文教委員会 第4号
- 発言数
- 365 件
- 登壇者
- 20 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1981/03/31
会議録
○委員長(降矢敬義君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 まず、理事の補欠選任についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(降矢敬義君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に下田京子君を指名いたします。 —————————————
○委員長(降矢敬義君) 次に、前回に引き続き教育、文化及び学術に関する調査中、文教行政の基本施策に関する件及び昭和五十六年度文部省関係予算に関する件を議題とし、質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。
○本岡昭次君 大臣、この間の甲子園での高校選抜野球の開会式、御苦労さんでございました。私の地元でございまして、行けなかったんですが、テレビで大臣のあいさつや始球式の様子を拝見さしていただきました。国会を離れての久しぶりのああした場で、ひとつ御感想いかがでございますか。
○国務大臣(田中龍夫君) 選抜野球戦は、夏の高校野球と並ぶ二大行事でございますが、非常に地元の御協力もありまして盛大に行われましたことは本当にうれしい次第でございます。 なお、一応のごあいさつをいたしましてから始球をいたしましたが、どうも私はバッターの後ろの方に行くくせがございまして、今回もちょっと球が背中の方に参りまして、まことに申しわけなかった次第でございます。 しかしながら、本当に熱気あふれるりっぱな大会でございまして、地元の各位におかれましても、さぞかし御尽力、御苦労が多かったろうと思いまして、厚く御礼を申し上げます。
○本岡昭次君 私たちはああした高校野球の華やかな場面のみに目を奪われることなく、やはり底辺にいる子供たちをどのようにして押し上げていくか、あるいはまた水面下にあって悩んでいる子供たちをどのようにして引き上げていくか、こうしたことに政治の力を集中していかなければならないということで、ますますこれからそうした子供たちのために大臣の御尽力をお願いしたいと思うんですが、ああしたすばらしい球児、高校野球が晴れ舞台でできる生徒が育ってくるには、小学校、中学校、そして高等学校の一つの教育の成果があると思うんですが、私は決してその成果というものが教員なりあるいはまたすばらしい野球のコーチによって導かれるものでないと思っております。学校の中には、養護教員、実習助手、あるいはまた事務職員、栄養職員、調理師、用務員、あるいはまた寮母、舎監、さまざまな人たちが学校に働いて、そしてああした高校野球の晴れ舞台を踏む児童生徒を教育をしているということを忘れてはならないといつも思うんですが、きょうはそうした人たちの中で、特に子供たちの非行や暴力あるいはノイローゼ、自殺、登校拒否あるいはまた背骨の曲がっている子供ができているというふうな状況下にあって、学校の中で直接子供たちにかかわってきている養護教諭の問題について実態を訴え、一日も早いひとつ文部省の改善を求めたいと思うわけですが、一人の養護教諭が私に手紙を書いてよこしておりますので、それを若干披露を申し上げて所見をひとついただきたいと思います。 これは神戸市立本山第一小学校の養護教諭なんですが、「児童数千四百十六名で神戸市内では比較的閑静な住宅環境にあり、子ども達も落ち着いている。」と言っております。「休み時間が終ると、ドッとケガ人が押しよせてきて「先生ケガした。」「痛いよー。」「先生すりむいて血が止まらへん。」と、口々に自分が先にしてもらおうと訴える。「来た人の順番に並んで! でも小さい子は痛がってるから先にしてやろうネ。」と始業のチャイムが気になりながらさばくという感じである。 勉強時間でも「頭が痛い。」「しんどい。」「お腹が痛い。」「だるい。」と訴える子どもが次々に」保健室に来室します。「保健室を訪れる子どもはケガや身体的な病気だけでなく、高学年になると悩みの相談(友だちのこと・体のこと)をもって来る。子どもの訴えを聞いていると、友だちとの関係がうまくいかなかったり、自分を表現する力がないために、自分の願いや反対を無視された方向に物事が決められていくことへのイライラ。自分で気づいていない幼児期の成長の中で、親や」「兄弟関係のひずみを背負っているため、心因性の病気が症状となって出ている子どもも少なくない。そうした子ども達は喘息、皮膚疾患、どもり、学校緘黙(家では話せるが、学校に来ると話すことができない)などが表面化している。ひどくなれば登校拒否や家庭内暴力まで発展した事例もあった。私達、養護教諭は、学校保健法で定められた健康診断や予防接種、各種の検診、検査、測定を学校行事との兼ね合い、校医さんの都合を考慮しながら日程を組み、学年との調整についても保健部の先生方と相談をしたりすることだけに、かなりの日数と時間を要してしまう。健康診断等でみつけた視力の悪い子、むし歯の多い子、肥満傾向の子、聴力障害の子、言語障害の子の健康管理については、担任の先生との連携の中ですすめているとはいえ、教科を教えることの多い担任の先生では充分な事後措置が行えない。一人の子供の健康を追求していくうちに出てくる家庭の問題(欠損家庭・共稼ぎ・経済状況etc)まで目を向けなければどうにもならない所が出て来る。担任と相談し家庭訪問をしたり、保護者に保健室まで来てもらって、その子どもの生育歴を尋ねていく内に、原因をみつけるにはとても時間がかかる。子どもを通して親の悩みや姑さんとの関係での問題なども出てくると、一人の相談に二時間や三時間の時間を使って」も解決しない。「裸の対話をできるようになるには、何回かの面接を重ねていかなければならない。」、以下、ずっとこう書いています。 このように学校の中でがんばっている養護教諭の実態、大臣の手元にも、一日どのような仕事をしているかという執務記録をお渡ししてあると思うんですが、とにかく大変な過重労働を養護教諭は必死になってやっているという現状です。子供の心と体を直接学校で預かっている養護教諭が一人もいない学校が現にあるし、大規模校——二千人近い学校でも一人しかいないというふうな学校が現にあるわけなんですが、第五次教職員定数改善の問題も論議されておりますけれども、十二年間という長期の年月では待てないこの子供の実態を考えるときに、ひとつ文部大臣の積極的な御見解を賜りたいと、このように思うんです。
○国務大臣(田中龍夫君) 先生からちょうだいいたしましたタイムスタディーの表を私拝見しまして、ずいぶんハードなスケジュールだなと存じた次第でございます。ただいま御指摘のように、養護教諭の方々の御苦労というのは大変なものであろうと存じますが、特に大きな学校、大規模な学校におきまする養護教諭の方々は多数の児童生徒の健康管理、指導に携わっておられるのでありますが、本当に子供さんたちのめんどうを見ることは大変なことだと、かようにも存じております。 しかし、学校におきます児童、生徒の健康管理、指導というものは、養護教諭の方々はもちろんでございますが、同時にまたすべての教職員の先生方がやはり分担をして、御一緒にお手助けをしてあげなければ、とてもむずかしいことであろうと、養護教諭の方々の労働過重というようにならないように指導してまいらなくちゃならぬ、かように考えてもおります。また、養護教諭の定数の標準は、これまで全小中学校七五%とされておりましたが、昭和五十五年の計画を初年度といたします第五次の教職員定数改善計画もございます次第でありまして、なお具体的なこれらの問題につきましては政府委員からお答えをいたします。
○政府委員(三角哲生君) ただいま大臣申されました、また本岡委員もお話しになりました今回の定数改善計画におきましては、四学級以上の学校にとにかく一人完全に配置しようと、それから三学級の学校の七五%に配置をしていこうと、こういうぐあいに措置いたしまして、したがいましてこの計画の完成いたしました場合には約九八%の学校に養護教諭の先生が配置される、こういうことにいたしておりまして、そのための所要人員を約五千百人余りと見込んでおるわけでございます。そういうことで、とにかく養護教諭の先生がいないところができるだけないようにしていこうと。——これは極端に小規模の学校にすべて必ず一人配置するというところまではまいりませんけれども、ほぼそれに近い形まで持っていきたいというのが私どもの現在の目標でございます。おっしゃいますように、確かに大規模の学校におきまして、一人ですべての子供たちに対応していくということは、これは非常に現実問題としてむずかしい、困難なことでございます。養護教諭の先生方は、先ほどのお話にございましたように、非常に熱心に、一生懸命に尽くしていただいている方が非常に多いわけでございます。大規模校の場合にはしかるべき校務分掌体制をつくっていただきまして、養護教諭の先生が本当に必要で、かなめかなめのところを児童生徒の健康の管理、指導のために押さえていただいて、いろいろの具体のことは、やはり大規模校の場合には先生も多いわけでございますので、先ほど大臣から申されましたように、適宜そこのところは分担してやっていっていただかないとうまくいかないんではないかと、こういうふうに思っておるわけでございます。 こういった養護教諭の先生方の処遇につきましても、でございますから、人材確保法で教諭と同様に扱って改善を図ってきた次第でございまして、私どもとしては、現場におきますいろいろな意味の協力関係で養護教諭の先生だけが労働過重になるというようなことがないように、この点は指導、助言をしてまいりたいと、こういうふうに思っておるわけでございます。
○本岡昭次君 学校の教師集団の協力体制、それは保健教育という立場でそれはやるにしても、やはり実際子供の心とか体の問題にかかわっていく専門的な仕事は養護教諭が受け持たなければならないわけで、その点でやはり私はいまの十二年計画の中にある四学級以上は全校必置十二年間と、それから三学級以下は七五%、あるいはまた二つの学校をかけ持ちさせることもあるというふうなことじゃなくて、これはやっぱり一学級から十四学級ぐらいまでは一人で何とかこれは持てる。しかし、千人を超し始めると、もう一人ではこれは持てないということですから、これは二人配置して、本当に小学校、中学校段階の子供たちの心や体の問題を専門的に見守っていき、将来の生涯にわたって自分の体のこと、心の問題にかかわって自立的にやっていける心身ともに健全な児童生徒を育成するという立場から積極的な対応が望まれると、このように考えているんです。 それで、何をさておいてもけしからぬのは、学校教育法の百三条に「当分の間」というのがいまだに存在しておって、三十年間にわたって「当分の間、養護教諭は、これを置かないことができる。」という、この法律の存在そのものが養護教諭全校必置という問題をやはり妨げているんではないかと、このように思うんですね。今日の時代にあって、先ほどの実態から見て、まずこの百三条を削除して、全校必置、そして大規模校には複数配置という点に向けて、積極的なひとつ検討を文部省に開始していただきたいという要望をするんですが、一言見解をひとつ文部大臣にお願いして次の問題に進みたい、このように思います。
○政府委員(三角哲生君) 委員長。
○本岡昭次君 文部大臣にお願いしたいんですが、一言で、技術的なことは結構ですから、大体わかっているんですから。
○政府委員(三角哲生君) 学校教育法第百三条の問題の御指摘がございましたのでお答え申し上げますが、この問題につきましては、以前に他の委員会でも同趣旨の御質問があったことがございます。これはやはり、法律があるから事実ができ上がらないという観点からの御指摘のようにも承りましたが、そしてこの「当分の間」ということですが、「当分の間」という意味は、これは私から申し上げるのもなにかと思いますが、法律上は不確定期限を表現しております字でございまして、「当分の間」という字があるから、それはごく短期の間の話だということではないわけでございます。やはり私どもとしましては、先ほど御説明申し上げましたような、全校にできるだけ配置をしていくということを事実の政策として国会の御承認も得て、この第五次定数改善計画を進めておりまして、先ほど申し上げましたように、これが済みますとほとんど、ごく小規模校を除いては全校配置になるわけでございますが、それにいたしましても、なお一学級の学校とか二学級の学校とかまでは無理だということはございますので、この規定はやはり残しておかないと事実に照らしておかしいことになりますので、この規定はやはり残しておく必要がある。ただ、この規定があるために私どものいろいろな政策が阻まれるとか、できないとか、こういうふうには私どもは受けとめておらないのでございます。
○国務大臣(田中龍夫君) 本岡さんのおっしゃる内容はよくわかるわけでありまして、養護教諭の方々が非常にお忙しい、同時にまた、そういう養護教諭というものが学校になくてはならない大事な存在でありまするし、他方におきましては定員その他のいろんな問題もございましょうけれども、われわれの気持ちといたしましては、本岡さんと同じように、何とかこの問題を解消すると同時に、養護教諭の方々ばかりに負担がかかるということがないように、みんなが助け合っていくようにしていただきたい、かように思っております。
○本岡昭次君 不十分なお答えしかいただかなかったのですが、また改めての機会にさらに論議をさせていただきたい、このように思います。 次に、軍縮教育の問題についてお尋ねしますが、一九八〇年六月、昨年の六月、パリでユネスコ主催の軍縮教育世界会議が開かれておりますが、日本政府はこれに参加したのか、あるいはまた参加した場合はどういう態度でこれに臨んだのか、ひとつ簡単に御報告いただきたいと思います。
○政府委員(松浦泰次郎君) お尋ねのユネスコの軍縮教育世界会議は昨年六月九日から十三日まで、パリのユネスコ本部において開催されました。ただ、これは個人資格による参加者を中心とする会議でございまして、政府間の会議ではございせん。したがいまして、わが国からもこれに基づきます個人資格の参加者が十名出席いたしまして、そこで軍縮に関する意見、経験等の討議が行われたわけでございます。政府としましては、ユネスコ日本政府代表部におります板橋書記官がオブザーバーとして参加いたした、そういうような経過でございます。
○本岡昭次君 そうすると、オブザーバーというのは、これは全くのいわば傍聴というふうな意味ですか。それとも何かオブザーバーであっても、政府の代表の立場で日本の何か基本的な態度をもって臨んだのか。そこのところ、どうですか。
○政府委員(松浦泰次郎君) 傍聴ということでございます。それと資料をいただいたものを当方に連絡してまいったというような経緯でございます。
○本岡昭次君 そうすると、軍縮教育世界会議での結論、これに対して日本政府あるいはユネスコの国内委員会、そういうところはどういう責任を持つようになるんですか。
○政府委員(松浦泰次郎君) これにつきましては、いま申し上げましたような性格の会議でございまして、その会議がまとめました報告書をユネスコの事務局長に対して提出したというものでございます。したがいまして、ユネスコ当局から直接このことについて各国政府に特別のことを要請してまいったということはないわけでございます。
○本岡昭次君 そうすると、この最終文書というものを私たちはここに持っているんですが、そうすると、これはユネスコの事務局長にこれが送られて、ユネスコとしては各国にあるユネスコ委員会に対してこれをどういうふうに扱うかということの態度をまだ決めていない、こういうことですか。
○政府委員(松浦泰次郎君) おっしゃるような状況でございまして、報告書の内容も、いろいろ先生もお持ちのようで、いろいろあるのでございますが、軍縮教育のあり方というようなものについて述べておりますのと、それから事務局長に対しまして軍縮教育を第二次軍縮のための十年の重要な手段として、国連事務総長を通じて国連総会に提言をしてほしいということ、それから、そのことについてユネスコとしていろんな活動を展開してほしいというような内容のものでございますが、特にわが国に対しましてもユネスコからは言ってまいっておりません。ただ、いまのようなユネスコ事務局長に対する要請がありました関係で、昨年の秋のユネスコ総会におきまして一九八一年から八三年までのユネスコ本部としての事業計画の予算が審議されましたが、その中におきまして軍縮に関する地域セミナーを開催するということが盛り込まれたというように聞いております。
○本岡昭次君 経過は大体わかりましたが、そこで日本のユネスコ国内委員会としてはこの軍縮教育世界会議の最終文書というものに対する態度はどのような態度を持っておられますか、扱い等は。
○政府委員(松浦泰次郎君) 先ほど御説明いたしましたように、ユネスコ本部からはわが国政府には直接のことは言ってまいっておりませんが、お手持ちのような資料を私どもも持っておりまして、その内容につきましては外務省とか、あるいは文部省なり、関係局課で承知いたしておるところでございます。
○本岡昭次君 私の意見なんですが、これからユネスコでも軍縮教育の問題について、いまセミナーを開くとかいうお話がありましたが、この報告文書を読む限りでは、結局各国が積極的にこの軍縮教育というものを取り上げていくべきだと、こういう内容になっているわけで、世界に類例のないと言われている平和憲法を持つ日本、そしてまた広島、長崎に原爆投下という経験をしている日本、そういう立場から、この軍縮教育の問題についてこういう最終報告ができたということを文部広報なり、あるいは文部時報、教育委員会月報等、文部省が所管しているさまざまな広報活動の場があるんですが、そういうところにこうした最終文書を載せて、この軍縮教育というものが国連規模で、あるいはまたユネスコ規模で行われているということについて、文部省が広報活動をユネスコとしてもやるべきだと、最低それはやるべき一だと思うんですが、いかがですか。
○政府委員(松浦泰次郎君) 民法法人の日本ユネスコ協会連盟というのがございますが、そこの広報資料に掲載しておるというふうに聞いております。
○本岡昭次君 いや、そういうことじゃなくって、ユネスコは文部省が責任を持ってやっているんでしょう。そしてユネスコ、そして国連、そうしたところが世界の平和にかかわって非常に重要な意味を持っていると。日本の外交も、要するに国連の活動に依拠して世界の平和のために尽力しているという立場からすれば、当然ユネスコでこのような軍縮教育の問題が論議されれば、このことを日本の国内に広報していく、文部省がそれを皆に伝えていくという当然の責務があるんではないかと思うんですが、いかがですか。
○政府委員(松浦泰次郎君) 状況によりましてはそのような対応も必要であろうかと思いますが、先ほど申し上げましたように、この会議は個人資格による参加者が集まりまして、事務局長に対しまして報告書を提出したというような段階になっておりまして、私ども、ユネスコ本部がそれに基づく決定とか方針を示して政府レベルに申してまいりましたら、当然先生のお話のような措置を積極的にとることになろうと思うんでございますが、先ほどの性格からしまして、本件につきましては特別の対応はいたしていないわけでございます。
○本岡昭次君 先ほど私が言いましたように、手続上の問題はともかくとして、軍縮教育というものが平和教育の中で大きな位置を占めるであろうということがここにるる述べられているわけで、先ほど言った広島、長崎という経験をした日本が、むしろユネスコの場で積極的に平和の問題について世界に訴えていくべきであろうということを私はあなたに尋ねているわけで、手続上ユネスコがどういう責任をとらなければならないかということは先ほどの応答でわかりましたが、いま一つ積極的に日本の立場からユネスコ活動の一つとして、広島、長崎の被爆の状況、そして核兵器というものの持つ恐ろしさ、核戦争というものを二度と起こしてはならぬというアピールをこの中で積極的に取り上げていくことが日本のユネスコ活動にとって重要ではないかと、このようにあなたに尋ねているんです。
○政府委員(松浦泰次郎君) 平和問題あるいは軍縮問題等につきましては、日本の戦後のああいう特別の状況から、私どもとしては日本は非常にそういう精神を基調としまして、世界各国の中でも積極的に平和の精神に基づく活動を展開してきておると思っております。でございますから、このことにつきまして特別のことはいたしておりませんけれども、日本としては、私どもユネスコヘの対応としましては、その平和尊重の精神で、他の国に比べてもひけをとらないような姿勢で対応してまいりたいというふうに思っている次第でございます。
○本岡昭次君 そこで、最近私たちの耳に入るんですが、高校の教科書検定が行われている中で、広島とか長崎の原爆の被爆の状況の写真が悲惨過ぎるというふうなことで、中学校の教科書にはあっても高校の教科書からは削除をさせようというふうな動きがあるように聞いているんですが、こうした点についてどういうふうに考えますか。
○政府委員(三角哲生君) いま御指摘の高等学校の教科書につきましては、ただいま検定の手続中でございまして、それでこれの合格あるいは不合格につきましては、手続を経た上でこれから結論になるというそういう問題でございます。一部に教科書レポートとか、そういったような名前の資料が出ておりまして、その資料の中で、ただいま本岡委員御指摘の事柄であったかどうかはちょっといまはっきり記憶しておりませんが、その検定の経過に係る事項があるいは部分的に、あるいは断片的に、あるいは必ずしも正確でない形で出ておるようでございますが、これは言ってみれば本来の当事者でないところでそういう資料が出るということ自体が私どもとしては理解しかねる事柄であるというふうに思っておりますし、ましていわんや検定の過程にありますから、私ども当事者の立場としては、こういったことについて、現在の段階で、あるいは検定が終わりましても、その内容についていろいろなことを申し上げることは適切でないと、こういうふうに思っている次第でございます。
○本岡昭次君 この議論はどうせすれ違いになると思いますから終わりますが、ユネスコでこうした軍縮教育の問題が取り上げられたということは積極的にやはり日本の立場でも評価すべきだと思うんですね。オブザーバーで参加したからそのことに直接責任を持たなくてもいいんだというそういう消極的なかかわり方は、やはりいまの憲法、教育基本法に基づいて日本の教育が行われているということからすれば、これはやっぱり間違いだと思うんです。もっと積極的にこのユネスコの軍縮教育の問題にかかわるべきだと私は思うんですが、最後ひとつ文部大臣の見解を伺って次に進みます。
○国務大臣(田中龍夫君) ユネスコの精神と申しますか、あくまでも平和でありたいという念願につきましては、決して日本の場合におきましては人後に落ちるものではない。現実に教育基本法の第一条にありますように、憲法の精神にのっとりまして、平和的な国家及び社会の形成者としての必要な資質を養うんだという、このためには、先生がおっしゃいました当該ユネスコの問題以前に、日本といたしましては、あくまでも新憲法の精神により、平和国家としてのあり方、世界平和を念願するという趣旨におきまして、この原則にのっとって小・中・高等学校の教育をいたしておることは御承知のとおりでございます。またその際、特に中学校及び高等学校におきましては、軍縮問題を取り上げ、核兵器の脅威に着目させて、戦争の防止やあるいは平和を確立するための熱意と強力な態度を育てるといったような方針のもとに教育がなされておりますことは御案内のとおりでありまして、これは今日のユネスコのたまたまアピールとは一それ以前のものとして私どもは当然のことと存じておる次第でございます。
○本岡昭次君 ひとつ平和教育の問題について、積極的に対応をお願いしたいと思います。 それでは次に進みますが、文部大臣、唐突な質問で申しわけないんですが、教育勅語が幼稚園児の教育に使われているということについて、どのように文部大臣はお考えになりますか。
○国務大臣(田中龍夫君) そのことにつきましては余りよく存じませんので、具体的な問題といたしましては政府委員からお答え申します。
○政府委員(三角哲生君) 教育勅語は、これも本岡委員御承知のとおり、昭和二十三年の六月に国会で、これを排除する、あるいはこれを失効とするという決議が両院それぞれなされておりまして、今日幼稚園でございましょうとあるいは小中学校でございましょうと、これらの教育は日本国憲法及び教育基本法に基づいて行われるべきであるということが当然であるというふうになっておるわけでございます。
○本岡昭次君 とすれば、もっとはっきり言っていただきたいんですが、教育勅語をその教材として幼稚園の教育をするということは適当でない、憲法、教育基本法の立場から言えば間違いであるということをいまあなたがおっしゃっているんですか。
○政府委員(三角哲生君) 教育勅語そのものを学校で教えるということは適当でないというふうに受け取っていただいて結構でございます。
○本岡昭次君 もう御存じだと思うんですが、新聞にすでに報道もされていて、私もこれは大変だと思ったんですが、(本を示す)「たのしくまなぶ十二のちかい」「教育勅語から」、こういうきれいな絵本があるわけでございます。一冊四百円する本のようなんですが、これを、どの程度配布されているのか知りませんが、報道によると六万部ばかり幼稚園等を中心にして無料で配布されている。そして諏訪幼稚園というところも、 私の児を将来は、国の柱となる基礎保育を、 国と保護者の皆様の手腕で、私立幼稚園とは言え園児の為に精一杯尽しているつもりです。 今度、日本を守る会発行の「十二のちかい」が幼稚園にも配本依頼あり、全園児と保護者が一丸となって読んでみませんか。 園として四百円の代金は苦しい。三百二十名の代金となれば、と考えると、だが世の道理を弁えるに、良き「ちかい」と存知ますので全児の為にと贈呈に踏みきりました。 というふうに、無料でこれを配っているわけなんですね。ここに、表には、「教育勅語から」とはっきり書いてある。そして教育勅語の第二段の「父母二孝二」からの徳目が、 父母二孝二、兄弟二友二、夫婦相和シ、朋友相信シ、恭倹己レヲ持シ、博愛衆二及ホシ、学ヲ修メ業ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓発シ、徳器ヲ成就シ、進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ、常二国憲ヲ重シ国法二遵ヒ、一旦緩急アレハ義勇公二奉シ、 というところまでがあって、それで最後に「朕惟フニ」の教育勅語が書いてあって、そしてここに教育勅語の口語文訳、あるいは教育勅語とはこういうものですよということがここに書いてある。 これも歴史的事実から見れば、先ほど三角初中局長がおっしゃったように、衆参両院で昭和二十三年失効決議をやったときに、一体教育勅語とはいかなるものかという一つの定義、あるいはまた教育勅語ができて学校教育にそれが用いられたときの文部省の教育勅語に対する解釈、そうしたものと全然違った形で、いわばカモフラージュしたというふうな形でここに提供をされているわけなんです。もちろん私はその「父母二孝二、」「夫婦相和シ、朋友相信シ、」、それは、一つ一つの徳目と言える中身についてはこれは当然と思うし、これは人類の不変のものだと、こう思うんですね。だが、それをわざわざ教育勅語から持ち出してこなくっても、ここにあるように、親や先祖を大切にしましょうということでいいし、兄弟は仲よくしましょうということでいいし、夫婦はいつも仲よくむつまじくしましょうということで事は足りるんであって、やはりことさらそこに教育勅語というものを前面に押し出して、そして園児にまた親に、一つの私立とはいえ幼稚園が教育活動を行うということを問題にしているんですが、文部大臣、具体的に言えばそういうことなんです。いかがですか。
○国務大臣(田中龍夫君) ただいま局長から御説明申し上げたように、この教育勅語というものはもう存在しないわけでありまして、過去における一つの歴史的な事実であったでございましょう。しかし、徳育の面あるいはその他の面におきまして、いま先生がおっしゃいましたように、教育勅語と銘は打たなくとも、現実にはいわゆる新しい徳育の内容として教えておるわけでありまして、これは別に教育勅語だからどう、新しい教育制度だからどうというのじゃなくて、人倫と申しますか、人間としてのあるいはまた社会人としてのあるべき当然の内容であろう、かように思うものでございます。いまのそれがたまたま特定のところにおいて使われておるということに対しましても、私は、さらによく調べてみなければわかりませんけれども、さしたることではないように思います。別に教育勅語をどうこうという、復元しよう、再現しようということでもないでありましょうし、道徳としての姿において子供さんを教えておるだけであろうと、かように考えます。
○本岡昭次君 いや、文部大臣、さしたることではないとあなたおっしゃいましたがね、さしたることではないと。それでこの教育勅語からこのことを教えましょうと言っているんですがね。要するに、教育勅語そのものはあなたは失効したと、現在の教育は憲法、教育基本法に基づいてなされていると、こういうことなんでしょう。そうすると、憲法、教育基本法の精神と教育勅語の精神、すでに失効してもうこれはその指導理念ではないということを議会で確認されているんです。それを文部大臣がさしたることではないと、そういうことで済むんですか。
○国務大臣(田中龍夫君) 私の申し上げたのはその内容の問題でございます。いまの、親を大事にしろ、あるいは先輩を敬え、友達とは仲よくしようということは、これは人の道としてあたりまえなことであって、ただいまお話し申し上げたように、その問題につきましてはより詳細に調査をいたしまして調べてみなけりゃわからぬと思いますが、その点はよく調べた後にお答えをいたしたいと、かように考えます。
○本岡昭次君 いや、調べるといっても、特段調べる必要のないことだと思うんですよ。はっきりしている事実は、ここに——まあ何ならこれ見てもらったらいいですけれども、一つの幼稚園の道徳の教育活動としてこれを使っているという事実に対して教育勅語というものが前面に出ているということなんです。そのことについて文部省としての考えというのは、いま少しはっきり、当然過去の経緯から出せるんじゃないんですか。
○政府委員(三角哲生君) 大臣のお答えちょっと補足させていただきます。 私どもは、この問題につきましては山形県の当局から若干聞いておる次第でございまして、それによりますと、いま御指摘の件は、山形市の一つの私立幼稚園がその冊子を保護者に対して配布したものであるということでございまして、それを使ってその幼稚園における教育を実施したというものではないんだというふうに聞いておる次第でございます。 そういうことで、私どもとしては、まあ私立の幼稚園の経営者なり園長なりが、保護者に対して何らかの資料、まあいま御指摘のようなものも含めまして、これをお配りするということは、別段これを禁止したり、制限したりすべき筋合いのことではなかろうと、こういうふうに思うのでございます。 ただ、幼稚園内におきます教育は、これは教育勅語復活というような形ではなくて、先ほど大臣が申されましたが、新しい憲法並びに教育基本法の精神にのっとって実施していただきたい。現に、幼稚園の教育要領の中にもこれはいろいろな領域がございますが、社会という領域の中で、友達と仲よくしたり、あるいは先生や父母や兄、姉など目上の人に対する敬愛の念を持つとかいろいろなことが出ているわけでございますから、幼稚園内の教育はこの幼稚園教育要領によってやっていただくということであれば結構であると、こういうふうに思っているわけでございます。
○本岡昭次君 まあ私立の幼稚園が何をやってもいいとまでは言われていませんが、園児を通してこれを家庭に配ったということなんですが、しかし、これを保育教育の大切なものとして園児の勉強に使っていきましょうと、こういうことなんですからね。そこに、それは出版の自由もあるし、思想、信条の自由もあるし、いろいろなことがあるんですが、教育勅語というものが持っている一つの過去の歴史的な事実あるいはこれの位置づけ、こうしたものから考えたときに、教育勅語が日本の教育の中で子供を教え育てるということの一つの理念として再び世に出てくるということがあってはならないと、現在の憲法、教育基本法下において。そういうことは文部省としてもっとはっきりと態度をさせておかなければならないんじゃないかと思うんですね。私学といえども、これは一つの私学としての自立性の問題と、憲法、教育基本法にのっとって子弟の教育に携わるという公共性というものが相まって、私立学校法というものが現に存在するんであって、私学が何をやってもいいということではないと、このように思うんですね。とすれば、この教育勅語というものをさらに突っ込んで、もしこれ親に渡すにしろ何にするにしろ、私学がこれを扱うという立場は——これは公立では扱えませんわね、どんな立場にしろ。学校がこれを親に配ったということになればまた別の見解をお持ちだと思うんですが、もし私学でこれを配れると、あるいはまたそのほかの方法でこれを扱えるというのは、どういう状況下においてもし扱えるとすれば扱えるのですか。自由だということじゃないでしょう。
○政府委員(三角哲生君) 学校でございますから、確かに学校が何らかの参考書なりあるいは参考資料なりをお配りするという場合に——学校がそういうものを配るということは通常余り考えられませんけれども、不適切な、おかしなものを配るということは、こういう点がもしあるとすれば、それはやはりそういうことのないように慎重な配慮の上でいたす必要があると思いますが、ただいま御指摘のような教育勅語そのものでございますとかあるいは教育勅語をぜひまた現在の社会に復活させようとかそういうことを言うておる資料ではないようでございます。ですから、これを私立の学校の経営者が保護者に参考としてお配りするということは、先ほども申し上げたように特段これを禁止すべき筋合いのことではないように思いますし、また、これを受け取った保護者がそれを御自分の家庭教育の上でお使いになるか、あるいはお使いにならないか、どのように取り扱われるかはこれまさに親の自由でございますかも、何と申しますか、そういう関係の事柄であろうというふうに思っておりまして、ですから、私どもがこのことについてここでとやかく申し上げる問題ではないんではないかと、こういうふうに思うんでございます。
○本岡昭次君 配られた親がこれをどう扱うか、あなたのおっしゃるとおり全く自由ですよ、拘束されたらこれはもう大変ですから。ただ私が言っているのは、教育勅語が衆議院、参議院で失効決議されて、そして現在の日本の教育の指導原理、指導理念、そういうことからもうすでに外されたということが明らかになっている段階にあって、教育活動の一環としてこの教育勅語がこういう形にしろ使われるということについて、文部省としてはどういう見解を持つのかということを最後にひとつはっきりさしていただきたいと、このように思います。
○政府委員(三角哲生君) 私どもとして、別にこういうことを特によいことだからすべての幼稚園がやったらいいということは申しませんが、この幼稚園がおやりになったことについて、これはおかしなことであるというふうにも申せないわけでございまして、これは幼稚園の経営者が御自分の責任でおやりになったことであるというふうに受けとめておる次第でございます。
○本岡昭次君 おかしなことでないというふうにおっしゃることと、現在の教育を進めていく指導理念が憲法、教育基本法にあって、そして教育勅語というのはこれは現在の憲法に合わない。天皇を神格化し、とにかく皇室を中心にして日本の国家をつくっていこうと、そのために一家を挙げて忠誠を尽くせということのわけであって、そうしたものが教育に使われるということ——これ幼稚園がどう使うかという問題でなくて、文部省としてどうかと聞いているんです。幼稚園が配ったって親がそのことに全然共感を示さなければそれはいいことであって、また別の対応の仕方がありますが、日本の教育の取り締まりというとおかしいですが、絶えず基本理念を示しながら間違いのないように正しい教育を目指して指導、助言をする立場にある文部省としておかしなことでないということは言えないんじゃないですか。あなたおかしなことでないと、文部大臣もさしたることではないと、そのようなことをこの国会の場で教育勅語に対する一つの物の考え方として言うこと、そのことの方がむしろ差し支えがあるのと違うんですか。
○政府委員(三角哲生君) 先刻来申しておりますが、教育勅語自体を取り上げましたり、あるいはこれを復活させようというようなことは、先ほど申し上げました決議が行われて以来、そういうことは考えないということでなければいけないと思うんでございます。ただ、大臣も申されましたように、教育勅語は一つの歴史的な産物ないしは資料でございまして、それからこれは本岡委員も申されましたように、その中に盛られております個々の徳目そのものは今日に通ずる道徳の基本を示したものも入っておるわけでございまして、それらは形式を越えて現在に通ずるものでございますから、個々の徳目に着目しまして親なりあるいは一般の私どもなりが教育勅語についてこれを読んだり理解したり研究したりすることは差し支えないと思っております。ただ、先ほども申し上げましたように、学校教育においてはあくまで幼稚園も含めまして憲法及び教育基本法に基づきましてもろもろの教育、道徳教育も含めまして行われなければならない、これはまあ当然のことでございまして、文部省はそういう方針でいたしておる次第でございます。
○本岡昭次君 いや、もうあなたの言っていることは、もう矛盾だらけでね。教育勅語というのは何もその徳目が一つ一つ生きているんじゃなくて、教育勅語全体に一つの理念なり精神なり、教育に対する一つの考え方がそこにあるわけですよね。そうすると、宗教教育を禁止するという項目が教育基本法の中にあります。宗教教育という立場からすれば、あれでしょう、教育勅語というのはこれはもう神道ですかな。天皇を神格化していくという立場から出ていって、そしてこの本も神社本庁とか何かそういうふうなところから出ているようなんですが、歴史的な産物産物とこうおっしやるけれども、そこは一つの道徳律というふうなことになって、過去も宗教的にいろいろ残ってきています。そうすると、これはやはり私はそういう考え方にいくと、これは神道ということになっていくんではないかと思うんですがね。だから、教育勅語の中の道徳そのものを、個別に道徳的なものを抜き出すということは、これはできない。だからこれも「教育勅語から」というふうにわざわざ断って書いてあるんですよ。なぜこれはわざわざここに「教育勅語から」と断り書きしてあるのか。こんなことを書かなくてもやれると私は言ったんですがね。そこに教育勅語の持っておる理念とか精神とかやはりそのものを現在に、いまの時代に持ってこようとする、そのことがはっきりしているじゃないかと。それは言っみれば、ある意味では偏向教育を、してはならない宗教教育をここに一つにしようとしているということになるんではないかと、こう考えるんですがね。やっぱり文部省として教育勅語の扱いについては、このように堂々と教育勅語を出して教育の場で園児に、あるいは児童生徒に、親に教育の場を通して扱うべきでないというはっきりとした態度を持つべきだと私は思います。まあいつまで行ってもこれは平行線になりそうですけれども、最後に文部大臣、きちっとしたひとつお考えを出してください。
○国務大臣(田中龍夫君) ただいまの日本の現段階、社会というものは、いろいろな価値観というものがふくそういたしておるのでありまして、そういう意味で、社会観におきましても、哲学におきましても各人各様の見解を持っておることもよく御承知のとおりであります。ひとつそういうふうな教育勅語そのものの政治的な意義あるいはまた教育に対するものは、それはすでに法によって失われておりますが、またそういうものが存在したことも事実でありまして、それを文献として他の人が、個人があるいは出版するとかあるいはごらんになるということがありましても、それをどうこうという、私は現在意義がないのではないか。これがもし、文部省が改めて教育勅語なるものを教育の場において教材としてどうこうということがありますれば、それはもうとんでもないことでありますが、そうではない個人が過去の文献を出版、配本したからと申しまして、それに対してどうこうということは、私はそこまで敷衍して考えなくてもいい問題じゃないか、さように考えます。
○本岡昭次君 これはもう時間がありませんから、また別の機会にやらせていただきます。ただ、大臣が文献とおっしゃいましたけれども、私らはやっぱりこれはそういう文献とかいうふうなものではないと、このように思うんです。教育勅語を教えたければ、その学校が私の学校は教育勅語をもって子供を教えますということを、学校の教育方針なり園児の募集なりそういうところにちゃんと書いて、そして親が賛同してああ結構ですということをやるなら、これはまた神道の宗教教育の立場として別の考え方があろうかと思いますが、 〔委員長退席、理事大島友治君着席〕 あなたがおっしゃるように文献としてこれを使っていくということについては、やはりいまの憲法、教育基本法の立場からすれば、これは大変な間違いを犯している。そしてまた、その行為そのものが昔の皇国史観なり、もうすでに日本が断ち切った明治憲法そのものの立場というものに依拠した教育が行われているということにとって、文部省としてはこれは大変な出来事だという認織に立たなければならないと、私はこう思うんですが、その点もまた平行線になりそうですから、一応私の考えだけを最後に申し上げて次に進みます。 次に、教育委員会制度の問題についていろいろひとつ質疑をしてみたいんですが、現在あるこの教育委員会制度は、旧教育委員会法あるいは現在の地教行法というふうにその基礎になる法律は改められておりますけれども、その基本的性格は変わっていないと、 〔理事大島友治君退席、委員長着席〕 教育委員会制度というものの基本的性格は変わっていないと、私はこのように認織しているんですが、間違いありませんか。
○政府委員(三角哲生君) 基本的性格ということで何をお考えになっているかでございますけれども、お言葉を普通に受けとめまして、私も同様な考えであると申し上げます。
○本岡昭次君 その基本的性格ですが、この「教育委員会制度三〇年」という、この「季刊教育法」ですか、「日本の教育委員会制度三〇年」、鈴木勲さん、官房長ですか、この方のずっと教育委員会についてのいろいろな考え方が述べられていて、そこには、「基本的性格は変わっていない」というふうにはっきり書いてあるわけなんです。そして、その教育委員会の基本的性格は、教育行政の地方分権、それから民主化、自主性、この三つであるというふうにおっしゃっておられるわけなんですが、この点についても間違いないですね。
○政府委員(三角哲生君) 地方自治の尊重ということは、現在も現行制度もそれを一つの理念としております。そのほかに教育の政治的中立と教育行政の安定を確保するということ、それから一般行政と教育行政の調和を図るということ、それから国、都道府県、市町村を一体とした教育行政制度を樹立するということ、これは全国的な教育水準の維持、向上ということがその基本にあると思いますが、それらが現在の教育委員会のあり方についての基本的理念でございまして、そうして一般行政との調和を図るわけでございますけれども、それから独立した合議制の委員会によって教育行政を執行するという点で旧制度と変わっておらないと、こういうことだと思っております。
○本岡昭次君 だから、ここにも書いてあるように、教育行政の地方自治、それから教育行政を専管する独立の執行機関としての教育委員会という基本的性格は変わらないで引き継がれていると、こういうことであって、その教育行政を専管する独立の執行機関、つまり独立の執行機関としての中身は当然そこに相対的な自主性というものを包含しておかなければ、これは独立ということの中身にならないし、そしてまた当然自治の中身として行政の民主化というものがその内容とならなければならないと、私はこう考えるわけなんです。したがって、基本的性格は変わらないで引き継がれているというふうに認織しているんですが、その点もお互いに一致することですね。
○政府委員(三角哲生君) 結構でございます。
○本岡昭次君 それから次に、しばしば文部省関係の方々の文書を読ましていただいておりますと、教育委員会の機能の特色はレーマンコントロールにあると、このように書かれてあるわけなんですが、この点も間違いありませんか。
○政府委員(三角哲生君) 教育行政というものが、先ほど来本岡委員からも御指摘がございましたが、私の方からも御説明申し上げましたような理念で現在の教育委員会制度のもとに進められなければならない、こういうわけでございまして、そうしてその教育委員会につきまして、教育委員というものが教育をやはり良織のコントロールのもとに置くということと同時に政治的な中立性を確保するということのために、人格が高潔で、教育に関する織見を有する者のうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命すると、こういうことになっておりますので、これを表現してレーマンコントロールという字を使う例が多いわけでございます。
○本岡昭次君 ちょっと違うように思うんですがね。そのようなむずかしい委員の選出の方法じゃなくて、レーマンコントロールというのはこの文書によると、教育委員会という行政委員会が持つ特色として、教育委員にはあなたがいまおっしゃったさまざまな力を持ったいわば教育の専門家でない立場の人々が委員になって、そして教育が教育専門家の独断専行にならないように、あるいは行政がそれを牛耳っていかないようにという立場でそれを見詰めていくと、一方教育長は教育専門家として教育の立場から専門的にかかわっていくと、この両者がうまくかみ合っていくところに教育委員会制度のうまみがあるんだと、本旨があるんだと、これがすなわちレーマンコントロールなんだと、このように述べられているわけで、そのことの評価は別にして、現在の教育委員会制度がそうした特色を持ち、そのことが教育委員会の持つ独特の機能であると、こう私は考えているんですが、どうですか。
○政府委員(三角哲生君) ただいま申されました必ずしも教育の専門家ばかりでなくて、教育の専門家ではない方々、これらが合議体を構成をしまして、幅の広い視野からの高い良識のコントロールのもとでやっていくと、こういう趣旨で、本岡委員のおっしゃるとおりだと思います。ただ、ちょっと行政が牛耳っていかないというようなお言葉がございましたけれども、教育委員会は教育行政そのものを執行する機関でございますから、行政が牛耳るとか牛耳らないとかいうのはちょっと理解がしにくい御発言でございます。
○本岡昭次君 その行政が牛耳るというのは取り消します。 そこで次へいきますが、レーマンコントロールというふうな理念が、教育委員会法から地教行法に変わっていく経緯の中で、やはり公選制の旧教育委員会法のもとではレーマンコントロールの機能がよりよく発揮しなかったということを言っているわけですね。すなわち、教育委員の中に教育専門家が過半数以上占めていくというふうなこと、それが政治的中立云々にかかわってきた。結局国会の中でも、何か文書を読むと、社会党の側から修正案が出て、現職教員がどんどん立候補して教育委員になれるようにすべきではないかということを言っているが、それも教育委員会制度の本旨というものを十分わきまえないところの議論であったと、だから結局教育委員会というものが本来の機能を発揮できなくなったので、それで地教行法に変えたんだと、こういう趣旨のことがずっとここに「教育行政の民主化」というタイトルのもとに書かれているわけで、それはそれなりに私も素直にずっと読んでいくわけですが、そこで、それではレーマンコントロールというものがよりよく発揮されるようにとしてつくられてきた現在の地教行法下におけるそれでは教育委員会というものが、果たしてそのようになったのかどうか。昭和三十一年からですか、もう二十数年たとうとしているんですが、私はそうなっていない、事実と全く違う状況がそこに起こっていると思うんです。早い話が、都道府県の教育長が本当の意味で教育行政の専門家、教育職、教育の専門家によって占められているかというと、もうそうでなくなっている現状があります。文部省のこの調べていただいた資料、全く簡単な資料で、文部省というのはこの程度のことしかわからないのかと思うんですが、教育長の前歴として私はもっと詳しいものを求めたんですが、文部省が提出してくださった資料では、県教育委員会職員が十五名、県立学校職員が七名、県職員その他二十五名と、こういうことなんです。現在の教育長は、いま言ったように教育委員会職員であった人が十五人、県立学校の職員であった人が七名、県職員その他が二十五名ということであるわけなんですね。果たしてこれがそれではレーマンコントロールという教育委員会の機能の中軸に携わる教育長が真の教育行政の専門家が座っているのかどうかというと、そうではないわけです。これ以上の資料を求めても文部省は答えない。仕方がないから、私は電話で各県に、あなたの教育長は前職は何ですかということをずっと聞いて回った。北海道からずっといって聞けるところだけ聞いたんですが、やはりその中に県職員というのがもう圧倒的に多いわけで、中には農林省、自治省というのがあって、高校長というのがその中に幾人かある。過半数は教育ということについての専門家でない人がそこに教育長になっているということで、これ言ってみればレーマンコントロールの一つの形がもう崩れてしまっている。しかし、だれが崩したのか。教育長は文部省の承認事項にされている。私はこれはおかしいと思うんですけれども、まあそのおかしいということを別にして、教育長を文部大臣が承認事項と、こうなっているものを、なぜこのようなことが起こるのか。レーマンコントロールそのものの基礎を崩し、それが文部大臣が承認するという教育長のところに端的にあらわれるとすれば、これはどう考えたらいいんですか。
○政府委員(三角哲生君) レーマンコントロールということは委員会制度——公安委員会なんていうのもそういう性格と申しますか、があるようにも聞いておりますが、これは合議体としての委員会そのもののあり方でございます。 いま御指摘の問題は、その委員会の事務をつかさどる一つの責任ある立場である教育長の問題でございます。それで、基本的には私どもは教育長というのはやはり教育行政という一つの行政分野を担当するものでございますので、行政的な識見や才能が必要であるということがありますが、やはり教育を扱うわけでございますから教育について造詣を有することが望ましいと、こういうふうに思っておる次第でございます。したがいまして、各都道府県の教育委員会にも、機会がありますればそういう私どもの考えは言っておるわけでございます。 ただ、教育長にどういう人を選任すべきかにつきましては、これは特段法令にも定めがございませんで、その選任につきましては当然この任命権者でありますところのそれぞれの教育委員会の判断にゆだねられているわけでございます。具体的にどのような人を教育長に選任するかにつきましては、それぞれの地方公共団体、教育委員会の事情に応じまして、まあ私どもの考えは言ってあるわけでございますので、そういった点を十分考えて、その上で教員委員会が判断しているものと思われますが、結果的に見ますと、委員御指摘のように、教員経験者というものは若干半分を割るぐらいの状況で最近のところは推移してきておると。これは、実情はそういう実情でございます。
○本岡昭次君 実情は、もうあなたに言われなくてもわかっているわけですから。そのことで、さっき言ったように文部大臣が承認するということになっているんですよ、教育長は。何ですか、教育委員会の判断にすべてゆだねられているんですか。文部大臣が承認されるんでしょう。そのときに、なぜレーマンコントロールがよりよく発揮できるようにその問題についての指導をなさらないんですか。
○政府委員(三角哲生君) 先ほども申し上げましたように、行政的な識見や才能のみならず、教育について造詣を有することが望ましいので、したがいまして、教育の畑での経験なり実績なりがある方が教育長になるということが一つの望ましい姿である。こういうことは全国の教育委員長会議等でいつも申しておりますのでございます。 また、委員御指摘のように文部大臣の承認という手順の場合にも、そういう原則的な方針はお話をするというようなこともございますけれども、具体の人選は、これはやはり先ほど御説明申し上げましたように、任命権者である教育委員会の判断、まさにそのレーマンコントロールでやっていただいております教育委員会の判断にゆだねられておりますので、文部省は基本的には申し上げますけれども、個々の具体の人事は、これはやはり一つの地方自治に基づいて出てまいりますことでございますから、文部大臣の権限でこれを直接左右するということはできないし、いたしておらないのでございます。
○本岡昭次君 あなたはいま基本的なことをおっしゃったわけで、まさに地方自治の立場に立って、これは教育長というのは地方公務員なんですから、教育委員会の判断でこれは任命をするということですね。それではなぜそこに文部省の承認というようなものがその上にくっついてくるんですか。地方公務員をなぜ文部省が承認あるいは不承認と。不承認という場合があるから承認ということがあるんだと思うんですが、一体それはどういうことなんですか。そしてまた、望ましくないという者をわかりながら承認していくということは一体どういうことなんですか。
○政府委員(三角哲生君) 私は、個々の人選について、これが望ましいとか望ましくないとかいうことは申し上げておらないのでございます。一つのあり方として、教育に造詣の深い方が教育長になるということは、これは望ましいことである、こういうふうに申し上げたつもりでございます。 それから承認の制度は、これは法律上決められておるわけでございまして、その趣旨は、やはり日本という国の教育、特に初等中等教育の面におきまして、全体的な内容、水準につきまして、これが地域地域によって非常なアンバランスが生じるということがございませんように、国、都道府県、市町村が一体となって、できるだけ、これはそれぞれ権限は独立しておりますけれども、実質的には一丸となった教育行政を執行していこうと、こういう制度になっておりますから法律上のそのような規定が設けられたのであるというふうに理解しておるのでございます。
○本岡昭次君 望ましくないという状況をはっきりと承知しておりながら承認していくと。あなたは、個々のケースではない、全体と言いましたけれども、文部省は、いま言ったように国、都道府県一体となって日本の国の教育をよくするためにかかわらなければならないから承認ということがあるのだということの中に、私はレーマンコントロールの問題、教育長が真にやっぱり教育の専門家である、このことは教育委員会制度のずっと戦後発足した当時からの基本的理念、考え方を引き継いできた。もちろん法律の中にはそうしたことは削除されておりますけれども、その考え方は引き継がれている。しかし、そのことを全くあいまいにし、レーマンコントロールそのものの機能を喪失させていったのは、これは文部省だと結局言わざるを得ないわけですよ。承認ということがなければ、それは各県の地方自治の中で行われていることで、文部省が指導、助言という範囲よりそれを超えることはできないからと言うことができますけれども、これはやっぱり文部省の責任事項ですよ。逆に言えば、この承認ということがそもそもいまの法律体系の中で地方公務員を、そして教育委員会が承認するものをまたかぶせて文部省が承認するということ、それ自体が間違っているんだ、できないことをやっているんだということの私は立証だと思うんですよ、この事実は。 だから、この承認問題については、またひとつ具体的に時を改めて私は論議をさしていただきたいと思います。 なお、教育長の前歴別の資料ですけれども、このようないいかげんなものじゃなくて、もっときちっとした資料があるはずです。それをぜひ提出していただきたい。私が一々各県にこれを問い合わせて調べてでもわかるんですから、わかるものをなぜ文部省が調べて私に資料をくれないんですか、それほど見せて都合の悪いものなのかということになるわけですよ。だから資料要求を最後にして次に進みたいんですが、どうですか。
○政府委員(三角哲生君) 資料の点でございますが、資料要求は、こういう資料ということでお申し出がございました場合に、それに応じてどういう資料をお出ししたらということを考えてそして御協力申し上げるということでございますので、本件につきましてどのような具体的な御要求のされ方であったかということ、私心得ておりませんので、必要の度合いに応じてお出ししたんだと思いますが、事柄によりますと、まあ前歴と申しましても余り詳しい前歴をお出しするような場合には、これは一々御本人にお断りをしてからお出ししなければならないという場合もあり得ますし、私どもは業務上承知しております資料につきましてどの範囲で御提供できるかはそれぞれの事柄にもよると思うのでございます。ただ、直前の履歴のようなことでございますれば、委員おっしゃるように、別に私どももそれを秘密にしたりなんかということは必要のないことであろうと思いますが、ですから、御要求の姿と、それから時間的な状況とか、そういったことでお出しした場合にいろいろ御不満がある場合もあろうかと存じますが、検討さしていただきます。
○本岡昭次君 とにかく、私も初めてですけれども、いろんな各省に資料要求しますけれども、文部大臣、文部省が一番不親切ですわ、私は新米で一番よくわかる。二度、三度四度とやっていかぬと一番ほしいものを出してこない。私はきちっと初めから言ったんですよ、細かく分けて。出てきたのがいま言ったように、あなた、三つに分けた概数、さらにもう一遍突っ込んだんですけれども言ってくれない。私は腹立って自分で電話をずっとかけてやったんですよ、そうしたら言ってくれますよ。なぜそれほど個人の秘密にかかわることですか。私はそういう文部省の対応の仕方がおかしいと思うんですよ。こんなこと言ったって仕方がないから次にいきますが、文部大臣、本当に何とかしてくださいよ、文部省の態度悪いですよ、職員のいまの。 それから次に、そう言いながら結局教育委員会月報には「統計から見た市町村教育委員会の歩み」ということで事細かくここにはその教育委員が男女別でどうの、年齢別でどうの、教育委員の学歴がどうのということ、それから報酬が幾らかということがきちんと出ているんですよ、統計資料として。私ここに出ておるから要求したんです。そうしたらないと言うんですよ、あっても出さないと言うんです。 そこで文部大臣、さっきの議論をじっと聞いていただいておったと思うんですが、後で一遍お考え聞きますが、県だけでなくて、市町の教育委員会の言ってみれば機能も、先ほどから私が執拗に言っているレーマンコントロールという、そういう教育委員会の特色というのか、機能からすればいま大変な事態になっているんです。市町村教育委員会で前歴に教育職関係者、教育委員の中に前歴が教職関係である者が、昭和五十三年で六一%も占めているんですよ、前籍教職であった者が、経験者が。だからそうでない者はもう四〇%しかいない。そこにいわゆる素人という言葉は不適切かもしれませんが、簡便にそれを言うために使わせてもらいますが、いわゆる素人の方々が集まってという意味からすれば、全く違った状況がいま起こっている。そして、それでは教育長の比率も言うと、やっぱりこれも六〇%しか教育の経験者というものはいない。やっぱりそれも六〇%どまりだということ、それからさらに女性の委員というのがこれまた大変で、都道府県でも二十名ぐらいしかいないんですね。 なぜ都道府県の中に、五名の教育委員会の中に一人の女性が入るというようなことが——任命制でしょう。選挙であれば、それは当然女性が出なかった、あるいは女性が落選したということで済むけれども、任命制であればなぜ知事がその五人のうちに一人女性を入れるということをやらないかということが私はひとつ不思議でたまらないのです。 それが今度は市町村に入ってきますと、女性の教育委員というのはわずか三・八%しかいないんです。教育委員会が二千七百六十九あって、その中で一地教委一女性としても、五百六名しかいませんから、地教委の数で単純に割っても一八%ということになるわけで、これも十地教委があれば二つの地教委にしか女性はいない、あとは全然いないという、女性というものが一人も教育委員会の中にいないという現状がここに生まれている。これは任命制で生まれておるんですよ。おわかりですか、この問題は。 だから、私はこれは教育委員会の機能なんてもうほとんど発揮されていないという状況、さらに高齢化が非常に著しくて、都道府県の教育委員になってくると、六十五歳以上が四一・五%もおられるということ、非常に高齢化になっている。それで、市町でもそういう傾向が非常に強くなって、六十歳以上が四八・六%と約半分がもう六十歳以上のというふうな問題、だから教育委員会がいま都道府県、市町引っくるめて言うと、全体に非常に高齢化、そして女性が徹底的に少ない、そしてレーマンコントロールという、教育委員と教育長というこの二つのかみ合わせの特色というものがもうなくなってしまって、薄れてしまっている、そして全体として非常に形骸化してしまって、教育委員というのはあってもなくてもいいという存在にいまなっているんです。そのことがやはりいまの教育の荒廃の問題に非常に深くかかわっているというふうに私は見ているわけなんです。 だから、鈴木総理が臨時国会で衆議院の長谷川議員の質問に対して、教育委員会は「よく機能を発揮している」と、こう答弁をされておりますが、私はこれは事実と違う、事実はこのように教育委員の構成をずっと見ただけでも、地教行法発足後この二十数年間事態は一向によくなっていない、さらにだんだん悪くなっている、女性が減っていく傾向にあるんですからね。まず、その事実をひとつ認識をしていただきたい、こう思うんです。文部大臣、ひとついまずっと私の申し上げました事実の中からどうお考えですか。
○国務大臣(田中龍夫君) 教育委員会制度と申しますものは、先生御案内のとおりに、終戦の後に占領行政としてとられました新教育制度あるいはまたいろんな委員会制度、そういうふうなものが——最初は御承知のとおりに教育委員会というものは地方自治体でありまして、知事に対して特別財源を要求し、それに対しては知事は無査定で出さなければならぬとか、あるいはこれが自治体としての機能を発揮しなきゃならぬといったようなこと、それが紆余曲折を経まして、そして今日のような予算権でありますとか、あるいは委員会の制度になったわけであります。そういう三十年の戦後のいろんな経緯を踏まえまして現行の制度に落ちついてまいっておるということは御承知のとおりでありますが、しかし運営その他の面に当たりましても、これまた同様に何度か改善されてまいったのであります。先生が御指摘のようなレーマンコントロールという一つの問題につきましても、県と市町村と国というものが本当に一体になったりっぱな教育制度をつくろうといういろいろな努力の試みの結果であろうと思いますが、御指摘のようなこの制度というものの運営あるいは経過におきましては、申されましたような幾多の問題があると思います。これにつきましては、本当にそのこと自体が今日の教育の荒廃を招いておるとも直接には言えませんけれども、運営面におきましては、活発な機動的な運営に事欠くような部面がもしあるとすれば、これは十分にひとつ考えなきゃならぬ、かような次第でございます。何におきましても非常に重要な国政の一つの枢機でございますから、いろいろと相ともにひとつ御相談し、御協力をいただきたい、かように考えます。
○本岡昭次君 教育委員会制度にすべての今日の教育の諸問題の責任があると私も言っていませんが、少なくとも戦後の教育行政の特徴というのは教育委員会制度にあるのであって、これをどのようにより充実させ、その理念の実現に向かって関係者が取り組んでいくかということ、これは非常に重要なことだと思うんです。だから、文部大臣がいまそこに座っておられるからといって、あなたの直接の責任ではないわけですが、やはり地教行法ができて、これで教育委員会制度に新しい息吹を吹き込むんだと、こうやって二十数年たった今日、いまのような形態が依然としてあるということ、やはりこれは文部省の教育行政に対する一つの怠慢の具体的なあらわれであろうと私はこう思うわけなんです。だから、いま文部大臣もおっしゃったように、その問題についてみんな関係者がよく考えてということは私もそのとおりだと思うので、これからこの教育委員会の問題について積極的にひとつかかわらしていただきたい、このように思うんです。 そこで、別な角度からこの教育委員の選出方法等について二、三お伺いしていきたいんですが、先ほど教育委員会法の——あるいは地教行法と、こう変わっていった中でも、やはり教育委員会制度の持っている理念というものは変わらないんだという確認をいたしました。そして、旧教育委員会法の第一条のところにあった「公正な民意により、地方の実情に即した教育行政を行う」というこの言葉も地教行法の中にはありませんけれども、その法律が変わるところの論議の中で、当然そうしたものの考え方は引き継いでいくんだということが質疑の中の答弁として政府の側からあるわけで、言ってみれば、先ほど答弁があったように、教育の地方自治という問題であろうと思うんですが、そのことで教育委員の選出方法ですが、やはり現在行われている任命制というのは間接民主主議、いわばそれも公正な民意により地方に即した教育行政をやっていくための一つの方法として、民主主議にのっとっていけば、間接民主主義という方法を、そこで任命制という手法をもってとっている。 それから、もう一方、旧教育委員会法というのは、これは公選制であったと。これは直接民主主義という方式によってこれは委員を選び出し、そして公正な民意により云々というものの教育行政をやろうとしたと、ぼくはこう受けとめているんですが。 そこで、東京都の中野区のあの教育委員選出の方法であるわけなんですが、あの教育委員選びの方法は直接民主主義の範疇に入るんですか、間接民主主義の範疇に入るんですか、いかがですか。
○政府委員(三角哲生君) 中野区で準公選と称してやられた方式でございますが、これは……
○本岡昭次君 いや、私は準公選と言ってないんだ、そんな。
○政府委員(三角哲生君) いや、ですから世上そう言われております。これは見方でございますけれども、郵便投票という形で一種の、何と申しますか、住民の意向というものをくみ取るという方式というふうにも考えられますから、若干いま委員御指摘の直接民主主義的な方式を取り込んで考えたというふうにも言えるだろうと思います。
○本岡昭次君 私は間接民主主義の方法だろうというふうに認識しているんですが、いかがですか。
○政府委員(三角哲生君) 現在のいわゆる地教行法の定めは委員御指摘のとおり間接民主主義の方式でございます。それから従前の旧法に基づく方式は選挙で選ぶわけでございますから、おっしゃいますように直接民主主義の方法でございます。従前の過去の公選制の経験の上に立ちまして現在の制度がつくられておるというふうに言えると思います。その経験はいろいろでございますけれども、一番問題なのはやはり公選制というものによりまして教育委員会の運営の中に政治的な確執が持ち込まれるというような弊害が生じたその経験でございます。この経験に対する反省に基づきまして現在の制度ができておりまして、これは申すまでもなく、それぞれの地方公共団体の長が、当該地方公共団体の議会の同意を得て任命するということでございますから、任命制ではございますが、議会の同意を得るという意味で間接民主主義の方式をとりまして、その方式で民意をくみ取るという形にしておるわけでございます。 中野区のやりましたことは、いろいろの経過を経て一定の期間に郵便で投票して、その結果を参考にすると、こういうことで、そういう手順を踏んだ上で区長が議会の同意を得て任命する、こういう形ですから、後段に力点を置いて考えれば、本岡委員おっしゃいますように間接民主主義ということでございますけれども、郵便投票ということを一つの必要な前提条件にしたわけでございます。これは現行法ではそういうことではなくて、区長——何と申しますか、地方公共団体の長がみずからの責任で委員を選びまして、議会に対してこれを問うということでございますが、その制度に対しまして、区の議会という何ら権限、責任のないところが、現行法の定めを制約するそういう条例を議決したということでございますから、これは現行法に対しては違法の条例を権限も責任もないところが勝手に決めたというふうにも申せる、そういう展開になっておるわけでございます。
○本岡昭次君 私はそういう見解を尋ねてないんですよね。中野区の教育委員選び——私は教育委員選びと、こう言っているんです——は、やはり地教行法下における一つの教育委員選任の方法、それはいま言ったように間接民主主義の方法をとっている。だから間接民主主義といってもいろんなその中に方法があるだろうと、こう思うわけで、だから自治体の長が任命するに当たってどのように公正な民意というものをみずからも反映させるのかという任命行為。もちろん公正な民意というのは議会がそれを持っておって、そして議会がその同意をする云々だということになるならば、さっきあなたがおっしゃった区の議会は何の権限もないものという言葉はこれは言い過ぎであろうと。区は明らかにあれでしょう、その同意権があるということは教育委員というものの任命に当たってその政治的中立の問題はいかがであろうかとか、あるいはまた私は先ほどから執拗に言っているレーマンコントロールというふうな立場から見たときに、一体教育委員会の機能がうまく発揮されているのかどうかというふうなことをいろいろしんしゃくして検討して同意を与えていくわけでしょう。だから、そこにあなたが言うように間接民主主義というもののくぐり戸みたいなものがあるんだとすれば、任命権者が——自治体の長みずからが任命するに当たって一体どういう人をというときの参考事項に、どういう方法をとるにせよ、それは間接民主主義という一つの範疇であり、いまの地教行法そのものの教育委員の選出というものを、より民意にかなった方法で、地方自治あるいは教育行政の民主化あるいは自主性、そういうふうな教育委員会制度が基本的に持っている理念をよりよく充足させるということの中で行われていることだというふうに私は考えております。だから、私は準公選制という言葉はいまも使ってないし、そういう意味で文部省が目に角を立ててさっきあなたは私が質問もしてないことまでどんどんどんどん先回りをして何か一本くぎを刺すような話をなさいましたけれども、そういうことじゃないという、ひとつあなたの認識の一致をさせたいと思って私は議論しておるんですが、いかがでしょう。
○政府委員(三角哲生君) おっしゃいますように、区議会というものが同意権というのはこれはあるわけでございます。同意権というのはあります。 ただ、委員候補者を決める、これは地方公共団体の長の責任と権限でやることでございます。そのことは現行法の定めからそうなっておるわけでございますが、そういう地方公共団体の長の責任と権限に対して、これに対して法的な制約を加えるような条例をつくるという点で議会が長の持っておる権限に踏み込んでしまったわけでございます。そういう意味で、議会がその条例を決めたと、そしてその条例の内容が法律に違反しておると、こういうことでございまして、それは立法論として議論をいたしますれば本岡委員のおっしゃいますようないろいろな耳に心地よく聞こえる議論もあり得ると思いますけれども、これは現在やはり国会で決められた法律の内容に対して違法な条例を権限のない地方公共団体の議会がつくったということは民主主義のルールから言いましてはなはだ問題でございまして、極言いたしますれば国会でのいろいろな御活動もひいては意味のないものになってしまうというような事柄につながってくることだと思っておりまして、でございますから、私どもはそういうことを言い続けてまいっておるわけでございます。
○本岡昭次君 いや、別に国会活動に支障を来すということじゃ私はないと思うんですがね。いま私の認識というのは、間接民主主義で地教行法の中においてよりよい教育委員会をつくっていくためにはどうしたらいいかというある一つ地方自治体の試みであると、私はこういうふうに見ている。 一方、私が先ほどから長くその時間をかけていまの現在の教育委員会はどうなっているかと、県の教育委員会、市町村の教育委員会、あなたがそれほどそこでいばれるほどの中身じゃないじゃないでしょう。形骸化してしまっているじゃないですか。任命制の教育委員会がなぜ文字どおりそのレーマンコントロールを発揮するような体制にならないのか、なぜもっと女性がそこに入って、それこそ女性の立場からの教育の問題ができないのかと、教育専門家というものが教育長になってという、そうしたこともほとんどそこに発揮されていないわけでしょう。そこらをきちっとやって、そして中野区のことを責めるんなら責めなさい。やることもやらないで、一つの地方自治体が地教行法の中でどうすればいい教育委員会がつくれるかということを住民と一緒になって地方自治の精神にのっとってやったら、それをにべもなくいまのような法律論でもって打って返すというのは、私はよく言われる血も涙もない、それこそ冷たい文部官僚の行政であろう、こういうふうに思うんです、この問題は。だから、私は公選とか、任命制とかというのは、教育委員のこれはもう選任方法であって、どちらから言っても、極論すれば、よい教育委員会がそこに生まれて、そしてよい教育行政が民主、そして自主という、こうしたものがそこに機能すればいいわけです。あなた方は任命制のいまの地教行法の中でそういったものが機能するように努力をすべきでしょう。それをやっていない。そこでやっていないから中野区のような形で何とかしなければならないという一つの住民の側からの運動が起こったんでしょう。あれは議会が出したものじゃないでしょう。議会が発議したものじゃないでしょう。住民がいまの教育委員会制度のあり方に対して疑問を感じて、そしてああいう運動が起こったんでしょう。文部省がきちっとやっておればああいうことはなかったということを逆に言える。 そこで、これも鈴木さんの文章の中にあるのですが、要するに、「現実に制度が運用される過程で必ず理念と現実との背反、不整合が起り、制度の改革、修正が行われる。この場合、現実の中に改革の契機があるのであって、理念もそれにつれて変化する。」、このようにこの文章にも言っておられるわけです。だから教育委員会法が地教行法に変わらなければならなかったというそこの中には、やはりそういう現実があって、それが契機になってこう変わっていった。そしていま二十数年たって、そうした教育委員会制度の基本的な性格なり、機能なり、レーマンコントロールという理念なり、そういうようなものがよりよく発揮されていないという現状は私が先ほど明らかにしたとおりでして、だからこそ教育委員会制度のあり方については、いま三角局長の言われたような冷たい突き放したような、現実と全然違う時点に立って法律だけの解釈で物事を見ようとしてはならないということを私はここで強く言いたいわけです。 もう時間がありませんので、昼からの行事に私は協力するためにこれで終わりますが、あと六分あるんですけれども、ひとつ文部大臣に、私が長らく時間をかけて現状を言い、そして教育委員会制度というものをしっかりさせなければいかぬという立場に立って私が述べていることについて文部大臣としてなるほどと思われる、私も思えるようなひとつお考えを提示してください。それで終わりたい。——いや文部大臣に言っているんですよ。あなたの話ちょっとわからへん。
○政府委員(三角哲生君) 一言。
○本岡昭次君 文部大臣の後で言ってくださいよ。
○政府委員(三角哲生君) 本岡委員御指摘のように、よい教育委員会がよい運営でよい行政をやらなければならない、これは全く同感でございます。 それから女性の数が少ないということも現実ではございますけれども、私どもも意識してまいりたいと思います。ただ、教育委員会は教育長が一人でこれは取り仕切るわけではございませんで、当然また充実した事務局というものを持って、その事務局を教育長が切り盛りして運営すると、そういう仕組みになっておることも付言させていただきたいと存じます。 それから、非常に冷たいという云々と仰せられましたけれども、私が申し上げました趣旨は、委員御指摘のような問題は国会でやっていただくべきことでございまして、国会でやらなければならないことを一地方議会がやったということに根本的に基本的に間違っているという点がございますので、これははっきり申し上げておきませんと、国民の理解を誤らしめることになる、こういう立場で私は御説明を申し上げた次第でございます。
○国務大臣(田中龍夫君) いろいろと御研究になっておられる基本的な問題のお話を承りました。私も御案内のとおり、戦後教育委員会ができ始めた占領直後の教育委員会に県知事として携わってまいりました。この教育委員会の問題は、現場ではなかなか重大な問題でありまして、大変な議論や経過をたどったものでございますが、それがだんだんと紆余曲折を経まして今日の姿になっておりますことも御承知のとおりであります。 なおその間には、実際の体験に徴してと申しますか、この最も重大な教育の運営に当たりまして、それをいかなるシステムでいかなる姿がいいかということについては、長い議論のあったところでございますが、なお人のつくった制度でございます、いろいろ制度には欠陥もあれば長所も短所もございましょう。同時にまた経験というものをいろいろと、そこには理論だけではなく、実践の面においても幾多の経過があったことと思うんでありますが、この点は今日の現行制度、さらにまたよりよき教育行政を行う受けざらとしてのあり方、こういうレーマンコントロールという一つの立論をお立てになりまして、その一つの帰結として御高見をいただきましたことは、本当に私はありがたく存じておりますが、これはさらに先ほども申し上げたように、みんなで一緒に研究もし、よりよき制度をつくってまいらなくちゃならない、かように考えております。
○委員長(降矢敬義君) 本件に対する午前の質疑はこの程度とし、午後一時まで休憩いたします。 午後零時三分休憩 —————・————— 午後一時二分開会
○委員長(降矢敬義君) ただいまから文教委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き、教育、文化及び学術に関する調査中、文教行政の基本施策に関する件及び昭和五十六年度文部省関係予算に関する件を議題とし、質疑を行います。質疑のある方は順次御発言願います。
○田沢智治君 私は、九十分というお時間の中で、当面する文教政策諸問題の基本姿勢と、それから最近、校内暴力事件が国民的関心事でございますので、校内暴力事件の実態と今後の防止対策について、三項目といたしましては、現行教科書検定制度の基本姿勢を問うという大きなタイトル三つについて御質問をさせていただきたいと思います。 文部大臣が席を外しておるという関係で、順序を変えまして、まず教科書問題につきまして、私の所見を関係局長にお聞き申し上げたいと思うのでございます。 その第一につきましては、現行教科書検定制度は、昭和二十四年度用教科書から、学校教育法第二十一条をもとに、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び看護学校で、文部大臣の検定を経た教科書を使用する義務があるとなっていますが、初等中等局長、そのとおりでございますか。御返答いただきたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) そのとおりでございます。 看護学校でなくて養護学校だと思います。
○田沢智治君 はい。第二に、文部大臣が教科書を検定するまでの検定手続及び方法を簡単にお教えいただきたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 検定の概要について申し上げますと、文部大臣は、検定申請のあった図書につきまして、これを教科書調査官の調査に付しますとともに、教科用図書検定調査審議会に諮問をいたします。この申請の時期は毎年四、五月とそれから九月という二段構えになっております。それから次に、審議会は諮問を受けました原稿本を一点当たりそれぞれ三人の調査員の調査に付します。教科書調査官とこの調査員との調査結果を資料といたしまして、教科書として適切か否かを審査いたします。これは原稿本審査ということでございまして、いわゆる白表紙の本で審査をするわけでございます。全体としてこれについて合格と認められました場合におきましても、不適切と認められる個所について個々に意見をつけて修正を求める。そうして次の段階に入るわけでございます。いまの原稿本審査合格の通知を受けました申請者は、検定で付された意見に従って修正を加えた図書を提出いたします。で、文部大臣はそれが適切な修正となっているかどうかを審査いたします。これは内閲本の審査というふうに申しております。で、この内閲本審査合格の通知を受けました申請者は、これを完成本としての体裁を整えた図書、これを見本本と言うておりますが、この見本本という形で提出をいたしまして、文部大臣は、最終的にこれを審査した上で検定合格を決定すると、こういうことでございまして、この決定は申請のあった年度中に行うことをたてまえといたしてございます。 以上でございます。
○田沢智治君 それでは、小・中・高等学校の教科書を改訂する時期は何年ごとに行っているのでございますか。
○政府委員(三角哲生君) 教科書の改訂をして、これに対する検定をするというのは三年ごとにいたしてございます。
○田沢智治君 なぜ三年ごとに改訂を行うんですか。
○政府委員(三角哲生君) やはり小学校は六年間の課程でございますし、それから中学校は三年間の課程でございますので、検定を行いますと、教科書の採択をもう一回やり直さなければならないということが生じてまいります。そういうこともございまして、やはり小学校の修業年限、中学校の修業年限等から見ましても、一遍決めた教科書は少なくとも三年ぐらい同一の教科で同一の教科書を使うということがいろいろな意味で便利であるというようなこともございますのと、それから検定を経ました後で、いろいろな意味のデータでございますとか、あるいは事実関係に変化が生じたとかいう場合には、これを正誤訂正という形で途中の年次では会社が自発的にその訂正をして文部大臣にその承認を求めてくるという、そういう手続も設けられておりますので、三年ということにいたしてございます。
○田沢智治君 ということは、六年間同じ教科書を使うと資料も古くなるし、中学においても、激動する社会情勢の中から見ますと、やはりその社会情勢の変化に対応して現状に即する本を教科書として使わさせるというような効果も私はあるのではないかと思うのでございますが、そういう含みもあるという認識でよろしゅうございますか。
○政府委員(三角哲生君) 正誤訂正の道を開いておるというのは、いま田沢委員御指摘のような趣旨でございます。
○田沢智治君 私は、ここで問題にしたいことは、昭和五十六年度使用する予定の中学校の社会科教科書の中で、特に社会保障の問題と年金支給額等の統計表が古いものと新しいものを同じ発行所が使っているわけです。いま局長が言うように、三年ごとに改定するのは、生きている現実の日本の世の中を正確にとらえ、正しく青少年にその実態を認識させ教育するということの必要性を感じてそういうような改定があるとするならば、たとえば学校図書で「社会保障の充実」という事項の中における社会保障、そして年金支給額の統計表が一九七〇年のものを使っているんです。それから日本書籍で使っているものは「人間らしい生活をいとなむための制度」として一九七五年の資料を出しているわけです。清水書院においては、「私たちの生活と経済」という中で出している統計が一九七八年、この資料を見ますとスウェーデンとか西ドイツとかアメリカとかイギリスとかフランスに比して社会保障と年金は日本は世界一低いというような実態を表にして明記しております。しかし、一九八〇年の日本の社会保障及び年金支給額の実態は、月十三万六千円と日本の厚生年金では位置づけております。一九八一年、今度の予算審議の中では十四万四千五百二十五円月平均、これは世界一なんです。世界一の実態が世界最低の実態という次元の中で統計表が位置づけられているという現実に対しまして、一体局長さんはどう認識されますか。
○政府委員(三角哲生君) いろいろな分野——いまの田沢委員の御指摘のは社会保障関係の事柄でございますが、教科書の上でそのデータを持ってきて示しておる事柄はいろいろあるわけでございます。それで、基本的には、やはりおっしゃいますように一番最新のデータを使ってもらいたいというのが私どもの方針でございます。ただ、たとえば社会保障の関係でも、いろいろ総理府統計局関係の年鑑でございますとか、あるいは日本国勢図会でございますとか、社会保障統計年報でございますとか、あるいは厚生白書あるいは経企庁の国際経済要覧とか、その他いろいろございますが、会社、教科書によっていろんなところからデータを持ってきておるというふうなことが一方において事実としてございます。それから国際比較などを試みようといたします場合には、ILO等の国際機関でしつらえたデータを持ってくるというようなことがございます。そういうデータのとり方によりまして、必ずしもすぐ、当年度は無理でございましても前年度ぐらいの資料が載せられておらないということがあるのも事実でございます。ただ、教科書によりましてはその辺非常に注意をいたしまして、年々取りかえて一番新しいのを持ってきておるというのも中にはございます。 しかし、いずれにしましても、日本の社会保障の分野の施策のようなものは最近急速に充実改善された部面でございますので、これは、たとえば国際比較のようなデータで数年前のしかないような場合も、これとあわせて日本独自で持っておるような日本だけのデータも添えて表示するというような方法もあろうかと思いまして、やはり私は最初申し上げましたような方針で教科書会社が対応してくれることを期待したいと思っております。
○田沢智治君 この実態から見ますと、世界一が世界最低というこの資料に対して児童は一体どう感ずるか、私はこれが一番問題だと思うんですね。ですから、世界一なものが一番よくないというこの資料に対して、訂正方を私は当然文部省としては発行会社に申し込むことが妥当だろうと思うんですが、そういう御意思はございますでしょうか。
○政府委員(三角哲生君) 明らかに誤りないしは不適切な事柄がわかりました場合には、私ども教科書会社に対して、参考としてそういうわかった事柄について連絡をして検討を求めるということはできると存じます。
○田沢智治君 それを私は期待するんです。 また、同じ教科書の発行会社、日本書籍、大阪書籍などの防衛費の資料の記載の取り扱いについては、片っ方は古い資料、片っ方においては一九七九年の新しい資料をもとに、ソ連を除き日本は世界一防衛費が高くなりつつあるというような図表を書いておるという事実に対して御認識を局長はされておりますか。
○政府委員(三角哲生君) ある教科書が防衛費の関係の図表をつくりまして、これを年々の経費の伸び率をグラフに直して表示しておるというものがあることは承知しております。ただ、あわせて金額についても表示はしておるというふうに理解しております。
○田沢智治君 私はこの現実を見ると、何かこう意図的なものがはっきりと位置づけられている、果たして日本の教科書というものがそういうものでいいのだろうかと、教育を愛し、日本を愛し——私は平和主義者です、戦争はきらいです、戦争に対しては反対、これは宗教者としても教育者としても政治家としても、私ははっきりした信念を持っております。しかし、こういうような現実をこう見てみますと、日本は社会保障が低くて軍事費が高くなり、軍事大国へ向かって日本は進んでいるんだというような印象を、偏った資料をもとに教育しようとする、これが偏向教育であるかどうかはこれはいろいろ議論があると思いますが、私は偏向教育の実態がこういう次元の中で確認せざるを得ない。果たして日本はこれでいいのだろうかというような実感を持って思っておるんですが、局長さんはこういう表の対比、意図的なものがあるかないか、わかるかわからないかと言いますけれども、こういう現実に対してどういうような認識を持たれますか。
○政府委員(三角哲生君) 基本的には、冒頭手続の際に御説明申し上げましたように、私ども民間の作成しました教科書を検定をする立場でございますので、その結果としていまあります教科書について、個々の教科書の内容について、あるいはこれについて批判をし、あるいはこれについて逆に擁護するというような意味合いでの発言は本来いたすべきでないという立場にあろうかと存じますが、御質問でございますので若干申し上げさしていただきますと、私どもはやはりさっきも申し上げましたように、教科書における統計資料の選択に当たりましては、御発言のように、生徒に事実の公正な理解を得させるために取り上げていく必要がある。したがいまして、できればいろんな角度からの統計資料を掲げるなどしましてバランスのとれたものにするように配慮すべきでございます。検定においてもこの点にできるだけ留意しているところであるのでございます。 したがって防衛費についても、これは伸び率の国際比較を出すということになりますと、これまた先ほどの社会保障費ではございませんけれども、日本はほとんどゼロから出発しておりますので伸び率の斜線の角度が非常に急角度になるということでございますけれども、そういうような表を、一方どうしても掲げるのであればやはり実額の対比もしなければいけない、そういうような立場で検定をしなければいけないと思っておりますが、より適切なグラフなり資料なりの提示の仕方については教科書会社にでも十分慎重に検討してもらいたいものだと思っております。
○田沢智治君 ただいまの局長さんのお答えを聞きまして私大変心強いものがあります。そのとおりやっていただければ公正な教科書が私はできると確信するんです。局長さん、しり込みしないではっきりと日本のために私は命をささげて全うしてほしいと思うんですね。私たちは、やはり国をどうするかということは、平和で豊かで、しかもみんなが仲よくし、われを批判する者を生かすという活力ある日本というものを私はつくらなきゃだめだと思うんです。ですから批判する者を抹殺するような世の中は私はいいとは思っておりませんし、だからといって極端な意図的なものを教科書の中に入れるということは私は許されない、そういうことはぴしゃっと是正していくという、ひとつ文部省としての大役を担う局長でございますので、われわれは命がけで支持しますので、そういう点をぴしっとやってほしいということをまず要望いたしたいと存じます。 次に、私は文部大臣が教科書を検定認可するための検定基準の基本条件というものがあると聞いておりますが、どういう条件があるかお聞かせいただきたいのでございます。
○政府委員(三角哲生君) 教科書検定の基本条件と申しますのは、これは各教科に共通して教科書として備えるべき基本的な条件でございます。で、その基本条件として示しておりますことは、まず第一に「教育の目的との一致」ということでございまして、これは「教育基本法に定める教育の目的、方針などに一致していること。また、学校教育法に定めるその学校の目的及び教育の目標に一致していること。」それから第二が「教科の目標との一致」でございます。これは「学習指導要領に示すその教科の目標に一致していること。」ということでございます。それから第三が「取扱い方の公正」ということでございまして、これは「政治や宗教について、その取扱い方が公正であること。特定の政党や宗派又はその主義や信条に偏ったり、それらを非難したりしていないこと。」ということを示しておるのでございます。
○田沢智治君 全くそのとおり、この検定基準というものの告示につきまして私は資料を持っておるのでございますが、局長さんの言うとおりでございますが、そこでその基本条件の三つのうちの一つ「政治や宗教について、その取扱い方が公正であること。特定の政党や宗派又はその主義や信条に偏ったり、それらを非難したりしていないこと。」という条項があるにもかかわらず、このとおり私は一つ一つ勉強してました。そうするとこれだけ出てきている、特に私はこの中でやはり問題があるなというのは党派性の強調が非常にあるわけです。その中に大阪書籍が六十六ページの中で、「第一癖即日本の政治のしくみとはたらき」というところの事項に書いてあることを見ますと、「日本国憲法のもとではじめて、議会制民主主義が認められました。しかし、政権を担当している政党は四分の一世紀もの長いあいだ交代したことがありません。そのため、政権をになうことへの責任感や意欲がうすれ、国会も、国民不在の政争の場になっているきらいがあります。」と、こう書いてあるんですね。 私たちは憲法第四十三条、衆参「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」、また六十七条では、「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」というので、何も自民党の国会議員が総理大臣にならなくたっていいというふうになっているわけです。しかし、こういうような現実を見ると四分の一世紀自民党が長い間政権をとっちゃって国民不在の政争の場になっている。与野党とも国民不在の政争の場でこうやって議論をしているんですか、私はしていないと思うんですよね。やっぱりいまの日本どこが悪くて、どうしたらいいかって真剣にみんな寝ずに夜の夜中まで勉強し、ひとつ文教委員会でこういう点をこうすればあすの日本の青少年にとってこうプラスになるんじゃないだろうかと思って一生懸命努力している、こういう実態に対し党派性の強いような記述があるという、こういう現実を私は見たときに、この本は何の目的で一体つくられたのかな、検定という制度が運用の面において一体どうなっているのかなということを強く感ずるんです。 それからまた、必要条件の社会科の四項目の中には、「全体の扱いは調和がとれており、特定の事項を特別に強調し過ぎているところはないこと。」を明記しておるのでございますけれども、そうじゃないんですね。昨日私個人タクシーに乗った、運転手さんが、「あなたは国会議員さんであるけれども、私は一カ月元気で働いても収入は三十万、税込みなんです。子供を一人育てるのに大変、しかし汗を流して努力するその報いは、子供とともに将来一つの家庭の中でお互いに相助け合い、お互いに心をいたわり合って天寿を全うするまで家族の一員としてわが子とともに生活したいという願いを込めて一生懸命働いているのですよ。」と、こう言っておるのですね。その人がいまの教科書論争を見てあなたどう思うかと。「個人と社会」、これも大阪書籍が書いてある中で、「人間一人のいのちは、たとえ、家族や社会のためとはいえ、どんなことがあっても、犠牲にされることがあってはなりません。それが侵されたり、奪われたりするようなことがあれば、断固としてしりぞけ、悔いのない人生をまっとうしなければなりません。」——そこまではいいわけです。しかし、その大切なる人間の権利というものを主張するならば、やっぱり他人の権利を、幸福を拡大、発展させるために、相手の権利を尊重し、人間同士が相助け合う社会生活を行うことが人間にとって大切なんだという一行をやはり入れることが全国民の求める合意なる教科書であるのではないかなと思うのですが、文部大臣ここへお見えになっておられますけれども、日本の将来のため私の考えについて所見をお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) 文教の政策というものは、その国民の将来、また青少年の将来をトする重大な問題でございます。それに用いまする基本の教科書の内容につきましては御指摘のようにいろいろの意見が寄せられておりますのでありますけれども、教科書が学校教育における主たる教材といたしまして重要な役割りを果たしておりまして、その内容は、常に改善が図られなければなりませんし、またそれを期待されているところでございます。文部省といたしましても、意見は意見として謙虚に耳を傾けますとともに、今後ともに教科書の改善と充実に努めまして、りっぱな教科書をつくりますように全力を挙げて努力いたしておるところでございます。
○田沢智治君 大臣のその決意を聞きまして私は反面において安心はしましたけれども、大臣も、文化国家日本という意味においては教育というものは根幹です。ひとつ命がけでやってください。 さらに、政党性やまた特別の主義や信条に偏った副読本が多く横行しているという現実があるわけです。私の手元にもいろいろな投書なるものが来ておりますけれども、副読本の取り扱いについては一体何を基準にしておるのか。学校教育法第二十一条二項の規定の中には「前項の教科用図書以外の図書」——これは検定外の図書ということでしょう、「その他の教材で、有益適切なものは、これを使用することができる。」となっている規定があります。副読本がこの規定に該当しておるのかどうなのか。もし該当しておるとするならば、検定図書外の教科書、副読本などの図書は、どのような手続方法でだれがどのように認可しているのか、初等中等局長、お伺いしたいんです。
○政府委員(三角哲生君) 副読本と申しますか、補助教材としての図書、これは学校がと申しますが、まあ校長ということになるかと存じますが、これが、学校における学習指導上有益で適切ではないかという判断のもとに、当該市町村の教育委員会の方へ申し出まして、そしてその市町村の方針によって幅がございますけれども、届け出ないしは承認のもとに使用するということになっておりまして、届け出がありました場合も、市町村がその副読本について適切でないという判断をいたしますれば、その使用を差しとめるということができる、そういう仕組みになってございます。したがいまして、学校の教育はそれぞれ学習指導要領——これはある程度抽象的な基準でございますが、この指導要領に沿って行っていただくことが必要でございますが、そのために各学校では指導要領にのっとりまして年間の教育計画というものを立てていただきますので、その年間の教育計画の中で、その副読本として用いる図書がどのように位置づけられるか、それにつきまして的確な認識、判断の上に立って教育委員会の方へ申し出てもらうと、こういうことであろうかと存じます。
○田沢智治君 人口過密で資源の乏しいわが国が、自由と正義を愛し、文化的創造力を発展させつつ世界の平和と人類の福祉に貢献する青少年の育成を図るためには、常に公正な教育——特定のイデオロギーを教育の現場に持ち込み偏向教育と思われるようなことは私は絶対にしてはならないと思うんです。いま局長さんから、基準に適していない副読本があったとするならば、使用差しとめ問題も含めて検討しなければならぬというようなお話がございましたが、このようなもし教科書が使用されていたとするかどうかは、実態を調査なさられて適切な措置をとられる決意がおありであるかどうか、局長さんにお伺いしたいのでございます。
○政府委員(三角哲生君) 各学校現場におきます教育の展開は、それぞれの教育委員会の所轄のもとに行っていただいておりまして、制度としては、私どもは公立の小中学校の教育は市町村の教育委員会に、それから公立の高等学校の教育は都道府県の教育委員会に権限をゆだねておるところでございますので、そういったそれぞれの直接の衝に当たるところで十分留意をし適正な運営をしていただきたいと、こう思っておりますけれども、もし不幸にして学習指導要領の上で、あるいは学校教育法あるいは教育基本法の上で好ましくないような教材が用いられておるというような事例がわかりました場合には、私どもの方も調査をして、必要な指導、助言をきちんとやっていきたい、こういうぐあいに思っております。
○田沢智治君 私は、先ほど指摘したように、いまの教科書は公正なものばかりではないというふうな認識に立っております。すでに昭和五十六年度に使われるこういうような教科書でございますが、このまま使用せざるを得ないものかどうか、もしいろいろな問題点が、先ほどの資料等でも提起したとおりあるとするならば、今日あるこの教科書を使わないで従来使っているものを継承していくかどうか、その辺の御検討をなさられるそういうような考えがあるかどうか、含めてお聞きいたしたいのでございます。
○政府委員(三角哲生君) 五十六年度用の教科書は、すでに各教育委員会で採択をされまして、そして小中学校のものにつきましては現在の教科書無償制度にのっとりまして印刷、製本され、かつすでにこの時期では配給をされまして、四月の新学期には子供たちの手に渡るということになっておりますので、この検定済みの教科書を用いて教育を進めていただくということになっておるわけでございます。
○田沢智治君 私はこの問題はこれ以上時間がございませんが、このような批判の多い教科書検定制度を再検討する必要が私はあると思うし、また、国定教科書にしたらどうだろうかというような意見も出ておるのでございますが、文部大臣の所見をお伺いしたいのでございます。
○国務大臣(田中龍夫君) 私は、文部省といたしまして、法令によって定められました現行の検定制度を通じましてりっぱな教科書をつくり、またりっぱな適切な教育をしてまいりたい、かように考えておりますのでありまして、いろいろと巷間伝えられておりますような教科書の国定ということは考えておりません。
○田沢智治君 私も現行教科書検定制度を再検討しながら充実すれば、これはやはり公益性の中では、日本は民主主義国家でございますので、結果としてはいいと思うんです。国定教科書というものに対して私は賛成いたしません。しかし、現行の教科書検定制度を充実改善するというまじめな具体的施策を施さなければ国民は私は黙ってないんじゃないだろうかと、こういうふうに思うんです。そこで、現行の教科書検定制度を充実改善する中で有益適切なる教科書をつくるという意味においては、文部省はどういうところをどのように改革し改善しなければならないかというような計画が今日あるかどうかお聞かせいただきたいと思います。局長。
○政府委員(三角哲生君) 先ほど大臣からも申されましたように、私どもは現在のこの検定制度の仕組みを通じまして努力をしていきたい、こういうふうに思っておる次第でございます。それから、いろいろ御意見があるわけでございますので、教科書会社におきましてもりっぱな原稿本をつくってもらうようにひとつ努力をしていただきたい、こういうふうに思っておる次第でございます。
○田沢智治君 当然この教科書を、まず原本が出て、それを検討なさるというのは調査官ですが、現在、調査官の人数と一年間に申請される原本の量、これについて局長お答えいただきたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 教科書調査官の現在数は四十三名でございまして、この四十三名がすべての教科それから小・中・高等学校のすべての学校段階の教科書について検定の仕事に当たっておる次第でございます。 それから毎年の検定の申請点数は、これは年によって若干移動はございますが、大体三百点程度でございます。
○田沢智治君 四十三名で三百の本というのは大変です。私はこれを見るだけでも一月ぐらいかかったんです。ですから、この問題点を指摘し、論争し、しかも理論的裏づけの中で著者との話、発行者との話を続けていくということになりますと、私は四十三名の調査官・員では少ないんじゃないだろうかと。もう少しふやすなり、あるいは職務権限等もある程度持たせながら、やはり勧告、指導、助言というような具体的な職務権限等を含めて検討する必要性があると、こう思うのでございますが、調査官の位置づけというものに対して果たしてそういうものが持てるのか、持てないものなのか、所見をお聞きしたいと思いますが。
○政府委員(三角哲生君) 御意見のように、いろいろな意味で、人間のやる仕事でございますから、十分な手がございますれば見落としのようなものは少なくすることはできるというふうには考える次第でございますが、ただ現在の調査官も非常に限られた人数で精いっぱいの努力をしているわけでございます。 それから、調査官の権限でございますが、やはり現在の検定制度では、非常に不適切なところについてはこれを修正してほしいという意見を出しまして、そのぐあいによりましては検定不合格という処分ができるわけでございますが、通常の検定の教科書会社のやりとりは、やはりひとつの勧告、事柄によりましては非常に強い勧告ということでいたしておりまして、私どもはいまのそういう仕組みの中で努力をさせていただきたい、こういうふうに思っております。
○田沢智治君 私は調査官をやはりふやされて、いいものをやはりきちっと位置づけるということが大事だと思いますから、ぜひそうしてほしい。 検定調査審議会というものがございますが、この目的と構成と権限と任期について、局長さん、簡単に御報告いただけませんか。
○政府委員(三角哲生君) 教科書検定調査審議会は、検定の申請のありました教科書の原稿本が教科用として適切であるかどうかを文部大臣に答申をするというのが仕事でございまして、そして審議会は、これはいろいろな教科がございますので、約九十名の委員で構成しておりまして、委員の任期は二年となっております。
○田沢智治君 九十人で二年、まあそれは二年でも三年でも私はいいんだけれども、本当の機能を果たしていない。これをどうするかという問題は今後私はまたよく研究してはっきりと指摘したいんです。 ひとつ文部大臣にぼくはお願いしたいことがある。それは何かといいますと、統計などの資料は信頼性のあるものが選ばれているところに値打ちがあるわけです。この検定基準を徹底するためには各省庁の最も新しい統計資料を提供させ、正確な資料として教科書に記載するとするならば、これは事実なものは事実なんだから、著作者としてもこれ違うよということは、私は言えぬと思うんです。そういうことにおいては、正確な資料に基づいて教科書が作成されるとすれば、偏向教科書と言われるような問題も多少解消されるのではないだろうかと私は思うんです。そのために各省庁に専門家がいるんですから、統計調査担当者を助言者として教科書検定調査審議会の委員に任命し、統計資料の連合審査をするような一つの機関を位置づける、これだけでもやるとずいぶん変わるんじゃないだろうか。一体どうしたらいいか、どうしたらいいかという議論、偏向している、いや偏向していないという議論ばかりがあったって、具体的にこれをどうして、国民の要望にどうこたえていくかという具体案がいままで余り出てきてない。私は、それ非常に残念に思うのです。私は、こういうような、これだけはひとつ来年から前進させるぞというような方向性というものに対して前向きの姿勢で取り組んでもらいたいと思うのでございますが、文部大臣、初等中等局長の御意見を伺いたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 御提案でございまするが、確かにそういう一つの仕組みを設ければ有力なチェックができるというふうに考えますが、そして私どもとしては、統計資料のようなものはいろんな統計資料がいろんなところで組まれておりますが、教科書ではやはりできるだけこの取り扱いの工夫をいたしまして、最新の統計資料を使って世の中の現実を的確に生徒に理解させるようにしていくということが必要であると考えます。現に、実際問題としましても、教科書に掲載されている統計資料は、やはり官公庁発表のものが実際多いわけでございます。したがいまして、私ども、御提案ではございますけれども、現在の教科書検定の教科書調査官を中心とする仕組みの中で、御意見もございますので、できるだけ注意をしまして、そして必要によりましてはそれぞれの行政の担当の方にもこちらからも訪ねまして、遺憾のないように期してまいりたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) 最終的にりっぱな教科書をつくる過程におきまして、検定の段階でいろいろと調整、修正、誤字訂正、そういうふうな機能を果たしてまいらなきゃなりません。ただいまの御意見も非常に貴重な御意見として承っておきます。
○田沢智治君 いま文部大臣、局長さんのお話を聞きまして、私は納得します。教科書ばかりじゃなくて、やはり野放しになっていると言われる副読本の措置もあわせて私は検討していただきたい。教科書というのは日本国の顔です。また、将来日本を担う若者に正しい日本のよさ悪さを公正に明示し、みずからがどう生きることがより日本を発展させ、世界に貢献できる国家をどう建設していくかという基礎づくりの教科書だと私は確信しているのです。ですから、文部大臣初め関係者の真剣な取り組みというものを御期待申し上げまして、この項の質問を終わらせていただきたいと存じます。 次に、時間がございませんので、校内暴力事件発生の実態と今後の対策、指導についてお伺いしたいのでございますが、その前に、昨今学園暴力の発生件数と、その悪質さが学校教育史上類例のない現状が指摘される中で、三月二十八日には早稲田大学の商学部の事務職員が在学生の成績原簿を改ざんしたり、入試の際に答案用紙をすりかえたりしたことが発覚され、社会的関心を高めていることは、私はまことに遺憾なことだと思っております。早稲田大学商学部事件に対し、文部大臣はこの現状をどのように認識し、今後どのような対応策を大学当局に求められるのか、その見解をお聞きいたしたいのでございます。
○国務大臣(田中龍夫君) 早稲田大学の商学部では、昨年の入試問題漏洩事件が発生いたしましたために、それ以前にも入試に関する不正があったかどうかということにつきまして、一年にわたって調査をしておられたのでございます。その結果といたしましては、在学生四名の学業成績が改ざんされていた。また、あるいはうち一名は今春卒業予定であったんだが、単位不足のために卒業は取り消されたとか。あるいは早稲田大学の職員一名がその改ざんを行ったことを認めた。あるいは成績の改ざんに関与した職員は一人のみとは断定できない、また不正入試が過去行われていた蓋然性も高い。こういうふうなことが明らかになりましたが、今回の事件は早稲田大学における懸命な調査、早稲田大学自身が自浄努力の結果として発見されたものでありまして、その点は大学の非常に良心的な御努力に対しては、私は評価してよろしいもんだと、かように考えます。一部の不心得な職員の行為とは言いながら、早稲田大学でかかる行為が行われていたこと自体まことに遺憾でありますが、この明治時代からの栄誉ある私学の最高峰とも言うべき早稲田大学が、今回自浄努力によってみずからを清め、みずからを正したということにつきましては、私は評価をいたさなきゃならぬ、かように考えております。
○田沢智治君 大学は学府の最高機関であるゆえ、大学には学問の自由と大学の自治があります。大学の自治を守るためには、大学人はその尊い使命を自覚しなければ私はいかぬと思うんです。その意味において今回の事件を見たときに、大学の管理運営上に問題があったのではないかと思うのでございますが、関係局長さんはどう思われますか、御答弁をお願いします。
○政府委員(宮地貫一君) ただいま早稲田大学商学部の問題につきましては大臣から御答弁を申し上げたとおりでございますが、平素から大学全体の入試管理体制の改善につきましては、その改善に努めるよう従来からも機会あるごとに国公私立の大学に注意を促してきておるところでございます。 さらに、入学試験のみならず在学中におきます科目履修等のいわゆる教務事務でございますが、教務事務の適正な管理が大学としても大変重要な事柄でございますので、それらの管理体制については大学自身におきまして十分厳正な体制で臨むように指導してきたところであり、今後もその点については大学の注意を喚起いたしまして大学自体の努力を促すようにいたしてまいりたいと、かように考えております。
○田沢智治君 ただいま文部大臣、所管局長さんのお話を私聞きまして、非常に結構だと思います。やはり大学には大学の自治がございますし、管理、運営におきましてもみずからが律していくという御指導をなさるということは非常に大事なことであると思います。一日も早くその真相を解明し、歴史と伝統を誇る早稲田大学が国民の期待にこたえ得るような体制を早く確立されることを私は望みたい、と思います。 次に、校内暴力事件発生の実態と今後の対策指導について御質問をいたしたいと思います。 近時、学園内暴力が都会中心型から全国的に拡散する傾向を示し、特に二月、三月の卒業期に集中型と言われたこの問題が、年間を通じて発生する異常事態が起きているということは周知のとおりです。しかも、校内暴力を含む少年非行が低年齢化し、悪質化し、暴行、傷害、脅迫、器物破損行為だけではなくして、最近では鉄パイプとか木刀などの凶器を振るう、暴走族や地域粗暴非行集団とのつながりを持つ者が多いと言われているこの悲しい現実に対し、文部大臣はこの事態をどう認識し、今後どのように処していこうとするのか、その決意のほどを聞かせていただきたいのでございます。
○国務大臣(田中龍夫君) 最近の校内暴力の発生状況につきましては、担当の政府委員から計数その他お答えをいたしますが、この非行の背景となりますいろんな原因がございますが、高度成長下における物質的に豊かになり過ぎた反面における精神的な非常な荒廃、また子供に対しましての十分なしつけをしておらない家庭の現状、あるいはまた学校教育につきましても、学校の運営が適切に行われていなかったといったようないろんな要素もございます。しかし、これに対しましての対応でございますが、文部省といたしましては、先般学習指導要領の改訂を行いまして、五十五年度から逐次実施に移されてまいっておりますが、この教育内容の改善とか充実、生徒指導体制の確立、さらにまた学校と家庭や地域社会との連携等につきまして都道府県の教育委員会等に通達を出しまして、さらにまた都道府県教育長会議やら、あるいはこの指導を行っておりまする都道府県教育委員会指導部部課長会議を招集するなど、これらのあらゆる対策を講じておるところでございますが、生徒指導の充実のためには文部省の施策といたしましては、生徒指導講座の開催をいたしますとか、あるいは生徒指導資料の作成、配付あるいは生徒指導研究推進校の指定やら生徒指導研究推進地域の指定、また昭和五十六年度におきましては、新たに小学校の教員のための指導資料の作成、配付や、あるいは小中学校を中心といたしました生徒指導研究推進地域の指定等を行いまして、社会教育の面もこれにあわせまして施策の万全を期しておる次第でございます。文部省が所掌いたしておりますのは地方教育委員会の指導でございまして、これを通じまして、あるいはまた学校を通じまして十二分の今後ともに指導の完璧を期してまいりたい、かように考えております。
○田沢智治君 私は校内暴力事件の中で特に関心を持っておるのは教師に対する暴力事件が急増しているということです。警察庁の調べによると、昨年一月から十月までに発生し検挙した教師への暴力事件の合計は二百三十一件、その九五%以上が中学生であるということ、また二百三十一件の半分以上である百十七件、五三%が授業中に起き、また休み時間中が二〇%、教師の登校、下校時の待ち伏せが三%を大きく上回っているという現実を見たときに、暴力教室化が日常的に行われているありさまがうかがわれるのではないだろうか、こういうような心配があるわけでございます。しかも、その実態から見ますと、そのほとんどが公立高校で起きている、私立校生がわずか二人で、九九%が公立中学の生徒が行っているというようなこの実態。それから暴力少年たちの成績と家庭について調べてみると、成績は上中下に分けると、やはり下に属している少年が八五%、さらに両親のいる少年は全体の七八・九%、一体これどういうわけなのかと、こう思うのでございます。しかも、驚いたことには、被害を受けている教師の六〇%以上が教職経験年数五年以上十年までが百九名、十年以上二十年が九十四名、二十年以上が八十二人で全体の教師の中堅者がその被害を受けている。暴力事件で補導され、また逮捕された生徒のうちでは先ほど申したように九九%が公立学校の生徒であるというこの現実、一体文部大臣、初等中等局長、どうお考えになられますか。
○政府委員(三角哲生君) こういう事柄について非常に厳密な御説明はむずかしいんでございますけれども、おっしゃるようにもう全部に近いほど公立で起きております。ただ、これは田沢委員御承知のように、中学校は義務教育でございますので、国立もございますが、これが生徒数で申しますと全体の〇・七%、それから私立が三・一%と、こういうことで公立の生徒が九六・二%を占めております。まず第一にそういうことが言えるかと思います。 それから、これだけ公立が普及して義務教育とされておる中で、わざわざ私立を選んでお入りになるという方は、その特別の私立学校の教育方針なりあるいは伝統的な学風なり、これに共鳴してお入りになっているということでもございましょうから、ある意味では一つの選ばれた集団と言うことも申せるのじゃないかと思うんでございます。 公立はもう義務教育としてすべての児童生徒を引き受けておる、こういう事実関係が一方においてあるわけでございます。
○国務大臣(田中龍夫君) ただいま政府委員からお答えを申し上げたように、公立の学校に多いということは深く反省をしなければならない実態だろうと存じますが、同時にまた、教職にあります者がみずから深く修養いたしまして、人格の形成に特段の意を払うと同時に、また、その生徒に対しまする深い愛情というふうなものを持ってやはり対さなきゃならない、こういうことが考えられます。特に学校教育、なかんずく公立義務教育の重要性にかんがみまして、政府といたしましても真剣にこの問題は反省もし、取り組まなければならぬ、かように考えております。
○田沢智治君 私は、校内暴力事件の実態を調査研究する中で一番感じたことは、親が悪い、家庭が悪い、生徒が悪い、学校教育制度が悪い、先生が悪いと言って、批判するだけではどうにもこれ解決しないんです。文部大臣が言うように、生徒に信頼される教師をどうつくっていくか、自分は生徒にどうしたら信頼される先生になれるかというようなことが真剣に先生方の間で一体考えられているかどうか、あいつがおれのクラスからいなくなりゃうちのクラスはうまくいく、あの先生がいるからぐあいが悪いだなんていうような根性で教育をしているから、私はこういう問題が起こるんじゃないだろうかと率直に感ずるんです。しかも、五年以上の経験年数を積んだ先生方がやっぱり生徒との信頼関係が確認できない、交流が持てないなんていうことは、私も教員生活長くやりました関係で、考えられないことが現実にある。私はこれ非常に問題だと思いまして、実は、去る一月六日付の毎日新聞社で中学二年生を中心に全国調査のアンケートをしたのがあるんです。私は、非常にこれ、自分の経験から見てもぴたりだと思うのは、その中では男子中学生の四六%、女子中学生の三一%が先生を殴りたいと思うことがあると、こう書いてあるんですね。その理由の大半はどうなんだと、こういうふうに見ますと、勉強のできる子供も含めてそういう問題があるわけです。じゃどういうときに殴りたいのかと、こういいますと、教師の態度、教え方が一方的で、理由もなくしかる四九%、えこひいき、差別されたり、体罰を受けたり、そして侮辱されたとき三七%。−私は当然そうだと思うんです。そうして、好きな先生のタイプとはどんなタイプかというと、文部大臣が言ったようなタイプなんですね。やさしくて、生徒の気持ちをよく理解し、とことんまでつき合ってくれる先生、明るく、ときに冗談を言って、愛情的親しみを感ずる先生、七〇%なんです。厳しくけじめをつけ、わかりやすい授業をしてくれる先生、公平でえこひいきをしない先生、…二%です。ですから、こういうような現実を見ると、いまの学校の先生全部じゃないんです。生徒は先生との人間味あふれる交流を求めながらも、無原則で甘い先生を望んでいるんではなく、やるべきときはきちっとやってくれる先生像、しかも健康ではつらつとした先生像を生徒は求めているんじゃないだろうか。その生徒が求めている先生像に現在の先生がおれもそうなりたいと言って努力している実態がうかがわれない面がある。だからこういう問題が解決しないんじゃないか。それを解決するにはどうしたらいいかというような問題がこういう実態を見ると出てくるんです。文部大臣、初等中等局長、私のこういうような問題の考え方に対する御所見を伺いたいんです。
○国務大臣(田中龍夫君) ただいまも申し上げましたとおりに、学校の生徒の方にも父兄の方にもいろいろと問題はあるかもしれませんが、私ども文教政策、学校をお預かりいたしておる者といたしまして、まずもって自分みずからのもとにあります教員養成において最も重要なことは、その教職が使命観と教育的な愛情の上にすぐれた指導力を必要とする専門的職業であるということから、これにふさわしい資質、能力をどのように身につけてもらうか、そのような観点に立ちまして教職員の養成指導、そうしてりっぱな先生をつくって、そして教育の場に送らなきゃならぬ、これが私どもの使命でございます。
○政府委員(三角哲生君) まさに田沢委員おっしゃりましたとおりのように私も考えます。教師、特に小学校やまだ成長過程にあります中学校、これらの教師は、何と申しますか、これから人格の完成を目指していく子供たちと毎日対面をいたしまして、単に教育技術とか専門的知識だけじゃなくて、全人格的な存在が、取り囲まれておる児童生徒から問われている。そういう仕事に携わっておるわけでございますから、常に自己の向上に努めるとともに、私ども行政側としてもそれをお手伝いする意味の各種の研修を充実して実施していきたい、こういうふうに考えております。
○田沢智治君 それじゃ、きらいな先生とはどんなタイプかということを私も興味があって見ました。これ生徒の言うとおりなんです。いやな性格、いばる、無気力、いやみを言う先生、えこひいきする先生大きらいだ五三%、すぐ怒る、口うるさい、生徒の気持ちを理解してくれない三五%——案外多いんですね。おまえは余りできがよくないが、あいつはできがいいよとえこひいきする、あああれは東大受かった、京大受かった、おれのクラスからこれだけ出たぞというようないばる先生、そういうのはきらいだと、こう言うんですね。ですからはっきりしているんです。これを見ても、生徒は常に教師との心の通い合いを本当に求めていることもはっきりしていながら、それができないということは生徒の気持ちになって授業していない、生徒の気持ちになってとことんまで悩み悲しんでいる者があれば夜の夜中まで一緒になって泣いたり、一緒になって真剣に考えたり、一緒になって真剣に怒ったりするというようなそういう先生をつくらない限り、これ私は解決しないんじゃないだろうか。しかも、一日の大半を学校で過ごしている学校の先生に対して、あなたは悩み事があった場合、相談相手として先生を選びますかといったら、わずか三%です。お父さんお母さん二八%、まだいい。友人、友達四四%、だから友人が悪いのがあると悪くなるというのが出てくるわけです。しかも、五十一年度の総理府の統計調査の中でも、十五歳から二十四歳の青少年三千人の調査結果を見ても、悩み事があったらあんたどうするのと言ったら学校の先生に言うのは五・五%です。ですから、いまや学校の先生というものが生徒に余り信頼されてない。残念だと私は思うんですけれども——すべてじゃないですよ、そういう一面があるという現実を客観的に見たときに、現場においては校長、教頭先生が現場の教師と人間的交流をやっぱり私は図らなきゃいかぬと思うんです。あの先生いなきゃおれの学校でうまくいくんだなんて、そんな根性がある限り私はだめだと思うし、また生徒との温かい愛情あふれる心の交流をもって学園建設に全力を注ぐということになったとするならば、私はこの問題は解決するし、労働契約に基づく機械的授業時間を消化すりゃいいんだというようなそういうような先生であって私はならぬと思うし、そういう意味においては教員の研修制度の充実と教員養成制度の充実というものを抜本的改革をして生徒が求める先生を一生懸命つくってほしいと、こう提言をしたいのでございますが、文部大臣、いかがでございますか。
○国務大臣(田中龍夫君) 御意見のとおりでございます。
○田沢智治君 この項最後になりますが、私はそういうような現実の中に日教組の方が五二%教員層の中で占めていると言われます。経済的な次元における闘争、これは生活権の擁護という意味において私は否定するものではございません。しかし、経済的とか待遇とか身分とかというものは一般公務員よりもある程度保障されつつある現況を考えたとき、開かれた文教行政の推進というものを文部大臣、私は真剣にやる時期が来たと思うんです。生徒が望む教員というものは、一体われわれはどうあるべきなのか、どうしたらいいのか、そのために国としてはどういう施策をしなきゃならないのか、そういうものを、日教組ばかしじゃございません、各種教職員団体と真剣にお話し合いをする。春闘近くなると話し合いをするなんというような、そんなようなこっちゃこの問題私は解決しないと思う。ですから、各種団体と常設的に話し合えるようなそういう機関をある意味において、機関とするか、そういうような一つの行き方というものを早急に前進的に考える前向きの姿勢を、田中文部大臣になってこう変わるぞというような意気込みを持ってやったらどうだろうかとわれわれは思うのでございますが、日常の話し合いをする、教育正常化へ向かって文部大臣の意気込みいかん、私はちょっと聞きたいんです。
○国務大臣(田中龍夫君) 私は就任以来、私の方の傘下にありまする各種団体、どの団体につきましても同じようにお目にかかっておりまするし、また御要望があればいつでもお目にかかる次第でございますが、いま先生の言われましたように、私はこれらの教職にあられる方々がりっぱな教育者としてなお一層の御精進あらんことを、本当に心から待望いたしております。
○田沢智治君 その信念でひとつやっていただきたいと思います。 最後の項目でございますが、第二次臨時行政調査会が発足いたしまして三月十六日に初会合がなされ、三月十八日は日本商工会議所総会において鈴木総理は増税なき財政再建を目指して七月の中間答申に基づいて行政改革を推進する、政治生命をおれはかけると、こう言われたことは、国民全体がそれを支持し、大変喜ばしいことであると歓迎していると私は思います。文部大臣として鈴木総理のこのような姿勢をどう受けとめて、文部省内において独自の行政改革推進のための機関を設定する考えがあるか否か、お聞かせください。
○国務大臣(田中龍夫君) ただいま国民の待望になっておりますのは行政改革の問題でございます。先般も総理みずからが先頭に立たれ、そうしてただいま先生が言われましたような意思表示もなすったのみならず、また閣議におきましても非常なかたい決意を持って、また閣僚に対しましても協力方の強い要請がございました。当然文部省をお預かりいたしますわれわれといたしましても、この総理の御熱意なりあるいは国家的な要請にこたえまして、われわれはわれわれとしての文教政策の上から真剣な取り組みと御協力をいたすことをお誓いいたします。
○田沢智治君 また鈴木総理は、五十七年度の予算編成の中で二兆円程度の財源不足を行革だけで賄うことができない、行革とあわせて各省庁の補助金を一律に削減しなければならない事態があるかもしれないということを示唆されております。文部大臣としてこのような示唆に対してはどうお考えになられますか。
○国務大臣(田中龍夫君) 文部省といたしましても補助金の整理という財政再建の問題に対しましては積極的な協力をいたしてまいったのでありまして、昨年度におきましても補助金等二十三件、十九億一千九百万円、それだけの積極的な削減をいたしております。ただし一方におきましては、どんどんとふえてまいりまする青少年の方々に対しまする教育をお預かりする立場から機械的にこれを全部一律にカットするというようなことは現実の問題といたしましてでき得ない問題であります。その辺のおのおの総理の行政改革に対し、あるいはまた補助金整理に対する財政的な要望にこたえる積極的な姿勢は持ちますが、同時に大事な教育の問題に支障のないように十二分に心得て御協力をいたすつもりでございます。
○田沢智治君 おおよそ国家の文化度をはかるためには国家予算に占める教育関係費の比重が高ければ高いほど文化国家の建設に注ぐ意気込みが私はうかがわれると思っております。特に私は、第九十四回国会における文部大臣の所信表明が大変私は気に入っているんです、文部大臣自身が一生懸命やったのだと前回申されたとおり。その中で、初等中等教育の改善充実を図るためにも、昭和五十五年度から実施している第五次学級編制及び教職員の定数改善計画も推進したい、義務教育教科書無償措置、これも推進したい、国際障害者年にかんがみ特殊教育環境の施策の普及充実、これもしたい、教育関係施設設備充実等もしたい、それから高等教育の整備推進の中では放送大学をどうしても設立推進したい、既存大学の質的水準向上のための整備充実計画の推進、共通第一次学力試験の入学者選抜方法の改善もしたい、育英奨学事業の拡充もしたい、私学振興助成の推進も図りたい、学術、文化、体育、社会教育活動の振興と国際文化交流活動の推進など最重要文教政策として位置づけたいと言われたこの内容について私は非常に歓迎するのでございますが、文部大臣のお考えはいかがでございますか。
○国務大臣(田中龍夫君) それらは私といたしましての文教政策の重点項目でございます。われわれが、先ほどの要するに財政再建に協力をするという問題と、これら文教政策として責任を持って国家のために推進しなければならない施策と、その両方を踏まえまして、そうしてりっぱな文教政策をやっていかなきゃならぬと。そこに冒頭申し上げたような行革の場合におきましても、一律にカットするんだといったようなあり方については、私は反対でございます。
○田沢智治君 私は、総合施策の中で文教関係は、やはり国運の隆昌を図るという施策が位置づけられないとならないと思うし、文部大臣の所見に対して私は賛意を表します。 そこで私は、近時私立医科大学にまつわる諸問題が社会的批判を浴び、その実態について大変注目しているのが国民の心であると思うんです。それに関しまして、国立、私立学校学費格差の是正というものが当然提起されなきゃならぬと確信しております。で、国立大学医学部学生の六年間の一人にかかる教育費は国としておよそ何千万円かけておりますか。
○政府委員(吉田壽雄君) お答えいたします。 医学教育は、他の分野の教育に比べまして多額の経費を要するということは、先生御指摘のとおりでございます。で、国は、このような実情にかんがみまして、経常費補助金の配分に際しまして、教育研究に要する物件費にかかる補助単価を高くする等の措置によりまして、この補助金を年々増額してまいってきております。 また、経常費助成の中で特に、いま御質問のございました医学部にかかる補助金でございますけれども、総額で申しますと、昭和五十五年度で四百六十億円、五十六年度は五百四億円を計上いたしております。これを学生一人当たりで換算いたしますと、五十五年度では二百三十七万円になります。全学部の平均で申しますと、学生一人当たりは十五万円でございますけれども、医学部の学生一人当たりでは、いま申し上げましたとおり二百三十七万円。で、五十六年度予算案で申しますと、学生一人当たり二百五十八万円になるものと推定されるわけでございます。 また、経常的経費全体に対する補助金の割合でございますけれども、医学部の場合は、昭和五十五年度で三九%相当、五十六年度につきましては四一%相当になるものと一応推計されているわけでございます。 そういう状況でございます。
○田沢智治君 時間はもうないんで、私が率直に申します。 私の勉強した資料を見ると、国立大学の医学部の学生は六年間に四千万、国から予算化されていると聞いております。私学の場合は千二、三百万。ですから、あと校債とかあるいは寄付金で約一千万前後をもらわないと、学費その他の次元の中から賄えない、そこに問題点があるというふうに私は認識しております。 ですから、一千万から一千二百万ぐらいの手当てをするとすれば、国立と同じような教育内容の中で寄付金も要らない、そしてまた、学債も買わなくて済むというような事態がはっきりと位置づけられる。それに違反したものはどんどん取り締まっていくんだというような、やっぱり強い姿勢が必要ではないかと、こう思っております。 さらに、国立の学生の一体授業料は何ぼかといいますと、年間で十八万です、一月一万五千円。入学金が十万円、ですから六年間で百十八万円、四千万一人かかるうちに百十八万円出してお医者さんになる。私立の医科の場合はどうかというと、これは大変です。一体、こういうような大きな格差を今後どうしていくのか。こういう実態から見ますと、医学部三十八倍、まあ歯学部もそうだろうと思うんですが、国立の生徒と私立の生徒はそれだけの差がある。文科系、理科系はどうかといいますと、平均値を出すと理科系の私立学校の生徒は、年間八十二万、四年間で三百二十八万、国立は同じく十八万に四年間掛けて十万足せば八十二万。文科系は私学の場合は六十万、四年間で二百四十万、国立の場合は七十二万。そうしますと、理工系ケースでも私立と国立では四倍、文科系では三倍というような現実を見たとき、教育は多少受益者負担を原則として考えるとするならば、国立と私立の学費の格差の現状をどう考え、どのような施策を立ててこういう問題を解消していこうとするのか、その辺の問題点について大学局長、お考えがあればお聞かせください。
○政府委員(吉田壽雄君) 仰せのように、私立大学の教育経費といいますのは、国立大学の経費に比べまして、かなり大きな負担を要するわけでございます。これに対して今後文部省としてどう対処をしていくのかということでございますけれども、私どもは当面私立大学等経常費補助金を今後とも拡充いたしまして、なるべく修学上の負担軽減を図ってまいりたい。このためには昭和四十九年度からでございますが、たとえば学校法人が当該大学の学生に奨学金を貸与する場合、あるいはまた当該大学が入学一時金の分割納入を認めるというような、そういう分割納入制度を実施する場合につきましては、その資金を日本私学振興財団において長期かつ低利の融資を行うというようなことで改善を図っているところでございます。また、当該事業にかかる利子負担の軽減を図るために、当該大学に対しまして私立大学等経常費補助金で利子補給の措置もとっております。そういうこともいたしております。 そのほかに私どもは、前から各私立大学に指導してきているところでございますが、一応経常的経費につきましては、原則といたしまして自主努力によります収入、それから学生納付金、さらに国の経常費補助金、この三者をもってなるべく経常的経費を賄ってほしいということで指導をしております。 しかしながら、私立大学によりましては、これはその大学の規模なりあるいは沿革等によるわけでございますが、施設の拡充を図らなければならない、あるいは大型設備を整備しなければならないというようなことで相当多額の臨時的経費を要するわけでございますが、そういう臨時的経費の調達につきましては、極力それぞれの学校法人、それぞれの大学が長期資金計画を立てられまして、そしてその上で無理のないように、つまり入学時の学生に一時的な高額な負担を負わせることのないように計画的に資金の調達を考えてほしいということを指導してまいっているわけでございまして、今後とも各学校法人、各大学がそのような基本的な考え方で対処していただきたいというふうに考えているところでございます。
○田沢智治君 最後になって五分ぐらい延びると思いますが、御容赦いただきたいと思いますが……
○委員長(降矢敬義君) 三十五分までにしてください。
○田沢智治君 はい。近時物価の上昇に伴い、国民生活はますます苦しくなっているということは御承知のとおりです。しかも、勤労者の実質賃金が、五十四年度に比して、五十五年度の勤労者の実質賃金の実態を見ますと、五十五年一月から三月が〇・一減、四月から六月が一・四減、七月から九月までが一・六減。今日まだプラスマイナスから見れば、マイナス現象になっている。税負担の方は、御承知のとおり健全財政再建のために耐えなければならないという厳しい現実、これは当然でございまして、多少ふえておる。そうしますと、私立大学、公立あるいは国立大学へ行っている御父兄の所得層はどうかと私は研究したんです。七百万以下の層が国立は八七・六%、公立は八七・七%、私立大学は七九・三%で、大体八〇%から九〇%が七百万税込み年間収入の家庭層である。しかも、下宿料が平均してどうかというと、やはり大体百万ぐらい年間かかるわけです。そういう経済的な現実、御父兄の御負担増をじっと見、国立と私学の二重、三重の格差。しかも、国立大学へ上がるには先行投資でいってお金持ちの子供がどんどん家庭教師つけて、塾へ行かし、医科歯科なんかたぶん一千万以上の家庭の子供がどんどん国立に入って、私立の方は大変苦しい方が金を余分に出して入らなきゃならないというようなアンバランスが現実的に起きていると私は思っております。 こういうような現状を見たときに、やはりこの際、教育は国の根幹であるとするならば、高等教育費支出負担の軽減を図るための所得控除、減税に関する施策を——補助金を減らすことばかりが行政改革じゃなくて、一つや二ついいことを行政改革の中でやるんだというようなことを提言するとするならば、国民は喜んでいまの文部行政に対して支援態勢をとるのではないだろうか。そういうことは五十二年までやってきて、最近は余り大蔵省がいい顔しないからやらないなんというようなことでは、私は通らぬと思うんですね。ですから、本当に国民の苦しい所得者層が教育にかけて、自分の子供をきょうよりあす、日本のため、自分たちの家庭のためにひとつ働いてほしいんだというために、先行投資する教育費に対する——七百万以下でいいと思うんです、所得の制限があってもいいけれども、所得控除、減税というものの推進を文部省はやはり行政改革の中で提言すべき責任があると私は思うんですが、官房長、文部大臣の所見を伺いたい。
○政府委員(鈴木勲君) 大臣のお答えの前に、私の方から……
○委員長(降矢敬義君) 簡潔にお願いします。
○政府委員(鈴木勲君) 若干の経過がございますので、御説明申し上げます。 いま田沢先生がお話しいただきましたように、昭和三十九年度から五十二年度までの間におきまして、文部省関係の税制改正の要望におきましてはこの就学費控除の要望をしてまいったところでございまして、特にこれは私学の父兄負担の軽減を税制面から援助するということと教育の機会均等を図るという観点からやってまいったものでございますけれども、大蔵省の折衝の過程におきましては税制上種々の難点がございまして、これは実現を見なかったものでございます。その経過を踏まえまして、税制面の改善もさることながら、文部省といたしましては私学助成の拡充とか、あるいは育英奨学事業の拡充という観点から諸施策を講じてまいる方が大事ではないかということでまいったわけでございまして、決して実現しなかったからあきらめたというものではございませんで、引き続きましてそういう見地からの施策を進めてまいる必要があると考えているわけでございます。
○国務大臣(田中龍夫君) 先生のお話の前段の問題、私学に対しまする件を若干お話しを申し上げて終わりたいと存じますが、私は今回の私学のいろいろな問題について本当に心から残念でたまらないのです。といいますのは、五十六年度の予算の際におきまして、非常な苦しい財政の中から、教育の問題、特に大学の中における私学の重要性から私学の振興に対しましては大変な実は努力をいたしまして、二千八百三十五億円といういままでにない高額の助成をいたしたわけです。ところが、それが決まります直後におきまして、次から次へいろんな不正が起こりましたことは本当に残念で、まあかわいさ余って憎さ百倍という言葉がありますが、本当に今回の事件について断腸の思いがいたします。それに対しましてはすでに新聞等で発表いたしましたが、実は先週いっぱいまでは受験がございましたのでがまんいたしておりましたが、今週から各大学の関係者を招きまして、厳重に一つ一つ調査を開始することにいたしました。国民の本当の残念なあれに対してこたえたいとかように考えておりますが、私学振興だけは今後ともになお努力をしてまいりたいと思うのであります。 なおまた、いま先生の言われました税制上の諸問題につきましても、これは一面助成なり振興がございますが、反面におきましては減税なり調整ということが当然考えられるのでありますが、御案内のとおりに御指摘の点は将来におきます検討課題といたしまして、貴重な御意見を承りましたことを厚くお礼を申し上げます。
○委員長(降矢敬義君) 田沢君時間です。
○田沢智治君 ありがとうございました。
○柏原ヤス君 今国会において文部大臣の所信をお聞きいたしました。所信の一端を述べるのだと、こういうふうにお断りになって述べられたのでやむを得ないとは思いますが、相変わらず総花的であり、抽象的文言の羅列であると、このように感じます。しかし、田中文部大臣が初めて述べられた所信でもありますので、この所信の中に大臣の考えておられる特色、いわゆる田中文部行政のカラーというべきもの、こういうものがどのようにあらわれているのか御説明をしていただきたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) 私の冒頭申し上げました所信表明でございますが、文教行政というものが非常に広範多岐なものでございまして、教育行政のみならず、家庭教育から、あるいはまた生涯教育とも申すべき老人対策まで含めた社会教育もあるわけでございます。しかしながら、このいまの教育行政の根幹にありますことは、私は先生に対しましてはいつもいつも申し上げる言葉でございますが、個々の具体的な事例を取り上げれば、あるいは学校行政の中では当面いたしておりまする青少年非行の問題を真剣に取り組まなければなりませんし、あるいはまた家庭教育の面におきましては御案内の母親教育と申しますか、母性に対する考え方、ことに乳幼児に対しましての物の教育的な面からの考え方、あるいはまた社会教育の面におきましても生涯教育という問題等々を考えると同時に、科学技術の振興、それからまた開かれた大学、ことにわれわれは日本の資源のない国家というものが一億の国民を将来に向かって伸ばしていきますためには、やはり科学技術、大学の研究という問題を真剣に取り上げていかなきゃならぬ、こういう点を考えております。しかしながら、その全部を貫きまして一言にして申すならば、私は本当に愛情豊かな教育でなければならないし、愛情豊かな社会でならなきゃなりませんし、また情操豊かな本当の国民生活でなきゃならぬ、かように考えております。
○柏原ヤス君 次に、大臣はわが国の教育の現況、問題点、これをどのように把握しておられますか。それに対してまた施策をどのように講じようとしておられるか。たくさんおありでしょうと思いますが、特にこれというものを明らかにしていただきたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) 特にこれと申すならば、私はいろいろな概念の中で種概念から類概念、最高のところにまいりますならば、戦後三十年間余りにも荒廃した精神的な問題につきまして、ただいま情操豊かなという表現で申しましたんでありますが、本当に心を取り戻すということが私は教育の根本であろうと、かように存じます。
○柏原ヤス君 所信の中で「当面する文教行政の諸問題」という点で、第一、第二、第三、第四と挙げられております。第一は初等中等教育の改善充実ということをおっしゃっております。また、第二は高等教育の整備充実、こうおっしゃっております。また、第三、第四は私学や学術研究の振興というふうに述べられておりますが、予算があっての改善充実だと思います。 そこで、その予算を見ますと、たとえば公立文教施設整備費、これは大幅に減額されております。また、育英奨学事業についても貸与額は据え置かれていると、こういう例を見ましてこれで充実とか、改善とか言えるのだろうか、言葉だけではないかと、こう思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(田中龍夫君) 断じてそういうことはございません。ただ、予算面に出ております問題につきまして、先生がよりふやすべきところをふえ方が少ないじゃないかといったような問題は、たとえば例をとりますと、公立学校の施設整備費が前年度比七・三%減となっているんだが、これは一体どうなんだと、こういうふうな御指摘があるやにちょっと拝察いたしましたが、これはしかし、整備計画というものが一段落つきまして、木造建築からコンクリート建築に移りましたり、あるいはまた生徒数の減少といったような一時的な高等学校の生徒数の減少といったようなものもございます。また、こういうふうなことから都道府県の計画事業量というものが減少したにとどまっておりまして、決して内容的に見ますれば不足をいたしたわけではないと存じます。ただ、御案内のとおりに財政そのものが縮んでおりますから、それはやっぱり国家の財政の苦しいことを分かち合わなきゃならないことも当然であろうと思います。
○柏原ヤス君 そこで、文部省所管の予算案の伸び四・七三%となっておりますが、この四・七三%というのは昭和三十年度の四%以来の記録的な低率と、こういうふうに言われております。政府の一般会計予算全体の伸びとこれはいつも比べるわけでございますが、昭和四十九年度、五十年度、五十一年度と、文部省予算の伸び率は一般会計予算全体の伸び率を上回ってずっと来たわけでございます。ところが、昭和五十二年度、ここから逆転して、その差は開く一方で今日まで来ているわけでございます。また、文部省予算が国の一般会計予算に占める割合も五十二年度からはどんどん下がっていると、こういう点を見ますと、文部省予算というのは年々下がってきている、国の財政が苦しいとはいえ、この実態はこれでいいだろうかと、改善とか充実とか整備とかということを高く掲げて文部省はおりますけれども、先ほどから申し上げているように言葉だけじゃないんじゃないかと、これをしつこく申し上げるわけなんです。この伸び率についてこういうふうに申し上げますと、文部省は、国債費と地方交付税交付金を除いた一般歳出の伸び率の四・二九%に比べて文部省所管予算の伸びは〇・四四上回っていると去年もそういう言い方で煙に巻かれたわけでございますが、きっと今度もそういう御説明をなさるだろうと思って先に申し上げたわけなんですが、何か自己満足をしているんじゃないかと、予算確保にもっと私はがんばるべきじゃないかと、こう申し上げるんですけれども、自己満足にすぎないということに対してどういうお答えをなさいますか。
○国務大臣(田中龍夫君) 私の答えまで先におっしゃってしまわれましては困りますが、しかし計数上の問題でございますから政府委員からお答えをいたします。
○政府委員(植木浩君) ただいまいろいろとおっしゃいました数字は、柏原先生の御指摘のとおりでございます。確かに、過去の国の予算全体と文教予算の推移を見ますと、国の予算、一般会計の総額の伸び率に対する文部省所管の予算の伸び率を比較いたしますと、四十九、五十、五十一と文部省予算の伸び率の方が上回っておったわけでございます。これは予算の伸び率あるいはシェアの問題はなかなか構造が複雑でございまして、単純にこうだと申し上げることはできませんが、四十九、五十、五十一は恐らく、文部省の予算の中の人件費というのが六〇%以上ございますから、人事院勧告の率が高かったとか、あるいは人確法等の給与改善というものがございまして、そういう点で文部省の予算の伸びが国の一般会計予算より上回っておったということが主な原因ではなかろうかと思います。その後は人件費の伸びも次第に下がってまいりましたので、非常に大ざっぱな議論ではございますが、そういうことで次第に文部省の予算の伸び率が国の一般会計予算の伸び率より低くなってきたということでございます。しかし、中身を個々に見てみますと、先ほど来大臣が申し上げておりますように、私どもとしては決して自己満足をするようなことは一度もなく、予算の充実には努めてきたつもりでございまして、時間がございませんから個々には申し上げませんけれども、いろいろな個々の予算の内容につきましては厳しい中にもかなり充実をしてきておるということができるかと思います。
○柏原ヤス君 中身は充実しているというお話でございますが、そんならお聞きしますが、文部省一般会計予算の約半分、これは義務・養護負担金の金額で占められている。それは確かに六・四%と伸びております。しかし、これは当然的な伸びであって、このいわゆる先生方の給料ですね、これを除きますと、文部省の一般会計予算の伸びはわずか三・二%です。ですから、この三・二%という数は文部省全体予算の四・七三%よりはるかに下回っているわけですね。これで内容がいいなどと言えるだろうか。この点いかがですか。
○政府委員(植木浩君) ただいま御指摘の数字も全く正確な数字でございますが、さらに細かく申し上げますと、義務教あるいは養護負担金の伸び六・四%を除いたその他の経費は三・二%でございますが、その中身で、先ほども大臣がちょっとお触れになりましたが、公立学校の施設費につきましては、児童生徒が減少傾向にあるというようなことから、必要な事業量は確保しているつもりでございますが、予算全体を見ますと相当額減少になっております。したがいまして、この施設費をさらに除いたその他の一般的な事業費を見てみますと、数字の問題で恐縮でございますが、六・六%の対前年度比増になっております。したがいまして、いま先生がおっしゃいました文部省全体四・七%を上回っていることはもちろん、国の予算の一般歳出の伸び四・三%を上回っておるわけでございまして、さらにその中の個々を見ますと、科学研究費にしろ、あるいは義務教育の教科書の経費にしろ、それぞれ伸び率というのはかなりの数字になっております。科学研究費は一〇・二%増、義務教育教科書費は一〇・九%の増、あるいは私立大学等の経常費補助金は八・八%増ということで、個々の内容まで見ますとかなりの充実を図っているつもりであると、このように申し上げておるわけでございます。
○柏原ヤス君 中身だ中身だとおっしゃるから、その中身のどこだというと、これを除いたこの中身と、それを除いたその中身と、まるでしんのしんだけが何とか辛うじて継続されている。 〔委員長退席、理事世耕政隆君着席〕 特に、教科書の問題をちょっとおっしゃいましたが、これは当然のことであって、文部省がむしろ改善するとか整備するとか充実すると言うんならば、少しでも新しいものを、そしていままでできなかったことをこれだけやったというものがやはりあってこそ、田中文部大臣のときにこうなったという大きな実績が後に言い伝えられると思うんです。そういう点で、文部大臣は、昭和五十六年度のこの文部省所管の予算をどのように評価なさっているのか、もう一度お聞きしておきたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) 十全はなかなか期しがたいのでございますが、しかしながら、総体的に見まして苦しい中のやりくりは十二分に遂げておると、かように考えます。
○柏原ヤス君 重ねて申し上げますが、五十七年度以降の予算折衝は余り期待できないんじゃないか、こんなことでは。認識を改めて、五十七年度はしっかりとした予算折衝に取り組んでいただきたいということをつけ加えさせていただきます。 次に、先ほどございましたが、公立文教施設の整備費、これが五十五年度に比較すると四百五十億も削減されている、八・三%も削減されていると、その理由はと、これお聞きしょうと思いましたら、大臣から御答弁ございました。それはそのとおりと承知いたします。 そこで、事業量がそういうふうに減ったと、だから予算は減らしていいと、そういうもんじゃないと思うんですね。事業量は減ったけれども、やらなければならないものがやはりこの文教施設の整備の中にいろいろあるわけなんですね。急増地域における小中学校の用地費の補助、また、高校建築費の補助、これはまあ辛うじて五十六年度から五年間のみこのまま補助が続くことになったわけですけれども、急増地における用地はますます高くなる、また、高校生も今後増加の一途をたどるということを考えますと、この補助も五年ごとに区切って見直しをするっていうんじゃなくて、恒久化する必要があるんじゃないかと、こういうふうに考えますが、その点いかがでしょうか。
○政府委員(吉田壽雄君) 昭和五十六年度予算案における公立文教施設整備関係の制度改正のことを申し上げますと、関係諸団体の要望のきわめて強かった、いま先生もおっしゃいました高校新増設建物補助につきましてはこれを継続するというようなこと、それから、児童生徒急増市町村の用地費補助につきましても継続を行うということ、並びにその用地費補助の交付率を引き上げたというようなこと、それから、老朽建物の改築基準緩和措置、いわゆる千点緩和措置でございますけれども、これも継続することとしたこと、 〔理事世耕政隆君退席、委員長着席〕 それからさらに、高等学校の校舎補助基準面積、これの改定等も行ったというようなこと、というようなことで、私どもといたしましてはまあ可能な限り改善を行ったというふうに考えているわけですけれども、先生が御指摘なされましたような、こういう際に現行の補助率を引き上げたらどうかというようなこと、あるいは高等学校の用地費について補助対象としたらどうかというような、そういうことにつきましては、現行補助制度の中のいろんな均衡上の問題だとか、あるいはまた現下の、先ほど大臣も申しましたような厳しい財政事情等もいろいろとございますので、いますぐにそういうものを実行に移すということは困難であるというふうに考えている次第でございます。
○柏原ヤス君 もう一点、公立文教施設の予算が大幅に削減されたと、それは事業量が減ったからだというお答えですが、私、減ったから予算を減らせばいいというんじゃなくて、やはり努力すべき問題点はまだあると。それは、申し上げるまでもないんですけれども、地方からはいつも強い要望が出されております。補助率の引き上げ、高校用地に対する補助、こういう問題を制度として改正を図るべきではないかと、こう思いますが、この点はいかがでしょう。
○政府委員(吉田壽雄君) 公立学校の危険建物に対する改築補助制度は御案内のとおり法律に基づく恒久的な制度でございますけれども、先ほども申し上げましたように、この用地費補助あるいは高校新増設建物の補助等は、それぞれ児童なりあるいは高校の生徒の急増現象に対処して、いま臨時的に行っている措置でございますので、まあこれを恒久化するというのはいまの段階で私ども考えていないわけでございますので、さよう御了承いただければ幸いと存じます。
○柏原ヤス君 現在のままで地方は高校生急増に対処できると、こういうふうに文部省は考えていらっしゃるのでしょうか。 東京の話ですけれども、葛飾区にこの間参りましたら、現在の時点で三百二十人もの中学浪人ができるという状態になっております。こういう意味で、高等学校の建築費に対する補助率の引き上げ、用地費の補助、こういう必要性についてもう一度お答えいただきたいと思います。
○政府委員(吉田壽雄君) 高校急増の建物の関係でございますけれども、いま東京都の例も挙げられましたけれども、各都道府県が急増の実態に応じまして計画をしこれを遂行しているところでございますが、その実績をちょっと申し上げますと、昭和五十五年五月現在の各都道府県の報告を集計したものでございますが、昭和五十一年度から五十五年度にかけては三百五十三校の高校の新設がございました。それから、五十六年度から六十年度までに関係都道府県が計画しておりますものは二百九十六校、約三百校の新設でございまして、これに対応する補助金、国の補助金につきましては十分これをカバーするということで私どもいろいろと五十六年度の予算も確保いたしているつもりでございますし、五十七年度以降もそのように努力する所存でございます。
○柏原ヤス君 これは資料をいただければいただきたいと思ってお願いするんですが、公立文教施設の整備に対する各補助について地方の負担がどれだけか、また国の補助はどれだけかという実態と、今後の推移、これを資料としていただければとお願いするわけなんですが、これをまたいただいた上でいろいろとお聞きしたいことを質問さしていただきたいと思うわけなんです。また予算折衝の武器にもなると思いますので、この点いかがでしょうか。
○政府委員(吉田壽雄君) 先ほど申しましたように、昭和五十六年度の公立学校施設整備費予算案は今後の児童生徒数の推移をもとにいたしまして、全体的な、全国的な事業量を推計した上で計上したものでございますが、事業量の推計は全体的な傾向の推計であるにとどまるものでございますので、いま先生から御指摘のありましたような資料がどこまで提出できますか、その点につきましては検討をさせていただきたいと存じます。
○柏原ヤス君 次に、教科書の問題をお聞きしたいと思います。 文部大臣の所信表明の中に、教科書無償は「引き続き存続させる」と、こう述べられております。わざわざこのように所信表明の中に触れられた理由をお聞きしたいと思います。用地費や建築費の補助のように予算補助であれば継続するとか存続させるとかという言葉も許されると思いますが、教科書無償は憲法第二十六条の義務教育無償の精神を具現したものであって、国会で可決された法律に基づく措置であります。それを思いますと、政府が一方的に存続させるとか廃止するとか云々するのはおかしいじゃないかと思いますので大臣にお聞きする次第でございます。
○国務大臣(田中龍夫君) 御案内のとおりに、昨年私が就任いたしましたときすでに大蔵省の方では、文教なかんずく教科書問題は聖域ではないぞ、これは必ず削減してみせるというような大変な気負い立った姿勢でございました。しかしながら、御案内のとおりに先生から大変な御激励と御鞭撻をいただきまして、私も勇気百倍いたしまして大蔵省との折衝にがんばったわけでございます。御指摘のとおりに、これはむしろ教科書の無償ということは憲法の規定するところである。また同時に義務教育の無償の精神という憲法二十六条の気持ちを生かしまして、われわれはあくまでもそれに対して堅持しなければならないと考えておるものでございます。しかしながら、一方、国の財政の問題はこれは別途困難なところであるにもかかわらず、それを切っていくのがむしろ当面の国の施策であるというような表現でいろいろと申されておりますが、私は、今後将来ともにもう教科書の問題については触れてはいかぬのだと。御案内のとおりに三役の会議まで持ってまいりまして、それで大蔵当局といたしましてはなお非常なふんまんを持っておりましたけれども、この問題についてはもうこれでもってさらに触れては相ならぬというところまで追い込んでまいったのでございます。しかしながら今日なおいろいろくすぶっておりますことは御案内のとおりであります。教科書の無償の問題だけは文教政策の根幹として今後ともに継続してまいる覚悟でございます。
○柏原ヤス君 毎年毎年予算編成のときに教科書無償制度の存廃が取りざたされる、大蔵省との駆け引きの道具にされている、このように国民は見ております。今度も教科書無償制度の存続と公立文教施設の整備費と取引されたというようなうわさが出ております。これは事実なんでしょうか。いかがですか。
○国務大臣(田中龍夫君) 私はそういうことはないと存じます。
○柏原ヤス君 大臣の先ほどのかたい御決意を伺いまして、ぜひそのようにと期待するものでございますが、このような不当な論議が起きないように、この件についてはぜひ閣議で意見の統一を図るべきだ、こういうふうに思いますが、そこまでやっていくおつもりでしょうか、どうでしょうか。
○国務大臣(田中龍夫君) 大蔵大臣の非常な決意、それからまた大臣折衝から党三役というところまで持ち出しまして、そうして内閣の方針として、党の方針として、無償であるということを決定いたしてゴールインいたしたわけであります。
○柏原ヤス君 そういうふうにお聞きしておいても、また有償化への動きが起きてくるのじゃないか。しかし、文部大臣の強いお力によってこの無償制度は守っていただきたい。そういう点でさらにお願いを申し上げるわけですが、また一方、教科書はなぜ無償でなければならないのか、また逆に有償化すればどんな弊害があるのか、そしてなぜいけないのか、こういう基本的な御認識も伺っておきたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) ただいま申し上げましたように、教科書無償ということは、これは憲法二十六条の義務教育の問題と相関的な問題でございます。同時にまた、世界各国の例に徴しましても、ほとんどの国というものは、国民に対しての教育のために無償を続けておるわけでありまして、これを世界の中におきましても先進国中の先進国日本が逆に有償化するといったようなことは考えるべからざることである、私はかように考えます。
○柏原ヤス君 有償化すればどんな弊害があるかと、こういう点のお考えをつけ加えてお願いいたします。
○政府委員(三角哲生君) 基本的には先ほど大臣が申し上げたとおりでございますが、有償化すればという仮定の前提に立ったお話でございますが、これは、まずやはり基本的には憲法に掲げる義務教育無償の精神が後退するということがあるわけでございますが、いろいろほかに問題があろうと存じますが、まず第一に、これは当然のことながら父兄の教育費負担が増加する。言ってみますれば、全部の保護者に一律に増税をしたと同じような効果が出るということでございます。第二点といたしましては、教科書無償は二十年近くすでに実施してまいりまして、国民の間に深く定着しておるものでございますから、これを廃止するということは国民の期待に背反するということになるのでございます。それから第三としましては、有償になります場合には、教科書の製造にかかわる資金需要の関係から、金利等の問題で教科書代の上昇が予想されるのでございます。それからもう一つは、あわせて円滑な教科書供給体制の整備に問題を生ずるということが予想されるのでございます。それから最後に、これは大臣が申されましたが、有償化ということは、教科書を無償とする、これは給与をする場合と貸与する場合と両用のやり方はありますけれども、いずれにしましても無償にしております世界の大勢に逆行するということで、これはそういう意味の弊害と申しますか、デメリットがあるわけでございます。
○柏原ヤス君 文部省が出していらっしゃる「現行教科書制度の概要」というのを拝見いたしましたが、そこに、「教科書無償制度は、義務教育諸学校の児童生徒が使用する教科書を無償で給与する恒久的な制度である。」と書かれております。この「恒久的」というのはどういう意味なのか、お伺いしておきたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 私どもの局で出しました「現行教科書制度の概要」という資料についての御質問でございますので私から申し上げますが、これは、義務教育教科書の無償給与制度は、先ほど来御説明がありますように、憲法第二十六条に掲げる義務教育無償の精神をより広く実現するものとして現在法律に定められて実施しておるものでございますので、この法律に基づきまして今後ともこれを継続していきたいという文部省の姿勢を示した、そういうことでございます。
○柏原ヤス君 これは国会図書館の方にお聞きいたしたいんですが、聞きますと、国会図書館には教科書がないということですが、これはどういう理由によるものですか。
○国立国会図書館参事(高橋徳太郎君) ただいまの御質問にお答えを申し上げます。 国会図書館におきましては、旧上野の帝国図書館を引き継いで蔵書として中に入れておりますが、昭和二十四年に引き継ぎました折、約五万冊余の明治以来の義務教育教科書を持っておりました。で、これにつきまして、昭和二十五年に国立教育研究所が文部省において設けられましたときに、そこで研究用の史料として歴史的に教科書は一括して持っておきたいというところから正式な移管の要請がございまして、それに基づきまして昭和二十五年度中に移管をいたしました。で、その後教科書につきましては文部省教育研究所が体系的かつ網羅的に収集をいたしまして、しかも教育研究所附属の図書館で一般公開をすると、こういう条件で経営をされておりまして、その後もずっとますます蔵書と申しますか収集を続けられ、発展させられまして今日に至っておりますので、研究用の施設としては別に国立国会図書館にワンセット置くこともなかろうというような判断であったと思いますが、その後教科書の収集はいたしておりません。 なお、五年前の昭和五十一年には、教科書の業界の方で設けました教科書研究センターというようなものも設けられまして、これは私どものすぐそばの四谷の駅の近くにできておりまして、ここもこれはまた非常に網羅的によく整備された図書館でございまして、われわれの方に御照会がありますとそのいずれかを御紹介をして御利用いただくと。いずれも公開でございますので、そういうふうにいままでは措置してきております。 それで、実はその途中に、納本制度がございますものですから別途に納本される教科書会社等もございましたし、文部省の教科書課に対する献本が教育研究所のものと重複をいたしますので、昭和二十年代におきまして約三年間ほど教科書課の方から当館に移管を受けたものもございます。約千冊足らず、九百五十何冊かございましたが、これは神奈川県に教育研究所というものができました折にそちらの方に差し上げることにいたしまして、図書館協力用という形で差し上げる手続をいたしました。 なお、これは残念なことでございますが、昭和三十七年の段階で一回、教育研究所に移管しておりました教科書を御返還願いたいということをこちらから発議したことがございます。これは、制度として納本制度がある以上、教科書といえども当然納本の対象となるのではないかというような議論が起きまして、そういうふうな経過になりましたんですが、これは先方からいまさらとても返せないと、いただいた本については——おっしゃるとおりなんですが、非常によく整備されまして、帙をつくってあれするとか、年間に数十万円の管理費をおかけになってりっぱに整備しておられるわけでございますから、そういうことはとても当方としては望めないということで、さたやみになった経過がございます。まあこれは残念と申しますか、先方は当然のことでございまして、非常によく整備しておりますので、それはそれでごもっともだったと思いますが、当館側としてはその後やはりまた納本制度の上での収集をやるというところまでいかなかった点がわれわれ残念だと思っております。大体沿革的には以上のようなことで、今日教科書はわれわれは持っておらないということでございます。
○柏原ヤス君 その制度の上から言えば、原則的には置くべきものなんですね。 そこで、私はせめて義務教育で使用されている教科書は国会図書館に置くべきではないか、こういうふうに思いますがいかがでしょうか。
○国立国会図書館参事(高橋徳太郎君) お答えをいたします。 義務教育の物に限りませず、一般に公にされた図書は納本の対象となるのでございますから、従来われわれの方の納本収集の努力を国立教育研究所の方の作業に依存しておったということで、われわれの方の力の足りなさがここにあらわれておるということでございます。したがいまして、制度の精神から申しますと当然納本の対象といたさなければならないと考えております。しかしながら、現在手いっぱい、手狭と申しますか、お願いをいたしまして図書館に書庫を中心とした別館を建てていただくというようなことで発足をいたしました。やっと工事に着手いたしておりますが、こういう書庫のスペースとかいうものを勘案いたしながら検討を始めたいというふうに考えております。
○柏原ヤス君 大臣はどうお考えでしょうか、また、国会図書館に文部省としても協力すべきだと、こう思いますがいかがですか。
○政府委員(三角哲生君) ただいま国会図書館御当局の御説明を聞いてよくわかった次第でございますが、事情が許せば義務教育の教科書が国立国会図書館にあるということは便利であり、望ましいことであるというふうに考えますけれども、これは国会図書館御自身、あるいは国会図書館を指揮監督する国会御自身のお考えになり、御検討いただく問題であろうと、こういうふうに考えます。
○柏原ヤス君 来年度から使用される中学校の教科書が全体としてそのページ数が若干減っているわけですが、これは新学習指導要領と関連してこのようにページ数が減るわけですね。
○政府委員(三角哲生君) これはただいま柏原委員がおっしゃいましたように、新しい学習指導要領が教科内容を基礎的、基本的事項に精選するということを重視しておりますので、これに従いまして教科書におきましても記述の精選を図られたためページ数が若干減少したものが見受けられるのでございます。
○柏原ヤス君 新学習指導要領の改訂によって若干薄目になった、その教科書が定価が幾らになったのかと見ますと、その改定率、値上げ率は五十年代に入って今回が最高の上げ幅になって七・九%という値上げ率ですが、この七・九%という値上げ率の根拠、これをお伺いしたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 教科書の定価につきましては御指摘のように今年度七・九%値上げといいますか、最高価格の限度が上がったわけでございます。これは定価につきましては用紙代、人件費、印刷製本費、それから一般管理費等の構成要素がございまして、教科書定価の改定に当たりましては、いま申し上げました要素それぞれごとに、物価の上昇あるいは人件費の上昇等の動向などを精査いたしまして計算の上改定を図ることになりますが、この五十六年度の七・九%というのは、確かに御指摘のとおりここ数年来一番高い数値になってございますが、これは今回の定価改定に当たりまして用紙代というものがかなりの要素を占めておりますが、これが昨年中例年に比べて非常に著しい上昇がございまして、これを算入いたしました結果、ここ二、三年来一番の上げ幅の改定になったということでございます。
○柏原ヤス君 教科書の値上げ七・九%、この計算は確かに単純に計算されたものではない。しかし、ページ数が大幅に減った教科書、また逆にふえた教科書もあるわけです。それを一律に値上げするというのはどんなもんだろうかと、素朴な考えですけれども、ページが少なくなったものはその分そんなに値上げはされなくてもいいのではないか、こういうふうに思いますが、いかがですか。
○政府委員(三角哲生君) 現行の教科書の定価の算定方法なんでございますが、これは最高の限度価格を決めるという、そういう事柄でございますが、その算定方法は一つ一つの教科書ごとに必要経費を算定するという、そういうことはいたしておりませんで、小中学校用の教科書全部につきましてこれを製造して供給するまでに必要な経費を、先ほど申し上げましたような教科書価格構成要素ごとに一々しさいな検討を加えて推計をいたしまして、そしてその金額とそれから従来の価格による金額、これの売り上げ見込み額という形で対比をいたしましてそうして割り出すと、こういう仕組みになっております。 確かに委員おっしゃいますように、中学校の教科書のページ数は教科によりましてそれぞれ若干減少をしております。この点については用紙の斤量の改善でございますとか、あるいは色刷りページを増加するとかというようなことで各会社は対応をいたしまして、いわば相殺をされたという形になっておりましたために価格面での動きが出なかった、こういうことでございます。
○柏原ヤス君 ページ数の少なくなった理科だけをつくっている教科書会社、ページ数が多くなった英語だけをつくっている教科書会社、これに対して同じ七・九%の値上げ率、これはおかしいんじゃないかと思いますが、その点いかがですか。
○政府委員(三角哲生君) 確かに柏原委員おっしゃいますような見方もでき得るというふうに思いますが、これはただいまも御説明申し上げましたように、現行の教科書の定価算定方法が個々の教科書ごとに必要経費を算出するということをいたしませんで、小中学校用教科書の全部につきましてこれを製造、供給するに必要な経費を推計をしていくと、こういうことで、これと定価を据え置いた場合の売り上げ見込み額とを対比して逆算して算出すると、こういうやり方をしてあるもんでございますから、いま御指摘のように、個々の教科別ごととかあるいは教科書発行社ごとには定価改定率というものが出てこないのでございます。したがいまして、まあそれぞれの会社ごとにその枠内で努力して、内容だけでなくて、外形的にもいい品質の教科書をつくっていただく、こういう仕組みになっているのでございます。
○柏原ヤス君 ページ数にこだわるようですけれども、今回の学習指導要領で薄くなった中学校の教科書、従来どおり小学校の教科書は同じです。しかし値上がり率は同じだと、何だか納得しないわけです。仮にある会社は小学校用だけをつくっている、またある会社は中学校用だけつくっている、そうなりますと不公平になるんじゃないか、こういうふうに思いますが、いかがですか。
○政府委員(三角哲生君) 御指摘の小学校、中学校のそれぞれの発行者の間の問題につきましても先ほどのお答えと同趣旨のお答えをせざるを得ないということなんでございますが、ちなみに中学校用教科書のページ数は平均で、前に比べまして約七・七%減少、ページ数が減っております。一方五十六年度から使われます中学校の方の教科書につきましては、先ほど斤量の改善と申しましたが、紙の質の改善を行っておりまして、これに伴う経費は前年度に比べますと約五%弱よけいにかけておるというのが実態でございます。それからもう一つ、やはり色刷りページを中学校の教科書でふやしておりますために、これに伴う経費は前年度の教科書と比べますと、概算一三%強よけいにかかっておるというようなことがございまして、それなりに中学校の教科書としては対応をしておられる、こういうふうに私どもは判断しておるのでございます。
○柏原ヤス君 また教科書の問題は機会をいただいていろいろお尋ねしたいと思います。 次に、教科書の記述の問題、また建国記念行事に対する文部省の後援、こういうことが問題になっております。教育、文化の問題が政争の具に供されていると、こう思われても仕方がないと思うんです。こうした事態を大臣はどうお考えになっていらっしゃいますか。
○国務大臣(田中龍夫君) 私は、終始一貫申しておりますように、教科書の無償の問題、それからまた検定制度の堅持という問題、さらにまたりっぱな教科書をかわいい子供たちに上げなきゃならぬということ、こういうことで一貫してまいっておる次第でございます。なお、この教科書の記述の問題等々につきましても、文教に関する問題は、長期的な展望に立って、広く国民の各位、各層に理解と協力とを得て取り組むべき課題であります。政争の具に供するといったようなことが断じてあってはならない、かように考えておる次第でございます。 なお、ただいま後段お述べになりました建国記念日の問題、これは御案内のとおりに、いかなる国家も国民もその国の建国の記念日というものをお祝いするのは当然であろうと存じますが、同時にまた、内閣といたしましては、御案内のとおりに建国の日というものを国として決めておりまするし、いまの建国の日に対しまして国民ひとしくこれをお祝いするということは私は当然なことである。なかんずく、すでに総理府の方におきましてはその後援をいたしておりまする関係から、政府といたしましても、同様にこれに対して後援をいたすこともこれまた国民感情からいたしましても当然であろう、かように考えておる次第でございます。
○柏原ヤス君 同じ問題ですが、過去の内閣において総理と文部大臣が教育を政争圏外に置くということを標擁したことがございました。いまこそそれが必要ではないかと痛感いたしますので、大臣はこういう問題をどうお考えになっていらっしゃいますか。
○国務大臣(田中龍夫君) 歴代の内閣の方針どおり、またいま先生のおっしゃいましたように、政争圏外に置かなきゃならぬ、かように考えております。
○柏原ヤス君 次に、学校給食についてお尋ねいたします。 学校給食について実施率はどうなっているのか、特に障害児学校が低率であるというふうに見ておりますが、その理由と対策とをお伺いしたいと思います。
○政府委員(柳川覺治君) 御指摘の学校給食の実施状況でございますが、昭和五十五年五月一日現在の状況は次のとおりでございます。 小学校につきましては、学校数で申しまして二万四千四百二十二校九七・七%、中学校は九千二百七十三校八六・〇%、特殊教育諸学校六百五十二校七五・八%、夜間定時制高校千二十六校九六・五%でございます。 児童生徒の実施人員で見ますと、小学校が九九・四%、中学校は八二・〇%、特殊教育諸学校につきましては七五・五%、夜間定時制高校八九・九%の状態でございます。 このように小中学校と比べまして、特殊教育諸学校の学校給食の実施率はやや低い状態になっておりますが、特殊教育諸学校の学校種別に実施状態を見ますと、児童生徒数で盲学校が九九・六%、聾学校が九九・一%、養護学校が六五・五%でございまして、養護学校につきまして、昭和五十四年度から義務化されるに至ったことなどの事情がございまして、この面の養護学校における今後の実施についてさらに努力を必要としておるという状態でございます。
○柏原ヤス君 学校栄養職員の問題について二、三お聞きしたいと思います。 栄養の管理とともに食生活の指導も行っておりますこの栄養職員、ぜひ全校配置が望ましいと思っております。現在の配置率と十二年計画完了時の配置率はどういうふうになるのか、お聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 配置率でございますが、昭和五十四年五月一日現在におきます公立小中学校の単独給食実施校、これにおきます栄養職員の配置率は二二・七%でございますが、昭和五十五年度を初年度といたします第五次改善計画におきましては、約四千五百人の学校栄養職員の定員増を措置することとしておりまして、その結果、計画完成時におきます単独校における学校栄養職員の配置率は五一%に改善される見込みでございます。
○柏原ヤス君 学校栄養職員の定数改善、この状況をもう少し具体的にお聞かせいただきたいと思うんです。 それと、国庫負担の対象となっていない栄養職員はどのくらいいるか、この点お願いします。
○政府委員(三角哲生君) 今回の定数改善計画の内容を少し申し上げますと、現在は単独校で二千五百人の調理をするところに一人、それから、共同調理場で五千人以下のところが一人、五千一人以上のところに二人、こういう配置の基準にしておりましてやっておるわけでございますが、今回の定数改善計画では児童生徒数七百人以上の給食校に一人、それから七百人未満の給食校につきましては四校について一人、それから七百人未満の給食校しかなくてそれが三校以下しかないというような町村に、これは町村を単位として一人置く、こういうことにいたしております。それから共同調理場は、従来五千人というのを切れ目にしておりましたが、三千人以下のところに一人、三千一人以上のところに二人、こういうぐあいに配置を厚くしていこら、こういう計画にしておりまして、その結果として約四千五百人の増員を必要とする、こういうことでございます。
○柏原ヤス君 国庫負担の対象となっていないものは。
○政府委員(三角哲生君) それから、昭和五十年五月一日現在におきます県費負担の学校栄養職員の数が六千五百十二人でございまして、このうちで国庫負担の対象とならない県費負担学校栄養職員数は四百二十三人となってございます。それからまた、このほか国庫負担の対象とならない市町村費支弁の学校栄養職員が千七十五人ありまして、これを先ほどの四百二十三人と合わせますと、合計千四百九十八人が国庫負担対象外となってございます。
○柏原ヤス君 次に、学校給食調理員について、文部省の配置基準は一体どうなっているのか。たとえば児童生徒数百一人から三百人規模で二人、三百一人から五百人規模で三人、こういうふうになっているんでしょうか。まあ実際これだけの人数で給食を準備するのは非常に無理だ、そういうわけで、現場ではパートを雇ったりして対処していると思われますが、その実態をお聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(柳川覺治君) 学校給食の調理員の配置状態でございますが、文部省におきまして、学校規模に応じました配置基準を示しておりますが、昭和五十五年五月一日現在でのその実態を見ますと、ほぼこの基準に見合った配置になっておるというように思われます。すなわち、実情でございますが、いま先生御指摘の百一人から三百人につきましては、基準といたしまして二人、配置の実情は小学校で二・一人、中学校で二・一人でございます。また三百一人から五百人につきましては三人、小学校で三・一人、中学校で三・二人の配置がなされております。全体で申しまして調理員の方々で給料を受けている方々が全国に七万三千三百八十六人おられます。また、賃金支弁の日々雇用のような形で置かれておられる方が九千二百四十二人、給料関係が八八・八%、賃金が一一・二%という状態でございます。
○柏原ヤス君 米飯給食がだんだん充実してまいりますが、とても調理員の手が足りない、そのために配置基準を手直しするという点が検討されているというふうに聞いておりますが、そういうことは検討されているんでしょうか。また、いつ手直しをするのか内容がわかればそれもお聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(柳川覺治君) 五十一年度から御案内のとおり米飯給食の計画的導入を進めております。この導入に際しまして、地方交付税の上で必要な要員の措置が講じられてきておるところでございます。給食調理員の配置基準の作成が二十年前でございました。それ以後学校給食事情も変わってきておりますし、いま先生御指摘の、米飯給食の導入の問題もございましたので、この米飯給食の実施が五十六年度一応完成年次になっております。なお、そのような事情から、給食の実施状況が流動的要素もございますので、これらが安定化し、将来の方向を見定めた時点で詳細の実態調査をいたしまして、この面の問題を考えていくことが適当であろうというように現在考えているところでございます。
○柏原ヤス君 まあ楽しい食事というものを考え、また給食をするということが教育の上で非常に大事だと。先ほど大臣が、愛情のある教育というようなことを強調されましたが、ぜひ私は、学校食堂というものが必要だと、そういう点で現在の設置率は一体どうなっているんだろうと、これをお聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(柳川覺治君) 学校食堂の意義につきましては先生かねがね御指摘を賜っておるわけでございまして、この学校食堂の設置の促進に私どもも努めてきておるところでございますが、設置率の状況は五十四年十月現在で小学校七百七十六校三・四%、中学校百三十七校二・〇%、合わせまして九百十三校三・一%で、ようやくその緒についたという状態でございます。なお、今後ともこの学校食堂の建設につきましては努力を重ねるべき課題であると存じております。
○柏原ヤス君 こうした学校の食堂は必要だというふうに文部省もお考えになっているようですけれども、非常に設置率は低い。このままにしておいたら、いつになったら学校に必要な食堂ができるんだろうか。まあ焼け石に水というような感じでございます。理科の教育をすれば理科室が要るのがあたりまえ、音楽の教育をすれば音楽室があるのがあたりまえ、給食を行うならば食堂があるのがあたりまえで、ない方がおかしいと。あの狭い教室で、それこそ食事をする部屋でもない部屋で給食をさせるということは一日も早く改善されなきゃならないと。そのために、来年度予算を見ますとそれの対策も講じられておりますけれども、とてもこれじゃどうにもならない。 そこで私は、基本的には義務教育諸学校施設費国庫負担法、この対象面積に加えて、新設校には必ず学校食堂をつくるという施策も必要だと、このくらいにしなければとてもできるもんじゃないと、こういうふうに思っていますが、そうした積極的な取り組みをお考えになっているかどうか。その点いかがですか。
○政府委員(柳川覺治君) いま先生御指摘がございましたが、五十六年度予算に当たりましては、対前年度比五割増の百四十校分の学校食堂の補助金を計上いたしております。これらの予算措置によりまして、来年度における設置率は小中校合わせまして約四・一%になるということで、なお緒についたということしか申し上げられませんが、それなりの努力を重ねているところでございますが、将来にわたりまして学校食堂について学校施設の補助基準の対象とすることにつきましては今後なお検討してまいりたいというように考えているところでございます。
○柏原ヤス君 次に、校内暴力について二、三の問題をお尋ねしておきたいと思います。 所信の中で、政府としては教育課程の改善、学校における生徒指導の充実というこの二点に努力するということが述べられております。しかし現在、子供の非行、校内暴力、学校ひいては社会そのものに対する抵抗とも言われているくらい根の深いものであり、大きな問題であると言われております。したがって、一片の通牒や厳格な生徒指導とか、警察との協力といったような対症療法では基本的な解決はできないと、こういうふうに思っておりますが、大臣が現在の校内暴力、非行の原因というものをどう考えていらっしゃるか。いろいろございますけれども、特に根本的な原因は何だと、こういうふうに受けとめていらっしゃるか、お聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) これは、先生の冒頭の御質問にありました、一体根本的には何を最も考えておるのかという問題に返るわけでございますが、私は、冒頭申し上げましたように、教育の根本は愛情でなければならないと。果たして環境がそれに対応しておるのかどうかということでありますが、御承知のとおりに、家庭の教育におきましても核家族といったようないろんな問題で、まことに、どちらかと言ったらば愛情ということとはほど遠いような生活環境にありますし、学校自体の問題におきましてもいろいろな問題を抱えておりますし、あるいは社会においても同様であります。同時にまた、かわいい子供さんが成長される周囲の環境というものが果たしてりっぱな子供さんが育つかどうかということもいろいろ問題のあるところでございます。 ただ、そういうことばかりを申しておりましても話になりませんが、同時にまた、先生が御指摘のように、一片の通達を文部省が出したといたしましても、これまたそれで十全を期することはできない。なかんずく、文部省というものは直接に子供さんの教育に当たっておるものではないのでありまして、結局、教育委員会を指導して、そうして学校の校長先生、委員会、そういうところを指導するわけでございます。しかしながら、その中におきましても基本的な、これに対応いたしまするためには、青少年問題研究所といったような問題についても先生の御意見もあるわけでございますが、しかし、この対応の中において、いまいろんな結果といたしましては、やはり子供に対して本当に教育委員会を通じての幾多の指導をいたしておるわけであります。通達は、もちろん通達だけではいけません。しかし、それに両々相まって教育委員会を通じての指導、あるいはまた指導センター、そういうふうなきめの細かい施策をあわせて行っておる次第でございます。
○柏原ヤス君 文部省としてもいろいろお考えになり、手を打っていらっしゃるわけですが、そうしたものが現場にどれだけの影響を与えているだろうかと、こういうふうに当たってみますと、まあ管理職クラスのところまでは文部省の考えているものは行き渡っておりますけれども、現場の教員のところには全く何の影響もない、そういう現場を見せつけられました。大臣がおっしゃるように、通牒ぐらいではだめだとおっしゃっておりますけれども、そのとおり。しかも、文部省から打たれる手がもう全く後手なんですね。いまさら何を言っているんだというような受けとめ方を現場ではやっております。それは、大きな国家的立場に立ってなさる文部省としてはやむを得ないことかもしれませんけれども、もう少し根本的な問題に取り組む必要があると私は思います。また、それも決して不可能じゃない。不可能じゃないどころじゃない、やらなければならない。 そういう点で、所信を拝見いたしますと、「教育関係者が学校教育の現状について謙虚に反省し、この問題に積極的に取り組むことが肝要」であると、こういうふうに述べております。教師、これが生徒指導や学習指導に打ち込める条件づくり、また子供が生き生きと生活できる学校環境、こうしたものを考える、それが私は先決だと思うんです。 そういう意味で、文部省では教職員定数改善十二年計画というようなものも打ち出しているわけです。ところが、これが全体八万一千六百七十四人の改善ということが示されておりますけれども、それが十二年計画ですから、十二分の一として六千八百人、ことし予算でどれだけの改善を考えているかというと、二千五百九十二人、こんなことじゃどうにもならないんじゃないかと、こういうふうに考えます。文部省が本気になってやればできるこういう定数改善、こういうようなものを積極的にやるということの方が私はより価値が上がると思います、効果が上がると思います。 そのほか、高校入試、大学入試のあり方、いわゆる試験地獄、落ちこぼれづくり、こういうようなものも文部省の力によってこれはやらなきゃならない問題だと思うんです。こうした条件づくり、これこそ文部省のやるべき仕事である、こういうふうに考えますが、大臣のお考えはいかがですか。
○国務大臣(田中龍夫君) ただいま先生が仰せられましたいろいろなお考え、またわれわれが考えております施策、そういうふうなものが一番大事なことは総合的に行われるということでありまして、一方だけやったって効果はありませんし、定数の改善の問題にしろ、あるいは環境の整備にしろ、あるいはいろいろな文部省の通達、それを受けとめていただく学校の管理体制、そういうふうなものが全部が両々相まって初めて有終の美をなすことができると思うのであります。そのためには、生徒指導講座の開設でありますとか、生徒指導資料の作成、配布でありますとか、あるいは生徒指導研究推進校の設定とか、こういうふうな文部省といたしましてやれる限りのことは総合的にやってまいりたい、かように考えております。
○柏原ヤス君 最後に、教員の週休二日制についてお伺いいたしますが、文部省はどういうふうにお考えになっておりますか。
○委員長(降矢敬義君) 時間がもうありませんので簡潔にお願いします。
○政府委員(三角哲生君) はい。学校の教員の週休二日制につきましては、文部省といたしましては都道府県教育長協議会等の御提案にもありますように、学校教育のあり方や実情などにかんがみまして、いわゆる四週五休方式というものによることなく、夏、冬等の学校の休業日の期間内に実施するしかないと考えまして、国立大学の附属の小・中・高等学校等につきましては訓令をもって所要の措置を講じますとともに、一方公立学校についても、国立についてとりました措置について各都道府県教育委員会に対して連絡を通知したところでございます。
○柏原ヤス君 一般公務員については試行の手続を経ておりますが、教員については試行すらさせなかった。教育上問題があるのか、実施は本当に困難なのか、この点いかがですか。
○政府委員(三角哲生君) 文部省といたしましては、国立の附属学校の教員につきましては昭和五十二年度に試行を実施いたした次第でございますが、四週五休方式による実施には教育上種々の困難な問題が生じました。ちなみに実行率は五六・七%でございましたけれども、いわゆる四週五休ということでやります土曜日に限定した場合の実行率は三〇・二%、こういう結果でございました。 それから公立学校の教員についても、ただいま柏原委員、試行させなかったというふうにおっしゃいましたけれども、実はそうではございませんで、昭和五十二年三月と五十三年三月の二度にわたりまして各都道府県に対してその試行を指導したのでございますが、教育上種々の問題が生じるとして試行は結果的に実施されなかったと、こういうことでございます。
○柏原ヤス君 本格的な週休二日制にやがて移行されます。そうなりますと、教員の四週五休、これは文部省の考え方が私はよくないと思うのです。それでも今後、いまの考え方で推し進めようとしているのか、また今後どういう対応を考えているのかお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 今回の週休二日制は、柏原委員御承知のとおり、いわゆる開庁方式によるということ、それから実施のための定員、予算等の増は行わないということなどを前提としておりまして、私どもとしてはやっぱり学校には月曜から土曜まで児童、生徒はちゃんと来るわけでございますので、そういうことを踏まえまして、現状においては先ほど申し上げましたように夏、冬等の休業日の期間内に実施するしかないと考えまして今回の取り扱いを行ったものでございます。 今後の取り扱いについての御質問でございますが、これにつきましては人事院の週休二日制に関する今後の検討状況など、諸般の事情を勘案しながら、教育行政全般を預かります文部省といたしましても慎重に検討してまいりたいと、こういうふうに考えております。
○下田京子君 教科書の問題について最初にお尋ねいたします。 いろいろと教科書についていろんな立場から議論がされておりますけれども、教科書の批判が根拠のないものであってはいけませんし、そして教科書が教育上非常に重要であるけれども、また教育研究やそういう学問の自由や何かを侵すものであってはいけない、これは言うまでもないと思うんですが、その点で具体的に幾つかお尋ねしたいんです。 第一番目のことでございますけれども、先日の予算委員会で私どもの沓脱議員の質問に大臣が、社会科の公民分野で憲法をどういうふうに教えるのか、こういうふうにお尋ねをした際に大臣は、 公民の分野におきまして、われわれは中学校の社会科におきましては、民主的な平和的な国家の、社会の形成者といたしまして、必要な公民的な資質を養うことを目的といたしておりますことは当然でございます。憲法につきましても、その基本的な精神であります基本的人権の尊重、国民主権及び平和主義を中心といたしましたその正しい理解を深めることが肝要である、かように存じておる次第でございます。 と、こういうふうに述べておりますけれども、まさに公民分野の教育目的、そしてまた教科書というものはそういう立場からつくられていくというふうに判断してよろしいですね。
○国務大臣(田中龍夫君) そのとおりでございます。
○下田京子君 では、大臣がお述べになっている憲法の精神の中での三つの原則について、一つずつ以下またお尋ねしたいわけですが、基本的人権についてどう教えたらいいのかと、こういうことにつきましては沓脱質問の際に参考人をお呼びして、参考人がこのように答えております。基本的人権云々は、 人間はどんなにかけがえのない命を持っているのか、つまり個人の尊厳をしっかり教えることが基本的人権の教育ではないのか。それがしっかり教えられることが社会を本当に大事にし国を大事にする。つまり、愛国心の原点は個人の尊厳にあると思います。 と、こう述べておられます。これは参考人の言葉ですから、あえて私はいま読んだんですが、つまり基本的人権というのはそういう個人の尊厳ということにあるという点のお考えは大臣も変わりないと思うんですが、いかがでしょう。
○国務大臣(田中龍夫君) そのとおりでございます。
○下田京子君 そこでお尋ねしたい点なんですが、としますと、個人の尊厳につきまして今回出されております新学習指導要領、これは個人の尊厳の分野が旧指導要領では社会科全体の基本目標としてあったわけです。ちょっとお読みいたしますと、新指導要領では、公民分野の方に「個人の尊厳と人権の尊重の意義、特に自由・権利と責任・義務の関係を社会生活の基本として正しく認識させ、」と、こういうふうにうたっているんですが、これが新指導要領では、まあ公民分野に書いてある。旧は社会科全体の最初の目標に掲げられているんですが、これは特別な理由がございますでしょうか。
○政府委員(三角哲生君) 新しい指導要領の社会全体の目標の中にいろいろ書いてございまして、結語として「公民としての基礎的教養を培い、民主的、平和的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。」、こういうふうにうたっておりまして、で具体のことはそれぞれの各分野のところに書いておると、こういうことでございます。
○下田京子君 いえ、旧指導要領では「第二節社会」というふうにありまして、「第一 目標」という中の一項目のところに「広い視野に立って、わが国土に対する認識と」というところから始まって「わが国の公民としての基礎的教養をつちかうとともに個人の尊厳と人権の尊重が」ということで社会全体の「第一 目標」に入っているんです。新指導要領の方は「公民的分野」の「目標」と、こうなっているわけなんです。で、変わっていることは事実なんですね。だから、私が聞いていますのは、そういう書き方が変わっているというのは何か目的があるのか、それとも目的そのものは変わりないのか、こういうお尋ねでございます。
○政府委員(三角哲生君) 今回の指導要領の改定に当たりましては、従来の指導要領と比べて内容を、何と申しますか、かなり標準的なことに向けてしぼっておりますから、分量も薄くなっております。 それで、いま御指摘の社会全体の目標ということも、これは各分野の目標を集約して書くということももちろんできるわけでございますけれども、ですから前のはそういう形になっていたと思うんですが、今回のは目標をより抽象的に書きまして、で先ほど私が御説明申し上げましたように、「必要な公民的資質の基礎を養う。」というような字が出ておりますわけですから、これは包括しておると思うんです、歴史、地理あるいは公民的分野それぞれの内容をですね。ですから、目標の書き方というものを若干整理をしたということはございますけれども、いま御指摘の「個人の尊厳」ないしは「人権の尊重」といった事柄について、社会科でもって旧版と新版でその取り扱いを変えたと、そういうことではないと思っております。
○下田京子君 扱い方は変わってないということでございますからよくわかりました。 それから次に、国民主権のお話なんですが、国民主権というのはどういうことかというお話で、これは一言にいえば国の主人公は一人一人の国民、住民なんだということを本当に自覚されるように教えることだと。例に出して、たとえば原発の問題では賛成だとか反対だとかという結論を教えるのが公民の教育ではなくって、問題は自分もどうなんだろう、自分の意思、政治的な考えをきちっと持てる、そういうふうになるような基礎を公民的分野でしっかり教える、それがつまり国民主権をどう教えるかという一つの具体的な立場なんだと、こういう話がありましたが、この点については大臣、いかがですか。
○国務大臣(田中龍夫君) 御案内のとおりに、民主政治というものは主権在民でございます。国民が主権である、こういうことでよろしいと思います。
○下田京子君 次に、平和主義の問題でございますけれども、大臣も三つの基本を言って、平和主義大事なんだと。じゃ、その平和教育とは何なのかということで、あのときには参考人が平和主義というのは戦争を起こさないためにどうするかということをやはりきちんと押さえなければならないという話があったと思うんです。それで、具体的に各地の実践例等お示しになって、その後で戦争を起こさないためにどうするか、そのところがいまの平和教育の大事なところじゃないか。昨年六月、パリでユネスコの軍縮教育世界会議がございました。さらに、二月二十三日にはローマ法王が来まして、二月二十五日に広島アピールを出しましたが、その精神は、やはりいかにして戦争を防ぐか、これが平和教育の大事なところ、憲法第九条の精神にかかわる大事なところだと思いますと、こう述べているんです。私もそう思うんです。大臣はいかがに思いますでしょうか。
○国務大臣(田中龍夫君) 平和というものはいかに大事であるかということはいまさら申し上げるまでもありません。日本の今日の繁栄にせよ、あるいはまた将来の本当に地球規模における大きな人類の繁栄にせよ、平和を前提にしなくてはならない、かように考えております。
○下田京子君 端的に平和が重要で、必要で、大切だ、同じようなことですが、そのとおりですが、平和主義、平和教育とはという点で戦争起こさないためにどうするかということが大事ではないかと、こう言っているんです。それに対して大臣、どうですかと。
○国務大臣(田中龍夫君) 平和をあくまでも守り通さなきゃならない、その国際的な暴力に対しては、やはりその暴力から守っていかなきゃならないということも含めた意味において平和というものが初めて意味があると思うんであります。
○下田京子君 つまり戦争を起こさないためにということも含めて、そういうお立場だというふうに理解してよろしいですか。
○国務大臣(田中龍夫君) 戦争を起こさないための外交的な努力、あるいはまた外敵に侵されないための内政的な国の守り、さらにまたあらゆる政治の面においての平和を堅持する努力、こういうものの総称と思います。
○下田京子君 よろしいです。 で、具体的にお尋ねしたいんですが、としますと、戦争起こさないために国際的にも国内的にもどうあるべきかという点も踏まえてだと、そういう点から当然軍縮の方向ということが入ってくるだろう。としますと、一九八〇年、昨年の六月九日から十三日のパリのユネスコ本部で開かれた軍縮教育世界会議なんですが、この位置づけについては、他の委員の質問等にもお答えされて、これは政府間レベルじゃなくって、いわゆる民間レベルといいますか、そういう研究者の集まりとしてやられたと、性格づけは明らかになりました。 ところで、この会議がどういう経緯のもとに開かれることになったんでしょうか。
○政府委員(松浦泰次郎君) これにつきましては、その以前にユネスコにおきまして、やはり軍縮の問題、専門家会議がございまして、それを受けまして国連の総会でもそれに協調するような、それを促進するような動きがございまして、それを受けまして、いま先生のお話のございました昨年の六月九日から十三日まで、個人資格による、参加者による専門家会議というものが開かれたわけでございます。その以前からユネスコの精神とします学術、文化、教育等を通じる世界の国民の精神的な連帯による平和を目指していくという精神に沿った意味での軍縮問題が研究討議されてきたというようなものでございます。
○下田京子君 そうしますと、昨年のユネスコ主催の軍縮教育世界会議は個人資格の参加でやられた会議だけれども、それは国連の軍縮特別総会の決議によりやられたものだということだと思うんですね。としますと、そもそもやはりそれは政府間によって呼びかけられて行われたものだというふうに思います。そういう性格のものであれば、当然このユネスコ軍縮教育世界会議で決められた、ユネスコ理事長に対して出されました決議案といいますか、そういうものについてどう受けとめていくかというのは、それは個人の資格でやられたことでかかわりないよということじゃなくて、広く深く政府としても関心を持っていただきたいし、またそういう性格もあるというふうに理解してよろしいでしょうか。
○政府委員(松浦泰次郎君) 広く大きい意味におきましてはやはりユネスコの活動の一環でございますから、そのような前向きの対処ということも考えるべきかと思うのでございます。 ただ、何回も申し上げますが、これは政府間会議ではなく、個人資格による参加者の間で意見とか経験等の交換が行われて、その文書はユネスコの事務局長に対して提出されたものである。それでございますから、ユネスコ事務局長あるいは執行委員会としてユネスコ全体としての何か意見、方針が出ますと、それを受けまして私ども対応するというようになる順序のものでございます。したがいまして、本件の会議の結果の取り扱いにつきましては、現在のところユネスコ当局から各国政府に対しては具体的な働きかけは来ておりません。そういう意味で、私どもそれ以上の対応は現在はまだいたしていないわけでございますが、何かユネスコの本部としまして方針とか政策が打ち出され、各国政府に働きかけがございましたら、当然それを受けまして、私どもそれに積極的に取り組むべき問題だというふうに考える次第でございます。
○下田京子君 ユネスコの事務局長に対する要請なんですけれども、これは次の第三十五回国連総会に提出したいというふうなことでも書かれていると思うんです。私、お願いしまして資料等いただいているということですから、じゃその最終報告書の概要、仮訳でいいからひとつやってみてくれと言ってお願いしたんです。概要だけですからあれですが、ちょっと時間がないんですが、大急ぎで、十項目ほどあると思うんですけれども、簡単に内容をちょっと御紹介いただけませんか。
○政府委員(松浦泰次郎君) これは要約いたしますと二つの部面から構成されておりますが、一つは軍縮教育の原理というような関係でございます。それにつきましては、軍縮教育は責任を自覚する教育者の基本的な義務である、ということが一つ。それから軍縮教育は軍縮の計画、見通しに関する情報の普及及びこれらを促す希望、理想を述べることに制限されてはならない。もっと積極的に取り組まれるべきであるということが第二点でございます。それから第三点は、平和及び軍縮教育のための教育に人々の安全の基盤となる政治的、経済的及び社会的要因の一層の理解を可能とすべきであるということで、そういう政治的、経済的、社会的な要因と非常に密接なつながりがある問題として考えるべきであるということが三点でございます。それから四番目が「軍縮教育は、人権教育及び開発のための教育と不可欠のつながりをもつ。」、人権の問題を考える場合、あるいは開発の問題を考える場合にはこの軍縮教育というのが密接な関連をしておるという前提で考えるべきであるということでございます。それから五番目が、軍縮教育は一般教育方法の発達を最大限利用し、みずからの教育及び教示の方法を作成すべきである。一般的な教育の方法がいろいろ改善されて発達しておりますが、それは軍縮教育の面でも取り入れて有効に活用すべきであるということになりましょう。それから六番目が軍縮教育は生徒学生の間に軍縮問題への批判的アプローチを促進し、また意見、表現、情報の自由という厳密な点においてあらゆる好戦的、軍事的宣伝に抵抗させることにより国際理解、寛容、社会的正義に貢献すべきである。それから七番目としまして、軍縮教育は社会の全セクター及び世論に働きかけるべきであるというようなことが軍縮教育の原理としてうたわれております。 それから二番目に、大きい項目としまして「ユネスコ事務局長に対する要請」というような……
○下田京子君 よろしいです。ありがとうございました。 大臣に御答弁いただきたいんですが、ユネスコで開かれた今回の軍縮教育世界会議の性格や位置づけはもう言うまでもなくわかったところですが、その中で決められた、話されたことがユネスコの事務局長に出されたと。その対応はまだ決めてないというお話ですが、精神としていま述べられたような方向でより積極的にこの日本でも文部大臣お取り組みいただけるかどうか、その決意をお聞かせください。
○国務大臣(田中龍夫君) ユネスコという一つの団体が世界の人類のために平和と文化と教育と科学といったような本質を持っていることは当然でございます。しかしながらいま、私が個人的の問題ではないのであって、日本政府としてどのように取り組むかということになりますと、やはりこれは事務総長に対して個人的な出席の方々のアピールと申しますか、要望の提出だけではそれが対応できない。やはりユネスコの本部を通じまして正式に日本政府に対して要望がありませんと、その当該アピールに従って動くということはこれはできないと私は思います。
○下田京子君 アピールそのものへの対応はいま言ったことばと思うんですが、精神としていわゆるさっきの平和の教育といいますか、戦争を防ぐというふうな立場でのいまのお話はそういうお立場でおやりいただけるだろうと。これはいままでの話ですから別に念を押さなくてもいいと思うんで次に移りますが、大臣が言われている中で平和教育というのは大事なんだと、広い意味で戦争を起こさないということを踏まえてなんだということでいろいろと皆さん方から御意見がありましたらりっぱな教科書ができるように努力していきたい、こういうことをお述べになっているんですね、いままでも。ところが、りっぱな教科書をつくるために各方面からいろいろお話を聞きます、だからどうぞ御協力をお願いしますと、こう大臣はいろんなところでお話しになっているんですが、これには二つの問題があるなと私思ったんです。一つは、りっぱな教科書をつくることは異存ありません、じゃそのためにどうぞ御意見をということなんですが、意見を言うにも教科書が手に入らないわけなんですね。これは早急に改善をしていただきたいし、同時にその作業の過程でいろいろな意見が出せますようにぜひ検定のあり方も含めて公開していただかなければできないだろうと。ですから、一つは広く教科書がやっぱり私たちも含めて手に入るような形にならぬものかなと。それからもう一つは、やはり検定のあり方なんかも含めて、公開しなかったら言っていることが矛盾しているんじゃないだろうかなと思うんですが、いかがでしょう。
○政府委員(三角哲生君) 教科書につきましては先ほどの御質問に対しまして手順の御説明をしたわけでございますけれども、教科書が検定が済みますと見本本という形で作製されまして、これは全国約五百カ所ございます教科書センターで例年七月の初めから採択関係者の供覧に供するためにそこで公開展示をされまして、そして、その期間が終わりました後もそのセンターに置かれまして、そしてどなたでも必要があって教科書を見たいという方はそこへ行ってごらんになることができる、こういうやり方にしておるわけでございます。
○下田京子君 局長にお尋ねしたんじゃなくって、大臣が、調査官が審査をしていろいろとりっぱな教科書をつくるために努力しているから意見をと、こう言っているものだから、意見言うには教科書がなかったらやれないし、じゃ審査の過程が公開されなかったら無理じゃないのというふうなことで要望したわけなんです。いまあれこれのことを議論する時間がありませんから、これは譲ります。 次に大臣、三月九日の玉置議員の質問に対しまして大臣はこのようにお述べになっているんです。玉置議員がいろんなことを御指摘されました。その最後の方に「いろいろの御指摘をいただきましたが、私どもは何とか次の時代を担ってもらう青少年、その一番教育の中核をなす教科書がりっぱなものにならなきゃならないという念願で努力をいたしておりますが、なお、ただいま御指摘のような数々の事例も、これをぜひとも正常なものに戻していかなきゃならないということに全力を挙げて闘っておる次第でございます。」、こう言っているんです。いいですか大臣、「ただいま御指摘のような数々の事例」とはどういう事例を言っているんですか。それから「これをぜひとも正常なものに戻していかなきゃならないということに全力を挙げて闘っておる次第でございます。」、これはどういうものと闘っておるんでしょうか。
○国務大臣(田中龍夫君) あくまでもりっぱな教科書ができるために闘っておるのでありまして、何と闘っておるということは申したわけではございません。 闘っておるという言葉は皆さん方が始終お使いになる言葉で、これはまあ常識語でございますんで、最大限の努力をしておると、こうお考えをいただきとうございます。
○下田京子君 それは大臣は苦しい御答弁ですよね、数々の御指摘にということで玉置議員がどんなことをあのとき御質問されたのか、それからまた、玉置議員が御質問の際に使われた資料や何かを提供された、いわゆる一定のグループの皆さん方がどういう資料を提示されているのか、これは以下幾つか申し上げたいと思うんです。 その点の第一なんですけれども、玉置議員が非常に好んで使われた、たとえば口絵のカラー写真がデモばっかりだなんと言ったけどデモばっかりでなかっただとか、共産主義がユートピアだなんと言うけれども、それも事実と違っていただとか、いろんな指摘があるんですが、その中で玉置議員の使われている資料を提供している森本さんがおります。その森本さんという研究グループで指摘されている問題の一つに年金問題があるんで、これをちょっとお尋ねしたいんです。 年金問題で十年も前のデータでは古いという批判が出ました。この十年も前の資料は古いということについて、園田厚生大臣は、 この教科書に載せられた表はおおよそ十年前の数字をそのまま書いてございまして、教科書をつくる先生方がそれがわからぬはずはありません。私の方もこれを気づかなかったことはまことに恥ずかしいことで、早速文部大臣と相談をしてこれは訂正をいたしてもらう、こう思っております。 こういうふうに言っているんですけれども、そのとき大臣は同席していらっしゃったんです。厚生大臣が十年も前の古い年金の資料を使っている、じゃもう文部大臣と話すというふうに言われたときに、大臣としてどういう立場をおとりになるのがより望ましいのかなということをお聞きしたいわけなんですが、その前に確認をしたいんです。 厚生省の方おいでですか。−年金ですけれども、各種年金、日本の場合には五共済と厚生、国民、船員保険八本になっていると思うんですが、そういう国内における各種年金の資料が、たとえばいまの時点ですと一番新しい資料というのはいつの時点で整いますか。
○説明員(長尾立子君) お答えを申し上げます。 現在各種の共済組合も含めまして年金の金額を統一的な資料としてつくっておりますのは社会保障制度審議会の事務局から出しておる資料でございますが、これは通常本年度で申し上げますと、五十六年の四月ごろに五十五年三月末の数字が全部のものが出るという状況になっておるわけでございます。
○下田京子君 国際的な年金の比較というのはどうでございますか。そして、また最近の数字というのはいつごろのがお出しいただけますか。
○説明員(長尾立子君) 年金水準の国際比較でございますが、これにつきましては私ども年金局が資料をつくりまして発表をいたしております。 各国の資料が実は非常にまちまちでございまして、最も資料の入手しにくいのがフランスでございますが、フランスが最も古くて一九七七年の数字がいま私どもが入手できる最新のものでございます。ほかの国の場合は一九七九年または一九八〇年のものが入手できるわけでございます。
○下田京子君 そうしますと、大臣、いまのような資料を文部省として教科書にひとつ添えようというふうなことになれば提供できるわけでしょう。問題の指摘されております年金問題を扱ったのは学校図書なんですけれども、確かに十年前の資料を使われているという点では、これは子供も教師もお母さんもあらってこう思いますよね。しかし、この教科書は大臣、検定通しているんですよ、もう。大臣は検定しているんです、検定済みなんです。その教科書を玉置議員は問題にしたんです。そして、そのことに厚生大臣が遺憾だと言っているんです。それに大臣は何にもおっしゃらないんです。 教科書というものでデータ等が古いということが明らかになれば、教科書会社自身で気づけば直すこともできるでしょう。そして、そういう仕組みになっているというのは大臣自身がおわかりでしょう。そして検定済みなんですから、大臣が責任を持ってこれはこうこうこうだということを御説明しなければならなかったんじゃないでしょうか。
○国務大臣(田中龍夫君) いまの教科書の内容につきまして、まあすでに検定済み、でき上がっております教科書の内容につきましては、私は知悉しておりません。しかし、そういうふうな御指摘がありました以上は、それがまた現実に非常に古かったという場合につきましては、これはやっぱり調査官の——いまの教科書会社との間の何といいますか、調整と申しますか、同時にこれはあそこにおいて——誤字等の訂正の問題とか、あるいはまた客観情勢の非常に合わないといったような問題というものは、これは調査官の方から注意をいたしましてそれを修正いたすことは当然できると存じますし、その後の場合におきましては、これは会社の方からわれわれの方に、審議会の方に修正方の意見が出てくるであろうと存じますし、いまのあそこにおいて厚生大臣もそれはああ古いと、これはとんでもないことだとおっしゃったならば、それに応じて調整をしなきゃならないことだろうと、かように考えます。
○下田京子君 ですから、大臣があの場にいるんですから、こういう教科書というのはこんな仕組みになってますといって、そして明確に自分で責任を持って検定済みなんですから——自分で責任持って検定済みの教科書のこと言われてるんですよ、大臣。こうこうこうなんだといって説明するのが大臣のお立場じゃないでしょうかということを言ってるんです。
○国務大臣(田中龍夫君) 大臣といえども、そういうことをすべて森羅万象知っているわけではございません。 なお、そういうふうな事務の問題は事務当局同士で折衝を遂げるでございましょう。だから、そのときに私が同席しておったからというて、当然お前知っているはずじゃないかと言われても、私は実は知らなかったんです。
○下田京子君 いいですか、そういうことで知らなかったと言っても、具体的なあれこれの中身の云々じゃなくて、制度的にいって、確かに十年前の資料は古いでしょうと。しかし、検定を通していまの制度の中でいろいろ問題はあるにしても、文部省が責任持ってやってるんですね。だから、仮にそういう資料がある場合にはこうこうこういうことでやれますよという御説明もできることなんですよね、仮にあれば。それが、また戻りますけれども、この際に玉置議員は何て言っているかといいますと、十年も前のデータは古いと、しかも日本の年金はいまや最高水準になっているんだと、こんなこと言ってるんですけれども、これまたとんでもない話ですよ。事実の論評をいましませんけれども、そういうことを玉置議員はずっと指摘していったんです。そして、それに対して大臣が答えて言ったのが、いろいろな御指摘がございましたと。これを正常にしていかなきゃならない。そのために闘っている次第でございますなんて、これはもうとてもじゃないですけれども、とんでもない。正確を期す大臣としてりっぱな教科書をつくるとおっしゃっていらっしゃる、そういう言葉ではないと、こう思うんです。いかがですか。
○国務大臣(田中龍夫君) 先生は私がだれと闘っているとおっしゃるんですか。私は不公正な教科書、あるいはまた非常に正しいものでないそういうふうな事実、あるいはそういうふうな調整の問題と闘っておるんでありまして、別に私は玉置議員がそうおっしゃったからといいまして、私は努力しておるという意味における表現として申したのであります。
○下田京子君 不当な、根拠のない、事実に反する、そういう批判に対してはきちんと闘っていただく、これは当然でございます。そういう立場ですね。
○国務大臣(田中龍夫君) 間違ったものに対してはそのたびに闘っていかなきゃならぬと思うのであります。
○下田京子君 だと思うんですよ。 それで、その間違ったことを間違ったというよりも、事実を塗りかえて、そして資料をりくつて、教科書というのはもうみんなこういうものだみたいにお述べになっているのが、実はここに「疑問だらけの中学教科書」というのを書いている森本さんなんです。この方、筑波大学の講師ですよ。国立大学の講師ですよ。その方がおやりになっているうそとごまかし、すりかえ、もういっぱいあるんですけれども、一つ述べます。 老人ホームの記述なんです。老人ホームの写真が公民分野の七冊の教科書の中でどれに載ってますでしょう。
○政府委員(三角哲生君) 中学社会公民的分野で、教育出版株式会社の発行になるもののようでございます。
○下田京子君 のようですということですが、私も調べてみたら七冊の教科書で老人ホームについて写真が載っていたのは一冊だけなんです。教育出版一冊だけなんです。ところが、一冊しか載ってない老人ホームの写真、この老人ホームの写真といったらどんな写真ですか、教科書見ればわかると思うのですが、それを森本さん——大臣はちょっと遠くて見えないでしょう。(資料を示す)ここに老人ホームの写真とそれから老人福祉センターの写真と一緒にしちゃいましてね、それでもって「楽しそうな老人ホーム」云々なんていうことで書いてあるんです。教科書の中にこういうふうに載っているみたいにみんな思いますよ、これ見たら。こんな教科書ないです。 それからあと、具体的に今度は聞きますけれども、もう一つは中教出版の公民分野の百四十四ページごらんになっていただけませんか。六つの企業のグループのお話が出ていると思うのです。この六つのグループの企業名なんですけれども、このことについて公取の方お見えでしょうか。——はい。普通、日本が代表的な独占企業の話をするときには、六つの企業のというのはどういうグループを言いますか。
○説明員(関根芳郎君) お答えをいたします。 企業集団と呼ばれるものにつきましては、いろいろな区分があるわけでございますが、たとえば旧財閥系グループあるいは銀行系グループ、それから大規模事業者系グループといろいろあるわけでございますが、公正取引委員会といたしましては、これらの企業集団のうち、たとえば昭和五十四年におきましては、代表的な企業集団グループとしまして旧財閥系の三井、三菱、住友。それから銀行系のグループとしまして芙蓉、三和、第一勧銀。この六つのグループにつきまして実態を調査したというような経緯がございます。
○下田京子君 大臣お聞きだったと思うのです。これは私も資料でいただきましたが、三菱、三井、住友、芙蓉、第一勧銀、三和と、これは独占禁止法の改正といわれる公正取引委員会の事務局で出されている資料の中に入っているんです。ところが、こういうふうにちゃんと述べられているものを「疑問だらけの中学教科書」を書いた森本さんによると、ころっとこのように変わるんです。これは共産党の記述と全く同じであると、こういうことを述べているのです。共産党がいまの大企業がどこなのかという記述で六つのグループを述べていることは事実なんですが、その中には括弧書きで教科書に述べられているものと全く同じでないところがあるんです。ところが、森本さんになると、教科書そのものが、こういってあたかも共産党が書いているんだみたいなかっこうで全部書いているんですね。こういう批判に対してこそ大臣はそれこそ断固戦っていただかなければならないと思うのです。こういう不正な攻撃に惑わされないで、さっき言われましたように、教科書というのは本来的にいわゆる一つの検定基準、学習指導要領、こういうものに基づいて憲法と教育基本法の精神にのっとってやるんだと、こういうふうに思うわけなんですが、確認をいただきたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) 私は森本さんという人は知らないんです。それからまた、玉置議員が森本さんの名前を出されたといたしましても、私どもとは何も関係はありません。それからまた、そういうふうな間違った記述をしてはならないのでありまして、あくまでも正しい表現で正しいことをしなければいけない。そういうふうにいろいろと各方面いろんな議論が出ておりますが、私は、あくまでも中正であくまでもりっぱな教科書をつくろうというだけのことでございまして、間違った、記述に誤りがありましたならば、それはそういうことが巷間誤り伝えられないようにひとつ考えなきゃなりません。あくまでも、私はそのいまの森本君の本に対しては何ら関知いたしません。
○下田京子君 関心持つ、持たないはいいんですけれども、基準を教育基本法やいまの指導要領なんかに基づいてきちんとやるというのはどうかということを聞いたんですが、あえてこれは答弁いただかなくても当然そうやることでしょうし、そういう立場からりっぱな教科書をつくるという大臣の気持ち。 だとすれば、問題をちょっとこれは提起したいんですが、清水書院の今度使われる地理分野の教科書で、二百四十六ページに「日本の原子力産業」という記述がございます。そして、ここの部分で、実は見本本、原本とそれから供給本の中で、下の方ですね、つまり「温排水が漁業にあたえる影響など、地元の人々の不安も大きく、反対運動で建設できなくなった例もある。」というふうなところが、「例もみられる。」だとかというふうに書きかえられた。この議論はずいぶんやられております。ところが、このことについて科技庁の方から、これはこういうことで書きかえてはどうかという意見があったんだと、こんなお話なんですが、大事なところのお話がなくて、意見の分かれているところの書きかえを指示しているという点での大きな問題点を私指摘したい。どこかというと、同じここのところで、「原子力発電所の建設は、ふえる傾向にあるが、」と。この項の前にこう書いてあるんです。「廃棄物の処理の多くはアメリカ合衆国で行っている。」という記述なんです。前後してしまいましたが、科技庁の方、これはいま現在は——確認なんですが、現在はアメリカでやられているんではなくて、英国核燃料公社及びフランス核燃料公社と再処理委託契約を結んできており、それによって処理をやるんだと、こういうふうなことになっているかと思うんですが、そうでしょうか。
○説明員(佐々木白眉君) お答えいたします。 私どもが文部省に参考意見を申し上げましたのは、事実が間違っているとか誤解を招きやすいとか、それからバランスを失していると、そういうような観点から参考意見を申し上げたわけでございまして、これらの意見が——その後文部省に取り扱いについてはお任せしておりまして、そのことにつきましては当庁は関与しておりません。 それから、事実関係といたしまして、再処理につきましては、現在は東海村の再処理工場、それからそれ以外の部分につきましては英国の核燃料公社、それからフランスの核燃料公社に委託をしてございます。
○下田京子君 大臣、おわかりになったと思うんです。ここの教科書に書かれている記述は、「廃棄物の処理の多くはアメリカ合衆国で行っている。」と、これは明らかに誤りです。 そうしますと、本来こういう記述をきちんとやはり正誤訂正等で正していくと。ところが、そういうところを見ないで、意見の分かれているところはああだこうだ言うものだから、大事なところを見落としちゃっている。はっきりしているんじゃないですか。どういうふうにお話ししていただけますか。
○政府委員(三角哲生君) 教科書は新聞じゃございませんから、毎日毎日新しくするわけにもまいりません。特に時事的な事象を扱っておりますものについては、状況の変化に応じてこれを訂正していくということが必要でございまして、その道が開かれておるわけでございます。でございますから、御指摘のようなこともこれは教科書会社としては当然次のまた供給のときにはそういったところは正誤訂正の手続で文部省に承認を求めてくるというふうに私は考えます。
○下田京子君 いいですか、正誤訂正の手続の問題だとか、これはもう時間がないから議論の余地ないんですけれども、状況の変化に応じて云々じゃないですよ、いまのその廃棄物の処理の問題事実に反しているんですよ。そういうところに目が行かないで、意見が分かれているところが書きかえられているじゃないですか。なぜなんですか、どう釈明するんですか、こう言っているんです。 大臣答えてください、大臣でいいです。
○国務大臣(田中龍夫君) 私は、その間の手続のことは具体的には存じませんが、間違っておることがあったら訂正をしなきゃなりません。
○下田京子君 訂正はいいんですよ。それはもうやらなきゃならないんです、事実に合ってない、事実と反しているんですから。ただ、言っているのは、そういう検定の中で見落としちゃならない——まあ人間だからいろいろあるでしょうけれども、意見の分かれているようなところをああだこうだって書きかえておいて、同じ一ちょっと上のところですよ、見てない。 ですから、いまのやはり事実に基づいて書きかえるところは、正誤訂正に基づききちんと、これは緊急に訂正を要するところだから当然なんですが、違うところが故意に書きかえられている。これは、だからいろいろ議論されているんです。 そういう点と比較すると、かなりこの教科書を供給するまでに、見本本が供給本に出ていく過程で政治的につくりかえられている。これは著作者の著作権をも侵すし、教育の基本的なものも侵すし、現行の教科書検定制度にも疑問が出てくるというものであることを指摘しておきたいと思うんです。 それで、これはもう指摘です。私、あとはもう時間がなくて議論できないです。問題点だけはっきりさせたいと思う。
○政府委員(三角哲生君) ちょっと誤解があると思うんでございますが……
○委員長(降矢敬義君) 何でございますか——ちょっと答えたいそうですから。
○下田京子君 もう時間がないと思うんです。
○委員長(降矢敬義君) あなたの時間は十六分までです。だから、あるんです。
○下田京子君 ああそうですか。じゃ答えてください。
○政府委員(三角哲生君) 先ほど、意見の分かれているようなところだけ直って、そしてアメリカ合衆国云々のところが直ってないという御指摘でございまして、釈明をせいという話でございますが、これは科学技術庁から寄せられました参考意見をもとに教科書発行会社が御自分で考えてこういう正誤訂正をしたいというふうに持ってこられたものを文部省として承認したと、こういう話でございます。釈明とか何とかという筋合いのことではないと思っております。 それから、記述の「多くはアメリカ合衆国で行っている。」と、こういうことであったわけで、その状況がまあ変化してきたわけでございましょうから、その変化の状況に応じてこれまたそれぞれの教科書会社、これの場合は清水書院でございますが、それが自主的にお考えになって訂正をしてこられれば、文部省としては科学技術庁の正確な情報に基づいて記述を正しくすることに決してやぶさかではない、こういう順序、段取りになると思っております。
○下田京子君 廃棄物の処理の問題では、アメリカと云々なんということで、状況が変化したから出たことじゃないですよ。 それが一点と、それから科学技術庁が意見を言われたと。意見言われたけれども、その教科書を書いた人のあれはどうなんですかと。教科書会社が自主的に変えたなんて言っておりますけれども、そういうことで意見が分かれていることを、科技庁が言ったからだ、だれが言ったからだといって書きかえられたら、いろんな意見があることは、それはいままで言われているように、両論併記だってこう言われているんじゃないですか。それから、事実一つしかないものはそれだけなんじゃないですか。だから、幾ら議論をしていても時間がないから、これはこれで終わりましょうと、こういうわけです。 で、次に移ります。施設の問題なんですけれども、これは具体的にお尋ねいたします。北海道全体の小中学校の校舎並びに屋体の不足面積、これが必要面積に対していわゆるどのくらいの率になるか、面積と割合と教えてください。
○政府委員(吉田壽雄君) いまここにお尋ねの北海道のそういう資料は持ち合わせておりませんので、いずれ調べまして、また先生に御報告したいと思います。
○下田京子君 お持ち合わせというのは、いまないのか。文部省にはあるんでしょう。
○政府委員(吉田壽雄君) 恐らく学校基本調査に係る学校施設の公表の問題を御提起されたと思うんでございますけれども、文部省では公立学校施設整備補助金の執行等に資する資料を得るために、毎年五月一日現在におきまして全国の都道府県市町村教育委員会を対象といたしまして、都道府県の教育委員会を調査責任者に御依頼いたしまして、公立学校施設の実態調査を行っているところでございます。調査の実施に当たりましては、個々の地方公共団体単位の結果は公表しないという前提のもとに調査の協力をお願いしているわけでございまして、個々の地方公共団体がその判断によって個々の結果を公表することはむろん差し支えないことではございますけれども、文部省といたしましては公表を差し控えているところでございます。 なお、全国の集計結果につきましては、積極的に文部省といたしましても公表いたしまして、全国のそういう状況の紹介に努めているところでございます。
○下田京子君 あのね、公表するしないの話、いま何も聞いていないんです。つかんでいらっしゃるでしょうと、幾らですかと聞いているんです。そして、国会でいま質問して、北海道の基準面積を決めるでしょう、文部省が。そういう基準面積を決めているんですから、その基準面積に対して現行保有面積がありますでしょう。その現行保有面積が、実際に基準面積に比べて不足面積どのくらいなんですかと聞いているんですよ。そんなものわからないで——そんなもの国会に答弁できないなんという話の性格のものじゃないでしょう。
○政府委員(吉田壽雄君) 先ほど申し上げましたように、都道府県別の集計結果につきましては、事務的には公表しないという取り扱いを踏襲してきているわけでございますけれども、いま先生からそういうような御要請がございましたので、この点につきましては、いま北海道の件でございますが、北海道の教育委員会とも十分協議いたしまして検討いたしたい、こういうふうに考えております。
○下田京子君 大臣、あのね、そういう性格のものですか。全国の都道府県のそういう校舎並びに屋体がどのような状況になっているかというのを国会で聞いているんですよね。それはもう答えられないと、そういうものでしょうか。
○国務大臣(田中龍夫君) 学校基本調査は、統計法に基づきまして国の指定統計調査に該当いたします。指定統計を作成することを目的として実施いたしておるこの調査に関しましては、調査表は同法によりまして「統計上の目的以外に使用してはならない。」ということに相なっております。
○下田京子君 いまの大臣だったら逆に聞きますわ、それでは。学校基本調査に基づいて、そうするといまの施設等も調査されているんですね、大臣。
○政府委員(吉田壽雄君) 現在、公立学校施設のこういう調査は、文部大臣裁定の公立学校施設の実態調査要項に基づいて実施しておりまして、これはその調査要項の第一項の「調査の目的」に書いてございますとおり、「補助金の執行に関する資料を得るとともに、公立学校の施設の実態をは握することを目的とする。」と、こういうような趣旨によってこの公立学校施設の実態調査が行われているということでございます。
○下田京子君 目的聞いていませんよ。基本調査に施設の調査入っているか入ってないかということだけです。
○政府委員(吉田壽雄君) この公立学校施設の調査は、学校基本調査の中ではございませんです。大臣裁定に基づいて行っております。
○下田京子君 入ってないのはなぜですか。
○政府委員(鈴木勲君) 学校基本調査は官房の調査統計課で処理をしておりますが、これは学校の基本的な統計を指定統計として調査をしているものでございまして、他のたとえばただいま管理局長が申し上げました公立学校施設の実態調査等によりまして把握しているものにつきましては、これを重複を避けるために除いているということでございます。
○下田京子君 重複を避けるために除いていると、それだけですね。 そうしますと、いいですか大臣、いま大臣答弁されたことは全然事実と反しているんです。これは時間がないから、後で調べて正確に答えてください。学校基本調査によるものは全部公表されております。で、学校基本調査で調査する事項については、調査の範囲、区分及び時期、七点出ています。その中の四項目に学校施設調査が入っています。なぜそれでやらないかというと、重複するからやらないと、こういうふうにお答えにもなっているわけです。そういうことを所管の大臣が公表できないなんて——公表できないなんということ書いていません。書いてあるのは、統計法の中で「秘密の保護」というところでもっていろいろあります。目的以外に使用しちゃいけないというところであります。私がなぜこれを聞くかというと、年々教育予算、特に施設設備も含めていま削られてきているじゃないですか。 私は実態を述べます。 北海道で小学校の校舎の不足率二一・二%、屋体の不足率四一・八%、中学校校舎不足率二八・九%、屋体二九・一%です。 福島県、小学校の場合の校舎の不足率、これは校舎だけです、一九・五%、中学校の不足率五・四%。 ところが、基準が年々見直されるはずです。基準が見直しになれば、それに基づいてまた不足するという事態も出ます。それが豪雪地域だとか過疎地域だとか、一方過密地帯のマンモス校を抱えているところになると大変です。 千葉県、船橋市の実態を調べました。船橋市の中でマンモス校が、小学校の中で三十学級以上が五つあります。一学校、三山小学校では二千九十七人、実に四十九クラスです。中学校で三十学級以上、これが五校あります。実に一学校で三十五クラス、千五百三十九人、マンモスです。そして体育あるいは運動会も何回かにも分けなければやれないというような実態も出ています。千葉市、これは全国でも有数の人口急増地域です。プレハブ校舎が物すごいです。そういう中でいろいろと工夫をし、努力している千葉の高浜第二小学校にもお訪ねしました。本当にいろいろ工夫されてやっております。千葉市全体の中でのプレハブの学校数、設置数です。これは五十三年に小学校で二百二十二、中学校で九十四、計三百十六。五十四年、小学校二百二、中学校百四、計三百六。五十五年、小学校百八十九、中学校七十九、計二百六十八。五十五年現在で千葉市だけで小中学校のプレハブ設置数二百六十八でございます。そういう中で、実は五十二年の三月二十九日、わが党の上田耕一郎議員に対して、文部省は何て答えていると思いますか、大臣。こういうプレハブ、御指摘のとおり大変ですと、三年以内にはなくしたいという目標を立てていますと、こう言っております。もう三年過ぎました。千葉市だけでもこういう実態なんです。しかも、調査をしているか、しているけれども公表できない、秘密にかかわる、こういう姿勢では解消できないです。いっそういう見解になったんですか。 さらに、これはもう実情を申し上げます、幾ら聞いたって出してくれないでしょうから。豪雪地域のプールの実態です、積雪地域の。これはもうお粗末な話ですよ。山形県——委員長のところです。この委員長のところでのプールの設置状況なんですけれども、小学校でプールがあるのは四九・五%です。中学校でわずかに三〇・八%です。北海道、これは全国一低いです。いいですか。小学校で設置率わずかに一二・四%、中学校八・六%、こういう実態です。こういう状況に対して、大臣いいですか、実情を文部省知っているんです。その実情を必要に応じて私どもにお知らせするのは当然です。同時にそういう実情をどういう計画のもとでこれから解決されていこうとしているのか。これは一点決意をお述べいただくだけで結構です。
○国務大臣(田中龍夫君) 政府委員からお答えします。
○下田京子君 大臣に聞いているんです。予算の問題ですよ。
○政府委員(吉田壽雄君) 大臣の御答弁の前に私の方から申し上げます。 これには、なぜ公表しないかということにつきましては長い歴史的な経緯があるわけでございまして、簡単にかいつまんで申し上げますと、公立学校施設のこの調査は、昭和四十八年度までは先ほど来お話のありましたように、学校基本調査の中で行われていたわけでございますが、当時におきましても都道府県別の集計結果は公表されておりませんで、で、現在大臣裁定でやっているわけでございますが、この現在の取り扱いもその学校基本調査の中でやっておった時代のやり方を踏襲しているわけでございます。しかしながら、先生からそういうようなお話がございましたので、先ほども申し上げましたけれども、今後の取り扱いにつきましては各都道府県とも十分相談して検討してまいりたい、このように考えております。
○下田京子君 検討していくということだったから、聞いたかいがありました。で、言ったかいもありました。 で、大臣、いまの実情をよく考えて、そしてこれは計画を立てて、しっかりした教育的な見地から——いいですか大臣、教育的な見地からもう財政当局とやりませんと、これはどうにもなりませんよ。 私聞こうと思ったのですが、もう時間がないからこちらからちょっと言いますけれども、あの早稲田大学の商学部の入試問題の漏洩事件から一年たった現在、今度は成績表の原簿改ざん事件というのが出てきているでしょう。四万人というような大学で、あの教育問題についてもいろいろあるわけですよ。大臣も御承知だと思うのですが、きのう文部省お呼びになって調査しているでしょう。そもそも教育というところが忘れられていく中でああいう問題も出てくるのですよ。同時にまた、マンモスというような中で子供がどういう状態になるかというのも知っていると思うのです。こういう点で大臣の決意を聞きたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) いまのお話の経緯にかんがみましても、この施設の整備充実という問題は重大な問題でございます。文部省といたしましては、責任を持ってそのいまの詳細な建設費、その他の施設につきましては努力をいたします。
○委員長(降矢敬義君) 下田君時間です。
○小西博行君 先日三月二十四日に、小樽の小学校の偏向教育という問題をとらえまして、数点にわたって質問さしていただきました。その内容に一つきまして、特にこの文部省の三角局長の方から、大変まあ責任の分野が明確にされたといいましょうか、この面が文部省の責任だというようなお話も伺ったわけでありますけれども、三角局長にもう一度お伺いいたしますけれども、あの件に対して主に問題点としてどういう面があるか、もう一度お答え願いたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 予算委員会で小西委員からいろいろと御指摘、御質疑があったわけでございますが、小樽市におきまして、道徳でございますとかあるいはクラブ活動の時間につきまして、これをやらなかったりあるいはそういうことを含めまして運用が非常に不適切なところがあると、それから国語、算数、社会などの教科におきましてやはり不適切な補助教材の使用の仕方をしておる。それから教育課程の編成実施に関しても不適切な点があるということで、これは私どもも北海道教育委員会を通じて了知しておるところでございます。
○小西博行君 実はあの問題につきましては、一点は自主カリキュラムというあの問題がございました。それともう一つは補助教材の問題でございました。それから三点目はいわゆる「あかるい社会」であるとかあるいは算数は水道方式という方式でもってやっていると。したがいまして、それらのやり方というのは、それぞれの地域の自主性を重んじてやっておられるということでございますけれども、現実問題は大変この教育内容が偏向しているということもあろうかと思いますけれども、実力が大変不足しておりまして、市内の一流高等学校には非常に入りにくくなっている。したがって周辺の地域からどんどん優秀な子供がそれへ入ってくると、そういうような実は実態があるわけであります。あのときに大臣にもお伺いしたわけでありますけれども、文部省というのは責任があって権限がないのだという大変気の毒なようなお話を伺ったわけでありますけれども、実際そうでございましょうか。大臣にちょっとお伺いしたいと思います。
○国務大臣(田中龍夫君) まことに遺憾でございますが、そのとおりでございます。
○小西博行君 実際憲法の中にはかなりいろいろなことがうたってあるわけでありますけれども、どうやら今回の早稲田事件にいたしましても、責任はあるんだけれども、実際には指導の権限といいましょうか、そういうものがやっぱりないというふうに考えてよろしいんでしょうか。
○政府委員(三角哲生君) ちょっと私立学校の問題、私の所管外ではございますけれども、ほかにおりませんので、私前任の管理局長でございましたので申し上げますけれども、やはり私立学校は非常に自主性を高めて運営していただく、こういうことになっております。文部省としてはこれに対して指導助言をして、その運営を正常にしていくための指導助言をしていくという責任はございますけれども、問題の解決はやはり私学が御自分御自身の良識ある判断でやっていただかなければならないと、制度上はそういうことであろうと存じます。
○小西博行君 いままさに教育というのは、きょうもあさからいままでずいぶんいろいろ議論されております。大変たくさんの問題がありながら、現実には文部省そのものは権限がないという非常に弱い立場で、そしてしかも、現実には各県の都道府県の教育委員会であるとかあるいは市町村の教育委員会がすべて責任を持ってやるんだというような、こういう形になっているわけでありますね。そういう意味で、私よくわからないんですけれども、この文章規定上では文部省の範囲とそれから都道府県の教育委員会の責任分野とそれから市町村の分野、これはもちろん憲法の方ではいろいろ見せていただいているわけなんですけれども、今度の小樽の問題のような場合どういう形で実際的に対処していけば一番いいんでしょうか。それぞれの分野の責任の領域を示していただきたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 公立の義務教育諸学校と申しますか小中学校は、市町村がこれを設置して管理、運営する、こういうことでございます。 それから、公立の高等学校におきましては、これは通常は都道府県でございますが、もちろん市町村が設置する高等学校もございますが、やはりその設置者がこれを設置し管理をいたす、こういうことでございまして、文部省は国立大学の附属の小中学校、高等学校等は持っておりますが、いずれにしましても、またこの国立大学の附属の学校につきましては、それぞれの大学にはやはり学長を頂点としますいろいろな大学自治の組織がございます。でございますから、直接の学校におきますいろいろなことの取り仕切りの権限ないしは責任は、いま申し上げましたようなそれぞれの設置主体にあるわけでございまして、文部省は教育全体の水準の維持、向上のために教育内容につきまして学習指導要領を定めますとか、あるいは施設、設備等の整備のために補助金その他の方法を通じてこれを推し進めていきますとか、あるいは教育内容の展開に当たって教師の指導力を高めるためのいろいろな研修会を持ちましたり、あるいは研究指定校その他の制度を実施いたしましたり、こういったいわば全国的な水準での基準の設定を中心とする事柄をやる。そしてもう一つは、先ほど来申し上げております指導、助言のことでございますが、これは先般小西委員が御指摘になりましたように、学校教育法違反あるいは違反の疑いが非常に濃いとかいうような事例、あるいは学習指導要領に外れているというようなことの事例、そういったことがありました場合には、当該学校を所管いたしますそれぞれの教育委員会なり、あるいは私立学校の場合には当該学校の指導をしております都道府県の知事部局の所管の部局に対しまして、指導、助言をしてまいると、こういう関係になっておるのでございます。
○小西博行君 いや、いろいろ調べてみますと、教育委員会が非常にしっかりしているところというのはそういう問題というのはもうほとんどないわけでありまして、教育委員会がでたらめであるからそういう問題が出ているわけでございまして、いまの小樽市の問題なんかではもう完全にこれは教育法から見ても問題があるというふうにおっしゃっているわけであります。しかもそれをたとえば都道府県、北海道なら北海道の道教育委員会の方で完全に指導しなさいというのは大変私は無責任なような気がしてならないわけでありますけれども、その辺の考え方はいかがですか。
○政府委員(三角哲生君) 御指摘の問題につきましては、やはり私どもも状況の変化等に相応じまして、北海道教育委員会を通じて事態の推移あるいは道教委、市教委の指導状況等について数回にわたりまして事情聴取や報告を求めておりまして、私どもとしてもこれは非常に特異な事例でございますので、重大な関心を持ってその把握に努め、かつ指導も続けたいと思っておるわけございます。ただ、小樽市の方も、先ほど小西委員のお言葉にありましたような、いろいろなひずみを生じたことに対する主として父兄側からの問題意識が高まりまして、何とかこれを正常化の方へ持っていこうという動きが出てきておるようでございますし、それから市の教育委員会の方も、これはやはり是正をしていく必要があるという考えで努力を始めておりますので、いろいろこれまでの経緯なりあるいは市内の各学校の体制なりがあってのことでございますので、一朝一夕にすぐ是正されるということはなかなかむずかしいようでございますけれども、一応努力を続ける体制が出てまいっておりますので、私どもはこの道と市のそういう方向に向かっての、何と申しますか改善策の進展に期待をしておると、こういうことでございます。
○小西博行君 これは小樽市といういまほんの一つの市の事例について質問しているのは小樽だけの問題というふうに私は解釈していないわけであります。あるいは内容は多少違っても全国にそういう問題がたくさんあるんではないか、そういう問題が起きたときに、どうも文部省というのは余り力がないんだということが大変私は奇異な感じが実はするわけでありまして、その辺のところをどういう形で実際はできるのかということを聞きたいわけであります。現実にはもちろんこれは文部省の指導によりまして、それぞれの教科に何時間はやりなさいというような指導はもちろん与えております。しかし、現実にそれぞれのカリキュラムというのは学校単位に出てまいりまして、それが市の教育委員会を通じまして、そこで承認されたものを実際にやっていくという体制に実はなっているわけでありますね。したがいまして、どうも文部省の方から現実に教育を把握するという段階、これはもしチェックできるといたしましても、どうも最初の教育計画といいますか、カリキュラムの計画だけは何とかキャッチできそうだというふうに私は考えるわけですが、その辺は十分確認できますか。
○政府委員(三角哲生君) やはり先ほどもちょっと申し上げましたが、小中学校の教育というものが学習指導要領、これはごらんいただけばわかりますように、一つの基準でございますから、そう微に入り細をうがったものではございません。これにのっとりましてそれぞれの学校で教育計画を立てていただくということはおっしゃるとおりでございまして、その際にいろいろ創意工夫を加えて、そしてその地域の状況やあるいは学校の子供たちの学力あるいは適性等に応じた非常に自発的な、何と申しますか、生きた展開をしていただきたいと、こういうことでございますけれども、それがいま御指摘のように非常に私どもが予期してない誤った方向にいくような事例があるとすればこれは大変困ったことになるわけでございまして、そのようなことはやはりまず設置者である市町村の教育委員会が十分にそういう点に配慮しなければいけないのでございますけれども、それからさらに第一義的にこれに対して指導をするのは都道府県の教育委員会でございます。ですから、文部省が全国あまたあります学校の個々の教育計画の一々についてこれを直接に点検をしたり、チェックをしたりする、そういう構え方にはしておりませんし、また私どももそういうことをしようというふうに考えておりません。まず都道府県の教育委員会にいろいろな意味での指導をお願いしたい。それから特にそういう異常な事例がありました場合にはこれは格別にきめの細かい配慮と指導が必要でありまして、これをまず都道府県にやっていただく、その際いろいろまた都道府県の方から文部省の方に御相談がありますれば、私どもの方もこれに対しては熱心に取り組んでいくという、そういうのが一つのやり方としての基本的な方法でございます。
○小西博行君 教育をやる場合に常識的に考えられるのは、まずやっぱりカリキュラムだと思うんですね。カリキュラムをばっちり決めましてそれどおりの教育といいますか、多少その中には先生それぞれの人間性もございますでしょうから、そういうもので教えていくと、そしてその教えたことが結果的にどういう形で成果としてあらわれたか、ここまでが実は私は、ひとつの現地の教育者といいましょうか、そのやるべきことではないかと思うんですね。 一般に企業なんかではよくプラン・ドゥ・シーだとか、あるいはプラン・ドゥ・チェック・アクションとかいうような表現でしておるわけです。つまり、計画があって、ドゥの実施があって、いわゆるチェック・アクションですけれども最後にチェックして、そして悪い面があればもちろん次の計画に反映していく。そういう場合に、この小樽市の場合、いろいろ聞いてみますと、実際調査してみますと、なかなかドゥができない、チェックができないんですね。たとえば校長さん、教頭さんあたりが教室に入っていろいろチェックしようと思ってもこれは拒否されて入れない、現実にどういうような教育をやっておるのかというのがほとんどわかりにくいということが実は現実あるわけですね。ましてや、教育委員会の方が出向いていってその授業を見ようと思ってもとても見られないと、そういう現状が実は小樽市の小学校ではあるわけですね。その辺のところが一つの私は大きな問題点ではないかと思うんです。そして、同時にその結果についての評価ですね、結果の評価に対して次の新しいプランが立つだろうと思うんですけれども、そういうリサイクルがどうもうまくいってないと、計画そのものは確かに出てくるわけでございますけれども、その計画どおりやっているかどうかもわからないと、こういうところが非常に私はその問題点の大きいところではないかなと、このように考えるわけなんですが、三角局長どうでしょうか、その辺は。
○政府委員(三角哲生君) 教室というのはおっしゃいますように教師と子供たちだけしかおらないところでございますから、教師が何をやるかということは子供たちしかわからないということになりかねないという状況はございます。ただ、やはり学校でございますから、いろいろ大規模校、中規模校、小規模校とございますけれども、たとえば普通の規模で一学年四学級ある学校があるとすれば、その各学級間のいろいろな横の調整とか、バランスとか、そういうことが必要な場合が多かろうと思います。でございますから、やはり教員同士でいろいろお互い打ち合わせをしたり、それから自分はどういうふうにやっておるけれども、この点はどうだろうかというような話し合いもあってしかるべき場合が多かろうと思いますし、まして、校長が学校全体の責任者でございますから、どんな授業をしておるか、何もそれはあら探しをするという意味じゃなくて先生方の努力の状況を見に教室を回って歩くということは当然あっていいことでございますし、ですから、小学校なり、中学校の教室があたかも教師の私有物のようになりまして、これが独占されるというようなことがあれば、それはおかしいことじゃないかと思います。 私の知っている事例では、これは都内の学校でございますけれども、父兄の参観日というのをときどき設けておりますけれども、参観日でない日でも、もし父親のような立場ですと、参観日に来れなくて、たまたまその日に自分の時間ができたからちょっと学校へ寄って見に行きたいという、そういうことがあるならいつでもいらっしゃってくださいという、そういう学校は都内にもある例を知っておりますけれども、私は、そういう学校は非常に自信もあり、かつりっぱな運営をしている学校だろうと思います。
○小西博行君 確かにそのとおりだと思うんですけれども、特に教えるという立場から考えましても、どうも小学校、中学校、高等学校もそうなんですけれども、大学を出てすぐもう教えるわけですね。経験と言えば確かに大学ではいろいろ習っているわけでありますし、教生というのが実はございますからわずかな経験はあるわけなんですが、これは大学と違ってずいぶん若いときから先生になられるわけですね。二十二歳で正常の場合先生になられるわけですから、二十二歳の青年が一人一人の子供さんの将来に対して一つの示唆を与えていくという、私は大変大きな仕事があるんではないかと思います。私は大変未熟な部分もあるんではないかと思います。そういった意味で、どうしても学校の中でいい教育をしようと思いましたら、校長さん教頭さんあたりが中心になって教え方についての指導ということが私は大変大事な要因になってくるんじゃないかと。そういう意味では当然そういう情報を校長、教頭が十分キャッチした上での問題解決ということが大事ではないかなと。どうもその辺も十分に行われてないとすれば、大変教育の問題として基本的に私は問題があるんではないか、そのように考えるわけであります。 しかし、今回の事例というのは、小樽市一つにしぼっていろんな大きな問題を投げかけているわけでありますね。これは何も小樽だけの問題ではないと思います。したがいまして私は全国からそういういろんな問題に対しての情報収集の問題を文部省としてはどういう形でキャッチしているのかなと。今回は偶然にも父兄の皆さん方の協力を得ていろんなデータをとらしていただいたわけでありますけど、もしそういうことがない場合にはわれわれが一件一件調査していくということは時間的にとてもできない問題でありますから、その辺の情報収集のシステムなり何なり、この機会にやっぱり私は確立していく必要があるんではないか、そのように考えるわけですが、その辺に対しての構想をひとつ聞かしていただきたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) 先ほど来申し上げましたように、文部省の行政の基本は、もちろん補助金等による教育条件の維持向上ということもございますけれども、やはり指導、助言行政というものが中心的な役割りを持っておりますが、これを適切に進めますためには御指摘のように各地の状況をできるだけ十分に掌握していくというこういう必要があると思っております。このための手だて.としましては、文部省としては、教育委員会の特に主として市町村ないしは指定都市の教育委員会が主になりますが、これらの教育行政担当者との情報交換でございますとか、あるいは文部省主催の会議を通じて情報の収集にいまは努めてきた次第でございます。 それから、都道府県の教育長協議会でございますとか、各学校段階にあります校長会、あるいはいろいろな教育関係の諸団体、それらからの情報収集も重要でありますので、私どもはそれらの団体とも緊密な連絡をとりながら指導行政を進めていかなければならないと、こう思っております。 また、私どもは業務の上で事務官なりあるいは調査官なり視学官なりが必要に応じて各地の会議やそれから講習会、研修会等に出席をする場合がございますが、そういう機会を通じてそれぞれの現地でのいろいろなお話も聞いてまいるということに相努めなければならないと思っておる次第でございます。 なおあわせて、御指摘のような問題につきましてやはりきちんとした状況を保ち続けていきますためには、父母が子供の学校における教育について正しい意味での興味と関心を深めていっていただくということも重要であろうと思っております。
○小西博行君 大変何か頼りなくなってまいりまして、ますます教育の将来に対して私自身が不安を持ってくるような実は感じがするわけなんですけれども、そうは言ってもやっぱり法律の中では異常な事態があった場合には大臣の名をもって措置することができるということはっきりうたっていますね。この辺の解釈はどうなんでしょうか。先ほどから指導、助言ばっかりで大変弱いんですけれども、特別な措置がとれるわけでしょう。それちょっとお聞きします。
○政府委員(三角哲生君) 違法な状況なりあるいは非常に不適切な状況があります場合には、文部大臣は都道府県の教育委員会に対して措置要求ということができるという制度がございます。それから、市町村の教育委員会に対しましては都道府県の教育委員会が措置要求をするというそういう制度がございます。でございますから、それはやればできるわけでございます。ですが、この措置要求ということは最後の手段でございまして、それに至るまでに実質的な意味の指導、助言、勧告、こういうことをやはり丹念にやっていくということが教育行政の上では必要であろうということで、でございますので、できるだけそういう手法で対処してまいってきておる次第でございます。
○小西博行君 とにかく、どうもこの辺のところは私も十分理解できない部分が実際あるわけでして、各種の裁判ざたの問題もずいぶんあるんで、文部省もなかなか発言しにくい部分があるんではないかというふうに考えます。 さて、少し観点変えまして、先ほどから教科書問題を盛んに各委員の方でおっしゃっておられました。この教科書問題に対する考え方なんですけれども、私自身は確かに一番いい教科書で、いい先生にめぐり会って、いい教科内容をというのがもちろん最高だというふうに私も考えます。しかし一方では、教育のやり方によっては、教科書あるいはいろんな資料につきまして、補助教材につきまして多少問題があっても、先生によってかなりそれが上手に子供さんに教えることが可能であるというふうにも考えるわけなんですが、いまの教科書の検定制度ですね、この辺に多少私は問題があるんではないだろうかなと。確かに専門家がそれぞれ集まってやっておられるのですが、 〔委員長退席、理事大島友治君着席〕 どうやらやはり出版社との癒着というものも相当出てくるではないだろうかな、そういうふうに考えるわけなんですけれども、その辺のシステムについて少しお伺いしたいと思います。検定のシステムの説明をひとつお願いしたいと思います。
○政府委員(三角哲生君) これはまず教科書は教科書会社が著者に依頼をいたしまして原稿をつくるということから始まるわけでございます。そうして原稿本を作成しまして文部大臣に検定の申請をしてまいります。そして教科書の検定は、申請を受けますと原稿本審査、内閲本審査、それから見本本審査、この三段階を経て最終的に決定されるわけでございます。 まず、原稿本審査でございますが、文部大臣はその申請のありました原稿本を文部省の教科書調査官の調査に付しまして、そして同時に教科用図書検定調査審議会に検定の可否について諮問をいたします。そして、審議会は諮問を受けた原稿本を一点当たりに各三人の、これは非常勤の外部の調査員をお願いいたしまして、現場の先生二人とたしか大学の先生一人でございます、これの調査に付します。そして、さきに申しました教科書調査官と調査員の調査結果を資料として審議会がこれを検討いたしまして、教科書として適切かどうかを審査しまして、その結果を文部大臣に答申いたします。文部大臣はこの答申に基づいて原稿本審査の合格、不合格を決定する。それで、その場合に合格と認めた原稿本につきましても、不適切と認められる個所については一つ一つ意見を付して著者ないしは会社側に修正を求めるわけでございます。そして次に、会社側はその意見に基づいて手を加えまして、内閲本という形でもう一回持ってまいりますが、その内閲本について文部大臣がさらに一これは調査官が中心になりますが、適切なこちらの意見どおりの修正となっているかどうかをチェックをして審査をいたします。その上で見本本ができるわけでございますが、最終的にこの内閲本の合格の通知を受けた会社が完成本としての体裁を整えまして見本本として持ってまいりますが、それをさらに最終的に審査をした上で合格を決定する、こういう手順になっておりまして、むしろいろいろな修正意見が出ますと、会社側なり著者側との間ではかなり問題によりましては時間と労力を使ったやりとりになりまして、原稿本に対する修正意見は、非常に意見の多い場合にはまる一日かかってこれを伝達するわけでございますが、次に持ってまいりました内閲本が果たしてきちんとした修正が行われているかどうかのチェックの段階でいろいろ議論になりますと三日がかりぐらいかかることもあるようでございまして、ちょっと先ほど言われましたような癒着とかそういうことは私どもは決してあり得ないことであるというふうに思っております。
○小西博行君 そうしますと、採択する場合は数点につきましていろいろ検討する時間は十分あって、そしてその内容のいいものについて学校として推薦して決定する、こういう手順に実際はなるわけでありますね。そうしますと、やはり業者そのものも大変教科書を決定していただきたいというようなことで事前に工作をするということが現実にあるのではないかというように思うんですが、いかがでございますか。
○政府委員(三角哲生君) 教科書の採択は市町村の教育委員会が行うことでございまして、そうしてただいまの教科書の無償措置に関する法律の仕組みでは、市の場合には一つの市の単位でやっていくことになっておりますが、町村の場合には郡単位で一つの委員会のようなものをつくりまして、その単位で同一の教科については同一の教科書を使うという形での採択をすることにしておりまして、全国で五百ぐらいの採択地区があるわけでございます。 業者は、これはやはり一つの教科書発行会社といえども民間の会社でございますから、一種の営業活動というものはあり得ることでございます。ただ、私どもは、やはり教科書は内容なりあるいはその教科書のできぐあいをりっぱなものにすることによって競争をしてもらいたいというのが基本でございますので、一般のほかの商品のような宣伝活動なりあるいは競争行為は好ましくないと思っておりまして、一応の原則は発行会社同士の団体の協会のようなところで取り決めておるようでございますが、それから一方、私どもも通達を出しまして、宣伝員の人数とか宣伝員の使い方とかというようなことについても文部省としての見解を示しまして、会社側に対する自粛と申しますか、そういうことを求めておるわけでございます。
○小西博行君 いろいろ調べてみますと、検定調査審議会というのがございますね。その委員の方々が出版社と文部省のちょうど間にはさまりまして大変やりづらい、できればやめさしてほしいというような御意見もある、給料そのものも大変わずかなところでやっておられるというのを聞いているんですけれども、その辺の実態はどうなんでしょうか。
○政府委員(三角哲生君) いま御指摘の審議会の委員につきましては、これは学識経験者の中から文部大臣がお願いしてなっていただいておるものでございまして、私ども、その委員の方々が板ばさみみたいなことで、そういう形で協力することは自分として望まないという、そういう事例はまだ私どもとしては聞いておらないんでございますけれども、もちろんお願いしますときに、当然御本人に仕事と申しますか、職務の中身を御説明した上で御同意をいただいてなっていただいておるのでございます。万一いろいろな御事情で委員を引きたいという方があるということは考えられないことではございませんけれども、その場合は私どもはまた新たに補充をしなければならぬ、こういうことでございます。
○小西博行君 私、先ほど断りましたように、教科書そのものをできるだけりっぱなものにつくりたい、これについては賛成しているわけです。しかし、教育のやり方で、特につい先日、米国へ行ってまいりましたけれども、その教育のやり方というのがずいぶん教え方が違うんですね。そこには大変私は感心して帰ってきたわけなんですが、たとえば私が小学校の教員といたします。そして歴史の時間がたとえばあります。その歴史をずっと教えながら、たとえばその中に絵画の時間が入ります、絵の歴史ですね。昔のギリシャ彫刻時代からずっと新しくなってきて、たとえばピカソまできているとする、 〔理事大島友治君退席、委員長着席〕 そのときにその先生は大変ピカソがきらいである。だからピカソというのは大したことないやつだと、たとえばこういうように断定するとします。ところがその後必ず美術館に絵を見に行くというのがあるんですね。その辺が大変私は感心したわけです。たとえば、工場というのは大変危険で公害をまき散らすんだということをある先生が一生懸命教えても、きれいなたとえば工場へ行くとなかなか管理がうまくいってるんだなというのを子供みずからもってそれを感ずるということが実は大切なんじゃないかなということをつくづく実は感じたんです。そういう意味で、私はこれから先の教育というのは、確かに教科書は非常に大切だと思いますけれども、むしろやはりこの先生の問題が何としても大きな問題になってくるんではないかなと、そしてその先生をいろいろ指導しております教育委員会という問題がどうしても最終的に大きな問題になってき、そして文部省の大きな計画が、それが伝わっていくという形が理想的ではないかなと、そのように実は感じているわけなんですが、実際の現場の、特に小学校の非常に感受性の強いその時代に、ただ教科書だけがいま審議の中心になってしまうわけでありますけれども、それ以外に何かそういう動機づけできるような、本人が判断できるような教育のやり方について文部省は何か腹案はございませんでしょうか。
○政府委員(三角哲生君) おっしゃいますように、教育の場合に単に座学で本を読むだけということでは十分でない、特に小学校低学年とか中学校にしても、程度の差でございますけれどもまだ年少でございますから、できるだけ社会の事象なり、事物なり触れさせて教育を展開していくということが必要であろうと思います。だんだんに年長になりますれば本を読むだけで、一を読んで十を知ると申しますか、いろんな意味でのイマジネーションというものもできてまいりますからいいかと思いますが、やはり小学校や中学校では実物教育とかあるいは体験的な教育とか、そういうことは非常に重要であろうと思いまして、今回の学習指導要領の改定におきましても、できるだけそういうふうな方向で教育を展開してもらいたいということを基本の中の一つにしておると思っております。 それから、文部省の考えておりますことが教育委員会を通じてできるだけ現場に、変な意味での誤解や抵抗なく伝わっていくことを私どもは非常に望んでおるわけでございまして、そのことで常々教育委員会の方とも御協議をし、お願いをしておるわけでございまして、そしてやはり教育は学校でやっていただくのでございまして、私どもがじかに子供の指導をできるわけのものでもございませんので、学校がやはり活気に満ちた一つの運営、授業展開の場所になるということが重要でございますが、御指摘のように、先生は、やはり学校というものは一つの組織でございますから、いろんな年齢構成、いろんな年齢の方で、適切な教員構成であることが望ましいわけでございますが、一方その場合にはやはり新任の先生も入ってくるわけでございますので、これに対する研修ということを都道府県でもやってもらっておりまして、文部省もそれに協力しておりますが、あわせて学校の中で、先ほど御指摘のように何も未熟な先生を未熟だと言って責めるという意味ではなくて、やはり先輩の先生方がこれに対して温かい目で指導してあげるとか、あるいは若い方の先生はフランクな態度でやはり経験の深い先生方にいろんな意味で教えを請うという、そういう間柄があって学校全体が一つの協力的な組織として運営されるということが非常に望ましいというふうに思うのでございます。
○小西博行君 確かに、教科書の問題、それから先生の問題、カリキュラムの問題あるいは学校を取り巻く環境の問題そういうことを全体から考えますとやはり私はこの教育の評価の問題ということになると思うんですね。で、教育の評価ということでいろいろ文献を探してみましても、その学校の成績のつけ方に対してどうかということがほとんどですね。むしろその教える先生に対する評価、これは勤務評定というのが実はあるわけでありますね。いわゆる教える側に対する評価ですね。そういう面で、私はどうもこの四十人学級になったらどれだけメリットがあって子供さんが非常にりっぱな教育を受けられるんだと言いながら、現実にどういう成果がそれでは出たのかということがまるで漠然としてわからないというのがいまの現実じゃないかと思うんですね。そういった意味で、これは大臣でも結構ですけれど、何かそういうものを研究課題として国の文教の中でひとつやっていく必要があるんではないか。確かに、教科書は非常に大事だと言いながら、現実に、じゃ教科書だけ一〇〇%かということになりますと必ずしもそうじゃない。教える先生の方がもっと大事なんだといういま論議をしているわけでしょう。その辺の観点から何か新しい一つの組織をつくってそういう研究も同時にやっていかなきゃいかぬ、このように考えるんですが、これ要望なんですが、御意見はいかがでしょうか。
○国務大臣(田中龍夫君) きょうは小西先生から大変に突っ込んでわが国の教育の現状についていろいろとお話をしていただいたということを非常にありがたく存じます。私は事実文部大臣に就任いたしましてからそのことをしみじみと痛感しておるわけなんで、責任はもう一〇〇%、一二〇%持っておりますけれども、権限というものがないというところに私は非常な欠陥をお考えになると思うんです。しかし、現在の行われておりますこの文部行政というものは、あくまでもあくまでも性善説に立っているんですね。だから悪い人間なり何なりというものは予定していないんですね、理念の中に。それから制度の中においてもそうなんでありまして、先生は一生懸命にかわいい子供を教育すると、また子供も一生懸命に先生の言いつけを守ってよく勉強すると、社会も教育委員会というものがあってそうして地方自治体の中にりっぱな教育行政を行っていくと、こういうことでありまして、その指導とか助言とかということが、それが受け入れられないなんということはあり得ないという前提に立っておるところに私は今日の非常な欠陥があると思うんです。終戦の直後の沿革からしますと、御案内のとおり、占領政策の一環としての新教育制度がありましたが、あのときの、昭和二十年の十二月三十一日には地理と歴史と道徳は教えてはいかぬという占領軍の非常に厳しい命令がありましたり、それから六.三制度の問題でありますとか、いろいろのことがありました。その後に日本の国家のだんだんと復興、再建、独立という問題が出てきまして、いろいろとその間には紆余曲折を経て今日に至っておりますけれども、しかし、何と言いましても私は敗戦のあのつめ跡というものは本当に厳しく残っておるということをいまさらのように痛感するんです。しかもわれわれは、いまお話しのように、あくまでも性善説に立って、非行少年の問題にしましても、治安を守っておられる警察当局とかあるいはその他の側面からごらんになった場合と文部省というものが教育ということを踏まえての子弟、非行少年に対する対し方というものは、これはまた他とはおよそ違った対し方をしております。しかし、それもやっぱり一つの文部行政の特徴と言えると思うんであります。さあ、このいまの非常に厳しい教育の現状においていかにこれを改革をしていくか、いかにこれをりっぱなものに直していくかということはわれわれに課せられた大きな責任と任務でありますけれども、それはよほど法制的にも、現行の法制下においては容易なことではありません。これは法によって決められた行政の分野においてはこれを行政の方から改めていくということは非常に困難であります。やはり立法府というものが本当にこれでよいのかという一つの考え方のもとに教育制度というものを考えていかなきゃならないんじゃないか、こういうふうにも考えております。
○小西博行君 時間がちょっと早いんですけれども、これで最後にしたいと思いますが、先ほどからずっとお話をさしていただいているのは、今回たまたま北海道の問題が大きな問題として小樽の教育問題ということで表へ出まして、私も実は調査するまではまさかそういう状態ではないだろうというある意味での期待感が実はあったわけであります。現実に調べてみますと、本当にそれはもっともっと大変な問題なんですが、実際に現地でどういう形をやっているかという現実をとらまえる、先ほど。フラン・ドゥ・シーと言いましたが、そのドゥの段階をどういう形でチェックするかというのが、実はこれは父兄の調査に介入にするにしましても大変事実をつかむのがむずかしいんですね。そういった意味で、私はこの小樽の問題がたまたま一つの契機になりましたけれども、これは全国の教育問題ということでわれわれはもっともっとこれは勉強していかなきゃいかぬなあというのが実は実態であります。そういった意味で、きょう大臣も三角局長の方も権限はさっぱりないんだと、助言を中心でやらなきゃいかぬのだということでありますけど、もう少しやはり文部省としての指導性という面からぜひ教育の問題、もう目の前に火がついているわけでありますから、何とかして火を消してもらえるような方向で善処していただいて、そして今度は火事にならないような予防的なものの考え方を長期的に立てていただきたい。このことを最後にお願いしたいと思います。御意見をひとつよろしくお願いします。
○国務大臣(田中龍夫君) まことにありがとうございました。いま小西委員がおっしゃるとおりでありまして、われわれは先ほど申しましたとおり責任は痛感いたしておる。同時にまた、この現時点においても決してこれを放任することは相ならぬのでありまして、国家、民族のためにりっぱなひとつ指導と助言と教育を打ち立てなきゃならないという情熱に燃えておる次第でございます。よろしく御指導をお願いします。
○委員長(降矢敬義君) 以上で本件に対する質疑は終了いたしました。 —————————————
○委員長(降矢敬義君) 次に、小野明君外一名発議に係る義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 発議者小野明君から趣旨説明を聴取いたします。小野君。
○小野明君 ただいま議題となりました義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由と内容の概要を御説明申し上げます。 去る第七十五回国会におきまして、両院とも全会一致で可決成立を見ました女子教育職員等の育児休業制度は、女子教育職員、看護婦、保母等の継続的な勤務を促進することにより教育及び医療、社会福祉に関する業務の円滑な実施を確保するために設けられたものであり、これは全国の多数の女子教育職員等の永年にわたる念願が実現したものであります。 ところで、育児休業制度を利用できる職員の範囲については、本法第二条及び第三条により、一歳未満の乳児を養育する義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等とされており、さらに女子教育職員としては、校長、教頭、教諭、養護教諭、助教諭、養護助教諭、講師、実習助手及び寮母と規定されております。これらの職員が育児休業制度の適用対象とされた理由は、その職場において果たす役割りが重要である上に、その職務内容が高度の責任を伴った特殊のものでかつ経験を必要とし、さらには、人材確保の見地から職務に慣熟した者の離職をできるだけ防止する必要性が着目されたからであります。 このような立法趣旨からいたしますと、現在育児休業制度の適用対象となっていない養護学校等の看護婦、学校事務職員及び学校栄養職員も当然その対象に加えられなければならないのであります。 まず第一に、養護学校等の看護婦についてであります。養護学校等における看護婦は、児童・生徒に対する療育、すなわち深い教育的配慮のもとでの看護業務に従事しているのであります。特に昭和五十四年度より養護学校の義務化が施行され、従来にも増して心身の障害の程度の重い子供の療育を養護学校が行わなければならなくなった状況を考えますと、そこでの看護婦の業務の重要性はさらに増してくると同時に、その人員も増加する必要性が高まってきております。したがいまして、これら看護婦については、本法の適用対象に加える必要があると言わなければなりません。さらに、医療施設、社会福祉施設等における看護婦の業務の困難性・専門性と比較しましても、また資格・免許の同一性に着目しても、育児休業制度の適用対象に加えるのは当然であり、むしろいままで適用されなかったことは、立法政策上のミスと言っても過言ではないのであります。 第二に学校事務職員についてであります。学校事務職員を育児休業制度の適用対象に加えるべきかどうかについては、立法時にも検討されたところであります。しかし当時は、いわゆる産休代替の職員の確保に関する法律の適用対象に事務職員を加えることが問題となっていたため、その解決を待って検討するということで、ひとまず見送られてきたところであります。 御承知のように、学校事務職員は、学校教育上きわめて重要かつ広範な役割りを果たしているのであります。すなわち、まず一般的な事務として文書・統計・給与・経理事務などがあり、また、直接子供にかかわる事務としては、教材教具、施設設備及び就学奨励などに関する事務、さらには地域の父母にかかわるPTAの諸活動への援助などきわめて多方面にわたっております。さらに、これらの複雑多様な学校事務を適正に行うためには、学校教育の理念、教育課程や教育行政の仕組み、子供に必要な学習環境など学校教育に関する深い知識、経験が要請されており、一般行政事務とは異なった専門性を持たなければならないのであります。この認識に基づいて学校事務職員については、学校教育法第二十八条において、原則として置かなければならない職員として位置づけられ、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準等に関する法律並びに公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律においては、その標準定数が定められ、また、地方公務員法第五十七条においては、一般の地方公務員と比べてその職務と責任に特殊性が存する旨が規定されているのであります。 さらに第八十四回国会におきまして、学校事務職員についても産休代替の職員を確保するための改正法案が、両院とも全会一致で可決され、学校事務職員の専門性、特殊性が確認されたところであります。 かてて加えて、学校事務職員は各学校に一名置かれている場合が多く、慣熟した職員に離職されると、すぐには専門家を得にくくまた育てにくい環境にあります。さらに同一職場に勤務する他の教育職員とのこのような不均衡、不平等は、学校の一体的運営を阻害するばかりでなく、人材の確保、積極的な職務態度の維持等の障害ともなりかねないところであります。 第三は学校栄養職員についてであります。学校栄養職員は、児童生徒に必要な栄養量の算定、味覚、嗜好を考慮した食品構成による献立の作成などの栄養管理、食品、施設設備、従事職員等に対する衛生管理のほか、給食運営に必要な事務処理や物資管理、さらには教員や児童生徒に対する栄養指導などを職務としております。 御存じのように第七十二回国会では、学校栄養職員の職務と教育的役割りの重要性から、学校給食法等が改正され、その職務の明確化が図られるとともに、県費負担教職員として位置づけられ、いわゆる標準定数も定められたのであります。さらにその教育的役割りにつきましては、同法が改正された際に出された初等中等教育局長、体育局長通達の中で学校栄養職員を「栄養管理にあたる教育的専門職員」と定義されていることや、第八十四回国会において、いわゆる産休代替の職員の確保に関する法律の改正で、学校栄養職員もその適用対象に加えられたことからも明らかであります。また実際に学校においても、校内放送で栄養指導を行ったり、子供や家庭に配る献立表の中で栄養知識や食品の解説を行ったりしているところであります。 その上、学校栄養職員も各学校、共同調理場に一名置かれている場合が多く、学校栄養職員に離職されるとすぐには専門家を得にくい環境にあることは学校事務職員の場合と同様であります。 したがいまして、学校栄養職員についても育児休業制度の適用対象に加えるべきであると考えるものであります。 以上、それぞれ申し述べました理由から、養護学校等の看護婦、学校事務職員及び学校栄養職員を育児休業制度の適用対象に加えるため、本改正案を提出した次第であります。 次に、改正案の内容としては、育児休業制度の適用対象となる職員に、養護学校等における看護の業務に従事する看護婦及び准看護婦、学校事務職員並びに学校栄養職員を加えることとし、それに伴い本法の題名中の「女子教育職員」及び本則中の「教育職員」の字句を教育職員と事務職員等の総称である「女子教職員」、「教職員」にそれぞれ改めることといたしました。 なお、この法律は昭和五十七年四月一日から施行することといたしております。 以上が、この法律案を提出いたしました理由及び内容の概要であります。何とぞ十分御審議の上、至極もっともな提案でありますので、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。 以上であります。 —————————————
○委員長(降矢敬義君) 次に、粕谷照美君外一名発議に係る義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 発議者本岡昭次君から趣旨説明を聴取いたします。本岡君。
○本岡昭次君 ただいま議題となりました義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由と内容の概要を御説明申し上げます。 全国の多数の女子教職員等の長年の懸案でありました育児休業制度を創設する法律は、御存じのように昭和五十一年四月より施行され、早くも五年を経過するに至りました。その間、本制度の利用状況等については必ずしも明らかにされておりませんが、医療・福祉施設の看護婦、保母等に比べて多く利用されていると思われる公立学校教員においてさえ、五十三年度の利用率は五四・四%、しかもその休業の期間は約半数が六カ月以下の短期間という状況にあります。このように、育児休業制度は遺憾ながら十分に普及、定着したとは言えない段階にあります。その原因、問題点については、女子職員その他の関係者から数多く指摘されているところでありますが、当面以下の諸点について早急に改善を図る必要があると考えるものであります。 その第一は、育児休業期間中の期末・勤勉手当の支給に関してであります。 育児休業期間中の女子教育公務員等に対しては、本法第六条第二項により、給与が支給されないこととされております。そのため、期末・勤勉手当についても、同手当の基準日である三月一日、六月一日または十二月一日に育児休業中である場合には支給されないことになっております。その結果、産後休暇に引き続き育児休業に入らず、産後休暇後基準日まで勤務に復帰してから育児休業に入るという不自然な状況も一部に出てきており、母性保護や乳児の養育上の見地からも、また学校の教育、医療施設等の運営の上からも問題となってきているのであります。 また、本来、これら手当の支給対象となる在職期間があるにもかかわらず、これにかかわる手当を支給しないことは、育児休業制度の趣旨から見てまことに不合理でもあります。 したがって、基準日が育児休業期間中であっても、手当支給の対象となる在職期間に応じた額の手当は支給すべきであると考えるのであります。 なお、同法附則第二項及び第三項により、育児休業制度の目的達成のため、当分の間、必要な給付を行うことができることとされております。現在、人事院勧告に基づくこの給付額は、共済組合の掛金分相当額にすぎないため、これら職員に不可欠な自己研修のための費用、互助会の掛金、育児のための経費等々経済的負担が重くのしかかり、育児休業制度の利用をちゅうちょさせる大きな原因となっております。各種の調査でも明らかなように、育児休業期間中、互助会等で何らかの金銭的給付を行っている県において育児休業の行使率が他県に比べて高いことは、そうした事情を物語るものと思われます。こうした点からも、せめて手当支給の対象となる在職期間に応じた期末・勤勉手当は支給すべきものと考える次第であります。 なお、人事院の勧告により、給付額の抜本的改善が行われる必要があることも申し添えたいと存じます。 第二は、育児休業の許可に伴う臨時的職員の任用についてであります。 本法第十五条においては、任命権者は育児休業期間中、業務等に支障がない場合を除き、教育職員または看護婦、保母等を臨時的に任用するものとする旨規定されております。すなわち、いわゆる臨時職員が育児休業期間中の職務を補助することが原則とされているのであります。しかし、その臨時職員についてはいまさら申すまでもありませんが、多くは六カ月で任用を更新するなどその身分は不安定であり、しかも賃金、待遇等も悪い状態に置かれております。また、学校においては育児休業期間中、いわゆる臨時の担任教員が数回かわる場合もあるなど、子どもの教育上の観点からも問題が指摘されております。 このように、現行の臨時的任用制度は、身分的に不安定で、かつ勤務条件の悪い臨時職員を多く生み出すという制度的な矛盾を有していると同時に、人材誘致や適切な職務の遂行という面からも十分でなく、育児休業中の業務の円滑な実施にも支障を来すに至っているのであります。 また、すべてを臨時的任用に依存している現行制度の場合、必要な数の臨時職員が確保できず、育児休業が許可されないケースも起こり得るなどの問題もはらんでおります。 したがいまして育児休業の場合も、女子教職員の出産に際しての補助教職員の確保に関する法律と同様、臨時的職員の任用のみならず、正式任用の特別の教育職員または看護婦、保母等を配置できる道を開く必要があると考えるのであります。これら特別の教育職員等の数については、育児休業の利用の実績によりある程度の必要数が想定できますので、今後はできるだけいわゆる正規の職員を任用し、臨時職員は必要最少限にとどめる努力が必要と考えるのであります。 なお、こうした措置が義務教育諸学校等の教育及び医療施設、社会福祉施設等の業務の円滑な実施につながることを確信するものであります。 以上が、本改正案を提出した理由でございます。 次に、改正案の内容について申し上げます。 第一に、期末・勤勉手当については、手当の基準日が育児休業期間中であっても、手当支給の対象となる在職期間がある場合には、これを支給できることとしております。 第二に、任命権者は、育児休業期間中の職務を補助させることができるような特別の教育職員または看護婦、保母等があり、それらの者にその職務を補助させる場合には、育児休業に伴う臨時的任用を要しないことといたしております。 第三に、この法律は、昭和五十七年四月一日から施行することといたしております。 なお、最後に、参議院文教委員会におきましては、第七十五回国会において本法律が可決された際、給付の拡充、保健婦等の適用範囲の拡大、財政措置等について政府、人事院が配慮すべき旨の附帯決議が全会一致で行われたことも念のために申し添えます。 以上が、本法律案の提案の理由と内容の概要であります。何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします。 以上です。 —————————————
○委員長(降矢敬義君) 次に、勝又武一君外一名発議に係る女子教職員の出産に際しての補助教職員の確保に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 発議者勝又武一君から趣旨説明を聴取いたします。勝又君。
○勝又武一君 ただいま議題となりました女子教職員の出産に際しての補助教職員の確保に関する法律の一部を改正する法律案について、その提案の理由と内容の概要を御説明申し上げます。 学校教育がその目的を達成するためには、児童・生徒の教科・生活指導のほか、財務・会計、学習・生活環境の整備、子供の健康・安全と福祉などにかかわる活動が一体として機能しなければなりません。そのため学校には、いろいろな職種の教職員が配置され、その協同による有機的運営が期待されているのであります。 しかし、児童・生徒の教育に直接従事する教育職員以外の職員の重要性・必要性については、必ずしも十分に認識されるに至っていない現状であります。特に学校教育法上、必要なときに置くことができる職員として、その職名及び職務内容が明定されるに至っていない職員、すなわち学校図書館司書、養護職員、学校給食調理員、用務員、警備員等の職務内容の確立と地位・待遇の保障がきわめて不十分といわなければなりません。申すまでもなくこれらの職員は、それぞれ学校図書館活動、学校保健、学校給食、環境の整備・保全など学校における児童・生徒の学習・生活に密接にかかわる重要な職務に従事しており、また日々子供たちと親しく接する存在であります。したがって、子供たちに与える教育的影響も大きなものがあります。ちなみに、昭和五十四年度において国公私立の小・中・高等学校、盲・聾・養護学校及び幼稚園にこれらの職員が配置されている数は約十四万六千人であり、そのうち約九万五千人が女子職員であります。 しかるに、昭和三十年に本法が制定されて以来、昭和三十九年には実習助手を、昭和五十三年には学校事務職員及び学校栄養職員をそれぞれ法の対象に加える改正が行われ、今日では上述の職員のみが本法の適用の対象外に置かれているのであります。 この結果、これら職種の職員は、多くの場合各学校に一名程度しか配置されていない実態から、出産の場合、産前産後の休暇を十分にとることができず、無理な勤務を行わざるを得ない状況に追い込まれているのであります。それのみでなく、これがまた学校運営上さまざまな障害を生じているところであります。すなわち、これら職員が産休で休みますと、他の教職員へのしわ寄せ、学校給食内容の低下、教育環境の整備・保全がおろそかになるなど多くの問題を生じております。 さらに、産休代替職員制度について、同一職場におけるこのような不均衡・不平等な取り扱いは、学校の一体的運営を阻害するばかりでなく、人材の確保、積極的な職務態度の維持等の障害ともなりかねないところであります。 したがって、このような不合理な実情を改め、かつ母体及び乳児の保護と正常な学校運営を確保するため、これらの職員を本法の適用の対象に加える改正案を提出した次第であります。 次に、改正案の内容としましては、女子教職員の出産に際しての補助教職員の臨時的任用制度の適用範囲を拡大するため、小・中・高等学校、盲・聾・養護学校及び幼稚園に常時勤務する女子教職員のうち政令で定める職員を加え、すべての女子教職員を適用の対象とすることを目指そうとするものであります。 なお、この法律の実施については、その準備期間の必要性を考慮して、公布の日から起算して三月を経過した日から施行することにしております。 以上が本法律案の提案の理由と内容の概略であります。何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願いいたします。 —————————————
○委員長(降矢敬義君) 次に、勝又武一君外一名発議に係る学校教育法及び教育職員免許法の一部を改正する法律案を議題といたします。 発議者勝又武一君から趣旨説明を聴取いたします。勝又君。
○勝又武一君 ただいま議題となりました学校教育法及び教育職員免許法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由と内容の概要を御説明申し上げます。 本法律案は、盲学校、聾学校及び養護学校の寄宿舎における寮母の教育的役割りの重要性にかんがみ、その専門性を確立し、もって障害児教育の 一層の充実を図ろうとするものであります。 昭和五十四年度において、全国の盲・聾・養護学校八百三十七校中、約二百九十校に寄宿舎が設置され、約一万五千名の子供たちがそこで生活しております。そして、四千五百四十八名の寮母がこれらの子供たちの生活指導と世話に当たっているのであります。 障害児教育においては、教科等に関する指導のほかに、基礎的な生活習慣と社会的自律の基礎を育成するための生活指導がきわめて重要であります。また、これが教科指導を支える基盤でもあります。この生活指導が成果を上げるためには、在校時における教職員の指導だけでは不十分であり、寄宿舎または家庭において、教職員と十分な連携と協力のもとに一貫した教育が行われる必要があります。特に、寄宿舎においては、子供たちの生活全面にわたる指導に従事している寮母が、子供の特徴はもちろん、その背景となる家庭環境等についても把握するとともに、教職員から子供の成長発達の過程や具体的な指導の方針について密接な連絡を受けて、子供の指導に当たることが必要であります。また、寮母が寄宿舎における生活指導の中で感じた問題、意見等が積極的に教職員に提供され、学校教育に生かされることが重要であります。このように、教職員と寮母が協力して子供の教育に当たって、初めて子供の全面的な成長発達が期待されるのであります。 なお、このような経験・知識が教職員や寮母から障害児の父母に提供され、家庭における指導に役立てることもまたきわめて重要であります。 したがいまして、寮母は、単に子供の生活の世話に従事するものではなく、子供の成長発達に直接かかわるきわめて重要な教育専門職と位置づけられるべきものであります。当然にまた、寮母がこのような職務を十分に果たすためには、障害児教育及び教職に関する専門的知識と識見を持っていることが必要であります。 養護学校の義務化が実現した今日、寄宿舎とそこで果たす寮母の役割りとはますますその重要性を増してきております。 しかしながら、現状は障害児教育における寄宿舎の重要性が十分に認識されるに至っておりません。現行の学校教育法においても、寮母の職務について「寄宿舎における児童、生徒又は幼児の養育に従事する」こととされており、寄宿舎における寮母の教育的役割りを十分に反映した定めとはなっておりません。また、寮母の名称も必ずしも適切でないばかりでなく、近年における男性の寮母がふえつつある現状から見ても、実態に合わなくなっております。さらに、その重要な教育上の役割りにもかかわらず、寮母については教育職員免許法に基づく免許制度がなく、その教育的職務にふさわしい専門性が確立されるに至っておりません。 このような現状を改善するためには、寮母の職務と名称を教育専門職にふさわしいものに改めるとともに、その資質の保持と向上を図るために教育職員免許法による免許制度を新たに設けることが必要であると考えるものであります。 以上が本法律案を提出した理由であります。 次に、本法律案の内容について申し上げます。 第一に、寄宿舎を設ける盲・聾・養護学校に置く寮母の名称を寄宿舎教諭に改めるとともに、その職務について寄宿舎における児童、生徒または幼児の教育及びこれに必要な世話を行うことといたしております。 また、寄宿舎教諭の職務を助ける寄宿舎助教諭を置くことができることといたしております。 第二に、寄宿舎教諭免許状及び寄宿舎助教諭免許状を設けることといたしております。 すなわち、寄宿舎教諭一級普通免許状は、学士の称号を有する者で特殊教育に関する科目二十単位及び教職に関する単位十単位を大学で修得した者に、寄宿舎教諭二級普通免許状は、大学に二年以上在学して六十二単位以上修得した者で特殊教育に関する科目十単位及び教職に関する科目十単位を大学で修得した者に、それぞれ授与することとしております。 また、教育職員検定によって寄宿舎教諭免許状を授与する場合についても、所要の規定を設けております。 第三に、本法施行の際に現に寮母である者は、寄宿舎助教諭となり、十五年の間、引き続きその職務を行うことができることとするとともに、当分の間、この寄宿舎助教諭をもって寄宿舎教諭にかえることができることとしております。 また、このようにして寄宿舎助教諭となった者に対して、教育職員検定により寄宿舎教諭免許状を授与する場合における特別措置についても定めております。 その他関係法律に所要の規定の整備を行っております。 以上が、本法律案を提案いたしました理由及びその内容の概要であります。何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。 —————————————
○委員長(降矢敬義君) 次に、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 政府から趣旨説明を聴取いたします。田中文部大臣。
○国務大臣(田中龍夫君) このたび政府から提出いたしました国立学校設置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由又び内容の概要を御説明申し上げます。 この法律案は、昭和五十六年度における国立大学の新設、学部及び大学院の設置、短期大学部の併設、宇宙科学研究所、国立歴史民俗博物館及び岡崎国立共同研究機構の新設等につきまして規定しているものであります。 まず第一は、鳴門教育大学及び鹿屋体育大学の新設についてであります。 鳴門教育大学は、すでに設置を見ている上越、兵庫の二教育大学と同様、教員の資質能力の向上という社会的要請に対処するため、主として教員の研究・研さんの機会を確保することを趣旨とする大学院と初等教育教員を養成する学部とを有し、全体として大学院に重点を置く大学として設置し、学校教育に関する実践的な教育研究を推進しようとするものであります。 また、鹿屋体育大学は、近年における国民の体育・スポーツ、レクリエーション活動に対する関心の高まりに対応して、これらの分野における実践的な指導者の養成を図るため、特に社会体育の分野に主眼を置きつつ教育研究を推進しようとするものであります。 なお、両大学ともに本年十月に開学し、学生の入学は、鳴門教育大学にあっては、大学院は昭和五十九年度から、学部は昭和六十一年度から、鹿屋体育大学にあっては、昭和五十九年度からとするものであります。第二は、学部の設置についてであります。 これは、千葉大学に同大学の人文学部を改組して文学部及び法経学部を、香川大学に法学部を、それぞれ設置し、これら地方における国立大学の教育研究体制の整備を図るものであります。 第三は、大学院の設置についてであります。 これまで大学院を置いていなかった滋賀医科大学に医学の博士課程の大学院を設置し、同大学における教育研究の水準を高めるとともに、研究能力のある人材の養成に資することとするものであります。また、鳴門教育大学は、前述のように、大学院に重点を置く大学として新設するものでありますので、大学院を設置することとしております。第四は、短期大学部の併設についてであります。 これは、神戸大学に医療技術短期大学部を新たに併設し、医学の進歩と医療技術の高度化、専門化に即応して、看護婦等の養成及び資質の向上に資することとするものであり、本年十月に開学し、昭和五十七年度から学生を入学させることといたしております。 第五は、宇宙科学研究所の新設についてであります。 従来東京大学に付置されておりました宇宙航空研究所を廃止し、国立大学共同利用機関として宇宙科学研究所を新設しようとするものであり、これによりまして宇宙科学研究所を新設しようとするものであり、これによりまして宇宙科学に関する研究の一層の推進を図ろうというものであります。 第六は、国立歴史民俗博物館の新設についてであります。 これは、わが国の歴史資料、考古資料及び民俗資料を収集保管し、公衆の観覧に供するとともに、歴史学、考古学及び民俗学に関する調査研究を行う国立歴史民俗博物館を国立大学共同利用機関として新設しようとするものであります。これによりまして、これらの学問分野の研究の推進に資するとともに、その成果を生かしてわが国の歴史と文化についての一般の理解と認識を深めることを期待するものであります。 第七は、岡崎国立共同研究機構の新設についてであります。 すでに国立大学共同利用機関として設置されております分子科学研究所と生物科学総合研究機構の基礎生物学研究所及び生理学研究所が、有機的連携を保って運営されるよう、これら三研究所をもって構成する岡崎国立共同研究機構を新設し、分子科学、基礎生物学及び生理学に関する研究の推進に寄与しようとするものであります。 以上のほか、このたび新設しようとする二大学を含め、昭和四十八年度以後に設置された医科大学等に係る職員の定員を改めることといたしております。 以上が、この法律案を提出いたしました理由及びその内容の概要であります。何とぞ十分に御審議の上、速やかに御賛成くださいまするように切にお願いいたします。
○委員長(降矢敬義君) 以上で趣旨説明聴取は終わりました。 なお、質疑は後日に譲ることといたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後六時四十五分散会 —————・—————