法務委員会 第9号
- 発言数
- 274 件
- 登壇者
- 23 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1983/05/18
会議録
○綿貫委員長 これより会議を開きます。 裁判所の司法行政、法務行政、検察行政及び人権擁護に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。熊川次男君。
○熊川委員 昨年十月施行されました改正商法におけるところの言うならば総会屋対策を目玉にした改正が施行されましたが、その後のいわゆる総会屋退治の効果はかなり適切というか当初の期待どおりにいっているやに思われますが、そのいわば副次的効果ともいうようなものもないわけではないような現象があらわれております。 新聞紙上の伝えるところによれば、「総会屋退治 期待 戸惑い 三つどもえ」というようなものから始まり、「総会屋対策 企業に戸惑い 改正商法、解釈固まらず」とか「大揺れ 経済雑誌 商法改正から半年 余波でも”大津波”」。この種、類例はまさに枚挙にいとまがありませんが、今日情報化社会と言われる点を考え、そして憲法の保障するところの表現の自由というようなものもあわせ考え、中小企業の健全な育成ということなども考慮するならば、経済雑誌の適正な充実拡充、こういうものも欠くことのできない点であろうかと思います。 そこで、この商法第二百九十四条ノ二をめぐる問題としてのいわゆる総会屋退治の効果の現状とその副次的作用あるいはリアクションというか、本来期待をしなかったところの、解釈確定なきがゆえに、やや不当ということもないですが、その陰に犠牲をこうむっている方々がいるとすれば、その方々の現状はどんなものであるか、この辺がまずおわかりになったら教えていただきたいと存じます。
○中島政府委員 私どもといたしましては、その実態調査をするという立場でございませんので、実情を十分に把握しているとは申しかねるかと思うわけであります。ただ、改正商法を手がけました立場としてそういった実情については絶えず関心を持って見ておるわけでありまして、新聞紙上に出ます記事あるいは関係者からいろいろと話を聞く機会などもあるわけであります。 で、当初この二百九十四条ノ二という条文については、その実効が上がるかどうかというようなことを危ぶむ声もあったわけでありますけれども、その後、企業においてこの改正法の趣旨をかなりよく理解をしていただきました。あるいは警察関係においても適切な指導を、特に罰則関係についてでありますけれども、おやりになったというようなこともありまして、いわゆる企業と総会屋との絶縁ということはかなり行われたというふうに承知いたしております。現に新しい商法のもとで行われました株主総会におきましては、従来十五分とか十分とかで終わっておりました総会が長時間かかるようになって、実質的な審議も行われるようになった例が多いということを聞いております。私どもが考えておりました株主総会の活性化ということが一面において実現を見ておるのではないかというふうに考えておるわけであります。ただ、その実情を一、二聞いたところによりますと若干行き過ぎもある。一部の株主が執拗に質問を繰り返すというようなこともあるというふうに聞いておりますので、そういった点は将来の問題であろうかというふうに考えるわけであります。 ただいま御質問のございました、この余波でと申しましょうか影響で一部ミニコミ誌、業界誌等が影響を受けておるというような実態につきましても、私どもある程度耳にいたしております。これは改正商法の全く予想しなかった事態でありまして、どこにその原因があるのかというようなことも私ども関心のあるところでありますけれども、やはり企業が正しく改正商法の趣旨を理解されることが深まるにつれまして、私どもの考えておりましたような運用が行われるのではないかというふうに考えております。
○熊川委員 警察庁の方にはまた後でお伺いしたいと思いますが、いまのに関連しまして、全く予想しなかったところの現象も出現しておる、その原因がどこにあるかも必ずしもまだつまびらかではないというお話もありましたが、このような点にその原因があると理解するのは間違いでございましょうか。 改正商法はいわゆる推定規定を設けまして、株主の権利の行使に関して財産上の利益を供与することを禁じ、そしてまた立証の困難性を回避するために、特段の事情がない限りは株主の権利の行使に関してこれを供与したものと推定をするという趣旨の規定になっております。本来、御案内のとおり、推定規定というのはそうむやみにつくられていないのが実体法の体系かと存じますが、一挙に推定規定までつくったところに、言うならば若干の想像しない事由が発生する原由があったのではないかとも考えられますが、その点はいかがなものでございましょうか。
○中島政府委員 確かに推定規定というのがございます。二百九十四条ノ二の第二項でございますけれども、これは非常に厳格な要件のもとに推定をしておるわけであります。 まず第一に、供与する相手方が株主でなければこの推定規定は働かないわけであります。世上よく問題になっております業界誌等で広告を断られた、あるいは購買を断られたという例を耳にいたします。それであなたの方はその会社の株主なんですか、こういうことを聞きますと、いや全く株主ではありませんという答えを聞くわけでありますから、この場合は推定規定の問題ではない、こういうことになるわけであります。 それで私どもは私どもなりに、どうしてこういう事態になっておるかということを考えるわけでありまして、会社側の人たちに会って話を聞いたというわけでございませんので、一部推測を交えて申し上げるわけでありますけれども、やはり企業としては経費の節減ということから、購読料なり広告料なり賛助金というものを節減したいというふうに考えておった。節減せざるを得ないような状態になっておった。ところがいままでのいろいろないきさつもあって、なかなかそれを実行できなかった。そこへこの改正商法が出たために、それに便乗してと申しましょうか、それを口実にして、賛助金なり広告料なり購買料なりを出さなくなったということが一つあろうかと思います。 もう一つは、企業が今回出さなくなったお金の中には、確かにまさに商法二百九十四条ノ二によって利益供与の禁止に当たるものが多かったと思うわけであります。それを出さなくするということになりますと、同種同類のものをやめにした。そうでないと、一部の誌面に広告を出しますと、総会屋からどうして一部の雑誌を優遇するのだということで抗議を受けるというようなこともあって、とりあえず全部やめにしたというような面もあろうかと思うわけであります。 でありますから、私どもも二百九十四条ノ二の趣旨というものは十分生かされておると思うわけでありますけれども、当初立法段階におきましては、そういう全く株主権の行使に関係のない出捐と申しましょうか、そういうものが出されなくなるということは予想していなかったということでございます。
○熊川委員 わかりました。やはり「福祉支援もバッサリ 総会屋退治のあおり ミニコミに続いて…つれない企業」と見出しに書かれるように、どうも企業の側においても本来の改正商法の趣旨を十分理解してないかもしれない面が推察できます。しかし、ただいま御指摘のありました株主権の行使に関しのいわば範囲がかなり広く解されてはおらないかどうか。株主または株主が指定する第三者などの範囲についての問題が本件の源にないかどうかが一つ。 それから、この改正の趣旨が、企業側もさることながら一般の側においても、一例を挙げればミニコミ側においても、まだそのスタンダードというかルールの内容が十分徹底してないという面があるとすれば、それらの周知徹底はかなり重要じゃないかと思いますが、法務省のその辺についての取り組む姿勢というようなものをお聞かせいただけたらと存じます。
○中島政府委員 この問題につきましては、商法改正直後からいろいろと関係の会社あるいは関係団体等で関心を持っておられたところでありまして、いろいろと実際の取り扱いについて私どもの方にも照会もございましたし、また一般的な形で講演会とか説明会とかいうものが開かれまして、そういう機会に私どもの方から講師を出して御説明をしたというようなこともございまして、趣旨は十分に御理解をいただくに至っておるというふうに私どもは考えておるわけでございます。 なお機会がありますれば、いろいろとこの趣旨をさらに徹底させるための努力はいたしますけれども、もうその必要がそれほど多いとは考えておりませんので、あとは企業が正しく理解された改正商法の趣旨に従って、企業の責任において事柄を処理していただきたい、こういう段階であろうかと思うわけであります。
○熊川委員 照会のあったものの中に、あるいは全国出版報道協議会などからの要請あるいは陳情などもおありかどうか、またあったとすれば、その要請の内容など一口に言うとどんなものであったか、教えていただきたいと思います。 といいますのは、最近とみに、かなり著名な経済雑誌が、その出版社が次々と倒産あるいはそれに近い状況に陥っておりますが、これはもちろんこの改正そのものだけが原因だとは即断はできかねますけれども、この改正が大きな一つのファクターになっているのではないか、こう想像できる顕著な事情もございますので、その点をあわせ含めましてお伺いいたしたいと存じます。
○中島政府委員 ただいま御指摘ございました全国出版協議会でございますか、その関係は私ちょっとはっきり記憶いたしておりません。一般的に申しまして、いわゆるミニコミ関係者等からの申し出というのは、自分たちが現在購読を断られあるいは購買を断られて大変窮地に陥っておる、それは商法改正の余波であろうから、何とかそれに対する対応策を考えてもらえないかという趣旨のものが大部分でございます。 私どもとしては、商法二百九十四条の二の改正の趣旨は、あくまでもそういう株主権の行使に関係のない雑誌の購読、購買等を対象にしておるものではないので、商法改正とは法律的には無関係だということでお答えをしておるわけでございます。
○熊川委員 しつこいようですが、言うまでもなく企業のPR、企業の宣伝、これこそ企業の飛躍的発展には欠くことができない一側面があると同時に、また雑誌の拡充によって国全体の経済的な基盤の強固化というようなことも期待できると思います。 そういう面において、いま御指摘のとおり予期せざる余波があったやに見受けられるという事実がありますので、これについては、過去は過去として、今後その辺の余波、リアクションの減少化というか解消に努めていただけるものと存じますが、その辺についての御所見を承れたらありがたいと思います。
○中島政府委員 先日もある雑誌社の方がお見えになりまして、法務省の見解を発表してくれ、こういうことでございましたけれども、私どもとしてはもうすでに何回にもわたって私どもの解釈、立法趣旨ということは申し上げておるわけでありますから、何かあるいは国会で質問があるとか、そういう機会があればもちろん申し上げますけれども、私の方から唐突に何か出版物に見解を発表するというようなことはできかねるというふうに申し上げたわけでございまして、しかるべき機会がございますれば、繰り返し繰り返し私どもの解釈を申し上げるというつもりでおります。
○熊川委員 やはり予期せざる余波が生じないよう適正な努力を、機会をつかまえて前向きに御努力いただけるやにお伺いいたしますので、どうかよろしくお願い申し上げます。 次に、警察庁にもお尋ねしたいのですが、いまの問題に関連して、やはり企業家があるいは会社の秘書室といいましょうか、この種のものを担当している役職の方々は法の解釈にまだなれない点もあるのかも存じませんが、あるいはさらにこの際会社の出費を削減するのにこれ幸いという形で活用する面もないわけではないと思いますが、企業家がこわいのは、あるいは経済雑誌なんかがやはりこわいのは、何といってもこれは刑事処罰も一つの大きなものだと思いますが、この辺は体刑あるいは罰金刑まで盛られている先般の改正が一つの背景といいましょうか、要因でもあろうかと思いますが、この辺をどう運用するのが望ましいのか、また、現状ではその副作用的な面はどんなふうになっているか、警察庁の方としてもお教えいただけたらありがたいと思います。
○川畑説明員 ただいまお話がありましたように、総会屋と全く無関係の新聞社とか雑誌社等が購読、広告の掲載等を企業から打ち切られているというような現象があるということにつきましては、新聞報道等で承知しております。 このような現象がなぜ起きたんだということにつきましての認識でございますけれども、私どもとしましては、一つには、やはり企業と総会屋との絶縁ということが相当徹底したということだろうと思います。また他方、これと時を同じくしまして、最近の経済事情等から経費の節減ということも相当に徹底したというようなこと等の事情が両々相まちまして作用した結果ではないかという認識に立っております。 私どもとしましては、新聞紙とか雑誌の購読や広告掲載、それからすべてのそういうものに、一般のものに関心を持っているものでありませんで、犯罪の予防とか捜査というような観点から商法の四百九十七条の利益供与罪、または刑法二百四十九条の恐喝罪、こういうものの犯罪が、表面上新聞紙だとか雑誌の購読料、広告料の支払い、こういうものを装って行われてはいないかどうかということにつきまして関心を持ち、注目いたしているわけでございます。したがいまして、そのような犯罪と何らかかわりのない通常の新聞、雑誌の購読料、広告料の支払いあるいは福祉活動等に対する支援までも取り締まりの対象としているものではございません。 そういうことから、企業に対しましても、これまで一貫しまして改正商法の趣旨を十分理解していただいて、いやしくも利益供与罪が発生することがないように注意を喚起してまいっておりますし、総会屋を排除するように働きかけてまいっております。そういうことから、企業に対しましても、株主権の行使と関係のない新聞、雑誌等に対する広告掲載や購読あるいは福祉団体等に対する支援を打ち切れといったような指導はいたしておりませんので、今後ともそのような企業との連携をとってやってまいりたいと思っております。 以上でございます。
○熊川委員 ありがとうございます。 ただいまのお話でもって、企業側も、施行後の今日までの実態とあわせ考えながら、ややと言いましょうか、一般のノーマルな経済雑誌の進展というものはかなり期待できるのではないかと思います。 法務省にお伺いいたしますが、東京弁護士会と社団法人商事法務研究会の企業アンケート調査結果というのは多分御存じであると思いますが、こういう調査結果によりますと、企業の実務者の間ではこのたびの改正された禁止規定の解釈をめぐり、いわば混乱の真っただ中にあるというような実態が見受けられないわけではありません。株主総会の運営にも、さらには従前のPR活動にもかなり大きな戸惑いがあるやに思われております。結局、法務省としても、いま警察庁のお話のありましたように本来の趣旨が徹底できるように、これは職務外と言えば言えないこともないかもしれませんけれども、やはり法の周知徹底ということで、戸惑いなき株主権の行使あるいは株主総会の執行、さらには企業のPR活動というものが行われるのも大きな責務ではないかと思いますので、この辺の調査結果との関係においてひとつもう一度今後の善導姿勢と言いましょうか、取り組み姿勢などもお聞かせいただけたらありがたいと思います。
○中島政府委員 ただいま御指摘がございました利益供与に関する調査というものは、そういうものが行われておるということは承知いたしておりますけれども、まだその結果等について十分検討しておらないという段階でございます。その調査結果等拝見いたしまして、必要があればそれに応じて必要な措置をとってまいりたい、こういうふうに考えております。
○熊川委員 大臣に一言お伺いいたします。 改正法の施行後まだ期間も必ずしも長くないわけでありますが、長くないにもかかわらず、その戸惑いはお聞きのとおりわりあい深刻なものがないわけではございません。そしてまた法務省の方にしても、まだ実態、困惑状況について必ずしもつまびらかでもないようでございますが、今日の日本の中小企業なりあるいは大企業を含めて、企業の健全な育成と情報の適正な入手の可能になるように、また経済研究、経済雑誌の正常な充実発展、こういうものはいずれも重要だと思いますので、改正商法との関係で御所見を承れたらありがたいと思います。
○秦野国務大臣 ただいまの御質問に対するいろいろ政府委員からの答弁で大方は尽きているのですけれども、この法案が実施される以前の状態というものにかなり大きな乱れがあった、これを大きく制圧したという効果において、これは大きいと思うのでございます。ただ物事はすべてこれ一〇〇%効果ばかりじゃなくてマイナス面も伴う場合がありまして、そういう点では取り締まる側における態度なり何なりというものも多少あるかもわからぬし、それから会社がさっきお尋ねのような一種の不景気という背景もあって、経費節約の面で便乗したということもどうも事実のように思います。 いろいろ雑誌等のお話がございましたけれども、小さい雑誌はすべて悪いのだというふうにも言えない。大きなことがいいことだとばかりも言えない。そういう観点から、やはり運用に当たって警察等との連絡も密にして遺憾のない方向にいま一遍努力を試みなければならぬなという感じを持っております。
○熊川委員 ありがとうございました。 これをもって質問を終わります。
○綿貫委員長 横山利秋君。
○横山委員 ロッキード裁判田中角榮被告に対する論告、最終弁論が行われました。翻って、今日まで検察陣が非常な努力をしてきたことを多とするのでありますが、これらの検察側の今日までの方針、法廷内外における方針について法務大臣はどうお考えになりますか。
○秦野国務大臣 いま裁判が係属中で、裁判長、裁判官のもとに両当事者がそれ相応の努力をしてやってきたわけでしょう。私どもとしては、私、特に法務大臣としてはそういう法廷の実態というものをただ見守っていくという立場でございます。
○横山委員 法廷の実態を聞いているわけではありません。検察陣が起訴し、調査し、あるいは法廷において行った方針、態度について、あなたは最終的な責任者でもありますが、それについてどうであったかと聞いているのです。あなたの職務のうちです。
○秦野国務大臣 検察に対する私の立場というのは、もちろん一般的指揮、検察庁法十四条の立場があるわけで、それからまた検察は検察の立場で、その立場で努力をしているということについては、当然私はその管理者の立場といいますか、そういう立場でそれはそれとして認めていくことは当然なことでございます。
○横山委員 それでは刑事局長にお伺いいたしますが、いまの私の質問は、要するに今日までの検察陣のありようについて遺憾なことはなかったか、不十分な点はなかったか、十全を尽くしたかという点についてどうお考えですか。
○前田(宏)政府委員 御指摘のように、いわゆる論告求刑、また弁護人側の最終弁論も済んだわけでございますが、これから判決ということになりますので、私の立場で委員のお尋ねに直接お答えするのもいかがかと思いますけれども、検察当局といたしましてはそれなりの努力を尽くしたものというふうに理解しております。
○横山委員 検察陣がロッキード裁判に費やした努力並びに期間、あらゆる総力を挙げたという感じが私はしておるわけなのであります。私は素人でございますから、法廷における論陣なり、あるいは証拠の立証の方法なり、いろいろなことについてはとかく言うつもりはありません。しかし、少なくとも国民一般がロッキード裁判における検察陣のありようというものは高く評価しておることは間違いのない事実だと思いますが、大臣、どうでしょう。
○秦野国務大臣 それぞれの立場、検察は検察の立場で総力を挙げていったということは当然だと思います。しかし、評価の問題という問題につきましては、いわば裁判の途中でございますから、判決というものが最後は決めるのですからね。総力を挙げて努力してきたということを認めることにやぶさかでないことは当然でございます。
○横山委員 どうもその点、あなたの答弁には一抹残るような気がしてならないのであります。検察陣の今日までの努力を評価するけれども、私の聞いているのは、裁判の結果だとか何かを聞いているわけではない。あなたの管轄下における検察陣の努力について、またありようについて遺憾な点はなかったか、あるいは不十分な点はなかったか、十二分を尽くしたかと聞いておるのにかかわらず、あなたの御答弁はどうも一味残るような気がする。自分の立場を別なところに置いて、そして私の次の質問に用意しておるというような気がしてならないのであります。なぜもっと率直にならないのですか。
○秦野国務大臣 お言葉を返すようですけれども、それは勘ぐりというものだと思います。裁判というものはやはり判決——判決も一審、二審、三審ありますけれども、やはり判決を中心に判断していかなければならぬという前提で物を見ていかなければならぬ。したがって、努力を評価しても、その努力の評価とそれからその結実、裁判の結末がどういうふうになるかという問題は、要するに裁判係属中であるから、私はそういう意味における評価は軽々に言うべきではない、こう考えております。
○横山委員 後藤田長官が検察を批判したことは大臣も御存じのとおりであります。いわゆる検察陣の主張はでたらめだと。問題は二点あるようですね。五億円を田中被告はもらわなかった。これは丸紅が猫ばばしたのだという論理ですね。それからもう一つは、トライスターとP3Cのあれは取り違えであるという論理でございますね。これはどうお考えになりますか。
○秦野国務大臣 事実がどうであったか、また事実の法律的評価がどうであったか、要するにそういう問題というのは裁判係属中ですから、私の口から、また私自身もその事実がどうであったかということをつまびらかに調べるような立場でもなかったし、調べてもいないわけですよ。無理なんです。そういう御質問に対してずばっとした答えをせよと言っても、私の立場で言うことは無理でもあるし、また適切でもない。知ったかぶって答えて、かえって裁判の公正というか、裁判の、司法権の独立というものに傷がついてはいけませんから、そういう意味でひとつそういう御質問に対する私の答えはきわめてあいまいなることは立場上やむを得ない、当然のことだと思いますので、御理解をいただきたいと思います。
○横山委員 仮に百歩も万歩も譲って、あなたがそういう慎重だということを、私、納得しませんけれども、あなたが、検察陣を一応とにかく職務として率いる立場である人間が、検察陣のやったことはうそかもしれぬ、本当かもしれぬ、そういうあいまいな御答弁をなさるということは遺憾千万だと思いますが、仮に百歩万歩を譲ったにしても、官房長官があの検察陣の主張はでたらめだと言うのはどう思いますか。
○秦野国務大臣 これははっきりしておかなければいけませんのは、私がでたらめだとか何だとかと言ったようなふうにとられるような御発言ですけれども、(横山委員「いや、そんなことはない」と呼ぶ)これはぜひ、そういう意味は毛頭ありませんから、検察の努力を評価するという立場にあるということを申し上げている以上、当然、でたらめをやっていることを評価できるわけはないのですから、そんな努力は。そういうでたらめ努力を評価するという立場にはないわけですから。 官房長官はどう言ったかという問題につきましては、私もつまびらかに聞いていませんが、新聞にもだんだん後から、弁護団の立場を言っただけだとかといったような話が出ておりますが、余り私は外でこう言ったからそれに対してこうだという弁明を始めますと、勢い実体的な問題に入らざるを得ない、それはやはりまずいんだという立場でございます。
○横山委員 仮にさっきも言ったように万歩譲ったところで、あなたはうそか本当かわからぬ、わかりやすく言えば、検察陣の言ったことは私は調べておらぬから、うそか本当かわからぬ、だから私は言及するのは差し控える、これはいい。いいことはないけれども、まあそういう論理だとしましょうか。 しかし、官房長官はでたらめだと言ったのですよ。でたらめだと言ったのです。あなたと全く違うのです。あなたは検察陣を信頼し、その進んでいるところを支持しておると言うならば、閣僚の中で内閣の大番頭がでたらめだと言ったことについて、法務大臣として一言なかるべからずと私は思いますが、いかがですか。
○秦野国務大臣 官房長官がでたらめだと言ったわけではなさそうですよ。検察陣がでたらめだと言ったのではなくて、どうもそうじゃないらしい。これは横山さん、官房長官に直接聞いてもらったらいいと思う。
○横山委員 あなたは聞きましたか。
○秦野国務大臣 でたらめと言ったのではないそうでございます。
○横山委員 あなたは聞きましたか。
○秦野国務大臣 ええ、聞きましたよ。検察がでたらめだと彼が直接に自分の口から言ったのではない。新聞にそう出ましたけれども、それは事実、そんな何ぼ何でも常識上それはないだろうと私も思っています。
○横山委員 あなたは直接官房長官に法務大臣として聞くべき義務があると思うのですが、いま話を聞けば、官房長官に直接、何を言ったかお聞きになったのですね。その状況を知らせてください。
○秦野国務大臣 でたらめだと言ったことはないと直接聞いています。
○横山委員 それで、どう言ったのですか。
○秦野国務大臣 検察はでたらめだということは言ったことはない、弁護団の立場で彼が物を言ったというような状況のようですね。
○横山委員 弁護団が検察陣はでたらめだと言った、そのことを官房長官が言った。つまり弁護団の言葉を引用したというんですね。その弁護団の言葉を引用して、弁護団はああ言っているよ、でたらめだと言っているよ、こういうことを発言したというのですね。本来ならば法務大臣やあるいは官房長官は、弁護団がそう言っている、でたらめだと言っておるというならば、あんなばかなことはないよ、政府は、検察陣を指揮する政府としては、検察陣がまじめに全力を挙げてやっておるんだ、そんなでたらめだと言うことほどでたらめだと言うべきであるのにかかわらず、弁護団がでたらめだと言ったことを引用して、自分の意見を仮に言わなかったとしても、それを新聞記者に話すということは、間接的な指揮権の発動だと思いませんか。そういうやり方は政治的に遺憾千万なあり方だと思いませんか。
○秦野国務大臣 弁護団がでたらめだと言ったということも言ってない。でたらめという言葉は彼の口からは出ていないようです。
○横山委員 それならば、どう言ったのですか。あなたが法務大臣として確かめたのでしょうね。法務大臣の職責上、遺憾なことだと思われたのでしょう。どういうふうに確かめて、あなたは納得したのですか。官房長官、何を言ったのですか。
○秦野国務大臣 余り細かなことを私も聞いていません。簡単に、でたらめといったようなことは言っていないし、彼の意見というものではないということを聞いている。私はそれをつまびらかに聞く義務があるとおっしゃるが、何もそんな義務はないのです。それは若干の批判的なことを言ったのかもわからぬけれども、彼の立場じゃなく弁護団の立場を代弁するようなかっこうで言ったのかもわからぬけれども、そんな目くじらを立てることはないだろうと思っております。
○横山委員 これはきわめて遺憾な話を聞くものですね。先ほど申しましたように、検察陣がこれに費やした努力、費用、物心両面、歴史的な裁判であらゆる努力を尽くしてきたものですよ。あなたはそれに対して一味違うような立場に置こうとしている。また、もっとひどいのは、官房長官が、検察陣はでたらめだと言ったことを紹介したといいますか、弁護団はでたらめだと言っているよということを一言言っただけでも、官房長官がどういう立場でそれを言ったのか、どういう心理であったか、どういう影響を与えようとしておるのかということは政治的になおざりにできません。そんなこと本人の勝手だと言えますか。 内閣にあって検察陣を指揮するあなたは、検察陣の威信にかけても——新聞記者に検察陣はでたらめだと弁護士が言っておるよと言う意味がどういう意味にとられるかわからないはずはないでしょう。そんなことはとやかく言うものではない、目くじらを立てるべき問題ではないとなぜあなたは言えるのですか。
○秦野国務大臣 でたらめだという言葉は使っていないと言うのですよ。弁護団もそんなことは言っていないというのですよ。それ以上の細々としたことについては、記者会見か何かの席上のことですから、根掘り葉掘り聞いていないから私もわかりません。 とにかく、いま横山さんがおっしゃったように、でたらめだといった、そういう言葉はない。そのほかの言葉で記者会見か何かで言ったことでしょうけれども、そういうことがあったから検察がばたばたするとかなんとかいうことはないですから、御心配要らぬと思いますよ。
○横山委員 ばたばたすることはないと言ったって、論告求刑が済んで判決が秋の段階に入っているわけです。私はばたばたしているとは思わぬ。けれども、法務大臣も官房長官も水臭いと思っていることは間違いないです。検察の権威というものが政府の首脳部から批判されておる、こういうふうに見て差し支えない。世間も皆そう思っている。 あなたは、どうもでたらめだとは言っていない言っていないということだけ言って、それならどういうことを官房長官が本当は言ったのか一言も言わぬじゃないですか。ひきょうじゃないですか。何をあなたは確かめたのですか。法務大臣として、君は一体何と言ったのか、検察の威信にもかかわるようなことを君は言ったらしいが、本当は何を言ったのかとなぜ聞きませんか。それで法務大臣と言えるのですか。
○秦野国務大臣 彼がどう言ったかという問題は、御承知のとおり、議運ですか国対ですか、そういうところで公的な立場で釈明があったり、また野党の方も聞いておられるわけで、そういう経過になっていますから、私は別にそれ以上、どう言ったんだ、こう言ったんだ、けしからぬというような態度で聞き直す気持ちはないのですよ。そしてまたそのことは、検察にとっていまの状態はもう済んでいることだし、裁判官に対する影響というものを考えれば黙っているのがいいという私の気持ちでございます。
○横山委員 遺憾ながら、あなたは法務大臣就任の最初にもう問題が生じておる。そして最も国民に映じたことは、本会議の席上、大臣席から田中被告に対して腰をかがめて握手をしてありがとうございますと言った、そのあなたのイメージというものが国民の中に焼きついているんです。ですから、ロッキード裁判についてはあなたはその国民に焼きついた印象というものを一層取り戻さなければならぬ。そうでなければ、いつまでたってもあなたに対する国民の疑惑というものははがれないのですよ。こういう場合であっても、法務大臣として、君は何を言ったのか、検察陣を率いる私としては、法務大臣の職責上、内閣の大番頭が妙なことを言ってもらっては困る、当然それが出てこなければならないのに、それを議運がやったから、ほかに再会見したからわしの出る幕じゃないという論理はどこに成り立ちますか。遺憾千万ですよ。
○秦野国務大臣 どうも横山さん物事をオーバーにおっしゃって困るんだけれども、田中さんと握手した場合にもありがとうと言ったとか。向こうから握手を求めてこられたらこうやるのは人間的じゃないですよ。そういう意味ではちょっとオーバーにおっしゃっていらっしゃる。 それから後藤田官房長官の言葉についても、そう私が目くじらを立ててごちゃごちゃ言うことはないというのが私の気持ちなんです。もう検察も終わっている、弁護も終わって裁判官が静かに考えて判決を下すという方向にあるわけですね。静かにしているのが一番いいんじゃないですか。何か言うと、それがまた反作用、それがまた作用を生んで言葉が非常にはんらんすることが果たしていいかどうかという気持ちを私は持っております。そういう意味で、私は内容について、検察は済んでしまっているんだし、それから検察の上に私があることも事実だし、それ以上格別なことはないのじゃないか、こう思っております。
○横山委員 まことに遺憾千万なあなたの政治姿勢です。これ以上言い合うのは時間のむだになるかもしれませんが、私は法務委員会であなたが大臣就任以来、あなたにある意味では御忠告申し上げている、あなたのためによかれと思って私は言っている。ロッキード裁判に関する法務大臣のありようについては全国民注視の的ですよ。そのあなたがどうもこの問題になると常に一抹すっきりしない、歯切れが悪い。そうして従来の法務大臣だったらきちっと姿勢を正して物を言うべきところが、この問題に関する限り、いつも歯切れが悪い。遺憾の意を表しておきます。 次に、入管の報告を求めたいと思います。 情報を漏らす、あるいはまた供応を受けた、その状況について御報告を求めます。
○田中(常)政府委員 お答えいたします。 この件につきましては、新聞に報道され、世間をお騒がせし、まことにお恥ずかしい次第でございまして、遺憾のきわみでございます。 事実関係を申し上げますと、この問題の男は、昭和五十五年十月より赤坂のあるクラブにおきまして六回にわたって食事をいたしてお金を払っておりませんでした。そのことが翌五十六年の七月になりましてわかりまして、直ちに調査し、そのクラブで使ったお金を全額同人に支払わせました。そして五十六年八月一日厳重注意にされ、横田出張所に配置がえになりました。 以上でございます。
○横山委員 今朝の新聞によりますと、入管の下部機構では転勤なりあるいは適当な内部処理で済まして本省に報告しなかったということですが、その問題はどうなりましたか。
○田中(常)政府委員 お答えいたします。 二つの問題がここにございます。一つは六回にわたってお金を払わずに食事をしたということと、もう一つは入管の摘発の情報を事前に漏らしたのではないかということでございます。 食事をした件につきましては、これは支払わせましたが、入国警備官の自覚をきわめて欠くような話でございます。 それから摘発の情報を事前に漏らしたかということでございますが、今日までの調査によりますと、摘発の情報を漏らしたことはございません。実は一体摘発の予定があったのかということをいろいろ調査したわけでございますけれども、問題の店屋に摘発の予定はございませんでしたし、また摘発計画の中にその店の名前はございませんでした。
○横山委員 私の質問は、あなたの下部機構が本庁に詳細な報告をしないであいまいな報告をしておいて、後になってそれがわかった、こういうことだと言われておるのですが、いかがですか。
○田中(常)政府委員 その点についてお答えいたします。 過去においてこの事件が起きたときに東京入管局より本庁に対して報告がございました。しかし、このたび再びマスコミにこの問題が取り上げられましたもので、私自身東京入管局の幹部を呼びまして詳細に事情を聞きました。そして、幾ら聞きましても情報漏れという事実は現在までのところございませんです。そして、けさの新聞等によりますと、過少報告していたということでございますけれども、実は私が今日までに了解するところでは、過少報告ということが全然わからないわけでございます。しかし、このように世間をお騒がせしてまことに申しわけございませんもので、私といたしましては、すでに一昨日から始めておりますが、本件については徹底的に再調査をする意向でございます。
○横山委員 務務大臣、本件についてどうお考えでございますか。
○秦野国務大臣 政府委員の考えたとおりでございます。
○横山委員 まことに遺憾なことだと思います。 私は入管の仕事というものをいろいろな意味で応援をしてきたつもりであり、人間が足らないということも指摘してきたつもりであり、それから少ない人数で入管業務がとにかくがんばっておるということも評価したつもりである。それから、入管業務というものはまず外国人が入ってきたときに一番最初に日本というのを認識するところでもあるということで、激励してきたつもりでもある。ところが、こういうようなことがございますと、入管業務というものがまことに暗い感じがしてしまう。そういうことがあり得るならばほかでもあるのではないかという印象も免れがたい。それではならぬと思うのであります。だから、かかることについては十分きちんとした処理をすることを要望いたします。 次に、戸塚ヨットスクールについて伺います。 ここに「戸塚ヨットスクール特別合宿入校案内」というのがあります。愛知県知多郡美浜町河和、期間は二カ月、対象は「小学生以上。但し知恵遅れ、分裂症、自閉症等の障害がある場合はお断りしております。」費用は入校金が五十万円、合宿参加費一日につき一万円、そのほかウエットスーツ代、健康診断料、散髪、治療費、他の実費。申し込みは、申込書提出時に百万円銀行あてに振り込んでもらいたいとあります。 「情緒障害」という項に「いわゆる登校拒否、家庭内暴力、一過性非行はその年令を通過する迄なおらないというのがカウンセラーの暗黙の常識とされている現在において、当ヨットスクールではこの治療に対して非常に大きな効果をあげております。すでにテレビ(NHK他)新聞、雑誌などに多く紹介されていますが、通常の登校拒否の場合は必ず登校させています。「頑張る事を癖にする」事で自立心、忍耐力、集中力、協調性等の精神力を強くする事を基本目標としております。」こうあります。 このヨットスクールは、当初においてはかなりの関心を集めました。情緒障害児を持っておる家庭がわらをもつかむような気持ちでここへ子供を入学させるということがかなりの評判になったわけであります。しかるところ、最近において三人の子供が死に、二人が行方不明になりました。まず、その三人の子供について、どんな状況であったか、警察庁はお調べになったことを簡潔に説明してください。
○三上説明員 まず第一の事件でございますが、昭和五十四年二月十二日から二月二十四日までの間、訓練生として入校しておりました当時十三歳の見学祐次君という少年が死亡した事件であります。 半田警察署では二月二十四日に病院からの届け出を受けまして直ちに検視、関係者の取り調べ等の捜査を行いましたところ、三月二十四日に被害者の両親から告訴もなされましたので、受理をいたしました。その後所要の捜査を遂げまして、五十四年八月三十一日に関係被疑者を業務上過失致死事件で検察庁に書類送付をいたしております。 第二の事件は、昭和五十五年十月三十日から十一月八日までの間の予定で訓練生として入校しておりました当時二十歳の吉川幸嗣君が死亡した事件であります。 半田警察署では十一月四日、病院からの届け出によりまして事件を認知いたしまして、検視等の捜査を行いまして、この事案につきましても、十一月二十七日に告訴がなされましたので、受理をいたしております。その後所要の捜査を遂げまして、五十六年十月二十四日に関係被疑者を傷害致死事件で検察庁に書類送付をいたしております。 第三の事件は、昭和五十七年十二月四日から十二月十二日までの間、訓練生として入校しておりました当時十三歳の小川真人君という少年が死亡した事件であります。 半田警察署では、十二月十三日、病院からの届け出によりましてこれを認知しまして、直ちに検視を実施した結果、事故死の疑いがあるということで司法解剖を行いました。解剖の結果、死因は外傷性ショック死ということでございました。現在、半田警察署に傷害致死容疑事件捜査本部を設置いたしまして捜査をいたしておるところであります。この事件につきましても、本年四月十九日に被害者の両親から戸塚校長以下関係者を被告訴人とする告訴状が出されております。 現在までの状況は以上でございます。
○横山委員 そのほか、これは海上保安庁の所管になるのでありますが、行方不明の少年二人、合計五人であります。 いま大臣ごらんになったと思うのですが、これは週刊誌の写真だけ収録をいたしました。まことに見るも無残な写真が幾つも幾つも収録をされております。 ここで第三の事件、小川真人君のおじいさんの尾澤修治さんの書かれた文章の一節を御披露いたしましょう。 思い返せば 亡き真人のなきがらは あまりにも悲惨でした その姿は この眼で 確かに見届けております 記者会見で 署長が「全身傷痕無数」といくどか声高く発表したのが 未だに耳朶に残っています 司法解剖の結果も「外傷性ショック死」とされています 行く時には身体に傷一つなかったのに 一週間後には見るにしのびない酷い姿でした これは 誰が何といっても許すわけにはいきません 真人は 鵠沼で生れ育ち 湘南の海を こよなく愛しておりました 海にあこがれ はるばる遠くまで行って 十三歳の生涯を閉じたのであります でも 今は 神のみ許に召され 残照あかあかと映える湘南の海を思い浮べながら 心静かに 眠っていることでしょう 情緒障害児を中心とはいたしながら、真人君の場合はそういうことはなかったわけであります。普通の子供で、海にあこがれ、そしてヨットにあこがれて、僕行くというわけで急遽入校して、わずか一週間の間に全身傷痕無数、外傷性ショック死として死亡した。御家族の皆さんが見ても余りにも無残だ、こういう状況であります。その無残さというのはどこからかといいますと、いまお手元へ渡しました現場の写真の中でありありと見ることができます。 警察庁にお伺いしたいのでありますが、私がおととい愛知県警本部の刑事部長並びに捜査一課長に会いまして、客観的な状況をひとつ聞かしてもらいたいと言いましたところ、ヨットスクール側では、この小川真人君の問題を含めて調査に協力しないということだそうでありますが、いかがでございますか。
○三上説明員 告訴された事案につきましては、警察としては全力で捜査をいたしておりますが、関係者につきましての非協力的な態度がありますことにつきましては事実の点でありますが、われわれとしてはいろいろな観点からの捜査をいたしまして、十分な解明を遂げたいというふうに考えております。
○横山委員 ここに小中陽太郎と戸塚宏の「エンドレス対決論争」レフェリー内藤国夫の対談があります。双方ともややエキサイトぎみではありますけれども、それにしても何ということだろうかと思うところがございます。ちょっと紹介をいたしますと、 戸塚 小中さんは、われわれが殴って治すと責めているけど、じゃあ、一発も殴らずに治したらどうしてくれるんです? 小中 そりゃもう、あなたにノーベル賞あげてもいい。 戸塚 わかった。ノーベル賞をもらってもらいましょう。連れていらっしゃい、一人。治してあげるから。 小中 だけど、叩いて殺していれば、殺人者とまであえていわずとも、告発する。 戸塚 あんたは私を(テレビを通して)批判した責任があるのだから、ともかく、そういう子どもを一人連れていらっしゃい。オレが深くやれっていうのは、そういうことなんですわ。みんなが逃げたら、あかんのや。 小中 逃げやしない。殴らずに治したら、それは素晴らしい。 戸塚 冗談じゃない。だいたい、みんなが、われわれを悪者と最初からきめつけて、魔女狩りをしているのやから。 ——まあ、悪名高き戸塚教室と一般には思われていますね。生徒を殴ったり、手錠まではめて。 戸塚 報道する人間がダメだから、そういうふうに報道し、誤解を生んでいるのや。 ——事実はどうなんですか。現実には。 戸塚 まず三分の二は叩かれんでしょう。三分の一はぶん殴られる。殴られて成果のあがる子やね。なんのために叩くか、そこを考えてもらわな、あかん。 ——殴る、殴らんの境い目はなんですか。 戸塚 そんなもん、現場で動きみたら、すぐわかりますわ。こんなとこで、お茶飲みながら決めることやない。 ——だけど説明してもらいたいなあ。 戸塚 日本の二千年の歴史のなかで、いつからか殴らんようになった。それとこういう問題児の多発し始めるのと、一致している。そこになんらかの意味があるはずや。その意味をはっきりつかんどるのですか、いったい。 小中 戸塚教室が批判されているのは、しかし、三人もの死者を出したことだ。あなたが、訓練生を海に突き落としたり、崖の上に立たし、窒息とか死の恐怖で教育する。その根本のスタイルが問題にされているのよ。 戸塚 なにもわからんと、なにを言っているのや。 それから 戸塚 まあ、ええわい。そんなこと関係ないことや。教育はカネの問題やないでしょ。いやな人は来なければ、いい。 小中 あなたは、戸塚校長ではなく、株式会社・戸塚ヨットスクールの社長だ。だけどやっているのは事業でなく、教育でしょう。だったら…… 戸塚 教育ならタダにしろっていうんかね。二十三歳の幼児化する人間をウチでは治しているんだよ。ほかのどこが治せるんですか。 小中 治せるとすれば、素晴らしい。なぜ治せるのか、秘密を公開してください。 戸塚 とんでもない。企業秘密ですわ。そういう実績をあげているんですよ。われわれと同じ実績をあげている人を、まず探していらっしゃい。 それから 戸塚 あの子どもがどうして死んだのか、もういっぺん調べていらっしゃい。 小中 どうして死んだのですか。 戸塚 そんなことはどうでもいい。私のしゃべることやない。ああ、うるさいな、もう。 小中 だって、校内暴力で有名な忠生中学だって、死者は出してはいない。ナイフで刺しただけで、日本中が大騒ぎをしているんですよ。 戸塚 そんなら一日に何十人とクルマで死んどるんだよ。それを大騒ぎしなさい。 小中 クルマは殺そうと思ってはいない。 戸塚 じゃ、我々は殺そうと思うてるの? 小中 そうですよ。 戸塚 ヤメターッ! 小中 少なくとも死ぬかもしれないと。 戸塚 こんな人と対談できンわ。 といったきり、憤りもあらわに席を立って、外に出ようとする。 これは一節なんですけれども、この一節の中にも、戸塚宏という人の人間性というものがありありと出ているような気が私はするわけです。 御存じかもしれませんが、戸塚氏は一九七七年、昭和五十二年ですか、この美浜町にヨットスクールを開校したわけです。ただ、ヨットスクールというのですけれども、株式会社なんですね。 そこで文部省にお伺いをしたいんですけれども、株式会社ということがどうも私はひっかかるわけでありますが、愛知県警で調べたところ、ヨットスクールの業務目的は、一、ヨットの販売、購入から始まって、ヨットの部品、備品の販売、三、教室の経営、四、付随業務とあります。しかし、いまでは九十人くらい生徒がおると思うのでありますが、教室の経営にすべてかかっておる。現にヨットスクールと言う以上、教室ということに中心が置かれておるのではないかという感じがするわけであります。この件については文部大臣も、参議院でしたか、お答えになったと思いますけれども、この種の教育施設と自負しておるこの教育施設について、文部省初め行政官庁は法律上どういう行政指導ができるんですか。また、この問題にどういう関心を文部省は持っているのですか。
○遠山説明員 御質問の点でございますけれども、関心はという点につきましては、このヨットスクールにおきまして子供に対する暴力行為があり、死亡事故があったということは聞いております。それにつきましては大変痛ましいことだと考えております。しかしながら、文部省といたしましては、その詳細については承知していないところでございます。 御指摘のように、戸塚ヨットスクールは株式会社の組織でございまして、学校教育法に定める学校ではございません。文部省としましては直接的な指導を行うことは困難と考えております。
○横山委員 学校教育法の八十四条「無認可の教育施設」この法律以外のものが「専修学校又は各種学校の教育を行うものと認める場合においては、関係者に対して、一定の期間内に専修学校設置又は各種学校設置の認可を申請すべき旨を勧告することができる。」とありますが、これは適用になりませんか。
○遠山説明員 御指摘の学校教育法八十四条におきましては、都道府県の教育委員会の義務を定めておるわけでございますけれども、これは株式会社組織に対しても指導を行うということであるかについてはつまびらかにいたしておりません。
○横山委員 ちょっとおかしいのですが、私はこの問題について放置ができないと思っているのです。情緒障害児に対する教育なりあるいはまた矯正なりというのは一般の子供とは違う点があることは認めます。認めますが、しかし現実に株式会社の立場で情緒障害児の教育をしている。現にしておるのですね。そして学校教育法八十四条は、法律にないものがそういう教育をしているものについては、必要があれば設置の認可の申請をするべき旨の勧告の権限を文部大臣に付与しているのではないですか。私は多少問題がある条文だとは思いますけれども、しかし、ここを援用すれば戸塚スクールのありようについて是正の方法が発見できるのではないですか。私は政治家でございますから——いまこの戸塚スクールを警察が一生懸命に追っておるけれども、校長以下全職員、それから全生徒、口を緘して物を言わない、捜査に協力しない。そして町では請願書を出して、勧告書を出した。けれども、それを守らないのです。 もう一つあります。八十三条の二ですね。「名称使用の禁止」がありますね。学校とは言ってない。しかし、スクールとは何ですか、学校じゃありませんか。学校の名前を、大学院の名前を使ってはならぬと決めておるから、スクールならいいと言えるでしょうか。どう考えても戸塚スクールは学校なんです。しかも、いま社会において最も問題になっておる情緒障害児、その専門校なんですよ。その実態を考えますと、文部省が私の所管ではありませんと言うのはいささかどうかと私は思う。警察でもいろいろ話し合いました。これはただ町が勧告するぐらいではいかぬが、何か方法がないかということを思案するのですけれども、文部省は一遍検討なさったらどうでしょうか。
○遠山説明員 この問題につきましては、警察御当局の方でも調査は困難という事態でございます。文部省といたしましては、その内容について詳しく知る権限もないわけでございます。 しかしながら、この問題については深い関心を持っていることは事実でございます。いろいろな機関が協力をしてこの問題について取り組んでいくときに文部省としても協力してまいりたいと思います。
○横山委員 これは速やかに、文部省直接ということにはなりますまいが、愛知県に事情を調査させて、そして、この学校教育法の八十四条が援用できるならば、さらに進んで勧告、閉鎖命令、六カ月以下の懲役、そこまで発展できるんですよ。やろうと思えば発展できるんですよ。 私は、戸塚校長の、ヨットで世界を回ったとかいう個人としての努力を、歴史を評価するにやぶさかではない。けれども、ここに山ほど学校内部の問題が生じています。町もそれに対して決議をしているわけです。これはどうしようもない。警察の調査にも協力しない。行政機関は何ともしようがないということであってはいけません。ですから、少なくとも文部省は愛知県に学校教育法の八十四条、八十三条等を援用してこの調査をさせ、そして進んで勧告し、そしてさらに、言うことを聞かなければ閉鎖命令を出すというような手がありそうな気がするのです。法律論として、もう一度伺いますが、検討の余地がありませんか。
○遠山説明員 この問題につきましては、繰り返し申し上げますけれども、重大な関心を持っております。同スクールでは、知恵おくれ、自閉症等の障害のある場合は受け入れないということになっていると聞いております。情緒障害児につきましては、専門的な方法によって正しい教育が行われるべきでございます。そのような角度及び就学義務を全うさせるという角度から、私どもはこの問題について関心を持っているということをお答えさせていただきます。
○横山委員 どうもかみ合わないですね。私がせっかくこう言って提起している問題に十分お答え願えないとは残念なことだと思います。 警察に聞きますけれども、この戸塚校長の言い分によりますと、学校で手に負えないの、父兄の手に負えないの、警察で手に負えないのをおれのところが頼まれて引き取っておる、こう言っておる。本当でしょうか。
○三上説明員 警察で手に負えない子が入っておるかどうかということはつまびらかでありませんけれども、この問題につきましては、私どもとしては、先ほど来申し上げておりますように、事案の解明ということに向けて全力を尽くしたいというふうに考えております。
○横山委員 もし戸塚校長が言うのが本当なら、何をこく、警察は何をいばりやがる、おまえらがこの間電話をかけて、一人子供を引き取ってくれと言ってきたんやないか、県や市や教育委員会やなんかが引き取ってくれと言ってきたんやないのか、頼んでおいて、さあ今度は知らぬ顔しておれのところをいじめるとは何事だ、こういう言い分がありそうな気がしますね、本当にそうならば。そうだとすると、警察も県も戸塚スクールに対する態度があいまいであるという理由がそこに存在するのではないかと疑わざるを得ないのであります。 今日の状況では、私は、読めば読むほど戸塚スクールの中における問題点というものは二つあると思うのです。 一つは、いま文部省のお答えの中にあったのだけれども、本当に愛情がない。たたけば治る、ぶん殴れば治る、手錠をかければ治る、監視の犬さえ置いておけば恐怖心で治る、ヨットから突き落とせば必死になって自活心が出てくる、こういう論理ですね。それを深い愛情と戸塚校長はあるいは言うかもしらぬけれども、それは全く次元が違う。何らの愛情もない、これが一つであります。 それから、情緒障害児が乱暴をしたり言うことを聞かなかった場合において、何らかのスパルタ的なものが、絶無とは言わない、それが少しは認められる点も、まあ寛恕すべき点もないとは私は言わない。けれども、ここは限界を超えている。全く限界を超えている。そういう点についての反省が少しもないですね。子供が三人死んで、その死の状況もまだはっきりしませんけれども、少なくとも小川真人君は、本当にさらの十三歳の子供が行って一週間で死んだのです。そして全身傷痕無数です。そういうようなことに恬として責任をとろうとしていない。要するに、スパルタ教育が是非論はありますけれども、仮に恕すべき点があったとしても、限界を超えている。この愛情のなさと限界を超えているという点について、私は放置ができないと思うのです。 御報告がなかったのですけれども、第一の事案については不起訴なんだそうですね。不起訴ですか。第二の事案についてはどうなったか、その結果だけを三人についてもう一遍言ってください。
○前田(宏)政府委員 先ほど警察庁の方から御報告のありました三件でございますが、そのうちの第一件につきましては、ただいま横山委員の御指摘のように、結論的には不起訴になっております。それから第二の事件は、現在まだ捜査中でございまして、結論は出ておりません。それから第三は、先ほどのようにまだ警察の方で捜査中である、こういう状況でございます。
○横山委員 この際、検察庁にも私は期待をしたいと思います。警察にもお願いしたい、文部省にもお願いしたいのでありますけれども、関係者は、警察がよく努力をしておってくれる、捜査協力をしないけれども、その中でうまずたゆまず努力しておってくれる、こういうふうに言っています。言っていますけれども、もうこれはいいかげんに任意の調査の段階ではないと思います。少しも反省がないようなあり方、責任をとらないようなあり方について、いつまでものんべんだらりと任意捜査の段階ではないと思います。 この解剖はした。けれども、戸塚スクールにはお医者さんがおるわけですね、お医者さんが診断書を出さないそうですね、カルテを。患者の秘密か何か知らぬけれども、診断書を出さないそうです。それから業務の状況についても、もうもちろん新聞記者は取材拒否、そういうような状況でいつまでたっても話がつかぬ。結局は証拠不十分で不起訴だとかそういうことになっては、死んだ子の家族はもうたまらぬですよ。だから、警察もこの際百尺竿頭一歩を進める時期だと思いますよ。 それから、検察庁の方でも同じことが言えると思うのです。証拠がないなら証拠がないように、もっと検察陣としても前向きに問題の処理に当たらなければなりません。それから文部省については先ほど二、三回やり合いましたけれども、どうも残念です。警察、検察だけで問題は解決しません。この事案だけ解決すればそれはいいというわけじゃありません。また起こるのです。起こる可能性が顕著であります。しかも、私は学校教育法の援用で調査ができる、介入ができる、場合によれば処罰ができる。それを、関心はあるけれども調べておらぬ。文部大臣が、この間も、あれは私の所管ではないというようなことでは困る。だれが一体、どこが一体この問題を扱ってくれるのか、将来にかけて改善されてくれるのかという点で文部省も責任を持ってもらいたい、検討してもらいたい、強く要望いたしておきたいと思いますが、いかがでございましょうか。
○三上説明員 先ほど答弁をいたしました内容について補足をいたしますが、警察が戸塚ヨットスクールに非行少年を回したというような事実については、全く聞いておりません。 それからこの事件につきましては、すでに関係者の取り調べあるいはヨットスクールに対します捜索、差し押さえ、検証などの捜査も実施をいたしております。私どもとしては今後とも十分な捜査を遂げるということで、愛知県警におきましてもそういった面で十分な捜査をいたしておるところであります。
○横山委員 それでは三番目の体外受精についてお伺いします。 どうぞ警察や文部省お帰りになって結構です。 昭和五十三年十月二十日に私は当委員会において試験管ベビーについて質問をいたしました。その後さらに日本のみならず各国におきましても、試験管ベビーの成功あるいは新しい発展というものが続々生じてまいりました。改めてここでお伺いをいたしますが、五十三年のときに大体どういうことかという点で確認をしたことがございます。私から、 体外受精は、正常の受精では卵子の近くに到達する精子は二億匹のうちの数百匹にしかならない、その中から一匹だけが受精をする。だから、正常の受精の場合には、強い精子が卵子にゴールインをするのだ。試験管の中では、それとは別に弱い精子でも卵子に近づいて受精することができる、これが第一点であります。 第二点は、卵子を取り出す際に、卵子の回収率を高めるために排卵促進剤を使うことが多い。無理に卵子をしぼり出す結果、やはり弱い卵子が受精する可能性がある。これが第二点であります。 第三番目に、培養液のつくり方にはさまざまある。東邦大学では、栄養を与える基本培養液に、ばい菌の汚染を防ぐためにストレプトマイシンを入れる。生体内に近づけるため性腺刺激ホルモンや人間の血清を加えたりしている。これが三つ目であります。 そこで医学的な立場からどうかという点について、厚生省から福渡説明員が、 第一点でございますが、おっしゃるように、正常の受精の場合には多数の精子の中でごく少数のもの、最終的には一匹だけということになりますので、一般的には強いものが残る、このように言われております。それから試験管内ではそういう条件がなくなりますので、そういう危険性はあるというふうに言われております。というのは、弱い精子も受精をする危険性があるということでございます。 それから二番目でございますが、卵子の採取については排卵剤を使用するために、十分成熟した卵子だけではなくて、未熟な状態で排出されたものまで出てくる可能性があるということも言われております。 それから三番目の、培養液の件でございますが、培養液の一番のポイントは栄養補給ということになりますので、この栄養を補給するためのどのような物質を入れるかということにつきましては、まだ研究段階でございますけれども、わが国ではまだ確たる定説がないようでございます。いま委員が御指摘になりましたような物質等も入れて、まだ研究段階だと、このように申し上げた方がいいかと思います。 大体私の言うことを確認をされたような結果になりました。 そこで、時間が余りございませんので、厚生省にまずお伺いをいたしますが、AIH、すなわち夫婦間の場合、医者がこの夫婦間の場合には御主人の精子が弱いというような場合あるいはまた奥さんの場合も同様であるから、試験管に入れて受精させる。その場合に、医者は移植した受精卵が成長の途中異常となった場合に、自分で適当に、これはだめだ、これはやめておこうというふうに、膣の中へ入れた場合でも自分が適当に判断してそれを処分ができるのかどうか。お答えでは、現在では鑑別法は未熟であるという話が前にありましたが、卵子と精子が受精して膣の中で着床した場合は、一体法律上胎児ともうすでに言えるのかどうか。これは厚生省と刑事局長と両方から伺いたい。
○尾崎説明員 委員の御質問にお答えを申し上げたいと思います。 体外受精、俗に試験管ベビーとかいわれているものでございますけれども、日本におきましては東北大学で初の着床成功例というものが出たわけでございます。また、徳島大学におきましてもそういう研究準備が盛んに行われている、こういうように伺っているところでございまして、諸外国に比べまして日本の場合にはそういう研究の進展と申し上げましょうか、そういうものがややおくれていたという嫌いはあるようでございますけれども、日本の研究者もそういう経験を豊富に持つ外国へ行くとかいたしまして盛んに勉強して、日本におきましても外国にひけをとらないそういう研究体制あるいは実施体制というものがこのところできてきていると私どもは認識をしているところでございます。 それから、いわゆる胎児というものの定義でございますが、各法律によりましてそれぞれその目的と言いましょうか、そういうことによっていろいろな取り決めがされているようでございます。日本産婦人科学会、そういう医者というグループにおいて決めていますものとしましては、大体妊娠の第八週未満、七週以前と言いましょうか、そこにおきましては胎芽、八週以降というものを胎児というかっこうで産婦人科学会では取り決めをしている、このように認識をしているところであります。
○前田(宏)政府委員 私どもの関係では、刑法で言えば堕胎罪の関係が一つ問題になるかと思うわけでございますが、この場合も胎児ということでございまして、果たして胎児に当たるかどうかということはいわば事実認定の問題であろうと思うわけであります。通常は、自然受精といいますか、そういう場合を予想しているわけでございますが、御指摘の人工受精の場合も、いわゆる子宮内への着床ということはちょうど自然受精の場合と同様にするわけだろうと思うわけでございまして、そういうことで、胎児の段階に立ち至れば、当然のことながら堕胎罪の対象になるということでございまして、事実認定の問題に帰するわけでございますが、たとえば昔の判例でございますけれども、一月程度でも堕胎罪の成立を認めた判例もあるわけでございます。
○横山委員 徳島大学の倫理委員会のガイドラインは、一つは体外受精を不妊症の治療であること、二つ目、社会からまだ圧倒的な支持がないこと、三つ目、完成した臨床医療ではないこと、四つ目、本来の目的外に卵子や精子を使用しないこと、それは社会に与える影響を最小限にし、先天異常の発生を食いとめる技術の向上がまだ不十分であること等を言っており適当な判断だと思いますが、逆に言えば、本来の目的以外に卵子や精子を使用した場合、先天異常児の出生をした場合、法律上医師の責任はどうなるのか。この点について徳島大学は国にカウンセラーその他いろいろなことを求めておるのですが、厚生省としてはどうお考えになりますか。
○横尾説明員 医師法上の責任と申しますのは、医事に関し不正または不適正な事項というものについて問われることになろうかと思いますので、徳島大学の倫理基準そのものというよりも、個別具体的に着床なり体外受精の行為を行う過程において、一般通念として不正というような状況に該当することがあるかどうかという判断を求められるものだろうと思います。 先生おっしゃるように、現在認められている基準は夫婦間で特定の目的のためにということで大変限定的にされておりますので、その限りにおいては一般論としては特に問題はないと思います。その受精を行った卵子を目的外に使用することは、いまの社会通念からすれば非常に批判を明らかにされていらっしゃる方も多いところでございますから、あるいはケースによっては不正といった事態に当たるものもあろうかと思います。
○横山委員 要するに、医師が目的外あるいは徳島大学で決めたこと以外に使用した、そしてそれによって先天異常児が出生したという場合には、いまのお話だと、違法性はないけれどもいまの社会通念上不適当である、こういうことなんですね。
○横尾説明員 違法性は問われないと存じますが、不適当という先生のお話のとおりだろうと思います。 ただ、その場合に、障害児が産まれたからということではなくて、そういう行為をしたこと自体で判断がされるものと考えております。
○横山委員 最近、ネズミ、ウサギ、牛、豚、この動物実験は非常に進んでおりますけれども、奇形が多いと言われております。体外受精で生体と同じ環境でこの種の問題が一体成功するかどうかということに疑問を持ちます。いまの段階では、法律に何の取り決めもないから違法性は問われないけれども、社会通念上から、公序良俗から言ってもこれは不適当というか、道徳責任を問われるということだと思いますが、法律上それだけで一体いいのであろうかという点に私は疑問を持っておるわけであります。 ヒポクラテスの誓い、患者を差別しない、致死量の薬を与えないという誓いがあるそうですが、いまの体外受精、人工心臓、臓器移植等医学の発展が人間の尊厳というもの——動物的な命さえあればということでいろいろと医学の発展が人間の尊厳を破壊しつつある、その破壊しつつあることが、違法性がないからすべて医師の裁量に任せられていくという点について私はきわめて危険を感ずるわけでありますが、厚生省はその点についてどうお考えになっておりますか。
○横尾説明員 医師に任されているというのが実情でございますが、その医師が何をやってもいいというところまで任されているものではないと私ども思っておりまして、明文の形ではございませんが、一つの社会通念あるいは学会のコードという形でこれを超えてはならないというものは一つ一つの事項についてあるのではないかと思います。 ただ、その場合に、新しい技術の問題については、なかなかその通念そのもの、学会の倫理基準が固まりますまでに時間の経過がございまして、その意味ではいま技術の進歩が非常に速うございますから、あいまいな部分は相当残されている状況でございます。 そういった場合に、厚生省という立場で早い時期に法律あるいはそれに類するようなルールをお示しすべきかどうかという問題になろうかと思いますけれども、私どもとしては法律的な手だてが優先するのではなくて、やはり実態として合意ができた、そういうことが前提になっていくべきものではないかというふうに判断をしております。
○横山委員 ごもっともな点だと思います。ごもっともな点だとは思いますけれども、しかし一つ一つを考えてみますと、医師の良識あるいは医学界のコンセンサス、そういうものがおのずからなるものを形づくっていくまで待っておれぬ二、三の問題があると思うのであります。 たとえば、脳死の判定による臓器移植、これは一体殺人であるか合法であるかという問題がございます。新鮮な臓器の移植で助かる場合、その場合に一体その助けようとする別な患者が大事なのか、あるいは取り出される提供者が大事なのかという問題が残りますね。この脳死判定による臓器移植は、刑法上ではどうお考えになりますか。
○前田(宏)政府委員 御指摘の問題は、いつ死亡したと認めるべきかという問題に帰するかと思うわけでございますが、従来刑法の解釈といたしましては、呼吸の停止あるいは心臓鼓動の停止、また瞳孔の反応の喪失といういわゆる三徴候説と申しますか、その総合判断によって認定すべきであるというのが通説と申しますか、そういう考え方になっているようでございます。したがいまして、そういう要件を満たさない前において、つまり死亡したと判定される以前において臓器を摘出する、その結果、場合によっては死亡するということになりますと、傷害、さらには殺人というようなことが問題になるわけでございます。
○横山委員 そういう判定も結局は医師に任されるわけですね。そのときの瞬間が一体どうであったかということは、後になってから罪を問うか問わないかということで、その瞬間においては医師に任される場合が医学の発展の中で非常に多い。 だから、いま厚生省からお話がございましたように、一刻も早くその何らかのコンセンサスというものがいろいろな民間なり関係機関の中でできなければならない。それはもちろん法律は後追いの方がいいに決まっている。決まっているけれども、これから申し上げる戸籍、相続等にも関連をしてくるわけでございますから、厚生省だけでなくて文部省も何かお考えのようであるけれども、法務省としてもこれは看過のできない問題だと思うのです。だから、関係各省がこの種の問題についてひとつ研究会とかそういうようなものを、立法を先行するのではございませんが、私は少なくとも行政機関としては一体何を考えなければならないのであろうかという点についての検討はなさるべきだと思いますが、いかがでございましょう。これは法務大臣からお伺いした方がいいですかな。 〔委員長退席、太田委員長代理着席〕
○中島政府委員 確かに民法におきましても出生の問題、死亡の問題、その時期はいつかということが法律関係に非常に大きな影響を持つわけでございまして、私ども一応は先ほど刑事局長がお答え申しましたような死亡の時期の認定についての考え方を持っておりますけれども、いろいろ医学も進んでまいります、新しい考え方も出てまいりますというような事態に対しては絶えず関心を持って検討を続けなければならないというふうに考えております。厚生省では、そういった問題についての研究会と申しましょうか、諮問委員会というようなものも設けられたということを聞いておりますが、そういった検討の結果なども伺いながら、私どもも検討すべきものは検討しなければならないと存じます。
○横山委員 民事局に対して余りたくさんの質問があるものですから、時間の関係上項目を少し羅列をしたいと思います。 この人工受精は、要するに子供が産まれないというところに根本原因があると思うのですが、妻は夫の生殖能力の欠陥を離婚原因として離婚の訴えを提起することができるかどうか。 その次に、夫の同意を得て行われたAID、第三者の精子による妻の受精による出生児であっても、血縁を基礎的前提とする現行身分法制のもとで嫡出子として認められるかどうか。 まず、二点をお伺いします。
○中島政府委員 まず最初にお尋ねの夫の生殖能力の欠陥と申しますか、欠如ということでございますけれども、二つの場合があろうかと思います。一つは、性的結合自体が不能であるという場合でありまして、もう一つは、性的結合自体は可能でありますけれども、精子がないとか精子が少ないとかいうことのために妊娠させることができないという場合であります。最初に申しました性的不能の場合には、婚姻というのは性的結合をその本質的内容とするということから考えまして、離婚原因になるというふうに考えます。後の方の性的結合自体は可能であるけれども妊娠させることができないという場合には、離婚原因にはならないというふうに考えております。 それから、夫の同意を得て行われたAIDによる出生児でありますけれども、これは「妻が婚姻中に懐胎した子」であるということになろうかと思います。現在の民法七百七十二条によりますと、「妻が婚姻中に懐胎した子は、」夫の嫡出子とする、「夫の子と推定する。」ということで嫡出子ということになっておりますので、反対の御意見が全くないわけではございませんけれども、私どもは推定を受ける嫡出子であるというふうに考えております。
○横山委員 その第二の場合に、AIDによって産まれた子供が多くなれば、血液型が違う、おれはあの人の子ではないという嫡出否認の訴えが提起ができるか、あるいはまた相続の利害関係者が血液型を理由にして、あれは相続権がないという訴えができるでしょうか。
○中島政府委員 ただいま申し上げましたように、お尋ねの子は推定を受ける嫡出子ということに私どもは考えておりますので、そういたしますと、嫡出否認は夫からのみ許される、子供からは許されないというふうに考えております。 それから第二番目の場合でありますけれども、夫がAIDに同意をしておるわけでありますから、夫から否認の訴えを提起することは、これも反対の見解が全くないわけではございませんけれども、私としては権利の乱用その他の法理によって許されないものであるというふうに考えております。夫ですら否認の訴えの提起が許されないわけでありますから、親族等から人訴二十九条一項による訴えの提起は許されないものというふうに考えます。
○横山委員 現行法及びその解釈ではごもっともなような点があるわけですけれども、実際問題として、現実問題としてAIDで産まれた子供が大きくなった、いわゆる自分の親子の関係がよくない、いろいろ調べてみると自分の血液型と違う、あんな親は私の親ではない、血統上も親ではない、親子不存在、否認の訴えができないという点について若干かかるところがございますね。 今度はAIDを夫の承諾なしで奥さんが勝手にやったという場合に、民法七百七十条の不貞行為ということになりますか。
○中島政府委員 不貞行為の考え方としてこれまた二つあるようでございまして、一つは、夫以外の者との性的交渉そのものが不貞の行為であるという考え方でありまして、もう一つは、性的交渉にまで及ばないにいたしましても、貞操義務に反するようなそういう行為を広く不貞な行為というふうに言うのだという考え方もあるようでございます。 それで、前説によれば、無断でAIDをやった場合には不貞行為に当たらないということになりましょうし、後説によれば、当たるということになるわけでありますが、仮に不貞の行為に当たらないといたしましても、七百七十条一項五号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」ということに当たるというふうに考えております。
○横山委員 変わった夫婦がおって、いまは産みたくないけれども、しかしいつがは産みたいので、夫の精子を冷凍保存しておいて、夫の死後に妻がこの保存精子によって人工的に妊娠して、夫の死後三百日を超えて分娩した子は嫡出子であるかどうか。
○中島政府委員 ただいま設問の場合というのは、出生が三百日以後である、懐胎も夫の死後であるということでありますので、現実の問題として起こり得るのかどうかわかりませんが、仮定の問題として理論的な点からだけ申し上げますと、嫡出子というわけにはまいらないというふうに考えます。
○横山委員 夫の同意を得て行われたAIDによって懐胎、出生した子は、夫、つまり父との間に扶養、相続その他の権利義務関係に関して実子と同一の法的地位を持つかどうか。
○中島政府委員 先ほども申し上げましたように、反対の御意見がないわけではございませんけれども、私としては、推定を受ける嫡出子であるというふうに考えております。そういたしますと、その子も実子そのものでありまして、嫡出子としての地位を持つ。したがって嫡出子としての権利と義務を持つ、こういうふうに考えております。
○横山委員 夫婦の精子、卵子によって体外受精した受精卵を第三者たる婦人、ホステスマザーに移入して出産した子は嫡出か、それともホステスマザーの子であるか。
○中島政府委員 先ほどお話しありました徳島大学の倫理委員会の指針あるいは日本産婦人科学会の体外受精等検討委員会のガイドライン等によりましても、現在のところいわゆる体外受精は夫婦の間でのみ行うのだということでありますから、これまた仮定の問題として申し上げたいと思いますけれども、現行民法は、母子関係は分娩によって生ずる、こういうふうに理解をいたしておりますので、お尋ねの場合は、いわゆるホステスマザー、第三者たる婦人が母である、第三者たる婦人の子であるというふうに言うことになるのだろうと思いますけれども、現在の民法は、ただいま問題になっておりますように、卵子の提供者である母と分娩者である母とが別人であるというようなことは予想もしておらなかったということであります。 したがいまして、その両者の母が分離するというような事態になりますと、その法律上の母はいずれであるかという問題は、現行民法の全く予想しておりませんことでありますから、しかく簡単に結論を出すというには余りにも困難な問題であろうかと思います。もう少し検討してみたいと存じております。
○横山委員 法務大臣に御意見を伺いたいと思うのですが、このような医学の発展というものが、いま仮定の問題が非常に多いのです、多いのですけれども、可能性はもうあしたあるというふうに考えられます。 この間、ある新聞の論説を見ましたら、その意味において医学は原子爆弾が発明されるときの状況に似ておる、そこまで考える必要がある。アウシュビッツやあの満州で行われた七三一部隊なんかの場合でも想起されるように、驚くべき医学の発展というものが人間の尊厳を破壊し、がけ崩れをさせようとしておる。だから、いろいろ議論もしなければならないけれども、ガイドラインなり何なりというものは常に、民間はもちろんだが、政府各機関の中でも研究をすべきではないかという論理の社説に、私はきわめて注目をいたしました。 いま民事局長の御答弁を聞いてみまして、時間が余りございませんものですから一問一答に終わりましたけれども、いまの民法、いまの戸籍法、いまの相続法、すべてこれ婚姻ということを通じて血縁関係から成り立つ血縁社会が今日の社会である。それが全部崩壊とは言わないけれども、その原理原則というものが少しずつ壊されていく。それに、後になって、たとえばホステスマザーなんてそうあるものではございませんけれども、あるいはまた、いま例をとりましたように、AIDで産まれた子供が、おれはあのおやじの子ではないと、ある意味では本当にないのですから、その事実関係を主張したときに、法律上おまえは訴えの権利がないとか、あるいはAIDで産んだ夫婦が子供を、おれはAIDで産んだけれども、おまえの相続権まで、扶養義務まであらゆることについて実子と同じようにする義務はないという主張をした場合、そういう場合は、いま推定としては、そんなことを親が言う法的根拠はないんだという解釈なんですけれども、解釈だけで一体いいのであろうかどうか。 利害関係者が、あの親子は親子でない、血液型を見てもわかる、そう言った場合に、いや、そんなことを言ってもだめだ、これは推定した嫡出子である、夫婦の同意があるのだということを言うたところで、その同意書があるわけではありません。片一方が死んでしまえば、片一方が言うだけのことなんです。 そういう点から考えますと、民法あるいは戸籍、相続その他の問題について、医学の発展の中でそのガイドラインというか用意というか、最も根本的な問題は人間の尊厳ということなんですが、そういう人間の尊厳という意味において検討をすべきではないか。最近は、いわゆる安楽死でなくて、尊厳死だという言葉があります。安楽死の問題は私もここでずいぶん議論したのですけれども、安楽死の問題、尊厳死についても、死刑廃止問題についても、かなり新しい問題として真剣に検討すべきではないかと思いますが、大臣はいかがお考えですか。
○秦野国務大臣 確かに、人間の尊厳あるいは生命の問題ということになってくると、いまいろいろ御意見のあった問題について、法務省が将来立法化を全く必要としないほど楽観的ではない感じがいたしますけれども、何といっても法律以前の問題あるいは学会の問題、倫理の問題というものが前提として十分に論議し尽くされなければならぬだろう。私はいま横山さんのおっしゃった記事は見なかったけれども、私自身が、どうも医学界の科学が一点集中主義で進歩するとやはりそうなるのかな、要するに医学界の原子爆弾という感じがすることは全くそうで、いま抑止力の問題が原子爆弾ではありますけれども、何といってもこれは人類に対する大変な脅威ですから、しかし部分的な科学の進歩に、そこが非常に発達してしまうと人間社会の足元をさらわれるというような可能性もありますので、これは法務省以前の問題というか、以外の問題としてでも十分に論議されなければならぬだろう、こう思うのでございます。そういう論議が盛んになることがまず大事だというふうに私は率直に感じておる次第でございます。
○横山委員 質問を終わります。
○太田委員長代理 午後一時十分再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時二十一分休憩 ────◇───── 午後一時十一分開議
○熊川委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 委員長が所用のため、その指名により、私が委員長の職務を行います。 お諮りいたします。 本日、最高裁判所小野刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○熊川委員長代理 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ─────────────
○熊川委員長代理 質疑を続行いたします。栂野泰二君。
○栂野委員 再審問題からお尋ねをいたしますが、いま再審請求中の事件は全体でどのくらいありますか。その中で死刑事件は幾つあるのか、お尋ねいたします。
○小野最高裁判所長官代理者 最近五年間、昭和五十三年から五十七年までの再審請求事件の請求人員、これは延べで申し上げますと四百二十名でございます。このうち死刑の判決を受けている方からの申し立て、この請求の人員は、これも延べでございますが十八人でございまして、実人員は十一名ということになっております。
○栂野委員 その死刑の十八人、これは後でいいですから件名等資料をいただけますか。 昭和五十年に最高裁の白鳥決定が出ていますが、それから後、再審開始決定のあった事件は幾つあるのか、その再審決定の日時も含めて述べてください。
○小野最高裁判所長官代理者 白鳥事件の最高裁決定がございましたのは昭和五十年五月二十日でございます。それ以降という日時で区切っては統計上出てまいりませんが、五十年を全部含めましたもので申し上げますと、再審の請求事件は五十七年までで七百三十一件ございまして、そのうち再審開始決定のあったもので私どもが承知しておりますのは二百二十件でございます。ただいまその二百二十件の決定の日時、事件名ということでございますが、二百二十件ございますので、いまちょっとわかりませんけれども、もし必要でございましたら後ほど明らかにいたします。
○栂野委員 一応著名な事件としては弘前大学教授夫人殺しなり、あるいは加藤老事件、米谷事件、こういうものがありますが、その後、死刑事件で財田川、免田、松山、徳島と続くわけですね。いま私が申し上げました著名事件について、財田川事件以前の三つの事件については検察官が抗告なさっていない。その後財田川から抗告しておられますが、これは何か特別の理由があってのことでしょうか。
○前田(宏)政府委員 御案内のとおり、本質的には抗告の道が認められているわけでございますが、現実に抗告すべきかどうかということになりますと、それぞれの事案事案に応じて異なるわけでございますし、その決定の内容にもよるわけでございますので、何か一律の基準というようなものはないわけでございます。
○栂野委員 財田川事件は死刑事件ですが、五十四年六月に財田川事件の再審開始決定が出てから抗告あるなしが分かれるのは、一つには死刑事件に対する再審開始決定が相次ぎそうだということですね。白鳥決定以後再審開始決定が続々と出るという状況について、検察側としては裁判所に対する牽制の意味、そうちょいちょい出されては困るという意味があってとにかく即時抗告をする、勘ぐった言い方もしれませんが、私はそういう気がしてしようがないのです。この財田川事件以後、再審開始決定があって抗告が入れられた事件がございますか。
○前田(宏)政府委員 いま御指摘のようないわゆる著名事件につきまして、御指摘のような事例はないわけでございます。
○栂野委員 再審開始決定になりましても、二年も三年も抗告で時間がかかってやっと確定して再審公判が始まるということですが、再審開始決定に対する抗告事件で検察が主張し、立証されることは、再審公判でも十分できるような構造になっていると私は思うのです。こういうことを考えますと、抗告というのは絶対に通らないと見ていいのじゃないかと思うのですね。むずかしい再審開始決定を経た後の事件ですからね。特に現行の再審法の趣旨、不利益再審が排されている、そういう趣旨を踏まえれば、私は絶対に抗告すべきじゃないと思うのですが、一番近い松山事件でも、抗告審で三年二カ月かかっているわけですね。 しかも、後から問題にしますが、身柄が拘束されたままで、いたずらに時間を延ばすだけに終わっている。ここら辺考えますと、法務大臣、再審開始決定が出たら従う、その再審の公判で争うことがあれば検察は争う、抗告はしない、こういうことにすべきじゃないのでしょうか、どうでしょうか。
○前田(宏)政府委員 先ほど申しましたように、現行法の制度といたしまして、まず再審につきましては、再審の開始をするかどうかというのが一段階あるわけでございまして、その段階で決定になりますと、御指摘のように再審公判に移行するといいますか、再審公判が始まる、こういうことになっており、それぞれについて不服申し立ての道が開かれているわけでございますから、事案により、また決定の内容等によりまして抗告せざるを得ない場合も絶無ではないというふうに思うわけでございます。もとよりこういう事件につきまして審理に長く時間がかかるということは一般の場合以上に望ましいことではございませんので、裁判所の訴訟指揮によって行われるわけでございますけれども、関係当事者といたしましても審理の促進には努むべきもの、かように考えております。
○栂野委員 再審法の改正につきましては、社会党はかねてから改正案を出しておりますが、西ドイツあたりも一九六四年ですか、抗告をなくしたということでございますし、そういう事情から見てもともかく抗告は絶対しない、少なくともこれから出てくる再審開始決定については慎んでもらいたい、こう思っているところでございます。 そこで、死刑事件であります免田事件、七月十五日に再審の第一審判決の言い渡し、こういうことだそうですが、この免田被告、事件発生から見ますと三十四年以上、再審開始決定が出てからでも二年半以上たっているわけですね。しかし、身柄は依然として刑務所に入れられたまま、こういうことです。言うまでもありませんが、再審はラクダが針の穴を通るほどむずかしいと言われる。しかも無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したということで再審開始決定になっているわけですね。にもかかわらず、その身柄は依然として刑務所に拘置されたまま、こういうことであります。 熊本地裁八代支部の見解というのも私知っておりますし、法務省も現行の再審法の解釈上はいかんともしがたいのだ、拘置を解く救済措置は現行法上ないのだというお考えなんです。いま学説も確かに多数か少数かと言われれば多数説はそういうことなんでしょう、学者の数の多さからいいますと。しかし、どっちが通説かということになりますと、最近は必ずしもいま法務省なり八代支部の見解が通説だと私は思わない。大体死刑事件について再審開始決定が出るということを現行法が本当に差し迫ったものとして予想しているのかどうかわからない。しかし、いま現実に出てみると、国民常識から見るととうていこれは納得できない。これだけのむずかしい再審開始決定を経てなお身柄が拘置されたままで自由でない、これは一体どういうことなんだということだろうと思うのですね。 そこで、その論争はひとまずおきますが、今度免田事件で、一審の判決はたぶん無罪だろうと思われるわけですが、無罪判決が言い渡されても、法務省のいままでの見解ですと、これは依然として拘置状態が続くわけですね。通常の事件ならば、一審判決で無罪が言い渡されれば勾留状は失効しますから、その場で身柄が自由になる。一体これはどうなんでしょうかな。再審の一審判決が免田事件で言い渡されたら免田被告はどうなるのですか。ちょっと聞かせてください。
○前田(宏)政府委員 御質問が具体的事件につきまして無罪の判決があるということを前提のお尋ねでございまして、それは仮定論というと失礼かもしれませんけれども、これから先の問題でございますので、それに即したお答えをするのもいかがかと思うわけでございますが、一般論として考えます場合には、再審の公判で第一審で無罪の判決があった。通常であれば、御指摘のように当人の勾留の効力が失われるということでございますけれども、再審の場合には基本的に異なりますのは、やはり有罪の死刑の判決というものが確定している、その効力が失効していないというふうに解されているというところが違うわけでございまして、通常の場合と同一には論じられないというのがそこにあるわけでございます。
○栂野委員 一般論としておっしゃっていいのですが、無罪の言い渡しを受けますね。そうすると、その被告はまた刑務所へ行かなければいかぬ。だれがやるのですか。裁判所ですか、立会検事なんですか、それともその刑務所からついてきた職員なんですか。だれが身柄を拘束して刑務所へ持っていくのですか。
○前田(宏)政府委員 あるいは御質問の趣旨を取り違っているかもしれませんけれども、死刑判決が確定しているという前提でございますから、それに基づく拘置状態にあるわけでございまして、改めて身柄を拘束する、こういう問題ではないわけでございます。したがいまして、その拘置状態が解けないという理解に立つわけでございますから、そういたしますと、その状態が続く、こういうことになるわけでございます。
○栂野委員 本人が、とんでもない話だ、私はもうこれで無罪になったのだから、この場から自由であると拒んだ場合に、いや、そうはいかぬと言って強制的に連れて行くのはだれですか。だれがその権限を持っているのですか。無罪を言い渡した裁判官なんですか。それとも立ち会いの検事なんですか。刑務所からついてきた職員ですか。そこのところを聞かせてください。
○前田(宏)政府委員 先ほどもお答えしましたように、新しく何か執行とか、そういう問題が起こるわけではございませんので、現に確定判決によって拘置状態にある、つまり現実には矯正関係の施設に収容されているわけでございますから、その状態が続くという意味におきまして法律的な権限者とかなんとかいう意味ではなくて、身柄の事実上の拘束を続けるのは従来どおりそういう矯正関係の職員ということになるわけでございます。
○栂野委員 身柄を拘束しているのですから、やはり拘束する権限はだれかが持っていなければいかぬでしょう。この場合、再審被告の拘置をする、そういう権限を持っているのは一体だれなんですか。
○前田(宏)政府委員 同じようなお答えになって恐縮でございますけれども、根拠としては確定判決が根拠になるわけでございまして、その確定判決の効力として身柄を拘置するというのが刑法にも規定があるわけでございます。その規定を根拠にいたしまして検察官が収監の手続をとって、そして現実に矯正施設に収容される、こういう順番になるわけでございます。そういうことで現に収容されているというわけでございますから、議論は別にございますけれども、従来の考え方によりますと、一審の判決があったからといってその状態が変更されないということでございますから、根拠といえば確定判決そのものでございますし、手続的には当初の検察官の指揮でありますし、現実的にはその効果として身柄を拘束している矯正施設の職員、こういうふうになるわけでございます。
○栂野委員 これは七月十五日になってみなければわかりませんけれども、八代支部の法廷は、これは大変だと思いますよ。再審の一審判決が無罪。もう絶対にこれはまた検察官が控訴したってひっくり返ることはあり得ないですね。その被告がまた刑務所へ入らなければいかぬという。本人、家族はもとよりのこと、これは国民感情からいってとてもじゃないが納得できません。 そこで、それでは法律改正をしたらいいじゃないかということに当然なるのですが、ともあれ問題の四百四十八条、再審開始決定したときに裁判所が刑の執行を停止できる、こうなっている。ここに言う刑の執行というのは、要するに絞首して死刑を執行するというだけで、それに付随した拘置は含まれない、こういうことですね。だから、執行を停止しても拘置状態は残るのだ、こういうことになっているのですが、刑の執行停止というこの中に拘置も含むのだということがはっきりするような法改正をすれば、少なくとも裁判所の裁量で執行停止という状態になるから身柄は釈放される、こういうことになりますね。簡単です。たった一言変えればいい。いま大変不合理な状態、国民から見ると、なんでこんな冷たいことをしなければいかぬか。 それではいまの現行法がある以上はやむを得ませんと言われるなら、なぜ法改正をしないのだ。簡単なことじゃないですか。だれが反対しますか。僕はだれも反対しないと思いますよ。刑の執行停止をするかどうかは、なお裁判所の裁量に係るわけですからね。そこでもう一つ、判断のクッションが裁判所にあるわけでしょう。やはり裁判所が執行停止をすべきだ、その中には拘置も含むということになれば釈放されるわけでしょう。この部分についての法改正を早急にする必要があると私は思うのですが、法務大臣どうなのでしょう。そうすれば解決します。
○前田(宏)政府委員 栂野委員の仰せになりますことは、いまのそういう状態はきわめて不合理である、国民感情に著しく反する、こういう前提に立っての御質問だろうと思いますし、そういう御議論があることもわからないわけではございませんけれども、御提案のように、たとえば四百四十八条の二項に簡単に拘置の執行停止を含むというふうに書いただけで済むかという、技術的なことから申し上げて恐縮でございますけれども、そういう問題も実はないわけではございません。 と申しますのは、四百四十八条の二項の停止決定をできる裁判所がどこかという問題もまた別にあるわけでございますし、それからさかのぼりますと、さらに再審開始決定をする裁判所と再審公判をする裁判所との関係、いわゆる訴訟の二段構造と申しますか、そういう再審構造の基本的な問題にもつながるわけでございます。 また一面、現行法の規定についてももちろん議論があるわけでございますけれども、そういう重大な問題について、当然のことながら立法当時検討もされたというふうに推認されるわけでございますので、それを直ちにそういうふうに改正していいかどうか、つまり再審のもとになります確定判決の重みというものをどのように考えるかというようなこと、また死刑の判決というもの、特にもとの確定判決が死刑判決であります場合に、ある意味での重みといいますか、重要性といいますか、そういうものをどの程度に考えたらいいかというやはり基本的な問題もあるわけでございまして、ここに簡単に何字かを加えるというふうにも直ちにまいらないのではないか。 もちろんいろいろな観点からの検討は必要だろうと思いますし、私どもも検討していないわけではございませんけれども、事はそう簡単ではないのではないかというふうに考えております。
○栂野委員 検討しないではないというお答えなのですが、これは本当かうそか知りませんけれども、聞くところによると、免田事件の一審判決が出て無罪になった、またそのまま身柄拘置されるという。これは国際的にもこんなことはあり得ない。ニューヨークタイムズは何か一面記事を準備しているといううわさですね。これは国際的にも大問題になると思うのです。これは法務省としても、法律がそうなんだから仕方がないと言って平気でおられるとは私は決して思ってないのです。これは深刻な問題だと思っておられるはずなんです。 しかし現行法上はやむを得ないということで済ませるのかどうか。何か考えておられるとおっしゃるけれども、もう少しそこのところを詳しく説明していただけませんか。何とかしなければいかぬということで、どういうことを考えておられるのですか。
○前田(宏)政府委員 先ほど申し上げたことに尽きるわけでございまして、この問題についていろいろな考え方もあり得ると思います。まずその考え方を整理することが先だと思いますけれども、その上に再審制度そのものの基本に立ち返って、いろいろな観点からの検討が必要であろうというふうに思っておるわけでございまして、もちろんなおざりにしているわけではございません。
○栂野委員 もう時間的余裕が余りありませんので、七月十五日までに何とか考えなければいかぬ。この間刑事局長、何かいい知恵がないかと思っていろいろ深刻に考えているとおっしゃったのですが、その知恵も出してもらわなければいかぬと私は思うのです。 伺いますけれども、一審判決文の言い渡しがあったその場で上訴権の放棄書を検察官が裁判所へ出されたらどうなるのですか。これはもうその場で身柄は自由になるのじゃないですか。
○前田(宏)政府委員 一般論と申しながら、免田事件、免田事件ということでの御議論でございまして、そのことを考えながらお答えするようなことになりますと、当該事件についてどういう措置をとるかということをあらかじめ何か申し上げるようなことにもなりかねませんので、できるものならば差し控えさせていただきたいわけでございます。
○栂野委員 一般論でいいのですが、この刑事訴訟法のたてまえからいきますと、言い渡しがあったその場で上訴権の放棄書を検察官が裁判所に出されれば、そこで確定しますね。したがって、いまその法務省がおとりになっている見解をもってしても、その場でもう身柄は完全に自由になる、こういうことではございませんかとお伺いしているのです。
○前田(宏)政府委員 上訴権の放棄によって裁判が確定するということは、そのとおりでございます。
○栂野委員 これは法務大臣、法律解釈問題も入るでしょうからいままでずっと刑事局長がお答えになりましたが、法務大臣、政治家として、実際これはもう何とかしなければいかぬということではないのでしょうか。法務大臣、ひとつその気構えをお伺いしたいと思います。 それから、ついでと言っては何ですが、時間もだんだん過ぎますので、再審法の改正そのもの、とにかく白鳥決定以後、もう死刑事件が三つも再審開始決定になっている。いずれも確定して、いま再審公判、こういうことになっておりますね。しかし、いま申し上げましたように、再審開始決定が出てもなお身柄が従前どおり刑務所にぶち込まれたままというふうな問題、これは全くいままで皆がそう意識しなかった新しい問題ですね。それから検察官の抗告権の問題ですね、これも果たして現行どおり抗告を認めていいものかどうかという問題があります等々、私どもいろいろ再審法の改正について議員立法も出しておりますが、今日まで法務省はこの問題については余り前進的な態度をとっておられません。 ここら辺でぼつぼつ再審法の改正問題を抜本的に考える時期ではないのかと思っているのですが、それを含めてひとつ法務大臣のお考えをお聞きしたいと思います。
○前田(宏)政府委員 後段の再審制度の改正の問題につきましては、先般この委員会でもお尋ねを受けたことがあるように思いますけれども、そのとき申しましたように、従来から社会党案が提出されておりますし、日弁連の御意見もあるわけでございます。 大きく分けますと再審の理由を拡大する、緩和するという問題、また手続的な面で整備の要があるというような問題が表に出ているわけでございますけれども、最近いろいろな事件なり事象が起こっておりまして、それらを通じて考えますと、先ほどの抗告の問題等も含めてでございますけれども、そういう従来のような問題、これはもちろん大事なことでございますけれども、それらをいわば統一してというか通じてといいますか、考えますことが必要なんじゃないか。と言いますと非常に抽象的な言い方になりますけれども、現在のような再審の二段階構造というようなもの、あるいは審級の問題、いろいろと基本的に考え直すべき問題がもとにあるように痛感されるわけでございまして、そういう点から立ち返って、いろいろな当面の問題を含めてさらに十分な検討を尽くしたい、かように考えている次第でございます。
○秦野国務大臣 いろいろ御意見を承っておったわけでございますけれども、一般的には日本の裁判制度というのは世界の中でうまくできていると言われておるわけで、一審、二審、三審とやって罪が確定したということの重みというのはかなりのものだろうと思うのです、関与した裁判官の数も相当あるし。それが再審になったというわけですから、再審という事実がある限り、再審になった以上はそれまた裁判が始まるわけですけれども、その前段階の三つの裁判の重みと、それから再審になって判決がどう出るか、出た場合にどう対応するかという問題です。 その長さの中、いろいろな重みの中で判断する問題で、いろいろ御意見のところは私もわからぬのではないのでございますが、十分ひとつこれはいろいろな角度から検討していかなければならぬな、ただ具体的な事件を仮定の上に立っていまここで余りはっきり物を言えるという状況でもない、要するに、十分われわれとしては対応していかなければならぬなという感じは持っております。
○栂野委員 先ほどから繰り返し申し上げますように、七月十五日、時間がございませんので、ゆめその当日起こり得る事態を考えて国民の良識に反しないように、または国際批判などを浴びないような知恵をひとつ法務省としてもしぼっておいていただきたい、こう思います。 そこで、話を進めさせていただきますが、昭和四十四年から四十六年ごろにかけての御存じの当時世間を大変震憾させた爆弾事件、最近相次いで判決が出されるような時期になってまいりました。三月九日に警視総監公舎の爆破事件、これは無罪、検察の方で控訴を断念されました。確定ですね。三月二十四日の土田邸の分離の事件、これが同じく無罪確定、それから五月十六日、ついこの間ですが、いわゆるピース缶爆弾事件の論告求刑がございました。あした日石・土田邸事件の統一組の判決言い渡しが予定される、こういうことですが、このピース缶事件も、日石・土田邸の統一公判事件も無罪の可能性が強い、こう言われております。 事件の経過から見れば、恐らくそうだろうと私も思うんですが、いずれにしましても、これらの事件に共通する特徴は、一つは物的な証拠がきわめて乏しいということ。したがって、二つ目に、大変自白に偏重した捜査が行われている。ところが、三つ目に、その自白について任意性あるいは信用性について裁判所が疑いを持っている、こういうことだろうと思うのですね。すでに判決がありました二つの事件の判決理由を読んでも大変手厳しい内容になっておりますね。時間の関係で省略しますが、いずれにしてもこの二つの事件とも任意性がないとは言ってないけれども、自白の信用性を否定している、信用性を否定していますね。しかもそれが捜査官による利益誘導だ、こういうことを言っているわけですね。 あしたの判決を見なければわかりませんけれども、日石・土田の統一公判の事件、これも公判では自白調書が約三分の二ぐらいですか証拠採用されていない。これはつまり証拠能力まで否定されている、こういうことでしょう。こういうことになりますと、これはもう捜査陣にとっては大変な黒星、黒星だけでは済まないですね。冤罪事件ということになれば、もう長いこと被疑者、被告の立場に立たせられた本人の人権侵害はもとよりのこと、本来これは大変凶悪な事件ですからね、そうすると、結局はその真犯人がついに不明のままという、こういうことで終わってしまう。これは大変なことですよ。警察、検察当局は重大な責任を負わなければいかぬ問題だと思うのですね。 一体この辺のところを今日段階で、いま私が申し上げた事件、一つはまだあしたの判決言い渡し、ピース缶事件はまだ先でしょうけれども、とにかく今日段階で一体どういうふうに考えておられるのか、まず警察の方からお伺いいたしましょう。
○山田(英)政府委員 いまお尋ねの総監公舎爆破事件、土田邸事件、これにつきましては、捜査の背景となった当時の状況から申し上げたいと思うのですが、これらの事件の発生した昭和四十六年は、クリスマスツリー爆弾といいます新宿追分派出所に対する爆弾事件、そういったようなものに代表されるように大変悪質、残忍な爆弾事件が多発しておりました。この年だけで六十二件発生しております。当時警察としましては、市民の不安感が大変高まる、その中でこうした爆弾事件の続発を断ち切るために懸命の捜査を行っておったわけでございまして、六十二件のうちただいままでに三十四件検挙しております。そのうち二十八件については有罪判決が出ておるわけでございます。 私が申し上げるまでもないと思いますが、こうした爆弾事件は小人数の爆弾グループが秘密裏のうちに周到な準備で行う。かてて加えまして、爆弾というものは粉々に炸裂して証拠が残らない。物的証拠は、ただいま委員のお尋ねの中にもありましたように、きわめて乏しい。それから、検挙いたしましてもほとんどの者が黙秘するということで、もともと自白偏重ではなくて自白に頼らざるを得ない捜査でありながら黙秘するということで、捜査は大変困難をきわめるわけでございます。この二つの事件につきましても、捜査員が血のにじむような努力をして綿密な捜査をして、そして送検、起訴に至ったわけでございます。私としては無罪判決が出ましたときに、当時の捜査の経過を振り返り、捜査員の苦労を思いますときに、ぜひ上級審の判断を仰いでいただきたいという気持ちでいっぱいであったわけですが、検察当局の控訴断念という結果になりましたことは大変残念に思っております。大筋において捜査は誤りはなかったと思っております。 自白の任意性の点につきましても、確かに一昨年東京地裁刑事第九部では、お尋ねの事件について取り調べが違法だということで任意性がないと指摘されておるわけですが、三月二十四日の刑事第六部の土田邸爆弾事件の判決の中では同一証拠について、違法な点はない、任意性はあるということで、信用性の問題で無罪という判決が出たという経緯に伺っております。ただ、これらの判決の内容を見てみますと、被告人を犯人と認めるにたえる客観的証拠に乏しいということでございまして、必ずしも犯人ではないと断定していないと理解しております。特に総監公舎爆弾事件につきましては、共犯の一人について東京地裁刑事第三部において昭和四十七年四月五日、有罪判決が出ておるわけです。ただいま控訴審で係属中ではございますが、同一の証拠についても信用性の点について裁判官の心証形成が分かれている、こういうふうに思います。 しかしながら、無罪判決が検察の控訴断念により確定いたしたわけでございます。そうした事実を踏まえて、私ども警察といたしましても、そうした判決の内容を十分に研究して、将来の捜査に資するべき点は第一線警察の今後の指導の上で十分に生かしてまいりたい、かように存じておるところでございます。
○栂野委員 いまあなたのお話を聞きますと、大筋において捜査方針に誤りがなかった、警察としては何とか控訴してもらいたかったが、検察官の方が控訴を断念したからこれは仕方がないのだという、反省するところは何もないという御答弁のように私は聞こえるのですが、法務省はいかがでしょう。
○前田(宏)政府委員 先ほどのお話にもございましたように、これらの事件につきましては、当時の状況なりそれぞれの事件の内容なりに応じて大変困難な点がいろいろとあったわけでございまして、警察当局におきましても、また検察当局におきましても、そういう困難な状況のもとで最大限の努力を尽くしたものというふうには考えておるわけでございます。 しかしながら、証拠の見方なりいろいろな問題から有罪の判決が得られなかったという事態が現に生じておるわけでございまして、その点は率直に認め、反省すべき点があれば十分に反省をして、今後の捜査能力の向上なりあるいは捜査体制の整備なりに努めてまいりたいと考えておる次第でございます。
○栂野委員 反省すべき点があれば反省するとおっしゃったのだけれども、とにかく二つの事件は判決が確定しておるのでしょう、控訴を断念されたのだから。反省すべき点があるかないかはわかっているはずですね。この判決理由を見ても、警察の自白に至る捜査方法はおかしい、検察官も結局この警察段階における被告人らの自白を維持、踏襲する、こういうことでやっているのだからこの自白は信用できない、こうなっておるわけですからね。検察官も言ってみれば同罪だ、判決はこう言っておるのですよ。どうなんでしょうか。
○前田(宏)政府委員 先ほど申しましたのも、別に反省すべき点がないという意味で申し上げたわけではございませんで、現在までの段階で反省すべき点は十分反省すべきでありましょうし、また、今後さらに検討を重ねていろいろな点を見出せればそれに応じてそれなりの対応をしなければならない、こういう意味で申したつもりでございます。
○栂野委員 警備局長のような御答弁ですと、今回の事態を踏まえて再びこういう問題が起こらないようにすることはとうていできないと私は思うのです。マスコミのどれを読んでも、やはり抜本的にこれからの捜査を考えなければいかぬ、こういうふうになっておるのですね。私ももちろんそうだと思うのですね。なぜこういう裁判所から信用性、ましてや任意性まで疑われるような自白が出てくるのか。この事件の捜査がむずかしいことは私も十分わかりますよ。苦労されたこともわかる。それを前提にしてなおかつ言っていますが、一つは、判決の中でも指摘がありますように、問題は別件逮捕ですよ。 総監公舎爆破事件も、もとは福冨という被告を車の窃盗で別件逮捕した。何か事件の二カ月前に総監公舎の付近の交差点で車が二重衝突した、その車が盗難車だった、そこで二人逃げて、その中の一人がどうも福冨らしいという、これもあいまいな目撃証人のようだけれども、それを根拠にして車の窃盗で逮捕して留置場にぶち込んでおいて自白させる、こういうことから始まっているのですね。それから、いまの日石事件の分離公判の松本被告もそうだ。この種一連の事件の主犯格と目されてきた増淵被告の何か引っ越しを手伝った、これが犯人隠避罪だということで別件逮捕された。この二つとも、結局処分保留で起訴されていない。この別件逮捕が起訴になって、そこで自白が行われる。それも大体あらかじめ捜査当局が描いた事件の構図に従って誘導している。この判決もそういう趣旨のことを言っているわけですね。 この別件逮捕というのは、私は本来違法だと思っている。いま法律的には、絶対違法だというふうには判例もなっていないわけです。しかし、今日の捜査当局のようにもう日常茶飯事に別件逮捕という手を使うということは、この事件を通じて、一体どうなんだろうかということを、当然私は考えなければいかぬ問題だと思いますよ。そういう点はどうなんでしょうか。
○山田(英)政府委員 ただいまお尋ねの別件逮捕の許容限度とか、あるいは判決でも問題とされている逮捕、起訴勾留中の取り調べ、これの被疑者の受忍義務がどうなっておるのかということ、これは確かにいろいろな議論があると思います。現に、この爆弾事件についても、東京地裁の刑事第九部と刑事第六部では相反する判断がそうした問題をめぐって示されておるわけでございます。警察としては、別件逮捕というような問題について日常茶飯事ということでやっておることではございません。捜査上必要の範囲において、過去の判例、学説というものを十分に考慮しまして、現行法令の許される範囲内で適法な取り調べ、逮捕を行うということでやって運営しているところでございます。
○栂野委員 それからもう一つは、代用監獄制度の問題です。 総監公舎の爆破未遂事件ですね、警察庁からいただいた資料でも、六人の被告について本体の事件の起訴が四十七年一月五日ですね。ところが、この六人とも拘置所に移監されたのは四十七年一月二十五日、こうなっておりますね、起訴後なお二十日間も警察の留置場にぶち込まれたままですね。日石・土田事件の資料はまだもらってないからわかりませんけれども、これは私の調べた範囲では、四十八年一月に最初の逮捕者が出て、最終の起訴されたのが四十八年五月だ。この間四カ月間、被告全員が警察の留置場に入れられたままであった。それで、起訴後拘置所に移った者は一人だけですね。一番遅い者は、起訴後十カ月も留置場に入れられたままだった、こういうのですが、本当ですか、これは。
○山田(英)政府委員 総監公舎爆破未遂事件の被疑者について見ますと、たとえば逮捕した福冨弘美について申し上げますと、四十六年十一月六日に逮捕しまして、四十七年一月五日起訴、移監しましたのが四十七年一月二十五日というような状態になっております。(栂野委員「それはいま私が言ったとおりです。日石の、いま私が言った土田事件の……」と呼ぶ)松本博被告について申し上げますと、四十八年三月十九日の逮捕で、起訴が四十八年五月二日、移監は四十八年六月八日となっております。
○栂野委員 だから、それはいいんですよ。統一公判の関係でいま私が申し上げたでしょう、ひどいのは起訴後十カ月も留置場だったというのは本当かと言っている。いきなりの質問だから、わからなければいいのですがね。
○山田(英)政府委員 統一公判分について資料をいま手元に持ち合わせておりませんので……。
○栂野委員 とにかく、起訴されたら少なくとも拘置所にその日に移監するのが普通じゃないのですか。結局、留置場に入れておいて取り調べる。警察官が全一日その身柄を管理下に置いて取り調べるわけですからね、これが自白の温床になっている。いま、いわゆる拘禁二法が国会で継続しております。まだ審議が始まっておりませんが、やはりこの事件を教訓として、本当に代用監獄制度を考え直さなければいかぬと思いますね。もう時間が余りありませんが、別件逮捕、それから代用監獄制度を利用してここで自白に追い込むという、こういう前近代的な捜査方針、これを改めなければ、結局同じような事件がまたいずれは出てくる。その辺のところを深刻に反省してもらわなければならぬだろうと私は思います。 もう一つは、弁護人の接見問題がございます。いまの日石・土田事件の統一組の中で、自白をしていないのが二人いる。これは偶然かどうか知りませんがね、それは三、四日に一回ぐらいずつ弁護人が接見しているというのですね。そのほかは、大体一週間に一回、それも十五分きり、こういうことですね。刑訴法三十九条の三項の趣旨から言えば、捜査に支障のない限りは接見は認めなければならぬけれども、今日の段階では、大体一週一回、十五分というのが定式化してきた状態でしょう。かつて私も弁護士時代、こんな接見指定があるかというので毎回即時抗告をやっていましたが、これは大変エネルギーがかかる、時間的にも間に合わない。結局、いまは弁護士諸君も、これはいかぬなと思いながら何となくもうなれっこになったようなところがあるようですが、ここら辺ももう一回再検討の余地ありだと私は思っております。 そこで、代用監獄制度ですが、特にこの代用監獄制度を恒久化するような留置施設法、これは考え直してもらわなければいかぬと私は思う。刑事施設法、それから留置施設法とも、一回撤回してもらって、もう一回練り直して出してもらいたいと私は思っているのですが、最後にその辺のところをひとつ法務大臣にお聞きしたい、こう思います。
○秦野国務大臣 私の方は刑事施設法が重点というか、もっぱらでございますけれども、これは先生もよく見ていただけばわかるように、人権を抑圧するというような方向だけに努力しているわけじゃ無論なくて、むしろ逆なんでございます。弁護権の運用という問題につきましても十分配慮して、大変古い法律を近代化していこうという方向でありますので、何とかこれはひとつ御審議を願いたいという気持ちでございます。(栂野委員「代用監獄制度がある」と呼ぶ) 代用監獄制度は、これは直接は私の責任じゃありませんけれども、もちろん関連がありますが、これとてもよく見ていただけば、結局、人権の問題についてはむしろいまよりはよくなるんだというふうに思うのです。接見の問題にしましても、管理の問題にしましても、少しでもよくなるという方向ででき上がっているというふうに思うのですよ。個々の条文問題にいけば、いろいろまたそのときに御審議を願わなければなりませんけれども、とにかく審議をしてもらって、そしてここはいけない、ここはいいと、そこまで入っていただかぬと、どうも私どもとしては大変勝手な言い分かもしれませんけれども、これはおっしゃるように人権の問題、捜査そのものの問題に関連するので、ぜひひとつ審議に入っていただくことが当面私どものお願いの筋でございます。どうぞよろしくひとつ……。
○栂野委員 もう時間がありませんから、留置施設法、これは法務省提出でないけれども、いま法務大臣どう考えておられますか。それをひとつお聞かせください。
○秦野国務大臣 留置施設は、警察がいろいろ工夫して考えて、私どももその連絡を受けておりますけれども、これとてもやはり審議をしていただくという方向で努力していただきたいという気持ちだと思いますよ。条文の審議も全然なさらぬで引っ込めろと言われても、私どもとしては何とかひとつ審議をしていただきたいと思っております。
○鈴木(良)政府委員 警察の方から一言申し上げますが、このたび懸案の監獄法の改正を機会にこの法案が立案されたものでございまして、法制審の答申の趣旨を踏まえて、むしろそれを実現せんがために留置施設法案も作成したということを御理解いただきたいと思うわけでございます。 被留置者の人権を尊重しながら適正な処遇を図る。それからまた、留置施設の適正な管理運営を行うために刑事施設法と一体として提出をしたものでございまして、特に現在運用でもって捜査と留置業務というものを分離して行っておりますけれども、それを法律上も明確にしたいということでございまして、御審議をしていただければ、非常によい法律であるということがおわかりいただける、かように考えております。ぜひ早期に御審議をお願いしたいと思います。
○栂野委員 もう全然私の質問に対する答弁じゃないので、これは反論をしなければいけませんが、時間が過ぎていますから、いまの答弁は全くナンセンス、納得できないということだけを申し上げて、終わらしていただきます。 〔熊川委員長代理退席、太田委員長代理着席〕
○太田委員長代理 鍛治清君。
○鍛治委員 私は、きょう午前中横山委員からもちょっと御質問がありました戸塚ヨットスクールの件についてお尋ねをしたいと思います。大体この問題だけで時間を消化いたしたいと思いますので、おいでいただいておる各省庁の方々にはよろしく御答弁をお願いをいたします。それから、午前中横山委員から質問ございましたので、ダブる分野もございます。なるべくはしょってしたいと思いますが、若干重なる点ないしは質問通告を申し上げておることから少し離れたようなことも御質問申し上げるかもわかりませんが、よろしくお願いを申し上げたいと思います。 最初に申し上げたいのは、言うまでもなく、人間の生命というのはこれは本当に大切であり、とうといものだ、私はこう思っております。特に最近平均寿命が医学の進歩で延びてまいりまして、平均寿命が女性の方でもう八十歳になんなんとするというところまできておりまして、戦後間もなくのときに比べると三十年近く寿命が延びているんじゃないかと思いますが、やはり長いようで短いのが人生である、こう言われておりますし、そういういわば人生を一人一人が生きていきます中で、本人の体の中とか、または本人の過失による不可抗力、こういう力でその命が絶たれていくということはこれはやむを得ない向きがあるかとは思いますけれども、その過程で人為的にもし命を絶つというようなことがあるとすれば、これは私は許されないことであろう、こういうふうに思います。 ただ、戦後の教育の中で——このヨットスクールも教育と関連がありますので一言申し上げますけれども、戦後の教育の中で、いま見直しがだんだん行われつつありますけれども、その中で、現在の子供たちはまず根性が非常になくなってきた、それから忍耐力も非常に弱くなったんではないか、さらには、秩序心というものが失われてきているんではないか、こういうことが言われておりますし、また、物を創造する、新しく考えていく力というものも非常に弱くなってきているんじゃないか。それに加えて国際的な感覚ということも言われておりますけれども、そういう問題が問われております中で、最近特に家庭における、ないしは学校教育におけるしつけというもの、こういったものがいろいろと議論になってきていると思います。 特に戦後民主的な教育という中でいわばけじめというものが非常になくなってきた、そういう育て方を子供がされてきたのではないかという反省の中から、やはりいいことはいい、悪いことは悪い、場合によっては半ば強制してでも、子供にとってそれが将来幸せにつながる問題になるならば、生活の知恵として、しつけの分野では愛情というものをそのかわりに根底に置きながら、けじめあるしつけもしていかなければならぬだろう、そういう意味合いの中から学校教育の中では懲戒権に伴う体罰の問題といったものも大変議論になっておりまして、いまの教育の中では禁止はされておりますが、やはりその体罰というものもある意味では幅を持たせるべきでないか、こういう議論も現在あります。 私たちもこの体罰自体一〇〇%悪であるとか、だめなことで使っちゃならぬという考え方に立つのは、これもやはりよくないんではないか。しかし、これが行き過ぎて人命に及ぶというようなことになりますと、これは大変な問題になる。そこらあたりの調和をどこでとり、教育し、人を育てるかということが教育の中では大変大切になる、こう思います。 その一番根底は、やはり最初申し上げた人間一人一人の命というもの、生命というものは本当にこれはとうといものであり、大切なものだ、それを大きく輝かして本当に悔いのない人生を送らせるために、特に子供の教育というものはそれを指導する立場にある人、また周囲の親、先輩の人たちがやはり心がけてやっていかなきゃならぬだろう、こういうふうに実は思っております。きょうもこの戸塚ヨットスクールの問題をいろいろと議論をさしていただきますけれども、その根底にはそういう考え方があるということを大前提にいたしまして、これからいろいろとお尋ねをしてみたいと思います。 最初に警察庁の方でお答えをいただきたいと思いますが、戸塚ジュニアヨットスクールでこの四、五年の間に、午前中も横山委員から御指摘あっておりましたように、死亡事故が三件、それから行方不明が二件ということで、さらには送検されております中で暴力事件等も入っているようでありますけれども、いろんな事件が起こってきておる。さらには、同スクールを脱走するという事件もあるというふうにいろいろ報道もされております。 こういう一連の事件の概要については午前中若干御説明がありましたので、それをひとつ踏み込みまして、この本ヨットスクール、これに収容されている子供たちの実態、大体の人員は八十から九十名ぐらいじゃないかと言われておりますが、新聞報道等によりますと、情緒障害児を治すために親の委託を受けて契約に基づいて教育をやっているんだ、こういうふうに言われておりますが、どうも戸塚ヨットスクールから出ておる「特別合宿入校案内」を見ますと、その対象とする子供は「小学生以上。但し知恵遅れ、分裂症、自閉症等の障害がある場合はお断りしております。」こういうふうに書かれておりまして、「自閉症等」とくくってありますところを見ますと、情緒障害児というのは対象にしてないような気もするのですが、まずそこらあたりの実態をお調べになっていて、もし詳しくわかっているようならお答えをいただきたいと思います。
○三上説明員 戸塚ヨットスクールの細かな内容につきましては、私どもの方の調べておらない分野もあろうと思いますが、私どもが事件として現在取り上げております昨年の十二月の小川さんの事件の当時の寮生といいましょうか、スクールに入っておりました者は当時八十二名というふうに承知をいたしております。 そのほか脱走関係のお話もありましたが、事件の関係のほか、今年に入りましても十七件ほどの脱走者が出ておりますが、そういうことで、細かな内容の中には私ども把握しておらないものもあると思いますが、捜査に関する内容につきましてはいろいろと調べておりますが、捜査の内容にわたるものにつきましてはまたお答えをしかねる面もあると思いますが、当時としては八十二名在寮しておったということでございます。
○鍛治委員 そこで、いろいろとお話のあった事件について御捜査をなさり、あるいは捜査の結果まとまったものは送検されておるという実情のようでありますけれども、そういう御捜査をしていく中で、警察としてこれはどうも子供に対する体罰として行き過ぎがあった——少なくとも私たちは報道等を読ましてもらう限りはそう感ずる面がありますが、警察としては実際に捜査に当たられて、そこらあたり行き過ぎというものがあったんではないかというふうに見ておられるのかどうか、この点についてお尋ねをいたします。
○三上説明員 これまで捜査を終了した事件の結果から判断いたしてみますと、具体的な行為につきましては答弁を差し控えなければならない面もありますけれども、相当の有形力の行使があったというふうに考えております。
○鍛治委員 いわば行き過ぎがあったというふうなお答えだったと思いますけれども、こういう一連の体罰を中心にした教育について警察庁としては今後どういうふうに対応されていかれるのか。 さらには、午前中もいろいろ横山委員から各省庁の方に御質問がありましたが、この件については警察はいま調べられておるわけですが、警察以外にも関係各省庁各機関、大変いろいろこれは関連があるというふうに思っておりますが、こういう関係の機関ともよく連携を保って、この問題については公正に対処しながら、事実関係を確認しながら対処をしていただきたい、こういうふうに思いますけれども、この点について警察庁のお考えをお聞きいたしたいと思います。
○三上説明員 この種の体罰あるいは懲戒というものを行いましての教育訓練をしているということでございますけれども、こういった体罰あるいは懲戒というものは社会通念に照らしまして考えるべきものでありまして、一定の限界を超えるものにつきましては犯罪を構成するものと考えますので、今後ともその限界を超える行為につきましては、法律に照らし厳正に対処をしてまいりたいというふうに考えております。
○鍛治委員 では関係各省庁の件については、ひとつよく連携をとりながら——まあ連携をとるというかとられるというか、いろいろ両面あると思いますが、対処をお願いをいたしたい。これは要望を申し上げておきたいと思います。 続きまして、法務省の関係でちょっとお尋ねをいたしますが、戸塚ジュニアヨットスクールは商法による株式会社ということになっているそうでありますが、株式会社とすれば、これは登録を法務局にしていると思います。そこで、これはどうも学校と言っていいのか会社と言っていいのかわかりませんが、この会社の定款の中で役員等の構成というのは大体どういうふうになっているのか、さらにこの会社を設立いたしました目的、どういう活動をしようとしているのか、そういった点で明確になっておりましたらひとつお話しをいただきたいと思います。
○中島政府委員 名古屋法務局に備えられております登記簿の記載によりまして承知しておりますことをお答え申し上げたいと思います。 会社の商号は「戸塚ヨットスクール株式会社」でございます。 それから目的でございますが、会社の目的は、一が「ヨット(新・中古艇)の販売及び輸入販売」、二といたしまして「ヨット部品・ヨット用品・ヨット備品等附属品の販売」、三といたしまして「ヨット教室の経営」、四といたしまして「前各号に附帯する一切の業務」というふうになっております。 役員に関する事項でございますが、取締役が三名、戸塚宏、戸塚幸子、可児煕允、この三名が取締役でありまして、そのうち戸塚宏が代表取締役ということになっております。
○鍛治委員 子供がこのスクールに入校する場合、これは親が契約書をきちんと交わしていると言っているようでありますが、この点はきちっと契約書を交わして子供を入校させているということでありましょうか、この点お尋ねをいたします。これはどこでお答えいただいたらいいのかな。わからないかな。どなたかおわかりの方がありましたら、ちょっと。心当たりは……。わかりませんか。 それじゃ、これは一応おきまして、この一連のいろいろと起こっておる事件、これを見てみますと、この四、五年のうちに次々と死亡事故や行方不明者、脱走者というものが起こっているようであります。まあ会社の、いまの御答弁ありました戸塚社長——社長か校長かわかりませんが、代表者である戸塚氏は自分のやっていることについては大変自信を持っておられるようで、新聞報道等、またいろんなやりとりを読んでみましても、頑とした考え方で、毫も自分は変なことをやっているわけじゃないということを言い切っているようでありますね。その中で、親とはちゃんと契約をして、そして親からむしろ頼まれておれはいろんな子供を預かってやっているんだ、こういうふうな言い方もされているようであります。 しかし、これは、この契約そのものは確かに一つの商行為でありましょうからしなければならぬし、しておるとは思うのでありますけれども、実際は入校していろいろと訓練を受けるのは子供さんでありまして、社会的には大変未成熟でありますし、いろんな物の判断をするについても、これはやはり若干幼稚な——そういう表現かいいかどうかわかりませんが、未熟なところもずいぶんあるのではないか。一人前の成人としては、やはり社会的にも経験がないわけでありますから、そういった観点から見ますと、そういう西も東も余りよく判断できにくいような子供さんを含めて、こういういろんな教育をやっているわけでありますけれども、これはこういった中での、親がそういうことに対して契約を交わしておるということでございます。 これは法律上有効であるというふうに言えるのだろうかと、これはごく素人の考えでありますけれども、そういう素朴な疑問が起こるわけでありますが、この点についてひとつお答えをいただきたいと思います。
○中島政府委員 事実関係を必ずしも十分に承知しておるわけではございませんので、私どもが新聞なり雑誌なりで見たり聞いたりした程度のことでお答えを申し上げるわけでありますが、未成年の子供が問題になっておるようであります。 成年に達しない子につきましては、父母の親権に服するということになっておりまして、父母の、親権者の内容といたしまして、監護し、教育をするということがあるわけであります。監護し、教育をする権利を有し、義務を負うということになるわけであります。その監護なり教育なりの方法といたしまして、父母がみずから膝下に置いてその監護なり教育をするという方法もありましょうし、あるいは他人に委託をして監護なり教育なりをしてもらうということもあろうかと思うわけでありますから、社会通念として許される範囲内における監護、教育の方法であるならば、他人に委託してそれをやってもらうということも親権の内容として認められるものであるというふうに考えております。
○鍛治委員 重ねてのようでありますが、いまのお答えの中にもちょっと触れておりましたけれども、確かに適切と認められるものについてはそれはいいのかもわかりませんが、今回こういう事件が起こってみると、やはりちょっとこれは行き過ぎがあるというような気がいたしますし、果たして適切な教育の場であるかどうかということについて疑問もありますが、強いて言えば、そこらあたりで判断したときに、果たしてこれはいいのかなというふうに思いますが、もう一度その点を重ねてお答えをいただきたい。
○中島政府委員 民法の立場から申しますと、民法は、子供の監護、教育は第一次的に親権者にゆだねておくという大原則をとっておるわけでございます。それが非常に範囲を逸脱しておるという場合には親権の喪失というような方法も認めておりますけれども、第一次的には親権者の判断にゆだねておるということであります。 親権者としては、その自分が社会からゆだねられた親権の行使において適切を期さなければならないということであろうと思うわけでありまして、この学校との間に具体的にどういう契約を結んでおるのか、あるいはまた学校側がその契約に従ってどういう実際の指導、監護、訓練をやったのかという具体的な事情が私どもにはわかっておりませんので、それが親権の行使として適切であったかどうかということについては申し上げられる立場にないわけでございます。
○鍛治委員 これは検察の方にちょっとお尋ねいたしますが、午前中にも横山委員とのやりとりが若干ございましたけれども、過去警察から送致された事件で、検察のサイドとしては、最初の二つ、亡くなられた方、それから殴打事件、この二つは不起訴処分として処分を完了されておるようでありますけれども、その不起訴とされた内容、これはいろいろと、具体的でなくて結構でありますが、簡単に——私がいろいろ聞くところでは、嫌疑なしとか嫌疑不十分とか起訴猶予とか罪となるというような形での、同じ不起訴でも内容にいろいろとあると聞いておりますが、今回の場合の不起訴処分というものはそのどれに該当するのか、この点についてお答えをいただきたいと思います。
○前田(宏)政府委員 結論的に申しまして、第一の事件と申しますか、見学さんという方が亡くなられた事件につきましては、いわば死因と申しますか、それは十二指腸潰瘍ということであるようでございまして、それといわゆる暴行的なこととのつながりがはっきりしない、またその被害者の方の病状といいますか、そういうものに対する対応が不十分ではなかったかという問題も一応あるわけでございますけれども、その点についても過失を認めるに足る証拠が十分でないということで、いわば嫌疑不十分ということに相なっているようでございます。 また第二の方も、結論的には告訴されているような事実を証明するだけの証拠が足りないという意味で、嫌疑不十分と申しますか、そういう不起訴の結果になっておるわけでございます。
○鍛治委員 両方とも嫌疑不十分ということのようでございますが、嫌疑不十分ということは、全くそういう疑惑ないしは事実がなかったということではないというふうな判断をしてよろしいのでしょうか。
○前田(宏)政府委員 御指摘のように、全くなかったというわけではないわけでございますけれども、刑事手続の面からいいますと、起訴して有罪を認められるような証拠が十分でなかったということになるわけでございます。
○鍛治委員 三人亡くなられた方がおられるわけでありますが、最初に亡くなられた方、それから次に亡くなられた方、このお二人は、まあ子供さん自体に若干病気の原因になるようなものをお持ちだったようでありますけれども、しかし、やはりいろいろと殴打されたというようなことが直接的か、遠因になったかわかりませんが、なっているようではあります。素人でいろんなものを見まして考えるのに、そういうふうに思われるわけでありますけれども、しかし、昨年お亡くなりになった小川さんについては、これは外傷性ショック死ということで医者の判断もしているようで、明らかにこれはもう殴打、暴行ということが直接の原因になっているように私たちには思えるわけです。これは警察においていま捜査中とのことでございますから、これ以上お尋ねをしてもお答えは出てこないとは思いますが、これは真実は真実として真相を見きわめていただいて、行き過ぎということがあるならば、命にかかわる問題で断じて許されることではありませんので、警察当局も、また検察当局においても事実がはっきりした時点では厳正に処置をしていただきたい、これは強く御要望を申し上げておきます。 次に厚生省にお尋ねをいたしますが、この学校は、親との契約に従って学校側は契約を履行しているのだ、悪いことをしているのじゃないというようにも言っているようでありますけれども、現実には情緒障害の子供さんが実際に治ったという例があるのだというようなことも言っておりますし、事実そういうこともあるのかなという気もいたしますが、それにしても先ほどから申し上げておりますように、わずか四、五年の間に子供さんの亡くなられたのが三名、行方不明、これも死亡しているのかどうかはっきりわからないようですが、二名いらっしゃる。そして先ほどの御答弁でも、今回の絡みの中で捜査の段階で脱走した人が十七、八名かいるというようなことも御答弁があっておりました。過去ずっとさかのぼると、こういうことを相当繰り返しながら行われてきたのであろう、こういうふうに思うのですね。 そうしますと、わずか四、五年の間にこれだけの事件が引き続いて起こるということは、やはりその一番の原因となるものが強力に何かあったから起こってきたと、これは素人でも判断せざるを得ないわけでありまして、特にそれが未成年の子供に及び、いろいろな報道もされて、戸塚ヨットスクールの経営内容ないしは教育の内容がいろいろ問われてきているわけですね。そうしますと、これは契約とか商行為とかいうような法律的なものを越えて、それ以前の問題として児童福祉法等に抵触してくるのではないのだろうか、そういう立場から厚生省としては厳重に、厳正な立場でこれは対処すべきではないのか、こういうふうに考えるわけでありますが、厚生省におかれましてはこの問題についてどういうふうな対応をなされ、またこれからしようとなさっているのか、お考えをお聞きいたしたいと思います。
○蒲地説明員 お答えいたします。 戸塚ヨットスクールの問題につきましては、先生から御指摘のとおり児童福祉の見地から見ましてきわめて遺憾な事態というふうに受けとめております。児童福祉のサイドから指導等の必要を強く痛感しているところでございます。 このような観点から、従来から愛知県に対しまして入所児童でありますとか保護者の状況等の把握を行うよう指導してまいったところでございます。また、今般警察の捜査が開始されたことに伴いまして、警察とも十分連携を密にしましてその実態を早急に把握するように指導をしているところでございます。私どもといたしましては、この調査の結果を見まして、児童相談所等を通じまして保護者の指導でありますとかあるいはしかるべき児童福祉施設への入所、そういうことについて必要な措置を講じてまいりたいというふうに考えている次第でございます。 以上でございます。
○鍛治委員 御答弁をお聞きしておりましても、対応しなければならぬということはあっても、実態の把握は非常におくれているようであります。これは、午前中も議論ありましたように、学校自体が捜査といいますか、そういう調べということに対して最近は極端に拒否的な体質を持っているようで調べにくい面もあると思いますが、これは事は人命に関することであり、子供に関することでもありますので、これも要望になりますが、ひとつ万全の対応を進めていただきたい。これは厚生省にも御要望を申し上げておきます。 そこで今度は文部省の方にお尋ねをいたしますが、一般的な立場で情緒障害児、そういう子供さんに対する教育といいますか、これは治る方向で努力は周囲が一生懸命しなければならぬわけでありますけれども、体罰等を中心にしてやっていった場合に果たしてこの情緒障害児というものは治るのだろうか、こういうふうに思うのですが、こういう点について文部省、教育を担当している立場からひとつお答えをいただきたいと思います。
○糟谷説明員 情緒障害というものの定義が必ずしも明確になっておるわけでございませんで、その情緒障害の中に甘えとか怠けとかそこらまで入れてしまった用語の使い方と、いろいろあるわけでございますが、文部省の場合には情緒障害児と申します場合には、自閉とか、登校拒否とか、習癖の異常なために社会的適応性の乏しい子供、そういうような範囲で情緒障害児という言葉を使ってございます。 それで、そういう自閉的な傾向を有する子供に対します教育、情緒障害児学級というようなところでも教育をしておるわけでございますが、本当のところ、その原因とか具体的な教育方法というのは必ずしも明確に解明されておりませんで、私どもの方で久里浜にございます国立特殊教育総合研究所でも実践的に具体的な教育方法というのもまた研究を重ねておるような事態でございます。したがいまして、現在まだ明確にこうすれば治るのだという段階まではいっておりませんが、基本的な生活習慣といいますか、そういうものを打ち立てまして、運動機能、感覚機能あるいは言葉の理解を深め、人とのかかわりを円滑にしていくような、そういう生活指導を通して教育をしている、そういうところが実情でございます。
○鍛治委員 いま久里浜の研究所のことが出ました。これは以前私も中を、内容を見させていただいたことがありますけれども、私自身がそこで行われている教育というものを見た限り、体罰的なものはおよそなかったというふうに思います。そういった点から、今回のヨットスクールで起こった事件というもの、これが本当に行き過ぎであるというような感触がずいぶんするわけでありまして、大変残念なわけでありますが、文部省としてはこれが先ほどから言っておりますように商法上の株式会社ということになっておりますから、どうも学校というのが大変抵抗があるのですけれども、やっている内容はどうも学校みたいだし、いま戸塚ヨットスクールで行われている内容というものは教育をしているのだというふうに文部省では受け取られているのかどうか、どういう御判断をなさっているのか、そこらあたりをちょっとお聞きしたいと思います。
○遠山説明員 戸塚ヨットスクールの中で行われておりますことが果たして教育に該当するかということについては、私ども承知いたしておりません。
○鍛治委員 大変そっけなく答弁をいただいたのですが、承知いたしておりませんというよりも、ではこれからひとつ承知をしていただきたいと思うのですが、この件について十一日ですか、決算での御答弁を文部省がされた中にも、株式会社で所管が違うのでこれはタッチできないというようなことで答弁されていたようでありますけれども、この点で私は、文部省の対応が非常に甘いのではないか、もう少しこれは積極的にかかわりを持ってやっていいのではないかというふうに思うのです。 というのは、たとえば塾なんかがありますね。学習塾とかいろいろな塾がありますが、これはまさに所管から言えば文部省の所管にはならないと思うのですね。ところが、数が多いせいかどうかわかりませんが、これは今回のヨットスクールの事件とは違いますけれども、子供に対する影響が大変大きいということになって、教育上やはり——これは指導監督ができないにしても、たとえば全国的な内容の調査をやってみたり、それに対して文部省はかくあるべきだというような御意見も言われているようであります。 そういう意味からいくと、一つの学校がやっている事件であるとはいいながら、絶えず命にかかわる問題で、やはり大変な重みを持った内容を持つものであろうと思うのです。しかも名前で言えば、戸塚ヨットスクールという確かに学校という名前をつけておりますし、行われておるのも、校長といいますか、戸塚氏もおれは教育をしてやっているんだみたいな言い方をされている報道がなされております。そういうところから見ると、もう四、五年前から事件が起こっているわけでありますから、文部省としてこういう問題についてはもっともっと積極的に関与してしかるべきだ、こういうふうに思うのでありますけれども、そういう点について文部省、いままでは何か他人ごとみたいに言っておりましたが、積極的に今後関与していただきたいし、いろんな形で対応策を考えていただきたい、こういうふうに思いますが、この点についてお答えをいただきたいと思います。
○遠山説明員 先ほどはいささかそっけないという御答弁の評でございましたけれども、教育基本法に教育の目的ということは明確に定められておりまして、人格の調和ある発達ということを目指しておりますところからいいますと、本来の教育が行われているとはとうてい思えないのでございます。ただ、御存じのような法的な人格を持っておりまして、私どもはそのことの中身について詳細に調べたり、直接的に指導を行ったりする立場にないのでございますが、この問題につきましては関心を持って考えてまいりたいというふうに思っております。
○鍛治委員 これも御要望ですが、ひとつ完全な内容把握を警察その他とも連携をとりながらおやりいただいて、直接指導はできないにしても、文部省が発言することが影響力を持っていく面があると思いますので、行き過ぎた面があるのならば、そういう点について積極的に関与もしていただきたい、こういうように御要望を申し上げておきます。 時間もだんだん参りましたので、最後に大臣にお尋ねをいたしたいと思いますが、この件について率直な大臣の御感想をまずお伺いしたいのです。
○秦野国務大臣 目下警察当局を中心に真相究明に当たっているわけでございまして、その結果が公正に出ることを期待しております。
○鍛治委員 そこで、大臣にこれに対する具体的な対応策の一つとしてお尋ねをしたいのですが、商法五十八条一項の三の中に解散命令というのがあるわけですね。もう御承知だと思いますが、この中でこういうふうに言われております。「会社ノ業務ヲ執行スル社員又ハ取締役が法務大臣ヨリ書面ニ依ル警告ヲ受ケタルニ拘ラズ法令若ハ定款ニ定ムル会社ノ権限ヲ踰越シ若ハ濫用スル行為又ハ刑罰法令ニ違反スル行為ヲ継続又ハ反覆シタルトキ」解散命令を出すことができる、こういうことになっているわけですね。 この捜査とかいろんな結果を見守りたいといういま御答弁ございましたが、そういう結果、確かにこれは人権に問題があるし、行き過ぎがある、こういうように結論が出、判断がなされた場合、大臣としては、この商法の五十八条一項の三を適用されて書面による警告をなさる、こういうおつもりがあるかどうか、ちょっとお尋ねをいたします。
○中島政府委員 確かにただいま御指摘になりましたような五十八条の解散命令という制度があるわけであります。で、解散命令は裁判所が出すわけでありますけれども、要件といたしまして、ただいまおっしゃいましたような「刑罰法令ニ違反スル行為ヲ継続又ハ反覆シタルトキ」であって、しかも裁判所が「公益ヲ維持スル為会社ノ存立ヲ許スベカラザルモノト認ムルトキ」こういう場合に法務大臣の請求によって解散命令を出す、こういうことになるわけであります。 こういう慎重な手続を経ております一面、解散命令ということになりますと、会社の法人格そのものを奪ってしまうという非常に重大な結果をもたらすわけでありまして、比喩的に申しますならば、会社に対する死刑の判決であるというような言い方もできようかと思うわけであります。したがいまして、法務大臣がその請求をするに当たっては、法の定める要件に該当するか否かを慎重に判断をいたしまして、他の何らかの方法をもっては公益を維持することができないと認められるきわめて例外的な場合に限るべきであるというふうに考えておるわけでございます。 ただいま問題になっております戸塚ヨットスクール株式会社につきましては、現段階では解散命令の請求をするだけの要件があるというふうに断定する状況にはないわけでありますけれども、ただいま大臣も申されましたように、刑事事件として捜査中のものもあるということでありますので、その結果を見て対処してまいりたい、このように考えております。
○鍛治委員 このヨットスクールはある面では賛否両論の面がありまして、こういうスパルタ式の教育によって治ったというお子さんがあるというような話もずいぶん出ておるわけであります。事実関係を私は確認しているわけじゃありませんけれども、そういう感触のところもありますし、その反面に、これが事実とすれば大変行き過ぎである、その行き過ぎは、人命に関することは何物にも優先して許せる問題ではない、私はこういうふうに思うのです。ですから、こういうものが事実として明らかになった場合には、法務大臣より書面による警告を受けたにもかかわらず改めないときはというふうに考えられますので、まず法務大臣から書面による警告をなさるべきであろう、こういうふうに思っております。 こういうことを含めて、再度重なるようですが、最後に大臣としての御決意をお尋ねをいたしまして、私の質問を終わりたいと思います。
○秦野国務大臣 おっしゃることよくわかります。ひとつ十分見守って遺憾のないような態度をとってまいりたいと思います。
○鍛治委員 大変ありがとうございました。
○太田委員長代理 林百郎君。
○林(百)委員 私は再審の問題について御質問したいと思います。 ことに死刑の確定判決を受けている者で再審の開始決定を受けている、また、近く免田事件のごとく再審の一審判決があるという者に対して身柄をどうするかという問題は非常に重要な問題であると思いますので、その点を質問したいと思います。 まず最初に、死刑囚というような、人の生命を抹殺してしまう、それがしかも、検討した結果、根拠がなかったというような重大なことが警察、検察庁、裁判所によって行われているということに対する重大な自己批判を求めなければならないと思います。 ちなみに、免田栄君の警察における取り調べの模様を本人の手記によって見てみますと、ちょっと拾い読みしてみますが、 多良木刑事が私をつきとばしました。腰掛から落ちて、床の上に、もんどり体をうちました。髪をひっぱる、床面に坐らされる。軍隊靴で蹴る。倒れると、二、三人で踏みつけるのでした。 「秋田文江は、お前のシャツに点々と血がついていたと言っていたぞ。そのシャツはどれだ?これか?」 そう言って私の衣服を脱がそうとしました。とうとう私はパンツ一枚になって床に坐らされました。 それから、警察の四十八時間の拘束から一時警察の外へ出て、また再拘束する、その間の事情に、 「もう一度署まで来い!」 そう言うと同時にポケットからピストルを出したのです。 「逃げるならこれがあるぞ!」 疲れきっている私は抵抗するすべも知らず、多良木刑事の言うがままになっていました。背後に拳銃の威嚇を覚えながら、今来た道を逆戻りさせられたのでした。 警察へですね。それから、またしばらく略しますが、 すると、多良木刑事がすぐ横から、 「きさまはいちいち口答えする。もっと正直になれ。素直になれんやったら、俺が柔道五段のうでで、やきをいれてやる!」 腰掛けている私の襟をいきなり掴んで引っ張ると、ふらふらしている足を払いました。私はひっくり返って床に落ちました。さらに刑事たちは私の髪をつかんで床の上で引きずり廻したのです。 というのがありますね。それから、多良木刑事たちが、 「おれたちの言う通りにならないなら、親子もろとも進駐軍につきだすぞ!」 そう言って脅したのでした。それで私は狼狽したのでした。いま思うと、それは刑事たちの見事な芝居だったのです。 刑事たちは 「きさま。素直に白状せんなら進駐軍にひきわたすぞ!そうなると銃殺はまぬがれんな」 多良木刑事のそのひとことが私にとどめを刺したのです。父までまきぞいにするなら、もうどうなってもいい、そんな気持ちになったのです。 それから、最後に自白調書のところですが、 精も魂も尽き果てて、というのはこういう状態をいうのでしょうか。私は眼をつぶり、がっくりとうなだれてしまいました。どうかこの情況を想像して私の気持ちを推察してください。このとき私は、やらないものをやったと言ったのです。益田刑事が、椅子に腰掛けている私の前にざら紙をつきだして、 「よし。免田、お前がやったんだな。いいか。この紙に書くから、素直に認めるんだぞ」 どのくらいの時間がそれからたったでしょうか。益田刑事の読みあげる声が私の耳に聞こえます。私の眼から涙がこぼれてきました。水も充分に飲まない私の乾いた眼に。そうです。私の乾いた両眼にまだ涙がのこっていたのでした。 それから 私はあまり勉強しなかったのです。それで私は片仮名の文字で、タンス、マエ、デグチ、ヒバチ、サシミホウチョ、ヘヤニオイタツモリデス、カキラシキモノ、と書いたようです。鉛筆をにぎっている手を多良木刑事がもちそえて書いたのです。強い力を私の手に感じながら、私はただ言われる通りに書いたのでした。 アマトヲアケテ ショジヲアケテハエリマシタ コレハマチガイハアリマセン メンタサカイ 昭和二十四年一月十六日 これは一部ですが、本人の手記として書いたのです。 警察は先ほどから、死刑囚というような、そのほか重要な事件について精魂を尽くして捜査すると言うのですが、捜査の方向が自白偏重で、どんなことをしても自白をさせるということで精魂を尽くすようなやり方は新しい刑事訴訟法では許されていないわけですね。これについて警察は、一体、最近の死刑囚についての再審の開始決定が出ているのにどういう自己批判をしているのか。 それから検察官の方では、最高裁の臼井検事ですか、私のところに論文がありますが、最高裁の臼井滋夫検事が「近時の裁判例から見た捜査処理上の問題点」ということで、自白偏重のやり方あるいは鑑定のやり方、そのほかについて非常に手落ちがある、こういう捜査を根拠にして公訴を提起することはよろしくないと考えるという自己批判をしているわけです。 最近、死刑囚についての再審開始の決定があって、世間に言われているだけでも免田事件、財田川事件、松山事件等があるのですが、これについて、一体、警察それから検察庁はどういうようにお考えになっておるのですか。それをまず聞きたいと思うのです。
○高田政府委員 一連の再審開始の決定がございました事件につきましては、裁判所で現在まだ審理が行われており、あるいはまたこれから審理が行われるというものもございますので、これにつきまして具体的な警察の意見を申し上げることは差し控えさせていただきたいと思いますが、また、無罪がすでに確定した事件もございまして、このような事案につきましては、判決等をあらゆる角度から検討いたしまして、捜査上の教訓とすべき事項につきましては今後の捜査活動に生かすべく真剣に努力をしてまいりたいと思っておる次第でございます。
○前田(宏)政府委員 ただいま警察庁の方から御答弁があったと同様のことになるわけでございますが、検察当局といたしましても、いろいろな事件についていろいろな裁判例もあるわけでございまして、その中で指摘された事項、反省すべき点は十分反省をして今後の資料といいますか、教訓にいたしたいということで努力するつもりでございますし、現に努力をしているわけでございます。 なお、御指摘の、最高裁とおっしゃいましたけれども、最高検だろうと思いますが、臼井検事の論文、これは恐らく警察学論集という雑誌に登載された論文のことを御指摘になっていると思います。警察学論集というのは、一面では警察官に対するいろいろ実務的な教養資料というような面も持っている雑誌だと思っておりますが、そういう意味でいろいろな具体的な事件について指摘された問題点を整理いたしまして、それを今後の参考にするという観点からそういう著述がなされたものと思うわけでございます。臼井検事の論文の初めにも「同種事犯についての今後の捜査処理を適正にするうえで、他山の石として無益ではないと思われる」というような表現があるわけでございます。
○林(百)委員 私は、いま、死刑囚の確定判決を受けた者の不任意な自白調書がいかにして警察によってつくられたかというその苦しみ、これを申し上げたわけですが、しかし、これは本人一人にとどまらなくて、親族、親友、すべての人たちが、自分のうちから人殺しの犯人が出たということで社会的にどんなに非難を受け、どんなに肩身の狭い思いをしているか、それはあなた方に想像がつかないと思うのですよ。 先ほどから身柄のことが問題になっていますが、そういう人は、たとえば免田事件のごときは、最高裁判所の方からは、無罪を言い渡すべき明らかな証拠が出ておると、ことに五十五年十二月十一日の最高裁の第一小法廷では、なお書きがついて「記録によれば請求人の提出にかかる証拠の新規性及び明白性を認め本件再審請求を認容すべきものとした原決定の判断は正当として認めることができる。」最高裁からこれまでの判断が示されているのに、三十年にわたってまだ本人の身柄がどうなるかわからない。こういう状態でいいかどうかということについて私はまずお尋ねしたいと思うのです。 その前に裁判所にお尋ねしますが、再審の開始決定の理由に自白の任意性がないこと、もちろん鑑定のいろいろ絡んでいる事件もありますが、ことに死刑の確定判決を受けたもので、自白の任意性がないということで再審の開始決定をしたのは幾つありますか。それ以外の理由で再審決定をしたのがありますか。もちろん鑑定もありますけれども、ほとんどすべてが自白の任意性がないことが重要な要素として再審の開始決定がなっていると思いますが、どうですか。
○小野最高裁判所長官代理者 再審開始決定がなされた件数は非常に多うございます。(林(百)委員「死刑囚のだけ」と呼ぶ)死刑囚の場合はただいま五件かと思いますが、その中には任意性がないとはっきり言った分はなかったように記憶しております。
○林(百)委員 自白調書に任意性が感じられない、要するに任意性がないことが一つの理由になって再審の開始決定になったのはないのですか、あなた。そんなばかなことはないですよ。
○小野最高裁判所長官代理者 私の記憶しているところでは、任意性がないとはっきり言っているわけではなくて、自白の信用性の問題であると理解しております。
○林(百)委員 自白の信用性がないことが一つの要素になって再審の開始決定を見ているんだ、もちろんいろいろ違う要素もありますがね。 そこで、先ほどから身柄のことが問題になっていますが、刑法十一条の二項の拘置というのは、だれの責任において身柄がこういう処置をされているのですか。これは法務省の刑事局、前田さんですか。だれが責任者かわからぬから、だれでも責任のある人答えてください。
○前田(宏)政府委員 午前中栂野委員のお尋ねにも同様な御質問があったように思います。だれが責任者かというお尋ねにはなかなかうまく答えにくいのでございますけれども、いま御指摘の刑法十一条によりますと、「死刑ノ言渡ヲ受ケタル者ハ其執行ニ至ルマテ之ヲ監獄ニ拘置ス」というふうにはっきり書かれているわけでございます。そして、死刑の判決が確定いたしました場合にはその執行が当然予定されているわけでございまして、そのために身柄を収監してさらに手続を進めて執行に至る、こういうことでございまして、その執行をするまでの間身柄の拘束をする、拘束をすべきであるというのが刑法そのものに書いてあると理解されるわけでございます。
○林(百)委員 刑法そのものに書いてあって、絞首刑を実施するまで拘置すると言うのですが、その基本であるそのために拘置されるという絞首刑の殺人犯ですか、それが無罪を言い渡すべき明らかな証拠が新たに発見されて、しかも最高裁判所からも検事の特別抗告についてもそういう決定がおりているというときに、なお拘置するというのはだれの責任でやるのですか。もう絞首刑を実行するという蓋然性は九九%なくなっていると見ていいと思うのですよ。再審で無罪判決が確定するのはまだだとしましても、再審の開始決定があってなお有罪になったという例は私の関知するところではないわけですね。 拘置する前提である絞首刑の存在自体がもうほとんどなくなっていると言ってもいい状態になっているのになお刑務所に拘置しておくという場合、だれの責任でそれはやるのですか。
○前田(宏)政府委員 再審開始がなされまして現に再審の公判が行われている場合に、原確定判決の効力がどういうふうになるかという問題が前提にあるかと思うわけでございます。 その場合に、林委員仰せのように、原確定判決による執行は考えられないじゃないかという見方もあるいはあり得るかもしれませんけれども、法律的に申しますならば、原確定判決は現に確定判決として存在しているわけでございまして、法律の規定のどこを見ましても確定判決が効力を失うというふうにはなっていないわけでございます。そうなりますと、原確定判決はそのまま確定判決として存在し、一方において再審の必要性があるということで再度の裁判が行われているという二重の形になっているわけでございまして、本来の拘置というものは現に存在している効力を失っていないと理解されている原確定判決に基づくものということになるわけでございます。
○林(百)委員 それじゃ前田さんにお聞きしますが、これは一体刑の執行なんですか、それとも刑事訴訟法の中における身柄の勾留の処置なんですか、それともそれ以外のものなんですか。
○前田(宏)政府委員 死刑の場合に執行というのは、申し上げるまでもないと思いますけれども、絞首そのもののことでございまして、刑訴法で言っております勾留とかいうものは、刑訴法による裁判確定前の身柄の拘束のことを言うわけでございます。死刑囚についての拘置と先ほど来申し上げております刑法による拘置というものは、それ自体独特のものと申しますか特別なものと申しますか、死刑確定判決による身柄の拘束という独自の性格のものと理解されるわけでございます。
○林(百)委員 では憲法三十四条の「何人も、正當な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその辯護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」憲法三十四条の中の拘禁に入りますか。
○前田(宏)政府委員 拘禁という言葉は非常に広うございますから、身柄の拘束を広く含む言葉としても使われますけれども、いま御指摘の拘禁というのは、むしろ捜査段階における身柄の拘束を指している意味で使っているだろうと思います。
○林(百)委員 そうすると、憲法三十四条の拘禁には入らないと言うのですか。もしその拘禁を不当と考える者があって、異議の申し立てをしたいという場合にはどこへどうしたらいいのですか。黙ってあなたの言うようにがまんしていなければいけないのですか。
○前田(宏)政府委員 先ほど来繰り返して申し上げておりますように、死刑の確定判決があってそれらの状態が変わっていないと申しますか、その場合の法的な救済手続は、まさしくいま再審の手続があるということでございまして、それ以外に現行法の規定として身柄そのものについて釈放せよということは刑事手続の面ではどうも見当たらないように思うわけでございます。
○林(百)委員 そうすると、再審の開始決定があれば、四百五十一条ですか、普通の公判手続に移行しますね。この場合、まだ死刑囚として裁判を受けているのですか、あるいは被告人として裁判を受けているのですか。
○前田(宏)政府委員 その問題もしばしば御議論されているところでございますが、先ほど来繰り返して申し上げておりますように、原確定判決が存在しておるということでございますと、そちらの面から言いますと、いわゆる死刑囚の身分といいますか、そういう地位にあるわけでございますが、一方、再審公判が再審開始決定によって行われているという、そちらの面から見ますと、まさしく被告人でございまして、一人が二重の性格を持っているというふうに申し上げるほかないと思います。
○林(百)委員 刑の執行でもない、勾留でもない、独自な拘禁の状態だ、だれが責任者だかわからないが、刑法に規定があるからそうしているのだ。一方では、確定判決を受けた死刑囚としての身分と同時に、被告人の身分を持っている、そんなことが法律的に成り立つのですかね。 それなら、被告人としての立場に立って、憲法に基づく勾留理由開示の請求をできるわけですね、被告人の立場に立てば。
○前田(宏)政府委員 そういう二重の立場はおかしいじゃないかとおっしゃられるわけでございますが、現行の法律制度を見ます限り、そういう結論になるわけでございますが、もう一つ御指摘の勾留理由開示ということになりますと、その勾留は、捜査段階、さらには公判段階におけるいわゆる未決勾留と申しますか、そういう身柄の拘束でございますから、その勾留の状態にはないわけでございますので、対象外ということにならざるを得ないのではないかと思います。
○林(百)委員 どういうことか、よくわからないですね。被告人の身分なら、被告人を勾留するには勾留する理由がある。罪を犯したことを疑うに足る相当の理由がなければ、被告人の立場に立てば勾留できないわけでしょう。ところが、これは最高裁の判断ですでに無罪を言い渡すべき明らかな証拠が新たに発見されて、罪を犯したことを疑うに足る相当の理由なんかないわけなんですよ。だから、被告人の立場に立てば、もう身柄を勾留される理由はないじゃないですか。あなたは死刑囚の方の立場ばかり言うけれども、もう一つの被告人としての身分を持っている。被告人の方の立場の利益というものは全然無視されていいのですか。理論的に矛盾しているじゃないですか。
○前田(宏)政府委員 被告人としては被告人でございますが、いま申しましたように、勾留という裁判もないわけでございますから、そういう意味で前提を欠くという法律論を申し上げたわけでございます。確かに確定死刑囚といいますか、そういう立場にあり、片や再審の裁判を受けている、その面においては被告人ということは、二重性のようなことになるわけでございますけれども、現に再審制度というのはそういう構造でつくられていると申しますか、なっているわけでございますので、それがおかしいというふうに私から申し上げるのもいかがかと思うわけでございます。
○林(百)委員 それはあなた独自の解釈で、おかしいように解釈しているからおかしくなるので、ちっともおかしくないじゃないですか。罪を犯したことを疑うに足る相当の理由がない場合は、当然釈放されてしかるべきじゃないですか、被告人の立場に立てば。 そこで、裁判所と検察庁両方に聞きますが、昭和五十六年六月五日の熊本地方裁判所八代支部のこの身柄についての判断で、こういうことがあるのですね。 現行法上拘置は刑の執行でもなく、未決勾留でもない、死刑の確定判決の効力に基づいて刑法十一条二項が認めた独特の拘禁であり、死刑の執行停止がなされた場合に、右のような内容を持つ拘置をどうすべきかは立法政策の問題であって、その点について何らの規定を設けていない現行法の解釈としては前示のように確定判決の効力が存続していると解する以上、 云々と、こうあるのですね。 要するに、「独特の拘禁であり、死刑の執行停止がなされた場合に、右のような内容を持つ拘置をどうすべきかは立法政策の問題」だ、こう言っていますね。この点は、裁判所も検察庁も認めるのですか、こういう判断がすでに下されていること。
○前田(宏)政府委員 ただいま御指摘の熊本地裁八代支部の見解でも、先ほど林委員からおしかりを受けましたけれども、私が申し上げたと同様な見解を示しているわけでございます、現行法の解釈といたしましては。そして、あとは立法政策の問題だということに触れておられるわけでありまして、それについて、私どもとやかく言う立場にはないというふうに思います。
○小野最高裁判所長官代理者 熊本地裁八代支部が林委員御指摘のような見解を表明していることは、そのとおりでございます。 この内容につきましては、ただいま免田事件の方で改めて弁護人の方からこの点についてまた主張がなされているようでございまして、また裁判所がこれについて見解を表明するというようなことでございますので、この点についての論評は差し控えさしていただきたいと思います。
○林(百)委員 この「独特の拘禁」というのは、どういう意味に解釈されるのですか。これは前田さんと裁判所と両方に聞きたいのです。何ですか、この「独特の拘禁」というのは。
○前田(宏)政府委員 先ほどお尋ねを受けて申し上げたことと同じことになるかと思いますが、刑の執行でもないし、また、いわゆる刑訴法に言う勾留でもない。つまり刑法そのものによる死刑判決による拘置という独特のものであるということをそういう言葉で表現したものと私が申し上げたのと同様の趣旨ではないかというふうに理解しております。
○小野最高裁判所長官代理者 その点は、ただいま法務省の前田刑事局長がお答えになったとおりであると私も考えております。
○林(百)委員 法務大臣、ここに八代支部の名で「死刑の執行停止がなされた場合に、右のような内容を持つ拘置をどうすべきかは立法政策の問題」だ、立法政策の問題だと言って裁判所が問題を投げかけているのですね。これに対して法務省としては、これを受けてこたえる用意はあるのですか、ないのですか。
○秦野国務大臣 問題の投げかけ自体はわかります。しかし、だからと言って、立法政策の問題だということは、立法すべきだというふうに即解釈しなくても間に合うかもしれませんね、十分検討を要するとは思いますけれども。
○林(百)委員 間に合っていないから、新たな立法の必要があると、こう言っているんじゃないですかな。私は、現行法でも当然拘置は解かれるべきである、検事の要求によっても、あるいは裁判所の決定によっても。絞首刑を停止するのだから、停止して、それで無罪の判決が出ることは一〇〇%間違いない再審の公判手続が続けられているときに、なお、ありもしない絞首刑を前提としての拘置というようなことを、しかも三十年もの長きにわたって、本人はもちろん、親族の苦しみをさておいてそのままにしておく。立法措置が必要だというのに、それは何も立法措置をしろということじゃありませんなんて、そんな答えをしているような法務省や裁判所は、国民は信頼しませんよ。 それからもう一つ、この八代支部でこうも言っているのですね。「また同一事件について同一人が受刑者であると同時に被告人であるといういわば不安定な状態は、審理の促進によって明確にするの他なしと思料されるところである。」一人の身分が、受刑者であると同時に被告人だというのですね。こんなことは現在の刑事訴訟法では考えられないことですよ。受刑者でありながら、同じ事件について被告人であるということは、どういうことなんですかね。いわば不安定な状態だ、これは前田さん認めますか。裁判所はこれをどう考えますか。
○前田(宏)政府委員 この八代支部のいま御指摘の見解は、前提としては、やはり私が申し上げているように、その当該の人が受刑者であると同時に被告人であるという二面性を持っているということを認めておられるわけでございまして、しかし、それはなるべく早く解消すべきである、審理を促進して解消すべきである、これはまた、そのとおりであろうと思っております。
○小野最高裁判所長官代理者 このようなことがいいか悪いかということにつきましては、私の方ではちょっと立場上申し上げにくいわけでございます。ただ、この点につきましては、従来からいろいろ説がございまして、学説上は従来はこれが大体多数説であったように理解しているわけでございます。その後、これについていろいろな批判がありまして、いろいろな見解が述べられているということは、私も十分承知しているところでございます。
○林(百)委員 刑訴の三百四十五条ですと「無罪、免訴、刑の免除、刑の執行猶予、公訴棄却、罰金又は科料の裁判の告知があったときは、勾留状は、その効力を失う。」要するに刑の執行猶予ですね。罪を犯したということを前提としても、執行猶予の判決が告知されれば勾留は解かれるというのですね。 ところが、本件のような死刑囚のような場合に、再審があって仮に一審の判決が無罪の判決があったとしても、罪を犯した者でありながら刑の執行を猶予するという判決の告知があっただけでも身柄が釈放されるというのに、無罪だという判決があってもこの拘置という措置はこのまま継続されるのですか、どうですか。これは裁判所と刑事局長にやはり聞きたいのです。
○前田(宏)政府委員 その点も、先ほど栂野委員の御質問があったところでございますが、御指摘の三百四十五条は再審の場合ではございませんで、通常の裁判の審理が行われて、無罪の裁判あるいは御指摘のように刑の執行猶予の裁判があった場合に勾留状が効力を失うということでございますが、いま問題になっておりますのは、一方において確定判決というものが存在し、現に存在しているわけでございまして、そういうことを無視してといいますか、論外にして論ずるわけにはいかないわけでございまして、三百四十五条はそういう場合の問題ではないというふうに考えております。
○小野最高裁判所長官代理者 ただいま法務省の前田刑事局長がお述べになったことが大体通常の一般説と申しますか、多数説であろうかと思います。その点につきましてもいろいろな批判があるということは承知しておりますが、その是非についてはここでお答えすることは差し控えさせていただきます。
○林(百)委員 私は、拘置のことについて聞いている。取り扱いの公正さからいって不条理じゃないか。たとえばいま私が挙げました例は「裁判の告知があつたときは、勾留状は、その効力を失う。」勾留状というのは、罪を疑うに足りる相当の理由があって出ているわけでしょう。ところが、再審による無罪の一審の判決というのは、もう罪を犯したことを疑うに足る相当の理由もないのですよ。勾留状なんかよりもっと自由が保障されなければならない身分にあるのに、なお拘置という制度があるから身柄は拘置するんだということですね。こういうことが身分の取り扱い上許されるかどうかということなんですよ。それはどういうようにお考えになるのですか。あるいは将来そういう点は改善するとか、そういう点については考慮するとかということでなければ、そんな矛盾はいつまでも続いていいとお考えになるのですか。
○前田(宏)政府委員 同じようなお答えになるかと思いますが、この問題についてはもちろん真剣に検討し、取り組まなければならないと思っておりますけれども、いまのお尋ねに即して申しますと、勾留状というのは、起訴をされ、身柄の拘束について勾留状が出ているということでございまして、まさしく罪を犯した疑いがある、相当な理由があるというわけでございますけれども、その程度というと失礼でございますが、再審の場合には確定判決というものがあって、それによって死刑の判決がなされ、確定しているということでございますから、いまのお尋ねに即して言えば、むしろそれ以上に強いいわば根拠があるとも言い得るような場合でございますので、勾留状の失効の問題とは別ではないかというふうに思うわけでございます。
○林(百)委員 あなたの論理通らないですよ。受刑者であると同時に被告人だというのでしょう。被告人という部分はどうしたのですか。あなた刑法十一条の部分だけ強調していますが、被告人という身分の面から言えば、罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があるということで勾留状が出ている場合でも、罪を犯したということを前提としての執行猶予の裁判の告知があれば身柄は釈放されるのですよ。 ところが本件の場合は、罪を犯したことを疑う相当の理由もない。そして、しかも無罪の判決が出ている。ところが、そういう場合でも、一方では確定判決があって絞首刑が行われるということが前提の受刑者だから、その面で言えば受刑者だから、だから拘置しておくんだ、論理が成り立たないじゃないですか。被告人としての立場に立てばどうなんですか。一方では、罪を犯したことを疑う相当の理由があって勾留状が出る、それが解ける、執行猶予だ。一方では、無罪の判決が告知されている。それでも拘置という措置がとられるということは論理が通らぬじゃないですか。
○前田(宏)政府委員 そのことは、先ほど申し上げておりますように、一人の人間が二面性を持っているというところからくる、まあおかしさと言えばおかしさであるかもしれませんけれども、林委員は、私は確定判決の方ばかり言うとおっしゃいますけれども、私の方から逆に申し上げるとすれば、被告人の方ばかりおっしゃっているような気もするわけでございまして、その場合にやはり死列の確定判決があるということを無視はできないでありましょう。それはやはり現に存在しているものを無視して被告人という立場だけで事は考えるわけにいかないでしょうということを申し上げているつもりでございます。
○林(百)委員 あなた、再審の制度が全然頭に入ってないのです。再審の制度というのは、無罪を言い渡すべき明らかな証拠が新たに発見されたときですよ。 それじゃ、いままで再審の開始決定があって、そして最終的に無罪にならなかったという例がありますか。 しかも、本件の免田事件の場合は最高裁までが「尚、記録によれば請求人の提出にかかる証拠の新規性及び明白性を認め本件の再審請求を認容すべきものとした原決定の判断は正当として認めることができる。」原決定というのは、無罪を言い渡すべき明らかな証拠が新たに発見されたときだ。最高裁までがなお書きでこれを言っているときに、私がこの立場に立って物を言うのが何でへんぱだと言うんですか。あなたの方こそへんぱじゃないですか。最高裁がそんな判断を下したって、法務省の方では死刑囚の立場を固持します、そんなことで人権が保護されますか。
○前田(宏)政府委員 再審制度について理解が不十分だというおしかりでございますが、私は私なりに理解しているつもりでございまして、現在再審公判中であるということは、無罪の判決が確定したわけではないわけでございます。最高裁の決定のことも御引用になりますけれども、そこでこれは無罪であるという本案の判決があったというなら別でございますけれども、要するに、再審を開始するということが決まったわけでございまして、その再審の結果どうなるかは再審公判の結果によるわけでございますから、その点はそのように理解するのが正しいんじゃないかというふうに思っております。
○林(百)委員 再審の開始決定があって、再審の判決で有罪にまた戻ったというのはありますか、裁判所。
○小野最高裁判所長官代理者 昭和五十二年以降に開始決定のありました百二十名かにつきましては、有罪になった者はございません。それ以前の分はちょっとわかりません。
○林(百)委員 刑事局長、そういうんですよ。再審の開始決定があった以上は昭和五十二年以降全部無罪なんですよ、あなた。それを私が無罪になるという立場で物を言うときに、林委員は被告人の立場からだけ物を言う、私は刑事局長として死刑囚の立場に立つ、そんな論理が通りますか。現実を無視した論理じゃないですか、あなた。それであなた刑事局長という責任がとれますか。 刑事局長というのは、それは人を罪にすることも重要ですよ。悪いことをした者を罪にすることはね。しかし、罪を犯しておらない者をいつまでも罪人として扱うことに対して救済の方法を講ずることだって、これは法務省の義務なんですよ。刑事局長は罪になることばかり考えて、どうしたら首絞めることができるか、死刑囚の判決が確定している以上、どうしたら首絞めることができるか、そんなことしかあなたの頭にないんじゃないですか、きょうの答弁を聞いてみれば。そんなことで公正な法務行政はとれませんよ、あなた。
○前田(宏)政府委員 私は決してそのようなことを申しているつもりはございませんで、死刑の確定判決があるということを無視はできないでありましょうということを重ねて申したわけでございます。 それから、ただいま罪を犯していないのにかかわらずとおっしゃいましたけれども、現に再審公判中でございまして、裁判所がどのような判決をされるかは裁判所の問題でございまして、それを私から無罪になるということをあらかじめ申し上げるわけにはいきませんし、先ほど申し上げましたように、最高裁で無罪の判決がなされたということとはまた別問題でございまして、そういうことを繰り返し申し上げているつもりでございます。
○林(百)委員 私は裁判のことを言っているんじゃないですよ。身柄のことを言っているんですよ、身柄を拘置する。もう刑の執行は停止する、それから殺人の罪は無罪になる可能性が一〇〇%ある、それでもなお絞首刑を実行することを前提としての身柄の拘置という必要がどこにあるかということですよ。それは解いてやっていいじゃないですか。また、召喚なりあるいはそういう手続が刑事訴訟法にちゃんとあるんですから、それがどうしてできないんですか。あるいはあなたに権限がないんなら、どこに権限があるんですか。そういうことはどこへ言っていったらいいんですか。
○前田(宏)政府委員 繰り返して同じことになるかもしれませんけれども、確定判決の効力はすでに失効しているという前提に立ちますれば、当然釈放という問題も起こるわけでございますけれども、確定判決の効力が現に存在しているということであれば、その確定判決に伴う法律的な手続を行うのはむしろ私どもの義務でもあるわけでございまして、それを軽々に放棄するわけにはいかないという理屈を申し上げているわけでございまして、それが議論としていろいろと御議論があるということを否定するものではございません。
○林(百)委員 そうすれば、被告人としての立場に立ってはどうなるんですか。
○前田(宏)政府委員 毎々同じことで恐縮でございますが、被告人の立場としては被告人の立場があることは否定しておりません。しかしそれだけではなくて、確定判決があるということからくる制約ということを申し上げているつもりでございます。
○林(百)委員 だから、被告人としての立場を否定するものでないというなら、それでは被告人の立場に立ってみましょう。被告人の立場に立てば、無罪の判決があれば身柄は釈放されるんですか。被告人の立場に立って物を言ってみてください。
○前田(宏)政府委員 そうでございますから、先ほど来申し上げておりますように、一方だけの立場では議論ができないということを申し上げているわけでございます。(林(百)委員「一方だけの立場に立って言ってみてくださいと言ってるんだ」と呼ぶ)被告人の立場に立てば、被告人は勾留されておりませんから、勾留の失効という問題も前提を欠くというふうに法律的に申し上げているわけでございまして、現在身柄が拘置されているのは死刑の確定判決による独自の拘置という状態で身柄の拘束を受けているわけでございますから、それについて立法論その他いろいろありましょうけれども、現行法上はその拘置というものを当然に解かなければならないというふうな形になっていないということを繰り返し申し上げているわけでございます。
○林(百)委員 その点はあなたと繰り返していても限りがない。あなたはどこまでも絞首刑を実行したいという立場で物を言っているし、われわれの方はもう無罪が一〇〇%確定しているものをなぜいつまでも拘置しておくんだという立場で物を言っているんですから、それはもうあなたとこれ以上その点で議論を繰り返しはいたしません。 そこで、矯正局は来ていますか。この死刑囚の拘置の処置というのは、だれの命令でどういうように処置しているんですか。
○鈴木(義)政府委員 先ほど刑事局長がお答えいたしましたように、死刑の確定判決の効果として拘置が行われるものと理解しておりますが、実際の手続といたしましては、検察官からその死刑の言い渡しを受けた者の拘置されております監獄に対し、死刑確定通知書というのをいただいておりますので、それを根拠と申しますか、それを基源として拘置としての執行を行っておるわけでございます。
○林(百)委員 検察官がそうやっているのですか。その通知は、検察官はどこからその権限を与えられておるのですか。
○前田(宏)政府委員 先ほど申しましたように、刑法で死刑の判決が確定しますと、執行に至るまでは拘置するということが明定されているわけでございますから、そのことを確定したということをその身柄を預かるべき関係機関に通知をするというのはむしろ当然のことではないかというふうに考えます。
○林(百)委員 当然のことですが、拘置しろという権限を検察官に与えたというのは、法律的な根拠はどこにあるのですか。刑法ではただ拘置することができるとあるだけで、検察官はそれを通知しろとも何にもないじゃないですか。
○前田(宏)政府委員 先ほど来申しておると思いますけれども、死刑判決の場合には、その判決が確定し、それを執行する手続を行う立場にあるわけでございまして、その執行するまでの手続として、刑法にも明文がありますように「執行ニ至ルマテ」ということがございますから、その執行の過程としてそういう手続が当然法律上も予定されており、明文で規定されているということでございます。
○林(百)委員 絞首刑を執行するのは法務大臣でしょう。検事がやるのですか。
○前田(宏)政府委員 死刑の執行そのものは大臣の命令によるわけでございますけれども、刑法、刑訴のいまの関係規定を通じて申しますと、結局その執行そのものに至るまでは明文上拘置せざるを得ないわけでございます。そうなりますと、通常の場合は身柄が勾留の状態で裁判を受けておりまして、その状態で判決が確定するわけでございますから、その時点から拘置状態に移行するというふうになるわけでございまして、その移行の時点を明確にするという段取りになるわけでございます。
○林(百)委員 勾留の状態は裁判所が責任を持っているわけでしょう、勾留状を出して。その権限がいつ、どのようにして裁判所から検事に移行するのですか。
○前田(宏)政府委員 同じことで恐縮でございますけれども、刑法の十一条で死刑の場合には執行に至るまで拘置するというのが根拠でございまして、そういう状態になったということを検事が身柄を勾留している拘置所なら拘置所の方に通知をするということでございまして、いわばその権限というか根拠は刑法の規定そのものにあるということでございます。
○林(百)委員 刑訴の何条に検事はそういう権限を持っているとあるのですか。
○前田(宏)政府委員 権限のことは申しているわけじゃございませんで……(林(百)委員「私はそれを聞いているのです」と呼ぶ)拘置の根拠は刑法にあるわけでございまして、そういう状態に置くのは刑の執行全体をつかさどる検察官としてそういう通知をする立場にあるということを申し上げたわけでございます。
○林(百)委員 絞首刑の刑の執行を検事がやるとどこにあるのですか。全然法律的な根拠がないじゃないですか。それは内部規定か何かでやっているのでしょう。そんなことはわれわれも研究して知っていますよ。法律で決めてなくてあなた方はそんなことをやっているのです、
○前田(宏)政府委員 同じようなことで恐縮ですけれども、通常は在宅ということは死刑囚の場合には考えにくいわけでございますが、現に刑事訴訟法でも、仮に在宅の場合にはそれを収監するということによって執行の前提状態をつくるということが明文で規定されているわけでございます。
○林(百)委員 収監と拘置とは違うじゃないですか。拘置をしろということを検察官か刑務所の矯正関係に通知をする権限は、あなたは刑法と刑事訴訟法によって与えられていると言うが、刑法にはそんなこと何も書いてない。刑事訴訟法の何条にあるかと聞いているのですよ。いまのは収監じゃないですか、外に出ている者の。
○前田(宏)政府委員 収監の場合を例に申しましたのは、収監して身柄が拘禁されますと、その後の状態は、根拠が刑法にあるわけでございますから身柄の拘束状態がそのまま続くということになるわけでございまして、その着手というのが収監であるというふうに理解されるわけでございます。
○林(百)委員 法務大臣、聞いてみれば何が何だかちっともわからないですよ。死刑囚というのはその人の命が抹殺されるのでしょう。しかも、その一家、親族の苦悩というのは並み大抵なものじゃないのですよ。それが、言ってみればもう均衡は破られている、どういう手続きでやられているかもはっきりしない、それから、一体だれに言っていったらそれが矯正されるかということもわからないというような状態ですね。法務大臣としてはそこのところを国民が納得するような整理と措置をしなければいかぬ段階だと思うのです。率直に言って、いままで死刑囚が再審によって無罪になるということは恐らく刑事訴訟法の場合も考えていなかったのじゃないかと思うのです。しかし、そういう事態が新しく出てきて非常に不公正な措置がなされており、裁判所自体でも、これは立法上の問題だとか、独特の拘禁だとか、あるいは同一人で刑事被告人と受刑者というような不安定な状態にあるとか、措置についてあれこれ迷っているわけなんですよ。それはやはり法務省としては整理をして措置をする必要があると思うのですよ、この段階では。それはどうですか。
○秦野国務大臣 死刑が確定するまでにとにかく一審、二審、三審、多くの裁判官が関与して最終的に、普通の状態の最終的に判決をして死刑が確定した。その死刑が確定したという状態は、再審請求が始まっても、始まっただけではまだその確定が除かれていないのですよね。それまでの、つまり裁判のやったことがでたらめだったということが簡単に言えればいいけれども、そこらの問題を考えたときに、私は理論的にはいま刑事局長がるる説明したことが正しいものというふうに考えています。 さっき、刑事政策を示唆しておるという話も聞きましたが、示唆されぬでもそういう問題は論議の余地はあろうかと思いますが、いずれにいたしましても、目下の状況では、近く裁判が予定されるという問題について、いまはしなくも林先生は、恐らく無罪であろうと、恐らくという言葉を使われました。恐らく無罪かもしらぬが、絶対無罪だと言うわけにもいかぬのですよ、先の話だから。そういう意味におきまして検討の余地はわれわれも十分勉強したいと思いますけれども、いままで述べた限りにおいては私は刑事局長の言ったことは正しいものと、こう支持せざるを得ないのでございます。
○林(百)委員 大事をとって、恐らく無罪だと言いましたが、無罪でないといったって、身柄は自由に、保釈をしているわけですよ、執行猶予の場合だとかあるいは一審で判決が確定しなければ。確定しなければ死刑囚だけどうして身柄が自由にならないのですか。その辺のところを考慮する必要があるのではないか。罪を犯したことがはっきりしていて、しかもその刑の執行を猶予するということだけで、そういう判決の告知があっただけで身柄が自由になっているのだから、それをなぜ身柄をいつまでも拘置しておくか。 私は万一の場合を言いましたけれども、さっきも裁判所が言ったように五十二年から全部無罪ですよ。私は無罪と断言してもいいです。七月十五日の免田事件の裁判は、第一審の判決は無罪ですよ。それじゃ聞きますが、無罪になって、弁護人の方が、憲法の条項からいってもあるいは刑事訴訟法の条文からいっても身柄は自由にしてもらいますと言って連れていこうとした場合、それはだれがどういうふうに規制するのですか。
○前田(宏)政府委員 先ほど来申し上げておりますように、いま大臣も仰せになりましたが、裁判はこれからのことでございまして、今後のことを想定してどういうことが起こるかということを申し上げるのは、現段階では適当でないというふうに考えております。
○林(百)委員 一般論として、無罪の判決があった場合に、弁護人の方が当然憲法の諸法条あるいは刑事訴訟法の諸法条からいって身柄は釈放されるべきだから私は連れてまいりますと言っていった場合に、それをとめる権限はだれにあるんですか。
○前田(宏)政府委員 一般論と申しましても、現実に御指摘になっている事件を想定してのお答えでございますから、その場合にああするこうすると言いますと、一般論でも当該事件についての扱いを申し述べたようなことに受け取られるわけでございますので、そういう意味で差し控えさしていただきたいわけでございます。
○林(百)委員 矯正局長にお聞きしますが、死刑囚の拘置の状態ですね。免田栄君のごときは三十年の長きにわたっていますが、これは普通の刑の受刑者あるいは未決勾留者と精神的状態あるいは肉体的な状態は、どういう状態にあるんですか、違うところあるんですか、ないんですか。
○鈴木(義)政府委員 現在の監獄法におきましては、受刑者には受刑者としての扱い、未決の勾留者については未決の勾留者についての扱い、さらに死刑確定者についてはその者としての扱いということを考えておるわけでございまして、拘禁、身体の拘束を受けるという点は同じでございますけれども、それぞれの扱いについては、たとえば被告人につきましては防御の準備ということが必要になっておりますし、受刑者については作業をさせなければいかぬということもございますし、教育を行うという面もあります。それから死刑の確定者につきましては、身柄の確保ということが大変重要になりますし、また死刑を前にしていろいろ精神的な不安、動揺というものもございますので、そういうことをなくする、あるいはそういうことが生じないようにということを配慮した処遇を行うわけでございます。 個々のそれぞれの立場に置かれる人は、死刑確定者は比較的少ないわけでございますが、勾留にしろ、刑の執行にしろ、数はたくさんあるわけでございまして、そのそれぞれになったからどういう気持ちであるのかということは必ずしも一概に言えないわけで、これは人によっていろいろ違いが出てくるわけでございます。
○林(百)委員 無罪の判決が間違いなく下るというように一般的に考えられた場合には、矯正行政としてはなるべく早く身柄を自由にしてやりたい、長い間死刑と対面して苦しんでいるのは気の毒だというように矯正行政としては考えられますか。
○鈴木(義)政府委員 個人個人としてはいろいろなことが考えられると思いますけれども、矯正という立場からいたしますと、私どもは司法的な判断を経て身柄を拘束すべきであると認められた者を拘束し、それから釈放すべきであると認められた者を釈放する立場にあるわけでございますので、単に同情するとかしないとかいうことで身柄の拘束を始めたりあるいは解いたりということは全く考えていないわけでございまして、権限のある司法上の決定あるいはそれの執行と申しますか実施ということについて指揮あるいは通知を受けて動くということでございます。
○林(百)委員 法務大臣、最後にお聞きしますが、刑法や刑事訴訟法の中では、まさか死刑の判決が確定した者が再審で無罪になるということを考慮してのいろいろの立法措置はしてないと思うのですよ。外国の例から見たって、再審の決定がおりた、あるいは再審で一審の判決がおりたのにまだ身柄が拘置されるなんという例は、私たちの調べた範囲ではないのですよ。もちろん、第一死刑がない国もたくさんありますが、そういうときにわれわれがいままで考えられなかったような事態が新しく起きてきているという場合に、この問題を根本的に法務省としては考える時期が来ているのじゃないか。これは弁護士連合会の方でもそういうことを深く考えていろいろまた助言もすると思いますし、申し入れもあるのじゃないかと思いますが、法務大臣、あなたそういうことを真剣に考えませんか。どうですか。首を縦に振っているようですけれども、ここへ出てひとつ。
○秦野国務大臣 無罪の方向の再審なんかが出るという事態は、最近ちょっと目立ちますけれども、この事件が発生した時期を率直に考えますと、戦後の混乱期があって、正直言って警察の捜査なんかも多少荒っぽかったということも事実なのでしょうね。しかし、また犯罪を犯す方もかなり荒っぽいこともあった。世の中が荒れておったという、その中の捜査だから私はいまの時期とは大分違うような感じがするのです。 再審で無罪の決定が出るというような事態が出てくる可能性はそうなかろう。とにかく裁判所が一審、二審、三審と丹念に裁判をやって、そこで決着ができたものはまあまあ大方まずもって間違いないものとしなければ、世の中の秩序が成り立たないという面もあるわけです。しかし、それにもかかわらず、ここのところ再審、免田事件のようなものができたということは、その背景の社会状況というものが若干影響しているような感じが私はいたしますので、再審の問題について、いま先生おっしゃるように制度として果たしてこれに対応するものをつくることがいいのかどうなのかという問題については、もちろん検討の余地はありますけれども、私は、いま前田君がいろいろ法理論を述べましたけれども、あのオーソドックスの議論で普通はいけるのだというふうに思っているのです。 ただ、今度の場合のような問題については、まだ具体的な問題については判決が出なければわれわれはどうにも、どういう対応をするかということを言うことは適切ではありませんから申し上げられませんけれども、若干、これからの将来を展望して過去と同じようなことだというふうに断定するようなことはちょっとしにくいというふうに思っております。
○林(百)委員 それじゃ最後に、これで終わります。 きょうのあなた方の答弁を聞いておりまして、私は非常に落胆しているのですよ。あなた方はここで、国会で答弁をなさっているからそういうことが平気で言えると思いますが、実際死刑と対面して三十年も無実の罪で刑務所に入れられている者の気持ち、それからそれを取り巻く身内の者のその世間の狭さの苦しみというもの、これは並み大抵のものじゃないですよ。私がきょうここで言ったことは、ほんのつめのあかほどのことなんですよ。それを前田刑事局長の言うように、刑法の十一条の二項があるからいいんだということだけで通せるものじゃないと私は思うのです。これは真剣に考えなければいかぬと思うのです。 だから、現行法だって、検事の措置で、あるいは裁判所の措置で身柄を出す理由、釈放する理由もあるし、また身柄を拘置しておく理由も現行法の解釈でもあり得ないという解釈が成り立つですよ。だから、その点を十分考慮して、七月十五日までには国民が納得するような措置をとることを強く要望しまして、私の質問はこれで終わります。
○太田委員長代理 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時四分散会