予算委員会第三分科会 第1号
- 発言数
- 531 件
- 登壇者
- 37 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1984/03/10
会議録
○石原主査 これより予算委員会第三分科会を開会いたします。 私が本分科会の主査を務めることになりました。よろしくお願いいたします。 本分科会は、文部省及び自治省所管について審査を行うことになっております。 なお、各省所管事項の説明は、各省審査の冒頭に聴取いたします。 昭和五十九年度一般会計予算、昭和五十九年度特別会計予算及び昭和五十九年度政府関係機関予算中文部省所管について、政府から説明を聴取いたします。森文部大臣。
○森国務大臣 昭和五十九年度文部省所管予算につきまして、その概要を御説明申し上げます。 昭和五十九年度の文部省所管予算につきましては、現下の厳しい財政状況のもとに、臨時行政調査会の答申の趣旨をも踏まえつつ編成いたしたところでありますが、文教は国政の基本であるとの認識に立ち、教育、学術、文化の諸施策について予算の確保に努めたところであります。 文部省所管の一般会計予算額は、四兆五千七百二十億四千百万円、国立学校特別会計予算額は、一兆六千十八億千百万円でありまして、その純計額は、五兆千二十一億六千四百万円となっております。 この純計額を昭和五十八年度の当初予算額と比較いたしますと、六百九十七億九千八百万円の増額となり、その増加率は、一・四%となっております。また、文部省所管の一般会計予算額は〇・八%の増加、国立学校特別会計予算額は五・七%の増加となっております。 何とぞ、よろしく御審議くださいますようお願い申し上げます。 なお、時間の関係もございますので、お手元に配付してあります印刷物を、主査におかれまして、会議録に掲載せられますよう御配慮をお願い申し上げます。
○石原主査 この際、お諮りいたします。 ただいま文部大臣から申し出がありましたとおり、文部省所管関係予算の概要につきましては、その詳細な説明を省略し、本日の会議録に掲載いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○石原主査 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔森国務大臣の説明を省略した部分〕 以下、昭和五十九年度予算における主要な事項について、御説明申し上げます。 第一は、初等中等教育の充実に関する経費であります。 まず、義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数につきましては、昭和五十五年度から第五次改善計画が発足したところでありますが、昭和五十九年度は、教職員定数の改善増につきまして、いわゆる行革関連特例法の趣旨を踏まえて、改善計画の第五年次分として九百七十二人の増員を行うことといたしております。 また、教職員の資質の向上を図るため、新規採用教員等研修、免許外教科担任教員研修、教員の海外派遣、教育研究グループ補助、教育研究団体への助成など、各種研修を実施するほか、新たに教育指導全般の充実を図るための事業の一環として新任教務主柱研修を行うことといたしております。 次に、児童生徒の問題行動を未然に防止し、その健全な育成を切望している国民の期待にこたえるため、まず、道徳教育の充実方策として、新たに学校・家庭連携推進校の指定及び道徳教育用郷土資料の研究開発を進めるとともに、指導資料の作成配付、校長等指導者養成実践講座の開催等を行うことといたしております。さらに、生徒指導の充実強化につきましては、新たな児童生徒が豊かな自然環境の中で規律ある集団宿泊生活を通じて学校教育活動を行う自然教室推進事業を実施することとしたほか、教育相談活動推進事業及び生徒指導担当教員の研修の拡充を図るとともに、中学校生徒指導推進会議等の開催、生徒指導推進校や勤労生産学習研究推進校の指定等の事業を行うことといたしております。 義務教育教科書の無償給与につきましては、これを継続することとし、所要の経費を計上いたしております。 幼稚園教育につきましては、保護者の経済的な負担の軽減を図るための幼稚園就園奨励費補助を行うほか、幼稚園施設の整備を図ることといたしております。 特殊教育につきましては、重度・重複障害児のための介助職員の増員を図るとともに、心身障害児の適正就学の推進等を行うことといたしております。 さらに、児童生徒等の健康の保持増進に係る事業の推進に努めるとともに、学校給食につきましても、豊かで魅力ある学校給食を目指して、学校給食施設・設備の整備を図ることといたしております。 次に、公立学校施設の整備につきましては、校舎等建物の新増改築事業について、必要な事業量の確保を図るとともに、現行の急増用地取得費補助制度の拡充による過大規模校の分離の促進、多目的スペース確保のための小・中学校校舎基準面積の改定、積雪寒冷地における高等学校屋内運動場基準面積の改定等の制度改善を行うこととし、これらに要する経費として、四千七億円を計上いたしております。 なお、新たに学校教育制度に係る諸問題について調査研究を行うこととしたほか、要保護・準要保護児童生徒援助の充実、地域改善対策としての教育の振興、定時制及び通信教育の振興、理科教育及び産業教育の充実、英語教育の振興など、各般の施策につきましても所要の経費を計上いたしております。 第二は、高等教育の整備充実に関する経費であります。 まず、放送大学につきましては、昨年四月に設置し、広く国公私立大学との連携協力のもとに、放送を効果的に活用した大学教育の実施を推進することといたしておりますが、昭和革十九年度には、昭和六十年四月の学生受け入れに向けて、放送局の開局、学生募集の開始など、所要の諸準備を遺漏なく進めることといたしております。 次に、育英奨学事業につきましては、日本育英会の学資貸与について、現行の無利子貸与制度を根幹として存続させながら、その改善を図るとともに、量的拡充を図るため、財政投融資資金の導入により、新たに有利子貸与制度を創設することとし、政府貸付金八百二十二億円、財政投融資資金六十五億円と返還金とを合わせて、千百八十四億円の学資貸与事業を行うことといたしております。 また、国立大学の整備につきましては、長崎大学医療技術短期大学部を創設することとしたほか、地方における国立大学を中心に、教育研究上緊急なものについて、学科等の整備充実を図ることといたしております。 大学院につきましては、北見工業大学、図書館情報大学並びに高知、佐賀及び大分の三医科大学に新たに大学院を設置するほか、研究科、専攻の新設等を行うことといたしております。 附属病院につきましては、新設医科大学の附属病院を年次計画に基づき整備するほか、既設の附属病院についても、腫瘍センターの新設、救急部の増設など、その充実を図ることといたしております。 おお、国立大学の授業料につきましては、諸般の情勢を総合的に勘案し、昭和五十九年度に、これを改定することといたしております。 このほか、公立大学につきましては、医科大学、看護大学等の経常費補助等について所要の助成を図ることといたしております。 第三は、学術の振興に関する経費であります。 まず、科学研究費補助金につきましては、独創的先駆的な研究を推進し、わが国の学術研究を格段に発展させるため引き続き充実を図ることとし、昭和五十八年度に対して十億円増の四百五億円を計上いたしております。 次に、重要基礎研究につきましては、エネルギー関連科学、加速器科学及び宇宙・地球環境の解明についても一層の進展を期するとともに、特に、対がん十カ年総合戦略に関連する研究の推進を図ることとし、これら重要基礎研究に要する経費として四百七十六億円を計上いたしております。 なお、学術研究体制の整備につきましても、文部省所轄研究所である国立遺伝学研究所を国立大学共同利用機関に改組、転換するなど各般の施策を進めることといたしております。 第四は、私学助成に関する経費であります。 まず、私立の大学等に対する経常費補助につきましては、臨時行政調査会の答申等もあり、二千四百三十八億五千万円を計上いたしております。この中で、特色ある教育研究に対する特別補助百億円をあらかじめ計上するほか、私立大学等の研究装置等施設整備費補助についても四十億円を計上し、教育研究の推進に配慮いたしております。 なお、最近におけ各私立大学をめぐる諸問題の発生にかんがみ、学識経験者等による学校法人の運営に関する調査、指導を行うための経費を計上し、学校法人の管理運営の適正化に資することといたしております。 また、私立の高等学校から幼稚園までの経常費助成を行う都道府県に対する補助につきましては、大学等と同様臨時行政調査会の答申等もあり、七百十六億円を計上いたしております。 日本私学振興財団の貸付事業につきましては、政府出資金五億円及び財政投融資資金からの借入金四百三十四億円を計上し、自己調達資金と合わせて昭和五十八年度と同額の八百五億円の貸付額を予定いたしております。 また、専修学校につきましては、大型教育装置に対する補助、生徒に対する奨学金の貸与、国費外国人留学生の受け入れの拡充を図るほか、新たに教員研修事業費等補助の対象に教育内容等改善研究協力校事業を加えるなど、専修学校教育の一層の振興を図ることといたしております。 第五は、社会教育の振興に関する経費であります。 まず、地域における社会教育活動の拠点となる公立社会教育施設につきましては、引き続きその整備を図ることとし、これらの施策に要する経費として百三十一億円を計上いたしております。 また、社会教育活動の振興を図るため、社会教育主事、社会教育指導員等の社会教育指導者層の充実に努めるとともに、青少年、成人、婦人、高齢者など各層に対して、学習機会を提供し、地域連帯意識を醸成するための地域活動を促進するなど、社会教育の幅広い展開を図ることとして所要の経費を計上いたしております。 さらに、青少年の健全育成に資するため、家庭教育の充実に努めるほか、計画的な設置を進めております国立少年自然の家につきまして、福井県小浜市に第九番目の少年自然の家を設置することとし、所要の経費を計上いたしております。 第六は、体育・スポーツの振興に関する経費であります。 国民の体力づくりとスポーツの普及振興につきましては、広く体育・スポーツ施設の整備を進めるため、社会体育施設、学校体育施設について、その整備に要する経費として百九十二億円を計上いたしております。 また、学校体育につきましては、学校体育実技指導者の資質向上に努め、格技指導推進校の拡充を図るほか、学校体育大会の補助についても所要の経費を計上いたしております。 さらに、生涯スポーツ推進事業について一層の拡充を図るなど、家庭、学校、地域における体力つくり事業の充実を図り、たくましい青少年の育成と明るく活力ある地域社会の形成に資することといたしております。 なお、日本体育協会の行う選手強化事業や国際交流事業等に対して補助を行うとともに、国民体育大会の助成など各般の施策につきましても所要の経費を計上いたしております。 第七は、芸術文化の振興と文化財保護の充実に関する経費であります。 まず、地域社会における文化の振興につきましては、こども芸術劇場、青少年芸術劇場、移動芸術祭等の施策を行うとともに、新たに中学校芸術鑑賞教室を実施するための経費を計上いたしております。 また、芸術文化創造の援助等につきましては、芸術関係団体の創作活動に対する補助、芸術家研修、芸術祭について所要の経費を計上するとともに、中国引揚者に対する日本語教材等を作成するための経費を計上いたしております。 次に、文化財保護につきましては、国民の貴重な文化遺産の保存、活用を図るため、国宝・重要文化財等の保存整備、埋蔵文化財の発掘調査、史跡の整備・公有化を進め、また、天然記念物の保護及び食害対策を充実するとともに、昭和五十八年度に開場した国立能楽堂及び国立文楽劇場の事業を充実するなど、伝統芸能等の保存伝承を図ることといたしております。 また、文化施設の整備につきましては、地域社会における文化振興の拠点となる文化会館、歴史民俗資料館等の地方文化施設の整備を図るとともに、国立文化施設については、かねてより準備を進めてまいりました第二国立劇場について建設に必要な建築設計競技を行うこととし、そのための経費を計上いたしております。 第八は、教育、学術、文化の国際交流・協力の推進に関する経費であります。 まず、発展途上国への協力等の観点から、国費留学生の新規受け入れを拡充するとともに、外国政府がわが国に派遣する留学生のための予備教育への協力及び受け入れを進めるなど、留学生に関する事業を積極的に推進することとし、そのために要する経費として八十九億円を計上いたしております。さらに、ユネスコを通じた教育協力、国連大学への協力等についてもその推進を図ることといたしております。 また、学術の国際交流・協力を推進するため、新たに日仏共同で日本海溝の調査を実施するなど、二国間・多国間にわたる各種の国際共同研究を進めるとともに、拠点大学方式によるASEAN諸国との学術交流事業め拡充、先進諸国等との研究者交流事業の促進など日本学術振興会が行う学術交流事業の充実を図ることといたしております。 また、海外子女教育につきましては、日本人学校の増設、児童生徒数の増加に対応し、派遣教員の増員を行うとともに、帰国子女教育研究協力校の指定を行うなど、帰国子女受け入れ体制の整備を図ることといたしております。 以上、昭和五十九年度の文部省所管の予算につきまして、その概要を御説明申し上げた次第であります。 何とぞ、よろしく御審議くださいますようお願い申し上げます。 —————————————
○石原主査 以上をもちまして文部省所管についての説明は終わりました。 —————————————
○石原主査 この際、分科員各位に申し上げます。 質疑の持ち時間はこれを厳守され、議事進行に御協力を賜りますようお願い申し上げます。 なお、政府当局におかれましても、質疑時間が限られておりますので、答弁は簡潔かつ明瞭にお願いいたします。 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。井上泉君。
○井上(泉)分科員 大臣は、いわゆる自民党の文教族の中でその人ありと知られた方でありますし、大臣に就任されたことを聞きまして。これは今度がなり仕事をするのだろう、こういう期待を持っておるわけであります。相次ぐ大臣の見解発表等を聞いて、なかなかやる気十分だという感じはするわけでありますけれども、残念なことに、文部大臣は若いですから内閣はかわっても引き続いて何年か文部大臣やられるかもしれぬが、二年くらいですぐ交代していくあるいは一年くらいで交代していくということで、せっかくの抱負というものが実現できないことは私は本人としても残念だ思うわけであります。そこで、私は、たとえ一年であろうが二年であろうが日本の文教を背負う責任者として位置づけられた以上は、やはりその使命を果たすために奮闘をお願いしたいと思うわけでありますが、それについても教育のことでありますので、文部大臣の思想哲学というものがどういうものを持っておるのかということを私は非常に考えるわけでありまして、その点から、一昨年でしたか、非常に問題が提起をされたいわゆる教科書問題、そしてまた昨年のあれは何月だったでしょうか、NHKが東南アジアで今日本をどういうふうに教えておるのかというテレビの放送があったわけですが、テレビの放送をごらんになっておればそれに対する感想、それといわゆる教科書問題について大臣がどういうお考えを持っておられるのか、御所見を承りたいと思います。
○森国務大臣 井上先生の私に対するいろいろと御激励もいただいておりまして、大変感激をいたしております。 自民党内閣でございますから、大臣は仮に期間まででありましても、当選以来ずっと文教問題を一生懸命やってまいりましたので、仮に野に下りましても教育問題を大切に大切にしていきたい、かように考えておりますので、立場は違いましても、いろいろな意味で御指導、御鞭撻をいただきたいとお願い申し上げる次第であります。 テレビの方は私は残念ながら見る機会はございませんでしたけれども、予算委員会の総括のときにも何回か私も申し上げたと思いますが、日本の国は単に経済的、貿易的だけで世界との摩擦が出てきておるのではなくて、日本人の生活様式あるいは物の考え方、こうしたものが西洋との間に若干というよりかなりの隔たりがある。そういう意味で、これから日本の国は平和国家、また経済大国として世界の経済の活性化の一つの大きな原因を持っていくとするならば、やはり日本人が世界の国々から理解をされ得るということがとても大事なことだと考えております。 したがいまして、このたびの教育の改革というのも、国際的な立場で日本の国民がどれだけ世界から信頼され、またこれからも世界をリードしていける国家になり得るのか、そういうようなことを教育の中でもしっかりと人づくりの中に一つの哲学として取り入れられるように、そんなことも私は希望をいたしておるところでございます。 教科書につきましては、これも私は常々教科書を教えるのではなくて教科書で教えているのだというように考えまして、何といいましてもやはり先生だと思います。先生が教科書を一つの参考にして、子供たちにその心身の発達状況に応じて哲学、人生的なもの、そんなものを教えていくことが大事だと考えておりますので、教科書はできるだけ客観的に公正な形に定めておいて、そして先生方が子供たちの状況に応じて自分の哲学や自分の経験やまた世界的な視野あるいはまた国内的な諸問題を公正に教えていただいて、将来子供がどのように判断をしていくか、その素地をつくってあげることが大事だ、このように考えております。
○井上(泉)分科員 大臣はテレビを見る機会がなかったということでありますけれども、これはどうせNHKであればビデオでもとってあると思いますので、私はぜひごらんになっていただきたいと思うわけですが、本当にテレビを見てびっくりしたのです。東南アジアの、マレーシアだったかインドネシアだったか国の名前は忘れたわけですけれども、小学校で、子供が日本の兵隊さんになってそして向こうの子供を銃剣でやっつけるといいますか、つまり日本の軍国主義というものが根強いものであるということを教育をしておるわけで、そういう点があの教科書問題を惹起した要素の一つではないか、かように思うわけです。日本の国民の教育というか国民の持つべき心構えは、やはり平和な考え方、そして憲法を守り、人権を守る、憲法、教育基本法というものを柱に置いた教育行政でなくてはならない、こういうふうに思うわけですが、その点については大臣いかがですか。
○森国務大臣 またテレビはNHKにお願いしてぜひ拝見をしたいと思いますが、私もいろいろな外国に参ります。単に東南アジアだけではなくて、かつてルーマニアに参りましたときも、ルーマニアの中国大使館の門のところに今井上先生がお話をされたような絵が掲げてありまして、大変心の痛む思いがいたしました。当時の大使に何とかああいうものは外すようにお願いをしたらどうかというふうにも申し上げたことを今思い出しましたけれども、それだけに、先ほど私が申し上げたように、これからの日本を担っていく子供たちには、何といっても経済的に強い日本でありますから、やはり平和国家として、いろいろな議論はありますけれども、日本の今日の平和憲法を掲げたその中で育っていく子供たちの意識が、世界平和のために、また日本は諸外国の多くの国の理解と協力がなければ生きていけない国なんだ、こういうようなことをしっかり身につける教育をしていかなければならない。そのように全人格的な教養を身に積むような、世界から誤解を受けることのないような国民にぜひ育て上げていくということが教育の最も大事なポイントであろうというふうに考えております。
○井上(泉)分科員 そういう立派な考え方を持っておる大臣としては、中野の教育委員の準公選に対して、これはどうもだめだ、こういうちょっかいを入れるということはちょっと大臣の思想と相反しはしないか、こう思うわけですが、その辺の心境をお聞きしたいと思います。
○森国務大臣 先ほど申し上げましたことと関連をいたすと思いますが、やはり人間は法律を守らなければならぬ。自由主義国家というのはお互いに最低限の法律を守ることだと思います。共産主義、全体主義のような国は法律がすべてでございます。しかし、自由主義諸国というのは、最低限のルールの上に乗って国家社会、人間関係というのができ上がっていくことだ、こう考えております。 したがって、中野区の準公選条例というのは、文部省はかねてからこの内容は現行の法律に違反するものであるとの見解を表明いたして今日までそのことを繰り返し指導いたしてきたところでございます。しかし、今回また第二回目の投票をする、そういう予算を議会に提案をされました。違法な条例が再度実施されるということに対しては極めて遺憾であるというふうに考えております。したがって、法治主義のルール、まして教育のことでございますので、ルールにのっとってやっていただきたい、そのように文部省は希望しておるところであります。
○井上(泉)分科員 これは大臣と論議をしてもなかなかかみ合わないと私は思うわけです。これにわずか三十分の時間を使ってしまうことはできないわけですけれども、公選、選挙で選ぶということ、選挙で住民の意思を問うということは民主主義の原則だと私は思うわけなのですが、法律では教育委員は選挙制度ではなくなってきたわけだけれども、だれがいいのか、例えば私は高知県の南国市ですが、南国市で市長がだれを教育委員にしたらいいのかということで困った、どんな人がよかろうか、ひとつ南国市の住民の意思を問いたい、こう言って住民の意思を問うた場合に、住民の大多数の者がABCDというふうに選んできた場合には、これはいい案だからこれを選ぶ、こういうふうに住民の声を聞くという民主主義の原点に立った行動の中に、こういう準公選という形の中で中野区の教育委員の選任がなされていると思うわけなので、これに対して文部省が法律を盾にとるということは、自治権の侵害でもあるし、内政干渉の最たるものではないか、そしてまた民主主義を否定する文部省の行為ではないか、こういうように思うわけです。その点について、そういう民主主義の原則に立ってやっておる中野区の準公選の制度を、法律に違反をするから一準公選制度でやって選び出したものを区長が任命をするということですが、そこは私は法律に従うてやっておるのじゃないだろうか、こういうようにも思うのですが、その点について、私の見解が誤りであろうか、大臣の見解が正しいであろうか、これはひとつ住民投票にかけてもらわなければならないのですけれども、そういうふうなものではないのですから、ひとつもう一回大臣の見解を聞きたいと思います。
○高石政府委員 先生も御存じだと思いますけれども、教育委員会制度を公選制度から任命制に、地方教育行政の組織及び運営に関する法律をつくって変えたわけでございます。その際に、「地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する。」こういう形にしたわけでございます。したがいまして、この長の任命権というのは、一ある意味では、どういう人を選ぶかという長の自由な判断に基づいて適任者を選任するという機能が与えられているわけでございます。 中野の場合には、民意を反映するということでいろいろな形、郵便による投票の形をとられておりますけれども、その結果が、順位の高いところから長が議会の同意を求めなければならない、こういう拘束性を与えているわけでございます。したがいまして、委員会制度を改正した当初の趣旨と反するということから、地教行法に反する取り扱いであるということで、今回そういう状況を是正してほしい、こういう勧告をしたわけでございます。
○井上(泉)分科員 もしこれに従わなかった場合にはどういうふうに、何か罰則でもあるのですか。
○高石政府委員 本来、地方公共団体は法律の規定に従って事務を執行するという前提で、教育行政関係の法律はでき上がっているわけです。したがいまして、地方公共団体が従わなかった場合に罰則を適用するとか罰則の規定があるというような仕掛けになっていないわけでございます。それだけに、それぞれの国、地方公共団体が法律の規定に基づいて執行していくという前提で考えていかなければならない。したがって、勧告に従わなかったから直ちに罰則の適用があってどうこうできるという仕組みにはなっておりませんが、そういう制度本来の趣旨に立ち返って中野区において善処されることを願っているわけでございます。
○井上(泉)分科員 それでは、この問題はそれで打ち切りにいたします。 次に、初等教育局長に、中学校だけで高校へ行かない生徒というのは毎年平均して大体どれくらいあるのですか。
○高石政府委員 九四%が中学から高校に進学しておりますので、大体五、六%、そのうち専修学校とか各種学校に行く子供もおりますので、中学を卒業して直ちに就職するという割合は非常に少ない数ではないかと思います。
○井上(泉)分科員 そういうことは、今日の社会の中では中学校卒業だけではとても一般的な業務につくことのできないような経済的な、社会的な条件がある、こういう認識にならざるを得ないわけですが、そういう実情でしょうか。
○高石政府委員 御指摘のような実情であると思います。
○井上(泉)分科員 これは時代の発展段階においていろいろと変わってくるわけでありますが、大臣は若いし、私よりは二回りも年が下でありますし、戦後の教育を受けられ、そうして優秀な大学を卒業され、仕事をされておるわけですが、私自身は、何も自慢でもなければどうでもないけれども、小学校だけしか済んでないわけで、その点においては、学歴のないことにかけては国会議員の中で随一じゃないか、こういう誇りを持っておるわけですが、少なくとも私はこの中学校、小学校という義務教育が置かれている以上は、やはりこの小学校、中学校の間においてしっかりした国民としての基礎学力をつける、基礎的な知識をつける。そういう教育制度のあり方というものが本来あるべき姿ではないか、こういうふうに思うわけです。その点について大臣の御意見を伺います。
○森国務大臣 井上先生のお話と私は基本的には同じだと考えております。私も、いまお褒めいただきましたけれども、別にいい成績で大学を出たわけでもありませんし、どちらかといいますとスポーツの方を中心にやっておりました。私どものころは高等教育機関のおおらかな最後のころだったのかなという感じがいたしますし、今のような入試制度じゃ私なんか到底入れなかったんだろうと思って、自分の人生をむしろ大変いい時代に生まれ育ったなと思っておるわけであります。 したがって、ここのところは、この教育改革の問題にもいささかかかわり合いがあるのでありますが、私自身も本当にわからないのです。学問を本当に身につけてすばらしい能力を育てていくことが教育なのか、もっと基本的な、人間として生きていくぎりぎりのところの人格形成を身につけていくことが教育の一番の大事なところなのか、こんなところでよく文部省の中でも局長さん方とも議論しますし、あるいは国立大学の先生方や私学の先生方ともこういう問題でいつも議論して、私自身が、今先生御指摘のとおり人生的にはまだまだ浅学非才の若輩でありますので、先難の方々のお話を承りながら自分の勉強もいたしておるところでありますが、私自身としては、基本的にはやはり豊かな人間性を持つ、そして人間の情愛を大事にする、そういうことが教育の一番大事なことだと思うし、今の教育はややもするとその方向を若干逸脱した方向に行きつつあるのではないだろうか、そんな感じ方を持っております。
○井上(泉)分科員 私は局長にお尋ねするのだが、今までこの分科会で私がずっと塾の問題を取り上げてまいったわけでありますが、そのときの各大臣の答弁にいたしましても、塾が非常に過熱化しておるという状況に対しては、これは何らかの対処をせにゃいかぬ、こういう話はずっと会議録を読んでいただいたらちゃんとそういう見解を述べられておるわけですけれども、一向塾の、いわゆる小学校、中学校——まあ中学校の段階は高校入試というようなこともあってある程度塾というものに頼るかもしれぬが、少なくとも小学校の段階から塾に児童が集中をするような、そういう今日の教育風潮というものに対して文部省は恥ずかしいと思わぬか、私はこう思って何回も指摘したことですが、局長はそのことについてはどう思いますか。
○高石政府委員 御指摘のように、塾が一向に減らないという状況についてはまことに遺憾なことであると思っております。 それで、この塾の問題を一体どういうふうな形で解消しでいけるかというと、一つは学歴に対する一つの全国民的な社会的風潮がありまして、そして有名校への進学ということを小学校時代から親たちが意図するというような背景があるわけでございます。したがいまして、そういうような前提での風潮の中での仕組みだものですから、教育行政の立場だけでいろいろな対応をすればこれが完全に解消する方向へ向かうというわけになかなかいかないというところに非常な悩みを持っておるわけでございます。
○井上(泉)分科員 その塾ができた、塾が依然として減らずに過熱化していくような状況にあるということは、今日の文部省の教育のあり方というものが悪いからこういうふうになるので、悪いから塾というものが発生をして塾に頼らざるを得ないような環境をつくり上げたわけですから、そういう点からも、やはり文教の責任ある衝に当たる者としては、そういう——小学校でも、もう二千人にも三千人にもなる生徒を抱えておるようなマシモス学校へ行くというと、先生を知らない子供がたくさんおるわけで、おんちゃん、おまんどこから来ちゅうぜよ、きょう学校へ何しにきちゅうぜよ、こういって子供に言われる。いよいよ本当にこういうマンモス学校じゃ行き届いた教育をせよと言ったところで無理なことだという話をよく聞くわけでありますが、そういう初等、いわゆる小学校、中学校の教育の現場がそうであるし、そしてそこの中で、恐らく高校入試を受けた者の八〇%は塾へ通っておると思うわけですが、そういう子が今度また高校へ行く。高校へ行って、また高校から大学へのいわゆる試験地獄の中でやられていく。 大臣はスポーツをやられたと言うが、スポーツをやる余裕のないような子供をつくる。スポーツをやる人間には悪い人間はいないという話が常識的に言われておるわけですが、そういうスポーツを楽しむような時間というものも、小学校の五年、六年になるともうないような今日の日本の子供の置かれておる教育環境に対して、私は、大臣が並み並みならぬ決意で対処してもらいたい。少なくとも大臣は、二十一世紀へ残ってまだ活躍のできる若さを持っておるのですから、今日いろいろと教育改革の問題が論議をされておるわけですけれども、国が負うべき責任あるものには少々金が要っても——四十人学級制度を決めた。決めたけれども財政の都合でもうやめて、いつ四十人学級制度が実現するかもわからないような状態をつくり出しておるわけですが、そういうようなことじゃなしに、教育にはもっと金をかけるという姿勢というものがなければ、今日の受験地獄やあるいは塾教育の実態というものを改善することはできないと思うわけですが、その辺に対する大臣の見解を私は承りたいと思います。 時間がありませんので、それと、この間大臣が予算委員会で幼稚園と保育園の一元化ということについて賛成的な話をされたわけですが、私は、それは全く賛成です。私も幼保の一元化についてのいろいろな運動を地域でもしておるわけでありますが、一方は幼稚園へきれいな帽子を着て、バスが迎えに来て通っておる。一方は保育園へ行くというようなことで、子供のときから何か差別をするような、格差をつけるような現象というものが地方には随所に見受けられるわけなので、この幼保一元化に大臣も賛成なら、ひとつそれに向かっての文部大臣としての態度というものを示していただきたい。ただ言葉で言われるだけでなしに、実際面で示していただきたい、私はかように思うわけですが、大臣の御見解をあわせて承りたいと思います。
○森国務大臣 私は教育への投資というのは惜しんではならない、こう思っております。ただ、今日のこの予算の制度、そういう大きな枠の中にあるわけでございますので、その中でどのように工夫していくかということもとても大事なことだと考えております。 先ほどからいろいろと井上さん御指摘をいただきましたけれども、塾がふえてくるということも、これはむしろ子供の責任ではなくて、もちろん文部省全体の教育に取り組む、先生から御指摘いただいた点もあろうと思いますけれども、もう一つ、親自身の意識の改革も必要だろうと考えております。 これも何回か議論の中に出たのですけれども、ゆとりのある教科内容にしようということになっても、試験制度そのものが変わらなければ、ゆとりのある教育を受ける方が逆に受験のためのハンディを背負うというおかしな現象ができておることも事実だと思うのです。そういう意味で、今度の教育改革については、そのようなことが全体に、単に義務教育だけが一生懸命にやっても高等教育がそれに呼応してくれなければ現実問題としては解消できるわけでありませんし、もう一つは、何が何でも学校へさえやれば何とかなるのだろうという今の親の考え方ももう少し改めていただきい。そういうことには文部省からとやかく言えることではありませんが、これは国民的に物の意識をどのように改革していくかということも大事だ。そういう意味では、この学歴社会というものが一つの大きな病理現象の社会を生み出しているというふうに考えますので、この辺もぜひ改革をしていかなければならぬことだと考えております。 四十人学級あるいはその他義務教育にかかわる諸経費につきましては、こういう財政状況の厳しい中に、また臨調のいろいろな御指摘等もあるわけでございますから、その中で一生懸命子供たちのことを考えて、予算措置には工夫を凝らしながら全力を傾けているところでございます。 それから、幼保につきましては先生の御指摘のとおりでございまして、教育を受ける側の立場に立つべきだろうと思います。そういう意味で、親から見れば、何だか保育所の方が物すごく国の負担がいろいろな意味で大きく恩恵をこうむっている印象はぬぐい切れませんし、また、今井上さん御指摘のように、子供の立場から見れば、何か保育所と幼稚園が差があるように見受けられることも子供にとって不幸なことだと私は考えます。それぞれこれは市町村では工夫をしておられるようでございますけれども、このことを一体化した考え方で、中身で工夫ができるのではないだろうか。総じて保育所、幼稚園、既に幼稚園につきましては子供の減少もあって休園や廃園をしているところも出てきているわけでありますから、こういう幼稚園、保育所すべての施設をもう一度見直してみて、その内容、仕組みの中で運用の仕方にいろいろな方法があるのではないかと考えています。 ただ、両省から出ました懇談会の答申は、いつもながら予想できるものでありまして、残念ながら子供の立場や親の立場よりも、役所やそれにつながるいろいろな団体の意見の方が前に出過ぎている感じが私はいたしますので、厚生省ともあるいは厚生大臣とも話し合っていくこともとても大事なことで、そこにいらっしゃいます湯山先生からも両大臣でもっと話しなさいよということでした。両大臣とも意欲的にそのことに対応したいと考えておりますけれども、長い歴史と経過、そして多くの関係者がいることを考えますと、何も新しい機関にゆだねることがすべてではございませんが、そのことによって公正な判断をしていただいた方がより前進するのではないか。そして、同時にその中で厚生省あるいは厚生大臣とも十分に話し合い、できるだけ工夫をして、今井上先生御指摘のように解決できるように全力を挙げてやっていきたいと思います。
○井上(泉)分科員 最後に、私は塾の問題に返るわけですが、文部省は一回塾の全国的な調査をせられて、その結果に基づいて何らかの対策が生まれるかと私は期待したわけですけれども、全然そういうことが出されていない。結局、分科会で意見を言って、それがそのままそこで終わってしまっておる。調査だけはやった、こういうことで、国会の論議に対して非常に失望せざるを得ないような状態を感じておるわけですが、高石初中教育局長はその時分にもうおられたと思うわけですから、この塾問題についての文部省の——確かに塾に行かすようなことは親が悪いといえば親も悪いのです。私なんか塾へ行くようになったら学校をやめるという気持ちです、これは大正の古い考え方かもしれぬけれども。少なくとも塾に投資しておる親の負担を考えますと、塾問題にもう一回目を向けて、大臣として何らかの前向きな対応策をとっていただきたい、私はかように思うわけなんです。その点についての大臣の見解を承って、私の質問を終わります。
○高石政府委員 御指摘のとおりに、文部省が塾そのものに対して面接行政上いろいろな対応をすることはなかなかできないわけでございます。 そこで、結局は子供自身に対して塾に行かなくて済むような体制を学校側でつくるということになろうかと思います。したがいまして、それは入試の問題ないしは学校における教育指導の問題、そういう中で塾に行かなくて済むような学校教育の展開というところに力点を置いてやってきているわけですが、それが効果をなかなか直接的に生まないというところに悩みがありますので、そういう面での努力を今後一層重ねてまいりたいと思います。
○森国務大臣 今局長が申し上げましたように、塾に通うことがむしろ無意味な状況を学校にもつくり上げていくことが大事だと考えておりますし、そのことを教育関係者にもお願いしなければなりませんけれども、先ほど申し上げたように、今日的な社会の状況、そうしたものを改善することもとても大事だ、そういう環境を整えてやることも、大人としての、また教育の衝に当たる文部省の大事な務めだと考えておりまして、御指導をいただきながら、そのような方向にぜひ改善をするように努力を傾けたいと思っております。
○井上(泉)分科員 御奮闘願います。どうもありがとうございました。
○石原主査 これにて井上泉君の質疑は終了いたしました。 次に、柴田弘君。
○柴田(弘)分科員 森文部大臣、大臣就任どうもおめでとうございます。二十一世紀を目指しての教育改革ということで日夜御奮闘されておりまして、次代を担う児童生徒のために一生懸命な取り組みをひとつ要望したいと思います。 私は、きょうはまず義務教育の教科書無償配付の問題につきまして、大臣の御見解をお聞きしていきたいと思っております。 御承知のように、この教科書は学校教育において使用される中心的な教材として非常に重要な役割を果たしている。この制度は、憲法二十六条、教育基本法あるいは中教審の答申にもこの無償給付というのはうたわれているわけでありまして、昭和三十八年以来継続されているわけであります。私ども公明党といたしましても、この制度創設以来、次代を担う児童生徒のためにこれは断じて堅持していかなければならないということで今日まで努力してまいったわけであります。 しかし、昨今、ただ単に財政上の理由から、これを廃止等を含めて検討するという、見直しというものが臨調でも出ているわけでありまして、こういった問題は、私どもからしたら、我が国の将来を担う児童生徒、また戦後の我が国を発展成長させてきた原動力がこの無償配付制度であると思っているわけであります。それをただ単に財政的な理由で後退させることは非常に問題があると思います。私は断じて堅持していかなければならないと思います。 そこで、私も当委員会におきましてもこの問題を質問してまいりました。あるいはまた、我が党の同僚議員も再三再四質問をしてまいりまして、歴代の文部大臣も、田中文部大臣、小川文部大臣あるいは瀬戸山文部大臣、それぞれ堅持することを明確に表明されまして今日まで来ているわけであります。中曽根総理も中教審の答申は尊重するとおっしゃっておるわけでありまして、中教審答申を尊重するというのであれば、私はどうしても堅持をしていかなければならないものであると思います。この義務教育教科書無償配付の問題について森文部大臣はどのようなきちっとしたお考えを持っていらっしゃるか、まず最初にお伺いをしていきたいと思います。よろしくお願いします。
○森国務大臣 教科書の無償給与につきましては、今、柴田さんの御指摘どおりでございまして、文部省といたしましても、憲法そしてまた義務教育の意義から考えましても、無償制度を維持していきたいという基本的な考え方でおります。したがいまして、五十九年度予算につきましても無償措置の経費を計上いたしたのも御承知のとおりでございます。 ただ、今いろいろ先生からも御指摘ございましたように、臨調からは「廃止等を含め検討する。」という指摘を受けています。この指摘を受けまして中教審もいろいろな意見を検討し、答申が出、この制度を引き続き維持すべきであるという結論も出されているわけでございまして、そうしたいろいろな角度の声があるということも文部省としては十分耳を傾けておかなければならぬことだと思っております。しかし、冒頭に申し上げましたように、無償堅持をしていきたいというこの文部省の気持ちは今も変わっているわけではございません。 ただ、この予算措置を五十九年度にいたします過程におきまして、財政当局あるいは与党であります自由民主党との間にはいろいろな議論があったことも私ども承知をいたしておるわけでございまして、今後とも私どもはこの方向で進めるように最大の努力は傾けていきたい、こういうふうに考えておるところであります。
○柴田(弘)分科員 それで、とりあえず五十九年度は予算措置をされました。小学校一人平均二千百七十五円ですか、それから中学校一人平均三千三百三円、総額四百五十六億円ですね。それで、これは国の一般会計予算から一言えば〇・〇九%、文教予算の一%です。これは五十八年度も五十九年度も変わっていないわけであります。 問題は、今度の六十年度予算編成のときなんです。恐らく大蔵大臣ともお話し合いになると思います。あるいは自民党の文教部会というのですか、あるいはまた教科書制度に関するプロジェクトチームというのがあるやにお聞きしておりますが、そこでどういう態度をあなたがとられるかというのが一つ。 それから、政府が国家百年の大計、二十一世紀を担う児童生徒の教育改革のために踏み出すというのであれば、私は、そこを目指してこの制度は永久的に存続しなければならない問題であるというふうに考えております。今、臨調答申の話を私も申しましたし、大臣からもお話がありました。臨調答申があって、文部省としてはこの昭和五十八年六月三十日の「教科書の在り方について」という中教審の答申を得た、こういうふうに私は思います。だから、ここには本当にいいことが書いてあると思いますね。授業料無償と並んで教科書無償は実現をされているんだ。あるいはまた、第二臨調においては廃止等を含め検討することが答申をされている、しかし、この制度の持つ意義や教科書制度の基本を維持する必要性があるんだ、だから引き続き堅持しなさい。私は、本当にこの中教審答申というものを尊重するというのであれば、先ほど申しましたように、これは未来永劫にわたって存続をすべき問題であるというふうに考えます。 それからもう一つ、教育基本法との関係があります。教育基本法の精神には、やはり憲法二十六条の精神を受けて、この義務教育の無償、教科書無償配付というのはその精神の中に脈々として流れていると私は思います。その点、大臣の見解も伺いたいし、もしこの教育基本法というものの中に明文化をしなければならぬというのであれば、これは教育基本法を改正してでも明文化していかなければならない問題である、私はそんなふうに思っております。 以上、いろいろ申しましたが、未来永劫にわたってのこの堅持を森文部大臣はされる決意を持って今日の二十一世紀を担う教育改革に取り組んでいらっしゃるかどうか、重ねて私はお伺いをしたい、こういうふうに思います。いかがでしょうか。
○森国務大臣 基本的な考え方といたしましては、柴田委員の御指摘のとおりに、教科書の無償は、子供たちに対して国が教育を真心を込めて進めている私は一つの愛情のきずなであろうというふうに考えております。 ただ、この法律が制定をされました日本の国情、経済情勢あるいは社会全体の環境、あるいはまた子供の教育に責任を持っておられるお父さんやお母さんの家庭環境、いろいろ日本は大きく変わりつつあると私は思うのです。私も、この問題につきましては、党におりまして文教問題の仕事をいたしておりましたここ何年か、予算の時期になりますとこのことでいつも議論をしてきたことでございます。先生も恐らく選挙区でいろいろとお話をされると思いますが、私は、両論を聞いておられると思うのです。私どもいろいろ話を聞いておりますと、えてして、どちらかというと男性側の立場から見ると、これはちょっとお酒などの入った席などで出るのですが、教科書の二千円、三千円というのはまあ一杯飲むおでん屋とそう違わないじゃないかとか、また、お母さん方の美容院と変わらないじゃないかということの精神論を言う人もあります。しかし逆に言えば、母親の立場から見れば、それだけの少額のことであるなら国が子供たちのためにしっかり責任を持ってやりなさいという意見にも私は耳を傾けなければならぬというふうに思います。私はそういう意味で、この議論は日本の教育にとって最も大事な基本的な問題だと考えております。 したがいまして、党の中でも、また政府部内でもいろいろな議論が出ても私は当然だと考えておりますが、そういう意味で、年々この議論を予算の際にやりながら、いろいろな形で、先ほど御指摘がありましたように中教審も出たりあるいは臨調が出ましたり、いろいろな角度からいろいろな声が出てくるということは、日本の教育の戦後の歩みの中で非常に大きな曲折点といいましょうか、曲がり角といいましょうか、今日そういう問題にもなっているような感じがいたしてなりません。私自身はそのようにとても大事なことだと受けとめながら、そういう空気は世間全体にはあるのだということを大事に受けとめて、文部行政の衝にある者としてはやはりこの事実は承知しておかなければならぬと思っております。 しかし、先ほども申し上げましたように、あくまでも文部省は義務教育の責任の中において教科書の無償というのは大事なものだという考え方をいたしておりますから、今後ともかなり厳しい状況は予想はされますけれども、全力を振り絞ってこの制度を堅持していけるように努力していきたいし、でき得れば、今先生がおっしゃったように、その都度議論をするのではなくて、何とかこのことを、もう子供たちがこんな中に巻き込まれないように、きちっとした定め方ができるようにしたいなあというふうに私自身は考えております。
○柴田(弘)分科員 文部大臣の決意を聞きまして、大臣も御承知のように私も大蔵委員会におりますので、また機会あるごとに委員会の中で大蔵大臣を中心にいたしまして、この問題は堅持をするように及ばずながら一生懸命にバックアップさせていただきたい、このように思っておりますので、その決意を持ってひとつ堅持をしていただきたい。これは要望をして、次に参ります。 それから次の問題は、私学助成の問題です。これは予算委員会等でも議論をされたかと思いますが、マイナス一〇%のシーリングということで、総額の抑制ということでカットされた。高校を初めとして中学校あるいは小学校、幼稚園等これは一〇%のカットであるわけでありますけれども、大学は一二%、やっぱりこの辺はちょっと疑問に感ずるわけであります。これは昨年来大学のいろいろな不祥事があった、この制裁措置で大学だけこういうふうになったのか。私は、これは国民の立場から見ても非常に疑問に感ずるのじゃないか、こう思います。ところが、制裁措置は制裁措置できちっと特別にやっていらっしゃるわけなんです。まじめに経営をしている、本当に私学の建学精神に沿ってやっていらっしゃる大学の運営というものに対してこれは水を差すものではないかというふうに私は思うわけでありますが、どうでしょうか。
○森国務大臣 予算編成の際にも、柴田先生も御指摘のとおり、ゼロ%あるいは五%というふうにマイナスシーリング等が定められたわけでありまして、したがって、私学経費につきましても、これは経常費であるということで今年度につきましては一〇%のシーリングがかけられたわけです。 私個人としては、私学の予算というのはかなり人件費が主でありますからいこれにシーリングをかけるというのは非常に不満でございます。私自身、あの当時この私立学校振興助成法を一生懸命推進し、苦しい中でつくり上げてきた我が子のようなものでありますから、そういう意味ではこういうふうにシーリングをかけるということは、ここに大蔵省もおりますけれども、非常に私自身は不満でございます。したがって、今まではシーリングをかけても、私学に対してはでき得る限り努力して、その中でも少しでも上積みをしてあげたいというふうに努力をしてきたわけでございますが、今年度につきましては、このシーリングの枠以上に——どうしても管理局全体の予算もございます。文部省全体の予算もございます。私学の予算を少しでもよくしていくためには、ほかの政策経費がいろんな意味で若干影響も受けてきておる。お互いにそこのところを融通し合ってきたという工夫の跡もあるわけでありまして、これ以上私学予算をシーリングの枠を超えてということについては、全体的な合意がつくり得ない状況であったというふうに私は考えております。 そういう意味で、決して俗に言われる制裁的なものではなくて、私学の予算も大変厳しいんだということ自体を私学側も受けとめてもらいたいし、それから、私学を大事にしていこうという気持ちでこの法律をつくった、そうした私どもの立場からいいましても、また私学の関係者にもこれから私学の予算というのはどうあるべきなのか、そういう面もぜひみんなで考えて、私学の位置を国がしっかり定めていくということの一助にしていく。そういう意味で、確かに削減をされたということは私学界にとっても非常につらかったことであろうと思うし、我々自身も私学を大事に考えておりますだけに大変つらい思いをいたしておるわけてあります。しかしながら、高等学校以下につきましてもいろんな意味で自治省にも大変なお力添えもちょうだいをいたしておりますし、またそのために親の方に負担がいかないようにできるだけ指導をいたすように指示をしてきたつもりでございます。何とかこれからも、私学は日本の教育にかかわり合いを持つ大事な教育の一つの柱として、文部省としても大事に守ってあげていきたい、こういう気持ちには全く変わりはございません。
○柴田(弘)分科員 今も大臣は井上先生の質問に対して、教育は金がかかる、こういうふうにおっしゃった。予算委員会で大蔵大臣もたしかそのような答弁をしているとお聞きしております。やはり教育改革をやるにはお金がかかると思います。 私立高校あるいは中学校、小学校、幼稚園、特殊教育諸学校、これは文部省から積算をしていただいた資料をいただいたわけでありますが、もし私立高校等が存在をせずに、公立のみで私学在学者を引き受けるということになった場合の必要経費、いわゆる国の財政支出でありますが、これは五十六年度ベースで約一兆三千百七十八億円かかるわけであります。ところが一方において、五十六年度のこれらの国庫補助金と地方交付税を含めました総額は二千八百六十六億円になるわけであります。つまり二一%なのですね。五分の一であります。これが生徒の入学金や施設整備費あるいは授業料にはね返ってくる、そして公立との間に大きな格差を生む原因になっていると私は考えているわけであります。 一方、公立高校と私立高校の教育条件、これも文部省の方から資料をいただきました。例えば生徒一人当たりの納付金、これは入学金と施設整備費と授業料を含めた合計でありますが、五十八年度は公立は七万七千円でありますが、私学は四十二万一千円、五・五倍。教員一人当たりの生徒数も、公立の場合は十七人程度でありますが私立の場合は二十三人で一・三倍。生徒一人当たりの校舎面積も、公立の場合に対しまして私立は約八〇%。それから生徒一人当たりの経費は、今度は逆に、公立は五十六年度ベースで六十四万九千円かかっている。ところが私立は八六・三%、五十六万円である。こういうことは大臣もよく御承知だと思います。 一方、国庫補助金、地方交付税を含めたいわゆる経常的経費の割合は年々低下をしているわけであります。例えば五十七年度は三二・七%、五十八年度は三〇・八%、五十九年度は三〇。一%、こういうことであるわけでありますね。 私は愛知県でありますけれども、愛知県の教職員組合がいろいろと調査をいたしました。調査は詳しくは申し上げる時間がないわけでありますが、低額所得者の家庭ほど私立へ行っていらっしゃる方が多いわけであります。これは七年間調査をしているわけでありますが、そういうような結果が出ているわけであります。今大臣首をひねってみえますけれども、実態はそうなんです。一遍問い合わせていただきたいと思いますけれどもね。 こういったところに、私立高校を中心とした私学の助成の強化拡充を求め、何とか父母負担の軽減を図ってもらいたいという要請が社会的な要望として当然出てくる、こういうふうに思っておるわけであります。私学助成の拡充の問題、どうですか。本来ならば私は今回のこの予算、マイナス一〇%、マイナス一二%、これをとにかく撤回をしていただきたいのでありますが、それはそれといたしまして、今後の教育改革の中においてこの私学助成のあり方というものを拡充するという方向へぜひともひとつ持っていっていただきたい。そういった方たちの要望を受けて、私は心からこういうふうにお願いをしているわけでありますが、大臣、どうでしょうか。
○森国務大臣 柴田さんの私学にかける大変温かい思いやり、そしてまた、日本の教育の中で大変大事な役割をしておるということについての御認識、私も同感であります。先生のそうしたお考え方、私も大蔵委員長当時、柴田先生にもいろいろ御協力いただき、お力をちょうだいいたしました。どうぞそうした立場でまた私学の助成について御援助もちょうだいをしたい、こう思っております。 ただ、今年度の予算につきましては、先ほど申し上げましたような財政状況、臨調の指摘等の中で工夫を凝らしながら、特に高等学校以下につきましては概算要求どおりということに何とかお願いをし、努力したところでございます。さらにまた、今おっしゃったように、そうした低所得者の皆様方に対しても学費の面で影響を受けないように、交付税の面でも十二分の措置ができ得るように、これもまた自治省にも努力をいただいたところでございます。ただいまのところ、授業料等につきます値上げの方に行かないように、これもまた文部省、関係方面と相談をしながら全力を挙げて指導してきたつもりでありますが、現在のところの調査では、五十年代になりまして、アップ率といいますか、それはますます低く抑えたという数字も調査の結果出てきております。 なお、私学予算というのは確かに経常経費でございますけれども、私学予算のあり方についてはいろいろな角度からもう少し工夫を凝らしてみる、そういう時期が来ておるのではないか。今日までただ積み上げてきただけでございますけれども、逆に言えば、大変大きな大学についてはただそのまま上積みされていっているような感じもないではないという指摘もあるわけで、むしろ地方でしっかり短期大学等をつくって苦労されておられるところに対する目の向け方、あるいは今先生がいろいろおっしゃったように、高等学校以下のところについての配慮の面、また、私学でありますから、私学独特の行き方、経営のやり方、あるいは教育のやり方、そういうところにもでき得る限り手が届くようにもう少し工夫を凝らしてみる必要があるということで、文部省も今そういう姿勢を持って検討を進めておるところでございます。 今後ともいろいろ御指導を賜ることが多いと思いますが、ひとつぜひお力をかしていただきたいというふうにお願い申し上げておきます。
○柴田(弘)分科員 工夫を凝らしていただく場合に、減ってはいけませんから増額する方向で工夫を凝らしていただきたいと思います。 私ども公明党といたしましては、私学への公費助成の方法、今は御承知のように地方自治法に基づく親への助成、それから私学振興助成法に基づく経常費助成、この二つがあるわけでありますが、この拡充強化を図っていく。そして、今私学振興助成法に基づく公費助成においては、国の負担範囲が明確に法定化をされていない。でありますから、当面、実質経常費の二分の一助成が行われるようにする。これと並行して、大学については経常費の二分の一を国庫負担、それから小中高については経常費の四分の一を国庫負担、四分の一を都道府県負担、これを法定化をすべきではないか、将来は私立と国公立との教育負担の格差分を全額公費負担にしていくべきではないか、こういうふうな考え方を持っています。 それを大臣も頭に入れていただきまして、私が申し上げたいのは、工夫を凝らすというのであれば、また政府としても今後二十一世紀を目指す教育改革を進めるというのであれば、やはり中長期の展望を踏まえて、私学助成拡充の方向への——私学の助成とは何であるかということを明確に意義づけていただきたい、こういうことを要望してまいりますが、これはどうでしょうか。
○森国務大臣 先生御指摘の私学に対する御見識、思いやりを大事に、私も参考にさせていただきまして、今後とも法律をつくりました当時の二分の一以内、この気持ちを目的にいたしましてこれからも努力を傾けていきたいと思います。
○柴田(弘)分科員 時間があと五分程度しかありませんので、高齢者教育、特に社会教育面においてのいろいろな問題を御質問したいと思います。ずっと言っていきますので、まとめて御答弁をいただきたいと思います。 御承知のように、今後の高齢化社会の進展、六十五歳以上の老齢人口は着実に増加をしていくというのは御案内のとおりである。これと並行いたしまして新たな知識が日々生み出され、それに対応していくためにも主体的な取り組みが行われなければならないと思うわけであります。そういった中で、一方では今後の人生の中でみずからの生きがいを見い出そうとする要求が高まるということもこれまた事実である。 そこで第一点は、こういった高齢者の教育的要求に行政が積極的に対応できるような高齢者教室の充実、これについての取り組みはどのようにお考えになっているか。 二つ目には、高齢化社会というのは、単に高齢人口が全人口に占める率が高いということだけではなくて、豊かな知識と体験を持った人材が多い社会である、こういうように言われております。家庭、学校、そして社会教育の分野においても、地域社会全体の教育力を高めていくことが求められている。ですから、こうした人材発掘と活用を図るためのシルバーセンターといったような高齢者人材銀行の設置、そしてその機能の充実強化を図っていくことも大事じゃないか、これが第二点目。 第三点目は、お年寄りと成人、子供といった三世代の交わりの中に、しつけなどの人間としての生き方や思いやりを学ぶことができると思うわけであります。でありますから、こういった三世代が本当に交わりができるような機会を積極的に持てるように、老人ホームと幼稚園などを近接して設置してみたらどうか、こういう一つの考え方を持っておるわけであります。 第四点は、母親に対する母親教育、これも知識と経験のある高齢者が適切な指導助言が与えられるような仕組みを考えてみたらどうか、こういうふうに私は考えているわけであります。 この四点について、教育改革の中で何らかのお考えがあるのかどうか、将来展望といたしましてひとつ大臣の御見識をお伺いをしたいと思います。いかがでしょう。
○森国務大臣 高齢化社会に向けて我が国は今進展をいたしておりますことは先生御指摘どおりでありますし、そういう意味での高齢者の生きがい対策としての社会教育活動は大変重要であると考えております。 そしてまた、今日の日本の国の繁栄、その繁栄の中に大きな役割を、人生を経てとうとい経験をされた方々が、これからの次の世代あるいはまたその次の世代に御指導いただくということは極めて私は大事なことだ、また、教育的見地から考えましても社会の発展の面から考えましても非常に大事なことでございますし、先生の御指摘どおりでございます。 文部省も五十九年度から高齢者の生きがい対策を総合的に行うということで、高齢者の生きがい促進総合事業というものを実施することになりまして、予算措置もいたしておるところでございます。 なお、お母さん方の教育を、ということにつきましては、これはまたいろんな方向を考えてみたいと思いますけれども、今日、公民館その他婦人学級あるいは自治体においていろんな工夫を凝らしながら、こうしたお母さんの経験を取り入れながら社会教育にいろいろとお力添えをいただいておりますが、こうしたことも、そういう環境を整備し、促進ができるような方策もまた考えてみたいというふうに思っております。何といいましても高齢化社会の最大のテーマというのは、今、行政改革にいたしましても財政再建にいたしましても、すべてこれ高齢化社会への対応の一環でございまして、そういう中で本当に国民が全体に活力を持てるような国にしていきたいということでございますから、そういう意味からいいましても、単にお年寄りを大事にするということではなくて、お年寄りが積極的に社会に参加をしてもらうと同時に、子供たちにもやはりお年寄りに対して感謝をし、そしてお年寄りの人生経験をぜひ生かして、そのお年寄りの経験を子供たちが吸収でき得るような、そうした老壮青一体の社会環境をつくり上げるように最大の努力を払っていきたいと思っております。
○柴田(弘)分科員 時間がありませんが、だから今申し上げた四点はいいんですね。
○森国務大臣 いろいろ御指摘いただきました点を十分加味しながら、総合的に社会教育の一環として検討していきたいと思います。
○柴田(弘)分科員 じゃ、時間が参りましたので、終わります。
○石原主査 これにて柴田弘君の質疑は終了いたしました。 次に、鈴木強君。
○鈴木(強)分科員 私は、森文部大臣以下関係の皆さんが、大変御苦労なさって我が国の教育が本当に民主的に立派に行われますよう不断の御苦労をいただいていらっしゃることに対して、心から敬意を表しつつ若干の質問をさせていただきます。 最初に、ローカル問題で恐縮でございますが、おかげさまで山梨医大は開校五年目を迎えました。また、いろいろ問題がありましたが、附属病院につきましても昨年開院することができまして、県民は大変喜んでおるのでございます。 ところで、この附属病院の方のことですが、病床について中途半端な計画になっておりまして、その後この六百二十床に達するまでどういう計画で病床の増設をしてくれるのかということが今問題になっているわけでございますが、その点はどのような御計画をお持ちでございましょうか、お答えをいただきたいと思います。
○宮地政府委員 お尋ねの山梨医科大学の医学部の附属病院の整備の件でございます。 この件につきましては、私どもとしても当初計画どおり、診療科数十五科、病床数三百二十床、教職員定員二百七十六人という編成で昨年四月に創設をし、十月に開院を見たところでございます。この附属病院につきましては、既に創設しておりますほかの新設医科大学の病院と同様の計画で整備を進めることにしておるわけでございまして、五十九年度予算案におきましても二診療科、百二十床の増を行いまして、これに伴う教職定員としては百二十六人の増を行うなど所要の措置を講じているわけでございます。したがって、以上によりまして同附属病院は診療科数十七科、これは十七科で一応完成でございます。病床数は四百四十床ということになりまして、残りの病床は百六十床ということでございます。また、教職員定員は四百二人で、残りが百七十一人というのが、五十九年度の予算案で整備が図られる点でございます。この新設医科大学の病院等の整備についてはいずれも年次計画で実施を進めておるわけでございまして、五十九年度にただいま申しましたような整備を行いまして、引き続き昭和六十年度には六百床に達するように努力をいたしたい、かように考えておるところでございます。 ちなみに、新設医科大学等の全体の整備状況でございますけれども、全体の新設医科大学の整備は、教職員定員についてはおおむね九五%ぐらいの整備まで進んできているわけでございますが、御案内のとおり山梨医科大学はいわばスタートがおくれておるわけでございまして、教職員定員等につきましてもなお残っております点が約二〇%弱あるわけでございますが、いずれも既定の年次計画に従いまして私どもとしては整備に努めてまいりたい、かように考えております。
○鈴木(強)分科員 最終的には、六百二十床でなくて六百床、こういうことになるわけですね。
○宮地政府委員 六百床を予定いたしております。
○鈴木(強)分科員 そうすると、他の医科大学の場合はどうなっておるのですか。
○宮地政府委員 その点は同様でございます。
○鈴木(強)分科員 ちょうど四百名の学生が今勉強しておりまして、ことしまた百名の学生が入ってくるわけでございますが、六百床あれば、臨床医学その他、将来のお医者さんとして育っていくための教育には全く支障がないというふうに理解しておいてよろしいですか。
○宮地政府委員 新設医科大学の病院の整備についてはそういう方針で整備を進めておるわけでございまして、ほかに関連病院で実習その他について必要な手当てをいたして、関連病院としての機能もあわせ実習については活用するという考え方で対応しているところでございます。
○鈴木(強)分科員 それから、医大の方のリハビリ科というのは設置されておるわけですか。
○宮地政府委員 山梨医科大学については、まだその点は設置されておりません。
○鈴木(強)分科員 それはいつ設置してくれるのですか。
○宮地政府委員 先ほど申しましたとおり、診療科につきましては十七診療科ということで整備をされているわけでございます。まず基本的な診療科、これは新設医科大学いずれも同様でございますが、それらの整備を行いました後に、それぞれまた大学側の御要望に応じまして将来の整備計画については検討をしなければならない課題であろうかと考えますけれども、当面は私ども計画をしております十七診療科の整備をまず図るということが先決であろうかと思っております。
○鈴木(強)分科員 現段階においてはわかりました。しかし、このリハビリ科を設置してほしいというのはもう随分前から県全体として強く要請をしてきたところでございますので、お忘れなく今後計画の中に入れて、できるだけ早い機会に設置できるように御配慮をいただくようお願いをしておきます。 次に、山梨大学に社会学部社会学科を設置してもらいたい、この要請は長い間出ておりまして、私も毎年ここで質問をしておるわけでございますが、それほど県民の期待が大きいわけでございます。予算編成時に私は文部省にも伺いましていろいろお願いしたのでございますが、余りいい返事が出てまいらない。時あたかも臨調の時期ですから、どうしても行管等が文部省に対しては少し理解の足りない冷たい目で見ているように私は思うわけです。医大のときにもつくづく感じました。しかし、次代を担う人たちの大事な教育でありますから、教育のよしあしがその国の盛衰興廃にかかわるということは当然のことでありますから、そういう意味において、国家財政が苦しくてもそういう大事なところには惜しみなく予算を投入していくということが大事だと私は思うのです。したがって、何とか早い機会に社会学科をつくっていただくように、これは特にお願いをしたいのでございます。 これは長いことやっているのですが、らちが明かないのです。やはり大臣の政治的手腕に期待するところが大きいようにも思うわけですね。したがって、これは大学局長、ちょっとむずかしいでしょう。だから大臣に答弁してもらった方がいいですよ。
○宮地政府委員 事前に事務的に、まず私から答弁させていただきたいと思います。 国立大学の整備の問題全体につきましては、高等教育の計画的整備ということで、特に地域の収容力格差でございますとかあるいは専門分野構成というようなものを考えながら、国立大学については、特に地方における大学の整備ということに従来からも重点を置いて私どももやってまいったというのが経緯でございます。 先生御指摘のとおり、山梨大学についても、実は五十三年度から改革調査費というものを措置しまして検討は行われてきたわけでございます。御指摘のように大変厳しい状況下でもございますし、そしてまた臨時行政調査会答申等も、国立大学のあり方そのものについてもいろいろ提言がなされているわけでございます。それらを踏まえて私どもとしても慎重に対応しなければならないと思っておりますが、一つ具体的な問題として、かねて検討課題の中で、山梨大学の場合に特にキャンパス問題というものが一つの物理的なといいますか具体的なネックにもなっておりまして、私どもも調査は進めていき措置はいたしておるわけでございますが、その辺も山梨大学の場合の一つの具体的な問題点としてあるということは、先生も御承知のとおりでございます。 そのほか、国立大学の整備というものを人文系について行う場合に、教官組織の確保でございますとかそういうような面でも、既設の地方大学の人文系学部の整備を行いました際にもそういう点が非常に、地方では特に教官組織の確保あたりがやはり問題点の一つになっておるというのが現実問題でございます。 これらの点については、かねてからの宿題ということは私ども十分承知いたしておるのでございますが、ただいまのところ、今申し上げましたような全体的な点、それから個別的な問題点というようなところで、実際問題として前進がなかなかむずかしいというのが率直なところでございます。
○森国務大臣 私もかねがね、高等教育の整備計画はできるだけ地方大学を充実させていくということが非常に大事な点だというふうに考えております。ただ、御承知のような財政状況、あるいは特に大学におきます学部学科の新設というのはどうしても人が伴うことでもございまして、こうした行政改革を進めている中で非常にむずかしい事態でございますが、しかし学問は新しい部門をできる限り探求をしていく、そのための大学の充実は、これまた国としては当然進めていかなければならぬというふうに思っております。 山梨大学につきましては、過去の経緯は今局長から申し上げたとおりでございます。私どもも、改革調査経費の中に五十三年から措置されていることでもございますし、大学自身がどのような計画をみずから進めていくかということもやはり十分勘案をしていかなければならぬことでございますが、大学みずからの努力、そしてまた文部省の対応、そうしたこともスムーズに進めるように大臣という立場ではできるだけ指導していきたい、このように考えております。
○鈴木(強)分科員 わかりました。 地元の方といいますか現地の方は、学長も、県民運動としてやる場合に若干足りない面があったと思うのです、その点は反省しまして、知事以下もっと具体的な、積極的な促進運動をやろうということで、それも始まっているわけです。宮地局長とは本当に嫌になるほどここで何回もやってきたわけでありますけれども、今大臣のおっしゃるように難しい面もありますが、基本的に大臣のおっしゃる教育の重要性ということを考えていただいて、さらにひとつ促進方をお願いしたいと思うのです。キャンパスのことについては地元で十分配慮をいたします。ただ、教官の問題その他については、これはいろいろ文部省関係もあるでしょうからその点はひとつ、やればできることですから、やればできることをやって、そしてできるだけ早く期待にこたえるというのが文部省当局の仕事ではないでしょうか。賢明な局長に大変失礼なことを言って悪いのですけれども、そういう点をひとつぜひ含んで、さらに大臣の今の御所見も含めましで一層の促進方をお願いしておきたいと思います。 それからその次に、大臣、今日我が国の教育が荒廃をし、御承知のような校内暴力とか少年少女の非行の問題が出ております。私はこういう事態を見逃すわけにはいかない。一体文部大臣、御就任されて日は浅いけれども、しかし教育については大変あなたは熱心に勉強されてきた方ですから、こういう事態が起きた原因は何なのか、そして、これをなくすためには具体的にどういった施策がいいのか、こういう点をひとつ、時間がありませんから基本的なところでいいですから、ちょっと教えてもらいたい。
○森国務大臣 教育の荒廃といいますか、私は、これは社会のいろいろな角度からの原因が多いと思います。時間がありませんから仮に一口で言うなら、文明というものが入り込んでくる、この文明というものは文化を破壊していく、私はそのようにいつも受けとめております。 ですから、例えば機械化が進んでいく、省力化が進んでいく。家庭の中で省力化、機械化が進むということは、例え方はよくないかもしれませんが、お母さん方が子供に対する一つのお世話が楽になるわけですから、逆に言えば母親の愛情が子供との間に薄くなっていく。だから文明と文化の関係、そういう意味では文化というものをもう少し強調していく教育が大事だろう。つまり価値観というものをできるだけ文化の面でとらえていく、このことが今大事な教育の反省点に立っている。一言で言うならばそういう点を申し上げることができると思います。
○鈴木(強)分科員 学校教育もございます、家庭教育もございます、社会教育もございます。したがって、この三位一体になっての有機的な、効率的な活動というものがやられなければいけないと思うのですね。 そして、大人も悪いことしてばかりいたのではだめですよ、子供は大人をよく見ていますからね。特に両親の行動なんというのは一挙手一投足見ているわけですから、そういう意味におきましては家庭教育も大事でしょう、学校における教育も大事でしょう。それから社会一般も、大人が悪いことをして平然としているようなそういう風潮がはびこってくれば、それがだんだんとそういうことになってくるのではないかと私は思うのです。テレビの暴力場面等が往々にして何もまだ知識の足りない子供たちにストレートに実行としてあらわれてくるわけですね。見ていると、悪いことをしたやつは必ず滅ぼされているのですよ。ところが、そういう全体の思想というのはわからなくて、その場面だけをとらえて人を殴るというようなことがなきにしもあらず。ですからその辺は、今あなたのおっしゃった文明というものが、あるいは文化というものが一つの問題を起こすということになるのかどうか私よくわかりませんけれども、そういうこともあると思うのですよ。 ですから、これは短い時間でとても論じられませんのですけれども、私たちは学校の先生の言うことは親よりもむしろ大事にしたものですね。今そういう風潮が全然ないでしょう。先生を殴るという許すことができない行為が平然とやられているのではないですか。これを何とかしなければ、時代を担っている政治家の責任は果たせませんよ。私は学校当局もそうだと思うのですね。きょうは初等中等教育局長にいらしていただいているのですけれども、何とかこの問題についてはできるだけ早く対策を立てて、そして本然の姿に向かうようにしていただかなければいけないとつくづく私は思っておるものですからこういう質問をしたわけです。大臣も、今申されたような点はほんの一言でございましょうけれども、それも私は否定いたしません。したがって、そういう点も含めて十分な検討をひとつ早目にやっていただきたいということをお願いしておきます。 それから教育改革の問題が今非常に問題になっておるのですけれども、先般、教育改革の大きな柱となります六・三・三制の見直しの問題がやられるかどうかということが非常に関心の的になっておったのですが、中曽根総理が、現行義務教育九年は堅持するという御方針を明らかにされましたね。これは文部大臣に御相談をなさっておられますか。
○森国務大臣 このことにつきまして事改めて協議はしておりません。 ただ、義務教育の今日の充実、そして社会におきます定着度を考えてまいりますと、大体年限の九年というのは、日本の国の繁栄にもまた社会の安定にも、そして教育制度の中にも定着したものであるというふうな考え方を総理はおっしゃったのではないかと思います。私自身も、この年限を必ず変えなければならぬ、そういう立場をとっておるものでもございません。当然このことにつきましては新しい教育を見直す機関でいろいろと御意見が出るのであろうかと思いますけれども、私自身はこのことは大事にしていきたい、このように思っております。
○鈴木(強)分科員 現在の小中高の区切りに対して、小学校の高学年部分を中学の方に少し入れてやったらどうかというような意見もありますね。それから、要するに今の高等学校教育、こういったものについても何か配慮をする必要があるのではないか。例えば、そこまで義務教育ができるかどうかは別としても、そういった点についても全員入学の道を開いていくというようなことも考えられておるでしょうし、それから保育所と幼稚園、これは厚生省にもかかわることですから文部省だけではできないことでしょうけれども、幼児教育に対する一体化、こういったものも世間にはさまざまな意見があるわけです。 ですから、中央教育審議会、中教審というものがあるわけでしょう。前回の答申もあるわけですよ。何か今度は教育臨調をつくるなんということを言っていますけれども、その意図、目的、その他が私たちにはよくわかりません。戦前回帰の教育をやられるのではないかとかいろいろな意見があるわけですから、そういうものよりも、中教審というちゃんと定められた審議機関があるわけですから、そこでちゃんとした御審議をいただく。さらに御審議をいただいた問題もあるわけですから、それをさらに見直すなら見直すという意味においてやられるとか、そういう筋を通した教育のあり方に対する改革をそういう場所でやらなければいかぬと私はつくづく思うのですね。 ですからそういうときに、九年でいいんだ、こういうふうな態度が出ているのですけれども、それは九年の中で例えば今言ったようなさまざまな問題を多少なりとも取り入れて、今六・三ですね、それを幼児教育の面を多少考えてするか、あるいは一部を中学校にやるか。昔は尋常小学校から高等小学校とありましたね。小学校を卒業して中学五年、こういうのもありました。ですから、九年の中で多少の変革をするというそういうような考え方は、大臣としてはお持ちになっているのですか。
○森国務大臣 先ほど申し上げましたように、新しい教育を考えていく、見直していく機関でこれから議論をされることでございますから、私の立場から今そのことすべてを入れるのは、いいとか悪いとかいうようなことはこの際申し上げることは適当ではないと考えております。 ただ、中教審の考え方というのは一つの大事な結論でございますが、しかし現実に、例えば幼保の問題を取り上げてみましても、厚生省と文部省の両方から出ました学識経験者による懇談会の答申もございましたが、それでもなかなか結論が出ておりません。そういう意味からいいますと、例えば幼保の問題も就学年齢とのかかわり合いというふうに考えていかなければなりません。あるいは高等学校の全入という問題もよく出てくる意見でありますが、これもじゃあ義務化にするのかどうかという問題になってまいります。こうなれば当然九年の年限も変わってくるということも予想できるわけで、このように、そういうことも幅広く考えていただく意味では、中教審の今までのお考え方も踏まえつつ新しい日本全体の教育体系を考えてみるという、視点と角度を少し変えてみる必要があるのではないか。そういう意味からいいますと、新しい機関で検討するということは極めて意義のあることだと私は思っております。 先ほど先生もちょっとお触れになりましたように、今の子供たちの荒廃ということも、社会のいろいろな病理現象というものもございます。これは中教審だけではなかなか結論が出ない問題でございます。そういう意味で、すべてのいろいろな角度から教育全体を一遍検討をしてみるということは私はとても大事なことだと考えております。この年限が適切であるとか不適切であるかということも、この際新しい機関を設置してお願いをして、そこで御検討をいただくことでございますから、私の方から今どうこうということではございませんが、ただ問題は、例えば今の義務教育の九年間というものの中の区切りという問題も、ある意味では対処の一つの方法なのかもしれませんが、そのことも踏まえつつ、やはり人間生涯教育という全体の中で一度見直してみるということに主眼、力点をむしろ置いていきたい、こんなふうに私は思っております。
○鈴木(強)分科員 大臣のおっしゃることはもっともだと思うんですね。いろいろ言われているときに、総理がぱっと義務教育九年は変えないということを言いましたより総理が言う以上は、あなたは総理大臣に任命された文部大臣なんだから、総理の方針をやはり忠実に実行していかなければならないでしょう。そうであれば、いろいろと問題があるときにもう義務教育は九年だということをはっきり公の委員会の場所で発言するということについては、少なくとも文部大臣なり文部当局の意見くらいは十分聴取して、総理として将来を見越し、先見性ある政策をやっていくためには当然関係の省に、少なくとも大臣くらいには相談をして発言をしたものだと私は思っているわけですよ。何も相談していないのですか。それじゃ総理大臣が勝手に言ったわけだ。それで、今言ったような義務教育から高校まで含めてどうするかというような問題だって、九年の中でやらなければならぬということになったら実のある教育ができますか。それじゃ幼児教育はどうしてくれるのですか。そこが全くロジックが合わない。そんなやり方じゃ困るよ。総理がここへ来てくれなければわからぬ。
○森国務大臣 御相談は、このことについてどういうふうにしようかということは改めて今日まで相談をいたしておりませんが、総理御自身としては、今日の教育制度、そしてまた憲法、教育基本法にのっとっての今日の教育の制度、それは勉強はされておると思います。したがいまして、先ほどもちょっと触れましたように、私も、また総理も、新しい教育を検討する機関ができるまで具体的に余りこういうことをしたらいいとかいうことは言うべきではない。 ただ、国会の議論の中の御質問に答えて、政治家として、御存分の考え方としてこういう方向もゆだねてみたいという希望的願望はあっても、そのことが機関のこれからの教育を検討していくことに大きな束縛をしたり拘束をしたりということであってはこれは越権行為だというふうに考えておりますから、恐らく総理も御自分で御勉強なされた考え方を述べられたというふうに私は承知いたしております。
○鈴木(強)分科員 時間がないからちょっとまたこれは未解決というか、私に了解できない点がたくさんあるんですね。これからの教育改革の展望を見たときに、これは少し軽率だ、あなたに相談もしないで。今の教育基本法からすれば、それは当然ですよ。それは決まっていることですから、そんなことは当たり前のことなんですよ。だけれども、それでは不十分だからというのでいろいろ論議があるときに、もうそれをぱっと言ってしまうなら、あなたの考え方と総理の考え方が違うんだ。そういうことじゃ、あなた、国民はどっちを信頼していいかわからないじゃないですか。もう少し緊密な連絡をとってやるように総理に言っておいてくださいよ。 それから、もう時間がなくなりましたから最後に。 実は青少年の非行問題等に絡んで、かねがね自民党でもいろいろと論議をしておったようですが、例の有害雑誌の販売に対する規制をかなり強くやるということを、けさ、私はNHKのニュースで聞いたのでございます。既にきのうは総理府の方で都道府県と政令都市の青少年の主管課長会議が開かれて、ポルノや暴力記事を売り物にした有害図書から子供たちを守るための方法として、条例の制定とか、それからいろいろそこに三つばかり、国民運動を展開するとか決めたようでございますが、それと相呼応したような形でこの自民党案というものが出てきているわけですね。案の内容については、概略でしたから、私は詳細にはわかっておりませんが、いずれにいたしましても、これは言論、表現の自由もありますからそう簡単にはいかないものだと思いますけれども、きのうの総理府でやられたポルノや暴力記事の問題について、文部省の方にも若干の話し合いというのはありましたか。これは、筋は総理府でございますが、ございましたか。
○宮野政府委員 青少年の対策関係につきましては、御承知のように総理府が中心になって当たっているわけでありまして、昨日の主管課長会議は、もちろん各省皆出席した上で各行政庁の方からお話をし、あるいはそれぞれの県からもいろいろな意見が開陳されたのだと思います。私は、実は出席しておりませんでしたので詳細は承知しておりませんが、内容的には私どもも聞いていることになっております。 そこで、今の雑誌の関係についてでございますが、いろいろ都道府県の方でそれぞれ保護育成条例を現在お持ちで、それをもとにして事務を行っておりますので、それらの現状等がいろいろ述べられたのではないかというふうに承知するわけでございます。
○石原主査 時間です。
○鈴木(強)分科員 二つの県を除いて、あとは条例でやっているんですよ。ですから、自動販売機だとかああいうものもできるだけ取り去られるようにやっているのですが、これは国民全体の良識でなければいけませんね。 そこで、自民党の案をここで聞くのもおかしいわけですけれども、それに加えて法による規制ということが、特に十八歳未満の青少年に対しては厳しく規制をして、罰金とか懲役刑まで含めたような試案をつくっておられるようですけれども、これには文部大臣も当然御参加をされておられるわけでしょう。この国会へあれを出すお考えなんでしょうかね。所管はどこになるのかな。
○石原主査 これを最後の質問にしてください。
○森国務大臣 有害図書あるいはまたそうした環境から子供たちを守るということについては、私も強くそのことを望んでおります。予算委員会の中での質疑も御承知のとおりでございます。ただ今回、けさ出ました法律は、これは議員立法であるというふうに私は承知をいたしておりますので、直接この法律の議論について、今日までの中には私は参加いたしておりません。
○鈴木(強)分科員 時間が来ました。ありがとうございました。
○石原主査 これにて鈴木強君の質疑は終了いたしました。 次に、塩田晋君。
○塩田分科員 最初に、大学適正配置に関しまして、現在、工業地帯における大学関係の建物の建設につきまして規制をする動きがあると聞いておりますが、文部省にそのようなお考えがあるとすれば、その趣旨は何でございましょうか。
○宮地政府委員 大学の適正配置ということはかねて言われている点でございまして、工場等制限区域における大学の新増設につきましては、従来から特別の場合以外には原則として認めないということで対応をしてきておるわけでございます。つまり、従来例外的に新増設を認めることとしております事例は、例えば勤労者等を対象とする夜間教育の問題でございますとか、あるいは小規模な改組拡充で当該専門分野の充実や社会の要請に対応するもの、また小規模な改組拡充で適正な経営規模の確保のため特別に必要なものというよう在ケースが例外的に認めてきた点でございます。したがって、文部省といたしましては、新たに規制を検討しているというようなことは現在考えているところではございません。
○塩田分科員 大学を初め学校の環境がよくなければならないということはよくわかるのでございますが、必ずしも山の中の静かなところであればいい教育ができるんだということには限らないと思います。かえって刺激がなくて学生が沈滞をするということ至言われておるわけでございます。また、今言われましたような工業地帯の中におきまして産学一体的な教育というものが必要な場合もございますし、刺激があった方がいいといういろんな説もございます。社会文化系統におきましてはより都会の中にあった方がいいというようなことも考えられるわけでございまして、余りそういった規制をこの問題についてはしない方がいいんじゃないか。慎重にやっていただきたいと思います。
○宮地政府委員 先ほど御説明したとおりでございますが、現在、工業等制限法の趣旨に留意して大都市への大学の集中を抑制する、そして地方大学の整備に重点を置くというような考え方をとっているわけでございます。 そして、今後の高等教育の計画的整備のあり方という全般の問題につきましては、御案内のとおり設置審議会の設置計画分科会において計画が検討されておりまして、昨年十月に中間報告を取りまとめて公表したわけでございます。その中間報告におきましては、工場等制限区域における大学の新増設の取り扱いは、従来の方針を踏襲して原則として新増設は認めないという考え方でございます。しかしながら、この中間報告におきましては、そういう従来の考え方は踏襲するわけでございますけれども、片や、近年の生涯教育への要請の高まりでございますとかあるいは国際化の進展に対応するために、例えば新たに社会人とか留学生あるいは帰国生徒の受け入れに積極的に対応する、そういうような新たな要請に対応するためには新増設を認めることも必要ではないかということも言われているわけでございます。 いずれにいたしましても、この中間報告につきましてただいま関係各方面からいろいろ御意見もいただいておるところでございまして、それらの意見もいただきながらこの報告の取りまとめの作業が今後進められるわけでございます。その作業が進み、報告の一応最終段階の取りまとめが行われましたら、それを受けまして私どもとしても適切な対応をしてまいりたい、かように考えております。
○塩田分科員 私学につきましては特にそういった規制を余りしない、創意工夫、そして自主的な自由な教育を大いに伸ばしていくという立場から、慎重にこの問題については対処をしてほしいと思います。 次に、現在、管理栄養士の資格につきましては、一定の大学四年の課程を経た者については資格を取得する道がございます。これにつきまして、ある方面からは国家試験を新たに課すべきであるという動きがあるようでございますが、これにつきまして文部省はどのような方針で臨んでおられますか、お伺いいたします。 〔主査退席、奥田(幹)主査代理着席〕
○宮地政府委員 管理栄養士の資格につきましては、管理栄養士の登録資格に国家試験を導入すべきではないかというような意見があることは伺っております。その点については、厚生省と日本栄養士会、全国栄養士養成施設協会等で協議が進められているというぐあいに聞いているところでございます。 現行の管理栄養士養成施設における必修科目及びその単位数等については、栄養士法施行令あるいは管理栄養士学校指定規則で定められておるわけでございます。国家試験導入の問題そのものにつきましては、先ほど申し上げましたような関係団体で協議が進められ、ある程度方向が煮詰まってきておるというぐあいには私どもも伺っておるわけでございますが、なおその点は、厚生省が今後どういう対応をするかということにかかわっていることかと思います。そして、それに伴いますこれらの大学、短大でのカリキュラムをどう考えるかというような問題につきましては、その取り扱いが具体的にどうなりますか、それが固まりましてその上で具体的な検討をいたしたい、厚生省とも協議を進めてまいりたい、かように考えておるところでございます。
○塩田分科員 この問題は、一回の国家試験で資格を取得するということでいくのと、大学で四年間一定の基準を超えるカリキュラムを履修し終えたということを認定されることとの関係をよく考えて、現状におきましては管理栄養士の関係は大学を卒業して取得された方がしっかりしているということを私は聞いておるのでございますが、文部省としてはその辺をよく考え、なお履修学習内容、基準等について検討を厳密にされまして、できればこの制度は維持された方が私はいいと思います。やはり文部省が毅然たる態度でないと他の団体の動きに左右されやすいということになると思いますので、この点について文部省の基本的な態度をはっきりと出していただきたいと思います。いかがですか。
○宮地政府委員 その国家試験の問題につきましては、確かに御指摘のように管理栄養士の養成施設として現在カリキュラムを規定されておりまして、大学のそれらの修得ということが基本的な条件で現在行われているわけでございますが、それらについてそれぞれ関係者の集まりでいろいろ御議論がある点も伺っているわけでございます。そしてある程度その議論が集約されてきているというぐあいにも私ども伺っているわけでございまして、その点は、国家試験のあり方をどうするかという基本問題は最終的には厚生省の方でお考えを取りまとめることかと思いますけれども、栄養士のあり方で、例えば業務独占をどう考えるかとか、いろいろな問題点があるわけでございます。したがって、いずれにいたしましても、先ほども申しましたような全体の関係者、栄養士会なりあるいは全国栄養士養成施設協会などの意見が全体としてまとめられて一つの結論が出れば、その方向には私どもとしても対応していくというぐあいに考えておるわけでございますが、先生御指摘の点も検討課題として私ども十分考えてまいりたい、かように思います。 〔奥田(幹)主査代理退席、主査着席〕
○塩田分科員 現在、栄養士につきましても供給不足といいますか、需要の方が多いという状況も一般的にあると思いますし、この必置義務が特に規定されてない中でそういったことを考えながら、それとの関連におきましてこの問題は文部省としてもはっきりとした方針を持って臨んでいただきたいと思います。 次に、私学助成でございますが、国公立の関係の予算は全体的にふえているのではないかと思います。文部省全体予算が厳しい中で、財政上の理由から私学助成につきましては一挙に一二%もカットされているという状況のようでございます。確かに私学の経営につきましていろいろな不祥事が出たことは我々も承知しておりまして、そのようなことが特に教育の現場においてあってはならないのでございますが、大部分のところはまじめに教育の任に当たっておられるわけです。これらも一まとめにして、いかにも私学が悪いのだというような印象で、しかも懲罰的にとしかとれないような大幅な私学助成費をカットするということにつきまして、我々としては非常に残念に思っているところでございます。こういう点について、文部大臣、いかがお考えでございますか。
○森国務大臣 私学の予算が一二%前年度よりも削減をされたということは、私学を大事に思っている私としても大変残念なことであったと思っております。 ただ、先生も御承知だと思いますが、私学だけをカットしたということではございませんで、ことしの五十九年度の予算は、概算要求時におきまして一〇%のマイナスシーリングをかけられたということでございます。前年度も、またその前々年度もずっとシーリングをかけられてきておるわけでありまして、そういうシーリングの中でも、私学を何とか少しでも大事にしたいということで、最終的な予算ではかなりの調整はしてございました。しかし五十九年度については、別に制裁とかそういうこととは全く関係ありませんし、いろいろ問題を起こしておりますものは本当に一部でございまして、まじめに一生懸命私学の運営をやっておられる、また私学を通じて教育をやっておられることは我々もよく承知をいたしておりますけれども、しかし予算というのは国民全体に血税を御負担をいただくということでございますから、当時の状況下で世論全体から見ましても私学に対しては厳しい批判の芽が出てきておったことは事実だと思います。文部省といたしましては、そのことのために制裁ということではなくて、私学全体のためには、この予算削減あるいは臨調の答申、国の財政事情ということを考えまして、それ以上上積みをしていくということはほかの政策的な経費にいろいろとまた影響を及ぼすというふうにもやはり判断をいたしたわけでございます。 したがって、残念ではございましたが、そういう中でそれでも概算要求に何とか近づけるようにいろいろと努力をいたしまして、最終的には一二ということにはなりましたものの、その他の助成事業についてできるだけ配慮を加えるということ、あるいはまた、高等学校以下については自治省にいろいろと御苦心をいただいておるというようなことで、全体的には私学ができるだけ被害をこうむらないように配慮をして予算措置を講じたつもりでございます。
○塩田分科員 大体文部省の関係予算は、人件費が大部分と言っていいのではないかと思うのです。人件費は毎年上がってくることは御承知のとおりでございます。上げなければならないわけでございますが、文部省全体の予算が減るということは、それだけ他の必要なところまでかなり削られてくる。そのしわ寄せが特に私学の助成費に行われたというふうにとらざるを得ない状況が出ておるわけでございます。ただいま大臣言われましたようなお考えの中で、もっともっと努力をしていただきたいということを特に要望いたします。 ところで、教育というものは国家百年の計であり、そして何よりも教師と生徒の一体化というもの、師弟の心の一体化というものを基盤にして、師弟の間の共同活動だと思うのです。 戦後の教育、いろいろな評価があると思います。確かに科学技術あるいは技能につきまして、戦後の多様な変化に対応いたしまして、これをこなす能力を一般的につけてきた。また、一般文化教養水準の向上、これも行われた。戦後の教育というものについての評価はかなりある。また、そのために教育の普及、これも戦後はかなり著しいものがあるということにおきまして、日本の現在の発展を支えたものはこの教育であるということが評価できると思います。 しかし、その中にもいろいろな多くの問題が生じておることは御承知のとおりでございます。私、個人的なことにわたって恐縮でございますけれども、私自身も一年ほど教員をした経験もあるわけでございます。父母も教員であるし、おじおばも、また兄弟も教員をしているという、いわゆる教員一家と言われた中に育ったわけでございまして、教育には関心を深く持っておるわけでございます。その中で、教育というものは本当に難しいものだということ、特に本当に心の問題であり、その心が一体化した場合には、それぞれの心の中に自分の教師、先生というものを一生忘れない関係ができるわけでございます。それだけまた教育というものは非常に難しいということを痛感をしておるわけでございます。ぜひともよい教育をして、そして次代の日本を背負う立派な国民をつくっていかなければならない、その大事業が教育だという認識でございます。 森文部大臣は、教育問題について早くから極めて情熱を傾けて取り組んできておられます。明治の第一回の教育改革、そして戦後の第二の大改革、そして今度の教育改革が第三の大改革になるということを期待するわけでございます。第一回の改革の任に当たられたのも森文部大臣であれば、今回、第三回目大改革をやるとすれば森大臣に期待するところが非常に大きいわけでございます。若さとファイト、情熱、行動力を持ってこの大業にひとつぜひとも立ち向かって、問題解決のために頑張っていただきたい、このことを切に要請する次第でございます。 そこで、現代失われている教育の分野といいますか、戦後の国公立を中心とした大学あるいは中等、初等教育、非常に画一的な面が指摘されるわけでございますが、その中でも、今後はやはり知だけではなくして、徳育、体育そして知育という三位一体の教育を推進していくべきだと思います。こういった問題につきまして、文部大臣のお考えを率直にお聞かせ願いたいと思います。
○森国務大臣 塩田さんから数々の御指摘をいただきました。先生の御指摘をいただきました点は、私はすべてそのとおりだと考えております。 今、知徳体というお話がございましたが、私は党におりますときから、文部省の皆さんに、知徳体という並べ方はどうもよくないのではないか、正直言うと、体徳知にしろというのが私が一番願ったところでした。健全な体に初めですばらしい知と徳が育つ、私自身はそれぐらいに思っておるのです。しかし、やはり文部省の皆さんから見ると、今私も文部省の一員でありますが、当時議論をしておりますとやはり知育というのが大事だというお考えがあるようで、今でも知徳体、こういうふうに文部省の皆さんは呼んでおられます。せめて私は、徳知体であるべきだ、こう思っているところでございます。 したがいまして、やはり子供たちの教育の一番大事なところは先生です。先生の人格から教えられることが、生涯、人間の基本的な理念、そしてまた一番のよき思い出であります。もう一つは、そういう意味では友人を得ること、先輩、後輩と知己を得ることであろうというふうに私は考えております。そういう意味で、学校教育の中で学問を学びながら、いい先生とのお互いの人格的陶治を図る、また先輩、後輩を含めながらいい友達をつくる、こういう教育環境にしてあげることがやはり教育の一番大事なところであろう。したがって、その基本的なことさえきちっとしっかりしておれば、建物でありますとか教科書でありますとか、あるいはその他の教育の環境というのは、これは国がいろいろな角度で整えていかなければならぬことは当然ではありますけれども、むしろ私は、先ほど申し上げた先生、友人との人格的陶冶をどのようにしていけるかということの配慮をできるだけすることが大事だと考えます。 したがって、先ほど例示にも取り上げられましたように、例えば全寮制というようなことも非常に意義あることだと考えておりますが、今日的ないろいろな価値観からいきますと年々、何となくそんなことは面倒くさいというような考え方もあるようでありますし、全寮制を取り上げておった学校もいろいろなトラブルが起きてくるとついつい学校も面倒になってしまうというようなことでやめるというような方向のところもございますが、そういういろいろな変化に富んだ子供たちの、先ほど申し上げたような人格的陶冶、人格形成を行っていけるそういう学校は、できるだけ文部省としては大事にしていきたい、そんなふうに考えております。
○塩田分科員 森文部大臣のお考えを聞きまして、我々は大いに賛同するものでございます。体徳知とか徳知体と、並べ方はいろいろありますけれども、私が申し上げていましたのは徳体知、この順番で、やはり徳をもっと重視をしていかなければならぬのではないか、今後の問題といたしまして。心の問題というのは原点はそこから来ると思うのです。 それに関連いたしまして、大臣もお触れになりました全寮制度、これはいい面もあるし、問題あるいはトラブルを起こしているところもあるという御指摘もございましたが、現代の大学ではどこがやっておるか。筑波大学は一部寮制ということも聞いておりますが、高校とか中学の中では全寮制度でやって成績を上げている、今言いました徳体知のこの教育に打ち込んで非常に成績を上げている、いい状況だというところもあるようでございますが、そういったものをどう評価されるか、お伺いいたします。
○森国務大臣 高等教育の中でそういう寮制度、いわゆる全寮的な制度をやっておるのは商船大学と高等専門学校だそうでございまして、この寮制度的なものの体験をしていくのはむしろ高校や中学くらいの方がいいなと私は思っております。しかし、これはいろいろな意味で国としてはむしろ、私立の学校がそのような方向づけをいろいろと工夫を凝らしてやっておるようでございますから、それは私は評価もしたいし、できればそういう方向を伸ばしてあげるようにしたいなというふうに思っております。 ただ、小中学校の中でもそういうみんなと一緒に行動をしたり一緒に寝泊まりをするということは教育の中でとても大事なことでありますので、少年自然の家などを活用したそういう制度は、学校の中の生徒の体験として数年前から取り入れるように努力しておるところでございます。
○塩田分科員 商船大学という話が出ましたけれども、私も入学をして全寮制の中で教育を受けた者でございまして、そのよさも悪さもわかっておりますが、大学は筑波大学にそういうのがなかったのですから、それは時間がございませんのであれといたしまして、中学、高校を一体的に全寮制で実績を上げておる学校がございます。例えば高知県の明徳高等、中学校なんかを大臣一遍ごらんになっていただきたいと思います。徳体知一体の教育を推進しております。ほかにもまだございます。高校にもございますし、そういったところをよく研究されまして、今後の教育改革の中で生かしていただくものがあれば、十分にひとつ生かしていただきたいと思います。そういったところは、寮生活には寄宿舎が要るわけですね。それから体育に力を入れれば体育館がいろいろ要る。そういったところには格別に私学助成の中でやはり配慮をしていただきたい、このように要望いたします。 それから、教師と生徒との心の一体の中で行われる教育であるにかかわらず、先生同士がいがみ合うあるいはぎくしゃくした関係、あるいは校長と先生との間に余り望ましくないような状況があるという現実ですね、これは非常に遺憾なことであると思います。例えば違法なストあるいはそういう行為をして、それを処分する。先生は校長先生からその辞令というか処分書を受け取る。受け取るのを反対する者もあるようですけれども、受け取っても後で出てくるときに入り口でみんな破いてしまうとか、こういうような先生と校長先生との間に心のギャップがあっては、教師が生徒との間においていい教育ができるはずはないですね。この辺を今後どう画していかれるのか。 それから、時間がありませんのでまとめて申し上げますが、主任手当、これは我が党の議員も予算委員会で取り上げまして、主任手当の二〇%は目的外、趣旨以外のことに集められて使われておる。約百億円であるという御回答があったようでございます。それは今後指導するということですが、具体的にどのような手段でどうやっていかれるか、このことをお伺いいたします。そしてその百億円の中から、教育会館ですか、施設建設に使われたり、あるいは校長先生の悩みは、そういうところから家庭に教材だとかなんとかと称していろいろなものが配られるという例もあるそうです。そういった実態を把握しておられるのかどうか。教育二元的な関係で混乱を招いているというところもあるそうでございます。これについての文部省のお考えをお聞きいたします。 それから最後に、全日教連という組織が二月二十六日発足いたしました。文部省からもどなたかごあいさつに行かれたと思いますが、文部省としてはこれを広い意味の労働組合と見られて対処をされるのか、あるいは教育の研究集団として見られるのか、その他の団体として見られるのか、今後どのような対処を文部大臣はしていかれようとしておられますか、お聞きをいたしまして、私の質問を終わります。
○石原主査 時間ですので、政府の答弁も簡潔にお願いいたします。
○森国務大臣 大変多岐にわたるお話でございましたので、今主査から時間の制約をいただきましたのですべてのお答えができませんが、やはり教育の現場は生徒と先生、そして先生同士の信頼感、ましておや校長先生と先生、また校長先生と生徒さんとの信頼が一番大事だと思います。大人のそうした争い事やいがみ合いが教育の現場に入ることは厳に慎まなければなりませんし、もしそういうようなことがあるとするならば極めて遺憾であるというふうに申し上げておきたいと思います。 なお、主任手当の拠出問題につきましても、先般の総括質問の中にもお答えをいたしましたので、失礼でございますが、時間がありませんので細かなことは申し上げられませんが、主任手当の支給は、いわゆる主任等の職務を給与上評価するものでございまして、教員給与の優遇措置の一環として行われているものでございます。 また、全日教連の方は職員団体であるということは承知をいたしております。しかし、教育の専門職としての使命を大切にして、青少年の教育の健全な発展に努めていきたいということでございますので、私はそのような方針を掲げておられることを極めて評価をしておる一人でございます。今後ともそうした教職員団体は、どういう団体であろうとも、教育にかかわる専門職の先生方を私ども文部省としては大事にしていかなければならぬということは言うまでもないことでございます。
○塩田分科員 ありがとうございました。
○石原主査 これにて塩田晋君の質疑は終了しました。 次に、井上普方君。
○井上(普)分科員 大臣にちょっとお伺いしたいのですが、実は私、総理大臣の演説を聞いてわからぬところがたくさんある。そのうちの最初が、まず「「たくましい文化と福祉の国」づくり」と、こう言う。これはおよそ文学的表現で、「太陽の季節」よりはちょっと文学的表現が多いようだけれども、どんなことか私にはどうもイメージとして浮かんでこないのだが、文化をともかく主宰する文部大臣、何か指示ありましたか、どんな文化をつくれというような。
○森国務大臣 直接の指示は総理からはございません。文部省といたしましては、固有の教育、学術、文化を大事に守り育てていくということでございますから、文部省としての考え方を進めてまいりたいと思います。 恐らく、総理がたくましい文化とおっしゃったことは、直接私も伺っておりませんけれども、やはり人間の持つ一番大事な、文化というのは非常に幅の広いことだろうと思いますけれども、人間の情感といいますか、例えば敬愛すること、尊敬すること、信頼すること、努力をすること、私はそういうようなことは全部文化に入ると思うのですね。そういうものをやはり人間として大事に兼ね備えていける、そういうことがややもすれば文明の度合いによって欠如していく面もないではない、そういうようなところをやはりきちっと大事にして、お互いの人間生活を維持していくためには人間が信頼をつないでいかなければならぬわけでありますから、そういうところを大事にしようという意味のことをおっしゃったのではないだろうかと、私はそんなふうに受けとめております。
○井上(普)分科員 すると、それは私も、文部大臣のその文化とは一体何だという定義それ自体にちょっと、それでは人間生活全体がともかく文化だと、こういうことのように承る。私は、どうもそれは合点がいきかねる。世の中の常識からちょっと外れるんじゃないかと思うのですが、それはそれとして、直接その「「たくましい文化と福祉の国」づくり」ですか、何を言っておるのかさっぱりわからぬ、私自身も。しかも、あなたの受け取り方と総理大臣の受け取り方とが違ってきておるはずだ、今のお話だったら。 そこで、それに対して直接たくましい文化を創造する所管省は、何といっても文化庁というものを持っておるのだから、形式的にも何にもしろ。あなたに何ら指示がないというのはこれはちょっとおかしいんじゃないかと思うし、どんなことをともかく目標にしておるかをあなた御自身お確かめになる必要があるとお考えになりませんでしたか。どうです。
○森国務大臣 もちろん文化というのは、一般的に言えば、例えば絵画でありますとか音楽でありますとか、いわゆる文化庁が主管する文化ということになれば、そういうことも挙げられると思います。私は、今この総理の演説の柱の中でたくましい文化というふうに、そして福祉の国というふうに考えられるのは、やはり人間的な価値観の問題というのが入っておるのだろう、こう思います。そういう意味で、私は先ほど、文化というのは幅広いいろんなものがありますけれども、そうした人間形成の中に、人間の心の中に入っていくもの、そういう意味を私は例えて申し上げたわけでございます。限られたことしか申し上げませんでしたが、誤解を生むかもしれませんけれども、文化というのは大変幅の広いものだというふうに私も承知をいたしております。やはり精神的に大事な人間の形成の上に、その素地を人間として培っていく、そのことがやはり教育の一方の面としても大変大事なことだというふうに思います。そういう意味で、たくましい文化というのはそういう面も備えているというふうに私は理解をしたいと考えております。 もちろん、総理とそうした面でもお話し合いはこれからしていかなければならぬと思いますが、これは井上さんの方が私なんかよりずっとベテランですから御承知のとおりで、大臣に任命を受けてから時間的にそうした事柄の議論はなかなかまだできる余裕もございません。すぐ国会の議論にも入ってしまいました。しかし、これから教育の問題を大事に考えていく上において、そうした問題もしっかり総理の考え方も踏まえつつ教育行政に責任を持って進めていきたい、このように考えております。
○井上(普)分科員 一番大きい柱になっているのですよ。二十一世紀への基礎づくりですか、三つの改革の推進ということの基礎にこれがあるんだ。それに対して、たくましい文化、この前の文部大臣瀬戸山さんでしたか、瀬戸山さんに私、同じように聞いた。そうすると、たくましい文化、たくましいと文化とはどうもくっつきませんな、何をおっしゃっているのかわかりませんと正直におっしゃった。 あなたは、ともかく人間的価値観の問題であろうとかなんとかおっしゃいますけれども、たくましい文化というのは、それは文化それ自体についての定義が違ってくれば問題だけれども、たくましい文化とは一体何だろうか、ともかくわかりやすい言葉、だから私は申し上げている。ちゃちな文学的表現で世の中ごまかそうとするような動きがあるんじゃないだろうか。しかも、今お話しになっておられるけれども、こういうようなたくましい文化をつくるべくまず教育臨調ということを考えられたんだと思う。とするならば、その目標とするたくましい文化というのは一体どんなものか。中曽根さんが考えるたくましい文化とあなたの考える文化とが違っておったら、それこそ教育臨調もあさっての方向を進んでいくと私は思う。 大体、教育改革をやろうなんというのは独裁志向の強い者がやることで、洋の東西、古今を通じてそのとおりなんです。ヒトラーが出てきたら、ヒトラーは教育改革をやろうとした。ムソリーニもそうです。日本では東条英機は国民学校というような教育改革をやる。教育改革をやろうというのは大体独裁志向の強い者です。 それは、今確かに教育に問題はありますよ。たくさんの問題がある。確かに直さなければならないところがある。しかし、それに対して教育者自体がともかく無気力。私は、文部省全体を通じて、教育に携わる者の無気力さが今日の教育混乱を来しておるんだと言っても差し支えなかろうと思います。 一例を挙げて、演説みたいになるけれども、質問しますが、昭和四十二、三年ぐらいの大学紛争の際、私も議席においてじっと見てきた。確かに明治以来百年間の大学制度それ自体に対する矛盾が温存されてきた。これに対して教育改革をやるべしという学生諸君の考え方は正しかったと私は思う。しかし、あの大学紛争は結局何だ、どういう形で収束せられたかといえば、ある一部の政治勢力とくっつき、あるいはまたともかく権力とくっついた中で収束をした。 しかし、あの当時に出されました各段の教育改革案というものがあった。自民党の中にも自民党の大学改革案も出た。東大におきましても大学改革案の草案というのが出てきた。各大学においてもそういうような機運が出てくるし、また、中教審においてもある程度の方向性というものを出してきた。しかしながら、今は大学改革というものは全然行われておらないのが実情ではございませんか。あの自民党の改革案一つ見ても、何らこの改革案が実行に移されていない。あるいはまた東大の改革案も実行に移されていない。依然として講座制というような、あの百年来続いた古い制度それ自体が今まだ大学の中には温存せられ、蟠踞しておる。 大学の自治というものを尊重しなければならぬと私は考えます。しかし、大学人自体がそういうように、無気力さからか何からか知りませんけれども、十数年たってまだ改革に移されていないのを遺憾に思う。これにやきもきして何とかひとつ改革を実行させなければならないという気持ちはわかる。気持ちはわかるけれども、政治が、あるいはまた一定のイデオロギーがこれに介入することは断じて許されるべきではないと私は思う。そういう教育改革を促していくような機運をともかく我々政治家というものはつくっていかなければならないと思うのでありますが、そういうような大学教育者自体の中から起こってくる改革意欲というものを助長するような風潮をつくっていくのこそ我々の考え方でなければならぬと思うのです。 教育臨調といって——しかも今まで中教審というのもある。これも無気力だ。中教審の委員の中には、私が調べたところによると、一年間に二十数回ともかく委員会を開いておるけれども、その中で二回しか出ておらぬ中教審の委員もおった。それが大きな顔をして、私はともかく評論家でございといってテレビで得々としゃべるような連中もおる。それはともかくといたしまして、そういう感覚からこのたびの教育改革というものに臨むべきではないだろうか。だから、臨調というようなまさに思いつきの政策を中心に考えられては困ると思うのですが、いかがでございますか。
○森国務大臣 教育改革を志向するということは独裁者だという、これは先生の一つのお考え方、また歴史的な今までの事実を言われたのかもしれませんが、少なくとも中曽根内閣において、また中曽根総理は国会の答弁にも申し上げておりますように、憲法、教育基本法をしっかり守って、その上に立っての教育の見直しであるということを何度も申し上げておるところでございますので、先生のそういう御懸念には当たらないというふうに思います。 そしてまた、特定のイデオロギーとかそうしたものが入らないということを望むからこそ、多くのいろいろな幅広い人たちによって日本の教育全体を少し長期的にもあるいは短期的にも、また常々申し上げているように、いろいろな角度や視点も少し変えて御検討をいただきたいということでございまして、むしろそのことが、先ほど、いわゆる教育をもう少し改革をしていこう、また教育関係の皆さんがいろいろな意味で新しい活力を取り戻していく機運と先生がおっしゃったそのとおり、そういう機運がそのことによってつくられていくというふうに私は思うわけでございます。 また、例として学生運動から大学問題のお話もございましたけれども、当時の学生の騒動というものの一貫した形の中では、確かに大学みずから改革をし、またそのことを解決してほしかったというのは、文部省も、当時私たちは文部省という立場ではございませんでしたけれども、一国民として大学みずからがこのことの解決を図ってほしいと考えておりましたが、残念ながらそういう状況にはならなかったということでありまして、そういう意味では、むしろ社会全体の中、あるいは国民全体の共感というものを覚えなければ、大学の自治自由は、学門の自由はあっても、国民的共感がなければそれはしっかりとした根をおろしていくことは難かしいというふうに考えております。 講座制についてもお話ございましたが、学部、学科ではない新しい道を切り開くという方向は、文部省も筑波大学を一つの契機としてつくり上げたわけでありまして、このことも文部省からああせい、こうせいではなくて、大学全体がみずから自分たちの学門の改革を進めていくということが最も望ましい形であるというふうに私は承知をしておるところであります。
○井上(普)分科員 いろいろお話しになりますけれども、今の大学の改革は、大学の中において大学人みずからがやるべきである、これが基本でなければならぬと思うのです。新しい学科として筑波大学ができたなんておっしゃいますけれども、筑波大学だって背の専門学校の学科制じゃありませんか。それから一歩も出てないじゃないですか。この問題等々につきましては、機会があればほかで言いたいのだが、しかし、いずれにいたしましても旧来の制度それ自体が残り、やはり大学の矛盾それ自体が温存された形で今ある。やがてもう一度、あるいはもう二度、ああいう形の収束であるならば大学紛争というものが起こるであろう。気力のある青年諸君が出てくるならば、必ず起こるであろうということを私は申し上げておきたいと思います。 しかし、いずれにいたしましても、このたくましい文化というものが私にはわからない。国民の皆さん方にもわからぬと思う。前の文部大臣は、私はわかりませんと正直におっしゃった。が、あなたは、このたくましい文化をつくるために、文部省の——文化といえば、やはり文化庁を持っておるのだから、形の上だけでも文部省が持っておるものでしょう、だから実戦部隊にならなければならぬ。一体何か新しいことをこの中にやりましたか。今度の予算の中でありますか、どうです。
○森国務大臣 文化庁が関係いたしております文化といえば、すぐ、先ほど言いました絵だとか歌だとかが出てまいりますが、そんなものがたくましいというものとつながるとは思っておりません。恐らく瀬戸山文部大臣はそういう意味でおっしゃったのじゃないかと思います。音楽がたくましいということになれば、おしかりをいただくかもしれませんけれども、軍艦マーチがたくましいのかもしれませんが、そういう意味だとは何も考えておりません。 私は、そういう意味の文化論ではなくて、やはり総理の演説の中にありますように自主、連帯、創造ということを目標としたたくましい文化ですから、そういう、人間がお互いに助け合っていく、人間の自助努力、みんなの力をつくり上げてそこに新しい創造を生み出していく、そういう文化だということであれば、ちなみに私の浅学非才なる角度でありますけれども、その中で、例えば努力するとか敬愛するとか尊敬するとか協力するとか、そういう問題が文化の一つの定義づけの中に入るのではないか、そういうことがやはり教育の基本の中に、人づくりの一番大事な基本の中にあることが、自由主義国家というものをみんなの力で盛り上げていく大事な原点になる、総理はそのように考えておられるのではないかというふうに私自身は判断をして、そういう意味でたくましい文化というのは私なりに理解ができるというふうに考えております。
○井上(普)分科員 いや、しかし、あなたのその自主、連帯、創造を目標としたたくましい文化じゃないのですよ、基調とした文化になっているのですよ。そこらあたり違ってきている。あなたもう少し——私らから見ると下らぬ教育臨調なんというのをやろうとする、あなたは目玉商品の主宰者なんだ。 そこで、たくましい文化についてあなた、総理大臣と論争してごらんなさい。ここには文学家が一人おられるけれども、この方も先ほどから目をぱちぱちさせておる。私ら、例を志向しているのかわからない。言葉の上でごまかすことはやめてもらいたい。私も国民から選ばれた代議士の一人だ。それなのに、たくましい文化とは一体何を目標にしておるのか、どういうことを考えているのか。文化一つの定義にしてもいろいろある。それがあなたに伝わって、閣内のしかも重要閣僚だ、今度は。文部大臣というのは今まで伴食だのと言われたけれども、私はそうじゃないと思う。それが世の中に躍り出た、文部大臣というのは。だから、そこのあたりはきっちりとあなたと論議して合意したところで御答弁が願えるものと私は理解しながらきょう質問に立った。それがないというのは、いかにも上っ面だけでともかくこの言葉が使われておるとしか思えないので、改めて文部大臣、総理大臣と十分にこの点の論議をしておいていただきたい。また改めて機会を求めて私は質問をしたいと思う。 もう一つ承りますと、このごろ学校法人というのは、どんな特典を与えているのですか、お伺いしたいのです。
○阿部政府委員 特典というお話でございましたけれども、例えば税制上の特別の措置等は講ぜられておるわけでございます。
○井上(普)分科員 税制上どんな特典を与えておるのです。
○阿部政府委員 税制上、例えば収入に対しまして、学校の本来の事業である教育活動に関する収入につきましては税金が免除されているというようなこともございますし、あるいは収益事業を行いました場合に、収益事業から本来の事業活動へ経費を繰り入れるというような場合の税の軽減措置等も行われておるわけでございます。
○井上(普)分科員 学校法人の中で、今そういうような特典を与えておる、ところが、御承知のように国士館大学のごとく、その利益の配分をめぐってともかくいざこざを起こすというようなことがたくさんある。これは国士館大学だけじゃない。しかもそれが世襲制になっている。ここに私は大きな問題があると思うのですよ。だから、学校教育事業というのは、これくらい金もうけができる職業はないということになる。これに対して文部省としては、私学に関与したら教育の独立が侵されるなどというような考え方からやっている。 こういうケースがあるのですな。あの大学、ここに広い広場があるがこれは一体何だといって聞いた、いや、これはあの大学の運動場でござい、こういうのです。へえ、運動場、学校とこことの間に三キロも開いているじゃないか、使っているかと近所の人に聞いたら、いえ、全然使ってません。やがてのこと、一年後ここに行きましたら、コンクリートブロック、三角ブロック、あんなのを一生懸命そこで土建屋さんがつくっている。全然運動場の体をなしていない、運動場として使っていない。やがてのこと、あれが売られるというようなうわさも聞こえてきている。何のことはない、大学、学校法人なるものが不動産業をやっておるようなことも間々耳にするのであります。 文部省、そんな収益事業に対して、本来の学校の目的に使った場合には税制上の便宜を与えているというけれども、一体こういうようなことをやらしておいていいのだろうかという感じが私はしでならないのであります。どういうような管理監督を今までやられて、学校法人を認可せられるのは文部省なのだから、どういうようなことを今までやられておるのか、お伺いしたい。
○阿部政府委員 学校法人が校地等を取得いたしました場合には、当然当該学校の教育用あるいは研究用の用地として利用することが前提でございますので、それぞれの学校がそのような方向に沿って具体の運用を行うようにかねて指導してまいったわけでございます。中には、先生御指摘のケースがどのケースか私にはわかりませんが、私どもの目の届いてないケースもあろうかと思いますが、御指摘を受けたようなケースにつきましては、個別具体に各大学から事情を聞く等のことを行い、あるいは正規の目的に即して活用するようにという指導を重ねるようにいたしておるところでございます。 ただいま先生おっしゃいましたケースがどういうケースが御指摘いただければ、また必要な時期に当該学校法人に対して指導を行いたいと思っております。
○井上(普)分科員 ケースがわからぬ、言ってくれたら指導する、こうおっしゃる。しかし、その学校法人を認可した責任はやはり文部省にあるのでしょう。だから、それらが一体どんなことをやっているか、いつも目を光らせい、と言うと失礼な言い方だ、またそういうように文部省が学校に対して目を光らすことは教育の統制になりかねない一面もある。あるけれども、やはりあの学校が急速に大きくなったのは一体何だろうか、土地の転がしで大きくなったのじゃないかというぐらいのことは、あなた方ももう少し目を光らす必要があるのじゃないですか。 そういうのは指導というだけで、私学助成金も出しておるようだが、それは私は結構なことだと思うのだけれども、そういうような金もうけの手段として使われておるようなことが、学校法人ほとんどもうそうじゃないですか。だから世襲制になってしまって、この間の国士館大学のごとき事件が起こってくるんじゃないですか。そこらあたりはどうなんです。
○阿部政府委員 先生からそういうお話がございましたけれども、私どもは、学校法人の中に一部そういうケースのものもあるいはあったかと思いますし、それらに対しましては厳しい指導をしておるところでございますけれども、大部分の私学はまさにまじめに運営されているものと考えております。
○井上(普)分科員 しかし、見ておりますと、学校法人が世襲制みたいになっておるところがほとんどじゃございませんか。その点は一体何%ぐらいそういう形態になっているのですか。創始者の一族が学校を牛耳っておるというようなケースはどのくらいあるのですか。そこらあたりはチェックされておりますか、どうです。
○阿部政府委員 そういう計算はいたしたことがございません。
○井上(普)分科員 我々から見たら、学校法人はどうも一部の創始者の一族によって左右せられておるというのがほとんどじゃないかと私は思う。この点、後でひとつ調べて御報告願いたいと思うのですが、文部大臣、いいですな。今出してくれといったってそれは無理だろうから、ともかくそういうことをやってほしいと思う。 私はなぜこんなことを言うかといいますと、教育というのは私は大事だと思う。大事だと思うのだけれども、それが金もうけの手段になったり、一部からそれ自体について指弾を受けるというようなことになれば、教育それ自体が今の世の中のごとく軽んじられることにもなりかねないと私は思います。そういうために私はこれを申しておるのでありまして、その点、御理解の上で御調査になっていただきたい。 最後でございますが、今度の教育臨調を見てみますと、一体何を目標にしておるのか、私にはわからない点がたくさんある。これは教育関係者自体が解決すべき問題を解決できない、しかも教育上の諸問題が起こっておるのに便乗して、教育統制の意向があるのじゃないかというおそれがあるということを私どもは指摘いたしまして、質問を終わります。
○石原主査 これにて井上君の質疑は終了しました。 次に、薮仲義彦君。
○薮仲分科員 私は、文部大臣に教育の基本に関する問題を何点かお伺いしたいわけでございますが、中曽根総理が、二十一世紀に向かう日本の将来のため、現在緊急に解決すべき課題の一つとして教育の改革を挙げていらっしゃいます。私も、現在の教育の実態の中から教育の改革の必要性は十分認識しております。ただし、その方向性、あり方についてはこれから論議され、決定されていかなければならない幾多の問題があろうかと思うのでございますが、私は、そういうことは抜きにして、具体的な問題で何点か大臣のお考えをお聞きしたいと思います。 私は、教育というのは本来、一人の人間が持っている個性であるとか特質、すばらしい人間性というものを教育の場で引き出して、社会に役立ち、日本のために本当にすばらしい一人の人格というものを導き出してくださる、そういうものに大きな期待を持ちつつ質問するわけでございますが、総理の私的な諮問機関が近々答申なさる、文化と教育に関する諮問機関の答申が出てくるわけでございますけれども、この答申の中身の中で、一つは学歴偏重あるいは詰め込み主義を見直したらどうか、受験戦争を鎮静化させる必要性等々が論議されているようでございます。 そのことに関連して私は、大臣も我々も四十代後半の人間でございますが、我々四十代の人間が集まってよく話すことは、小学校のときどうだったと言うと、お互いによく遊び、よく遊び、よく遊び、よく遊んだ、そこにはよく学ぶというのがほのかに出てくることしかございません。小学校時代とうたった、学校から帰ればランドセルをほっぽり出して、お母さんから晩御飯ですよと呼ばれるまで我々は真っ黒けになって遊んでいました。現在はもう町の中で子供を見ることはほとんどありません。夜暗くなるまで塾だ、いろいろな形で勉強をしていらっしゃる。我々のときには餓鬼大将がいて遊べたわけです。子供社会には一つのルールがあって、世代が違う、いわゆる上級生もいれば下級生もいる。そこの中には子供だけの社会と子供だけのルールと子供だけの遊びがありました。めんこをやろう、あるいは鬼ごっこをやろう、隠れんぼうをやろう、それは子供だけが子供の社会の楽しみとして遊べる。遊びだったし、ルールだった。そこの中で私たちは、上級生に対し、先輩に対してどうあるべきか、あるいは友達の友情というものが涵養されていました。それが現在の子供の教育の現場あるいは小学生の姿を見ておりますと、全く勉強、勉強、勉強、それが小学校教育のすべてのような感じを私は抱かざるを得ない面がございます。 私は、小学校の教育というものは、確かに知識は当然必要だと思います。知育ということは重要な視点でありますけれども、我々の子供のころを思い起こして、もっと遊んだな、勉強というのは、先生に予習、復習をやりなさいと言われて、心のどこかでそれが痛みに残っている程度で、思い出は遊んだことばかりでした。ですから私は、今後の改革の中で、小学生ぐらいはもっと伸び伸び遊ばせてやってほしいな、今子供の遊び場がありませんけれども、子供が子供らしく遊べるような遊び場やそういう教育環境をつくってあげてほしいと思うのですが、この辺の大臣のお考えはいかがでしょう。
○森国務大臣 薮仲さんの御指摘のとおり、私たちの子供のころもそういう遊びの中で人間としてのマナーとか、また人間的な情愛とか友情とかそういうものを得てきたような感じがいたします。そういう意味では先生のおっしゃるとおりであります。 ただ、今、小学校というふうにあえて範囲を限られたわけですけれども、小学校の子供たちが勉強、勉強というふうにさせられるのは、子供たちが希望するからではなくてむしろ親だろう、私はこう思うのです。しかし、これはまた親にとっても同情しなければならぬ立場にある。いい学校へやって、将来いいところへ就職してほしいな、また、いい人生を全うしてもらいたいな、親としてもせめてもその環境を整えてあげるということがこれまた親の愛情でありますから、これすべからくいけないものだとは言い切れないと思います。しかし、そういう社会環境になっておるということをまず除去していかなければならない、そこを改善していかなければならない、そんなふうに考えています。先ほどの御審議の中でも出たのですけれども、ゆとりある教育というものを文部省がやろうとすると、逆に、ゆとりあっては困るので、ゆとりある時間はできるだけ勉強に差し向けてくださいというお母さんやお父さんもあるということでございまして、そこは大変難しいことだと思います。 そういう意味で、教育全体を多くの、幅広いお考えの中で、現にそういう高学歴社会あるいは社会全体の教育にかけるそういう期待感みたいなものも、この際どのようなところに置くべきか、新たなる見直しが必要だということで、今回このような考え方を示しているわけであります。 また、人間的な約束事や人間関係というのは、先生がおっしゃったとおり、子供の遊びの中から学んできたわけでありますが、残念ながら今は何かテレビで学んでいるような感じがする。テレビの中で突っ張っていれば、おれも一遍突っ張ってみようかということにもなるわけであります。そういう意味で、大人の経済追求型の社会が子供の中に大きな影響を及ぼしてきたということは否定できない事実だと私は思います。もちろん、経済追求をしていくことは資本主義の中ではやはり否定できないことではございますけれども、大人のやり手口といいますか大人の趣向が今子供に大きな影響を与えているのだということを社会全体が考えていかなければならぬ、そういうことはとても大事なことだ、そんなことも含めて教育の改革を一度考えていきたいというのが今回の基本的な考え方でございます。 先ほど最初に御指摘ございました私的諮問機関である文化と教育懇談会は総理の私的諮問機関でございまして、幅の広いお考えを持つ方々が近々、大体三月末、二十二日ごろというふうに聞いておりますが、そのころにお考え方がまとまるようでございますので、文部省としても大変そのことについて関心を持って、いい御意見を承れるように期待をしたいと思っておるところであります。
○薮仲分科員 もう一つ、私は子供の評価の仕方でお伺いをしたいのですけれども、これは大臣御承知の小学校の学習指導要領ですけれども、この小学校低学年、一年、二年の理科のところにございますけれども、ここで「自然の事物・現象についての理解を図り、自然を愛する豊かな心情を培う。」こう書いてあります。私は、ここで子供の評価のことで具体的に言いますと、例えばここにもありますように、「水中などの動物を探したり工夫して飼ったり」とあります。小学生のお子さんあるいは父兄の方とお話しするときに、今の教育現場ですと、例えば気立ての優しい女の子が自分の買ってきた金魚をかわいがって水をかえたり水草をやったり本当に金魚をかわいがって、大事に育てよう、草花を愛そう、そういうかわいい、優しい心がけの子供がいます。ところが、金魚なんか飼う気持ちはさらさらないのだ、こういうお子さん方がお二人、試験、ペーパーテストを受けますと、金魚なんかかわいがる気持ちがさらさらなくても理科の点数は百点とれます。金魚は優しく飼い、小鳥を愛し、草花を愛するかわいい女の子は三十五点しかとれなかった。今の教育環境の中では気立ての優しい子は評価されていかない。でも、我々子供社会の中では何が優位性であったかと言えば、腕力が強くてもあるいは走ることが速くても、私たちが子供のころはそれが即、頭のいい子だけがいい子じゃなくて気立てのよい子やそういう運動の得意な子供も立派に、伸び伸びと子供時代を過ごすことができた。今はどちらかというとそういう必修課目の点数がいい子、点数がいい子というのは、今、大臣がおっしゃった親がどうの——学歴偏重の問題はその次に聞こうと思っていますけれども、私は今の教育環境の中でペーパーテストだけではない、もっとそういう人間としての評価を小学校くらいは思い切って与えてあげてもいいのではないか。算数ができなくたってあるいは社会ができなくたって立派に気立てのよい子を育てられるような、自信を持って生きていけるような小学校の教育環境、親の言うことはわかります、でも教育の基本的な考え方として大臣はそういう子供の評価の仕方を幅広くするお考えはないのかどうか。
○森国務大臣 薮仲さんの御指摘のとお力だと思います。私は学問追求よりも人格形成の方にウエートを置くべきだと考えておりますし、教育はその両方が上手に相まっていくことが最もいいのかもしれませんが、ややもすれば今はやはり学歴、学力の方に偏重していることは、これは否定できない事実でありますから、そういう意味では、むしろ人間的な幅を持たせる意味でのその方向にむしろ意を用いていくことが大事だと考えております。 指導要領のあり方につきましては、専門的なことでございますので、もし必要がございましたら局長からお答えさせていただきます。
○薮仲分科員 そこで、私大臣にお伺いしたいのですにれども、今、大臣がおっしゃったのは、親があるいは社会環境が子供に勉強を強いるということをおっしゃったのです。なぜかというと、世の中が最後まで学歴偏重という形で追い込まれていくわけです。おっしゃったように、いい高校でいい大学でそしていいところへ就職しなさい、これが一つの日本の社会を築いているのは事実です。私はそれを今度の改革の中で大臣にぶっ壊していただきたいと思っている一人です。 ではどうやったら壊せるか。今、国の行政機関の中でそれを改革しようとすれば、私は上級職の公務員、この採用について、人事院が当然おやりになることかもしれませんけれども、文部大臣のお考えとして、この上級職というのはやはりペーパーテストでいいのが入ってくるのはやむを得ません。大臣は予算委員会等でいろいろ御答弁なさっている、国大協の先生方も。東京大学は、やはり社会的な制約があるので、ペーパーテストというだれが見ても納得できるところでいい生徒が入ってこなければならない等々のことはわかります。そういうことは一切論外としておいて、私は、いわゆる社会それ自体が学歴偏重でなければ採用されない、生かされないという、この社会を壊すために、上級職の中で、例えば一つのハードルとしていわゆるペーパーテストで優秀だということは評価してあげたい、これは当然だと思うのです。でも、社会全体の中で幾つかのハードルをつくった方がいいと思うのです。例えばそのほかに、我々があるときにカメラを一個持たされて、朝から晩まで写真を撮ってこい、そこに自分の思ったことを書いてみろ。あるときには縁側でおじいさんとお孫さんが楽しくやっている写真を撮って文章を書くかもしれない、あるいは交通事故のところにたまたま行き合わせて記事を響くかもしれない、とにかく一日ぐるっと回って自分の思ったことを写真にして記事に書けと言われると、いろいろなことが出てくるのです。そういうことをやるとその人の人間性というのが出てくるわけです。私はペーパーテスト以外に、人間の持っている特性というものをいろいろな角度から評価して、少なくとも三つか四つ、五つくらいのハードルをつくっておいて、そして上級職という、学歴偏重の一つのシンボルとは言いませんけれども一つの事実であることは事実ですが、これを壊すためには、学力も大事だけれども、幾つかのハードルをつくって伸び伸びと、それは勉強では東大やあるいは京大に負ける、でもほかの部分で立派にこの人は上級職の公務員として闘えるぞ、生かせるというような形で、思い切って国の上級職公務員の採用のあり方から改革をするような決意がありますと、大きくこの学歴偏重というものの一つの牙城は変わってくるような感じを持ちますけれども、大臣、お考えはいかがですか。
○森国務大臣 国家公務員の採用の試験については、文部省の方からどうこうしろということはあり得べきことではないかもしれません。ただ、こういう国家公務員の採用のみならず^高等学校の選抜方法あるいは大学の選抜方法、私も先生と同じように、学問だけではなくて、このことに一生懸命自分が情熱を燃やしてきたというものを評価してあげる方法、試験でもやはりそうで、僕は英語だけは一生懸命これだけやれるんだ、英語にそれだけのすばらしい力を得ることができれば、ほかのことだってそれをやる能力、そういう資質があるということは十分判断できるわけですから、そういう多様なやり方をするように、これは単に新しい教育機関ということだけではなくて、文部省自体もそういう方向で指導していきたい。まだ、指導するように文部省の皆さんにも努めて指摘をしておるところでございます。要は、そういうことが社会全体の中で人間を評価する物差しといいましょうか、そういうはかり方がいろいろな角度から人間というものを見る、そういう世の中をつくるということ、社会全体から見るとやはり新しい教育機関でまた検討することも大変意義のあることだというふうに私は感じておるところであります。
○薮仲分科員 私は大臣のおっしゃることよくわかるのです。ですから、今おっしゃったように、私の言いたいのは何かというと、一人の人間が一生涯ペーパーテストで評価されていく、これが学歴偏重の諸悪の根源だと思うのです。しかし、人間は一枚のペーパーなんかで断じて決定されるものではないと思うのです。もっと幅広くいろいろなハードルをつくって、幅広い人材がこの日本の由のため、社会のために有為に生かされるような、そういう改革を、教育の中はもちろんのこと、受験はもちろんのこと、社会へ飛び出すときにもつくってあげていただきたい、そういう社会環境を今度の改革の中で十分検討いただきたい。 と同時に、それに関連して前の瀬戸山文部大臣のときの教職員採用の答申があるわけですが、これについても、大臣のお考えといいますか、これは私の考えがどうのこうのじゃなくて、私はこう思うのですけれども、大臣がどういうように思われるか。私は今度のこれを読んでみました。これでいきますと、これは極端を言い方をしますからね。私は、頭のよい人はいい人だと思うのです。頭のよいということは大事なことだと思うのです。ただ、頭のよいことと勉強が好きで勉強ばかりやるような人というのは必ずしも一致しないと思うのです、勉強の好きな人というのは。 これを見ますと、免許の資格の中に特修免許等が出てくるわけですが、細かいことは時間がありませんからやめますけれども。こうやっていくと、何となく学校教職員も勉強の好きな人ということが一部出てくるのかな、これは私の誤解かもしれません。この中の三ページには「教員資格認定試験の拡充」ということで「社会人として特定の分野に優れた識見と経験を有し、教職を志すに至った者にその機会を与える」、これは私は非常にすばらしいと思うのです。こういう機会をもっとある意味ではつくっていただきたい。勉強の好きな人も、教育者としての資質かもしれませんけれども、必ずしも勉強の好きな人だけが子供を教育する資質のすべてではないというように私は考えるのです。これは私の考えです。ですから、ある意味では人間的な面で非常に社会的に有名な人あるいは立派な方というのが教育の現場に入ってきてもいいのじゃないかな、こう思うのです。 特に、きょうはやめておきますけれども、新聞の報道の中に、福島大学の調査では、学校の先生の中で四割授業がわからない、あるいはまた、これは教研集会の中の香川大学の例として、子供を教える自信がない、こういうことがちょっと調査の結果で出ておるわけですが、これを云々することはきょうはいたしませんが、こういうことではなくて、いわゆる教職員も勉強の好きな人だけが教育の現場に出るのではなくして、この答申の中に出ておるように、すぐれた識見と経験を有する人が教育現場に入ってきて、小さな子供にある意味ではお父さんと言われるような人が出てきてもいいと思うのです。すばらしいな、そういう人の人格に触れて子供は立派な社会人に育っていくと思うのですね。こういう機会におっともっと拡充していただけないか。特に高校などでは、商社のスペイン語だとか英語の得意な方を専任の講師として、というとサブでしか採用することができないわけですね。そういうような語学あるいはいろいろなことがあろうと思うのですが、教育の現場に学校を出てすぐの先生もそれはいいかもしれません、でも社会的経験豊かな方がかわいいお子さんの人間教育という面をとらえながら御自分の持っていらっしゃる力を十二分に発揮できるように、教職員採用の門戸をますます多角的に拡充していただきたいと思うのですが、その辺の大臣のお考えはいかがでしょうか。
○森国務大臣 私は、先生というのは教育の中で一番大事なものだと思っております。したがって、先生から学問を教わるだけではなくて、先生の経験や先生の持っておられるお考え方、そういうものの全体的な、先生の人間的な面に触れて子供は育っていくであろう、こう思っております。 ただ、そういう面からいいますと、ややもすると今日までの教員の採用の一つの基準みたいなものは学力を中心に置いておったということは、私の経験からいってもこれは否定できなかった事実であろう、こう思います。そういう意味で昨年十一月、教養審から答申をいただきました新しい教育職員の採用のいろいろな考え方は極めて傾聴に値するものでもありますし、大変多岐にわたっておる。文部省としてもその方向に沿ってこれから改善をしていきたいと思っております。 ただ、学問は年々歳々いろいろな変化をしてまいります。また、新しい分野にも伸びてまいります。先生方もこれに対応していくのは大変だと思いますから、現職教員の研修というのはとても大事だ、こう思います。また幅広い、国際化時代に対応していくためには、先生の範囲の中では対応できないものも随分あろうと思いますが、そういう意味では国際経験の豊かな方あるいは実務社会で学んだ方、また自分が新たに教職の道をやってみたいという方々にも途中から教職に入っていただけるように、いろいろな制度を柔軟にこれから考えていくことが文部省の大事な仕事だと考えておるところでございます。 そういう意味で、先生から御指摘いただきましたことは非情にすばらしいお話でもございます。私どもとしても、ちょうど先生も、そこにいらっしゃる奥田さんも、それからそちらにいらっしゃる池田さんも、石原先生はちょっと私より年上でありますけれども、皆大体同じ世代でありまして、私どもの世代が本当に日本の教育はこのままではいかぬのだという考え方はみんな持っていると思うのです。そういう意味では、今の先生方はどちらかというとどうしても学力を中心に考えてきた方々が現場におられる、その先生方から教えられた子供たちがこれからどういう価値観を持ってくるかということにむしろ私たちは関心を払っていかなければならぬ、そんなふうにも感じておりまして、先生方を大事にして、先生方に本当に子供を立派に育てていただく、いろいろな意味で人間的お人格を教えていただく、そういう意味ではかけがえのない職業である、お立場である、そういうふうに私は考えて、今後とも先生の採用あるいは先生の研修、先生の自覚、そうしたことに文部省は鋭意努力を傾けていきたいと思っておるところでございます。
○薮仲分科員 ありがとうございました。 これからお伺いすることはむしろ実務的な問題ですので、要点を簡明に担当の局長さんからお答えいただきます。 行管庁の五十九年二月の「転居者の子弟に対する高等学校の受入措置に関する地方監察の結果」が出ているわけですが、それに対して初等中等局長が各都道府県に通達を出しました。いろいろございますけれども、枠を広げなさい、情報を提供しなさいということを出しました。これはこれで私は非常に結構なことだと思います。しかし、現実の問題として何点かお伺いいたします。 現実の問題としては学校間格差、これは否めない現実の課題です。例えば、東京都は公立と私立の学校間格差が逆転しているようですけれども、地方に行けば、県立が優位に立っているのは現実の姿です。そこで、お子さんはやはり自分がいた学校と同じところに行きたいなという気持ちが一つあろうと思うのです、同じレベルの高校へ行きたいなという。こういう現実の問題には具体的に柔軟に対応なさるのかどうか。情報を提供することはかえってできないことだと思いますけれども、そういうお子さんの気持ちをどう生かされるか。また、公立の高校の間だったら余り転入試験を難しくしないで、簡単な形で転入学をさせてあげたらどうかなと思いますけれども、この二点いかがでしょうか。
○高石政府委員 まず一つは、公立の関係で申し上げますと、公立はそれぞれの県で学区という制度がありまして、どこに住居を移すかによって行ける学校が決まるわけでございます。その範囲内で本人の希望、本人が今まで学んできた履修単位、そういうものを参考にして転入の学校を選定するということになろうかと思います。したがいまして、学校に特別枠を制度的に拡充していきますれば、そういうような点での解消ができるのではないかと思います。 それから、私学は私学独自で決めるわけで、なかなか行政側でこうしろああしろということは言えませんけれども、私学の方もできるだけ公立に準ずる対応をしていただくということで指導してまいりたいと思います。
○薮仲分科員 これは体育局関係になると思うのでございますけれども、まとめてお伺いします。 昭和二十九年に学校給食法が制定されて、教師と子供の好ましい環境の中でのいわゆる肌の触れ合いというものの教育効果を含めながら学校給食が進められた歴史的経緯を私は評価いたしております。きょうはちょっと単純な形で質問いたします。 学校給食の中でパン食と米食とで教育効果に差があるのかどうか、これが一つ。それから、パンの業者の方が学校給食に対して今日まで長い間御苦労なさってきた、この実績に対してはどういう評価をなさっていらっしゃるのか。この二つをまずちょっとお伺いしたいと思います。
○古村政府委員 米飯給食とパン給食との間において教育効果の差があるかどうかという点でございますが、米は日本人が古来からずっと食べてきたものでございまして、日本人の食生活というものを理解させる、あるいは米飯の正しい食習慣の理解というものから見れば教育効果はあると思います。 それから、パン業者に対する評価ということですが、確かにおっしゃるとおり、昭和二十九年以来パン業者の御厄介になってきたわけです。したがいまして、米飯給食に切りかえますときに、推進いたします方法として、一つは、優先的に炊飯委託をパン業者に対してやるようにということを各都道府県に対して指導いたした経緯がございます。それからもう一点、パン業者が炊飯設備をつくるときには、それに対して補助金を出すということを農林省の方からやっていただいたということで処理いたしてきたわけでございます。
○薮仲分科員 私はそういう経過は十分承知しておるわけでございまして、教育効果で差があるのかという点ですね。文部省当局等の話を逆に私の方から言えば、確かに米飯というのはおもてなしとか、はしを使う、あるいはおかずが多種にわたっているとか、バランスのとれた食生活を教えられる。きょう時間がないから私の方からそういうことを言うわけですが、これは本来は家庭教育の場で我々の世代は教えられたことです。お母さんからはしの持ち方やお客様をおもてなしするときのあり方を教えられた。本来、これは教育の現場というよりは、家庭教育の現場で私たちは自然と習ってきたことである。 きょう私がむしろ問題にしたいのは、今おっしゃられたように、委託炊飯をやるとか、いろいろな形でやります。でも、これは大臣にもよく御理解いただきたいのですが、学校給食を支えているパン業者は大企業ではないのです。中小企業が実際は九六・四%、学校給食を支えているのです。大手の大企業と言われるパン会社はわずか三・六%しか学校給食に寄与しておらぬのです。これが直接影響するのは零細な、本当に小さなパン業者の方で、山間僻地までお昼の時間に間に合わせるように昼夜を分かたず苦労して学校給食を支えてきている現実があるのです。文部省が言うように三日という形まで持っていかれますと、実際は学校給食の日にちが年間で六十日になってしまいます。そうしますと、我々が現場で聞いているパン業者の皆さんの話は、もしもこれが三日まで押し詰められると廃業せざるを得ない形になってまいります。特に学校給食に事業の五〇%以上を依存している業者の方も数多くいらっしゃるわけです。 こういう点を考えますと、お米が余っているということから米飯給食を導入する、そういう野蛮なことはないと私は思います。また、パン業者もそういうことを考えながら学校給食を考える、これはおかしいと思います。本来は、教育の現場というのは、そういうお米が余っているとかパンの業界云々ということは抜きにして、本当に子供の教育効果を純粋に考えていくのが正しいあり方だと思います。社会環境というものはそういう陰で教育を支えている方のなりわいというものも考えていかなければならないように思うわけです。それが行政のあり方になります。ですから今、文部省が週三回にやろうとしても、実際は一。八でとまっているわけです。これが実勢でございますから、将来の方向として御飯を二、パンを二、めん類を一という形で考えてあげることも必要じゃないか。最近のお米の需給も決して楽なわけでもございませんし、日本の経済実態を考えたときに、パンの業界のあり方も必要であろうと思いますし、等々を踏まえまして、この辺で学校給食のあり方、純粋な教育的な見地も含めながら、今日までのパンの業者の方の努力というものは認めてあげる必要があるのじゃないか。ここに大臣に対する陳情もございます。これはもう大臣、先刻御承知だと思いますので、この点お答えをいただいて、私の質問を終わりたいと思います。
○森国務大臣 パン業界の皆さんが学校給食に対して大変な御努力をしていただいた、これは私も宵におりましてこの問題の調整をいたしました経験がございまして、十二分に承知をいたしております。 ただ、学校給食はあくまでも教育的見地に立つことでございまして、そういうことを言うとしかられるかもしれませんけれども、確かに大手の企業もこれに加わっているものもありますし、一〇〇%かどうかはわかりませんけれども、かなりのウエートを給食に依存をしておった業者もありますが、あくまでも学校教育の見地でございますから、そのためにパン業者のなりわいが成り立たなくなった、だからけしからぬということを教育の方に持ちかけてこられてもこれはやはり筋が違う。日本の国はお互いに商売は自主努力でやっていく、その傍らの中でいろいろな方に御協力をいただくということが建前だと思います。しかし現実は現実として、先ほど体育局長が申し上げたように、その過程、経緯の中でパン業者ができるだけ困らないようにいろいろな措置はしてきて、また指導もしてきたつもりでございます。 ただ、基本的に、今、二、二、一というような具体的な御明示もございましたけれども、やはり日本の国は農耕民族として育ってきた民族でございます。自分たちの周りにどんなものがとれて、それが日本人の主食として今日まであるのだということ。確かにパンというものは普及してきましたけれども、日本の家庭の中では、洋風化していく家庭もありますけれども、しかし、やはりまだ日本本来の家庭の食事方法もあるわけでありまして、パンは完全に手でちぎって食べるわけであります。日本人のしきたりからいえば、手で物を食べるということは、お行儀の面からいってみると、これは必ずしも認めてなかった範疇ではなかったかと私は思います。そういう意味でまいりますと、日本ではきちっと座って食器で食べるという習慣もあるわけであります。しかし、西欧ではパンはちぎって食べることがマナーですよということを学ぶことも、これまた教育的な見地だと思いますが、そこのところのバランスをとっていく、その一つの考え方が二、二、一という考え方もまたあるかもしれません。日本の食糧事情、あるいは日本の国民がすべて、日本は無資源国で諸外国との交流の中に生きている国家でございますから、日本本来の、農耕民族として生きてきたということにウエートをかけていくことも、私はこれはやむを得ない実情かと思っております。すべてが教育的見地で給食制度を育てていかなければならぬ、こういうふうに思っております。 先生のお考え方も十分体しながら、事務当局もそのことを踏まえてこれからも教育給食問題については努力していくことになろうかと思います。
○薮仲分科員 終わります。
○石原主査 これにて薮仲君の質疑は終了いたしました。 午後零時三十分から再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時十三分休憩 ————◇————— 午後零時三十二分開議
○石原主査 休憩前に引き続き会議を開きます。 文部省所管について質疑を続行いたします。中西績介君。
○中西(績)分科員 まず第一に、質問を申し上げる前に、大臣はかつて文教部会長あるいは文教委員として長く活躍された方でありますから、私たちの主張する点についても十分御理解をいただけるものとして、まずそれを前提にしてお答えいただければと思っています。私もそうしたことを前提にして質問を申し上げたいと思います。 そこで、まず問題は、昨年この予算分科会におきまして同じように質問を申し上げましたけれども、同和対策のための大学開放奨学金の貸与化に伴って多くの問題が出るであろうということを私は指摘をしてまいりました。そうした中で部落出身生徒の大学進学率が、文部省から提示をされましたこの資料を見ましても具体的に低下をいたしております。その当時の大臣なりあるいは宮地局長は、このように私が指摘をしたことに対して、もし進学率が低下をするということになれば、「そういう事態が起こった場合に、私どもとしては検討させていただきたいと考えます。」ということをそれぞれ大臣、局長から答弁をいただいておるところです。 そうした中で具体的にこうした事態が出てきたわけでありますから、私は措置法の制定以来上昇ぎみにあったものが初めて低下をした、こうした認識をまず第一にしていただきたいと思うわけでありますけれども、この点について局長の方はお認めいただけますか。
○宮地政府委員 御指摘のように、昨年の予算分科会でも先生からお尋ねがございましてお答えをしたわけでございますが、貸与制に切りかえたことに伴いましていろいろ影響が出てくるであろう、そのことについてどう対応するのかというお尋ねでございますが、対象地域の同和関係者の子弟の大学進学率の問題でございます。 なかなかその点は実態を正確に把握することは困難でございますが、地域改善対策進学奨励費の受給者を基礎とした関係府県市の調査によりますと、先生御指摘のように五十八年度においては前年度に比べ一・一%低下いたしております。
○中西(績)分科員 低下をしたということですね。 そこで私は、対象地域が、これまで四十九年以降五十七年の十月まで増加し続けてきたその原因というものを、昨年も指摘をしましたけれども、大体内容としては、先般も課長にいろいろお話し申し上げたわけでありますけれども、大学進学希望者が増加したということと、やはり給付事業が大きく効果があった。こうしたことからして、例えば五十四年から五十五年には一・六%、五十六年には一・〇、五十七年には〇・八、こういうように約一%を境にしながら増加してきたことを認めることができると思います。 ところが、今言われましたように約一・一%今度は五十八年になりますとこれが落ち込み、今まで全国平均と、五十四年の場合は二三・二%、五十五年が二一・六%、五十六年が二〇・一%、五十七年が一八・七%、このように格差が縮まってきておったものが、今度の場合マイナス一・一%ということでもって、その格差は一八・六%と縮まってはおりますけれども、全国平均の方が逆に一・二%と大きく落ち込んでおる。こうした結果から生じておるわけであります。 したがって、私はこうしたことを考え合わせてまいりますと、まさに増加してきた進学希望、それから給付事業、こうしたものによって増加をしてきたということの確認をしておかぬとこの論議は進めにくいわけですから、この点はよろしいですか。
○宮地政府委員 御指摘のとおりでございますが、全国平均との格差の問題は、先生御指摘のように全国平均そのものも落ち込んできておるという実態があるわけでございまして、先般関係の主管部課長会議におきましても、その原因について意見を聴取したわけでございます。高校卒業後の、あるいは専修学校への進学など進路選択の多様化ということ、これは全国平均で申してもそういう点が言えるわけでございまして、全国の大学進学率が低下の傾向が見られるわけでございます。そういう低下の要因というものはいろんな要素が絡まっているかと思いますが、私どもとしては、対象地域の進学率にもいろいろ不確定要素もございますので、五十八年度単年度だけでは原因を分析することはただいまのところ困難ではないか、かように考えております。 しかしながら、今後とも対象地域の大学進学率等については、関係の府県を通じまして私どもとしても十分実情把握に努めまして対応策を検討いたしたい、かように考えます。
○中西(績)分科員 今言われました前半の部分でありますけれども、一般の場合も全国平均が低下をしておると言う、これは多様化したということの中でこうした低下が起こったというように言われておりますけれども、ただ問題は、私たちがここで確認をしておかなくちゃならぬことは、五十七年度までに一般の場合、全国平均を見ましても低下をしたことは事実、そしてことしもそうなんです。ところが対象地域は逆に、先ほど申し上げましたように四十九年以降一%ずつぐらいずっと上昇してきたという経過があるわけですから、一般的な傾向とここでの傾向はおのずから異なっておるわけですね。 ところが、先ほど申し上げるように、五十七年の十月ですが、これを給付から貸与に変えてから後の状況、具体的なあらわれは五十八年度からになるわけでありますけれども、ここから大きく、上昇しておった分が逆に一・一%落ち込んできたという状況にあるわけですから、単年度でこれを推計はできぬと言いましても、この顕著なあらわれということは数字的に認めざるを得ないと思うのです。この点はよろしいでしょうか。
○宮地政府委員 その点は御指摘のとおりかと思います。
○中西(績)分科員 そうであれば、先ほど後半部分でお答えいただいたように、認めるということになれば、これをどう——昨年お答えいただいたように、私が指摘をしたような点というのは、今私がるる申し上げたようなことを昨年も申し上げたわけです。その結果、そういった事態が起こった場合には検討させていただきたいというわけでありますから検討はするでありましょうけれども、この検討の仕方が問題になると思います。 したがって、私は、提案でありますけれども、もう一度こうした内容について皆さん方が資料なり何なり、あなたたちが納得せぬとなかなかできぬわけですから、納得する資料というのは何かということをむしろおたくの方から提起していただきたいと思うのです。そうすれば、私たちもそれに沿って各県教委なり何なりにそうしたことを申し入れしたり、あるいは地教委の皆さんに、そうした御協力を皆さんと一緒にやっていく形の中で皆さんが必要とする資料について提出を求めるというようにすれば、お互いに短期間にこうした問題についての処理ができると思うのです。したがって、そうした点についてお考えいただけるかどうか。今までの論議の過程の中で、この点、大臣どうでしょう。
○宮地政府委員 御指摘の点も十分踏まえまして、私どもとしても、まず関係府県市の主管課長会議その他の機会にその原因の究明について十分把握をするように努力いたしたい、かように考えます。
○中西(績)分科員 私の提案はそうでなくて、そうした問題等について十分な把握をするためには、行政のそういう一方的なものでなくて、私たち、それから現場の皆さん、この衝に携わっている皆さんが納得できるようなものでやりたいと思うのです。そうせぬと、一方的なものでやられてこれしかありませんと言われたら、また来年に延びることになるわけですから、そうでなくて、今私たちは検討するということをまず第一にお認め願いたい。二点目は、さらに詳細にこの調査をするということであれば、そうした問題点について私たちにも御提起を願えればと考えているわけです。大臣、この点はどうでしょう。
○宮地政府委員 ただいま先生御指摘の点は、私ども行政としても積極的な姿勢で対応したいと考えておりますし、同和対策事業、地域改善事業についての充実につきましては、関係者の御意見も十分伺って進めるべきことかと思いますので、そういう方向で私どもとしても対応いたしたい、かように考えます。
○中西(績)分科員 一点目の検討はよろしいですね。
○宮地政府委員 検討については先生御指摘のとおりで結構でございます。
○中西(績)分科員 それでは、この点検討するに当たりまして、私たちもいろいろ意見を持ち合わせておりますから、これからその衝に当たっている方々にいろいろな意見を提起を申し上げていきたいと思っています。 そこで、二番目の問題の識字学級ですが、昨年も同じくここでやったわけでありますけれども、前々大臣だったですか、字を知らない人の存在は国の恥であるということを申されました。 そうした中で私たちは昨年ここでもって論議をした結果、結局、大臣は答弁の中でこういうことを申されたわけであります。私がそのとき指摘をした結果、もう少し実態を調べる必要があるのではないかと思うということを言われて、その実態調査をしたはずなんですが、それはどういう結果になっているか明らかにしていただきたい。
○宮野政府委員 実態調査としては実は二回やりまして、一回は昭和五十六年に前年度の実態について調査し、それからもう一回は昨年、年度はことしですが、昨年度の実態について調査したところでございます。 先生の御指摘の分はどちらに該当するのかがちょっとわかりませんが、五十七年度の新しい実態調査の結果によりますと、全国で識字学級が多い十県について調査したところ、国委嘱の識字学級が六十八学級、それからその他の識字学級が四百七十七学級というふうに出ております。
○中西(績)分科員 私は、昨年の三月四日にここで論議をした際に大臣がそういう答弁をされたわけですから、その新しいものだろうと思います。 ただ、今、十県でということであったようでありますが、この場合に、百時間ということを識字学級の一つの基準にしていますね。ですから、市町村でやっておられる識字学級などにつきましても、四百七十七と言っておりますけれども、これが例えば識字のためにどの程度の時間帯としてやられておるかというところあたりが細かく把握されているかどうか。これを見ますと一人当たりの平均指導時間数が出ていますから、相当細かく出ているはずなんでありますけれども、この点がどうなっているか。もう数は要りませんから、細かくやっておるかどうかお答えください。
○宮野政府委員 私ども、識字学級の基準は年間百時間程度で、これは識字の学習内容を百時間以上というのを求めているわけでございます。それ以外の四百七十七学級というのは、百時間に満たないものも当然あると思いますし、それからいろいろな活動——識字もありますし、そのほか、例えばレクリエーション活動をやるとか、そういういろいろな学級活動を総合してやっているものも多いように聞いておりまして、そういうものは識字の分だけで百時間ということになっておりませんから、委嘱の中には入っていないわけでございます。 ただ、昨年も申し上げましたが、それでは年間百時間程度以上の識字学級以外には私どもの方で国費を差し上げてないかということになりますと、その点につきましては、別途集会所指導事業というのがありまして、そういうところで各集会所のいろいろな事業について委嘱をしているわけでございます。その中に識字学級というか、識字教育をやっている内容もたくさん入っているわけでございます。
○中西(績)分科員 この四百七十七の中身が、今言うように識字ということが入って四百七十七に、なっておるのか、そこはどうなんです。
○宮野政府委員 識字をやっているものが四百七十七でございます。したがって、その四百七十七に識字がないのはない。ただ、そのほかのものもいろいろつけ加わっているだろうということを申し上げているわけでございます。
○中西(績)分科員 したがいまして、私は提案でありますけれども、今言われたこの百時間というものの制限によって、識字を推進するに当たっての時間数によってはどうだこうだはありませんけれども、やはり国としてこれを本当に推進をしていくという立場に立つならば、百時間であれば、大体五十週ということはなかなか困難ですから、学校の単位からしましても三十五、六週ということになれば、一日約三時間の時間配当になるわけですね。ですから、これを二時間くらいに下げてでも国の施策としてこの面を大々的に推進をしていく、こういうことになし得ないのか。ということになれば、七十時間なら七十時間という時間配当くらいでどうなのかということ。 それから、一方にある、例えば市町村における今まで国がやってなくて隠れた部分、これについて、市町村の場合には確かに国から一般教養に対するいろいろな補助金等を出しているわけですから、その点で補充はしてあるかもしれませんけれども、やはり問題は、これを見ますと、教委の事務職員の場合なんかが手当が非常に低いのですよ。他の人がやったりいろいろな人がやった場合には割合高いのだけれども、その自治体の職員にやらせた場合には割合低くて済んでいるわけです。こういうアンバラ等もあるわけですから、そうしたことを十分勘案いたしますと、やはりこの部分が自治体の負担にどれだけなっているのか、それをさせないためにはどうしたらいいかということを二つ目に十分これから調査をしていただいてこれを捕捉をし、そして補完をしていく、私はこうした態度をとっていただきたいと思うのですけれども、よろしいでしょうか。
○宮野政府委員 これらの事業につきましては、非常に重要であると思いますので、現在の財政状況のもとで、他は減額を余儀なくされているところでありますが、今年度審議していただいております予算においては、この種の事業の増額をお願いしているわけでございます。 そこで、現実に識字学級につきましての委嘱の要件の改定等の問題につきましては、識字学級、例えば先ほどの百時間でございますが、これは五十七年度から始まりまして五十八年度が二年目で来年が三年目になるわけでございますが、そうした実施の推移を見ながら将来の課題として検討していく必要があろうかと思っております。保全体といたしまして、いずれにしましても識字学級ないしその他の諸集会事業等で対応しているわけでございますが、全体の予算の枠内で少しでもこちらの方に充実をさせていきたいというふうに私どもは考えておるわけでございます。
○中西(績)分科員 その伸び率が、まだ十分徹底してない面もあろうかと思いますけれども、五十七年から五十八年にかけてふえた学級数というのは十学級を切るわけですね。ですから、まだまだこれはたくさんあるわけですから、それをどう補完をしていくかということになるわけですから、この点はむしろ私より以上に皆さんの方が積極的にやるべきではないかと思いますので、この点はぜひ検討しておいていただきたいと思います。 最後になりましたけれども、これと付随いたしまして、今度は部落解放のためには、何といいましてもこれから地域において子供たちの活動をどう充実していくかという問題等がありますから、子供会などのそうした活動等に対する積極的な指導と措置、こういうものはお考えですか、二言だけで結構ですから。
○宮野政府委員 子供会の育成につきましては、かねてから市町村に委嘱しまして、予算上は団体育成という事業があるわけでございますが、その中で、子供会以外の団体も入りますけれども、その健全な育成ということで推進を図っているところであります。来年度におきましても、個所数が、五百七十五地区が今年度であったわけでございますが、今審議をお願いしております予算におきましては六百二十五地区に増加してお願いをしているわけでございます。今後とも十分努めてまいりたいと思っております。
○中西(績)分科員 私は、教育臨調とのかかわりもありますけれども、金を使わずに教育などは到底できるわけがありませんから、精神訓話したからそこで教育が十分果たされるなんということはありませんから、こうした問題等についてはさらに積極的に強化していくことが大事ではないかと思います。 したがって、さっきの時間の問題、規定をどこに置くか、百時間をどこら辺まで下げて積極的にこれをはめていくか。それからもう一つは、そこにおける一般教養とのかかわりだけれども、その部分の中における今まで隠れておった部分も、できるだけそれを識字としてもう少し押し上げる体制をとってもらうということ、それと今言う子供たちのそうした活動なり、これを本格的にやってほしい、こういうことをひとつお考えいただければと思っております。これは後でまとめて大臣の方にお伺いしたいと思います。 そこで、三つ目でございますけれども、それは教育現場における相次ぐ差別事件の問題であります。特に、今高校における差別事件がその大半を占めております。しかも、非常に、特徴のあるのは、大学では落書き、高校の場合には言葉でそれが非常に多くなってきています。特に高校で多発しておるというこの実態把握、これについてはされておるかどうか。そして、もしそれが不十分であるというならば、それをどうこれからまた補強していくのか、この点どうでしょうか。
○高石政府委員 五十三年度以降、毎年都道府県の教育委員会を通じて部落差別事象の件数の調査をしております。この傾向を見ますと、総体的には小中高とも五十三年度に比べると五十七年度は減少しているという傾向を示しておりまして、増加しているという傾向は我々の調査では出ていないわけでございます。
○中西(績)分科員 ところが、この部分については往々にして学校側なりがこれを隠すという状況があるのですよ。ですから、この点を私たちは、それをあげつらうという意味ではありません、ただ顕在化しておかないと、潜在的に、陰湿なものになったときにはこれは大変だということを考えますので、これから後の具体的な把握をどうするかというのは大変重要であろうと思っております。 したがって、そうした問題について、今文部省に上がってきている分が少なくなったからといって手を抜くのでなくて、むしろそれをどう強化していくかということ、この点をどうお考えになっているのかお答えをいただきたいと思います。
○高石政府委員 こういう事件につきましては、その実態を正確に掌握するのは非常に難しいだろうと思います。したがいまして、あらわれた、報告された件数だけで判断するというわけにいかない。基本的に同和教育の推進を積極的にやってそういう事件の解消に努めていかなければならないと思っております。
○中西(績)分科員 そこで、なぜこれが多発するかという問題について十分把握をしておかないと、行政側のこれからの措置の仕方等について誤るのじゃないかと私は思っております。この点については時間がございませんからまた後日に譲ることにいたしますけれども、とにもかくにもそうした実態の調査ということを基盤に置いていただいて、なぜ多発するか、そうした原因を私たちは科学的に押さえておく必要があろうと思うわけです。ですから、この点はぜひこれから後の問題として初中局で検討していただきたいと思いますし、特に調査につきましてはさらに強めていただきたいと思います。 最後に、同和教育指定校、現在義務制だけにしか置いてありませんから、これを高校に拡大する意思はないのかどうか、この点どうでしょう。
○高石政府委員 五十八年度から、幼稚園から高校までを含めた地域指定ということで、従来の小中学校単位から広げてやっているわけです。この実績をもっと積んでいくということがまず必要であろう。高等学校は通学区域がかなり広いし、小中学校のような形でまとまった成果を果たしてうまく指定によっておさめられるかどうかという問題もありますので、研究課題として研究させていただきたいと思います。
○中西(績)分科員 ぜひこの点は必要ですからやってほしいと思います。 そこで、これも高校には同和加配の教員配置をしておりません。府県では配置をしておるわけですね。私、福岡なんですけれども、福岡では配置をしておるわけですが、この点についての検討は行っておるわけですか。
○高石政府委員 高等学校においては習熟度別学級編制という形で一人一人に行き届いた教育をやるために、そういう面での教員加配が必要であろうということでその政策を進めてきているわけでございます。したがいまして、そういう政策の遂行というような形の中で考えていきたいと思っております。
○中西(績)分科員 もう時間が来ておるのですけれども、今言われました習熟度別問題については、私、問題にしまして随分討論をした結果、習熟度別の定数配置ができましたけれども、この部分については、今度は普通高校だとか都市の学校などにおきましては、今あなたが言われるところと無関係のところだって配置しておるわけです。画一的に配置しているわけですから、どうなっているかといったら、そういうことに使われていなくて、逆に私が一番危惧をしておったエリート的なものについてやっておる実態を私はつかんできておるのです。ですから、このことはよほどチェックをして、逆に今度は実際に必要なところに二名、あるいはその数を増していくということをしないと、ねらっておる実効というものは上がらないと思います。この点を付して検討していただきたいと思います。 そこで、最後に大臣、時間が参りましたので大変恐縮ですが、今ずっと討論してまいりましたように、まだまだ多くの問題が実態としてあります。教育臨調では制度的な改善をということもあるようでありますけれども、私は、これはまた文教委員会で時間を十分かけて討論してまいりたいと思います。 しかし、先ほど申し上げましたように、財政的な裏づけをそこにしないで教育改革なりこうしたものを十分措置することはできないだろう、私たちはこう考えておるわけです。したがいまして、先ほど言っておったような問題とあわせまして、これを推進するに当たっては調査を十分に、あるいは完全なものに近いものにしていくということが大変重要です。そうした中でこうしたものを推進していただきたいと思いますけれども、この二つどうでしょう。
○森国務大臣 中西先生、かねてから今御指摘をいただきました同和教育推進に対して大変御熱心に御努力いただいておりますことを、私も敬意を表します。 先ほど政府委員からも申し上げましたように、抑制をされました予算の中でこうしたところには、もちろんささやかという言葉が当てはまるかもしれませんが、それぞれ予算の増を図ってきたところでございます。識字学級あるいは子供会、それぞれこうした育成事業の重要性を十分認識いたしておりまして、今後とも、今御指摘をいただきました調査も十分いたしながら、ただいま御議論がございましたことを踏まえて同和教育の推進を図ってまいりたい、このように思います。
○中西(績)分科員 調査の面はよろしいですか。
○石原主査 これにて中西君の質疑は終了いたしました。 次に、田中美智子君。
○田中(美)分科員 文部大臣に質問させていただきます。大学病院の検査部門、放射線とか臨床検査、こうした部門のあり方についての御質問をしたいと思います。 今どこの病院においても、検査の部門というのは患者からも非常に高い信頼と期待を寄せられておりますし、高度な検査技術というものが進んできていると聞いています。私たちは、何かというと大学病院で検査してもらったらどうかというようなことを盛んに言うということは、そこに非常に大きな信頼と期待を持っているからだと思うのです。これは大学病院だけでなくて、検査部門というのは医療の進歩に従いましてこのところ急激に高まっているということは御存じだと思います。特に、昔のように簡単な検便とか血液の検査だとか、こういうふうな問題だけでなくて、最近では細胞診などという大変難しい技術や、またそのための標本づくりだとか、またCTスキャンなどのような、かつて私たち余り知りませんでしたこうした高度の機械を動かしていく、それによっての画像の処理、こういうものも特殊な技術が要るのではないか。それから超音波のエコー診断みたいなものも臨床検査技師が扱うというふうに、かつての検査技師というイメージとは非常に大きく変わってきている、非常に専門性と高度な技術を要求するようになってきていると私は聞いております。 そのために、検査技師が医者の要望に的確にこたえていくということが、正しい診断を引き出す上にも非常に大切な問題になっていると思うのですけれども、その点厚生省は一番詳しいと思いますので、こういう認識の仕方というのは正しいかと思いますが、御意見を簡単にお聞かせいただきたいと思います。
○横尾説明員 診療放射線技師と臨床検査技師の関係について御説明申し上げます。 診療放射線技師の関係法規は昭和二十六年にできまして、その当時はエックス線の……(田中(美)委員「私の質問に答えてください」と呼ぶ) 先生の御質問の趣旨を申し上げますと、医療の中の位置づけということにまとめられるかと思いますが、その意味では、今日の医療機関の中では検査業務の果たす役割というのは大変大きゅうございまして、的確な診断のために欠かせないものと私ども考えております。
○田中(美)分科員 文部大臣もお聞き願えたと思いますけれども、これは、今いろいろとお話しなさろうと思ったのでしょうけれども、そうしたいろいろな過程を経まして、これが非常に大きな重要部門を急激に占めているということはおわかりいただけると思います。 それで、文部大臣にお聞きしたいのですけれども、大学病院の中での技術部門の位置づけというものも、そうした社会の要望を受けて、また医学の進歩につれて非常に高くなっていると思います。患者の信頼と期待は特に大学病院に対しては大きいわけです。この大学病院の役割というのは、そうした患者の期待にこたえる、医師の要望に対して的確な検査をするという問題と、また医療技術の研究、開発、教育という、ほかのところにないまた大きな任務があると私は思っておりますが、大臣、いかがでございましょうか。
○森国務大臣 先生御指摘のとおり、大学病院は医学教育、また現実に地域医療、あるいはまたそうした悩みを持つ患者さんに対するいろいろな意味での施策、すべて多元的に大変重要な仕事を持っている、そういう病院であるというふうに承知をいたしております。先生のおっしゃるとおりだと思います。
○田中(美)分科員 地域だけでなく、日本全体の医療技術の研究、開発、教育というものも含めて、非常に大きな役割を大学病院が持っているというふうに私は思っております。 そういう観点から見ますと、きょうは時間がありませんので今の国立大学の中での検査部門についての質問に限りますけれども、例えば大阪大学とか名古屋大学などの検査部門を見ますと、いわゆる非常勤といいますか、非常勤というと毎日勤めていないような言葉ですが、いわゆる定員外職員ということで、定員の職員と同じ仕事を検査部門でやっている、こういう人たちが名古屋大学では三六%もいます。それから大阪大学では三四%。各国立大学に十人とか九人とか三人とかというふうに、こういう定員外の職員が定員職員と同じように検査技師として働いていられるわけです。 こういう定員外の職員が三年で首を切られるというような状況が起きているわけですけれども、これでは先ほど言いました大学病院の社会に対する責任を果たすことができないのではないか。本当に臨時の仕事があるのかというと、全く臨時の仕事はない。こうした高度の技術をやっていっている。特に私はいろいろな大学の状態を聞いてまいりましたけれども、学校を出てちゃんとした資格を持って大学病院に就職をする。一年間というのは、これは医者でもそうだと思いますけれども、やはりそこで、見習いではありませんけれども、やはり現場でいろいろなことを学んでいく、先輩からいろいろなことを教えていただきながら、実際の仕事はやっていくわけです。一年間で大体現場の仕事をこなせるようになる。それから二年目には、新しく入ってきた卒業生を、職場に来た人をいろいろと教えながら自分の仕事もやっていく。三年目には、本当に検査部門の全体を見ながら、今後は新しい分野というのはどんどん開けるわけですから、そういう研究開発の仕事にまで目を向けていくというふうに、まさに専門家としての一人前になるのが三年たってだというふうに思うわけです。 それがその時点で定員外であるからということで首を切られて、全く新しい人をまた採用していく。こういう立場に置かれている人たちが三分の一以上いるというような、さらにこれがふえていくような現状があるということは、これは大学病院としての検査部門の、先ほど言った非常に大きな役割を果たせ得ないのではないかというふうに思うわけですけれども、その点、大臣、どうお考えになるでしょうか。そういうことを御存じでしょうか。
○西崎政府委員 ただいま先生お話しのように、大学の病院における診療体制、特に検査部門の重要性につきましては、重要でございますし、大臣もお答え申し上げたとおりでございます。 私どもの方の定員の問題といたしましては、診療科の整備とかいろいろな検査体制につきましては、厳しい中でもできるだけ定員をつけていくということについて年来努力をしております。しかしいろいろな意味で、先生おっしゃいますようないろいろな機械が入ってくるとか新しい検査の項目とか、そういう点で、名古屋大学その他におきまして、非常勤と申しますか、定員外の職員がかなりおられるということも事実御指摘のとおりでございます。 この点につきまして、三年についての任用の期限ということでございますが、これは先生も御案内のとおり若干の沿革がございます。定員につきましては、定員外の職員についてはできるだけ長期にわたることを避けるようにというふうな三十六年の閣議決定に基づく政府の方針がございますし、任用については一年の会計年度に限るというふうな形の任用形態があるわけでございます。そこで、長期的になっている実態もあることとの兼ね合いにおきまして、給与が固定化されるわけでございます。給与が固定化されて上がらないということは大変問題があるというふうなこともございまして、昭和五十五年に、やはり定員外職員の方々の雇用の長期化は非常に問題がある、しかし片や給与の固定化についても考えるべきことがある、その兼ね合いにおきまして、三年ということを目安にして学内においてのコンセンサスができた場合には、給与についてもこれは頭打ちを少し外していこうじゃないか、こういうふうなそれぞれの大学の学内における申し合わせができたものにつきまして措置をとろう、こういうことが行われておるわけでございます。 したがいまして、そういうふうな意味での三年間ということの任用の形態が現実にあるわけでございますので、定員外職員をできるだけ長期化の実態を避けていくという方向に沿っての措置としてはやむを得ないことではないかというふうに私ども思っておる次第でございます。
○田中(美)分科員 私の質問に答えていらっしゃらないのです。そちらがどう考えようと、そのことについて私は触れているのではありません。特に技術部門、検査部門というものは、私は患者の立場ですから、最近の医療の中における技術部門の役割は、先ほども大臣もお認めになりましたように非常に高くなっているし、今後もこれは非常に高くなっていくわけですね。これにどうやって大学病院がこたえるかという問題であって、この定員外とか定員内とかいう問題はまた別の次元の問題なんですね。 どうやって大学病院がこの検査部門の、非常に重要化され、またさらに今、そちらの方が御存じだと思いますけれども、検査件数というのは毎年前年度に比較して一〇%膨れ上がってきているわけですね。また、医学が発達していけばもっとこういう検査が——私は腹部エコーなんというものは、素人ですので本当に最近知ったようなことで、ああそんな検査もあるのかということですが、こういうふうな形になってきておりますね。そうしますと、これはどんどん広げていかなければならないところだと思うのです。これが医者の診断には欠かせない大事なものになってきているわけです。ですからこの問題を私は言っているのです。勘違いな憶測した返答をしないでいただきたい。日本の医療をどう守っていくかという観点で私は言っているのです。 定員外が長くなると困るんだったら、それは定員にすればいいことであって、人間のすることですから簡単に直ることですね。定員外が三年でやっと一人前になって、それをまた首切ってしまって全く新しい素人、素人ではありませんけれども、新卒を入れる。また三年養成して、大学病院というのは養成機関がというふうになっているじゃないかということを私言っているのです。 それが正しい国の行き方であるかということを大臣に聞いているのです。大臣、勘違いしないで、私の言っていることは日本の医療をどうしていくかという、正しく診断するということが早く病気も発見するし、早く治すことだし、患者は安心して大学病院に行くのだ。実際の町医者やいろいろな病院というのは、高度になっておりますので自分のところではなかなかできない。全くできないということではないかもしれませんが、できない部門がたくさんできてきているということから、結局衛生検査所みたいな、企業でやっているところに依頼などしているわけですね。それで、もっと難かしいものになると——大臣、ちゃんと聞いていてくださいよ。ほかの人に答えさせないで、御自分で、天下国家の問題ですからね。国民の健康の問題なわけですから。衛生検査所に検査を依頼しているのですね。そこは頼まれたことだけを切り売りしているわけです。ですから医者も、難しいものになりますとそこへ送らないんですよ。そこへ頼まないんですよ。患者自体を大学病院に送っていくわけですね。それだけ医者の間にも大学病院に対する信頼が高いし、患者も難しい病気で何かわからないというときは大学病院へ行こうという形で行っているわけです。 その大学病院の検査部門に三年交代の人が三分の一以上いる。三年までということは、本当にまだ一人前でない、十分でない、そこのところが常に新しくかわる。私は、国としても金も何もかからぬことじゃないかと思うのです。それはもっともっとここに金をかけなければいけないと私は思っております。しかし、今そこを言っているのではないのです。ここにもっとたくさんの定員の職員を入れなさい、そう思います。しかし、そこにはいろいろな事情があるから夢のような話はできない。せっかくここで三年間、優秀になってきた人をなぜ新卒とかえなければならないのかということを言っているのです。 そんなことはおかしいと思いませんか。だれが考えたっておかしい。そういうことが最近では、言いたくないことですけれども、大学病院もいろいろな映像処理でおかしなことが起きているとか検査のミスが出てきているとかいうようなことが、それは本当かどうかわかりませんけれども、うわさとして出ていることはよく聞いているでしょう。新聞の事件にもなるし、週刊誌におもしろおかしく書かれたりということも出てくるわけじゃないですか。そういうことがあれば、当然そうなると思います。金も一銭も要るわけじゃないのに、どうしてそんなおかしなことをするのかと大臣に聞いているのです。どうですか、大臣。
○西崎政府委員 大臣のお答えの前に、先ほどは失礼いたしましたが、私からちょっとお答え申し上げたいと思います。 先生が御指摘のように、そういう方々が三年間で大変なれる、なれた方を三年で解雇するのは大変問題ではないか、確かに一面から見ればそういう先生の御指摘の点はあるわけでございます。 先ほど申し上げましたように、その方々が定員外の職員であり、身分が日々雇用の方々である。そういう身分上の問題としては、いたずらに継続して日々雇用の形で任用形態をとってしくことはかねてから非常に問題のあるところでございます。 したがいまして、そういう場合には、先ほど申し上げましたが、三年間という形での一応の区切りをつけて、さらにちゃんと資格をお持ちになった方を、先生今新卒という形でおっしゃいましたが、新卒でかつそういうふうな検査についての資格を持った方を、形は日々雇用という形態になるかもしれませんけれども、そういう形で雇用をしていくということが身分制度上の問題として別個の要請があるわけでございます。その辺の兼ね合いの問題として大学においてはそういう措置をとることといたしておるのが実情だと思っておるわけでございます。
○田中(美)分科員 大学がそういう措置をしているのではないのです。大学が困っているのです。文部省が圧力をかけているのじゃないですか。大学は困っているのですよ。そんなふうに三年でやめて、また、新卒とは限らないかもしれません、しかし、また新しく人をかえる。なぜ人をかえなければならないのか。その人が刑事事件を起こしたとか、よくない人間であるとかということがはっきりした場合にやめるというのだったら別問題です。優秀である、その職場は困っている、大学も困っている、学長も困っている、それなのになぜそんなおかしなことが天下にまかり通っているのかということです。 大臣、もう一つおかしなことがあるのです。今、国立大学で医学部のあるところはほとんどが医療技術短期大学というのができています。そこで検査技師を養成しているのです。ここは世間からは非常に優秀な人が養成されているという評価を受けでいるわけです。そこの卒業生が、それは全部そこの大学に就職するわけではありませんけれども、あちこちへ行くわけですが、そこの大学に自分が採用されたい、大学の方も優秀なことはよくわかっているわけですからこれを採用したい、そういう人材を引っ張るときに、その人たちは行かれないのです、三年雇用で終わりなんですから。三年たったらまたどこかへ職を探さなければならないわけでしょう。ですから行かれないのです。何でこういう附属の短大があるのか。もちろんそこの大学のためにだけあるのではないですからあれですけれども、絶対そこには行かれないのです。特に優秀な人は行きません。三年で首ということですから、優秀な人は行きません。 大臣、おかしいと思わないですか。身分がどうだということは別な問題です。別の問題として考えなければならないことです。今私が質問しているのは、じゃ三年でやめてまたちゃんと次に優秀ななれた人を呼んでくるのか。たとえ呼んでくるにしても、それは非常に手間だし、探すのは大変なんです。だから優秀な人をそのまままた再雇用したらいいのじゃないか。どう考えても、これはおかしいと私は思うのです。 これは今どんどん大きな社会問題になっています。それで大学病院の検査部門の世間からの期待度が落ちてくる。それじゃほかに高まるところがあるのですか。大学病院が落ちたら、そこがトップなんですから、日本の検査技術というのは日本全体が落ちるのです。ほかにそんなところはないのです、それは突発的には何かあるかもしれませんけれども。だから、ここをもっと力を入れて、理想的な姿で——定員をぐっとふやしてやることが理想的ですけれども、それができないならば、なぜ養成した人を首を切って、またまだなれない人を入れていくのですか、ここのところを大臣にどうしてもお答えいただきたい。これは何としても直していただかなければならない。我々は患者の立場から、ほかに頼るところがないのです。いざとなったら大学病院に頼もうというのはみんなそうですから、そういうときに大学病院がそんな状態になっていくのは大変です。 名古屋大学だけではないです。東大にもいますし、北大にもいますし、九州、大阪、群馬、みんなそうなっているのです。ですから、ここのところの考え方をぴちっと直していただきたい。大臣はお若いからその点はおわかりじゃないですか。そんなおかしいことをしておったら、日本の検査技術が全体に下がっていくじゃないか。大臣にお答えいただきたいと思います。
○森国務大臣 田中先生のお話は、今私も拝聴させていただきまして、確かに一面そういう面での矛盾点も学問を進める上にあると思います。 しかし、定員というものは、学問、教育を進める上においても、ある意味では工夫をしながら厳然として守っていかなければならぬものでございます。特に予算編成に際しましても、私どもは、いろいろな学問の分野から定数の要求が、また改善の要求が強まっております中でいろいろ工夫しながら、それでも他の省庁よりは、文部省全体の定数につきましては、少しずつでありますが有利にといいますか、かなりの配慮を行ってきていると思います。ただ、その中でまた学閥の分野がそれぞれございます。確かに人命あるいは医学の道をきわめていくという意味ではかなり大きなウエートをかけていかなければならないものであることは私自身も承知をいたしておるところでございます。 ただ、この名古屋大学の問題も、先生の御質問があるということで……(田中(美)分科員「大阪大学もですよ」と呼ぶ)今、名古屋大学の話をされておりましたので、そのこともよく調べてみましたが、三年を限度とする任用については、学内のコンセンサスを得ながら定めたものでございますので、これを遵守していくということを期待したいと思っているわけでございます。 今後とも、こうした学問の分野において、定数の問題と兼ね合わせながら十分考えていかなければならぬ問題点を先生から御指摘いただいたというふうに受けとめさせていただいて、また文部省内でも十分議論していきたい、このように考えます。
○田中(美)分科員 まあ大臣は矛盾があるということもお認めいただけましたし、大学のコンセンサスというふうに先ほどお二人とも言われておりますけれども、今、大学の中ではこれが大変に矛盾だということで、何としても困るという形になっているわけですので、そういう意味ではこれは大学内で解決できることですので、別に文部省には何も関係しないことですから、ぜひこの点は大学の中での話し合いを十分にして、大学の中でのコンセンサスができれば——人間、今まではこれで行こうと思ったけれどもうまくいかなかったことが幾らもある。政府の計画なんかほとんどそうじゃないですか。何年計画、何年計画、ほとんどうまくいかない。もう一度やり直しておるわけですね。ですから、どういうコンセンサスであろうが、その経過は私はよく知りませんけれども、大学の中でこれが非常に困るのだということならば、大臣の、文部省からのみだりな大学の自治を侵すようなことがなくて、大学の中でのコンセンサスというものが得られるならば、そうした三年で首を切っていくというようなことは、これは文部省の方からは絶対に御指導はしないでいただきたいと私は思います。もう一度お二人にお聞きしたいと思います。
○西崎政府委員 この定員外職員にかかわります任用の期限の問題につきましては、先ほどお話し申し上げましたように、定員外職員の身分取り扱いの問題、それから給与の扱いの問題、できるだけ給与を何とか上げていこうという扱いの問題、そして任用期限の問題、全体が絡まっておるわけでございます。したがいまして、私どもとしては、例えば名古屋大学において給与の取り扱いその他との関連において三年という期限を一応コンセンサスにおいて考えておられることは妥当だというふうに現在思っておるわけでございます。 今後、大学においてどのような取り扱いをされるかにつきましていろいろな考え方があり、あるいはまた私どもも意見を申し述べる機会があろうかと思います。現状においてはそういう考え方でございます。
○田中(美)分科員 大臣、お願いいたします。
○森国務大臣 大学内で十分議論をしていただきたいと思いますし、また文部省としては、今、先生御指摘のように、大学の自治でございますから、必要に応じてその御相談にあずかっていきたい、こう思っております。
○田中(美)分科員 今、日々雇用と言われましたけれども、給与の問題とかと言いますが、日々雇用は大学の中で考えていることですので、ですから大学の現場を一番知っている人ですし、それから非常に良識ある人たちの集まりですから、それに大学の自治というのは、研究開発というものは非常に大切な問題ですので、そこの主体性というものを十分に認めていただくということを大臣から回答いただきましたので、ぜひこの大学の主体性を重んじながら今後も文部省は十分に検討していただきたいと思います。 最後に、大臣にもう一つ、大学の自治という問題で、大学の主体性を尊重していくということをぜひもう一度大臣のお言葉からお聞きしたいというふうに思います。
○森国務大臣 田中先生御指摘の大学の自治は、これはずっと守られていかなければなりません。文部省は、求められるところにより、また必要に応じて指導していきたい、こう思っております。
○田中(美)分科員 この問題は十分に検討いたしまして、早急な結果を出すことなく、前向きの形で回答していただけるというお言葉でしたので、ぜひこれを実行していただきますようお願いいたしまして、時間になりましたので私の質問を終わらせていただきます。
○石原主査 これにて田中君の質疑は終了いたしました。 次に、井上一成君。
○井上(一)分科員 私は、子供を思う親の気持ちというのは一番純粋だ、こういうふうに思っておるのです。この純粋な親の気持ち、そして二十一世紀を支えてくれるであろう子供たちへの手だて、これはまさに健康であり、そして十分な教育を保障していく、こういうことだと思います。今、義務教育を終えた子供たちが高校に進学する数は非常にふえつつありますし、むしろもう九〇%を超えてほとんどの子供たちが高校進学を希望するわけであります。そこで、希望する高校、十分そういう機会を与えられるように、高校新設に対して政治が手だてをしていかなければいけない、こういうふうに思うわけです。国としての高校建設に対する取り組みをここで聞いておきたい。 さらに、ごく最近、高校において用地難等の社会情勢によって、それを理由に法律で決められている学級定数標準四十五人、これを崩していこうとしている、あるいはもう崩されているわけです。まさに教育条件の確立の観点からも、高校新設に力を入れずにただ単に問題の解決を安易な方法で図っていこうという、こういう行政は余りよろしくない。文部省としても、これは府県レベルの問題ではありますけれども、こういう問題に対しての文部省の指導あるいは取り組みについて大臣から聞いておきたいと思います。 〔主査退席寸奥田(幹)主査代理着席〕
○高石政府委員 高校における一クラスの学級編成は四十五人というのが御指摘のように原則であるわけでございます。ただ、やむを得ない事情がある場合はそれを超えることもできるというのが法律の仕組みになっているわけでございます。したがいまして、勝手に安易な方法で四十五人を突破されては困ると思うのです。府県としては長期的な計画も考えていかなければいかぬだろうし、地域の子供の数の変動というものがあるわけでございますので、そういうことを加味しながら考えていかなければならぬ点がございますが、原則的には四十五人を守ってもらいたい。しかし、やむを得ないそういう事情がある場合には、それを超える場合にも子供の教育には支障のないような配慮を加えて教育を展開してもらいたい、こういう指導をしているところでございます。
○井上(一)分科員 四十五人学級が非常に望ましい状況であるということで、これは法律に制定されているのですよ。やむを得ない事情というのは、私が今言ったように用地難だとか社会情勢、生徒の社会増減、こういうこともあるわけですけれども、そのことにおいて今現場で教育を受ける子供たちの教育条件が十分に確立されてない。四十五人以上なら本当は好ましくないわけなんです。 大臣、これは非常に政治的な問題でございます。政策的な問題でございますから、私は、やはり望ましくない、そういう一つの原則をぜひ貫いてほしい、こう思うのですが、いかがでございましょう。
○森国務大臣 今御指摘がありましたように望ましくない条件、環境ができているということは大変残念なことでありますが、しかし、それを解消するにいたしましても、今局長が申しましたように新設がなかなか困難あるいは校地面積の関係上学級をふやすことも困難という、やむを得ない面もあるわけでありますが、それが安易な方向で、四十五人を超えることはやむを得ないのだという安易な気持ちに通じないように文部省としては都道府県教育委員会を十分に指導をいたしておるわけであります。
○井上(一)分科員 さらに、障害を持つ子供たちの義務教育終了後の進路保障が立ちおくれているということですね、すでに今私が指摘したように、健常児の場合は九〇%以上が高校の課程を終了している。これに対して障害を持つ子供たちは、小中学校での一定の養護学級なりあるいはその受け皿を義務教育課程だということで割り切ってしまうものではないと私は思うのですけれども、そういう意味で高校進学の道が閉ざされているというのが現状である。障害児に対する進路保障のために高校課程においても何らかの施策を十分検討すべきであるし、もうそういう状態をつくらなければいけない、こういうふうに思うのです。 本人の努力なりあるいはボランティアの力なりあるいは特別な計らいで普通高校に入学ができた、それが美談のようになって報道されたりするわけですけれども、むしろ普通の状態、当たり前の状態でそういうことが可能である、それは普通学級に皆入れるんだ、あるいはそういうことでなく、高校課程の養護学校をつくるんだ、どちらを選択していくか、その子にとってどの道が一番適しているのかというのはこれは判断の問題に入りますけれども、高校課程における障害を持つ子供たちに対しての保障が十分でない。教育改革、教育臨調、いろんなことを言われているけれども、こういうことも含めて検討していくのか。こんなことをほっておいて何の教育改革なのか。大臣の所見を承っておきたいと思います。
○高石政府委員 障害児に対する義務教育修了後の高校進学でございますが、基本的には障害の程度、種類によって考えていかなければならないと思うのですが、特殊教育諸学校等において高等部を整備いたしまして、できるだけそこで教育をしていくということが基本的な方針として進められなければならないと思っております。それから、程度によりましては普通の学校で教育を受けるという機会も保障していかなければならない。この両面から障害児の高等部における教育については考えていかなければならないというふうに考えております。
○井上(一)分科員 森大臣の所見を承っておきたいと思います。
○森国務大臣 現状の文部省の対応については今局長が申し上げたとおりでありますが、やはりそれぞれの症状、程度というものによって子供たちが、その教育環境が幸せである場合もありましょうし、またそうでない面も出てくるということがあってはならぬと思っております。したがいまして、先ほど先生からお話がございましたように、こうした問題も新しい教育機関で検討するかしないかということを私どもが今ここで申し上げることは適切ではないと考えておりますが、先生のそういう御意思、教育制度全般にわたって十分検討していくようなことはとても大事なことだ、今私は文部大臣という立場でそのように考えております。
○井上(一)分科員 中学まで一緒に過ごしてきた、ともに学んできた友達と、ある日突然高校入学を迎えて、自分も障害はあるけれども高校へ行きたいんだ、しかし受け皿が十分でない、そこで友情が薄らいでいく、そして社会における連帯意識も切られてしまう、そんなことを考えると、何としてもこれは我慢がならぬ。教育改革、今の教育の現状を憂えますと言う大臣と、私は党派を超えて現状の教育問題を子供たちのために何とか前進させたい、こういう認識は同じだと思うのですけれども、今言うようにどこも行くところがなくじっと家にいなきゃならぬ、そういうのが現状ですね。こんなことではよろしくない。 だから大臣、健康な子供と障害を持つ子供を一緒に勉強させた方がいいとよく言われる、でもそれがいい子と、それに耐えられない子供がいると思う。健康な子供と一緒にいて伸びる子供、だめにされる子供、両方があると思う。その子その子によってその子に応じた学校に、あるいは教育の場に行くことができればと、これは宮城まり子さんが言っているわけなのです。どこの学校へ行こうかなと子供たちが選べてもいいじゃないか。慶応へ行きたい人、東大へ行きたい人、早稲田へ行きたい人、障害があるからということで教育の場を、機会を断ち切っていくということはよろしくないから、そういうことも含めて今度の教育改革でぜひこの問題に取り組むべきだと私は思うのですよ。大臣、いかがですか。
○森国務大臣 先ほども申し上げましたとおり、新しくできます教育機関で十分検討していただくことが数々あると思いますが、今私からそういうことをやってくれとか、するなとかと言うことは適切ではありませんが、先生が御指摘をいただいたような、それぞれの子供たちがそれぞれ自分たちの好むところに進めるようなそういう教育体系になるように私自身も願っておりますから、そういう方向の教育の検討をしていただければ極めてすばらしいことだ、私もこういうふうに考えております。
○井上(一)分科員 そこで私は、大臣の考える人間像というのでしょうか、幼児教育のあり方——あなたは予算委員会の答弁で少しはあなたの考えを吐露されているわけですね。そういうことで、私はぜひこの分科会で幼児教育に対する大臣の考えを聞いておきたい、こういうふうに思います。
○森国務大臣 教育は小学校の教育から始めることだと考えておりますが、幼児教育は主に情操を中心とした教育であるべきだと思います。 今先生が御指摘いただきました点がちょっと定かではございませんが、たまたま幼保の問題のお話があの委員会の中でございまして、その中で、保育園も幼稚園も何か混同したようなことにもなっておるし、現実の問題として字も教えているようでもある、それがいいとか悪いとかということは今申し上げる必要はございませんが、そういうふうにそれぞれ違った形で教育を受けておるという子供たちの立場、あるいはそのことを心配する親の立場からもう少し考えて、その中で統一を図れるものは統一を図っていく、そのようなことをそろそろ考えていく時期ではないか、そういう意味で私は幼保の問題を申し上げたと思っております。
○井上(一)分科員 あなた、幼稚園では字を教えている、そういう答弁を予算委員会で言われているのですよ。幼児教育のあり方とは一体何だろうか、どうお考えですか。
○森国務大臣 幼稚園としては、原則としてはやはり情操を中心とするものだというふうに私は承知をいたしておりますから、字を教えたり数字を教えたりということは——現実の問題としては、子供たちから聞かれれば先生は答えないわけにはいかないと思いますし、なかなかそこのところをしゃくし定規にできるものではないと思います。保育所でもやはりそうでございまして、本来は子供を預かるという立場であるわけでありますが、現実には先生先生と言って子供たちが慕ってくる。その内容は幼稚園とそう変わったことではないと思っております。一番大事な義務教育に入る前、就学前の教育として、情操を中心として人間性というものを、またあるいは社会に生きていくしつけでありますとか社会性でありますとか、そんなことを子供たちの程度に応じて先生から教えられていくものだろう、そういうふうに思っております。
○井上(一)分科員 私は、大臣なりに政治家としての哲学がおありだろうと思う。とりわけ文部行政の最高責任者だから。情操教育、情操教育と言われているわけですが、幼児期においてどういう手法をもってそれを達成していくのか、そういうことなんですよ。 これは別に幼児期の問題じゃなく人間すべて、世の中の価値観というものは、別に僕の哲学をあなたに押し売りしようとは思っていませんよ、結果だけですべてを評価していくというのは誤った価値観だと私は言っているわけです。それは偏差値も含めていろいろな議論があるわけなんです。いかに子供たちが、あるいはいかにその人が持てる力を十分発揮したか、頑張ったか、そのことなんです。その結果悔いかない、残念だったけれども悔いかない、満足感、充足感が残るわけです。よし次も頑張るぞという意欲を次に持つ、そんなことが、結果がよければそれはもうそれにこしたことはないのですよ。だからそういう価値観を世の中が認め合う、そういうことを教育のベースに置かなければいかぬと私は思うのです。幼児期においては集団生活、友達、社会性の中で一つのしつけをしていこう、それは決まりを守っていく。中曽根総理は、社会における責任感とかそういうことの表現をされていますけれども、やはりそういうことだと思うのです。 何か聞いておると、保育所の保母さんを先生と言ってはおかしいような、ひがんでとるわけじゃありませんけれども、保育所の先生だって教えているじゃないかとか、子供たちにとっては保育所へ預けられようが、ただ保育所の機能は評価しなければいかぬ。だから、どうもあなたの持ってらっしゃるものをまだ十分出し切っておらないから、教育改革、教育臨調——中曽根さんは改革と言っているから教育改革、これをどうも私は案ずるわけなんです。文部大臣がこんな状況じゃ、本当に果たして教育改革を真剣にやってもらえるんだろうか。一つの物の考え方で世の中を支配したとき、これが一番怖いのです。軍部が支配したときに戦争が起こるわけです。 私は、この前も予算委員会で言ったように、民主主義はばらつきがあっていいんだ。でこぼこというのは、ぼこがいい場合もあればでこがいい場合もあるし、ばらつきがあることが民主主義である。それぞれの持っているその人その人の才能、能力が最大限生かされるような、そのための教育なんだ。特に幼児期においてはできるだけ早くその子の持つ才能、能力を引き出してあげる、見つけ出してあげる、そういうための機会と、あるいはそういうことに努力をしてもらう先生が必要だ、私はこういうことを言っているわけなんです。余り僕の意見が長くなったらいかぬので、やはり教育改革の中において幼児教育を、特に幼保一元化の問題については幼保一元化を志向した答弁をなさっていらっしゃいますから、幼児教育に対してのあなたの考えをもっとしっかりと聞いておきたいので、おっしゃってください。
○森国務大臣 私は幼児教育が大変大事だと思っております。少なくとも義務教育に入るということは、学校という一つの場を経てでありますから当然社会に参加をしていくことになるわけです。ですから、その事前の教育というのは、先ほどから私も申し上げているし、井上さん、あなたも言われたように、人間が生きていく社会の中の決まり、人間関係、そうしたものを子供なりにある程度会得していただきたい、そういうことを教えることが幼児教育だろうと思います。将来の日本の社会の中の大事な仕事をなさっていく、そういう社会を形成していく、それが人でありますから、その基本的なことを幼児期に習うことは大変大事なことだと思います。 誤解を受けたかもしれませんが、私は、幼保と申し上げても保幼と申し上げてもいい、別に保育所をべっ視しているわけでもございません。私自身、自分の田舎の郷里は保育所しかないから私は保育所というのはとても大事力ものだと思っておりますが、ともすれば、保育所しかないだけに幼稚園との差というものを常々自治体の市町村長は考えながら苦労してやっておるということをこの間も申し上げたつもりでございます。したがって、私は保母さんだと思ったのが保母先生と言いなさいと教えられたように、現実の問題としては幼児教育のような形で保育所も行われている。だから、何も規格して統一したということを私は言いたいのではなくて、幼保の問題はその中にいろいろなばらつきもあってもいい。今までの制度を上手に駆使しながら、工夫をした多様的なやり方でやっていく、そういう面で一緒にやった方が教育を受ける子供たちや親たちの立場に立つのではないか、そのことにむしろ前向きに取りかかっていくべき時期が来ているのではないか。 しかしながら、そのことはいろいろな関係者がおるだけになかなか合意が得られないということは、井上さんも一番よく知っておられる。だから、就学前の教育あるいは就学する年齢、そういうことも含めて新しい教育機関で御検討いただいた方がより適切な答えが出てくるのではないか、このように私は申し上げたつもりでございます。
○井上(一)分科員 私は、保母さんを先生とかそういう受けとめ方は、むしろ保母さんを先生にというのは大臣の方の意識であって、名前なんてどうでもいいんですよ。私はこういうことを言いますよ。資格があっても教え方を知らない、それは本当の先生じゃないわけです。技術のない、手法を知らない、今言ったように引き出すことのできない、ただ免許を持っているだけなんだ。免許を持っているだけで本当に子供の持つよさを引き出してあげようとする力の持てない人は、私の考える先生ではない。保母さんであろうが幼稚園の先生であろうが、あるいは親御さんであろうが、社会教育、ボランティアに取り組む人たちであろうが、まさに先生としてふさわしい人材とはどんな人かというと、私が今言ったように子供たちの持つ力あるいは持つ才能、能力を全部引き出してあげられる、そして子供が生き生きとして素直に真っすぐ伸びていく、そういうことなんです。 今、子供たちあるいは世の中に何が欠けていると大臣はお思いになりますか。私は、教育改革、教育臨調、名前なんて何でもいい。あなたもそう言った。何を対象に議論をしていくか、そのことが大事なんですよ。何を議論の中心に置くのか。僕は、やはり幼児教育の問題、さらには社会教育、生涯教育、あるわけですが、時間がないからきょうは幼児教育だけに絞っているわけです。そしてやはりもう少し認識を深めてほしいという、むしろこれは私は大臣にお願いとして、本当に子供のしつけは大事なんだ——私は直接かかわっていますから、三つ子の魂百まで言われるんだから。障害があろうがなかろうが、障害児も含めてもっともっと真剣に、何で政治が子供たちの中に飛び込めないのですか。何をしなければならないのか、自分で今何が足りないか、そんなこと、おわかりでしょう。大臣、じゃ今何が必要だ。私はこれだ、こんなことを子供たちに持ってほしいんだ、あるいは、政治家も含めて、社会全体にこういうことが必要ではないんだろうかというのは、何だとお思いになりますか。
○森国務大臣 子供たちは、子供の段階でこの世の中に生まれてきたことの喜びを味わうということは無理だろうと思います。しかし少なくとも生涯を生き抜いて、人間として生きてきたことの喜びを感じられるように、私はそのことが一番大事だろうと思っております。したがって、どのような環境で、どのような状況で、そしてまたどのような立場があってもお互いみんなが協調し合い、尊敬し合い、そして本当にいい世の中を、いい人生を送ってこられたということが生涯を通じて体験していける、そういう社会体制、教育体制をつくっていきたいと考えております。
○井上(一)分科員 私はここに紹介をしましょう。あなたが奨励賞として子供たちに奨励をした文部大臣奨励賞、市原さんという中学三年の子供が「「パパラギ」を読んで」——これは私も読みました。そして感想文を書いて、あなたが奨励賞を出したんだから少なくとも大臣は、私も、この子供に教えられた。 「今の生活水準を考えると、私はもう真の美しさにも真の喜びにも出会えないと思います。しかし、だからこそ私は今」云々と書いて「一つだけ私にもできることがあるのです。それは自分自身と他人とを、もう少しだけ愛すること。」それから「少しだけ心にゆとりを持てば誰にでもできるのに、誰もが忘れ去りつつあること。」みんなが忘れているんです。そういうことをこの市原さんは指摘をしているんです。「愛することの素晴らしさ、素朴に生きていくことの意味を自分自身に問い続けていきたいのです。」こう締めくくっているわけです。 この感想文をあなたは文部大臣奨励賞としてお褒めになっていらっしゃる、まさにこれだと思うのです。このことだと思うのですね、大臣。私の申し上げたいのは、やはりこういう子供のこの気持ちが生かされる教育改革であってほしい、そういう教育改革に持っていってほしい、こういうふうに思うのです。いかがですか。
○森国務大臣 先般の読書感想文のコンクールで、私の文部大臣奨励賞をもらわれた市原さん、直接私が選考したわけじゃありませんが、この「「パパラギ」を読んで」ということで選者の皆さんがこの方を優秀賞として選ばれた、大変私はよかったなと思いました。 それで、すぐこの「パパラギ」を文部省から取り寄せて読んでみました。南海の酋長ツイアビの演説集で、読めば読むほど大変おもしろく、なるほどな、こういう見方があるんだなと。午前中、先生はいらっしゃいませんで湯山先生はいらっしゃいましたが、私は文化と文明論ということでちょっとここで自分の愚見を申し上げたのですが、まさに何にもない南洋の、土人といいますか酋長が文明社会を見た、これはやゆもあるのかもしれませんけれども、とても人間として大事なことをここに書いてあるなと思いました。 私は「パパラギ」をすぐ取り寄せて読んでみて、どこかにこのことが引用されておったなと思っていろいろ考えましたら、去年あなたが書かれた「バラの花は赤い」、この中にもこの文が入っておりまして、先生が子供たちに教える、あるいは文明史鶴といいますか文化史観というものも、こういうところにポイントを置いておられるんだなと思って改めて敬意を表しました。井上さんにも本当は文部大臣奨励賞を差し上げたい気持ちでありますが、私から表彰はできませんので、議事録において奨励賞を差し上げるということにさせていただきたいと思います。
○井上(一)分科員 最後に私は、保育所行政なり幼稚園行政があるものですから、福祉と文化でどういう認識をお持ちかを少し。午前中の質疑を、私はほかの分科会におりましたから十分聞いておりませんので。 福祉と言えば、何か思いやりという言葉でとらえられがちなんだが、今はそうじゃない。ごく当たり前のことが福祉なんです。文化とは一体何だろう。その人の持っている一番よさを世の中に生かしていく、それで幸せに暮らしていける、これは文化人ですよ。暮らしの中から文化が生まれてくると思うのです。福祉と文化というのは一体で、ベースでは一緒なんだ。だからそういう意味では、幼稚園、保育所の問題も、福祉行政あるいは幼児教育、そういうとらえ方は子供たちにとってどうあるべきかということです。皆福祉と言えば思いやりだ、障害を持った人にこうしてあげたらどうだ、こういう機会を与えたらどうだと言ったら、何かあなた方は特別なことでもしよう、こういうふうに認識をされたら困るのですよ。そうじゃないのです。当たり前のことなんだ。高等学校に行きたいというのは当たり前のことなんだ。それを満たしていくのが政治じゃないか、子供たちに胸の張れる政治とはそれじゃないかと思う。大臣、どうなんですか。私はこのことでもっともっとあなたに議論をし、あるいは詰めて、むしろ大臣に私の考えを知ってもらいたい、そしてそのことを教育改革の中に持ち込んでもらいたい。 時間がもうありませんから、大臣、福祉と文化ということについて提言をしました。十分にかみしめてもらって教育改革に取り組みますか。私の指摘をしてきたことをその中に持ち込んで検討していくべきだ、私はこう思っているのです。どうですか。
○森国務大臣 たびたび申し上げているように、新しい機関はそれぞれの識者がいろいろな角度からお考えいただくことだと思いますが、今いろいろと御指摘いただきました井上さんの哲学、それは私なりに十分に、まだ十二分にということは申し上げられないかもしれませんが、十分勉強もさせていただきました。文部大臣という立場で、越権行為でない、でき得る範囲の中で、先生の考え方も新しい教育改革の中に十分に参考として取り入れられるように、そういう配慮をしていきたい、こう思っております。
○井上(一)分科員 終わります。
○奥田(幹)主査代理 これにて井上一成君の質疑は終了いたしました。 次に、宮崎角治君。
○宮崎(角)分科員 私は、長崎一区選出の公明党の宮崎角治でございます。 本日、質問をさせていただきます場所を与えていただきまして、一応三点に絞って大臣の所信をお伺いしたいと思っております。一つは教育改革のプランの問題、あるいは六・三・三・四制の問題、そして今全国的に相当問題になっております公立高校生のいわゆる中途退学の問題等々につきまして、一応お尋ねしたいと思っております。逆の方から、具体的な事例を申し上げまして、いろいろと御質問していきたいと思っております。 公立高等学校の全国的ないわゆる年間の中途退学については、文部省として、大臣として、今どのように実情を把握されておられるのか、その辺からまずお尋ねいたします。
○高石政府委員 まず公立高校から申し上げますと、全国で五十七年度は六万五千余りの者が中途退学しております。これは在籍者数のパーセンテージで申し上げますと二・〇%でございます。それから、私立高等学校についても同じような傾向がありまして、約四万人、私学の在籍者数に対する比率は三・二%、合わせますと約十万強の人たちが中途退学をしているわけでございます。
○宮崎(角)分科員 高校生のいわゆるピーク、今後も増大の傾向にいくんではないか、このように思うわけでございますが、文部省として、この現象というのは減っていくのか、さらに増加していくのか、そういった問題につきましてお答え願いたいと思います。
○高石政府委員 全体的な傾向は横ばいでございますが、やや微増しているという状況でございます。これは現時点で進学率が九四%という高い比率になっておりまして、この比率が高まれば高まるほど、ある意味においては中途退学者の数がふえていくというふうに思われるわけでございます。 ちなみにもう少し分析して申し上げますと、公立高等学校で言いますと、学業不振によって中途退学をするのが一八・五%、それから進路変更、学校で勉強するよりも専修学校、各種学校で新たな技能技術を身につけた方向へ展開した方がいいというようなことで変更するのが一九・七%、それから、どうも学校生活が思わしくない、不適応、こういう形の退学者が二一・四%ということでございまして、ほとんど現在の高等学校教育に満足感を覚えないで中途で退学するというような形になっているかと思います。
○宮崎(角)分科員 まことに胸を痛める問題ではないかと思うわけであります。 今、それぞれ事例やデータ、因につきましてお話がございましたけれども、私の住んでおります長崎県では一年生が多いわけであります。学年別にどう見ていらっしゃるのか。高校一年で既にこういった退学者が三〇・四%も出ているという事例がございます。また二年生では二三・三%。非常に学年の低いいわゆる一年のうちにもう既についていけないということになるのか。 今お話がありましたように、一八・五%といういわゆる落ちこぼれ、学業不振、ついていけないというこういった状態の中で、毎年毎年これが微増していく傾向をキャッチしていらっしゃるようでございますが、今申し上げました私どもの県におきましては低学年、高校の一年、二年が多いという極めて憂慮すべき現実を見たときに、どのようにこれを食いとめていかなければならぬのか、このままでこの対応策はいいのか、あるいは、文部省として全国のそういった担当者に対するあるいは教育委員会に対する行政指導はどのようになさっていらっしゃるのか、これの防止策についての御所見をもう少し具体的に伺いたいと思うわけであります。
○高石政府委員 一年生が多いのは全国的な傾向でございます。したがいまして、そういう状況から考えますと、中学から高校へ進学する際に、適正な進路指導、これが十分に行われないままほとんどの人が高等学校に進学するから、親も子も、高校へ行かざるを得ないというような形で高校進学をするのがかなりいるのではないかと思います。 一方、専修学校、各種学校も最近非常に充実してまいりまして、その教育の持つ機能が再評価されるという状況が一方においてでき上がりつつあるわけでございます。したがいまして、まず第一に、中学校の進路指導の際に、その子供の適性、能力、将来の進路希望、こういうものを十分に考えた進路指導を強めていくということがまず必要であろうと思います。それから第二番目に、高等学校へ受け入れた場合に、画一的な教育に陥っているという心配がありますので、一人一人の子供を見つめて、それに適合する教育の仕組みというのを考えていかなければならない。ただ教室で一定の教育を展開するのではなくて、個別指導、グループ指導、習熟度別学級編制、そういうことも深めていかなければならないということと、最終的には、親と本人がある意味での強い意思というものも一方において持っていなければならない、そういう三つの要素がとりあえずの対応として考えていかなければならない課題であろうと思います。
○宮崎(角)分科員 有吉佐和子さんの著書の名前じゃありませんけれども、こういった問題については、複合汚染というような、原因が相当重なった問題があるんじゃないかと思うわけであります。こういったことで、家庭なのかあるいは学校なのか、社会なのか、本人なのか、いろいろな面で複合された憂うべきこの事態に対処して、そういった方法あるいはまた教育委員会の行政指導をしていらっしゃるわけでありますが、大臣、どうなんでしょうね、全国的に十万という、またこれからふえていくであろうという予想、そしていろいろな手を打たれているにもかかわらずそれが功を奏していないという現実、この問題は非常に重視していかねばならぬ問題ではないかと思うわけでありますが、大臣の御所見はどうでございますか。
○森国務大臣 だれでもが希望する方向に進んでいくということは、これは自由主義国家において一番保障しておかなければならぬことでございます。しかし、今高石局長も申し上げましたように、生徒さんが、将来に何をやろうか、どのような方向に行こうということを定めるだけのそういう心の準備は、年齢的にまだ必ずしもないだろうと思います。それともう一つは、やはりそのことを踏まえて進路の指導を先生方に求めることも、本来は先生の指導というのはとても大事なことでありますけれども、これも御本人自身の気持ちが定まらないところになかなか先生自身もそう決めつけていくこともできないと思います。それぞれの希望する方向を先生方ができるだけお手伝いをしていくということに現実的にならざるを得ないと思います。したがって、高等学校に進んだ者が途中でやめていくとかあるいは学校がいやになって突っ張っていくとか、いろいろな症状が出てくるということは、これは高等学校の制度を改めるだけではなかなか解決のできることではないと思います。 そういう意味で、もう少しこれからの新しい教育を考えてみるに、これはあくまでも私見でありますが、やはり社会全体がもう少し柔軟に、そして子供たちが望むところで望む体験をしながらその道をきわめていく、そういう環境をつくってあげることが大事ではないだろうか。これは高等学校とは言えませんけれども、例えば大学においても、必ずしも十八歳で大学に進まなければならぬということでもないのじゃないだろうか。いろいろな事情で社会に出て、学問をしたくなったらまたもとに戻って学問に入るというふうに、複合的ではないが、複線的に考えていくこともよいのではないだろうか。こんなことを総理も前の予算委員会でも述べておられたように記憶をいたしております。 いずれにいたしましても、子供たちがそう画一的な中におさめられるのではなくて、それぞれの自分たちの状況あるいは自分たちの能力において進む道をいろいろな角度で広げておいてあげることが大事ではないか、こんなふうに見ております。こういうふうに制度全体を、社会全体との対応の中で考えていかざるを得ない時代に来ている、そういう意味で、今度の教育を新しく見直すということは、そういう広い角度から、また別の視点から見ていくということが有意義ではないかと思っておるところであります。
○宮崎(角)分科員 局長にもう一度答弁を煩わしたいと思いますが、最初、ランクの上で能力的な問題が退学していく第一のデータである、それからいろいろな進路指導や何かあったわけであります。先ほども前の質問者から出ておりましたけれど竜、いわゆる一学級四十五人の問題でございますが、これについて、これは五十九年、今年度でこの四十人学級といいますか、その問題は決着をつけるという段階になってきたのじゃないかと思っていますが、これが相当延びまして六十五年くらいまでになる。そういったところにも、能力とか生徒の落ちこぼれとかいう問題は起因しないのか、遠因はないのか。原因がここにもあるのじゃないかと思うわけでありますが、この辺についての分析とか御検討があれば、ひとつ教えていただきたい。
○高石政府委員 小中学校は、四十人学級編制ということで昭和六十六年度までの十二カ年計画でつくりまして、それを目標にして今進行しているわけでございます。ただ、財政再建期間中の五十七、五十八、五十九につきましては抑制しているわけでございますが、高等学校については、四十五人という目標を現在の時点では変えていないわけでございます。 これは、子供の数が少ない方がある意味で教育効果は上がるという一般論があるわけでございますが、ただ財政状況ということも考えていかなければならない。特に高等学校の子供たちがふえていくという状況が続くわけでございます。したがいまして、そういう時期に学校の増設もしなければならない、教職員もふやしていかなければならない、そして後また急激に減少していくということになると、教職員の首切り問題というような問題も出てくる、そういういろいろなことを考えて、現時点で高等学校の四十五人編制という線で進めているわけでございます。したがいまして、諸般の状況の変化に応じてまた検討していくべき課題ではあろうと思います。 ただ、そういう四十人編制、四十五人編制の場合でも、習熟度に応じて少しきめの細かい教育展開をしてほしいということで、そのためには特別の定数措置を地方交付税上してもらう、こういうことを並行して進めておりますので、その点は漸次進めていきたいと思っております。
○宮崎(角)分科員 飛び飛びにお尋ねして恐縮ですが、技術学校においては高校入試について推薦制という制度をとったことがございます。昨今、国立の中でも附属中学、附属小学校、そういうところで推薦制をとっているようでございますが、今この点についても大変父兄の中ではメリット・デメリットがあるような感じがするわけですけれども、国立における推薦制、抽せん制といいますかね、もう既に入試のときに抽せんでやっていく、あるいは試験を一次を受けさせてから二回目は抽せんでやる。こういったいろいろなパターンで入試のテクニックがあっているようでございますが、全国的な流れの中で、実態の中でどういう状況なんでしょうかね。 私から言わせますならば、それは機会均等の立場からして幅広い入れ方として了とするわけでありますけれども、また一面は、能力が本当にあらわれるのかどうなのか、この辺についてもやや疑問を持たざるを得ぬわけでございますが、この辺についての御見解と御所見を承りたいと思います。
○高石政府委員 まず、公立高校の状況から申し上げて、あと国立のことを大学局長からお答えすると思いますが、三十六府県で推薦入学制度を実施しております。その中で農業、工業、水産、商業などの面で推薦入学制度をとっておりまして、普通課程での推薦入学というところはほとんどないという状況であります。 今後は推薦入学制度をもっと拡大していくべきではないかというのが大方の見方でございます。そういう方向にどんどん広がっていくのではないかと思います。
○宮地政府委員 お尋ねの国立大学の附属学校における抽せん制についてのお尋ねでございますけれども、これは過去に附属学校が、本来の使命から見まして大変エリート校化しているというようなことなどでいろいろ批判がございまして、素質、能力の多様な児童生徒を受け入れるというような考え方で抽せん制を導入することになったものでございます。 これは、昭和四十四年の教育職員養成審議会の建議を受けて、「国立の教員養成大学・学部の附属学校のあり方について」という建議を受けまして実施をしているわけでございますが、その建議の中では、普通学級は、「できる限り素質・能力や家庭環境等が多様な児童・生徒をもって編制する」ことが必要だというようなことがございまして、入学者選抜方法については、「素質・能力等の関係で教育上特別な取り扱いを必要とする児童・生徒を除くためのテスト、面接等を行ない、その結果、なお志願者が定員を上回る場合には、抽せんによって合否を決定する。」というような対応をしておるわけでございます。 全国の状況でございますが、国立の附属学校で申しますと、小学校は附属小学校が七十三校でございますが、いずれも抽せんの方法を取り入れておるわけでございます。個々の学校によりまして、初めにテストを行って抽せんを行うとかあるいは抽せんを行いましてテストを行うとか、やり方はいろいろバリエーションがございまして、それぞれの学校でそういう対応をいたしております。中学校の場合で申し上げますと、全体で七十七校のうち七十六校までが抽せん制度を何らかの方法で取り入れてやっているというのが現状でございます。 〔奥田(幹)主査代理退席、主査着席〕
○宮崎(角)分科員 大臣にいろいろと高校から大学、または先般の予算委員会でも、九年間の義務教育は総理としてもこのまま維持する、と。 先般、大臣が大変すばらしい言葉をおっしゃったわけでありますが、それは、ここにおられる池田先生あたりもテレビに出られた中で、各党の討論会の中で、日本は人しか資源はないのだと、非常に名言がテレビの映像を通して私ども国民にありました。特に先般の予算委員会で我が党の有島先生の質問において大臣が、とにかく大学協会に申し入れている点が一つあるのだ、例えば一学期、二学期、三学期を通して、高校生は三学期は実質的に大学の試験のために事実上ないのじゃないかというようなニュアンスの発言と、どれを大学協会に今申し入れているというような答弁があったように聞けるのですが、この点については、今言うたからすぐそこで大学協会としてどうこうという、検討を進めているという、結論がもう間もなくということではないと思いますけれども、大体大臣の感触として、動向として、大学協会のいろいろな検討の段階としてどのような感触があるのか。その辺のめどについて、ひとつ大臣の御答弁を求めたいと思います。
○森国務大臣 人間を資源というふうに言っていいのかどうかということになりますと、いささかおしかりをいただくかもしれませんが、今日の日本の繁栄というものを振り返ってみますと、資源が必要なことは間違いないし、石油を初めとして鉄あるいは金あるいは銀、ボーキサイト、マンガン、人間が生きていく上においていろいろと必要な資源というものは日本にはほとんど皆無であると申し上げてもいいと思います。そういう資源を上手に駆使して、すばらしい日本の国の繁栄を維持していく、発展をさせてきたというのは人間である、人の努力であるということから見れば、日本の資源はまさに人的資源だというような考え方を私は申し上げた。それだけに人間の教育がとても大事なことだというふうに申し上げたかったのでございます。 そういう中で今のこの教育環境を見ておりますと、この予算委員会が始まりましても、また、きょうの分科会でも、先ほど先生がいろいろお話しになりました高等学校の問題につきましても、どうもやはり学力中心で、試験のために勉強しておるというような感じは、私は、これは否定できないと思います。 私自身も、ちょうど大学に入学する三学期は、お正月のお雑煮を食べた後は、東京へ来て先輩を頼ってあっちこっち受験をいたしました。ずっと運動ばかりやっておりまして勉強しなかったものですから、先生が全然相手にしてくれないものですから、自分で内申書を持ってあっちこっち歩いたということを記憶いたしておりますが、さて、入学してから、さあ高等学校の三年は何したんだっけなと思ってみると、全然印象がないんですね、思い出が。せっかくの中学校にしても高校にしても、三学期というのは一番大事なときなのに、その時期が結局受験のためにあたふたとしておったということを振り返ると、とても残念な気がしてしょうがない。 そういうことから考えますと、試験の制度の選抜の方法も、いろいろな議論をいたしますけれども、やはり何といっても短い期間にやらなければならぬ。面接をやればいいと言いますが、学校関係者に言わせると短い期間に多くの人々の選抜はなかなかできないという面もあります。入試制度の御批判もいろいろございますけれども、沖縄から北海道まで三十万を超える生徒さんを一遍に同じような条件でやると言えばどうしてもああいう方式しかないということを考えてみれば、もう少し選抜する期間を少し考えてみたらどうだろうか、こういう一つの考え方は当然出てくると思います。これは自民党からもそういう案もありますし、各党それぞれに近いようなお考え方もかつても示されていることでございますから、そういうようなことを少し本格的に取り上げてみたらどうだろうか。 特にこれからは国際化時代だ、こう言いますが、諸外国を見ましても、必ずしも四月を入学期にしているところはそう多くない。いや、むしろ少ないということにもなりますし、何となく春、花らんまんと桜だというのが入学期に感じますけれども、桜の花は日本にしかないわけでありまして、必ずしも春でなければならぬということもない。そういう意味から考えると、少し入学期をずらして、その間いろんなことで選抜の方式を考えてみたらどうか、こういうのが私の申し上げたところでございます。しかし、それはそれなりに会計年度が違うという面もございますし、あるいはそれだけ受験生の精神的な不安が残るということになりますし、三月卒業して九月ということに仮になれば、試験までの間、逆にまた予備校へ行ったり塾へ通わなければならぬという面を助長することになるのかもしれませんから、その辺のメリット・デメリットは十分考えてみなければならぬと思います。 ただ、国立大学協会の皆さんと懇談をしたとき、正式に申し入れるということよりも、国立大学の先生方にも十分議論をしていただきたい、お考えをまとめていただきたい、あるいは私立大学協会あるいは私立大学連盟の皆さんにも、こういう考え方があるのですが、ぜひ皆さんでお考えをいただきたい、こういうふうに申し上げたところでございます。 要は、定められた教育の年限、期間の中に生徒自身が、また学生が十二分に学生時代を満喫できるような、そういう体制をぜひとりたいというのが私の念願でございます。
○宮崎(角)分科員 文教懇がいよいよすばらしい法案設定をし、国会へという、こういった歩みをしているのじゃないかと思います。その中で、学歴社会をなくして人間性豊かな教育像、こういったすばらしい教育改革の法案が間もなくという段階になっているわけでありますが、この辺の国会上程のめど、いつごろをめどにしてすばらしいこの法案が成文化されてくるのか、最後に大臣の御答弁と御決意とをお伺いして、終わりたいと思います。
○森国務大臣 新しい教育改革を検討していただく機関の設置法案は、三月二十七日の閣議が政府提案の予算関連以外の法案ということで設定されておりますので、先般官房長官とも打ち合わせをいたしまして、三月二十七日に閣議決定をいたしましてからそれぞれの方法をとりたい、こう考えております。したがいまして、今鋭意その設置法の方の詰めを急いでいるところでございます。この機関ができましたら、新しい機関でまたいろいろな角度から幅広い方々の人選をいただいて、そこで日本の将来に対する教育をぜひ考えていただきたい、こう思って我々も期待をいたしておるところでございます。 先生も長崎県において長いこと教育に携わってこられたわけでありますから、また、公明党さんが出しておられますパイロットスクールを中心とした教育提言もございます。いろんな分野でいろんなところで教育論議が高まっていくと思いますが、どうぞこれからまたいろいろと御示唆に富んだ経験を踏まえての御意見等も十分にお聞かせをいただいて、本当に二十一世紀にふさわしい日本の教育に取り組んでいきたい。そういう意味でぜひお力添えを賜りたいということを文部省としても心からお願いを申し上げる次第であります。
○宮崎(角)分科員 終わります。ありがとうございました。
○石原主査 これにて宮崎君の質疑は終了いたしました。 次に、塚田延充君。
○塚田分科員 私は、民社党・国民連合の塚田延充でございます。 私は、教育は学校、家庭、社会が一体となって行うことによって初めてその成果が上げられるものと認識しているわけでございます。最近頻繁に伝えられております校内暴力など児童生徒の非行化問題は、今や大きな社会問題であり、私自身も大変に胸を痛めている問題でございます。この学校、家庭、社会の一体化という意味において、実はPTAという組織こそはその三つのものを結びつける接着剤ともいうべき役割を果たすことを目的としてまた期待されて組織されてきたのではなかろうかと思っております。 翻って考えてみますと、特に太平洋戦争終戦直後の学校の教育施設などがほとんどゼロ水準の際に、例えばオルガンであるとかピアノであるとか運動の用具など寄附の活動を通じて学校当局を援助してきた、こういうような物質効果。また、戦前の先生方といえば非常に怖い存在であって、父兄としてはほとんど呼びつけられるだけというような間柄であったものが、同じアソシエーションということでやわらかな人間関係をつくり上げていった。こういう意味でPTAの果たしてきた役割は非常に大きなものだったと評価されておりますし、また、現在においても大変立派な社会的な存在として現に認知されているような存在じゃないかと思っております。 まず第一に、このようなPTAの存在意義であるとか実績をどのように評価されているのか、文部大臣としての所見をお伺いしたいと思います。
○森国務大臣 戦後の教育が混乱の中からこれだけすばらしく発展をし、また戦後教育の成果が国の発展の中に大きな寄与をしたことは、今先生からも御指摘されたとおりでございます。そういう戦後の混乱から成熟した今日の社会、そして今日の教育の大きな支えは、やはり学校と父兄、教師と親、その関係が極めて円滑にいっておったからであろうと私は思います。すべてこれは子供を中心にして、子供の健全な成長発達のために教師、そして両親、それぞれ協力をしてきたそのことが今日の教育の成果であろうと思いますので、そういう意味で、御指摘のようにPTAの今日的な意義、これまでの実績は極めて評価していくべきものであろう、私はこう思っております。
○塚田分科員 それでは、そのPTAについてでございますけれども、法律上どのような規定がどういう法律の中にあるのか。すなわち、PTA存在の法的根拠がどこにあるのか、当局の回答をお願いしたいと思います。
○宮野政府委員 社会教育法に第三章として社会教育関係団体という章がございまして、これはPTAだけではございませんが、「法人であると否とを問わず、公の支配に属しない団体で社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とするもの」が社会教育関係団体であるというふうに押さえているわけでございます。 この社会教育関係団体につきましては、文部省や教育委員会は求めに応じまして専門的な技術指導をし、または助言をしたり、あるいは必要な事業等につきまして補助金を差し上げたりというようなことがございますが、今申し上げました社会教育法の第三章にそのようなことが書かれてございます。
○塚田分科員 それでは、ずばりPTAそのものに対して出しておる補助金の実績、これが五十九年度の予算ではどのようになっておるのか、予算、内容をお示しいただきたいと思います。
○宮野政府委員 ちょっと今詳細は持ってきておりませんが、各学校のPTAのことを普通単位PTAと言っておりますが、それが全体の連合体になりました日本PTA全国協議会という団体がございます。私どもの方で社会教育関係団体に対して補助金を出すといいましても、それぞれの単位PTAに直接出すというわけにはまいりませんので、全国の連合体の社会教育関係団体に出す。したがって、略称日Pと言っておりますが、日本PTA全国協議会に補助金を差し上げるということにしておりまして、事業がいろいろあるわけでございますが、全国大会とブロックの研究大会と海外交流の事業と広報活動と、それからいろいろなPTA活動のための資料の作成という五つの事業につきまして毎年補助金を出しているわけでございます。来年度もそうしたいと思っております。
○塚田分科員 それでは、その補助金、いわゆる五十九年度予算案の中の金額の明示はできないでしょうか。
○宮野政府委員 正確に申し上げますと、現在、民間社会教育活動振興費補助金というのがございまして、PTAを含めまして全国のいろいろな社会教育関係団体に対する補助金というのがまとめてされているわけでございますが、これの配分、例えば日Pの事業に幾ら、何に幾らというのは、実は本当の意味では、これから私どもが各関係団体の意見を聞いて、希望を聞きまして、査定して、そして法律では社会教育審議会に諮問することになっておりますので、社会教育審議会にかけた上で金額が決まるわけでございます。したがいまして、現在の段階で幾らということは、正確な意味では申し上げられませんが、従来の例でいきますと、約三千万ほどが出されるのではないかというふうに御了解をいただきたいと思います。
○塚田分科員 今のお話ですと、ほとんどが日Pに対する補助金であって、それがお伺いしたところでは、大体会議費であるとか全国大会とか、そういうようなことで、単位PTAの方には額から見ましてもほとんど回っていない。文部省としては直接単位PTA育成のための資金は使っておられない、このように解釈してよろしいでしょうか。
○宮野政府委員 PTAは、趣旨は先ほど先生のお述べになったとおりでございますが、それ自体、団体の性格といたしましては自主的な団体であるわけでございます。したがいまして、私どもの方が求めに応じて指導、助言もしくは援助をするというふうになっておるわけでございますが、全国のたくさんの単位PTAに対して文部省から直接財政援助をするというのは、性格上いかがなものであろうかというふうに考えております。したがいまして、全国の連合会でありますところに対して、それの全国活動に対して出す、それがそれぞれの単位PTAにはね返って、単位PTAの活動のいろいろな援助になり、支えになり、士気を鼓舞するということになるのではないかというふうに考えるわけでございます。 それから、今のは団体に対する補助金ということで申し上げましたが、もう一つ関連して申し上げますと、別の補助金で地域活動の奨励費というのがございまして、これは正確に申し上げますと、民間団体に出すのではなくて市町村に出すわけでございますが、市町村の教育委員会がいろいろな地域活動をやっていることに対しまして、それの奨励の意味で出している補助金が別にございます。この中に青少年健全育成PTA活動というのがありまして、市町村がPTAと一緒になって青少年健全育成のためのいろいろな地域活動をする場合に補助金を出す。これは市町村に出すということになっておりますが、そういう補助金が別途ございまして、これは一つの町村に対して二十万円で、四百三十六カ所を計上しております。
○塚田分科員 予算の方は別といたしまして、今の教育体系の中でPTAが果たしておる役割というのは、文部大臣も御答弁なさったとおり、非常に大きなものがあると考えられるわけでございますが、それが実際のところは、法律体系というか教育のシステムの中では、社会教育団体とは位置づけておるものの、任意団体といいましょうか、もしくは、教育そのものの直接責任から見ますと応援団のような立場に置かれているのじゃないか、そういうことにおきまして、家庭教育、社会教育との関連において、PTAの存在そのものをもっと前向きに積極的に活用するといいましょうか、体系の中に組み入れるといいましょうか、そういうような考え方がおありかどうか、文部大臣の所見をお伺いしたいと思います。
○宮野政府委員 先ほど、日Pの事業に対しましていろいろな補助金を出しておると申し上げましたが、一例を申し上げますと、資料作成の中で、昨年度日Pが出しましたものにPTAの活動事例集というものがございますが、これは非行問題が非常に大変だということで、非行問題だけではございませんけれども、非行問題等を念頭に置きまして、優良な、非常に顕著な事績を上げておるPTAの活動の事例を紹介するということで、約三十ぐらいの事例集をつくって全国に配布したわけであります。非常に評判もよく、ジャーナリズムにも取り上げられまして、日Pの今までの通常の資料集等は非常に地味でございましたが、タイミングもあったかと存じますが、非常に評価されたわけでございます。 日Pの活動そのものに対して先生の方からいろいろ貴重な御意見をいただいて、大変ありがたいと考えておりますが、私どもも現在の予算の範囲内でできるだけ効率的に日Pの事業活動が進行できるように努めてまいりたいし、また指導してまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
○塚田分科員 私がお聞きしておるのは、いわゆるPTAの組織というようなもの、これを文部行政の中というか教育体系の中といいましょうか、もう少しはっきりと位置づけを行って、積極的な役割、任務を持たせることが可能かどうか、そういう考え方があるかどうか、お伺いしておるわけでございますので、その件について大臣の所見をお伺いしたいと思います。
○森国務大臣 先ほどもPTAの活動の意義の見地からもいろいろ申し上げましたように、やはりPTAは自主的な社会教育団体である、私はその方がいいと思っております。教育の現場はやはり学校の先生が中心になって、そうして子供たちとの間にすばらしい人間関係をつくり上げていく、これが教育だろう、こう思っております。しかし、その教育を進めるに当たって、単に学校にだけ子供の責任をすべて押しつけるということは、今のような複雑な社会ではいろいろな意味で問題も多いと思います。そういう面を、子供と先生、先生と子供といういい環境を親たちが側面からお手伝いをしていく。PTAの活動に行き過ぎがあっても決していいものではない。あくまでも先生方が学校の責任を持って生徒を指導教育していく、そういう環境を守っていくという意味でPTAがあるということが私は一番いいと思いますので、今の形で健全にお手伝い、応援をしていくという格好が一番よろしいのではないか、私はかように考えております。
○塚田分科員 自主的な立場でもって学校教育を応援団のような形でバックアップしていく、これはPTAのそもそもの趣旨だと思うのですけれども、野球で例えれば応援団席におるものである。本来、グラウンドでは、監督といえば校長さん、教頭先生がやっており、またコーチのような形で各先生方が大変努力しておられる。そうして、プレーを子供たちがやっておる。ところが、一部の例になりますと、応援団そのものが監督を指揮して、あのコーチはちょっとおかしいからかえたらどうかとか、それに近いようなケースがあり得るんじゃなかろうか。 そうしてまた一方、現実的には自主団体の域を越えて、例えば学校の中でも先生方がPTA活動のために時間、エネルギーを大変割いておられて、PTA担当の先生が決められており、その先生がそのために非常に時間を割き、エネルギーを割いておられる、気を遭っておられる。また予算面でも、もし予算がない場合には自腹を切って先生方が御苦労されておる。しかし、泣く子とPTAには勝てないというような意味で、現場の先生が御苦労されておる面があるのではなかろうかと思いますけれども、その辺について文部省当局はどう認識されておるのか、お伺いしたいと思います。
○宮野政府委員 全国に単位PTAもたくさんございますから、先生の御心配のようなところも全くないとは言えないと思うわけでございます。PTAは、先ほどから申し上げておりますように、児童生徒の健全な成長を図ることが目的である。それから、その性質は、学校と家庭の協力体制をしくということが本来でありますから、親の側が学校に、要らざると言うとなんですが、いろいろ過度な注文を出して学校当局を困らせるとかいうようなのはもちろんぐあいが悪うございますし、それからまた、何でもかんでも学校の先生におぶさって親の方は何も活動しないというのもぐあいが悪いので、やはり学校と家庭の協力体制という本来の趣旨から考えると、それぞれ親もそれから先生も一緒になってPTA活動を盛り立てていくということが大事なのではなかろうかというふうに思います。それでそのとおりに指導しているわけでございます。
○塚田分科員 今のPTA、日Pというような略称を使っておったようでございますけれども、その名において図書であるとか映画であるとか推薦活動も行っているのではないかと思うのです。そのお墨つきというのは非常に強い影響力をお母さん方や子供たちに及ぼしているのではないかと思うのですけれども、そのような推薦に当たって、文部省当局としてその推薦のための協議などにあずかっているのかどうか、そして、あずかっていないとすれば、日Pがもし何らかの目的で方向を誤るような推薦などして世の中をミスリードしたら困る、そういう場合のチェックはどうされるつもりなのか、お伺いしたいと思います。
○宮野政府委員 日Pの中では審査規程をつくっておりまして、先生のおっしゃったように、映画等の審査を行っているわけでございます。これにつきましては、本来自主的な団体でありますから、文部省は全く関与いたしておりません。 ただ、やっていることがすべて非常にりっぱかということになると、それは実例をお聞きしないと私はわかりませんけれども、非常に問題があるような場合があれば、社会教育関係団体として日本全国のPTAとして余りふさわしくないような推薦行為みたいなのが仮にあるとすれば、そういうものはどうだろうか、もう一遍検討してみたらどうかということを指導するには私どもはやぶさかではございませんが、基本的には日本PTA全国協議会自体の責任において推薦をしているものでございます。
○塚田分科員 このPTAの問題につきましては、やはり大変大きな影響力を及ぼしておる社会的存在になっておる、教育の面においてこのPTAの位置づけ、これをぴしっとしなければ大変なことになるのではないかという気もいたしますので、今政府などで一部案が上っておりますいわゆる教育臨調といいましょうか、そういう新しい機関において、自主組織ではあっても、そのPTAのあるべき姿もしくは理念などについて、ぜひそれをはっきりとお示しになるような審議をされることを私としては提案いたしまして、PTAの問題についての質問はこれで打ち切らせていただき、続いて東京芸術大学の第二校地問題についてお聞きしたいと思います。 新聞報道などによりますと、同大学は現在の所在地のみでは手狭になっており、特に実習面などにおいて所期の教育効果を得られないようになってしまった、したがって第二校地をほかに求める要望を出している、このようなことが伝わっておりますけれども、文部省当局はこの件について協議にあずかっているのかどうか、お答え願います。
○宮地政府委員 東京芸術大学のキャンパス問題についてのお尋ねでございますが、御案内のとおり、東京芸術大学は我が国唯一の芸術系の国立大学として大変長い伝統とすぐれた実績を持っている大学でございますが、現在の上野公園内のキャンパスが極めて狭隘でございまして、また周辺が民家や高等学校等に囲まれているというようなために、例えば大規模な施設を必要としたりあるいは騒音等が発生をして近隣に迷惑が懸念されるような分野の、例えば大型の彫刻やそういうようなものについては、具体的に芸術活動の遂行に支障がくるというような状況になっているわけでございます。 そこで同大学では、同大学が中心となりまして上野キャンパスからそれほど遠くないところで適地を求めていたわけでございますが、取手市内で一応そういう適地が考えられるところがございまして、地元の御理解もいただけるというようなことで、この五十九年度予算には所要の購入費を計上するということにいたしておるものでございます。
○塚田分科員 取手市に新キャンパスの立地を求め、五十九年度予算において初めて予算を計上されたということですが、その初年度としての計上された予算の内容、その使われ方などについて御答弁願います。
○國分政府委員 不動産購入費の金額の問題でございますが、不動産購入費全体は、最終的には執行の段階で金額が確定するわけでございます。また、本件土地につきましては、取手市において先行取得していただくことを予定しておりますので、最終的にはその先行取得の状況等も見きわめなければなりませんが、予算の積算といたしましては五億四千万円ほど見積もっておるところでございます。
○塚田分科員 それでは、その取手の新キャンパスにつきまして、その整備計画、最終的にはどのような施設をつくり、最終予算としてはどのくらいのことを、後年度負担も入ってしまうのでしょうけれども、考えているのか、具体計画について御答弁ください。
○國分政府委員 購入する土地の面積あるいは内容等の全体計画につきましては、私どもと芸大当局でさらに今後詰める要素が残っているわけでございますが、現在大学当局が考えております要求と申しますか計画と申しますかで申し上げますと、設置施設といたしましては、先ほど答弁もございましたように、大型の絵画や彫刻等の活動のための多目的のアトリエでございますとか、あるいは登り窯、野外劇場等の上野キャンパスでは得られがたいものを計画している段階でございます。 なお、これらにつきましては私どもとさらに詰める必要があろうかと思っております。 なお、土地につきましても、全体計画自体がそういう状況でございますので、全体計画が固まった段階で金額の方も定めていきたいというふうに考えております。
○塚田分科員 大学の場合、よく象牙の塔といいましょうか、閉じられた閉鎖社会になってしまうというようなケースが多いわけでございますが、芸術大学という性格上、私たち国民、市民の立場から見ても、心の面を豊かにするというようなラインでの研究といいましょうか、実習活動が行われるわけでございまして、市民としての関心が非常に強い、できればそれらのものについても一緒になって参加したい、こういうような分野の大学であり、またそのための実習キャンパスではなかろうかと思います。そういう意味におきまして、地元の市民としては、せっかくそういうものができるならば、何とか開放された文化の面における市民参加というようなことをぜひやってほしいというような希望が強いわけでございますけれども、大学当局がつくっておられるとりあえずの施設計画であるとか行事計画などから推して、そのような地元市民に開放するような面が今の計画の中に含まれているのかどうか、お聞かせいただきたいと思います。
○宮地政府委員 取手キャンパスの具体的な利用計画については、ただいま会計課長から答弁いたしましたように、今後さらに詰めていく必要がある問題がいろいろあるわけでございますが、芸術大学におきましても、その性質上、例えば公開講座の開催とか、あるいは音楽祭の開催など、地元に開かれた活動にするということについては、積極的な姿勢を示しているところでもございますので、私どもとしても大学全体が地域に対して開かれたものにしていくということは、やはり考え方としては積極的に考えるべき課題ではないかというぐあいに感じております。それらの点についても大学当局と適切に対応してまいりたい、かように考えております。
○塚田分科員 ただいまの答弁、大変地元の立場から評価される御答弁をいただいたと思っております。そういう意味で、市民が大学に対して持っておるその感情といいましょうかこれを、芸術というような性質もございますので、ぜひそういう意味で開かれた大学として、大学というよりも施設として、市民との交流、市民も参加できるような御指導をぜひ文部省当局にもお願いいたしまして、私としての質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○石原主査 これにて塚田君の質疑は終了いたしました。 次に、湯山勇君。
○湯山分科員 私は、一時間質問時間をいただいておりますが、実は五十嵐議員と一緒で、教育の立場から、あるいは地方政治の立場から、二人で聞く予定でございましたが、五十歳議員が在京できなくて、予算委員をしておる者は一時間やってもいいということで、一時間質問することにいたしました。 なおまた、主査が有名な文学者でございますので、けさ来「太陽の季節」が出たり、有吉佐和子さんのお話が出たり、井上一成君の本を文部大臣もお持ちになっておったり、私から言えば、ずっと昔、もう三十年近くですが、石川達三さんの「人間の壁」という小説が出ました。お若いから文部大臣お読みになったことないでしょうが、あの中に出てくる湯山勇、それがきょう同じ気持ちで質問を申し上げたいと思っておりますので、冷静にお尋ねいたしますから、明確にひとつお答えいただきたいと思います。 中野区の教育委員の準公選の問題でございますが、文部省から勧告の文書が届けられております。大臣もお手元にお持ちと思いますけれども、この文書は中野区長にどういうふうに届けられたのでございましょうか。例えば郵送したとか区長に局長が直接お会いになったとか、手交された手続はどういう手続であったか、まずお聞きしたいと思います。
○高石政府委員 この文書は、三月五日付で郵送して、中野区長あてに送ったわけでございます。
○湯山分科員 ただ単なる郵送でございますか。
○高石政府委員 さようでございます。
○湯山分科員 これは主務大臣の勧告、しかも勧告というのは非常に重要な行政行為だと思いますが、普通の郵便で郵送するというような場合に、届かないというようなことはお考えになりませんでしたか。
○高石政府委員 補足いたしますと、内容証明つきの郵送でございます。
○湯山分科員 それでよくわかりました。 勧告というのが文書の見出しに括弧で囲んであります。後の主文の方を見ますと、括弧というのは、例えば中野区教育委員云々に関する区民投票条例を以下区民投票条例とか、教育委員会の云々のための区民投票を以下区民投票とか、簡単に言うのを括弧でくくっておりますし、地方教育行政の組織及び運営に関する法律、これは括弧でくくって地教行法、こんなふうにいっていますが、勧告を括弧で囲むというのはどういう意味ですか。
○高石政府委員 一般的に、括弧で回答であるとかいろんな形で文書の中身を表示するために使うわけでございます。 なお、これは地方自治法の規定に基づく勧告であるという、法律上の規定も勧告になっておりますので、それを括弧で表示したわけでございます。
○湯山分科員 今お尋ねしようと思っておったのですが、この勧告はどの法律に基づいてやられたものか。
○高石政府委員 地方自治法二百四十五条の規定によるものでございます。
○湯山分科員 いわゆる教育関係の勧告というのは、ほかに規定がございますか。
○高石政府委員 地方教育行政の組織及び運営に関する法律では、指導、助言という内容と、それから措置要求ということの規定があります。 勧告というのは、この地方自治法二百四十五条の規定に基づく勧告でございます。
○湯山分科員 この文書で、そうだということはどこでわかるのでしょう。
○高石政府委員 四項に、主務大臣は云々と……
○湯山分科員 いやいや違うのです。この中野区長に出した文書で、今の地方自治法による勧告だというのはどこでわかりますか。
○高石政府委員 文書には表示しておりません。
○湯山分科員 私も随分これを見まして、何の法律による勧告が、果たして教育関係にそういうのがあっただろうか、これはかなり苦労いたしました。たまたま新聞に出ておりましたのでわかったのですが、いきなりこれを送っても、何の勧告が、何に基づくか、非常に不親切な勧告だと思います。まずこれが一つ。 それから次に、二百四十五条の勧告というのは、どういう条項によってなされたか、必要な部分だけ読んでいただきたいと思います。
○高石政府委員 第四項に、「主務大臣は、普通地方公共団体に対し、その担任する事務の運営その他の事項について適切と認める技術的な助言若しくは勧告をし」というところでございます。
○湯山分科員 そうすると、今お読みになったように、「主務大臣は、普通地方公共団体に対し、その担任する事務の運営その他の事項について適切と認める技術的な助言若しくは勧告」、これはどういうところで技術的な勧告ということになるんでしょうか。
○高石政府委員 技術的と申しますのは、主観的な意思または判断を含まないという意味であります。
○湯山分科員 では、この勧告には主観的な意思とかあるいは判断を含んでおりませんか。
○高石政府委員 文部省、文部大臣の法律上の解釈ということでありまして、その解釈ということはありますけれども、一般的に言われる主観的な判断ではございません。
○湯山分科員 今の答弁では、この勧告に主観的な意思、判断が含まれていないとは言えないのですね。
○高石政府委員 法律の解釈は客観的な解釈でございまして、Aさん、Bさんで解釈が違うということがあっては法治国家では非常に困るわけでございます。したがって、法律解釈は客観的に合理的に解釈するということになるわけでございます。
○湯山分科員 今の答弁ひとつしっかり覚えておって、後の答弁をお願いいたします。 それでは、この中野区の準公選というのは地教行法第四条第一項の規定に違反するものでありますという判断、これは客観的で、その中には決して今のような意図的なものは含まれていないということが言い切れますか。
○高石政府委員 そのような立場、見解でこの措置をとったわけでございます。
○湯山分科員 それでは、ひとつ第四条の一項を読み上げます。これは「委員は、当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する。」こうなっております。今度中野区のとった準公選というのはこの法律の条文のどこに違反するか、明確に御指摘をお願いいたします。
○高石政府委員 法律では、地方公共団体の長すなわち区長が、議会の同意を得て任命するということになっているわけでございます。ところが、中野区の条例では「区長は、前条の目的を達成するため、区民の投票を実施し、その結果を参考にしなければならない。」という拘束性を与えているわけでございます。
○湯山分科員 条例のことじゃなくて、今の、投票を得てそれを参考にするということが、さっき言われたように主観的であってはならない、どの条文のどこに違反しておるかを聞いておるのです。 私、分けて聞きます。 第一、「当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で」、これに違反した部分がありますか。
○高石政府委員 ございません。
○湯山分科員 次、「人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもののうちから」、ここまでで違反したところはありますか。
○高石政府委員 ございません。
○湯山分科員 では、「地方公共団体の長が」云々ですが、ここに違反したところはありますか。
○高石政府委員 そこに違反したと認めているわけでございます。
○湯山分科員 「地方公共団体の長が」というのは、長が議会へ出すのでしょう。これはどうして違反しておるのですか。その前のことじゃないのですよ。条文のことを聞いておるのです。
○高石政府委員 先生十分御承知と思いますが、地方公共団体の教育委員会を公選制から任命制に変える際に、この条文の解釈として、地方公共団体の長が専属的に判断できるフリーハンドを与えるということで、どの人を教育委員に推薦するかという判断は長が自由にできるわけでございます。そして、その上に立って議会の同意を得るという仕掛けになっているわけでございまして、そういう長の自由な判断を拘束する、ないしはそこに大きな影響を与える形での条例ということで法律上の違反である、こういうふうに解釈しているわけでございます。
○湯山分科員 それでは、「地方公共団体の長が」というところに違反しておるのであれば、中野区ではだれが議会へ提案しておるのですか。
○高石政府委員 地方公共団体の長が、住民による投票の結果を参考にしてという拘束を受けて提出をしているわけでございます。
○湯山分科員 いや、そんなこと聞いてやしません。だれが提案しておるかというのを聞いておるのです。
○高石政府委員 それは長が提案しているわけでございます。
○湯山分科員 では、この部分には違反がありませんね。 「議会の同意を得て、任命」しているか、いないか。これに抵触しているところは。
○高石政府委員 法律解釈をやはり全体として考えなければならないのであって、先ほど申し上げたように、地方公共団体の長の自由な判断を拘束する、ないしは影響を与えるというような形の条例があるということは、長の自由の判断ができないという拘束を与えているわけでございます。 したがいまして、そういう前提でこの条例問題を云々しているわけでございまして、ただ条文で、長が提案しているから、しかも議会が同意するから、この条文の規定に違反しないじゃないか、そういうような読み方をしていないわけでございます。
○湯山分科員 まさにそれが主観的なんです。そんなことは法律にないのですよ。だれから聞こうが、だれが推薦してこようが、署名をとっていこうが、そういうことの拘束はありません。この法律の条文のどこに違反しているかということであって、法律は提案者が長であればいいのです。これは、助役が提案するとか教育委員が提案しておるのだとかあるいは区民の代表が提案しておるのだというのであれば、それは違反です。しかし、はっきり自治体の長が提案しておるのだから、違反してないでしょう。そこを何で——そんなよけいなこと言わないで、この法律にと言っておるのですから。——ありませんね。
○高石政府委員 見解の分かれるところでございまして、この条例というのが法律に違反するという勧告をしているわけでございまして、この条例の内容が地教行法の四条の規定に違反するということを言っているわけでございます。
○湯山分科員 ちっとも客観的ではありませんよ。それでは文部省の態度が変わったのですね、解釈は。
○高石政府委員 変わっておりません。
○湯山分科員 それでは、あなたに持ってきてもらうように言っておきましたが、昭和五十五年四月二日の文教委員会の会議録第七ページ、これをみんなに読んでもらったら一番いいのですが、時間の関係もありますからこっちが読みます。大臣もよく聞いておってください。 私が、この中野区のやり方というのは地教行法のどこに違反しておるかとお尋ねしましたら、それについての当時の諸澤局長の答えは、短い期間で繰り返しています。「投票の結果を尊重したりして候補者を選ぶというような規定はございませんから、そういう意味で、この条文から」中野区の条例は、議会の同意を得るその権限行使に制約を加えておる。尊重するというのは問題だということです。 その次、続いて二回目も、「投票の結果を尊重しなさいというのですから、長が、その選挙に出ない、投票に出ないような人を候補者に選ぶということはできないだろうと思うのですね。」こう答えていますね。 それから、続いて下段の終わりの方で、「そして投票の結果を尊重しなさいというのとはまた別の」、それは長の自由だということですから、それと、制度として必ず投票をやりなさい、そしてその投票の結果を尊重しなさいということはまた別のことだ。 それから、次のページをめくってみますと、冒頭に「住民投票をやって結果を尊重するというふうな制約を加えることは」同条に反する、こう言っています。 これは、当時投票の結果を尊重するという案があったわけです。そこで、尊重するということは拘束するということで、今のような局長答弁があった。今あなたは、参考にする、それもいかぬ、こう言うのです。違うでしょう。尊重というのは拘束性があります。しかし、それはそういうふうにとられてはいけないというので条例を直している。だから、変わったのですかと言うと、あなたは変わらない。変わっておるのですよ。文部大臣、今のは変わっておるのですよ。今の条例御存じですか。古いのは尊重とあったのです。尊重しなければならない、それはいかぬ。そこで、参考にしなければならぬ、こう改めておるのですから、違うのですね、当時と条件は。文部大臣、いかがですか。——いやだめだ、あなたはもう聞いたのだから。
○高石政府委員 ちょっと法律解釈の問題ですからお答えいたします。
○湯山分科員 いや、いかぬ。法解釈じゃない。あなたは違ってないと言うから、違ったというのを大臣、認めたらいい。解釈じゃないですよ。
○森国務大臣 区長の専属的な権限であります教育委員候補者の選定権の行使についての条例で、このところは変わっておりません。そういうふうに私は判断いたします。
○湯山分科員 違いますよ。前、今のように論議したときは、尊重するというのが拘束する、全部ですよ。答えは全部尊重するとそれは拘束する。そこでそれを受けて直したのです、参考にと。だから違うのですよ、今の局長の答弁と当時は。変わっておるわけです、実態が。
○石原主査 高石初市局長。
○湯山分科員 いや、ちょっと待ってください。いま大臣に聞いておる真っ最中です。
○石原主査 まず政府委員から答弁して、それでその後大臣が必要だったら……。高石初中局長。
○高石政府委員 尊重というのが参考という言葉にその後条例が変わったことはそのとおりでございます。 しかし、この参考という言葉に変わっても、区長の専属的な権限である教育委員候補の選定権の行使について条例で法的な制約を加えるという点においては基本的に変わってないということでございまして、実質的に中野区で実施される準公選のやり方は基本的に変わってないし、ただ条例上尊重が参考となっているけれども、その実態的な仕組み、仕掛け、これはやはり区長は選挙の結果が出ればそのとおりにやらなければいけないという性格の条例であるというふうに思っておりまして、選定権を拘束し得ると思っております。
○湯山分科員 投票の結果が出ればそのとおりやらなければならないというのは、当事者に確かめましたか。
○高石政府委員 現在の条例では「参考にしなければならない。」こうなっております。
○湯山分科員 そのとおりしなければならないというのだから干渉になるという答弁でしたでしょう。それはどこでそうなるのですか。そうなってないでしょう。
○高石政府委員 この条例については、あくまで選挙の「結果を参考にしなければならない。」というわけですから、全然準公選で選ばれない人、名前も挙がってない人、それをやっていいというようには解釈していないわけでございます。もし仮にそういうほかの人も選んでいいということであれば、何のために手間暇、金をかけてやらなければならないのか、それが全くわからないのであります。
○湯山分科員 わからないからというので違法だと決めつけることは独断です。あなたに念を押したのはそれなんです。決して、出てこない人を選んではいけないというような規定はないのです。また選び得るようになっている。だれがそんなこと言いました。だれから聞いた、確かめた。
○高石政府委員 この条例を制定するいきさつ、それは長い一つのいきさつがあって、文部省とのいろいろなやりとりもあるし、都の教育委員会を通じてのやりとりもありまして、やはりここに「参考にしなければならない。」と書いてある以上は、人選に当たって全然参考にしなくていいというような解釈はとれないと思うのです。また、実施しても実施しなくてもどうでもいい条例であるというふうに私は理解しないわけでございます。
○湯山分科員 御答弁になっていません。そうでしょう。
○石原主査 いや、私はなっていると思いますな。
○湯山分科員 では主査に尋ねましょうか。——立候補者でない人以外は選んではいかぬというのはだれがどこから確かめた。そう答弁したでしょう。だからいけないのだ。だれがどこで確かめて、どこに書いてあるのですか。
○高石政府委員 現実問題で、第二条で「区長は、前条の目的を達成するため、区民の投票を実施し、その結果を参考にしなければならない。」となっている以上は、区長は参考にしなければならないと思います。
○湯山分科員 参考にするというのと、その中から選ぶというのとでは違いますよね。
○高石政府委員 現に、第一回目の投票が行われて、そして教育委員の任命は中野区ではどういうふうにやられたかというと、投票の結果、高い順位の人から順次議会の同意を求めて委員が選任された、こういう実態であります。それ以外のケースは知らないのでございます。
○湯山分科員 たった一回あって、しかも立派な人が出ておるのですよ。だれが悪いですか、その中で。例えば教育委員としての資格が地教行法にありますよね。だれかこれに違反したような人が選ばれていますか。
○高石政府委員 地教行法を改正する際に、公選制のいろいろな弊害があって、教育委員につきましては、地方公共団体の長がここに書いてある資格を有する人から最も適任であるという人を自分で選びまして、議会の同意を得て任命するというふうにしたわけです。ところが、実態としては第一回目は三千万、今度の議会では三千八百万余りの経費を使って郵送による投票をして、その結果、高い順位の人を教育委員に任命しなければならないというのは、法律改正の際の考え方と基本的に違うし、そういうような形で各地方公共団体がやられるのはこの法律の趣旨とするところではないということでありまして、そういう意味でこの条例は法律に反する条例である、こういうふうに理解しております。
○湯山分科員 厳密に言葉を使ってくださいと言ったのですけれども、あなた、今もこの法律の趣旨に反すると言っておられる。趣旨に反するというのと違法とは違うのですよ。 もう一つ後に、やはり趣旨に反するというのでこれを出した理由があります。それは、「区民投票制度を導入することは、教育行政の政治的中立性を強く要求している地教行法の予想するところではなく、同法の趣旨に反する」、この文は違法じゃないのですね。法律違反じゃありません。「趣旨に反する」、そう書いてあるのだから。
○高石政府委員 一般的に、法律の趣旨に反するとか何条の規定に反するとかよく使いますけれども、地教行法全体の制度の変えられた性格、そういうものを考えて趣旨に反すると言った場合には、中野区で今やられているようなやり方は法律に反する、こういうふうに解釈するわけでございます。
○湯山分科員 一方は法律に反する、違法である。今度は政治的中立を求めるという点からいえば趣旨に反する。違うのですね。これに二通り書いてあるでしょう。
○高石政府委員 補足して申し上げますと、本件の条例は現行の地教行法の趣旨に反する、そして具体的には地教行法四条の規定に違反するということでございます。
○湯山分科員 後の方は、「教育行政の政治的中立性を強く要求している地教行法の予想するところではなく、同法の趣旨に反するものであります。」とあるでしょう。ここは「趣旨に反する」。
○高石政府委員 前の方に、地教行法第四条第一項の規定に違反するものであり、また、委員の選任について区民投票制度の導入をすることは趣旨に反する、こういうふうに述べておるわけですから、誤解を受けるような通達ではないと思います。
○湯山分科員 趣旨に反するというのは法律違反というのとは違うでしょう。ここを区別してあるのですからね。
○高石政府委員 ここで書いているのは、とにかく長の専属権を拘束するとか議会の同意を得て任命するとかいう条文の規定の直接違反ということはあるわけでございますが、仮にそれを一歩下がって、教育委員を住民の投票にかけて選ぶというような仕掛けは、この法律を公選制から任免制に変えた趣旨に反するということを述べているわけでございます。
○湯山分科員 政治的中立確保については法律で規定がちゃんとあるのですよ。それに反していなければいいのでしょう。例えば地教行法の四条三項、五人の教育委員の場合は、「三人以上が同一の政党に所属することとなってはならない。」という規定がありますね。三人の場合は二人以上が同一政党に所属することになってはいけないという規定がちゃんとあります。こういうふうにちゃんと法律で政治的中立を確保するための規定は置かれている。それから、十一条の服務のところでは、第五項で、「委員は、政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をしてはならない。」と法律でちゃんととめられていますね。これが政治的中立を規制する条項なんです。これに反しておりますか。
○高石政府委員 私の説明が的確でないからなかなか論議が合わないような感じがして恐縮でございますが、教育委員会の制度を変える際に、従前は公選制で投票によって選んでいたわけです。その実態についてはいろいろな批判がありまして、やはり投票という形をとれば政治的ないろいろな影響というのを受けやすい、また、特定の組織を持っていないとなかなか委員に当選もできないとかいろいろな批判がありまして、そういうことはやめて、本当に純粋に、出たい人よりも出したい人と当時は言っていましたけれども、広い識見のある人を選ぼうという仕掛けにして、しかも選挙で選ばれた長、選挙で選ばれた議会の同意という形で、民衆の意思の反映は間接的な形で十分に達成できるという形でこの仕掛けがつくられたわけであります。 したがって、どのような形であろうとも、少なくとも委員の選任に当たって投票が第一のスタートになって、そしてそれから教育委員の選任が始まるというような仕掛けは、全体として教育の政治的中立に反するということを述べているわけでございます。
○湯山分科員 どの条文のどこに反しておるという指摘がまだないことと、あなたは何年に文部省に入られましたか。
○高石政府委員 この地教行法が改正された当時の地方課の担当官をしておりまして、この法律については相当熟知しているつもりでございます。
○湯山分科員 何年ですか。はっきり言ってください。
○高石政府委員 昭和二十九年でございます。
○湯山分科員 私は、最初申し上げましたように、この法律の審議に当たったのです。恐らく五日五晩くらい徹夜してやったこともあなたは御存じないと思いますけれども、しかも議場は警官に取り巻かれて、警官の前でやったところが今の「人間の壁」に出ているのです。そのときの湯山勇が私なんですから、私にそういう説教をする筋合いはないでしょう。もうちょっとまじめにお答えなさい。 いいですか、ちっともどの条文のどこに当てはまるかということも言ってないし、政治的な申立というのは法律で決められている、それのどこに違反しますかというそれもないのです。わかっているとか知っているとかじゃないのです。だからあなたに——技術的にというのをあなたは何とか言われましたね、大変いい言葉で。主観的でなくて——もう一遍言ってください。
○高石政府委員 技術的とは主観的な意思または判断を含まない意味であると申し上げたわけでございます。 それから、なお申し上げますと、委員会制度の改正の際に国会の審議も、当時担当官でございましたけれども終始出ていまして、皆様方の論議も拝聴してまいっております。
○湯山分科員 拝聴するのは見物ですからね。後楽園の野球だって観覧席とやっておる人間とは違うのですよ。もっと真剣に。だから私は初めそう言ってあるのです。 だから、今おっしゃったとおりです。ちっとも客観的でないし、主観的な意思、判断を含まないと言うが、主観だらけ、今のは。そう判断するので、もし本当に四条のどの条文のどこがどうと、きちっと、こうしておることがこうだと言えるのなら別ですが、ちゃんと条文どおりやっている。政治的中立もこの法律にどこが違反し抵触しますか。 それから、もっと申しましょう。署名してやる手もありますよ。団体推薦もあるのです。それは前のときの答弁は認めておるのです。ただ、投票の結果を尊重するというのはひっかかった。これは間違いありません。それは直してある。 それじゃ、教育委員の解職請求というのはどうやってやるのですか。
○高石政府委員 地教行法の八条に手続規定があるわけでございます。「地方公共団体の長の選挙権を有する者は、政令で定めるところにより、その総数の三分の一以上の者の連署をもって、その代表者から、当該地方公共団体の長に対し、委員の解職を請求することができる。」
○湯山分科員 それは議員とかなんとかの解職請求と違うのですか、同じですか。
○高石政府委員 第八条の二項で「地方自治法第八十六条第二項から第四項まで」云々とずっと書いてありまして、この規定によりますと、同じでございます。
○湯山分科員 やっと、あれだけ時間をかけないと出てこないのですよ。解職の規定は同じなんですよ。だから署名を三分の一とらぬといかぬ。マイクでやってもいいし、署名を集めていってもいいし、演説もやる、文書も出す、同じです。だからこの地教行法で決められた規定以外は別に差し支えないので、したがって同じ政党から三人出れば一人はやめさせなきゃならぬ、それから、政党の役員になればこれはやはり排除しなければなりません。 局長はさっき選挙だといろいろ弊害が出てくる、マイクを使ったりいろいろ演説もやったり文書もばらまいたり訪問もやったり。解職のときはこれはやっていいのですよ。そういうことをやらないから今のような答弁が出てくるので、おかしいと思うでしょう。おかしいな、これは、解職のときはそんなのか。任免権者の権限というのはここでも制約されておるのですよ。勝手にやめさすわけにいきません。 主査、そういうことでして、これは全然答弁になってないのですけれども、主査がなっておると言うのなら、主査にお聞きして……。 大臣、お聞き及びのとおりです。ここはもっともっと詰めたいし、詰めてお聞きしなければならないし、大臣にももっと申し上げなければならぬたくさんの問題があるのです。簡単に今のような、私が、だれかが、局長が行ってでも手渡してちゃんとやったかと言ったら、やってないでしょう。局を通じて内容証明の文書を送って、それでこんなことをやって、今説明を聞いてみれば、どこが違反したかも的確に条文の上での指摘はできない。それから政治的中立だって、法律で決められているところとどこが違っているか、それは言えない。反してないでしょう、これは。それから、たとえ投票だからといって、同じ政党の人が三人出ればこれは絶対やめさせなければいけませんよ。そんなことを幾ら投票の結果を尊重しなければならないとあったってできないのです。やりもしない。 また、本来教育長は教育についての専門的な識見を有し、かつ行政に堪能な者を選ぶということになれば、投票の結果だけ見て教育長の選任はできない場合がある。条例にもその配慮もあるはずです。ちっともまじめにそれをやらないで、ただどうやってやっつけるかだけでは、これは教育行政はよくならない。ために、全国で適切でない教育長が半分います。これはこの前予算委員会でも取り上げたとおりです。大臣、御記憶いただいておると思います。 そこで、これではいかぬ、この教育ではいかぬ、何としてもこれは改めていかなければならない。そのためにはたくさんの人の意見を聞かなければならない。たくさんの意見を聞いて改めていかなければならない。教育は、基本法にあるとおり国民のためのものです。そして、区長からいえば区民のための教育。区民の意見を聞くのがなぜ悪いのですか。選挙によって選ぶというなら別です。尊重しなければならぬというような拘束もやはり適切でない、誤解を受ける。そこで参考にするというところまで来て、立派な教育長が選ばれた。新聞その他をごらんになって、論調にそれはいけないということを言っておるのがありましたか。局長、どうですか。評価しておるものばかりじゃないですか。これぐらい私のところにも資料が来ておりますよ。これはいけないというのがどこかにありましたか。
○高石政府委員 新聞を全部読んでおるわけじゃございませんが、それはいろいろな見方、立場の人たちがいるわけでございまして、少なくとも、中野区における区民投票条例の経過を尊重して、しかもその投票結果を区民に対して公表しなければならないという規定を置いているわけでして、それに基づいて具体的に区長は上順位者から議会に同意を求めるというような形は、地教行法の四条の規定に違反する条例であるという見解は、これは文部省の見解だけじゃなくして、法制局とも十分調整をした上でこういう通達を出しておるわけでございます。
○湯山分科員 今のように、法制局とか文部省のことを聞いておるわけではないのです。文部省の広報とかそんなものを言うのじゃなくて、一般のマスコミで、これはけしからぬというのはないのです。一番大事なのは区民です。区民は喜んでおるのか、けしからぬと言っているのか、局長、どちらですか。
○高石政府委員 けしからぬと言っている人もいるし、結構であると言っている人もいると思います。
○湯山分科員 どちらが多いのですか。
○高石政府委員 それは私はよく承知いたしません。
○湯山分科員 そんなことじゃないでしょう。新聞にも出ておりましたしね。それで決めつけたり、いいかげんな解釈をすることは許されないと思うのですよ。 今度の教育改革だって、中曽根総理は、広く国民の意見を聞く、国民に喜ばれるような教育にしていくという基本的な発想から、純粋に、好意的に理解すれば出ておるのです。そのために現在立派な職能を果たしている文部省もあります。けれどもその外に、また内閣の外に、そういう国民の意見を求める、そういうものを設けて、国民のための教育にするために教育改革をやっていこうという発想です。 中野区の区長が、区民のあの請求に応じてこれをやって、世間からも評価され、しかも区民からも喜ばれている。区民がどれだけどうか知りませんというけれども、今度だって、やるというのに当たって三月に区民の意識調査をしておりますね。それもあなたは見ていないのですか。
○高石政府委員 新聞にはいろいろな形で、賛成の意見もありますし反対の意見もあるわけでございます。 とにかく、区民が喜ぶ、言葉は適切かどうかわかりませんが、喜べばそのとおりにやれば間違いないという問題ではなくして、我が国の法律主義のもとにおける一つの行政組織でございますから、その法律の規定に基づいて行政が適正に執行され運営される、そしてそういう中で多くの国民なり区民の意見が最大限に反映されるような行政をやっていく。こういう任命制になっておれば、区民の意見を反映することも、そして区民の意見を十分に聞くこともできないことではないわけでございまして、その中でそういう民意を十分酌みながら、皆様方に信頼される教育行政をやっていくべきだと思っております。
○湯山分科員 市町村教育委員会連合会が出した文書がありました。指導主事を置いていないのが七〇%以上もあるとか、教育委員会の事務局員が三人以下が四百四十一もある、こういって嘆いて出したのは何のためかというと、あの文書は特に住民の意思を反映させるために法律の趣旨に沿ってなされているかという疑問から発したものだ。これは市町村教育委員会連合会自身が言っている。 現在では住民の意思を反映させるような教育行政が行われていない、こういうことから発して、中野区のこれも、今のような反省、そして中曽根総理と同じようにこれじゃいかぬ、どうすれば国民のための教育、住民の教育になるかということから、住民の意思を尊重してやったことであって、そのために、これはとにかく支持者は随分たくさんあります。この前でも投票率だって普通の選挙よりも多いのです。四二・九八%というのはあの地域から見て随分高い投票率で、当時新聞もマスコミも非常に高い投票率だったということを言っています。 特に、教育委員会で傍聴者がこの四年間何人くらいあったというようなことは聞いていませんか。
○高石政府委員 傍聴者が以前に比べて多くなっているということは聞いておりますが、具体的に何人という人数までは承知しておりません。
○湯山分科員 これも新聞に出ておりましたけれども、二千三百五十名です。こんな教育委員会というのはまずありません。これだけ住民が関心を持って支持して、しかも、法律違反という指摘も非常にあいまいです。 前の諸澤局長は、尊重するというところに重点を置いて言った。この前のときは、人の意見を聞く、それは自分だけで選ぶわけにはいかぬから人の意見を聞くのも、推薦してもらうのも、あるいは署名で来てもそれはいい。ただ、投票したものを尊重しなければならないと、拘束するということがいけないという理由だった。今度はそうじゃないのです。あなたの言い方をすれば、意見を聞くのもいかぬのでしょう。そうじゃなくて、それぞれの社会教育団体がこの人をと言ってくることはあるでしょう。PTAがこの人をということを言って——あなた方PTAをどう思っておるか知らぬけれども、女の先生が多くなった中で言うのは悪いですが、学校で担任の発表がありますと、手をたたいたりということをお聞きになったことはないですか。文部大臣、あるでしょう。お聞きのとおりです。こういう状態ですから、これは何とかしなければならぬというのはだれだって考えることです。 それを今のように、しかも、それはいかぬというので文部省がちゃんとやっておりますというのじゃなくて、本来文部省がやらなければいかぬことですけれども、内閣の外へそういうものを置いて新たに教育を立て直していこうというときに、文部省が今のような姿勢で一体できますか。気持ちの上からいえば、中野区の区長も中曽根総理も同じです。この共通点を見ることなくて、しかも現地も見ないで、またあれだけ新聞に出たのに、評価したのがあるかと言えば、それはわからぬ。それじゃどれくらい傍聴者がふえたかと言えば、わからない。これはみんな私が新聞から書いた数字です。会って話もしていない。住民の話も聞いていない。それでいてこんなあいまいな、しかも悪いことをした火みたいに内容証明郵便で送って、しかもよその法律を借りてきて、地方自治法の勧告を使ってやって、やめさせるのも自治法でやっておるのを、それも知らない。解職要求のときは、署名をして回って、文書を出したり演説していいことになっているのです。 それを、一回目のときにいろいろそういうのがあったからというので政治的中立云々と言うが、政治的中立も法律に決められている。委員の数から、こういうことをしてはいかぬ、政党の役員になってはいかぬ、政治運動をしてはいかぬ、ここまでちゃんと決めてある。それ以外に、何だかわけのわからぬことを述べて、大臣、こんな勧告なんてないのです。大亜ももう一遍ゆっくりこの勧告文をお読みになってください。そうしないと、こんなことをしたらかえっていけませんよ。私はこれは厳重に申し上げたい。 今二十何年前に返って、あなたが傍聴しておったその現場で、警官に取り巻かれてやった本人がこう言っているのです。もう一遍、出したものを引っ込めるとは言いません。しかし、それがどんな中身で、それが日本全体の教育にどう影響を与えるか。私をして言わしむれば、ただ文部省がわけのわからない、自治法による——その条文さえ書いてないのです、地方自治法第何条による勧告かというのは。そんな勧告が一体どこにあったかなというような、そんなものを勧告したというのを報道でまき散らして、何かこれじゃいかぬという住民たちの気持ち、国民の気持ちを何となく抑えるような、そういう姿勢では教育改革はできない。それを心配して大臣に申し上げておるのです。 大臣、もう時間がありませんが、弁解とか、そういうことを大臣からいただこうとは思いません。これは森文部大臣に私は期待したい。そういう文部省自体の姿勢が改まらなかったら、その文部省が新しい教育臨調の事務局を引き受けたって、こんな感覚ではそれは向こうを向いていきません。そのことを申し上げたいのです。その辺をひとつ、そういうことを申し上げてもおわかりいただける大臣だし、また、森大臣なら申し上げてもいいと思って私はあえて申し上げたわけです。大臣の御所感を伺いたいと思います。
○森国務大臣 湯山先生の長い御経験に基づくお話、そしてまた高石局長も、先生より経験は浅いわけでございますけれども、それなりに文部省の立場でこの問題も十分勉強もし熟知もしておる、そういう中での御意見の開陳、またそれに対する文部省としての答弁、私は大変傾聴に値する意見のやりとりであったとまず感想を申し上げておきます。 しかし、確かに中野区の教育委員会の傍聴者が多いとか中野区を支持する方々が多いということでありますけれども、これは、ここは客観的に言うとしかられるかもしれませんが、客観的に申し上げますが、そういうことが新聞やテレビで非常に大きな話題になりますから、当然それに付随いたしまして傍聴者が多くなりますし、また、そういう制度をやろうというお立場になった方々はこれを守ろうとなさいますから、当然そういう関心を多く持つ人々はそれは傍聴されたり、あるいはそのことに関心を持つので投票にもそういう形であらわれてくると私は思います。だからといって、それがすべて正しいという判断は、私はできないと思っております。 大事な意見のやりとりでございましたけれども、尊重であれ参考であれ、今の教育委員を選ぶという、その与えられた長に対する権限は、これだけ多くの税金を使い投票をやってきた以上は、これは無視でき得ないということになるのは当然だろうと思います。したがって、その点で区長の教育委員を選ぶその権限の拘束は、私はこれは否定できない事実であろうというふうに思います。そういう行政の法の中で今日すべての日本じゅうの教育行政が行われているわけでありますから、その法治機構に違反するというやり方では日本の教育行政は成り立たないと私は考えております。 そのことと教育改革ということとつないで湯山先生がお話しをいただいたわけでありますが、そういう教育全般にわたりますいろいろな角度からの意見を聞くということは当然であろうと思いますし、この中野区の教育委員会に対する文部省の手紙一本云々ということについては、これは先生からおしかりをいただくことになるかもしれませんが、現実の問題として、文部省は中野区に対して指導助言するということは法体系の中では直接できません。これまで東京都の教育委員会を通じて再三繰り返し努力をしてきたわけでございます。そういう長いいろいろな経緯や積み重ねがあってのことであるというふうにぜひ理解をいただきたいと思います。 先生の御意見は御意見として、大変傾聴に値する御意見でありますし、私自身も教育を進める上に当たって十分参考にさせていただく点も多うございますが、高石局長を初めこの問題は法律に従って行動をいたしたわけでありますから、私の部下であるという立場から見れば、文部省の政府委員、局長以下皆さんの判断したことが正しい、私は部下をそう信じていきたい、こう思っております。
○湯山分科員 もう一言。御答弁は御答弁でお気持ちもわからぬことはありません。ここでそれだけの御答弁をされるというお気持ちはわかります。 ただ、今の東京都の教育委員会を通じての問題のその前に、まだ尊重しなければならない段階で、東京都はこれは合法であるという判断をしている。これに対する訴えに対して、これを却下しています。これも忘れてはならないので、そういうこと等々を考えれば、私はやはりもう一遍申し上げたいのは、決して今の文部省の判断は普遍性を持った客観的なものではない。 さっき、法の解釈はこうでなくちゃならない。しかも、特にお借りしてお使いになった勧告、地方自治法も技術的な助言、勧告と限定している。いいですか、これを逸脱しているとまで言わなくても、ぴったりはしてない。主観判断ですね、それがあってはならないということから見れば、かなり今のは主観的な要素が入っている。それから、文部省の従来とってきたそれもあると思います。しかし、それも諸澤局長のときはここに重点を置いてやった、今度はここというような変化もあるわけですから、私は、だれかが言ったように「緒言汗の如し」ではないが、出たものは引っ込めないという、それをとがめる気持ちはありませんけれども、今大臣が言われたようなことで、文部省の皆さんももっとこだわらないでやらないと、せっかく国民の中に育ってきておる教育を改めていこうという大事な気持ちをかえって損なうおそれもあるということを、心してやってもらいたいということを申し上げて、終わります。 以上です。
○石原主査 これにて湯山勇君の質疑は終了いたしました。 次に、石田幸四郎君。 〔主査退席、奥田(幹)主査代理着席〕
○石田分科員 私は、学校施設の開放問題について文部大臣にいささかお伺いをいたしたいというので質問に立った次第でございます。 昨年の六月、政府は、地域のスポーツ、文化、芸術の振興に関する施策をまとめられたはずでございます。その目玉は、一つには地域スポーツの日を月一回設ける、それから二番目として、学校施設あるいは国有林野あるいは河川敷の積極的活用、三番目として、スポーツ、文化行事に関するテレホンサービス、情報の整備など、そういったものをおまとめになって六月十四日の閣議に当時の瀬戸山文部大臣が御報告をされ、各省庁の協力を求めるというようなことが新聞記事として報道されておったわけでございますが、まず大臣に、このスポーツ、文化、芸術等の地域振興対策に対する御所信を承りたいと存ずる次第であります。
○古村政府委員 地域のスポーツ、文化、芸術を活性化させることがそこに住んでいる住民にとって大変幸福にもなるし、あるいは地域社会をより盛り上げていくのに重要なことだという観点から、これを総合的な政策といいますか、総合的な運営をやっていく必要があるだろうということから、関係する十五省庁でございますが、十五省庁集まりまして、相互の連携をとりながら地域のスポーツ、文化、芸術の振興に関する施策をまとめたということでございます。したがいまして、これによりまして、文部省といたしましては、直ちに文部省の事務次官から通達を発しまして各都道府県の協力を仰いだということでございます。
○石田分科員 その後の進捗状況はいかがですか。
○古村政府委員 例えばスポーツの日をつくるというふうな県もありますし、それからシンポジウムを開催するというふうな市町村もございます。あるいは地域の文化功労者を表彰するというふうなことをやっている市町村もございます。
○石田分科員 その程度の御報告では、次官通達まで出されているのですが、一つ二つの例だけではわかりませんので、全国的にこういうようなことが進んでおるというようなことをもう少し御回答いただきたいと思います。
○古村政府委員 各省庁が集まってこういうものを決めたものですから、まず各省庁の来年度の予算としては、総理府としては健康体力づくりシンポジウム開催の予算を持ち、あるいは体力づくりの情報収集提供事業を実施する予算を計上する、それから国土庁におきましても伝統文化の里づくり計画の策定等三つの仕事を新しくやる、あるいは文部省におきましては新しく自然教室の推進事業を起こしましたが、そういったこととか少年スポーツクラブの実施とかいうふうな、従来の事業の拡充なりあるいは新しい事業を起こすというふうなことを来年度の予算として各省庁がやったわけでございます。関係する省庁としては五省庁がそういった予算措置を行ったということであります。それからスポーツの日の設定といたしましては、四市町村が新しくスポーツの日を設定したということでございます。
○石田分科員 スポーツの日等の設定はまだ進んでいないわけでございますが、五十九年度予算、この地域振興対策的なことで総枠的にはどのくらいになりますか。
○古村政府委員 各省庁の総枠のところはちょっと私の手元に資料はございませんが、文部省で言えば、自然教室の推進ということで四億一千九百万円、それから少年スポーツクラブの育成として一億円というのが新規予算として計上されたわけでございます。
○石田分科員 いずれにしても大した金額じゃないようでございますが、これのなお一層の前進をさせる施策をやっていただきたいと思います。 きょうは学校施設の開放問題を若干質疑をいたすわけでございますが、まず、学校施設の開放の現状はどのようになっているか、これについてお知らせをいただきたいと思います。
○古村政府委員 学校施設の現状でございますが、これは昭和五十五年調査の結果でございますけれども、公立の小中高等学校のうち、屋外運動場については約二万八千校、開放率は七四・二%でございます。体育館につきましては約二万四千校、開放率は七七・三%、水泳プールについては約九千校、開放率は四〇%という現状になっています。
○石田分科員 この学校施設の開放状況については私も数字は拝見をいたしておりますが、この間も東京都の方でちょっと問題になったようでございますけれども、このスポーツ施設、グラウンドや体育館を比較的整備充実している高校、これが非常に開放率が悪い。東京都においては二百五十七校中三十校、一一%、こういうような状況なんですね。恐らく全国的に見ましても高校の開放率は非常に低いと思うのですけれども、その状況と、なぜそのように低いのか、そこら辺の問題について御報告をいただきたいと思います。
○古村政府委員 確かに、御指摘のとおり高等学校の開放状況は小中学校に比べては低うございます。状況といたしましては、開放率で申し上げますと、運動場が四九%、体育館が四一・八%、水泳プールが一八・六%ということに相なっておりまして、小中に比べれば低いという現状でございます。 この主たる原因というのは、高等学校へ行きますとクラブ活動が非常に盛んになるということで、こういった運動施設をそこの高等学校のクラブが使う日が非常に多くなるということが挙げられるのではないかと思います。しかしながら、私たちとしましては全国の主管課長に対しまして、子供が使わない日があれば極力それは住民の方に開放するようにというふうな指導を行っているところでございます。
○石田分科員 生涯教育の立場から考えますと、いわゆる一般社会人と大学との交流、そういったものもいろんな意味で大事だと思います。市民講座等をやっているところもあるわけでございますけれども、こういった特に学校施設を開放するという意味では、大学関係の方はどんな進捗状況になっていますか。
○古村政府委員 国立大学の体育施設の開放状況でございますが、昭和五十七年度を見ますと、九十五大学ありますが、そのうち開放されておりますのが七十四大学、七八%というふうに把握いたしております。
○石田分科員 これからいよいよ放送大学が発足する段階になろうかと思いますが、これは質問通告にないことで気の毒でございますが、これらの学生諸君はテレビ、ラジオ等によって大学教育を受けるわけでございますので、そういったスポーツあるいは体育の問題等は全く関係がない、そういう仕組みになっておるわけでございますけれども、そういった人たちがそういうような体育等あるいはスポーツ等になじみたい、そういう要求が出てくることも考えられるわけですが、そういった問題については何かお考えでございますか。
○宮地政府委員 生涯教育というような観点から、放送大学はこれから大変重要な位置づけになるむのと私どもも期待をしておるわけでありまして、ただいまのところ、六十年四月から学生受け入れということで準備を進めているわけでございます。 お尋ねの点は、放送大学の受講生が体育その他についての単位の取得とかそういうようなことについてどう考えているのかということかと思うわけでございますが、具体的な単位の取得につきましては、大学の設置基準の上で放送大学等通信教育の場合には特例を設けることにいたしまして、実技の単位については、放送大学のカリキュラムの編成上認められれば、社会体育、例えば都道府県なり市町村なりそういう地方公共団体が継続的に行っております社会体育でございますとかそういうようなもの、具体的に言えば、例えばスキー教室のようなものに参加をすることによりまして放送大学の体育の実技の単位として認定をするというような仕組みも考えているわけでございます。 もちろん放送大学の場合にも学習センターを整備することになっておるわけでございますが、そういうような観点で、社会体育として行われますものを積極的に活用して具体的な単位の認定等をされるというようなことも考えておるわけでございますので、そういう意味では、先生御指摘のようなそれぞれの大学の体育施設の開放でございますとかいろいろなことも、そういう放送大学の単位の取得などとも関連をしてくる点はあろうかと思います。
○石田分科員 放送大学は将来最終的には四十三万人体制ですね。そういうことも考えますと、そういう要望がだんだんと出てくるであろうと思いますので、ひとつそこら辺の対策もこれから十分お考えをいただきたい、これだけ御要望を申し上げておく次第でございます。 さて、この学校施設の開放、小中学校においては大変進んできたわけですね。七〇%台あるいは八〇%近い状況ということでございますが、しかし、そこにはいろいろ問題があるわけですね。一つには、そういう施設を利用したときに事故が起こる、そうすると、最近は大変権利意識が強いわけでございますので、管理者の責任問題ということが話題になってきます。 ここら辺は後ほどお伺いをすることにいたしまして、現在、施設開放に対するさまざまな問題が提起されていると思うのでございますけれども、具体的にどんな問題が派生をしているか、あるいは今後文部省は、学校施設を開放するに当たってどういった点に留意してこれから行政指導をしていくのか、そこら辺のお話をもう少し承っておきたいと思います。
○古村政府委員 私たちが学校の関係者から学校施設の開放についての問題点を聞いておりますと、大体四つ五つあるわけでございます。一つは、児童生徒、その学校の子供の教育活動が制限されるようになるという意見がございます。それから、大人が使った明くる日にはたばこの吸い殿とかがいっぱい落ちていて、子供に対して悪い影響を与えるというのが教育者から出ております。それから、利用者の事故が発生をしたときにどうするのか、あるいは学校の窓ガラスが野球のボールで壊れた場合どうするのかといったような意見があるわけでございますが、学校施設というのはその地域において住民が一番使いやすい施設でございますから、利用する側のそういった利用に当たっての心がけとかいったものを十分徹底させた上で、極力学校施設の開放に当たるように私たちとしては指導いたしておるわけでございます。
○石田分科員 この学校施設を開放するにつきましては、私どもも地域でしばしば体験をいたしておるわけでございますが、これは学校の先生が担当で日曜日などにお出かけになって管理をしていらっしゃるというような感じがございますけれども、開放度が進むにつれて、そこら辺の施設管理の問題が全体で統一的なやり方といいますか、そういう面の必要性も出てくるであろうし、学校の先生がそれによって労働過重になってしまったんでは意味がないし、そこら辺の問題はどうなっていますか。
○古村政府委員 学校を開放する場合には、その学校が開放するというのじゃなくて、開放するのは市町村の教育委員会でやりなさいということを指導いたしたわけでございます。したがって、開放時間帯の学校の管理は市町村の教育委員会がじかに管理責任を持つということで指導をいたしておりまして、その他、指導員というものを置いた方がいいであろうというふうな御指導もし、あるいは指導員に対する手当の補助金も用意をいたしている次第でございます。
○石田分科員 それはどの程度ですか。私たちが運動会であるとか地域のいろいろな会合に御招待を受けてお伺いをしたときには、ほとんど学校の先生が出ていらっしゃって、確かに教育委員会で管理するようにというお話は私も通達や何かで見ておりますけれども、実態はなかなかそうなってないんじゃないですか。
○古村政府委員 管理指導員そのものの数は、補助金で用意いたしておりますのは八千八百校でございます。したがって、開放している学校全体をカバーするわけにはまいりません。 この考え方は、管理指導員というのはやはりそこの市町村の教育委員会で置いていく話であって、補助金というのはそれに対する奨励的補助あるいは呼び水をするための補助金であるということで、全体をカバーしなくてもやれるだろうということでやっておるわけでございます。
○石田分科員 そういう趣旨で質問しているわけではないのであって、いまもおっしゃったように、呼び水的な措置でしょう。そうすると主体はやはり学校の先生になるわけですよね。そういった意味で、労働時間の問題あるいは日曜出勤の問題等手当の問題、そこら辺はきちっとしていますか。
○古村政府委員 社会体育に学校の先生が携わる場合に、例えば体育指導委員として携わるというのは非常勤の職員としての兼務でございますから、これについては手当を出す積算がございます。 ボランティア活動——学校の先生もその地域の運動会が行われればそれに参加しお世話をするというふうなことがありまして、それは学校の勤務とは別だろうというふうに思います。したがって、それはボランティア活動というふうな観点で押さえていくべきではないかと思います。
○石田分科員 どうもそこら辺が余り納得できないのです。学校施設を開放するということは教育委員会の仕事かもしれませんけれども、しかし現場の先生にしてみれば、器物を破損されても困るし施設を破損されても困るものですから、副校長さんだとかあるいはまた経験の豊かな方々が顔を出しているというのが実態だと思うのです。特に季節のいい時期になりますとそういう要望が多くて、頻繁に学校が使われておるわけです。もう少しそこら辺はお考えがあってしかるべきと私は思いますけれども、いかがですか。
○古村政府委員 それは、学校の先生としての勤務であれば今度は学校の教職員の労働条件という話になってまいりますし、それが超過勤務であるかという話になるわけです。したがって、社会体育について仕事をするというのは、それはまさにPTAに対して先生が仕事をするのと同じであって、それは学校教職員としての勤務ではなくしてボランティア活動というふうに考えていき、それに対してある程度手当を払うか払わないかというのは、これは市町村の判断であろうかと思います。
○石田分科員 なお私は納得できない面もありますけれども、そればかりやっておるわけにいきませんし、時間もありませんから先へ進みます。 この学校施設の問題、今までの建設状態を考えてみますと、体育館あるいは講堂、そういったものはやはり必要最小限度の要求が出てきてやっておるわけでございますけれども、大体そういった体育館なり講堂なり、あるいは兼用のものもありましょうけれども、そういったものは整備をされてきた。しかし、そういった意味でも、量の時代ではなくて質的転換をしなければならない時代に入っておるんじゃないかと私は思うわけですね。 例えば、学校の施設が開放される、地域では非常に使いやすい、いわゆるコミュニティーセンターみたいな性格をだんだん帯びてくるわけでございますから、実際に私ども政治活動をしていく上において学校の施設等をお借りする場合がございますね、選挙などはそういったことが多いわけですけれども、非常に施設が悪い。まず、冬になりますと、もちろん暖房はないわけでございますので、そういった面で非常に難渋いたしておる。あるいはまた、立会演説会なんかは、今まであったところはかなり設備のいい学校を利用しておったようでございますけれども、その他の一般の個人演説会等においては、実際にマイクを入れてみても隅々まで聞こえない。五百人も入れば全然後ろの方は聞こえないというような状態が非常に多いのですね。そういった点、あるいはまた運動場の施設にいたしましても、まあせいぜいソフトボールぐらいしかできないというような問題もありますね。 そういった意味で、そろそろ質的な整備をされる。それには最初、政府としてまとめられたところの地域のスポーツ、文化、芸術の振興をしようという方針が打ち出されておるわけですから、そういった面の整備の仕方、新しい見方といいますか、そういうものが必要な時代に入ったと思いますが、いかがですか。
○阿部政府委員 校舎等の施設の整備の面から見た学校施設の開放問題でございますけれども、文部省といたしましては、例えば屋内体育館につきましては、最近では補助採択をするに当たりまして、地域住民への開放ということを前提に考えているかどうか、その辺の計画等を聞いた上でそういうものを優先的に採択をするというような方途も講じておるわけでございますし、また具体に、その他例えば図書室でございますとか特別教室でございますとか、そういうたぐいのものにつきましても、全体の教室からある程度区画をしておくというような形で一般の利用に供することがやりやすいようにというような指導等も行っております。さらには、社会教育、社会体育のいろいろな施設と学校との位置関係ということを十分考えて、相互のタイアップが可能なようにというような面での指導等も行ってきておるわけでございます。 特に、最近新しくやっております仕組みといたしましては、昭和五十七年度から行っておるものでございますが、屋内運動場の建築に当たりまして、シャワー室でございますとかミーティングルーム等のクラブハウスをつくる、これは住民対策ということがむしろ大きな意味を持っているものでございますけれども、そういうものにつきましても新たに国庫補助の対象とするというような方途も講じておるわけでございまして、今後ともいろいろ御指摘の点などもあわせ考えながら研究を進めていきたいと思います。
○石田分科員 大臣、もう時間も来たようでございますので、多くをお尋ねすることはやめにいたしますが、実際、私は名古屋なんですけれども、いわゆる二百万都市ですね。そういうような都市、あるいはまた人口の比較的多い三十万以上の都市、こういった都市では、例えば民謡の会であるとか詩吟の会であるとかそういった人たち、非常に活発にやっていらっしゃるのですけれども、一般の公会堂等を使いますとかなり経費が高いので難渋をしていらっしゃる。しかし、それとても施設が足らないということで大変嘆いていらっしゃる方々が多いわけですね。それから、例えば野球ですか、いわゆる草野球と言われる人たちの苦情を聞いておりますと、そういった施設が全く足らなくて、その争奪戦に大わらわであるというような状況があるわけでございまして、私は学校教育の立場を考えてみても、やはりそういった施設をその地域の人たちに利用させるということはそれなりに青少年との交流も出てくるであろうし、また、特にそういう大都市にとっては、新しい施設をつくる場合の一番のネックは地価が高騰しているという問題なんですね。そう簡単にどんどん住民の要望に応じてそういった研修センターみたいなものをつくるというわけにもいかないということを考えますれば、もうそろそろそこら辺のところを加味した、いわゆる地域振興的な立場に立った、もちろんこれは学校教育を阻害したのではアブハチ取らずになってしまうわけでございますけれども、そういった問題を踏まえながらもなおかつ工夫はできるのじゃないか。今までの学校施設というのは、あくまでもそこに所属する児童の教育的な立場を推進するためだけに考えられてきたと言っても過言ではないと思いますし、そこら辺の問題はひとつそろそろ新しい方針を出してもいいのではないかと思って今伺っているわけでございまして、大臣の所信あるいは御決意をお伺いしまして、終わりにしたいと思います。
○森国務大臣 私もかねてから、できるだけ社会体育は振興できますように、党におりましていろいろな方途を進めてきた一人でございます。今御議論がございました学校施設の開放もやはりこれの一環で、かなり進んできたところでございますが、いろいろ部活動の制約はございますけれども、さらになお文部省としても、国立大学については直接でございますが、高等学校等につきましては教育委員会を通じまして、できるだけ開放するような努力をしていかなければならぬと思っております。 ただ、やはり限度がございますので、地域によってはかなり進んでおるようでございますが、例えば河川敷を利用してソフトボールや野球ができるように整備をするとか、あるいは遊休で会社が持っておりますような土地を何とか有効に活用できる方法はないだろうか、あるいはそういう土地を一時的に貸してもらうような方法はないだろうか、さらにこれは、直接国有林野などではスポーツはできませんけれども、別な意味でのスポーツも、球技ではなくてもできるわけでございますし、そういうような土地を利用するとか、いろいろな方途を探ってみなければならぬと思っております。 いずれにいたしましても、先ほど冒頭に先生から、最初の方で何も進捗してないじゃないかというような御指摘もございました。確かに関係各省に及ぶことでもございますが、やはりスポーツを振興すること、特に今のように、自助努力といいますかみずからスポーツをやろう、そういう国民的な意識が非常に盛り上がっているときでございますから、その盛り上がった空気をできるだけ助長するように、スポーツの直接の衝に当たります文部省としましても十二分にその対応を進めていくように努力をし、またそういう方向で都道府県に対しても指導していきたい、このように考えております。
○石田分科員 終わります。
○奥田(幹)主査代理 これにて石田幸四郎君の質疑は終了いたしました。 次に、小林進君。
○小林(進)分科員 きょうは、大臣、いろいろの約束がありますから内容には触れません。触れませんが、大臣も深く関係しておられます例の講道館・全柔連対学柔連の紛争の問題。 これは、前の参議院議長の安井さん等も入られて調停委員会が結成せられ、調停作業をお進めになっている。これはまあいいと思いますから私も静かに見守りまして、その成果を見るまでは私も口にチャックをはめている、こういうことになっていますから内容には触れませんが、大臣はこの問題の調停の見通しについてどういうふうに所見をお持ちになっているか、それを二言お伺いしておきたいと思います。
○森国務大臣 柔道は、もう既にオリンピックの種目になりまして、国際的に大変人気を博しているスポーツであります。それがまた日本からスタートしたということに対して、私は大変意義があると思っております。しかし一方、柔道は日本古来の武道でありまして、講道館を発祥といいましょうか、そこを中心に育ち、盛り上がってきたものであるということでもございます。そういう歴史的なことと、今日的な、世界的なスポーツの種目になったということにいろいろと制度上、組織上といいましょうか、すき間といいましょうかいろいろなきしみが出てきた、こういう表現がいいかどうかわかりませんが、そういう感じがしております。 いろいろな問題がありましたことは小林先生十分御承知でありまして、また大変心を痛めて、その間の解決のために今日まで大変な御努力をいただいておりましたことを、私自身は大臣を離れまして、学生柔道連盟の北信越の会長をいたしておりますだけに、今日も小林先生に御指導いただいておるということを大変感謝を。いたしております。 しかし、お互いに言いっ放しの非常に冷たい関係にあったようでございますけれども、柔道を愛するという気持ちはそれぞれ双方とも大変尊重しておるようでございまして、体協も、加盟団体であるというその責任性を持てと私は強く言っておるわけでありますが、幸い体協が中心になりまして、双方にいろいろな解決の方策を見出しているようでございます。 この機会に、うまくまとまらないようなら本当にいろいろの問題をきちっとしなければならぬことになりますが、講道館、全日本柔道連盟あるいは学生柔道連盟双方が柔道というものを大事にするということ、また国際的なスポーツの種目になったということ、この二つの大きな柱を中心に十分当事者同士で解決をしてほしい。その解決が進まないならば、体協なり、あるいはまた助言というか指導という立場で文部省の体育局もできるだけ補佐をしながら、何とか一日も早く柔道をする人たちに喜びを持って迎えられるようにしていきたい。私は必ずその方向に進むだろう、こういうように信じて疑わないところでございます。なお十分慎重に見守っていきたいと思っております。
○小林(進)分科員 大臣がおっしゃるとおりでございまして、これは期間が迫っている問題ですから、時間をかけてゆっくり解決するという問題じゃないものでありますから、その点、今私も大変心配をしているわけです。その意味においては、大臣は当事者としても一番事情をお知りになっている。だから、今の文部大臣のときにこれをすぱっと解決してもらわないと、これは紛争に紛争を重ねて大変なことになるぞという心配があるわけであります。しかし幸い大臣もこの将来の見通しについてある程度明るい展望をお持ちのようでございますから、なおさら私もこの問題にこれ以上触れることを避けますけれども、干渉するということは大臣の立場では許されませんけれども、外部からそれとなしに好意的な示唆を与えたり援助を与えたり知恵をかしたりして、早く立派な試合ができるように御奮闘を賜ることをお願いいたしておきまして、これはこれでやめたいと思います。 次に、いろいろあるのですけれども、三十分だから、大きな声出しているうちに問題が終わってしまうので何ですが、私も実は私立大学の経営にいささか関係をしていたりいたしておるものですから、ずぶの素人ではないと自分では自負をいたしております。特に学校経営の中で大学ほど格差があるものはない。実に格差があるね。これを一体このまま放任しておいてよいのか。看板は皆大学ですけれども、中は千差万別です。 その中で、私が特に一番感ずるのは大学の教授だ。大学の格差の中心は、私は大学の教授の格差、優劣にあるのではないかという感じを受けるわけであります。 これは今の私の思いつきではない。大学の教授というのは、初めは助手になり、講師になり、助教授になり、教授になるまでは、なるほど彼らは真剣に勉学もする、論文も書く、研究も旺盛にやるが、教授になってしまうと、これは全部じゃありませんよ、ありませんが、終身雇用なものでありますから、途端にどうも勉強をしようという意欲を失ってしまって、おかしなところに興味を持ったりしてしまう。講義なんかも、聞いていると十年一日だ。古い自分のノートをひっくり返して、去年もおととしもその前も同じような講義を繰り返している。そうすると、学生は敏感ですから、そんな熱のない、興味のない、新味のない講義なんて聞かぬでもよろしいといって聞かない。聞かないなら聞かないのを幸いにして、教授は与えられた時間だけオウムのようにしゃべって、あとはやめてしまう。これが私は、大学の教育というものを無味乾燥にしたり進歩をおくらせておる大きな原因の一つじゃないかと思うのであります。 〔奥田(幹)主査代理退席、主査着席〕 そこで、日本以外の自由主義国家の教授の任命だとか採用の仕方なんかをいささか研究してみたりしているのでございますが、日本においても、国公立を問わず私学一般を皆含めて私は言うのですが、教授の採用方法というか、これに画期的な改革を行う必要があるのではないか。例えて言えば、五年ごとに何らかの方法で、教授の検定というのはおかしいけれども、教授としてテストみたいなことをひとつ行ってみる。あるいは五年なら五年、十年は長過ぎるが、その中で教授は学術論文を——一体いつ発表したかしれぬ、ひどいのは十年も二十年も論文一つ書かないなんという教授がたくさんいるわけですから、そういうことでひとつ資格を見るとか、何かそういうチェックの機関を設ける必要があるのではないか。この点についてひとつ答えていただきたいと思います。
○宮地政府委員 大学の教官の大事につきまして、閉鎖性を廃しまして、いわば生き生きとした教育研究活動を展開するような仕組みの一つとして、あるいは任期制の問題でございますとか業績を審査するというようなことなどについて先生から御指摘があったわけでございます。 確かに、我が国の社会全体、大変終身雇用の意識が強いわけでございまして、職場間の流動性が高くないという実態、あるいは公務員の身分保障の問題その他、またそれが教官の人事のあり方という大学の自治の問題にもかかわる問題でもございますので慎重な対応が必要なわけでございますが、まずは大学自らがそのことを十分認識していただきまして、いわば学内の自主的な規律の問題として先生御指摘のような趣旨で取り扱われることが望ましいと考えるわけでございます。 具体的な点で二、三御説明させていただきますと、教官の業績審査の実例で申し上げますと、例えば助手につきましては、それぞれ内規とか申し合わせ等で、あるいは二年ないし七年ぐらいで任期を切って、その間の業績を見て昇任させるというようなことを、例えば北大でございますとか東北大学、東大、名古屋大学、九州大学等で行っているということはあるわけでございます。 それからもう一つ、先生御指摘の点で、教官が順次上がっていくときには割に研究しておるけれども、教授になったらちっともその点自己規制といいますか自己規律の点が行われていないのではないかという御指摘でございます。 具体的な例でちょっと御説明さしていただきますと、東京大学の場合でございますが、東京大学の場合には、教官の自己規律の一環といたしまして、各部局の教授の業績評価の実施方法を評議会で報告して決めております。例えば法学部の場合で申し上げますと、法学部で教授に就任しました後、十年ないし十五年の時点で業績報告書を教授会に提出をして、それを「研究・教育年報」に公表するというような仕組みをとっている例は具体的にあるわけでございます。 そういうことで、教授になってから自分の十年なり十二年の間の業績を自己申告するような形でお互いに評価し合うということは、そういう一部の大学では行われているわけでございますが、先生御指摘のような点がさらに各大学においても広く行われることは、大学の教育を活性化するためにも必要ではないかと思います。 なお、既に御審議をいただいて、六十年四月から学生を受け入れることにいたしております放送大学でございますけれども、放送大学の場合には、まさに電波を通じまして、放送大学の受講生のみならず一般の方々も視聴するところになるわけでございまして、放送大学の場合には、そういう意味ではまさに放送大学の教育の中身そのものが一般に開かれた形になっているわけでございます。 したがって、その放送大学はただいま六十年四月の学生受け入れということで鋭意その改革に向かって取り組んでいただいているところでございますが、そのことは私ども大変画期的なことであろうかと思います。そしてそういうことがほかの既存の一般大学の改革のための一つのチャンスになるというぐあいにも考えているわけでございまして、放送大学というような新しい仕組みで教育の中身そのものが常に一般の方々の目に触れ、その批判に耐えるような中身にして、十年一日のごとき講義でないような形で行われなければならないことは当然でございます。そのことがほかの既存の大学に対する刺激にもなりまして、大学の改革がそういう形で進んでいくことを私どもとしては期待をしているところでございます。
○小林(進)分科員 放送大学の問題がいみじくも出ました。後で聞こうと思っておったらちょうど出ましたが、実は私が逓信委員長をやっているときに、私は非常に反対した。教育の国家統制につながるのじゃないかといって心配したんだ。あなたは大変に高く評価して、これが教授の資格向上のためには一番いい方法のようなことをおっしゃったが、こんなことで議論していると長引きますから別として、今私が質問した教授の質を高める意味において何か方法はないか。今それに対してあなたが、大学の自治を侵害するおそれがある、実に私はこれを言われる前から心配した。質は高めなければならぬが、行政がこれに介入すると、やはり教育に干渉することになる。 これは私は苦い経験を持っているのです。僕は私立大学の法学部の学生だ。そのときに、京都大学に滝川幸辰という先生がおられた。その先生を私の大学へ連れてきて講演をやらした。その先生は、反乱罪、内乱罪なんというのは刑法の範疇に入れるべきではない、これが一つだ。それから、やはり姦通罪なんというものは、これは夫婦の間の私的行事なんだから、そんなことは法律で罰すべきではない、社会的非難、夫婦のあれに任せておけばいいのであって、法律の範疇から外せということを講演されたのです。実に立派な講演だと思ったのです。そのときみんな、講師なんかが聞いていた。 第一の内乱罪、勝ては官軍負ければ賊軍だ。勝った方が、それは戦争だって同じだよ。アメリカは勝ったから負けた日本を軍事裁判にかけたと同じで、これは刑法の範疇じゃないと、当たり前のことを言われた。これを非常に不敬だといって滝川さんを、当時の文部大臣が鳩山さんでしたよ、鳩山文部大臣が——森さん、そんなことをやってはいけませんよ。京都大学の滝川さんをこの内容がいかぬといって首にしたのです。あのときには東京大学——あなたも東京大学だ、官療養成大学だ。京都大学の先生方は、文科の系統はみんなしょんぼりしてしまったけれども、さすがにやはり反逆精神の旺盛な京都大学は、末川教授を初め、大学の自治に関する干渉だ、学問に対する不当な行政の干渉だと言って、ぱっとみんな辞表を出したりしてやめていかれて、大きな大学騒動を起こした。 私はそのとき学生でした。本郷の仏教会館で全国の学生集会を持ちました。七月一日です。この不当なる文部大臣に辞職勧告をすべきだということで、教育の自由を守れと私はそのとき辞職勧告決議文を読んでいたら、後ろから警官が四百名もずっと囲んでおって、そこで私は両手を押さえられて決議文を途中でやめさせられて、そして本富士署へ連れていかれましてね。それで暑いさなか、本富士署の中で死ぬか生きるかの拷問を受けながら、本富士署の留置場で配所の月を眺めたという苦い経験があります。 だから私は、大学に対する行政の干渉というものは、これは今でもやるべきではない、ないとは言いながら、しかし一面、どうもそれに便乗して、終身雇用で満足に教育もしないような教授を放任していくということは、これは私は許されることじゃないと思うんですね。一番良心的であり、一番進歩的でなければならぬ学問の世界で一皆さん方役人の世界だって、役人は競争をして、あなたも局長になったときには何人かの競争相手を、課長がその中で追い抜いてここまで来た。だから常時不変に役人の世界でも競争はあるんですよ。まして我々国会議員なんというものは、平均二年くらいでいわゆる国民の審判を受けて、当落の生きるか死ぬかの苦労をしながらまたはい上がってくる。こういう一つの関所関所を通ってくるわけだけれども、教授の世界だけは、本人の良心がそこへ向かなければ何の干渉も受けない。これは大変なぬるま湯に入っているような状態、それから受ける学生の被害、損害というものは莫大だ。 東大の教授の十年とか十二年に自己規制といいますか、これも出さなくたっていいんですよ。法学部で自己規制をお出しになるというけれども、おれは嫌だと言って出さなければ出さないで、それはちゃんと済む問題でしょう。それにペナルティーがあるわけでもなければ、あるいは社会的非難を受けてその学校にいられないというようなそういう環境ができるわけじゃないんでしょう。ですから、そこら辺はひとつ皆さん方が慎重にこの問題を取り扱って、不当な干渉をしないような中でも良心的な示唆を与えながらこれをひとつ改革していくような方策はないのかどうか。時間ばかり来てしまうから困るのですが、私はそれをひとつ本当に聞いておきたい。私はやってもらいたいんですよ。
○森国務大臣 小林先生が大変とうとい経験の中から極めてこの問題を勇敢にお述べになったということに対して、私も大変敬意を表したいと思います。 おっしゃったとおり、やはり学問というのは連続性のものもあるでしょうし、教育を一生懸命進めながら、その学術文献あるいはその成果、それをまた後世へ残していく、それが一つの高等教育の一番大事な役割だと思っております。だからといって、その中でいつまでも安住の地のようにしておくということは、これはやはり実にいけないことだと私どもも感じております。 しかし、大学教育のみならず、学校すべてそうでありますが、まじめにやっている人たちもおられる。また、その安住の中でいつまでもそれをむさぼっている人たちもいる。なかなか一概に同じように考えてはいけないだろうと思っております。先ほど冒頭に大学の格差というお話がありましたが、たしか東京都の高等学校にもいろいろな格差が都立にあって、日比谷高校すべてではないというようなことから学校群制度をしいた。そのことが原因だったとあえて言えるかどうかはまだわかりませんけれども、今の東京都の都立の高校が何となく人気を得ないというのも、あのときのあの学校群制度がそうであったのではないかというふうに指摘する人があるわけでありまして、そういう意味から言うと、大学が、東大、京大が同じ国立大学の中で優位を持って進めていくことが必ずしも全くけしからぬとも言い得ない面もあると私は思いますが、そういう面で、この間、小林先生もお聞きだったと思いますが、東大あたりはむしろ大学院大学にしたらどうか、むしろそれはそれなりに認めて、もっと高度な教育、学問を進めていく大学にしたらどうかという御意見も確かに予算委員会の中であり、総理も、大変傾聴に値する意見だというふうにお答えになっておられると思います。 そういう意味で私は、高等教育全体は、今までの予算委員会の質疑でも若干申し上げてまいりましたけれども、これからの日本の教育の中のやはり一番大事なポイントだろう。そういう意味で、高等教育全体を、私が今、新しい教育制度を見直す機関にこういうものをかけるというようなことは言うべきことではございませんけれども、やはり日本の教育制度を見直すためには高等教育の問題を離れては議論はできないだろう、私はこう思いますので、先生のそうした議論が、あえてこうした中で勇気を持って公務員法あるいはまた大学の自治という大事な問題を踏まえつつもこれだけのお話をなさった以上は、私は、こういう問題も十分新しい教育機関で検討され得るそういう大題材ではないだろうか、こんなふうに受けとめているわけでございまして、何といいましても行政が介入しないということはもちろん大事なことでありますけれども、大学人がみずから教育を本当に国家国民の将来の日本の大きな百年の計の中で進めていく、そういう中でさらに新しい方向へどんどん進めていく、やはり躍動的なそういう面がなければ、日本の高等教育は発展し得ない、先生のおっしゃるとおりのような形骸化した形になっていくだろう、このように私も感想として持っておるわけでございます。
○小林(進)分科員 大臣のお話の中に、いみじくも日比谷高校の話も出ましてね。あれなんかも本当に名門だが、いろいろそんな関係で今はめでたくもないと言つたらまことに失礼ですけれども、変わってしまった。何かちょっと郷愁の感なきにしもあらずですが、そこらまで、高校教育まで行ってしまうとだんだん私の質問も飛んでいきますから、また大学の問題に戻りますけれども、いずれにしましても、次に私が言いたいのは、官学というか国公立と私学との格差なんだな。 これも私のささやかな経験だけれども、私どもの学生時代には、優秀な教授はおのずからわかりますよ。それは国公立を問わず、やはり我々は授業を受ける場所を与えられた。自分のささやかな経験で悪いけれども、我々の時代は、刑法で言えば牧野英一とか元泉新熊先生など、牧野先生は東大の教授で、元泉先生は大審院の判事でした。憲法で言えば美濃部達吉先生であります。それに筧先生だとか、かしわ手を打ってから講義をする憲法の先生もいた。私は私学にいて、美濃部さんの講義をずっと二年、三年聞く機会を与えられた。いい教授は非常に横の交流があったな。今はもうそれがないんだね。一つの大学に、一つの会社の重役みたいに、一つの学校の中にもう閉じこもっちゃって、そういう実力のある著名なる教授の教えに幅広く横に接するという機会がない。その意味において、これがまただんだん大学の格差を広げてきてしまっていて、こういうことのために、今の大学の教授の資格認定の問題とあわせて横に広く教授の異動、そのためには教授の終身雇用制度というものはやめる。アメリカは皆契約制度ですね。そういうふうに自由に、五年なら五年で実力のない論文も書けないだめなのはすぐに契約を解除してしまって、さらにまたいい教授を補給する、そういう私学の経営ができ上がっている。まだ日本は経営者が弱くて教授が強過ぎて、自由に経営者が教授の首を切るとかあるいは契約を解除するということもなかなかできぬだろうけれども、もう少し自由に横の交流ができるような制度に改めることができないかどうか。私、質問ですけれども実はやってもらいたいことを言っているのですよ。いかがですか。
○森国務大臣 小林先生の御意見は、お世辞じゃなくて本当に傾聴に値する。いや本当なんです。私自身も党におりまして文教政策の仕事をいたしておりまして、このところがこれから日本の教育にとって一番大事なところだと考えております。 したがいまして、先ほども申し上げましたけれども、この終身雇用制度あるいは公務員の身分保証、こういうこともございますだけに大変微妙なことになりますけれども国公私立相互間の交流や、単位なんかの互換制などもかなり柔軟には取り入れておりますけれども、そういう意味ではまだ学生間にも周知徹底もしてないようですし、大学教授自身がそのことを必ずしも好んでないような感じも見受けられます。そういう意味で、高等教育はもう少し柔軟に多様的に、そして今小林さん言われましたように契約制ということがいいかどうかわかりませんけれども、それだけの経費をかけてやる以上は実効の上がる方向というものは私は検討していくべきだろう、こういうふうにも思います。 今私の立場からそのことを文部省が直ちに取り上げてどうこうということは申し上げるわけにはまいりませんけれども、しかし少なくともそういうお考えは日本の教育の中に取り入れていくべきそういう時期がそろそろ来ているのではないか、少なくとも二十一世紀の日本の高等教育はそれぐらいの柔軟なあるいは多様性を持つ高等教育であってほしいな、私自身もそういう願望を持っておりますので、先生の声や国民の声を聞きながら、新しい教育を見直す機関で恐らく十分にそういうことが御論議をいただけるのではないだろうか、そんなことを私は期待しておるわけでございます。
○小林(進)分科員 大臣は教育の専門家ですから、私の言ったことをチェックして、新しくできる調査会なり、審議会になるのか調査会になるのかわかりませんが、恐らく第三者の集まりになると思いますが、そういうときは問題を提起をしていただきたいと思います。そのときになって私の言ったことが空々寂々でさっぱり出てこなかったというようなことのないように、これだけはお願いしておきます。 時間が来ましたから、あとは駆け足です。 国際婦人年が来まして来年には批准をすると言っているんだけれども、文部省で教科書の改訂作業をお進めになっておるようだが、作業はどんなぐあいに進んでおりますか。
○森国務大臣 男女差別の条約の問題ですね。恐らくその御指摘のところは、高等学校等におきます家庭科の必修、それが女性に対して大変負担になっているのではないか、こういうところだと思うのですが、長い教育の中の歴史があることでございますし、恐らく小林先生ならわかっていたたけると思います。確かに女性に家庭科をやれということは一つの負担だろうと思いますが、小林先生なら、女性はやはり針、糸、ぞうきんつくり、それくらいのことはやった方がいいだろうと恐らくお感じになると思います。しかしそのことが女性徒に対して負担になるということであるならば改善をしなければならぬと思いますので、文部省の教科書の中に条約批准を阻害するようなことがあれば、妨げにならないように善処したい、文部省もそういう方向で今取り組んでおります。
○小林(進)分科員 時間が来ましたのでこれ一つで終わりますが、文化庁、今のは男女平等の問題について教育課程の改正問題、家庭科等教科書の問題だが、現実の場所において一体文部省の行政に格差がないかどうか。あなたのところの課長が来たから課長にも言っておいたが、例えばあなた方は国立劇場、これは歌舞伎だ、あるいは下駄ヶ谷には能楽の国立劇場をお持ちになった。そこで専門家を養成している。歌舞伎では専門家養成は男性ばかりでしょう。女性の歌舞伎の俳優は養成していないでしょう。これは男女平等かね。 歌舞伎の世界は確かに男性が女性になって女形と称してやるからそれはそれでいいが、片一方の能楽ですよ。千駄ヶ谷に能楽堂ができて、これも能楽の専門家をお養いになっている。シテとかワキとか帷子とか大鼓とか小鼓、これもこれからいよいよ専門家の養成をおやりになる。これも風の便りで男性だけに限ると聞いている。しかしこれはだめですよと私は言っている。今能楽人口は二十万とか三十万とか五十万とか言われるが、むしろ能楽を楽しんでいる、学んでいる人たちの七割くらいが女性で、男性は三割くらい。ところが専門家を養成するときになると女性を全部排除して男性だけにする。そんなことをやったら文部省自体が男女の差別を拡大する方向へ進んでいく。特に文化庁が一番けしからぬ。 まだそのほかに例は幾つもありますが、時間が来たからやめますけれども、それだけでも一つ答えていただきたい。
○加戸政府委員 先生御指摘ございましたように歌舞伎につきましては男性が男女両方をやるという伝統的な形で行われておるわけでございます。 能楽につきましては、現在プロの能楽師と言われております方が、能楽協会の会員になっておりますけれども、千四百五名のうち百七十七名女性の方がいらっしゃいます。ただ能楽の場合に、どうしても力強い演技が要求される関係上、表に立つ目立つ役というのはどうしても男になる傾向があることは否定できません。 ただ、先生御指摘ございましたように、昨年九月十五日に落成いたしました能楽堂におきましても今度いわゆる三役、ワキ方、囃子方、狂言方の新人の養成を目的とした研修を予定いたしておりますけれども、その場合に女性であるから除外するという考え方は毛頭持っていないわけでございます。ただ、現実に応募され三年間の研修にたえる方が、有資格者として果たして選考の過程で女性の方が出てこられるかどうか結果論であろう、そういうぐあいに考えておるわけでございまして、決して文化庁、女性を軽視しているような姿勢をとっているわけではございませんことを御認識いただければ幸いでございます。
○小林(進)分科員 ちょっと不満ですけれども、時間が来ましたからこれで終わります。どうもありがとうございました。
○石原主査 これにて小林君の質疑は終了いたしました。 次に、佐藤祐弘君。
○佐藤(祐)分科員 ことしはオリンピックの年、スポーツに対する国民の関心が非常に高まる年である。年々国民のスポーツ要求も強くなっております。それで私はスポーツの振興についてお尋ねをいたします。 まず最初は、国立競技場に設置されております秩父宮スポーツ博物館及びスポーツ図書館の問題についてであります。最初に文部省から博物館と図書館がどういう役割を果たしているか、位置づけについて簡単に御説明いただきたい。
○古村政府委員 競技場に設置してありますスポーツ博物館、スポーツ図書館は三十四年に設置されました。この博物館には秩父宮殿下の御使用になった遺品、それから日本古来のスポーツやオリンピック等、内外の競技大会等の資料を収集、保存、展示いたしております。 また、スポーツ図書館におきましては、体育スポーツに関する内外の図書、雑誌等の収集、整理、保存、それから一般に利用させるということをやっております。
○佐藤(祐)分科員 今御説明ありましたが、この博物館と図書館は我が国に一つしかない総合的なもので、非常に貴重なものが集められております。私も先日行ってまいりました。それで、私の気のついた点を申し上げながらお伺いしたいと思います。 まず、博物館についてでありますが、ここには、例えば野球の早慶戦、そのきっかけになりました早稲田から慶応への挑戦状、こういうものが保存されておる。大臣、たしか早稲田だったと思うのです。それからまた、織田幹雄さんが初めて獲得されたオリンピックの日本初の金メダル、そういった大変貴重な、いわば明治以来の日本のスポーツの発展を跡づけるような資料が保存されておるわけであります。約二万点と聞きました。案内には三万点とあるのですが、職員の方は二万点と言っている。そして実際に展示されていますのは、会場の狭さもありまして千五百点であります。 私が心配してきょう質問したいと思いますのは、その保管の問題であります。あの博物館には空調の設備がないんですね。これは本当に驚きです。それから金メダルとか運動用具、それから歴史的な写真、そういうものを陳列する棚があるわけですが、この棚ががたがたなんです。ガラスと桟の間にすき間が随所にあいています。多いところは二センチもあいているんですね。こういうことではかけがえのない資料あるいはメダルが変色するかもしれない、そういうことを心配するわけです。 あわせて図書館の方ですが、ここも大変貴重な図書がいろいろございます。明治三十三年に発行されました「内外遊戯全書」、これは種目別に全十五冊あるのですが、そのうちの「陸上競技」は秩父宮図書館にしかないのです。国会図書館にもないのです。それからまた、日本スポーツに非常に貢献したことで有名なストレンジさんという方がいらっしゃる、東大の運動会をつくられた、この方の書かれた英文の「アウトドアゲーム」、これも国会図書館にはありません。そういう貴重な専門書がいろいろあるわけです。ところが、こちらの方も人手不足の問題がありまして、私が行きましたときも、例えばボクシングの石川輝さんという方、スポーツ研究家の広瀬謙三さんという方から資料が寄贈されているわけですね。それが段ボールに積まれて入ったままなんですよ。五つも六つも書庫にそのままになっているわけであります。 どうしてそういうことになっているかといいますと、結局、人手が足りない。司書の方を含めて、職員は二人しかいない。貸し出しとかの業務がありますし、とてもそこに手が回らないということで、せっかくの資料が埋もれたままになっている。これは本当に残念だと私は思うのですね。日本の体育の歴史、スポーツの発展、そういうものをあらわす非常に文化的な遺産でありますし、それだけでなくて、今後のスポーツの発展にとって非常に貴重な教材になるものだと思うのです。それがそういう状態に置かれている。せっかくのそういうものを生かすようにすべきだと思うわけですが、文部省としてはどう考えておられるのか、それをまずお聞きしたい。
○古村政府委員 今具体的に資料あるいは図書の保管の問題について先生から御指摘がございました。国立競技場は特殊法人でございまして、そっちでの管理というのは遺憾なきを期してやっているというふうに私は思っておりますが、なお十分競技場と相談をいたしたいというふうに思っております。
○佐藤(祐)分科員 これは大臣もぜひ行って、見ていただきたいと思うのですね。行きますと、本当にそういう思いがします。私もスポーツ好きですから、残念な気持ちですね。 それと、政府は今度の国会で、この博物館、図書館の事業を行っている特殊法人の国立競技場、これを解散しまして、学校給食などを扱っているところと一緒に日本体育・学校健康センターですか、これを設置して、そこに統合するという案を出されておられるわけですね。統合そのものに対する意見は別にしまして、関連して一点お聞きしたいことがございます。 それは新しく設立される予定の特殊法人、ここが行う業務についてであるわけですが、法案の二十条でこうなっております。「その設置する体育施設及び附属施設を運営し、並びにこれらの施設を利用して体育の振興のため必要な業務を行うこと。」となっているわけであります。以前の国立競技場法、ここには、二番目に「体育に関する内外の資料を収集し、整理し、保存し、及び一般の利用に供すること。」というのがございました。それが今回の法案では抜けておるわけでございます。もうその資料の収集、保存、そういうことはやらないのかどうか、それとも組織が変わってもそういうことは従来どおりやるのだということかどうか、その点をお尋ねしたい。
○古村政府委員 現在の国会に提案いたしております日本体育・学校健康センター法案でございますが、これは御指摘のとおり、国立競技場とそれから日本学校健康会を統合するということで、業務はそのまま引き継ぐということであります。 なお、条文について申し上げますと、先ほど御指摘の現行の国立競技場法の十八条の二号の規定は新しい法案の第二十条の四号にいきまして、この趣旨が業務として入っておるというふうに考えております。
○佐藤(祐)分科員 今の答弁で、資料の収集、保存などは引き続きやるということはわかりました。消極的、形式的にならずにぜひやっていただきたいということを要望いたしておきます。 このことに関連しまして、大臣、御存じないかもわかりませんが、昨年の十月、日本体操協会の近藤天さん、それからその他、竹田恒徳さんだとか川本信正さん、木下秀明さんなど、スポーツ関係の著名な方が連名でスポーツ振興国会議員連盟の櫻内会長に陳情書を出しておられます。非常に心配されておられるわけです。組織がえで粗末に扱われるのじゃないか。そうじゃなくて、万全を期していただきたいということですね。この点もよくお考えをいただきたいと思います。 それからもう一つ、関連した問題があります。それは博物館と図書館を含む運営委員会というのが当初ありました。制度としてあったわけです。織田幹雄さんなどが入っておられて、活動してこられた。ところが、昭和四十九年から委員会が開かれなくなった。現在、事実上の廃止状態になっておる。業務が順調にやられておるならいいわけですが、私の調べた限りでも、先ほど言いましたこともありますし、それ以外にもいろいろ問題がございます。であるならば、運営委員会を再開して対策を考えるべきだというふうに私は考えるわけですが、文部省としてこの点とういうふうに御指導されるおつもりですか、この点をお聞きしたい。
○古村政府委員 競技場が持っております施設、今御指摘のスポーツ博物館あるいはアイススケート場、子供水泳場、戸田艇庫、ラグビー場、それぞれ施設を持ったときにはそういうところに運営委員会を当初置いたわけでございますが、その発足のときにはいろいろな問題がありますから、いろいろなことを学識経験者なり利用者側の声を聞いてやっていくということでありましたが、それぞれの委員会がある程度年限がたちますと、大体運営のやり方というのは競技場側としてもわかってきたということから、目的を達成したということで一応休止しているわけでございます。したがって、何か問題があればこれについて運営委員会を開いて、運営委員会に相談をするということに相なるわけでございまして、いまの博物館の資料等についての御指摘の点は、資料がどういうふうになっているのか、あるいは今後どういうふうにやっていくかということについては国立競技場と十分相談をいたしたい、こういうように考えております。
○佐藤(祐)分科員 今まさに問題があるわけでありまして、ぜひ再開をしていただきたい。 しかも、委員の方にお聞きしますと、開かれなくなったという説明もなかったということで、大変失礼だと思うのですね。任期切れのままほうっちゃっておるということであります。その点の事情などもよくお調べいただいて、ぜひ正常な運営が行われるようにお願いしたいと思います。 この問題の最後に、大臣にお尋ねをしたいと思います。 先日、あの真珠のミキモトの重役をなさっていた菅原真吾さんという方がお亡くなりになった。この方はオリンピックのコレクターとして非常に有名な方であります。私、スポーツ関係の知人に聞いたのですが、あの第二次大戦で幻の大会になった昭和十六年予定の東京大会、あのときに記念切手が出ていたのですね。大会は幻になりましたが、記念切手、そういうものもこの方は保存しておられるのですね。非常に貴重なものをいろいろ持っておられるわけです。関係者の間で菅原さんのせっかくのそういうものがどうなるのだろうかという話が行われたそうです。その際に、こういうことが出たというのですね、秩父宮スポーツ博物館がもっときちんとしたところであれば、そこに展示さしていただきたいというふうにお願いもできるのだが、今の博物館ではどうにもそういうことが言えない。非常に寂しいことじゃないかと思うのですね、大臣。せっかくの資料が集中もされない、あるいは散逸してしまうかもしれない、そういう状態なんです。 それから、さっきちょっと言い落としたのですが、博物館には国体のコーナーというのがあるのです。昭和二十一年の第一回国体以来のパンフレットとかその他陳列されています。第二回のだけがないのですよ。第二回というのは、大臣の地元の石川で開かれた大会です。これも本当に探せばどなたか必ず持っておられると私は思うのですね。それも結局予算がない、人手がないということなんです。一体年間予算幾らぐらいだというふうに見当されますか。僕は本当にびっくりしたのですよ。博物館の資料収集費が五十八年度の予算で三十万円ですね。それから、図書館の図書購入費が百五十万円足らず、百三十七万円とか言っておられました。これは一年間なんです。個人でも一年間に今本は何万円か買うような時代なんです。博物館の資料の収集、一年間三十万円で何ができるか。これは、本当に腹が立つぐらいですね。この点は大臣もぜひ一度行っていただいて実情をよく調べていただくということをお願いしたい。ここを含めまして大臣の所見をお伺いして、次の問題に進みたいと思います。
○森国務大臣 私も、実はラグビーをやっておりましたので、秩父宮ラグビー場を含めまして、国立競技場は非常に大事な、日本にとってすばらしい施設だ、こう思っております。たびたび向うへ行くのですが、大変恥ずかしい話でして、ラグビー場のクラブハウスまではよく出かけるのですが、そちらの方を見ていなかったことを今恥じ入っております。さすが佐藤さん、ジャーナリストの御出身といいますが、また現在もそういう方向をやっていらっしゃいますから、よく御自分で多かれて大変貴重な御意見をいただいたということで、文部省としてもこの問題を大事に受けとめていかなければならぬと思っております。今スポーツ博物館というのは国にはございませんので、しのところだけをむしろ大事に整備することであろう、こう思っておりますが、何といいましても、これだけ日本じゅうがスポーツ、しかも自分たちが進んでやるという全くスポーツ全盛時代、こういうふうに私は申し上げて、喜ばしいことだと思っておりますから、今日までのそうしたスポーツを通じての体験や記録やあるいはいろいろな資料をやはりきちっと残しておくということは、日本の国にとってもスポーツ関係者にとっても大変大事なことだと思っております。ただ、財政的にこういう事態でございますから、すべて国がやることがいいかどうか。できる限りは国としてもそういう方向で、今御指摘があったように三十万あるいは百五十万の図書購入というのは確かに恥ずかしい感じはいたしますが、でき得れば文部省としてもこの問題を一遍検討してみまして、また、国ですべてやるということだけではなくても、もっと民間のそうしたスポーツ関係の力もかりることもできるのではないだろうか。そういう意味で、せっかくの国立競技場の中にございますスポーツ博物館ですから、まさにスポーツの殿堂、宝庫にできるように最善の努力をするように事務当局にも命じていきたい。私自身も大変関心を持っておる問題でございますので、これからも積極的にこの問題に取り組んでみたい、こう思っております。
○佐藤(祐)分科員 どうぞよろしくお願いします。 それと、今大臣のお話に出てきました、皆がスポーツを楽しむ、国民スポーツの問題です。オリンピックが花だとしますと、その基礎を支えるといいますか、その問題で次はお尋ねをしたいと思います。 昭和四十七年の保健体育審議会の答申「体育・スポーツの普及振興に関する基本方策について」、これが今のスポーツ振興施策の基本だと聞いております。その答申では、国民のスポーツ要求にこたえるために、運動広場、コート、体育館、柔剣道場、プールの五つについて整備基準を設けております。今この整備がどこまで進んでいるのか、それぞれ数字でお答えをいただきたい。
○古村政府委員 申し上げますと、まず運動場、運動広場でございますが、充足率といたしまして八一・九%、コートでございますが三五・一%、体育館三七・八%、柔剣道場四三・九%、プール三五・六%、締めて全体で見ますと四〇・八%というふうに充足率はなっております。
○佐藤(祐)分科員 非常に達成率が低いといいますか、四割ですね、そういう状態ということはわかりました。そうしますと、昨年三月に出ました臨調答申の中では、施設の整備が全国的に相当進んでいる、そういう現状認識で展開をされておりました。これはどうも事実と違うようだと指摘せざるを得ないわけです。実際にスポーツの愛好家にとりましては施設が少ないというのが今非常に切実な悩みなんですね。私もそういう状況を正確にといいますか、リアルにつかむために、体協関係の方とか地元の足立、葛飾、江戸川、ここのスポーツ団体の幹部の方に意見をお聞きしたり。アンケートをお願いしたりしてまいりました、いろいろ切実な声がありましてね、全部紹介したいくらいなんです。ただ、それはなりませんので、ここに一部を持ってきたわけです。 例えば、足立区バレーボール連盟。いろいろな項目があるのですが、現状は、スポーツ団体が著しく増加している反面、区の施設が少な過ぎる、小学校ではある程度開放しているわけだが、区立の中学校ももっと開放してほしい、練習する場所さえなくて困っているチームが多くある、こういうことですね。また、葛飾区の軟式庭球連盟。ここでは、大会とか講習会は区の施設を利用しているのですが、希望どおりに借りられず事業計画すら満足に立てられないのが現状です。それからこれは江戸川区のローラースケート連盟で、この場合は区内に一切ないというわけです。ですから後楽園を使っているような状態です。それから、綾瀬の剣友会。足立区の体協の副会長もされている方ですが、生涯スポーツを奨励する以上、スポーツ施設をもっとふやしていただきたい、同時に使用料を最低にとどめていただきたい、こういうことも要望が出ております。その他、いろいろ切実な要望があるわけです。公共の施設が少ないために抽せんが行われているというのは大臣も御存じだと思います。特に土曜、日曜は大変ですね。私も神宮で時々するのですが、抽せん、何倍、何十倍なんです。しかもその抽せんが休みじゃなくて平日に行われているのですよ。そのために会社を休んで抽せんに行くということをやっておるわけですね。そして、行ってうまく当たればいいのです。当たらないとスケジュールも立たない、そういう状態があります。こういう要求に本当に真剣に文部省としてこたえていただきたい、私はそう思うわけです。 先ほど達成率四割とおっしゃられた。では、この設備をつくっていくために、例えば年次計画のようなものはお持ちなのかどうか、そしてまた答申の基準、あれは一体いつになったら達成されるのか、その点をお聞きしたい。
○古村政府委員 この答申の考え方は、中高等学校の生徒は一週間に二回運動施設を使う、そして普通の市民は一週間に一回使うということで全体の数をはじいたわけです。それを全部公共施設で補うというつもりではございません。民間施設も全部入れて、営利団体といいますか、いわゆる営利会社のやっておりますスイミングクラブのようなものも全部ひっくるめての数でございます。したがって、これを年次的にどういうふうにやっていくかということを計画を立てることは非常に困難な実態でございます。我々としては今までも体育施設について大変力を入れてまいりました。相対的な比率で言いますと、昭和五十五年の公共スポーツ施設が約三万施設ございます。これを十年前と比較いたしますと約一万ちょっとであるということで、十年間で公共施設の数が三倍弱に膨れ上がったということはございます。そういう点で体育施設をつくることについては私たちも努力してまいりましたが、なおまた足りないという御指摘のとおりでございます。したがって、学校施設を積極的に開放していくという政策を進めているところでございます。そういったことによりまして住民の御要望を何とか満足さしていきたいというように思っております。
○佐藤(祐)分科員 学校施設の開放は結構だと思います。同時に、やはり肝心なのは公共施設だと思いますので、私は年次計画が立たないはずはないというふうに思うのですね、民間の問題がありましてもそのくらいの調査力は当然おありでしょうし。ですから、ぜひ年次計画で進めるのがいいのじゃないか。 話は飛びますが、自民党政府の方は、例えば自衛隊の装備、軍事力の増強などという問題では、五六中業とか今また五九中業が始まっておりますが、そういう計画を立てて計画的に備えていくということをやっておられるわけですね。国民のためのスポーツ施設もそういう年次計画が立たぬわけはないと思うのです。ぜひともそういう姿勢に立っていただきたいというふうに要望したいと思います。 それから、この施設をつくる問題と同時に、運営の問題も非常に大事だと思います。その点で、ここ数年、自治体の施設の公社委託といいますか、大分進んでおります。そこで問題が起きているわけです。例えば江戸川区の剣道連盟ですね。このアンケートでは公社になってから体育館に意見を出しても責任ある回答が得られなくなったということをおっしゃっています。それからまた葛飾区では、水泳のチームがかなりたくさんある。勤労者の方が多い。これまで土曜の午前と日曜日の夕方以降使えたのですね。その場を利用して練習してきた。ところが今度公社側に移行することのようですが、それと同時に月水金にしてくれというふうに言われた。月水金ですと十分にできないわけですね。勤労者にとって土日というのは非常に集まりやすいし時間もとりやすい。そういうことを一方的に言われて非常に困っているということを聞きました。スポーツ振興法にも例えばスポーツ振興審議会ですか、そういうものを設置できるとかいうことも書いてあります。その趣旨はみんなが使いやすいようにということだと思うのですね。ですから、関係者の意見をよく聞いて事を進めていただく、そういう姿勢が大事だと思うわけでありますが、文部省としてはどう考えておられるか、その点をお聞きしたい。
○古村政府委員 公共のスポーツ施設は住民に十分利用されるというためにつくられたわけですから、それについて不行き届きのことがあるということは好ましいことではございません。ただ、その運営の仕方が公社であるかあるいは直接であるかということで、それが問題であるということよりも、どれくらい住民にサービスしようかという姿勢、それが問題だろうというふうに思います。したがって、そういった点で十分都道府県に対する指導をしてまいりたいというふうに思います。
○佐藤(祐)分科員 次に、関連しましてですが、スポーツの指導員の問題でお尋ねしたい。 スポーツ振興法では体育指導委員、これはボランティアではなくて非常勤の公務員ということでありますが、これを市区町村に置くことになっております。現状はどうなっておりますか。
○古村政府委員 体育指導委員の総数は、昭和五十八年におきまして全国で五万四千百四十九人が置かれております。
○佐藤(祐)分科員 人口比の目標があったと思いますが。
○古村政府委員 人口比の目標は私、承知いたしておりません。
○佐藤(祐)分科員 どなたか知っておられる方いらっしゃいますか。——時間がありませんから私の方で言います。先日文部省の方に来ていただいてお聞きしましたところ、おおよそ三千人に一人という目標で来ていた、現在は平均すると二千五百人に一人ぐらいになっておって、非常によくいっておるという御説明だった。しかし、その後調べてみたのですが、県別に見ますと非常にアンバランスがある。東京は六千八百七十一人に一人。全国最下位、四十七位です。大都市ほど低いのですね。大阪が四十六位です。あと神奈川とか愛知とか兵庫とかそういう大県がずっと下位に並んでおります。 問題点は後で申し上げますが、実情としては指導委員の不足をボランティアの指導員——指導員とかいろいろな呼び方をしておりますが、そういう人たちが補っているのが現状ですね。むしろボランティアの指導員の献身的な活動によって支えられているというのが実情がと思います。その方たちは、仕事もしながら、休暇をとったりそういうことをしてやっておられるわけです。例えば水泳の場合で言いますと、直接お聞きしたのですが、公認水泳指導資格証というのを取るために、これは二級の資格だそうですが、三年に一度更新料を払って取るのです。それが六千七百円かかるそうです。そういうものを御自分で自腹を切って取って、ボランティア活動をやっている。非常に頭が下がるわけです。 問題、二つ提起したいわけですが、これは大臣にもお伺いしたい。 大都市の指導委員の拡充強化をぜひ進めていただきたい。東京四十七位、大阪四十六位なんということはないようにお願いしたい。 もう一点は、ボランティアの指導員の方の労に報いるということです。実際、このアンケートでは、指導員は全く無報酬、交通費も出なくてというような苦情が切々と訴えられているわけです。今そこまでは申しませんが、特にこの中でも何人かから強い要望が出ておりますのは、非常勤の公務員である指導委員の場合は保険の制度があるのです。ところがボランティアの指導員の方の場合には保険がないのです。特に剣道連盟、合気道とか弓道の方たち、その他もあるわけですが、練習中に事故が起きた場合の保険制度をぜひつくってもらえないかという要望が参っております。この点、指導中の事故については保険制度を含めた何らかの補償を研究していただきたい、そう思うわけであります。 その二点合わせまして、また全般についてでも結構でございますが、最後に大臣の御所見をお伺いして、質問を終わりたいと思います。
○古村政府委員 ボランティアの保険の話でございますが、スポーツ安全協会、財団法人でございますが、これがスポーツで障害が起きたときの保険をするとか、そういった類似の保険が大体四つぐらいはあるはずでございます。したがって、そういった保険に掛金を掛けて入っていただくということで現在、ボランティアの方々、運動、スポーツをする人のスポーツ中の事故については対応しておるのが現状でございます。
○佐藤(祐)分科員 それはある部分については一応そうなっているというだけであって、ほとんどの実際の指導員——実際の指導員というと物すごく数がいるのですよ。その人たちが入れてないのが実情なんです。その点についての要望が出ているわけです。先日、あれは三重でしたか、裁判もありましたですね。あの場合も特定した者にしか出ないのですよ。予定の行事にかかわる者にしか出ないということですね。これは日時の予定も立たない。あしたやるから来てくれとかいろいろな場合があるわけですね。それにボランティアの方が何百人、何千人と動いておられるわけです。その人たちのことをもっと考えていただきたいということです。その点、公的な負担はできないかとかいろいろな要望が具体的には出されておりますが、ともかくボランティアの方の献身的な活動にどう報いるかという立場でお考えいただきたいということであります。
○森国務大臣 ボランティアの皆さんの御苦労は私も大変評価をいたしておりますし、また、ボランティアはあくまでもボランティアでございますから、そういう皆さんのお気持ちをとうといものとして受けとめていかなければなりませんが、今、体育局長が申し上げましたように、安全とか保険の面ではそういう制度の道が開かれているわけでありますから、そのことがもっと徹底し、そして普及できるように文部省としても指導をしていきたいと思っております。 それから、大都市の方の配置がおくれておるということでもございますが、これもやはりそれぞれ都道府県の教育委員会を中心にした考え方、自主的に進めていかなければならないことでありますから、やはり文部省としてはそれを助成していくということでございますので、そうした普及がおくれておりますようなところにつきましては、さらに十分に指導をしていきたい、このように申し上げておきます。
○石原主査 これにて佐藤君の質疑は終了いたしました。 次に、水谷弘君。
○水谷分科員 長時間にわたって大変御苦労さまでございます。 文部大臣は、教育改革に大変熱心に取り組んでおられる総理とともに、二月四日には仙台市内の小学校、また二十四日には都内の予備校、そして三月六日には都立の蔵前工業高校を御視察されました。今後どういう学校においでになろうとなさっておられるか、お尋ねをいたします。
○森国務大臣 引き続きどこをということは今の段階では、ちょうど入学試験、それから卒業、そしてまた入学というシーズンになりますので、学校としても大変忙しい時期でありますから、余り御迷惑をかけないようにしなければならぬと思っておりますが、これからもいろいろなところをいろいろな角度から見ていきたいし、またいろいろな人の意見を聞きたいと思っております。今のところは文部省としてもまだ考えておりませんが、今申し上げたように、できる限りあらゆる教育の現場も十分に理解しておきたいと思っておりますので、引き続き今後も積極的に進めていきたいと思っております。 なお、御意見ございましたら、ぜひ水谷さんからも、こういうところをぜひ見るようにと、そういうふうに御指導いただければ大変ありがたいことだと思っております。
○水谷分科員 何枚か私もぜひ見ていただきたいというところございますが、それはまたの機会にお願いをしたいと思っております。 最初に、教育改革のための新たな審議機関をおつくりになる準備を進めておられるわけでございますが、この機関につきましては、我が国の教育史上、明治五年、そして敗戦、そして今日抱えている重大な、いわば第三の教育改革と位置づけられるほどの、またいまだかつてない最も緊急的な改革の時期であると考えております。 中曽根総理も、国民的基盤に立った教育改革ということを言われておりまして、本会議、予算委員会等でその構想が一都明らかにされておりますけれども、私は、教育の政治的中立が脅かされないように、この取り組みを誤らないようにしなければならないと思っております。 しかし、一方では、非常に緊急的な課題である校内暴力や青少年の非行化の問題等を考えますと、制度改革を含め、国家百年の大計に立った改革を行わなければならないということを痛感いたしております。大臣も就任以来精力的にこの問題に取り組まれておいでになります。大きく評価をするところでございますが、そこで、我が党の矢野書記長の予算委員会における質問に対して、中曽根総理が 現場の教師の声というものを教育改革に反映させるということが非常に重要なことであると思っております。そういう点については、新しい機関をつくる場合にも、これは考慮すべき大切な要素でもある、そう考えております。今、だれをどういうふうに入れるかというところまでは、法律も提出しない今日、申し上げるのは越権でございます。また、それは文部省の方に検討をお願いする問題でありますけれども、私は申し上げませんが、やはり現場の教師の声を反映させるということは大事である、そういうふうに思っております。 という御答弁がございます。 今日の教育の現状を正しく把握するために、現場の声、小中学校で大変な御苦労をしながら取り組んでおられる先生方の声、また親の声、これらを大きく取り上げるような形での新たな機関、国民的なレベルの機関とすべきであると考えております。その点について具体的な、そろそろ構想が煮詰まってくるころでありますので、大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
○森国務大臣 教育改革の推進に当たりましては、当然国民の理解と協力が何といっても必要であるということは、先生御指摘のとおりでございます。今その設置法の検討を急いでおるところでございますので、どのような方々にお願いし、どのような人選で、どのような規模でということはまだここで申し上げられる段階ではございませんことを御了承いただきたいと思います。ただ、今後、改革案を論議してまいります過程にありまして、広く国民各界各層の意見に耳を傾けていくべきだと私たちも考えておりますし、今御指摘いただきました総理もそのように考えております。 ただ、新機関がこれからどういう方法でやるかということについては、当然新機関の皆さんでお考えいただくことでございますが、文部省といたしましては、この新しい諮問機関が進めてまいります運営の過程、プロセス、そういうそれぞれの段階で十分に国民各界、特に現場の声を聞く、そういうことを十分に留意をする必要がある、こういうふうに考えております。
○水谷分科員 それでは次に、大学設置審議会が中間報告として取りまとめた「昭和六十一年度以降の高等教育の計画的整備について」、その中に、大都市における新増設を抑制し、地方における整備を中心に行っていきたいとありますが、地方の、特に国立大学の整備の方針についてお伺いをいたします。
○宮地政府委員 御案内のとおり、六十一年度以降の高等教育の計画的整備についての中間報告がまとめられまして、ただいま各方面の意見を伺って最終報告の取りまとめをするということで進めているわけでございますが、従来からも地方大学に重点を置いて整備をするという考え方はとっておったわけでございますが、特に、例えば地域間の収容力の格差でございますとか、あるいは専門分野別構成の不均衡等のひずみの是正、さらに、地方の子弟の進学機会の確保、均衡のとれた高等教育の発展というような観点から、整備を要する課題が多いわけでございます。そしてまたもう一方、いわゆるエネルギーでございますとか宇宙科学等の重要基礎研究の推進ということからも、これは国立大学の整備ではやはり必要な点でございます。他方、目下の行財政事情は大変深刻な状況にあるわけでございまして、臨時行政調査会答申でも、国立大学整備の抑制等が指摘をされているところでございます。 そこで文部省といたしましては、今後の国立大学の整備については、こういう状況も十分踏まえながら、さらに、学問の進展なり社会的需要の変化に応じた教育研究体制のあり方、十八歳人口の急増期を前にした対応等の必要性ということも考えて、我が国の高等教育の研究、教育水準の維持向上に遺憾のないように期してまいりたいと思っているわけでございます。 いずれにいたしましても、目下のところは、当面の財政が大変厳しい情勢下にあることが、私どもとしては非常に大きな問題点であろうかと思っておりますが、長期的な観点から見れば、ただいま申し上げたような観点を取り入れて高等教育の整備に臨みたい、かように考えております。
○水谷分科員 具体的に、栃木県にございます宇都宮大学の整備充実についてお伺いをいたしたいと思います。 先ほどの御答弁にございましたように、地域における収容人員の格差、また専門分野の格差、こういう観点から今後積極的に宇都宮大学の整備をお図りいただきたい、このような観点からの質問をさせていただきます。 ここに、私の一つの参考に、栃木県のこの数年来の人文社会科学系学部の進学希望状況のデータがございますが、毎年、大学進学希望者のうち四〇%ないし五〇%を超える希望者が出ております。本年度、五十九年三月の予定でございますが、これは県立高校の生徒の男女の合計でございますけれども、卒業者が一万六千七百八十四人、そのうち大学進学希望者が五千二百七十四人、全体の三一・四%に当たるわけですが、このうち人文社会科学系学部の希望者が二千百四十二人となっておりまして、全入学希望者の四〇・六%を占めております。その希望者が県内にどれだけ多いかということがおわかりいただけると思います。特にこの中でも、女のお子さんをお持ちの御父兄は、東京へ娘を送り出すよりは親のそばで、非常に自然環境も恵まれている地元の大学に進学をさせてやりたいという強い御要望がございます。 先ほどの御答弁の中にございました専門分野収容数、こういうものを考えますと、特に隣接をしております埼玉大学、茨城大学また千葉大学に比べてみましても、宇都宮大学は教育学部、工学部、農学部の三学部のみでございます。この際、宇都宮大学にぜひとも人文社会科学部を設置すべきであると考えております。この設置についての見通し、文部省として現在どう取り組んでおられるかをお尋ねいたします。
○宮地政府委員 宇都宮大学の整備の問題について申し上げますと、例えば具体的な点で申し上げれば、明年度の五十九年度予算では、教育学部における諸条件の整備状況を勘案して、大学院の教育学研究科の新設ということで具体的に取り組んでいるわけでございます。 御指摘の宇都宮大学で人文系統の学部の設置について、大学側にそういう構想があることは私どもも承知をしているわけでございますが、先ほども申し上げましたとおり、現下の行財政事情が大変厳しいということも受けまして、特に国立大学において学部を新たに設けるということについては、極めて慎重に対処する必要があろうかと思っております。 さらに、そういうようなことで、先ほど申し上げました高等教育の計画的整備の中でも、例えば地方の大学の整備の場合に、従来国立大学で対応してきたことについては、それぞれそれを地方公共団体なり、あるいは場合によってはいわゆる第三セクターというような形で整備をするということなども検討課題と言われているわけでございまして、私ども、国立大学の学部について、御指摘のような宇都宮大学側の御要望があることは存じておりますけれども、そういう対応は今日では大変慎重に取り扱わなければならない課題と、かように考えております。
○水谷分科員 ぜひ先ほど申しましたような状況を御賢察の上、地元からの大学への強い要望もございます。ぜひひとつ、財政事情が厳しいということと同時に、地方の社会のニーズに対応できる地方大学の整備という観点から、十分な対応をここでお願いをしておきます。 同じく具体的な問題でございますが、既に五十九年度の政府に対する予算要望で、地元栃木県から要望が出されております小山工業高等専門学校の情報工学科の設置についてお伺いをいたします。 メカトロニクス時代の到来に備えて、特にコンピューターを駆使した設計製造システムを新たに開発する能力のある工業技術者等を養成するために、地元の国立高等専門学校であります小山工業高等専門学校に情報工学科の設置を図っていただきたい。この件につきましては、栃木県テクノポリスの指定等もあわせて、首都圏に近い都市開発区域の中に位置する地域社会として、この要望が非常に強く出されているところでありますが、この設置についての見通しをお伺いしたいと思います。
○宮地政府委員 高等専門学校の整備の問題でございますが、昨年十月来、大学設置審議会の高等専門学校分科会におきまして、今後における高等専門学校の学科等の整備、転換、再編成ということについて、全国的な観点から検討をお願いをしているところでございます。 具体的な件で申し上げますと、例えば商船高等専門学校の定員について、今日の状況からすれば、あるいは一部改組、転換を図ることも必要でないかというようなことなどを御検討いただいているわけでございます。全国的に高等専門学校の具体的な整備をどうするかというのは、そういう全国的な観点からの転換、再編成も含めて検討をしているところでございますので、具体的に小山工業高等専門学校の御要望については、いろいろ地元から御要望があることは伺っているわけでございますが、高等専門学校の学科構成その他から見ましても、例えば、全国的にはまだ三学科の高等専門学校もあるというようなことなどもございまして、全国的観点から検討しなければならない課題がいろいろあるわけでございます。財政状況のこともございますので、それらの点についてはいずれも慎重に対応してまいりたい、かように考えております。
○水谷分科員 先ほどの答弁にございますが、ぜひひとつこの整備について全力でお取り組みをいただきたいと思います。 次に、公立文教施設整備についてお伺いをいたします。 現在新改築が必要と思われる危険校舎、私も各地を歩いてわりまして、大変老朽化した校舎の中で勉強をしている姿を見まして、大変心配をしているところでありますが、全国にどのくらいその数があるか、また、それに対する整備計画をお持ちになっていると思いますが、その見通しをお伺いしたいと思います。 〔主査退席、奥田(幹)主査代理着席〕
○阿部政府委員 公立の小中学校の木造校舎でございますけれども、最近十年ほどの間に鉄筋化が急ピッチで進みまして、現在木造建物が全体の保有量面積の一一%程度というところまで減ってきておりまして、約九〇%が鉄筋化されたという状況でございます。その一一%の木造校舎の中で、私どもが現在つかんでおります数字で申しまして、四・一%分が、面積にいたしまって五百六十万平米余りでございますけれども、これが危険な状態にあるわけでございまして、これらにつきましては、毎年各地方公共団体からの御要望をもとに必要な予算を組みまして、それの対応に努めてきておるわけでございまして、各地方団体からの計画が的確に出てくれば、数年で解消できる見込みのものと思っております。
○水谷分科員 この建てかえ、また新改築の基準はどうなっておりますか、伺います。
○阿部政府委員 こういった危険校舎の改築の場合の基準でございますけれども、建物の耐力度によって決めておるわけでございますが、いわゆる耐力度点数が、制度といたしましては四千五百点以下のものを対象とするということにいたしておりますけれども、実行上昭和五十二年度以降はこれをさらに干魚引き上げまして、五千五百点以下のものを対象とするということで整備を進めてきておるものでございます。
○水谷分科員 この新改築の基準に適合しない、非常にそれに近いところにあるものについての対応についてはどうされておりますか。
○阿部政府委員 危険改築の点数そのものにつきましては、ただいま申し上げました五千五百点以下ということで特別の引き上げ措置を講じておりますので、それによって対応しておるわけでございます。 ただ、先生お尋ねの点は、あるいは先走って失礼に当たるかもしれませんけれども、例えば全体のうちの相当部分が危険建物であるけれども、一部に危険建物になっていない丈夫なものがまじっているというようなケースであろうかと思いますが、こういったものにつきましては、従来は原則としてはルールどおりということで、危険対象になっている部分だけの補助ということでございますけれども、しかしながら、実際の改築等の計画を立てます場合に、そういうふうに簡単に割り切れないようなケースもあるいはあろうかと思います。そういうたぐいのものについてはこれから実行上の問題として種々検討してまいりたい、かように思っておるところでございます。
○水谷分科員 大変積極的な御答弁をいただきました。私も調査をしまして、何枚かやはりそういう基準外のところがございます。 もう一つ関連して伺いますが、今このような小中学校の校舎の新改築の問題は、地方の財政が非常に逼迫をしております。国はもちろんでありますが、そのような現状を見ますと、財政が逼迫しているからということだけで放置できない問題がたくさんございます。先ほどの御答弁では、各自治体からこちらの文部省の方に事業の実施の働きかけのあったものについては積極的に整備をするという御答弁でございますが、もう一歩文部省として踏み込んで、地方の財政事情等によってかなり据え置かれているそのような公立文教施設について、文部省は財政措置を積極的に講じてその整備を図るべきであると考えますが、その基本的な考え方についてお尋ねいたします。
○阿部政府委員 公立文教施設整備費の予算につきましては、大変厳しい財政状況の中ではございますけれども、年々各地方公共団体からの御計画の提出をいただきまして、それに見合う量を何とか計上してまいってきておるわけでございます。そういう意味では、おおむね一〇〇%に近い対応を今日までしてきておると思うのであります。先生おっしゃる点は、さらにこの補助制度を拡充しあるいは充実することはできないかという御指摘かと思いますけれども、現在の国の財政事情も、地方に劣らずといいますか、地方以上に厳しい状況でもございます。そういった中で最大限対応してきているということで、ぜひ御理解をいただきたいと思うわけでございます。
○水谷分科員 大変具体的な問題に入っての御質問をいたしました。 最後に、冒頭文部大臣に御質問申し上げましたように、今回の教育改革に現在国民的な大きな願望が寄せられているわけであります。これが本当に過たざる改革となり、大きな実効をあらわしていけますように取り組んでいただきたいことと、冒頭私が懸念をいたしました教育の領域を政治によって侵すのではないかという、このようなおそれのないようにどうか取り組みをいただきたい、このことを最後に大臣にお願いをいたしまして、私の質問を閉じさせていただきます。
○森国務大臣 教育改革、そしてまた先ほどから地元の高等教育の問題、あるいはまた危険校舎の改築の問題、いろいろと御示唆を賜りまして感謝をいたします。先生から御指摘いただきましたことを十分踏まえて、積極的に進めてまいりたいと思っております。
○水谷分科員 ありがとうございました。
○奥田(幹)主査代理 これにて水谷弘君の質疑は終了いたしました。 次に、金子みつ君。
○金子(み)分科員 私は、森文部大臣御自身のことはわかりませんけれども、今までの文部省御当局、それからまた大学自身の立場から余り深い関心を寄せておられないようにお見受けする、いわば日の当たらないところで仕事をしている、働いている、大学に所属する職員の人たちの問題について、きょうは具体的にお尋ねをして、そして文部当局のお考えを聞かせていただきたいというふうに思うわけでございます。 その事例は、筑波大学附属盲学校でございます。筑波大学は四つの特殊学校を附属として持っておりますが、そのうちの一つの盲学校の問題でございます。そして、その盲学校のどこで仕事をしている職員かと申しますと、この人たちはいわゆる炊事職員、炊事場で子供たちの食べる食事をつくる人たちです。炊事婦と呼ばれておるかもしれません。要するに炊事職員でございます。この現状をちょっとかいつまんで御説明申し上げて、そして質問させていただきたいというふうに考えるわけでございます。 炊事職員の現状でございますが、この筑波大学附属盲学校には二百四十六名の児童生徒が在学しております。その中の約六割に及ぶ百二十六名が寄宿舎で生活しているわけでございます。したがいまして、寄宿舎における生活は家庭の生活と同じでございますから、朝昼晩の三食を寄宿舎としては子供たちに提供しなければなりません。また現状では、この寄宿舎に入っております子供たちのほかに理療科教員養成課程の学生、これが三十名おりまして、この人たちのためにも食事をつくっているわけでございます。したがいまして、この炊事職員の人たちは毎食百五十食ないし百六十食の準備をすることになっております。 私が調べてみましたら、食事をつくるいわゆる炊事職員と申しますか、プロの人でも一人で二十五食が限度だそうです。素人ではせいぜい二十食いくかいかないかぐらいのものではないかというふうに言われております。ところが、ここではプロ六人分の業務を五人の素人の炊事職員が賄わなければならないという格好になっています。もしこの考え方でいくといたしますれば、炊事職員は少なくとも八名は必要になるというふうに考えるわけでございますが、現在は五名しかおりません。 申し上げるまでもありませんが、本来食事というのは、家庭でする食事と全く変わらないわけです。寄宿舎は彼らの家庭ですから、ですから機械的につくればいいというものではなくて、愛情を持って心のこもった食事をつくっていかなければならないのは申し上げるまでもございません。ことに視覚障害のある子供たちは特異体質や虚弱体質になりやすいのです。そういう傾向がございます。したがって特別食が必要なことが非常にある。長い間特別食を用意しなければならないということもあるわけです。 それからまた、この子供たちは教育活動として校外授業というのもあるわけですね。あるいはまた病院実習もあるわけです。そういうようなことがありますと、そのためにはふだんのときよりも早く食事をさせてあげなければならない。早食と呼んでおりますが、七時半にはもう食事を食べさせなければならない。そうなりますと、この炊事職員の人たちはふだんの出勤時間よりも一時間早く来なければならない。五時三十分に出勤しなければ間に合わないと言っています。五時半に出てこようと思うのにはタクシーを使わなければならぬそうですね。乗り物がありません。もちろんタクシー代は支給されていないのです。自弁です。早く食べさせることと同時に、今度は遅く食事をすることもあるわけですね。帰ってくるのが遅くなる。その後片づけをしてあげなければいけない。そういう遅食というのもあります。あるいはまた、外で勉強する場合にはお弁当を持っていく。家庭の子供と同じです。家庭の子供は今給食になっていますから、家庭でお弁当を用意するということは少ないと思いますけれども、ここではお弁当をつくってあげなければならない。そういう仕事もあるわけですね。 そこで、決められた炊事職員の勤務時間の枠の中ではとてもこれは処理し切れない状態に現状がなっているわけなんです。体調を崩して過去には倒れた人がいます。一人倒れると、カバーできませんから、みんながかぶる。主人を亡くして忌引の人があったそうですが、忌引も十分に休んでいられない。ほかの人に迷惑がかかる。こういう犠牲も払っている。体調を崩しても休めない、無理して仕事を続けなければならない、こんなような状態に今なっているということがございますのを頭の中に入れていただきたいと思います。 勤務状態のことをもう少し詳しく申し上げますと、今五人おります。この五人の人たちの勤務の実働時間、時間を一々申し上げておると時間がなくなりますので時間は申し上げませんけれども、五人の週の平均勤務時間が五十五、六時間あるわけです。ということは、週四十四時間という学校の職員の勤務時間から比べますと、十一・六時間の超過勤務になっているわけですね。これが一つです。 ところが、賃金のことを調べてみますと、五人の実働時間と、それから賃金が支払われる書類上の勤務時間、これは四十四時間で計算するわけですが、これとの間に大きな格差があります。これは平均五十七・二時間あるわけですね。だから言葉をかえますと、一カ月に直しますと四十八時間程度は賃金なしで働いている、ただ働きです。無給で仕事をしているということになっているわけです。超過勤務が支払われるのは土曜日の午後の四時間分だけですから、あとはございません。日曜祭日、もちろん働きます。今の超過勤務は平日の話です。それらは一つも賃金が支払われていない、こういう状態にあるわけです。 ちなみに、ほほ同じような条件にある他の公立の盲学校のことを見てみますと、週四十四時間きちんとやっています。しかも公立の学校の場合は二食です。昼御飯は給食制度になっていますから、寄宿舎でつくらないでいいことになっている、こういう状態に今あるわけです。 そこでお尋ねしたいと思いますのは、国立大学附属盲学校、ここでは職員の定数というものがあるのかないのかなんです。そういうものを持っておられて、そしてその定数の中で採用がされておるのかどうか。定員法というものは、特殊学校には、あっても適用しておられないのかどうか、それが知りたいと思うことです。もしあれば、それに基づいてどうなっている、もしなければ、何によってどんな基準で現在の五名の炊事職員が置かれているのか、それをまずお尋ねしたいと思います。
○宮地政府委員 お尋ねの筑波大学の附属盲学校の寄宿舎の炊事職員でございますが、私ども学校側に問い合わせましたところ、週四十四時間勤務の者が非常勤職員で五名、週三十三時間以下勤務の者が三名ということで、計八名が非常勤職員で措置されているというぐあいに聞いているわけでございます。 附属学校の教員以外の職員の具体的な配置の点につきましては、大学の全体的な人員配置計画に従って行っているわけでございますが、定員削減というような大変厳しい今日の財政状況下の問題もございまして、定員の配置が必ずしも十分でないという点が言えるかと思います。もちろん、ただいま先生御指摘のように、寄宿舎としての機能を損なうことのないように従来からも非常勤職員の活用によって対応してきたわけでございますが、これらの点は引き続き非常勤職員を活用するとか、あるいはまた場合によれば民間委託等いろいろな対応ということも考えなければならぬ点ではないかと思っております。 いずれにいたしましても、それらの点は、大学全体の定員配置の中で今後十分職員全体の労働条件の改善というような観点から考えていかなければならない課題、かように感ずるわけでございます。
○金子(み)分科員 今局長御答弁くださいました八名というのは、三名が臨時職員ではなくて、これは完全にパートです。それも二名分の賃金で無理やり三人入れているわけですよね。とにかく手が欲しいということで、後片づけ、洗い物、そういうものにパートの人を使っているわけです。しかもこのパートの人、三名使っていますが、実力は半分だそうであります。一人半分ぐらいの力にしかなっていないということでございますから、やはり炊事職員としては十分な体制がとられていないということがこれでわかると思うのです。 ちょっと話は変わりますが、このパートの人の費用は大学の積算校費から出ているそうですね。ここの筑波大学の盲学校の場合は二〇%。ということは、これは教育費ですから、これだけを出しても教育活動に支障はない、それほど大学には余裕がある予算が配分されているということになるのでしょうか。ちょっとこれは話が外れますけれども、いかがでしょうか。
○宮地政府委員 実際の給食業務の要員の経費が積算をされているわけでございますけれども、実態から申せばその点が必ずしも十分でないというようなこともあろうかと思います。 国立学校の非常勤職員に要する経費が学校全体の運営経費から支弁される点は御指摘のとおりでございまして、積算上、教官当たり積算校費それから学生当たり積算校費等、定員を基礎としたものもあるわけでございますが、これは研究費、教育費として区分をされるというわけではないわけでございまして、教育、研究に要する経費あるいはその学校の管理運営に要する経費の総体の経費として計上されているわけでございます。そしてその経費の実際の配分は学校の実情によりまして自主的に配分をされているわけでございまして、先生御指摘のように、教育、研究が本来の主体ではございますが、管理運営全体のためにその経費を充てるということはあり得るわけでございます。 この給食業務要員としての経費の積算についても、今後充実を要する点はあろうかと思いますけれども、大学全体の運営の中で現実必要な経費を大学側としてただいま申しましたような観点から自主的に配分しているものと理解をするわけでございます。 いずれにいたしましても、大学全体の運営の中で、先生御指摘のようなまさに日の当たらない職員についても十分配慮をすべきではないかという点については、私ども今後なお大学側にも十分その点は問い合わせをいたしまして、適正な執行が行われるように促してまいりたい、かように考えます。
○金子(み)分科員 それをぜひお願いしたいと思いますが、その中にこういうことも考えていただきたいのです。 お触れになりませんでしたけれども、先ほど私が実情を御説明申し上げたように、月四十八時間ただ働きをしているという問題です。この分をどう扱ってくださるかということです。 超過勤務が多いということについて大学の事務当局の方は、それは休みがたくさんあるからそれでカバーしているんだよ、こういう言い方をしたそうですが、そんな論理の合わない話はないと思います。そんなことを文部省がまさか考えていらっしゃるとは思いませんけれども、そこで埋め合わせてあるんだというような言い方だったそうですけれども、そうじゃないと思います。そのことを今議論するわけじゃございませんが、それは初めからおかしな話だと思いますからいいのですけれども、ただ、無給で月四十八時間も働いている点については考慮していただかなければならないと思うわけです。これはどうでしょう。今の局長の御答弁の中に含まれておると理解してよろしゅうございますか。
○西崎政府委員 ただいま先生の御指摘の点でございますが、非常勤の給食調理業務員の方々の勤務もやはり原則は一週四十四時間でございます。この勤務時間の割り振りにつきましては、原則として一日八時間ということのたてまえでございますから、全体四十四時間を超える勤務がある場合にはこれは超過勤務になります。 したがいまして、私ども現在実態をつまびらかにしておらないわけでございますが、実態においての調査において四十四時間を上回る勤務があるとすれば超過勤務手当の対象になる、こういうふうに考えておりますので、実態をしかるべく調査させていただきたいというふうに思っております。
○金子(み)分科員 ぜひお調べください。私はうそを申し上げているつもりはありません。これは学校側からいただいた資料に基づいて話をしているわけでありますから、お調べくだすって、本当にそれだけの超過勤務があるということがおわかりになったら、ぜひ手当てしていただきたい。心からそのことは申し上げておきます。 そこで、この問題に関連してなんですけれども、いま一つ問題がありますのは、先ほど御答弁の中にもありましたが、職員数の不足の問題について、今のパート三名というのが、パートでは実際問題として責任持って仕事はできないわけです。そこで、こういう子供たちの生活環境を安定させて、そして教育を充実させるということのためには、不安定なパートでなくてきちんとした正規の職員に切りかえるべきだと思うわけです。それが今行政改革で定員は難しいからというような御答弁になるかと思いますけれども、しかし行政改革というのは、困難だからといって逃げるのじゃなくて、むだを省いて必要なところに整備をするというのが行政改革の趣旨だと私は理解しておりますから、ここで本当に必要だと私ども思いますし、文部省でもそのようにお考えになって、パートでなくてきちっとした正規の定員にできるように努力をするということを考えていただくことはできないものでしょうか、そのお考えをひとつお聞かせいただきたいと思います。
○西崎政府委員 この学校につきまして御質疑をいただくということで急遽私ども調べてみたわけでございますが、沿革的に申しますと、約二十年前の時点におきましては業務委託という形で給食業務が行われておった、そういう形でございましたので、その時点においては給食調理業務の方々はいらっしゃらなかった、こういう事例がございます。 その二十年前、たしか四十一年以降であると思いますが、給食業務の委託についてのいろいろ問題があって、ぜひ自前でやろうというふうなことから、定員を伴わないけれども非常勤等でやり出した……(金子(み)分科員「お話し中ですけれども、その経過は知っておりますから」と呼ぶ)したがいまして、私ども、今こういうふうな定員管理が非常に厳しい事情でございますから、にわかに定員ということのお約束はなかなか難しいと思われるわけでございます。 しかし、給食調理業務については他の例におきましても業務委託その他でいろいろとやっておるという点もございますし、全体の給食調理業務のあり方の問題として考えていかなければならないのではないか、こういうふうに考えている次第でございます。
○金子(み)分科員 大臣にお願いがあります。今の様子をお聞き取りいただきまして私がお願いしたいと思いますのは、この盲学校の例が今私が申し上げたような例でございますが、肢体不自由児の桐が丘養護学校というのもやはり筑波の附属学校になっていますが、かつてここでも似たようなケースがあったのを私は承知いたしております。ですから、こういった特殊学校を余り軽視しないように、一般学校と区別するような形にならないように、そんなことはないとおっしゃると思いますけれども、これを厳重に監視していただきたいと思います。 大臣は、先ほどの公明党の方の御質問にもお答えになったりしましたが、最近幾つかの学校を総理と一緒に歩いていらっしゃるようでございますけれども、私がお願いがあるのは、ぜひこういった特殊学校をごらんになっていただきたい。どういう実情に置かれているのか、陰に隠れて見えないのです。大変地味な存在です。ですから、そういうところをぜひ大臣が直接の視察をなさって、理解を深めて、そして最も的確な措置を政策としてお立てくださるように、その点をお願いしたいと思いますが、いかがでございましょうか。
○森国務大臣 いろいろと現場に即しました、また、私どもも知り得ないところも御調査をいただいて御教示をいただきました。 非常勤職員に対する給与につきましては、一般職の職員の給与に関する法律、それに基づく人事院規則等により適正に取り扱われているものと考えておりました。が、附属盲学校の実態を、ただいま政府委員からも申し上げましたようによく調査をいたしまして、もし遺漏があるようでございましたら、厳正に指導していきたい、こう思っております。この学校につきましては、筑波大学の附属の学校でございますので、大学当局に対しましても適切な指導をしていきたいと思っております。 なお、これからいろいろと現場を見ていくということも大事なことでありますが、こういう調理場なども私どもまだ見る機会がございませんでしたけれども、私は大臣として一番先に視察をいたしましたのは中野の養護学校でございまして、特殊教育を見させていただきました。これからもいろいろな角度で現場を見ていきたいと思います。
○金子(み)分科員 ぜひよろしくお願いいたします。 それでは、時間もあとわずかでございますけれども、一つだけ申し上げで、大臣の御意見を承りたいものがございます。それは、ほかでもございませんが、東京の中野区で行っております教育委員準公選制度の問題でございます。 これは、そのよって来るいきさつとかあるいはどうなってきているかというようなことは全部おわかりと思いますので、ここで今時間をとって御説明申し上げる必要ないと思いますから申し上げませんけれども、とにかく昭和二十三年につくられた公選制の教育委員会制度というのがわずか三回しか行われないで、これが再び首長の任命制に改められてしまった。民主教育の逆行だとそのとき私どもは思いました。その後、御承知のように中野区の場合は、昭和四十七年に教育をよくする区民の会というのがつくられたわけですね。この区民の会というのが中心になりまして、直接請求をいたしまして区に条例をつくってもらって、そして今の教育委員準公選制度を仕上げていった。簡単に申し上げるとこういういきさつでございました。 御承知のように第一回が先般行われたわけでございますけれども、投票が行われましたが、このときに区民の七〇%が投票しております。非常にすばらしい成績だと思います。公職選挙法による選挙の投票率よりもはるかに高い。区民は非常に熱心に、子供たちの教育に関心を持ち、そして注意を持ちながら自分たちも参加しているわけですね。 この中野の教育委員会の運営のあり方ですが、これがまた大変ユニークです。御承知のように、普通でございますと委員会というのは開催は昼間するのですけれども、ここの委員会は、昼間やってましたときもオープンで、区民が傍聴いたします。ところが、傍聴している区民というのは大方が母親が多いわけですね、時間の関係からいうと。しかし子供の教育は母親だけに任せるものではない、父親も当然。そこで、両親が教育の中に参加できるように、夜の七時から教育委員会を開催しています。そして、教育委員会の審議を二つに分けて、前半では委員が審議をいたしまして、休憩の時間に、傍聴している区民から今まで聞いていたことに対する意見とか要望とかを委員がみんな聞き出しています。そして後半の会議では、それをもとにして、それを踏まえてさらに審議を進めるという大変に民主的なやり方で進めているわけです。ですから、区民は非常に関心が深く、委員会を傍聴する数は非常に多くなってきている。 こういうような民主的な教育のあり方は一体間違いないのかどうかということを私は知りたいわけなんです。どうして今度文部省から、通達として、これは違法であるということでやめなさいというふうに言われたのか。これは違法だというお話なんですけれども、私は二十三年につくったあの法律に戻せばいいと思うのです、それが違法でいけないなら。民主的な教育のあり方が間違っていないというのであったならば、むしろ法律を変えて二十三年のときのように戻せばいい。私はそういうふうに考えるべきであって、前向きに、そして積極的にやるべきで、法律に合わないからやめろやめろというやり方はいかにも消極的ですし、今度の場合なんかは地方自治を侵害する、侵すものだというふうに考えるわけです。教育行政の民主的なあり方が間違っているかいないか、大臣から一言お答えいただきまして、私の持ち時間が終わりますので、質問を終わらせていただきます。
○森国務大臣 最初の教育委員会の公選制度をやりましたときには、私はまだ小学校でございまして、そういう問題意識としては持っておりませんでしたけれども、私は田舎の石川県ではございましたけれども、教育委員の選挙をめぐってかなり激しいいろいろな動きがございました。そういう意味で、教育に対してそうした政治的ないろいろな働きが出てくるということはやはり避けるべきだろうと思いますし、たった三回ということでございましたが、教育委員の選挙のたびごとに、学校もまた教育の環境も大変な大きな騒ぎがあったということを今思い出として持っておるわけでございまして、そういう意味では、大人の騒音と言うとしかられるかもしれませんけれども、そういう選挙にかかわる動きが子供の教育の現場の中にできるだけ波及しないようにすることが大切だと私は考えております。 現在の教育委員の任命につきましては、その長がその権限を持っておるわけでございます。そのことを法の中で、ルールできちんと定めておるわけでございますので、それを侵すということはやはり法治主義のルールからまいりまして正しい方向ではない、私どもはこのように承知をいたして指導をいたしてきておるところであります。
○金子(み)分科員 時間がないかもしれませんが、ちょっと誤解していらっしゃらないでしょうか。 中野でやっておりますやり方は、区民が委員を選んでいるのではないのです。候補者を推薦するので選んでいるのですね。ですから、それを区長が指名するわけですから、区長の権限を侵してはおりません。それは間違っていないと思います。
○森国務大臣 長が選ぶことの権限を与えられておるわけでありますが、その選挙によりまして一応候補者を出しているわけですから、その候補者を選び出す選挙は、これはやはり公費で、予算で執行しているわけでありますから、区長は当然その結果を無視するわけにはいかない。そういう意味では、これを参考にするということは、選任するという意味での行為、権限はやはりそこで拘束をされるというふうに私どもは判断をいたしておるわけであります。
○金子(み)分科員 ありがとうございました。
○奥田(幹)主査代理 これにて金子みつ君の質疑は終了いたしました。 次に、細谷昭雄君。
○細谷(昭)分科員 私で十九人目だろうと思いますので、大変疲れているのじゃないかと思いますが、よろしくお願いいたします。 最初に、森文部大臣に教育行政に対する基本的な御認識をお伺いいたしたいというように思います。 憲法、教育基本法に照らしまして、文部省を頂点とします教育行政機関の果たすべき根幹の役割、使命というものは一体何でありましょうか。時間が非常に少ないので、私の考えを述べまして、それについての大臣のお考えをお聞かせ願いたいと思います。 憲法や教育基本法に照らしますと、私はその理念というのは、基本的人権の尊重並びに民主主義の尊重、それに世界平和の実現ということにあろうかと思います。したがいまして、教育行政というものはこの実現に義務を負っておるのではないか、こう考えます。つまり教育行政は、国民の教育を受ける権利、教育を受けさせる権利、すなわち教育権というものを国民に保障することを根幹の任務にしておるというふうに思いますが、この教育権を保障するためには教育行政機関は何を果たすべきか。これは、この機能というのは、教育基本法で明示されております教育の諸条件の整備充実である、私はそう考えますが、大臣の御所見のほどをお伺いしたいと思います。
○森国務大臣 教育の諸条件を整えていくということは細谷先生御指摘のとおりでございます。同時にまた、日本の教育行政は、地方自治法あるいはまた地方教育行政の組織及び運営に関する法律などに定めておりますとおり、教育に関する地方自治の考え方のもとに行われていかなければなりませんし、また、先般の予算委員会でもいろいろと議論が出ましたが、憲法及び教育基本法を正しく遵守して、文部省は、それぞれの教育の責任を持つ設置者である自治体がスムーズに教育行政が進められるように、指導助言または適切なるいろいろな助成をしていく、こういうことだと考えております。
○細谷(昭)分科員 今、金子委員からもお話がございましたが、先日文部省は中野区長に対しまして、いわゆる準公選制を撤廃するように求めたというふうに言われております。住民の教育行政に参加をするという熱望、つまり国民が教育に参加する、むしろこれは歓迎すべきことじゃないか、憲法、教育基本法に照らしましてこれは明らかであると思います。文部省というのは、教育行政に対し中央集権化を進めようとしているのか、それとも分権の方向に向かわせるべきと考えているのか、一体どちらですか、大臣。
○森国務大臣 先ほど申し上げましたように、教育行政を進めるに当たりまして、地方自治法あるいは地方教育行政の組織及び運営に関する法律の定めのとおり、教育に関する地方自治の考え方のもとに進めていきたいと思っております。 また、教育改革を進める場合においても、当然この考え方を十分にしんしゃくをして、学校の設置者である地方公共団体の意見を十分尊重してまいるという基本的な考え方には変わりございません。
○細谷(昭)分科員 地行法の成立の過程の歴史的な経過があるわけでございます。先ほど金子委員も指摘されましたように、教育行政に携わる教育委員を選ぶのに、本来であれば投票という行為によって選ぶことがより民主的である、これはもう大臣は否定できないと思うのですよ。ただ、先ほど大臣は、いろいろの選挙の過程で激しい選挙が行われて、本来のそれになじまないという経験があったというお話をしておられたようでございます。本来あるべき姿と現実の違いはあるでしょう。あるでしょうが、本来、民主的な教育行政というのは、どんどん国民が教育行政に参加してくれる、こういったことが望ましいのではないか。私はその観点で述べておるわけであります。現在ある地行法に違反しているからとか、そんなことを聞いているのじゃないのですよ。森文相の政治家としての姿勢を私は聞いておるわけであります。どうでしょう。——いや、大臣に聞いているのだから……。
○西崎政府委員 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の委員の任命に関することでございますから、私の方からお答えいたします。 現行法制下における教育委員の任命ということが当該法律で定められておるわけでございますから、その任命行為については法律の定めに従って行われるべきであるという考え方での勧告が出ておるわけでありまして、この問題と、住民の意見、国民各界各層の意見を教育行政において十分いろいろしんしゃくする必要があるという問題とは、一応別個の問題というふうに考えてまいりたいと思っておるわけでございます。
○細谷(昭)分科員 関係のないことを役所の皆さんに言わせないでください、主査。時間が極めてないという中で質問しているわけでありますから。 文部省は、崇高な国民から委任された教育権の保障、これは先ほど大臣もお認めになったと思います。それを進めるための条件の整備、これは一生懸命やらなくちゃいけない、このことは教育基本法にも明らかに示されておるわけであります。この条件整備の費用を出し惜しみしながら、そこから起こるいろいろな問題、例えば学力の低下の問題、いろいろな学校暴力の問題、青少年の非行の問題、受験地獄の問題、いろいろな問題があるでしょう、そういう条件整備が十分でないということから出てくる問題点はたくさんあると思うのでございます。そういう意味で、教育行政がその責任を学校と教師それから父母、さらに社会に転嫁をするとすれば、これはまことに教育基本法に定められております教育行政機関としての役割を放棄したものだと考えざるを得ないわけであります。 憲法、教育基本法に基づいて考えますと、中曽根総理がおやりになろうとしております教育改革、これを私どもは俗に教育臨調という名のもとに警戒しておるわけであります。それはなぜかというと、金もかけないでどうして国民の教育権というのを保障することができるでしょうか。これは本末転倒の考えじゃないか、こういうふうに思うわけであります。昨今の中曽根内閣の文教政策というのは、軍拡あって教育なし、軍備の金はどんどん出すけれども教育や社会保障の金は出し惜しむ、予算案を見ましてもそうじゃありませんか。文部行政というのは、こういう面で、条件整備を任務とするという考え方からしますと大変な問題があろうかと私は思います。先ほどの金子委員の質問もございました。現場の教員が超過勤務をしても金がないという形で出さない場合もあろうかと思うのです。 私は、そういう面で、具体的な学校給食の安全性の問題についてお聞きしたい、こう思います。 学校給食の果たしてきた役割というのは、これは一定の評価をしております。給食にかかわってきました関係者の皆さん方の御努力が大変大きかったと思いますし、敬意を表する次第でございます。特に近年、米飯給食が取り入れられまして、子供たちも大変喜んで給食を迎えておるということも、これは大変よかったな、国民の一人としてありがたいと思うのでございます。ただ、米飯給食を取り入れると、取り入れることに従いまして、例えば労働強化の問題があったり、それから米飯給食の経費がいわば多くなったり、いろいろな問題もございます。私は、その中で安全性について皆さん方にお伺いしたいと思うのでございます。米とパンが主食の中心になっておるわけでありますが、米とパンは一体どこの機関で、いつ安全性がチェックされるのか。それから、副食物について、これもいつの段階で、物流の中でどんな形でどういうふうに安全性がチェックされておるのか。文部省と、それからきょうは厚生省、農林水産省の皆さん方もおいでになっておりますので、その三者からお伺いしたいと思います。
○古村政府委員 文部省の立場から御説明いたします。 まず、米と小麦粉の問題ですが、これにつきましては、日本穀物検定協会というところに対しまして検査をお願いいたしておるわけでございます。したがって、これは米を供給するときに出すわけですから、一応ほとんどの米がその検査にかかっているというふうになっておるわけでございます。 なお、その他副食物の問題でございますが、昭和四十六年に体育局長通知でもって各都道府県の教育委員会に、給食用物資の購入に当たっては特に安全性に注意をしてほしいということの細かい通達をしております。したがって、それを受けまして、都道府県の学校給食会においては、検査施設の整備というものに力を注いでおりますとともに、日本学校健康会の学校給食部で検査機能を持つというようなことで安全性の確保に努めておる次第でございます。
○市川説明員 厚生省でやっております食品の監視についてでございますが、厚生省で管轄しておりますものは、各都道府県市に配置されております約六千八百名の食品衛生監視員によって実施されているわけでございます。これらの食品衛生監視員によりまして、食品の製造所あるいは販売店におきまして指導取り締まりを行う、あるいは必要に応じまして収去検査というものを実施しておるわけでございます。
○管原説明員 私ども、農作物に農薬を使用するわけでございますけれども、日本はモンスーン地帯でございまして、非常に病害虫が多いということから農薬をどうしてもかけなければいけないということでございますが、その農薬は国が登録したものということが原則になっておりまして、登録に当たりましては、私ども毒性検査をいたしまして、それに基づきまして農作物には安全使用基準というのを設けております。この安全使用基準の範囲内で農薬を使いますと安全だということを確認しておりますので、そういう基準で使っていただいておるわけでございます。また、都道府県に対しましても、それが守られているかどうかということについて指導していただく体制をとっております。
○細谷(昭)分科員 具体的になりますと、米そのもの、それから小麦そのもの、この主食についての検査というのは、文部省では日本穀物検定協会に頼んでいるんだ、これはそこに聞かなければわからないという問題でしょう。それから厚生省でも、食品衛生監視員ということですが、これは私が主食ということに限定して聞いた場合のお答えになっておりません。それから農水省についても、その点で主食をどうするかという、有害無害という点ではやっておらない、これはこういうふうに考えざるを得ません。きのうの段階で私が聞いた範囲では、そういうものについて特別な検査はしておらないということが明らかであります。 そこで、食糧庁にお聞きしたいと思いますが、五十九年度において学校給食に五十三年産超古米を供給するという計画がありますか、ありませんか。
○齋藤説明員 学校給食用の米穀につきましては、従来から古米は一切供給してございません。五十九米穀年度につきましてもすべて新米であるというふうに考えております。
○細谷(昭)分科員 大変結構です。ぜひひとつ守っていただきたい、こう思います。 ここに一九八二年の三月発行の「最新農薬データブック」というのがございますが、これは倉庫や船倉、これに最も一般的に使われております薫蒸による殺虫剤、この臭化メチルの安分限界が一七ppmであるというふうに書いておるわけであります。そうして、別の、一九八一年十二月の「食品衛生学雑誌」、これの薫蒸による残留調査資料、これを見ますと、大変な残留性というのがいわばデータとして出ておるわけであります。時間がございませんので、細かくはできませんが、これによりますと、例えば加工用の原料米、これは七検体の平均残留臭化メチルが四〇ppm、以下、小麦一一ppm、ライ麦五六ppm、小豆三四ppm、バター豆に至りますと一六八ppmなど、輸入品からは特に安全性をはるかに超えた臭化メチルが検出されておるのであります。 そのほかに、我々の食物を考える場合には、食品添加物、それからいろいろな防腐剤だとか着色剤だとか、こういうようなのが加えられておりまして、乳幼児や児童生徒、こういう将来特に有毒物質の蓄積を避けなければならないという立場からしますと、もうすべて身の回りを有毒性物質でめぐらされておるという状態じゃないかと思うのであります。 〔奥田(幹)主査代理退席、池田(克)主査代理着席〕 したがって、こういう状況の中で、先ほどの体制、文部省の体制、厚生省の体制、それから農林水産省の食物の安全に対するチェックの体制というのがこれでいいのかどうか、このことをお尋ねしたい。これは厚生省にお尋ねしたいと思います。
○市川説明員 先ほど申し上げましたように、厚生省では都道府県に相当数の監視員を現実に配置いたしまして、監視の実務に効率的な運用を図ろうということで鋭意努力しているわけでございますが、今後さらにこういった人員増を図っていくということは必ずしも容易な状況ではございませんので、私どもこういった監視員に対する種々の研修会等も毎年何回かやっておりまして、今後できるだけ効率的なと申しますか、あるいは的確な監視というものに努めてまいりたいと考えております。
○細谷(昭)分科員 日本の食糧の自給率というのは現在どんどん低下してきておる、これは御案内のとおりであります。今や輸入食糧は、これはいろいろな比較の仕方があると思うのですが、一般的に言って三分の二が輸入食糧だろうというふうに考えられます。この輸入食糧に残留する殺虫剤の残留ないしは農薬の残留、こういったのが、特に主食の麦類を初め、油脂、調味料、果物から大変に検出されておるという報告がございます。この残留メチルの問題というのは全く新たな問題じゃないかと思います。そのほかに食品添加物がございますので、子供たちを取り巻いておるこういった健康の破壊というのはまことに大きいものがあると思います。 そこで文部大臣にお聞きしたい。今言ったような子供たちの安全という点から考えまして、先ほどお答えになったようなそういう基準ないしはチェック体制でいいとお考えなのかどうか。さらに、このまま学校給食を安全を確認しないままに続けられていこうとするのかどうか、この点についてお伺いしたいと思います。
○古村政府委員 先ほど申し上げましたように、四十六年の体育局長の通知の中で、とにかく不必要な食品添加物を避けろとかあるいは有害のおそれがある食品は使うなとか、あるいは内容表示、製造業者等が明らかでないものは使うなとかということを強く指導していまして、現実問題として、給食実施をしている側においては非常に神経質にやっておるというのが現状でございます。
○細谷(昭)分科員 非常に危険な状態であるということはもう大臣もお感じになっておると思うのですよ。これから、そういう点ではどんどん新しい問題が出てくる。子供たちの安全性という点でぜひひとつ今まで以上の十分な検査体制、チェック体制、こういったものをとっていただきたいということを要望したいと思うわけです。 時間がございませんが、豪雪地帯の通学路について、これも子供の安全を守るという立場からお伺いしたいと思います。 現在、主要国道しか通れない、主要国道しか通学路になっておらない、こういうところが全国にあちこちあると思うのです。私の地元にもございます。しかし、豪雪地帯でありますと、車道を除排雪するのが精いっぱいでありまして、歩道の除排雪まで手が回らないというのが実情でございます。 建設省にお伺いしたいのですが、今行われております実験、そして今後いかにして国道の、これは直轄国道ですよ、国道の歩道を全面的に除排雪をする計画なのか、端的にお伺いしたい。 もう一つは文部省にお聞きしたい。これは豪雪地帯の屋内体育施設の問題でございます。屋内の体育施設は豪雪地帯ほど極めて必要性が高いわけでありまして、皆さん方がいろいろ助成されております広域市町村圏の体育館ないしは市町村立の体育館というのは、豪雪地帯では夜遅くまで使われておる、大変に喜ばれておる施設でございます。したがいまして、規模や構造上の補助の対象を拡大するとか、面積だとか構造上、全国一律ではなくて豪雪地帯に特別に配慮していただけないか。それから個所数も特配できないのか。 この二つの点をそれぞれお伺いしたいと思います。
○杉山説明員 お答えいたします。 御質問にございました歩道除雪につきましては、冬期間の歩行者の安全な通行を確保するために、特に通学路を重点的に、五十二年度から先生御存じのとおり試験的施行を実施しておりまして、直轄国道におきましては、五十八年度現在千百十キロの歩道除雪を試験的に実施しておるわけでございます。 この試験的施行を通じまして、歩道用除雪機械の開発とその適応性、あるいは除雪方法、施工体制、施工歩掛かり等の基本的な課題につきまして調査を進めてきておるところでございまして、歩道用除雪機械の改良でございますとか除雪体制の整備、除雪技術の向上等に努めておるところでございます。 しかしながら、先ほど先生も御指摘ございましたように、今度の豪雪のように非常に五六豪雪を上回るような豪雪という状態でございますと、車道交通確保ということにつきましても、オペレーターの確保、並びにオペレーターも限界に近いような状態で道路交通確保に精を出さなければならないというふうな状況でございまして、歩道除雪もなかなか難しい問題を抱えております。 ことしは特に雪が多いということでも問題が多いわけですが、通常の状態におきましても、例えば歩道が車道に比べて幅が狭いとか、それから形態も多様でございますし、堆雪余裕幅もないという道路がほとんどでございまして、障害物も多いなど、除雪しにくい環境にあるところが多いわけでございます。特に市街部の歩道等につきましては、いろいろな面で、沿道の屋根雪処理とか民地からの排雪、こういった問題も抱えながらやっていくということで、いろいろと試験施行しながらこういった問題等について検討を進めておるということでございます。 今後とも、こういった試験的施行を通じまして、この歩道除雪、特に通学路の歩道除雪につきまして積極的に取り組んでまいりたいと考えておるわけでございます。
○阿部政府委員 豪雪地帯の学校施設の整備の問題でございますけれども、これにつきましてはかねてからいろいろな配慮をし、また年々その整備を図ってきているところでございます。例えば、地域の危険建物の改築の場合に、一般の地区よりも五百点点数を緩和するとか、あるいは改築の場合の補助率でございますけれども、一般の地区の場合三分の一のものを三分の二にがさ上げをするとか、あるいは雷を消す消雪設備の補助を行うとか、いろいろなことがございます。 特に、先生御指摘がございました屋内運動場の問題につきましては、補助基準面積につきまして従来から若干ずつ一般地域より高めておったわけでございますが、昭和五十七年度にかなりのアップをいたしまして、一般地域に比べますと、小中学校の場合に四〇%ないし五〇%規模の大きいものを認めるというような仕組みにいたしておるわけでございます。なお、高等学校につきましては若干おくれましたが、昭和五十九年度、ただいま御審査をいただいております予算から同じように基準のアップをしたいということで、豪雪地帯に配慮を行っておるわけでございます。また、建築の補助単価でございますけれども、これにつきましても、豪雪地帯の場合にははりを余分に入れなければいけないとか窓を二重サッシにするとかいろいろな必要がございますので、一般地域に比べまして一〇%高い建築の補助単価を決めておりますが、さらに運用上の特別の配慮を行っておるというような状況でございます。 今後とも、実態を見ながら十分こういった地域の実情に即していくよう研究もし、改善も進めていきたいと思っております。
○細谷(昭)分科員 ぜひ建設省も文部省も、これは子供を守るという観点、それから雪国の皆さん方の健康を守るという観点でひとつ今後ともなお一層努力をいただきたい、こういうように思います。 時間が参りましたので終わりますが、文部大臣にお願いしたい。 金をかけるということが教育にもどうしてもやはり必要でございます。ぜひとも文部大臣は教育予算の獲得のためには今後とも粉骨砕身をいただきたいという激励をいたしまして、終わりたいと思います。
○池田(克)主査代理 これにて細谷昭雄君の質疑は終了いたしました。 次に、田中慶秋君。
○田中(慶)分科員 今、高校入学時期を迎えているわけでありますけれども、入試の問題を含めていろいろな問題が現実に起きております。そういう中で特に問題になっているのは高校教育のあり方ということで、高校教育における個性化教育というものがそれぞれ検討されていようかと思います。そういう点を含めて、例えば人間それぞれ特徴もあるし、あるいはまた好きな教科も嫌いな教科もあるわけであります。こういう点、個性化教育について現在どのような形で取り組まれているか、その辺についてお答えいただきたいと思います。
○高石政府委員 教育課程を改定いたしまして、高等学校の教育内容もできるだけ多様化、弾力化していこうということで、既に年次計画で実施をしておりまして、五十九年に新しい教育課程の完成を見るというような経緯をたどっているわけであります。その考え方といたしましては、一人一人の適性、能力に応ずる教育ができるようにしていきたい、そのためには大幅に選択の範囲を広げていくようにしていきたい、また学力の習熟度に応じて教育が展開できるような習熟度別の学級も導入していきたいというようなことで、いわば多様化、弾力化ということを積極的に進めているところでございます。
○田中(慶)分科員 今のお答えでもっと突っ込んでいきたいと思うのですけれども、それぞれ学校によって個性化を目指す学校があっていいのじゃないか。Aという学校が数学系統をやる、Bが文系でありCが体育系である、こういう方向が少しは検討され、積極的な取り組みが必要じゃないか、私はこんなふうに思うのですが、その辺いかがですか。
○高石政府委員 新しい教育課程では。理数系のクラスをつくるとか、そういうことも含めましてかなり大幅に弾力化できるようにしているわけでございます。ただ、現場の学校ではなかなかそこまでの思い切った多様化、弾力化をしていないという実態がございますので、なお一層御趣旨のような線に沿いながら高校教育の多様化、弾力化を進めていきたいと思います。
○田中(慶)分科員 私が申し上げているのは、クラスごとにということじゃなく、学校ごとにそういうことをひとつ検討していただいたらどうか。 ということは、実は今の小学生が中学校に行く段階でこんなことが問われているのです。今あなたは中学校へ行ったらどういうことをしたいか、こういう中で、クラブ活動を一生懸命したいとかいう話も出ております。しかし一番不安なのは何だろう、授業についていけるかどうか大変不安であるということが、既にこのデータによりますと大体六〇%近い数字が出ているのです。こういうことを考えたときに、画一的な教育よりこういう点でそれぞれの特徴を生かした教育が望まれるのじゃないか、こんな感じを受けて、今個性化教育という問題について文部省としての取り組みをお聞きしましたけれども、やはりまだ全体的な指導というもの、文部大臣、この辺どういうふうにお考えでしょう。
○森国務大臣 高等学校はそれぞれの都道府県が設置の責任を持っておるわけでありますから、それぞれの考え方や現行の高等学校の配置は違っておると思います。職業教育のように、これは工業学校であるとか商業学校であるとか、教育を受ける立場から識別がきちっとできればいいわけでありますけれども、普通高校については、やはり地域全体の地域性みたいなものも厳然として配置のときにあるわけであります。本人はもちろんのこと、やはり高等学校へ進む場合にはその親の考え方もあるわけでありまして、今の世の中が、すべて先生が考えておられるように個性を尊重した高等学校にみんなが納得していてくれればいいのでありますけれども、何かあの学校へ行ったら学問が低下するのじゃないか、あの高等学校へ行ったら進学のときに間に合わないのじゃないかというふうにどうしても教育を受けさせる親の立場から判断をするのじゃないだろうか。 私は、そういう考え方じゃなくて、先生のおっしゃるとおり、高等学校は皆個性があって特徴があるというのは非常にいいと思うのです。そういうことが本当に一般的に具現化してしまえば、高等教育がまたそれに対して選抜する方法も変わってくるのじゃないかと私自身は思います。ですから、できるだけそういう方向に進めるように指導していきたいと思いますけれども、何といいましても高等学校の設置義務のある都道府県がそういう考え方を持ってくれるということが大事だと思いますので、今後ともそういうことについては啓蒙もしていきたいし、また指導もしていきたい、こう思っております。
○田中(慶)分科員 神奈川県ではもう既にそういう方向で具体的な動きがあることは事実なんで、そういう点を含めて、例えば国立大学がそういう形の中での受け入れ態勢がなければだめなんです。私学の場合、今申し上げたような形で個性化教育、さらに大学を求められるときに、文系、理工科系、体育系、すべてそれぞれの特徴に合った大学を選考できるわけです。ところが国立大学になると受け入れがないわけですから、そういう点を含めて、一貫した教育という形の一つの見直し、こういうことが望まれるのじゃないかと思います。そういう点で文部大臣、どう思いますか。
○森国務大臣 田中委員御指摘のとおりでありまして、共通一次を含めて、高等教育機関の選抜方法についてできるだけ多様化してほしいと願っているのはこのところであります。文系を受ける人に無理やりに数学ばかり、あるいは物理や化学をやらせる必要はないじゃないか。そうして、この高等学校は個性に応じた教育をやっているんだということの評価を高等教育機関もしっかりやってもらいたい。そういう意味で、今の共通一次を守りながらさらにこれを改善していくということになれば、よく議論に出てまいりますように、アラカルト方式というのですか、メニュー方式とかいろいろな言い方がございますけれども、それぞれの個性のある教育を受けた受験生が自分の一番得意とするところを評価してほしい、ぜひそういうような試験制度に改善をしてもらいたい。こういうようなことも先般から国立大学協会の入試改善の懇談会の皆さんにも私からお願いをいたしておるところでありますし、長くなって恐縮ですが、私学も、私学だけは別なんですということではなく、やはり私学も問題が専門的に難しくなってくるのは当然でありますから、できれば私学もアラカルト方式のような選抜に参加してもいいのじゃないかという考え方も出てきておりますので、高等教育機関がその選抜の対応の仕方さえ柔軟にやってくだされば、今おっしゃっておられるような高等学校の多様化あるいは個性化というのはどんどん促進されていくのではないか、私はこんなふうに考えております。
○田中(慶)分科員 都道府県のそれぞれの県教委の個性化教育の最終的な悩みというのは大学の受け入れで、いま申し上げたような問題が大変心配であるということで、やりたくてもできない、こういうものがあるわけですから、ぜひその辺についての門戸を開いていただきたい。これは要望でございますので、文部大臣にぜひその辺について積極的な取り組みをしていただきたいと思います。 次に、触れ合い教育ですが、これは先般の予算委員会では時間が余りなくて、大臣がいろいろ考えていらっしゃることについて十二分にお聞きすることができませんでした。しかし今、触れ合い教育というものが地域総ぐるみの中で必要ではないかということを私は痛切に感じているわけです。そういう点で、例えば中曽根総理も、自然教育とか、いろいろ表現は変えて言っておりますけれども、現在あらゆる角度でこの触れ合い教育ということが重要視されておりますし。それぞれの地区でも行っていると思います。 この触れ合い教育の中でぜひお願いしたいというか、文部大臣の考え方をお聞きしたいのは、受け入れ側として、各自治体を含めてもっともっと積極的な取り組みが必要ではないか。例えば農政で減反をしたりいろいろなことをしているわけですけれども、米をつくる、そういう体験もできるわけです。しかし、現実には都市化によってこういう環境というのはだんだん悪化しておりますので、広場もなくなってしまう。こういう実態ですから、やはり行政が一丸となってのその確保なり取り組みが必要ではないか、こんなふうに思いますので、この辺について大臣の考え方をお伺いしたい。
○森国務大臣 児童生徒にとって知育、徳育、体育の調和がとれた学校教育が基本的な目標として大事だと考えております。そういう意味では、このところ知育偏重であったということは先ほどの先生との議論の中でも認めざるを得ないわけでありまして、そういう意味で教育の場で人間性というものをもう少し大事に考えていった場合に、先生御指摘のような触れ合い教育といいますか、そうした人間性を深めていく、あるいはまた自然と人間の調和あるいは勤労によるいろいろな体験、福祉活動によるそうした人間のよさ、そんなところをやはり学校教育の中でもぜひ学んでいくようにしむけていかなければならない、こういうように考えております。 そういう意味で、文部省といたしましても、理科や社会科の教科では野外学習を取り入れているようでありますし、特別活動では旅行的行事や勤労、生産的行事を積極的に採用していくように努めております。また、今御審議をいただいておりますこの予算の中で、新たに自然教室推進事業というのを実施をいたしまして、自然との触れ合いの機会をできるだけ持たせていく、このように積極的に取り組んでいきたいという考え方でございます。
○田中(慶)分科員 触れ合い教育の関連の中で、例えば学校開放、こういう問題も一つあるわけでありますし、あるいはまた、現実にそれぞれの義務教育課程の中でもプールや校庭、施設の開放というものを積極的に行っているところと余り積極的に行わないところ、こういう問題もあるわけであります。しかし私はそういう点では、地域との触れ合いを感じさせるならばより積極的な取り組みが必要だろう、こんなふうに思いますし、その辺については指導方針としてどうなっているかということが一つ。 もう一つは、特に高校の中で、設置義務は確かに都道府県かもわかりません。しかし、現実に今義務教育化のような形の中で、プール施設その他がない学校がまだまだたくさんあるわけです。ということは、神奈川のように、非常に生徒数が多くて学校をつくることが最優先で、現実には施設の充実を行っていない。私は、ある程度こういう問題についての配慮なり補助なり取り組みというものがあってしかるべきじゃないか、こんなふうにも思いますけれども、まさしくこれは裸の触れ合いですから、そういう点ほどのような取り組みをされておりますか。
○高石政府委員 学校施設の開放は積極的にやっていきたいということで、各都道府県、市町村の施設開放に文部省も相当力を入れてきております。 それから、学校プールにつきましてもこれを整備していくということで、それぞれの市町村、都道府県の段階で漸次整備してきているわけでございます。ですから、そういう施設を利用して先生御指摘のような活動を展開していきたいと思います。
○田中(慶)分科員 場所によっては、恵まれない、広場もない、こういうところもあるわけですから、そういう点でできるだけその施設の開放ということと同時に、あわせて、空間の十分な利用ということを考えてまいりますと、施設によってはナイター照明も行って積極的な取り組みも必要じゃないかと私は思いますが、画一的じゃない、場所場所に応じた形でそういう取り組みをぜひやっていただきたい、こんなふうに思う次第です。 次は、非行化の問題ですけれども、先般来この問題についてもお話し申し上げてまいりました。確かに、今の時分になってまいりますと校内暴力とかいろいろな形で非行が大変深刻な形になってきていることは事実であります。そういう中でも特に、性犯罪等の問題についても年齢がだんだん低年齢化されてきているわけです。去年、五十八年度は御案内のように十六歳が性犯罪のピークなんですね。十五歳もまた大幅に伸びている。こういう実態を考えてまいりますと、いろいろな非行の問題もあろうと思いますけれども、こういう形のデータを見た中で現実にはどのような取り組み、指導等を行っているか、その見解をお伺いしたいと思います。
○高石政府委員 保健体育の教科の面でそういう性教育の教育をしているほか、学校における一般の生徒指導の観点で取り組んでいるわけでございます。 ただ、この問題は、家庭における取り扱いの問題、それから社会の環境全体の問題、これらと一体とならないと、なかなか学校だけで成果を上げるということは難しい点がございます。したがいまして甘そういう点の連携を強化しながら充実していかなければならないと思っております。
○田中(慶)分科員 きのうもそれぞれセックス産業云々という問題もありましたけれども、総体的に、性犯罪という問題も含めてこの青少年の非行という問題はマンネリ化になってきているのじゃないか、私はこんなふうに思うのです。そういう点では、今教育論議が盛んにされているときにこういう問題について本当に真剣に取り組まなければいけない。しかし、データによればだんだん低年齢化されていること自体が大変不安であるわけですから、そういう点では、今局長が言われただけの問題では済まないような気がします。そういう点で、文部大臣、この辺についてどういう取り組みをこれからされていくのか、ちょっとあなたの誠意のほどを見せていただきたいと思うのです。
○森国務大臣 正直申し上げて、青少年の、特に少年の非行、暴力傾向あるいは性犯罪、これは、学校といいますか、文部省だけでこれを解決しろと言っても無理なことだと思う。これは決して逃げではありません。我が国はすべて自由ということがありますけれども、その中に大人の、全体の社会の責任というものはやはり考えてもらいたい。少なくとも子供の通学路には大きな映画のヌードの写真などはやはり避けるように配慮するのが大人の自覚だろうと私は思います。私たちの子供のころにも、ちょっとこの委員会で言うと下品になって恐縮ですけれども、ストリップのポスターはありましたけれども、今のロマンポルノなんて言われているような、具体的な性行為を示すようなポスターは、田中さんや私たちのころと違っておるのですね。そういうようなポスター一つの表現でも随分時代的に変わってきている。それだけに、売らんかな、できるだけおもしろいものを見せたい、それを利益の追求にしようというこの大人の責任というのは——やはりもっともっと教育の見地で子供を大事にするんだ、いかなる子供もみんな自分の子供なんだという考え方をやはり国民全体が持ってくれないと、文部省がどんなに頑張っても、こうした子供たちへの刺激は、性教育ではなくてむしろこれは情欲をそそるような方向に持っていかれるのは当たり前だと私は考えております。 しかし、さはさりながら、文部省の責任がないとは言えないわけでありまして、性行為というもの、これは人間の生命というもの、生命が宿る行為なんだ、誕生する行為なんだ、そういう厳粛なことももっともっと学校教育の中に強めて、特に子供たちの非行が低年齢化していけばいくほど、そうしたことのとうとさ、大切さ、そういう性という喜びの中に人間の命というものとが常に裏腹の関係にあるのだということをもっともっと教育の現場で教えていくことが大事だと私は思います。 暴力につきましても、例えばテレビ一つ取り上げてもそうでありますが、おもしろおかしく、結果的に暴力を犯し殺人を犯すことは処罰されるということの起承転結はテレビの中にある程度出ておりますけれども、そういうことのわからない子供たちの目の前で、何となく簡単に人を刺してしまうというようなことを視覚にどぎつくやっていくということは、やはり子供たちの目から守るようにしてあげなければならぬ。私は、初めて一年生議員になったときに逓信委員をやって、そのことで小委員会をつくっていただいてテレビ会社の皆さんとやりとりしたことがございました。そのときのテレビ会社の皆さんは、速記録に残っていますが、今ほどひどくはなかったことでありましたけれども、そんなものを見せる親が悪いんだということしか出てこなかった。民間放送といえども、これは利益追及の団体で、株の配当をしなければならぬのだということまで吐く人がいて、非常に私は残念だった。少なくとも自分の孫子をひざに置いて、お茶を飲みながら、笑いながらテレビを見られるかどうかということが、おのずと社会におけるそれぞれの人間の責任のバロメーターではないかな、こんなふうに私は思っています。 できれば法的に規制したりあるいは出版を事前チェックをしたりということがないことが、報道や表現の自由から見て当然正しいことであります。しかし、法律やそういう自由表現の中の恩恵でぬくぬくと商売を追求していく、経済を追求していく、そのために子供たちがおかしくなっていくということについては、我々は怒りを持って声として出していかなければならない、こう思っております。しかし、学校教育においては、先ほど申し上げたように、やはりそれはそれとして正しい教育を行っていくということが当然のことであろうと考えております。
○田中(慶)分科員 今文部大臣の決意のほどをお聞きしましたけれども、しかし、暴力行為なりあるいはまた非行なり性犯罪なり、一連の大きな社会問題だと私は思いますし、特に暴走族の問題一つとっても、これまた低年齢化されていることは事実であります。私は一つ何か狂っているような気がしますし、その狂っているものが何だろうということを考えたときに、今これを正すには、社会という問題もあろうかと思いますけれども、教育そのものがもっともっと原点に返ってやらなければいけないのだろうと思っております。そういう点で、これらについて文部大臣が今一生懸命やられる決意を述べられましたけれども、単なるそれだけの問題じゃなくて、本当に真剣にぜひこれに取り組んそいただきたい、こんなふうに思います。 特に、校内暴力等々、非行の問題について考えてみますと、学校と警察の両者が、まさしく学校はできるだけ隠そうという形もされていることは事実なんです。私は、そういうことは本当に非行の芽を摘む意味では余りよくないことだと思います。そういう点で、これからもぜひお互いが総力を結集された中でこの取り組みをしていただきたい、こんなふうに思う次第です。よろしくこの辺をお願いしたいと思います。 時間の関係がありますので、次に移らせていただきます。 次に、帰国子女の問題で、先般もちょっと触れましたけれども、私たちは、日本の経済がこんな形になっているのですが、受け入れ側として受け入れ態勢が余りよくないのじゃないか、こんなふうに率直に感じているわけです。文部大臣、この前もちょっと時間がなくて余り詳しい答弁をいただけませんでした。しかし、私は何らかの形でこの帰国子女の手助けをしなければいけないのじゃないかと思うのですけれども、文部大臣、その辺について答弁をお願いいたします。
○高石政府委員 帰国子女は毎年約一万人ぐらい帰ってくるわけでございます。それで、小、中、高等学校、それぞれの段階がございます。 そこで、帰国子女の最大の課題は、早く日本語をちゃんと覚えて授業についていける態勢づくりというのがまず前提にあるわけでございます。そのためには、学校の指定をやりまして、そういう指定された学校に入れてもらってまずなれさせることから始めなければならないということで、これもまた十分ではございませんけれども、指定校を拡大しながら、場合によってはそういう研究地域も指定しながらこれについて前向きに対応していきたいと思います。今後なお一層努力していかなければならないと思っております。
○田中(慶)分科員 まさしく、日本の経済が頼るところ、当然国際化の波があるわけであります。ところがそれぞれが犠牲になることが多いということで、この辺についても先般も申し上げたわけですが、かわいい子供たちのためにやはり何といっても高校教育ぐらいまでは、海外で活動された公安心して自分の子供ぐらい国内で勉強できるようなシステムがあってしかるべきだろう、私はこんなふうに思うのです。今まさしく、公立にも入れない、そして私学にも入れない、中学浪人さえ出ていることは現実なんです。私はこういうことを考えたときに、何とかこれを救ってやりたい、これは当然だと思うし、またしなければいけないのじゃないか。ところが、それが制度があったりいろいろなことで邪魔されているわけですから、この辺、本当に子供たちが安心して勉学ができるような道だけはぜひやっていただきたい、繰り返してお願い申し上げます。 特に今の先端技術という問題で、先般質問させていただいたわけです。義務教育の中にもということで御答弁もいただきました。大臣が、先般も意欲的に述べられているわけです。しかし私は、これは教師みずからもっともっと精力的に、制度的にやっていかなければいけない問題だろうと思いますので、きょう繰り返して申し上げるわけですが、これからこの先端技術、あるいはまた現在の社会のニーズに合うような形の中で民間研修等について、ぜひ制度の中へ盛り込んでいかれる必要があるのじゃないか、この辺についての考え方をお伺いしたい。
○高石政府委員 まず、先端技術を学校教育の中へどういう形で取り入れるかというのが一つの重要な検討課題でございます。現在は、主として高等学校レベルの職業教育の分野、商業、工業の分野でこれを導入し、教育しているわけです。それをもっと拡充すべきではないかという意向もございますし、その方向での拡充を図っていかなければならぬと思うのです。 ただ問題は、例えば小学校段階にコンピューターを全面的に導入することについては、相当慎重に考えるべき課題であろうと思うのです。先ほども御質問がございましたように、やはり子供たちには自然との触れ合い、足腰をしっかり据えるという時期があるわけでございますので、そういう重要な時期に、ただ機械になれさせるというような教育等どう併合していったらいいかということも考えていかなければならないということで、それとの兼ね合いを十分考えて、小、中、高等学校のいかなる段階においてどう取り扱っていくかということを研究してまいりたいと思うのです。その体制ができた段階で、教職員に対する研修のようなものは漸次並行して実施していかなければならないと思います。
○田中(慶)分科員 いずれにしても、これだけ時代の流れが大きく変化をし、回転が速いわけですから、教育だけその対応がおくれていたのではやはりまずいだろう、こんなふうに思います。教育も、まさしく伝統も歴史もあるでしょう。しかし、先見性を養うこともやはり教育だと私は思います。そういう点では、そういう時代がもうすぐに来るのだから、もう六十三年以降だんだん先生が余ってくるのだから、そういうところで先んじてやっていただきたいということを申し上げているわけで、この辺をぜひこれから制度の中で取り組まれるように強く要望させていただきます。 いろいろな一連の問題を申し上げましたけれども、文部大臣も私学だということでありますが、少なくとも今、それぞれ私学の問題について建学の精神その他が非常に高く評価をされているわけであります。しかし、今の教育の中で、例えば日本の中でそれぞれ多くの活躍をされている人たちの分布を見ても、公立を出ている人たちが多いわけであります。そんなことを考えてまいりますと、今の社会と相反する中でいろいろな問題が出ているときに、私学のこの精神というものを公立の中にも、行革じゃありませんけれども、教育に活力を生み出す意味で入れる必要があるのじゃないか、私はこんなふうに思うのですが、最後にその辺についての見解だけをお伺いしたいと思います。
○森国務大臣 私学も、それから公立も、それぞれ日本の教育に果たした役割は極めて大きいと思っております。しかし、ややもすると最近ではその差が余りなくなるという感じは否めない事実だろうと思いますが、今後とも私学は私学に、やはり本来あるべき建学の精神に立ち戻っていきたい、また、余りそれにばかりこだわることもなく、新しい分野にもぜひ積極的に伸びていってもらいたい、こんなふうにも思っております。 それから、公立につきましては、先ほど高等学校のお話も先生御指摘されましたように、できるだけ個性豊かな教育を多様的にとらまえていってほしい。これからの日本の教育は、いろいろな意味で新しい時代に対応した方向に進んでいかなければなりませんので、このようにそれぞれの立場で十分に検討を踏まえていきたい。また、そういう個性化あるいはまた多様化、そうした国際的なニーズ、そういうものにこたえられるような教育体制になっていくように私どもも最善の努力をしていきたい、こう思っております。
○池田(克)主査代理 これにて田中慶秋君の質疑は終了いたしました。 次に、藤田スミ君。
○藤田(ス)分科員 大変お疲れだろうと思いますが、よろしくお願いいたします。 私は、きょうはマンモス校の問題についてお伺いをしたいと思います。 一概にマンモス校と言いましてもとらえ方はいろいろありまして、日教組が調査をしましたら、小学校では二十五学級を超えると、中学校では十九学級を超えると大き過ぎるという感じになるというふうに言っておりますし、それから文部省の方は三十学級を超えるとこれを分離するように指導しているということなんですが、いずれにしても、このマンモス校が学校の運営上や教育の上で大変問題が多いことは文部省もよく御承知のことだと思います。 とにかくマンモス校一校当たりの校庭面積を見ましても、全国の平均の約四割ぐらいしかないというようなことで、子供たちの運動能力、体力の面でも大きな問題があります。もちろん日教組の調査などによりますと、当然のことだと思いますが、学校と先生方と子供たちとの間、先生と先生とのまとまり、こうした中の問題が大きくて生徒指導がばらばらになる、子供の顔が覚えられない、結果として、先ほど問題になっておりましたけれども、非行などの問題行動も多く発生してくる。 私は、もちろん非行の問題がすべてマンモス校にある、そんな単純なことは考えておりませんけれども、しかし余りにも問題の多過ぎるこのマンモス校を早急に解決をして、教育条件を整備をしていくというのは、これはもう政治の責任じゃなかろうかというふうに考えるわけでございます。文部大臣、ひとつ政治の責任という立場でマンモス校の問題をどういうふうに受けとめておられるか、お伺いをしたいと思います。
○森国務大臣 子供たちが適正な教育の環境の中で教育が行われていくということは極めて大事なことでございます。また、文部省もそのことに一番意を用いながら教育条件の改善に努めてきたところであります。 今御指摘いただきましたいわゆるマンモス校、過大規模校、いろいろと教育を進めるに当たって、先生と生徒あるいは生徒同士、先生同士、いろいろ問題があることは藤田さん御指摘のとおりでございます。そういう問題を何とかして解消していきたいということで、文部省も一生懸命取り組んできておるところであります。 具体的なことが必要でございましたら、局長からもお答えいたさせます。
○藤田(ス)分科員 結構です。 大臣もマンモス校に対して弊害は認めておられ、そして早くこれを解消したいというお気持ちだということはよくわかりました。 そこでお伺いをしたいのですが、これまで文部省が分離を指導してこられた三十学級を超える小中学校というのは、過去五年間でどういうふうに推移をしてきたか、お伺いをいたします。
○阿部政府委員 三十学級を超える、三十一学級の学校数の最近の状況でございますけれども、小学校、中学校分けて申し上げますと、小学校が五十四年度二千六十六校、これが最近のピークでございまして、それから年々、五十五年度、五十六年度、五十七年度と減ってまいりまして、五十八年度現在で千五百三十一校となっております。また中学校の方は、五十四年度は四百十五校でございましたが、これは中学校生徒の急増のピークに近づいてくるという関係もございまして、その後ふえてまいりまして五十七年度で六百一校、そして五十八年度は五百九十九校と、若干減ったというような格好になっておるわけでございます。 なお、毎年こういった小学校、中学校の分離、新設のために補助をしておりますけれども、最近数年間大体毎年三百校前後ぐらいの分離、新設が行われておる。そういったことの結果がこういう数字になっておるということでございます。
○藤田(ス)分科員 それでは、マンモス校に対する用地費補助、これは児童生徒急増市町村公立小中学校施設特別整備事業費補助金ですか、この事業の五年間の予算の推移をお願いしたいと思います。 恐縮ですが、来年度の対策もあわせてお聞かせください。
○阿部政府委員 ただいま手元の数字が予算面積の方で出ておりますので、恐縮ですがそれで申し上げさせていただきますと、最近五年間ほどで申し上げますが、五十四年度が七百五十二万七千平方メートル、五十五年度六百八十五万三千平方メートル、五十六年度五百九十六万平方メートル、五十七年度四百六十六万七千平方メートル、五十八年度四百四十九万八千平方メートルで、五十九年度予算では五百三十三万五千平方メートル、こういうようなことで、年々若干の上下はございますけれども、ほぼ五百万平米前後というような予算措置を行っており、補助をしておるわけでございます。(藤田(ス)分科員「来年度」と呼ぶ) 五十九年度が先ほど面積で申し上げました五百三十三万五千平方メートル分の予算措置をしておるわけでございます。来年度は金額にいたしますと四百四十七億円分の予算措置でございます。
○藤田(ス)分科員 大臣、お聞きいただいたと思うのです。確かに毎年三百校ずつぐらい分離を進めているわけです。しかし、小学校で見ますと、確かに小学校の方は幾らか、五十四年よりも数は五十八年度を見ましたら減っております。しかし、七四%なんですね、五十四年と比べましたら二千六十六校に対して千五百三十一校ですから。中学校の方は、五十四年度四百十五校に対して五十八年度は五百九十九校ですから、一四四%に逆にふえているわけなんです。 予算の方を見ましたら、先ほど面積でおっしゃいましたが、面積を見ましても、七百五十二万平米が五百三十三万平米というふうにこれは現実に落ちております。予算の額で見ましても、一番多い年で五十五年度四百七十九億八千五百万が五十九年度四百四十七億四千三百万円というふうに、これは私が文部省から聞いた数字ですが、こういうふうに減っているわけなんですね。だから、現実にマンモス校の解消ははかばかしく進んでおりません。お答えをいただけるかなと思って、来年度の対策はというふうに聞いておりますが、予算の面だけしかおっしゃいませんので、私、聞いておりますから、間違っていたら言ってください。 来年度からは用地補助を加えていこうということで新たな対策をとられたわけですね。にもかかわらず、それは財政力指数〇・七以上の自治体は対象外だということで、したがって三十一学級以上の小中学校、これは先ほどのお話ですと合わせて二千百三十校ございますが、その中で対象になるのは五十校なんですね。こういうことで、三十学級を超える学校の解消というのはなかなかはかばかしくいかないのじゃないか。文部省は指導しておられるわけですが、その指導どおりに進むというふうに一体思っておられるのかどうか。どうぞ局長。
○阿部政府委員 先ほど、予算が年によって減ったりしているということの御指摘がございましたわけでございますけれども、公立文教施設整備費の関係につきましては、各市町村あるいは都道府県の計画を毎年、前年のしかるべき時期に事情聴取をいたしまして、その計画等に見合いながら必要な予算措置を定めるという仕組みにしておるわけでございますので、予算を減らしたから向こうが減ったという仕組みの関係ではないということをひとつ御理解をいただきたいと思うわけでございます。 それから、来年度の新しい仕組みといたしましては、先生の方からお話がございましたように、従来から急増関係の用地取得費補助という制度がございまして、その制度で大部分の分離新設が、今まで毎年三百校前後というものが行われてきているわけでございます。当面その制度を拡充するという形で〇・七〇以下のものにつきまして四年間まで延長して認めるということで、先生御指摘のような五十校程度がとりあえず対象になるであろうというふうに考えておるわけでございます。 もちろん文部省といたしましては、こういった部分的な処理だけでいいというふうに考えておるわけではございませんので、用地費補助等の措置によりまして解消が可能だと思われるようなたぐいのもの全体について、できるだけこれの解消を図っていきたいというふうに考えておるわけでございますが、御案内のように当面国の非常に厳しい財政事情等もございますし、また、現実に今新しい制度を始めましても、事柄が学校の分離、移転というようなたぐいの問題になりますと、実際の土地を探すあるいは学区の父兄の御了解をいただく等々のことでは数年を要するというのが実態でもございます。そういったようなこともございます。いろいろなことを総合的に判断いたしまして、当面、五十九、六十の二年間につきましては従来の急増用地費補助制度の拡充というかっこうで対応する、六十一年度以降について別途また検討をする、こういうような構えをとった次第でございます。
○藤田(ス)分科員 私は、今のようなやり方をしていたら本当に解消できるのだろうかということを強く思っております。 そこで、今全国で一番ひどいと言われている地元の堺市の実態についてお話を聞いていただきたいと思います。私、今ここに、堺市の西陶器小学校の校長とPTAの会長が出した市あての要望書を持っております。この要望書は実は五十七年の三月に出されておりますが、この学校は、五十二年にはわずか三百十八名という児童であったわけです。ところが、この要望書が出ました五十七年には千三百四十五人にふえております。だからこの中の文章を見ますと、校区の急激な宅地化により在籍児童数が急増、至急に善処されたいというふうに要望しているのです。ところが一向に分離されないで、とうとう五十七年に出されてから二年後、来年度五十九年の五月には恐らく千五百六十五名になるだろうということで、三十一学級を超え、千五百名を超えるというような状態なんです。 実際に学校に行ってみましたけれども、運動場にはプレハブ校舎がいっぱい並んでおりました。現在の広さは三千七百三十四平米です。文部省の基準といいましても、一応小中学校校地基準面積という表で運動場の広さを見てみましたら、十二クラス分の半分近い面積のところに三十一クラスの子供、千五百を超える子供がひしめくわけですから、本当に十分想像していただけると思いますが、こういうふうに急激に宅地化が進んでマンモス化していくというような状態は、堺の中では決して珍しい状態ではございません。 こういうふうな日本一と呼ばれております堺のマンモス校の実態をどういうふうに見ておられるのか、お伺いをしたいわけです。
○阿部政府委員 堺市の例を挙げられたわけでございますけれども、私どもといたしましては、堺市に限らず全国の過大規模校についてかねてから問題があると考え、特にこういったケースは先生御指摘がございましたように児童生徒の急増市町村で起こるのがほとんどでございますので、急増市町村につきましては従来から用地費の補助の制度あるいは建物建築につきましての補助率をかさ上げするというような制度を設けてそれの対応を図ると同時に、それぞれの設置者に対しましては各都道府県を通じまして、特に三十学級を超えるようなものについては分離、新設をぜひ積極的に図るようにという指導を重ねてまいってきておるわけでございます。 そういう意味で、堺市が、具体の事情を個別には私も全国のものを知っているわけではございませんけれども、いろいろ事情があったこととは思いますが、今日まで解決がつかなかったというのは大変残念なことだと思うわけでございます。
○藤田(ス)分科員 この堺は八十五小学校がございまして、実に三十一学級を超える学校が三十一校ございます。実に三六%ですね。全国でマンモス校を平均してとったら六・一%というふうに聞いておりますけれども、それのざっと六倍も集中しているのがこの堺市なんです。 ところがこの堺市は、五十七年度で急増指定地域の指定が打ち切られました、小学校の子供が減ってまいりまして。同じ理由で分離校に対する用地費補助も実は受けられなくなりました。これは〇・七という財政力指数の足切りでそういうことになりました。したがって堺市は、急増指定期間中十年間で確かに二十二校ふやしているわけですが、三十一校残っている、こういうような状態になっております。市に聞いてみましたら、現在、この三十一学校の中で具体的に分離を計画しているのはたったの四校。まだほとんど見通しが立っていない、だけれども一応計画はしていますというのが五校。あとは全く計画さえも成り立たないような状態になっているわけです。そういう状態の中で国の補助が一切なくなるというようなことになりましたら、一体これはどういうことになるのか。それでも文部省は、三十一学級以上の学校を分離するようにという指導が堺市でうまく進むと思っておられるのかどうか。これは随分有名な町ですから、局長も御存じだと思います。
○阿部政府委員 堺市の具体のことについては承知をいたしておりませんけれども、先ほど来申し上げておりますように、急増指定期間中に、これだけの制度をつくって対応してきたわけでございますので、できるだけそれに沿って処置をしてほしいということで、堺市と申しますか、全国のそれぞれの関係似市町村に対しましては、分離促進について特に補助制度の中でもこれは優先採択をするということを明記する、同時に各都道府県を通じて指導してまいったわけでございます。もちろんできなかったというのはそれなりの、特にこういう問題につきましては用地を探すことからして非常に難しい問題があるわけでございますし、そういった物理的な問題のほかにいろいろな問題を抱えておるものでございますから、なかなか解決ができなかったというケースはあろうかと思います。 しかしながら、そういうことでこれまで進めてきたということと、それから、それに落ちこぼれたと申しますか、そういう組についてこれからぜひ考えたいということで、先ほど来申し上げておりますように、今年度、五十九年度から新しい措置対応を考えたわけでございます。もちろんその措置につきましては、いろいろ全体的な制度の仕組み等もさらに反省をし、考えなければならない時期も数年先に来ることでもございますので、ある程度部分的に対応していく。そのためにはまずどちらから取り上げるかといえば、財政力指数の弱いところから取り上げるという方式をとるということは、それはそれなりに意味のあることだと私は思っておるわけでございます。
○藤田(ス)分科員 実態を知っているだけに、そういう説明は私はなかなか納得できないのです。それは全部文部省に責任があるとは私言いません。堺市にも問題があるでしょうし、堺市の思惑どおりに進まなかったという問題もあるでしょう。急増しているときというのは、用地を確保するのが民間との競争になっていきますので、あれだけの広い用地を確保するというのは本当に難しいのですね。あっと思っている間にどんどん取りこぼしが出て、もう手だてができなくなるということでこういうような状態が出てきているわけです。それを単純に財政力指数だというふうに言われても私は納得できませんし、それなら、その間じゅう子供たちは待ったなしに大きくなっていくわけですから、我慢せいと言うのか、しかし、我慢できるだろうか、そういうことでいいんだろうかという気持ちになるわけです。だから私は、財政力指数による足切りということではなしに、文部省がもっと精力的にこの問題に取り組むということを考えていただきたいわけであります。 同時に、こうした実態の中で文部省は三十一学級以上のマンモス校を解消する指導というのをやっておられますが、大体三十一学級以上というのも、実はそのこと自身、私は意見を持っています。あえてさっき、日教組の調査で先生方が大き過ぎると感じるのは小学校二十五、中学校十九以上だというふうに数字を言いましたのも、そういう意味で言っているわけですが、全国の六倍も多くマンモス校を抱えているこの堺市は、三十一学級以上かつ千五百人以上、こういうふうに分離を進めるための計画の対象として条件をつけているわけです。三十一学級以上かつ千五百人以上ということで、千五百人以上になっていない三十一学級以上の学校は目下分離対象から外されてしまっております。これは、三十一学級を三十一学校という大変な数のマンモス校を抱えてしまった堺市が、苦肉の策というのでしょうか、解決不可能だということでこういうふうになったのでしょうが、先ほどから何度も三十学級を超える学校の分離をというふうに言っていらっしゃる文部省の指導に従えない、そして従わない、そういうことになるのじゃないか、これは大変大事な問題だと思います。どういうふうに思われますか。
○阿部政府委員 先ほど来繰り返し申し上げておりますように、現実に学校の分離、新設を行います場合には、先生の方が私よりあるいはずっと御承知なのかもしれませんけれども、事柄として相当な経費を要するということもございますし、あるいは具体的にどういうふうな用地を選定するかという問題、そういう用地がそもそも物理的に存在するのかしないのかといった問題もございます。あるいは学区制をめぐりまして住民がいろいろな意見を持っている、そういう意見の調整ということもございます。 いろいろな問題を片づけていかなければならないわけでございますので、私ども、三十一学級以上、三十学級を超えるケースについてはこれを分離することが望ましい、もちろん二十五学級から三十学級までのクラスにつきましても、これを分離したいというものについては従来から急増対策の中で取り上げてきているわけでございますけれども、特に三十学級を超えるものについては、ぜひこれは解消するようにという指導をしてまいっておるわけでございますが、こういう難しい事柄でもございますから、それぞれの地域の実態等に応じて各市町村がある程度順位をつけ、順番をつけながら処理をしていくということはやむを得ないことであろうと思うわけでございます。 今度こういう仕組みをつくったことによりまして、とりあえずは五十校程度ということにしておりますけれども、先ほど来申し上げておりますように、六十一年度以降につきましては新しくどういう対応をするかということを十分検討したい、こういうふうに考え、現在からその検討に入りたいと思っておりますので、そういう中でのこういうことの解消に文部省としては努めてまいりたい、こういう気持ちでおるわけでございます。
○藤田(ス)分科員 大臣、お聞きいただいて御理解をいただけたのではないかと思いますが、大臣もおっしゃるように、マンモス校の解消というのは政治の責任だというふうに私は考えます。総理大臣も今教育改革というようなことを言って、校内暴力だとかあるいは非行だとかいう問題を大変憂えておられるわけです。だとしたら、一番足元のこういう問題にこそもっと積極的に取り組んでいくべきじゃないか。国が指導しているのになぜはかばかしく進まないのかというところに対しても、もっと積極的に検討を加え、拾い上げられるように取り組んでいくべきじゃないかというふうに思うわけです。こういうふうなマンモス校を抱えている市は、そうはいってももう四、五年たったら、あるいは五、六年たったら子供が減ってくるだろう、だんだんこういうような考え方をしているんじゃなかろうか、あるいはもしかしたら国の方もそんなことを考えているんじゃなかろうかと思いたくなるような今日までの姿でありました。しかし子供たちには、先ほども言いましたように二度と取り返しのつかない年月でございます。だからこそ、どんなに困難な中でも親ならば自分のものを食べなくても子供の教育をつけてやりたいと思うでしょう。それと同じ気持ちを国の方がもっと持ってもらいたいものだと私は考えるわけです。 先ほど、六十一年から新たに取り組んでいきたいというお話でございましたけれども、それじゃぜひとも〇・七というような足切りをやめて、もっと実態に見合った取り組みを進めていっていただきたい。そういうことで大臣の御決意のほどをお聞かせいただきたいわけです。
○森国務大臣 過大規模校の解消につきましては、先ほどから管理局長が申しておりますように、文部省も決してそれを単に見逃しているわけではございませんで、いろいろな形で関係市町村に対して指導を行ってきておるわけであります。また、補助の執行に当たりましても、先ほども局長から出ましたように優先採択をして可能な限り分離を進めていくように指導をしてきたところでございます。しかし、どういう実情がそれぞれの地域によって違うのだろうと思いますけれども、用地がなかなか得にくい面もあるでしょうし、仮に用地を得たとしましても、またその場所が的確であるかどうか、学校を分離するということになりますとかなり住民の意識がいろいろなふうに、また争点のもとになるというような例も幾つか聞いております。そしてまた、住民の意識というものもやはり考えていかなければならぬ。そういう中で学校の設置義務者であります市町村がどういうような形で進めていくか、このことが今日までおくれをとっておるいろいろな理由にもなっておるのではないかというふうに私は承知をしております。 そういう意味で、確かに政治の責任であることは間違いございませんけれども、現行ではやはり関係市町村が積極的にそれを打開していってもらわなければならぬ。あるいは市町村によってはプライオリティーがどこにあるのか、政治の選択の優先がどこにあるのかというのも、やはり市町村の権限でございます。その中で私どもが相談にあずかり、またできるだけ積極的にそのことが進められるように指導もしてきておるわけでございます。 そういう意味で、先ほどから何回も繰り返すようで恐縮でありますが、はかばかしく進んでいかない理由は幾つかあるでしょうが、その中で用地取得が最大のネックになっておるということで、急増用地取得費の補助を拡充した制度をことしは取り入れたわけでございます。しかしその中に、まあ御批判はありますけれども、やはり財政力の弱いところから優先をしていかなければならぬというのが、これは均衡ある行政を進めていくにはやむを得ない処置であったというふうに思っております。 また、来年からできるかということでありますけれども、これは急増用地のそのものの制度がちょうど見直しをしなければならぬといいますか、期限切れでございますので、そのときと一緒に、あわせてこうした問題の解消を図れるように文部省としてもそれぞれの地域の実情も十分調査もし、見きわめながら、できるだけ早くこのことが促進できるように、藤田先生も大変御心配になってこの問題に取り組んでおられますことに対しては心から敬意を表しながら、なおかつ、その地域地域の実情に応じた積極的な改善を指導するように今後も努力していきたい、こう思っております。
○藤田(ス)分科員 時間が参りましたのでこれで終わりますが、要するに大臣、少なくとも今度検討するときには、こういうふうな足切りをやめて、そしてやはり実態に見合った形で積極的に国が乗り出していっていただきたい。私は大臣の今の御発言に期待をし、そしてそこに大きな望みをかけて、市の方が積極的に対応するように私も私なりに市の方に文部省の意向も伝えておきたいと思います。ぜひともがんばって、予算をふやしていただけるようにお願いをして、これで終わりたいと思います。
○池田(克)主査代理 これにて藤田スミ君の質疑は終了いたしました。 次回は、来る十二日午前九時から開会し、自治省所管及び文部省所管について審査を行うこととし、本日は、これにて散会いたします。 午後八時十二分散会