社会労働委員会 第26号
- 発言数
- 331 件
- 登壇者
- 23 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1984/07/19
会議録
○有馬委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案及び森井忠良君外六名提出、原子爆弾被爆者等援護法案の両案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。森井忠良君。
○森井委員 正直なところ、もうこれくらいにしてくださいと言いたい気持ちでございます。政府提出の特別措置法の改正案、それから全野党提出の原爆被爆者等援護法案、御存じのとおり、健康保険法の改正案と同時に付託になり、趣旨説明がされてまいりました。結局、健康保険法改正案の審議の道具にされた感じでございまして、素直に質問するわけにいきません。しかも昨日の理事会におきましては、まだ採決ができない。委員長も御存じのとおり、過去二回、健康保険法の審議のまあ私に言わせれば合間を縫って、二回審議が続きました。そして、健保の方はとっくに参議院に送られているわけでございます。 考えてみますと、この法案の審議の行方を見守っておられます原水爆禁止を願う人々、核軍縮を願う人々、さらには被爆者の皆さんやその遺族の方々などの注視を集めている中で、本委員会の原爆関連法案に対します審議の状況はどうですか。事もあろうに、まだきょうも採決をしないというようなことを言われております。申し上げましたように素直に審議するわけにいきません。理事会を開いていただきまして、整々と審議が進んでおるわけでございますから、本委員会で本日明確に決着をつけるというお約束をしていただかない限り、質疑に入るわけにいきません。――いろいろ御都合もあるようでございますから、私も甘いも酸いも知っておるつもりでございます。そこで、私の質問は、与えられました時間は四十五分ということでございます。私の質問中に理事会を開いていただけますか。
○有馬委員長 森井先生の御趣旨に沿って、質問中に理事会を開いて御相談いたします。
○森井委員 それでは、そういうことできょう決着をつけていただくということを期待をいたしまして、質問に入らせていただきたいと存じます。 まず第一に、厚生大臣にお伺いいたしたいと思うわけでございますが、御存じのとおり、政府は、原爆被爆者に対しまして二つの法律をお持ちですね。一つは原爆医療法、そしてもう一つは原爆特別措置法、この二つでございます。そのいずれも、今まで原爆被爆者に対しまして一定の役割を果たしてこられました。その評価は私もすることにやぶさかではないわけでございます。しかし、なお被爆者を中心といたします皆さんはやはり不満が残っておるわけで、それは何か。被爆者の皆さん方は、国家補償に基づく被爆者援護法を制定をしていただきたい、それから、一刻も早く援護法に基づいて、今まで二つの法律の対象になっていない皆さん、例えば肉親を失ってそして生活に毎日苦労していらっしゃる遺族の皆さん、言うなれば、国はそういった方々に対して、被爆者でない以上、これは俗に言うところの一本のお線香代も出していない、金額の多寡はともかくとして、そういった遺族の皆さん、間もなくまた八月六日や八月九日が来るわけですけれども、せめて国は、今申し上げました現行二法の枠の外に置かれておる皆さんに対しても何とか措置をしていただきたい。本来の要求ですと、弔慰金や遺族年金ということもあります。私ども野党が出しております法案につきましても、諸般の状況を考慮いたしまして、特に与党自民党の皆さんにも賛成をしてもらいたいというので、私どもの被爆者援護法案でも十分に遺族の皆さんの要求にこたえておるとは思いませんけれども、当面ここまでだなということと、やはり金額の多寡はともかくとして、国家補償による被爆者の援護対策が欲しい、こういうことで今日まで来ておることは大臣、御存じのとおりであります。 私は先ほど申し上げましたように、本法案につきましては過去二回、午前中だけではありますけれども審議が進んでおります。御質問したいことは山ほどございますけれども、僭越ですが、ある程度締めくくりの意味でこれから質問をさせていただきたいと思うわけでございます。 先ほど言いましたように、やがて八月六日が来る、八月九日が来るということでございます。まず最初に大臣、政治家としてこの原爆被爆者に対しましてどのようなお考えを持っていらっしゃるのか、お伺いをいたしたいと存じます。
○渡部国務大臣 原爆の投下による我が国がこうむった被害はまことに甚大なものがございます。しかもこれは、世界の人類史上にかつてなかった経験であり、また二度とこのような経験をこの地球上に行ってはならないことであります。 私は、その原爆によって受けた被害者の皆さん方が、今日までそのために受けてきた傷の大きさというのを先生方からお聞きするたびに、大変なこの問題に対して解決しなければならない多くの問題を痛感いたします。 私どもは、そういう意味で、原爆に関する二法というものをつくって、これが他の戦災とは異なる放射能被害という、その人が生存している限り大きな生命に関する問題を残しておるという特性にかんがみて、広い意味での国家補償的な立場からいろいろの施策を講じておるわけでありますが、これらの施策は誠意を持ってできる限り今後も充実させてまいりたいと思っております。
○森井委員 大臣の人柄もございまして、去る三月、被爆者の代表の皆さんとお会いをいただきました。本当にお忙しい中、ありがとうございました。 私も立ち会ったわけでございますけれども、大臣は、これは要約でありますから定かではないわけでございますが、「国家が国家権力の行使として行なった戦争の結果、犠牲となったみなさんは、人類史上かつてないむごい体験をし、今日まで苦しんでいる状況を考え、安心して生活していける施策を取りたい。厚生省としてやるべきことはやらねばならない。援護法については、現行二法の中でやるのではないかなどの見解もあり、大臣就任後三ケ月でまだ勉強中でもあり決心をしていない段階で、もう少し勉強させてもらいたい」、こう話しておられます。これは関係団体のメモでありますが、当時の新聞報道によりますと「放射能の影響で健康に不安を感じる人が一人でもいる限り国が被爆者対策を継続していくことは当然だ」とも述べていらっしゃるという報道もございます。 まさに政治家渡部大臣として率直にお感じをお述べになったことと思うわけでございますが、それは三月の時点でございました。もう厚生大臣としてはベテラン中のベテランでございます。こういったお気持ちについてさらにつけ加えにおなりになるところがあるのかどうなのか、特に現行二法との関係で御見解を承っておきたいと存じます。
○渡部国務大臣 今、森井先生からお話がありましたこの三月に、先生方の御紹介で被害者の皆さん方の直接の生の声をお聞かせいただいて、私も大変感動をいたしまして、私のそのときの心境をありのままに申し上げたのでございますが、その気持ちは今日も変わりございませんし、私が生存する限り変わらないと私は思います。
○森井委員 過去二回の本委員会におきます原爆法案の審議で感じたわけでございますが、今大臣がお述べになりました立場とつなぎ合わせてみますと、やや不安な点が出てまいります。もちろんお気持ちには変わりがないことは私も信じておりますけれども、これまでの答弁を見ますと、これは歴代大臣がおかわりになるので私も困るわけですけれども、政府の原爆被爆者対策における基本は、原爆被爆者基本問題懇談会、通称七人委員会と呼ばれているものでございますが、元東大学長の茅誠司先生が座長をお務めになりました。あの七人委員会の意見書というものを土台にするというふうにおっしゃっておるわけでございます。そのとおりですか。
○渡部国務大臣 そのとおりでございます。
○森井委員 実は古い話を持ち出すようで恐縮でございますが、七人委員会が出されましたときに、当時は園田厚生大臣でございました。今は故人で、冥福をお祈りするしかないわけでございますけれども、園田厚生大臣は、極めて遺憾だとはおっしゃいませんでしたけれども、これでは被爆者の皆さんの御意思に沿ったものにはなっていないだろうという御感想をお漏らしになった上で、この七人委員会の意見書を乗り越えて何か厚生省としてやることはないか、これから十分検討したいという御発言をなさっておられるわけでございます。もう故人のことですから大臣にお伺いするのはやめますけれども、そういった前提から立ては、やはり厚生省当局としてもあの基本懇の意見書というのはある意味で予想外だった……。 実は経過があるわけでございまして、七人委員会の始まりは、これは言い出しっぺは当時の橋本龍太郎厚生大臣でございます。何とか被爆者援護法をつくってもらいたい、こういう要望が、今も強うございますが、その当時も強うございました。そのときに、社会保障制度審議会が原爆特別措置法の諮問に答えるときに、その答申書の中で、いつまでも被爆者対策が放置されておるというのは遺憾である。まあ放置という言葉は使ってありませんけれども、いつまでも解決がつかないということは極めて遺憾である、したがって専門家による権威ある機関をつくれという答申が実はなされたわけでございます。それを受けて七人委員会ができた経過があるわけでございますが、確かにその後政治情勢の変化がございました。大平さんが亡くなる、そしてダブル選挙が行われるというようなことがございまして、いろいろなことがあったわけでございますが、結論から申し上げますと、今申し上げましたように、残念ながら被爆者の意思をある意味で逆なでをするような意見書になったわけであります。これは首をかしげていらっしゃいますが、その当時の各団体の声明でもそれは明らかになっているわけでございます。 そこで、我々国会といたしましても、先ほど申し上げました園田厚生大臣の気持ちも受けながら、国会での附帯決議の作成に取りかかりました。それが、昨年はございませんでしたけれども、一昨年あるいは一昨々年と続いて、本委員会で与党・自由民主党の皆さん方も含めて、満場一致で決定をした附帯決議でございます。 国家補償の精神に基づく原子爆弾被爆者等援護法の制定を求める声は、一層高まってきた。 また、原爆被爆者対策基本問題懇談会の意見書も、被爆者の援護対策は、広い意味での国家補債の精神で行うべきであるとの立場をとっている。 政府は、原爆被害者が高齢化し、事態は緊急を要するものであるという認識に立ち、可及的速やかに理行法を検討して、これらの要望にこたえるとともに、云々と、こうなっているわけでございます。 先ほど言いましたように、ことしの原爆特別措置法あるいは野党の原爆被爆者等援護法案におきましては、今大臣の御答弁がございましたように、何か七人委員会の答申だけがあたかも厚生省の原爆被爆者対策の基本になっているような感じがしてなりません。私は何代前かの大臣にお伺いしたわけであります。一体どっちをとるんだ。片っ方は今読み上げましたように国会の意思であります。七人委員会は厚生大臣の私的諮問機関であります。もちろん、私的諮問機関とはいえ、厚生省が一定の手続を経て意見書をお求めになったわけでありますから、これが厚生省の原爆被爆者対策の一つの指針になるということを私も否定するものじゃございません。しかし、今申し上げましたように、むしろ国会の意思は基本懇の意見書を乗り越えて明確に書いてあるわけであります。附帯決議の尊重という立場からすればおかしいのじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○渡部国務大臣 懇談会は、先生今御指摘のように、厚生省、政府として学識経験者、関係者の皆さん方の御意見をこちらからお願いしてお聞きしたわけでございますから、これを尊重していかなければならないのも当然でございますが、しかし、今先生御承知のように、我が国は議会民主主義国家でございますから、この国会で決議せられました意思が尊重されるべきことは全く当然のことだと思います。
○森井委員 そうしますと、指針としては、基本懇の答申と国会の附帯決議、この両方を十分勘案しながら施策を進めていくということですね。これは大臣よりも保健医療局長さんのお答えをいただきたいと存じます。
○大池政府委員 ただいまの先生のこれまでの基本問題懇談会の経緯、御指摘のとおりのことと承知しておりますが、五十五年の十二月に御意見をちょうだいしたわけでございます。また、国会におきまして非常に重要な附帯決議もちょうだいしているわけでございます。これはそれぞれの高い立場における御意見として、私どもは、それぞれの意向を尊重しながらこれを施策に具体化していくという基本的な姿勢で取り組んでいるつもりでございます。
○森井委員 お答えの割にはなかなか被爆者対策は進んでいないのですね。ただ大臣、私も辛うじて気が安まりますのは、ばったばったほかの予算を削られる中で、被爆者対策の予算についてはどうにか現状を守っていただいている。総額からいけばそう大きな金額とは言えませんけれども、毎年ふやされていっておる。この点については私も評価をするわけでございますが、繰り返し申し上げますように、附帯決議を本当に尊重してくれたのか。基本懇の答申の中身でも、百歩譲って、いろいろ問題がありますけれども、広い意味で国家補償ということだけは明確になっているわけでありますから、極端に言えば、まず現行二法、これも大臣に御進講申し上げるのは大変恐縮ですけれども、現行二法は、医療法は国家補償法なのですね、断定はできないですけれども。例えば最高裁判所の判決、五十三年三月三十日に出されていますけれども、これでも医療法の根底には国家補償的な側面がある、こう明確にうたっているわけでございます。確かにそう考えてみますと、医療法には所得制限がないのです、一例ですけれども。所得制限がないということは、所得に影響なく、関係なく国が施策をしていこうというわけでありまして、まさに昭和三十二年にできましたときもそういった側面でできた。これは立法の経過からすれば明らかでありますけれども。 特別措置法の方は、これは私どもが見ましても、完全な社会保障法だと断定できると思うわけでございます。局長、その点についてはどうでしょう。私と考え方は変わらないと思うのですけれども。
○大池政府委員 基本的には、先生の御指摘のように、この原爆二法につきましては社会保障法的な基本的な仕組みをとりながら、御指摘のような広い意味におきます国家補償的な意義を持っているということも、先ほど御指摘の最高裁判決のこともございますし、私どももそのように認識しているところでございます。
○森井委員 ちょっと意地の悪い質問で恐縮ですけれども、医療法に所得制限がついていないというのはどういうわけですか。――答えられなければいいです、唐突だから。 それから、これは御存じのように、日本にいない外国人でも日本に来れば適用になるとか、まさにこれは読めば読むほどこの面については国家補償法なんですよ。問題は特別措置法なんです。特別措置法の方が所得制限等がついているわけでございますが、順次御質問をいたしたいと存じます。 まず第一は、やはり所得制限ですね。これは厚生省は、最近は定かでないのですけれども、何年か前までは、毎年大蔵に対しましては、所得制限は撤廃ということで予算の概算段階から要求をしていただきまして、結局あの憎い大蔵省に削られて、渋々所得制限を残してきたという経過がございます。当初は所得制限にひっかかる人が六%のときもいました。五%のときもいました。今は四%になっているわけでありますが、四%の方が所得制限にひっかかる。粗っぽい言い方をしますと、百人の被爆者の中で九十六人までは諸手当を差し上げましょう、あとの四人はだめですよ、こういう形になっているわけであります。苦し紛れに今医療特別手当というのがありまして、これは今度は所得制限はいたしません。撤廃という形になっております。つらいところですね、これは。理論的にはもう所得制限は何とか撤廃をしたいということなのですが、どうしても大蔵が吹き抜けることができない。私はその点も十分認識をしております。そして、厚生省の御苦労もよく知っておるわけでございます。ただ、しかし、はい、そうですかと引き下がるわけにいかない。国家補償というのはいろいろな側面がございますけれども、その一つに、所得制限をなくすれば、被爆者の皆さんは限られてはいますけれども、その方々に対してはこれは所得に関係なく国が補償するということになれば、その側面で見る限り、これは国家補償の精神に基づくことになるわけでございます。たった四%です。これは局長さん、四%を仮に撤廃をしたら、つまり百人中百人諸手当を受け取ってもらうことができたら、幾ら予算がふえるのですか。
○大池政府委員 現状におきまして、実態で掌握しておりますいろいろな数値で一つの試算を行ったものによれば、約三十億というような試算がございます。
○森井委員 大臣、お聞きのように三十億です。これは多いと言えば多い、少ないと言えば少ない、大変な金額であることには間違いありませんが、例示をいたしますとそれぞれ差しさわりがありますから申し上げませんけれども、私は三十億あれば所得制限の撤廃はできる。 今、非常に無理をしておるのですね。ほかの所得制限というのは厚生省の予算でも大体削られる傾向にあります。例えばその最たるものと言うと語弊がありますが、よく例に出されます老齢福祉年金等ですね、これはずっと据え置きであります。一部切り込まれたりしておりますが、据え置きということは、全般的に物価や所得が上がる状況にありますから、所得制限は強化の方向に向かっている。しかし、原爆被爆者の場合はことしもふやされているのですね。これは年間の所得税額が七十九万二千三百円。前年度はこれよりも少なかったわけであります。金額は定かでないから申し上げませんが、年々所得制限額を、所得税額でありますけれども金額をふやして、ちょうど四%にひっかかるように計算がしてあるのですね。ですから私はお困りになるのだろうと思うのです。今申し上げましたように七十九万二千三百円の根拠を話してくださいと言えば、これは大変難問だと思うのです。しかし、それは今申し上げましたように、無理をして何とか四%の所得制限を残したいということから逆算をした数字でございまして、ただ、申し上げましたように、他の所得制限額というのが切り込まれている中で、被爆者対策については事実上被害者がないからという形で予算がふやされていますから、これは評価ができるわけです。できるわけでありますから、これ以上は申しませんけれども、三十億、多いか少ないかわかりませんが、しかし、今申し上げましたように、私ども野党も援護法案を出しておりますが、これにはこだわらないうんと歩み寄ってもよろしい。後で申し上げますけれども。 いずれにしても、まず国家補償という眼を入れよう。そのあかしとして、せめて所得制限だけは撤廃をしたらどうですか。そういう意味で、一昨年の附帯決議の第一項目に書いてありますね。「医療特別手当については、所得制限が撤廃されたが、他の諸手当についても、被爆者の障害の実態に即して改善すること。」、残念ながら附帯決議の改善にはなっていないわけであります。現状維持と改善は違うでしょう。ですから何とか再考をいただけないものか。やがて六十年度予算の概算要求の時期が来るわけでございます。今度はシーリングと言わないようでありますけれども、要求基準というのですか、いずれにしてもこれは中曽根さんと藤尾さんの、表現は違いますけれども、今年度の予算がこれだけ切り込まれた後でありますから、今度は何としてもこれでは承知しないぞということで、大臣も決意のほどをせんだっても健保の審議で承りましたけれども、与党の皆さんも社会部会を中心にいたしまして今までのとおりではいけない、何とか予算をふやしていこうという形になっているわけでありますから、私は、事務当局としても絶好のチャンスだと思うし、厚生大臣としても百万の味方を得たような感じで頑張られることができると思うわけでございます。 そこで、今申し上げました所得制限三十億、事務当局がせっかくはじいてくれましたけれども、私はまだ疑いを持っています。もう少し少なくて済むのではないか、少し多目なんじゃないか、そう思っておりますけれども、いずれにいたしましても、一番多い場合で三十億という形になると思うわけでございます。これは積算の難しさもありますから事務当局を責めるつもりはありません。ひところは十数億でいいのではないかと言われた方もいらっしゃいますから、その意味でちょっとひっかかるわけであります。 長くなりますからはしょりますけれども、何とか所得制限については来年撤廃の方向で御検討願えないか。大臣、いかがでしょうか。
○渡部国務大臣 被爆者対策に対する予算、森井先生から評価をしていただいて大変ありがたいことだと思ってお聞きするとともに、来年度予算獲得の私どもの勇気がわいてまいりました。 先生御指摘のとおり、この被爆者対策というものは、ゼロシーリングとかマイナスシーリングとかいうことによって削られる性格のものではないと私どもも骨身にしみておりますので、五十九年度予算も先生に御了解いただいたように、ゼロシーリング、マイナスシーリングの中で特別に必要な予算を確保するということで努力してまいったのでありますが、これは来年度も、大蔵当局が何と言おうと、私どもは、私どもの要求すべきものは要求しなければならないという決意で今予算折衝に臨んでおります。 ただ、先生、歯切れが悪くて申しわけないのでありますけれども、所得制限の問題、これは三十億の金額が多いとか少ないとかこれは議論のある問題でございましょうが、私が事務当局から聞いておる報告によると、今所得制限を受けておられる方は八百万以上ぐらいの方だというふうに聞いております。そうしますと、今日の日本が幾らかなり高度成長したとはいいながら、経済的に言えば八百万以上の所得を受けておられる方はかなり恵まれた、他の面は別として経済的だけの側面をとらえれば、これは恐らく百人のうち十人以内、十番目以上、間違っているかな……(「もっと少ないです」と呼ぶ者あり)いや、七百万で百人のうち十人に入るからそれ以上のはずですが、八百万ですと。そういう方々に御無理を願うということで来たようでありますが、今大先輩の森井先生の御質問で、歯切れが悪くて申しわけないのですが、今すぐここで、大臣として、所得撤廃を全部するということは申し上げかねますので、もう少し勉強の余地を与えていただきたいと思います。
○森井委員 そうなってきますと、話が横道にそれますが、例えば老人医療で無料化が実現をされていますが、それでは、かの有名な松下幸之助さんは老人医療は無料でなくてもよろしいというようなものでございまして、それはおのずから話は別なんですよ。先ほど言いましたように、八百万について細かく事務当局に聞いてもいいわけですけれども、金額の多寡じゃないものですから聞きませんが、それは中にはおりますよ。おりますけれども、基本は、大臣の冒頭の御立派な答弁がございましたように、原爆を落とした大きな責任というのは、もちろんアメリカにもありますけれども、日本政府にもあったわけです。こういう議論をしますと長くなりますからはしょるわけでありますけれども、先ほどの老人医療め無料化と同じなんです。金持ちにまで何でただにするんだということになる。政治家として、それは大金持ちはそんなものは要らぬと言われるかもしれませんが、国家の意思としてはこうだということでございますから、今のつれない返事というのはいただけませんな。もうちょっとどうですか。
○渡部国務大臣 もう少し勉強させていただきたいと思います。
○森井委員 大臣、申し上げましたように、あなたはそうおっしゃいましたけれども、厚生省は毎年毎年所得制限の撤廃を大蔵省に要求をしてきたという事実があるのです。これは事務当局、どういうわけで要求してきたんですか。所得制限の撤廃を要求してきているでしょう。
○大池政府委員 これはそれぞれのその時期におきます経緯もあったやに聞いておりますけれども、基本問題懇談会でこのような問題意識を持ちましてのいろいろな御論議をいただく前までの段階での要求であったと承知しております。
○森井委員 そうですか。間違いありませんか。――不確かだからこれ以上追い詰めませんけれども、基本懇の答申があったかないか別として、基本懇の答申以降も厚生省は相当頑張ってまいりましたし、私どもも野党ではありますけれども、目の色変えて大蔵に迫った経過はあるわけであります。いずれにいたしましても、そういった事実を含めて大臣、勉強さしていただくということでありますが、これは前向きに勉強さしていただくということでいいですか。これは、これからまたどうせ議論するときに附帯決議にも書かなければならぬ。言いたくはございませんけれども、私が読み上げたものは附帯決議に書いてあるわけです。
○渡部国務大臣 先ほど申し上げましたように、被爆者対策というものは戦後に残された私どもの大変大きな使命であるという考えで、五十九年度の予算も決してマイナスシーリングということにとらわれないで大蔵省に無理をお願いしたわけでございますが、六十年度予算編成に対する私の姿勢も同じでございますから、皆さん方に納得のしていただける必要な予算は確保するという方向で進んでまいりたいと思います。
○森井委員 もう時間が余りないようでございますから、次に死没者の調査ですね。先ほども申し上げたんですけれども、原爆が投下されまして何人亡くなったかわからないのです。その遺族が何をしていらっしゃるかも正確に調査がない、そういう状況なんです。今、生存被爆者の皆さんは、手帳をもらっていらっしゃる方と手帳をこれから申請される方もあるのですね。何とか被爆者であることを人に言いたくないというような方もありますし、今健康だから必要ないと言われる方もあるんですね。結構なことだと思うのですが、それにいたしましても、生存被爆者の皆さんには何らかの対策がある。しかし、亡くなって遺族が生活に困った、夫や父や母が。そうしたら毎年毎年命日が来る。お墓に参る。この子がいたらな、もっとうちの暮らしは違ったというのは随分ある。それから広島県、広島市、長崎県、長崎市等がいろんな被爆者の実情を聞いておりますけれども、原爆被爆者対策というのは、単に被爆者だけでない、亡くなられた方、さらには亡くなられた方の遺族など関係者、大変な被害を受けていらっしゃるわけでございます。しかし、何にいたしましても、何人亡くなられたか、どういう状態がというのが全然ない。 厚生省は、過去二回大きな調査をしていらっしゃる。昭和四十年と昭和五十年。四十年調査、五十年調査と言われるものでございます。被爆者の年齢もだんだんふえていっておる。五十年調査のときは、男五十四歳、女五十三歳、これは平均であります。高齢者はうんと多い。これから既に九年たっているわけでありますから、平均年齢というのは六十をはるかに超しておるであろうということが推定できるわけであります。一刻も早く、死没者も含む実態調査をもう一遍してもらいたい。来年の実態調査について、ことしは調査費を組んでいらっしゃいますから必ずおやりになるんでしょうけれども、一体どういう形でおやりになるのか、簡潔にお答えいただきたいと思います。
○大池政府委員 ただいま先生のお話にございました、四十年、五十年と実施いたしました全国規模におきます調査、これとの、いろいろなその後の推移を見るというような観点が重要であろうと存ずるわけでございまして、四十年、五十年調査の内容とよく照合できるようなそういった調査にしたい、かように考えておるわけでございます。 それで主要な点は、健康面における調査、もう一つは生活面における調査というものを主軸にすべく、本年度その準備のための予算を確保いたしまして、専門家の意見など聴取しながらその調査の仕組みを検討していきたい、こういう状況にございます。
○森井委員 その調査には死没者の調査も含まれますね。
○大池政府委員 まだ調査の内容は、これから検討を詰めていく段階でございますが、死没者の調査につきましては、非常に実行上、技術上の難しい点があるわけでございます。先生も御理解いただいておるかと思いますが、非常に過去にさかのぼっての記憶に頼る調査ということにならざるを得ない点でございますとか、あるいは遺族の方の範囲をどのように考えていくのか等、いろいろ調査の実施面で困難性が強いわけでございまして、現在のところ死没者調査というものは考慮に入っておりません。
○森井委員 それが困るのですよ。また読ましていただくことになりますが、附帯決議の第二項に、「被爆者について、死没者調査が行われていないのは遺憾であるので、これを行うこと。」、今読み上げた文章のとおりです。別にかさにかかった言い方はしませんけれども、附帯決議はどうなるのですか。明確に書いてある。これは解釈の余地はない。明らかにしていただきたい、どうですか。おやりになりなさいよ。いろいろ難しさはあると思うのですけれども、しかし、死没者に関する調査がない限り、それはもちろん――、私はここに中国新聞を持っておりますけれども、政府が十年に一遍しか調査をしないし、これじゃ遠過ぎるし、十分でないということから、中国新聞が社独自で調査をしていらっしゃいます。これは十分参考にしていただきたいと思いますけれども、やはりこれとて抽出調査であります。非常に苦労なさったようでありますけれども。やはり亡くなられた方がどういう状態なのか、遺族がどういう状態なのかということは、私は国にとっても重大な関心がおありだと思うのです。しないというのはおかしいのであって、それこそ国会の意思との関係から言えば、あなたの答弁はおかしい。専門家の意見を聞きながら死没者の問題についても十分考慮していきたい、こういう御答弁ができませんか。
○大池政府委員 国会の決議の御趣旨は十分踏まえ、尊重するという基本姿勢については先ほども御答弁申し上げたとおりでございますが、問題は、調査をいかに有効、的確に行っていくかという観点での今後の検討でございます。技術的にはもう非常に見通しが立たないという実情を御説明申し上げたわけでございますので、御理解を賜りたいと思います。
○森井委員 大臣、事務当局もああいうことを言うわけですけれども、せっかく調査費をお組みなんです。全体調査が難しければ、部分的にはできると思う。設問項目等でもできると思うのですね。大臣が督励をしていただきまして、今申し上げた死没者の調査だけは、これはぜひこれから前向きに御検討をいただきたいと思うのでありますが、最後に大臣の御見解を承って、私の質問を終わりたいと思います。
○渡部国務大臣 私もこの附帯決議を見せていただきまして、これは死没者の調査というもの、でき得るものならばこれはやらなければならないと思いましたが、今日まで事務当局等の説明を聞いておりますと、もう戦後三十九年たちまして、これはやるとかやらないとかの問題でなくて、その正確な調査というものが物理的に、技術的に極めて困難であるという報告をちょうだいしておりますが、これは物理的に、技術的に可能なものであれば、やることが極めて大事なことだと思います。
○森井委員 時間が来たようでありますが、ちょっとありますので、もう一問だけお願いします。 部分的には、例えば広島市等がおやりになっておるわけでございます。厚生省ではできなかったが、それでは、亡くなられた方々や遺族の方々については、そういった広島市などの調査、関係行政機関等の調査については、これは復元調査その他をたどっていけば相当探求ができる形になっていますので、これはこれからも重要な参考にされますね。それだけをお伺いをして、私の質問を終わります。
○大池政府委員 地元の市独自の立場で、動態調査あるいは今の先生おっしゃいました復元調査、一連の調査を実施しておることはよく承知しておりますし、また、国の立場からも、そういったものについての助成というようなことで取り組んできているところでございます。 今後とも、その点につきましては、その中に含まれました先生御指摘の点につきましても、市の方ともよく連携をとりながら、行政に参考となる資料を把握していくように努力したいと思います。
○有馬委員長 福岡康夫君。
○福岡委員 渡部厚生大臣に御決意をちょっとお聞きしたいのですが、私、ことしの三月十二日の予算委員会分科会におきまして、原爆援護行政の問題についていろいろ御質問いたしました中で、渡部厚生大臣は、原爆援護行政については、広い意味での国家補償的な立場から、自分としては全力を挙げてこれに取り組むのだと私に決意を表明したことがございますが、御記憶がありますでしょうか。
○渡部国務大臣 ございます。
○福岡委員 そこでお尋ねしたいのでございますが、我が国における原爆援護対策行政を推し進めていく場合には、厚生省当局が絶えず念頭に置くべき基本的な心構えは、昭和五十三年三月三十日付の最高裁の判決と、昭和五十五年十二月十一日付の原爆援護基本問題懇談会に示されている基本理念であると私は考えております。 この最高裁判決と基本懇の両者に共通して読み取れるものは、被爆者対策は、その疾病の特異性から、単なる社会保障施策でもって対処すべきでなく、国家補償的施策をもって対処すべきであると示していることであります。 そこで、私が本日ここで主張しておきたいことは、昭和六十年度の予算編成に当たって、政府といたしましては、ゼロシーリングの枠を被爆者対策予算にかぶせることは妥当ではないと考えるのであります。なぜなら、被爆者対策は一般の社会保障施策とは異なっておるんじゃないか、国に財政的ゆとりがあるなしにかかわらず、国家補償の見地に立って優先して補償すべき性格のものであると私は考えておるからでございます。来年度予算編成に当たって、厚生省当局の被爆者対策関係予算についてゼロシーリングの枠の対象から外すことが妥当であると考えますが、厚生大臣の御見解をお伺いいたしたいと思います。
○渡部国務大臣 五十九年度予算についても、そのような考え方から、厳しい財政情勢でございましたけれども、大蔵当局の理解を得て九百九十一億という、今日の厳しい財政の中では評価していただける予算を私は確保したつもりでございます。もとより六十年度も同じ気持ちに変わりはないわけでありますから、先生御指摘のように、被爆者被害というものはまさに人類史上初めて我が日本民族が受けた惨禍であり、しかもそのことは放射線障害というその人が生存する限りつきまとっていく、そういう被害に対して、これは生命の問題であり生存の問題であり、幾ら厳しい財政状態といえども、金がないからことしは予算がとれなかったというようなわけにまいらないものでありますから、私は先生と同じような気持ちで予算編成に臨みたいと思っておりますし、これは大蔵当局も必ず理解してくれることと思っております。
○福岡委員 ひとつ厚生大臣、大蔵大臣にもよろしく、頑張って最後までやってください。それをぜひとも期待いたします。 次に、現在、戦後既に三十九年を経過しておりますけれども、今日においてもなお、原爆被爆者の体の中には、ずっと休まずにこの原爆は燃え続けてまいっておるわけでございますから、被爆者の皆様にとっては、被爆者援護法が制定されて初めて戦後は終わったこととなるわけでございます。この点はひとつ御認識願いたいと思います。厚生省当局は、被爆者援護法の制定を前向きに検討され、被爆者の皆様に本当に戦後は終わったとの喜びを与えてほしいと存ずるわけでございますが、ひとつ厚生大臣、この御見解をお伺いいたしたいと思います。
○渡部国務大臣 先ほど申し上げましたように、これは放射線被害というものを体に与えてしまったわけでありますから、その方々が生存する限り、このむごたらしい原爆の被害に対する問題は終わらないわけでありますが、その施策については、そういう皆さん方が安心して健康を守って幸せに暮らしていけるように全力を尽くしたいと思います。
○福岡委員 次に、ちょっと具体的な問題に入りたいのでございますが、現行の諸手当については、医療特別手当及び原子爆弾小頭症手当を除き、所得の状況によって支給制限が行われております。いわゆる国家補償の精神からすれば所得制限の撤廃をすべきだと考えますが、厚生大臣も、三月十二日の予算委員会の分科会におきまして、広い意味の国家補償的な立場から原爆援護行政は進めていくと力強い御決意を表明されておりますが、厚生大臣、いかがでございましょうか。
○渡部国務大臣 これは、あえて広い意味の国家補償ということを私ども行政の責任ある立場の者が言わなければならない問題は、原爆によって受けた災害でも、死没者の場合と生存者の場合と一つの区切りがございます。死没者の方はもちろん非常にお気の毒なのでございますが、これは焼夷爆弾が落ちた、あるいはその他の爆弾が落ちた、あらゆる戦災で多くの人たちがとうとい生命を失っております。その点については、死没ということについては、原爆でお亡くなりになった方も大変な方でございますが、しかし、焼夷爆弾やその他の戦災でとうとい生命を失われた方も同じようにとうとい生命を失った方でございます。しかし、ただ原爆の場合は、生存して残られた方に放射線の心配という一生つきまとう災厄を与えておりますので、この意味では国家補償的な立場で政府がその責任をとっていかなければならない、こういうことでございます。
○福岡委員 今、厚生大臣のお考えを聞いていると、どうも私、納得いたしかねるわけでございます。焼夷弾、爆弾攻撃で亡くなった者と原子爆弾の死亡者と全く同じ考えをお持ちですが、原子爆弾の被爆者は二世、三世、四世と続いていくんです。そこが違うんです。ですから私はこの点についての訴えをしておるわけでございますが、厚生大臣、御見解いかがですか。
○渡部国務大臣 死没者と生存された方の場合、今私が何遍も申し上げておるように、これはその人に一生むごたらしい放射線障害というものを与えるので、当然に国家補償的な立場で私どもは施策を講じなければならない、こう申し上げているので、先生がお尋ねになっているお考えとそう大きな隔たりの問題ではないと思います。 ただ、具体的な問題になりますと、先ほどもありましたように所得制限、これの撤廃の問題でありまして、おしかりをちょうだいしましたが、現在も所得制限が続いておるわけでございます。これは、私が今まで事務当局から聞いておった説明、報告によると、八百万以上の所得のある方に御遠慮を願っておる、その数は四%程度、百人のうち四人程度ということを承っておりましたので、五十九年度予算の場合は、財政極めて困難な時期でもありますので――これは原爆のこととは別問題ですよ、先生。そのことを全く抜きにして、単に経済的側面だけのことを考えると、今日八百万以上の所得のある方というのは、我が国の経済面だけで見ればかなり経済的には恵まれた高い条件にある方なので、その方々に御遠慮を願ったわけでありますが、これにはいろいろの御意見等が随分あるようでありますので、私はもう少しこのことについては勉強をさせていただきたいと思います。
○福岡委員 ひとつ厚生大臣、この原爆の問題は二世、三世と続きます。この点をひとつ広い視野からお考えになりまして、ぜひとも前向きに御検討願いたいと思います。よろしくお願いいたします。 次の質問に移りたいのでございます。 被爆に起因した疾病等による特別な出費のために支給される医療特別手当及び特別手当並びに家族介護手当を、生活保護の運用上の収入認定から除外してほしいとの要望が広島市等から出されております。これは八者協も希望しておるわけでございます。ここで、特別措置法と生活保護法との関係で、収入の認定の関係で、本来高額であるべきはずの特別手当が、本人受領分の段階になると一万六千二百五十円と保健手当の二万五千六百円より少なくなる逆転現象を起こしております。このようなことから見て、手当を収入認定から除外すべきが妥当であると私は考えるわけでございます。どうもこの点について私、不可解に感じておるわけでございますが、厚生省の御見解はいかがでございましょう。
○持永政府委員 今回の法律によります各種手当の生活保護上の取り扱いについては、今先生御指摘のとおりでございます。 すなわち医療特別手当、それから特別手当などにつきましては、一応生活保護の上におきましては収入認定をいたしまして必要な加算をつける、こういうやり方をしておるわけでございます。一方、健康管理手当などにつきましては、収入認定の対象から最初から除外いたしておりました。こういったことがございまして、今先生御指摘のような、金額の面でいいますと健康管理手当を受けておられる方は現在二万五千百円でございます。特別手当の場合には生活保護の加算として一万六千二百五十円ということになっておるのは事実でございます。 なぜこういう取り扱いをしているかということでございますが、先生も御承知のとおり、健康管理手当と申しますのは、造血障害等の関連疾病で現に加療中だということで、日常、常に保健上の注意を払う必要があるということから保健措置に必要な費用、こういうものを健康管理手当で賄うのだということで支給されておるものでございます。特別手当につきましては、これも先生御承知のとおり、かつて放射能による負傷または疾病の状態にあったということでございますけれども、この特別手当につきましては、そういった障害者加算の対象とされますような健康管理上の特別な事情があるという面もございますけれども、一方、そういった方々の生活援護的と申しますか、生活の安定のために支給するという性格を持っているものでございます。そういった意味から、生活の安定のために支給するいわゆる生活援護的な性格を持っているものにつきましては、生活保護の上で補足性の原理というのがございます。御案内のとおり、生活保護は国民の最後の生活のよりどころということでございまして、生活保護法で、他の法律による扶助はすべてこの法律による保護に優先するんだという規定があるわけでございまして、そういう意味合いからこの特別手当につきましては一応収入認定をいたさせております。収入認定をした上で、特に健康管理上必要な分につきましては障害者加算というようなことで加算をつけて、その分は実質的に対象から外している、こういうような取り扱いをしているものでございます。 確かに実態は先生おっしゃったとおりでございますが、それぞれの手当がそういう性格であるということで、こういった取り扱いをしているというのが実態でございます。
○福岡委員 結論的には現体制でいく、こういうことでございますね。
○持永政府委員 生活保護の上で、各種のほかの法律による手当をどういうふうに扱うかという全体の問題との絡みもございます。そういった意味で、手当の性格が少なくとも生活の安定、そういった面に性格づけられているものにつきましては、私どもといたしましては、生活保護の性格上、生活保護の上ではそういった扱いをせざるを得ないのじゃないかというような感じをいたしております。
○福岡委員 広島の原爆病院、大臣も御存じだと思いますが、この原爆病院に入っておられる被爆者の方々に対して病院が果たしてきた重要なる役割は申し上げることもないと思いますが、昭和五十八年度末累積赤字が七億四千六百万もの多額に上っておる現状でございますし、こういう赤字が続いておりますので、早急に対策を立てる必要があるわけでございます。厚生省当局といたしましては、早急に助成措置を講ずることが必要であると私は存ずるわけでございますが、厚生省の御見解をお伺いいたしたいと思うわけです。
○大池政府委員 お答え申し上げます。 原爆病院につきましては、先生の申し述べられました実情、私どもも承知しているところでございまして、この運営の改善については私どもも深い関心を持っているところでございます。病院あるいは関係する県、市等の意見をいろいろと聴取いたしましたところ、病院の運営におきまして、看護、介護に非常に多数の職員を配置しなければならぬような患者さんが多いということでございますとか、あるいは慢性疾患の方が、高齢者ということもございましてふえてくるにつれまして、病床自体は回転が少なくなる。したがいまして、病院運営という一般論からしますと、経営は苦しくなってくるというような側面もあるわけでございます。また、特別な事情にある健康障害でございますので、研究的な経費というような面もいろいろと出費がある。こういったような理解に立ちまして、私ども国としては、財政事情の許す限りにおいて、そういった経営改善のために財政的にもてこ入れをしたいということで、かねてより、赤字補てんの趣旨も含めた研究費の助成でございますとか、あるいは医療機器の設備整備に対する助成とか、あるいは広島につきましては、特殊診療部門等に対する運営費そのものの補助金というようなことで、逐年てこ入れを行ってきているところでございます。
○福岡委員 ひとつよろしくお願いいたします。 次に、私、考えてみるのに、先ほどのお話を聞いておりますと、被爆者の方の高齢化が問題になってきておるようでございますが、被爆者の方々も本格的な高齢化を迎えておると思います。これは生きがい対策が重要になってくるのじゃないかと思いますが、現在、広島の養護ホームの入所希望者が非常に多く、入所の夢がなかなかかなえられないのが現状であります。中には個人病院で話し相手もなく、寂しく死亡された方もあると私は聞いておるわけでございます。 七月十五日付の中国新聞を見ますと、広島市役所の援護課長の席の後ろの掲示板には、たしか私も見たことがあるのですが、原爆養護ホームの入所希望者が、特別養護が三十一人、一般養護が七人、七月十四日現在でおられると書いてあります。新聞にもそのことが記載されておりました。これは課長席の後ろにある掲示板に数字を書き込むわけでございますが、退所よりも入所希望者が非常に上回るために、短くて三カ月、長くて半年は待たねばならないという現状でありますが、この対応策について厚生省、何かいい知恵はないでしょうか。
○大池政府委員 施設によりまして、またその時期によりまして若干の変動があるということではございますが、確かに施設によって今先生の御指摘のような待機者がおられるということも承知しております。その点につきまして、今後高齢化が進行することが予想されている被爆者の方々に対する福祉的な配慮というものが、一層充実されるように努力をしていかなければならぬという気持ちでおるわけでございます。 具体的には広島、長崎の県、市当局等の意向をよく聞き、また入所希望者の方々のいろいろな動きも見定めていく必要もございます。こういったような点をよく踏まえまして慎重に検討していきたいと思っております。いずれにいたしましても、御指摘のような被爆者の方々の高齢化へ向かっての状況の変化ということについては、いろいろとこの制度の範囲内におきます福祉的な配慮というものに積極的に取り組んでいくという姿勢で臨みたいと思っております。
○福岡委員 実はちょっと委員長に御承認を得たいのでございますが、私、七月六日に原爆被爆者で投身自殺された方の自宅、その近辺の写真を三、四枚ほど撮っておるわけでございます。原爆被爆者援護対策行政推進のための参考資料として厚生省に提示したいと思うのでございますが、御承認を得られればお渡し願いたいと思います。――今、厚生省の方に御提出いたしました写真は、七月六日に原爆の被爆者の老女の方が、その橋の上で、この方は原爆の被害を受けて病気になっておられる、それに対してまた高齢者の失対の打ち切りというような両方の面から、生きていく希望を失い、その欄干の上から飛び込もうとしたわけでございます。これは白昼の二時前後でございましたそうですが、そこは広島市内でも相当の人通りがございます。そこで通行人がそれを引きとめた、しかしそれを振り切って下の太田川に入りまして、手を合わせながら衆人の環視の中で死んでいったという現状でございます。 実は私、この前の日曜日に、私も広島市の太田川のほとりに住んでおる者の一人といたしまして、そのお話を聞きまして、お参りに老女の宅へ行ったわけでございます。もちろん七月十五日付の中国新聞にもこの問題が報じられておりますが、この内容によりますと、原爆の日を一カ月後に控えた七月六日、失対事業で働いておられた広島市内の被爆老女の方が太田川で自殺された云々、そして、この自殺の原因としていろいろ関係者は云々というような記事が記載されておるわけでございます。 これは新聞記事で報道されておりましたが、私がじかに、六日に亡くなった老女の方の御主人とお会いしましていろいろお話をしましたところ、その御主人は、福岡先生、こういうことがあっていいのか、本当にピカさえなけりゃ、ミサ子ももう少し楽な老後だったろうに、来年から失対がなくなる、死ぬ直前までぐちぐち言っておった、昼寝の段階で私の傍らでその話をしていた、私が一眠りした矢先に本人は下におりていって太田川に飛び込んで死んだんだよ、そしてそれに気づいて自分が行ったときには、もう警察の方が来て遺体になっておった、目撃者の方は、その老女の死亡については、手を合わせながら入水していくのでどうにも助けようがなかった、覚悟の自殺である、こういう現象が起こっておるわけでございます。 私、原爆被爆者と失対就労者の数がどういう関係になっておるのか、この御主人のお話を聞いていろいろ実態を調べてみましたところ、現在広島では失対事業で約千三百九十人が働いておるわけでございます。平均年齢が六十六・九歳、六十五歳以上が約八百九十人で全体の六三%を占めておるわけでございます。そして、広島市内の失対就労者のまさに六〇%近い七百九十六人は、この亡くなった老女と同じような被爆者なわけでございます。 私、この問題を考えてみるのに、もし原爆に遣わなかったら、家族を奪われることなく平穏な戦後が送れたはずだと思います。また、この老女が二十年以上失対で食べていかなければならなかったのも、原爆の犠牲と言えるのではないかと思うのです。広島の就労者の実情を思えば失対の打ち切りはできないはずだ、また失対の打ち切りの通告にしてももう少し血の通ったやり方があるのではないか、こういうように考えるわけでございます。 この原爆被爆者対策と失対行政、この広島の地、また長崎の地においての状況について私、御質問したいのでございますが、横の連絡があって行なっているのかどうか。中央行政というのは非常に縦割り行政でございます。何かそこへ横の連絡がなかったのじゃないかというような気がしてなりませんが、原爆行政と失対行政、広島の地と長崎の地の特色についての問題で、今までに中央官庁の方で横の連絡をおとりになったかどうか、これをまず御質問したいと思います。厚生省の方から、またあと労働省の方からお願いしたいと思いますが、いかがでございましょうか。
○大池政府委員 大変心の痛むお話を承ったわけでございます。御本人がいかなる事情にあったかは私ども承知しておりませんが、さぞかし何か深刻な事情があったのだろうと思いますが、いわゆる神のみぞ知るというような部分もあろうかと思います。 一般的なお答えになるわけでございますが、そのようなことにかんがみましても、原爆被爆者に対する諸施策の中におきまして、例えば相談事業その他、こういった福祉面の配慮というものは今後とも一層努力をしていかなければならぬということを感じたわけでございます。この点につきまして、また関係の県、市ともよく連携をとり、必要な措置があればそういった点についての指導もまた行ってまいりたいと考えております。 おっしゃるように、関連し得る行政との連携ということは、そういった面において今後とも配慮していく必要があろうかと思います。
○守屋政府委員 先生のお話の就労者の方につきましては、私も七月十五日付の新聞等も拝見しておりまして、中身については承知しております。 この方につきましては、その就労の状況を見ますと、例えば五十八年一月から五月まで、また五十八年の八月から十一月まで失対手帳が留保になっております。留保といいますのは、病気でその間お働きになれなかった。前の事情は腰痛でございまして、後の事情は高血圧症でございます。お体の面も非常にお弱りになっていたという事実もあるやに承っております。また、ここ数年の間に、相次ぎまして御兄弟の方が亡くなられたという事情もあるようでございます。しかし、いずれにいたしましても、失対関係者の方がこういう悲惨な状態で亡くなられたということについては、私も心から哀悼の意を表する次第でございます。 ただ、この失対事業につきましては、これは失対事業そのものを廃止するというふうにまだ私は申し上げたことはございません。もちろん、失対事業そのものについてもう既にその使命は終わった、廃止すべきであるという有力な意見もあることは事実でございます。 ただ、失対事業というものは、実は御承知と思いますが、戦後の大混乱期に、当時六百万あるいは九百万の失業者がちまたにあふれるのではないか、外地からの引揚者が相次ぎ、また戦災未亡人の方、こういう原爆に被爆された方その他、その後においては旧産炭地におけるようないろんな問題がございまして、そういういろんな苦しい事情のある方々が、民間に就職できないままにやむを得ず失対事業に就労されざるを得なかったという事実は、私ども十分承知をしております。 ただ、この事業はやはり労働省が労働政策としてやる事業でございます。といいますのは、私どもは、いずれは民間に再就職されるであろうという前提のもとにこの事業をやっているわけでございます。ということは、今の民間の状況を見ましても、私どもは六十歳の定年制の普及促進に全力を挙げている状況でございますし、また六十五歳まで何とかして企業の中に雇用していただきたいというのを今一生懸命お願いをしているところでございます。しかし、今のような状況の中で、六十五歳を超えて果たして民間就労が可能かどうかというのは、民間に就職することを前提にした事業であるというところにおいて、労働政策としてこの事業を本来あるべき姿として持っていくための見直しが必要である、そういう意味合いで、六十五歳以上の方については、国が特段の財政的措置をもって就労を保障するというわけには制度自体のあり方としてまいらぬということでございまして、何も就労してはいけないということを申し上げているわけではございません。 そういう意味では、私どもは、シルバー人材センターであるとかあるいは高齢者相談室というような形でもって、必ずしも六十五歳未満に限ることなく、六十五歳以上の方についても働く意思と能力があればごあっせん申し上げているわけで、ただ、今も申し上げましたように、就労を保障するという形での特別の対策を講ずるのは労働政策としては六十五歳までであるということで、この見直しをやろうということでございまして、失対そのものを廃止しようというのではございません。また、それも、労働政策から出てくるまさに本質的な問題であるということを御理解賜りたいと思います。
○福岡委員 どうも、今お話を聞いておりますと、私のポイントと全く外れております。私は労働政策、厚生行政云々についての批判はしておりません。要は、原爆被爆者の援護行政と失対の行政の横の連携があったかどうか。そしてこれが、これからの広島、長崎のようなところ、先ほど数字を挙げましたように、広島市では失対事業で約千三百九十人が働いておる、この中で原爆の被爆者が約六〇%近くを占めておる。こういう形で広島と長崎については特殊事情があるから、こういうところは、この原爆の援護行政と失対行政との問題についてもう少し血の通った行政を労働省、厚生省間で考えてはいかがか、こういう質問を申し上げているのでございます。何も私は失業対策の問題について云々は申しておりません。
○守屋政府委員 私も、今先生が御指摘になりましたようなそれぞれの就労者の方の特別の状況、これは原爆の方もあれば、また同和地区の方々、あるいは旧産炭地の方々、みんなそれぞれにいろいろな苦しい事情をお持ちでございます。でございますから、そういう事情をいろいろ考慮する中で失対現業そのものを廃止するというわけにはまいらぬということで、事業そのものは今先生の御指摘のようなことも念頭にあるから続けていこう、ただ、見直しはせざるを得ないということを申し上げておるわけでございます。
○福岡委員 ぜひとも、この援護行政担当の局と失対行政担当の馬とでいろいろ横の連絡をとり合いまして、今後このような犠牲者が広島、長崎の地で続々出ないように、ひとつ血の通った、心の通ったいろいろのフォローをやっていただきたいというのが私の願いでございます。
○守屋政府委員 私も人間でございます。血も涙も温かい心も持っておるつもりでございます。先生の御趣旨を十分念頭に置きながら失対小葉の運営は努めてまいるつもりでございます。 ただ、くどいようでございますが、やはり事業そのものに潜在する性格を曲げるというわけにはまいりません。それはそれぞれの行政の立場で知恵を出す問題であろうかということを考えております。そういう意味合いで、厚生省とも今後ともによく話し合いをしてまいりたいということです。
○福岡委員 労働省の方はそういう見解でございまして、横の連絡をとりながら、ひとつ血の通った、心の通った行政の推進をやる、こういうことでございます。ひとつ厚生省の御見解をお聞かせください。
○大池政府委員 先ほども御答弁申し上げた気持ちで対応させていただきたいと思いますが、いずれにせよ、事柄の性質に応じて、必要な連絡調整ということは今後とも努力をしてまいります。
○福岡委員 厚生大臣、そういう形で、八月六日の一月前の七月六日にこのような問題が起こっております。原爆被害者相談員が中国新聞に訴えております。この問題については、健康の悪化、年老いた肉親の死、それにあすへの生活不安、この老女が追い込まれた環境は高齢被爆者の問題をそっくり映し出している。生活の保障とともに、生きがい対策、被爆者が気軽に悩みを打ち明ける場づくりといった総合的な被爆者対策が急がれるのではないかと、現場におります原爆被害者相談員が申しております。私はまさにこのとおりだと思います。ひとつこの問題に留意されまして、今後の原爆被爆者援護行政、それと失業対策行政を、労働省と連絡をとりながら、今後このような犠牲が出ないように、広島、長崎の特殊的な事情、今私が数字であらわしましたような状況でございますので、ひとつ特殊事情をお考えになりまして、いろいろの具体策を講じていただきたいと思います。厚生大臣に、最後に御見解をお聞きしたいと思います。
○渡部国務大臣 ただいま先生御指摘のお話、胸の痛む思いで聞いておりました。今後そういうことにならないように、このことを一つの大きな教訓として、実態に即し、あるいは各省連絡の必要なものは有機的に連絡して努力してまいりたいと思います。
○福岡委員 広島の被爆者は、厚生行政における原爆援護行政の推進を全般的にこいねがっております。今後とも厚生省、厚生大臣以下、原爆の地、広島、長崎の実情をお踏まえの上、国家予算の許す限りの、また広い意味の国家補償的な立場からいろいろの援護対策の推進をお願い申し上げまして、私の質問を終わらせていただきます。 どうもありがとうございました。(拍手)
○有馬委員長 小渕正義君。
○小渕(正)委員 原爆二法について御質問いたします。 前回の質問の機会に、戦後、いよいよもう来年は被爆四十年を迎えようとしている中において、被爆者の大きな期待であります援護法制定について、いろいろと申し上げてご見解をお聞きしたわけでありますが、なかなか期待にこたえ得るような答弁でなくて非常に残念であります。 そこで、ひとつ端的にお尋ねいたしますが、今日行われているこの原爆二法と言われている二つの法律については、その根拠は一体どこに由来しているのか。単なる社会福祉的な方向の中でこの二法ができ上がっておるのか。少なくとも戦争犠牲に対する国の補償的なそういう一つの考え方の上に成り立ってこの原爆二法ができ上がっておるのか。まずその法律の背景、根底をなす考え方について御見解を承りたいと思います。
○大池政府委員 お答え申し上げます。 原爆被爆者の方々に対する対策につきましては、被爆者の方々が受けた原爆放射線による健康障害という、一般の戦災には見られない特別の犠牲ということに着目をいたしまして、広い意味におきます国家補償の見地から各種の施策が講じられているところでございます。 基本的な考え方の一番のポイントだけを申し上げたわけでございます。
○小渕(正)委員 この前の原爆基本懇の答申の中身にいたしましても、その前に最高裁で原爆援護についての判例が出された、そういったもの等から見ましても、少なくとも原爆被爆者のこの二つの法律については国家補償的な性格の中でつくられているということは、それぞれ表現は違いますが、根底に流れている一つの大きな思想じゃないかと私は思うのであります。表現は「広い意味における国家補償」とか「特別の犠牲」とかいろいろ言われております、書かれておりますが、少なくともその底に流れているものは国のそういった補償的な性格の中でこれが貫かれている、こういうふうに言われているわけであります。 そういう観点から考えますならば、先ほどからもこの二法の手当関係の審議の際に必ず出てくるわけでありますが、所得制限の撤廃という問題ですね。これは当然、そのような背景を考えますならば、所得制限の撤廃ということについて踏み込んでいいのではないか。もちろん、従来から漸進的に所得の金額の引き上げ等については改善されてきておりますが、やはりここらあたりで思い切って所得制限を撤廃すべきじゃないかと思います。 それからあと、国がいろいろ行う補償の中においてこれらの所得制限措置が行われているものと行われてないもの、そういったものの分類について、主なものだけで結構ですから、そういうものを含めてひとつ御答弁をいただきたいと思います。
○大池政府委員 所得制限の問題についての御設問でございます。 基本的な考え方といたしましては、先ほど申し述べましたような特別の犠牲、すなわち原爆の放射線による健康障害ということでございまして、そこに着目をし、その障害の実態に即した適切妥当な諸手当、こういう考え方に立つわけでございます。 そのようなことから、現在、各種手当に関します所得制限の取り扱いについては、放射線の障害の程度の大きい方には、支給される手当の制限は外してある。例えば医療特別手当、これは御承知のとおりの認定疾病に理にかかって治療を受けておられるというような方でございますとか、あるいは原爆小頭症手当、こういったようなものにつきまして所得制限をかけてないわけでございます。そのような配慮を具体的な運用でも行っておるわけでございまして、障害の実態に即して、これが過大な制限にならないような配慮ということで、先生も御理解いただいておりますような、年々の所得制限の金額の増額というようなことも図っておるところでございます。このような所得制限についての状況でございます。 所得制限のあるなしというのはそれでよろしゅうございましょうか。
○小渕(正)委員 国が行っている援護措置はほかにいろいろありますね。そういう中で所得制限がないもの、あるもの、そこらあたりを主なものだけで結構ですから……。
○大池政府委員 所得制限のないほかの制度の例という御設問でございますれば、一つ挙げられますのは、戦傷病者の援護法がその一つであろうかと思います。
○小渕(正)委員 それだけですか、国が行っているいろいろな援護措置の中で所得制限がないのは。
○大池政府委員 ちょっと網羅的にお答えするには準備が今整っておりませんけれども、それだけではないかと思います。
○小渕(正)委員 大臣、結局、国が行っている援護措置、特に戦争に関連するこういった援護措置についてほとんど所得制限はないわけですよ。ところが、この原爆二法については、今のお話のように、重症者その他については、もちろん症状というか程度によって所得制限の対象から外してあるものもありますが、しかし、あくまでもこの原爆二法の根底に流れるものは、広い意味にせよ、狭い意味にせよ、ともかく基本となるのは国家補償的な精神の中で、初めてこの問題が取り上げられてここまででき上がってきて整備されてきたわけであります。そういうことからいくと、少なくとも、程度は別としても、やはりそういう国が行う援護措置の一つの中で、これだけにそういう所得制限をなお考えでおくということは片手落ちじゃないか。大臣は前向きに、漸進的にいろいろなことを考えていきますと言われておりますけれども、やはりそういう関係でもずっと整合性を持たせていくことによって、大臣がおっしゃられているように前向きに中身が整備充実されていくものだと私は思うわけであります。そこらあたりについて、そういう国の行っているものなのに、あと一つきちっとしたものがない。だから、前回も申し上げましたように、援護法制定にどうしても期待が寄せられてくるわけであります。では、それがなおいろいろな事情で難しいとするならば、それなりに現行の法律の中に、この二法をもっとそういう方向に近づけていくような、そういうことをもう少し整備していくことが必要でないか。 そういう一つの例として今所得制限撤廃の問題を申し上げたわけです。もちろん、所得制限撤廃といっても、今の所得制限は年収八百万ぐらいありますから、ほかのまた別な角度からしたバランスをとるならば、それ相応のものとしても理解できる面もございます。しかし、ただ、基本に流れているものがそういう片手落ち的、片手落ちと言うとちょっと語弊がありますが、そういうところが随所に出てくるものですから、どうしても援護法の問題に結びつくわけでありますので、ぜひその点は、そういう国が行っている戦争犠牲者関係におけるいろいろな援護措置との兼ね合いの中において、あと一段と再検討いただきたい、かように思うわけです。いかがでしょう。
○渡部国務大臣 被爆者対策についての基本的な考え方、これは先生も私どもも同じだと思うのでありますが、私どもがあえて単に国家補償と申し上げないで、広い意味での国家補償的なものと申し上げなければならない、これは行政の立場の一つの制約がございます。その中で、今先生御指摘の所得制限の撤廃問題でございますが、(私語する者あり)今政府委員から答弁しましたように、各種手当に関する所得制限の取り扱いは、放射線障害の程度の大きいものに支給される手当の所得制限は設けていない等、障害の実態に即して、過大な制限とならないような配慮は先生御案内のようにしておるのでございます。(私語する者あり)(小渕(正)委員「静かにさせてください。」と呼ぶ)
○有馬委員長 御静粛に願います。
○渡部国務大臣 ただ、これは先生御指摘のように、まだ所得制限が四%程度残っております。私は、これについては、事務当局から今まで受けておった報告の中で、私の感覚として、八百万以上ぐらいの方なら経済的側面だけを考えればかなり恵まれておる条件の方だから、今日の厳しい財政条件の中では御勘弁をいただきたいと考えておったのでありますが、これについてのいろいろの考え方等もありますので、来年度の予算編成に当たってはいましばらく私に検討の時間を与えていただきたい。
○小渕(正)委員 所得制限御題は、確かに、そういう収入というバランスでほかの面と比べるならば、それなりのまた妥当性も出てくるかと思うのです。 ただ、私が申し上げたいのは、今からも申し上げるわけでありますが、広島、長崎は原爆被爆者対策として非常に特別な措置を、いろいろ施設的にもそれから制度、政策的にもやっているわけですね。特にそういう養護老人ホームの問題とかそれから保養所の問題とか、被爆者対策としていろいろなそういう施設をつくり、いろいろな援護政策をやっておるわけですね。こういうものに対しても、ひとつ国としても法律的にきちっと位置づけていただいて、そして助成をする、こういうことにならぬといかぬのじゃないかと思うのですね。今のように、それぞれ各地方自治体、長崎県、長崎市、広島県、広島市、二市二県が毎年毎年陳情に来て、そしてもう少しこれをこうしてください、もう少しこれを増額してくださいということでなしに、少なくとも広島、長崎でこういう被爆者対策としていろいろやられているのは特別ですから、そのたびに地方自治体が負担しながらやっているわけでありますから、せめてそういう施設、医療施設とか保養施設とか援護施設、そういうものに対する助成というものを、やはり一つの意義を法律できちっとそこに決めて、法律的に一つの位置づけを行っていただいて、そして助成をしていく、こういうこと等が今ぜひ行われてしかるべきじゃないか。所得制限の問題はこれはおきますが、少なくとも今度は、これはこういう角度からも、国の国家的補償という点を考慮するならば、ただ普通のほかの役所と違って、この点についてはもう少し突っ込んでそこらあたりはきちっとしてもいいんじゃないかと思うのですが、そういう意味でこの点強く申し上げているのですが、いかがでしょう。
○大池政府委員 御意見として承ったわけでございますが、御指摘のような原爆関係の施設の助成につきましては、被爆者の福祉向上を図る観点からいたしまして、私ども大変重視して取り組んでいるところでございます。 ただ、これを法制的な面でという御指摘でございますが、これらの施設につきまして、被爆者の方を対象にしているという特殊性は確かにあるわけでございますが、実質的に一般の施設との差異というような点になりますと、特に法制化をしなければならぬというような積極的な理由がなかなか見出しがたいというまた法制面での論議もございます。そのようなことで、私どもといたしましては、法制化の論議はさておき、必要な実態を見定めての予算措置による現在の助成というものを今後とも育てていきたい、こういう方向で今取り組んでいるところでございます。
○小渕(正)委員 法制化については、法制的な面でのいろいろなバランスその他の問題があるようでありますから、そういう点につきましては、我々も知恵を絞ってもう少し工夫して、どういう道があるか、これはお互いに前向きな形で検討していきたいと思います。特に老人保健法が制定されたがために、結果的に、従来国が負担しておった被爆者関係の医療費を地方自治体がそのままかぶってしまうということで、年々助成措置といいますか、そういうものを国にお願いして、かなりの部分はある程度考慮していただいておるようでありますが、本当を言いますと、この点は明らかにあの老人保健法作成時における突っ込み方がちょっと足らなかった一つの落ち度でございますので、こういう点はやはり単に地方自治体だけにツケを回さず、そういう努力をさせることなしに、厚生省自身がこれについてはきちっと割り切って、思い切っていただいて、ぜひ前向きにこの問題も考えていただきたいと思います。詳しいことは前回触れましたので申し上げません。 時間がありませんので、次に移ります。 局長、これは毎年のことですが、これはいつももらっているでしょう。広島・長崎原爆被爆者援護対策促進協議会、これは何項目か県、市等が挙げて整理した中身をずっと出しておるわけで1すね。この中で、今回、ことしの分について、この要請にこたえて少し前向きに変わったと言えるところがどれぐらいありますか。
○大池政府委員 五十九年度予算につきましては、ここに要望として項目を掲げられていることについてのいろいろな改善措置を図ってきたところでございますが、六十年度予算へ向かっては現在まだ作業途上でございます。こういったような御要望も踏まえながら、従前の改善措置の引き続きの努力ということは、今後とも継続的に配慮してまいりたいと考えております。
○小渕(正)委員 五十九年度予算の中だけで結構ですが、もちろんここでは手当がアップしていますね。しかし、これはほかの手当とのバランスで上がってきておるわけですから、これが改善されたというふうに見るかどうかはいろいろありましょうが、しかし、そういう従来のものでただ自動的に上がってくるのじゃなしに、従来よりもこれは前向きに取り組んで少し改善した、そういう前向きに改善された面がどれぐらいありますかと聞いておるのですが、いかがですか。
○大池政府委員 五十九年度の、全体的には非常に厳しい予算環境の中におきまして、それぞれ必要な経費は確保するというようなことで、多くの予算が前年同額とか前年比何%節約云々とかそういうような中にあって、原爆に関する限りは、すべてこういった御要望の趣旨を反映した形での、健康診断を初め医療費等々必要な経費はみんな確保させていただいたということが共通して言えると思います。そのほか、先ほどの御質問の中にもございましたけれども、老人保健法の適用に伴う被爆者の中での高齢者のパーセントの極めて高い特別な地域に対する配慮というようなものについても、若干のその地域適用の拡大を図ったとか、いろいろ配慮したところでございます。また、きめ細かい話になりますけれども、被爆者の相談員も引き続きまた一名増員というようなことを確保させていただいたとか等々がございます。
○小渕(正)委員 マイナスシーリング予算の中で前年度よりマイナスにならなかった、そこだけ見ても、確かにそれはある見方からいけば評価さるべきでしょう。そういう点はそれなりに理解いたします。 あと一つだけお尋ねいたしますが、特に近距離被爆者対策については基本懇の中でも重視されておるわけですね。それで、今の原爆被爆者手帳の交付の状況が、従来は爆心地二キロ以内と以外と二段構えの中でのものがあったのでありますが、手帳としては現在すべて一本化されてしまっているわけですね。だから、昔は特別被爆手帳と被爆手帳とあった。そういう関係で、最近になって、近距離被爆者対策を特に重視してもう少し考えてくれという強い要望が来ておるわけですね。その点についての御見解と、あわせて、長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設ということで、これがまだ研究所になっていないわけです。だからぜひ研究所にしてほしいという強い要望がある。これは昇格ですね、そういう規定の改正について、広島の方は割合充実していますけれども、長崎の場合、こういう医大における障害研究が「施設」という名前で「所」に昇格されていないということで、関係者の皆さん方はこれに対する非常に強い要望があるわけでありますが、そこらあたりはひとつぜひ、そういう個々の対策というよりも、せめてこういう公のところでの対策をもっと充実する、それも考え方の一つですから、その辺についての御配慮をひとついただきたいということと、あわせて六十年度の国勢調査の場合にはぜひ原爆被爆の実態、それもあわせてやっていただきたい、この三つについての御答弁をお聞きして終わりたいと思います。
○大池政府委員 第一の点についてでございます。 近距離被爆者の方々に対しての重点的な配慮ということは、御指摘のとおりの基本懇の御意見の中にも盛られているわけでございまして、これを受けまして、昭和五十六年度には医療特別手当増額、保健手当の創設、原子爆弾小頭症手当の法制化等の措置をとったところでございます。今後とも、こういった基本的な考え方というものは重視して取り組んでまいりたいと考えております。 それから第二の点でございますが、大学の研究機能が強化されるという点は、私どもとしてもそのようなことが実現されることは非常によろしいことではないかと考えるわけでございますが、これは大学対文部省というそれぞれのお立場でのやりとりが今積極的に行われているやに聞いておるわけでございますので、それを見守りたいと思っております。 第三点の被害者の実態調査の件でございます。昭和五十年度に引き続きまして十年間のその後の変化等を掌握すべく、生活面、健康面につきましての有効、的確な実態調査をぜひ行いたい。これはいずれにしても六十年度予算の問題でもございますけれども、その方向で今準備を進めつつある段階でございます。
○小渕(正)委員 終わります。
○有馬委員長 浦井洋君。
○浦井委員 この改正案というのは、いろんな手当を二%引き上げるものでありますけれども、去年引き上げをやらなかったわけで、その間、物価は四・八%上がっておるわけです。例え実施時期を二カ月繰り上げしても、明らかに目減りをしておるわけなんですよ。だからそういう点で、被爆者の方々は、臨調がどうのこうの言うより、やはりこういう値切られることについては強い怒りを覚えておられるわけです。だからそういう点で、私ども共産党・革新共同は、この改正案に反対であるということをまず冒頭にはっきりと申し上げておきたいと思います。そして、何よりも一日も早く、今までも野党から出されております国家補償の精神に基づく被爆者援護法の制定のために政府も努力すべきである、その決意を第一点としてひとつ聞いておきたいと思います。 それから第二点は、これは毎年、この法案の審議で私は要求をしておるわけでありますが、認定疾患の認定基準の問題であります。これはもう田中公衆衛生局長のころから、事例集をつくってそれを各都道府県におろして参考にさせるということを確約をされておるわけであります。いまだにそれが実現をしない。いつごろ実現をし、いつごろそれが各府県に渡るのか、お答えを願いたい。それが第二点であります。 第三点は、老人保健法の実施によって三百円、四百円の自己負担が出てきたわけでありますけれども、広島、長崎ではこれが事務委託という形をとって、事実上現物給付になっておるわけです。これも昨年質問をいたしまして、各都道府県もそういう形で実質的に現物給付にしたいという答弁を得ておるわけでありますけれども、実際にはまだまだ療養費払いでやったり自己負担になったりしておるわけでありまして、一体やる気があるのかないのか、あるいはいつごろそれがやられるのか、そのことについて。 その三点について、まず大臣からお答えを願いたいと思います。
○大池政府委員 諸物価の上昇率等の御指摘でございますけれども、これは国民全体の合意を得ることができるような公正妥当な給付という観点に立ちまして、御承知のような国民総我慢というような時期もあったわけでございます。それらの際の老齢福祉年金の動き、そういったものを忠実にこちらにも反映しながら取り組んでおるところでございます。 それから第二点についてでございますが、これまでの国会の経緯も踏まえまして私どもも作業に取り組んでおるわけでございますが、先生御承知のとおりの医学的、専門的ななかなか難しい作業でもございます。しかし、これまでの経緯も踏まえまして、現在取りまとまっているものにつきまして先生のところに一度御報告に上がりたいと思っております。 それから次に、老人保健法の自己負担金につきましての現物給付化の問題でございます。これは、御指摘のとおりの一部の県、市において行われているのを全国的にできないのか。これにつきましては、私ども事務当局としてもその実現の方向で一生懸命詰めておるところでございます。
○渡部国務大臣 今、政府委員の答弁したとおりでございます。 ―――――――――――――
○有馬委員長 池端清一君から発言を求められておりますので、これを許します。池端清一君。
○池端委員 議事進行の動議を提出いたします。 ただいま議題となっております二案中、森井忠良君外六名提出の原子爆弾被爆者等援護法案を先議し、審査を進められんことを望みます。
○有馬委員長 池端清一君提出の動議を採決いたします。 本動議に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○有馬委員長 起立少数。よって、本動議は否決いたしました。 ―――――――――――――
○有馬委員長 内閣提出、原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。 ―――――――――――――
○有馬委員長 この際、丹羽雄哉君から、本案に対する修正案が提出されております。 提出者より趣旨の説明を求めます。丹羽雄哉君。 ――――――――――――― 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律 の一部を改正する法律案に対する修正案 〔本号末尾に掲載〕 ―――――――――――――
○丹羽(雄)委員 ただいま議題となりました原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対する修正案につきまして、自由民主党・新自由国民連合を代表いたしまして、その趣旨を御説明申し上げます。 修正の要旨は、原案において「昭和五十九年六月一日」となっておる施行期日を、「公布の日」に改め、「昭和五十九年六月一日から適用する。」こと等であります。何とぞ、委員各位の御賛同をお願いいたします。
○有馬委員長 以上で修正案の趣旨の説明は終わりました。 ―――――――――――――
○有馬委員長 これより原案及び修正案を一括して討論に付するのでありますが、その申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案及びこれに対する修正案について採決いたします。 まず、丹羽雄哉君提出の修正案について採決いたします。 本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○有馬委員長 起立多数。よって、本修正案は可決いたしました。 次に、ただいま可決いたしました修正案の修正部分を除いた原案について採決いたします。 これに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○有馬委員長 起立多数。よって、本案は修正議決すべきものと決しました。 ―――――――――――――
○有馬委員長 この際、稲垣実男君外五名から、自由民主党・新自由国民連合、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議、民社党・国民連合、日本共産党・革新共同及び社会民主連合六派共同提案に係る本案に附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。 提出者から趣旨の説明を求めます。森井忠良君。
○森井委員 私は、自由民主党・新自由国民連合、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議、民社党・国民連合、日本共産党・革新共同及び社会民主連合を代表いたしまして、本動議について御説明申し上げます。 案文を朗読して説明にかえさせていただきます。 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 国家補償の精神に基づく原子爆弾被爆者等援護法の制定を求める声は、一層高まってきた。 また、原爆被爆者対策基本問題懇談会の意見書も、被爆者の援護対策は、広い意味での国家補償の精神で行うべきであるとの立場をとっている。 よって政府は、原爆被害者が高齢化し、事態は緊急を要するものであるという認識に立ち、可及的速やかに現行法を検討して、これらの要望にこたえるとともに、次の諸点についてその実現に努めるべきである。 一 被爆者の障害の実態に即して所得制限を撤廃すること。 二 被爆者について、死没者調査が行われていないのは遺憾であるので、これを行うこと。 三 放射線影響研究所、広島大学原爆放射能医学研究所、科学技術庁放射線医学総合研究所など研究調査機関相互の連携を強化するとともに、研究体制を整備充実し、その成果を被爆者対策に活用するよう、遺憾なきを期すこと。 四 放射線影響研究所の運営の改善、移転対策を進めるとともに、被爆者の健康管理と治療に、より役立てるため、原爆病院、財団法人原爆障害対策協議会との一体的運営が行えるよう検討すること。 五 原爆病院の整備改善を行い、病院財政の助成に十分配慮するとともに、その運営に当たっては、被爆者が必要とする医療を十分受けられるよう、万全の措置を講ずること。 六 被爆者に対する諸給付について、他制度との関連も検討のうえ生活保護の収入認定からはずすこと。 七 原爆症の認定については、被爆者の実情に即応するよう、制度と運営の改善を行うこと。 八 被爆者に対する家庭奉仕員制度を充実するとともに、相談業務の強化を図ること。 九 被爆者とその子及び孫に対する影響についての調査、研究及びその対策について十分配意し、二世の健康診断については、継続して行うとともに、その置かれている立場を理解して一層充実を図ること。 十 健康管理手当の認定については、制度の趣旨が生かされるよう地方自治体を指導すること。 以上であります。 何とぞ、委員各位の御賛同をお願いいたします。(拍手)
○有馬委員長 以上で趣旨の説明は終わりました。 採決いたします。 稲垣実男君外五名提出の動議に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○有馬委員長 起立総員。よって、本動議のとおり本案に附帯決議を付することに決しました。 この際、厚生大臣から発言を求められておりますので、これを許します。渡部厚生大臣。
○渡部国務大臣 ただいま御決議になりました附帯決議につきましては、その御趣旨を十分尊重いたしまして努力をいたす所存でございます。(拍手) ―――――――――――――
○有馬委員長 お諮りいたします。 本案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○有馬委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ――――――――――――― 〔報告書は附録に掲載〕 ―――――――――――――
○有馬委員長 午後一時から再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時二十五分休憩 ――――◇――――― 午後一時九分開議
○有馬委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 内閣提出、社会福祉・医療事業団法案を議題といたします。 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。村山富市君。
○村山(富)委員 質問時間が三十分しかありませんから、せっかく統合するわけですから、その統合後の考えられるいろいろな問題について、確認をしていただきたい事項等について若干お尋ねをしたいと思うのです。 そこで、まず第一に、今回のこの法案の中身を見ますと、社会福祉事業振興会という性格を持った一つの事業体とそれから医療金融公庫という事業体とが統合することになるわけですけれども、社会福祉と医療というのはどういう意味でかかわり合いがあるのか。これは単に臨調の答申に基づいて統合されるというだけのものではなくて、むしろ、これから福祉や医療というものは極めて重要なウエートを占めていくので、もっと積極的に統合する意義というものが今後の運動の中にあらわれてくるような、今後の仕事の中にあらわれてくるようなそういうものでなければならぬと思うのですが、そこらの点についてはどういうふうにお考えになっているか、大臣の見解を伺いたいと思います。
○渡部国務大臣 先生御指摘のとおり、今後高齢化社会の到来が確実視されてまいりますと、社会福祉と医療の連係が極めて重要になり、有機的な連係によってより皆さん方の要望にこたえられると思いますが、そういう趣旨に沿って、今回、五十八年三月の臨時行政調査会の答申を踏まえて行ったものでございますから、そういう趣旨にできるだけ沿うようにこれは今後運営してまいらなけれはならないと思います。
○村山(富)委員 この二つの振興会と医療金融公庫というのは、社会福祉事業振興会の方は主として、社会福祉の施設に対して貸付金を行うとか助成をするとかいろいろな活動をされていると思うのです。医療金融公庫の方は医療機関に対してそうした業務を行う。したがって、社会福祉施設と医療機関とは大分基盤の強さから申しますと違いがあると思うのです。そういう違いを含めた上で、例えば今までの貸付金利にしても社会福祉施設の場合金利が非常に安くかけられておる、配慮されておるといった面があると思うのですけれども、仮に統合されても、そういう業務については同じような考え方で踏襲をされていくのかどうなるのかということについて承っておきたいと思うのです。
○持永政府委員 御指摘のように、社会福祉事業振興会におきましては、社会福祉施設自体が非常に経済的に脆弱でございますし、また資金確保その他で大変弱い立場にございますので、現行でも、お話しございましたように同じ財投からお金を借りて資金を流しておりますが、四・六%という大変な特利を設けておりまして、資金の確保がよりスムーズにいくようにやっておるわけでございますが、今回こういった形で事業団として統合したといたしましても、私どもといたしましては、従来どおり、社会福祉施設の財政基盤の上から、また社会福祉施設整備を推進するために四・六%、そういった貸付金は遵守してまいるつもりでございます。
○村山(富)委員 それは一つの大きな例ですけれども、この種に類するような業務の実績というものが、それぞれ違った歴史を持っているだけにあったと思うのです。具体的に申し上げることはできませんけれども、そうした従来から踏襲をされてきておる業務の実績というものは、今後もやはり尊重されて踏襲されていくと理解していいかどうか。
○持永政府委員 お話しのように御理解をいただきたいと思います。また、そのように私ども頑張ってまいるつもりでおります。
○村山(富)委員 例えば公庫の方には総裁というポストがある、振興会の方には理事長といろポストがある、統合されますと二つは必要なくなるわけですから、いろいろな意味で人員の削減といった問題も考えられてくるのじゃないがと思うのですが、そういう点に対する見通しはどうですか。
○吉崎政府委員 御指摘のように、統合に当たりましては新しい考えで事業を展開すると同時に、統合に伴いまして合理化も図ることといたしております。 役員につきましては、常勤で二人、非常勤で二人、削減いたすことといたしております。 職員につきましては、統合当初に、今後経過的に四人、合計五人の削減をいたすことといたしておりますけれども、これは自然退職でもって対処できるのではなかろうかと考えておるところでございます。
○村山(富)委員 今お話しがありましたように実質的な首切りはない、自然退職の形で欠員不補充で何とか賄っていく、こういう考え方ですね。 そこで、これから二つの違ったものが統合するわけですから、違っておっただけにいろいろな職員の条件の違いがあると思うのです。例えば人事交流とか待遇とか福利厚生施設、特に公庫の場合と振興会の場合とは年金やら健保等に対する扱いが違っておったのじゃないかと思うのです。そういう点は今後どういうふうに統合していく考えですか、その見解を聞きたいと思うのです。
○吉崎政府委員 お話しのございました中で一番大きいのは、年金と健保だと思うわけでございます。現在、医療金験公庫は公庫の厚生年金基金、それから七公庫の健保組合に加入をいたしております。一方、社会福祉事業振興会は一般の厚生年金と政管健保に加入しておるわけでございます。この二つが統合するわけでございますから、当然両法人の役職員は統合に伴いまして同一の処遇となるべきであると考えております。 そこで、年金と健保の取り扱いについてでございますけれども、基本的には両法人の役職員がどう考えるかということによるわけでございますけれども、現在のところ、新事業団の役職員は公庫の厚生年金と七公庫の健保組合に加入する方向で検討が進められております。私どもも、その方が職員の処遇にいいと考えておりまして、予算的な措置も計上しておるわけでございます。
○村山(富)委員 そうしますと、公庫の方は健保連、健保組合をつくっておる、それから年金の方は企業年金をつくっておるわけです。したがって、今までの振興会の方は政管健保あるいは厚生年金であったものを、公庫が入っておるところに統合して入れるということになるわけですね。 それで、実態的に従来から、例えば任用基準とか俸給表とか昇給昇格の扱いとか、そういう部面ではやはり違いがあったのじゃないかと思うのです。これは一方は組合があるし、一方は組合がないわけですから、いろいろな意味で違いがあると思うのです。そういう違いをどういうふうに調整していくかというのはこれからの問題ですけれども、少なくとも今までの既得権は保障するという前提で調整を行うという考え方が大事ではないかと思うのですが、そこらの点はどうですか。
○持永政府委員 御指摘のような給与その他の規定につきましては、両法人でそれぞれ多少異なるかと思いますけれども、社会福祉事業振興会の場合には、先生も御承知のとおり直接の労働組合との労働協約はございませんけれども、就業規則でいろいろと働く人たちの給与の保障その他をやっておりますが、こういった面で、従来就業規則で定められておりました職員の処遇あるいは給与の水準、そういったものはダウンしてはならないと思いますし、これはまた守っていかなければならないと思っております。そういった諸規定の違う面につきましては、今後のお話し合いによりますが、若干の調整を要しますけれども、私どもといたしましては、基本的に、従来守られてきました既得権はそのまま継続していくということで臨んでいきたいと思っております。
○村山(富)委員 そこで、今は公庫と振興会とはそれぞれ違った事務所を持っておるわけでしょう。事務所は違ったままで統合させていくのか、あるいはいつごろ一緒にするとかいうような考え方があるのでしょうか。そこらの点はどうなんですか。
○持永政府委員 せっかく二つの法人が一緒になるとすれば、やはり新しい器の中でお互い共同して仕事をしていくことは望ましいことでございます。現在、先生御指摘のように医療公庫は番町の共済会館というところを借りております。私どもの社会福祉事業振興会は日赤本社の中で仮住まいをしておりますが、両方を合わせた一体的な事業運営ということで、今事務所を物色中でございます。事務所の建物を物色いたしまして、適当なところをなるべく早く見つけ次第、この法律が成立いたすならばそれによって移転をしていこう、こういう考え方でございます。
○村山(富)委員 そうしますと、事務所を物色をして、事務所があり次第同じ事務所の中で仕事ができるようにしたいということですね。
○持永政府委員 そうでございます。
○村山(富)委員 新しいものに統合されていくだけに、いろんな意味でやはり違ったものが一緒になるわけですから、したがって、今まで申し上げましたこと以外にいろんな問題が起こってくるんじゃないかと私は思うのですね。ですから、そういう問題につきましては、これからできるだけ労使が話し合いですべてを決めていくというようなルールを、この際しっかりつくっていくということが極めて大事ではないか。そして、トラブルが起こらないように十分お互いに了解した上で話を進めていく、処理していくということが大事だと思いますが、そういう点に対する基本的な考え方について承っておきたいと思います。
○持永政府委員 先ほどもお答えいたしましたように、給与その他あるいは職場条件、そういった面については、先生御指摘のように労使の間で十分話をし、調整をするというのが基本だと思います。そういった面で話をした上で、適切な職員の処遇が図られるよう配慮していきたい、私どももそういう気持ちで臨んでいきたいと思っております。
○村山(富)委員 冒頭に申し上げましたように、これは単に、今公団の数を減らすとか公庫の数を減らすとか、第二臨調の行革答申があったから、それで消極的に受け身でやるんだといったような意思ではなくて、むしろ、これから福祉や年金、医療というものは政策上でも極めて大きなウエートを占めていくわけですから、積極的にこの目的が果たせるような事業体に育てていくという決意で取り組んでもらいたいというふうに私は思うのですが、もう一遍大臣の決意をお聞きして、終わりたいと思います。
○渡部国務大臣 今先生から仰せの考え方、私どもも全くそのとおりに考えておりますので、これが必ずためになるものとなるように、一生懸命頑張りたいと思います。
○村山(富)委員 終わります。
○有馬委員長 平石磨作太郎君。
○平石委員 今回のこの法案は、いわゆる行革の一環としての法案だと思うわけでありますが、先ほどもお話の中に出ておりましたが、いわば性格の違うものが一緒になろう、こういうことでございますので、果たして統合後スムーズな専業運営がなされるのかどうか多少の心配もあるわけでございますが、そういった面で心配はないのかどうなのか。大臣、一言お答えいただきたいと思います。
○渡部国務大臣 新事業団の業務は、法律上、医療法人の事業をそのまま承継するとともに、新たに社会福祉事業施設、医療機関等に対する経営指導の業務を追加して行います。 先生御指摘のように、今まで一方は医療機関の整備、一方は社会福祉事業ということでやってきたものが、今度一つになるわけでありますから、この事業が円満にスムーズに遂行していくためにはいろいろ問題があると思いますが、それらの問題を克服して、そして現在の業務を立派に遂行するとともに、高齢化社会に備えての我々の新しいニーズにこたえていこうという意欲を実現していかなければなりません。 今後、事業執行に当たっての私どもの努力と心構え、これが極めて重要な問題でございますので、これが先生方の御審議によって一つにしていだだいた晩には、必ずその期待にこたえるように努力してまいりたいと思います。
○平石委員 大臣の決意となにをお聞かせいただいたわけでございますが、ちょっと見てみまして私、多少心配な点は、お聞きをいたしますと、医療公庫の方は職員が百七十七名、それから振興会の方が五十九名、こう聞いておるわけです。それで、この法律で見ますと、医療金融公庫の方は解散をする、解散をして振興会の方へいわば吸収合併的なことに相なっておるように見受けるわけです。そういたしますと、百七十七名の者が五十九名のところへ吸収合併というような形になるわけですね。そしてもう一つ事業量の方、私もちょっと資料をいただいて見てみますと、医療金融公庫の方の貸付契約だけのことですけれども、事業量全般についてはわかりませんが、年間において大体千四、五百件、あるいは多いときは二千件以上の取り扱いがなされて、大体一千億くらいの貸し付けというものがあるわけですね。それで今度、社会福祉事業振興会の方を見てみますと、これはだんだん落ちてきてはおりますが、まあまあ五、六百件という中で、二百九十億から二百八十億、まあ三百億くらいまでの貸し付け、こういうことに相なるわけでございます。これから見てみましても、事業量において格段の相違がある。大体三倍くらい相違がある。それから、人員においてやはり三倍くらいの相違がある。これが振興会の方へ吸収合併というような形で統合されるということになりますと、事業管理の面、運営の面、あるいは労務管理の面、そういった面において大変御苦労をなされるんではなかろうかというような気がしてお伺いをしたわけですが、具体的には今私が概略申し上げたようなことですが、ひとつ局長さん、どういうように御指導なさるのか、お答えいただきたい。
○持永政府委員 先生お話しのように、法律の上では医療公庫が解散をいたしまして、新しい社会福祉・医療事業団の方に統合する、こういうことになります。それで、新しい法人をつくるという原則でございまして、そういった中で医療公庫の方は解散するということになっておりますので、そういった面から見ますと、人員の面にいたしましてもあるいは事業量にいたしましても、医療公庫の方は先生御指摘のように約三倍、こういう規模でございます。しかしながも、今回のこういった統合は臨調の答申に沿ってやっていく、私どもとしてはこういう精神でございまして、中身といたしましては、仮に両方の統合がなされたといたしましても、先ほども申し上げましたように 職員の方々の身分保障あるいは賃金、処遇、そういった面については、従来持っておられたそれぞれの既得権なりを十分尊重し、労使お互いに十分相談した上で、できるだけ支障のないようにいたしていきたいという基本的な考え方でございまして、両方とも同じ厚生省の団体でございますので、そういった枠の中でお互いに融和を図りながらやっていきたいということで、これからもそういう方針で指導をしてまいりたいと思っております。
○平石委員 そこで、先ほどの御質問にもございました、労使双方が話し合いの上で既得権等については不利益にならないようにひとつやってほしいということと、それと、私は心配するわけですが、医療金融公庫と福祉事業振興会ではそれぞれ給料表も違うでしょう。特殊法人としての政府全体の一つの給与ベースといいますか、そういったものが準拠すべきものがあれば、それによってそれぞれやっておることであろうから比較的スムーズにいくようにも思うわけですが、この事業量その他から考えたときに、むしろ解散して吸収される医療金融公庫の方が給与その他が高い、そして、吸収する方の福祉事業振興会の方が給与が低いといったようなときに、具体的には非常にややこしい問題に突き当たるわけですが、そこらあたりもひとつどういうような形になるか、これは具体的には両法人においてやることですから、一概にどうのこうのとは言えませんけれども、そこらあたりの隘路があるというようなことをもひとつ局長、お考えおきいただきたいということでございます。これは答弁は要りません。 それからもう一つ申し上げてみたいことは、この貸し付けを見てみますと、医療金融公庫の方ですが、だんだんと医療機関が整備をされてきました。そして、内容的にも非常に大規模にもなっておりますし、それから質的に非常に整備強化されてきた。そういうことで、大体この医師数等についてはもう見直しの段階にきておるのではないかといったようなことが言われておるわけですが、この医療機関については、適正配置その他の問題はありますけれども、全体で見てみますと、だんだんと整備がなされて施設数も多くなった。それから、適用になります九千ぐらいの総施設数の中で、この事業に該当する民間のお医者さん、病院がざっと三分の一、三千カ所ぐらいあるようです。対象がほとんどここになるわけですが、そうなってきますと、この事業量を見てみましても、五十七、五十八というように、五十六から急激に落ち込んできております。大体整備が終わりつつあるのか、今後の見通しがどうなのか、そこらをもひとつお聞かせをいただきたいと思うわけです。
○吉崎政府委員 御指摘のございましたように、医療金融公庫の働きもございまして、我が国の医療機関の整備が、全体で見ますと一応の水準に達しましたことは確かでございます。そのことが、今度新しい視点から、医療と社会福祉の総合ということで、両法人の統合の一つの契機にもなっておると考えるわけでございますが、これもまたお話しにもございましたけれども、日本列島全体で見ますと一応の水準には達しておりますが、地域的に見ますとまだ不均衡がございます。 それから、今後の医療政策の方向といたしまして、地域ごとに医療需要がかなり違っておりますから、地域ごとに需要に応じたような機能を整備していく必要があろうと考えております。福祉との総合もそうでございます。機能連係を図っていくためにも、必要な機能はやはり整備していく必要がある。それからまた、医療を効率的に行いますためにも医療機関の経営というのは非常に大事でございまして、そういう意味からも、この医療機関に対しますところの政策金融の必要性はまだまだ大きいと考えておるのでございます。 今後、新事業団におきましてそういう新しい時代の流れに適切に対応できますような運営に努めてまいりたいと考えます。
○平石委員 それから、今度は福祉事業施設の方ですが、だんだんと高齢化がやってまいるわけでして、こうなってきますと当然のこととして施設についても必要になってくる。しかも、公的なもののみにこれを依存するというような状況にもまいりません。したがって、民間の力をお借りをし、民間の協力をいただいて、こういう資金によって整備をしてもらうというようなことも今後相当ふえてくるのではないかというように予測をされますが、その一方で、これが契約数が落ちてきておるわけですね。ここらあたりをどうするか。そして、これからは施設福祉なのか在宅福祉なのかといった大きな問題はありますけれども、当然収容せねばならないような方もふえできますので、ここらあたりの事業の面から見たときに、だんだんと細っておるような気もするわけで、ここらの将来の展望について一言お聞かせをいただきたい。
○持永政府委員 先生、お手元にお持ちの契約高の推移でいきますと、確かに最近、全体としての契約実績の数字はここ二、三年落ち込んでおりますが、これは一つには、先生も御案内のとおり、一時非常に急激に伸びてまいりました保育所の整備が、最近非常に安定と申しますか落ちついてまいりまして、そういった意味で保育所の新設が非常に少なくなったというようなことがありましてこういう現象になっているとは思いますが、資金需要といたしましては、これも今後、御指摘のように高齢化社会に伴う老人関係の施設については依然根強いものがあろうかと思います。今後ともこれはますます根強くなってくるかと思いますが、そういった面では私どもも十分対処していかなければなりません。 在宅福祉、施設福祉というお話しもございましたが、在宅福祉ももちろんこれからの施策の重点を向けていかなければならぬと思いますけれども、しかし在宅福祉だけで福祉政策は事足りるものではございませんので、やはり施設収容を図っていく必要のあるお年寄りの方々は今後ますますふえていくわけでございますから、そういった意味での資金需要もふえると思いますし、そういった面での資金確保、これは私どもとしても万全を期していきたいというふうに考えておるところでございます。
○平石委員 今回のこの統合案につきましては、私どもも行革推進の立場にありますので、この法案についてはそれぞれ賛成の立場でなにさしてもらいますが、いろいろと難しい問題等も抱えながらの両者の統合でございますから、問題が起きないようにひとつ鋭意力を入れていただくようお願いをいたしまして、終わらしてもらいます。 ありがとうございました。
○有馬委員長 塩田晋君。
○塩田委員 社会福祉・医療事業団法案につきまして、渡部厚生大臣並びに持永社会局長にお伺いいたします。 民社党は、かねてから行政改革の推進を図ってきているところでございます。国民生活の質的・量的向上、そして公務サービスの効率的な運用、またそのための経費の軽減、こういった観点から行政改革の推進を図っておるところでございます。 既に、昭和五十六年三月に発足いたしましたいわゆる第二臨調、臨時行政調査会がたびたび答申を行われました。その第五次の最終答申におきまして、医療金融公庫については「社会福祉事業振興会に統合することとし、同公庫は廃止する。」との最終答申を行ったところでございます。その線に沿って今回の法案が提出されたものと考えるのでございます。 この行革の一環の法案でございますが、行革は非常にたくさんの分野に分かれて進められておりますけれども、この法案について対象となっております二つの厚生省の外郭団体、言うならばこれは最も簡単な機構の統合ではないかと思うのです。 それにいたしましても、この法案が通りましてなお昭和六十年一月一日から施行ということでございますから、臨調の五十六年三月から数えましてもう四、五年かかるわけでございます。行政改革はもっとスピーディーに国民の要望にこたえて推進をしていただきたいと思うのでございます。そういう意味におきましても、我々はこの法案に賛成の立場でございます。いろいろ内容を検討いたしました。これによって従来の医療サービスが質的に低下することのないように、拡大向上していくようにということをぜひとも図っていただきたいのでございます。 そこで、今回のこの法案が成立した場合には、この機構の統合によりましてどのようなメリットが出るか、またデメリットがあるとすればどういった点と厚生省は心得ておられるか。この点につきまして御認識を承りたいと思います。
○持永政府委員 先生からのお話しのように、今回の統合は行財政改革というものの実践の大きな一つとして行ったわけでございまして、そういう意味で行財政改革にのっとったものだというのが一つの大きなメリットではないかと思います。 また、これから社会経済情勢の変化に伴いまして、やはり福祉と医療というものがお互いの接点を求められるような時代でございます。福祉と医療がお互いその両輪がばらばらに施策を推進するのじゃなくて、お互いの接点を求めながら整合的な形で施策を進めていかなければならない。そういう意味で、これからの高齢化社会に向けて福祉と保健の接点を求める、そういった観点から今回の統合の意味があるかとも思っております。 また、行財政改革の一つとして今回の措置を行ったわけでございますから、そういった意味で政府関係機関としての特殊法人が一つ削減されることになりますし、また管理部門の合理化というような面から、特に役員につきましては実質的な削減を図るというような面もあるかと思います。 それからデメリットでございますが、強いてデメリットと申し上げることもないかと思いますが、一つはやはり、こういった統合という過渡的な段階で、職員の間にいろいろと、一体どうなるんだろうかという不安が生ずるかと思いますが、この点は、先ほど来申し上げておりますように、従来の経緯はそれなりに尊重して、今回の統合を図ってまいりたいというふうに考えております。 それから、先ほどもちょっと申し上げましたが、事務所移転の必要性がございますので、そういった意味で新しい事務所を探したいというようなことがございますが、そういった点もできるだけ早く解決をしていきたいというふうに考えておるところでございます。
○塩田委員 事務の簡素化、効率化をぜひとも図っていただきたいと思います。 役員が二名減るということでこの面は節減になろうかと思いますが、その他の一般職員につきましては、いわゆる血の出ることのないように十分に配慮して、効率的な業務の運営を図れるように御配慮を願いたいと思います。 それから、この種の機構改革は、名称が変わるわけですから全部書類を変えなければいけない、判こもつくり直さなければいけない、それだけが出費で、あと何ら変わらないというようなことを言う人もありますけれども、そのようなことにならないように、行政改革の所期の目的が達成されるように、ひとつ細心の注意を持って、末端まで白を届かせてこれを統合運営していただきたいと思います。そのことを要望いたしておきます。 最後に一点、これは厚生大臣にぜひとも実現方をお願いしたい問題がございます。それは、さきの健康保険法案の質疑のときに私も厚生大臣に強く要望いたしました点でございます。今回の法案が成立いたしますと、健保の被用者保険の本人の自己負担が一割相当分あるわけでございます。また、国民健保初め被用者保険の家族についても、三割とか二割の自己負担が現在行われてきておる。しかもこれは現在の償還払いの制度ですと、御承知のとおり、一たんかかった医療費の総額、その自己負担分は払わなければならない、そして三カ月後にこれが償還されるということでございます。病気で倒れた家計の主たる担当者が病院で寝込んで、しかも家族がこの多額の医療費総額を資金調達しなければならぬ、こういう事態になるわけでございます。従来からも、家族については、そのように家計の主たる担当者の勤労者、サラリーマンが奔走して金を集めておった、そして払っておったと思うのですけれども、今度はいよいよ勤労者、サラリーマン本人が倒れて入院した場合、家族がこの資金調達をしなければならない、こういう事態になるわけでございます。今サラ金等がいろいろと問題になっておりますが、そのようなところに頼ることのないように、公的な機関で無利子の融資制度をぜひともつくっていただく。このことによって厚生大臣は非常にいい厚生大臣だということを後世からも言われると思うのです。そしてまた、健康保険法の円滑な運用にも非常に役立つと思うのです。したがいましてそういった制度、これは現在育英奨学金制度がございまして、無利子で貸し付けられております。御承知のとおり、これは文部省の外郭団体の日本育英会で特殊法人として運営されております。こういった例もございます。この融資制度をぜひともこの新しくできる事業団でやっていただきたい。これは対象は、今までの融資はお医者さんあるいは医療関係機関だ、こういうことでございますが、患者に対してやるような道を開いても別におかしくない。例えば雇用促進事業団とか労働福祉事業団等は貸し金から会館の運営、訓練施設、学校的な教育関係等、何でも屋といいますかいろいろなことをやっております。多角的な経営をしております。この事業団はまだまだ一、二の分野ですから、そういった新たな融資制度を、ぜひとも健康保険法の運用を円滑にするためにも創設をしていただきたい。無利子のやり方につきましてはいろいろなやり方があると思います。全額一般会計から見る方法もあれば、また財投資金を活用するという方法もありましょうし、利子補給の方式もありますから。また、一番国民が手軽にお金を借りに行ける金融機関といいますとやはり郵便局ですね、郵便貯金の関係を利用して個人融資をするということもひとつ御検討いただき、この制度を事業団でぜひとも何らかの形で運営をしていただくように強く要望するものでございます。大臣のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○渡部国務大臣 今回、衆議院で御審議を賜り、通過をさせていただきました健康保険法の改正により、従来、十割給付であった皆さんが一割の御負担をお願いすることになりましたので、このために、健全なサラリーマン家庭の皆さん方が、長期療養の思いをしたり、あるいは高額な費用を要する重い病気になったりした場合、生活破壊というようなことにならないように、この思いは先生も私も全く同じであります。そのため、この衆議院でも五万一千円の高額療養費というものの据え置きの修正を受けまして、また今、参議院で鋭意御審議を賜っておりますが、私は、こういうためになることについては、先生方の御意見に謙虚に耳を傾けて、サラリーマン家庭の皆さんが一割負担によって家計破壊を来すようなことのないようにという配慮は、責任を持ってやっていかなければならない問題だと思います。 先生御指摘の今の問題も、これに関する問題でございます。ただ、現在でも、特定の疾病については更生医療等の公費負担医療により負担の軽減がなされておりますし、窓口負担が高額となった。場合には、世帯更生資金の貸し付けや地方自治体による貸付業務等もあります。窓口負担が高額に上ることにより困窮に陥るものが発生することのないように、現在の制度の中でできる限りの配慮を私どもはしてまいらなければならないと思っておりますが、この法律が施行されることによって、御心配のような問題が、現制度でなかなか解決できないというような事態が起これば、先生御指摘、御提案の問題等を含めて、当然新しい対策に私どもは対応していかなければならないと考えております。 ただ、現在の時点では、本事業団の融資は、医療施設、社会福祉施設の設置等に必要な資金を長期的に貸し出すもの、こういうことになっております。したがって、国民の皆さん個々を対象に個別的な貸し出しを現在の中で行うことは、融資の仕組み等の点でなかなか難しい問題等もあると思います。しかし、先生御指摘のように、一割負担の実現によって、サラリーマン家庭の皆さん方がサラ金に駆け込むというようなことはあってはならないのでありますから、そういうことのないような施策というものは、この法律を提案し、通していただく我々にとり将来にまで課せられた責めであろうかと思いますので、先生御提案の問題等を含めて、今後鋭意検討してまいりたいと思います。
○塩田委員 御検討、善処をお願いいたしまして、終わります。
○有馬委員長 浦井洋君。 〔委員長退席、愛知委員長代理着席〕
○浦井委員 私が思いますのに、やはり医療金融公庫というのは、もし統合するとすれば、前から言われておりますように、環衛公庫であるとか国民金融公庫、こういうところと業務内容がほぼ同じでありますから、そういうところと統合するなら話はわかるのでありますけれども、何か医療と福祉の接点だというような言い方で、社会福祉事業振興会というのは極めて突然のような感じがするわけで、何かあるわけですか。
○吉崎政府委員 何かとおっしゃられますと、ちょっとそんたくいたしかねるわけでございますけれども、繰り返しになりますが、確かに融資という面では国民金融、環境衛生とも関係がございますけれども、私ども今、今国会で御審議をお願いしておりますところの例えば地域医療計画をつくります場合にも、包括性の追求というのが一つのテーマでございます。健康の増進から医学的リハビリテiションまでということと同時に、やはり社会福祉の面とも総合的に考えていく必要があると考えておるのでございまして、先ほど先生がお挙げになりました中では、今後、必ず到来する高齢化社会、お年寄りの問題等と非常に密接な関係があるこの社会福祉の面と医療との連係を強める、こういう意味で、社会福祉事業振興会が最も適切であると考えておるところでございます。
○浦井委員 そういう理屈を言われるだろうと思うのですけれども、何か地域医療計画みたいなものが出てきたり、今までの厚生省のやってきたことから、こういう統合というのは余り整合性がないように感じられる。むしろ勘ぐれば、何か政治的な圧力でもあったんかいなというふうに思わざるを得ないわけであります。これはありましたというようなことは厚生省の方も答えられるわけでもないでしょうけれども、何か純粋でない、数合わせをしなければならぬ、数合わせをするためには一番無難なこれとこれをくっつけたらよいのだ、そうしたら、特殊法人の数が一つ減るのだというような感じがして仕方がないのだということを指摘をしておきたいと思います。 そこで、この事業団の融資対象を見ますと、ナーシングホームというようなものが入ってきておりますけれども、ナーシングホームというのは一体何なのか。医療機関で、そして何か特別な老人、高齢者を収容するという言い方がよいかどうかわかりませんが、そういうところなのか。それともアメリカでよく言われておるナーシングホームみたいなものを指すのか。その辺はどうなんですか。大体どういうことを頭に置いて、これから融資対象とされようとしておるのか。
○吉崎政府委員 ナーシングホームでございますけれども、今日、我が国におきましては、実定法上の定義はないわけでございます。ただ、内容といたしましては、慢性疾患の患者を中心にいたしまして、普通の急性病院のようには濃度の高い治療を必要としないかわりに、一方、非常に介護というのに力を入れて、介護と治療をあわせて行う施設、こういうことであろうかと理解をいたしております。これが先ほど申し上げました医療と福祉との連係の一つの形であろうかと思うのでございますが、そういうものにつきまして、新たに融資の道を開いて時代の要求にこたえていこう、こういう考え方でございます。
○浦井委員 慢性疾患など、それで医療内容の薄いもので、しかも介護が必要だという話になりますと、老人保健法の特掲診療料でできました特例許可病院、あるいは許可外病院というようなことが思い浮かぶわけでありますが、まず許可外病院みたいなところを融資対象にされるわけですか。
○吉崎政府委員 許可病院につきましては、ナーシングホームの一つの形だと思うわけでございますが、お話しにもございましたけれども、今日の段階では医療機関に対する融資でございますから、やはり医療機関としての一定の要件が必要なわけでございます。そこで、許可外病院は今のところは難しいのじゃなかろうかと思っております。
○浦井委員 そうすると、医療法ないしは医療法の特例ぐらいのレベル以上でなければならぬということで、特例許可病院ということを医務局長は指されておるのでしょうけれども、それがナーシングホームであるわけですか。
○吉崎政府委員 お話しのありましたものがナーシングホームの範疇に入る一つの分野である、一般的には年齢等に関係なく、慢性病院の一つの形だと思うわけでございます。これが実は一つ問題がございまして、私ども今検討に着手しておるわけでありますが、病院と社会福祉との間の中間施設的なもの、こういうものを、先ほど実定法上の定義は今のところないと申し上げましたけれども、今後大いに検討していく必要があろうと考えております。
○浦井委員 今後大いに検討されるのはそれは結構だし、いろいろな地方から、病院でも難しい、といって老人ホーム、特養ホームでも難しい、だから中間を、というような声はあることは事実なんですよ。しかしどうもその概念がはっきりしない。この事業団の、高齢者の場合で言いますと、医療機関でなければ、しかも特例許可病院以上でなければならぬということであれば、別にナーシングホームでないわけですし、病院ですし、そこがよくわからぬのですが、検討されて、いつごろ、どんな格好で結論が出るのですか。
○吉崎政府委員 今の段階では、ナーシングホームは病院の一つの形として融資の対象になるわけでございます。これはやはりそれぞれ病床の整備状況等によりまして、融資の対象にしたりしなかったりする場合があるわけでございますから、そういう意味でこのナーシングホームの充実を図っていこう、こういうことであります。 そこで、これがいつ、どのような形でということでございますけれども、お話しのございましたように非常に大きな問題だと思うわけでございまして、検討に今着手をいたしておりますが、いつ、どのような形でというのは、その検討の結果でございますので、ちょっと今お答えいたしかねる次第でございます。
○浦井委員 終わりますけれども、私が危惧するのは、そういうナーシングホーム、私も率直に言ってどういう概念がよくわからない面があります、そういうものが必要だというふうには思うのですが、すぐに思い起こされるのは、私はアメリカへ行ったことはないんですけれども、アメリカのナーシングホームというのが、医師が形だけおって、そしてチェーン化されて、ある特定の企業とかあるいはそういう特定の人物のもうけの対象になって、非常に社会問題になったということが思い起こされるわけでありますし、それと、今参議院で審議をされておりますけれども、この間の健康保険のいわゆるあなた方の言う改正案でも特定療養費の問題が出てきますし、老人保健法でも、老人病院でその中に特例許可病院、許可外病院というような格好で、何か病院を輪切り選別するような格好で、全体としては日本の医療の低下を招くような格好になりはせぬだろうか、そういうことを非常におそれるわけです。あなた方が出しておられる医療法の改正の地域医療計画にもそういう気配があるわけで、それとこれとが結びついていくと、何かでき上がってみると、日本の医療がまさに官僚統制の格好になってしまって、患者や国民の要求はもうどこ吹く風というような危惧を感ずるわけです。 ひとつ、そういう点で大臣、何かお答えがあれば今の時点でのお答えもいただきたいと思いますけれども、そういう危惧があるということを私は指摘しておきたいと思います。
○吉崎政府委員 我が国の医療の水準を高めるために、私ども実は大いに努力をしておるのでありまして、ちょっと私としてはお言葉は心外なのでありますが、しかし、まことに低めるようなことがあっては、これはもう私ども何のためにやっているのかわからぬわけでございますので、一層国民の需要に的確にこたえられるように、これが先生のおっしゃいましたようになりますように、最善の努力を払う所存でございます。 ――――◇―――――
○愛知委員長代理 内閣提出、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 これより質疑に入ります。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大原亨君。
○大原委員 戦傷病者戦没者遺族等援護法は、昭和二十六年に制定をされまして、二十九年に恩給が抜け出したわけですが、そこで、軍属と準軍属を対象にしました援護立法であるわけであります。 限られた時間ですから、この法律案の問題点を的確に質問いたしまして、的確な御答弁をいただきたいと思うのです。 第一の問題は、戦争中、大臣は若いから承知されているかどうかわからぬが、大久野島の毒ガス工場があったわけであります。軍の工場がありました。これは御承知のように、その当時の地図からは大久野島というのは抹殺いたしまして、毒ガスの製造をいたしたわけです。そこには御承知のように数千名の人が働いておったわけです。その中には、軍属やあるいは準軍属に相当する人々がたくさんいたわけであります。したがって、厚生省援護局との関係も出てきておるわけでありますが、その大久野島で働きました毒ガス製造に伴う障害、後障害、こういうものを中心とする対策につきましては、これは御承知のように予算上の措置でやっておるわけであります。この予算上の措置でやって、数千名を対象とする特別のグループでありますけれども、それでずっと今まで続いてきておるわけであります。 大体、日本の政治制度の中で予算上の措置だけでこういうものがこんなに長く続けられるものかどうか、これはやはり早く法律にすべきではなかったのかあるいは今日でもすべきではないのか、こういうことですが、なぜ予算上の措置だけでやってきたのか。こういう点につきまして、これは大蔵省の主として所管ですが、お答えをいただきたいと思います。
○坂本説明員 お答えいたします。 ただいまの御指摘、私どもは、旧令共済組合員に対しまして御指摘のように予算上の措置で講じておりますが、これは当時、旧令共済組合員が公務上の障害を受けたということに対して、事業主としての負担をするというそういう延長線で予算上措置をしているということでございます。
○大原委員 お話しのように、陸軍の毒ガス工場でありましたから、これを指揮しているのは現役の軍人であります。その他現役の軍人では憲兵もたくさんおったわけですから、そういう人々も後障害を受けていると思いますが、それは恩給法上の問題を中心で処理している。工場の軍属として採用された者が、陸軍工場の言うなれば今のお話しの軍属であったわけであります。その軍属は旧令共済の適用があったわけですから、そこでその延長として考えたということであります。しかし、延長で考えるにいたしましても、共済組合法上は言うなればその延長線は労使の負担する組合費が中心ですから、特別の国庫負担を導入するということになりますから予算上の措置だということになるわけですが、しかし、普通の共済組合では想定できないような毒ガス障害があるわけですから、これはお答えになっていないと思うのです。 もう一つの側面は、厚生省の関係ですが、準軍属と言われる人々の中に徴用工があります。国家総動員法で工場で徴用された人があります。軍属と一緒に働いた人です。動員学徒がありますし、女子挺身隊があります。その他は、戦後の毒ガス工場の経過といたしましてはいろいろとがたがたいたしましたが、それを処理をした人がございます。これは民間企業が委託を受けてやったのですが、しかし、毒ガス業務をやったということで、準軍属に準じてやっておるというふうに思うわけです。その申し上げた範囲は厚生省の範囲であると思うのですが、そういうふうに考えてよろしいか。
○大池政府委員 ただいま先生のお話しにございました大久野島にかかる動員学徒等の方々につきましては、御指摘のようなことと了解いたしまして、私どもも、旧令共済組合員の一般障害者に対する措置に準じた対策を講じているところでございます。
○大原委員 その対象者は何人くらいいますか。
○大池政府委員 その措置の中におきまして、健康管理手帳を交付しておる方の数が一番大きい数字でございます。それを申し上げますと、五十九年の三月におきまして二千五十二名になっております。
○大原委員 これは両方一緒ですか。
○坂本説明員 旧令共済組合員として私どもでやっている数は、認定患者が六百七名でございます。それから一般患者が千八百三十五名でございます。
○大原委員 もう一個聞きますが、旧令共済法上の軍属、その系列に属する人が幾らで、それから、言うなれば今審議をしております援護法の対象となるようなそういう身分関係の人が何人、こういうふうに分けて答弁してください。
○入江政府委員 工員の中でございますが、徴用工が六名、動員学徒、女子挺身隊、要するに準軍属になるのが二百九十二名ということになっております。
○大原委員 それでは、予算措置としてやられましたこの毒ガスに関する対策上の対象人員は何名ですか。
○坂本説明員 私ども旧令共済組合員として措置しているものは、先ほど申し上げましたように、認定患者六百七名でございます。それから一般患者といたしまして千八百三十五名、これを予算上措置しているところでございます。
○大池政府委員 動員学徒等に関しましての予算上の措置として対応しておりますのは、先ほど申し上げました二千五十二名でございます。
○大原委員 大臣、今の答弁のように、一つの予算上の措置をやっておきまして、そして大蔵省の旧令共済を管轄しておる共済課が分担しまして、主計局の共済課が分担しましてそこの対象をやっておる。厚生省もやっておる。そういうことは二十八年以来ずっと積み上げてきて今そういう現状にあるわけですけれども、それを何とかひとつ整備をして、そしてきちっとしたまとまった法体系にしろ、あるいは管轄にしろ、そういうふうにする方がいいのではないか。予算の出どころが違うというわけでしょうけれども、そういうことが行政改革ではないかと私は思うのです。大臣に直接答弁してもらうということではありませんけれども、この問題は、私はひとつ問題ではないかというふうに指摘をしておきます。 それから、毒ガスの予算上の措置でやっているのは、原爆二法案と非常によく似ているわけです。これは放射能障害と毒ガス障害は似ているわけですけれども、しかし、予算上の措置としますとよく似ているところがあるけれども、例えば認定患者とかいう話が今ありましたように、一般患者とかあるいは健康管理手当とか特別手当とかというふうなものはよく似ております。ただし、例えば原爆二法案との関係で違っておるのは、よく言われる関連疾病というのがあるのですが、原因と結果、因果関係が明確なものは認定患者でありますが、そうでない疾病につきまして、つまり毒ガスの場合にはかんが多い、あるいは呼吸器系統の病気が多いからこれは認定する。しかし、原爆の場合に放射能障害を受ける、あるいは原爆を受けた場合には治癒能力が劣っておるから、一般的な疾病に対しましても保険の残りを負担するという仕組みになっておるわけですが、毒ガスの場合はなっていないわけです。これは、毒ガスの患者の人々や現在そこで働いておる人々が、非常に何といいますか不満を持っておる点であります。 これは二つの法にまたがっておりますからなかなか難しい問題でもありますが、法律なしに、運営しておるわけですから、法律なしにこんなに長く予算上の措置で運営できるのかということが私はひとつ問題であるという点は指摘をいたしましたが、そういう点で改善の余地があるのではないか。一つの点を取り上げましたが、この点についてだれでもいいから的確なお答えをいただきたいと思う。
○坂本説明員 お答えいたします。 私ども、旧令共済組合員をそのまま承継した国家公務員共済組合連合会が行う事業としては、やはり当時の公務上の障害ということでございますから、事業主としての国が連合会に承継いたしまして、ここで予算上措置をして実施するということで支障はないのではないかと考えております。
○大池政府委員 学徒動員等の方々に対します予算上の救済措置でございますが、先生も御案内のとおり旧令共済組合員に準じての諸措置を講じておるところでございますが、完全に両者が同一ということではございませんで、従事いたしました期間も、いわゆる毒ガスの製造を中止した後に、学徒動員等の人がその島に入って風船爆弾の何か張る作業などを中心にやっておったというような話として承っておりますし、また、その毒ガスの製造に直接従事していなかったというような方が大部分であるやに理解しているわけでございます。このように作業内容、従事内容等にも差があるというようなことが背景にございます。 それからまた、現段階面におきまして、御承知のとおり十年越しの専門家による医学的な研究ということで、そういった対象者の方々の健康診断、健康管理を精力的に続けておるわけでございますが、特に、直接従事しておられた方と学徒動員ベースの方々と同じような病気が発生しているというふうには認められないという専門家の一致した意見ということでございますので、それぞれ独自の予算措置ということで対応させていただいておるわけでございます。
○大原委員 私が言っておるのは、例えば毒ガスというのはホスゲンとかイペリットとかいうびらん性のものもあるわけですが、しかし、これはがんとか呼吸器系統に対しては影響がある、がんの発生率が高い、あるいは呼吸器系統が侵されるというふうなことは体の中心的な機能が侵されるのですから、毒ガスと直接因果関係がなくても、関連疾病が発生いたしましたら治癒するのが、その人は治癒能力が劣っているということは事実ですから、無差別一律にということではありませんけれども、これは仕事の種類によりましてはやはりそういう問題を配慮することが必要ではないか、こういう点を私は指摘しておきます。 質問を進めてまいりますが、厚生省がやっておる分野の言うなれば準軍属の分野ですが、国家総動員法、徴用工や動員学徒等の問題、女子挺身隊の問題ですが、そういう人々は今審議をしております現行援護法の適用の対象になるのかどうか。
○入江政府委員 今の御質問は、大久野島て毒ガスの製造に従事していた人間の中には、これまでのお話しにありましたように共済の対象になります内地軍属に該当する方と、あと国家総動員法に基づいて軌員されたいわゆる準軍属とあるわけでございますけれども、この前者の内地軍属も援護法上は準軍属ということでとられますので、援護法の処遇の対象になることになります。
○大原委員 だから、すべて毒ガス島で働いていた人の軍人軍属、準軍属は現行援護法の対象になる、よろしいですね。
○入江政府委員 そのとおりでございます。
○大原委員 そうすると、毒ガスとかそういうものの障害、後障害については予算上の措置でこういうふうにしておって、原爆二法に近いような形で措置をしている。しかし、国家補償の精神による現行援護法の措置から言うなればその法律も適用されている。そうすると、遺族年金とか弔慰金とかそういうものも適用になっている、こういうふうに考えてよろしいか。
○入江政府委員 建前としまして、要するに援護法の内容は、御存じのように遺族年金と障害年金でございますから、その要件に該当する場合には援護法の対象になるということでございます。 具体的に言いますと、障害なんかの場合は一定程度以上の障害がございませんと障害年金の対象になりませんが、そういう意味で建前としては対象になるということでございます。
○大原委員 実際に適用されていますか。例えば亡くなった場合には遺族年金とか遺族給与金とか、こういうように適用されていますか。
○入江政府委員 障害者につきましては、大久野島で縦事しておりました動員学徒から七件、障害年金の請求があったわけでございますが、ただいま申し上げましたように、いずれも第五款症に至らない、障害が軽いということで却下されております。ただ、遺族年金の方につきましては、その遺族年金の給付の原因、要するに毒ガス障害で亡くなられて遺族の方が遺族年金をもらっているかどらかという原因別の統計がございませんので、ちょっと私どもとしては把握しておりません。
○大原委員 例えば今答弁にあったけれども、認定患者、原因、結果が明らかな病気になっている人、がんとか呼吸器系統が多いのですが、そういう人々が亡くなった場合には遺族年金や遺族給与金の適用はありますか。
○入江政府委員 現にその障害の年金の方で、大久野島ではございませんけれども、旧海軍の相模工廠等において毒ガス製造に従事していた方につきましては、要するに四款症ということで障害年金を裁定しておるわけでございますから、そういう方が亡くなれば当然遺族、何といいますか、要するに援護法の対象になるわけでございます。
○大原委員 僕が言っているのは、そういう障害者じゃなしに、その毒ガス製造の後遺症のために病気になって死んだ人、今お話ししても数百人いるでしょう、そういう人はならないのですかと聞いているのです。
○入江政府委員 先ほど申し上げましたように原因別の遺族年金の過去の実績がわかりませんので、具体的には申し上げられませんが、恐らく対象になっている方がおられるのじゃないかと思います。
○大原委員 つまり申請があって、その審査の結果によっては当然対象となる、これが法律の建前である、そういうふうに考えてよろしいか。
○入江政府委員 そのように考えてよろしいかと思います。
○大原委員 大臣、これでこの項目を終わるのですが、大正十四年六月十七日に、ジュネーブで作成された「窒息性ガス、毒性ガスはこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」、日本はずっとおくれておりますが、昭和四十五年に批准しております。それから、軍縮三条約の一つである「生物兵器及び毒素兵器の開発、生産、貯蔵の禁止、廃棄に関する条約」、これも批准しております。国内法もつくっている。これは戦争中、大久野島という地図も全部抹殺して、これを秘密にして毒ガスを、数千名を使って軍が指揮をして軍の工場としてやった。そういうことのために、表面化すると言うなれば国際的に恥部をさらけ出すことになるということで、非常に部分的に改定の努力をいたしましたけれども、二つの省に分かれて予算上の措置ということでつくろってきたわけです。しかしながら、このことは国際的には知れ渡った事実ですから、これから毒ガスを製造しようというのではないのですから、その反省に基づいて、法律の適用についてはぴしっと整備をして、被害者が言うなれば公平な国の補償が受けられるような措置をとるべきである、そういう点については今後さらに一層努力をしてもらいたい、こういうふうに思いますが、大臣、いかがでしょうか。
○渡部国務大臣 今の先生の数々のお話をお聞きいたしまして、私も、先ほど先生からお話しがありましたように、中学一年のときに終戦を迎えたような若者でございますので、今さらながらに戦争というものの人間性を抹殺するそら恐しさに、胸を痛めて今のお話を聞いておったのでございますが、考え方としては、先生の今までのお話、これは全く同感でございます。 ただ、今聞いておりまして、いこれは大蔵省の所管にかかわる問題と、また徴用工等の問題で私の省にかかわる問題とに分かれていろいろ施策を講じておったようでございますので、私の一存で、立法化の問題について今ここで明確な答弁を申し上げるのはお許しいただきたいと思いますが、先生の御趣旨の方向で勉強をさせていただきたいと思っております。
○大原委員 毒ガス工場に従事した人は、直接そこにいなくても、後でいろいろ話を聞いてみますと、女の方も女子挺身隊その他がいたのです、女学生や小学生が。例えば胸のわきとか陰部とか、そういうふうなところに局所的な障害が出てくる、特に皮膚のやわらかいところに出る。そういうことで、ずっとそういう症状を耐えてきておるわけです。ですから、そのことにかなり早く手をつけて、原爆は昭和三十三年に医療法ができて、四十三年に特別手当等の措置法ができているが、これは二十八年にできたわけてす。ですから手をつけたのは早いわけですけれども、中は非常にがたがたして、法律の関係がよくわからないままで来ておるという状況ですから、ぜひそれらを整理をして、法の適用に遺憾のないようにしてもらいたいということを要望をいたしておぎます。第二の問題は、昭和五十四年に日赤の救護看護婦千百名、それから昭和五十六年に旧陸軍の従軍看護婦約千百名、それらが一時金といたしまして、勤務年数によりまして十万円から三十万円までの六段階の慰労金をもらっている、こういうことであります。慰労給付金というわけです。これも予算上の措置であります。ただし、この方々は、今申し上げましたように軍属、日赤の救護看護婦にいたしましても陸海軍の従軍看護婦にいたしましても、それぞれ命令を受けましてそして前線に出たのであります。そして慰官待遇とか下士官待遇、兵待遇ということでありますが、兵並みで十万円から三十万円の慰労給付金を昭和五十四年及び五十六年以降給付されているわけであります。 それと援護法との関係は、これはどういう関係があるのかという議論をいたしますと、そうするとまた、法律論でやらなければならぬし、時間がかかります。それで、十万円から三十万円は兵の恩給を頭に置きながら当時設定したと言われるのですが、これをずっと金額を変えないで今日まで来ておるのはどういうことか。慰労給付金というものは一体法律的にどういうことなのか。この二つの点につきまして総理府からお答えをいただきます。
○榎本説明員 お答えいたします。先生御案内のように、旧日赤救護看護婦及び旧陸海軍従軍看護婦に対する慰労給付金は、女性の身でありながら、軍の命令により、戦地、事変地に派遣されて、戦時衛生勤務に従事したという特殊事情を考慮して、特別にとられた措置であります。これによって所得の保障を図るという年金的な性格ではないと考えておる次第でございます。厚生年金のように物価スライドをするということにすると一定の生活水準を保障するということになり、恩給のように公務員給与にスライドするということにすると老後の所得を保障するということになって、慰労給付金はこれによって所得の保障を図るという年金的な性格を有するものではないというその基本的性格に合わないように考えております。したがいまして、慰労給付金の増額は非常に困難である。以上のように、慰労給付金の性格を考慮しつつ、引き続き検討することといたしたいと思っております。
○大原委員 「女性の身でありながら」というのは何ですか。「女性の身でありながら」というのはどういうことだ。
○榎本説明員 戦時中は、戦争をするということで、銃を持つということは男性だけで行われていたわけでございますので、そういうことで、女性の身ということに着目して慰労給付金を支給するということになったわけであります。
○大原委員 これは、法律の適用の中には、準軍属の第二号の「戦闘参加者」の中には女性はちゃんといるよ。「女性め身でありながら」というのは何だ、どういうことだ。逆に、女性として戦争に従事をしたのでしょう、それだから慰労金だ、こういうのでしょう。慰労金であって年金ではない、こういうのです。しかし従軍看護婦というのは、本人の意思ということが一つの動機であったかもしれない、病院で勤務しておって。しかしながら、何人出てこい、何人出てこいということで数千人の人が行ったわけでしょう。そして、行ったならば、軍の命令下にあってちゃんと戦闘行動をやったわけでしょう。日赤がある分野を分担してやったというときの場合は国際法の問題があるかもしれない。しかしながら、軍の看護婦さんの場合等は明らかに軍属じゃないてすか。だったならば、恩恵的なものであるからとかう――私が質問しないよけいなことまで、スライドの問題まで触れて理由を言われたけれども、そういう理屈のづけ方というのはおかしいじゃないでしか。初めから終わりまでおかしいのじゃないかな、あなたの頭は。
○榎本説明員 この制度ができる五十四年でございますが、それ以前に、救護看護婦あるいは従軍看護婦について恩給法の適用をしろという陳情、御要望がございました。しかし、恩給法は官吏あるいは軍人に対する措置でございますので、救護看護婦あるいは従軍看護婦については恩給法の適用は困難であるということを踏まえまして、現在の措置をしているわけでございます。
○大原委員 あなた、頭の中もおかしいよ。よそを向いて言っている。これは軍人でなかったら準軍属です、明らかに。軍人じゃないというのだったら準軍属じゃないですか。
○榎本説明員 救護看護婦も従軍看護婦も、現在の援護法では軍属という取り扱いになっております。
○大原委員 そうすると今度は、この方は遺族年金とか障害年金の場合には現行援護法の適用になりますね。
○入江政府委員 そのとおりでございます。
○大原委員 そこで、生きている方で、勤務の年数によって、戦地加算をして十万円から三十万円の六段階の慰労給付金を出した、これは兵並みの年金である。しかし、出したその趣旨から言いまして、スライドとかなんとかいう制度ではなしに、ずっと終始、五十四年と五十六年ですけれども同じ金額をいうことは、貨幣価値が毎年毎年下がっておるわけですから、その貨幣価値を維持する措置は、やはり慰労金を出す精神からいってもそういう措置はとってもいいんじゃないでしか。これも予算上の措置でやっておるからこういうことになっているんだと思うのですけれども、そういう点については私は公平な措置をとるべきだと思いますよ。 大臣、内閣委員会でもこれは議論になりまして、決議になっておるそうです、附帯決議が何かあるそうですが、これはここでは準軍属として援護法の適用になるのですから、その人々に対して慰労給仕金は兵の恩給を考えて措置をしたわけですから、価値を維持することだけは、スライド制ということをやるかどうかは別にいたしまして、適正な措置をとるべきである、こういうふうに思います。国務大臣である渡部さんの監視下で、ひとつ総理府、どうです。最後の答弁。
○榎本説明員 御答弁の繰り返しになりますが、この慰労給付金の性格をいうものを考慮しながら、今後引き続き検討してまいりたいと思います。
○大原委員 それでは、この前の国会で附帯決議が出ておるわけですが、附帯決議をやりまして、そして大臣がいろいろと答弁になりますね、きょうも御答弁になりましたが。大臣は長く大臣をやっておってもらいたいですよ。もらいたいですが、答弁をされましても、大臣がやめられると後はなかなかやらないですよ。できないこともあるかもしれないし、難しいということもあるでしょう。この附帯決議に関係しましてひとつ答弁をお願いしたいと思うのですが、第三項に「第二次大戦末期における閣議決定に基づく国民義勇隊及び国民義勇戦闘隊の組織及び活動状況等について明確にするとともに、公平適切な措置をとり得るよう検討すること。」、この第二次大戦末期の閣議決定に基づく国民義勇隊及び義勇戦闘隊の組織及び活動状況を、その後明確にいたしましたか。
○入江政府委員 今の附帯決議の中で国民義勇隊、これは御存じのように準軍属として援護法の対象になっているわけでございますが、国民義勇戦闘隊につきましては、当時、現実に何といいますか軍の要請に基づいて軍事行動を行ったというような事実が認められませんので、援護法の準軍属として処遇するということは適当でないというふうに考えております。
○大原委員 全然頭が進歩してないのですね。私が質問したことに答えていない。まあ時間がたつから、繰り返しになるけれども、当時義勇戦闘隊を閣議決定でつくったのは、一つは船舶があるのですよ、それから鉄道があるのですよ、それから電信電話、通信があるのですよ、はっきり言って戦闘隊には。しかしながら、私がはっきりしてもらいたいと言っておるのは、準軍属の中の先ほど指摘をいたしました第二号「戦闘参加者」、大臣、これは沖縄のことを言っているのです。前の質問をもう一回する前に、沖縄の戦闘参加者というのはどこを区切りにして戦闘参加者の認定をしているのですか。答弁をしてください。
○入江政府委員 昭和十九年十月十日以降を区切りとして、適用の対象にしています。
○大原委員 なぜそのときを区切りにして戦闘参加者を準軍属として扱うことにしたのですか。
○入江政府委員 沖縄戦におきましては、十九年の十月十日以降空襲が激化した、要するに何といいますか沖縄の本島が戦場と化したというふうな理解でございます。
○大原委員 牛島中将が遺言を残して自決をしたのはいつですか。
○入江政府委員 私の記憶では二十年の六月二十三日、今沖縄で慰霊の日を毎年行っておりますが、六月二十三日というふうに承知しております。
○大原委員 大臣、第十次沖縄空襲から本土の補給が途絶えまして、そして年が明けましたならば、現地の沖縄だけでやれということを命令したのです。そして、私が言っているのはどういうことかといいますと、昭和二十年の六月に沖縄も陥落した。沖縄にもB29の飛行場ができる、そういうことがはっきりしてきた。これを奪回するためには、一個師団の兵隊を送るために三個師団の消耗を考えなければいけない、それはもうできない。そこで、いよいよこれは似南の島等、サイパン島はもちろんですが、中国からもそうですけれども、沖縄が向こう側の前線基地になったからいよいよ今度は本土決戦をやるのだということで、二十年の六月に臨時帝国議会を開きました。 そして、問題だけ指摘しておくのですが、そのときに義勇兵役法というのを国民義勇戦闘隊とは別につくりまして、今の総理府の答弁とは違って、女性も男性も国民義勇兵役に服する義務を課したわけです。その法律は可決になりまして実行されているのです。 もう一つは、国家総動員法をさらに上回る戦時緊急措置法をつくった。これは物の動員です。自民党の今の内閣が、緊急事態で有事立法をつくっておるときにやっておるかどうかわかりませんが、これはひどい法律であります。これは秘密帝国議会でありまして、議員だけしか見れない議事録があるわけです。政府の答弁は、法律はできて施行されたけれども実施をされてない、こう言って、それこそ展理屈を垂れてきたわけであります。しかし、その法律というものは、施行されましたならば、国防婦人会であろうが、愛国婦人会であろうが、翼賛会であろうが、あらゆる総動員関係、防空法関係、地域防空法、職域防空法、全部に網をかぶせて、そして空挺隊とか艦砲射撃とか敵前上陸があったならば、本土決戦で官民を問わず一緒に攻撃する仕組みになっておるわけです。議事録を見ればわかるのです。 しかし、このことは早くから、戦傷病者戦没者援護法をつくって、恩給法はまた復活いたしますけれども、そういうことで自衛隊をつくる過程の中で、どこかに線引きをして国家補償め援護をしなければならぬということで、その国会の法律や議事録は抹殺したわけです。政府はこれは戦後に、おきまして抹殺したわけです。だからその間の、いよいよ東京空襲も受けて、沖縄も放棄をして、本土は丸裸になって、本土決戦をやるという段階では、これは沖縄の戦闘協力者と同じような状況じゃないかと私は言うわけです。私が指摘しているのは、戦闘員も非戦闘員も差はないではないか。その場合には、原爆を受けた人もその差はないということであります。そういう状況を考えて、やはり援護法も適用を拡大すべきではないか。これは一つのアプローチの仕方であります。方法、一つの論理であります。そういうことを言っておるわけであります。その実態を明らかにしなさいというのがこの第三項目の決議であります。 私が言ったことについて反論があれば言ってください。
○入江政府委員 反論ではございませんが、私が理解していることを申し上げますと、確かに義勇兵役法が施行されまして、細かくなりますけれども、この義勇兵役法によりますと、十五歳から六十歳までの男子と十七歳から四十歳までの女子は、義務召集があった場合にはそれに応ずべき要するに義務が課せられたわけでございます。そのようにして本土決戦に対する準備態勢が整えられたわけでございますが、実際にこの義勇兵役法に基づきます義勇戦闘隊というのが編制されましたのは、先ほど御指摘になりました職域におきます鉄道義勇戦闘隊、これが二十年七月二十三日に編制されておりまして、そのほか船舶の関係でございます。職域についてはその義勇兵役法に基づきます戦闘隊は編制されているわけでございますが、それ以外は、幸いにして本土が戦場と化さなかったという事情もございまして、地域的にはこの国民義勇戦闘隊というのは発動がなかったというふうに私ども理解しております。
○大原委員 私、これ以上言いませんけれども、大臣も毎回かわられるものですから一通りは言っておかなければいかぬと思うのです。一人でも多く理解してもらわなければいかぬ。 議事録を見ればわかるのですが、そういう政府の答弁ではなくて、那須という兵務局長が出まして答えているわけです。当時森田重次郎さんとか亡くなった永山忠則さんとか保利茂さんとかがずっとおる。そのときに兵務局長が言っておるのは、この法律は一人一人の人に召集令状を出すんじゃありませんよ、この地域が戦闘状況になったならば、軍が知事や市町村長の自治体の長を指揮いたしまして、それぞれ職場の既成の組織に対しまして網をかけて、この地域は戦闘状況に入ったから出てこい、こういうことでやるんですよ、一々命令なんか出しません、召集なんかしません、そういう法律なんです。僕もずっとやかましく言って、昭和四十九年から準軍属に警防団と医療従事者を入れましたけれども、それはそういう法律の建前ではないわけです。それは軍と内務大臣がけんかしていますよ。していますけれども軍が勝って、そういう本土決戦の態勢をとったんですよ。本土決戦の状況ですから、こういうことで法律の浸透があった状況の中において、原爆を受けたし一般空襲も受けています。ですから、線引きをするとすれば義勇兵役法が実施されたときだ。第二号の準軍属の中の戦闘に協力したとして、沖縄では民間人は恐らく六歳くらいの子供から準軍属に入れている。ですから、そのことにほおかぶりしたわけですよ。途中で、検討しておったんだけれども、ずっと出てくると、戦犯の容疑者につながるというようなこと等がありまして占領中隠したわけです。それがずっと続いているのを話したわけですが、そういう関係を明確にすべきだという点だけ指摘しておきます。それ以上のことを言いましても、これは時間が惜しいですから。 その次に、やはり同じ附帯決議の中におきまして、いろいろあるので飛び飛びでありますが、第五項に「慰霊巡拝等については、更に積極的に推進すること。」というのがありますね。例えば遺骨収集ではなくても、中国では旧満州――私はたまたま戦争中あそこにおったものですが、戦争に負けましたら、関東軍や独立守備隊というのが全部橋なんか壊して逃げたんですよ。それで開拓団とか残っておる一般の人は、匪賊に出会ったり混乱状況に出会ったり、いろいろな戦闘に巻き込まれて死んだりしたわけです。遺骨収集ということをやりますといろいろな地域の感情というものもあるでしょうが、慰霊巡拝等については線香を手向けたいという気持ちがあるんですから、国交が正常化した中国においては、そういうことについて政府としても努力すべきであるということが議論になりまして、若干の成果は私はあったと思うのですが、この慰霊巡拝の現状は中国の問題についてはどういうふうに措置をしているか、お答え願いたい。
○入江政府委員 お話しのありましたような中国東北地域の慰霊巡拝といいますのは、御遺族の方はもちろん、日本国民の長い間の念願であったわけでありますが、昭和五十五年になりまして、中国政府の好意的な配慮によりまして、初めて日本政府によります慰霊巡拝団というものが認められまして、五十五年五月に、遺族代表による慰霊巡拝団を派遣しまして、現地で慰霊祭を実施したわけでございますけれども、現地でその慰霊巡拝を行うことにつきましては、要するに、過去の不幸な歴史に対する中国国民の感情を刺激するというような配慮もございますので、慎重に対処する必要があるわけでございまして、その後中国側の関係機関の意向というものも踏まえまして、昭和五十六年度以降は政府派遣という形じゃございませんで、一般観光ルートの手続によりまして、友好訪中団という形で、関係遺族によります慰霊巡拝を行っているのが現状でございます。
○大原委員 附帯決議の第六に、「生存未帰還者の調査については、引き続き関係方面と連絡する」とあるのですが、その中で、ソ連地区が何名で、朝鮮民主主義人民共和国、北朝鮮の地域は何名、生存と大体推定される人がいますか。
○入江政府委員 私どもが持っている資料で、本年の七月一日現在で申し上げますと、未帰還者のうち、ソ連地区では百七十六名、そのうちソ連本土が二十九名、樺太(サハリン)が百四十七名、北朝鮮は八十三名ということになっております。
○大原委員 北朝鮮とありましたが、八十三名はどういうことで確認をしてきたのですか。それから、これについてはどういう生存未帰還者についての措置を政府としてとっているのですか。
○入江政府委員 この未帰還者のありました場合には、こちらから帰国の意思があるかどうかということを確めまして、帰国の意思のある方が帰国されるということになりますと要するに援護を行うわけでございますし、帰国される意思がないという確認をされますと未帰還者数から落とすというような整理を行っております。そのほかに、また新たに未帰還者がいるという情報がありますとそれは未帰還者数に加える、そういうことで、資料を要するにプラスマイナスしながら整理を行っているということでございます。
○大原委員 朝鮮民主主義人民共和国の場合にはどういう確認の方法をとったのですか。
○入江政府委員 北朝鮮の八十三名は家族からの届け出でございます。
○大原委員 そういう人は生存確認をされているのですか。
○入江政府委員 実は、北朝鮮の関係は御存じのとおり国交がございませんので、昭和五十三年に国会議員の代表団があちらに参りましたときに、未帰還者名簿を向こうに渡しましてその消息調査をお願いしたわけでございますけれども、その確認といいますかその調査についての北朝鮮側の対応というのは、現在までないというのが現状でございます。
○大原委員 そういう問題は、国交あるなしにかかわらず、人道上の問題ですから、やはりやるべきことは政府としてやるということは、当該の日本人のそういう人に対する祖国の責任でもあるわけです。ですからその問題についてもやってもらうということと、もう一つは、これはこの項目とは違いますが、戦争中に捕虜になりますと、戦陣訓等がありまして、それは郷土に帰れぬというような先入主がこびりついておったわけですね。これは今までもいろいろな例があるとおりです。そういう捕虜に対する扱いについて、援護法の適用とか恩給法の適用とか、そういう問題については今日は問題ありませんね。
○入江政府委員 捕虜になったということで援護法の適用をどうこうするということはございません。
○大原委員 それは処罰を受けることはないだろうけれども、実際上、国家補償のそういう施策については平等に行われているのですか。
○入江政府委員 そういう場合は、準軍属に特別未帰還者というのがございますが、それに該当して、要するに援護法の対象になるということでございます。
○大原委員 この七項目の問題については私は繰り返して申し上げませんが、「中国帰国孤児定着促進センターの運営の充実強化」等については、引き続いてぜひひとつ努力をしてもらいたいと思います。 八のところで「日本国籍を有していた旧軍人軍属等」というのは、これは台湾の問題を含んでおると思うのですね。朝鮮半島の全体の問題を含んでおると思うのですが、これについては現在どういう見解ですか。
○入江政府委員 御存じのように、援護法は恩給法と同様に国籍要件というのを設けております。したがいまして、援護法におきましては旧台湾あるいは朝鮮の方々というのは適用の対象になってないわけでございますが、これらの方々の補償の問題と申しますのは、要するに、我が国と相手国との請求権問題の処理と密接な関係があるわけでございまして、これらの問題の処理が先決じゃないかというふうに考えているわけでございます。また、旧台湾籍あるいは朝鮮籍の旧軍人軍属の処遇といいますのは、御存じのように、均衡土地に波及するというような問題もございまして、非常に難しい問題ではないかというふうに考えております。
○大原委員 またもとへ戻り、法律の関係に帰りますが、準軍属の中には、一号としては被徴用者、二号は戦闘参加者で、三号は国民義勇隊、四号は開拓義勇隊員、これは最近問題になりました。五号は特別未帰還者、六号が準戦地、準事変地の被徴用軍属、第七号の防空監視員と防空従事者は、いろいろ長い間、議論いたしまして、昭和四十九年に準軍属として援護法の対象にしたわけですが、その適用の大体の実態をお答えください。
○入江政府委員 五十八年十二月末で申し上げますと、防空監視員で障害年金をもらっている人間は十名、遺族給与金をもらっている人間は二十五名となっておりますが、これは五十八年十二月末現在でございますので、過去からの累積で申し上げますと、障害年金が十一名、遺族給与金が四十九名となっております。なお弔慰金は四十九件ということでございます。 次に防空従事者、これにつきましては遺族年金が六十六人、遺族給与金が千二百六十二人ということになっておりますが、防空監視員と同様累計で申し上げますと、障害年金が百四名、遺族給与金二千六百四十四、弔慰金が二千六百四十四ということになっております。
○大原委員 地域的には、例えば東京、大阪とかいう地域、それから広島、長崎、そういう地域的な分布はわかりますか。
○入江政府委員 申しわけございませんが、地域的な統計はとっておりません。
○大原委員 それはもちろん地域的には広島、長崎だけではないわけでありまして、大空襲があったところは警防団、医療従事者は入っているわけですね。 準軍属は、総動員法関係が一つあるわけです。それから、もう一つはこれは防空法の関係があるわけです。防空法の関係は内務大臣が従来からやっておったわけです。本部長は内務大臣であります。防空法の関係は、最初は法律が出ましてからずっと長い間、これは準軍属としては扱わなかったわけです。なぜかというと、防空法は自分の財産を守るボランタリー活動である、自発的な活動であるから、国は被害について責任を持たぬというような理屈を立てたわけでありますが、しかしながら、戦争が厳しくなるに従いまして防空法の関係の警防団、医療従事者その他も、防空業務に従事すると一緒に戦闘業務に従事する、こういう配置づけが閣議決定でなされたことがはっきりいたしまして、準軍属にしたわけです。しかし、このことをずっと広めてまいりますと、職場と地域で、隣組で防空隊を全部つくったわけです、地域におきましても職場におきましても防空隊をつくりまして、そして、これは自治体を通じまして軍が指揮をしたわけであります。だから、警防団とか医療従事者に限定することは実際はできないわけです。それをずっと延ばしていきましたら全国民になってしまう。そうするとその面からも線引きが崩れていくということになりましたので、警防団でとどめた、医療従事者でとどめたわけであります。ですから、法律の体系からいいますと、そういうところに問題が残っておったということを今まで指摘をいたしました。しかし、予算も非常に厳しくて限界のあるときですから、そうやたらに広めていけばいいというものでもないわけですけれども、戦争状況が激化いたしますと戦闘員と非戦闘員の差はなくなったことは事実でありまして、ですからこの法律で線引きをするということは非常に難しい点がある。当時の国民感情からいいましても難しい点があるということでありました。ですから、こういう問題は、特に不公平であるというものについては取り上げて修正をしていかなければならないというふうに私は思います。 長崎医大の学生、あなたは知っていますか、長崎医大の学生を援護法の対象としたことがありますが、その実態についてお答えください。 〔愛知委員長代理退席、委員長着席〕
○入江政府委員 長崎医大の学生は、防空従事者の対象に入っております。
○大原委員 その防空従事者というのは、今私が説明したとおり防空法によるのですが、その中で警防団という精鋭組織があった、中核組織があったのですが、防空従事者というのは、隣組もみなそうなんです。職場もみなそうなんです。何々会社の防空従事者、名前がついて防空隊があったわけです。長崎の方もそういうことなんです。これは私ども主張いたしましてやったわけですけれども、この人々が原爆の渦中に入って仕事をしていたわけではないのですが、特別に議論をいたしましてやったわけなんです。もうちょっと説明の仕方があるのじゃないですか。
○入江政府委員 防空従事者といいますか、援護法の対象になっておりますのは、特殊技能を有する者ということで、医師、看護婦等の医療従事者、それから防空の実施に関する特別の教育訓練を受けた者ということで、警防団でありますとかあるいは学校報国隊、防空補助員、それと特に行政官庁が指定した者ということで、防空監視隊員が入っておるわけでございまして、長崎医大の場合は、私の理解では、特殊技能を有する者ということで対象になったというふうに理解しております。
○大原委員 大工さんや左官さんなどはやはり防空法のときには登録していたのですよ。技能登録していたのです。しかし、これは割合議論がなかったのですけれども、医療従事者や旧警防団のときも議論があったのですけれども、例えば大工、左官さんは空襲を受けましたり破壊を受けましたらすぐ命令を受けて補修するわけですから、これは特別に取り上げる人なんですよ。本来はこれもやるべきなんです。特殊技能者なんです。工事に参画してなくても、法律の解釈で給付してやっている例もあるのです。国民義勇隊などというのは、広島の八時十五分の場合には、もう八時に動員がかかって仕事をしていたから一家におった者はかからぬわけです。だから、家にいた者は国民義勇隊のこの準軍属の項目に入らぬわけです。入ってないわけです。しかし、疎開をしてはいけないよ、あしたは行くのだよといって命令を受けて、これは拘束を受けているのですから、そこで原爆を受けても、それはちゃんと援護すべきだという議論が何回もあったのです。特殊技能者で医療従事者については、警防団と同じように考えて、待機しておっても対象にしたわけです。これは、三菱の造船所から引き揚げて学内で待機していた。しかしながら、これは率先して任務につく者であるから、若い学生でもあるし、集団的に原爆の中心地でやられたのであるからと、こういうことで準軍属にしたわけです。それでやるならば、当時の議論で残っている議論を私がしたように、大工とか左官さんという特殊技能者も少なくともそういうことなんです。その他、全部が全部、任務を持ったのですよ。法的には私の方が正しいと思うけれども、そのことは今私は蒸し返しません。そういう特殊技能者の中で漏れている人があるわけですよ、大工さん、左官さんというふうに。これは組織しておったのですから。この点について検討したことはありますか。
○入江政府委員 防空法の中には、確かに監視員なり医療従事者あるいは警防団等のほかに、いろいろな方々が対象になっているわけでございますが、現在援護法の対象になっております防空監視員でありますとか、特殊技能を持っておる者というのは、旧防空法の内容から見ますと、あらかじめ指令書といいますか従事命令書というのが渡されておりまして、今お話しのあったように、要するに有事の際には出られるように待機をしておったわけでございます。それだけ義務が課せられたために、義務違反の場合には罰則というのもかかったわけでございますが、その他の例えば建築物の管理者なんかは、空襲があったら防火に努めるという義務が課せられているわけですが、こういった方々、あるいは重要産業従事者、例えば鉱山とか鉄道、水道、電気、ガス、こういうものに従事しておられる方は、今申し上げたあらかじめ指令書を交付されるということはない、またその罰則もないということでございまして、現在援護法の対象になっております三つの者に比べますと、何といいますか拘束が弱かった、したがって、そこで一つの線引きのめどにしたというのが援護法の考え方でございます。
○大原委員 そうですけれども、医療従事者だって命令を受けて出ない人もおるわけですから、しかし、それは普通の人でも命令を受けて出ないということは非国民としてやられたわけだから、そういうことはないわけです。ただし、今のように医大の学生をやるときに、これをやるべきだと言って私はみんなでやった。そうだけれども、それと一緒に、その人たちの拘束以上に拘束を受けておったのが大工さんとか左官さんとかいう人で、登録されて、いつでも命令一下出ていくようになっていたわけですから、それで防空法には罰則もあるわけですから、あなたが言うことは理屈にならないのです。だから、もし技能者とか特別の仕事の領域の者で、医者とかあるいは警防団とかあるいは医学生、待機する医療従事者とか、そういう者と一緒に考えた場合には、大工さん、左官さんというのは空襲が激化されるに従ってすぐ動員されたわけです。真っ先に動員されて復旧に当たったわけです。ですから、これは昔の話で寝た子を起こすなという話もあるかと思うが、しかし、これは当時議論をされたままにして残っている問題であります。しかし、法のもとにおける平等ということは非常に重要な問題であります。 そこで、順次質問をしてまいりまして、附帯決議の各項目について申し上げれば、まだたくさんあるわけでありますが、私が結論的に一つお聞きしたいのは、現在、特別権力関係論ということで、国とのあるいは自治体との間において特別の権力身分関係、命令服従の関係があった者については、国家補償の精神において援護法をつくる、あるいは恩給法を復活する、そういうことをしてきたわけです。そこで、そういう網から漏れた原爆の被爆者その他につきましては、そういう関係は私が歴史的に申し上げたところであります。原爆の問題については国際法違反という問題があります。対米請求権は放棄したわけですから、日本の政府に責任があるという一つの考え方があります。もう一つは、本土決戦の段階においては戦闘員と非戦闘員の差はない、それが本土決戦の特色であって、沖縄の実態がそのことを示しておるし、実際の法律の適用になっておるという問題があるわけです。全体といたしましてはそういう問題があるわけでありますが、その中で大久野島の毒ガスの問題を私は取り上げまして、ただし現行援護法は適用になる、こういう網はかかっておるわけですが、実際上の認識あるいは政策というものははっきり違法行政、法律に基づく行政にはなっていないわけです。 そういうことのほかに、もう一つ問題が残っているのは、大臣も頭に入れておいていただきたいのは、ソビエトの抑留者の問題があるわけであります。このソビエトの抑留者の問題は、非戦闘員とか戦後とかという条件の中で、ソビエトの軍に逮捕されて強制的に連れていかれた、そして働かされた、こういう問題も含めておるわけです。国際法上俘虜として措置できる人もおるわけです。そうでない、逸脱したのもあります。 特に問題は、当時私は現場を見ておりますが、山田関東軍司令官、恐らく大将でありましたか、この人は、負けましたときに、丸腰になりまして、将軍連中と一緒に、一般の中国、旧満州のこういう国民の前を行列をつくって、ソビエトに抑留をされていったということを知っている。軍人というのは捕虜になってはいけない、戦陣訓なんかがありまして、そういうことはいけないのに、大将以下全部がぞろりとああいうふうに並んで行っている、そして、旧満州の一般の開拓民その他は非常に混乱の中で犠牲に遭った、こういう側面もあるわけであります。しかし、それにいたしましても、そのときに、軍が解散しておりましたから員数が足りない、関東軍の名簿の数と実際の軍人の数が足りないわけです。そこで日本人狩りというのがあったわけです。日本人で男であれば連れていったわけです。その中には軍人でない人も入っておるわけです。しかしながら、これは言うなれば戦闘の継続としてやったのでありますから、それでたくさん死んだわけでありますから、凍傷にかかったり、栄養不良で死んだり、慣れていないために一杯飲み過ぎて死んだ人もおりましょう。そういう実態があるわけですね。これらの問題は、国としては、戦争の延長として、考えて、国際法違反の問題はその問題として処理するとしまして、やはり後始末はしなければならない。 それから、外国の、日本政府の植民地政策の皇民化運動の中で、日本の皇民になって徴兵制度までやった人が、戦争後帰っていったということもあるわけですから、そういう問題等は、私は政治的に考えて、金額の多寡、金の多い少ないというよりも、国としては、国家補償の援護としてやはり大局から考えて処理をしなければ、法の平等ということにならないのではないか。一方は、何といっても、社会保障が前進をしていなかったから特別の措置をとったという側面もあるわけですから、これがだんだんと前進をすれば、言うならば、お互いの必要な国家補償が憲法二十五条で保障される体制になれば、権利として、人間としてそういうものが保障されることになるわけですから、そういう側面から私は全体を考えるのですが、そういう重要な問題も残されておるという点を、大臣は、援護法の審議を通じまして了解をしていただきたいというふうに私は思います。私が申し上げましたことにつきまして、大臣の所見を伺いたいと思います。
○渡部国務大臣 戦時下に行われたいろいろな問題、今の先生のお話しを聞いて、詳細な、そして正確な博識に舌を巻いて、非常に参考になりました。「一億玉砕」とか「本土決戦」とかという言葉、私も小さな子供の時代に聞いておったのでありますが、そういうことが実際どんなに大きな問題を起こし、また人間性を抹殺し、また後々に大きな問題を残しているかということの実態、その重要性、私も痛感をいたしました。また、先生から先ほどお話しがありましたように、大臣がかわればということでありますが、この国会で御指摘を受け、また国会で定められたことに対して、いかなる政府といえどもこれを尊重していかなければならないことは当然であり、まして、同じ政党がつくる内閣であれば、それらを尊重しなければならない責任というものはなお重いのでございますから、いまだ戦後は終わらない、いろいろの問題が残っておるということをきょうの先生の御指摘によって私も痛感いたしましたので、乏しい財政、限られた厳しい条件、また行政上のいろいろの制約がありますが、そういう中で、先生の趣旨が少しでも生かされるように今後努力してまいりたいと思います。
○大原委員 最後に一問だけ質問いたしたいのですが、いよいよ社会保障の来年度の予算編成もこれから本番に入るわけであります。しばしば厚生大臣も、来年度は本年のようなことは繰り返さないという決意表明をされておるわけであります。これは来年度はマイナスシーリングか概算要求基準かは別にしまして、非常に厳しい状況であるというふうに思われるわけです。しかし必要なものは計上する。何でもかんでも一律に国の負担をカットいたしまして、例えば保険料の負担ならばいいというような、これは保険料で負担しようが国が負担しようが負担をする国民の立場は同じでありますから、そういうつまらぬ単細胞的な行政改革の考え方は間違いであります。ですから、高齢化あるいは国際化、あるいは情報化、あるいは技術革新とか言われているこれからの十年、二十年は非常に激動するときですから、そのときに国民の連帯を壊さないような、それは民主主義の基本ですから、弱肉強食のそういう修羅場にしてはいかぬわけです。その連帯を保持するということが国の安全を保持することですから。 ヨーロッパでも一〇%内外の失業者があるというのに社会的に一定の安定度を保っておるというのは、社会保障があるからであります。先進国病というようなばかなことを一つ覚えのように言うのがおるわけですが、それは機械的なばらまきは困るけれども、必要なものについてはやるということで、その質を選択してやることが必要であると思います。 来年度の予算編成に当たりまして、社会保障やこういう援護に対する取り組みについて、大臣の決意の御答弁を最後にお願いいたしまして、私の質問を終わります。
○渡部国務大臣 今、六十年度の予算についてはこれをまとめるための作業が鋭意続けられておるところであります。したがって、まだ結論的なことは何も申し上げられない状態でございますが、私は、社会保障の予算というものを一つ一つ今検討しておるところでありますが、これらの予算のほとんどのものは、行政改革である、金がないということだけで削ってしまったり、またことしは金がないから見送るというようなこと、五年でやるものを十年に延ばすというようなことができないものが非常に多いのでございます。したがって、現在の社会保障の水準というものを落とさないためには、マイナスシーリングというような枠を一方的に押しつけられても、予算を編成することは極めて困難な状態でございます。しかし、私どもは「増税なき財政再建」という国全体の国民的合意による方向というものは決めておりまして、私もその内閣の一員でございますので、そうした枠の中におのずから限界はあります。しかし、大蔵当局等も年金、諸手当等の問題で社会福祉の予算は一律にマイナスシーリングというようなわけにはいかない内容が非常にあるということは御理解をいただいておりますので、私は、与えられた政府のフレームの中で、しかし社会保障というものの予算は一日とも欠かせない国民の生存、生活にかかっておるものであるという決意の中で、皆さん方の要望にこたえるために全力を尽くして努力してまいりたいと思います。
○大原委員 終わります。
○有馬委員長 森本晃司君。
○森本委員 まず最初に、大臣にお伺いしたいわけでございます。 戦後既に、三十九年の歳月が流れてまいりました。しかし、いまだ戦後処理がなされたとは言えない状況が数多くあるんではないだろうか、しかもこれからまだまだというふうに私たちは思うわけでございますが、戦争が巻き起こしたものはいかに悲惨であったか、またその戦争によっていかに多大な損害をこうむり、後々までもそれに対する償いをしていかなければならないかということを我々は今痛感しておる次第でございます。 大臣が就任されて以来、二十一世紀を展望してということを絶えず言い続けてこられましたし、二十一世紀を展望しての福利、福祉というものを大臣はお考えになっておられると思いますが、私は、今まだ数多く残っている戦後処理、例えばサハリン残留朝鮮人の祖国への帰還問題、あるいは台湾人補償問題、シベリア抑留者の問題を初めとし、国内にも数多くの問題が残っておりますが、こういった問題を考えて、まず最初に、厚生大臣の戦争に対する考え方、平和観というものをお伺いしたいと思います。
○渡部国務大臣 先生御指摘のように、既に戦後四十年近く経過したのでございますが、戦争がもたらした人間性を抹殺するまことにむごたらしい惨禍というものの傷跡は、今なお生々しく残っておるのでございます。私は、こういった問題に当面するたびに、人類の歴史の中で、もはやいかなる理由があろうと戦争というものは二度と起こしてはならないということを肝に銘じております。
○森本委員 大臣の二度と繰り返してはならないという戦争に対する考え方でありますが、我が国の平和憲法を守って、私もどこまでも平和を念願するものでございます。と申し上げますのは、私事で恐縮でございますが、私自身二歳のときにおやじを戦争で亡くしまして、母親の手一つで育てられてまいりました。小さいときから戦争の悲惨さ、また私たちを育てるために母親が随分苦労してまいりましただけに、私も遺族であり遺児であり、そしてそこからきたさらに平和への願いを持っておりますだけに、こういった問題については私も多大の関心を持ち、そして戦争を繰り返してはならないというふうに思っている次第でございますが、軍備拡大路線とともに、逆に今度は、そういった財政調整のためということで福祉が切り捨てられようとされております。しかし、国が起こした戦争でございます、とうとい命を失ったものでございますので、例え財政調整がいかぬといいましても、この問題だけはやるべきことはきちっと最後までやり通すのだ。特にこの援護法の問題についてはなすべきことをなしていくことによって次の平和があらわれてくるものでありますし、それが平和への大原則であるとこのように私は思っておりますが、財政調整の中にあって、大臣のこの援護に対する考え方をお伺いしたいと思います。
○渡部国務大臣 申すまでもありませんが、援護政策は国の果たさなければならない大きな責任でございますから、財政上の厳しい制約の中でもやるべきことはやっていかなければならないと思っております。
○森本委員 今日まで、援護局の関係者の皆さんを初めとし多くの人がこういった問題に一生懸命取り組んできてくださった、このことに対して私は心から感謝するものでございます。というのも、先ほど申し上げましたように、私自身が遺族として援護局あるいは恩給局のいろいろな御支援があったなればこそ、今日まで育てていただいたわけでございます。関係者各位に心から感謝申し上げますとともに、どうかこういった施策が財政調整のために決して後退するようなことのないように、心からお願い申し上げる次第でございます。 ところで、また私事に返りまして恐縮なのですが、私のおやじは海で亡くなりまして、母親から聞きますと我が家には何か紙に入ったものがちょろっと返ってきただけだということで、遺骨が一体どこにあるか、死んだところも、一応通知書には書いてありますけれども決してそれは定かではございません。恐らく太平洋か日本海かのどこかに、いまだおやじの遺骨がそのままになっているんだと思われるわけです。 先般、ある週刊誌等々を見ておりまして、私も非常に愕然とし、腹立たしく思ったわけでございますけれども、ある諸島の方で観光地になってしまって、そして、女性ダイバーが遺骨を持って、にこっと笑って記念撮影をしているというふうなグラビアが掲載されたことがございます。恐らく、その海で沈んだ人の家族の人たちがこの写真を見たならば、私のみならず、非常に遺憾に思い、心の休まらない思いであろうと私は思うわけでございます。 その中で、最近いろいろと引き揚げ等々が行われておりますが、まずあの戦争のときに一体どれほどの船が沈没して、一体何人ぐらいの遺体がこの海の中にあるのかということをお尋ね申し上げたいと思います。
○入江政府委員 海没した船は三千をちょっと上回るというふうに承知しております。それで、海没遺骨でございますけれども、約三十万柱ということでございます。
○森本委員 本当に数多くのとうとい命が今も海の中に沈んでおるわけでございます。また、それにまつわる遺族の方も非常につらい思いをしていらっしゃるに違いないと思うのです。 遺骨収集あるいは慰霊巡拝等について今行われておりますが、五十九年度はどのような方向でなされるのかということをお伺いしたいと思います。
○入江政府委員 五十九年度の慰霊事業でございますけれども、最初に遺骨収集について申し上げますと、マリアナ・トラック諸島――トラック諸島は現在実施中でございますけれども、そのほかにフィリピン、ソロモン諸島、沖縄、硫黄島の五地域を予定しております。硫黄島につきましてもさきに第一回の遺骨収集は終わっております。 次に、慰霊巡拝でございますけれども、中国、フィリピン、北ボルネオ、東部ニューギニア、トラック・パラオ諸島の五地域でございまして、このうち北ボルネオについては既に実施済みでございます。 三番目に慰霊碑の建立てございますが、本年度は西太平洋地域、具体的にはパラオ諸島のペリリュー島を予定しております。
○森本委員 そこで、先日私が見た週刊誌のグラビアで心痛む思いをしたわけでございますが、幸いに、トラック環礁の旧海軍船艦からの遺体の引き揚げのニュースを、つい先日私もテレビを通じて見て、ほっとしたような思いでございます。このトラック環礁内の沈没船の遺骨収集について先般から行われまして、まだ収集団はお帰りになっておらないようでございますが、現在のところどんな状況なのか、またこれからどのようにされるかということをお尋ねしたいと思います。
○入江政府委員 トラック環礁におきます遺骨収集でございますけれども、去る七月一日にこちらを出発しまして、あちらに着きましてから準備その他を行いまして、五日から収骨作業を行っておるわけでございます。予定しております船は五隻ございまして、現在のところ、花川丸、清澄丸、駆潜艇第二十九号については終了しまして、現在愛国丸、愛国丸に一番御遺骨が多いということでございますが、これを実施中でございまして、昨日現在で二百七十七柱の遺骨を収骨したという報告を受けております。この作業は二十八日まで続けまして、焼骨追悼式を行いまして、八月一日にはこちらに帰ってくるという予定になっております。
○森本委員 つい先日の六日の新聞では十七柱でございましたが、今伺いまして二百七十七柱が既に収集していただいたということ、これは私は関係各位の皆さんに心からお礼を申し上げたい。また、それが遺族の気持ちではないだろうかと思います。大変費用のかかる問題で、また時間もかかる問題、それから深い海峡等々にありますとなかなか捜査が困難な状況下にありますが、こうしてやっていただくと二百七十七柱が揚がりまして、またお帰りいただくまでに随分の柱が揚がるのじゃないかと思いますので、どうか関係各位にお礼を申し上げていただきたいとともに、さらなる御尽力を賜りたいと思います。 まだ出発はされておりませんが、泰東丸が、来月現地調査に、これも決定したというふうに伺っておりますが、この泰東丸の現地調査の計画についてお知らせいただきたいと思います。
○入江政府委員 泰東丸は、終戦直後樺太から引き揚げてくる船でございますが、これが八月二十二日、北海道の留萌沖、もう海岸を日の前にして国籍不明の潜水艦に要するに攻撃されて沈没したわけでございまして、その後その所在を求めておったわけでございますが、昨年暮れに財団法人の樺太連盟が潜って調査いたしまして、泰東丸とおぼしき船を見つけたわけでございまして、その後、私ども、それが泰東丸であるかどうかという確認作業をしてまいりました。 具体的に申しますと、この泰東丸は戦時標準船といいまして、同じ型の船が四百十八隻ばかりあるわけでございますが、その一つ一つの船がどこで沈んだかということを一つずつつぶしていきまして、結局、留萌沖で沈んだのはこの船であろうという非常に高い確度の推定ができましたので、今回、遺骨があるかどうか、その可能性について実際に潜って調査をするということにいたしまして、八月四日から九日まで六日間、実際に潜りまして、遺骨の有無について調査をしたいと考えております。
○森本委員 ありがとうございます。さらなる御尽力をお願いしたいと思いますとともに、そういった霊が安らかならんことを私は念願いたしまして、遺骨収集の作業に、より一層の援護をしていただきますことをお願い申し上げる次第でございます。 ところで、次に中国の残留孤児の問題でございますが、本年も中国残留孤児の訪日調査が行われまして、肉親とめぐり会うことがございましたし、私もテレビを見ておりまして非常に涙するところが数多くございました。また、戸籍上では既にもう亡くなっている人が実は生きていたという問題等々がございまして、私もばかな思いでございますが、ひょっとしたら私のおやじもまだどこかで生きているのじゃないかというふうに思ったりしましたが、あのテレビを見ておりまして、これから大変な生活に入っていくけれども、本当に肉親と会えた人の喜びというのは涙するものがあった、こう思っておる次第でございます。 そこで、現在、政府が掌握しておられます中国の残留孤児は、広い大陸でございますのですべてきちっとわかるというわけにはまいりませんけれども、会えたのはこの間もわずかでございますが、まだあとどれほどおられるというふうに推測していただいているのでしょうか。
○入江政府委員 六月三十日現在で、厚生省が肉親を捜してほしいと依頼を受けております孤児の数は千五百四十六名ということになっております。
○森本委員 五十五年から訪日調査が開始されまして、身元が判明した方々がおられるけれども、あと千五百四十六名、あるいは場合によっては……
○入江政府委員 ちょっと御説明が不十分で申しわけございません。これまで六月三十日現在で、捜してほしいという孤児は千五百四十六名おりまして、これまで訪日調査あるいは過去に、過去にといいますか、これまでそのほかにマスコミによる公開調査なんかもやっておりますし、また私どもの手持ち調査による個別の肉親捜しもやっておるわけですが、そういうもろもろの調査の結果、その千五百四十六名のうち七百四十二名の孤児の身元が判明しておりまして、現在親を捜しておる孤児の数は、したがいまして差し引き八百四名ということになっております。
○森本委員 約八百名の方がまだ捜していらっしゃるという御回答でございます。孤児の方の喜びと同時に、まだ八百名の方がいらっしゃるということになりますと、これは政府が一日も早くこういった方々のこうした問題の解決を図っていかなければならないと思うのです。一日も早くと申し上げますのは、やはりだんだんそういった孤児が高齢化し、また日本の里にいる御両親も高齢化していくからです。今回の訪日調査の場合にも、やっと身元がわかったけれども、両親は死んでいなかったという一つの高齢化の問題もございますし、私は強力にこの訪日調査を促進すべきである、このように考えているわけでございます。 前回のときは半数の方が見つかって、半数の方が見つからずにお帰りになりました。机に涙して倒れておられる姿もテレビで拝見しまして、一日も早く見つかるように思ったものでございますけれども、今回の場合、半数近くがわからなかったというのは、いろいろな事情が重なったのではないかと思いますが、一つは地域的な問題、もう一つは調査が始まってというか、二月十一日に決定して、そして名簿が作成されたのが二月十七日で、それから来日までに一週間しかなかったという非常に短い期間であった、調査期間が非常に短かったというふうな点もございますし、先ほど申し上げました高齢化という点もございますが、この訪日調査について、今日までの取り組んでこられた状況と、五十九年度の取り組みについてどのように考えておられるか、お伺いしたいと思うのです。
○入江政府委員 中国残留孤児の肉親調査でございますが、御指摘のように関係親族が非常に年をとってまいりまして、一刻を争うという状況になってきているわけでございますが、一方、調査をする側から申しますと、余り多数の孤児が一度に訪日しても、結局調査する場合にはマスコミにまた非常に依存せざるを得ないということになります。それで、効果的な調査というのは、やはりある程度の適正数というのがあるのじゃないかと思います。一方、できるだけ早くという要請もございますので、これまで五回の訪日調査で、二百六十二名が日本に参りまして百六十三名が見つかっておるわけですが、しかもこれまでは毎年度一回ずつということでやってきたわけでございますけれども、昨年度初めて二回やったわけです。したがいまして、五十九年度はさらにそれを促進するという意味で、現在のところ百八十名を五十九年度に調査したいというふうに考えて準備を進めております。
○森本委員 五十九年度で百八十名でございます。昨年の百十名ぐらいのペースで進んでいきますと大体七年間ぐらい、あと八百名の方を捜すのに七年間ぐらいになりますし、五十九年度の百八十人ぐらいでまいりましてもやはり五年はかかるわけでございますね。特に高齢化という問題等々を考えてまいりますと、いろいろなマスコミを通じての受け入れ状況の問題もございますが、このベースをもう少し速く上げていかないとますます判明しにくくなってくるのではないだろうか、このように思うわけでございます それからもう一つは、非常に判明しにくかった点というのに、事前調査が十分でなかったのではないだろうかというふうに思われるわけです。例えば内地へ行って調査をする、あるいはその方々が中国から日本へ来られるまでの間に、先ほど申しましたように早く名簿等々がわかって、それぞれの地方の関係者に事前に通知があったり事前調査といったものがあればよりスムーズにいくのではないだろうか、私はこのように考えるわけでございますが、幸いに、中国との間に口上書も交わされたことでございますので、今までは計画を立てることはできなかったわけでございますが、これからは計画を立てて事前調査というのはできるのじゃないかと私は思います。この事前調査の点についてどのように考えておられるかお尋ねしたいことと、それから、きょうは外務省をお呼びしておりませんでしたので即答はできないわけでございますが、これは中国との関係もございましてなかなかスムーズにいかないようでございますが、向こうにおられる方の生活をビデオに撮って内地で放送するというのが非常に効果的だという話が数多くございます。国際上の問題もあって難しいかもわかりませんが、このビデオによる内地での放送等々、こういった問題についてお答えいただければと思います。
○入江政府委員 最初に事前調査の点について申し上げますが、事前調査といいますのは、私ども、終戦のときに十二歳未満の未帰還者、当時帰ってこなかった方あるいは戦時死亡宣告を受けた方、要するに中国残留孤児に該当すると思われる方、三千名の名簿を持っております。その方々について、当時どういう離別の状況だったかというような再チェックをやりたいということで今進めております。また、そのほかに、昨年三月には肉親を捜しております孤児の顔写真でありますとか、どういう状況であったというような肉親捜しの手がかりになるようないろいろなデータをまとめました冊子を各都道府県、市町村に配って置いてございます。そういうものも調査の上ではかなり効果を上げている。そういう意味では事前調査になるのではないかと思います。 もう一つ、本来の訪日調査につきましては、今お話しありましたように口上書で一応レールに乗ったということでございますので、これからは前広に来日予定が立つということになると、マスコミもあらかじめとっておけるということになりますと時間もとれるかもしれませんし、そういう意味では効果は期待できるのではないかと考えております。 最後にお話しになりましたビデオでございますが、私どももこれを促進するために、中国にこちらの職員を派遣しまして、現実に孤児に会っていろいろ事前にデータを集める、あるいはビデオを撮ってくるというようなことも考えておるわけでございますけれども、やはり相手国のあることでございまして、あちらの国内にビデオを持ち込むということについてはいろいろ問題があるということで、当面、訪日調査に重点を置くということでやっておりますが、ビデオを撮るといいますか、逆にあちらに行っての訪中調査というようなものについても、粘り強くあちら側の了解を得られるように努力したいと考えております。
○森本委員 ビデオの件につきましては、厚生省援護局の方で直接どうこうできる問題ではございませんが、非常にわかりやすい方法としてはそれがあるんじゃないかと思いますので、これからの外交上の問題だけれども、それで日中友好を傷つけてしまいますと何の意味もございませんし、また今日までいろいろ中国の家族の方の御協力をいただいておりますので、その点については十分配慮しなければなりませんが、どうかそういった要望もさらに強くしていっていただいて、日中の中にそういうものを盛り上げていただければというふうに思う次第でございます。 それから、肉親が判明しなかった方々、孤児はその後中国へお帰りになったようでございますが、そういった方々についてどのような配慮がなされているのか。また継続的な調査が必要であると思いますし、またそれをしていただいていると思いますけれども、その状況をお伺いしたい。里親制度、それから身元引受人制度というのが今考えられておるようでございますが、その点についてお伺いしたいと思います。
○入江政府委員 こちらに一遍参りまして肉親が見つからなかった方が向こうへ帰って、それで調査が終わりということではございませんで、引き続き調査をやるわけでございまして、先ほどこれまでに肉親が見つかった孤児が七百四十二名と申しましたが、その中には、訪日調査のときにはむなしく帰ったけれども、その後の調査で見つかったという方も何名か含まれておるわけでございます。 そのほか、肉親が見つからない孤児の方で、母国日本にどうしても帰りたいと非常に熱望される方もおられます。そういう方で、向こうの養父母の方と円満にお話し合いがつきますれば、こちらに来ていただくということで、当初は政府が引受人になりましてこちらへ来ていただいて、それでこちらで面倒を見ていただく里親といいますか、そういうものを政府があっせんするというような方法をとりたいということで、それも口上書、先ほど申し上げました中国との取り決めの中に入っておりまして、具体的にどういうふうにするかということを現在協議中という状況になっております。
○森本委員 里親制度等々についてもこれから……
○入江政府委員 里親制度をどうするかというのは、我が国国内の問題でございますので、そういう未判明孤児で訪日を希望する者について、先ほど申し上げましたように向こうの養父母との関係がございますから、新たな家庭分離という問題は避けなければいけません。したがいまして、そういう問題が円満に解決した暁に、未判明孤児が日本に来るということについては中国側も了解しておりまして、どういう手続で訪日させるかという具体的な手続を、現在向こうと協議中ということでございます。
○森本委員 関係者の皆さんの御努力で、数多くの中国孤児が日本へお帰りになって、今生活を始められております。特に言語の障害が多かったわけでございますが、かつては日本語の辞書とカセットテープだけ送って、そういった人たちを生活になじませようとしておりましたけれども、その後いろいろ御努力いただきまして、せんだって定着センターで初の修了式が行われまして、一期生で御家族十八人の方々がそのセンターを修了して旅立ちをされたわけでございます。こういった人たち、まだわずかの期間でございますが、その後どうしていらっしゃるかということはわかりますでしょうか。
○入江政府委員 第一期生が卒業しましたのは五月末でございまして、その卒業されたときに私どもの方に見えまして、いろいろと懇談したわけでございます。確かにおっしゃるように、生まれてから四十年日本語の世界を知らないわけでございますので、センターで四カ月集中しましても、なかなか難しいわけでございます。 特に、孤児の方々にもいろいろな方がございまして、孤児の方々の学歴、素養といいますか、あるいはまた年齢というものが非常に影響しまして、子供さんなんかは非常に早いけれども、やはり四十過ぎた方は非常に進歩が遅いというようなことがございます。けれども、基礎的な会話能力といいますか、あるいは日本の基本的な生活慣習というものは理解していただいたと考えておりまして、その後のフォロー、アフターケアというのを当然やるつもりでおりますが、まだ何分修了してから二カ月でございますので、第一期生についてその後どういう生活をしているかということは現在のところ承知しておりません。
○森本委員 旅立っていかれた方々の状況を見て、日中孤児問題連絡協会のある理事さんがおっしゃっておられるわけですが、この種のセンターがここだけというのでは、中国孤児問題に対応できないのは明白である、それに入所期間四カ月というのも短過ぎるのではないだろうか、せめて半年か一年にしてもらえればという、今日まで日中の孤児問題にずっと取り組んでこられた方の御意見でございます。どうですか、今の研修センターの内容と、その人たちが旅立った後に大事なことは、自立・定着できるというのが非常に大事な問題ですが、今のこの研修センターの状況で十分だとお考えなんでしょうか。内容的な問題も含めてお答え願いたいと思います。
○入江政府委員 四カ月で十分かどうか、もっと長い方がいいんじゃないかという御意見、確かに私どもも聞いております。これはいろいろ考えようだと思うのでございますけれども、この四カ月の私どもの研修といいますのは、言語もでございますが、そのほかに生活慣習、それと社会体制が違うということが非常に大きなネックになっておるわけでございます。今お話しのあった自立心といいますか、そういうものに欠ける方が多い。したがいまして、そういう生活慣習になれていただくということと同時に、日本の体制というのはこういうことで、努力すれば努力するほど報われるんだということを知っていただくように努力しておるわけです。 そのほか、センターの中だけで勉強するんじゃなくて、実地訓練といいますか、実際に買い物に行くとか、所沢から新宿まで自分でバス、電車を乗り継いで出る、そういう実地訓練をしております。したがいまして、四カ月で十分じゃございませんけれども、四カ月で最低限必要な実地訓練を経た暁は、できるだけ早く、今後、生涯住む自分の肉親のいるところに帰ってきて、現実にそこで苦労していただくというのが、表現は悪うございますけれども、そこで現実になじんでいただく、地域社会の方となじんでいただくということがいいのじゃないかと私ども考えております。
○森本委員 センターに入られた方々のことはいろいろと報道されておりまして、私も、そのセンターの関係者の方々、一生懸命いいカリキュラムを組んでやってくださっているなということは実感いたしますし、授業はびっしり日本語漬けの生活で早くなれるようにしてくださったこと、あるいは通過地点にセンター教員がおられて一つずつ教えていかれること、あるいは先ほど御回答がありましたように、わからないところへ置いて、そこで本人が道を聞いて行くということで、日本の生活に慣れるようにしてくださったことは非常にいいことであり、今後もやっていただきたいと思っておるわけでございます。そういったことに対しては、そこの研修を受けられた皆さん方の感想としては非常に喜んでおられるわけでございます。 ところが、いざ今度は社会に出るという形になってまいりますと、そこにおける所感はこういうことがございました。「日本へ来た時は、みんな一生懸命やろうと思ってるんです。ところが、職安へ行くと、〝言葉がわからないと無理ですよ〟なんて言われる。受け入れ企業に補助金を出すなど、スムーズに働く場がみつかるようにしないといけないと思うんです」と。職業安定所の関係の皆さん、この中国問題にどう取り組んでおられるのか。きょう、この関係の方お見えいただいておりますか。これはそういう声もあるわけでございます。 私の住んでいる奈良県にも、一人お帰りになって、家族が見つかったという非常に感動的な対面がございました。その方は特に就職という問題はまだ考えておられないわけでございますが、そういった方々がこれからどんどん見つかって、そして社会になじんでいくのに、まず日本語を覚えることが大変、その次に今度は就職することが大変だということでございます。その辺の考え方、突然でございますが、職安あるいは労働省、援護局長でも結構でございます。
○入江政府委員 労働省の方はおられませんので、私から知っている限りお答えいたします。 四カ月の研修が終わりまして、地域社会に帰りましてから、要するに職業訓練校に行って職業訓練を受ける、その後職業をあっせんするというのは、労働省の方があれをしてやっていただいているわけでございます。
○森本委員 厚生省と労働省でこれからよく連携をとっていただきまして、そういった方々の就職問題に不安がないように、それからまた同時に、追跡調査等々を行っていただいて、本当に日本の社会に溶け込み、なじんでいけるようにしていただきたいと思います。 また、通学という点が、孤児の皆さんの中では、社会に帰って、そして夜間中学でもあれば学びたいんだという御意見も非常に多いわけでございます。ところが、センターが修了してしまいますと各地へ散ってしまう、中には、学校は当然のこと、地域社会とかけ離れたところへ住まなければならない。そういう意味から、一たん社会へお帰りになった方の中に、もう少しセンターにおりたかったというふうな感想を述べておられる方もあるように伺うわけでございます。そういった観点から、これも文部省との関係もございますが、通学という問題について、夜間中学とかそういった部門も援護局として考えていかなければならないのじゃないだろうかと思うわけでございますが、考え方をお伺いしたいと思います。
○入江政府委員 今の問題は文部省の関係になりますので、文部省の御協力を得なければいけないと思うわけでございますが、地域によってはそういう指定校みたいなのがございまして、通っておるところもあるというふうに承知しておりますが、今後、文部省といろいろ相談しながらできるだけのことはやりたいというふうに考えます。
○森本委員 我が奈良県には夜間中学がございませんでして、そういう意味では非常に悩んでおられるのではないだろうかと思うわけでございます。同様に、全国に散らばった、またことしは百八十人の調査をしていただくのですから、これからどんどんふえていく。願わくは、残っておられる八百人がすべてというところまで望むのは人の常でございますが、そういった方々がどうか日本の社会に定着してこれは我が国が起こした戦争の戦後処理の大事な問題でございますし、その人たちは決して甘える気持ちは持っておられないと思いますので、どうか十分な御配慮をしていただきたいと思います。日本にせっかく帰ってきたけれども、家族が、言語等々の問題があって、また狭い家の住宅問題があって、悲惨な事件を起こした例もございます。どうか、この中国孤児問題については、今後、援護局の皆さんのさらなる御尽力をお願い申し上げる次第でございます。 最初に私事からお話を申し上げさせていただきましたが、どうか大臣、戦後処理は決して終わっているわけではございません。中国孤児の個々の叫びも聞いていただきたいと思いますし、遺児の声もまた遺族の声も聞いていただきたいと思いますし、シベリアに抑留された人たち、あるいはまた国際的にはサハリンの問題、台湾の問題等々がございます。どうか大臣のさらなる御決意をお願いしたいと思いますが、最後に大臣に二言お伺いいたします。
○渡部国務大臣 森本先生みずから、あの悲惨な戦争で親を失った遺児という、貴重なしかも大変な苦労をなさった体験の中で、戦後処理の問題、また中国に残された残留孤児の問題、また、今日本に帰ってきてもこれから厳しい生活をしていかなければならない、これらの問題に、大変温かい思いやりのお言葉を賜って、私も非常に感銘をいたしております。 貴重な御意見、また、私どもが今後援護局の政策を進めていく上で大変参考になる御意見等もちょうだいいたしましたので、この御意見を十分に生かして、戦後処理をより積極的に進めるように努めてまいりたいと思います。
○森本委員 質問を終わります。
○有馬委員長 塚田延充君。
○塚田委員 ただいま森本委員が、中国残留孤児につきまして大変的確な質問をなされ、また、それに対しまして厚生省の方も大変前向きに御答弁された様子でございまして、私としても納得したところでございますけれども、事が事でございますので、私自身もこの問題に絞りまして、かなり重複する面があるかとは思いますが、厚生大臣及び厚生省の御見解を賜りたいと思っております。 中国残留孤児の問題に関する日中間の協議につきまして、本年三月十七日に、北京において、中国外交部と我が国在中国大使館の間で口上書の交換が行われたわけでございます。 その内容には、肉親の判明しない孤児の永住帰国の受け入れというような新しい項目を含んで、これは本当によかったなと思っているわけでございますが、一方、関係者が有効な方法だとして強く要望しておりました現地における事前調査の実施につきましては、中国側から協力についてはっきりした約束を取りつけることができなかったということなど、まだまだ多くの問題を積み残したままになっているのじゃないかと思われるわけでございます。 孤児対策の今後の件につきましてはこれから御質問申し上げるといたしまして、この中国残留孤児対策、すなわち肉親捜しの問題につきまして、政府としての基本姿勢についてまず大臣の考え方をお伺いしたいと思います。
○渡部国務大臣 帰国孤児が早期に日本の地域社会に溶け込んで安定した社会生活が営まれるようにすること、これが一つの課題でございます。もう一つは、先ほどからお話しのありましたように、いまだ八百人前後の帰国されてない残留孤児の皆さんが残っておるのでございますから、しかも既に戦後四十年近い年月を経過し、時間的に急がなければならない問題でありますから、これらの肉親捜しについては、何しろ相手国のことでありますから、残念ながらこちらでいろいろな工夫をしても何もかもこちらの思うとおりにいくというわけではございませんが、そういった外交上の難しい問題も踏まえながら、一日も早くすべての残留孤児の皆さん方に帰国していただくような努力を進めていく、この二つの点になると思います。 今、私がいろいろ心配しているのは、非常に歓迎ムード――また、この問題は民族的、国家的な問題として、みんなで協力していかなければならないという温かいボランティア活動等に支えられておりますが、これは人間でありますから、特に日本人の場合熱しやすくて冷めやすいというような性格等もありますので、帰国した孤児の皆さんが、母なる国、父なる国に帰ってきてよかったというような幸せな生活を生涯にわたりつくり上げるために、これから努めてまいりたいと思います。
○塚田委員 この問題に対します厚生省の取り組み姿勢は、今大臣の御答弁もございましたが、いろいろな点で私は御努力を高く評価するものでございますが、その中の一つとして、本委員会において取り上げられ、なおかつ、援護局がすぐ行いますと言ったもので、肉親を捜し当てることができなかった孤児に対して、その公開調査を小冊子をつくってやりますよということをお約束されているはずでございます。これにつきましては、非常に迅速に小冊子をつくって手を打たれたということは御立派なことだと思っておりますが、その件につきましては都道府県を通じてやっていると思うのですけれども、その活用をされた結果、何件ほど効果というかこたえが出てきたといいましょうか、または、小冊子の公開によって調査が前向きに行われているような件もあらわれてきたとか、そういう実績について御報告をいただきたいと思います。
○入江政府委員 今お話しのありました肉親捜しをしておる孤児の中で、手がかりが得られない者七百三十二名につきまして、昨年三月に、顔写真とか、手がかりになるような、いつ、どこで別れたとか、私の父は何と言うというようなことを盛り込んだ冊子をつくりまして、全国の都道府県、市町村に配布したわけでございます。 訪日調査で、あれは子じゃないかというふうに名のり出る中には、確かにテレビを見て出てくる人間もおりますが、冊子でちょっと気にしていて、テレビで見て確信したというような者もございます。具体的に私どもが把握している数字で申し上げますと、この冊子を通じまして約三十件について肉親ではないかという申し出がございまして、そのうちの十一件の方について孤児の身元が確認したという実績がございます。
○塚田委員 この肉親捜しの調査を今後どのように促進していくのか、厚生省当局の具体策をお聞きしたいわけでございますが、その前提といたしまして、未帰還者名簿であるとか戦時死亡宣告者の名簿を洗い直す作業を都道府県を通じて実施して、基礎資料を整備する手はずとなっているはずでございますが、その進捗状況につきまして御報告いただきたいと思います。
○入江政府委員 現在調査票ができまして、今月二十日から調査を実施したいというふうに考えております。それは今お話しのありましたように、終戦時に十二歳未満の未帰還者、あるいは死亡宣告を受けた中で十三歳未満の方々は約三千名おるわけでございますが、そういう方々のデータが古くなっている、あるいは新しい情報が得られるかもしれないということで、当時の別れた状況等を都道府県を通じて調査するということで、その調査票ができまして、二十日から調査に手をつけるということでございます。
○塚田委員 基礎資料を整備することにつきましては、調査票ができて今から実施するということでございますが、それを完了する目標、スケジュールなどはどのようにお考えになっておられるか。
○入江政府委員 従来からルーチンワークとしても随時やっておるわけでございますが、今回肉親捜しをさらに促進するという意味で改めて行うわけでございまして、一応十月末をめどに調査を完了したいというふうに考えております。
○塚田委員 現地での事前調査を行うとか、孤児の来日前に十分な時間をかけて報道機関の協力を得ながら公開調査をするとか、また森本委員の御質問にもございましたように、現地の孤児の状況についてビデオなどで公開することは大変有効ではないかというようなアイデアなどが提案されているわけでございますが、そのような件を含めまして、厚生省は、今までにも増して、今後は徹底的に肉親捜しの効果を上げるために促進策を講じていくんじゃないかと私は確信しているわけでございます。前にも増すような徹底した促進策につきまして、その企画内容であるとか、または計画のスケジュール、例えば来日していただいて調査するのが、新聞報道などによると、三つの班で年間百八十人とかいうようなことが伝えられておるけれども、実際に今のところどのような計画を立てておられるのか、今後の促進策につきまして厚生省のお考えを包括的にお伺いしたいと思います。
○入江政府委員 訪日調査はどの程度の規模がいいのかというのは非常に難しい問題でございますが、今まで五回やりましたことによって二百六十二名が訪日しておるわけですが、そのうち昨年度二回で百十名来ているわけでございます。過去においては五十名とか四十五名とか非常に少なかったわけでございまして、五十八年度に百十名やったということはある意味では画期的なことであったわけでございますが、時間の問題もございますので、そうも言っておられません。五十九年度は百十名をさらに百八十名にするということで、現在中国側と協議を行っているわけでございます。したがいまして、今年度百八十名やった経験をにらみながら、一方、中国側から一年に百八十名送り出すということは、向こうは向こうとして、日本人孤児であることの確認とかいろいろな手続があるようでございますので、向こうとしてどの程度が可能なのかということも相談しながら、できるだけその百八十名をさらにふやすということで努力していきたいというふうに考えます。
○塚田委員 御存じのとおり肉親の方が大変高齢化して、時間との競争だとも言われておりますので、相手さんのあることで非常に難しいことだとは思いますけれども、訪日調査の数の消化と申しましょうかこれをできるだけスピードアップされるように、今後とも外交ルートを通じ、できる限りの促進措置をおとりいただくようにお願いいたしたいと思います。 次に、孤児の日本への帰国に伴いまして、日本社会への定着化対策が大変必要であり、また重要なわけでございます。これにつきましては、いわゆる定着促進センターを所沢に開設して政府なりには御努力されているわけでございますが、その定着促進センターでの現在の事業内容について、これでいいと思っておるのか。先ほど森本委員からも質問が出ましたけれども、期間を四カ月を六カ月にした方がいいというようなことを御検討されているのか、さらにはセンター以外に何らかの措置を講じようとしておる企画なり御研究があるのかどうか、その辺の状況を御報告いただきたいと思います。
○入江政府委員 センターの研修内容を改善する考えはあるかということでございますが、何分二月一日に発足したばかりでございまして、今までに二十一世帯百八名が入ったわけで、そのうち八世帯三十七名が実社会に出ていったわけでございますけれども、私どもとしては、この四カ月間の研修というものは、言語教育だけじゃございませんで、実社会の生活に絡ませた言語教育、実社会の生活慣習を覚えながらの言語教育ということで、かなりの効果はあるのじゃないかというふうに考えております。これまでに出た人間が八世帯三十七名ということですので、そういう方々が少なくとも一年くらいたったときにどういうことかというような実績を踏まえながら、研修内容を見直すということが必要かと思いますが、当面は今のままいきたい、今のままでいいのじゃないかというふうに考えておるわけです。 そのほかに、センターをさらにつくることを考えておるかということでございますが、現在のセンターは年間四カ月で三回転で百世帯入る容量を持っております。これまでの永住帰国の実績を見ますと、大体年間百世帯の永住帰国者を予定して準備すればいいのじゃないかというふうに考えておりますが、これも将来訪日調査がふえた場合にどうなるかという問題もございますので、将来の動向も踏まえながら考えていきたいというふうに考えます。
○塚田委員 その定着促進センターを退所した後の言葉どおりの定着化、日本社会への定着化対策としてどのような措置を講じておられるのか、また講じようとされているのか、お教えいただきたいと思います。
○入江政府委員 この四カ月を終わりましてそれぞれ肉親のおられる地域社会へ行くわけですが、そこでは生活指導員というのがおりまして、その生活指導員という方は中国語も話せるわけですが、そういう方が一年間、一週に一遍ずつ訪問しまして、いろいろ相談を受けたり助言をするというようなことをやっております。 そのほか、地方公共団体にお願いして、職業訓練なり職業あっせん、あるいは公営住宅への入居というようなこともやってもらっております。 そのほか、今度新たに中国残留孤児援護基金という財団法人が、主として募金を目的として昨年発足したわけでございますけれども、そこの新しい事業としまして、この十三日から生活相談室というのを設けまして、残留孤児の方が困ったときに、具体的には金曜日を相談日に指定しまして、金曜日に電話を入れていただいて、生活指導員にそこに金曜日には行っていただいて相談を受けるという、新たな施策も発足したばかりでございます。
○塚田委員 孤児が肉親を捜し当て、また日本への永住ということを私たちとしてはできる限り促進していきたいわけですけれども、それと裏腹の問題として、中国で大変世話をしてくださった養父母の扶養の問題というのが、日中間の大きな問題として横たわっていると指摘されているわけでございます。これらの問題の解決のために、今局長が言われた財団法人の中国残留孤児援護基金の活動を通じて、養父母の扶養に関していろいろな手を打っておられるそうですけれども、その内容などについて御説明いただきたいと思います。
○入江政府委員 御指摘のように、残留孤児でございますが、向こうでとにかく四十年近くの間、中国の養父母に育てていただいたわけでございまして、その養父母の方々の生活というのが、孤児が日本に帰国した後どうなるかというのは非常に重大な問題でございまして、実はこの訪日調査が一時暗礁に乗り上げたというのもこれが原因でございまして、向こうに残してきた養父母が、こちらへ一時帰国したままこちらに居座ってしまって非常に困ったというような問題がありまして、この問題について基本的なルールを確立しようじゃないかということで口上書ができ上がったわけでございまして、その口上書の一つの中身としまして、今お話しのありました養父母の扶養問題というのが一つの大きな問題になったわけでございますが、この一二月十七日に締結されました口上書の中では、養父母等の扶養に関しまして、日本国に永住した孤児が中国に残る養父母に対し負担すべき扶養費の二分の一は日本政府が援助する、扶養費の額、支払い方法等については日中双方が別途協議するという項目が盛り込まれておりまして、要するに扶養費というのは本来は孤児と親、養父母との個人的な関係でございますけれども、日本に帰ってきて自分の生活も危ぶまれる孤児に対して負担させるのは非常に無理があるということで、とにかく日本政府が二分の一負担する、あと残る二分の一は今お話しのありました財団法人中国残留孤児援護基金が、民間の善意の寄附を集めて援助するということを考えておるわけでございまして、援護基金は昨年からこのための募金を行ってきておるわけです。 一方、その扶養費の払い込みの手続等についてもこの援護基金に間に入ってもらうということを考えておるわけですが、具体的に扶養費の額をどうするかとか支払いのルートをどうするかとかそういう事務的な面につきましては、現在こちらから案をあちらに投げかけまして、向こう側の返答を待っているというのが現状でございます。
○塚田委員 孤児の方々のほとんどは日本について過大な期待を持って来日され、しかしながら残念なことに、日本の社会に適応できない孤児もかなりのケースに上っておると聞いておりますけれども、来日される孤児に対しまして、来日前もしくは肉親を捜し当てて定住促進センターなどで研修を受けておる孤児の方々に対しまして、日本社会についてのしっかりした現状認識、それから心構え、こういうものを持たせる事前教育と言うとおかしいのですけれども、情報提供もしくは研修が必要かと思うのですが、その辺についてどのような対策を講じていこうと考えておられるのか、お願いいたします。
○入江政府委員 確かに今お話しのありましたように、言語等々もありますが、社会体制の違いというのは非常に大きな問題でございますので、訪日調査で来日する孤児の方が北京に集まったときに、在北京の日本大使館で、日本の体制というのはこういう体制だ、要するに努力しなければだめなんですよというような基本的なオリエンテーションをしまして、それで来ていただいているわけでございます。それで、こちらへ来られて肉親が見つかる、あるいは将来は肉親が見つからなくても、未判明孤児でも訪日できるようになりますけれども、センターに入っていただいたときには、センタービルでもそういう点を、意識を変えるといいますか、日本を認識してもらうということにかなり重点を置いておりますし、先ほど申し上げました生活指導員の指導につきましても、そういう点は重点を置いて指導してもらうように都道府県を指導しているというふうな努力をしているわけでございます。
○塚田委員 孤児自身が認識をしっかり持つことは必要ですし、そういう意味では孤児自身の自助努力が望まれるわけでございますが、一方、日本の社会全体、また日本人として考えてみた場合、帰国当初は非常にもてはやす、このような歓迎をするわけでございますけれども、実際肉親のもとに帰る、そうすると新しい土地においてぽつんと取り残されてしまう。意外とまわりの日本人社会が、孤児の方々の言葉が不自由なせいであるとかもしくはそれ以外の考え方がなじまないせいもあるのかもしれぬけれども、結果的には地域社会に足が地について密着して言葉どおりの定着ができない、こういうことがあると聞いておるわけでございます。ということは、孤児側の理由と同時に、日本社会そのもの、日本人そのものにも問題があるかと思うのですけれども、その辺を地域社会の方々に対してどのようにPRと申しましょうか、または啓蒙指導するのか、この辺の問題につきまして厚生大臣として、日本国民に呼びかけると申しましょうか訴えると申しましょうか、そういう観点からの御見解をお伺いいたしまして、私の質問を終わりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
○渡部国務大臣 今の先生の御指摘、大変重要な問題だと思います。私もこの職をお預かりして一番頭を痛めておるのでございますが、四十年という歳月は大変長いものでございます。したがって、今国民的な歓迎を受けて母なる国、父なる国に帰ってくるわけでございますが、これからの長い長い人生というものは、ただ一時的な感情によって解決できるものでありません。やはり生きがいのある人生というものは、それぞれの地域や職場に必要な人間になって、みずからの力によって生活していくことが最も幸せなのでありますから、四十年という長い空白を埋めて、この日本に帰国した皆さんが同化していくということは、孤児の皆さん方にも努力していただかなければならぬし、これを迎え入れる周囲の人にも努力していただかなければならないし、それも先生御心配のような、一時的な感傷でない、息の長い周囲の受け入れる気持ちというものが継続していかなければならないのでございますから、帰国された孤児の皆さんが、これからの長い生涯を本当に日本に帰ってきてよかった、喜んでいただけるような生涯を見届けるまで、私どもその責めを感じなければならないと痛感しておりますし、同時に、国民の皆さん方にも幅広くこのことを理解していただかなければならないと存じております。
○塚田委員 これをもって私の質問を終わります。この件、ひとつよろしくお願いいたします。
○有馬委員長 田中美智子君。
○田中(美)委員 お疲れでしょうけれども、最後になりましたので質問させていただきます。 昨年の三月二十四日に、同僚の浦井洋議員が、トラック島で沈んだ船の問題で遺骨収集の問題を取り上げられました。早速政府の方でも遺骨収集に取り組まれたということ、これは大変評価したいと思うわけであります。この中の浦井先生に寄せられた手紙などを見ますと、遺骨が観光客のさらしものにされるというか、一つの商売道具のようにされているということは、本当に遺族にとっては耐えがたいことだと思うわけです。政府が早速収集に取りかかってくださったことを、遺族は大変に喜んでいます。しかし、それと同時に、今まではあきらめていたというようなところがあったわけですけれども、遺骨が出てきたり、いろいろな遺品が出てきたということを聞きますと、一日も早くその遺骨を手にしたいし、遺品なども欲しい。ひょっとしたら自分の肉親の遺品があるのではないか、こういう今まであきらめかけていたものが一気に四十年前の気持ちに戻っていく、その上に遺骨や遺品が戻ってくるまで待ち切れない気持ちも高まっていくというのは人情だと思うのです。たとえ遺品や遺骨を手にしても、自分の夫や息子や父がどんなところで死んだのだろう、どういう海のところに沈んでいるのだろうということは知りたいし、そこへ行ってせめて霊を慰めたいという気持ちは非常に高まっていると思うのです。そういう訴えが、浦井先生のところにも感謝の手紙とともに来ておりますので、できるだけ早い時期に、現地に行って霊を慰めたいという遺族の方たちを派遣することを検討していただきたいと思うのですけれども、まず遺骨収集の状態と、その検討をしていただきたいということをお尋ねしたいと思います。
○入江政府委員 トラック環礁内で沈没しております五隻の船につきまして、現在遺骨収集を実施中でございまして、昨日現在で二百七十七柱の遺骨を収集したという報告を受けております。そのほかに、今お話しのありました遺品等も若干収容したという話は聞いておりまして、そのあるものについては名前も書いてあるということでありますが、私どもの現在調査したところでは、その名前に該当する人間が複数あるということでございますので、遺品がある特定の御遺族のものだということが確定いたしますれば、収集団が追悼式を終えまして八月一日に帰ってきますので、その段階で確認ができますれば、できるだけ早く御遺族にお返ししたいと考えております。
○田中(美)委員 不十分といえども、それだけの非常にたくさんの遺骨を収集していただいたことは大変よかったと思いますし、またそれがだれのものであるかという識別も大変御苦労なことだと思いますけれども、できるだけ努力をして、遺族の方たちにとっては大変な問題ですので、その努力を今後も続けていただきたいと思います。 それで、先ほど申しました二番目の問題ですけれども、遺族の方たちを現場に送る、霊を慰めに行きたいということについての検討を大臣、ぜひしていただきたいのですけれども、その点はいかがでしょうか。
○渡部国務大臣 トラック環礁内の遺骨収集について、田中先生から御評価をいただいて、援護局の者もますます一生懸命頑張っていくことと思います。今お話しの問題も、ことし実施するように努めてまいりたいと思います。
○田中(美)委員 ぜひことしじゅうにその実施ができますように、確実に予算も組んでやっていただきたいということを改めてお願いいたします。 その次の問題ですが、これは中国残留孤児の問題です。 これは恐らくお読みになったのではないかと思いますが、七月十五日の毎日新聞です。中国から引き揚げてきた人たちの子供の問題なわけですけれども、これは十一年前から、そういう子供たちを夏休みにキャンプに連れていってやろうというボランティアの活動がずっとなされていたわけです。私はよく知らなかったのですが、この新聞を見まして、やはり人間の善意というものに非常に大きな共感を得たわけです。引き揚げてこられた方々はなかなか生活に余裕もないわけですから、それが特に子供たちには大きなしわ寄せになっていると思います。ですから、夏に招待されて海や山に行き、飯ごう炊さんをしたりというようなことで非常に楽しんできている、年中行事のようになっているわけです。お金からすれば、この新聞の情報では費用というのはわずか六十万から百万だというのですね。これを本当にボランティアの方たちがお金を集めて毎年やっていたわけですが、ことしはまだ今のところ三十万円しかできていない。それで果たしてこれが実行できるかどうかということで、この新聞には「夏の楽しみ奪わないで キャンプ 資金難でピンチ 中国引き揚げの子供たち」というような見出しが出ているわけですが、善意の方たちが、個人の漫画家が無料でデザインをしたり、そういうことをしてTシャツを売って多少とも利益を上げて、百万までに足らない五、六十万の金を何とかしよう、それができなければこれが実行できないというところに行き当たっているという記事なわけです。 これは本当にわずかなお金ですので、何とかこの問題を解決できないものだろうかと私は思ったわけです。個人のボランティアに訴えるということも大事なことだ、この方たちがやっていらっしゃること、これはこれで大事なことだと私は思います。しかし、こういうものに対して、厚生省はいろいろなことをやっているわけですね。例えば障害者社会参加事業費というような形で、点字とか朗読の奉仕員の養成のためにちょっとした援助を出すだとか、身障者のスポーツの開催だとか、障害者のスポーツ教室とかがメニューになって、厚生省で伺ったのですけれども二十四項目あります。こういうようなことをいろいろやっている。金額にしては非常にわずかなことですけれども、こういうことをすれば、地方自治体も国の出した分のまた二分の一ぐらいの補助を出すというようなこともやっているわけですので、せめて中国から引き揚げてきた子供のこういうキャンプなどに、中あたりがほんのちょっとでも何か誘い水的な、私はたくさんの金額をというのではなくて、やはり国もそこにはちょっとでも気持ちを出しているのだという姿勢を示せば、地方自治体もまた少しはしようというふうに考えるでしょうし、それがまた国民の中に大きく広がって、ボランティア活動というものもさらに燃え上がってくるというふうに思うのですね。こういうことは金額にすれば少しですけれども、非常に大事なことではないかと思います。 とかく今は、人間の心と心が離れ、非常に孤独になっていっている。我々でもそういう状態というものが周りに押し寄せてきている中で、こういうことを細々ながら今まで続けてきたということは、非常に私自身の心を明るくし、人間に対する信頼感をもう一度取り戻すというような感じがします。 やはりこういうことを政治の中に生かすという、きめの細かなことをぜひやっていただきたいというふうに思うのですけれども、大臣、いかがでしょうか。何とかこれに対する援助ができないものかと思います。
○渡部国務大臣 非常に心温まるような御提言を賜りました。今ただいまの話でございますので、すぐにどうこうということでございませんが、今聞いてみますと、財団法人中国残留孤児援護基金が事業の助成等を行っておるそうでございますので、この方面から御協力をできるかどうか、これは検討してまいって、そういう面で御協力できればそれもよし、また、今のようなお話でございますから、仮にこの基金で御協力ができない場合は、私も個人として、また、ここに社労の小沢先輩などもいらっしゃいますので、今のお求めですから、基金として御協力できれば一番いいのでありますが、それができない場合でも、その子供たちの夢が皆さん方の善意でかなえられるように努めたいと思います。
○田中(美)委員 前向きに受けとめていただいて大変いいことだというふうに思います。ただ、緊急の場合には個人ということもありますし、何はともあれ、これがことしだめにならない、ことし必ず実行できるということと同時に、個人の単なる慈善的な気持ちでそのときはうまくいったから後はいいというのではなくて、やはり政治の中にこういうものをやっていく。子供たちには何の責任もないわけで、やはり戦争の大きな被害として出てきていることですので、制度の上でやっていけるように、ことしは間際になっていますからすぐにということで、今大臣がいろいろおっしゃったような形で必ずこれを実現できるようにしてやってほしいと思うのです。来年またこういうふうなことにならないように、来年、再来年とやっていかれるというふうな観点を踏まえて、ぜひ成功させていただきたいと思います。もう一度きちっとお答えいただきたいと思います。
○渡部国務大臣 及ばずながらお引き受けいたしました。
○田中(美)委員 それではよろしくお願いいたします。 次は、今度の年金額の問題ですけれども、今度の改正というのは二年ぶりですので、非常に物価が上昇をしていますけれども、どれぐらい上昇しているでしょうか。
○入江政府委員 五十八年度の物価上昇率は二・〇%でございます。
○田中(美)委員 その前の年と合わせていただけますか。
○入江政府委員 五十七年度は二・四でございます。
○田中(美)委員 そうすると、前回の改正から四・四ですか。
○入江政府委員 それは掛け合わせなければいけませんが、要するに、大ざっぱに言って大体その程度ということでございます。
○田中(美)委員 そうすると、四・四なり四・八という物価上昇だと思いますけれども、それが今度はわずか二%ということでは、せっかくのこういう制度というものを、特に、物価その他の諸事情に著しい変化が生じた場合には、これに対する速やかな改定の措置を講ずるようにと法律でも言われているわけですので、やはり公務員に横並びというやり方というのは、公務員の問題は公務員の問題としてまた問題はあるわけですけれども、そうだからといって、何でもこうした福祉的なものを横並びという考え方は、ちょっと単純というか怠け者の考え方ではないでしょうか。
○入江政府委員 御承知のように、援護法の遺族年金等は、援護法自体が恩給法を補完するというような性格を持っておりますものですから、従来から恩給に準じて改善を行ってきたわけでございますが、その恩給法のベースアップの考え方が、恩給法の対象は元公務員でございますので、元公務員の恩給のベースアップは現公務員の給与改定を基礎として考えるべきであるというのが恩給法の考え方でございまして、非常に厳しい財政状況下で公務員の給与のベースアップが抑えられた事情を考えまして、恩給法は二・二%という引き上げ幅で今度改善することになりましたので、私どもはそれにならって改善するということにしたわけでございます。
○田中(美)委員 わかり切ったことですけれども、先ほどもそういう話が出ておりましたけれども、さらっと横並びするという考え方が、やはり私たちにはちょっと納得できないという感じがいたしますので、これに対しては、多少とも上がるのだからいいという考え方というのはやはり間違っているのではないかと思うのですね・物価上昇にあれしないということは、この生活は本当にわずかな金額なんですから、そして、こういうものをいただいている人たちはいろいろな意味で条件の悪い中にいる方が多いわけですから、公務員はいいけれどもこれはいけないということを言っているわけではありませんけれども、恩給法がそうなったから全部これを横並びにしていくという考え方というのはやはりちょっと直していただかないと、実質的には使いでが下がっていくわけですから、もともと多いものが下がるのと違いますので、非常に少ないし、それから生活もいろいろ悪条件の人が多い階層なわけですから、そういうところが実質的には下がる、お金の使いでというものが二%なり三%なり少なくなるということはやはり問題だと思うのですね。何はともあれ現状維持、物価上昇よりも上げる、世の中が進んでいけば上がるのは当たり前なんですけれども、非常におかしい現象が起きているというのは、今の日本の社会の基本的な矛盾があるわけですからそこまで論じていられませんけれども、そういうところを考えないとこれからはいろいろ厳しくなる、どんどん軍備の方に使って厳しくなる、そして一番下の方がどんどんやられていくということでは、みんな生活保護レベルになってしまうというふうに思いますので、何でも横並びということはちょっと考えていただきたい、もう一度根本的に考え直していただきたいと思いますが、大臣はいかがでございましょう。
○渡部国務大臣 行政というものですから、今答弁があったように、横並びと今先生おしかりになりますけれども、横並びということは公平ということですから、行政をする立場では大事な問題でございますので、今の政府委員の答弁のとおりだと思います。
○田中(美)委員 いや、横並びというのは、それは大事なことだとは私は言わない。一度考えてみる必要があるのではないか。こんなことを毎年毎年やられていっては、どんどん実質的には下がっていくわけですからね。ですから、横並びが公平なんだという考え方は、もう一度検討してみる必要があるのではないかと言っているわけです。
○入江政府委員 この二%のアップといいますのは、三月から二%上げまして、今、要するに援護年金の対象者の実情にかんがみまして八月から二千円加算するということになっております。
○田中(美)委員 それは法案の説明をなさっただけで、私の問いに答えたことになってない。八月からちょっと上乗せするというだけのことですから、基本的な考え方を横並びというふうにいかないで、そういうふうにちょっとくっつけることができるならば、ちょっとでなくて、せめて物価に相応したところまでやる。横並びにしかできないんだ、こういうことではないということでしょう、八月からちょっと加算するということは。ということは、考え方としては私と一致しているわけですから、決してそうではない、できるということですよね。それをあなた方はやっているわけですから。そこのところがいかにもみみっちいわけですので、非常に困難な状態や、また自分の責任でなくて非常に不幸な目に遭った方々ですので、その点、基本的な考え方を何でも横並びというふうにしないで、今後とも物価に見合ったものは最低必ず補償していく、その線を崩さないでいただきたい。できればそれ以上に上がっていくのが当然ですけれども、せめて物価に見合ったところまで持っていくというのが厚生省の基本的な考え方ではないかと思います。
○入江政府委員 この種の、年金を物価にスライドするかあるいはこういうふうにほかの指標でスライドするか、皆それぞれの制度の考え方かと思いますが、援護法の場合は恩給法の親類というか兄弟分でございまして、要するに国家補償という意味で、そういう同じ性格を持っておりまして、従来とも、元公務員である恩給法の対象者は現公務員の給与改定に準じといいますか、それを基礎として改定するという建前をとってきたわけでございます。 こういう問題、ちょこっと上乗せすればというお話してございますが、私ども仕事をする上に、公平ということは一つの大きなポイントでございまして、結果的には横並びで安易におとりになられることになるかもしれませんが、熟慮の結果でございますので、どうぞ御了承を……。
○田中(美)委員 熟慮の結果ほんのちょっぴりということ、公平という考え方がちょっと私とは違っているように思いますね。やはり置かれた状態が違えば同じにすることが公平だということにはならないと思うのですけれども、時間になりましたので、これで質問を終わります。
○有馬委員長 次回は、来る二十四日火曜日、委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時五十七分散会 ――――◇―――――