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94回国会参議院1981/03/25

沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号

発言数
136
登壇者
25
会派数
6
開催日
1981/03/25

会議録

上田稔自由民主党・自由国民会議

○委員長(上田稔君) ただいまから沖繩及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  去る二月二十五日、伊藤郁男君が委員を辞任され、その補欠として三治重信君が選任されました。     —————————————

上田稔自由民主党・自由国民会議

○委員長(上田稔君) 沖繩及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査を議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言を願います。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 まず、担当大臣である中山長官にお伺いいたしたいと思うのでありますが、私どもは沖繩問題を審議する前提として、まず、沖繩県が終戦以来二十七年間にわたって本土と完全に切り離されてしまった。しかも沖繩県の皆さんは、非戦闘員である一般の民間の市民の皆さんが五万人も死んでしまった。戦闘員が十五万人も死んでしまったというようなことから、まさにすべての事物が破壊されて、もうぺんぺん草が生えるような状態の中で立ち上がったというこの現実というものを私どもは注視をしなければならないというように考えておりますし、しかもこの中で、佐藤元総理大臣が四十年代の初頭において沖繩が返らなければ戦後は終わったとは言えない、こういう言葉を残して沖繩を去ろうとしたときに沖繩県の皆さんは、本当にそう思ってくれたか、そうだとするならば、われわれはこの問題について相当政府も本土の皆さんも考えていてくれるということをお互いに確認し合ったということを実は聞いたことが耳新しい事実として私の脳裏にもひらめいてくるわけでありますが、私はそういう原点から沖繩問題というものについて考えていきたいと思うのでありますけれども、まず沖繩の開発担当主管大臣として中山長官から沖繩の心というものについてまずお聞きいたしたい、こう考えます。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 先生御指摘のように、沖繩が過去の戦争の最激戦地であった、そういう中で軍人よりも県民の方がたくさん戦火を浴びて亡くなられた、こういう悲しい事実に基づき、さらにこの当時あそこへ参りますと、自決された海軍司令官が「沖繩県民斯く戦へり」、後世格段の御配慮あらんことをということをその遺言として書き残されていることは私ども忘れられない事実であります。こういう中で、戦後の長期にわたる米軍の占領の後でいまお話がありました沖繩の本土復帰ということが県民の最大の願いであった。これを受けて各党の御協力のもとにアメリカとの交渉の結果、占領された沖繩が返ってきたということでございますが、私どもとしては本土並みに一日も早く沖繩が回復していただきたい、そのためには本土政府としてはできるだけのことをしなければならない、こういうことで今日まで公共投資を初め各般の努力をしてまいったところであるというふうに考えております。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 沖繩が復帰いたしましてから九年に実はなろうといたしているわけであります。確かにいま大臣のおっしゃったように、沖繩の振興開発計画に基づいて着々と本土並みにするような努力も払われていることは私も認めます。しかしながら、第二次振興計画が必要かどうかという点になりますと、大臣はその計画は必要であるという立場に立っておられるようでありますけれども、第一次振興計画の中で、人口は復帰時に九十六万人が今日百十万人になった。雇用人口が三十六万人が五十万人余になった。経済も伸びた。確かに四千億が今日一兆一千億といわれるような中で伸びてきたのだけれども、現在の沖繩の第二次産業を中心といたしまして産業基盤の強化の中にこれが盛り立てられたものでは私はないと思うのです。膨大な莫大な財政計画の裏づけの中にあって今日この沖繩の産業経済が伸びた。しかもそれはいま申し上げましたように、国家財政の裏打ちとそれから沖繩特有の観光計画というものが今日のこの状態になったと思うのでありますけれども、第二次振興計画について必要だとするならば、ひとつこのことについては、第二次産業と言われる製造業等の誘致等が非常に問題があるという中において私は決して成功したとは言えないと思います。だから今日そのことについて第二次振興計画が必要であるとするならば、そのことについて御答弁いただきたいし、またそのことについて内容はどのようなことを考えていらっしゃるか、お聞きをいたしたいと、こう思います。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 先生の御指摘のとおり、第二次産業というものがうまく育っていない。この問題は現実的な問題として私どもは直視をしていかなければならないと考えております。第一次産業にいたしましても、いわゆるサトウキビとパイナップル栽培、こういうものに対しての補助というものがこれまた大きな一つの問題点として現実に存在をいたしております。さらに第一次産業の中で栽培漁業の問題もやや緒についておりますけれども、問題は付加価値の高い農業をどうして促進していくか、これがやっぱり第一次産業の大きなポイントになってくるだろう。第二次産業は御案内のように建設業がやや伸びておる。しかし、それは御指摘のいわゆる五十六年度予算までの総計で見ると一兆円に及ぶ公共投資がこの建設業の振興ということに貢献をしているという実態でございます。  そこで、製造業をどうするか、こういうことになってくると、製造業に必要なものは第一次エネルギーと水が不可欠の条件になってきます。ところが第一次エネルギーの電力という問題に関しても沖繩電力は九九%が大蔵大臣が株主であり、一%弱が沖繩県知事が株主、こういう中で八十七万キロワットの発電をいたしておる。しかもこれが離島をたくさん控えて一カ所で大量の発電をすることができない。送電が非常に限定されているところに一つの大きな問題点がございますし、油にだけ頼った火力発電というものがただいまの電気事業法の基本的な規定である原価主義、油の値段が上がれば電気料金を上げなければならない、こういうふうな仕組みで実は昨年二度の値上げを行った、そういうふうなことがこれからどうなるか。先ほどのイギリスの金融筋が試算したところによると、一九八五年にはバレル当たり六十ドルになるだろうと試算をされておるということを見ると、これからの沖繩電力というものの運営というものがもろに沖繩の第二次産業の振興に不可分の関係を持ってくる。そこでこの沖繩電力を民営に移管するという問題もすでに方針としては決まっておるわけでありますけれども、これが民営にする場合に株の受け手がどこにあるかということが一つの大きな問題点になってまいります。累積赤字が非常に多いこの沖繩電力の株を果たしてだれが買うだろうか。ここに一つの大きな悩みが存在をしておりまして、政治的にはこの問題についても早急に決断を下さなければならない時期が近づいておると私は所管大臣として実は考えているわけでございます。  もう一つは水の問題で、ただいまダムの建設を五カ所やっておりますけれども、先般も八時間給水制限がすでに行われた。こういう中で中城湾あたりの埋め立てをやって、そこに工業立地を誘致するという通産省の計画、しかし水と電力が高いということになれば第二次産業が育つはずがない、こういう問題点をどう整理していくか、こういうところから第二次振計というものは先生もお話になった観光客が年間百八十万人、一人十万円平均を現地で消費するということから考えて、私どもとしては沖繩の持つこの一次、二次、三次各産業の持っている問題点と、それから本土と平均した失業率では沖繩が約二倍から三倍の失業率があって、特に若年の失業率が高いという問題、こういうことを踏まえますと、第二次振計の柱というものはおのずから一つの新しい展開をせなければならないことがわれわれに要求されているのではないか。しかも沖繩県民、特に若い沖繩県民に夢のある町づくりあるいは県づくりというものを考えてやる必要がある。こういうことから、いろいろ私どもとしては沖繩電力の石油専焼火力から石炭火力への転換をいかに早めるかということが最大の問題になってこようかと考えております。そういうことで、電源開発会社との連携をただいま資源エネルギー庁で検討をしてもらっておるということもすでに御承知をいただいていると思いますけれども、問題は水の問題をどうするかということで、ダムが完成した後の水はどうなるか、不足分はどうするか、ここに一つの大きなこれからの政府の責任が出てまいろうかと思っております。  そこで、琉球大学のキャンパスの整備もほとんど終わりに近づいております。こういう中で沖繩の県の経済を振興させる、本土の所得と比べて七〇%しか県民の平均所得はございませんから、この所得を上げていくということがこれからの大きな第二次振計の柱にならなくてはならない、そのためには、何を沖繩のために選んだらよいのだろうか、こういうことの選択が迫られてくるわけでございまして、私どもといたしましてはやはりこの国際化をどうするか、こういうことから先般、国際センターというものを総理の考え方あるいは沖繩開発庁の考え方として沖繩に設置をしてASEAN各国との間の人づくりセンターのネットワークを張るということを考えたわけでございますし、さらにこれからの新しい沖繩の産業振興としては、現在順調な伸びをしている観光事業というものにさらに国際性をつけ加える必要があるのじゃなかろうか、そのためには航空路の新しい認可の問題というものも出てまいりましょう。いろいろな展開というものをただいま沖繩開発庁を中心に、県の意見も聞きながら検討しておるというのが現状でございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 率直に申し上げまして、いま大臣もおっしゃったこともあるわけでありますが、沖繩の特殊条件と日本経済の高度経済成長の変化によってマクロ的にはこの計画が成功しなかったということにあろうと思うのであります。現在の振興計画は、沖振法によってこれに基づく公共事業へ国の高率な補助を行って、この高率補助の中で沖繩は今日伸びているということだと思うのです、いま大臣のおっしゃったこともその中にあると思うのであります。そういたしますと、今日、私ども運輸委員会なんかでモノレールをひとつつくってくれないかというようなことも訴えました、これは伊江先生も地元として訴えていると思うのでありますが。先ほど大臣のおっしゃった第一次振計を延長するという中において、これは単なる延長でいくのか、あるいはまた、新しい発想のもとに第二次振計をつくり出すのかという点についての基本構想が、たとえばいまのお話のように、国際化をするための人づくりセンター、これは第三次産業等の関係にも適応させていくのだ、新しい展開をして青年に夢を持たせるというようなことも聞いたわけでありますけれども、延長か新しい構想かという点についての御所見を承りたいと思います。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 公共投資の中で、道路、空港、上下水道、公立学校等の公共施設の整備というものは、第一次振計で順調な進展をしていることは御案内のとおりであります。問題点は、屎尿処理の問題あるいは小中高の学校のプールの設定の問題、そういうところは本土と比べると非常におくれておるということは率直に言わざるを得ないと思います。いままでは本土並みということを最大の力点に置いた第一次振計、それは沖繩の長い苦しい占領時代に受けた県民への私どもの当然のことであったと思いますが、第二次振計になってまいりますと、第一次振計では達成できなかった問題点のポイントが一体どこにあるのか、それを確認した上で第二次振計の構想を立てるべきだろう、そこに問題の水とエネルギーの問題をどう解決していくか、ここらがやはり一番の重点項目に私はなってくるだろうと思います。  先ほど申し上げましたように、石炭火力に転換する場合、これが御案内のように、本土の九電力の発電のシェアはたしか石油の依存度が四六%であります、沖繩は一〇〇%である。こういうことから、本土の四六%の石油依存の発電というものの中には原子力が一二%とか水力発電が一三%とかいろいろございますけれども、沖繩の場合に果たして本土並みにそれができるのかと言えば、原子力問題に限って言いましても、専門家の意見を聞いても、いわゆる沖繩にとっては原子力発電所の建設というものは、県民が望んでも経済性はないという結論が実は私の方に参っております。ここから考えると、石炭火力に一日も早く転換させなければいかぬ。そういうことになると石炭を揚陸する石炭波止場というものをいつどういうふうに構築していくのか、それにあわせて石炭を発電所に運ぶ輸送経路というものをどうしてまいるのか、あるいは現在の石油専焼の沖繩電力のボイラーでは石炭を混焼するわけにはまいりません。そうなってくると、沖繩電力自身のボイラーの転換をいたさなければならない、こういうことを考えてまいりますと、電力一つをつかまえてみても非常に大きな問題点が存在しているということが歴然といたしております。  まあ、こういうことを踏まえて、私どもとしては第二次振計は県民の皆さん方がこうしてもらいたいという御要望をまず十分把握した上で具体的にできる限りのことをやってまいりたい、こういうふうな考えで第二次振計の設定に入ってまいりたいと考えておるところでございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 現行の振興開発は国によって二つの私は優遇措置がとられていると思うのです。一つは沖繩の振興開発の特別措置法によって沖繩振興開発計画を立てて高率な公共事業への補助をやる。いま大臣のおっしゃった電力問題というものをこういう中においても解決を促進していくという考え方。もう一つは復帰特別措置法によって各種の税金の減免措置を行うということだと思うのですね。ともに復帰時の昭和四十七年五月十五日から十年間で失効になるというものでありますけれども、これについて県は大綱を決定して次期振計と特別措置の延長を要望していると思うのです。県で要望している点についてどのようなものがあるのか、この観点に立ってひとつ説明をしていただきたい。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 沖繩の復帰特別措置についきましてはただいま先生御指摘のように、沖繩復帰時に本土制度へ円滑に移行されるようにするために、言うなれば激変の緩和のための措置ということで特別措置がとられておるわけでございます。その復帰特別措置の中には大体五十七年の五月をもってその期限の切れるものが相当数ございますが、それらにつきましては先生ただいま御指摘のように、県の方から国に対しまして延長の措置の要請がまいっております。全体的には十九項目ございまして、そのうち、大体租税、関税等に関するものが十五項目でございます。そのほかの行政的な措置等に、あるいは租税、関税以外の措置等に関するものが四項目の要求が出されておるところでございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 十九項目の中で直ちに全部やれるというわけにはまいらぬかもしれないけれども、県の要望というものをここに入れていかないと、やはり沖繩の現地の要望に沿ったような計画がなかなか進展しないと思うのでありますから、政府としても、この点を特にひとつ重要視していただくと同時に、土木事業関係で、たとえば学校校舎を建設するとか、先ほど申し上げましたモノレールをつくる、あるいはまたそのほか交通関連の仕事をしていくということは言をまたないわけでございますけれども、どうしても二次産業が育たない。それは大臣が強調されておられますように、電力の関係について、沖繩電力が累積赤字を持っている、そして、これを何としてもひとつ石炭火力発電に転換をしていきたい。五つぐらいのダムを計画し、あと二つ残して完成ということのようでありますけれども、コストも高いし料金も内地と変わらないということになりますと、なかなか企業も誘致されないということになろうと思うのであります。  やはり問題は、後でお伺いしたいと思っておりますけれども、雇用の問題等についても、大臣のいま申されたように、若者にやはり夢を持たせるということになりますと、雇用の問題でいま一番失業率の高いのが実は若者だということになりますとこれは大変なことになってくると思うのでありますけれども、本土の企業が進出をしぶっている原因というものについて、電気のほかに水もある、いろいろあると私は思うのでありますけれども、どのように解釈していらっしゃるかお伺いいたしたいと思います。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 先生ただいま御指摘の沖繩への企業立地につきましての、言うなればデメリット面ということでございますが、これらの厳密な調査等を行ったものではございませんけれども、私ども沖繩振興開発に携わっておりまして通常感じております点を申し上げますと、まず、どうしても地理的に本土から非常に遠い、離れておるという問題それからまた、そのように離れた中で、県の市場性といいますか、これが非常に狭い。人口が百十万でございまして、そういった意味での市場性が狭隘であるというような問題、さらにまた、全体的に二次産業のおくれがございます。そういったことで、いわゆる工業といいますか、工業集積度といいますか、技術の集積といいますか、そういったものが非常に欠けておる、あるいは少ないというような問題、あるいは、これは私どもこれまで鋭意努力をしてきたところでございますが、産業基盤の未整備といったような問題が従前考えられたのではなかろうか、このように考えております。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 資源エネルギー庁の方、いますか、通産省。——  沖繩電力の関係については、今日特殊法人ですね。先ほど大臣がおっしゃったように、大蔵大臣が九九%の株主で地元の県知事が一%だというような中でもわかりますように、九電力の本土の考え方とは違った非常にむずかしい点があると思うのでありますけれども、この点の今日の沖繩電力対策と、将来どういうように考えていらっしゃるか、ちょっとお聞かせ願いたいと思います。

植松敏資源エネルギー庁公益事業部業務課長

○説明員(植松敏君) お答えいたします。  いま御質問がございました、非常に大きな問題でございますけれども、すでに先ほどから長官がお答えしておりますように、電力問題は非常に重要な問題でございますが、沖繩電力株式会社は、現在沖繩の電力需要に対して供給をしておるわけでございますが、他の九電力と違いまして、沖繩が本土に復帰しましたときに電力の供給体制をどうするかということがいろいろ議論になったようでございますが、特殊法人という形で現在普通の他の九電力と違う形で供給をしておるわけであります。これまでも、過去約十年間に配電部門の統合等がございましたが、いずれにいたしましても、沖繩の地域の特殊性ということを考えまして、金融面、これは沖繩振興開発金融公庫からの財政投融資の裏づけを持ちます長期の低利融資、あるいは税制面での石油関税の減免でございますとかその他いろいろ税制面での支援措置、そういうものをバックにいたしまして少しでも良質低廉な電力電気の供給に当たるということでやってきたわけでございます。  復帰しまして特殊法人でスタートいたしましたけれども、そのときからの目標といたしましては、できるだけ効率的かつ弾力的な運営を図るという面からは民営、しかも、沖繩県民の自主性に基づく県民主軸による民営体制が望ましいということで、民営体制への移行、整備に向けていろいろ会社も努力をしてきたわけでございますが、その過程を踏まえまして、ちょうど振興措置法が切れます来年度末を目途に、いろいろ沖繩が離島を抱えております問題とか、そういった実態を配慮しながら諸般の措置を講じまして民営に移行していこうということが閣議決定されております。  いずれにいたしましても、先ほど開発庁長官から御答弁がありましたように、沖繩の離島を抱えております問題ですとか、それから、電力会社自身がいま石油依存一〇〇%というようなことで、コストダウンを図る面から言いましてもいろいろな制約がございます。そういった問題につきましては、これからさらに一層、たとえば石炭火力の導入でございますとか、そういったものにつきまして関係機関の協力を得て、できるだけ早くそういうものが導入されるように支援措置をしていく等、いろいろな面で今後ともできるだけ良質な電力が安定的かつ適正な価格で供給されるようにということの基盤整備を図っていく、そのための努力をしていかなければならない、こういうふうに考えております。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 石油に一〇〇%依存する電力会社ということから、民営移管の議論と相まって、この際ひとつ一挙に原子力発電所をつくれという声があるやに聞いているのですけれども、その点についてはどう考えていますか。

植松敏資源エネルギー庁公益事業部業務課長

○説明員(植松敏君) 昨年の料金改定の際に、公聴会の席等におきまして、需要家サイドからだったかと思いますけれども、一部そういう御意見があったやに聞いております。ただ、現在の段階におきましては、特にあそこの土地といいますか、需要の規模が非常に小さいということもございまして、通常の原子力発電でございますと相当大型のものでございますので、結局需要に適合した形での供給体制ということになりますので、現段階で特にこれといったような議論が具体的になされているとは聞いておりません。いずれにしても、現在の段階ではまず石炭火力を導入するということを急ぐべきであるということで、すでに電源開発株式会社等にも依頼をいたしまして、具体的に石炭火力を導入することについての環境調査を初めとしまして技術的な検討を行っておる、こういう段階でございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 復帰特別措置の廷長については五十七年五月から五年間廷長ずるというような与党の方針もあり、沖繩開発庁としてもそのような意見で大体一致しているというように聞いておりますけれども、いかがですか。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 復帰特別措置の延長につきましては、先ほどお答えいたしましたように、県の方から十九項目につきまして要請がなされております。そのうち十五項目は租税、関税等に関する項目でございまして、これにつきましては五十七年以降おおよそ五年間延長するという方向で現在作業を進めておるところでございます。  他の残ります租税、関税以外の四項目につきましては現在その実態あるいは県の要請の内容等につきまして私ども事情等を聴取いたしますと同時に、関係省と種々協議をいたしておる段階でございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 特別措置の延長の中で特に当面四項目ばかりひとつ早急に頼むということが沖繩県知事から言われている。その一つの学校給食用の物資等の供給の特例を見てもらう、これはミルクの補助等を含んでいるわけでございますが、文部省の方にひとつお聞きしたいと思います。

奥田與志清文部省体育局学校給食課長

○説明員(奥田與志清君) 先生のただいま御指摘の件でございますけれども、現在この特例措置によりまして復帰後の学校給食が円滑に実施されますようにという趣旨でやっておりますけれども、関係者の努力によりまして現在着実にその成果を上げているところでございます。  御指摘がございましたように、この措置は来年度におきましても講ずるわけでございますが、その後の取り扱いにつきましては総務局長の方からもお答えがありましたように、私どもも今後沖繩開発庁等と協議してまいりたいというふうに考えております。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 同じく文部省にお伺いしたいと思いますが、教員の特別研修で、まあ余り数は多くないようでありますけれども、沖繩の教員を本土へ派遣する、本土の教員を沖繩に派遣するという中で、それぞれ実態を見て勉強しようというもくろみがあるようでありますが、これも要望として出ているようでありますけれども、どうなっておりますか。

垂木祐三文部省初等中等教育局中学校教育課長

○説明員(垂木祐三君) 御説明いたします。  沖繩の教員の特別研修につきましては三つほど事項があるわけでございまして、ただいま先生から御質問がございましたが、一つは沖繩研究教員制度と申しまして、沖繩の先生を本土の方へ留学させまして研修をする制度。それから二番目といたしましては夏期現職教育講習会講師派遣と申しまして、沖繩県が夏休み中に教員のために研修会を主催いたします場合にこちらの方から講師を派遣する制度。それから三番目に、沖繩県の方へ教育指導員を派遣いたしまして各学校を回りながら沖繩県の学校の先生方を指導する制度。そのような三つの制度があるわけでございます。  それぞれこれらの制度につきましてはかなり歴史がございまして、沖繩研究教員制度につきましては昭和二十七年度から、それから夏期現職教育講習会講師派遣につきましては昭和二十八年度から、それから教育指導員制度につきましては昭和三十四年度から、こういうようなことでかなり歴史があるわけでございます。  この制度につきましては沖繩県の教職員からも非常に希望が多いわけでございまして、県の教育委員会といたしましても五十七年度以降も引き続きこのような制度を存続してもらいたいと要望いたしておるわけでございます。しかし現在のところ、県の教育委員会といたしまして、この三本の制度のうち、いずれも三本とも引き続き五十七年度以降延長した方がいいのか、あるいはそのうち幾らかしぼった方がいいのか、このようなことにつきまして県の教育委員会で検討いたしておるようでございまして、私たちの方も県の教育委員会とよく相談をいたしながら今後とも沖繩県の教員の研修のために御援助をいたしていきたいと、こういうふうに考えておるわけでございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 大蔵省銀行局にお伺いしたいと思いますが、沖繩の銀行は普通銀行のほかに信託業務を兼ねて仕事ができるように特例措置でなっている。それから本土から信託銀行等の関係で進出することについてもこれを抑える行政措置をとっているということを聞きました。このことについて、さらにひとつこの措置を延長してもらいたいという要望が来ておるようでありますけれども、この点いかがですか。

足立和基大蔵省銀行局銀行課長

○説明員(足立和基君) ただいま先生がおっしゃられたように、本土におきましては、私ども長短分離という方針で銀行行政をいたしておりますが、沖繩県におきましては、地元の琉球銀行及び沖繩銀行が信託業務を兼営いたしておりまして、現在まで信託銀行の支店の設置ということも抑えてきてございます。これも復帰特例法におきまして来年の五月ということの期限が参るわけでございますが、今後の処理についてどうするかということにつきましては、地元の金融機関の御要望等も承りながら他の措置の状況等も勘案しつつ今後慎重に検討してまいりたいと考えております。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 乳児等用の調整粉乳の原料となる指定乳製品の輸入に対する特別措置について要望がございます。これは輸入枠の点だと思うのでありますが、この点について食糧庁はどう考えますか。

芝田博農林水産省畜産局牛乳乳製品課長

○説明員(芝田博君) お答えいたします。  現在わが国におきましては、バター、脱脂粉乳などの主な乳製品につきましては、国産品保護、国内酪農保護の観点から、これを畜産振興事業団の一元輸入制度のもとにおきまして、国産が不足した場合、価格が高騰した場合に限って輸入することといたしておるわけでございますが、沖繩に関しましては、先生御指摘の乳児等用の調整粉乳の原料となるバター、脱脂粉乳等の輸入に関しましては特別措置をとっております。すなわち、赤ちゃん用のいわゆる粉ミルク、調整粉乳と申しておりますが、これの原料となりますバター及び脱脂粉乳につきまして、先ほど申し上げました一元輸入制度の例外といたしまして、その原料用については特別枠を認めてきているところでございます。  この措置の延長につきましても沖繩県から強く要請を受けておりますが、現在国産品も非常に過剰ぎみでございますので、この措置の延長の必要性等につきましてはさらに沖繩開発庁とも協議しつつ鋭意検討してまいりたいと考えております。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 次に、沖繩の米軍用地の強制使用の問題点についてお伺いいたしたいと思いますが、これはいろいろ経過があるわけでありまして、昭和四十七年五月十五日に沖繩の復帰に伴って、当時米軍用地等々として使用されていた土地等を引き続きさらに五年間強制使用する沖繩における公用地等の暫定使用に関する法律、これは略称公用地暫定使用法と言っておりますけれども、これが施行されたことは御案内のとおりです。  そこで昭和五十二年五月十八日に、沖繩県における地籍明確化のための、沖繩県の区域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する特別措置法、これを地籍明確化法と言っておりますけれども、これが成立をして、明確化作業の実施機関は、一つは米軍及び自衛隊の軍用地については防衛施設庁、民間地については沖繩開発庁。この法律の附則第六項によって公用地暫定使用法の第二条第一項ただし書き中に五年を十年に改めるということになっておりました。このときにいろいろな手違いや問題点がありまして、ここに四十七年の五月十五日、次は昭和五十二年の五月十四日となるべきのを五月十八日ということになりまして、四日間の空白が実は生じたわけです。この点は非常に重大なことなんでありますけれども、この点についてはどういうように認識をされていらっしゃいますか。

作原信一郎防衛施設庁施設部施設取得第一課長

○説明員(作原信一郎君) お答えいたします。  昭和五十二年五月十四日をもちまして当時の暫定使用法に基づく使用権は消滅したわけでございます。しかしながら当該の土地につきましては、土地の占有を地主に引き渡すまでの間、国としては当該土地を管理する責任があったわけでございまして、地主に占有を引き渡すまでの間管理するという権限を国が有しており、その間にいま先生御質問の法律が制定されまして、それによって公用地暫定使用法に基づく使用権が四十七年五月十五日から五カ年の期限が十カ年と延長されたことによりまして、改正前の公用地暫定使用法により公用使用権を有していた土地を五月十四日における使用の目的と同じ使用目的を持って公用使用する権限が与えられたというふうに理解しておるわけでございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 余りよくわからないけれども、とにかく先に進みます。細かく後でまた詰めたいと思いますが、きょうは時間がありませんから。  それから昭和五十六年一月九日に第一次分として、嘉手納飛行場ほか百四十七件実はあるのでありますが、米軍用地の特別措置法第五条によって内閣総理大臣の使用認定ということが決まりました。それから二月十日に権利と財産を守る軍用地主会、私は余り好きじゃないんですけれども、これを御承知のとおり、反戦地主会というようなことで言っているのでありますけれども、の地主等が嘉手納飛行場内に立ち入って所有地を現地確認をいたしておりますね。それから二月の二十三日から二十六日まで沖繩の公用地法違憲訴訟支援県民共闘会議代表団が上京いたしまして、私も、皆さんも陳情を受けたと思うのでありますけれども、そういうことがありました。  それから今月に入って、調印を拒んだ地主の皆さんは、嘉手納飛行場内など十五施設、百四十二件について昭和五十三年及び五十四年分の損失補償金について国の算定基準に異議があるとして、公用地暫定使用法第三条第五項に基づいて約二億三千八百万円の追加請求を沖繩県の収用委員会に対して裁決を申請したのです。それから三月六日に第三次分としてキャンプ桑江ほかの地主に対して意見照会をしております。それから同じく五十六年三月七日に第二時分として、伊江先生の御在所の伊江島の補助飛行場のほかについて内閣総理大臣の使用認定をしておるわけでございます。  三月七日に同じく第一次分の百四十七件について地主等の土地調書等への署名捺印をいたしておりますが、これが実は署名を拒否した人が二十四件、それから反対だけれども仕方がないと、署名した人が百二十三件あるのです。この中で県知事は三月十三日の日に上記署名拒否地主分の土地調書等に県職員をして署名さしているわけですね。五十六年三月二十日に那覇の防衛施設局長は第一次分について強制使用裁決を申請したわけでございます。  そこで問題点になりますのは、昭和五十三年、五十四年度の補償金が出たけれども、補償額が少ないということでもって、いわゆる署名を拒否をした地主の皆さんが損失補償追加請求の取り扱いを先ほど申し上げましたように三月三日に実は県の収用委員会に出しているわけでございます。それから五月の十四日以降になったときには返さなければならないということになってまいりますので、土地の暫定使用法の二正面の問題が実は出てくると思う。そこで署名を拒否した地主の皆さん方に対して県の収用委員会としてどういう対応をするのかという点について、建設省の都市局の土地収用の関係からひとつ御答弁をいただきたいと思います。

末沢善勝建設省計画局総務課長

○説明員(末沢善勝君) 土地収用の件につきましては、これは土地収用法上土地調書につきまして拒否をされました方につきましても、市町村の吏員をもって立ち会わせまして署名押印をいたしますと、その署名押印されました土地調書は有効に成立するという法律上の規定はございます。  以上でございます。よろしいでしょうか。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 よろしくないから質問しているのであって、憲法上の問題がある。法律があるから県の職員をして署名押印させるということは、それはそれであったかもしれないけれども、その点が実は問題になっているわけですね。  そこで、自分の土地がどこだかわからないから確認をしたいということについて、地主の皆さんが基地の中にこの前もあったように、ひとつ実地検証さしてもらいたいということを言った場合に、これを建設省としてはどういう対応を示すのですか。

末沢善勝建設省計画局総務課長

○説明員(末沢善勝君) これは御本人が異議がございましても、もちろん吏員によりましてそれが立ち会った上でその署名押印をするわけでございますから、それは一応有効な土地調書として成立するわけでございます。ですから収用委員会に参りました際に、特段にそれが違うというふうな立証が行われました場合にはそれに基づいて裁決ということはあり得ると思いますけれども、そういう証明がない場合には、吏員が立ち会って土地調書に署名押印したものにつきましても、先生のお話では憲法上ということがございますけれども、私どもといたしましては、この法律は憲法にも合致しておるというふうに考えておりますので、土地収用法上は有効であるというふうに考えております。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 二月の十日に権利と財産を守る軍用地主会の地主の皆さんが嘉手納飛行場内に許可を得て所有地を現地確認をしているんですね。あなた聞いておったのかね、そのことについて答弁してください。

末沢善勝建設省計画局総務課長

○説明員(末沢善勝君) 収用委員会の方の御説明を申し上げますと、収用委員会といいますのは建設大臣とは別個の機関として独立に判断するところでございますし、収用委員会から個々の案件につきましてどういうふうにするのかというふうな御相談は、私どもは受けておりませんです。そういう詳細につきましては、いまのところ承知いたしておりません。  また、もう一つ、収用委員会につきまして、特にこういうふうなことを行うべしということは、その収用法上の御相談で法律に明らかに違反しておるということにつきましてはサゼスチョン申し上げますけれども、そうでないような事実関係につきましては、私どもといたしましては独立の機関としての収用委員会が御判断をなさることが妥当ではないかというふうに考えております。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 地主の基地内への立ち入りと再立ち入りについては、人数とかそれから時間とかあるいはまた場所とか、いろいろな制約条件はあるようです。しかし、そういうことを前提として話し合って、土地収用委員会の関係だから建設省は関係ないということをおっしゃるけれども、そんなことはない。やっぱり国の機関としてそれらの関係はいろいろ指導監督の立場にあるわけですからね。だから、その意味では関係ないということは言えないと思うのでありますけれども、こういう事実が現在あるということについては、あなたは御存じですか。

末沢善勝建設省計画局総務課長

○説明員(末沢善勝君) そういう詳細につきましては、私承知いたしておりません。現在のところでは承知いたしておりません。

作原信一郎防衛施設庁施設部施設取得第一課長

○説明員(作原信一郎君) ただいまの問題は私どもの事案でございますので補足説明をさしていただきますと、嘉手納基地に立ち入りましたのは土地収用法の土地調査作成のための正式の手続ということではなくて、サービスとして私どもが米軍の許可を取って立ち入りを御案内したということでございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 公用地暫定使用法の再延長問題でありますが、政府はまだ延長するともしないとも明言していないのですけれども、米軍用地の特別措置法によって強制使用が奏功しない場合、これは再延長する気持ちかどうか、その点もお伺いしたい。

作原信一郎防衛施設庁施設部施設取得第一課長

○説明員(作原信一郎君) お答えいたします。  私どもは、目下のところ駐留軍用地特措法に基づく手続をいたしまして、五十七年の五月十四日までに何とか使用権を取得しようと努めているところでございまして、立法云々の問題については現在のところ考えておらないわけでございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 この問題はまたいろいろ他の委員からも質問があると思うのでありますが、時間がございませんので私はこの辺にいたします。  北方領土の日の問題で、長官。私もことしの二月七日の北方領土の日に、社会党を代表して下田に参加したわけでありますが、日魯通好条約が安政元年、一八五五年二月七日に締結されて、択捉と得撫島の間に線を引いた日を記念いたしまして、ここで北方領土の日を設定した。しかし、私どもが考えておりますに、ソ連も相当なしたたかな国でありますから、初めから四島が日本のものだよということだけを言うということについてはどうなんだろうか。明治八年、一八七五年五月七日に樺太千島交換条約が締結されて、全千島を日本がもらう、そのかわり樺太を向こうへやるというような経緯があるわけでありますが、こういうような点に着目をして、二月七日というよりも五月七日としたらどうだっただろうかということを私たちは実は考えて、私たち社会党もやはりそのことの方が正しいのじゃないかというように実は考えて主張いたしておったわけでございますけれども、この点については大臣はどうお考えになっていらっしゃるか、御所見を伺いたいと思います。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 私ども北方領土返還運動というものがかねがね民間で運動として相当長期にわたって続けられておりましたが、八月に北海道で、北方領土の日をつくれという東北北海道県民会議、それから十月二十五日に東京で行われた北方領土関係団体の全国国民集会、そこで具体的に労働団体からぜひひとつ北方領土の日を設定してもらいたい、こういう御要望にこたえて、有識者にお集まりをいただいていろいろ御意見を賜っておりましたが、その中で九月三日とか五月七日とか二月七日とか、いろいろな日が出てまいりました。  九月三日は、御案内のように、ソ連が第二次戦後、国後、歯舞、色丹、そこらまで全部占領を完了した日である、こういうふうな御意見。あるいは八月八日の、日ソ中立条約を一方的に破ってソ連軍が侵攻した日、これがいいじゃないかとか、いろいろな御意見がございました。  しかし、私は、やはりソ連はわれわれの重要な隣国である。しかも、今後日ソの友好ということがどうしても必要なことでございますし、私どもとしては反ソ感情をあおることを決して目的としてはならない。われわれはかねがね政府が行ってきた日ソのいわゆる外交交渉の中で、一日も早く重要な隣国であるソビエト連邦と平和条約を締結したい、そのためにはこの四島の一括返還をお願いしたい、こういうことで実は交渉をやってきておりますけれども、最近に至ってソビエト政府は、もう領土問題はないというふうな公式見解をたびたび発表されております。私どもとしては、一日も早い平和条約をつくるためにも、ぜひひとつ一九七三年の田中・ブレジネフ会談の当時の日ソ間の交渉の状況までひとつソビエト政府にも良識を持って、誠意を持ってこの領土問題というものに対する日本人の気持ちをくんでいただきたい。お互いが同じテーブルに着いて初めてわれわれの両国の平和というものを構築していこう、それがアジアの平和につながるものだと、こういう中で日をいろいろ考えてまいりますと、この二月七日という日が一八五五年にロシアと日本の間できわめて平和友好裏にお互いの国が、得撫島から北はロシア領、択捉から南は日本領ということで下田で条約が締結された。しかも条約の批准書が交換された一八五六年の十二月七日には、当時のロシア政府の外務大臣であったネッセルローデが、ロシアの海軍の人たちが全部難船して、日本の下田で五百何人の人たちが一年間に近い日、まあ日本人の手厚い保護のもとに生活された。それに対する感謝の気持ちで感謝状を送るとともに、その当時このプチャーチンが乗ってこられた軍艦から揚陸された五十二門の大砲を日本政府に感謝のしるしとして贈りたいということで贈られたような、きわめて両国の民族にとっては思い出の深い日でございますので、この日は将来の日ソ両国の平和を構築するために最も適当な日であると、こういうことで、私どもは二月七日ということを一月六日の閣議で決定させていただいたようなことでございます。

青木薪次日本社会党

○青木薪次君 終わります。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 目下、沖繩復帰十年目の、現行措置法からいって最後の年度の予算の編成が行われております。私はこの五十六年度の予算編成に当たりまして、大臣以下開発庁の皆様方の御努力に対して、あの中身からいたしまして大変に私は敬意を表します。先ほども同僚の青木委員の御質問に対する大臣の御答弁もございましたが、確かに、この十年間を振り返って見まして、公共事業にしましても一兆円を超す、大変なこれは国の投資であったと思うのです。おかげで沖繩の社会資本は非常に充実いたしました。これはもう率直に私どもは県民とともに皆様方の御努力に深く感謝をささげるわけであります。  ところで、大臣も先ほどの御答弁でいろいろとお話がございましたが、まだまだやらなければならぬ問題も残されている、こういうふうに伺っておりますが、これはまあ後ほどまた御質問申し上げていきます。  ところで、世にいう第二次振興計画というのが沖繩県で策定作業が進んでいるというふうに聞き及んでいるわけでありますが、この第二次振興計画というものは、現行振興開発特別措置法に基づくところの沖繩県知事の計画を開発庁でお認めになり、関係省庁と御協議になって総理大臣が御決定になる、こういう筋のものとして承ってよろしいのですか。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 沖繩開発庁といたしましては、第二次振興開発計画が必要であるという方針をすでに決めておりまして、ただ、いろいろ諸般の作業を進めてこれが完了する時点におきまして内閣としての意思を決定していただくように作業をせなければならないと、そのように考えております。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 これは先ほどの御質問に対するお答えに重複するかもしれませんが、沖繩県のこの第二次振興計画の今日の策定の進捗状況、おわかりになりましたらお知らせいただきたいと思います。これは総務局長で結構です。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) ただいまのお尋ねは、県における二次振興開発計画の検討状況という御趣旨だろう思いますが、これは私ども承知しております限りでお答えいたしますと、県におきましては、県独自に事務局における検討を経まして県の振興開発審議会を設置いたしまして、そこにおきまして現状の分析、その上に立っての今後の振興開発計画のあり方等々につきまして精力的に検討を行っておるというふうに私ども承知をいたしております。  なお、先般一月の末でございますが、県におきまして振興開発計画の大綱の作成を決定いたしました。それを添えまして二次振計の策定並びに現行特措法の延長等について政府等に要請に参っております。そのような状況でございます。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 その二次振興計画の現地の審議会での重点の項目というものが幾つか浮かび上がっているのじゃないかと思うのですけれども、それについて二、三コメントしてもらえませんか。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 私ども公式に県の方から種々聞いておりますところは、先ほどちょっと申し上げました一月末に県といたしまして第二次沖繩振興開発計画大綱というものを策定いたしまして、それを添えまして種々要請に参っておるわけでございます。  この第二次沖繩振興開発計画大綱によりますと、沖繩振興開発の基本方向といたしまして五つの柱を立てておりまして、第一に「特色ある産業の振興と基盤の整備」、第二に「豊かな人間性の形成と多様な人材の育成及び県民文化の振興」、第三に「住みよい生活環境の確保と福祉、医療の充実」、第四に「均衡のとれた地域社会の形成と活力ある島しょ特性の発揮」、第五に「地域特性を生かした国際交流の場の形成」というようなことを基本方向の五つの柱として立てておるというふうに承知をいたしております。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 もっともな私は柱だと思うのですよ。  そこでこの第二次振興計画が策定される経過においては、これが大事なことなんですけれども、現在の振興開発特別措置法に基づいての概算要求として来年度、再来年度の要求をされるのか。それとも別途の考え方で、それとは切り離すのだというふうなことになるのか。これは現行法のたてまえから言うならば、先ほどおっしゃった経緯をもって内閣でお決めになる、そのお決めになるもとになるのが、五十七年度に向けての概算要求がもう始まるわけですね、だから、現行法をもとにして進められるのか進められないかというその態度、その姿勢によっては相当に変わってくる性質のものだ。ぼくは詰めて御質問申し上げません、さらっと私は申し上げますから、御反論があるならば承るし、御反論がなければ私なりの納得をいたしますが、現行実定法上から言いますとそれは県知事が決めて、県知事が決めるまでの間にはそれは開発庁も調整されるでしょう、しかもまた各省庁とのお打ち合わせもあるでしょう、そこで決まる。決まったのをもとにしてしか概算要求ができないはずなんです。そうならば現行法は来年の三月三十一日で切れてしまう、後はどうなるのかという問題がここにひっかかってくる。ですから、実定法上は延長されるのだ、形は別としても。中身は後で言いますけれども。延長のもとにおいて予見をしながら考えているのだというふうに私は受け取りたい。もうお答えは要りませんから。受け取りたい。  そこで、この間政務次官の岩崎さんが沖繩の離島を含めて、北部のダムを含めてつぶさに御視察なさったというふうに聞いて私は非常にありがたいと思っておりますが、先ほどから長官がお答えになりました公共事業の充実諸施策ですね、確かに社会資本の充実ということでもうりっぱなものです、これは。しかし、ごらんになりまして、特に離島もごらんになって、まだまだこの辺は足りないのじゃないかと思われた点も多々あると思うのです。その感触をちょっと、御視察の結果を聞かせていただけませんか。

岩崎純三自由民主党・自由国民会議沖縄開発政務次官

○政府委員(岩崎純三君) 私は昨年の八月と今年の二月、二度にわたりまして沖繩の本島並びに離島の視察をいたしてまいりました。その視察の感じを率直に申し上げまして御答弁にかえさしていただきたいと思います。  御承知のとおり、沖繩は本土に復帰いたしまして今日まで、沖繩振興開発計画に基づきまして、お話のあったように、また大臣からの御答弁にもあったように、社会資本の充実やら、あるいはいろいろな分野にわたっての本土との格差是正、さらには沖繩が自立的に発展できる必要な基礎条件を鋭意追求するために努力をいたしてまいったわけでございます。その結果、道路とかあるいは空港、さらには公立学校、上下水道、こういったものには見るべき足跡を残してまいったわけであります。加えてその他の分野におきましてもそれなりの成果を上げてきたものであろうと、視察の結果そうした感じを実感として受けとめてまいったわけであります。  ただ、産業振興の分野におきましては、沖繩の産業構造が依然として第三次産業の占める割合が大きゅうございます。この産業構造は復帰前と今日と比較いたしましても余り大きな違いがございません。ために、お話のあったように、沖繩の県民所得というのは、いまなお本土のそれに比べまして七〇%、きわめて低きに位をいたしております。雇用問題等も、失業率から見ますると、本土の二倍以上、こういう状況でございます。  さらに、大臣から詳細にわたって御答弁があったように、水やエネルギーの問題、こうした問題の解決なしに沖繩の産業の振興というのは今後なかなか容易ではない。加えて沖繩の振興計画の中にもございますとおり、国際交流の拠点としてどのような役割りを果たしていくべきなのか、それも今後の大きな課題であろう。国際センターという外務省の仕事も今年度頭を出したようでございますけれども、もろもろの問題をいまなお多く抱えておる。ために、そうした問題にこれから層一層努力をいたしていかなければならぬであろう、こういう問題を実感として受けとめてまいったわけでございます。  以上です。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 まことにそのとおりだと思うのであります。したがいまして、大臣がおっしゃいましたように、産業基盤の確立をしなければならない、そのための前提条件の基礎条件であるところのアクセスの問題を初めとして水とエネルギーですね、これは私は大臣は烱眼だと思います。そのとおりだと思うのです。  そこで、大臣が先ほどおっしゃったように、水とエネルギーの問題もそうでありますが、第二次振興計画を立てていく重点の項目としては、やっぱり産業立地のための基礎的な条件の整え、それはもう前提だと思うのですが、先ほどおっしゃいましたように、県民の要望を踏まえてこれを第二次振興計画においては位置づけていきたい、そういう御要望——御要望と申しますか御答弁がありましたが、まことにわれわれもこれからの第二次に向かって、振興計画でございますから、いままでおつくりになった地盤をもとにしてこれからの発展をお願いしたい、そのために県民の要望をお聞きになる、これを前提にいたしまして考えますと、いま鈴木内閣の前の大平内閣が地方の時代と言われていた、これはもう当然のことでありますが、その地方の時代というのを私なりに考えてみますと、やはり快適な環境で育ち、地元の学校を出まして、地元の会社に勤めて、それで結婚して住まう、そういうのが私は地方の時代の特色だと思うのです。  それでは快適な環境というのはどういうことかというと、それは、一つは自然環境でしょう。これはもう沖繩はりっぱなものだと思うのです。公害もない、また公害も発生させないような措置をなさる、これはりっぱなものだと思うのです。住宅につきましては、おかげをもって今日まで非常に住宅事情は好転いたしました。これもありがたい。だから住むに家なしという状態はもうもはや昔の話であります。学校も、地元にもつい最近琉球大学の医学部が初めて学生募集をしたように、もう地元の学校に行くほど充実されてきた。ですから、地元の学校を出ることはできる。しかし、自分の住んでいるところで就職するという機会に非常に恵まれない。だから、先ほど岩崎政務次官が言われたように、やはり産業立地を強化していかなければならない、条件を整えなければならない、これが一つの目玉だろうと思うのです。これはやはり充実しなければならない。  それからもう一つは——もう二つばかりあるのですが、もう一つは保健衛生環境という問題がやはり快適な環境の一つの大きな要素だと思うのです。この保健衛生環境は残念ながらまだまだ私は足りないと思う。ですから、県民の要望をお踏まえになるときには当然この問題が出てくると思う。これはやはりこの二次振興計画に向けての一つの大きな柱としてお考えいただきたい、こういうふうに私は思うのであります。  それから、その次は文化的な環境だと思うのです。昔は、あんな小さい島でありますけれども、それこそ江戸幕府時代の鎖国時代から沖繩を通じての文化交流、そういったものが行われたことは歴史に徴しておわかりのとおりだと思うのでありますが、それが戦災で全部なくなってしまった。したがってその戦災によるところの旧文化財を復興しよう、復元しよう、こういうふうな機運がいまあるわけです。なるほど海洋博公園もできた、あるいは今度六十二年の国体を目指してのいろいろな文化的なあるいはスポーツのいろいろな施設が充実させるのでありましようけれども、やはりここに文化的な雰囲気をつくってほしいなというふうに、沖繩県の状態が非常によくなってくればよくなってくるほど、そういう文化的な環境についての関心が強くなる。沖繩県の第二次振興計画の中に、沖繩の西銘知事は、首里城周辺を復元してそこの文化的環境をつくり、あるいは場合によってはそこを博物館にし、そしてあの首里城というのは、大臣は御存じないでしょうけれども、あれは昔国宝だったんですよ。昔国宝が首里城周辺に五つございまして、守礼門というのはこれは琉球政府時代に復元いたしました。それから歡会門、これは国宝でありました。これは正門です、大手門です。これは開発庁のおかげで完全に復元いたしました。今日いま久慶門というのをやっている、久慶門は国宝じゃなかったのですけれども。それから白銀門というのは昔の国宝だった。それから首里城の正殿、つまり本丸ですね、これは国宝だったんですよ。それで沖繩の第二次振興計画の中に、沖繩県知事は、やはり昔はこういうりっぱな国宝に相当するような建築物を沖繩の連中がつくったのだというその姿を再現したいと、こういうふうに向こうで言っておるわけですね。ですからそういう意味において、この文化的な環境をつくることにも第二次振興計画には十分に御配慮いただきたい、こう私は思うのです。  ちょっと関連いたしますので、文化庁来ていますか。  その沖繩の首里城の復元に当たっては、やはり昔のとおりに復元するためには設計図がなければならない。それがあるやに聞いている。それを御答弁いただきたいと同時に、昔のものを復興するということに対して、いろいろなイデオロギーの反発もあるかもしれませんが、少なくとも沖繩県の県民の世論としては、首里城の昔の正殿を復元してもらいたいということを言っておるのですが、それを復元することに当たっての文化的な意義があるのかどうか、その辺のところをちょっと答弁してください。

鈴木嘉吉文化庁文化財保護部建造物課長

○説明員(鈴木嘉吉君) お答え申します。  いま御指摘の旧首里城の正殿は戦前の国宝に指定されておりました。大正十四年の指定でございまして沖繩における国宝指定の第一号でございまして、それが戦災で焼失いたしまして、残念ながら、国宝、現在の法律で言いますと重要文化財というものの資格を失ってしまったわけでございますけれども、これを大正十四年に指定しました後、昭和三年から六年にかけましてかなりの経費をかけて復元修理をいたしました。そのときの資料を私どもの課でもって保存しております。もし今度また再現するというふうなときにはその資料がかなりお役に立つのではないかなというふうに思っておる次第でございます。  それからもう一つ、こういうものの復元についてどう考えるかというふうなお言葉でございますけれども、御承知のとおり、戦災で焼けたお城等もほかにもかなりございます。たとえば名古屋城でありますとかあるいは和歌山城、岡山城、広島城というふうな、ちょっと名前を挙げただけでもかなり戦前国宝に指定になっておったものが戦災で焼失いたしました。こういうものについてそれぞれの各地方におきましていま復元をほとんどされておられまして、こういうふうなことというのはやはり文化財の資格からは外れてしまったわけでございますけれども、しかしやはり古い伝統文化というものを尊重したいというふうなことで、大変地元の御熱意が盛り上がってきたあらわれというふうなことでございまして、そういう地元の熱意に対しては文化庁としても常に尊重してまいった次第でございます。  今回、もし正殿を復元するというふうな県民の方々の御熱意が大変に盛り上がってまいりますれば、私どもとしても従来の方向で尊重してまいりたいというふうに存ずる次第でございます。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 大臣、お聞き及びのとおりです。復元できる材料はあるのですよ。材料はあるのだけれども金がないのです。ですからお願い申し上げますと、こう申し上げているのです。私は全国のお城を調べてみましたよ。そうしましたら、現在お城としてかっこうのついているのが百七十九あるのです。それで戦災で焼けたりあるいは明治維新のときにつぶされたお城を復元したのがこの中でずいぶんあるのです。やはり何と申しましても、時代は変わっても歴史は歴史なんですね。そこにしか歴史はないわけですよ。そういう意味においてせっかく国際交流センターもおつくりになるということで、これは後ほど質問いたしますけれども、大変文化的なにおいを沖繩につくっていかれるというその御構想が大臣にもおありなんですから、この辺のところを十分にお考えいただいて第二次振興の計画をおつくりになる際にどこか胸のところにしっかりとおとめになっていただきましてぜひつくっていただきたいとお願い申し上げたいと思います。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 先生御指摘の首里城正殿の復元を含め、私はやはり沖繩の本土並みの整備、それからさらに沖繩の近代化というものが進んでいけば古い沖繩文化というものが忘れられていくというふうに実は心配をしておる一人でございまして、ぜひ第二次振計の中には沖繩の歴史博物館というようなものをひとつその中に組み入れたい、このような基本的構想を持っておることをこの際申し上げておきたいと思います。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 大変にありがたいことだと思うので、ぜひその方向で御努力願いたいと思います。  そこで、先ほど申し上げましたように、快適な環境をつくる中で足りないのが保健衛生、医療施設の問題だと申し上げた。これは今後お考えいただきたい。  その次の一番大きな問題は、やはり地元の学校を卒業して地元で就職できるという機会が非常に沖繩ではないことは先ほどの御答弁やら同僚議員の御質問の中でありましたとおり、産業復興の問題についてこれから御質問申し上げたいと思います。  まずその前に、認識を一にしたいために、まず沖繩の県の移出入額、それから工業生産額、出荷額、そういったものについて五十二年、五十三年、五十四年で結構ですから御答弁をいただきたいと思います。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 手元の資料でお答えいたしたいと思いますが、まずお断りいたしますのは、五十四年の県の速報が発表されておりますが、手元にちょっとその速報値がございませんので五十三年までの数値で申し上げたいと思います。  五十三年の県内純生産一兆八百十七億三千二百万円。これは各産業別に申しますと、一次産業で七百七十五億四百万円、二次産業で二千二百九十二億三千万円、三次産業が八千百三億三千二百万円、こういう構成になってございます。  また、県におきます県際の移出入の関係でございますが、大体県の五十三年数値で申し上げますと、移出額が四千三百三十一億、これに対しまして移入額が七千四百十七億、差し引き三千八十六億の移入超過と、こういうような形になってございます。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 実は私は調べてあるんですよ、調べてあるのでこれをちょっと申し上げますが、意地悪な質問して済みませんでしたけれども、なかなか難航しているようだったから今度こっちが言いますが、県の移出入額を五十二年、五十三年、五十四年を見ますと、五十二年が二千四百四十八億、五十三年がいまおっしゃった三千八十六億、それから五十四年が三千四百五十七億なんです。非常に移出と移入とのアンバランスがあるわけですね。これはもう先ほどから申し上げたように産業が定着していない。したがって沖繩に資金が滞留しない。滞留しないから産業投資ができない。これは堂々めぐりなんです。しかもこの工業出荷額を見ましても、もう本当に横ばいなんです。これはもう沖繩の現実の経済の脆弱性と言いますか、弾力性に欠けた姿をそのまま見せているような感じなんですね。  ですから、後ほど申し上げますけれども、こういった問題はやはりこれからの二次振興の一番大きな私は目玉になるだろうと思う。第一次産業というのは最近は非常に省力的でありまして、昔の何といいますか、匍匐農業と言いますか、四つんばい農業と言いますか、四つんばいになって草を取って植えたというふうな農業ではなくなった。それが座乗農業、つまり座ってトラクターを運転する、そういったものに変わってくれば人間は余り要らないのですよ。そうしますと、そこに雇用吸収力はない。しかし第一次産業はそういった機械化によって、省力によってあるいはまた農業基盤の整備によって生産物はどんどん上がっていく。ですから第一次産業はそれでいい。第三次産業は先ほどおっしゃったように八千何百億もあるような感じでありますけれども、これも雇用吸収力がない。そうするとどうしてもやはり第二次産業に移行せざるを得ない。この辺の配慮は、先ほど大臣がまず水とエネルギーだとおっしゃった。それを前提としてやはりいろいろな税制上の問題もあるのだろうと思うのです、誘致するについては。その誘致政策について現行法律でもって特別な措置ももちろん税制上なされておりますけれども、もう少しその辺のところを考えてもらうと同時に、沖繩県は三十万以上の都市は那覇市、それも最近は三十万ちょっと割っているかもしれぬけれども、事業所税が取れるかどうかという問題もあるけれども、とにかく優遇措置を考えてもらわなければ産業は来ない。思い切った税制上の優遇措置というものを第二次振興計画の中では、やはり税制上の問題とうらはらですから、お考えいただいての誘致運動をやっていただきたい。中城湾についての皆様方の御努力によるところの大きなプロジェクトがせっかく芽を出しつつあるわけでございますから、それとあわせての御配慮を賜りたいし、同時にまた自由貿易地域ということも出てまいるような将来の見通しでございますから、ぜひこの産業発展のための御努力をいただきたいと思います。  次に、先ほどからもお話がございましたけれども、やはり沖繩県の自主財政と申しますか、自主財源というものが非常に微々たるものであるということでありますが、これもちょっと資料で御説明いただきたいのですが、県の予算に占めるところの国庫補助金、これは地方譲与税やら交付税全部含めて結構でありますから、その推移を五十四年から今年度の予算に組み込まれているものを含めての三年間のものをちょっと御披露願いたいと思うのです。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 五十四年度以降三年間の県予算歳入総額に占めます自主財源と依存財源との関係につきまして申し上げますと……。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 割合だけで結構です。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) それじゃ五十四年から申し上げますと、五十四年が自主財源一八・三%、これに対しまして依存の方が八一・七%でございます。五十五年が一六・三%に対しまして八三・七%。五十六年が一七・二%に対しまして八二・八%、こういう割合になってございます。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 こうやって見ますと、やはりこれは特別措置法の大変なおかげをこうむっての措置が前提にならなければ現在の維持もできないという姿だと私は思うのです。したがいまして、これが外されるということになると大変なことになるのでありますが、その前に大臣に御所見を賜りたいのは、つい最近、これは中央紙の名前は申しませんけれども、沖繩の経済は輸血経済なんだ、しかもざる経済なんだと、この二点が指摘されているのですね。  その二点を指摘された輸血経済は、それはなるほど沖繩は苦労してきたんだろう、だから日本のその他の各府県が自分たちの税金でもって高額の補助金を与えて、沖繩の復興に役立ってほしいという願いを込められたあれは法律だった、しかし、いまやそれになれっこになってしまって、みずから自立の努力を放棄しているような姿で、麻薬の中毒患者になりかけている、こんなような批評があるのです。  それからもう一つのざる経済というのは、せっかくそういうふうに入れてくださったけれども、先ほどちょっと数字でお話がございましたように、移入超過でみんな吸い上げられてどこかへいってしまう、だからざる経済だと、こう言っているのです。まず輸血経済その他についての感触を大臣はどう思われますか。  実はきのうわれわれのクラスの連中が総理との昼食懇談会がございまして、その際総理に私申し上げましたよ。総理、答弁は要りませんけれども、こういうふうに沖繩を見ています。十年たった、だからもう沖繩はいいのじゃないかというふうに世の中は見ているのじゃないでしょうかと。もちろんその前に総理が、もう補助金の問題は一律にまんべんなくダウンさせるのだとおっしゃるものだから、もうこれは一地域の問題だけれども、お断り申し上げました。一地域の問題であるけれども、総理、こういう問題があるけれども、どう思いますかと。どう思いますかと、答えは要りませんと言いましたけれども、大臣いかがですか、その見解は。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 非常に申し上げにくいことをお尋ねになったと思います。率直に申し上げますと、一次振計がいま終わろうとするときに、私も昨年と今年二度現地を見さしていただいて率直な自分の感情、考え方というものを申し上げると、やはり補助金の対象が各分野にわたっているということは、いま総務局長が御答弁申し上げたとおりなんです。ここにやはり沖繩に活力をつくるのはどうしたらいいのかというのが第一次振計の精神であろうと私は考えています。そのためにはやはり何が沖繩に育つのだろうかという問題の選択がきわめて必要になってくる。そこで、沖繩のASEANとの関係で地理的な条件というものから国際センターというものをつくっていくということの構想を実は立てたわけでございまして、まあ鈴木総理もASEANとのネットという考え方の中で、沖繩にいわゆるリージョナルセンターを置くこともすでに昨日も確認されたとごろでございます。  そういう形の中で、たとえば石垣へ参りましたときも、あすこに耕地のためのダム建設がいま相当大規模に行われておりますけれども、あのダム建設の現場で私尋ねたのですが、低落差発電というものの構想がこのダム建設のときにどうして起こらなかったのだろうかという一つの疑問が私の心に起こってきた。また、宮古へ参りましたときに、あすこへ三十数億の投資をして土地改良をやっておられます。そこへ何を栽培されるかというとサトウキビをつくる。サトウキビはやはり補助金の対象事業でございます。そうなると三十数億円の国費を投下して、さらに栽培する作物が補助金が必要になってくる。こういう考え方というものがいつまでも続いていったのでは、沖繩の人たちというものは精神的になかなか自立しにくいという意見もある。だからやはりここで沖繩県民の方々が、どうしたらいわゆる補助金経済というものから脱出して自立のいわゆる県経済というものが立てられるかということの討議をしていただく必要がある。だから私は、西銘知事にも申し上げているのですが、県にも知事部局にもその問題のいわゆる対策のセクションをつくってもらいたい、あるいは県議会には委員会をつくってもらいたい。  また、この間、琉球大学の教授二十数名の方と三時間ばかり私招かれて懇談をいたした機会がございましたが、琉球大学は地方大学として、いわゆる沖繩の経済開発に琉球大学がどれだけいわゆる学問的な背景を持って寄与できるかということの論議をしていただきたい。それと、今度建設を予定する国際センターとのつながり、こういうものをネットにして考える必要があるのじゃなかろうか。  あるいはまた、観光産業が非常に伸びている。ただし観光事業に対する本土資本の受け入れというものに対しては、沖繩県の方々は拒否的反応を示される傾向が非常に強い。そういう中でたとえば海洋博の行われた沖繩で、私はあんな美しいところは実は日本にないと思っているのです。もう宮古、石垣から、離島を見てみても本当にすばらしい地域がある。これはもう日本の残された観光の宝庫だと実は信じています。そこへいわゆる本土の方々に行ってもらうようなシステムというものは第二次振計の中でどういうふうに考えたら発展できるだろうか。伊江先生も運輸省関係の御出身でございますが、私はやはり現場を見て宿泊施設、それからそれの予約システム、それからそれと本土との主要都市を結ぶ航空路の関係、こういうものに大きな険路がある。それと地元の本土との資本のジョイントベンチャーに対する拒否態度、ここいらがやはり沖繩の県民の方々と県と、それから沖繩開発庁、政府機関とのいろいろなこれからのお話し合いの中で、新しい沖繩づくりのためには、できるだけ県の方々の気持ちも、これから本土以上に発展させるということについては一緒にやっていこうという気持ちをひとつお持ちいただくことがこれからの新しい沖繩づくりには不可欠な条件であろうと、私はそのように考えております。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 私もそう思います。やっぱり早く立ち直ってこいよ、自立してこいよという余裕を与えているのが十年間だったというふうに思いますが、その間に沖繩県が眠っていたかというと必ずしもそうではない。確かに御指摘のとおりの努力も足りなかった点がある。ですからこの十年では足りないのだ、もうちょっとやっぱり囲っていただけませんかということを言いたいわけなんですが、それはこれから皆様方にお任せを申し上げて、大臣、大物大臣でいらっしゃるから、ぜひその辺のところは沖繩のためにお考えいただきたい。  そこで、この沖繩の体質というものが、努力をしないであぐらをかいているからそうなっているという面も確かに一部あります。しかし、沖繩の置かれているところの立地条件から考えると、どうしようもないという問題がひとつあるわけなんですね。  私、ここにいまから五十年前の古文書を持ってきているのですよ。この古文書にどういうことが書いてあるか。五十年前の古文書というものはれっきとした沖繩県ですよね。これが昭和五年「疲弊セル沖繩県ノ現状ト災害復旧事業」ということで、何で沖繩の経済がこういうふうに疲弊しているのかということを分析して項目をまとめたのがあるのです。これをもとにしまして昭和八年から「十五箇年沖繩振興計画」というのが立てられたわけなんです、これをもとにして。残念ながら戦争で途中でだめになってしまった。しかし、これは現在にも通ずる問題があるのです。一つずつちょっと読んでみます。  第一番目は、この疲弊の原因というものが「産業カ余リニ単純ナル結果其ノ弾力性ニ乏シキコト」、これはまさにそのとおりだと思うのです。現在もってこの姿はあまり変わりません。  二番目は、「累年移出入ノ均衡ヲ失スルコト」。地場産業がないのですから、先ほど御答弁いただいた資料からおわかりのとおり、もう物すごい移入超過ですね、これが二番目。これは昔昭和五年にもちろんあった。  三番目は、「国庫ニ対スル勘定カ過顧十箇年ニ於テ四千……」、国庫に対するつまり税金負担の方が大きかったと、これはもういまはそんなことはございません、これはもういまは消えている。  四番目には、「県予算ニ対スル国庫補給金ノ率漸次低下セルコト」というふうになっています。これは驚いたことに明治四十二年に沖繩県に対する国庫支出金と自主財源との割合が七〇%の国庫支出金なんです。先ほどお話が出ましたが、もう八〇%国庫支出金。ですから、これはいまも全然姿は変わっておりません。  五番目には、「極端ナル金融難ニ陥レルコト」、これはもういまもうございません。  もう一つここで大きな問題を指摘されているのは、「他府県ヨリ遥ニ経済的実力乏シキ沖繩県カ府県トシテ全国一律ノ法制上ノ取扱ヲ受クルカ為メ県経済上ニ無理ヲ生スルコト」と、こう出ているのです。これがいまの特別措置法なんですよ。要件は非常によくなったものもあるけれども、根本的に変わらないのが一つあるということを踏まえますと、どうしても先ほどから申し上げているように、もうしばらくの間は立ち上がりのための措置をしていただきたい、現行法をそのまま延ばしていただきたい、こういう御努力を重ねて私はお願いしたいと思うのであります。  時間もなくなってきましたので、あと質問がありますが、先ほどのお話がございましたように、これはもう私は大臣の非常な御努力だったと思うのでありますが、国際経済協力基金からの御支出をもって沖繩県に国際センターをおつくりになる、これはもう沖繩県にとって沖繩の立地条件を十分に踏まえての私は最近における大ヒットだと思うのであります。  そこで、外務省、交流センターの規模、中身、どういうことをおやりになるのか、しかも国際交流基金は、国際交流財団というのですか、それはいろいろな附属施設をあちこちに持っていますね、東京その他、それと沖繩の今度予定されておるところの交流センターとはどういうふうな位置づけになるのか、その辺のところを踏まえて、簡単でいいですから。

坂本重太郎外務省経済協力局外務参事官

○説明員(坂本重太郎君) お答えいたします。  実は沖繩に国際センターをつくることにいたしましたけれども、その内容に関しましてどうするかにつきましては、現在外務省、沖繩開発庁と相談しながら協議をしております。私自身昨週の金曜日まで沖繩に行っておりまして、沖繩県知事それから琉球大学その他の方たちともいろいろお話し合いをいたしまして、どういう内容にしたら最も効果的であるかいろいろ検討しております。他方ASEAN諸国からもいろいろな要望が寄せられておりまして、今月の三十一日と来月の一日にASEAN各国と東京で会議をすることになっております。  現在まで考えておりますところは、まず第一に、沖繩にはいろいろな研修施設がございますので、ぜひそれを利用さしていただきたい、で、研修員を受け入れていただきたいと、こう思っております。  それから第二は、沖繩にはぜひ人的交流の場として国際センターを大いに活用してまいりたい。そのためには、ASEAN各国から来る研修員はまず沖繩に寄っていただいて、そこでいろいろなオリエンテーションを受けていただく、それから日本からASEAN諸国に出ていく専門家、青年協力隊なども沖繩で一応先方の研修員などと交流をしてからASEAN各国に出ていくというようなこと等も現在のところ考えております。  それから第二の質問にも関連いたしますが、いままでJICA——国際協力事業団かいろいろなところにセンターを持っておりますけれども、それと最も違う特色は、実は今度総理がASEANを回られまして、ASEAN各国に一つずつASEAN人づくりセンターをつくることになりました。そのリエゾンオフィスを沖繩の国際センターがその役割りを果たすということで、ASEAN各国に全部で五つのせンターができますけれども、そのセンターの調整機能、リエゾンとしての機能をこの沖繩の国際センターが果たしていただく。したがって、各国のやっておりますセンターのいろいろな情報も全部沖繩にプールいたしまして、そして失敗したケース、成功したケースなどの情報も各国に提供するというような役割りも果たしていきたい。さらには将来できればASEAN各国との共同研究開発というようなこともやっていきたい等々いろいろ考えておりまして、できるだけ効果的に有効な内容を持たしていきたいと、こう考えておりますが、最終的な結論にはまだ至っておりません。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 どうぞ沖繩のその立地を生かしまして、いまおっしゃるようなユニークな、いままであるような研究センターと違う充実したものをつくっていただきたい、そういうふうに要望をしておきます。  運輸省来ていますか。——  沖繩に、いまお聞きのとおり、そういったセンターが立地されるということになると、ASEAN諸国との交流の問題あるいは、外務省、これはASEANだけじゃなくて、南太平洋地域のものも入るのでしょう。入るか入らぬかだけちょっと

坂本重太郎外務省経済協力局外務参事官

○説明員(坂本重太郎君) 当面はASEANを中心にしてまいりたいと思っておりますけれども、いずれはできれば南太平洋地域、それからまたビルや等も含めていきたいと、こう思っておりますが、昨年末私がASEAN各国を回りましたときには、やはりASEAN諸国から、当面はまずASEANだけにしてもらいたいという要望が出されておることも事実でございます。しかし将来は考えたいと思います。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 そうなりますと、運輸省、やはりここにアクセスの問題が出てくると思うのですね、東南アジア諸国と沖繩との。それでその現状をまず聞きたいのですが、ASEAN諸国と沖繩とのルートというのは現在どうなっておるのか、簡単にちょっと御説明してください。

仲田豊一郎運輸省航空局監理部長

○説明員(仲田豊一郎君) 現在ASEAN五カ国との間では、香港もしくは台北経由の航空路はございますが、五カ国と直接結ぶ航空便はございません。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 台北あるいは香港を経由してのルートはあるかもしらぬけれども、これからそういった交流が非常に頻繁になると、やはり直接のルートをつくらなければならぬことが将来予想されるわけですね。  きょうは要望しておきますけれども、東京まで飛んでいって、それから沖繩に来る、あるいは大阪まで飛んでいって沖繩に来る、こういうことじゃだめなんですよ。ですから、これはまだしばらく先のことになるのですけれども、直接ストレートに行けるようなもの、国際航空協定がなかなかむずかしければ、わがナショナルケアの日航でもいいじゃないですか、そこを経由してあちらこちらのASEAN各国に行けるようなルート構成をまず将来のこととして考えてほしい。これは要望です。  それからもう一つは、そうなると、現在沖繩の空港は空港容量が少し余っているから、沖繩県側が要望しているところの空港の現在位置から沖合いに展開するという滑走路は必要ないのだというふうな運輸省の御見解のようだけれども、千歳空港と比べてみまして、発着回数も千歳空港と沖繩空港と余り変わらないのですよ。しかも千歳空港も自衛隊との共用です、沖繩も共用です。ところが、千歳空港は航空自衛隊だけの共用なんですよ。沖繩の場合は航空自衛隊、海上自衛隊、陸上自衛隊、この三つの自衛隊の共用なんです。そうしますと、いまでさえちょっとでも故障が起きたりあるいは工事のために夜間閉鎖があったり、非常にアクセスが悪くなる、この辺をどう考えるかの問題。しかも、千歳空港は第二滑走路をつくった、また第三滑走路もつくる、第四滑走路もつくる、こういうふうにプロジェクトが進んできている。沖繩の場合にはそれがなぜになされないのか。なぜ空港容量があるからその問題を取り上げないかということに対してわれわれは専門家じゃないからわからぬけれども、非常に不信感を持つわけなんです。  私は、質問時間が少なくなったので、きょうは答弁をもらいませんけれども、この問題はしっこくわれわれはこれからの沖繩の立地のために要望していきますから、その辺を踏まえて、仲田さんもよく御存じだろうと思うけれども、考えてほしい。そういうことで、せっかく国際センターができるのでありますからアクセスは考えなければならぬ。中身の機能についてはいま外務省の御答弁のとおりですね。ニュアンスの違うりっぱなものをつくっていこうというお話ですから、それに合わせるようなアクセスをぜひ考えてほしいと同時に、沖繩の那覇空港が自衛隊との共用が千歳よりも非常に条件が困難であるにもかかわらず、千歳はどんどん二本も三本も四本もつくっていく、沖繩の場合にはまだ容量があるのだとおっしゃってネグレクトされる。こういうことじゃ少しおかしいので、別にひがんで物を言っているのじゃなくて、必要性を前提にしていま要望しているわけですから、いずれ次の機会に運輸委員会ででもまた具体的に御質問申し上げますから、検討しておいてほしいということであります。  時間がなくなってきましたけれども、農林省、沖繩のパインの問題がいつも問題になっているのですが、現在沖繩のパインの在庫量というのはどのぐらいかということを前提にして御質問するのですが、まずパインの国内需要量というのをどの程度に考えておられるのか、数字をおっしゃっていただきたい。

市川博昭農林水産省農蚕園芸局総務課長

○説明員(市川博昭君) パインのかん詰めにつきましては、やはり果物のかん詰めと同様に最近は消費の停滞が見られます。特に五十五年は冷夏のためにかなり減っておりまして、在庫は前年よりも六割増の八十八万ケースでございます。五十六年度の需給の見通しをいまパインかん詰めの懇談会で御検討をいただいておりますが、二百四十万から五十万ケースというようなことでいま考えてまいりたいと思っておりますが、その際には実は供給の方をやはりある程度抑えなきゃならないというような現状だろうと思います。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 先ほどの在庫量八十八万ケースというのは沖繩産の在庫量のことですか。

市川博昭農林水産省農蚕園芸局総務課長

○説明員(市川博昭君) この八十八万ケースは十二月末現在でございますが、沖繩の在庫は五十九万ケースでございます。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 五十九万ケースというのは東京にある在庫であって、沖繩にある在庫を加えると何ぼになるのですか。

市川博昭農林水産省農蚕園芸局総務課長

○説明員(市川博昭君) この沖繩の在庫の五十九万ケースの中には本土のパッカーが寄託しておる物も入っております。本土で在庫しておりますのは二十九万ケースでございます。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 そうしますと、供給量がオーバーしているがゆえに在庫が出るのだと、こういう考え方ですか。

市川博昭農林水産省農蚕園芸局総務課長

○説明員(市川博昭君) 先ほど申しましたように、かん詰めの需要の方は実は停滞をし、しかも五十五年は冷夏のためにかなり消費が落ちております。一方、供給につきましては、沖繩のかん詰めの方はパインの方もふえておりまして、五十二年を底にしまして沖繩でつくりますかん詰めはふえておる、そういう状況でございます。

伊江朝雄自由民主党・自由国民会議

○伊江朝雄君 それもあるでしょう。それはわかります。しかし、沖繩産のパインは日本で唯一の、これはよその県でつくれない青果物なんですね。国内産品を保護するためのいろいろな措置があるわけですよね、ミカンにしてもオレンジにしてもリンゴにしても。それがなされていない。ここが私は沖繩の産品に対するところの売れない、在庫の多くなる、あるいはコストが上がっていく原因があるだろうと思うのです。  したがって、もう時間がないので、私から結論めいたことを先に申し上げますと、いま沖繩県産のパインの在庫が多くなる、売れ行きが少なくなるというのは、これは冷凍パインが非自由化から、AAになった、そのことが原因であろうと思うのです。承るところによると、冷凍パインも少しずつ最近は輸入が少なくなっているというけれども、これがいつまた復活するかもしれない。そうしますと、絶えず冷凍パインの輸入量に圧迫されて沖繩県産品がシェアが非常に少なくなっていって、沖繩ではパイン生産者の売上金に対する支払いもできないような、パッカーが苦しむ、こういうことなんで、この自由化品目に対する農林省の今後の措置の仕方の問題を含めて私は提言をしておきますが、時間がないのでちょっと急いで言いますと、まずAAをIQにするということが自由化品目に対する国内産品の保護の第一ですね。ところが、それはなかなかできない。二番目には、関税をうんと高くしてしまう。現実に冷凍パインはいま三五%だそうですね。しかし、それを沖繩県は七〇%にしてほしいと。それはあなた方から考えればびっくりするようなパーセンテージでしょう。しかも、東南アジア諸国からの輸入というものを促進しなきゃならぬという日本の経済外交的な立場もあるでしょうから、そんな一挙にできない。そうすると、あとはやはり企業側の生産性を向上させる、そしてコストダウンしてシェアを広げていくという企業側の努力と、もう一つは政府がいかに補助していくか、県産品の奨励その他出荷も含めて、保護していく、その助成をどうしてやるのかということと、最後には、この自由化品目が国産品を圧迫するときに政府のとる態度というのは関税割り当てしかないですね、TQ、こういったものしかないわけなんです、非自由化品目に対する措置としては。  したがって、私はもう時間がないから、もう結論だけ要望して、その返事はまたいずれ聞きますが、検討してもらいたいのは、この中でAAをIQにすることはできないだろう、関税をうんと高くすることもできないだろう、残るのは企業側の努力と政府の態度だと。その政府の態度の中には助成金の問題もあるし、関税割り当てという問題もある。したがって、関税割り当てをどうするのかということを沖繩のパインについて当てはまるのかどうか。それを至急に検討してもらいたい。  同時に、オレンジに対する季節割引というのがあるわね、季節割引というものは出荷の調整時期とあわせて、ある時期には、何月から何月までは冷凍パインの輸入に対しては高関税をつける、しかしある時期からある時期までは非常に関税を安くする。関税を安くしたときにばあっと入られては困るから、そこに関税割り当てといわゆる何といいますか、季節関税とをミックスしたような新しい制度をつくってもらう、それをひとつ検討してもらいたい。これが一つ。  もう一つは、沖繩県にはこれはないのだけれども、こちらに例の生果物生産流通対策補助金、こういったものが農業団体やそのほかにプールされますね。これを沖繩県にセクターをつくってでも沖繩パインの生産流通対策の補助基金をつくってもらう。これしか道はないのですよ。いろいろ皆さん方、調整会議やら懇談会でやっていただいているけれども、それはそれぞれのパイン協会のお立場もあるでしょう。あるでしょうけれども、やはりそういったところをめどにやらなければ、もう根本的に日本で沖繩しかできない産物、このパインはほぼできない、しかもそのパイン業者というのが、生産業者、農家がもうそれこそこれを頼りに生活しているのですから。しかも、パインをつくる土壌は、砂糖のように保護されたような、あの砂糖生産をするのに向かない土壌なんです。そうなるとますますこの問題は一体このまま放置していいのかどうか、大変な問題になると思うのです。ですから、私がさっき指摘した三点の問題、生産者側の問題もありましょう、三点の問題について至急に検討してもらいたい。それはまたいずれの委員会で私はそのお答えを聞くし、またそうでなければ別途私のところへ説明していただくように御要望申し上げたいと思う。これはもう沖繩県選出議員だけじゃなくて、この沖特委員会の皆さんは同感だと思うのですよ、何しろまいっちゃうのですから。そういうことで、きょうは要望しておきます。  終わります。

藤原房雄公明党・国民会議

○藤原房雄君 総務長官から過日所信表明がございましたが、そのお話の前段は沖繩のことに触れておりまして、後段は北方問題についての所信が述べられておるわけであります。  まず、北の方からということで、私はこの北方問題について二、三点だけ所信に関連してお伺いをしたいと思うのであります。  この大臣の所信につきましては、最初、北方問題についての歴史的な経過やいろいろ述べられておりまして、二月七日の北方領土の日の制定に当たりましてのことが触れられておるわけでありますが、これは中山大臣が就任以来非常に御努力いただいてこの二月七日の推進というのはできたのだと思います。この日が定められたということについての、二月七日が適当であるかどうかという議論もあり、またこの日が定められたことによって何がどうなったかということは後世の歴史家またいろいろ評価があるんだろうと思うのでありますが、いずれにしましても、現在この日が定められた、こういう形に大きな力になったのは中山大臣だろうと私は思います。  この所信の中に、「北方領土返還運動が新たな活力を得て一層粘り強く発展することを心から願うものであります。」、こういうお話がございますが、この二月七日を北方領土の日に定め、それによってこの「返還運動が新たな活力を得て」ということであります。日にちを決めたからそれで活力が出てくるわけじゃございませんで、その後の手だてというのが実は大事なことだろうと思うのであります。本年度の予算を見ましても、啓蒙推進につきましてそれなりの予算措置がなされておるようであります。これらのこととあわせまして、この新たな活力を生むために大臣としてどのようなお考えを現在お持ちになっていらっしゃるのか、また今後なさろうとしていらっしゃるのか、まずその辺からお尋ねをいたしたいと思うのであります。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) まず最初に、北方領土の日を記念いたしまして総理府が民間団体、地方公共団体ともに北方領土の日設定記念の返還運動推進全国集会を開催いたしました際は、各党の党首、代表の方の御参加をいただき、両院議長を初め総理も御出席をいただいて、初めて戦後領土問題に対して国論を統一することができたと、こういうことにつきまして各党の御協力に心からお礼を申し上げたいと思います。  かねてモスクワを訪問された民間団体の方々からは、日本の北方領土に対する考え方というのはどうなのか、どこまでがどうなのかわからないというふうな意見がございましたし、国論の分裂が絶えず行なわれておって、そして、北方領土返還運動をやっておるのはあれは日本の右翼の一部の者がやっておる運動だいうのが、今日までのプラウダあるいはタスの通信から見るソ連の考え方であったろうと思います。それが、各党の党首並びに政府、民間団体、地方公共団体が同じ会場に集まってわれわれの古来の領土の返還を求める記念集会が行われたということは、これからのソビエトと日本の間の平和条約を締結する過程における日本の国民の願望というものがどこにあるかということを明らかにした点において、私は大変意義のあることであったと考えております。  また、この日を海外の通信社は相当大規模に取り上げております。私の手元にあります外務省からの報告だけでも十七紙が取り上げております。イギリス、西ドイツ、フランス、オランダ、アメリカ、スイス、ユーゴスラビア、ブルガリア、中国、それからノルウェー、スリランカ、ボリビアと、いろいろな世界の各地に反応が起こっておりますし、いまなお領土問題で悩んでいる西ドイツでは、当日の模様がテレビで放映をされたという報告を受けております。  このようにして戦後国際社会で日本とソビエト連邦との間に領土問題がまだ未処理の問題として残されていたということが改めて印象づけられ、また国連では伊東外務大臣が、四島一括返還を早く行って日ソ間の平和条約をつくりたいという願望を国際世論に訴えられたと、こういうことと相まって、私どもとしてはできるだけ早くこの北方領土の日が日ソ友好の日になるように、それがやはり平和条約締結の日であろうと考えておりますけれども、そういうふうな日に向って民族が一体になってこの目的に向っていくということに大変大きな意味があったというふうに考えております。  また今後は、各府県にいわゆる推進会議の設置をさらに充実いたしまして、署名運動なりいろいろな運動が各地で展開されることを願っております。現在千八百万の方々の署名がすでに参っておりますし、私どもといたしましては一層こういうふうな国民運動の充実に努力をしてまいりたいと、このように考えております。

藤原房雄公明党・国民会議

○藤原房雄君 総理府として一つの日を定めるというのは大きな目標であり、そのためにいろいろな御努力をなさったわけでありますが、いまの大臣の話ですと、これからも県民会議とかそういうところでひとつ大いにやってもらうのだということですが、総理府としてもいろいろなお考えはやっぱりあるんだろうと思うのですけれども、こういう大きなことでなくても、じみちに運動推進のための手だてとしてお考えがあったらお伺いしたいと思うのです。  それと、いまも大臣のお話にもございましたが、国連で外務大臣がこれらのことに触れてお話になったという。私も数年前ですが、この委員会でもお話ししたことがあるのですが、国内的にはこういうことでいろいろな形が整えられてこれからまた活力ある運動が展開されるように望むわけでありますが、国連の場で演説をするというのはそれなりの大きな意義のあることだと思います。それと、やっぱり諸外国に対してそれなりの認識を与えるじみちな活動というものも必要なことだと私は思うのですが、こういうことで国内的な運動とともに国際的にも日本の現状というものを訴える、そういうことが現状はどうなっておるのか、それらのことについてお伺いしたいと思うのですが、いかがでしょう。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) この北方領土の問題は、従来の取り組み方が比較的、何と申しますか、最大限の力を入れておられたというふうには私は理解しておらないのであります。政府の取り組み方にも充実性が乏しかった点もある、そういう点は謙虚に反省をして、やはり国家として主権に関する問題でございますから、国際世論に訴えていくということについて具体的に行動を起こしてまいりたいとも考えております。  また両院において、この沖繩・北方の委員会の諸先生方にも国会としてのこれからの活動もお願いを申し上げたいと実は考えております。衆議院においては、沖繩・北方に関する委員会の方々も国会としてこれから国際世論にどう訴えるかということを国会は国会としても考えてまいりたいということでございましたので、私ども総理府といたしましてもできるだけの御協力をさしていただきたいというふうに申しておりますが、ざらに私どもとしては、やはり国際社会に具体的に知らす方法は、いわゆる文書、PR手紙等で行うことが最も賢明ではなかろうか。一例でございますけれども、イギリスの日本大使館はいわゆる英国のオピニオンリーダーに対して、この北方領土問題に関する日本の考え方と日ソ関係の現状についてそれぞれ書簡を送っております。こういうふうに各国の出先公館においてはそれなりの活動をやっておるということをこの機会に申し上げておきたいと思います。

藤原房雄公明党・国民会議

○藤原房雄君 国内の地図ですね、学校で使うものやそのほかのことについては文部省等が中心になって、教科書等についてはもちろんですが、以前いろいろなことがありましたが、国内的にはある程度この地図では北方四島については日本の色に塗りつぶされるようなことになったと思うのですが、国際的には、地図で云々ということじゃございませんが、いろいろなことで配慮をし、それを積み重ねていく、また政策担当者またはその国にそういう深刻な理解を与えるという運動も大事なことだろうと思うのですが、地図だけではないのですけれども、それも一つの運動の一環としてということでお聞きとめいただきたいわけですが、地図のこういう製作の世界的な権威のあるところ、そういうところに対しての働きかけということも大事なことでもあるだろうと思いますし、また聞くところによりますと、世界的に有名な地球儀なんかをつくっているアメリカのリプルーグルという会社等、こういうところでつくるものは、日本で注文するものについては、文部省の指導、そういうものを向こうへ言って、四島はちゃんと塗りつぶされたものが来るのだそうですけれども、黙っておりますとそこは日本の色になっていないものが世界じゅうにどんどんつくられている、こんな話もちょっと聞いたことがあるんです。決してこれは小さいこととは言えない、やっぱりそういういろいろなところに手だてをすることが大事なことだと私は思うのですけれども、こういうことについて総理府なり外務省なりいろいろ御検討なさったことがあるのか、また今後こういうことについても真剣に取り組むことが大事だというふうにお考えになっていらっしゃるのかどうなんでしょうか。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) きわめて重要なことだと考えておりまして、国内の地図製造業者に対しては、過日その旨を連絡させていただきました。国際的ないわゆる地球儀のメーカー等については、私の総理府の扱いではございませんので、所管の外務省から答弁をさせていただきたいと思います。

藤江弘一総理府北方対策本部審議官

○説明員(藤江弘一君) ただいま御指摘の点につきましては、外務省とも十分調整いたしまして最大限の努力を払いたいと存じております。

藤原房雄公明党・国民会議

○藤原房雄君 突然の話なのでびっくりしたかもしれませんが、そういう国際世論ということの中で考えられること、もっといろいろなことがあるのかもしれません。国連で外務大臣の演説があったということをいつもそのことであなた方がお話なさるのですけれども、いま大臣も、イギリスでもいろいろなことをやっているのだということでありますが、やっぱり可能な限りのことについての努力の積み重ねというものが大事だということで私申し上げているわけです。ぜひひとつ御検討いただいて、そういう世界的に一つの大きな影響力のあるメーカー、そういうことにタッチしていらっしゃるスタッフの方、そういう方々のお話し合い、そういうところも実に重要なことじゃないかと私は思うのですね。ひとつ御検討いただきたいと思うのです。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) ただいまの先生の御指摘はきわめて重要なことだと存じますので、早速処置をさしていただきたいと思います。

藤原房雄公明党・国民会議

○藤原房雄君 時間がございませんので、長いお話はできないのですが、いろいろなことがございます、細目にわたりましてはまた次の機会といたしまして、いま当面することだけひとつ述べさしていただくわけでありますが、大臣の所信の中にも、「北方領土問題が未解決であることに伴うその他の諸問題についても」云々ということがございますが、「その他」ということですからいろいろなことが入るのだろうと思いますが、去年の暮れに、何といっても地域振興というものが非常に大事だということで、このたび北方領土臨接地域安定振興対策関係省庁連絡会議ですか、こういうことで発足をしたわけであります。まだ発足したばかりですから、五十六年度の予算の中でこういうことがいろいろ議論になって、スタートしたばかりですからあれですけれども、しかし根室を中心といたしましたこの地域につきましては百八十億ですか、このぐらいのことになるんだということですが、各省庁がいろいろ計画しているものを合算するとそういうことになるということですね。今後の計画についてもいろいろお考えのようでありますけれども、このことについてはいま早急に何がどうしてという細目についてお尋ねしてもそこまでの御検討は、まだ二度ほどしか会議を開いていないようでありますし、また、五十七年度に向かいましても、長期、短期、こういうことでこれからだろうと思いますから、ひとつ地元振興については重点的に力を入れていただく。北方領土の日を設けた、その次はやっぱりそれを大いにひとつ運動面で啓発していただく。そして、やっぱりこの地域振興、去年中山大臣がなられてから、こういうことに力を入れるということで私ども非常に力強く思っておるのですが、何といってもこの地域は漁業が中心の地域でございまして、二百海里で御存知のとおり三割方漁獲量が減りまして、地域としましては根室市を見ましても、根釧は酪農とかございますが、根室は漁業中心の町ですから、大多数が影響すると思うのですが、人口も減り、そしてまた漁業者、根室漁業協同組合そのものも大変な苦境にあるような現状です。昨年はイカそのほか鮭鱒も余りよくなかったということもございますけれども、畑と違って漁業というものは実際網にかけてとってみなければわからぬ、こういうことですから、非常にむずかしい面があるのですけれども、いずれにしましても二百海里の設定によりまして、三割以上の減収になっていることは、影響があったことはもう御存じのとおりです。  こういうことで、やっぱり漁業振興ということに最大の力を入れていかなければならないと思います。今日までもいろいろな議論がございまして、養殖その他のことについてもいろんな施策はなされてまいりましたけれども、世界の三大漁場と言われる千島列島、そこを漁場として今日まで栄えてきた、そういう歴史があるところでございますので、ほかのところのように何とか魚をとっていればということじゃございませんで、やっぱりそれなりの施設なりまた人員なり、いろいろな方々がいらっしゃるわけです。町としましても、中小企業者また商店街の方々。漁業が非常に低落をいたしております。低迷いたしております。そのことのために町全体も非常に疲弊しておる。このたびの予算を見ましても、いろいろな援護処置等をとるようになっておりますが、また中小企業、商店街等につきましても、貸付業務等については不況業種といういろいろな地域指定等で配慮はあると思いますけれども、地元としましてはこれは大変なことでして、ことしの漁に出るための支度をするにしましても、漁業組合がいままでしておったことの幾らも手当てができない、こういうことで、地域振興のための施策というのはぜひ急がなければならぬし、また特に漁業振興のための対策というのは急を要することだと思うのです。また現時点におきまして、特に地域全体の問題として重点的にひとつ御配慮いただかなければ、北方領土を叫びながら実はその運動の最先端に立つべき根室、この地域が非常に疲弊をしておって元気が出ないということではならぬだろうと思います。何とかこの地元が元気が出るようにということで地域振興の対策を進めようということになったと思うのでありますけれども、こういうことで今日の貝殻島の交渉も、この前の外務大臣とポリャンスキー大使とのお話でも非常にむずかしいようであります。それにかわるものとして第二貝殻島ということでありますけれども、これも漁獲量とか質的な問題等を考え合わせまして、やはり漁民が願うものとは大分差があるようです。  こういう現状についてはもう大臣もよく御存じのことと思うのですが、やっぱり漁期というものがあり、また決算期もございまして、ぜひひとつこの根室地域の現状を踏まえまして適切な対処をいただきたいと思います。また、この漁業振興のための施策も、これは農林水産省がなさるのだろうと思いますけれども、地域振興ということのために総理府としましてもぜひ督励いたしまして、やはり短期にこういう施策が実効あるような推進方をお願いをしたい。そうしなければならないということを私どもは痛感するのですけれども、大臣もその辺のことについてはよく御存じだろうと思いますが、どのようにお考えになって、また今後どういうふうにお働きになろうとしていらっしゃるのか、この辺のことについてお伺いしたいと思いますが、いかがでしょうか。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 北方領土の返還とこの根室地域振興問題これは不可分の問題でございます。御案内のように、今日まで旧漁業権者に対する融資というものは昭和三十七年からずっと続いておりまして、昨年までは八億の融資枠でございましたが、今年は十億に融資枠をふやすということを基本線にとらえながら、鈴木総理から十一月十五日の閣議で地域振興に対して関係閣僚が格段の努力をするようにという御指示がございまして、北海道開発庁長官を中心に関係各省庁でただいまこの問題の具体化を検討中でございます。先生の御趣旨を十分体してこれからも地域の方々のためにこの振興の具体策を一日も早く政策として実行できるように努力をしてまいりたい、このように考えております。

藤原房雄公明党・国民会議

○藤原房雄君 きょうは農林水産省を呼んでおりませんからあれですけれども、これは具体的な要望事項、そしてまたいまなさっている施策、こういうものもあるわけでありますが、ぜひこれを強力にひとつ推進するように総理府としましても督励をいたしていただきたいと、このように思います。閣議等で、同じ内閣として当然これは取り組む姿勢でありますから、大臣もそのことはよく御存じだと思うのでありますが、この地元の要望としても、大臣もまあ御存じだと思いますけれども、各省庁でそれぞれ連絡をとり合いながらやっていくという、現段階ではそこから出発するわけでありますが、できればこれは一つの立法化のような形で、具体的に何をどうするという計画を進めるということで、いつの時点ということになると、立法化というのはそんな簡単にはできないことだろうと思います。  また発足して間もないものですから、どこにどういう問題があって、ぜひしなければならない、そういうことの中から出てくることだろうと思うのですけれども、この地域が現状のままですと、どうしてもやっぱり振興策が実効が上がらないといいますか、二百海里以後の打撃から立ち上がることができないような現況ですと、島よりも魚というこんな考え方がどうしても払拭できない。こんなことになってしまったら、どんなに運動しましても足元が崩れているのじゃしょうがない。こういうことから、これはぜがひでも、今後の対処としては立法化ということもいろいろ考えられるのだろうと思いますが、まずは当面するところの地域経済、この振興策についていろいろな貸付金を八億をどうしたこうした、そういうこともわれわれはよくわかっているのですが、特にここの打撃がひどいということでいろいろな漁民の間にも疑心暗鬼の声が出ていることはもう御存じだと思います。それらのことを踏まえて強力な施策を、また省庁間の話し合いを精力的にひとつ進めていただきたいことを要望したいと思うのですが、いかがでございましょうか。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 先生の御趣旨は十分理解をさせていただいておるつもりでございます。自治省はこの古来の四島が地方交付税の対象面積として計算をし、それは北海道にいわゆる交付をする、こういうふうな形を昭和四十二年にとっておるわけでございます。この点もこれからどういうふうな形で政府としてさらに充実をしていくかということも検討事項として私どもの頭の中に入っておりますので、どうぞひとつこれからも一層御支援のほどをお願い申し上げておきたいと思います。

中野明公明党・国民会議

○中野明君 時間が非常に限られておりますので二、三点お尋ねをいたします。  いま北方領土のことについては藤原さんから話がありましたので、私は沖繩のことについて。  先ほど来議論がなされておりますように、この第二次振計の必要性については、私どもも昨年十二月、安保及び沖繩・北方特別委員会で現地へ参りまして、県あるいは北部の市町村長とも懇談をいたしましたが、痛感をいたしております。しかし、諸般の状況から考えて、沖繩開発庁として大臣の所信にも述べておられるように、必要性は認めておられるわけですが、なかなかこれを閣議決定というのですか、国の方針にするにはそう一朝一夕にはいかないというような感じもなきにしもあらずでございますので、この機会に改めて担当大臣としての決意をお伺いしたいと思います。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 沖繩開発庁といたしましては、第二次振興開発計画はこの設定が必要であるというふうに方針をすでに固めております。ただ一日も早く沖繩開発庁としても所要の手続をとりまして、政府としての方針の決定に持ってまいりたいと、このように鋭意努力中でございます。

中野明公明党・国民会議

○中野明君 ぜひこれは早急に、地元も期待をしておるようでございますし、私どもも必要性を感じておりますので、持っていっていただきたいと思います。  それから次の問題は、昨年私当委員会で質問をいたしましたが、沖繩の米軍の演習場、キャンプ・ハンセンの山火事の問題で、総理から県民の納得のいくような解決をすると、こういう答弁をされておるわけです。ところが本年の一月十二日にまた同じところで火災が発生をいたしております。それも八時間余り燃え続けて、防火対策というのですか、米軍が演習をして火災が起こったときの防火対策というのが非常に遅いというのですか、そういう感じで地元が非常に不信を持っておるということをたびたび私たち指摘するわけなんですが、まず、このキャンプ・ハンセンの被害の状況はもうおわかりになったと思いますが、それを説明してもらいたい。

会田正一防衛施設庁施設部施設補償課長

○説明員(会田正一君) お答えいたします。  先生御指摘のように、昨年の十月末発生いたしましたキャンプ・ハンセンの山火事に次ぎまして、年明けまして一月の十二日に再度山火事の事態があったわけでございます。その被災状況は、最終的には延べ面積百四十三ヘクタールという状況でございます。内訳といたしましては、いわゆるハンセンの場内におきましては百四十ヘクタール、それから、ハンセンの演習場の場外におきましては三ヘクタールという状況でございます。  なお、被災の内容でございますが、御案内のようにあそこは草地がございまして、草地の部分が約七十一ヘクタール、それからリュウキュウマツあるいは雑木等が密生しております部分が約六十九ヘクタールという状況でございます。  なお、火災発生の時点別に申し上げますと、十月時点におきましては全体で百二十四ヘクタール、それから一月十二日の事故につきましては十九ヘクタールという実情でございます。  以上でございます。

中野明公明党・国民会議

○中野明君 昨年の事故の補償等は解決したのですか。

会田正一防衛施設庁施設部施設補償課長

○説明員(会田正一君) 山火事によりますと、ころの立木の補償につきましては、場内にありましては、復帰前に米軍が買収した以外の立木につきまして現在鋭意積算中でございます。  また、演習場外の三ヘクタールにつきましては、御案内のように地位協定十八条五項によりますところの適正な補償を行うということで、現在地元関係者と鋭意協議中の段階でございます。現在の情報によりますと、大方、大筋につきまして合意納得が得られたという情報に接しております。

中野明公明党・国民会議

○中野明君 私も現地を見てきましたのですが、国道のすぐそばまで燃えてきておりまして、そういう状況の中で県民が納得のいく解決というのは、やはりそういう事故があったときにもすぐ  火事というのは大体早期消火というのが大きな事故になることを防ぐ一番の手だてなんですが、それが十分なされていないということで地元の人たちは非常に不信を持ち、そしてまた基地に対する反感も出てくると、こういうことでありまして、これは米軍の方にどういう交渉をなさっているのか、自分が日本から使用を認められているから、その中では何が起こったって自分の勝手なんだというような考え方では困るというような感じを受けます。  特に先ほどの大臣のお話にもありましたように、沖繩ではエネルギーと水というのがもう今後の開発の基本なんですが、やはりこれは水源地になっておりますので、山の木がどんどん大量に焼けるということは将来にわたってやはり水の枯渇の原因にもなる。そういうことから考えまして、厳重にこれは米軍の方にも言うていただかないと地元の納得は得られぬと、私はこのように思いますし、いまのこの補償の問題についてもわりあいに解決が遅い、そういう感じを受けてなりませんので、ぜひこれは早急に解決をしていただきたいし、いまの米軍の演習によって起こる事故、火災、そういうことについて、もっと強硬に申し入れをするようにしていただきたい、こう思うのです。

会田正一防衛施設庁施設部施設補償課長

○説明員(会田正一君) 先生御指摘のように、この補償額の算出に当たりましては十分地元の意向を参酌しながら数次にわたりまして調整を行っております。現在のところ、大方の合意が得られたと私感じておりまして、五十五年度中に円満解決が図られるよう取り運びたいと思っております。  なお、火災によりまして森林が焼けますと、一般的には原状には回復しがたいという状況はあるわけでございますが、用水不足あるいは土砂流出等の事態に対応しましては、現在の生活環境整備法によって適切な処置を考えていきたいと、かように思っております。

中野明公明党・国民会議

○中野明君 それじゃ時間がありませんので、もう一点だけ。  先ほど大臣から冒頭にもお話がありましたが、沖繩電力の民営移行については、これは地元におきましても時期尚早ということで、去年も御案内のように、年間に二度も電気料金を値上げしたということで県民の強い反発もあったことも御承知のとおりです。続いての二次の振興計画におきましても、大臣のお話のように、エネルギーの安定供給がなければいかなる開発も不可能であります。  そういうことで、通産省に私お聞きしたいのですが、地元では県知事を初め財界も県民挙げて民営移行については時期尚早で現時点では反対ということになっておるようですが、この地元の意見を無視して閣議決定だからといって民間移行する、そういうような考えはないのでしょうね。

植松敏資源エネルギー庁公益事業部業務課長

○説明員(植松敏君) お答えいたします。  先ほども同じような問題が提起されましたのですが、電気事業につきましては効率的かつ弾力的な運用を図るためには民営により行うことが望ましいということで、政府としては五十六年度末を目途に沖繩電力の民営移行ということを閣議決定をしておるわけでございます。ただ、この閣議決定におきましては、民営移行というのは、離島を抱えております沖繩の実態を配慮しながら諸般の措置を講じて五十六年度末を目途に移行するということでございまして、諸般の措置を講ずるということが前提になっておるわけでございます。当省といたしましては、今後沖繩県民の意向を十分に伺いまた尊重いたしまして、関係各省庁と協力のもとに諸般の措置を講ずるように、それを講ずることによりまして円滑な民営移行が行われるように努力をしてまいりたいと考えております。

中野明公明党・国民会議

○中野明君 先ほど大臣もおっしゃっておりましたように、現状では株の引き受け手もおらぬ、こういう現状でありますので、いまのお話で大体理解できますが、私も現状では民営移行は無理と、こういうふうに思っております。そういう点、地元の意向を無視して、閣議決定だからといって強行するようなことのないように特に通産省にも要望をしておいて、私の質問はこれで終わります。

立木洋日本共産党

○立木洋君 長官、先日の所信表明の中で、沖繩県につきましては本土との格差を是正する、さらには開発を促進していくための計画も着実につくって実行していかなければならないという趣旨の所信表明がございました。本日も同僚議員の質問に対して、特に沖繩における自立的な経済のあり方の重要性ということも先般に引き続いて本日も強調されているわけですが、それで当然県の財政等々についても十分に指導すべき立場にある官庁として十分目を配っていかなければならないと思うのですが、きょうは多くを述べる時間がありませんので、ただ一つの点だけお尋ねしたいのですが、聞きますと、あそこでいま下水道の特別会計が数十億に上る借金が累積しておるというふうな状態になっていて大変な問題になっているようであります。こういう事態についてどのようにお考えになっておるのか、またこれらの原因について長官の方で何らかの手をお打ちになったことがあるのか、それらの事態についておわかりでしたら最初にお話をお聞きいたしたいと思います。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 水道の関係はきわめて具体的な問題でございますので政府委員の方からまず答弁させていただきます。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) この沖繩の下水道の負担の問題につきましては、沖繩開発庁、私どもの方から直接お答えするのがどうかとは思いますけれども、私どもの承知しておる限りで申しますと、いわゆる米軍の下水道料金の支払いの方法に絡みまして実は従前からの契約がございまして、この契約の条項が必ずしも明確でないというようなことをめぐって県と米軍との間にいろいろなトラブルがあった。またこの点につきましては関係省あるいは県等の努力によりまして一応解決の方途がついてきておるということを聞いております。私どもとしてはできるだけそれが早く解決されるように期待をいたしておるというところでございます。  それからもう一つの問題といたしまして、今後の下水道料金をどうするかというような問題につきまして、現在県が予算案等を県議会に提案をいたしております。それらの問題をめぐりまして若干県内におきまして議論があるということを承知しております。ただその詳細についてはまだ私どもの方はお聞きしていない段階でございます。

立木洋日本共産党

○立木洋君 いま出されました米軍の流域下水道の負担金と申しますか、これが未払いになっているということが一つのネックになっていたというお話ですが、これは施設庁の方かと思いますが、米軍の方からは負担金がいつから未払いになって、現在まで幾らぐらい未払いになっているのか、その理由だとか経過等々について要点を簡潔に御説明いただきたいのです。

宇都信義防衛施設庁総務部調停官

○説明員(宇都信義君) 最初に御質問の未払い額につきまして御説明いたします。  未払いになりました時期は昭和五十四年一月分からでございまして、五十五年度三月分を一応推計して入れますと約三億一千七百万円になるというふうに県は見込んでおるように承知しております。この下水道使用料の問題につきましては、昭和五十一年の四月一日に沖繩県の土木部長と在沖繩米空軍の契約担当官の間に下水処理業務契約書を締結しております。その契約書によりますと、下水道の負担金の計算は上水道の使用量かあるいは下水の流量計の計測による排出量のいずれかによってなされるということになっておりますが、昭和五十一年度当時におきましては、実際に負担金の徴収は、たまたま下水の流量計が設置されていなかったこともありまして、上水道の使用量に下水道負担金の単価を乗じた額とされておりました。その後、那覇空軍、海軍施設及び牧港住宅地区の一部を返還するために、これらの地区にあります米軍の住宅等を嘉手納飛行場へ移設するという、いわゆるリロケーションの事業を実施するに当たりまして、逐次嘉手納飛行場に下水の排出量の増加があらわれてまいりまして、当基地の下水施設を改修し、沖繩県の流域下水道に接続するという問題が生じてまいりました。  この接続に当たりまして、接続の許可申請を県に対して行いましたところ、県から許可の条件としまして下水流量計を設置するということを付されましたので、昭和五十三年八月にこの流量計の設置を終わったわけでございます。ところが、当該流量計の示す数字が上水道のメーターの示す数字をはるかに下回っていましたことから、翌年の昭和五十四年一月米軍は、契約書上、下水道の負担金が下水の流量計の計測によって排出される量から計算してもよいということになっている点を指摘しまして、同月から従来のやり方である上水道の使用量に基づく方法を変えて、下水の流量計で計測した排出量をもとにした負担金を支払いたい旨沖繩県に申し入れたわけでございます。これに対して沖繩県は、従来どおり上水道の使用量に基づく負担金の支払いを要求しましたし、米軍は下水道の排出量による負担金の計算方法を主張しまして、両者の間で協議が整わず未払いに至ったものでございます。

立木洋日本共産党

○立木洋君 その点で外務省にちょっとお尋ねしたいのですが、米軍が流域下水道の使用を、供用を受ける法的な根拠といいますか、これはどういうふうになっているのか、その点ちょっと説明してください。

丹波実外務省北米局安全保障課長

○説明員(丹波実君) これは御承知のとおり、直接には米軍当局と各地方、県との契約によっておりますことはただいまの施設庁からの説明で明らかだと思いますけれども、関連する地位協定上の条項といたしましては第七条がございまして、これによりますと、「合衆国軍隊は、日本国政府の各省その他の機関に当該時に適用されている条件よりも不利でない条件で、日本国政府が有し、管理し、又は規制するすべての公益事業及び公共の役務を利用することができ、並びにその利用における優先権を享有するものとする。」、これが背後にある協定上の考え方、こういうふうに考えております。

立木洋日本共産党

○立木洋君 地位協定の七条に基づいてやられ、さらには契約を結んで国内法に準じて、下水道法や下水道法施行令、これに基づいて県に管の接続を申請してやったという経緯もあるわけで、国内法に準じてやるということになっているわけですが、そういうふうにしますと、その契約上では上水道のメーターあるいは汚水が出てくる量をはかるメーター、いずれかによってはかるというふうな契約の内容になっているようでありますね。ただ、それまでの間というのは、事実上流域下水道が供用開始されたのが四十四年の七月で、そのときからずっと米軍は使っておって、その間ずっと一貫してトラブルがなかった。さらに五十一年の四月、先ほど申されましたように、この段階でそれまでのいわゆる上水量の五〇%を汚水の排出量と見て一立方メートル五十円で支払いをするというものが、上水量と同等の量とみなして一〇〇%に量が上げられて、さらに一立方メートル当たり十五円というふうな内容になったのですね。五十一年四月その契約が出されてからずっと支払いが何ら問題なく行われてきていた。そしてトラブルが起こったのが五十四年の一月ですか、それからずっと未払いになっておる。今日まで、先ほど言いましたように、三億数千万円という多額に上るまでこういうお金が払われないで大変な問題になっているということは、これはやっぱりきわめて遺憾な状態だと思うのですよ。そういう経緯から見ましても、十分に話し合いをして早急に解決することができておったのではないかと思うのですが、施設庁としてはその間どういうふうな対応をなされておったのか、その点についての御説明を願いたいのです。

宇都信義防衛施設庁総務部調停官

○説明員(宇都信義君) 五十四年の一月に米軍から下水道メーターによりまして負担金を計算したいという提案がありまして、県との間で最初はいろいろと調整をされたわけでございますが、その後那覇防衛施設局に対しましても沖繩県あるいは米軍からも調整の依頼等がございまして、現地におきまして三者でいろいろ協議した経緯がございます。しかし、現地におきまして、なかなか解決のめどが立たないという状態がございまして、沖繩県としましては、昭和五十五年三月十五日に県知事から、現地における解決ができないので日米合同委員会において解決してほしいという要請が出てまいりました。この要請に基づきまして日米合同委員会では、その下部機構である契約調停委員会に本件の紛争の解決を付託してきたわけでございます。契約調停委員会は、その後昨年の六月以降数次にわたりまして審理を行いまして、昨年の十二月二十四日、日米合同委員会における所要な手続を了しております。  なお、本件の解決案につきましては、沖繩県それから那覇防衛施設局の仲介のもとに、米軍とで数次にわたって討議を重ねておりまして、現在沖繩県と在沖繩米軍の契約担当官の間においては話し合いが決着を見まして署名をする手続が残されているのみと承知しております。

立木洋日本共産党

○立木洋君 その内容についての要旨を説明していただけませんか。

宇都信義防衛施設庁総務部調停官

○説明員(宇都信義君) 合同委員会の契約調停委員会で行いました調停の内容でございますが、下水道の負担金の算定に当たっては、上水道の使用量を基礎として、単価などは沖繩県議会の決議に従うなどの、県内の市町村と同様の考え方で米軍から使用料を支払うべきであるということへそれから両当事者は引き続いて討議を行い、負担金についてはきわめて近い将来に解決し、また契約書の改定等についても、できるだけ早期に解決するようにとの基本合意に達するような調停を行いました。

立木洋日本共産党

○立木洋君 だから、その負担金ですね、これがいつ払われるかというめどはまだはっきりしていない。  それから、引き続いて討議するということを申されましたが、引き続いて討議しなければならない要件というのはどういう点に限られているのでしょうか。

宇都信義防衛施設庁総務部調停官

○説明員(宇都信義君) 契約調停委員会におきます調停は、沖繩県と米軍との間の紛争の基本的方向づけをしたわけでございまして、具体的にどういう料率といいますか、料金で支払いをするか、あるいは契約書の内容をどういうふうに改定するかという問題につきましては、両当事者で行うということで話し合いがついておりましたので、昨年十二月二十四日時点では、現地におきまして両者が協議を続けるということで決着を見たわけでございます。その後、先ほども申しましたように、一月以降数次にわたる会議を持ちまして、契約の改定等決着を見ていると聞いておりますが、内容について具体的な条文は、まだ契約書を私ども入手しておりませんので承知しておらない状況でございます。

立木洋日本共産党

○立木洋君 長官にもお聞きおきいただきたいのですが、いま米軍が払っている負担金ですね、これは一般の場合にはみんな公共下水道に汚水を流し込む。それが、公共下水道が流域下水道に接続してやられる。これはもう大臣御承知のとおりですが、米軍が嘉手納で行われているのは、これは特別の例としていわゆる直接流域下水道に汚水を流している。これは下水道法の二十五条の九ですか、さらには十七条の五によって特別に認められた場合にそういうことをすることができるというふうになっているわけです。ところが、沖繩県民自身の場合には、公共下水道を通じて流域下水道に汚水を流している場合には、下水道の使用料として一立方メートル五十五円払っているわけですね。そうしてそれぞれの関係市町村が県の方に納める負担金、つまり流域下水道の負担金として出しているのが十五円なんです。米軍の場合には直接流域下水道に流していますから、県の方に支払っている負担金が二十円ということになっているわけです。だから、県、各市町村が流域下水道に支払っている負担金に比べますと三〇%高という状態なんですね。これは公共下水道の使用料は一切払っていませんから、流域下水道の負担金だけを見れば三〇%高。  これは本土の場合ですと、たとえば成田の空港なんかの場合も、これは特別の例としてあそこも直接流域下水道に汚水を流しているわけです。あそこの場合には、関係市町村は公共下水道を通じて流しておる。その関係市町村が流域下水道の費用を県に支払っているのが一立方メートル当たり二十二円。ところが飛行場ですね、空港公団が支払っているのが三十五円で、比率から言いますと約六〇%高という状態で負担金を支払っている状況になっているわけです。もちろん、これは市民の場合には使用料はさらに上乗せになりますから、もっと金額が多いわけですが、こういう状態から見ても、あそこで出されておる、直接流域下水道に流しておる一立方メートル当たり二十円という負担金が非常に安いのではないか。県民の感情としては、あそこでは非常に水不足、これはもう所信表明の中でもちゃんと長官御自身が御指摘になっているように水不足という問題があって、そして水がどんどん基地に使われるということ等々から、また汚水の量から見ても取る料金自身が安過ぎるのではないか。県民自身は一立方メートル当たり五十五円、ところが、米軍にしてみると二十円だと。これはいろいろいま申し上げましたような事情があるとしても、余りにも安過ぎるのではないかという県民の感情があります。  それからさらに本土の方で調べてみますと、たとえば横田基地なんかの場合、汚水を福生市の公共下水道に流しているわけです。この場合には一立方メートル当たり百二十円を横田の米軍基地は支払っている。あるいは沖繩の名護市の場合を計算してみますと、あそこの場合には公共下水道に流し込んでおるわけですが、これもたとえばオリオンビールという大きな工場で、ビールですから水をどんどん使っておるのですが、ここの場合も一立方メートル当たり百十五円払っているわけです。非常に多く使っておるところでもそういうふうに支払っているし、本土の米軍の場合の汚水の量に対する支払いの仕方と比べてみても、非常にやっぱり価格の上から言ってもアンバランスがある。これは県民が余りにも安過ぎるのではないかという反感を持つのもゆえなしとしないというふうな感じがするわけです。私たちの立場で言えば、これはもう基地を早く取っ払ってくれというのが私たちの主張ですから、その点申し上げれば全然話が行き違いになりますけれども、しかし大臣なんかのお立場としても、少なくともやっぱり住民に害を与えないようにしなければならないということはいままでも繰り返し申されてきたことでありますから、そういう観点から見てもこういうような措置の仕方というのは、県民に悪感情を与えるような事態というのはやはり望ましくない。ですから、今回そういう形でいろいろな経緯があり、解決されていけるような方向が出てきた状況にあるわけですから、この際きちっと関係省庁の大臣方ともお話しいただいて妥当な合理的な形で私は解決していただきたい。  もっと言わしていただくならば、解決するまで二年八カ月ですよ、建設省の方にお聞きしますと、本来、一般の家庭が水道料金を払わなかったらどれだけ水道をとめられるか、これはもう施設庁の方だっておわかりだと思う。下水道法によっても払わなかったらとめることができるのですよ。だけど米軍だから、私はとめろと何も言っているのじゃないのですよ、早く解決すべきだという観点から申し上げている。ところが、二年八カ月間も三億数千万円、これは県としても大変な状況の中でそういうお金の負担もしなければならなかった。こういうことも考えてみても、やっぱり施設庁あるいは外務省当局としても、もっと積極的に私は早急に解決してほしかったと思うし、それから内容的に検討してみても、やっぱり県民が申される、余りにも負担金が安くはないかという指摘もやっぱり納得できる点もあるので、こうした点は施設庁それから外務省の方もぜひそれぞれ御答弁をいただきたいし、もう時間がありませんから、再度この点についての大臣のいままでのやりとりをお聞きになった御所見と、それからその点についての今後各関係省庁とぜひ協議して善処方をお願いしたいという要望についての御意見を述べていただいて、私の質問を終わりたいと思います。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 沖繩開発庁の長官としての立場でこれは発言するわけでございます。ただいま御案内のように、沖繩県議会でこの問題が論議されている最中でございまして、地元の住民代表の方々の議論がどのようなことになって結論が出るか、私どもとしては慎重にその結果を見てまいりたいし、また一方、先生御指摘のような下水道の問題が円滑に米軍と県、地元市との間で話し合いがつくように今後とも努力をしてまいりたいと、このように考えております。

喜屋武眞榮第二院クラブ

○喜屋武眞榮君 歴史は十年を節にして大きく変わると、こう言われておりますが、沖繩が復帰してもう歴史的な十年を迎えるわけであります。ところで、沖繩問題に取り組む姿勢としてどうしても明暗二面があることをまず理解しなければいかぬと、こう思っております。その暗い面をできるだけ整理縮小していくことによって明るい面が大きくクローズアップする、そして本然の沖繩の姿がそこに生まれてくる、このように私は絶えず考えております。  そこで、先日、中山長官の所信表明をしていただいたわけですが、その所信表明を踏まえてまず第一にお聞きしたいことは、この復帰十年を迎えた沖繩の現状と、そして振興開発計画の成果、その二面からどのように評価していらっしゃるか、それをまずお聞きいたしたいと思います。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 復帰十年の間に政府並びに地元の方々の努力によって、道路、港湾、空港等の整備というものは一応順調に進んでおるというふうに理解をいたしております。ただ、私どもとしてまだ十分いっていないということを認識しておりますのは、小中高各学校におけるプールの設備が十分行き届いていない、あるいは屎尿処理の施設がうまくいっていない、こういう問題が現存しておるということは明確に認識をしておるわけでございます。  また一番問題は、やはり沖繩の持っている地理的な特性といいますか、産業がなかなか思うようにこの十年間で振興しなかったのではないか。先ほども御質問に対してお答え申し上げたのですが、公共投資に関しては約一兆円の国費が投下されました。それで道路とか港湾とかの整備が行われる、そういう中で建設業が比較的よく伸びておりますけれども、一次産業の農林水産業を見てみると、どうも補助対象のサトウキビの栽培とか、そういうものは一つの枠の中でどんどん振興しているといたしましても、パインの栽培の問題、そういう問題から、私どもとしては、これからの沖繩の農業というものがどうなのか。土質そのものの性状が一般の食物栽培に適していない土質である、この土地の土質の改良をどうするかということが非常に大きな問題だろうと私は思っております。一方、水産業では、養殖漁業が比較的うまく乗り出した、こういうことでございますし、また一方、石垣等においては牧畜を中心とした酪農というものがある程度軌道に乗り出してきた。  そういう中で問題は二次産業だと思うのです。三次産業は一時海洋博のときに観光客が非常にふえた、その後落ち込みましたが、現在では年間百八十万人の観光客が来ている。まあ一人十万円の金を使っている、こういうことで三次産業、サービス産業は伸びておる。しかし二次産業がどうしても育たないのですね。育ちにくいのです。  これはやはり、先ほどから申し上げておりますように、一次エネルギーと水の問題が最大の原因である、この問題の解決を見ずして二次産業を振興するということは物理的経済原則として条件がそろわない。これをどうするかということは実は沖繩開発庁でも一番頭の痛い問題でございまして、私どもとしては、この一次エネルギーの中での電気料金というものをどこまで抑えることができるかということが最大の問題だと私は思っております。  御案内のように、沖繩の電力事情というのは非産油国のモデル地域だと私は沖繩開発庁に対しては絶えず言っておるのですが、とにかく石油以外に電力をつくる原料がない。これの転換の方法というのは一体どこにあるのかということが沖繩開発庁の悩みでございます。水力発電をやるといいましても大した山がない、これが水力発電ができない。そうするといわゆる原子力発電はどうか。これはもう住民が原子力発電でやってくれとおっしゃっても、沖繩のいいわる需要電力というものが限界がございます。八十五万キロワットぐらいでございますから、ここで原子力発電所を二基据える必要が必ずあります。そうなると、三十万キロワットの原子力発電所を住民の同意のもとにつくってもこれは経済性が出てこない。だから、原子力発電所をつくることは、現在の技術では私は経済効果はないという決断を下しております。そうなってくると、残された方途というものは、火力発電の中でも石炭火力による発電にどう切りかえるかということ、しかも、いわゆるその時間をどう短縮するか、こういうことが一つの大きな宿題となって出てきておると申し上げて間違いない。  もう一つは、やっぱり水の問題でございまして、二次産業の製造業を発達させようと思えば、安い水を提供するということが条件でございますけれども、水が不足するというのが沖繩の一つの大きな問題点。だから私は就任以来申し上げておるのは、海水の淡水化をどうするかということでございます。これを石油を使わないで、いわゆる逆浸透圧を使った皮膜利用の海水淡水化を沖繩でどんどんと実施すべきだと、こういうことで、資源エネルギー庁にもお願いをして沖繩をモデル地域に実は指定をしていただいておるということは御案内のとおりでございまして、私どもとしては、第一次エネルギーの電力、しかも安いコストの電気を提供するということと、安い単価の水を製造することによって沖繩の二次産業は振興し得ると、こういうふうな考え方に立っております。  以上が第一次振計を終わる年に当たって、私が沖繩開発庁の長官としてこの一次振計の十年間を振り返ってみると、そこに問題があり、そこから第二次振計というものがおのずから新しい一つの政府に課せられた大きな宿題として出てぐるのじゃないか、このような認識に立っておるわけでございます。

喜屋武眞榮第二院クラブ

○喜屋武眞榮君 ありがとうございました。  では時間の制約がございますので具体的な問題に触れてまいりたいと思います。  地籍明確化の進捗状況はどうなっておりますか。これは基地内と基地の外、両面あるわけですから、関係者当局、開発庁、防衛施設庁、簡潔にお答え願いたいと思います。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 私どもの方で担当すべきものとしておる地域につきましてその進捗状況を御説明申し上げたいと思います。  私どもの方で指定しております面積二十九・〇九平方キロメートル、十九市町村にわたっておりますが、これにつきましては、昭和五十五年度までにその約七七・六%に相当いたします十九・四八平方キロメートルにつきまして明確化調査を終える見込みになっております。なお、残りの地域につきましては、昭和五十六年度にその明確化調査を終わる、こういう予定にいたしまして来年度の予算等を計上いたしてございます。

作原信一郎防衛施設庁施設部施設取得第一課長

○説明員(作原信一郎君) お答えいたします。  防衛施設庁が担当する位置境界不明地域、面積約百十七平方キロでございますが、所定のおおむね五カ年間ですべての土地の位置境界を明確化するよう努力しているところでありますが、次に、現在の進捗状況を御説明しますけれども、その進捗状況から見ましてほぼ達成できる見通しにございます。  そこで、昭和五十六年三月二十五日、きょう現在の進捗状況でございますが、まず、国土調査の成果と同一の成果があるものとして、すでに認証されておるものが九十四平方キロメートル、約八〇%でございます。それから国土調査の成果と同一の成果があるものとして認証を得るべく申請中、現在、国土庁で審査中でございますが、そういったものが十一平方キロメートルで約一〇%でございます。それから国土調査の成果として認証申請を準備中——現地の作業が全部終わりまして、現在準備中のものが〇・二平方キロ、約〇・一%でございます。それから調査をほぼ完了いたしまして、地図簿冊の閲覧を準備中のものが六平方キロ、約五%でございます。残る六平方キロ、約五%につきまして現地立会の拒否等で御協力をいただけなくて、国土調査法に基づく認証に至らない区域が生じておりますが、法の趣旨に従いまして積極的に調整を続けて五十六年度中に完了するという予定で進めておるところでございます。

喜屋武眞榮第二院クラブ

○喜屋武眞榮君 いま報告がありましたが、その未確認の問題につきましてはどのように解決していかれる対策を持っておられますか。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 先ほど簡単に御説明を申し上げましたが、私どもで調査を実施いたしました地域のうち五十四年度末までの状況で申し上げますと、約三%の地域につきまして関係者からの合意が得られないいわゆる未合意地域が生じております。私どもといたしましては、法の趣旨に沿いまして勧告制度を活用する等、関係者の合意を得るべく今後とも引き続いてその間の努力をいたしてまいりたいと、このように考えておるところであります。

作原信一郎防衛施設庁施設部施設取得第一課長

○説明員(作原信一郎君) 私どもの担当する部分につきましても先ほど御説明をいたしました約六平方キロにつきまして協議が調わない部分がございますが、いろいろな理由がございまして、現在、協議が調っていないわけでございますが、明確化法の趣旨を十分説明をいたしまして、積極的に調整を図って解決をいたしてまいりたいというふうな考えでございます。

喜屋武眞榮第二院クラブ

○喜屋武眞榮君 いまの報告によりましても非常にむずかしい問題が残っておるわけですが、それはきょうは抜きにしまして、沖繩全体の立場からこの地籍確認の問題のつぼどころといいますか、これの象徴的なのは与那原町の地籍の明確をどうとらえ、どう解決していくか、これがもう沖繩のつぼどころだと私は思っておりますので、その与那原町の地籍の確認状況はどうなっておりますか。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 与那原町の明確化事業の進捗状況についてのお尋ねでございますが、与那原町につきましては、調査の能率的な推進を図るために全域を九十一ブロックに分けて調査を行っております。現在までのところそのうち八十二ブロックについての合意が得られておりまして、残りの九ブロックについても目下精力的に関係地主の合意が得られるよう努力を続けておる、こういう状況にございます。

喜屋武眞榮第二院クラブ

○喜屋武眞榮君 これをこれからどのように解決の方向に進めていかれるというのですか。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) この関係者の合意ということは利害が絡む問題でございましてなかなかにむずかしい問題でございます。私どもといたしましては、明確化調査と並行いたしまして占有界調査、現在どういう範囲で占有をしておるかと、この占有界の調査を行いまして、その結果とそれから明確化調査との結果を突き合わせまして——失礼いたしました。  その与那原町の問題で本質的に大きな問題といたしましては、本来的に所有する地域とそれから各人が占有する地域とこれがほぼ全面的にずれておる、非常に細かくまた錯綜をしておるということがあるわけでございまして、この明確化後におきますそれら関係者間の権利の調整を図るための資料といたしまして各権利者ごとに権利調整表を作成しておるところでございます。最近この権利調整表ができ上がりまして、私ども地元にこれをお渡ししまして、この権利調整表をもとにいたしまして関係者間緊密に連携しながら実態に即した権利関係の調整が図られることを期待しておるわけでございまして、これが翻って関係地主間の合意を得る一つのポイントになればという期待をかけておるところでございます。

喜屋武眞榮第二院クラブ

○喜屋武眞榮君 いまお聞きしますと、私の率直な感じは非常に安易に受けとめておられると思うのですよ。と言いますのは、私がつぼどころ、つぼどころと先ほどから強調しましたのは、ほかの地域における明確化はまだはっきりしない境界線を明確にさせるための作業ですよ。与那原町はもうほとんど明確化されておりますよ、地籍は。明確化されておる。そのあとの問題をどう処理するかということに問題がある。ということは、問題点、焦点はもうしぼられておりますよ、このように。明確になっておるのです。なっておりますけれども、Aの地主とBの地主がいま住まっておるところは別々のところにおるんですよ、別々のところに。それを自分の土地のところへ行けと言った場合には、もう混乱、混迷、総崩れするんですよ。だから、明確になったそれぞれの現状を踏まえて、もう三十六年も定着しておりますからね、それをどう解決していくか、だれがこれを責任を持って解決するかというところに重大な問題があるのですよ。いわゆる集団和解方式でやれるところまではやってきたんですよ、やれるところまで。これからの解決の結局問題点は、現状を踏まえるという大前提を持たぬといかぬです。現状をもう肯定する。そうでないと、地主が、いや私の土地はここだからここに帰るんだと、こうしたら、もう一角が崩れたら総崩れになっていくんですよ。ですから、それを踏まえてどう解決していくかというところに与那原町の問題がある。ほかの地籍問題は、山とか畑とか住民が定着していない場所における境界だから、比較的集団和解方式でも容易にいく。ところが、与那原は三十六年も町を形成して、いま定着している場所は自分の土地でない——土地である者もおりますか、ない者もおる。それを自分のところへ行けと言った場合には、これはもう総混乱を起こすわけなんです。  そこで問題は、これは要望も兼ねるのですが、第一点は、ほとんど地籍明確化されたその後の混乱にどう対処していくか、まずこの点をはっきりしてもらわなければいけない。そこで、地籍明確化法ではもう任務はほとんど終わっておるんですよ。その後の処理をどうするかというところに問題があるんですからね。長官、これを処理していかれるのには、どうしてもこの地籍明確化法の立法の趣旨ですね、ちゃんとこの「目的」にうたわれておりますね、この趣旨をもう一度再確認、検討していただいて、今度はそれを解決していくところの一つの羅針盤をつくってもらわなければ断じてもう解決できない、こういうことを私強く進言いたしたいのです。そうでないと堂々めぐりですよ。  そこで、町民にも町長にも、その地主の組織もできております、私全部会いました。そうすると彼らの恐れておるのは、これを解決する責任は最終的には国にあるわけですがね、ところが、ある一人の地主がもし最後まで不服であった場合にどうするかということになる。これは裁判しか争う道はないわけですね。ところが、一人がもし裁判ざたになった場合には、もう総崩れする。それを非常に恐れておるのですよ。それを納得させるためには、まず政府が買い上げて道路関係の補助すべき資金を早く支給せよ、そうでないとお互いの交換、それから売買、そういう作業ができないのですよ。だから政府が買い上げるべきところは早く買い上げて金を支給してもらいたい。  それから第二点は金融公庫の借り入れの便宜を図っていただきたい、これが具体的な解決策だと地主たちも言っておるし、私もそう確認してきたんです。それをなさらずに、集団和解方式で何とかやれ何とかやれと言われたって、もう限度に来ておりますよ。そして、国の責任の件で、与那原町はその権利調整のために三百万円を町自体が支出しておりますよ。これは当然国が補償すべき金ですよ。町自体も三百万円独自に権利調整のために出しておるんですよ。それはおわかりですか。こういった問題をまめに取り上げて解決していただく中から、これが完全解決の方法になるのです。そのことを私は強く指摘いたしたいと思いますが、私の進言に対してひとつ答えてください、長官、これは大事なことですから。

中山太郎自由民主党総理府総務長官・沖縄開発庁長官

○国務大臣(中山太郎君) 大変貴重な御意見として十分勉強さしていただきたいと思います。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 先ほど先生御指摘のように、確かに関係権利者の権利関係が大変に錯綜している、先生御指摘のように、本来の所有者が本来の所有地を占有しているのではなくて、ほかの人の土地を占有している、また自分の土地はまたほかの者に占有されておるといったような非常に複雑な絡みがございまして、この辺が一つ合意に達する障害になっておるという私ども同様の認識に立ちまして、先ほど申し上げました権利調整表、これは権利者個々人につきまして自分の本来の土地がだれとだれに占有されておるか、また自分がほかの人のどのくらいの土地をどのくらい占有してしまっておるかというようなことを関係地主一人一人につきまして整理した表をいま地元の方にお渡しをしておるところでございます。非常に錯綜した関係にございますので、やはり地元において関係者の間で十分な強い連携が保たれることが必要なのではなかろうか、そういったことで私ども現地の総合事務局、それから県の土地調査事務局、それから与那原町の関係者の方々ともいろいろ現在協議をいたしておるところでございます。  それから、先生先ほど御指摘の市町村道のつぶれ地の買い上げ等の問題につきましては、現行町道等の見直しによりまして極力補助対策をふやす、地方の負担を軽減するというような方向で考えてやってきておるところでございまして、また金融公庫からの融資につきましても融資の道を現在開いておるところでございます。そういう点私どもとしても今後努力いたしたいと思いますが、いま言った基本になりますところの非常に権利関係の錯綜しているところをどう関係者間で調整をしていくかということが大変むずかしい問題ではなかろうか、その辺には今後とも私ども大いに努力もいたしたい、このように考えているところでございます。

喜屋武眞榮第二院クラブ

○喜屋武眞榮君 具体的にお聞きしますが、先ほどの、与那原町が権利確認のために三百万円支出していることは御存じですか。御存じでしたら、それに対する対策は講じておられますか。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) 具体的な金額は承知いたしておりませんけれども、町の方におきましてもこの明確化調査の関係におきまして町費を、町の予算として若干組みまして御協力をいただいておるということを私ども承知をいたしております。

喜屋武眞榮第二院クラブ

○喜屋武眞榮君 時間のようですので、ほかにもお尋ねしたいことがありますし、また、先ほどの御回答の中でも、私、疑問を持っておる点がありますが、これは次に譲ります。  いまの問題の締めくくりといたしまして、政府当局は結局最終的な責任は国にあるということを十分理解していただかぬと、集団和解方式で、げたを預けたかっこうで、金は出すから何とかやれと、こういう形では、ここまできて解決できないということははっきりいたしておるということを私はここで改めて申し上げたいのです。ですから、国が自治体の問題を自分たちの問題として受けとめてくださることによって具体的な裏づけの方法も出てまいりますので、げたを預けた、そのげたはすり減らしてもう使い物にならぬ、このように理解願わぬとこの与那原町の地籍問題は、これはもう沖繩における特殊なケースですから、しかもこれが解ければあとの問題は私は間違いなく解けてくると、こう思っているのです。しかも、これはもう緊急な問題なんです。時をかすわけにはいかない早急な問題なんですよ。  たとえば、ここに図示してありますが、この一人の、いま現在おるU氏は、この東側、北側、南側、三カ所の地域にまたがって境界を占めておるんですよ。そうすると、自分の土地を、いまおるところを確保するためにはこちら側からも買い取らなければいけない、こちら側からも買い取らなければいけない、南側からも買い取らなければいけない、そういう複雑な状態にあるという、これは一例でありますが、ですからこれは簡単なものじゃない。そこをひとつ国の責任と悩みにおいて受けとめていただくことによって、出すべき金は早く出していただく、それから融資すべきものを早く融資していただく。こういうことを早急に手を打ってもらわぬというとこの問題はこじれてきますよ。そのことを私は強く申し上げまして、長官、もう一遍ひとつ決意を……。それで終わります。

美野輪俊三沖繩開発庁総務局長

○政府委員(美野輪俊三君) この問題地籍法の精神に従いまして、私どもとして可能な限りの努力をいたしていきたいというふうに考えておるところでございます。また、いわゆる個人の所有権にも絡む問題でございますので、関係者の皆さん方の御協力もできるだけ得られるように私どもも十分の努力をしてまいりたいと、このように考えております。

上田稔自由民主党・自由国民会議

○委員長(上田稔君) 本調査に対する本日の質疑はこの程度にとどめます。  本日はこれにて散会いたします。    午後四時四十三分散会      —————・—————

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