公職選挙法改正に関する特別委員会 第15号
- 発言数
- 345 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1982/07/07
会議録
○委員長(上田稔君) ただいまから公職選挙法改正に関する特別委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 本日、本岡昭次君が委員を辞任され、その補欠として寺田熊雄君が選任されました。 —————————————
○委員長(上田稔君) 公職選挙法の一部を改正する法律案(参第二号)を議題といたします。 これより質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○寺田熊雄君 二院制は、一般的に申しまして、法案審議をダブらせることによりまして立法作業の慎重さを求めるものということができると存じます。それはまた、下院の少数党圧迫あるいは特定の階級の利益を擁護するなどの横暴を抑制する機能を営むものと言われております。 わが国の参議院は、古く良識の府と言われて、無所属の知識人、文化人の発言がそれを代表するように思われてまいりました。しかし、実際にはこれは戦後のきわめて短期間に限られまして、現在では完全に政党政治が支配しております。しかし、それにもかかわらず参議院は、衆議院がそそくさと審議して重要な論点を見逃しているような粗雑な立法作業に対して、時間をかけて慎重に審議し、重要な問題の再検討を果たすことによって存在意義を発揮することができると存じます。 私自身のささやかな経験の中の一、二の例を挙げますと、たとえば衆議院が企業秘密漏示罪の規定のひそむのを見逃しておりましたのを私どもが指摘して修正させました昭和五十二年の労働安全衛生法及びじん肺法の審議、衆議院でわずか三時間足らずの委員会審議しか行わず、これに反対する者は過激派であるというような自民党の某国対役員の言論牽制が支配いたしました昭和五十三年の成田新法、社会党提案によって重要な修正を行いました昭和五十四年の民事執行法などを挙げることができると存じます。 これは宮之原先生にお伺いするわけですが、社会党案の提案者は参議院の存在理由についてどのようにお考えになっていらっしゃるか、まずお伺いしたいと思います。
○宮之原貞光君 参議院は本来第二院としての衆議院の行き過ぎのチェック機能と補完機能を持っておるところに存在価値があるわけでございますが、その点寺田先生の体験を交えての参議院の指摘のあり方は、全く私正しいとお話を聞きながら感じておるところでございます。したがいまして、本委員会で問題になりますのは、本改正法案によって参議院の政党化が促進をされる、そのことによってますます衆議院の優位性なり政党の統制が強まってしまってこの参議院の特性がなくなるのではないだろうか、あるいはそうでないという、ここのところが一つの問題点だと思っておるところなんです。 私は結論から先に申し上げますと、こういうことにはならないと確信をしておるものでございます。それは参議院一人一人の議員の皆さんが、参議院の使命は何であるのか、参議院の特色は何かということをお互いが十分わかっておって、そのことをもって事に当たれば、私は言われておるようなことは杞憂にすぎなくなってしまうのではないだろうかと思います。 同時にまた、何回も申し上げておることでございますけれども、いわゆる第六次の選挙制度審議会の報告書にもありますように、参議院の機能を高めるための五つの提案、あるいは参議院の改革協議会の遠藤小委員会のこの機構改革に対しますところの具体的提案を、お互い参議院の機能を高めるという立場から党派を超えてこれをどうつくり上げていくか、そのことにも私どもは最大の努力をしていく、その中で私はやはり参議院の特色というものは、仮にこの法案が成立しようとも損なわれることのないように運営できると、このように考えておるところでございます。
○寺田熊雄君 この法案に対しまして、「参議院は発足以来政党に属さない知識人、文化人が議員となり、衆議院に比して良識の府としての機能を発揮してきたけれども、個人の立候補を許さない比例代表制をしくことは参議院のこの特色を失わせ、第二衆議院と化せしめる不当きわまるものである」という反対論がございます。 しかし、現実には、先ほども触れましたように、参議院が多くの知識人、文化人を擁して、それが政治に大きな影響を与えておりましたのは敗戦後の短期間にすぎません。昭和二十三年以降現在までは、参議院は政党政治が隅から隅まで支配しておるのが現実であると存じます。亡くなられた市川房枝さんのようなあまねく国民の尊敬を集められた人も、院外にありましては国民運動に影響を与え得た点では他の追随を許さなかったのでありますけれども、院内にあって院の動向やその決定に影響を与え得たかということを問われるならば、それは残念ながら否定せざるを得ないと存じます。 参議院が政党政治から離れた良識の府でなければならぬとか、あるいは現にそうしたものであるとする見方は、古きよきものに対するノスタルジアにすぎない、現実を見つめていないと私は考えております。また、その根底には、間違いなく現在の政党、とりわけ田中角榮等汚れた政治家によって支配されている自民党と、それに対して効果的な抑制をなし得ないでいる現在の野党に対する不信感がひそむものと考えております。もし、自民党及び社会党を含めて、野党が国民の信頼と尊敬をかち得ているならば、本改正案に対する強い国民的批判は起こり得なかったのではないだろうかと考えるのでございますけれども、提案者としてはこの点どのようにお考えでございましょうか。
○宮之原貞光君 確かに御指摘のように、国民及び議員の中には緑風会華やかなりしころの古きよき時代の郷愁があるということは私は事実だと思います。しかし今日は、寺田先生も御指摘いただいておりますように、参議院においても政党本位の議会運営がなされておるということは厳然たる事実でありますし、なおかつまた議会制民主主義下におきますところの政党の果たしておるところの役割りと任務ということを考えますれば、第二院といえどもその政党化はこれは当然でありまた自然の流れであると、こう見ておるわけであります。それだけにいま一番大事なことは、先ほどの御質問にもお答えいたしましたように、この現実の上に立っていかにして参議院の存在価値を高めるか、ここに各政党の努力がなされなければならないと思います。 にもかかわらず、なおかつ政党本位の本選挙制度の改革案に反対という強い意見のあるということは、確かに御指摘のように今日の既成政党のあり方、その政治姿勢が国民の信頼と尊敬を十分持ち得ないというところに私はやはり帰着せざるを得ないところの要素があると思います。しかし、だからといって短絡的に政党本位のこの改革案は反対だというのではなく、むしろやはり各政党は議会民主主義下におきますところの政党の任務と役割りということを十分自覚し、謙虚にそれぞれの政党みずからを省みながら姿勢をただしていくという、このことが一番大事じゃないだろうかと思うのであります。 実は、私先日も小林先生の御質問に対してお答えいたしたわけでありますが、結局本法案が成立するといたしますれば、政党のあり方、政党の姿勢というのは常に国民の前に正され、しかもその審判を受けるわけですから、政党自体もやはりいままでのような歩み方では、国民から指弾を受けるようなことではだめだと思います。私は、そういう意味ではこの法案の成立ということはそれぞれの政党自体の自浄効果にもなるのではないだろうか、このように考えておるところでございます。
○寺田熊雄君 「純粋な一個人の立場における国民の立候補を許さない、そうした個人への投票を認めない比例代表制は、憲法第四十三条、第十五条、第十三条、第二十一条、第四十四条ただし書き、第十四条等に違反する」というのが本改正案への最も有力な反対論であると存じます。 これに対しては、なるほど憲法には比例代表制に関する規定がないのでありますけれども、憲法第十五条の参政権、とりわけ被選挙権は、他の国民的利益、憲法十二条、十三条にうたわれております公共の福祉を守るために必要な合理的な範囲内であればこれを制限し得るという考え方も十分に成り立つと存じます。 憲法第十五条の参政権の中の被選挙権は、選挙権に比べますといわゆる基本的人権としての価値はいささか軽いように私には考えられるのであります。それは選挙権と違いまして衆議院議員は二十五歳以上、参議院議員は三十歳以上という制限を受けておりますし、これは公選法第十条によるものであります。一般の国家及び地方公務員もこの権利を奪われております。これも公選法の第八十九条が規定しております。また、選挙犯罪を犯した者も同様であります。これも八十六条の二で規定せられております。 そのほか一定の金額の供託を義務づけられておるのでありまして、すべてこのような制限は他の国民的利益あるいは公共の福祉のためには被選挙権は制限し得るし、その制限の度合いも選挙権に比して大きなものであり得るということを物語っておると存じます。まして、それは憲法第十九条の思想及び良心の自由、第二十条の信教の自由、第二十一条の表現の自由のような絶対不可侵のものとは考えられません。提案者はこの被選挙権の基本的人権としての性格についてはどのようにお考えでございましょうか、まずこの一点。 さらにまた、この基本的人権を制約する比例代表制が追求する国民的利益あるいは公共の福祉については、有権者の意思を公正かつ合理的に国会の議席に反映させるという目的、あるいは政党政治の現実を踏まえまして、政党政派の実勢力をできるだけ公正に国会の議席に反映させるためなどという説が行われておりますが、提案者はこの国家的利益についてはどのようにお考えでございましょうか、これをお伺いしたいと思います。
○宮之原貞光君 まず、選挙権、被選挙権と憲法条文とのかかわりについて申し上げますれば、先生の御見解同様に、私どもも憲法十五条一項の参政権の中にそれらはすべて包括をされておると見ております。ただし、選挙権、被選挙権の具体的内容については四十四条、四十七条に規定をされておると理解いたしておるのであります。 なお、先生が御指摘いただきましたところの選挙権、被選挙権の兼ね合いの問題につきましては、先生の御見解をよく勉強させていただき、大変有益だと思っておるところでございますが、御承知のように、よく本委員会でも紹介をされておりますところの四十三年十二月四日の公選法違反の最高裁の判決の要旨にもありますように、「憲法一五条一項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定してないが」云々とこうありますように、十五条一項には確かに被選挙権の問題については直接の規定はないものだと、こういうふうに理解せざるを得ないと思うのであります。しかし、さればといって被選挙権が基本的人権であるということは私も間違いないと思うのでございます。 しかし、そう申し上げても、これはよく本委員会でも二、三の委員の方から強く主張されておりますように、その基本的人権といえども自然権的超国家的で絶対可侵の人権ではない、こう思うのであります。その点は先生が先ほどの御主張のように、第十九条の思想及び良心の自由、第二十条の信教の自由、第二十一条の表現の自由とは異なると考えておるところでございます。また、このことはわが国の憲法学者として憲法学界にそれぞれ大きな影響を及ぼしておられますところの小林直樹先生なり佐藤功先生の御見解も同じような立場に立っておられると私は理解をいたしておるわけでございます。 ただ問題は、それならばやはり他の十三条との関連におきますところの制限の度合いの問題でございますが、それらは無制限なものではなくして、明白な合理的な理由を根拠としたぎりぎりのやはり最小限度のものでなければならないと、このように考えておるところでございます。 第二問の比例代表制の追求する国民的利益ないし公共の福祉についての先生の御所見は、これはやはり明白な合理的理由の一つだと私は理解をしていいのではないだろうかと考えているところでございます。
○寺田熊雄君 法制局長官がおいでのようでありますが、ただいまの点についての長官の御所見を伺いたいと思います。
○政府委員(角田禮次郎君) 一般論として申し上げますが、ただいまの寺田委員の御意見あるいは提案者の御答弁、基本的にそのとおりだと思います。
○寺田熊雄君 いま申し上げましたような国民的利益を守るために必要なまた合理的な範囲内であれば基本的人権も制限し得るとする実定法上の根拠は、憲法第十二条、第十三条に求めるほかはないと考えるのでありますが、これについては提案者としてはどのようにお考えでございましょうか。
○宮之原貞光君 先生御指摘のように私も十二条、十三条が実定法上の根拠だと見ております。 次のようなことを申し上げることは、いわゆる法律問題の専門家であられますところの先生には釈迦に説法というそしりを免れないと思うのでありますが、実は今日まで本委員会でいろいろな角度からこの問題について議論をされておりますし、私また余り発言の機会もございませんでしたので、この機会に若干この問題について付言をさせていただきたいと思うのであります。 御承知のように、憲法十一条、九十七条は、基本的人権は侵すことのできない永久の権利云々と規定をしております。しかし一方、十二条、十三条は公共の福祉のためとか公共の福祉に反しない限りとかという制限条項があるのであります。まあ議論をされておる場合に、人によりましてはこの十一条、九十七条だけを強調して十二条、十三条のところを全然触れないで絶対不可侵だと、こういう主張もあるわけでございますが、実は私はそれにくみするわけにはまいりません。問題は、この十一条、九十七条と一方の十二条、十三条との両者の兼ね合いをどう判断をするか、ここが一番やはり論議の焦点でなければならないと、こう思うのであります。 この点、最高裁の判例を私は私なりに見てみますと、ほとんどの場合一貫して十二条、十三条、さらには二十二条、二十九条を根拠とするところの人権制約の判断が示されておるのであります。たとえば、三十一年三月のチャタレー事件の判決、三十五年七月の都公安条例事件の判決、四十一年十月の全逓中郵判決、四十八年四月の全農林事件判決、五十年四月の薬事法違反事件等々がそれであるようでありますが、これらの多くは、制約を受ける権利と自由の現代社会におけるところの価値判断と、制約することによる社会的利益の価値判断を比較考量して、制約の判断を判示しておるという傾向が特に最近強いようでございます。 したがいまして、問題の意見の分かれるところは、この判断の賛否にさまざまな私は議論があると思うのであります。場合によっては最高裁の判断をよしとする場合もありますし、場合によっては最高裁の判断には承服をしかねると、こういうことも私はあり得ると思うのであります。実は私が最高裁の判決と判断といえども九十九条があるから何が何でもそれを認めなければならないという意見にくみしないところの理由はここにあるわけでございます。したがいまして、この二つの憲法のそれぞれの条項との兼ね合いの中でこれはどう判断をされるべきだという判断を示すのが、特に立法府におけるところの私は公正なやはり判断じゃないだろうかと思うのであります。 そういうような意味合におきましては、御指摘のように十二条、十三条の制限がいわゆる実定法上の根拠であるということは明白でございます。
○寺田熊雄君 法制局長官はいまの実定法上の根拠についてはどういう御所見でしょうか。
○政府委員(角田禮次郎君) 提案者の言われることは、ふだん私どもが申し上げていることをそのまま言っていただいたというような気持ちがいたしておりますから、全くそのとおりだと思います。
○寺田熊雄君 今回の改正案でさらに問題点とされておりますものは、一定の政党ないし政治団体に所属する者が一定の条件のもとでのみ立候補し得るとする点であります。まあ推薦の場合もありますが、ティピカルなタイプ、理念型を一応前提として論議を進めたいと存じますが、この制度に対しましては個人の立候補を認むべきであるという強い主張がございます。それはさらに、一定の政治団体に所属することという条件を容認した上で、政治団体に所属しておればただ一人の立候補を認めてもよいではないかという議論と、そうした制約を一切認めないで全く純粋に国民が一個人としての立候補をする権利を認むべきであるという議論とに分かれるように思うのであります。 後者は、一定の政治団体に所属することを被選挙権行使の条件とすることは、憲法第二十一条、第四十四条ただし書き、ひいては第十四条にも関連いたしますが、それらの規定に違反すると言うのであります。これは憲法第十三条にうたわれております個人の尊重という個人主義的な世界観に立脚して、基本的人権としての参政権を守ることに最大の意義を置くものであるように思われます。私はこれは傾聴に値する価値観であると存じます。しかし、被選挙権に対しても他の国家的利益を守るために必要かつ合理的な範囲内で制限を課し得るという点につきましては、先ほども申し述べたとおりであります。 立候補に当たって一定の政治団体に所属することを要求するのは、国民が国会議員たらんとして立候補するのは政治家として国政に影響を与え、あるいは自己の所信をあるいは政策を国政に反映させるという目的に出るものであることは言うまでもございません。その極致は政権の掌握であると存じます。そのためには一定の政策を国民の前に明らかにすることがどうしても必要であります。また、同志を糾合して共同して目的を追求することが、一人が単独に行動するよりもより効果的でありますし、合理的でもあります。政治は本来的に共同作業を必要とし、文学や絵画の世界のように個人が孤立して行動することになじまないものであります。したがって、立候補に当たって一定の政治団体に所属することを求めるとしましても、それは決して個人の人権の侵害とは言えないと考えます。 次に、これを憲法第二十一条の結社の自由を侵すものであると説く人もございますが、もともと結社の自由が結社する自由の意義であることは歴史的に明らかであります。ただ反面、国民には結社しない自由があるということも認めないわけにはいかないと存じますが、その自由を、国民が一般の社会生活を送る場合や、学問や芸術活動を営む場合、あるいは単純に政治的意見を表明する場合、さらに進んで選挙権を行使する場合などにこれを謳歌することと、これに対して被選挙権の行使、参議院議員として立候補する場合に適用することとは、とうてい同列に論じ得ないと考えるのであります。 すなわち、国政に影響を与えんとする目的を持って一定の政策を掲げて立候補する政治家は、個人として行動するのではなくして同志とともにその政策を掲げる政治団体を組織しあるいはこれに加入して行動をせよと命じましても、それは政党政治が支配しております今日的状態のもとでは決して不合理な自由の制限ということはできないと考えるのであります。 これについて提案者はどのようにお考えでございましょうか。またさらに、自民党案の提案者の金丸先生にもこの点についてあわせてお伺いしたいと思います。
○宮之原貞光君 個人立候補の問題と憲法二十一条、四十四条、十四条とのかかわりの問題は、寺田先生の御所見のとおりだと私どもも理解をいたしておるのであります。 実は、本改正法案に反対をしておられるところの日弁連の意見書を拝見いたしてみますと、憲法十四条一項は明白な合理的理由がない限り国民は法のもとに平等に取り扱われるべきことを規定し、この条文を受けて四十四条もこれ同様で、国会は明白な理由がない限りその立法裁量により議員資格を差別してはならないと、このように意見書は主張しているのでありますが、私どももこの意見書と全く同じ見解なんです。ただ、残念ながら日弁連の御見解は、肝心かなめな拘束名簿式比例代表制に合理的根拠があるかないのかということを吟味することなく、頭から違法だとこう決めつけているところに私どもは問題があると思う。 したがって、私どもは、この日弁連でも主張されておるところの根拠と全く同じような立場から、言うならばこの個人立候補の問題とこの拘束名簿式比例代表制の採用という問題が、やはり合理的な明白な理由と根拠がある限り一定の制限はやむを得ないものだと、こういう立場に立っておるわけでございます。その点は二十一条の結社の自由のところの結社しないところの自由という問題との関連も全く同じでございます。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 憲法の十四条あるいは十三条、二十一条、四十四条に関連いたしまして個人の立候補に関するお尋ねでございますが、これらの条文の解釈等につきましては私は寺田委員と全く見解が同様でございます。 私ども、究極的には個人の立候補に関しますこの案は、何回もこの委員会でお答えを申し上げておりますように、憲法十二条、十三条の実定的な規定を根拠にいたしまして、現実のわが国の政党政治の実情から拘束名簿式の比例代表制を採用いたしますことは合理的な理由があるのだとこういう考えで、制約が生じてまいりましても適法である、こういうふうに考えておる次第でございます。
○寺田熊雄君 問題はその自由の制限の度合いであると存じます。自民党案のように、名簿登載による候補者数が十人以上、所属国会議員数が五人以上、直近の選挙の得票が有効投票総数の四%以上という要件を強いることは、少数政党ないし新しく組織される政治団体にとってはきわめて困難な条件であると存じます。また、そこまで要求しなくとも現状では一定の政治団体は国政に影響を及ぼす政治力を持ち得ると考えるのであります。したがってこの制限は、基本的人権の制限としては合理的な必要の範囲を超えるのではないか、緩和する必要があるのではないかと考えるのであります。 一方、社会党案は、自民党案に比して候補者数を五人以上、得票数を二%以上、所属議員数を三人以上とする点で、少数政党や新しく組織せられる政治団体に配慮しておると考えられるのでありますが、たとえば候補者数を三人以上、所属国会議員を二人以上に改める余地を残すものかどうか。 また、それが自民党案の場合は必要かつ合理的な制限の範囲を超えておるのではないか、緩和する用意があるかというような点について、双方の提案者にそれぞれお伺いをいたしたいと思います。
○宮之原貞光君 いまの御質問の御趣旨は、いろいろ本委員会でも議論をされておりますところの政党要件の問題だと思うのでありますが、この問題は先ほども申し上げましたように基本的人権とその制限の兼ね合いの問題に帰着するわけでありますから、いわゆるぎりぎり政党要件としてどの程度まで許容できるか、言うならばどの程度までのぎりぎりのところで政党としての機能を発揮し得るのだろうかどうだろうか、このところが私は判断のポイントじゃないかと思うのです。 そういう点で申し上げますと、自民党案の五人以上の議員、四%の得票、あるいは十人以上の候補者というこの三原則は、恐らく政治資金規正法に言うこの登録団体との整合性ということを重視されたのではありましょうけれども、私もやはり質問者の御指摘のように、これは単に個人の立候補を禁止するということばかりか、小会派、小政党の締め出しにもなりかねない。したがって、この政党要件は同意するわけにはまいらないと考えておるのであります。 この点、私ども社会党が案として出しておりますのは、現在の参議院におきますところの院内活動、それぞれの無所属の方も出てこられては一番最低限三人で一つのグループをつくられて、二院クラブとか一の会とかそういうものを組織されてこうやっておられるわけですから、そしてやはり大きな役割りを果たしておられるわけですから、その現実をやはり直視して、同時にまた一つの集団としての政党の機能のぎりぎりはどこだろうか、機能を果たし得るところのものを考えました場合に、いわゆる三人、二%あるいは五人というのが一番適切で、きわめて合理性のある政党の要件じゃないだろうかと、こう考えたところでございます。 しかし、さらばといって私どもはこれは絶対に譲れないものだとは思っておりません。それぞれの政党の話し合いの中で、一人一党はいただきかねますけれども、ある程度下げてでも可能な限りやはり小会派も活動できるようにしようじゃないかということで意がまとまるとするならば、御相談に応ずるところの気持ちだけはあることをお答え申し上げておきたいと思います。
○委員以外の議員(松浦功君) わが党で提案をいたしております政党要件は、拘束名簿式比例代表制度が政党本位の選挙であります以上、政党らしい政党、言いかえれば国民の政治的意思を国会に適正に反映するための媒体としての機能を有するものでなければならないだろうと、こういうことを前提に考えまして、さらには現行法規の脈絡を考えて、政治資金規正法の中に規定しておりまするもの、さらには公職選挙法の確認団体に規定しておりますもの、これを基準としてとりまして、さらにそれに関連いたしまして、同じような価値を持つだろうということで直近の選挙における得票数が四%と、こういう三つの基準を選んだわけでございまして、私どもなりに一つの根拠があるものと考えてはおります。 しかし、これが私どもは絶対にベストなものだとは考えておりません。したがって、いろいろお話がございました場合について緩和を検討するにやぶさかではございませんけれども、現行法規との脈絡の問題もございます。そういった技術的な要件も解決した上でということを前提に考えさせていただきたいと、こう思っております。
○寺田熊雄君 次に、一定の政治団体に所属することを立候補の要件とすることは、一定の身分を被選挙権行使の要件とすることになり、それは憲法四十四条ただし書き、ひいては十四条の規定に違反するという反対論がございます。また、無所属のまま立候補するというのは一つの信条と言えるから、信条による差別にも該当するという説もあります。 まず、身分の問題でありますが、憲法の文言は言うまでもなく社会的身分または門地による差別の禁止を規定しておるのでありまして、この社会的身分という意味は、歴史的に見て出生や職業あるいは階層によって決定せられる社会的な地位を指すことは明らかであります。これを被選挙権行使の要件としての政治団体所属というごとき政治的な資格に当てはめることは無理であると考えます。 無所属でありたいとすることを、憲法の言う人種や性別あるいは社会的身分と並んで平等原理の一要件たる信条に含まれるとすることは、私にも牽強付会の議論のように思われます。ここに言う信条とは歴史的にはもともと信仰を意味したものでありますが、現代ではこれに政治的な主義、思想ないし信念を加えても差し支えないと存じます。したがって、それは無所属でありたいというようなきわめて部分的な政治的願望や、反対の立場をとるのにそれほど厳しい良心的な抵抗を必要としない技術的とも言える政治上の欲求あるいは考え方というようなものにまでこれを延長することは、かえって法のもとの平等を実現せんとするこの重要な憲法上の基本原理を矮小化すると申しますか、軽いものにする解釈のように思われます。これについては提案者としてはどのようにお考えでございましょうか。
○宮之原貞光君 寺田先生の御所見のとおりだと私どもも思います。十四条、四十四条の身分条項とのかかわりに、被選挙権行使の要件としての政治団体所属のような政治的な資格まで当てはめなければならないかどうか、これはちょっと無理があるのじゃないだろうかと私は思います。また、通常信条と言われておるのは、基本的な政治信条あるいはまた宗教的信条というものが当然入るべきであって、無所属主義もその一つでなければならないということも私はちょっと無理な解釈じゃないかと思うのです。 実は、いつでございましたか、参考人の御意見の中に、私のような見解をとるのは少数意見だというお話がありましたけれども、私はそれが通説じゃないだろうかと、このように思うわけであります。言うならば、やはり絶対平等主義という立場に立つのはいかがだろうかという考え方でございます。 なおまた、仮に一歩譲って十四条、四十四条の条項に当てはまるとしても、先ほども何回もお答えいたしておりますように、やはり合理的な根拠という立場から見てもそれはまた最小限度の制約は認められていいのじゃないだろうか、こういう考えを持っているわけです。
○寺田熊雄君 「比例代表制は政党政治を前提といたしますが、わが国ではまだ政党がそれほど国民の間に浸透していない」。たとえばアメリカの場合は、私ども高校生に聞きましても、私はリパブリカンであるとか私はデモクラットであるとかいうようなことを申しますが、日本ではまだとうていそこまでは行っておりません。「また、政党政治も欧米のようには成熟していない。したがって、比例代表制の採用は時期尚早であるし、とりわけ良識の府である参議院、ことに知識人、文化人の進出しやすい全国区の選挙にこの制度の導入を図ることは適当でない」、以上申し上げたような批判があることは事実であります。 この反対論は、法律論ではなくして、政治の現状認識の上に立った政策論とも言うべきものでありますが、この根底には先ほども申し上げましたように既成政党に対する不信感が強く横たわっておるのであります。また、現状認識の点でも必ずしも正確さを持つものではございません。と申しますのは、国政の分野では市町村のような自治体の政治とは異なりまして現実に政党政治が支配しております。時と所によっては選挙民は人よりも政党を選択する傾向を示す場合がないとは申せません。私個人のささやかな経験でも、私がたとえば市長に立候補した実例を申しますと、寺田さんは私は好きだ、しかし社会党だから入れないという人が現実にかなりの数あったのであります。 それだけに、知識人、文化人が結集して新しい政治団体をつくれば、既成政党に飽き足らない国民をこれに引きつけ、現在よりもより多くの知識人、文化人を当選させるチャンスともなり得るのではないかと考えております。また、それは既成政党にとっても、できるだけ多くの信望のある知識人、文化人を候補者のうちに加えて党のイメージを変えようとする意欲を生ぜしめる動機ともなり得るのではないかと思うのであります。この点はいかがでしょうか、提案者にお伺いいたしたいと思います。
○宮之原貞光君 確かに御指摘いただきましたように、現在のこの政党政治いわゆる議会民主政治の一番の中核をなしておりますところの政党というものの役割り、任務について、その重要性は認めながらもまだ成熟しておらないじゃないか、したがってまあ成熟しないところの段階、いわゆる国民の無所属の層も相当ある、政党不支持層も相当あるんだ、したがって導入すべきでないという立場からの御意見があることは事実でございます。 ただ、ここでお互い政治家として、特に議会制民主主義を発展させようという立場に立つところの政治家として考えなければならないことは、成熟していないから導入をするのはまずいという立場をとるのか、それとも導入によってやはり政党政治をよりよくし成熟をさせていくんだという立場に立つのか。私は、政治家は少なくとも理想に生き、何としてもそういう政党あるいは議会政治というものをつくらなければならないという立場に立つだけに、後段にやはり立つべきじゃないだろうか、このように考えておるところでございます。それだけに成熟していないから導入すべきでないというそのことにはくみするわけにはまいらないのでございます。 なお、寺田先生から御指摘いただきましたように、それならば知識人、文化人が結集して新しい政治団体を結成するという方法があるじゃないか、どうなのかということでございますが、私はやはり今日の現状の中におきましては、特に既成政党に対するところの批判が厳しい中では、そういう政治団体の一つの連合の形式ですか、そういうことはきわめて国民の期待にこたえるところの条件に、現実的には出てくるところの可能性があるのではないだろうかと思うのです。 御承知のように、西ドイツには大きな政党としてキリスト教民主同盟、社民党、自由民主党、まあ日本と違いまして自由民主党はここでは第三党でございますけれども、こういうのがありまして、しかも御承知のように五%条項というのがありまして、いわゆる小政党の乱立というのを防ぐところの条項があるのです。しかしそれにもかかわらず、御承知のように緑の党あるいはALという政党がこの五%条項を突破して市民権を得ておる。このことは何を物語るかと申しますと、これは寺田先生御指摘のような状態が西ドイツの中にもやはり国民の意向としてあることを示すものではないだろうかと思うのです。したがって、そういう意味におきましては、既成政党に対してはみずからを顧みるところのきわめて重要なことを示唆しておるのではないだろうかと考えるわけでございますが、いずれにいたしましてもそういう一つの仕組みをするというのも私は一つの方法ではないかと思うのです。 実は私、古い雑誌でございますけれども、ジュリストの一九六八年の三月号をちょっと焼いたのをここに持っておるんです。そこに「参議院二十年の歩み」という座談会がある。ここの中で——実はこの前後に選挙制度の全国区の問題点が議論をされておる。この中で、実は亡くなられたところの市川房枝先生がこういう発言をされているのです。 「いまの参議院でぜひほしいと思うのは、学者の方たちにもつと入ってもらいたいと思うのです。初期はある程度あったのですが、だんだんなくなってきた。二五年までは専門家の人がいて、そしてそういう人が委員長になってうまくいった」のでありますが、結局現行制度の中ではそういうことが出られなくなった。こういうことをおっしゃると同時に、一番後部に「篠原さん」と言われているのはこの座談会に出られたところの東京大学教授の篠原一さんですが、その人の御意見を踏まえて、「篠原さんのおっしゃるように、政党でなくてもそういう一つの連合名簿が認められ、そこにそういう人たちが入ってくだされば、道がひらけますね。そういう比例代表制なら、私も賛成します。」、こう言っておられるのです。 まあ、すでに故人になられたわけでございますが、私この記録が絶対正しいとは言いかねますが、少なくともやはりそれぞれが責任を持って編集したわけでございますから、そのことはやはり亡くなられたところのあの市川先生にしても、いま寺田先生の御指摘いただいたところの、国民の既成政党にあきたらないところのものを何とか反映をした新しい連合の方向というのも一つのあり方だねと、こういうことをお考えになっておられたのではないだろうかと、実は私はこれを読みながらそんたくしておるところでございます。 なおもう一つは、御指摘いただきましたように、これはそういうことになりますと既成政党もじっとしてはおられぬですよ。いままでのようなやはりふやけたようなかっこうで国民の指弾を受けるようなことになりますとこれは大変ですから、そういう意味ではまた既成政党の自浄作用と申しますか、みずからの姿勢を正していくということにも私は御指摘のように大きく役立つのではないだろうか、こう考えております。
○寺田熊雄君 ただいまの点で自治大臣はどのようにお考えでしょうか。
○国務大臣(世耕政隆君) 議会制民主主義国家において、政党が国民の政治的な意思を媒体するという意味においては、政党の存在というのはどうしても不可欠であろうと思っております。で、いろいろ論議されているところでございますが、私はやはりわが国の政党もそれぞれ長い間のその政党の主張するところの主義主張を通じて任務を果たしてきていると思うのでございます。ですから、歴史的な年代だけでヨーロッパの政党に比較して成熟度が少ない云々、こういうことは必ずしも当たらないのではないか、そういうふうに考えているものでございます。 また、無所属とか一人の政党、これがあるかないかは私も何とも言えないのでございますが、やはり今回のこの選挙制度の改正は、一人、個人を中心とする選挙に対する大方の批判とかいろいろな形の中から派生してきたものでございますから、当然それなりの答え、方向としては、私はその個人本位の選挙の対角線上にあるものとして、政党を中心とする、それもわれわれが将来理想とする政党、政党の責任は非常に大きくなるかと思うのでございますが、それを中心とする選挙制度への方法模索、これは当然あり得るべきことでございまして、これは各政党間で十分に御審議をいただきましてある結論をお出しいただく、これに対して私どもは期待しているところでございます。
○寺田熊雄君 「選挙法改正問題のうち最重要の課題は定数不均衡是正である。しかるに、今回の法改正は、この重要問題を差しおいて、これと関連のない新制度を導入せんとするものであって不当である」という反対論があります。 定数不均衡の是正を求める者の論拠は、選挙人の投票が選挙の結果に及ぼす影響力において平等でなければならないとするのであります。いわゆる投票価値の平等でありますが、これが憲法第十四条、第四十四条ただし書き、第十五条一項、三項などの規定から当然に憲法の要求するところであるとするのであります。これは確かに幾多の高等裁判所の判例が肯定するところでありますし、最高裁の判例もまたこれを是認しております。したがって、それが政治的にもまた立法政策上も緊急な課題であるということは言うまでもありません。 ただ、ここに考えなければいけないのは、比例代表制もまた選挙人の投票による意思表示をできるだけ公正に国会の議席に反映せしめんとするものでありますから、定数の不均衡是正と無縁のものではないということであります。すなわち、比例代表制は議席数の決定が全体として選挙民の投票数を正確に反映するものであることを要求しておりますし、また一票の価値の平等を求める論拠は候補者の当選が選挙民の投票数を正確に反映するものであることを要求するのでありまして、立脚点こそ異なれ選挙民の投票数を正確に選挙結果に反映せしめんとする目的においては共通するものがあると考えるのでありますが、提案者はこの点についてどのようにお考えでいらっしゃるでしょうか。
○宮之原貞光君 私も、先生の御所見のように、定数是正の問題、さらには政治資金規正法の改正問題というのは緊急な課題だと認識をいたしておるわけであります。 実は、本委員会で公明党の峯山先生でございましたか、七十三臨時国会で設置をされましたところの公選法特別小委員会の合意問題、いわゆる地方区の定数是正、政治資金規正法の改正、選挙公営、そういうものをまず先にさせようじゃないかという点、もちろんこの小委員会は次の七十五通常国会まであり、九月からの七十六臨時国会以降はなくなったようでございますが、いずれにいたしましても、この公選法の委員会の中でそのことの緊急性、重要性というものは非常に議論をされておりますし、また各党の方向性としてこれは理解をされておったわけであります。 ただ、それが現実の問題といたしましては、当時の社会党、公明党、共産党、民社党の四党合意になるところの定数増の問題は自民党の同意を得られないでそのまま不発に終わったという点、あるいはまた五十二年八十国会におきまして、同様にやはり野党共同提案としての十八名増案が提出されながら本委員会で日の目を見なかったと、こういうような経緯もあるわけでございますし、それにまた、御指摘のようにすでに裁判所の判断も数次にわたって出ておるわけでございますから、きわめて急がなければならない緊急の課題だということを私も認識をしております。 また、政治資金規正法の問題にいたしましても、附則八条には明確にやはり五年後の見直しということが規定をされておる。五年過ぎた今日なお、ここに自治大臣おられますけれども、これはやはり私は自治省の怠慢だと思うのですね、まだいまだに手をつけられない。このことについては私どもも非常に不満を持っておるわけでございます。この二つの問題はやはり緊急に処理をさるべきところの事項であるということについては全く同感であります。 ただ、私はこの二つの問題がまず先に処理をされなければ全国区制度の改正問題について手をつけてはならないという考え方には同意いたしません。特に、この問題については、御承知のようにわが党が提起したというよりも与党の自民党の方から提起されて、現実に議論をされておるわけです。議論をされておるものに対してわれわれはこう考えるというものを提起して、自分の党の主張を通すということはやはりこれは当然だと思う。それをやることなくして、ただそのほかのもの二つ先にやれやれと言うことだけでは、私は論議もかみ合っていかないのでいかがであろうかと思うのです。そういうような意味合いにおきましては、緊急課題であるところのこの二つはもっと積極的にお互いやっぱり同意を得るように話を詰めていく必要がある。 同時にまたこの問題については、いわゆる全国区改正の問題については、具体的にやはり現実の問題として数次にわたりますところの審議が続いておるわけですから、それはやっぱり積極的に対応していくということであっていいのではないだろうか、このように考えます。
○寺田熊雄君 次は、供託金の問題に触れたいと存じます。 供託金については、自民党案は現行の二百万円を倍額の四百万円に改めんとしております。社会党案は一・五倍の三百万円に改めようとするのであります。これは恐らく全国区選挙に要する国費を念頭に置いて、候補者にもある程度その負担を分担せしめんとすると同時に、泡沫候補の立候補を牽制せんとする目的に出たものと考えられます。確かに五十五年六月の参院選の費用を見ますと、全国区、地方区合わせて二百五億円を要しております。うち公営費関係は、全国区が二十億、地方区は四十億であるようであります。 しかし、自民党案のように政党に十人以上の候補者を要求する改正案を前提といたしますと、新しい政治団体は四千万円以上の供託金を準備せねばなりません。しかも、このうちの相当額が没収されるという危険をも冒さなければなりません。それはこのような財政上の理由から少数党や新しい政治団体の政治への参加の機会を奪いかねないのであります。このような考慮と、選挙に金のかからないようにするため公営選挙をできるだけその範囲を拡大したいというわれわれの願望、あるいは国の負担をあとう限り少なくして国民にその負担をかぶせようとするのは臨調的発想にほかならない、そして国民にできるだけ政治参加の機会を与えようとする民主主義的要請にそぐわないというような諸般の考慮をいたしますと、この供託金引き上げの改正はむしろ撤回ないし修正することが好もしいようにも考えるのでありますが、この点は自民党案、社会党案、両側の提案者におかれましてはどのようにお考えであるか、お伺いしたいと思います。
○宮之原貞光君 供託金の制度の問題、あるいは金額の問題、それぞれ国によって大きな差があるということは明白でございますが、御指摘いただきましたように供託金の目的そのものが、選挙の費用を候補者にも一部分担してもらう、同時にまた泡沫候補の立候補の牽制という政治的な側面もあるわけでございますから、そういうものを含めてわが国の中では供託金という制度が確立されておることは御承知のとおりでございますが、実は現行法は昭和五十年にこの金額を決められたようでございます。大体お話を承りますと五年ごとに改定をしていく仕組みになっておるらしいです。したがって、そういういままでの慣行から見れば、いろいろな物価その他のこと等々から勘案して供託金の値上げという処置になったものだと思うのでありますが、ただ率直に申し上げて、私どもは自民党案の二倍の値上げというのはいささかこれは高過ぎるのではないか、常識から外れておるんではないか、言葉は悪いですけれどもそう思わざるを得ないのです。そこで私どもは、もうすでに七年ないし八年という時間の経過を経ておりますから、従来のいろいろな経緯を考えますと一・五倍から一・二倍、これはずっと首長選挙にも及ぶわけですから、の中に当てはめるのが大体は適当じゃないだろうか、こういうような考え方で提示をしたわけでありまして、その科学的な根拠というのはもちろんそれはなかなか示し得ないところでございますが、いままでの慣行、いろいろなあれから見て大体ここらあたりが適当ではないだろうかと、こう判断をしたのが私どもの案でございます。
○委員以外の議員(松浦功君) 昭和二十五年当時における供託金、これに対しまして二十七年の八月に約三・三倍に引き上げておる。さらに、三十一年に二倍、三十七年に一・五倍、四十四年に二倍、五十年の七月には四十四年からですから六年経過をいたしまして三・三倍に引き上げております。そういった過去の経緯を考えまして、今度は七年ばかりたっておるわけでございますから倍ぐらいになってよろしいのじゃなかろうかということで、すべての供託金を二倍に引き上げた。これは国会議員の選挙にだけ限らずすべてを二倍に引き上げるという案で御提案を申し上げたと、こういうふうに御理解をいただいたら結構かと存じます。
○寺田熊雄君 これは諸外国の選挙制度を見ますと著しく日本の場合が高いように感じられますね。できるだけたくさんの国民の政治的な参加を求めようとする民主主義的な要請を考慮いたしますと、この点はもう少し考慮する必要があると私は考えておりますが、最後にこの点については自治大臣はどのようにお考えでしょうか。あるいは選挙部長でも結構ですが、御答弁をいただいて私の質問を終わりたいと思います。
○政府委員(大林勝臣君) 供託金というのは、御意見のように、また宮之原委員からお答えがございましたように、従来泡沫候補の防止とともにやはり選挙管理費用の一部御負担を願う、こういう思想ででき上がったものでございます。最近はどちらかというと泡沫候補を排除するために重点が置かれておるようでありますけれども、沿革的にはもともと諸外国におきまして、選挙というのは役所が管理するものではなく政党自身が選挙を行うのだ、こういう仕組みになっておったのが、近代に入りまして役所が管理をするということになったことに伴って、役所の管理費用の一部を負担してもらうという思想がまずイギリスで起こったというふうにわれわれは承知をいたしております。 問題は、その金額がどの程度のものが最も妥当であるかというむずかしい話になるわけでありますが、そういった沿革的な思想から言いまして、現在衆議院の選挙におきましてもたとえば公営費用が大体一人の候補者について八百万ぐらいはかかっておりますし、参議院の選挙におきましても全国区あるいは地方区それぞれ一人の候補者当たり大体千七、八百万円はかかっておる勘定になるわけであります。そういうことを頭に置きながら、一方過去の供託金の沿革あるいは物価の値上がり、そういうものを総合勘案してその都度お決めいただいてきたわけでありまして、今回、昭和五十年から七年たっておるわけでありますが、そういう時間的な経緯をも考慮してそれぞれに御案をおつくりになっておると思います。 私どもの立場からどのくらいの金額がいいかというふうにお尋ねいただきましても、なかなかこれむずかしい問題でございます。いろいろな総合的な判断があろうかと思いますので、ひとつ十分に御議論をいただきたいと考えております。
○多田省吾君 私は、主に自民党案の拘束名簿式比例代表制の問題点あるいは政党法との関係等について順次御質問をしてまいりたいと思います。 その前に、本委員会における参考人または公述人の多くの方々が優先順位としては政治資金規正法の改正または参議院地方区の定数是正、衆議院の定数是正等を先にやるべきであるという意見がきわめて強かったのでございます。その点について若干質問したいと思います。 確かに、政治資金規正法の見直しは政府の法律的義務でございますし、また衆議院及び参議院地方区の定数是正はこれは憲法問題でございます。ですから優先順位としては早急にやるべき問題でございます。私は前に関連質問で自治大臣にも政治資金規正法の見直しをなぜやらないのかと質問いたしました。自治大臣は努力目標であるからという答弁でございました。私はそれに納得できないわけでございます。 すでに昭和五十一年一月に発効いたしました政治資金規正法附則第八条には、「この法律の施行後五年を経過した場合においては、新法の施行状況を勘案し、政治資金の個人による拠出を一層強化するための方途」等「について、更に検討を加えるものとする。」とはっきりございます。もうすでにそれから五年を経過いたしまして、六年半を経過しておるわけでございます。そして「検討を加えるものとする。」という意味につきましては、これは非常に厳格なものでございまして、ほとんど解釈論といたしましてはしなければならないと同じような意味に法令用語の解釈上とられております。したがって、私はこれははっきりと法律的義務である、このように申し上げたい。すでに政治資金規正法の改正につきましては、最近六月八日のロッキード判決が政治家においても行われました。私はこのような刑法で訴追を免れた方をも規正法上明らかにできるようにするのが国会の国民に対する最大の急務である、このようにも思います。 そもそもこの政治資金規正法の改正に当たっては、第五次選挙制度審議会の答申に基づいて三木総理が相当骨抜きをいたしまして提案したために、全野党が反対した経緯もございます。そして本会議では賛成、反対同数であったわけです。しかも、それを強行した以上、私は法律的義務であると同時に自民党政府の政治責任としてもやはりこの問題は早急に改正すべきものである、このように思うのでございます。絶対に努力目標なんかでは私はないと思います。自治大臣としてはどのようにこれを考えておりますか、もう一回御答弁をいただきたい。
○国務大臣(世耕政隆君) 御指摘の点でございますが、これまで私どもの方で、各政治家の皆様の収支報告、それから政党間の収支報告の資料を集めましていろいろ研究を続けていたところでございますが、この前の政治資金規正法で要求している個人献金のウェート、これがどうも余り大したことがないわけでございます。で、今後その個人献金の方へ徐々に切り変えていくという法律の趣旨が実際一体可能であるかどうか。つまり、今後の政治資金における個人献金のウエートがどれだけふえていくかということが大変疑問になっておりまして、いい方法が見つからない、こういうのが現状でございまして、これがせっかくの五年後に改正すべきは改正すべきである、こういうふうなことの趣旨から大分いま外れているというのが現実の現状でございます。 また、各政党ともよって来るべき基礎的な基盤が違っておりますので、これは勢い政治資金の問題、個人献金がどうもはかばかしく集まらないという現状から見てまいりますと、いたずらにいま早急に動いて形を決定するということが実際問題としては非常に困難でございまして、この点各政党の間で十分のお話し合いを続けていただいて、政党がおのおのその機能を発揮することができるような方向に現実的な政治資金規正法というものを考えるべきである、このように考えておりまして、その点をよく各政党にお願いするところでございます。
○多田省吾君 私はその大臣の御答弁は発想が逆であると思うのです。この附則第八条には、「政治資金の個人による拠出を一層強化するための方途」「について、更に検討を加えるものとする。」という法律的義務をここではっきり主張しているわけでございます。私は政界浄化のためにも、ロッキード判決の政治家個人に対する判決があった直後でもございますし、国民のやはり要望というものが強くここに集まっているわけです。ですから、そのためにも企業献金から個人献金に移行するという方途をはっきり明確にすれば私はこの問題は解決すると思います。そして、個人献金が集まりにくいとおっしゃいますけれども、企業献金というものが業界と政治家との癒着を生じ、やはりそれが政治腐敗の根源になることがはっきりしている現状におきましては、企業献金を個人献金に移行するというそういう方向を明確にすべきであり、私は、野党間においては大体その前向きの方向で合意ができている、問題は自民党だけが踏み切れば問題は解決する、このように思っております。 それを各党間の話し合いが煮詰まらないから、こういう理由でちゅうちょしまた消極的になるというのは、非常に国民に対しても怠慢であり、まことによろしくない姿勢だと、このように言わざるを得ないのでございます。その点をどうお考えかひとつ自治大臣と、それからロッキード判決後でもございますので、政界浄化という考えに立った法務大臣の御見解を承りたい。
○国務大臣(世耕政隆君) 御指摘の点はよく了解するところでございますし、政治資金規正法もその方向を打ち出しているのでございますが、ここ五年間集積した各政党間の収支報告書でも個人献金がどうもはかばかしくない。これは全体的に言えることでございまして、これは勢いその政党の財政基盤というのはその政党の政治活動に非常に影響してまいるものでございますから、現実の面ではその点が一つの隘路になっているところでございます。今後とも検討を重ねまして各政党間のお話し合いをわれわれの方は側面から行政の面で補佐していくという形で進めていきたい。あくまで立法府の方でこの問題は御処理、御協議いただきたいと思っておるものでございます。
○国務大臣(坂田道太君) ただいま自治大臣からお答えがございましたように、法務大臣といたしましても各政党間においていろいろと御協議いただくことが適当ではないかというふうに考えております。
○多田省吾君 私は大変両大臣の御答弁に不満なのでございます。やはり企業献金から個人献金に移行するとはっきり法改正をすれば、個人献金もそれなりの努力で必ず私は集めることができる、このように確信しております。 次に、定数是正の問題ですが、もうすでに同僚議員からも質問がありましたので簡単にいたしますが、昭和五十一年四月十四日の最高裁大法廷の判決では、衆議院の定数アンバランスは憲法違反であるとはっきり判決がありまして、またさらに昭和五十五年十二月二十三日の東京高裁の判決も、格差がおおむね二対一以上の場合は違憲であるという判決が出ております。 いままで、昭和三十五年以来五十件の衆議院定数訴訟が行われ、違憲判決も四例に上っております。参議院も昭和三十七年以来九件の定数訴訟がございます。特に参議院では、昭和三十九年の最高裁の判決は極端な定数不均衡は違憲である、また昭和五十一年の衆議院の定数に対する違憲の判決がございましたが、本委員会におきましても当時の吉國一郎法制局長官が、投票価値の平等というものは衆議院のみならず参議院地方区にも通ずるものであるとはっきり答弁しております。 特に、衆議院におきましては、アンバランスが最高が四・五四一倍、アンバランスが四倍以上が三区、三倍以上は合わせて十九区、二倍以上が合わせて五十四区に及んでおります。 また、参議院におきましても最高のアンバランスが、神奈川と鳥取間におきまして五・七二九倍ですか、に及んでおりますし、その次に東京と鳥取間が四・八〇七倍、第三番目は大阪・鳥取間が四・六七四倍、それから第四番目に埼玉・鳥取間が四・四八五倍、五番目が千葉・鳥取間が三・九一八倍、六番目が宮城・鳥取間が三・四四六倍、七番目が愛知・鳥取間が三・四三二倍、八番目が岐阜・鳥取間が三・二四四倍、その次に九番目が静岡・鳥取間、十番目が兵庫・鳥取間と、このようになっております。ですから、一対四以上のアンバランスも四つございますね。そのほか逆転現象も多数あるわけでございます。 そういった参議院地方区及び衆議院の定数是正というものは、憲法違反の判決も四例ございますし、これは早急に国民の投票価値の平等という憲法問題から見ましても、また国民の基本的人権の上から見ましても改正しなければならないわけでございます。先ほども、本委員会の小委員会におきまして昭和四十九年から五十二年にかけて精力的に話し合いが行われたのでございますが、残念ながら自民党の反対によってこれが葬られたという姿もございました。その点に関しまして自治大臣及び法の番人たる法務大臣としてどういうお考えか、お答えいただきたい。
○国務大臣(世耕政隆君) これもいろいろいままで論議されてまいりましたところでございますが、参議院の全国区改正と衆参の定数是正をどっちが先にやるかやらないかという論議になってまいりまして、衆参両方の定数是正がなかなか各政党間で話が煮詰まらない、進まないということは、政党間のこの各選挙区を基盤としております関係から、どうしてもいろいろな影響力が非常に大きいために、私は定数の是正に関する話が煮詰まらないのだろうと思います。 これはもう一つ、今度の参議院全国区改正の方は、これはもう長年議論されてきましたところで、改正すべきであるという、現行の公職選挙法全国区に関することがどうも不合理であるということから改正の急を要する、こういういろいろな論議が次第に煮詰まってきたというふうに私どもは拝察しております。 そこで、一番最も火急な方から論議を進めていただいて、各政党で合議あるいは論議が煮詰まったところで、いろいろな決定を行っていただくことが望ましい。私どもはどちらが先ということよりも一番焦眉の急なものの方を先に御審議いただく、こういうことを期待しているものでございます。
○国務大臣(坂田道太君) 衆議院議員の定数に関する訴訟につきましては、従前最高裁昭和五十一年四月十四日大法廷判決が、また昭和四十七年の総選挙で最大較差約一対五の場合につきまして定数配分規定を違憲であるというふうにいたしましたが、その後に定数配分規定が改正をされまして、較差の比率も一変わっているのでございます。 そして、改正後の配分規定に関しましては、東京高裁昭和五十五年十二月二十三日判決及び大阪高裁の昭和五十七年二月十七日判決がこれを違憲であるとしておりますが、選挙制度に関する重要な問題でございますのでただいま上告中でございます。最高裁判所の的確な判断を期待しているところであります。
○多田省吾君 私は、自治大臣のおっしゃる焦眉の急というのはむしろ政治資金規正法の改正及び定数是正が焦眉の急でございまして、時期的に見ましても定数改正は十数年も前から言われているわけです。そして、各種の世論調査を見ましても、国民の期待するものは、要求するものはやはり政治資金規正法の早急の見直しであり、また定数是正の早急の改正でございます。その点は私は自治大臣の御答弁に大変不満でございます。 また、先ほども本法案は比例代表ということで、少数代表の確保という点で国民の期待に沿うものであるというお話もございましたけれども、まあ比例代表には明るいと言われる慶応大学教授の堀江湛教授が参考人としてここでお述べになったことも、いまの参議院全国区は比例代表制と全く同じだと、またそれ以上に機能を果たしているという陳述もあったわけです。で、もっと詳しいことは、堀江教授が昨年、公明、民社、社民連共催の参議院に何を求めるかというシンポジウムにおいでいただきまして、この比例代表というものが日本の場合はどうか、このように述べております。 日本の全国区、これは当選者が五十名という制度は機能的にいうと事実上比例代表制と全く同じなんです。むしろ比例代表制より正確に民意が代表される。比例代表制を採用しますと、どのような方式をとっても必ずしも正確に反映されるとは限らない。むしろ第一党に有利になるという傾向が見られるわけです。そうすると、もし比例代表制を民意の正確な反映という点で採用しようとするのなら、むしろ現状の方がはるかに望ましいと言えるわけですよと、こうおっしゃっておられます。 ですから、少数代表の確保という点から見れば、現行法の方がむしろ少数代表の確保に沿っているわけであると私も思いますよ。確かにいまの全国区では、六十数万票で無所属個人の方が立候補されても当選します。ところが、自民党案のドント式によりますと、無所属個人では立候補できない、十人以上で政党をつくることを強制されて、それで百万票とらないと一人当選できないのですから、現行法の方がむしろ少数代表の確保には有効であると事実の上からも言えるわけでございます。 また、いろいろ合理的な面があるとも申しますが、これは私はむしろ不合理な面が非常に多過ぎる、このように逆に思っております。そういう点で私は、金丸先生にも、この参議院地方区の定数是正あるいは衆議院の定数是正、あるいは政治資金規正法の改正というものが参考人の多数の方がおっしゃるように急務ではないか、このように思いますが、どう思われますか。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 私どもも改正しなければならない問題と考えております。したがいまして、私どもも党内の選挙調査会におきましては委員会を分けまして鋭意検討をいたしておるところでございます。
○多田省吾君 私は、その他、参議院の全国区の改正につきましては、第三者機関あるいは総理の諮問機関である選挙制度審議会の答申も出ていないし、上がってもいないということ、あるいはその手続の問題、あるいは参議院の機能を破壊する問題、あるいは憲法上の問題、いろいろ御質問したいことはありますけれども、先ほど申しましたように自民党案の内容に立ち入って質問を深めたいと思いますので、まず初めに政党要件の個人立候補を差別したことからくるいろいろな問題について質問したいと思います。 現行の公選法は地方選挙もまた衆参の国会選挙も何ら差別を行っていないわけです。また、公選法全体を見ても、選挙運動及び期間中の政治活動について、小さな問題はあるにしましても、大体において選挙の憲法原則である普通、平等、直接、秘密、自由の原則は保持されております。また今後も保持されなければなりません。しかるに今回の自民党の改正案は、いままで何回も主張してまいりましたけれども、立候補の資格要件について憲法が許容しない重大な差別を設けていることは大変問題でございます。 そこで具体的に伺ってまいりますが、名簿提出要件の政党、政治団体について、八十六条の二第一項一号から三号の制限は、すなわちいわゆる政党の三要件といわれる議員五名ですか、それから四%、あるいは候補者十人という、これはいかなる根拠に由来するものか、まずお伺いしたい。
○委員以外の議員(松浦功君) 先ほども寺田委員の御質問にも簡略にお答えを申し上げたところでございますが、わが党提出の政党要件は三つございます。読みますと長くなりますから簡略に申し上げますが、所属国会議員が五名以上であること。直近の国会議員の選挙において四%以上の得票数を得たもの、それから当該選挙において名簿式比例代表、選挙区選挙、両方を通じて十人以上の候補者を有すること、この三つの要件でございます。 まず第一の要件は、私ども政党主体の選挙である以上政党は政党らしいものであってほしいと、こういう考え方を中心にいたしまして、現行法との関連をいろいろ検討をいたしてみました。第一の五名という要件は政治資金規正法の政党、これを引用するということにいたしておりまするし、また三号の十名というのは確認団体、現行制度の確認団体というものとの結びつきをつけたと、こういうふうに御理解をいただいて結構かと思います。二番目の四%は、この一、三、これに相当するものとして、直近の選挙においてこの程度の得票を取ったものであれば政党らしい政党と言えるのではなかろうかと、こんな感覚で作業をいたしたわけでございます。
○多田省吾君 いまおっしゃった中で、第一の要件である議員五名というものは政治資金規正法に由来するというお答えがございましたが、これは第三条第二項の三号だろうと思います。ところが、同じ扱いになっております政治資金規正法の第三条第二項の一号と二号の確認団体、これは政治資金規正法上では政党として扱っているのに今回の改正案では政党として扱わない、この除いているというのはどういうわけでございますか。
○委員以外の議員(松浦功君) ちょっと条文を見ておりませんでしたので、もう一度まことに申しわけございませんが。
○多田省吾君 政党要件の第一の国会議員五名といいますのは、松浦先生はいま政治資金規正法に由来するとお答えになったわけでございます。これは私は政治資金規正法第三条第二項の三号だろうと思います、「衆議院議員又は参議院議員が五人以上所属しているもの」と。ところが、同じ項の第一号と第二号には、第一号が「直近に行われた衆議院議員選挙の総選挙において、公職選挙法第二百一条の五第三項の規定による自治大臣の確認書の交付を受けたもの」、第二号は「参議院議員の通常選挙において、」というこれが政党の中に入れてあるわけですね。だから、一政治資金規正法の第三条第二項の三号だけを取り出してこれが政党だと。じゃ第一号、第二号に言ってある政党はなぜ政党要件から省いたのか。むしろやはり私は政治資金規正法に由来するものならば同じように入れるべきではないか、このように思うのです。
○委員以外の議員(松浦功君) 三号をとっておりますことは多田委員の御指摘のとおりでございます。 それから、二号の方は参議院の問題でございますから、これは三号の方で救われるわけでございます。確認団体であればよろしい、十人以上という要件が備わっておればよろしいわけでございます。参議院の選挙でございますから、衆議院に関する一項は引かなかったということでございますし、さらにもっと強いて申しますならば、国会議員の数で限定をしていくということを一つの考え方にとりましたので一号、二号は外れたというふうに御理解をいただいて結構かと思いますが、さらにふえんをいたしますならば、国会議員が五名ということは、これは過去の問題でなくて、これから集まってもできるわけでございます。ところが、政治資金規正法の三条の二項の一号、二号というのは、これはすでに既成政党としてその選挙に参画していたものでなければいけないわけでございます。 そういう意味では、国会議員五人で拾うということは非常に広いと、こういう理解のもとにこういう規定をしたというふうに御理解いただけたら結構だと思います。
○多田省吾君 最初に申しましたように、現行公選法は立候補の差別を設けてないわけでございますが、政党三要件としてこのような差別を設けたために憲法違反問題も起こっているわけです。また、多くの参考人、公述人もここでおっしゃったように、少なくとも政党要件は緩和すべきであるという御意見も強かったわけでございます。そういう面から言えば、私は政治資金規正法では政党と認められているのに、一号、二号、三号によって、三号の方だけ政党要件として取り上げて、一号、二号を捨て去っているということ自体がやはり私は非常な差別ではないか、このように思っているわけです。 それから、その他選挙活動における不平等も若干見られます。たとえば公職選挙法の二百一条の四と二百一条の六を見まして、大変矛盾しているわけですね。もう法案をつくられた方ですからよく御存じだと思いますが、公選法二百一条の四は推薦団体の特例でございます。二百一条の六は確認団体の選挙活動でございます。現行法では確認団体以外の団体は政談演説会のみでございます。しかし、自民党案によりますと、現行の確認団体に満たない適格政党の場合でも二百一条の六が適用になりまして、車、ビラ、ポスター、立て札、看板、政談演説会、街頭演説会ができることになっておりまして、ここにやはり矛盾が出てまいります。私は、何も制限しろと言うのではない、ただ両方矛盾があると言っているだけです。 だから、むしろ緩和するものならばこの二百一条の四の方も運動できるようにして、やっぱり矛盾ないものにした方がよろしいじゃありませんか、この点はどうなんですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 推薦団体と確認団体という制度があることは私どもも承知いたしておりますが、拘束名簿式比例代表制度というものが政党本位の選挙である以上、先ほども申し上げましたように、この法律における政党というのは、やはり政党としての機能を十分果たすだけのものであった方がいいんである、こういう考え方で先ほど申し上げましたように三要件を定めたわけであります。 ところが、現在の確認団体につきましては、十人以上の候補者を有するというのが制度になっておりますけれども、それに匹敵するものとして国会議員五人以上を有するもの、あるいは直近の国会議員の選挙において四%以上の得票を得たもの、こういうものが別に要件としてございます。これら名簿を提出することのできるものについてはいずれも確認団体として扱うということが最もわかりやすいし、また公平であろうと、こういう考え方で採用したわけでございまして、現在の確認団体がある程度論理的には広がってくるということに相なろうかと思っております。むしろ、規制する方ではなくて広がる方になっていると思いますので、矛盾をいたしておるとは私どもは考えておりません。
○多田省吾君 まあ、実際の運動としては事実上矛盾が出てきているわけですから、広がる方向なら私も賛成ですから、もとの方も広げればいいんじゃないですか。そのように申し上げておきます。 それから、問題はこの名簿提出要件についても非常な問題があると思います。第八十六条の二第一項で名簿の作成は各党の任意に任せているわけでございますけれども、同条二項六号では各党の名簿登載者の選定及び順位の決定の選定機関というものが突如出てまいりますが、任意に任せているわけでございますから、名簿選定順位につきましてはいわゆる法律にある選定機関で決めない場合もあり得るのではないかと思われますが、この点どうですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 法律で選定機関と書いておりますのは、これはどういう選定機関をおつくりになるか、これは各党にお任せをしてあるわけでございますから、選定機関を通じないで名簿登載者が表へ出てくるということは私はあり得ないと考えております。
○多田省吾君 選定順位につきましては、法律案要綱には明確に「任意」と出ておりますが、法律案の八十六条の二第一項では任意とは出ていないわけでございますが、何も書いていないのでございますから、私は法律案要綱に従って任意ととっていいと思いますが、それでよろしいですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 各党において御決定をいただくと、こういうことでございます。
○多田省吾君 ですから、法律案要綱にお出しのように、各党の任意に任せると受け取ってよろしいわけですね。
○委員以外の議員(松浦功君) そのとおりでございます。
○多田省吾君 もし選定機関設置というものが法律にうたわれてこれが必ず必要なものであるとするならば、選定機関設置の条文がなければならないと思いますが、これはどうですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 選定機関ということがいきなり法律に出てまいりまするけれども、名簿を届け出まするときに選定機関においてきちんと手続に従ってやられたという文書を添えて出していただくようになっておりますので、結果的には選定機関をきちんと決めろというふうに総体から読んでいただけると、こう思います。
○多田省吾君 ですから、法律にある、選定機関を決めろ、だから選定機関設置というものがほぼ強制的になっているわけでありますから、私はこの重要な選定機関設置の条文がなければならないのではないかと質問しているわけですよ。
○委員以外の議員(松浦功君) まさにおっしゃられるとおりでございますが、法律全体を通じて選定機関をつくっていただかなければ名簿の提出もできないことになります。そういう意味で必置であるというふうにお考えいただいて結構でございますが、ただ選定機関をどのようにするかは全く政党の任意であるというふうに御理解を賜りたいと思います。
○多田省吾君 各政党の任意で決めるとおっしゃっておりますから、いろいろな決め方があると思うのです。法律で言う選定機関、はっきりしたものもありましょうし、あるいは予備選挙というような方法もありましょうし、それから大会等で決められる場合もありましょうし、各党の任意とおっしゃる以上はどれでもよいというのが私は任意であると思いますが、どうでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 全く御指摘のとおりでございます。
○多田省吾君 そうしますと、最も私は理想的な形だと思いますけれども、その政党の全国大会なんていう最高の大会で名簿登載者の選定及び順位の決定を投票の方法で行う場合もあり得ると思うのです、政党によってはですね。その場合、選定機関とはこれは言えないと思うのですが、こういう政党の大会等の場合はどういうふうな記載をすればいいのですか。
○委員以外の議員(松浦功君) そう機関というのをかたくなにお考えいただく必要はないと思うのでございまして、いま多田先生のおっしゃられたような形で決める場合には、こういう形で決めましたという文書の報告を名簿に付してお出しをいただく、こういうことになろうかと思います。
○多田省吾君 そうしますと、法律上の選定機関という用語が非常に拡大解釈されて、何でもいいというふうに受け取られるわけでございますが、これは後で問題起こりませんかね、こういう拡大解釈で。どうですか。
○委員以外の議員(松浦功君) これは私どもは、政党らしい政党の中に後で問題が起こるような御決定をなさる政党はないと思っております。そういう意味では、各政党で良識を持ってきちんとそれぞれの党における決定機関、決定コード、決定組織を通じてお決めを願えるものと思っております。
○多田省吾君 既成政党であるならば歴史もあり非常に数も少ないわけでございます。六つとか七つとか八つとか、その程度だと思いますけれども、その他政党の定義はいろいろありますから、それ以上あると言えばあるでしょう。しかし私は、政党要件の一、二に合致してないために第三の立候補者十名以上の新しい政党をつくる必要があるというような場合に、やはり選定機関というようなことが法律に明記されておりますと非常に問題だと思います。というのは、選定機関設置の条文もございませんし、ただ政党の大会等も、これはこういう形で行ったと報告していただけばこれは選定機関になるんだというような解釈ですと、私はこれは大変問題だと思いますよ。 それから、それに関連しまして、八十六条の二第二項には、届け出の場合、「当該選挙の期日の公示又は告示があった日から二日間に、郵便によることなく、当該名簿に次に掲げる文書を添えて、しなければならない。」、もう各党の任意であると言いながら、「当該名簿に次に掲げる文書を添えて」というようなことになっておりまして、一から七までありますね。そうすると、任意というよりもはっきり言えば政党法以上の過酷な厳しい条件がこの公選法の中につくられていると思わざるを得ないわけでございます。私はこれは各党の任意じゃなくて、ずいぶん厳しい制約だと思うのですが、その点いかがですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 政党らしい政党である以上ここに書いてあることにはさほどの無理があるとは思っておりませんし、当然これはあらかじめお持ちのものだと思います。それをお出しいただくというだけのことでございますので、過酷な条件であるとは考えておりません。
○多田省吾君 政党らしい政党ということを強調されますけれども、立候補者十名以上の新しい政党も今度は立候補せざるを得ないわけですよ。そういう新しい政党に対してもこういう厳しい条件をつける。非常に問題だと思うのです。私はそれが、政党三要件というものを厳しく設定して無所属個人の立候補を禁止している、そういうところから生ずる一つ大きな矛盾である、このように思わざるを得ないわけです。 それから、この八十六条の二第二項六号は、全部読みますと、「名簿登載者の選定及びそれらの者の間における当選人となるべき順位の決定を当該政党その他の政治団体において行う機関の名称、その構成員の選出方法並びに名簿登載者の選定の手続を記載した文書並びに当該名簿登載者の選定を適正に行ったことを当該機関を代表する者が誓う旨の宣誓書」、こういう法案になっているわけですね。そうしますと、この「行う機関」というのを、もし選定機関が任意であるとすれば「行う場合の機関」と、このように法律上訂正する必要があると思いますが、どうですか。
○委員以外の議員(松浦功君) ここに書いてございますように「当該政党その他の政治団体において名簿登載者の選定を行う機関の名称」でございますから、たとえば先ほどの御指摘のようでございましたらば党大会、あるいは合議制でございましたら選考委員会、こういうことをお書きいただくわけでございまして、別にこれといった困難のある問題だとは思っておりません。
○多田省吾君 ですから、私が質問しているのは、この選定機関、選定するやり方というのは各党の任意であるとはっきり要綱にうたっているわけですね。だから、選定機関が任意であるならば「行う機関」というようなことではなくて「行う場合の機関」に訂正する必要があるし、もし選定機関が任意でないとすれば、当然選定機関を党に設置する条文が必要ではないかと思います。どうですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 「行う機関」というのが選挙ごとに変わることもあり得る。その場合には機関が変わったと、変わった場合の名称を書けばいいだけでございまして、「行った場合の機関」というふうに書かなければならぬという法律的な論拠は私はないと思います。この条文で結構ではなかろうかと考えております。
○多田省吾君 最後に、これは午後も引き続いて同じ問題をやりますけれども、名簿登載者の選定、順位の決定というのは直接選挙行為に関係するものではありません。いわば政党の内部規律に関する問題だと思います。すなわち、候補の選定とか順位の決定というものは選挙行為そのものではありません。候補者が決定してからそれぞれの政党が選挙活動に入ります。それからが選挙行為になるのだと思います。 ところが、この公選法で政党の内部規律、党内規律に立ち入っていろいろ本法律案の二百二十四条の三及び二百三十八条の二に名簿登載者の選定に関する罪とか立候補に関する虚偽宣誓罪というものが規定されまして、政党の内部規律に対して公選法上の罰則を設けたということは、明らかにこれは公選法の越権行為ではありませんか。政党法もない現在、公選法がここまで立ち入ってよろしいのですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 新しく設けられました名簿登載に関する受託収賄、こういった問題については、私どもは現在の政党の良識というものを信用しておりますけれども、いやしくもそういうことがないようにということで念には念を入れて設けた規定でございます。別に政党の内部に介入するというものではなくて、むしろこれ自体はやはり本来の犯罪に属する問題だと思います。 それから虚偽宣誓罪の方は、これはやはり選挙の公正を保つためにいまでもあるわけでございますけれども、学歴を詐称したりいろいろの問題があるわけでございます。そういうものについては選挙の公正を期するという意味でそういう罰則を設けておくのはあたりまえだと思いますし、そのまま虚偽宣誓罪というものは存続させておくということは当然であろうと考えております。
○多田省吾君 いままでもあるとおっしゃいますが、それは候補者が決定してからの話なんです、候補者自身の問題。ところが、これは政党の内部規律で、候補者の選定順位の決定、選挙行為の前の時点でそれが罪になるということは、政党の内部規律に立ち入った公選法の越権行為ではないかと、このように私は質問しているわけです。
○委員以外の議員(松浦功君) お説のとおり選挙告示前に起こる問題だと思います。しかし、それはそれだけの非常に大きな弊害を伴う問題でございますから、法益を守るためにこういう規定を設けることは何らおかしくないと。 それから虚偽宣誓の問題は、これは選挙後の問題でございまするし、これが選挙の公正を担保できない大きな要因になっておるということを考えたら当然であろうかと考えております。
○委員長(上田稔君) 午前の質疑はこの程度とし、午後一時まで休憩いたします。 午後零時六分休憩 —————・————— 午後一時六分開会
○委員長(上田稔君) ただいまから公職選挙法改正に関する特別委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、公職選挙法の一部を改正する法律案(参第二号)を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○多田省吾君 午前に続きまして質問を続けますが、本法律案二百二十四条の三の名簿登載者の選定に関する罪というものがございますが、それに関連いたしまして二百二十四条の三に「名簿登載者の選定につき権限を有する者が、」云々となっておりますけれども、もし党大会で選定順位の決定の際に名簿登載者への候補者と選挙人の間に賄賂、買収が行われたとしますと、どうも党大会なんて言いますと権限を有する者がはっきりいないわけでございますから、この罰則は空文化することになりますが、いかがでございましょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) これは罰則の適用の問題でございますので、私から余りうかつなことをお答えするのはいかがかと思いまするけれども、党大会の構成員も党大会が選定機関であるとするならばやはり選定機関に入る、こういうことになるのではないかと思います。
○多田省吾君 なかなか納得できませんが、次に八十六条の二第六項におきましても、今度は除名です。「除名が適正に行われたことを代表者が誓う旨の宣誓書」とありますけれども、これも「適正に行われた」ということは何を基準にして言うのでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 各政党においてそれぞれ除名の手続というものは決めておられるはずでございます。その手続に従って行われたものが適正である、こういうふうに考えております。
○多田省吾君 この除名の適正かどうかということも第二百三十八条の二の罰則の対象になっているわけでございますが、これもやはり除名が適正に行われたかどうか、あるいは除名を適正に行う除名基準というものが各政党内部のそれぞれ基準がございまして、これを公選法で罰するということはやはり公選法の越権行為ではないかと思いますが、これはいかがでしょう。
○委員以外の議員(松浦功君) どういう方が名簿に登載され、どういう順序で名簿に登載されるかということは本選挙制度にとってはきわめて重要な問題でございます。そういう意味で、除名が適正に行われたということを党の方から疎明をしていただく。選挙管理機関としては政党内部の問題に介入する権限はございませんけれども、何らかの方法によって明らかにうそであったというようなことがあった場合には、当然中央選挙管理委員会としてはこれは告発をするということに相なろうかと思います。
○多田省吾君 私はやはり公選法上で扱うのは非常に無理があると思うのです。拘束名簿式比例代表制をやっていた国は、西ドイツなんかそうですけれども、いまはちょっと違いますが、やはり政党法がございますね。そのほかの比例代表制というのは、非拘束名簿であるとか、あるいは自由名簿であるとか、あるいは移譲式であるとか、個人にも投票できるという形式がほとんどでございますから、私はそんな厳しい罰則とか適用されなくても済む問題だと思います。ただ、完全拘束名簿式比例代表制となりますと、やっぱりこういったいろいろな無理が生ずるのじゃないかと思います。普通ならばこれは政党法で決めるべき問題でしょう。ところがそれがないために選挙法でやらざるを得ない。選挙法でやると私は非常に無理が生ずると思います。 もう御存じのように、公選法の第一条にもございますように、公選法の第一条には、「その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保し、もって民主政治の健全な発達を期することを目的とする。」となっておりまして、あくまでも選挙過程における問題を告発するというのが主眼でございます。ところが、いま言ったように候補者選定の際の問題とか、あるいは政党内部の除名に関するものまで適正に行われたかどうかによって、それを中央選管が告発してこれを罰するなんということになりますと、やっぱり公選法が政党に介入するということになりますよ。松浦先生は政党に干渉また介入する意思はないとおっしゃいますけれども、この公選法自体がそういう形に、意思はなくても法がこうなっているんですから、大変ですよ。西ドイツなんかの政党法では、やはり候補者を選ぶ基準というものは秘密投票なんということをうたっているわけです。そこまで決めているわけですよ。 だから私は、拘束名簿式比例代表制というようなものをわが国に適用する場合に、よほど慎重に行わないとこれは大変なことになるんじゃないかなと、このように感ずるわけです。この二百三十八条二の第二項におきましては、「当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会(参議院比例代表選出議員の選挙については、中央選挙管理会)の告発を待って論ずる。」、こうなっております。いわゆる比例代表選出議員の選挙の立候補に関する虚偽宣誓罪の罰則につきましては、中央選挙管理会が告発するということでございます。 そういう意味で、先ほどから申し上げましたように、公選法第一条の目的によっても、選挙過程における問題を告発するのならば、これは公選法でできるでしょう。だけれども、そういった候補者選定の場合とかあるいは政党独自の党内における除名の問題、こういったものまで公選法の罰則の適用を図ることができるということになりますと、私はどうも範囲外のような気がする。この点はどうお考えですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 当該選挙にどういう影響があるか、大きな影響があるかないかということが基準として判断さるべきであって、選挙が始まってからの問題についてというお考えには私は賛同しかねる。たとえば事前運動というのは選挙期間前の問題でございます。これはもう長い歴史の中で事前運動の禁止の規定があるわけでございます。そういう御理解には私にわかに賛成しかねる、こういうふうにお答えを申し上げておきたいと思います。
○多田省吾君 たとえば第八十六条の二第二項四号の重複立候補の禁止の宣誓書なんというのは、これは選挙が適正に行われたかどうかに関係がありますので、公選法第一条の目的に合致いたしますので、公選法での罰則適用対象に私はなると思います。しかし、いま言ったように政党内部の問題である除名の問題まで公選法の罰則ということになりますと、これは中央選挙管理会が介入することは越権になるのではないか。中央選挙管理会は、その根拠法というものを見ますと、公選法第五条の二に規定する機関でありまして、自治省の外局でございます。これが党内問題に介入するということになりますと、これは権限外であるということは明白でございます。その点お答え願います。
○委員以外の議員(松浦功君) 私は、中央選挙管理会が政党の内部に介入するということはできないということを申し上げておるはずでございます。したがって、選挙管理会が告発する場合は、何らかの事情によって明らかに偽りがあったということが客観的にわかった場合と、こう申し上げているはずでございます。出されました宣誓書について一つ一つ本当であるかどうか政党の内部に立ち入って調べるなどということは、中央選挙管理会に権限があるとは存じておりません。
○多田省吾君 じゃ、政治資金規正法の場合のように、その罰則というものがいままでほとんど適用されたことがない、空文化ということですか。これも同じような空文化になるということですか。
○委員以外の議員(松浦功君) これは具体的な場合の問題だと思いますけれども、ある政党が除名の手続規定があるにかかわらずその手続を踏まないで特定の方が除名という行為をとったような決定をした、そういうことが外部にわかった場合には正当な除名とは認められない、そういう場合に告発ということがあり得るのじゃないかということを申し上げておるわけでございます。
○多田省吾君 そうしますと、松浦先生も除名というものは選挙過程の中で発生するものではないということはお認めになりますね。
○委員以外の議員(松浦功君) 一般論として除名という問題は選挙に絡んで起こってくる問題だとは思いません。
○多田省吾君 まして除名なんというのはいつ発生するかもわからない問題でございます。除名する基準というものはそれぞれの政党がそれぞれの規律によって決定するものでございます。それを公選法で、適正に行われたかどうか、その政党の基準に従って適正に行われたかどうか、それに偽りがあったか、そんなことで罰するということは私はやっぱり越権行為ではないか、このように思うのですけれどもね。具体的にじゃそういう告発、これは自治省も関連してくるわけですが、もしこの法案が成立した場合、そういうことが起こった場合どう処置なさるおつもりですか、自治省にお尋ねいたします。
○政府委員(大林勝臣君) 現行法で立候補の際にいろいろつけていただく宣誓書を要求しておりますのは、結局いろいろな要件が充足しておるかどうか選挙管理機関においては実際問題としてわからない、わからないからやむを得ず宣誓書をつけていただくというシステムになっておるわけであります。しかし、そういう宣誓書にうそがあったらおかしいではないか、したがってやはり罰則というのは要るではないかという議論が昔からございました。ただ、その罰則を設けておりましても、選挙管理会当局といたしましては、事実上はその宣誓書がうそであったか本当であったかということは社会に明るみに出てからでないと実はわからないというのがこれまでの実情でもございます。 したがいまして、現行法におきましても、その宣誓書の罰則が適用されたかどうか、あるいは選挙管理機関の方で告発があったかどうか、私どもは記憶にございません。今後、政党選挙ということに関連をしまして、原案のような宣誓書をつけることになっておりますけれども、それにつきまして選挙管理機関としてうそであるか本当であるかということもわからないのも従前どおり、ただいま提案者の方からお答えされたとおりでありまして、結局は何らか別の問題で社会に明らかになるというようなことを待って処置する以外はないと思います。
○多田省吾君 除名なんかの場合は各政党によって基準が違いますね。じゃ、その政党の除名基準がどういうものであるか、それに合致した除名であったかどうか、報告に偽りがあったかどうか、そういったことは中央選管で調査して告発するんですか。
○政府委員(大林勝臣君) 犯罪事実について、選挙管理機関としての中央選挙管理会におきましては事実調査の権限が全くございません。まさに形式的にわかり得る範囲のものしか対応できないわけでございます。
○多田省吾君 ますます私はわからなくなったんですがね。やっぱり公選法に選挙過程に関係のない除名のことまで、政党内部の問題にまで立ち入って罰則をつけるということ自体もおかしいし、またその罰則がありながら中央選管が調査する意思も機能もないんだと。ただ、社会的に騒がれた場合だけ、それでうそとわかったときだけ告発するんだというのは、ちょっと私は公選法としてははなはだずさんな内容である、そう言わざるを得ません。 それから、そのほかたくさん問題がありますが、投票の記載事項について若干お尋ねいたします。 第四十六条に投票の記載事項及び投函についてというものがあります。同案第二項においては、「選挙人は、」「同項の届出に係る名称又は略称を自書して、」云々となっておりますが、この条文から言いますと、届け出した名称一つ、略称一つですから、それ以外の略称を書いた場合は無効となるというように理解するのが当然ですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 非常にお答えしにくい質問なんでございますが、届け出た名称及び略称を書けば無論構いません。たとえば、皆様方の党の名前を使ってはいけないと思いますのでわが党の名前を使いますが、自民党という略称を届け出てあった場合に、自民という記載があった場合には略称とは一致いたしておりません。しかし、ほかのものにそういう名前は、今度は名称保護の関係がございますからないと思います。それは間違いなく投票者個人が自民党の党を書き忘れたんだという判断ができる場合が多いかと思うのです。そういう意味では自民と書いた投票は有効になると、こういう考え方をとっております。
○多田省吾君 しかし、比例代表選出議員の選挙以外の選挙においては「公職の候補者一人の氏名を自書して、」とあるわけです。この場合は、いままで日本が百年近くやってきた候補者個人の名前を書く投票方式ですから、大体開票に際しましても一定のルールができておりますよ。私の名前は多田省吾でありますけれども、同姓がいない場合は多田でもいいとか、またひらがなでも名前がわかればいいとか、そういうふうにいろいろ各開票所でルールができているわけです。ところが、この比例代表選出議員の選挙に関しましてだけは「届出に係る名称又は略称を自書して、」と、「届出に係る」とはっきり書いてあるんですよ。 そうなりますと、いま松浦先生もおっしゃったように、自由民主党という名前を使わせていただければ、先生がお使いになったから私も使わせてもらいますけれども、自由民主党、これは名称でしょう。それから自民党というのは略称でしょう。本当はこれだけなんですね、「届出に係る名称又は略称を自書して、」とありますから。ところが、いま先生おっしゃったように、自民と書いてもほかに類似の政党がなければこれは自由民主党のことだろうと。また公明党も同じだと思うのです。公明党、あるいはたとえばひらがなでこうめい党という略称を使ったとすれば、こうめいと書いただけでもこれは公明党だろうとやってくれるかも)しれません。 ところが、「届出に係る」とはっきりこの法律に書いてありますと、この名称、略称二つ以外はもう全部だめなんだというふうにこれは法律ではとられかねませんよ。だから、この「届出に係る」というのは消したらどうですか。「公職の候補者一人の氏名を自書して、」と、こういうのと同じ書き方にしたらどうなんですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 「公職の候補者の氏名」と書いてあるわけで、正確にいまの御議論を展開していけば多田というのは問題なんです。氏名ですから多田省吾でございます。それと同じことでございまして、投票の効力の判断につきましては、現在の個人名を書かせる投票の効力と何ら私は差別はないと、同じようにやっていく。ただ、いままで何十年間かやってまいりましたので、個人の名前を書く場合の有効、無効の基準というものは、判例、実例、積み重ねられておりますから比較的わかりやすいというだけのことでございまして、その基本原則に変わりがあるとは考えておりません。 たとえば私は松浦功でございます。いさおというのは成功の功という字を書きますが、共産党の内藤功先生と全く同じでございます。功という投票はこれは無効ではないのでございます。どちらの投票かわからないから、これはちゃんと制度上には「按分」という規定があるわけでございます。できる限り投票者の意思をそんたくして有効にしていくようにしようというのが現在の法の精神であり、最高裁の判例の傾向であると考えております。そういう意味では、選挙管理委員会は長年なじんできておりまするから、的確に個々の問題について判断がつけていただけるものと、こう期待をいたしております。
○多田省吾君 第六十七条には、「その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならない。」という規定がありますから、いままで百年近くなじんできた個人投票の場合は、私はこれがルール化されてきわめてスムーズにいっていると思います。しかし、新しい法律では、この比例代表選挙におきましては「届出に係る」と、いままでなかった用語を使っておりますから、「届出に係る名称又は略称」となりますと、届け出したその名称、略称二つしか使えないのか、このようにだれしも思いますわ。だからその辺を質問しているわけでございまして、自治省はいまの松浦発議者の解釈でよろしいのかどうか、念のためにお聞きしたい。
○政府委員(大林勝臣君) いま、投票の有効、無効の別というのは、確かに現在の制度におきましても「氏名」と、こういうふうになっておりますけれども、従前から有権者の意思をできるだけそんたくして、通称でも、あるいはたとえば屋号なんかを書かれる方もおられるわけですが、そういうものまで、それが広く世間に知られておるものであれば有効というふうな取扱いをしてまいっております。厳格に条文を読みますと「届出に係る」というような文言が書いてございますが、そのあたりの判断は、私どもは現実の仕事といたしましては、従来の候補者の氏名というものの判断基準というものを援用してまいるつもりでございます。どういうものがそれ以外のものであり、どれが正確なものであるかというようなものは、結局、これはそれぞれの具体的な事例の積み重ねと申し上げる以外にはございません。
○多田省吾君 次に、欠員に伴う繰り上げ補充問題についてお伺いします。 この繰り上げ補充の期間を六年間としているという答弁がさきにございましたけれども、昭和五十二年に自民党が出された、中西理事等が発議者になられて出されたものは、その補充期間は何年になっておりましたですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 細かな出入りはあるようでございますが、三年ということになっておったように記憶いたしております。
○多田省吾君 その当時三年になっていた理由、また今度六年にした理由はどうでしょう。
○委員以外の議員(松浦功君) 中西先生の場合には、恐らく三年にしておいて後は三年ごとに行われる選挙に欠員分を足してやろうというお考えだったと思います。その考え方を基準にしていろいろわが党においても検討いたしたわけでございますけれども、ある選挙においてA党に二十名の議席を与えたといたしますならば、それは六年間二十名の議席を与えるという国民の意思であった、こういうふうに判定するのが一番正しい認識ではなかろうかと。ということであれば、繰り上げ補充もやはり六年でよろしいんではなかろうかということで割り切ったわけでございます。
○多田省吾君 この法案の百十二条第二項で任期中の繰り上げ補充事項の規定が設けられておりますけれども、やはり同じ現行公選法の中には、三十四条第二項には参議院議員の任期六年、五年半たって任期が六カ月前になったならば補欠選挙も行わないという規定もあるわけですね。その関係はどうなんですか。
○委員以外の議員(松浦功君) これは自治省の方にお聞きいただいたらよくおわかりいただけると思いますけれども、六ヵ月前までになりますと補欠選挙をやらないというのは、わずかの期間のために多額の金を使って選挙をすることがいかがかと、こういったことから発想をしておるんだと思います。今度は補欠選挙をやるわけではございません。選挙会を一度開いて繰り上げ補充の手続だけすればいいわけでございますから、何も六カ月という期間だけは繰り上げ補充にならないのだということを決める必要はないのではなかろうかと、こういうことからこういう制度にいたしました。
○多田省吾君 自治省にお尋ねしますが、六ヵ月前以内ならば補欠選挙をやらないということは、いま松浦発議者のおっしゃったように、ただ単なるお金の問題とかあるいは仕事の問題だけですか。
○政府委員(大林勝臣君) 任期満了前六カ月以内の欠員について補欠選挙を行わないと申しますのは、先ほどお答えがありましたように、結局もうすぐ一斉の本来の選挙が迫っておるんだからという意味で選挙の手間を省く、こういうことが主たる理由になっておると理解しております。
○多田省吾君 そうしますと、六年間欠員に伴う繰り上げ補充が続くとなりますと、非常に心配なのは、三カ月議員とか十日議員とか一週間議員とか、一日の補欠議員というものが当然生ずるわけです。これは比例選挙で当選した方が不幸にしてお亡くなりになった場合とか、あるいは他の選挙に出て当選されるとかいろいろありましょうね。それにつれて必然的に一日議員、一週間議員、十日議員というものができるわけですが、こういうことは参議院という重要な国会の一院の姿として適当だと発議者は思われますか。
○委員以外の議員(松浦功君) 一日議員というようなものが発生し得ることは論理的に多田先生のおっしゃるとおりでございます。一日議員あるいは一週間議員、一月議員、これがおかしいじゃないか、そういうお説も一つの説かと思いますけれども、それよりもっと基本は、比例代表制度というのは、ある選挙においてA党というものが二十の議席を国民の審判によって与えられたといたしましたならば、六年間二十の議席を確保していくということが比例代表の選挙に沿うゆえんだと思います。結果的に一日議員、一週間議員が出てくることはやむを得ない、こう考えております。
○多田省吾君 私は何も中西私案に賛成するわけではありませんが、やはり五十二年に出された自民党案では三年を限って繰り上げ補充ができる期間とした。これも一つの見識であろうと思いますし、また六年間の任期満了前六カ月に至ると補欠選挙すらいろいろな理由でやらなくなるという状況から見て、それとすなわち現行三十四条第二項との関係において、任期満了前六カ月になったならば繰り上げ補充をやめるとか、そういう考え方もあってよろしかろうと思うのですね。 それにしましても、六年間まるまる欠員に伴う繰り上げ補充、ただ政党名を投票するということで、政党に何名当選という資格が与えられたんだというそれだけのことで、非常に可能性のある一日議員、一週間議員、十日議員をつくるというのは、やはり参議院の良識というものから見れば非常に私は不適切ではなかろうかと、このように思うのですね。それがもし意図的に行われたならば、これはその政党の良識の問題ということになるかもしれませんけれども、必ずしも意図的でなくて必然的にそういうことが行われるということも非常にあり得ることだし、私はこれは相当問題じゃないかと思うのですが、それはお考えに変わりはありませんか。
○委員以外の議員(松浦功君) 先ほどお答えを申し上げたとおり、比例代表制の本質というものからそういう結果が出てくることはやむを得ないと思っております。しかし、多田先生の御主張なさる御主張も一つの考え方だと思います。幾つかの考え方があると思うのでございます。私どもとしては六カ年繰り上げ補充の期間を認めるというのが最適であると判断したというふうに御理解をいただきたいと思います。
○多田省吾君 それから、たびたびこの委員会で提起された問題で、当選後にA党からB党にかわったという場合は、まあそれだけでは本人が実在するわけですから繰り上げは必要ありませんが、その方が死亡した場合にはA党の繰り上げ補充になるんだと、こういうことですね。ところが、死亡によって一人減ったのはB党であってA党ではないわけです。だけれども、選挙当時を振り返るとA党に対して与えられた票だからこれはA党で補充するのだと、この辺も非常に論理がおかしいわけでございまして、前に青島議員からも質問がありましたけれども、私はむしろこれは逆じゃないかなと思うのです。その辺もう一回お尋ねしますが、絶対これはA党の方が正しいという、そういうお考えを固執されますか。
○委員以外の議員(松浦功君) 先ほど来繰り返して申し上げておりますように、A党が二十の議席を得た場合に、そのA党の一人がB党へ移られたと、その場合には先生おっしゃるように欠員は生じませんから繰り上げ補充の問題は起こりません。ところが、そのB党へ移った方がお亡くなりになると一人欠員ができるわけでございます。それに対して繰り上げ補充はA党の名簿の中から繰り上げ補充になるというふうに私どもは考えておるわけでございます。それは御指摘のとおりでございます。それがおかしいじゃないかというお話でございますが、A党からB党へ移ってそこで亡くなった方の繰り上げ補充をB党の名簿からする方が私どもはおかしいと思います。そこのところはどうも考え方がずれておるように思います。
○多田省吾君 その辺の考え方がやはり政党に対する考え方の相違であると思いますけれども、まあ私はどっちかというと両方ともおかしいと思うのです。どっちもすっきりしない。これがやっぱり私は拘束名簿式比例代表制の一つの欠陥ではなかろうかと思うのです。 それからさらに、当選しなかった名簿登載者が——当然当選者の二倍までの繰り上げ補充資格のある方を私は申し上げております。その当選しなかった名簿登載者が名簿登載のまま他の選挙に立候補することができるのかどうか。まあ当選した場合は当然削除されると思いますが、どうですか。また、落選した場合は名簿に載ったままになるのかどうか、その辺どうなんですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 名簿に登載されて当選はしなかったという方が他の選挙に立候補できるのかというお尋ねだと思いますが、これは全く自由に立候補できると思います。
○多田省吾君 私は三つお尋ねしたわけです。その場合、当選した場合は当然削除されるでしょうと。落選した場合は名簿に載ったままですかということです。
○委員以外の議員(松浦功君) 落選した場合は名簿に載ったままでございます。
○多田省吾君 そうしますと、当選した人は当然削除されると思うのです。他の選挙、衆議院選挙とか地方選挙あるいは首長選挙等に立候補しまして当選したならば、これは当然削除されると思うのです。これはそのとおりですね。
○委員以外の議員(松浦功君) 他の選挙に立候補して当選をなさった場合には、立候補して当選したその議員の職を選ぶかどうかという権利が残っております。実際にその人が議員になってしまえば、こちらの名簿から繰り上げてもらえる資格、これはなくなります。ただ名簿からは消えません。
○多田省吾君 そうすれば、他の選挙に立候補して落選した場合は資格も残るということですね。
○委員以外の議員(松浦功君) 落選した場合には繰り上げ補充の資格も残っております。
○多田省吾君 そうしますと、その資格のある落選者が他の選挙に立候補した、ところが法定得票数を確保してやはり次点で落選したとします。そうしますと、三カ月以内に他の方がおやめになれば当然繰り上げ当選になるわけです。その三カ月間というものは、どうも何ですか、両方の選挙を見守って、両方の当選者を見守って、どちらかの現役の議員の方がおやめになればどちらかに当選になるんだと見守っているわけですね。そういう状況は大変議員としては、国会議員になる方としては奇妙な姿であると私は思わざるを得ないわけですね。 ですから、議員としては兼職できないと。だけれども、補充当選の可能性のあるのは二つだけではありません。六年間あるんですから、もう一つの選挙はもうたくさんの選挙に立候補して、そのたんびに法定得票数を確保して次点なんかになりますと、非常に奇妙なことになるのじゃないかなと思うのですが、そういう状態は私は非常に好ましくないと。参議院議員になるべき方としてはどうも二またかけているようでもあるし、それでまた他の選挙の三カ月、三カ月ごとに繰り上げ当選の可能性が残っているというような状況では、兼職しないまでも、まだ候補者の段階ではございますけれども、二また、三またをかけたこととして道義的に見ても非常におかしいなと思わざるを得ないのですが、それはいかがですか。
○委員以外の議員(松浦功君) そういうお上手な説明をされるとなるほどと思うような気もしますが、現行制度においても同じことなんでございます。衆議院議員の選挙に立候補して三カ月たって次点で繰り上げ補充を待っている、一カ月後に参議院議員選挙があったのでまた立候補してまた三カ月間待てるということになるとダブってくるわけでございます。別にそういう点では、数が多くなるという点ではやや奇妙に映るかもしれませんけれども、理論的には私は何らおかしいとは思っておりません。
○多田省吾君 しかし、松浦先生のお挙げになったのはただ個々の選挙の三カ月だけの問題です。ところが、この参議院の比例代表選出選挙が加わりますと六年間繰り上げ補充の資格があるんですから、国会議員となる資格が六年間保留されるわけですから、それが根幹になっておりますとやっぱり相当形が違ってくると思うのですよ。
○委員以外の議員(松浦功君) どうも立場が全然逆で、私どもは比例代表制度がいいと思っている、多田先生は比例代表制度は絶対いかぬと思っている、そういう立場の違いからこういう問題についても見解の相違がどうも生じてきているのじゃないかという感じを受けてならないのですが、別にそういう繰り上げ補充をされ得る資格というものが法律上幾つかあったにしても決して私はおかしいとは考えておらない。そういうことを申し上げておきたいと思います。
○多田省吾君 私は比例代表制そのものに反対というようなことは言ってないつもりですよ。だから、たびたびこの委員会で言っておりますように、たとえばいま三人区、四人区、五人区の衆議院選挙等におきましては、私は都道府県単位の非拘束式比例代表制等を用いれば非常に少数政党の確保にもつながるし有効であるということで、わが党も昭和四十八年にはそういう案を提案しておりますし、決して比例代表制そのものに反対しているわけじゃない。 ただ、こういったやっぱり拘束名簿式比例代表制、完全拘束式比例代表制となりますと、先生も御存じのように第一次大戦後のドイツでワイマール体制下において行われただけでありまして、そのときはやはり個人の立候補も禁ぜられ、また個人の投票も禁ぜられて、その結果、当時のドイツの学者も書いておりますように、選挙が無味乾燥のものとなった、有権者とそれから候補者のつながりが全然なくなった、投票率も低下した、その間隙に乗じて政治不信の中からヒットラー等が出てきたというようなこともありますしね。だから、私はそういう点で、政党法もない日本において、いきなり衆議院を通り越して参議院全国区に、しかも拘束比例代表制を、全世界どこでも行われていないものを持ってくるということ自体が大変これはおかしいことじゃないかと言って反対しているんです。だから比例代表制そのものに反対ということじゃないのです。 そういう初めてのこの提案の中で補充期間を六年にしたという、五年前の中西私案は三年だったわけですよ、今度は六年にした。ところが、御存じのように参議院選挙においても任期満了前六カ月になりますと補欠選挙も行わないという状況でしょう。だから、六年補充というものが果たしてよいのかどうかということで御質問しているんですよ。それで、あらゆるそういう前提を除いて、ただ私が比例代表制に反対だからそうおっしゃるんじゃないかなんてことを言われますと、私もどうも質問をしにくいわけですよ。そうじゃないのです。 だから、そのことをよくお考えの上、そんな一日議員、十日議員なんというのが生じたり、それから六年間補充を待つ期間において、他の選挙に出ても当選してその議員になってしまえば資格を失うが、落選すれば資格がずっと残るんだというようなことでございますと、やはり二またかけた議員というようなことで、道義的に見てそういう方が参議院議員になるのはどうかなと。やっぱり参議院を私も愛しますからね、良識の府にしたいですから、やはり参議院議員としてのその議員が良識の上から見てそういうやり方でいいのかどうかということを考えますと、どうも私はおかしいと思うのです。だから質問しているのです。その辺もう一回御答弁いただきたい。
○委員以外の議員(松浦功君) 多田委員御主張の考え方、これもりっぱな一つの考え方だと思います。しかし私どもは、先ほど申し上げましたように、A党に二十の議席が与えられれば六年間A党は二十の議席を占めるべきだという基本的な精神から、繰り上げ補充の期間も六年とするのが立法論としていいのじゃなかろうかと、こういう判断をしたというふうに御理解いただきたいと思います。
○多田省吾君 くどくなりますからもう一回だけ聞いて終わりにしますが、やはり国政選挙に立候補するからには国家百年の大計を持ち、その主義主張を実現するために出馬するわけでございますから、何か日和見主義的にあちらが落選したらこちらというように、参議院の全国区の方に補充資格が六年間残っているけれども、その間他の国政選挙にも出られるわけですから、はっきり言えば参議院全国区にも三年たてば出られるのじゃないですか。だから両方の名簿に連なるわけですよ。こっちの方は次点であると。そのままでやっぱりこっちの選挙、三年後の選挙に名前を連ねて立候補できるのでしょう。当選したらもうこっちの資格は失うけれども、それじゃ二番目ぐらいで落選したら両方待つわけですよ。余りにも無節操じゃないか。だから、このことから考えますと、他の選挙に立候補した場合は名簿から資格を失うというぐあいにしたら妥当だと思うのですが、その点いかがですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 繰り返して申し上げておりますように、名簿の順位をつけて国民の皆様にお示しをし、それによって政党に御投票を願うわけでございますから、あくまで私どもの考え方が最も適当であろうということで六カ年の繰り上げ補充期間という制度を採用したというふうに御理解をいただきたいと思います。
○多田省吾君 その六カ年繰り上げ補充の件もそうだし、他の選挙に立候補した場合でも落選した場合はその資格が残るということもそうだし、私はそういう姿がますます参議院のやはり機能というものを低下させるおそれがある。参議院に対する不信が国民から巻き起こると、このように思わざるを得ません。 次に、名称、略称類似の禁止の問題について御質問いたします。 第八十六条の二、第三項について伺いますが、その条文では名称、略称の類似を禁じておりますが、その範囲はどの程度かお答えいただきたい。
○委員以外の議員(松浦功君) 類似の名称あるいは同一の名称の政党がたくさん出てまいるということになると、選挙の公正が保てなくなります。そこで、政党要件の所属国会議員五人以上、それから四%以上の直近の選挙における得票のあった政党、この二つの政党については告示の九十日前に名称とそれから略称とを届け出ていただく。そして、それを、登録というような意味になると思いますけれども、中央選挙管理会でそれを持っておる。そして、告示の後名簿の提出がございます。それに同一または類似する名称による政党の受け付けはしないということによって名称の保護をする、そして選挙の公正を確保しようと、こういう考え方でございます。
○多田省吾君 用字が別であっても発音が同じような政党が当然出てくると思うのです。他の党は恐れ多いですから言いませんが、たとえば公明党の場合、公明の明の字が同盟の盟なんていう字の公盟党が出てくる可能性もありますね。そうしますと、これは完全に類似ですけれど、それを査定するのは中央選挙管理会でしょう。だから、そこでどういう基準で査定するのか。それがもし許されると、ひらがなでこうめい党なんか書くと、両方にまた比例配分なんてなっちゃうんでしょう。そういうおそれがないのか。中央管理会がそういった類似の名称を禁止した場合、訴訟問題なんかも起こると思うのですよ。これはもともとわが党が前から政治資金規正法による政党名称の届け出をしてあるとか、いろいろありましょう。そういう権限を中央管理会に与えて問題は起こりませんか。 その辺、ひとつ松浦先生とそれから自治省にお尋ねして、きょうはこれで質問を終わりまして、次にまた続けて質問したいと思います。
○委員以外の議員(松浦功君) 中央選挙管理会は、この辺の問題については、投票の効力をも含めて、世の中の常識に従って、最終的には裁判所で決定する問題だとは思いまするけれども、裁判所によって自分らの行為が間違っておったということを認定されないように慎重に決定をされることと思います。 しかし、どういう場合がどうだという基準をいま述べろとおっしゃっても、なかなか、具体的な事例が出てまいらないといけないと思います。多田先生がおっしゃられた公明党は公の明るいでございます。それが公の同盟の盟という字を書いた。これは私の判断でございまするけれども、明らかに類似の名称であって、これはとても受け付けれる問題ではないと思います。そのほか、もっと微妙になってまいりました場合にどう判断するかは、中央選挙管理会が決めることでございますので、ここで明確には申しかねますけれども、ここまでしてあれば、まず中央選挙管理会が公正な管理をしていただけるものと思っております。
○政府委員(大林勝臣君) 政党名の類似であるかどうかというものの判定が一つ加わりましたことは、選挙管理機関としても全く新しい仕事でございます。ただ、いざ具体的なケースが出ました場合には、中央選挙管理会の委員の先生方も国会の各党の御推薦になるそれぞれの選挙のベテランの方ばかりでございますので、その都度世の中の納得のいく適正な結論をお願いできるものと考えております。
○近藤忠孝君 当委員会におけるいままでの若干の質疑、それから第一回目の参考人の意見聴取の結果、比例代表制そのものは合理的で、それを真っ正面から否定する意見はほとんどなかったのではないかと思います。ただ、これは自民党推薦の参考人まで含めまして、ほとんどの学者、専門家から指摘されましたのは、一つは政党の資格要件が厳し過ぎるからこれを緩和すべきである、もう一つは運動はもっと自由であるべきで運動規制を緩和させるべきではないか、こういう指摘がありました。 まず、最初の政党の資格要件の問題につきましては、わが党は基本的には政党政治、政党本位の選挙について肯定的でありますが、したがって比例代表制を採用すべきこと、これは戦後一貫主張してまいりました。そういう点では、私は自民党や社会党よりも先輩であったと、こう思うのですが、問題はこの比例代表選挙から大変厳しい政党資格要件で不当に小政党、さらに無所属などを排除する点であります。これらの小政党などが進出する機会を事前に奪ってしまうということは、これは比例代表制の一番重要な部分を排除してしまう。そういう点で私は、特に自民党案、まあ社会党案は後で触れますけれども、自民党案については比例代表の名は使っておりますが似て非なるものであると、こう思います。同時に、憲法違反もこの政党の資格要件制限の点にあるということも、これはいままでの論議で明らかになってまいったところであります。 こういう経過から見まして、わが党は本日、参議院全国区に拘束名簿式比例代表制を憲法の精神に基づいて実施することを目的として、名簿届け出政党等の資格要件は一切つけない、それから選挙運動は本来自由であるという立場でありますけれども、しかし当面の改正ということでありますので、現行の個人候補者に認められている態様、規模で政党等にこの選挙運動を保証するという、これを主な内容とする公職選挙法の一部を改正する法律案を本院に提出いたしました。 ところで、自民党の発議者は、いままで各党との事前の協議もないで出してけしからぬじゃないかと、こういう追及に対しまして、今回は提出したけれどもこれに固執するものではないと、各党から意見を出し合い、よりよい意見があればそれを取り入れることにやぶさかではない、こういう態度を表明したわけであります。 そこで、一つは発議者にお伺いをいたしますが、わが党が今日こういう法案を出したことについてのこれは基本的なお考え、内容はまた別ですが、いま言った各党間の話し合いをすることにやぶさかじゃないという、それとの関係での御所見を承りたい。 それから委員長については、間もなく、それはきょうであるかあるいは九日であるかはおいおい決まってまいりますけれども、本委員会に付託されることになると思うのです。そこで、私は社会党案と並行して本委員会における議題として、いま申し上げた論議を大いに深める、そのための審議を十分にすべきであると、こう思いますが、それについての委員長の所見をお聞きしたいと思います。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 共産党の御案はまだ拝見をいたしておりませんので、拝見させていただいた上で私どもの考えは的確には申し上げたいと思いますが、ベターな案がございますればその案を私どもも耳を傾けることに決してやぶさかでないということは繰り返し申し上げております。 ただ、一人一党ということにつきましては、繰り返し申し上げておりますように、私はどうも拘束名簿式の比例代表制と現在のわが国の政党政治の現状から申しまして、その点はどうも見解を異にいたすようでございますけれども、正確には冒頭に申し上げましたように案を見させていただいた上で、また改めてお答えを申し上げる機会がございましたらお答えを申し上げたいと思います。
○委員長(上田稔君) 近藤委員からの委員長に対する決意でございますが、共産党からお出しになったものが正式にこの委員会に付託に相なりましたら、理事会とも十分にお諮りをいたしまして、正常に円滑に審議を進めていきたいというふうに思っております。
○近藤忠孝君 かつ円満にひとつこれはお願いしたいと、こう思います。 金丸さん、いま内容についてのお話ありましたけれども、これはまだ内容をごらんになっていないわけですから、これは見ていただいて意見はお聞きしたいと思うのですが、私は自民党案よりはベターなものを出したと、こう思っておるんです。ですから、それはごらんになってみて十分これは御検討いただきたいというぐあいに思います。 そこで、さらに先ほどこれは多田委員から意見がありました定数是正問題についても、わが党ももちろんこれはこの機会に一緒に検討したいということでいろいろ考えてみたのですが、ただ不合理な面をなくすにはやはり定数をちょっとふやすかどうかという問題が出てくるんですね。そうなりますと、議席の関係で予算を伴う議案になりますので、今回の法案にはこれはつけませんでした。しかし、これは問題としては本法案以前に協議すべき問題であると、こう思いますので、これもあわせて協議することを求めたいと思います。 それを前提にしましてきょうは、いま言った政党資格の問題ですね、これも重要な憲法問題がありますが、これはちょっと後におきまして、もう一つの重要な憲法問題、これは選挙運動あるいは政治活動についての規制が憲法二十一条にこれは違反をするという、こういう点について指摘をしたいと思います。 それで、提案理由をいろいろ聞いていますが、共通する点は結局金のかかる選挙をなくすために政党本位の選挙にするんだ、こう聞いたわけであります。そうなりますと、結局それは突き詰めて考えてみますと、個人中心の選挙だと政見をもって争うより個人的な縁故や個人的声望をもって呼びかける必要から、度を超えた売名行為やその他の多額の金品を必要とする選挙になる。それに対して、政党本位になれば政策本位の争いになって政策中心の公正な挙選ができるから金がかからなくなる、というのが私がいままでお伺いした発議者の主張だと思うのですが、そうお聞きしていいでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) おおむねそのとおりだと思いますが、金のかからないということだけではございません。有権者の側からながめて非常に選択がしにくいとか、それから出たい人より出したい人というような、そういう観点もあわせているということだけは念を押させてください。
○近藤忠孝君 しかし、金のかかる部分について言えば先ほど私が引用したことでよろしいのでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) おおむね先生の御見解と似ていると思います。
○近藤忠孝君 おおむねと言われますとまた後で何か出てくるのじゃないかと思ってちょっと気になるんですけれども、私はいままでの答弁を正確にまとめて、それからあるいは自治省の見解などもまとめて引用したつもりであります。 そこで、次に入りますが、最初に法務大臣にお伺いいたします。 この法案をめぐっていろいろ審議されてきて、大変しばしば出てくる言葉に政党政治という言葉が使われておるわけです。ところが、議事録を何度もひっくり返してみましたけれども、その中身についてはこれは余り触れられていないわけであります。これは発議者に対してもこれからお伺いしますが、その前に、政党政治のもとにおける法務大臣でありますので、その法務大臣として政党政治というものをどのように把握されているのか、御見解を賜りたい。
○国務大臣(坂田道太君) 政党というものは政治上の主義主張、そういうことを、まあ政治上の主義、もしくはこれを主張したり、あるいはこれに反対したり、または公職の候補者を推薦しあるいは支持しあるいはこれに反対するということを本来の目的とする団体というのが一つ概念規定としてあると思うのでございます。 しからばどういうものかと言えば、たとえば近藤さんが支持しておられるあるいは所属しておられる日本共産党、私の所属しておりまする自由民主党、これが政党である、こういうふうに思うわけであります。そして、その政党同士が公職選挙法に基づいて選挙を行う、主権者たる国民の投票で。こちらは立候補する、そして選挙をやって構成された議会によって大多数の主張する政治を国民の支持のもとにおいて行う。言うならばそれこそが議会制民主主義だと思うので、その議会制民主主義というものを裏づけする非常に重要なものとして政党政治というものは切っても切れないものではなかろうか、こういうふうに理解しているのですけれども、お答えになったかどうかわかりません。
○近藤忠孝君 最初の政党の概念につきまして、私の質問の予定ではずっと最後の方にお聞きすることになっておりまして、大分先に出てきてしまったのですが、政党政治というものがどういうものかということについては、坂田法務大臣はまさに長い間の政党政治家としての大先輩ですから、私はもうちょっと哲学的な深いものがお聞きできるかと思ったのですけれども、残念ながら月並みな御答弁でございましたけれども、ちょっとこれは不満を表明したいと思うのです。 そこで、これは発議者の方からひとつ的確な、政党政治とは何か、それと関係して政党本位の選挙とは何か、その辺についてのひとつ少しかなり突っ込んだ一というのは、大体政党に関してはいろいろな著書もあるわけで、その辺かなり学問的にも究明されていることでありますので、政党政治というからにはその辺についての深い御理解があった上、こう思いますので、ひとつ御答弁をいただきたいと思います。
○委員以外の議員(金丸三郎君) どうも私も余りそう学識もございませんし、政党政治家としてもまだ党の一員としてそう長い月日もたっておりませんので、とても御期待に沿えるような御答弁ができるかどうか自信はございませんが、形式的と申しましょうか、政党政治につきまして、やはりわが国の憲法は議院内閣制度をとっておる、これはそういう意味では私は政党政治だと、このように思います。また、現に衆参両院ともそうでございます。また、その政党は国民に対して政策を掲げ、それを訴え、そうしてその実現を図る、これがその実態と申しましょうか、であると思います。私は府県段階まではそういうふうに行われておる、知事が仮に無所属でございましても都道府県の議会は政党によって運営が行われておる、私はこれが日本の実態だろうと、このように思っております。 その政党がいろいろ批判を受けることは、人間の集まりでございますから私はこれはあり得ることだろうと思います。現在でも私は国民からいろいろ批判があることは十分承知しております。それに対しては、ますます私は政党政治が進んでまいるというふうに基本的には考えておりますので、やはり国民の多様化するあるいは常に変化するニーズを考えながら国民の要望にもこたえ、また世界の情勢もまことに変化しつつございます、国内外のそのような変化に対処しながら政治をやっていかなければならない。その政党政治の本当の中心になっておりますのは私はやっぱり国会ではなかろうか、このように思っております。
○近藤忠孝君 この問題は法案のやっぱり妥当性の問題にかかわる基本的な考え方の問題ですので私はさらにお聞きするのですが、そこで自治大臣にお伺いしたいのですが、政党の現実の憲法的機能とはどういうものであるか、お願いします。
○国務大臣(世耕政隆君) 憲法には政党に関する規定というものは何らございません。それから憲法の中で政党に対する位置づけというのは一切ございません。しかしながら、日本の憲法では議会制民主主義をうたっております。それをうたっている以上は、議会制民主主義そのものは政党の機能を通ぜずして成立しないものと思っております。ですから、憲法の中に政党の規定はございませんけれども、明らかに政党の存在を当然予測している、予定している、このように私どもは解釈しているものでございます。
○近藤忠孝君 だんだん正解の方に近づいてきておるんですけれども、私が聞きたかったのはこういうことなんですね。いま自治大臣は言われましたね、議会制民主主義は政党を通じなければ機能しないのだというところなんです。じゃなぜそれが機能しないのか。機能しない機能しないと言いまして、だから政党政治のために、あるいは政党本位の選挙のためにこの法案の改正必要なんだと、こう言われましても、それだけではやっぱり無所属の皆さんあるいは無党派の皆さんは納得しませんよ。そこで私は、そういう点では自治大臣なり発議者が、いま言った議会制民主主義は政党を通じなければ機能しないのだ、そういう大事なものが政党なんだということをやっぱり事実に即し歴史に即して堂々と開陳なさる、私はそのことが大事なことだと思うのです。その点についてさらに踏み込んだ御答弁を、これはどなただも結構ですけれどもお願いしたいと思います。
○国務大臣(世耕政隆君) ただいまはっきりした御指摘があったのですが、政党とそれから憲法ですが、政党は明らかにこれはいろいろ考え方はあるかと思うのですが、国民全般の政治に対する要求、それから思想、意思表現、それを実際、体と心で感じ取って受けとめて、それを政党としての意思表示にする。 もう一つは、政党以外の場合は無所属の方もおられるでしょうし、個人の意見というのを政党を通ぜずして当然何らかの方法で政治の中枢に伝える、そういう性質も私はやっぱり明らかに憲法の中に含まれているとは考えております。
○近藤忠孝君 そういうことだと思うのですが、さらに私の方から追加して指摘させてもらいますと、人間個人としてはみんな無力に近いんですね、一人一人は。それで、いろいろな意見を持っていますけれども、それだけでは政治的にはどうしても機能しないんだと思うのです。そこで、こういうそれぞれたくさん意思がありながら幾つかの最大公約数が抽出されてくる、その機能が私は政党で、その中の一番多数が政権を担当するということだと思いますし、それが議会制民主主義の発展、それからそれに対応して政党自身がそういう役割りを十分かどうか別として果たしてきた。そういうものが一体となって政党がやはり今日の社会に必然的なものである、そういう存在になってきたのではないか、私はこう理解しておるんですが、そういう理解をやはりお持ちでしょうか。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 私もそのように考えます。
○近藤忠孝君 ようやく意見が一致しましたので、これからスムーズにいくと思うのですが。 そこで、私はそういう意味で政党政治は必然的である、こう思います。ただ、その必然的だというためには幾つかの条件があると思うのです。その条件の一つとしては、やはり国民のいろいろな意思が形成されてくる機能ですからね、そうなれば国民のいろいろな意見がそこで闘わされ論議される、そういう条件がこれまた不可欠である、こう思いますが、いかがですか。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 議会、地方議会、まさにそのような場だと思います。
○近藤忠孝君 それが特に私は選挙の際には重要だと思うのです。議会自身見てみますと、国民代表機関としての役割り、機能を果たし得るためには、議会における自由な討論とそれに基づく十分な審議が必要であって、これがあって初めて民主主義だと言えると思うのです。これと同じことは議員を選出する選挙という行為についても当てはまるんだと思いますが、それはお認めになるでしょうか。
○委員以外の議員(金丸三郎君) ちょっと御質問の趣旨がよく私にはわかりかねるのでございますけれども、選挙は議会制の民主主義のもとにおきまして根幹的な制度でございますから、これができるだけ自由に行われるように、またその制度をつくります場合には慎重に審議が行われなければならないということも、それは私も一般的に申しまして当然のことであろうと思います。
○近藤忠孝君 ですから、私がいま指摘したことは、議会での自由な討議、それがあって初めて民主主義と言えると同じように、選挙で議員が選ばれている過程でもそれが同じように求められるだろうということを指摘したわけです。それは、一つはやはり候補者自身が自由な言論によって選挙人に訴えかけることが保障されること。それからもう一つは、選挙人自身が自由にお互いの思想や意見を交換し合うことによってお互いの見聞を広めて、そして正しい情報を持ち、そのことを通じて議員たるにふさわしい者を選定する、そういうことが保障されて初めて国民代表という本質を持つんだと。単に形だけ選挙されても、そういう中身がない場合には、国民主権のもとにおける国民代表という実質的な部分は欠けてしまうのじゃないかということを私は指摘したいのです。 ある学者がこう言っています。「選挙運動の自由のないところで投票することのみが認められてもそれはもはや選挙という言葉に値しない」、こういうことを言っておられる、これは憲法学者でありますけれども。そのいまの指摘まで含めて、御見解を賜りたいと思うのです。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 私は、先般も申し上げましたように、わが国の選挙は実際上選挙と言われておることの行われておる国々の中でも比較的にうまく行われている国ではなかろうか、かように考えております。制度とまた実際面の運用と申しましょうか、これはやっぱりその国の国情もございましたり歴史もございましたりいたしますので、いろいろな制度は国によって異なるわけでございます。抽象的にはできるだけ選挙の運動が自由に公正に行われることが望ましいわけでございますけれども、わが国はわが国の歴史から申しまして、他国にないような制限が行われたりしておる面もございます。これは制度はそう単純にどの国で行っているからいいと一概に言えませんので、やはり総合的に制度全体として、また国民性とか社会生活の秩序とかいうようなことも勘案して決めると申しましょうか、つくってまいりましたり、あるいは手直しをしたりしていかなければならないものではなかろうか、かように考えます。
○近藤忠孝君 いまお答えになった個々の制約が妥当かどうかという問題はまた個別に議論をしたいと思うのですね。 私は、いまもう少し大きな問題として、一つは理念の問題としまして、ともかくこれは人類普遍の原理だと思いますから、それは国の状況によって変わるべきことではないと思うのです。そういう点で私がお聞きしたのは、さっきの学者の指摘ですね、「選挙運動の自由のないところで投票することのみが認められてもそれはもはや選挙という言葉に値しない」、こういう指摘、個々の問題で合理性があればそのときの問題だと思うのですが、私はこういう考え方を基本的にお認めになるのかどうか、そのことをお聞きしているのです。
○委員以外齢議員(金丸三郎君) 御質問の御趣旨を私が的確に把握しておるかどうかわかりませんけれども、私は選挙制度というものは人類普遍の原理とは思いません。国によって違います。明治時代と現代でもすっかり違います。私はやはりこれはその時代その時代の政治的な情勢もあれば国民の考え方もあり、あるいはいろいろなメディアの手段も変わってまいりましょうから、それはやっぱりその国々によって選挙制度、まあ選挙運動とか立候補は選挙制度の中の一環として考えますというとこれはやっぱり各国いわば千差万別、その中で比較的共通の国もございましょうけれども、私はやっぱり選挙制度として考えますと、いろいろなそういうような要素の複合的な産物にならざるを得ないのではなかろうかと考えます。
○近藤忠孝君 私のこの後の質問を想定して大分警戒的にお答えになっておるんですけれども、私は国民主権と、その国民主権を具体的に実現する方法としての代議制、これは私は人類普遍の原理だと思うのです。そのことまで否定されるおつもりはないと思うのですが、どうですか。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 私は、それが民主政治を前提にいたします政治をとる国々におきましては、共通の基本的な理念とは申してよろしいかと思います。
○近藤忠孝君 わが国の憲法はそれを人類普遍の原理ととらえて最大限これを実現しようという、こういう立場だと思うのです。 そこで、いよいよ政党本位の選挙ということになりますと、大体政党は生まれながらにして政治活動をする団体であって、政治活動を除いたら政党の存在はなくなってしまうんだと思いますね。そして、これは先ほど意見が一致いたしましたけれども、多様な国民の意思が政党という媒体を通じて国政に反映する、これが政党政治であるということも確認されました。したがって、政党が政策宣伝あるいは有権者へのアピール、これをすることはまた必然的なことだ、こう思うのです。これが欠けては政党とは言えないし、また政党本位の選挙とも言えないと思います。 となれば、これは発議者と自治大臣にお伺いしますけれども、政党政治においては個人中心の選挙にも増して運動の自由が認められるべきだ。これはいろいろまた具体的なことを考えますと先走りしてまたいろいろなことをおっしゃるでしょうけれども、基本的な考え方としてこの考えは認められるかどうか、どうでしょうか。
○委員以外の議員(金丸三郎君) わが国の選挙は申し上げるまでもございませんが明治以来個人本位の選挙の制度をとっておりまするし、また今回、参議院の全国区にだけ政党本位の選挙制度をとろう、こうしておるわけでございます。政党本位の選挙運動の方法にいたしましても、先ほど来申しますように、どのような選挙運動が許されるか、あるいは適当と考えるか、これはやっぱり時代時代によりましたり、社会事情、いろいろなものを私は考えて決めるほかはないのではなかろうか。政党だから個人本位の選挙よりも自由にした方がいいのかどうか、私はその点はそう一概に言えないのではなかろうか、かように考えます。
○国務大臣(世耕政隆君) 選挙運動に関するあれでございますが、これは政党が被選挙体になろうと個人が被選挙体であろうと、いやしくも政党あるいは政見の発表を手段として立候補をしましたからには、合法の範囲内を通じてあらゆる方法で自分の識見、政見その他を国民にできるだけ広く自由に知らしむる、これは必須条件であろうと考えております。
○近藤忠孝君 さきにも申したとおり、政党にとって政治活動というのはまさにこれは不可欠のものですね。これはお認めになると思うのですね。うなづいておるからそうだと思うのです。私が先ほど申し上げたのは、そうであれば個人本位の選挙に比べて政党本位の場合にはまさにそれ自身なんですから——個人の場合にはいろいろほかの生活もある、その中でひとつ立候補した場合に選挙運動、あるいは個人の生活のある部分として政治活動が出てくると思うのです。ところが、政党の場合にはそんな個人生活はないんですから、これもう全身すべて、四六時中すべて、恐らく政党にとってみれば四六時中だれか活動していると思うのですね。となればすべてがこれは政治活動です。となれば個人の場合に比べてより一層自由の範囲が広がってしかるべきだ、これは当然だと思うのです。先ほどの金丸さんのお話だとそれはケース・バイ・ケースで、場合によったら個人よりも政党の活動が制限されてもいいんだというようなことになりかねないですが、本当にそうなんでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 近藤先生御指摘のとおり、日常座臥いつでも政治活動というものが政党の本来のあるべき姿である、これは私もそのとおりに思っております。問題は選挙活動と政治活動ということになりますと、これはちょっと考え方が違うんではないかと思います。現在のわが党が提案している比例代表選挙でも二十三日間という期間だけが選挙活動でございまして、それまでは全部政治活動でおやりいただくわけでございますので、共産党の政策なりあるいは考え方なりというものは常に徹底をして国民の皆様にお知らせがしてある。あと二十二日間の選挙活動をどういう態様で認めるかという問題でございますから、個人の場合より大幅に自由でいいじゃないかという議論は直ちにそういう結論になるかどうか、私どもは非常に疑問に思っております。
○近藤忠孝君 その点はまた後で触れたいと思うのですが、私はいまの答弁と違って、選挙のときこそ政党にとっては日常の政治活動がいわば最も集中的に、またある意味では最も情熱的に最も端的に出てきて闘わされるべき時期だと思うのですね。ふだん政治活動をやって十分に理解されているからいいじゃないかとこうおっしゃいますけれども、それだったならば選挙公約なんか発表する必要ないと思うのです。ふだんやっているけれども、時の争点は何であるか、あるときには財政問題、あるときには安保問題等々ですね、ということがまさに時の国民の選択を求めるものとして提示するわけですね。それはまた、候補者の側からも国民の側からも自由に討議して、それで初めて正しい結論が、ということは選択が出てくるんだと思うのですよ。となれば、私は基本的には選挙のときこそ一層自由が認められるべきである、こう思います。ただ、いまの答弁聞いてこれはちょっとすれ違いですから、また後に問題は残しますけれども。 そこで、自治省にお伺いしたいのは、いま選挙運動期間中については制約する必要があるとこうおっしゃったものですから、選挙運動に対する規制の根拠は一体何でしょうか。
○政府委員(大林勝臣君) 本来選挙運動というのは自由でやるのが一番好ましいわけでありますけれども、大正以来選挙運動の規制をいろいろ設けておりますのは、一つには現在の個人本位の選挙制度のもとにおける候補者間の公平と申しますか、スタートは一緒ということを保障する必要があること。それからもう一つは、常時不断に選挙運動を自由にしておりますとややもすれば大変金もかかる、こういうことからいろいろな障害が起こってくるというのが選挙運動の規制の一番大きな意味であろうと思います。
○近藤忠孝君 いま述べられたスタートを同じようにしようという話と、それから常時やっていると金がかかるという点ですが、そのほかにありますか。ちょっと私もこれは議論したいので、あったら全部出してもらって、そして議論をしたいと思うのです。
○政府委員(大林勝臣君) いろいろその都度その都度の選挙運動の制限の種類によってまたニュアンスも変わってまいりましょう。候補者における問題、あるいは対有権者、つまり有権者にとってどうであるかという問題、選挙を行いますそれぞれの主役の立場によっていろいろな制限が設けられておる、こういうふうに思います。
○近藤忠孝君 基本的にはいま指摘した問題のようですね。となりますと、スタートを一緒にしようという問題、これはやはり個人を前提にした問題です。先ほど大林部長も個人本位の選挙を一応前提としてお答えになりました。それから常時やったら大変だというのも、これもまた個人を前提とした問題ですね。そして、これは一番冒頭にお聞きしたように、本法案の提案の理由が個人本位の選挙だと金がかかると、だから政党本位の選挙にすれば政策の争いになり公正に行えるから金がかからなくなっていい選挙制度になる、こうおっしゃったわけであります。となりますと、私はいま聞く限りでは個人本位の選挙から政党本位の選挙に変わることによって運動の制限の根拠は基本的にはなくなるのではないか、こう思いますが、どうですか。それは大臣とそれから発議者両方にお願いします。
○国務大臣(世耕政隆君) 私は、いままでの選挙は個人本位の選挙でございますが、大きく考えますと政党も一定の、それは全然無制限の自由というのはどの世界でもあり得ないわけですから、個人も政党本位の選挙もある意味での規制というのはどこかにあり得るだろうと思っております。そういう点でこの政党本位の選挙というのは、選挙のあり方がどこいらまで自由であるか、どこいらから制限さるべきであるか、これは一つの新しい問題提起だと思います。
○委員以外の議員(松浦功君) 全く政党本位の選挙になったら選挙運動は自由であるべきであるというお説でございますが、たとえば金がかかるということ以外に、連呼のようなものにつきましては、有権者の側から、国民の側からもう全然無制限で夜中にがなられてはかなわぬと、こういうおもんばかりも当然制度としてあるべきだと思います。そういう意味で別の要素からの制限というものも当然出てくるということが予想されます。 そのほかにもう一つ重要なことは、今度の制度のもとにおいては選挙区選出議員の選挙と比例代表議員の選挙とが一緒に行われるわけでございます。そうなりますと、どうしてもそこの兼ね合いから、政党本位の選挙についてだけ選挙の自由というものを大幅に認めるということは、今度はテクニカルな問題としても非常に無理が出てくるかと思います。 それとあわせて、先生は私の説に御納得をいただけませんでしたけれども、常住座臥当該政党の政見、考え方というものは国民に知らせてあるわけでございますから、二十三日間の間何もがなり回らなくてもいいのじゃないかというのが私どもの基本的な考え方にある。と同時に、なるべく政党もお金を使わないで済むようにという配慮もしておる、こういうふうに御理解をいただけたらいかがかと思っております。
○近藤忠孝君 幾つか問題があると思うのです。いまの地方区と一緒にやるからそれとの兼ね合いだという問題は、やっぱり地方区が個人本位の選挙だからこれは問題があると思うのですが、これはまた後で論じます。しかし、やはりそれは個人本位の選挙だということの前提の問題なんですね。それが一つです。 それから、常時やっているからいいじゃないかというこの御説明は、先ほど自治省の方から回答がありました要するにスタートを一緒にしようという問題とは逆じゃないかと思うのです。それは矛盾することだと思いますね。要するに、選挙運動をスタートと同時にしないと運動が不公平になるからというのが先ほどの説明でしょう。いまの松浦先生の答弁ですと常時やっているからいいじゃないかと、期間中は制限されても。これは全然矛盾することですよ。
○委員以外の議員(松浦功君) 何にも矛盾しているとは私は思わないのです。各政党のそれぞれの意思によって自由に認められている政治活動をどの程度強くやるか弱くやるかは単に政党の御自由でございます。それが何も不公平だとは思いません。選挙期間中については一定の条件のもとに公平な選挙活動を認めるということであったら、何ら差し支えないものと考えます。
○近藤忠孝君 これは先ほど意見が一致したと思うのですが、政党はやっぱり常時政治活動を行っておる団体だろうと。となればスタートもくそもないんですね。みんなこれはもうすでに同じに走っているんですから。今度は先ほど大臣も触れられたとおり新しい政党の選挙運動というのが出てきましたね。これはなかなかむずかしい問題です。となりますと、今度は政党が全部やるわけですからね、少なくとも全国区に限って言いますと。というと、私はその辺の区別というのは大体なくなってくるんじゃないかと思うのです。問題を進めるためにさらに指摘をしたいと思うのですが、先ほど大臣が言われた新しい問題提起だということは、私もそこに焦点を合わせて後ほどお伺いします。 一番冒頭に言われた個人本位の選挙だから金がかかる、だから政党本位の選挙にするためにこの法案を提案したのが一つの重要な理由だということなんですね。だから、それは基本としては政党本位の選挙にすれば政策レベルの論争がより可能になる、これがやっぱり前提だと思うのです。そうじゃないでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) そのように考えて結構だと思います。
○近藤忠孝君 そうなりますと、自治省の方の選挙運動を規制する根拠、これは後ほど戸別訪問とか事前運動の話になってくるとさらにわかりやすくなってくるんですが、私はその根拠はあくまでもこれは個人本位の選挙で弊害が出てくるということは明らかに矛盾すると思うのです。 その問題に入る前にもう一つ指摘をしておきたいのは、これは自治省にお伺いしますが、これは自治省の大林さんをキャップにして書いている「公職選挙法」で、私は解説としては一番権威があるものと敬服しておるんですけれども、そこにこう書いてあるんですね。「現実の政党政治のもとにおける政治活動と、候補者個人中心の選挙運動を中心に選挙の自由と公正を確保しようとする現行法との間には大きなギャップがあり、法の目的を達成しているとは言えない状況である。」、こう言っておるわけですね。それはお認めになると思いますが、一体どういうことでしょうか。
○政府委員(大林勝臣君) いまの日本の選挙制度が大正以来個人本位というようなシステムで今日まで参っておるわけでありますが、ただ相当もう長い間、先ほど来お話がありましたように政党が選挙の場面に相当程度出てきておる、それもまた現実の問題として当然のことであろう。そうなりますと、現行法の個人本位のシステムとそれから現実の政党が選挙の前面に出てくるというギャップ、これをどう調整するかというのが従来からの大きな問題ではございました。それが近藤委員も御承知のような確認団体制度というような形として現在保障されておるところでございます。
○近藤忠孝君 この考えの基本には、元来政治活動は選挙期間中も含めて自由に認められてしかるべきだ、ただやはり個人本位の選挙をとるといろいろな弊害が出てくるので、その関係でやはりだんだん混在化してきて規制がむずかしくなってくるというところにつながっていく議論だと思うのですね。で、この問題また後に触れたいと思うのです。そこで、金がかかる選挙を変えようと、そういうために政党本位の選挙にしようと、しかし制約が必要だと、こういうところになりますと、じゃ政党本位の選挙になり政策本位に争ってもやはり金がかかるのか、こういう問題になってくるのですが、そこでこれも自治省にお伺いします。 これは公営部分に関してですが、そのようなポスターとかいろいろ選挙公営について支出しています。これは五十五年の総選挙それから参議院選挙、それぞれどの程度そのような公営部分、要するに宣伝部分ですね、政策等のいわば政策を争うような部分に関する費用がかかっておるのか、そしてそれが候補者一人当たりどの程度かかっておるのか、お答えいただきたいと思うのです。
○政府委員(大林勝臣君) 一昨年、五十五年の通常選挙におきます選挙公営に要しました経費は、予算総額が六十二億円、その内訳といたしまして全国区選挙にかかわるものが十九億六千万、地方区選挙にかかわるものが四十億、これは皆個人候補者の方々の選挙公営でありますが、その他確認団体制度というものがございまして、確認団体が行います新聞広告を公費で負担しておりますその費用が二億三千万ということになっております。これを候補者一人当たりにいたしますと、全国区におきます候補者一人当たりの公営費用が千七百八十万、それから地方区の候補者一人当たりの公営費用が約千七百万、こういう数字になっております。
○近藤忠孝君 いま報告されたのはもちろん政策論争のごく一部ではあります。しかし、いままで議論されてきたように、個人本位でたとえば個人の名前を売るために百万の後援会をつくるために三百万の郵送をしなければいかぬという、一人で何億もかかるという、そういう議論に比べたらきわめてこれは少ないものなんですね。政策論争をやる場合にはそんなに金がかかるものでないという一つの資料だと思いますし、これはやっぱり民主主義を支える一つの重要な費用と見るべきだと思うのです。 そこで、いままでの議論を聞いて私は大変不可解なのは、個人本位の選挙だから金がかかるので政策中心の政党本位の選挙に変えようと。ところが、具体的な指摘をしておりませんからまだどの程度になるかわかりませんけれども、しかしまだ規制は必要である。こうなりますと、政策レベルの論争ができるあるいは期待できるから、だから政党の資格要件まで制限してもいいのだという、これが私は制限の根拠の一つの理由になっていると思うのですけれども、そう言いながら実際にはどうもそうでないらしい。こんなことになりかねないのですけれども、基本的な問題としてお伺いしますが、現在の政党が行っている活動、それが政党本位の選挙になることによっていま以上に規制されるおそれはないと言えるでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 政党の政治活動は特定の選挙期間中を除いては全く自由でございますから、これまでと何も変わりありません。それから選挙期間中の問題は、確認団体という制度を通じて政治活動が認められる、この点も変わりはない、こういうふうに御理解いただきたいと思います。
○近藤忠孝君 そこで、次の問題として、先ほど大臣が言われた政党が選挙運動の主体になるということで新たな問題が出てまいります。そのことを正確に理解するためには、いままでの選挙運動及び政治活動についての概念、これはどのようであったか、その区別がどうであったか、ここを明確にする必要があると思います。 そこで自治省にお伺いしますが、まず選挙運動の概念、それから政治活動の概念、そしてその区別、区別の基準、これをひとつ明確にしていただきたいと思います。
○政府委員(大林勝臣君) 御承知のように公職選挙法におきましては選挙運動の定義は設けておりません。従来の判例の積み重ねによりまして理解いたしておるわけでありますが、特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として投票を得、または得さしめるために直接間接に必要かつ有利な行為、これが選挙運動の定義として定着しておる用語でございます。 これに対しまして、政治活動の概念につきましても法律上の定義はございません。ございませんが、戦後の政治資金規正法におきまして政治団体の定義を法律化いたしました際にある程度の定義みたいなものを挿入しております。それを援用いたしますと、政治上の主義もしくは施策を推進し、支持し、もしくはこれに反対し、または公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対することを目的として行う一切の行為、こういうふうに定義づけられております。 したがいまして、この政治活動の概念から選挙運動にわたる行為を除いたものが選挙運動と政治活動との区別の問題ということになってまいります。きわめて具体的な事例におきましてはむずかしい問題でありまして、大体選挙運動の規制というのが生まれましたのが大正十四年、普通選挙を実施しまして非常に有権者がふえたということも一つの動機になっております。そのときに非常に学問的にはきわめて困難な立法技術を採用したと、こういうふうな評価を受けておりますし、その評価は今日まで続いておるんだろうと思います。
○近藤忠孝君 いまの答弁でもわかるとおり大変むずかしいんですね。大変りっぱなコンメンタールを書いている人がむずかしいと言うのだからそうだと思うのです。そして、実際この本の中でも指摘されていますが、選挙運動と政治活動について、「現実には両者は盾の両面のごとく区分しがたくなっており、政党政治が徹底するに従って、両者の態様は近似性をおびてくる」、こう言っておるわけです。その点間違いないでしょうか。
○政府委員(大林勝臣君) 区別は次第にむずかしくなっております。
○近藤忠孝君 そして、そういう中で結局政党本位の選挙。いまでさえむずかしいんですね。また私はむずかしいんだから全部自由にしちゃえと言うんですよ。そうすれば全然むずかしくないんですね。しかし、それはなかなかそういう見解をおとりになれないようだけれども、しかしいまでさえむずかしい中をさらに個人本位の選挙から政党本位の選挙、こうおっしゃり、しかも制約する場合があると、こうなりますと私はむずかしさがよけい強まってくるんではないかと、こう思うのですけれども。そこで、そうであれば一つ区別の基準があってしかるべきだと思うのです。あるいは大体区別可能と考えておるかどうかですね、それについて発議者の答弁をいただきたいと思います。
○委員以外の議員(松浦功君) 大林選挙部長から御説明がございましたように、論理的に非常にむずかしい問題で、抽象的な言葉で言えばある程度の表現はできるにしても、具体的な一つの行動をとって選挙活動にわたっているかどうかということの判定はきわめてむずかしいと思います。ごく一言で言えば、やっぱり得票のための行動と、これはもう本当の素人の表現だと思います。これが選挙運動だと思います。主義主張の展開というのがこれは政治活動、こういうふうに一般的に理解をいたします。したがって、政党本位の選挙活動というものが個人本位の選挙活動とニュアンス的に実際上の区別においては少し何か差が生じてくるような気がいたしますけれども、かといってそれじゃ選挙運動の概念は政党本位の選挙においては違うのだということまで言い切れる自身がない。まあこの辺の微妙なお答えで、何もかもおわかりの近藤先生に御理解をいただきたいと思います。
○近藤忠孝君 これは私が理解してもひとり歩きしますから、後でこの微妙なところ、自信のないところがずうっと広がってきますとどういう事態になるかわかりませんので、私はもうちょっとこれは詰めておきたいと思うのです。 そこで、問題は主体が政党になった場合に一層むずかしくなります。いまでさえむずかしいんですからね。ですから、そのむずかしい問題はちょっと置きまして、先ほど触れられた問題、要するに現在個人本位の選挙で個人の選挙運動を規制している。それとだんだん政党活動とが絡んできてむずかしくなってくる。だから、逆に今度は政党の運動も確認団体方式によって期間中制限すると、こういうことになったわけですね。これは先ほど御答弁いただいたところです。 それで、私はこれはきわめて現在でも大変な考えではないかと、こう思うのです。というのは、一つは、個人の選挙運動に対する厳しい規制を当然の前提にして政治活動の規制をも合理化しようとしている誤り。それから第二には、元来規制の対象になっていない政治活動、また規制すべきでない政治活動を規制する必要性や合理性について何の検証もしてないんです。ただ個人の方の制限が必要だからその関係で必要だというだけのことです。それから三番目には、個人の選挙運動に対する規制の必要性や論拠は政党本位の選挙には当てはまらないにもかかわらずこれを無視している点。それから第四には、個人の選挙運動に対する規制が十分できないことを政党の政治活動規制の理由にするという逆の論理です。 ですから、これはこの論理によりますと小の虫を生かす、これは運動する側にとっては逆でして、その殺されちゃう方、いわば規制される方ですが、いわば取り締まり側にとっては小の虫を生かすために大の虫まで殺してしまうという、本来民主主義の基本を支える政党の活動まで規制しかねない、そういうところにつながりかねない、そういう問題で、私はこれは抽象的な議論としては済まされない問題であると思いますが、私が幾つか指摘した点についてどうお答えになるでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 先生のお考えを一から四まで並べられたようですけれど、頭が悪いのでどうも一から四までどうであったか、もうちょっとゆっくり言っていただきまして、メモでもさせていただいた上でお答えを申し上げたいと思います。
○近藤忠孝君 それでは、第一、個人の選挙運動に対する厳しい規制を当然の前提にして政治活動の規制を合理化しようとしていること、これが第一ですね。それから第二は、元来規制の対象になっていない政治活動、また規制すべきでない政治活動規制の必要性や合理性について何の検証もしていないこと。第三に、個人の選挙運動に対する規制の必要性や論拠は政党本位の選挙には当てはまらないにもかかわらずこれを無視していること。第四、個人の選挙運動に対する規制が十分できないことを政党の政治活動規制の理由にするという逆の論理で押し通していること。 以上であります。
○委員以外の議員(松浦功君) どうも一から四までそれぞれ非常にむずかしいお言葉をお使いになられて区分けをしておられるようですが、要すれば結論はただ一つのような私は感じを受けるのでございます。というのは、参議院の選挙というのは全国区の選挙と地方区の選挙と現行制度では一緒になっております。そういう意味で、個人の選挙のために、そこへ政党活動が自由に野放しになりますと、政治活動と政党活動との区分が明確になっておらないために政治活動が選挙運動にわたってくるおそれがある。そうなると、非常に政党の力の大小によって選挙の公正を害するから一定の限度にしぼろうと、こういう考え方で現在の立法ができているんだと思うのでございます。いまおっしゃられたことはいずれもそれだけのことではなかろうか。同じことを言葉を違えて言っておられるようにしか私には受け取れないのでございます。
○近藤忠孝君 そう簡単に素通りしてしまうことは、本当に人権を守る立場、政治活動の自由を認める立場からいきますとさっき言ったようなたくさんの問題があると、こういう指摘ですが、これはどうも的確なお答えをいただけないことですので、次に一番むずかしい問題ですね、政党が選挙運動の主体になると。この場合の政党の選挙運動の概念というのはどうなんでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) わが党の案によりまする政党主体の選挙運動というのは、やはり究極的には、御党の場合に例をとって言えば、比例代表制度における投票用紙に共産党と書いてください、共産党に投票してくださいと、これを目的とする行動を言うのだろうというふうに思います。
○近藤忠孝君 そうしますと、政党への投票依頼行為ということですね、大体それに限られるということになるのでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 選挙運動という概念は、先ほど大林選挙部長から述べられましたように、特定の選挙につき特定の候補者、これは特定の政党になるのかもしれませんが、当選を得せしめるため直接または間接に必要かつ有利な諸般の行為ということで、まことに広い概念でくくっております、直接、間接などという言葉を使って。しかし、これは端的に言えば得票をうるための私は行為というふうに要約をして考えないと、なかなか一般の有権者にはわかっていただけないと思うのでございます。そういう理解をせざるを得ないと思っております。
○近藤忠孝君 個人の場合には個々の候補者に対する投票依頼行為ですから、これはかなり明確になってきますですね。ところが、政党の場合には、政党は自分の党を大いに宣伝をし、拡大をし、得票もふやし、そして政権に近づく、獲得する、維持する、それが活動ですから、日常やっぱり党への支持を訴えるわけですね。ただ、党への支持を訴える行為と投票をお願いする行為というのはこれはかなり近づいているんですね。 そこで、これはお聞きしたいのですが、たとえば日本共産党を御支持くださいと、これは言うところの政党の選挙運動に入るのでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 非常にむずかしいその場その場の判断の問題だと思いますが、告示の前に共産党の日ごろの政策を掲げられて、わが共産党の政策はこういう政策ですからどうぞ共産党を御支持いただきたいと、こう言ったといっても、これが直ちに選挙活動である、事前運動であるというふうに断定するかどうか、これはまあ警察の問題だと思いますけれども、非常にむずかしい問題だと思います。しかし、選挙期日に入ってそういう言葉を言った場合に、その周りの状況等から判断をしてあるいは選挙活動だと認められる場合もあり得ると思います。まあ最も典型的なのは、選挙期日告示の前に、今度行われる何月何日の選挙にはわが党はこういう政策を掲げているからぜひ日本共産党と御投票くださいと言えば、これは明白にいけない。これはもう近藤先生も御理解いただけると思います。 その辺のところで、あとは具体的なケース・バイ・ケースによってそれぞれ所管の機関が選挙活動と認めるか認めないかという御判断をいただくべきであろうと、私どもここで抽象的にうかつなことを申し上げますと、これはちょっと間違ったことになりますので、その辺でお許しをいただきたいと思います。
○近藤忠孝君 警察に案外簡単に任されては困るんですよ。これは選挙する運動の身、これはみんなそうです、松浦先生も金丸先生もね、それはそうだと思うのですね。 いま言われたように、選挙運動という場合、直前に、あしたから選挙が行われますからひとつ日本共産党がんばりますから投票してくれと言えば、これは明らかになるかもしれませんね。だけれども、そんなことを言いませんわね。普通われわれはもう日常やっていることば、政策を訴え、そしてよろしくお願いしますとか、あるいは御支援くださいとかがんばりますとか、こう言うんですね。昔は政策だけ述べて、おれはりっぱなことをやっているんだから何も頭を下げることはないという、こういう政治家もおることはおりましたけれども、いま余りはやりませんし、一応頭を下げてお願いしますと言う、これは日本人の一つの常識的なものだと思うのですね。その常識が警察に任されて、この場合にはなるならぬなんということじゃこれは困るので、ひとつこの機会に、立法者としてはそんなことは考えていないと、こう言っていただいた方がこれはすっきりするのじゃないでしょうか。で、自民党の皆さんも安心して日常の政治活動ができると思うのです。
○委員以外の議員(松浦功君) 最初から申し上げておりますように、政党本位の選挙になったからといって選挙運動と政治活動の概念が何ら変わるものでないと、このことだけははっきり申し上げておいた方がいいのではなかろうか、そういう意図は毛頭ございません。
○近藤忠孝君 じゃ、それから逆に考えれば、お願いしますとか御支援くださいとか、これは日常言っている行為であれば、それがとりたてて特別に選挙運動の概念に入ることはない、こうお聞きしてよろしいんでしょうね。
○委員以外の議員(松浦功君) 専門家でございます大林部長にもお答えをいただきたいと思いますけれども、私はわが共産党によろしくというのはわが共産党の政策をよろしく御支持くださいと、こういう意味だと受けとればこれは何にも問題はないことなんで、ただそれを悪く受け取って、わが共産党によろしく御投票くださいという意味だと受け取れるような客観情勢があった場合には問題になりかねませんと、それだけ逃げを打たしていただいておるわけでございますので、お許しいただきたいと思います。
○近藤忠孝君 余り逃げられてもこれは困るんですけれども、要するに政党は日常やっていることなんですよ。で、たとえばいま言っていいことがある時期に悪くなるということになりますと、これはやっぱり政党の日常活動に規制が入る。ですから、先ほど御答弁いただいたように、現在よりは規制が強化されることはないと、そういう前提に立って日常の政治活動をやってもこれは大丈夫だと、そしてその場合の個々の言葉もそれを基準として解釈すべきである、それが立法者の意思である、こうお聞きしてよろしいのでしょう。
○委員以外の議員(松浦功君) 繰り返して申し上げたいと思いますが、この制度が取り入れられることによって従来の政治活動と選挙活動の観念が変わるものではないというふうに御理解をいただいて結構でございます。
○近藤忠孝君 そうしますと、大体政党というのは日常活動をやっているわけですから、事前運動なんという観念、政党の活動に関して、政党が選挙運動の主体になったからといって、まず事前運動なんという概念は普通には考えられないと思うのですが、どうでしょう。
○委員以外の議員(松浦功君) それはちょっと納得をいたしかねます。 先ほど先生もはっきりお認めになりましたように、告示になる前に、二カ月も三カ月も前に、後五カ月後に行われる選挙にはわが共産党はこういう政策を掲げております、いい政党ですと、御支持くださいと。同時に、五カ月後の選挙においてはぜひ日本共産党と御記載くださいと、これやっぱりいけないことになるのじゃないか。これは事前運動じゃないでしょうか。それは先生にも御理解いただけるのじゃないかと思います。ですから、一般論として申し上げれば、政治活動と選挙活動というものは、これまでの概念と何ら変わるものではないということは、個人の場合と同様というふうにお考えいただくべきじゃなかろうかと思います。
○近藤忠孝君 逆に言えば、日常来るべき選挙に対してこういう名簿を出すから入れてくれなんということは、また政党活動として余り言わぬものですよ。やっぱり政策を訴え、党への支持とそして党員の拡大とか、そういうことをやっておりますから、そういう意味で私は余りその辺は事前運動なんということをウの目タカの目で考える、そういう状況はむしろあるべきでない、こう思うわけですね。そのことによって逆にこれはお互いの政党の公正な政策を闘わせていくべきだ、こう思いますが、そう理解してよろしいでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 私は、私が答えたことによって何か問題が起きたときに、おまえがそう言ったのにといっておしかりをいただくのは困るのでこういうことを言っているのでございます。各政党は良識を持って御行動をいただけると思っておりますので、何ら心配はいたしておりません。
○近藤忠孝君 ところで運動が、期間が始まってからですが、自民党案によりますと、公営の幾つかの運動が認められるだけで、あとはたとえば候補者ポスターが現在ですと一候補十万枚、これが全面禁止。個人ビラ一候補二種類で総数三十五万枚、これが全面禁止。はがき一候補十二万枚、これも全面禁止。さらに街頭演説一候補三台、さらにメガホン隊などもありまして、そのほかに十二本の標旗でメガホン隊による活動、それから一番全国区の活動について範囲が認められておったのは個人演説会で、これは無数に認められておったんですが、これも全面禁止。選挙事務所は都道府県一カ所、いまは一人十五カ所ですが。 これだけ見ますと、もともとこれは私は確認団体の制度でこれだけに制約してしまったこと自身——失礼しました、これは確認団体じゃなくて個人の問題、個人の問題としてもこれは問題あることですが、現在認められている活動が全面的に禁止されるという、これは先ほど来申し上げている、選挙のときにまさに政策が争われるべきだ、政党本位になればそのことがよけい必要じゃないかという面から見まして、これは大変な暗やみ選挙になるのじゃないかと思うのです。 それに対して、日常やっているからいいじゃないか、こう言いますけれども、従来も政党は日常活動をやっておったわけです。これだけのものがあった。実態を言えば、たしかに個人の立候補ですけれども、立候補する場合にはかなりやっぱり政党同士の闘いになっていましたね。その間、実質的にはいままであった政党の活動が、個人の候補者を通じてであるけれども政党としての活動がここでこれだけ禁止されるということは大変な暗やみ選挙ではないか、国民の判断の基礎を奪ってしまうのじゃないか、こういう御批判に対しては、先ほど言われた日常活動をやっているから選挙の期間中はいいのだという、それ以外に何か御答弁はあるのですか。
○委員以外の議員(松浦功君) これまでの確認団体では特定の政治活動だけが許されておったわけでございます。その確認団体の行える態様の中で政党に選挙運動をやっていただいてよろしいということと、それから地方区の候補者が自分のとり得る選挙活動の態様に応じて政党の得票活動、選挙活動、これができると、こういう二つの道で拡大を図ったり、そしてポスター、ビラ、そういったものは今度はやめてもいいのじゃないか、最もメディアとして効力の強いラジオ、テレビ、それから選挙公報、こういったものはひとつ政党の選挙運動のために残そう、こういう趣旨でございます。
○近藤忠孝君 法務大臣、質問を三問予定しておって、いま二問目のことなんですが、三間日はすでにお答えいただきましたのであと一問答えていただきたいと思うのですが、ずっといまの議論をお聞きになりまして、私はやっぱり政党の政治活動、わけても選挙のときにおける選挙活動の重要性、この議論をしてきたのですが、これについての大臣の御所見をお聞きしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) お答えになるかどうかわからないのでございますけれども、やはり政党本位の選挙といいますか、そういうことが今日的意義を持ってきたといたしまするならば、やはり政党活動に対してはそれなりの、より以上の活動ができるようにするのは当然ではなかろうかというふうに一般的には考えます。
○近藤忠孝君 それでは、その一般論をさらに具体化することにしまして、いままでは選挙運動一般だったわけですけれども、今度は個別の問題として戸別訪問禁止の問題について触れたいと思うのです。 まず、自治省にお伺いしますけれども、戸別訪問禁止によって言論の自由が制限される、そういう事実はお認めになりますか。
○政府委員(大林勝臣君) 戸別訪問の禁止が言論の自由の制限であるという趣旨で従来数多くの訴訟が出ておることは私どもも十分承知いたしております。 戸別訪問と言論の自由の関係、まあいろいろ大変むずかしい問題が伏在しておるわけでありますが、確かに一つの言論の自由の手段として戸別訪問が重要な役割りを持つものだということは昔からよく言われておることであります。
○近藤忠孝君 これは一九五〇年九月二十七日の最高裁の判決ですが、その中で、選挙法では戸別訪問を禁止している。その結果、言論の自由が幾分制限せられることもあり得ようと。これは幾分とかあり得ようとか、ちょっと遠慮しいしい言っておるんですけれども、しかしそういう場合があり得るという、これは最高裁の判例ですね、理由中に書かれているわけですね。そういう認識は自治省もお持ちではないでしょうか。
○政府委員(大林勝臣君) 事柄が言論の自由の問題であるという認識は持っているわけでございます。
○近藤忠孝君 そこで次に、戸別訪問禁止の理由は何でしょうか。先ほど一般論はお聞きしましたけれども、今度は具体的に戸別訪問禁止の理由ですね。
○政府委員(大林勝臣君) これも非常に長い沿革を持っておるわけでありまして、戸別訪問が買収等の機会に利用される余地があるということ、あるいは候補者間の無用、不当な競争を激化させるということ、それから選挙人、有権者がその対応の煩にたえなくなるおそれがあるということ、大体この三つの理由が従来の代表的な禁止理由と言われておるところであります。
○近藤忠孝君 訪問される側が煩にたえないという問題はこれはさておきます、また後で議論します。 その前の二つの理由、買収あるいは利害誘導の場になりやすい、それからもう一つは候補者同士の無用な競争をさせる、これはいずれも個人本位の問題ですね。そこで、これまた冒頭の問題に戻りますが、個人本位の選挙の弊害をなくす、まさにこういう点ですね、無用な個人間の競争や買収など金がかかることをなくそうと。なれば、政策本位に争われれば大体買収の余地がないじゃないかという議論さえあるわけですね。決してそういくかどうかまたこれは別問題ですけれども、理論的にはそうなるわけです。となれば、私は基本的には政党本位の選挙にすることによっていま大林部長が述べた三つのうちの二つの根拠はなくなったのではないか、こう思いますが、どうですか。
○委員長(上田稔君) どなたに質問されますか。
○近藤忠孝君 これは発議者です、当然です。——じゃ発議者がお答えにならなければ自治省の方ででもお答えいただきまして、また感想を伺うことにしたいと思います。
○政府委員(大林勝臣君) 確かに政党本位の選挙ということになりますれば、そもそも政党を信用してかかるわけでありますから、戸別訪問を買収の手段として使うということは私どもも頭の中にないわけでありますが、ただ戸別訪問というのが非常に選挙運動の手段としてはきわめて有効である、こういう声もたくさんございます。したがいまして、政党対政党の選挙になりましても、なおかっこの有効な戸別訪問の手段というのが選挙運動の中心的な存在ということになることに伴いまして、非常な人数あるいはそれに対する掛りというものはなお残るのではないかと思います。
○近藤忠孝君 きのう、これは自民党推薦でおいでになった公述人の原龍之助先生の書かれた「イギリスの良識」という本ですね、それによりますと、きのうもお話になっていましたけれども、イギリスでは個人立候補であるけれども政党本位の選挙になっている、そしてもう戸別訪問が自由に行われている、政党がやっているんだ、そしてそんな不正なことはない、こういうお話がございまして、イギリスでできておって、しかもこれから政党本位の選挙にしようというわけですから、個人立候補がない全国区について、なぜ日本でこれができないのか。その根処はなくなるのじゃないでしょうか。 いまの大林さんの説明でも、戸別訪問が政党活動になっても中心になるだろう、それはそうでしょう、イギリスではそういっているんですからね、まさに中心になってやっている。日本の場合にそれがいけないという理由はないのじゃないでしょうか。むしろそれは好ましいことじゃないかと思うのですが。
○委員以外の議員(松浦功君) 三つの理由のうち二つは解消するじゃないかとおっしゃられましたけれども、個人間の競争が激化するというのと同じように、政党間の競争が激化するということも若干なりとも残りましょうし、政党は私は良識があるから買収はあり得ないと思いますけれども、ないという保証もない。そういう意味では、やはり戸別訪問を禁止する理由は、その大小を問わずやはり残ってくると言っておいた方が無難ではないかという気がいたします。 それに加えて、なおかつ考えなければいけないのは、これは先生が後で話すとおっしゃられましたけれども、地方区と比例代表区、選挙区選出と比例代表区選出が今度一緒なわけでございます。そうすると、政党本位の選挙だから戸別訪問は自由だということになると、これはどういうふうに片一方を取り締まるか、これはもう制度的にまことに困難なことになると思うのです。そういう意味では、先生のお気持ちはよくわかりますけれども、いまにわかに踏み切るわけにはいかないなという気がしてなりません。
○近藤忠孝君 これは私の気持ちじゃなくて国民全体の気持ちだと思うのですね。 そこで、一つは政党間の戸別訪問も激化するだろう、それは私は好ましいことだと思うのですよ、お互いに政策を闘わせるのですから。その中で、政党活動で買収もあり得るなんということは、私は松浦先生の口からは出ると思ってなかったのですけれども、これは大変なことですね。
○委員以外の議員(松浦功君) いやいや、そんなことは言っていませんよ。ちゃんと前置きを問いといていただかないと困るんで、良識ある政党だからそういうことはないと思いますけれどもと、もし間違ってあった場合には困ると言っているのです。
○近藤忠孝君 そういう発言がありましたけれども……
○委員長(上田稔君) 松浦君、もう一回はっきり言ってください。
○委員以外の議員(松浦功君) はい。 私がお答え申し上げているのは、良識ある政党でございますから、そういうことは万々ないと思いますけれども、かといって政党の意思を十分理解をしない下部の不心得者がいないという保証は私はないと思うのでございます。そういう意味で御理解を賜りたいと思います。
○近藤忠孝君 問題は、政党間の戸別訪問が激化するというと、これは訪問される側の迷惑というところにつながってくるんだと思うのですね。ところが、これは訪問者側の迷惑だから戸別訪問を制限する理由があるというのは、そういうことを言っているのは最高裁と自治省なんですよ。これは実際に選挙をやってない人の言うことでしょうね。それはそうでしょう。だって、戸別訪問してマイナスになるなら行きませんよ。そうでしょう。それはしませんよ、そんなこと。だから、それはありもしないようなことを戸別訪問禁止の理由にしているという点で、私はこの最高裁判例も、そしてその点に関してはほかの点では評価したけれども自治省の見解も、これは評価できないのであります。 そこで、戸別訪問禁止について、わが国で戦後、参議院議員選挙法がありましたね。この中ではこの問題とか事前運動、これはどうだったのでしょうか。
○政府委員(大林勝臣君) 最初に参議院議員選挙法を制定いたしました際には、いろいろ御議論があったようでありますが、戸別訪問とか事前運動の禁止は盛り込まれておりませんでした。ただ、その最初の参議院議員選挙法が実際に適用になるまでの間に、やはりその二点についての不安が国会の中にも大変ございまして、実際に適用されるまでに修正をいたしまして禁止規定を加えた、こういう経緯がございます。
○近藤忠孝君 この点の記録を見てみますと、いま言われたとおり国会の側に不安があったと。ところが、この場合の国会というのは旧憲法時代の国会でありまして、むしろこの当時、私はこの点も当時の内務官僚をその限りでは評価するのですけれども、その禁止の必要はない、こう言いまして大変りっぱな答弁をしてます。 たとえば、郡祐一さんというこれは内務事務官ですが、恐らくこれは現自民党の参議院議員だと思いますけれども、 第一に、国民の政治的自覚・水準が進んできていることであり、第二に、人為的な選挙運動の制限を続けることは国民の政治的水準の向上を妨げることであり、第三に、政党等の団体による平素からの国民の政治的指導や啓発を期待できるし、また多くをそこに期待しなければならないこと、第四に、選挙運動の制限が政府や官憲による選挙干渉の手段として悪用されるおそれがあること だということで、当時これは全部解除したんですね。 それで法案として成立し、きわめて短期間であるけれども、実際事前運動も行われ、戸別訪問も行われて、選挙直前までやっておったんですね。ところがそのときにはまた法律が変わってしまったと。実際やったんですよ。恐らく弊害はなかった。 こう思いますと、この当時金丸先生は恐らく自治省におられて選挙問題に携わっておったと思うのですが、私はこのときの内務官僚の大変積極的な態度を大いに評価するのですけれども、そのときのお気持ちといまのお気持ち、どうですか。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 私は、当時は直接選挙制度には携わっておりませんでしたけれども、昔の内務省と申しましょうか、中には戸別訪問を認めてもいいではないかという基本的な考え方が流れておったと、このように思います。
○近藤忠孝君 当時、松浦先生は自治省に入る前年だったということですが、降矢先生は当時はやはり内務省におられたのでしょうね。
○降矢敬義君 いや、私はシベリアの方におりました。
○近藤忠孝君 そうですか。おれば恐らく同じように選挙の事前運動とか戸別訪問などは制限すべきでないという大変りっぱな見解に立っておられた、こう思うのですけれども、私はそれが当時の旧憲法時代の議員によって変えられていった、これは残念だと思うのですね。しかし、少なくとも日本の立法上こういった事実があったということは、私は個人本位の選挙を前提にしても、これは事前運動も含めてですが、元来戸別訪問も自由であるべきだと思うのです。 それが政党本位の選挙になれば一層この制限の根拠はなくなるし、一度内務官僚としてそういうことをやられたのですからね。その延長の自治省、全然それは基本的には制度は違うはずですが、同じ人々が携わってこられた、そういう立場から見て、そういう歴史性から見て、この機会に政党選挙なんだとなれば思い切ってこういう規制は外すのが妥当じゃないか、私はこう思うのですが、もう一度金丸先生と、そしてその後をずっと継いでおられる自治省の方からお答えをいただきたいと思います。
○委員以外の議員(金丸三郎君) ありていに申し上げまして、現在の自民党の中にも戸別訪問は認めていいじゃないかという相当に強い意見を持っている方もいらっしゃいます。私はやっぱりこの論は両論あると思います。 ただ、私どもは現行法を前提にしてこの案をつくっております。先ほど松浦委員からもお答えがございましたように、地方区の選挙が同時にあるわけでございます。で、新しく比例代表制の全国区の制度がある。政党に仮に戸別訪問が許されるといたしますと、それぞれの都道府県の区域内に党員でございますからたくさん何万といらっしゃる。この人が比例代表制の選挙のために戸別訪問をやるといいましても、これは地方区の選挙のために戸別訪問をやっておるかどうか全然わからない。 そうすると、地方区の選挙の戸別訪問は禁止されておりましても、いやおれは比例代表制のことで行ったんだ、こう言われますと取り締まりが不可能になってまいります。私は、やっぱりその選挙の実態が混乱することも考えなければなりませんので、現在は戸別訪問の制度が禁止されておりますから、それを前提にして比例代表制の方も戸別訪問はやはり認めないようにした方がよろしいのではなかろうかと、こういうような結論からこういうような制度にいたしたわけでございます。
○政府委員(大林勝臣君) 戸別訪問の論議は戦後なかった年がないぐらいいろいろ御論議が重ねられてまいりました。現行制度だけに照らしましても、昭和二十五年の公職選挙法を制定いたします際に大議論がございまして、結局は、戸別訪問は禁止するけれども、親族であるとか知己であるとか、こういうところまで禁止するのは情に反するということで例外的に認めたことがございました。これをその翌年の昭和二十六年の統一地方選挙に適用しましたところが、全国的に大変なことになりました。先生方はやっぱり選挙区における有権者はもう全部知己でありまして、皆親しいわけであります。これで大変な買収事件というものが検挙されたという事例に照らしまして、早速二十七年にまた全面禁止に復活したという経緯もございます。 しかし、それ以来もう数十年たっておるではないかとか、あるいは選挙民も十分心得てきたではないか、こういうお話もその後続いております。ただ、先ほどイギリスの例を引かれまして、日本でなぜああいうことができないかという御質問もあったわけでありますけれども、どうもやはり、一つは国民性というものが大きなウエートを占めておるのではないかと思います。私どもがこういうことを申し上げるのもいかがかと思いますけれども、大体日本人は燃えますと燃え尽きるまで燃えてしまうわけであります。これが過去の不幸の一つの大きな原因であったろうと思います。実は、こういう論法でGHQの一院制を二院制に押し返した経緯もございます。 したがいまして、政党本位になったらそういうことはないではないか、こういう御議論もあるわけでございますが、選挙制度審議会におきましても、政党本位になってもなおかつ危なくていかぬと、こういう御議論の方が強くて、政党本位の選挙というものを前提といたしましても、なおかつ戸別訪問を一部解除する場合には、時間とか人数とか、こういうものの制限は絶対必要ではないかという声が多かったように記憶いたしております。いろいろむずかしい問題でございまして、私どもいろいろな御論議を伺って研究を続けてまいりたいと思います。
○近藤忠孝君 いまの答弁はあくまでも個人本位の選挙を前提とする答弁で、政党本位になったらどうかということについてはお答えになっていないのです。 また、わが国の国民性については、これも先ほどの昭和二十一年の参議院議員選挙法のときも議論になりましたね。これは当時自由党の木村公平氏が、要するにわが国の知識水準は低いんだ、欧米に比べてだめだからこれをそんなに広げていいのかという話があったのに対して、内務官僚はきっぱりとそんなことないという立場を貫いているわけですね。ですから、私はそれは論拠はない。 いままでの論拠の中でただ一つ出てくるのは、要するに地方区と一緒になるから紛らわしいということだけですね。となりますれば、それなら一歩譲りまして、全国区だけの選挙もありましょう、あるいはある団体が地方区は一人も立てないで全国区だけ十名立てたという場合がありますね。地方区選挙は全然やる必要がないんですよ。そういう場合にやはり弊害がありましょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) なるほどそういう場合もあり得るかもしれません。法律的にはあり得ると思います。制度としてそういう場合だけはどうだというふうに書くのはいかがかと思います。
○近藤忠孝君 制度として全国区の選挙だけが行われるという場合だってあるでしょう。
○委員以外の議員(松浦功君) これは欠員が四分の一だったかと思いますが、それ以上になる場合、本当に、ちょっと具体的には考えられないと思いますが、あるんです。特別選挙というものはあるんです。そういう場合があり得ると思いますけれども、その選挙についてだけはこれは自由だということを書くのは法体系においていかがかと思います。
○近藤忠孝君 私は、そういう理論で元来抑えることのないことまで抑えている、大変問題があると思うのですね。いま言ったとおりに、補欠選挙でそれこそ全国区だけでしたら、まさに個人選挙の入り込む余地はないのですから、いろいろ弊害の根拠で言われた個人本位を理由とする制限の根拠は全部ないのです。にもかかわらず戸別訪問、また同じように事前運動を取り締まるということはこれはやっぱり間違いであると、私はこう思うのです。 ただ、これもそれ以上のお答えはいただけないと思いますけれども、その点は今後の問題として、またあるいはこれからの具体的な発生事例の基本的な解釈の問題として十分に考慮すべきだということを申し上げておきます。
○委員以外の議員(松浦功君) 一般の戸別訪問の問題として十分勉強させていただきたいと思います。
○近藤忠孝君 それでは、あと時間もわずかですので、次にお聞きしたいのは、今度の法案で全国区選出議員を比例代表選出議員、それから地方選出議員を選挙区選出議員、こう変えることになって、そのために大変多くの改正個所が出てきますね。これを変える理由は何でしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 別にこれといった目的はございませんが、全国区という制度を改めるので全国区という名前は残したくない、比例代表選出、こういうふうに直す。そうなると参議院制度全般の構成が変わってくるから選挙区から選ばれる選挙という名前がよかろうということでございまして、これは本当に形式的な問題で他意はございません。
○近藤忠孝君 確かに全国区は変わりますが、しかしこれは立法技術的には、たとえば四十六条について、これは全国区議員の選挙については左の方法によるということで、中身でやればこんなにたくさんの個所は必要ないと思うのですね。特に地方区については全然制度は変わっていないわけですから、制度が変わっていないけれども、これは数えてみましたら修正個所が五十六カ所、地方区のことだけで。全然変わっていない地方区の呼称変更による修正部分が五十六カ所。だから、全国区を比例代表に変えたことまで含めれば恐らく百何十カ所になって、そしてこんな大変膨大な新旧対照表になる。これは立法経済的にも大変むだなことである。これはわずかな問題ですけれども、私はそう思うのですね。技術的には可能だったのじゃないでしょうか。
○委員以外の議員(松浦功君) 参議院の選挙制度というものを改めるという観点から、何か新しいこれから定着させていく呼び名がいいのではないかということでやったわけで、確かに新旧対照表が大きくなっちゃったことはこれは否定いたしません。ほかに他意はないというふうに御理解をいただきたいと思います。
○近藤忠孝君 これだけの作業をやったには私はやっぱりそれだけの理由があったと思います。おっしゃらないから私の方で指摘をいたしますと、これは衆議院で小選挙区比例代表制を導入したときそのまま使えるのです、そのまま。小選挙区部分はいま言った地方区に相当する選挙区選出議員、そのまま使えますね。それから、小選挙区比例代表ですからこの比例代表部分については比例代表選出議員、そのまま使えますね。だから、私はそのための準備をもういまのうちにこっそりとこれは入れ込めたのではないか、こう思わざるを得ないのです。
○委員以外の議員(松浦功君) 余りそのようにうがった議論をされると困るのでございますが、私はその案は委員ではございませんから何にも存じません。いま御指摘をいただいた小選挙区比例代表制なるものは、言葉は知っておっても中身は全然存じません。その存じない者がつくった言葉でございまして、たまたま一緒になったというだけだと思います。
○近藤忠孝君 ですから、たまたまどこかで、後藤田さんあたりのところかもしれぬけれども、その辺で恐らく準備をしておるんではないか。 なぜ私がそんな指摘をしますかといいますと、中西案というわが党の法案を作成する上で大変参考にさせていただいた法案がありますけれども、そこではないんですよ、やっぱり全国区、地方区。そのときに必要なかったものがなぜいまこういう形で出てきたのか。社会党さんの案もどういうわけか一緒になっちゃっているんですね。だから、それは後でまた社会党に対する質問のときにその意図をお伺いしますけれども、私はそういうものがあったと断ぜざるを得ないのですよ。
○委員以外の議員(松浦功君) 邪推をいただくことは結構でございますけれども、私がつくった言葉でございますから、私が申し上げていることはうそではございません。
○近藤忠孝君 そうしますと、これは全然いままでどこにも先例もなく、外国の事例もなしに、もう松浦先生個人の発想で。
○委員以外の議員(松浦功君) はい。
○近藤忠孝君 そうですか。それがたまたま小選挙区比例代表の方に一致する可能性があるということになるんですね。私はその危険性を指摘しておきたいと思います。
○委員以外の議員(松浦功君) いま初めてお伺いいたしました。
○近藤忠孝君 あとわずかですから、あと政党の資格要件問題について質問したかったのですが、これは次回に譲りたいと、こう思います。
○栗林卓司君 まず法制局にお尋ねをしますけれども、先日資料をいただきました。資料をいただいた理由というのは恐らくこういうことだと思うのですが、五月の十二日、私と法制局長の間でこういうやりとりがございました。 読んでみますと、まず私ですけれども、 それで法制局長、いまの提案の自民党の案が合憲だとお考えになっているのですか、それとも違憲の疑いがあるとお考えになっているのか、その点はどうなんですか。補佐する立場にあるのだから作業はしたわけでしょう。 あなたがお立ちになって、 補佐をして作業いたしました以上は憲法に適合するものとして御補佐を申し上げたわけでございます。 今度私、 憲法に適合すると判断された内容はどういうことでございましたか。 あなたは、 私どもが繰り返し繰り返し申し上げておりますけれども、要するにこの拘束名簿比例代表制の導入が、いまの、どう言いますか、選挙民にとりましては候補者の選択の困難、それから候補者にとりましては選挙運動費用の膨大、労力の過酷という、参議院全国区制の包含する問題点を解決するという点が一点。それから国民の政治的意思を適正に国会に反映するという点が二点。そういう目的のために政党が議会制民主主義を支える不可欠の要素となっており、国民の政治的意思形成の媒体として重要な機能を果たしておるという現実を踏まえて出されたものであると、こういうふうに判断いたしまして、合理的なものである、こう考えたわけでございます。 私が、 いまいろいろ挙げられた合理的の中身ですけれども、それはさっき近藤さんが御議論になったのと実は同じでありまして、基本的人権を制約するということになるとある合理性が求められる。合理性があれば国会の裁量権の範囲内であるから違憲ではあるまいと、こういうことですね。 そこで、いまお述べになったことについて、個々に、たとえば国民が選びづらい、今度は選びやすくなる云々ということについて、そうであるかどうかを検証する能力と立場に、能力があるのかないのか、また立場にお立ちになっているのか。要するに、参議院法制局としてお調べになった上でそういう御判断をなさっているのかはどうですか。 あなたがお答えになって、 私どもは補佐する立場にございますので、私どものできる限りの資料をもとにいたしまして合憲と、こう判断いたしたわけでございます。 私が、 自民党の方が提案理由としていろいろ並べているのはあるんです。それを一つ一つ精査して、確かにそうです、したがって合憲ですということなんですか。 あなたがお答えになって、 一つ一つ考えまして、そうして合理的と考えられておることに理由があると、こういうふうに判断したわけでございます。 先ほど申し上げましたように、われわれとして与えられた権限の中で、できる限りの資料をもとにして合理的と判断されることに理由があると、こういうふうに判断したわけでございます。 以上が議事録のやりとりですから、間違いないと思います。 あなた二回にわたって「できる限りの資料をもとにして」と、こうおっしゃった。そこで、私だけの資料要求ではいかがかと思いましたので、実は理事会の名において法制局に資料を要求しました。何メートルあってもよろしい、全部欲しい、こういう条件をつけて申し上げましたところが、いただきましたのが「各種文献にあらわれた参議院全国区制の弊害について」という若干のつづりでございました。これが「できる限りの資料をもとにして」とおっしゃっている中身なんでしょうか。
○法制局長(浅野一郎君) 私どもには事実の調査権というものがございません。したがいまして、どうしても判断するときには第二次的資料によらざるを得ないわけでございます。そういう意味でその判断をいたしました資料をお出ししたわけでございますが、資料の中から必要な部分を摘録してお出ししたわけでございます。
○栗林卓司君 あなたは五月十二日に、でき得る限りの資料をもとにしてそう判断したんですと。私があなたに言ったのは、そういう立場にないでしょうと。いまあなたがそういう立場に実はありませんのでとおっしゃられては実は困るんでして、で、とにもかくにも資料をお出しになったから伺いますけれども、まず新聞記事のつづりがあります。 あなたは法律の専門家だから、私は素人だけれど、いま訴訟をここでやっているわけじゃないけれど、新聞記事の証拠能力というのは一体どうなっているんですか。伝聞証拠ですよ。伝聞証拠をもとにして判断したというのはいささかおかしい。それはあなたはお認めになるでしょう。これは間違いない。違う御意見ありますか。
○法制局長(浅野一郎君) 訴訟といいますのは、紛争の事実を確定してこれに法律を適用していくのが訴訟でございます。ですから、どうしても事実の確定が第一義的意味を持つと思います。 ところが、法律の解釈となってまいりますと、その解釈の前提となる事実というものは、必ずしも訴訟で必要とされるような証拠である必要があるかどうかということについては私は非常に疑問を持っております。
○栗林卓司君 あなたの御議論の中で、訴訟をやっているわけじゃないけれど、立証する立場に立つのは、金がかかり過ぎる、肉体が過酷である、有権者にとって選びづらい。全部これは事実ですよ。解釈の問題ではない。となったら、その事実を推測するに足りるある証拠資料をお出しにならなければ、あなたは法律の専門家なんだから、そのときに伝聞証拠であるとして法廷が証拠採用するかどうかは常に議論の種になっている新聞記事のつづりを出してくるという神経はどういうことだと言っているんです。 そのほかにあなたはいろいろな論説を引いておられますけれど、これは青島さんも指摘されたんだけれど、読んでみると実におもしろい。黄色い線を引いたところがあるんで、そこを読めということでしょうね。 引いてないところを読みますとね、こう書いてあるんですよ。まず最初のところ。 ところが時代の発展につれて、労働組合が発達し、資本家の団体も発達してきた。 しかもこれらの集団は特殊目的を達成しようとすることから、それ自身の考え方、それ自身の権利、それ自身の利益を主張する。だからそれらの諸集団の利害は互いに衝突することになる。現在の国は単に個人の集りでなく、このような多数の集団を含んでいる。 現に今日はどこの民主主義国をみても、本来は経済上とか、産業上とか、職業上とかあるいは文化上とかいうような政治以外の目的をもった諸集団が、直接、間接に政治に大きな関心をもち、政治を通してその目的を達成するために行動を起こしつつある。 この点に着眼して考えてみれば、参議院にそれらの集団の代表が送りこまれるということは、むしろさいきんその存在の意義を疑問視されている参議院をして現代的に再生せしめることになると考える。 これが一つ。次に行きますと、 参議院の完全政党化は一から十まで衆議院の選挙や、その当選後の議院運営に共通するものになって来る傾向が強い。 良識ある選挙民は、国会正常化が容易に出来ない衆議院運営の現状を大いに遺憾に思っているようである。そして、これと同じ情勢が参議院にも、その完全な政党化の余弊として普及して行くならば、もはや参議院議員選挙に熱を失う懼れが多いのである。 次に行きますと——全部これはみんな言っている人が違うんですよ。しかもあなたが資料としてとじてくれた中にある。その次、 参議院の選挙だけは、一人で二票を投ずることができるのである。 地方区と全国区ですね。 また、他の選挙の場合は、選挙区によっては、真に自分が投票したいと思う候補者を見出しがたい場合も絶無とはいえないであろう。しかるに、参議院の場合は、全国区という比較的適任者を見出しやすい制度があることでもあるから、むしろ衆議院選挙よりも良心的な投票をしやすい可能性も多いということもできるであろう。次に行きますよ。 比例代表制は、政党を前提とした考え方であるから、実施するなら先ず衆議院議員の選挙からというのが本筋である。試みに参議院の全国区からということをいう人もあるようであるが、私は、それは本末てん倒であると思う。 これでやめます。幾らでもある。この資料をあなたが出して、いま私が読み上げたところは一字一句抜いていませんよ。ここから一体あなたはどんな結論を出すのか。 ついでに言いますけれども、おとじになったやつを全部調べてみると、参議院の全国区について改正の必要性を訴えているのがほとんど。これは各党とも異論がないの。あなたに調べてもらうまでもないんですよ。では一体政党本位の選挙を主張している人が一人でもいるか、一人もなし。比例代表制導入を言っている人はわずかに一人、選挙制度調査会の堀切公述人の意見だけ。これで一体何を言おうとしたんです。
○法制局長(浅野一郎君) お出ししました資料のうち全国区の弊害の事実に触れた部分を御参考にしていただきたいと思いまして出したわけでございます。
○栗林卓司君 あなたはいま弊害と言ったけれども、弊害という言葉を軽々しく法制局が使うのは本当は問題なんだよ、それは。あえてその言葉遣いには触れないけれども、いまあなたが出さなければいけないのは、確かに問題点がございますと否定する人は一人もいないの、ここには。じゃどう直すか。いまの自民党案というのは立候補制限つきの拘束名簿式比例代表制ということですね、一言で言えば。それをあなたは一つ一つ精査をして、しかも合理的であると判断したと言うならこんなものじゃ資料にならぬじゃないですか。 いま私、ここにあなたのパンフレットより厚目のやつを持っているんです。これは何かといいますと、第七次選挙制度審議会、そこの中で拘束名簿式比例代表制ではだめだとおっしゃっている部分を焼いてとじたものです。第七次だけですよ。中を申し上げますとたくさんあるのです。 まず自民党の赤沢特別委員、何と言っているか。名簿順位をつけるのは困難、金の動く心配あり。それから土屋委員、元国会図書館専門調査員、政党の選挙運動でも有権者、候補者の個人的な立場を常に考慮する必要がある。挾問委員、この肩書きは第七次のときの肩書きですが前日本住宅公団総裁、比例代表は個人の選択の自由を無視する点に一つの欠点がある。小林委員、日本テレビ社長、完全名簿式になれば個人の選択ができない。小島委員、明治大学名誉学長、比例代表制をとる以上拘束名簿が本筋だが、いまの日本では無理であろう。 西宮特別委員、衆議院社会党、名簿作成は困難、順位争いに金が動く可能性。奥野特別委員、衆議院自民党、参議院全国区の比例代表制は政党化を促進し、参議院のあり方に合わない。西宮特別委員、政党本位といっても結局個人後援会中心、金の乱費はなくならない。中村委員、慶応大学教授、比例代表は日本の土壌に合わない。宮島委員、全国市区選管連合会会長、個人後援会は名簿順位争いの大きな後援になる。要するに、個人後援会が名簿争いの後ろ盾になってまたもつれてくるだろうとおっしゃっている。 藤井委員、六大市選管連合会会長、政党本位だと無所属でりっぱな人材が出る機会がない。挾間委員長、第六次選挙制度審議会において、参議院全国区に名簿式比例代表制を採用しても個人の立候補を否認するということまでは固まっていなかった。これは委員長が第六次選挙制度審議会を振り返ってそうおっしゃった。固まっていなかった。島田委員、弁護士、政党法ができないと思うのは、政党から推薦を受けない個人の立候補を妨げてはならないからであると私は思っている。久保田委員、大学教授、個人の立候補できる道を残しておかなければ違憲になる。 挾間委員長、個人の立候補を制限するというのはむずかしいという意見が多かったように思う。これは前の第六次を振り返りながらそうおっしゃった。佐藤公述人、愛知県明るく正しい選挙推進協議会副会長、政党本位になると選挙に対する興味の半分は薄らぐ。選挙人から見ると、党よりも党をよりよくする人を選びたい。挾間委員、政党投票というのは必要な部分をなすが、選挙人が候補者その人を対象として選挙するというたてまえは残すべきだ。赤沢特別委員、大政党で拘束名簿の順位を総裁が指名するということになったら大問題だと思う。 久保田委員、比例代表は素人が選挙に関心を持つことを阻害する制度ではないか。土屋委員、政党以外の有権者が政党の名簿の順位を変えることをどう選択するか、これは諸国がいずれも苦心しているところだ。近藤委員、これは評論家です。政党に投票してもよし、個人に投票してもよし、こんなぐあいにはならないか。西宮特別委員、固定名簿で参議院的な人を出すという期待があるが、結局政党の御厄介になって出てくるのであるから、期待されるような機能は果たされないのではないか。鈴木委員、これは首都高速道路公団総裁、参議院全国区は単記移譲式の比例代表制がよい。 島田委員、全国区に比例代表制となると参議院の存在そのものを政党にゆだねてしまい、元も子もなくなる。奥野特別委員、脱政党化現象が顕著となっている現段階で政党しか選べない選挙を国民に押しつけるというのは国民の気持ちを無視している。田上委員、明治学院大学教授、参議院の特色を出すと比例代表でも単記移譲式でも好ましくない。要するに比例代表そのものが参議院の特色に合わない。土屋委員は、比例代表は政党化を強化するから参議院の選挙にはとるべきではない。挾間委員、全国区は非拘束名簿とし、名簿上の候補者一人に対して投票するのはどうか。 これは拘束名簿式比例代表制、しかも立候補制限つきはまだ当時は議題になっていないから、これは拘束名簿についてだけの意見を無理なく第七次の議事録からとった。これだけ厚いのです。あなたがくれたものはこれより薄い。しかも、中を見るとまるっきり逆なことが書いてある。一体あなたはまじめに仕事をしたのですか。
○法制局長(浅野一郎君) 先ほど申し上げましたように、あくまでも事実に触れられた部分をお出ししたわけでございます。その事実に基づく評価というのはさまざま評価があると存じます。そうでございますけれども、その評価について一義的に私どもがこう評価するという立場にはございません。そういうわけでございますので、そういう事実に触れられておるという意味で資料をお出ししたわけでございます。
○栗林卓司君 そうすると、あなたは事実を精査する立場にないから、しかも資料としては二次的なものしかない。としたら、一体憲法に合っているのか、違憲なのか、問われているのは合理性なんだから、判断できないということじゃないですか。大体あなたの十二日の回答が言い過ぎているんですよ。したがって、あなたとすれば、自民党さんがおっしゃることが本当であれば、それはそうかもしれない、本当かどうかは検証する立場におりません、そうはっきり言えばいい。それが正解でしょう。
○法制局長(浅野一郎君) 私は、そうでございますから、提案者が合理的と判断されたことに理由があると判断いたしましたと、こう申し上げたはずでございます。
○栗林卓司君 理由があると判断したというのは、金がかかって困る、肉体も大変だ、八千万有権者が百人そこそこを選ぶのは容易じゃないということが大変だと言っているのであって、それを解決するのにいろんな選択肢があるのです。憲法上問題にならないものもあれば、問題をはらんだ拘束名簿式もあれば、いわんや立候補制限まで伴っている。それに対して、いろんな選択肢の中で、これもできない、これもだめだ、これもだめだ、結局残るのはこれだけだという合理性があると判断した、こういった意味ですよ、もともとその合理性というのは。あなたは、自民党の言い分には一つの筋道が認められますと、しかしそれが正しいかどうかは検証する立場にありません、そう言うのが本当のところでしょう。
○法制局長(浅野一郎君) そうでございますから、合理的と判断されたことに理由があると判断したと申し上げておるわけでございまして、提案者の立場はそれはそれで一つの筋道があると、こう申し上げたわけでございます。
○栗林卓司君 だから、十二日の答えみたいに、合憲ですと、前提条件なしでこの間あなたは言っているんですよ、それは言い過ぎなの。自民党の言っていることがそのまま正しいとしたら、それは確かにそれなりの筋道ですと、一応法制局としてはそこまでが言える限度です。そればあなた率直に認めていいんだ、もともとその立場にいるんだから。それを妙にしゃしゃり出てくるからおかしくなる。 では伺いますけれども、これは白鳥令さんの本です。この人の編集した「政治の経済学」という本がある。これはやはり一つの、素人の本ではないと思いますよ。中をうかがってあなたに伺うのだけれども、まず選挙に何で金がかかるか。自民党の人はかかるかかると言っているわけ。うそをつけというわけにいかぬから、含めて伺います。こう書いてあるのです。 田中内閣時の一九七四年(昭和四九年)かの有名な金権選挙のときです。参議院選挙で、候補者に支出した分を含めて自民党が使用した選挙関係費用は二五〇億と考えられている。実際に、自治省の届け出を見ても、七三年に自民党が集めた政治資金は一八六億であり、選挙時に時の橋本登美三郎幹事長が銀行から借り入れた資金は一〇〇億といわれているから、この金額は妥当なものといえよう。このときの参議院選は金権選挙として悪名が高く、それを後で批判して、福田赳夫氏が「私が幹事長をしていたときには参議院選挙(昭和四三年)四〇億でまかなった」と発言した。福田流と田中流の選挙の闘い方には違いがあるが、六年間で六倍をこえる選挙費用となっている。四十三年と四十九年比べますと選挙費用が六倍になっている。 この問題について、あなたはこれはまことに合理性がある金の使い方だと認めたんですかね。かかるようになったのはこのときからですよ、すさまじく。その前はそんなにかかりはしなかった。したがって、自民党の言うことに合理性があると認めたというのはこれはもうしょうがなかった。そう言っていいんですか。
○法制局長(浅野一郎君) 提案者のおっしゃることのみならず、いろいろな資料に金がかかると書いてあるものですから、それはごもっともなことだろうと、こう思ったわけでございます。
○栗林卓司君 そこで、私は別なことを書いてある次のところを読みます。二十三ページ、こう書いてあるのです。 先にも指摘したように、一般に選挙費用の寡多 は候補者個人の実感や一部ジャーナリズムが暴 露的効果をねらっての判断、あるいは世評とい つた印象的な基準によって論ぜられる場合が多 く、その客観的、合理的基準は必ずしも明確で ない。私はこれは本当だと思うよ。言っている人が多いから私は耳傾けたんだ。あなたがくれた中でまるで逆なことを書いてあるのがたくさん入っている。あなたはどこに耳つけたんだ。 法制局はどんな仕事をするところですか。
○法制局長(浅野一郎君) 議員立法の立案について御補佐を申し上げるところでございます。
○栗林卓司君 これは佐藤功さんの書いたやつで、議員立法についてというやつで、非常にいい文章だからそのまま読みます。 とくに議員立法の場合は、議員立法であること のゆえに、所管常任委員会の審議よりも、議院 運営委員会や各党派の国会対策委員の間での諒 解が優先するのが現実であろう。まさにそのとおりです。 要するに、一般的にいって、国会の立法活動の 主体たる議員は、「法律家」であるよりはまず 「政治家」である。少なくとも「法律的・法律 家的センス」よりも「政治的・政治家的センス」 が優先するといえよう。そこに立法補佐機構の 果たすべき役割りがあるというべきである。政 治的・政治家的センスを補完する法律的・法律 家的なセンスと能力とを、立法補佐機構に期待 したいと思う。 あなたは補佐と言うけれども、補佐の中身はこういうことでしょう。あくまでも法律の専門家として、議員の勝手に任しておくわけにいかぬから、あくまでも番人として、その法律がほかの諸法律と調和をするかどうか、憲法とうまく融合するかどうか、そこに目を光らして仕事をするのがあなたの立場、そうなりますね。したがって、各政党間の問題とかどうこうということにかかずらわるのは本来はおかしい。あなたは、一つの独立機関と言ったら言葉が過ぎるけれども、あくまでも院の機関として、院の権威において法律問題を扱う、そういう職責でしょう。
○法制局長(浅野一郎君) そのとおりでございます。
○栗林卓司君 そうしますと、じゃまた伺いましょうか。憲法にありますけれども——あなたは公務員でしょう、当然。
○法制局長(浅野一郎君) 公務員でございます。
○栗林卓司君 憲法第十五条二項に、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」、こう書いてあります。政党というのは英語ではパーティーと言うでしょう。パートというのは部分なんですよ。もともと政党のパーティーというのは部分ということなんです。ここで「全体」と言っているのは、さあ政党を指すかどうかは実は大議論があるところです、憲法論争としても。そこまで深くは言わないにしても、すべて公務員はあなたも含めて全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない。政党の使用人ではない。あのワイマール憲法百三十条はもっと的確に書いてある。「官吏は全体の使用人として、一党派の使用人にあらず。」、これは間違いないですね。
○法制局長(浅野一郎君) そのとおりでございます。
○栗林卓司君 金丸さんの後ろにお座りになっているのは法制局の人じゃないですか。
○法制局長(浅野一郎君) そのとおりでございます。
○栗林卓司君 法制局の人が——自民党提出法律案は、あなた方の審査を経て、自民党の手で提出をされたら、後は自民党がやるものですよ。社会党も同じ。今度は公明党、共産党が出した、それも同様。その国会審議の答弁の手伝いまで、答弁の手伝いというのは目下自民党の使用人ということだ。それはあなた、おかしくないか。法制局としてするべきことではないではないですか。
○法制局長(浅野一郎君) 議員の立案の補佐をいたすわけでございますので、補佐の範囲の及ぶ限りのことはわれわれの職務としてやらざるを得ません。その場合に、一つの党に偏するわけにはまいりませんので、すべての党にひとしく御補佐申し上げるというのがわれわれの立場でないかと、こう思っております。
○栗林卓司君 そうすると、補佐の中身は国会答弁のお手伝いまで入るわけですね。
○法制局長(浅野一郎君) 国会答弁が正しく行われるように御補佐を申し上げるのもわれわれの立場じゃないかと、こう思っております。
○委員以外の議員(金丸三郎君) よけいなことを申し上げるかわかりませんけれども、実際議員立法をいたしてみますというと、私どもも昔は法律の条文をいじくったりいたしましたが、実際に選挙法のように細かいものになってまいりますと、そう一々条文を当たるということになりますと、やはり参議院の法制局の皆さんの力をかりなければこれは不可能でございます。非常に法律技術的な問題、ほかの法律の関係でございますとか出てまいります。まあ私ども、できるだけ法制局の皆さんに迷惑をかけないようには注意しておるつもりでございますけれども、やはりこれだけの条文になってまいりますというと、局長、部長、課長、課長補佐の皆さんにも大変にこれは長い間御苦労かけてきております。まあ場合によりますと、条文によりましては局長でもなかなか答えにくいような細かい問題もございます。 そういうときには、議員立法でございますから、栗林先生が法律を立案なさった場合、非常に大きな政策的な問題と法律技術的な問題とございます場合には、私は法律技術的な問題だけとは申しませんが、法律技術的な問題についてはあるいは局長なりあるいは部長なりに栗林先生がお答えをいただくとか、ほかの党の方々が立案をなさって法制局の皆さんにお答えいただくとかいうようなことがございましてもこれは自然じゃなかろうか。実際なかなか選挙法は微に入り細をうがっておりますので、どうしても法制局の皆さんの力をかりなければできませんし、また各政党でも御立案なさいます場合に法制局の皆さんの力をかりて答弁をしていただくとか、そんなことも私はあっても自然じゃなかろうかというような感じがいたしますので、御理解いただきたいと思います。
○栗林卓司君 一言で言えば、おいわかってくださいよ、できないですよと言っているわけでしょう。それはわからないじゃないですよ。だから、そこから出てくる結論は、この手のものが議員立法でいいのだろうか。しかも、参議院法制局というある意味では中立的な機関に頼むとしたら、各党間のすり合わせが終わってある成案ができてからお願いをするというのがむしろ議員の側の良識ではないのか。それを逆立ちしているから、法制局長としたって本当は出てきたくないのでしょうけれど出る羽目になって、口を滑らせばこんな話になる。 それで、ただ一つだけこれは法制局長にあなたの専門の法律分野でお尋ねをしておかなければいかぬことがあるんです。何かといいますと、実はここで長いこと議論してまいりました選挙権というのは基本的人権かどうか。今度あなたに聞きますけれども、選挙権というのは基本的人権かどうか。 聞く場合に、なぜかという論点もう少し整理しますと、この「選挙法全書」という厚いやつを見ますと、ここでも書いてあるんだけれど、選挙権というのは権利であるかというようなところで公務説、権限説、複合説等々という通説が書いてあります。現在どの辺のところが日本の通説かといいますと、この選挙制度の本を見てもそれからこの本を見ても——この二つの本は何かというと、最も代表的な、この本なら大丈夫だという選挙制度の本を探してくれと国会図書館へ頼んだんです。それでもらったのがこの本なんです。これも同様に複合説の立場をとっているんです。二元説と言ってもよろしい。それが やや観点を異にするものとして、選挙権を全選挙過程の中で把握しようとする見解がある。これによれば、第一に憲法第一五条一項が保障する権利が「いわゆる参政権であって、すべての国民が国政に参加しうる地位がそこで基本的人権として原理的・包括的に承認」され、第二に四四条で「選挙人団加入請求権ともいうべき実定法上の権利」が定められ、第三に、「選挙人団の一員として議員を選定する行為は、国家機関の権限の行使、すなわち公務の執行と解すべきであって、選挙権の行使ではない」とするものである。このうち憲法一五条が保障するいわゆる参政権は、上述のごとく政治的・理念的内容をもち、 これはもう金丸さんが再々お答えになっている内容です。 憲法四四条で保障する「選挙人団加入権」とは権利の性格が異なる。 この説はいわゆる複合説と理解するわけにはいかぬ、特殊な見解です。 あなたは、最高裁の判例が再三にわたって選挙権は基本的人権であるという判決を下していますね。それと比べながら、その金丸さんが再三にわたっておっしゃったいささか観点を異にする解釈、それはいいんですよ、金丸さんはそういった見解をお持ちになったって。しかし、法制局長はこの問題について、この最高裁の判例は無視するのか、通説も無視するのか、いささか観点を異にする見解をあなたはおとりになるのか、どうなんですか。
○法制局長(浅野一郎君) それは選挙権という言葉の使い方の問題じゃないかと存じます。十五条一項で広く国民が政治に参加できる地位というものの中に国民が選挙に参加できる地位というものを含めて考えるといたしますと、そういう使い方をいたしました参政権というものなら確かに参政権は基本的人権だと、こう考えられます。そう考えましても、現実に国民が選挙に参加できる地位というものは、選挙手続を通じて具体化されていくものでないかと、こう思っております。そうでございますから、その選挙手続を通じて具体化されるところで選挙権というものをとらえましたのが金丸先生のお考え方じゃないかと思いますが、それが四十四条でいわゆる資格として法律で定めるという意味における選挙権だと、こういうふうに考えております。
○栗林卓司君 よくわからないんですよ。選挙権というのは余り深い議論はされてきたことがなかった。その実益がなかったんですよ。選挙権を制限しようというような法律が出てこなかったし、それから法のもとの平等という面ではいろいろな判決が出てまいりました。問題は、国民の政治意識の方は選挙権は間違いなく基本的人権だと思っている。しかし、片方から見ると、選挙権というのは国家機関が国民に与えた資格である。これは旧憲法時代以来、それは選挙権の一つの考え方としてずっと続いている。それが憲法が保障する基本的人権とどうなじむのか、一応とりあえず両方だと言って複合説で片づけているだけで深みに入った議論は何にもない。 ただ、その選挙権を仮に制限しようという、直接ではなくて制限しようという事象が出た場合には、最高裁は「国民主権を宣言する憲法の下において公職の選挙権が国民の最も重要な基本的権利の一つである」、昭和三十年二月九日、あと言いません。それは選挙手続の一環として与えるなどという言い方ではなくて、参政権も選挙権も全部積み重ねられた一つのものとして見ている。 もうこれ以上言いません。あなたはそれとは異なった立場をおとりになるわけですね。
○法制局長(浅野一郎君) 最高裁も、恐らくそこで選挙権は基本的人権だと申されましたのは、十五条一項の次元でとらえられたいわゆる広い意味の選挙権というものを選挙権と、こう言われておるのじゃないかと、こう思います。
○栗林卓司君 じゃ、もう一つだけ聞きますと、参政権というやつがあって、参政権の中心というのは選挙権、被選挙権ですよ。あとそのほかにもありますけれども中心はそうなの。参政権は理念的、抽象的に人権として認めます、中心部分はこれは違うんです、これは四十四条ですと。したがって、与えるのも奪うのも、これは合理的な根拠があるからいいんですと。これは中心部分をそういったぐあいに使い分けする。なぜ言うかといいますと、じゃ一つ例出しましょうか。 いま立候補制限つきの拘束名簿式比例代表制ですね。自民党案が通ったとする、通った後で政党要件をもっと上げていく、これは国会の裁量事項だと、そういう見方になるんですか。
○法制局長(浅野一郎君) それは国会の裁量事項と申しましてもおのずからそこには限度がございまして、当然十五条一項というような規定、要するに国民が政治に参加できる地位というものがあるわけでございますから、そういう規定を考えつつ限界を考えることになるのじゃなかろうかと、こう思います。
○栗林卓司君 そうしますと、十五条一項の規定があるのですから、それを考えながらということは、平たく言えば四十四条の選挙資格、言いかえれば選挙権、それは基本的人権としての色を持っているということでしょう、当然のこととして。いや、なぜ聞いているかというと、これは金丸さんとは幾ら繰り返してもだめ、同じお答えしかおっしゃらない、あなたは法律の番人なんだから。 そこで、なぜ聞いているかというと、それは十五条、基本的人権の色がついております、当然のことながら。色がついているんですから国会の裁量事項といっても自由勝手というわけにはまいりませんと、いまこうあなたお答えでしたね。その色がついているんだったら、それを制約する合理性というのは一体どういったものなのか、その合理性を判断するあなたは資格が——いいですか、二次資料しかないと言ったんだから、一次資料は持つ立場にはありませんと言ったんですから、その合理性を判断する立場にあなたはお立ちになっているのでしょうか。これが聞きたいことなんです。
○法制局長(浅野一郎君) 四十四条で出てまいります選挙権の基礎には当然十五条一項というものがあることは否定できないと存じます。 そこで、問題は、十五条一項を制限するという問題になってまいりますと、基本的人権の制約の問題でございましょうから、それは公共の福祉なりなんなりの制約原理を考えざるを得なくなる、こういうことでございます。その場合に、果たして今回の場合の公共の福祉というものが一体何であろうかという問題になるのではなかろうかと、こういうふうに思っております。
○栗林卓司君 そこで、公共の福祉を軽々しくおっしゃいますけれども、普通は何を出すんですか。あなたは新説なんですよ。基本的人権を制約するということになれば公共の福祉ですと言うのは、どちらかというと珍説の部類で、実際には均衡論でしょう、違いますか。
○法制局長(浅野一郎君) 別に基本的人権の制約原理が公共の福祉であるということは珍説でございません。最高裁が繰り返し繰り返し述べておられるところでございます。 問題は、公共の福祉の中身が何であるかということであると思います。そして、その基本的人権と基本的人権の調整ということも二つの公共の福祉の中身を考える基準であるというふうに考えられております。それからまた、その基本的人権を制約することにおいて得られる利益と、その基本的人権を守っていく利益との比較考量ということも考えられております。それから、その目的が憲法に適合するものであり、かつその目的を達成するのにその手段が適切であるかどうかという判断も、これも公共の福祉の中身の基準だと、こういうふうに考えられております。ですから、公共の福祉というものはいろいろ中身があるものでございます。そこでこの場合、果たして何が公共の福祉かということが問題になるのではなかろうかと、こういうふうに思っております。
○栗林卓司君 公共の福祉というのは説じゃなくて憲法に書いてあるんですよ。だから、公共の福祉の中身が一体何なのか、これが質問のポイントなんです。したがって、ということが問題になろうかと思いますと、その後を続けてください。
○法制局長(浅野一郎君) 今回の場合の公共の福祉が何であるかという問題になりますと、結局帰するところ公正な選挙の確保ということと、国民の適正な意思の反映ということ、これが公共の福祉と考えられる利益ではなかろうかと思っております。
○栗林卓司君 あなたがいま言われたみたいに、ほかの人権との比較考量問題、あるいは利益だとしたら、ほかの利益との比較考量問題、そうしたものが相対として公共の利益という概念になっているわけですよね、そうあなた言われたの。で、だからその続きを言ってと言ったら、あなたは今度は別な言葉を持ってくる。だから、その基本的人権として何がこうぶつかって調和してないのか、利益なら利益と何がぶつかって調和していないのか、現状がですよ。平たく言いますと、たとえば私が無所属で立候補したと、この立候補というのは衝突しているんだと、それをあなたは立証しなければいかぬわけですよ。 それから、国民の意思を正確に反映すると。正確に反映するんだったら政党要件はつけてはいけないのです。自民党案というのは立候補制限つきの拘束名簿式比例代表制なんです。立候補制限つきが問題の一つだ。民意の正確な反映というなら、いまの全国区制でも反映しているんですよ、こっちの方がよっぽど。だからあなたのは説明になってないんだ。もう一遍お願いします。
○法制局長(浅野一郎君) 拘束名簿式比例代表制というものは民意を正確に反映する制度ではないかと、こう思っております。
○栗林卓司君 立候補制限つき、要するに極端に言えば政党要件つき、すそ切り。じゃ聞くけれども、すそ切りの拘束名簿式比例代表制はすそ切りのついていない同種の制度に比べてどっちが民意を反映するの。
○法制局長(浅野一郎君) 民意の正確な反映のためにその立候補の自由をしばらく御遠慮願いたいということでございます。
○栗林卓司君 あなたはそういう答え方すると、また揚げ足取られるの。だから一つ要件加えればいいんだよ。政局の安定というものを加えればいい。選挙制度というのは民意の的確な反映と政局の安定とこの相反するものをどうやって調和さしていくのか。 厳正拘束名簿式比例代表制というのは——こうなったら説明するよ、本当に。最初にとったのはワイマール憲法をさかのぼるライヒ憲法の最後です。それが憲法条項の中で、比例代表の原則に沿ってと書き込まれたのがワイマール憲法、足切り条項はほとんどなかった。したがって小党乱立、利用してナチスが急速に台頭する条件をつくってきた、そうでしょう。そこでドイツはどうしたかというと、ネオナチは絶対に出すわけにはいかぬ、それはドイツの国益にかかわる、世界はいまだにアウシュビッツを覚えている、それは理屈がどうあろうと出すわけにいかぬというので、三議席・五%条項を引いたんだ。 しかし、もう一つのねらいは、余りに少数政党が多党化する現象を排除して政局の安定をもたらしたいということだよね。同じ発想は、要するに全国区に通用するんだったら比例代表制は採用します、しかし足切りはします、これが自民党案なんだよ。足切りの部分は、それはだれが見たって民意のすそ切りになっている。したがって、これは民意を公正に反映するために立候補制限つき、政党要件つき拘束名簿式比例代表制がいいんだという結論にならないんです。したがって、法制局とすると、いままでの御説明ではこれは筋が通っているとは言えないでしょう。
○法制局長(浅野一郎君) まず、ワイマール・ドイツにおいて小党分立が起きたのは、比例代表選挙のせいであるかどうかというごとについては学説でも異論があるように存じております。むしろワイマールードイツの政治情勢がしからしめたんでないかと言われていると思います。 それはそれといたしまして、拘束名簿式比例代表制が政局の安定とどうつながるかということについては私はよくわかりません。
○栗林卓司君 人の言うことを聞いていてよ。それが政局の安定と関係があると言っていないの。政党要件、政党要件が言うなれば少数政党、破砕政党、あれを全部取り去っていくわけでしょう。それが政党要件が自民党案でついている理由でしょうと言っているの。あれは違うのですか、それとも。
○法制局長(浅野一郎君) 私は、必ずしも政党要件がついているのはそういう理由であるとは理解しておりませんわけでございますけれども、要するに国民の政治的意思を正確に国会に反映する媒体としての機能を果たさせるのが適当な政党はどうであろうかとお考えになって、政党要件といいますか、名簿の提出ができる政党の要件を定められたのではなかろうかと、こういうふうに思っております。
○栗林卓司君 要するに、あなたはあれですか、政党選挙を徹底したい、それがこの法律案の主たるねらいである、だとすると政党要件もよくわかります、それなりの合理性はありますと、そういう理解なんですか。
○法制局長(浅野一郎君) 提案者のお考え方は政党中心の選挙にしたいと、こういうことではなかろうかと、こう思います。
○栗林卓司君 そうしますと、政党中心の選挙、言い方を変えますと、いま日本国憲法には政党という言葉は一つもないですね。また、憲法を取り巻いている、実質的な憲法規範を構成している中でも政党というのはない、それは。そこの中で初めて政党というものに地位を与える、これが政党中心の選挙という言葉が持っている意味ですね、あなたの立場から見ると。僕らが使うのは別だよ。あくまでも法制局として見るんだったら、それは政党というのが一つの正式な位置を憲法秩序の中で確保するということですね。それが間違いなくいいことなんだと悩みもなくあなたはお考えになったと、そういうことですか。
○法制局長(浅野一郎君) 私どもは憲法上政党にある位置を与えるということであるとは考えておりません。憲法がそういう政党の存在を当然予定しておるものであろうと、こういうことは考えられると思います。憲法がそういう政党の存在を予定しているということを評価されまして政党中心の選挙にしようと、こういうふうに提案者はお考えになっておるのではなかろうかと、こういうふうに思っております。
○栗林卓司君 憲法の中で、憲法的秩序といいましょうか、憲法的秩序の中で政党というのをやっぱり組み込むわけでしょう。要するに、公職選挙法という憲法を支えている重要な柱の一つに政党本位の選挙を入れるわけだから、当然それは政党を正式に組み入れていくことになりますよね。それをあなたそうはなっておりませんとやられちゃうと本当に困るんだけれども、それはだれが見ても政党を組み入れることになる。国民の方は個人の名前を書きたくたって書けない。政党の名前を書くしかない。運動は政党だけ。間違いなく政党の選挙が世の中を押し渡ることになる。だからこれを革命的と言っているんでしょう、この今回の変革を。自民党はだよ。だから、それは率直にそう認めていただかないと困るんだけれどもね。 ただ、いま私が言いたいのは、たとえば憲法十五条二項、すべての公務員は全体の奉仕者である、一部の奉仕者ではない。これは憲法の基本精神の一つでしょうね。全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない。いや政党だって全体の代表だと強弁をしてみるけれども、これは政党というのはなかなか全体の代表というわけにいかぬ。本当に全体の代表なんだと名実ともに言えるのは(「自民党だけだ」と呼ぶ者あり)違います。それは共産主義国家における政党だけ。これは圧力団体もない。全部を包含してまさしく国民を代表する立場に立っている。(「立っているかどうかわからない」と呼ぶ者あり)立場に立っている。 しかし、これがいまの議会制民主主義の中で本当にでは政党本位の選挙をしていいのだろうか。すべての公務員は全体の奉仕者で一部の奉仕者ではない。これがもういまは空文化したということになるのだろうか。これは法制局長ね、だれだって悩むところだよ、法律家としては。だから、あなたはその問題で悩んだんですかと最後に聞きます。
○法制局長(浅野一郎君) 政党は確かに一部の利益の代表のごとく見えますが、その利益を通じまして国民全体の利益を目指すものではないかと、こういうふうに思っております。そうでございますから全体の代表だと考えてよろしいのではないかと思います。これは私自身がそう申しておるわけでございませんので、確かに私もこの問題について悩みまして、いろいろな文献を読ませていただきました。そして、有名なドイツの法学者であるラートブルフがそういうことを言っておりますので、これで安心したわけでございます。
○栗林卓司君 人の名前出されたからじゃあついでに言うけれども、ライプホルツの論文を読みましたか。
○法制局長(浅野一郎君) ライプホルツの論文は読ませていただきました。
○栗林卓司君 有名な論文だからお読みになっていると思うのです、それは。そこでね、これは私もう答弁要らないけれども、こんなの繰り返してもしようがないから。ライプホルツの論文の中で一番最後のフレーズ、読むとまた長くなるからやめます。やめますけれども、それはいまの悩みを端的に訴えている。 この憲法と憲法的現実の緊張関係、まさにそこから次の憲法規範が生まれてくるのだけれども、したがっていまの政治の現実を見て、それはもう政党が重要な機能で介在していることは事実だ。事実だけれどもそう言い切ってしまえない。その悩みを率直に吐露しているのがライプホルツの一番最後のフレーズですよ。せめてあなたぐらいはその悩みを持っていてもらいたい。あなたは、自民党がいやこれからは政党本位の選挙だとやっていますけれども、これからいやえらいことになったと恐らくしみじみと思うはずだと思います。じゃ、もうあなたいいや。次の質問にいきます、時間がないから。 地方区の定数是正問題で自治大臣にまずお尋ねします。 四十八年の東京高裁判決を見ますと、地方区の定数はきわめて不公平であってという訴えに対して、 憲法が議員定数、選挙区等選挙に関する事項は法律でこれを定めると規定し、何らの制限を設けていないことば前段判示のとおりである。 ところで、右の諸要素を勘案して議員定数の配分をどのように定めるかは立法府である国会の権限に属する立法政策の問題であって国会の裁量に委ねられているところであるが、右の諸要素を勘案するに当って国会が憲法の趣旨に反してその裁量権を濫用し、全く不合理な議員定数の配分を行ったり、また人口の都市集中にともない著しく不均衡な状態を生じているにかかわらず、なんらの改訂もしないまま放置していることが客観的に明白である場合には、裁判所としてもそのような議員定数の配分を違憲無効と判断することができると解すべきである。 そして、最後のところで、右別表第二が、今日なお違憲無効のものでないと断定することは困難であるというべきであり、国会において近い将来、現情勢に即応して、不均衡を除去するため、何らかの改訂が行われることを期待せざるを得ないのである。 これは四十八年の東京高裁の判決です。 さらに、六年たった昭和五十四年、同じ東京高裁判決、どうなったかといいますと、表現が大分切実になってきた。途中から抜き読みしますのでちょっとつながりませんが、 かような技術的困難性に加えて、参議院地方選出議員の地域代表的性格等参議院の特殊性を合わせ考えると、前記議員一人当り有権者数の格差のみから直ちに本件議員定数配分規定が憲法の平等原則に違反するに至っていると断ずるには疑問があるといわねばならない。 ところが、逆転現象について初めてこの判決は触れました。 右のような逆転現象がいかなる程度に達すれば、本件議員定数配分規定が全体として憲法の選挙権平等の要求に反する不合理なものと判断すべきかは一応問題であろうけれども、右認定のとおり本件選挙当時におけるように、前記(1)に判示した議員一人当り有権者数の格差にとどまらず、多数の選挙区間で多岐に亘って顕著に逆転関係が生じているというようなことは、前述の人口比例の原則の下においては、とうていその合理性を肯定し得ないことが明白というべきものであり 逆転関係の是正は(1)の場合程に技術的困難は大きくないと考えられる ので、 これをやむを得ないものとすることはできないと考えられる。以上により、本件選挙当時 云々とありまして、 国会が一般に状況変動に対応して政策的裁量をなし得るとしても、もはやこれを考慮に入れても右の判断を左右することはできないものというべきである。 そこで、一番最後のところに国会に対する期待を込めてずっと並べながら、 右期待の下において、既往の期間も準備期間として含めて、右の実現のために、なお若干の期間を認めることが相当であるというよりほかないものというべきであり、憲法上もこれを許容すべきものと考える。 これは五十四年の高裁判決ですけれどもね。来年は参議院選挙はこれは間違いなくある。そのときの参議院選挙に、口に出して違憲とは言えないけれどももうそれはあんたむちゃだと、ぎりぎりの発言をこの判決は私はしていると思う。 これに対して一体どうなんだと前々自治大臣にお尋ねしたのです。そうしましたら、当時まだ国勢調査の終わる、完結する前でございました。国勢調査が終わったら真剣に取り組みますとお答えになってやめちゃったんですけれどもね。選挙の前年の国会のいま、自治省としてどうお考えになりますか。
○国務大臣(世耕政隆君) 御指摘の点は、たしか判決は選挙の結果は有効である。しかしながら、逆転現象が各所に見られるので、これは選挙権の平等といった見地から見るとそれに反するものである、こういう指摘があったように記憶しております。 そこで、これはもう大変定数問題というのは選挙制度上で重要なゆゆしき問題でございますが、これは衆議院の場合も同じでございましょうけれども、衆議院の場合は昭和五十年でしたかに一度定数の是正をやっておりますが、衆参通じて言えますことは、特にこの参議院の場合の地方区の総定数をどうするかということは、地方区の持っている地域代表的性格、こういうものと、それから半数改選制といった参議院独自の特殊な理由、そういうことがいろいろ重なりまして、これが基本的に解決されない限り実際は非常に動きにくいというところが実情でございます。 それはまた、各政党のいろいろなよって立つ基盤にも非常に関係があることでございますので、この点は自民党でもたしか小委員会を設けて選挙制度に関するこれの是正を図っておられると思いますし、各機関でもいろいろ検討をされてきておられると思いますので、この際やはり立法府が中心になる、つまり各政党が中心になりまして論議を尽くしていただく、私どもはそれを側面的に補佐申し上げて有意義な結論が出ることを期待している、こういう状況におるわけでございます。
○栗林卓司君 金丸さんにお尋ねをしますが、いま自治大臣は、それはもう国会の皆さんにお任せするしかないというお答えでございまして、果たしてそのお答えで適確かどうかは大いに疑問が残るんだけれども、ああおっしゃっていますので、では今度は国会としてこの問題どう扱ったらいいか。 それで、全国区制度をどうしようかというのはいろいろな議論があるんだけれども、別にタイムリミットが決まっているわけではないのです。ところが、地方区の定数是正は、もう少なくも高裁段階では、それはあんたいかぬと。そのときには国会としていかなる対応をすべきかといえば、当然その判決の趣旨を体して各党で鋭意努力をしながら、少なくも逆転現象だけはなくして、最低限それだけの措置はとるべきである。私、自民党案の御説明いただく一年半ばかり前になりましたか、そのときに、松浦さんだったと思ったんだけれども、逆転現象の解消も同時提案しますと、たしかそうおっしゃっていたように記憶するんです。何も全国区のいまの改正案と絡めてではなくて、それはそれのこととして出しておくのがこれは国会の義務なんではありませんか。どうお考えになりますか。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 私どもも地方区の定数是正はできるだけ速やかに解決すべき問題だと思っております。いつかもお答えを申し上げたことがございます。私どもも私どもなりに地方区の定数是正については検討いたしておりますけれども、まだ党全体としての意見としてまとまるに至っておりません。これは過去の経緯を見まして、過去におきます各党の御意見と私どもの考えております点と、やり方につきまして隔たりがあるからでございます。 理想としては地方区の定数是正と全国区の改正とが同時が望ましいと私どもも思いますけれども、いまのような事情でございますので、全国区につきましては、これまた数年来検討いたしてまいったことでもございますし、来年は選挙も控えておりますので、昨年早く成案を得ましたので全国区だけ切り離して提案をし、地方区については別途に来年の選挙に間に合うようにできるならばいたした方がいいなと、一昨年から昨年の段階にはそのように思っておったのでございますけれども、現在のところでは全国区の制度につきましてもまだ結論が出ておりませんので、やはり現状といたしましては、まず全国区につきましての改正を行い、地方区につきましてはできるだけ速やかに結論を得るようにいたしたいと、かように思っておるところでございます。
○栗林卓司君 五十四年の判決ですけれども、そこの中で大林選挙部長がおまとめになった「参議院議員の選挙制度をめぐる論議(2)」、これを引用しながら、いま国会はこうやって一生懸命に議論しておりますということをるる説明して、その後に期待を込めてと、さっきの文章になるんです。 その中でどうなっているかといいますと、社会、公明、民社、共産各党は、先ず地方区の定数是正を先決とすべきであるとするのに対し、自民党は、地方区の定数是正は全国区制の改正と一体のものとして検討すべきことを基本方針としていたため協議がととのわず、 そういった協議の中でも各党がとにかく地方区だけでやるかということで判を押して、各党国対委員長が合意して文書をつくった時代もあったんです。昔のことは言いません。ただ、これまでのいきさつは、自民党が主張してきたのは、地方区だけではだめですと、全国区もあわして一本の改正案になる、そう言い続けてきたんですよ。野党の方はそろってとにかく地方区を直せとやってきたんです。しかし、自民党のお立場としていま全国区の改正案をお出しになっている。地方区どこへいっちゃったんですか。 その地方区がいまだに党内で議論がまとまらぬというのは、金丸さんに申し上げて申しわけないけれども、私こういう自民党のやり方——参議院制度の改革を決めたでしょう。あれがなぜうまくいったかというと、こういうところで議論をしたのではないんです。各党から代表者が出て、各党とも党内へ帰ったらこれは怒られるなと言いながら、あくまでも参議院の一員として努力し合って案をまとめたんです。それが遠藤小委員長案なんです。各党ともあの案に対していろいろ言いたいことがあったけれども、そこでいくしかしょうがないなとなったとたんに自民党から待ったですよ。地方区の改正というのは全国区と一本なんだと言い続けてきて、案ができたら、いや地方区はまだまとまっておりません。八項目の議院証言法改正案を提案してやろうと思ったら、いや十項目なんだ。この自民党のやり方、これは良識のある政党の態度なんだろうかと私はつい言わざるを得ない。 したがって、来年間違いなく選挙があるんです。前の委員会で私は立法不作為による違憲性の判決を御紹介申し上げました。いまこうやって時間を送っていることが立法不作為になる。そう言ったんじゃしょうがないから、なりかねませんよと判決で言っているんですよ。来年の夏には間違いなく参議院選挙があるんです。それまでには地方区の少なくも逆転現象の解消は義務として国会はやるべきですよ、それぐらいは。しかも、逆転現象の解消は技術的に簡単だ、だれがやったってこんなもの。 まず、これをお答えする立場に党内でおいでになるのかどうか、あるいはお立場にいるとしたらどうなさるのか、参議院選挙は来年だということを踏まえながらお答えをいただきたい。
○委員以外の議員(金丸三郎君) 先ほどお答えを申し上げたとおりでございますが、北海道と神奈川県を比較いたしますと百万以上の人口の差がございます。にもかかわらず神奈川県の方が定数が少ない。私どももこれはきわめて不合理だと考えておるわけでございます。したがいまして、やはり定数是正はできるだけ急いでやらなければならないと、できますならば全国区の改正と同時にやりたいと、こういうような考え方でおったわけでございます。これは先ほども申し上げたとおりでございます。 それ以上私弁解を申し上げるわけでも何でもございませんけれども、それではやるとしてどのようになるだろうかということを考えました場合、地方区の定数是正につきましては、従来各党でお考えになっておりましたところと相当な隔たりもございますので、まだ党の選挙調査会におきまして検討いたしておると、こういう段階でございます。もし話し合いでもつきますならば、来年の選挙に間に合わせるのがよろしいかもわかりませんが、現実の問題といたしまして、もう一年ぐらいのところに地方区の選挙も追ってまいりました。いまになっては大変残念でございますけれども、そういたしますとまた今度は地方の選挙を混乱させることになってしまうということも考えなければならない、そういう政治的な情勢に私はなってしまったと、このように思っておるわけでございます。 そういう点からいたしまして、いまのところでは来年必ず間に合うように地方区の定数是正ができるとも申し上げかねます。正直のところ、いまそういうことも考えながら党内で検討を続けておると、こういう状況でございます。
○栗林卓司君 はっきりさせておきたいのですけれども、各党と意見が合わないというのは、たとえばどういう定数是正をいたしましょうかという点については異論がそれぞれあります。しかし、それはまあ置いておいて、逆転現象だけは消そうではないかという点について異論のある野党はどこもいないですよ。したがって、一年半前に松浦さんが御説明になったときに、地方区一体どうするんですかと聞いたら、いやとにかく逆転現象を解消しなければいけませんと、大体六選挙区の二議席ずつのプラマイです。それに対してどの政党がそれをけしからぬと言いましたか。先の議論は別にしてそれだけは急がなければいかぬ。これは各党合意ですよ。困っているのは自民党の内部事情でしょう。 それからもう一つは、ここまで来たらもう来年が中央選挙だと、全国区は一体どうなるんですか。もともとは去年の暮れ、臨時国会で継続審議になったら、だれでもこれはああこれはいかぬな、仕切り直しだ、こう思ったんですよ。それを性こりもなく通常国会に提案をして、これまた九十四日。それは地方区だろうと全国区だろうと同じじゃないですか。来年のことですからね。しかも簡単なんです、逆転現象の解消というのは。三つの県を二議席減らして、選挙で一議席になるね、三つの県をふやして、それだけで最低限逆転現象が解消できるという計算をなさったんでしょう。御提案になればすぐそれはそれで賛成しますよ。なさいますか。まだ八月二十一日まであるんです、会期は。
○委員以外の議員(金丸三郎君) おっしゃるように簡単であれば私どもはいつでも出せるわけでございます。が、私どもは基本的には百五十二名の地方区の定数の範囲内で行うことが妥当であろうと考えておりますけれども、党によりましてはやはり従来の衆議院と同じようにある程度の定数の増加を行って、そして逆転現象なり定数の是正を行うべきであると。逆転現象のございます関係の県だけに限って定数是正を行ってもいいというお考えの党と、相当程度の増員の上で定数是正を行うべきであるという御意見と、これは相当に違っております。 私どもは、そういう食い違いが余りにも明瞭でございますので、同時には提案をいたしかねると。できますならばこの比例代表制の御審議が早く済みましたら地方区の定数是正も行えるかもわからないと、この法律案を提案いたしました昨年の段階ではそういう考えも持っておったわけでございますが、現実の審議がこのようなふうになってまいりました。全国区については、このような審議が行われておるということは天下公知の事実でございます。が、地方区については関係の県がどういふうになるのかで非常な政治的な影響が深刻でなかろうかとも思われますので、その点をなお考慮いたして検討しておる、こういう状況でございます。
○栗林卓司君 まじめなお答えとはとても聞けませんでしたよ。答えづらいだろうなというのはわかりますよ。わかるけれど、それはちょっとやっぱり無理でしてね。いまの時期に議員定数をふやすなんて案が通用しますか。国民は何て言っていますか。第二臨調があれだけ大騒ぎしているときに、衆参合わせて八百名、一体これは何だ、みんなこう言っていますよ。これは議席増で解消するなどというのは論外のさただし、それからきのうの公述人もおっしゃっておられましたけど、取り組む順番としたらまず地方区、それから全国区となるはずでございまして、これはよくお考えをいただきたい。 しかも、これは寸前でも間に合いますよ、定数なんていうのは。当選するはずの人が落ちるだけでしてね。問題は各政党の良識の問題だと思う。で、それをいや議論が合わない、いや大変だとやっている政党に名簿がつくれるんだろうか。いままで名簿の作成は政党の良識に任せますとおっしゃるし、おかしいなと思ってもうちの政党は良識がないとも言えないしね、それぞれ。何となく逃げてきた部分なんだけれど、本当は名簿がちゃんとできて、政党が国民各層に根を張った本当の国民の政治意識の媒介であるんなら、拘束名簿式比例代表制というのは一つの理想的な選挙制度かもしれない。 ただ問題は、どうやって名簿をつくるのか、その名簿をつくるのは政党です。そう国民の皆さんに言うんだったら、それは自分の痛いところも切って、これはだれだっていやなのはわかってますよ、当然それは落っこっちゃうんだから。だけれど、それをしも忍びながら、国民から見てよくわけのわかる参議院の地方区の定数にしようと。それができないんだったら、それは今度の制度をつくったって、全国区ですよ、それは国民の支持は毛頭得られない。これは私の意見だけ聞いていただければ結構です。 時間がありませんので、国民の意思を正確に反映するという意味で、金丸さん、松浦さん、どちらでも結構ですがお尋ねするんですが、例を出しますが、ある政党がありまして、まあ二十五名のリストをつくって十五名が当選した。そうすると、そのときに有権者の意思というのはその政党に十五議席を与えたい、こういう意思ですね、間違いない。ところが、しばらくしまして十五人のうちで五人が離党しちゃった、十人が辞職しちゃった、十五人いなくなっちゃった。そうしますと、名簿から上がってくるわけだけれども、名簿から上がってこれるのは辞職をした十名分ですから十名だけ上がってくる。離党した場合には、それは離党した先のところで適当にやっていただく。そうすると、Aというこの政党は十名になっちゃう。そうすると、当初有権者の意思は、この政党は十五名にしたいとお認めになりましたね。それが十名になっちゃう。これは一体どういう国民の意思を反映していることになるんですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 政党本位の選挙制度として拘束名簿式比例代表選挙、こういうものを取り入れようというのがわが党の案でございますが、こういう制度で行いましても、一たび当選した議員はやはり全国民の代表だ、こう考えるべきだと思うのでございます。したがって、政党法というようなきちんとした一切合財が表に出るような形の政党自身を規制するための法律、そういうものがない前提においては、党から離党した、あるいは党から除名されたという者について国会議員の身分を失わせるということはとうていできないだろうという考え方で、離党をいたしましても除名をされましても国会議員の議席は失わない、こういう考え方に立ったわけでございます。 したがって、五人離党いたしましたといたしましても、その方は現に国会議員としての身分を持っているわけでございますから、定数を超えるというわけにはまいりません。したがって、この五人の方がそろって何か事故でもおありになれば別でございますけれども、そうでない限りは十名の方でがまんをしていただくより制度的にやむを得ないというのが私どもの考え方でございます。
○栗林卓司君 いや、それはそういう制度なんですよ。それで、そうは言っても有権者の人は名簿の名前を見て、ああここにだれがいるという形でその政党に入れるというフィクションを一つつくって、実際はフィクションですよ、フィクションをつくって、それは政党に対する選挙と同時に直接選挙された議員なんだという説明もつくようにしてある。これが御提案の一番御苦心のところだと思うのです。 しかし、御苦心のところが一番問題点なんです。それが何かというと、さっき法制局長にさんざん言ったんだけれども、悩みの部分なんですよ。政党本位の選挙と言いながら現行憲法では徹底できない。あくまでも個人が選ばれた、直接国民に選ばれた選挙なんだと言わざるを得ない。言わざるを得ないから、その議員の資格というのは当選したときに確定をする、確定をしているからこれは何人からも指示ができない。そればそうでしょう。だからそれはわかっているの。わかっているんだけれども、当初国民の意思は十五名の政党にしたいということが意思だった。それが十名になっちゃう、この問題をどうするのか。 それから、五名が離党したと言いましたけれども、今度は五名が新党をつくった。これはいかなる意味でもこの新党というのは国民の支持を得てない。一体これはどういう有権者の意思を反映しているんだろうか。さっきのフィクションを使いますと、政党というのは名簿の集団名の仮称でしょう、単なる。だけれども、実際には何とおっしゃっているかというと、とにかく立候補した人が名前を伝達する手段がないんですからね。いや、それはテレビがありますと、政見放送もありますと、あれがありますと言うけれども、こんなものでは足らないから金がかかってきたんでしょう。全国区は何で金がかかったか。名前を覚えてもらうためでしょう。そのために広い選挙区が問題になり、肉体的な苦労が問題になり、法制局長のいわゆる全国区制の弊害になるんですけれどもね。 今度は全部やめちゃって、いままでそれではだめだった者しか残らないから、個人の名前が——知名度があれば別ですよ。これはどんな学識経験者、職能代表だろうと知名度はない。それが名簿に並んだからといって国民は何が識別できますか。したがって、あるときはお答えの中では、だから政党なんですと、政党が選ぶんですと、こう言ってきたでしょう。二つの違うことを言っているんだよ。私は前段の部分、憲法をごまかしている部分はいま問わない。政党本位の選挙と言うんだったら、選挙結果はあくまでもある政党に国民の意思というのは議席を何ぼ与えたい、その議席をどう配分するかはもう政党任せですよ。しかし、それはもうしょうがないということになっている、御提案では。その十五議席が減っちゃうんだよ。しかも、選挙の洗礼を受けていない政党ができちゃう。これは制度として重大な欠陥ですよ。 これはお答えになれないよね。答えるとしたら、あるつじつまを無理して合わせるしかない。
○委員以外の議員(松浦功君) むずかしい御質問でございますが、制度というものはすべて理屈で割り切れるようにはならない場合もあるわけでございます。それはそれなりに納得し得るという形で問題の解決を図るべきだと思うのです。 この問題について言えば、まず逆に栗林先生にお伺いいたしたいのは、現在の政党の状況でA党から除名された者は当選者であっても国会議員の身分を失わせるべきであるという御判断を出発点にいたしますならば問題の解決はできます。しかし、私どもはそれはできないと考えます以上、次善の方策としていまのような考え方の結論にならざるを得ない、こう申し上げておるのでございまして、これは理論と現実との私は妥協の産物である、こう考えていかざるを得ないと思います。
○栗林卓司君 制度というのはなかなか理屈で割り切れないと言われるんだけれども、私が言っているのは心で割り切れない。理屈じゃないんだ。理屈は何ぼでもつけられる。いまあなた言われたけれども、除名されたら議員資格を剥奪される。これが政党選挙が行き着く道なんですよ。それはおわかりでしょう。それと、あくまでもそれは一人の人間が選ばれたんです、直接選挙されたんです、したがって何の指示も受けません。国会の中で何を言おうと何をしようと責任は問われません、あくまでも自分の選挙区の代表ではなくて全国民の代表なんだから。これがいま憲法が持っている一つのイデオロギーでしょう。それと、政党選挙は合わないからそうなるんだけれども、それは日本の場合は心で割り切れなくなる。心で割り切れないものは選挙制度としてだめだということを私は言っただけなんです。
○委員以外の議員(松浦功君) おっしゃられるお気持ちはよくわかります。現行制度のもとにおいても、たとえば私が選挙権を持っておる選挙区において各党から一人ずつお立ちになっておられます。私は、その五人なら五人お立ちになった方について一人も、どういう政策をお持ちであるか、どういうお人柄の方であるか存じません。しかし、投票はしたいということで、政策としては民社党を支持するからということで民社党の方に投票をいたしました、そういう方が相当おられると思うのです。その方が民社党を離党されて別の政党に移られたという場合は、有権者の意思というものはやはり無視された形に結果的にはなると思うのでございます。まあそれとこれとじゃ大分重みが違うじゃないかという御議論はあろうかと思いますけれども、大同小異と言うとしかられるかもしれませんが、差はあるかもしれませんけれどもニュアンスとしては同じ結論ではなかろうかと、こう思います。
○栗林卓司君 そういう詭弁を振り回すことになるからお答えは要らないと言ったんです。松浦さん、実際はどうかというと、その議員の人はだれから投票されたのか知っているんですよ。したがって、離党する、新党をつくるとなったら、その人たちのところに行って、実は今回私はこうしたいと思うけれどもどうだろうかと相談を必ずするでしょう。今度の場合には、だれから推されたのか全然わけのわからない議員の話をしているわけだから、了解のしてみようが、了解のつけようがないという制度なんですよ、よしあしは別にして。だから、どこかで説明の無理が出てくる。それは日本人の心で見ていくとなかなか心が割り切れない。私の意見としては、日本人の心で割り切れない選挙制度はそれは欠陥商品ですということを言っているだけなんで、お答えは本当に要りません。 ただ、最後に一つだけ。これはわからないので聞くんですけれども、六十八条の二の二項、これは何でこんな条文になったのか教えてください。六十八条の二第二項、「第八十六条の二((名簿による立候補の届出等))第一項の届出に係る名称又は略称が同一である名簿届出政党等が二以上ある場合において、その名称又は略称のみを記載した投票は、前条第二項第八号の規定にかかわらず、有効とする。」、これはこういうケースがあるということは想定されているんですか。
○委員以外の議員(松浦功君) 名称保護は政党要件の第一号と第二号についてのみ働くわけでございまして、十人以上急に集めて立候補した場合においては、名称保護の規定がございませんから、たまたま同じ名称のものが二つ出てきても選管としては受理せざるを得ないということになる場合があり得るわけでございます。一号、二号というのは、所属議員五人・四%以上。これはもうちゃんとわかっておるやつで、九十日前に名前を届けていただきますから、それと同一の名称または類似名称ということは選管で拒否をいたしますから、それは事例として出てまいりません。 三号要件に該当するものが同じものを持ってきた場合に、どっちが上か下か決められませんから両方を受け付けると思います。そうすると、A党という名前でございましたら、どちらかにしようと思えば、東京のA党と書いてくれればわが党に来るよ、大阪のA党と書いてくれればわが党の票だよ、こういう選挙運動をなさると思うのです。それがなくて単に書いてあった場合には、現在、先ほど申し上げましたように、「内藤功」、「松浦功」、同じ「功」でございますが、漢字まで同じなんでございますが、これは現実に出ておるのでございますが、「功」というのはこれは比例案分することになっておるわけでございます。それと同じ考え方をとるためにとった規定だと、こう御理解をいただきたいと思います。
○栗林卓司君 この「八十六条の二第一項」というのは政党要件を満たした政党でしょう、政党要件を。
○委員以外の議員(松浦功君) 六十八条の一項ですか。
○栗林卓司君 いや、八十六条の二。いまこれ文章を読んだんだけれども。
○委員以外の議員(松浦功君) 六十八条でしょう。
○栗林卓司君 いや、その第二項を読んでいるの。「八十六条の二第一項」ということはいわゆる政党要件でしょう。
○委員以外の議員(松浦功君) ちょっと誤解をしておりまして申しわけございません。いまの場合も同一名称が出てくる可能性がございますが、一号と二号に該当する政党でもう十年も二十年も同じものを名乗っているものがあった場合にはあり得るということで、まずこういうことは希有の事例であろうと思っております。
○栗林卓司君 いまの六十八条の二の二項、これは「第一項の届出」だから政党要件を満たしているものそれぞれについて適用されるわけですね。しかも、ここでは「同一である場合」としか書いてない。これを無理に読みまして、あくまでも法律的にですよ、無理に読んで、では政党保護要件を見ると、「類似する名称及び略称」はあかんと書いてあります。同一の名称、略称はだめだと書いてないんです。したがって、この条項を盾にとって、類似というのは同一ではないんですから、同一名称が届け出られたら受理せざるを得ないんでしょう。したがって、自由民主党という政党が何ぼできるか知らないけれども、少なくともこの法律を字面で読む限り、類似と同一とは違うんだから、はっきりと。 以上で質問を終わりますけれども、ちょっと私けげんに思ったので、これは後でお調べいただきたいと思います。
○委員以外の議員(松浦功君) はい、わかりました。
○栗林卓司君 この字面でいくと自由民主党という政党が五、六十出ちゃってえらいことになるなという気がしたものですから、最後にちょっとわからないんで伺ったわけです。 以上です。
○委員長(上田稔君) ただいまの質問につきましては後日お答えを願います。 本案に対する本日の質疑はこの程度といたします。 次回の委員会は来る九日午前十一時から開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後五時二十七分散会 —————・—————