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102回国会衆議院1985/04/04

科学技術委員会 第5号

発言数
14
登壇者
5
会派数
3
開催日
1985/04/04

会議録

鳥居一雄公明党・国民会議

○鳥居委員長 これより会議を開きます。  科学技術振興の基本施策に関する件、特に情報科学の研究開発の問題について調査を進めます。  この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。  本件調査のため、本日、参考人として東京大学教授石井威望君の御出席を求め、意見を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

鳥居一雄公明党・国民会議

○鳥居委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。     —————————————

鳥居一雄公明党・国民会議

○鳥居委員長 この際、石井参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多用中のところ本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございます。  本日は、情報科学の研究開発の問題につきまして、忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  なお、議事の順序についてでありますが、まず参考人に一時間程度御意見をお述べいただき、次いで委員の質疑に対して御答弁をお願いしたいと存じます。  それでは、石井参考人にお願いいたします。

石井威望東京大学教授

○石井参考人 石井でございます。本日は、発言の機会を与えていただきましてありがとうございます。  情報科学というテーマでございますが、よく似た言葉に情報工学という言葉がございます。科学と工学という二つの似た言葉が使われておりまして、きょうの話も、必ずしも厳密な意味の情報科学にこだわらないで、情報工学も含めてお話し申し上げたいと思います。大学等におきましては情報科学科と情報工学課程というのが、場合によっては厳密に、例えば理学部と工学部に分けるというふうにやっておりますけれども、きょうのお話は、かなり基礎的な情報の科学の問題から産業等への応用とか実際の情報工学の話まで、幅広くお話し申し上げたいと存ずるわけであります。  初めに、順序としまして、情報科学の歴史の大まかなお話を申し上げたいと思います。  人類は知的な活動をする特色を持っておりますけれども、例えば数の計算をするというような働きを自分たち固有の非常に高級な知能だというふうに長く信じていたわけでございます。例えば計算尺を御存じだと思いますが、対数が発明されまして、対数を応用しまして計算尺を使うようになりますと、計算をいわばそういう道具で補助することができるということがだんだん機械文明の発達とともにわかってきたわけであります。パスカルとかライプニッツは歯車を使いまして機械で計算をすることをやりまして、当時のアカデミーで非常に評価を受けております。要するに、機械といういわば精神活動を持ってないはずのものも、うまく使うと計算ができるということを証明したわけであります。  特に十九世紀になりまして、産業革命で機械工業が非常に精密になってまいりますと、もっと高度な微分とか積分とかいうような高等数学も四則演算のみならず可能ではないかということで、例えばチャールス・バッベジという人がアナティカルエンジンというようなものをつくりまして、これは歯車を非常にたくさん使った機械でございますが、そういう試みをしております。不幸にしてこれはうまくいきませんで、現在博物館に残っているだけでございますが、少なくともそういう試みがなされておりますし、また機械の側におきましても、布を織る繊維関係の技術で複雑な模様をいろいろ変えて織るというような技術では今日の計算機に使われる原理を一部使っておりまして、これはチャールス・バッベジがアナティカルエンジンの中で使っているということが、既に十九世紀にそういう原理的な部分があらわれております。  この場合に、今日の電子計算機等でも使われております科学としては原理的なところがかなりございまして、まず幾つか指摘いたしますと、例えば私ども考えております数字だったら数字というものを、数の概念とそれをあらわす表示にきれいに分けているわけであります。概念の方はなかなか理解が難しゅうございますけれども、表示する部分だけ、例えば一とか二とかという数字の表示とか、あるいはそろばん玉でそれを表示するとか、そういうことは可能でありますし、もちろん歯車の歯の数で数に対応させるということもできるわけであります。しかも、それをじっと長い時間保持しておくというメモリー機能も可能でありますし、そういうものを機械でつくる、つまりハードウェアと言いますが、ハードウェアで数というような抽象的な概念を表示したり保持したりすることが可能であるということが人類の共通の理解になったのが、大体前世紀までに行われていたわけであります。  今世紀になりますとそれがもっと本格的に始まるわけでありますが、その前に概念の上で非常に重要なことが一つ起こっております。それは十九世紀の熱力学でございまして、十九世紀は蒸気エンジンで象徴されますようにエネルギーを人類が本格的に機械文明の中で使い出した時代でございますが、その中で永久機関というふうな夢が出てきたわけであります。これは永遠にエンジンが動くようなものをつくりたいということを考えたわけでございますが、ことごとく失敗する結果、どうも永久機関はできないんじゃないかということに到達いたしまして、この永久機関の中で特に第二種の永久機関と言われているものがございまして、これはエネルギーが存在しても、それが熱で言いますと非常に高い温度のものでなければ、低い温度の熱は幾らたくさんあっても使えない。つまり高い温度から低い温度に熱が一方的に流れる、そこでエンジンが働くのだということをまとめた第二法則というのがございます。この高さから低さへ流れるという不可逆現象は、方向性を持っている点が自然の中で非常に特色でございます。時間が方向性を持っておりますように、前後が逆になると例えば因果律が成立しない。我々の論理はすべて時間の前後関係で決まっていくわけでございますが、事前事後というような不可逆的な問題と熱力学の第二法則が確立いたしまして、これをもう少し定量的にいたしましたのがエントロピーと言われている概念でございますが、エネルギーに対しましてエントロピーという概念が十九世紀に熱力学の中で確立いたしました。これは今日の情報の概念のルーツといいましょうか、非常に密接に関係するものであります。  一方、産業革命後、経済活動が活発になりまして、今で言いますと非常にたくさんの経済活動に関する情報のニーズが出てきたわけでございまして、その端的なものが電信でございます。電信が一番初め最も使われましたのは、瞬時にして情報が伝わりますので、例えば商品市況のように株の動き等を早く知らせるというような経済活動に結びついたところで実際に経済的に成立したわけであります。もちろん通信ということは、それ以前に既に郵便とか飛脚とか、あるいは腕木という棒がどういうふうに振れているかというのを見て手旗信号のようにして信号を送るというような方法、あるいはのろしを上げるとかいろいろございましたけれども、本格的に機械文明として商業的に成り立ち出したのはこの電信が初めてでございます。これはもちろん欧米の技術体系の中で出てきたわけでございますが、ここでも情報の基本的な概念として非常に重要なことは、先ほど言いました符号化でございます。信号にどういうふうに我々の概念を対応させるかということでございまして、モールスはモールス信号というトン・ツー、トン・ツーというような信号の系列を定義づけたわけでございます。一般にルール自身は自由でございますけれども、取り決めのやり方をどういうふうにするのかという点は、理論的には極めて重要なことでございます。モールスは、実は活字を使っている印刷所へ行きまして活字の使用頻度を調べまして、例えば使用頻度の高いEとかAとかそういうようなアルファベットの文字に対しましては、短いトン・ツー、トン・ツーという符号で信号のパターンを対応させているわけでございます。これは非常に合理的な決め方であります。しかし、この辺の理論的な根拠を持たないままで通信の技術はどんどん進んでいきます。  電信の場合には、いわゆる電信のオペレーターというプロの技術者が必要だったわけでございますが、電話という音声でそのまま使えるというものになりますと、これは普通一般のアマチュアがマン・ツー・マンでかけられるということになったわけであります。これによって、現在日本でも日本電信電話株式会社ができましたけれども、アメリカの場合ですと、電信におきましてはウエスタン・エレクトリックという非常に巨大な独占会社ができますし、電話におきましては御承知のようにAT&Tというベル・システムの大きな会社ができるわけであります。これは当然当時の社会的なニーズ、つまりたくさんの通信をして活発な産業の活動を支えるということと対応していたわけでございますし、一方、それを具体的に物の流れとしてあらわしておりますのが鉄道でございます。こういう物流と通信といいましょうか情報の流れが常に並行関係にあるというのは、歴史が示しているところでございます。鉄道の場合もネットワークでございまして、非常に大きな鉄道のネットワークができて、それに対応して非常に大きな通信のネットワークができる。  今まで申し上げましたのはすべて有線でございまして、ワイヤを使ったものでございますが、一方、移動している物体、特に当時は海運が世界の経済の非常に重要な部分でございましたから、動いている船との通信がまた非常に重要でございます。特に、タイタニック号に見られるようにSOSを出すような緊急の場合ということもございますし、船を陸上と情報的にどうして結びつけるかという必要が非常にあったわけでございますが、これを解決いたしましたのがマルコーニの無線通信、ワイヤレスあるいはラジオであります。細かいことは申し上げませんけれども、地上におきましては無線通信自身は、当初用途が既に普及しておりました有線に対抗できるほどのものはございませんでしたけれども、海上の通信に関しましてはほかにやりようがございませんので直ちに使われ出したわけでございます。これによって有線と無線という大きな二つの体系ができまして、それぞれ有線は鉄道のようなもの、それから無線は船のような移動体というような組み分けができておりまして、今日でもそういうような大きな原理は変わっておりません。  次に、電子計算機の出現ということがお手元の資料に書いてございますが、以上は十九世紀から二十世紀の初めごろに起こったことでございますが、何といいましても非常に大きな歴史的事件というのは、二十世紀の大体中ごろに起こりました電子計算機の出現であります。これはその以前に、実はこれを可能にするいろいろなことが起こっております。  まず、十九世紀の終わりごろになりますと、例えば国勢調査等におきまして非常にたくさんのデータを扱わなければならない。人口がだんだんふえてまいりますと、国勢調査をしようとして人々が手で計算をしたり手で情報を処理しておりますと、次の国勢調査の年までの間に前にやったデータの整理が終わらないということが起こり出したわけでございます。これではどんどん累積していきますので、何とかして早く整理したいということになりますと、機械的にスピードアップしてやりたい。今日IBMという電子計算機の非常に巨大な会社がございますけれども、このルーツはその名前が示しますようにビジネスマシン、つまりメカニカルに機械でビジネスのいろいろのデータを処理するということで、国勢調査と非常に関連がございます。有名なIBMのカードがございますが、これは一番初めに国勢調査のときにそれぞれのデータを紙に穴をあけて使ったというところからスタートしておるわけでございます。  一方、計算の非常に大きな需要は軍隊の方でも起こっております。これは例えば弾道計算、鉄砲の弾が飛ぶ、標的に当たる、それを計算するということでございます。戦時中日本におきましても、例えば高射砲で飛んでくる飛行機を撃つということが非常に重要だったわけでございます。したがって、日本の有力な計算機メーカーの一番初めがそういう高射砲の弾道計算の計算から始まったという会社があるくらいでありまして、弾道計算が電子計算機の出現に果たしました役割は非常に大きゅうございました。事実エニアックという一番初めの真空管を使いました電子計算機は、アメリカの海軍の弾道計算の研究に使われたわけでございます。もちろん、弾道計算というのは二十世紀の中ごろになって必要になったというよりも、むしろ昔から、大砲が発明されたルネッサンスのころからニュートン力学の非常に重要な応用としてあったわけでありますが、それが今日ではミサイルだとかあるいは宇宙ロケットの計算とか、いろいろ変形しながら一つの流れとしてございます。とにかくそれを可能にしました非常に大きな真空管というようなものは、真空管自身は、実は先ほど言いました通信の技術、特に無線の技術の中で生まれてきております。  お話の順序として、三番目に素子(デバイス)と方式(システム)と書いてございますが、この中でデバイス、素子と言われておるものが変わることによって情報の技術あるいは科学自身も大いに変わるということでございますので、それをちょっと簡単に触れたいと思います。  現在、電子計算機の場合、第一世代から第五世代までいろいろ名前がついておりまして、既に実用化しておりますのが第四世代まででございまして、第一世代は先ほどから言っております真空管でございます。真空管の前にもリレーと言いまして、ついたり離れたりするような、電流を断続する簡単なスイッチのようなものがございましたけれども、この時代はいわば実用化には難しいまだ初歩的な段階でございましたが、これが真空管に変わったのが第一世代でございます。  我が国におきましても、私のような年代の場合には一番初めに計算機と取り組みましたのは真空管の時代でございます。これを第一世代と言っております。もちろん、御承知のように真空管というのはすぐに寿命が参ります。約千時間程度でございますからしょっちゅう故障しておりまして、一万本以上も真空管を集めた計算機というのは非常に稼働率が悪かったわけでございます。信頼性が低かったわけでございます。これでは普及が限られておりますので、これが改良されましてトランジスタになったわけであります。つまり半導体に変わったわけでございます。  半導体は、トランジスタラジオでおわかりのように真空管と比べていろいろの点で飛躍的な性能を持っておりますけれども、それでもまだ例えばトランジスタをたくさん集めますと故障が続出いたしましてなかなかうまくいかない。特に熱関係、温度関係に非常に影響を受けやすいということがございまして、今まで真空管では余り問題にならなかった部屋の空調なんということを初めのころの計算機では盛んにやったわけでございます。半導体も、非常にたくさん集めた半導体の計算機をつくろうとしますとどうしても集積化しなければならない、集積回路というのが出てまいりました。インテグレーテッドサーキット、ICと言われておるものでございますが、これが第三世代でございます。それにさらに、それをもっともっと大規模に集積しまして、つめの先ぐらいのチップの中に何百万というくらい入るような素子を詰め込むのが大規模集積回路、第四世代ということになっております。  こういう主としてデバイスが飛躍的に改良されることによって電子計算機はどんどん性能を上げまして、いわば性能的には巨大化してきたわけでございます。なぜかといいますと、これはグロッシュの法則というのがございまして、たくさん計算量を集めて集中的にやればやるほど効率がよろしい。したがって、どんどん巨大化していくという方向がございます。コストが、単に比例ではなくて、平方根に比例するという経験則があったからであります。この結果、計算自体の単位当たりの値段は急速に下がってまいりまして、非常に素早くできるようになったわけでありますが、一方、一カ所に非常にたくさんの情報処理をすべき材料入力を持ってこなければいけないということが起こるわけでございます。これも初めのころは先ほどのパンチカードで入力すべきデータを持っていっていたわけでございますが、やはり先ほどの通信技術がございますから、通信の電気の信号でこれを集めようというネットワーク化が出てくるわけであります。事実アメリカのコンピューターのスーパーセンターというようなところでは、全世界、全地球からこういう情報を集めましてそこで一括処理をするということで、むしろ分散して世界各地で処理をする計算よりも安くなるということさえ起こったわけであります。  次に、この原理になっております方法はフォン・ノイマン方式と言われておるものであります。これもごく初期に確定した方法がずっとそのまま使われております。それが現在、後で述べますが、第五世代でこの辺の基本的な変化が今起ろうとしておる点が重要でございまして、フォン・ノイマンの幾つかの要点を申し上げますと、二進法というのがございまして、従来私どもが使っております数字の十進法ではなくて、すべて基本的には最終的に二進数で、数字とか記号とかを要するに1と0で表示するということが一つでございます。  それからもう一つは、どういう手順で計算をするかというプログラム自身を全部記憶しておく内部記憶方式と言っていいと思いますが、こういうようなことを一つの柱にしております。この考え方はずっと昔、さっき言いましたチャールス・バッベジなんかもすでにこの内部記憶方式を考えておりまして、必ずしもフォン・ノイマンが初めてではございませんが、ここで確定的に実用化したという意味でフォン・ノイマンの功績があるわけでございます。もう一つは、これは必ずしもノイマン説とは言われておりませんが、現在のものはほとんどすべて同期的に全部が一緒に動くような、あるサイクルタイムで全体の機械が動くような、つまり足並みをそろえてすべて計算していくような方式がとられております。こういうのが現在の方式としての特色でございます。  その次に、ハードウエアとソフトウエアと書いてありますが、初めのころはこういう技術は専らハードウエアで決まっておりまして、ソフトウエアの問題というのは余り問題になっておりませんが、ある段階から計算機等の情報科学においては、本格的に重要なのはソフトウエアであるという認識が定着してまいりました。これは経済的に言いましても、現在の計算機の値段とか開発とかの大部分がこのソフトウエアに投入されているわけでございます。この辺は従来のハードウエアの産業とかハードウエアの技術、そういう体系と非常に変わっておりますので、今後これを研究開発したり人材をつくっていく上では非常に重要な点だと思います。  それから理論的な面としまして、その次の情報理論というのにちょっと触れたいと思います。先ほど言いましたようにマルコーニが初めて通信の無線をやったときに問題になりましたのは、実は非常に雑音が多いということであります。雷様が鳴ったときにガリガリといいますが、ああいう雑音の多いところでトン・ツー、トン・ツーの通信をするのは非常に難しいわけであります。もちろん有線のモールスがトン・ツー、トン・ツーをやったときにもこれが非常に問題になったわけでありますが、無線の場合にはそれが非常にひどく、実用性の上ではノイズ、雑音と信号という問題が非常に重要になってまいります。電子計算機一つにしましても、もし計算しているときにノイズが入りましてどこかが狂ったときに、本当にその計算が正しいのかノイズによって値が変わったのかわからなければ、幾ら早く計算したからといって信用ができませんから大問題になるわけであります。実用化できません。例えば銀行で金銭の計算に計算機を使うというときには、そこが最も重要な信頼の根拠いかんということになるわけでございます。実はこの点が理論的になかなか確定いたしておりませんで、これが決定的に定量的に確定できましたのはむしろ二十世紀の中ごろ、一九五〇年代でございますから、まだ半世紀たっておりません。ですから初期の計算機のころは、その計算機が正しいかどうかは、人間があらかじめ生計算をやりまして、その結果を合わせて、合っているなんてやっていたわけでございますが、そのようなことでは計算機をどんどんつくっていくということは不可能でございます。  それから通信におきましても、現在宇宙通信で非常に遠くからたくさんノイズがある状況で通信をしておりますけれども、例えば月の表面の写真とか火星の表面の写真とかが送られできますが、本当はあんなきれいな写真が送られるはずはございません。というのは、ガリガリというような雷様のようなノイズがいっぱい入るわけでございますから、あばただらけの写真になるはずでございますが、あれがきれいになっております。これも、なぜああいうふうにできるのかということが技術の非常に基本的問題でございまして、一体ノイズに対してどういうふうにすればそれに免疫があるような情報の送り方ができるかという基本原理がわかったからであります。もちろん一〇〇%というわけにいきませんけれども、ある限界内では確実に私どもはノイズに対する方法というのは知っております。これが恐らく情報理論、特にシャノンという天才が始めました情報理論の実用的な意味では最も大事な結論でございます。モールスの場合には、トン・ツー、トン・ツーの符号に関しまして最も経済的に、さっき言いましたような活字の頻度等によって符号を決めたという点では卓見でありますが、これはあくまでノイズがない状況でそれが一番経済的だというわけでございまして、ノイズがあるときにどうするかという問題は、電子計算機あるいは現在の長距離通信ということでこの情報理論が果たしました歴史的役割であります。  次に、オートマトン理論という耳なれない名前が書いてございますが、これは基本的に言いますと、現在の電子計算機のようなものとかあるいは自動機械とかオートメーションとかロボットとか、そういうものの基本原理の理論でございます。現在のオートメーションとかそういうものはすべて人間ではなくて無人でやる、つまり人間がやっていたことのかわりに自動制御するわけでございますが、その原理を突き詰めていくとどういうことになるかというわけでございます。もちろん計算機のような情報を扱う機械、最終的に情報だけを出力する機械におきましては、いわゆるソフトウエアだけでいいわけであります。つまり論理的な手順だけがきちんとできていればいいわけでありますが、ロボットのように最終的に何か具体的に物質を動かすとか、あるいは化学プラントのように反応を自動的に行うとか、あるいは工作機械のように切削の作業を行うとかということになりますと、これは単に論理だけではだめでございまして、センサーといいまして実際の情報を取り込んでくる、人間で言えば感覚器官、目とか耳に当たるような部分が必要になります。それから信号、命令から実際に動かすトランスデューサー、アクチュエーターとも言いますが、そういう実際に動かす部分、つまり我々の手だとか足とか筋肉の部分も必要であります。この両方が頭脳である情報の処理、つまり電子計算機のようなものにくっつきますと、これでオートマトンができるわけであります。  自動化がどこまでいくか、またどういう場合にオートマトンの限界があるか、計算なども一つの作業と考えますと、どこまで計算でできるのか、こういう問題は計算ではできないというような、非常に難しい数学の基礎論的な抽象的な、非常に純粋な科学の分野がこれに役立ってきたわけでございます。もともとリレーなんかの計算機の場合でも、既にブール代数というような、一見遊びのような1と0で考える代数、これはフランスで随分昔に開発されておりましたけれども、こういうものもリレーの回路には使われましたけれども、本格的にこのオートマトンの理論が出てまいりまして、現在基本的なオートメーションの原理、ロボットの原理等が統一的に扱われるようになったわけでございます。  その究極の発展といたしまして、その次に書いてあります四番の人工知能、アーディフィシャルインテリジェンス、最近では略しましてAIと言っております。このAIというのは現在第二回目のブームになっていると言われておりまして、既に一九六〇年代に計算機がようやく実用化してきたときに、人類は非常にバラ色の夢を見たわけでございます。当時、人工頭脳あるいは電子頭脳という言葉がありまして、人間の頭脳と同じようなものが出てきた、これが発達していけば人間のかわりに何でもやってくれるというわけで、そのときに非常に楽観的な夢を見たわけでございますが、今から考えますと当時の技術は、例えば半導体の集積回路の前でございますから大したことはないのでとても無理でございましたが、しかしそのときに概念ができました。それは人間がやっているようないろいろの精神的な活動に近いものを、従来の数値計算とか事務計算とかというもの以上にいろいろできるのではないかということでございます。一例を言いますと、パターン認識といいまして、例えばある図形を見たり、ある音楽を聞いたりするときに、あるパターンを感じ取る。つまり、三角形はどういうふうにかいてありましても人間は同じ三角形にぱっとわかる、あるいは人の顔を見ても、この顔とこの顔は似てるというようなことがぱっとわかる。こういうことは従来の計算機の計算だけではなかなかわからないことでございますが、こういう問題にチャレンジしようということになったわけでございます。  それから、従来の計算機は意味がわからない。つまり、さっき言いました概念と表示を分けましたから、表示部分では数字だけでありまして、数という概念は全然扱ってないわけでございます。ですから、意味がわからないでただ九九を丸暗記しているような計算を繰り返すというのが現在までの計算機でございますが、そうじゃなくて、もっと本格的に意味を理解し論理を自分で考える、つまり問題を自分で解く。解いてもらった問題の最後の計算だけを奴隷的にやるのではなくて、自分で問題を解決していくというような機能、あるいは人が言っておることを聞き分ける、音声を認識するという機能、そういうようなより高度な知的なことをやらそうというのがこの人工知能でございます。  初期のアメリカを中心にしました一九六〇年代中ごろから後半にかけての第一回目の試みは、うまくいきませんでした。幸い我が国は、その点で実は具体的な成果を得ている唯一の国だと言われております。それは、御承知のように郵便の手書き文字の判読というのがございますが、これは当時の第一回目の人工知能のブームの所産だと言われております。第二回目の第五世代コンピューターの計画が日本政府によって世界に先駆けてスタートいたしましたが、この意味は、いよいよさっきのデバイスがどんどん進んでまいりまして、ついに超LSIのような非常に高度なことができるようになってきた、あるいは将来もっとそのデバイスは性能が飛躍的に増大する可能性が出てきたという時点で、従来のさっき言いましたようなフォン・ノイマン方式のやり方から本質的に離脱いたしまして、非フォン・ノイマン方式でひとつ新しい組織が持っている潜在能力をフルに活用した計算機をつくろうというのが第五世代でございます。ですから俗な言葉で言いますと、今までの計算機はわけがわからない計算機であった。これからの第五世代というのはわけ知りと言いましょうか、よくわけがわかっておるものである。少し学問的に言いますと、従来の情報の科学が専ら扱ってまいりましたのは、シンタクティクスといいまして形式だけでございます。論理の形式だけでございまして、その中の意味とか内容の深いところは避けてまいりました。これは技術的にも難しかったということもございますし、意識的にシンタクティクスだけに徹してまいりました。内容の意味というのは本来の情報という言葉が持っている本質的なところでございまして、その意味では従来の情報の科学というのは羊頭狗肉であったわけでございます。情報理論なんという本がございますと、読んでみると情報の形式ばかり書いてあるわけです。しかし、形式論だけでも産業的には非常に重要なことがいっぱいなされました。例えば電話の通話料金にいたしましても、電話の内容について、決してその重要性に応じて値段を決めているわけではございません。どれだけ使っているかという、時間という形式的なものだけで決めております。電報にいたしましても字数だけで決めておりまして、中に書いておる意味で幾らというふうに課金しているわけではございません。それで産業というのは、むしろ信書の秘密とかプライバシーの保護ということは、逆にそういうシンタクティクス、形式論理だけでいけるということがわかってきたわけでございますが、今後さらに第五世代あるいは人工知能では、もっと本格的に情報の持っている内容を踏み込んで扱う、これをセマンティクスと言いますが、このセマンティクスのあるところへのチャレンジということが行われ出したわけでございます。  これに対応する科学といたしましては、情報科学といわば親類関係でございますが認知科学と言われているものがございます。この認知科学というのは、先ほどから言っております抽象的な論理的な問題、つまり言葉の問題、言語の問題それから心理学のような問題、例えば人間が記憶する場合には、決して形式的に全部記憶するというよりも、つまり形式的な記憶というのは、ちょうど受験勉強のときに単語帳をABCから順番に覚えていくのが形式的な記憶の方法でございます。普通の私どもの記憶というのは内容で記憶するわけでございまして、意味で記憶いたします。現在のコンピューターはまことに形式的記憶ばかりやっておるわけでございますから、心理学における記憶の実験ということになりますと、記憶の問題というのは形式的にどれだけ記憶能力があるか。つまり、子供なんかは非常に高い記憶能力を持っておる。オームなんかは聞いたものをぱっとテープレコーダーのように記憶する。しかしそこにとどまるのではなくて、もっと内容の意味をどういうふうに人間は理解しているのかということが問題になり出したわけであります。当然これは教育学とか関連するたくさんの応用分野とも関係がございます。これは大体一九八〇年くらいになりましてから非常に盛んになってきたわけでございますが、認知科学という新しい分野が、情報科学の発達に刺激を受けまして、むしろ波及して出てきた分野でございます。  既に、そういう意味では科学技術の周辺に、科学技術といわず人文社会科学に至るまで影響を与えているわけでございますが、今後ますますこの影響は強くなってくると予想されます。つまり、情報科学なくしては今後の科学技術はもう成り立たない。例えば大学を考えてみましても、現在計算機がない大学ということはもう不可能でございます。大学の中で最も活気があるところはコンピューターセンターでございます。これは単に日本の学生だからそうだということではございませんで、海外に留学しておられる学生なんかもみんなそこにたくさん行って研究しているわけでございます。ですから、ちょうどかつての紙と鉛筆がコンピューターにかわったというふうに申し上げていいと思います。  例えば純粋数学の分野でも既にコンピューターなくしては進まないという例といたしましては、四色問題というのがございます。これは百何十年解けなかった問題でございます。つまり、すべての地図は四色で塗り分けられる、四色だけあればよろしい。非常に簡単で、すぐに証明できそうなのでございますが、これが非常に難しい問題で、幾らやってもだめだったのでございます。これをとうとうアメリカで、二人の数学者が一番速度の速い大きな計算機を二千何百時間使いまして解いたわけでございます。証明したわけでございます。ところが、二千何百時間も最大級のコンピューターを使って解くということ自身が非常に工業的な力ずくの証明であって、従来の優雅な数学の証明概念からはほど遠いのではないかという批判がございますが、しかし、とにかく証明できてしまったということは大変なことでございます。純粋数学でさえもそうでございますから、いわんや工学関連におきましてはあらゆる研究室にそういうものが入ってくるのは当然でございます。  時間の関係で、その辺につきましては今のような例示にとどめまして、六番目の産業への影響に移りたいと思います。今日、産業におきましてもコンピューターを中心にした情報の技術が不可欠であることは今さら強調することもないと思いますが、その基本的な部分につきましてちょっと御説明いたしたいと思います。  計算機が一番初め最もたくさん使われましたのは、銀行とか証券とかそういう事務関係でございます。初めは工場の現場とかそういうところではなかなか使いにくうございました。それは、さっき言いましたように、計算機というのは例えば温度が熱くないようなところでないと故障してしまう。ようやくいわゆるフィールド、現場でかなり使っても大丈夫だとなりましたのは、大体一九六〇年代後半ではないかと思います。その象徴が、宇宙空間でも使えるという意味ではアメリカの宇宙開発でございます。同時にアメリカの宇宙開発がなし遂げました非常に大きなことは、先ほど言いました大規模集積回路でございまして、ロケットに載せて打ち上げる場合には、いかに小型で、いかに耐衝撃性に強くて、環境に強い、しかも信頼性が高いものをつくるかということでございますから、初めは値段のことは考えないで徹底的につくり上げましたのが現在チップ、チップと言っておりますシリコンのような小さなもの、あるいはほかの材料でもいいのでございますが、半導体の結晶の上に、小さなところに押し込めてたくさんの回路をつくる集積回路の技術でございます。  これがどのくらい影響があったかということを一口で申し上げますと、真空管に比べまして、ほとんどのあらゆるデータの面で十万倍よくなっております。例えば故障率が十万分の一になった。あるいは値段が、記憶の単位である一ビット当たり昔はどのくらいかかったか。昔は一ビツトの記憶に真空管を使いますと、少なくとも真空管二本から四本くらい必要でございましたから、一ビットの値段は非常に高かったわけでございますが、それが現在では非常に小さな結晶の中に何十万ビットくらい入っておりますから、大体10の5乗、つまり十万倍くらいのコストダウンができておると言われております。それから大きさでございますけれども、これは十万倍といいましょうか何といいましょうか、話にならぬくらいでございまして、あらゆる面で大体10の5乗くらいの技術的な変化が起こった。これがたかだか何十年という間に起こったわけでございます。何十年という間の大技術変化でございます。  この影響が本格的に出てまいりましたのがリアルタイム・オンラインと言いまして、実時間で本当にその場でオートメーションができるような、つまりオートマトンの理論が実際に使えるような、そういう現場に適応できるような機械に自動化が進む、ちょっと大げさに言いますと多少知能的なことができるものができまして、これが日本で言いますとこの前の万国博、大阪の万博のときあたりから計算機が現場へ持っていかれまして使われ出したわけであります。ただし、私も個人的な経験で、大阪万博で計算機を使っているころにはおっかなびっくりで使っておりまして、いつ故障するかわからないという程度でございましたが、今日のつくば科学博ではもちろん計算機自身についての不安感というのはほとんどなくなったわけでございます。そのくらい安全なものになって、しかも一般に使われ出したということでございます。  こういうのが工場の生産現場に使われることは当然でございまして、これがファクトリーオートメーションと言われているものでございます。FAと言っております。この面でも我が国の場合、幸いにしてトランジスタラジオから始まりまして家電のテレビの技術、産業的に見ますとテレビ、特にカラーテレビをマスターするということは、あるクリティカルなレベルをジャンプすることでございます。ですから発展途上国等におきましても、カラーテレビ何百万台量産に入ったというレベルは非常に重要なことでございまして、現在韓国がそこを超えておりますけれども、我が国は既にそういう蓄積を十分持っております。つまり、量産技術を十分持った形で今の集積回路に入ったわけでございます。したがって、理想的な形で、非常に安くて信頼性のある半導体の素子を十分供給してもらえる。一方機械技術も、例えば自動車産業を中心にいたしました工作機械の需要等がございまして、着実に力をつけてきておりまして、一方における工作機械等の精度の上昇、技術の蓄積がエレクトロニクスと結びついたのが大体一九七〇年代の後半から八〇年代の初めくらいに起こった決定的なことでございます。ロボットがその象徴でございますけれども、ロボットも初期の一九七〇年ころには非常に故障ばかりしておりました。これは計算機の方も故障いたしましたし、エレクトロニクスも弱うございましたし、メカニカルの方も十分でなかったということでございますが、現在、普通日本の代表的自動車工場へ行きますと、大体ロボットが一工場で三百台くらい動いているのが普通でございます。しかも、それがほとんど故障しないで動いているというのが非常に重要なことでございます。昔は、一九七〇年ごろですと、恐らく一日に一時間くらいしか動かなくて、あとは故障ばかりしていたというのが実情でございますから、この飛躍といいましょうか、実際への影響というものはFA、ファクトリーオートメーションの分野では顕著でございます。この場合にもエレクトロニクスが果たしました役割というのは、特に頭脳部分で重要でございますし、今後もますます大きな力が発揮できると予想されます。  センサーとアクチュエーターにつきましては余り細かいことを申し上げませんが、重要なことを一つだけ加えたいと思います。  センサーにつきましては、圧力とか位置の精度とか温度、湿度、加速度とかいろいろございますけれども、一番重要なのは目に当たる視覚、光をしかも画像としてとらえるというものでございます。昔からテレビカメラがあったわけでございますが、これは真空管でございまして、現在固体の素子が出てきております。例えばCCDとかMOSと言われているものがございますが、これが今後決定的な大きな影響を与えると思います。現在八ミリムービーという小型でポータブルなものが家庭にも普及いたしましたが、あの中にもCCDは使われておりまして、このセンサーが今後も非常に重要になってくると思います。  それから、アクチュエーターは実際に信号を動きに変えるということでございますが、これはサーボモーターと言われているものが非常に重要でございます。モーターというのは本来電気で動いているわけでございますから、モーター自身は電気を変えれば変わるというふうにお考えになるかもしれませんが、素早く確実に変わる、例えば一つのパルスを与えたときに確実にすぐに動きに変わりまして、しかもちゃんと正確に変わるという技術はなかなか難しゅうございまして、現在この最高の技術を持っているのは日本でございます。そういうものがロボットに使われますと、これで初めでいろいろな確実なことができるわけでございます。もちろんコストが安くなければだめでございますが、そういうことがこのセンサーとかアクチュエーターの問題でございます。  もちろん産業の中で、広い意味で産業ということになるかもしれませんが、病院等への応用ということも、現在福祉とか保健とか医療等におきましても、ホスピタルオートメーションといいましてコンピューターが不可欠になっております。大きな病院では、現在もうコンピューターなくしては診断ができません。そのくらい進んでおります。それから、病院の方のお話をいたしますとオフィスということになります。もともと計算機はオフィスから始まったのでございますけれども、従来のオフィスオートメーションといいますのは、例えば日本の場合で言いますと漢字が全然使えなかった。アメリカのIBMでつくりましたようなアルファベット中心であったということでございますが、ようやく最近は漢字が日本のワードプロセッサーとかいうもので使えるようになったわけでございます。時間の関係で、この辺は余り詳しく今回は触れないでおきたいと思います。  七番目のニューメディアなどの社会的影響ということでございますが、情報の科学技術が新しいメディアを提供しております。これは先ほどから言っております通信ということもございます。例えば遠くからテレビでいろいろできるとか、それも衛星通信とか光ファイバーでテレビ会議ができるとかいうことがございますが、さらにビデオテープレコーダーというものが出てまいりました。これは音の録音に対する一種の絵の録音というかレコードでございますが、これは非常に重要でございまして、アメリカ等におきましてはCATVを脅かすようなメディアになって現在普及しておりますし、我が国でも昨年ついに日本の家庭の三分の一以上に入るようになりました。恐らくこれは急速に普及していくと思います。事実、現在カセットを本屋みたいに売ったりあるいは貸したりするというビジネスが非常に盛んでございます。テレビのメディアは必ずしもニューメディアではないかもしれませんが、この影響は決定的でございまして、従来のハードコピーと言われている印刷物に対しまして、ソフトコピーであるテレビとかあるいはビデオなんかは、今後最も大きな社会的な影響を持つメディアになると思います。例えば、NHKで調べたところによりますと、現在二歳半くらいの赤ちゃんが三時間テレビを見ていると言われております。したがって、揺りかごから墓場までではございませんが、文字どおり生まれて一番初めに接する本格的メディアというのは、実は我が国の場合テレビでございます。ブラウン管から入ってくるこういうようなソフトコピーのメディアというのは非常に重要でございますし、ある年齢になりますと、今度はパソコンとかあるいはビデオゲームというものが少年たちの興味の中心になります。昨年のクリスマスのベスト商品は、実はファミコンというものでございます。ファミリーコンピューターという一種のビデオによるコンピューターのゲームでございますが、こういうものが十代の現在の子供たちには最も魅力がある。これが将来成人になった時代を考えますと、当然非常に重要な影響を与えてくると思います。  将来のことにつきましては、もし後ほど御質問等ございましたら御紹介いたすことにいたしまして、最後に国際的影響について申し上げたいと思います。  こういうような影響は当然産業構造の変化を伴い、国際競争力にも反映いたしてまいります。我が国の場合、幸いにしてアメリカと並びまして世界の先進的なグループでこの分野をやっているわけでございますが、我が国の特色は特に民生分野でございます。この民生のエレクトロニクスに関しましては、大分前から非常に強い国際競争力を持ちまして、場合によっては摩擦を起こしたりしておりますが、一方海外に工場をつくったり、例えば半導体の工場をつくったりすることによってその国から非常に感謝されるというようなことも起こっておりますし、海外に参りますと、ハイテクのシンボルであるこういうエレクトロニクスの情報技術をぜひ技術移転してくれという要望も強くなってきたわけでございます。  時間の関係で、ここで私の説明を終わらしていただきたいと思います。どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)

鳥居一雄公明党・国民会議

○鳥居委員長 どうもありがとうございます。     —————————————

鳥居一雄公明党・国民会議

○鳥居委員長 それでは、これより質疑を行います。  この際、委員各位に一言申し上げます。  質疑につきましては、時間が限られておりますので、委員各位の特段の御協力をお願いいたします。なお、委員長の許可を得て御発言をお願いいたします。

小澤克介日本社会党・護憲共同

○小澤(克)委員 二点お願いしたいのですが、一つは、シャノン以来の情報理論の中でエントロピーの概念を導入したわけですけれども、これに対しまして物理屋さんの方から、エントロピーというのはあくまで熱または物質の拡散の程度をあらわしたもので、情報の拡散というのは単なるアナロジーではないのが、これについてエントロピーという言葉を使われるのはエントロピー概念が不明確になって、ただでさえまとめにくい概念なんだから迷惑であるというようなことが最近強く言われているようですが、それに関しまして情報科学の御専門家としてはどうお考えになるか。  それから第二点は人工知能の問題ですけれども、昨年ですか理研を見学したときに、数式をみずから解くコンピューターを盛んに開発しておられまして、何か伺ったところではまだ因数分解ができるかできないかという段階だというお話で多少ほっとしたのですけれども、この人工知能についての現状及び見通しと、それからこれらは一体どんなふうに導入されることが予想されるのか、その二点をお願いします。

石井威望東京大学教授

○石井参考人 お答えを申し上げます。  まず第一点の、シャノンの情報理論に対する特に物理学者からの批判についてお答え申し上げますと、一番初めの熱力学のエントロピーといいますのは非常にたくさんの分子、10の23乗とかという物すごいたくさんの分子についての統計的な概念であって、これがアルファベットのようなたかだか10の2乗とか、漢字にしましても10の4乗程度のものについての適用というのは、幾ら何でも全然違うことじゃないかということは初めから言われておりまして、そのとおりだと思います。したがって、シャノンはエントロピーという名前を使いましたけれども、その後、情報理論の中ではなるべくエントロピーという言葉は使わないような方向になっておりまして、情報という言い方をしております。情報というのは、エントロピーと概念的に似ているという意味では不確定性である、わからないということである。わからないことがわかるというのが情報である。不確定性が減るということ、その減った部分が情報の量として定義するんだ。そのときに、従来熱力学で使っていたエントロピーのような手法というか手段、形式、あるいはシャノンはそこから類推を得たのだと思いますが、アメリカにはシャノンの前にギッブスという熱力学関係の大天才がいて、そういう流れがギッブス以来、例えばノーバート・ウィーナーのサイバネティックスとかそれからシャノンというふうな大きな歴史的な流れがあったと思いますが、そのアナロジーというのは非常に役に立った。しかし理論体系としては、混同を避ける意味では最近は表立っては余り使わない。しかし背後には、やはり不確定性という意味では、ちょっと難しいあれですが熱運動のエルゴード仮定というのがありますが、そういうようなところでつながっているというような議論が今も続いているわけでございます。したがいまして、なかなか注意して使わなければいけない言葉だと思います。おっしゃるように、エントロピーをやたら使いますとちょっと議論がこんがらかって誤解を広げるということになりかねませんので、御注意が必要かと思います。  第二の人工知能につきまして、数式を解くということ、あるいはその数式を扱うということ、例えば行列で非常に複雑で大変な式が出てまいりますと、その行列の逆行列をとるなんということを、数値ですと数値計算で従来の計算機の機能でできたわけでございますけれども、式で書いてありますと数値ではございませんから従来はできなかったのでございますが、現在それをやっております。おっしゃるように、因数分解を何かぱっとひらめいて解くということは案外難しいこともございますが、私どもも日常盛んに使っておりますのは、微分方程式だとかその他の非常に複雑なものでの、例えば私どものところですと力学の計算をやりますが、そのときにたくさんの因子を考えに入れて解くというときには非常に複雑な式になります。この場合に、実際それを変形していくときに、人間がやると大抵途中で間違ってしまうわけですね。だから、大した変換じゃございませんけれども、例えば積分の変数変換をするというような置換でございますけれども、式の項の数が何十とか論文のページが二、三ページにわたるくらい長くなりますと、これは完全にコンピューターでやらしているわけです。したがって、従来のコンピューターなしで生計算でやるとか、あるいは手で式を扱うということはだんだん限界が出てきております。  それから、学術的な分野ではなくて、実際にAIが具体的にどんなところで効用を発揮するだろうかということで予想されておりますのは、例のスリーマイルアイランドの原子力発電所の事故がございましたが、あの分析をした結果、これはやはり人工知能のようなものがあることが、ああいう非常に重要な施設の場合には人間と人工知能が常に補完的にやらないと、つまり人工知能はかっとしたりして上がったりしませんので、専門家の知識をあらかじめ人工知能に入れておきますと妥当なある程度の判断をしてくれる。それと人間がペアになってスリーマイルアイランドのようなああいう事故を防ぐというのがいいのじゃないかという勧告をするような状況が出ておりまして、あれなんかは一つの典型的な方向かなと思います。  あとはエキスパートシステム、これはだんだん実用化いたしておりますが、例えばお医者さんが診断するときに、検査データからどういうふうな病気でこういうような治療の薬がいいのじゃないかとか、MYCINという名前がついておりますが、そういうようなものがアメリカはもちろん日本でも既に大分やられております。もちろんあらゆる疾患ではなくて、例えば心臓病とか肝臓病とかというある限定がございますけれども、これは既にかなり実績を積んでおりまして、もちろん最終診断は人間がするにしても、一回そういうものを使って自分の落ち、ポカがないかどうかチェックするということは非常に重要だと思います。そういう実績をバックにして、私の印象では今後は予想以上に早く実用化があちこちで出てくるのではないかという気が最近いたしております。

渡部行雄日本社会党・護憲共同

○渡部(行)委員 一つは、最近情報の自由化ということが言われておりますが、そうした際に情報産業の競争の中で勝っていくポイントとなるものは一体何なのか。つまりハードウエアの性能、速度あるいはその量的なものとか質的なものとか、あるいはソフトウェアではどういう点がポイントとなってこれからの産業をリードしていくのか、そういう点で今の日本の水準というのは世界の中で打ちかっていけるのかどうか、そのことが第一点。  それから情報という範囲ですね、どこからどこまでが情報の範疇に入るのか。つまり、例えばICBMが撃ち出された、それを直ちに探知して、それにこたえていく、それも考え方によっては情報の範疇に入るんじゃないだろうか。そういうふうにして考えていくと、この情報の内容というものは一体どこまでを情報として取り扱っていいのか。そして、そこで情報で勝負して決定的な勝利をしていくにはどの部分に最も力を注ぐべきか。例えば速度とか正確さとかあるいはその反応能力とか、そういういろいろな問題で先生はどういうふうにお考えなのか、その点です。

石井威望東京大学教授

○石井参考人 お答え申し上げます。  まず一番初めの、どういうことが今後の情報の技術とかあるいは産業のキーポイントかということでございますが、これは御指摘のとおり、ハードの面それからソフトの面、それからこれから申し上げますインターフェースと言われております人間と機械の境目の面がございます。  まず、それに関連しまして日本の水準もあわせてお答え申し上げますと、まずハードウエアの面では、一番戦略的に重要なのはメモリーの素子でございます。現在、大規模集積回路で小さな素子の中にどれだけたくさんの、さっきビットと申し上げましたが、何ビット記憶の量が入るかということをやっておりますが、大まかに言いますと現在までは大体キロビット、千ビットのオーダーではかる時代でございました。今後一九九〇年代以降は明らかにメガビット、百万ビットの時代になります。つまり千倍ぐらいジャンプするような時代が来るわけでございます。世界の注目するところでは、日本がこの分野では先頭を走っていくだろうということは大体自他ともに認めるところだと思います。なぜかといいますと、日本は量産技術といいましょうか、非常に歩どまりがよくてきちんとしたものをつくり上げる技術を持っておりまして、一たびそういう大規模集積回路のやり方の原理がわかりますと、これは原理を一番初めにやりましたのはもちろんアメリカでございますし、事実初期の段階でリードしておりましたのはアメリカのシリコンバレー等におきましてやられたわけでございますが、現在ではむしろシリコンバレーをしのぐぐらい日本の集積回路の技術は強くなっております。これは単に情報の中で重要だというだけでなくて、現在産業の米というのはついに鉄鋼からICに変わりまして、ICこそ産業のバロメーターだ。あらゆる部門にICが使われるという意味では最も重要な素子でございます。この点ではほとんど心配がないといいましょうか、国際摩擦を起こすぐらい、半導体日米戦争なんてジャーナリズムで言われるくらい強い競争力を持っておりますし、現在でも設備投資は極めて旺盛ですし、年々すごいものが出ております。一例を言いますと、去年出ましたワンチップのマイクロコンピューター、小さなつめの先ぐらいの結晶の中に従来のコンピューター全部入っておるわけですが、それが昔の中型のコンピューターぐらいの性能を持っております。今後数年ぐらいたちますと、恐らく従来大型だと言われておったようなものがワンチップの中に入るのはほとんど確実だというくらいのスピードで、現在着実に我が国のハードウエアの面の展開がなされておりまして、この辺では戦略的に重要なところはまずしっかりしておるとお考えいただいていいと思います。もちろんハードウエアというのはこれだけでなくて、いろいろのことがございます。例えば従来と違って三次元で立体的にしていかなければいけないとか、周辺のいろいろな問題がたくさんございまして、全部日本が強いとかということではございませんが、戦略的に一番重要なところは強いという意味で安心していいんじゃないかと思います。  第二のソフトウエアの面でございますが、これは一般には日本はおくれておると言われております。どの程度おくれておるか、いろいろ見方がございますが、一つの理由は、アメリカの場合には過去において宇宙開発だとか、そういう大きなシステムのソフトウエアをつくった経験がございます。我が国にはそういうチャンスもなかったし、おくれて出発したというために、ソフトウエアを専ら輸入したりコピーしたりというようなことをやっておるわけでございまして、ソフトウエアの値段の方がハードウエアよりもウエートが大きくなり、重要になってまいりますと、これを自力開発なりそこへ人材をどんどん投入して、いよいよ本格的生産に入らなければいけない、本格的開発に入らなければいけないという時期に来ておりますが、従来の我が国の一般的な産業界なりあるいは社会全体の風潮は、ソフトウエアの評価が非常に低うございまして、場合によっては評価しない。ソフトウエアというか、まあ情報一般もそうかもしれませんが、ハードウエアにはお金を払うけれども、ソフトウエアはもうただ同然だというような風潮もございまして、その辺の変化がちょっとおくれておるということがございます。  しかし、ようやく最近になりましてこの辺が本格的に動き出したわけでございますが、基本的にはハードウェアと違いまして、例えば日本が強い量産技術、生産管理の技術なんというのはまだよくわかっておりません。どういうふうにすれば生産がソフトウエアの場合にうまくいくかということはよくわかっておりません。一例を言いますと三十歳定年制ということがありまして、ソフトウエアの適性年齢というのは三十歳までである。今後我が国は二十代の人が少し減ってくるといいますか、相対的に減ってまいりますから、その点で若い人だけではとてもだめではないか。特に従来は男子だけ使っておりましたが、女子をいかに活用するかという問題あるいは中高年をどういうふうにソフトウエアに活用するかという問題がございます。しかし一方、プラスの希望的な兆候といたしましては、先ほどから言っております若い十代の子供たちを見ておりますと、盛んに自分でパソコンなんかのゲームをやったりしておりますので、その辺の人たちはソフトウエアに対する能力を小さいころから非常に持っておる可能性があるという意味では希望的でありますが、しかし将来、本格的に企業あるいは学校等においてもソフトウエアの問題を勉強すべきではないか。  もう一つは、従来の機械が、第五世代もそうでございますが、マン・マシン・インターフェースは余りよくなかった。非常に扱いにくい、プログラムしにくいシステムであった。早い話が、自分の声を出せば音声を聞き分けてくれて、機械の方で自動的にプログラムしてくれるなんという機械であれば一番よかったわけでありますが、そういうものがなかった。したがって、人間が最もやりにくいような、一点一画をおろそかにしないようなプログラムを機械的に全部やらなければいけない。人間の非常に知的な苦痛な不得意な作業を現在やっておるわけでございまして、この辺をもっともっとよくしていこう。つまり、今ブラウン管の前で盛んにいろいろプログラムをやっておりますけれども、ああいう従来の方法だけでなくてもっといろいろやっていこう。  例えば、現在コンピューターのグラフィックスといいまして図を盛んに使っております。従来の数とか記号だけでなくて図を盛んに使っております。図の方が人間にとりましては非常にやりやすうございます。ただし図の方がコスト的には高くなります。あるいは技術的には難しゅうございます。従来の図面というのは製図板の上で書いておりましたけれども、私どもの大学なんかでも製図教育の半分はもうすでにブラウン管の上でやるようになっております。つまり学生一人一人にブラウン管がございまして、教室の中ではブラウン管に向かって図面をかく。会社なんかに行きましても、製図室というのは昔の製図板は現在ほとんどなくなりまして、全部ブラウン管が入るようになりました。  そういうことになっておりますので、ソフトウエアの生産とマン・マシン・インターフェース、ブラウン管の前でやるというような作業、しかも内容が人間にわかりやすい図形のようなものが中心になってくる。ボタンなんかじゃなくて、ある特殊なマウスなんというような、人間が使いやすい新しい鉛筆というような感じのものも出てきております。  次の情報範囲でございますけれども、これにつきましては、理論的に言いますと情報は二種類ございまして、コード化できる情報とコード化できない情報がございます。つまり、私どもが記号にして文章に書いたり数字にしたりできるものと、何となく情報はあるのだけれどもよくわからない、コード化できない情報がございます。我が国の文化は、どっちかというと余りコード化しない情報の方を重要視する傾向がございますが、西欧文明は非常にきちんと書かれたものでないと情報と認めない。日本の場合には、イエスと言ってもイエスかノーかよくわからぬというのが基本的なあれでございますが、イエスと言った以上は完全にイエスだ、一と言ったら一であり、ゼロと言ったら完全にゼロだというのが現在のコンピューターの世界で扱われている情報でございます。  これが日本的なベースでございますが、将来アンコーデッドな記号化されてない情報の分野も何かうまい取り扱いの方法がないか。これがなぜ問題になるかといいますと、さっきのマン・マシン・インターフェースでこういう問題が現在避けて通れなくなってきております。例えば私どもの研究で言いますと、お母さんと赤ちゃんが情報を交換しておりますけれども、これなんか別にまだアルファベットも何も知らないわけでございますから、どうしてやっているんだろうということでございますが、動物というのは生まれながらにしてすべて母子相互に通信をするわけでございまして、これなんかは表情とか音とか、それも自覚しておりませんけれども完全にうまく応答しているということがわかってきております。  先ほど、もう少し高いレベルのICBMの情報とかいろいろのお話がございましたけれども、この辺は情報の範囲は、日本の場合には専らビジネスの世界で経済的に成り立つようなところに限定されているというようなことがございます。例えばニューメディアの場合でも、いろいろ技術的に出ておりましても恐らく経済的にどういうものが成り立つかというような点が問題になります。それから使う方が使いにくい、マン・マシン・インターフェースで使いにくいものは当然だめでございますが、特に私たち中高年になりますとボタンを押すというような操作についてはかなり抵抗がございますし、なれておりません。ですから世代間の問題もございますし、そういうような情報の扱いにつきましては、マン・マシン・インターフェースも含めて範囲は世代とともに変わりますし、国によっても違いますし、それから定義がどうかというようなことも違います。それから、それに対する反応の仕方、例えば芸術的な分野というものがございます。情緒的な新しいコンピューターグラフィックスあるいは電子音楽とか、最近ではテレビの画面なんかをごらんになっておりましても、コンピューターがつくり出しているような情報の表示や図面がたくさん出ております。ですから、従来の情報よりも今後ますますその範囲は広がり、応用も思いがけないものが出てくる。というのは、蓄音機だとかそういう情報の機械の古典的なものでも、発明されたときにどういうふうに使っていいかわからなかったという歴史がございます。エジソンは、決して現在のような歌謡曲なんかを入れるレコードを考えたわけではございませんで、むしろ教育機械を考えていた。つまりリンガホンのような教育機械を考えていたわけでございます。発明者自身も情報のようなものはどういうふうに使われるかわからない。その意味では、今回つくば博におきまして盛んに情報の展示がございますが、少し情報のディスプレーばかりに偏しているんじゃないかという批判があるくらいでございます。しかし、あれによってたくさんの人が情報の新しい技術に接して、どういうような使い方を自分たちで考えるかという意味では、非常に重要な時期にうまいチャンスがあったというふうに考えております。ちょっとお答えにならなかったかもしれませんが……。

渡部行雄日本社会党・護憲共同

○渡部(行)委員 どうもありがとうございました。

山原健二郎日本共産党・革新共同

○山原委員 一つは、情報科学、工学が次第に大規模化していくということの中で、もし事故とかそういうものが起こった場合の社会的影響はそれなりにまた広がっていくのであろうかということですね。それと同時に、これが人間の頭脳の働きといいますか、トータル的な総合判断力に追いつくものなのか、その辺の展望はどんなふうにお考えになっておりますか。これが一つです。  それから先生は、この経歴を見せていただきますと、東京大学におられて二十年となっておりますが、例の産学協同ですね、これはこの間にどういうふうに変化しているのか。そういう意味では非常に緊密な方向になっているのかどうか、それをちょっとお伺いしたいと思うのです。

石井威望東京大学教授

○石井参考人 お答え申し上げます。  まず、事故等に伴う社会的波及の問題でございます。これはこの間も電話局で起こったり、あるいはみどりの窓口での影響があったりいろいろいたしましたが、大きなシステムをつくりますればつくりますほど非常に大問題になってまいりまして、いかにそういう故障に対する波及を防ぐかという技術、それからなるべく故障を起こさせない技術ということでございますが、一つは、分散ということが大きな基本的な戦略になります。大きなマンモスとか恐竜みたいな集中システムをつくりますと、頭のところがやられますと全部やられてしまう、全身麻痺が起こってしまうわけでありますが、かなり分散しておりますと、一部やられるかもしれませんが被害の範囲が局限されます。せめて局限しておいて、ほかは生かしておいてその間に修復する。だからリカバリー、人間がやっておりますからどこかがやられるのはしようがない、ある確率でやられるでしょう。しかし、やられるのは全般には及びません、そういうふうに分散してあり、さらに初めから回復まで考えてありますと。ちょうど一回ひっくり返ると骨折してしまってとても立ち上がれないというのじゃなくて、柔道の受け身ではございませんが、投げられることはあるかもしれぬけれども、うまく受け身をして、すぐに立ち上がって次の動作に入れるということを最近は初めから考え出しておりまして、これはフェールソフトと言われているものでございます。故障するときにソフトに故障しようという、何か初めから敗戦思想みたいでけしからぬという意見もないことはございませんけれども、そういうのがございます。従来はMTBF、故障間隔ばかり気にしておったのでございますが、最近はそうではございませんでアベイラビリティー、つまり回復時間まで入れたメジャーではかっていこうという方向に設計が変わってきております。  第二は、トータルの判断までこういう人工頭脳とか情報の技術がいくか、これは完全にいかないと思います。少なくとも第五世代くらいまででは、完全に創造力とか、あるわからないもの、アンノーンなものに対して、それを分析して新しく哲学をつくり出すなんということはとてもできない。どうしてかといいますと、現在の情報というのは、本来ちょうど数学の問題を解くようなものでございまして、わかっている中でやるわけでございます。現実の世界というのは必ずその他といいましょうか、理論の中では出てこない、さっき言いましたコード化されない部分というのが必ずございます。ちょうど患者さんを診るときに、医者が内科の教科書に書いてある病気だけで全部判断しようとしますと、必ず新しい病気とか書いてないことがいっぱいあるわけでございます。ですから、その他の部分はいつまでたっても人間がやるべきであり、その部分こそまさに創造の源泉であるということでございますから、現在の情報技術あるいは将来もトータルの判断は、よくSFにあるように全部コンピューターがやるということは、私どもが考える範囲では絶対起こらないというふうに考えます。多少はセールストークといいましょうか、コンピューターの産業等が売り上げを上げるために盛んに過大に宣伝するという話がよく出てまいりますが、これは原理的に少し問題があろうかと思います。  それから第三番目の、大学のこういう情報分野なり何なりの産学の問題でございますが、これは従来はやはり我が国の一つのムードといいましょうか雰囲気がございまして、大学の中、一般的に産学の協同に対しては、特にその学部によって違いますけれども、ネガティブな拒絶的な空気も強いように感じておりました。最近大分変わってまいりまして、むしろそれは特に大学の活性化といいましょうか、先端技術なんかの分野では民間がどんどん新しいことをやっておりますし、私ども卒業生もそういうところへ行っておるわけでございますから、当然もっと産学の間の風通しなり協同の方向を強めていこうというのは、これは工学部なんかではどうしても必要なのでございます。そういうのをやりませんと大学の方が干からびてしまいまして活力がなくなっていく、非常に抽象的なことばかりやりまして、特にそういう民間がどんどんこれから力をつけてきてやりますから、おくれてしまうということがございます。したがって、大いに産学協同という方向に進むとしても、では大学が分担すべき本来の役割は何かということについて、産業との違いなりそういうことを今問われている時期でございます。  例えばこの間のイギリスのある雑誌も指摘しておりますが、日本の産業は基礎研究を始め出したと言われております。それは、本来は基礎研究は大学でやり、応用研究が産業だというふうなかなり明確な役割分担がありまして、日本の産業はそろばん高くて、なかなか基礎研究のような、すぐにメリットがないようなものはやらない、むしろもっとそっちをやるべきだということを言ってもやらないというのが従来のパターンだと言われておりましたが、応用研究だけではだめで基礎研究まで産業の方でも考え出したということでございますから、そうなればなるほど、では大学はそういう時代にどういう基礎研究なり教育なりをやるかということでございますが、本質的にはっきり企業と違いますのは、企業の場合は、基礎研究をやるといいましても、やはり本業である自分のところにどこか関係があるという目的意識が最後まであるべきであり、あると思います。ところが大学の場合には、完全に無目的といいましょうか、とにかく知的興味があるからやる、やってみて全部役に立たなければそれもよろしい、むしろそういうものが蓄積され、そういうものが後で何か次の刺激になり種になればいいので、当面むしろ完全にフリーに個人の知的なニーズに任せるという点では、やはり大学と企業は本質的に違うところを持っているのだろう。そこら辺は具体的にどういう制度にしていくかとかシステムにしていくかということが今考えられているところでございます。

鳥居一雄公明党・国民会議

○鳥居委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。  石井参考人には、本日長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。  次回は、来る十一日木曜日午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午前十一時三十三分散会

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