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101回国会衆議院1984/03/08

科学技術委員会 第3号

発言数
6
登壇者
2
会派数
1
開催日
1984/03/08

会議録

大野潔公明党・国民会議

○大野委員長 これより会議を開きます。  生命科学に関する件、特に組換えDNA等生命科学の研究開発の問題について調査を進めます。  この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。  本件調査のため、本日、参考人として慶応義塾大学名誉教授渡辺格君の御出席を求め、意見を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

大野潔公明党・国民会議

○大野委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。

大野潔公明党・国民会議

○大野委員長 この際、渡辺参考人にごあいさつを申し上げます。  本日は御多用中のところ本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございます。  本日は、組換えDNA等生命科学の研究開発の問題につきまして忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  なお、議事の順序についてでありますが、まず参考人に四十分程度御意見を述べていただき、続いて懇談に入りたいと存じます。  それでは、渡辺参考人にお願いいたします。

渡辺格慶應義塾大学名誉教授

○渡辺参考人 どうも、本日は皆様の前で生命科学のお話をするのは、私の非常に光栄とするところでございます。  実は私は、まあ一介の自然科学の研究者で、もともとは技術あるいは実社会というところに余り関心がなくて、むしろそういうことに背を向けて、自然科学の中でも一番信頼できる物理学に近い化学の研究をしていたのですけれども、戦後そういう自然科学の物質研究という主流を離れて、当時だれもやっていなかった生命現象の探求というところに転向したのです。そして興味の赴くままにそういう研究をしていたのですけれども、そういう問題が実は世界的には非常に大きな問題となって、今で言う分子生物学というような学問として自然科学の主流になったわけです。日本では必ずしもそうではなくて、やはり物質的な自然科学が主流のままでいるわけですけれども、さらに、そういう分子生物学というようなもので代表されるような生命現象の学問が、単なる学問ではなくて、それがいろいろ革新技術につながって産業あるいは実社会に大きな問題になってきたものですから、私のような実はそういうことに背を向けていた古いタイプの自然科学者なんですけれども、それが急にこういう脚光を浴びた世界に連れてこられて、個人的には非常に困惑しているわけですけれども、やはりこれは科学者の責任としてそういう問題にもかかわらなければならないので、古くからそういうことにかかわった人間として、日本での組みかえDNAのガイドラインの作成とかあるいはバイオテクノロジーという技術の推進というような新しい仕事を始めたわけです。そういう意味で、私もこういう世界の一年生で、まあ単なる自然科学者だった者がそういうところをどうするかということで勉強させていただいているわけで、皆様にきょうお役に立つお話ができるかどうか甚だ心もとないことでおりますけれども、一応お話をしたいと思います。  それからもう一つは、先ほど申しましたように、この生命科学というのは、自然科学の中で国際的には大きな学問の流れとなっているのですけれども、日本では長い間それが空白の状態でいたんだと思うのです。そして最近の遺伝子工学その他による問題から脚光を浴びてきたわけで、これから私のお話しすることは必ずしも日本での学界の定説ということとは違うと思うので、その点をお含みおき願いたいと思います。  それで、いろいろとこれの技術的な問題、社会的影響の問題を論ずる前に、一番初めに私の専門としています自然科学の問題としての問題をちょっとお話ししたいと思うのですけれども、それは、現在の自然科学の方向とその上に立つ生命科学の位置づけというのが日本でははつまりしていないと思うのですね。ですから、その点をまず皆さんにお話しした上でと思います。  これはちょっと講義調になってまことに申しわけない話ですけれども、必ずしもこれが日本の学界の中で定説になっていないという点で問題があると思うのですけれども、西洋に発した近代自然科学というのは、実は客観性、普遍性があるために、西洋だけの問題ではなくて、日本も含め要するに人類的な自然科学になっているわけですね。その普遍性のある一番もとは、やはり物質・エネルギーの学問だと思うのです。それで今世紀の初めに、難しいことかもしれませんけれども、相対性理論とか量子力学の発展によって、物質とエネルギーの本質がわかってきたわけで、その上に立っていろいろと、その物質・エネルギーあるいは電気なども入れたそういうものを操作する技術ができてきて、それが大きく産業につながっていると思うのです。ところが実際には、現在の自然科学の方向というのは、物質・エネルギーの本質的な理解を踏まえた上で別の方向に転換しているのが現状だと思うのですね。  これは、戦前にヨーロッパのある数少ない物理学者から起こされた一つの運動で、残念ながら日本の物理学者はそういうことに気がついていなかったのですけれども、それは物質現象の理解の上に立って、さらに今まで不可解であった生命現象の理解ということの方向だと思うのです。さらに、それが最近では、物質現象の理解の上に立った生命現象の解明の上に立って、今言っている生命現象というのはやはり物質的な、肉体的な生命現象なんですけれども、さらにその上に立って心とか精神の問題を自然科学的に探求していこうという方向が出ているわけですね。今や精神の問題、心の問題はもう自然科学の一つの課題であるという認識が出てきているわけです。  そういうことで、くどいようですけれども、近代自然科学は物質・エネルギーの探求が主流であって、それを踏まえていろいろなものができてきたわけですけれども、現在ではその基盤の上に生命現象の探求、さらにそれを越して精神現象の解明という方向に向いているというのが、自然科学の非常に大きな方向だと思うのです。これは西洋に生まれた自然科学というのは、さっき言いましたように、全く全人類的な学問であると同時に、それは現在までは物質科学と言われたものなんですけれども、実はその上に立って生命現象、さらに精神現象の解明に向かっているということが非常に重要なことだと思うのです。このことは特に日本ではっきりしていないということで、私としてはぜひそのことだけははっきりしておきたいと思うのです。  これはなぜ重要かといいますと、そういう自然科学の方向転換に従って、初めに物質・エネルギーの世界がわかったために、それを操作するような技術ができてきて、またそれを操作しての産業が起こっているわけですけれども、先ほどの方向で、次は生命現象の探求がある程度に達したために、生命現象を操作する技術ができてきたわけですね。そして、それによる産業が起こっているのが現状だと思うのです。そこのところが日本で欠けていたために、それに対する対応がおくれているわけですけれども、今のようなことから考えてみますと、当然次の段階は精神とか心とかの自然科学的な解明が行われると同時に、それの操作技術が起こることは、これは必然的な近い将来のことだと思うのです。それが二十一世紀になるかどうかということは問題がありますけれども、その方向は出ているということで、現在はDNA操作その他による物質としての生命現象の操作があるのですけれども、次に来るべきものは、人間精神とか心とかの自然科学的な把握ができれば、それを操作する技術ができてくることは、これは私たちあるいは国際的な形では火を見るよりも明らかなことだと思うのです。  そうなってきますと、現在の生命操作でもそうなんですけれども、そういう問題は既成概念では対応できなくなるのではないかということがあるので、あえてそういう自然科学の方向性ということをここで強く申したわけですが、これの一つの問題は、そういうことが今まで日本の中ではっきり示されていなかったことに問題があると思うのですね。それは、先ほど申しましたように戦前にその方向が出ているのですけれども、そのときはまだ実際的な成果が上がっていなかったので、そういう物質から生命、精神への方向が出ていることが、少なくとも日本の学界の中ではっきり把握されていなかったために、現在のような一つの混乱が起こっているのではないかと思うのです。  そこで、それを前置きにいたしまして、今問題になっておりますのは、その精神の問題ではなくむしろ生命現象、バクテリアから動植物、人間まで入れたすべての生物に共通な生命現象の基礎のところがわかってきたのが現在だと思うのです。そして、その生命現象というのは、実は物質現象の一つであるというふうに解釈できるようになってきたわけですね。したがって、そこでいわゆる物質世界と生物世界とがつながってきたというのが、現在の自然科学の状況だと思うのです。それは、あくまで物質研究の上に立った生物研究ということになると思うのですね。そこをつないだのが、私たちのやっております分子生物学というような学問だと思うのですけれども、そういうことがはっきりしてきたのは、今から大体二十数年前のことだと思うのです。  そして、各国ではそれに沿って、今までの自然科学の体系では間に合わないために、そこに分子生物学的な研究を、その物質科学と生物的な学問との間に入れ込んできたわけですね。そして、そういう研究教育体制が整った上で、今から十年くらい前に遺伝子操作の問題が出てきて、それに対応してまた今の問題が起こっている。日本では、根本的な自然科学の世界での物質研究と生物研究との断絶を埋めるような研究教育体制ができていなかったことが、後手に回った非常に大きな原因だと思うのです。  そして、とにかくそこがつながってきたために、いろいろ生命の操作ができる技術ができてきたのですけれども、これは例えば遺伝子の本体であるDNAを操作すること、あるいは生命の最小体である細胞をいろいろくっつけてみる。例えば人間の細胞とネズミの細胞とをくっつけて一つの細胞にしてしまうとか、いろいろの細胞の中にほかの物質を入れてみたり出したりするような細胞の操作の問題、それから試験管ベビーみたいな問題も入れて受精卵を操作する、あるいは受精卵から分裂してきた初期の胚というか、そういうものを操作していわゆるキメラ動物をつくるとかクローン動物をつくるとかというような問題、あるいはその受精卵にDNAを入れてやってできたネズミが人間のある部品をつくるとか、そういうようなことが可能になってきましたし、受精卵操作では、一昨年問題になったスーパーマウスというような、成長ホルモンがないマウスに成長ホルモンの生産を指令するDNAを入れて、大きなマウスができてきたというようなことが行われております。そういう、遺伝子のレベルと細胞のレベルと初期胚のレベルでの操作ということが起こっておるのですけれども、これは生命現象の操作としてはまだ非常に原始的な、プリミティブで幼稚な状態だと思うのです。それでも非常に大きな社会的あるいは産業的な影響が出ているわけです。  ですけれども、我々のような基礎研究者にとっては、生命の操作という技術は何のためにあったかというと、実はそれは産業のためではなくて、生命現象のなぞ解きのためのテクニックとしてそういう技術が発展したのですが、それが今度は生命現象の探求ではなくて、応用的な技術としても非常に重要な問題を提起してきたわけです。  今のところは、主に微生物に新しいDNAを入れてやって物をつくる。例えば、人間でしかつくれなかったインシュリンとか成長ホルモンとか、あるいは現在問題になっておりますインターフェロンというような、人間の細胞でしかできなかったものをバクテリアにつくらせるとかそういうことで、現在ではそういう貴重医薬品をつくることを遺伝子の操作によって考えているわけです。あるいは細胞の操作、初期胚の操作ということでそういうことを考えておりますけれども、次の段階はこれを使って新しい品種をつくっていくということで、非常に大きな問題はやはり農業的な問題にあると思うのです。今は微生物工業的にそういうものが使われているわけですけれども、次の段階は農業的な問題、これはいろいろ作物のほかに畜産とか水産動物資源に役立つ、そういう新品種をこのDNA操作あるいは細胞操作、あるいは家畜や魚の場合には初期胚の操作ということも入れてそういうことが考えられているわけですし、かなり遠い未来になりますと、工学的、エンジニアリングの世界で、今まで生物がつくっていたたんぱく質ではない、天然になかったような人工的な新素材たんぱく質をつくるというような問題があるわけですね。これの非常に極端なケースは、一つはいわゆるバイオチップと言われているような、新しいバイオコンピューターの素子をたんぱく性のものでつくるとか、そういうことが夢として考えられているわけですし、そのほかに新しい性質を持ったバクテリアを使って、あるいは生物をつくって環境浄化をしようというようなことも考えられているわけです。  ところで、そのDNA、遺伝子の操作、細胞の操作、初期胚の操作という中で、一番問題になっております遺伝子の操作ですけれども、これも実際には、一般に遺伝子の操作と言われているような形での力は持っていないのです。  そこで、言葉の問題ですけれども、現在、組みかえDNA技術あるいは遺伝子組みかえという言葉が使われておりますけれども、遺伝子の組みかえというのは、実は我々の生物の中で常時起こっていることなんです。それを人工的に外で行うことですけれども、これも言葉の上では、組みかえDNAなり組みかえ遺伝子というと、何か我々の遺伝子をごっそり取りかえられてしまうようなニュアンスがあるのですけれども、そうではないのですね。学問的には、この組みかえというのは、今の操作の中のごく一部のところを組みかえ技術と言っているわけですけれども、現実的には、非常に微小なDNAの切れ端を生物の中に入れ込むという技術だと思うのです。  これも、どのくらいのスケールのものだということをちょっと御紹介しますと、人間は六十兆ぐらいの細胞から成り立っておりますけれども、その一つの細胞の中にDNAは大体二メートルの長さあるわけです。そこに文字が六十億個ぐらい書き込まれているのです。径は非常に細くて百万分の二ミリぐらいなんですけれども、これを全部百万倍に拡大して考えますと、DNAは二ミリぐらいの二重らせんをしていますから、それが人間の一つの体の中に、全部つなげると東京から博多に行って戻るだけの長さを持っているわけです。今我々が遺伝子工学で使っておりますのは大腸菌なんですけれども、これも普通の大腸菌ではなくて、私たち分子生物学者が長年使っていた大腸菌で、もともとは人間からとられた、完全に人間に無害の大腸菌の一種ですけれども、それのDNAは、百万倍しますと大体一・五キロぐらい、ですから電車で言うとここから新橋くらいのものですね。それの六百倍ぐらいのものが人間の中にあるわけだと思うのです。そこに入れるインターフェロンなりをつくる遺伝子あるいはインシュリンをつくる遺伝子の長さというのは、数センチのものですね。  ですから、そういう大きさからいっても、そういうもので大きな意味での人間が変化するとかバクテリアが変化するとかというのは考えられないのですけれども、それでも、そういう数センチのものを入れただけでも、それから今まで生産されなかったものができてくる。というのは、今までほかの生物でしかできなかったものができてくるということが起こるので、バクテリアでインターフェロンをつくるというようなことが可能になるわけですね。ですから、生物に新しい性質を付与することができるわけです。  残念ながら、今のところは、まあ人間の細胞に入れる場合には東京から博多く行って戻ってくる線路の上に数センチの、長くても一メートルぐらいのDNAを加えるだけのことなんですね。それはそのレールの中に入れ込むことはできないのです。ただよそに加えるだけなんです。これは今技術的に非常に問題なんですけれども、そうではなくて実際に我々の欲する、例えば静岡のところにそのDNAを入れるとか、そういうことがはっきりできれば、もっと操作と言えることになると思うのですけれども、今は操作と言うのはお恥ずかしいぐらいの状態なんですね。  けれども、本当のレールのところに入れなくても、その五十センチのDNAが働いてインターフェロンをつくってくれるので、まあ産業にはなるのですけれども、例えば、後で申します遺伝子の治療、遺伝病の治療というようなことになりますと、的確に、悪いレールのところ、静岡なら静岡のところに、その正しいレールを入れ込まなければいけないのですけれども、そういう技術はできていないのです。何となく組みかえDNAというと何でもできそうなんですが、そういう技術はできていないので、微小の断片をただ付加するだけなんですね。それも任意のところに付加するのではなくて、宙に浮いて付加するだけのことなんです。それでも今の状態が起こっている。まあこれは、いつか、ある部分を切り取って、そこにそのDNAを入れていくということはできるかもしれませんけれども、まだその時代ではないのです。  もう一つは、そのDNAという遺伝子は、現在では人工的に合成できるわけですね。ですから、かなり長いDNAも合成してつくれるということで、そういうことでは非常に画期的な問題になっていると思います。そういうことで、いろいろ、インターフェロンとかインシュリンとかをバクテリアにつくらせることが、現在の遺伝子工学の問題点なわけです。  今度はそれを多量につくっていこうというのが現実的な企業方面での問題点になっていると思うのですけれども、その一番もとにあるのは、人間の遺伝子を大腸菌に入れれば、その中で人間でできたと同じインターフェロンができるというのは、地球上の全生物で遺伝の暗号が同じだということなんですね。ですから、人間のを入れればバクテリアの中でも同じものができてくる。これは地球上の全生物が一つの家系に属しているということで、現在では、ウイルスから、バクテリアから、動植物から、人間に至るまで、この祖先は一つだということが考えられるわけです。遺伝暗号も同じだ。そういうことで、地球上の生命は、今まで考えた抽象的な生命という意味で尊厳だということなんですが、それ以上に、本質的に物質システムの系として全く一つのものだということが我々の学問でわかってきたわけですね。ですから、人間もバクテリアも全く兄弟、現実の兄弟ということになるわけだと思うのです。それが遺伝子工学を発展させた後ろの学問的理由だと思うのです。  現在では、一番簡単にいろいろなバクテリアにDNAを入れて物を生産するというような形なんですけれども、これは従来の微生物工業あるいは発酵工業というものと、見た目はそう大した変わりはないわけですね。要するにDNAを入れてやった新しい品種を使った発酵工業、微生物工業と見ればいいわけだと思うのです。ですけれども、先ほど申しましたように、それが現段階で、この場合も非常に技術の初期の段階ですから、非常に少量で、しかも付加価値の高い製品をということで、インターフェロンというようなところに集まっているわけですけれども、要望されているのは、実際には多量安価でできるような生産過程に行く必要があるのですけれども、その道は現在ではまだ開かれていないのです。  先ほど申しましたように、これは農学的な問題あるいは農業的な問題、畜産、水産も入れた、そういう方面でこういうものが使われるには、非常に安価で多量生産ができなければならないのですけれども、そういうところまでまだ現在はいっていないのですけれども、方向はそちらにあると思うのです。  現在では、先進国では医学的な形で、要するに貴重な薬でこれが使われているわけですね。ところが、発展途上国並びにソ連あるいは中国あたりでは、むしろ医学的な問題よりも農学的な利用ということが考えられていると思うのです。これも、逆に、皮肉なことに、農学的なところでも、現在ではやはり先進国がリードしている。日本は非常におくれておりますけれども、アメリカ、イギリス、そういうところで非常に関心が持たれたわけですね。  次の問題は、やはり農学的な問題で、これは皆様の方が御専門でいらっしゃいますけれども、医学的な進歩で病人が助かっても、それを賄う食糧の不足の方がむしろ問題で、これは日本はどういう立場にあるかということですけれども、戦後国際的に分子生物学の発展を推し進めた背景は医学的な研究費だったわけです。  ところが、現在では、その医学研究というのは、必ずしも医学研究だけでもノー文句にいいとは言えなくなっている時代で、医学で人を助けても、それを賄う例えば食糧が必要だということで、現在、先進国の若い人たち、特にアメリカの若い研究者は、農学研究の方が医学研究よりも重要ではないかという使命感を持っているという話を聞いたわけです。アメリカでは上層部の方ではまた違う形でのそういう研究を進めていると思うのですけれども、とにかく農学の研究、例えば植物の研究ということが必要なんですが、これは新しい品種をつくるにしても何にしても、植物のDNAはどうなっているかという知識はほとんど皆無と言っていいと思うのです。今までは動物の方の研究はありますけれども、植物のDNAの研究がほとんどないと思うのです。最近、農林水産省でもそういう方面を開拓しようということが行われておりますけれども、これは組みかえDNAの技術によって実際の成果が出るには、あるいは細胞融合の成果が出るには、やはり植物の遺伝子の、古典的な遺伝学ではなくて、DNAレベルでどういうふうになっているかということが詳細にわからないとそういう応用ができないので、これが今の非常に重要な問題だと思うのです。そういうことで、今バイオの問題では応用と基礎研究を区別なく推進しなければならないところにあると思うのです。  それから次の問題は、先ほど申しましたように、工学の問題なんです。これも今のところは現実的な問題にはなっていないのですけれども、例えば生物の反応のようなものをまねして化学工業を再編成すれば、公害も少ないしあるいはエネルギーも少ないような新しい化学産業ができるのではないかということがあるのですが、今のところは、それも非常に幼稚で、現在あるいろいろな酵素たんぱくというような化学反応を促進する物質をつくってバイオリアクターというものをつくっておりますけれども、それは非常に小規模なものなのです。これを大規模なものにする、あるいは新しい性格を持ったバイオリアクターをつくるには、新しい触媒作用を持った酵素をつくらなければならない、あるいは今まで天然になかった酵素を人工的につくらなければならないというような問題があるわけです。そこに行くには、我々の今の学問、たんぱく質に関する研究が非常に足りないので、新しいたんぱく質をどうつくるかというところの手当てができない状態にあると思うのです。  先ほども申しましたように、そういうものを越した上で、例えばよくアメリカのベンチャーなどからの宣伝でバイオチップなんということが現在言われておりまして、バイオコンピューターというような新しい形のコンピューターを考えることが問題になってはおりますけれども、現実にはまだ手がつかないわけです。そういう今まで生物になかったような生物素材、と言うとちょっと言葉があれですけれども、今まで生物が持っていなかったような新しいたんぱく質をつくって新しく役立てようという、新素材たんぱくという問題があるわけですね。これは、現在の我々のたんぱく質に対する知識からいって、まだ今世紀では無理だと思うのです。ですから、そういう問題が一つあるということを御承知おき願いたいと思います。  そういうことがありますけれども、我が国で一番重要なことは、この生命科学の問題が遺伝子産業という形から入ってきているところに問題があると思うのですね。そして、一九五〇年代の終わり、昭和三十五年ぐらいから世界各国では分子生物学の研究教育体制ができているのですけれども、日本ではそれが全部空白であったことは御承知おき願いたいと思うのです。欧米、特にアメリカではこれが一番発展したのですが、分子生物学的な体制が、今までは主流派ではなかったものが主流的になって、大学レベルではそこを非常に拡充したわけですけれども、それを受けて、アメリカでは実は高校の教育が変わったわけですね。そういう分子生物学的なことを入れた生物学の教育が出てきた。日本では、高校のレベルでそれをまねして、高校のレベルでは一時そういう分子生物学的な生物学が教科書に載っていたわけですね。現在ではまた、ゆとりある教育ということで、その教育を少し抜かされてきましたけれども、現在三十代以下の方は高校の生物学で、DNAの二重らせんとか、メッセンジャーRNAとか、遺伝暗号とか、全部習っているわけですね。それ以前の方は習っていない。それはどうして起こってきたかというと、アメリカでの高校の教科書を写して日本の教科書ができて、そういうことが起こっているわけですね。  ですけれども、大学の方は旧態依然たるということが日本での非常な欠陥だと思うのです。ですから、高校でそういう教育を受けても、上での受け皿がないという状況であったわけですけれども、そこに数年前から遺伝子産業の形で問題が起こってきて、それをどう受けとめるかということが現在の問題なんです。やはり産業的な形でのキャッチアップは大体し始めているのですけれども、基礎的なところの問題が非常に欠けているのが問題で、これは欧米でも指摘されているわけですね。例えば先ほどのアメリカのOTAの報告でも、日本のバイオはキャッチアップしたけれども基礎研究が弱いのだということを言われているわけですね。そこが一番大きな問題だと思うのです。産業的にはキャッチアップはできていると思うのですけれども、その一番基礎的な問題がキャッチアップされていないので、人材養成も問題があるのじゃないかと思うのです。そういうことで、実際にはこれは現在は微生物工業的な問題として、薬品工業として問題があるのですけれども、やはり農業的な問題あるいは工業的な問題を背景に、非常に大きな未来技術として、革新技術として着目されているので、ぜひこれは根本の自然科学の教育のところから始めて全部立て直す必要があるのじゃないかと思うのです。  もう一つは、DNA組みかえ技術というのが新しい技術のために、それに対する危険性ということが問題になっているのですけれども、この場合のDNA組みかえ技術というのは、実は戦後の革新技術あるいは先端技術としては非常に異例なことが二つあるのです。  一つは、これは軍事研究と全く無関係に出てきたということです。あとのいろいろな技術は、情報科学にしても、アメリカを初めそういうところの軍事研究の形でできていることが多いわけです。ところが、この生命科学の問題は主流派じゃないところから出てきたために、軍事研究とは無関係に発展してきたということが非常に重要なことだと思うのです。ですけれども、現在それが軍事研究で無関係であるかどうかはもちろん不明だと思いますね。日本は当然そういうことはありませんけれども、アメリカその他で、こういう新しい技術が現在では逆に軍事的に考えられていないとは言えないと思うのですが、出発点は軍事研究とは無縁であったということです。  もう一つは、原子力研究と違って、問題が起こる前に研究者がこれを自己規制しようとしたという経緯があることが、非常に重要なことだと思うのです。原子力の場合には、やはり戦争という問題から原子爆弾という形を通ってきたために正常な形での発展がなかったように思うのですけれども、この場合には、むしろ研究側から出てきた技術化の問題ですから、そこに研究者がいち早く自己規制をしようとしたのですが、その自己規制をしたことに対しての評価が、現在では研究者の中ではいろいろ分かれているところがあると思うのです。もちろん自己規制することはいいのですけれども、何も現実的な被害のないところに自己規制をしたということで、やはり問題は厳しくせざるを得なかったということがあるのですね。ですからアメリカなどでは、日本でもそうですけれども、まず自己規制ということでは厳しくして、それからだんだん現実に合うように緩やかにしていくという形で、今までの普通の方向と違った方向がとられていると思うのです。今までは普通、緩い規制から厳しい規制になるのですけれども、この場合には、自己規制というところから不必要なまでの厳しい規制をして、それから緩くしていった。これは一つは、生命の操作、遺伝子の操作ということに対する一般の方々への顧慮ということが非常に強い背景になっている、そういうことがあると思うのです。とにかく、そういう軍事研究から出てきたことじゃないということと、いち早く研究者の側から自己規制の声が上がったということが非常な特徴だと思うのです。ですけれども現在では、そういう歴史的なことよりも何よりも、これが社会的に非常に大きな関心事になっていることだと思うのです。  それで、私たちの日本では、私は大学側の人間としてやはり自己規制をする。まあ実際の問題を言うと、日本ではかなり成り行きを見ていたわけです。日本では、我々の中からはそういうことをしようという、その研究がなかったわけです。アメリカでは、そういうことをしようという科学者が多かったし、またそれは自分の中でできてきた技術なんですけれども、日本の我々の中では分子生物学の研究をしようという人が非常に少ないものですから、そういう研究が出てこなくて、それをやろうということは出なかったので少し先延ばしにしていたわけですけれども、やはりこの研究をしなければならないということで、アメリカにおくれてそういう研究を開始するために研究者が自己規制案的なものをつくって、それを文部省で認めてもらって、文部省での科学研究の推進ができるようにしたのがきっかけだと思うのです。  これが大体五十四年に公布されますけれども、その前二年くらい、私などが中心にそういうことをまとめたのですが、そうするとそれを受けて、科学技術会議では文部省でできた案をもとにして、それを国全体の問題として取り上げて、すぐに追っかけてそういう公布をしたのです。これは、事実上は科学技術会議が日本全体のそういうガイドラインをつくっている、その中で文部省のガイドラインがあるという形になっておりますけれども、歴史的には文部省のガイドラインができて、科学技術会議のガイドラインができて、それが現在では完全に整合性を保っているわけです。そういうことで、成り立ちが学者が自分の研究をするためにつくったということで、やはり厳し過ぎることがあるわけですね。要するに現実的な対応ではなくて自分の研究だけということで、かなり狭い形で考えられたことがあると思うのです。そういうことで、その後アメリカに次いで日本も緩和してきているわけですけれども、率直に申しまして、これも外国からいろいろ言われていることですが、ガイドラインは日本が一番厳しい部類に入るということですね。  現在のガイドラインは何かというと、これは主に病原性に対するチェックの問題なわけですね。ところが実際にわかってきたことは、組みかえDNA技術によって新たな病原性が出てくるということはないということが大体はっきりしてきたわけです。もちろん、その組みかえDNAに使う素材としてのDNAあるいは素材としてのバクテリア、それを品種改良するバクテリアそのものの病原性は当然あるので、それだけを守ればいいのではないかということ、これが国際的な大勢になってきているわけです。しかし、やはり組みかえDNAによる万が一の問題もあるので、単なる素材として取り扱う微生物、生物の病原性あるいはDNAの病原性だけではなく、それにプラスアルファの制限をしようということに現在なってきているわけですね。そういうことだと思うのです。  その反面、もう一つ国際的に非常に重要なことは、組みかえDNAの問題だけではなくて、すべての病原性のあるものの取り扱いに対するガイドラインをつくっていこうということが国際的な方向だと思うのですね。それを抑えていけば、組みかえDNAの危険は同時に抑えられるというような考え方にだんだんなりつつあると思うのですね。ですけれども、やはり新しい技術ですから、それプラスアルファの問題もあるので、そのアルファの部分は未知のものとして残しておく必要があるのではないかというふうに思うわけです。  また、現在ではどういうことになっているかといいますと、実は今までのは、DNAを入れ込んで新しい性質を持った生物をつくるときに起こってくる不慮のバイオハザードをどうするかというところに重点があったわけです。ところが現在では、そういう組みかえたDNAを入れ込んで新しい性質を持った生物をつくるというところの問題ではなくて、つくり上げた生物を使うという段階に入ってきたわけですね。例えば微生物では、インシュリン、インターフェロンをつくる大腸菌をつくってそれを多量培養するというような問題、あるいは今後は動植物を組みかえDNA技法によって新品種をつくっていく。そうすると、それは当然研究室の外に出るわけで、そういう問題が起こっているわけですね。これは厳密なことを言いますと、DNAを組みかえて、それを入れ込んで変なものができるというところのチェックをする段階と、でき上がった性質のわかったものをどう扱うかは別の問題ではないかという議論が現在出ているわけです。この場合には一つの品種改良みたいなものですから、組みかえDNAででき上がった生物も、例えば新しく見つかった新しい品種と同じように扱ってもいいのではないかという考えも出ているわけですね。  その場合に、それじゃ何をチェックしていったらいいかということになると思うのです。そうしますと、組みかえDNAではなくて、いろんな放射線で突然変異を与えて品種をつくっておりますが、これは全くアトランダムに起こってくるわけですね。そういうようなものとどちらが危険性があるかという議論もされておりますが、とにかく新しく見つかった品種、あるいは突然変異の後でできてきた新しい品種、あるいは組みかえDNA技法でできた品種、そういうものもなべて考えられるようなチェックポイントをどう決めるかということ、これが国際的な問題になりつつあると思うのです。ですから問題は、組みかえDNAの問題を離れて、新しく得られた新しい性質を持った生物の安全性をどうチェックするかという、もっと広い問題に転化しつつあるというのが現状だと思うのです。その一つが、先ほど申しました病原性の問題ですね。  それから、もう一つの非常に重要な問題は、生命操作の方向がだんだん人間に向かってきているということですね。今までは、バクテリアにDNAを入れてやっていたのですけれども、最近ではバクテリアではなくて、人間や植物の培養細胞に入れていく。それから、動植物の個体にそういう組みかえDNA、微小のDNAですけれどもそれを加えていく。これは、現実的には人間にもやれないことはないわけですね。そこが非常に問題になってきていると思うのです。  それで、いろいろのことがありまして、組みかえたDNAを入れ込むのは、少なくとも人間に対してはそれが問題になると思うわけですけれども、現在では人のDNAそのもの、それから人の細胞、それは人間ではないのですから、自由に扱っていいというふうに大体考えているわけですね。ですけれども、個体としての人をどうするかは別問題で、個体としての人を突き詰めていくと、受精卵までいくかどうかということが問題なわけですね。受精卵も人間の個体と見るかどうか、個体になる運命を持っているわけですが。そこが非常に問題になりますが、そこいらの定義がかなり重要な問題になってくると思うのです。  あとは、一般にはこれが人に向いてきて、人にそういうことがされては大変だというふうに言われておりますけれども、実際にはこのDNAの注入とかいうようなそういう行為は、医療以外にはこれはしない、当然のこととして我々は人に対しては医療以外にはしないということにしますが、これは全部医師法で歯どめができるわけですね。医者以外の者がそういうことをすることは法律的にできないわけです。ですけれども、そういうものを医療というふうに考えるかどうかというような問題があるわけです。  その問題は、次にちょっと申しますような医療ではない問題、例えば体外受精というような問題になりますと、今の遺伝子の操作とは違いますけれども、これは果たして医療であるかどうかという問題も出てくるわけです。それから、そういうときの人間の卵子あるいは人間の精子を扱うのは医者以外ではいけないのかどうかという問題があるわけですね。これは実は現在はっきりしていないのです。まあ医療行為と見れば、それは医師免許状を持っていない人にはできないわけなんですね。ですけれども、そういうことがはっきりしていないので、実際に人間の精子を分けるというようなことは、理学関係の人は行っているわけですね。そういう問題がちょっとあると思うのです。  これは医療の問題ではないのですけれども、今度、精子などの場合も非常に問題です。精子の精虫の入手というのは、あれは医療行為であるかどうかというのはかなり問題になりますね。卵子の場合にはやはり手術をした上でとりますから医療的な、医師の範疇になると思うのですけれども、精子の入手というのは素人だってできるわけですから。それを今度だれかが使うことはどうなるかという問題があるのですけれども、受精卵になるとかなりもう歯どめができたわけですね。そういう問題があります。  ところが、実際にはこれが先ほど申しました、今の時代はそうですけれども、今度次の精神とか心の操作という問題になりますと、これは医療以外の問題が出てくるわけですね。これはどうするかというと、例えばLSDなんかの使用などもありますし、人間の行動の研究その他の問題、例えば睡眠をとらなかったらどうなるとかいうような研究なんかありますけれども、これをどうするかという問題がありますね。現実にこういう問題が現在外国では行われている。例えば宇宙開発の問題と関連して、重力を増していったときにどうなるか。これは簡単にできるわけですね。無重力の研究というのは非常に難しいわけです。ですけれども重力を増す実験は、例えば遠心機の上に乗っけておけば二倍、三倍の重力ではどうなるか、そういうことを実際にネズミでやっているわけですね。そうすると、卵の初めからそういう形でやっていった場合に骨格がどうなるかというようなことはやられているわけです。じゃ、そういうことを人間でやっていいかどうかというような問題があるわけですね。そうなると医療の問題を逸脱する問題が出てくるのではないかということで、現実にはアメリカの例はいろいろ問題が論じられておりますが、そこで大きな問題は、人間行動の研究をするときの一つのガイドラインをつくろうという動きがあるわけです。幸か不幸か、日本ではその方面の研究がないので、そういうガイドラインをつくるという動きは今のところはっきりしていないのですけれども、そういう問題があると思うのです。そういうことでいろいろの問題を絞っていきますと、人間への医療、医学研究をどう発展させるか、あるいは人間行動の研究まで入れてそれをどう発展させるかということ、これが国際的な観点になっていると思うのです。  そういうことで、いろいろと難問が出てまいりますけれども、これは一番初め申しました自然科学の新しい方向あるいは新しい技術の方向として当然出てくるものと我々は予想しなければならないのではないかというふうに思うわけです。今のところは、遺伝子組みかえについての問題点は私個人としては比較的取り組みやすいのですけれども、心とか精神の自然科学的解明がされてきたときに起こってくる技術、そういうものに対してどうするかということになると非常に難しい問題が起こってくる。そういう問題もあるということを入れていろいろ考えていく必要があるのではないかというふうに言えるわけです。もう一つ非常に重要なことは、別の言い方で言いますと、生命科学の進歩とそれを操作する技術の発展ということは、必ずしも我々がある目的を持ってしてきたことではないと思うのですね。私たちは知的興味としてそういうことをやっているわけですけれども、それがはっきりしてなくて、その技術だけが肥大化して先に出ているわけで、それが問題点を投げかけておりますけれども、それはちょっと言葉が誤解を招くかもしれませんけれども、生命科学の研究なり技術の発展というのは生命の選別を可能にしたということですね。要するに、この生命とこの生命とDNAレベルからどこが違うか、今度それをどっちをふやすかということは可能になってきているんだ。今までは生命は神から与えられたので私たちは何の手もつけられないということで、問題はなかったのですけれども、比較をすることができる、それからそれをある程度改善——さっき言いましたように、これは非常にプリミティブな段階、DNAを入れるという段階のことだけですけれども、そういうことができるということは、生命というか生物の生命体の選別ができるということ、その操作ができるということで、これが人に対してどういう効果を持つかということが非常に重要な問題になるというふうに思うわけです。  こういうことで、生命操作の技術なり学問が先行しているのですけれども、それに対する対応が非常にできないということで今の生命の選別を可能にしたということになると、これは私たち自然科学者の問題のらち外になるのですけれども、やはり未来社会はどうあるべきかということを考えなくては処理できない問題が起こっているのではないか。現在の社会だけに対応するのではもう間に合わなくて、未来社会をどうするかという問題までかかわってきているのではないかということで、生命科学の推進ということは単なる産業技術の推進だけじゃなくて、どういうことにそれを使っていくか、さっき言いましたように、医学よりも農業の方にするか、いろいろな問題もそういうところにかかわって、かなり大きくは国際政治的な問題が提起されているのではないかと思うのです。私たちがいろいろ国際的な場に出ますと、そういうことをかなり感じるわけですけれども、日本の場合には、その一番もとの自然科学がそこで弱かったためにそういう問題が余り提起されていなかったのではないかということで、非常に乱暴な議論ですけれども一応話を終わらせていただきます。  どうもありがとうございました。(拍手)

大野潔公明党・国民会議

○大野委員長 どうもありがとうございます。  それでは、これより。懇談に入ります。     〔午前十一時二十七分懇談に入る〕     〔午後零時九分懇談を終わる〕

大野潔公明党・国民会議

○大野委員長 これにて懇談は終わりました。  渡辺参考人には、本日長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。(拍手)  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。    午後零時十分散会

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