法務委員会 第5号
- 発言数
- 128 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1984/04/07
会議録
○委員長(大川清幸君) ただいまから法務委員会を開会いたします。 昭和五十九年度総予算中、裁判所所管を議題といたします。 勝見最高裁判所事務総長から説明を求めます。勝見最高裁判所事務総長。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 昭和五十九年度裁判所所管予定経費要求額について御説明申し上げます。 昭和五十九年度裁判所所管予定経費要求額の総額は二千九十五億四千四百五十二万二千円でありまして、これを前年度予算額一千九百九十六億五千八十九万二千円に比較いたしますと、差し引き九十八億九千三百六十三万円の増加となっております。 これは人件費において百四十五億三千四百九十一万一千円、裁判費において四億一千八百六万円、司法行政事務を行うために必要な庁費等において一億一千六百六十三万九千円が増加し、施設費において五十一億七千五百九十八万円が減少した結果であります。 次に、昭和五十九年度予定経費要求額のうち、主な事項について御説明申し上げます。 まず、人的機構の充実、すなわち増員であります。特殊損害賠償事件、民事執行法に基づく執行事件、少年一般保護事件等の適正迅速な処理を図るため、判事九人、裁判所書記官七人、家庭裁判所調査官三人、裁判所事務官二十九人、合計四十八人の増員となっております。 他方、定員削減計画に基づく昭和五十九年度削減分として裁判所事務官三十九人が減員されることになりますので、差し引き九人の定員増となるわけであります。 次は、司法の体制の強化に必要な経費であります。 裁判運営の効率化及び近代化のため、庁用図書、図書館図書等裁判資料の整備に要する経費として四億五千八百十五万二千円、複写機、計算機等裁判事務能率化器具の整備に要する経費として三億三千七百二十二万二千円、調停委員に支給する手当として四十七億一千七百四十九万二千円、裁判費の充実を図るため、国選弁護人報酬に要する経費として二十三億二千二十六万七千円、証人、司法委員、参与員等旅費として五億九千二百六十二万五千円を計上しております。また、裁判所施設の整備を図るため、裁判所庁舎の新営、増築等に必要な経費として八十一億八千六百七十一万一千円を計上しております。 以上が昭和五十九年度裁判所所管予定経費要求額の大要であります。よろしく御審議のほどをお願いいたします。
○委員長(大川清幸君) これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○寺田熊雄君 私は、裁判官とその業務執行に当たっての心構え、世論に対する考え方等をまず問題としてみたいのであります。 これは裁判官だけではございませんが、およそ権力を持つ者、国家権力を担っている者は事柄によりましては他人の死命を制する力を持つものでありますので、常に謙虚に他人の批判に耳を傾けてほしいと考えるのであります。裁判官は、裁判に当たりまして憲法なり法律なり、最後には自分の良心をよりどころとしていかなければいけません。したがって、個々の人物の自己に対する願望であるとか、あるいは新聞の論調であるとか、そういうものに動かされてはいけないということは言うまでもありません。ただ、人間でありますので限られた学識、限られた人生体験によってその権力を行使するのでありますからして、常に自分の法律解釈であるとか、あるいは自分の仕事ぶりであるとかいうものについて誤りがないかどうか、偏向がないかどうかということを反省して厳しい自己批判を行ってもらいたいと考えております。 しかし、現実の事例では、ほとんどの方はそういうことはないのですが、時に国民の批判に耳を傾ける雅量を持たない、一切の批判を峻拒する非常に独断的な裁判官があらわれることがないではありません。これは一般論として、裁判官が常に謙虚に国民の批判に耳を傾けていく必要があると いう問題について最高裁の事務総長のお考えをまず承りたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 裁判官の心構えといたしまして、ただいま寺田委員御指摘のとおりだと私も考えております。 具体的に申し上げまして大変失礼でございますが、新任の判事補諸君の研修が間もなく行われますが、当然私も参りまして先輩として、また事務総長として話をする機会を持つことになっておりますが、その際も、今寺田委員御指摘のとおり、いわば裁判体として国家権力の一翼を担うものとして裁判官に要求されております昔から言われております中立、厳正、廉直、公正、こういったいわば積極的に要求される徳目との裏腹といたしまして、あくまでも謙虚であってほしいということを伝えるつもりでおります。 確かに裁判体として業務を執行するに当たりまして、今御指摘のようなことを一線の裁判官は常に考えているものと私ども信じておりますし、また日ごろ反省して十分今おっしゃったようなことについて私どもも事務総局といたしまして裁判官方に要望いたしたいというふうに考えております。
○寺田熊雄君 殊に通常の裁判におきますと、これは訴訟の関係者、刑事裁判の場合は検察官、弁護人が常に立会して裁判手続が行われます。それから民事裁判におきましても概して両当事者は弁護士を代理人としてその手続が行われる。したがって、裁判所の関与される国民といたしましても非常に限られたもので、裁判官は大体において法廷と裁判官室との間を往復してお仕事をなさるというのでありますけれども、これが会社更生手続であるとかあるいは破産手続であるというようなことになりますと裁判官の仕事はむしろ行政官的な態様の執務が多いわけであります。 殊に会社更生の手続を見ますと、管財人を選任して、いかにすれば会社を更生せしめ得るかというような経営者的な視点における仕事がふえてまいります。また、管財人の会社経営の監督者としての業務、これは経済人の間では倒産に瀕した会社あるいは倒産した会社を立て直す、直し屋と言っておるようでありますが、みずからを直し屋と称する経済人もあるのでありますが、会社の直し屋内な仕事というものが裁判官に課せられていく、それを監督する仕事が起こってまいるということになります。また、そういう直し屋内な仕事をやる裁判官が接触する人々は、あるいは会社債権者でありましたり、株主でありましたり、そういった利益団体を構成する利害関係人が多いわけであります。そして裁判官の執務は普通の裁判のように上級審の支配あるいは監督というものを受けない非常に専権的な要素が多いのであります。したがって、普通の裁判官のお仕事よりも権力的な要素というものが濃くなるだけに、一層自戒自粛を求められるわけであります。裁判官がそういう人々、会社の関係者に接する態度唐ども、その裁判官の人生観でありますとか世界観でありますとか、人間としての幅の広さであるとか温かみであるとか、そういうものが大きく影響してまいります。一層裁判官としましては広い視野とそれから一般的な法律の素養というものが求められるように思うのであります。 管財人の選任の場合に、管財人は従来の会社経営者である取締役にかわりまして会社の経営を継続するわけであります。その会社を継続する場合にはやはり労使関係というものは存続していきます。その労使関係が存続する限りは、憲法の規定は言うまでもないのでありますけれども、憲法二十七条であるとか、あるいは二十八条であるとか、そういう規定から生まれる法律、労働基準法、労働組合法というような労使関係のいわば憲法的な法律というものは、これはその労使関係を支配するものであるということは言うまでもないのですが、この点は申すまでもないでしょうね。いかがでしよう。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 寺田委員仰せのとおりだと思います。
○寺田熊雄君 そこで、私が今特に最高裁のお歴々の皆さんにお考えを問わなければならないというのは、大阪地裁の道下徹裁判官の仕事ぶりに関するものであります。 この道下裁判官は、まあお仕事熱心な方であろうと私は推察するのでありますけれども、率直に申しますと、会社更生手続を担当しておられる。で、会社を更生させるという直し屋的任務の持つ点にのみ目を奪われて、会社経営が経営者と労働者すなわち従業員との協力によって成り立つという事実を見失ってしまわれたのではないかと思われるのであります。その結果として、労働組合を無視するというか、できるだけ抑えつけるという傾向が従来からありました。これがどういう点でうかがわれるかという点はまた必要があって時間が余れば述べるつもりでありますけれども、この傾向が顕著にあらわれた事件が昨年大阪地裁で取り扱われました株式会社額田製作所の更生手続事件なのであります。 この道下裁判官は、更生手続におきまして管財人として同系統の会社であります太陽鉄工株式会社という会社の取締役社長である北浦公雄という者を選任いたしました。ところがこの北浦公雄は、更生会社である額田製作所の従業員をもって組織される労働組合が総評系の全国組織の中でもとりわけ強い組合と言われる全国金属労働組合に加入していることを嫌って、この組合が全国金属を脱退することを就任の条件として出してきたわけであります。これはおよそ経営者の共通の傾向と言っていいでありましょうが、できるだけ組合はおとなしい協力的な組合であることを希望する、これはまあ経営者として本能的な願望であります。常に経営者は組合を御用化しようという欲求に駆られている。このために労働法が長い歴史を経て各国に生まれているという歴史的な経過があるわけであります。したがって、管財人として裁判所が選任しようとしてつかまえたその人物が、こういう労働組合に対する注文をつけてきた場合に一体裁判所としたらどうしたらいいのだろうかということであります。 その場合、裁判官としてとり得る道というものは私は非常に限られてくると思います。一つは、労働組合は労働組合法第二条に言うごとく自主性がその存立の第一条件であります。自主性が失われれば第一条に言うような労使対等の原則というようなものは存在し得るはずがないわけであります。それは労働組合の生命でありますので、したがって労働組合法第七条において、経営者がそれに対して支配介入をしてはいけない、支配介入を行えば不当労働行為となるといってこれを禁圧しておるわけであります。したがって、裁判官はそういう広い視野から、つまり労使関係が存在し、それには労働組合法や労働基準法等の支配が行われるというその法的な関係というものを眺めて、管財人に対して、新たな経営者にかわって会社を経営する場合に、そういうふうな労働組合に対する注文や支配介入というようなものをしてはいけないんだ、したがって、それを条件としてもらっては困ると言って、その管財人候補者、自分が選任せんとするその者の注文を排除する、説得するという態度があると思います。私はまた説得すべきだと思うんです。で、もしその説得を聞かなかったらどうするか。それはほかの管財人を選ぶべきなのであります。私はそれが裁判官としては正しい態度だと思う。これはいかがでしょう。
○最高裁判所長官代理者(上谷清君) ただいまの御指摘の事件は、実はその後大阪の労働委員会の方にも事件がかかっておりますし、それから大阪地方裁判所に国家賠償事件あるいは損害賠償事件としても係属いたしておりますので、具体的なその事件について道下裁判官の行った行動の当否、評価という問題につきましては、私どもの事務当局の立場としてこの場でお答えするのは差し控え号していただきたいと思うわけでございます。 それからもう一つ、実はこの道下裁判官の行為そのものがいわば裁判所の訴訟指揮というふうな性質のものでございますので、その訴訟指揮の中身がよかったかどうかというのを上訴審の立場から判断されるのは別としまして、私ども事務当局 の立場でそのやったことがいいとか悪いとかというのは甚だ申し上げにくいといいましょうか、むしろ私どもとして立ち入るべき問題ではないと考えておりますので、その辺はひとつお許しいただきたいと思うわけでございます。 ただ、ごく一般論として、会社更生事件の取り扱いとして一般論を申し上げますならば、更生管財人というお仕事は大変御苦労なわけでございまして、実際問題として申立人側でいろいろな人を推薦してくる、あるいはまた会社以外の債権者側、あるいはまた例えば労働組合でございましたらそういうふうな方々もいろいろ適任者があれば裁判所の方へ推薦してきていただく、そういうふうなことになるわけでございまして、最終的に管財人が就任を御承認いただくということになりませんと、裁判所もその人を更生管財人として更生手続の開始決定をできない、そういうふうな事情がございますので、事実上ある候補者がその会社の管財人になってくださるかどうかということの御承諾は事前に得なければならない。そういうことでございまして、就任していただけるかどうかということは事前に確認をとるというのが一般的な扱いでございます。
○寺田熊雄君 今民事局長が言われたように、この事件は労働組合が非常にその仕事ぶりを遺憾として諸般の法律的手続によって道下裁判官を弾劾しておる。弾劾裁判官訴追委員会にも提訴しておる。しかし、私はそれを今あえてどういうふうな結果に導こうというようなけちな考えを持って質問しているのではありません。それはその当該の手続を主宰する人々の判断に任せればいいことで、ただ私は、裁判官がその余りにも強烈な独断をもって訴訟の当事者に迫って労働法を無視するようなことがあるということを何としてもやめてもらわなければいかぬという考え方であなた方にお考えを問うておるわけであります。 したがって、今道下裁判官のとった態度の是非を論ずることが差しさわりがあるというならば一般論としてでもよろしい。今事務総長は更生会社といえどもその労使関係には労働法の支配があるというお答えをなさった。私は裁判官でいらっしゃる皆さんが、やはり正しい理論というものを是認するという、そういう態度であってほしいと思うわけであります。したがって、もしも個々の議論として言うことが差しさわりがあるならば、一般論としてでもよろしい。したがって、もしも一般的な問題として、更生事件において管財人となろうとする者が労働組合をつぶしてくれとか、あるいは労働組合が上部団体から脱退してくれとか、あるいは総評を脱退して同盟に移ってくれとか、そういうような組合に対する支配介入を就任の条件として裁判官に迫った場合に、裁判官はどういう態度をとるべきかという点に関して、私はこれは事務総長に一般論としてお考えを述べていただきたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 裁判官が仕事をするに当たりまして、申し上げるまでもなく憲法に明記されておりますように「憲法及び法律にのみ拘束される。」ということになっております。これを裏返せば、あくまでも憲法及び法律に従って裁判事務を処理しなければならないということになります。ただいまのお尋ねにつきましては、当初具体的な事件の延長線上の問題として御提起なされた問題でありますので、これ以上私の立場として答弁は差し控えたいと思いますけれども、あくまでも裁判官は憲法及び法律に従って事務を執行すべきであるというふうに考えておりますし、一線の裁判官がそのようにしているというふうに信じておる次第でございます。
○寺田熊雄君 事務総長の御答弁の前半はまさに正鵠を射た御答弁だと思うわけです。しかし、後半の裁判官が概してそういう態度をとっておると思う、間違った態度をとっておる裁判官はおらぬと思うという点は事実と反するんですね。ですから、これは私がこれから具体的に申し上げてみたいと思う。 今民事局長は具体的な問題としてその答弁を差し控えたいということがあったのでありますが、これはやはり裁判官はそういう労働法の支配という事実を的確に認識して仕事をしてもらわなければ困ると同時に、判例についてもやはり勉強してもらわなければ困る。これはもしも労働組合に対してさまざまな注文を出す、あるいは非難をする、その組合のいかんによって不利益な取り扱いを暗示するというようなことをしては、そして組合の運営に影響を及ぼした事実がある場合には、たとえ発言者にこの点について主観的な認識や目的がなかったとしても、なおかつ労働組合法第七条第三号に言う組合の運営に対する支配介入があることになる。それは不当労働行為になる。これは昭和二十九年五月二十八日第二小法廷の判決、これはヤンマーディーゼル事件でありますが、こういう判例もある。学説もまた一致してそれを指摘しておる。それにもかかわらずこの裁判官は唯々諾々としてこの北浦管財人候補の主張を取り入れたわけであります。したがって、事務総長がおっしゃったような、そういう裁判官はおらぬと思うとおっしゃったそれがまさに事実と反しておるわけであります。 それで、あるいはそういうことを申したことはないとおっしゃるかもしれないけれども、これはまた大変正直な方なのかもしれぬけれども、書面を出したんですね。ちょうど私の親しい友人であった平賀裁判官が、これは非常に人間としてはすばらしいよい人間であったのですが、自己の意見を書面にして担当の裁判官に交付したということで、平賀書簡という問題を起こした。これと同じようにこの道下裁判官も書面で、これはどうかと言って労働組合を招致して労働組合の三役に渡しておるわけであります。これはもうそういう物証を伴う事件なのであります。 この書面は、恐らくは管財人たらんとする者が裁判所に出したものであろうと思われるけれども、その表紙で、その部分だけは伏せてしまっている。その余の部分をコピーしておる。大変そういう点で、その点についてはなかなかやはり責任というものを感じたのかもしれない。その中に「労働組合の上部団体脱退」という項目がある。そして労使が一体となって泥まみれで再建しなければいかぬので上部団体である総評や全金からの関与は受けてはだめだと考えるという趣旨の一項目があるわけであります。こういうような書面を組合の三役を招致してこれを突きつけて、そして一体組合はどうするか、これをのまなければだめだという慫慂をしておるのであります。それは結局裁判官として会社更生という目的に役立つものであれば労働組合法に違反する違法をあえてしても差し支えないという態度としか考えられない。 今事務総長がおっしゃったように、憲法七十六条第三項は「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」という規定、その法律に拘束されるという憲法の大原則に違反するという違法をあえてしておるわけで、これは事務総長、こういう事実が書面によってあえて明らかになっても、やはり自分の同僚と申しますか、あなたから見ればはるかに後輩の方だと思いますけれども、そういう者はおらないと信ずるというあなたの信念はいかがでしょうか。やっぱりおるんですよ、中には。いかがですか。——これは民事局長の法律の解釈を伺っているんじゃない、事務総長の今の御答弁に対して御意見を伺っている。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 先ほど民事局長から申し上げましたように、まさに事件そのものでございますので、私からはただいまのこの事件につきまして道下裁判官がどうであったかということについての答弁は控えさせていただきたいと思います。判例もお引きになりまして、本来労働法上どうあるべきかという問題でございます。まさに判例といわず、法律に違反しているかどうかという問題になるわけでございまして、その問題になりますと具体的な問題に関連したお答えになることになりますので、その点はひとつ答弁は差し控えさせていただきたいというふうに思います。
○寺田熊雄君 当然に労働組合としてはこのよう な自己の組織に対する支配介入、しかもそれはやがて取り締まりに変わって、会社の経営を行うであろうその人間が組合に対する支配介入を行わんとする場合、その支配介入を甘んじて受けるというようなことがあれば、それは自主性を持った労働組合ということは言えない。そこで当然にこれを峻拒したわけである。ところが、また道下裁判官はそれに対して追い打ちをかけた。ああ、もっともだと言って引き下がったなら、まだ私は労働組合法などの一連の法律を尊重する裁判官としての適格性というものを持っておられるということを、まずそこのところまでは私はあえて適格性を持っていないとまでは断じようとは思わない。ところが彼は追い打ちをかけた。もう一遍審尋手続に仮託をして組合三役を裁判所に呼んだわけであります。 そして、これは五十八年八月十一日でありますが、その審尋手続の中で全金を脱退すれば人員整理の人数を四十一名とし残留者を四十五名とする、しかもそれは希望退職でやってやろう、もしも全金を脱退しないならば五十一名を指名によって解雇するというのが管財人たらんとする者の意見であるから、いずれをとるかを選択せよと言って組合三役に迫ったわけであります。これはまさに裁判官としてあいくちを関係者ののど元に突きつけて、そして返答を迫るというようなものであります。会社を更生させるためには何をやってもいいのだというような馬車馬的な態度と言うほかはない。法を軽んずること余りにもひどいと断じなければならない。私はここまで無理をすればやはり裁判官としての適格性を疑われてもしようがないんじゃないだろうか。なぜ陪席判事が、裁判長、それはちょっとどうでしようかと言ってたしなめなかったんだろうか。 私ども昔裁判官をしておったときに、大阪の地裁で、先輩の裁判官が余り裁判長に盾突かない方がいいですよと言って私にアドバイスをしてくれたことがある。ばかなことを言え、裁判官が思ったことを言えないようでどうするかと言って一笑に付したことがある。その後、大阪の地裁はむしろ東京地裁よりも活発に合議で意見を述べる傾向が出てきたということで私は喜んでいるんですが、陪席判事が裁判長の言うことに唯々諾々として服従して裁判長に一言もそういうことに対して意見を言えなかったというのは、これはまた意気地のない陪席判事ではなかろうかと私は思うんですけれども、ともかく道下裁判官はそういう強引な態度をとった。 そうなりますと、これは組合としては解雇者がそのいかんによってふえてくる。しかも希望退職でない指名解雇で行うというのであれば、これはもう大変なことになる。組合それ自体がつぶれてしまうということになりますので、やむを得ず涙をのんで、さらに八月十八日と十九日の両日、もう一遍組合大会を開いた。そして全員が涙を流してこの条件をのんだのであります。その報告を回答書の形で執行委員長から裁判所に提出した。それを受けた道下裁判官は大いに喜んで、これで更生開始の条件がそろいましたということで、開始決定を五十八年八月二十二日に出しておるのである。なるほどこれによって管財人の組合を全金から脱退させるという目的は達したかもしれない。しかし、裁判官が法を破って、そして管財人の主張すべからざる主張に加担をしたということは、この事実は歴然として残ってしまったわけであります。これはこの回答書というのを後でお手元に差し上げますけれども、こういう全金脱退という目的を達しましたので、北浦公雄と額田製作所の労働組合とは、裁判官の面前において、裁判官がそういう手続をとったわけであります。道下裁判長の面前において協定書を締結したわけであります。 その協定書、第一に、乙というのは労働組合でありますが、「乙は会社更生開始決定後、直ちに上部の総評全国金属労働組合に対し、支部脱退届を提出するものとする。」という規定、それから甲というのは管財人でありますが、「甲は企業内組合については従来どおりこれを認める。」、まさに御用組合ならば認めてやろうと。御承知のように、これは西欧、殊にアメリカではカンパニーユニオン、企業内組合というのは御用組合だということが定説になっております。大体企業組合というものは社長から労働組合長がおまえおまえなんと言って呼びつけられて、組合長は社長、社長と奉る。もう呼び方からして労使対等なんというのはできない。したがって、どうしても企業の壁を破らなければ労使対等はできないというのが労働法の原則なのであります。しかし使用者は企業内組合を喜ぶ。まさにそういう経営者の願望を労働組合法を破るという違法をあえてして実現させた。これが今回の事件なので、これは何か衆議院の論議によりますと、最高裁判所は調査をしておらない、事実は余り詳しく知らないということで、盛んに逃げていらっしゃる。私それ拝見して、それで特に書証を用意したわけであります。これはもし御調査になっておらないとするならば、やっぱりこれは物証があるので参考にしていただきたいと思います。 今の一連の私の説明をごらんいただけば、またお聞きいただけばよくわかると思います。すべて道下裁判官の行った行状というものは、一貫して労働関係について労働法の支配を排除する、あえて労働組合法を無視するという違法を犯したという点については一点の疑いだにない。私は今労働組合が手続をしておる諸般の法律的な機関の決定あるいは裁決というようなものに影響を及ぼそうなんというけちな考えを持って質問しておるのではないことは先ほど申し上げたとおりで、それはあなた方も理解してほしい。しかし、やはりこういう独断的な、法を無視する裁判官が国民の無力なのに乗じて強権を振り回すということだけはやっぱりやめてもらいたい。これは厳に戒めてもらいたい。それをなくすためには、どうしてもやはり国民の裁判官に対する批判というものを謙虚に私は聞いてもらいたい。そうでないと一向にこれは改まらない。私は国民の一つの意見を代表して、きょうは事務総長初め局長の皆さんにこの質問をしたわけであります。 事件が具体的であるから、具体的な答弁はその諸般の手続に影響があるから差し控えさしていただきたいというならば、それもやはりある程度の理屈であるからして、私はそれを絶対に悪いとは申しません。ただ、事務総長、ここでひとつもう一遍あなたにお考えをいただきたいのは、やっぱりこういう傾向があるんです。これは決して道下裁判官だけじゃない。ほかにもたくさんある。もうとかく専権的な、殊に鬼頭裁判官ほどではないけれども、時流に従ったというか、労働組合に対しての偏見を持っているというか、とかく労働組合の意見は聞かない、使用者の意見を唯々諾々として聞いて労働事件を処理するという裁判官がやっぱりあるんです。それでは困る。ですから、最高裁が、個々の事件についてあなた方が支配介入をするとか、そういうことはもうなすべからざることは申すまでもありません。それを我々が求めておるのではない。しかし、裁判官が弱者に対する侮べつ感のようなものを持ってもらっては困る。一般的な法律的な教養に対して、もうちょっとそれを深めてもらいたい。それから、自己の扱っておる仕事だけに目を狭めてもらっては困る。広い視野に立って、諸般の法律的な規制というものがあることに思いをいたして、今回の道下裁判官のように全国の労働組合から指弾を受けるというようなことがないように十分心してもらいたい。 そのために、やはり私は最高裁事務総局として一定の役割があると思うんです。手をつかねてそういう現象を傍観しておればいいというものじゃないと思うんです。最後に、事務総長のそうした点についてのお考えを承りたい。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 申し上げるまでもないことでございますが、裁判官が違法な手続ないし判断をしたということであっては、まさに裁判のむしろ自殺行為だと思います。一般論として申し上げれば、もし御指摘のような傾向があるとすれば大変なことでございますし、私ど もといたしましては、私どもの許される範囲内において、そのようなことがないように期したいというふうに考えております。 なお、具体的な事件につきまして民事局長の方から簡単にお答え申し上げましたけれども、ただいま御指摘のような外形的な書類等のことにつきましては十分承知をしておるつもりでございます。ただ、内容につきまして、ただいま寺田委員御説明のようなことと大分がなり違っている面もあるのではないかというふうに受けとめているわけでございますが、先ほどから申し上げておりますように、具体的な案件になりますので、これ以上私の方から申し上げるのは控えさしていただきたいと思いますが、重ねて申し上げますけれども、違法、違憲の行動を裁判官がとるということはあってはならないということは十分私ども承知しておりますし、そのようなことがあるとすれば、私どもといたしましても、許される範囲内で十分裁判官のいわば自粛といいますか、自制といいますかを喚起いたしたいというふうに考えております。
○山田譲君 最初に私は、既に御存じだと思いますけれども、去年の十二月下旬に東京地裁で行われましたいわゆる誠備グループの脱税事件に関する公判のときに、傍聴人でありますあるアメリカ人ですが、レペタさんという人が聞いていてメモをとろうとした。それに対してメモはとっちゃいけませんというふうなことで、引き下がって、それが大分、新聞にも記事が載ったわけであります。それから去る三月二十六日ですか、毎日新聞には直接レペタさんが談話を出して、当然一般の傍聴人にもメモは認めるべきじゃないか、そして知る権利からいっても当然のことであるというふうなことで、大分怒って、いろいろと会見した人にお話をしているのが載っております。ですから、事件としては十分おわかりかと思いますが、私が聞きたいのは、まずメモをとっちゃいかぬというふうなことはそこの裁判の裁判官の判断で行われるのか、それとも最高裁あたりが中心になって全国的に裁判のときにはメモは一切とらせるなというふうな指導をしておられるのかどうか、そこをまずお伺いしたいと思うんです。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 傍聴人のメモに関しましては、これはただいま裁判官の間では法廷警察権に属することであり、したがいまして、これは各それぞれの裁判所あるいは具体的な裁判を担当する裁判官の決することであるというふうにされているようでございます。 その根拠としますところは、憲法八十二条一項は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」と、こういうふうに規定しておりますが、ここで言う公開といいますのは、公判期日における手続を何びとの傍聴も許す状態で行うということであって、これ以上ではない。したがいまして、傍聴人は傍聴施設等の物理的な障害がない限り希望するときは裁判を直接見聞できるし、それを記憶して人に伝えることも自由である。しかし、その記憶を固定させるためにメモをとるということまでは傍聴人の当然の権利ではないんだと。結局傍聴というのは聞いていただくということで、要するに裁判の適正を保障するということで公開ということが決められているんであって、そこで行われていることをメモするかどうかというようなことは全く裁判所の裁量に係ることであると、こういうふうに言われているわけでございまして、それと同種の決定も出ているわけでございます。で、許すか許さないかは裁判所の裁量でどちらでも裁判所が自由に決めていいんだと、こういうことになるわけでございますが、私どもの調べたところではメモを一般的に禁止しているという裁判所が多いようでございます。 その理由といたしましては、メモを許した場合にいろいろ弊害がある。一般には、言われていることを二、三御紹介いたしますと、例えばメモをとるということで証人が非常に心理的な影響を受ける、自由な証言ができなくなるおそれがある。特に敵対関係にある傍聴人がメモをとるというようなことになりますと、それで法廷外で証人がいろいろ批判を受ける。そういうまた目的で使われる、そういうおそれがある。また事実そういうこともあったという事例もあるようでございます。そういうこと。それから一斉にメモをとるということになりますと、法廷内が非常にざわざわする、裁判官などもいろいろそれによって気が散る、あるいは法廷内の平穏が害されると、こういうようなことが一般に言われているようでございます。
○山田譲君 憲法の公開の原理、これは今おっしゃったとおりでありますけれども、そのことは必然的に傍聴者にはメモをとらしてはいけないということを憲法でいっているものではないと思うんですね。憲法は、公開するというのはそこまでだということはさっき言ったとおりであるけれども、メモをさしてはいけないということは憲法上どこにもうたってない。ですから、裁判所のそれぞれの裁判官の判断で、今いろいろ言われたようなことで裁判官がメモを禁止するということは、憲法の問題、必ずしも、憲法に直接抵触するとか、憲法上の権利だとかという主張はないと思うんです。 しかし、それにしても、今おっしゃった理由はどうも納得することはできないんだけれども、メモをとるということは、これは頭のごくいい人であれば聞いていて全部覚えちゃうわけです。ところが、頭の悪い人はなかなか覚え切れないから、それで頭に入れるかわりにメモをして持っていくというだけのことでして、それがまた今言われたけれども、ざわざわみんながしてうるさくてしようがないとかというふうな状態は普通は常識的には考えられないわけですね。あるいはまた、メモをしていれば証人が遠慮するとか何とか言われたけれども、証人は一々後ろを向いてだれさんがメモを一生懸命とっているから嫌だとか応だとか、そんなことはまずあり得ないと思うんですね。メモをとるぐらいの人は当然それは頭で覚えられないから書いていくということだけの話であって、頭のいい人は全部覚えて法廷を出る途端にそれは全部みんなに発表することもできるわけで、そういうことを考えますと、どうしてメモを禁止するのか、どうも今おっしゃられた理由だけからではわかりかねるわけです。そしてまた、裁判官の何権というのですか、裁判に当たっての、中についていろいろ秩序を維持するための権利は裁判官にあるというけれども、メモを禁止するだけの権利が裁判官にあるかどうか、そこら辺どういうものですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) ただいま仰せのように、頭のいい人が覚えていっても同じじゃないかと仰せでございますが、メモを持って帰ってこういうことを言ったじゃないかといって突きつけて言ったというような例もあるわけでございます。また法廷内で今そんなにざわざわすることはないじゃないかという仰せでございますが、これは実際に裁判でやっておりますと、ページをめくったり、がさがさいうというようなことは、証人尋問などでやっておりますと裁判官としては非常に気になるということが事実のようでございます。 ただいまの仰せのとおりにこれは法廷警察権に基づくことでございまして、各裁判所がそれぞれ決めることでございまして、これはまさに委員が御指摘のとおり、憲法そのものに触れるという問題ではない。許すか許さないかは個々の裁判所の決めることでございます。ただいま申しましたように、非常にざわつくようなこともございますけれども、裁判所としては、例えば報道の自由というような関係で新聞記者の皆さんには許しているというようなこともあります。それからまた、新聞記者以外の場合でも、特に申し出がありましてその必要があるというふうな場合には、もちろん許している場合もあるということでございますが、それは許す許さないというのは個々の裁判体のお決めになることで、私はこの事件につきましても一概にどうというふうに申し上げるわけにはいきませんのでこの程度にさしていただきたいと思います。
○山田譲君 メモを後で突きつけて証人をおどかしたとかいうことを言いましたけれども、それはやろうと思えば、覚えていた頭のいい人がいて、それで帰ってすぐにそれをメモにして、こういうことをおまえは言ったじゃないかということで、おどかそうと思えばメモなどしなくたっておどかす気になれば傍聴した人はできると思うんですよ。ざわざわするというけれども、みんながみんなメモするわけでもないし、ちょろちょろと熱心な人がメモするだけであって、もしそれがざわざわして裁判に支障を来すというふうな話になれば、当然その段階で裁判官が静かにやれという注意をすればいいことであって、何も一般的にメモをとることをしてはいけませんというふうなことまで裁判官が言わなければならないものかどうか、こういう感じなんですね。 それで、今個々の裁判官の判断でやるんだと言われたけれども、そうすると、裁判所によってはメモを認めているところもあるんですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 各裁判体のいろいろお集まりで、この裁判所では一般的には禁止しておこうというようなことで、一般的に、例えば傍聴人心得というようなものの中に、メモはとれませんよというようなことを記載しているという庁もかなりございますし、一般的にはそういうことは何も記載していない、個々の裁判官が一々その場で決める、自分の法廷では許すのだとか許さないんだとかいうようなことを決めて指示しておくというような扱いが一般的でありまして、許している庁があるかどうか、あるいは許している裁判官があるかどうかということまでは私どもは承知しておりません。
○山田譲君 許す許さないというよりも、むしろ許す方が当然じゃないかと思うんですね。何か特別な支障を来すというような場合に許さないということになるんであって、初めからとにかく一般的に全部メモしてはいかぬというふうなそういうやり方はどうも納得できないわけで、支障を来せばそのときに問題にする、あるいは来すおそれがあるというようなときに問題にすればいいんであって、一般的にそれを禁止するというのはどうもちょっと行き過ぎじゃないか。裁判官の警察権とは言いながら、そこまで一体しなければならないものか。そこまでの権利が一体果たしてあるのかないのかということも疑わしくなるわけでありますけれども、そうすると、少なくとも最高裁としては各裁判所に対して傍聴のときメモとらしてはいかぬということは言ってはいないということですね。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 先ほども申し上げましたとおり、これはあくまでも憲法上の権利でもない、要するに傍聴権というものの中に含まれていることではないのだと。したがいまして、必要があるかといいますと一般的には傍聴人の方はその裁判を傍聴していただけばいいのであって、一般的にはメモをとる必要性というのはまずないのじゃないか、必要性がある場合にはその理由を示して裁判所に言っていただければいいので、そのときに判断しよう、こういうのが一般の裁判官のお考えのように思います。最高裁判所としてこれはメモをとらないようにしろというような指導はいたしておりません。
○山田譲君 どうも最初から公開という、傍聴というところの中にはメモを含まないとか含むとか、そういう話になるようでありますけれども、そういうことじゃなくて、傍聴はもう当然憲法上許される権利だと。それと同時に、そこでもってちょっちょっと気がついたことをメモしていくというふうなものまで千編一律に禁止してしまうというやり方はどうもおかしい。この点で外国なんかどうなっているか御存じですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 私ども外国を詳細に調べたわけではございませんが、禁止しているところもないではないとは思いますが、かなり許しているところが多いというようには聞いております。
○山田譲君 さっきの寺田先生の話じゃないけれども、余り独善的になってはいかぬので、やはりレペタというアメリカ人も、外国なんかでは大体メモくらい認めているんだという話です。もちろんこの人の言うことは全部本当かどうかは別として、やはり少しは外国の情報なども調べていただいて、そして余り日本国の裁判官だけがメモを禁止するんだなんと言われることのないようにひとつぜひこれはお願いしたいと思うんです。 あとその次に私がお伺いしたいのは、やや次元の高い話で、申しわけない、観念論みたいなものになるんでありますけれども、裁判官が、何というんですか、法服というんですか、変なものを、まあ変なものと言っちゃ失礼ですが、マントみたいなやつを着ますね、裁判官がそれに出るときに。あれは一体どういう目的で着るのか、何によって決まっているのか、それをちょっと教えていただきたいと思いますが。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 裁判官が法廷で法服を着用することにつきましては、裁判官の制服に関する規則と申します最高裁判所の規則がございまして、そこで、「裁判官は、法廷において、制服を着用するものとする。」というふうに定めでございます。その規則にその法服のデザイン等も規定しているわけでございまして、そのような規則に基づいて法服を着用しているわけでございますが、このように裁判官の法服着用の定めがございます実質的な理由について考えてみますと、結論的には、法廷が非常に手続きが厳粛にかつ秩序正しく行われなければならない場所であるということからいたしまして、一方ではその公正さと人を裁く者の職責の厳しさをあらわすとともに、他方では法服を着用することによりまして裁判官みずからそのような立場にあることを自覚させるものとしてこのような法服の着用が規定されているものというふうに考えております。
○山田譲君 わかりました。 そこで、次にお伺いしたいのは、裁判官というものは一体どういうものか。つまり具体的に、端的にお伺いしますが、裁判官は人間であるか、あるいは神様であるかということなんですね。それはもちろん格好を見れば人間に違いない。だけれども、実際に裁判をやるときに当たっては、今の法服を着るというのはやっぱり普通の人間とはちょっと違うんだというところを示したいわけでしょうけれども、裁判官の人間性、それからもう一つは裁判官の、ちょっと大げさですが、神様というふうな、人を裁く人間としてのまあ神様ということでいうのだけれども、どちらに考えるんですか。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 非常に短いお尋ねでございますけれども、中身は非常に難しい問題だと思うんです。裁判一般の問題、学問の方から言えば、憲法学、いわゆる国法学、法哲学等々の分野も含めてお答えせざるを得ないような非常に難しい問題だと私は考えます。その意味におきまして、私がお答えする少なくとも一〇〇%の自信はございません。しかし、今のお尋ねのような御趣旨であるとすれば、私どもはやはり裁判官も生身の人間であるということが前提になろうかと思います。ただ、いわば神ならぬ身でこの重大な職責を果たさなければならないわけでありますので、先ほど寺田委員のお尋ねにございましたように、裁判官としての徳目といいますか、というものは公正、中立、厳正、廉直と昔から言われておりますが、そのような特性を要求されるわけでありまして、私どもも含めまして、十分裁判官自身がその徳目の涵養に努めなければならないというふうに考えている次第であります。 もちろん司法は、特に近代国家におきましては立法と行政というふうに並びまして、三権の一翼を担っているわけであります。その三権の一翼を担う裁判そのものを担当しているのはまさに裁判官でございます。しかも、行政と比較さしていただきますと、各裁判体がいわば国家の権力を裁判権という形で行使しておるわけでございます。その意味で、一般の公務員の方々と違いまして、裁判官はまさに国家権力の司法権の行使の衝に当たっている者でございます。だからこそ、ただいま最初法服の問題も出ましたけれども、先ほど総務 局長からお答え申し上げたような趣旨で、法服も着用しているような次第でございます。 立ちましたついでにちょっとつけ加えさせていただきますが、先ほど寺田委員のお尋ねの際にも申し上げましたように、憲法に裁判官としての職務のあり方の根本理念が定められております。それから裁判所法等で裁判官の資格もいわば厳格に定められております。憲法にありますように「憲法及び法律にのみ拘束される。」、その法律は、我が国におきましては実定法として民法等の実体法が非常に詳細に定められております。手続法におきましても刑事訴訟法、民事訴訟法という形で訴訟の進め方についてもいろいろないわば規制が定められておるわけであります。このような、いわば法治国家のもとで裁判を行うという、裁判というものが、要は裁判官は御指摘のとおり人間ではありながら、国の司法制度を担う者として、そのような憲法の憲法及び法律にのみ従って裁判を運用していくわけでありますので、その点は私どもは十分御質問の趣旨を理解いたしまして生かしているつもりでございますが、十分職責の重大性というものを認識いたしまして、自戒しつつ自己研さんに努めているつもりでございます。
○山田譲君 こういう問題をここで問題にしなければならないほど裁判官というのは非常に大変なお仕事であるというふうに思うんです。 そこで、次にお伺いしたいのは、最近財田川事件であるとか、免田事件であるとか、死刑になった人が一躍無罪になるというふうなことが続いているように思うんだけれども、それは非常にそれなりに意味のあることでありますけれども、それについて、何十年間といわば人生をほとんど監獄で過ごさなければいけなかった、それで、やっと晴れて無罪になって出てきたときはもう年をとっていたというふうなことになるんですが、そういうことについて、国は国の賠償法かなんかによって金銭的な償いはするんでしょうけれども、それに当たった警察官、それから検察官、それから裁判官、こういった人たちは一体その事件についてどう思うか、あるいはどう責任をとるんだという、私は責任というのは何も処分とかなんとかと、そんなけちな話をしているんじゃありません。自分の良心に照らして一体それをどう考えているんだと、これをお伺いしたいわけです。 ここは警察なり検察官なり、それから、しかも裁判官というのは相当優秀な人たちが集まっているはずである。みんな頭のいい人でなければ裁判官になれないんですよ。しかも、その人が地裁、高裁、最高裁とまでいって、それで死刑にしたものが、これが無罪になるということ、それについてその仕事に当たった裁判官とかその関係者はその事件をどう考えるのか、どういうふうに責任をとろうと考えているか。私は決して責任を具体的に処分とか懲戒とか、そういうことを言っておりません。良心の問題に訴えての話ですが、その辺についてお伺いしたいと思うんですね。もう時間がありませんから端的にお答えいただきたいんですが、その事件に当たった人たちの気持ち、それをちゃんと説明してもらいたいと思うんです。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) いやしくも無事を罰するようなことがあってはならないというのが刑事裁判の鉄則中の鉄則だというふうに思います。裁判官は御指摘を待つまでもなく誤りなきを期して日夜努力を重ねていかなければならないわけでございますし、また重ねていると思います。ただ、今御指摘のいわゆる再審で無罪になりました事件がありましたが、このような結果になりましたことにつきましては、私どもといたしましてはこの事態の発生を深刻に受けとめているところでございます。 個々の具体的な事件につきまして、その担当した裁判官の責任はどうかというお尋ねでございますが、私どもといたしましては当該事件の証拠資料に直接タッチするわけでもございませんので、そのような判断をした裁判官の判断の是非、ひいては関与した裁判官の責任ということにつきまして、具体的な形で意見を申し上げる立場にございませんことをひとつ御理解いただきたいと思います。しかし、先ほど冒頭に申し上げましたように、刑事裁判を担当する者といたしましては、全力を傾注して証拠を精査、検討して、熟考を重ねて慎重に事実認定をしなければならないと信じているところでございます。このような事態を契機といたしまして、各裁判官が改めてその職責の重大さに思いをいたしまして、このようなことがもちろんあってはならないことでございますが、今後は絶対に起こらないように、なお自己研さん、ないし私ども事務当局といたしましてはそれのお手伝いという形で、いろいろな形で仕事をさしていただきたいというふうに思います。このような努力によって国民の負託にこたえなければならないというふうに考えておる次第でございます。
○山田譲君 最後に、もう時間ですから一つだけ。 今の問題ですね。やはり深刻に受けとめていただきたい。これは特に私は実際その人のことを扱った人たちは一体どう考えているかということはどうしても聞きたいところなんですね。だから事務総長のそういう一般論を聞いても余り意味ないところですけれども、しかし心の中の問題ですから、なかなか簡単じゃないけれども、少なくともやっぱりその事件に当たった人たちは相当深刻に反省をしてもらわなければ困る。それを懲戒処分しろとか、そういうことは私は一切考えませんけれども、人間だから間違うのは当たり前だというふうなそういう感じじゃなくて、やはり深刻に受けとめて、そしてその人に対してやっぱり申しわけなかったとか、そういう気持ちを持っていただきたいと思うんです。 それについてやっぱり一言申し上げておきたいのは、研修所あたりが、法律技術的なことはもう皆さん知っているからいいんだけれども、そういう良心の問題というか、さっき一番最初におっしゃった哲学の問題とか言われたけれども、そういうことについてやはり研修所あたりでもって皆さんに議論をさせる、そしてそういう深いところをまず十分に裁判官なり裁判に当たる人たちの気持ちの中にたたき込んでおいていただきたいと思うんです。そして、しかる後に裁判官になるなり、あるいは弁護士になるなり、あるいは検事になるなり、何でもいいですけれども、そういうことをやっていかなければ、やはり裁判に関係することは非常に重要な問題であるだけに、そういう人間性を高めていく、あるいは場合によっては人間を超越した一つの神様的な存在として自分を見つめなければいけないような場合もあり得ると思うんだけれども、そこら辺は十分に、さっきの言葉じゃないけれども、自戒もしていただくようにお願いしたいと思うんです。 これで終わります。
○飯田忠雄君 最初に、一般会計歳出予算各目明細書につきまして少しくお尋ねを申し上げます。 まず、二ページのところに、超過勤務手当として要求額が掲げられておりますが、これは時間外手当だ、こうなっております。これは時間外手当といいますことは、公務員の決められておる勤務時間以外の時間を勤務したという意味でしょうか。それとも裁判所の職員には八時間というものがノルマとして課せられるとすると、それ以上の勤務をしたということでございますか。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) ただいま御指摘の時間外手当でございますが、勤務時間が定められておりまして、勤務時間を超えて勤務を命ぜられた場合に超過勤務手当等を支給するわけでございます。
○飯田忠雄君 結局、私はなぜこれをお尋ねするかといいますと、裁判所職員の定員が実は仕事の分量に比して少な過ぎるのではないか、したがって、こういう超過勤務をしなければならないようなことになるのではないかと、こういう疑いを生じますので、その辺のところをお伺いしておるわけでございます。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 裁判所の職員は裁判部に従事しているのもございますし、司法行政事務部門に従事している者もございます。もちろん裁判部におきましても仕事の繁閑により ましては超過勤務を命じなければならない事態もございますので、その辺のところをいろいろ勘案いたしまして所定の経費を要求しているわけでございます。超過勤務手当があるからといって常に非常に繁忙な状況にあるというわけでもございませんので、その辺のところはひとつ御理解いただきたいと思います。
○飯田忠雄君 この超過勤務というのは、これは裁判官のことではないと私は理解しておりますが、普通の事務官ではないか。そうしますと、事務官が所定の時間外に働かねばならぬほどたくさんの仕事があるだろうかということが一つ疑念を生じますが、これは書記官の場合ですと、そういうこともあるだろうと思うわけです。そこで、このように超過勤務をしなければならぬほど事務分量があるということになりますと、やはり事務官の定員を減らすということ自体が本当は無理ではないかと思いますが、いかがですか。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 司法行政事務部門におきましては、例えば予算編成期でございますとか、いろいろその場合にはかなり長時間超過勤務をしなければならない事態も生ずるわけでございます。年度を通じて見ますと繁閑さまざまでございますけれども、そういう必要に応じまして超過勤務手当を要求しておるわけでございます。かたがた、司法行政事務部門につきましては、例えば報告事務でございますとか、あるいは種々の書類の作成等につきましては報告事務を簡素化するとか、あるいは複写機等の能率機具を導入することによりまして事務の簡素化、合理化を図り得る余地もございますので、そういう観点から司法行政事務部門における人員の削減もあわせて考えているわけでございます。
○飯田忠雄君 それでは、次の三ページですが、外国留学旅費としまして行政官の海外留学経費二人と、こうありますが、これは裁判官じゃなくて行政官ということになっておりますのはどういうわけでしよう。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 裁判官の、特に若い裁判官の海外における研究経費をお願いしているわけでございますが、行政官となっておりますのは、人事院が企画いたします海外研究のルートに乗せていただく経費もございますものですからそのように計上しているわけでございます。
○飯田忠雄君 そうしますと、これは実は裁判官であるけれども便宜上行政官にしないと手続がとれないから行政官と身分がえをした、こういうことでございますね。わかりました。 それで、次に証人等の旅費でございますが、これに三万一千円掲げてあるんですが、これは単価はどのくらいで、どのくらいの件数を見込んでおいででしょうか。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 実は御質問をあらかじめ十分承っておりませんでしたので、その点の用意を十分いたしかねておりますので、ひとつお許しいただきたいと思います。
○飯田忠雄君 わかりました。 それでは次にまいりますが、情報処理業務庁費、それから裁判資料整備費という費目が三ページにありまして、それから四ページヘいきますと、同じ目が掲げてございます。番号も全く同じなんですが、金額だけ違うんですが、これは統一して一つにすると、一本にして金額も足したものにすると差し支えが生ずるのでございましょうか。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 予算につきましては、それぞれ項、目等が決まっておりまして、それに基づきまして積算しておりますものでございますから、そういうふうに分かれるわけでございます。
○飯田忠雄君 この目の前に番号がついているんですが、この番号はどういう番号ですか。四ページの番号も三ページの番号も同じ番号だものだから、私は同じものかと誤解をいたしたわけですが、これは最高裁の事務処理に必要な経費の中の情報処理、それから四ページの方は裁判運営の充実に必要な経費としての情報処理と、こうなっておりますので、事項は違うと思いますが内容は同じなのだから、一つにまとめてもっとたくさん要求されたらどうかと思うんですが、いかがですか。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 司法行政とそれから裁判に分けて、それぞれコード番号に従って計上しておるものでございますから、こういうふうに分かれて記載されるわけでございます。
○飯田忠雄君 それでは、ちょっとどういうわけか私はわからぬのですが、予算をとる技術としてこうなったのかもしれぬと想像をいたしておりまして、これ以上追及すると余りよくないと思いますので申しませんが、八ページのところにまいりますと、裁判に必要な経費という事項がございまして、これは項は裁判費ですが、目のところで刑事補償金というのが掲げてございます。九千六百六十七万円、刑事補償金が掲げてあるわけでございます。 そこでお伺いをいたしますが、刑事補償法という法律によって刑事補償をなさる金ではないかと思いますが、そうしますと、これはこのたびの再審によって無罪になったような事件、免田事件、今度はまた財田川事件というのも無罪になったとかということを聞きましたが、こういう再審によって無罪になるのが最近非常に多いし、私は今後もどんどん出ると思うんですよ。 といいますのは、犯罪捜査が非常に難しくなる。犯人がもう非常に利口になりまして、現在の刑事訴訟法の裏をくぐって完全犯罪を目指す、こういう犯人が多くなりました。そうしますと犯罪捜査が難しいから、どうしても捜査官が無理をするように今の刑事訴訟法はできているんですね。これは法による犯罪製造をしなければならないような法になっているんです、現在の刑事訴訟法は。そうしますと、裁判官のところへ出すところの材料は裁判官が誤判をするような材料が今後ともどんどん出ると思います。新聞、マスコミはどんどん事前に宣伝してくれるものだから、どんなに裁判官が公平な裁判をしようとしてもテレビ、新聞によって洗脳されてしまいますからね。そうなると、そこへ不十分な証拠が出たときに、でもそれを完全と思い間違えて誤判をするおそれが多分にあるんです。現在の社会機構からくる一つの弊害だと私は思いますが、裁判官を全部牢獄へ入れておくわけにいきませんからね。テレビを見せないというわけにもいきませんから。そうしますと、今後ともこういう誤判によるところの再審事件というものはふえこそすれ減らないと思います。現在のはこれは戦後の特殊事情だというふうに御弁解になることが多かったんですが、私は専門の立場からそうは考えません。そういうことにはならない。ふえることになる。これは刑事訴訟法の捜査の規定をもう少し研究して改善しない限りふえます。 そうしますと、私は商売ができると思うんです。金もうけができると思う。捜査のときにはできるだけ捜査官に迎合し材料を提供して、有罪の重い判決を受けるんです。そして監獄入ったら無罪を主張する。証拠がありませんから、これはもう再審、少し我慢しておれば、十年も我慢しておれば何億ともうかる。これは商売が成り立つことになります。これは本当にそういうことになる、ずる賢い人間が多くなったから。そこで、大変これは重大な問題だと私は思っております。まあそれは想像ですから、そういうことになるかどうかはわかりませんから、私が単に想像しているだけだからこれ以上言いませんが。 そこで、刑事補償金の問題です。刑事補償金がこんなに少ない金額で足りるかどうかという問題です。今まで、過去におけるどのぐらいのものがあったということはこの前の質問でお尋ねしましたところ答えていただきましたが、本年度の大体予測、刑事補償金はどのくらい本年は払わねばならぬか、その予測する金額というものはどのぐらいにはじいておられましょうか、お尋ねいたします。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) まず、この予算に計上してあります刑事補償金でございま すが、この中身と申しますのは、先ほど仰せられました刑事補償法に基づきますいわゆる刑事補償のほかに、刑事訴訟法の百八十八条の二というところ以下に費用補償というのがございます。この費用補償も含めたものでございます。 これからどんどん刑事補償を支払うのがふえてくるのじゃないかという御指摘でございましたが、いろいろ裁判官、確かにテレビも見たり新聞も見たりするわけでございますが、起訴状一本主義ということでございまして、裁判官はもうそういうものは法廷に入りましたら全部切り離して、専ら法廷において提出せられるところの証拠に基づいて判断する、もう憲法と法律、そしてその証拠だけでやるということでございまして、ほかの雑念は一切振り払うという努力をして公正中立な裁判をするように努力しているところでございます。 この間も、最近の刑事補償金の支出の実績をずっと申し上げましたが、五十三年が大体五千五、六百万、五十四年が四千万ぐらいということで、五十五年が七千万近く、五十六年が四千万弱、五十七年が九千八百万ぐらい、五十八年が非常に多くて、まだ完全な集計はできておりませんが、二億五千万ぐらい出たということは申し上げたとおりでございます。ただ、私どもといたしましては、確かにこの単価アップということがございます。ずっと前から比べますと、単価が前が四千百円であったのが四千八百円になり、その後七千二百円、これは上限でございますが、そういうふうに上げておりますので、これから支出されるものが多少前よりは多くなるということはございますが、刑事補償というものの動向を見ておりましてこれからどんどんふえていくというふうにまでは見ておらないところでございます。 五十九年度の刑事補償金でございますが、五十九年度にどれだけ刑事補償の対象になる事件が起こるかということはまさに事件の中身と裁判の中身に関することでございまして、非常にその予測は困難でございます。結局私どもといたしましては二年前の実績額というもの、それと、これも裁判費の一つでございますので、裁判費についてとっておりますところの事件数の計算の方式がございますので、その方式によって出た事件の推定伸び率というものを乗じます。また単価アップがありましたときには単価アップの比率を乗ずる。今回は単価アップがございませんので、ただいま申し上げました実績額に事件の推定伸び率を乗じてそれで一応要求しているということでございます。
○飯田忠雄君 裁判官が証拠を採用するときは自由なる心証によるんですから、その自由なる心証というものはどうして形成されるかということを考えますと、これは現在のマスコミによるところの洗脳工作というものは大きな力を持つと私は見ております。そういうものから人間である以上免れることはできない。それからもう一つ、裁判をやるに当たりまして出された証拠と法律だけで判断をするということでございますが、そうしますと、ますます誤判が生ずるわけです。自由なる心証、採証原則も何もやめて、出てきたものだけでやるということになると、民事訴訟の採証のような状態を生じかねない。民事訴訟は当事者主義で、当事者の間で納得すればいい問題ですが、今後も国と被告人が納得すればいいかということになってきます。そのときは納得しても、将来何年かたってから納得しないから再審という問題が起こってくるということですから、これはもう私は裁判制度の根幹に触れる重大な問題を含んでおると思うわけですよ。現在のこの情報化社会における裁判というものについてのあり方を考えていかなければならぬ時代に来たのではないかというふうに考えます。 そこで、それはそれとしまして、刑事補償金につきまして、金額は九千六百六十七万円ですか。そうしますとこれだけのもので払えるかどうかちょっと検討したいんですが、免田事件の刑事補償金は幾らでございましたか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) いわゆる刑事補償法に基づきます補償金額が九千七十一万二千八百円、それから刑事訴訟法の先ほど申し上げました百八十八条の二以下に基づきますいわゆる費用補償、これが千七百十六万五千四百九十四円、こういうことになっております。なお、この費用補償の方はつい最近決定がございましてまだ支出という段階には至っておりません。
○飯田忠雄君 そうしますと、その金額をとてもこの予算額では払えませんですね。そうしますと、その後どの費目からあとの分を払うことになっておりますか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 裁判費の中の流用というようなことで賄える場合はそういう措置をとるということもあるようでございますが、足りなければ予備費の方から出していただくということになるということでございます。
○飯田忠雄君 これは実はここに掲げられております要求額の刑事補償金の金額と裁判所予備経費、これは八百万です。両方合わせましてもとても免田事件の経費は払えないということになってまいりますが、そうしますと財田川事件の分はどうして払うかという問題も起こりますし、そのほか刑事補償はそれだけじゃないと思いますが、その支出は予算要求のときからすでにもはや破産状態の予算ですが、どういうふうに今後処理される御所存でございますか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 私の申し上げました予備費と申しますのは、これは裁判所の予備の経費でございませんで、大蔵省の持っております国の予備費ということでございます。
○飯田忠雄君 国の予備費ということになりますと、これは決まっておらぬでしょうけれども、やはりおのずから刑事補償金以外のものも予想している金額でもあるんでございますが、こういうような問題はあらかじめ大蔵省の方へ予備費からどのぐらい要るということを申し入れてございますでしょうか。そうしませんと予備費の組み方に余裕が出てこないということになりますが。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) ただいまのこの刑事補償がどういうふうに生ずるかということは裁判所でも非常にわからないことでございます。こういうことが起きますと、その都度大蔵省の方に御連絡いたしまして予備費の支出をお願いすると、こういうことでございます。
○飯田忠雄君 予備費の使い方につきましてはそれぞれ内閣の方の御方針があると思いますけれども、序列があると思うんですよ。同時に出てきて全部予備費で賄い切らぬときにはどれから優先的に払うかという問題がございますが、この場合に刑事補償金に優先順位をつけるという処置をお考えでございましょうか。
○説明員(吉本修二君) ただいまの問題お答えいたしますが、予備費は一般会計に今三千五百億円ということで御審議をお願いしております。これの使い道というのは、もともと予測しがたい経費に充てるために計上しているわけでございますから、刑事補償金に幾ら充てるというようなことはもちろんもともとございません。刑事補償金がどの程度優先順位になるかというふうな問題につきましては、この経費の性格が非常に義務的な経費でございますから、簡便な手続で予備費を充当していくというような運用を現実には行っております。
○飯田忠雄君 それでは、次に移りますが、やはり刑事補償の問題ですが、刑事補償金をお支払いになっておるわけですが、それに対して課税するかしないかという問題でございます。課税をするならば何法の何条に基づいて課税するか、しないならば何法の何条によって課税しないかということが問題になると思いますが、その点についてお答えを願います。
○説明員(岡本吉司君) 刑事補償金につきましては、所得税法の九条第一項第二十一号を受けました所得税法の施行令第三十条におきまして「法第九条第一項第二十一号に規定する政令で定める」「損害賠償金(これらに類するものを含む。)は、次に掲げるものその他これらに類するものとする。」と、こういう規定がございます。この「次に 掲げるもの」といたしまして政令におきまして第一号で「心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金」と、こう規定がございます。さらに第二号におきまして「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」と、こうございます。ところで、いわゆる刑事補償金の性格につきましては、抑留または拘禁等によりまして生じました損害を補償するための賠償金であるというように承っておるわけでございますので、そのような意味合いにおきまして、ただいま申し上げました所得税法第九条第一項第二十一号を受けました施行令の三十条に照らして所得税の課税対象にはまずならないだろうと、こう理解しております。
○飯田忠雄君 今お挙げになりました施行令の三十条を見ますと、三つ項目が掲げてありますが、どれを見ましても刑事補償金という言葉は書いてないんです。第一号は「損害保険契約に基づく保険金及び生命保険契約に基づく給付金で、」云々と、こう書いてあります。それから第二号も「損害保険契約に基づく保険金及び当該契約に準ずる共済に係る契約に基づく共済金で資産の損害に基因して支払を受けるもの並びに不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金」と、こう書いてあります。それから第三号では「心身又は資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金」と書いてあります。どこにも刑事補償金という言葉は出てこないんですね。 それで、こういう政令の規定、多分これに類するものであろうという形で課税をしたり免税をしたりする、そういうやり方を現在の国税庁の方ではほかのことについてもおやりになっておるかどうか、お尋ねいたします。
○説明員(岡本吉司君) 政令の条文につきましては今先生御指摘のとおりでございます。我々こういったものが非課税になっておりますのは、まずその考え方でございますけれども、人的損害に対するものにつきましては、心身に加えられた損害につき、その支払いを受けた金員についてまで課税をするといいますのは、現実のケースに当てはめて考えた場合、一般の常識に必ずしもそぐわないことがあるのじゃないかというようなこと、あるいは物的損害に対するものにつきましては、基本的には損害賠償はそもそも他人からこうむった損害をてん補して損害のないのと同じ状態にしようと、いわばその原状回復にすぎないというわけでございますので、その間に所得の発生というのを認識するのは酷であろう、こういう理由に基づいているわけでございます。 そこで刑事補償金でございますが、確かに今御指摘の条文の中には明記されておりませんが、刑事補償金の性格につきましては先ほど申し上げましたとおり抑留または拘禁によって生じた損害、そのほとんどは例えば失われた青春であるとか、つらかった人生であるとか、そういったものに対する人的損害ではなかろうかというふうに推測するわけでございますが、そういったものに対する補償のための賠償金であると解されているところでございます。したがいまして、先ほど申し上げましたような考え方に立ちますれば、名称は仮に補償金ということでありましても、これに課税するのはやはり補償金の性格上からいって適当ではないというふうに考えられるわけです。したがいまして、刑事補償金を政令三十条の今お話のございました柱書きにございます「これらに類するもの」として非課税として処理するということは許されるのじゃないかというふうに考えております。
○飯田忠雄君 私はこういう補償金に税金をかけろということを申しているんじゃありませんよ。免税でいいんですよ。免税でいいんだが、免税するなら免税をする根拠、法的根拠を明確にしなければいかぬということを申し上げているんです。そうしませんと、ほかの分野においても同じような問題が起こってくる。ですから皆何でも免税したがっているんですから、だから免税するならするということを決めるべきだ。しかもこの所得税法はその範囲について政令に委任しているんですよ。ですから、政府がやる気なら政令の三十条の四号を設けて刑事補償金と一項目入れられたらいい。閣議で決めれば決まることです、これ。法律事項じゃない。そういう努力さえもしないで放置されておるということに私は問題があると思う。今の内閣は払うつもりでおっても次の内閣は払うつもりがなければ政令にないということで払わないでおくこともできます。そういうことでは困るので法的手当てをしていただきたいということを申しておるわけです。これは本来なら所得税法の中に書くべきことなんです。 警察官の職務に協力援助した者の災害給付に関する法律というのがございますね。それから証人等の被害についての給付に関する法律、それから犯罪被害者等給付金支給法、こういう法律がございますが、これは租税その他の公課を課するということになっておりますか、お尋ねいたします。こういう法律について税金を取る、支払いを受けた者から税金を取るということになっておるのか、あるいは免税になっておるのか、法律の規定に基づいてお答えを願います。これは条文を言いますと、警察官の職務に協力援助した者の災害給付に関する法律、これの十一条、証人等の被害についての給付に関する法律、これの十一条、犯罪被害者等給付金支給法、これの十八条、これちょっと見ていただきたい。
○政府委員(筧榮一君) 先生御指摘の条文を読ましていただきます。 まず、犯罪被害者等給付金支給法でございますが、第十八条「租税その他の公課は、この法律により支給を受けた金銭を標準として、課することができない。」、それから、証人等の被害についての給付に関する法律第十一条「この法律により支給を受けた金品を標準として、租税その他の公課を課することができない。」、それから、警察官の職務に協力援助した者の災害給付に関する法律第十一条「この法律により支給を受けた金品を標準として、租税その他の公課を課してはならない。」。 以上でございます。
○飯田忠雄君 今お読みになったような法律でははっきりと免税の規定を置いておるわけですね。ところが、所得税法には免税の規定が明確になっていない。したがって、政令が明確でないのは当然のことなんです。その明確でない政令に基づいて、憶測で、そのときの気分で免税にするというのは、これはもう法を執行する行政官庁としてはあり得べからざることであると私は思うわけです。早急にこのほかの法律と同じような免税の規定を法律に設けられるか、あるいはその手続が面倒ならば政令に一項目を加えていただきたい。どなたか責任のある方の御答弁を願います。
○説明員(伊藤博行君) お答え申し上げます。 ただいま他の法令で公租公課を課さないという規定のある条文の列挙がございました。私どもの考え方といたしましては、所得の概念に該当し、かつそれが先ほど所得税課長から申し上げましたような政令三十条の規定の解釈で読み取れるものにつきましては、あえて他の法令で書く必要はないだろうし、また所得税法で改めてそのことを書く実益が余りないのじゃないだろうか。先ほど人が変われば解釈が変わるものという点につきましては、政令で明示的にはっきり書いております。「その他これらに類するもの」ということを含めまして書いておりますので、法令上は今の規定で必要にして十分ではないだろうかというふうに考えております。
○飯田忠雄君 そういう答弁をなさいますと、国税庁は収拾がつかなくなりますよ。ほかの問題でどんどん免税を申し出ることが起こってきます。「類するもの」ということで免税ができるなら、類するものはたくさんあるんだから。いやしくもこういう国の金を扱う官庁がそういうおかしな御答弁をされるようじゃ困りますよ。国民の血税を扱っておるでしょう。もっと明確に法の根拠に基づいて処理していただかないと困るわけです。し かも、免税にするに当たりまして、政令を改めるぐらいのことはあすにでもできる。閣議を開いたらできるでしょう。大蔵大臣によろしく言っておいてください、やりなさいと言って。答弁を求めます。
○説明員(伊藤博行君) 私どもの解釈といたしましては先ほど申し上げたとおりでございますが、先生の御提言十分承っておきたいと思います。
○飯田忠雄君 大分時間がなくなりまして予定の質問ができなくなりましたが、調停委員というのがございますね。これについてお尋ねいたしますが、調停委員というのは、これは法律上の性質はどういう性質でございましょうか。公務員ですか、公務員でないのか。
○最高裁判所長官代理者(上谷清君) 民事調停委員と家事調停委員がございますが、いずれも法律により調停という裁判所の公務に従事するものとして任命されることになっております。したがいまして、その法律上の地位は公務員であると考えております。そして、法律によりますと、民事調停委員及び家事調停委員は非常勤でございますので、一般の行政官庁に置かれております公務員と対比してみますと、例えば、顧問、参与、あるいは各種の審議会、委員会の委員などと同じような非常勤の公務員、こういうふうな性質を持っておろうかと思います。
○飯田忠雄君 その選任方法、委嘱方法は公務員である以上一定の法規に基づいておやりになっていると思いますが、どういう方法でおやりになっておりますか。
○最高裁判所長官代理者(上谷清君) 調停委員の選任につきましては、調停委員の任命に関する最高裁判所の規則がございますが、その中に第一条で資格要件が定めでございます。 具体的な任命の手続について御説明申し上げますと、地方裁判所または家庭裁判所におきまして、関係の機関、団体等からの推薦によりまして、あるいはまた個人的な任命を希望する者の申し出等に基づきまして得られました候補者につきまして、推薦者であるとかあるいは適当な関係者から、経歴あるいは社会での活動状況等を聴取いたしまして、その人物、識見を知るための参考事項を調査いたします。そういたしました上で、原則として裁判官が直接候補者に面接をしました上で、職業の専門分野等の構成をも考慮いたしまして、適任と認められる者を最高裁判所に任命のための上申をいたします。これを受けまして最高裁判所が、各裁判所から上申された候補者につきまして、先ほど申しました規則に定められております任命基準に適合するかどうか、よく検討しました上で民事または家事の調停委員として任命する、そういうふうな手続になっております。
○飯田忠雄君 調停する場合に裁判官が一人加わられますね。結局、裁判官の数が少ないためにこの調停が大変時間がかかる。一つの調停に二年ぐらいかかるということを聞きますが、こういう調停などをもっと早く終わらせるために特別の処置はなされていないんでしょうか。例えば裁判官に調停用の裁判官を設けるとか、その数をふやすとかということはいかがでございましょう。
○最高裁判所長官代理者(上谷清君) 調停事件の処理に要する期間でございますが、これはごく大まかに申し上げますと、大多数の事件は大体調停期日三回程度開きますと当事者間に合意ができるというのが多いわけでございます。もちろん事案によりましてはかなり両当事者の意見の対立が多かったりあるいはまた証拠調べをある程度進めなければならないというふうな事案も確かにございまして、中には当事者の互譲がなかなか得られないために一年を要するというふうな事案もございますが、ごく一般的に申しますと、そう長期間を要しているわけではございません。また、どうしても両当事者の互譲が得られないというふうな場合には、残念でございますが調停不成立ということで事案を打ち切るというようなことになりますので、一年を超して調停を続けているというのは、全体の数から見ますとごく例外的なものではなかろうかと思います。 それから、裁判官の仕事の仕方の問題でございますが、これは例えば東京地方裁判所でございますとかあるいは東京簡易裁判所でございますとか、こういうふうな大きな裁判所では、調停専門の部あるいはまた係を設けておりまして、専任の裁判官が調停事件を処理する、できるだけ調停委員の方とともに調停の席に列席して事案の解決、当事者の説得に努めるというふうな努力をいたしておるわけでございます。ただ、中小の裁判所になりますと、どうしても専任の裁判官が調停だけを担当するというのは無理でございますので、ほかの事件を担当しながら調停事件をも担当するというふうなことにならざるを得ないわけでございますが、その場合にも、できるだけ重要な場面には裁判官も同席して当事者を説得し、あるいはまた事案の中身を聞くというふうなことをするように精いっぱいの努力をしておるところでございまして、私どもといたしましては、できるだけそういうふうな、裁判官が調停の事件の重要な場面に立ち会っていただいて、事案の進行の方向、あるいは結論づけというふうなものを指示していただくというふうにお願いしているわけでございます。
○飯田忠雄君 それじゃ、ありがとうございました。時間が来ましたので、これで私の質問を終わります。
○橋本敦君 最初に最高裁にお伺いをしたいと思いますが、口頭弁論の問題であります。 言うまでもありませんが、憲法八十二条は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」と定めております。この憲法の原則を受けて民事訴訟法百二十五条一項では「当事者ハ訴訟ニ付裁判所ニ於テ口頭弁論ヲ為スコトヲ要ス」、こう決められておりますし、刑事訴訟法四十三条一項でも「判決は、この法律に特別の定のある場合を除いては、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。」、こう定められているわけであります。したがって、裁判所における裁判の公開と当事者構造に基づく口頭弁論、これはまさに憲法原則からくる裁判の非常に重大な原則だと、こう考えているわけですが、それはそれで間違いないと思いますが、いかがでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 橋本委員御指摘のとおりだと思います。
○橋本敦君 したがって、この原則は本来的には上告審が上告審としての制約された構造なり法律的性格を持っているけれども、本来ならこの上告審にも原則として適用されなくてはならぬ。ところが、それが例外規定として民訴四百一条あるいは刑訴四百八条というのが出てまいりまして、口頭弁論を開かずに裁判をし得る場合が定められることになったわけであります。 こういうようなことになった経過はどこにあるのかということで、最高裁の真野元裁判官がお書きになりました「裁判と現代」という本をひもといてみますと、そこにはこういうように書いてございます。「率直にいえば、旧刑訴四四二条によれば、法令違反を理由とする刑事上告事件の審理には必ず弁論を開かなければならぬことに定められていたが、私が実際最高裁の法廷にのぞんでみて、上告理由のないことが誰にも一見明白な事件が数の上で圧倒的に多いこと、ならびに弁論を開いても、」積極的な弁論がないということ、そういう事情も見かける、こういうふうなことで、すべての事件で必ずしも弁論を強制的に開くことは時間の空費ではないか、こう痛感していたということもあって、GHQとの毎週一回の合同会議の席上で真野元裁判官が「「上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで判決で上告を棄却することができる」旨の規定を設けることが、基本的人権を害することなくして最高裁の能率を高める妥当な改正」になろうと、こう御主張になって、いろいろ議論はあったけれども大体この方向が認められたと、こう述べていらっしゃいますが、大体こういうような経過もあって民訴四百一条なり刑訴四百八条の規定が出てきた、こういうふうに伺ってよろしいのでしようか。 これはどなたかということも難かしいかと思いますが、事務総長できればお答えをいただいたらと思いますが。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 民事局長及び刑事局長からお答えをさせていただきます。
○最高裁判所長官代理者(上谷清君) 民事訴訟法四百一条につきましては、今委員が御指摘のとおり、法律審であります上告審では上告理由のありなしは書面審理によっても比較的よくわかる。殊に上告が理由のないことがはっきりしているような場合にはそれで十分であって、強いて口頭弁論を開くまでの必要がないと、こういうふうな考えから規定が定められておるというふうに考えております。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 刑事訴訟法の場合につきましても、上告趣意書その他一件記録に照らして上告申し立ての理由がないということが明白な事件について、口頭弁論を経ないで判決をするということは、その方が訴訟の促進あるいは上告審の負担軽減というふうな点から妥当であろうと、こういうことであったと思われます。
○橋本敦君 ですから、現行法制の解釈はそのとおりですが、そういうことになった特に経緯の問題について、立法制定経過の裏には真野裁判官がおっしゃったような事実もあったということは否定できないと思います。それはそれなりに合理性があったということは私も否定しない。 そこで問題は、どちらが原則でどちらが例外かということにかかわるのですね。私の理解では、口頭弁論を開くというのがやっぱり本来は原則であって、例えば今御指摘の刑訴の四百八条でも「上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるとき」、つまり「明らかであると認めるとき」という一つの限界を規定しているわけですね。それからまた民訴の四百一条についても、上告を理由なしと書面によって認めるときは「口頭弁論ヲ経スシテ判決ヲ以テ上告ヲ棄却スルコト」ができるという裁量規定になっておる。こういう関係から見ましても、私は上告審でも口頭弁論をというのは一つはやっぱり大事な原則になっていると思うんですね。 ところで私は、現状はどうなっているかということについて、私も仕事柄口頭弁論をしばしば開いてくださいとお願いしたケースもございますが、実際は口頭弁論が開かれるケースが非常に少ない。年係争件数の二、三%程度ではないかと事務総局から出されております資料からもうかがえるんですが、まず近年口頭弁論が開かれた数は、上告係属事件中どのような割合になっておりますか、民事、刑事それぞれお述べをいただきたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(上谷清君) 民事事件について申し上げますと、昭和五十四年度では既済になりました事件のうち四・三%、五十五年度では二・一%、それから五十六年度は二・九%、五十七年度は二・九%、五十八年度は五・五%、以上のような数字になっております。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 刑事事件で申しますと、五十三年度は二十件、五十四年が十一件、五十五年が八件、五十六年が十件、五十七年が七件というふうになっております。
○橋本敦君 極めて少ないということがそれでわかるわけであります。 例えば刑事局長、一番多い二十件というのは当該年度継続件数から見てパーセンテージはどのぐらいになりますか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) この年の上告の総件数が二千二百六十七件のようでございます。それで、このうち大多数が上告理由にも当たらない、あるいは手続が違反しているということで不適法で却下になったものが大部分でございます。そのうち適法な上告であるというふうにみなされたものが三十九件でございまして、口頭弁論をそのうち二十件開いたということでございますから、適法な上告理由があるとみなされた三十九件に対する割合は五一%ということになります。
○橋本敦君 それが二十件で一番多いんですが、あとは半数以下でずっと落ちてまいりますから、民事と同じように五%内外ということに落ちていくと思うんです。ですから、こういう状況を見ますと、まさに例外が原則になっている感がなきにしもあらずだと、こういうふうに思うわけです。 そこで、口頭弁論というのは、これはまさに国民に開かれた裁判ということを保障するという意味からいっても、国民の権利であると同時に訴訟当事者の大事な権利でもあるというように私は理解をしておるんですが、これがこういうように極めて口頭弁論が最高裁で開かれるのが少なくなったという、そのことについて問題はないだろうか、こういうように一つは思います。 そこで、今の本で真野裁判官が指摘をされていらっしゃる問題について言いますと、例えばあの三鷹事件、最高裁判決では八対七という重大な意見の相違のある、言ってみれば最高限疑義がある重大な事件であったわけですが、しかも一審の無期懲役が二審で書面審理だけで死刑に変更されたということも含めて、人命にかかわる重大事件であったわけでありますが、八対七という際どい、これでも上告の理由がないことが明らかであるという刑訴の四百八条、これに基づいて弁論を開かないで判決をした、これはまさに本来の趣旨に反してこれは違法、不当だということを真野裁判官はおっしゃっているわけですから、ここまでいくと私はやっぱり口頭弁論というものをもう一遍見直すということを厳粛に考える必要があると、こう思います。 そこで、真野裁判官はこうおっしゃっています。「同時にそれ以来つくづく思うことは、世間でよくいわれる、法律は一旦作られると独り歩きするということである。一旦刑訴四〇八条が制定されると、その厳格に定めている条件をもまったく無視して適用されるに至る場合が生じうるという苦い経験を味ったのである。」という感想をお述べになっている。私は、これは本当に心して聞くべき感想だと思うわけであります。 それで、最高裁の大きな立派な石の建物が冷たいとりでではなくて、国民に開かれた、本当に国民に納得の得られる裁判ということで、国民的基盤に立った司法のとりでになるために、私は最高裁における裁判がもっと温かみのある口頭弁論を通じての審理という方向を本来の原則に立ち戻って工夫をしていただく必要があるのではないかと、こんなふうに痛感しているわけであります。しかし、この問題は法に基づいて裁判所がそれぞれの裁量、判断でなされるわけでありますから、個々のケースについて裁判の内容に立ち入って国会がとやかく言うわけにまいりません。ただ、法のあり方、司法のあり方、裁判所のあり方として口頭弁論をもっと開くという、こういうことが大事なのではないかという意見を私は表明しておきますが、この点についてはそういう意見を国会で表明されたということもひとつ受けとめていただくように事務総長にお願いしておきたいと思うのですが、いかがでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) ただいま橋本委員御指摘のように、事務総局として正面からお答えする立場にございませんことは十分御理解いただいているお尋ねと存じます。ただ、こういう席上で御発言のあったことはそのとおり承っておきたいと存じます。
○橋本敦君 そこで、ひとつ具体的な問題でこれは最高裁にお答えをいただきたいのですが、私がけげんに思っておりますのは、そういう口頭弁論を原則とするということが例え上告審の法律審としての構造であっても、憲法原則として貫かれるという状況がある最高裁で刑事事件について上告審を開く場合、判決言い渡しをする場合に被告人席が設けられていない。このことを私は常々奇異に思っているわけであります。なぜ被告人席を最高裁は上告審において設けないのでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) ただいま御指摘ありましたように、最高裁判所は法律審であるということでございまして、その弁論は弁護士の資格を持った弁護人でなければ弁論すること ができないということでございます。また、控訴審と違いまして、控訴審の方は三百九十条というので被告人は出頭を要しない、ただ権利を害するようなときには召喚をすることができるというふうになっておりまして、これは被告人には出頭の権利はあるけれども、義務はないのだというふうに言われておりますが、上告審の場合には四百九条というので被告人は公判期日に召喚する必要がないのだというふうに規定されておるわけでございまして、被告人には出頭の権利も義務もないのだ、したがいまして規則でも被告人を召喚、要するに移監を必要としないのだというふうに決められているわけでございまして、要するに被告人の上告審における出頭ということは全然予想してないところである、そういうことで被告人席というのは最高裁判所の場合には設けられてないというふうになっております。
○橋本敦君 そういう見解であることは私も承知しておりますが、その見解が果たしてそれでいいのだろうかという点で私は若干疑問を持つのです。 なるほど法と規則の形式的な解釈ではそうなるでしょう。そうなりますと、訴訟当事者である被告人は、訴訟当事者でありながら控訴審では出頭の義務はないが出廷する権利はある。上告審になりますと法律審だという構造になって弁論資格が奪われる。これはその構造から出てくるでしょう。しかし出頭する義務もなければ権利もないということで訴訟当事者が丸々裁判所へ行くことは、全く自分の事件であるにもかかわらず無縁な関係者のように扱われるというのは、これいかがなものであろうか、まさに問題はここにあるんです。 しかも、上告審の判決言い渡しとなりますとだれに判決を言い渡すか、まさに訴訟当事者である被告人でしょう。その判決を言い渡すについて例え上告審であってもその判決を言い渡す当事者が出廷をした場合に、その席を設けないで、傍聴席かあるいはそこらで聞きなさいというのは、これは私は、上告審になってしまうとそこまで形式的、形骸化して血の通わない、まさに人間的扱いをしない裁判になるのではなかろうかという疑問を持つんですね。 だから、局長おっしゃったように、法律的には上告審になれば訴訟当事者である被告人も法律上は出廷の義務もないし、権利もないということですが、出廷して悪いわけはないんです。そうですね。だから出廷した場合、今までの扱いは最高裁は傍聴席に座りなさいと。出廷することを拒否する権限は最高裁にない。しかも、それは、当然のことですが、自分の受ける裁判で判決言い渡しを受けに行くのに当然のことで、その判決はだれに、あて名人はだれかと言えばあくまで訴訟当事者、被告人でしょう。だから、そういう被告人が最高裁にみずから、みずからの裁判の弁論を聞きたい、あるいは判決をみずから受けたいと言って出廷した場合に被告人席も設けないということは、これはもう法律問題を超えたまさに裁判所の国民との関係におけるあり方の問題として私は考え直していただく必要があるのではないかということを思うんですが、いかがでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 御指摘の点は私もわからないではございません。ただ、裁判所といたしましては、上告審という立場から被告人席は設けてないわけでございますが、被告人が実際に裁判所へ出頭したという場合には傍聴席を優先的に与えてそこで聞いてもらう、また言い渡し期日も、これは召喚を要しないということになっておりまして召喚はしておりませんけれども、事実上、期日の通知もしているということで、法は定めでないことも実際上の取り扱いとしてはそういう趣旨で行っているわけでございます。
○橋本敦君 だから言うんですよ。だから、そういう扱いをなさっているから、判決期日も来ていいということで行くわけですから、行ったら自分の事件なのに自分が弁護人とともに訴訟関係人としての座る場所さえ最高裁は設けていない。来たら傍聴席に行きなさい、これは扱いとして研究しまた改善する余地がまるでないわけじゃない。被告席をつくって違法になりますか、こう聞きますといかがお答えになるでしょう。私は違法という問題は起こらぬと思いますが、いかがですか、席をつくったら。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 深く考えたことはございませんが、違法ということはないというふうに思っております。
○橋本敦君 だから、したがってきょうは時間がないし、次の問題ありますので移りますが、きょうすぐお答えいただかなくても、今後検討していただくということを一つはお願いをしておきたいと思います。それなりの検討をひとつしてくださるようにお願いしますが、いかがでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) よく御趣旨を承って検討してみたいと思います。
○橋本敦君 それから裁判所にもう一つ伺いたいのは、予算とも関連をするんですが、最近大変裁判所の仕事がふえまして、これは民事の関係のようでございますけれども、裁判所の民事事件の速記の起こし、それから録音テープの反訳、それから判決文中の一部のタイプ、それを部外発注している例があるというように私は聞いておるんですが、こういう事例はございますか。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) まず、御指摘の外部速記でございますが、外部速記の利用は東京地裁あるいは大阪地裁等二、三の庁において利用されているようでございます。全国的に調査あるいは報告を求めておりませんので必ずしも正確ではございませんけれども、今申しました東京、大阪以外の庁では速記者の適任者を得にくいという事情がございますので、ほとんど利用していないのではないかと思っております。東京、大阪等の利用度合いという点につきましては、正確な数値はつかんでおりませんけれども、月に十件前後、調書全体に占める割合といたしましては一%以下ぐらいの使用状況ではないかと考えております。 それから、第二に御指摘の録音テープの反訳の問題でございますが、これは橋本委員よく御承知のとおり、証人等の供述を録取したテープの反訳を業者に委託しまして調書を作成するいわゆる三十五部方式というものが東京地裁においてのみ行われております。これも数値的には正確に把握いたしておりませんが、書記官の作成すべき調書のうちのかなりの部分、割合にいたしまして調書全体の五分の一程度について利用されているのではないかというように聞いております。 それから、判決文中の一部分の部外者へのタイプ発注、これはその御覧間にそのまま当てはまるのかどうかわかりませんけれども、判決書きが非常に膨大になりまして、判決宣告時期等の関係でも急速を要するような場合には、ごく例外的に外部にその作成を発注する例が若干あることは承知しておりますが、その数についての詳細は把握しておりません。
○橋本敦君 そこで、こういう事例は本来ならない方がいい。裁判所の中でそれぞれの職務に従事する皆さんがタイプはタイピストの皆さん、反訳その他は書記官の皆さん、あるいは速記官の皆さんがそれぞれおやりになって職務を遂行される、そのこと自体が一番望ましいことだ、このことは変わりないと思うんですね。こういうことが行われてきたのはやっぱり人員不足なり予算不足なり、そういうことが、仕事の繁忙についていけないということが原因しているように思いますが、その原因について簡単にお知らせいただきたい。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) もちろん裁判所におきましても裁判所速記官の養成、それから配置をいたしておるわけでございますけれども、外部速記につきましては、委員御承知のとおり、民事訴訟法あるいは刑事訴訟規則に規定があるわけでございますから、その規定に基づいての運用ということも考えられるわけでございます。 それから、いわゆる録音反訳方式あるいは三十五部方式と言われるものにつきましては、それが発生いたしましてから今日に至っているまでのいきさつとか、あるいは東京以外でこの方式がとられていないという他庁等の比較からいたします と、必ずしもその書記官数あるいは速記官数が不足するためにこのように行われているというようには考えていないわけでございまして、やはり東京特有のいろいろな事情が重なり合ったものというように考えております。 基本的には裁判官の訴訟運営に関する事柄ではございますが、書記官の作成すべき調書の本来のあり方からいたしますと、私どもは争点を的確につかんで簡潔に要領よく記載した要領調書が本来のあり方ではないかというように考えておりますので、この問題につきましても縮小の方向で検討すべきものというように考えているところでございます。
○橋本敦君 縮小の方向は御検討いただいて結構ですが、一つは、今おっしゃったような方向だけでなくて、やっぱり人員増なり経費増ということも含めて全体的にお考えいただくということと、もう一つ、公務員の場合は基本的に守秘義務があるわけですが、外注しますとその関係が外れてくるわけですね。しかも訴訟というものはプライバシーに関することも随分ございますので、なるべくこういうことがない方がいいのではないか。だから、東京地裁のそれなりの経過があるということもおっしゃいましたが、その経過は私よく存じません。しかしいずれにしても、国民のそういった裁判に対する信頼度、プライバシーの保護という点からいっても、今おっしゃった縮小の方向はぜひとも進めていただくことを強くお願いしたいと思うんですが、いかがでしょうか。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 外部速記にいたしましても、三十五部方式にいたしましても、公開の法廷での供述にかかわるものでございますので、公務員における守秘義務とは若干異なる面もあろうかと思います。しかし全く問題がないわけではございませんので、現在行われております録音反訳の場合でございますと、反訳業者がかなり固定しておりますようで、これらの者に対しましては、事実上の措置にすぎないのではございますけれども、登録いたしますような場合に守秘の宣誓を行わせているようでございます。外部速記につきましては、宣誓させる措置はとっておりませんけれども、法律、規則で明文で認められた制度でございますし、速記官に対する一般的、社会的な信頼、言うならば速記者の職業倫理というようなものが根底にあるわけでございまして、そういう意味で、守秘義務の要請も担保されているというふうには考えております。 ただ、その点はさておきまして、先ほど申しましたように、三十五部方式につきましてはできる限り御協力をいただきながら縮小の方向で検討してまいりたいと考えております。
○橋本敦君 それでは話題を変えまして、警察庁に来ていただいておりますので、そちらの方に問題を移したいと思います。時間があとわずかしかございませんので、中心問題だけ進んでいきたいと思います。 問題は、五十八年度警察白書を拝見いたしましたが、この白書で非常に強調されておりますことは、現在社会の第一の特徴として、科学技術の著しい進歩、コンピューターを初めとする先端技術の開発、これに対応して全く新しい形態の犯罪もあらわれるという状況になってきたということで、コンピューター犯罪の問題が警察白書でも指摘をされて、社会的にも大きな関心を呼んだと思います。そこで、コンピューター犯罪と言われるものがどういうもので、近年どういう状況になっているのか、まずこのことを警察白書に基づいてごくわかりやすくサマライズしていただいてお答えをいただきたいと思います。
○説明員(三上和幸君) まず、コンピューター犯罪についての定義でございますけれども、明確なものはございませんが、警察庁では、コンピューター犯罪をコンピューター、これはプログラム及びデータを含みますけれども、それに向けられた犯罪またはこれを悪用する犯罪ということとしてとらえております。これは犯罪捜査及び防犯対策上参考となる事例を多く集めたいと、広くこれに含めることとしておるわけでございます。 犯罪の発生状況、特徴点でございますけれども、このコンピューター犯罪をさらに二つに大きく分類をしておりまして、コンピューター犯罪を銀行等の現金自動支払い機、いわゆるCDから他人のキャッシュカードを使って現金を盗み出すなどのCD犯罪と、それ以外のコンピューター犯罪に大別をいたしております。CD犯罪以外のコンピューター犯罪と申しますと、不正データの入力であるとか、データの不正入手だとか、コンピューターの破壊であるとか、コンピューター不正使用、プログラムの改ざん、磁気テープ等の損壊という六つの類型に分類しております。現在プログラムの改ざんとか磁気テープ等の損壊は、我が国で発生をいたしておりません。 発生状況を申し上げますと、CD犯罪はここ数年急増する傾向にございまして、昨年は六百四十二件発生しておりまして、前年に比べて三六%の増加、CD犯罪以外のコンピューター犯罪は、昨年六件ということで、前年と同数、こういう状況でございます。
○橋本敦君 そこで、時間がないので、また別の機会にゆっくり私も議論をしたいと思いますが、簡潔に言って、今警察庁の方でこういったコンピューター犯罪並びにCD犯罪の激増に対応して、コンピューターシステム防護法制研究会をつくって検討をおやりになっていらっしゃる。この検討の一つが、こういった社会の先端技術の進化に伴う新しい犯罪に対応して現行刑罰法規だけで十分なのか、あるいは特別立法等の必要があるのか、これも含めて検討なさっているのではないかと思うんですが、もしそうだとしたら、どこに問題があるのか、簡単にお知らせいただきたいのです。
○説明員(三上和幸君) 私どもといたしましては、コンピューター犯罪というものが起きますと、現在のように高度にコンピューターが普及しております社会におきましては、それが損なわれるという事態が生じますと大変個人の生命や財産に甚大な損害が予想される、社会に対して影響がはかり知れないという観点から、どういう形でこれからのコンピューターの普及とあわせまして、それが社会に及ぼす影響はどうあるか、それを防止するためにはどういうサイドから法的な面も含めて検討したらいいかということで、御指摘のありました防護法制研究会を設けて研究をいたしておる、これはいろいろな角度から検討をいたしておるということでございます。
○橋本敦君 刑法の擬律との関係で、刑事局長にひとつ参考のために伺いたいんですが、例えばコンピューターを悪用して財物または財産上の利益を得る行為をやる、その場合にCDカードの悪用で現金を引き出せば窃盗罪という適用もありますけれども、窃盗罪と別に詐欺罪ということに該当しそうなケースがあった場合に、相手が機械で、特定の人に対して欺罔行為、錯誤に陥れるということがないと、機械操作による問題だけに終始しますと、詐欺罪というのはなかなか適用できないというようなケースも考えられる。そういうことで、コンピューター犯罪について今の刑法の横領罪、窃盗罪、詐欺罪あるいは文書偽造罪、こういう刑法の解釈適用で十分なのかどうか、ここらあたり、刑事局長、どういう御関心をお持ちでしょうか。
○政府委員(筧榮一君) 相手が機械でございますので、今橋本委員御指摘のように、例えば機械をだまして現金なり財物を得る、あるいは財産上不法の利益を得るという場合、どうもそこに欺罔行為というか、誤信がどうも出てこない。機械がだまされたというのもちょっと難しい。それからもう一つ、やはり処分行為というのが詐欺罪の場合あると思うんです。処分行為というものはやはり機械にこれを求めるのは無理というか、いろいろなことで詐欺罪、今後いかなる犯罪が発生するか予測できませんので、場合によっては詐欺罪ということを考えなければならぬことがあるかもしれませんが、現状ではちょっと考えにくいというふうに考えております。 それから、CDを使いました場合、これは窃盗ということで何件か起訴した事例はございます。 結局コンピューター犯罪、いろいろ今警察庁からお話のありましたように、CDを使うようなのは割に簡単でございますが、あとコンピューターに不正なデータを入力してどうするとか、そうした場合に、ディスクその他の電磁記録物、これが文書であるかどうであるかとか、あるいはCDカード自体の文書性ということも問題になろうかと思います。あるいはもう一つは、プログラムと申しますかインプットされておりますデータ、これを何らかの方法で外へ漏らす、あるいは自分で持ち出す、人に売りつけるというような場合、そのデータの内容がそれは数十億円に当たる場合もあるわけでございますけれども、現在まで起きました事件では、例えばそのデータといいますかプログラムをプリントアウトしたその紙の窃盗でございますとか、あるいは場合によっては業務上横領とか、あるいは背任というような形でとらえております。 したがいまして、もちろん現行刑法制定当時このような科学の進歩を予想しておりませんので、全く予想しない犯罪が出ておるということは事実でございます。現状では、現行法規をフルに活用して、罪刑法定主義に反しない限りの解釈で対処しておるわけでございますが、諸外国においてもそういう特別立法をなされている国もあるようでございます。まだ私ども具体的にどうするというところまでは行っておりませんが、今後考えられます事態を想定いたしまして、立法措置が必要であればそれを講ずるべくさらに研究を続けたいと思います。
○橋本敦君 確かに今おっしゃるように、例えば大阪地裁の五十七年九月九日、近畿相互銀行事件というのがありますが、ここではCDカードの磁気が含まれたストライプ部分の偽造が問題になっていますね。この問題で弁護人は、これば文書偽造には当たらぬ、文書というのは、大審院以来の判例あるいは学説でも確定しているように、可視的なもの、目で確認できる記録的なそういう状況でなくてはならぬ、ところが磁気ストライプ部分というのはそういう意味では文書性はないということで、かなりの争点になったようですが、裁判所は文書に該当するということで文書偽造で判決をお下しになっていますが、今の刑法の適用ということで時代に相応する解釈は結構ですが、余りにも構成要件を拡大解釈しますと、これはまた三十一条違反という問題が出てくるわけですね。そういう意味で、コンピューター犯罪の取り締まり、あるいはこれの対応ということは、私は、刑法という大きな不磨の大典と言われるようなこういうようなところでどう規定するかということは、これは日進月歩に対応していく意味からいっても、私はこれは相当でないので、アメリカでもいろいろ州法その他で考えられておるようですけれども、まさにこのコンピューター犯罪ということに絞った特別の対応するような法律を研究する必要がある、こんなふうに思うんですが、今刑事局長も今後も研究を続けるということですが、この点は警察庁並びに法務省も御検討をこれからもいただくということのように思いますので、その点はお願いしたい。 そこで、ひとつ私はその検討の場合に注文をつけておきたいことは、同時に近代社会は、技術発達したそういう科学的な先端技術が家庭生活にまで深まってくる社会生活でありますが、同時にそこではプライバシーの保護という、そういう観点が貫かれなくてはならぬという問題、それからもう一つ同時に、民主社会として、国民の知る権利という問題がやっぱり大きな基本的人権としてある。こういったこととの総合で、悪質なコンピューター犯罪を国民のために規制をするという、こういう観点に立った立法構造でなくてはならぬ、こんなふうに私も漠然とでありますが考えております。ここらあたり、将来の検討方向について、警察庁なり刑事局長なりの私見で結構ですけれども、私も私見を申し上げておりますので、方向の御意見を伺って質問を終わりたいと思います。
○説明員(三上和幸君) 先ほども申し上げましたように、大変コンピューターの普及によりまして、社会構造がそのものに沿った形ででき上がってくる。そういう中で、もしコンピューターのシステム破壊なり、あるいはそのものの破壊というようなことが行われますと、大変国民生活に大きな影響を与えるということの見地から、本来こういった事件を未然に防ぐということが一番大切であろう、そういうことで犯罪が敢行されないようにする、そういうような一つのアプローチというものも考えていかなければならないのではないかというふうに考えております。
○政府委員(筧榮一君) ただいま橋本委員御指摘の点を十分しんしゃくして今後検討を続けたいと思います。
○柳澤錬造君 時間もありませんので本当の一、二点だけお聞きをしてまいります。 裁判官という御職業につかれている方というのは、私は大変孤独でお気の毒だと思うんです。だからそういう点につきましては本当に敬意を表し、御苦労を多として二、三の点だけ聞いてまいるのですが、最初はあの免田事件の免田さん、財田川事件の谷口さんの拘禁しておった日数が幾日あるんですか。それに対してお支払いになった刑事補償金が幾らなんですかということを教えていただきたいのです。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 免田さんの事件でございますが、刑事補償で償った日数でございますが、一万二千五百九十九日ということでございます。支払い金額が九千七十一万二千八百円ということでございます。そのほかに、費用補償ということで、これは出頭の日当でありますとか、旅費でありますとか、あるいは弁護人の旅費と宿泊料というようなものでございますが、これが決定になりました分が千七百十六万五千四百九十四円ということでございますが、これは決定があったばかりでございまして、まだお支払いはしておりません。 それから、谷口さんのいわゆる財田川事件ということでございますが、拘禁の総日数は一万二千三百九十八日ということになります。ただ、この拘禁総日数と申しますのは、別件の強盗傷人という事件で逮捕されましてから再審無罪判決で釈放されるまでの期間でございます。本件の強盗殺人事件で逮捕されてから再審無罪で釈放になるまでの期間は一万二千二百七十八日ということになります。この谷口さんの方は、刑事補償の請求もたしかまだなかったかと思いますし、もちろん決定はないわけでございますので、どういうふうになるかわかりませんが、ただ、この日数の中では、いわゆる別の刑に服した日数も入っているようでございますので、その辺の日数がどうなるか、したがいまして刑事補償で償われる日数がどうなるかということはまだはっきりしておりません。
○柳澤錬造君 刑事補償金の算出の基礎というのはどういうことになっているんですか。これで大体計算すればもうすぐわかるわけだけれども、それが妥当な水準にあるというふうにお考えなのかそれとも高過ぎると思っているのか、低過ぎると思っているのか、その辺はいかがですか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 刑事補償金の金額の算出方法でございますが、これは刑事補償法に規定されているわけでございまして、日額で申しますと、最高七千二百円、最低千円、その間で適宜裁判所が裁量によって決めるということでございます。原則といたしましては、これはいろいろ規定がございまして、被告人の方に有罪とされるについて被告人の責めに帰すべき事由があるというような場合にはその日数が減らされるというようなこと、いろいろ規定がございますけれども、一般的には拘禁日数と、そのたただいま申しました七千二百円から千円までの間の金額を掛けた金額が刑事補償金となって支払われるということになるわけでございます。免田さんの場合は、現実に拘禁された日に最高額の七千二百円が掛けられているわけでございます。それが高過ぎるかどうかといいますと、とにかく今刑事補償法で支払われる最高の額をお支払いしているということを申し上げるだけでございまして、私どもそれが多いとか少ないとかいうようなことは、まさ に裁判の内容でございますので、その点の意見は差し控えさせていただきたいと思います。
○柳澤錬造君 いや、法律に決まっているからそういうぐあいに払っていくことはわかっているので、最高裁の皆さん方として、今の刑事補償法に基づいて最高七千二百円から最低千円の間でというふうに決めているのだけれども、その水準が妥当だというふうにお考えになっているのですか、どうでしょうかと聞いているんです。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) まさにその間の金額の幾らにするかというのは裁判の内容そのものでございますので、それが高いとか低いとかいうことは、まさに裁判の内容の当否を批判することになりますので、私どもとしては意見は申し上げかねるということでございます。
○柳澤錬造君 じゃ、角度をかえてお聞きしますけれども、国鉄の場合ですが、乗客が不正乗車をしてそれが発覚すると三倍の運賃取られるわけですね。それに対して国鉄の方は自分の都合で勝手に汽車をとめてしまって走らせなくても、もう切符を売って、ちゃんと契約してあるのだけれども、その切符を払い戻すだけなんです。これはおかしいと思いますか、それとも当然だと思いますか。
○最高裁判所長官代理者(小野幹雄君) 何とも難しい問題でございまして、ちょっと即答は控えさせていただきたいと思います。
○柳澤錬造君 これは刑事局長じゃなくて、少なくとも事務総長から私はお答えいただきたいと思うんですけれども、お考えいただきたいのは、私は不正乗車をしたといって、おまえけしからぬといって三倍取るのならば、今度は国鉄側が自分の都合で勝手に汽車とめてその切符を買っていた人たちに迷惑をかけたのだから、それならその場合はやっぱり三倍払いなさいと言うんです。そうじゃなければおかしいのじゃないですか。あるいは大阪なり神戸まで切符買って行って、それで京都で用があるといって、おりて、そこから先旅行取りやめたら、その先の乗らなかったところの分は国鉄払ってくれないんですよ。じゃ、京都まで切符買って乗って、大阪なり神戸まで行ったときに、いや面倒くさいから、それももういいですよと言うかといったら、そうじゃないんです。そのときは京都から先の分は、ちゃんとそれだけのものはいただきますと言って取るんです。だから、そういうことが私は大変おかしなことだと思うんだけれども、当たり前のようにまかり通っているところに今の日本の社会の問題があるんじゃないんでしょうか。その辺についてお考えをまずお聞かせをいただいて、その次に申し上げたいんです。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 小野刑事局長から申し上げましたように、私にとっても難問でございまして、お尋ねの御趣旨が国鉄料金の問題でございます。現在、国鉄料金のその種のケースについてどのような手当てがなされているか、遺憾ながら私承知しておりませんので、いささか答弁に窮するわけでございます。おかしいかと言われればおかしいというふうなことかと思いますけれども、ちょっと責任ある答弁はいたしかねますので、お許しいただきたいと思います。
○柳澤錬造君 事務総長、それから皆さん方にもお願いしたいんですけれども、昨日も申し上げたし、前回のときにも折に触れて私が申し上げているのは、裁判所というお城をつくって、そのお城の中へ立てこもって、それで法律がこうなっていますからと言ってその法律をよりどころにして物事を始末していれば、それで自分たちの仕事は完璧なんだという、そういう認識というか考えをどうかお持ちにならないでいただきたい。裁判といったって、それは人間が人間を裁いているんでしょう。先ほども事務総長、私じっと今までの聞いている中にもありましたけれども、裁判官というのは国家の権力の司法権を行使しているんだと、試験にでも出れば私はそういう文章になると思うんですよ。しかし、そういうただ法律がよりどころになった優等生の答弁ではなくて、それはもう皆さん方は私たち以上に法律というものは頭の中に入っていて、その法律を犯してはならないんだということはこれは当然だと思うんです。しかしお願いしたいことは、そういう法律をよりどころにして、こうなればこれで、第何条でいいんだじゃなくて、もう少し人間味、人間性というものを持っていただきたい。法律で裁くのではなくて、人間の心で裁いてくれませんか。極力しゃべるときも、だから私から言わせるならば、皆さん方は法を犯すことはないんですから、法律はこうなっておっても、それを国民に向かって物言うときにはこうこうしかじかですよと、今日の社会の秩序を維持するためにはこうしなければいけないんですよと言って話をし、判決を書くというような、そういうことをしていただきたいんだというのが私が一番皆さん方にお願いをしたいことです。そのことについてもう一回勝見事務総長からお考え、お感じをお聞かせいただきたいと思う。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 冒頭に、おっしゃる御趣旨は十分理解しているつもりでございます。また、おしかりをいただくかもしれませんが、裁判という仕事は事実を認定いたしまして、法律を適用していわば結論を出すというのが裁判の筋道でございます。ただ、今お話のございましたように、そこにどこに人間味が出てくるかということになりますと、事実の認定につきましても、法令の適用につきましても、やはりその裁判官たる生身の人間の社会観なり教養なり、あるいは本来の法律、まあ城に閉じこもるとおっしゃいますけれども、法律そのものに対する理解度の深さというものが全人的に総合された裁判官というものが事実を認定し、法令を適用して結論を出しているものと考えております。しかし、先ほど来非常に重要な問題ばかりお尋ねをいただいておりますが、あくまでも裁判をしている裁判官は人間でございますので、その際に本当に人間らしさといいますか、いい意味での生身の人間としてのいわば自己修養ないし自己涵養というものを十分していかなければならないというふうに考えております。御指摘の点は十分承知しておるつもりでありますし、これからの裁判のあり方についてもそうあってほしいというふうに考えております。
○柳澤錬造君 ぜひお考えいただきたいと思うんです。 そして、この免田事件、財田川事件、いろいろ機会あるごとに出てくるんですけれども、そのときにも、ああいうことは二度と起こさないようにいたしますと言って、そういう御答弁再三私も聞いているんですけれども、しかし、余りそういうふうなお答えをしていると、ますます裁判官という地位にある人たちを私は苦しめるのじゃないかと思う。事実は何だかそれわからないんですからね。それは神様だけが知っていることだ。しかし、それぞれが裁判官がかわっていって自分が扱ってみたら、ああこれは間違っているなと思ったら、前の下級裁判なり何なりが判断を下したのについて、それを自分が今度担当したならば訂正をするということはあっていいんでしょうと私は言うんです。そのところを、かわって仮にこれが無罪だというものが控訴されていって、そうして逆に死刑なんてなったら、これは本当言って大変なことだけれども、事実はわからぬけれども、その担当なさった裁判長が自分で判断をして、疑わしきは罰せずという観点に立ったときに、これは無罪にしてやることの方がいいんじゃないかといって私は御判断なさったと思うんですよ。そういうことが二度と起きないようにいたします起きないようにいたしますと言って皆さん方余りおっしゃられちゃうと、ますます裁判官がそういうことがやれなくなるんで、そういう点はやっぱり裁判官だって人間なんですから、考えてあげていただきたいと思います。間違っているなと思ったら、それを直すことにやぶさかではない。それを直したからといって、それをみんなでもって温かく受け入れるということがなければ、私は裁判の進歩はないと思うんです。 それで、時間もないので、最後に、もう細かいことを申し上げませんけれども、だんだん裁判が長引いていっちゃうので、この裁判期間を何とか 短縮をするということでもって過去にお考えになり、お取り組みになったことがあるのかどうか。それで、なかったらこれからお取り組みをいただけるかどうか。裁判の期間が長いということは被疑者の立場でいつまでも置いておくことなんですから、そういう点から考えでもできるだけ早く結論を出すということが私は必要だと思うんで、その点をお願いをし、それについて御返事が聞ければ聞かしていただいて終わりたいと思うんです。
○最高裁判所長官代理者(勝見嘉美君) 前段の問題についてお答えいたします。 ただいま御指摘のとおり、裁判官が仕事をするにつきまして、自己の良心に従ってやっていただいているはずでございますので、前の判断が間違っておったということで、たまたまそういう事件に当たった場合には、当然良心に従った裁判をやっていただいているというふうに信じております。 なお、裁判の長期化の対策の問題については総務局長からお答えいたさせます。
○最高裁判所長官代理者(山口繁君) 裁判の長期化の原因につきましては、これまで種々論議されてきたところでございまして、民事、刑事ともに事件そのものが複雑困難であって、当事者も多数であるというように、事件そのものに起因する場合もございます。それから、御承知のように手続的には当事者は対立構造をとっておりますので、訴訟関係人の御協力をいただかなければ容易に訴訟促進は図りがたい面もございます。また、裁判には迅速処理の要請とともに適正でなければならないという要請もあるわけでございまして、そのために必要な審理を尽くさなければならないがゆえに勢い時間がかかってくるという面もございます。したがいまして、裁判の長期化を防止する方策といたしましては、裁判官の増員もそうでございますが、そのほかに適正迅速な処理のための研修会同の充実強化、それから執務資料、能率器具等の配付、あるいはさらには手続面、運用面の改善等、種々の方策が考えられるわけでございます。昭和四十年代には裁判の遅延がかなり指摘されたわけでございますけれども、その後、裁判所といたしまして増員その他の種々の方策を講じて訴訟遅延の解消に努めてきたところでございまして、全般的には近年かなりの程度に改善されてきているものと考えておりますが、なおやはり幾つかのケースでは長引く場合もあるわけでございます。今後ともこれらの諸方策を多角的に実施しながら、裁判の長期化の防止のために一層努力を重ねてまいりたいと考えております。
○委員長(大川清幸君) これをもって昭和五十九年度一般会計予算、同特別会計予算、同政府関係機関予算中、裁判所及び法務省所管についての委嘱審査は終了いたしました。 なお、委嘱審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(大川清幸君) 異論ないと認め、さよう決定いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後一時一分散会 —————・—————