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96回国会衆議院1982/07/27

法務委員会 第24号

発言数
62
登壇者
6
会派数
2
開催日
1982/07/27

会議録

羽田野忠文自由民主党

○羽田野委員長 これより会議を開きます。  お諮りいたします。  本日、最高裁判所小野刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

羽田野忠文自由民主党

○羽田野委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。      ————◇—————

羽田野忠文自由民主党

○羽田野委員長 内閣提出、参議院送付、刑事補償法の一部を改正する法律案を議題といたします。  まず、趣旨の説明を聴取いたします。坂田法務大臣。     —————————————  刑事補償法の一部を改定する法案     〔本号末尾に掲載〕     —————————————

坂田道太自由民主党法務大臣

○坂田国務大臣 刑事補償法の一部を改正する法律案について、提案の趣旨を御説明いたします。  刑事補償法による補償金額は、無罪の裁判またはこれに準ずる裁判を受けた者が未決の抑留もしくは拘禁または自由刑の執行等による身体の拘束を受けていた場合については、拘束一日につき千円以上四千八百円以下とされておりますが、最近における経済事情にかんがみ、これを引き上げることが相当と認められますので、右の四千八百円を七千二百円に引き上げ、補償の改善を図ろうとするものであります。  以上がこの法律案の趣旨であります。  何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御可決くださいますようお願いいたします。

羽田野忠文自由民主党

○羽田野委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。     —————————————

羽田野忠文自由民主党

○羽田野委員長 これより質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。高村正彦君。

高村正彦自由民主党

○高村委員 まず、最近の刑事補償請求事件の処理の実情、補償決定人員、日数、金額、それから一日当たりの補償金額の平均額などについて説明していただきたいと思います。

小野幹雄最高裁判所事務総局刑事局長

○小野最高裁判所長官代理者 まず、昭和五十一年から昭和五十五年までの五年間におきます刑事補償事件の終局人員でございますが、これはお手元の刑事補償法の一部を改正する法律案関係資料の最後のページにございますが、終局人員の合計は三百八名でございます。年度別に申し上げますと、五十一年が四十六名、五十二年が八十七名、五十三年が五十七名、五十四年が五十四名、五十五年が六十四名ということでございます。  そのうち、決定をいたしました、補償いたしましたのが二百九十四名でございます。このうちの三名につきましては、刑の執行による補償もございます。棄却されましたのが十名で、取り消しが二名ございます。なお、あと二名というのは移送がございまして、これはただいま申し上げました決定の中に入っているということでございます。  ちなみに、昭和五十五年におきます決定をいたしました六十一名について申し上げますと、六十一名の補償いたしました勾留の全部の総日数でございますが、これは一万二千七百二十四日、一人当たりにいたしますと平均で二百九日ということになります。補償いたしました総金額は三千八百五十九万二百円ということになりまして、一人当たりの平均金額は六十三万二千六百二十六円、一人一日当たりの平均日額で申しますと三千三十三円、こういうことになっております。

高村正彦自由民主党

○高村委員 改正案によりますと、刑事補償金の額の算定基準となる日額の最高額を四千八百円から七千二百円に引き上げているわけですが、その理由と積算の根拠及び予算的措置などについて説明していただきたいと思います。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 今回御審議をお願いしております法律案におきましては、ただいま仰せになりましたように、算定基準となります日額の最高額を四千八百円から七千二百円というふうに引き上げることにいたしておるわけでございまして、その直接的な資料は、お手元にお配りいたしております関係資料の一番終わりの方についておるわけでございますが、参考資料といたしまして、第1表に「賃金・物価指数調」というものがございます。これによりますと、賃金では指数で二九四五・五ということでございますし、物価指数では六七五・七ということになっております。これはいずれも昭和二十五年を基礎にした指数でございますが、それを平均いたしました数が一八一〇・六、こういうふうになるわけでございます。この表からごらんになりますように、こういう指数を出しまして昭和二十五年当初の金額に掛けて今回の七千二百円という数字が出たわけでございます。  若干補足して申し上げますと、いま申し上げましたように、当初、昭和二十五年に制定されましたこの法律におきましては、日額は一日二百円以上四百円以下ということであったわけでございます。その後、三十九年、四十三年、四十八年、五十年、さらに五十三年、五十五年と、こういうふうに逐次金額が引き上げられておりまして、前回、つまり昭和五十五年の改正で現在のような形になっておるわけでございます。これまでの数回にわたる引き上げにおきましては、それぞれ前回の改正時からの賃金や物価の変動状況というものを考慮して、その引き上げ額を決めているわけでございます。  今度の考え方も基本的にはそれと同様でございますけれども、従来からこの補償金額、直接的にはこの給付基礎額が低過ぎるのではないかという御議論があるわけでございまして、そういうことから、今回の改正に当たりましては、何とか従来のようなアップ率以上のアップができないものか、こういうことを予算要求時点から私どもと最高裁の間で寄り寄り協議もいたしておったわけでございますし、その後予算要求あるいは最終的な財政当局との予算折衝の過程でそういう折衝が行われまして、従来よりも伸び率といいますか、アップ率の高い額ということで、それにはやはり当初にさかのぼっていろいろ検討してみた方がよいのではないかというような考えで、冒頭申しましたようなアップ率を基礎にいたしまして、今度のような従来よりはややアップ率の高い金額に決まった、こういう経過でございます。

高村正彦自由民主党

○高村委員 最高日額が引き上げられた理由というのは、いまの御説明でよくわかるわけでございますが、最低日額が千円のまま据え置かれている、その理由はどういうことなんでしょうか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 この最低日額につきましては、従来、引き上げを行った場合もございますし、引き上げが行われなかった場合もあるわけでございまして、前回の五十五年の場合もいわば据え置きになっておるわけでございます。  この下限の引き上げという問題の前に、いわゆる責任能力がないということで、心神喪失で無罪になった場合に補償すべきかどうかというような問題があって、これに御反対の御意見も当委員会でもあるわけでございますが、そういう場合に補償するということは、どうも、理屈としてはわからないわけではないけれども、いわば国民感情に反するのじゃないか、こういうような御議論があるわけでございます。  そのようなこともあるわけでございますので、この下限といいますか、最低日額を引き上げますと、そういうものもいわば自動的に引き上がってくるということになるわけでございます。したがいまして、いろいろなケースがあるわけでございますけれども、いま申しましたような場合につきましては、裁判所の裁量によって、ゼロというわけにはまいらないわけでございますけれども、相当低い額の補償をするという方がむしろ国民感情にも合致するというようなこともあるわけでございますので、そういうことで、下限といいますかこの最低日額は今回も一応据え置き、こういう考え方によったわけでございます。

高村正彦自由民主党

○高村委員 現実の問題として、その責任能力がないだけの理由で無罪になって、しかも刑事補償を請求するという場合は、どの程度の件数あるのでしょうか。

小野幹雄最高裁判所事務総局刑事局長

○小野最高裁判所長官代理者 昭和五十一年から五十五年までの五年間で心神喪失により無罪になった者に対する刑事補償でございますが、件数にいたしまして二十件ございます。その補償した金額、五年間で申しますと、合計で一千四百四十三万一千五百円、こういうふうになっておるようでございます。

高村正彦自由民主党

○高村委員 そういう方に刑事補償を払うというのは本当に国民感情に反することであると思うわけでございますが、実際の問題として、この最低日額が適用されるのはまさに責任能力がないというだけの理由で無罪になった人だけ、今後はそういう人だけというふうに考えていいのでしょうか。

小野幹雄最高裁判所事務総局刑事局長

○小野最高裁判所長官代理者 これは具体的なことは裁判所で判断するわけでございますので、正確なことは申し上げられませんが、ただいま私どもが見ておりますところでは、心神喪失を理由とするような場合でも、必ずしも最低でやっているわけではございません。ただ、まだ最低でやっているというものもあるということでございまして、それ以外の分については大体がそれより上回ったところで支給されているというふうに思いますし、幾分低目のものにつきましては、私の方で把握しているところではそれなりのいろいろな理由がある。たとえばこの三条とか、いろいろな一部支給しなくてもいいような要件が刑事補償法にございますけれども、それに当たるかどうかというようなことが非常に微妙であるというようなケースについてかなり低い額が適用されておる場合がございますが、大体理由がある場合であるというふうに考えております。

高村正彦自由民主党

○高村委員 死刑の執行を受けた場合の補償額の二千万円についても据え置いているわけですが、その理由を説明していただきたいと思います。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 元来、死刑の執行につきましての補償金額をいかにすべきかということはなかなかむずかしい問題でございますが、従来から、たとえば交通事故による死亡事件の慰謝料の額の動向、さらにいわゆる自賠責、自動車損害賠償保障法の保険金額、こういうものを参考にして決めておるわけでございます。  そこで、本法におきます死刑の執行についての補償の額でございますが、五十五年の改正で二千万円以内というふうになっておりまして、今回は据え置きということにしておるわけでございますが、いま申しました民事関係における慰謝料額の動向等を見ましても、大体その程度で賄えるような金額になっておるようでございますし、また自賠責の方でも、五十三年でございましたか、二千万円に引き上げられましたまま現在に至っておるわけでございますので、そういう両面から現時点においてはまだ引き上げる必要はないのではないかということで、今回は見送りということにした次第でございます。

高村正彦自由民主党

○高村委員 今回の刑事補償法の改正に伴って被疑者補償規程も改正するのかどうか。最近のその補償の実情などもあわせて説明していただきたいと思います。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 まず、被疑者補償規程の改正でございますが、従来から、この法律につきまして改正が行われ金額が引き上げられますと、それに見合った改正をしておるところでございます。今回も、この法律の改正が実現しました場合には、当然のことながらそれに見合った改正をする考えでございます。  なお、最近の運用の実情でございますが、若干、数が多かったり少なかったりいたしておりますけれども、たとえば昭和五十年からの補償人員を見ますと、十人、九人、七人、三十七人、十人、七人、四人というような、五十六年までにそういう補償人員がございまして、補償金額をまた同じように申し上げますと、十五万二千八百円、十三万八百円、十六万七千三百円、百十一万六千六百円、十四万八千九百円、十四万五千六百円、十六万四千七百円というような補償金額になっておるわけでございます。  なお、従来からこういう被疑者補償が立件漏れというようなことがあってはならないということで、現地にもよく督励をしておりまして、最近は立件件数も三百件ぐらいにふえておりますが、先ほどもちょっと申し上げましたように、心神喪失のような場合には、やはりこの被疑者補償の関係で補償するのは適当でないだろうということで、補償してないのが多うございます。その他若干、本人が辞退するというようなこともありまして、立件件数に比べますと補償の人員は少ないような形になっておりますが、補償漏れのないように注意をいたしておるところでございます。

高村正彦自由民主党

○高村委員 以上で終わります。

羽田野忠文自由民主党

○羽田野委員長 稲葉誠一君。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 この刑事補償法の一部の改正は、補償法の四条の上限金額を四千八百円から七千二百円に引き上げることですから、これはもちろん賛成な法案ですけれども、問題点は、なぜこういうような刑事補償が現実に行われるようになってきているかというその原因を十分探求していく必要がある、私はこういうふうに思うのです。その点を抜きにして、ただ金額を上げるのだからいいじゃないか、早くやってくれと言ったって、私は言ったのですけれども、大臣が自分のポケットマネーを出すのならそれは構わないかもわからないけれども、そうじゃないでしょう、これは国民が払うわけですから、そう簡単にいかぬし、問題点がどこにあるか、どうしてこういうことが起きるかということを十分探求する必要がある、こう思うのですね。  一番新しいのは、東京地裁で渡辺という人のがこの前新聞公告に出ていたのですが、さらに近々の重要な事件としては、大森勧銀事件があるわけですね。  そこで、いまそのことについて私が質問しても、恐らくあなた方の方では十分な準備ができていないというふうに思いますので、きょうお答えになれる点はなられても結構ですし、そうでなければこの次でも結構ですから、まず私の聞きたいところを指摘をいたしますので、お書き取りを願いたいというふうに思います。  これは、最高裁の判決よりもむしろ東京高裁の判決が非常に詳細をきわめておるわけですが、その第一点は、検察官が東京高裁で最終意見陳述を書面でしたわけですね。その中で、弁護人と被告人とが共謀をして偽証教唆をしたというようなことの最終意見陳述が書面でなされておるということが言われておるわけですが、それがまず事実かどうかということですね。それと、弁護人と被告人との共謀でのいわゆる偽証教唆というのは、重要証人である、仮にKとしておきますが、K証人の公判廷における証言についての問題だと思うのですが、その問題で、最終意見陳述の中に検事がそういうような偽証教唆ということを書面で明らかにしたかどうかという点が第一点。あるいは口頭で明らかにしたのか、私は書面で明らかにしたというふうに聞いておりますが、これが第一点。  それから第二点は、八王子区検で、このKの道路交通法違反事件の確定記録が後からわかってきたわけですね。そこで、それを見に行かれたというか閲覧に行かれたのが門井という弁護士と白川勝彦弁護士ですね。現在衆議院議員をやっておられる白川勝彦さんですが、お二人で八王子区検に行かれたわけですね。そして、そこでは証拠物は廃棄されて、なかったわけですね。ところが、たまたまその確定記録の中に図面があって、小刀か何かですか、その図面があったので後にわかったといいますか、そういう図面との対比の中から問題の解決がだんだん図られてきたわけなんです。そのときに、八王子区検で確定記録の閲覧を申請したときに、初めは何か別件で必要とかなんとかということだったのですが、結論的に民事訴訟提起の準備のためということになったわけです。確定記録はだれでも見られるわけですから、そこで理由を書かなければならないということは私にはよくわからないのですが、何か書き直しをさせられたようですね。そういう事実があったかどうかということが第二点。  それといま言った偽証教唆というのが、どうもそのときに大森勧銀事件とその記録の閲覧とが関係があるんだということを記録の閲覧申請に書かなかったわけですね。それがいかにも弁護人と被告人らの間の偽証教唆であるかのごとき最終陳述になっているようにもとれる、そういうふうにとっている人もいるわけですね。その点は第二点としてどういうことなのか。  それから第三点は、昭和四十五年十二月十五日に検事のところで近田、いまは被告ではありませんけれども、近田才典氏が自供しているわけですが、これは結束状況の自供ですね。結束状況の自供の中で、高裁の判決の中では、被告人と被害者の位置関係及び対峙の状態を前提にした以上、結局こういう自供のような結束の方法ではできないというようなことで、実況見分調書に記載しているような方法ではできない、こういうようなことになっているわけですね。となると、一体このとき検事はこの本人の自供をうのみにしたようなかっこうで、十分な調べをしないでそのまま調書をとって、それを証拠として公判に提出しているのかどうかという点ですね。これらの点について検察官の捜査に落ち度があったのではないかというふうに私には見られるわけです。原判決で指摘されているのですが、そこら辺のところ、いろいろあなたの方にもあれがあると思いますが、それが第三点ですね。  第四点では、本件の起訴があった後に、これは検事が呼んだのか警察が呼んだのか、どうもはっきりしないのですが、四十六年一月十八日付で近田被告の関連する登戸へ行ったことについての上申書が出ているわけですね。私の疑問視するのは、起訴した後に、一カ月以上もたった後に、なぜどういう必要性があってこういう上申書を一体だれがとったのか。そして、それを控訴審において出したのが最終のころですね。最終近くになって出してきたというのはどうもおかしいではないか。これは高裁の判決の中でも、捜査の姿勢に対し不信感があると言わざるを得ないということを指摘されているわけでしょう。ここら辺のところは具体的にどういうことなのか、こういうのが第四点ですね。  それから第五点は、捜査をやった渡辺というのが、警部補ですか警部ですか、証人に出ておるわけですが、近田被告が実際と違う銀行の中のいろいろな図面を書いているわけですね。書いておったのだけれども、それを調書にとってないわけですね。意味がないというのでどうも調書にとらなかったようなんですね。だから結局、そういう事実が公判廷の中に、渡辺証人の証言の中にあらわれているかどうか。調書というのは、これは警察の調書でしたけれども、本人がこういうふうに言ったというふうなことがあるのに、それを自分が取捨選択して、それは必要ないから書かないということで一体捜査というものはいいのかどうかということですね。ここら辺のところ、供述調書のあり方の問題に関連してくる問題として渡辺証人の調書の問題があるというふうに私は思うのです。自分の方では意味がないからといってとらなかったのだけれども、後になってきたらこれは非常に大きな意味を持ってきた、こういうことですね。いまのが五点。  それから第六点は、捜査報告書の問題なわけですが、四十五年十二月四日に自白しているわけですね。ところが、その前の四十五年十一月二十日付の捜査報告書というものがあるわけですね。これは幸いにしてというか、検察官がそこまで気がついたか気がつかないか、あらゆる全部の証拠を一たん法廷へ出したわけですね。国選弁護人でしたけれども、不同意にした捜査報告書があって恐らく撤回されたと思うのですが、この捜査報告書の中では、ボルトの場合に四本あって一本は右回りだということが出ているのです。それを見ればこの自供との関係が問題になることは火を見るより明らかだったのではないかと私は思うのですが、その捜査報告書がなぜ検察官なりの方で自白とのそごの点について見逃しておったのか、あるいは気がついておったけれどもあれしておったのかよくわかりませんけれども、そこら辺の関係。  それから、小刀の関係その他についての自供というものが四十五年十二月十日に出ておるわけですね。これは自供ですね。それから十二月十四日にKという人から被害届が出ておるわけですね。そして十二月十五日にKから事情聴取をしておる。そして十七日にKの奥さんからこれまた事情聴取をしておる。こういう状況なんですが、四十五年十二月十日の自供より前の四十五年十一月二十四日のこれまた捜査報告書によると、十月ころには、Kがどこかからもらったというのですか、五月ごろもらって、そしてKがそれを近田にやったというのですか、そういうようなことが捜査報告書に出ておるのです。  捜査報告書がいま言った四十五年十一月二十日付と四十五年十一月二十四日付と二つが出ておったために捜査の矛盾点がだんだんわかってきて、そして高裁での無罪判決ということになったわけだ、こういうふうに私は考えられるわけです。これは幸いにして全部出しましたから、しかも国選弁護人が謄写して全部を持っておったからこういうふうな結果になったのであろうと私は思うのです。なぜ捜査報告書というものがこの自供なり何なりの前に出されておりながら、それのその後の問題との矛盾点について気がつかなかったのか。これはあらゆる証拠の開示の問題とも関連をしてくるわけなんです。  いま私が挙げました六つの点を十分あなた方の方で調べておいていただきたい、こういうふうにいまここでお願いをするわけです。いますぐここでというわけにいきませんから、あなたの方で、記録も確定記録ですし、高裁の判決もありますし、最高裁もありますから、ゆっくり検討されて、この次に答弁をしていただきたいと思うわけですが、いまおわかりの点で答弁できる点があれば答弁していただいても結構ですが、この次でも結構です。どちらでも結構です。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 いろいろ正確を期さなければならない点もあるように思いますので、一括して次回にお答え申し上げたいと思います。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 それから、刑事補償法の一部を改正するというのは上限の金額を引き上げるということだけのものですから、資料として添付されているものがきわめて簡単なんですね。これはあなた方の方から言わせれば、金額の上限の引き上げだけだと言うのでしょうけれども、しかし、最高裁の司法統計を見ると、五十五年度のものが個別に全部出ているわけですね、名前を挙げて。名前を挙げることがいいか悪いかは別ですが、これは個人の秘密ですから名前はABCでもいいと思うのですが、司法統計は名前が挙がっているのですか、ちょっと僕もそれは知りませんが、名前は挙がってないでしょう。名前が挙がっていると、ちょっと個人の秘密にも関連するからと思うのだけれども、とにかくいずれにしてもそういうふうなことになっておるのですが、五十五年のものと、一番新しいのは五十六年のものがもう当然、具体的な名前は伏せるとしても、ABCでいいのですが、当然これは出ていなければならぬと私は思うのですね。全国全部というわけにいかないと思いますが、東京高検管内ぐらいのものでも、法務省なりあるいは最高検ですぐ入手できるのではないか、こういうように思っておるのですね。  なぜかといいますと、お尋ねするのは、たとえば一審で無罪が出た場合に、そのときに検察官は、これに対して控訴に関連して一体どういう対処の方法をするのですか。普通どういうようにやっていますか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 事案にもよると思いますけれども、共通して一般的に申し上げられることは、一審の判決に対しまして、当該地検で主任検事を中心として検討をする。そして控訴すべきかどうかということを一応地検として意見を決めまして、そしてそれぞれの高検に相談をするというか、そういう形をとって、高検の意見も聞きながら控訴するかどうかを決めていく、こういうのが普通の場合だろうと思います。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 これは地裁の段階で検事が、心神喪失などが鑑定なんかによって明らかなような場合、これは無罪を求刑する場合もあるし——無罪を求刑というのはおかしいかな。科刑意見として無罪を言う場合もあるし、だから求刑という言葉もおかしいのですよね。法律には求刑なんという言葉はないのですからね。科刑意見となっているわけなんで、それを求刑求刑と書いているのですが、何も求刑をしなきゃならぬ理由はないので、科刑の意見を言えばいいだけだと、こう思うのです。  まあそれは別として、その場合に、そういう場合を除けば、普通の場合はまず高検に相談しますわな。普通、高検の刑事部で、刑事部の部長以下、各検事は各地検割りで大体決まっていますわな。東京ならば、たとえば水戸の場合はだれだとか、宇都宮の場合はだれだというように管轄——管轄と言うと言葉が悪いけれども、決まっているわけですね。そこへ相談するわけですね。そこでたとえば検事控訴しないというふうになれば、そこで確定するわけですけれども、大体検事控訴するのが原則だと思うのですが、検事控訴するなり何なりしてきて、最終的にまた高裁で無罪になった場合に、検事上告するかどうか、こういう場合についても、これはまた今度は最高検との相談になるわけですね。  そこら辺のところはそれでいいのですが、だから、そういう中で検察庁当局としては一体何を検討するのですか、よくわからぬ。検事控訴が立つか立たないかということを検討する、これはあたりまえの話、わかった。じゃ、仮にもう検事控訴をあきらめる、あるいは検事上告をあきらめる。検事上告はほとんどないし、法律的な問題ですからほとんどないと思いますが、事実認定に関連して、ない場合とばかりは言えないけれども、原則としてない。  こういうことになったときに、高検単位なり何なりで、なぜこういう無罪が出たんだろうか、一体どこに原因があるんだということを、たとえばこれは無界になったから、人権じゅうりんだということもあるだろうし、あるいはこれはやむを得なかったということもあるだろうし、いろいろあるわけですね。そういう点について、なぜこういう無罪が出たんだということについての検討を当然私はすべきだと思うし、やっておると思うのですね。そこは実情はどういうふうになっているのですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 先ほど仰せになりましたように、控訴するかどうかという面から審議といいますか、検討するわけでございます。その結果、控訴するものもございますし、むしろしないものも相当数あるわけでございますから、その場合には、それがどういう理由で無罪になったか、それについて控訴しない理由はどうかということが当然問題になるわけでございます。したがいまして、そういうケースにつきましては、各高検なら高検におきましてそれを資料化する、あるいは高検の管内での会同等もあるわけでございまして、通例では次席検事の指示ということで、いろいろと最近のそういう事例について管内の次席検事なり何なりに詳しく内容を紹介して問題点を指摘し、反省すべき点は反省するようにというようなことをするので通例でございまして、一般にはそういう形で処理されるといいますか、検討がなされているというふうに理解しております。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 私が聞いていますのは、無罪が出るということについて日本の場合は非常に厳しいですね。非常に検察官の責任が問われる。責任が問われると言うと語弊があるかもわからぬけれども、とにかく厳しいですね。だから、無罪が出た場合に、一体どこに原因があるんだろうか、警察の捜査に誤りがあったか、たとえば自白を過信し過ぎたとか、あるいは検事の捜査の中でどこにどういう手抜かりがあったとか、いろんなことの検討をしていく必要があると思うのですね。たとえばそれが代用監獄で自白のあれがあったとかなんだとか、いろいろあると思うのですね。あるいは証拠の判断が誤ったとか、いろいろあると思うのです。あるいは公判廷のやり方が、俗な言葉で言えば拙劣であったとか、いろいろあるわけですね。そういうことについて、あなた方の内部では具体的な研究というものをして、そしてそれを将来の捜査に生かすということをやってないんですか。そこのところ、どうもよくわかりませんが、どうなっているんですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 先ほどもそういう趣旨で申し上げたつもりでございますが、検察の立場におきましてもそういう結果を二度と招いては困るわけでございますし、またそういうことによって反省すべき点があれば当然反省をして、そういう間違いを二度と起こさないようにということは当然のことでございますから、そういうことを無罪の検討の過程で、またそれを控訴しなかった場合に、いろいろな問題となった事例ということで部内の周知徹底を図るということを、いわば常務的に繰り返しているということであるわけでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 私の言うのは、そういうのはやはりあなた方の内部、たとえば法務総合研究所でも何でもいいですわね、そういうところでよく研究をして、国民の目の前にさらして、そしてどこに原因があるかということをはっきりさせていく必要があるのではないかということを私は言っているわけなんですね。そういうふうな研究をしたことはないんですか、どうなんですか。無罪について、どこにどういう原因があるかということの実証的研究を法務省で、たとえば法務総合研究所でも何でもいいですわ、あるいは最高検でもいいですわ、そういうところでやったことはないんですか。そしてちゃんと公刊したことはないんですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 古くはそういうような資料があったような記憶もございますが、最近特にそういう問題だけを取り上げて研究した事例はないように理解しております。  ただ、この無罪の事件の検討ということは、いろいろな意味で問題があるわけでございます。先ほど稲葉委員も仰せになりましたように、一種の責任問題という面も反面伴うわけでございますので、そういう意味で、いろいろな面からの検討はもちろん必要でございますけれども、その扱いについてはそれなりに慎重な配慮が必要であろうというふうに思うわけでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 その責任問題は確かにいろいろあるわけですね。一体だれが責任を負うかといったって、起訴した検事が責任を負うかといったって、立ち会って最後の無罪判決を受けた検事は大体違っている場合が多いのですから。ほとんどね。だから、引き継いだ検事というのは、前の人の起訴した事件がだんだん無罪になりかかってくると、とにかく嫌でしようがないのですからざっくばらんな話、立ち会ったって余り熱意がなくなってくるわけです、結局無罪になって自分が責任を負わされたらかなわないですから。  それはそうですけれども、そういうふうにもっとフランクにあれする必要があると私は思うのです。そういう点が足りないと思うのです。だから、もっと具体的に一つ一つやはり研究してやっていかなければならない。これはやはり自白中心にいき過ぎているというところに問題があるわけです。では、自白中心じゃなくて、自白なしに全体の捜査ができるかといったら、率直に言えば自白がある程度なければ捜査ができないわけでね、いまの日本の制度では。ここら辺のところがあるのです。  そこで大臣、こういう話があるのです。私どもよく聞かされた話なのですが、大阪に有名な検事長がおられたのです。竹内芳郎という有名な検事長です。私ども会ったことはありませんが、ずいぶん本は読まされたものです。ある検事が、事件に立ち会ったら無罪になったので、その報告に行った。無罪になりました、残念ですという意味で行ったわけです。そうしたら、当時検事正だったか検事長だったか忘れましたが、その人が、ああよかったね、こう言った。そうして、その検事は初めぱっと何か目を開かれたという話があるのです。これは本当の話なのです。  その話を私はある検事総長にしたことがある。そうすると、その検事総長はにやにやしながら、私はそんな神様のような心境にはなれませんと言っておりました。神様のような心境というのは、よかったねというような心境になれないという意味なのかどういう心境だか、よくわかりませんけれども、日本の場合は無罪ということに非常にこだわるのです。  これは二つの面を持っているのです。一つは、日本の起訴がいわゆる起訴便宜主義といって、検事が全権を握っているわけです。そこで、危ない事件というものは起訴しない。起訴して無罪になったのでは自分の責任が問われるからというので、起訴しないという傾向がなきにしもあらずというのが第一点ありますね。それから、起訴した場合には、無罪になったら大変だ、とにかく何とかして有罪にしようという傾向があってそれが輪をかけていくという傾向、この二つがあるのです。  これは悪い面と言うとおかしいのですが、起訴便宜主義の活用というのでいい面ももちろんあるのです。そういう点があって、危ない事件はできるだけ手をかけないようにしよう、無罪になっては大変だ、大きな事件かけて無罪になったら吹っ飛ばされてしまう、左遷されてしまうからかなわぬというような気持ちが仮にあったとしたらいかぬわけで、そこら辺のところは十分考えていかなければいけないと思うのです。  そこで、私の質問はこういう質問になるわけです。  無罪の場合に各国によって制度が非常に違うわけです。今度は大臣、ドイツ、フランス、スウェーデンに行かれる。これは保安処分の研究に行かれるのでしょうけれども、保安処分だけの問題ではなくて、各国の検事の制度、既存の制度が一体どういうふうになっているかということもよく見てきていただきたい、こういうふうに思うのです。あなたはドイツが専門でしょう、だからドイツのことをお聞きするわけですが、ドイツの場合は日本と違って、ある条件が整えば起訴を必ず検事がしなければならないわけです、起訴法定主義という制度ですから。  そこで、刑事局長に聞くわけですが、各国の起訴制度というものは一体どういうふうになっているのか、日本とどういうふうに違うかということについて概略主な国、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、そこらのところを御説明願いたいと思うのです。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 それぞれの国におきましていろいろ制度が違うわけでございまして、それを一言ではなかなか説明しにくいわけでございますが、たとえばイギリスにおきましては、日本のようなあるいはヨーロッパの大陸諸国におけるような検察官制度がないわけでございまして、いわゆる私人訴追ということで、原則としては警察官が起訴をするというような制度になっておるわけでございます。そして、一定の場合には警察官が起訴しないこともできるというような起訴猶予的な余地もあるようでございますが、大もとが基本的に違っているということが一つの大きな特色であろうと思います。  また、アメリカは英米法系ではございますけれども、いま申しましたようなイギリスとは大分違いまして、むしろ公訴官としての検察官が連邦と州にそれぞれあるわけでございます。ただ、起訴の場合は、正式な起訴になりますといわゆる大陪審による起訴ということでございますから、日本とはその点でやはり違っているということになると思います。  それから、ドイツでございますが、これはやや日本に似ていると言えば言えるかもしれませんが、いわゆる検察官が起訴をするというのが原則でございまして、例外的に私人の訴追も認められていると承知しております。それから、ドイツの場合、いまいわゆる起訴法定主義、証拠があれば原則として起訴するという主義がとられているということでございますが、絶対的ではないようでございまして、事案が軽微で、訴追することについてそれなりの理由があるという場合につきましてはいわゆる起訴猶予的な処理もできるというふうになっているようでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 それぞれの国の場合、刑事補償という日本のこれに類似したものはあるのですか、ないのですか、一体どういうふうになっているわけですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 刑事補償の関係につきましては、先ほどの順番で申しますと、イギリスにつきましてはいわゆる刑事補償制度というものはどうもないようでございまして、もし誤った裁判が行われた場合には、その関与した行為者の不法行為責任が論ぜられると聞いております。  それから、アメリカの場合は一応刑事補償というのは当然あるわけでございまして、補償が行われる場合といたしましては、有罪の宣告が破棄されあるいは取り消された場合、あるいは再審で無罪とされた場合という、わが国の刑事補償と基本的には似たような理由で補償が行われているようでございます。  それから、ドイツの場合はやはり刑事補償がございますが、これはわが国の制度とは若干違っているようでございまして、補償事由は実質的にはそう変わりはございませんけれども、補償金額につきましては、まず基本的な定額補償のほかに、損害を請求人が立証すればその分だけがいわば上積みされると申しますか、そういう形で補償金額が決められるという点が、日本のような定型的な補償とは違っているようでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 そこで、私が常々疑問に思っていますことは、いま不法行為責任の問題が出ました。たとえば検察官が起訴を誤った、それで無罪になったという場合に、これは補償は原則として刑事補償で定型的なものがある。そのときに検察官は責任を負うことも——イギリスのように不法行為責任ですね。イギリスの場合は検察官じゃないかもわかりませんけれども、国家機関として個人が責任を負うということは、一体日本の場合でもあり得るのですか、あり得ないのですか、そこはどういうふうになっているのですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 刑事補償法で定型的な補償をします以外に、いわゆる国家賠償という形でその行為者としての捜査官、警察官なり検察官、場合によっては裁判官なりの不法行為ということが論ぜられることは現にあるわけでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 それは国賠で国家賠償する場合の話であって、私の聞いているのはそうではないのですよ。いま言われたイギリスなり何なりのように、検察官なり何なりが起訴したことが誤りであった、あるいはそれが結果として無罪になった、それで起訴に過失があった、こういうことになれば、検察官自身が不法行為責任を負うのはあたりまえの話じゃないですか。  アメリカなんかでは、弁護士が訴訟をやって負けた場合に、依頼者との関係で、これは委任契約でしょうけれども、それに背いたとかいろいろな形で、補償するということで保険制度が、法曹保険が非常に発達して、弁護士はどんどん入っていますからね。日本はまだ余り入っていませんけれども。     〔委員長退席、中川(秀)委員長代理着席〕 医療過誤と同じように、法曹過誤というか、弁護士が過誤の場合に責任を問われるケースがだんだんふえてくると私は思うのです。それはあたりまえだと思いますよ。だから、いま言ったように、刑事補償のようなときに国だけが責任を負うんだ、御本人たちはのほほんとしている、こういうあり方はおかしいんじゃないかというふうに思いますよ。その点についてはどういうふうに理解されているわけですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 理論的には仰せのとおりであろうと思いますけれども、余りそういう実例がないということではなかろうかと思うわけでございますが、国の賠償のほかに、個人の賠償責任といいますか、不法行為責任ということを問い得ることは問い得るというふうに考えます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 だから、国が補償責任を負うということが前提となって、何らかの不法行為なり何なりがあって初めて成立するわけですから、不法行為者に対して求償権が行使できなければおかしいんじゃないですか。その点、まずどういうふうに考えておられるのか。求償権を行使したことがあるのですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 求償権の問題は国家賠償法に現に規定があるわけでございまして、故意はもちろんのこと、重大な過失があった場合に限って求償できるというふうに、たしかなっていたと思います。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 求償権の場合重大な過失というのは、立法ではそうなっているとしても、重大な過失でなくたって不法行為の責任があればそれを国は補てんするのです。そういう不法行為があったからこそ国は責任を負って補償するのですから、当然求償権の行使ということは考えられていいのであって、何も重大な過失ということに限らないのじゃないか。そういうところの立法の方の体係自身がすでにおかしいのじゃないですか。個人責任の原則というのをもっとはっきりさせる必要があるのじゃないかと思う。  ただ、そうなってくると、みんなおっかながっちゃって、いつやられるかわからぬというので起訴するのも嫌だとか、ああだこうだ言い出してくるから、なかなかむずかしいという点は確かにあるわけですな。しかも起訴便宜主義ですから、起訴便宜主義というのはいいところもありますが、余り責任責任とやかましく言うと、今度はやらなくなっちゃうという点もある。非常にむずかしい点はあるけれども、いずれにしてもそういうふうな場合の個人の責任というものは、追及すべきものは追及する。  ただ、日本人は、人間性からいっても役人の個人責任というものを追及するという行き方は余り好まない国民であって、後でしっぺ返しを受けちゃいかぬとかなんとかいうので余り好まない国民ですからなかなかむずかしいと思いますが、当然個人的にも考えられて、個人の不法行為責任というものも考えられていいのではないかというふうに思うわけです。  いまお話があった中で、たとえばドイツの例という中で出てきましたのは、これは定額補償ですね。日本の場合も刑事補償は定額補償であって、それに上回るものがあれば国賠でやるということになってくるわけです。いまお話を聞くと、ドイツのように、定額補償にプラスして損害を立証すれば刑事補償の中でできるということになれば、何も国賠を起こさなくたってできるのじゃないかと思うのですが、そうなれば、そういう制度も刑事補償に付加してと言うと語弊があるかもしれませんけれども、一緒にやれるような方法というものを考えたらいいのじゃないかと思うのですが、その点、ドイツのはどうなっていて、日本としてはどういうふうに考えるのか。どうなっていますか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 ドイツにおきましては、いわゆる刑事補償のいわば一種としてといいますか、中身として、損害を立証すれば定額制のものにさらにそれが加算されるというか、上積みされるという形で理解されているというふうに思うわけでございますが、そうなりますと、要するに立証しなければならない、立証責任があるわけでございますから、実質的には国賠と同じことになるわけでございまして、それを国賠という形でとらえるかあるいは刑事補償の一環としてとらえるかという一つの技術的なことになってしまって、実質的には変わらないことになるのじゃないか。結局、わが国の刑事補償法は、そういう被害者といいますか請求人の立証を要しないで、国の方で定額のものを支給する、そして足りない場合には、民事訴訟といいますか、国賠なら国賠の手続で損害賠償を請求する、こういうことでございますから、実質的には変わらないというふうに思っております。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 いや、実質的に変わらないというのじゃなくて、いま言ったような場合に補償額が定額ですね。そのほかに損害を立証すれば——額の立証、これはあたりまえの話で、損害額を立証しないで損害を払えと言うわけにいかぬから。だけれども、損害の原因については、補償法で支払われる責任があるというときには当然損害の原因についての立証は必要なくなってくるのじゃないですか。日本の場合とは大分そこのところが違うのじゃないですか。この点はどうですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 そういう意味では理屈上違う点は確かにあると思いますけれども、やはり無罪になったということで、刑事判決でございますが、はっきりしたということになりますと、それが請求手続で十分考慮されるということになるだろうと思いますので、それは理屈上は確かに違うことでございますけれども、実質的にそう変わりはないのじゃないかという意味で申したつもりでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 日本の場合、無罪になって刑事補償をもらった、しかし、国賠を請求したら国賠で却下されたというのは相当あるのじゃないですか。そうなってくると、これはどういう理由で却下されたのですか。ドイツなんかの例と違ってくるのじゃないですか。日本の場合は国賠は非常にやりにくくなっているのじゃないの。どうなんですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 その問題は、前々から刑事補償の本質といいますか、基本について御説明しておるところでございまして、その繰り返しになりますので詳しくは申し上げませんけれども、要するに損害賠償というのは基本的には故意または過失が要件である、それのきわめて例外なこととして、故意、過失を要しないで補償をするというのが刑事補償だという理解でございます。そういう例外的な場合をどこまで拡張するかというのは一種の立法政策の問題であろうと思うわけでございまして、わが国の似たような場合に比べてどこまでそれを広げるかという問題があるわけでございますので、わが国の法制のもとでは、現在のところこういう形が適当ではないかというふうに考えられるわけでございます。ただ、それはやはり立法論でございますから、もっとそれを広げるべきだということで、それをドイツのような形に改めるということも、理屈としてはもちろん不可能ではないというふうに思っております。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 外国の立法のことをここで論議しても、それほどの意義があるとも私は思いませんからこの程度にしますけれども、いまのお話を聞くと、結局いつも論議しているように、刑事補償というのは恩恵だという考え方が基本にある、故意、過失を問わないというのだから。故意、過失を問わないといったって、裁判をやって無罪になったのに故意、過失を問わないというのも、何だかよくわからないですな。どこかの段階で過失なしに無罪になるわけはないのですね。本人が虚偽の自白をしたというのなら別だし、虚偽の自白をした場合は、意識的にやったというのならこれは対象にならないのですからね。私は、そこら辺のところがはっきりしないので、よくわかりません。  それはそれとして、そこで問題となるのは、一体なぜ日本の場合は無罪が少ないかということですね。大臣、非常に少ないですよ。少ないということは、私が前々から申し上げているように、非常にいいことであるというふうにも考えられる。もちろんそうなんですけれども、同時に、いま言ったように起訴便宜主義で危ない事件は避けちゃう、こういう考え方が日本には非常に強いです。たとえば非常に危ない事件であっても、場合によっては、世間的な耳目を引いているような事件という場合には、無罪になるかどうかわからぬけれども、検事のところで処分してしまったのではある場合においては疑いを持たれるかもわからぬ、そこで裁判所の判断にゆだねようというので起訴する場合もなきにしもあらずですね。だから、無罪覚悟でと言うと語弊があるかもわかりませんが、そういうふうなことでやる場合もなきにしもあらずですから、一概に言えないかもわかりませんけれども、そこで、日本の無罪というのは外国に比べると非常に低いですね。  たとえばアメリカなどでは、私の聞いた範囲では、一般の事件では二割ぐらいだと聞いたのが、三割ぐらいだと言う人もいるし、よくわからぬ。FBIの捜査した事件は半分ぐらい無罪になるのだと言う人もいるし、よくわからないのですが、そこら辺はどういうふうになっているのですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 ただいまアメリカについてお尋ねがございましたけれども、申し上げるまでもないことでございますが、アメリカは連邦と州といろいろあるわけでございまして、一概に統計でアメリカ全体をどうだと言うわけにもいかないわけでございますが、ただいま手元にあります一九八〇年の連邦裁判所の無罪率を見ますと、それでは無罪率が二一・八%、こういう数字があるようでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 FBIのはわからないですか。FBIのは半分ぐらい無罪だとこの前言っていたが、どうなんですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 そういう捜査機関別の無罪率の統計は、どうも私どものところではいま手元にはございません。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 そうすると、日本の無罪のパーセンテージというのはどの程度なんですか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 日本のいわゆる無罪率でございますが、この数年大体同じようなことでございますが、パーセントにいたしますと〇・〇一%ということになるわけでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 するとアメリカの場合は、これは捜査のやり方が違う、それから賠審という制度もあるとか、いろいろな方法があるかもわかりませんけれども、日本の場合と非常に違うのですね。日本は〇・〇一ですから、無罪が少ないという意味では恐らく世界で一番だ、こう思うのです。  その無罪率が非常に低い中で、一体どういう理由で無罪が起きているのか、あなた方の方でもある程度の分析はされておるのだと思うのですがね。さっきの話を聞くと、何かされておるようでもあり、されてないようでもあるし、よくわかりませんが、最高裁の司法統計の中では具体的な事実関係が件数ごとに出ているわけですからね。それからあなた方の方の統計でも——司法統計年報というのはどこの統計ですか。裁判所。(前田(宏)政府委員「ええ」と呼ぶ)何だ、法務省がこういう統計をとっていないの。これはどういうわけでとっていないんだ。だめだな。  それは別だけれども、法務省でもこういう統計があるはずですね。法務総合研究所というのがあるでしょう。一部、二部あって、何をやっているのか僕も詳しいことを知りませんけれども、やっているのだから、どうしてこういうような理由によって無罪が出たのかということの分析を、当然これだけの数字が出ているのですから、しているわけですね。もちろん理由はダブリますよ。一、二、三、四あるとすれば、ダブって二つぐらいが一つの事件の無罪の理由になる場合もありますね。一つの場合もあるし、いろいろあると思うのです。なぜこういうふうな無罪のものが日本の刑事裁判の中で出ているのか、一体どこに原因が一番あるのか、こういう点を一つ一つ分析した場合に、どこに原因があるというふうに理解できるのですか。     〔中川(秀)委員長代理退席、委員長着席〕

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 ただいま御指摘の司法統計年報、これは裁判所の統計でございますが、ただいま、五十五年の無罪が全体で百八十六件、その中で証明なしというのが百五十五、違法阻却が五、責任阻却が二十、その他が六、こういうような分類になっております。  その一々についていま手元に資料を持っておりませんが、前回あるいはこの委員会でも申し上げたような気がいたすわけでございますけれども、まず、いわゆる道交法あるいは業過事件、交通事故事件等におきます身がわり犯人というのが相当数を占めているということがあるわけでございます。そのほかには、いわゆる自白の信用性の問題が否定された場合ももちろんございますし、そのほか、たとえば被害者ということであった人の供述が信用できないというようなことで証明がないというふうになる場合もあるわけでございますし、その証明なしという分類の中にはいろいろなものがあるわけでございます。責任阻却の場合は、論ずるまでもなくほとんどが心神喪失ということになるわけでございますから、千差万別と言うとオーバーな言い方かもしれませんけれども、それぞれ理由があってのことでございまして、その個々の事件ごとに一つ一つ見ていかなければならないということに相なろうかと思います。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 私の聞き方が無罪という聞き方をしたから、あなたの方は身がわりだとか道交法を盛んに出してきたわけですね。これは私がそういう聞き方をしたからそういう答えが出てくるのもあれですが、その場合は普通の場合には刑事補償の対象にならないですね。なりませんから、そうすると、刑事補償の対象になったもの、たとえばここにあるのは五十五年の六十四件ですね。  これはしかし、きょう最高裁が来ておりませんからあれですが、もう五十七年七月ですよ。どうして五十六年のものが出てこないのか、ちょっと私もよくわからぬですね。そんなにあなた、たくさんあるわけでもありませんし、刑事補償だって確定してから一年も二年もたって請求するわけじゃない、あれはたしか期間の制限があったと思いますが、ちょっと忘れましたが、そういう関係ですから、そんなにたつわけはないので、五十六年のものが当然出てこなければならぬでしょう。だから、私が言うのは、結局それは五十六年のものがまだ出てないというなら出てないでしょうがありませんけれども、そこで、五十五年にしろ五十六年にしろ、たとえば東京高検管内で無罪が出た場合には、当然高検の刑事部へみんな相談に来て、そこでなぜ無罪になったかということを吟味しているわけですから、その統計が東京高検管内になくてはならぬですよ。全国的に集めるといったって無理ですから、これは集めてごらんなさい、すぐ集まりますから。  その中で私は問題にいたしておるのは、まず第一は代用監獄における自白ですね。自白が任意性がない、信用性がないということで、後でひっくり返って無罪になったのがほとんど大半ではないかと私は思うのです。これはまだよくわかりませんが、そうじゃないか、こう思うのが一つと、それからもう一つは別件逮捕ですね。別件逮捕でやってきて、そして別件逮捕のものじゃなくて、別件逮捕で別に調べられたもっと大きな犯罪事実といいますか、そういうものが代用監獄制度と重なって、そこで調べられたものが無罪になってきているというようなものが相当多いのじゃないか、こう私は思うのですよ。  もちろんそうじゃないのもありますよ、鑑定の結果、心神喪失というようなことで無罪になった例も相当ありますからね。その心神喪失の場合は、一応検事の方で簡易鑑定している場合もあるし、鑑定留置している場合もあるし、いろいろあると思うし、それからことに世間の耳目を聳動した事件のような場合には、それを検事限りで不起訴にするわけにはいかぬ、あとはとにかく裁判所の判断に任せようという形でやる場合もありますから、そういう場合はちょっと必ずしも一義的に言えないかもわからぬけれども、少なくとも自白と客観的な証拠とが合わなくて、そこに捜査のそごがあって、そして無罪になって、人権をじゅうりんし、捜査の公正というものを疑わせるというような形になってきて、結局は刑事補償になってきた、こういうのが相当あると私は思うのですね。  そういう点についての分析というか収集というものも当然法務省としてはできていなくちゃいかぬと私は思うのですよ。これは当然そういうのができて、そういう研究が、これは外部に対してすぐ公開しろといっても場合によれば無理かもわからぬとしても、内部においてのそういう研究の何かの資料というものができていなければいかぬと思うのですね。  結局、この法案について聞いてみても、この法案は上限を上げるんだからいいじゃないですか、こう来るわけだ。上限を上げることはそれはそれだけれども、私は前に言ったように、自分の金を出すのならわかるけれども、そうじゃないのですから、なぜこういうふうなことが起きるかということを十分考えていただかなければならぬと思うのですが、そういう点はどういうふうに——いますぐここでというのは無理かもわかりませんけれども、集積すれば、たとえば東京高検管内でもいいですな、これはある程度わかりますか。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 先ほど申し上げましたように、無罪になります理由は千差万別と言うと言い過ぎかもわかりませんけれども、そのケースケースにおいていろいろな場合があるわけでございますから、またその原因というか、表面的な理由だけじゃなくて、そのよって来る理由ということまでさかのぼりますと、相当な分析が必要であろうと思うわけでございます。  したがいまして、そういうことにつきましては、先ほどもお答え申し上げましたように各高検で控訴審議というか、控訴の要否の検討の過程でいろいろな面から検討しているわけでございまして、そういう資料も当然のことながら残っているはずでございます。ただ、そのすべてが反省すべきものであるかどうかということになりますと、そうでない場合もあろうかと思います。そして、反省すべきものも当然含まれているわけでございまして、そういう場合にはそういうものを部内の参考資料として配る、あるいは会同の際の検事長なり次席検事の注意事項というような形で徹底をするということで、将来の反省の資料にするというようなことを常時やっていることを先ほども申したわけでございます。  そういう扱いで各高検ともやっているわけでございまして、それを全国的に集めて事例集のようなものをつくりましても、やはり相当複雑なことをまとめなきゃいかぬわけでございますから、簡単な事例集ではまた意味もないし、むしろそういういままでのようなやり方でやる方が実務に徹底するという面もあろうかと思います。ただ、若干平板的にもせよ全国的に把握しておく必要があるかどうかという問題ももちろんないわけではございませんので、そのやり方等についても検討の余地があろうかと思います。  先ほど来申しておりますように、稲葉委員も、むしろ日本では無罪率が低いということについて、いい面もあるということを仰せになりましたが、そういう無罪にきわめて例外的になった場合とむしろお考えいただきたいわけでございますが、そういう場合について、その検討をすることはもちろん必要でございますが、そのやり方等につきましてはやはり慎重を期しませんと、担当の者の責任問題ということから、そういうことにかかわってはかなわぬということで、先ほども御意見にございましたように危ないものにはさわらないということになりますと、やるべきものもやらないというような逆効果も起こるわけでございます。そういうことでございますから、仮に検討、研究するにつきましても、そのやり方なり、どこでどういうふうにやるかということも、一面慎重に考えなきゃならぬのじゃないかというふうに思っておるわけでございます。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 私が言っていることの中で、無罪というふうなことで聞いているものですから、だから確かにその中には本人が悪くてというか、本人の方に責任があって、身がわりとかなんとかその他の関係で無罪になる場合もあるわけですから、それは除いて、刑事補償の法案ですから刑事補償に関連をして、刑事補償を出した者について一体どこにどういう原因があり、どこに責任があってこういうふうになったのかということを私は聞いているわけです。だから、全体の中から刑事補償の分というふうに取り出して、縮小するといいますか、そういう形で問題を探っていかないとわからなくなっちゃう、こう思いますね。  そこで、いろいろなことで確かに問題あるわけですね。これは責任問題を余りやかましく言うとやらなくなっちゃいますからね。それはそうなんで、私はそれも確かに大きな問題だ、こう思うのですが、常々疑問に思っておりますことはこういうことですよ。黙秘権の制度がありますね。では黙秘権を警察の段階からずっと本人が使ってきたときに——いいですか、そういう制度にいま日本の場合はなっているのですからね。使ってきた場合に、一体どれだけ起訴できますか。いまの全体の起訴の中でどの程度の割合で起訴できるとあなたは思いますか。  これはなかなかむずかしいわな。なかなかわからないけれども、それがまた変なふうに利用されちゃっても困るけれどもね。あなた、完全黙秘でずっといってごらんなさいよ。そういう制度に日本の刑事訴訟法はなっているのだもの。ただそれを日本人はやらないだけの話なんだから。完全黙秘で最後までやってきてごらんなさい。いまの日本の起訴の段階で、僕の感じでは二、三割ぐらいしか起訴できないのじゃないかと思うのです。答えにくいと思うけれども、あなたの方はどう思いますか。制度の方はそうなっていますからね。

前田宏法務省刑事局長

○前田(宏)政府委員 数字的にどのくらいになるかということはなかなか困難であろうと思いますが、かなり困難になる面が起こるということは事実であろうと思います。

稲葉誠一日本社会党

○稲葉委員 だけれども、日本の刑事訴訟法はそれを前提としてできているのですよ。そうでしょう。ところが、日本人は完全黙秘しないんですよ。黙秘権なんかほとんど使わないわけですね。一万人のうち何人使うか、よく知りませんが、使わないですね。だから、しゃべらないというと改悛の情がない、こうくるのかな。ちょっとわかりませんがね。黙秘権を使うことと改悛の情がないということと、私は関係がないと思うんだな。積極的にうそを言えば改悛の情がないかもわからぬけれども、黙秘権を使ったからといって改悛の情がないと言われたんじゃ、法律上の権利が意味なくなっちゃうから、そういう点はあると思うのです。  それから問題は、非常にむずかしい問題で、逆にとられる可能性があるんだけれども、四十八時間の警察の持ち時間というもの、これで警察に捜査をやれと言ったって、実際問題として無理な話ですね。ここら辺のところにまた問題があるのですが、これはきょうは別にしますが、余り聞くとやぶ蛇になるし、危ないから聞きません。そうするとあなたの方のあれにはまっちゃって、それなら刑事施設法を早くやってくれなんて言われるとまたまずいかもわからぬけれども、これは率直に言うとそこが問題なんですよ。どういうわけで警察の持ち時間が四十八時間になったのかわからぬ。その次に二十四時間がありますね。その二十四時間は一体警察の持ち時間に入るのか検事の方の勾留関係に入るのか、これもよくわからぬという。それは後の話になります。  今国会ではそんな論議にいきませんからあれですが、いろいろな問題がたくさんあって、実は私もわからないのですが、いま言った問題で一番大きな問題は、依然として、黙秘権がありながら結局自白に頼って、自白の強制が行われているところに日本の捜査の問題点があるんじゃないですか。  自白するとだれでも安心しちゃうのですね。ほっと安心しちゃうのです。安心しちゃって、そこで十分なほかの方の傍証固めをやらないで、そしてやっちゃうわけでしょう。検事だって全部そうでしょう。自分のところで自白して法廷へ行って否認された場合には、現実に捜査にどこか手抜かりがある場合が多いわけですよ、当然公判廷でも自白すると思っているわけですからね。初めから自白する事件なら一番やりいいわけですよ。十分準備しているわけだから、公判へ行ったって壊れないわけです。だから、いままで自分のところで自白していて法廷へ行ってひっくり返られると、気分的におもしろくなくなるわけです。何か自分が信頼されてないような気持ちになる人もいないとは限らぬわけで、そこで無罪なんかが起きてくる場合もあるのですが、いずれにいたしましてもたくさんの問題があるのですね。  だから私は、日本の場合なぜこうやって無罪が少ないかということの原因を、自白との関係、代用監獄との関係、別件逮捕とかいろいろな問題があると思うので、そういう点でもう少ししっかりとした研究を法務省当局でしてほしいと思うのです。法務総合研究所というものをこの次に聞きますが、一部と二部があって、何をどうやって研究しているのか僕もよく知りませんが、そこら辺のところもよく研究してもらいたい、こういうふうに思っているのです。  きょうは時間があれで、別の機会にまた質問させていただきますが、最初にお話ししました大森の勧銀事件の問題、私は問題点を指摘しておきましたが、これはどこからこういうヒントを私が得たかということについては、政府委員室から聞きに来たけれども、私は言わなかった。これはあなたの方で探してください。そんなことをこっちに聞いたってだめですよ。あなたの方で探してごらんなさい。  これだけにしておきますが、この次はいまの点について詳細なお答えを願って、さらにこの質問を続けさせていただきたい、こういうふうに考えて、ちょうど五時になりましたから、きょうはこれで終わります。

羽田野忠文自由民主党

○羽田野委員長 次回は、来る三十日金曜日午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後四時五十九分散会      ————◇—————

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