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101回国会参議院1984/03/08

文教委員会 第3号

発言数
134
登壇者
13
会派数
6
開催日
1984/03/08

会議録

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告をいたします。  去る二月二十八日、関嘉彦君が委員を辞任され、その補欠として小西博行君が選任されました。     —————————————

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) 教育、文化及び学術に関する調査のうち、我が国における留学生受入れの在り方に関する件を議題といたします。  本日は、お手元の名簿にございます五名の参考人の御出席を願っております。  この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。  皆様には、御多忙中のところ、当委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。  我が国が、二十一世紀に向かってその存立と繁栄を図るとともに、年々強まりつつある我が国に対する国際的な期待と責任を果たすためには、教育、文化及び学術に関する国際的な交流、特に留学生を通じての高等教育段階における交流が極めて重要であります。しかるに、まことに残念ながら、我が国の留学生の受け入れ数は、先進国の中にあって際立って少ないのが現状であります。  そこで、当文教委員会においても、今後留学生政策の拡充に真剣に取り組まなければならないと考えておりますので、その参考に資するため、本日は参考人の方々から、我が国における留学生受け入れのあり方について忌憚のない御意見をお述べ願いたいと存じます。  つきましては、議事の進行上、名簿の順でお一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答え願いたいと存じます。  それでは、まず川野参考人からお願いいたします。川野参考人。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) それではかけたままで失礼させていただきます。  本日はこういう機会をお与えいただきまして感謝申し上げます。  問題は、我が国における留学生受け入れのあり方についての意見ということでございますが、過般、と申しましても昨年の八月でございますが、文部大臣の私的諮問機関といたしまして「二十一世紀への留学生政策懇談会」というものが設置されまして、その意見書というものをば昨年の八月に提出いたしております。本日は、私自身それに関係いたしましたので、それに盛り込まれましたところを中心にいたしまして所見を述べさせていただきたいと存じます。  具体的な個々の内容につきましては、この提言あるいはお手元に届いているかと思っておりますが、に譲りまして、要点だけをお話し申し上げることをお許しいただきたいと存じます。  まず、ただいま委員長お話しのとおり、我が国への留学生の受け入れが非常に少ないわけでありますが、なぜ少ないかという問題と、しかしながら、少ないことがなぜ問題なのかということが一番の問題じゃないかと、こう思っております。私自身、国際教育協会という文部省の補助団体で、日本の戦後の留学生受け入れにつきまして空港での出迎え等から始めた各般の仕事をいたしております国際教育協会のお手伝いをいたしております。その場合、一番の問題は、やはり日本への関心が一面においては深いにもかかわらず、それが結果的には国際的に非常に受け入れの少ない国になっているという点であります。特に、現状から申しますると、我が国への留学生の数の少なさは、人口の規模の日本よりも少ない、半分ぐらいの人口規模しかないところのヨーロッパのイギリス、フランス等に比べましても格段に少ないということ。それからさらに、日本に来ている留学生というのが、その四分の一ぐらいが国費留学生、つまり文部省が金を出している留学生。あとの四分の三ほどが私費、つまり自腹を切って日本に来ている留学生ということで、この国費留学生に対する私費留学生の割合が各国に比べた場合におきまして非常に少ないということ。言いかえれば、金を出せば来るけれども自腹を切ってはなかなか来にくい、あるいは来るという流れがまだできてないということが問題ではないかと、こう思っております。  そこで、なぜそうなのかということについていろいろ検討したわけでございますが、一言で言うならば、やはり日本に来るについてはいろいろな障害を越えなければいけませんが、その越えなければいけないところの、あるいは克服しなければいけないところの障害に対しまして、あるいはその努力に対しまして報いられるところが少ないといったふうな感じでもって受け取られているということが問題ではないかと、こう思っております。  それならば、どういう点で日本への留学というのが負担が多いものであるかと申しますると、一つにはやはり言葉の問題ではないかと思います。日本に来る前に、日本の事情を英語の本で読みまして、日本では日常英語が使われている、英語での教育が行われているという錯覚を起こして来ておる学生も現にあるわけであります。来てみましてびっくりということで、この日本語の勉強が海外ではできる機会が非常に少ないということ、それから日本に来るには必ず日本語の勉強をしなければいかぬということについての自覚が一般的にないということ、これが一番の一つの問題かと思っております。したがって、来ると日本語の勉強に追われる、専門の勉強ができにくいということで、中途半端なものに終わるということが一点でございます。  それから、経済的な条件としましては、やはり特に宿舎が非常に不備であるというところから、宿舎調達のために多額の負担をしなければいかぬという問題、さらに一般的な物価高ということで、その経済的な負担が特に途上国からの留学生諸君にとりましては、本国の父兄の負担能力等からいたしまして甚だしく負担の多いものになっているということで、その経済的負担の問題、これが第二点かと思っております。  それから第三には、日本語の障害を越え、また経済的な負担をいたしまして日本で勉強いたしましても、その成果というものが必ずしもそれに伴わないという自覚を持っている場合が非常に多いということであります。どういう点かと申しますると、日本に来る留学生諸君は御案内のとおり、欧米系の諸君は、日本の社会を勉強しよう、あるいは一部は日本の技術等を勉強しようという者もあるかと思っておりますが、日本自体を勉強の対象としている、言いかえれば学位というものをそれほど重視しないということでありますが、途上国の諸君でありますると、日本に来てサイエンスを勉強したいということで、そのサイエンスを勉強した結果を学位として身につけて帰りたい、その学位として身につけたところのものが母国に帰りましてからプロモーション、地位の昇進の条件になるという点で期待もするわけでありますが、この学位がなかなか取りにくいといったふうなことがあるということであります。これは言葉の障害等からいたしまして、日本人等の場合に比べると当然そうなりがちなわけでありますが、どうもその点で著しく学位取得について困難があるということで、日本でかなりの期間勉強いたしまして、その後さらに学位を取るだけの目的であるいはアメリカあるいは西ドイツに出かけるという諸君もあるぐらいであります。そういうことで学位取得の困難ということがその次に挙げられるかと思っております。  それから第四には、またそれにやや関連いたしまするけれども、仮に学位を取りましても、本国でそれほど評価されないといったふうなところも国によってはあるということ。さらに、学位に限りませんけれども、本国に帰りまして、日本の企業とのジョイントベンチャー等々がある場合に、それらの就職につきまして、日本で同じような学校を出て同じような資格を取ったにもかかわらず日本人とは違った扱いをされるということに対するところの不満というものから日本留学への意欲というものが減殺をされるということ、こういったこと等もあるかと思っております。  さらにもう一つ加えるならば、一般的に日本で勉強することにつきまして社会的な一種の雰囲気といたしまして、特に途上国からの場合でありますが、日本人が  こんなことを記録に残りますから余り言わない方がいいかもしれませんけれども、どうも我々を対等に扱っていないという雰囲気があるということを指摘するわけであります。そこでもって日本人は閉鎖的であるとか、どうも外に対して胸襟を開かないという日本人の姿勢の問題についての批判がしばしば出てくるわけであります。この点は、日本が一種の単一文化、単一言語の国といたしまして、何か自分と他とを区別するという雰囲気が強いわけでありまするから、当然アメリカ等の移住社会に比べるとそういうことがあり得るかと思っております。  こういったことが問題でありますが、それならばこういう事態に対しましてどういうふうな措置を考えたらよろしいかというのが次の問題であります。  これにつきましてはいろいろ考えられますが、まず日本語の問題につきましては、私は、やはり海外で外国人が日本語を勉強できる機会というものをつくる、あるいはこれをふやすということが必要ではないか。方法といたしましてはいろいろございましょう。海外の大学に対しまして日本研究所のドーネーションをやるとか、あるいは日本語の勉強の場を何かの形において設けてやるというのも一つの方法かと思っておりますが、この点につきましては戦後の日本の対外的な姿勢からいたしまして、外へ行って日本語を売り込むということは避けたいといったふうのやや控え目な姿勢も背景にあったかと思っておりますが、この点、イギリスあるいはフランスなどに比べますると際立って違っている点でありまして、海外において需要が高まりつつある以上は、それにこたえるという姿勢でこういった問題に対応するのも一つの基礎的な条件ではないかというふうな感じがいたします。  それから、やや細かくなるかもしれませんけれども、日本に来て初めて日本語を勉強するという諸君に対する日本語教育の体制の整備ということ等も、これは当然考えられてしかるべきかと思っております。  日本語はだれでも知っているということから、日本語を教えるについてはだれもが先生になれるといったふうの漠然たる考え方が一般にあるかと思っておりますが、確かに日本語は全部できます。けれども外国人に日本語を教えるとなりますと、その教え方というものは特殊な私は技術ではないかと、こう思っておりますが、その点について、そういうふうな訓練をした人々を育てるということも、やはりこれに関連して対応すべき措置ではなかろうかというふうな感じがいたします。  それから、物価高の問題に関連いたしましては、先ほど申しましたように宿舎の手当てということが、特に日本の場合におきましては家庭で外国人を迎えるということが居住条件、住宅の構造等からいたしまして、さらに先ほど申しました日本人の姿勢からいたしまして、なかなか容易でありません。  そこで、外国人向けの宿舎を用意するということが必要になるわけでありますが、これが日本の大学においては一般的にそういう宿舎の用意がない。だんだんふえつつありまするけれども、これが恐らく八千人の留学生の在日に対しまして、いわばその目的をもって設けられた宿舎に入っている留学生の数というのは、まずその四分の一そこそこではないかと思います。あとは民間の高いアパート等を権利金、敷金等を出して探さなきゃいかぬというふうな問題にしばしばぶつかるわけでありますが、そういう意味におきまして公的な宿舎の用意をする。まず大学、それから民間の財団等でそういったことに協力をしたいという向きもありますが、この点につきましては、例えば東京都の場合におきましてもそうでありますが、現に農地を部かに持っております。その子弟等が、その農地をそういう目的に、つまり留学生対象の宿舎の建設に使いたいという場合、建築資金について何か特別の計らいができないものだろうかという相談等をしばしば受けます。これは恐らく住宅金融公庫の融資枠の中にそういう条項を一つ入れるということがもし可能ならば、非常な低利をもちましてその目的を限定いたしましての融資政策ということも考えられるのではなかろうかと、こんな感じがいたしますが、これあたりはもう現に土地を持っている人がそういう姿勢でおるわけでありまするから、比較的に簡単に問題の打開ができるのじゃなかろうかというふうな感じを持っております。  それから、経済問題につきましてはもう一つございますが、民間の奨学団体というものが日本の場合には非常に少ないという点が特色かと思っております。私どもの教育協会におきましても、個人あるいは法人にお願いいたしまして、いろいろ募金についてお願いいたしておりますが、これは特に昭和五十四年から、私費留学生でもちまして日本に来ておりますけれども、物価が高くなったりあるいは本国の父兄の経済状態が悪くなったりというようなことでもって中途退学のやむなきに至る、帰国のやむなきに至るという諸君もかなりあったものでありまするから、こういう人々の中で優秀な人に対しましては、ささやかでも援助の手だてがないだろうかということで毎月四万円、一年次から当該の大学の学部にいる学生で三年生、四年生の中から二百人を選びまして毎月四万円を支給する。そのうちの半額百人分は、これは国費でもって出していただく。あとの半分百人分、年間にしますと四千八百万でありますが、これを民間で調達するということで募金活動をいたしております。  しかしながら、なかなかこの募金活動は軌道に乗りにくいという実態がございます。理由は何かと申しますると、やはり民間の特に法人等で拠金をする場合におきまして、やはり何かの形で目に見えたはね返りというものを期待いたします。ところが、留学生に対する奨学金の支給につきましては、長期的に見ると確かにそれは役立つだろう、いいことだといいますけれども、当面会社の宣伝にもなりにくい。また、特に寄附をしてくれたところの会社等に非常に恩を感ずるという形にもなっていないというところから、余り刺激がない。ところが、他面におきましては、こういったところ等が自分のところでもって、直接に自分の、つまり支配下に置いたところの財団でもつくるとなりますると、これは非常に積極的なんであります。つまり、何と申しますか、効果が目に見えて自分のところにはね返ってくるというふうな考え方を持つかと思っておりますが、しかしながら、その場合におきましても問題の一つは、財団ができまして試験研究法人にしてもらえば免税の措置がございます。けれども、財団をつくることについては、つまりその基金を出すことについては、そういうふうな措置がございません。したがって、もし可能ならば、そういう財団、その目的で財団をつくるということについて免税等の措置があれば、これまた推進の策になるのではなかろうかというふうな感じがいたします。  それから、あと飛び飛びになるかと思っておりますが、もう二つほど申し上げたいのでありますが、もう一つは、本国に帰国いたしましたところの留学生諸君との連絡を日本としまして密にするということが必要ではなかろうかという感じがいたします。歴代の総理、東南アジア等に行かれまして、時々この留学生が中心になったとされるところの学生運動等の反撃を受けることがありますが、一方また、日本の対外政策につきまして、そういうところで懸念をする向きもしばしば見られるところであります。ところが、アメリカの場合でありますると、御案内のように東京のアメリカンセンターというものが私どものところにも、たとえばレーガン政権の対外政策はこうだというふうなこと等で多少とも懸念をされそうな問題につきましては、あらかじめ手を打つということをやっておりますが、こういったこと等がもし日本の方で、これまでのアジア諸国をとりましても、数万人いるところの元留学生諸君を対象にいたしまして、連絡をしPRもするということになれば、彼らとしましては、やはり自分たちを身内扱いにしてくれるというふうなことでもって評価があり、それがまた日本の支えになるのではなかろうか、こんな感じがいたします。  最後に一点だけ申し上げます。  基本的にやはり日本人がどちらかと申しますると人見知りをするというふうなことでもって、金以外の点でも心を開いて相手を迎えるという姿勢が乏しいということが一番の基本かと思っておりますが、これにつきましては、最近現に日本に来ている限られた数の留学生諸君でありますが、これをあるいは北海道あるいは南九州などの地域社会に招待いたしまして、二週間ぐらい各土地の家庭に入り、労働をともにし交流を深めている例がございますが、この機会に土地の小中学生との交流というものが非常に成果を上げているという事例がございますので、このことをひとつ御紹介申し上げまして御参考に供したいと思っております。これについては、作文を募集いたしまして、この作文募集、大変に成功と申しますか、本当に子供たちが、外国人を見たこともないと、それが自分たちの国、学校に来るそうだと、何とか言葉を交わしてみたいと、そこでもって英語を習って勉強してみると通ずるだろうかということで胸をときめかしておると。ところが、片言でやりますとそれが意外に通ずると。向こうの学生の方は、学生の方でも自分の国を紹介したいということで、あるいはスライドを持っていったりあるいは絵本を持っていったりしまして、そこでもって非常な交歓が行われるという事例があるようでありますが、こういった子供たちが大きくなった場合においても、今私が申し上げましたような日本人の姿勢というのもかなり基本的に変わってくるんじゃなかろうかという感じがいたしますので、言ってみれば、こういう草の根の交流というもの等についても、やはり対策としてもしとられるならば、重要な拠点として考えるべきではなかろうかというふうな感じがいたします。  以上で一応私の報告を終わらさしていただきたいと思います。ありがとうございました。

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) どうもありがとうございました。  次に、舟久保参考人にお願いいたします。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) ただいま御指名いただきました東京大学工学部の舟久保でございます。  私は、工学部の国際交流委員会の仕事を約六年やってきております。その関係で本日御招待を受けたものと思っておりますのですが、大学の現場の教官の立場で留学生を受け入れるということでいろいろ感じておりますことにつきましてお話をさしていただきたいと思います。ただ、東京大学のほかにもたくさん国公立の大学がございます。私立の大学もございますのですが、東京大学の例でお話をさしていただかざるを得ないわけでございますのですが、その点は御容赦いただきたいと思いますが、最初に、東京大学の場合には、非常に外国からの留学生の受け入れ数が多いわけでございまして、ほかの大学に比べまして。その意味では、やや特殊に類するかと思われますのですが、その点もひとつお含みの上でお聞きいただければと思っております。  東京大学開学以来百年以上たっているわけでございますが、教授、助教授合わせまして教官約千八百人、そのほとんどの教官が海外での留学経験を持っているわけでございまして、少なくとも東京大学につきましては、留学生を受け入れるべき教官個人のマインドといたしまして、基本的な理解のベースはでき上がっているということでございますので、その点では非常に国際交流そのものの推進につきましては御理解の得られやすい土壌に幸いにして仕事をさしていただいているというふうに思っております。  東京大学、十学部でございますのですが、現在のところ外国人の学生は学部それから大学院合わせまして約六百五、六十名になるかと思います。昭和四十八年度、十年前に比べますと、当時四百三十名でございますので、この十年間で五割以上は増加をしているということが言えるかと思います。私の属しております工学部の例で申しますと、この二月の一日の資料で申し上げますと約二百三十名、これは学部、大学院  大学院の場合には正規の学生と大学院の研究生合わせての話でございますが、約二百三十名でございます。それに対しまして昨年の二月、一年前は二百名でございまして、もう一年前、五十七年の十一月、わずか三カ月前でございますが、百九十名、それが五十三年の十月には百名でございました。わずか五年のことでございますのですが、急激に外国からの留学生の受け入れ数がふえているということでございまして、最近における外国からの研究生の増加というのはごく最近の現象でございまして、しかも、それが非常に急増をしているということを申し上げられるかと思います。  なお、参考といたしまして、学生ではございませんのですが、昭和五十七年度一年間に滞在をしておりました研究者、これは学生ではございませんで、教官その他の研究者でございますが、よその大学から来ました者が何と二千人でございまして、いかにたくさんの方々が交流にお見えになっているか、これは工学部だけでございます、大変な数に上がるわけでございます。  そこで、こういう留学生が急激にふえているわけでございますのですが、質、それから日本あるいは私どもの仮に工学部といたしまして、そういうところで研究をしたいという留学生の気持ちのことを考えてみますと、五年前とそれからごく最近では非常に違いまして、日本に来る数が割合と安定しておりました五年より前のころには割合と日本を見てみたいということで、一つは物珍しい気持ちの多い人が中には割合と多かったんでございますが、最近は非常に留学生の質とそれから日本で研究をしたいというマインドが向上いたしまして、各国での選考試験も非常に厳しいということもございますのですが、これは開発途上国並びにいわゆる先進国を含めまして、留学生の資格を得るためには大変な競争を経て私どもに来ております。それに伴いまして、従来は大学院の研究生で入る者が非常に多かったんでございますが、最近は正規の課程に入りまして修士あるいは博士号を持って帰りたいということで、正規の大学院課程に入る者が非常に急増をしております。このこと自体も非常に顕著な変化であるというふうに私どもは受けとめております。先ほど申しました外国からの留学生の急激な増加の中で、学部学生については実はそれほどふえておりません。これは、学部学生についても私どもは学術教育交流の上から非常に必要なことであると思っておりますのですが、現在の一般の日本人の高校卒の学生と同じような入試制度を課している場合には、これは非常に難しいわけでございますので、その意味ではなかなかふえにくいわけでございます。しかし幸いにいたしまして、この点の重要性にかんがみまして、もう約一年、二年以上前からでございますが、こういう外国からの学部入学生に対する選考方法についての審議がかなり詰めの段階まで進んできておりますので、これについてはごく近い将来に新しい展開があるものと私どもは期待をしております。  したがいまして、先ほど申し上げました多くの外国からの留学生というのは、現在では、その大半が大学院のレベルの学生であるというふうにお考えいただけるかと思います。それで、大学院ということでございますと、基礎になります学部教育、基礎教育は各国の方式でおやりになっているわけでございます。ですけれども、私どもの経験から申しまして、大学院で研究をするということにつきまして特に不都合であるということは感じておりません。したがいまして、現在の大学院の留学、研究学生あるいは正規の課程で受け入れるにつきまして、これが非常に問題なく有効であるというふうに私どもは判断をしているわけでございます。  現在どのくらいの大学院の外国からの留学生が来ているかということを東京大学の中の手元資料でちょっと見てみますと、平均では一割五分程度、各専門別でございますのですが、多いところでは医学部で三割以上というところもございまして、非常にたくさんの大学院クラスの研究生を既に受け入れている状態でございます。ちなみに私どもの工学部でも一六%程度でございまして、たくさんの学生が来ているわけでございます。  こういうような外国からの留学生が各研究室に配分になりまして研究をするということは、一緒にやっております日本人の学生に対します波及効果というのは非常に強いわけでございまして、これは紙に書けることではございませんのですが、私どもの日本人学生に対しまして国際マインドを養成すると申しますか涵養すると申しますか、そういう意味での効果ということもあわせて、研究内容等は別といたしまして、非常に大きな効果があるというふうに考えております。  こういうふうな状態の中で、いかなることが問題になるかと思いますのですけれども、申し上げたいことをこれからお話をいたします前に、東京大学では全学の国際交流委員会というものがございまして、これは東京大学に限ったことではございませんで、今は日本じゅうの、恐らくどこの大学でも、こういう意味での国際交流委員会というのがございます。そこで学術、つまり研究者とそれから学生の交流、交換についてのいろいろな問題点を、各学部その他で違いもございますし特色もございます。その間の情報交換でございますとかあるいは共通に審議できる問題を検討するというようなことについての活動を行っているわけでございます。  ちなみに東京大学の場合には、昭和五十七年に全学のものができまして、ごく最近のことなんでございますのですが、それまでは各個別にやっていたということが申し上げられるかと思いまして、その点では大学内部の国際交流に対します整備の体制と申しますか雰囲気も急速に変わってまいりまして、ここ三、四年前と現在では非常に違うということを申し上げられるかと思っております。これらの国際交流委員会が長い間にわたって余り組織されてなかったということは、逆に申しますと、これは非常に大事なことでございますが、国際交流、留学生を受け入れるということは組織だけの問題でございませんで、結局、帰するところは人と人との問題でございまして、指導教官が最後には個人的に、あるいはその研究室におります学生がお互いに努力をし合って研究生を受け入れるということでございますので、その意味で個人的な努力というものを基礎にしての話になります。  幸いにして、その努力の中に、いままで順調に推移をしてきたわけでございますけれども、急激な増加に伴いましていろいろ整備をしなければならない問題もまたたくさんふえてきているというふうに申し上げられるかと思います。それの大きな問題は幾つかに分けられると思うんでございますけれども、基本的に個人の努力に負うものであるにいたしましても、どうしてもそれをバックアップするために制度を直さなければならないということもございまして、明治百年以来、大学の規則は日本人学生の教育ということを主体にして行われてきたものでございますものですから、その意味でいろいろな不都合もあるわけでございます。そういうものにつきまして、大学がより一層の反省をいたしまして、今いろいろな問題につきまして検討を重ねているところでございます。  それとともに、今現在の留学生の受け入れの事務体制でございますけれども、これはどういう仕事があるかと申しますと、とにかく主なものは英語でやらなければならない。それから、先方との英語の手紙を書いて連絡をしなければならないということが非常に多いわけでございます。最近は中国関係の留学生ということでは、中国語もある程度わからないと、ということもございますけれども、基本的にはそういうこともわからなければならない。と同時に、取り扱います対象が人間でございますということで、研究ということで教官だけに任しておけない、生活指導の面でございますとかその他もろもろの日常生活の面でも世話をしなければならないということがございまして、これは単に事務的なマインドだけでできることではございませんで、先ほど申しましたような研究での滞在者などの数も含めますと現在でも非常に困難な状態でございまして、処理はできないというふうに私どもは判断をしております。教官だけで留学生の受け入れができるはずはないわけでございますけれども、結局、外国との連絡などは教官もその中に入っていかなければならないという状態ではやっていけないということでございます ので、その意味で、そういうことを含めました事務体制の強化と、特に人員の増加ということにつきましては、ぜひ先生方の御理解、御協力をいただきたい。今現在の状態で私ども見ておりまして、少なくとも私どもの大学では事務的にはもういっぱいいっぱいであるというふうに考えております。  次には、先ほど川野先生からもお話のございました宿舎の問題でございます。  これは非常に難しい問題でございまして、留学生を、非常に優秀な留学生で本人もぜひ来たい、指導教官もぜひ受けたいと思っておりますものが、なかなかそれが実現できない、心理的に非常にちゅうちょをする、指導教官の方でですね。ということの非常に大きな理由の一つは、宿舎をどうしようかという問題があるわけでございます。それは、本質的には二次的な問題なんでございますけれども、実際、東京の物価高を考えまして、敷金、礼金などを考えますと、教官がほとんどの場合立てかえなければならないというような事態も起こり得るわけでございますし、近いところで安いところというのを探すのも非常に大変でございます。これは非常に不足をしております。今後ともさらにこの宿舎の建設につきましては、皆様方の御理解、御協力をぜひいただきたいというふうに思います。  幸いにして、文部省が非常に努力をしてくれておりまして、留学生寮の建設には非常に力を入れてくれておりますので、この実現につきましては大学側でもさらにこの推進をするということが必要だというふうに私どもも思っておりまして、先ほど申しました国際交流委員会その他で積極的かつ迅速な対応をしなければいけないというふうに思っております。  これに関連をいたしまして、先日、まだ全部集計が終わっておりませんけれども、東京大学におります留学生に対しまして、今住んでおりますアパートなり下宿屋さんについてのいろいろな希望、アンケートをとりましたところが、四畳半一間であって非常に高い、敷金、礼金が大変だ、それから近いところでは安いところはない、あるいは設備が非常にぐあいが悪いと、便所がない、おふろがないんでおふろ屋に行かなければならないというようなことでございまして、地方では割合と楽なところはあるかと思いますが、特に東京では大変な状況であるということがアンケートの結果からもわかりつつあります。  それから次の問題としまして非常に大事なことは日本語の問題でございまして、これにつきましては、幸いにして五十六年の十一月から、これは実は東大の工学部だけなんでございますが、特別コースというのをつくっていただきまして、この話をちょっとさしていただきまして、それで日本語の重要性についてお話をさしていただきたいんですが。  外国からの国費留学生の場合でございますが、日本語のできない者につきましては、半年間国費として日本に来た上で、日本語だけを六カ月間大阪外語大学でもって研修をするという制度がございまして、それはそれなりに非常に成果を上げているんでございますが、工学あるいは理学関係、医学部の方も同じでございますけれども、そちらの方では日本語そのものを勉強するというのが趣意ではないわけでございまして、半年間自分の専門から離れてしまうということは非常に本人たちにとりまして心理的な圧迫がございまして、その間学問から遠ざかってしまうということについての問題点があったわけでございます。そこで文部省と相談をいたしまして、特に新しいコースといたしまして、直接工学部の研究室に外国人の学生が入りまして、研究をやりながら週に三回午前中、日本語を一年間教育をするという制度を設けまして既に三年になります。これは非常にいい制度になりまして、来ました学生の方もすぐに研究が始まりまして、同時に日本語が始まりまして、大体一年間で今のところ漢字を五百ぐらい覚えられるということでございまして、一年たちますと電話をかけたり、自分一人で国内旅行をするということには問題ないという程度でございます。日本語の訓練と、それから研究そのものが両方うまく並行して走れるということが確かめられました。こういう方法も一つは必要であるというふうに考えております。  ただ、この日本語の問題に関連いたしまして、実は工学部の中では別の特別コースが一年おくれそできまして、これは土木関係のいわゆる社会基盤、インフラストラクチャーのコースにつきましては、逆に英語でもって講義をするというクラスをつくりました。これはどうして必要なのかと申しますと、特に東南アジアの諸国からこのインフラストラクチャー関係で外国に留学をしたいという場合に、日本に来ます場合には、従前のような方法でございますと、まず日本語を覚えなければならないということがございまして非常に大変なわけでございますが、欧米諸国に参りますれば英語でそのままいけるということがございまして、非常に短期間に研究が終わって帰ることができる。それに対しまして、日本に来る場合には非常にハンディキャップがそこでございますので、その点を考えまして、優秀な東南アジアの土木、社会基盤関係の学生をこちらに連れできますためには今のようなバリアを取る必要があるということで、これは逆にそういう意味での英語のクラスをつくったわけでございます。  しかし、それだけで済むわけではございませんで、研究が終わればやはり一般の社会に出るわけでございますから、日本語の方は土木学科の教授の奥様連中がボランティアとして、六名ないし七名の方がこの方々を教えているという状態でございまして、これも大変熱が入っておやりになっているわけでございまして、日本語はいずれの場合においてもやはり必要であるということは事実でございますが、後の例では研究、教育については英語だけでやろうという必要性、基礎の要求がありまして、それに応じてこういうクラスをつくったわけでございます。  ただここで、私ども工学という非常に先端技術に関係している分野のものにつきまして、日本語の必要性というのは実は非常に大事だというふうに考えております。これは、同じ工学関係の研究を日本でも、あるいはアメリカでもあるいはフラン又でもやりまして、結果としては同じような研究結果が出ることになるかと思いますけれども、こういうものの研究の考え方とそれのアプローチの仕方、やり方というのはやはり違うわけでございまして、結局、私どもは工学研究という非常にインターナショナルなものであるにもかかわらず、これも一つの文化のエッセンスであるというふうに考えております。つまり思想の問題でありまして、私どものやり方とアメリカやあるいはイギリス、フランスでやるやり方とは同じテーマについても違うというふうに私どもは確信をしております。それが今日の日本の先端技術を生むことになり、それが非常に評価をされ、あるいはそれにあこがれて外から来る学生に対しては、そこをわかってもらいたいというのが私どもの気持ちでございまして、それにはやはり日本語をその意味では覚えて、日本語を一つの武器として、私どもの考えでいることを理解してもらいたいというふうに考えております。  その意味で、あくまでも日本語は道具ではございますけれども、技術分野においても日本語というのはそういうことのために必要だというふうに考えております。そういう意味で、今後とも日本語を私ども工学関係のような分野でも、来る留学生に教えることについて努力をしなければいけないのでございますが、それについては二つのことが問題かと思っております。  それは一つは、先ほど川野先生のお話もございましたけれども、外人のために日本語を教えるという職業についての広く一般の日本社会でのそういう先生に対するステータスと申しますか、そういうことに対する認識が非常に低いんではなかろうか。国語あるいは言語学と、外国人のために日本語を教えるということとはやはり違うように− 私どものところでこういう新しいコースを始めまして、教えていただく先生方とお話をし、留学生の授業に出ましてつくづく思うわけでございます。そういう方をぜひ育てるということにつきましての一般の日本社会の基本的な御理解をいただくように、皆様方の御協力、御理解をいただくことが私は非常に必要なことではないかというふうに思います。例えば、ほかの国の例でございますと、フランスあたりでは飯田橋にあります日仏学院を初めといたしまして、世界各国にフランス語を教えるための公務員を派遣をしているわけでございまして、いかにそういう面で努力を払っているかということだと思います。  なお、次にもう一つ日本語の問題といたしましては、日本語の教え方につきまして、これは新しく例えばワープロを使うというようなことを含めまして、技術的な努力によって漢字それから書き方あるいはそれの発言の仕方、昔声で出すというようなことを含めてやることができます。今はそういうことが可能な時代になったと思います。幸いにして文部省からの特別な補助を得まして、この面につきましても今研究を進めておりますんですが、大体でき上がってきつつあります。こういうものを受け入れる各国の状態といたしましては、工学関係であるにかかわらず、例えばフランスやオーストリーア、スウェーデンあるいは米国の工科大学におきまして、日本に留学生を送る前に日本語の予備教育をさせるという講座を既におつくりになって向こうで努力しているという学校がたくさんございます。そういうような状態を考えますと、私どもは早く日本語をそういうよその国の大学で日本の国に来る留学生に教えるという努力をしているというところにもアシストするような技術的方法を確立して援助することが必要ではないかというふうに考えております。  それから、あと二つばかりございますが、私ども研究室で事務と教官と学生とで留学生の面倒を見てきているわけでございます。ですけれども、私どものやっていることだけではやはり不十分でございまして、学生が研究室を出れば一般の社会と接触をするわけでございますので、一般の市民の方々のボランティア、ぜひ日本に来ている留学生等を呼んで招待をし、あるいは観劇その他についてのアレンジをしたいというような御希望のある市民との交流ということにつきまして、積極的な努力をすることをしなければいけないというふうに思っておりますんですが、現在の状態ではそこまで手が回らないというのが現状でございます。  最後に、交流協定の重要性でございまして、今、私どもは大学間の交流協定というものを結んでおりまして、これが非常に、優秀な学生を私どもが受け取るためによく機能をしておりまして、先方で優秀な学生の予備選考をするということにつきましても非常によく理解をしてくれて、どなたもやってくれております。これは、先進国、それから開発途上国を含めまして、今後とも交流協定というのは必要であるし、またこれを拡大していかなければならないと思っております。これができたおかげによりまして、単位互換、こちらの学生が向こうに行った場合につきましても、単位の互換性などにつきましても非常に有効に機能しているということを申し上げまして、大学間交流協定の重要性、裏に回りました重要性というものを御認識いただきたいというふうに考えます。  最後になりますが、いろいろ私ども現場で携わっている者につきまして、非常に不十分なところが多くて、これからいろいろなものを整備していかなければいけないということについては非常に反省をし、かつ努力をしているわけでございますが、今後、こういうものを通しまして、人の接触、人の信頼関係を得ることによって、日本がある程度教育並びに学術による立国を目指すということは非常に大事なことだというふうに考えております。少なくとも、教育の現場にあります大学人といたしましては、そういうことの長期展望のもとで、この国際交流というものを受けとめたいというふうに考えております。  ありがとうございました。

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) どうもありがとうございました。  次に、古川参考人にお願いいたします。

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) 早稲田大学の古川でございます。  今、お二人の先生方がほとんど重要なことをお話しになりましたので、私はできるだけ重複を避けて——場合によっては重複もいたしますが、それは重要だと思う点は重複もやむを得ないと思いますが、できるだけ重複を避けるように申し上げたいと思います。  私が呼ばれましたのは、実は私は私立大学でございますから、私立大学の立場というものをあるいは加味してしゃべれということなのかもしれませんけれども、本質的には、これはもう国立も私立も差別のないことでございます。留学生を受け入れる基本的な理念と申しますか、その問題が、この二十一世紀への提言の中にも最初のところにその問題が触れられておりますけれども、ごく大ざっぱに言いますと、特に強調されておりますのは、開発途上国に対する教育援助、特に人材養成という手段による教育援助ということが一番大きく考えられている。それからもう一つは、それによって——これは今度はこちら側の願望になるわけでございますけれども、多くの国々にいわば日本のことに理解のある知日派と申しますか、そういう者が育ってくれるということ、それが一番前面に出ている目標といいますか、のように受け取られるわけでございます。  しかし、もう少し翻って考えてみますと、大学というものは本来、歴史的に考えれば国際的なもので、学問にはもちろん国境はございませんし、大学も、ヨーロッパの発生の歴史を見ると、もともと国際的なもの。方々の国から集まってきた学生が国ごとにギルドをつくって、それが中世の大学のいわば出発点になっているわけで、そういう意味では、外国の学生とか自国の学生とかということは、本質的に、大学の歴史の上からは、むしろ改めて言うのもおかしいような問題になっているわけです。  ところが、日本の大学制度というのは、御承知のように、明治の初めに大学令というものができまして大学制度がつくられたわけでございますけれども、そのときにもちろんヨーロッパの大学に範をとって制度をつくった。ところが、当時のヨーロッパというのは、御承知のようにナショナリズムの最も強い時代で、非常に長い、中世以来の伝統のある大学といえども、やはりそういう国家目的にある程度組み入れられざるを得ない、そういう状態の中にヨーロッパの大学があったわけで、その制度を日本に取り入れてきた、制度といいますか、その考え方を。明治の初めに大学がつくられたときは、まさに先進諸国に追いつけ、追い越せという目標で、専ら富国強兵、はっきり申し上げますと、そういう目的のために大学がつくられてきた。したがって、あくまで自国の優秀な人材の養成ということが前面に出ていて、歴史的な大学の本来の国際性というものは忘れられていたという歴史があると思います。近年になってそれに対する反省が起こり、大学の中でも大学の国際化ということがさまざまな場で議論されるようになり、だんだん門戸が開かれてきたというのが現状であると思います。  大学というものは教育の機関でもありますが、同時に研究の機関でもあるわけで、絶えず進歩を目指しているわけです。進歩というものは、やはり多様なものの相互作用から生まれるものであって、例えばある数種類の限られた分野の偏差値だけで選ばれた人間が集まっていて、そこに多様性がない、つまりホモジニアスな学生団から本当の意味の進歩が生まれるかということは非常に疑問があるわけで、それぞれ違ったバックグラウンドを持った人間が集まってくる、つまり学生団の構成そのものがヘテロジーナスになっている、そういう多様な学生がいるということが実は進歩の最も大きな原動力であろう、少なくとも我々大学にいる人間はそういう考えを持っているわけです。そういう意味で、留学生を受け入れるということは大学自体の進歩、そして先ほど舟久保先生も触れられましたけれども、そこに学ぶ日本人の学生に対しても非常に大きなインパクトを与えるという意味で、これは人材養成とかいうようなものよりも実はもっともっと大きな、日本の国というものにとっては、長い目で見た場合には非常に大きなメリットであろう。その点が実はこの提言のところに余り強く触れられておりませんでしたので、これはどうしても最初に一言申し上げておいた方がいいんじゃないかという気がして今申し上げたわけです。  その次に、これは最初に川野先生も触れられたことでございますけれども、留学生が日本に来る場合に彼らが何を求めて来るのか、要するにニーズと、それから大学が与え得るもの、大学の実情というものとの間に現実には食い違いがある。これはある意味ではやむを得ないことでございます。日本の大学制度は大学制度で一つの理念の上につくられているわけで、ところが、特に東南アジア地方のいわゆる発展途上国から来る学生の志向しているものは、どちらかといえばいわゆる実学と申しますか、エンジニアリングあるいはビジネスといったような実学の志向が非常に強いわけです。しかも、その実学というものも、例えば先端技術のでき上がったところを手っ取り早く学びたい、つまり、それを右から左に実際に使いたい、そういう意味での実学、先ほど舟久保先生が触れられたような基礎的なあるいは開発的な研究、それを目指す者ももちろんおりますけれども、それより多いのは、やはりでき上がったものを手っ取り早く受け取りたい、そういう志向を持つ学生が非常に多い。ところが日本の大学は、専ら、今の技術の面で申しますと、そういう基礎研究あるいは開発研究に中心がありまして、でき上がったものは、それはもう企業の問題になってしまう。だから、そういうものを目指してきた者は必ずしも大学で十分に対応ができない。場合によってはそういうものは専修学校のようなものの方がより対応がしやすいという面があるわけです。ところがもう一方、日本に来てデグリーを取りたい、学位を取りたいというもう一つの志向があります。実学をやって学位を取りたいと、これに対しては非常に現状では対応が難しいというのが実態なんです。これは、大学というものはやっぱりそれぞれ国により歴史が長いわけですから、例えばアメリカのような国を見ますと、アメリカの場合には大学に物すごくたくさん種類があります。いわゆるアカデミックな意味でヨーロッパの大学と肩を並べるような、例えばプリンストンであるとか、ハーバードであるとか、シカゴであるとか、そういう大学もあります。それからある種の大学では、そういう今申し上げたような実学を専ら中心としている、そういう大学もあります。しかも、それでやはりデグリーが出る。非常に極端な例を申しますと、例えばダンシングでもドクターが出せる。あるいはこれはニューオリンズの大学にあるんですけれども、デパートメント・オブ・モーチュアリー・サービシーズというのがあります。日本語共訳しますと葬儀学科と訳される学科ですが、そこでもドクターを出している。つまり、アメリカにはそういう実学的なものでもドクターが出せる、そういう教育制度ができているわけです。日本でそうなっていない。その辺のギャップがどうしても対応に困る非常に大きな問題。しかし、これは日本の大学を右から左に変えられるものでもありませんし、それから日本の大学自体を変える必要があるかどうかというのは、これはまた別の問題になります。  ですから、問題は日本の大学がこうなんだぞということを日本に留学したいと思う学生に十分事前に知らせておく。そうでないと、来てから失望するということが起こってまいります。その実情、つまり海外において日本の教育の実情というものを十分に知らせる、PRするということの必要性、これが実は非常に大きな問題であろうということ。  それに関連してまた後でちょっと申し上げたいと思いますけれども、もう一つ今の実学という問題に関連して申し上げますと、特に芸術関係、日本の場合は芸術大学というのは、音楽系統とそれから美術とはございますけれども、それ以外の芸術、例えば舞台芸術にしても、あるいは踊りにしても、あるいは陶芸にしても、芸術関係というものはほとんどもう大学というカテゴリーでは教えられていない。ところがアメリカの大学なんかですと、どこの大学へ行ってもアートのデパートメントに必ずポッタリー、陶芸というものがございますね。ところが、そういうもので日本に来たいという学生が割合案外多いんです。多いにもかかわらず、そういうものは大学というカテゴリーでは受け入れられない。今の制度ですと、結局、今の日本の実情からしますと、どこかに個人的に弟子入りするよりないわけですけれども、そういう留学生をちょっと留学生という制度の上では受け入れられないと、そういう意味でのギャップもございます。とにかくそういうギャップがあるということを申し上げておきたいと思います。  それから、先ほど川野先生も触れられたわけですけれども、非常に欧米の諸国に比べて日本に来る留学生の数が少ない。この二十一世紀への提言の中でも、現在の約十倍にしたい、二十一世紀には十万人にしたいと。そのうち一方が国費で九万が私費というような提言がなされているわけなんです。国費の場合には、それは日本でお金を出せばある程度来ると思いますけれども、問題は私費で、私費の留学生がそれだけ日本に来るというためには、それだけ日本の大学、あるいはもっと広く言えば日本そのものに魅力がなければならないわけで、魅力がないわけではないと思うんです。ないわけではないと思うんですが、それがやはり十分に知らされていないというところにあると思います。例えば、パリの屋根裏で暮らしても何とかパリで勉強したいという日本人の学生がいかに多いか、これは御案内のとおりだと思います。ところが、日本に来てそういう暮らしをしてでも日本で勉強したいという学生がどれだけいるかということになりますと、非常に寂しい感じがするわけであります。それは現代の日本に魅力がないわけではないんで、それが十分知らされていない。現代の日本のあるがままの文化というものを海外にもっと紹介する必要がある。日本の文化の紹介というものは、えてして歌舞伎であるとかあるいは能であるとか、そういう非常に特殊なものの紹介だけになっている。それももちろん日本文化の一環としては結構なんですけれども、それだけが日本だと思われては困るわけで、あるいは先進技術によってつくられた工業製品、物だけが紹介されてしまう。そうじゃなくて、そういうものがつくり出されるその基盤になる現代の日本の文化というものの実情がもっともっと紹介されないことには魅力のある留学先にはならないであろう、そのための努力が残念ながらまだ非常に足りないんではないかという気がいたします。  それから、これもそれと連なることですけれども、先ほどからもお話がありました日本語教育の問題ですけれども、そういう意味でも海外における日本語教育ということはもっともっと力を入れる必要がある。それが単に日本語教育という言葉の教育だけではなくて、日本語教育に当たる方が同時に日本の文化についての深い知識を持って、日本語を教えながら同時に現代日本というものに対する理解を相手に与えていく。そういう、つまり単なる日本語だけでなくて、もっと広い意味で言う日本学と申しますか、そういうことができるような、そういう人材をどんどん海外に送るということが非常に必要なことではないか。先ほどフランス政府のことに舟久保先生触れられましたけれども、フランス政府が海外に送っているそういう教員は現在約三万人ぐらいあるんですね、全世界で。大変膨大な数です。それを考えますと、そういう意味での我々の努力というのは非常に足りないわけで、これを何とかしない限りどうにもならない。  もちろん外務省でもあるいは交流基金とかさまざまな形で、日本文化あるいはそういう現代日本の紹介というものがいろいろな形で行われております。それは知らないわけではありませんけれども、しかしそれではまだまだ規模的にいってとても足りない。  例えば、現代の日本の大学の実情を知らせるために大学のいわゆるパンフレットと申しますか大学の紹介、各大学でつくっております。そういうものを海外に送っても、日本語で書かれたものを送ったんでは現状では使えない。やっぱりそれの英語版をつくらなければならない。そうしますと、これはすべての大学とは言わないまでも、重立った大学の英語版をつくるだけでも大変な仕事ですし、ところがそういう日本語教育が海外で十分に普及すれば、日本の大学の実情を知らせるそういうパンフレットも日本語のもので十分用が足りるということにもなるわけです。  そういう点からいってもやはり日本語教育というものは非常に重要になるわけです。ところが先ほどこれも舟久保先生が触れられましたけれども、そういう日本語教師の養成機関がほとんどない。つまり外国語としての日本語教育ということでマスターが取れるのは、現在東京外語大学、それから大阪外語大学、それから筑波大学ももちろんそうですが、それから私どもの方でも今やっておりますけれども、数えるほどしかない。ところが、ドクターが取れるのは筑波大学だけで、ほかには現代日本語教育ということでドクターまで取れるという大学はないわけです。しかし、特に海外、特に発展途上国における教員というのは、ドクターを持っているか持っていないかということは大変な違いなんで、どうしてもドクターを持った日本語教員というものがもっと養成されなければならない。そのための養成機関がまずないということが非常に大きな問題だと思います。  これもアメリカの例を申し上げますけれども、アメリカで外国語としての英語教育−ティーチング・イングリッシュ・アズ・ア・セカンド・ランゲージ、第二語学としてのと言っておりますけれども、つまり母国語以外の話学−セカンド・ランゲージ−TESL、このTESLの計画というのは非常に多くの大学で持っておりまして、それでドクターが取れる大学も随分たくさんあります。これだけ英語が普及していながら、なおかつそういうことをやっているわけで、それと比べますと日本の場合は、まだ足りないところがかなりあるのではないか。そして、そういう日本語教員の社会的なステータスというものが実は非常に不安定である。これは日本の実は社会構造全般になるわけですけれども、どこかの大学なら大学に籍を置いた人が海外へ教えに行くという場合に、その大学が休暇を与えて教えに行くというのはせいぜい長くて二年、まあ大体一年ぐらいしか出られないわけです。ところが、それ以上長くなりますと、結局退職して出ていくということになって、帰ってきた場合に果たしてどういうポストがあるか、これはもう非常に不安定なもので、いわば根なし草のようなもの。そうしますと、海外へ出ている人は全くの根なし草で、あっちへ行ったりこっちへ行ったりというようなことになりかねない。そういう意味での日本語教師のステータスの不安定さというもの。そういう形では先ほど申し上げたように、単なる言葉だけではなくて、もっと広い日本文化も教えられる人を確保するということは非常に難しいことになると思います。これはどういう方法があるかということはいろいろ考えられると思いますけれども、具体的なことには触れずに、専ら基本的な、ある意味では抽象的になりますけれども、申し上げているわけです。  それから、寮のことは、これももう非常に大事なことで、寮といいますか、宿舎といいますか、言うまでもないことなんで、特に最近文部省の御努力によって国立大学ではかなりあちらこちらに留学生のための寮をつくられまして、しかし、これも本当は理想的に申しますと、その寮は留学生だけを入れるのではなくて、半分ぐらいは日本人の学生を入れる、つまり、同じ寮で日本人の学生と留学生が一緒に暮らすということが非常に重要なことであり、非常に意味のあることである。たとえばパリにあるシテ・ユニベルシテール——大学都市と申しますか、あそこに日本館であるとかイギリス館であるとか、いろいろございますけれども、そういうところも半分はよその者を入れなければならないというような形に今なっているわけです。ところが、現在できている学生寮は、現在来ている留学生を全部収容するだけのキャパシティーがありませんから、したがってとても日本人は入れられないというのが実情で、そういう意味ではもっともっと拡充が必要であると。ところで私、私立大学ですから申し上げるわけですが、私立大学の場合はほとんどそういう意味では寮は持っておりません。これは財政的な問題その他がございまして、ちょっとそこまで手が回りかねるというのが実情で、そういう意味では私立大学に来ている学生諸君は、かなりハンディキャップを負わされているという面もあるわけでございます。  それから、日本語の問題、先ほどもちょっと触れましたけれども、現実に私どもの大学の場合は、日本語の専任の先生を何人か抱えて授業をやっておりますけれども、やはりそれだけでは足りないわけで、実際には学生が、同級生なりあるいは全く同じ学部ではなく別の学部でもそうですが、学生が外国人の日本語の勉強に非常に協力している。私どもの大学で申しますと、虹の会と称する学生の有志の会がありまして、彼らは留学生の日本語の援助をするということで、全くの無報酬で、ボランティアの形で、いろんな形で手伝いをしている。そういうボランティアに支えられている面がまだまだ非常にたくさんある。これは日本語の学習だけではございませんで、これも先ほども舟久保先生が触れられましたけれども、受け入れの場合の世話業務、これは近年これも文部省の御努力で方々の国立大学に留学生主幹というような職務が設けられて、留学生のことを専門に扱う事務官の方もだんだんふえてきたわけですけれども、まだそういうもののない大学もあります。そういうところは、結局学生部の職員が扱っているわけで、いずれにしても、そういう方々が実は本来の自分の与えられた仕事だけでは済まない かなり今の下宿探しみたいなことまで全部やらなきゃならない。手弁当で、ボランティア的な形で仕事をしなければならないという面がございまして、しかも留学生というものと相当長くつき合って、なじみになって、彼らに親身になるためには相当の期間が必要なわけです。ですから、中には非常に留学生の問題に熱心で、自分の昇進ということは捨ててしまって、私は最後まで、やめるまで別に出世しなくてもいいからこの仕事をやるんだと、そういう気持ちでやっておられる方も何人か存じ上げているわけで、そういうかなりの自発的なボランティアによって支えられている面がたくさんある。これはやはり今後の問題として考えるべき問題であろうと思います。  そういうボランティアの方々の私的な集まりですけれども、日本留学生問題研究会−通称JAFSAと称しておりますけれども、そういう集まりがあるわけですが、これは実は二十年ほど前に発足したものでして、これはアメリカにNAFSA、ナショナル・アソシエーション・オブ・フォーリン・スチューデント・アフェアーズというのがございまして、これは一九四八年に三十数名の有志が集まって発足したものです。アメリカも戦後急激にやはり留学生がふえてきて、特に中南米の留学生が非常に多かったということで、最初のころはスペイン語の先生が同時に留学生のそういう面倒を見る、フォーリン・スチューデント・アドバイザーという仕事をしておられたわけですが、そういう有志が集まって、そんなことではしようがないから全国的にいろいろ組織をつくって、お互いに切磋琢磨して留学生問題をもっと深めていこうということで、有志が集まってつくりましたのがいま申し上げた一九四八年、三十数名だったと思います。それが現在では個人会員が約四千名、それから機関——機関というのは主として大学その他の団体ですが、機開会員が約千五百ですか、そのくらいの組織になって、非常に大きな組織で活発な活動をしております。その結果、多くの大学にそういうフォーリン・スチューデント・オフィスにはそれを専門のフォーリン・スチューデント・アドバイザー、大体心理学その他のドクターを持った人がやっている場合が多いわけですけれども、そういう組織が非常に確立されている。残念ながら日本の留学生問題協議会、通称JAFSAと申しますのは、まだ現在では百五十名ぐらいの会員で、それから団体加入も三十ぐらいしかございませんけれども、実はこの委員の中のお一人の林元東大学長も、東大の学長のころにはJAFSAの会長を何年間がお願いしていたことがあるわけで、十分御承知のことだと思いますけれども、そういう結局これもボランティアの集まり、ですからまだ任意団体で財団法人になっていないわけですけれども、そういう人々の努力によって支えられている面が非常にある。こういうものを何らかの形でもう少し組織化して、強いものにしていくということは必要ではないかということを考えるわけです。  それから一般の社会の受け入れ云々ということが言われましたけれども、これはやはり非常に難しい問題でして、日本の社会ばかりじゃございませんで、ヨーロッパの社会も同じだと思いますけれども、古い歴史と伝統のある社会というのは非常に文化のきめが細かくなっております。現在日本で横行している議論というのは、どっちかというとアメリカ式の議論が多いんで、アメリカの社会というのは、御承知のようにさまざまな文化の背景を持った人間が集まった社会ですから、それぞれの文化を主張していたんでは成り立たなくなってしまう。だから非常に大まかな共通項で割り切ってしまう、大きな単純な尺度で割り切ってしまう、その中で暮らしている。クラックホーンという有名な人類学者がおりますけれども、彼の書いているものの中にこういうことがあります。イギリス人に対して、お前は何色が好きかという質問をすると、そんなのはナンセンスだと答える。アメリカ人にはそれはごく当たり前の質問なんだと。イギリス人の場合は、お前はカーテンとしては何色が好きかと、ネクタイとしては何色が好きかと、そういう聞き方をしなければイギリス人には通じないんだと。つまり、そこまでいわば文化のきめが細かくなっている、アメリカのようなところは共通項でやってしまっていると。日本の場合、やはり前者に近いわけで、非常にきめの細かいところがあるんで、なかなかこれは簡単にいくものではないであろうというふうに思います。  それから、もう一言だけつけ加えますが、工学の場合でも日本語による教育が重要なんだということを舟久保先生が言われたけれども、これは全く同感でして、やっぱり我々物を考えるのは日本語で物を考える。ですから、少なくとも基礎研究あるいは開発研究、そういう基本的な問題の場合はエンジニアリングであろうと何であろうと日本で勉強する以上、日本人の教師が教える以上はやっぱり日本語でないとだめである。英語でやればいいじゃないかという声が実は業界などでよく聞かれるわけです。それは、先ほど申し上げた先端技術のでき上がったところだけを学ぶ、そういう意味でならいいわけで、それはつまり本当の意味でいう技術者ではなくて、いわば中級技能者という言葉によって表現したらいいと思うんですけれども、技術者養成なら英語でもフランス語でも結構だと思います。しかし、最も基本的な研究者養成というのは日本語でなければだめだということをこの際強く申し上げておきたいと思います。  一応あとまた御質問に応じてお答えしたいと思います。

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) どうもありがとうございました。  次に、リムビプーワッド参考人にお願いいたします。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) 私は、今紹介されましたタイから留学しておりますポンチャイ・リムビプーワッドと申します。  私は、一九六七年、昭和四十二年でしょうかに私費留学生として来日し、語学の習得に一年間、大学生活四年後、日本企業での研修を経て帰国いたしました。後にバンコクにあります泰日経済技術振興協会で五年ほど両国間の関係の仕事に携わってまいりました。その後再び留学を志し、一九七八年から国費留学生として日本の大学へUターンしてまいりました。現在は家族そろっての留学生活を送っております。  先日、大学当局より参議院文教委員会から日本における留学生受け入れの在り方について参考人として留学生の意見を拝聴したいという趣旨で引き受けいただきたいとの要請がありました。私はただいま学位論文の仕上げの最中で、時間的にも精神的にもゆとりのない時期ではありますが、また、役不足でもあることは承知の上、後輩のためにもと考えて出席させていただきました。  まず最初に、先ほど川野先生、古川先生からお話がありました「二十一世紀への留学生政策に関する提言」を拝聴させていただきましたので、それについて少し触れさせていただきたいと思います。  この政策に関する提言は全く私たち留学生にとっても同感するところであり、また、私自身も常日ごろ多かれ少なかれ悩んでいる点でもあります。さらに提言の中で「現状と問題点」の把握が非常に的確になされている点に対し正直言って感心いたしました。また、それに基づく二十一世紀留学生十万人受け入れという前提のもとでの政策の基本方向及び当面の施策も真に推進、実施に移していただけるならば、戦術レベルでの具体策を別にしまして留学生にとってこの上ない幸せなことと確信いたします。同時に留学生の理想とするところでもあります。  さて私は、冒頭で申し上げましたように、二度にわたり私費留学生及び国費留学生という体験を通しまして、つまり現在留学生の大部分を占めている私費留学生は、学習上、生活上、国費留学生のような手厚い施策がいまなお余りなされていないように思います。このことは今後日本の留学生政策を考える上で重要な点だと認識しております。なぜならば、日本にとって国費留学生も私費留学生も留学生には変わりがないわけです。  そもそも留学生は、特にアジアから来た留学生、つまり、例えば私の場合でもそうなんですけれども、そういう場合のそれぞれが、日本の科学技術の進歩とそれを基礎とした経済発展を最も大きな誘因として留学してまいりますわけで、そして帰国後、日本で学び取った技術や経験をそれぞれ自国の発展、繁栄のために少なからず役立たせたいという目標を持って日本で勉学を続けておるわけです。日本の方々が留学生の役割というものをどのように認識しておるかは定かではありませんが、私は、留学生は本来異文化、クロス・カルチャーの相互理解の橋渡しをする存在だと思っております。このことからもおわかりのように、留学生政策は国費、私費を区別しないで、もっと留学生を留学生の本質的な部分でとらえ、位置づけ、対応していくところに本当の留学生受け入れの効果が上げられるのではないかと思います。  例えば具体的に申し上げますと、日本留学を志す者に対し、それぞれの国において日本留学のための手引き書の発行、これも先ほど古川先生からも触れられましたんですけれども、そのほかに留学実現のためのプロセスの紹介、日本語教育機関の紹介、日本国内の専門学校、短大、大学、大学院などの高等教育機関の紹介などなど諸関連のインフォメーションが得られ、相談に乗ってもらえるような機能を充実していただけるなら日本への留学が私たちにとってより効果的なものになると思います。  さらに、来日に当たっての保証人探しの問題や来日後の宿舎探し、進学の相談、勉学上の相談、資金面の相談、健康並びに生活面での相談など留学生が日々直面する問題を親身に受けとめ、気軽に応じてくれる総合的な機能を持ったセンターとでも言いましょうか、そういうようなものがあれば留学生は安心して本来の勉学、研究に打ち込め、有意義な留学生生活を過ごすことができると思います。これは決して日本人の考え方で押しつけるようなセンターのあり方ではなく、あくまでも日本人の世話を含むセンターの役割として留学生のニーズや日々の問題は在日留学生先輩を含めた留学生自身の手によって自主的に解決を図り、運営されていけるような施設が望ましいと私は考えます。  以上、特に留学生政策をより具体的に効果的なものにしていただくための一つのポイントとして挙げましたが、さらにもう一つは別の側面から触れたいと思います。  既に、これまで一部各先生方も触れられましたが、私自身もまた重複して触れる可能性もあるかもしれませんが、取りまとめて申し上げますと、私が留学生として通算十年間日本で生活した中で一番切実な問題として受けとめていることは、留学生を受け入れる根本精神であります。日本人はいろいろな物事に対して意識が高い国民性を持っていると思いますが、外国人のことになるとどうも多少違うように思えます。日本におりますと、外国人としての存在を強く自覚させられることが往々にしてあります。法律や諸制度に見られる外国人と日本人の区別、これだけ国内において国際化、国際性云々と問われている中で、不思議なことに日本人の外国人に対する意識は以前と余り大きく変わっていないような気がします。外国人は日本人と同等な人間としてみなされ、扱われないことが多いことを痛感します。我々が留学するということは、日本での生活、文化の上に成り立つものであり、日本人社会の中に身を投じて、できない日本語をマスターしながら修めたい学術や専門の研究に打ち込み、心身ともに磨かれ、母国の発展基盤となれるように日夜努力を続けなければならないのです。そういうときこそ私たちとして一番必要なものは、留学生だからといって身構えたりせず、心から受け入れてくれる人間としての温かさであります。たとえ日当りの悪い一間のアパートに住むにしても、アジア人とか発展途上国の留学生とかという意識を捨て、理解を持って接してくれるような日本人社会であるならば、たとえどんな労苦を伴う留学生生活であっても、重い精神的な負担は取り除かれ、より充実した留学生生活が送れることはあえて申すまでもないことでしょう。  結論としましては、勉学を志す者は国境があってはなりません。互いに心の開かれた環境をはぐくむ中でこそ本来の勉学、研究の持つ国際性が育つものであり、これは今後の日本の留学生受け入れの理念として最も重要視しなければならない点と考えられます。また、こうしたことを含め、日本の皆様が留学生に対する理解を深め、温かく見守ってくだされば、行政上の留学生政策の改善と相まって、より一層の効果を上げられるものと信じております。政府で一気に解決できない部分を国民的次元の協力で補完することも当面の打開策として考えられるのではないかと思います。留学生の問題の改善は行政上だけを取り上げても、文部省、外務省のみでは解決のできないものと聞いておりますし、また私も認識しております。どうぞ関係省庁が一丸となってこの問題に前向きに取り組んでくださいますことを心からお願いいたします。  最後になりましたが、私個人の体験を通じまして、今まで言わんとする、心から受け入れてくれる人間としての温かさについて具体的に申し上げますと、長年日本で勉学して得た高度な学識は得るべくして得たものでありまして、これにも増して親兄弟のように親身になって私を支えてくれた多くの日本の方々にめぐり会ったことであります。異国の地で病気をしたときの不安な私をいっときも離れずに看病してくれた方々もあり、生活上のことにおいても何かにつけ心配し、援助していただいているこれらのことは今なお私の心の中に日々燃え続けております。間もなく留学生生活を終え、帰国することになりますが、私は帰国しても、日本で学んだ、明治維新時代の日本留学生の精神以上に国の発展のために一生を尽くす覚悟でおります。どうか国会の先生の方々も二十一世紀とおっしゃらず、今すぐにでも改善に力を注いでいただけたらと思います。  留学生の受け入れは留学生の国のためだけでなく、日本自身のためにもなることを願っております。それゆえより一層の御理解、御協力、御指導を賜るよう心からお願いいたします。  まとまった意見ではございませんが、一応ここで終わらせていただきます。ありがとうございました。

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) どうもありがとうございました。  次に、ヘンドリクソン参考人にお願いいたします。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) デヴィッド・ヘンドリクソンと申します。  私は三年前に日本語を勉強しにアメリカからやってまいりました。小さいころから言語に興味があって、日本人の友人、知人とのつき合いもあったことから日本に関心を持つようになったのです。言葉というのは人間の心理と習慣などと深い関係があるので、文法のことにどんなに詳しくても、その心理や習慣がわからないと上手にならないと信じて来日しました。来日してからの三年間の経験は実によかったと思います。日本語、日本事情の能力については大分進歩してきましたし、一生忘れられないおもしろいことだと思います。ですから、これから日本に来る留学生がもっと役に立つ勉強ができるように、きょうここで話させていただくのはまことにありがたいと思います。  勉強の立場から見ますと、私は留学生として代表的かもしれませんが、私費の留学生としては代表的にはならないかもしれません。というのは私が知っている限り、私費の留学生の多くは台湾や韓国の東洋の国から来ているからです。私の経験はそういう留学生の経験と違うだろうと思いましたので、台湾人や韓国人、イギリス人、アメリカ人などの意見や経験も聞いてきました。これらの学生たちには共通的な意見が見られました。今日、そのことを話したいと思います。  さて、留学生というのは何でしょうか。外国から来て勉強する学生、あるいは言いかえればお客さんです。私の母国アメリカでは、友人の家へ行ったら、その友人はお客さんに何が飲みたいかと尋ねる習慣がありますが、よく何だっていいやと言いたくなるほどくどく聞くこともあります。一方、日本では何も言わずにコーヒーをぽんと出す人が少なくないようです。結局、日本ではそのようなくだらない飲み物のことだったらどうだっていいから招いた人に任せようと思う人が多いのでしょうか。  これと同じようなことが日本の大学に見られます。どういうふうにかといいますと、大学に入学したい学生たちが、各大学の悪い面もいい面も知らずに入学試験を受けて入ります。欧米の国では、それはあり得ないことです。一般の学生がさまざまな大学の詳しい情報を読んでから大学を選んで入ります。これは結局、単なる文化の違いかもしれませんが、息苦しいことです。  第二番目は、留学生を受け入れる大学のことについて述べます。  日本には留学生を入らせてくださる大学が少ないようです。留学生が大勢集まっている大学が数校あると同時に、留学生がいるとしても、一人二人しかいない大学の方が多いです。留学生の数が多ければ、受け入れ体制も整備され、結局、留学生にとっても、文部省にとっても楽なのではないでしょうか。例えば、化学を研究している留学生にとっては、筑波大学は周辺に研究所が多いし、設備も整っている大学ですから、最適な大学だと思われます。けれども、日本の宗教や文化を勉強している留学生の場合ですと、二つの不平がよく聞こえます。  一つは、大阪外国語大学や筑波大学のような外国人留学生が大勢集まっている大学では、みそ汁の味がありません。すなわち、留学生と日本人学生との交流は量が少ないのです。私自身は運がよくて、地元の、学生ではない友達が幾人もいますが、日本人の友達が一人二人いる留学生が多いようです。日本人の友達が一人もいない留学生の知り合いが大勢います。ずっと日本で日本語などを勉強しても、日本の本当の姿を一度も見たこともない留学生が多いのは悲劇的なことだと思います。みそ汁の味がある大学をふやしてください。  あとの一つは、日本語の勉強の進め方なのです。筑波大学では、初歩の授業では西洋人と東洋人が一緒に同時に勉強するわけですが、漢字がよく読めない西洋人にとって大変難しいことなのです。中級や上級の授業では、西洋人ももう漢字が読めるようになったはずですから一緒に勉強しても構わないはずです。ただ、初歩の授業では、西洋人と、漢字が読める東洋人を別々にしておいた方がいいと思います。といっても、外国人に日本語を教える資格を持っている先生が少な過ぎる現在、それが難しいかもしれません。日本語の先生の資格を持っている先生がふえていますので、時間とお金の問題になるでしょうが、とりあえず、いい先生が足りないのです。筑波大学には留学生が約四百二十名いますが、日本語の専任の先生は四人です。先生をふやしたら、もっと充実した日本語の教育ができるようになったら、その結果によって留学生の勉強や生活が楽になるし、日本人との誤解も少なくなるので、かなり役に立つと私は思います。  ここで話を変えますが、今まであれこれ悪い面を言ってきましたけれども、決して日本に留学すればだめだと言いたいわけではありません。私自身の経験がさっき言ったように、非常によかったと思います。日本に留学して、アメリカでなかなかできない勉強ができました上、うんとおもしろい三年間を過ごしてきました。アメリカの中部で日本語を勉強した私にとって、日本では、どこの小さな本屋さんでも本の宝にあふれているのを見るのは驚きです。日本人の考え方や価値観などが大変違いますので、日本に来て、私にとって、まるで別の世界をちょっとでものぞくことができて、まさにうれしいのです。だからこそ、あれこれが悪いと言ってきましたが、ほかの留学生も、いい経験があってほしいです。  留学生の中で、まじめな優秀な学生がいますので、各大学が留学生の入っている研究科などに対しての意見を聞いてくだされば、大変いい結果が出てくると思います。もちろん、大学は学生の居所がわからないようにしておかないといけないのですが、授業などを評価できるようになったら、学生だけではなく、各大学も利益になるのではないかと思います。今、学生の意見を聞いてくださる先生がいることはいるんですが、少な過ぎると思います。  最後に、私費学生のある問題に触れたいと思います。  一口で言えば、その問題はお金です。欧米の国と比べると、日本に留学している学生が随分少ないのです。それは結局、お金と言葉の問題だと思います。奨学金をもらう学生の数をふやさないと、留学生の数はふえないだろうと思います。もう日本にいる留学生はお金で困っている留学生が多くいます。ある台湾人の友達は、大学の旅行以外、二年半で東京しか行っていなかったそうです。お金で困って自分の部屋に閉じこもれば留学にならないと思います。そういう人は、帰国したら日本に対しての意見や態度がかなり変わっているものではないかと思います。その上、私費留学生の場合に、国費学生と比較したら、研究生として大学に入るのは結構難しいことです。あるアメリカ人の知り合いは、入る前にほとんど一年待たされたそうです。こういうことに遭う学生は日本に留学する興味がなくなるでしょう。  きょう、随分ずうずうしいことを言いましたが、申しわけございません。また、きょうの機会はありがとうございました。

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) どうもありがとうございました。  以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。  これより質疑を行います。なお参考人の各位に申し上げます。  各委員の質疑時間が限られておりますので、恐れ入りますがお答えは簡潔にお願いいたします。  それでは、質疑のある方は順次御発言を願います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 最初に、川野参考人にお伺いをいたします。  今、留学生のお二人からこの「二十一世紀への留学生政策に関する提言」は自分たちが思っていること、経験してきたことをほとんどもう網羅をしているというお話がございました。私もこれを拝見しながら、この提言を受けて今回の予算が決められた。ちょっとその予算を見てみますと、国費留学生の数がどうも百三十五人ほどふえているように思いますが、二十一世紀中に十万人、国費一万人というには非常に、百年たって、年間百人ずつふやしていけば一万人になるかもしれませんけれども、少ないように思うんですね。国費の問題もありますけれども、これは国会レベルの問題として。  今度、民間奨学団体で随分奨学生をふやしていくということが行われなければならないと思うのですが、そういうことについて具体的にどのような働きかけをされますか。ただ税制上の優遇措置の改善だけでやれるというふうにお考えでしょうか。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) 提言に対する評価をいただきましてまず感謝いたしたいと思います。  それから、私費留学生の受け入れの増ということにつきましては、先ほど留学生の方からも奨学金の必要ということを強調されましたが、この点につきまして、私どもの方でもそういう奨学金の財源調達ということで努力いたしておりますが、それをいろいろな機会に強調し認識置きいただくということに今努力をいたしております。  それからもう一つ、政策的には先ほど申し上げましたように、民間の企業等でも自分たちのところで財団を場合によってはつくってもよろしいという動きがありますが、その場合に、先ほど申し上げましたように、財団をつくるためのもとの金ですね。五千万とか一億というものにつきまして

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) 御意見のとおりでございまして、きょうはそういう機会の一つと思って私も大いに張り切って申し上げたんですが、ジャーナリズムでも、そういうふうなこと等についての一般的な啓蒙があれば、そしてそれが一つでも実現しますれば、恐らくそれに続くのは相当あると思います。大都市近郊におきましては特にそうでございます。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 舟久保参考人にお伺いいたしますけれども、東大は随分大勢の留学生を集めていらっしゃるようですけれども、この提言の中にも共通一次試験を課している大学があるということを指摘しているわけですね。東大ではなさっていらっしゃらないんでしょうか。  また、非常に優秀な生徒が集まってくると、こうおっしゃっておられますけれども、共通一次は日本の中でも大変問題があって、評判の悪い、問題のある試験制度なんですけれども、いかがですか、この点については。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) ただいま御質問の点につきまして、私は外国人の学部の入学選考につきましては余りよく知らないものですから正確なお答えはできませんけれども、少なくとも外国人、共通一次からのものを東京大学は受けているわけです。それと二次がございますんですが、非常に難しい、外国人学生には。したがって、先ほど少し御説明申し上げましたように、そういう外国人の学部を受けたい学生のために、特別な選考試験方法についてかなり審議が煮詰まってきている段階だというふうに聞いております。それでなければ今御指摘のように一般学生と同じ試験を受けるのは非常に難しいということを、先ほども実は申し上げたわけでございます。  それで答えになっておりますでしょうか。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 はい。  それで、先ほどヘンドリクソンさんが大勢集まっているところはみそ汁の味がしない、こういうふうにおっしゃったわけですけれども、東大ではそのみそ汁の味がするような何か対策などということは特別お考えにならなくても大丈夫だというふうに思っていらっしゃいますか。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 私どものところは人数が多うございますが、本来の学生数が非常に多うございまして、大学そのものの規模が非常に大きいものでございますから、それが各学部学科に分かれますので、何と申しますか、密度の点で非常に濃い、一カ所に固まっているというわけではございませんので、それほど問題はないというふうに判断をしております。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 古川参考人にお伺いをいたしますけれども、この堤言の民間奨学団体の概要の中で、国際基督教大学等、大体十の大学が百三十人に奨学金等を支給になっております。「等」ですから奨学金だけではないというふうに思いますけれども、日本の大学の中で私学の占める位置というのは非常に大きいと思うんですけれども、ここのところが十ぐらいで終わっているというのは何かちょっと問題があるのでしょうか。どうしたらふやすことができるのでしょう。

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) これは結局、端的に申し上げれば、私立大学というものの財政基盤の問題に帰着するわけです。つまり、現在、もちろん国の補助金というものは出ておりますけれども、私立大学の運営の相当の部分が一般の学生の納付金で賄われている。そうしますと、一般の学生の納付金を留学生のために奨学金という形で回すということについては、これはいろいろまた議論が生ずるところでございます。つまり、別個のファンドがあればそういうことはできますけれども、それだけのファンドがなかなかないという、結局、帰着するところはその問題だろうと思います。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 私立大学の財政基盤が弱いということも事実ですけれども、また一人も受け入れることができないというほどではないなと思われるような財政を持っているところでも受け入れていないところがあるわけですね。そういう意味で、何か特別に問題があるかと思って伺ったわけでございます。  お二人の留学生の方に伺いますけれども、今まで三人が述べてこられたことに関連をいたしまして、本当に困った問題だとか、もっとこうしてもらいたいとかというようなことについて率直な御意見をいただきたいと思います。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) 私の場合ですけれども、私の述べました意見はほとんど先生の方々と共通点の方がむしろ多いように思います。実はきょう初めて会う先生ばかりなんですけれども、もちろん一度も会ったことない先生ですけれども、それだけでこういう留学生の問題に対する横断性というか、横断的な側面をかなり共通なところに持っていまして、大変びっくりしました。  私の話は主に大部分のことを中心にしましたけれども、私だけの話になりますと、私はすごく運がよく、恵まれた環境で、宿舎も天国のような、ホテル並みのような部屋を提供されまして、これもやはり文部省と大学当局の御努力だと思います。数としては、先ほど話がありましたけれども、まだ五十人程度しか入れませんですけれども、私が初めて入れたということはすごく運がよく、御理解いただけたと、そういうふうに受けとめております。ですから、お答えにはならないかもしれませんが、私が提言しました問題は、もうそれ以上はないと思います。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) 筑波大学にいる留学生の問題と東大などにいる留学生の問題はかなり違うんじゃないかと思います。  一つは、さっき言ったように、みそ汁の味がないという環境にいるんですから、どうも直接日本の文化と触れ合いかないんです。私の場合じゃないんですけれども、ある友達は京都にある新興宗教のことを研究しているんですけれども、今、筑波大学にいるんですから、それはもう大変なことになっているんです。もっとその留学生が行きたい大学とか、少なくとも行きたい地方に行けるように、何か機会をつくった方がいいんじゃないかと思っています。化学などを研究している学生だったら、筑波大だったらいいと思うんですけれどもね。  これはまた寮のことなんですけれども、一年間ぐらい筑波大学の寮に住んでいたんですけれども、すぐ出ました。そこに入る学生が初めて入ると、もうぞっとする学生が多いそうです。奨学金の数も足りないと思うんですね。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 ヘンドリクソンさんのおっしゃった、そこに入ってくる学生がぞっとする学生ばかりだというそのお話は、私は非常に深刻に受けとめているんですよね。試験、試験で偏差値で輪切りになって、もう最優秀の生徒はどこどこの大学というような今の日本の入学制度の問題と絡まっているのではないかなと思うんですが、そのぞっとするという具体的なことは一体どういうことなのですかというお話を伺いたい。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) 例えば、台所ですともう油だらけだし、コンクリートづくりなんですから、夏になるとよくカビが生えてしまうんです。カビが生えます、真っ黒になってしまうくらい。管理も余りよくないようです。おふろなどが不便だし、汚いし……。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 今のヘンドリクソンさんのお話とあわせまして、私どもも筑波大学に何回か行ったわけですけれども、学生の皆さんと寮の問題について話し合ったことも何にもないわけで、本当に大変だなと思っているんですが、そういう留学生の方々の悩みなどというようなものを受け入れる−先ほどのリムビプーワッドさんのお話、生活相談のセンターが欲しい、しかもそういう生活センターは、日本の人たちがやるのじゃなくて、自主的な運営がうんと保証されるような体制をつくってほしい、こうおっしゃったわけですが、今そういうものに似た組織というふうなものはどの程度、何かありますか。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) この場で申し上げるともう恐縮ですけれども、そういう会館というのは、実は私自身も日本で企業研修のとき泊まらせていただいたことがあるんです。そういう似たような自治的な活動——田川自治相の自治ですけれども、その自治的な活動が、そこが魅力があります。  もちろんそういう施設は何らかの形で、公的な宿舎にしろ私的な宿舎にしろ、そういう日本人の世話を含めたような、つまりそういう留学生の問題自身が、カウンセリングの問題とかそういう問題はもちろん日本側世話役の方のほかに、そういう先輩の人が入っていって、それで一緒にそういう留学生の日ごろの悩みを聞いて、その都度に個別対応的に対処できるわけですね。あるいは、いろんな国の人が泊まっているということだから、そういう自治会によっていろんな活動もできるし、日本の方との活動もできるし、そういう点が大変よくて私自身も参加したことがあるんです。それはもう一九七三年ごろの話です。  その会館は実は、皆さんもよく御存じかもしれませんが、私の一番尊敬している、もう亡くなりましたけれども、穂積五一先生が設立しましたアジア文化会館なんです。今でもそのアジア文化会館には私は出入りしていますけれども、私がいた当時よりも今の方がもっともっとそういう活動は活発にやっているんですね。

粕谷照美日本社会党

○粕谷照美君 どうもありがとうございました。

中村哲日本社会党

○中村哲君 私はこういうところで質問をするのは初めてと言っていいんですが、特に質問するというよりは、言われたことに対してこちらの意見もあり、むしろ対話をするような形でお話し願いたいと思っているんです。  さっきヘンドリクソンさんが筑波大学について粕谷さんの言われたことに関連して答えておられたことで、筑波大学は非常にアメリカ的な大学としてつくられましたね。それで、そういうことが、日本に来て日本の大学に学ぼうと思うのに、非常にアメリカスタイルの大学であるということですね。こういうことが先ほど言われたようなお話になったのかどうかということですが、どうでしょう。  というのは、東京のホテルなんかでもほとんどアメリカ的なホテルをつくる。そうすると、アメリカから来た人は、そういうところよりもやはり日本的なよさを生かしたようなホテルを希望することもありまして、何かそういう点で多少これから考慮していくことがあるんじゃないでしょうか、筑波大学自身も。そう思うんですが、どうでしょう。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) それは結局みそ汁の味がないということになるんじゃないですか。それはどうしてないかというと、特に筑波大学は何もないところにつくられていますから、これからよくなると言われてるんですけれども、今、例えばシャツ一枚買いたいと思ったら、車がないとバスに乗って大体片道三十分ぐらいかかって、買って、またバスに乗って帰るしかないんです。その筑波大学の周辺には地元の人が少ないんです。そこに行っている人は大体研究者とその研究者の家族なんですけれども、それも人工的というんですか……

中村哲日本社会党

○中村哲君 そのことに関しては、先ほど川野さんが言われた農村なんかに農村の大学とかそういうところで生活しながら日本を知るという、そういうところの長所というものはあるんですね。これは、北日本というか、日本海に面したような、ああいう農村の生活というものを意外に西欧から来た学者たちは喜びますね。日本の、東京は東京砂漠ですけれども、やはり、ヨーロッパでもアメリカでも大学というのは大体田園の中にありますからね。だから、そういうことから言うと、日本の山村や農村に近いところの国立大学もあるわけですから、そういうところなんかにもっと留学生を受け入れて、そして日本の社会、日本の言葉、日本の人、そういう小さな地域の中で日本を理解していく、こういうことが意外に必要だということを私も思うんです。それはお答えとかいうことじゃないですけれども。  それから、戦後、ヨーロッパ、アメリカを含めまして海外の日本学の研究のレベルが非常に高くなりましたね。それで、戦前というのは、大体戦前の旧制高校の語学なんかを教えていた先生たちが国に帰って、そして美術だとか文学とか骨とうなんかを集めてきたり、読んでたりしたものを講義してましたけれども、ところが戦後それでは済まなくなって、やっぱりそれは一つの転機は、英国のサセックス大学のドーア教授の経済社会的な日本の研究、あれは私は画期的だと思いますけれども、ですから、イギリスのシェフィルド大学とか、それからロンドン大学の東洋の研究部門というのは、大体このごろは社会、経済の研究に変わってきましたですね、これはアメリカの点でもそうだと思いますが。だから、それにしても、日本を勉強するという場合に、日本語の勉強が難しいということですね。これは一番それがネックになっていると思います。  それで、日本語というのは、私は、質問じゃないもんだからいいのかどうかしらぬけれども、日本語というのは外国語と文法の構造が違いますからね、だから、発想の仕方が違って、むしろ朝鮮なんかとは共通しているんですね。それで、そういうことから来て、ただ言葉だけの問題じゃないという、つまり物の発想の仕方が違う。だから、中国語をやっている人はずっとヨーロッパに入れますね、主語があって動詞があってというふうになっておりますからね。ですから、ヨーロッパの日本研究者なんかは、漢文というか中国語で勉強した人がそれから日本語に変わるのは楽だと言っていますわ。それで、東南アジアの場合でも、タイとかその他いろいろの国々でも、かなり中国系のいわゆる華僑の人が多いですからね。ああいう人たちは漢字に親しみを持っているから、それで日本に来ても、そういう華僑系統の南方に住んでおられる方は割合日本語にすっと入る。ところが、全然そうじゃないところだと、やはり日本語は入りにくいというふうなことがあるようですね。それで私どものおりました私学ですけれども、ここも国際交流をこのところ非常に強化しておりまして、いろんなケースに触れてきているんですが、日本語というものをどう教えるかということが一番難しいことであるし、それから教える先生の方も、日本語を教えるということは、日本語で日本語を教えるんじゃなくて英語で日本語を教えるわけですからね、主としてそうなんですよ。そうしますと、日本語を英語で教えてやれる人というのは英語の先生になった方が早いんですな。だから、日本語を日本語で教えるという、そういう方法というのはなかなか難しいだろうとは思うんですが、それらについて実際はどういうふうにやっているんですかね、南方のいろんな国では。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 今、最後のお話のところが南方にということになってしまいましたので、ちょっと私手を挙げたのは間違ってしまいましたんですが、先ほど申し上げました工学部で日本語を教えておりますものでは、日本語を教えていただける先生が英語も非常に御堪能でございまして、最初のうちそういうことを交えてお話しになるということが十分おできになる先生であるわけです。  それから、先ほど申し上げました外国の例で、フランスやスウェーデン、オーストリアその他で、アメリカも含めてでございますが、いろんな大学で日本語を教えておりますですが、それはあちらの方が多うございますけれども、皆様、日本語の素養はかなりおありでございまして、しかもその効果が非常に大きい。と申しますのは、来る前に三カ月ぐらいでも、そういう予備教育を受けてきました者は、初めて私どもの日本語を教わるコースに工学部に参りましてからやるのと比べまして格段の違いがございます。そのことは、もっとひっくるめまして、先ほどお話しのことで日本語は非常に難しいというお話もございましたし、私どもも特に漢字ですね、あるいはそういうものの熟語についてはもうその通りで、そのためにいろいろな手段を新しく考えなきゃならないと思いますけれども、少なくとも話し言葉でございますね、会話につきましては日本語は決してそんなに難しい言葉ではないということで、この点についての 難しいという神話はもう崩していく必要があるというふうに私どもは思っております。

中村哲日本社会党

○中村哲君 ですから、日本の大学に海外の留学生の人たちがやってきた場合には、一番いいのはまず英語で教えていくことなんですね。それで、あるところまで行って、それで日本語で講義している授業の中に同化していく、こういうふうに現に我々のところでも、前におりましたところでもしているんですね。だから、非常に英語のできる人で日本語を教えてもらう、こういうことになるんです。ところが、外国で日本語を勉強するという場合は、そこの土地の言葉で日本語をやるわけだから、これは一番いいと思うんですよ、むしろ。そこの土地の人たちの知っている言葉で日本語を教えてくれるんだから。そういう点が日本語の授業というものを、これは文部省に聞くようなことだけれども、一体どういうふうにして教えようとしているのかという問題が僕はあると思うんですね。

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) ただいまの問題でございますけれども、私は言語学を専門にしておりますので、そういうことについてはいろいろ意見もございますけれども、一番基本は、まず日本語が決して難しい言葉ではない。というよりも、むしろ何語が難しいとかということは全然ないわけでして、自分の母国語と非常に構造の違う言葉は難しい、結果的に言えばそういうことになるわけなんです。  今、申し上げたのはそれではなくて、日本語を学ぶために、やはり自分の母国語との関係ということが一番重要になるわけでございます。ですから、英語を母国語としている人間にとっては、やっぱり英語と日本語とは特に問題点ほどこなんだという、コントラスティブスタディーズと申しますけれども、それの基礎ができていないとだめだ。ところで、今までの日本における外国人に対する日本語教育の長い伝統というのは、ほとんど全部が英語を母国語としている人間に対する日本語教育の経験であり、また教科書もそういう形で編まれているわけです。ところが、例えばフランス語を母国語としている人間あるいは中国語を母国語としている人間というものにとっては、もう少し別の観点でテキストも縮まなければならない。つまり、対比研究の基礎の上に立たないと本当の日本語教育ができない。それにつきましては、国立国語研究所の中に日本語教育センターがございまして、そこで今フランス語と日本語との対比研究、それから中国語との対比研究というものは相当進んでできております。しかし、例えばここにおられるポンチャイさん、タイ語との対比研究というのはまだできていないわけで、そういうものもまず先につくりませんと、本当の意味で言うタイ語を母国語としている人間に対する日本語の教え方というものは生まれてこないわけで、そういう基礎研究がまだまだ足りないというのが実態でございます。

中村哲日本社会党

○中村哲君 ですから、ただ日本語というだけでなくて、今、英語が国際語になりましたですからね、戦前と違って。戦前は、国際語がフランス語だったりしたときもありますけれども。それで、そういうふうにして英語と日本語というものを知っていないと、日本語もよく自然に勉強できないというような状況があるものだから、そのことだけじゃないけれども、日本へ来るよりも、英語系のアメリカやらイギリスヘ行って勉強した方が国際語も同時に習得できるからと、こういうことがあるんですね。それで、中国の場合でも、十分の一ぐらいしか日本へ来ようとしない。大体ほかの国々の留学希望はそうだと思うんです。  それから、話をちょっと変えますけれども、今フランスのことが出ましたから、私が北アフリカのフランス語系の国の他の大学との交流を考えた時期がありまして、だけれども、一番問題なのは、ASEANの国でなくて、アフリカですと文化交流が先にできてないんです。だから、大学はある程度の自主性があるものだから、例えばアルジェの大学と交流しようと、こうやって随分析衝して、それから向こうの外務省、文部省もそれをいろんな形で協力してくれるんだけれども、文化協定自身ができていない。だから、ASEANの国だけじゃなくて、世界的にこういう学問の交流をする場合には文化協定を広く結ぶということが必要なんですね。私はそう思います。  それからもう一つ、実際の問題として、留学生をそれじゃ学校として引き受けでもいいとか、そういう具体的なことになりますと、一番難しいのは身元保証人ですね。日本における身元保証人にだれがなってくれるかということなんですが、この問題がもし現地の留学生を送る国の方で、日本の大使館もあることだから、そういう大使館が保証するとか、あるいは商社が保証するとか、これ商社はかなり保証してくれます、このごろは。そういうことがないと国内に入れないわけだし、受験もできない、こういう問題があるわけですね。  まあ、いろいろ問題点あると思うんですが、さっきリムビプーワッドさんが、日本の人たちともっと人間的に、もっと自然に交流するような、そういう空気を希望しておられましたけれども、私は戦前は十年近く官立の大学の、しかもいわゆる外地の大学の教授をしておりましたものですから、そこはフランスなんかと同じような同化政策だと言っている外地でありましたけれども、フランスの場合は同化といっても人権を尊重する、それから議会を認めるとか、そういう意味での同化なんですね、同じ人間性を認めるという。ところが、日本の当時の植民地と言われたところは、日本の国体信仰を押しつけたんですね。日本の生活様式を押しつけたんです。これは全然同化政策の本質が違う。そんなところにおりまして、これから日本が海外の多くの国の若い人たちと接触していくときに、どこかに昔のあのようなところがありますと、そうすると、やっぱりそれは国際交流というけれども、おやっと思うところにぶつかるということがありはしないかと、それを非常に恐れるわけです。  それで、実際問題としては、この委員会で問題になることではありませんけれども、外国人の登録に関連して指紋をとるというのがあるんですね。これはアメリカとの間でも、片方がやっている場合はアメリカもそうするわけです、日本人に対して。そういう相互主義なんですけれども、何かこういうふうな指紋をとったりするような、ああいう方式でないような形での日本側の外交政策というか国際政策をもっと基本的に考える必要があると思う。ただ、きょうは政府に聞いているんじゃないものですから、これ以上もう言いません。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 きょうは大変勉強になりまして、従来私たちが考えてきた留学生対策が妥当であったかということについて大変反省もし、今後こういう大きな貴重な意見を背景に改革しなきゃならぬと私たちも思っております。    〔委員長退席、理事杉山令肇君着席〕  特に、資源の少ない日本が今後経済発展を続けていくために、エネルギー資源の八五%、食糧の六七%、鉱産資源の一〇〇%を世界の多くの国々に依存している現状を思うとき、諸国民に信頼される日本をどうつくっていくか、これが非常に大切な条件になると思うんです。世界各国からの有用な人材を留学生として多く受け入れて、日本の文化と日本人の心情をよく理解していただくということによって国際国家日本の将来を位置づける、そういう仕事が肝要であると私たち思っております。  そこで、川野舟久保、古川参考人にお聞き申し上げたいのが二点ございます。  その第一点は何かというと、日本への留学生は現在八千百十六人、そのうち八〇%以上が開発途上国出身である。欧米諸国の留学生は二〇%弱であるというこの実態についてどう思われるのか。日本という国はそういうものでいいのか、あるいはそうあってはならないのか、この辺のところについてひとつ所見をお聞きしたい。  二番目に、今後欧米諸国の留学生をふやすためには何をどう国内的に整備しなければいけないのか。要するに、世界の中の日本を考えたときに、世界各国の有用な若者が日本へ学んでくれるという環境づくりを私たちは二十一世紀に向かって真剣に考えていかなければ私はいかぬと思うんです。  そういうためにこの二点についてそれぞれの所見をまずもってお伺いいたしたいと思います。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) まず第一の日本への留学生の大部分が途上国からであるという実態をどう考えるかということですが、これは国を洗ってみますと、途上国と申しましてもごく少数の国に偏っているということは御案内のとおりでございます。したがいまして、これは日本を取り巻くアジアの諸情勢というものを私は反映しておるということで、一概に途上国に偏っているということだけではないのではないかという感じがいたします。逆に申しますと、しかしながら欧米諸国からの留学生が少ない、これは事実でございますが、したがいまして、第二の問題に関しましてはちょっと私も知恵がありませんが、本日参考人として出ておる人がどういうふうに考えるか。とにかく日本が余り魅力がないから来てないことには間違いないだろうと思います。そうすると、どこが魅力がないのかということは魅力を感じない人に、あるいは魅力を感じて来た人にひとつ聞いてみたらと、そんな感じがいたします。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 第一の質問につきましてでございますが、私は大学にいる者といたしまして、こちらが無理をして連れて引っ張ってくるわけではございませんので、先方がぜひ来てやりたいという優秀な人が日本に来てくれることが必要でございますから、それが開発途上国であれ欧米先進国であれ、私はそれがもしもアンバランスでありましても全く問題になることではないというふうに考えております。  それから、二番目の問題に対しまして、欧米について非常に少ないことに懸念がないかというお話でございますが、たとえば、これは私ども工学関係についてでございますと、フランスでは非常に激戦でございまして、日本政府の国費留学生の選考試験においても、フランス政府の留学生試験においても、それをくぐって日本に来るというのは非常な激戦になりまして、二、三年前とは大変なさま変わりになっております。  それは、同じようなことはスウェーデンにつきましてもオーストリアについても同じでございますので、非常に優秀な、従来ですとアメリカに志向していたような優秀な留学生が今は日本に来る。それに対して先方の大学当局も非常に積極的かつ非常に深い理解で私どもに常にコンタクトをとりながら優秀な者を送ってきているというふうに理解しております。  ただ、一番私どもが今後にとっておそれておりますと申しますか、自戒しなければならないことは、先ほど中村先生からちょっとお話がございましたけれども、どうも基本的に日本人というのは、だれでも一般の人すべて教育をする、人を教育をする、あるいは何となくお上の考え方というのが、そういう一般的なマインドがあるんじゃないかという気がいたしますです。これは、来ました留学生にとっては非常にショックなことになると思いますので、特に国費で呼んだような場合には、こちらの税金じゃないかなんて思っているわけじゃないんですけれども、何となしにそういうことがあり得る。  それから二つ目は、先ほど留学生の寮のお話がありましたけれども、最近の新しい寮などでは非常によくできておりますので、むしろ皆さん感謝しているわけなんですが、逆にそのくらいのことは当たり前のことであるんですけれども、今度は逆にそれがぜいたくだというような気持ちが、これもまた日本人の一般的な通念の中にあり得るんではなかろうか。  こういう二つのことについては、非常に潜在的なことなんですけれども、言葉の端々に何となく出るような場合がありますので、私どもは注意しなければいけ店いというようなことを自戒しながらやっていけば私は余り心配はしておりません。    〔理事杉山令肇君退席、委員長着席〕

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) 第一の点につきましては、やはり同じ大学人として舟久保先生の御意見と全く私も同じでございます。つまり、パーセントということは余り気にする必要はなかろう。ただ、一言だけつけ加えますと、この八〇%のアジア人と申しますけれども、このうちのさらに非常に大きな部分が実は韓国と台湾に占められているということでございます。韓国と台湾というのは、御承知のように日本とは特殊な関係にある。また日本に彼らの知人あるいは親戚もたくさんいるというようなことで来やすいという条件もありますので、それは別個に考える必要があるのではないかということが一点。  それから欧米の問題でございますけれども、これも先ほど申し上げましたように、結局、日本が留学先として魅力あるものにならない限りということなんですが、実はここ数年、まあ四、五年と申し上げていいでしょうか、三、四年と申し上げていいでしょうか、少し欧米から来る留学生の質が変わってきております。  それはどういうことかと申しますと、従来は欧米の学生で日本に行きたいという者は大体日本学を専攻する。日本文学であり、あるいは日本の歴史であり、美術である。それで非常にその中には、さらに言いますと特殊なテーマを取り上げまして、具体的に申し上げますとたとえば奈良のお水取りの研究をやりたいとかあるいはタカ狩りの研究がやりたいとか、非常に特殊なテーマをとる。それは、結局それを持ち返って今度は国へ帰って学位論文を書くというようなためなんです。そういう非常に狭い範囲の特殊なテーマを取り上げて専ら日本のことを研究する。日本のいわばヒューマニティーズ、あるいはもうちょっと広い意味で社会科学も入りますけれども、そういう問題。自然科学あるいは技術系統を専攻する学生は非常に少なかった。それがここ三、四年あるいは四、五年急激にふえてきております。これはやはり現代の日本のそういう方面がだんだん認識されてきたというところにあるんだと思いますので、この点は将来の問題としては私どもは比較的楽観的に考えております。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 川野参考人にお聞き申し上げたいんですが、二十一世紀への留学生政策懇の座長をなされたようでございますが、その中で、国費留学生、私費留学生、二十一世紀までに十万人を留学生として受け入れたいという願望は、少なくとも私費留学生の数が私はやっぱり六万台、七万台ぐらいにならざるを得ないんじゃないだろうか。それと同時に、国費、私費というようなケースとはまた特殊なケースとして、たとえばマレーシアとか中国から政府派遣の留学生という次元で大量に送られる、あるいはそういう世界の国が日本のたとえば経済政策とか日本の行政というものに大変興味があるというんで公務員そのものの研修を兼ねて修士課程などへ送りたいというようなケースが今後私は生じてくると思うんです。そういうようなケースに対して、受け入れ側としての日本の大学が果たして対応する能力を今日整備しているのか、あるいは将来そういうケースに対してはこういうように対応しなければならないというものを含めてこの懇談会の中で御検討されたかどうか。私はよく読んでないからわかりませんけれども、もしそういう物の考え方に立って御検討されたことがあるならばひとつお話をいただきたいと思います。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) この提案自体が要請を受けましたのが昨年の六月でございます。報告を出しましたのが八月の三十一日でございます。  その間に、その報告のいわば骨子をまとめるという段階で具体的にいろんな議論は出ましたけれども、この報告を総理に提出しました時点で、総理としましては、これを受けて長期、短期の具体的な策を立てろということでございました。それを受けまして、現在、文部省の中でその検討をする委員会ができておりまして、私自身お手伝いいたしておりますが、これが大体ことしの六月には一応まとまりましてやや肉づけのはっきりしたものになるかと思っております。  先ほど粕谷先生からの御指摘がございましたが、ことしの五十九年度の予算につきましては、 すでに報告の提出されましたのが昨年の八月の末でございましたので、事実上それに取り込んでいただく点が少なかったかと思っておりますが、六十年度以降につきましてはそれを受けて、ひとつ一層具体的にかつ大幅に前進した施策がなされるであろうということを期待いたしております。中身につきましては、先ほど来あるいは宿舎の問題、あるいは学位の問題など、それから奨学団体の問題、それに対する援助の問題等々申し上げました、が、そういうことが骨子になるかと思っております。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 舟久保参考人にお聞き申し上げたいのでございますが、アメリカは三十一万人、フランスは約十二万人、西ドイツが約五万七千人、英国は五万三千人といって、日本の現実から見ると全く想像つかないほど留学生を受け入れておるわけですね。結局、日本へ多くの国々の留学生が余り魅力を持たないと、あえて言わしていただくとするならば。一つは、目的を持って日本へ来ても、例えば学位取得を余りさせないとか、それは学力があるけれどもさせないのか、まだ学力がそこまでいかないからさせないのか私はわかりませんけれども、極めて日本の今日の教育体系は閉鎖的であるし、開放的じゃないわけです。受け入れる入学制度についても、共通第一次試験を課してみたり、推薦制というもので処理すればいいけれども、舟久保先生のお話を聞くと、僕は意を強くしたのは、諸外国の日本へ来る留学生は向こうの正規の大学教育を受けたとすれば、日本の修士課程へ入っても学力的に見ても十分ついてこれるような人が多いと、私は非常にいいことだと思うんです。  そういう意味で、二つお聞きしたいんですが、日本のやはり大学教育制度が閉鎖的な面が多いと先生が教えながら感じられるのか、あるいは、そういった場合はどこをどう直したらもっと入りよくなるんじゃないかと思われるのか、具体的でございますけれども、学位がどうしても取得できないというのは、大学の権威を高めるために、日本という国は余り学位を日本人にも出していないんだ、大体が。余り偉くない人が威張って出してないんだというような癖があるわけです。ですから、やはり対内的に改革しなければならない問題もかなり問題があるわけですね。  ですから、そういうものと同時に、留学生に学力があるならば、それ相当に学位を出してあげるということが、国際親善を図り、文化交流を進める上において私は大事だと思うんですが、その辺のところをどうお考えになられますかお聞かせいただければと思うんですが。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 実はどうお答えしていいか非常に困るんですが、学位を大学の権威のために出してないんじゃないかというふうに基本的にもしお考えになっているとしますと、それは大変偏見と思います。外ではあるいはそういうお話の方が割合に理解しやすいというか、面白いんで、そういうことが巷間あるかもしれませんけれども、少なくとも私どもは工学部でございますが、外国人と日本人とを同じように研究指導を事実しておりまして、その上で向こうの方が同じようにできているんだけれども、学位を出さないなんということはおよそ考えられない話でございます。ただ、したがって、これは恐らく理学系についてはどこも同じだと思うんですが、その中で医学系でございますね。これは何か国家試験がなんかの関係があるようでございますので、別の論点からお話があるんじゃないかと思いますけれども、それはまた御質問の趣旨とは違うと思います。  それから、あといわゆる文科系のものにつきましては、私はちょっと自分の専門でないんでよくわからないんでございますけれども、非常に取りにくいというような話を、私も先生と同じような外の立場で巷間聞くようなことはございます。これについては、ちょっと私は自分の専門でないのでどうお答えしていいかわからないんですが、ただ大学の閉鎖性ということを、いま学位の点ではそういうことだと思うんですが、そのほかの面での閉鎖性、つまり入ること自体を非常に難しくしているんではないかということがございますれば、それは学部に入るときのものについては一次試験、二次試験は無理であるということは先ほどお話したとおりで、検討が進んでいるわけです。  それから大学院につきましては、これは非常にむしろ本人に実力があれば入りやすい状態になっておりまして、私は先生のおっしゃったような御懸念は——まあ、中にいるものですから、かえってわかりにくいのかもしれませんけれども、何と申しますか、ほとんど問題がないくらい楽観をしているわけなんでございますが、大変申しわけございませんですが、答えとしてなっておりますか。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 古川参考人にお聞きしたいんですが、先生もなかなかすばらしいことを言っているんですね。留学生は日本へ何を求めてきているのか、求めているものを与えられる体制が大学に整っているのかどうか。私も非常にこれはずばりだと思うんですね。とするならば、留学生を受け入れる日本の窓口をある程度まとめて、留学生のニーズに合った、研修目的に合った大学をやはり紹介する機能とか、あなたの希望はこういう大学でこういうようなコースならば合いますよというように、いい意味のそういう相談をするような機関を、これは民間がいいのか国がいいのか、あるいは特殊法人がいいのか私はわかりませんけれども、こういうことをきちっと整備して、留学生の身になって、日本で学び、日本で学んでよかったという結果を持たれて帰られるというような行政的配慮を私はしなきゃいかぬと思っておるんです。  そこで、結局、じゃあ先端技術の取得とか基礎研究を勉強したいとか、あるいは実学的なものを求めてくる方々とか、学位取得のために来る方々とか、先ほどのお話のように日本文化の真髄を学びたいために来る方とか、いろいろなケースがあるのではないかと思いますが、そういうような次元ではそういう機関をやはり行政的な次元で配慮するということは、必要と先生お考えでございますか。

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) これは全く御説のとおりでして、非常に必要だと思います。ただ、それも日本国内ではなくて、つまり日本に来る以前にそういうインフォメーションを与えるということが最も必要なことであると。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 私は、海外を回ったときに大使館に行ったんですよ。大使館の中に日本語学校とかそういうようなものをひとつやったらいいじゃないかと。日本には英語の先生で、もう定年になられた優秀な先生がいっぱいいるのだから、外務省の何か嘱託みたいな資格を与えて、そういう人を海外に出して、いろいろな意味で海外のお世話をするということは日本を理解してもらえる大きな要請になる。そういうものをひとつ制度の中に生かしながら留学生受け入れに対する努力、日本というものを世界に知ってもらえるような努力をすべきじゃないかと思うということを私ら言ってきたんですが、大分歓迎されました。しかし、まだ行政の中でそういうことができておりません。  そういう意味で先生のいろいろなお考えも含めて検討に値するんじゃないかと思うのです。  そこで、教鞭とられておる先生ですから、留学生だけを対象に英語で専門の授業ができる体制が日本のいまの大学教育大系の中で可能性がありますか。

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) これは分野によって非常に違うと思います。しかも、先ほどもちょっと触れましたけれども、いわゆる技能者養成的なレベルならば、これは英語でやって一向差し支えないことだし、またそれは十分できることだと思います。  それから、先ほどちょっとお話がありました公務員、行政官の問題、これは実は私が言うべきことではなくて、むしろ文部省の方からのお話だと思いますが、埼玉大学で具体的にそういう計画が発足することになっておりますのは御承知のとおりだと思うんです。ですから分野によってはできるし、またその方が効果が上がる分野と、やはりあくまで地道に日本語でこつこつやっていく方が いいという分野と、これははっきり分けて考える必要があるんじゃないか。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 今度は留学生からお聞きしたいんですが、私は人間が素朴にできておりますので、人間は非常に温かいのでございますが、言葉はちょっと乱暴なところがございますので誤解のないようにお願いいたしたいと思いますが、まずタイ国から来られておるリムビプーワッドさんにお聞きしたいんですが、お国ではアメリカに六千名ほど留学生を送っていると私聞かされております。日本に三百人ほど来ていると聞かされておるのでございますが、日本への留学生が欧米諸国ほど来てないということは、日本という国が余り好かれてない面もございますかどうか。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) この話になりますと、私だって人間ですからとっても温かいです。しかも、私の回りの日本の友人でも私のお父さんみたいな人いっぱいいます。すごく私が運がよく、そういう温かさの中で包まれてこの十年間過してきたんです。だからこそ一般にそういう恵まれてない人のために私が発言したわけです。御存じのように、そういう留学生の受け入れは全体的によくなってないです。私の国のケースから言いますと、今取り上げられましたデータのように、留学の方は欧米志向の方が、タイだけじゃないんです、ほとんどの国、ASEAN諸国で言いますと、そういう志向がありまして、それはもうそういう西洋文化の方の影響があった時代ですけれども、幸い私の国は独立国家でやり遂げてきました国ですから、そういう伝統的な面においては日本と似たような面があるんです。そういうことを取り除いても、なおさらアメリカの方が留学生が多い、日本に来るのが少ない。それはもう、その原因はやはり先ほど各先生方も話がありましたし、来る前のそういういろんな情報、そういうケース・バイ・ケースの情報、特に私費留学生の場合は自分でお金を出して来るんですから、なおさら大切にしてあげなくちゃいけないと思うんです。そういう人たちが在外大使館とかあるいは在外の日本情報センターとか、外務省の関係のそういうセンターがありながらも、そういういろんな手引書とか、いろんなそういう実現できるようなプロセスの説明とか、そういうものがほとんど整っていないんです。また説明の方はどうかと思いますけれども、そういう人間的な対応を、もっと来てほしければ、やはり、それだけのものがあれば、例えばアメリカもそういうものがあるんです。ヘンドリクソンさんの話もありますけれども、アメリカに行く前にどこの大学に行けばいいか、どういう情報があるのか、それはもう大使館の方へ行けば、あるいはアメリカンセンターへ行けばすべて情報もらえるんです。いろんな、ピンからキリまでの大学、専門学校、すべての国を知るための教育上、学術上と、そういうものが整っていれば米やすくなると思います。決して日本の魅力のせいではないと思います。私自身は魅力がありまして、それで日本で学位取るようになりましたんですけれども……。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 もう一つお聞きしたいんですが、日本へ留学しても、帰国後就職が余りできないと一般的に言われている声を私たちは聞いておりますが、お国ではいかがでございますか。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) それも私の体験ですけれども、一時タイでそういう日本とタイの関係の仕事をやりましたので、特にいろいろなインフォメーションは持っていますけれども、最近になって大変よくなってきまして、傾向、質的に言うと、入るのもそんなに入りにくいんではなくって、そういう日系企業の方がいろんな現地の方との交流関係によってよくなってきているかと思いますけれども、それは経済面だけじゃなくて、技術的な面でもかなりよくなってきておりますけれども、特にそういう信頼関係の問題になりますと、やはりポジションの方も最近日本に古く留学した私の先輩たちが部長クラスあるいは工場長になられる方が続々出てきます。そういう信頼関係が次々と生み出されていっていい方向に発展するような気がします。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 今度はヘンドリクソンさんにお聞きしたいのですが、あなたは日本に留学して卒業後日本に就職し、永住したい考えをお持ちになられたことございますか。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) そうですね、ございますが、結局できるかどうかわかりませんから、それは要するにあんまり希望していないんです。期待しておりません。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 それから次に、日本へ留学したい希望を持たれたお国の学生のうち、どのような学問や教育分野を学びたいという考えを持たれている人が多うございますか。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) 大部分が日本のことを勉強したい学生なんです。要するに、つまり日本語とか日本歴史とか、そういう直接関係ある分野なんですけれども。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 それは非常に私らはすばらしいことであると思うんです。やはり国際理解の根底というものはその国の歴史、その国の文化、その国の国民を理解しないと本当の私は交流親善にならぬと思うんです。ですから、私たちのやらなきゃならぬことは、そういう意味で、お国の学生さんたちがそういうお気持ちで日本を見てくださるということは大変うれしく思います。どうぞそういう学生さんを多く日本へ留学できるようにひとつまたお話をしていただきたいということを御要望いたしたいと思うのです。  それからもう一つ、留学生として日本の学生をどう思われますか、率直なところ。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) 第一にはアメリカ人の学生があんまり日本のことを知らないと思います。日本のことを勉強したいと思っても、大体アメリカの大学に入ってある程度日本のことを勉強するんです。特に、今、筑波大学にいるアメリカ人の学生が日本語を勉強しているんですけれども、御存じのように、日本語を勉強したいと思ったら結構時間がかかります。それをふやしたいと思ったら多分大学院生じゃなくて、大学生として学んだ方がいいんじゃないですか。つまり、大学生としてこっちに来られる学生が少ないんです。要するに、大学院に入ると、もう今の文部省の奨学金がもらえるようになりますが、大学生のための奨学金があんまりないんです。それもありますし、やはり日本の大学制度には入学試験があるんですから、それはなかなか怖いもので、なかなか勇気がないというんですか………。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 もう一つお聞きしたいのは、日本で留学生専門の大学をつくった場合、その方がいいと思いますか。あるいは今のいろいろ大学があるところへ入られて、今の方法の方がいいと思いますか。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) これは大学の方ですか、大学院生ですか。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 大学の方です。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) 大学の方ですと、もう私が知っている限り、今の制度は大体交換留学生としてこっちへ来ているんですけれども、それは大体だった一年だけなんです。それは十分じゃないと思うんですから、日本人の学生とできるだけ勉強できるようにしておかないといけないと思うんですけれども、ですけれども、その大学に入る機会はどうつくればいいかわかりません。

田沢智治自由民主党・自由国民会議

○田沢智治君 最後に、日本語をマスターするのに大変御苦労皆さんなさっておると思うんですが、そのために日本語教育機関をどういうふうにつくったら一番皆さん方が入りやすく、学びやすく、覚えやすいと思いますか。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) そうですね。いや、中村さんのおっしゃったことと関係あるんですけれども、英語として日本語を教える授業をつくった方がいいんだとおっしゃったんですけれども、今、筑波大学ではそれはなかなか言い切れないんです。というのは、東洋の漢字系の国から来ている留学生が多いんですけれども、日本語が全くできない、あるいは少しだけできない西洋人の留学生が少ないんですから、最初から同じようにやっているんです。一緒に同じ授業に入っていてやっているんですけれども、それを直した方がいいと思います。というのは、例えば韓国人だと韓国語あるいは朝鮮語の文法がよく日本語の文法に似ているんですから、韓国人の進歩がかなり速いんです。台湾人あるいは中国人だったら漢字も全部知っているんですし、もう言語の問題が違うんです。特に初歩の授業に入っている人ですと、その留学生の話が、漢文みたいな話になるんですよ。かたい感じの字をよく使って文章出すんですけれども、西洋の留学生の場合ですとほとんど共通点がないんですから、それはいろいろ別にしておいた方がいいんじゃないかと思っています。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 皆さんから、参考人の方々からいろいろ教えていただきまして、またもう十分お考えになっていただいておりますので、私から改めて聞くこともほとんどないわけでございますが、私、留学生の方から大学における経験から二、三お聞きしておきたいと思います。  私、医学部を出ましたので医学関係のことになりますけれども、例えば医学の場合に、日本の大学の病院で研修をやりたいというような人はやはりいるとは思うんですが、その場合にライセンスがないと患者にさわれないのではないか。そういうことは工学部にあるかどうか私わかりませんが、そういうライセンスを必要とする場合に、国情が違うとこれは使えないというようなことで、受け入れにお困りになったことはないかどうか、最初に舟久保先生にお聞きしたいと思います。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 大変申しわけないんですが、私は工学部なものでございまして、今のことに全く正確にお答えできないんでございますが、ただ、それに類したことは話を聞いたことがございます。たしかライセンスがないと患者にさわれないわけですね。多分そうだと思いますんですが、大変申しわけございませんが、それ以上はちょっと……。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 川野先生、いかがでございましょうか。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) 私も、今お話しのようなことを仄聞する程度でございまして、確認はいたしておりませんが、同様の知見持っております。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 こういうことをお聞きするのは、留学生の場合とちょっと反対になりますけれども、向こうの先生に来ていただいてこちらが勉強するというふうな場合も、留学という名前でおいでになるかどうかわかりませんが、そういう場合もあろうかと思うわけです。その先生方に習うというときに、ライセンスがないために、手をとって実際的には教えてもらえないという、そういう不便さがあるのではないか、こう思いましたのでちょっとお聞きしたわけですが、いかがでございますか。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 多分そういうことはないんではないかと思います。随分、先生は別のルートでお呼びをしていることが医学部でも多いし、そのことを私もお聞きしておりますが、今のようなケースがあって困るという話はまだ一度も聞いておりませんのでございますが、ただこれも臨床と基礎でまた違いますしいたしますものですから、確認ではございませんで恐縮でございます。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 いや、今のようなことをお聞きしましたのは、最近、日本は何でもトップレベルまでかなり行っておりますけれども、工学でもそうかと思いますが、医学の部分では、ある部分では非常にいいけれども、ある部分は大変アメリカとかヨーロッパにおくれている部分がまだたくさんあるわけですね。その場合に、日本に医者に来てもらって手術をしてもらうという場合にそういうことも起こり得るんじゃないか、留学中の間にでも。そういう意味で、そのライセンスの交換、さっき単位の交換がありましたが、ライセンスのある程度のお互いの認め合いというようなものがあった方がより便利ではないか、お互いに利益ではないか、こう思いましたので、ちょっとお聞きしたわけでございますが、御専門が違いますので、お答えにくいところもあろうかと思いますが、将来は何かそういうことも起こってくるかと思いまして、一応お聞きしたわけでございます。  もう一つは、これは語学のことでございますが、一つは、海外にはたくさんの日本の企業が行っているわけですが、そういう御家族の方、あるいは商社の方なんかで日本語をあらかじめ予備的に教えた方がいいというお話がございましたので、お聞きするわけですが、そういう方々が何かボランティア、あるいはそういう学校をつくって、こちらにおいでになる方にあらかじめ教えておくというようなことはまだないわけでしょうか。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) はい、私の存じ上げている例では、フランスのある町で、そこにあります国立の工科大学で日本語の先生をお願いしているんですが、その方はフランス人の数学の先生の奥様なんですね、日本人で。特に日本語の御専門ではないように私は思います。でございますので、今お話しのような例はほかにもあるんではないかと思いますし、逆に言いますと随分御活躍になっているというふうに私は思っております。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 何かそういうことでお互いに連携をとってやり合えば、海外におられる方も多いわけですから、お互いに利益が受けられるのではないかと思って——これは政治の方がやることでございますけれども、連携をとり合ってやれば、改めてそこへ学校つくらなくてもいいんじゃないかなという気もするわけです。  もう一つは、こちらにお引き受けになる場合に、こういうことも聞いたわけです。ある国で推薦をして日本にやってきたと、日本語は確かに上手だと。ところが、その専門の学科についてはほとんどわかっていない。だから、指導しようにもしようがないという、そういう留学生もやってきたということも聞いているわけです。そういう意味では、国費留学生の中にはどういう試験を本国の方で受けてきたのだろうか、どういう形で推薦してきているのだろうかということで御存じの方ございましたらお尋ねしたいんですが。

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) これはいわゆる在外公館を通じて推薦されてくるケースのことを御指摘だと思いますけれども、これは在外公館で試験をするということなんでございますが、それぞれの専門の科目についてまでの試験はしていないわけでございますね。結局、まず書類審査と面接と、それから日本語能力のある者については日本語能力の試験ということで、したがって専門の学力は結局しかるべき機関を卒業しているということだけになって、それについての試験はしていないというのが実情だろうと思います。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 非常に困っていると、日本語は確かにできるが専門的なことはほとんどわからないので、研究室の中に組み入れることができないと、こういう話も聞きましたので、その留学生の選考の方法を少し考えなければいけないななんてこちらとして考えるわけでございます。  もう一つ、これはヘンドリクソンさんにちょっとお聞きしたいんですが、これはヘンドリクソンさんは私費でおいでになったわけですけれども、こちらにおいでになって経済的にはどのようにして今自立しておられるのか、先にそれからお聞きしたいと思います。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) これは結局家族のことになるんですけれども、私の両親が私ができるだけ独立できるように十四歳のときからずっとアルバイトをやらせてお金をためてきて、それとともにちょっと奨学金をもらったこともあるんです。アメリカの大学に入って、私のお父さんが私立の大学の教授なんですけれども、その大学では職員の子供がほとんどただで行けるわけです。最初の二年半ぐらいですか、その大学に入っていて単位を取って転学したわけなんですが、ずいぶんお金がたまって、こっちに来たら、大分向こうに置いていたんですけれども、必要なときですと頼んでこっちに出しているんですし、ちょうど来る前にある金額を銀行から借りたこともあるんですし、ただ、たまに両親もちょっと出してくれるんですけれども、大体そんなところです。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 お友達の中で生活に困ってアルバイトをしておられる方もあると思うんです。そういう方は大体どういうアルバイトが一番多いんでしょうか。あるいはこれは古川先生なり舟久保先生にお聞きしなけりゃならぬと思いますが、そういう留学生に対してアルバイトを周旋するようなカウンセラーなりアドバイザーなりを学校としてつくっておられるか、あるいはヘンドリクソンさんのような留学生の方はどこにどういうような相談を持ちかけてアルバイトを世話してもらっておられるか。これは、いろいろな雑誌とか週刊誌にもありますけれども、アルバイトに困って悪いアルバイトについて身を持ち崩した留学生もおるわけですね。現実におるんじゃないかと思うんです。そういう意味では、十分でない奨学金でどのように日本で生活をしておられるか、また学校やあるいはこういう協会ではどのようにそれを周旋しておられるか、もしできましたらヘンドリクソンさん、それからリムビプーワッドさんからもお聞きしたいと思うんです。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) そうですね。ある知り合いはずっとやっていたと思うんですけれども、詳しく聞いてなかったのですからよくわからないんですけれども、知っている限りに、別の友達に紹介してもらったと思うんですけれども、そのアルバイトのこと。さっきちょっと触れたのですけれども、ずっと部屋に閉じこもったという知り合いがいて、その人のことなんですけれども、ずっとどういうところでしたっけ、よくわからないんですけれども、何か工場でやっていましたが。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 たまに妙なアルバイトをすると、せっかく勉強に来ておってアルバイトだけして帰る。極端な例ですけれども、そんな、アルバイトの方に時間を奪われるというようなおそれがないかということも心配するわけなんです。ちょっと古川先生か川野先生か、どちらか。

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) これは、御承知のように入国管理法というのがございまして、資格外活動というのは基本的には禁止されているわけですね。ただ、現状からして、入管の方でもある程度の時間、その種類によって大目に見ようというのが現実になっているわけです。ですから、大学として大っぴらに世話をするということも実ははばかられるということがあるわけです。現実に、例えば、私どもの大学ですと、外事課という課がございまして、それが留学生の世話を全部やっているわけなんですが、そういうところで内々に面倒を見てやっているということはございます。しかし、あくまで大学として大っぴらにやるということはなかなかできないわけです。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) 私のところでは寮に約二百人、大阪の方は約百人学生を預っておりますが、その人々のアルバイトの様子を見ておりますと、これは、やはり友人関係、先輩関係の縁故関係でやっているのがほとんどのようでございます。  お尋ねがないのに発言しちゃいかぬというようなことじゃなかろうかと心配しておるんですが、今の言葉の問題、それから学位問題についてちょっと発言をお許しいただけますか。  言葉の問題につきましては、人文・社会科学関係の学位の問題にも関係しますが、ごく最近のことを知りませんけれども、私の経験した範囲におきましては、人文・社会科学関係の学位審査につきましては、日本人を対象とした学位審査の仕組みになっているというところからくる障害があったことは確かでございます。つまり、それは、少なくとも英独仏等の外国語を二カ国語はマスターしていなければいかぬということで、これに対するテストが一つあります。それから、論文は当然のごとく日本語で書く、こういうわけです。ところが、外国から来た学生にとりましては、日本語自体が外国語なんです。したがって、もし二カ国語の外国語が必要としましても、その中の一つに日本語を入れるということは一つ便宜を図ることになるわけですね。しかし、それがなかなかそうはいかないということが一点。もう一つは、日本語でやはり論文を書かなきゃいかぬという、これは規定上の制約があるかどうか知りませんけれども、事実上指導した先生が、君はとにかく日本のことを研究して、特に日本の社会事情だの歴史だのとなりますと、日本語のことはわかっているはずだ、だから日本語で書けと。こういうことでなかなか書けないというコンブレインは私は聞いたことがございますが。そこで、問題は外国人の日本語の能力なんですが、まず聞く、しゃべる、読む、書く、幾つかの段階がございますね。今お話しの日本の企業の奥さん等がボランティアで教えるとしましても、恐らくは聞くこと、しゃべること、これはきっとできるでしょうね。やや進んで読むぐらいのことはできるかもしれません。しかし、書くということはなかなか大変だと思います。ところが、日本に来て研究するにつきましては、しゃべる、聞くぐらいのことはまずいいです。少なくとも読まなければだめなんです。なおできれば、書かなきゃだめなんです。書ければなお結構なんですが、しかし、そこまでいくにつきましては、やはり日本人は日本語はみんな知っている、だから日本語を教えることができるというのはせいぜいしゃべること、聞くことぐらいのことでして、それ以上のことはきちんとした教育の体制がないといかぬのではなかろうかということをひそかに考えておりますので、そのことだけ申し上げておきます。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 先ほど舟久保先生からいろいろお話を聞きまして、非常にたくさんの学生が今しかもだんだんふえつつあるというふうなことでございます。これは、ほかの大学、国立大学あたりでもかなり、非常に多いところはあるわけですが、そうすると、いわば一クラスが四十人か五十人としますと五組も六組もふえているということですね。これに対して、政府の方であるいは文部省の方で、それだけの定員と設備費というのは出しているんでしょうか。私は、それだけのお世話をされる人が、一方では教育、それから研究をやりながらまたこの留学生のためにいろいろ御尽力をいただいていると、とてもそれはやり切れないんじゃないかと、手が届かないのが当然じゃないかと思うんですが、それのための定員というのはどういうふうになっていますか。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 今おっしゃいましたのは日本語教育ということじゃなしに……

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 いえ、日本語じゃなくて全体含めてですね、研究指導とか教育とかを含めて。定員が少しもふえないで、それだけの余分なものを抱えてなきゃならぬということじゃないかと、こう思うのでお聞きしたわけです。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) わかりました。  おっしゃるとおりでございます。ですから、その意味で、先ほど申し上げましたように、留学生を受け入れるということは人間と人間との接触であるということをも含めまして、指導教官の非常に大きな言ってみればボランティア的な努力にまつところが大きい。それは基本的には認められますけれども、今はもはや限界に来つつあるというのがもう事実でございます。それは研究指導の面につきましてでございますけれども、同時にそれをバックアップしている今度いろんな事務的な手続がございますね。こちらの方がまた物すごく大変でございますて、先ほども申しあげましたように、留学生だけじゃなしに外国から来る滞在研究者が二千人にも及ぶ時代でもございますものですから——これも全部事務を通りますですね。そういうものを含めまして、事務並びに研究教育の現場で非常に定員が足りないというのは事実でございますし、ぜひこの点についてただいまのような御理解ある御協力をいただきたいと。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 これに対して文部省なり関係各省に、定員あるいは設備、事務員ですね、そういうものを含めて毎年要求をされているのでございますか。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 文部省の方は非常に理解がございまして、例えば東京大学でございますと、これはいつからでございますか国際主幹室というのをつくってくれました。これはもう全くごく最近の国際交流の発展に伴ってなんでございますが、新しいものが新設されまして、国際交流をバイトをしておられる方もあると思うんです。そういう方は大体どういうアルバイトが一番多いんでしょうか。あるいはこれは古川先生なり舟久保先生にお聞きしなけりゃならぬと思いますが、そういう留学生に対してアルバイトを周旋するようなカウンセラーなりアドバイザーなりを学校としてつくっておられるか、あるいはヘンドリクソンさんのような留学生の方はどこにどういうような相談を持ちかけてアルバイトを世話してもらっておられるか。これは、いろいろな雑誌とか週刊誌にもありますけれども、アルバイトに困って悪いアルバイトについて身を持ち崩した留学生もおるわけですね。現実におるんじゃないかと思うんです。そういう意味では、十分でない奨学金でどのように日本で生活をしておられるか、また学校やあるいはこういう協会ではどのようにそれを周旋しておられるか、もしできましたらヘンドリクソンさん、それからリムビプーワッドさんからもお聞きしたいと思うんです。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) そうですね。ある知り合いはずっとやっていたと思うんですけれども、詳しく聞いてなかったのですからよくわからないんですけれども、知っている限りに、別の友達に紹介してもらったと思うんですけれども、そのアルバイトのこと。さっきちょっと触れたのですけれども、ずっと部屋に閉じこもったという知り合いがいて、その人のことなんですけれども、ずっとどういうところでしたっけ、よくわからないんですけれども、何か工場でやっていましたが。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 たまに妙なアルバイトをすると、せっかく勉強に来ておってアルバイトだけして帰る。極端な例ですけれども、そんな、アルバイトの方に時間を奪われるというようなおそれがないかということも心配するわけなんです。ちょっと古川先生か川野先生か、どちらか。

古川晴風早稲田大学文学部教授

○参考人(古川晴風君) これは、御承知のように入国管理法というのがございまして、資格外活動というのは基本的には禁止されているわけですね。ただ、現状からして、入管の方でもある程度の時間、その種類によって大目に見ようというのが現実になっているわけです。ですから、大学として大っぴらに世話をするということも実ははばかられるということがあるわけです。現実に、例えば、私どもの大学ですと、外事課という課がございまして、それが留学生の世話を全部やっているわけなんですが、そういうところで内々に面倒を見てやっているということはございます。しかし、あくまで大学として大っぴらにやるということはなかなかできないわけです。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) 私のところでは寮に約二百人、大阪の方は約百人学生を預っておりますが、その人々のアルバイトの様子を見ておりますと、これは、やはり友人関係、先輩関係の縁故関係でやっているのがほとんどのようでございます。  お尋ねがないのに発言しちゃいかぬというようなことじゃなかろうかと心配しておるんですが、今の言葉の問題、それから学位問題についてちょっと発言をお許しいただけますか。  言葉の問題につきましては、人文・社会科学関係の学位の問題にも関係しますが、ごく最近のことを知りませんけれども、私の経験した範囲におきましては、人文・社会科学関係の学位審査につきましては、日本人を対象とした学位審査の仕組みになっているというところからくる障害があったことは確かでございます。つまり、それは、少なくとも英独仏等の外国語を二カ国語はマスターしていなければいかぬということで、これに対するテストが一つあります。それから、論文は当然のごとく日本語で書く、こういうわけです。ところが、外国から来た学生にとりましては、日本語自体が外国語なんです。したがって、もし二カ国語の外国語が必要としましても、その中の一つに日本語を入れるということは一つ便宜を図ることになるわけですね。しかし、それがなかなかそうはいかないということが一点。もう一つは、日本語でやはり論文を書かなきゃいかぬという、これは規定上の制約があるかどうか知りませんけれども、事実上指導した先生が、君はとにかく日本のことを研究して、特に日本の社会事情だの歴史だのとなりますと、日本語のことはわかっているはずだ、だから日本語で書けと。こういうことでなかなか書けないというコンブレインは私は聞いたことがございますが。そこで、問題は外国人の日本語の能力なんですが、まず聞く、しゃべる、読む、書く、幾つかの段階がございますね。今お話しの日本の企業の奥さん等がボランティアで教えるとしましても、恐らくは聞くこと、しゃべること、これはきっとできるでしょうね。やや進んで読むぐらいのことはできるかもしれません。しかし、書くということはなかなか大変だと思います。ところが、日本に来て研究するにつきましては、しゃべる、聞くぐらいのことはまずいいです。少なくとも読まなければだめなんです。なおできれば、書かなきゃだめなんです。書ければなお結構なんですが、しかし、そこまでいくにつきましては、やはり日本人は日本語はみんな知っている、だから日本語を教えることができるというのはせいぜいしゃべること、聞くことぐらいのことでして、それ以上のことはきちんとした教育の体制がないといかぬのではなかろうかということをひそかに考えておりますので、そのことだけ申し上げておきます。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 先ほど舟久保先生からいろいろお話を聞きまして、非常にたくさんの学生が今しかもだんだんふえつつあるというふうなことでございます。これは、ほかの大学、国立大学あたりでもかなり、非常に多いところはあるわけですが、そうすると、いわば一クラスが四十人か五十人としますと五組も六組もふえているということですね。これに対して、政府の方であるいは文部省の方で、それだけの定員と設備費というのは出しているんでしょうか。私は、それだけのお世話をされる人が、一方では教育、それから研究をやりながらまたこの留学生のためにいろいろ御尽力をいただいていると、とてもそれはやり切れないんじゃないかと、手が届かないのが当然じゃないかと思うんですが、それのための定員というのはどういうふうになっていますか。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 今おっしゃいましたのは日本語教育ということじゃなしに……

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 いえ、日本語じゃなくて全体含めてですね、研究指導とか教育とかを含めて。定員が少しもふえないで、それだけの余分なものを抱えてなきゃならぬということじゃないかと、こう思うのでお聞きしたわけです。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) わかりました。  おっしゃるとおりでございます。ですから、その意味で、先ほど申し上げましたように、留学生を受け入れるということは人間と人間との接触であるということをも含めまして、指導教官の非常に大きな言ってみればボランティア的な努力にまつところが大きい。それは基本的には認められますけれども、今はもはや限界に来つつあるというのがもう事実でございます。それは研究指導の面につきましてでございますけれども、同時にそれをバックアップしている今度いろんな事務的な手続がございますね。こちらの方がまた物すごく大変でございますて、先ほども申しあげましたように、留学生だけじゃなしに外国から来る滞在研究者が二千人にも及ぶ時代でもございますものですから——これも全部事務を通りますですね。そういうものを含めまして、事務並びに研究教育の現場で非常に定員が足りないというのは事実でございますし、ぜひこの点についてただいまのような御理解ある御協力をいただきたいと。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 これに対して文部省なり関係各省に、定員あるいは設備、事務員ですね、そういうものを含めて毎年要求をされているのでございますか。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 文部省の方は非常に理解がございまして、例えば東京大学でございますと、これはいつからでございますか国際主幹室というのをつくってくれました。これはもう全くごく最近の国際交流の発展に伴ってなんでございますが、新しいものが新設されまして、国際交流を専門にやってくれる部局もできたわけです、ただ、それよりも増員の方が多いというのが事実でございまして、先ほど私、数字で申し上げましたように、五年前と今ではもう倍になっているというような事態でもございますものですから、その点をぜひ御理解いただきたい。

高木健太郎公明党・国民会議

○高木健太郎君 何か、これはこちらの方で考えることでございますけれども、どれくらいふえたら定員が幾らというわけにもいかぬかもしれませんが、しかし、これは今定員を減員している最中ですからなかなか困難ではあろうと思いますが、一方ではこれは至上命令として、向こうから来るのを断るわけにもいかないというそういう状況であるので、我々としてこれは非常に関心が深いわけですが、関係の皆さん方の方からも十分納得のいくような申請なり要求なりを出していただきたいと、こう思うわけです。そうでないとせっかく来て日本を恨んで帰ったというような話もよく聞きますので、そういうことの起こらないように、ひとつ今のうちに要求は十分出しておいていただくというふうに思います。大体時間が来たようで……。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 今の件につきましては、一番末端のところが一番大変なんでございます。もちろんそういうもの、事務も新しい仕事でございますから、そこも先ほどのように専門の方がいなきゃ困りますが、一番末端で、ちょうど病院の看護婦さんと同じょうにそこで手当てする、さわっている人ですね。そういう意味で各学部あたりのところでおやりになっているところの手当てが非常に重要なのでございますが、その点をひとつまたお願いをするようなことをしたいと思っております。  例えば工学部では、ちょっと宣伝がましくなりますが、国際交流室というのが一つありまして、助手クラスの人が一人おりまして、これは英語の非常に堪能な人が生活指導もやっているわけでございます。そういうことがこれからぜひ必要になってくるというふうに思います。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 それでは質問させていただきます。  大変いろいろなことを勉強になりました。特に留学生のお二人の方におかれましては、本当に見知らぬ国で、その国の習慣やら言語やらいろんな壁に挑んで立派に業績を上げていらっしゃるということについて、私はもう心から尊敬の念を禁じ得ないものがあります。  それで、まずリムビプーワッドさんにお伺いしたいわけですが、あなたのお国ではアメリカに十倍以上留学なさるのに、その中であえて日本を留学地に二度まで選んだということで、いろんな魅力が日本にあったんだろうと思うんですけれども、その点についてもちょっとお聞かせいただきたいのと、日本人は外国人を非常に自分の国の国民と区別するというお話でしたけれども、具体的に日本の企業にはほとんど就職できないとか、保証人の問題とかいろいろあると思うんですけれども、あなたが感じていらっしゃる法律上の区別ですね、具体的におっしゃって下さい。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) このことに関しましては、私の個人の体験を通じましてお話ししましたわけですけれども、私費留学生の時代は大変苦労しました。その苦労というのは、やはり日本の方々とのつき合いがうまくいってないんです。いっているようにするのが苦労するんです。そのいっているというのは、実は私の方も日本語がこれだけマスターできたのも日本の友人、皆さんのおかげさまですけれども、そういうお互いを知り合うということ、お互いぶつかり合いながら、私より先輩の先生にしても、私の同じ同輩の学生にしても、そういうような状態の中で、こちらが怒ったり怒られたりとか、お互いがそういう中で成長してきているわけです。特に私の場合にはそういう経験がありました。  今お話ししました現地の日系企業の話なんですけれども、確かに一時オイルショックの後、ちょうど私が国で泰日経済技術振興協会で働いたころなんですけれども、そのころはまさにそういう問題がありまして、私がその協会に入る前、ある日系企業へ就職したんです。その日系企業にエンジニアとして入りまして、やはり言葉のことで、エンジニアの仕事というよりもそういう翻訳的な仕事の方をさせられたことも十分ありますし、それは企業の中の仕事ですから何の仕事をしても何でもプラスになると思います。そういうだけじゃなく、例えば私と同じ大学出て、そして現地へ派遣されているそういうテクニシャンですね。私よりそんなに年はとっていないですけれども、そういう方との間の仕事で、タイ人の私より部下みたいな感じがありまして、そういう間で板挟みというような感じですが、そういうようなこともやはり仕事の中なんですけれども、しかし、そういう役割を期待されているのは、やはりそれは日本で留学したこともあったから、そういうことを期待したというのは確かにそれは、私、今考えてみれば、それが悪いことではないと。むしろそれは自分にとってはプラスになっているんです。プラスになっているというのは、やはり仕事は何をしても——今なんか私、国費留学生として来ているんですけれども、家族そろって来ていますので生活上は大変苦労しました。つい去年の六月に、東大のインターナショナルロッジという新しい寮ができ。まして、それに運よく受かって今日に至っているんですけれども、それまではもうそれこそ学業を修めるために自分なりにアルバイトもしますけれども、そのアルバイトというのはやはり、例えばある——日本でジャパン・プログクティビティー。センターの仕事とかそういう仕事が、通訳なんですけれども、ですから、今通訳できだというのは当時そういう仕事ができたから今の通訳ができたと。そういう積み重ねの中で、仕事は何でも自分にとっては一生懸命やればプラスになるという私個人の考えなんですけれども、それが私にとっては運がよくそういうアルバイトができたんです。ずっとそれはタイから毎年いろんな工業視察団が参りまして、各分野の視察団ですけれども、それにくっついて一緒に、学業、勉強の傍らそういうことをしてきたわけですね。  その中にいろんなめぐり会い、いろんなことがありまして、例えば、その前に宿舎はある地域の、駒込あたりですけれども、その辺にほとんど個人住宅が多くて、そういうところに二年ばかり、貸し家ですけれども、上と下部屋しかなくて、下のを借りて家族で住んでいるんですけれども、そういう中でも近所の方々ですか、まさにそれが恐らく昔からそういう伝統的にその辺がまとまったような変わっていないような住宅に住んでいる方々だったかもしれませんけれども、そういう方々から受けたイメージは余りよくはなかったんです。  どこがよくなかったかというと、例えば子供を持っているから、子供のしつけの違いによってもやはり子供同士の問題が、そういう私たちがしつけ方が厳しいですから、そういう違いがありますけれども、そういう反感の目で見られることもありますし、あるいは人のうちの玄関の前に井戸端会議をよく開いてうるさくするとか、人が通ればあいさつしてもあいさつしてくれなくて知らんぷりするとか、そういうまさに一般国民から私が受けたイメージは、私によくしてくださった方々に大変申しわけないです。こんなことを言うのは。すごく恵まれて教わりながら、一方ではそういうすごく日本の民族的な偏見を持っているかどうか知りませんけれども、そういうことも一緒に並行しながら見てきて成長してきております。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 はい、わかりました、どうも。  今インターナショナルロッジの話が出たんですが、舟久保先生に伺いますが、これは夜間人を置く体制があるのかどうかということだけちょっとお伺いします。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 管理人と、それからそのほかに若い助教授の先生が一家族、救急の場合を含めてしゃべるということもございますので、そういうダブルのシステムでそこへ住み込んでおります。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 はい、わかりました。  それから、川野先生に二点お伺いしたいんです けれども、留学生のスムーズな受け入れ等のために各大学との意見交流の場というのが非常に必要だと思うんですけれども、それはどのように設けられているんでしょうか。  私、最近、名古屋大学の職員組合ですか、「名大における留学生問題の現状とその改善方策の模索」というのをお出しになって、学長もかなり評価していらっしゃるというお話を聞いたんですけれども、こういう活動についてどうお考えなのかという点が一つです。  それから二点は、留学生のアフターケアの問題なんですけれども、今人手がなくてなかなかやりにくいという話がありましたけれども、現在どのようなアフターケアが行われているのか。  その二点について伺います。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) 第二点の方から申し上げますけれども、アフターケアにつきましては、一つは留学を終えて帰る場合に登録を、つまり帰国後資料の送付その他を希望する者につきましてはそれを登録をしてもらいます。それは五年間ですね。一年間三万円平均の範囲におきまして、その希望する学術雑誌その他を送るということでやっておりますが、これが一つのアフターケアでございます。  それから、三年に一遍ぐらいずつ在外公館等の御協力を得まして卒業者の名簿をつくっているということでございます。  そのほかのことにつきましては、先ほど申し上げましたように、もっと日本の事情を知らせるといったふうなこと等も必要じゃないかと思っておりますけれども、まだそこまでいっておりません。  それから、前段ちょっと私、御質問の趣旨がわかりかねたんですが、ちょっと恐縮ですが……。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 大学なんかとのいろいろな交流があるんじゃないんですかということなんですけれども。  留学生を受け入れている各大学と、それから国際交流機関である教育協会とはほとんど交流がないんですか。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) もうしょっちゅう交流しておりまして、例えば学生諸君が医療を受けまして、医療費がかかった場合におきましては、所属の大学を通じまして、何という学生は幾らの医療費の支出をしたということでそれに対してまた八〇%を協会から送るとか、その他宿舎費の補助にいたしましても、当該の大学等を通じまして出しておりますから、もう非常に頻繁にございます。  お話しの点は、そういうビジネスとしては仕事の上で接触が日常あるわけでありますが、それ以外に相互の意思の疎通を図る情報の交換をする場があるかと、こういう御質問かと思っておりますが、これにつきましては、留学生の世話をなさっているところの先生方と私どもとの研究の場というものもありまするし、それから、留学生の世話をしている職員の研修会というのもありまして、これはみんな文部省がこの中に立っていただいているわけでありますが、そういうことでやっております。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 舟久保先生に再度お伺いいたしますが、先ほどのお話の中で、交流協定が優秀な学生を受け入れるために力を発揮しているというお話でしたけれども、優秀な学生というのはもちろん日本の判断基準においての優秀な学生ということなんですけれども、最後に伺いたいのは、留学生を受け入れる目的です。優秀な学生という言葉が五、六回先生の口から出たんですけれども、優秀な学生を受け入れるということが留学生受け入れのすごくその目的なのか、その目的との関係でその点ちょっと私、お話伺っていてわからなかったものです。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) 優秀というのは、特にほかよりも秀でていなければいけないというか、ぬきんでていなければいけないという意味で申し上げたわけじゃないんですが、先進国の中には五、六年ぐらい前までは日本に行って経験をしてきたいというようなつもりで来る者もおりましたわけです。最近は先ほども申しましたように、非常にシビアになりましたので、そういう無目的の人はいなくなったわけでございますが、特に工学関係では研究目的がなくって来られるのは非常に困るわけでございます。そういうような意味で優秀というのは本当に勉強をするつもりで来る学生ということの意味で申し上げたわけなんでございます。そのときに交流協定がございますと、先方どこちらとの間に意思の疎通がございますので、こういうような手段を使って、ただ日本体験をしてきたいというような者が間違ってでも来ることはないという意味でございます。もちろん文科系統でございますれば、日本体験そのものが研究になるということもございますと思いますけれども、少なくとも技術系では、それだけでは私どもは困るわけでございますので、その辺が非常に意思の疎通がよくいくという意味でございます。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 そうしますと、優秀という意味は留学生としてきちんと勉強してこようと、そういう意思のある学生であればという、そういう意味にとっていいわけですね。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) おっしゃるとおりでございます。

吉川春子日本共産党

○吉川春子君 終わります。

小西博行民社党・国民連合

○小西博行君 きょうは大変勉強さしていただいたわけでございます。というのは、各参考人の皆さん方からそれぞれ御意見をいただいて、なおかつ同僚議員の方から質問を積み重ねるということでありますから、随分もう後の方になりますと、ほとんど言い尽くされたような実は感じもするわけでありますが、時間もいただいておりますので何点か質問さしていただきたいと思います。  特に、リムビプーワッドさんにひとつお願いしたいんですが、実は私も二、三年前にタイの方へ参りまして、AIT、大学院大学というのがありますね、五百人規模でやっておられました。そのときに日本人の留学生が全然いないというお話でございました。あそこには相当日本からも資金が融通されておりまして、かなり私、日本人がいるんではないかと思いまして参りましたら、実は大学の先生は七人ほど派遣されておりまして、文部省に聞きますと、最近はまた何名か学生が入っているというふうに聞いているんですが、現地ではあのAIT、大学院大学の評価、これは率直にどうなんでしょうかね。お聞きしたいと思います。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) 私の知った限りでいいですか。  この大学は、それなりの意味、目的を持って創立されたわけで、エーシャン・インスティテュート・オブ・テクノロジー、要するに、そういうASEANの中で中枢的な教育機関の役割を果たそうとして発足したんだと思いますけれども、専門分野の方で言いますと、かなりいろんな分野がありまして大学の運営もやり、各国の先生方が行って教えたりするだけでなくて、その運営の方もやっているわけで、一般のタイの学生が見ますとかなり入るのが難しくて、タイは東大みたいな伝統的な大学がありまして、チュラロウコン大学がありますけれども、チュラロウコン大学とまた違った意味で難しさを持っているんです。その大学に入れば文句ないですけれども、最高なんですけれども、教育の方も研究の方も、私が働いたころよくその大学から衛生工学の先生とかいろんな先生と接触したことがありますけれども、かなりまじめに各先生も熱心でやっているんです。最近、私の知っている先生なんですけれども、日本の方からも東大から有名な先生なんですけれども、留学生の方を一生懸命世話してくださる先生で、そちらの大学の方もかなりそういう日本から立派な先生がいらっしゃっているということを高く評価しているようであることを聞いております。

小西博行民社党・国民連合

○小西博行君 舟久保先生にちょっとお聞きしたいんです。  そういうような、タイでも非常に高く評価されている大学院大学なんですね。あれは授業はたしか全部英語でやるんですね。日本人はアメリカにしても西ドイツ、ヨーロッパですね、こういう先進諸国に対しては、できる人はどんどん出ていくんですね。私は非常にいい大学だと思って帰ってきたわけです。つまり、もうASEAN諸国の皆さん方か大勢あそこに集まっているということもありまして、まあ一番近くということもあっていいんではないかと思ったんですが、そういうPRといいますか、こういう大学院大学がありますと、こういう内容のものがあるんだということを先生方も十分御承知なんでしょうか。

舟久保煕康東京大学工学部国際交流委員会委員長

○参考人(舟久保煕康君) AITについてでございますか。  AITについては非常によくわかっております。と申しますのは、いまポンチャイ君から話がございましたように、AITには日本の幾つかの国立大学を含めまして協力をしているということもございまして、私の方からも先ほど話しましたように、教官が何回も出ております。そういう意味で、割と詳しく全体の教官が一応よく知っているというふうに思っております。それで、あそこからも逆に、先ほど申しました社会基盤の日本政府の国費留学生にもかなりAITを重点にしてこちらへ呼んできているというようなこともございます。

小西博行民社党・国民連合

○小西博行君 川野先生、この提言は非常に私も参考になったわけなんでございますけれども、このデータを見ますと、この人文科学系ですか社会科学系、これがおのおの三〇%とか二三%ぐらいですね。ウエートが非常に高いわけですね。私はもう工学とか理科とか、こういう分野が非常に日本へ留学してくる場合高いんではないかという気持ちでおったんですが、全然予想を覆してこういうことになっておるんですが、これはやっぱり国によっても随分専攻する内容が変わるんじゃないかと、さっき開発途上国というようなお話がありましたが、そういう国々では、やはり理工科系といいますか、そういうものを志向するという意味があるんでしょうか。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) 具体的な数字につきましてはお役所で掌握しておられるかと思っておりますけれども、私どもの印象としましては私費留学生につきましては、一つはやはり景気の関係もあるんではないかと思うんです。人文・社会科学系の方が入りやすいと申しますか、それから同時に日本に来ること自体につきましても、多少貿易その他の関係の縁故があるとかというふうなことで、存外にといいますか、人文・社会科学系の学生が私費の方において多いというふうなことになっているんではないかと思っております。

小西博行民社党・国民連合

○小西博行君 実は、去年韓国へ参りまして韓国の政治家、国会議員それから向こうの学者の皆さん方と接触する機会があったんです。そのときに、どういう大学あるいは大学院出ておられますかということで皆さん方にお話ししました。私は日本の東大も世界の東大だと、国際大学としても堂々とやれるんだと、こういう概念を持っていろいろお話をしたわけです。そうしますと、留学生の数から見てもわかりますように、東大を卒というのが非常に少なかったんですね、あるいは大学院へ行きましたというのが。まず一番多かったのは、やっぱりアメリカの大学、その中でもハーバードというのが非常に多かったわけです。だからソウル大学出た後、政権交代ありましたから、あの時代に皆さん海外の大学院で学位を取って、そして現在の研究生活であるとか政治活動をやっている。それを見て実はびっくりしたわけですが、東大というのはどうなんでしょうかね。私は国際大学として大いに発展すべきだと思うのですが、どうも何か日本国有の大学であるような感じがして最近ならないのです。ですから、これちょっと余談になりますが、オリンピック問題にしても何にしても、やっぱり先輩、後輩、同期というのが世界じゅうに散らばるような体制というのは、どうもアメリカでありイギリスであり、その辺の大学を中心として展開されているような気がするのです。その点に対して何かお考えがございましたらちょっと。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) お話のとおり、例えばタイのタマサート大学でも、日本の元留学生たる資格を持ったところの先生、たった二人しかいない。それからマラヤ大学でもたった二人ですね。タマサート大学の場合におきましては、先生方の九五%が外国で勉強し学位を取った方々。そのうちの九〇%はアメリカと、こういうふうに聞いております。したがいまして、まことにりょうりょうというか、本当に暁天の星のごとしというような感じかと思っておりますが、これについては別に東大の責任ではないと思っておりますが、要するに東大を初めとしまして、たくさん来てくれればいいんですけれども、来てくれた後、問題はそれの歩どまりですね。歩どまりについて私どもとしましてはもっと努力すべきじゃないかという感じがいたしますが、それは何かと申しますと、先ほどアフターケアの話がございましたけれども、文献、資料等を送る以外に、そういうふうな人々のおるところにつきましては、その他の研究資材等につきましても重点的に援助するということを乱やりまして、そこで今度その先生方に習った学生諸君が、君、やっぱり日本はいいぞということでどんどん推薦してくださる、こういうことでその流れが起こることを私どもはその報告の中でも期待しておるのですけれども、そういう意味では流れにつきましては、やはりいきなり理想もできませんから、現状から一歩前進するについてはどういうことが必要かと、こうなりましたら、ぜひアフターケアについても特段の私は予算上の御支援をいただきたいと、先ほど申し上げなかったんですが、実は予算が足りませんで、大分苦情を受けるのですよ。約束したじゃないか、ちっとも本送ってこないじゃないかというようなことで、これはまあこんなことを記録に残しますと、また余りうまくないかもしれませんけれども、実情はそういうことでございますので、よろしくお願いしたいと思うのです。

小西博行民社党・国民連合

○小西博行君 ですから、私はもう結論は、参考人の皆さん方がおっしゃること一つ一つごもっともだと思います。きょうは自民党の皆さん方も大分おりますから、我々も含めまして本当にそういう対応をしていかないと、日本だけ孤立してしまう、そういう感じが前々から経済的にも感じておるのですよ。そういう意味でこれから先これを参考にして大いに議論をし、そして何とかこれは将来の予算化に向けて頑張っていきたいと、このように考えます。  以上で終わります。

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) 続きまして、美濃部君。

美濃部亮吉参議院の会

○美濃部亮吉君 私は留学生のことについてはほとんど全く素人で知識がございません。ただ、私自身一九三二年から四年までですか、ベルリンに留学をして勉強した経験がございます。その経験に照らしても語学の問題が非常に重要なんではないか、殊に、自然科学は別として人文科学になりますと、その国の言葉が、つまり日本語がどのくらいわかるかと、つまり話すと聞くというだけではなくって、もう少し日本語が十分に、何といいますか、練達していないと何にもならないんじゃないだろうかという気がいたします。  私がドイツに留学いたしますときに大内先生に、一体どういう勉強をしたらいいだろうかと伺いましたらば、君、向こうの大学に入って勉強するなんてだめだよと、みんないっぱし講義がわかったような顔をしているけれども、わかりっこないんだと、あれはドイツ語で十年くらい、ドイツ語になれなければとても講義なんて聞いてわかるものじゃないと、わかるのはこっちが知っていることだけなんだからね。それは向こうの大学に行ってどういうものであるかという空気を知ることが大事だから、それは入っていいと。しかしながら、本当を勉強するなら新聞だと、だから新聞を隅から隅まで一つの新聞でいいからドイツの新聞を読みたまえ、それが一番の勉強になるということを言われまして、そうしてベルリン大学のレーデラーさんの講義を聞いてつくづく思ったのは、先生の言ったとおりで何にもわからない、わずかにわかることは自分の知っていることで、ゼミなんかに出てみてもほとんど、全く語学的にだめだと。それで新聞ばっかし読んできたわけなんでございますけれども、いまはいろいろ違っているかどうかは知りませんが、そういう私の経験から見ても、日本語がよほど達者でない、つまり聞 くと見るとそれから読むと、それまではできても書くことができないし、それから日常のラジオもテレビもわからない、そうして日常の向こうのドイツ人同士で話していることはわからないんですね、これはとてもわからない。私と面と向かって話すのは気をつけてくれますからわかるんですけれども、向こう同士の言葉は全くわからない。これがわかるようにならなければとてもだめだと思って、二年半留学いたしましたのはそれだけのことはあったと思いますけれども、本当の知識をどれだけふやしたかということになると全く疑問だと言わざるを得ないんです。  それで一つ川野さんに質問しておしまいにいたしますけれども、やっぱりいまでもそうなんでしょうか。もしそうであるといたしますと、つまりたくさんに留学生をふやすということよりも、日本に来て本当に知識をふやすような、何といいますか、教養を持った、そうしてそういう環境を持っているそういう方々を少しでもいいから来ていただくと、量よりも質に重きを置いて考えるべきじゃないだろうか、余り外国の留学生が少ない少ないと、少なくても本当の勉強してくれる人がいるのならば、僕はそれでいいじゃないだろうかと、そう思うんですけれども、いかがでございましょう。

川野重任日本国際教育協会理事長

○参考人(川野重任君) 私は、いわゆる留学の経験がございませんので、よくわかりませんが、恐らく美濃部先生がおっしゃったことは大部分の日本から海外に留学する皆さんに当てはまることじゃないかという感じがいたしますが、まず二点ほど申し上げたいんですが、一点は、結局、英語でレクチャーをしまして英語で聞くということができる条件が双方にあれば、その範囲においては、先ほど舟久保先生のお話がございましたが、そういう場を用意するというのは非常に僕は大事なことじゃないかと思っておりますね。それからもう一つ、日本語で講義をしまして、試験その他受ける方でも完全に日本語をマスターしろというのも一つの極端な形かと思っております。そこまでいくにはしかし美濃部先生お話しのとおり、これはなかなか容易じゃないでしょう。特に日本人は中学から英語を勉強しておりまして、それでもって外国で非常に苦労する。海外から来る彼らはごく数カ月あるいは数年間しか勉強してない。これは私は望んでも無理なことじゃないかという感じが実はします。そうしますと、その中間があるんじゃないだろうか、中間ですね。中間は何かと申しますと、講義は日本語で聞く、それから聞く方は大体わかる。そのうち同じところに二年も三年もおりますとしゃべれるようになってくる。それから物も読めるようになった。しかし書くことはなかなかできないという場合には、リポートは英語でもいいしフランス語でもいいし、ただ問題は、それを審査する先生の方の条件があるかないかということにかかるわけですからね。その中間でもちまして双方が歩み寄りまして、歩み寄ったところでもっていろんな組み合わせの教育があるんじゃないかと、こんな感じがいたしますね。これが一点。  それから、美濃部先生のおっしゃるのは、むしろ量よりは質だとおっしゃるわけでしょう。量よりは質だというふうな言い方を逆にとりますと、質を無視して量をというような言い方になるかと思っておりますが、そういうふうなことを言っておるつもりではございませんで、今の限られた中におきましても一層成果を上げるような教育ができ、またそれが呼び水になりましてどんどん来ることが必要じゃなかろうか。決してこれは十万人とか五万人というものをばそれを目標としているのじゃなしに、それくらいのものがいわば流れとしまして黙っていても自分の金を使ってでも来るというふうなことに考えるべきじゃないか。そういうことを考えるにつきましては、しかしながら、やはり国の力というものが、初めは各種の環境条件をつくるということについて呼び水になるほかはないのではなかろうかと、こういうふうな構想でございますので、決して量本位でもって質を無視というわけではございませんで、ひとつ御理解いただきたいというふうに思います。

美濃部亮吉参議院の会

○美濃部亮吉君 お二方の留学生の方々はどういう御感想をお持ちでございましょうか。お二人さんは大変に秀才でしょうから、そういう話学ができて、そうして十分知識を吸収でき得る素地を持っておられると思いますけれども、皆さん方のような素地を持っておられない方が相当の人数おられるんじゃないだろうか。そういう方々は日本に留学することによってどれだけのプラスを得られるのか、そういう点ちょっとお話し願いたいんですけれども。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) 美濃部先生のお答えにならないかもしれませんけれども、語学のことで、あとは提言二十一世紀のことはそれは日本の先生方皆さんが考えることであって、私の方から言えるのは経験として、語学のマスターの仕方なんですけれども、先生がおっしゃるとおりに、学部生活の時代はもう全く先生の講義聞いてもわからないんです。おっしゃるとおりに、自分で苦労しまして、やはりテレビとか新聞とか、最初は小学生新聞を、来たばかりのころですね、それを並行して自分で勉強して、テレビも見て、見ながらわからない言葉も字引を引いて、ウォーキング・ディクショナリーみたいにいつもポケットに入れて、どこへ行っても持っていって。私自身の話学の方は幸い日本語のほかに英語、中国語——北京語ですけれども、できますので、そういう基盤があるので、いつでもそれに対比しながら、頭の中で言葉とそういう対比をしながら考えて、意味を素早く自分で覚えてやっていくんですけれども、それにしても書くことができなかったんです。書くことができなかったけれども、それも何かの方法がないかと自分で考えて、それは人の前で——弁論大会とかというのがあるんですよね。そういう弁論大会も何回も何回も出たんです。それによって自分が書いた文章がそれでブラッシュアップされてよくなって、あるいは、日本の友人に同じ東京にいても会わないで、わざわざ手紙でやりとりするとか、そのような調子ではかりやって、手紙の方がうまくなって、勉強の方は余り学部時代は自分にとっては満足ではなかったんです。それにしてもまだ日本語は完全に文章としてマスターして書けなかったんです。だれかに見てもらって直してでなきゃ自分は安心できない。そういう状態で、そのまま国へ帰って仕事をして、二度目の留学になると、どういうわけか、そのいままでの努力の積み重ねによって、自然に自分の方がすらすら日本語も書けるようになって、もう日本人の学生の日本語よりも恥ずかしくない自信のあるような日本語ができるようになって、いまの論文もみんな日本語で、英語は後から書けるんですから、まず、せっかく日本にいるから日本語をマスターして、日本語というのは日本の文化を知るという一つのいいチャンスですから、語学はその国の人間の構造とか、そういうすべてが仕組まれるような感じですから、そういう意味において、私は常々緻密な道を歩いて自分を改造してやってきたんです。

美濃部亮吉参議院の会

○美濃部亮吉君 それだけ御苦労されて、知識としては何を勉強なすったんでございますか。

ポンチャイ・リムビプーワッド東京大学大学院生

○参考人(ポンチャイ・リムビプーワッド君) 私の専門は建築ですけれども、もともとは建築じゃないんです。機械工学ですけれども、それも建築の専門書も読んで自分で理解して建築の論文を書くようにしたんですけれども。

美濃部亮吉参議院の会

○美濃部亮吉君 はい、ありがとうございました。

デヴィッド・C・ヘンドリクソン筑波大学研究生

○参考人(デヴィッド・C・ヘンドリクソン君) 私の場合ですと、もう何回も申し上げましたが、筑波大学では中国人、西洋人などが同じ授業に入っているんですから、中級に入りますと、特に台湾の人ですと、もう漢字も知っているんですから、あんまり文法を勉強するわけじゃないんです。アメリカ人などの留学生は文法なども勉強しないとわからない場合も多いですし、漢字も勉強しないとわからないんです。  これはまた筑波の問題になるかもしれませんが、茨城県にあるんですから周りの方言が全くわからない人が多いんですね。私もそうなんです。 ですから、周りの環境からあんまり日本語が勉強できないんです。そうなると、特に台湾の人とか香港の人とか、よくテレビから日本語とか日本の事情を勉強しているわけです。もう泣きたいこともあるんですけれども……。日本人にはほんとにばかばかしい番組を見て、うんうんと納得する台湾人がいるんですから、もうそれは大変な誤解になると思うんです。ですけれども、それにはどうすればいいかわからないんですから、何か留学生のための、日本の文化はこうだという授業があればいいと思うんですけれども、つくれればいいけれども、つくられるかどうかわからないんですが、そういうことは非常に悲劇なことだと思うんです。

美濃部亮吉参議院の会

○美濃部亮吉君 どうもありがとうございました。  御苦労さまですけれども一生懸命やってください。どうぞお願いいたします。

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) 他に御発言もなければ、参考人の方々に対する質疑はこれにて終了いたします。  この際、一言ごあいさつを申し上げます。  参考人の方々には、長時間にわたり貴重な御意見をお聞かせくださいまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手)  ありがとうございました。     —————————————

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) この際、派遣委員の報告に関する件についてお諮りいたします。  先般、当委員会が行いました教育、学術及び文化財の保護に関する実情調査のための委員派遣につきましては、各班からそれぞれ報告書が提出されておりますので、これを本日の会議録に掲載することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

長谷川信自由民主党・自由国民会議

○委員長(長谷川信君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいいたします。本日はこれにて散会いたします。   午後五時七分散会      —————・—————

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