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94回国会参議院1981/06/02

外務委員会 第11号

発言数
42
登壇者
8
会派数
3
開催日
1981/06/02

会議録

秦野章自由民主党・自由国民会議

○委員長(秦野章君) ただいまから外務委員会を開会いたします。  難民の地位に関する条約の締結について承認を求めるの件、難民の地位に関する議定書の締結について承認を求めるの件、以上両件を便宜一括して議題といたします。  まず、政府から順次趣旨説明を聴取いたします。園田外務大臣。

園田直自由民主党外務大臣

○国務大臣(園田直君) ただいま議題となりました難民の地位に関する条約の締結について承認を求めるの件及び難民の地位に関する議定書の締結について承認を求めるの件につきまして、一括して提案理由を御説明いたします。  第二次世界大戦及びその前後の政治的、社会的変動の結果、主として欧州において大量の難民が発生したことを背景に、国際連合において難民に対する保護、救済の必要性が強く認識され、その結果この条約が昭和二十六年七月二十八日に作成されました。この条約は、昭和二十九年四月に効力を生じ、現在八十一ヵ国が締約国となっております。  しかしながら、この条約は、「千九百五十一年一月一日前に生じた事件の結果として」生じた難民にのみ適用されるという時間的制限を有しているため、この期日以降に生じた多数の難民には適用されないという問題がありました。このため、この時間的制限を取り除くことを目的とした議定書が昭和四十二年一月三十一日に作成されました。この議定書は、同年十月に効力を生じ、現在七十九ヵ国が締約国となっております。  この条約及び議定書は、その適用上難民と認められる者に対し国内制度上の保護を与えることを主たる目的としておりまして、自由権、社会権等についてそれぞれの条項により最恵国待遇、内国民待遇など難民に対して与えるべき待遇等について規定しております。また、難民を政治的意見等のために生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域へ追放・送還することを原則的に禁止することなどについても定めております。  わが国は、近年のアジアにおける難民問題の解決に貢献するため、大幅な資金協力、わが国における定住の促進等種々の措置を講じておりますが、この条約と議定書を締結し、難民の保護及び救済の充実を図ることは、難民問題の解決のためのわが国の国際協力を拡充する観点から望ましいと考えます。  よって、ここに、この条約及び議定書の締結について御承認を求める次第であります。何とぞ御審議の上、速やかに御承認あらんことを希望いたします。

秦野章自由民主党・自由国民会議

○委員長(秦野章君) 以上で趣旨説明は終わりました。  これより質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言を願います。

戸叶武日本社会党

○戸叶武君 第二次大戦の前後から、難民問題に対して人道的な見地からこれを救わなければならないということが国連で取り上げられ、そして、すでにこの条約は加盟国が八十一ヵ国になり、また、この足らざるところを補った一九六七年の議定書が七十九ヵ国の承認を得たということですが、日本はこの線に沿うて政府も善処はいままでにしてまいったのですが、ベトナム難民の問題は想像以上にこれは大変な難民でございまして、これをやはりどうやってわれわれがこれに積極的に協力するかということは、人道的な見地から言っても、その国に戻すということも非常な不安があるので、政治的な難民としてやっぱり救わなければならない、そういう点では一貫しているのですが、やはりこの際には積極的にこの条約に加入し、それから議定書を認めるというような態度を示していくことが日本の当面の問題だと思います。  そこで、すでにこの難民といってもいろいろな形においてその数がいろいろ推定されておりますが、現在のところは事実上アメリカに一番難民が受け入れられているし、難民がそれを希望している向きもあるし、アメリカ自身も人道的な見地から三十五万人もすでに引き取ったということであり、やはり第二次のあの爆撃その他によるところのいろいろなこと、今日はそれを批判することは後でまたの機会にしますけれども、その責任を感じて、やはり対処しているのは事実だと思います。その次にはカナダで七万人、フランスで七万人、豪州で四万八千人、西ドイツで一万七千人、日本では千三百人とかいうことでありますが、いずれにしても、日本でもこの人たちを救済するためには、万全を尽くして難民救済に従っているのは事実だと思います。  そういう意味において、衆議院において慎重審議されたことだと思いますが、可決された以上は、やはり日本の国連における平和維持機構としての人道的な見地から、やはりこのいろいろな問題点を具体的に一つ一つ解決していこうという国連の意欲というものを支えるために、国連におけるところの出発点の宣言なり、あるいはそれに沿うて日本憲法は憲法前文をつくり、再び戦争の惨禍をなからしめるという憲法九条をつくった以上は、できるだけやはり戦争をなくさせること。核戦争などはもってのほか。そういう意味において、じみな実績を積んで、やはり国連を一つの平和維持機構として権威あらしめるもとにしなければ、世界平和を守り得る機構として。だれがやっても国連以外に私はないと思うのです。国連と、それを取り巻くところのもろもろの、一つのグループあるいはソサエティー、あるいはいろいろなコミュニティー、そういうものの一元的国家論は崩れているのですから、やはり民主的基盤に沿うて、時としては大国の横暴を抑えるためにも、私は多元的国家論の中においても追求しなけりゃならない。やはりガバメントを通じてのファンクション、それから国連が生まれたときの、あるいは国際連盟が生まれたときのあの平和維持機構というものが、ベルサイユ条約のゆがみで崩され、またこれが今日米ソ対立の中で崩されるということ。きょうは批判は避けますけれども、これを支えて、国連をして平和維持機構たらしめることは、日本政府の大きな憲法がある限りにおいては、総理大臣も、外務大臣も平和憲法を守っていくということを明言している以上はあれだと思いまして、私はこれで賛成しようと思いますが、私だけでなく、この問題は、難民問題は、国際会議においていろんな苦労をされた、特に婦人の愛情と平和を守る点と、それから視野の広さ、経験を持っている田中ざんから後は補強してもらうことにします。私は手を折ったので、この間足を折りましたが、まだ口がありますから。いまレントゲンの方に約束したので行きますけれども。  とにかくわれわれは、政治家は、戦争をなくするということにおいて自分の体を張って、国連の機構を守りながら平和を守らなけりゃ、大衆に無責任な形で、戦争になってからどうだじゃ間に合わない。やはりロマン・ローランがジャン・ジョレスの、戦争反対を叫びながら壮烈に死んでいった、あの生き方というものに非常な影響を受けているように、私たちはいま日本の人たちが、どうも総理大臣も、いまの鈴木さんも、いまの外務大臣の園田さんも、なかなかいまの政府でだれがやってもむずかしいときですから、したがって、いろいろな枝葉末節のことにはかかわりなく、平和維持という形においては、やはり日本憲法の精神は守り抜いていこうという形においては、貫くものを持っていると思います。  どうぞそういう意味において、きょうは私は、出発を近くされるに当たって、やはりいまの総理大臣も外務大臣も、火薬庫のようになっている中東。日本が、原爆の布石においては、原爆の中に力の均衡を保っているような危ないところに置かれる。これは核兵器に対して過剰な恐れをしていると言うけれども、日本人の考えは自分の安全だけじゃなく、広島や長崎のような悲惨な、黄色人種だから実験されたのかもしれないなんというひがみは持たないけど、日本以外のところで再びあのような惨禍をもたらしてはいけないという悲願の上に立って、私は平和を守る、貫く精神をいま持ってもらいたい。  いまはしかし、こっちよりもイスラエル、ユダヤの中にもアインシュタインのようなりっぱな人もおりました。しかしながら、ショービニズムは排他的な、自分だけが選ばれた民であり、ほかのやつは卑しい奴隷に等しいという形で、モーゼの十戒を守らないで、そうして、かつてユダヤのショービニストたちは近隣諸国を侵略したがゆえに孤立して、ついに祖国を失っていったのです。  いま恐ろしいのは、キリスト教をどうのこうのと言うのじゃないけれども、あのショービニズムが世界じゅうに頭をもたげてきており、イタリアの政府を瓦解させたのもショービニストです。  きのうはだれか、オランダでPLOの人を、公使ですか、を殺しています。そうして、いまのPLOの連中だけをテロリストの集団のように思っているが、きょうも私は彼らの話を聞いたときに、やっぱり国連というものに最後的には頼って、国連の場で問題を片づけようという悲願においては違わないのであって、やはり国連においても幾たびか問題の軍縮なり核兵器の制限なりを決議されても、アメリカ内におけるショービニストの反対によっていつもそれがつぶされ、つぶされても根強くいま国連はアラブの、中東の平和を保とうとして努力しております。  ショービニストの障害のみでPLOの人たちを単なるテロリスト集団と見るのは過ちです。もっとがまん強く、粘り強く大国の邪魔によって理想が実現しないかもしれないけれども、やはりアメリカの中にも良識人もいるのだし、ソ連の中にも良識人がいるのだから、大国の権謀術策によって中東を発火点にさせるようなことはないように私たちも自重を頼みましたが、今度すぐにやはり首相と外務大臣が行くと思うのですが、私はPLOの人たちも自重を促しながら、やはりアラブ全体の悲願、パレスチナを奪われていってしまったところの近隣諸国の中で、ユダヤ人、イスラエルのショービニストよりももっとすぐれていると言われた、祖国を侵略によって失われた人たちのパレスチナにおける人民の涙というものは私たちの胸を打つものがあります。私は五十二年間アラブやエジプトの問題を研究してきましたが、石油の中に埋没した日本の外交でなく、民族の悲願をくみとって、お互いの立場は立場があるにしても、グローバルな時代にそれにふさわしいような平和機構をみんなして模索し、苦悩し、がまんし、そうしてつくり上げるような明るさが取り戻されないうちは世界は地獄へ行きます。モーゼの十戒を破ったのは明らかにショービニストです。  どうぞその意味において首相と外務大臣も、ヨーロッパにはいろいろな核兵器の犠牲になりたくはないという気持ちといろいろな複雑なものが流れていると思いますが、アラブにおけるPLO中心としての統一体は、やはりアラブはPLOを認めることによって、この問題、パレスチナ問題の解決なくしてアラブ問題の解決はないという点においては、いろんな立場立場は違うが結束しているのでありますから、それがもっと国連を信じ、国連に頼り、平和維持機構としての元来の国連に戻るような方向づけをやるのは日本。私は、アラブのいろいろな誤解を解いて虚心坦懐、国連の強化によって.平和維持機構をつくり上げるという方向づけをやらないと世界の平和は確立しない。この前園田さんは飛び込んだときに、いきなりイラン、イラクに行くといっても、なかなかあの中の利害、イデオロギーが錯綜しておりますが、政治的やいろいろな利害を抜きにして一番目玉になっているパレスチナ問題の解決なしにあの問題の解決がない。これを国連の場において、国連の限界を知りながらも国連の手によってやっていく。日本は国連のつくり上げたモデル的な国家です。そういう意味において私、今度鈴木さんあるいは園田さんがこの前ECに行ってECにおける人たちと組んでアメリカの自重をも促していったが、いまソ連やアメリカの中にも良識人はいるのだと、言えないでいる。しかし、いまのレーガンでも、やっぱり庶民の中に育った人だから選挙用のあいさつとは別に、やはり世界平和を維持しなければぎりぎりのやり方では危ないということを感じているのに相違ないので、ひとつその辺どういうお気持ちでこれから中東に乗り込んでいくか。  PLOも認めて、そして日本があっせんしてテロはやめなさい、窮地に陥れているテロはいまイスラエルがユダヤがユダヤのショービニストが、ユダヤ人の中でもアインシュタインのようなりっぱな人もいるし、キュリーのようなりっぱな人もいるし、あるいはコペルニクスのようなりっぱな人もいるのですから、ユダヤ人や旧教だということを言うのじゃないのですけれども、イデオロギーや宗教の中にこだわって人類に被害を与えるような過ちを起こしたのじゃもう間に合わないと思いますが、どういう決意でどういうお気持ちで中東にお出かけか。オープンになってPLOの人たちも日本に迎へ入れるだけの雅量がないのか。アメリカのショービニストに遠慮して排他的な民族主義の中に健全な民族主義を認めることができないのか、そういう点をひとつお聞きしたいと思い・ます。

園田直自由民主党外務大臣

○国務大臣(園田直君) 国会が終わりましたら総理のお供をしてヨーロッパヘ、帰り道にASEANに寄って、その後機会を見てなるべく早い時期に中南米から中東の方に参る予定をいたしております。どの国に参りましても、第一に、いま先生がおっしゃいましたような世界のすべての国々は力を合わせて戦争を忌避、平和を願っておると、これでなければみんなが生きていく道はない、こういう一点にしぼって各国でお話を進め相談をしてまいりたいと思います。  特に中東についてはおっしゃるとおりでありまして、パレスチナ問題その他を中心にしていろいろ複雑ではございますけれども、それぞれの国は願うのは同じでございますから、こういうところでも、いまおっしゃいましたようなつもりで、微力ながらいろいろ話をしてくる所存でございます。

戸叶武日本社会党

○戸叶武君 これはいろいろな憲法改正——奥野さんあたりもなかなか慎重な面もあるが、意地悪な質問があるから、ついにあそこまで頭にきちゃったのでというけれども、無条件降伏にまで追いやったのは日本の明治憲法です。軍国主義国家のビスマルクに傾倒して視野の狭かったウィルヘルム一世のカイザー、明治三十六年八月の二十六日でしたかな、あのカイザーに説得されて、大変自由民権のイギリス流の憲法を追い落とすことによって、薩長の藩閥政府を樹立した手前上、ドイツを憲法制定の地と選んであの時分軍国主義の赫々たる威力を発揮したドイツにまねをして、イギリス憲法もヨーロッパの歴史も知らない、それが天皇の名によるところの軍隊、宣戦布告はすべて天皇の名によって、最後には無条件降伏にまで、伊藤博文が意図した、薩長の軍閥が意図したものはみんな返還する、返還するどころでなく北方領土までヤルタ協定によって奪われてしまった。戦いには勝ち負けがあるんです、冷静に。しかし、それを無条件降伏というだらしのない、勝ったら勝ち、負けたら負けても柔軟性を持って、民族の生命力を、民族の力を温存させることが外交です。  そんなことのできない、無条件降伏によって手も足も出ないようなぶざまなまねをしたのは明治憲法じゃないか。昔は上杉慎吉流の単純なあれで済んだかしれないけれども、明治憲法に対する思慕の念はわかるかしれないけれども、最後に天皇に大きな恥をかかせ、人間天皇となって国民とともに訴えて、再び戦争はしないといって憲法を制定した天皇は、憲法改正をするときには辞職しなきゃならないのです。信義ということがあらゆる道義の根幹です。人民に対して、海外に対して、いまの政治家なら食言することも許されるかもしれないが、権謀術策はやがて滅びるのです。一貫した道統というものを日本民族は持たなければ、私は明治以前にあのような神格化された天皇を、神聖化した天皇にすべてをなすりつけてしまって、大恥をかかしめて最後に天皇が救い、人間天皇となって、号泣して天皇は恥を忍んで戦争を片づけた、無条件降伏の原点はあの統帥権にあるのだ。軍事優先の特別の枠だなんてこのごろ言ったり、増強なんかをねらって、そうして戦争へのぎりぎりの道まで行って、それに必要な核は全部日本の周囲に埋められている、あるいはイスラエルを守るためにアラブに、あるいは石油産油国の港に埋められている。潜水艦は陸上でないところでいつでもやる。アメリカは安全かもしれないけれども、石油産油国なり日本なりがいまイスラエルのテロリズムのようなことをやってどうして安心できますか。経済的に伸びてきた日本をたたきつけ、石油を持っているアラブをアメリカのメジャーや軍事産業に言うこと聞かなければ邪魔だからというような形でぎりぎりのところまで行って、まかり間違えばそこで問題を起こす、こんなようなやり方に私はただひとり命がけでも反対せざるを得ない。  私は、野党だから無責任というのじゃない、やっぱりアメリカにでもソ連にでも本当のことを言えば、言い過ぎても悪いかもしれないが、アメリカの中にも良識はあり、ソ連の中にも良識はあると思うのです。お互いにもっと話し合って、アメリカとソ連とイギリスだけが組んでいれば何でもできるというようなヤルタ協定は、ベルサイユ条約がファシズムやナチズムを生んだ絶望的な戦争への道を生んだ発火点であったと同じように、やはりいまのヤルタ協定における他国の主権を無視して領土を分割し、そうして米ソ間だけにはお互いに正面衝突をしないようなパイプが通じており、自分のことは安全にして、核競争をやって、瀬戸際作戦をやろうというダレス的な封じ込め政策というのは時代錯誤です。みずからの責任で、私たちは頼まない、力がない。しかし、いまのままでいけばソ連もアメリカも世界から孤立してしまうと、祈るような気持ちで国連にもっと平和維持機構としての積極的な機能を果たさせ、そうしてみずからはヤルタ協定を清算するだけのものがなければ、私は他国の領土、他国の主権を無視してふんだぐってきたというような前提のもとに平和条約というものをつくろうというのが無理なんです。ソ連にだけ言えないのです。ぐるじゃないですか、そう言っちゃ悪いけれども。これはまあなるたけアメリカさんに急に——そういう人はかりじゃなく、良識ある人がいると思いますから、アメリカの中でも強硬論やる人でもモンロー主義に返れと言い、アメリカだけが安全であり、アメリカの繁栄を保つ、しかし戦争はいやだというアメリカ人に戦争はされない。こういう奴隷戦争をやった国がギリシャでもローマでも皆滅んでいったじゃないですか。  ヨーロッパ社会の崩壊は、メディチ家の言うことを聞いて、神聖ローマ帝国に行くまでのローマ法王の堕落、俗権との妥協、それにおいてやっぱり私はキリスト教にあらざるものは皆やっつけろというような主義ではどうにもならないヨーロッパの困難が生まれたので、それでコペルニクス的な転換が世界から起きる。コペルニクスはポーランドに生まれたのだが、やはり天文学を学ぶためにはアルバイトをして海底調査をやり、星明かりを頼りとして潮の流れや何かを探り、アレクサンドリアにおけるところの天文学の方がキリスト教の単純な神話的な世界観とは違うということがわかって地動説をつくり上げたのです。権威には頼っていないのです。ローマ法王から弾圧は受けた。しかしながら、コペルニクスやガリレオはどんなに権力が抑圧しても地球は動いているのだと地動説を崩さなかった記録を残している。しかし弾圧を避けるために、バット・ノーと、真実を書いて、その後でしかしそうではないと、こういうような形がいま現実の政治から国民が離れてしまった根底のあれです。人民が怒ります。世界の人類が怒ります。何が権力ですか。真理は一つです。ローマ法王庁でもいまごろコペルニクスの地動説を認めたが、そんなことは認めなくても世間が認めている、常識になっている。ばかばかしいことはいいかげんにしてもらいたい。そういう点において武器を持たなくともやはり真実は一つである。排他的なショービニズムで、自分だけがすぐれた民族であって、ほかのやつはつぶせというようなモーゼの十戒を打ち破ったところにモハメッドの抵抗があり、預言者はモーゼに返れと言っている。  やはりすぐれた民族が他民族を奴隷使役して、奴隷の戦争の結果は皆つぶれているじゃないですか。ベトナムだってそうです。黒人が荒れたのは、麻薬を飲まして、そうして突入させたのじゃないですか。太平洋戦争のときにアイケルバーガーは、日本は天皇陛下のためならばと言って、そうして突撃をやってくる、アメリカの青年の犠牲を多くするから、陸上軍なしに飛行機と艦砲射撃だけでやろうと思ったが、それだけでは勝てなかった。ベトナムでもやはり同様です。山あり谷あり瘴癘の地あり、いろんなむずかしい形で、ヨーロッパのNATOにおける作戦のような形にはいかなかったからベトナムで失敗した。アジアを知らない、アジアの憂えを知らない。エジプト、アラブの憂えを知らない。人々の心をかち得ないようなものが世界から孤立しないとだれが言えますか。私たちは野党だから少し厳しく勝手なことを言いますが、せめて日本が、アメリカを救うためにもソ連を救うためにも、エコノミックアニマルどころか野獣に返って、奴隷戦争、局地戦争によって、代理戦争を他の地域でやって、自分たちの安全を図り、軍事費の交代をやっていこうなどというさもしい気持ちだと、地獄です。いままでの戦争とは違います。絶体絶命の地獄への道をだれがやめますか。  そういう意味において、今度はいろいろ苦しい。だれがやっても苦しいし、鈴木さんや、いまの外務大臣の心境を見ると、批評することは勝手だが、いまのような環境の中において、とてもむずかしい中でよくやれるものだなあ、本当にやれるだろうか。本当に世界の人々の声を結集していかなければ、立場、立場があるけれども、われわれが武器を持って戦うのじゃない。しかし、やっぱりワルシャワにおけるポーランドの自主管理の労働者があれほどぎりぎりのところへ行きながらも、大地からはい上がってきたもののような明るさを持って耐え忍んで、一つの自分たちの独立を、自分たちが最大のヤルタ協定の犠牲者だが、民族独立によってグローバルな、世界にふさわしい世界新秩序をつくり上げようという悲願は、ガンジーの無抵抗運動よりもさらに私は厳しいものがあると思うのです。  中国だってそうです。東西南北から怒濤のように、グローバルな時代にふさわしい平和維持のための潮がとうとうとして流れてくると思うのです。どうぞそういう意味において、ECを知りあるいは中東の悩みを知り、別にその特殊な肩を持つ必要はないけれども、彼らも耐え忍びます。日本の説得によってテロリズムはよそう、世間に迷惑をかけないようにしようと、やっぱり国連の場で本当に話し合って、問題をぎりぎりの点で民主的に片づけよう、権謀術策でなく、お互いに相手の立場を、立場があるのだけれども、理解し合って問題を片づけようと、その糸口くらいは——なかなか鈴木さんも園田さんもひらめきはすばらしいものを持っているけれど、どうぞひらめきだけでなく、ひとつ大地の中からわくような民族のうめきを、苦悩を率直にくみ取って、地下三千尺の水の心を惻隠の情を持って生かしてくれるような、国連をして曲がりなりにも平和維持機構によみがえらせるような、それ以外に、行きがかりや何かがあって、アメリカを責めたり、ソ連を責めたって、しょせん、われわれ野党ならいいけれども、政府はそうもいかぬでしょう。一応は気がねをしながらも、やっぱり貫くものを持って平和維持しなけりゃ地獄への道ですよ。  今度はノーベル賞候補者は園田さんと鈴木総理大臣という評判がありますけれども、ないかもしれない。つぶされちゃうかもしれない。しかしその志が、東西南北の人々の憂えを憂えとし、悲しみを悲しみとしてそこに貫くところのミリタントなヒューマニズムを発揮するあっせん役をやったというだけでも——佐藤榮作さんでも戦争はやらなかっただけでノーベル賞で、佐藤榮作さんが照れたけれども、それ一杯飲める賞じゃないかと言っていましたが、やっぱり彼なりの苦労はしたと思います。どうぞそういう意味において、やたらに政変、だけをやって、興味本位のマスコミのえさなり、派閥の次元の興味本位の流れの中に埋没しないで、大衆を愛する者は孤独に陥ってもいいんだ、ばかやろう呼ばわりされてもいいんだ、誇大妄想呼ばわりされてもいいんだ、歴史が物を言ってくれると。大切な歴史の中に政治家というものはその見識を生かすことであり、大衆に対する迎合でなく、投票本位の支持者にテレビの顔を見せるのではない。見せなくても、孤独に徹しても、一つの歴史を見識ある政治家が創造するというだけの責任感を大衆とともに、大衆はばかじゃないです。共鳴します。知らないのです。あっちこっちおもしろおかしく茶番狂言のようなものに操られていく面がある。しかし冷静に返ったときには、エリート官僚が言っているような、マスコミの力で何とでも操作できるというふうな思い上がった形でなく……狂っているじゃないですか、あのジスカールデスタンでもアメリカのカーターでも、なぜですか、権謀術策のブレーンを持ち過ぎている。そこに貫くものがないから、自分が大統領になるためには、目的のために手段を選ばないという、側近の権謀術策の茶坊主が誤っているんです。  自己に徹することは孤独の道を行くことです。園田君も、いまの鈴木さんも、やはり歴史に残るような、人間は一度しか生まれて来ないのだから、やっぱり生きがいのある生涯をもって貫いていってもらわんことを。日本人のやろう、もう人の顔色だけ見てやっているというそしりを見ると、日本人の魂はどこへ行ったのかと、日本人はどっかにいないかと、ちょうちん行列でもされて顔のぞかれると恥ずかしいから、どうぞそういう意味において、今度の中東行きはチャンスです。最悪の事態が歴史転換のチャンスです。真理は一つです。やっぱり国連を平和維持機構として生かすためには、外務省は外交、防衛を担当するというけれども、最終的にその国の運命に対して、国連を母体としてモデル的な国家として誕生した責任があるのですから、だんだんになし崩しをしてうまく踊ろうなんという田舎歌舞伎の役者みたいなことでいると花道から落っこちてしまいますから、どうぞそういう意味において、ひとつ虚心になって、おのれをむなしゅうして、日本だけでなく世界を救ってください。ぼくはもういま足を折られて、手をきょうは内出血したからエックス線に呼ばれていますけれども、まだ口があります。口は残らなくてもいいです。どこで死に場所を探そうかということだけを壮烈に、平和を守るため・に、やっぱりみんなと同じ地獄までは道行きは御免ですから、地獄へ行くのなら志を残す。楠木正成のように、前に進むか退くかなんて、成功するか成功しないかなんてことを考えていない。両頭を裁断すれば一剣天にかかって寒し。志というものが残れば永遠に残るんです。迷いに迷わず、どうぞそういう意味において、私はきょうは質問というよりはもう本当に祈る気持ちで、やはり日本から総理大臣がノーベル賞を、これはノーベル賞が問題じゃないけれども、やっぱり外国からも平和に貢献したという、危機の中にあって貢献したという人を、佐藤榮作さんだけでなく、やっぱり私はいまの鈴木さんなり園田君なりも持ちたい。事を得なくてもいい、あしざまにののしられて、あのやろうは腰抜けだと言われてもいい。もって瞑すべきじゃないですか。日本のためじゃない、人類の危機を救う土壇場に来ているのです。  私は枝葉末節の質問はしない。きのうの自民党の中西君の意見でもあるいは公明党の質問、うちの松前君も、みんな参議院は一院制度でいいじゃないかなどという形のあれじゃなく、参議院の良識をもって、政権をとるための手段でなく、派閥でなく、国民に直結する良識をもって国民に訴え、国民の力で私は日本全体が火の玉になって平和維持に従っていくというときが来なければ、幾ら内閣なんか変わっても、いまはゴキブリ時代です。やっぱり地獄へ近づくとだんだんゴキブリみたいなのが出てきますけれども、どうぞ本物の日本人どこへ行ったというふうに警視庁に頼みに行かないように、世界の人たちから日本は魂を失ったんだろうか、志を失ったんだろうか、自分のことだけしか考えていないんだろうかと言われないように、ひとつ心して中東行きをなしていただかれんことを切にお願いします。あなたから言えばわかります。あれだけに総理大臣が怒ったというけれども、言葉じりやいろんな日米同盟のあれにもいろんな問題はあると思いますけれども、あれよりほかに方法はあの一つしがなかった。われわれはいろいろ批判はしますけれども、よかれあしかれとにかくアメリカ側に無用な刺激を与えないように配慮しながらも、ソ連に対しても無用な摩擦を好まなくとも、本当のことを言えば、コペルニクス的な転換が可能なんです。真理は一つです。何だ俗界の権威にこびて、ショービニストのヨーロッパにおけるあの戦争への混乱の中に、ニーチェが神を信じられなくなったといって絶望し、ツァラトゥストラを読んで光を東方に求めたのや、シュペングラーが「西欧の没落」を第一次世界戦争の悲劇を見て訴えたのも、トインビーが本当に人々が心が触れ合っていくならばそこに世界の新しい秩序ができるという考え方を述べたのも、アインシュタインがあれだけの知性人でありながらユダヤとかショービニストとかを乗り越えて、湯川秀樹さんでも何でも、やっぱり一つの平和を保つためにわれわれはもっと心の武装をしなけりゃならないというふうに決意を決めたように、ユダヤの人の中にも日本人の中にもロシア人の中にもソビエトの人の中にも偉いやつはいっぱいいるんです。どうぞその人たちが勇気を持って世界の平和への道をゴキブリによって妨げられないように私は一大決意が必要だと思います。  心していかなきゃならないのが政府でしょうが、やっぱり歴史の記録は最悪なときにのみつくられるのです。どうぞそういうことに対してどういう決意を持って一体として進めるか。もう時間が近寄ってまいりましたから、ひとつ鈴木さんにもよろしく伝えて、あなたと一緒に世界の平和を守るために死ぬつもりでおのれを無視してやってください。やっぱり外務当局でもいろんないきさつもあるでしょうし、一国の責任は天皇にかぶせるのじゃない、天皇はみずから一番悩んで苦しんでいる。眼を見ればわかる。私は遠ざかっていたが、明治の時代から、伊香保の御用邸時代から見守っているけれども、難波大助に殺されはぐれ、死刑になったときは難波大助は無政府共産主義万歳を叫んで死んでいったのです。そういう時代もあるのですよ。皆裁判が偽ってでっち上げているのです。楢橋君はそのことを知っているはずです。どうぞそういう意味において天皇もやっぱり聖徳太子の苦悩はわかっております。私のところへ不思議に遠くの方にいたのに声かけたって何も話をすることはないけれども、やっぱり私は健全だからやると言うけれども、一人いまのむずかしいときに平和維持をするために天皇が利用されたのじゃかなわぬという、うっかり言葉には言えないけれども、あのまなざしの中に見えているのです。やっぱり悪いときには人に責任を転嫁し、みずから責任を持たないようなやつは政治をやる資格はない。どうぞそういう意味においてひとつ鈴木さんの御意見もわかっておるでしょうが、一体となって、鈴木さんとあなたとは幾らかニュアンスが違っている、違うぐらい枝葉末節あっていいのです。志の中に多様性の中に最大限において割れるものがあるのです。アラブだってあれだけにまとめていくことができたっていうのは、多様性の中に一つの統一を求めていくところに政治の、多元的な国家論の中で私らは育ったのですが、やはりナショナルガバメントの運営というものがあると思うのです。どうぞ人民と離れて、大衆とともに苦悩し、大衆が理解できないようなことをしでかした日には取り返しのつかないことになるということだけ御承知の上に、ひとつ鈴木さんを助けてください。意見は違ってもいいのです、二人でつかみ合いのけんかしてもいいのです。本当のことを話し合いながら、せめて総理大臣と外務大臣でも世界に悲劇をつくらないような努力を願います。  時間が参りましたと言うから、簡単な御決意のほどをお願いします。言わない方がいいかもしれないけれども。まあひとつりっぱな死に方をしてください。死ななくてもいいけれども、捨て身になってやってください。人民を殺すのじゃなくて、一国の総理大臣なり外務大臣が、武器なぎ国家においては、先頭に立って平和を守るだけの決意が私は必要だと思いますので、どうぞそれを一言でもお願いします。

園田直自由民主党外務大臣

○国務大臣(園田直君) 長い人生体験の深刻なる御経験を交えながら、いろいろ御意見を承りまして、よく理解しよく拝聴をいたしました。  いまは、日本にだけではなくて世界全体にとって非常な大事なときであって、日本の平和はアジアの平和の中にあり、アジアの平和は世界平和の中にあるわけでありますから、その点を十分認識をしてすべての国々と理解し、話し合いをやるつもりでございます。  なお、また、ただいまの御発言は、鈴木総理には責任をもって申し伝える次第でございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 難民条約並びに議定書、これの審議を大変短時間にやらなければならないということを私は大変残念に思います。それで、いろいろのことが起こりましたために、衆参両方とも十分の議論を尽くすことができなかったと思いますけれども、この条約並びに議定書の持っている意味を、やはり私どもは十分によく考えなければならないし、今後の対応を考えていかなければならないものだというふうに思います。  で、私もつい先ほど外務省の方の御説明を聞いたばかりでございまして、勉強は不十分でございますけれども、一昨年国際人権規約をこの委員会で承認いたしましたとき、すでに私たちは難民条約、次には難民条約並びに議定書、これを通さなければならない義務を感じておりました。国際人権規約のB規約、A規約にも、特にB規約というのは市民的、政治的権利の規約ですけれども、内外人平等の原則というものがあります。したがって、日本人にとって、難民というような言葉が余りなじんでいないことについても反省をしなければいけないし、外国人に対して私たちが一体、日本は国際的になった、国際的になった、いまは国際的な時代だというようなことを言うけれども、実際に国際的ということはどんなことなのかということを、この難民条約並びに議定書を承認するに当たって考え直したいというふうに私は思います。  で、実はけさもテレビでベトナム流民に関する放送をしておりました。これはロン・ノル政権時代のベトナム大使館におった人たち、その大使館がもう閉じられたままになってしまった。そして、そこに何人かが住みついている。また、その当時留学生としてやってきていた人たちが、そのまま国には帰れないで居ついてしまっている。この人たちにはパスポートもないし、国籍というものもない、いわゆる流民である。こういう流民の中には——私もインドシナ流民と連帯する会という会の方々からの陳情を受けたことがありますけれども、難民というよりは流民というような種類の人たちが、日本にある程度の数の人、あるいは二百人かあるいは数百人かもわからないのですけれども、そういう人たちがいて、そして絶えず出入国管理局の係官の目を逃れながら、バーとかキャバレーだとかスナックだとかいう、そういう水商売の仕事に夜は携わりながら、常に移動して自分たちの所在をつかまれないようにしながら潜行しているという人たちのことをけさも報道しておりましたけれども、そういう人たちからの訴えも聞いております。それで、この際難民条約に批准をする、難民条約を承認する、あるいは議定書に加盟するに当たって、そういう人たちのことも、ともにぜひ考えなければならないと思います。  世界には難民あるいはそれに類する人たちというのが、統計によると一千万という言い方もあるし、あるいはいや、その倍、二千万もあるのではないかという言い方もあります。アフリカが五百万、アジアが、アフガン百二十万、カンボジア五十万、ベトナム五十万、ラオス五十万、ヨーロッパ五十万、ラフに言って。そして、中東のパレスチナ難民というのが二百八十万ぐらいいる。ラテンアメリカに数十万、これ合計していったら千万と言わないくらいある。これは必ずしもこの条約による難民という定義には相当しないかもしれませんけれども、難民と同じ条件にある。さっきの日本で言う流民、あるいは英語ではディスプレイスト・パーソン、難民はレフュジーだけれども、レフュジーじゃない、ディスプレイスト・パーソンという人たち、こういう人たちまで加えれば非常に多数の人たちが世界じゅうに国籍も保障されず、定住権も保障されず、生活も不安定という形で暮らしている人たちがある。こういうときに、この条約に八十一ヵ国がすでに加盟しているのに日本は今日まで加盟してこなかった。日本には余り現実的な感じがしなかったと思います。ぴんとこなかったと思います。しかし、難民条約に加入しなければならないという必要に迫られてきた事情、これはインドシナの政変にあると思うのですね。  そこで、一九七五年以降のこのインドシナ政変からベトナム、ラオス、カンボジアなどのインドシナ難民あるいは流民と呼ばれる人、あるいはボートピープルと呼ばれる人たちの状況を説明していただきたいと思います。    〔委員長退席、理事稲嶺一郎君着席〕

渡辺幸治外務大臣官房外務参事官

○政府委員(渡辺幸治君) お答え申し上げます。  先生御指摘のとおり、一九七五年のインドシナにおける政変の後、急激な社会主義化、社会変化が起きまして、それに伴い大量の難民が生じたことは御案内のとおりでございます。さらに、カンボジア難民につきましては、一九七九年のベトナムのカンボジア侵攻を契機として、かなり大量の難民が発生しております。国連の難民高等弁務官事務所の確認数では、大体百五十万人近くに達するインドシナ難民が発生したということでございまして、その内訳は、ベトナム難民約八十万、ラオス難民約二十六万、カンボジア難民約三十八万ということでございます。  これらの難民のうち約九十万人、大宗はアメリカでございますけれども、西側第三国に定住しておりまして、さらに、中国に二十六万人定住しておりまして、現在タイ、香港等東南アジア諸国に一時滞留中の難民は約二十九万人という状況でございます。  現在も難民の流出は続いておりますけれども、二年ほど前の一月に五万、六万というボートピープルが発生した事態と比べますと、小康状態を保っておりまして、月に大体五千人ぐらいという状況でございます。四月につきましては約一万人ということで若干増勢を見せたものですから、関心を持って見守っている、そういう状況でございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 難民条約に日本が今回加盟をすれば、アジアでは初めての国です。そして、非常に高度な経済発展をしている日本が、今日まで加盟していなかったことはむしろ恥ずかしいことであると考えられるわけですけれども、たとえばタイはカンボジア難民がたくさんタイとの国境に集結している、あるいはタイの中にもいる、そういう状況でありますけれども、しかし、タイが難民条約に参加するということはしない。それだけの、まあタイそのものが経済も苦しいからとても受け入れることのできる状況ではないだろうと思うのですがね。そのほかのASEAN諸国だって難民条約には参加していない、これに対応するだけの力はないわけですね。  それで例のボートピープルですけれども、主にこれはベトナム人ではないかと思いますけれども、この人たちがボートで漂流して、途中で沈没して死んでしまう人たちも相当いるけれども、それが流れ着いたところで一時収容される、こういう形で収容されている場所はどことどこですか。

渡辺幸治外務大臣官房外務参事官

○政府委員(渡辺幸治君) 先生御指摘のインドシナのボートピープル、すなわち海路でインドシナ諸国を出国した者、脱出した者は海上で日本の船舶を含めまして、船舶で救出されるケースを除きますと、大体マレーシア、あるいはインドネシア、シンガポール、タイ、そういう東南アジア諸国に漂着するわけでございます。一時インドネシアあるいはマレーシアにおけるそういうボートピープルの滞留数が六万とか七万というようになったわけでございますけれども、先ほど申しました米国を初めとする西側諸国の定住受け入れがかなり進展しておりまして、手元の資料では、三月末現在でございますけれども、インドネシアの現在の滞留数は三千六百名、あるいはマレーシアが一万名弱、フィリピンが三千名ということで、東南アジアにおける滞留インドシナ難民の問題も小康状態に達している。現在一番多いボートピープルを受け入れているところは香港でございまして、なお二万人の滞留数がいるという状況でございます。タイにつきましてはボートピープルの滞留数は一万人弱でございますけれども、先ほど申しましたように、タイについてはカンボジア難民、あるいはラオス難民という陸路の難民が二十万弱現在も滞留しておるという状況でございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 こういう難民あるいは難民に相当する人たち、これは今度のこの条約による条約難民というのは定義で言えばどういう人たちを言いますか。そしていまおっしゃった数の人たちは全部条約難民には相当しないわけですね。

賀陽治憲外務省国際連合局長

○政府委員(賀陽治憲君) 難民条約におきまする条約の難民の定義でございますが、これは第一条第二項にございまして、「千九百五十一年一月一日前に生じた事件の結果として、かつ、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」云々ということになっておるわけでございます。  ただいま申し上げました「千九百五十一年一月一日前に生じた事件」と申しますのは、時間的に限定になりますので、これを解除する意味におきまして議定書が採択されておりますので、議定書の採択によってただいまの時間的制約ということは取っ払われるわけでございます。  第二の御質問の、すでに日本に入っておるインドシナの難民が条約上の難民であるかどうかという点につきましては、条約上の難民とは厳密の意味ではなっておらないわけでございまして、今後それらの方々が難民の認定の申請をされて、ただいま申し上げました定義に合致すると認定された場合に条約上の難民になられると、こういうことでございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 日本に入ってきている人たちだけではなくて、タイにいるそれでは二十数万の人たちも必ずしも条約上の難民とはならないというふうな定義、つまりここの条約上の難民の定義のポイントは、自分らの国に帰ったら迫害を受ける、そういう理由があるということがポイントになっておりますね。それでは、全部政治的に意見を異にしていて帰ったら危ない目に遭うという人たちばかりとは必ずしも限らない。これは経済的に非常に困難な、貧困な状況で、そこへ戻っていきたくない、ほかへ行きたい、こういう人たちもあるし、あるいは自分の肉親などがアメリカとか、フランスとか、ほかの国に行っているから出ていきたいということで一時収容されている人たちも、これはタイなどのいわゆる難民と呼ばれている人たちの中にはそういう人たちがいろいろたくさん入っていると思うのですね。それに対して国連、ユニセフなんかもそうだし、赤十字もそうですけれども、いろいろと援助を行っている。ところが日本は大変これまで難民、あるいはその難民に相当するような人たちに対して冷たい国であったというふうに私は言わなければならないと思うんですね。  それで、先ほど流民の話をしましたけれども、日本に難民として入ってきている者の数がこれはまあ全く比較にならないほどほかの国より少ないですね。そして、その中でも一時滞在の許可だけをしておく、そして次に第三国へ行く間だけ許可するというようなやり方をしてきたと思うのですね。ですからその点について、今回難民条約を承認するに当たっては幾つかの反省あるいは改正がなければならないと思いますが、その辺の点を説明していただきたいと思います。

渡辺幸治外務大臣官房外務参事官

○政府委員(渡辺幸治君) 田中委員御指摘のとおり、わが国は難民受け入れの伝統がなかった国であるということが申し上げられると思います。インドシナ難民発生以来、特に二年前でございますが、七九年初頭からのインドシナ難民流出の急増という事態に対して、わが国としても何らかの形でその救済に手を差し伸べなけりゃいけないということで、同年四月に五百名という定住枠を設定いたしまして、かつ定住条件も設けたわけでございますけれども、やはりわが国が難民受け入れの伝統もなかったということで、枠の設定自体五百名ということでかなり少ないものでございますし、定住条件についてもたとえば日本大使館あるいは日本企業に勤めたことのある人、あるいは日本で留学をしたことのある人ということで、かなり限定した制限をしていたわけでございますけれども、その間わが国におけるインドシナ難民問題に対する関心あるいは同情の盛り上がりということも踏まえまして、実は四月の二十八日に閣議了解をいただきまして、定住枠を三千名にするということ及び定住条件の解釈の問題として、日本に必ずしも関係のなかった人であっても、日本において安定した生活を営むことのできる職業につく見込みのある者ということで、定住条件の緩和を図ってきたということでございます。その結果、五月の二十六日現在の数字でございますけれども、わが国に定住いたしましたインドシナ難民は千四百十四名でございます。なお、この中には、先生が一部触れられたいわゆる流民、すなわちインドシナ戦争終了前に日本に留学をしていたインドシナ三国出身の留学生の方等について、在留資格が非常に不安定であったということもございまして、留学生七百四十二名も、インドシナ難民に準じて扱うということで定住の道を開いた、そういう七百余名の方を含めて千四百十四名の方が定住しているということでございます。  他方、先生御指摘の一時上陸の問題がございます。日本船で南シナ海で救助されたようなそういう方が、日本に来て一時上陸をしたいということで上陸した人が、累計でございますけれども、約四千六百名ございまして、アメリカを中心として第三国にすでに定住のために出国していった人がございまして、現在滞在中の方が千三百三十九名ということでございます。この一時上陸した難民の人々の中で日本に定住を希望する人が非常に多いかというと、遺憾ながら必ずしも多くございませんで、四千五百九十三名の一時上陸者累計の中で日本に定住を希望し、かつ定住した人は六十二名という状況でございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 日本に定住を希望する人が少ないのは、理由はなぜだとお思いになりますか。

渡辺幸治外務大臣官房外務参事官

○政府委員(渡辺幸治君) 一般にインドシナ、特にベトナムでございますけれども、出国を希望し、流出してきたインドシナ難民の人々の多くは、やはり自分の姻戚、親戚がいるアメリカ、フランスあるいは豪州、カナダというところに行きたいということで、ベトナムをあるいはインドシナ諸国を去った方が多いということが一般的に言えるかと思います。同時に先生御指摘のとおり、日本は難民受け入れの伝統がないということで、日本に行ってもなかなか住みにくいのではないかと、言葉の問題その他がございまして、そういう一般的なイメージが定着しているということが一応言えるかと思います。  他方、一時上陸者の中で、日本に定住を希望する人が少ないということでございますけれども、若干、皮肉なことでございますけれども、日本に定住することを選んだ人は、自今アメリカとかあるいはフランスには行けないということもございまして、一方において、日本で一時上陸中の者は、日本の施設で、国連の資金をもって、いわば衣食住は少なくとも最低限確保されているということ、同時に一応のアルバイトも認めているということで、そういう方々としてみれば当初の希望どおりいつの日かアメリカなりフランスなりカナダに行けるということで、日本で生活は非常に不愉快だというわけではございませんけれども、なお定住の道は選ばないというような状況でございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 まあ余り日本に定住することを好まない理由は十分想像できますね。日本でそういう伝統がないというようなことと、それからそのインドシナ諸国は、フランスなど自分たちをもと支配した国の言葉を話し、あるいはアメリカなどはベトナム戦争時代にたくさんの兵隊も行っておった関係もあって、どんどん受け入れ、非常に受け入れの条件も緩やかだというふうなことがあったりして、やっぱりそちらの方が暮らしいいというふうに感じるのではないか。その意味では、何も日本に非常にたくさんの人が定住することが彼らの幸せかどうかということを考えますと、必ずしもそう無理に定住をさせなければならないというふうには考えないのですけれども、私は流民と呼ばれる人たちですね、これはたとえばボートピープルは、せっぱ詰まってボートに乗って逃げ出して、そのときには旅券も何にも持っていない。そして日本に流れ着いたというときには、この人たちは難民扱いをされるのですね。ところが、流民の方は、その七五年の政変前に日本に入っていた人あるいは留学生、大使館員というような人のほかに、やはり台湾とかタイとかいうところに一たん逃げて、そこで旅券を買って入ってくる人たちがある。つまり、それは本物の旅券じゃなくて、人の偽名によって入ってくる。こういう人たちは観光ビザで入ってくる。観光ビザで入ってきた人は六ヵ月ですか、滞在が可能である。それで六ヵ月の間いろいろお勤めしたりして六ヵ月たつと、一たんまたその発行された持っている旅券の国へ戻る。二度までは観光ビザで入ってこれる。だけれども、二回目のその後は、六ヵ月たったらもう今度帰ったら入れてもらえないというので、それでさっき言いましたようにスナックとかバーとか、新宿あたり中心に、ああいうところの水商売のところで夜遅くまで働き、そして昼は外に出ないようにして逃げ回っているという形の流民がいる。これは本当に人道上から言えばゆゆしいことだと思うのですね。  それで、ボートピープルの方と、そのもう一つの方、まあ不法入国者というふうにおっしゃるんだろうと思いますけれども、区別していくことというのは、これは今後変えなければならないと思いますがね、いかがですか。

伊藤卓藏法務大臣官房審議官

○説明員(伊藤卓藏君) いまお話しの流民の扱いでございますが、これの処遇につきまして申し上げる前に、これまで法務省入管局で扱いましたいわゆる流民と言われる人たちの実態と申しましまうか、実情についてちょっと御説明申し上げまして御理解を得たいと思います。  そこで、まず巷間流民と言われている人というのは、どういう人なのかということでございますが、最も狭い意味におきましては、インドシナ三国の政変前後にそこを脱出しまして第三国に出まして、これは大部分が台湾でございますが、そこで旅券を入手しまして観光ビザなり通過ビザなりでわが国に入ってきまして不法残留になってしまった人というのが、私、流民という定義で最も狭い解釈ではないかと思います。そういう人たちが一体これまでにどれぐらいいたであろうかということを昨年ちょっと調べてみたわけでございますが、全部で百七十五名。これは旧ラオス旅券等を持って入った人十名を含みますから正確に言いますと百六十五名でございまして、そのうちタイ旅券で入ってきた人が三人、あとの百六十二名はすべて台湾旅券でございます。この百六十五名、旧ラオス政権その他十名も便宜含めて御説明させていただきたいのですが、この百七十五名の処分結果について申し上げますと、特別在留許可された人が十一名でございます。それから退去強制令状が発付された人が百五十八名でございます。目下審査中の人が六人と、こういう数になります。  それで退去強制令状が発付されました百五十八名の内訳でございますけれども、これは御承知かと思いますが、退去強制令状を発付するまでに三段階で審査いたします。三審制になっておりまして、まず現地で入国審査官が審査をいたします。審査の結果、あなたは不法残留者であるから帰りなさいということで、刑事訴訟手続、裁判手続で申しますと一審で確定してしまう事案がございますが、これを私ども現地確定と言っております。この現地確定事案が百五十一件ございます。したがって百五十八人のうち百五十一名が、わかりました、私は帰りますということで帰っていっております。残りの七名が不服申し立てをしまして、第三審と申しますか、高等審理の申し立てをしかつ大臣に異議の申し立てをしていると、こういう実情でございます。つまり、インドシナ三国の政変前後に台湾、タイに逃れまして、そこで旅券を入手してわが国に来まして、不法残留して見つかって調べられた者のうち、大部分がそれぞれの旅券発給国に帰っているというのが実情であると、これをまず御理解いただきたいと思います。  次に、流民だということで大臣まで異議の申し立てをしてくる人の中に、実は全くそうではない人がいるという一つの例としまして、これは一昨年自費出国の形で台湾にお帰りいただいたのですが、本人は台湾旅券で入ってきまして台湾旅券を不正入手してきたんだ、買って入ってきたんだと、両親はタイの難民キャンプにいるということで、一時、記事として朝日新聞にも取り上げられました。私どもで調べました結果、これは全然違いまして、両親はなるほどインドシナ三国の政変前までラオスにいた事実はございますが、その後家族が全部台北に引き揚げまして、そこでお父さんが歯医者さんをやっていらっしゃる、お母さんも御一緒に住んでいらっしゃる、兄弟もそこに住んでいらっしゃるということがわかりました。したがいまして、この流民かどうかということは個別ケースにつきましていろいろ調査しませんと、一概に流民だ流民だということでもって処遇を決めるわけにはまいらないというふうに私ども考えております。  しからば、本当に帰る先のない流民であるかどうかということがわかった場合にどうするかということでございますが、これにつきまして、先般来、法務委員会でも入管局長が御説明申し上げておりますが、まず使用した旅券、台湾旅券なりタイ旅券なり、使用した旅券が不正に入手されたものである場合には、これは正規な旅券じゃございませんので旅券発給国に送り帰すわけにはまいりません。したがってそういう人につきましては、特別在留許可をする方向で検討いたしたいと考えております。  それから正規に旅券を入手して入ってきた人、これは難民条約からの関係から申し上げますと、すでに旅券発給国の保護を受けているわけでございますので、条約上の難民ではないことは明らかだと思いますが、正規に旅券の発給を受けてきた人でありましても、こちらにいる間に日本人とかあるいは正規に在留している外国人と結婚したような人につきましてはこれは在留特別許可を認める方向で検討しよう、それから正規に旅券を入手してきた人でありましても、両親、兄弟が本当に難民キャンプにいて帰る先がない人、これもやはり特在、特別在留許可で処遇しよう、そのほかいろいろな特殊事情があろうかと思いますけれども、いま列挙しましたケースに似たような、準ずるようなケースについても在留特別許可ということで処遇をいたしたいと、かように考えております。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 そうしますと、いままでその入管のお役人というのは強制退去という一番過酷なことをさせてきたということで非常に恐れられてきたのですけれども、いまの説明ですと、条約にある「迫害を受けるおそれがある」という理由がなくても、自分の両親とか親戚がほかにいるとか、あるいはこちらで暮らすことの方を望むとかそういう、そして職業につく可能性もちゃんとあるとかというような条件があれば、これは送り帰したり、これまでのようにはしないという、そういう改正をされるわけですね。

伊藤卓藏法務大臣官房審議官

○説明員(伊藤卓藏君) 先ほど私申し上げたような範疇に入る人であれば、強制送還しないでわが国での在留を認めようということでございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 で、その認定する人、これは法務大臣ということですね。その認定機関はやっぱり入管局ということでございますか。

伊藤卓藏法務大臣官房審議官

○説明員(伊藤卓藏君) 御質問の認定の御趣旨が流民の関係でございますと、これは別に認定ということではございませんので、法務大臣が特に在留を許可するかどうかという、裁決と申しておりますが、それによって決まるわけでございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 そうしますと、難民というふうに認定するのにはこれは法務大臣のもとに入管局でやられると、それから流民に関してはそういう、いま何とおっしゃいましたか、裁決ですか、すると、そういうやり方をなさるということですか。

伊藤卓藏法務大臣官房審議官

○説明員(伊藤卓藏君) いわゆる条約難民の認定につきましては、目下法務委員会で御審議いただいております難民関係の入管令一部改正法案が成立した暁にはこれは難民条約にいう難民であるという申請をした人につきまして難民かどうかといういわゆる認定を法務大臣がいたすことになろうかと思います。難民と認定されますればこれは先ほど来問題になっております流民の問題は一切解消することになろうかと思います。問題は、難民申請をしたけれども難民認定が受けられなかった場合にどうするかということだろうと思いますが、そういう場合には難民認定は全然別個の手続の入管令に定めます退去強制手続によりまして最終的な結論は大臣が裁決で在留を認めるか退去するかということを決めると、こういうことでございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 そうすると、要するに今後はいままで不法入国者ということで強制送還を相当厳しくやってきた、これがいままでのようにはならないと、そういうふうに考えてよろしいのですか。つまり、日本の入管局というのはもう厳しいことにおいて有名なところなんですけれどもね。ですけれども、難民条約に参加する以上は、いろいろと自分の国に住むことのできない理由を持ってやってくる人たちに対して温かい立場でこれを守ってやるという意味では、いままでのような鬼のようにこわがられていたというような、そういうようなことはなくなるというふうに考えてよろしいですか。

伊藤卓藏法務大臣官房審議官

○説明員(伊藤卓藏君) 先ほど私申し上げたような範疇にある方々には喜んでもらえるかと思いますが、不幸にしてその範疇に入らない人にとりましては、やはり入管というのは鬼だというふうに思われるかもしれません。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 それでは、ついでに伺いますけれどもね、在日韓国人、朝鮮人、まあ韓国の方ですが、密航して入ってくるということがよくありますね。これがばれると収容所に強制収容して、そうして本国に強制送還するということがこれまでたびたび行われているのですけれどもね。こういう場合はどういうふうに考えられますか。

伊藤卓藏法務大臣官房審議官

○説明員(伊藤卓藏君) 御質問の御趣旨は、韓国からの不法入国者の扱いをどうするかと、こういう御趣旨かと思いますが、まず、不法入国者の扱いは各国とも原則としてその本国に退去強制するというのが原則だというぐあいに理解いたしておりますが、韓国からの密入国者につきましては、わが国と韓国、まあ朝鮮半島との非常に昔からのいろいろないきさつがございますので、できるだけ人道的な配慮を払って在留を認めることにいたしておりますが、どういう人を在留を認めるか、これは一概には申せませんで、やはりこちらにおける家族状況、本国における家族状況その他を勘案いたしませんと、ちょっと一概には申せませんが、一例を申し上げますと、昭和三十六年ごろに密入国してきた韓国の青年がいるわけですが、この人が日本人の女性と結婚しまして子供が二人できたから何とか在留を認めてくれということでしたけれども、よくよく調べてみますと、本国の方に本妻と申しますか、同国人の妻と子供がいるというような事情もわかりまして、日本人との結婚は完全な重婚であるというような事情も判明し、かつ本国の妻子から早く帰ってきてくれというような事情もありましたので、昭和三十六年の不法入国ではございましたけれどもこれはお帰りいただいた。また一方、昭和四十六年ごろ、十年ぐらい前の不法入国でございましても、こちらへ来て潜在している間に協定永住権、永住権を持っている韓国の人と結婚して子供ができた、生活の基盤もこちらにあるというような場合には在留特別許可を認めるというぐあいで、これもまたケースごとに事情を調べませんと何とも申し上げられませんけれども、できるだけ在留許可できるような方向でやっているつもりでおります。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 日本に定住する許可を受けた難民、あるいはボートピープルのように旅券も何にも持たないで入ってきて、しかし定住を認められたという者、それが、その定住というのはどのぐらいの期間、つまり永住とは違いますね、どのくらいの期間、定住を認めるのですか。

伊藤卓藏法務大臣官房審議官

○説明員(伊藤卓藏君) 入管令上、定住という概念はございません。これは、私の理解ではこの難民問題が起きましてから定住という言葉が新しく生まれたように思いますが、これは、まあ私どもの理解としては、一年以上の在留期間を付与された者を定住というぐあいに入管サイドでは理解いたしております。永住と申しますのは、読んで字のごとく永久にわが国に住んでよろしいという在留資格でございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 定住を認められて一年ぐらいたってまたもう一遍申請して、それを繰り返して永久におるということもできるわけですね。

伊藤卓藏法務大臣官房審議官

○説明員(伊藤卓藏君) そのとおりでございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 日本に来る難民の数は、ケースからすれば非常に少ないけれども、しかし非常にいま少数であっても問題があったということを私どもは十分理解したいと思うのですが、世界的に見て、最初にも申し上げましたように、アフリカに五百万、あるいはアジア全体、世界全部、ラテンアメリカも加えて一千万を超す難民あるいは難民同様の状況の人たちがあるというときに、私は日本は、日本に難民として入ってくる者の数は千何百という数しかいままで実績がない、入ってくるというか、そこに住みつく者がですね。そうしますと、日本としてはやっぱり世界的な視野で世界じゅうにあるそういう難民、大抵の場合は難民は女子供が大部分でございますね。まるでやせ細っている女子供に比べて、男の人のやせ細った難民の姿を余り写真でも見ないくらいですからね。女性というのは世界の差別された人口ということを国連統計で言われているわけですが、人口の二分の一いても、労働力としては三分の一働いているけれども受け取る収入は十分の一である。そして文盲の八〇%は女である。私は恐らく難民の過半数は女子供であろうというふうに思われますけれどもね。それで、こういうものに対して日本は、やっぱり日本の国内に難民を引き受けるということは、数としては少ないと思います。本当に貢献するためには、世界的にその難民に対して手を差し伸べるという意味で有効な経済援助をしなければならない。今日、日本が海外に対して経済援助している中で、難民のためにどのくらいのものを出してどんなことをしているかをお伺いしたいのですが。

賀陽治憲外務省国際連合局長

○政府委員(賀陽治憲君) ただいま御指摘の点でございますが、他国の多数の難民に日本がどういう対応をしておるかということでございますが、これは御承知のような国連の難民高等弁務官というのがございまして、そこで各国からの拠出を集めまして、その基金をもとに諸国に散らばっておられるところの難民に対する救済活動をやっておるわけでございますから、そこにどの程度の拠出をしておるかということが一つの目安になると思います。これは御記憶と思いますが、一昨年の東京におけるサミットの会議の経過において、当時園田大臣がおられたわけでございますが、重要な決定を日本が行いまして、当時のインドシナ難民計画の所要の半分を日本が負担するというところまで大幅に拠出をふやすということで、当時六千五百万ドルと記憶しておりまするが拠出が行われたということはわれわれの記憶に新たなところでございます。その後、インドシナ難民の数は盛衰がございますけれども、昨年度におきましては六千万ドルを依然として日本は拠出しております。そういった関係で、わが国は大手の拠出国としてアメリカに次ぎ第二位、西独にまさって第二位という立場を保持しておるわけでございます。その他、UNHCRに対する拠出のみではございませんで、カンボジア難民でございますとか、あるいは最近ではアフリカの難民に対しまして個々に援助をするという意味で、世界食糧計画でございますとか、その他タイ政府を通ずる難民、被災民の関係の援助等において、昨年度は四千万ドルを拠出しております。そういった点でわが国の拠出を御理解をいただきたいと思います。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 インドシナ難民のための救済資金の五〇%を日本が引き受けていると、これは伺っていることですけれども、たとえばアフリカなんかも、日本が直接関係がないかのように見えても、私が読みました資料で見ますと、アフリカは部族社会だから、内乱あるいは内紛が起こりますと部族全体が一緒に移動する、そして、移動した先で自分たちも経済的には非常に困難な状況でも受け入れるという、そういう人間的な習慣を持っているということなんですけれども、しかし、飢饉だとか干ばつだとかいうので、全体として非常に困窮の状況にあるところに、他の部族も全部引き受けるというようなことになった場合、非常に悲惨な状況が起こってくるので、やっぱりそういうところに、日本は難民のための特別な援助というのをもっと考えていただいたらいいのではないか。つまり、日本にたくさん難民を引き受けるという立場にない、インドシナ難民も大抵アメリカやフランスを選んでいる。    〔理事稲嶺一郎君退席、委員長着席〕 そのかわり日本はお金は出していますよというのが、もう少し親切に、その引き受けている国自体が、タイの場合だってそうだと思いますけれども、タイの国境地帯にたくさん集結している難民を賄うことはタイ自体も経済的には苦しいわけでございますから、だからそこのところに特別の援助をしていく。それと同じような意味でアフリカの方にも、あるいは中東のパレスチナ難民のことは、これはまた別枠の援助が行われているかとも思いますけれども、日本の経済協力というのは、いろんな協力の仕方があると思いますが、開発援助というようなものと、難民のところの、難民がたくさん集結しているところへの援助という形を考えられないでしょうか。

梁井新一外務省経済協力局長

○政府委員(梁井新一君) ただいまの田中先生の御指摘になりました、単に難民だけを援助対象とした人道的な援助のほかに、難民が入ってきた、いわゆる難民罹災国と申しますか、そういう国に対する援助をやるべきではないかと、ちょうどタイがカンボジア難民が入ってきたために困っておると、そういうことでタイに援助をしておるわけでございますけれども、それと同じような意味で、アフリカに対しても単に難民が発生した国だけではなしに、その難民が流れ込んだほかの国に対する援助ができないか、こういう御質問かと思うわけでございます。そして、私どもがやっております難民を対象とした援助、アフリカの難民について申し上げますと、昨年は実は十二億円の日本のお米の援助を世界食糧計画を通じまして、ソマリアとカメルーンとウガンダにいたしたわけでございます。  それからことしの四月の九日でございますが、ジュネーブでアフリカ難民援助国会議が開かれまして、日本は二千万ドルのコミットメントをしたわけでございますが、これが先ほど申し上げました純粋に難民を対象とした援助と言えるかと思います。  そこで、難民が入ってきた国に対してどういう援助をしているかという問題でございますけれども、私ども昨年からこの点をかなり意識いたしまして、難民、いわば被災国に対する援助を強化しているわけでございます。その援助の内容も大体食糧援助、食糧そのものでございます。日本米で行く場合もございますし、小麦で行く場合もございますけれども、それからさらに食糧増産援助と申しまして、大体肥料が多いわけでございますけれども、そういう援助をアフリカの難民被災国に行っております。  そこで、どういう国に対して援助をやっているかと申しますと、先ほど申し上げましたこのソマリア、これにつきましてはこの世界食糧計画を通じた援助をやったわけでございますけれども、それにつけ加えて、日本の二国間援助、これは小麦の援助でございますけれども、これもやっておりますし、それからザンビア、これも難民がおりますので、これは日本米の援助をやってまいっております。それからケニアにつきましても、日本米の援助とそれから食糧増産援助、中身は肥料でございますけれども、そういう援助を行っております。その他セネガル、ガーナ、シエラレオネ、それからウガンダ、カメルーン、ケニア、これに先ほど申し上げました世界食糧計画の援助と別でございますけれども、ケニア、ジンバブエ、タンザニア、スーダン等に二国間で援助をしている状況でございます。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 私が申し上げたいことは、すでにもう何回か言いましたように、難民受け入れの数は、日本は非常に冷たい国であるかのように思われているけれども、しかし世界じゅうにある難民に寄与していくこと、ぜひそれは広げていっていただくことによって世界的に難民の救済に役に立つということが必要だということでございます。  それで最後にこの難民条約を国会で通すのに当たりまして、厚生省が反対をしていた部分がございましたね。それは園田外務大臣が厚生大臣におなりになって、そしてこの条約に関連して入管法の一部も改正しなければならないし、それから在日朝鮮人、韓国人七十数万の人たちに教育、福祉、労働その他の権利を日本人と平等に与えなければならないという問題があって、それでひっかかっていたわけでございますね、それを園田さんが厚生大臣としてこれはもう引き受けるという立場をおとりになって、外務大臣との間にこちらの、まだ伊東さんのときに了解が成り立ったと思うのですね。それで今度はまた外務大臣におなりになって、難民条約はぜひ通さなければならないというそのいままでの意思を通されるわけなんで、私たちもこれに賛成するわけですけれども、在日朝鮮人の権利の問題で、これは国際人権規約のときにも私はA規約は漸進的に達成すべきものであり、B規約の方は即座に達成すべき権利であったものですけれども、両方に、内外人平等の原則があったと思いますね。それで各種の社会保障の問題で在日朝鮮人の年金その他の福祉関係、社会保障関係の問題で厚生省との了解ができたというふうに聞いておりますね。それで一番ひっかかるのが国民年金のことだと、それからそのほかのいろいろの社会保障を保障するのに必要な財源はまた二十二億とか聞いておりますけれども、それは厚生省が了解したと、こういうことでございますね、これは大臣……。

賀陽治憲外務省国際連合局長

○政府委員(賀陽治憲君) ただいまの点でございますが、難民条約の発効に伴いまして、また国内法の成立に伴いまして、どういう経費を必要とするかということでございますが、これはもちろん国民年金につきましても将来は経費を必要とするわけでございますが、児童手当その他において、私が理解しております限りにおきましては、発効後もちろん直ちに必要になるわけでございまして、その間の経費をいま田中委員の言われました前後の額に私どもも了承しております。

田中寿美子日本社会党

○田中寿美子君 それで国内法の改正を必要としていくわけですが、生活保護とかなんかは法律を改正しないでも適用できる。ただ、問題は国民年金なんですが、三十五歳以上の方には国民年金は適用させないということになっているようですけれども、これは少し、三十五歳以上というと、私たちも国民年金に入りますときにやっぱり初めは入らないでだんだんだんだん特別措置を要求していったわけですね。それで三十五歳以下の人は国民年金に入る権利があるけれども、三十五歳以上の者には全然道を開かないということについては、これは外務大臣の権限じゃなくて恐らく厚生大臣の権限だと思いますが、この点について何らかの、つまり後から日本人に対しては五年年金とか十年年金とかいろいろの特別の措置をとったわけですね。ですから、そういう特別の措置をとるように要望していただきたいのですが、大臣いかがでしょう。

園田直自由民主党外務大臣

○国務大臣(園田直君) 御承知のとおりに、この難民条約の批准は相当、十何年おくれております。おくれておるというのは、この条約に加入をしてそして国籍要件の撤廃、内外人同等ということになれば、それによってそれぞれ各省の持っておる国内法の体系、骨組みが壊れるからというのがおくれた理由であります。それがやっぱりいまでもまだ残っておりまして、そこでようやく国籍要件を撤廃して外国の方も内国民と同様のことにするということでいろいろ問題を片づけたわけでありますが、さて日本人もかかっておる三十何歳云々、年金の継続その他の問題は、これは年金法その他の国内法を改正をしなければならぬわけであります。しかしまた一方から言えば、日本の国民と外国の国籍を持っている方が同等だと言っても、日本の方と違っていまの朝鮮人の方は特殊な状態に置かれているわけです。自分の意思じゃなくて向こうから強制的に連れてこられて、それで国籍は違うけれども、もう永久に日本に住まれる方でありますから、そういう機会が与えてなかったわけですから、こういう際何か特別のあれでもつくってはどうだ、こういうことなんですが、それをやっているとおくれますので、そこでまず条約に批准をして、その後逐次国内法を機会あるごとに進めていこうと、そこで問題は、財政的な問題やいろいろ、これはおわかりのとおりでございまして、困難な問題もあるわけですが、各省の方々がそういう国内法のあれについては、法務省の国籍などもその一例でありますが、逐次外国の籍を持った方も同等に直していくんだと、こういうお気持ちを持っていただかなきゃならぬのに、どうもやってみますとこの難民条約の最後の詰めのところで逃れたと。逆に言うと、もうおれたちはこの点は難を逃れたんだから守れたというふうな気持ちになってもらうと逆効果でございまして、この点はひとつ外務省がやっぱり先頭に立って今後なお各省の方々に相談をして財源等の問題も解決していかなきゃならぬ、こういうふうに考えております。  なお、ちょっと二分間延びますが、先ほど御発言になりましたアフリカその他の難民、これは日本がよほど考えなければ、いま事務当局の同僚から答弁がありましたけれども、これはほとんど救援物資が計算されておるわけで、ヨーロッパでアメリカより以上に日本の経済問題に対しては激しい潜在的な問題があるわけです。それは、アメリカの場合にはインドシナ半島の難民問題あるいは中東まで含むASEANの国々に対する日本の経済援助等というものはやっぱりアメリカも見ているわけでありますから、たとえばいまの金の問題でもこれはカーターさんと大平さんが直接話をされて、日本は金を二倍にしろ、アメリカは人間を二倍にするということになって、その後三年になったわけでありますけれども、ヨーロッパを回りますと非常にエゴイストという声が強い。それはアフリカに対する日本の経済援助というのはかっこうだけじゃないかと。それから自分に身近なインドシナ半島にはいろいろやっているけれども、アフリカの難民には全然関心がないじゃないかと。これは難民の問題ではありますけれども、経済問題から日本の一つの水準といいますか、知的水準というものの評価をされることになりまして、何かやっぱり後進国扱いされておる大きな原因でありますから、やはり経済援助についてもASEANや中東と同様にアフリカの方にも進めていかなきゃならぬし、難民についても、やはりインドシナの問題で日本だけはでたらめじゃないかとしかられては金をうんと出しておるわけですが、なかなか評価してくれない、こういうことにもなりかねませんので、先ほどの御質問は十分胸に受けとめたわけでございます。

秦野章自由民主党・自由国民会議

○委員長(秦野章君) 両件に対する本日の質疑はこの程度とし、これにて散会いたします。    午後四時三十八分散会    ————・————

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