文教委員会 第7号
- 発言数
- 123 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1981/03/27
会議録
○三ツ林委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。和田耕作君。
○和田(耕)委員 きょうは選抜野球大会の初めでございまして、まず大臣の投球状況から聞かなければならぬと思っておりますけれども、テレビで拝見すると余り調子はよくなかったようでございますが、若い人たちの激励のためにはきわめて遺憾なことだと考えております。 きょう、大学院の問題について御質問をいたしたいと思います。 昭和五十三年八月に、大学院問題懇談会というのが設置されまして、いろいろ問題をいっぱい抱えておる大学院の制度並びにその運用の状態についていろいろと検討した文書がございます。これは、いろいろと提案をなさっておられるのですが、ここに提案をされた問題あるいは指摘をされた幾つかの問題に対して、その後、文部省はどのような処置をとったのか、そのことからお伺いをしたいと思います。
○宮地政府委員 五十三年八月の大学院問題懇談会の報告でございますが、たとえば博士課程につきましては、国公私立大学を通じまして、わが国の学術研究水準の維持向上でありますとか、博士課程修了者の進路とか、大学院制度の活用等に留意しながら慎重な対処をすることが必要であるということが述べられております。また第二点といたしましては、国立大学における博士課程の新設、拡充については、十分慎重に前進的に対処するというようなことが言われているわけでございます。 こういう示唆を受けまして、私どもとしては、学術研究水準の維持向上という観点でございますとか、あるいは修了者の進路というものも十分考えまして、全般的に慎重な対応をいたしてきておるわけでございます。今後も基本的には、こういう方向に即して対応すべきものと考えておりますけれども、たとえば新しい大学院についての調査研究というようなことも進めておりますし、先般も御質疑があったわけでございますが、いわゆる連合大学院構想につきましても、具体的な準備ということには取りかかっているわけでございます。なお、たとえば連合大学院問題については、具体的にはまだいろいろ検討すべき問題点もあるということを御説明申し上げたわけでございます。いずれにいたしましても、博士課程につきましては、全体的に慎重な、かつ前進的な対応ということで対処をいたしているところでございます。
○和田(耕)委員 この懇談会の報告でもいろいろ問題を指摘しておりますけれども、相当多くの大学が大学院を設置して、修士課程、博士課程を設置しておるようですけれども、大学によってあるいは科目によって大変ばらばらなようですね。うまく運営しているところもあれば、中ぐらいのところもあれば、ほとんど形式的で内容のないようなものもあるようですけれども、まず、この問題について文部省は今後どういうふうに処置をしようとしておられるのか、いかがですか。
○宮地政府委員 御指摘のように、博士課程の問題につきましては、大学によって大変態様が異なるわけでございます。私どもとしては、大学院の問題、特に博士課程の問題につきましては、問題意識といたしましては、いま言われておりますいわゆるオーバードクターの問題があるわげでございますが、それにつきましても、比率から申しますと、たとえば理学部でございますとか農学部あたりが、大変オーバードクターの問題でいろいろと問題点を抱えている課題がございます。そういうようなオーバードクターの問題を念頭に置きながら、これからのわが国の研究者養成ということにどのように取り組んでいくのか、そこらに非常に基本的な問題点があるわけでございます。 学術審議会にもお諮りいたしまして、それらの点も御検討をいただいておるわけでございますけれども、大学院のあり方そのものにつきましても、やはり非常に狭い専門分野ということだけの問題ではなくて、社会的な要請に十分こたえられるような大学院というもののあり方に対応する必要もある、かように考えております。 また基本的には、わが国の学術水準なり研究能力の向上という観点から、研究者養成というものが相対的に、需要と供給との関係と申しますか、どのような枠なりレベルで対応すべきか、そういうような基本的なところで、なお私どもとしても、今後、この提案を受けまして、いろいろと具体的な検討を進めてまいらなければならない課題である、かように心得ておるところでございます。
○和田(耕)委員 まあオーバードクターの問題は後で質問しますけれども、現在、国公立あるいは私立の大学院の状況を見ましても、たとえば定員という面から見ても、修士課程では約七〇%、博士課程では約四五%しか入学をしていない。つまり、四五%というのは、博士課程の場合は定員の半分に満たない状態がある。これは国公立の平均でありますけれども、これで見ると、ほとんど役に立っていない大学院というものが相当あると思うのです。 戦後もう数十年たっていますから、こういう問題については、一度再検討をしてみるということが必要じゃないでしょうか。何かの刺激を与えないと、大学というのは、そうでなくても少し悠々として腰を抜かすというようなところがありますので、何かこういう問題についていい意味の刺激を与えるということが必要じゃないでしょうか、いかがでしょうか。
○宮地政府委員 御指摘のように、大学院そのものにつきましても、いろいろ問題点があることは、私どもも、承知をいたしているところでございます。特に、実際の定員の充足状況と申しますか、必ずしも実態と入学定員とが合致していないというような点も、ただいま御指摘があったわけでございますが、現実に学部を卒業しまして、大学院に進学する者が、研究に向かう者といいますか、本来の機能を果たすための者が進学しているかどうかというようなことも問題点としてはございますし、たとえば人文系で申しますと、大学院ではなくて、学部からそのまま研究者に入っていく場合もございますし、その実態が必ずしも一律的には御説明できないような、実態に応じて非常に千差万別と申しますか、そういうのが現状でございます。 私ども、たとえば大学院の博士課程が入学定員の半分以下であるというような現状ではございますが、一面、博士課程そのものといたしましては、基本的には研究者養成であり、大学の研究者自身の向上のためにも大学院が望まれるわけでございまして、御指摘のようないろいろ問題点を踏まえながら、確かに、大学の研究者が既存の組織に単に安住をするというようなことのないように、十分そこに刺激を与えて、積極的な意欲を持って取り組むように対応することは必要なことだと考えております。そういうための施策もいろいろ具体的に講じなければならぬところであろうかと思います。私どもとしては、大学院の問題についても、今後積極的な姿勢で対応してまいりたい、かように考えております。
○和田(耕)委員 そういう意味もありまして、たとえば独立大学院とか連合大学院とかの構想もあるようですけれども、こういういろいろ考えてみて非常に有益であると思われるような制度を、少し積極的な姿勢で、これを設置する方向で検討してみたらどうでしょうか。そういうことで、この有名無実になっている大学院というものに対して、少しいい刺激なり、そして改善をする意欲を与えるということが大事だと思います。 そういう点で、少し文部省は出足が遅過ぎやしませんか、これは全般の問題だと思いますけれども。教育の問題ですから、ゆっくり検討しなければならない点もありますけれども、起こっておる問題に対して、もっと対応を素早くしていくという気持ちが必要じゃないか。特にこの大学院の制度等を見ますと、そういう感を深くするわけですが、大臣、いかがでしょう。
○田中(龍)国務大臣 まず最初に、本日は午前中いろいろ皆さま方の御協力、ありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 いまの大学院の問題でございますが、和田委員の仰せのように、この大学院の問題は、いろいろと議論のあるところでございます。ことにオーバードクターの問題等になりますと、いろいろ博士課程のあり方の問題でありますとか、大学等における狭い意味での研究者の養成ということばかりではなく、企業等も含めた広く社会の各方面に進出し得るような人材の養成でありますとか、いろいろの観点からなかなかむずかしい問題もございまして、適切な進路指導を促進すること等の必要もまた他面にはあるわけであります。今後ともに、この観点から和田委員のおっしゃるようなことは真剣によく見直していくと申しますか、オーバードクターの問題なんかも踏まえまして、十分研究してまいらなければならぬ、かように考えております。
○和田(耕)委員 オーバードクターの問題について二、三御質問をしたいのですけれども、オーバードクターというのは、どういう状態の人のことを言うのですか。
○宮地政府委員 いわゆるオーバードクターの問題、どういう者を指すのかというお尋ねでございますが、私どもといたしましては、たとえば具体的な数字で申し上げますと、昭和五十五年十二月現在で博士課程を修了いたしまして博士の学位を取得した者、または所定の修業年限以上在学して必要な単位を修得したが、学位の修得には至らずに退学した者であって、定職につかずに大学院の研究室等において研究を継続している者、その両者を合わせまして、人数から申しますと五百三十五人と九百十五人、合わせて千四百五十人というような形で把握をいたしておるわけでございます。なお、この数字は、ここ数年来ほぼ横ばいの状態で推移をいたしております。 先ほども申し上げたわけでございますが、理学系、工学系、そして比率から申しますと農学の系統が比較的多い数になっております。こういうオーバードクターというものはどういうものを指すか、なかなかむずかしい点でもございますが、私どもとしては、比較的こういう厳格と申しますか数で、ただいま申し上げたような数字をオーバードクターの数ということで把握をいたしているところでございます。
○和田(耕)委員 このいただいた資料によりますと、オーバードクターと言われる人が五十五年の数字が千四百五十人、昨年が千四百四十四人、一昨年が千四百四十二人、大体同じような数字が毎年毎年たまってきておるという感じなのですが、これは内容的にはかなり動きがあると思うのですけれども、そこらあたりの問題はどういう状況なのでしょう。
○宮地政府委員 御指摘のとおり、この近年、御指摘のような数字でほぼ推移をしているわけでございまして、これは結局オーバードクターということでいる千四百五十人前後の方々の中で、それぞれその一年間に定職について、このオーバードクターの数からは離れる方々が片やいるわけでございますし、また片や、新たにその前年度に課程を修了し、または退学してこのオーバードクターの数に入ってくるという方がいるわけでございます。おおよそその数が、私どもとしては、約六百人前後という数と把握しているところでございます。
○和田(耕)委員 そうしますと、千四百五十人前後から六百人ということになりますと、約七、八百人の人が博士を取り、あるいは所定の期限を終えたという人の中で、遊んでおるというよりは、まあ遊んでおる人もおるだろうし、あるいは不本意なたとえばアルバイトのような仕事をして暮らしているという人、つまり恐らく半数の人たちがそういうふうなことになると予想することはできますか。
○宮地政府委員 私ども、その生活実態については、必ずしも正確に把握をいたしていないわけでございます。したがって、どういう状況であるか、明確に御説明はできないわけでございますが、研究員というような形で学内にとどまっている方々もいるかと思います。あるいはまた自分に適切な就職の機会が来ることを待っている者でございますとか、あるいは学位論文の準備をしていることなどいろいろなことが考えられるわけでございますが、必ずしもそういう方々の生活の実態を把握しているものではございません。
○和田(耕)委員 この懇談会の報告にもいろいろ分析をしておるようでございますけれども、この問題は、もう少し立ち入って実態を御調査なさったらいかがかと思いますね。そうでないと、実際私は、この三年間に三人のオーバードクターの人の就職の世話をしたのですが、原子力関係の人が二人とその他の人が一人なのですが、この人たちの就職というのはなかなかむずかしいのです。普通大学の学部を卒業している人が大部分なのですが、学部の卒業よりも五年も勉強した人がなかなか就職できない。つまり、長く勉強すればするほど就職ができないという、ある意味で制度の犠牲者なんですね。そういう人がおるのです。あるいはそうでなくて、大学の先生に残ろうとかいう気持ちでおったけれども、なかなか大学でそういうチャンスがない、あるいは学校の先生になろうと思ってやっておったけれども、なかなか学校の先生にはなれない、そういう人もおりますが、そういう人を含めて、こういう優秀な人たちが、しかも相当国としても大きな経費をかけて学習をしてきた人たちが、約千人に達するような人が余り長くこういう状態でぶらぶらするということは、これは一つの制度の犠牲者というふうにも見られないことはないわけです。 そういうことをもっと真剣にお考えになって、この実情についてもっと正確にお調べになる必要があると私は思います。たとえば文部省は、オーバードクターの問題があるから、新しい大学院の申請に対しては一応抑えてきているという報告もありますけれども、抑えるはいいのですが、もっとこれに対して積極的な政策をとる時期に来ておりはしないか、そういう感じがしてならないのでございます。 この問題、また、たとえば各有力な会社は皆学部を卒業した人たちを採用して、自分の力で自分の企業に適当なような技術者を養成するという制度が非常に発達をしている。つまりドクターコースで勉強しようとして学校に残って先生になろうという以外の人の就職先は非常に狭められてきている、こういうこともあるわけですね。だから、こういう傾向は、各大学、各企業の経営の内容が充実してくればくるほど、そういう面が拡大してくる。 そういうことですから、大学院を設置する場合の目的なり、あるいは学修の内容なり、いま博士コースのところは、特に個人の先生の好みによった指導によって、つまり手工業的な教育をやっておるので、社会のいろいろな需要に適せないようなおかしな学者ができてくるということもあるわけです。そういうふうなことでは、大変不幸な人たちをつくるわけですから、そういう目から、オーバードクターの存在ということだけからでも、この大学院制度の改革というものを真剣に考えてみる時期に来ているのじゃないか、そういうように思えてならないのです。いかがでしょう。
○宮地政府委員 確かに先生御指摘のように、いろいろとこの問題については取り組まなければならない課題があろうか、かように考えております。さきの大学院問題懇談会等でも議論をしていただいてきたところでございますが、基本的には、やはり人材養成のあり方そのもののところを真剣に検討をしてみることが必要ではなかろうか、そういう意味合いもございまして、学術審議会におきましても、その人材養成の問題の実態把握ということも必要なことであろうかと思います。御指摘の点を踏まえまして、私どもとしても、十分対応を考えてまいりたい、かように考えます。
○和田(耕)委員 それから、そのことと関連しまして、先ほどもちょっと触れました独立の大学院、これは非常にすぐれた構想だと私も思うのですけれども、こういう独立大学院の制度をとりあえず発足させてみたらどうかという感じがするのです、規模は小さくして。いずれにしましても、これは私の希望でありますけれども、大学院の制度、戦後もう三十年ぐらいにはなると思うのですが、いろいろの問題が出てきておるし、いろいろの問題の所在も明らかになってきている、もうそろそろ文部省としてこれに対して対策を考えるという立場でこの制度を急いで検討してみる必要があると思いますけれども、ひとつぜひともこれをお願いしたいと思います。 それから、最後になりましたが、一言、これは私の希望でございますけれども、昨年、国際人権規約というのに日本政府も批准をいたしまして、今度は難民条約というのも批准をいたします。これでもって在日外国人、特に永住を希望しておる、また現に永住をしておる外国人が日本人と余り区別されない状態で生活できるというのが、この二つの国際条約の趣旨だと思うのですけれども、この問題について、文教分野におきましても、ぜひとも検討してみる時期に来ているという感じがいたします。特に大学の教授という立場の人には、教授会等による人事の決定等の問題があるので、いろいろ問題があるかとも思います。また、義務教育の場合でも、いろいろ問題があると思いますけれども、とりあえず大学の中の助教授以下の人たちには、たとえば在日の韓国人、これは永住権を持った人なんですが、無論韓国だけではなくて台湾の人もそうです、そういう人たちにもそういう道を開いていくということを考える必要がありはしないか。そういう人たちは非常に先生の仕事を希望しておるのです。 というのが、たとえば韓国人の例をとりましても、日本におる韓国人のほとんど九〇%以上、九五%の子供たちは、日本の学校に行って、小学校から中学校、高等学校、大学の方へと行っている。しかも、日本の人は際限なしにいろいろな職につける、公務員にもなれるのですけれども、この韓国人は、事実上それは制限をしている。今度これは、厚生省の国民年金の問題は、私どもももう数年前からこの問題を提起して、ようやく国民年金は加入できるようになった。児童手当の問題も加入できるようになった。それから公設のいろいろな公共住宅等にも入れるようになった。この一年、二年のうちに非常に大きなそういう変化が起こっておりますけれども、学校の先生あるいは教職員の場でも、そういう人たちをもっと自由に雇えるような状態をつくっていく必要があると思うのです。 せんだって、例の八王子で起こった暴走族の問題がありますけれども、あれを調べた結果をこの間聞いて驚いたのですけれども、あの暴走族の幹部級には在日韓国人の子弟が多いと言うのです。私ははっとしました。というのが、とにかく高校を出ても中学校を出ても、行くところ、仕事をする場所がないわけですよ。一般の水商売とかいろいろなそういう商売以外はですね。そういうところに、つまり、そういうような非行に移るような人たちが出てくる。これは私はよく考えなければならぬ問題じゃないかと思っております。また、校内暴力の問題なんかでも、あるいはそういうふうな感じの人がありはしないかという感じがいたします。これはまさしく政治の問題でもあるわけです。 したがって、いろいろ問題はあっても、この問題について、前向きに、ひとつぜひとも検討をしてみたいと思います。日本は国際的な国家ですから、また、いまの国際人権規約も批准をし、難民条約も批准をするという段階ですから、他のいろいろな制度も急速にそういう方向に制度がえをしている段階ですから、公務員、特に教育関係の公務員に採用できるような道をぜひとも真剣に考えていただきたいと思います。 一言、大臣の感想だけで結構ですからいただきまして、私の質問を終わりたいと思います。
○田中(龍)国務大臣 和田委員のおっしゃるように、就任以来、特に私は、開かれた大学と申しますか、特に国際的な視野に立っての大学のあり方ということを、学術の振興その他とあわせまして痛感いたしておるのでありますが、いまお話のような、従来からの国立大学における外国人教師あるいは講師制度の充実という問題でも、やはりいろいろと人事院規則その他の制約があるやに聞いておりますので、そういう問題も解決しなければならぬ、あるいはまた外国人を国公立の大学の教員に任用するという道をやはり開かなければいかぬ、こういう問題とか、あるいは国家公務員制度に関するいろいろの制約もあるように聞いておりますが、こういうふうな採用についても、やはり非常に閉鎖的な姿であってはならない、できるだけひとつ海外からもりっぱな学者なり優秀なプロフェッサーを導入しなければならないし、同時に、また日本の学究の方々も大いに海外に出て、海外の研究所とかあるいはまたいろいろな大学の方にも行って勉強する機会を得なければならぬ、こういうふうな開かれた姿、特に国際的に広い視野を持ったあり方に向かっていかなければならぬ、かような気持ちを持って文教政策を進めておる次第でございます。
○和田(耕)委員 終わります。
○三ツ林委員長 栗田翠君。
○栗田委員 初めに私は、鳴門教育大学の問題で質問いたします。 一昨日二十五日に山原議員が、現職教員の大学院入学の問題をめぐりまして、愛知教育大学の例を挙げて文部省の見解をいただくことになっておりましたが、その後どうなりましたか、お答えいただきたいと思います。
○三角政府委員 御指摘のことにつきましては、早速、愛知県の教育委員会と連絡をとりまして、関係者が文部省の方に来ていただくようにお願いをしておるわけでございますが、先方の都合もございまして、しばらく猶予を願いたい、こういうことでございます。 私どもとしては、なるべく早く御報告をしたいと思っておりますが、なおしばらく時間をいただきたいというふうに存じております。
○栗田委員 それでは、愛知教育大学の実情については、まだ御調査の途上だということはわかりましたけれども、私たち主張しておりますのは、五十三年の上越・兵庫の問題をめぐっても突っ込んだ論議がされているわけですけれども、派遣される現職教員の数はそれほど多いものではないということ、それから試験時期は八月から九月で、その後の人事異動のための時間は十分にあるということ、それから受験し勉強する意思のある人というのは非常に熱意を持った人だということ、そういうことで、あえて事前に教育委員会による事前規制になるような同意を与える必要はなく、事務的な同意であるべきだということが以前からの主張でございますけれども、そのことをめぐりまして文部省がどうお考えになっているかということを、本当はもっと突っ込んで伺いたいと思うわけでございます。 それで、一つ例を出して伺いたいと思いますが、国立大学の付属学校におきます小中学校の現職教員の内地研修実施要項というのがございますけれども、国立大学付属学校で現職教員が内地研修をする場合、候補者として推薦される条件はどういう条件でしょうか。
○宮地政府委員 お尋ねの点は、ただいま手元に資料を持ち合わせておりません。
○栗田委員 こちらで申し上げますが、これを見ますと「派遣大学の長は、別に定める附属学校内地研修員調書二通及び大学院の入学の許可を証明する書類の写一通を添えて大学局長に附属学校内地研修員の候補者を推薦するものとする。」というふうになっていますね。ですから、国立大学の付属小中学校などがありますが、そこで推薦されるときには、大学院の入学の許可を証明する書類の写し一通というのが条件になっているわけで、これは言ってみれば、試験を受けて入学の許可がされて、そして、その許可を前提として推薦するということになっていると思うのです。 そうしますと、先日来問題になっている教育大学・大学院への現職教員の入学の問題にしましても、同じような考え方で扱うべきだと思うのです。ですから、入試をする場合に厳しい選別をするのではなく、入学するかどうかという許可については、大学側が入学者選考を自主的に行って、その上に立って考えていくという考え方、これは付属学校の場合にはとられているのではないかと思いますが、いかがですか。
○宮地政府委員 先ほども申しましたように、手元に資料を持ち合わせておりませんので、明確なお答えにならない点もあるかと思いますが、付属学校の内地研修員ということでございますと、期間やその他の点がどうなるのか、必ずしも大学院へ入る場合というぐあいには、私、そこの点がよくわからないわけでございますが、前国会でも御議論がございました大学院応募に当たっての事前の同意の考え方については、手続的には大学としては、入学事務処理上、あらかじめ現職のまま入学することについて、市町村教育委員会等の同意があるということを確認しておくことが必要であるという立場で事前の同意をお願いしておるわけでございます。考え方としては、前国会から御説明申し上げておる考え方に変わりはないわけでございます。
○栗田委員 それでは、この問題については、引き続いての同僚議員の御質問もあるということでございますし、この辺にしておきます。 それでは、次の質問ですが、鳴門教育大学は、学部の課程でなぜ初等教育課程だけにしぼられているのですか。
○宮地政府委員 鳴門教育大学の場合もそうでございますが、これは兵庫・上越の場合も同じような考え方で対応しているわけでございますけれども、私から申し上げるまでもなく、初等教育というのは、学校教育の一番基礎になる重要なものであるわけでございまして、児童等の成長と発達についての総合的な理解の上に立って、原則としては全教科、領域にわたる十分な指導能力が要請され、また最近では、小学校と幼稚園の双方にわたる広い視点も必要であるというようなことから、初等教育教員の養成については、特に工夫改善を図っていかなければならぬというようなことがあるわけでございます。 そこで、先ほども申し上げましたように、上越 兵庫の両大学と同様に、鳴門教育大学においても、初等教育教員の養成課程を置き、初等教育教員養成の工夫改善と充実を図るというような考え方をとっているわけでございます。 なお、学部の教育課程の特色というようなものを若干申し上げますれば、従来の一般教育科目、専門教育科目とを、総合的な志向と専門的な志向と両方が調和するような形で編成をしていくというようなこと。第二点としては、幼稚園と小学校の教育の連続性について特に配慮をする。第三点としては、教育実習を含みます実地教育との関連を特に十分に配慮し、有機的、統合的に教育課程を編成する。第四点としては、総合的な科目については、大学院の要領に準じて開設するというようなこと。さらに、教育実習については、全体的、体系的な計画に基づいて期間、内容ともに一層充実した実施をするように配慮をするとか、あるいはまた音楽、美術、体育などの実技能力については、実技教育研究指導センターというようなものを活用いたしまして、自発学習によって習得させるとか、たとえば、ただいま創設準備室で検討いたしております方向としては、学部の教育課程等についての特色を申し上げれば、以上のような点になろうかと思います。
○栗田委員 重要なもので、十分な指導能力が要求されるから、初等教育を学部の課程にしぼったとおっしゃっておりますが、ちょっと伺いますが、そうしますと、総合大学の教育学部では初等教育は十分にできないというお考えですか。
○宮地政府委員 それはもちろん、既設の教育学部におきましても、それぞれ初等教育教員、特に小学校教員の養成のあり方については工夫改善が必要であることはもとよりでございまして、私どもとしては、この兵庫・上越・鳴門、今度鳴門を御提案申し上げておるわけでございますが、この三つの新しい教育大学におきまして、先ほど御説明しましたような工夫改善というような対応が行われますれば、そのことが、ひいてはまた既存の教員養成大学学部等にもいい影響が期待できるということもあるわけでございまして、もちろん、既存の教員養成大学学部の小学校教員養成課程においても、そういう工夫改善ということが必要なことは当然のことでございます。
○栗田委員 まだはっきりわかりませんけれども、たとえば具体的な例で伺いますと、徳島大学には教育学部があって、そこでは初等教育の課程もあったわけですが、今度鳴門教育大学ができるについては、徳島大学の教育学部の中で初等教育の課程というのは廃止して、鳴門教育大学の方に任せるという形になっているわけでございますね。 それで、徳島大学との関係で伺いますけれども、去年の五月十五日に徳島大学の学部将来構想検討委員会が学部将来構想を出しております。これを見ましても、今度の鳴門教育大学ができることによって徳島大学の改組が要求されてきて、大変な苦悩を味わったということがわかるわけです。中を見ますと、初め鳴門設置について、徳島大学教育学部を母体として行うという方針が出されて、そして教育学部の教授会では、分離移行はできないということが決定されて、評議会も承認をしていた。ところが、文部省が徳島大学教育学部の中に鳴門の準備室を置くようにということを言ってこられて、これはその分離につながるものではないということで置いた。ところが、結局は分離をしなければならないことになって、その将来構想を見ますと、こんなことが書かれております。「なお、委員会は学部改組に当っては、徳島大学長及び文部省当局者が、本学部の苦悩に満ちた改組に至る過去の重い経過を尊重して、改組を円滑に進めるため、あらゆる点にわたって、格別の配慮を払い援助する意向があるものと認めた。」というふうに書かれております。 そういう意味では、いま非常に重要だから鳴門に初等教育課程を置いたのだとおっしゃっておりますが、そのことの関連で、徳島大学にいままであった初等教育課程というのは鳴門の方に移されて、徳島大学に置かれないことになって、大変な苦悩を味わって改組に踏み切ったというわけですね。 こういう経過を考えてみまして、重要だからそうするのだということだけなのだろうかどうかという点を一つ伺いたい。 それからもう一つは、時間がありませんので、まとめて伺いますけれども、将来構想を徳島大学が出しておりますが、文部省は、これについてはもう返事をされていらっしゃるのでしょうか。徳島大学の将来構想の中身をどうお考えになっていらっしゃるでしょうか。この二点について伺いたいと思います。
○宮地政府委員 徳島大学教育学部とこの鳴門の教育大学の創設に当たりまして調整が必要だということは、当初から関係者の間でも認識をされておりましたし、また前回の御審議でも、いろいろと御質疑がございまして、御説明申し上げたとおりでございます。 私どもとしては、ただいまのところ、徳島大学教育学部の方では、小と幼の教育課程については、新たに鳴門の教育大学で初等教育教員養成課程がつくられるということに伴いまして、徳島大学教育学部としては、その点を外すということについては御了解をいただいているわけでございますが、さらに具体的には、先生御指摘のように、徳島大学教育学部としては、それ以外のものを母体といたしまして、新学部に発展的に改組をするという考え方に立っているわけでございます。そして徳島大学教育学部としては、その改組の特別委員会を組織して、具体的な構想を検討しているということを伺っております。 私どもとしては、それらを受けまして、昭和五十六年度予算におきましてすでに御説明をしておりますように、徳島大学教育学部のための学部等改革調査経費を計上いたしておるところでございます。
○栗田委員 鳴門大学は、すでに間もなく発足させるたてまえで文部省はやっていらっしゃるわけです。それで一方で、それとの関連で改組をやむなくされている徳島大学の方は構想を出しているわけです。予算をおつけになっていらっしゃるわけですけれども、その鳴門が現実に発足してしまった場合、徳島大学の方は選択の余地というのは非常に狭まるわけでして、そういう意味では、徳島大学が出している構想について、ある程度の具体的な回答というものを文部省がなさるべきではないかと思うのですけれども、案が一案から八案まで出ているように思いますが、そういう中でどういうふうにしていくべきかということをはっきりさせて、それでよいか悪いかという検討ができるような余地を徳島大学に残しておかなければいけないわけですね。 そういう点でまだはっきりしたお返事がないように伺っておりますが、お考えはどうなっているのでしょうか。
○宮地政府委員 先ほども御答弁申し上げましたように、学部等改革調査経費を計上いたしておるわけでございまして、徳島大学教育学部としても、さらに、その具体的な内容については御検討を願うという対応をいたしておるわけでございます。学部学生受け入れが昭和六十一年四月でございますので、それまでの間に、徳島大学教育学部の方で計画としても十分熟成した新学部の構想を練っていただきまして、それへの移行の計画が明確になれば、私どもとしても、大学の意思を尊重いたしまして、その意向が円滑に行われるように配慮をしてまいりたい、かように考えております。
○栗田委員 大変苦労をなさったのが徳島大学でございますから、いまもお話がありましたように、十分に意向を尊重したやり方で進めていただきたいと思います。 それでは、次に移りますけれども、私、きょうここに兵庫教育大学の学則を持ってまいりました。中を読んでみますと、この兵庫教育大学の学則といいますのは、非常に制限の多い学則だと驚いているわけでございます。たとえば学生が学内で団体をつくる場合、学外の団体に加盟する場合、それから集会を持つ場合など、一々学長の許可が要るという内容になっていますね。 たとえば、本学学生による団体をつくる場合には、顧問の教官を置かなければならず、その上さらに学長の許可が必要である。その許可の期限は学年末までで、一年ごとに更新をしなければならない。団体を解散するときには、また解散届を出さなければならない。しかも、学長は団体解散権を持っていて、学長がよろしくないと判断したら解散させる権利がある。また、同じく学長は活動停止命令権がある。それから、学外の法人その他の組織へ団体が加入するときには、学長の許可が必要である。大変な制限つきでございます。 それから、集会の場合でも、学生または団体が集会を開催しようとするときは、学長の許可が要る。しかも、集会開催の許可が、本学学生のみの集会の場合は六日前、学外の者が参加するときは十五日前、その期間を置いて許可をとらないとだめだということですね。学長が集会の解散権を持っている。集会の責任者は、集会の状況の報告義務がある。まことにこれは大学かと疑わしいような規制がずいぶんございます。 もちろんこれは、大学側が決めたことではございますけれども、この兵庫教育大学の学則は、当然、大学院にも適用されると思いますが、現職の教員も学んでいる大学院であり、そうでなくても私は、こういう規制というのは問題だと思うのですけれども、社会人としてりっぱにやってきた人たちが学んでいる大学院にも適用されるわけですが、学問の自由、大学の自治という立場から見まして、こういう一々未成年者が親に許可をとるような形で、学長の許可なしには団体に入ることも集会をすることもできないという学則について、文部省はどういう御感想をお持ちですか。
○宮地政府委員 兵庫教育大学では、学生の団体活動等につきまして学長の許可を必要とするなど、一定の手続が定められているわけでございますが、これは大学の目的である教育研究を推進するために、学内の環境を静ひつに保つ必要がある、したがって、学生も学内の秩序維持に努力をする義務があるという考え方に基づくものかと存じます。 もとより、学生の自主的な活動というのは、学生の自主性とか社会性の涵養など、学生の人間形成に資する意義が大きいわけでございまして、大学においてできる限り尊重されるべきものと考えますが、また大学が教育研究の場であるという目的を達成するために、学生の活動に対して一定の所要手続、制限を設けることは、それが不当に拡大されるというような恣意に流れることがない限り必要な措置である、かように考えます。 なお、御指摘のような手続を定めている大学は、ほかにも類似の大学は相当数あるというぐあいに、私ども承知をいたしております。
○栗田委員 新構想の大学の中にはかなりございますが、以前はさほどないし、またあっても、実際に学生の自治的な活動の中でそういう制限というのは効力を発揮していないように聞いております。 とにかく静かな環境を保つとおっしゃいますが、学生が集会を持ったりする場合に、勉学の条件を改善するためのいろいろな要求で集まったり、話し合ったり、それからまた、大学というところは学問や知識だけを身につけるものではなくて、学友との交流、いろいろなサークル活動、学外の団体とも交流した研究活動とか、そういうものが必要だと思うわけですね、特に大学院の場合はそうだと思いますけれども。そういう中で、これからの子供たちを育てていく教員を養成する大学でこうまで厳しい制限を加えているということ、これは子供たちの自治の意識を養うという大切な役割りも持っている教師の成長にも影響があると私は思います。こういう形で新しい教員大学が次々に厳しい制限を設けていくのであれば、これは大変問題が多いというふうに思うわけでございます。 その点で、あくまでも学問の自由、大学の自治を侵さないものであるべきだという点について、もう一度お考えを伺います。
○宮地政府委員 先ほど御答弁申し上げたとおりでございますけれども、そのことが大学の自治を侵すことになるとは考えておりません。
○栗田委員 いや、それは学長が非常に完璧な方でいらして判断がすべて間違いないというのなら、まだいいかもしれませんけれども、しかし実際には、いろいろな主観の相違もあり、その中で互いに話し合い、また、いろいろ意見の交換をし合っていく中で自治も保たれるということであって、一方的に制限だの、解散権、許可権だのを持っているということは、私は非常に問題だと思っております。 兵庫教育大学の中に、このような規則ができているということが、これからつくられる新構想の教育大学の中に次々に広げられていくのであれば、大学そのものの性格まで決めていくということで、大変憂えているわけでございます。 これは、ただ私の意見を申し上げて、次の問題に移ります。 鹿屋体育大学の問題ですけれども、「新体育大学の基本構想」というのを出していらっしゃいますね。これを拝見いたしますと、その中で「教育研究の内容における工夫とともに、組織、管理、運営等についても独自の工夫を講ずる必要がある。」とありますが、この組織、管理、運営等についての「独自の工夫」というものは、一体どういうものを指しているのでしょうか。
○宮地政府委員 鹿屋体育大学の管理、運営でございますが、基本的には、学長の統轄のもとに教授会を中心に行われるわけでございます。ほかに参与、副学長というようなものを置くことにいたしておるわけでございます。 この参与は、考え方としては、開かれた大学を目指すという考え方に立ちまして、大学の教育研究の基本的な事項につきまして、広く学外の有識者の意見を聞く、大学の運営においてそれを適切に反映させるという考え方でございます。 特に鹿屋体育大学について申し上げますと、社会体育というような分野を主としておりますし、また社会体育指導者等の研修授業を行ったり、あるいはスポーツ教室などの公開講座を実施するというようなところも眼目の一つに入っておるわけでございます。さらに言えば、国内における他大学との交流ということだけでなく、諸外国との国際交流を図るというようなところもねらいとしては持っておるわけでございまして、そういうようなことを踏まえまして、私どもとしては、そういう形での参与を置くというようなことも考えております。 また、副学長制も、大学運営上の責任体制を確立するというような考え方で学長を補佐する専任の職が必要であるという考え方で、副学長二人を置いているものでございます。
○栗田委員 鹿屋体育大学でも、まだまだ不明な点がずいぶんありまして、こうしてお話を伺っていくと、いろいろ話されるのですけれども、ぜひとも準備室の中間報告を出していただいて検討をさせていただきたいのですが、出していただけますか。
○宮地政府委員 鹿屋の体育大学につきましては、ただいま創設準備室でいろいろと準備を進めている段階でございまして、その創設準備室で、今後、さらに具体的な開学の時期までに検討を要する課題その他もいろいろあるわけでございますので、ただいままでのところで差し上げられる資料につきましては、私どもも、積極的に委員のところに差し上げておるつもりでございますが、今後、準備の進行ぐあいに応じまして、適時適切にそれらの点については積極的に対応いたしたい、かように考えます。
○栗田委員 しかし、なかなか思うように資料をいただいていないという感じでございます。たとえば、いまの独自の工夫の問題でも、公開講座、諸外国との交流なんということをおっしゃっていますが、たとえば、いろいろな組織、機構などの具体的な案というのはございますか。こういう考え方に沿った具体的な案というのはございますか。
○宮地政府委員 「鹿屋体育大学の概要」という資料でお手元に差し上げてあるかと存じますが、「センター」という中で「効果的で特色ある教育研究活動を推進するため国際スポーツセンター、外国語教育センター等について逐次設置を図るものとする。」というようなところで、それらの点については、私どもとしては、事柄としては入っているものというぐあいに理解をしておるわけでございますが、なお不足の点については十分御説明を申し上げたい、かように考えます。
○栗田委員 それでは今後とも、さっきお話がありましたとおり、逐次積極的に出していただきますようにお願いいたします。 それでは続きまして、次の問題に移ります。 実は、ことしは国際障害者年でございます。この国際障害者年に当たって特にお願いしなければならない点ですけれども、大学の附属病院に手話通訳者を置いてほしいという要望が出てきております。特に具体的に申しますと、これは三重大学の附属病院から出てきている要請でございます。実は、きのうあたり文部大臣あてにも二千六百名くらいの要望署名が出されていると思いますが、ごらんになっていらっしゃいますか。
○宮地政府委員 先ほど担当の課のところへ、そういう連絡が来ているということは伺って承知をいたしております。
○栗田委員 簡単にこの概要を申しますと、要望のきっかけとなったのは、昭和四十七年五月に三重県の松阪市で、聴覚障害者Iさんが病気になられたのですが、聴覚障害であったために意思が十分に通じないで亡くなられたという事故が起こりました。この方は盲腸炎だったのですが、奥さんも聴覚障害者であったために、奥さんには意思が伝わったのですが、奥さんから病院とか親類とかに伝えたいと思ったけれども、十分に伝わらないで、大したことないということでずっと置かれまして、後で非常にひどくなってから入院をしましたが、腹膜炎を起こして亡くなられた、こういう事故があったわけでございます。 このときの問題としては、一つは、Iさんが使う手話を医師が理解できないために、このIさんの訴えが具体的に通じなかった。たとえば、どのような痛みがするのか、また、どんなに悪くなってきているのか、こういうことが十分に伝わらなかったということです。もう一つは、医師が一さんや家族へ病状の説明をするわけですが、これがスムーズに伝わらなくて、その家族や本人は病状の変化を把握できずに適切に対応できなかった、こういう中で亡くなってしまったという事故が起きております。 最近でしたら、盲腸炎は早く発見すれば、ほとんど命を失うということはないわけでありますから、こういう問題を見まして、三重県聴覚障害者団体連合会が八千人の署名を集めて、ぜひとも手話通訳者の採用をしてほしいと県議会に提出をしまして、これが採択されて、昭和五十二年五月に三重県に手話通訳者派遣制度というのができたわけです。ところが、県に置かれておりますけれども、たとえば病院でいざ必要というときに、手続が大変めんどうで急の場に間に合わないということが起こっているわけですね。 三重大学の附属病院に北川みよ子さんとおっしゃる看護助手として採用されている方があって、この方は手話通訳で非常に幅広く活動をしている方ですが、こういう手話通訳のできる方が附属病院にいらっしゃるということで、聴覚障害者は、それを頼りに続々と三重大学の附属病院で受診されるようになっているのです。 私も、いろいろ伺って、なるほどと思ったのですが、いろいろな場面で手話というのは必要で、たとえば病院に行った場合に、受付での書類記入時の対応がまず困るわけです。それから診察受付のマイク呼び出しがわからないですから、呼び出されても行かないでいないということになってしまったりする。それから初診時の問診応答に困る。それから検査時の対話に困る。それから本診察の応答でもうまく意思が通じない。会計受付の呼び出しでも困る。薬についての質問でも困る。こう挙げれば、たくさんあるわけですけれども、こういうあらゆる場所で不便なわけです。ですから、手話通訳ができる方がいらっしゃるということは、聴覚障害者にとっては非常に助かることで、命の問題にも、広く言えばかかわるという問題なんです。 三重大学の附属病院では、年々聴覚障害者の患者さんがふえておりまして、外来だけの例を挙げますと、昭和五十二年に三名、五十三年に二人、五十四年に十三人、五十五年に九十二人、そして五十六年に二十九人というふうにふえてきているわけです。そういうことで、大学病院としても、ぜひともこの北川さんという方を正規採用して、しかも手話通訳者として病院に置きたいという希望を持って、次の概算要求では出したいということを言っていらっしゃるわけです。 まず最初に、こういう事情をお聞きになって、この具体的な例について、大学側からの要求が出た場合には、ぜひとも考慮をしていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。
○宮地政府委員 御指摘のような状況、私どもも承知をいたしておるわけでございます。ただ、具体的なこれからの概算要求にどう対応するかというようなお尋ねでございますので、ちょっとここではお答えが申しにくいわけでございますが、考え方といたしましては、聴覚障害を有する患者が、その障害のために適切な診療を欠くことのないように、そういう聴覚障害者を含めまして心身に障害を有する患者の診療に当たっては、可能な限り、きめ細かい配慮をするように各大学病院に対しては十分指導はしてまいりたい、かように考えております。 そこで、お話の手話通訳を本務とする正規職員の配置ということにつきましては、ただいま当面いたしております大変厳しい行財政事情ということもございまして、各大学におきます病院全体の整備計画でございますとかあるいは手話通訳に対する需要等を見きわめながら、それらについては、全体に影響する問題でもございまして、今後、慎重な検討をいたしたい、かように考えます。
○栗田委員 三重大学附属病院でも、手話通訳とあわせて、この方がもし採用されれば、重症患者や身障者の案内なども含めた役割りにしたい、こう言っていらっしゃいます。 で、一般的な問題に移りますが、こういうお話を聞きますと、確かに必要性はあるわけでございます。いままで手話通訳者というのは、ボランティアとして位置づけられておりましたけれども、専門職として位置づけていくということも、今後必要になっていくのではないだろうかというふうにも考えるわけです。とりあえず全国の大学附属病院のこのような実態について、ぜひとも調査をしていただきたいと思いますが、いかがでございますか。
○宮地政府委員 御指摘の点につきましては、国際障害者年であり、私どもとしても、身体障害者に対する対応としては、各般の面で積極的な対応をしていかなければならないことと心得ておるわけでございます。 ただいまのところ、手話通訳が可能な職員の数でございますとか実際の業務処理状況というようなことについては調査を行っておりませんので、全体的な資料を持ち合わせていないわけでございますが、具体的な調査につきましては、今後、私どもの仕事の中で前向きに取り組んでまいりたい、かように考えております。
○栗田委員 それでは続きまして、先ほども問題になっておりましたオーバードクターの問題で質問いたします。 先ほどオーバードクターの数を千四百五十人というふうにおっしゃっておりましたが、これは国公立だけですか、それとも私大も入っておりますか。
○宮地政府委員 国公私立を含めましての数字でございます。
○栗田委員 どういう範囲をしぼって計算していらっしゃるのかわからないのですが、私の方でいただいている、オーバードクター問題の解決を目指す若手研究者団体連絡会が出しているパンフレットによりますと、国立だけで二千五百九人、そして私立はこれの数よりもっと多いだろうということが言われておりまして、概算でも五千人ぐらいになるだろうというふうに計算されているのですけれども、この数の差が余り多いものですから、いま伺ったのですが、どういう範囲で計算していらっしゃるのですか。
○宮地政府委員 先ほども御説明を申し上げたわけでございますけれども、先ほどは五十五年十二月ということで申し上げたわけでございますが、博士課程を修了し、博士の学位を取得した者、または所定の修業年限以上在学し、必要な単位を修得したが、学位の取得に至らず退学した者であって、定職につかずに大学院の研究室等において研究を継続している者ということで先ほどの数字を申し上げたわけでございます。 先生御指摘の相当多い数というのは、あるいは所定の修業年限を超えてなお在学している者というようなものを数の中に加えれば、そういうような数字になるのではないかと思いますが、恐らくその点の差ではないかと考えます。
○栗田委員 実際には、就職できないので在学しているという方もあるわけで、そういう方はやはり同じように悩みを抱えていると思います。千四百五十人でも多いのですが、五千人という数になりますと、これは大変な数になるわけで、一九七七年度の博士課程の入学者の一・一倍といいますから、もし五千人であれば、一年間の入学者全体より多い数がオーバードクターとして存在しているということで、これは大変な国家的損失だと私も思います。特に博士課程を卒業して、これから研究に意欲を燃やしていくという人たちです。その方たちが、経済的に非常に不遇な状態の中でアルバイトをしながら研究を続けているということになるわけでして、論文などを書かれている数を見ましても、若手研究者が大変多いですね。教授が九%、助教授が一一%、助手が九%、講師が七%、あとは若手研究者が六四%。論文の数だけで大変やっているとかやっていないとか一概に言えないかもしれませんけれども、意欲を持って研究していながら職につけずにいるという状態があるわけで、中には、国内では就職できないからと必死の思いで外国へ出ていって、そこで成功した、ノーベル賞級の業績を上げている方もある、そういう優秀な頭脳が海外に流れていくという問題にもなっているわけです。 この問題で、亡くなられました朝永振一郎博士が言っていらっしゃいますが、若い人たちは、ほとんど九〇%までが、何らかのアルバイトなしに研究生活が続けられないありさまである、研究意欲は盛んでも、経済的な裏づけがなくては十分な成績が上がらない、仮に、成績はそう気にしないとしても、最も恐るべきは、やがて意欲それ自体が失われることである、やがて跡を継ぐ若者がなくなるということである。これは一九五四年一月三十一日、読売新聞にこういう談話を載せていらっしゃるわけですが、六・三・三・四・二・三ですか、合計して二十一年間学業に励んで、そしてその能力を、そのまま十分な経済的裏づけがないために、さまざまな制約の中でやっと発揮しているという状態は、大変な損失だと思います。 大臣、こういう状態について、もっともっと改善しなければならないと思いますが、いかがでございますか。
○田中(龍)国務大臣 オーバードクターの問題、さらにまた先生が最後に言われました、そういうふうな方々が外国のインスティチュートの方の研究に応募して行かれたりなんかして、ある意味からすれば頭脳流出といったような結果を招いておりますことも、また事実でございまして、日本の方ではなかなか狭き門であります、そういうふうな、特に物理関係とかなんとかといったようなことでございますと、ノーベル賞級の非常な高度の研究をなすった方が相当おる、それは同時に、また外国の方でも求めておるかどうかわかりませんが、相当の頭脳流出の原因になっておる、それが国家的な意味において、国内においてもっともっと研究してもらえたらいいという問題は、国際的な問題としても、私、前々から関心を持って調べておったような次第でございます。 いまのお話につきましては、非常に重大な問題でございますが、同時に、また非常に解決しにくい問題であることも御承知のとおりでございます。
○栗田委員 それで、その対策としていろいろな要望も出されておりますが、一つは、奨学金返還の免除の問題でございます。 いま、奨学金の返還を免除する最大限の期間は五年ですね。ところが、五年たってオーバードクターでなくなる、就職できるとは限らないのですね。そうしますと、五年過ぎても、まだオーバードクターで研究を続けていらっしゃるという方の場合、早速育英会奨学金返済の義務が出てくるわけですが、現在、修士課程で月六万、これだけで返還金が百四十四万ですか、博士課程で七万、合計して二百五十二万、両方合わせまして三百九十六万の返還をしなければならないし、さらに、これで学部のときにもらっていたとしますと大変なものです。三百九十六万だけで二十年間返済で月一万六千ぐらいになるのです。とても返還できない。実際にアルバイトをしながらやっと生活をしている中で、五年たって奨学金の返還をしなければならなくなったときに、とてもそれができないという切実な訴えが来ております。 そこで、オーバードクターとして研究に従事して、そして就職をする意欲を持ってがんばっている人たちには、返還の免除規定を緩和して、そういう条件の方の場合に延長をさせてもらえないかという要望が出ております。いかがでしょうか、この点、御検討いただけないでしょうか。
○宮地政府委員 私から御説明申し上げるまでもなく、育英会の奨学金というのは貸与制でございまして、奨学生が卒業後、貸与された奨学金を育英会に返還し、育英会は一般会計からの貸付金とともに、その返還金を後進の育成のための資金として回転して充当するということが原則になっておるわけでございます。 そこで具体的には、優秀な教育研究者を必要とする分野における人材確保というような特別な観点から、学校教育の職や研究の職についた場合については、特例として返還免除の措置を講ずるということになっておるわけでございます。 そこで、返還免除になるかどうかの区分というのは、できるだけ早くせざるを得ないということもございまして、原則で申しますと、現行制度では卒業後一年以内、病気等の場合には、さらに一年延長が認められておりますが、その間に返還免除職につくということが原則でございます。大学院修了者についてだけは、先生も御指摘のように、特定の教育研究に従事している場合を条件といたしまして、五年までの就職期間を延長しているというわけでございます。 したがって、この返還免除の場合には、大学院の場合で申しますと、返還免除職ではないけれども、たとえば小学校の教諭の職にあるとか、大学や国立大学共同利用機関の教務職員、技術職員というようなものに就職しておりますとか、あるいは日本学術振興会の奨励研究員である場合は、五年までの間に、正規のと言うと説明がちょっと適切でないかもしれませんが、免除職に就職するまでの間にそういう職に五年間ついておれば、免除職就職期間の延長が五年間は認められるというたてまえになっている事柄でございます。 御質問の点は、その期間を若干延ばすことがオーバードクターに対する一つの救済策ではないかという御指摘のようでございますが、実はこの方方は、いま申しましたように、免除職ではないけれども、こういう職についている場合には五年間延ばされるという定めのものでございますので、あるいは御質問の趣旨を正確にとっていないのかもしれませんけれども、その期間をさらに延ばすということがオーバードクターの対策になるのかどうか、そこはちょっと私、必ずしもそうではないのではないかなという感じがいたしております。 なお、原則的には一年、それを病気等の場合には二年延ばしているものを、大学院修了者については五年間認めているという現在の制度でございますので、その期間をさらに延ばすかどうかということについては、やはり慎重な検討を要し、軽軽には対応できないのではないかというぐあいに考えております。
○栗田委員 オーバードクターの生活実態を余り調べていらっしゃらないと、さっき和田委員の御質問のときに答弁していらっしゃいましたね。ぜひこれは調査なさる必要があると思います。余り御存じないので、そういうお答えが出るのじゃないかと、いま伺っていて思ったのですけれども、まずオーバードクターとして五年以上たっている方はたくさんありますね。その辺の数はつかんでいらっしゃいますか。つかんでいらっしゃらないかと思いますが、たくさんあるのです。しかし就職を希望して、なお研究活動を続けていらっしゃる。しかも、これは本人だけの責任ではないですね。教育制度上、大学院がたくさんできた。ところが、卒業者をちゃんと受け入れるだけの状態になっていない。特に最近減ってきているわけですが、そういうことでオーバードクターが激増しているということがあって、これは文部省も責任があるのです。 しかも、オーバードクターは決してただぶらぶらしているのじゃなくて、自分でアルバイトをしながら研究も続けておりますし、また中には無給の状態で後輩の研究指導をやったり、学生のゼミのチューターなどをやっているような方もあるわけなんですね。中には研究生、研修員などという形で研究料、研修料を払っている方さえある。そういう場合に、奨学金の返還をしなければならない時期になりますと、少なくとも一万数千円を毎月返していかなければならないことになるわけです。ただでさえアルバイトなどで必死で暮らしていながら、本来だったならば、ゼミなどの手伝いをしているということで給与をもらってもいいようなことまでやりながら、しかし、無給でがんばって研究を続けている、本人は意欲を持ち、就職口を待っている、そういう中で五年たってしまって返還しなければならない、こういう状態になっているわけですから、やはりそこのところは文部省としても責任を持って考えていただく必要があるのじゃありませんか。いかがでしょうか。
○宮地政府委員 育英会の制度について基本的な点で若干申し上げますと、返還期間の猶予という事柄と、免除職就職期限の期間というものと、大きく申しまして、二つ制度的な面があるわけでございます。 それで、返還期限の猶予というのは、病気、災害等、その他真にやむを得ない理由により奨学金の返還が困難となった場合には返還が猶予されるという事柄でございます。これは通算して五年が限度でございます。しかしながら、返還期間の猶予はございますけれども、これは免除になるものではございません。五年間猶予されることはあり得るが、これは、いずれもその後は返還しなければならないものでございます。 先ほど申しました免除職の就職期限というのは、大学院を修了して免除職になるものが、それぞれ定められているわけでございますけれども、大学院を修了して、免除職には直ちに就職をしていない、しかしながら、小学校の先生でございますとか、先ほど申しました教務職員等に就職しておりまして、その期間が五年の間に免除職に就職をすれば、その方は免除いたしますというのが、免除職の就職期限として五年を定めているものでございまして、これが一般の場合でございますと一年であり、病気の場合にはさらにもう一年延ばされているという仕組みでございます。 どうも、伺っていまして、お尋ねの点は、返還期限の猶予のところの五年をさらに延ばすべきではないかというぐあいにやや受け取れたのでございますけれども、先ほども申しましたように、一般的に返還期限の猶予期限としては五年ということになっておりまして、これについては、その後返還免除という事柄は適用がないわけでございます。
○栗田委員 時間がないのですけれども、私は、分けて伺っていたんですよ。いま伺っていた第一の問題は、現在五年間返還期限の猶予の期間があるけれども、オーバードクターの場合には非常に困難なので、特別にこの猶予期間を延ばすように新たに考えていただけないかという質問をしたのです。免除の方はこれから伺うつもりだったのです、さっき免除のお話が出ておりましたけれどもね。ですから、免除をせよと言っておるのではなくて、就職できたら返還するから、それまで、五年をオーバーしたオーバードクターは返還期間を猶予してほしい、五年間という限度をもう少し延ばしていただけないか、これは個人の責任ではなく、いまの制度上の責任もあって就職できないでいるということもあり、しかもオーバードクターは、いろいろと、研究の面でも後輩の指導の面でも貢献をしているではないか、こういうことを言ったのです。無給の状態で身分が不安定だけれども、実際には大学などで貢献をしている、だから猶予期間を延ばしてくださいということを申し上げたのです。時間がもうなくなって大変残念ですが、提案だけこちらで申し上げておきますので、後で検討していただきたいのです。 次の問題は、免除職の問題です。結局、一定期間は返還しないでも、免除職についたら免除できるのですけれども、オーバードクターなどの場合には、期間を過ぎてしまうと、免除職についても免除できないという問題がありますが、これも就職できないというのは、全部本人の責任じゃないわけでして、こういうことなども配慮していただきたい。 この二つがあったのですが、初めの方だけ伺ったら後の方までお答えになったのです。そういうことで検討していただきたい。この二点です。 それからもう一点、時間がありませんので続けて申しますが、オーバードクターの場合、研究生とか研修員とかいう形で大学に残っていらっしゃる方があるんですね。さっきの数に入っていなかった部分です。かなりたくさんあります。こういう方たちは、実際には研究料とか研修料というのを払っていらっしゃるわけですね。大体学費と同じくらいの額でそれを払ってやっていらっしゃるわけです。ところが、一般の大学・大学院の場合には、免除規定があって、所得が非常に少ないような場合には学費が免除されております。ところが、研究生や研修員は免除されておりません。だから、この場合も、大学学部・大学院の学生と同じように、研究生、研修員などの研究料、研修料は免除規定を同様につくってほしい、こういう要望があるわけです。 一遍に申し上げたので、おわかりになりにくかったと思いますけれども、ぜひ御検討をいただきたい問題でございます。時間がなくなりましたから、まとめて申し上げましたが、御検討を要望いたします。 いまの厳しいオーバードクターの状態と、しかし、このオーバードクターを育てて活用していくという意味で、国の制度としても非常に考えなければならない問題だということで申し上げました。 最後に、大臣の御見解を伺いまして終わります。
○田中(龍)国務大臣 オーバードクターの問題は、先ほどちょっと申し上げましたように、いまの研究の種目の問題などで非常に需要のあるものと、それからまた、そうでない非常に狭い分野を深くなすっておられるような場合にはなかなかそれが解消できない、つまり、就職されるなりあるいはまたよその研究機関の方に採用されるということが少ないという問題。しかし、それが非常に大事な研究だったり優秀な人があったりいたしますと、これはもう非常に実はむずかしい問題でございます。この間ノーベル賞をもらいました広中平祐君なんかが私のところへ来て、いろいろと一緒にオーバードクターの問題を検討いたしてはおりますが、先生のお話、確かにそういう方もあるわけでありますが、非常にむずかしい問題で、私がすぐできるとかできないとか、すぐ解消させるとかいうことはとても申し切れませんけれども、役所の方でも十分にひとつ研究させていただきたいと思います。
○栗田委員 じゃ終わります。
○三ツ林委員長 木島喜兵衞君。
○木島委員 最初に、この提案説明で大臣は「鳴門教育大学は、すでに設置を見ている上越、兵庫の二教育大学と同様、教員の資質能力の向上という社会的要請に対処するため、主として教員の研究、研さんの機会を確保することを趣旨とする大学院と初等教育教員を養成する学部とを有し、全体として大学院に重点を置く大学として設置し、」云々とあります。 そうすると、この大学は上越・兵庫と同じように「教員の資質能力の向上という社会的要請」に対処するためでありますから、既存の教員養成大学は、この「資質能力の向上という社会的要請」に対処していないということになるのでございましょうか、大臣にお聞きいたします。
○田中(龍)国務大臣 さような次第ではないと存じます。つまり、両々相まって、そうして資質向上に向かっていかなければならない。既存のものは既存のものとしてのやはり重要な意味を持ったものであると私は考えます。
○木島委員 既存のものは既存でもっていいならば、あえてこんなものを、これほどいろいろと議論のあることをやらぬでいい。少なくとも対処してないから対処するためにこういう大学・大学院をつくるということでしょう。大臣そうなりませんか。国語の時間みたいなんですが、私は、あなたのお読みになったことをそのまま言うとそうなりませんかと言っているのです。
○田中(龍)国務大臣 私は、既存のものはそれなりの意義がある、しかしながら、新しくできます鳴門大学の場合は、やはり同じような趣旨でございますが、持ち味が違っておるのだろうと存じます。
○木島委員 なぜかといいますと、既存の大学には現職の教員を大学院に入れるというものがなかったわけですね。だから、今日「教員の資質能力の向上という社会的要請」に対処するために全体として大学院に重点を置く大学として設置をするんですよ。普通の教員養成学部は学部でしょう、大学院じゃない。しかも現職の教員を入れるということがないのですから、だから、そういう意味では不十分——まあ対処してないということは、あなたは対処しているとお読みになったから対処してないのかと言いましたが、あるいは不十分であるという言葉にしてもいいですよ。だから、大学院に現職の教員を入れて、そして修士課程を学ばせて、より教員の資質能力の向上を図ろうというのがこの趣旨でしょう。そういうようにお答えになれば、文章がすきっとするのです。
○田中(龍)国務大臣 ただいま委員から仰せられましたとおりでございまして、その辺をすきっといたしたいと考えます。
○木島委員 この前の上越・兵庫のときに、いろいろ同僚議員からたくさん質問がありまして、私、最後に、きょうも最後でございますが、最後のまとめのような意味で幾つかの御質問を申し上げたのであります。それは「新設の教員両大学は大学院で三分の二を現職の研修の場としておりますけれども、現職教員の研修権を最大限に保障ぜんとするならば、既設の教育系大学学部にも大学院を設け、現職教員が現職現給で入学できるようにすべきである。仮に四十七都道府県のすべてに設置され、二百名ずつ入学せしめれば、年間一万人の教師の研修が保障されることになります。そのために、過去数年間、無医大県に毎年三校ずつ医科大学を新設したごとく、計画的に一年に数カ校ずつこの大学院を設置すべきではないかと考えるが、どうか。また、既存の教育学部は他の学部に比し、予算的、人的に劣悪と言われています。その是正も計画的になされるべきではないかと思いますが、いかがですか。」、ということについて、私は、その日に答弁を求めませんでした。後日御答弁くださいと申しました。そして、その答弁には「先日の木島委員の五項目にわたる御質問についてお答えを申し上げます。第一に、」これはいまのことでございますが、「既設の教員養成大学学部の教育研究条件の整備充実につきましては、一層推進してまいりたいと存じます。また、大学院の設置につきましては、各大学の教育研究体制の整備状況、大学院構想の検討の進捗状況等を勘案しながら逐次計画的に進めてまいりたいと存じます。」とお答えになりました。 そこで、この逐次計画的に大学院に現職の教員を修士課程の中に入れるという計画がございましたならば、お示しいただきたいと存じます。
○田中(龍)国務大臣 その御質問に対しましては、政府委員からお答えいたします。
○宮地政府委員 御指摘のような質疑は、前回、兵庫の教育大学の質疑の際に行われておるわけでございまして、具体的に、既設の教員養成大学学部の大学院の設置状況については、すでに前回の御質疑でも御答弁申し上げている点でございますが、全部で、近年で申しますと、五十五年度は岡山、広島の二大学、五十四年度は横浜国立大学、五十三年度は愛知教育大学ということで、既設の教員養成大学の大学院の整備については、私ども、順次計画的に進めてきておるつもりでございます。なお今後の、五十六年度といたしましては、静岡大学と神戸大学に大学院の設置を予定いたしておるわけでございます。 大学院の設置については、各大学の教育研究体制の整備状況、大学院構想の検討の進捗状況等を勘案しながら、逐次計画的に進めてまいりたいということは、今後も引き続き、そういう方針で考えてまいりたいと存じております。
○木島委員 したがって、この計画というのは、五十四年度は横浜国大、それから五十五年度は岡山、広島、五十六年度は神戸、静岡大学に大学院をつくるというのでありますから、大体この調子で、将来一年に二校ぐらいずつ大学院をつくっていくと理解してよろしいですか。もっとよけいならなおいいですけれども、最小限二校ぐらいずつはやっていくというように理解していいですか。
○宮地政府委員 私どもも、積極的に対応していくつもりでございますが、ただ、大学院の設置につきましては、各大学の教育研究体制の整備状況でございますとか、あるいは大学院構想の具体的な進捗状況、やはり教官組織が一番基礎になるものでございますから、それらの充実状況を十分見ながら計画的に対応してまいるという考えでございます。
○木島委員 先ほど大臣にお聞きしましたように、既存の大学と比較してこの種大学の違うことは、大学院をつけるということだけでなしに、その三百名のうちの二百名は、現職の教員を現職のまま入学せしめるところに意味があったわけであります。したがって、そういう意味で、現職の教員を現職のまま修士課程に入れることが教員の資質能力の向上という社会的要請にこたえる道だとするならば、これがよけいでなければならないはずであります。今回、大学をつくるのに、現職の教員を現職のまま入れる、その大学なのです。そういうことが社会的要請に対処する道だとお答えになっていらっしゃるのですから。 いま局長から御説明ございましたけれども、それが、たとえば愛知教育大学が五十三年に大学院をつくりましたけれども、入学定員が百五名に対して現職の教員が入ったのはゼロであります。横浜国大は六十名の定員でありますけれども、現職教員の現職のままの入学者は十名であります。五十五年の岡山は定員が四十名でありますが、現職のままで入った者は四名であります。広島は四十五名に対して二名であります。 これでは大臣、このような大学をつくる、そのことによって教員の資質能力を向上せしめよう、そのことが社会的要請に対するところの対処であるとするならば、この数が、ちょうどこの種の大学、すなわち上越・兵庫や今回の鳴門と同じように、少なくとも別枠として、たとえば百名なら百名のうち五十名なら五十名。大体この種の方は現職で二百名ですからね。ストレートで百名ですからね。 したがって、むしろこちらをよけいにするということが、大臣の趣旨説明からするならば適切でないかと思うのでありますが、それが欠けておる。この大臣の提案説明の趣旨からいっても、あるいは私が御質問申し上げたことに対する計画的にという趣旨からいっても、何か計画的に大学院は二つずつつくったかもしれない、けれども、その中身は現職のまま入れるのがよけいでなければならぬわけですから、それが欠けているのではないかという感じがいたしますが、いかがでございましょう。
○田中(龍)国務大臣 御質問の具体的な問題は、政府委員からお答えいたします。
○宮地政府委員 御指摘のような数字になっていることは事実でございますが、各大学におきましても、現職教員の受け入れについては、さらに努力をいたしておるところでございますし、私どもとしては、その数字が今後、各大学の努力、また教育委員会の努力と両々相まちまして、現職教員の再教育という面で十分使命を果たしていくような方向に指導もいたしたいし、そういう方向で努力をいたしたい、かように考えます。
○木島委員 そういう方向で努力をいただくのでありますけれども、これから計画的に毎年二校なら二校ずつつくるのならば、それが仮に百名であるならばたとえば五十名なら五十名、ちょうどこの種大学は大学院に二百名は現職から入れて百名はストレートだ、そのとおりになっていくかどうかわかりませんが、そういう方針ならば、大学院をつくる場合に別枠として何名は入れる、何名は現職から入れる、何名はストレートである、そして現職の方がよりよけいであるということが、この種大学をつくったことの趣旨からするならば、それをより拡大させなければならない、急速に拡大させなければならない、それが欠けておるということになるのじゃございませんか。
○宮地政府委員 御案内のとおり、大学院そのものの整備については、私ども積極的な姿勢で対応をしてきておるわけでございます。ただ、既存の教員養成大学学部におきます大学院においては、御提案申し上げております鳴門の教育大学のような対応で必ずしも参っていない。したがって、いま先生御指摘の現職教員の入学枠を別途定めるべきではないかというような御指摘もあるわけでございますが、そこまで必ずしも現実がついてきていないというのもまた現実でございます。それらについては、先ほども御答弁申し上げましたような方向で努力をいたしたい、かように考えます。
○木島委員 兵庫・上越を初めとする教員養成大学が構想されたときに、国大協は強い批判をいたしました。これはこの前、嶋崎さんから話の出ました国大協の教員養成制度特別委員長が、この法案が出たときに記者会見したときにも、その方向が誤らないよう念願し、疑義を指摘し批判を行ったと言っておりましたけれども、いずれにせよ、そういう批判があったのです。その批判は一体何かというと、根底には、既存の大学、普通の教員養成大学学部には大学院はないから、それにつくられなかったならば格差ができる、一方これは、大学院があると予算から何から違うわけですから、格が違ってくるわけですから違ってくる、そういうものが根底にあって批判をしてきたわけです。 しかしその後、いろいろと折衝しながら、これは委員長の記者会見のメモにもありますけれども、文部省が国大協の趣旨をずいぶんと入れて、そして賛成ではないのですが、反対をしないというのがメモだったのです。このメモは五十三年一月二十日でありますけれども、この記者会見をした後でも、この委員長の記者会見が必ずしも国大協の意思ではないと言って、率直に言いますが、衆議院のこの法案の採決の前日までかかったのです。それほど延びたのです。その根底にあるものは、各大学にこの大学と同種のものをつくってほしい、そして現職教員を入れてくれ、ここにあったと思うのです。 したがって、私がいま言っておりますのは、もしこの種大学ができなかったならば、いや、国大協が協力しなかったならば、上越もあるいは兵庫も成立したろうか。国大協の協力がなかったら国立大学はできますか、具体的に教授から何から初め。でありますから、その国大協の協力を得なければならない、そのためには国大協の言う趣旨も入れなければ、要望も入れなければならない、そういうことがこのメモの最後にあるのです。「既設の教員系大学学部の大学院の構想については、各大学がその適切な構想を検討することが重要であるという大学自治の問題、そして新大学に限らず、教育系大学学部の大学院に現職教員が入学する場合も、現職のまま入学できるよう配意すべきである。」最終的に国大協が詰まったのはそこなんです。 したがって、そういうことを踏まえて計画的にやるとするならば、少なくとも別枠でなかったならば、私は、そうならないだろうと思う。したがって、そのことがないとするならば、文部省は国大協に答えてはおらないし、同時にまた、私は、国大協も答えておらない要素があると思う。 後で順次御質問申し上げますが、だから、ここをどう打開するかということを、私は、大臣の提案説明の趣旨を了とするならば、一つの問題点として提起をしなければならぬという感じがするのです。 そういう意味で、いま局長も、なるたけ拡大するとおっしゃったけれども、別枠にきちっとするかどうかはまだ問題があるけれどもとおっしゃるのも、私、わかっておるのです。なぜ大学がなかなか計画が進まないか、そういうことができないか、文部省もやろうとしてなかなかできないか、この辺のところは局長、どうなんですか、だだみ出せば、どこにあると思いますか。
○宮地政府委員 あるいはちょっと御質問の趣旨、真意を正確に把握していないかもしれませんが、御指摘の兵庫・上越の二教育大学がすでに発足をしているわけでございますが、御指摘のような経緯があったことは事実でございまして、それを受けまして、私どもも、構想を具体化する過程におきましては、国大協を初めといたしまして、大学関係者とも十分意見の交換に努めまして、国大協側の理解も得て、この新しい兵庫・上越の大学は、それぞれ発足を見たわけでございます。 なお、ちなみに上越・兵庫の両大学とも、現在は国立大学協会のメンバーでもございますし、大学発足後も国大協とは適宜意見交換も行っているわけでございます。 なお、既設の教員養成大学学部の教育研究条件の整備の問題についても、いろいろと先ほど来御説明をしておりますようなことで対応をしてきているわけでございます。 鳴門教育大学につきましても、教官、組織その他につきまして全体的に国大協の御協力もいただかなければならぬことは、もちろん当然のことでございまして、それらの対応は、私どもとしても、十分円滑に処理できるよう対応してまいるつもりでございます。
○木島委員 もう余りくだくだ言わないことにして、話を進めます。 〔委員長退席、中村(喜)委員長代理着席〕 さっき申しましたように、私への答弁で、各大学の教育研究体制の整備状況、大学院構想の検討の進捗状況等勘案しながら計画的に進めるとさっきあなたがお答えになった。そこで、一番がんになっているのは、この種大学の一番矛盾点ということを挙げると、学部では、医学で言うならば、基礎医学を習った、そして現場へ出た、それで臨床をやって、そこで現場からもう一回研修に帰ってきたところが、先生、あなたから習った基礎医学とは現場では違いますが、どうしたらいいのでしょうかと言ったって、その教えている先生が実は臨床をやってないですよ。教えてもいないのです。 だから私、兵庫の教育大学が成功したんだかどうだか、大学院が先に入れたのだから、実はどのくらいやっておるのか、成功したのか、成功していないのか、大変疑問に思うのは、基礎医学を教えた先生で臨床をやってないのに、臨床をやった学生が来て、そこでもって、この問題はどうするのだと言ったって、おれは知らぬわいということになったら、これは成功しっこありませんな。そこに問題の一つがあると思うのです。これはこの大学の場合の泣きどころだと思っておるのです。 したがって大学は、文部省が計画的に進めてくれと言っても、実は現場の学生を入れる自信がないんですよ。ここを解決しなければ、文部省はこの種大学を言っておるところの趣旨にならないし、私らのためにもならないし、また逆に言うならば、さっき言いましたように大学もまた答えておらないと思う。この問題はどう解決するか。それがすべてでありませんけれども、一つの問題の解決であって、そうすれば、とかくこの種の大学の場合にしても問題になったのは、エリートを入れるのじゃないかなどという批判があったけれども、それをたくさん入れたら、さっき私が言うとおり、四十七の都道府県に毎年二百名ずつ入れたら、この種大学と同じように、毎年一万できるのですから、そういうことになっていくわけです。 だから、その辺の解決をどうするかということを抜きにして、この種の提案されておるところの趣旨を生かすことはできないのではないか。その辺はどうですか。
○宮地政府委員 御指摘のように、兵庫教育大学の大学院が、そういういわば現職の教員を指導するだけの力のある教員スタッフがそろっているのかという趣旨のお尋ねであったかと思うわけでありますが、ただいまのところ、兵庫教育大学の教官層の中で、現在までの充足状況で申せば、四十数%の者は、そういう教職経験のある者がこの兵庫の教育大学の教官層に入っているという点が、従来の既存の教員養成大学学部とはやはり違う特色のある点ではないかと思っております。 なお、既存の教員養成大学学部の教官スタッフにおきましても、順次そういう現場の経験のある方がスタッフに入ってくる傾向はふえているということは言えるわけでございまして、そういう意味では、教員養成大学学部が、そういう方向で実際の指導力を高めるために必要な教官層がふえていくということは望ましいことであるし、私どもとしては、そういう方向で今後もさらに努力をして、この鳴門の教育大学の場合についても、そういう教官層で構成されることが望ましいことだ、かように考えております。
○木島委員 いま私が聞いておりますのは、既存の大学の中になぜできないかという一つの要素に、それがあるわけです。だから、たとえば兵庫だとか上越だとか、それは特殊な大学でありますから、集めればそれでいい、集まるかもしれません。しかし、そのことがないものだから、各既設の国立大学でこれをつくろうとするときに、そこに問題が出てくる。また、つくっても余り意味がなくなってくるかもしれない。それをどうしたらいいかということを、ひとつ——私もわからないですよ。だから、どうしたらいいかということを抜きにしてこの問題は通れないのではないかという感じがするのです。何かありませんか。
○宮地政府委員 私どもといたしましては、言うなれば、この兵庫・上越、それから今回御提案申し上げております鳴門の教育大学、この三つの大学が、そういう方向を目指した大学として整備を——鳴門はこれからつくられていくわけでございますけれども、そういうところにおきます実際の教育、研究面、そういうものが積み重ねられまして、それらが既存の教員養成大学学部にもいい意味での刺激を与える結果となりまして、順次、現職教員の再教育機関としての大学院が、既存の教員養成大学学部の場合におきましても、そういう面でのいい面が受け取られることは大変望ましいことではないか、かように考えております。 既存の教員養成大学学部の大学院の場合には、ただいま御指摘のように、そういう面では、必ずしも十分でない面があるわけでございますが、私どもとしては、当面そういうことを考えているわけでございます。
○木島委員 たとえば付属がありますね。国大協の教員養成制度特別委員会等でも、付属の学校は、文字どおり教育の理論及び実践を研究する学校、教育理論を実証する学校と言っておりますけれども、その理論と実践、理論と実証が一体になっていないのじゃないか。 このごろ実習、実習と言いますね。実習だけれども、それは付属の先生に任せておいて、大学の教育学部の先生は余り関与なさっておられないのじゃないですか。これは一体なぜできないのだろう。たとえば、この種の問題の場合には、教授会と付属の先生と一緒になってどうするかということが常になされておる。教授会自治とこれとは違うかもしれませんけれども、自治という問題を離れたって、仮に理論と実践を一体にすることになれば、付属の先生とそして大学の教官とが一緒に実習をするということがいま欠けておる。 そういう問題から一つずつでも解決していかなかったならば、現職教師の研修権は守られないのじゃないか。これは山原先生からも教特法におけるところの教員の研修権の話がありましたが、研修権を確保するのならば、できるだけ多く研修を希望するものは入れたらいい。そのことが、やがて教員養成の制度とかかわってくるかもしれないと私は思っているのです。これはきょうは言いませんが、そういう意味において、この辺のことをどう解決するかということをまともに考えていただきたいと思います。 きょう結論は要りませんが、そういう決意だけを聞いておきます。 〔中村(喜)委員長代理退席、委員長着席〕
○宮地政府委員 先ほども御答弁申し上げたわけでございますが、たとえば具体的には、そういう実際の現場での教職歴を有する者が、大学の教官に積極的に登用される道を考えるべきではないかという御趣旨のことかと思いますが、そういう方向で実際の指導力を持った教員養成大学学部として実が上がるような方向で努力はいたしたい、かように考えます。 なお、教員養成の実地指導講師手当というようなものも五十四年度から計上されておるわけでございまして、特に教育実習の面のオリエンテーションでございますとか、そういうような面で付属学校の教官が教育学部の非常勤講師になるというようなケースもあるわけでございまして、そういうような面の予算措置やその他の充実については、今後も努力をいたしたい、かように考えております。
○木島委員 これ以上申しません。 それから、先般来問題になっておりました教育委員会の同意問題です。言うならば、この場合、希望者が教育委員会の同意という言葉によって教育委員会の推薦になってはならないということが事の本質だろうと思うのであります。したがって、そのことは参議院の前回の法案審議のときに、附帯決議として第一番目に「本大学の大学院に現職教員が出願するにあたっては、適正な手続基準に基づく公正な運用を図るとともに、」とあります。 したがって、これまでの山原さんの御質問でも、文部省は一定の基準をつくっておる、それはさして問題がない、ところが、たまたま愛知の教育委員会から出ているものは、それを逸脱するのではないかということであります。 これはこの委員会でもあるいは参議院でも大変時間をかけて議論をしたものであって、したがって、それらのことを通して附帯決議でもってそう決まっておる。したがって、そうした公正な運用というもの、それに基づく基準というものが、昭和五十四年の六月二十八日の初中局長から各都道府県教育委員長に出されている「兵庫教育大学への教員の派遣について」という通知であると私は考えたいのでありますが、その点は初中局長よろしゅうございますか。基準というのは、この通知と考えてよろしゅうございますか。
○三角政府委員 当時の御論議を踏まえて文部省として考えましたのが、この通知でございますので、その通知の内容としては、手続と基準ないしは基準の例を示しておるものでございます。
○木島委員 したがって、これには問題がないのですから、これに従ってやられれば、この前の問題はなかったわけであります。 したがって、先ほどの栗田さんの御質問に、愛知は何か調べたけれども、忙しくて来れなかったというようなことがありますが、それは大して問題でない。問題は、これから、全国都道府県、たまたま愛知が出たからだけれども、調べてみなければわからない県もある、だから、全都道府県がどのようにやっているかということを、この基準に即して公正にやれというのですから、不公正であるか否かという判断をし、そうして、この基準に即して、この通知に即して不公正であると思うものについては、公正化への御努力をなさいますか、指導をなさいますか、その点をお伺いします。それは愛知が忙しくて来るとか来ないとかという問題ではございません。どの県の問題もそうでございますから、その辺をお聞きいたします。
○三角政府委員 県によりまして取り扱いの幅というのは、私どもの基準にのっとって若干あると思いますけれども、いま委員おっしゃいますように、公正な運用とか適切な配慮ということは必要でございますので、私どもも、そういう立場で指導助言してまいりたい、こういうふうに考えます。
○木島委員 もう時間がありませんから、では次に、せっかくもう一つの体育大学があるのに、体育局長いらっしゃるのにお聞きしないと体育局長に失礼でございますから伺いますが、これは大臣の所信表明にも「鹿屋体育大学は、近年における国民の体育・スポーツ、レクリエーション活動に対する関心の高まりに対応して、これらの分野における実践的な指導者の養成を図るため、」云々とあります。国民全体からしますと、国立大学の唯一の体育大学なものでありますから、スポーツ選手養成大学的印象をまず持ちますな。あるいは国際試合で、オリンピックで勝つ、そういう選手を養成して、国威発揚大学という印象を、国立の唯一の大学なものですから、受験者はそういうように思って希望をする可能性は、私ごとき者だとそうなっちゃうのでございます。 そこで、体育・スポーツ、レクリエーションというものの概念は、共通面もありますし、相違点もございますね。この辺の指導者養成でございますね、この辺の御説明をいただけませんか。
○柳川(覺)政府委員 提案理由で「体育・スポーツ、レクリエーション」と並列的に用語を用いておりますが、この言葉を通しまして、国民の身体的活動全般を指す意味で使っておるわけでございまして、御指摘のとおり体育・スポーツ、レクリエーションには、それぞれその言葉の意味する概念なり領域には差があると考えております。体育は、運動を通して心身の健全な発達に資するという、むしろ教育的な立場からの用語でございますし、スポーツは身体運動そのものを指すというように最近広く使われておるものでございまして、スポーツを通して心身の健全な発達に資する働きから見れば、体育の中の大きな領域をスポーツが占めるというように存ずる次第でございます。またレクリエーションは、仕事から解放されて自由な時間の自発的な活動すべてを指すということで一般に言われておりまして、屋内外におけるスポーツはもとより、文化的な活動、また野外活動等がこれに包含されておりまして、気分を転換し、あすの働きへの大きな活力を得るというような面で使われております。このレクリエーションの活動を通して心身の健全な発達に資する、その働きの立場からはレクリエーション活動も体育の一部になるというような関連にあろうと思っております。
○木島委員 仕事から解放されて自主的にということになりますと、これは大変幅が広うございまして、家へ帰ってコップ酒飲んでテレビを見るのも解放でございますし、囲碁、将棋、マージャンもあるいはそうかもしれませんし、あるいはパチンコ、ゴルフなんか、あるいは散歩、釣りなんか体育的になるのか、これはなかなか容易ではございませんな。しかし、それを体育大学というものだから——確かに新しい分野でございますから、否定するのじゃありません。否定するのじゃないのですけれども、最初に言いましたように、よほどきちっとしませんと、受験者は何かスポーツの選手が養成されるところだと思って来るのじゃないだろうか。よって、たとえば入試の実技はどうするのですか。一種目だけですか。
○宮地政府委員 入試の種目につきましては、この法律が通りまして、さらに準備室等で具体的な検討がなされることになるわけでございます。恐らく実技というようなことも考えられるというぐあいに私どもは考えております。
○木島委員 やはり社会教育を中心に体育・スポーツ、レクリエーションの指導者ですから、一つの種目だけ、たとえば水泳が上手な者は水泳だけやる、陸上競技は陸上競技だけやる、野球やる者は野球だけやるということではいけないのじゃないか、ことにレクリエーションの場合なんかは。そうなると、この大学の性格にかかわるわけですから、これからどうなるのか。このくらいのことはある程度決めておかなければ、大学の性格とのかかわりでは不明ではないかという感じがするのですが、いかがですか。
○宮地政府委員 この大学自体の設置のねらいとか目的とかは、先ほど来御説明がございますように、社会体育の指導者養成というところに基本的なねらいがあるわけでございます。 そこで、入学者選抜の問題ですが、これから検討はされるわけですけれども、もとよりいま申しましたようなこの大学の設置の趣旨なり目的に照らしまして、それにふさわしい素質と意欲を有する者が適切に選抜されるように十分工夫は加えられる必要があると考えております。 したがいまして、この大学の設置の趣旨を広く国民に十分理解を深めてもらう、そのことがまず第一でございますし、それを踏まえた上で、そういうねらいが十分生かせるような入学者選抜、それには御指摘のような実技ということも十分考えられるわけでございますけれども、そういう方向で検討が行われるものと思いますし、私どもとしても、広く理解されるような努力を十分尽くしてまいりたい、かように考えます。
○木島委員 この大学は、体育・スポーツ課程が八十名、武道課程が六十名ですね。スポーツ・体育と言えば非常に範囲が広い、種目は大変よけいだ。武道は幾つもない。しかしこれは体育・スポーツ、レクリエーションを含むのでありますから、そうすると、現在レクリエーションとしての武道というのは、それほど指導者が必要でしょうか。
○柳川(覺)政府委員 わが国の体育・スポーツを語るときに、これは人間の行動でございますから、常に伝統を踏まえ、その伝統の上に立ってよりよき発展をしていくという過程をたどるわけでございまして、そこに武道が位置しておるということは当然のことであろうということで、特に今日、日本で創造されました柔道等は、世界のスポーツの中心的な位置にも発展してきておるわけでございます。この発祥の地日本で柔道等の武道につきまして、これを十分研究・研さんしていくという努力が重ねられる必要があるということは、嘉納治五郎先生もつとに言っておられたことでございまして、これらを私ども体育局の立場から常に考えていかなくちゃならぬということから、このたびの国立体育大学の創設につきまして、体育局としても、わが国の伝統の武道の研究・研さん、また、その指導者を広く養成していくということの立場をとっておる次第でございます。
○木島委員 私が聞いているのは「特に社会体育の分野に主眼を置きつつ」というわけでありますから、そこで、いろいろな体育・スポーツと武道の国民的要望の度合いからしたならば、体育・スポーツが八十名で武道が六十名というのは、余りにもアンバランスで理解に苦しむんですよ。そのことは、先般中西委員もずいぶん追及されたそうでありますから重複は避けますけれども、そこで私は、一方においては体育・スポーツ、レクリエーションでしょう、武道というのは今日レクリエーションたり得るのだろうか、それほど要望が強いだろうかと聞いているのです。
○柳川(覺)政府委員 いま総理府の世論調査によりまして、成人の方が一年間にどのようなスポーツに取り組まれたかというデータから見ますと、確かに一・四%ぐらいの方が柔剣道に取り組んでおられるということで、他のスポーツと比べて必ずしも多くないということは事実でございます。ただ、この方々は日常恒常的な形でスポーツに取り組んでおるという厚さの面では、その他と比べて違いがあろうかと思いますが、私ども体育施設の整備費補助を行っておりますが、最近各市町村で柔剣道場、武道館の建設に対する大変な高まりが来ております。また少年スポーツの中で柔剣道の占める割合が大変高まってきておるということも事実でございまして、いわゆる気分転換あるいは広い意味での娯楽、休養というような立場でのレクリエーションの中に、必ずしもこの武道が入るかどうかということについては、いろいろ御意見があるところであろうと思いますが、運動を通してのレクリエーション活動という広い面では、当然に柔剣道も入ろうと思います。特に武道は、高年齢の方でも、これに親しんでおられるというような特性もございます。そういう面では、見方によってはレクリエーションの活動の一部を占めるというようにも理解できると思っております。
○木島委員 そのような御説明でも、やはり八十名と六十名のアンバランスというのは理解に苦しみます。しょせんこれは、まあレクリエーションでなくて、率直のところ、スポーツとしての武道の選手養成ないし教員養成でしょう。(三塚委員「そのとおり」と呼ぶ)ところが、そうすると、社会教育中心ということと教員養成とは、いかに三塚先生、そのとおりとおっしゃっても、矛盾が来るのです。よって、その辺のあたりがもう少し解明されてしかるべきではないかという感じがいたします。
○柳川(覺)政府委員 いま国内的に、大変武道の指導者の不足ということが言われております。また国際的に見ましても、わが国の立場で世界各国への指導者の派遣等に対する要請が高まってきておるということも事実でございまして、鹿屋の国立体育大学は、スポーツを通しての国際交流、これにも役立つ人の養成を趣旨に入れております。そういうような面からも、武道につきましての一つのねらいをこの大学に持たさせていただいておるということでございます。
○木島委員 むしろ、現にいま筑波にはありますし、あるいは東海大学の体育学部、日体大の体育学部、中京大の体育学部等に武道学科があるわけでありまして、唯一の国立の体育大学の中で、八十名と六十名のアンバランスというものは、いかに御説明をいただいてもわかりません。 ただ、背景はおよそ察知はできますから、局長の答弁も、なかなか苦しいことは察するに余りありましょう。だがしかし、もし仮にそうであるならば、むしろ既存の大学の中でもって、武道だけでなしに社会教育の指導者も含めてスポーツ・体育、それは武道も入っていいかもしれません、それをもっと強化していけば、このアンバランスというものはもうちょっと解決するのじゃないか。 むしろ私は、この大学には武道はふさわしくないと思っているのです。レクリエーションというのがあるわけだ。体育・スポーツ、レクリエーションという三つのものというのですから、それならやはり体育・スポーツ、レクリエーションいうならば、武道というのはむしろ既存の大学に任すべきではないのか、それが唯一の国立の体育大学ではないのかと思います。 そのことは、国立大学とは一体何ぞやということになるのかもしれません。いま大学の学生は、八割が私立で二割が国立とおよそ言われておる。けれども、じゃ二割というのは一体何で——国立大学というのは、これは低負担、高サービスですよね。私立大学は、これは高負担、低サービスと一般に言われます。そういうのを二割だけなぜいまやらなきやならないのか。そういう国立大学とは一体何ぞや。 明治の初め、黒船によって刺激されて欧米に近代のあることを知った日本人の多くは、そのときには国立大学というのでいい指導者をつくらなければならなかった。しかし、その後のことは、このことはまた後日改めて御質問申し上げたいと思っておりますけれども、私は、この唯一の国立である体育大学で体育・スポーツ、レク、その中でもって八十名と六十名、この六十名の武道というのはどうしても理解ができない。 このことを通して、私は、むしろ国立大学とは一体何ぞやという疑念すら持つのでありますが、このことは、いま大臣や両局長にお聞きしても、なかなか容易じゃございませんから、以上のことを申し上げて、時間になりましたので、私の質問を終わります。
○三ツ林委員長 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。 —————————————
○三ツ林委員長 この際、本案に対し、中西績介君外二名より、日本社会党提案に係る修正案及び山原健二郎君外一名より、日本共産党提案に係る修正案がそれぞれ提出されております。 両修正案について提出者より順次趣旨の説明を求めます。まず、中西績介君。
○中西(績)委員 私は、日本社会党を代表して、国立学校設置法の一部を改正する法律案に対する修正案を提出いたします。 修正案の趣旨。 改正案中、鳴門教育大学及び鹿屋体育大学の設置に係る部分を削除する。 修正案提出の理由。 今回提案された鳴門教育大学は、すでに設置されている上越・兵庫の両大学に引き続き、主として現職教員の研究・研さんの機会を確保するための大学院に重点を置き、あわせて初等教育養成のための学部を持つ大学として、そこでの教育研究は、学校教育に関する実践的な教育研究を推進することとされている。 上越・兵庫両教育大学と同様に、新構想大学としての鳴門教育大学については、国際的な趨勢である一般大学における教員養成という開放制の立場に逆行するものであること、現職教員の研修権の自由と平等との関係、大学院のあり方など多くの問題点を有しており、また、大学の自治の確保に対する管理、運営上の危倶すべき問題点を持っている。 鹿屋体育大学については、体育・スポーツ、レクリエーション活動の分野における実践的な指導者の養成を図るため、特に社会体育の分野に主眼を置いて教育研究を推進することとされている。 今回の鹿屋体育大学については、これもいわゆる新構想大学の一環であり、大学の管理、運営についての疑義は鳴門教育大学と同様である。と同時に、緊急な課題である体育・スポーツ、レクリエーションの指導者養成は、既設の大学で十分に可能であると考えられ、財政難が叫ばれる今日、多額の予算をかけ国立の体育単科大学を設置する意義は全く希薄であること。また、体育学部の課程に武道課程を体育・スポーツ課程のほかに別個に設けることとしているが、その根拠は依然として不明であることなど、徹底した審議が必要である。 一方、千葉大学の人文学部を文学部及び法経学部に改組するなど、学部の新設や改組、あるいは滋賀医科大学への大学院の新設などは、学生募集などとの関係から、鳴門教育大学、鹿屋体育大学についての審議によって成立をおくらせることには問題がある。 これが鳴門教育大学、鹿屋体育大学に関する部分の分離を要求する趣旨であるが、法案採決に当たっての技術的な問題もあり、削除する修正案を提出することとしたものである。 何とぞ委員各位の御賛同をお願いを申し上げ、提案の理由といたします。
○三ツ林委員長 次に、山原健二郎君。
○山原委員 私は、日本共産党を代表して、国立学校設置法の一部を改正する法律案に対する修正案を提出いたします。 一、修正案の趣旨。 改正案中の鳴門教育大学の設置に係る部分を削除する。 二、修正案提出の理由。 今回提案されている鳴門教育大学は、昭和五十三年度に設置された兵庫教育大学、上越教育大学と同構想のもので、主として現職教員の研究・研さんの機会を確保する趣旨を持つ大学院と初等教育教員の養成を行う学部を有する大学とされています。 わが党は、兵庫・上越両教育大の設置については、現職教員研修のあり方、また大学院のあり方を含めた大学制度全体に影響を及ぼしかねない重要な問題が含まれているので、徹底審議で問題点を解明すべきであるという立場からこれに反対しました。 ところが、今回の鳴門教育大学の設置に当たって、当時指摘されていた問題点が現実の問題となっていると言わざるを得ません。 それは、現職教員の大学院入試に当たり、教育委員会による同意を必要とする問題が、教育行政側の恣意的な選択にゆだねられかねないとの懸念は、私が指摘しました愛知県教育委員会がとっている行政措置の具体例などによっても現実的なものとなっており、「大学の自治」、「入試の機会均等」を制約するおそれがあり、研修の保障をうたった教育公務員特例法の第十九条、第二十条を侵しかねない問題を持っています。 また、今回の鳴門教育大学の設置問題は、徳島大学教育学部の改組問題と絡んでおり、徳大教育学部の将来構想が大学当局と文部省の間で具体的合意に達していない今日の段階で、初等教員養成学部を持った鳴門教育大の設置を決定することは、徳島大学教育学部の将来構想の検討に事実上の枠をはめることになりかねない問題を含んでいます。したがって、慎重な審議が必要であると断ぜざるを得ません。 院生と学部生の受け入れは、おのおの五十九年度、六十一年度であり、時間をかけての問題解明は決して無理なことではありません。 一方、千葉大学の人文学部改組や香川大への法学部設置、滋賀医科大への大学院設置や神戸大学への医療技術短期大学部併設などは賛成するものでありますが、学生募集などとの関係から、鳴門教育大学に関する審議の遷延によって成立をおくらせることには問題があります。 以上の点が鳴門教育大学に関する部分の分離を要求した趣旨でありますが、法案採決に当たっての技術的な問題もあり、削除する修正案を提出することになったものであります。 委員各位の御賛同をお願い申し上げまして、提案理由の説明を終わります。
○三ツ林委員長 以上で両修正案の趣旨の説明は終わりました。 —————————————
○三ツ林委員長 これより原案及び修正案を一括して討論に入ります。 討論の申し出がありますので、順次これを許します。馬場昇君。
○馬場委員 私は、日本社会党を代表し、先ほど提出されました日本社会党の修正案に賛成し、政府提出原案に反対する討論を行います。 政府提出の原案は、われわれの見解によれば、三つの部分から成っております。 その一つは、鳴門と鹿屋に創設が予定されている新しい構想の教育大学と大学院設置に関する部分、その二には、既設の大学の大学院、学部、短大などの新増設の部分であり、その三は、三つの共同利用研究所の新設にかかわる部分であります。 そのうち第二、第三の部分については賛成であります。しかし、新構想の教員養成の教育大学・大学院及び国立体育大学については、次に述べる理由で今日の段階で採決されることには賛成しかねます。 まず、鳴門教育大学の大学院、学部の新設についてであります。 この新構想大学は、過ぐる第八十四国会において新設が決まった上越・兵庫の両教育大学と同質のものであります。 第八十四国会では、新構想教育大学の発足に当たり、新構想教育大学に批判的であった国大協は、既設の大学の教育学部の充実、大学院の増設及び現職教員の再入学などの条件整備と、その方向に向かっての改革の諸課題を強く要望していました。 しかるに、既設大学の大学院の増設には一定の努力は見られたものの、いまだ国大協の要望に十分こたえたとは言えません。そればかりか、現職教員の大学院入学について、第八十四国会における参議院附帯決議の精神が守られていない節があります。 新構想大学・大学院の入学と既設の大学の大学院への入学について平等に扱われていない傾向、教育行政当局の実質的規制が加わるおそれがあることを懸念してきたのですが、この懸念が実際に行われています。 第二には、新構想大学は、国際的趨勢である一般大学における教員養成という開放性の制度、考え方に逆行するものであります。 第三には、大学の管理運営について、現行法の枠の中で行うと言いながらも、副学長その他の組織として、研修その他の計画について広く国民の意見を聞くという理由のもとに参与制が設置されていますが、大学の自治を侵害するおそれがあるという意味で開かれた大学への対応とは言えません。 第四には、鳴門教育大学の発足と徳島大学教育学部との間に正常な関係がないと判断される点であります。この関係は、あたかも東京教育大の廃止と新構想筑波大学の創設の際の両大学の関係ときわめて似た状況にあると言えます。 徳島大学の教育学部の改組と鳴門教育大学の新設は、一つの県に二つの教育系大学が併存されることになる可能性があります。このことは、教員の配置及び学生の需給について不明確な点を残しています。しかも兵庫・鳴門という教育大学の設置は、一部の峡い地域に教育系大学が偏在することを意味しています。 したがって、高等教育の計画的推進という観点からも再検討の必要があるように思われます。 鳴門教育大学の発足は、無計画であり、時期尚早と言わなければなりません。 次に、鹿屋体育大学についてであります。 わが国における近年の体育・スポーツヘの国民の要求は、きわめて大きな世論となっていることは確かであります。 この際、一九七八年にユネスコの第二十回総会において、体育・スポーツ国際憲章を採択しました。その第一条で「体育・スポーツの実践は、すべての人にとっての基本的権利である。」と規定しています。このスポーツ権の立場に立つならば、だれでも、いつでも、どこでもスポーツを実践できるための必要な施設、人的配置は欠くことができません。 しかるに、社会体育の実践的指導者の資格制度も確立していません。また、いまだ文部省も調査会で検討中であると言われています。したがって現状では、社会体育の指導者養成の基本的対応は不十分であると言わねばなりません。 こうして、第一の反対理由は、ユネスコ国際憲章のスポーツ権への十分な行政的対応のないまま体育大学を発足させることは慎重でなければなりません。 第二には、体育・スポーツ、レクリエーションの指導者養成は、既設の大学で十分可能であって、そのための積極的な努力こそ国民の期待にこたえる早道であると思います。財政難が叫ばれている今日、多額の予算で体育大学を設置する意義はきわめて希薄であると言わなければなりません。 第三には、体育学部の課程に武道課程を体育・スポーツ課程のほかに別個に設けようとしている点であります。その根拠は依然として不明です。武道は、スポーツ・体育の一部でしかないからであります。 第四には、鹿児島県におけるかつての新構想の教員養成大学の創設計画から体育大学に変化した事情が不明確であります。この場合も、鹿児島大学教育学部からの協力は得られておりません。 要するに、鳴門・鹿屋両新構想大学は、ともに既設大学の教育学部との関係で常にトラブルが生じています。このことは、国大協と新構想大学創設との間の教員養成のあり方をめぐる対立が依然として解消されていないことを意味しています。 以上の理由により、日本社会党の修正案に賛成し、政府提出の原案に反対する私の討論を終わります。
○三ツ林委員長 山原健二郎君。
○山原委員 私は、日本共産党を代表して、国立学校設置法の一部を改正する法律案の採決に当たり、わが党提案の修正案に賛成し、政府原案に反対の討論を行います。 この法案に対する採決が、私どもが賛成する部分と反対する部分を混在させた一括採決になる可能性もありますので、それぞれの態度を明らかにして討論をいたします。 まず第一に、千葉大学人文学部改組、香川大学への法学部設置、滋賀医科大学への大学院設置と神戸大学への医療技術短期大学部併設は、国民と大学関係者の強い要望でもあり、積極的に賛成するものであります。 第二は、宇宙航空研究所の廃止及び宇宙科学研究所の新設を初めとした国立大学共同利用研究機関の設置についてでありますが、これらの機関が全構成員の声を民主的に反映して運営されるよう文部省として十分配慮すべきであることを要望するとともに、特に宇宙科学研究所については、平和利用、自主、民主、公開の原則を運営の基本に据えること、宇宙航空研究所の改組に当たっては、定員外職員も含めた全職員の不利益とならないよう措置されることを改めて要望して、賛成をするものであります。 第三は、鹿屋体育大学についてでありますが、この大学の特徴の一つに武道課程の問題があります。わが国の伝統的スポーツである剣道・柔道などいわゆる武道について、他のスポーツと同様に重視し、振興、発展を図ることは重要なことであります。 まず私は、鹿屋体育大学における武道の教育研究が「真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にして、しかも個性豊かな文化の創造をめざす」とした教育基本法を初めとする教育の民主的諸原則にのっとって行われることを強く希望するものであります。 既存の地方大学の拡充の中で体育学部の新設を図るのではなく、新構想の単科大学方式をとるなど納得できない面を初め、その運営、教育内容などについて、資料不足のため不明な部分があることは、まことに遺憾千万でございます。 今日のスポーツ、レクリエーション活動の急速な大衆化状況と相まって、社会体育分野の指導者養成は、切実な国民的要望であることも否定できません。 したがって、今後における問題点の慎重な検討を前提としつつ、武道を含めた体育指導者の養成を民主的に推進し、体育・スポーツ分野における科学的な研究、教育の発展を図る立場から、全教職員の声を尊重することはもちろん、全国の体育教育関係者や国民の英知や要求を結集して、国民の期待にこたえる大学として発足すべきだと思います。 今後の運営、内容の推移につきましては、その都度報告を求め、以上の観点から追及をしていく姿勢であることを明確にしておきたいと思います。 第四は、鳴門教育大学についてでありますが、修正案提案の際述べましたように、現職教員の大学院志望に当たり、教育委員会による恣意的な規制が行われかねない問題や、徳島大学教育学部改組との未調整の問題など幾つかの疑点が残されています。 もちろん教員養成と現職教員の研修は、いささかも軽視されてよいものではなく、積極的に前進させなければならないものであります。その方向は、教師集団に差別と分断を持ち込んだり、教員統制強化のための管理体制確立に利用されるものであってはならぬと考えております。 新教育大学の構想が、昭和四十六年の中教審答申に示された上級教員づくりの構想を背景にしたものではないかとの従来からの批判についても、そうではないとする確固たる歯どめはなく、さきに触れた同意の問題とも相まって、これらの懸念は払拭されておりません。 こうした問題は、教員研修のあり方や大学自治の問題にもかかわって、広く教育のあり方全体に重要な影響を与える性格のものであり、慎重な審議、検討による問題解決が図られるべきであるとの立場から、現状において鳴門教育大学の設置には賛成できません。 また、鳴門教育大学と徳島大学との関係について言えば、徳島大学の意向が十分尊重されるべきであることを付加して申し上げたいと思います。 以上述べました理由から、本法案には賛成すべき部分を持ちながら、一括採決に当たっては、総合的判断から反対の立場をとらざるを得ないのであります。 したがって、わが党の修正案に賛成し、政府原案に反対をいたしまして、討論を終わります。
○三ツ林委員長 これにて討論は終局いたしました。 —————————————
○三ツ林委員長 これより採決に入ります。 国立学校設置法の一部を改正する法律案及びこれに対する両修正案について採決いたします。 まず、中西績介君外二名提出の修正案について採決いたします。 本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○三ツ林委員長 起立少数。よって、本修正案は否決いたしました。 次に、山原健二郎君外一名提出の修正案について採決いたします。 本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○三ツ林委員長 起立少数。よって、本修正案は否決いたしました。 次に、原案について採決いたします。 原案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○三ツ林委員長 起立多数。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 なお、ただいま議決いたしました本案に関する委員会報告書等の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○三ツ林委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○三ツ林委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時五十九分散会