで、私学側が積極的に対応し得るような形での制度改正等は行っておるわけでございますけれども、いずれにしても、私学側の協力を得て、計画で述べられておる数字が消化されて、我が国の高等教育の進学率全体から見れば従来の線がほぼ確保されるような形で対応をしてまいりたい、私どもとしてはかように考えております。
○有島委員 それでは、医療技術短期大学の二とについては、この後同僚の池田克也君からまた質問させていただくことにして、私は以上で終わります。ありがとうございました。
○白川委員長代理 池田克也君。
○池田(克)委員 若干ダブるかもしれませんが、看護婦の養成問題について絞ってお伺いをしたいと思います。 毎年この国立学校設置法がこの委員会にかかりまして審議されておりますが、文部省としては、国立大学が持っております看護婦養成機関を逐次計画的に短大化する、このように考えてよいのか、その計画はいつまで続くのかお伺いをしたいと思います。
○宮地政府委員 医療技術短期大学の設置については、従来から医学部附属の看護学校等の改組転換を図るということで、昭和四十二年度から順次取り組んできておるわけでございます。五十九年度までに十七の医療技術短期大学を設置をしてきたわけでございます。そして、先ほど来御説明をしておりますように、六十年度予算において鹿児島大学に医療技術短期大学部を創設するということでお願いをいたしております。 なお、残されております九大学の医学部の附属看護学校については、私どもとしては個別には、先ほども御答弁しましたが、岡山大学、徳島大学等についてそれぞれ準備段階を進めるという形での措置はいたしておるわけでございますけれども、さらにそれに続いて、残っておりますものの今後の計画でございますが、それは全体の需給状況等を勘案し、全体の財政状況と個々の大学の準備状況を見合いながら進めてまいりたいということでございまして、ただいまここで何年度にどこまでどう完成をしていくというようなことを数字の形でお示しすることは困難でございますけれども、できるだけ早くそれが実現をするように努力をしてまいりたい、かように考えております。
○池田(克)委員 わかりました。しかし、方針として、時間のかかり方はともかくとして、専修学校を全部短大化するというふうに考えていいのでしょうか。
○宮地政府委員 既設の専修学校については、私どもは医療技術短期大学に切りかえていくという基本的な考え方を持っておるわけでございます。
○池田(克)委員 専修学校とこの短期大学との違いですが、特に看護婦の養成に関して、年数は共通した三年というふうに伺っておりますが、教科内容がかなり変わってくる。私昨年もこの問題をお伺いしたことがあるのですが、制度上いろいろ利点があるというふうに伺っておりますが、端的に、短大昇格のメリットと申しましょうか、どのような点があるか、お聞かせいただきたいと思います。
○宮地政府委員 専修学校と短期大学につきましては、それぞれ専修学校設置基準、短期大学設置基準によって規定されているわけでございます。 そのほか、看護婦の養成につきましては、保健婦助産婦看護婦学校養成所指定規則によりまして教育課程等が規定されているという内容がございます。 どういうような点が基本的に違うのかというお尋ねでございますが、大局的にカリキュラムの相違について申し上げますと、専修学校の場合には、基本的には実習に重点を置いたカリキュラムに一つの特色があるということが言えようかと思います。短期大学の場合には、それに対して一般教育科目等が重視をされるわけでございまして、そのほか、高度な医学、医療に対応できる看護婦養成ということで、専門教育科目の講義時間数を多くするというようなことがございます。 具体例でちょっと申し上げますと、鹿児島大学の医療技術短期大学では、老年医学、救急医学、心身医学等のいわば専修学校にはない授業科目を専門科目として設けておるというようなところが特色としては言えるのではないかと思います。したがって、専門教育科目担当の専任教員数につきましても、専修学校では四名のところを短期大学では十五人というような形がとられているわけでございまして、基本的には、そういうところが短期大学の場合に特色と申しますか、より質の高さを求められている点でございます。具体的なカリキュラムの内容で申せば、以上申し上げたような点かと思います。
○池田(克)委員 確かに、短大の方がより基礎的であり、内容もいいと私も思うのであります。 そこで、国がいろいろと短大化していくということでありますが、しからば、看護婦さんの養成の全体の姿の中で、これが一体どういうことになっていくのか。一般論としてまず文部省から、看護婦養成の実情と申しましょうか、どういうシステムで、かなり複雑な三本立てか四本立てぐらいの看護婦さんの養成の道筋があるようでございますが、厚生省にもおいでいただいておりますので、固めてお伺いいたしますが、文部省としての考え方がくっきりとわかるようにお示しいただければと思うのです。
○宮地政府委員 看護婦関係の養成制度についての概要でございますけれども、高等学校卒業後入るものとしては、一つはまず四年制の大学があるわけでございます。これは看護学科でございますとか保健学科というようなもので、四年制大学として置かれているものでございます。 それから二番目としては、短期大学看護学科等が置かれているわけでございます。これは通例、修業年限が三年の短期大学という形で置かれているものでございます。 そのほか、高等学校段階では衛生看護科というようなものが置かれておりまして、衛生看護科を卒業した者は准看護婦というような資格が得られるわけでございますが、准看護婦の資格を得ている者が短期大学に入る場合には二年の年限で卒業し得るというような形で置かれております。 そのほか、先ほど来専修学校、各種学校としての看護学校が置かれているものがございますが、一口で申せば、専修学校等については、実学を中心にした、そういう意味で先ほど実習に特色があるという点で申し上げましたが、短期大学の場合には、より基礎的、専門的な知識を中心とし、さらに四年制の大学で申せば、より高度の資質の看護婦養成であり、かつ看護教員、指導者養成というようなところも四年制大学等については任務として置かれているというようなことが言えるかと思います。
○池田(克)委員 同じ問題を厚生省からお伺いしたいのです。 厚生省の方は量的に大変多くを養成していらっしゃるように伺うのですが、文部省とはまた違った厚生省側の一つの意味合いと申しましょうか、できれば対比して理解できるようにお話しいただければと思うのです。
○矢野説明員 お答えいたします。 厚生省の側では、看護婦養成の大体八〇%の人数を養成しております。職業教育が中心でありますから、どちらかといえば、先ほど指摘がありましたような実習とか、あるいは卒業したらすぐ役立つような看護婦をつくるということで、実際の養成の状況からいいますと、厚生省も文部省も含めた数字ですが、現在は年間大体六万九千名の看護婦、准看護婦が卒業していますが、その中の八〇%は厚生省の方の実務の教育でもって養成しているという実情でございます。
○池田(克)委員 重ねて、養成のあり方については大枠をお聞かせいただいたわけですが、しからば看護婦さんの生活実態と申しましょうか、生活というとちょっと語弊があるかもわかりませんが、生活も含めた実態ですね。働きながら学習をして准看から正看になる。私もいろいろな実情を伺っておりますが、なかなか厳しい。苦学しながら使命感に燃えてその道を進んでいらっしゃる若い方々も大勢いらっしゃると伺っております。私は、後からこれはまたお伺いしたいと思っておりますが、国立の諸施設、諸学校が短大化されて、片方は非常に整備され、優秀な人材が集められ、進んだ教育がなされる、これは大変結構なことであります。しかし、片方において、病院附置の専修学校あるいは医師会立の専修学校等、日常の医療看護活動の合間合間に、なかなか厳しい環境の中で若い人たちが進んでいく、医学あるいは技術を追いかけて勉強していらっしゃる。次第に差がついてしまうのじゃないかなと私は心配をするわけでありまして、そうしたことも含めまして、看護婦さんの実態をお聞かせいただきたいと思うわけであります。
○矢野説明員 今の御質問は、看護婦の実情につきましての一般的なことという趣旨にとりましたので、その線でお答えいたします。 〔白川委員長代理退席、委員長着席〕 まず、就業の実態から申し上げますと、厚生省では五十四年に第二次看護婦需給計画というのを七カ年計画でつくっております。実績を申し上げますと、昭和五十八年に約六十二万人が看護婦として、就業しているという実態がありまして、二次の計画に大体沿った供給を今している。ことしが最後のちょうどそれに当たるわけですが、六十六万人体制という目標に達しつつあるというふうに踏んでおります。 それから、実態ということで先ほど養成の状況をお話しいたしましたけれども、先ほどの数字は准看護婦も含めて六万九千人という数字をお示ししたわけでありまして、その中身を申し上げますと、そのうち看護婦が三万五千九百二十三名、それから准看護婦が三万三千百七十六名、これは五十九年四月の数字でございますけれども、合わせて六万九千人ということで、現在の養成の状況から見ますと、看護婦の方が准看よりも上回った養成をしているということで、実情の面から見ましても、今のお話の中で格差の問題とかいろいろ指摘をされましたけれども、そういう質の問題も一面ではあるかと思いますけれども、准看もこれだけの養成をしておりますので、こういう方々が実際の医療の場において果たす役割というようなものは非常に大きいものですから、こういう質を上げるという必要性もありますけれども、やはり需給の面からも国民の医療にこたえるという形で、ベッドにちゃんと看護婦が配置されるというような需給の面から考えましても、理想どおりにはなかなかいかないというのが現実ではないかなというふうに思っております。 あとは、実情から申し上げますと、今のその質の面に関しまして、准看が今半数おりますけれども、できるだけ早く看護婦一本でいいんじゃないか、そういう意見があったりしているのですけれども、実情としてはそういう半分の養成力とそれからその半分の就業者数を抱えておりますので、そういういろんな側面からこの制度を考えていかないと、制度だけで片づく問題でもありませんし、医療制度その他いろいろなファクターを加味した上でこの看護制度も考えていかなければいけない、そういう時期に今達しているのではないかなというふうに考えております。
○池田(克)委員 今ちょっとお話が出ましたそういう時期という部分なんですが、看護制度検討会というのが発足したというふうに伺いまして、先月三月二十二日に第一回の会合が開かれたと伺っておりますが、この発足に関する趣意書のようなものを拝見しますと、「医師の技能の専門化をはじめとして、多様な医療関係職種の分化が進行してきた。」確かに、同じ内科と言われましても非常に種類が分かれ、今までの考え方では追いつかないくらい進んできている。恐らく看護婦さんの養成についてもそれに応じたことが要請されるだろうと思う。「看護婦については、時代の要請に対応して教育の在り方を検討し充実させていくことが、重要な課題となってきている。」こう指摘をしておりますが、率直に申し上げて、准看護婦という制度、先ほどもお話があったように、半分が准看、半分が正看という状況ですが、今後准看の方方の養成あるいは社会的なあり方、私はずっと拝見しておりまして、今までと同じというふうには言えないのじゃないか、教育のあり方、あるいは中卒から准看には制度としてはなれるわけでありますが、高卒がもう九四%というふうな時代になりますと、形を少し変えて養成をしていかなければならないんじゃないか、こういうふうな感じを持つわけでありますが、准看という問題に絞って厚生省の看護婦養成の問題についてお答えいただければと思います。
○矢野説明員 大変難しい問題でありまして、准看につきましては、さっき申し上げましたように一部ではもうこういう制度は廃止せよという意見もありますし、また一方では、いろいろな面から考えての理由はあると思うのですけれども、准看は絶対に廃止しては困るという両方の意見が出てきております。 そういう実情がありまして、今お話にありましたような制度検討会を発足させる一つの原因になっているわけなんですけれども、今説明もされましたので、恐らくもう実情としましては准看に入学する者の九〇%以上が高卒ですし、それから文部省の方にあります看護高校の卒業生というのも、話によりますと九〇%以上がすぐさま准看にはならないで、看護婦になるという、コースとしてそういう高校を選ぶという実態になってきております。それから、准看の学校に入る人たちの中には、そういう中卒は得られなくなってきているわけですので、家庭の主婦であるとか、あるいは資格を取る面では二年ぐらいという短期間のこともありますので、いろいろな多様化が起きてきているというのが現実であります。ですから、そういうふうな要因を考えまして、今の中卒准看養成がいいのかどうか、社会的な高学歴化を反映してどうなのかということも検討課題の中でぜひ討議していただきたいというふうに思っているわけなんです。 それと、先ほど指摘がありました社会的なあり方という面からいいますと、今ちょっとここに統計は示してないのですけれども、大病院には看護婦の割合が非常にふえてきて、八〇%以上は看護婦。ところが、診療所とか小さい病院の中ではやはりまだ准看がいる。しかし、そうはいっても、そういう診療所の中にこそプライマリーケアとかそういう面で直接患者に最初に接する役割として看護婦の果たす役割は大きいということで、一部のそういう先生の中には、もっと看護婦を質をよくして准看のあり方を見直した方がいいのじゃないかという意見もその検討会の中で出てきておりますので、まだ発足したばかりですので何とも方向性はわからないのですけれども、そういうことを勘案しながら、どういう医療の中の看護の仕事をどういう職種の人が、どういう身分の人がやるべきなのかというようなことを整理しながら、この制度のあり方を考えていきたいというふうに考えております。
○池田(克)委員 実は、私がこの問題に関心を持ちましたのは、ある一人の准看護婦さんから相談があったことに端を発しているわけであります。その人は准看護婦の資格を持ち、かれこれ十年そうした看護婦の仕事から離れていたわけでありますが、最近職を得て再び自分の持っている技能を生かしたいと私のところへ相談に見えたわけです。東京ですけれども、私は三つの病院に当たりました。ある大きな国立病院では、三百人の看護婦さんがいらっしゃる中で准看は今日一人しかいない、三百対一である、そういう状況でしたが、一カ月だけアルバイトとして働いておりました。非常にまじめな人で評価も高かったわけでありますが、その後新しい人が入ってまいりまして継続できなかったわけであります。もう一つの病院は、これは国立大学の附属病院ですが、全部正看ばかりである、准看は今のところ求めていないという状況でございました。もう一つは、公立、国立に準ずるような組合立の病院でございましたが、ここはかなりの准看の方がいらっしゃるのですが、事務長さんのお話を伺いますと、准看の方を求めるのは大変苦しくて、全国に人を派遣して地方からいろいろと人を求めている、こういうふうな実情でございました。 私は、その三つだけの実例でもちろん結論は持っていないわけでありますが、准看の人たちが大病院での新しい医療というものから次第に締め出されると言うと語弊があるかもしれませんが、現実には職種が分化していくのではないか。大病院で新しい施設で新しい医学と接触しながら十分勉強していきたいと思ってもなかなかその道はない。今看護課長からもお話がありましたように、どちらかというとプライマリーケアとか町の診療所等で准看の方々は働く。私はこの両極に分かれていくような気がするわけであります。 したがって、大臣、このやりとりを聞いていらしたと思うのですが、文部省は教育機関を所管して教育をつかさどっているわけでありますが、その中でも、生命を守るための医療に従事する人たちを養成することは当然非常に大きな責務であると思います。そうした点で、バランスを欠くことのないように、ある意味では、国立の大きな病院の看護養成機関が全部短大化していく、方向としては正しいだろうと私は思います。しかし、片方では、専修学校あるいはそうした従来の機関をそれなりにまた充実をさせていく、そうした両方のバランスも文部行政としては十分に配慮していかなければならないのではないか。片方では、厚生省として必要に応じて人々を養成しているようでありますが、その人たちの希望は一体何だろうか、新しい医術、新しい学問というものに次々と関心を持ち向上していく、これは必要なことだと私は思っているわけでございます。時間が来ましたので、私が申し上げた点につきましての大臣の所感あるいは御答弁をいただいて、終わりたいと思います。
○松永国務大臣 先ほど局長もお答えいたしましたが、国立大学医学部に附置されておる専修学校につきましては、財政当局との相談もあるわけでありますが、できることならば短期大学に改組してまいりたい、こう考えておるわけであります。他方、医師会で設けていらっしゃる看護婦養成の専修学校、あるいはやや大きい病院に附置されておる専修学校等があるわけでありまして、それはそれなりに大変大きな役割を果たしてくれておるというふうに思うわけでありまして、両々相まって、看護婦さんの仕事は極めて大事な職務でありますので、その養成がきちっとなされるように今後とも努力をしていきたいと考えている次第でございます。
○池田(克)委員 終わります。
○阿部委員長 藤木洋子君。
○藤木委員 国立学校設置法施行令の一部改正に伴い、東京農工大学大学院連合農学研究科及び愛媛大学大学院連合農学研究科が設置されましたけれども、この連合大学院問題についてお聞きをしたいと思います。 まず、入学定員は、東京農工大の場合は十八名、愛媛の場合は十六名ですから、三年後の学生総数はそれぞれ五十四名、四十八名となります。それに教官スタッフがその三倍、百六十二名、百四十四名となり、かなりの陣容を抱えることになりますけれども、それを支える事務職員は何名を予定していらっしゃるか、お答えをいただきたいと思います。時間がございませんので、簡単にお願いいたします。
○宮地政府委員 連合大学院の事務体制についてのお尋ねでございますが、昭和六十年度においては基幹大学である東京農工大学及び愛媛大学にそれぞれ二名の事務職員の増を図っておるわけでございます。完成年度については、全体計画としては全体でそれぞれ七人を予定いたしているところでございます。
○藤木委員 参加大学、すなわち茨城、宇都宮、香川、高知に事務職員を置かれるのですか。
○宮地政府委員 現在のところ、参加大学に置く予定はございません。
○藤木委員 今回の施行規則にわざわざ「東京農工大学又は愛媛大学の大学院の連合農学研究科の教育研究の実施に当たっては、それぞれ茨城大学、宇都宮大学及び東京農工大学又は香川大学、愛媛大学及び高知大学が協力するものとする。」としています。参加大学に事務職員を置くべきではないでしょうか。
○宮地政府委員 考え方としては、事務体制について事務処理をどうするかというのは、この連合大学院についてももちろん新しい試みでございますので、これから実際実施をしてまいりまして問題点が出てくればそれについて対応するということも考えなければならない点ではございますが、ただいまのところ私どもとしては、大変厳しい定員状況ということも反映をいたしまして、事務処理体制について最小限の態様で対応するとすればどういう形になるかということで、非常に絞った形で要求をして対応しているのが現状でございます。
○藤木委員 随分御辛抱していらっしゃるのですが、この大学院の事務量は相当煩雑でございます。今後留学生も受ける、こういうわけですから、事務職員の増員をぜひ検討していただきたいと思うのですが、その点はいかがですか。
○宮地政府委員 実施を見た上でその問題点等が出てまいりますれば、その時点のこととして処理をいたしたい、かように考えております。
○藤木委員 では次に、学生旅費の問題ですけれども、茨城大学の学生及び宇都宮大学の学生は、当然基幹大学である東京農工大に通わなければなりませんけれども、旅費は出ますか。
○宮地政府委員 院生については、具体的に旅費を支給するということは考えておりません。
○藤木委員 随分おかしな話だと思うのですね。学位論文の資格要件として、三年間で六十時間共通ゼミナールをとらなければならないことになっております。共通ゼミ出席を義務づけているわけですから、旅費及び宿泊費あるいはセミナーハウス的なものを設置するというようなことを検討していただきたいと思うのですけれども、その点はいかがですか。
○宮地政府委員 実際に事業のこれからの実施に当たりまして、学生に対する対応策としてどういうことを考えなければならないか、現実問題が起こった場合になお処理を要する点はあろうかと思いますが、それらの点については、既存のそれぞれの大学が現に持っております施設等がどの程度活用できるかということもございますし、それらの点を勘案した上で対処すべき事柄が出てまいれば、その時点で対応せねばならない課題ではないか、かように考えます。
○藤木委員 では次に、助手の調整手当ですけれども、文部省としてどのような対応を考えていらっしゃるか、お伺いをしたいと思います。
○宮地政府委員 助手につきましては、大学院教育にとって助手も大変重要な役割を担っているわけでございまして、現在、博士課程の研究会において助手が担当教官を補佐して学生の授業指導及び研究指導に従事する時間数に応じて調整数一の俸給の調整額を支給しておるわけでございますけれども、連合大学院における助手に対しても同様の支給要件を満たす者については支給できるように、このことについてはなお人事院と協議を要する点でございますので、そういう形で私ども人事院と協議をしてまいりたい、かように考えております。
○藤木委員 その点は、今文部省がお考えのような点を人事院に御理解いただくように、ぜひひとつお骨折りいただきたいと思います。 では次に、仮称姫路獨協大学問題についてお伺いをいたしたいと思います。 姫路に獨協大学を設置する計画が進んでおります。予定ではことし七月に申請をし、昭和六十二年春開学を目指していますが、設置は公私協力方式ということで注目を浴びているところです。大学設置に当たっては、大学設置審議会と私立大学審議会の審査を受けなければなりません。 文部省は、昭和五十一年に大学の設置等の認可申請手続等の規則を改正、審査期間を従来の一年から二年に延長するなどの措置をとられましたが、その理由は何ですか。
○國分政府委員 御指摘のように従来一年間で設置認可の申請をしておりましたのを変えたわけでございますが、発端は、四十年代の半ばに医科歯科大学の設置問題がございましていろいろな意味で問題を起こしたわけでございます。一つは、やはり一年間ですべて準備して申請してくるということについて、申請者に対して過重な負担といいますか、リスクをかけるのではないかというのが一つ。それから、審査について入念に行うべきだ、より慎重を期すべきだというようなことで、医科歯科大学につきましては、従来の一年審査を二年審査に変えたわけでございますが、その後この方式を医科歯科大学に限らず一般の学部、学科等にも及ぼした方が医科歯科大学と同じ理由によりまして適切であろうという審議会の御判断がございまして、現在採用している二年審査というふうになっているわけでございます。
○藤木委員 いろいろ御説明いただきましたけれども、結局ずさんな私大設置、不正な設置、こういったことが相次ぎ、これをチェックする機能を強めるために改正したものでございます。厳正な審査は国民的、社会的要請でございます。 さきに述べました姫路獨協大学の設置計画は、その経過から極めて不透明、不可解な点が余りにも多過ぎるものでございます。公私協力と言いながら姫路市の持ち出し分が多大に上っていること、獨協大学の資金計画が全く不明であること、大学の構想や目的があいまいであり、資金計画を含めて二転三転していること、市と獨協学園の協定の一部変更について議会にもかけないなど、実にわからないことだらけです。市民の税金を使いながら、この点は後でも触れますけれども、市民には一切知らされず、開かれた大学どころか、市民不在、国民不在でこの計画が進められていることは極めて重大問題です。 姫路市と獨協学園との間で昭和五十九年五月十日に協定を結んでおります。ところが、ことし二月になって急遽協定の一部を改定することになりました。当初、姫路市が三十億円を出資金として十億円ずつ三年にわたって銀行に預け入れ、獨協学園はこの銀行から六十億円の融資を受ける、その利息は姫路市が支払うというものでした。変更の中身は、市の出資金三十億円を五十億円に引き上げ、大学の建設用地、現在の評価額で二十億円相当を無償で提供するというものです。 なぜ変更しなければならなかったのか。もとの協定のままでは私大審の審査に通らないからですね。審査にパスしなければ大学設置はできません。審査に通るように協定を変更したのです。当初の獨協学園に対する六十億円の融資は審査基準からいって自己資金とは認められないものです。ここで、土地の無償提供が出されてきました。確かにこの土地は現時点では二十億円、将来用地を含めても三十億円です。借金は総資産の三分の一以下しか認められていませんから、二十億円の無償提供だけでは借金を三分の一以下にとどめられるかどうか、これも疑問です。そこで、二十億円で求めた土地が、二十億円にとどまらず、もっと高くなって、負債率三三%以内を満足することがどうしても必要になってまいります。市街化調整区域に指定されているこの土地が、市街化調整区域の制限を取り払うとどうなるか。これは少なくとも一挙に地価は三倍以上になります。こうなりますと、負債率三三%の条件を満たすことも可能になってまいります。 兵庫県はこの五月に調整区域の線引き見直しを行うことにしていますが、大学設置を申請する七月には獨協学園は六十億円を超える土地を持っていることになるわけです。 この方法は、この大学設置について相談にあずかってこられました文部省の御指導によるものですか。
○國分政府委員 近年、公私協力方式ということで、地方自治体が協力して、形の上では私立大学という形の大学設置の計画が見られるようになってまいりました。その際、誘致する側の自治体との協力関係をどの程度のものにするかというのは、基本的には当該学校法人と自治体との取り決めの問題でございまして、私どもがどうこうするという性格のものではないかと思っております。 なお、お尋ねの負債率等の問題でございますが、まだ私どもに現実に認可申請が参っているわけではございませんので、具体の審査ということになりますと、認可申請があってからになるわけでございますが、事前に申請手続あるいは審査基準といったようなものについての問い合わせがあり、それについてはお答えしておるところでございます。
○藤木委員 今の御返事ではちょっとわかりにくうございますけれども、しかし、今その方法について文部省が介在したわけではないのですね。御指導されてはいらっしゃいませんか。
○國分政府委員 例えば借入金が自己資金としてカウントできるかどうかという照会に対しては、自己資金としてカウントできないということはお答えしております。
○藤木委員 地方自治体に過大な負担を押しつけて大学設置を進めるのはもってのほかでございます。私学自身の自己努力、経営努力、それによって資産がふえるのは当然ですね。しかし、一夜明ければぬれ手にアワの大もうけですよ。こんな手口に地方自治体が使われるようなことは断じて許されるべきではない、私はそのことをはっきりと強調しておきたいと思います。 次に、私大審のメンバーで姫路市の顧問、姫路獨協大学開設専門委員でもある相愛大学学長の森川氏は、姫路獨協大学設置に当たって利害関係を直接伴う人物です。大学設置調査特別委員会経過報告書というのが私の手元にございますけれども、これによりますと、「姫路出身で現在文部省大学設置審議委員」、これは私大審の誤りだと思うのですけれども、「委員としてご活躍の元大阪市立大学長の森川先生のご仲介を得て、ここに独協大学の姫路進出の線が次第に鮮明化してまいった経過についてであります。」と高橋克己委員長は報告をしているほどです。 このように、私大審メンバーで大学設置に直接関係している人が、その件に関して審査を担当しないとかあるいは議決に加わらないとしても、二年の期間をかけて慎重に審査し厳正を期するとした私大審の審査ができるものかどうか。大臣、どのようにお考えですか。
○國分政府委員 御承知のように、私立大学審議会は、法律の規定に基づきまして、大半は私立関係団体から推薦を受けました私立大学関係者によって構成されているわけでございます。したがって、時として、その委員が利害関係を持っているあるいは直接在籍している大学から大学の認可申請、増設ということが出てくることは間々あるわけでございます。このことを予想いたしまして、自分に関係する学校の事案につきましては議事の議決に加わることができないということを私立学校法で定めておりまして、現在の運用におきましては、単に議決に加わらないというだけでなくて、当該事案の審査に当たりましては退席していただくという申し合わせで運用しているところでございます。
○藤木委員 とんでもないことでございます。あなた御自身が先ほど御説明なさいましたように、かつて浪速医科大学設置に当たって虚偽の申請を行い、これが発覚いたしますと私大審委員や文部省の担当官を取り込むために金品の授受や酒食のもてなしを行った不正事件が問題になったところです。私大審委員が大学開設専門委員を兼任し、疑惑を持たせるような状況を放置しておくというのは全く好ましくない、私はこのように思います。そのことを放置したままで、不正を起こさせないという保障はありますか。決してそんな保障にはなりませんよ。 私大審メンバーは大学設置の推進にかかわるべきではありません。その点、大臣のお考えはいかがでしょうか、タッチさせるべきではないと思うのですが。
○松永国務大臣 今の政府委員の答弁をお聞きになったでしょう。すなわち、利害関係のある方は表決に加わらない、審議のときには退席するという形で、表決に加わらないというのは法律、審議に加わらない、外に出るというのは運用でやっておるということでありますので、公正な審議がなされるように制度上そうなっておるわけでございます。
○藤木委員 今の御答弁納得できません。 次の問題に参ります。 文部省も獨協大学設置にさまざまなかかわりを持っていらっしゃいます。獨協学園理事に木田宏さんという方が就任しておられますけれども、この方は前の文部事務次官で、ことし三月まで国立教育研究所長でした。現在、日本学術振興会の理事長であり、臨教審の専門委員です。このような人物を理事に入れるということは、文部省の認可をやりやすくするためじゃありませんか。さらに獨協大学の学長に予定されている須田勇氏、この方は木田氏などの文部省側が推薦した人物ではないかと言われております。姫路獨協大学事務局長に予定されているのは大村理事長の義弟で北折昭一氏です。文部官僚出身で国立大学の事務関係に長らく携わってきた人物です。姫路獨協大学の幹部は文部省の人脈で占められていると言わざるを得ないのではないでしょうか。 こうした点からいっても、私大審での厳正な審査は期待できないのではありませんか。無理をしてでも、ごり押ししてでも設置しようという意図が露骨に見えているのではないでしょうか。 そこで、私大審の審査基準についてお尋ねをいたします。「施設及び設備について」の項で注意書きされている「入学を条件とする寄附金」とはどういうものですか。
○國分政府委員 入学に当たりましては、学力検査その他公正な方法によって入学者を決定するということから、入学の合否に何らかの影響を与えるような寄附金という意味であろうと存じます。
○藤木委員 入試は当然公正を期して行われるのが大原則であって、寄附を行うことで入試の公正さを欠いたり特定の者が優遇されることがあってはならないと思いますが、そのとおりですか。
○國分政府委員 任意、自発的な寄附は別といたしまして、入学に関係してただいま御指摘のような形の寄附というものはあってはならないということを文部省においてもかねてから文書で通達しているところでございます。
○藤木委員 そうなりますと、入学定員の一定枠の入学を寄附の条件にするということは、審査基準に言う「入学を条件とする寄附金」に当たるのではないでしょうか。いかがですか。
○國分政府委員 入学定員の一定枠についてただいまおっしゃるようなことであれば、ここに言う「入学を条件とする寄附金」になろうと思います。
○藤木委員 「姫路獨協大学設置に関する協定書」の中では、「出資条件は、次のとおりとする。」として、「入学定員の一五パーセント以内に相当する数」の入学が明記されております。これは明らかに「入学を条件とする寄附金」そのものであり、審査基準に違反しているのではないかと思いますが、いかがですか。
○國分政府委員 姫路市民について一定の枠について入学させるということについては、直ちに「入学を条件とする寄附金」というのには当たらないと思います。
○藤木委員 もう一度申します。「出資条件は、次のとおりとする。」寄附金の条件に入学を保証するように要求している協定書です。いかがですか。
○國分政府委員 市が出資するないしは寄附する条件でございまして、現に入学するのは姫路市民あるいはその子弟でございますので、ここに言う「入学を条件とする寄附金」には当たらないと考えます。
○藤木委員 今のは自治体の場合ですけれども、団体の場合はどうなりますか。お金さえ出せばその団体の者の入学は可能になってくるのではありませんか。あなたが今おっしゃっていることは、裏口入学を合法化する、つまり法律で認めるということになるのではありませんか。大変なことです。とんでもないことです。この点を改めないで申請を出してもいいとお考えですか。
○國分政府委員 具体の細部の事情について承知しておりませんが、ただいまお伺いする範囲では、別段支障はないというふうに考えます。
○藤木委員 今おっしゃったこと、取り消していただきたいと思いますよ。あなた、とんでもないことをおっしゃっていますよ。個人が直接寄附をして、その見返りに裏口入学する、これは個人的な行為で、よくない、あなたそうおっしゃっている。しかし、市が――それが市であるにしろほかの団体であるにしろ、入学ということを条件にして寄附を行うということは、この審査基準にわざわざ注意書きしていることに違反するのじゃありませんか。違反の行為にはなりませんか。私はその点もう一度よくお考え直しをいただきたい、このように思います。いかがでしょうか。
○國分政府委員 繰り返し御答弁申し上げて恐縮でございますが、そうは考えておりません。
○藤木委員 そうなりますと、個人でない限り、どんな団体でも、寄附さえすれば、資格があろうとなかろうと一定の入学枠を取ることができる、こういうことに道を譲ることになりますよ。私はそのことを断言させていただきたいと思います。そして、そのようなことが起こってから、しまったと言うのではなくて、やはりこの申請は、このようなまま申請が出された場合にはぜひ見直しを行っていただきたい、御研究をいただきたいと思いますけれども、その点はいかがですか。今の御見解は伺いました。しかし、この問題を踏まえてひとつ御研究いただきたいと思いますが、いかがですか。
○松永国務大臣 今御指摘の獨協大学というのは、本部が埼玉県にありまして、相当評価は定着している大学なのです。その大学が、姫路の方で大学を誘致したいということから、先ほど先生のおっしゃったような姫路市の協力を得て姫路市に獨協大学が進出したいということは、これは地方公共団体が自分の地域の学術文化水準を高めたいということからのことと思うのでありますが、文部省としては、先ほど私学部長が説明いたしましたように、認可基準とかあるいは資金計画とかそういったものが立派に整っておるならば、これは慎重な審査をして、そうしてそれに適切に対応しなければならぬと思うわけでありますが、一般論として申し上げますと、評価の定着しているような大学を、自分の地域の学術文化水準の維持向上を図ろうということで、大学と地方公共団体が協力し合って、そうして大学を設置していくということは、私は、決して排斥すべきものじゃない、むしろ望ましいものであるというふうに思います。 その誘致をする場合に、市の方で何らかの協力をした場合に、これは一般市民の意向として、市が協力したならば、市民に対して別枠で、市民の中から試験を受けて、その中で何名かは市民の方を優先して採るよということは、その枠の大きさにもよりますけれども、公正な試験をして市民の中から入学が許されるのであるならば、これは必ずしも不当ではないというふうに私は思うわけであります。 それで、姫路市でそういう協力をするかどうかということは、まさしく姫路市自身の中で公正な議論をして、そして対応さるべきことだ、実はこういうふうに思っておるわけであります。
○藤木委員 大臣、私が申し上げていることと趣旨をちょっと取り違えていらっしゃると思うのです。私は、姫路に大学を誘致することに反対をして質問をしているわけでは決してございません。糧協学園が今までかなり定着したいい学校だとおっしゃいましたけれども、確かにその経歴というのは問題になりましょうけれども、今とっている行為について私は質問を申し上げているのです。しかも、私が言っているのは、この審査基準の中にはっきり明記している。これをどう言葉どおり読みましても、入学を条件とする寄附金は、これは認められない、こう書いてあるんですよ。入学を条件とする寄附金は認められないと書いてあるんですよ。入学を寄附金の条件にするような協定書は、どこから考えてもこれに違反する、私はこのように考えるわけです。ですから、その点の御研究をぜひしていただきたいということを申し上げているわけでございます。審査基準そのものの書かれてある内容に抵触するのではないか、こういう点で申し上げているわけでございます。 あと、時間がございませんので、次の問題に移りますけれども、この獨協大学の設置計画は、教育サイドの計画というよりは、建築業者主導の計画であるという点を指摘しておきたいと思うわけです。 昭和五十八年十二月、姫路市の獨協大学設置に関する件で開きました臨時理事会の会議録がここにございますけれども、この会議録によりますと、「大林組試案による資料をもとに、その土地に如何なる規模の大学の設置を予定しているか説明した。」というふうに報告されているわけですね。株式会社大林組東京本社一級建築士事務所では、既にここにございますようにこういう地図まで出しまして、「姫路獨協大学キャンパス計画」というようなものまでもう製作しているわけですよ。これに基づいて報告がなされた、こういうことは、払いかにも不思議な話だと思うわけですね。ですから、このように大学設置が企業の介在によって計画され、進められるというようなことであってはならないと思うわけです。 そこで、文部省がこれらの獨協大学設置計画に係る一切の資料の提出と、そして報告を求めてくださるように要求したいと思いますが、いかがですか。
○國分政府委員 一般的に申しまして、大学の設置というのは申請者にとっても大変な大事業でございます。その間において紆余曲折あるいは計画の練り直し、いろいろな段階があるわけでございまして、それらの討議を経て、最終的に設置認可申請という形になるわけでございます。文部省といたしましては、その申請されましたものについて妥当であるかどうか、大学設置審議会あるいは私立大学審議会に御諮問いたしまして慎重に審査していただいて、認可の可否を決定しているわけでございまして、その途中段階のものについて資料の提出を求めるということは、従来もいたしたことはございませんし、現在もするつもりはございません。
○藤木委員 しかし、既に文部省には御指導を仰いでいらっしゃるわけですよ。それで、文部省の方も御指導していらっしゃるわけですね。私は、その申請が出されてからというお話をされますけれども、申請はできることなら正しく出されて、そして認可をされるというのが望ましいと思うんですよ。それを、意地の悪い、横目で見ながら、間違っているのをけってやろう、まさかそんなおつもりはないと思いますけれども、それまでに御指導されるということは、決して間違いじゃないんじゃございませんか。むしろ正しくやられるようにしていくというのが望ましいのではないかと思いますけれども、私のこの考え方は間違っておりますか。
○國分政府委員 私ども、申請を準備している側において、例えば審査の基準がどうであるか、手続がどうであるかというお尋ねがあれば、そういう照会に対しては、認可基準あるいは申請手続についてお答え申し上げているところでございますが、現在準備中のものについて、求めもないのに、それはおかしいじゃないかというようなことは適当ではないだろうというふうに考えております。
○藤木委員 大学の設置等の認可の申請手続等に関する規則というのには、実に十一項目にかかわって提出しなければならない書類がございますね。当然先方は御存じなんだろうと思いますけれども、かなり厳しくなっているわけですよ。そういうことに全部パスするような御指導が必要だと思いますし、私もできることなら、地元に参ります大学でございますから、適切な申請が出されるということを希望しているわけですから、私としても、その資料を提出していただいて、ぜひ拝見もし、究明もさせていただきたい、こんなふうに思っておりますので、お願いしておきたいと思います。 実に数々の問題を抱えた大学設置に国民は納得するものでは決してございません。地方自治体に一方的に負担を押しつけるやり方は、無計画としか言いようがないですね。したがって、獨協大学の資金計画や大学構想の全体像を市民、国民の前に明らかにして、姫路市民も獨協学園の教職員も納得できる計画のもとに進めるべきだと考えます。それができないのであれば、大学設置は見直さなければならないと思うのですが、大臣、適切な御指導をいただけませんか。
○松永国務大臣 立派な私立大学が地方公共団体と協力して、そうして地方に進出するということは、地方の教育、文化、学術の水準を高める上で極めて望ましいことであると思っております。その協力の仕方についていろいろ意見があるならば、それぞれの地方公共団体で議論をすべき事柄であると思います。文部省としては、適正な申請がなされた場合には、それぞれの審議会において適切な審議がなされて、そしてそれがクリアできたものについては、先ほど来議論がありますように、十八歳人口の急増という問題にも対処しなければならぬわけでありますから、いい大学が新たにできるあるいは定員増がなされるということについては、前向きに対処するのが文部省の責務であるというふうに考えているわけであります。
○藤木委員 質問を終わります。
○阿部委員長 江田五月君。
○江田委員 国立学校設置法の一部を改正する法律案ですが、もう大勢の同僚委員の皆さんからいろいろな角度から質問がありましたので、なるべくダブらないように多少角度を変えて質問をしてみたいと思います。 医学部附属看護学校を医療技術短期大学部に改組するということですね、これによって一体どういうメリットが出てくるのですかね。いろいろあると思うのですが、簡単にお聞かせください。
○宮地政府委員 短期大学に改組転換をすることのメリットはどういう点かというお尋ねでございますが、専修学校と比べますと、教育課程、教員組織、施設設備、図書等の基準が比較的高く定められているというようなこともございまして、充実した教育条件のもとで、医学、医療の進歩あるいは社会的要請の変化に対応できる医療技術者の養成が期待できるという点がございます。 それから、直接の事柄と言えるかどうかわかりませんが、短期大学でございますので、四年制大学との間での例えば教官の人事交流が可能となること、あるいは学生の編入学制度が出てくるというような事柄なども、短期大学とすることでいわば正規の学校として学校教育法一条の学校になるわけでございますから、そういう面での副次的な効果が出てまいるということが言えるかと思います。
○江田委員 なぜメリットを聞いたかといいますと、確かに医療技術短期大学部というものに改組転換をすることが時代の要請に合うという面もある。しかし、同時に、看護学校のままでも今、時代の要請に合うようにいろいろと教育の内容、方法などを充実させなければならぬ点があると思うのです。ですから、看護学校の方もひとつ大いに充実をさせていただく。しかし、同時に、もっと質的に高い教育施設として医療技術短期大学部をつくる、こういうことでなければいけないと思うのです。 さて、この提案理由によりますと、「近年における医学の進歩と医療技術の高度化、専門化に即応して、資質の高い看護婦及びリハビリテーション関係技術者を養成」するとあるわけですが、これはもうちょっと具体的に言うとどういうことなんですか。近年における医学の進歩と医療技術の高度化、専門化ということに対応する、それだけで今の医療をめぐる国民のニーズにこたえることができるというお考えなんでしょうか。
○宮地政府委員 具体的には、例えばリハビリテーション関係の技術者の需要の増大というようなことなどがあるわけでございます。それから、教育内容で申しますと、先ほどもちょっと御説明をしたわけでございますが、例えば御提案申し上げております鹿児島大学の医療技術短期大学について申せば、専門教育科目で心身医学、救急医学、老年医学というような科目を具体的に取り上げていくというようなことがございまして、一般的に申せば、短期大学にすることによりまして、基礎的な一般教育科目の充実とさらに専門科目についてより深めたもの、さらに近年の社会的な変化に対応するような学科目の構成というようなことで対応し得るということがあり得るわけでございます。 専修学校についても、時代の要請に対応する改革ということは考えなければならないことではないかという御指摘は、まさに先生御指摘のとおりかと思います。ただ、先ほども申しましたように、専修学校の場合の設置基準と短期大学の場合の設置基準とはおのずから異なる点がございまして、国立の施設で申しますと、短期大学に切りかえることによりまして教官組織の充実というようなことが具体的に図られるということなどがあるわけでございます。
○江田委員 ただいまの答弁は、それはそれでそうだと思いますが、しかし、一方で、近年における医学の進歩と医療技術の高度化、専門化の中で、実は、普通の庶民といいますか、悩みがある、あるいは不安がある。余りにも医療というものが高度化、専門化してきて、一体、人間を扱うということがどうなっているんだろう。病院に入りますと、検査検査でいろいろいじり回されて、本当に人間と人間との触れ合いといいますか、患者というのは体も悪いけれども、同時にいろいろな悩みを持って病院に入院もしたりあるいは通院もしたりする。一方で医療の方がどんどん技術化、高度化していく。その間を埋める、本当に人間を看護する、人間を病から救っていくというものが看護婦じゃないかという気がするんですね。したがって、「医学の進歩と医療技術の高度化、専門化に即応」という「即応」の意味なんですが、技術をどんどん進めることも大切ですが、同時に、これからの看護婦というのはもっと人間的な魅力といいますか、能力を養成していくとかそうしたことが大切で、これは看護学校にも同じように言えると思いますが、何かその辺のところが抜け落ちているのじゃないかという気がして仕方がないのですが、いかがでしょう。
○宮地政府委員 その点は、確かに医学そのものについてもまさに言われている点でございまして、医学教育自体についても、医の倫理の問題でございますとかそういうような観点をどのように今後重視をしていくかということが、単に医療技術の高度化ということだけではなくて、人格面においてといいますか、特に看護婦さんなんかの場合で言えば、患者に直接接する職種でございますので、そういう面ですぐれた資質を持つということが大変大切なことだということはもちろんあるわけでございます。したがって、医学教育についてもそうでございますが、この医療技術者の養成の場合においても、短期大学においては一般教育科目の重視というようなことで、哲学、倫理学、心理学というようなもの、あるいは専門教育科目での医学概論とかカウンセリングとかいうようなものを設けて特色を持たせていくということが考えられているわけでございますが、考え方の基礎に、基本的な点として、先生御指摘のような、単に技術の高度化だけを追っかけていくということではなくて、もう少し人格面を重視をするということが必要なことはもとよりでございまして、私どももそういう点をこれからのカリキュラム構成でも十分重視をしていくということは、積極的な対応をこれはそれぞれの大学でやっていただかなければならぬことでございまして、当然のことでございますし、そういう方面を重視してまいりたい、かように考えております。
○江田委員 大臣、政治家というのは病気をしたりしたらすぐに殺されてしまいますから、しないにこしたことはないんですが、入院をされたことがありますか。
○松永国務大臣 昭和二十六年ごろ、二週間ばかり入院したことがございます。
○江田委員 昭和二十六年というともう大分昔ですが、最近、入院でなくても人間ドックなんかでも同じだと思いますけれども、これだけ医学あるいは医療技術が進歩、高度化していって、その陰では何か機械と技術とのはざまに患者が置かれて、自分はどこにいるのだろうというような感じを持っているケースというのが非常に多い。あるいは死に直面した場合でも本当に機械だらけ、コードだらけで、人間が全部コードでつながれて死んでいくというような状況の中での看護婦の役割というのは、私は時代の変化に伴って今までと違った大変大きな役割が必要となっていると思いますが、こういう認識はいかがお思いですか。
○松永国務大臣 私自身はさようなわけで三十何年前に入院した経験があるだけですけれども、子供の入院あるいは親の入院等は私も経験をいたしました。したがいまして、お医者さんあるいは看護婦さんその他医療関係者の患者あるいは患者の親族等に対する接し方等は非常に大事だと思います。それだけに、お医者さんもそうでありますが、医療技術者、看護婦さん等は、単に技術を身につけているというだけではなくして、難しい言葉で言えば医療に関連する倫理観的なものをきちっと身につけて仕事をしていただく、また患者やその親族等に対する接し方、これも非常に大事なことではなかろうか、こう思うわけであります。 したがいまして、医療技術者を養成するのを今度専修学校から短期大学部に改組することにつきましては、その新しい短期大学部におきましては心理学とか倫理とかいった面の教育もして、そして、今先生が御指摘のような事柄についても関係者の適切な対応ができるような技術者に養成していきたい、こういう考え方があるわけでございます。
○江田委員 「資質の高い看護婦及びリハビリテーション関係技術者の養成」というのは一体どういうことかというのを今質問させていただいたわけですが、次に、近年の医学の進歩、医療技術の高度化、専門化だけではなくて、これは今さら改めて申し上げるまでもなく、高齢化社会、これから大変な速度でお年寄りがふえていくという時代になって、これもこの時代の変化に即応するといえば即応しなければならない非常に大きな課題だろうと思うのです。 そこで、先ほど老齢医学とちょっとおっしゃったと思うのですが、高齢化に即応していくために、看護婦さんの養成の中にももっと今まで以上に老人介護といったことを、寝たきりの老人あるいは老人性痴呆の方々に対する介護、こうしたことをしっかりと看護学校とか医療技術関係の教育課程でやっていくということが必要だと思いますが、いかがですか。
○宮地政府委員 基本的には御指摘のとおりかと思います。医学教育の改善につきましては、ただいま私ども医学教育の関係者にお集まりをいただきまして、特に質の高い医学教育ということで議論をいただいておるわけでございますけれども、医療技術者についても先生御指摘のようなことは当然考えられるわけでございます。そういう時代の変化というのは、老齢化問題等についても対応するということは当然含まれるわけでございまして、関係者でそういうような面を積極的に御議論をいただくように私どもはお願いをしたいと思うのでございます。
○江田委員 この老齢医学というのがどういうものであるのかを一遍私も勉強してみたいと思いますが、老齢医学も大事ですが、同時に、老齢看護学といったものが必要だと思うのですね。それから、高度な医療機械を操作するとか医療技術を駆使するとかいうことでなくて、例えば今の老齢看護学というようなものが仮にできていけば、こういうものは市民に一般に開かれていくということが必要だろうと思うのですね。短期大学の社会への開放は、せんだって、五十九年六月六日に出された大学設置審議会大学設置計画分科会の報告でも出ておりますが、この医療技術短期大学部のさまざまな講義も、ひとつ必要なあるいは妥当なものは市民大学とか公開講座とかというような形で、市民にオープンにしていくということもお考えになるべきじゃないかと思いますが、いかがですか。
○宮地政府委員 大学を市民に公開するという考え方、基本的にそういう施策を従来からも進めてきておるわけでございます。特に今お話しのような観点から、この医療技術短期大学等においても積極的にそれを考えるべきではないかという御指摘でございまして、既に幾つか、例えば具体例で申しますと、名古屋大学の医療技術短期大学部でも公開講座というような形で、「身近な医学」というような形で実際に実施をしているというようなことも伺っております。そういうようなことがより広く行われていきますように私どもも積極的に対応してまいりたい、かように考えております。
○江田委員 この鹿児島大学の場合を除いて、あと九大学国立の医学部附属看護学校があるというお話でしたね。そして、これらについては岡山大学の場合、徳島大学の場合に調査費がついているということですが、これはそういうような順番で次々と改組転換の計画を実施に移していこうという腹づもりだ、こういうふうに理解をしていいのですか。
○宮地政府委員 医療技術短期大学の設置については、先ほど来御説明をしておりますように、六十年度では御提案のものをお願いしておるわけでございますが、具体的な準備としては、さらに岡山大学、徳島大学についてそれぞれ設置準備調査あるいは設置調査というような形で事務的な経費を計上いたしておるわけでございます。これらについては、大変財政状況も厳しい中でございますけれども、私どもとしては準備状況を見ながらそれぞれ今後の六十一年度以降対応してまいりたい、かように考えております。
○江田委員 この地元の関係の者はそれぞれ皆心待ちにしていると思いますが、とりわけ、六十七年のピーク時を迎えるに当たって六十一年から計画的に七年間で整備をしていこうというような報告がなされておるわけですから、今回はしばらく飛んで一つまたということになっておりますが、ぜひひとつどんどん改組転換をするという方向に向けて最大限努力をしていただきたいと思いますが、大臣、どうですか。
○松永国務大臣 そういう方向で努力をしていきたい、こういうふうに考えております。
○江田委員 終わります。
○阿部委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。
○阿部委員長 この際、本案に対し、船田元君から修正案が提出されております。 ――――――――――――― 提出者から趣旨の説明を求めます。船田元君。 国立学校設置法の一部を改正する法律案に対する修正案 〔本号末尾に掲載〕 ―――――――――――――
○船田委員 ただいま議題となりました修正案につきまして御説明申し上げます。 案文は既にお手元に配付しておりますので、朗読は省略させていただきます。 修正案の趣旨は、本法案中の昭和四十八年度以後に設置された国立医科大学等の職員定員改正規定の施行期日、「昭和六十年四月一日」は既に経過いたしておりますので、これを「公布の日」とすることであります。 何とぞ委員各位の御賛成をお願いいたします。
○阿部委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。
○阿部委員長 これより討論に入るのでありますが、別に討論の申し出もありませんので、採決に入ります。 内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する法律案及びこれに対する修正案について採決いたします。 まず、船田元君提出の修正案について採決いたします。 本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○阿部委員長 起立総員。よって、本修正案は可決いたしました。 次に、ただいま可決いたしました修正部分を除いて、原案について採決いたします。 これに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○阿部委員長 起立総員。よって、本案は修正議決すべきものと決しました。 ―――――――――――――
○阿部委員長 この際、船田元君外五名から自由民主党・新自由国民連合、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議、民社党・国民連合、日本共産党・革新共同及び社会民主連合の六派共同提案による附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。 提出者から趣旨の説明を求めます。佐藤徳雄君。
○佐藤(徳)委員 私は、提案者を代表いたしまして、ただいまの法律案に対する附帯決議案について御説明を申し上げます。 まず、案文を朗読いたします。 国立学校設置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府及び関係者は、次の事項について特段の配慮を行うこと。 一 高等教育に対する新たな時代の要請に基づき、学術の振興、教育・研究体制の推進を図るため、また、当面予想される大学進学者の急増に対応する対策として、必要な諸条件の整備に努めること。 二 いわゆる独立大学院の個別の具体化に当たっては、本委員会における意見並びに設置予定大学院の教育研究関係者その他学識経験者等の意見を十分に取り入れ、その構想を明確にするよう特に配慮すること。 右決議する。 以上でございます。 その趣旨につきましては、本案の質疑応答を通じて明らかであると存じますので、案文の朗読をもって趣旨説明にかえさせていただきます。 何とぞ御賛同くださいますようお願い申し上げます。 以上です。
○阿部委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。 採決いたします。 本動議に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○阿部委員長 起立総員。よって、本案に対し附帯決議を付することに決しました。 この際、本附帯決議に対し、政府から発言を求められておりますので、これを許します。松永文部大臣。
○松永国務大臣 ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと存じます。 ―――――――――――――
○阿部委員長 なお、ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○阿部委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 〔報告書は附録に掲載〕 ――――◇―――――
○阿部委員長 この際、佐藤誼君外二名提出、学校教育法の一部を改正する法律案、中西績介君外二名提出、学校教育法等の一部を改正する法律案、中西績介君外二名提出、公立幼稚園の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律案及び馬場昇君外二名提出、公立の障害児教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準等に関する法律案並びに内閣提出、著作権法の一部を改正する法律案の各案を議題として、順次趣旨の説明を聴取いたします。佐藤誼君。 ――――――――――――― 学校教育法の一部を改正する法律案 〔本号末尾に掲載〕 ―――――――――――――
○佐藤(誼)議員 ただいま議題となりました学校教育法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 学校には、校長、教頭、教諭、養護教諭のほか、学校事務職員、学校栄養職員、司書、給食調理員、用務員、警備員など各種の職員が配置されており、これらの職員が一体となって活動しなければ、学校教育の目的を十分に達成することはできません。これらの職種のうち、特に養護教諭及び事務職員につきましては、その職務の重要性にかんがみ、小中学校及び盲・聾・養護学校には原則として置かなければならないことを学校教育法において定めているのであります。 しかるに、学校教育法制定以来、三分の一世紀を経過した今日においても、法制定時の事情から未設置の根拠となっている経過規定や例外規定がいまだに撤廃されず、養護教諭及び事務職員の全校配置は実現を見ていないのであります。すなわち、昭和五十八年度における公立小中学校の平均配置率を見ますと、養護教諭が八五・一%(定数上八一・四%)、事務職員が八四・九%(定数上七七・〇%)となっております。 また、昭和五十五年度から発足いたしました第五次学級編制及び教職員定数改善十二年計画においてもその二分の一を経過しようとする昭和六十年度を迎える時点におきましても、養護教諭の過去五年間の措置数は、全体計画の五千百二十二名に対し、わずか九百六十二名という配置にとどまり、この計画が終了する昭和六十六年度になお公立小中学校の四%、約千四百校が養護教諭及び事務職員を未設置のまま放置されることになっております。 養護教諭と事務職員の重要性、必要性につきましては、既に当文教委員会においてたびたび真剣に論議されてきた問題でありますが、行政の理解不十分と努力不足はまことに遺憾であります。そこで、両者の職務の重要性と全校配置の必要性につきまして重ねて御説明申し上げます。 まず第一に、養護教諭について申し上げます。 御承知のように、養護教諭は児童生徒の保健、安全に関する管理と指導という極めて重要な職務を行っております。特に近年、社会、経済等の急激な変化に伴う生活環境の悪化と入試準備教育の過熱を背景として、心臓、腎臓疾患を初めとして、情緒障害の増加、さらには骨折の多発など子供の健康、体力について、極めて憂うべき状況が生じており、養護教諭の役割の重要性が一段と高まっているのであります。その結果、父母や学校関係者から子供の生命と健康を守るために養護教諭の必置を求める声がますます強まってきております。この要請にこたえるため、各都道府県は、標準定数法の定める定員を上回って養護教諭を配置せざるを得ないばかりか、相当数の養護教諭が複数校の勤務を強いられる事態を生じ、子供の健康管理を十分に行えないだけでなく、養護教諭自身の過労など人権にかかわる問題まで生ずるに至っております。また、近年、健康診断の機能的検査を初め、保健室を訪れる子供たちの精神的な相談相手としての勤務に加えて、学校事故の多発がその事務処理等養護教諭の職務の過重を招来していることも見逃せないところであります。 次に留意すべき問題は、学校教育法第二十八条第十二項で、特別の事情のあるときは、養護教諭にかえて養護助教諭を置くことができる旨の規定が置かれていることから生ずる問題であります。すなわち、政府は現在養護教諭の増員計画を進めておりますが、その養成制度の不備等から有資格者が得られず、資格を持たない養護担当教員が安易に配置される傾向が目立ち、子供の生命と健康に直接かかわる職種であるところから、専門職としての資格を持った養護教諭を早期に配置することが急務であります。 次に、高等学校の養護教諭については、学校教育法上任意設置の建前となっておりますが、すべての高校に養護教諭を配置する必要性のあることは、小中学校と同様であります。また、このことは、高校における養護教諭が全日制の課程と定時制の課程の兼務を余儀なくされて、労働過重になっている事態を解決するためにも必要な措置であります。 第二に、事務職員について申し上げます。 学校事務職員の職務は、まず文書、統計、給与、福利厚生、学校予算執行事務などがあり、また直接子供にかかわる事務としては、教材教具、施設設備、就学奨励及び転出入などに関する事務、さらには地域の父母にかかわるPTAの諸活動への援助など、極めて多方面にわたっております。 さらに、これらの複雑多岐にわたる学校事務を適正に行うためには、学校教育の理念、教育内容、教育行政の仕組み及び子供の学習環境に関する知識を習得する必要があるなど一般行政事務とは別の意味での専門性が要請されており、学校事務職員は教員の教育活動と相まって学校運営を有機的、一体的に進めるために極めて重要な役割を果たしているのであります。特に、近年における学校教育の役割の増大等による学校運営の複雑困難化に伴って、事務職員には速やかな校内、地域及び教育行政機関との連絡調整機能が要求され、その職務は複雑かつ高度化が一層進みつつあります。さらにまた、事務職員も、日々子供たちと親しく接する存在でありますから、子供への深い愛情の持ち主であることが教員と同様に必要であることも見逃せないところであります。 その上、修学旅行、遠足、キャンプ等の付き添いはもとより、今日の教育の現状及び子供の要求もあり、部活動、クラブ活動、生活指導等を担当せざるを得ない実態がふえています。 次に、学校事務職員の置かれていない学校は主として小規模校でありますが、学校事務すなわち学校運営に必要な業務の種類は学校規模と関係なく同様であります。したがって、小規模校においては、少数の教員が多くの校務を分掌せざるを得ない上に学校事務を分担しているのであります。そのため、教育活動や学校事務の処理に支障を生ずるなど学校教育の正常な運営が阻害されているのが実情であります。 なお、各都道府県が標準定数法の定める定員を大幅に上回って学校事務職員を配置していることにも、その必要性があらわれております。 以上述べました理由から、養護教諭及び学校事務職員の全校必置を速やかに実現しなければならないものと考え、本改正案を提出した次第であります。 なお、政府が昭和六十年度予算編成に当たって、学校事務職員等の給与費を国庫負担の対象から除外しようといたしましたことは極めて遺憾であります。 義務教育費国庫負担制度は義務教育無償の原則に基づく国と地方を通ずる行財政制度の基本であり、国は常にその拡充に努力し、国民の期待にこたえる責務があります。 今後ともこの制度の後退は絶対に許されないものであることを強く主張しておきたいと思います。 最後に、養護教諭の必置制を実現するためには、養成機関の増設とその内容の充実、養護教諭の地位、処遇の改善等が極めて重要であることを付言しておきたいと存じます。 次に、改正案の内容について申し上げます。 第一は、高等学校に置かなければならない職員として養護教諭を加えることとしております。 第二に、小中高等学校に養護教諭を置かないことができる期間を昭和六十四年三月三十一日までの間に改めております。 第三に、昭和六十四年四月一日以降、養護教諭にかえて養護助教諭を置くことはできないこととしております。 第四に、小中学校等に事務職員を置かないことができる期間を昭和六十四年三月三十一日までの間としております。 第五に、附則において、政府は速やかに養護教諭の養成計画を樹立し、これを実施しなければならないこととしております。 以上が本法律案を提案いたしました理由と内容の概要であります。 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。 以上です。
○阿部委員長 次に、中西績介君。 ――――――――――――― 学校教育法等の一部を改正する法律案 〔本号末尾に掲載〕 ―――――――――――――
○中西(績)議員 ただいま議題となりました学校教育法等の一部を改正する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 学校教育法は、高等学校の目的として、「心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施す」と定めております。 今日あらゆる分野において急速な科学技術の進展がなされており、高等学校における専門教育の重要性は特に重視されなければなりません。 ところで、高等学校の専門教育において、実験・実習の教育は、観察、測定、機器の操作及び材料の加工や製造を通じて、生徒に理論と実際の関係や生産に係る基礎的知識と技能・技術を習得させ、あわせて、一般教科との有機的関連づけを行うことにより、科学的認識力、自主的判断力及び適応力を培う上で極めて重要な役割を果たしているものであります。 現在、高等学校には実習助手が置かれ、実習助手は、学校教育法上実験・実習について教諭の職務を助けることとされており、高等学校の実験・実習の教育は、教諭と実習助手によって行われております。これら実験・実習の教育に携わる教員については、先に述べた事情にかんがみ、処遇の改善等について積極的な施策が求められています。 さて、これまでの当委員会における質疑の中で明らかなように、教育現場における実習助手は、実験・実習の準備指導、整理等については言うまでもなく、指導計画、成績の評価等に至るまで、担当の教諭と何ら異ならない職務を行うとともに、生徒指導、クラブ活動、校務分掌についての分担など直接生徒の教育に係る職務に携わっており、教育職員としての責務と自覚の上に立って職務の遂行に当たっている実習助手の教育上の功績はまことに大きなものがあります。それだけに、実習助手は、教育職員免許法に基づく認定講習会や各種教育講座に参加する等、みずから積極的に研修を積み、今日では、実習教科免許状取得者も約六五%に上っています。にもかかわらず、現行制度下では実習教科担当教諭への移行は容易ではありませんし、また、実習助手の置かれている現状は、助手なるがゆえに、教諭に比較して低い処遇を受け、上位等級への昇進の道も閉ざされていることはまことに遺憾なことと言わざるを得ません。これらの問題点については当委員会での三度にわたる質疑の中で明らかになっています。そのため文部省も実習教科免許状取得者の教諭への任用、現行三等級俸給表の改善など実習助手の処遇の改善を検討せざるを得なくなっており、少なくとも現状のまま放置できないことが確認されています。 以上のような事情にかんがみ、実験・実習の教育を担当する教員についての制度をすべての人が望むあり方に是正するとともに、現に実習助手である者について制度改正に伴う移行措置を講じ、その処遇につき遺漏なきを期することが必要であると認め、この法律案を提出することとした次第であります。 次に、この法律案の概要でありますが、まず第一は、実習助手制度を廃止し教諭に一元化するため、学校教育法等必要な関係法律の改正を行うとともに、実習助手の廃止について十二年間の経過措置を設けることといたしております。 第二は、高等学校の教職員定数の標準を改正し、実習助手の規定を削除し、教諭等の数の規定に実験・実習担当の教諭の数を加えるとともに、必要な措置を定めることとしております。 第三は、教育職員免許法を改正し、実習担当教諭の免許状取得資格として、新たに、高等専門学校を卒業した者及び看護婦の免許状取得者を加えるとともに、現に実習助手である者のうち、理科及び特殊教科担当の者で文部省令に定める資格を有する者については、教諭免許状取得の措置を講ずることができることとしております。 第四は、この法律は、昭和六十一年四月一日から施行することといたしております。 なお、本法律案の措置により、実習助手の教諭への一元化が可及的速やかに実現されることになると思われますが、そのためには、教諭資格付与のために認定講習会の開催、研修会等への参加の保障等の措置を講じ、教諭への円滑な移行がなされるよう政府においても特段の配慮が要望されるところであります。 以上がこの法律案を提出いたしました理由及びその内容の概要であります。 何とぞ、十分御審査の上、速やかに御賛成くださるようお願いいたします。 以上です。
○阿部委員長 次に、田中克彦君。 ――――――――――――― 公立幼稚園の学級編制及び教職員定数の標準に 関する法律案 〔本号末尾に掲載〕 ―――――――――――――
○田中(克)議員 ただいま議題となりました法律案について、その提案理由と内容の概要を御説明申し上げます。 我が国の五歳児の幼稚園と保育所の在籍率は、昭和五十七年度時点で既に九五%となっており、その内訳は、幼稚園が六四%、保育所が三一%であります。四歳児の場合も両者で八三%と高く、このほか無認可施設の幼児まで加えますと、四、五歳児の在籍率は一〇〇%に迫る高いものになると考えられます。 このように幼児教育に対する国民の要求は高まっております。これら幼児の多数が通園している保育施設は、戦後、幼稚園は学校教育施設として、保育所は児童福祉施設としてそれぞれ固有の目的、機能のもとに制度化され、文部省と厚生省による二元行政が行われてまいりました。その結果、一貫した乳幼児保育・教育内容の追求は立ちおくれ、両施設の地域的偏在や父母負担の格差、教職員の労働条件の格差など多くの問題が提起されております。 現在の保育施設がこのような状態では、次の世代を担う幼児の健やかな発達、成長やその教育が十分に保障されているとは言えません。このような現在の保育制度を抜本的に改善するためには、幼児の教育と福祉が分離された二元行政を改め、幼児の健やかに成長する権利と教育を受ける権利とを一体化した保育の一元化が必要と考えられます。そのためには、解決すべき多くの課題があります。その実現を目指すための経過的措置として、ここに、本法律案を提案する次第であります。 現行の幼稚園についての法的基準としては、昭和三十一年に文部省令として公布された幼稚園設置基準があります。この基準は、現在までに数次の一部改正が行われておりますが、基本的な事項は何ら改善されておりません。その中で学級規模については、一学級の幼児数を「四十人以下を原則とする」としており、この点について文部省は、一、二名程度の増加を認め得るという指導を行っております。このような緩和規定のため、近年における園児の大幅な減少にもかかわらず過大学級や大規模幼稚園が一部で容認されたり、幼稚園の統廃合や学級減が行われる結果となっております。 明治三十三年の小学校令で、小学校の学級規模が「七十人以下」と定められた際、幼稚園のそれは「四十人以下」とされ、小中学校で四十人学級が発足した現在、幼稚園の基準はいまだ四十人のままであります。これに対し、西欧諸国における学級規模は二十五名前後が多く、また、一九六一年の国際公教育会議は、就学前教育について「教師一人当りの幼児の標準的な数は二十五名をこえないことが望ましい」と勧告しております。 なお、我が国の保育所について見ますと、保母の配置基準を三歳児については二十名につき一人以上、四、五歳児については三十名につき一人以上としており、おおむねこの基準で学級編制が行われております。 次に、幼稚園の教職員定数については、前に述べました設置基準の中で、園長のほか、各学級ごとに専任の教諭一人を必置することとし、特別の事情があるときは、学級数の三分の一の範囲内で専任の助教諭もしくは講師にかえることができる旨規定されております。また、養護教諭と事務職員については置くように努めなければならないとされ、その他の職員については触れられておりません。 この基準に基づく公立幼稚園の実態は、兼任の園長のほかは学級数と同数の教諭のみ、または学級数プラス一名の教諭を置いている園が八〇%を占めております。このような少ない教職員の状態では、責任の持てる保育が行い得ないばかりでなく、保育時間の延長や行き届いた保育など多様化する父母の要求にこたえることは到底不可能であります。 一方、公立の小中学校の場合は、その定数法により、学級担任のほか、校長、専科教員、養護教諭、事務職員などについて規定されており、これらに伴う財源措置も別途制度化されておりますことは御承知のとおりであります。 したがって、幼稚園についても、学級編制の適正化と教職員定数の確保を図るための定数法が必要なことは時代の趨勢であります。その制定に伴い、公立幼稚園に対する地方交付税の財源措置も別途改善を図ることとなりますが、これらの措置が私立幼稚園と保育所の教育条件や教職員の労働条件の改善を促し、ひいては、保育全体の向上に資するものと考えられます。 次に、本法律案の内容の概要を御説明いたします。 第一は、この法律は、公立の幼稚園に関し、学級編制の適正化及び教職員定数の確保を図るため、学級編制及び教職員定数の標準について必要な事項を定め、もって幼稚園の教育水準の維持向上に資することを目的としております。 第二は、学級編制の標準についてであります。三歳児学級については二十人、四歳児及び五歳児の学級についてそれぞれ二十五人、小規模幼稚園において異なる年齢の幼児で編制する学級については十人としております。 第三は、教職員定数の標準についてであります。その一は、園長を一園に一人置くほか、教諭等の数は、学級数の一・五倍とし、障害児の受け入れについては必要な加算を行うこととしております。その二は、養護教諭等、事務職員及び学校用務員については、一園につきそれぞれ一人置くこととし、このほか、給食を実施する幼稚園については、学校栄養職員及び学校給食調理員を置くこととしております。その三は、教職員の長期研修など特別の事情があるときの加算措置について定めることとしております。 第四は、この法律は、昭和六十一年四月一日から施行することとし、学級編制の標準及び教職員定数の標準に関しましては、今後の幼児人口の減少等を考慮し、これを五年間の年次計画で実施することとしておりますので、それに必要な経過措置を定めることとしております。 以上が本法律案の提案理由及び内容の概要であります。 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
○阿部委員長 次に、佐藤徳雄君。 ――――――――――――― 公立の障害児教育諸学校の学級編成及び教職員 定数の標準等に関する法律案 〔本号末尾に掲載〕 ―――――――――――――
○佐藤(徳)議員 ただいま議題となりました公立の障害児教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準等に関する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 本案は、障害児教育の水準の維持向上のため、新たに単独法として、公立の障害児教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準法を制定し、学級編制及び寄宿舎の合室編制の適正化並びに教職員定数の確保を図ることにより、障害児教育へのきめ細かい配慮を行い、障害児教育の一層の充実に寄与しようとするものであります。 現行法では、公立の障害児教育のための学校の学級編制及び教職員定数の標準について、小学部及び中学部については公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律に規定し、高等部については公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律で定め、幼稚部については何らの規定も設けておりません。 しかし、幼稚園、小学校、中学校または高等学校の場合と異なり、障害児教育のための学校の場合は、幼稚部、小学部、中学部または高等部を併置することが多いばかりでなく、相互の緊密な連携のもとに一貫した教育を行う必要性が極めて強いものがあります。 また、障害児教育においては、早期教育の必要性が特に高く、幼稚部教育の重要性から見て、幼稚部についても学級編制及び教職員定数の標準について定める必要があります。 したがいまして、本案は、幼稚部から高等部に至るまでの各部の学級編制及び教職員定数の標準について改善充実を行うとともに、これを包括的に規定しようとするものであります。 昭和五十五年五月の第九十一回国会で成立した政府提出による義務教育諸学校教職員定数標準法等改正法による障害児学校関係部分の改善は、十二カ年計画で教員、寮母の定数を総計五千百二十四名増員する計画になっています。うち昭和五十五年度より六十年度までの六年間に、養護・訓練担当教員を毎年百五十名ずつ総計九百名増員するなど、一応の前進であると評価できます。しかし、例えば寄宿舎の寮母の定数については、最低保障及び肢体不自由児の寄宿舎のみに改善が行われたにすぎず、障害児教育諸学枝の寄宿舎に、重度・重複障害児の入舎がふえているという実情が無視されております。 また、重度・重複児の急速な増加や盲・聾学校の児童生徒数の減少などに対応し、その現状と実態に即した改善を図り、とりわけ重度・重複障害児の増加等による過度の勤務のため腰痛等教職員の健康破壊が急速に進みつつあるのを阻止するためにも、さらに教職員の大幅な増員と医療保障的役割をも担う養護教諭の増員が必要となっております。 以上の諸点が、本案を提出する理値であります。 次に、本案の主な内容について御説明申し上げます。 第一に、従来、盲・聾・養護学校は特殊教育諸学校と称しておりますが、本案においては、これを障害児教育諸学校と改めることにしております。 第二に、学級編制の標準についてでありますが、小中学部及び高等部はすべて六人とし、新たに幼稚部については一学級の標準を五人とすることといたしております。また重度・重複児学級については一学級標準を三人とすることとします。 第三に、教職員定数の標準の改善についてであります。 その一は、教諭等の数について、現行の算定方式を改め、障害の程度に応じ、集団指導や個別指導など充実した教育が行えるよう、小中学部及び高等部ともに部の規模の大小等にかかわらず一定の基礎数を学級数に乗じて算定することとし、必要な加算等を行うほか、新たに幼稚部について教員定数の標準を定め、一学級当たり三人といたしております。 その二は、養護・訓練担当教員については、障害の軽減、克服に必要かつ適切な教育の重要な部分を担うという重要性にかんがみ、その配置基準を改善することとし、特に精神薄弱・肢体不自由・病虚弱養護学校については、学部の数に二を加えた数の合計数の教員を、肢体不自由養護学校にあっては、さらに児童等の数八人に一人の教員を置くことといたしております。 その三は、新たに派遣教員の配置基準を定め、訪問教育指導を充実する立場から、児童生徒数五人まで三人の教員を、六人以上は二人増すごとに一人の教員を、児童生徒の在籍する学校に加算することとしております。 第四は、養護教諭の数について現行法では盲・聾・養護学校一校につき一人となっていますが、重度・重複障害児の増加に伴い健康保持、向上を図ることが重要になっておりますので、学部の数、学級数等を考慮し、複数の養護教諭を置くことができるよう改善することといたしております。 第五に、寮母の数でありますが、寮母の障害児教育における重要性にかんがみ、舎生を男女別にし、小中学部については、児童生徒数五人に三人の寮母を、高等部は生徒数三人に二人の寮母をそれぞれ置くこととし、新たに幼稚部について、幼児数五人に四人の寮母を置くこととしております。なお、重度・重複障害児については一人を三人とみなして計算しております。 第六に、事務職員についてでありますが、その学校規模に応じて、種々の加算配置を行う等その充実を図ることとしております。 第七に、学校栄養職員についてでありますが、学校給食施設を持ち、学校給食実施の障害児教育諸学校のうち、寄宿舎を置く学校については二人、その他の学校については一人配置することとしております。 第八に、新たに、寄宿舎看護婦、通学用自動車運転職員、学校給食調理員等についての配置の標準を定め、障害児教育に欠くことのできない必要な職員の確保を図っております。 その他、市町村立学校職員給与負担法等関係法律について必要な規定の整舖を行っております。 なお、この法律は、昭和六十一年四月一日から施行することとしておりますが、学級編制の標準及び教職員定数の標準に関しましては、六年間の年次計画で実施することにしておりますので、それに必要な経過措置を定めております。 以上が本案の提案の理由及び内容の概要であります。 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
○阿部委員長 次に、松永文部大臣。 ――――――――――――― 著作権法の一部を改正する法律案 〔本号末尾に掲載〕 ―――――――――――――
○松永国務大臣 このたび政府から提出いたしました著作権法の一部を改正する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 この法律案は、コンピューター・プログラムが著作権法により保護される著作物であることを明らかにするとともに、コンピューター・プログラムの特質に見合った著作権法の規定の整備を行い、プログラムの著作物の著作者の権利の一層適切な保護を図ることを目的とするものであります。 御案内のとおり、近年における電子計算機の改良普及はまことに目覚ましいものがありますが、コンピューター・プログラムについては、電子計算機に高度の機能を果たさせる中核となるものであり、従来における機器の附属物として扱われる傾向から、機器から分離独立した高い価値を持った創作物として扱われるようになってきております。 このような状況に対応して、コンピューター・プログラムの法的保護が重要な課題となってきており、国際的には、著作権法を適用してプログラムの著作物の著作者の権利を保護する方向が大勢となってきております。このたび、このような国際的な動向等を踏まえ、著作権法によりプログラムの著作物の著作者の権利の保護を図ることで政府内における意見の一致を見たところであります。これに基づき、プログラムの著作物の公正な利用に留意しつつ、その著作者の権利の適切な保護を図るため、所要の措置を講ずることが、今回の著作権法の一部改正の趣旨であります。 次に、本法律案の内容について申し上げます。 第一は、プログラムの著作物についての著作権法による保護の明確化であります。 まず、プログラムの定義を明らかにするとともに、プログラムが著作権法による保護の対象となる著作物であることを明確にするため、著作物の例示にプログラムの著作物を加えることとし、あわせてこのプログラムの著作物に対する保護は、プログラムの著作物において用いられているプログラム言語、規約または解法に及ばないことといたしております。 また、法人等が著作者となる場合の要件として、プログラムの特質にかんがみ、法人等の著作名義で公表することは要しないことといたしております。 第二は、プログラムの著作物の特質に対応し得るよう、その利用等に関する規定を整備することであります。 まず、プログラムの著作物を電子計算機において、より効果的に利用する等のための改変は、やむを得ない改変として、同一性保持権を侵害するものでないことを明らかにいたしております。 また、プログラムの著作物の複製物の所有者が行う自己の利用のために必要な複製、翻案を認めるとともに、これにより作成された複製物の取り扱い及びこれらの目的外使用の禁止を定めることといたしております。 さらに、プログラムの著作物の創作年月日の登録の制度を設けることとし、プログラムの著作物の登録について必要な事項は別に法律で定めることといたしております。 第三は、一定のプログラムの使用を著作権侵害とみなすことであります。 すなわち、いわゆる海賊版プログラム等著作権を侵害する行為によって作成された複製物を業務上電子計算機で使用する行為は、その使用権原を取得した時に情を知っていた場合には、著作権侵害行為とみなすことといたしております。 第四は、施行等についてであります。 この法律は、昭和六十一年一月一日から施行しますが、登録に係る改正は、別に定める法律が施行される日から施行されることといたしております。 その他所要の経過措置を講ずるとともに、関係法律の整備をいたしております。 以上がこの法律案を提出いたしました理由及びその内容の概要であります。 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
○阿部委員長 これにて各案の趣旨の説明は終わりました。 次回は、来る二十四日午後一時五十分理事会、午後二時から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後六時二十七分散会 ――――◇―――――