科学技術委員会 第8号
- 発言数
- 6 件
- 登壇者
- 2 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1984/04/05
会議録
○大野委員長 これより会議を開きます。 宇宙開発に関する件、特に最近の宇宙開発問題について調査を進めます。 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。 本件調査のため、本日、参考人として宇宙科学研究所教授大林辰蔵君の御出席を求め、意見を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大野委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ―――――――――――――
○大野委員長 この際、大林参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は御多用中のところ本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございます。 本日は、最近の宇宙開発問題につきまして忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。 なお、議事の順序についてでありますが、まず参考人に一時間程度御意見をお述べいただき、次いで懇談に入りたいと存じます。 それでは、大林参考人にお願いいたします。
○大林参考人 ただいま御紹介をいただきました大林でございます。本日は、このような会議にいろいろ御説明をさせていただくことを大変光栄に思っております。 お手元にまだ資料が届いていないと思いますが、きょうは、主として日本の宇宙開発が今どういう状態にあるか、それから、これからどういう問題が出てくるのだろうかというようなことについて、簡単に御説明を申し上げたいと思います。 私、以前から約二十年くらい、東京大学の宇宙航空研究所でロケットや大胆衛星の仕事にずっと携わってまいりまして、きょういろいろ御説明を申し上げる立場は、もちろん宇宙科学研究所の職員としての立場ではございませんで、一般的な、宇宙に関心を持って仕事をしている者の一人としていろいろの御意見を述べさせていただきたいと考えております。よろしくお願いいたしたいと思います。 まず、話の初めとして歴史的なことを述べるわけですが、宇宙開発がどういう歴史的な展開で発展してきたかというような問題から御説明を申し上げまして、その後、現在の現状それから将来の見通しを御説明申し上げたいと思います。 世界の宇宙開発がどういう契機で出てきたかといいますと、御存じのように、今から約六十年くらい前、一九二〇年ころ、アメリカのゴダードという人が初めてアメリカでロケットを打ち上げまして、それがいわゆる宇宙開発の一番最初であります。もちろんその前には、いろいろの夢の時代がございまして、宇宙に行きたいとかロケットを使ったらどうだとかいう議論はあったわけでありますが、現実に最初の打ち上げをやったのは一九二六年であります。 その後、御存じのドイツのV2ロケットというのが第二次世界大戦中にでき上がった。これをつくり上げたのが有名なフォン・ブラウンであります。フォン・ブラウンは、その後、戦後にアメリカに渡りまして、アメリカの宇宙開発の中心になったことは御存じのとおりであります。そして、科学的観測のためにV2ロケットを使って上層大気を調べようという仕事がアメリカで始まりまして、ほとんど時を同じくして、ソビエトでもドイツの科学者を迎えてロケットの研究を始めております。そして、戦後のいわゆる米ソの宇宙競争という時代に入ってきたわけでございます。 そして一九五七年に、最初のスプートニク衛星が宇宙に打ち上がりました。これが世界に大変なインパクトを与えたことは御存じのとおりであります。私、ちょうどそのころ、スプートニクが上がりましたときに大西洋の上におりまして、アメリカからロンドンに船で渡っている最中でございまして、私も船の中でそのニュースを聞きまして、いよいよ宇宙の時代がやってきたということをしみじみ実感したわけであります。そして、その後は主として、科学衛星と我々は呼んでおりますが、それを使った研究が米ソを中心にして大変な勢いで始まったわけであります。そして、やがてそれがアポロ計画につながっていきます。 御存じのように、一九六一年にケネディ大統領が、アメリカは一九六〇年代に月に人間を送るという有名な宣言をやったわけであります。そうして現在を迎えた。現在はどういう時代であるかというと、私どもは、まさにスペースシャトルの時代がやってきたということを感じているわけであります。 それに対して、日本はどういうテンポでこの問題に取り組んできたかということを申し上げますと、御存じのように一九五五年、今から約三十年前になりますけれども、私どもの先輩の糸川教授がペンシルロケットをつくりました。ペンシルロケットというのは、長さが二十何センチぐらいの、まさに鉛筆のようなロケットであります。そのロケットは上に飛ぶのではなくて、国分寺の射撃場で横に飛ばしたという有名な話がございます。その後、東京大学では、ペンシルロケットからベビーロケットあるいはカッパロケット、そういう主として上層大気を観測する科学的な研究をするためのロケットをずっと開発してまいりました。 ロケットがカッパからラムダと、だんだん大きなものになっていきまして、一九六〇年代の後半から、いよいよそれが本格的な日本のロケット開発の時代に導いていったことは御存じのとおりであります。そうして一九六〇年代の後半でございますが、我々がよく言う科学衛星への道という時代がございまして、日本が独自に科学衛星を打ち上げようではないかと、これは皆さんの御記憶に新しいところでございます。例の「また失敗」というのが何遍か続いたわけであります。 その当時、私どもやっておりまして、当時は世界の趨勢が液体ロケットであって、液体燃料のロケットで人工衛星を宇宙に打ち上げるということであったわけです。その当時、私どもにはそれを使うような技術がまだありませんでした。それで、固体ロケットだけで人工衛星を上げようという努力をしたわけであります。 それに対して世間では、米ソは全部液体ロケットでやっている、固体で上がるはずがないというような、いろいろな議論を巻き起こしたことは御存じのとおりであります。中にはひどいのがありまして、世界の中で大学でロケットを上げているところなんというのはあるか、ないじゃないか、上がらないことに決まっているというような議論まで出てきたわけですが、まあおかげで五回目に無事、世界で一番小さなロケットで「おおすみ」という科学衛星を打ち上げました。その後の発展というのは比較的順調でございまして、それから現在我々が使っておりますミューロケット、これは実際に日産自動車が参加した国産の人工衛星の打ち上げ機体でありますけれども、それによって幾つかの科学観測をやってまいりました。ことしの二月には十五番目の科学衛星「おおぞら」というのを上げまして、地球の周辺の大気、特に最近話題になっておりますオゾン層だとか地球の炭酸ガスの問題はどうなっているかというような研究をやっているのは御存じのとおりであります。 それと同時に、我々の研究と並行して宇宙開発事業団では実用衛星の開発ということをこの十年ぐらい前から始めまして、そして現在では気象衛星あるいは通信衛星、そういうことで大変な活躍をしておられることも御存じのとおりであります。言いかえますと、日本では、科学研究と実用研究といった面で、ある意味では着々とその成果を上げているというのが歴史的な発展の経過でございます。 現在、世界では、かなり多くの国が宇宙に関心を持っている。米ソは当然のこと、ヨーロッパの連合約十カ国が大変興味を持っていますし、カナダ、最近ではアラブ連合であるとかいろいろの国が、自分では打ち上げの能力を持っていませんけれども、アメリカやソビエトに依頼して、いろいろの科学衛星を上げているというのが現状でございます。 次は、宇宙開発の意義だとか目的だとかということがどういうところにあるかということであります。私どもから言わせますと、この意義、目的は大きく分けて二つに分けることができると思います。 第一番目は、学術的な研究であります。我々が未知の空間である宇宙を学術的に調べようという問題で、これは現在私どもが中心になってやっておりますけれども、地球の周辺の大気の研究、バンアレン・ベルトであるとかあるいは地球のうんと遠く何万キロも離れたところはどうなっているかというような議論をやっております。それから、天文学の分野で、特にエックス線天文学という分野では、我が国は世界に先駆けていろいろの研究をやっていることは御存じのとおりであります。それから、宇宙が我々の地上と大変違うのは、端的に申しますと無重力の状態である。引力が働かない。引力は効いているわけですが、結果的にバランスをしてゼロGになっている。そういう新しい環境の中でどういう実験が可能であるか、どういう応用が可能であるかというのはまさにこれからの問題でありますけれども、そういうことをやっております。 それと並行して、宇宙開発事業団では、いろいろ実用的な応用、宇宙応用ということを主として手がけておられるわけでございまして、御存じの通信衛星あるいは地球観測衛星、つまり気象衛星であるとか資源衛星であるとかそういうものであります。それから、これは将来の夢でありますけれども、宇宙工場をつくろうというようなことが問題になっております。 特に気象衛星あるいは通信衛星というのは現在社会に大変深く結びついておりまして、これが日本の大きな力になっていることは御存じのとおりで、ちょっとわき道にそれますけれども、通信衛星というのは、世界では現在国際通信はほとんど衛星を使った通信に変わりつつあります。現在の世界通信の六〇%は衛星通信であります。その中で世界のどの国が通信衛星をよく使っているかという統計が最近できておりますが、我が国が一番使っているところの一つであります。アメリカとほとんど同じくらいに使っております。 何に使っているのだろうかということですが、もちろん皆さんがアメリカに電話をおかけになる、そのときには現在の電話は全部宇宙衛星を使ってアメリカに電話がかかっている。ところが、日本が物すごく使っているのはだれが使っているかというと、日本の商社が使っております。政府でもありません、商社が使っている。何に使っているかといったら、世界じゅうの通信をやっているわけであります。例えばアフリカの奥地あるいは南米の山の中に日本の商社がたくさんばらまかれている。そこから直接東京に通信を送ってくるわけで、今まではそういうことは可能ではございませんでした。例えばアマゾンの流域に三菱の商社があったとする。そこで石けんが足りないとか砂糖を持ってくると売れるとかというようなことがわかれば、普通はアマゾンの奥地からはるばるブラジルのサンパウロまで出てきまして、そこに通信社があるから、そこから東京に電報を打つというようなことをやっておったわけであります。現在の宇宙通信というのは、どこにいても通信ができるわけです。一メートルくらいのパラボラのアンテナさえ持てば、自分ですぐに直接に東京に通信ができる。それで、どんどんそれを使ってアフリカの奥地あるいはアマゾンからそういう通信が行われているわけであります。端的に言いますと、日本は、貿易摩擦が起こっているという一つの要因はそこにあるので、商売がうま過ぎるのです。通信網が発達し過ぎている。そういうのが一例です。 それから、気象衛星というのは、もう皆さんよく御存じの夜のテレビの放送でごらんになる。ただ宇宙から写真を送ってくるだけじゃないかとおっしゃるかもしれませんけれども、あれは大変なことだ。 御存じのように、天気予報というのは、今までは当たらないことの代名詞であった。天気予報というのは当たらぬ。それは実際に私も地球物理学をやったことがございますので、よく知っていますが、天気予報というのは大変難しい仕事なんです。今から百年前に日本は初めて天気予報を始めました。そのときにどうしたかというと、日本の国じゅうに約百カ所の測候所を置いたわけです。そして測候所では何をしておったかといったら、毎日二時間置きに空を眺めたり気圧をはかったり風向きをはかったり、そしてそれを電報で中央気象台に送ってくるわけです。そうすると、中央気象台では、それを集めて天気図というのをかいた。そして中央気象台には予報官というのがいて、その天気図を眺めて天気予報を出すわけです。どんな天気予報を出すかというと、「晴れ時々曇り所によって小雨」という天気予報を出す。そう言っておけば大抵当たっていますからね。それくらい天気予報というのは難しかった。 ところが、今は天気予報が物すごく当たっています。去年たしか三陸沖で台風が急にずれまして船舶が遭難をいたしました、天気予報が外れたというので。そして、これは新聞で大きく報道されました。新聞で大きく報道されたということは、ふだんは当たっているということです。 気象衛星では別の話がありますけれども、気象衛星は皆さんに大変役に立っていることは御存じのとおりであります。あの天気予報をだれが一番使っているか。その一例は浅草のお弁当屋さんなんです。きょうは金曜日であしたは土曜日だとする。そうすると、お弁当屋さんはいつも、あしたどれだけお弁当をつくろうかということに頭を悩ますわけで、あした天気なら三割増しにつくっても絶対売れる、ところが大雨だったら五割ぐらい残ってしまう。残念なことにお弁当というのは次の週末まで持ち越すことはできない。だから、その弁当屋の主人は天気予報を聞いてやるわけですが、その天気予報が当たらない。 ところが今は、それが状況が違いまして、弁当屋の主人は何をしているかといったら、テレビを見ている。そうするとテレビに雲の写真が出てきます。きのうのテレビを皆さんごらんになったかと思いますが、物すごい雨雲が九州の上にあります。そして、ずうっと動いている。あれを見れば、素人だってあした東京は雨だということがわかるのです、天気予報を聞かなくたって。弁当屋の主人は何をやっているかといったら、その写真を見ているだけで、天気予報なんて全然聞いていない。そして、あした雨だ、やめようということでやっている。現在、日本のお弁当の年商がどれくらいか私もよく知りませんけれども、約数千億だと言われております。天気予報を聞いてうまく当たれば、それが二割、三割の上下は当然あるわけであります。数千億の二割、三割だったら一千億という金が浮いたり沈んだりしている。そして、それが天気予報に依存しているわけです。御存じのように、気象衛星を上げるコストは今二百億ぐらいと言われていますけれども、そのコストはもう問題じゃないのです。 まあ、いろいろ脱線をいたしましたけれども、今、学術的な研究だとか実用研究、そのほかにもう一つ大事なのは、副次的な効果というのがあります。いろいろの副次効果を考えることができます。 これは、もうよく言われているように、高級なエレクトロニクスを使ってやるんだ、コンピューター産業を発達させるんだとか……。ところが、私が最も大きいと思うのは教育的効果であります。子供たちが宇宙に物すごく興味を持っています。現在、四十以上の人たちは宇宙にはほとんど関心がありませんけれども、二十代あるいは十代の子供たちというのは物すごく目を輝かしてスペースシャトルを見ております。それは大変な教育的効果があります。そのほか、副次的な効果というのはいろいろ、昔は国家威信であるとか何だとかいうことを言われました。だんだんそういう傾向は少なくなってきておりますけれども、社会的に大変大きなインパクトを与えるということは御存じのとおりであります。 三番目の問題に移ります。我が国における宇宙開発の進め方が現在どうなっているかということであります。これは初めに申し上げましたように、現在日本では二本の柱で研究ないしは事業を行っております。 第一番目が学術的な基礎研究であります。これは現在、私ども宇宙科学研究所が中心になって全国の大学の共同利用としてこの事業を進めております。そして何をやっているかといいますと、理学及び工学の共同研究をやっている。言いかえますと、サイエンスとエンジニアリング二つをまとめまして、同時にそれが一緒になっていろいろのことをやっている。簡単に言いますと、ロケットや人工衛星を使って宇宙の観測をするというような種類のことをやっているわけであります。 その中でどういう分野を我々が現在担当をしているかといいますと、これも御存じのように、天文学あるいは太陽や地球の空間の科学、そういうものが中心になってやっておりまして、そしてロケットをつくる、人工衛星をつくる、エレクトロニクスをやるというような宇宙工学というのが、これが支えになっております。こういう研究を私ども約十五年続けてきたわけであります。現在我が国の研究のレベルがどのくらいにあるかというのは、私から大変申し上げにくいのでありますけれども、まさに世界のトップレベルの一つにあります。特に、御存じのように、この間打ち上げた「てんま」とかそういう科学衛星は、新しいブラックホールを日本が発見したとかそういう問題とか、この間上げました「おおぞら」という衛星は、今度は現在の我々の地上二十キロぐらいにあるところのオゾン層がどうなっているかというのをはかりつつあります。そういうことをやっているのはもちろん世界で初めてであります。 そういう科学的な水準、それからロケットの技術もだんだんに充実してまいりまして、私先週までアメリカにおったのですが、連中がいつも言うことは、おまえたちのシステムというのはすばらしい。というのは、サイエンスの科学者たちとエンジニアリングのグループが一緒になってやっている、これは世界にないのであります。一般にサイエンティストとエンジニアというのは仲が悪いというのが昔からの定評であります。そして別々にやっている。エンジニアがロケットをつくる、そうすると科学者が頼んでそこに物を載っけてもらうというような仕事をやっております。アメリカやソビエトは、ロケットをつくるのは軍事的な目的もかなりありますから、科学はそれのつけ加えで乗っかっているというのが現状でありますが、私どもの場合には科学のためのロケット、科学研究をするためのロケットであるということで、一緒になってやっているわけであります。 このシステムは、昔からいろいろの議論がありましたけれども、私ども十五年間やってみて、これはすばらしいシステムである。というのは、我々がというか、私は科学者の方なんでありますけれども、いろいろのアイデアを出す、こんな格好で飛ぶロケットができないかとか、人工衛星が途中でとまる方法はないかなんというようなとんでもないこと宣言うわけで、そうすると、宇宙工学の連中は必死になって何とかならないかと考える、そういうコミュニケーションを非常にうまくやっておりますので、大変短い間に世界のトップレベルにのしてきたということが私どものある種の自慢でございますけれども、そういう学術的な基礎研究というのをやっております。 それからもう一つは、これもまた大事な問題ですけれども、実用的な応用研究、これは現在では宇宙開発事業団が中心になって推進をしております。そして、先ほど申し上げましたような宇宙通信の問題、それから地球観測、これは「ひまわり」だとかそういう気象衛星を宇宙開発事業団では上げておりまして、近き将来は資源探査衛星というのを上げようというような計画を持っております。それから、これもこれからの問題ですけれども、宇宙の環境を応用していろいろの実験をやろう、特に無重力環境の中での材料実験あるいはライフサイエンスの問題。これは後でちょっと申し上げたいと思うのですが、ライフサイエンスというのは大変おもしろいのです。ライフサイエンスに二つあります。一つは人間の問題であります。宇宙を飛ぶ人間がどうなるか。もう一つの問題は、一般に植物や生物あるいは動物が無重力に対してどういう反応を示すか。 まあ、ちょっと余談に入りまして申しわけないですが、今から十年ぐらい前にアメリカにスカイラブという計画がございました。アポロのブースターを使って宇宙に上げて、そこで宇宙飛行士が三カ月ぐらい仕事をした。そのときにやったアメリカの高校生の提案の実験がある。どういう実験がというと、メダカを宇宙に連れていく。まあ言えばメダカを何匹か金魚鉢に入れて宇宙に持って上げる。そうすると、無重力の状態になるわけですが、メダカはどう泳いだでしょうかということです。どう泳いだと思いますか。メダカを宇宙に持っていったらどうなるか。メダカは宇宙に行って無重力になったので、どちらが下だかわからなくなった。普通は地上ではおなかを下にして泳ぐ。ところがどちらが下だかわからなくなっちゃった。そうするとどういう泳ぎ方をしたでしょうか。実際には、これはテレビでちゃんと撮っていますが、メダカがくるっくる回り出したのです。それは、自分でくるっくる回ることによって遠心力がつくのです。そうすると外側に向かって力が働く。まさに引力が中心にあるような気になる。だから安心してくるっくる、くるっくる回っているわけであります。 ところが、これのもっとおもしろい話がある。そのときのスカイラブの実験は、私の友達のキャリオットといいまして、この間私どもスペースシャトルの実験をやりましたが、これに乗っかっていった人でありますが、メダカと同時にメダカの卵を持っていったわけです。そうして二カ月もおりましたから、その卵がかえっちゃった。その宇宙で生まれたメダカはどう泳いだでしょうか。宇宙で生まれたメダカはすいすいと泳ぐ。そのメダカは引力なんて知らないのです。地球で生まれたメダカは引力を知っておったから、引力に対してこういうふうに泳がなくちゃいかぬということを体験で覚えておったわけです。ところが、全然引力を知らなかったメダカは、DNAの中にある泳ぎ方のとおりに泳いだわけなんです。そういうようにライフサイエンスというのは非常に新しい問題を含んでいるということです。というのは、私がちょっと皆さんに御質問しても答えられないような問題を現在答えているわけです。 そのほか、おもしろい問題がありまして、アサガオのつるが何で巻くか、無重力の世界でもアサガオのつるは巻いていくのかという問題です。地上で映画で調べてみますと、アサガオのつるが巻いているのは、実際はああいうふうに巻きついているのではなくて、振り子のように動いていて、何か障害物があるとくるっと巻きつく。ところが振り子というのは、引力があるから振り子の運動があるわけであります。引力がないときにそれはどうするんだろうかというような、いろいろおもしろい問題がたくさんあって、それを申し上げていると簡単に一時間ぐらい過ぎてしまいますので、省略をいたします。 その次の問題を申し上げます。我が国の宇宙開発技術がどんなレベルにあるかというのは、私もいろいろの人から聞かれます。現在の日本の宇宙開発の水準はどういうところにあるのだろうかということですが、二つの問題があります。 第一番目は、技術水準の現状ということであります。技術というのは大変広くて、簡単には申し上げられません。いろいろの問題がありますが、ここに書いてありますように設計、製作、それから衛星のオペレーションというような技術、これは直接につながってくる非常に大きな技術であります。これが日本はどんなレベルにあるのでしょうか。残念ながら、設計、製作、運用という技術は、日本はアメリカ、ソビエトに対しては後進国でございました。十年もおくれて出発したわけですから、後進国であったのは当然であります。ところが現在は、これが大変な勢いで追いついているということを申し上げることができます。そして日本の産業界、特に日本電気だとか東芝だとか三菱だとか、宇宙にかかわっているいろいろの産業界が、この十年で大変立派な技術を習得したということが言えると思います。 ところがもう一つ、こういう問題に加えて技術の中で大事なのは、どういうものをつくろうとするかという構想を立てる、それから技術のプランニングをする、あるいは私どもの言葉では概念設計、どういうものをつくってどう使うんだというのは、残念ながら大変おくれています。私は二カ月に一遍くらいアメリカに行って、向こうのエンジニアといろいろ議論をしているわけですけれども、彼らの発想がすばらしいわけではないのです。大変くだらぬ発想をみんなでわいわいやっています。ところが、一年もたつと立派なものになっていくのです。その概念のつくり方、これは日本は明らかにおくれています。日本人は頭がよ過ぎるのですね。くだらぬ議論をしないのですよ。すぐに役に立つというのを考えつく。ところがアメリカの連中は、これはまさに未知の空間に行くわけですから、こうしたらいいなんという方法は、もちろん初めからあるわけじゃないのです。こうしたらどうだ、ああしたらどうだという議論をみんなでどんどんやる。そうしてわいわいやっていると、知らぬうちに一年ぐらいたつと格好がついてくるのです。 私の経験から申しますと、スペースシャトルは私は最初から一緒になってやっていました。アメリカの連中が、何でおまえはスペースシャトルなんてやりたいのだと言うから、日本の技術がおくれているからあなた方と一緒にやって少し勉強したいのだと私が言うと、アメリカのNASAの本部の連中が、それはうそだ、日本がおくれているなんてとんでもない、NASAのコンピューターは今FACOMが入っている、今まではIBMだったけれどもFACOMにかえようとしている、あらゆる技術は日本がすぐれているに決まっているじゃないかと言うのです。私がそのときに申し上げたのは、我々がない技術をあなたたちは持っているのだと言ったのですが、言いかえますと、見当もつかないようなことを見当がつくようにつくり上げていくという技術、それはまだありません。日本では、それはどこでもやってないからやらぬ方がいいという言葉で表現するわけであります。だれもやったことないじゃないか、そんなのやめておこう。ところが、アメリカとは申しませんけれどもあの連中は、だれもやってないからやろうじゃないかという発想の違いであります。そういう発想が日本にも出てくるのは、やはりかなり時間がかかると思うのです。 というのは、それは必ずしも技術者、科学者の責任ではなくて、社会一般の考え方がどういうところにあるか。日本は明治以来百年、欧米から技術を学ぶのが一番手っ取り早い方法であるということで、まねをしてきたわけであります。それは、技術を伸ばすのには大変有効な方法であったことは間違いないと思います。ですけれども、これからもそのとおりでいいかというと、明らかに違うのだということはおわかりになっていただけると思います。それから技術の水準は、そういう意味で製作だとか運用だとかという技術は、現在がなり米ソに追っついてきたと私は思っておりますけれども、構想を立てるとか概念設計をやるという技術はこれからやらなくちゃいかぬ、それには問題意識を持たなくちゃいかぬということであります。目的もなしにやったってだめなんです。後で申し上げたいと思うスペースステーションの概念というのは、まさにそういうところにあるのだと私どもは考えているわけであります。 それから次の問題は、技術の背景及び波及効果と将来産業の指向というような観点であります。 これはやはり宇宙開発技術に関連をした問題であると思いますが、技術の背景というものは、単に宇宙だけがよくなっても宇宙開発は進まないということがポイントの一つであります。例えば、宇宙開発ではたくさんのエレクトロニクス、コンピューターを使っております。そういうものは、コンピューターの産業自体がどんどん伸びてなければ、何ぼ苦労してもだめなんです。そのいい例がソビエトであります。ソビエトはコンピューターはだめです。だからこれ以上伸びません。それに対してアメリカは、今コンピューター、エレクトロニクスというものがどんどん発達しております。日本の場合には、その素地は十分あるということです。確かに日本では、まだ宇宙応用というのは余りやられておりません。というのは、マーケットが小さいから産業界がそこに乗ってこない。しかしマーケットさえ大きくしてやれば幾らでも乗ってきます。秋葉原に行ってごらんなさい。アメリカ人が目を回すような、そんなコンピューターをいっぱい売っているじゃないですか。子供たちがそれを必死になって買っているのです。あれは子供たちが大変なマーケットだからであります。現在の日本の宇宙産業は余りにもマーケットが小さ過ぎる。宇宙開発事業団とか私どものところが年に一機か二機ロケットを買うだけの話であります。そんなことでは産業というのは発達しない。だから、もっと枠を広げなくちゃいけない。 それから波及効果、これは申し上げるまでもございません。宇宙で開発された技術がいろいろな技術に応用されている。コンピューターなんというのは、まさに宇宙技術から生まれてきたものであります。そして例えば材料技術では、私どもが今から二十年も前にカッパロケットをつくったときに、非常に強いハイテンションスチールというものをつくり上げました。ロケットは中で火薬が爆発するわけですから、爆発しても壊れないようにするには大変強いスチールが必要であります。そうかといって、厚さを厚くすると目方が重くなりますから上がらなくなってしまいます。だから、できるだけ薄くて強いハイテンションスチール、その当時ハイディーン二〇〇というのをラムダに使ったわけであります。ところが、それが今は何に利用されるか。東京の至るところに建っている高層ビルディング、あれは全部ハイテンションスチールを使ってやっております。今の高層ビルはれんがだけじゃないのです。薄いスチールを使っております。橋だって同じことです。これは波及効果の一例でございますけれども、そういうものが大いに役に立っていることは事実であります。それを引っ張っていくのが宇宙産業であると私は考えております。 それから最後にシステムエンジニアリング、これも言葉はお聞きになった方があると思います。いろんなものをうまくまとめてやっていく。これは、一方では日本は非常にうまいのですが、まだそういう技術、いわゆる手配師の技術というものが余り伸びてないということがあります。現在の産業界は、大部分単品製作の産業であります。それに対して、いろんなものを組み合わせてつくっていくという新しい波及効果がそのうちに生まれるだろうと私は期待しているわけであります。 五番目に、大型ロケットの話であります。これはこの間、政策大綱で、日本ではHⅡという大きなロケットをつくろうということで、それがいいかどうかということを我々のところでかなり議論いたしました。というのは、一つの議論は、大きな重いものを上げるのはもうシャトルに変わっているではないか、何を今さら大きなロケットかという議論です。ところが、政策大綱でそういう路線を出したのには、それなりのちゃんとした理由があったわけでございます。それは、そういうHロケット、大型のロケットをつくるということの技術そのものが大変大事であるということであり、そして自主技術でやるんだ、日本の国内の力でやるんだということで、私ども東京大学の方では、ミューロケットというのは完全に我々の自主技術でやりました。どこからも技術導入をしなくてやったわけであります。それは直径一・四メートルぐらいのロケットまでで、もっと大きなロケットを自主技術で育てようではないか、それが必ずしも運搬に役に立つというだけの話では多分ないだろう。先ほども申し上げましたような、そういう概念設計をつくってやっていくという技術を習得するのに大変役に立つのではないかと私どもは思っているわけであります。この分野は私の専門でございませんので簡単にいたしますけれども、そういうふうに考えております。 話を急ぎますが、次の国際協力の問題を申し上げます。 宇宙の研究、仕事というものがほかの仕事とかなりユニークなのは、国際協力という観点があるからであります。御存じのように、宇宙というのは地球の外なんですから、どの国のものでもない。世界じゅうの人たちが協力をして調べようではないかというような考え方が出てくるのは当然のことで、私ども宇宙科学研究所では、長年にわたってそういう国際研究を我々の事業の中で一〇%くらいの投資を絶えずやっていこうという形で進めてまいりました。 ここに例が書いてありますが、二十年ぐらい前は宇宙研で開発をした気象ロケットをアメリカに持っていきまして、アメリカと一緒に上げていろいろ調べようというようなことから始まりましたし、例えば気球観測では、この間インドネシアに日食がございました。日本の気球を持っていって、日食の最中の太陽がどうなるかというのをインドネシアの連中と共同していろいろやりました。それから天文学だとか電離層のロケット観測というのは、今まで数回以上アメリカやカナダ、インド、そういう国と一緒になって共同で仕事をやっております。 御存じのように、天文学なんかを発達させるのは必ずしもどこかの国のためになるというようなことではありません。明らかに人類の知識をふやそうという事業でありますから、カナダにそういうすてきなやつがいたら、そいつと、日本はロケットを持っているから一緒にやってあげましょうというようなことをやるのは当然のことで、科学衛星でも、私ども宇宙研でつくっておりますのはエクソス系のサテライトとかアストロ系、これは天文学中心のサテライトでありますが、幾つかの外国の観測器を日本の衛星に載せて上げるということを事実実行をしております。この二月に上がったエクソスCというのは、カナダの国のペイロードも入っております。もちろん搭載経費というのは取った覚えがございません。ただ、つくるのは自分たちのお金でつくってこいよというやり方で、そのかわり打ち上げは共同で打ち上げようというやり方でやりました。 それから、最近御記憶に新しいのは、スペースシャトルでスペースラブというのが昨年十一月に上がりました。それには私どものSEPACという計画、いわゆる人工オーロラをつくろうという計画をやったわけで、あれもまさに国際協力の一環で、私どもはシャトルに乗り賃を払ったわけではない、ただで乗せてもらいました。ただで乗せてもらいましたという言い方はおかしいのであって、乗ってやったということであります。 新聞によりますと、それが失敗であったと大変書かれました。実際には、私先週までアメリカでそれの報告をやっておったのですが、まあ確かに失敗は起こりました。ですけれども、全体の経過としては私は八〇%ぐらいは取れたと思う。大変おもしろい結果がたくさん出ている。全体のシャトルの飛んでいる期間の半分ぐらいは実際にちゃんと働いておったわけですから。後半で少し問題が起こりましたけれども。 そういう形の国際協力を私どもはやっております。ただ、今度、実用分野ではこれがなかなか難しい。当然金もうけとかそういうことと関係があるので、協力でやって両方でもうけようなんというのはなかなか話がうま過ぎるのであります。ですけれども、だんだんそういうものを考えていかなくてはいかぬ時代が来つつあるということも事実であります。 今まで私どもがやっておった問題は割合に小規模――小規模と言っても数億程度の規模の国際協力でありますけれども、これから大型の国際協力事業が始まるという時代をまさに迎えまして、私どものターゲットは大体数年後、一九九〇年代にはこの大型の国際協力というのは大変な勢いで伸びてくるだろうということであります。 その一つは、来年の一月に飛ばそうとしているハレーすい星月のロケットであります。御存じのように、ハレーすい星は七十六年で太陽に帰ってまいります。太陽系を一周して帰ってくるのが七十六年であります。七十六年目が実際には一九八六年の二月であります。ハレーすい星が大接近をやります。そのときにロケットを上げて、あるいは人工衛星を飛ばして観測をしようという話が国際的に起こりまして、そして日本は当然手を挙げたわけであります。小型ではありますけれども、私どものミューロケットを使ってハレーすい星にエンカウンターをしよう。 そして日本は、実は二つの衛星を考えまして、一つは来年の一月五日に上げます。もう一つは来年の八月に上げます。その二つともハレーすい星に近づく、これは軌道の上で考えますとちょっと複雑な話ですが、近づくように設計されたロケットであります。これに対して世界的に呼応したのは、ヨーロッパがジオットという衛星を一機上げます。それからソビエトが一機上げます。アメリカは一機上げる予定であったのですが、いわゆるレーガン・カットに遭って落っこちてしまいましたので、アメリカはゼロ。だから、世界で四つ、ハレーすい星に衛星が向かいます。そのうち二つは日本のものが向かうというような国際協力で、昨年の十二月にソビエトやアメリカが全部日本に集まりまして、鹿児島の私どもの基地があります内之浦でその国際会議をやりました。お互いにデータを交換してできるだけうまくいくようにしようではないかという相談が現在始まっているわけであります。 現在宇宙研では、そのための大きなアンテナをつくっております。半径が六十四メートルという巨大なアンテナで、もちろん東洋一のアンテナでありますが、それが今月でき上がりますので、皆さんもお暇があればぜひそのアンテナを見に行ってほしい。長野県の臼田町にあります。私も三週間ほど前に見に行きましたが、全く腰の抜けるような大きなアンテナであります。何も腰を抜かさなくてもいいのですが。 それからもう一つのプログラムは、現在宇宙研で考えているのは、ISTP計画といいまして、地球磁気圏の観測計画であります。これもNASA、ISAS、ESAという三つの事業体が共同してやる。NASAは御存じのようにアメリカで、ISASは私ども宇宙研で、それからESAはヨーロッパ連合であります。この三つの事業体を見ますと、私どもが飛び抜けて小さな事業体であります。ですけれども、私どもはそれを対等にやろうということでやっております。余り自慢話ばかり申してもいけませんので、この辺でそういう話はやめます。 次に、我々が今考えている大きな問題は、宇宙基地を日本がどう取り組むかという問題であります。一月にレーガンは、アメリカは宇宙基地を一九九〇年をターゲットにしてやる、そしてレーガンの言い方は、これは国際協力の一環としてやりたい、アメリカが独自でやるのではなくて、ヨーロッパや日本や、そういう人たちが一緒になってやってもらう計画にしたいと思うということで発表したわけであります。そして先月は、NASAのベッグズ長官が日本に、おまえたち、やらぬかなという話をしに来たわけであります。 現在、私ども、主として科学技術庁を中心にしてこの問題にどう取り組むかということを議論しております。少なくとも私どもの宇宙開発委員会全体としては何とか取り組みたいというか、こういう国際協力というのは今後ますます大事になる、それから日本も興味を持っている問題ですから、ぜひ一緒になってやりたいと思っておりますが、問題は、現在ではもう今まで御説明したような目的や意義ではないのであります。経費です。ただで協力をするわけにもいきませんので、その仕組みをどうするかというのは、まさにここにおられる先生方の分野であると考えております。 そのほか、現在私ども、科学技術庁を中心にしていろいろ議論をしているのは、国内の研究体制をどうしていくかということであります。今まで私どもは、東京大学あるいは宇宙科学研究所、宇宙開発事業団と、それぞれ固有のものを持って非常にうまくやってきたと思います。今度はそういう大きな国際協力研究というのは、多分日本の全力を挙げてやるのだ、それにはどういう体制が必要であるかということも、これは大変大事な問題であると思います。素人考えでは、一つにしたらいいじゃないかということを言いますが、それではだめで、もっと違ったやり方をしなくちゃいかぬ。そういう意味での研究体制が大変大事であろうと私どもは考えているわけであります。 最後になりましたが、宇宙開発の長期的なターゲット、今までは専らここ数年の問題を申し上げたわけですが、二十世紀の終わり、それから二十一世紀にかけて宇宙開発はどうなっていくのだろうかということであります。 私どもは、現在までやってきたことがどんどん発展していくべきだと思います。これはかなり我田引水的な議論ではあろうと思いますが、宇宙の探求、自然探求というものと宇宙の実利用というのは、今後ともどんどん伸びていくことは間違いない。国際的にも伸びていくことは間違いない。そうして大きな転機は、マーケットの広さを広げていくことであります。私どもはキャッチフレーズとして宇宙の産業化ということをやっていく、宇宙に工場をつくろうではないかという考え方であります。 それからもう一つの大きな問題は、地球社会の将来問題であります。これも私は十年ぐらい前から言っている、例のスペースコロニーの問題であります。やがて人類は宇宙に住むようになる時代がもう目前に迫っております。私はこの十年間、方々でそれをお話ししてきました。だれ一人としてそれに反対する人はいない。ところが、だれ一人として本気になって聞いている人はいない。そこが問題であります。実はそれに関する短い一文を書きましたので、ちょっとお回しして御参考に供したいと思います。それからもう一つは、皆さんのお手元のこれは、この間経済関係の雑誌に書きました「グラム一〇〇〇円の産業」、これは産業的な観点から、宇宙研究が大変大きなインパクトをこれから産業界全体に与えていくだろうという話であります。お時間がございましたら、読んでいただきたいと思います。 どうも長々とお話をしまして、ありがとうございました。(拍手)
○大野委員長 どうもありがとうございます。 それでは、これより懇談に入ります。 〔午前十時五十四分懇談に入る〕 〔午前十一時二十七分懇談を終わる〕
○大野委員長 これにて懇談は終わりました。 大林参考人には、本日長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午前十一時二十八分散会