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101回国会衆議院1984/02/23

予算委員会公聴会 第1号

発言数
122
登壇者
20
会派数
5
開催日
1984/02/23

会議録

倉成正自由民主党・新自由国民連合

○倉成委員長 これより会議を開きます。  昭和五十九年度一般会計予算、昭和五十九年度特別会計予算、昭和五十九年度政府関係機関予算、以上三案について公聴会を開きます。  この際、御出席の公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  公述人各位には、御多用中にもかかわらず御出席を賜りまして、まことにありがとうございました。昭和五十九年度総予算に対する御意見を拝聴し、予算審議の参考にいたしたいと存じますので、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。  なお、御意見を承る順序といたしましては、まず法眼公述人、次に大田公述人、続いて黒羽公述人の順序で、お一人約二十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えをお願いしたいと思います。  それでは、まず法眼公述人にお願いいたします。

法眼晋作国策研究会理事長

○法眼公述人 私は、法眼晋作でございます。  御要請がございましたので、二、三の点について意見を申し述べたいと思います。しかし、全体として申しますならば、私は、未曾有な財政難の時代に皆さんの御努力で立派な予算ができたと思っております。現段階から申しますというと、私は、こういった予算が可及的速やかに国会の協賛を得て、適切かつ有効に実施されることが一番大事だと思っております。  意見のある二、三の点は、第一は防衛問題でございます。  私は、一国の防衛につきましては歯どめなどはあり得ないものだと思っております。したがって、パーセンテージに関する議論は一種の神学論争だと思っております。問題は、いかにすれば国家は十分防衛できるかという点にかかっているのでございまして、断じてパーセンテージではございません。ただ、めどはありまするから、めどという関係からパーセンテージを論ずることはやむを得ぬと思っておりますけれども、真実はそう感じております。これはまた御質問があれば後刻申し上げたいと思います。  第二に、私は経済協力の問題だと思います。  我々は五カ年に倍増するということを公約いたしておるわけでございまするが、この公約を実行するためにはあのパーセンテージをやや上げる必要があるということであります。  第二の点は、経済協力予算のうちで一番大事なのは、基礎的なものは技術協力だと思います。何となれば、後刻問題ありますように発展途上国の債務超過の問題、あらゆる問題が途上国自身の技術力、能力の向上をいたさなければ解決できない問題でございまするから、私は、経済協力予算のうちでも、なかんずく技術協力のパーセンテージを上げるべきだと思っております。日本の技術協力のパーセンテージは一〇%内外、発展した先進工業国はいずれも二〇%以上持っております。私はよその国のまねをしろと言うわけではございませんが、この低いシェアの技術協力を格段に引き上げるということは喫緊なことだと思っております。そのことは世界経済の活性化に一番大きい影響があります。  次に、私はわからないのは、確かにこの年度末は百十兆という国債の残高が残り、来年度はさらに大変な数がふえるということが事実だと言われておりますが、公債が発行されたことによって我我国民は多かれ少なかれその余沢をこうむっているわけであります。したがって、この大事なときになぜ減税をなさる必要があるのかと私は考えます。何となれば、我々は子孫に借金を残せませんから、私も余沢をこうむった国民の一人として、浪人でありますけれども税金を納めますから、我我はこの際税金などは減税する必要がないというのが私の強い主張でございます。無論そのたびごとに岡氏を喜ばすということは大事でございますけれども、その結果さらに悪くなったら、これは減税を主張した方々の責任だというふうに私は感じております。  そういうことを申し述べまして、私の簡単なる公述人としての義務を免れたいと思いますが、繰り返して申しますというと、現段階においては早くこれは国会の協賛を得て、可及的速やかに適正にして有効な実施をしていただくということが一番大事ではなかろうか、後の問題は後の問題ということにいたしたいと思うのが私の考えでございます。  ありがとうございました。(拍手)

倉成正自由民主党・新自由国民連合

○倉成委員長 どうもありがとうございました。  次に、大田公述人にお願いいたします。

大田堯東京大学名誉教授

○大田公述人 大田でございます。  国の財政が非常に困難なときでありますし、その再建が急務でございます以上は、国家財政の緊縮はやむを得ないことであろうと思います。  けれども、大変月並みですが、教育のことは一日もゆるがせにできないということをあえて申し上げたいと考えます。なぜならば、教育は何よりもまず人を人らしく育てるということが本質でございまして、政治、経済、防衛その他の社会活動のいわば大前提である、そうして政治や経済や防衛の手段になるということであってはならない、基本的人権であると思います。そういう深い意味における教育、人権中の人権である教育の危機というものが目の前にあるというのが現実でございまして、我々から見ますと、それへの対応努力の方はほどほどにしておいて、防衛費の異常な突出ということが見られるのは、いかにもバランスがとれていないというのが私の率直な国家予算に対する感想でございます。  私は、人間の発達と教育の研究に携わった人間といたしまして、今人間と教育の置かれている現状についての私の認識を率直に申し上げ、人間の発達と福祉とにより重点を置かれた国家予算の成立というものを切にお願いをする次第であります。  今日、教育の荒廃についてはだれもがこれを認め、これに対応する教育の改革というものが求められていることは申すまでもありません。しかし、この荒廃の本質というものをどういうところでとらえるのかということになると、そのとらえ方で対応の仕方というものに大きな違いが起こってくると考えます。  私は約三十年間、東京大学において人間の発達と教育の研究に携わってまいりました。引き続き六年間、山梨県の都留文科大学で学長として教師を育てる仕事に携わってまいりました。この大学は、全国から若者が集まっておりまして、その七割、八割が教員になって全国に散っていくという特色のある公立大学でございます。その大学で、教員養成といいますよりも、むしろよい教師の育つ学問的な大学を目指してあれこれの試みをしてまいったのでございますが、私自身の研究の延長といたしましては、一週間に一度、一人一時間をめどに、学生の一人一人と懇ろに会いまして、その人生史、ライフヒストリーを丁寧に教えてもらうということを続けてきたのでございます。それから得ました現在の日本の子供、若者の育ちぶりの中にある深刻な問題を御報告申し上げて、今日の教育問題をお考えいただくための御参考に供したいと思います。  この大学に集まってくる学生たちというのは、地方から集まった実直勤勉、勉強もかなりよくできる、日本の若者の中でもとてもいい若者だというふうに私は確信をいたしております。ところが、このすぐれた学生たちの多くが深刻な劣等感に取りつかれているということを、この若者たちとの接触でつくづく感じてきたのであります。自分よりできる者には劣等感、できない者には優越感、その劣等感と優越感とのはざまのところに自分を置いて一喜一憂を繰り返す、一日の中でもこの感情を繰り返す。また、自分の大学より格の高い大学には劣等感、格の低い大学には優越感というわけでございます。  考えてみますと、岡公立共通一次試験を受ける三十数万人に対しては、すべて点数、順番がつき、一本の物差しで上から下まで縦一列に人間が並べられるということであります。本来人間はそれぞれの持ち味によりまして横に並ぶものでございまして、縦に並べることになじまないというのが人間の本質だと私は理解いたします。  ところが、この縦一列の人間評価というもののすそ野は国公立共通一次だけでなく、そのすそ野はまだまだ広く、さまざまに格付された大学にいる若者に続き、中学、高校など違った年齢層に及んでおりまして、御承知のとおり、幼年教育の対象になっている幼児にさえもその序列が及んでいるということでございますし、その背後にいる父母や教師というものも、同じような人間評価でもって子供に圧力を加えるという状況でございます。このような制度的、社会的な重圧のもとで、目に見えない背番号というものが日本のすべての子供、若者に刻印されているという、この状況を深刻にとらえていただきたいと思うのです。  こういう状況の中でなおざりにされていることが何かということの観点が重要です。それは、自分という人間が他人と違ってどういうユニークな人間で、これからどんなところでどう生きるべきかという、そういう問いがおろそかにされているということだと私は思います。比較的目当てを持って集まってきているはずの私のおりました大学でさえも、いろいろ問いただしてみますというと、どう生きるかの問いが不完全燃焼のままなのだということであります。それもそのはずでして、この人間にとっての根本的な問いというものが棚上げされたままで、実力テストや学校の試験の成績次第で進路がいや応なしに選ばされる。それが今日の教育制度の中に置かれている子供、青年の状況であります。つまり、重大なことは、どう生きるかの問いというものを燃焼させることができないで、わけのわからない欲求不満の状態に陥っているというのが今日の青少年全体の意識の中に存在すると私は思います。  このような、私の受け持ちました実に堅実そのものに見える若者の精神の中まで、目当てのない欲求不満というものがむしばんでいるという現実がございますが、今日問題になっております中学校の校内暴力の主役たちの持っている心情そのものも、これと異なることがないということを私どもは理解すべきだと思っております。ただ、この場合には、その目当てのない欲求不満が極限状態として姿をあらわしたのだと理解すべきであろうと私は思います。  と申しますのは、そういう青少年の心の底にあるものに触れようとするまじめな先生というのは少なからずおられます。その方々が暴力を振るう中学生たちに対して、一体君はどこが不満なんだ、何が不満だからそういうことをやるんだということを、手をかえ、時をかえ、場所をかえて、その子供たちの持っている不満を聞き出そうと努力をなさるわけです。ところが、それをさんざん試みましても、得られる回答というのは、自分がどこに不満を持っているかがわからないということです。つまり、自分の持っている不満の場所がわからないという不満の状態にあるということでございまして、このことを私は、目当てのない欲求不満の状態に陥っており、これが、できる子からできない子、暴力を振るう子振るわない子のすべてにこの心理状態というものがみなぎっているのだということを、今日の大人世代というものは正確に認識することが教育問題を考えるために絶対必要でございます。彼らは日常的にいらいら、むかむか、目的がないから気だるく重苦しい、いわばアンニュイの中での状態でございますので、何かのきっかけがございますというと、実に衝動的にその不満をぶつけるのであります。弱い者いじめから始まりまして、家庭の弱い母、弱い教師、社会的弱者へというふうに向かっていくのでありまして、一人でやるほどに目当てがはっきりしておりませんからグループでやる。グループになるとまるで人が変わるような状態で暴力を振るうという格好になるのも、目当てのない欲求不満というものから来ている一つの徴候であろうと私は思うのであります。彼らもまた実に深い劣等感にさいなまされ、目当てを探りかねているという不安定な精神状態にあると私は思います。それは根本において、私のつき合いました大変いい学生とその心根を実は同じくしているのだというふうな理解に私は立っております。  実は、どんな荒れた若者でありましても、自分はどういう人間でどういう生き方をしたらいいのだという切実な問いというものは、彼らの人生史の中で必ず持っている問いであると私は確信しています。自分はどういう人間でどう生きたらいいかというこのせつないほどの、すべての子供の持っている願いというものに対して、今日の教育制度はその問いを育てるというふうなぐあいになっておりません。学校の成績によって点数、順番をつけてしかるべき方向に振り分けられるという現状の中では、この問いが育つわけはないはずであります。  少し問題を浮き彫りにいたしますために、一つのことを申し上げたいと思うのです。  現在の政治家や国民の中には、もっと愛国心を教育が行ってくれなくては困るという御主張もあると思います。その反対に、平和や人類主義を唱える人があることもまた同時に事実です。ですけれども、目下の学校教育の状況から申しますというと、それらの教育というのはどちらも点数、順番に置きかえられるのです。隣の友達よりよい点をかち取る目的でそれらは学び取られるという構造になっているのです。今言いましたことは、実は極端なことではないのです。今の学校で用いられているどんな格調の高い文章や作品も、学校の正規の授業の中では点取り競争の素材になる、こういう傾向にあることは私は否定できないと思うのです。  このような事態というものは、教師の心構えだけでどうかなるというようなものではないのです。多くの教師は、一人一人の子供を手塩にかけて育てたいという願望を一方で持っておるのです。しかし、入試制度やそれとのかかわりでの一発勝負のテストによっての人間評価というものが、そのできふできによって大きく影響があることを考えて、そちらの方へ関心を向けざるを得ないというのが今日の状況ではないでしょうか。  このこと一つをとってみましても、我が国の教育は非常に重要な危機に直面している、改革されなければならないと私は考えるものです。ですけれども、それは六・三・三というものをどういう区切りにするのかというような形式的な問題よりも前に、明治以来の伝統であります教育の体質を変えるという意気込みが、目標が重大でございます。学校の成績や一発勝負の入学試験で、学校で教え込まれたこと、詰め込みの程度をはかられて、そこのところで、おまえはどちらへ、こちらへというふうな関係になっている状態というものを、私どもは改革することを考えていかなくてはならないと思います。  私は、現在の状態から将来の教育制度の姿というものを、今まで申し上げました問題点から改革の方向を申し上げますというと、それは、一人一人の若者が、自分がどういう人間でどういう方向で生きるかをみずから見きわめるチャンスを与える、そして一律五教科七科目などではなくて、その自分の選んだ目当てを目指して、それに必要な科目を勉強し、大学の専門部門や特定の職業分野に進めるように、学校制度と大学の入学試験制度をまず改めていくということが必要だと私は考えています。これを私は、選抜本位の教育の体質を改めて、子供、青年の側からのどう生きるかの選択を重視して、彼らに試練を求めながらの教育が行われなければならない、このように考えるものでございます。すなわち、学校教育と入試制度の両方に対して、選抜から選択への原理転換を私は求めてまいりました。当然のことながら、一発勝負の選抜試験を全国画一的に実施します共通一次試験に対しましては、その成立の当初から私は反対の意思表明をしてきたものでございます。  ですけれども、明治以来の重い遺産であります日本の教育制度というものを抜本的に変えてまいりますためには、子育て、教育というものの性質上、粘り強い国民的合意を求めて、教育の目的、内容、方法はもちろん、これを実現する教師の資質等々、実に多くの局面での原理転換と改革が必要でございます。これには時間もかかり、金もかかり、新しい機構の創設も必要であると私は思います。第一、子育て、教育の制度というものを変えるときに、何年何月から全国一斉に変えるというような、そういう制度改革の考え方というものが我が国ではかなり当然のことのように考えられておりますけれども、私は、それは子育て、教育の本質になじまないというふうに考えます。  そういう考え方が定着しました理由は、国家主導のもとで近代化が急がれ、学校教育を政策手段としてきたというあの古いやり方の延長線上にあるのだというふうに考えてもいいのではないかと私は思います。子育て、教育の改革のテンポというのは、政治の波長とは違ってもっと緩やかなものであるということを考えるべきだと私は思います。緩やかではありますけれども、しっかりした原理に基づいてじっくりと、人々の納得ずくで、家庭や地域から着実に改革のエネルギーを組織していくということが考えられなくてはならないと私は思います。政権の座にある人が大号令を発して一気に教育改革をするというような考え方は、教育の改革には全くなじまないと私は考えます。イギリス労働党のキャラハン氏が国民に呼びかけました教育改革、というよりも、今の教育は問題があるので国民の皆さん大いに議論をしてくださいというふうに、かつて提案したことがございます。これが政権の座にある者の限度ではないかというふうに私は思います。  そう言えば、アメリカの大統領がかなり細かい科目のことまでテレビでおっしゃっておりましたけれども、ここは教育の機構が違いまして、大統領が何と言いましても、それぞれの州の自立がございますので、大いなる安全弁があるので、何を言ってもいいということになり得るわけであります。  さて、こういう大改革へ時間や金をかけて取り組む前にも、早速国が手をつけなければならないことがたくさんあるということの中の一つを申し上げておきたいと思います。  例えば学生との面接の中で、中学校時代はどうだった、こう聞きますと、そうすると、ああ中学校ですか、大きな学校で存在感がなくてと、こうさりげなく言うのですよ。大人ですと、大きな学校だと教育の効果が悪いとか非行が起こりやすいとかいうふうに考えるのですけれども、この子供の持っている存在感がないという告発ほど、深刻で、我々大人が誠実に受けとめなければならないものはないと私は思います。     〔委員長退席、山下(徳)委員長代理着席〕  学級編制の基準の改革が、いわゆる四十人学級を目指しまして一九八〇年から十二年計画として発足したということ、それが、三年後の見直しということではあるけれども、二年間でストップをし、財政上の理由で凍結されたままだということを私は了解いたしております。実は四十人という数字も大変甘い数字だと我々教育研究者からは考えます。特に学校規模については、文部省あたりでは三十一学級以上を過大だというふうな学校規模と見られておるようでございますけれども、本当を言いますと、中学校、小学校では、校長が子供の顔と名前を覚える限度、三百人ないし五百人というのが教育施設としての規模ではないかと私は思います。見直しを早め、凍結を速やかに解くというようなそういう財政的、予算的な措置というもののそぶりも示されないで、教育大改革ということを言われましても、国民は当惑するほかはないのではないかと私は思います。偏差値をやめて、人格や人柄をというふうに考え方が提起されておりますけれども、これは大変な大きな仕事だと私は思います。長期にわたってお金をかけた教育の質の大改革を伴わない限り、偏差値あるいは点数、順番、それから一人一人の人柄へというふうにはいかないのだと思います。そうであれば、大きな規模の学級や大規模学校をそのままにしておいてそのようなことを申しましても、私どもはとても問題にすることができないという感を免れません。  以上述べてまいりましたような、青少年の人としての発達のプロセスの中で見られる深刻な事態というもの、政治、経済はもちろんのこと、国の自衛力というようなものの前提である、人が人になりかねているという状態、これが今日の現実でございまして、この教育をどうるすかは、言うまでもなく第一級の重要な問題だと私は考えております。  この観点から、今年の予算案というものが私どもの前に提示されたわけでございますけれども、この予算は人の発達と福祉というものには総体的に薄く、国民に対して人間よりも大砲を選ぶことを求めるというように私には理解せざるを得ないところがございます。  大砲すなわち軍備軍拡ではなくて、人間の発達と福祉に重点を移した予算案をおつくりいただくことをお願いをいたします。そのことによって、先進国の一つとして、われわれの持っている憲法が示しておるとおりに、今日の人類の悲願であります平和に貢献をし、地球上の不平等を克服し、人類と自然との新しい共存関係を目指す、そういう国づくりを裏づける国家予算というようなものへの期待は私には切実なものがあります。緊縮すればるすほどその特徴が浮かび上がるような国家予算を期待いたしたいと思います。  どうもありがとうございました。(拍手)

山下徳夫自由民主党・新自由国民連合運輸大臣

○山下(徳)委員長代理 どうもありがとうございました。  次に、黒羽公述人にお願いいたします。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 私は教育ジャーナリストでありますので、本年度の予算のうちの文教関係の予算についての考え方をお話ししたいと思います。  本年度の文教関係予算は四兆五千七百二十億円ということだそうでありまして、前年度より〇・八四%ふえております。一般会計のトータルの削減の中でこの文教予算はふえておる、そして一般会計全体の中で約一四%を占めているということは、現下の大変厳しい財政事情の中で文教に対する配慮が行われていると思います。そういう意味で、基本的には文教関係の予算について賛成いたします。  しかしながら、中を見てまいりますと若干の感想がございますので、それを二、三申し上げたいと思います。  まず一つは、四兆五千億円以上と申しましても、そのうちの七割程度が人件費ということでございます。この四兆五千億円以上のうちの半額以上は、義務教育費国庫負担金というようなことで全国の小中学校の先生の給与でありますが、これが二兆三千億円以上、総額の五〇%を占めております。それから国立学校特別会計、これは主として大学の予算でありますが、この一兆六千億円以上の予算の中で人件費が八千七百五十五億円と、これも半額以上を占めております。したがいまして、文部省予算というのは、大げさに言ってしまいますれば、大学の先生から小学校の先生までの先生の月給である、こういうことになってくるわけであります。  もとより、教育というのは一番大事なのは先生でありまして、施設が整っているとか設備がいいとかということよりも、先生がいいか悪いかということが大変大事なことでありますから、先生の待遇のために文教予算の多くが使われるということは当然なことでありますので、そのこと自体をとやかく申し上げるわけではありませんが、この厳しい予算の中でも人件費については別枠であるというようなことで、一般の政策経費がことしも大体一割ぐらい削減されているところで人件費の部分は伸びているわけですから、それだけ政策経費というようなものが抑えられているというようなことになってくるわけで、この状態がことし一年限りのことであればどうということもないのかもしれませんけれども、将来の日本の教育というものを考えますと、こういう形がいつまでも続くのがいいのか悪いのかというようなことを私は若干の疑問を持っております。  具体的にどうするかといいますと、これは義務教育学校というのは設置者は市町村でありますし、その上に各都道府県がありますし、都道府県行政というのは国の段階で見れば自治省が見るわけでございますから、文部省だけの力でこういうような文教予算の構造を変えるというようなこともなかなかすぐにはできないわけでありますが、やはりこの際、日本の文教費の中で人件費のシェアが非常にふえていく、それでその人件費についてはやはり各省庁も関係しているというような観点から、すぐ結論を出してほしいというような希望ではありませんが、何か将来にわたってこの問題を考えるようなことは必要かと思います。  このことは、先日の臨時行政調査会の答申の中にも指摘されていることのように記憶しております。たとえば学校は、義務教育学校というのは市町村立であります。したがいまして、その施設設備については市町村が責任を持っている。もちろん、これに対して国なり県なりの補助金は出ているわけですが、まあ責任を持っている。しかし、給与については全額を都道府県と国が責任を持っているというような形が、もうある意味では戦前から——今の形は、昭和二十七年の義務教育費国庫負担法の成立以来三十数年にわたってずっと続いているわけであります。しかしながら、これから子供の数も若干減ってまいりますし、施設設備への市町村の負担というものは若干は軽くなるかもしれないというようなことや、それから現在の財政の難しさ、財政の硬直さということは、もちろん国、都道府県、市町村段階共通でありますけれども、率直なところ、私は素人かもしれませんけれども、私の感覚で申しますと、国は非常に厳しいけれども、都道府県はまだ若干余裕がある、市町村にも、厳しい市町村はあるけれども、非常に豊かな市町村がある、こういう状況があるのではないかと思います。第二臨調は国の行政改革でありましたけれども、今後はやはり地方の行政改革というようなことも考えていきませんと、我々が納める税金は、国税であろうと地方税であろうと、出る懐は同じなのでありまして、この教育費の問題もそういう観点から今後は、しばらく時間はかかるかもしれませんけれども、検討していく必要があるのではないか。そうでないと、この国の予算というものが、もう人件費で極めて硬直的なものになると憂慮しているというようなことを申し上げておきたいと思います。  以上は初中教育関係でありますが、次に高等教育関係の予算について若干の感じを申し上げたいと思います。  先ほども申しましたように、国立学校特別会計はまあ一兆六千億ということにこの政府案ではなっているようでありますが、この一兆六千億の中身を見ますと、一般会計から出ているお金は一兆円でございます。そうしますと、あとの六千億はどこから出ているかといいますと、これは我々、ジャーナリストですから平たい言葉を使わせていただきますと、国立大学が稼いでいる、こういう形かと思います。たとえば国立大学の医学部の病院の収入は来年の場合は約三千億円ぐらい見込んでおります。それから、授業料も二十一万六千円から二十五万二千円に上がりまして、今では私立でも国立よりも授業料の低い大学が、非常に数は少ないけれどもあるというようなことで、非常に高くなっております。こういうように入学金とか授業料というような学生納付金収入がやはり千二百億円ぐらい見込まれている、こういうような状況、その他もろもろございます。そうして、結局国立学校、これは主として大学であります、一部高専とか附属の小中学校ということもありますけれども、主として、大学の一兆六千億円の予算のうち国が出しているのは一兆円である。ということは、開立大学というと今大変評判が悪いのですが、どうも日本の国立大学というのは三分の二国立であり、三分の一私立というような形にもうすでになっている。  そのこと自体を否定するわけではありませんけれども、それならそうで、まだ貧しい学生もおるわけでございますから、学生に対する奨学金の手だて、その他いろいろな手だてが必要かと思います。そういう点で、ことしは大きな大学関係の予算の改正点として奨学金制度の改正というような問題がありますけれども、これは新しく財政投融資のお金を使いまして奨学金ローンというような制度を開始することになり、そのほか従来の一般会計からの貸付金あるいは過去の奨学生の返還金その他で、約一千二百億円弱の国の奨学事業というものが計上されております。  これにもとより反対するわけではありませんが、しかしながら、まあ簡単に言いますと、日本の奨学事業というのは非常に貧しい。アメリカは、多少事情は違うかもしれませんけれども、私の調べたところによりますと、ほぼ日本円に換算して一兆円ぐらいの奨学金というようなものが大学生の教育に使われている。それからヨーロッパ諸国は、日本ほど高等教育が普及しておりませんので直ちに比較することは困難でございますが、ヨーロッパの大学は国立でありますし、まあイギリスは私立ですけれども、実際はUGCというようなところからお金が出ておりまして、実質国立、財政的には国立、そういうところでは全部授業料は無償というようなことになっておるわけです。  それで、我が国でも、国の関係している奨学事業が千二百億円程度でも民間の奨学事業がそれと匹敵するほどあるとか、そういう状態ならばいいわけでありますが、我が国の場合、残念ながら民間の奨学事業というようなものが余り発展しておりませんで、そういうもので使われているお金——失礼しました。民間だけではなく都道府県なども奨学事業をやっておりますが、そういうものを合わせても三百億円ぐらい、全部で千五百億円ぐらいしか奨学事業に使われていないという状況。今後、国民のボランティア精神が旺盛になって民間の活動が盛んになることを期待すると同時に、やはり日本は大学生に対して余り厚い手だてが講じられていないのではないかということを指摘せざるを得ません。  我が国の予算全体を国際比較いたしますと、全体としてはそれほど貧しい姿にはなっていないようであります。私のささやかな調査でありますけれども、一九八〇年、今から四年前の公財政支出教育費の国際比較というものを見ますと、我が国では国民総生産、GNPの五・四%程度を公財政支出教育費として出しております。国、都道府県、市町村が支出しております。同じ年の米国は五・八%であります。イギリスは六・五%であります。こういう点を見ますと、日本は決して教育に対して各国と比べて手薄いということはない。しかも日本は教育の効果を上げている方の国だと思います。  例えば、アメリカのレーガン大統領の話を大田公述人もなさいましたけれども、昨年の春、ネーション・アト・リスクというような一つのパンフレットがレーガン大統領の直接の諮問委員会から出まして、いろいろと教育の能率の上がらないことを指摘しております。主として、我が国で言いますと初等中等教育に関する指摘でありますが、こういうものを読みますと、日本はいろいろと教育は問題を抱えておりますけれども、日本の初等中等教育というようなものは、各国のジャーナリスト、比較教育学者が見ても、非常にうまくいっているというふうなことに国際的には評価されているようでございますから、非常に効率のよい教育が同じ程度の公財政支出で行われているということはあるわけです。  しかしながら、この公財政支出教育費の中身を見ますと、各国の場合、約八割ぐらいを初等中等教育に使って、二割を高等教育に使っております。そして、それに対しまして我が国で高等教育に何%ぐらい使っているのか、これはなかなか正確な計算は出ないのですが、いろいろと推定しますと、恐らく一五、六%ぐらいではないか。ということは、日本はやはり初等中等教育には伝統的に非常に厚いけれども、高等教育に対する投資というものはまだ少ない。先ほどは国立大学の例を申しましたけれども、私学助成の費用のことも同じ範疇で考えてよろしいかと思います。こういう点で、我が国としては、公財政支出教育費の総額は現在程度、各国に比べて引けをとらない程度のものを維持しつつ、漸次、時間はかかるかもしれませんけれども、配分の方法を考えていく。初等、中等、高等教育段階にどういうふうに配分していくか、それからこれを国と都道府県、市町村がどういうふうに分担していくかということを、これからやはり相当な年月をかけて検討していきませんと、六十年代になりますと教育費というものが、今でも相当いびつになっているわけですが、それ以上にいびつになってくるのではないかというような気がいたします。  ちょっと大きな話から小さな話に前後して恐縮でございますが、教育というものは学校教育だけではありません。教育は家庭でも行われ、社会でも行われ、職場でも行われております。したがいまして、ただいまは主として学校教育費についての感想を申しましたけれども、社会教育、家庭教育、こういうものについての配慮についても考える必要があるかと思います。  最近は、生涯学習とか生涯教育というようなことも盛んに言われておりますが、こういうところに閲する文部省予算を拝見いたしますと、社会教育用、体育局、文化庁と、こういうところの予算はすべて三百何十億から五百億円ぐらい、要するに一つの局で文教予算全体の一%ぐらいしか持っていない、こういう状況になっている。甚だ手薄い状況かと思います。  それからもう一つは、こういうような事業は何も文部省が全部やっているわけではありませんで、最近は民間のいろいろな、カルチャービジネスなどという言葉もできておりますけれども、民間の活動もあります。それから各省庁とも、社会教育的な類似事業をしております。文部省の社会教育局の予算で見ますと三百億か四百億かもしれませんけれども、国全体としてそういうものに投資しているお金は、各省庁に同じような事業がありますから、全部合わせれば一兆円ぐらいあるのかもわかりません。こういうものも、余り第二臨調では指摘されなかったようですが、今後は総合的にお金を使って、学校教育以外の教育部門をどうして充実していくのか。国なり都道府県、市町村がある程度のことをおやりになることは必要です。効率よくやる。それが民間の教育に対する活力を引き出していくというような方向で有効に使っていくというようなことも、文部省関係予算、文教予算という枠を離れての感想として、追加して申し上げておきたいと思います。  どうも失礼いたしました。(拍手)

山下徳夫自由民主党・新自由国民連合運輸大臣

○山下(徳)委員長代理 どうもありがとうございました。     —————————————

山下徳夫自由民主党・新自由国民連合運輸大臣

○山下(徳)委員長代理 これより公述人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。谷垣禎一君。

谷垣禎一自由民主党・新自由国民連合

○谷垣委員 それでは、私からお伺いいたします。  本日はお忙しいところ、貴重な御意見を聞かしていただきまして本当にありがとうございます。  まず最初に、法眼公述人にお伺いをしたいと思いますが、防衛問題、それから対外経済援助というようなことを先ほど御指摘いただいたわけでございますが、我が国がその経済力に見合った国際的な責任というものを十分に認識して、アメリカであるとかあるいはECであるとか、対外経済関係をますます緊密にして強化に努めていく、これは総合的な安全保障という見地から見ても大変重要なことではないかと考えるわけでございますが、この点につきまして、今後の日本の対応、どうあるべきか、御意見がありましたらお伺いしたいのです。

法眼晋作国策研究会理事長

○法眼公述人 ただいま仰せのとおりでございまして、我々は自由世界が強くなっていくということのためにも、日本は進んで貿易を自由化するという体制をより強化しなければいかぬと思います。  現在、いろいろな意味で自由化は行われておりますけれども、私の見るところでは、煩雑なる輸出入手続がそう簡単になってないのじゃないでしょうか。これをまず即刻やる必要があると思います。  のみならず、私は、貿易だけではなくて金融の自由化、これも大事だと思います。現在、ヨーロッパでは失業者が千八百万人もおり、そして失業者がふえつつある。イギリスとドイツの経済はだんだん改善されておりますけれども、フランスはまだ非常に困難である。したがって、我々は同じような立場で議論するのではなくて、日本の経済が進んでいるというのだったら、先鞭をつけて関税をさらに引き下げる、自由化をさらに完全にするということによって世界経済の活性化に努めるということが、次に行われるべき金融の自由化と相まって大変大事だと思います。そのことはまた、世界経済が復興してくれば、情けは人のためならず、我々もまたそれによって稗益するわけでございますから、第一にやるべきは完全なる貿易の自由化の実施であります。手続の具体的な簡素化であります。そうして、我々は、順を追って金融をも自由化していくということによって世界に先鞭をつけるという意気込みが大事では広いかと思うのであります。仰せのとおりでございます。

谷垣禎一自由民主党・新自由国民連合

○谷垣委員 今、貿易自由化の実施が大変重要であるという御指摘でございましたが、新しい国際貿易のルールづくりといった問題があると思うのです。こういった点で日本が積極的にイニシアチブをとっていくべきではないか、そんな感じがしておるのでありますが、具体的にはどういうようなことをやっていったらいいか、その辺についてお伺いしたいと存じます。

法眼晋作国策研究会理事長

○法眼公述人 私は、日本がさらにガットの場で進んで貿易の増進に寄与しようじゃないかということを提案しているのでございますけれども、御案内のごとくヨーロッパはなかなかそこまでいかないのですね、大変経済が困難ですから。したがいまして、我々は、そういうものを誘い出す意味におきましても、日本が自分から進んでやるべきであって、相手が貿易を制限しているから、あるいは保護貿易にいたしているからということを言っておっては仕方がないのでありまして、行動をもって示すということが大事であろうと思います。  それは、私先ほど申し上げましたように、進んで関税を引き下げるとか、あるいは自由化のために、煩瑣な手続はさらに、もう一回点検をし直して、残っているものはこれを変えるとか等々、やることがたくさんあるのですね。我々は、世界では一番恵まれた状況である。ヨーロッパでは経済成長率はことしも一・五%なんですからね。したがって、我々はもっと大きい発展率を持っているわけでございますから、ヨーロッパのためにも失業を救済し、そういった経済も引き上げるということは、また回り回って世界経済の活性化につながる。  アメリカの関係でございますが、アメリカは現在盛んに資本を導入する、入ってくるわけです。それは単に金利が高いだけではございません。世の中が険悪になり国際緊張が激化すれば、アメリカは強いから、アメリカに金を置いておけば一番安全なんですよ。でありまするから、そのことも考えなければいかぬわけであります。最近アメリカでは資本が入り過ぎるといってまた問題になっておりますけれども、しかし、いずれにしても入超が一千億に達するというのではこれはかないませんから、その方面の手当てもしなければいかぬ。  いろいろやることがありますけれども、総合的に言って、我々は申し上げたようなことを着実に進んで行う。日本については、議論ではなく行動の時代であると言えると思います。

谷垣禎一自由民主党・新自由国民連合

○谷垣委員 行動の時代という御指摘がございましたけれども、先進国に対するいろいろな経済協力と同時に、開発途上国が政治的、経済的あるいは社会的に安定した発展をしていくこと、これが世界の平和と繁栄にとって極めて重大な問題になると思いますが、累積債務問題等、開発途上国に大変難しい問題が今多くあると存じます。その点について、我が国がこれから果たしていくべき役割というものは一体どういうものなのか、お伺いしたいと存じます。

法眼晋作国策研究会理事長

○法眼公述人 先ほど私は、経済協力の強化、なかんずく技術協力の増加の必要を申し上げたわけでございますが、我々は、発展途上国が自分のことは自分でできるというところまで助けなければいかぬと思います。そうして、御指摘の累積債務問題、現在は八千百億に達するわけでございますから、一応それはリスケジュールというか、債務救済あるいは追加金融ということによって今小康を得ておりますけれども、しかし、日本も含めて先進国のやり方は延滞利子まで取るのですから、これはますます払えないです。アメリカの高金利ということも八千百億の債務に貢献をいたしておる。全部が相互関連をしておるわけです。  でありまするから、日本といたしましては、また私の主張は、やはりそういう高い金利を発展途上国から取っちゃいけないのですよ。払える限度で金利を決めていくということにしないと、どんどん銀行は貸していったわけですから、ほっておけばある種の銀行はつぶれるわけですよ。それを防ぐために、一応は小康を得ているわけですけれども、今後はやはり利子を下げていくというふうな形のリスケジュールが大事ではなかろうか。それから、先方の物を買ってあげることですね。買ってあげれば先方の経済は進みますから、その意味でも彼らを救える。そのためにも技術協力を強化して輸出ができるようにしていく、そういうことが大事だということを先ほど申し上げたわけでございますけれども、そういうことに尽きるんじゃないでしょうか。  ですから、例えば一番困ることは日本の輸出金融、輸出保険ですよ。輸出保険を掛けておって、一つデフォルトを起こして輸出保険を発動すると、その国にはその後は輸出保険を掛けないから輸出できなくなっているのですよ。そういうことじゃなくて、もう少し幅広く輸出保険を掛けていく。輸出ということは先方への輸出だけじゃなくて、先方自身の輸出にまた役立つわけですから、輸入なければ輸出なしというのは世界経済、貿易の原則なんですよ。そのことは途上国にも当てはまるというわけでありますから、そういうことが望ましいんじゃないでしょうか。

谷垣禎一自由民主党・新自由国民連合

○谷垣委員 ありがとうございました。  時間の関係がございますので、次は黒羽公述人にお伺いしたいと存じます。  先ほど、大変教育がいびつになっているという御発言もございましたが、教育荒廃というものが大変に叫ばれておりまして、教育改革の推進ということが現在の大きな政策課題になってきておりますが、特にどのような点に重点を置いてこの教育改革を進めていくべきか、またその場合にはどういう点に配慮ないし留意をしていかなければならないかという点について御意見を伺いたいと存じます。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 教育改革の問題点はたくさんあると思います。先日の中曽根首相の施政方針演説を新聞紙上で拝見いたしましたけれども、学校制度改革の問題から幼児教育の問題、入学試験の問題、家庭教育の問題、社会教育の問題、およそ七つか八つの項目が挙がっていたように記憶しております。それに対して私はもう一つ、ただいま教育財政の問題というのも、これはかなり広範に考えなければならない問題じゃないかということを追加したつもりでございます。  そこで、その何をやるべきかというようなことは、これは皆さんいろいろな考え方があると思いますが、私にも実はよくわかりません。ただ印象といたしましては、学制改革というようなことが、これが大変わかりいいものですから、六・三制とか四・四・四制とか五・四・四制とか、区切りの問題というようなものを核にして論じられているような風潮が、国会というよりも一般にあるように感じられますが、区切りを変えても、これはそういう学校を国民がどういうふうにとらえ、言葉は悪いけれども、どういうふうに利用していくかというようなことがクリアされてきませんと本当の教育改革にはならないのではないかというような感じがしております。  今日の教育の荒廃というようなものは、教育制度そのものの問題というよりも、学校を出た人を社会がどういうふうに活用しているかの問題であり、またそういうものを見て、国民が学校というようなものを何か非常に便宜的に利用しているというような、そういう、まあ言葉は悪いかもしれませんけれども、学校利用観の問題であるような気もいたしますので、そういうところを漸次直していくような政策なり行政というようなものが期待されているのではないかと思います。

谷垣禎一自由民主党・新自由国民連合

○谷垣委員 ただいま教育の問題、学校の利用観の問題に問題が一つあるという御指摘、大変同感に思う次第でございますが、今やはり入試地獄、受験地獄というようなことが大変大きな問題になっております。共通一次を含めて現在の大学入試制度にどのような問題点があるのか、これを改善していくためにはどのような措置をとっていくべきかという点について、御意見がおありでしたら伺いたいと存じます。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 入学試験の問題というのは、高等学校の段階と大学の段階と二つあると思います。  大学の問題については、ただいま共通一次試験の御指摘がありましたが、その共通一次試験もいろいろ使い方を変えていく。例えば信州大学経済学部方式などというものを最近私も報道いたしましたし、我々ジャーナリズムで注目しているわけですが、いろいろと現在のものをそう大きく変えなくても、これの利用方法を変えていくことによってかなり改善ができるのではないかと思います。  しかしながら、基本的には試験を、先ほどの学校利用観に基づいてどういうふうに国民がとらえていくかの問題であり、それから部分的には学校のつながりの問題というようなものもありますので、高校入試については高校教育の全面的な改革、それから大学入試については大学を中心とした高等教育の改革というようなものとあわせて検討していくというのが最も冷静な態度であると思います。ただし、それは基本でありまして、当面できること、例えば信州大学のように、共通一次を利用する方法とか、あるいは入学定員の何割かは留保して二次試験に回すとか、あるいは面接、小論文を強化するとか、推薦入学の枠を広げるとか、そういうことをしても、全面的に今日の試験地獄と言われる世相が解消するとは思いませんけれども、やはり努力していく必要はあると思います。

谷垣禎一自由民主党・新自由国民連合

○谷垣委員 一点だけ、大田公述人にお伺いいたします。  先ほど、一方で愛国心を説く人あり、一方で平和人類主義を説く人ありという御指摘がございまして、私は、これからの人間教育にとりまして、愛国心教育あるいは平和人類愛教育というのは、どちらも大変重要な問題ではないかと思うのです。平和とか人類主義を欠いた愛国主義はショービニズムとかジンゴイズムみたいなものに陥る、盲目のものになる危険がございますが、一方、愛国心あるいは自己認識、自分の国の認識を欠いた平和とか人類主義というものは、自分のことを知らずに他人のおせっかいをするというようなことにもなりかねないと思うのです。先ほどの公述人の御意見からしますと、それをちょっと聞きますと、それが相矛盾するものであるかのような感じも受けたのですが、その点の御認識を簡単にお伺いしたいと存じます。

大田堯東京大学名誉教授

○大田公述人 あのときにお話ししました趣旨は、いろいろニュアンスの違う、例えば愛国主義を強調する考え方の人もあり、平和や人類の方を強調する考え方もある、これは事実だと思うのです、どっちかへ重点を置いたという考え方が。それがいずれでありましても、現在の学校制度の、例えば正規の授業というようなものの中では、聞いている生徒の側は、むしろ何点それで取るかという、そういう発想法でとっているという教育の大きな問題がある。そこを指摘するのが私の問題でございまして、どちらの価値があるなどというところへ力点を置いて述べたことではございません。

谷垣禎一自由民主党・新自由国民連合

○谷垣委員 時間が参りましたので、これで終わります。ありがとうございました。

山下徳夫自由民主党・新自由国民連合運輸大臣

○山下(徳)委員長代理 湯山男君。

湯山勇日本社会党・護憲共同

○湯山委員 公述人に質問をまとめていたしまして、それでお答えをいただいて、持ち時間が余れば次の質問をさせていただきます。  大田公述人と黒羽公述人にお尋ねいたします。  まず、大田先生の方へお尋ねいたしたいのですが、今公述なさいました中で、特に今度総理大臣の諮問機関として、何という名前ですか、教育臨調というのか、そういうものができようとしておりまして、これが大きな問題になっております。このことに対して先生が大変具体的におっしゃったキャラハンのこれに対する考え方、態度、それからレーガンのこともおっしゃいました。私も、以前にジョンソン大統領、この人は教育者出身でして、中等教育に、ああいう財政の中ですけれども、七十億ドルばかりいきなり出したというようなこともありますし、この人のいろいろなものを見ますと、やはり教育に相当触れております。しかしそれは、今公述を聞いておりまして、随分いろいろ基本的なことも言っておるけれども、確かにジョンソン大統領もそうでありながらわきまえておったなという感を強く抱きました。  それと、今日、中曽根総理が進めようとしておる方向とはかなり隔たりがあるのではないかという感じを私は持ちます。我々の一番関心を持つ問題は、果たして教育基本法第十条に言う「教育は、不当な支配に服することなく、」全国民に責任を持たなくてはならないという、この点で私ども大変懸念を持っておりますので、もし今言うような方向で進められていくといたしますと、これは国会の外であるし、政府の外へかつての行革臨調のような強力な諮問機関をつくって、そこでの緒論、答申というものは総理みずからも尊重しなければならないといったようなことで拘束をしていくということになれば、これはかなり問題が重大なのではないか。そういう中では、私は、果たして教育の本当の中立性、もっと言えば、「教育は、不当な支配に服することなく、」というこのことを守っていくのに問題が大変多いと思いますが、この点に関して先生の御意見をお聞かせいただきたいということがまず第一点でございます。  それから第二点は、先生の公述の中で、大変基本的なとらえ方、形の問題ではなくて、もっと基本的に今日の子供たち、青少年、これが実際は存在感を失っている、あるいは失わさせられている、その大きな問題は、これは当然現代の文明と、そして社会の進歩がこういうような矛盾を呈した根底にあるというような御発想から、教育の形だけじゃなくて、やはり本質を見きわめた改革を図っていかなければならない。したがって、早急に二年間で結論を出すとかそういったものではなくて、これは長期にわたるものであるし、そしてまた、お話しのように教育者あるいは父兄、それらだけではなくて全国民的な課題でなければならない。大変よくわかりました。  さて、そういう上に立って、それを端的にあらわす言葉として、上からの選抜による原理ではなくて、幼稚園の子供は幼稚園の子供にしても、それぞれの発達段階におけるある意味での選択、これが原理として働かなければならないということも、私どもも全く同感でございます。選択の原理というのを突き詰めていけば、学校を選ぶ、それからどういう道筋を選ぶというようなことはもちろんですし、もっと端的に、私は、教師まで選ぶというところまでいくことが本来ならば理想のような気がしますし、かつては大学を選ぶときに、この先生に学びたいというのでこの大学といったような例も聞きましたが、今日ではそういうことは全くなくなってしまっている。このことについて、具体的なことをお聞きするのは大変恐縮ですけれども、もし選抜方法との関連で、それについてもうちょっと具体的にはどういうことが考えられるというようなことがあれば、ひとつ御教示いただきたいということでございます。  それから第三点は、共通一次についても、高校入試、偏差値の輪切り入試についても、やはりこの審議会にかけてやろうというようなことで、臨床的なものについてはひとつ中間答申を求めてでも進めようという総理の発言でございました。しかし、こんなものはこういう答申を待たなくても、むしろ行政府でどんどん進めるべきで、今の四十人学級の問題とか今度の巨大校の解消、三十一学級というのも、これは先生のおっしゃったのからいえば問題にならないと思います。が、それらのことを考えてみまして、たとえ教育財政が窮屈であったにしても、これだけ大きな国民的な課題にこたえるためには、こういうものは早速あすからでも実施するということが必要であって、そのために、例えば臨調答申で財政事情も考えてというのがあったにしても、当然考えなければならない問題もあると思いますが、これらの基本的な教育で直ちに今日課題に結びつく問題は即刻実施すべきだというように私は考えますし、いま御指摘の巨大学校の解消とか四十人学級以外にこういったような問題があればひとつお示しをいただきたいと思います。  大田先生にはそれだけです。  それから黒羽公述人にお尋ねいたします。  御公述の中で、高等教育にお触れになって、日本の育英奨学資金の制度、これは諸外国は大体無償が大部分のようでございます。むしろ無利子で返還というよりも供与の制度が大部分と思いますので、そういうことをお触れになりながら日本のこの制度については見直す必要があるという意味の御発言、全く同感でございます。まして有利子にして、一番高いのは七%以上もの金利を取るといったようなことについて、私どももこの育英奨学制度というのはもっと尊重されなくてはならない、これは同感でございます。  それから、高等教育に対する投資が非常に少ないということにお触れになりまして、そういう高等教育に対する国の支出をもっとふやすべきだという観点から私学助成にお触れになりました。御存じのとおり、今度は私立大学に対する国の助成は一二%も削られておりまして、これは極めて重大な問題でございます。ただ高校以下につきましては、今度の財政計画で昨年より若干減りますけれども、ほぼ昨年並みになりましたことはまあまあと思っております。それにしてもいまおっしゃいましたように、高等教育への投資が少ない中での私学助成にお触れになったこと、これも大変私ども意を強くしておる御公述でございました。  ただ一つ、教育財政の問題の中で、義務教育はもちろん大学にしても、人件費が大部分を占めている、この人件費についてはもっと節減していくべきだというような意味の御発言がございましたが、一般の経費と違いまして、教育における人件費と例えば道路建設、あるいはその他の人件費とは根本的に違っているというような理解をして、私は今日までやっております。と申しますのは、余分なことでございますけれども、幾ら時代が変わったにしても、あるいはテレビ、ラジオその他発達いたしましても、一人一人の子供に対応した教育という活動においては、生徒がなければ教育は成り立ちません。学ぶ生徒児童のない教育というのが成り立たないのと同じように、教師のない教育ということも、これは成り立たない、こう私どもは理解しております。したがって、橋をかけるときには橋をかけることが大事な事業の目標であって、そのための人件費は少ない方が望ましい、あるいはまた食糧生産にいたしましても、食糧を生産するということが大事であって、それにたくさんの人手をかけてコストを上げる、生産費を上げるということは、これまた望ましくないので、それらについては適用される原則ではありますけれども、むしろ教育については、もう教育自体が目標である。つまり教師、教える者と教わる者、その関係が教育そのものでございますから、この人件費は、今おっしゃったように、他の人件費とは当然区別して考えられなければならないというように私は考えておりますので、その点、若干公述では私どもの考えと違うんじゃないかなという印象を受けましたので、この点についてもう一度お尋ねいたしたいと思います。  後、また時間がありましたら御答弁いただいた上でお尋ねいたしますが、以上でございます。

大田堯東京大学名誉教授

○大田公述人 最初の御質問でございますけれども、現在いわゆる教育臨調的なものが進行しようとしているという状況に対する私の判断をお聞きになったと思うのですが、これは私がここで公述した中にも既に含まれていることでございますが、子育てとか教育というものは、非常に民衆の習俗に根をおろしているような、そういう性質のものでございまして、その習俗の変化に、対応して、それに形を与えていくというのが制度をよくしていくということの一つの観点でなければならないと思うのです。つまり上から制度というものを構想としてかぶせるというような形のものではなくて、十分に長いテンポを持って、人間の変化のことでございますので、慎重に考えてやっていただきたいと思います。     〔山下(徳)委員長代理退席、委員長着席〕  そういう意味では、子育て、教育の改革ということにつきましては、何よりも国民的な合意を得るということのために最大の努力をしていただきたいというふうに思うので、議会内におけるいろいろな意見の相違はございましょうけれども、事教育に関しましては、政治の次元を離れて極力今日の困難な子供の状態をどうするかという観点から、党派の違いを超えた一致点を何としても見出していただいて、私はむしろ将来は協議体、つまりいろいろな代表、教育関係の代表とかそういう代表者から出た協議体の中で粘り強い合意を求めていくというような手続をとるべきであって、政権の座にある人が上から任命的にそれをやるということは、いかにも教育の本質にはなじまないのではないかというふうに私は考えますので、そういうことを申し上げたいと思います。  それから、第二番目の問題でございますが、選抜から選択へというのを私の一つの教育改革の原理として位置づけてほしいということを申し上げたわけでございます。これは、要するに人間の自立という問題と関係しているわけでございまして、我々の憲法を守っていくための基礎、人間の自立の問題とかかわっておると思うのです。つまり人間の自立を保障するということとのかかわりで教育の今日の制度のあり方というものは点検されていかなければ民主化しないと思うわけですね。そういう観点からいいますと、一人一人の子供が、自分はどういう人間で、どう生きたらいいのかという人間自立にとっての根本的な問いをどれだけ今日の教育制度が保障しているのかという観点で厳密な点検をやっていくということが必要なのではないかと思います。大勢はむしろ逆の方向に行く傾向が強うございまして、共通一次試験などのあり方というものも、あれは選抜の合理化、全国画一選抜の合理化というふうな方向へ行っておりまして、一人一人の選択意思というものを尊重するような、そういう試験とか制度というものへつながらないというふうに私は思いますので、もう一度人間の自立という原点に返って、そこから教育制度の総点検をしていただくということがどうしても必要なのではないかというふうに思います。それには入試制度の改革が必要でございますが、時間がございませんので、これについての詳細なものはできませんけれども、恐らく十年計画くらいで慎重に進めていかなければ、明治百年の遺産でございますので、これを一挙にこんな制度でというふうに一発勝負のあり方を工夫するというような姿勢ではだめであろう、十年くらいの計画で徐々に筋道を立てていくということが必要だというふうに思います。  第三番目の御質問でございますけれども、国として直ちに実行してほしいという問題で、さっきの四十人学級、存在感の問題、これも存在感という観点から、教育の効率とかそういうこともありますけれども、子供の存在感の観点からそういうことを至急にやっていただきたいということを申したわけですが、そのほかにも多々ございます。私の判断では、なるべく多種類の教材が子供たちに渡りませんと、それぞれ違った子供を育てるわけにはいきませんので、現在の教科書政策のもとでの画一的な教材ではなくて、多種類の教材を現場に送っていただくような財政的措置というものをぜひお考えいただくということもその一つでございます。これは、偏差値をやめるというような、個性を大事にするという観点からもまさにそうでなくてはならないので、今日の教科書についての中教審の答申は、それに逆行した画一化の方向が非常に強く出ているというのはまことに残念だと思います。  そういうことのほかに、大学及び教育機関、この国公私の別による格差というものを直していきませんと、選抜から選択へといいましても、この非常に格差のあるものを選べと言ったって、これは格差でしか選べませんので、個性で選べるように、この国公私などの格差というものを年次計画でもって徐々に回復していく、そして格差是正、教育の機会均等を期するための努力を予算上の措置からも御工夫いただきたい。  以上三点につきましては、私の考えをごく簡単に申し上げますと、そのようでございます。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 教育は物ではなくて人である、特に先生が大事だということは、私も先ほど強調したつもりでございます。そして、教員の人件費を漸次節減していくべきだとは申さなかったつもりでございますが、若干舌足らずで先生に誤解を与えたのではないかと思います。私が申したかったのは、しかし人件費の出どころというようなものについて、やはり国、都道府県、市町村の財政全部を合わせて、時間はかかるかもしれないけれども、これから検討していかないと、国の財政はますます硬直化するのではなかろうかということを申し上げたかったわけであります。  若干補足いたしますと、先ほど申しましたけれども、ことし一般会計から文教予算として支出されているのは一四%。これが一五%、一六%、二〇%となることは、教育という立場からは望ましいことでありますが、やはり社会の営み全体のバランスも考えなければいけないかと思いますので、国としてはぼつぼつ限界にあるのではないかと思います。  それから、もう一つ先ほど申しましたGNPの約六%弱を公財政支出教育費に充てているという状況、これは一応各国並みの努力で、これはどうしても維持していきたい。そして、これを維持していくために、全部国に頼るということじゃなくて、都道府県も市町村も、できるかできないかわからないけれども、いろいろ検討したけれどもできなかったという結論になればまた別でしょうが、そういうことを相当議論してみる必要があるのではないか、そういう趣旨で申し上げたつもりであります。     〔委員長退席、山下(徳)委員長代理着席〕

湯山勇日本社会党・護憲共同

○湯山委員 お二人の公述人からいろいろ補足の御答弁をいただきまして、よくわかりました。  続いて、もう時間が八分ばかりしかございませんから、まとまった御質問できませんので、三人の公述人にこのことについて一言ずつ、あるいは私は答えないということであればそれでも結構でありますが、今度進められようとしておる教育改革、その中で、例えば中曽根総理は、私は改憲論者であるということを言っておられますし、そしてまた二十一世紀を展望してということの教育改革でございますし、あるいはまた政党内閣ですから、中曽根総理の自民党も自主憲法の制定という憲法を改めていくことを意図しておられます。そういう点から、一応総理は、私への答弁でも憲法、教育基本法は守るんだということをおっしゃっておられますけれども、なおかつそれについて、それなら絶対安心だということまではまいりません。  そこで三人の公述人に、一体今日の日本国憲法、それに基づく教育基本法、これは今後教育改革を進めていく上においてやはり堅持していかなければならないものだという考えを私は持っておりますけれども、これについて三人の公述人からそれぞれ御意見を聞かしていただければ幸いだと思います。

法眼晋作国策研究会理事長

○法眼公述人 私は改憲論者であります。あの憲法は速やかに改正してしかるべしという議論であります。詳しく申す時間はありませんが、方々書いておりますからごらんいただけると思います。また私は現在の教育は日教組の教育方針の失敗であると思います。私は日教組の組織率が五〇%を割っておりますから結構です。しかしながら、これは階級闘争の精神のあおりですよ。子供を駆り立てたんです。反対であります、これは。したがって、中曽根さんの憲法改正大いに結構、これを支持いたします。

大田堯東京大学名誉教授

○大田公述人 日本の教育の大きな方針は、憲法及び教育基本法によって敗戦を機会に打ち出されたわけですが、この理想というものをまず十分に消化するということが私ども国民の任務ではないかというふうに思っております。そして、この憲法及び教育基本法の規定はまだまだ消化し切れていないというのが私の判断でございます。  例えば、先ほど申しました公述との関係で申しますと、教育基本法の第一条は「人格の完成をめざし、」というふうに教育を根源的に規定しております。その「人格の完成をめざし、」というのは人を人らしくするという考え方でございまして、国家の手段にはしないという戦前からの反省に基づいて我々がそれを了承しているはずのものでございます。そうでありますならば、この人を人らしくするという問題が今先ほど公述しましたような危機状況にある限りは、基本法は非常に強い指標を我々に与えてくれているというふうに思いますし、その背後に憲法の精神、主権在民のもとにおける教育改革というものを不断に遂げていくという精神、そういうものがあると思いますので、それは十分に受けとめて発展をさせていくことが必要だというふうに思います。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 今日の教育荒廃と言われる事態、これは大変エモーショナルな言葉ですから、人によってどの程度を荒廃と見ているか違うと思うわけです。私も問題がないとは思いませんけれども、先ほども日本の初中教育の成果を申しましたように、それほど、一番荒廃をひどく感じている人よりは少し弱い方の立場かもしれません。しかし、やはり何か問題を広い場で、文部省とか教育関係者だけでは今まで解決しなかった問題を議論する場は必要だと思っております。そしてその問題意識には、憲法、教育基本法ということではなくて、もっと具体的な、学校をどういうふうに運営していくか、教育内容がどうであるかというような問題で、憲法、教育基本法の問題が今議論されるべきだとは思いません。

湯山勇日本社会党・護憲共同

○湯山委員 あとわずか時間が残っておりますから、法眼公述人はえらいはっきりおっしゃいましたので、私もはっきりお尋ねします。  あなたは、戦後の教育その他が戦争の反省に立ってできたことはもう御存じのとおりで、なおかつ今日でも戦争を肯定なさいますか、どうですか。このことだけひとつ。

法眼晋作国策研究会理事長

○法眼公述人 私の申しておるのは、戦争を防止するためにも私の言うことが間違ってないということであります。現在、だれが戦争を起こそうとしておりますか。かつて佐藤尚武外務大臣が、昭和十二年、この場で何をおっしゃったか。日本さえ欲しなければ戦争にならぬとおっしゃったのです。四年たって戦争になりました。私の申し上げていることは、戦争を防止するためには、アメリカの占領軍がくれた英文の憲法を改正するということなんですよ。憲法の中で、いいことはたくさんありますよ、民主主義であるとか自由主義。そんなことを変えろと言っているのじゃないのです。基本的人権、結構。あの憲法には国家独立に反する条項があるからそれを変えると申し上げているのです。ようございますか、その点を十分お考えください。私は、戦争を防止するためにはあの憲法を改正して、国家の独立を無視する条項を変えるということから申し上げておるわけです。

湯山勇日本社会党・護憲共同

○湯山委員 戦争を防止するというお気持ちであるということはわかりましたけれども、今のような考えが妥当かどうかということについては疑義があります。殊に、第九条というのはそれとは逆な方向だと思いますので、ひとつもう一遍、御答弁は要りませんから、こちらだけ申し上げます。  それからあともう一つ、黒羽公述人、私が申し上げておりますのは、教育の基本というものは、憲法の理想を実現するのは教育の力にまつという、スタートからあらゆる教育が出てきておることは、これはもう申し上げるまでもないことであって、今憲法を改正するかどうかがそこで議論になるのではなくて、国の理想ですね、崇高な国の理想というものが憲法にうたわれて、それを実にしていくのが教育だという規定があるものですから、そこで今日、やはり教科書の問題でもそのことが論議されています。現場の問題でもあるわけです。例えば、自衛隊合憲か非合憲かというのは、教科書の扱い、学習指導要領では両論を教える、一方に偏らないで両論あることを教えるというようなことで、これは憲法の論議というのは教育と決して無縁ではありませんし、それから今の教育に対する不当な干渉の排除とか、そのほか基本法はそれらを決めておりますので、その路線に沿っていくかどうかというのは、今日、やはり教育改革においてはそのことを表へ出して議論するのじゃなくて、それに当たる者の心構えとして持っていなければならないというような観点でのお尋ねでございますので、もしあればひとつお述べいただきたい。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 私は法律学者でも政治学者でも、それから教科書研究家でもありませんので常識を申し上げますけれども、自衛隊といえども、この国会の御審議によって法律で決まってあるものでありますから、教科書を教える際には、それを正として、しかし、そうじゃない意見もあったというふうな扱いが妥当かと思います。決まったことと、それからそうじゃないこととの扱いに軽重があって当然かと、これは素人的な考え方でございます。

湯山勇日本社会党・護憲共同

○湯山委員 お尋ねしておるのは、教育改革に当たって憲法、教育基本法の精神をお互い心してやるべきだということについてはいかがでしょう。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 それは当然のことだと思います。

湯山勇日本社会党・護憲共同

○湯山委員 では、終わります。

山下徳夫自由民主党・新自由国民連合運輸大臣

○山下(徳)委員長代理 二見伸明君。

二見伸明公明党・国民会議

○二見委員 最初に、法眼公述人にお尋ねいたします。  冒頭に、一国の防衛に歯どめはない、一%なんという論議は神学論争だというお話がありまして、後ろにいる防衛政務次官が涙を流して喜んでおりました。私は、記憶違いだったらちょっと申しわけないのだけれども、昭和の歴史を読んでおりまして、昭和の初め、日本の国が金融恐慌のあおりで不景気になり、ちょうど今と同じように財政赤字で大変だったときに、東北の農村では、農村を守るために補助金を何とかよこしてくれという陳情が国会に寄せられた。しかしそのとき、時の軍部がソ連からの脅威ということを高く言って、疲弊した農村への補助金はほとんどやらずに軍備に金を使った。時の大蔵大臣は高橋是清かもしれませんけれども、民が疲弊しているときに大砲や兵器をつくったからといって何になるのだという演説をされたというのを私は読んだ記憶がございます。  一国の防衛に歯どめがないという議論がそのまままかり通っていくと、それは今から五十年前の、軍部が頭をもたげてきたときと同じようなことになってしまうのじゃないか。防衛には歯どめはつくらなければいけない。歯どめがないのだ、ないことが当たり前だというのじゃなくて、むしろ、法眼さんが改憲論者であれ何であれ、そうならないために、防衛に対するいろいろな立場はあるけれども、国民の生活まで犠牲にするような防衛はできないのだ、また軍備を増強することによって周辺に脅威をもたらすようなことはいけないのだという、やはり歯どめというのは必要だと私は思っております。その点についてお答えいただきたいと思います。  それからもう一つ、経済協力でお話がありまして、技術協力のお話がありました。それで、これは大変細かいことになりますけれども、開発途上国から日本の大学へ、医者になろうと思って勉強に来ますね、医学留学生とでもいいましょうか。ところが、日本で国家試験を通って医師の資格を取っても、国へ帰ると、これは通用しませんですね。それは開発途上国のみならず、日本もやはり同じだし、諸外国、皆そうだと思うのです。そこいら辺についてはどういうふうにお考えになっているかということです。  時間がありませんので、まとめてやりますのでお願いします。  それから大田公述人には、また黒羽公述人と一緒にお願いしたいと思いますけれども、実は目当てのない欲求不満が劣等感だ、教育の現場のお話をされました。私も教育の現場の話から申し上げたいと思いますけれども、例えば、現実の話です。私はある父兄から、うちの子供を何とかどこどこの高等学校へ入れてくれと頼まれた。試験は終わったのだと。県立高校です。頼みました。断りの答えが来た。五百点満点で、とった点数が三十二点なんです。幾ら何でもこれでは高等学校は入れられません。結局その子は定時制に行き、今はトラックの助手として元気に頑張っております。ところが、その高校の先生に聞くと、三十二点はひどいけれども、似たようなのが大勢入ってきている。本当は高等学校に行かずに手に職をつけた方がいいと思うのだけれども、親が何としても高校だけは出してくれ。子供は学校へ来ても全然勉強がわからない。行きたくない。子供は親に何と言うか。おれに学校へ行ってもらいたかったらナナハン買ってくれ。ナナハン買ってくれたら学校へ行ってやる。親は一生懸命ナナハン買って子供に学校へ行ってもらっている。私の友達はその子供に会って、おまえは高校へこのまま行くよりも、何になりたい。おれはコックになりたい。じゃ、コックの道へ進んだ方がいいよ。で、親を説得してコックにさせた。今は喜んでいる。ということになると、ある面では親の意識というのが大事なんじゃないかというふうに思います。その点について、これは大田公述人と黒羽公述人の両方にお願いしたいと思います。  それからもう一つ、子供を取り巻く教育環境の中で、今回の予算委員会でも何回か問題になりましたけれども、いわゆる少女向けのポルノ雑誌、私も現物を見ております。持っております。私にも子供がおりますから、小学校や中学校の子供がこんなのを読んでいるのか、特に女の子がこんなのを読んでいるのかと思ったら、親はもう何と言っていいかわからないくらいであります。こうした出版を規制するということは、言論の自由とか出版の自由に非常にかかわってくる問題なので慎重にしなければならぬと思いますけれども、編集者や出版社の自主規制で済む問題ではないというふうに思います。その点については大田公述人と黒羽公述人、どうお考えになっているのか、御意見をいただきたいと思います。  以上でございます。

法眼晋作国策研究会理事長

○法眼公述人 どこの国の憲法も平和を理念といたしております。しかし、いかにして平和を守るかという方法論のない平和理念というものは、言うならば念仏と同じでございまして、政治論にならないのです。いかにして平和を守るかという方法論がない議論というものは、政治の場である国会の論議にはならぬですね。そのことを理解すれば、いかにして平和を守るかという観点から議論せぬといけません。  そこで、日本の周辺を見回してごらんなさい。ただいま御指摘になったようなソ連の脅威というものは、お話しの時期と雲泥の差があるのですね。こう言っている瞬間にも、四万三千トンのノボロシスクという航空母艦がウラジオへ向けて航行いたしております。日本の周辺を見てごらんなさい。大変なソ連の艦隊が来ておる。沿海州を見てごらんなさい。二千二百二十というソ連の戦闘機が日本を向いているのですよ。これに加えて七十五機のバックファイアという核を搭載できる飛行機も来ておる。これに対する日本の飛行機は非常に貧弱である。だから三沢にF16を持ってきて均衡をとろう、こういうわけなんですね。しかし、そのことを言わぬものだから、なぜアメリカは日本に兵力を持ってくるかということしか言わない。これは情報の欠缺であります。先生方は御存じだと思いますけれどもね。  でありまするから、いかに日本を守るかという方法論を考えていただかぬといけないけれども、その点からいけば、アジアにおけるソ連の脅威というものは日増しに増大する。これは目を覆って知らぬ顔するわけにいきません。しかし、私は無限に軍備をやれということを言ったことはないのです。いかに国を守るかということについては、防衛力そのものの議論については一%以内でござい、いやこれは一%以内にとどまっておりますというような議論に終始するということは神学論争であると言って皮肉ったわけですね。でありまするから、一番初めに申し上げたとおり、この困難な財政事情の中でいい予算ができた。今の問題は、この段階において何をやるかというと、早く国会を通して、この予算が適正かつ有効に執行されることだと申したことの中に私の回答があります。しかし、それで十分だということはまさに痴人の夢でございまして、日本の防衛力をもっとふやさなければどうにもなりませんよ。そのことは国をつぶすわけではございません。  私は、日蓮上人の言うことを今繰り返すわけではございませんが、立正安国論を読んでごらんなさいよ。何が書いてあるか。国滅び人滅亡してだれが仏をとうとぶか、よってまず国家を祈って、しかる後に仏法を立てると言っている。日蓮さんはアジアにおける元のことを知っていましたからね。元がいかに四方八方を侵略して各国の国民を殺りくしておるか知っておったから防衛しろと言ったのです。鎌倉幕府はこれを流しましたけれどもね。その間元寇が起こったでしょう。これを呼び返しました。国際構勢を知ることの大事なことを物語っております。  でありまするから、我々は歴史を見、現実を見て国を守らない努力をするということは本当の平和論ではないということを申し上げておるわけです。この点は十分ひとつ、先刻先生御承知のとおりでございますけれども、こういう場で発言されますと国民に影響を及ぼしますからね。我々はゆめおろそかに発言をしておるわけではございません。ありがとうございました。  それから、医学の問題、これは世界共通の問題でありまして、どこの国もほかの国で認められた免許状を認めていないのです。だから、これはある種の相互主義か何かやりまして便法を講ずるほかないでしょう。これは難しい問題ですね。全くおっしゃるとおりでございます。

大田堯東京大学名誉教授

○大田公述人 先ほどおっしゃいました、高等学校へ行かないでほかの仕事につくという場合が適当な者がいるということ、おっしゃるとおりでございまして、学校が余り硬直化していまして、長い間子供を縛りつけるというのは私は限度があると思うのです。子供を縛りつけておくのは中学校くらいでいいと思うのですね。高等学校までということを言いますのは、制度的保障がなくちゃいかぬ、行きたい者には必ずその保障を用意しなければならぬ、こういう意味において保障が必要ですけれども、しかし、学校をもう少し弾力化するということは非常に大事だと思うのです。  この弾力化にかかわって親の意識のお話がございました。我が国には学校信仰というものが、政治家にもあるのですけれども、民衆一般にも学校信仰というものが成立していると思うのです。これは、学校を出ないとちゃんとした位置を獲得できなかったという、近代的職業につけなかったという、国家が主導して学校制度をそういうふうに利用して人材をつくりましたので、そのルートを外れると生活が安定できないのですよ。ですから、国家主導で人材養成、ここへ傾斜した教育というものの結果から、学校に非常に大きな形式的権威が付されたのだというふうに私は思います。親の方は、学校を利用しようと考えて、はしご段をちょっと上に上げるためには絶対学校が必要だという学校信仰。それから権力の側の方は、学校を利用して政策を実現し、必要な人材を獲得しようという学校信仰。この硬直した学校信仰を破らないと、人を人らしく育てるという柔軟な教育制度は生まれないのじゃないかというふうに私は思います。  それから、もう一つの問題でございます。ポルノの問題があったわけでございます。教育の最大の原則、つまり教育力の最大の原則は、大人世代の後ろ姿を見て育つということです。これは家庭におきましても地域におきましても国におきましても同じでございます。そういう意味におきましては、私は、大人の姿勢を正すという問題が根本だと思うのです。子供のためのポルノだけを抑えて、大人はどうしておるのですか。そういうことでは私はいかぬと思いますよ。ですから、大人の後ろ姿、政治倫理もそうでしょう。政治倫理なしに教育改革ができますか。つまり、大人の後ろ姿ほど現行世代に対して強力な教育力を持つものはない。少々の制度改革などの問題じゃないです。議員さんがどっちを向き、また我々がどっちを向く、こういう問題だと私は思います。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 第一点の問題ですが、御指摘のように一言で言えば親の気持ちの問題だと思います。これはなかなか難しい問題ですが、私自身も親として迷ったこともありましたので、教育の問題は者やはり親の心の問題というような面があると思います。同時に、学校の教育内容というようなものもこの辺で少し、変られるか変えられないかわからないけれども、検討してみる必要があるかと思います。例えば、実枝というようなものには向くけれども、英数国というような知的教科には向かない者まで現在の中学校においては一つのカリキュラムを課しているわけです。この辺でやはり中学校のカリキュラムを多様化して、いろいろと人間の能力を伸ばしていくような方法を考えてみる必要があるのではないかと思います。  それから第二点のことでありますが、私も、まことにけしからぬ行為が行われていると思います。しかし、私も広い意味ではああいうものをつくっている人たちと同じようなジャーナリストでございますので、私の口からはなかなか言いにくいわけであります。しかし、個人的な見解を言えば、やはりしかるべきところがああいうものの編集者とよく話し合いをする機会を設けるというようなことはむしろおやりになって一向差し支えないし、またやるべきことかと思います。  それから、大変迂遠なことのようですけれども、ああいうものは野原で売られているわけではありませんから、店で売られてたり、店の近所の自動販売機で売られてたりするわけですね。そういうような店からはほかの品物も買わないというような住民運動が起こる、そういうような民主的な、住民が地域の浄化に参加できるような社会をつくるきっかけにああいうものはしていくというような手があるのではないかと思います。

二見伸明公明党・国民会議

○二見委員 ありがとうございました。

山下徳夫自由民主党・新自由国民連合運輸大臣

○山下(徳)委員長代理 木下敬之助君。

木下敬之助民社党・国民連合

○木下委員 三人の公述人の皆さん方、どうも大変御苦労さまでございます。  まず、法眼公述人にお伺いいたしたいのです。  先ほど減税することに反対であるようなお話があったと思うのですが、我々は、減税は景気刺激のためにも絶対不可欠であり、また物価上昇に伴って課税所得の最低限等は自然増税のような形になっている、これの是正は絶対必要であるということで、国民の圧倒的な世論であるということで、不満足でありますけれども実現の方向であった、こう思いますが、一体どのようにお考えでしょうか。

法眼晋作国策研究会理事長

○法眼公述人 私は、簡単に先ほど申しましたけれども、私の言うのは、あの公債発行、国債発行ということで多かれ少なかれ私どもも含めて利益を受けているわけでございますから、そこで、これだけ困難な時期になってくると、やはり一時は忍ばぬといけませんから、何でもいいことだけやっておって、そして国債減らせということはできないですね。だから、やはりこの際はお互いに忍んで、減税も見送ったらどうだ、それを国債費に向けたらどうだと、こういうことなんですよ。極めて簡単なる発想でございますけれども、私はそう信じておるのです。

木下敬之助民社党・国民連合

○木下委員 その点、我々は、そういったふうな考え方で縮小均衡していくと、悪循環に陥っているので、これはやはり積極的にやって成功した例もあるので、積極的にやるべきじゃないかという考えでやっておるわけでございます。  せっかくの機会ですから、大田公述人、そして黒羽公述人も、この減税に対するお考えをちょっとお聞かせいただきたいと思います。——後でもう一度、ほかの質問も先にしてからにいたしましょうか。     〔山下(徳)委員長代理退席、原田(昇)委     員長代理着席〕  それでは、教育問題で大田先生に、学生さんとの対話の中から本当に大変いい話を聞かしていただいたと思っております。ただ、私ども感じますのに、明治以来の体質を変えるとか、随分大きな目で見られたお話の中ですが、今、先生の対話の中から得られましたような、深刻な劣等感と優越感のはざまにある、こういったことは今の教育のゆがみによる今の時代の特徴と、こんなふうに見ておられるのか。また、今の時代の特徴の原因は、どういうところに原因があるのか。一つには、テレビとかいろいろなものが発達してきている、そして高度の技術を社会が要求してきている、こういった社会に原因があるのか。また、今の政府の教育に対するいろいろな方針や制度に問題があると考えているか。こういったところを少しお聞かせいただきたいと思います。  そして、教育に対して私が平素考えているというか、今国会の論議を通じて一つ二つ気になったところがありますので、お伺いいたしたいと思います。  それは、黒羽公述人もどうぞひとつ後でお答えいただきたいと思います。  一つは、いろいろな試験がどんどん難しくなって、しかも、これはちょっとひねくり過ぎたような問題になっているんじゃないかという、こういうことを指摘していったときに、しかし、あそこでもう出てたとか、あの教科書で使ってたとか、参考書で使ってたというような問題がいろいろ出て、どうしても独自な問題を考えていくと、ひねくり、難しくならざるを得ぬという、こういう矛盾点の指摘がありましたですね。これをどのようにお考えかをお聞きいたしたい。  もう一つの矛盾は、カリキュラムというのですか、いろいろな詰め込みがどんどん程度が高くなってきている。こういうふうなところで、どうしても落ちこ揺れざるを得ぬような状況になるのではないかという話を詰めていきますと、まあしかし、大学や学校としてはレベルを上げるような努力をするのが、自分たちの務めである、レベルアップを目指してやっているんだという先生方の方針を聞くと、大臣としては、それはレベルアップしなくてもいいとは言えないと、こういうふうに、そこに限界のようなものを置き、教育というのはレベルアップしていく方向だというのをもう認めてしまったところに出発点を置いたような論議だったわけですね。この辺は国会だけの論議じゃない、もっと皆様方を含めた大きな視点からの考えというものが確立されていかなきゃならぬと思いますので、どうぞその点をお聞かせ願いたいと思います。

大田堯東京大学名誉教授

○大田公述人 減税の問題につきましては、私の専門分野から非常に外れておるものでございますので、無責任なことを申し上げるわけにいきませんので、どうぞ御勘弁をお願いいたしたい。  なお、今教育に関する御質問で申し上げたいことは、私が申しましたような目当てのない欲求不満ということは、言い直しますと自我が強く育ってないという問題なんですよ。つまり、自分というものがよくわかってないわけですから、自我の成長が未熟だという状態だと思うのですね。これは先ほどから申し上げますように、入試制度とか教育制度というものの面もありますけれど、もっと根の深いものだという認識が私は非常に重大だと思うのですね。  それの一つはどういう点かといいますと、今の幼い子供たちの育ち方というものに注目する必要があるのです。これを非常に簡要な言葉で表現しますと、与えられるものの過剰、獲得するものの過少というふうに表現できるわけです。つまり物はいっぱいあふれております、一応我々の育ったときに比べれば。情報のごときも実にあふれるほどあるわけですよ。そういうふうに与えられるものは非常にたくさんあるわけですけれども、自分で知恵を絞って獲得していくというチャンスが実に少なくなっているということなんですね。これはもうあらゆる面について言えるのでございまして、例えば小さい村での子供の育ち方でも、仲間と一緒にたくらみを持って何かをするという機会がほとんどなくなっております。これは子供がばらばらに育つておりますので、仲間とたくらみが持てないわけです。ところが、このたくらみというのは人間の自我発達の根っこなんですよ。いろいろ目当てをつくって、たくらんで、そしていろいろなことをやっていくという中で人間の自我の幼いときの段階はつくられるわけですね。そういうふうに与えられるものの過剰、獲得するものの過少という状況が一つあること。  もう一つは、今の青少年は、幼年期も含めてもいいと思いますが、大体において失業者という状態だと思うのですよ。昔の幼いときはお母さんの台所に水を持っていくとか、お使いに行くとか、あらゆる仕事がありましたですね。つまり大人は子供たちというものを当てにして、そして子供は当てにされているという、そういうセンスで生活をしていたと思うのです。この当てにされているというセンスほど人間の成長、自我の成長にとって自信を持たせる非常に重要なことはないわけです。ところが、大学生までが今は失業状態。アルバイトはやっておりますけれども、本当に大人から当てにされるような仕事をしていますか。私は、もっと若者たちに彼らの自治の中で大きな目当てを持った事業を持っていただく機会を与えていくということを真剣に考えなくちゃならないと思うのです。これは大規模な教育における失業問題でありますが、自我の成長を妨げている大きな精神的失業状況というものが、日本だけではなくて、いわゆる先進国と呼ばれる——文明の合理化、文明の前進に伴う一つの現代的課題を我々の教育に課してくれているのだ、こういう筋での理解の仕方が重要なのではないかと思います。  申すまでもなく制度の問題なんです。先ほど申したとおりでございます。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 税の問題は、私、財政担当の論説委員でありませんので、普通の市民の感覚を申し上げますけれども、国会論議が新聞記事などに出るわけでございますが、そういうものを通じての印象でございますけれども、どうしても国税中心に議論されているような感じがいたします。国税、地方税、それから直接税、間接税含めて我々の懐から出るものは同じでありますので、大変複雑になってくるのかと思いますが、そういうようなことでもう少し議論してわれわれを教えていただきたいという感じがいたします。  それから、では一体財政規模というものはどの程度が適正かというような問題、大変難しいと思いますが、聞くところによりますと、もう本年度は租税、社会保険負担率で三五%になっておるそうであります。五〇%以上になっているヨーロッパ社会などを見ますと、社会保障というようなものは非常に発達しておるわけですけれども、社会が非活性化しておりますので、日本ももう少しふえるのかもしれませんけれども、四〇%を超えたらどうしてももう赤信号と考えなければいけない。その範囲でやはり努力していく。そうすると、公共的な手当ても若干薄くなるわけですが、それはやはり国民もそういうふうに認識して理解するというような態度が必要かと思います。  それから教育問題で、類似の問題がよく出るケースでございますが、これは先生のおっしゃるとおりでありまして、そういうことを余り配慮すると難問奇問にどんどん陥っていく、ひねくれた問題になっていくというようなことになるので、そういう意味では、今、共通一次のデメリットばかり言われておりますけれども、各大学がまちまちに問題をつくっていたときに比べればはるかに高校の教育課程に沿った問題がつくられているというようなメリットもあるわけです。それでも、共通一次でもこの間はどこかの予備校の問題が出たというようなことが新聞記事になりましたが、これは結論を言ってしまえば、類似の問題、同じ問題が出ても一向に差し支えないのじゃないかと思います。むしろ問題を変にひねくるよりは、受験生が予備校でやったり受験参考書でやった問題が出ても、われわれの時代も受験参考書を見ますと、括弧しまして七年陸士とか八年一高とか出ていたわけでありますから、これを余り神経質に取り上げるというようなことにも問題があるのではないかと思います。御承知かと思いますが、アメリカの統一試験であるSATは問題の種類が七種類か八種類ぐらいに限られておりまして、問題集も町で売っておりまして、それの問題が毎年何回か出てくる。それでもちゃんと点数はつくわけですから、少し社会が神経質になり過ぎているのではないかということです。  それから、カリキュラムの問題でございますけれども、これはやはり、言葉は悪いかもしれないけれども、知的学力の劣る子には今のカリキュラムは過密である、しかし、進んだ子にはおかったるい状態というようなのもあると思います。そこで、考え方としては、中等教育になれば、カリキュラムは一つであるというのは我が国だけでありまして、義務教育は単一のカリキュラムであるというのは我が国では牢固として抜きがたい概念のようになっておりますけれども、各国を見ますと、十歳ぐらいからカリキュラムは多様化しております。義務教育というのは修学年限の画一化であって、カリキュラムは多様化であっていいという考え方に漸次、先生もそれから我々も国民もシフトしていくというようなことが一つの大きな教育改革になるのではないかと思います。

木下敬之助民社党・国民連合

○木下委員 どうもありがとうございました。

原田昇左右自由民主党・新自由国民連合

○原田(昇)委員長代理 工藤晃君。

工藤晃日本共産党・革新共同

○工藤(晃)委員 公述人の皆さん、本日は大変御苦労さまです。主として教育の問題について伺いたいと思います。  もうすでに三人の方、いろいろ述べられたと思いますが、まず大田公述人にお伺いしたいと思います。  大田先生は、これまで教育の実践それから教育政策のあり方に、ついていろいろ発言されておりましたし、昨年七月十九日には、日教組の第二次教育制度検討委員会の会長として「現代日本の教育改革」と題する提言もまとめられています。後でこの内容についても少し伺いたいと思いますが、きょう伺っておりまして、私がこの提言から受けたいろいろな感銘が多かったわけでありますが、一層裏づけられた、そういう感じもしたわけであります。  最初の問題としまして、これはもう既に今までの御質問の中にもありましたから述べられていると思いますけれども、今この国会で教育問題が大きく取り上げられるようになったのは、何といっても中曽根首相が教育改革ということを言われ、これは臨調ではないというようなことを言われてはおりますが言われ、そして、制度の抜本的な見直しをやるのだということが大きく出てきたわけであります。私は、これは教育を国家統制的な方向へ持っていって、そういう方向へ変更する内容になるおそれがあると思っておりますが、これについての感想なり御意見は既に述べられているように思われますが、今まで述べられたことに一層補足される点がありましたらぜひ述べていただきたいというのが一点であります。  二つ目の点につきましては、やはりここでの公述人の御意見を伺いましても、あるいはこれまでのいろいろな議論がありましても、ただ戦後教育が教育をだめにしたとか、そういう言い方で憲法、教育基本法に基づく教育というのは問題がある、あるいはこれからの改革に当たってこれは一つの重要な原点にはならないというような議論がありまして、これに対しても先ほどもお話があったと思いますが、もし一層補足される点がありましたらぜひ伺いたいと思います。  さて、三つ目の点としまして、この「現代日本の教育改革」で述べられている内容の「教育問題のとらえ方」や、特に「家庭と地域の教育力の再生を目指して」というような提言、それから「子供、青年の発達と教育のあり方」「教育制度の改革」いろいろ出されておりますが、特にここで伺いたいのは、先生がここで「家庭と地域の教育力の再生を目指して」ということを強調されて、何か私も大事な内容がここにあるようにも思えました。それこそ自分はどう生きるべきかということがつかめないまま悩んでいるということ、これは今の青少年を見ても、私自身の体験を見ても、何か非常にポイントを突かれたような感じがするわけであります。何しろ、先ほどお話がありましたように、子供たちはおやじの生活を見ていろいろ考える。会社でめためたに疲れてきて、そういう親が帰ってくる姿、それから母親の姿を見るのだろうと思います。それからもう一つ、今、私自身強く感じているのは、今の就業構造というものを見ましても、第一次産業・農業はどんどん出ていかなければいけない、それから工業の方もロボットが入ってくるとどんどん出ていく、非常に抽象的な第三次産業だけは広がって、子供たちが一体自分は何になるのか、何を目指さなければいけないのか、それさえもわからないような、これはまさに社会経済の広い問題になるのですが、こういう中で子供たちが悩まざるを得ないというのは、私、考えているわけですが、特にその「家庭と地域の教育力の再生を目指して」という点についてもう少し内容を伺いたい。  最後に、先ほど教育改革というのは緩いテンポでやらなければいけないのだと強調されました。まず教育の原理の問題から直していかなければいけないのだと言われました。しかし、同時に、いろいろ提言されていることで、真っ先にこれだけはやるべきではないか、真っ先に国のあるいは地方自治体、これは国会ですから国の行政や財政の面でこれだけはどうしてもやるべきではないか、この御意見、それから、改革の順番とか先生考えておられること、この点についてぜひ伺わしていただきたいと思います。

大田堯東京大学名誉教授

○大田公述人 お答えいたします。  最初に申されましたことにつきましては公述そのものの中で相当述べておりますので余り多くの言葉を要したくないと思いますが、教育の仕事というのは国民総がかりという体制がどうしても必要だということが一つなければならないと思っております。そういう意味では、この教育の問題に関しては政治的な主張の相違を超えて、ぜひひとつ今の教育の現実を共通の土俵として合意を見出していただく方向で議会が臨んでいただきたいという願いは私には大変切実でございます。  それからもう一つは、総がかりでやっていく場合の進め方というのは、今申しましたことと直接かかわりますけれども、やはり政権主導という形はなじまないということは、これは私にとってはどうしてもそうでなくちゃならないと思っています。日本の今までの、これまでの教育改革というものがむしろ異例なんです。なぜ異例かといいますと、おくれた近代化に追いついていくという非常に緊急な課題がありまして、日本の独立と近代化という課題を達成するために緊急措置としての教育介入というものがかなり強かったと思います。しかし、そういう状況というものは、私は、今反省しないと、そのための欠点が今出てきていて荒廃問題につながっておるのだから、そこをこそ直すというのも非常に重要な改革点なんだというふうに考えておりますので、その点は特に強調したいと思います。  それから、戦後教育をどう評価するかという問題は、これはいろいろあるとは思うのですけれども、私は教師の方にも責任もありましょうし、文教政策そのものにも反省点があるというふうに、それはお互いに考えていかなければならないと思うのですけれども、今度の教育改革の提案で一番気になりますのは、戦後の行われた文教政策というものに対する反省といいますか、そういう問題点の指摘が余り聞かれないというのが私は非常に不安でございます。現在起こっております、例えば共通一次試験とか入試制度の問題というのは、実は大変私どもは批判的であったのですけれども、これは現在の文教政策の中でまさにおやりになったことですね。そういう問題が実は噴出しておるのでございますから、教育改革とおっしゃる以上は今までの文教政策について我々に納得いくような、何といいますか、問題点というものを、提案される側でもっと出してほしいということを非常に感じておるわけでございます。  それから、家庭と地域の教育力の再編という問題は、これはむしろ我々がどうしようなどという提案のできるようなものではございません。これはむしろ家庭や地域の自主性において子育てを工夫していくということが原則でございますし、まさに教育が権力からは直接の支配を受けないようにするために教育というものはあるのだということとも非常にかかわっている問題だと思うわけです。  ただ、二点ばかり申し上げたいと思います。  一つは、先ほど既に申し上げたことでございまして、後ろ姿を見て子は育つというこの原則は、国民全部が思い起こさなければならない緊急にして重大な問題である、これはひとつ十分に確認しないと教育力というものは出ないのですよということは、我々研究者の立場からも申し上げることができると思うのです。  もう一つは、今日ほど子育てが孤独に行われているときはないという認識が必要ではないかと思います。実際今日の子育てというのは、両親だけで責めを負わされているという状況ではないかと私は思います。昔の話をすると時間も長くなりますけれども、昔の子育ての場合には実の親だけでは子は育たぬというのが常識だったと思うのですよ。     〔原田(昇)委員長代理退席、委員長着席〕実の親だけの二人では子は育たぬ、非常に密接な連帯関係が必要なんだというふうに我々の先輩は考えてきたと思っております。そういう意味におきまして、後ろ姿と同時に、私は特に強調いたしたいと思いますのはネットワークをつくるということですね。地域の中でいろいろな機関が子供の発達というものをめぐって濃密なネットワークをつくっていく、そういう発想法が大事だし、それから、地域にあります教育的、保育的な施設に住民が参加をしてみんなでその施設を動かしていくというような総参加の仕組みをつくりませんと、やはり子供たちというものを見守るネットワークというものは非常に孤独なものですので、その点は重要ではないかという意味で提案をいたしております。  それから最後に、教育改革のテンポの問題は、一のこととかかわって御了解いただければと思っておりますが、あくまでこれは慎重に、人間の内面にかかわる問題でございますので、政治的プログラムによってこれが支配されるというようなことがありますならば、これは人間の内面支配につながりかねないという問題もございますので、慎重に、しかも合意の上でお進めいただくことをお願いしたいと思います。  以上でございます。

工藤晃日本共産党・革新共同

○工藤(晃)委員 大田公述人、もう一つ、今私が伺ったことでもうちょっと念を押すようなことになりますが、テンポはゆっくりやらなければいけないということを前提としまして、特に幾つか御提案になっていることで、これだけは真っ先に、予算の面でももっと大事にしてほしいとか、あるいはもう一つ、この中にありました中学校から高校への試験の問題で、地域総合高校ととか地域総合中学とかありますが、その点について、そのポイントについて伺いたいと思います。

大田堯東京大学名誉教授

○大田公述人 テンポはゆっくりでも原理がはっきりしなければならないというのが私の主張点でした。それを、原理を非常に絞れば、選抜本位の今の教育の体質から、若者どもの選択本位の教育の体質に変えていく、ここが基本原理で、時間と金をかけて継続的に十年、二十年でやっていく、これが長期計画、それからもう一つは、端的に望まれることは、先ほど申し上げましたことと重なるのですが、社会党の方からだったと思いますけれども御質問ありましたけれども、例えば条件整備にかかわりまして、子供が存在感を持てるような規模の学級や学校を保障する、こういう、非常に国民合意が成り立っており教育の研究者にも異論のない部分は何としても早く実現していただきたいというふうに思います。  それから第二番目に、そのときにも申しましたが、教科書が画一にならないように、多様で多種類の教科書をその子の状況に見合って使えるようにするというのが、一人一人が選択的に成長するために絶対な、必要な条件でございます。そういう意味におきまして、画一にならない教科書、多様な教科書を裏づける予算、そういうものについて御検討いただきたいと思います。  それから第三が、国公立、学校格差を克服するための年次計画によるものをやりませんと、どうしても選抜的なものが残ってまいります。格差をなくしていくという対策が講じられていかなければならないと思います。  最後に、六・三・三の三・三をつなげるという問題について御質問がございましたけれども、私自身の判断は、やはり大学入試が変わりませんと、つなぎましてもなかなかこれは難しい問題はあると思うのです。けれども、もし理想的な姿で言いますならば、三・三をつないで地域に根を持った学制の高校が成立すれば非常に安定した姿になるとは思うのですけれども、それを目指すべきだとは思いますけれども、大学入試との関係で、実はそれを仮にやりましても非常に大きな格差を生むというようなことが十分に予測されます。そういう意味におきまして、目当てとして確認することと今すぐやるという問題、これはちょっと別に考えた方がよろしいのではないかというふうに私は思っております。  以上でございます。

工藤晃日本共産党・革新共同

○工藤(晃)委員 どうもありがとうございました。  次に、黒羽公述人にお願いしたいのですが、黒羽さんもこれまで教育問題でいろいろ御発言され、そしてまたきょうも御意見を述べられまして、特に私は奨学金問題などは大変同感なのでありますが、黒羽さん自身、例えばこれは高等教育ではないけれども、一つは、四十人学級を促進しなければならないということに対してどうお考えであるか、これが一点であります。  それからもう一つは、これは「学校経営」、五十八年九月にお書きになったことで、学制改革よりも学校観の改革が要るのではないか。黒羽さんの場合はむしろ今の教育の危機というのはほかが言うよりもそう深刻には受けとめない、しかしやはり学校観に問題がある。もしよろしかったらこの二点だけで、もし時間があればもう一、二点伺いたいと思います。

黒羽亮一日本経済新聞社論説委員

○黒羽公述人 四十人学級につきましては、三年間延期になっておりますが、その前に着手したものは学年進行で進んでおると理解しておるわけですが、そういうこともなくて、最初の四年前の計画どおり行けば一番よかったのでしょうが、今日の財政事情ではまあやむを得ないと思います。しかし、できれば、これは三年限りで、ことしが終わりになるんでしょうか、来年からは児童数も減ってまいりますので、経費の方でもそれほどとは思いませんので、解除して、四十人学級の実現に努力することがよろしいかと思います。  それから、確かに私教育雑誌にそういうことを書きました。本日はその学校観を学校利用観というような言葉で申し上げたわけでございますが、だといって、その制度の区切りについて議論することが全く無意味だというわけではありませんし、それから何も全国画一的に一つの制度である必要もないと思うわけです。現在でも実質的に、この私立の——これは受験があるわけですが、私立の六年制の中高校では、四年生、五年生、六年生と呼んで教育をしているとか、あるいは大学の附属高校で、これへ入りますと七年間、慶応とか早稲田の高等学院から行く制度とかあるわけですが、ただ法律的には区切られておりますので、それは法律的には二つの学校がつながっているということになっていますが、そういうものがありますので、こういうようなものを国立なり私立なりでパイロットスクールとしてやってみるとか、そういう意味はありますが、そして幾らかの成果は期待できると思います。しかし、この際、一挙動で全部日本の制度を変えるということが果たして教育をよくするのかしないのかという点になりますと、先ほどの学校観といいますか、学校利用観が変わらない限りは、何か非常に手間暇かけてお金をかけた割には効果が上がらないのではないかというような気もしておる。そういうような気持ちで原稿も書いた。その気持ちは今も余り変わっておりません。

工藤晃日本共産党・革新共同

○工藤(晃)委員 どうもありがとうございました。

倉成正自由民主党・新自由国民連合

○倉成委員長 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。  公述人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。  午後一時三十分より再開することとし、この際、休憩いたします。     午後零時二十三分休憩      ————◇—————     午後一時三十一分開講

小渕恵三自由民主党・新自由国民連合

○小渕(恵)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。  この際、御出席の公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  公述人各位には、御多用中にもかかわらず御出席を賜りましてまことにありがとうございました。昭和五十九年度総予算に対する御意見を拝聴し、予算審議の参考にいたしたいと存じますので、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。  なお、御意見を承る順序といたしましては、まず原公述人、次に館公述人、続いて暉峻公述人の順序で、お一人二十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えを願いたいと存じます。  それでは、まず原公述人にお願いいたします。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 原でございます。  公述人として、昭和五十九年度予算案についての意見を述べさせていただきます。  財源面での厳しい制約のもとにおきまして予算編成をするということの困難さにつきましては十分に理解をしておりますし、また、歳出削減への政府、省庁の努力につきましては評価はしております。しかしながら、私は、以下指摘する諸点について問題を感じますので、全体として賛意を表するわけにはいかないと言わざるを得ないということでございます。  まず第一に、五十九年度予算の性格、つまり政策のスタンスについてでございます。  五十九年度予算につきましては、その基本的な方針等々については既に発表されておりますけれども、例えば、経済企画庁が発表されました「昭和五十九年度の経済見通しと経済運営の基本的態度」、このような政府のこれからの経済運営の姿勢というものと絡めて考えます場合に、どうも五十九年度予算案というものは経済運営の積極的な姿勢が読み取りがたいという感じがしております。  この「経済運営の基本的態度」では、初めに我が国の経済の内外の情勢分析をしまして、さらに「基本的態度」として次の諸点が挙げられております。その第一は、「国内民間需要を中心とした景気の持続的拡大を図るとともに、雇用の安定を図ることである。」第二に、「物価の安定基調を引き続き維持することである。」第三は、「行財政改革を強力に進めることである。」第四は、「国際協調の精神の下に、」云々、世界経済の活性化を図る。第五は、「活力ある経済社会と安心で豊かな国民生活の実現を目指し、」中期的な発展基盤の整備を図ること。以上重立った要点だけでございますけれども、五点ばかり挙げられております。     〔小渕(恵)委員長代理退席、松永委員長代理着席〕 こうした「経済運営の基本的態度」と絡めて見た場合、五十九年度予算案の性格は、どうも私にとっては消極的に過ぎると感じざるを得ません。  政府といたしましてはもちろん、今度の予算案につきましては、その基本方針におきまして行財政改革、特に財政改革を中心に編成しだということを強調しております。その点はわからなくございません。私の立場も行財政改革を進めるという立場に立っております。しかし、この予算案を見ますと、ある程度の努力、また物によっては制度を改革するというかなりの努力がうかがわれるわけでございますけれども、どうも、先ほど挙げました五点ばかりの中の第三点の「行財政改革を強力に進める」という基本的な運営方針から見ても、十分ではないと言わざるを得ない。財政は継続性がありますし、制度も急に変えられません。そうした中で、例えば補助金を二千億カットしたという、こういうことは評価できると思いますし、また、全体としての予算の規模を微増にとどめたということも評価できます。また、公務員を三千九百人削減をするという、こういう姿勢も私も評価をしておりますが、しかし、全体から見て、なお「強力に進める」という方針とは必ずしもそぐわない点があるんじゃなかろうかということでございます。  それから、それと絡めてですが、予算の中でのいろいろの歳出歳入の組み方を見ましても、第一の「国内民間需要を中心とした景気の持続的拡大」というこの運営方針、運営態度と絡めて見ましても、やはり問題が多い。私は、現時点は日本経済を確たる安定成長の軌道に乗っける非常にいいタイミングの時期であろうと考えております。石油価格は低位に安定している、三年間三%台の成長を遂げた後でようやく国際経済にも明るさが見えてきた、国内経済にもようやく回復のめどが立ち始めたという、そういうタイミングでございます。したがって、私は、五十九年度の予算案を編成する方針は、行財政改革もさることながら、いわば複眼的に、もう少し積極的にこの第一のポイント、景気を確たる回復軌道に乗せる、そうして許された時間内に——一、二年間でも結構でございますけれども、時間内に日本経済の構造転換を急速に進めるという、そういう必要を強く感じておりますので、この第一の点と絡めてもやや消極的な嫌いが目立ち過ぎるんじゃないかと思われる。  また、この点は、第四の「国際協調」「世界経済活性化」ともつながりを持つのは当然でございまして、御承知のように、我が国は、経常収支の黒字のもとでこれからも輸出は伸びていきます、恐らく国際的な経済摩擦は増大していく可能性が非常に強くなる、こういうときでございますから、したがって、内需を拡大し、内需を中心にした成長軌道に乗せるということは、国内経済にのみならず国際経済にとっても強く要請されるところでございます。そういう点でこの辺にも問題があろうかと思います。  それからさらに、いろいろの政策の中でも減税政策が行われております。私、これもこれなりに評価はいたしますが、同時に増税との組み合わせが行われている点、これは所得減税のみならず投資減税もありますけれども、その規模も余り大きくないといった点、こういう点を考えていきますと、第一、第二、第三の点、諸点につきまして、どうも予算の積極的な姿勢との整合性が感じられないと考えます。  景気を刺激するためには、やはりある程度歳出の拡大が要請されることもございましょうし、また減税も必要となることもございましょう。しかし、現在の財政の状況下では、すべてにうまくとかあるいは何から何まで都合のいいように予算の編成を図ることは、もちろん困難であるのは申すまでもないことでございます。したがって、私はその限界は認めますけれども、しかしなおかつ、そういう条件を考えても、ここ一年非常に重要な年でございますので、もっと積極的な予算を編成していただきたいと考えます。  例えば、このたびの増減税の抱き合わせにつきましてもそうでございまして、減税と増税、まあこの増税の評価はさまざまございますけれども、その組み合わせの内容を見ますと、額的に見ましても一兆円少々、一兆一千八百億円の減税に対して、増税分が一兆二千七百五十億円等々、したがって、マクロ的に見まして、大ざっぱな勘定をいたしましても、経済成長率に与える影響はほとんど大きくはないというふうに考えられます。しかも、減税によって浮かび上がります家計を見ますと、可処分所得が三万円ちょっとということでございますので、そうした分の仮に七割が消費に回るといたしましても、片っ方で酒税その他の増税と、さらに公共料金が引き上げられますので、その辺を考えますと、ミクロの側面で見ましてもマクロの側面で見ましても、行って来いであって、それほど積極的な効果は出てこないのじゃなかろうかということでございます。この辺のところ、私も増税なしにすべて減税を行えとは申しませんけれども、もう少し配慮があってしかるべきじゃなかろうか。  例えば財源につきましては、もう少し歳入の見直しを詰めてやっていただきたい。非常に厳しい条件であることは承知しておりますけれども、なお徴税の効果を上げる努力をする、あるいはマル優の見直しを初めとする、額としては大きくないにいたしましても、そうした租税特別措置の見直しとか、あるいはキャピタルゲインタックスを考えるとか、いろいろ配慮していただきたいものと考えております。それから、それでもまだ減税と相殺されまして景気刺激効果がないということでございますから、私は、国債公債の減額というものも、特に建設公債は、ここ一年でも結構でございますからなるべく減額をしないで、例えば公共事業等に対しましても、前年横ばい程度か微増程度の積極性を示していただきたいものと考えております。  現状のもとで減税を行い、さらに予定される増税を行いました場合、公共事業を前年度横ばいにいたしましても、政府見通しどおり果たして四%の実質成長率が上がるかどうかということは、少し問題があろうと考えております。こうした場合、景気浮揚による税収増には限界がございますけれども、時期が時期でございますので、私は、むしろもっと積極的に成長率を高める配慮をした方がかえって税の自然増が実現できるのじゃなかろうかと考えます。政府といたしますと、法人税で一〇・二%、所得税で八・四%の、これは五十八年度の補正後の予算との比でございますけれども、増を考えているようでございますけれども、成長率をもう少し高めなければこの自然増も果たして実現できるかどうか疑問に思われます。景気の動きも、これからアメリカの景気の伸びがやや縮まってまいりますし、世界景気も拡大基調の一途をたどるというわけにもいかない状況が出てまいりますので、特にこのことが気がかりでございます。  それから歳出につきまして、これはかなりカットを行ったという努力は、先ほど申しましたように評価はいたします。御苦労なことであったかと思いますけれども、その中身を見ますと、二千億円程度の補助金のカットということでございます。補助金の整理統合、もう少し切り込めなかったかということ、またさらに、公共事業費もそうは伸びておりません状況のもとで、福祉、文教という、これも我々の生活に直結する部門でございますけれども、こうした歳出がかなり切り込まれてきたということ、この辺、何とかもう少し工夫はないであろうかということを考えます。補助金は十四兆九千九百億円程度ございますし、まだいろいろむだがあるのじゃなかろうかと考えておりますので、この辺のところをさらに積極的に検討していただきたい。そして、できることならば、公共事業の方にもう少し財源配分を厚目にしていただくことを考えてほしいと思います。  それから、今回、特に補助金カットとの絡みで受益者負担というものを強化する方向がたどられておりますけれども、私は、方向としてはこれは正しいと思います。しかし、この受益と負担というものが乖離をするということは、財政の一面でございます。受益と負担が完全に対応するならば民間財と同じことになるわけでございますが、これが離れるということが財政の特徴でございますから、財源面を考え、そして人々が行政サービスに対する過大な要求を持ち出さないためにも、こういう突き合わせあるいはそれを自覚せしめることは必要であるにいたしましても、やはりそうした負担が特に一部に偏らないような配慮、社会的弱者に偏らないような配慮をしていただきたい。  そういう点では、今度のサラリーマンの医療費のカットでございますけれども、この辺のところは、財源面ともう一つ、乱診乱療をチェックするという意味でも役に立つでしょうが、もっとほかにやるべき方法があるわけでございます。例えば、フランスですか、やっておりますように、本人が払った後で払い戻しをする方式をとって乱診乱療を防ぐとか、いろいろ検討する余地がございますから、そういうものをじっくり検討した上でこういう制度の改革を行っていただきたかったと考えております。  それから最後に、財政再建の中期的な展望に関してでございますけれども、構造的な赤字、これは景気を回復しても解消できない赤字でございます。これがかなりの割合になっているということは十分承知しております。そういう点で、ある程度計画的な数字を出して努力をするということは必要でございましょう。しかし、現在出されました政府、大蔵省の試算では、どうもこの年度内、六十五年度以内に財政再建は現実問題としてできそうもない。そうだとすれば、この辺のところはやや弾力的に考えまして、景気のいいときには自然増も出るわけでございますから、そういうときには公債の償還を大幅にする、そうでないときには緩めるといった緩急自在のいわば弾力的な考え方をいたしまして、この再建の努力をしていただきたい。その点では、私は、六十五年度は努力目標として当然考えるべきでしょうが、必ずしもこれに毎年毎年こだわることはない、時によって消長があっても一向構わないというふうに考えております。  最後に締めくくりを申しますと、どうも五十九年度の予算案というものは、行財政改革への姿勢は見えますけれども、現状、特に内外経済の現段階から見て、性格がややはっきりしない予算であり、これから後の財政再建の中期的な計画につなげる、言葉は悪いのですが、つなぎ予算的な意味があるのじゃなかろうか。もしそうだとすれば、むしろ、つなぎはつなぎとして、もっと積極的な景気回復への姿勢を示すような予算を組んでいただきたかった。また、現在それが一番いいタイミングではなかろうかというのが私の考え方でございます。  以上であります。(拍手)

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永委員長代理 どうもありがとうございました。  次に、館公述人にお願いいたします。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 ただいま御紹介いただきました館でございます。  本日は、衆議院の予算委員会において意見を表明する機会を与えていただきまして、大変光栄に存じております。歳出面を中心にいたしまして五十九年度予算について所感を述べて、御参考に供したいと存じます。  今さら申し上げるまでもないことでございますが、日本経済は、石油価格の下落、それから円レートの上昇及びアメリカを中心とする景気の回復の影響を受けまして、ここ当分の間自律的な回復の過程をたどっていくものというように考えられるわけであります。ただ、自律的な回復の過程をたどっていくと申しましても、石油価格にいたしましても、アメリカの景気にいたしましても、将来について全く不安がないかと申しますと、そうではございません。将来については大変不確実な面があるわけでございます。したがいまして、政策運営に当たっては、将来の不測の事態に機動的、弾力的に対応し得る政策の余地を確保しておくということが非常に重要であるというように考える次第でございます。  このような観点に立ちまして現在の日本の財政を見た場合に、財政支出の拡大やネットの減税によって経済活動を刺激して経済の拡大を図っていく余地というのは、ほとんどないというように申してよろしいと思います。そればかりではございません。仮にそのような拡大政策をとったとしても、その効果はほとんどなく、いたずらに財政の悪化を招来する危険があるというように考える次第であります。したがいまして、当面は、まず財政の再建に努め、弾力的な政策の運営を行い得る余地を確保するように努めるということを基本とすべきであるというように考える次第であります。  今申しました点について、次にやや詳しく申し上げたいと思います。  まず第一に、現在の財政には支出の拡大やネットの減税を行う余地が乏しいという点でございますが、これも改めて申し上げるまでもないことでありますが、五十八年度末の国債の発行残高が約百十兆円、そして五十九年度の国債の発行残高が約百二十二兆円というように予想され、国債費が歳出の中に占める割合をとってみますと、五十八年度で一七%、五十九年度では一八・一%という非常に高い率が予想されるわけでありまして、この五十九年度の一八・一%という予想は、歳出の中に占める社会保障費の一八・四%に次いで高く、ほぼそれと変わらないという非常に巨額に達しているわけであります。したがいまして、このような国債費負担をさらにふやしていくというような余地のない財政危機の状況にあるということをまず強調したいというように考えるわけであります。  次に、二番目の、仮に拡張的な政策をとってもその効果はほとんど期待されないという点でございますが、その点につきましては、まず第一に、最近経済構造が急速に変化してまいっております。しばしば、ソフト化であるとかサービス化と呼ばれるような経済構造の変化が見られるということ。さらに、政策がどの程度の効果を持つかということは、人々の期待の状態にも依存するわけでございます。公共投資をふやした場合に、やがて遠くない将来において増税が行われるのではないかという期待が持たれるということになりますと、その公共投資の効果は半減する、相殺されてしまうということもあり得るわけでありまして、そういう意味で、最近、公共投資等の刺激政策の乗数効果、それから民間投資誘発効果が急速に減退してきておるといいますか弱まってきておるということが、まず第一にあるわけでございます。  第二に、仮に減税なり公共投資を行う。公共投資一兆円を行って、その結果仮に二兆円の所得博加が生じたといたします。この場合に、限界税率が〇・五であって初めて一兆円の税収増が期待されるということになるわけでありますが、先ほど申しましたように、現在公共投資の乗数は急速に下がってきておるわけでありまして、一兆円の公共投資をすることによって二兆円の所得増加が生ずるというようなことは、いわば夢物語であるというように考えるわけであります。仮に乗数が一・五、これも非常に高い数字でありまして、現実に一・五ということは期待できないわけでありますが、仮に乗数が一・五であるとしますと、一兆円の公共投資が行われることによって一兆五千億の所得増加が生ずるわけであります。その場合に、限界税率が〇・五であるというように考えて、これも五〇%というような非常に高い限界税率でありますが、そうであるとしても、そのときに七千五百億の税収が生ずるにすぎないわけでありまして、限界税率が五〇%を割るというような現実の状況のもとで、公共投資を行う結果は何が生ずるかと言えば、結局、財政収支は悪化して財政には赤字が残るということにならざるを得ないというようになります。そうしますと、その結果として、公債残高はますます増大し、それに対する利払いも増大するということになってくるわけであります。  ところで、現在の利子率は、御承知のように成長率よりも高い水準にあるわけでございます。したがって、国債の利払いを国債の発行によって賄うというケースを仮に想定いたしますと、国債費の対GNP比率は無限に増大していってしまうということになる、そういういわば発散型の経済であるわけであります。そういうことを考えますと、国債の発行、国債依存には慎重でなければなりませんし、国債依存度の低下に極力努めていかなければならないことは明らかであるというように考えるわけであります。それから最後の三番目の、当面は財政再建に努め、弾力的な政策運営を行い得る余地を確保することが重要であるという点でございますが、国債の依存度をこれ以上高めてまいりますと、それは金利水準を高めて、クラウディングアウトを生ずる危険性を持っておるわけであります。したがいまして、国債政策の弾力的な運用のためにも、経済が着実に発展している過程において極力国債依存度を下げるという政策をとって、それによって政策の自由度を高めるということが重要であるというように考えるわけであります。  現在は、先ほど申しましたように、経済が、石油価格の下落であるとかアメリカの景気上昇、回復というようなことによりまして調律的な回復過程にあるわけでありますから、こういう着実に経済が発展している場合に極力国債依存度を下げるという努力をすべきであるというのが私の考えでございまして、もし景気対策が必要であるということであれば、為替レートの動向に留意しながら、為替レートに大きな影響を与えないという状態のもとで金利の一層の低下を図るというのが望ましいというように考えるわけであります。先ほど申しましたように、現在の金利水準は成長率を上回っているわけでありまして、これは極めて不健全な姿であると考えるからであります。  ところで、財政再建を行う方策といたしましては、我々に与えられた選択は非常に限られておりまして、まず第一は思い切った財政の節減合理化を図ることであり、第二は受益猪負担等負担の増大を求めるということであり、第三はインフレーションという政策であるというように考えるわけであります。このうち、インフレーションは最悪の選択であります。なぜならば、インフレは社会的弱者に最も厳しい、大変恣意的な課税であります。したがって、この道はとり得ない、とってはならないというように考えるわけであります。  そうしますと、残された道は第一の方策、思い切った財政の節減合理化を図るという方策と、それから第二の方策ということになるわけであります。したがって、まず第一に、思い切った財政の節減合理化を図っていくべきである、こう考える次第であります。なお、第三のインフレによる問題解決という政策よりは、第二の受益者負担等の負担増を求めていく政策の方が負担の公平という点から望ましいというように私は考えておるわけであります。  さて、以上のような観点から、五十九年度の予算を見たときに、国債費と地方交付税を除く一般歳出の対前年比がマイナスの〇・一%、国債費、地方交付税を含む一般会計の対前年比が〇・五%増という五十九年度予算は、これは五十八年度の増加率を下回るわけでありまして、その歳出カットの努力は評価さるべきものであるというように考える次第であります。この予算の景気に対する影響も、ほぼ中立的ないし多少抑制的という性格のものではないか、こう考えます。  財政の受益者という立場に立って考えた場合には、もちろん、できるだけ負担が少なくて、国から受ける便益が多い方が望ましいということは言うまでもないわけであります。しかし、実際にそういうことが可能なのかといいますと、そういうことはできないわけであります。僕自身を仮に考えても、負担はできるだけ少なくて、国から受ける受益が大きい方が望ましいということは確かであります。したがいまして、財政はほっておきますとどうしても大きくなっていくような危険性を持っているわけでありますが、しかし、そういうことは長続きし得ない、あるいは一番望ましくないような方向に、インフレによる問題解決というような方向にいかざるを得ないというようなことになってしまうわけでありますから、そこで、そういう現在の財政状況を前提としたときには、まず受益者が明確な場合には受益者に相当の負担を求める。第二に、政府の仕事にしても、財政に余裕があるときとは違って、真に必要なものに限っていく。つまり、どうしても国がやらなければならないというものに限定してその支出を行っていくということにしなければなりませんし、また当面、それほどの負担になっていないものでも、将来支出がふえて財政を悪くするようなものについては、あらかじめ予防的に施策を講じておくということが、今日、重要であるというように考えるわけであります。  こういう観点で従来の財政支出を検討した場合に、支出には制度の改廃を含めて見直しを要する多くの問題点が従来から指摘されてきたわけであります。例えば医療保険制度であるとか年金制度等々でございますが、五十九年度予算では、これらのうち、医療保険制度の改革であるとか、年金制度の改革であるとか、地方財政対策の改革といったような相当程度の制度改革が含まれておりまして、この面でも相当の評価をなし得るというように私は考えるわけであります。  もちろん、完全を望めば残された問題がないわけではございません。私自身の観点から言えば、学校給食にかかわる助成であるとか教科書無償給与制度など、なお検討すべき問題があるように思いますが、全体としてはほぼ妥当なものであるというように考えるわけであります。  ただ、私としては、一つだけ遺憾に感じておる点がございます。それは、厳しい現在の財政状況のもとでは、歳出の節減合理化のためにすべての分野が痛みを分かち合うということが非常に重要であるというように考えておるわけでありまして、そのためには一切の聖域を設けないということを基本とすべきであるというように強く考えてきておったわけでありますが、この点、防衛費等において例外が認められたという点については、私としては遺憾に感ずる点でございます。しかし、全体としては、先ほど申しましたように、ほぼ妥当な予算であるというように考えております。  ただ、将来を見通したときには、制度改革を含む改正が本年度の予算には多く組み込まれており、その効果が来年度になってあらわれてくるようなものもございますから、来年度の予算はともかくといたしまして、その先の予算の編成のためにはいろいろの工夫が必要になってくるというように考える次第でございます。  以上をもちまして、私の意見陳述を終わります。(拍手)

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永委員長代理 どうもありがとうございました。  次に、暉峻公述人にお願いいたします。

暉峻淑子埼玉大学教授

○暉峻公述人 御紹介いただきました暉峻でございます。  私は、この予算委員会に出てくるのは初めてではございませんで、何度目かになるわけですけれども、今回ほど国民の考えているいろいろな考え方と国会のこの予算委員会の考えとが大きくずれているという気持ちを持ったことはないのです。本当にある危機感を感じて、きょうは伺ったわけです。  政治が国民を一体どういうふうに考えているかというのは、予算の中に一番はっきりとあらわれることです。どんな場合でも、人間の本音はお金の出し方の中に一番正直にあらわれるものだからです。例えば一家のあるじが口先で家族を愛しているというようなことを言ったとしても、老人が病気になっても満足に医療も受けさせず、子供の給食やら保育園の費用もけちけちして出さず、高校への進学もあきらめさせ、そのくせにサラ金から百兆円を超える借金をして高価なピストルや武器などを買って、その利払いをまた家族に押しつけるということがあるとすれば、家族は人権を無視されていると思うでしょう。国民は今、政治に対してそう思っております。  私は、専門の立場から、国民生活と財政、公共サービスとのかかわりを調査研究をしたり、家計調査を行ったり、また一方では市民や主婦の学習や集会に参加するチャンスも大変多く持っております。きのうも実は、日弁連主催の食品添加物規制緩和を考える集会で、国民の命と健康にかかわる輸入食品を検査する税関の専門の検査官が大幅に削減されたために、輸入食品の検査が十分にできないという話題で大きな議論になりました。この会には日本全国のエキスパート三百六十人が集まり、国民の健康を守るためにはどうしたらいいかということを朝から夕方まで討論いたしました。  また、去る二月一日には、老人保健法施行後一年たって老人は幸せになったのかという報告会がありました。特例老人病院の悲惨な状態の報告を間いて、私は本当に涙が出るような気がしました。また、保育料が高くなったために、ベビーホテルや無認可保育園に子供が移されて、窓もないビルの一室でダンボール箱に入れられ、年齢無差別に何人もの子供が同じ部屋で一人の保母に世話をされていますので、事故が起こったり発達の遅滞が起きたりして、いろいろな問題が起きております。  それから、国立病院の職員数が少ないために、患者数が多いのに外来の窓口は朝十時半に閉まってしまい、開店休業状態の科もあったりして周りの住民に大変不便をかけております。全国の家計簿調べのグループでは、収入はふえないのに税金、保険料、公共料金の大幅な値上がりのために生活必需品も買えないという世帯が、これは家計調査報告などでもよくわかります。  私は、そういう国民の声を代表して、きょうはぜひ皆様にお話ししたいことがあります。  一般の市民は、このような予算の組まれ方を次のように考えております。大平首相のとき一般消費税の導入に失敗した政府は、「増税なき財政再建」を掲げて、ともかくも行政改革をしなければならなくなりました。鈴木首相は延命策として第二臨調を出発させましたが、もともと臨調なるものは、約二百のうちの一つの審議会にすぎません。それを神様のように神格化して、国民の期待をそちらに向けたのです。しかし、財政再建不可能との見通しのもとに鈴木首相はついに退き、中曽根首相が後を引き継ぎました。  中曽根さんもまた、「増税なき財政再建」という大義名分で国民を、私たちから見れば釣るというか、だますような格好で政治的危機を回避し、国民に福祉のカットを恨まれないように臨調を利用したのだと思います。財界は財界で、法人税の増税を回避し、国に資金を留保させておく必要から行革を要求しました。大蔵省は足手まどいの福祉を臨調の名のもとにこの際大きくカットし、大型間接税導入の布石に利用したいと考えているようです。つまり「財政の中期展望」に大蔵省が示したことを、臨調を利用して実行しようとしています。  しかし、国民が期待したのは、「増税なき」であると同時に、行革とは何よりも、田中問題に象徴されているような政財官の利権の癒着を打ち破ることを私たちは期待したのです。地方分権、自治、住民の行政への参加、そのための情報の公開を期待したのです。憲法の理念に返って、政治と行政を国民のものにすることを私たちは期待したのです。しかし、この期待は全く逆の結果となりました。それを示しているのが昭和五十七、五十八、五十九年の予算のあり方です。  中曽根内閣になってからは「増税なき財政再建」の破綻はだれの目にも明らかになり、臨調の最終答申も、増税はしないが、税の増収ならやってもよいというような表現に変わり、ついに国債の借りかえのための法案が提出されることになりました。つまり「増税なき財政再建」はできず、ただ置き土産として、活力ある福祉社会という名前のもとに多くの福祉、文教予算がスケープゴートになって大削減を受け、地方の自治体に負担が転嫁され、国際社会への貢献の名のもとに総合安全保障、つまり軍事費と大型プロジェクトと海外への資本進出に大きな予算が割かれるようになったのです。つまり国民の生活を見捨て、福祉国家の看板をおろし、行財政がこれまでもちらつかせていた中央集権的な投資型、産業優先型の方針を、軍事にも拡大して一層露骨にあらわすことになったのです。そして福祉のカットに国民が悲鳴を上げたころを見計らって大型間接税を導入しようとしているとしか思えません。  去年の六月、アメリカ国防総省の報告書「共同防衛に関する同盟国の貢献」が言っておるように、防衛に回す金をどこからか持ってこなければならないが、社会保障分野こそその源であるということが実現されそうになっております。三菱経済研究所長の井上薫氏も、十二月十四日の朝日新聞に、「防衛力を増強するために、財政再建が必要、と政府・自民党は考えているのではないか。」と自分も考えざるを得なくなったと言っております。日本の財政構造も、だんだんアメリカに似てきたのではないかと思われます。  昭和五十九年度の財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置等に関する法律案、これは五十九年度の赤字国債借りかえの根拠法になっていると思いますが、その第三章第六条は、昭和五十年度から五十八年度までの国債の借りかえを一挙にできるようにしております。全く何をか言わんやです。せめて五十年度の国債は何年までに、五十一年度の国債は何年までにとでも、計画化されて国民に発表されれば、まだ少しは誠実さもわかるのですが、これでは何のために福祉のカットが行われたのでしょう。何のための「財政再建」という言葉だったのでしょう。しかも「八〇年代の展望と指針」で中曽根首相は、計画期間中に赤字財政の体質からの脱却に努めると言っています。体質なんというのは、高血圧体質のように、変わるものではありません。これではいつまでたって保も国民は生活の窮乏化を強制され続けることになります。また、多額の借りかえに金融市場が圧迫されるということだってないとは言えません。  去年、三月十五日、第九十八回参議院予算委員会で、借りかえの問題について、これは予算委員会会議議事録第六号第二十二ページにあります、勝又武一議員の赤字国債の借りかえはおやりになりませんねという質問に答えて、竹下登氏は「赤字国債の借りかえというものは、法律そして国会答弁からしてもそれは念頭にありません。」と言っています。それからまだ一年もたっていないのです。念頭になくてどこにあったのでしょうか。私たちは政府と国会をどういうふうに信じたらいいのかと思います。  昭和四十年、佐藤内閣のときに建設国債が出されました。そしてその十年後、三木内閣のときに赤字国債が出されました。五十九年、中曽根内閣のときに借りかえが行われようとしています。十年置きに財政は、今いよいよ深い泥沼に陥っていくような気がします。  政府は、しばしば、防衛は国力に応じてと言ってきました。防衛予算は国の財政からしか出しようがないのですから、国力とはこの場合、私はGNPのことではなくて財政力のことだと思います。こんなとき、三年間も予算の平均の伸び率を超えて、しかも福祉を犠牲にして、後年度負担を二兆円以上も抱えて、なぜ防衛費だけ突出しなければいけないのですか。  戦後、財政法は、二度と軍事国家にならぬよう国債の発行を禁止したはずです。それは平和国家の象徴だったはずです。もし無制限な国債の借りかえが行われるとすれば、軍事費の一%の歯どめなどは直ちになくなってしまうでしょう。こんな危ない政府にお金を持たせることはできません。私たちは大型間接税の導入を拒否します、税収のふえた分だけ、いよいよ従来の財政構造が強められるだけなのですから。  戦後の資本蓄積型、利権癒着型の財政構造が、財政危機をきっかけに是正されているのであれば私たちは協力しますが、資産所得の優遇、投資優遇、国民生活の切り捨ての体質はいよいよ強化されていくようです。今度、所得税の減税といっても、課税最低限が所得税は六十万から五十万に引き下げられ、住民税は三十万から二十万に引き下げられました。そして、税率は〇・五%高くなりました。このことによって千億円の増税になるそうです。一体、それぞれの税率のところに何人の納税者がいるのか、予算委員会は、ぜひ大蔵省から資料をとって国民に明らかにしてください。それによっては、あるいは減税と言われているものが、ある階層に大きな増税になるかもしれないからです。  健康保険の標準報酬の上限は四十七万から七十一万に引き上げられました。これも増税です。臨調の五十九年度答申措置状況、これは主計局ですね。これで、文教が他の費目に比べて格段に削減されていることは、皆様御承知のことと思います。予算上の削減が国民生活にどんな影響を与えているか、一つ二つ実例を挙げます。  老人保健法以降の老人医療についてですが、御承知のように医療費の一部自己負担により老人の受診率は下がりました。また、受診制限により、注射は一カ月千円まで、処置は三百円まで、点滴は注射針を腕に刺す技術料二百円までしか認められておりません。心電図や脳波の検査は月一回に限り、例えば歯槽膿漏なども検査の点数は認められておりません。指導料も四分の一に切り下げられました。入れ歯の調整も点数として認められておりません。病院では老人を入院させておくと赤字になるので、老人は追い出され、一般病院の医師の定員の三分の一、看護婦の定員の三分の二で済む特例許可老人病院に送り込まれております。当然医療、看護のレベルは低下し、人手が足りないのでおむつも十分にかえてもらえず、常時老人をベッドに縛りつけておくために床ずれがひどくなり、文字どおりの老人虐待法と言われております。また、おむつ代やお世話料といって保険外負担を六万円から三十万円も請求する病院もあります。これも介護人の標準報酬費用が一カ月たった四万八千円しか認められていないので、そうなるのです。一日の看護婦の費用九千三百円に比べて余りにも話にならないのではないですか。退院しても、寝たきりの専用の部屋を持っている老人は少ないのです。老人夫婦が心中という事件も、毎日のように新聞に報じられております。これが長年国に税金を納め続けてきた日本人の老人の末路です。  同じことは保育料についても言えます。昭和五十一年には国は保育料の五二%を負担していましたが、五十八年には三二%になり……(発言する者あり)静かに聞いてください。現在では、国の算定基準が実際より低いために現実には国は一四%、自治体が七八%、本人は九%の負担になっています。自治体が持ちこたえ切れずにこれを本人負担に転嫁している場合には、三歳未満児で一人四万円以上の保育料になっているところもあり、親はこれを払い切れずに無認可の施設やベビーホテルに移し、そこでの事故や不健康な環境というのは見るに忍びないほどです。  このたびまた、離別母子への児童手当が大幅に削減されることになりました。あるいは停止です。支給期間も義務教育の期間までとなりました。サラ金禍とか夫の暴力、夫の浮気などでやむなく別れた妻が、夫からの養育費をもらえるとでも思っているのでしょうか。裁判によって父親に支払い命令が行われた場合でも、支払われていない例の方が圧倒的に多いのです。この場合も、結局しわ寄せは罪のない子供にいっております。  その一方、どういうことが行われているのでしょうか。私が見たところでは、例えば会計検査院で摘発されている公共事業のむだが四兆円、それから原子力船「むつ」一千億円、給食は単独方式にした方がおいしく豊かだと言われながら、実際には中央のセンター方式にしたためにむだ遣いが出ております。それから、竹下大蔵大臣の地盤の木次町では、労働省の補助金による勤労青少年ホーム、経費一億七千万、農村環境改善メインセンター、農水省二億九千万、就業改善センター、農水省六千五百万、農村教養文化体育施設、雇用促進事業団一億二千万、高齢者コミュニティセンター、自治省四千万、中央集会場、文部省二千八百万、コミュニティ会館、島根県五千万というふうに、人口一万一千人の町にこれだけの建物が建っているのです。私たちは一体こういう財政の体質をどう考えたらいいのでしょう。このことを私は予算委員会が国民に対して示してほしいと思います。  人間の命と社会の安定ほど大事なものはありません。私は、昨年十一月、社会保障を守る国際会議、これは研究者と実際の現場の人が集まった国際会議でしたが、西ベルリンで参加して、世界の各国で、日本よりもっともっと経済力のない国が社会の安定を第一に考え、国民の健康、命を守るということこそが国家の第一の義務であると考えて、日本よりはもっといろいろないい施策に努力しているのを見ました。あるいは現場も見てきました。私は、日本の予算委員会が国民の命を預かり、私たちの税金を預かっていることを大変不幸に思うものです。  以上です。(捕手)

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永委員長代理 どうもありがとうございました。

松永光自由民主党・新自由国民連合文部大臣

○松永委員長代理 これより公述人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。尾身幸次君。

尾身幸次自由民主党・新自由国民連合

○尾身委員 尾身幸次でございます。  公述人の先生方、きょうは本当に御苦労さまでございました。  財政問題の本当の我が国の専門家と言われておられます館先生にお伺いしたいと思います。内容は、五十九年度の予算の最大の眼目でございますいわゆる「増税なき財政再建」が果たして可能かどうか、そしてまた、可能であるとすればその具体的方策は何かという問題点に絞りまして、いろいろと質問をさせていただぎたいと考えているわけでございます。  まず最初に、財政再建というものは一体どう考えているのかということでございますが、私なりに考えますと、先ほど先生がおっしゃいました、いわゆる財政の政策運営で弾力的な対応をする余地を持つということが、財政の再建であるというふうに、私先ほどお伺いして理解したわけでございますが、これはもうちょっと具体的に言いますと、大蔵省の試算でございます特例公債の借換債を発行するケースといいますか、つまり特例公債の残高、いわゆる赤字公債の残高がほぼ横ばいで推移するという状況が実現されれば、一応財政再建が軌道に乗ったといいますか、できたというふうに考えていいのではないかという感じがするわけでございますが、その点についてまず先生の御意見をお伺いしたいと思います。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 お答えいたします。  大変難しい問題でございますが、今御指摘になりましたように、何よりも財政再建の基本的な目的は財政政策が弾力的に運営できるようになるということであり、それをもう少し具体的に考えましたときには、私は、経済が着実な成長を示しているときには赤字公債に依存しない、少なくとも赤字公債に依存しないで経済運営をやっていけるという状態に回復すること、それが財政再建である、こういうように考えております。  具体的な数値につきましては、私も自信を持って申し上げ得るあれはございませんが、基本はそういうように考えております。

尾身幸次自由民主党・新自由国民連合

○尾身委員 そこで私は、我が国の国民の大多数は財政再建の必要性につきましてよく理解をし、そしてまた、この問題の解決なしには我が国の経済の正常化はあり得ないというふうに考えていることは、今事実であろうと考えております。  ことしの予算の原案は、この状況のもとにおきまして、一つは所得税の減税がなされた反面、それにほぼ見合います同額の酒税や物品税等の間接税を中心とする税の増収がなされたという意味で、非常に厳しい実情にある。     〔松永委員長代理退席、小渕(恵)委員長代理着席〕 二つ目は、歳出面におきましても、医療費や年金の制度の改正も含めまして支出の削減が極めて厳しく行われる。三つ目は、公務員の定員の純減まで行うような行政の合理化がなされたという意味におきまして、今年度の予算原案は、国民の各層にとりまして、いわば本当の意味で苦い薬になっているんじゃないかと思うわけでございます。それにもかかわらず、国民がこの苦い薬をやむを得ず飲もうとしていますのは、現在の厳しい財政事情と財政再建の必要性を理解していただいているためではないかと思う次第でございます。  しかしながら、問題は、果たしてこの政策の延長線上で先ほどお話のございましたような財政再建が可能なのかどうかという点でございます。つまり、臨調答申の線に沿ったいわゆる「増税なき財政再建」が果たして現実にできるのか、国民の心配はまさにこの点にあると思うのであります。中曽根総理及び竹下大蔵大臣は、予算委員会の答弁におきましても一貫をして、大型間接税の導入は考えていない旨、明言されておられます。私が群馬の選挙区に帰りますと必ず聞かれる質問は、大型間接税の導入は本当にしないのか、そして、済むのかということでございます。  そこで、一般的な質問でございますが、この「増税なき財政再建」は、一般的に言って可能であるとお考えなのかどうか。この点、最初に先生にお伺いしたいと思います。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 これも大変難しい問題でございます。先ほど公述の際にも申し上げたことでございますが、現在、日本経済は着実な回復の過程にあります。したがいまして、機会をつかまえて金融政策を弾力的に運営していく、特に金利の低下を図るというようなこと、もちろん、金利を下げることによって円レートが変動するというようなことになりますと、そこに国際摩擦の問題が生ずる可能性がありますので、そのことは留意しなければなりませんが、しかし、その為替に対する影響が少ない限り、金融政策を弾力的に使うことによってある程度成長を図っていけば、税収についても、ある程度税収の増が期待されるということになってくると思います。同時に、一方で今後とも厳しい財政削減、節減合理化を行っていきますと、それによって「増税なき財政再建」の方向に進んでいくことができると思いますし、私自身も納税者の一人としては、できるだけそういう方向で財政の合理化を図っていただきたいというのが私の強い希望でございます。  ただ、一経済学者として、将来それだけであらゆる問題の解決が可能になるだろうかということについて意見を求められるとするならば。私は、受益者にやはり相当の負担を求めていくということは避けられないのではないか、その点はある程度、率直に申し上げて、国民の広い理解を求めていくことが必要なのではないかというように考えておる次第でございます。

尾身幸次自由民主党・新自由国民連合

○尾身委員 先ほど館先生は、これから三つの選択がある、一つは支出の削減であり、一つは今おっしゃいました負担の増、三つ目はインフレによるものであるというふうにおっしゃいましたが、私は今の我が国の国民の意思、考え方は、たとえどんなに苦しくても「増税なき財政百姓」をやり抜くべきだということではないかと思うのであります。  財政の枠組みは今度の予算で決まるわけでございまして、先ほど先生がおっしゃいました、景気に対してやや中立的ないしは多少抑制的ということをお伺いしたわけでございますが、この「増税なき財政再建」の成功のかぎを握るものは、今の予算の具体的な納付のやり方、それから先ほどおっしゃいました金利の引き下げも含めました金融政策、あるいは産業政策などのあらゆる政策手段をきめ細かくかつ総合的に推進をいたしまして、日本の景気の回復を図ってその潜在的成長力をフルに発揮させる、それによりまして税収を増大させて財政再建の足がかりとするということにあるんじゃないかと私は考えているわけでございます。  ことしの、五十九年度の成長率につきまして、政府は実質で四・一%、名目で五・九%というふうに見ているわけでございますが、今の世界の経済の状況が回復過程にあるということ、二つ目は原油の価格も安定しているということ、三つ目が企業収益が増大し、技術革新を中心といたします設備投資意欲がかなり高くなっているというような状況から見まして、これからの施策の対応よろしきを得ればさらに高い成長率が達成されまして、いわゆる税の自然増収というようなうれしい誤算もあり得るのではないかというふうに私は考えているわけでございます。国民も、現在段階におきまして景気の本格的な回復を待ち望んでおります。そして景気が回復し、企業の利益とそこに働く人の所得がふえまして、税金を十分に払えるような状態にたることが望ましいわけでございます。そういう状況でございます。  この際、さらに申し上げたいことは、先ほど先生がおっしゃいました金融政策の面での金利の引き下げは、現在の企業収益の好転あるいは設備投資意欲の強いということを考えれば、かなり景気の回復に有効な手段となるんじゃないかという気もするわけでございます。それからまた、内需中心の拡大政策は、今大幅黒字で問題になっております対外貿易摩擦の面に対しましても、その解決に大いに有効に働くという気もするわけでございます。  いずれにいたしましても、「増税なき財政再建」をやっていくことが、景気の回復過程にある現在の段階におきまして、一つの絶好のチャンスではないかというふうに考えているわけでございます。そのためには、先ほどの金利の引き下げとともに、いわゆる民間活力をどうやって発揮させるか、そういうことも必要であろうかと存じます。  そういう意味で、日本の経済の拡大を図り景気の回復を図って税の増収を図るという積極的な対応策につきまして、先ほど金融面については先生の御意見をお伺いしましたが、何かほかにいろいろとあるのではないかという気もするわけでございまして、この点についての先生の御見解を承らしていただきまして、質問を終わりたいと思います。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 ただいまの御質問、それから先生の御意見、基本的には私も賛成でございまして、できるだけ民間の活力が発揮されるような方向に経済を持っていくことによって、税収も上がってくるという状態が望ましいというように考えます。  ただ、私が一つだけこの機会に強調をさしていただきたいことは、一方でどうしても歳出の削減合理化を図らなければ到底完全な意味での財政再建はなし得ないような、それほどに厳しい財政事情に現にあるということでございまして、そして歳出の削減合理化を図るということは、これは実は国民の竹さんに非常な犠牲をお願いするということでもあるわけでありまして、そのことはどうしても御理解いただかなければならぬ。やはりこういう問題になりますと、どうしても総論賛成、各論反対ということになりがちでありますが、そういうことがないように、厳しい状況は理解していただくということが極めて重要であるということを重ねて申し上げさせていただきまして、お答えといたします。

尾身幸次自由民主党・新自由国民連合

○尾身委員 どうもありがとうございました。

小渕恵三自由民主党・新自由国民連合

○小渕(恵)委員長代理 島田琢郎君。

島田琢郎日本社会党・護憲共同

○島田(琢)委員 公述人の皆さんには、大変お忙しいところ貴重な御意見をお聞かせいただきまして、ありがとうございました。若干お尋ねをさせていただきます。  まず最初に、原公述人がおっしゃっております積極財政といいますか、積極的な予算をもって景気回復を図るべきである、それが、五つお挙げになりましたそれぞれの、物価問題とかあるいは行財政の改革の推進とか、世界経済への寄与、国際協調といった面に大変よい側面を持っていくのではないか、こういう御趣旨と承りました。特に財政百姓につきましては、六十五年までのタイムリミットなどというようなことに余りこだわらないで弾力的に対処するべきだ、こういうお話でございました。  ただ、財政百姓というのは、政府も「増税なき財政百姓」などと言ったり、それから国会でもやはり財政百姓というのが見過ごしするわけにはいかないという大事な政治課題なのであります。一定の百姓のめどを立てるというのが国民の皆さんから見ても期待される一つの目安であろう、こう思うのです。ですから、そこに余りこだわる必要はないという御意見は私もよくわかるのでありますけれども、しかし、ずるずると行きますと、歯どめもないし、また大変だらしない結果になって責任がどこに打っちゃったかわからない、こういうことでございますから、一定の歯どめが私は必要だと思っております。その弾力的な対処という、限界といいますか、あなたのお考えについてお聞かせをいただきたい、こう思います。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 財政再建に関して弾力的に考えるという考え方でございますけれども、私も先生の御指摘のように、のんべんだらりといつまでも先に延ばすというふうな考え方は持っておりません。財政再建というものは常に考えなければいけない課題と考えております。そういう点では、中長期にわたっての検討課題であると考えておりますけれども、できる限り短い期間内に達成すべき課題である、こういう認識をしております。  しかし、現実に、経済というものは生き物でございますから、これは成長いかんによってかなり左右されてくる。ですから、計画はあくまでも。計回でございまして、現実の経済の動きと絡めながら具体的に考えないといけませんから、場合によって国債の発行高につきましては弾力的に年々考えていくというそういう形の中で、やはり中期的にはできる限り早急に構造的な赤字はなくせというこの基本ラインは、決して私は考えてないわけじゃございませんです。その辺のところが、ややもすれば計画を出したままで、具体的な裏づけを欠きましてただ努力目標だということだけになりますと、そのことならばむしろ当然のことでございますから、もう少し弾力的に現実経済とより絡めた上での策を改めて練り直した方がいいんじゃなかろうかというのが私の考え方でございます。  以上でございます。

島田琢郎日本社会党・護憲共同

○島田(琢)委員 ところで、原公述人に重ねてお聞かせをいただきますが、政府は「財政の中期展望」というのを出してきましたね。これは一言で言いますと、これまで同様の歳出削減を続けていくのか、あるいは増税を国民の側が受け入れる余地があるのかというふうな点で、どちらかを選択せよ、こう国民に迫っているというふうに言ってもいいと私は思う。しかし、国民生活の実態から見ますと、景気は大変低迷を続けており、生活は大変犠牲を強いられており、出すものがふえてくる、こういうことでございますから、これを国民の側にどちらを選択するのかという選択を求めるという姿勢自体、問題があると私は思っております。  しかし、これは二者択一があるいは第三の道を別に考えるか、こういった点ではまだ必ずしも一定の方向性が明らかになっている段階ではなくて、この問題は国会でも継続的に、それぞれの党の持っております一つの考え方が出される中で議論が続いている、こういうことになるわけであります。この際、あなたのお立場では、この二者択一か、あるいは第三の道というものをどのようにお考えになっているか。先ほど先生のお話は、積極的な財政運営をすべきだ、むしろ河本経済企画庁長官が言っているような、大体そういう道に近いお考えのように受け取りました。この際、もう少し具体的なお考えがあれば、お示しをいただきたいと思います。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 積極的な財政、予算を組めということでは河本企両庁長官とやや似ておりますけれども、私はあの方ほど強気じゃございませんで、四兆円、五兆円というような形の公共事業支出の拡大とかなんとかということになりますと、私もやはり財政再建の問題と絡めて問題があろうかと思います。ですから、その辺のところは、財政の一応の限界内でより積極的な姿勢が出るような形で予算を組んだ方が、心理的にも実態的にもよろしいんじゃないかという考え方でございます。  それで、この「財政の中期試算」につきましても、こういう形で出されますと、一般歳出で伸び率五%にいたしまして、そして特例公債の借りかえケースで計算しまして、六十五年には九・九兆円、十兆円ほどの財源不足になるというようなことですから、これを見ますと、正直なところ、なかなか実現できないような形で、だから増税するかどうかという選択を出されますと、私は、このままでは国民は増税じゃないかというような感じ方をせざるを得ないのじゃなかろうかというような気がいたします。そうでないと、片っ方は歳出ゼロということですから、ゼロというのはとても考えられないことでございますね。

島田琢郎日本社会党・護憲共同

○島田(琢)委員 館公述人にお尋ねいたします。  あなたは、原さんとはちょうど対照的なお考えをお示しになりました。言ってみれば、我慢せよ、今は我慢しなきゃいけないときだ、そしてそれぞれ受益者にも一定の負担はやむを得ない、こう言い切っていらっしゃるわけであります。しかし、そうでなくても、公共料金は上がってきますし、医療費は、先ほど暉峻先生がお話しになりましたのはまさに今日の国民の皆さんの生活の実態である、こう思うのです。  特に私は、この公債費について、かなり社会保障費を切り詰めてもやはり公債費はきちっとしなければいかぬというふうに前に聞いたのでありますが、しかし社会保障費を切り詰めるといったって、一体どこを詰めていけばいいのかということになりますとなかなか問題がございますし、特に具体的に後段でお述べになりました学校給食の問題や教科書の問題などはもっと改善すべきだという御提言でございますが、具体的には学校給食とか教科書問題というのは、改善というよりは、むしろこれはなくしてしまった方がいいというお考えなんでしょうか。  また、国民が公平に痛みを分かち合うべきだという、これもよく聞く言葉でございますが、しかし、なかなか今の財政はそう簡単にいくような状況にはないこともよく理解をしているわけでありますけれども、もっとその点で工夫を凝らすべきだとお述べになって結ばれましたけれども、具体的にもう少しお考えを聞かしていただきたい、こう思います。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 大変難しい問題でございますが、難しいのは日本の財政の置かれている状況が非常に難しいということでございまして、その結果、私お答えするのが大変難しくなっておるわけであります。  先ほど学校給食、それから教科書というようなものを具体的な例として挙げましたけれども、実はなぜそれが問題かと申しますと、副次的な効果として、これらのものは大変お金持ちの子弟であってもその恩恵を受けるという意味で、所得再配分上の効果を考えますと逆進的な効果を持っているわけでございます。そこで、そういう逆進的な効果と本来の政策の効果とを勘案して見たときに、今のようなやり方で援助をしていくのが一番いいのか、そういう所得再配分上逆進的な効果を持たない、もっと別な方策によってこれを行っていくのがいいかという選択の問題が出てくると思いまして、私はその点について、これはそういう逆進的効果を持たない形で援助をするという方向をできるだけ追求すべきであるというように考えるものでありますから、したがいまして、具体的な例としてこれらを挙げたわけでございます。  それで私、社会保障関係を特に削減せよと言うわけではありませんけれども、社会保障の中に二通りあると思っております。一つは、本当の意味での弱者を救済するための社会保障であります。もう一つは、年金のような形をとって考えてみますと、若い世代から年とった世代へという、あるいは自分で若いときにお金を積み立てて老後それをもらう、そういう意味での、同じ人間についての世代間の所得の移転ですね。ですから、所得の格差がある人々の間で、お金持ちからお金の少ない弱者に再配分をするのではなくて、同じ人の若いときから年とったところへという所得再配分を持つ社会保障と、二通り社会保障の中にはあると思うのです。  その場合、今のように財政が非常に難しい状態になってきたときに、弱者を救済するための社会保障はカットすべきではないというように考えますが、同じ所得階層の中で所得の移転が行われるというものについては、これは今のような状態においては見直しを進めていくということが重要である、こういうふうに考えておるわけでございます。果たしてお答えになったかどうかわかりませんが、そういうように思います。

島田琢郎日本社会党・護憲共同

○島田(琢)委員 今のお考えについて、私は特に考えを述べる時間もございませんから、お聞かせをいただいただけにしておきますが、ただ、確かに巨額の赤字を抱えている今日の我が国の財政事情でございますから、そこから抜け出すという点に必死の努力を払わなければならぬ、これはそのとおりだと思います。  しかし、歳出削減を中心に今政府は進めているわけでありますけれども、依然として改善されているという状況にはない。むしろ、悪化をしていると言う方が正しいでありましょう。そういたしますと、今の政府のやり方で、つまり今先生がおっしゃったやり方が今政府のやっていることとやや似ているわけでありますが、これで財政の再建、建て直し、特にこの「増税なき財政再建」、そして六十五年に再建を確実に図っていく、公債のあれを埋めていくんだ、こういうようなことを展望した場合、果たしてそこで解決ができるというふうに普通の常識ではちょっと考えられない。今そこまで来ていると思うのであります。何か先生に、できるという確信を持ってのお話がございますれば、この際ひとつお聞かせ願いたい、こう思うのです。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 大変難しい問題でございます。特に、将来経済がどのような変動な示すかということが正確にわかりませんので、非常にお答えが難しいわけでございますが、今のようなやり方だけで問題の解決が必ず六十五年までにできるかということであれば、私はそれは必ずできるというように考えているわけではございません。  この際、もう一つ申し上げさせていただきたいのは、歳出の削減もこれは国民の負担で、非常な負担を一方で生じているわけでございます。それから、受益者負担とかあるいは仮に増税というようなことがあれば、これも国民に負担を求める。さらにインフレーションということになれば、これはもっと恣意的な負担を国民に求めるということになるわけでありまして、今や、そういう負担を求めないで、そのいずれかの負担を求めずに問題を解決していく、そういう、すべての問題が解決されるというような状況にはないというように私は考えておるということを申し上げておきます。

島田琢郎日本社会党・護憲共同

○島田(琢)委員 暉峻公述人にお尋ねをいたしますが、先ほど国民生活の実態についてお話を承り、ついでのこと、予算委員会の我々にも大変強いおしかりをいただいたわけであります。大変身にしみてお聞きをいたしました。  ただ、この際、やはり国民の間に強い一つの心配として受けとめられておりますのが、こういう財政事情のもとで政府は今度——きのうも増税案を提案してまいりました。それは、ことごとく国民生活にもろに、直に影響を及ぼしていく、先ほどお話にあったとおりでございます。当然、この増税の中身というのはだれが考えたって大型間接税であることは明らかだ、こういう一つの布石といいますか、路線の上に今進められている、こう考えて間違いはない、私も同感に思っております。  この際、国民は、こうした大型間接税の導入を受け入れられるような、そういう状況にあるのかどうか。さっきお話がございまして、それは受け入れられるような状況にないというのが、私ども一般論として言えると思うのでありますが、しかし、いろいろ前お二方の御意見なども今補足してお尋ねをいたしましたが、いろいろ難しい財政再建という問題一つに限定をしてみましても、これから大変多くの論議を呼ぶ問題が含まれているわけでございます。また、今までも大変大きな議論をしてまいったわけであります。しかし、仮に万一こうした間接税の導入といったような事態を考えるとすれば、やっぱり一定の条件というものがそろわないと幾らやるといったって受け入れられないし、また、仮に強行してやれば、これはもう大変なことになってしまいます。そうした条件を整えるといいますか、整ったときといったらいいのか、そういう条件とは、先生の立場でお考えになっている条件というものがもしおありとすれば、一体どんな条件が整ったときにこういうものが実施されるということになるのか。  ちょっと私の質問の仕方が遠回しで、あれかもしれませんが、私は、もうこれは国民の皆さん方は受け入れがたい増税である、特に大型間接税というのは、これは大型消費税と同次元で物を考えてもいいだろう、こう思っております。今、確実にその路線をしいて強行しようといたしているわけでありますが、しかし、これを一定の国民的な立場で押し返していくとき、逆に言えばそういう点で考えますときに、その条件が整ったときというのはどういう場合を政府は想定するか。この辺は、私ども大変これからの論議の主題にしていかなければならぬ点なのであります。ひとつ、かなりクールな立場に立ってこれをごらんになって、どのようにお考えになっていらっしゃるか、そこをちょっとお聞かせいただきたい、こう思います。

暉峻淑子埼玉大学教授

○暉峻公述人 先ほども私、話の中で申し上げましたように、結局国民はどういうときに増税を受け入れるかということなんですが、これは一口で言えば、財政民主主義というものが貫かれたときと言っていいと思います。  例えば、現在では日本の民主主義というのはあらゆるところで確かに民主化したと言われておりますけれども、財政民主主義というものだけはまだ実現されていないというのは、各界の分野で認められていることですね。例えば、国会議員の中でも、恐らく自民党の中でも、一部の人しか——この財政の問題について本当の資料をもらい、本当の討論、討議をしているということではないと思います。私は、やっぱり情報公開といいますか、各種審議会の委員の選び方というようなことも、社会党の方がニュー社会党になられたら、これまでのいろんなマンネリズムを打破してそこら辺のところも大いにチェックしてほしいし、それから各種審議会の公開ですね、情報公開、これは国民が納税者なんですから、そういうこともぜひ次々に公開していくという体側をとってほしいです。  それからもう一つ、つまり財政の民主化、国民が財政に参加するということですね。行財政に参加の道を開くという、このことはどういうことかというと、結局、これまでの高度経済成長時代にはある程度マッチしていた財政のあり方、だけれども現在はもう合わなくなってしまった資本蓄積型の財政ですね、これを改めて、不況だからこそ私は社会保障は必要だと思うんです。不況のときに社会保障制度というのが歴史的にも出てきたものなんです。こういうときに国民の生活をしっかりと支えて、産業構造のいろいろな変化をじりじりと進めていくとか、臨調も言っている技術立国ですね、あるいは文化国家という、こういう体制に次々に変えていって、安定的な社会をつくっていくということが大事だろうと思います。  私は、一言ちょっと申し上げたいのですが、「経済の不況と福祉国家の行方」という国際会議があったのです。それが西ベルリンであったために、このときには力ール・力ールステンス大統領も来て演説をしましたし、それからCDUの厚生大臣であるガイスラーという人も演説をしました。それからベルリンの市長もしたのですが、保守党であっても、福祉国家に対する単なる祝辞なんていうものじゃないんですね。その学識の深さと理念、これは本当に満場の人々を圧倒するようなすばらしい考えを述べたわけです。ガイスラーは、西ドイツは児童手当を一たん削ったけれども、来年度には母子手当をかわって出すということをはっきり言いました。それから、福祉削減はもうこれ以上行わない、これは翌日「フランクフルター・アルゲマイネ」がちゃんとこのことは報道しておりましたけれども、経済危機だからこそ、自分たちの国が福祉国家であるかどうかということを示すその試金石になっているのだ、不況のときにどんどん社会保障をカットしていくようだったら、これは福祉国家ではない、これだけ費用がかかりながらもなぜ国民の福祉を保障することが大切なのかということを具体的にずっと説明いたしました。私はそのとおりだと思います。  日本は、ガイスラーやカール・カールステンスと違って、例えば老人ホームに親を入れるような親不孝者がいるから財政は非常に膨らむのだと言うようなかっての大蔵大臣がいたり、あるいはイソップのアリとキリギリスの例を持ち出して、年をとって老人ホームにいるがごときは若いときにろくなことをしていなかったからだというようなことを言うような大臣があったり、あるいは老人福祉を充実することは枯れ木に水をやるものだなんと言うような国会議員があります。これはもう福祉というものの伝統が全く違うのですね。  それで、繰り返し言われたことは、自立自助といいますが、ヨーロッパには自立自助グループというのがありまして、自立自助を助けるということは財政削減にはつながらないという具体的な証拠がいっぱいあるのです。自立自助させることはかえってお金がかかる場合もあるということですね。それから、家族が面倒を見ろということも、これは結局資本主義社会を封建社会に戻せないのと同じように、現実にないことを要求して、もしそれを強行すれば、結局弱者が全部それをひっかぶらなければならないということが言われておりました。  国民が増税を受け入れるのは、こういう国々に見られるように政府はいかなるときにも国民の命を一番と考えている、こういう実証が示されたときには、私も喜んで増税に協力するつもりでおります。結局、税が何に使われるか、それから徴税の方向が、今また不公平税制が是正されないまま間接税というのがひっかぶるわけですね、こういうことでは国民は、いかにお人よしといっても応じるわけにはいかないと思います。  それで私は、このことか話すか話すまいかとさっきもためらったのですが、現実に給食費などの滞納が出ているのですね。保育料もそうなんです。地方自治体は大変このことに苦慮して、困っているわけです。私は、何でもかんでも一番弾力性があって、やりやすいところをカットしていけばいいというような、そういう考えは改めてほしいと思います。福祉国家というのは本当に大切なもので、福祉が充実されていれば、経済の不況というのも、それぞれの人間が能力を十分に発揮して、そしていろいろな困難を乗り越えて経済問題も解決していくものであって、これは人間の生き方の根本にかかわることですから。例の山田雄三氏が臨調でのヒヤリングのときの話に、福祉を真に救済を要する者に限るというのは救貧法の十八世紀に逆戻りする発想であって、このような発想は現実にはもう通らない。現在どこの国でも福祉の対象は国民一般に拡大されている。それで、もし救貧法的に極貧層にだけ福祉をやるということになりますと、これは社会法学の上ではもう実証されていることですが、劣等処遇の法則といいまして、福祉のレベルは永久に上がらないのです。福祉があることで医学も進歩し、福祉があることであらゆる技術も学問も進歩しているのですね。これは貧乏人をただ助けるということではないのです。  私は、神様方の、ここにいらっしゃる方々の個人個人の幸福も安全も、他とのかかわりの中でのみ保障される、こういう世の中になっているということをぜひわかってほしいと思います。

島田琢郎日本社会党・護憲共同

○島田(琢)委員 社会保障の世界会議のお話がございましたが、もう時間がなくなりましたので、余り長くお話を聞くことができなくなりましたが、実はお聞きしたかったことが一つございますのは、我が国よりも生活レベルの低い国で結構社会保障がすばらしく高い水準で行われている、こういう国がございますね。そういう国の例を具体的に挙げていただいて、社会保障という問題をしっかり考える、こういう素材にしたい、こう思っておりました。先生、あと二分しかないのですが、一言、私のこの質問にお答えできる時間の範囲でお回がせください。

暉峻淑子埼玉大学教授

○暉峻公述人 社会保障を充実すると怠け者をつくるというのは、自民党の全部の方のお考えではない。自民党の議員の中にも、私は個人的に大変立派な方をたくさん知っているんですね。そうではないと思うんですが、これは国策語として言われているようなのです。ですけれども、これは全くの間違いでして、例えば、イギリスよりも社会保障制度が充実しているヨーロッパの各国で高い経済成長率を持っているというような事実が、国際会議で着々と報告されました。  それから、大蔵省は年金の額などだけを比べるようですが、西ドイツなんかは日本よりも経済成長率も落っこっているし、インフレも進んでいるわけなんですが、例えば在宅老人に週四日、給食のいろいろなサービス、それからお掃除のサービス、相談のサービス。それから、私はびっくりしたのですが、皆様は社会保障のことを考えられるときに、厚生省や大蔵省の数字とか文字だけ見て判定していただきたくない。政治家の方は、そういう国の老人の家に泊まってほしいのです。障害者のいる家に泊まってほしい。一カ月泊まれば、もうどんなに社会保障が充実しているかということがよくわかります。体の不自由な人が買い物に行きたいと電話をかけると、すぐ車が迎えに来てデパートにでもどこにでも連れていくのですね。これこそ自立自動だというわけです。買い物の相談にしろ、それから老人ホームに入れば、日本のようにベッドに縛りつけられるのじゃなくて、どんなに、三万ぐらいの福祉年金をもらっている老人も四十万円の給付をみんな受けているんです。しかも、どの老人ホームも、大体ホームの老人の中の半分はそういう補助しなければいけない老人を入れて、ホーム間の格差というのをなくしているんですね。それから、デー・ケアのセンターもありますし、おふろなんかも十分に入れるし、そういう状態を見ていると、経済というのは生活のためにあるのでしょう。私たちが働くのは生きるために働いているわけでしょう。それなのに日本の経済成長率は、私たちが暮らすために、生きるために経済活動をしているのに、どうしてヨーロッパの国のようにいかないのかということを本当に不思議に思いました。  ぜひヨーロッパの各国に行って泊まってきてください。フランスでもドイツでもイギリスでもどこでもいいと思います。そのことはよくおわかりになると思います。

島田琢郎日本社会党・護憲共同

○島田(琢)委員 ありがとうございました。

小渕恵三自由民主党・新自由国民連合

○小渕(恵)委員長代理 草川昭三君。

草川昭三公明党・国民会議

○草川委員 公明党・国民会議の草川昭三でございます。  それぞれの公述人の先生方から大変貴重な御意見を拝聴いたしまして、大変参考になりました。厚くお礼を申し上げる次第でございます。  まず最初に、原先生に三点ほどお伺いをしたいわけでございますが、原先生の方から、今度の予算案の基本的なスタンスに積極性が見られないというような御趣旨の御発言がございまして、特に、経済企画庁の見通しとの間に整合性がないというような御指摘があったと思うわけでございます。その中で、公共投資というんですか、これにいま少しの配慮があってもしかるべきではないか、こういう御意見がございました。それに対しまして館先生の方からは、その効果についての疑問の御意見があったわけでございまして、拡張政策をとっても期待できないのではないか、こういう御意見がございました。  大変特徴的な御意見でございまして、私どもも非常に興味のあるところでございますが、ひとつせっかく原先生の方から御指摘あったわけでございますから、別に御反論でなくて、私の今の質問に対して御意見を賜れれば幸いだ、こう思います。まず第一にそれをお願いしたいと思います。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 公共投資の効果でございますが、館先生から余り大きな効果が出ないという御指摘がございました。  私も、数字の上からいたしますと、過去の高度成長期に比べまして乗数効果は低くなっているという認識はしております。しかし、これは数字の問題でございますけれども、もう少し質的な面を考えていきますと、必ずしもそれほど低く見なくてもいいような場合も出てくるのじゃなかろうか。これは公共投資のあり方の問題だと私は考えております。  私ごとになりますけれども、昨年ですか、新潟に参りまして聞いたことでございますが、あそこにもちつき工場がございまして、切りもちの工場ですけれども、冬でございまして、もちの需要が高まったがために人員募集をした。もちつきの臨時工です。これで数名の募集をしたところ、二百名近くの応募者があった。その中の八割までが大工さんなんですね。そういう現状なんです。これは大型のプロジェクトを公共投資で云々ということじゃなくて、いかに地方にきめの細かい公共投資が必要とされるかをあらわしているのじゃないかと私は思うのですね。といいますのは、地方の景況はやはり全体の景況に最終的には響いてまいります。  それを考えますと、仮に額はそんなに大きくなくても、地域に還元される、あるいは地域における乗数効果、地域に落ちる効果が大きいような投資を十分に行う、そういうめり張りの効いた質的な配慮をした投資を行った場合には、数字面よりはもう少し効果が出てくるし、またその相乗作用によりまして景況感がもっとはっきり出てくるのじゃなかろうか、このように考えている次第でございます。

草川昭三公明党・国民会議

○草川委員 では、もう一点、次にお伺いをいたしたいと思うのでございますけれども、実は一般会計の予算の提案があり、そして第二の予算と言われる財政投融資というのがあるわけでございますが、私どももかねがね、一般会計で本来負担をしなければいけないところの補助金等が、資金運用部あるいはまた財政投融資の方に肩がわりになっておるのではないかということを指摘をしておるわけでございます。それは決して財政の健全化にはつながらない。財政の不健全さというものが永久に内蔵をしてしまい、国民の目に予算の現状、実態というものが明らかにされていないという不満が実はあるわけです。思い切って、赤字が出るならばそれを明らかにし、そして国民の理解を求めるべきではないだろうか。いわゆるサラ金の処理に当たりまして、これだけ借金ですかといって処理をしますと、いや実はまだほかにもあったというような例と全く同じような財政運営に今なるのではないだろうかというのが私の意見でございます。  そういう意味で、今度のいわゆる健康保険法の改正等を見ておりましても、日雇い健康保険制度というのは廃止になるわけでございます。これの残存赤字が七千億を超すわけでございますが、これも資金運用部資金の借りかえという形で当面運営をされていくことになるわけでありまして、私は、それなんかは端的な一つの問題点ではないかという意見を持っておるわけでございます。  先生のお立場から、現在の財政投融資のあり方をそろそろ再検討すべきではないだろうか、制度的な再検討、あるいはまた資金運用部資金の内容が、臨調の指摘等もございまして、少し残っておるところの返済計画等、返済一計画ではございませんけれども融資残高が発表されるようになりましたが、なお不透明な点があるわけでございまして、そのような財投なり資金運用部資金のあり方について御意見がございましたら、お伺いしたい、こう思います。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 先生の御指摘のとおり、本来なら一般会計予算の中で処理すべきところが財政投融資の特別会計などで処理されまして、財政投融資の方にいわば赤字のたらい回しというのですか、そういう形で処理されておりまして、それが昭和四十年代後半でございますか、だんだんと肥大化してまいりまして、その辺のところの区分がどんどん不明確になってくる。一方では、国鉄とか、さまざまございますけれども、そういうところの金利負担もまた非常に増大するというような事態が起こっておりますので、その辺のところを根本的に改革し、財政再建の計画を練り直すということは、私も同感でございます。  今度の五十九年度予算では財政投融資も一応抑制されまして、一・九%増でございますかになっておりますし、地方財政の再建のための制度改革もいろいろ行われておりまして、御承知のように地方交付税の特別会計が資金運用部の方から借り入れをしていたのをやめるというようなことを初めとして、制度的な面での改革もございますから、こういうところをただ一部にとどめないで、御指摘がありましたようにいろいろな側面から洗い直しをして、その辺のところの区分を明確にする、責任の所在をはっきりさせるということがぜひ必要だと考えております。御同感でございます。

草川昭三公明党・国民会議

○草川委員 では館先生にお伺いをするわけでございますが、館先生の方からは、政策運営は機動的かつまた弾力的な運営が必要だとおっしゃいまして、いろいろな御提議があったわけでございますが、非常に貴重な御意見だと私ども思うわけでございます。  その点では、地方財政との関連が特に出てくるのではないかと思うのでございますが、せっかく国の補助金がつきましたいろいろな、例えば公共投資、まあ土木事業でもよろしゅうございますけれども、実際の予算の査定あるいは単価というものが決まりまして地方で配分をされてまいりますと、ひどい例になりますと翌年の二月議会ぐらいで事業規模が決まるというような例も間々あるわけでございまして、臨調なり、町村会等からもいろいろな陳情が出ておるわけでございます。  先ほど公共投資のあり方で、特に地方の点につきましても今、原先生からもお話がございましたが、機動的に運用するならば、国、地方の予算執行というものの波及効果が非常に多くなっていくのではないか。そういう意味で、例えば年度区分の問題で、国の年度区分が四月から三月、それを受けて地方が多少ずらす、あるいは国の方が一月—十二月にし、地方が四月—三月というように多少ずらしますと、せっかくの予算というものが、地方におりてまいりましても非常に機動的な運用になるのではないか、それこそ弾力的な問題ではないだろうかというような意見を私は持っておるわけでございます。私の申し上げたことは簡単に決まるわけではございませんが、しかし、もうそろそろ単年度で予算というのを見るべきではない、もう少し二年、三年なり中長期で見ながら予算執行というのはあってもいいのではないか、編成があってもいいのではないか、こう思うのでございますが、先生の御意見はどのようでございますか、お伺いしたいと思います。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 お答えいたします。  ただいまの御意見の具体的な提案につきましては、私、今初めて伺いまして、そういうことが果たして可能なのかどうかということがわかりませんので、考えさせていただきたいと思います。  ただ、全体として私は、先ほど財政民主主義という言葉が出ましたけれども、財政民主主義の建前を崩さない範囲においていかに年度を弾力的に扱い得るか、つまり財政民主主義との関係において、可能であれば単年度主義という考え方にとらわれる必要はなくて、もう少し機動的、弾力的にやっていけるのではないかと思いますが、ただ、そこの調整は非常に難しい問題だというように私自身考えております。  なお私、念のため一つだけつけ加えさせていただきますが、社会資本の充実の必要性そのものは、私、否定しているわけではなくて、非常に重要だと考えておりますけれども、どのくらいのスピードでやっていくかという点について多少意見を述べた、こういうことでございます。

草川昭三公明党・国民会議

○草川委員 ありがとうございます。  もう一問だけ、最後の質問になりますが、館先生にお伺いしたいのです。  館先生のお話の中で最後に、財政の危機というのですか、その痛みというものはお互いにすべての分野で分かち合う必要がある、一切の聖域はないのではないかと言われるようなことで、防衛費のことについても若干触れられたやに受けたわけでございますが、けさほどの議論の中にも、もう一%というような枠はなくてもいいのではないか、基本的なスタンス、考え方が必要である、結果としてというような御意見もあったと思うのでございますが、その点について館先生は、やはり財政なり日本の将来から考えれば防衛費についても一定の歯どめが必要かどうか、御意見を賜りたい、このように思うわけでございます。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 お答えいたします。  私が申し上げましたのは、非常に重要な社会保障であるとか文教であるとか、そういうところに厳しく抑制を求めるというときに防衛費等に聖域を設ける、そういう考え方をとらないということでございます。それがまず先ほど申し上げたことでございます。歯どめということよりも、基本的な考え方としてはいま申しましたような考え方でありまして、ただほうっておけばどんどん膨張するというようなことがあっては大変困るというのが私の考えでございます。

草川昭三公明党・国民会議

○草川委員 以上で終わります。どうもありがとうございました。

小渕恵三自由民主党・新自由国民連合

○小渕(恵)委員長代理 岡田正勝君。

岡田正勝民社党・国民連合

○岡田(正)委員 先生方、大変貴重な御意見をいただきましてありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。  時間の関係もありますので原先生からお尋ねを申し上げたいと思いますが、原先生は、この予算につきまして積極拡大政策をとるべしという御意見であったと思います。そこで、他の方々の質問とダブらないように注意いたしまして、全然別の感覚から御質問をしたいと思うのであります。  国際経済の動向の中で我が国の経済を考えなければならぬわけでありますが、先進工業諸国の景気の見通し、これをどう見たらいいだろうかということをまずお考えをお示しいただきたいと思うのです。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 先進国さまざまございますけれども、とりわけ重要なのはアメリカだと思います。アメリカ経済は、いろいろ予測が出ておりますけれども、私は、「フォーチュン」等々が出しました予測で、昨年よりもことしの方がやはり成長率は少し下がるのじゃなかろうか。  といいますのは、特に前半はそうでもないのですけれども、後半は、選挙のことがありますが、そのころからやや下降ぎみになるのじゃなかろうか。むしろその方が長続きする可能性がある。通常時におきましてアメリカの景気というのは大体三十四カ月サイクルで続いておりますので、昨年の初めから算定しますと大体来年の半ば手前でワンクールは終わるという形になってまいります。そういうことと、減税政策その他で、レーガンが予測したかどうかは別といたしまして、景気はよくなっていったのですけれども、そうした効果もだんだんと消えてまいりますので、実は選挙の刺激がありましてもそういう経過をたどる。それにややおくれて世界経済も景気回復に向かっておりますから、世界経済は、その他の国々も良化はしておりますけれども、やはりアメリカ景気との連動が重要でございますので、急速に拡大を続けて来年になってからなお一層ということは期待できない。  そういう点で私は、日本の話にちょっと入りますけれども、日本の国内景気、さらに企業利益も、ことしの秋まではともかく、その後になりますとやや下がっていく可能性を持っている、このように景気を見ております。  以上であります。

岡田正勝民社党・国民連合

○岡田(正)委員 原先生、続いてで恐縮でありますが、特に近時ドルの低落あるいはその暴落すら懸念されておるといいますが、この点については先生、どう思われますか。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 最近のレートの動きはいろいろ国際情勢も絡んでおりまして、危機に強いドルとかいうようないろいろなファクターが入ってまいりますから非常に難しいのですけれども、私は、やや今までドルが高過ぎたということもございますので、今後は金利もやや低下に向かう、アメリカのインフレも比較的落ちついておりますので低下に向かっていきますと同時に、ドルもやや下落基調になるであろう、したがって円は相対的に高い基調になるであろう。しかし、大きくそれが円高・ドル安になることは恐らくないので、私の見るところでは大体二百二十円から二百五十円といった三十円あたりのボックスのところの上下の範囲内におさまるのじゃなかろうか、このように考えております。

岡田正勝民社党・国民連合

○岡田(正)委員 続いて三つ目でありますが、途上国における累積債務の増大、これは世界経済の回復の足を非常に引っ張っておると言われておりますが、これについて我が国がなし得ることはどんなことであろうかということについて、お考えをお示しください。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 二つあろうかと思います。  一つは、やはり国際的な機関を通じての救済措置でございます。IMFを初めといたしまして、その努力はしておりますから、これはある程度の効果は現に発揮しておりますし、発揮してくるでしょう。  それから、あとは二国間でございますけれども、日本におきましてもかなり債権があるわけでございますから、その辺のところはやはり両国間の話し合いを通じてこれを処理していき、なるべく危機に陥らないように国際金融の安定を図るような方向に持っていきたい。  ただ、世界景気がやや好転したことと連動いたしまして、こうした国々も、例えば発展途上国の中でかなり成長率も高まり経済が安定した国がございますから、一時に比べてはやや条件がよくなったのではなかろうか。ただ、国際情勢はかえってなかなか厳しくなっておりますから、その辺のところはなかなか予断を許さない面も同時に考えなくてはならないと思います。  以上であります。

岡田正勝民社党・国民連合

○岡田(正)委員 ありがとうございました。  館先生にお尋ねしたいのでありますが、先生の御意見というのは、この予算に対しましておおむね御賛成という立場で御意見があったのでありますが、その中で特に私が関心を持ちましたのは、であるが、遺憾な点はないかということになると一つだけある、それは福祉も文教もみんな痛みを分かち合っておるんだから、防衛費だってこれは例外ではないよと私は思っている、こういう御意見でありました。  先ほども似通ったあれがございましたが、そこで一%ではなくて、今の六・五五という伸び率、これは突出とよく言われておりますけれども、先生のお考えというのは、さればどの程度ぐらいならというふうにお考えがあるんでしょうか。例えばGNPの実質成長率四・一%以内ぐらいでとめるべきじゃないのかというようなお考えでしょうか。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 私、防衛費だけというように実は考えているわけではございませんで、やや例外的な扱いを受けているところというのをすべて含めて、そういう扱いがないということが、この際、国民の理解を求めていく上でも妥当なのではなかろうか、こういうように考えております。  防衛費の問題につきましては、私自身の考え方はございますが、しかし防衛問題の専門家でありませんので、そのことを申し上げるとかえって誤解を引き起こすのではないかというように考えるわけでありまして、いずれにせよ私としては、この点は例外的に遺憾であるということだけは申し上げておきたい、こういうことであります。

岡田正勝民社党・国民連合

○岡田(正)委員 暉峻先生にお尋ねしたいと思うのですが、大変詳しい、大変な専門家でいらっしゃるなと思って関心を持って聞かしていただいたのであります。  そこで、この種の問題を論じますときに、やはりちょっとひっかかりますのが、では財源をどうするんでしょうかということがいつもひっかかるのであります。その点について、先生のお考えがあればお示しいただきたいと思うのです。

暉峻淑子埼玉大学教授

○暉峻公述人 私は、この低成長と財政困難の時期に、さっきから申しましたように、高度経済成長以来財政が体質的に持っていた資本蓄積型、これをこの苦しみの中で改めてほしいと思っているわけです。それが改まれば、将来の展望も開けるので私たちは我慢したい。だけれども、改まらないで、今回のように昭和五十年からの国債の赤字を一気に借りかえて、一つの法律で一緒くたに十年分借りかえてしまいます、そういうようなことを言われたのでは、財源に幾らこちらが協力して間接税なんかを納めても、またそれはそっちの方へ持っていかれてしまうに決まっているんですね。だから、もう苦しみの中で苦しんで苦しんで結局——こう言うとちょっとしかめ面されそうですけれども、政財官の金権癒着体質、これをこの際徹底的に改めてほしいと思っています。

岡田正勝民社党・国民連合

○岡田(正)委員 館先生にお尋ねしたいのであります。  先生の御意見を聞いておりまして、それでは果たして「増税なき財政再建」というのは可能なんだろうかな、先生のお考えでですよ、賛成という立場からのお考えでいけるのかなという感じがするのでありますが、その点はどう思われますか。  それから、時間がないようでありますから、大型間接税の導入ということについてはどのようにお考えになりましょうか。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 可能かという御質問でありますが、まずそのことを目標として、タイムリミットを六十五年というなら六十五年に定めて、できるだけ努力を歳出の削減合理化のために払っていただきたい、こういうことでございます。ただ、果たして可能かということを聞かれまして何もお答えしないのは、学者は学生から質問されるとつい答えて、答えられないというのを恥とするというような感じてお答えさしていただきますと、将来のもちろん経済情勢に依存するわけでございますが、非常に難しい。それで、そのことは国民に理解していただきたい。  それから、大型間接税という言葉については私は非常に抵抗を感じておりまして、大型間接税というのはどういうことなのか。例えば税率が非常に低くて、そして広い範囲にわたって税負担を求めるようなものは、これは大型なのか小型なのかというように迷うわけでございまして、私は、大型間接税という言葉がひとり歩きすることについては、これは非常に適当でない、国民に誤解を引き起こすもとになりはしないかということを憂慮しております。

岡田正勝民社党・国民連合

○岡田(正)委員 最後に、原先生にもう一つお尋ねをしたいのであります。  原先生のお話の中に、どうも行革が真剣であると思えないというお話がございました。そこで、例えば総人件徴の抑制の問題とか、あるいは補助金の削減問題とか、あるいは許認可権の削減とか、あるいは法人の整理とか、いろいろな問題がありますけれども、先生といたしましては、こういう点が今度の予算の中では、政府の考え方の中では大きく抜けているじゃないか、もっと頑張ってもらいたいというものがございましたら、お示しいただきたいと思うのであります。

原豊青山学院大学教授

○原公述人 私は、真剣じゃないとは必ずしも考えてないのでございます。行財政改革を強力に推進するというところに照らしてみるとまだ不十分じゃなかろうか、したがって、もう一段の努力が必要だということでございます。これはやはり、景気とのタイミングの問題もございますから行革だけ進めても困るのであって、私の場合には、複眼的な発想で景気と両方にらんでいきたい。ただ、行革を進めていくのは当然必要ですから、まず現段階では経済の回復軌道にしっかりと乗っけて、そして足腰を鍛えた上で、増税も含めて将来いろいろなものを検討すればいい、行政改革もその段階で着実に進めていけばいい、こういう考え方でございます。

岡田正勝民社党・国民連合

○岡田(正)委員 ありがとうございました。

小渕恵三自由民主党・新自由国民連合

○小渕(恵)委員長代理 工藤晃君。

工藤晃日本共産党・革新共同

○工藤(晃)委員 日本共産党・革新共同の工藤晃です。  きょうは、公述人の皆さん本当に御苦労さまでした。時間が限られておりますので、特に関心の強い問題について伺わしていただきたいと思いますが、最初に暉峻先生に伺いたいと思います。  暉峻先生が出されました問題というのは大変大事な問題だと伺いました。今、目の前にはいろいろな問題がありますけれども、私はやはり、大きな問題があるときだけに、原点に立って問題を見きわめるということがあらゆる問題について大事だと考えております。そして、それこそ国民の暮らしを中心に経済を見なければならない。国の財政のために暮らしがあるのではなしに、国民の暮らしのために国の財政があるのでなければならない、私もそう考えます。そしてまた、不況のときだからこそ社会保障が打ち立てられなければならないということも、同感に感じます。私の見方では、世界資本主義のこの嫌気というのは、一朝一夕でいいような状態にならないと思います。そういう時期が続くだけに、この問題が大変大事だというふうに考えております。そしてそのためには、資本蓄積優先あるいは軍拡優先、こういうところから改めていかなければならないと考えるわけであります。  まず伺いたい第一点は、暉峻先生が、前に「生活経済論」でお書きになった中で、私も非常にショックを受けたのは、家計を一分位から七分位まで並べて、選択的支出が上と下では十五倍も差がある、一番下は平均のなお五分の一にすぎない、こういうことが指摘されまして、それが実は、その後の社会保険料の引き上げ、実質増税、公共料金の引き上げ等々で一層そういう傾向が強まってきたのではないだろうか、この問題です。そして今度の五十九年度予算が実施されると一層強まるのではないだろうか。  そして、なおつけ加えて申し上げ、伺いたいのは、今もう国に入ってくる税金の四分の一は、公債保有者のための利払いなどに回されていく。来年の見通しを見ると、そういう部分と軍事費だけで約四〇%以上がそちらにいく。ますます国の財政が所得再配分で機能しなくなってきているんではないか、その問題についてまず伺いたいと思います。

暉峻淑子埼玉大学教授

○暉峻公述人 おっしゃるとおりでございます。  この中の委員の方は皆男性なので、家計の内容というのは余りおわかりにならないのではないかと思うんですが、このごろの家計と申しますのは昔の家計と違いまして、衣食住というような、自由に個人的に消費できる部分というのは大変少なくなっていまして、一番最新の生協の家計簿調べというのが、国の家計調査と匹敵するぐらい大規模に行われているんですが、この家計簿調べだと、何と五四%になっているんですね、固定的支出といわれるものが。これは税金と社会保険料と、それから子供の例えば学校教育費のように。もう払わずにはいられないというものですね、これがそうなんです。ですから、私たちが自由に食べ物や着物が買えるというものは、たった四七%しかないんです、消費支出の中で。その中でも、例えば交通費のように、定期はどうしても買わなければいけないというようなものが今回のように大幅に上がったり、東京都ですと水道料がまた非常に上がりますね。こういうものがあると払わずにいられないということなので、昔の貧困という貧困の概念と、今日の生活を非常に不自由にしている貧困というものは、形がちょっと変わっていまして、これは貧困調査という非常に大きな学問の流れがありますので、ぜひ議員の皆様も勉強していただきたいところです。ただお豆腐が買えないというような貧困とは違う。  それでは、その固定支出を払わなければどうなるかということなんですが、人間は社会的動物ですから、例えばみんなが高校を出ているときに、中学だけでやめるということはできないんですね。これは自分の一生の暮らしのあり方、それから自分の子供をどう教育するかという問題ともかかわってきますので。ですから社会からの脱落者になるということです。ですから私は、そういう家計の中身などもよくよく勉強していただいて、今日の社会で国民が何に一体つまずいているか、何に苦しんでいるかということをやっぱり知っていただきたいと思います。  それで、つけたりですけれども、公共料金というような大変大きな今のような固定支出、もうどうにもならない、天引きされる支出になっているものを膨らませないで、やっぱり私は防衛費をこの際カットして、公共料金の方に回してほしいと繰り返して言いたいんですね。  というのは、私は、去年ヨーロッパに行きましたときに、四月、五月、二カ月いて、また十月、十一月といたんですが、各国の保守党からも言われたことは、日本は何でばかなことをする、日本は今まで非常にうまくやってきた、米ソの対立に巻き込まれないで、経済繁栄だけを着々とやって、それで貿易摩擦といっても、これは生活必需品だから我々は別に非難もしない、これがもし武器だったら我々は本当に日本の経済力に大きな非難をする、アメリカのように、余りに国防費に使ったために経済の繁栄はもうできなくて、輸出できるものは武器と農産物しかない、こういう国にならないようにと。西ドイツなんかも、東西の対立に巻き込まれてどれだけむだな国の費用を使ったか、これから抜け出さんがために今どれだけCDUも苦労しているか、このことをわかってほしいということを本当に言われました。  それからもう一つ、間接税のことがさんざん出てくるのですが、西ドイツの場合は、間接税は確かにありますが、そのかわり勤労者の私たちが税金を納める所得税、この場合には、日常買った物が全部必要経費として落とせるわけですね。ですから、間接税がかけられても、それをまた必要経費として落として国家にお返しできるわけです。ですから、日本のように控除というのは一定額しか決まっていなくて、あとは何を買い物をしても何ら必要経費として認められていないという税の体系ではないので、間接税をかけても、例えば私が行ったときに、「シュピーゲル」に住宅公団の総裁で何千万円も収入のある人が、必要経費でみんな落としてしまって税金を一円も払わなかったというのが出ていました。それでもちゃんと合法なんですね。だから私は、ヨーロッパは間接税、直間の比率が云々ということを言っておいて、いざそういう必要経費として税で何でも落とせるということは知らんぷりしているというような大蔵省の行き方は、奸知にたけたやり方だと実は思っているんですね。それで、そういうことを一切合財、生活構造全体を含めて、私はやっぱり各国の国民の生活はどうなっているか、それから日本の場合はどこがどういうふうになっているかということをぜひ考えてほしいと思います。  それで、なぜ必要経費を勤労者にそうやって無制限に近いほど認めるかといいますと、そうすると国内の需要、国内市場の需要が非常に活発になるというわけです。だから私はやっぱり日本も、もう内需がこれだけ行き詰まっているんだったら、勤労者の所得税のあり方についても、そういう面でもぜひ検討してほしいと思っております。

工藤晃日本共産党・革新共同

○工藤(晃)委員 どうもありがとうございました。  次に、館先生にお伺いしますけれども、先ほどお話の中で、聖域を設けるべきではないと伺いまして、大変同感だと思いました。それから、成長率を超えるような金利で国債が発行されるという問題の指摘も、大変大事な指摘だと考えました。そこで、金融財政の専門家として館先生は、今の日本の高金利が一体どこから来たとお考えになるのか。  それとあわせて、今指摘されていることは、レーガン政権のもとでの財政の赤字、これが多くなれば金利が国際的にも響いてくる。これまで体験してまいりましたし、今アメリカ議会で一つ論争になっているのは、大統領の方は赤字が減りますと言うけれども、議会で検討すると、もっともっとふえるということを言われております。そういうことから、先ほど防衛問題の専門家ではないとお断りになりましたけれども、純粋に経済学、財政学の立場から、こういう形で軍拡が進み各国の財政の赤字が大きくなるということは、経済全般にも好ましくないと私は考えますが、いかがでしょうか。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 お答えいたします。  現在の日本の高金利の一つの重要な要因がアメリカの高金利にあるということは、否定できないというように考えております。アメリカが金利が高いために、日本から資金がアメリカに流れてまいりまして、本来なら国内にとどまっているはずの資金がアメリカに出ていくために、同じ額の国債を出しても、どうしてもその消化のために金利が上がってくるということになるわけでございまして、そういう意味でアメリカの高金利が一つの重要な要因であり、アメリカの高金利の一つの原因、これはアメリカの中で論争のある課題でございますが、アメリカの財政の大幅な赤字、特に貯蓄に対して国債発行額が極めて大きいという、日本とは違ったその状況が原因であるというのが一つの有力な意見になっておりまして、私はどちらかというとそういう考え方をとっております。ただ、これに反対する意見ももちろんありまして、実証研究も両説あるということは申し添えさしていただきます。  次に、防衛問題でございますが、防衛問題につきましては、先ほど申しましたように、私、専門でございません。ただ、日本の戦後の経済成長率が非常に高かった一つの要因が、日本の防衛費が非常に低かったということに起因しておるということは明らかだというように考えておるわけでありまして、何と申しましても防衛関係の費用は経済循環の中においては非生産的なものでありますから、それが大きくなるということは経済的な観点からいって好ましいものではないというように考えます。したがって、ある程度の防衛が必要であるとしても、できるだけ効率的であるというようにしてもらいたいものだと考えます。

工藤晃日本共産党・革新共同

○工藤(晃)委員 館先生にもう一点だけ。  最近、先生が編者となられました「ソフトノミックス」という本が出ております。その中に、過去の高度成長時代の行き方というのは行き詰まってしまったとありますけれども、先ほども財政の危機は大変だという御指摘がありました。  きょうは五十九年度予算を中心にした問題でありますけれども、一つこれは疑問としてあるのは、では、そういうようにぶつかってから切りかえなければいけないという前に、ああいう赤字国債がどんどん出るような状態あるいは建設国債もどんどんふやすようなことに対して、別の選択をした方が今これほど国民は大きな重荷、悪しき遺産を負わないで済んだのじゃないのか。その点につきましては、ああいう本の編者となられた立場としてどうお考えになるか、この点だけちょっと伺いたいと思っております。

館龍一郎財政研究所所長

○館公述人 お答えいたします。  ソフトノミックスとの関係というのは非常につけにくいわけでございますが、現在の財政苦況の一つの重要なファクターとして、歳入不足とかそういうことが問題になるわけでございますが、その基本をさらにさかのぼって考えますと、石油の価格が予想外に上がって交易条件が悪化し、そのことが予想外の成長率の鈍化を来すというようなことがあったために、予想外の歳入欠陥を生じてしまったという面が今度の件については大きいように思います。もちろん、あらかじめ先を読めればそれにこしたことはなかったというように考えてはおります。

工藤晃日本共産党・革新共同

○工藤(晃)委員 時間が参りましたので、終わります。

小渕恵三自由民主党・新自由国民連合

○小渕(恵)委員長代理 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。  公述人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。(拍手)  明日は、本日に引き続き午前十時より公聴会を開会いたします。  本日は、これにて散会いたします。     午後三時五十五分散会

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