文教委員会 第3号
- 発言数
- 277 件
- 登壇者
- 18 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1982/03/19
会議録
○青木委員長 これより会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 疑疑の申し出がありますので、これを許します。湯山勇君。
○湯山委員 理事会の御決定によりまして、冒頭に文部大臣の御所信の御表明がございましたが、その御所信の御表明について御質問申し上げたいと思います。 まず、大臣は当委員会において御所信を御表明になりましたが、その冒頭に、教育は国政の基本であるということをお述べになって、その後、「特に、これからのわが国の教育は、一方では、変化する社会環境の中で生涯にわたってその個性、能力を伸ばし、他人を思いやる心の温かさと社会的な連帯意識を有し、生きがいのある充実した生活を送ることができるような国民の育成を目指し、他方においては、進展する国際社会の中で信頼と尊敬を得るような日本人の育成を図っていかなければなりません。」、こうお述べになっておられます。このお述べになっている内容を承りまして、このお述べになっていることは、たとえば変化する社会環境がどうあろうが、あるいはまた国際社会がどう進展しようが、生涯にわたって「その個性、能力を伸ばし、」云々で「生きがいのある充実した生活を送ることができるような国民の育成」それから「信頼と尊敬を得るような日本人の育成」、これはただ当面の問題ではなくて、教育に関して言えば、いわば古今東西に通ずる普遍の原理である、こう私は理解しておりますが、大臣のお考えはいかがでしょうか。
○小川国務大臣 仰せのとおり、ここに述べております事柄は、ただいまおっしゃいましたように、古今を通じて変わることのない教育の目標だと信じております。
○湯山委員 この御見識に対しましては私どもも同感でございますし、敬意を表しております。 ただ、その前に「特に、これからのわが国の教育は、」と、「特に、これから」とありますけれども、いまおっしゃったように古今東西に通ずる普遍の原理であるとするならば、これは「特に、これから」というのじゃなくて、いままでもそうでなければならなかったし、もちろん今後においてもそうであって、「特に、これから」という言葉をお入れになったのには何か御意図がおありになってのことでしょうか。
○小川国務大臣 ここにいろいろなことを書いておるわけでございますが、たとえば生涯教育でございます。人間というものは本来生涯を通じて絶えず学んでいくべきものでございましょうし、それによって人格の完成を目指していくべきでございましょう。このことは中国の聖賢も繰り返して説いておることだと思います。 しかし今日、改めて申すまでもないことでございますが、社会環境、経済環境に非常に大きな、またきわめて急速な変化が生じておりますから、絶えず学習をしておりませんとこれに取り残される、社会の落後者とならざるを得ない。そういうことから、生涯教育に対する要請というものはきわめて強い、切実なものになっておると私は考えるわけです。同時に、学校教育以外の場においても、この目的を達成するためのもろもろの手段も用意されてきておる今日でございますから、この際特にこの点に力を入れていくべきであろう、かように考えておる次第でございます。 そのほか、ここに「他人を思いやる心の温かさ」あるいは連帯意識を醸成しろと、いろいろ書いてございます。同じような考え方に、今日の急激な環境の変化に対応して特に力を入れていかなければならない事柄として列記いたしたつもりでございます。
○湯山委員 いまおっしゃったのは、生涯にわたって個性、能力を伸ばしていく、これは教育である以上はいつの時代であってもそうでなくてはならない。同時に、「他人を思いやる心の温かさと社会的な連帯意識」、これもまた、いつの時代であってもそうでなければならない。たとえどのように社会情勢、客観情勢が変わろうとも、これは普遍の原理であるとするならば、いまおっしゃったように特にこれからじゃなくて、いままでもやってきたし、これからもそうでなくてはならないということだと思うのですが、その点についてはどのようにお考えでしょうか。
○小川国務大臣 ただいま申し上げましたとおり、いかなる時代においても教育政策の目標としてこれは追求されなくてはならないことでございますが、今日これらの問題が特に緊切な教育政策の課題としてあらわれておる、かような認識を持っておりますためにこのように書いておるわけでございます。いつの時代でも追求していなければならない目標であるに違いない、この点について先生の仰せといささかも異なるところはございません。
○湯山委員 このことにこだわりますのは、後の問題と関係がございますから念を押したわけでございます。私は、特に時代が動きの激しいときあるいはいろいろ世論に惑わされそうなときに、特に、いま大臣がおっしゃいましたように、教育の基本的なものをしっかり踏まえておくということは何よりも大事だというような御意図のものと承りまして理解いたしております。 そこで、御所信の次のページをあけますと、これは大臣に御就任になる以前のことではございますけれども、中教審への諮問についてお述べになっておられます。それによりますと、「初等中等教育の教育内容については、時代の進展に応じて常に検討を加え改善してまいりましたが、昨年十一月に「時代の変化に対応する初等中等教育の教育内容などの基本的な在り方について」中央教育審議会に諮問し、」云々とございます。本来、ここにお述べになっておられますように、教育の内容については、時代の進展に応じて常に検討、改善を加えなくてはならない、それはそのとおりですけれども、そこのところで改めて時代の変化に対応する教育内容について諮問されたという理由が不明確だと存じます。 と申しますのは、「時代の進展に応じて常に検討を加え改善してまいりました」とあるのですね。それなら改めて諮問の必要はないではないか。加えましたがどうだったということがちっとも書いてなくて、いきなり時代の変化に対応する教育のあり方という諮問をなさっている。一体この「まいりましたが、」の後はどういう言葉があるのでしょうか。
○小川国務大臣 学校教育の教育内容につきましては、わが国の将来を考えまして常に改善充実に努めてきておるわけでございますが、今日までの例を見ましても、教育課程の改訂につきましては相当長い年月をかけて慎重に検討した結果として行ってきておることは先生御高承のとおりでございます。 今日、社会にさまざまな変化が起こっておりますし、児童生徒の能力、適性、ますます多様なものにもなってきているわけでございます。かようなときに、国民の教育の基礎をなします初中教育の教育内容などのあり方につきましては、いまから大所高所に立って長期の展望を踏まえて十分時間をかけて検討する必要が出てきておる。それに最もふさわしい場として中教審の御審議をお願いいたしておるわけでございます。
○湯山委員 検討を加えてこられたこと、それは当然そうでなければならないと思います。ただ現在、前回の答申、昭和四十六年ですかの答申を踏まえて教育課程の改正が行われ、そしてそれが実施に移されておるところでございます。小学校は、ゆとりのある充実した教育というスローガンを挙げまして、昭和五十五年にスタートしております。それから中学は五十六年度からスタートをいたしました。高校に至ってはまだ全然スタートしてない。それを検討しないで——その実績を踏まえて、さて次にどうするかというのが常道であって、これは中教審に諮問した文書、それを事務次官が補足して説明しておる中にも、今日までの実績を踏まえてと、こうございます。しかし、踏まえる実績も何もなくて、ここで、常に検討を加えてきた、改善してきたが、それでは不十分だったという結論も出ないし、なお検討の余地があるという結論も出ていないで新たにこういう諮問をなさるというのは、いささか常道を外れたやり方ではないか。やって、その結果がどれだけかわかってならば、また別ですけれども、小学校のその結果を見るための学力テストもついこの間小学校五、六年についてやったばかりで、まだ結果も出ていないと思います。それでいて、やってきたけれども、さてその答えがないままで諮問をするというのは常識的に考えていかがかと思うのですが、大臣、いかがお考えでしょうか。
○小川国務大臣 新しい学習指導要領ができまして、これにのっとって新たな教育課程が現に実施されておるわけでございますが、これが本来の趣旨に従って実施され、定着することを期待いたしておるわけです。現にその実施の状況につきましては総合的な調査研究をも実行いたしておるわけでございます。 中教審に諮問いたしたからと申して、いま直ちに改訂をするというわけではございません。これは繰り返しになりますが、今後長い時間を必要として根本的に考えていく問題でございますから、そういう趣旨でいまから中教審の御審議を煩わしておるわけでございます。
○湯山委員 大臣は総合的に検討を加えておるとおっしゃいますが、高等学校はまだ実施されてないのです。御存じでしょうか。実施してないのに総合的に実施の結果を検討すると言っても、それは不可能なことでございまして、まだやってもみないで次の検討をするというのは諮問の権威にもかかわるのではないかということを私は懸念しております。高等学校はまだ全然実施もされていないのですから、それでは検討のしようがないのではないでしょうか。
○小川国務大臣 仰せのとおりでございます。小学校についてはすでに実施されておりまするので、その実施の状況を把握すべく努力をしている。高等学校は四月からのことになりますので、高等学校についてもその実態調査を行う予定になっております。 これはこれといたしまして、何度も繰り返しの答弁になって恐縮でございますが、いまからスタートして長期的な展望に立って今後の初中教育のあり方を御審議願う必要がある、こう信じて中教審に諮問申し上げておる次第であります。
○湯山委員 中教審への諮問の説明には、「新教育課程の実施状況を踏まえながら、教育課程の基本について長期的展望に立った御審議を期待いたしているわけであります」、こう説明があるのです。ですが、「踏まえながら」というものをないままでやっておるということも、これも事実。やはりこれは、率直に常識的に考えていただいて、おかしいとお思いになりませんでしょうか。
○小川国務大臣 ただいま中教審に諮問を申し上げておるわけでございますが、結論を出していただきまするまでには相当の長い時間を要するものと考えております。その間に、高校も四月からスタートするわけでございますから、その実態を小学校に引き続いて把握することに努めてまいるつもりでございます。その結果は中教審にも資料として御報告をする、かようなことになろうかと思います。
○湯山委員 大臣に申し上げるのは少しどうかと思うのですけれども、いま実態調査をやっておるのは五十五年四月から実施したものです。五十五年四月、五十六年四月、まさにいま五十七年四月になろうとしている。二年たって初めて小学校の実態調査が行われようとしています。高校はまだスタートしていないのですから、このペースでまいりますと、二年向こうでないと最初の実態調査もできない。中教審の任期は二年でございます。そうすると、その任期の終わりにやっと実態調査ができる、つまり検討材料ができるということなので、私はこれは少しおかしいのじゃないか、納得しにくいのじゃないかという感じですが、大臣、どうこう言うつもりはありませんから、率直にお感じのままお答え願いたいと思います。
○小川国務大臣 先ほど来申し上げておりまするように、文部省が実施の実態を把握する作業と中教審の御審議とは並行して行われるべきものだと考えております。 高校については、なお実施の実態が判明いたしておりません。その限りで、私の申したことにあるいは適切ならざる点があったかもしれません。ただしかし、これは遠からず実施の状況もおおむね把握できることと信じておるわけでございます。
○湯山委員 まだスタートしていないのだし、実施の状況というのはそう簡単に把握できるものではございません。ただ、教科書をどう使っているとか時間数をどうしているとかいうことは、それはわかります。しかし、教育内容、それがいかにゆとりのある充実したものになっているかどうかというのは、そんなに簡単にわかるものではございません。こう申し上げるのは、文部行政というのはやはりきちっと筋が通って、だれが考えても理解できるというようなあり方をやってほしいということを、特に大臣にお願いしたいという意味で申し上げておるわけでございます。そうでなければ、きつい言葉で申し上げますならば、その材料なくして中教審を開くということは、中教審自身に対する信頼の問題にもかかわります。権威の問題にもかかわります。そういう意味で申し上げておりますので、そのようにお聞き取り願えれば結構でございます。 なお、その諮問について、「今後予想される時代の変化等を見通し、」「教育内容や教科書の基本的なあり方などについて幅広い視野から審議をいただく」という御説明でございました。この「今後予想される時代の変化」というのは、非常に問題が大きいと思いますから後に回しまして、教科書の基本的なあり方を一体なぜいま御諮問になるのだろうかという疑問がないではございません。そこで、このことについてまずお尋ねをいたしたいと思います。これは局長にお尋ねいたしますが、「教科書の基本的なあり方」というのは、どういうことを意味しておるのでしょうか。
○三角政府委員 昨今、教科書についていろいろな御意見が各方面であるわけでございます。こういった状況にもかんがみまして、私どもとしては教科書の役割りでございますとか、あるいは教科書の検定、採択、給与といったもろもろの教科書の基本的なあり方について検討をしていく必要があるだろう、こういうふうに考えておるわけでございます。
○湯山委員 いま局長の御説明によれば、教科書の役割り、検定それから採択、給与、これらの基本的なあり方ということでございます。 そこで、そうなりますと、わかりやすいところからお聞きしてまいります。教科書の給与については、教科書の給与は当然無償でなくてはならないということについて、大臣も国会においていろいろ御答弁になっておられます。また、私どもが大臣にお目にかかったときも、たとえば大蔵省が何年も同じこと、教科書有償化ということを言うのは非常識だという御批判もされました。私は、これも大臣の非常に高い御見識だと思って敬服しております。なおまた、これは二月二十七日に東京青年会議所第四地区のシンポジウムでの大臣のお話の中の一節ですけれども、「教科書無償は、国と子供を結ぶきずなである。財政が苦しいからといって廃止するような、銭かねの問題ではない。」というお話をしておられます。まことにりっぱな御見識だと私は思いますし、私どもも同様に感じております。したがって、いま局長は、中教審に教科書の給与についてという諮問だということですけれども、給与についても大臣の御意思は固まっておるのじゃございますまいか。無償を崩す考えはない、崩してはならないという、諮問された大臣の御意思は決定していると信じておりますが、いかがでしょう。
○小川国務大臣 教科書無償給与につきましては、これを財政の観点だけからあげつらう、そういう低俗な思想には私はくみすることはできませんので、いろいろな機会に自分の考えを表明いたしておるわけでございます。この考え方には変わりはございません。
○湯山委員 非常にごりっぱな御見識です。私どもも、そういう大臣のお考え、御方針にいろいろ文句をつけたり、間違った批判をしたりする者があれば、大臣を支援する立場で努力したいと思いますが、大臣、いかがでしょうか。
○小川国務大臣 百万の味方を得た心地がいたします。
○湯山委員 十分ひとつがんばってまいります。 さて、そうすると、局長がいま言われましたように、もはや教科書の給与については諮問した大臣のお考えは固まっておるのにとやかく言う筋合いはないと思うのです。無償有償の論議はここではないと思います。 それから次に、教科書の採択、検定の問題、これはその基本は国定にするかしないかという問題です。国定にすれば検定なんかはしなくていいわけです。国が出すわけですから、これは検定は要りません。採択も、国定であればもう一本ですからこれも関係ありません。したがって、いま局長が言ったように検定、採択の基本的なあり方ということになれば、国定にするかしないかの問題だと思います。 教科書国定ということについて大臣はどうお考えでしょうか。
○小川国務大臣 かつて、教科書を国定にするということは一度も考えたことはございません。
○湯山委員 今後においても同様でございましょうか。
○小川国務大臣 同様でございます。
○湯山委員 非常に明確でございました。 そうすると、採択、検定の基本というのはそこに問題があったわけです。あとは、重要なことではあるけれども中教審に諮問しなければならない問題ではないと思います。と申しますのは、以前に、教科書に関しましてはちゃんと機関がございます。教科書の貸与制とかいうものや、それから憲法の扱いとかいうことを含めて、すでに設置されております教科用図書検定調査審議会というのがございます。ここでは検定申請の教科用図書を調査し、及び教科用図書に関する重要事項を調査審議する。検定のあり方というのは重要事項です。基本は、国定なのか検定なのか、それが基本ですが、これについて大臣はもうはっきり国定はあり得ないと。そうすれば、基本的な事項というので諮問する内容はないのじゃないですか、いま局長の御答弁から言えば。教科書の採択とか検定とか、そんなものは重要な事項です。それは既設のものでできるわけで、基本的な問題は解決していると私は思いますが、いかがです。
○三角政府委員 文部省当局としての考え方は先ほど大臣が申されたとおりでございますが、審議会に諮問いたします場合には私どもは、どういうふうな言葉がいいかちょっとあれでございますが、いわばフリーハンドの形で審議会にお願いをしておるわけでございます。そしてただいま御指摘のように、教科用図書検定調査審議会というのがございまして、その所掌事項は湯山委員がおっしゃったとおりでございます。したがいまして、教科書に関する重要事項をここで御審議願うということも一つの道でございますけれども、中央教育審議会のような委員構成のところでいろいろ御議論をいただくということも、これはそういうぐあいに計らってしかるべきことであろう、こういうふうに思いまして、この際は中教審の諮問理由に書いてありますような考え方で、教科書のあり方につきましても教育内容の問題と並行して中教審で大所高所から御議論いただこうということで諮問をした次第でございます。
○湯山委員 お聞きのように大臣、中教審でもいいしこちらでもいい、ただこの際はこうと、いかにも中教審が便宜的に使われているように思います。しかし、中教審というものはそういうものでしょうか。じゃないのです。基本的な問題は中教審、重要な事項はいまの教科用図書検定調査審議会、これは行政の秩序としてはっきりしていないと全体がぼやけてくる。そして、そこから間違いが起こってきます。 たとえばけさの新聞にも中教審の教科書小委員会、そこへ採択の区域のことでの論議が出ておりました。現在の二市郡程度の採択区域を中教審の小委員会では教育事務所単位くらいに拡大するという文部省の意向を反映した意見というのが新聞では書いてありますけれども、そうかどうかわかりません。が、とにかくそういう意見が出ているということです。これも問題で、いまのようなやり方をするものですから誤解が出てまいります。教科書の採択区域が大きな影響を持つのはやはり汚職問題です。これは明治三十五年、あの大汚職が起こりまして、結局国定化に行った。それは県単位の採択で、それを持っていって出版会社がいろいろ運動していった。そのことを踏まえてやらないと大変な間違いを起こす。というのは、局長が指導されたかどうかわかりませんが、文部省サイドの意向を代表する委員は、とありますから、もしそうだとすれば、確かに教育事務所というのは文部省の行政的な支配というか指導、それには便利です。それはわかります。けれども、そこで便利だということは、逆に言えば、これを攻撃する側から言えば目標を明確にすること、こういうことなんです。これは局長、おわかりですね。
○三角政府委員 文部省の意向のサイドに立つというような……(湯山委員「書いてあったでしょう、けさ」と呼ぶ)そういう解釈と申しますか、これはレポーターの方の考えでございまして、私どもはこれについてちょっとコメントしがたいと思います。それから攻撃というようなことは、これはどういうことを意味して仰せになっておられるかはっきりいたしませんけれども、先ほどおっしゃいました汚職のようなこと、これは絶対あってはならないことでございますので、それはそれでやはり教科書の採択なり何なりのあり方の一環として十分検討していく必要がある、こういうふうに思っております。
○湯山委員 御参考までに、古いことですけれども、都道府県単位の採択の当時、一九〇二年、明治三十五年、金港堂、集英堂、普及舎その他が教科書の汚職をやった、これが全国に波及して、検挙者は宮城、栃木、島根、宮崎の県知事、代議士、師範学校長、視学官などを含む二百人余りに及んだ、これが大汚職です。もし言われるように教育事務所単位にして、文部省側から言えば便利になるでしょうけれども、しかし教育事務所長という一つの権力を持った者がその中心でやるということになれば、私はいまから予言します、必ず汚職が出ます。これに伴った汚職は必ず出る、これは断言してもはばからないと思います。 あの明治三十五年に、残念ながら私どもの愛媛県でも同様でした。これも都下の金港堂、これが愛媛県視学官寺尾捨次郎、松山中学校長野中久徹、同県政友会支部幹事岩崎一高等の協議で、一万円を渡すことになって、手付金を一千円渡した、こういうことまでありますし、この当時いた人の話ですけれども、教科書会社か菓子折りかなんか持っていくのに、明治何年ですから、名刺を張って持っていった。使いに行った人の話では、この人は影響力あるというところには、当時ですから、純金の名刺を張ったと言うのです。普通の人には紙の名刺。使いに行った人が言っておるのです。こういうことを調べないで、単純に行政系統で、安易にそういう教育事務所単位というようなことをやったならば、必ず汚職は起こるということを私は申し上げて、警告しておきます。 ですから、簡単にこういうことはやるべきでなくて、むしろ教育事務所単位にあるものならば、そういう中心的な支配のない体制にすること、たとえば学校単位にする、それは偶然、似たような地域だから同じものになっていく、そういうことが正しいので、この基本的なことについては、大臣のお考えがしつかりしておるのですから、それをあえて中教審に諮問するということには意味がない、このことを申し上げたいと思います。 いよいよ本題の方に返ります。次に申し上げたい点は、そこにあります「時代の変化に対応する」という中で、「今後予想される時代の変化等を見通し」、それに合うような教育内容ということですが、最初御質問申し上げた、たとえどのように時代が変わっていこうとも、情勢が変わろうとも、教育の基本というのは、百年の大計は、最初文部大臣がお述べになったように、それは古今東西に通ずる教育の普遍の原理であるとおっしゃった点は変わらない。そうすると、一体、その教育をやっていく上でどうしても考えなければならないという、「今後予想される時代の変化」というのは何を指しておるのですか。
○三角政府委員 私どもとしては、先ほど来の御質疑がありましたように、教育というのは人間の基本にかかわることでございますから、古今東西の普遍の理念というものが中心にあるわけでございますけれども、先ほど来大臣が申し上げておりますとおり、いろいろな面での社会情勢の変化等を踏まえて、常に改善充実をしていこう、こういうことでございまして、中教審の諮問の理由の中にも述べておりますように、すでにわが国でも産業構造の変化でございますとか、あるいは情報化社会、高齢化社会、こういった方向への進展が見られておりますし、それから国際関係もこれは日に日に緊密になってきておるわけでございまして、こういった国民生活全体に非常に大きな影響をもたらすでありましょうところのこのような社会経済の変化、これが今後ますます著しくなるであろう、こういうことでございます。 それから、これまたそこで申し述べておりますが、いわゆる核家族化でございますとか、それから出生率の低下に伴います家族の中での子供の数の減少などの家庭環境も変化をしつつございます。さらに、日本の将来にとっては、日本がかつての高度経済成長の時代から安定成長の時代を迎えまして、資源やエネルギー問題を初めとして、いろいろ取り組んでいかなければならない諸問題を抱えておる、こういうようなことで、このような意味の内外の諸情勢の変化に対応いたしまして、次の世紀に向かって心身ともに健全な国民の育成を図っていくために基本的な検討をじっくりとやっていくということが重要な課題である、こういうふうに思っておるのでございます。
○湯山委員 大臣にお尋ねいたします。 いまのような産業構造の変化とか、あるいは情報化社会、それから高齢化社会が来る、それから国際関係が緊密化してくる、それからまた家庭環境も、核家族化、出生率が低下する、大きな変化がある、これはよくわかります。が、そうすると、それらに対応する基本的な教育のあり方ということになれば、一番大きな問題は学制だと思います。そうすると、今回の諮問の内容は、予想される時代の変化等を見通して、教育のあり方、内容等書いてございますけれども、学制自体の検討ということもこれには含まれておるのでございますか。いかがでしょうか。
○小川国務大臣 中教審に対しましては、当面教育内容のあり方について諮問を申し上げておるわけでございまして、学制の問題をさしあたって御検討願うということではございません。
○湯山委員 こういう問題ですね。たとえば、いま申し上げましたように、高齢化社会、それから核家族化、出生率の低下というようなことになってくれば、当然これは学制に影響を持ってくるのじゃないか、こう考えますが、その点はいかがでしょうか。
○小川国務大臣 その点は仰せのとおりだと存じます。ただ、学制の問題、当面の非常に困難な財政の状況等もあり、なかなか簡単にこれは手をつけられる問題ではない、かような認識のもとに、当面まず教育内容について諮問申し上げる、こういうことでございます。
○湯山委員 わかりました。 局長にお尋ねします。局長は先ほど、たとえば産業構造の変化とか情報化社会への対応とか、こういうことをおっしゃいましたが、産業経済は刻々に変わります。不況である、貿易摩擦があるといったような当面の問題はたくさんありますし、情報化社会にしてもいろいろな問題が次々出ております。現在の教育は現在対応してないのですか。
○三角政府委員 これまでも教育課程の改訂はもとよりいろいろな手だてによりましてできる限り教育の内容が、国民として必要な資質の形成にできるだけ適合したものになるように、そういう努力は常にしなければならないし、してまいったつもりでございますが、やはりこの際、先ほど申し上げましたような状況の中で基本的な検討をしていただくこと、そして特に各層各界からの最高の知恵と申しますか、学識、経験、これを集めていろいろと審議を深めていただこう、こういうふうに思っておるのでございます。
○湯山委員 どうもはっきりいたしません。たとえば情報化社会なども今度の高校の教科書などでは、たとえば非価格競争、それらについても、モデルチェンジとかスタイルの変更とか、つくられた需要あるいはデモンストレーションの効果、正しい商品知識、購買力を引き出すようなことはいかぬというようなことについては十分教科書にも出ておるのです、今度改訂になった教科書には。その中で検定過程において、不要不急の商品を買わすという断定はいかぬ、ときには不要不急の商品を買わすことがあるというのに改めいというので改めて、ちゃんと情報化社会への対応ということもあるのですね。それから、いまありましたが、産業構造の変化といっても、この中教審の諮問では二十一世紀の教育に向けてとあります。いまこれだけ偉い人をお集めになったというのです。けれども、二十一世紀に産業構造が一体どうなっていくのか、情報化がどう進むのか、そういう見通しが本当にできるとお思いになるでしょうか、局長。
○三角政府委員 社会現象のようなことになりますと、それは長期にわたっての見通しということは簡単でないといいますか、ですから、見通しじゃなくて予言というような言い方になる場合もあるかと存じます。しかし、ある程度いろいろ専門的に物事を詳しく見てやっていきます場合には、かなり先までの予測が立つこともあるわけでございます。たとえばいろいろな産業の今後の伸び方についての見通しでございますとか、あるいは生産物の価格についての国際競争力についての見通しとか、いろいろなことが現在、あすのことはわからないというような状況でもないわけでございます。ですから、私どもは、そういうできるだけの知恵を働かせました上で、そして教育の内容というものがどのようなことが基礎、基本として必要であるかとか、あるいは実学としてはどのような部面をどの程度にやっておけばいいか、コンピューター関係についての対応についても、どういう教育を学校でやり、どういう教育をまた社会に入ってからやったらいいかというようなことが、いろいろと検討すべき事柄があるというふうに思っております。特に今日のように、先ほど大臣からも申されましたが、児童生徒の資質なりあるいは能力、適性なり、あるいは興味なり関心なりが非常に多様になっております状況のもとで、学校という一つの枠組みの中で、そこの中の中身をどういうふうな内容を盛り込んでいくか、こういうことについて、この際、先ほど申し上げましたような見地で十分に御検討を願おう、こういう考えなのでございます。
○湯山委員 大臣にお尋ねいたします。 いまの局長の答弁はどういうふうに理解していいのかちょっと私にはわかりかねます。できないこともあるしできることもあるのじゃないか、この際だからやってもらおう、そういうことが今度の諮問でございますか。大臣はどうお考えでしょうか。
○小川国務大臣 御質疑の趣旨を私があるいは正確に理解しておらないのかもしれないと存じますが、今日の社会環境、経済環境の変化に対応した教育を行おうという努力は文部省も絶えずやってきておるわけでございます。ただ、ここで非常に大きな、たとえば老齢化社会というような人類にはかつて経験をしたことのない事態が出てくる、非常に大きな変化があらわれてくる、これは相当的確に予想されてもおることでございます。文部省としては、今日まであとう限りの努力をいたしておりますが、なお足らざる点もあるかもしれない、あるいはまた独善に陥っていることもないとは申せません。そこで、衆知を集めて広い視野から長期的な展望に立って、かような変化に教育内容がいかに対応していくべきかということを御審議願っておるわけでございます。
○湯山委員 おっしゃるような意味だと思います。ただ、それは非常に困難である。それから把握しにくい。たとえば二十一世紀のエネルギーがどうなっているか、これは局長、おわかりですか。どうお考えですか、二十一世紀のエネルギー。ここにも書いてありますね。
○三角政府委員 はなはだ残念でございますが、私その方の専門でございませんので、私から先生に申し上げるのはちょっとはばかる気持ちでございます。
○湯山委員 それでは、二十一世紀の物価はどうなっていますか。
○三角政府委員 これにつきましても、先ほど申し上げたとおりでございます。
○湯山委員 では、二十一世紀の青少年の自殺はどうでしょう。
○三角政府委員 いま自殺のような問題は、この時点で物申せという御要求でございますけれども、これは私にはちょっと無理だと思うのですね。私どもは、文部行政の立場では、とにかく自分の生命はもとより他人の生命を非常に大事にするということが教育の基本でございますから、これはできるだけ少なくしていこう、そういうことで努力をしなければいけませんし、今日までも努力をしてまいりましたので、私個人の予言としては、自殺というものはいまよりずっと少なくなる、こういうふうに申し上げたいのでございますけれども、これを見通しを言えと言われますといささか無理じゃないか、こういうふうに存じます。
○湯山委員 局長、学生の自殺の状況というものは把握しておりますか。
○三角政府委員 いま学生という仰せでございましたが、ただいま私ども用意しております資料は、未成年者ということでの調べを持っております。 昭和五十六年度では六百二十名、こういうことで戦後としては最低に減っておるわけでございまして、このうち学生というと大学生ということになりましょうか、したがいまして十八歳としてとらえますと、十八歳の者が百二十四名、全体の二割、それから十九歳の者が百七十一名で全体の二割七分強でございます。昭和五十五年度に比べてそれぞれ四十四名あるいは三十九名減少しておりまして、若干減少の傾向にある、こういうふうに承知しております。
○湯山委員 減少と言っても、年によって増減があります。いまおっしゃったのは厚生省の統計だろうと思うのですが、五十二年が七百七十六名、五十四年が八百十四名、五十五年が五百九十九名というように、十五歳から十九歳まで。学生の自殺という統計があるのです。ただし、四十九年しかありません。四十九年で見ますと、学生の自殺というのが百九十六名あるのです。これも厚生省にあります。私は、文部省はそういうことに関しては非常に敏感でなくてはならないと思うので、お尋ねしたまでです。このことは、非常に大事なことですから、また後で触れます。 さて、「予想される時代の変化等を見通し、」というのですが、いま産業、経済それからエネルギー、大事な、挙げておられる中でも、なかなか優秀なる局長でもちょっと答えられない。中教審の方々もりっぱな方ですけれども、みんなそれができるでしょうか。そういう要求自体が無理ではないか。そこで、大臣が所信表明の冒頭でおっしゃられたように、いかなる事態にも対応できるような素質を持った者を養っていく、そういう教育が大事だ、いかなる時代にも、いかなる産業構造の変化にも対応できるような者を育てていくのだということ、やはり基本はここへ来るのじゃないかと思います。このことはそういうことにして、「予想される時代の変化」、その中に国内のこと、特に緊要な問題が一つあると私は思います。 それは何かと申しますと、日本国憲法の問題です。二十一世紀に日本国憲法がどうなっているか、局長はどうお考えでしょうか。
○三角政府委員 これは、国民、そしてそれを代表する国会での御意思によって決まることでございます。私どもの立場で、二十一世紀というような、まだかなり年月がある先のことにつきまして、特に憲法の問題につきまして申し上げることは穏当ではなかろう、こういうふうに思う次第でございます。
○湯山委員 「予想される時代の変化」を見通して答申をしてもらいたいということで、二十一世紀に対しての教育のあり方が答申で来ると思います。そうすると、産業の変化やエネルギーの変化、いろいろな変化があると思いますけれども、教育の上から考えても基本法ですから、国民全体、教育全体から考えて、日本の憲法がどうなるかということは非常に重大な問題だと私は考えます。大臣は、このことについて何かお考えございますか。
○小川国務大臣 社会の変化あるいは経済の変化等について長期的な見通しを持つことが困難である、あるいは不可能であるということになりますと、およそ政府が持っております各種の長期計画は無意味だということになりましょうし、長期的な課題を検討する各種の審議会の作業も全く無意味なことになると思いますので、そういうものではなかろうと私は思っておるわけでございます。 憲法の問題は、いわば一つの個別問題でございましょう。仮に、今後、現行憲法を改めるべしということについて、きわめて広範な国民的合意が得られました場合は、憲法が改正されることもあり得ると思います。しかし、これは、今日から的確な見通しを立てることはなかなかできない一つの個別問題でございましょう。その種のことまで的確に見通しをつけなければ中教審の審議ができないということではなかろうと私は思います。
○湯山委員 御趣旨、よくわかります。ただ、私がここで特にこのことを申し上げるのは、ここにありますとおり「今後予想される時代の変化等を見通し」、しかしそれは、産業、経済、情報化社会、あるいは家庭環境、そういうものもありますけれども、やはりそういう予想される大きい変化を考えなければならない。教育も、教育基本法が憲法にのっとって行われているものであるし、また国民生活もこれによって行われているということから考えますと、ここで諮問されている「今後予想される時代の変化」という中には、そういうことは含まれていないというように考えていいのか、それも考えに入れなければならないのか。この点は大臣の御所信の中にそのように、「今後予想される時代の変化を見通し」、そこで教育のあり方について審議を願う、その中に入っているかどうか。
○小川国務大臣 憲法がどうなるかということについて中教審が中教審なりの見通しをお立てになって、それに対応する教育内容を決めていこう、かような御論議、御審議が行われることは、およそあり得ないことだと私は考えております。
○湯山委員 よくわかりました。ただ、大臣のお気持ちはわかりましたけれども、それだけで納得しかねるのは、一番わかりやすい例で言いますと、来年度の高校の教科書です。 それには例を挙げて申し上げますと、二宮書店の「詳説現代社会」というのがございます。これの百二十四ページから二十五ページには「国際情勢に対応して自衛力の増強がつづけられてきた。こういう状況の中で、第九条と自衛隊について、今こそ国民の合意が望まれるのである。」、これは文部省がこう修正したのです。その前の書き方が悪いというので修正して、いまのように、「今こそ国民の合意が望まれるのである。」 それから、学研の同じく社会ですが、ここにも「自衛のあり方について、国民の合意を見出す努力が続けられなければならない」、これがいまの、大臣の検定された教科書です。 それから、二宮書店の「高校現代社会」の百四十六ページと、帝国書院の百七十八ページ「第九条について、今こそ国民の合意が望まれるのである。」、これも文部省が検定して、今度四月から使わせる教科書です。 それから東書、百七ページ「いずれにせよ憲法の規定とその後の現実とのへだたりはきわめて大きく、この事態の解決をどうはかるかが日本の重要な課題である。」、これも教科書です。 同じく二宮の「高校現代社会」には「自衛のための戦力は合憲」「自衛隊は戦力であって違憲」「憲法を改正して戦力保持を明記すべきである」「憲法改正すべきでない」、こういう意見があると、みんな並べて書いてあります。 こう見てまいりますと、教育の上ではそれらの合意が必要だということを言っておりますから、中教審もまたそれに対してそういう論議にならないということは必ずしも考えられないのじゃないか。また、教育現場で、合意を得るためのいろいろなことが行われるということもないとは言えない。特に今度あれだけ問題になった教科書で、こういう指摘がずっと多くの教科書になされている。しかも、これは大臣の検定された教科書であるということになると、私が申し上げていることが、ただ単に杞憂だということにはならないのじゃないかという感じもいたしますので、御質問申し上げたわけでございます。もう一度大臣、どうお感じでしょうか。
○小川国務大臣 どういう問題でありましょうとも、およそ国民が関心を持つきわめて重要な問題につきましては、国民的な合意が得られることが望ましいと存じております。憲法の問題またしかり。ただいま仰せられた限りでは、その教科書の記述は客観的であり、かつ公正なものだと存じておりますが、中教審の場において憲法改正すべきか否か、仮に改正するとすれば教科書のあり方はどうあるべきかというような種類の議論が行われるとは全く予想しておりません。あり得べからざることだと考えております。
○湯山委員 大臣のお考えはよくわかりました。 過去に文部大臣になっておられた方で、憲法の改正、そういうことを教育の問題としてお取り上げになって御発言になった方もありましたので、きょうは、いま出ている教科書との関係もありますし、それから現在の教科書は自衛隊については合憲、違憲を併記する、両方書くことが正しいということでそういう検定をしているわけです。だがこれは私、問題があると思うのです。教科書で、これも正しい、これも、こういう両方の意見があると併記するのが合格するというのは、これは国にとっては非常に残念なことだと思います。そういう意味で、合意が早く得られるということは大事ですけれども、しかしそうだからといって、現在の憲法の中のたとえば軍、戦力の問題とか特に第九条の問題などをいまとやかく言う、あるいはそれについて外からいろいろ意見を述べる、あるいは圧力をかけるということについては、いま大臣おっしゃったように文部省は毅然たる態度が望まれると私は思いますが、この点はいかがでしょうか。
○小川国務大臣 合憲、違憲の両論があるということは、これは客観的な事実でございますから、教科書の記述は教科書として正しいと信じております。意見にわたるようなことが書いてありますと、これはもとより問題であろう、こう考えておる。論議が行われておるということを記載しておる、その限りで少しも間違いではない、私はそう考えます。
○湯山委員 学説、学問の場合であればそれはそうだと思います。いろいろな意見があるということはいいと思いますけれども、教科書です。たとえば自衛隊が歩いているのを見て、先生は、あれは憲法違反でもあるしそうでないという意見もあるのだ、これじゃいかぬし、防大へ入る子供もあります。子供に、とにかく教育では、あれは憲法違反の防衛大学だ、いやそうでない、合憲だ、両方あるのだ、学問の論争じゃなくて現実の教育としてそういう合意に達していない両論を教えなきゃならぬというのは、やはり教育にとっては重大な問題でもあるし、考え方によっては不幸なことだ、こう私は思うのですが、いかがお感じでしょうか。
○小川国務大臣 現に対立している論議があるわけでございます。これは疑いもない事実でございますから、事実を事実として教科書に記載をしておる、何ら問題ないのじゃなかろうかと思っておりますが、さらに御高教をいただければ幸いでございます。
○湯山委員 その問題で大臣に御要望申し上げておきたいのは、だんだん教育に対して従来になくそういう点での圧力、そういうものがかかってきておることは先般来の教科書論議等を通じて大臣も御存じだと思います。そういう状況ですから、最初申し上げましたように、教育には古今に通じる一つの普遍的な原理がある、これをしっかり踏まえていくことがこの際大事だということを強調された意味は、そういったものに惑わされないで正しい教育をやっていくべきだという大臣のお気持ちのあらわれだというように理解すれば、私は、特にこれからの教育がこうなくてはならないという原則をお述べになった意味が生きてくるのじゃないかという感じもしまして最初にお尋ねしたわけですが、これはお答えよりもそう理解させていただくということでこの質問を終わりたいと思います。 次に、これも御所信の中にユネスコの問題にお触れになっていらっしゃいます。これは御所信の最後のページの、しかも終わりの方ですが「ユネスコを通じての教育科学文化協力等の諸施策の拡充を図るとともに、」、こうお述べになっていらっしゃいます。ユネスコで教育科学文化の協力、それは何のためにやるのでしょうか。これは局長の方から御答弁願います。
○松浦(泰)政府委員 ユネスコは国際連合憲章の趣旨を受けまして設けられておる国際機関でございますが、そのユネスコ、正確には、日本語の場合、国際連合教育科学文化機関憲章というものが定められております。その冒頭に宣言としまして、戦争が人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない、そのためには相互の風習とか生活を知らないでは一致ができないので、教育科学文化の活動によりまして相互理解を促進する、そういうことがうたわれておるわけでございます。そのようなことでユネスコが中心に推進しております教育活動につきましても、最終的には相互理解に基づく国際平和と人類の共通の福祉の実現に向かって邁進するというものでございます。
○湯山委員 全くそのとおりであって、これは非常に重要な活動だと思います。 そこで、時間もありませんから簡単にお尋ねいたしたいのですが、日教組の槙枝委員長が三月、ユネスコのムボウという事務局長に会って、一昨年、ユネスコ主催の軍縮教育世界会議がありました、これを受けてこの十月に反核、軍縮、平和教育の国際シンポジウムを日本で開くことになったということが報道されておりました。そうなりますと、ユネスコ活動にいまのように力を入れてやるということでございますから、要請があればでしょうけれども、こういう活動に対しては協力するというようなお考えはおありになるかどうか、これをお尋ねしたいと思います。
○松浦(泰)政府委員 このことについては、先生御指摘のとおり、私どもも新聞等で承知いたしておることでございます。 ただ、ユネスコに対する協力につきましては、ユネスコの本部等からの公式な連絡等を待ちまして対応いたすべきものと考えておる次第でございますが、現在まだ私どもそのような連絡を受けておりません。そのようなことで、その連絡を待って、対応につきまして考えていきたいというように考える次第でございます。
○湯山委員 いまは全く仮定の状態ですから、いずれ本部の方から連絡があればそれによって対応されるということですから、御答弁で了解いたします。 もう時間も大変短くなりましたが、最後の項目、それは、今日の教育が荒廃している問題、それから青少年の非行の問題、校内暴力の問題。 大臣も大変御心配になっておられますが、われわれとしても、事文教に関係しておる者にとっては大変憂慮すべき事態だ、こんなふうに考えております。そういう中にあって、大臣が文部省の中に新たに「豊かな心を育てる施策推進会議」というのをおつくりになって、すでに活動を開始しておられるということについては敬意を表しております。特に、とにかくできるところから手をつけて具体的に行動を起こしておられるということ、それは非常にりっぱなことで、ぜひ成功を祈りたいと思うのですが、同時に、文部行政全体について、教育行政そのものが国民から信頼を得るということは非常に重要なことではないか。中教審に諮問することにしても、だれが見てもそれはそうだと思うような諮問がなされるし、それから、いろいろな施策の結果の総括にしてもやはり納得のいくような、理解できるようなものであってもらいたいと考えております。私どもの手の届く範囲というのは、それはやはり文部省にしっかりしてもらって、信頼のできる教育行政をやってもらいたい。これは比較的手の届きやすいところでございます。 そこで、最近、教育に関する不祥事が少し多過ぎるのじゃないかという感じを私は持っておりますが、大臣は直観的にどういうふうにお感じになっていらっしゃいますか。
○小川国務大臣 いろいろな好ましからざる事件が出てきておりまして、これは、とりわけ青少年の健全育成という見地から、まことに憂慮すべき問題だと考えております。
○湯山委員 その中で文部行政として非常に重く見なければならないのは、入学に伴う不正です。これはわりあいに簡単に考えているのじゃないかという感じがしないでもありません。先ほど局長に青少年の自殺について関心を持っているかどうかということを尋ねたのは、ここへ持ってくる伏線です。 四十九年のしかありませんけれども、学生の自殺が百九十六名。かつて、永井元文部大臣なんかも関係し、ライシャワー博士やフランスのフォール首相、こういう人たちが参加したOECDの日本の教育の調査報告にも、十九歳の自殺が非常に多いということが指摘されています。それで学生の自殺というのを調べたわけですが、四十九年、百九十六名、その後も、いまの十五歳から十九歳までの自殺者数の動きから見ますと、大体その程度あると思います。そうすると結局、入学に関係しての自殺というものは百名を超えていると見なければなりません。入学という問題は学生、ことに高校以下の生徒にとってはまさしく命がけの問題。それによって自殺までするということが、簡単に金で動いておったり、あるいはほかからのいろいろなコネ、圧力によって動いていったりしているという事実は軽視できない、ことに教育行政においては非常に重視しなければならないというように考えますが、一体入学試験に絡まる不正事件で報道されたものは何件くらいありますか。
○三角政府委員 大学局長から答弁がございますが、自殺に関連して先ほどちょっとお答えしましたので、若干補足をさせていただきます。 ただいま委員御指摘があったわけでございますが、自殺の原因、動機の調査は警察庁の方と私の方と両方でそれぞれ調べておりまして、原因の中には家庭問題あるいは病苦等、それから経済問題、男女問題、学校問題その他、こういうふうにありまして、私どもの方も、家庭事情、病弱、厭世、学業不振、進路問題、精神障害、異性問題というようなことで調べてございますが、警察の方の調べで申しますと、学業不振や進路問題など、学校問題で自殺いたしました十八歳、十九歳の者は四十八名でございまして、これは全体の中で一六・三%となっております。私どもの方の調査でも、五十六年度で申しますと、進路問題、学業不振が原因としますものが大体一八%ぐらいでございまして、両方とも大体その前後の数字になっております。
○宮地政府委員 大学入学者選抜については、大学教育を受けるにふさわしい能力、適性等を備えた者を公正かつ妥当な方法で選抜すべきことは当然でございまして、私どもも、かねがね機会のあるごとに指導、助言をしてまいってきているところでございます。 ただ、大変残念ながら、一部の大学において、いわゆる不適切な入学者選抜方法等が行われたという事例も御指摘のようにございまして、たとえば私ども、新聞等で報道されて社会的な批判を浴びた問題大学の件数は、五十六年度入試以降でもやはり十を超えるような数になっているというぐあいに承知をいたしております。 こういうような不適切な事件を防止するためには、まずは大学がみずから自主的な改善の努力をしていただかなければならないわけでございまして、私どもとしても十分必要な指導をそのつど今後とも重ねてまいりたい、かように考えております。
○湯山委員 自殺者の数、局長から補足がありましたが、似たような数字だと思います。ただ、警察も、そういう細かい資料は厚生省の方ということで、厚生省でいまのようにとったのは五年刻みです。しかも、いまの十八、十九じゃなくて、厚生省の方では十五歳から十九歳までとってありますから、大体似たような数字だと思います。 それから原因は、表向きのはいろいろありますけれども、とにかくいまの入学問題と何らかの絡み合いを持つものが非常に多いということも事実です。 そこで、ここで万引きしないようにというようなことをやろうったってなかなか教育行政ではできないことなので、やはり入学試験の不正というふうなものは、命がけで勉強しておる、それが金でどうこうされるというようなことは、教育行政としては何よりも自制しなければならない問題で、私学だからといって手が届かないというようなことは、私は許されないと思うのです。というのは、私学もまたやはり国の支配、公の支配に属しておるということから私学助成もなされているという状態なので、この点について公私の別はあってはならないという意味から、ぜひひとつ入学不正の問題はもっと真剣に、厳正にやってもらいたい。私はこのことをまずお願い申し上げたい。それと同時に、文部省自身、役所としての姿勢をしっかり正してもらう。これは細かい問題はいろいろあります、ないとは言えないと思うのですが、きょうはもうその一々には触れません。 それから、教科書会社の政治献金の問題、これも単に政治献金だけではなくて、法律に触れる触れないは別として、好ましくない現象が決してなくはありません。これも具体的に触れません。というのは、触れることがかえってまた教育行政の信頼にかかわる問題もないとは言えません。そういう意味で遠慮するわけで、決していまの役所をかばったりする意味じゃありません。申し上げませんけれども、しかし、文部省自身やはり襟を正していく、それで、不当な支配に服するようなことなく、さすが文部省だというような体制をぜひとってもらいたい。このことを大臣にお願いしたいと思います。大臣のお考えを承りたいと思います。
○小川国務大臣 仰せの点はことごとく御同感でございます。文部省といたしましても、今日の世相にかんがみまして、自戒自粛して本来の目的達成のために努力してまいりたいと存じます。
○湯山委員 以上で終わりますが、大臣が非常に真摯にお答えいただきましたことを感謝いたします。
○青木委員長 この際、暫時休憩いたします。 午後零時三分休憩 ————◇————— 午後一時四十九分開議
○青木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。嶋崎譲君。
○嶋崎委員 国立学校設置法の一部を改正する法律案について、時間も五十分でございますので、関連して質疑をいたします。 結論を申し上げまして、国立学校設置法の一部を改正する法律案は、わが党は賛成でございます。 そこで最初に、島根医科大学大学院設置に関してお尋ねをいたします。 島根大学の大学院の設置は、この国立学校の主要プロジェクトの進捗状況から見まして、いよいよ大学院の学生を受け入れる段階に入っているのだと思います。これに関連してちょっとお聞きしますがい全国の国立の新設のプロジェクトで出てきている医科大学というのは全部単科大学ですね。単科大学の医科大学に全部大学院をつくる理由はどこにありますか、その点が一つ。もう一つは、他の系統の単科大学で大学院を持っていない大学はあるのかないのか、どこが違うのか、この二つをお聞きします。
○宮地政府委員 御指摘のように、いわゆる無医大県解消計画に従いまして、医科大学ないし医学部のない県に医学部ないし単科の医科大学を順次設置してまいったわけでございます。そしてただいま御指摘のように島根医科大学については、五十年に設置をされまして学年進行で完成をすることになるわけでございますので、今回この島根医科大学に大学院の設置をお願いをしているわけでございます。 私ども単科の医科大学でつくってございますが、たとえば山形大学の医学部でございますとか愛媛大学の医学部というように、それぞれ既設の大学の学部で設置をしてまいったケースもあるわけでございます。その後は単科の医科大学で多く設置をしてまいったわけでございます。そして医学部の教育研究という観点からいたしますと、御案内のとおり、学部につきましても六年の学部教育が必要であるということで医学部についてはそういう仕組みをとっておりますし、医学の教育研究の面からはさらに大学院が必要であるということで、医学部につきましては、学年進行が完成をすればそれに引き続いて大学院を設置をするという形で従来からも整備をしてきているわけでございます。このことについては、私ども、残されております単科の医科大学の大学院の整備についても今後それぞれ学年進行の完成に応じて整備を図りたい、かように考えております。 なお、既設の単科のほかの大学について大学院の状況はどうかというお尋ねでございますが、全体の詳しい資料をただいま手元に持っていないわけでございますけれども、それぞれ既設の単科の大学、たとえば小樽商科大学というような単科大学があるわけでございますが、ここには修士課程の大学院は置いてございますが博士課程は置かれていないということで、それはそれぞれの大学の整備状況なりあるいは学部の状況その他によって具体的には異なるわけでございます。
○嶋崎委員 医学部に大学院の博士課程その他を設けることに異論を差し挟んでいるわけではありませんけれども、医学博士というのは大学院の博士課程を出なくても取れますね。
○宮地政府委員 論文博士もあるわけでございます。
○嶋崎委員 そうしますと、医学でいまの博士課程をつくって、医学博士で普通の病院を開業ないしは他の病院に出ていくのと、純粋に医学の研究、将来研究を含めて、後継者養成という形で大学院というのはフルに動いていると判断をいたしますか。
○宮地政府委員 医学におきます大学院については、先ほど来申し上げましたように、私ども医学に関する教育研究が非常に複雑、高度というような点に着目して順次整備をしてきておるわけでございますが、ただいま御指摘の医学における大学院がフルに活動しているかという点は、教育研究面につきまして関係者の間でいろいろ議論があることは伺っておりまして、それらの改善を要する点については今後さらに改善を図っていかなければならない、かように考えております。
○嶋崎委員 医学の博士課程というのは、何も大学院のコースに行かなくとも、大学を卒業して、そして数年のうちに努力してドクター論文を提出しますと博士を取れるわけですね。そういうのはかなり数がふえていると私は思います。それで博士課程というものをつくる意味は、お医者になるところの箔をつけるための博士の問題なのではなくて、重要な医学研究に必要ないわば研究コースとしてそういう者を養成していくという重要な任務が片方になければならぬと思うのです。そういう意味で、医学部をつくれば単科でも全部博士課程を上に乗せるということがあたりまえのような発想でいっていいのかなあという疑問がないわけではないわけであります。 そこで、いままでの医学部ではみんな博士課程を持っていますから、単科の場合にも博士課程を乗せることに反対とかいう意見を述べているのではありませんが、そういう医学部の上に単科の場合に博士課程を乗せるということであるならば、たとえば工科系の大学をちょっと列挙しましょう。名古屋工大は博士課程はどうですか。
○宮地政府委員 博士課程はございません。
○嶋崎委員 それから九州工大、東京工大、それから東京農工大、電気通信大学などを含めまして、そういう一連の工科系の単科大学になぜ大学院をつくるという問題が出てこないのでしょう。
○宮地政府委員 工科系の大学の博士課程の大学院の問題は、関係者の間でいろいろ議論が出ていることは私ども伺っております。いま御指摘の中でたとえば東京工大については博士課程が置かれているわけでございますが、御指摘のような名古屋工大とか九州工大、それから東京農工あるいは電気通信、いずれも工学系の大学についてそれぞれ関係者の間では大学院問題が議論されておりまして、特に、たとえば名古屋工大のように非常に伝統もあり、古い大学についてぜひ大学院博士課程をというお話は私どもいろいろ伺っているわけでございます。 ただ、先生十分御承知のように、日本の高等教育の中における大学院のあり方につきまして基本的にいろいろと議論をされている時期でもありますし、なお、当委員会でもかつていろいろと御議論がございますように、いわゆるオーバードクターの問題など、今後大学院問題を処理する上において検討していかなければならぬ課題がいろいろあるわけでございます。したがって、そういう全国の特に国立大学について博士課程の大学院を今後どうするのかということは、基本的な問題点がいろいろあるわけでございますので、私どもとしても関係者に集まっていただきまして、調査研究会議をすでに発足させまして御検討をお願いしている点でございます。それらの全体的な検討と絡みましてどう対応していくかということは今後考えていかなければならぬ課題だと思っております。工学教育について博士課程の充実が必要だということについては、私どもも十分認識をしているつもりでございますけれども、そういう事柄全体の検討課題の中でどう方針をとっていくかということに絡みますから、それらの検討を待って対応をしていきたい、かように考えております。
○嶋崎委員 きょうは結論を出しませんが、問題点だけ指摘しておきます。つまり、総合の普通の大学の中の医学部の場合はみんなドクターコースを持っていますね。それで今度は各県に医科大学をつくらなければならぬといって国立はみんなつくった、そしてそれにはあたりまえのように大学院が上に乗るわけですね。そうすると、医学というのは必ずドクターコースが要るという前提があるわけですが、その根拠は何なのか。旧制の大きな総合大学の工学部の上には大体みんな大学院がありますね、ところが単科の古い大学にはなぜ大学院がないのか。これの間には文教政策上どのような論理的関係があるのかということについて問題を整理しませんと、医学部に博士課程をつくるのはあたりまえだが他のところでは検討するということには、医学という学問が特殊に必ずドクターを必要とするという性質だという前提があるのか、工学部の単科だったらなぜつくらないのですかという議論が残るわけであります。特に総合大学の場合に博士課程を含めてというのは、学部の上に大学院というものを考えるがゆえに、博士課程や大学院コースというのは総合大学の場合にはかなり積極的に早くから考えられてきたわけですけれども、単科の場合に乗っけるとすれば医学と工学になぜこういうアンバランスが残るかという問題について、今後基本的な議論をすべき段階に来ていると私は思います。 それは、オーバードクターの問題でごまかされては困るのでありまして、医学部がオーバードクターが出てこないのは、みんな博士を持ったり、出たらお医者になって出てしまうからでありまして、そういう意味で医学部の博士課程というのは、研究者養成コースとして実際に機能しているかどうかという問題がそれに絡んでくるわけであります。したがいまして、島根大学に大学院をつくる、例の富山の大学院薬学研究科、今度の新しい政令の改正によって新設される幾つかの大学がございますね、そういうところでの大学院設置に絡んで、こういう問題の立て方の中には、大学に対する一定の政策が芽としてここには出ているわけでありますから、ほかとの関係において、特に工学系の単科の大学の場合はどうするのかということは今後の問題点だということを指摘しておきますから、御検討をいただきたいと思います。 二番目の、九州大学の附属研究所を新たな生体防御医学研究所にするということでございますが、御相談を前からも受けておりましたし、私も、新しい領域としてこの研究所が発足することに賛成をいたしております。 ただ、生体防御という言葉は、一種の専門領域を決める学問領域として学界で認知されているのですか。
○松浦(泰)政府委員 先生御指摘のとおり、この言葉は最近大体定着してきた言葉でございますが、従前は防衛過程あるいは防御過程というような言葉で使われておったようでございます。 定着しておることを示す例としまして、昭和五十四年十一月に「生体防御の機構」というテーマでシンポジウムが開催されまして、その成果が東京大学の出版会から、同じ「生体防御の機構」という名称によりまして正続二冊が刊行されております。また、一般的な啓蒙書につきましても、五十六年に「生体防御のしくみ」、同じ年に別の会社から「生体防御のしくみ」という本も出版されておりまして、現在では定着しておると考えていいというように専門家からも伺っておるところでございます。
○嶋崎委員 生体防御というのはどういうことですか。
○松浦(泰)政府委員 人間を含めまして生きておるものにつきましては、病気の原因となるような細菌等を異物として識別し、これを排除しようとする働きが本来備わっておるということが言われております。たとえば人の場合でございますと、ちょっとむずかしゅうございますが、食細胞というので、白血球等がこれに当たるようでございますが、異物を捕食する細胞、それから、最近一般によく言われますインターフェロン、これはウイルス等の繁殖を抑制する因子というものだそうでございます。それから、免疫における抗体としまして、特定の異物に結びつきましてこれを死滅させるという抗体など、さまざまな防御因子というものが働いているということが言われております。このような作用を生体防御と言うようでございます。
○嶋崎委員 いまお聞きしましたその生体防御という、病因となる細菌やがん細胞みたいなものを体内でチェックしていく過程それ自体を研究していく学問なんだろうと思うのですが、たとえば理学部でやっている生化学とか細胞学、こういうものと、この生体防御というようなここの研究所で研究しようというテーマは、どんなふうな関連があるものなんですか。
○松浦(泰)政府委員 実はその点は私もよく存じないのでございますが、細胞自体を研究する学問は先生の御指摘のとおりあるようでございますが、これは細胞だけでなくて、細胞以外のたとえばインターフェロンとか抗体というようなものにわたるという意味におきまして、細胞の基本的な性質を科学的に探求するというようなものとちょっと範囲が違うのではないかというふうに理解しているわけでございます。
○嶋崎委員 僕も専門家じゃないですからわかりませんけれども、恐らく生体防御的過程抜きに細胞学という学問はあり得ないだろうと思うのです。ですから、医学の領域から見たこの生体防御研究所というものに、スタッフとしてたとえばそういう理学系の方々も——附置研究でありますけれども、大学内部の共同利用になりますから、そういう意味での研究者との共同研究などもこの中に含まれているのかなという疑問をちょっと持ったのですが、スタッフその他では関係はおありですか。
○松浦(泰)政府委員 これは先生御存じのとおり、九州大学の温泉治療学研究所、それからもう一つは医学部の附属研究施設、癌研究施設、これが統合するわけでございますが、この統合に際しまして、そういう研究部門についても再編成をいたしまして、その一部門としては細胞学部門というのが設けられる予定でございます。 それで、先生の御指摘のとおり、現在の研究者がだんだん移行しまして順次そういう新しい部門に適合した人が今後入ってくるようになろうと思いますが、もちろん学内における理学部等のそういう細胞学の研究者とは、共同研究とか分担研究ということはあり得ると考える次第でございます。
○嶋崎委員 前々から御相談も受けておりましたし、私は賛成ですからこれ以上述べませんが、福岡の九大とそれから大分の温研とが一本になるわけですから、教授会やなんかのときの旅費やなんかもちゃんと組んでいかないと——教授会その他の対応はどんなことになりますか、ずいぶん離れていると思いますが、全国にない例ですから。
○松浦(泰)政府委員 これは、通常の場合には全員が集まる教授会というのはなかなかむずかしいかと思いますが、できるだけ頻繁に連絡をとり合ってやっていくというような運営と聞いております。
○嶋崎委員 これはやはり創設期でありますし、しかも、当分はかなり行き来が激しいだろうと僕は思います。ですからそれだけに、そういう地理的にかなり離れたところの二つの研究所を結びつけていく研究所ですから、旅費その他については特別な配慮をなさらないと、教官が全部自弁で動いているというようなことになってはなりませんので、特別な御配慮を賜りたいと思いますが、いかがですか。
○松浦(泰)政府委員 その点につきましては、できるだけ努力してまいりたいと存じます。
○嶋崎委員 あとのこの国立学校設置法佳例の定員法の枠外の定数をふやす問題ですから、異論はありません。 そこで今度は、少し全体計画との関連で国立大学の問題についてお聞きいたします。 いままで、大学設置審議会の計画分科会で「高等教育の計画的整備について」というのが五十四年に提出されております。この分科会の計画の後期というのは、五十六年から六十一年じゃなかったですかね。ちょうどいまの大変な行革、財政再建の時期が後期に出くわしてきたわけでありまして、そういう意味で、この「高等教育の計画的整備について」という形で提出された大学の今後の整備についての考え方は屈折をしなければならぬという状況に立ち至っていると思いますが、これを受けて、今後のいわば長期計画の対応というのはどういうふうになさろうとしているか、いかがですか。
○宮地政府委員 御指摘のとおり、高等教育の整備に関します後期計画は、五十六年度からその計画期間に入ったわけでございますが、全体的な状況の変化に対応いたしまして、これは計画そのものにもその点は指摘をされているわけでございますけれども、事態の変化に対応して随時見直しはすべきであるということも指摘されているわけでございますが、特に行財政改革、たとえば財政的にも非常に厳しい情勢が来ておりまして、たとえば国立大学の学部の入学定員増にいたしましても、その計画に見込みました数字よりも相当下回らざるを得ないというのが現在の事態でございます。 そこで、昨年十二月でございますけれども、この後期計画の見直しを含めまして、新しい全体の長期の高等教育計画の策定というのを大学設置審議会の中の大学設置計画分科会にお願いをして、検討を始めていただいたところでございます。設置計画分科会としては、昨年十二月から二回ほどを開いていただきまして、また、その設置計画分科会の中に専門委員会をお願いいたしまして、さらにそれらの検討に取りかかっていただいているところでございます。 そこで、その全体的な私どもの考え方でございますが、一つには、大学等への進学状況の変化が見られる。これは、大学、短期大学への進学率等はここ数年大体横ばいの状態でまいってきているわけでございますが、片や専修学校の、たとえば専門課程への高卒新卒者の進学率が相当な伸びを示しているというような面もございます。そして昭和六十年度からは放送大学の学生受け入れというようなことも計画を進めてきているわけでございます。そういうような点を踏まえて、高等教育へのそういう進学動向を踏まえまして検討する必要があるという点が第一点でございます。 それから等二点といたしましては、御案内のとおり、行財政事情が大変厳しい情勢になってきておりまして、たとえば臨時行政調査会の第一次答申等におきましても、高等教育について今後全般的に抑制の方向ということも言われている点でございます。 なお、五十一年から五十五年度までの前期の計画があったわけでございますが、やはり前期の計画も目標との間で規模について若干のずれが出てきておりますので、そういう点をいずれも後期計画としては見直す時期に来ているのではないかというぐあいに考えております。 それから第四点といたしましては、これは高等教育の進学該当年齢人口、これは十八歳人口でございますが、これは昭和六十一年度以降ずっとふえることになりまして、大体昭和六十六年度ないし六十七年度には二百万人台のピークに達する。そしてまたそれが昭和七十年代以後再び百六十万人台に戻るというような、相当急激な、大幅な変動が予想されるわけでございます。そういう十八歳人口の変化に対応して、しかもそれが大都市地域で非常に顕著にあらわれるという、そういう地域的な面も考慮を要する点がございます。それらの点を踏まえまして、私ども、さきの国会においてもいろいろ御論議があったわけでございますが、一つには現在の後期計画について見直しをし、さらに六十一年度以降相当長期的な視点に立ちまして、十八歳人口の変動に対応する次期の高等教育の整備計画について検討をお願いし、それらについては、先ほど申し上げましたように、ただいま設置計画分科会にお願いをして、具体的な検討に入っているのが現状でございます。
○嶋崎委員 質問したことだけに答えてもらいます。 言っているのは、この前の計画によれば、後期というのは五十六年から六十一年にかけてだったですね。ところが、実際には前期の積み残しもあり、同時に行政改革という重要な時期を迎えたために、後期計画そのものが予定したような形でいきにくいという状況を迎えたわけですね。したがって、かつて皆さんがお出しになった五十四年当時のこの計画的整備の後期については、いまの後期の段階はどんなふうに行革の中でやろうとしているかということについてどう対応しているのか、これが一つ。 もう一つ、それから先、いま局長が言った六十年代、六十一年以降の長期に、七十年代の前半くらいまで含めて、新しい長期の計画というものを策定しなければならないように思うが、それに対する対応が始まっていると伺っております。ですからそういう意味では、いままでここでわれわれが議論してきた段階での、いわば最初の高等教育の計画的整備についての段階で計画されたものがいまどこで、つまり具体的に言えば、この後期の段階はいまどんな対応をしようとするのか、そして新たに新長期の段階に対してどういう対応をしようかという、それが、それぞれについてどのような方針でいま臨もうとしているかということを簡潔に、手順をまず聞きたいのです。
○宮地政府委員 先ほど御説明をしたわけでございますが、後期の計画につきましては五十六年から六十一年度が後期の計画期間ということで検討されてきたわけでございます。ところが、具体的に申しますと、たとえば国立についての入学定員増をおおよそ年間二千人程度ということで後期の計画が立てられているわけでございますが、具体的にはたとえば五十六年度につきましては千百三十人であり、五十七年度についてはさらに五百九十人ということで相当計画から、国立について言いましてもほぼ三分の一程度に抑制の状況になっておるというのが五十六年度、五十七年度の状況でございます。したがいまして私どもといたしましては、手順といたしましては、おおよそことしの夏ぐらいまでをめどに残りの五十八、五十九、六十年度の三カ年ぐらいについて相当抑制をした形での対応でこの後期計画を見直す必要があるであろうと考えております。ちょうど六十年がひのえうまの年で落ち込む年になるわけでございます。したがって若干そこは年度的にはずれが出てまいりますが、六十一年度以降を新しい全体の長期計画を考える時期といたしたい。六十一年度からおおよそ十五カ年ぐらいの長期的な点を、これをあるいはそれぞれ五カ年程度の三つの区分におおよそくくられるというようなくくり方になるかどうか、その辺は計画分科会での今後の審議になるわけでございますが、六十一年度以降の計画につきましては、五十七年、五十八年の二カ年をかけまして検討をしていただく心づもりにいたしております。
○嶋崎委員 わかりました。 そうしますと、この前の高等教育の計画的整備について考えていた後期に相当する部分は今年の夏ごろに、向こう三年間、大変財政の苦しい中でどう手直しするかということについての基本方針を決めるということですね、文教委員会全部の考え方にしておかないといけませんから、各党みんな議論するときに。大体夏ごろには、ここ三年ぐらいの財政再建中の大学のあり方みたいなものを、政策を進めるに当たっての考え方がここで出てくる。そして今年度から来年にかけての間に、六十年以降のわが国の高等教育の計画的整備について、新しい長期の計画というものを検討するということになるわけですね。そう理解してよろしいですね。
○宮地政府委員 後期の計画の見直しは大体そういう方向で考えておりまして、全体の長期の問題については、六十一年度を頭といたしまして、おおよそ十五年程度を見通して考えたい。それは十八歳人口がふえて、またもとの姿に戻る時期でございますから、それでそれの検討としては五十七年、五十八年の二カ年をその検討期間に当てたい、かように考えております。
○嶋崎委員 そこで、前段の部分、つまり五十七年から六十年ぐらいにかけてのこの期間、このシーリングでいろいろむずかしい時期でありますが、この間にいままで高等教育の現実にいろんな整備を行わなければなりませんし、同時に学年進行がいろいろ具体化されているわけです。そうした場合に、たとえばこの表で見ますと、五十八年の段階に、たとえば五期校に相当する福井医科大学、山梨医科大学、香川医科大学などですね、これがいよいよ創設準備から病院の建設に入らなきゃならぬという計画が一方に、たとえば一つの例としてあります。そのほかに新教育大学、わが党はこれは反対でしたけれども、五十八年度に大学院が動き出す。五十八年度、五十九年度に上越が動き出しますね。それからまた鳴門、その他いろんな計画がまさに五十七年度から六十年度の間に続々と計画が行われて、実際にはこの進行計画を進めなきゃならぬのですね。文部省の方では、今年の夏ごろに、この間のいろいろな整備状況その他についての見直しをやるというが、その見直しに際して、大変むずかしい時期ではありますが、行管の方では、いままで文部省側で出しているところの整備計画や学年進行などの計画に関連して、たとえば病院をつくるということになればお医者さん、看護婦さんその他の定員問題について当然対処していかなきゃならぬわけで、行革問題が起きてきているだけに、文部省側のいままでの計画と行管との対応の仕方について、相互に御意見を伺いたいと思います。
○原田説明員 ただいま御指摘ございました今後三年間、医科大学の創設、そういったものに絡みまして、あるいは学年進行に絡みまして、定員の増という形で入ってくるわけでございます。従来私どもといたしましては、この医科大学の問題につきましては、他の国家公務員の定員に比べまして相当配慮をして増員といったものを図っておるわけでございます。来年度も福井、山梨、香川の三医科大学、この附属病院の創設というものが入ってくるわけでございます。そういった計画、既存の計画に従いましてそれぞれ定員増が入ってくるわけでございますけれども、御承知のように現在非常に厳しい行財政の状態にあるわけでございまして、また臨調あたりにおきましても抑制の方針というものが打ち出されておるわけでございます。そういった情勢を踏まえながら、今後の定員関係につきましては、文部省御当局と十分連絡協議いたしながら、私どもとしてはできる限りの配慮をしてまいりたいというふうに思っておるわけでございます。計画そのものにつきましても、文部省の策定状況、この辺も十分私ども御相談さしていただきまして、政府全体として国立大学の問題につきまして今後の方針というものを決定していきたいというふうに考えております。
○嶋崎委員 文部省はどういう対応。
○宮地政府委員 従来、たとえば医科大学の整備で申しますと、無医大県解消計画で整備を進めてまいったわけでございますが、四十八年度以降五十四年度までの七カ年で合計十六の国立医科大学医学部を設置してその計画を進めてきているわけでございます。これらの医科大学等の整備に当たりましては、学部の講座、教職員等については、いわゆる学年進行によりまして整備を進めているところでございまして、すでに七校については学年進行の完成を見ておりまして、さらに五十七年度の予算措置によりまして、五十年度に開設されました富山医科薬科大学医学部、島根医科大学について整備の完了をする運びになっているわけでございます。こういうことで、逐次さらに大学院の医学研究科の設置も進めてきているわけでございまして、これらもすでに七校について設置を終わり、五十七年度は御提案申し上げているように、この島根医科大学、富山医科薬科大学について設置を予定をしているわけでございます。 こういう医科大学等の附属病院について申し上げますと、基本的には診療科数が十七で、病床数六百床ということで、これは筑波大学は十八診療科、八百床でございますが、ほかの新設医科大学についてはそういう全体計画のもとに、それを年次計画によりまして創設整備を進めてきているわけでございます。十六の医科大学等のうち、琉球大学医学部を含めました十三校については、当初計画どおり附属病院の創設をしてきているわけでございます。これらの整備状況は、五十七年度における予算措置を含めて申し上げますと、六附属病院が全体計画に基づく所要の施設設備、教職員定員等の基幹整備を終了する運びとなっておりまして、全体的に教育研究及び診療体制はそういうことで順調に進展をしておるわけでございます。 なお、今後学年進行中の七学部でございますが、それは病院の開院後整備途上にある附属病院並びに創設準備中の附属病院、これはただいま申し上げましたように三医科大学の病院でございますが、それらの開院についても、従来の新設医科大学と同様の方針で臨みたい、かように考えております。ただ、御案内のとおり財政並びに予算、定員、いずれも非常に厳しく抑制を求められている状況下でございまして、私どもそういう中ではございますが、教育研究や診療活動に支障がないような配慮を今後も十分いたしてまいりたい、かように考えております。 なお、ちなみに私ども文部省で考えております全体計画の進捗状況を申し上げますと、教職員定員で申せば、おおよそ全体の七九%強程度、したがって残りがなお二〇%強あるというような形でございますし、施設設備費で申しますと、おおよそ八五%弱ぐらいが整備をされて、残りがなお一五%強今後整備を要するものがあるというのが医科大学等の整備計画の全体でございます。
○嶋崎委員 最後にちょっといまの問題だけ整理して、問題点だけ指摘しておきます、もう時間がありませんから。 いずれにしても、今年夏までに第二臨調答申があり、そして行革の大変重要な時期を迎える、一方では新設医科大学の学年進行等の計画が動いていく、そういう際に、支障のない文部省の構えに対して、行管の側も最大の、それだけは支障のないようにさせることをお互いに努力し合っていただきたいという、そういう意味でここで問題点を指摘をしておきますので、大臣の対応の努力、決意のほどをお伺いします。
○小川国務大臣 ただいま御高承のような困難な財政状況のもとで、定員についても予算についても厳しく抑制することを余儀なくされておる状況下でございますが、かような状況下におきましても、教育研究あるいは診療活動に支障を来しませんように、できる限りの配慮をしていかなければならない、このように考えておる次第でございます。
○嶋崎委員 行管、それに対する対応。
○原田説明員 具体的な定員の要求等につきましては、来年度の問題でございますし、具体的な話として文部省御当局と十分御相談させていただきたいと思います。
○嶋崎委員 もう十分しかないから、次に、もう一つだけ問題を出しておきましょう。 六十一年度以降の新長期計画に今年、来年かかることになっていますが、先般「内外教育」を見ておりましたら、自民党の高等教育問題小委員会の「高等教育の整備改善に関する提言」というのが全文発表されております。これを読んでみたら、何のことはない、新しいことは一つもないので、前に出た高等教育の計画的整備の後期の考え方を六十一年以降のものに移しかえて要約したという文書でしかないな、私はそう読んだわけであります。そうしますと、これにも恐らく文部省の役人が裏から指導しているか何かしているからこれとつながるのだろうと私は思いますが、いずれにしても、六十一年度以降についての新長期計画と言ってこの解説にはすごいことが書いてある。ここには新しい大学の形態、特に公立の大学などについては「第三セクター方式など国と地方公共団体あるいは地方公共団体相互の協力等による高等教育機関の設置も考慮する。」とか、いろいろなタイプの新しい問題がありますけれども、それにしても、別にここで言ってきたことを新たにした特別に創造的なものではないように私は読み取りました。 したがって、六十一年からの長期の高等教育についての今後の進め方に当たって、やはり依然としてこの懇談会の後期について考えられた理念並びにここで進めようとした整備計画の基本は先にも受け継がれるのではないかと、私はこの両方を読んで判断したわけです。その点いかがですか。
○宮地政府委員 先ほども申し上げましたように、五十七年、八年の二カ年をかけまして今後の全体の、六十一年度以降の長期的な姿を御検討願うわけでございますので、この計画分科会での御議論がなお今後二カ年続くわけでございますが、私ども、高等教育の計画的整備、ただいま御指摘の前期なり後期なりの考え方そのものについて、基本的な路線としてはその路線が継承されていくべきもの、かように考えております。
○嶋崎委員 わかりました。そうすれば、これからの文教委員会では、ここにある長期計画の基本、あの後期に考えられた幾つかの基本が継承されるという意味で、長い議論を今後討議していただけば問題の所在が明確になると、いまの答弁で理解ができますので、今後とも委員会でそういう討議を進めていただきたい。そういうことを私は考えておりますので、各党それぞれまた問題を整理されて質疑を進めていただきたいと思います。 最後に、最近、授業料授業料と言ってやかましいのですけれども、第二臨調なんかの議論を聞いておりますと、相当いいかげんなことを言っております。国立大学の授業料は安い、したがって私立大学の授業料の半分以上にすべきであるなんというような単純な議論がはやっておりますが、国立大学の授業料と私立大学の授業料の法的根拠はどこが違い、それぞれについてどういうふうに考えるか。大学局長、簡潔に答えてください。
○宮地政府委員 御指摘のような授業料についての議論がいろいろと行われておるわけでございますが、私ども、国立大学の授業料について申せば、それは従来何度かこの委員会でも議論はされているわけでございますが、学校の利用者でございます学生生徒が学校施設及び教職員によって提供される教育という役務に対して支払う対価としての性格を持ったものと考えております。したがって、学校の教育に必要な経費の一部を利用者が負担をするという性格を持ったものでもあるわけでございます。なお、法律上の概念として申せば、国立学校の授業料は営造物の使用料として性格づけられるかと思うわけでございます。 授業料について、いわゆる受益者負担という考え方が議論されているようでございますが、私ども文部省としては、その教育投資のもたらす効果というのは、単に個人に帰属するもののほか、わが国の社会の維持発展を図っていく上で不可欠な基本的なものがあると考えております。ただ、それを明確に区分し測定することが不可能な点もございますので、個人に対する経済的効果という観点のみからの受益者負担主義をとるということは必ずしも適切でない、かように考えております。 特に国立大学の授業料につきましては、国立大学が国家、社会の要請に応じて各種の学問分野、専門職業分野等の人材養成を行う、非常に広範、基礎的な人材養成を行うとともに、基礎的な学術研究も推進するというような意味で非常に重要な役割りを担っているわけでございますので、単に、先ほど申しましたような受益者負担という考え方だけから考えるのは適切でない、かように考えております。 なお、私立大学の授業料については、それぞれ私立大学の設置者がお決めになる事柄であろうかと考えております。
○嶋崎委員 ちょっと不正確なんだけれども、もう時間がないからいいです。 国立大学の授業料についてこの考え方をとるかどうかは別として、営造物の利用という観点、つまり簡単に言ってしまえば公共の施設を利用するということですが、博物館だって何だって国立のものは安ければいいので、一定の値段の安さというものは、額はそういうもので決まるのだと思うのです。 私立大学の場合は、学生や生徒が学校施設を利用すると同時に教職員によって提供される役務に対していわゆる受益者負担の考え方ですから、私立大学の授業料と国立大学の授業料のそもそもの根拠が違う。だから、共通している部分もあれば違う部分もある。ですから、片っ方の額が高いから国立大学も合わせろなんといういいかげんな議論は、よもや文部省側はとらないと思いますけれども、その辺をきちっとして、第二臨調から今後授業料問題などについて出てくるような見解に対して文部省側はきちんとした対応をしていただきたいと思う。 ちなみに、外国の国立大学の授業料と比較しておいていただきたいと思うのです。たとえば、フランス、西ドイツの国立大学の授業料なんて非常に安いです。日本の国立大学の授業料は必ずしも安いのじゃなくて、国立大学のあり方という観点からしますと、国立大学の授業料というのはそういう配慮をもって額が設定されているところに特徴があると思う。 きょうはもう時間がありませんので議論はいたしませんが、いずれにしても、今日の家計負担の中で占めている教育費の割合というのは、かつては四%そこそこだったものが、いま七・五%くらいに私はなっていると思います。相当高い負担。しかし、子供たちの高等教育、短大、四年制大学を含めて、進学させる状況ができておりますだけに、この授業料問題というのは、臨調が考えているほど単純に対応されてはかなわぬという気がいだしております。 そういう意味におきまして、この授業料問題の基本的な文部省の考え方を確立をして対処していただきたいということを申し添えておきたいと思います。大臣、その点、今後の文部省側の対応の仕方の決意をお聞かせください。
○小川国務大臣 仰せのように、家計における教育費の負担というものは逐次ふえてきておるという事情もございますので、ただいまいろいろ御高教に接したわけでございますが、十分慎重を期してまいるつもりでございます。
○嶋崎委員 終わります。
○青木委員長 山口鶴男君。
○山口(鶴)委員 文教委員会で久しぶりに質問させていただいて感謝をいたしております。 この法律を拝見しましたら、ごく簡単でありまして、文部省の方にお聞きしましたら、学部を新たに設置しない国立学校設置法の改正というのは大変珍しくて久しぶりだ、こういうお話を聞いたわけですが、それは、第二臨調の昨年七月十日の第一次答申に「大学、学部等の新増設を原則として見送るとともに、」、こう書いてありますが、その趣旨に沿ってこうなった。本当だったら文部省は学部の新設をもっとやりたいとか、先ほど嶋崎さんが質問しておりましたが、五十六年から六十一年の高等学校教育の後期計画でもっとつくりたいものがあったがやむなく自粛をしたといいますか、見送ったというか、そういうことになった、こういうことでございますか。
○宮地政府委員 国立大学の学部等につきまして、特に地方の大学の整備充実ということを中心に従来からも施策を進めてまいってきたわけでございます。御指摘のように、五十七年度につきましては、学部の新設あるいは改組等のいわゆる国立学校設置法で法律改正を要する事柄としての事項は抑制をするという考え方で、その点は率直に申しまして、行財政全体の大変厳しい情勢に対応した形で、私ども準備を進めてまいってきておるものもいろいろあるわけでありますが、それらについてもなお慎重を期して、たとえ価創設準備をもう一年続けるというようなことで対応してまいったわけでございます。
○山口(鶴)委員 文部省、少し消極的過ぎるのじゃないですかね。たとえば第二臨調というのが、何か行政府や立法府の上にあるようなおかしな存在のように錯覚をしている方もあるようですけれども、私はそんなことはおかしいと思うのですね。 また、昨年の七月十日の第一次答申をそれじゃ政府各省が皆忠実に実行しているかと言ったら、決してそうじゃないでしょう。まあいろいろ例を挙げるのは恐縮だと思いますから挙げませんけれども、たとえば「医療費の適正化」というようなことでいろいろ書いてありますね。これなど忠実にみんな実行しているか。国民だれもそんなことを思っている人はないでしょう。とすれば、せっかく後期教育というものをおつくりになって整備を進めようとしておる。「原則として」なんですから、何も全部だめだということじゃないでしょうから、必要なものは堂々とお進めになるという、そういう積極的な姿勢があってしかるべきじゃないかと私は思うのですが、小川さん、いかがですか。
○小川国務大臣 仰せのとおりだと存じております。
○山口(鶴)委員 答えは仰せのとおりでも、法案がそうなってないから私は問題だと思うのですね。 先ほど嶋崎さんの質問を聞いておったわけですけれども、それじゃ違った角度から聞こうと思いますが、たとえば四十人学級、これについては昨年法律が出まして、私ども反対をいたしましたが、通りました。しかし、そのときの文部省の説明では、五十七、五十八、五十九の三年間は、財政再建期間だからその間は凍結します、しかし完成年次はきちっと守りますというお答えだったわけですね。とすれば、この高等教育の計画につきましても、それは五十七、五十八、五十九、何も遠慮しないでどんどんやった方がいい、こう私は思うのですが、仮に万が一この間自粛をしたとしても、それじゃその間の計画は六十年以降へずらす、すっと横へずらすというのじゃなくて、完成年次六十年だったらその間凍結したものは六十年に全部完成するというくらいの積極的な姿勢が、一歩下がってもあってしかるべきだと思いますが、いかがですか。
○宮地政府委員 御指摘のような点につきましては、私どもも国立大学全体の整備については従来からも努力をし、そして今後とも必要なものの整備については十分努力をいたしたいと思います。 ただ、御指摘の高等教育の計画的整備、後期計画についてでございますが、たとえば大学の具体的な学部の増設その他、そういう具体的な計画というのはやはり個々の大学から十分計画が練られたものが上がってまいりまして、それを全体の予算、これはいわゆるシーリングがあったりいたしまして、なかなか厳しい対応をせざるを得ないわけでございますが、それらの全体の中でそれぞれ優先順位をつけながら、私どもとしては整備を進めてきているわけでございます。いわゆる四十人学級の場合のような、全体十二年計画は動かさないが、三年間だけ財政再建期間の凍結を図るというような性質の計画とはやや計画自体が基本的に違っておるわけでございまして、私どもといたしましては、五十七年度は確かに学部の新設等については抑制をいたしたわけでございますが、たとえば学科について真にやむを得ないものについては整備を図るとか、そういうことにつきましては、私どもとしても可能な限りのものについては最大限努力をしたつもりでございます。今後の整備につきましても、ただいま御指摘のございますような考え方は私どもとしても十分踏まえまして対応いたしたい、かように考えております。
○山口(鶴)委員 先ほど大臣からもお答えがあったわけでございますから、そういう趣旨でひとつ——何も第二臨調、すべての省がきちっと守っているというならまた別でしょうけれども、そうでない問題も多々あるわけですから、文部省だけが全部遠慮をしておるということは、私はかえっておかしいと思いますので、ただいま大臣なり局長なりがお答えになりましたお考えをさらに進めて、積極的に対処いただくことをお願いしておきましょう。 時間もありませんから押し問答してもしようがありませんから、ほかのことに進もうと思いますが、そこでお尋ねいたしたいと思うのですが、昭和二十四年にいわゆる新制大学というものができて今日まで三十二年間きているわけでございますが、昭和二十四年当時、各県にそれぞれ大学が設置されましたね。以来、学部の新設が一つもなかった大学というのは一体幾つございますか。
○宮地政府委員 新制大学発足当初からございます大学で、その後、学部増設のない大学、これは国立大学について申し上げますと二十九校ございます。ただし、そのうち単科大学を除きますと、福島大学、群馬大学等の十一校になるということでございます。
○山口(鶴)委員 残念なことに、その十一校の中にわが群馬県の群馬大学が入っておるわけでございまして、これは大学が怠けておったのか、文部省が怠けておったのか、わが県には有名な人もおるわけなんですが、そういう方も怠けておったのか、私は知りませんが、これ以上言うといかがかと思いますからやめておきますが、大変珍しいわけですね。 そこで、群馬大学が人文科学学部を設置したいということを、大変おくればせではありますが計画をして、五十五、五十六、大学改革等調査費の中から調査費がついている、こう承知しておるわけでございます。今年度予算が成立をいたしましたら当然予算の配分ということになると思うのですが、五十七年は引き続いてつける御予定でございますか。
○宮地政府委員 御指摘の調査費の件でございますが、五十七年度予算におきましても前年度とほぼ同様の経費を計上しているわけでございまして、従来配分しております大学には引き続き措置をいたしたい、かように考えております。
○山口(鶴)委員 とにかく十一しかない珍しい大学ですが、私はやはりおくればせながら計画を出しました場合は速やかに実現をしてほしいと思うのです。ずばり聞きますが、大体その実現の可能性はいつごろあるのですか。
○宮地政府委員 確かに群馬大学については御指摘のとおりの大学でございますが、ただ、群馬大学そのものの整備充実につきましては、学部の増設はございませんけれども、教育研究上の必要性に応じまして、たとえば短期大学部の併設でございますとか、あるいは学科、課程の増設等、大学の必要な整備という事柄については私ども従来からもやってきたつもりでございますし、御指摘の人文社会系学部の充実という観点については、その調査費を措置して学内で検討が続けられているわけでございます。 そこで、お尋ねは一体いつごろそれが実現のめどがつくのかというお尋ねでございますが、この点は全体的な——特に地方の大学の人文系学部の充実ということについてはいろいろ各地から御要望はいただいておるわけでございますが、学内での検討が十分煮詰められまして、それがさらに国立大学全体の全国的な配置というようなことも勘案いたしながら検討が進められていくことになろうかと思いますので、それらの点につきましてはいずれにしても六十一年以降の全体計画の中で検討さしていただく課題になろうか、かように考えております。
○山口(鶴)委員 こういう珍しい十一しかないうちの一つなのですから、何年と言うのは言いにくいにしましても、六十一年から始まる五カ年計画では何とかなる、こういうふうに了解をしておってよろしいでしょうね。
○宮地政府委員 全体の中での対応でございますので、私どもとしても大学側の検討結果を見まして対応いたしたいと思っておりますし、それらの点についてはなお関係者の御努力、御協力をも賜りたいと考えております。
○山口(鶴)委員 先ほど来お答えございましたような積極的な立場でひとつ対処されることを陳情申し上げておきましょう。 さて、さらにお尋ねをいたしたいのは、この法律を見ますと、九州大学の温泉治療学研究所を生体防御医学研究所に改めるということがあるようでございます。国立学校設置法の中に明記されました温泉関係の研究所としてはここだけしかないわけでございますが、他の大学でもいわば医学部の附属研究施設として温泉研究に関する施設をお持ちになっている大学は幾つかあるのじゃないかと思いますが、大体どこにどういうものがございますか。
○松浦(泰)政府委員 いま先生のお話がございました九州大学の温泉治療学研究所以外には、岡山大学の温泉研究所、これは三朝温泉にございます。それから北海道大学医学部附属温泉治療研究施設、これは登別温泉でございます。それから東北大学医学部附属温泉医学研究施設、鳴子温泉。群馬大学医学部附属リハビリテーション医学研究施設、草津温泉等におきまして、それぞれ温泉を活用し、温泉治療に関する研究を進めております。
○山口(鶴)委員 こういうものは温泉があって初めて設置された研究所であるし、温泉というものがなければ研究所を設置する意味もなくなるということだろうと思います。 そこでお尋ねをしたいと思うのですが、いま通産省のエネルギー庁では、代替エネルギーとして地熱の利用ということをお考えになっておられるようであります。ところが地熱を利用する、これはクリーンエネルギーというようなことをおっしゃる方が多いわけなんですが、必ずしもクリーンエネルギーだと断定できるかということになりますと、私はいろいろな意味で問題があるのじゃないかと思います。環境庁もおいでいただいておるわけでございまして、環境庁等からも資料をいただいたわけでございますが、たとえば蒸気の中に砒素等の有害物質が含まれる場合もある、あるいはそれによって地盤沈下が起こる、あるいは地震等に影響もある、さらに付近の温泉に多大の影響を及ぼした、こういう例が数々報告されておるようです。特にこういった地熱の利用での先進国とも言うべきアメリカあるいはイタリア等におきましては、そういった報告が数々なされているようでございますが、地熱のたとえば熱エネルギーを利用する、あるいはこれを発電に利用する等々いたしました場合、いま私が指摘したようなデメリットがあることは当然環境庁としては認識をしておられると思うのです。いかがですか。
○大野説明員 地熱開発につきましては、砒素等の地中の有害物質の排出とか、蒸気性の騒音、冷却塔からの放出蒸気によりまして周辺の樹木に枯損を与える、そういうようないろいろなおそれがございます。そこで環境庁といたしましては、これらの問題が生じないように慎重に対処をしてまいっているところでございます。 また、景観に関しましては、地熱発電等の場合にはいろいろな工作物がございますので、周辺の自然景観の調和を損なうような問題もあります。この点について十分な配慮が必要だと思っております。 それからもう一つは、この問題のほかに既存の温泉地に対する問題がございます。温泉は古くから国民の保健、休養に重要な役割りを果たしてきているところでございますので、温泉を保護することは環境庁の重要な責務であると考えております。地熱開発のための土地の掘削は温泉法上規制の対象となっております。都道府県に対しまして、従来から各都道府県に設置されております温泉審議会で十分審議をして、慎重に対処するよう指導をしてきているところでございます。
○山口(鶴)委員 聞かないことまでお答えいただかなくてもいいわけでありまして、確かにこういったボーリング等につきましては、温泉法によりまして温泉審議会ができておって、そこの議を経て都道府県知事が許可するというような手続をやって、そこでチェックのできますことは私も承知をいたしております。お尋ねする前にお答えいただかなくても結構でございます。 そこで通産省に聞きますが、いまこの地熱エネルギー、ボーリングいたしまして熱エネルギーあるいは発電等、どのくらいの個所で利用が進んでおりますか。
○廣瀬説明員 私ども通産省といたしましては、先生冒頭に御指摘のとおり、石油にかわるエネルギーとしてあるいは国産エネルギーとして地熱開発を鋭意行っているところでございます。現在わが国で電気エネルギーとして取り出す場合、すなわち地熱発電所ということでございますが、七カ所、十六・五万キロワットがございます。
○山口(鶴)委員 それはすでに発電が行われているところですね。 環境庁に聞きますが、すでにこの地熱発電等が行われております地域で温泉の湧出等に対して影響があったというところを私、いろいろ聞いておるのですが、この点環境庁としては具体的に地域を把握しておりますか。具体的にどういう温泉にどういう影響が出ているか、その状況は十分把握しておられますか。お答えをいただきます。
○大野説明員 何分わが国における地熱開発は歴史も浅く、また科学的なデータも少ないことから、地熱開発地の周辺温泉地に生じた温泉の湧出量とか温度などの変化が、この地熱開発による影響であるのか、それとも自然現象によるものであるのか、明確にすることはきわめて困難な実情にございます。地域によってはいろいろ変化があったという話は聞いておりますが、そういう原因というのがちょっとはっきりしてない状況にございます。
○山口(鶴)委員 環境庁からいただきました資料によりましても、たとえばイタリアのトスカーナ地方で地熱発電をしているところでは、温泉は現在も湧出を続けているものもあるが、すでに消滅してしまった温泉もあるということを具体的にきちっと指摘をしておるわけです。また、アメリカの同じような資料をしただきましても、そのような例が具体的に報告をされておるわけですね。環境庁自然保護局ですか、当然温泉も所管しておるわけですから、いまのようなぼんやりしたお答えではなくて、具体的に影響がどうあったかというようなことは、都道府県等を通じ、あるいは直接でも結構でございますが、正確に把握することに努めるべきじゃないかと思うのです。その点はいかがですか。
○大野説明員 既存の温泉地につきまして地熱開発による影響があるのではないか、地元で大変そういう不安もございますので、環境庁といたしましては、地熱開発が既存の温泉に及ぼす影響についてできる限り正確に把握するために、五十七年度におきまして諸外国の事例も含めて資料の収集、分析等、基礎的な研究を実施することといたしております。
○山口(鶴)委員 おくればせですが五十七年度そういうことを始めるのでしたら、通産省の先ほどの御答弁ではすでに七カ所地熱発電をやっているところもあるようですから、そこはきちっと調査をされることをお願いをいたしておきたいと思います。 いま、人工衛星が飛んだり人類が月に到着したりいろいろしているわけですけれども、やはりまだ海底の状況がどうなっておるか、深海の状況がどうかというようなことは大変調査研究等がおくれているというお話もございます。また、地球物理、地球科学、地殻の中の構造がどうなっておって、そういう状況がどうかということにつきましてもまだ比較的未知な分野が非常に多いのじゃないですか。アメリカ等は石油探査等を通じまして相当地殻の状況の研究調査が進んでいるというようなことを聞いておるわけでございますが、日本ではまだまだこういう点についてはおくれているというお話も聞くわけであります。私は通産省がいま代替エネルギーとして地熱に着目する、そのことをすべていかぬ、こう言うつもりはありませんが、たとえば群馬県の企業局が通産省の補助金をいただいて嬬恋村、草津町のすぐ近くでございますけれども、五カ所のボーリングをしてそのうち一つ、相当高温の蒸気があったというようなことが報告をされていますけれども、付近の温泉地の方は温泉に大きな影響があるのじゃないかといって非常に心配をしているわけです。そういう地域住民の不安というものを関係当局は十分考慮いただかなければいかぬだろうと私は思うのです。ですから、通産省としてもあるいは環境庁としても地殻の構造にこれがどのような影響があり、そして先ほど来お話がありましたように蒸気の中にも有害物質がある、あるいは地盤沈下、地震等の問題もある、あるいは温泉に対する影響がどうあるかというようなこともまだきわめて不可解な分野が多いという状況の中では、やみくもに地熱発電はクリーンだからどんどんやれというのは誤りであって、地域住民の理解と協力が必要だ、地域住民を納得させるだけの研究調査というものが先にあって、それから慎重にお進めになるという態度が必要ではないか、こう思うのですが、通産省、いかがですか。
○廣瀬説明員 先生御指摘のとおりでございまして、私ども、地熱にかかわらず電源立地というものについての立地に当たっての考え方は、まず地元の理解を得ること、そして協力を得るということが基本的な考え方でございます。 今回、群馬県の例につきましてもやはり地元の理解を得ることということが一つの条件、考え方でございまして、そのためにも、先ほど環境庁からもお話がありましたが、私どもといたしましても温泉影響予測技術の開発について五十七年度予算要求をしておりまして、地下の構造に伴う影響に関する科学的知見を得て、それをベースに地元の理解を一層得ていこう、こういう考え方が一点。第二点といたしましては、せっかく取り出したこういったエネルギーを地元にうまく使っていただくという観点から地元温泉地等との共存共栄の実を上げていきたいということで努力していきたいと思っております。
○山口(鶴)委員 お答えにもありましたが、群馬県で五本ボーリングいたしまして一本が相当高温の蒸気が出るのにぶつかったということだそうです。しかし、いまお答えがあったように、五十七年からその温泉等にどういう影響があるかという調査をやろうということですから、一本当たったから、これでもってどんどんそれを利用してというようなことを軽率にすべきではない。群馬県の知事にもそういうことは慎重にやりなさいよということを私は申しておきましたが、通産省としても、いまお答えがあったように、これからどういう影響があるかということを御調査になる、環境庁も調査をする、こういうときですから、具体的に高温の蒸気が出ました一本の井戸につきましても、直ちにこれを利用してどうこうということじゃなくて慎重に対処すべきだ、こう思います。県にもそういうような形で指導すべきだと思いますが、その点はいかがですか。
○廣瀬説明員 私どもといたしましても、地元の理解と協力というのが基本的な考え方でございまして、本件群馬県の例につきましても、すでに群馬県として地元合意形成の場をつくりつつ、その中でコンセンサスを得ながら進めていきたいという方向もございますので、これらを見守って協力してやらせていただきたいと思います。
○山口(鶴)委員 これで終わりたいと思いますけれども、わが国は温泉の数が多いことでは世界に冠たる国だと思います。また、それだけに温泉の貴重さということに対する認識がやや足らないといいますか、不足しているという面も反面あろうかと思います。 先ほど来言いましたように、地殻の中の構造についての研究開発というのは非常におくれているというのが実情だと思います。せっかく文部省も各大学あるいは研究所等を持ちまして、そしてこの地球物理、地球科学等々の分野についてもそれぞれりっぱな先生方がおられて研究もお進めになっておるわけでございましょうが、そういった研究費等につきましても十分考慮していただきまして、そして全体的な分野から見ればまだまだおくれている地球物理、地球科学の方面がより進歩をするといいますか、そういったものが解明されるようにぜひとも御努力をいただきたい、この際特にお願いをいたしまして、質問を終わっておきたいと存じます。
○青木委員長 有島重武君。
○有島委員 議題となっております国立学校設置法の一部改正法案の審査に当たりまして、私は、高等教育全般の整備あるいは改革というような観点から時間の許します限り二、三の質問をさせていただきたい。 高等教育の計画的整備の見直しにつきまして、後期計画の見直しをしておるという話が先ほども出ておったようでございます。この後期計画が始まってからまだそれほど時間もたっていないのに見直しをしなければならないという状況でございます。これについては従来の考え方あるいは予測が狂っていたというか、不足であったというか、こういうことにかかわろうかと思うのですけれども、聞くところでは、大学と短大の進学率の伸び悩みの問題あるいは同じく大学、短大の進学志望——志望といいますか、志願率といいますか、これの伸び悩み、三番目には専修学校の急激な進学状況、四番目には財政規模の圧縮というようなことが挙げられておるというように聞いておるわけでございますけれども、そのほかにもいろいろな問題点が考えられておるのかどうか、その点をまず最初に承っておきたいと思います。
○宮地政府委員 高等教育の計画的整備につきまして、特に後期計画の見直しについてどういう観点からそういうことになったのかという点については、先ほど来御説明した点にほぼ尽きるわけでございますが、たとえばそれ以外にもいろいろな要素というものはそこにはあるわけでございまして、具体的な内容で申せば、大学進学全体について、たとえば大学の社会に対する開放というものをさらにより進めるというようなことも必要ではないかということが言われるわけでございますし、大学制度全体の制度の弾力化、流動化というようなものをより一層促進していくことも必要であろうかと思っております。これらの点はいずれも従来の計画的な整備の際にも言われていた点でございまして、私どもとしてもそういう点を踏まえて一層高等教育の全体的な弾力化を図っていくということでは努力をしてまいるつもりでございます。
○有島委員 先ほど大臣から御答弁の中であったと思うのですけれども、人口の問題ですね。これは二十一世紀を目指して、いろいろ不確定要件はあるけれども、人口の動態については高齢化社会を迎えなければならぬということは大体確かであろうというような意味合いのことを申されたかと思います。私もそのように思っております。それで、大学の入学者に関しては十八歳の年齢の方々の人口の動き、そういうことは文部省の方から報告されておって、十年後には大きなピークを迎えるであろう。ここでは昭和六十七年というような言い方ですけれども、これはここまで昭和でいるかどうかわかりませんけれども、二百六万というピークが出るということになっておりますね。そして七十五年というのは二十一世紀のとば口でございましょう、ここのところになりますと百六十五万、非常に下がってしまうというような、非常な急激な変化があるということはわかっておるわけですね。ところが、ここでもってこのもう一つ裏側には中高年層がふえていく、その動態がやはりずっと来るわけですね。かつて団塊の時代と言われておったベビーブームの人たちが四十歳、五十歳というところから高齢に入っていく、そういうような状況にある。世の中はいままでと労働状況は変わってくるであろう、それで生涯教育ということは一般化するであろうというような状況は当然あると思うのですね。 それで、私はここで一つだけ御提案申し上げたいと思いますのは、社会人の高等教育に対する参加といいますか入学といいますか、こういったことをひとつ大きくこの検討項目の中に入れてもらいたいということです。その点、大臣いかがでございましょうか。
○小川国務大臣 近年生涯教育に対する国民の要請がきわめて高まってきておるわけでございます。いま仰せの大学への社会人の入学ということ、この観点から見てきわめて有意義なことでありますから、この促進を図っていきたいと考えておるわけでございます。現在大学設置審議会で審議を行っております後期計画の見直し並びに新長期計画の策定におきましても、今後の教育のあるべき姿を御検討願う際に仰せの問題につきましては、当然重点を置いて御検討がなされることと信じておる次第でございます。
○有島委員 信じておる、もう一遍だめ押しをして、信じておったら意外にそうじゃなかったということになると困るから、もう一言押しておいていただきたい、こういう意味なんです。
○小川国務大臣 確信をいたしております。
○有島委員 専修学校の問題でございますけれども、専修学校が発足して以来その入学者数というのが私どもが大体考えておる以上に伸びを示しておる。五十一年のときには三万七千人であった。これが同年齢の中で二・八%ということであったそうですね。これが五十二年に九万七千人になった。これはすごいですな、三倍ぐらいに伸びた。五十三年には十一万六千人になった。五十四年には十二万人になって、いま五十六年は十三万六千人、九・六%だ、こういうことになっておるようです。それで、この中にも相当の社会人が含まれておるのじゃないのだろうかと思うわけなんですね。この数字は文部省から伺った数字なんですけれども、これはちょっと大臣じゃだめだな、社会人のここに占める割合ですね、これがどのようになっておるか。
○宮地政府委員 専修学校の専門課程でございますが、入学状況、その中で社会人の占める割合ということでのお尋ねでございますが、社会人ということでの数字ではございませんのであるいはお尋ねに対する正確なお答えにはならないと思いますが、専修学校専門課程の入学状況、五十四年度の資料でございますが、入学者全体十八万人余りの中で一浪以上というような数字——一浪以上の者が必ずしも社会人とは言いがたいかと思いますが、六万四千人ほどおりまして、率で申せばそれが約三五%くらいというのが、五十四年度の状況でございます。
○有島委員 大臣、お聞きのように、そこら辺のところは余り注目されておらぬというところでございます。これからは注目しなければならぬところであろうかと思います。 それから、社会人に対する大学の受け入れの状況ですけれども、これは時間があったら少し聞いてみたいと思ったのだけれども、時間がないからやめます。やめるというか、こちらから言ってしまいますけれども、五十六年の入学者が三千九百四十九人、四千人ほどですね。そのうちの三千五百人は夜間です、九〇%は。それで、その中で大臣、クイズじゃないけれども、国立で扱っているのは概数でどのくらいいると思いますか。特に公立なんというのは、こうした社会人受け入れというようなことについては、これは地方でやっている問題でございますから多くていいと思うのだけれども、これは四千人のうちで、一番期待されるのじゃないかなと思っている公立が三十人ですよ。国立の方は二百六十六人という報告でございますよ。これは夜間だけです。あと三千六百五十三人、九二・五%だと言われておりますけれども、これは全部私立です。そういうような状況なんですね。それで、入学志望者としてはどのくらいあるかとか、合格者としてはどうか、いろいろ細かいことはあるけれども、こうしたことが現実にあるわけですから、これは審議会に長期にわたってこのことを検討せいということもあるけれども、当面の問題としてもこれはお始めになるべき問題ではなかろうかと私は思うのだけれども、いかがですか。
○小川国務大臣 いま仰せの数字が実態であると考えております。今後、社会人の受け入れは公立学校等におきましても促進を図っていきたい、こう考えております。
○有島委員 放送大学の進捗状況についても聞いておきたかったのですけれども、六十年目指して開校だということになっておるようですね。それで、六十一年ごろからずっと人口がふえてくる、こういうことにもなっておるわけですね。ですから意味があろうと思うのだけれども、これも各政党からずっと言われていたことですけれども、初めの段階は関東一円というように、これも仕方がないでしょう。しかし、これを全国ネットにする期間を少し早められるべきじゃないのだろうかと思うのですね。こうした検討を少ししてもらえませんでしょうか。まだ始まってもいないのにと言うけれども、いまからつばつけてといいますか、かなり考えていくべき問題じゃなかろうか。先ほどの人口動態ということの中には、年齢構成もございますけれども、地域的な変動ということも人口動態の中の大きな要素でございますし、それから女性の進出というような面も、これも人口動態の中の一つの問題でございますし、それから就学需要というか学習需要というもの、従来は大体二十歳のところまでを押さえておけば後はどうにかなったという問題と、また違ってくるというようなことがたくさん含まってくる。これは大体人口学者とかなんとかというところでは定説になっているようなものでございますから、それとあわせてこの放送大学が広域的に本当に機能できるようなことを少し促進なさったらどうか、いかがですか。
○宮地政府委員 放送大学の将来計画の点については、従来御審議いただきました際に御答弁申し上げているとおり、まずは関東地域から第一期の計画を進めさせていただいてということで、これは六十年四月の学生受け入れということで現在準備を進めておるわけでございます。その状況等を見た上で、全国的な広がり方、今後の拡大計画については、先ほど来申し上げておりますような全体の長期の高等教育計画の中で私ども対応いたてまいりたい。御指摘のように、それをなるだけ促進すべきでないかというお考えについては、私どもそういう方向については十分努力をいたしたい、かように考えております。 それから、ちょっと補足させていただきますが、社会人の入学状況の中で、御指摘の約四千人弱は四年制大学の場合の数字でございまして、ほかに短期大学で約三千四百人余りおりまして、五十六年度の大学、短期大学を含めますと、合わせて七千四百人弱というような数字になっております。
○有島委員 では、次の質問に入ります。 これも似たような話なんですけれども、かねて私たちが主張しておりました単位の互換というようなことがございます。昭和四十三年十二月でございましたか、私たちは大学問題に関する提言というものを出しました。その中で、今後の大学はどうしても単位の互換、それから少人数教育の確保、それから単位の累積加算というような、いわば大学間がもう少し弾力的な対応をしなければもたないであろうというようなことを申し上げて、毎年毎年しつこくやってきたわけです。四十七年のときに大学設置基準が変わりまして、大学において三十単位以下でしたか、であるならば、他大学でもって受けた授業を単位として認めるというような道が開かれたわけですね。 それで、この進捗状況についても少し聞きたいのですけれども、その前に、これは引き続いて大学と大学の間のみならず、短大あるいは高専、あるいは専修校まで広げてよろしいかどうか、そういうように単位の互換の幅といいますか次元といいますか、これを広げるべきであるということで、実は放送大学の法案の審査の過程では、そういったことを条件とするならば私たちは積極的にこれを推進することに賛成いたしましょうと言ってまいった経過があるわけでございます。去年の五月か六月ごろに、そのような単位互換の幅をもっと広げるというようなお話が一遍出たかと思うのですけれども、その後の作業がどのように進んでおるのか、これも承っておきたいわけであります。
○宮地政府委員 御指摘のように、単位の互換制度につきましては、四十七年度に大学相互間について創設をされましてから十年を経過するわけでございまして、その間徐々にではございますが各国公私立大学において採用されてきておるわけでございます。 御指摘の短期大学相互間及び大学、短期大学間の単位の互換の点でございますが、短期大学においても特徴のある科目も多いわけでございますし、大学、短期大学の教育課程をより豊富にするというような観点から、その交流を高めるために、私ども大学設置審議会の大学基準分科会の御意見を聞きながら検討を続けてきたわけでございます。そこでその御意見を得まして近く大学設置基準と短期大学設置基準につきまして省令改正をいたしまして、具体的には五十七年四月から公布、実施をする予定にいたしております。したがって、大学、短期大学の間の交流がその措置によりまして推進されて高等教育全体としての弾力化にさらに資することになろうかと思うわけでございます。
○有島委員 近くというのは今月中ということですか、発表は。
○宮地政府委員 今月の二十三日に官報登載を予定しておりまして、施行は四月一日からということを予定しております。
○有島委員 この道を開いていただいてから十年になるわけですけれども、じゃあその実績ですけれども、これも余り時間がないのだけれども、大分進んできておるということはまあ間違いない。しかし幾つか問題点がございまして、どういうところで進んではいるが、どういったところでは進んでいないというところがあるわけです。 これは大臣も目を通していただきたいと思っているのですけれども、一つには公立大学、ここではほとんど実施されておらないし、それから学校規則の改正もまだなかなか進んでおらぬというような実態がございます。それから、外国との間の単位の互換、これは順調に進んでいるというか、どんどん進めていっていい形であろうかと思うのですけれども、もう一つ国立ですけれども、国立の中で実施しておるのが九十三校中九校であるということになっているわけです。 それで、その他問題でございますけれども、私が考えておりますことは、一つには従来の伝統的なといいますか、やや閉鎖的な大学当局のお考えもあろうかと思います。しかし、単位の互換を進めなければならないというような必然性ですね。特徴がある研究をやっておるというようなことですね。さっき温泉のことも出た。温泉に関してはわが大学に来いというような——現実にいま国立大学の中でよく進んでおりますのは地球物理学と地震学と気象学ですか、というような分野であろうかと聞いておりますけれども、これなんかはもうそれぞれに機械を備えなければならぬ、人員が必要である、これを各校に配置するわけにもいかぬというような事情がある。それぞれ特徴のある配置をすることができる。できるし、そうしなければならぬという、これからの問題ですからね。だから、単位の互換が進んでいるか進んでいないかということの裏には、何か画一的な指導が行き届いてしまってなかなか特徴のある学問研究が進みにくいというようなそういう従来の大学の体質というものが背後にあろうかと思うのですね。そういった点についてもこれは今後の大きな検討課題にしていただきたい、これが一つです。 それからもう一つは、この中でもって高等教育の構造の柔軟化、流動化、弾力化というふうな言葉が出てくるわけですけれども、これは裏を返して、裏目に出て何となくだらしがなくなってきちゃうということでは困ると思うのですね。私どもが単位の互換を大いに進めていかなければならぬというのは、一つには各大学における特徴ある学問研究を進めるという意味がございました。もう一つは、今度は学習者側にとっても、多様な需要に備えられるということもあるわけですけれども、大学における教育の質を高めていく、大学に入ったら四年いれば出られるのだというようなことではなしに、平たく言えば、入るのはだれでも入れるけれども、出るということについては一つのキャリアを持たなければ出してあげませんよというような、ここで言うと卒業資格の問題ですか、設置基準の言葉で言えば「卒業の要件」ということですね。それでその中に、いわゆるゼミナールのような形式ですね、五人でも十人でもいい、そうした小単位の学習形態というものを各大学でもって確保すべきではないか。現実にもうゼミナールもちゃんとやっているところはたくさんあるわけでございますけれども、やらぬところというか、あるいはそれが必修科目にもなっておらないというようなことがたくさんあります。 それから単純計算でまいりますと、私立大学の法文科系というようなところは教授の数が足りないというようなことを言われている面もございますけれども、個別的によく見ますと、可能なんですね。それでやはり一人の青年が、あるいは学習者、学究者が一年ないしは数年にわたってある研究者、学者のもとに一つの研究なり学習をするということの意味合いの重大さというものが今後ますます重くなってくるのじゃないかと思うわけです。いろいろな情報は、さっきも情報化社会ということを言われました、情報としては、何も大学だけが情報の独占ということではない世の中になっているわけです。その中で大学が大学として本当に次の時代の研究者をつくっていかなければならぬというような、人と人とのつながりといいますか、通り一遍でない一つのつながりというもの、これはこれから学校教育全般に大きな問題となっていこうと思いますけれども、いままで自明であったことが今後は相当意識をされて、それに集中して、そこに配慮を加えていかなければならないところであろうかと思うのですね。単位の互換ということがこのようにだんだん広がっちゃうと、次のことはどうしても少人数の教育あるいは学級編制というものを卒業の条件のところまでに入れるべきではないかということなんですよ。 ちょっと説明がわかりにくい面があるかもしれぬけれども、これをひとつ配慮をしていただきたい、早急に本当は実現してもらいたいというところであります。 大臣からお答えをいただいて、私の質問を終わります。
○小川国務大臣 単位互換の制度は大学等の教育課程を豊富ならしめる、あるいは相互の交流を促進するという意味におきまして、これからますます拡充を図っていかなければならない制度だと存じております。 目下のところでは、大学院レベルの単位互換あるいは海外とのそれは相当のところまで来ておるわけでございますが、学部レベルの交流ということになりますとなかなか所期のような実績が上がっておらない。また、国公立につきましても御指摘のような事実はあろうかと存じます。これは非常に大事なことと心得ておりますから、これから先も努力いたしまして極力促進を図ってまいりたいと考えております。 それからまた、小人数の教育が大事だというお話もございました。大学が大衆化してきておりますのに伴って教師と学生との比率がだんだん高まっていることは否定できない事実でございますが、教師と学生が直接に接触するということは大変大事なことだと心得ております。そこで、小人数のクラスで演習をやる、あるいは実験実習等を実行する、こういうことはこれからも促進を図っていく必要があると存じております。いま外国語の科目あるいは保健体育科目などでは、授業を開設しておりますクラス全体の約半分が五十人未満の小人数教育を行っているわけでございますが、まだ不十分な状況でございますので、これからもできる限り促進のために努力をいたしたい、こう考えております。
○有島委員 大臣、授業ということの中に、大体五十人程度という規定はございますが、私が申し上げているのは、四十人クラスで教わっている場合とあるいはもっとマスの教育あるいは放送の授業、それからそれとは別に小人数の、いま大臣もおっしゃいましたゼミナール形式といいますか、そういう授業の配分ということも大学側としてはこれから意図的にちゃんと配分すべきではないのだろうか。少なくともわが大学を卒業したというのであるならば、わが大学におけるそういうゼミナールを八単位なり十二単位取ったということを軸にしておいて、それにいろいろな授業が加わってくるというような一つの風習をつけるということが今後の問題であろうと思うのですよ。そういった意味で、何といいますか、まだうまい言葉ができていないものだからぼくたちは小人数クラスのと言うのですけれども、十人以下というようなものですね、本当のチームワーク、こういう体験を持たしていくということを大学卒業の一つの要件にするというところまで私たちは要求したい、こういうことでございます。おわかりいただけますか、いかがですか。
○宮地政府委員 先ほど大臣から御説明を申し上げましたように、外国語科目や保健体育科目についてはクラス全体の約半数が五十人未満の小人数教育ということで行われているわけでございますが、たとえば一般教育科目などになりますとその比率が少ないというような点がございます。そこで、実態としてはそういう実態でございますので、それでは大学設置基準の改正等によりましてその点を最低単位これだけはという押さえ方をすべきではないかと御指摘かと思うのでございますが、私どもとしては、施設、設備等のいろいろな条件もあるわけでございますので、省令にその点を規定して書くということについてはなお検討を要しますし、困難な点もあろうかと思っておりますが、先生の御指摘を受けましてそういうクラス編制の人数についての調査等も実施をいたしまして、先ほど御説明をしたようなところまで来ているわけでございます。そういう少人数教育をさらに大学教育の中に実際上広げていくということは、大臣もお答え申し上げましたように、教育の面で教師と学生との接触面を大切にしていくということで非常に大事なことでございます。それらの推進については今後ともさらに努力をしてまいりたいと思いますが、設置基準の改正そのものについては、いま直ちに検討するということについてはなおもう少しお時間をいただきたい、かように考えております。
○有島委員 これで終わりますが、おわかりだと思うのだけれども、語学や何かは四十人でもってやっているところもある。私は結構だと思うのだけれども、私が申し上げたのは昔風な言い方で言いますと子弟関係といいますか、そのできがよかった悪かったということよりも、人生の上に一つの痕跡を残すというようなことが今後情報化社会になればなるほど非常に大切なことになるのじゃなかろうか。放送大学の卒業生といえどもただ単位を積み重ねていけばそれでもってよろしいのだということではなしに、やはり血の通った場所を確保していく、それを大学の方に義務づけるということもありますけれども、それはやはり国としてスタディーミニマムというか、一つのミニマムとして確保してあげるように配慮すべきではなかろうか、こういう気持ちなんですけれども、おわかりいただけますでしょうか、大臣。
○小川国務大臣 御趣旨は十分理解をさせていただいております。
○有島委員 終わります。
○青木委員長 三浦隆君。
○三浦(隆)委員 法案には賛成の立場ですが、行革との関連で一、二質問をさせていただきます。 初めに、私立大学の新設、学部の増設等を抑制する私立学校法附則第十三項の規定が制定されましたときの衆議院文教委員会における政府見解は、当面抑制する理由として要約次の三点を挙げております。 第一に、私学の一方的な意思だけで大学の新設や学生の定員を増加してその補助金が無制限に支出されるようになることは避けなければならない。すなわち、血税の使途についての有効性の担保が必要であるという財政的見地から。第二点、右の財政上の理由のほかに、国の援助をふやすことによって私学の質的な向上、教育水準、内容の充実を図りたい。教育上の理由からも五年くらいは定員を増加しない、量的な拡大はねらわないで本当に個性のある教育水準の向上を期したい。第三点として、わが国の高等教育機関を、需要があって供給があるということで量的な拡大を図るのでは高等教育機関全体を衰弱させることになる。将来量的拡大を図ることがあるとしても、いまの時点では大学の質的な充実を行なわなければならないのではないかというふうに言っているわけです。そしてこの見解は、私立学校法及び国立学校設置法の一部を改正する法律案の衆議院文教委員会における昨年の審議のときにもほとんど同じように政府見解として述べられております。現在も同じような考えをお持ちでしょうか。
○宮地政府委員 お話しの私立学校法附則十三項に係る問題についてのお尋ねでございますが、五十六年三月末をもって期限が切れたわけでございます。しかしながら、五十六年度を初年度とします後期計画におきましても、私立の大学、短期大学について、量的な拡充よりも質的な水準の向上を図るということを基本に置いてきておるわけでございまして、これを受けまして、昨年の六月でございますが、大学設置審議会及び私立大学審議会におきましても、私立大学の設置等に関する取り扱い方針が定められまして、当面従来どおりの抑制措置を継続するということが確認されているわけでございます。私どもといたしましても、その方針に従いまして、私立の大学等を設置しようとする者に対しては必要な行政指導を行ってまいっておるのが現状でございます。
○三浦(隆)委員 といたしますと、私立学校法及び国立学校設置法の一部を改正する法律案の趣旨としまして、第一に、私立大学の新増設、定員増の認可を抑制する期間を特別の場合を除いて昭和五十九年三月まで延長するとともに、大学院の新設についてもその対象としようとするものである、第二に、国立大学の新増設を特別の場合を除いて昭和六十年三月まで行わないものとする。衆議院はこれで通ったわけであります。 そこで、これに関連して次の点をお尋ねしたいと思うのです。 第一番目に、大学院の入学定員についてでございます。五十七年度の入学定員は、増加予定数が五十六年の査定では修士、博士合わせて四百三十三人であったのに対して、七百四十三人と大変にふえております。特に修士は、八十四人の査定が四百十八人と約五倍もの増加ですが、大変多過ぎるように思えるのです。大学院抑制の趣旨というか、行革の流れと逆行するような印象を受けるのですが、いかがでしょうか。たとえ学年進行分であっても抑制していくというのも一つの考えではないでしょうか。
○宮地政府委員 大学院の拡充につきまして後期計画におきましても、大学院の整備というのは、学術研究の発展と、大学の教官、研究者、高度の専門的職業人の養成にとってきわめて重要な課題というぐあいに受けとめているわけでございます。 御指摘の五十七年度の増加予定数について、先生の御指摘の数字とちょっとずれがございますが、私どもの数字で国公私立合わせて千四百七十名となっているわけでございますが、このうち六百九十三人は、御案内のとおり、獣医師法の改正によりまして獣医師の国家試験の受験資格が大学院修士課程終了者に改められたわけでございまして、それに伴います定員増。つまり、獣医師の国家試験の受験資格としては、学部四年ではなくて、学部の定員と同じだけの修士の定員を——そういう意味で、大学院の修士課程終了者に改められましたので、それの定員増を図るものがございます。これを差し引きますと例年よりは少ないということが言えるわけでございます。 私ども、大学院の整備そのものにつきましては、先ほども申し上げましたように、関係者の調査会も設けまして全体的な検討をいたしているわけでございますが、五十七年度の状況はいま申し上げましたような実態がございますので、それらの点を勘案すれば、五十七年度が特にふえたというぐあいには私どもは理解をしていないわけでございます。
○三浦(隆)委員 その統計の論拠をお尋ねしたいのですが、実は私の手元にあるのは五十七年一月二十日付のものでして、大学院においても、人文、社会、理科、医科歯科、薬科、工科、農水、教員養成、その他と具体的な分野に分けて数字が書かれておりますので、これによると確実に増加している。この表が間違いであるのか、そちらの表が間違いであるのか、どちらでしょうか。
○宮地政府委員 国立について、五十六年度に比べまして五十七年度は特に修士がふえているという点についての御指摘であろうかと思いますが、先ほど申しましたように、たとえば修士の場合に五十六年度に比べて五十七年度がふえている点は、一つは獣医の関係が、国立の場合で申しますと百六十一人ございます。ほかに、すでに設置をされております兵庫教育大学、これは初等教員の再教育のための大学院先行型の大学でございますが、その兵庫教育大学の大学院につきまして、五十五年度百五十名、五十六年度二百名、五十七年度は学年進行でそこを三百名にするということで、ここで同じく百人ふえるわけでございます。そういう、もうすでに私どもとしては学年進行で措置を要するものとされておりますものが含まれておりますので、それらの点が五十七年度の国立の修士の関係の人数がふえている一つの要素にはなっているかと思いますけれども、それ以外の部分について、私ども、特にふえているというぐあいには理解をしていないわけでございます。
○三浦(隆)委員 いまごらんになっているその資料、どれでごらんになっているのかよくわからないのですが、私の方には、ふえているのが、教員養成が第一、それから農水関係が第二、第三で工科系というふうに具体的な数字が挙がっています。そうすると、いまの局長のとは大分隔たりがある。
○宮地政府委員 御指摘の数字は、教員養成で二百二十五名、農水で百六十九名、その数字でございますか。(三浦(隆)委員「そうです」と呼ぶ)これはいま申しましたように、教員養成について申しますと兵庫教育大学の問題がございますし、農水と申しますのは獣医の関係でございます。それから工学部の関係の修士の課程は、長岡と豊橋の技術科学大学につきましてそれぞれ六十ずつ、これもやはり学年進行で整備をしているものでございまして、これらはいずれもすでに計画が進行しているものについての学年進行として措置をされている分でございますので、これらの点が五十七年度としては措置を要するものとして上がってきているわけでございます。 したがって、その点が抑制という観点からどうかという御指摘でございますが、それらの点については、私どもは、既定計画に沿った対応をいたしてきておるわけでございます。それ以外の数字について、国立の大学院について、五十六年度と比べて五十七年度が特に大きくふくらんでいるというぐあいには理解をしていないという点については、先ほどから申し上げているとおりでございます。
○三浦(隆)委員 いま言った既定路線に従ったとかあるいは学年進行分というだけですべてが正当化されるものであったとしたら、別に行革は関係ないのじゃないかということなんです。仮に学年進行分であったとしても、この行革という中では何とか抑えなければならぬのじゃないのか。これは学生の定数だけに限らないで、定数がふえてくれば教員増、いわゆる公務員増につながってくるし、他の省庁の中がいま必死に削減化に努力しているという流れの中で、果たしてどんなものかなという感じを受けるわけです。 では、先に進みましょう。 大学院は、たとえば昭和三十五年度の入学定員は、修士が七千十二人、博士が九百二人であったのですが、五十六年度の入学定員では、修士は一万五千九百六人、博士が六千三百三十八人、計二万二千二百四十四人にも達しているわけです。このため、オーバードクターの問題などが深刻化しているわけであります。すなわち、わが国は、修士あるいは博士といったものがきわめて早いテンポで量の拡大化が図られてきてしまっているわけであります。このまま、いわゆる既定分あるいは学年進行分がどんどんというふうになった場合、いまでさえもオーバードクターの問題がかなり深刻であるのに、これはやはりゆゆしい問題ではないのかというふうに思われるのですが、どうでしょうか。
○宮地政府委員 昭和五十六年十二月現在で、博士課程を終了しまして博士の学位を取った者または所定の修業年限以上存学して必要な単位を修得したが、学位の取得に至らず退学した者で定職につかずに大学院の研究室等において研究を継続しております、そういういわゆるオーバードクターはそれぞれ五百四人、九百三十四名でございまして、合計で千四百三十八人という数字でございます。これらの数字はここ数年大体横ばいの状況になっているわけでございます。いわゆるオーバードクターの問題としては、そういう博士課程の、そういうような者が言われるかと思うわけでございますけれども、私ども、博士課程の入学定員の増加につきましては、そういう全体の状況を十分勘案しまして、非常に慎重な対応をしておるつもりでございます。 なお、これらの問題点につきましては、私ども先ほど来申し上げておりますように、大学院問題全体についての対応ということがあるわけでございまして、調査会を設けまして関係者の御意見を伺いながら、わが国全体の今後の大学院の整備の進め方について御検討を願っているところでございます。 ただ、いわゆるオーバードクターの問題は、やはり比較的特定の学部に偏っているというような点もございまして、それらの是正という点は確かに問題点でございますが、私ども整備を進めてきておりますのは、先ほど来御説明をしておりますように、修士につきまして、特に社会人の、たとえば教員の再教育のための修士課程について整備を進めてまいりますとか、そういうようなことでございまして、今回、私ども対応しておりますものが直ちにそれがオーバードクターの問題につながるとは考えていないわけでございます。ただ、御指摘のように、いわゆるオーバードクターの問題についても対応は迫られておりまして、調査会で御検討をいただき、その結論に従って慎重な対応をいたしたい、かように考えているところでございます。
○三浦(隆)委員 修士課程が大変にふえるということは、時間がたてば必ずドクターがふえるということだと思うのですね、時間の問題ですから。 それから、いまオーバードクターの問題を踏まえて、大学院問題そのものを調査会で慎重な御審査をいただいていると言いますが、仮にその審査が済むまで少しは抑制をしておくとか——決まってから、もう流れとして決まってしまってからではどうにもならないのじゃないだろうかというふうな感じを受けます。 特に、たとえばドクターという名前、博士という名前は昔から大変権威があるのだと私は思うのですが、そうした場合に、取りやすいドクター、取りづらいドクターというか、価値のあるドクター、価値のないと言ってはおしかりを受けるでしょうが、そうしたものがあるというのはおかしな現象なんじゃないでしょうか。たとえば、医学博士という、お医者さんだと幾らでもドクターはいる。では、政治学博士だとかその他、たとえば社会科学系の博士はそうおらぬというふうな問題、先ほどの質問では医科とあるいは工科系の問題が出てきましたけれども、高度な学問研究を必要とするというのであれば、どの分野でも同じく必要とするものであろうというふうに思われるのですね。だからこそ、大学院の問題についての調査研究をお待ちなんだろうと思うのですが、その結論も出ないうちに一方的にどんどん学年進行分ということでやたらにふやしてしまうというようなことはどうかなと思うのですが、いかがでしょうか。
○宮地政府委員 一つは、お尋ねの点は、博士につきまして、医学博士が比較的多くて、ほかの人文系について博士が比較的取りにくいというような点についてのお尋ねでございますが、五十年度の学位規則の改正で、博士の学位について、従来、「独創的研究によって新領域を開拓し、研究を指導する能力を有する者に授与する」という規定でございましたものを「自立して研究活動を行うに必要な高度の」能力云々「を有する者に授与する」と改めたわけでございまして、学位が大学院の課程と密接に結びつけられているということをより明確にしたわけでございます。その趣旨が十分生かされて、円滑な学位授与が行われることが各大学の努力にまつ点でございますけれども、その点は十分私どもとしても各大学の努力を促してまいりたい、かように考えております。 御指摘の、全体抑制に対して、学年進行ということで措置をするだけでは必ずしも抑制につながっていないのではないかという点でございますが、その点につきましては、もちろん、こういう厳しい財政状況を受けまして、私どもとしましても、定員につきましては、もちろん国家公務員全体、大変厳しい抑制を受けているわけでございまして、そういう厳しい中ではございますが、先ほど来御説明もしておりますように、たとえば医科大学附属病院等の整備については、既定計画にそごを来さないように、病院等につきましても学部学生の第四年目からは、四年目、五年目、六年目という三年計画で病院を整備するという形で対応しているわけでございます。 たとえば私立大学について申せば、そういう病院の開設等についてもより厳しい条件があるわけでございますが、国立の場合については、そこの点は年次計画で整備をするというような形で現実的な——大幅な定員を要するものについては必ずしも一挙に整備をするということがなかなか困難な状況にあるということも踏まえまして、年次計画の整備をするという形で対応してきているわけでございます。 これらの必要なものの整備については、私どもなお今後とも十分努力をしてまいらなければならぬ事柄だと考えておりますし、大変厳しい状況下にあることは十分踏まえて対応をいたしておりますが、そういう、たとえば学年進行の点についても、学年進行ということだけで進めるのはいかがかという御指摘でございますけれども、やはり学生が入ってきている以上は、それらの学生が、学年が進むに従って必要な整備、定員の配置も同様でございますけれども、それを手当てしなければならないのは、私どもとしては、これは最低限必要な事柄である、かように考えております。したがいまして、そういうものの整備については、今後とも苦しい中で私どもとしては果たしていかなければならぬと考えておりますし、新設については、先ほど、必ずしも文部省としては、むしろ積極的な対応をすべきでないかという御指摘もあったわけでございますが、たとえば、学部の新設等につきましては、相当準備の進んでいるものにつきましても五十七年度はさらに慎重にするということで、学部の増設は五十七年度としては抑えたというような対応はいたしておるつもりでございます。 そういうことで、私どもとしては、こういう苦しい状況下ではございますが、必要なものの整備については十分な努力をしてまいりたい、かように考えております。
○三浦(隆)委員 また、仮に同じ医学博士といいましても、現実にはお医者さんは外科とか内科とか耳鼻科とか皮膚科とか、いろいろと分かれておりますし、また、同じそうした外科といった中でも、心臓外科とか肺臓外科あるいは脳外科というふうに分かれているのだと思うのです。ドクターというのが、その道のきわめて高度な学問なり研究の裏づけを持ったとするならば、たとえば脳外科の博士であれば脳外科の研究成果を踏まえた方とか、肺臓外科ならば肺臓外科の専門の方とかとあると、素人には大変わかりいいのですけれども、実際に内科、外科、耳鼻科という方が内科、外科、耳鼻科ではとらないで、きわめて一般的な臨床分野というのですか、そういうところでドクターをとられる方が大変に多いというふうに伺っておりますけれども、そうすると、一般の素人の人は内科、外科の門をたたいたときには、それは専門の方だという印象を持って入りますので、それとのつり合いが合わないおそれが出はしないかと思いますが、いかがでしょうか。
○宮地政府委員 医学の分野が大変進歩するに従いまして、いま御指摘のような、たとえば同じ外科についてもそれぞれ胸部外科でございますとか、それぞれの専門に分化していくということは、学問の進歩の一つの過程としては、やはりそういう方向に深まっていくということは現実の事柄としてあるわけでございます。御指摘のように、そういう専門に対応するところまで、たとえばいずれもそれが同じ一つの医学博士ということでは必ずしも一般の方にその点がわからないではないかという御指摘でございますが、それらの点は、検討課題ではあろうかと思いますが、それぞれ専門の方々の御意見も伺いながら考えていかなければならない課題でございますので、ちょっとなかなか直ちに対応できるということではございませんけれども、そういう博士のあり方というようなことについても、そういうような一つの問題意識は持たなければならぬことであろうかと思います。 なお、今回御提案申し上げております島根医科大学の場合の大学院でございますと、具体的には専攻としては形態系でございますとかあるいは機能系、生態系というような形で専攻を考えて、医学研究科を設置することにいたしておるわけでございまして、それぞれの医科大学におきまして、やはり特色を生かしながら大学院を設置することについては、これは当然のことでございますが、単科の医科大学に大学院を置く際に、決して一律の扱いをしているものではございませんので、それぞれの大学の特色なりを生かす形で大学側と十分協議をいたしまして進めているということだけつけ加えさせていただきます。
○三浦(隆)委員 これは文部省の方に聞くのが無理なんだろうと当初思っておりました。 いま言ったように、医学博士をとった人がどういう研究で医学博士をとられたかということなんです。一般的にはいま言った、余り細かくは言いませんから、せめて外科ならば外科に関することでドクターを、耳鼻科なら耳鼻科に関することでドクターをというのが一般的には大変わかりいい。それでないほかのものでとられても一般の人にはわかりづらい。では、いまそれがどういう人数で、どういう比率で、年々どうなっているかとお尋ねしても恐らく答えられないと思いますし、だから希望意見として、これからせっかく医学部にこの厳しいさなかに大学院を充実していくわけですから、その厳しい中の充実ということに耐えられるすぐれたドクターが出ることを希望して、この問題は打ち切りたいと思います。 次に、国立学校設置法附則第三項について、特別の場合という解釈なんですが、一般的に五十六年度定員から五十七年度定員へと五十六年度の定員が、たとえば計一万四千八百四十一に対して五十七年度末定員が一万六千二百三十八名、言うならば、一千三百九十七名の定員増という中にあって、その一千三百九十七の定員増のうち一千百四十二人が医科と歯科に限定されておりまして、そのほかが教育などとなっているわけであります。こうした数字を見ますと、特別の場合という解釈についてですが、何かこれがイコール医科歯科系大学の場合というふうにも解せられるような気がするのです。そうしますと、文部省として、いま行革の流れの厳しい中にあっているのに対して、医科歯科系だけの定員をこのように増員する理由を、今度は大学院ではありませんで、普通の学生に対してのその理由をお尋ねしたい。
○宮地政府委員 特例措置の内容が、具体的な中身として医科歯科系が非常に厚いという点についての御指摘でございますが、これは御案内のとおり、四十八年度以降、いわゆる無医大県解消計画によりまして医科大学の創設を図ってきたわけでございまして、そういう大きなプロジェクトとして実施をしてきております定員需要ということは、既定の総定員法の枠内で既定の定員の再配置によってだけでは必ずしもすべて対応することができないというようなことを受けまして、これらの大型のプロジェクトが完成するまでの間に一応そういう定員については総定員法の最高限度に含まれないものとして、この国立学校設置法によって所要の定員措置を講ずるということで対応してきているわけでございます。したがって、その中身が具体的には医歯系が大きくなっているというのは、そういうような事情から申せば当然のことでございまして、先ほども申し上げましたように、定員措置全体で申せば、医科大学の関係で申しますと、さらに明後年度、五十八年度は福井、山梨、香川の残されたもう三つの医科大学の附属病院を開設する年に当たるわけでございます。したがってこれらの医科大学関係の定員配置で申しますと、五十七年度まででおよそ八〇%程度が達成されているわけでございまして、なお残り二〇%は今後年次計画をもって整備を進めてまいらなければならないわけでございます。そういう点を踏まえまして、なお今後数年余を要して、これらの全体の整備を進めていくことが必要になるわけでございます。そういう全体の大型のプロジェクトが一応完了いたしますと、それらの点についての措置は要さなくなるということでございますので、これらの点についてはもちろん全体的に予算並びに定員、大変苦しい状況下ではございますが、それらについては文部省としては計画の推進に支障の来さないような形で整備を進めてまいりたいと考えております。
○三浦(隆)委員 終戦直後のようにといいましょうか、お医者さんの数の絶対数が大変に少ないとき、これは何としてでも人命尊重の見地から医師の数をふやさなければならない、これは当然のことだと思うのです。いま現在果たしてどうなんだろうかというふうに思います。国民の人口数についてお医者さんの数でございますが、昨今、ある人に聞くところによると、ある地域によっては、お医者さんが開業したいといっても、土地の医師会が反対して、なかなか開業を認めてくれない。その理由は、これ以上お医者さんの数がふえてしまうと、いわゆる商売上ぐあいが悪いというふうな意見を聞くことがあるわけであります。そうすると、そういう地域ではもう医者は不足ではなくて間に合ってきているようなところも多々あるのじゃないかというふうなことが感ぜられるわけです。 今度は、次は厚生省の方にお尋ねしたいと思います。 現在医学部の学生定員がふえるに従いまして、いわゆる医学に限らないのですが、定数がふえるということはだんだん質的な低下を招きやすいのだと思います。その結果が、ある医大、名前は出すわけにいきませんが、ある医学部などでは、せっかく卒業しても国家試験になかなか合格する人すら少なくなってくるということで、よく新聞あるいは週刊誌に載ることもこのごろではあると思うのですね。いわゆる医学部の学生をふやしても、それが高度にすぐれたお医者さんが出てくることはわれわれは望ましいと思うのですが、医学部を出たのだから一度落ちたらまたもう一度受けさせる、何としても合格させるまでやらせる、そういうことを繰り返しているうちにだんだんと水準が落ちてきやしないか。国民の方はそういう不安を感ずるのですが、そうした医学部の学生定員がふえるということとお医者さんの質の低下への不安ということと関連いたしまして、厚生省はどのようにお考えでしょうか。
○吉田説明員 厚生省では、医師になろうとする人に対しましては、医師法で医師国家試験を受けなければならないというふうになっております。それで、国家試験の内容は臨床に必要な医学及び公衆衛生に関し、医師として具有すべき知識及び技能を有するかどうかということについて判定するわけでございます。それで、その国家試験の内容も、医学、医術の進歩や時代の要請に応ずべく、数回適宜改正しております。したがいまして、私どもの医師国家試験を合格した医師につきましては、これは質の低下というものはないのじゃないかというふうに考えております。
○三浦(隆)委員 厚生省としては、いまのお医者さんの現状とそれからこれからの見通しをお考えいただいて、お医者さんというのはこれまで以上のテンポで恐らくどんどん学部がふえてきてドクターもふえるわけですから、だんだん量産していくわけですね。そうしたいわゆる医師需要数の見通しというふうなものについて、どのようにお考えでしょうか。
○吉田説明員 医師の充足数でございますけれども、非常に医師が足りないということで私ども養成目標というものを文部省の方に申し入れました。そのときには、昭和六十年までに人口十万対百五十人の医師を確保するということを当面の目標とするというふうにしております。これは昭和六十年を待たず達成することが確実となっております。現在五十五年では人口十万対百四十一人でございます。六十年には人口十万対百六十人になるのじゃなかろうか。それから七十五年でございますが、このときは人口十万対二百十人くらい、現在の入学定員のペースで言いますと、そういうふうになると予想しております。それで、これが何人が適正であるかということにつきましては非常にむずかしい問題でございまして、現在でもまだ公衆衛生分野でのお医者さんが足りないということもありますし、今後の医療の動向とか社会情勢の変化等、いろいろな複雑な要素を考える必要があります。しかしながら、私どもは将来の医療需要に応じた適正な医師数となるように、現在文部省といろいろ協議をしておりまして、今後ともこの協議を続けて医師の適正数を確保したいというふうに考えております。
○三浦(隆)委員 先ほど私が、たとえば横浜でも東京でもと言ってもいいと思うのですが、医師の資格を持った人がある地域でいわゆる開業しようとするところが地元の医師会が反対するというわけです。そういうことをお聞きになったことありますか。
○吉田説明員 具体的に医師会が反対ということは私は聞いておりませんが、地域によってかなりの偏在があるということは私ども把握をしております。たとえば、五十五年末ですが、徳島県では人口十万対百八十九人というふうなこととか、東京で言いますと百七十五人くらいいらっしゃるわけでございます。しかし、下位の方でございますけれども、たとえば、埼玉県、人口急増地域でございますが、ここは人口十万対八十人ぐらいしかいないということで、かなりの地域偏在があるということは把握しております。
○三浦(隆)委員 仮にもし医師会が開業しようとする人を抑制するというか、変な話、意地悪するという声があったとすると、厚生省はそれをどう受けとめるのですか。
○吉田説明員 これは厚生省の管轄というより、公正取引委員会の方で何かそういう抑制について問題があるというふうなことがあるというふうに聞いておりますが……。
○三浦(隆)委員 この問題は武見さんのがんばっていたときから、医師会として恐らく何回となく厚生省に対しての話し合いがあったと私は承っておるのですけれども、そのとき厚生省は全然関係ない関係ないで済んだのでしょうか。
○吉田説明員 私、担当の課じゃないものでありますので、その点につきましてはちょっとお答えできないのです。
○三浦(隆)委員 それではこれはこの辺にしたいと思います。 問題は、いま仮にどうやらバランスを保っているとして、それが将来五年先、十年先と見越したときに、お医者さんの数が仮にふえ過ぎたとしますと、その時点でどんなに学年進行分であろうともやはり抑えなければならない場合というのは、私は当然出てくるのだろうというふうに考えるのですね。ですから同じように、現在行革ということであるならば、学年進行分であったとしても抑えるべきものは抑えるという方法をとるのも一つの考え方なのではないだろうか。すなわち、学校として量だけでなくて、質の高い学校をという期待とともどもに、量の多いお医者さんだけを図らないですぐれたお医者さんをというのがわれわれの希望であろう、このように思うのです。 それから、すでに、ある医師会の方からも言われたのですが、現在の医学部でさえも、すぐれた指導教官に不足しているというふうに私は何回となく聞かされております。そうしたときに新しく大学院——学部ではなくて、より高度な学問研究を必要とするであろうマスターあるいはドクターというふうなものに対する指導教官の見通しというものについて、これは文部省あるいは厚生省両方でお答えをいただいて、そしてこの質問をもって終わりにしたいと思います。
○宮地政府委員 医師養成の点については、先ほど厚生省から見通しその他についてお話があったわけでございまして、私どもといたしましても、いわゆる医師の不足の時代から次第に充足の時代に変わってきているというぐあいに理解をしているわけでございます。そこで、今後の人口の老齢化あるいは医療水準の高度化、医療需要の多様化というようないろいろなそういう要素を考えながら、全体的な社会的要請にこたえるすぐれた医師の養成をどう考えるかということは、今後の医学教育の一つの課題であり、その質的な充実に努めてまいらなければならぬ課題であるというぐあいに考えております。 そこで文部省といたしましては、当面医学部の新設でございますとか入学定員の増は行わないという方針で対応しているわけでございます。全体の今後の養成規模の問題等については、なお厚生省との間に検討会を持って事務的な検討に着手をしているところでございますが、対応いたしたいと思っております。 なお、医学教育の改善充実ということにつきましても、いろいろな面で工夫は私どもとしてもしているわけでございますが、特に医学部の教官の質の確保という点は、御指摘のとおり非常に大事な点でもございますので、今後とも医学部の教官スタッフの質の充実の点につきましても私どもとしても努力をしてまいりたい、かように考えております。
○吉田説明員 医師養成のあり方につきましては、医師は医学、医術に関する専門的な知識及び技能を備えていることはもちろんでございますが、高度の倫理性を有していなければならないと思います。したがいまして、大学における卒前の医学教育におきましても、六年間の修業年限を通じまして医師としての基本的な知識及び技能を修得させるとともに、幅広い人格形成が行われるべきであると考えております。 以上でございます。
○三浦(隆)委員 質問を終わります。
○青木委員長 山原健二郎君。
○山原委員 小川文部大臣、初めてきょうこの委員会では御答弁をなさっておられるわけですが、もともと大臣の所信表明がなされましてそれに対する質疑が行われるというのは、大臣の教育に対する信念あるいは政策を伺うという意味で非常に大事なことだと思いますが、今度の場合は異例中の異例として、国立学校設置法が日切れ法であるということで、各党一巡した一般質問が行われないままにこの質疑に入っておるわけです。その点で私も理事会で申し上げたわけですが、それは初めて大臣として委員会に来られてそういう質問もせずにやるのは失礼ではないか、そういう考えを持っております。 それから、きょう大臣の答弁をお聞きしておりますと、大変きっぱりした答弁をなさっておるということで、これも率直に言って前の大臣とは少し空気が違うわけでございます。その姿勢は、文部大臣でおられる限りぜひ続けていただきたいと思うわけです。 それからもう一つは、この委員会でとにかく教育を論ずる場合にできるだけ共通の土俵を持とうということで、まずいつでも論議になりますのは、憲法あるいは教育基本法をどう把握して教育行政に当たられるかということが常に問題になるわけですね。特に教育基本法の第十条「教育は、不当な支配に服することなく」ということについての大臣の見解というものは、この委員会では各党の委員の皆さんから常に伺われるわけですが、きょうは国立学校設置法という法律審議でありますからそこまで立ち入ることは差し控えますが、やはり大臣も日本国憲法と教育基本法の立場をしっかりと踏まえて教育行政の最高の責任者としての責務を果たされるお考えであろうと思います。その点は一つだけ確認をしていきたいと思いますが、いかがでしょうか。
○小川国務大臣 申すまでもなく憲法並びに教育基本法が示しております教育理念に沿ってその具現に努めてまいりたい、こう考えております。
○山原委員 今度の法案は、島根大学院設置の問題、また温泉治療学研究所の名称変更の問題と、四十八年以降の設立された大学の職員定数の問題ということでございますが、大学の基本問題についてこの七月に第二臨時行政調査会が答申をされるということで、その第一部会は高等教育を中心にして、しかも抜本的な見直しをするということが報道されているわけでございます。それは特色ある大学をつくるということが大きく浮かび上がっておりますが、同時に、私学助成を従来の経常費への補助から研究プロジェクト補助に重点を移すということが出ているように思います。もう一つは、私学の半分の国立の授業料を大幅に引き上げる、こういうことでございまして、昨年の臨調第一次答申が出ましてから、これに対しては国民の間からも、また関係者の間からも相当な批判が出ている現状でございます。特に私学助成の問題につきましても、いままで経常費二分の一ということは、われわれはお互いに掲げて二分の一に近づくための努力をしてまいりました。また、その私学助成も、文部省自体も努力をされて順次これが伸びてきておったわけでありますが、これを変更してプロジェクト研究に対する補助にするということになりますと、これはもう性格が全く変わってまいります。この現在進められようとしている第二臨調の七月答申の中身について、文部大臣としてはどういうお考えで臨まれようとしておるか伺いたいのです。
○小川国務大臣 私学が今日までそれぞれの建学の精神あるいは学風を発揮いたしまして、自由濶達な教育活動をすることによって教育の振興に尽くしてきた、今後も尽くすであろうということを考えまするときに、私学助成の重要性につきましては深く認識をいたしておるところでございます。したがいまして、臨調の検討の推移をきわめて重大な関心を持って見守っておるわけでございまして、いずれにいたしましても、基本答申が出た段階で真剣に検討をいたしたい、こう考えております。
○山原委員 いま申しましたように経常費二分の一の補助ということで、私学自体が自主性を持ってそれを人件費その他に活用するという部分があったわけですが、研究プロジェクトに対する助成ということになりますと、いわゆる研究プロジェクトの評価というような問題にもなってまいりますし、これはいわゆる大学の自治あるいは学問の自由に対する侵害になりかねません。教育というのは、もともと権力からの自立を確立するというのが大学教育の原理でありますから、そういう意味からいいますと、いま臨調が報道されているようなことをやろうとすれば、これは本来の私学の自主性を奪う中身になりかねませんし、そういう意味では今日まで文部省がとり続けてきた、少なくとも公然とおっしゃってきたこととは全く違ったものになる可能性を多分に含んでおります。私は、この点については文部省がとり続けてきた私学助成をする立場、さらに大幅の助成に発展をさせていくといういままでの方針を変えないで毅然たる態度で臨んでいただかなければならぬと思っておりますが、あえて伺っておきたいと思うのです。
○柳川(覺)政府委員 大臣が御答弁申し上げましたとおり、文部省といたしましては、従来私学助成につきましては、私学の教育、研究条件の維持、向上、あるいは学生の経費負担の軽減、あるいは私学の経営基盤の安定という観点に立ちましての現在の私学助成の仕組みにつきましては、この基本に立ちまして対処していくという考え方をとっておる次第でございます。具体の問題はいま臨調で種々御討議がなされておるようでございまして、仮定の問題でございますが、プロジェクト補助が直ちに私学の独自性を阻害するということになるのかどうかということは議論のあるところでございますけれども、いずれにいたしましても私どもといたしましては、私学の果たしている役割りの重要性にかんがみまして、従来の私学助成のシステムを基調として考えていきたいというように考えております。
○山原委員 時間がありませんから……。私はそういう点では非常に心配をしておりまして、貫くべきものは貫く、臨調というのが何か国会よりもあらゆるものよりも優先する、何かオールマイティーの権限を持っておるかのような気配があるわけでございまして、それは後でも申し上げますけれども、文部省がとり続けてきた教育に対する理念というのは、やはり貫くべきところは貫いていくという態度をぜひとっていただかなければならぬと思っています。 それから、いろいろなところからいろいろな意見が出るわけですが、たとえば経済同友会の場合は臨調へこの一月に提案をしておりまして、その中には、いわゆる大学の授業料の問題については理学あるいは医学部等、実績に応じて授業料を取るとか、あるいは私立大学の八割まで国立大学の授業料を上げるとかいうようなことが出ておるわけでございます。これは臨調に対して公然と提言をしておるわけでございますから、決して影響が全くないというようなものではなくて、経済同友会の動きというのは相当の影響力を持っておるということを考えますと、この授業料問題も大変な問題になってまいります。 それで、次に学費、授業料の問題についてちょっと触れてみたいと思いますが、実はもう大変なところへ来ているわけですね。現在の学生生活を形容する代表的な言葉というのが、アルバイト必修、授業選抜ということなんだそうです。 ある新聞を見ておりますと、一例だけ、現在の学生生活の一面を申し上げてみたいと思いますが、これはA君という東京農業大学の三年生で、農家の出身であります。彼の手記を見ますと、入学時に初年度納入金八十万円、下宿の費用を入れますと大体百万円。そして月五万円家から仕送りをしてもらっておりますが、農家でありますし、収入が非常に不安定である。同時に、昨年冷害のためにこの仕送りも滞りがちであって、結局彼の場合はアルバイトは長期休暇中にやっているわけですね。そして何を削るかというと教科書です。高い値段の教科書は友達と共同で使う。それからなるべく外食を避ける。しかし、それでも借金がたまる一方である。今度弟が東京の私立大学に入るので、これを勉学をさせるために私は夜間警備のアルバイトをして自活をしていきたい、これは率直にこう書いているわけです。 I君というのは東京大学の教養部の一年生ですが、このI君の場合は仕送りがゼロでほとんどアルバイトでやっていますが、どんなアルバイトをやったかというと、まず夜店のせんべい売り、それから時間給六百円の運搬作業、夜の警備、民宿で二十四日間働いて八万円をもらった、そして現在は週三回、十五時間塾でアルバイトをしている。現在毎月二万円ぐらい黒字であるけれども、月賦で買った英会話のカセットの支払いが月九千円、時にそういう支払いが三万五千円になって全く余裕はないというような記事を見たわけであります。 これはまだいい方の学生であるかもしれません。けれども、実態はこういうところへ来ておるということですね。これ以上受益者負担ということで授業料値上げをすることは、もうほとんど限界へ来ているのではないか。ここのところを、これは大学局長に伺いたいのですが、ずいぶんお調べになっておると思いますけれども、相当深刻な事態であるということは御認識いただいておるでしょうか。
○宮地政府委員 学生生活、特に地方から東京その他都会へ来ております学生が学生生活をしていく上で非常に負担が大きくなっているというようなことについては、私どもも実態について調査をし、把握をしているわけでございます。 ただ問題は、いま御指摘の点は、特に国立学校の授業料の問題について関係団体等が臨調に対してもいろいろ提言をしているわけでございますが、私ども国立学校の授業料につきましては、従来から社会経済情勢の変化に応じましてその改定を行うということはいたしてきているわけでございまして、たとえば昭和五十六年度におきましては、全体の諸情勢を総合的に判断をいたしまして、一つには、授業料免除枠の拡充措置というような配慮とともに、授業料引き上げということを、改定をして実施をいたそうということで御提案を申し上げているわけでございます。 先ほども授業料についてのお尋ねがあったわけでございまして、国立大学の意義としては国家、社会の要請に応じて学術、文化、産業等の有為な人材養成ということと、さらに基礎的な学術研究を推進をするというような面で、国立大学がわが国の高等教育において大変重要な役割りを担っているわけでございます。そして、単に教育の成果は学生個人のみが利益を受けるということではございませんで、国や社会全体としてもこれを受けているわけでございます。 そういうようなことも踏まえまして、私どもとしては、今後とも国立大学の授業料については適正な水準が維持されるよう配慮していかなければならないと考えておりますが、先ほども申し上げましたように、単に受益者負担というふうな観点だけから考えられるべきものではないというぐあいに私どもは理解しております。
○山原委員 国際人権規約の問題ですが、これは五十四年に国会で決議をいたしておりまして、これは高等教育の授業料についても漸次無償にしていくという規約ですね。これは日本はまだ批准をしていないのですね。何か国連加盟国の中で二つくらいしかしてない国はないということですが、日本とどこが批准をしてないのでしょうか。簡単に答えてください。
○宮地政府委員 国際人権規約の批准状況についてのお尋ねでございますが、締結状況としては、いわゆるA規約については六十九カ国の締結国でございますが、イギリス、オーストラリア、カナダ、フランス、西独、日本、イタリア、メキシコ、スペイン、ソビエト等でございます。そしてB規約が六十七カ国でございます。(山原委員「時間がないからいいです」と呼ぶ)なお詳しい状況については、また後ほど御説明させていただきます。
○山原委員 ほとんど、先進国では日本くらいですね。あとアフリカの一国が批准していないという状態で。これは去年の十一月ですが、参議院で私の党の佐藤議員が質問したのに対して田中文部大臣は、一日も早く実現するよう努力すると答弁をいたしております。世界の趨勢はそういうところにあるわけでして、これは小川文部大臣、第二臨調に対する文部省の提供資料の中にも、文部省もやらなければならぬと書いてあるわけですからね。これは文部大臣としても当然そういうお考えだと思いますが、早く批准をするあるいは検討するということを約束していただきたいのですが、大臣いかがでしょうか。
○宮地政府委員 御指摘の点は、あるいは国際人権規約の留保をしている条項についてのお尋ねでございましょうか。(山原委員「はい」と呼ぶ)これは、高等教育の機会の確保のために高等教育の無償化を漸進的に実現することを求めている規定でございます。本件につきましては、わが国の高等教育についての制度が、特に私立大学が大きいというようなこともございまして、それらの点については留保しているわけでございまして、一応わが国の対応といたしましては、高等教育の機会の確保のためには私学助成、育英奨学、授業料減免措置等、そういうような施策の充実を図るということで対応をするという形で今日までいたしておるわけでございまして、直ちに留保をしております点について解除していくという対応ではございませんが、従来から文部省としてもとっております施策を重ねていくということで充実を図っていくというのが基本的な対応でございます。
○山原委員 これは田中前文部大臣、こんなときはなかなかいいことをきちっと言われるのですね。一日も早く実現しなければならぬ、かように考えておりますと言うわけでございますが、これは文部大臣もぜひ努力をしていただきたいと思いますが、よろしいですか。
○小川国務大臣 よく承りました。できるだけ努力をいたします。
○山原委員 そこで、いま大学局長がおっしゃった受益者負担ということに対して、それだけではだめだというお考えを言われたわけですね。これは大臣にもお答えをいただきたいと思うのです。教育の仕事というのは、個人に対して一般教養あるいは専門的な知識を授けていく、そして個人がそれによって利益を受けるわけですが、同時にそのことによって、その人物が学んだ一般的知識あるいは専門的知識を活用して、労働やあるいはその他の社会活動の中で社会に奉仕をし、還元をしていくわけですね。そういう意味で教育というのはまさに公的性格を持ったものとして国家社会に返されていく、それだけの理念を持って教育はなされておるわけでございますから、単に個人の利益だけ、だから受益者負担だという考え方が押しつけられますと、これは全く誤りだと私は思います。そうなってきますと、結局個人主義になったり利己主義になったり、あるいは競争主義になったりするわけですね。だからその点での受益者負担思想というものに対しては、私はこれは誤りだと思っておるわけでございまして、この点、これは教育哲学の問題だと思いますが、大臣の御所見を伺っておきたいのです。
○小川国務大臣 仰せのとおり、教育によって受益する者はひとり教育を受ける学生だけではございません。有為の人材が世の中に送り出されるということによって社会も国家もひとしく受益するものと考えておりますから、単純に受益者負担という観点からだけこの問題に対処するということは間違いだと考えております。
○山原委員 次に、これはけさほどから論議されております高等教育の後期計画の問題ですが、文部省はせっかく五年計画を立てられて今日まで来たわけです。これが挫折をするわけですね。だから、今度設置審議会の計画分科会の方に諮問を依頼をされるということをとられて六十一年度から先のことについての計画、同時に、現在三年間の挫折をした部分についてどういうことをやるかということを諮問というか研究を依頼されておるという状態でございます。そうしますと、結局文部省として教育行政の観点から計画を立てられましても、いわば臨調の一発によってこれは崩れていく、そしてもうばたばたと計画を変更しなければならぬ、こういうふうに見えるわけですね。これはどういうふうにお考えになっていますか。
○宮地政府委員 高等教育の計画的整備ということで私ども対応してきていたわけでございますが、実は後期計画そのものにも事態の推移に見合って随時この計画については見直しはすべきであるということは、すでに現在の計画自体にも言われておるわけでございます。あるいは御指摘の点が、臨調で言われたから非常にばたばたとした対応をしているという御指摘でございますが、前期計画の実績についても、前期が終了しましたところで計画規模の点でも前期計画の面でもずれが若干出てきている点がございますし、そしてまた全体的に大変厳しい抑制ということがございまして、必ずしも計画どおりの規模になっていないという点があるわけでございます。これは私ども自体の計画といたしましても、実際にそれぞれの地域で、たとえば学生の入学定員の規模を国立大学の場合についても広げるといたしましても、やはり大学自体がまず取り組んでいただくことも必要なわけでございます。もちろん大学側からは希望がございましても、教員組織でございますとか、全体的に見ましてなおこれはもう少し検討すべきではないかというようなことで、私ども全国の国立大学の予算を取りまとめて出すことになるわけでございますが、まあ量的な拡大は抑制をして質的な充実を図るというのが基本路線でございまして、その路線そのものを変えているわけではございません。ただ、全体的に規模について、国立については相当抑制ぎみに対応せざるを得ないということもございまして、それに見合う後期計画の見直しを行い、そして先ほど来申し上げておりますような、六十一年度を頭といたしまして、将来相当長期になるわけでございますが、そういう展望したものを五十七年、八年の二カ年をかけて検討していこうということでございまして、私どもとしては、単にここ二、三年の財政再建と言われている時期のことだけで対応しているわけではございませんので、それらの全体を通じましてわが国の高等教育の全体像として今後相当長期的な姿でどのような対応をしていくかということを考えていくというのが基本になるわけでございます。
○山原委員 この計画を立てられまして、そのときにはもちろん大学年齢人口調査をされて、そして各大学においても創設準備をやられて、創設準備費も出て、そうしておるところへ大学の設置を凍結するという凍結法案が自民党の方から昨年出まして、それが廃案になっているわけです。国会の意思としては、少なくとも表面から見ますと、この法案が廃案になったわけですね。ところが今度はまた抑制をするというようなことになってまいります。これは国会では法案が廃案にはなっておりますけれども、臨調がここへ押し込んでくる、こういう形ですね。そして十八歳人口を見ましてもずっとこれから、六十一年からばあっと十年ぐらいふえていくわけですから、そんなことを考えてみますと、それに対応するだけの体制というものはつくっていかなければならぬと思うのです。ところが一方では、自民党の方では大学問題の小委員会の答申が出ておりまして、新聞によりますと、この小委員会の案、報告書が今度の検討のたたき台になるのじゃないか。その自民党の案というのは、今日の多様化の中で、専修学校を含めましてこれを高等教育にするという形になってまいります。専修学校というのは九割は職業教育訓練をやっているわけですから、それが大学の骨格の中に入ってくる。そういう形になってまいりますと、これはいままでの大学の骨組み自体が崩れていくというようなことまで考えられる、そういう中身が今度計画を立てる上でのたたき台になるということになってまいりますと、これは大学局長がおっしゃられておる意図とは全く違ったものが出てくる。すなわち、臨調が言っておるところの大学の抜本的見直しという方向に進んでいく可能性があるわけですが、そういう意味では、こういうものをたたき台にすべきではなくて、当然国民的なコンセンサスを得るような、大学人の意見が自由濶達に反映されるようなものならば結構ですけれども、このままでいくならば、文部省、どういうふうにお考えになっておるか知りませんが、結局振り回されて、文部行政の責任体制というものはなくなってしまうというようなことまで考えられるわけですね。この点は、もう時間がありませんから、厳重に注意をして、今後の日本の大学、高等教育の将来展望を本当に見据えた上で誤りない方針を立てていくべきだというふうに考えるわけでございますが、この点いかがでしょうか。もう時間がないから、簡単に言ってください。
○宮地政府委員 高等教育の整備ということについては、わが国の将来に非常に大きい影響のある問題でございますので、私どもといたしましても十分慎重な対応で検討を進めてまいりたい、かように考えております。
○山原委員 これは今後論議を呼ぶところでしょうから、きょうはこれでおきたいと思います。 次に、定員の削減の問題ですが、今度第六次の定員削減でございまして、これはもう文部省も御承知のように、国大協の方からも厳しい——国大協がこんな言葉を使ったことはまずないと思いますが、今度の定員削減について絶対に容認できないという言葉まで使っております。 それからまた、私も幾つかの大学に問い合わせてみますと、今度の定員削減でいわゆる職員の削減に非常な重圧がかかっているというのですね。私の県の高知大学に問い合わせてみましても、恐らく事務職員を二十名減らすことになるのではなかろうかというようなことで、もう本当に各大学とも頭痛の種になっておるわけでございます。 それからもう一つは、定員外の問題ですが、何と十八年から二十年お勤めになっておりますが、一年間勤めて、三月三十一日、一日だけ首を切られて、四月一日から行く。ところが、三月三十一日、四〇%の人が仕事の関係で出勤をしているわけです。しかし、こういう人たちは、十八年も二十年も勤めて共済組合の適用も受けない。こんな非人道的な取り扱いはないだろう。三十六年の閣議決定がそれほど法的な拘束力を持つものかという疑問を持っているわけです。 この定員削減に対しては、文部省は確かに他の省庁に比べて率が低いということをおっしゃっているかもしれませんが、それは医師、看護婦、全体を含めたら低いかもしれませんが、職員の面から見るならば、相当過酷な定員削減になっておると思います。そういう認識は間違いないでしょうか。
○倉地説明員 第六次定員削減計画の問題でございますけれども、これは、一般の職員につきましては五年間に一〇%を上回る削減を行うことといたしまして、その他特別の配慮を要する職員を含めまして、政府全体で五年間に、昭和五十六年度正定員の五%を削減するものということでやってきておる次第でございます。それで、各職種ごとに各省庁共通に一定の削減率を設定いたしまして作成されたものでございます。その結果、文部省の中では教員、看護婦については特別な配慮を要する職種とされておりまして、先生がいまおっしゃいましたように、全体の削減率では三・六二%ということになっている次第でございます。一般の事務職員はそういうことでございまして、各省共通に削減している次第でございますので、ひとつその辺のところを御了解いただきたいと思う次第でございます。 それからもう一つ、非常勤職員の待遇の問題でございますけれども、これは、これまで私どもとしてもいろいろ努力してまいった次第でございまして、五十五年の五月には、これまで七等級四号相当の頭打ちという問題もあったわけでございますけれども、その改善にも踏み切った次第でございます。 ただ、今後に残されております問題は、扶養手当の支給の問題でございますとか、いまおっしゃいました共済組合の問題があるわけでございますけれども、これは日々雇用職員の性質上、制度的にきわめてむずかしい問題でございますので、私どもとしては非常に困難な問題であるということを認識しつつ、引き続き検討してまいりたい、そのように考えている次第でございます。
○山原委員 努力をされておることはわかるわけですが、同時に、三十六年の閣議決定が、大学の中で働いておる職員に対してかくも過酷なものであっていいのかどうかという点は、これからぜひ論議をしていただきたいと思います。 もう時間がなくなりましたので、行管の方においでいただいておりますから、一言伺いたいのですが、これは参議院の方でも質問しております。 昨年の臨調答申が出ましてから、大学に対する行政監察が行われておりますが、その中はずいぶん細かいところまで、コンピューター、それから事務用品等につきまして監察をされて、どういう結果が出ておるか知りませんが、それともう一つは、行政管理庁設置法のときの附帯決議にありますように、言論、報道、さらには学問の自由などを侵害することがあってはならぬということがあるわけですね。これはもう厳重に守っていただきたいと思うのです。 ところが、二つの例だけ申し上げますと、東大の農学部の場合、事務長さんをお呼びになりまして、東大が持っている北海道の演習林の切り離し、これが出ております。演習林というものがどういう経過を持ち、どういう役割を果たしておるかは、むしろ教育の観点で見るべきでありましょうし、もう一つの問題は、研究評価システムがあるかどうかということを監察の中でやられておるわけでございますが、どういう研究テーマを大学が選ぶか、あるいは学部が選ぶか、あるいは教授が選ぶかということは大学自治の原則なわけですね。そこを検討されるということになりますと、これはむしろ行政管理庁のつくられた趣旨からも逸脱をしておるのではないかという点で、この点は行管の方に対して厳重に、そういうことのないように私は警告をしたいと思います。同時に文部省に対しまして、たとえ行管であろうと、そういう行政監察の名において学問の自由に対して介入することに対しては、文部省は断固として排除するという立場を貫いていただきたいと思いますが、両省庁の見解を伺いたいのです。
○堀江説明員 お答えいたします。 先生御指摘のような、学問の自由に対する侵害が私どもの調査の過程であってはならないということにつきましては御指摘のとおりでございまして、私どもも、調査の実施をいたします場合も、そういう点、特に大学の自治等につきましての尊重を十分徹底して、調査を担当いたします機関、地方支分部局にも指示をいたしましたし、私どももそういう考え方を基本にして調査計画を立てたつもりでございます。
○宮地政府委員 御指摘のような大学の自治や、大学におきます教育、研究の特殊性については十分配慮されるように、私どもとしても行政管理庁に伝えているところでございまして、基本的にはそういう観点に立ちまして今後必要な対応をしてまいりたいと考えております。
○山原委員 大臣もそういうお考えでしょうか。
○小川国務大臣 大学の自治あるいは大学における教育研究の上での特殊性ということにつきましては、十分な配慮がなされるべきだということを行管庁に対しても申し入れをいたすつもりでございます。
○山原委員 終わります。
○青木委員長 河野洋平君。
○河野委員 国立学校設置法の一部改正について若干御質問申し上げたいと思います。 まず最初に、大学局長にお尋ねをいたしますが、ここしばらくの間ずっと文部省がつくってこられた医科大学、終始医科の単科大学をつくってこられたわけですが、この医科大学を単科大学でずっとつくってこられたのには何か理由がございましょうか。
○宮地政府委員 御指摘のように、私ども新設の医科大学につきまして、もちろん山形大学医学部の例とか愛媛大学医学部のケースもございますけれども、基本的には単科大学でつくってきたわけでございます。 どういう理由で単科大学でやってきたかという点でございますけれども、一つには、教育研究の新しい構想の円滑な実現を図るという点では、既存の大学の一学部とするよりは別の新しい大学として設置する方がより適切ではないかという観点もあったわけでございます。新しい構想としては、たとえば教育面において一般教育と専門教育を有機的に関連を持たせるカリキュラムを編成する、そして六年間の効果的な一貫教育を行うというような事柄がございます。そしてまた、講座にいたしましても、たとえばいわゆる大講座の設置でございますとか、そういうような面で講座編成の弾力化を図っていく、そういうようなことから医学の教育研究の進展に柔軟に対応できるというようなことなどがあるわけでございます。考え方としてはそういうような点を重視をして単科大学ということでつくってまいったわけでございます。
○河野委員 いま御答弁のようなこともあると思うのですけれども、実際は大学紛争の経験にかんがみて、四年制と六年制を一緒に管理運営をすることは非常にむずかしい、六年制の大学は六年制だけでやった方が管理運営上うまくいくという、いわゆる管理運営面からきた単科大学重視といいますか単科大学をできるだけたくさんつくっていくということになったというのは、全然違いますか。
○宮地政府委員 確かに御指摘のような観点もあり得ることでございます。特に、医科大学では必ず病院が設置されるわけでございまして、病院の管理運営というのは、これは非常に労務管理の問題でございますとかいろいろなむずかしい問題がございます。それらの点について私どもとしては十分な配慮が行き届くようにということも考えの中には御指摘のように入っているということが言えるわけでございます。
○河野委員 その結果、管理運営はわりあいとスムーズに来ていると見ていいのだろうと思うのですが、しかし、その管理運営をうまくやろうと思うばかりに、実際はお医者さんをつくる作業が非常に一本調子になっているということはないのだろうか。あちこちでいろいろなお医者さんのお話などを聞いてみますと、もう少し人間性というものが重視されなければいかぬ。最近のお医者さんたちの団体その他の中にある議論の中に、もっと人間を把握していく必要がある、あるいは人間的なお医者さんをもっとつくらなければいけないという、一種の反省といいますか、あるいは進んだ考えと言ってもいいのかもしれませんが、ただ単に医学というだけではなくて、もっと大きな、人間をどうとらえるか、あるいはその人間をどういうふうに見るかという、人間味豊かなお医者さんをつくるということが非常に大事だという議論があるのですね。これは大臣、どうお思いになりますか。
○小川国務大臣 一般に大学教育におきましても、国家、社会の形成者として心身ともに健全な、豊かな心を備えた人材を育成する、大事なことだと心得ております。なかんずく医師の場合にしかりである、この点河野先生と御同感でございます。
○河野委員 厚生省見えていますか。——厚生省、いまの議論を聞いておられてどうお思いになりますか。
○吉田説明員 医師につきましては、専門的な知識及び技能を備えているということはもちろんでございますけれども、やはり高度の倫理性を持っていただかなければならないというふうに思っております。
○河野委員 医者の倫理観というのが非常に議論になりまして、こういうものをどうやって強く持ってもらうかということが医科大学に期待されているところじゃないかと思うのですね。倫理観と同時に、この倫理観を支えていくさまざまな人間的な体験あるいは人間としての知識、経験、そういうものを考えますと、私は、非常に学園内が荒廃をして、大学の管理も運営もなかなかできないという状況下で、管理運営に非常にウエートを置いた単科大学をつくっていこうという考え方はあったとしても、いまもう一度それを考え直して、むしろ医学の道に進もうとする若い学生諸君が、たとえば教養課程において文学部の学生とも交流ができる、経済学部の学生とも交流する、法律を学ぶ人たちともさまざまな学生らしいやりとりがある、そういう経験が医師をつくっていく上でプラスになるのではないだろうか。医科の単科大学をつくったために、そうした幅の広いさまざまな人たちとの交流が非常に減っているというふうにお考えにならぬでしょうか。これは文部省、どなたでも結構です。
○宮地政府委員 人間性の涵養が特に医師養成については非常に大事であるということは、御指摘のとおりでございます。大学の医学部の中身におきましてもそれらの点を私どもとしても十分把握をしますように、一つは単科の大学で申しますと、専門教育の担当教員が一般教育にも参加をするということで一般教育を幅広くしますとか、あるいは医学概論というようなことで医の倫理の涵養に努めるとか、そういうような工夫なりそういうようなものも十分生かして、本当に医の倫理というようなものについて十分教育面で生かすというような形をとるべきが当然でございます。そういうぐあいに指導もいたしておるわけでございます。 そしてまた、一つには、たとえば入学者の選抜に当たりましても、また卒前、卒後の臨床研修の全般にわたりましてその倫理観の確立に努めることが必要であると考えております。たとえば入学者の選抜に当たりましては、医師としてのふさわしい資質、適性を有する者を入れるとうようなことで、具体的には四割以上の大学で入学試験に面接なり小論文を課しているというのが現状でございます。なお、そのほか、御指摘のように、具体的には近隣の大学の学生との交流をクラブ活動その他を通じて促進するというような形で、人間性の涵養ということについてはより一層留意を払っていかなければならぬという点、御指摘の点は十分私ども受けとめてやっていかなければならぬ事柄であろうか、かように考えております。
○河野委員 もうおっしゃるまでもなく、相当高い学力がなければ医科大学には入学できませんよね。それは入学者選抜に非常に気を使っておられる証左なんだろうと思うのですけれども、文部省の皆さんの理屈は私はよくわかりますが、現実を見れば、医科大学に進学しようという人は、高等学校の一年のころからもう勉強、勉強、勉強で、遊びなんかわき目も振らずにわあっとやっていく人が、全部とは言いませんけれども大部分じゃありませんか。そして本当に塾に通い、何とかして勉強に没頭して、そして医科の単科大学に入っちゃう。つまり、人間にはそうでない人間の方がたくさんいるわけですよ。そういう人たちというものが本当にあれで理解できるだろうか。 私は単科大学にも単科大学でいい点があると思うのです、それは全く否定はしません。しかし、総合大学の中の医学部という位置づけはそれなりにずいぶんさまざまな人たちとの交流があって、勉強するかわりにスポーツをやった人との交流もあるでしょう、あるいは勉強やスポーツをやるかわりに遊ぶのが非常に上手になった人たちとの交流も、全くむだじゃないと思うのですね。むしろそういう人とのつき合いの中からさまざまな人間味というものが出てくるのじゃないでしょうか。いまはそういう人とのつき合いが一切ないというのは大げさですけれども、そういうつき合いが非常に少なくなってしまって、そしてどんどん専門家だけを育成していく。それは確かに医学という点では相当な知識を要求される、どんどん進まなきゃいけないのですから普通なら遊んでいる暇なんかありませんよとおっしゃればそのとおりだと思うけれども、しかし余りにそれだけに集中し過ぎたばかりに、倫理感に欠けるあるいは人間性に欠ける部分というのができてくることはあるのではないか。総合大学の中の医学部ですら、ずいぶん医学部というのは排他性が強い、こう言われていたこともあるわけですね。医科の単科大学になるとさらにそういうことがある。いま大学局長は他の大学との交流を始めるつもりだとおっしゃったのか、交流があるとおっしゃったのか、その辺はもうひとつ明確でなかったので、実際に他の大学との交流がありますか、ありませんか、おっしゃってください。
○宮地政府委員 たとえば一般教育で合宿セミナーを実施するということでやっております大学が、単科の旭川医科大学でございますとか宮崎医科大学で、あるのはございますけれども、御指摘のように大変数が少ないという点は配慮しなければならぬ点かと思います。私どもは、そのようなほかの大学の学生とたとえば一般教育について合宿のセミナーを実施する、特に単科の医科大学等についてはそういう点の十分な配慮をさらにしていくように、それぞれの学長会議の機会でございますとかいろいろな機会に、いま御指摘のような点が実際面で生かされるような形の配慮は十分今後していきたい、かように考えます。
○河野委員 やや前向きの御答弁があって評価したいと思いますが、どうですか、思い切って他の大学と単位の互換制ぐらいやれませんか。そのくらい思い切ってやったって、教養課程の単位の互換制ぐらいあってもいいのじゃないですか。今度のこの法案の中には島根医科大学の大学院の問題があるわけですけれども、これを見れば、たとえば島根医科大学と島根大学で教養課程における単位の互換制ぐらいあったってちっともおかしくないじゃないですか。そんなことを考えるお気持ちはございませんか。
○宮地政府委員 先ほどの御質疑でも単位の互換を、特に国内の学部同士での単位の互換が必ずしも十分でない、単位の互換制度そのものは規定の整備なり順次整ってきておるわけでございますけれども、比較的大学院レベルの場合の方が活発であるとか、あるいは学部レベルといえば国内の大学と外国の大学との間の学部間での単位互換が比較的多いけれども、国内の学部間が比較的少ないのが問題点だという点は御指摘もいただいておるわけでございます。たとえばお話しのように、単科の医科大学の一般教育について単位の互換ということをもっと積極的にという御指摘も確かに大変貴重な御意見だと思います。 私どもが把握している具体的な例で申し上げますと、たとえば宮崎医科大学が九州大学の医学部と単位の互換をやっているというようなケースがあるわけでございます。そういうようなことがさらにほかの各地においても広まることは非常に望ましいことであろうかと思います。そういうような点についても今後の対応としては十分配慮してまいりたいと思います。
○河野委員 単位の互換制を御検討いただく際に特に留意していただきたいことは、高いレベルの、たとえば東大と京都大学が単位の互換制があってもいいじゃないかとすぐに思いがちだけれども、いわゆる非常に学力の高い大学と余り学力の高くない大学との単位の互換制、それはいわゆる学力の高いと言われる大学はそうでない大学との互換制を議論すると嫌がる。だけれども、むしろそれが大事だと私は思うのです。 さっきから申し上げているように、単科の医科大学あたりは非常に学問のスペシャリストが集まっておられるけれども、そうではない大学と思い切って単位の互換制をして思い切って交流を深めることが大事だということも、もし検討をなさるならぜひ留意をしていただきたい。秀才同士互換制を持って交流したって意味ないのですよ。意味ないというのは少し言い過ぎかもわからぬけれども、秀才同士の交流だけでは本当の意味のプラスにならないのじゃないかと思うのですが、大臣、御感想はいかがです。
○小川国務大臣 水準の異なる大学相互間で互換の制度をやりますと、これはとかく一方交通になりがちということはございましょう。しかし、できの悪い生徒とつき合うこともまた大事だ、御自身の御体験であるかもしれませんが、これは非常に大事なことだと存じております。 一般に単位互換ということについてはきわめて熱心に進めてきているわけでございますが、仰せの点は十分留意いたしまして促進をしてまいりたいと思います。
○河野委員 厚生省の方に伺いますが、お医者さんが足らぬ、医師養成をもう少しやらなければいかぬと何年か前から話がある。ずいぶん医科大学をつくってきたわけですが、いま厚生省で考えておりますお医者さんの数、もちろん質の問題もありますけれども、量的な問題だけ見て、最近の情勢でお医者さんの量についてはかなりのところまできたというふうに考えてよろしいのでしょうか。
○吉田説明員 そのとおりでございます。
○河野委員 もう一点伺いますが、歯医者さんはどうでしょうか。
○吉田説明員 歯医者もかなり充実してまいりました。
○河野委員 文部省に伺います。 医科大学をずっとつくってきましたが、今度は歯科大学についてもう少し配慮しなければならぬ、そんなふうにはお考えになりませんか。
○宮地政府委員 ただいま厚生省の方からも御答弁があったとおりでございまして、私どもとしては量的な拡充ではなくて質的な充実を図るべきところへきているというぐあいに把握をしているわけでございます。したがって、ただいまのところ、文部省といたしましては、医学部、歯学部双方につきましては新設なり入学定員増は行わないという方針で対応してきております。内容の充実に十分努めてまいりたいと考えております。
○河野委員 医学部について、単科の医科大学というものの見直し——見直しというと少し大げさですけれども、少し考えられたらどうですかという提案を申し上げたわけですが、たとえば、せめて医科大学と歯科大学、あるいは医学部と歯学部、これが一緒にやれないのは一体どういうわけなんでしょうね。これは厚生省に伺う方がいいのでしょうか、文部省に伺う方がいいのでしょうか。どちらでも結構ですからお答え願いたいと思います。
○宮地政府委員 たとえば東京医科歯科大学というような例もあるわけでございますけれども、御指摘の、なぜ医科と歯科が同時に養成できないかというお尋ねでございますが、やはりそれぞれの分野について、医学部関係者は医学部関係者としての考えがあり、また歯学部関係者については歯学部関係者としての考えがございまして、医科歯科大学のような例はございますが、新設のものについてそういう医と歯をあわせ持つような形でのものは実際問題としてむずかしいというのが現状であろうかと思います。 なお、先ほども申しましたように、医学部、歯学部につきましては、今後増員というようなことは当面考えないというのが基本的な方針でございまして、先ほども申しましたような質の充実という観点から考えていかなければならぬ。さらに将来の全体の医師の需要数その他についても厚生省と事務的な検討課題ということで取り組んでいるわけでございまして、それらに対応する入学定員の扱い方をどうするかは、今後それらの検討を待った上で対応しなければならぬ課題であろうかと思っております。
○河野委員 量的にはまあまあのところまで来たけれども、質的な改善が望まれる、こういう御答弁です。 厚生省に伺いますが、文部省はああ言っておられますけれども、質的な改善——改善といいますか、もうちょっと質を上げなければいかぬ。いままでの質が低いということじゃないでしょうけれども、もっと進歩するという意味ですね。質をよくするというか、そういうことのためにどんなことをしたら質がよくなると思いますか。
○吉田説明員 卒前の教育につきましては文部省の所管でございますので、私ども答える立場にないのですが、やはり医師というのは非常に実際的な学問でございます。患者との信頼関係というのが第一でございますので、そういう幅広い人格形成というものをしていただきたいというふうに思っております。
○河野委員 たとえば京都大学の医学部の中で、歯についても相当な研究がなされ、教育がなされていますね。しかし、これは卒業してもいわゆる開業医にはなれないのですね。いまなれませんね。私の認識、違いますか。ちょっと答えてください。
○吉田説明員 これは歯科衛生課の方の担当でございますけれども、ちょっと歯科衛生の方の国家試験を受けますと……
○河野委員 担当でない方に御質問したのは申しわけない。いまのは取り消します。文部省からお答え願います。
○宮地政府委員 医師なり歯科医師の国家試験の受験資格というものがそれぞれ定められておるわけでございまして、それぞれの課程を修めた者でなければ受験資格がないというような事柄であろうかと思います。
○河野委員 つまり、京都大学の医学部でも歯について相当な教育をし、研究も進んでおるけれども、しかしそこを出ても歯医者さんの試験を受ける資格はないということなんですね。これぐらい、せめて歯医者さんになる国家試験を受ける資格ぐらい与える方法はないのですか。それは何かが邪魔しているのでしょうかね。
○宮地政府委員 たとえばお尋ねの点で申しますと、歯科医師法の規定がございまして、歯科医師国家試験の受験資格を定めているわけでございます。その中で「文部大臣の認定した大学において正規の歯学の課程を修めて卒業した者。」というような定めになっているわけでございます。これは医師についても同様でございます。したがって、それぞれの正規の課程を修めた者がそれぞれ医師なり歯科医師になるための受験資格があるという規定でございますので、その点は、京都大学の医学部で非常に優秀な成績であるからその者を歯科医師の受験資格ぐらいは考えたらどうかという御指摘かと思いますけれども、その点は困難ではないかと思います。
○河野委員 私は一つの例で申し上げただけで、別に具体的、個別的な事例を持っているわけではありません。ありませんが、いまのお話を伺っていても何となく排他的な感じがしますね。私は単位の互換性を冒頭に申し上げましたけれども、単位の互換性もそうだし、それは医科と歯科だってもう少し交流があっていいのじゃないでしょうか。その境をかたくなに守り過ぎていて、十分に——こだわるようですけれども、京都大学の医学部で、東京大学でもいいです、医学部で歯の教育を受け、研究をし、そして卒業した人は、その歯についての先生、教える先生にはなれますね。つまり教育者にはなれる。開業医にはなれないけれども、教育者にはなれる、そうですね。
○宮地政府委員 大学の教官として、たとえば口腔外科を教えるというようなことは可能でございます。
○河野委員 つまり、そういうことを聞いていても、十分に能力的にはあるのだろうと思うのですね、しかし法律的な資格を満たしていないということで、つまり非常に壁をつくって、こちら側の人にはこっちに入ってきてほしくない。つまりお医者さんの領域からは歯医者さんに入ってきてほしくない。同じように歯医者さんの領域からはお医者さんに入ってきてほしくないということなんですね。つまり人間の健康を守るという仕事に余り塀や壁をつくり過ぎていないだろうか。そうしたものを乗り越える努力、乗り越えてみようじゃないかという努力というものはあっていいのじゃないでしょうか。それは業界の利益を守るとかあるいは昔ながらの慣習どおりにいきたいとかいう、そういう力が働くこともあると思うのです。そしてまた、長い間の慣習みたいなものを壊すことだけがいいとは私は思いません。思いませんけれども、先ほどお話があったようにたとえば歯の問題についてこれからは質をもうちょっと考えなければいけないのだという場合には、何かがなければ質を充実することになかなかならないと思うのですよ。医学の単科大学ですら、多少人間性の涵養にこれから先工夫が要るというこの時期に、歯学と医学すら厳然たる境目を置くということについてもう少し御研究がいただけないだろうか。どうですか、もう一度答弁してください。
○宮地政府委員 私どもとしては、まずは単科の医科大学の人間性の涵養に努めるように努力をさしていただきたいと思います。
○河野委員 きょうはいまの御答弁で私は引き下がります。まずは医科の単科大学の交流とか、あえて申し上げれば単位の互換制であるとか、その他一般大学との間の交流によって人間性の涵養に努めるという努力を大学局長がそれからやりましょうということですから、いまの御答弁で私はもうきょうの質問は終わります。どうもありがとうございました。
○青木委員長 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。 —————————————
○青木委員長 これより討論に入るのでありますが、別に討論の申し出もありませんので、直ちに採決いたします。 国立学校設置法の一部を改正する法律案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○青木委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 なお、ただいま議決いたしました本案に関する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ声あり〕
○青木委員長 異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○青木委員長 次回は、来る二十四日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時四十一分散会