本会議 第2号
- 発言数
- 17 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1982/11/30
会議録
○議長(福田一君) これより会議を開きます。 ────◇───── 日程第一 議院運営委員長の選挙
○議長(福田一君) 日程第一、議院運営委員長の選挙を行います。
○小里貞利君 議院運営委員長の選挙は、その手続を省略して、議長において指名されんことを望みます。
○議長(福田一君) 小里貞利君の動議に御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(福田一君) 御異議なしと認めます。よって、動議のごとく決しました。 議長は、議院運営委員長に山村新治郎君を指名いたします。 〔拍手〕 ────◇───── 特別委員会設置の件
○議長(福田一君) 特別委員会の設置につきお諮りいたします。 災害対策を樹立するため委員四十人よりなる特別委員会 公職選挙法改正に関する調査をなすため委員二十五人よりなる特別委員会 石炭に関する対策を樹立するため委員二十五人よりなる特別委員会 物価問題等に関する対策を樹立するため委員二十五人よりなる特別委員会 交通安全に関する総合対策樹立のため委員二十五人よりなる特別委員会 及び 沖縄及び北方問題に関する対策樹立のため委員二十五人よりなる特別委員会 を設置いたしたいと存じます。これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(福田一君) 御異議なしと認めます。よって、そのとおり決しました。 次に、日米安全保障条約及び自衛隊等国の安全保障に関する諸問題を調査し、その対策を樹立するため委員二十五人よりなる安全保障特別委員会を設置いたしたいと存じます。これに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○議長(福田一君) 起立多数。よって、そのとおり決しました。 ただいま議決せられました七特別委員会の委員は追って指名いたします。 ────◇───── 永年在職議員の表彰の件
○議長(福田一君) お諮りいたします。 本院議員として在職二十五年に達せられました八田貞義君、丹羽兵助君及び井岡大治君に対し、先例により、院議をもってその功労を表彰いたしたいと存じます。表彰文は議長に一任せられたいと存じます。これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(福田一君) 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 表彰文を朗読いたします。 議員八田貞義君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた よつて衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもつてこれを表彰する 〔拍手〕 ………………………………… 議員丹羽兵助君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた よつて衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもつてこれを表彰する 〔拍手〕 ………………………………… 議員井岡大治君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた よつて衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもつてこれを表彰する 〔拍手〕 この贈呈方は議長において取り計らいます。 ─────────────
○議長(福田一君) この際、八田貞義君、丹羽兵助君及び井岡大治君から発言を求められております。順次これを許します。八田貞義君。 〔八田貞義君登壇〕
○八田貞義君 このたび、私が本院議員として二十五年在職いたしましたゆえをもちまして、院議をもって御丁重なる表彰の御決議を賜りましたことは、議会人として身に余る光栄であり、まことに感謝にたえません。 この光栄は、ひとえに先輩、同僚議員各位の御指導、御鞭撻並びに選挙区皆々様方の叱咤激励、心のこもった御支援のたまものであります。ここに深く厚く御礼申し上げます。 私が本院に議席を得ましたのは、昭和三十年二月の総選挙、保守合同前の自由党からの立候補、当選でありました。 それまで、私は公衆衛生学、細菌学を専門とする基礎医学者として、国立衛生研究機関並びに母校、日本医科大学の教授として研さんしておりました。 こうした環境にあった私が、降ってわいたように、突然政界に進出いたしましたことは、郷党の諸先輩方のたっての御推薦があったとは申せ、私にとりましては、まさに百八十度の転換でありました。 自来、二十七有余年、十回の総選挙の試練を受け、九回当選。その間、ひたむきに政治の道に精進できましたのは、医学者としての体験から、わが国の政治の理想と現実への対応に誤りなかったからだと、顧みましてまことに感無量なるものがあります。 政治に哲学がありまするように、当然政策にも思想が必要であります。その思想とは、おのれをむなしくして国民のためという「無私の心」、「思いやりの心」ではないでしょうか。 いまや、わが国は内外ともに多事多難であります。国内の問題はもとより、外にあっても、世界のどこかで、あしたに何が起きるかわからないという、まことに複雑にして不安定なときを迎えようとしております。 しかし、いかなる事態になろうとも、「人生のこと、体験にまさる良薬なし」とあるように、日本の平和と繁栄を維持し、国民生活の安定と向上のため、引き続き精進と努力をいたす覚悟であります。(拍手) 何とぞ、先輩、同僚議員各位並びに郷土の皆様、今後とも変わらざる御指導、御鞭撻を賜りますようお願い申し上げて、お礼の言葉といたします。 ありがとうございました。(拍手)
○議長(福田一君) 丹羽兵助君。 〔丹羽兵助君登壇〕
○丹羽兵助君 このたび、永年在職議員として、院議をもって表彰の御決議を賜りました。議会人としてこの上ない光栄であり、感謝感激にたえません。 二十五年の長きにわたり本院に在職し、この栄誉に浴することができましたのも、先輩諸先生、同僚議員各位の御指導、御鞭撻とわが愛する郷土愛知県の皆様の温かい御支援のおかげであり、心から感謝いたします。(拍手) 私が初めて本院に議席を得ましたのは、昭和三十年の二月、いままさに冬が去り、春が訪れんとする季節でありました。あたかもわが国は戦後十年の復興期を経て、ようやく戦禍の中から立ち上がり、さらに世界に貢献し得る平和国家たらんと大きく力強く歩みを始めておりました。 初登院の当日、早春の空にそびえる議事堂を仰ぎつつ、私は、冬から春へと移り行く日本の姿を想像したのであります。そして、この重大な国家展望のときに初の議席を得て、男子の本懐とまで考えたのであります。 自来、わが国は幾多の激動と困難に耐えながら、これに打ちかち、ついには自由世界第二位の経済大国となるまでに繁栄し、国際社会においても先進平和国家として重要な地位を与えられるに至っております。 このような目覚ましい国力の発展を見ましたのは、言うまでもなく一に国民各位の努力と英知の結集の結果であり、また議会制民主主義を基本とした民主政治の確立によるものであることは申すまでもないことでございます。 この間、私は、「政治は清かるべし」、「政治は正しかるべし」を信条に、皆様の負託にこたえようと微力をささげてまいりました。特に国民生活の安定と向上に密接に関係する食糧問題、農政の分野において心血を注ぐことができましたことは、無上の喜びであります。(拍手) 昨今、内外の情勢を見まするに、わが国はあらゆる面で困難に直面しております。われわれは、これら至難の課題を解決し、来るべき二十一世紀を平和と繁栄のうちに迎え、そして日本国民の子々孫々に至る幸福の礎を築かねばなりません。 本日の栄誉と感謝を肝に銘じ、初心に立ち返って国政にこの身をささげての努力を続ける覚悟でございます。 先輩諸先生方、同僚諸賢、郷土の皆様の今後とも変わらぬ御指導、御叱責をお願い申し上げ、私の心からのお礼の言葉にいたします。 ありがとうございました。(拍手)
○議長(福田一君) 井岡大治君。 〔井岡大治君登壇〕
○井岡大治君 ただいま院議をもちまして、永年在職議員として御丁重なる表彰の御決議をいただきました。まことに身に余る光栄であり、ここに謹んでお礼を申し上げます。(拍手) 私は、昭和三十年二月、第二十七回総選挙で初めて本院の議席を得て以来、ここに在職二十五年を迎えたのでありますが、顧みて感慨無量なものがございます。今日の私の栄誉は、これひとえに先輩、同僚議員各位、また郷里大阪府初め、特に大阪府第二区有権者各位の永年にわたる温かい御厚情と御指導、御鞭撻のたまものでありまして、衷心より厚く感謝申し上げる次第でございます。(拍手) 若くして貧農の家に生まれた私は、働く者への無慈悲と不公平を取り除き、働く者が喜び合える世の中をつくるため情熱を燃やしてまいりました。 昭和十二年、不幸な日中事変から政治体制も変わり、暗い時代に入り、事変はさらに第二次世界大戦へと拡大し、ついに昭和二十年八月、広島、長崎は人類の悲劇の極限ともいうべき世界で最初の原爆の洗礼を受け、日本の敗戦に終わりました。戦争の悲惨をいまもって忘れることができません。 私は、本日の感激を忘れることなく、敗戦による大きな犠牲の上につくられた平和憲法を守り、人類永遠の平和と議会制民主主義の発展、国民生活の安定、福祉の向上のため、全力を尽くしてまいる覚悟でございます。(拍手) 今後とも、なお一層の御指導、御鞭撻をお願い申し上げて、お礼の言葉といたします。 ありがとうございました。(拍手) ────◇─────
○議長(福田一君) 本日は、これにて散会いたします。 午後一時二十三分散会