地方行政委員会 第4号
- 発言数
- 423 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1981/10/22
会議録
○委員長(上條勝久君) ただいまから地方行政委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 昨二十一日、田代由紀男君及び関口恵造君が委員を辞任され、その補欠として杉山令肇君及び斎藤十朗君が選任されました。 また、本日、金井元彦君及び斎藤十朗君が委員を辞任され、その補欠として藤井孝男君及び梶原清君が選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(上條勝久君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りをいたします。 地方公務員法の一部を改正する法律案の審査のため、本日、雇用政策調査研究会委員西川俊作君を参考人として出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(上條勝久君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 ―――――――――――――
○委員長(上條勝久君) 地方公務員法の一部を改正する法律案を議題といたします。 この際、政府から発言を求められておりますので、これを許します。安孫子自治大臣。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 去る十月二十日の当委員会における和田委員の質問の際提起されました総理府人事局次長答弁に関しましては、事務当局に調査をいたさせましたところ、次のとおりでありましたので御報告申し上げます。 総理府においては、立法当時の資料はないのでわからない。したがって、六月二日の総理府人事局次長の答弁は、常識的な推定を申し上げたものである、かように申しております。よろしく御了承願いたく存じます。
○委員長(上條勝久君) それでは、前回に引き続き質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○和田静夫君 前の委員会の最終段階を思い浮かべてみますと、砂子田行政局長は私の質問に対して、資料がないと答えられたわけです。それはそうはならない。もう二十年間もこの問題については論議をしてきていますし、十三年前に私は指摘をした経過もありまして、ここのところ、はっきりさせなさい。 後ほど論議に入りますが、八百八十八団体が、地公法が制定をされるときには定年制を持っておった。そこからアクションが起こらないはずもないし、意見が述べられないはずもない。自治大臣は、早くから市町村段階におけるところの定年制を求める声は非常に強かったということを何遍も答弁をされている。そうすると、そういう意見が開陳をされながら地方公務員法が制定をされていった、それが資料として提出をできないはずがない、こう私は述べているわけであります。したがって、もしそれができないのならば、その立法作業当時の鈴木俊一現都知事に参考人として出席をしてくれ、こういうふうに昨日、理事会に私は要請をいたしました。委員長、この経過はどうなったのか、まずひとつお答えを願いたいと思います。 もう一つは、行政局長席を外していますけれども、これはどうしても行政局長に出てきてもらったところで私は質問をしなければなりませんが、どういうふうに抗弁をされようとも、前の国会で宮尾政府委員は、自治省で地方公務員法を制定した当時のいろいろの資料から見まして、先ほど申しましたように、と答弁をしているわけです。したがって資料は現存をしています。この資料が提出できないということにはならない。よって、前回のこの場におけるところの行政局長答弁は食言である。そもそも、鈴木俊一説明員が過去において肯定をし、現同山県知事長野士郎政府委員が肯定をしたことをこの場で否定をしたのでありますから、このことは許せません。 しかし、きょうは参考人がお見えでありますから、私は良識的に参考人の部分だけはいまから進めます。その間に行政局長をここに呼び返してもらって、以上の問題について、委員長からと、局長側からと、政府の統一見解、もう一遍やり直してもらいたいと思います。
○委員長(上條勝久君) ただいまの和田委員の御発言につきましては、委員長におきましても、事務当局とともに、出席方についてただいま折衝中でありますから、御了承を願いたいと思います。
○和田静夫君 それは鈴木俊一さんについてですね。
○委員長(上條勝久君) そうです。
○和田静夫君 後段の部分については……。
○政府委員(大嶋孝君) 行政局長は、ただいま内閣委員会の方へ出席を要求されまして出席をいたしておりますので、その間の事情を御了承いただきたいと思います。
○委員長(上條勝久君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして、
○和田静夫君 どうも西川参考人、大変御苦労さまです。 お聞きをしたかったことは、「労働力需給の長期展望」の十五ページに、「もしも成長率が四%になった場合には、上記の需給ギャップは倍加して二百三十万人程度になる。」、「一〇〇万人に近い需要不足による失業が追加発生するおそれがある。」とあるわけであります。実質成長率四%のケースの予測値が推計をされたわけです。そこでこの場合に、年齢階層別といいますか、年齢階級別の需給ギャップですね、これは高年齢になるほど高くなると考えられると思うんですが、いかがお考えでしょうか。
○参考人(西川俊作君) 四%のケースは雇用政策調査研究会で試算としていたしました。その場合に、年齢別の需給のバランスは計算を特別いたしませんでした。と申しますのは、五%の場合に関しましても、現在の労働力の年齢別構成を考慮しまして推計をいたしまして、ごらんのとおり高齢者の方が需給ギャップが大きくなる。つまり、職がなくて供給が超過しそうだという結果が出ておりますので、四%成長の場合も数量でほぼ倍に近いような形になりますが、その場合の年齢別の構成もほぼ同じになるというぐあいに考えられましたので、そこで四%の場合についての計算はそこにいたしておりません。
○和田静夫君 このレポートは、一貫して「高失業社会に陥ることを避けねばならない。」という立場から書かれていると思われます。十六ページに、「企業が若年者選考に固執し、中高年齢者の技能、経験を活用しようとしなければ、それは国民経済的損失をもたらすであろう。」とされているわけであります。これは当然民間企業に対して言われていることでありますことはわかっていますが、公共部門についても同じことが言えると私は考えるのでありまして、二十一ページに、「六〇歳定年が一般化した後の状態を考えると、同一企業での継続勤務ないし失業を経験しない形での企業間での労働移動(出向等)によって六五歳程度の年齢まで雇用の延長が図られることが望ましい。」とあります。これは昭和六十年代の雇用管理政策として当然公務員も含まれるものと私は受け取ったのでありますが、いかがでしょうか。
○参考人(西川俊作君) ただいまの点に関しては、第一に申し上げたいことは、御指摘のとおり民間企業で特に若年者選考が強い。裏返して言いますと、中高年齢層の熟練とか経験といったようなものを顧みない傾向がある。これは考えてみますと、民間企業では中高年齢層の方々に対して、熟練をつけるあるいは経験を重ねるというかっこうで、当節の経済学の考え方で言いますと企業としては一種の人的資本の投資をしている、これを見捨ててしまうということはもったいないことではないか。そういう意味で、「国民経済的損失」というぐあいに申しておるわけでございます。民間企業で若年者選考が強く、かつ中高年齢層に対して反対にこれを忌避するような傾向があるのは、一つは御承知のとおりの年功賃金で中高年齢層が高いというようなことが考えられているのだと思いますけれども、その場合の高賃金と、中高年齢層の持っているいわば熟練、経験というものとのコストと、それから損得といいましょうか、そういうものをよく考える必要があるのではないかと、こういうことでございます。それが第一点でございます。 それから第二点は、この見通しては経済全体あるいはマクロ的な労働需給バランスというものの試算を行っておりまして、個別の分野、たとえば鉄鋼業とか電気機械といったような一々にまで立ち入った分析を加えてはおりません。 そこで、御質問の公務員あるいは公共部門について、格別そのような分析をやはりしておりません。ただ、私個人の印象では、公務員あるいは公共部門の場合については、当委員会の現在の御審議そのものがそうですけれども、民間部門の場合とはいささか事情を異にするところがあるだろうというぐあいに考えます。それで、この場合にはやはり給与それから公務員制度そのものについて十分研究をした上で考える必要があるのではないだろうかと、このように考えます。 御質問の後段の二十一ページの記述についてでございますけれども、ここでも、いま申しましたように、公務員あるいは公共部門について六十五歳までの雇用延長が望ましいということは申しておらないわけでございます。文脈からおわかりのとおり、公共、民間というような別なく、現在では社会全体として五十歳代後半に定年というのが設けられて、そして世の中が動いているというような状態になっております。しかし、御案内のとおり、高齢化が進展いたしますと、五十歳代後半という定年は少し早いといいますか、やはりそれは全体として六十歳ぐらいまで延長するのが望ましいのではないか。現に民間では、労使の自主的努力と申しますか、あるいは相互連帯によって六十歳定年へ向けての努力が続けられております。そういう自主的努力がまず第一に必要であろう。それから第二には、六十歳定年への移行も漸進的にと申しますか、徐々に進めていくことが必要であろう。この徐々に進めていくと申しますのは、各産業あるいは各企業、各分野で、それぞれいわばお家の事情というようなものがございますから、そういうものを考慮して漸進的に進めていくということがいいのではないか、こういう認識をしているわけでございます。 それで、その努力がいつになるか、これはなかなか見通しがむずかしいところでございますけれども、仮に今後十年くらいのめどで考えましたとして、さらにその後十年、つまり次の世紀の初めぐらいのところを考えますと、高齢化が一層進みまして労働力の中で高齢者が二五%近い割合になる。そうすると、六十歳までは定年が社会全体に一応普及をする、しかし六十歳代の前半と申しましょうか、この層では、なおかつ働かなければならない方もおられるかもしれません。それから個人の考え方あるいは健康それから生きがいあるいは働きがいというようなことで、なおたとえばパートタイムで働きたいとか、あるいは自営業をやりたいとかいうような方々が出てまいるかと思われます。そういう方々に必要な社会参加あるいは労働参加というような場を準備する必要があるだろうというのがそこの趣旨でございます。 つまり、六十歳定年が実現したならば、それから先は養老院あるいは病院というようなところでお年寄りの方はテイクケアすればよろしいんだというようなことでは、来るべき高齢化社会はぐあいが悪くなるだろう。つまり、社会的な活力もなくなってしまうだろう。こういうことが調査研究会での議論でございました。含みとしましては、たとえば六十歳定年であってもより早く、たとえば五十歳代の前半あるいはその前で転職をし第二の仕事というのをより長期間、たとえば五十五から六十五まで十年間、あるいはもっと長くやれるというようなことも社会全体としてはそういう仕組みを考える必要があるだろう。そうしないと、まさに高齢者のところに失業者がたまってしまう危険というのがあるだろうと、こういうような趣旨でございます。
○和田静夫君 最後に、十六ページでありますが、「加齢とともに、労働生産性が低下するかどうかについて、一般的に低下するという見方が強いけれども、内外の調査結果には、そのような傾向が見出されないとするものがある。」とされているわけであります。この「内外の調査結果」の中に、公務については加齢とともに能力が落ちるという調査がありましょうか。また、一般論として、公務の場合の年齢と能率についてどういうふうにお考えでしょうか。
○参考人(西川俊作君) 遺憾ながら、私の存じておる限りでは、内外ともに、公務に関して加齢と生産性ということで調査というものはないように思えます。これは一つには、公務というものの生産性と申しますか、あるいは労働、勤労ということが非常に測定しにくいということになっているのではないかと思います。 ただ、一九六〇年にアメリカの労働省で事務系の職員の生産性というものを調査いたしましたものがございます。この調査の結果を見ますと、高齢者になりましても、五十五歳を超え、あるいは一部分六十五歳以上の方も入っているようですけれども、生産性が格別落ちないという調査結果が出ております。 ただ、この場合、事務系職員の生産性というのを何ではかっているかということが問題でございまして、たとえば文書を処理する、あるいは文書を起案する、その件数で恐らくはかるというようなことになろうかと思うんですけれども、実際には、公務員というぐあいに申しましても、地方公務員あるいは国家公務員の皆さんがやっておられる仕事は非常に多岐にわたっているわけでございます。そして、たとえば単にタイプライターをたたく、あるいは伝票を処理するというような事務的な仕事だけではなくて、判断業務その他もございましょうし、あるいは夜間どうしてもしなければならない公務というものもあるわけでございます。 一般に、これまでの事務系以外の労働者も含めまして行われております調査研究では、たとえば筋力とか視力、記憶力、大ざっぱに申しまして体力というものは、やはり加齢とともに低下していくことはこれはやむを得ない。しかし、経験とか熟練、あるいは判断力というふうなものは低下しない場合が、これは職種によって出てまいりますけれども、そう低下しない。それからまた、筋肉労働の場合ですと、筋肉労働をやわらげるような機械設備の導入といったような手段、それからたとえばフレックスタイムと申しますか、夜間の勤務を避けて昼間勤務に高齢者を回すというようなことで体力の低下というようなものも補える、こういうケースも報告されております。 そこで、先ほど申しましたように、たとえば高齢者の熟練とか経験というものを一概に捨て去ることは考えものだといいますか、もったいないという考え方になるわけですけれども、ただその場合に、今度はその処遇の問題といいますか、勤務時間等だけではなくて給与の問題というのも出てまいります。その給与を、それぞれの高齢者の方々のいわば働きに見合ったような形に修正をしていくというようなことが雇用を維持していくために必要になってくるのではなかろうか、こういうぐあいに思います。 公務員あるいは公共部門ということについて格別の調査が行われている例は、冒頭に申しましたようにございませんので、いわば多少の類推をいたしまして以上のような御返事を申し上げたわけでございます。
○和田静夫君 どうもありがとうございました。
○委員長(上條勝久君) この際、西川参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多忙中のところ、本委員会に御出席をいただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。
○和田静夫君 行政局長、呼び返す意思はなかったんですけれども、結果的に、ちょっと調べてみますと、前の公務員部長官尾さんが明確に、地方公務員法を制定した当時のいろいろな資料から見まして、先ほど申しましたように云々と、こうなっているわけです。したがって私は、鈴木都知事の参考人の出席も求めていますけれども、やっぱり厳然として資料は資料として存在をする。それは有形のものであるか無形のものであるかということを含んで私は言っているのでありまして、八百八十八団体が地公法ができるときにとにかく定年制を持っておった。それらの市町村長がアクションを起こさないはずがない。それを受けて論議がなされないはずはないのでありまして、これはもう常識ですよ。したがって、常識なるがゆえにかつて鈴木俊一説明員も長野士郎説明員も、あるいは宮尾説明員も、それぞれ政府委員の立場でもってお答えになっているわけですよ。あなただけがそんな資料は存在しませんと言ってみたところでそんなものは通用しない。ここのところだけをはっきりしてもらいたい。それから内閣委員会へ行くのなら行ってもらいたい。
○政府委員(砂子田隆君) 私も、別にそれと異を唱えているわけでは私はないと思っております。 と申し上げますのは、八百八十八団体が条例をつくっておったことも承知しておりますし、地方制度資料といいますか、地方公務員資料、そういうものいろいろあるわけでございますが、おっしゃっておられますふうな、なぜ地公法の中に定年制をつくらなかったかというその資料がないと申し上げたつもりでおります。ですから、いろいろな資料自身を見ても、お答えをするような資料はないということを申し上げたのでして、それはどうも速記録を見てみないと私自身もよくその部分の承知をしないものですからわかりませんが、意味合いとしてはそういうことでございます。
○和田静夫君 もうこれやっておっても仕方ありませんが、そういう意味合いを私は了承するわけにはいかぬと、こう言っているわけです。論議がなかったわけがない。後ほど私は具体的に八百八十八団体の動きについて当時にさかのぼって質問いたしますけれども、したがって、そういうものの一切がないんだということを前提にして質問をしても進みませんから、そういうアクションは当然あったのだ、こういうことはまずお認めになって、いろいろな資料というものはそういうものを含んでいる、こういうことをあなたには肯定しておいてもらわなければ論議にならないと思うんです。
○政府委員(砂子田隆君) 前提はそのとおりだと思っております。
○和田静夫君 藤井総裁が午後にしかお見えになりませんので、前後になってしまって大変やりにくいんですが、理事会の決定ですから従って、仕方がなく論議を少し詰めます。 まず、原則定年年齢を六十歳とする理由、いま参考人の意見も皆さんに聞いてもらったわけですから。
○政府委員(大嶋孝君) 民間等におきましても六十年には六十歳の定年年齢を持っていくようにというふうに政府としても指導しておるところでございます。国家公務員につきましても原則六十歳定年ということで決められたわけでございまして、地方公務員におきましても国家公務員との整合性等々から原則六十歳定年とするということは妥当なものであるというふうに考えておるところでございます。
○和田静夫君 その妥当な理由を聞いているんです。
○政府委員(大嶋孝君) 国家公務員、地方公務員いずれも公務に携わっておりまして、類似した仕事をしておるわけでございます。そこで、国家公務員との整合性ということを考えなければならないというふうに考えておるところでございます。そういうことから、地方公務員も国家公務員と同じようなシステムをとるということでございます。
○和田静夫君 この六十歳定年は将来固定するおつもりですか。
○政府委員(大嶋孝君) 若干先ほどの御質問に補足をして申し上げますが、国家公務員法につきましては定年年齢につきまして人事院の見解を踏まえまして各省庁における退職管理の実態あるいは職員の年齢構成の推移あるいは公務部内における高齢職員の在職状況、民間企業におきます定年制度の動向といったもの、諸般の事情を総合的に判断した上で原則六十歳ということにされたわけでございます。 地方公務員につきましても、地方公共団体の人事管理の実態、あるいはその雇用環境は、先ほど申し上げましたように、国における場合と基本的に同様でございますので、その定年年齢について、特別の合理的理由がない限り原則六十歳とするのが望ましいというふうに考えております。したがいまして、今回の改正案で国の職員の定年年齢を基準といたしまして職員の定年年齢を条例で定めるということにしたわけでございます。 将来とも六十歳に固定するかという御質問でございますが、これは国家公務員の定年年齢の将来の推移といったものも見ながら、将来の問題としては考えていかなきゃならぬ問題ではあろうかと思います。
○和田静夫君 この辺はずっと通告してあるんですから、もう少し明確に答えてください。 私と野田自治大臣との四十四年七月十日の論議を思い浮かべてみますと、野田自治大臣は大変良心的でありまして、「これを自治省が大体地方団体に何歳ぐらいということを指示するのは間違っていやしないか、つまりあくまでもこれは自主的に判断してもらわぬと、実態において地方団体によっては違う点もあると。もう一つは、これもお答えいたしておりますが、職種によって相当高年齢層までやはりそのまま使う必要がある、つまり働いてもらいたいところがある、」こうなっているんです。大臣、ここの答弁は違いますか、今度の国会とは。
○国務大臣(安孫子藤吉君) そのときは野田大臣がそういうふうにお答えをしておるわけでありますが、その後における社会情勢の変化というものは非常に大きく変わっておると存じます。したがって、社会情勢の変化に対応してやはり問題も考えていかなければならぬ。 そこで、繰り返すようでありますが、国家公務員につきましては、いろいろな事情を勘案いたしまして六十歳定年ということが適当であろう、こういう結論を出しているわけでございます。これは国家公務員も地方の公務員につきましてもおおむねそういう問題意識を持っておりまするので、やはり国家公務員に準じて、国家公務員を標準といたしまして定年制度をしくことが現下の情勢におきまして適当であろう、こういうふうに考えておるところでございます。
○和田静夫君 さっき公務員部長お答えがあったんですが、もう少し地方行政委員会としての自主性を持った論議をしたいと思うんですよ。なぜならば、長い論議の経過というのは、振り返ってみますと、たとえば長野士郎行政局長はもう一貫して自治を強調されていたわけです、前の論議のときには。自治を徹底的に強調されていた。ところがその自治が全部飛んでしまった答弁というものを自治省の側からもらおうなんということは私は予想もしないのでありまして、特に今回の法律案というのは、私はかつての一九五六年、六八年当時の地公法改正案と性格が異なると思っているんです。 当時は国家公務員に定年制がなかったわけです。あのときは地方公務員だけに定年制がしかれようとしたんですよ。それで皆さん方いいと思っておったわけですよ。国家公務員と統一性を考えていなかったわけですから、独自性を持っておったわけですよ。ということは、必ずしも公務員制度の統一ということにこだわっていないということを立証してきたんですよ、ずっと。制度の統一、一貫性というものがなぜ今回だけ強調されなきゃならぬのか。これは公務員部長、ここのところは明確にしておいてもらいたいんですよ。国がやったら地方もそれに従わなければならない、けれども、地方がやることについては国は統一性は要らないというような形では困るんですね、これは。もっと独自性のある論議をしようと……。
○政府委員(砂子田隆君) いま和田委員からおっしゃっておられますように、三十一年なり四十三年なりの地公法の改正のときには、確かに定年制への道を開くといいますか、そういう形での法案を御提案申し上げたわけであります。これにつきましては、もうすでに御案内のとおり、当時の地方公共団体からいろんな要求がございましたし、地方制度調査会でもそういう御要望がございまして、何とかやはり新しい血を公共団体に入れる新陳代謝の方法がないかということで、それは公共団体独自が考えるべきことだというので、道を開くという意味で、地方自治の原則に立った形での地公法の改正ということを実は考えたわけであります。 ただ、先ほど大臣からも申し上げましたように、それから十二年たちまして、いろいろ社会経済的な変動、そういうことを考え、さらに国の雇用政策、そういうことを考えまして、六十年に六十歳ということが一つの眼目である。国からも、人事院総裁からの書簡にも示されておりますような方法でひとつ考えなきゃいかぬだろうということになりまして、そのときの御論議にもございましたが、国家公務員が定年制がないのになぜ地方公務員にだけ定年制をしこうとするのかという御論議もございました。そういうことを踏まえながら実はいままでやってまいりましたし、これからもやはりそういう意味での国家公務員の身分との関係もございますから、ある程度やはり整合性を合わせなきゃいかぬだろうと思っております。 ただ、出しておりますこの法案の法文の中にも、国家公務員と必ずしも一致しないという部分もあるわけであります。そういう点につきましては、公共団体が独自にやはり特例の定年を定めていけるという道をまた開こうといたしておるわけでありまして、全面的に国と全く同じにしようというつもりで本法案を御提案をしているわけではないことは御了解を得たいと思っております。
○和田静夫君 そこのところはわかっているんですが、したがって、私は公務員部長の答弁にちょっとひっかかったのは、言ってみれば、国が六十だから地方も六十だというふうにぶっきらぼうに答弁されますけれども、そこのところはいま行政局長が補足的に答弁をしましたから深追いはしませんけれども、先ほどの答弁はいまの答弁で両者で一本というふうに理解をしておきます。 そこで、この六十歳なら六十歳をいま言われるような形で見直す場合が出てきますね。その見直すような場合に、これは人事院は勧告を出すんですか。あるいは定年制導入の契機となったような形で、人事院総裁の書簡というような形をとられるというようなことを考えていらっしゃるんですか。あるいは、言いかえてみれば、総理府総務長官がまた物を言ったらそれを受けると、こういう形を考えていらっしゃるんですか。
○政府委員(斧誠之助君) 社会一般の情勢の変化、これには常に留意して研究を怠らないようにしなくてはならぬと思っておりますが、したがいまして、将来六十歳という定年年齢を変更する必要性があるという場合もあるであろうと思っております。 その場合にどういう処理の仕方をするかということでございますが、今回、書簡で出しました件につきまして、人事院のそういう法令改正に対する処理の仕方ということが、衆参両内閣委員会でかなり問題になりました。人事院は、「勧告」あるいは「意見の申し出」という法律上の効果ある手段を持っておるわけでございまして、公務員法改正というような内容の意見が発生しました場合は、できるだけ法的根拠のある措置で次回はやりたいと、こういうふうに思っております。
○和田静夫君 法的根拠があるやり方をされる――そうすると、その見直す場合には、一体どういうような状況になったら見直すというふうになりますか。法的根拠を得るような作業に入りますか。
○政府委員(斧誠之助君) 先ほど西川参考人もいろいろ述べられましたですが、ああいう高齢化の状況が今後ますます進んでいく、その場合に、日本の労働力人口の就労配分などというものも問題になってくると思います。国もそういう雇用政策については、これから高齢化社会を迎えましていろいろ手を打っていかなくちゃならぬという情勢が来るであろうと思っておりますが、そういうことを踏まえまして民間も動いていくわけでございます。それで、公務員の方の公務の状況というものも、ますます福祉社会が発展するということになればいろいろまた変化もしてくるということでございますので、そういう諸変化を見きわめながら意見を策定してまいりたいということでございます。
○和田静夫君 先日の憲法問題にも関連することでありますが、私は、一律定年制を法制化することは、憲法によって保障された労働基本権を著しく制約する、こういう立場に立って論議をしていることは御存じのとおりであります。能力のある知事さんや市長さんたちは、それぞれ職員団体との交渉を経ながら、それぞれのところで自発的に定年制度というものを持っているわけですからね。したがって、それまで私は否定をしているわけじゃありません。もっと言えば、違憲、違法であるとさえ私は法制化については考えているわけでありまして、ここのところは長い間論議をしてきましたからきょう蒸し返そうとは思いません。後ほど人事院総裁との話の中では若干やりたいと思っていますが。 そこで、先日もありましたが、公務員は国民の利益を確保するため最低限の労働基本権の制限をこうむることがある、こうむらざるを得ないというような意味での話があったわけですね。定年制を導入することによって国民はどういう利益を得るのでしょうか。
○政府委員(砂子田隆君) 全体的に定年制を施行するというのは、ある意味では地公法で言っております能力実証主義みたいなものと非常に兼ね合いが生じてくる問題だと思っております。この問題はもともと、ある一定の年齢に達したときに、世間一般で言われますように能力が減退をするだろう、そういうときに、公務について若干でも能力が劣るというのは、ある意味では住民へのサービスに欠ける点が出るのではないかという危惧があることも私はあるだろうと思っております。そういう意味で、新陳代謝が行われることによって、国民へのサービスというもの、あるいは住民に対するサービスというものがより向上できるという前提に立ては、この定年制というものも、ある程度国民の利益というものに還元されるだろうというふうに理解をいたしているわけであります。
○和田静夫君 そこのところは行政局長、さっき西川参考人のお話のときにいらっしゃいませんでしたからあれですが、たとえば経験、熟練、判断力は低下をしない、一九六〇年のアメリカ労働省のいわゆる一般事務職員を対象とする調査結果というようなものを中心としながらそんなお話がありました。私たちはそう考えていました。いま前提的に、能力が低下するからというような、肉体的やその他の問題は別として、ということを私はがえんずるわけにはいきません。効率の上昇というような形でもって国民が利益を得ることができるんだという一般論で片づけられることではないと思っております。これはもうほとんどの府県、大都市、中都市がさっき直言っているように自発的定年制度的なものを持っているわけですからね。それを、五十七、五十八で持っているものを六十にされるわけですから、六十にするということによってさらに国民的な利益があるんだというような、そんな論理にならぬじゃないですか。
○政府委員(砂子田隆君) これは、先ほど申し上げましたように、そういう一つの考え方もあるのではないかということをお話を申し上げたわけでして、全体的にすべての人間が全部能力が同じだというわけでもこれはありませんが、一般的にやはり新陳代謝を進めていくということは、長期的に見て公務の能率というものを考えた場合には、国民に還元するという部分が非常に多いわけでもありますから、そういう点では定年制というのをある程度しくことに合理的な理由があるだろうと思っております。 お話がございましたように、いまおおむねの公共団体というのは五十七、八歳、そういうところで定年、ある市におきましては六十というところも現在あるわけであります。しかし、現在の人間の能力と申しますか、社会的な変遷というのもずいぶん私はこれはあると思います。私たちが子供のときには平均寿命というのは五十歳ぐらい。いまで言えば、もうすべて七十六歳とか七十七歳とか、そういう形で大変人間の寿命も延びてきておる。そういう中での能力の実証というのは、一人一人を見ますと、大変乱はむずかしい問題があるだろうと思います。 そこでこの間も、人間の能力というのは年齢によってどのぐらい違うのだという御質問がございました。しかしこれとても私は確たる証拠を示すべきものはないんだと思います。ただ、社会一般的に大体、おおむね民間でもそうなってまいりましたし、そういうやり方の方が一応社会的に認容できる範囲内ではないかというところが定年をしく一つの大きい理由にもなっているのだと思っております。そういうことであるとすれば、国民の側から見ましても、公務員だけが長い時間身分保障をされているというよりは、ある程度年限が来たときに民間とはずを合わせておくということの方がやはり合理性が高いのではないかという意味に私は定年制をしく理由があるのだというふうに理解をしているわけであります。
○和田静夫君 いわゆる定年制度そのものを、われわれが自発的に、いろいろ市民との関係、県民との関係を考えながら考えていないわけじゃないんですよ。そもそも大阪市でもって五十五歳を約二十年も前に提言をしたのはわれわれの方ですから。しかも中馬革新市長になってやったわけじゃないことは御存じのとおりでありまして、中井保守市政のときに、われわれ自身がいわゆる公務員制度を考えながら、しかもそれは団体交渉事項であり、労働条件というものはみずからのお互いの対等の能力に基づいて当事者能力で決めようじゃないかという形でもってずっときたわけでありましてね。それが基礎になりながら全国的なずっと影響を与えていった歴史を語るまでもない。そこの部分を私は何も頭から否定しているわけじゃない。 問題は、あなた方が一方的に上から法制化をする、その法制化は憲法違反の疑いさえある。この国は不幸ながら憲法裁判所がないですからね。法律ができたからこうだという形の論議ができない不幸な状態にあるからすぐ結論が出ないにしても、私はそう言っている。ここのところを問題にしている。そうすると、単に抽象的な、効率が上がるというような形の利益があるんだという答弁では納得することができない。 財政局長お見えではありませんが、たとえば定年制の導入によって財政支出への効果はどういう形で試算されたんですか。
○政府委員(矢野浩一郎君) 定年制の導入に伴う財政効果の具体的な試算はまだいたしておりません。 ただ、今後、現在の地方公務員の職員構成から申しまして、現在行われておりますところの事実上の勧奨退職制度等を運用してまいりました場合に、今後退職者がかなりふえてまいるという事実はございます。この辺につきましては、私どもの方も大ざっぱではございますが、今後中期的な十年ぐらいの間に退職手当がふえてくるというようなことを計算をしてみたことはございます。また、それに対してどのように財政的に対応していったらいいかというようなことの検討もいたしつつあるところでございます。
○和田静夫君 余りいやがらせ的なことをしたくないんですが、行政局長、いま矢野審議官がお答えになりましたが、その辺だろうと思うんですね。しかし、あなた方は国民に利益を与えるために六十歳でおやめなさい、こう言っているんですよ。では、具体的に国民に何の利益があるんですか、財政効果はどうなんですかと言ったら、財政効果は試算をせずにこの法律案をつくったと。こんなの許せませんよ。そうでしょう。あなたは賃金の専門家です。給与改定の問題などもずうっとあれしていかなけりゃ出てこないんでしょう。そういう資料を全部出してください。そうでなかったら論議できませんよ。どういう形で財政の効果が生まれるんですか。帰って責任持って説明できない、私は。武蔵野の市役所の職員が六十歳で切られることになりました、市民の皆さん、と言って説明をしなきゃならぬ。資料をください。
○政府委員(砂子田隆君) いま矢野審議官からお答えをしましたように、財政効果を試算をしたという資料はないということを申し上げましたが、私は、そういう資料をいまどうやってつくるかということも、大変これはむずかしい仕事だと思います。 先ほど申し上げておりますように、一人一人の人間の能力の実証というのは大変むずかしいことも申し上げましたし、といって社会一般的に、それじゃそういう公務員だけがいつまでも身分保障をされていいのかということにもやはり社会一般にいろんな疑問もございましょうし、そういうところのいろんな兼ね合いがこういう定年制を導入するという形になってきているわけでありまして、公共団体の側でもある程度やはり新陳代謝をしていかないとなかなか住民の批判にたえられないということもございましょうし、そういうことが総合的に定年制というものを制定をするという一つの方向に私は向かってきたと思います。 民間におきますいろいろな企業の状況を見ましても、やはり定年をしくということがおおむねの企業の、まあ何歳であるかは別としまして、定年をしこうじゃないかという、そういう考え方はあるわけですから、別に財政効果が非常にいいから定年をしく、財政効果が非常に悪いから定年をしくという議論でもなさそうだという気もいたしますし、その辺は非常にこもごもむずかしい部分があるというふうに内心思っております。
○和田静夫君 もう砂子田さんは前言を全部覆していくんだけれども、今枝信雄さんの公務員法の本をわれわれは昔読まされたんです。皆さん勉強しろ勉強しろと言うから読んだんだ。あの中にはちゃんと財政効果というのを書いているじゃないですか。定年制を設けたいというのは、実は財政問題なんだと。ちょうど三十年前後の地方自治体財政再建の問題が華やかなりしころですよ。いまの広島知事――今度参議院の補選に出られるようですが、宮澤さんが千葉県の総務部長時代に、私は千葉の担当者として千葉の財政問題を一生懸命論議したことを思い浮かべますよ。 そんな歴史的な経過をあなた全部否定してしまって、ここで抽象的に効率だと、そう言われたってだめだって言うんだよ。定年制というのは二十年間論議しているんですから。そして、国公法ができた以上、私はこれとの見合いにおいてここで最も具体的な論議をして、そして与党の皆さんと私たちが合意が成り立つか成り立たぬか、初めから私は申し上げているんですよ。
○政府委員(砂子田隆君) この問題は、今枝さんが公務員法を書かれた時期といまとでは大変社会情勢が異なっていることは、もういまさら申し上げるまでもないと思っております。例の三十一年なり、そのときの議論というのは、むしろ市町村における財政再建団体というものが非常に続出しておりまして、職員の整理でもしない限りはなかなかあの当時の市町村の財政力あるいは財政が置かれている基盤、そういうものから申し上げますと、私が申し上げるまでもなく、大変厳しかった時代であります。財政再建措置法などというものをつくりまして、何とか市町村の財政を措置しなきゃいかぬという時代もございました。そういうところから考えますと、あの当時にはむしろ市町村にとって高齢者をどうするかというのは非常に大きい問題であったことは私からも申し上げるまでもないと思います。そのとき書かれた著書には、だからそういうことが私は書かれていると思っております。 ただ、現在それがすべて妥当するかというと、やはり時代の変遷でありまして、人の説というのはそれぞれ変わっていくというのは私は当然あり得べきことだと思っておりますから、いまにそのことがすぐ妥当するかと言われたら、私はすぐそのことが全部全面的に正しいんですという議論はできないのではないかと申し上げているだけであります。
○和田静夫君 まさにその解釈法的ドグマに立つのがあなた方の立場でありまして、この辺へ来たらもう法の解釈はこういうふうになるという答弁されているんですが、そんなことばかりやっておったら後からまた詰まってくると思うんだけれども、砂子田さんらしい答弁だとは思って聞いていますけれども、私は。 しかし、この国会はあなた、行革国会でしょう。財政問題を中心にした国会でしょう。そこでこの問題を論議しているんでしょう。まさに財政効果というものが頭のこの辺にもないという状態では論議にならないじゃないですか、それは。幾ら何でも、いまの答弁は余りにもひど過ぎる。
○政府委員(大嶋孝君) これは先生御案内のように、この定年制度といいますのは組織体の新陳代謝を促進するわけでございまして、計面的に、かつまた安定した人事管理の確立を図りまして、それを通じて人事の刷新ないしは士気の高揚を図っていく。そこで行政能率の向上をさせるということを目的としてやっておるわけでございまして、財政上の赤字対策というようなことで行われておることではございません。 そこで、定年制度が実施されたといたしましても、定年前の、先ほどお話がございました、いままでの勧奨の状況あるいは再任用制度の活用状況というようなことのいかんによりまして財政に与えます影響は大きく異なってくるわけでございますが、大まかに申し上げますと、六十歳定年といった場合に職員の平均年齢が上昇するだろうということが予想されるわけでございまして、そういたしますと短期的には給与費は若干上昇するということにならざるを得ないわけでございます。しかしながら、今後の職員の高齢化に伴いまして勧奨による退職年齢の上昇、あるいは勧奨応諾率の低下といったものが予想されるわけでございます。そういった事態を考慮いたしますと、長期的には計画的な人事管理を可能にする定年制度の実施というものは財政的にもメリットを及ぼすであろうというふうに考えておるところでございます。
○和田静夫君 賃金体系などの手直しが行われないで、そういう形になりますか、これ。
○政府委員(大嶋孝君) 賃金体系の手直しと申しますと、給料表そのもののことでございましょうか。
○和田静夫君 も含んでね。
○政府委員(大嶋孝君) 一般的に私どもが感じておりますのは、現在のまま、現在たとえば五十七、八歳で勧奨しておったというのが六十歳になるということになりますと、現在の給料関係等から申しまして、私は若干上昇するであろうというふうに思っております。
○和田静夫君 ちょっと、細かい論議にたえられないという答弁になっているようですから、武士の情け、その辺であれしておきますがね。ちょっと困るんです。基礎的なものを何も出さずにこの法律案をぶつけてきて、そうして通してくれ通してくれと言ったって、それはやっぱり無理ですわ。大体きょうでこの法律案は通らぬということの見通しがつきましたね、論議の上では。 ちょっと聞きますがね。それじゃ、この法律の施行後五年間、定年退職に達する職員数を一年。とに何人、トータルで何人というような数字はちゃんともう調査は終わっているでしょうね。しばらく私は地方行政委員会を離れていましたからあれですけれども。
○政府委員(大嶋孝君) 御質問のことでございますが、定年の定め方につきまして各地方公共団体の条例にゆだねてわりまして、かつまた、実施時期も六十年ということでございますので、現在の時点におきましては定年制度の実施時期に何人退職するかということは予測することが困難でございます。ただ、現在の時点で一定年齢を抑えてその年齢以上に該当するのは何人かという数字を申し上げますと、五十五年四月一日現在、全地方公共団体において六十歳以上の方が二万一千人余ということでございます。
○和田静夫君 これもちょっと不満ですけれども、深追いはやめましょう。 そこで、問題になるのは、一体あなた方公務員部というのは何だというのが問題なんです。いまのようなことを言っているんじゃとても話にならぬわけでしょう。上から法律をおっかぶせておいて、そして将来効果が出てきた場合にいろいろ計算をするんだと。こんな公務員部というのは、公務員部ができたときのあの三原則は一体どこへ行ったんですか。皆さん方の公務員部ができたときに、屋上屋を重ねるようなそんな組織要らぬじゃないかという論議もしましたよ。あるいは自治体労働運動そのものをいろいろとチェックし、弾圧するために公務員部をつくるんですかというような論議もいたしましたよ。しかし、当時の藤枝自治大臣は、そんなことはありませんというようなことで、御存じ三原則が一九六七年に確認をされましたね。この三原則は生きていますね。 ちょっと公務員部長、この三原則と自治省の態度を言ってください。
○政府委員(大嶋孝君) 三原則と申しますのは、一つは、公正中立の立場で行政の指導をする。もう一つは、地方公務員の待遇改善、定員確保あるいは権利保護のために絶えず行政上注意を払い積極的に発言し、行政指導を行うべきである。それから、賃金紛争については地方自治体の自主性を侵すような介入指導はすべきではない。これがいわゆる自治労のおっしゃっておる三原則ということでございまして……
○和田静夫君 何も自治労が言っているわけじゃないよ。
○政府委員(大嶋孝君) 失礼いたしました。これが三原則でございます。 基本的には私どもは生きておると思いますし、また、こういう立場で指導をしておる、あるいは仕事をしておるということでございます。
○和田静夫君 そういうことですね。そうすると、その三原則の第一点の問題なんですよ。公正中立の立場での行政指導なんですよね、あのとき確認したのは。公正中立とは何かと言えば、何に対する中立なのかということも論議をいたしました。何に対する中立かと言えば、それは自治体当局と、そして言ってみれば職員団体に対して中立という、そういう原則が国会で確認をされているわけです。 ところが、定年制導入に対して、地方団体からの要求がありますありますと、自治大臣は何遍も言われたんですが、それでは、その中立の一方の職員団体の側からは、法制化は困る、われわれは自発的に首長と話をして自分の定年は決めます、したがって、何も法制化をしてもらう必要はありませんと。ありませんという意見の方は一体どうされたんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 地方団体からも御指摘のように法制化を進めてほしいという要望もございますし、また、労働団体側からもいろんな御意見を承っておるわけでございます。そうした中で今回の定年制法案というものを御提案申し上げておる状況でございます。
○委員長(上條勝久君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○政府委員(大嶋孝君) 定年制度に関しまして、公務員共闘、地公労、自治労その他から、いろいろと会見もございましたし、申し入れも聞いておるところでございます。 しかしなながら、現在、多くの地方公共団体におきまして高齢職員につきまして退職勧奨制度を実施しておりますし、職員の新陳代謝を図っておるわけでございます。しかしながら、いまの退職勧奨制度というのは、退職を最終的には職員の意思にかからしめておるということから制度的な保障が欠けておるということでございまして、いまの勧奨退職の制度をもっていたしましては、長期的かつ計画的な人事管理はなかなか行いがたいというような状況にございます。 そこでこの定年制法案を提案をいたしたわけでございますけれども、この定年制ができますということになりますと、職員側から見ました場合でも退職の時期があらかじめ明示されておりますので生活設計のめども立てやすくなるだろうと思いますし、定年に達するまでは身分が保障されますので、安んじてその職務に精励することができるだろうというようなことが考えられるわけでございます。 以上のようなもろもろのことを考慮いたしまして、この法案を御提案をいたしておるということでございます。
○和田静夫君 将来の生活設計やその他についてはいろいろのことを考えるから、職員の側も、あるいは良識的な理事者の側も、全部考えながら勧奨制度その他というものをちゃんとつくり上げて自発的に運営してきているんですよ。何も法制化をする理由には一つもならないんで……。 一番問題は、私は先日も申しましたけれども、一九八〇年代後半、それから二十一世紀に向かっての展望を全然欠いておいて、そして法律でもって定年制をつくってくる。その展望の部分については具体的に何も私の質問に答えられなくて、そして計画性だと言ってみたところで、そんな計画性なんというものは全然信用できないじゃないですか。 三原則の第三点を考えてみましても、人事管理についての地方団体の自主性の尊重なんですよね、さっき言われたとおり。そうすると、一律定年制を導入しなければならないということは、いまも答弁にありましたが、人事管理についていろいろ考えていらっしゃる。しかしそれは自主性の剥奪でしょう。自治体の自主性の剥奪ですよ。少なくとも過去の法案よりも今回の法案というのは地方団体の自主性の幅を狭めているわけですよ。これはもう間違いないわけですね。それは長野士郎行政局長が自主性を非常に強調されたときの答弁よりもぐっと狭まっているわけですよ。砂子田局長はそれを広げて答弁されているんですが、法律案そのものは、あのときと違って条例で設けることができるというような状態のものではありませんから、それは狭まっているんです。ここのところを、公務員部ができた原則の第三点との兼ね合いで公務員部長はどうお考えになるんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 第三点につきましては、「懲戒処分等につきまして、個々の具体的な問題について強制にわたるような指導等は絶対にいたさないつもりでございます。」というふうな自治大臣の答弁があるわけでございます。私ども、この定年制法案を提出いたしておるわけでございますけれども、先ほどから申し上げておりますように、分限等につきまして基本的に地方自治の本旨に基づいて法律で定めるわけでございます。そういう趣旨にのっとっておるわけでございまして、個々具体的な問題について強制にわたるような指導といったようなことをしておるつもりはないわけでございます。
○和田静夫君 全然それはもう答弁にならないんですね。自治体の裁量権というのを一体どういうふうにお考えになるわけですかな。
○政府委員(大嶋孝君) 基本的には、地方自治の本旨に基づいて地方団体が自主的に地方自治に関することは行うというのがそうであろうと思います。
○和田静夫君 そうでしょう。それだから、そういうふうな形でもって退職勧奨がうまく機能しているんです。そうすれば自治体は、何も法律でもって定年制を決めてくれなくたっていいんです。昭和六十年代に勧奨が機能しなくなるという根拠、これも説得力のある根拠は結局示されなかったわけですね。それから、一部でうまく機能しない、あるいはまた今後機能しなくなるかもしれない。しかしそれは一部のことであって全体ではないわけです。そして、あなたたちが何遍も答弁されているように、多くの自治体ではうまくいっているんです、これ。ちっぽけな少しのところを目標にして、あるいは私がこの前の委員会で至言いましたが、人事の、採用等についても旧態依然たるような形で大変情実人事が残っているようなところでどうも勧奨退職がうまくいかない。そこの村長さんや市長さんはお手上げたから政府頼む、定年制しいてくれと。そういうものが基本にありながら法制化への道というものがいま図られようとしている以上、私はこんな法制化を許容するわけにはいかない。自治体の自主性というものが十分に発揮されているところのものが阻害されていく、そういうような法律でしかない。まさに公務員部は、それができ上がったときの三原則の基本的な立脚点というものを放棄してしまって、公務員労働者の権利侵害部とでも言いますか、あるいは自治体に対するところの自主権侵害部とでも言いますか、そんなような作用しかしないというようなことじゃ非常に困るわけですね。 私は、三原則の第二点の地方公務員の適正な待遇改善、公務員の個人的な権利の擁護等を通ずる人事管理、これは最近の、勤務条件に対していろいろと公務員部がやられる、そういうものと一体どういう関係にあるのだろうということをこの機会に改めて読み直してみたら思い浮かぶんですよ。これはどうするんですか。公務員を擁護する立場ででき上がったあなた方が擁護しない立場に立つということは許されないわけですからね。
○政府委員(大嶋孝君) 私ども、もちろん地方公務員を擁護しないということではございませんし、別に地方公務員はけしからぬとは決して言っておりません。ただ、給与問題等々の御指摘を含めてのお話であろうと思いますけれども、やはり現在の状況の中におきまして非常に高いというところで、そのためにいわゆる地方自治というものが信頼を失うというようなことになっては、これは大変困ることであろうと思いますので、そういう点につきましてはやはり適正な助言、指導というものをやるのは私どものまたこれも務めの一つであろうと、このように思っておるところでございます。
○和田静夫君 地方公務員の場合に、国家公務員を「基準」とすると、こう法案にあるわけですね。この「基準」とは一体何ですか。「基準」の意味ですね。
○政府委員(大嶋孝君) 「基準として」「定めるものとする。」といいますのは、当該地方公共団体におきまして、特別の合理的な事由がない場合には、国の職員について定められております定年と同一の年齢を定年として定めるべきことを意味するものでございます。 国の職員と同じ定年を用いるということにつきましては、職員の新陳代謝をかえって阻害し、定年制度導入の本来の趣旨を没却することになるというような事由のある場合には、国の職員の定年と異なる定年を定めることも許されるわけでございますけれども、その異なる幅と申しますのは、国と異なる定年を定めることを必要とする事由の強弱の程度にもよりますので、一概に何歳ならばというようなことは言えないと思っております。
○和田静夫君 常識的な解釈なんですが、砂子田さん流の法解釈によるともっと幅が広がる。私はもう少し謙虚に考えてみて、プラス・マイナス二、三歳というようなことでいいんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 特別の事由がない限りは同一年齢だというふうに私どもは理解をいたしております。
○和田静夫君 二十八条の二の第三項、「その職務と責任に特殊性があること」云々により「国の職員につき定められている定年を基準として定めることが実情に即さないと認められるときは、」云々と、「条例で別の定めをすることができる。」、こうなっているわけですね。そうすると、国にない職種について国とのバランスをとるというときに基準がないわけですね。これは何を基準にしますか。
○政府委員(大嶋孝君) 恐らく今後人事院規則等、それぞれ国家公務員につきまして作成をされるものと私ども理解をいたしておるところでございまして、それらを十分参酌しながら、この定年制度の実施に当たりましては指導してはまいりたい、かように考えております。したがいまして、そういうものを見た上でまた考えなければならない問題であると思っております。
○和田静夫君 私は、国々と言われることについては、先ほど意見述べましたから余り何遍直言いませんけれども、あなたはさっき基準は六十だ六十だ、こう言ったんですよ。あなたの答弁は全然応用の範囲がない答弁で、ぶっ切れておったんです。ちょっと具体的に突っ込んでみると今度は、国が何かつくったときと、こうなるわけですね。もう少し自主性のある判断というものはなかったんですか、この法律案を作成する過程で。国から言われたから国家公務員法に準じてただつくっただけだと。そんなことないでしょう、あなたみたいな優秀な人が。
○政府委員(大嶋孝君) 具体的には、たとえば僻地の医者等があろうかと思いますが、その他のものにつきましてはなお今後よく検討いたしたい、かように考えております。
○和田静夫君 これはとても、その答弁了解するわけにはいきませんよ。
○委員長(上條勝久君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○政府委員(砂子田隆君) この基準の問題は、衆議院におきましても、あるいは当委員会におきましても、自治省が答えておる答弁は同一でございまして、公共団体におきまして、特別の合理的な理由がないという場合には国と同一の定年を定めるというのが基準であるということを前々から申し上げているわけであります。したがいまして、国にない職種をどうするかという問題になりますと、それはどういう職種が現実にないかということを具体的に調べ上げなきゃならぬという問題があると思います。国もいろいろな問題につきまして特例定年をこれから定める、あるいはどういう職種がそれに該当するかということを人事院の規則で決めることになっております。まあそういうものを見ながら当方もそれと比較しましてそれと均衡を失しないような年齢を定めていかなきゃならぬと思っておりますけれども、基本的には、そういう基準というのは、特別な合理的な理由がない限り国と同一の年齢を定めるんだということがこの基準という意味であります。
○和田静夫君 昔の地方行政委員会なら時間がないからと言わなくて済んだんだけれども、納得がいくまで自由に論議させてもらったんだけれども、最近は何かこうおまえの持ち時間これだけだなんて言われているものだから、時間が気になってくるからあれですが、どうだろう、これ少し理事会で、納得のいくまで論議をさせてもらうという昔のよい地方行政委員会の論議の伝統に返りませんか。これ、後で理事会を一遍開いてもらって……
○委員長(上條勝久君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○和田静夫君 そこで、基準という言葉を使っている法律のリスト、条文のリストを挙げてください。
○政府委員(大嶋孝君) 労働基準法があると存じます。(「そんなものじゃあるまい。基準とたくさん使っているでしょう。だめだよそんな答弁じゃ。」と呼ぶ者あり)――地方公務員法、それから警察法、消防組織法、教育公務員特例法、地方公務員災害補償法といったような中でそれぞれ使っておるようでございます。
○和田静夫君 そこで、使われている基準という言葉は、今度の地公法案のそれとどういうふうに異なりますか。
○政府委員(大嶋孝君) これは、それぞれの法律によりまして、そのいわゆる基準の読み方というのは必ずしも一様ではないと思いますし、それぞれ若干の幅があるようでございます。
○和田静夫君 やっぱり幅があるんですよ、それだから。さっき行政局長まとめられたんですが、せっかくのおまとめですけれどもね……
○委員長(上條勝久君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○政府委員(砂子田隆君) 基準というのは、内容的に法律の中でそれぞれを考えなきゃならぬことはいま公務員部長から申し上げたとおりでありますが、たとえば労働基準法の「基準」というのは、最低基準ということを示しております。それから教員の給与法の「基準」というのは、およそ国と同じだと、こういう意味で使っております。 ですから、基準の幅と先ほど公務員部長が申し上げましたのは、そういう最低基準を決めたものもあるし、ある意味では同じだというふうに決めた基準もありますし、標準だと、こう決めているのもありますし、「消防力の基準」のように最低を決めるというのもありますから、そういう基準というものについていろいろな幅があるということを公務員部長が申し上げたわけであります。
○和田静夫君 いや、それはそうなんですよ。私もそのことが頭にあるからさっきから基準の論議をしているのであって、そのことが頭になけりゃ何も基準の論議なんかする必要はないんですから。したがって、何といいますか、言ってみれば法律の制度では基準と実態とには乖離がある。乖離がある状態があるんです。それはなぜだろう、なぜあるんだろうか。
○政府委員(砂子田隆君) この基準というのは、たとえばいま私たちが現に取り扱っております「消防力の基準」などから申し上げますと、現実にそういう消防力の基準の七割ぐらいしか充当できないということもあります。これはそれぞれの公共団体におきます実態から異なってきておるわけでもありますし、あるいはある意味ではいろんな点が実態とそぐわないということがありますが、法律上の基準――同じでなけりゃいかぬという場合の基準というのは、その法律そのものがやはり国と整合性をとらなきゃいかぬというように決められている基準の場合には、それは同じだという意味の基準に使いますし、最低基準というのは、少なくとも労働者の権利というものを保護するという意味から言えばそれが最低の基準ですと、それよりも大きいのは幾らでも構いませんというふうに決められることもありますから、それの個別における法域と申しますか、「基準」という同じ言葉でありますが、そういう対象によって考え方が全部還っているというふうに理解をいたしております。
○和田静夫君 そこで、いまのことを余りやっておってもあれですから、この法律案で、「職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより国の職員につき定められている定年を基準として定めることが実情に即さないと認められるときは、当該職員の定年については、」「国及び他の地方公共団体の職員との間に権衡を失しないように適当な考慮」を払い、「条例で別の定めをすることができる。」、こうなっているわけです。 一方、国家公務員法の方は、第八十一条の二第三号で、「その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢六十年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 六十年を超え、六十五年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢」とすること、こうなっていますね。 地方の職員についていま言ったような事情があるときは、これは六十五年を超え、条例で別の定めをすることができる、こういうふうに類推的にいきますね。そういうことはできますか。それとも、六十五年を超えない範囲内で別の定めをすることができる、こういうことになるんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 国の定年年齢が定められておるといたしまして、それを超えて定める合理的な理由がある場合には、それを超えて定めることもできるというふうに思っております。
○和田静夫君 六十五年を超えてね。
○委員長(上條勝久君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後零時三十分まで休憩いたします。 正午休憩 ―――――・――――― 午後零時三十五分開会
○委員長(上條勝久君) ただいまから地方行政委員会を再開いたします。 地方公務員法の一部を改正する法律案を議題といたします。 休憩前に引き続き質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言を願います。
○和田静夫君 前後するわけですが、総裁がお見えになりましたので、まず、地公法が制定される以前に八百八十八の地方団体で定年制があった、にもかかわらず、地公法の制定時にこれら自治体は何もアクションを起こさなかった、こういうことでしょうかね、先日来の答弁をあれしてみると。この辺は、自治省まず……。
○政府委員(大嶋孝君) 御指摘のとおり、地方公務員法制定当時に定年制度を持っておりました地方団体が八百八十八あったわけでございます。これらが地方公務員法制定の際にどんな要望等を行ったかということにつきましては、残念ながら資料が残っておらないわけでございます。 ただ、制定当時定年条例を持っておりました県から、この法律の制定直後に照会が一つ来ております。それにつきましては、これは二十五年にできておりますので、二十六年の早々に、その条例が効力を持つかどうかという照会が参っておりますけれども、法制定当時にどういう動きがあったかというのは、どうも残念ながら資料が残っておりません。
○和田静夫君 それで、藤井総裁、実は鈴木俊一さんに参考人でお見え願ってそのくだりをと思ったんですがね、きのうのきょうだったものだから、きょうはちょっとぐあいが悪いということで、総裁は当時担当の課長さんでもいらっしゃったわけですから……。 一つは、先日総裁が退席された後、任用局長が、地公法制定当時は定年制の必要がなかった、情勢が変わったのだと言われたんです。これは、私はちょっとやっぱり認識が違うんじゃないか。なぜそう思うかと言いますと、もちろん藤井論文というのも頭に置きながら質問しているのでありますが、八百八十八の地方団体が定年制を採用していたということは、当時必要があったから採用していたんだろうと思うんですね。八百八十八の自治体が必要もないのに定年制をしいていたということにはならない。したがって、藤井総裁にかわって任用局長が答えられていますから、ここのところはまず訂正されるなら訂正をしておいていただきたいと思うんです。
○政府委員(藤井貞夫君) お答えをいたします。 はなはだ言葉が適切でないかもしれませんが、世の中では十年一昔というふうに申しますが、私が地方公務員法制定に参画をいたしましたのは、思えば茫々三十年の昔でございます。したがいまして、非常に確信を持って正確に当時の状況等を申し述べて、これに絶対誤りありませんと言うことは少し僭越ではないかという感じもいたします。しかし、私もいろいろ経験をしてまいりましたが、この地方公務員法の制定に参画をさせていただいた当時の実情というものは、なお脳裏にはっきり残っておるものも多々ございます。そういう意味で、できる限り記憶を呼び起こしまして、お答えができる限りのことは申し上げたい、そういう前提でございますので、よろしくお願いを申し上げます。 ところで、いまの公務員法制定当時、地方団体、市町村を中心に八百八十八の団体でもって定年制をしいておった。そういうところから、この定年制に関する規定を地方公務員法に入れないということについて、何らかのアクションがあったのではないかという御質問でございます。 若干、その当時のことを申し上げさせていただきますと、実は私、いま御指摘がございましたように、当時自治庁の公務員課長といたしまして、本法案の立案に参画をさせていただきました。当時私の補佐として一緒に仕事をいたしました中心の職員がございまして、これは二人でございます。一人はいまの法制局長官の角田橿次郎君、もう一人は現在広島県の知事をやっております宮澤君、この二人を相手にいたしまして仕事を進めさしていただいたのであります。 当時の情勢についてちょっと御参考までに申し上げたいと存じますが、この地方公務員法というのは、なかんずく国家公務員法に関しまして、当時点領下でございまして、アメリカからフーバー使節団というものが参りまして、アメリカにおける人事行政の従来のあり方、そういうところから見て、いわばかくあらまほしという公務員制度のあり方というようなことを頭に描きながら、日本の場合においては占領下で、いわば白地に物をかくようにできるのではないだろうかというような思惑もあったのでございましょう、大変強力な指導といいますか、示唆というものが、なかんずく国家公務員法の制定についてはあったことは、これは先生も十分御承知のとおりでございます。場合によっては、やはり憲法その他と同じように、この草案については一言半句変更を許さないというような強い姿勢も示されたことがございました。 しかし、その後国家公務員法ができまして、それと並行して地方公務員法の制定準備に当たっておったわけでございますが、そのときに私が感じましたのは、実は国家公務員法の制定をもって占領軍の方も大体目的を達成したと見たのでありましょうか、また、地方公務員法というようなものについてはそれほどの関心がなかったせいかもしれません。向こうの容喙の程度というものは、私が感じましたところでは、さほどのものではなかったという感じを大変強く持っております。フーバー氏に呼ばれて参りましたのも最初の一回だけでございまして、後は係の人々との連絡を保ちながら仕事を進めたという記憶がございます。 最初に地方公務員法の制定に当たって私たちが腐心をいたしましたのは、第一は、やはり基幹として近代的な公務員制度の理念というものは、でれば当然国家公務員法と同様に取り入れなければいけない、これはもう当然でございます。これは御専門の皆さん方でございますから、私がここでるる申し上げることは差し控えさしていただきますが、近代的な公務員法というものの骨格を導入していく、それが基本でございます。その場合に、地方団体、しかも当時は町村合併がまだ進んでおりませんでしたので、全国に一万数千の地方団体がございました。そういう現実を踏まえまして、これに対応するのには近代的な能率的、民主的な公務員制度というものを原則的に導入をする、その原理は取り入れていく、それは骨格でございますけれども、それを現実の地方団体に当てはめるためにはどうすればいいかということでございます。 その原則は、私は二つにしぼられると思っておりました。その一つは、何よりもやっぱり憲法で保障する地方団体の自主性、地方団体の自主性というものをできる限り尊重しなければならぬ、それをどうしていくかということが一つ。第二は、地方団体と一口で申しますけれども、これはやっぱり都道府県というものがあり、また市町村というものがある。また、市にいたしましても、大変大きな大都市から、町村でいけば人口のごくわずかな、何百といったようなところまで非常に雑多でございます。多様性があるということで、この多様性に制度としてやっぱり対応できるものでなければならぬのではないだろうかということでございまして、公務員制度の理念というものを骨子としながら、それに地方団体の自主性と多様性というものをどのように調和させていくかということに最大の眼目を置いたわけでございます。当時としては大変苦労はいたしましたつもりでありまして、大体大筋としては現行地方公務員法というものがそういういきさつででき上がったというふうに承知をいたしておるわけでございます。 いまの御論議の中心になっております定年制について申し上げますと、かなりの地方団体で定年制を現実に持っておったということがございました。しかし当時、いま自治省の方からも御説明があったようでございますが、私自身といたしましても、自覚しているものとしては、それらの地方団体からのリアクションあるいはアクションというものはこれはほとんどなかった、絶無に近いようなものではなかったかというふうに考えております。私自身が何か陳情その他でもってお会いして内容の趣旨の説明を受けたという記憶も全然ございません、これははっきり申し上げてよいのではないかと思います。 これは私なりの独断的な解釈かもしれませんが、当時なぜそういうことがあったのか、現実にいままでそれでもって人事管理がうまく推移してきておった、それがなくなってしまうということについて何かやはりアクションがあってもいいんじゃないかと思われますが、当時なかったことは私は主として二つの原因があったと思います。 一つは、先刻も申し上げました占領下という異常事態でございました。しかも国家公務員法というものがこれはやはり司令部の草案を提示を受けて、そのとおり一字一句も改めてはならぬぞ、修正してはならぬぞというような強い働きかけがございましてそれができ上がっていったという経緯等も地方団体側も恐らく承知をしていたと思います。そういうことがございまして、同じようにやっぱり地方公務員法についても、これはとやかく言ったってしようがないんだろうという一つのあきらめといいますか、そういうものが根底にあったのではないだろうかということが一つでございます。 それからもう一点は、地方団体の中で定年制を持っておりました中で、特に従来からのいきさつで長年の労使の話し合いの積み重ねでもってうまく本問題を処理してきておったのは、これは先生も御承知のように大都市、特に私の評価では一番よくやっておったのは大阪市です。大阪市とか、東京もそうですが、一番よくやっていたのは大阪市だと思います。その大阪市等においてはそういう慣行が長年の積み重ねででき上がっておる、したがって、これは定年制というものを制度的につくらなくても、実際に話し合いでもって従来もやってきておるし、現実の話し合いの結果としてそういう運営をしていけばそれで事足りるのではないかというような見通しがあったのではないだろうか。制度はなくなっても実際の話し合いでもってうまくやっていけばいいじゃないかという気持ちが強かったのではあるまいか。私はいまから考えましてそういうふうに理解をいたしております。
○和田静夫君 それからもう一つ、ちょっと前後いたしますが、総裁がいらっしゃる間に総裁にだけまずお聞きしておきますが、これはこの委員会でも佐藤委員が論文を引用していますけれども、自治庁の公務員課長当時に総裁が「自治研究」第二十七巻第四号にお書きになった、いわゆる「地方公務員法逐條示解」という論文の中に、申し上げるまでもなく「近代的公務員制度の理念は、能力実証主義を根幹とするものであって、職務遂行の通報性を有する限り、年齢等によって、その取扱に差別をすることを認めない。長年の経験は、優秀な公務員を生むことは事実である。才幹ある職員を老齢なるが故に一律に淘汰することは、許されないところである。従って、本法においては、直接、停年制を否認する旨の明文はないが、少くとも本法の精神は、停年制を排除するものと解せざるを得ない。」、こういうふうに藤井総裁御自身がお書きになっているわけです。 ここで言われているいわゆる「近代的公務員制度の理念」と言われるものについてちょっと御見解をお伺いします。
○政府委員(藤井貞夫君) 近代的公務員制度の理念というのは、私は大きな柱としては二つあると思います。一つは、公務の公開、平等、公務を一般国民に何らのえこひいきなく開放するということでございます。これが一番大事な柱であろうと思います。その第二の理念といたしましては、いま先生も御指摘になりましたように、成績本位の原則、いわゆる能力実証主義、情実を排するという理念でございます。したがいまして、この二つを絡み合わせることによって、民主的、しかもやはり国民に奉仕するわけでございますので、能率的な制度を打ち立てることによってここに公務員法自体の大きなねらいを達成をしていくと、そういうものが私は近代的公務員法の理念の二本柱であろうというふうに解しております。
○和田静夫君 そこで、能力実証主義というのが一体どういうことだろうかということをお聞きをしたいわけですが、現行地方公務員法において能力実証主義というのはどういうふうに生かされているのだろうか。将来の公務員制度についてもそういうふうに考えてしかるべきなのだろうか。この辺はいかがでしょうか。
○政府委員(藤井貞夫君) 私はやはりスポイルズ・システムというものを排除するということが一番大事な近代的公務員法の理念であるというふうに考えております。したがいまして、大きな筋としては、能力を実証して成績本位の制度を確立をしていく一いろんな情実が絡むような人事ではこれは困る。そういうことが一番大事なことではないかと思っておりますし、今後ともその基本的なたてまえについてはこれはやはり続けていくべきであり、また、続いていくものだというふうに解しております。
○和田静夫君 それで、総裁答弁との兼ね合いにおける自治省への質問は後ほどまとめていたしますが、安定成長といいますか、いわゆる高度成長が終わりまして若年労働力が少なくなってきた。そして高齢化してくる。日本的労使関係を手直ししなければならない条件というものが出てきていると思うんです。実際終身雇用制は動揺をしていますね。それから、年功賃金もまた最近大変論議があるところでありまして、終えんをしつつあると言ってよいような状態に私はなってきているんじゃないかと思うんですが、かなり多数学説がそういうふうに言い出してきております。 そうすると、高度成長期よりもむしろ今日の方が、地方公務員法の理念とする近代的公務員制度あるいは年齢とは無関係な能力実証主義というものが私は生かされる条件があると考えているんですがね。この辺は、報告をお出しになった総裁はどうお考えになりますか。
○政府委員(藤井貞夫君) 一般的にはそういう方向に進んでまいるように私も考えております。いまも具体的に御指摘がございましたように、終身雇用制あるいは年功序列主義というようなものについては何らかのやはり修正といいますか、これを現実に合うように是正をしていきますというか、そういう動きがだんだん強くなりつつある、今後ともその方向というものはやはり出てくるのではないかという感じがいたしております。 この点は先生もお詳しいので御承知でありますように、われわれもその点に着目をいたしまして、特に先般の委員会でも申し上げましたように、今後どんどん進んでまいります高年齢化、高学歴化というものに対応して、いまの公務員制度自体がこのままでいいんだろうか。制度自体もそうだし、運営自体についても再検討を考えなきゃならぬ時期にそろそろ来ているんじゃないか。そういう観点に立ちまして、昨年の給与勧告に関する報告でもってそれらの点の展望を踏まえながら公務員制度全般にわたって、三十年を経過した今日、現実とのにらみ合わせで再検討を加える必要があるだろうということを申し上げました。ことしもそれを受けて、さらに具体的に一歩突き進んだ見解を表明をいたしておりまして、この作業は本年度から精力的に進めまして、大体六十年を目途に諸般の準備を進めてまいりたい、かように考えておるわけでございますが、全般的に、いま御指摘になりましたような方向自体は、これは大きな社会の趨勢としてそういう方向が出てまいることは一つの傾向ではあるということは私自身も考えます。
○和田静夫君 自治省、それじゃ当時の八百八十八団体の人員構成、職員の年齢構成はどうなっていましたか。
○政府委員(大嶋孝君) ちょっと手元に資料を持ってまいっておりませんのですが……。
○和田静夫君 これはしかし通告してあるんですからね。八百八十八団体。突然出したのなら答弁できなくても仕方ないけれども、八百八十八団体の問題について触れますということをきのうちゃんと言ってあるわけですから。
○政府委員(大嶋孝君) 大分古いことでございますので、確認をしていますが、ちょっと私、ないのではないかと思いますが……。
○和田静夫君 いやいや、ここのところ答弁がないと進めないんです。
○委員長(上條勝久君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○政府委員(大嶋孝君) いま確認をしたようでございますが、その数字はございません。はなはだ申しわけないと思いますが、その職員構成というのは、全くわからない状況でございます。
○和田静夫君 資料の問題は、けさ触れたように、宮尾政府委員がちゃんと当時の資料に基づいてと……
○委員長(上條勝久君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○和田静夫君 それでは、宮尾政府委員が御答弁になった、地方公務員法を制定した当時のいろいろの資料からみましてと、いろいろの資料というのを全部列挙してください。
○政府委員(大嶋孝君) 私、考えまするに、現在あります地方公務員制度資料でありますとか、あるいは地方制度資料、そういったものを宮尾公務員部長は精査されたものだと、このように理解いたします。
○和田静夫君 私は、先ほど申しましたように、地方行政委員会をずっと離れていたわけですから、それ委員会に提示されていますか、いまの資料。
○委員長(上條勝久君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○和田静夫君 地方制度資料は、私は前の論議のときに全部使用させてもらいましたから、その地方制度資料に基づいて論議をしたら実は十三年前にこの委員会パンクしたわけですから、行き詰まったわけですから、それ一遍全部出してもらって、もう一遍あの中にあるやつをやり直すというのも一つの方法なんですよ。そのためには、理事会でお諮りになったかどうか知らぬけれども、私の制限時間があっちゃ困るわけですよ。いま言われるように、向こう側から出た答弁で地方公務員資料と制度資料ですから、これは私は、制度資料の方は十何年か前に全部読ましてもらいましたからある程度記憶にあるものもありますし、論議に使いましたからあれですが、前段の部分は読んでいませんのでね。これは理事会で、そういう運びにしていただけますか。
○委員長(上條勝久君) 後の理事懇で相談をしましょう。
○和田静夫君 私の質問が終わってから理事懇をやってもだめなんだよ。
○委員長(上條勝久君) 相談します。
○和田静夫君 それは相談してください。 そこで、人事院総裁からは承りましたけれども、自治省、この八百八十八団体という多くの自治体が定年制を実施していながら、現行地公法には定年制が盛り込まれなかった。自治省側として理由を明らかにしてください。自治大臣。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 過去の経過は経過といたしまして、その後における社会情勢の変化、これにどう対応するかということでいろいろ検討をいたし、また一面、国家公務員につきましても定年制をしく。それからまた、繰り返すようでありますけれども、現下の地方団体の状況から申しましても、今後活発な人事の構成をやるという面から見ましても必要である、こういう判断のもとに地方公務員法の定年制を実施いたしたいということで御提案を申し上げているわけでございます。
○和田静夫君 そこのところはわかっているんです。局長、私の質問に答えてください。いまの大臣のやつはわかっているんです、何遍直言われているんですから。提案理由ですから。
○政府委員(砂子田隆君) いまお話がございました八百八十八の地方団体が条例を持っておって、それを当時の地公法の中にそういう事情というものが参酌されないままに今日に至っている、その理由は何か、こういうことであろうと思います。私たちも、先日申し上げましたが、その当時なぜ地公法の中に定年制を設けなかったかという理由につきましては、私たちなりに調べましたけれども、その理由はよくわかっておりません。ただ、私なりに個人的にいろいろ考えますと、当時のいろいろな、憲法のあり方、そういうところからいろいろな起因をいたしまして、公務員に制約を加えるということがいかがなものであろうかという考え方があったのではなかろうかという個人的な感じはありますが、これはあくまでも個人的な感じでございまして、全体的にどうしてそうだったかという理由については、この資料を調べてみましてもわかっておらないというのは、先ほど人事院総裁からお答えしたとおりであります。
○和田静夫君 まあその辺は、藤井人事院総裁がさっきお答えになっていますからあれで、この地公法の制定に関して、私の方からひとつ、かなり論議してきましたから、積極的な論点というのを一遍出してみたいと思うんです。 それは、国家公務員法が制定されたのは一九四八年ですね。この当時は現在の地公法はなかった。政令二百一号が出される以前です。国家公務員と同じく制限なし労働基本権を持っていた。したがって、労働条件、勤務条件については労使の団体交渉によって決められていた、ここまでは間違いありませんね。
○政府委員(砂子田隆君) 間違いございません。
○和田静夫君 そこで、定年制問題もしたがって労使間の団体交渉事項であった。そうですね。
○政府委員(砂子田隆君) その辺はしかとよくわかりませんが、定年制自身が勤務条件だという部分をいまの法律から推定をしてみますと、そういう部分があったのではなかろうかということは考えられます。
○和田静夫君 そこで、先ほど人事院総裁が言われました――実は法制局長官に来ていただこうかと思ったんですが、屋上屋を重ねてもと思ってあれしましたが、角田禮次郎さんの論文があるわけですね。一九五六年、これは当時自治庁の公務員課長におなりになってからですね。新潟へ行く前だと思うんですが、総務部長に出る前の時点ですがね。「地方公務員制度をめぐる当面の諸問題」という論文をお書きになっているわけです。雑誌「地方自治」の国年の三月号に掲載されているんですが、角田さんはかなり正直に書かれているんですよ、これ。定年制について、「地方公務員の停年制についても、多くの誤解があるのではなかろうか。先ず、停年制が、突如として地方公務員制度のなかに持ちこまれたように考えることである。しかし、停年制が法的に実施できなくなったのは、昭和二十六年、地方公務員法の施行以来のことであり、それまでは、少くとも市町村においては、停年制は実施できたのであり、現に実施していた市町村も相当あったのである。また、地方公務員法の施行後、法律的には停年制が設けられなくなった後においても、実際上の措置として、これを打っていた地方団体もあったのである。従って、職階制や任用候補者名簿の制度などに比べれば、もともと、我が地方公務員制度にはなじみのある制度である筈である。」、これは本当に珍しく私は本音の出ている文章だと思うんですよ。 これほどわが国の地方公務員制度に定着していた定年制がなぜ地公法に採用されなかったんだろうか。ここがわれわれその方に生活する者にとっては、どんなに考えても実は出てこない。いま藤井人事院総裁の答弁を聞きながら、それは前段の一の部分などを類推してみれば若干のことがあれされるにしても。私は、藤井総裁答弁がありましたけれども、そこでよほど理念上の大転換があったに違いない、そういうふうに考えるんです。これはそうでなかったならばどうもつじつまが合わぬのですよ。理念上の大転換があったという私の考え方は間違いでしょうか、自治大臣。
○国務大臣(安孫子藤吉君) その辺の事情は私も、体験をいたしておりませんので、そういう転換があったのかどうかということは何とも申し上げかねます。
○政府委員(藤井貞夫君) 私に対する御質問はございませんでしたが、御承知のように、いま内閣委員会でやっておりますので、時間的な私自身の制約があってはなはだ恐縮でございますけれども、ちょっと敷衍していまの御質問に関連をして申し上げさしていただきたいと思います。 実は、国家公務員法自体の問題で、最初に定年制がしかれなかったのはなぜかということも一つ問題だろうと思います。これは私は、自己流かもしれませんが、こういうふうに解釈をいたしております。 というのは、従来から国家公務員の一般職については定年制がございませんでした。これは明治以来ございません。特殊の職員についてはございましたけれども、一般の職員についてはなかったわけです。これはなぜなかったかと申しますと、その必要性というものが切実には感じられなかったからではなかったかというふうに思います。というのは、現実の問題といたしまして、当時は大体平均年齢というものも低かったというようなこともございましたでしょう。政府の職員になった方々も、大体暗黙の了解というようなものがございまして、われわれもよく知っております。安孫子さんあたりもよく御承知でありますように、知事でも四十代でやめてしまうというようなことはこれはむしろざらでございまして、五十歳までとどまっているという人はほとんどなかったわけです。職種にもよりますけれども、一般的に言うとごく少なかった。そういうふうに自然の暗黙の了解みたいなこと、または御本人のそういう心構えもございまして、そういう事実上の新陳代謝が行われていったのではないか。それがやはり民間には大分沿革上古い歴史がございまして、大企業その他では定年制というものがいち早く採用されたにもかかわらず、公務員についてはそういうものがなかった。現実の運用として、そういうものをあえて設ける必要がなかったからではなかったかというふうに思われます。 それを横目に見まして、地方公務員法を制定する際に、骨格としては大体国家公務員法というものを右へならえしてやっていくという制度立案の基本的な体制、態度というものがあったものですから、何分定年制ということになりますと、これはその本人の能力とかなんとかということとは別問題として、一定の年齢に達すれば職から離れるという制度でございますからして、やはり何といってもこれは職員に対する制約であることには間違いない。そういうようなことから、現実に八百八十幾らというものについては定年制を持っておったにしても、先にでき上がった国家公務員法で定年制が採用されておらないということもあって、地方公務員の方はさらに地方の実態からいって定年制をあえて設けなければならぬと、そういう必然性ということは当時の情勢としてはそれほど機が熟していなかったという判断もあったのではないかと、私はこのように理解をいたしておるわけでございます。
○和田静夫君 そこで、あえてあれしませんが、私は理念上の大転換こそが実は日本国憲法であり、戦後の民主的改革なんだというふうに考えているわけです。その意味で、かなりの時間をかけて論議をしてまいりました。先ほどの藤井総裁の答弁との関係で戻りますが、あの近代的公務員制度を導入しようとする地公法の精神ですね、これはいまなお生きているわけでしょう。
○政府委員(大嶋孝君) いまなお生きておるところでございます。
○和田静夫君 そうすると、定年制を排除しようとするところの本法の精神と今回定年制を導入をするのをどう関係づけたらいいんですか。どういうふうに関係づけたらいいんだろう。定年制の導入というのは法の精神に背反するのではないだろうか。そうなりませんか。
○政府委員(大嶋孝君) 定年制がどうしてできなかったかという事情につきましては、先ほど人事院総裁からいろいろお話があったわけでございますが、私は、現時点におきまして、この社会情勢の中におきまして定年制を入れるということは必ずしも近代的な公務員制度というものに逆行するもの、あるいは反するものというふうには考えられないのではなかろうかと、かように考えます。
○和田静夫君 この前の委員会でも言いましたけれども、定年制の導入の科学的根拠が乏しいんですね。全く乏しい。科学的な論拠ですよ。地方職員の能力や意欲が六十歳で働くにたえないほど低下するというデータでもあれば別です。これはけさ西川参考人からもお話を承りましたけれども、そんなものはない。もしそういうデータがあると言うのなら、働くにたえないほど低下するんだというデータがあると言うのならお出し願いたい。
○政府委員(大嶋孝君) 御指摘のような具体的なデータというものはございません。
○和田静夫君 おかしいじゃないですか。能力実証主義でいけば、能力がないことを実証しなければならぬわけでしょう。そういうものはない。
○政府委員(大嶋孝君) 能力実証主義と申しますのは、要するに能力のある人が伸びていく。そうでない人が情実によって伸びていくというようなことではいけないというようなことであろうと思います。地公法はもちろんそういったてまえに立っておるわけでございますけれども、先ほど来言っておりますが、職員の能力というものは、これは年齢によりまして画一的に評価できるものではないわけでございますし、また、個人差があることも否定はできないと思います。ただ社会通年上、人の能力というものが年齢の進行によりましてある時期をピークとして以後は減退するということは一般的に認められるわけでございます。したがいまして、これを基準として職員の新陳代謝を促進をする。そして公務全体の能率を維持するということのために定年制度を設けるということは、これは任用におきます能力実証主義のもとにおいても必要であろう、このように考えておるところでございます。
○和田静夫君 まあ、釈然としませんけれども。 ちょっと聞きますが、それじゃ、定年制というのは一体何ですか。年功賃金、終身雇用という日本的労使関係の中で形成されてきたものじゃないんですか、これは。違うんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 日本的な雇用形態の中で必要になってきたものだとは思っております。
○和田静夫君 そうでしょう。そうすると大臣、やっぱり矛盾なんですよ。日本的労使関係と能力実証主義というのは相入れないんですね。したがって、先ほど藤井人事院総裁に包括的にお話を願ったのはそこにあるんです。そして総裁は、趨勢としては私が言ったとおり、そこのところは崩れつつあるんだというふうにお述べになっているんですよ。もうこの法律案をつくったときの立論の最も基礎的なものは崩れているんですよ。どうですか、この委員会で取り下げたら、もう一度。
○政府委員(大嶋孝君) 先ほど日本的な雇用形態の中でと申し上げましたけれども、もちろん諸外国にもこの定年制の例はたくさんあるわけでございます。そういう意味合いにおきまして、定年制というのは、一定の年齢に達したということ、そのことをもって職を離れるという制度であるわけでございます。それで、先ほど来申し上げておりまずように、新陳代謝を図っていくというためにはやはり必要な制度であると、かように考えるわけでございます。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 私に対して、これをひとつ取り下げたらどうかというような結論的なお話でございましたが、そういう考えは全然ございません。現下の諸情勢に照らしましてこれは大変必要な制度であると、こういう確信のもとに御審議を煩わしているわけでございます。
○和田静夫君 行政局長、私はそういう言葉じりの問題じゃなくて、日本的労使関係と能力実証主義というのはどうも相入れないという感じがするんですよ。これ、どうですか。少し理論的に答弁してくれませんか。
○政府委員(砂子田隆君) 日本における雇用形態というのは諸外国にない大変よい美風だと、こう言われております。年功序列でありますとか、そういうことがよく言われております。恐らく公務員の場合も、いままでの法体系の中では、そういう意味での身分保障をしながら終身雇用のような形でいままでやってきたものだと思っております。ただいまの社会的なこの趨勢と申しますか、の中で、公務員だけがいつまでも一定の組織の中に終身雇用をされるということが望ましいことであろうかどうかというのは、ひとつやっぱり議論があろうと思います。そういう意味では、ある一定の段階で雇用関係を終了させるということも、時によってはやはり社会経済の動きの中では必要であろうと思います。 そういう関係から申しますと、確かに能力実証主義というのがいまの地公法の十五条の精神でありますし、地公法全体を貫く一つの大きい私は原則であろうとは思っておりますが、そのことだけが全体に優先をするということではなくて、やはり全体の新陳代謝を図るというのもある意味では憲法で言うところの公共の福祉にも合致するという部分がないわけではない。そういう観点から定年制というものがこの際必要になってきているのであろうと思います。何歳に定めるかというのも、これも世の中のいろいろな動きの中で決められるべきものでございますし、いま御提案を申し上げている六十歳というのが今後何世紀にもわたってこういうものであるというものでも私はないだろう。そういうことから考えまして、ある一定の雇用関係というものをある時点で終了させるということは、こういう経済社会の中ではやはり必要な部分であるというふうに理解をいたしております。
○和田静夫君 どうも定年制を導入することは、地公法を首尾一貫しないものにしているといいますか、木に竹を接ぐようなものにするような気が私はしてならないわけですよ。定年制の設置が望ましいとするのなら、一方で年功賃金をこの原理としては認めていく、今後も年功賃金を続けていく、そういうことにならなきゃならぬような気がするんですね。 たとえば、民間で定年延長の動きがあるわけですけれども、これは御存じのとおり賃金体系の変更とワンセットになっているわけですね、民間の定年制は。私は、これは必ずしも好ましい方向で行われているとは思いませんけれども、考え方は、先ほど人事院総裁とのやりとりの中で私述べたとおりですけれども、しかしながら、ワンセットということは論理的にあたりまえのことだと思っているんですよ、定年制と年功賃金。定年制を設置するということは、これは人事院総裁、やっぱりそういうふうに理解しておいていいですか。
○政府委員(藤井貞夫君) 定年制と年功序列賃金との関係というものは、これは必然的に全く密着した関係があるものだとは思いません。これは給与政策の問題と、また、任用制度、分限上の問題との差別ですから、これは直ちに密着をして不可分のものだというふうに私は考えません。考えませんが、和田さんもいまお話しになりましたように、民間でも大変いま賃金体系とこの定年制の関係というものはやはり動いております。動いておりまして、いろんな試みがなされておりますので、私といたしましても、この動きには大変深い関心を持って注目をいたしております。 ただ、そのはっきりとした方向がいま打ち出されておるかといいますと、これはまだ非常にこう流動状況といいますか、そういう過程をいま踏んでおりまして、いろんな試行錯誤が行われているという段階ではないだろうかというふうに思っております。 それで、いまの国家公務員についてだけ申しますと、国家公務員の給与制度というものも、見方によっては年功序列的な運用、定期昇給というようなこともありますし、そういうような運用、善通の場合であれば序列に従って年を経るごとにだんだん上がっていくというような一つの傾向はございますけれども、しかし、それが直ちに年功序列ということに徹底しているかというと、そういう主義をもって貫いているわけではこれはないわけだと思います。ただ、やっぱり将来定年制というものがしかれるということになりますと、これは国家公務員についてはすでに御議決をいただいたもので六十年施行ということになるわけなんですが、それまでの段階におきましても、やはり民間の動向等にらみ合わせながら、定年制とそれから給与制度のあり方、その他任用制度、諸制度の関連というものについてはもう少しやはり掘り下げて検討を加えていく必要が私は出てまいると思うんです。そういう点は、人事院が申しております中長期計画の中でそういう点もきめ細かくひとつ見直していきたいと、かように考えて作業を続けておるというのが現在の段階でございます。
○和田静夫君 まあ将来にわたってかなり論議をしなければならない問題でありますね、いまのやつは。 一般的、概括的に言えば、けさ西川参考人のお話もありましたけれども、老齢によって能力が落ちるかもしれない。それは肉体的には特にそうだろう。しかし、事務労働や公務に伴うノーハウなどは老齢によって一般に落ちるとは言えない。逆に、長い経験が生きてくることがある。これもけさほど参考人が明確に述べていらっしゃいますし、アメリカの調査結果などもお出しになりました。 地方公務員法はこの点で、地方公務員が営利追求の自由な民間企業とは異なっている。そういう立場に立って、「地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつ、その労務の内容は」「公共的性質を有する」、昭和五十一年五月二十一日の最高裁判決にあるとおりであります。 そういうわけでありますから、この職務内容も種々雑多で、一律に定年制を定めることが困難であるということは最高裁判決からのあれでもって明確ですよ。したがって、定年制によってではなくて、やっぱり二十八条一項の適用によって個別的に解決していこうというのが私は法の趣旨だったと思う。その法の趣旨さえ生かしていけば論議する必要はないんです。そんないたけだかになる必要ないんです。そのことはそこにお並びの自治省の公務員部長だって行政局長だって腹の中では全部わかっているわけです。誤った国家公務員法ができたものだからどうしようかというだけのことでありましてね。だから、その辺は素直にいこうじゃないですか、素直に。
○政府委員(砂子田隆君) いまお話しがございましたように、公務員のいろいろな職種によっての能力の違いというのはそれはあると思いますし、能力自身が一概に言えないということはけさほどから申し上げているとおりであります。いまお述べになりました最高裁の判決も、さような論点に立っているのだと思います。ただ、二十八条の一項の分限の規定と申しますか、そういう具体的にどうするかという問題になりますと、これはいろいろな判断が入らない、裁量になかなかならない一つの部分であります。 そういうわけでありますが、その分限の規定の中に定年制を入れるのがいいのかどうかという議論もこれはないわけじゃありませんし、国家公務員とはずを合わせるということの問題点がないわけでもないと思います。ただ、少なくとも国民に対して奉仕をする、いま先生最高裁の判決をお読みになりましたが、全体の奉仕者として務めているという範疇におきまして公務を行うということにつきましては、国家公務員であろうと地方公務員であろうと、全く同様の性格であろうと思うわけであります。そういうことから考えますと、いろんな意味で労務の提供の方法が国と地方では違うという議論も私は納得はできますが、それではどうするかという問題があるものですから、この地公法の中でも、国と地方との間でいろんな職種の違いがあって、労務の提供形態が違うという場合には、少なくともそういうものを国なりほかの公共団体をいろいろ見ながら一つの基準を定めていこうということをこの法律の中にうたっているわけでありまして、そういう形からある程度の定年制というものを導入していくというのも、あながちこの法の趣旨には矛盾していないのではないかと思っております。
○和田静夫君 最後のところは異論のあるところで気に食わぬのですが。それじゃ、現行の法律の二十八条の分限条項の中の、「勤務実績が良くない場合」でしょう、一つは。それから、「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」、あるいは「その職に必要な適格性を欠く場合」というのもありますけれども、その免職の規定があるわけですけれども、一律定年制ではなくて、これらの規定を使って老齢者の人事管理をしてきた経過、ちょっと発表してください。
○政府委員(砂子田隆君) 私の知るところでは、老齢だという理由をもってこの規定を適用したことはないと思います。分限の適用になった職員はこれは多くございますけれども――多くと言ってもそう何万人といるわけじゃありませんが、これはあることはありますけれども、老齢だという理由だけでこの規定が適用になったということはないというふうに記憶しております。
○和田静夫君 それは公務員部長、きのう調べてもらったんですが、そうですか。
○政府委員(大嶋孝君) ただいま行政局長からお答え申し上げましたが、高齢であるという理由だけでこの二十八条の分限にかけるということは、これは制度上もちょっと現在のところは不可能な問題でございます。 そこで、ではそういう例があるかということでございますが、私どもの方といたしましては、それぞれの事由別の該当者と申しますか、その数字はございますが、いま申し上げましたように高齢ということでこれにかけるということはないわけでございますので、したがいまして、そういう数字というのはわかりませんし、また、事由別の該当者の中に高齢者がどれだけかということももちろんわからない状態でございます。
○和田静夫君 定年制について、行政実例がありますよね、昭和二十六年三月十二日、地方公務員の定年制を実施することができるかとの大分県総務部長の照会であります。この中で、「公務に堪えぬか否かは、その個人個人について判定すべきものであって、画一的に年齢をもってするのは妥当でない。」、明確に答えている。これはまさに地公法が能力実証主義をとっている私は証左だろうと思う。したがって、自治省がこういうふうにお答えになったのは当然だと思います。ここのところが変わってきているのがわからぬのですがね。地公法のこの能力実証主義が、実際に精神訓話的にではなくてここでは生きていた、またいまも生きている、こういうことだと思うんですがね。これはいい実例だと思うんですが、公務員部長、いかがですか。
○政府委員(大嶋孝君) 能力実証主義ということもあったかと思いますけれども、条例で定年制を設けることが現在の地公法上できませんというのは、まさにこの二十八条で決めること以外に、その意に反して免職されないんだというようなことに該当するということに主たる理由があったろうと思います。 先ほど、八百八十八の定年制を持っておった団体からどういう動きがあったかということについてちょっとお答えいたしましたけれども、二十六年の二月に島根県からの照会がございます。それにつきましても、ほぼ同様なことだと私は理解をいたしております。
○和田静夫君 いまとの関係で、さっき藤井人事院総裁直言われましたし、私も言ったんですが、大阪市の実態というのはどういうことであったと理解されているんですか。そういう答弁なら。
○政府委員(大嶋孝君) ちょっと私、大阪市の当時の実態というのは記憶しておりませんので何ともお答えいたしかねます。
○和田静夫君 任用局長、どうですか。さっき人事院総裁にあったやつです。
○政府委員(斧誠之助君) 地方団体のことでございますので、私の方ではそういうことを把握しておりません。
○和田静夫君 行政局長。
○政府委員(砂子田隆君) 大阪市の問題につきましては、私も大阪におりました関係上承知はいたしておりますが、大変私はよくやっておったと思っております。 ただ最近、そういうことを申し上げると恐縮ですが、都市交通の定年制の問題に関して大阪の地裁で一つの判決がございまして、勧奨退職であってもけしからぬというような判決があったりいたしましたことを記憶いたしておりますけれども、これも大阪市が非常によい伝統の中でやられてきたことに対して一つの判断を示したものだとは思っておりますが、この点は非常に残念だとは思っております。 そういうふうに、大阪自身は、古来一つの生き方として大阪市のモンロー主義みたいなのがございまして、大変よい慣習の中ではありますが、職員組合と申しますか、職員団体と申しますか、そういうものと理事者との間が大変うまくいっておった一つの例であるというふうに理解はいたしております。
○和田静夫君 だから、うまくいくんですよ、何も無理して法律つくらなくてもうまくいくんですよ。それは大臣だって、食糧庁長官を経験されたときに、あなたの組合との関係非常にうまくいっておった。したがって、革新の側から知事にお出ましになるというようなこともあったわけです。まあそれは冗談だとしても。うまくいくんですようまくいくものをわざわざこんなものをつくる必要はないじゃないですか。うまくいかないところの理由というのはわかっているんですから。何遍も私が言っていますが。たとえばここにお見えになっている岩上知事だって加藤知事だって、みんなうまくいっていたんですよ。何で、うまくいっていたのにうまくいかないようなものを、しかも、基本的人権にかかわるような法律を出すんですか。
○政府委員(砂子田隆君) これは私、いろいろな論議が確かにあると思います。あると思いますが、一つは、やはりどうもそういうことを言うとまたおしかりを受けるかもしれませんが、国家公務員と地方公務員との間の公務員としての整合性というのをまず考えなければならぬということが一つあると思います。しかし、いまこういういろいろな中で、たとえば勧奨退職というようなことをやっておりまして、これがある程度地についているということも私は事実だと思います。しかし、一つの公共団体の中で見ますと、ある一定の年齢に立ったときに、ある人はやめてくれた、しかしある人はやめてくれないという不公平感があること、これもまた事実であろうと思うわけであります。公務員の間にそういういろいろな不公平感があるというのはやはり問題でありまして、そういうものをある程度一つの基準の中で整理されていくということの方がむしろ秩序としては望ましいという部面がないわけじゃないと思います。 むしろ理事者になればある一定の年齢でみんなが異議なくやめてくれるという従来の考え方と申しますか、前にも恐らく和田先生に長野局長がお答えいたしたと思いますが、先ほどもまた藤井総裁直言っておられましたが、要するに従前の慣習でみんなやめておったんだと。そういうことが異議なく認められている社会、そういうことであればそれなりにすっきりするのだと思いますけれども、現実のように、なかなかいまの公共団体の中でもそういう不公平感というのがないわけじゃありませんし、一律にやはり国家公務員との整合性を保つということもこういう社会情勢の中では大変必要だろうと、こう思いますから、定年制というものをやはりしく必要性というのはあるだろうというふうに思っております。
○和田静夫君 不均等がある、不均等で発展をしていく、それが自治そのものじゃありませんか。あなた、栃木県の副知事のときにうまくいっていませんでしたか。
○政府委員(砂子田隆君) 大変組合の御理解を得てうまくいっていたとは思いますが、それじゃ全部が全部そううまくいくかというと、やはりそれはなかなか、最後の一人までうまくいくかという議論になりますと、そう完璧にうまくいったということではなかったようにも思います。
○和田静夫君 だから、全くわずかな部分を頭に描きながらこういう法律をおつくりになるというのは間違いなんだということを、私はそういう意味で言っているんですよ。やっぱりだんだんだんだん明確に、正直に白状されてくる。大阪の事情なんというのはあなた一番御存じなんですから、人事院総裁だっていらっしゃってちゃんと御存じなんですからね。知っている人たちが、みんなうまくいっているものを知っておりながら、わずかにいかないところだけを頭に置きながら法をつくっていく、そんな立法なんて私はないと言っているんですよ。まあ意見にしておきますよ。
○政府委員(砂子田隆君) すでに御案内のとおりだと思いますが、この勧奨退職ということをやりまして、応諾率というのを一またそこだけは資料を持っていてよく知っているという議論になると非常に申しわけございませんが、応諾率などということを見てみますと、確かに次第によくはなっていますが、公共団体の中におけるアンバランスというのは、やはり非常に大きいものがあるだろうと思います。勧奨退職をやりましても一〇%以下というのもございますし、ある団体では九〇%とか八〇%いくという団体もありますが、その公共団体の間における差というのはやはり相当大きいだろうと思うわけであります。 そういう意味で、同じ公務をしておるという形から申し上げますと、やはり一定の方式の中でみんなが不公平感を持たないで離職できるという制度があることの方がむしろ望ましいのではないかと思っております。
○和田静夫君 応諾率なんという、私が質問通告してあって、後から答えてもらう部分を先に引用して逆手にとっちゃ困るんですが、ここで、さっきの基準の問題にちょっと返ります。 「国の職員につき定められている定年を基準として定めることが実情に即さないと認められるときは、」云々と。別の定めをすることができるわけですが、たとえばこういうケースはどう判断されますか。ある地方公共団体で離島の医師が要る。こういうお医者さんはなかなか得がたいわけですね。そうすると、国の基準では年齢六十五年ということにいまなっています。そこで、たとえば年齢六十八年と別の定めをすることができることになっているわけですね。しかし一方、法律案では退職の特例を設けておるわけでしょう。そして、「職務の特殊性又は」「職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、」最大限三年まで勤務延長をすることができることになっているわけでしょう。こういう場合、地方公共団体としてはどちらのやり方をやったらいいんですか。
○政府委員(大嶋孝君) この法案の二十八条の二のいわゆる第三項でございますが、これに該当する場合には、国の年齢を上回る定年年齢というものを定めてもいい、しかしながら、それは全体としてやはりある程度均衡は保たなきゃならぬわけでございます。それでなおかつどうしてもその人を再雇用しなければならないとか、あるいは引き続いて任命しなければならないというような場合に限って、この二十八条の三というものが働いてくると思います。したがいまして、第一義的には二十八条の二の三項の定年年齢というものがあり、その次に来るのが二十八条の三の規定だと、このように理解をいたしております。
○和田静夫君 そうすると、この場合に、たとえば定年近くなって離島に移るとする、そうすると定年は延びますか。
○政府委員(大嶋孝君) その場合に、延びるということにはならないと思います。
○和田静夫君 いまの答弁、ちょっと間違っているでしょう。
○政府委員(大嶋孝君) 若干訂正させていただきますが、恒久的にどうしても人が得られないというようなものは特例定年でございますし、属人的にその人でなければ困るというようなときに二十八条の三ということになると思います。
○和田静夫君 ちょっと答弁打ち合わせしてよ、そこを。違っているでしょう。
○委員長(上條勝久君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○説明員(片山虎之助君) 部長がただいま御答弁申し上げましたのは、ある僻地診療所がございまして、恒久的になかなか人が得られない、老齢者の場合には得られる。こういう恒久的に欠員状況になるようなところは、むしろ六十五なり六十なりじゃなくて、特例的な定年をあらかじめセットしてそういう職種にしちゃう。ところが、ある場合には得られる、ある場合には得られないというケース、ケースがございますから、そういう場合には一応六十五なら六十五に決めておきまして、人によっては勤務延長で措置する。だから、その当該僻地診療所の医師の充足状況の実態からそこは考えるべきだろう。 それで、特例というのは御承知のように条例で決めるわけでございますから、条例制定のときに当該市町村当局が十分な御判断をいただきたい、こういうふうに思うわけであります。
○和田静夫君 そうでしょう。だから問題は、その間近になって移っていった人はどうしますか。それはやっぱり人事管理上の問題で……。
○説明員(片山虎之助君) ただ、その場合、もう特例定年にセットされておりますと……
○和田静夫君 その中でいけるということですね。
○説明員(片山虎之助君) 六十五を超えていけるということになると思います。
○和田静夫君 だから、前の部長の最初の答弁は間違っていますね。
○説明員(片山虎之助君) ちょっと不十分だっただけで、間違ってはいないというふうに思います。
○和田静夫君 少し勧奨退職の問題に移りますが、最近民間から、公務員は定年がないのでいつまでも働けるということが言われるわけですね、一般的に言われる。これが公務員攻撃の一つの材料になっているわけですが、しかし、長々と論議してきたように、実際には勧奨によるところの退職がなされていて、そのことが世の中に知られていないというだけのことにすぎないんですよ。ここのところが一般国民によく知れ渡っていないわけですけれども、昭和五十二年十一月の総理府の世論調査によりますと、公務員の退職勧奨を知らないという人が実に四四・七%あることになっている、総理府統計は。半分近くの人が知らないと言っているんですが、これは一体どういうふうにお考えになっていますか。
○政府委員(大嶋孝君) もしそのような実態があるということであれば、やはりもっとよく実態を知っていただきたいものだと、かように考えます。
○和田静夫君 そうですね。問題は、その知らしめるといいますか、知ってもらえる状態をつくらなかった責任というのはどこにあるんでしょうね。そして、間違った世論を形成させてきた責任。
○政府委員(大嶋孝君) これは大変むずかしい御質問でございますが、調査の結果がそう出ておるということであれば、まさに実態的にそうだということでございまして、原因がどこにあるかということはなかなかこれ一概に言えないのではなかろうかと思います。
○和田静夫君 この同じアンケート調査で、公務員に定年制を設ける必要があるという答えを出された方が六三・二%になっているんです。この六三・二%のうちには、退職勧奨制度があることを知らない、先ほど言ったそういう人たちはもちろん含んでいるわけです。このクロス集計は一体とったことはありますか。これは人事院。総理府がやったことではありますけれども、人事院としてはこういうのをちゃんと考えながらやっているんでしょう。そういうクロス集計はやりましたか。あなた方書簡を出すときだとか報告を出すときに。
○政府委員(斧誠之助君) 人事院では、その調査につきましては何ら作業をいたしておりませんので、クロスすればどういうふうになるかということはよくわかりません。
○和田静夫君 行政局長、ここのところはやっぱりクロス集計なんか、少なくとも地方公務員定年制を提案されているんですからね、あなた方はやっていると思うんだけれども。
○政府委員(砂子田隆君) これに対してクロス調査を私どものところで実際やったことはございません。 ただ、こういう総理府がおやりになりました公務員の定年に関する世論調査というのを見てみますと、確かに、退職勧奨というものを知っている、知っていないというその範疇の中にも、公務員にはある程度定年制があるのじゃなかろうかと思う人も含まれているだろうと思います。民間の一般的に定年制があるところの人たちは、むしろ公務員には定年というのはなかったのか、それは不思議だと思う人もないわけじゃございませんから、いろんな意味で退職勧奨が非常によくなされているというのであれば、あるいはその定年制の必要性というものに対する数値が異なってくるということだって私もあり得るだろうと思います。 しかし、残念ながらそういうクロス調査をやっておりませんので、いまここで明確にこのうちがどういう態様になっているかということをお示しできないことは非常に残念に思っております。
○和田静夫君 これは、この後わが方の理事が質問に立たれますから、この辺引き継いで少しやってくれませんか。大変時間がなくなってきていますので。 退職勧奨があることを知っている人でも、平均何歳ぐらいなのかを知っているだろうか、そういう疑問があるわけです。そういうような設問というのはこれは行われていましたか。もしそういう設問の結果がわかっていればちょっと教えてください。
○政府委員(砂子田隆君) このときの世論調査の中に、公務員の定年年齢は何歳ぐらいが適当だと思いますかという調査が載っております。ここの中では、五十歳ぐらいというのが一・三、五十二から五十三歳が〇・六、五十五歳というのが一九・一、六十歳ぐらいというのが五〇・二と一番多い数値になっているようであります。
○和田静夫君 私が言いたかったのは、政府はこういうような調査結果が出たら、総理府がやったんだからというようなことじゃなくて、私は、現行制度について国民に周知徹底させる義務を政府自身が負っている、そういうふうに思うんですよ。その上で再度国民の判断を求めるというのが私は民主主義のルールだろうと、そういうふうに考えますが、これは民主主義のルールの問題ですから、大臣からちょっと答弁してください。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 多くの場合、各省においていろいろな調査をいたしますが、それはそれなりに受け取っておるということが常例だと思いますが、しかし、お話のように、やはり関係するところは広いわけでございまするから、お互いにそれを検討いたしまして、そしてまた、それに対するところの見解を確立しておくということは重要な仕事だと思います。
○和田静夫君 さて、この勧奨の問題ですが、その実態を県、市、町村別に説明できますか。
○政府委員(大嶋孝君) 地方公共団体におきます退職勧奨による退職率、要するに勧奨応諾率でございますけれども、五十四年度におきましては、全団体で八六・四%、都道府県で八九・四%、市で七七・九%、町村で八九・七%、こういうふうになっております。
○和田静夫君 この勧奨の応諾率というものの推移は、よくなっているんですか、悪くなっているんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 大まかにながめてみますと、全国の平均値については応諾率が若干上昇しております。しかしながら、個々の地方団体について見ますと、応諾率の相当低い団体も少なくないわけでございます。
○和田静夫君 平均的には上昇していると。それはお互いの努力があるわけですが、いままでの勧奨退職の実績については自治省はどういうふうに御判断をなさっていますか。評価をされていますか。
○政府委員(大嶋孝君) 私は、うまく勧奨退職というのが機能しておるというところはその部分については高く評価をいたしたいと思いますし、また、それがうまくいっていないという、いわゆる応諾率が相当低いところもございますので、そういうところにつきましてはやはり評価できないというようなことになるわけでございます。
○和田静夫君 そこで、大体後半の部分に入ると思われるんですが、市町村の応諾率が悪いというのは、何か特別な理由があるとお思いでしょうか。
○政府委員(大嶋孝君) 市町村でなぜ応諾率が悪いのかという理由といたしましては、これはなかなかむずかしい問題があろうと思います。あるいは市町村長側、あるいは職員側というようなものの意見がなかなか一致しないというところもあるのではなかろうかというふうには考えますけれども、具体的にこういう理由であるということはちょっと私どもにもわからないわけでございます。
○和田静夫君 そこのところがわからないから定年制法律をつくっておっかぶせてしまえと、そういう思想ですか。
○政府委員(大嶋孝君) 定年制度をつくる意味合いにおきましては、いろいろ申し上げてきたわけでございますけれども、その中の一つといたしましては、将来、だんだん高齢化が日本の国として進んでいく、そういう中で、職員の新陳代謝を図って、活力を生かしていくということもこの定年制度を設ける一つの理由である、かように理解をいたしております。
○和田静夫君 市町村についてですが、この応諾率を一〇〇%から五%刻みにして分類してみるとどうなりますか。
○政府委員(大嶋孝君) 私の方の手元にございますのは市でございまして、これ五十四年度でございます。 応諾率の悪い方といいますか、低い方から申し上げますと、応諾者なしというのが九団体ございまして、比率が一・四%、それから一〇%どまりというのが五団体〇・八%、それから一〇%以上一一〇%というのが十四団体ございまして二・二%、それから二〇%以上三〇%未満というのが八団体一二二%、それから三〇%以上四〇%未満というのが一四団体二・二%、それから四〇%以上五〇%未満というのが九団体一・四%、それから五〇%以上六〇%未満というのが二十九団体の四・五%、それから六〇%以上七〇%未満というのが三十一団体四・八%、七〇%以上八〇%未満というのが四十一団体六・四%、それから八〇%以上九〇%未満というのが六十五団体一〇・二%、それから九〇%以上一〇〇%未満というのが五十一団体の八%、それから一〇〇%というのが三百六十三団体ありまして、これが五六・八%という状態になっておりまして、六〇%未満というのは、合わせますと八十八団体、一三・八%、こういう状況でございます。
○和田静夫君 これは都道府県はほとんど問題はないわけですからね。こういう応諾率は、町村レベルにおりればおりるほど低くなってくる。それでも六〇%未満はまだわずかに一三・八%。この辺は、公務員制度の近代化が進めばこれは自発的にずっとあれされていくものですよ。何も、憲法違反じゃないかとも思われるくらいの法律を上からおっかぶせる必要は全然ない。これは数字が示しているんですよ。 私はもう一つだけここで聞いておきますが、さっきちょっとわからぬと言われたんですが、町村レベルにおりればおりるほど応諾率が悪くなっているという理由は、一体どういうふうに考えられますかね。
○政府委員(大嶋孝君) 全体の傾向から見ますと、一番応諾率の低いのは市でございます。県と町村というのはわりあい高い状況でございます。
○和田静夫君 その市でも、いわゆるちっちゃな市ですね。たとえば特例でなったような市などというのがあるんですが、人事の新陳代謝をしようにもできないというような、そういうようなことが理由になるようなところはありませんか。
○政府委員(大嶋孝君) ここに、応諾率の低い市の、一応人口十万人以上の市というのがございますけれども、これをざっとながめてみますと、いま御指摘のようなことは必ずしもそうでもないような気が正直いたします。
○和田静夫君 この人事院の書簡に、「近い将来、勧奨は十分に機能しにくくなり、」というふうに言われているんですが、これはどういうわけですか。
○政府委員(斧誠之助君) だんだん高齢化が進みますと、健康状態も従前に比べれば相当高齢まで維持できるということもございます。それから、社会環境がいま非常にマイホーム主義といいますか、分裂家族になっておりまして、自分で生活を支えていかなくちゃいかぬという欲求も次第に高くなってきております。そういうことが相当高齢までなお働き続けたいという意欲といいますか、欲望といいますか、そういうものが今後大いにふえてくる。それで、いまの国家公務員の職員の年齢別の構成状況を見ますというと、相当近い未来までに高齢者層へ入ってくる職員層がかなりいるわけです。片や再就職という道も、先日も議論になりましたですけれども、なかなかむずかしい状況がある。そういうことで、勧奨に応ずるということがだんだんむずかしくなるのではないかということを想定しておるわけでございます。
○和田静夫君 そうしますと、最近の応諾率は、さっき示されましたように上昇しつつあるわけですから、そうすると、勧奨がきかなくなる、当然その予想値が試算されているわけですね。昭和六十年以降の応諾率の予想値はどういうふうになっているんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 私の方ではその試算はいたしておりません、
○政府委員(斧誠之助君) 私どもの方もそこまでの試算はできていないんですが、ただ、試みに現状どのようになっておるかということをちょっと申し上げますと、勧奨退職でいま国家公務員の退職管理をやっておるわけですが、各省でいろいろ基準年齢が違っております。大体五十五歳から六十五歳までで、主力は五十八歳-六十歳のところに集まっております。 それで、この職員の年齢別の状況を見ますと、五十八歳ぐらいから六十歳にかけて勧奨が行われるのが大体主力、大多数の国家公務員ですから、そういう年齢で見ますというと、六十五歳以上が現在二千五百人ばかり在職しております。それから、六十歳から六十四歳、この層が一万一千七百人ばかり在職しております。そういうことでございますので、このまま勧奨制度で続けていくということになりますと、この数字がもっとふえてくるのではないかという想像をしておるわけでございます。
○和田静夫君 自治体の場合、先ほど来ずっとありましたように、応諾率が上がっていっているわけですが、そこで、六十年以降の応諾率を自治省が調査してない、考えてもみないというのはとても考えられないな。推計しなくてこの法律案をつくる必要はどういうことなんだろう。たとえば、いま五十七歳、五十八歳でやめているんですが、これ、六十年ぐらいになったらあなた満杯になるかもわからぬよ。法律案要らないわけじゃないか、伸びるわけじゃないですか。そんな推計もせずにこの法律案をつくったのですか。
○政府委員(大嶋孝君) 先ほど、応諾率が最近上がっておると、こういうふうに申し上げました。全団体で申し上げますと、ここ五十一年度ぐらいからでしょうか、五十一年度で七一・五%、全団体でございますけれども、そういうような状況でございます。したがいまして、それ以前というのはやはり五〇%台あるいは六〇%台、現在でも八〇%台、こういうような状況でございます。 完全にこの勧奨退職というのが十分機能していくかということについては、特に高齢化が進みます中でなかなかむずかしい問題であろうというふうに考えております。
○和田静夫君 自治省、少なくとも全団体において勧奨が機能しなくなってきているなどとは考えていないわけでしょう。
○政府委員(大嶋孝君) 現在の実態におきましては、すべての団体が勧奨退職が機能していないとは申し上げておりませんし、そのようには考えておりません。
○和田静夫君 私は、若干の停滞があったりジグザグがあるのは政府の政策展開との関係が十分にありまして、経済事情が非常に状態が悪い、賃金との対比においても生活の実態が非常に悪い、こういうような状態の中で逡巡を示すというのはあたりまえのことでありまして、したがって、大枠のところを忘れてしまって現象的に小さな視野でもって物を見るというのは私は非常に間違いを起こすと思う。 ここで言いたかったことは、勧奨が機能しなくなったとしてもそれは一部の団体かもしれない、そういう一部の勧奨が機能しない団体のために一律の定年制をいわゆる法律として決める、こんな必要というのはやっぱりないんだと、こう私はあれしておきたかったんです。 後の順番が来ておるようでありますから、そのことを申し上げて引き継ぎたいと思います。
○志苫裕君 九十四国会以来ずっと衆参を通じて本法についての審議が続けられてきました。なお、自治省に関して言えば、昭和三十一年から続いておるわけであります。私は、およそその議事録には目を通したつもりでありますので、同じことはそう尋ねません。ですから、皆さんも、前にどこでどんな答弁をしておるかということについては大体頭の中で整理をしてお答えをしてもらいたいと思います。必要なことはこちらから議事録を言いながら確認を求めますから。 まず、総理府と自治省の当局に確認をいたします。しばしばありますが、代表的なのは四月二十三日の衆議院内閣委員会における答弁で、定年制は長期的人事管理政策の問題であって、財政や今次の行革などとは関係がない、このように答弁しておりますが、そのとおりですか。
○政府委員(廣瀬勝君) 定年制を導入いたしました趣旨といたしましては、先生御指摘のとおり新陳代謝を促進いたしまして長期的な展望に立った計画的人事管理を展開し職員の士気を高める、それによりまして組織の活力を維持いたしますとともに、職員の側の配慮も行っておるわけでございますが、職員に安んじて公務に専念していただくといったようなことでもって能率的な公務の運営を期するという考え方で導入をいたしたわけでございます。 行革との関連の御指摘がございました。それにつきましては、やはり適正な人事管理を通して行政の能率の維持向上を図ることをねらいといたしておりますので、広い意味での行政改革の趣旨に沿うものでございますが、今回の臨調の答申では、もうすでに国家公務員にかかわります定年制は六十年から導入されることになっておりますので、それについては特に触れておりません。
○政府委員(大嶋孝君) 自治省におきましても、ただいま総理府の方から御答弁がありましたようなことでございます。
○志苫裕君 私、議事録を手元に置いて聞いておるわけですから、私がいついつこういう答弁をしておるかということについてはイエス、ノーで結構です。 そこで、いまも答弁にあったように、四月の二十三日岩壁質問に対して総理府はいま言ったように答えておる。四月二十八日の渡部質問に対して総理府は、財政再建等のメリットのためではないと、このように答えている。 ところで、自治大臣は五月二十一日、総理大臣は五月二十五日、それぞれ、定年制法案は今次行政改革の重要な法案である、自治大臣は行政改革の重要な一環である、このように御答弁になっています。これはいかなる意味ですか。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 定年制の導入という問題は、財政再建とは直接は関係ありませんけれども、今後における地方行政の運営上から申しますというと、やはり普通の行政上の重要な問題だと、そういう意味で行政改革の一環であると、こういうことを申しているわけであります。
○志苫裕君 答弁の言い回しの問題じゃないんだ。事務当局の答弁によれば、公務員制度あるいは長類的な人事管理、そういう問題としてすぐれてこの問題を本質的にとらえようとしておるのに対して、自治大臣及び総理大臣は、いわば今次行革、言い方をかえれば非常に政治的な意味で行革の重要な一環としてとらえておる。私は、この違いは歴然としておると思うんだ。これは大臣の方が本当で事務方が間違っておるのか、事務方の方が本当のことを言っておって大臣の方が勇み足をしておるのか、この辺はっきりしてください。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 事務当局は具体的なことを申し上げたのでありまして、私は基本的な問題を述べておるのでありますから、内容は一致しておるものでございます。
○志苫裕君 一致していませんよ。片や行革と関係ないと言い、片や行革の重要な法案だと言っている。何が一致していますか。違うじゃないですか。私がこのことを指摘をするのは、何もその食い違いをおもしろがっているのじゃないので、この定年制法案、三十一年からずうっと議論が続いておって、そのときどきの背景は持っております。持っておりますけれども、いつでも当面の問題の対症療法的に、便宜的に使われておる。だから、論議が乾かない、本質が糾明できないで、何遍国会へ出したって廃案になるという経緯を繰り返したのじゃないかと思うのです。 そういう意味で、この食い違いというのは単なる言葉のあやの問題じゃない。もう少し明確にしてください。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 定年法案につきましてはそういういろいろな経過がございますけれども、当面、これをやることにつきましては、国家公務員法の定年の問題も絡んでおりまするし、これはぜひ全体として考慮すべき問題だと、こういう考え方をしておるのでございまして、これはまた行政改革の問題にも絶対関係がないというわけではありませんで、重要な関係を持つものでございまするから、その側面から私は申し上げておるわけでございます。
○志苫裕君 そうすると、事務当局の答弁と総理ないし自治大臣の答弁は同じことを言っておるというわけですか。同じことを言っておるのだが言い方が違っておるのはどういうわけですか。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 両方の食い違いがあるようにお受け取りになるならば、私の発言をひとつ尊重していただきたいと思います。
○志苫裕君 大臣の話を今次行革の重要な一環であるととらえますと、連綿として総理府ないし人事院及び自治省の当局が、衆参を通じて本法案の性格であるとか公務員制度とのかかわりであるとかというふうなものについて答弁をしたことが全部根底から崩れます。崩れてまいります。
○国務大臣(安孫子藤吉君) どういう場合にいまのような答弁をしたということになるか、もう一度ひとつおっしゃっていただきたい。
○志苫裕君 この定年法案を、総理府あるいは人事院の所管から始まりまして、総理府そして自治省に至るまで、いわゆる長期的な人事管理政策としてこれをとらえ、公務員制度の本質的な問題として提起をしておるわけで、そのことによってにわかに、先ほどの和田質問に対する自治省の答弁のように、そのことによってストレートに財政効果を期待をするとかあるいは何人の人間が減ることを期待をするとかいうことを直接の目的にはしていない。間接的に行政改革という意味でそのような効果があらわれるのは結果論であって、そういったてまえで答弁が貫かれています。しかし、総理や自治大臣の答弁は、それが逆転をして、当面の課題にこたえるという形での行政改革の重要な環であるという答弁をされておるわけですから、この問題の扱い方が本質的に変わってまいります。そのことを私は指摘しておる。
○国務大臣(安孫子藤吉君) これは、本質的には何も変わっていないのでございまして、私が申し上げましたことは、やはり重要な行政改革の一つだと認識をしておると。これはいままでもよく申し上げておりますが、現在の地方公務員の新陳代謝あるいは継続的な人事配置等々についてはだんだんと行き詰まるような傾向もある。また、これから高齢化社会に対応するというところの問題も考えていかなければならない。そういう点から言うと、地方団体としては、地方公務員が安心して、本当に献身的に地域社会の発展のために活動する、そういう根拠をつくるものだということできわめて重要だと思っておる、これは、財政上の問題はとにかくといたしまして、今後重要な行政改革を進めていくについての基本的な問題だ、こういうふうに認識をしておりますと、こういうことでございます。 事務当局は、これに基づきまして、まあ行政改革と関係ないというようなことを言ったといたしますれば、それは私の発言をひとつ尊重していただき、なお、その実際のやり方につきましては事務当局の言うような考え方でいくと、こういうことになっているわけでございまして、これが非常に矛盾をしておるとか、根底的に問題があるというような性質のことじゃなかろうと私は考えております。
○志苫裕君 今次行政改革という表現自体があいまいもことはいたしておりますけれども、ストレートに言えば、臨調答申を契機とするさまざまな今日の動きと見ていいでしょう。それは、私はそうとらえておるわけでありますが、人事院の書簡がいわば発端になるわけですが、私が言う、いま動いておる行革ですね、雰囲気としての行革と言ってもいいし、実態としての行革でもいいですが、そういうものは直接的な制度の手直しや、そういうものにかかわっているんですか。
○政府委員(斧誠之助君) この定年制に関します見解について人事院が書簡を出しました経緯から申し上げますと、総務長官から、定年制度は国家公務員の身分に関する重要事項であるので人事院において検討してもらいたい、見解を聞きたいということでございます。人事院といたしましては、公務員法を所管している立場から、公務員法の立場に立って公務能率を上げる、あるいは人事管理上のよりよい退職管理制度はどうあるべきかという見地から検討をいたしたものでございまして、人事院が行政改革とか財政状況とか、そういうものを考慮した上で見解を述べたわけではございません。そこのところは、書簡を受け取りました総務長官の方でこの書簡どおりやるかどうか、あるいはやらない場合もあったり変更する場合もあったりということは御判断を願うわけでございまして、人事院としては、公務員法の立場で考えたということでございます。
○志苫裕君 この問題は私は長くいたしません。同じ問題をとらえてもそこに発想方法の違いというものが、片や政治家、片や事務方の答弁に発想方法の違いが歴然とあらわれておるというふうに強く受けとめましたので、まずはこの点についてただしたわけです。 総理の二十五日の本会議における答弁はどういう趣旨で述べたのか、これは総理にいずれ機会があればただしたいと思っています。 私は、憲法二十七条の労働権の問題であるとか、あるいは公務員制度の根幹である身分保障の問題、あるいは人の生存の問題、いろいろ含むわけでありますが、そういう大事な事柄がそのときどきの都合とでもいいますか、場当たりといいますか、そういうもので左右されるということは見逃せないという気持ちでまずこれを取り上げたわけです。 地方公務員の定年制について言えば、三十一年、四十一年――これは法案になって出ませんでしたけれども、四十三年、そして今回と、都合四回にわたっての立案ないし立法が企図されておるわけでありますけれども、私の見る限り、それぞれに共通する背景には、やはり公務員制度本来の問題の追求というよりは、そのときどきの状況を取り巻くいわば特に集中的には財政の問題、地方財政の問題、こういうものが共通項として横たわっておる、このように受けとめられてなりません。だから、後はとても申し上げますけれども、こういう発想方法では問題の解決にならないというふうに考えるんですが、自治省どうですか。
○政府委員(大嶋孝君) 財政的な理由ということを優先させて、それから定年制を考えるということではないということは、私先ほども申し上げた点でございます。あくまでも組織の活力を図り、スムーズな退職管理を行うということのために、この定年制を導入しようというものでございます。
○志苫裕君 だって、三十一年、四十一、二年、そして今回、その背景をごらんなさいよ。地方財政について言えばいつでも一番大事なときじゃないですか。そういう問題について考えが入っておらないということにはならぬでしょう。
○政府委員(大嶋孝君) 三十一年あるいは四十三年、それから今回におきましても、財政的な理由を最優先課題としてこのようなものを出してきた、あるいは財政的な見地からこういうものを出してきたということには理解をいたしていないところでございます。
○志苫裕君 別にこれタッグマッチをやっているわけじゃないが、先ほど和田さんの方から財政どうなると言って聞いたら、矢野審議官、危うくセーフだね、余り財政のことについて、おかげさまで幾らもうけますなんて話がなかったんで、これは質問にはかからなかったなという気もしましたけれどもね。しかし私は、定年制の持つ、定年制についての合理性につきましては確かにいろんな議論があります。国会でも未了あるいは廃案の経緯を持っておりますけれども、こうした動きというのは、やはり公務員制度のあり方や本質を外れた当面の行政整理であるとかあるいは行革であるとか、財政再建というようなものの効果のみが期待され過ぎたと、そういうきらいがあったからだというふうに思っています。 私は、この質問の立場を申し上げますが、公務員はみだりに官職を失わない特権があるんだとか、あるいは自然年齢による一般的な体力等の能力不足だとか、あるいは人倫社会における交代のルールだとか、こういうものを全く無視しろという観点で定年制を論じようとするのではありません。公務員の定年が今日まで採用されなかった理由はわからぬ部分も多いけれども、いろいろあるんでしょうけれども、突き詰めて言えば、その合理性やあり方が確定しないために法律で採用されるに至らなかったということだろうと、このように考えるんでして、労働法学説では、一律定年は公序良俗に反するなんていう学説もあるし、定年年齢や社会保障との関係で論ずべきだというような見解もあるし、また、公務員の勤務環境を決定すること、法定をすること、あるいは使用者たる政府または地方当局と労働者たる職員が団体交渉で行う団結権の行使と何ら矛盾しないという国際的な原則ですね、そういう上に立ってこの問題の解決点を見出すべきだと私は思います。こうした問題の整理を行った上で、民主的かつ公正な行政の確保、それとの関連で身分保障、すなわち労働権と基本権の関係、あるいは制度と地方自治とのかかわりというようなものの整合性を求めていくべきだ、こういう立場に立つのでありまして、拙速に、便宜主義的に、総理の言葉じゃありませんが、政治生命の問題などとして法制化を図ればそれでよいという論理はこの種の案件にはなじまないということをまず指摘をしておきます。 そこで、三十一年法、四十三年法、そして今回の法案の背景というものはそれぞれあると思うんですが、それぞれの持つ背景を説明してください。同じ法案を出すについて少しずつ違ってはおるわけでありますが、自治大臣のしばしばの答弁にありますように、あのときはそういう背景、今日は今日の諸状況という答弁をしばしばなさっています。そういう意味では、昔あなたこういうようなことを言ったじゃないかと言ったって、どうも言質にならない。昔そう思ったんだと言えばそれきりの話だからね。これじゃなかなか議論がしにくいんだけれども、背景に、たとえば財政状況、各自治体の職員構成、退職管理の実態、国家公務員との比較、民間の動向、経済環境、雇用情勢、公務員の退職後の状況と処遇というようなものが背景に存在をしなければ恐らくこういうものは出てこないと思うんですが、あらましていいですが、説明してください。
○政府委員(大嶋孝君) 大変むずかしい御質問でございますが、三十一年、それから四十三年それぞれ出しておるわけでございます。 一般的に申し上げますと、この三十一年、四十三年というのは現在のような高齢化社会と言われるような事態ではなかったのではなかろうかと思います。公務員を含めました国民の生活水準もまだまだ必ずしも十分と言える状態でもなかったのではないかと思っております。それから、地方団体の人事管理上の問題といたしましては、高齢職員を多く抱えておったところもございましょうし、それによって人事の停滞を招いていた団体もありましたでしょうし、また必ずしもそうでないというところもあったと思います。さらには、比較的年齢の高い中途採用者が多く見られておったのではなかろうかと、かように考えておるところでございます。 今回の提案に当たりましては、すでに御案内のとおりでございます。
○志苫裕君 御案内のとおりで片づけられては困るけれども、あんまり説明にもなっておらぬ。なっておらぬが、これだけやっておってもしようがないので……。 そこで、今次法案で、いろいろ答弁を聞いているが、私はそのうちから代表的なものを引き出して、それに対する立証を求めますよ。 一つは、おとといの和田質問に対して、自治省も人事院もそうだけれども、身分保障という視点から公務能率の推進という視点、いろいろあるけれども、今次の法案では組織の活力というものに定年制導入のウエートを置いたという答弁をなさっています。そこで、組織の活力には年寄りは減れと、こういうことなんでしょう。しかし、それなら逆に聞きますが、活力ある組織の職員構成、活力ある組織の構成というものは、たとえば年齢構成比等で表現することができるかもしらぬが、一体どんなものかということを人事院にはまず伺いたい。 それから、過去のさまざまな答弁で、徐々に平均年齢や平均余命やあるいは年齢構成等が天井の方につっかえてきておるということが将来勧奨が機能しなくなるかもしれないという推定につながっていくわけでありますが、公務員という世界だけが年をとっているわけでもないわけです。国民の、まあ世界と言ってはおかしいけれども、国民全般の社会の中で、公務員という社会は飛び抜けて年寄りで、年齢が上がってどうにもこうにもならぬという説明がつくものなのかどうなのか。いわゆる国民全般と公務員という社会との対比で見た場合に、公務員の社会がそれほど老齢化をし、あるいは上の年齢層が多くなり、活力を失う状況にあるのかということについて、これはひとつ総理府及び自治省からお答え願いたい。 第三点に、総理府の説明によると、いろいろ定年制導入の理由に、世論調査の六〇%が賛成しておるということを挙げております。先ほど和田質問には総理府いなかったので私が引き継いで聞きますが、同じ世論調査では、公務員に、年をとったら話し合いでやめる、勧奨でやめるというシステムがあるということは知らないという人が実は四割近くもいるというデータも一方にあるわけでありまして、それでこの定年制賛成というのと、お役人はがんばっておればいつまでもおれるんだ、勧奨なんというものは知らないというようなものがどうクロスしておるのかによっては、ずいぶんとこのデータのとり方、判断の仕方も変わってまいります。この点について総理府の答弁を求めます。 人事院、自治省、それから総理府、答えてください。
○政府委員(斧誠之助君) 組織の活力ある状態というのは、年齢構成で見ればどういう状態がいいかという御質問ですが、まあ昔からピラミッド型というのがいいんだという説がわりあい多いわけです。この型は、どちらかというと軍隊のような指揮命令系統が貫徹する、そういう組織には適当であろうと言われておりますが、果たしていまの公務員社会にそれが適当かどうかというと、私は必ずしもそうは思いません。いま、公務というのはだんだん複雑多岐にわたりまして、専門性を持つこと、それから、かなりの民衆と、国民と接するような仕事も昔に比べれば非常に多くなっておりますので、相当の経験を経た人が欲しいというような業務上の要望もございます。したがいまして、どういう年齢構成が理想的であるかというのは一概には言えないと思います。 ただ、適切な新陳代謝、それが行われることによりまして昇進機会も若い者に与える、それから新しい血が入ってくる、そういうことで組織が非常に活力あるものとなる。そういう意味で、計画的に新陳代謝が図れる定年制というものは、組織を管理する場合の一つの有効な手段ではないかと、こういうふうに考えておるところでございます。
○政府委員(大嶋孝君) 自治省へのお尋ねは、地方公務員の年齢構成がどうなっておるかというようなお話だったと思います。また、それが将来どうなるかということだったろうと思いますが……
○志苫裕君 国民との対比を聞いているんですよ。直接のものはわかっているんだ。
○政府委員(大嶋孝君) 国民の、たとえば五十歳代というのが、人口推計でまいりますと、現在構成比で約一〇・九%、それから地方公務員の場合には一七・六%、こういうような状況でございます。四十歳代についてついでに申し上げますと、人口の場合が一四%、地方公務員の場合が二三%を占めておる、こういうようなデータがございます。 これらは、いずれまた年数がたてば上の方へ寄っていくというようなことになろうかと、このように考えております。
○政府委員(廣瀬勝君) まず、老齢化の状況について御説明をさせていただきます。 人事院の調査しておられます分け方によりまして申し上げさせていただきますと、ちなみに四十八歳から五十一歳の年齢層をとりますと、十八歳以上の国民人口に対してその層が占めます割合は七・三%でございます。一方、一般職公務員数におきましてその占める割合は一三・〇%、さらに、五十二歳から五十五歳という年齢層をとりますと、十八歳以上の国民人口に占めます割合は六・五%、一般職公務員数に占めます割合は一一・三%、五十六から五十九の年齢層ですと、前者が五・一%、後者は五・六%というようなことになっております。したがいまして、いわゆる中ぶくれ層と申しますか、四十の後半から五十の前半に至ります。そういった層が、年齢構成上非常に一般職公務員において大きいということが御理解いただけるものと思います。 それから、世論調査の結果でございますが、確かに御指摘のとおり、公務員に定年制を設ける必要があると答えておりますのが六三・二%、一方、退職勧奨があることを知らないと言っておりますのが四四・七%ございます。私どもといたしましては、将来、先ほど先生の御指摘にもございましたようなもろもろの要因によりまして、退職勧奨は機能することがむずかしくなるおそれがあるというようなことも踏まえまして定年制を設けるということでございますので、率直に申しますと、知らないでおられるという点は余り重視いたしませんで、定年制を設ける必要があるという国民の声というのを尊重してまいりたいということでございます。
○志苫裕君 人事院の任用局長のお話ね、まあ感じで言っておるのであって、たとえば職員の年齢割合等の科学的な問題の提起をなさったわけではない、言うなら感じで言っておるわけだな。それが一体科学的な人事管理をやる場所かと、こう言いたいところだけれどもね。そういう感じとか雰囲気で五百万人の命が握られちゃ困るんですよ。だから私は非常に神経質なくらい議論をしているんでしてね。率直に言ってそれは答弁になっていませんよ。ただ一般論として、まあ年寄りが多いよりは若いのが大ぜいいた方がそれは元気があってよろしいというぐらいのことはわかりますよ。しかし、その程度の感じで一体公務員制度のありようを論じられるかということになりますと、もうちょっと説得性のある話をしてもらわぬと困ると思うんです。 それから、自治省と総理府の話ね、すっと聞いていると、ああなるほど国民の社会と役人の社会というのは、役人の社会の方が年齢の高い層が多いなという感じを受けますがね、これはちょっと皆さんマジックがありますよ。たとえば、いま両方に共通しておるのは、国民階層はゼロ歳から全部パーセントを言っておるでしょう、役人にはゼロ歳という人はいないわけね。大体二十歳から上がいるわけでしょう。そうしますと、国民の方もそれを一〇〇としてとりませんと、片やゼロ歳から五十歳、六十歳以上までのパーセントをいけば、どこもずっと、全体が減るのはあたりまえよ。役人の方は二十から上の者だけで一〇〇にしちゃうんだから、これはどこも高くなる。そんなあなた、そういう数字を持ってきちゃだめですよ。 それから公務員部長、あなたの答弁はまたけしからぬ。私はあなたの資料もらっているんだけれどもね。私が言ったような数字で直した数字もあるのに高い方を答えるというのはどういうことだね、これは一体。
○政府委員(大嶋孝君) これは、故意に高い方を答えたわけではございませんで、もう一度申し上げますと、五十五年度で申し上げますが、今度は二十歳以上ということで申し上げますが、四十歳代の人口の構成比は二〇・二%、それから地方公務員の構成比は三二・八%でございます。五十歳代は一般の人口の構成比は一五・八%、それで地方公務員の方が一七・七弧と、こういうことでございます。
○志苫裕君 これを見ますと、特にこれから問題になろうとする六十歳代以上――将来これはゼロになるのかもしらぬけれども、ここのところは事実上ないわけですよね。〇・七ですし、国民はかれこれ二割近くの人がおるわけですしね。ですから問題になるのは、この五十から五十九のところ、これも刻んで言えば五十五から六十がわかれば一番よかったんでしょうが、一五・八と一七・七、まあ少し公務員の方が多いという状況で、取り立てて大騒ぎをしなきゃならぬ問題でもないではないかということは指摘をしておきたいと思います。 そこで、同じ定年制を導入をしようという試みをもって、三十一年、四十三年そして今回というふうにそれぞれ法案を出しました。従来の法案と今回の法案の違いについて自治省は四つの点を挙げています。その違いというのは、定年制導入の理念の変化を意味するものなのか、あるいは単なる技術的な変化を意味するのか、これ後ほどの質問と関連がありますから、ひとつ明らかにしてください。
○政府委員(大嶋孝君) 一つ違います背景といたしましては、過去におきましては、国家公務員に定年制がない、その中で地方公務員に定年制を置こうと、こういうことであったのが基本的に違っております。いずれもこれが分限の一種であるということにおいては同じでございます。 いま、四点の相違があるという御指摘がございました。その四点の相違は、あえて詳しく御説明申し上げるまでもないと存じますので、これは省略さしていただきます。
○志苫裕君 いや、四点のことは言わぬでもいいんです。四点の違いを皆さんは答弁なさっておる、それは私わかっておるから聞きませんよ。その違いというのは、定年制導入の理念そのものがやっぱり変化をしてきたのか、あるいは手続、技術的な問題なのかということを聞いている。
○政府委員(大嶋孝君) 定年制そのものに対する理念が変化をしたということはないと思います。
○志苫裕君 これは後ほどその点はお尋ねをいたします。 そこで、それを受けて質問をするわけですが、以下、私はたくさんお尋ねしたいことがありますが、分限といいますか、身分保障のところに焦点をしぼろうかと思うんです。 公務員の定年制が、憲法の十四条、二十五条、二十七条、二十八条等のかかわりにおいて一体どういう意味を持つのか。あるいは、公務員制度本来において排除をされているのではないか等々の議論はもうしばしば行われておりますし、私も同じ主張でありますし、条文の一部を木に竹を接いたように書き加えても合法性が認められるものじゃあるまいという主張を強く持っておりますけれども、これは乾いてはおりませんが、きょうはその議論には触れません。 そこで、この分限と定年制の問題にしぼっていきたいと思うんです。答弁によりますと、職員の身分保障を前提としつつ身分上の変化にかかわる事柄だと、こういう答弁を――若干の表現の言い回しはありますが、大まかにこんな答弁をしています。私みたいな余り法律になれぬ人は何のことを言っているのかわかりませんが、まあわかりやすく言えば、職員の身分に関する事柄とでもとった方がいいと思うのでありますが、さて、そうなりますと、公務員法全体が広い意味での分限規定じゃないんですかね。
○政府委員(大嶋孝君) 先ほど御指摘がございましたように、分限というのは、身分保障を前提といたしまして職員の身分上の変化に関する基本的な事柄を総称する概念でございます。それに端的に該当いたしますのは地公法の二十八条であるわけでございます。定年制度、これにつきましては、職員の身分の基本的な変化に関するものでありますので分限に属するということが考えられるわけでございますけれども、二十八条の分限そのものではない。そういう意味におきまして、ある意味においては広い意味の分限ということに属するのではないか、かように考えます。
○志苫裕君 どうもあなたは前段によけいな言葉をつけるな。 人事院どうですか。職員の身分に関する事柄だと、分限というのは。公務員法体系が分限じゃないんですか。公務員法全体が分限じゃないんですか。
○政府委員(斧誠之助君) 国家公務員法で、「保障」及び「分限」ということで一つの款が立っております。われわれが分限と言います場合には、ここのところを分限とこう申し上げておるわけでございますが、そういう意味で、公務員には身分保障がある、したがいまして、そういう保障のある職員をどうしても公務能率上の見地から排除または降任というような処分を行わなくちゃならぬという場合は法定をしなくてはだめですよと、それが強い身分保障でありますということの趣旨でございます。
○志苫裕君 自治法の解説、公務員法の精義をしてくれている人は自治省のOBでたくさんおりますし、過去の本委員会における答弁では、広い意味の分限、狭い意味の分限、それから非常に狭い範囲の意味での分限というふうに、分限をそのようにとらえているようでありまして、そして、降任、休職、免職等の狭い意味の分限を地公法の分限というくだりは意味をしている、こういう解釈が、たとえば今枝さんの解釈にしましても長野さんの答弁にしてもなされておりますが、その見解はとらないんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 狭い意味におきます分限というのは、二十八条でいま御指摘のところだと思います。
○志苫裕君 今枝さんの解釈によりますと、ここでは――すなわち地公法の第五節、分限条項のところですね、ここでは分限処分制度のことだと。分限というのは、幅広くとりますと公務員法制そのものが分限であって、ここで言うのは分限処分制度という狭い意味での分限だというふうに言っておりますが、そのように理解していいですね。
○政府委員(大嶋孝君) そのとおりだと思います。
○志苫裕君 そうしますと、分限処分というのはどういう制度ですか。
○政府委員(大嶋孝君) 二十八条の各号に該当することに対する行政処分であるというふうに理解をいたしております。
○志苫裕君 それじゃ説明にならないんだな。 分限処分制度というのは、公務員の身分保障という、こういう身分保障制度という中に分限処分制度というものがあるわけですね。片や身分保障をすると言い、片や処分すると言っているわけでありますから、これは公務員の身分保障制度の中に占める分限処分というのはいかなる意味を持ちますかと言っている。
○政府委員(砂子田隆君) 一般的にいま公務員部長からお話を申し上げましたが、分限に係る行為というのは、二十八条に掲げてある事項に該当する場合に狭義の分限だと、こう言っております。この問題は、先ほどお話がございましたように、身分保障に係る問題でございまして、分限処分というのはそういう公務員の権利の得喪と申しますか、そういうことに保って行政処分をするのを一般的に分限処分と、こう申しているわけであります。
○志苫裕君 私の方からもう少しわかりやすく言いましょう。公務員は全体の奉仕者等々の特殊な地位を持っています。それで、それにふさわしい職責を負っております。でありますから、そういう視点で身分保障等がなされています。ところが、この職責を果たすことができない場合義務違反だ、言ってみれば。それで、義務違反を伴うような責任をただす制度だ。その中には分限処分とか懲戒処分とかあるいは公法上の損害賠償とか制裁というふうなものがあるわけでありまして、分限処分は、言いかえれば、一定の事由で職責を十分に果たし得ない場合、本人の意に反して身分上の変動、すなわち懲戒または制裁を受けることがあってもやむを得ないと、こういう制度ですね。
○政府委員(大嶋孝君) そのように理解をいたしております。
○志苫裕君 そうしますと……
○政府委員(大嶋孝君) ちょっと修正いたします。 懲戒あるいは制裁といったものはそれに含まれないということでございます。
○志苫裕君 二十七条、二十八条には懲戒は含まれておりません、それは次の条へいきますけれどもね。公務員法全体の体系のもとで、そういう分限処分、懲戒処分、公法上の責任賠償というふうなものが義務違反を伴った場合に、身分保障にもかかわらずそれが反対給付としてあるという仕掛けになっておるわけでしょう。 そうしますと定年制は――皆さんの答弁です、今度は。定年制は新たな分限制度であります、これは同時に勤務条件でもあると、こう言っておりますけれども、今度導入をする新たな分限制度というのは分限処分の制度ですか。
○政府委員(大嶋孝君) 分限処分の制度ではございませんで、職員が一定の年齢に達したそのことをもって離職をするという制度でございます。
○志苫裕君 分限処分の制度ではないということは明らかになりました。そうすると、定年による退職というのは、これは法的にはどういう性格を持ちますか。
○政府委員(大嶋孝君) 先ほど申し上げましたように、一定の年齢に達したそのことをもちまして、その職員の意思あるいは能力にかかわりなく職員としての身分を失わせるというものでございます。
○志苫裕君 総理府にお伺いします。 六月二日参議院内閣委員会において、当事者の意思表示なく自動的に雇用関係を消滅させられるものと理解するという答弁をしています。それを確認していいですね。
○政府委員(廣瀬勝君) 前任者でございますが、そのように答弁をいたしたというふうに記憶いたしております。
○志苫裕君 そうしますと、この法案は労働契約の自動消滅事由をとっているものと考えられます。これは総理府の答弁から明らかになります。そうなりますと、退職の申し出も、やめる方から私今度やめますという意味での申し出も、あるいは当局者の方からやめてもらいますよという免職ないし辞職――退職というんですかな、の処分の行為も、双方ともに何のアクションもない。双方いずれの方からも何のアクションもない、こういう退職になるわけですね。
○政府委員(大嶋孝君) 退職辞令を交付するかどうかは別問題でございますが、原則としてそうでございます。
○志苫裕君 原則としてはすうっといなくなる。だからやめた方も使っていた方もわからないというようなことなのかもしれませんが、ただ役所ですから、手続ぐらい、通知とか、そんなものはありますけれども、そういう手続のようなものは、少なくとも行政行為と言われるものじゃないですね。 そうしますと、定年退職、ここで言う定年による退職というのは、任命権者の裁量の入る余地は全くない、行政行為を必要としないと理解していいですね。
○政府委員(大嶋孝君) 定年退職につきましては、そのとおり私どもも理解をいたしております。
○志苫裕君 そこで、もし自動消滅事由ということになりますと、これどうなんですかね。 たとえば、今日任意退職という制度があります。これの一般的な解釈というのは、自分の都合でやめるんだけれども、公務員には義務というものが伴っておりますから、やめるときに、おれあしたから来ないよと言ってやめるわけにはいきません。その義務を解除してもらわなきゃならぬですからね。そういう意味では、任意辞職でも承認という行政行為を必要といたします。一方、退職命令だとすると、これは労基法上の予告その他のいろいろな問題が出てくるわけでありますが、このいずれにも該当をしない退職ということなんですね。
○政府委員(大嶋孝君) そのとおりでございます。
○志苫裕君 そうしますと、そういう効力を持っているものだと、たとえば二十八条の三で勤務延長というふうなものが行われてまいりますが、先のど言った自動消滅事由をとっておるわけですからどっちも何もアクションがないわけですけれども、二十八条の三を適用するには二十八条の二の効力をどこかで停止せぬといかぬのですね。これはどんな手続になるんですか。
○政府委員(斧誠之助君) 勤務延長は、身分関係も処遇関係もそのままの形でなお勤務を継続してもらうという制度でございますので、定年到達日を待ってはできない、そこまで来てしまいますと自動的に退職してしまいますから。したがいまして、事前に本人の了承を得まして、勤務延長をするよ、結構ですという、双方の合意のもとに定年到達日前に勤務延長をする旨の行政行為を行うということでございます。
○志苫裕君 その点はわかりました。とにかくそういう性格の退職であると。 そこで、公務員の身分保障の反対給付、すなわち義務違反に伴う制裁という意味で、分限処分、まあ懲戒なんかもそうでありますが、そういう制度がある。しかし定年は、自然年齢がそうなっただけであって、何らの義務違反等を伴うものではありません。言いかえれば、悪いことをしたわけではないわけです。それがどうして狭い意味でのいわゆる分限と言われる、すなわち分限処分の範疇に入るんですか。法の形態はそうなっているじやないですか。
○政府委員(大嶋孝君) 今回の法律は、そういうような観点がないように、別の条文として二十八条の次に起こしたわけでございます。したがいまして、二十八条各号の中に定年というものを入れていないということでございます。
○志苫裕君 それはそうじゃありませんよ。これは後でも触れますけれども、いわゆる二十七条ですね、二十七条の二項を受けて二十八条に分限事由が列記をされるわけです。二十七条を受けて分限事由が二十八条に列記されるんです。それで二十八条に「等」というものを加えてあるんです。「等」というのは、その後ろまで幅広くとるからでしょう。二十八条に「免職、休職等」という「等」を入れることによって、この「等」が二十八条の二にもかかっていくんでしょうが。こういう規定の仕方をしておりまして、本人の意思にかかわらず、先ほど言った、すうっと消えていく。分限処分ではない、自然消滅だ。退職前の自然消滅の条項を規定をしたんじゃないんですか。 どだいがこの五節というのは、先ほど言いましたように、狭い意味での分限、分限処分等を中心にする分限条項なんです。これは論理的に合いませんよ。私は先ほどからしばしば言っておりますように、皆さんの御答弁にもありましたように、いわば身分保障の反対給付としての制裁じゃない。これはもう確認できたことなんです。それがどうして、大まかに言えば処分条項、その範疇の中に取り扱われていくんですか。
○政府委員(大嶋孝君) 定年制度というのは、広い意味においては分限だと思います。しかしながら、ここで言う分限処分の対象になるというものではない、こういうふうに基本的に理解をしておるところでございます。
○志苫裕君 だから、そのことは皆さんの御答弁の中でも確認ができた。しかし、私が指摘するように、皆さんの法律上の扱いというのは、二十八条の二という新しい条項を起こしたにもかかわらず、前後のつながりから見てこれは分限処分という範疇に入っているではないかということを指摘しているんだが、そうじゃないですか。
○政府委員(大嶋孝君) 私どもは、処分という、対象というか、範疇に入っているものとは理解をいたしておりません。
○志苫裕君 理解の問題じゃないでしょう。「第二十八条の見出しを「(降任、免職、休職等)」」と、この「等」は何ですか。
○政府委員(砂子田隆君) 二十八条の見出しに「等」とつけましたのは、いままでのように分限処分に関するものだけを述べておるという意味ではなくて、一般的に身分保障を前提とした身分の変動、そういうものを考えまして広い意味での分限という形のためにそこに「等」というのを入れたわけであります。しかも、御案内のとおり二十八条というのは、先ほどから志苫委員がおっしゃっておられますとおり、職員の身分の変動の中でも免職でありますとか降給でありますとかいろんな処分の制度が掲げられているわけであります。しかし、やめること、離職すること自身毛、身分保障を前提といたしますと、公務員の身分に変化を与えることであります。そういう意味では分限のうちに入るというのは、いままでの分限の説明について公務員部長からお話しを申し上げたとおりでありまして、そういう意味で広い意味の分限に係りますから、二十八条の二というのを設け、さらに「等」というので広い意味での分限ですということをそこの中につけ加えたわけであります。
○志苫裕君 それは詭弁ですよ。第五節は分限処分の条項なんです。分限処分及び懲戒処分のことなんです。ですから、二十七条の「すべて職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない。」というのをどう読むかということについて、地公法の解説は、ここにわざわざ分限処分を行うに当たっては公正でなければならぬというふうにこれは読むことになっているんですね。その次に出てくる二項というのは、したがって分限処分事由法定主義なんです。分限処分事由法定主義というのはこの二項なんです。これを受けて二十八条は分限処分事由を挙げているわけなんです。皆さんは、身分の異動に関することは、いわば意に反してやめさせることは法定しなきゃならぬというのはこれを使っているわけです。ここで言う意に反する云々というのは分限処分事由のことなんです。それから懲戒処分のことなんです。この扱いの中になぜ行政処分でもない、ましてや分限でもなければ懲戒でもなければ制裁でもない、ただ自然年齢がそうなったという、これを処分条項の中に規定をするんですか。新しい分限制度を盛り込んだといっても、新しい分限制度といっても、言うなら分限処分でもないものをこの分限処分条項に入れてそれが新しい概念だ、新しい規定だなんて説明になりゃしませんよ、それは。
○政府委員(砂子田隆君) いま申し上げておりますのは、先ほどから申し上げておりますとおり、分限というのは身分保障を前提としての公務員の身分の変化を総称しているわけであります。そこで、二十八条の二という規定は、そういう意味では離職というのは一般的に職員全部に該当してくる、そういうことでありますから、その意味については公務員の身分がなくなることに変わりはありません。そこで分限の中の規定には入れてあるわけです。二十八条の規定というのは、二十七条で分限の処分のことがいろいろ書いてございますが、その処分の該当事由を一つ一つ列記しておりまして、これは公務員一般がそういう離職する対応というのではなくて、そういう事由に該当する公務員一人一人についてなされる行為を二十八条で書いているわけです。ですから、二十八条の中に「等」と書いてありますのは、そういう広い意味にこの法律全体を書きかえているというふうに御理解を願いたいと思います。
○志苫裕君 ですから、私が先ほどから言っているように、いま私は定年制の是非はちょっとこっちに置いているわけですね。そういう雇用消滅事由による退職というようなものがあり得るとして、しかし、この概念は幅広くとろうと何としようと、もともと公務員の身分保障制度全体の中で、ある限られた分が分限処分制度として五節等に載っておる。広い分限から狭い分限を規定してある。その狭い分限の中に広い分限を規定もしようとする非常に矛盾した行為を行っているんですよ。そうじゃありませんかね。
○政府委員(砂子田隆君) 失礼いたしました。二十八条の次に二十八条の二を入れておる分限の考え方は、先ほど私が申し上げたとおりでありますが、ここの二十八条の法律改正の中で「等」と書いてありますのは、中に、降任、免職、休職、降給というのがこの二十八条の規定であります。そこで、降任、免職、休職及び降給とこう書けばいいのですが、降給を省いて「等」というふうに見出しを書いただけであります。そのことであればそういう意味であります。
○志苫裕君 これは、仮に「等」の説明はそれでもいいとして、私は、二十八条の二を起こしたからといって、この定年による退職というのが大まかに言って分限処分の範疇に入れられておるということについては、法形式としてもこれは納得ができないというふうに思います。これにこだわっておってもあれですけれども、しかしこれは私は非常に重要な点だと思うんです。 それで、私は先ほど三十一年法、四十一年ないし四十二年法及び今回の法案の違いをあえて黙って聞き逃したんですけれども、四点を挙げました。四点のほかに私は重要な違いがあると思うんです。それは、一つは条文を置いている場所が、定年をうたった条文の取り方が変わっておるということが一つです。それから、これは後に触れますけれども、雇用延長、再雇用、再任用等の、俗に言うやめた後の雇用といいますか、そういうものの規定の仕方、運用の仕方が、従来はどちらかというと人の特殊性――政府の答弁によると、子女の教育のためにもう一年ぐらいいたいなあと、あるいは、まじめに勤めておるんだが年金がもう半年足らぬなという、そういういわば職員の持つ特殊な状況というものについて、すなわちそういうものを救うといいますか、あえて身分保障と言いますが、そういうものにウエートが置かれたけれども、今回はそちらの方ではなくて、職務の特殊性とか公務能率というふうなものにウエートが置かれているという、この二つの点の違いが四点のほかに追加をされなければならぬと思うんです。この点はいかがですか。
○政府委員(大嶋孝君) 御指摘のように、これまで提出いたしました地方公務員に対する定年制の導入に関する法案におきまして、規定の仕方がそれぞれ少し異なっておるわけでございますが、いずれも定年制度を公務員の身分保障の根幹にかかわる分限事項としてとらえておる。そうして、三章五節の分限及び懲戒において規定するという点においては共通をいたしております。その基本的な考え方におきまして根本的な相違はないと思います。 そこで、三十一年法案におきましては、狭義の分限であります二十八条、分限免職を定めました二十八条中に定年に関する規定を追加するということにしておったわけでございます。これは、現行法上定年制度を実施できないというのは、要するに定年制度が、法律に定める事由による場合でなければその意に反して免職されないというふうに定めた二十七条の規定に抵触するからであるということが考えられていたことを考慮した結果であると私どもは聞いております。 また、四十三年法案におきましては、定年による退職というのは分限免職とは異なりまして、何らの行為も要せず退職するものであるわけでございますから、処分行為を要する分限免職を定めた狭義の分限規定であります二十八条とは違うのではないかというような議論がございましたので、昭和三十一年法案の規定を改めまして、職員の離職に関する規定を一括整理するということとしたわけでございます。その中の離職の形態の一つといたしまして、定年による退職を規定をいたしたものでございます。 今回の改正案におきましては、先ほど申し上げましたように、定年による退職は広い意味の分限に属するものではありますけれども、狭義の分限とは違うという考え方に立ちまして、規定の仕方を今回のように行ったものでございます。それで、今回の改正案の定年制度に関する規定が、従来の方法よりも比較的詳細であるということもございまして、二十八条とは別に、二十八条の二以下の独立した三ヵ条ということで追加をいたしたわけでございます。
○志苫裕君 だから、いま答弁がありましたように、三十一年法から何遍もこれを考えて二十七条へいったり二十八条へいったり、当該条文に追加項目を起こしてみたり、新しい追加条文を起こしたりというふうな振れがありますよ、これをずっと見ていますと。というのは、そのときどきにもっともらしい説明をしておるわけ。恐らくそのときどきに答弁する人は、これが一番だと言って答弁したんでしょう。今度はその次に立案する人は、いやあれはやっぱりおかしいのでこうやったと。何らかのはずみでこれが廃案になって、またこの次に出そうものなら、あれはおかしいと。そしてどこか、十何条の任用のあたりにいくのかもしらぬけれどもね。まあこういうことを考えますと、そのときどきにこれがいいと思って説明することが、いろいろその後判例が出たり、そんなもので解釈が確立されていくということはあり得るにしても、これはちょっとひどいですよ。皆さんも、前段確認をされたように、いかなる意味においても分限処分でないと。そうですね、義務違反に伴う反対給付でないというふうに言っておるわけですから。 私は、余り全体のことはわからぬが、たとえば十七条の「任命の方法」、条文には書いていないけれども、あの条文の中で依願退職なんか扱っておるんでしょう、実際は。これは国家公務員法にはその辺の規定が少し明確になっておって、「離職」という条項があり、「人事院規則」というくだりがありますし、このほか「当然失職」とありますけれども、この十七条の解説によれば、この吏員というのかな、ここには書いていないけれども、この中に入るんだというようなことも言っておるようでありますけれども、そのことは別にしまして、いずれにしても分限処分という条項で扱うのは、私はこれは認められない。 四十二年法ではこう答弁していますよね。定年制は分限免職ではない。二十七条の事由法定主義に基づく二十八条の事由の中にはいかなる意味においても定年制は入らない、いかなる意味においても入らない、二十七条二項の意に反する免職とは明らかに別個な概念でありますと。だから、二十七条の二項、すなわち「意に反して」云々、これにまず端を発するものでないと、こう言っているわけなんですよ。皆さんは、分限事由を法定しなければどうのこうのというようなことを唯一のあれにして定年制の根拠を法律にうたうと主張していますが、それは恐らく二十七条の二項をとっているんでしょう。しかし、ここで言うのは、二十七条は頭から分限処分をするに当たってはから始まっておるんですから、二十七条は分限処分条項なんだ、分限処分の根拠なんだ。したがって、定年制はそこに根拠を置くことはできない。ただ、当時の野田自治大臣も、従来の法案をいろいろ検討したが、分限免職の事由に入らないというようなことを言いまして、これほど明快なことを言うたがら、それなら別のことをしたかといったら、二十七条の二を起こして、やっぱりこの分限処分の仲間の中で規定したんだから、言っていることとやっていることは全くむちゃくちゃでしたがね。しかし、分限免職の事由に定年はない、大体悪いこともしない者に義務違反の処分はないし、悪いことをしない限り身分が保障されるという制度の中に定年制がはまり込むわけはない。 この点どうでしょうね。これは皆さんもお認めになるでしょう。これはつまらぬところであなたがんばっておるがね、この解釈オーソドックスですよ。いかがですか。
○政府委員(大嶋孝君) 定年退職というのは、別に何も、悪いことをしたからけしからぬといって処分をするというわけではございません。ただその年齢に達したということだけでその職から離れるということでございます。したがいまして、分限処分とは違うということを申し上げておるわけでございます。
○志苫裕君 いや、それがどうしてその第五節の「分限」というところに出てくるんですかね。これをさっきから私言っているんですよ。第五節は義務違反に伴う制裁のことを書いてあるんですよ。片や懲戒のことを書き、片や分限処分のことを書き、そのほかの条項では、まあほかのところにまた別の法体系で賠償責任等もありますけれども、一応懲戒に分限処分に損害賠償というような形が義務違反に伴う制裁として公務員には科せられておるわけ。これだめですよ、あなた。
○政府委員(砂子田隆君) どうも議論のすれ違いのような感じがいたすのでありますが、私の方は、定年による退職というのは、やはり公務員としての身分というものが失われるわけでありますから、身分に変化を及ぼしている。それは勤務条件の側面はあるといたしましても、分限に入ることは間違いはないということで分限の中に入れているわけです。二十八条の規定は、分限の処分の事由を書いているわけでして、私たちはその離職すること、定年によってやめることを処分だとは言っていないわけであります。ですから、二十七条、二十八条の規定というのは先生おっしゃられているとおりであります。 ただ、それじゃ分限にこの離職の態様が入らないのかというと、やはり離職も分限の一種であるというふうに理解をいたしておりますので、二十八条の二の規定に入れていると、こういうわけであります。
○志苫裕君 任用条項全部分限ですよ。第十五条から始まった任用条項全部分限ですよ。だから、分限にかかわることは公務員法全体に散らばっているんですよ。騒いだらいかぬということも何条だかにあるし、いろいろありますよね。 〔委員長退席、理事亀長友義君着席〕いろいろありますが、ここのところは、そういう自然にすうっと、老兵は消えいくのみというようなことを扱う場所でないと私言っているんですよ。それは、意に反する免職というのは、この二十七条の二項にあるものですから、たとえば普通、課長さんが勧奨なんかでやめたいという場合には、どうもこれには当てはまらぬというので、別の条文、規定はないけれども、恐らく十七条かその辺をお使いになっているんでしょうね。今枝さんの「地方公務員法解釈」によりますと、十七条にそうは書いてないが、国家公務員法との見合いでいけばやめてもらう一退職ですね、そういうものも入ると書いてありますからね。そうすれば、たとえばそういうところで扱うことだってできるわけ。まあ専門家が集まっておってこんなところへ持ってきたのはいろいろあるんでしょう。いろいろあるんでしょうし、国家公務員法が新条を追加をして――国家公務員法の規定の仕方も精神的には同じだと思うんだが、技術的に見るとあれはちょっと変わっていましてね。だからちょっとなんくせをつけにくくなっているんだけれども、やっぱり地公法のこれは、大臣、あなたも聞いておって私の言うのもそうだなと思いませんか。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 私はそう思わないので、行政局長の言うとおりじゃないかと、こう思っておるところです。問題は立法技術の問題で、この点については十分に審査を遂げて条文の整理をしたわけでございまするから、御理解を得たいものだと思っております。
○志苫裕君 私は、それはそういうふうに言い逃れなさいますけれども、定年という発想そのものが、いろいろやっているうちに変わってはきましたが、年をとった公務員がいてもらっちゃ困るというところに発想がある限り整理なんですよ。だから画一的にやるんですから。およそ科学的人事管理とは縁のない形になっている。そういう意味ではやっぱり行政処分なんだ。その発想がどこかに残っておるからためらいもなく第五節に入ってくるんですよ。そういう発想自体は、まさに人事院総裁が先ほどお答えになったように、近代的な公務員制度を排除しています。定年制のよしあしという議論以前の話だというふうに私には思えてならぬものだからここのところを少ししつこくやっておる。 それと、大臣、まあ百歩譲って、いろんな身分保障とかその他再就職、それとの見合いにおいて、自然年齢がパラレル、一定になった者はやめてもらうという、これは私は必ずしも容認をされない考えでないと思うんです。そういうことが仮に認められてどこかにこういう制度が確立されるにしましても、どうですか、三十年五十年公務のために精励した者の一番末路が、処分ということはないだろう。そのことも私は言っているわけなんですよ。おかしいよ、この扱いは。
○政府委員(大嶋孝君) どうも、その並んでおる前後が余りいいことが書いてないので、その中に入って非常にこれ、定年というのも何か悪いことしたからやめさせられるというような、あるいはそういうふうにお感じになるのかもしれませんけれども、分限処分といいますのは、もちろん御案内のとおり、能率の維持向上のために行われる処分でございまして、これはもう義務違反の責任を追及するいわゆる懲戒処分とはもちろん異なるわけでございます。定年といいますのも能率の向上にかかわる制度でございますが、これは先ほどから申し上げておりますように、処分ということではございません。先ほど申し上げましたように、どうもその前後の条文が余りぱっとしない条文が並んでおりまして、それが長年勤めた方に対する礼儀を失するのではないか。こういうふうにおっしゃられればあるいはそういう気もいたしますけれども、制度上はやはりここにあるのが私は至当ではないかと、こういうふうに考えております。
○志苫裕君 公務員部長、それはだめですよ。あなた今度は、懲戒と違って分限処分というのは公務能率向上のためにやる処分だから、年をとった、公務能率が落ちそうな顔をしておる者からやめてもらうというのも広い意味での分限処分だという、そういう解釈を持ってきますけれども、それは違う。それはまず二十七条に端を発するでしょう。ここでは分限と懲戒は分けて書いてありますけれども、「分限及び懲戒」ですよ。これはやっぱり義務違反に対する制裁ですよ。それはまあ、義務違反に対する制裁が、それの今度は反対給付として能率が上がるという意味ではわからぬことはないですよ。わからぬことはないですけれども、それをここへ無理に持ってくる手はないですよ、これは。私は納得できないな。何か答弁ありますか。
○政府委員(大嶋孝君) どうも先ほどから繰り返して恐縮でございますけれども、定年というのは処分では決してございません。定年、その年齢に達することによって当然にその職を離れていくというような制度でございます。したがいまして、分限処分という処分の中には入らない、こういうことで、繰り返し恐縮でございますけれども、御理解をいただきたいと思います。
○志苫裕君 単なる立法技術の問題じゃないですよ。だから私は、ずっとわが党の委員が衆参を通じて言っておりますのは、何でもいいから木に竹を接いだようなかっこうになっても条文を書きゃいいというものじゃない。それにはやっぱり一つの理念も確立されていなきゃなりませんし、後世の批判にもたえなきゃならぬし、そういう意味では、二十八条そのものでないので二十八条の二と。どこか後ろの方か前の方に置きたいんだが、置く場所がないのでここへはさめてもろうたというようなものじゃないよ、これは。これはもう再検討を私は求めたいと思う。ともかく先へ行きましょう。 〔理事亀長友義君退席、委員長着席〕 私、さっき言いましたように、主張だけしておきます。仮に自然年齢による身分の喪失ということがそれなりの合理性があると言うとすれば、個々の職員等について、年金だとか再雇用の関係などの身分保障との見合いで考えられる。もし考えられるのであれば、少なくともこういう規定にはならない。こういう場所にこの条項が置かれることはないだろう。邪魔者は切れというまことに極悪非道な考えを持つからこういうところにはまり込むんだということを私は言っているんですよ。 そこで、定年制のもとでも、たとえば本省の課長以上等幹部職員――本省の課長以上等というのは総理府ないし人事院の答弁であったし、自治省の答弁をかりると、幹部職員等に勇退を求める個別勧奨は残るということがしばしば答弁をされています。私はなぜそういう答弁をあえてするんだろうかと考えるに、それは単に組織の活力あるいは人事のローテーションというようなものを考えてそういうものがある程度残らざるを得ないだろうということを答弁なさっているんだと思いますが、しかし、この場合は恐らく、表現は悪いが、天下りとか再就職などについて身分の保障が必ず配慮をされるだろう、こう思います。この点はいかがですか。
○政府委員(大嶋孝君) 現在におきましても勧奨退職というのはございます。その勧奨退職によって退職をされました方々で働きたいという方々につきましては、大体九割程度が、地方公共団体のあっせんによりますとかあるいはその他の事由があると思いますけれども、働いておられると思います。また、年金等におきましてもそれなりの、もちろん勤務年限の長短によって差はあるわけでございますけれども、それなりのものは出されておるものと、かように考えておりますし、今後定年によって退職をされるという方につきましても、それぞれ地方公共団体におきましていろんな努力というものがなされるものだというふうに期待をいたしているところでございます。
○志苫裕君 総理府はどうですか。
○政府委員(廣瀬勝君) 再就職の問題は、職員の希望ももちろんございますが、相手先のニーズといいますか、そういったものがやはり大切でございます。したがいまして、そういったものを勘案しながら各任命権者において適切な運用がなされるものと期待いたしております。
○志苫裕君 定年年齢の前という事情はあるにしても、実態として、この定年制導入後も残るであろう個別勧奨というのは、実態として十分な身分保障が貫徹をされるということは容易に想定できます。だから恐らく個別勧奨も残すんでしょう。そのことが組織の活力や人事のローテーションに大きく寄与するという、こういう論理に必ずなっておるはずであります。 そこで私は問題にしたいのでありますが、定年法施行後も残るであろう個別勧奨、特定の幹部職員については実態として再就職、再雇用等の身分保障は貫徹をされる、特定の人について。しかし、定年法によって自然に消えていく諸君については、法律に、特定の職、特殊なカテゴリーのものについては、若干特例定年あるいは延長ないしは再任用というものはあるけれども、原則としては、原則定年が圧倒的にしかれるということになる。これは差別ですよ。そうじゃありませんか。特定の幹部についてはそのような身分保障の理念が貫徹をされ、一般公務員については原則定年でアウト。これがどうして制度の中に併存するんですか。この点いかがですか。
○政府委員(斧誠之助君) 個別勧奨は定年制実施後も残るであろうということは人事院も申し上げておりまして、これは現在の勧奨制度のもとで一つの計画を持った人事がなされておるわけでございます。これが急旋回するということは非常にむずかしいわけでございまして、そういう意味で当分の間はなお残るでありましょうと、こういうことを申し上げておるわけであります。 その場合、先生おっしゃいますように、相当若年で退職します職員に、何も職のあっせんをしないでやめていけということは、これは人情からいっても忍びないところで、そういうことになるであろうと思うわけであります。 ただ、定年制がしかれたから事態が変わったというわけではございませんで、現在でも勧奨退職年齢が五十八歳-六十歳となっておって、それ以下で勧奨でやめる方もいるわけですが、そういう方も同様のケースになっておりまして、定年制がしかれたから特段に事態が変わってきたということにはならないのじゃないかと思います。
○志苫裕君 そうはなりはしませんよ。定年制導入という新たな法制ですね、そういうもとで依然として個別勧奨と定年退職が残る。そして、実態として個別勧奨の方はちゃんとした次の機会が保障される。私のここで言う身分保障というのは、役所にいるときだけの身分保障でなくて、生涯を通じてのことですけれども、そういうものが少なくとも配慮をされる。貫徹をされる。一方の方は、わずかな、まさに特例等の扱いで、しかもそれはその人じゃなくて役所の都合によってのみ貫徹をされる。しかも、後ほど出しますけれども、そのときまだ年金がついていないというふうな者であっても、少なくとも定年の側は容赦なくたたき切る。ただ共済の側でうまいこと考えてくれやと、こういうことを全体として検討してもらっているわけですね、衆参通じての答弁は。 これは、定年制のある公務員法制といいますか、退職管理制度、定年制のある退職管理制度という新しい体制のもとで、そういう内容が含まれるということは公正でないという気がいたします。一年前に、おれにも勧奨でひとついいところでも見つけてくれぬかと、こうなったらどうします。
○政府委員(大嶋孝君) 定年に達してやめた人については一切就職の世話はしないとか、あるいは、勧奨によってやめる人については完全に再就職のあっせんをするというようなことを言っているのでは私はないと思います。先ほど総理府から答弁がございましたように、もちろんその団体、あるいはその地域、あるいはそこの職場のニーズというものもありましょうけれども、長年勤めた職員でありますので、できる限りの努力というのは地方団体なり任命権者の方でなされるものと、かように考えております。 それから、幹部職員について勧奨退職というのは残るというふうにおっしゃっておりますが、それは事実問題として私もそうだろうと思います。正直に申し上げまして、なぜそういうことになるかと言いますと、全部が六十歳までおったということになりますと、なかなか今度は下の人が上へ上がっていくというチャンスがなくなってくるということから、その意味における新陳代謝ということで、幹部職員については勧奨退職というのが事実問題として私は残るのではないか、かように理解をしておるわけでございまして、それが差別になるかならぬかということは、私はそれはないと思います。 先ほど、最初に申し上げましたように、勧奨でやめる人は、それはもちろん働く意思があれば再就職の努力をするでしょう。といって、定年でやめた人については一切そんなものは知らないと。要するに、あなたは自然にいなくなるときまでおったんだからそんなことは知らないということは私はないだろうと、かように考えております。
○志苫裕君 いや、ないだろうと言ったって、現実がそうなっている。自治大臣は、公務員制度の見直しや変更や定年制導入も、そういうものも重要な行政改革だと、私もその限りにおいては合意できますけれども、ただ、そういう行政改革の中で国民が少しいらいらしているのは、依然として役人の特権が残っておるとか、えらいやつが次から次へとよけい退職金をもらって歩くとかというようなものがありますわな、実際の話が。そういうものの責めというのは、私がいま議論をしておる、退職勧奨を受けるであろう幹部集団のことなんだな、実際の話は。私は、そういう問題点というのは依然として残る。だから勧奨をやめろとかなんとかとは言いませんが、非常にこの点は不愉快だな。大臣の感触どうですか。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 実際問題を考えてみますと、定年退職ということになる場合に、恐らくその団体は、来年は一体何人ぐらい定年退職があるかということを想定いたしまして、その人々の就職の場というものを半年、一年前からいろいろと模索をし、努力をするだろうと思うんです。もちろんそのときの経済情勢とか、あるいは地域社会の状況、また雇用関係等も関係はいたしますけれども、自治体なり団体といたしましては、ずいぶんと前から計画的にそういう再就職のために努力を重ねる、これはもう私は当然だろうと思っておるんです。したがいまして、勧奨退職だから完全に再就職をあっせんをし、定年退職の場合はそれはほったらかしであるというようなことは私は絶対にないと思っております。それが実情だろうと思うんです。
○志苫裕君 いま公務員部長の答弁と大臣の答弁は、その限りにおいては一貫をしていまして、定年だ、後はどこかへ行け、生きようと死のうと私は知らぬということにはならぬでしょうと。しかし、そうは言っても皆さん観測を述べているのであって、私は、いま答弁をなさるそれだけのたとえば思いやりとか配慮というふうなものができるのであれば、最初にも申しました従来法と今次法の違いというのは、従来の法は、仮に定年制が採用された場合の人の事情というものについて配慮をされていた。今度の法案の立て方というのは、職の事情というものについて配慮があって、人の事情に対する配慮がないというか薄いというか。まあ人事院の方がこんな規則をつくるんじゃないかという幾つかの項目がメモとして、ぼくらいただいていますが、そういうものも参考にして自治省は準則の準備をするわけです。そういう項目の中の幾つかに、普通の経験、普通の能力、特に悪くなければそういう便宜が図られるというふうな個所も幾らかありますけれども、やっぱりいま大臣やあるいは公務員部長が答弁をされたようなそういう考え方で、以下、これから条例の問題に移るわけでありますけれども、やはり制度の規定ないし運用が考えられるべきだというふうに思います。これは具体的な項目はいずれ詰めたいと思っていますが、考え方としてはいいですか。
○政府委員(大嶋孝君) 考え方としては私はいいと思います。 先ほど、従来出したいわゆる定年制法案、これにつきましては人にウエートをかけておる、今回は職に、公務の必要性にウエートをかけておるというようなことの御質問があったかと思います。これについて申し上げますと、昭和四十三年に提案をされました定年制法案におきます再雇用制度、これは定年退職者を特別職の職員としてその団体の特定の業務に期間を定めて再雇用するというものであったわけでございます。こういうような制度が立案されました理由といたしましては、当時考えられていた定年というのが今回の改正案で考えております年齢よりも若い、その上戦争等の影響によりまして中途採用され、定年退職後も収入を得る必要がある方も多くあったと思います。また、地方公共団体にとりましても、労働力不足の時代でもあったために、地方公共団体で再雇用されることを希望する人については、適当な職があれば再雇用を行うことが適当であるということを考えておったのが主な理由であると思います。 これに対しまして今回は、当時のような事情は存在いたしませんで、さらに定年年齢も、民間企業の定年の実情から見ても決して低い年齢ではない、原則として六十歳を基準として定めるということにされておりますために、四十二年当時考えられたような意味での再雇用制度はとらないということにいたしまして、公務の能率的な運用を確保するために、特に必要ということが認められる場合に限りまして、定年延長あるいは再雇用ということを行うことができるということにしたわけでございます。 定年退職後の方々につきましては先ほど申し上げたとおりでございます。
○志苫裕君 あなたの話は、出だしはいいんだがだんだん悪くなる。 私は、それは同じ法案を用意して、今回、国のができたとかいろんなことがあるにしましても、従来法の審議で、たとえば四十三年法のときに、大臣等も含めまして、だれが見ても年金に達しない人はとか、子女の養育等になお若干の勤務を要する者とか、そういう者についてはそれなりの考慮が払われるべきだと思うし、そのような行政指導はしたいとか、あるいは、そういう者については条例上経過規定をうたったっていいじゃないかとか、そういう答弁がずいぶんたくさんあります。これは後日また詰めたいとは思うけれども、たとえば再雇用の道を開いた理由というのは、定年を実施する場合、その職員の事情でまだ子女の教育に時間と金がかかるようだとか、そういうふうな面もあると、そういうものをカバーするためだとかいろいろ答えていますよ。それに比べると今回のものは、人事院に原点があったのか、総理府に原点があったのか知らぬけれども、ずいぶんこれは非情なものだという感じが強いことを指摘をして、これは自治団体当局において条例の運用等を図る場合に十分考えられてしかるべきだと、このように要望をしておきます。 そこで、さっき言いましたけれども、ただそれでもいろんな議論の中で、年金のない人にはこれは何とかしなきゃならぬがというので、共済組合の側で何とか救済措置を講ずる旨の答弁がされていますが、大臣、これは本来は共済の側の方じゃなくて、言うなら定年による犠牲者というふうな形になって、それの過渡的な救済を論じておるわけですから、定年の側といいますか、そっちの方でもっと熱心に考えていいんじゃないですかな。
○国務大臣(安孫子藤吉君) これは、前の国会においても最終的には論議を重ねたところでございましたが、厚生年金との関係もあり、また、国家公務員の関係もございますので、そういう事例がわずかだけれども出るだろう、これについてはどういうふうに措置をするか十分にひとつ検討いたしましょう、こういうことを申し上げておるわけでございまするから、その措置につきましては今後十分検討しなくちゃいかぬと思っております。
○志苫裕君 私がいま取り上げた定年、特定のといいますか、いろんな特殊な事情のある職員の雇用の保障というか、身分の保障というか、そういう視点については、いろいろめんどうなところもあるのかもしらぬけれども、たとえば二十八条の二第三項の運用等を含めて、条例制定などに当たって自治体の事情に応じて十分な考慮が払われるものというふうに解していいですか。附帯決議もあるようですけれども。
○政府委員(大嶋孝君) 共済組合等で十分配慮をいたしたいと思っております。
○志苫裕君 いやいや、共済組合にしぼっているんじゃないんでして、「等」が入って、共済組合の議論があることも承知していますが、一面で定年の側でも、定年をしいた側でもやっぱり適当な考慮が払われる、現に、二十八条の二の第三項に基づいて条例を制定する場合には、いろいろな地方固有の事情も参酌もしていくんでしょうし、それから人事院規則をまねして、条例準則にある四つの類型のうちの一つにもそういうものの考慮が払われる余地だって入っておるわけですから、そういうこと等を含めて慎重な考慮が払われると。いま私が聞いているのは、精神規定としてそのように解していいかということを言っている。
○政府委員(大嶋孝君) そのように理解していただいて結構だと思います。
○志苫裕君 次は、定年制と地方自治の問題を伺います。 本案の問題点は、身分保障制度その他ずっとやってきました。しかし、私にとってゆゆしい問題は、こういう公務員制度のあり方もさりながら、地方自治とのかかわりを大変重視をしておるわけでありまして、二十八条の二第一項の規定は、退職日の指定という手続を条例にゆだねてはおりますけれども、すっと読めば、「職員は、定年に達したときは、」「退職する。」と、こう読むのが一番読みやすいわけであります。こうなりますと、有無を言わさず画一的に定年制の導入の強行ということになるわけでありまして、自治体の事情とか特殊な状況とか、そんなものはちっともそんたくをしていない。そして、さらに答弁の中では、条例をつくらなかったらどうするとかなんとかというようなやりとりに対して、いよいよになったら自治法二百四十五条がありますよ、二百四十六条の二もありますよというようなことを言って、ずいぶん監督権まで、総理大臣の監督権までひけらかしている答弁も衆議院のレベルではありました。先ほど、和田質問との関連で言いましたけれども、たとえば二項の「基準」のとり方についても、合理性がない限り国と一緒だという答弁もあるかと思えば、いや、もともと法律で決めてもいい性格のものなんだけれども条例にやったということなんだから、全く国と同じ意味なんだというような、そういう強圧的な答弁も、たとえばこれは五月十四日の衆議院地方行政委員会の松本委員に対する答弁では、公務員部長はそんな答弁までした。 こういう扱い、規定の仕方というものをずっとながめてみまして、ただわずかにその実施は「条例で定めるものとする。」という規定が地方の自主性を認めたんだという答弁、あるいはこの間の大川委員の質問に、それぞれの事情が自治体にあるだろうから、画一的では自治権を保障しなくなることも考えられるので条例に一部ゆだねたというような、そういうあたりにかすかな自治権に対する配慮はあるけれども、原則としてはその辺の配慮がない。根本において地方自治という視点、その理念というようなものは、この法案において没却をされているんじゃないかと思うんですが、どうですか。
○政府委員(大嶋孝君) 地方自治とこの定年制法案、一体どういうふうに考えるのかという御趣旨の質問だと思います。 御案内のとおりに、地方公務員法、これは、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」という憲法九十二条の規定がございます。その規定に基づきまして、一般職の地方公務員の身分の取り扱いといったものを定めておるわけでございます。これらに関する制度の導入なりあるいは枠組みなりといった基本的な事項につきましては法律で定めまして、制度の具体的な実施に関する事項につきましては、各地方公共団体の実情に応じて条例で定めるということにしておるわけでございます。 今回の改正法案の立案に当たりましても、このような基本的な考え方に立ちまして、また、定年制度は職員の身分保障という公務員制度の基本にかかわる分限の制度であることにかんがみまして、制度の導入、それから定年年齢の定め方、定年退職日の定め方、勤務延長あるいは再任用制度の枠組みといった基本的な事項につきましては、国家公務員の定年制度との整合性に配意しながら法律で定めるということにしておるわけでございます。これに対しまして、特例定年を初め、あるいは具体的な定年年齢なり定年退職日、あるいは勤務延長、再任用の具体的手続といったような制度の実施に関する事項につきましては、地方自治の本旨にのっとりまして、各地方団体がそれぞれの事情に応じて条例で定めるということにしておるわけでございまして、したがいまして今回の改正法案というのは地方自治の本旨に反するというようなものではない、かように考えておるところでございます。
○志苫裕君 この程度が、これでも地方自治の本旨に反しないという強弁をするといたしますと、もはや自治省という役所は地方自治になじまぬ場所だな、これは。 確かに皆さんの答弁の中でも、ちゃんと問題意識は持っておられるんですよ。いろいろ記録を探しますと、定年制すなわち職員の退職管理が自治体固有の事務だと、あるいは十四条の一項に言う条例だというようなこともきちっと認めながらも、しかしこういう自治否定の立法をなさるという姿勢はどうも私は納得できません。 先ほど和田委員とのやりとりでもありましたが、私いま手元に、三十一年法ないし四十三年法の審議に当たって、その法案のよしあしは別といたしまして、自治省側において大臣を含めてこの地方自治とのかかわりに大変な神経を使っておられる議事録が手元にみんなあります。これは一々読むわけにもいかぬけれども、たとえば参考人にお願いしておる鈴木さんは、国公の場合と全く一律一本につくるという考え方は、地方公共団体の性格、地方自治の特殊性という点から、理念は同じであっても制度の上で違いが出るのは当然でありますと、こういう答弁をなさっておる。あるいは小林與三次さんは、画一的にやることについては、団体の実情によって必ずしもそこまでやる必要はないという部分だってあるのだから、画一的にやることは自治の本旨から言って適当でない。あるいは鎌田説明員は、地方公共団体が定年制を実施する場合は、民間雇用の趨勢や当該公共団体の年齢構成など総合的、自主的に勘案することが肝要だと。あるいはまた、基本的なのでは、国公と地公の関係において似た制度は、準ずることにはなっているけれども、準じない側面だってあるんだから、準じない制度があるということは、それはこの公務員制度の特殊なあり方に基づくものだというふうに、いろいろこう言っております。 これからしますと、どうも衆参委員会を通じての一連の自治省側の答弁、いまの公務員部長の答弁も、およそ地方自治というものについての視点は弱い。いまそれこそ行革の波に洗われておって、これからわれわれお互いさま、地方の分権というものについてどう位置づけようかということでみんなで真剣になっておるときでありますが、それにしても違っておるんですね。昔も自治省、いまも自治省なんだけれども、地方自治法も変わったわけでもないんですが、何でこんなに変わるんですかね。
○政府委員(砂子田隆君) 三十一年法なり四十二年法のときのいろいろな議論がありますことは、私も承知をいたしております。何回も申し上げますが、当時は、定年の制度というものを地方公務員だけが導入をするという道を開くということが最大の眼目でありまして、それは、むしろ国が一律的に決めるよりも、公共団体の中で自主的に決めていただくという方がより望ましいのではないか。それは先ほど和田委員からも御質問がありましたが、やはりずっとさかのぼれば、地方公務員法ができたとき以来の市町村の要請でもありますし、そういうことをどういうふうに組み入れるかというのが、地方公共団体にとってむしろ大変大事なことであったわけであります。しかし、振り返ってみますと、その間に二十数年の歳月を経てまいりました。さらに、四十三年から見ますと十二年――どうもこの地公法というのは十二年おきに出されている法律でありまして、ちょうどさる年に出す傾向が大変あるわけであります。しかし、そういう十二年の中でいろいろやってまいりましたが、その十二年というのは、やはり高度成長の時期から考えてみますと、ずいぶん四十三年の時代と現在とでは、私から申し上げるまでもなく、社会情勢が大変変化をしてまいりました。国家公務員についても定年制をしこうという時代になりました。三十一年や四十三年の時期には、およそ国家公務員に定年制をしこうなどということは新聞の論調にさえなかった時代でありました。やはりそういう時代の変化というのがいろいろありまして、なおかつ、公共団体の方でも定年制というのは欲しいのだというのがまた一つの要望でありまして、その要望はずっとここ二十年以上続いてきております。そういうものにどういうふうに地方自治の観点からこたえるかというのは、私たちも大変悩んでおるところでありまして、一説には、先ほどもお話がございましたように、今回の公務員法を改正するときに、年齢までぴしゃり決めてしまった方がいいじゃないかという議論があったことも事実であります。しかし私たちは、そういうわけにはまいらぬだろう、少なくともいままでの人事管理、そういうものが固有の公共団体の事務であるとすれば、最終的には議会の審議に任せるというのがやはり筋道ではないかということで、条例で年齢を定めるというところまでわれわれは押してまいりました。それは、いろんな経過を見ますと、法案の条文自身が当時といろんな意味で大変錯雑に変化をしていることも事実でありますけれども、その辺は、いろいろな社会情勢の変化なり、対応するいろいろな部分の違いというのが出てまいりました関係上、こういうことになっているわけでありますけれども、自治省としては、別に地方自治というか、あるいは地方自治の本旨というものを曲げて物事を考えているつもりは毛頭ございません。そういう点で御理解を賜りたいと思います。
○志苫裕君 地方自治の本旨を曲げておらないと言いますけれども、それはそういう理念が貫徹されているのであれば、そういううたい方が出てこなければだめだと思うんですよ。 地公法の目的は何ですか。いま皆さんが定年制を導入しようとする地方公務員法の目的は何ですか。――前段の方はいいから、一番末尾の方を読んでください。
○政府委員(大嶋孝君) 後段の方とおっしゃいましたから、後段の方だけ申し上げますが、「地方公共団体の行政の民主的且つ能率的な運営を保障し、もって地方自治の本旨の実現に資することを目的とする。」ということでございます。
○志苫裕君 地方自治の本旨は、憲法、自治法、それぞれに規定がありますけれども、この地公法もまた地方自治の本旨を実現をすることを目的にしているんです。しかし、皆さんのやっていることは地方自治の本旨とあべこべじゃないかなということを言っておるわけですが。 定年制を導入するかしないかという問題についての見解は私先ほど言いました。合理的理由が得られるならばそれはあり得るのかもしれない。そういう学説も確かにあります。その場合の調整すべき、整合性を持つべきファクターはたくさんありますよ。そういうものが何ら整備されないで、がぐっと法律でくるからわれわれは問題にしておるわけでありますけれども。 まあ、イロハから入って悪いけれども、地方自治の本旨というのを皆さんどう理解しているんですか。
○政府委員(砂子田隆君) 地方自治の本旨と申しますのは、一般的に地方公共団体というものの住民といいますか、担い手がおるわけであります。そこには住民によるおのずからなる行政需要というのがございまして、そういうものが住民の意思によってなされているという一つの住民自治の原則、そして、それが国から独立をしたと申しますか、そういう団体の機関によっていろいろな行政が行われていくという団体自治の原則、この二つを総称しておおむね地方自治の本旨というふうに言われているわけであります。
○志苫裕君 全くそのとおりだと思いますね。公務員すなわち職員、地方公共団体の職員の退職管理、人事管理というものが、まさに住民の代表をして議事の運営に当たらせる、あるいは団体の行う事務の処理は住民の総意と責任において行われるという、この二本柱でもって構成される地方自治の本旨の中身でしょう。 念のために、憲法の九十二条第二項は皆さんはどう解釈されていますか。
○政府委員(砂子田隆君) もともと九十三条の二項というのは、要するに住民の直接選挙の規定であります。要するに、公共団体の長でありますとか、議員でありますとか、そういう人たちが議会で住民の一般選挙によってなされるんだというのは、一つは、そういう団体において団体自治が行われていくということを九十三条で言っておりまして、もともとこれは九十二条にあります「地方自治の本旨」に従ってここに定めておる、そういう一つの中身であります。
○志苫裕君 そんな、単純に読むからだめなんですよ。これはあれでしょう、ちゃんと皆さんの解釈で、私が解釈したんじゃないんでね。それは前段そうなってますよ。しかし、憲法十五条とのかかわりでここのところを読むとすれば、職員の身分は当該自治団体の住民の意思に根源を置くと、このように読むべきなんですね。だから、憲法十五条には、公務員の選定、罷免は国民の権利、こうなっていますね。それを自治団体に置きかえればそういうことに非常に明確にされているわけですね。 同じく、憲法九十五条はどうですか。
○政府委員(砂子田隆君) 九十五条というのは、一の公共団体に適用される法律の関係でございまして、これは当然に住民投票によってなされるんだという規定でございます。それで、もともと第八章「地方自治」というのは、先ほどから申し上げておりますとおり、全体的に地方自治の本旨に従って事が行われなければならぬという団体自治なり住民自治なりの原則に従って、公共団体に利害あるいろいろな法律上の規定というものは住民投票というものによって最終的には決せられていくものだということを書いてあるわけであります。
○志苫裕君 一々聞いていきましょう。 九十四条に戻りますと、地方公共団体は行政を執行する機能を持っていますよね。その前の九十三条へいきますと、職員の任免というのはまさに住民の意思に根源を置くと、これが中身として規定をされておるし、四十三年法においても政府答弁はそういう姿勢を貫いておるようですが、どうも先ほどからの議論を聞いておると、自治省というのもずいぶん反動化したものだなという感じを強く受けるんです。それだけあなた、地方自治の本旨もわかっておられるし、憲法の規定も、そしていま改正をしようとする地公法の目的も、そして自治省の設置、公務員部の設置の役割りについてもそんなに全部マスターしなさって、どうしてこういう自治喪失みたいな条文になるんですか。先ほどの答弁を私は揚げ足をとって悪いけれども――いまの答弁じゃない、前の公務員部長の衆議院で答えたのには、本来こんなもの法律で書いていいものなんだ、そういう性格のものだから、基準というのは全く同じというように読んでくれと、ここまで言うに至っては、これはひどいよ、実際。もう一度お答え願えませんか。
○政府委員(砂子田隆君) 何回も申し上げますが、私たちといたしましては、もともと自治省の設置法にありますとおり、民主政治の基盤をなす公共団体の育成に努めること、あるいはそういう政治的な思想というものについて普及をすることというのが自治省の設置法の基本になっているわけでもあります。したがいまして、地方自治の本旨と申しますよりも、やはりこれからの民主主義というものを育てていくためには公共団体の育成というのが大変重要であることは私から申し上げるまでもありません。 しかし、今回の法律というのは、そういう私たちが知り得る地方自治に関するいろいろな問題点ということを総ざらいをしながらも、やはり書ける限界というのはここまでではないかということで実は規定をしたわけでありまして、地方自治の本旨を忘れておったり、あるいは地方自治の概念にこれを通じて反動的な行動を加えるということを申し上げるつもりはありませんし、前の宮尾公務員部長が申し上げましたことも、基準というのもいろいろな基準の意味があるけれども、この基準というのは非常に厳格に解さなきゃいかぬのではなかろうかと、こういう答弁を申し上げていることだと思いますが、そういういろんなことを申し上げますのも大変苦しい胸中であることもありますが、いずれにしましても自治省自身がやはり地方自治を守っていく、公共団体というものの育成を図るということは一日も忘れたことはありませんし、そういう姿勢でやっていく、やってきたつもりでもあります。
○志苫裕君 大臣、恐らく地方自治をこれからますます拡充をして、まさに地方自治の本旨をどんどん進めて全うしていこうと考えておる者にとっては、今日地方自治体は、たとえばやれ月給が高いとか、あるいは財政が少し余裕があるんじゃないかとか、でたらめなことをやっているんじゃないかとか、こういう外堀でわいわい言われておる環境の中では、何言ってるんだい、地方自治の本旨というのはこんなものなんだということでその自治を貫徹していくにはなかなか貫徹しにくい雰囲気なり環境をときどき私も体得をしますわ。だから、たとえば外圧も大きいから空気抜きにこの辺のところを穴あけておけやということで、もっと大きい風圧を避けるためにときどき穴を抜く。そういう考え方で、地公法は本当はもう少し地方自治の自律性、独自性を、これに定年制を入れるにしても独自性を持ったものに規定をしたいんだが、風圧を避けるために苦しい胸のうちを悟ってくれみたいな答弁がいまあったわね。私はやっぱり、そういうものによたよたしておったら、これは際限なく押しまくられると思うんだな。どうですか、あなた、田舎の知事やった人だけれども。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 何も、風圧を避けるためにこの辺で妥協したんだなんというものじゃございません。これは世の中が大きく変化をしておる。これからの将来を展望いたしましても、なかなか問題がある。したがって、この際、定年法を施行いたしまして、安定した、そしてまた活力のある地方自治体の組織を固める。これが大変必要じゃないか、こういう観点から問題をとらまえておるわけです。従来もいろいろ経過はあり、また内容も違いますけれども、地方自治体におきましてもこれを要望しておったことも事実でございます。ところが今回は国家公務員においても非常にこの点の必要性を認めまして、国家公務員について定年制をしくことになったわけでございます。したがいまして、この際、懸案でございました地方公務員についても定年制をしく。そしてまた、国家公務員との均衡の問題、これは一つの原則でございます。そういうものについても配慮をして今回の法案を制定したわけでございます。 これをやるにつきまして、いろいろ地方自治の本旨、地方自治の将来の展望というものを十分に認識をいたしまして、自治省としては最大の努力をしてこの法案を作成したものでございます。その点をひとつ十分に御理解をいただき、また自治省は将来とも地方自治の発展のために最大の努力をしておる組織でございます。多くの情勢から申しますと、客観的情勢はいまお話がございましたとおりに、なかなか風圧の高い環境にあります。これは一面、そういう世論が起きるということにも私どもは配意をしなければならぬ面もございます。この点をも十分に考えまして、そして今後の地方自治の発展のために最大の努力を払おうという決意を持っているのが自治省の職員でございます。この点もひとつ御理解をいただきまして、この風圧を避けるために地方公務員法の定年制をとったんだということだけは絶対にないということだけはひとつ御認識を改めていただいて、御支援のほどをお願いいたします。
○志苫裕君 私は、地方自治の本旨で先ほど局長は住民自治と団体自治の側面で説明がありました。いま直面をしておる問題に関して、これを私なりに具体化して言えば、国が自治体の運営に干渉しない、法律で自治体を拘束する場合があっても、それは自治体の選択の可能性を残すべきだ、このように具体化をすることができると思うのです。そこまで地方自治の本旨を具体化をして、この二十八条の二第一項で、「職員は、定年に達したときは、」「退職する。」、これは選択の可能性ないです。選択の可能性ない。ただ、「条例で定める日」と、いつやめるかに選択があるわけだ。三月三十一日なのか、一月二日なのか、この条文を読む限り、そこに選択の可能性は残っているといえば残っているわな。しかし、これはなかなか選択という範囲にならないですよ。それで、前公務員部長の答弁――自治省の答弁ということになるわけですが、その選択の可能性について、質問者が、まさに地方自治の本旨に基づいて憲法、地方自治法その他の条項に基づいて条例をつくらなかったらどうなるかという、そういう設問なども過去に行われています。それについては制裁権というようなものまではいかぬにしても、いわば自治大臣の指導、助言、総理大臣の監督権まで引用をなさっておるわけですが、私はさっき、分限処分でないものを分限処分にくくっているというのは法としては適当でないという指摘をしましたが、法律によって職員の退職をばっさり規定しておるのは憲法の九十三条の二項に反するんじゃないかという感じもしますがね。その辺はどういう見解ですか。先ほど言いましたように、十五条とのかかわりで読めば、職員の身分は当該自治体の住民の意思に根源を置くと言っていますね。こう読んでまいりますと、住民の意思に根源を置かないで法律そのもので規定をするというのは少しこの条項となじまないのじゃないか、どうですか。
○政府委員(砂子田隆君) これは、考え方であろうという気もいたします。いまおっしゃいましたように、地方自治体というものの淵源は住民に発しているという御意見は住民自治の原則からそういう感じがいたしますでしょう。ただ、それじゃ定年制、それをしいたら住民自治に全く反するかという議論になりますと、そういうことを決める議会という団体自治の原則の側面というのがまたございまして、そういうところでいろんな議論がなされるはずであろうと思うわけであります。そういう意味で定年制度の議論としては、まあ法律といたしましたが、一体何歳で定年になるのか、その点も大変基準という議論があっていろんなまた問題をふり返すことになるかもしれませんが、一応少なくとも定年の条例というものは、法律で定めないでやはり最終的には条例で決めていくんだという形によって団体自治の側面を生かしているわけであります。団体自治の側面を生かしているというのは、とりもなおさず住民の選挙で選ばれました議員がその中でいろんな議論をいたしまして、住民の意思の反映をしながら条例で決めていくということでありますから、それ自身、ここで決められたということがありましても、直ちに憲法に違反をするということではなかろうと思いますし、公務員自身が先ほどからの能力実証主義の議論もいろいろございましたが、ある程度やはり、公共の福祉という議論をするとあるいは少し語弊があるのかもしれませんけれども、やはり全体的な公務の能率が上がる、あるいは非常に住民のサービスがこれによってまたよくなるということでもありますれば、それはまたそれなりに公共の福祉にも合致するという議論もありましょうし、いろんな点から考えまして今回の法律が必ずしも憲法に違反をするということではなかろうというふうに考えております。
○志苫裕君 皆さん注意して、なかなかそうだと言わぬだろうし、あると言えば確かに第一項にも「条例で」と言っている。だから私言うのは、住民の意思にかかわる部分というのは日だけなんだよ。これはずいぶん軽く見られていると思うけれども、まあそこまで苦労をしておる、その発想は私らも多としますよ。多としますが、せっかく書くのならもう少し住民に根源を置く部分がふくらんでもいいじゃないかということを先ほど来主張している。この程度のかかわり方は、九十三条二項がないも同じものだということで言っているわけで、それは貧弱ですよ。ただ、これは議論の立て方ですけれどもね。 しかし一面で、公務能率の維持向上はもちろんだけれども、公務員の労働権、生存権にかかわるものである以上、身分の安定を図るという見地から法律において最低のものは規定をしなければならないという、そういう見解もそれはあり得ると思うんですね。私もそれはあながち否定はいたしません。そういう見解で法律においてこの規制をかませるという立場をとるとすれば、これは労働基準法のように最低基準というふうに規定をすることによって自治との両立というふうなものが図られるんじゃないですかな。私は確かに一面、公務員の身分保障とかあるいは労働権の保障とかということになりますと、これはとんでもない田舎に住んでおったら働かぬでいいとか、都会なら大いに働けというようなこともないわけで、そういう意味で、新しいそういうものを取り入れるに当たって、一体性というか、そんなものを確保する意味での法律の規定、それと地方自治と両立させ得る、またこれは整合性を回らぬといかぬわけでありますが、もしそういうのであれば、最低基準ということになれば、これは双方許容し得るんじゃないかという考え方は私は持ちます。それくらいまでは自治省がんばってもよかったんじゃないのかな。どうですか。
○政府委員(砂子田隆君) その法律の改正の中で扱っております基準というものの取り扱い方ではありますが、一体どういう職種が地方公務員と非常に相似しているであろうかという議論が一つあると思うわけであります。一般的な事務の議論をいたしますと、それは国家公務員の一般事務というものと余り変化がないではないか、そういういろんな議論があります。そういう意味で、地方公務員の職種といいますか働いている態様、そういうものと比較をしてみますと、やはり一番国家公務員に近いところにいるわけであります。そうしますと、先生もおっしゃっておられましたが、整合性の議論としてどこに合わせるかといえば、やはり国家公務員と合わせるということが一番素直でありますし、それとたがえるという論議がうまく理屈づけられるだろうかというと、これも大変むずかしいだろうと思います。 ただ、公共団体自身にしかない職種というのは私これまたあると思うわけであります。あるいは、国にはないような大変勤務状況がむずかしいという部面だってこれはあるだろうと思います。そういう点につきましては、それぞれの公共団体において合理的な理由さえあれば特例定年が定められるということにこの法律はなっているわけでありますから、そういう部面での自治の原則というのは生かしていけますし、一般的な部分については、給与についてもそうでありましょうが、やはり公共団体、国なりそういうものと比較、均衡をとっていくというのがいままでの公務員制度の流れでもありますから、今回もそういう措置をとっているということにしたわけであります。
○志苫裕君 基準の読み方はこっちへ置きまして、仮に法律で国の基準だと、あるいは六十でぴしゃり首だというふうに書かなくても、大体世の中には独自性があると同時に平準化作用というのもありますからね、実際には。また、国の行政、地方も含めた国全体の整合性というふうなものはおのずから図られていくわけで、突拍子もなく離れて存在をするなんということは普通あり得ないことですよね。ですから私は、書いても書かぬでも大筋の整合性というふうなものは図られていくものだと思うんです。たとえば給与法なら給与法の国のあれを見まして高いとか安いとか若干問題がありますけれども、高い団体もあれば低い団体もあるわけですが、特殊性を加味しつつも大体うまくおさまると。それでまた公務員法制そのものも大体そんなあんぱいになっているということから見ても、そう肩怒らしてこの基準というのは足が一歩でも出ちゃいかぬとかというふうなそんなかたくなな答弁を事もあろうに自治省がすることはないのであって、私なら地方自治との整合性も考えて、まあ法の制定は百歩譲ってやむを得ないというのであっても、そこに自治体の裁量権というようなものを残す意味で、この国を基準とするというのは、目安であるとか最低これくらいにせいやとかということで、自治体の裁量権というものを残す。しかし、その裁量権が残ったからといって、そんなに飛び上がったり下がったりはないだろう。そこは住民が周りにおるわけですし、議会もあるわけだし、そういうふうに皆さんは素直にお考えにならないですか。
○政府委員(砂子田隆君) 大変御理解のあるお話でありまして、はい、とこう言いたいところでございますが、やはり先ほど申し上げておりますとおり、国家公務員との整合性と申しますか、そういうものはやはりとらざるを得ないだろう。一般的に定年制を今回設ける理由になりましたものは、一つにはやはり公共団体からのいろいろな要望がありましたことも事実でありますし、人事院の総裁からの総務長官への書簡というのもその内容の一つでもありますし、そういうことを全体を勘案いたしますと、やはり衆議院あるいは参議院というものを通じて前の公務員部長がお話しを申し上げておりますとおり、やはりこの基準というのは厳格に解しておくというのが筋道であろうというふうに考えております。
○志苫裕君 皆さんの頭はかたいな、本当に。 そこで、条例をつくらなかった場合はつくってもらうように指導すると、事柄の性質上専決などということももちろんあり得ないだろうし、つくってもらいたい、つくってもらう、つくるべきである、つくらなきゃ法律違反だと、だんだんこう言っていくわけだな。最初はつくってもらいたいようなことを言ったけれども、あげくの果てにはつくらなければ法律違反であると。いよいよになったら自治法の二百四十五条もありますよというような、最初は処女のごとく言っても後は脱兎のごとく開き直っている、御答弁を見ていると。自治法の二百四十六条の二の規定も二百四十五条も、その大前提というのは地方自治の本旨にのっとって国の後見的な監督を排する、そして、地方公共団体の行政は地方公共団体の責任において処理するということをたてまえにしてあの規定を設けておるわけでしょう。その点いかがですか。
○政府委員(砂子田隆君) 二百四十五条に、指導、助言、勧告といろいろな規定がございます。しかし、この二百四十五条の規定というのは、御案内のとおり非権力的な助言と申しますか、技術的指導と申しますか、そういうものを規定したわけでありまして、これによって従前のような権力的な行為を行うというために規定した規定ではございません。
○志苫裕君 ですから、私のいま言ったのは、自治大臣官房総務課監修「自治六法」に載っているのだ。だから皆さんも、この二百四十五条ないし六条の二を、まずは大前提をそのように置いて――まあ少し例外的なことがあるんでしょうけれども。これはあれですか、考えてもいないことを追及することになってもおかしいのだが、宮尾部長が、これは大臣のあれもあります、というのは答えているのですよね。五月十四日、衆議院地方行政委員会ですね。条例を予定しており、定めなければ法の趣旨に反する。以下ずっとありますが、うまくいかなければ自治省の助言、指導の二百四十五条、総理大臣の監督権の二百四十六条の二、これもあります。ただし、適用することは考えておりません、というようなことを言っておりますけれどもね。 それで、私こういう答弁に即して聞きますが、条例制定はわかりました。国の基準とのずれについてはどうなりますか。
○政府委員(大嶋孝君) 国の基準とずれた場合にどうかという御質問でございましょうけれども、私どもとしては、そのようなことがない条例を制定していただけるものと確信をいたしております。
○志苫裕君 これはもう質問をして追い込む方が危ないから。追い込んでいって変な答弁が出ても困るから……。 私は、しばしば申し上げておりますように、あるいは法律で公務員の最低の身分保障をしようという法制を前提にして考える場合に、新しいものを持ち込んだ場合にはやっぱり全体を抑えなきゃならぬというのにも確かに一理があるような気がする、率直に言いましてね。しかし、そのことは同時に、もう一方では、地方自治とのかね合いにおいて裁量権が残るものでなければならないし、それから労働権等のかね合いでいけば、そういう地方公共団体の長と職員団体、労働組合との交渉というふうなものが十分保障されるというものでなければならぬだろう。そういう自主決定の上に議会の承認というルールもちゃんと完結をしなきゃならぬだろうというふうに思いますけれども、それにしては、これの指導、監督に当たる自治省の考え方あるいは法律の規定の仕方はその辺が実にかたいということを懸念をしておるわけで、そこまでかたいということになると、先ほど言いましたように、憲法の九十三条の二項やそういうものとの抵触という、そこまでいってしまうということでいろいろと申し上げたわけでありまして、なおこの点については今後機会があれば具体的に詰めたい、このように思っております。 和田さんとのやりとりもさまざまでしたけれども、この問題はちょっと後にしまして、二十八条の二第二項、「条例で定めるものとする。」、これはどう読んだらいいですかな。
○政府委員(大嶋孝君) 二十八条の二第二項といいますのは、国の職員について定められておる定年を基準として――宮尾前部長もいろいろ答弁をしておりますけれども、まさにそのとおりに条例で定めるものとするという趣旨に解しております。
○志苫裕君 では、もっと詰めて聞きましょう。法律用語として、「定めるものとする」というのは、どういう効力を持ちますか。
○政府委員(大嶋孝君) 定めなければならないものと同義語だというふうに理解をいたしております。
○志苫裕君 公務員部長あなた失格だよ、それは。 人事院、定年に限らず、国公法から人事院規則に何かをゆだねる場合に、本法の方で、人事院が定めるものとするというような規定がありますか。定めなければならないとなっていますか、人事院が定めるとなっていますか。
○政府委員(斧誠之助君) 詳しくはわかりませんが、人事院規則で定めるものとするというものはあると思います。
○志苫裕君 公務員部長の答弁は、正確でないのじゃないですか。定めなければならないというのはどういう意味ですか。
○政府委員(大嶋孝君) 定めなければならないというのは、まさに定めなければならないのでございまして、ここで「定めるものとする。」と書いてありますのは、解釈としてはそれと同義語というふうに解釈されるということを申し上げたものでございます。
○志苫裕君 同義語ですか。同義語なら定めなければならないと書いてもいいわけでしょう。「定めるものとする」というのは、法律用語としては扱いが違っておるんでしょう。
○政府委員(砂子田隆君) 実は、これは二項だけお読みいただきましてもちょっと困りますのですが、実は、二十八条の二の第一項に、「定年に達したときは、」「退職する。」という規定になっているわけであります。この定年の日が定められない限り退職できないことになるわけでありまして、法律自体が定年制を創設をするという形になりますと、定年になってやめていただかなければならぬという規定になるわけであります。一項と二項とを比べて、比べてというよりもそういうふうに続けて読んでまいりますと、「条例で定めるものとする。」というのは、定めなければその日が参りませんので、そういう意味で、公務員部長は定めなければならぬというふうに御説明を申し上げたわけであります。
○志苫裕君 この議論は四十二年法のときにもやっぱり出ています。四十三年法のときは、二十七条の二で、「定年に達したとき。」と。すなわち、次の各号になったら離職だと。その中に、定年になったら離職と書いてあるんですね。そして、二十九条の二に手続規定の条項がありまして、「離職に関する条例の制定」と。この場合は、「職員の離職の事由、手続及び効果については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、条例で定めるものとする。」と、こうなっていますね。これについてずいぶん議論がありまして、その後また別の法律のあれによりましても、定めなければならないというのは義務なんですね。「定めるものとする」というのは選択だということで恐らくその当時の議論は決着したんじゃないかというふうに私は思います。 その辺のことが頭に入って「ものとする。」になっているんですか。
○政府委員(砂子田隆君) 四十三年法のときには、御案内のとおり、定年制の導入への道を開くと申しますか、そういうためにつくった法律であるというふうに私は記憶をいたしておりますから、そういう意味での法案の書き方になっていると思います。 今回の法律というのは、そういう意味ではなくて、定年制というものはこの法律によりましてすでにもう導入してしまっているという形になっておりますから、定年制が法律上導入されておりますれば、当然その定年制が導入された結果において何歳をもって退職になるのか、離職するのかということを決めなければならぬ、その部分を条例にゆだねたということでございますから、この場合には、定めなければならぬというふうにどうも読まざるを得ない。 一般的には、先生先ほどおっしゃいましたように、「定めるものとする」というのは一般的にそういう選択の余地があるじゃないかということであろうと思いますけれども、この場合には私がいま申し上げたように理解をいたしております。 法律の中には、実は退職一時金でありますとか退職年金の規定のように、地方自治法の二百五条に書いてありますように、そういうのを「受けることができる。」と、こう書いてありまして、これは、「できる」というのだから、じゃ、やらなくてもいいのかという議論ではなくて、これはむしろ給付される方から見ると当然に請求する権利があるんだというふうに読むわけでありますから、いろいろな法律の書き方によりまして、その前後の脈絡と申しますか、そういうところでやはりわれわれも理解をしなければいかぬと思いますが、今回の場合にはそういうふうに御理解を願いたいと思います。
○志苫裕君 それはまあ有権解釈というのがあって、好きなように解釈するからそう解釈してくれと言うんでしょうけれどもね。そうですか。 法体系としては、先ほども私はずいぶん自治がないと言ってぼろくそに言ったけれども、これのうたい方を見れば、仮に二十八条の二の第一項で選択の余地があると。選択の余地があるというのであれば、第二十八条の二第二項によって条例をつくるのであれば、選択の余地があればつくる場合とつくらぬ場合があるわけですから、そうすると、二十八条の二の第一項によって条例をつくるのであれば、この定年の基準などは規則やなんかで書いちゃいけませんよ、条例で書くんですよというふうにすっと読むのか。ですから、そうしますと一項がなければ二項はないわけですから、「定めなければならない」ということだとちょっと合わなくなるから「ものとする」と。「定める」とすれば「定めなければならない」というふうにこう連関をしてくる場合に「ものとする」と。こういうふうに使うのかなと。それで、もし法律の規定が――皆さんの指導は別ですよ、法律の規定がそういうふうに脈絡を図っているのだとすれば、二十八条の二は全体として選択制だという解釈もできないわけじゃないと思うんですが、どうですか。
○政府委員(大嶋孝君) 二十八条の二の第一項におきましても、定年に達したときにはその日以後最初の三月三十一日までの間において条例で定める日に退職をするという書き方でございますので、そこの選択の幅というのは、先ほども志苫委員御指摘のとおり、要するにその間のいつの日であるかということであるわけでございます。したがいまして、先ほど局長からも申し上げましたように、それに合わせて二項を読んでまいりますと、当然、条例で定めなければならないと、二項の方はそういうふうに読まざるを得ない、読むべきであるというふうに考えておるところでございます。
○委員長(上條勝久君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(上條勝久君) 速記を起こして。
○政府委員(斧誠之助君) 先ほど、定めるものとするという例があると思いますという御答弁をいたしましたですが、国家公務員法にはその例はございません。「人事院規則で定める」、あるいは「人事院規則の定めるところにより」というふうな用語例でございます。
○志苫裕君 私もちょっとその辺が不明確でしたけれども、私もどうも国公法にはないんじゃないかなと、こう思ったんですね。そうすると「定めるものとする」という法律のうたい方は、地方団体にかかわる特有のものなのかもしれませんですね。地方団体にかかわる特有なものなのかもしれないという気もするんですよ。そうすると、この表現というのはやっぱり選択制をたてまえにしておるのじゃありませんか。よし、これを選択する、やることに決めたと、これに基づいてやることに決めたと、その場合には定めると、こういうときに定めるものとすると読むのじゃないですか。これはどうですか。
○政府委員(砂子田隆君) 一般的に、法律の中で書かれているときにはそういうような解釈だろうと思います。ただ、この場合には、先ほどから申し上げておりますように、二十八条の二の一項で、もう定年に達したときは退職をするんだと、こう書いてあるわけであります。ですから、退職をするのに、定年の基準がないのに幾らでやめますかと言われましてもこれはやめようがございません。そこでやはり定年制度というものを法律上もう導入してしまっておるわけでありますから、その中においてどういうふうな年齢にするかということが公共団体の条例にかかわらしめてある。かかわらしめてある関係上、ここで条例で定めなきゃならぬと書くべきものを「条例で定めるものとする」というふうに法文上は書いたわけでありまして、読み方としては、やはり基準として条例で定めなきゃならぬというふうに読まざるを得ないというふうに御理解を願いたいと思います。
○志苫裕君 どうも私はその辺も、皆さんそれでも選択制でも残しているのかなと、こう思って聞くと、どうもそうでもないみたいですね。そうでないにしては規定の仕方がおかしいと思います、これは。 私がもう一つ懸念をするのは、法律用語で、「定めなければならない」というのは義務であって、「定めるものとする」というのは原則としてというふうに読むべきだという解釈をとる人もいるようなんです。これを原則としてに読みますと、原則として条例で書けと、非原則は規則でもいいわいと、こうなりますとこれまた大変なことになって、恣意ががっとこう入ってくることになるでしょう。そんなことはないんですね。そこまで裁量の幅を伸ばして、そんなことないでしょうね、これは。
○政府委員(大嶋孝君) もちろんそこまでのことを考えておるわけではございません。
○志苫裕君 その点は確認しておきますが、私は、この法律を素直に読めば、選択制になり得るはずだ。皆さんがそう考えたかどうかは別として、やはり画一的な定年の導入というものを意思として持っておっても、おのずから地方自治の本旨という限界を乗り越えることはできないという、そういうことで、まあ答弁のことはともかくとして、法理としてはこう書かざるを得なかったのかなと、こう思っていろいろ聞いてみたんですが、余りその辺の問題意識もないようなんですね。この点はこの辺でおきます。 このくだりの最後でいいんですが、ちょっと私いま資料持ってきていないんですけれども、特例定年とか、再任用とか、あるいはそういうこの原則定年以外のうたい方について、国公法と地公法で基本的に違っていますか。官職といううたい方をしておるとかですね。これ、何か基本的に違っている部分がありませんかね。ちょっといま資料がないんで……。
○政府委員(大嶋孝君) 基本的に違っておるところはございません。
○志苫裕君 この点は、いろいろ問題点はお尋ねをいたしまして、実際の運用にかかわる部分等については、なお後日の機会にしたいと思います。 最後の項目になりますが、この臨調から出ました特別の勤務制度ですね、これは通告しなくて恐縮ですが、内容はそうめんどうな話じゃありません。 ちょっと人事院にお伺いしますが、いわゆる第二臨調の第二特別部会報告からのあれにも載っておりますけれども、第一次答申に載っていますが、国家公務員について特別の勤務制度、退職準備制度と仮称しておるようですが、検討が打ち出されております。この点に関して人事院に対して何か要請がありましたか。
○政府委員(斧誠之助君) 人事院に対しては何ら要請はございません。私の方は直接関与していないんですが、臨調事務局の方で協議会をつくってこれから協議していこうというようなことになっておるようでございます。
○志苫裕君 人事院は、二十八、九年ごろでしたか、行政整理の円滑な実施を図ると称して待命制度を導入をしたことがありますが、ちょっとそのあらましを御説明いただけますか。
○政府委員(斧誠之助君) たしか二十八年に閣議決定がありまして、待命制度を導入するということで人事院にその手続を定める要請がございました。そのときは、職員の願い出に基づいてそれを許可するという形のものでございます。したがいまして、勤務関係を職務専念義務から外してやるという措置で済んだわけでございます。 次に、二十九年のときは、一方的に待命を命ずることができるというようなことをやりたいということで、この場合はそういう身分に変動を与える制度でございますので、そういう勤務関係だけで処理できる問題ではございませんで、したがって、定員法の中に法律でもってそれを定めまして、人事院にはその手続だけを規則で定めるということになっております。
○志苫裕君 いま臨調の、はっきりわかりませんけれども、あそこで言っておる退職準備制度というのは、過去の待命制度ですか、そういうものとは少し違っておりまして、前のはどっちかというとレイオフ的なものだったんじゃないかと思うのでありますが。 そこで人事院、この間の国会で、退職管理を実現する手法の一つとして、退職準備プログラム――経営側が職員の在職中に退職後の生活設計、社会活動への参加の方法、退職後の能力開発への援助等を援助するもので、外国に普及されている制度だと、こう言っておるんですが、こんなものを今後検討していくというような答弁をなさっておりますけれども、今度臨調の方から出てきた退職準備制度というのはこれと符合しておるんですか。かかわり合いはないんですか。
○政府委員(斧誠之助君) 今度の臨調のやつは、確たることはあの言葉だけからはなかなかわからないんですけれども、一時、退職前に一定期間職務につかない状態をつくりまして、その間に本人自身の自助努力で退職準備をせいというような趣旨ではなかろうかと思いますが、私たちが考えておりますのは、在職中に相当計画性を持ちまして、当局側も援助をしながらそういう定年退職後の生活設計等について準備をしていく、そういう計画プラン、こういうものを考えようということでございます。
○志苫裕君 はっきりしないのにこんなことを言ってあれですが、一応国公について言えば、実行はまだ六十年以降にしましても、定年制という制度が入る。それとはかかわりのないこういう退職準備制度。臨調の第一次答申の表現によると、定年制度の円滑な実施に備えてというような表現があったような気もいたしますけれども、そうしますと、容易に考えられるのは、年の高いのもさることながら、職員構成のアンバラ、こぶですね。こぶ退治といいますか、こぶ退治などにこれを適用しようというふうな考えを持っておるのでしょうかね。推量できませんか。
○政府委員(斧誠之助君) できれば、総理府も出席しておられますので総理府にお聞きを願いたいと思うんですが、私の方は、具体的にどんなことをやりたいのかというところまではわかっておりません。
○政府委員(廣瀬勝君) 臨調の答申では、「高齢職員の離職を促進するため、離職後の再就職に備えての能力開発等に資する臨時暫定的な制度として、一定の期間に限り、終了後の離職を条件とする新たな特別の勤務制度(退職準備制度)(仮称)を速やかに検討する。」と、こういうことになっております。したがって、これはこれから検討するということでございますが、政府部内において、行政管理庁あたりが中心になろうかと思いますけれども、これから今後検討してまいるということでございます。
○志苫裕君 済みません、筋違いだったかもしれませんが……。 ただ実態として、今度の臨調の答申の裏話がささやかれておりますように、臨調の直接の委員なんかが短期間にあんなにいっぱいなことをあれもこれも書けるわけはないんで、実際は実行可能なものというので、役所の方がそれぞれ人を送り込んで、この文言変えてくれとか、ここのところをもうちょっと直さぬかというようなことで、何か八百長みたいでできたと、こう言われているんですが、行政の側がこの臨調答申に無関係であるわけはない、発想はむしろそっちの方から出たのかしれない、行管庁なのか総理府なのかどこだか知らぬけれども。あなたの方は関係ないかね。これが出てくるに至ったいきさつに総理府関係なしか。
○政府委員(廣瀬勝君) いきさつといたしましては、総理府としては余り関係はいたしておりません。
○志苫裕君 人事管理をやっているところはちっとも考えてないで、人事管理をやっておらぬところで考えたのかな。
○政府委員(廣瀬勝君) これは、すぐれて委員の方々の御発案によってつくられたものというふうに伺っております。
○志苫裕君 それは優等生の答弁だ。第一次答申に委員の発案なんかありゃせぬわ。皆その辺の発案だ、これは。それは、委員の発案はもっといいことを言うたんだが、その辺でつぶされたか、それはわからぬけれども。 それで、えたいは知れぬけれども、いずれにしてもこのような退職準備プログラムというのか退職準備制度というのか、そんなものに着手をした場合に、地方公務員について自治省考えますか。
○政府委員(砂子田隆君) 私の記憶に誤りがなければ、これがちょうど待命制度みたいなものであるとしますと、昭和二十九年の地公法の改正があったと思います。そのときの附則の三項であったかと思いますが、そこで待命に関する法律制度をつくりまして、それに関する具体的な問題については条例に任されてあったというふうに理解をいたしております。ですから、各府県ともその附則三項の規定に従いまして条例をつくって、そういう制度をやったことが過去にあったとは記憶しておりますが、この制度が直ちに地方公務員に及ぶかどうかということについては、今回の答申から外れておりますので私どもの方ではまだ検討いたしておりません。
○志苫裕君 ですから、さっき人事院に、まあ時間も追っていて聞き漏らしたんですが、いずれにしても何かやったんですよ。待命制度を人事院は導入したんです。それはそのうちになくなったんですけれどね。効力がなかったのでやめられたのか、任務が終わったのでやめたのか、それこそ自然年齢によって退職したのか、自然に消えたのかわからぬけれども、その辺のことを聞くのはきょうの目的でないけれども、いまのところ自治省としては、具体的に検討なり、準備も考えていないということのようだが、いずれにしてもこれは定年制の導入とは別のことであって、国家公務員ないし地方公務員に、とりわけ中高年職員を削減をするという手だてであることにはどうも変わりがないようですね、これは。 こういうプログラムなり退職準備制度を、定年制の導入とは別に地方公務員ないし国家公務員に導入をするというかな、そういうことについて何か所見がありますか。
○政府委員(大嶋孝君) この臨調答申で出されております退職準備制度、その制度の具体的な仕組みでありますとか、あるいは対象となる高齢職員の範囲でありますとか、あるいは現在の地方公務員法との関連というのがどうも明らかでないわけでございます。そしてまた、いま御指摘にありましたように、臨調自身が臨時暫定的なものだと、こう言っておりますので、定年制度の導入には全く影響はないわけでございます。 したがいまして、いまのところ全然考えておりませんが、国がどういうふうなことを考えるのか、そういう検討状況は注意深く見守っていきたいとは思っております。
○政府委員(廣瀬勝君) これの検討要素といたしましては、いろんな点があろうかと思います。 まず、高齢職員の離職を促進するためにこのような臨時暫定的な制度をつくるということでございますが、実際問題といたしまして、任意な待命でもってそういった促進効果があるかどうか。あるいは、一時的には退職者がふえますことによりまして退職金支払いというのがふえて財政需要が多くなるわけでございます。そういった要素、さらに実際問題としては年齢構成の是正のために何らかの工夫をしていかなくちゃならないというような要請もございますので、そういうような点を総合勘案してこれから検討をされることになろうかと思います。
○志苫裕君 どうもいまのところ皆さんからは何も答えが来ないようですね。 自治大臣、最近地方公共何体では、地方公務員の定年制導入は国会で成立するんじゃないかということで、それを見越して人事のローテーション、退職管理を変え始めている。具体的な動き、あるいはそれらの検討、研究というものが進んでいることがいろいろと報ぜられていますが、まずはこういう動向、自治省はどのように把握していますか。
○国務大臣(安孫子藤吉君) 私自身のところにはまだそういう動きが届いておりませんが、これは行政局長の方が詳しいかと思います。
○政府委員(砂子田隆君) 地方公共団体の中からは、今回の地公法の改正というのが、実は前国会で継続審議になりました。その後で六団体の側からは地公法の改正というものを早くしてくれという要望がございます。
○志苫裕君 私が聞いているのは、具体的な動きが事実あるわけでしてね、それらの動向を把握しているかどうかということ。何か皆さんの行政指導によるものですか。
○政府委員(大嶋孝君) 私の方は格別に行政指導をしておるわけではございませんけれども、継続審査になっておりますし、いずれ通るかもしれないというようなことを地方団体も考えておると思います。したがいまして、それに向けて、六十年六十歳定年というようなことに向けていろいろ考えなきゃならぬというような検討はされておるようでございますけれども、具体的な団体について、どういうことをやったのか、あるいはやろうとしておるのかというその具体的なことにつきましては承知をいたしておりません。
○志苫裕君 そうですかね。たとえば官庁速報なんかで幾つか出ているでしょう、佐賀県だとか秋田県とかね。たとえば秋田の例を言ってみましょうか。「県は六十三年度に六十歳定年制を導入する方針を固め、今年度末から段階的に勧奨退職年限を延長することを決めた。今年度末は」云々と、こういうふうになっているんです。ここで注意すべきは、「六十三年度に六十歳」ということになっているんです。このこと一事で全部を律することはできませんけれども、それぞれの地域の事情等によって、あるいはいろんな行きがかり、いきさつ等によって六十年定年導入というのには、自治体の事情によってはずいぶん支障が生ずるような事態が、この一事でも実は容易に想定をされます。 そういうことについて皆さんわからぬわけじゃないと思うんだが、何かそれに所見がありますか。
○政府委員(大嶋孝君) 御指摘のような事例は、現在の職員構成なり、あるいは現在の勧奨年齢なりというものがそれぞれの団体で違いますから、大変個々の地方団体にとりましてはいろいろむずかしい事情はあろうと思います。 いま御指摘の秋田県の事例、私も官庁速報で読んだわけでございますけれども、具体的に私どもの方へどうしようかという相談はなかったかと思っております。ただ、地方団体としてはそれなりにいろいろ苦労されるといいますか、工夫をされまして円滑な実施に移っていくような努力がなされるものだと思っております。
○志苫裕君 ですから、言葉をかえて言うと、六十年から実施に踏み切れるようにこれからやっていくというそういう意味ではないの。そういうつまらぬことをいまごろ、六十年と言わぬで六十二年だ、六十三年だといってぐずぐず言っておるようなのは、それは定年制施行前でも指導していくという意味ですか。
○政府委員(大嶋孝君) 先ほど申し上げましたように、格別私の方であれこれと指導しておる事実はございません。各地方公共団体の方でいろいろ苦労されておるだろうと、こういうふうに申し上げたわけでございます。
○志苫裕君 報告はないかね。――私は、本法そのものの問題点の質問をまだ留保をしておるけれども、いずれにいたしましても、臨調の方で、どういう内容のものになるかわからぬけれども、退職管理システムが打ち出されておる、それから各自治体においても、いい悪いの評価は別にしましていろんな動きが始まった、それらがすべて全部いい方に転化するというばかりでもないわけですが、最後にこの点ちょっと確認をしたいのでありますが、法施行後のことはこっちに置きまして、法施行以前において、六十年からの原則定年ないし特例定年がスムーズに進行をするようにということを願う余りに、それ以前においていまのような勧奨システムこれをばかに強化をして、別の言い方をすれば、六十年になるというと六十まではやめさせられない、ならぬうちにいまからちょっと、やめる者はやめさして格好よくしておこうという、こういうばかな指導はしないでしょうね。
○政府委員(大嶋孝君) 六十年六十歳、仮にこの法律が通ったといたしまして、そういたしますと当然準備行為に入らなきゃならぬわけでございます。いま志苫委員の御質問は、これが通らない前にそういうことをやられるのかと、こういう御質問かと思いますが、私どもとしては直接それにつきましてどうこうするというつもりはございません。 ただ、先ほどから申し上げておりますように、地方公共団体にはそれなりの工夫というものはこれは当然あるだろうというふうには考えております。
○志苫裕君 ちょっと違うんだな。通らない前にという、それはもちろんそうでしょう、どうなるかわからぬのだから。一つの想定で、現に通りもせぬうちから通るだろうというのでいろんな動きが始まっている。それはどんな動きであれ、自治体がいろんな判断をなさることに私はここでどうこう言うわけじゃありません。自主的にそれぞれの対応なさることはそれなりに意味のあることだと思うけれども、私の言っているのは、自治省の指導、助言、こういう力を用いて、六十年から定年制が施行される、仮に法律が通ったとすれば、実施までに期間がありますよね。法律をつくろうとする者からすれば六十年からスムーズに進行したいと思うでしょう。したがって、その前にいろんな意味での地ならしということは容易に考えられることです。この地ならしに当たって非常に強い力で勧奨が作用するような、こういう行政指導はしないでしょうねと、こう言っている。
○政府委員(大嶋孝君) これは、私どもが指導するしないというよりも、地方団体自身が本当に真剣に考えるべき問題であると思います。したがいまして、私の方から非常に強力な指導をやって、それで地ならしをするというようなことはもちろん考えておりません。
○委員長(上條勝久君) 本日の質疑はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。 午後五時二十八分散会