内閣委員会 第2号
- 発言数
- 195 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1981/03/26
会議録
○江藤委員長 これより会議を開きます。 恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、これを許します。渡部行雄君。
○渡部(行)委員 まず総理府総務長官にお伺いいたしますが、恩給というのは明治八年に最初にできたのでございますけれども、これを漢和字典等で見てみると、上から押しつける、そういう性格の語義があるわけでございます。したがって、この恩給という文字、言葉は歴史的にはどういうふうになっているのか、あるいはその語源と申しますか、それについてひとつ大臣のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
○中山国務大臣 大変むずかしいお話でございますが、いろいろ資料等も調べてまいりますと、恩給という言葉が退職後の公務員に支給される年金等を指す用語として初めて用いられたのは、明治九年の陸軍恩給令でございまして、その当時においては、恩恵に対する給付というようなニュアンスを持っていたものと思われます。しかしながら、その後恩給は、国の恩恵をという意味を離れて、単に公務員年金を指す言葉として用いられるようになってまいったと存じております。 大正十二年に制定されました現在の恩給法において恩給という用語の定義はございません。また恩給の意義につきましては、特段の規定も設けておらず、恩給法の趣旨及び恩給制度の体系から見まして、恩給は、公務員が相当年限忠実に勤務して退職した場合、公務のため負傷し、もしくは疾病にかかって退職した場合、または公務のため死亡した場合において、その功労に報いるため、法律に基づいて国が公務員または遺族に支給する給付であるととらえることが適当であるというふうに考えたものであると存じております。
○渡部(行)委員 それは勝手に政府が恩給という字句の解釈をしたものではないかというふうに思うわけです。なぜならば、恩給の「恩」という字は、その「心」の上にある「因」は「ある下地の上に乗って、下を押さえることを示す会意文字」である、こういうふうに漢和大字典には載っているわけです。そして「恩」は「「心+音符因」の会意兼形声文字で、心の上にのしかかって何かの印象を残すこと。恵みを与えて、ありがたい印象を心にしるしたこと。」こういうふうになっているのです。 そして大正十二年の軍人恩給法というものを見てみますと、この中の第二条に「陸海軍軍人恩給ハ左ノ六種トス」という中の四に「賑恤金」というものが入っているわけです。この意味は何かと言うと、人の難儀を気の毒がって金品を恵む、こういうふうになっているわけですが、こうなると、恩給というのは、やはり帝国憲法のもとで上から賜るという思想が根底にあってこの文字が使われたのではないか、それが終戦後だんだんと解釈を変えただけで、実際は恩給法というのは、戦前の帝国憲法の法制下の中にできたものであって、現在の平和憲法のもとでの法体系にはなじまないではないか、こういうふうに考えるのですが、いかがでしょうか。
○中山国務大臣 先生御指摘のような、なるほど戦前の法律制度においては、上から賜るものというふうな歴史的な経過があったかもわかりません。そのとおりだと思いますが、戦後におきまして、平和憲法のもとでは国民が主権者でございますから、主権者が主権者のために奉仕をした公務員に対して支払うべきもの、私どもはこのように理解して言葉を使っておるわけでございます。
○渡部(行)委員 私は、言葉というのは余り軽々に解釈すべきではないと思うのです。すべて一つの歴史的な経過をもって言葉というのはでき上がるわけでございます。したがって、そういう意味からすれば、何もこんな恩給の言葉にこだわらないで、どっちみちこれは年金だというふうに言っているわけですから、年金なら年金というものに一本化して、後は内容の面で実質的に仕分けをした方が合理的ではないか、こういうふうに思うのですが、いかがでしょうか。
○小熊政府委員 いま先生おっしゃいましたように、恩給の「恩」の字はどう、「給」の字はどうということになりますと、あるいは漢語から来ればそうかもしれませんけれども、広辞苑など見ましても、もうすでに恩給という字が——ちょっと読ませていただきますと、「一定年限勤続して退職した公務員またはその遺族に、国庫または国の指定する団体が給付する一時金または年金。」このように定義しておりますし、また英語でもペンションとかスーパーアニュエーションという言葉、これは普通年金と考えられるのですが、訳語としては恩給という言葉を使っておりますし、フランス語でもパンシオンを恩給、こう使っております。また先生引用された恩給法でも、その第一条で「恩給ヲ受クル権利ヲ有ス」と、権利としても規定しておるわけでありまして、決して恩恵的に与えるというような意味ではもう使われていないと考えていいのではないかと思うわけでございます。
○渡部(行)委員 これで余り争いたくないのですけれども、しかし、現実にかつては下万民に与えるという考え方があったことは帝国憲法から考えても明らかなわけで、せっかく憲法を変えて民主的な体制をつくろうという中で、この旧来から残っておる恩給というものも改めていいのではないか。現実に恩給を継承して、いまは共済組合年金というふうに改まっている部分もあるわけですから、何もこれだけを残さなければならない理由はないだろうと思うのです。問題は実体であって、名前がそういうふうに誤解されがちだとすれば、この辺で少し考えてみたらどうかと私は考えるのですが、いかがでしょうか。
○小熊政府委員 先生のおっしゃることもわかるのですけれども、ただ、いま共済年金を受けておる人などでも恩給をもらっておるとか、おれの恩給は幾らだというように、もう年金と言うよりはもっとなじみ深く定着しているのではないか、このように考えておるわけでございます。
○渡部(行)委員 それでは恩給と年金とは具体的にどのように違いますか、お聞かせ願いたいと思います。
○小熊政府委員 恩給は、御承知のように相当年限忠実に勤務をした公務員が退職した場合とか、あるいは公務のために傷病を受けたあるいは公務のために死亡したというような場合に、その公務員あるいはその遺族の方に支給する年金でございます。これは言うなれば国家補償的な意味を持った年金かと思います。 共済年金の方は、これは恩給と同じように退職した公務員に対する年金等でございますが、たとえばそのあり方から言いますと、恩給では、国庫納金という形で、いわゆるファンドとしてそれを使うということはしなかったわけですが、共済年金の場合は、掛金という形で、それをファンドとして支払いをする、いわば保険数理に基づいた社会保険といいますか、そういう性格を持っておるというように考えるわけでございます。その中身につきましても、恩給の場合は、文官吏十七年、あるいは軍人であれば十二年あるいは十三年、これに対して共済年金の方は二十年、これはいろいろ保険数理の方から出てきた数字ではないかと思いますが、そういった違いがあるというように考えておるわけでございます。
○渡部(行)委員 しかし、恩給にしても一定の率で掛金があるのでしょう。だとすれば、その掛金のある部分については、性質としてはそう変わってないのではないか。しかも、共済年金の方は二十年となると、恩給の方が非常に分がいいということになるのです。そして、その恩給の性格は、忠実に勤務した——その忠実とは、一体どういうことを指して忠実な勤務と言うのか。たとえば旧軍人の中で大将とか中将とかいう方が戦犯に問われて、そしていま現実に恩給をもらっている方がいると思うのです。その辺の実態はどうでしょうか。戦犯に問われた者がどのくらい恩給をもらっておるか、それをちょっとお聞かせ願いたいと思います。
○小熊政府委員 恩給の計算は、最終俸給と勤務年数で決まるわけでございます。したがいまして、外地で戦犯になって抑留されておった方は、それなりの加算をつけてやっておりますし、あるいは戦犯で死刑になられた方の遺族に対しては、遺族年金が出ておるわけでございまして、計算は普通の恩給と全く同じにやっておるわけでございます。
○江藤委員長 人数は何人くらいか……。
○小熊政府委員 人数はちょっとわかりかねるわけでございます。
○渡部(行)委員 おおよその人数、わかりませんか。A級ばかりでなくて、一応戦犯という範疇でとらえた場合、該当する人たちは何人くらいいるのか。
○小熊政府委員 B級、C級にしましても、外地から引き揚げてきたときは、単に復員という形をとっておりますので、その方が戦犯に問われたとか問われないというようなことは調べておりませんので、ちょっとわかりかねるわけでございます。
○渡部(行)委員 内容が忠実な勤務ということは、いまの憲法のもとでは国民に忠実な勤務ということになろうかと思うのです。だとすれば、戦犯という一つの戦争責任に問われた人に、忠実な公僕としての恩給というものを与えていいものだろうか、私はこの辺が非常に疑問になるわけです。しかも、一生懸命その命令に忠実に——善良な一般の国民が兵隊で行って同じように戦死をしても、その人は非常に少ない額で手当てがされ、階級がいい、いわゆる戦争を指導した大将や中将などが死ぬと、その何倍もあるいは十数倍も国がそれに手当てをする。これは矛盾を感じませんか。
○小熊政府委員 恩給制度というのは、先ほども話がありましたように、明治九年からずっと続いておる制度でございまして、その計算方式なり支給に対するいろいろな制限、こういうものをそのまま受け継いでいるわけでございますので、その辺をいまの時点で振り返ってどうかということもなかなか——既得権の問題もあるでしょうし、いろいろなことがございますので、非常に無理な話ではないのかというように感じております。
○渡部(行)委員 しかし、連合国の最高司令官の指令によって、軍人恩給というのは一たん打ち切られた経緯がありますね。だから、その際、それはなぜ打ち切られたか、結局侵略戦争をやった日本の軍人に対してそういう恩恵を与えるべきでないという思想があったかと思います。しかし、それを復活するときには、そういう内容についても私は考慮すべきでなかったかというふうに思うのですが、いかがでしょうか。
○小熊政府委員 昭和二十八年に復活いたしましたときは、もちろん内容についてはかなり戦前とは変わったものになっておったわけでございます。たとえば仮定俸給等の決め方につきましても、戦前とは大分違って格差はずっと少なくなっていたと思います。
○渡部(行)委員 どうも話がかみ合いませんが、私が言いたいのは、戦争責任者というものに対してはどういう考え方でこの恩給の対象にしたのか、このことなんです。
○小熊政府委員 戦争責任者と言いましても、やはり戦前……(渡部(行)委員「戦争犯罪者と言った方がいいですね」と呼ぶ)戦争犯罪者でございますか、戦前はやはり国のために自分の命をささげて戦争をしてきたわけでございますので、戦後恩給審議会等でいろいろ議論された際も、これはしかるべく遇すべきであるという答申がありまして、それに基づいて恩給法が復活したということかと思います。
○渡部(行)委員 それではA級戦犯の筆頭である東條英機の家族に対しては扶助料は支払ったのですか、どうですか。
○小熊政府委員 支払っているはずでございます。遺族扶助料が支払われているはずでございます。
○渡部(行)委員 どうも私はしっくりしないのは、一方において死刑に値するということで判決を受け、そして絞首刑になった、そのことについて国が全然反省をしていない、そしてただありきたりの法律によってそれを当てはめたという感じがするのです。そして一方においては、兵隊の方にはその恩給ではとても生活し切れないというような状態が続き、また他方にはいまだに補償もされない人たちがたくさんいる、こういうことは不公平じゃないでしょうか。ただ公平、不公平の問題よりも、私は日本国が新しい日本国に生まれ変わるときの最も重要な反省点が欠けていたのではないかというふうに考えるのですが、いかがでしょうか。これは長官にひとつ所信を承りたいと思います。
○中山国務大臣 先生の戦犯に対する恩給の支給が間違っているのじゃないかという御指摘でございますが、私どもの国家が戦争によって受けた被害、あるいはまた戦争遂行のために全体のために戦った人たちというものは、大将から兵に至るまで気持ちは一緒だったろうと私は思います。だから、外地においても、御案内のように、上等兵であろうとあるいは二等兵であろうと、現地の軍事裁判所で勝者が敗者を裁いて絞首刑になった方にも遺族年金が出ているはずでございます。また司令官として内地におって、極東軍事裁判所においていわゆる絞首刑の判決を受けて、いわば外国の占領下において勝者が敗者を裁いた。そういう中で有名な判事がおられた。極東軍事裁判所のたしかインドの判事でありましたが、パル判事は日本無罪なりということを主張した裁判官であったと思います。だから、私はもっと後世の歴史が何が正しかったかということを裁くであろうと考えておりますが、国家としましては、民族のために戦った方には位階勲等の差を問わず、それぞれの立場の方々の御遺族に支払うべきものとして、昭和二十九年に国民の代表のおられる国会で議決された法律に基づいてただいまの遺族年金が支給されておるというふうに理解をいたしております。
○渡部(行)委員 この問題ばかりやっておれませんが、いまの答弁では、ただ国会の議決したものに従ってやられたと言っておりますけれども、何か釈然としないわけですね。私は、人の命というものは、将官であろうと兵隊であろうとそんなに差がないじゃないか、あるいは国にささげる愛国心というものもそれほど差がない、むしろ純朴な兵隊ほど心理学的には愛国心がかえって強かったのじゃないか、このくらいにさえ考えられるわけです。 そういうふうに考えてまいりますと、ただ、給料の差があったからということで、それだけが一つの基準になって、そのまま機械的に恩給に計算されてくるというのは、恩給の性格からして少し私は納得できない、特に旧軍人恩給という形についてそういうふうに考えるわけですが、いかがなものでしょうか。
○小熊政府委員 戦死されたような旧軍人については、いま先生おっしゃったように、もちろん原則的な計算としては差があるわけでございますが、現在、最低保障という方式を取り入れまして、最低保障額で支給しているわけですが、これによりますと、大体兵隊から少佐の方までこの最低保障額に埋没するというか、同じ金額になるわけでございます。あとその上の方が若干ずつ高くなっていくというのが公務扶助料の現状でございます。
○渡部(行)委員 この最低保障額でもまだまだ満足がいかない。もちろんそれは高いほどいいのは決まっていますけれども、しかし、これはもう少し物価その他と見合わせながら上げていくお考えはないでしょうか。
○小熊政府委員 ただいまの御審議いただいております改正法によりまして、月額十万三千円ということで改正法を御審議いただいているわけでございますが、この十万三千円という金額、これは現職の方々が公務死したような場合の金額等をいろいろ考えまして決めておるわけでございますが、なお今後いろいろ物価が上がるとかあるいは公務員給与が上がるといったような事態に対しましては、またその時点で考えていかなければならない、このように考えておるわけでございます。
○渡部(行)委員 次に、これは大蔵省の主計局にお伺いいたしますが、公務員の職域年金として共済年金ができておりますが、この年金の基礎期間に厚生年金とか国民年金等の被保険者期間を通算して、このたくさんある共済年金制度を一元化するお考えはないかどうか、お伺いいたします。
○野尻説明員 お答え申し上げます。 ただいまの御質問の御趣旨は、厚生年金とか国民年金、それらの被保険者であった期間を共済組合員の期間に通算して一本の年金にする考えはないか、こういう御趣旨かと思いますが、現在わが国の年金制度は、公的年金として八つの制度に分かれていると言われておりまして、それぞれの制度が、それぞれの職域あるいは集団を保険単位として、それぞれの公的年金の仕組みを構成しているわけでございますので、そのために、幾つかの公的年金の間を移動した方々のために、通算年金制度というのが別途すでに制度化されているわけでございます。したがいまして、現在はそういう通算年金をそれぞれの制度から払うということによって、実質的に通算しているのと同じ効果が出ているわけでございまして、全く異質の期間を等質のものとしてそれぞれ通算し合うというようなことは、現在の制度の上では不適当ではないかと私どもは考えております。 なお、共済年金を統合する考えはないかという点でございますけれども、これにつきましても、国家公務員、地方公務員あるいは三公社の共済組合というのは、それぞれ沿革あるいは内容に若干の相違がございまして、一気にこれを統合するというのはなかなかむずかしい状況にあるというふうに考えております。
○渡部(行)委員 どうも役人の方々は、その性質だとか経過とかそういうものばかりにとらわれて、国民の側から、その支給を受ける側から、どういうふうにこの年金制度というものを感じ取っているか、こういう辺に対する配慮が少し足らないんじゃないか。 いま、現実的には通算ができていると同じだと言われましたが、これは全くうそだと私は思います。たとえば、国民年金を掛けてきて、その後に公務員になって、今度は共済年金に切りかえた場合、国民年金の期間が共済年金の期間に通算されますか。されていないじゃないですか。あるいはまた海外に抑留されて、あるいは軍人になって、そしてまだ恩給はつかない。しかし、帰ってきて、戦友の一人は公務員になった。そしてもう一人は民間の会社に働いた。そうした場合、公務員になった人は、その軍人の勤務期間というものが通算されるけれども、民間の会社に働いた者は、全然これは考えられない。現実にそういう事実があるんじゃないでしょうか。それが通算と同じ結果を生んでいるということを、どこを指して言えるのですか。
○佐々木説明員 お答えを申し上げます。 前段で先生がお尋ねになりました、現在のわが国の年金制度の通算の問題でございますが、ただいま大蔵省の共済課長からお答えがありましたとおりでございまして、昭和三十六年に国民年金が創設されました際に、わが国の年金相互の間におきまして通算を行うべきではないかという御議論がございまして、その際にいろいろ検討いたしました結果、それぞれの年金の期間を通算をいたしまして年金の受給資格を定める、ただし、支給の方は、それぞれの制度から通算年金という給付を行う、かようなことで決着を見ておりまして、国民年金に加入をされました方でも、もちろんその期間につきまして、ほかの共済等の期間と合算いたしまして期間を満たします場合には、給付が国民年金の方から行われるという仕組みになっているわけでございます。 〔委員長退席、愛野委員長代理着席〕 次に、後段でお尋ねになりました点でございますが、この問題につきましては、去る二月二十八日の予算委員会におきましてお尋ねがございましてお答え申し上げたわけでございますが、国民年金、厚生年金は、いずれも保険料の拠出をもとといたします相互連帯の制度でございますので、そういう制度の性格から申しまして、それ以前のたとえば軍務に服された期間につきまして給付を行うということは、大変制度になじまないということでございまして、困難な問題であるということで、繰り返し政府からその趣旨のお答えを申し上げているという問題でございます。
○渡部(行)委員 どうもさっぱり話がわからなくなってしまったわけですが、そうすると、こういうふうに解釈していいでしょうか。国民年金を掛けた者は、その後公務員になった場合は、公務員の勤務期間とそれから国民年金の掛けた期間は通算される、こういうふうに解釈していいですか。
○佐々木説明員 現行制度の通算の仕組みは先生ただいま仰せのとおりでございまして、国民年金の加入期間と厚生年金、共済組合その他のほかの公的年金の加入期間を合わせまして二十五年以上ございます場合には、国民年金の加入期間については国民年金の方から通算年金が出る、それから共済年金、厚生年金等の加入期間の分についてはそれぞれの制度から通算年金が出る、かような仕組みになっておりまして、その構成につきましては、通算年金通則法という法律がございまして、その法律に基づきまして、各制度からただいま申しましたような給付が行われるという仕組みになってございます。
○渡部(行)委員 肝心かなめのことを答えていないようですが、軍人の在職期間、これが通算されていないという事実は一体どういうふうに解釈したらいいでしょうか。
○佐々木説明員 ただいま御説明申し上げました年金の通算制度は、昭和三十六年に創設されたものでございまして、と申しますのは、昭和三十六年から国民年金の制度ができておりますので、それ以前は国民の皆年金という体制になっておらなかったわけでございます。したがいまして、昭和三十六年以降のそれぞれの制度の加入期間につきましては、ただいま申し上げましたような通算が行われておりますが、それ以前の期間につきましては、原則として通算は行われていない、かような構成になっております。
○渡部(行)委員 だから、私が言っているのはそこなんですよ、肝心かなめなところは。公務員になれば通算されて、公務員でなければ通算されないという、この同じ国民に対して差別があるんじゃないかということなんです。法のもとに平等だと言うけれども、一体これは平等だと言えるでしょうか。ただそれは、軍人も公務員とみなして、そしてこの公務員を国家公務員として取り扱うから、公務員の方には通算する。しかし今度は、地方自治体の職員あるいは公労協、そういうところの人たちについてもやはり通算されることになっているわけですよ。そうすると、どうもその立論が、何か一般の民間に働く人あるいは農業をやっている人たちのためには数が多いから支払いたくないというふうにしか受け取れないのですけれども、その辺はどうでしょうか。
○佐々木説明員 先ほど申し上げましたように、厚生年金、国民年金は社会保険の仕組みでできておりまして、加入されるすべての方々が保険料を納付をされる、その納付をされました期間について給付を行うということを基本的な構成にいたしおります。したがいまして、保険料を納付をされない期間につきまして給付を行うというふうに制度の仕組みはなっていないわけでございます。 一方、共済の年金の方は、これは恩給の制度を引き継いだ制度でございまして、旧恩給の期間につきましても共済制度におきまして給付を行う、こういう仕組みになってございまして、民間の厚生年金、国民年金と公務員を対象にいたします共済年金では、過去の期間の取り扱いが異なっているということでございまして、その点は制度の性格の相違ということからきているわけでございます。
○渡部(行)委員 制度の性格が違うと言いながら、実際あなた方は勝手に法律をいじって、そうして今日の法律に仕立ててきているわけですよ。たとえば三公社の職員を対象とした公共企業体職員等共済組合法とかあるいは国家公務員を対象とした共済組合法とか、いろいろそういう性格によって都合のいいところは皆そうやってつくって、そこには軍人の期間を全部通算させる。あるいは軍人でなくとも、今度は別なたとえば農林省から電電公社に職場がえをした、そうするとそれも通算できる。ところが民間の人は全然通算の対象にならない。しかも国のために働いたのじゃないですか。役所の書類の上から見ないで国民の側から見てくださいよ。同じ命がけの戦争をやって帰ってきたら、隣の者は役場に勤めてそれが通算されておる、自分は百姓やっているために通算されない、こんなばかな話がありましょうか。われわれは政治家なのですよ。だから、これは法律の経過がどうのこうの、制度がどうのというのじゃなくて、国民にどうしてもっと平等感を与えないのか。そこでわれわれはその制度の手直しをしなければならぬのではないかという議論をしているのだ。何もいまの制度の説明をせよというのじゃないのです。その辺についてはどうですか。
○佐々木説明員 先生仰せのような御要望があることはもちろん承知しておるわけでございますが、厚生年金、国民年金は、厚生年金の場合には民間の工場等に勤務の方々、国民年金は農業者その他自営業の方々を対象にしておるわけでございまして、そういう制度の中で、過去の期間につきまして、しかも公務員だけについて処遇を行うということは、この制度の上で、民間人の方々との均衡から申しまして、これはとても無理があるということでございまして、仰せのことは十分承知はしておるわけでございますけれども、制度の仕組みからそれは対応がむずかしいということでございます。
○渡部(行)委員 だから私は大臣を呼んだのですよ。大臣が来れなかったら判断のできる局長を出しなさいというのに、何だ、課長が来てそんな責任のない答弁をしている。判断のできない課長では話にならぬよ、こういうのは。政治的にこちらは質問しているのだ。何も事務内容がどうのこうの聞いているわけじゃないのですよ。現実にいまどんどんとこのことで請願が出ており、陳情が来ているじゃないですか。そうして自民党の代議士も皆入って、超党派で議員連盟をつくっているのですよ、この短期軍歴期間の通算については。そういう現実を全然無視して事務的な答弁の繰り返しでは話になりませんよ。
○佐々木説明員 この問題は、国会におきましてもしばしばお尋ねがある問題でございまして、昨年の予算委員会におきましても、やはり同じ趣旨のお尋ねがございまして、当時の野呂厚生大臣から、ただいま私が申し上げましたのと同じ趣旨のお答えを申し上げておりまして、決して私の方で現状の事務的な説明をやっているというようなことではございません。
○渡部(行)委員 それでは私がいまこれを検討してくれ、こういうふうに言いますから、それを大臣に伝えて、そして検討するように努力する、こういう返事ができませんか。
○佐々木説明員 昨年の予算委員会におきましても、そういうお尋ねがございましたが、厚生大臣として、その問題は厚生年金、国民年金の問題としてはむずかしいと申し上げておるわけでございまして、私がこの席でとやかく申すことはなんでございますが、先生の御質問の御趣旨は、戻りましてよく上の方に伝えたいと思っております。
○渡部(行)委員 それでは次に移りますが、次に移る前にちょっと大蔵省の方にお伺いします。 幾つもある共済組合の年金制度、これをなぜ一本化できないのでしょうか。ただその経過が違うとか、そんなことだけでは納得できないのです。結局掛金を掛けて、もらうというこの仕組みだけは何も変わっていないわけですからね。
○野尻説明員 共済組合の年金は、現在その制度としては五つに分かれております。国家公務員と地方公務員と三公社の公共企業体、それから公務員グループとはちょっと異質でございますけれども、農林漁業団体の職員の共済年金、さらに私立学校教職員の共済年金と五つに分かれているわけでございます。 〔愛野委員長代理退席、染谷委員長代理着席〕 これを一本化したらいかがかというお尋ねかと思いますけれども、実は制度としては、国家公務員と地方公務員はそれぞれの法律で分かれておりますが、完全に相互間の期間通算を等質なものとして行うということに相なっておりますために、国家公務員と地方公務員の間は一つの制度と考えても差し支えなかろうかと考えております。 ただ問題は、同じ一つの法律の中に保険者がたくさんあるということだろうかと思います。たとえば三公社の共済組合は、法律は一つでございますけれども、国鉄、電電、専売といった公社ごとに共済年金の財政的な仕組みを変えている。一緒にしたらどうかというのは、保険者を一緒にしたらどうかというお話と、それから制度を一緒にしたらどうかというお話といろいろあろうかと思いますが、保険者を一緒にするという問題につきましては、それぞれの保険者ごとの問題が多うございまして、なかなか困難な面があるわけでございます。 ただ、私ども国家公務員共済組合を例にとって申し上げますと、一昨年の法律改正におきまして、それまで六つありました保険者を二つに統合いたしました。一つは郵政省の共済組合で、これはまだ依然として独立運営がされております。その他の国家公務員の省庁別に分かれておりました共済組合は、全部共済組合連合会というところに統合いたしまして、保険者の統合という面では一歩を進めたという経緯はございます。したがいまして、今後全くそういった保険者の統合ということは考えられないかと申しますと、そこはさらにいろいろの検討を加えていかなければならないように私どもは考えている次第でございます。
○渡部(行)委員 だから、よく話をすると、六つを二つにした、そういう経緯があればできないことはないというふうに受け取れるわけです。特に今日的な課題として行革が叫ばれておるわけでございまして、そういう中で、ただ小手先の改革をしても私は何にもならないと思うのです。この行政機構というものは、言ってみればちょうど盆栽のようなもので、葉っぱだけじゃまになるから切っていったって、これはきれいな盆栽になるはずがないのです。根本的に幹と枝とのバランスの関係とかあるいは葉っぱと枝のバランスとか、そういう一つの均衡というものを考えながら、そして同じようなシステムのものは一本化していく、そういう中から初めてこの行革というものがスムーズに無理なく進むのではないか、こういうふうに思うわけです。その努力をする考え方がなくて、ただ既成の制度にしがみついておったのでは一歩も進まないのではないか、むしろ進めると、今度は血が出てくる、こういう無理になるのではないか、こういうふうに考えるのですが、いかがでしょうか。
○野尻説明員 共済組合の統合の問題でございますけれども、私ども現在、たとえば国鉄共済組合が財政的に非常に困難な状況に陥っている、この国鉄共済年金の制度を、この現況を打開するためには、三公社の共済組合と国家公務員の共済組合を統合化して当面の打開を図るべきではないかというような御意見が、国鉄総裁の諮問機関である研究会から昨年答申されているという事情も承知しております。しかし、この問題はなかなかむずかしゅうございまして、この国鉄共済をどうするかという問題を含めて共済年金制度全体の見直しをどういうふうに図っていくか。一つには、現在のような給付水準、給付体系のままでいいのかどうか、その基本的な見直し、それからいま御指摘のありました制度間の統合あるいは保険者の統合、こういうことはどういうふうに考えていったらいいのか、さらに、そのようなことを踏まえて、共済年金財政の安定化ということのために今後どうすべきか、こういった基本的なテーマを中心といたしまして、昨年の六月から、大蔵大臣の私的な研究会でございますけれども、大蔵省にそういった研究会を設けて、すでに現在まで九回ほどの審議を重ねているわけでございます。おおむね二年間でこの研究会で大体の先生方の御意見をお聞きした上で、さらに私どもとしてその御意見を参考としながら検討を進めていく、こういう体制で現在進めているところでございます。
○渡部(行)委員 次に移りますが、旧陸海軍従軍看護婦に対する慰労給付金の支給がなされるようになったわけですが、この対象期間として「支那事変以降戦地、事変地で戦時衛生勤務に服した期間及び引き続き海外で抑留、留用された期間」となっておりますが、この戦地、事変地というものを除いて全部に適用はできないものですか。
○関(通)政府委員 お答え申し上げます。 御質問の旧陸海軍の従軍看護婦につきましては、五十六年度から新たに措置することとして予算の計上をいたしているわけでございます。先生御存じのように、同種の日本赤十字社の救護看護婦につきましては、昭和五十四年度からすでに慰労給付金を支給しているわけでございます。これらの従軍看護婦の処遇につきましては、当委員会でも数年にわたりまして御議論がございまして、恩給を含めまして既存のいろいろな諸制度ではどうしても処遇することができない、しかし、看護婦さんの中には、戦場になりました戦地で大変な苦労をされた方々がある、そういう方々にはぜひ何とかできないかという昭和五十三年の国会での各党の合意等もございまして、かような戦場になった戦地で長期間にわたり御苦労された看護婦さんの方々に、特に慰労給付金の支給をいたそうという趣旨で始めたものでございますので、ただいま先生御質問がございました戦地以外と申しますと、内地あるいは外地に当たろうかと思いますが、そういう戦場にならなかった地域の看護婦さんの方々は対象にしていない、かようなことでございます。
○渡部(行)委員 そこで、戦地と事変地というのは具体的にはどこを指しますか。
○関(通)政府委員 戦地、事変地の定義は、五十四年に日赤看護婦の慰労給付金の支給要綱を定めましたときに、その支給要綱の中で規定いたしております。具体的に申し上げますと、まず事変地は、昭和十二年七月七日以降の中国及び昭和十五年九月二十三日以降の旧仏領インドシナでございます。この場合の中国は満州を含みまして、台湾及び香港、九竜半島を除外した地域でございます。それから戦地は、昭和十六年十二月八日以降戦闘地域となりました中国、旧仏領インドシナ、タイ、ビルマ、旧英領マレー半島、旧蘭領東インド諸島、オーストラリア、フィリピン諸島、太平洋及びインド洋上の島嶼等でございまして、また千島列島、樺太、北朝鮮、南西諸島等につきましても、それぞれの期間を定めまして戦地と指定いたしております。
○渡部(行)委員 これは、実際こういう場合、戦地以外の場所も皆戦地になったわけですから、問題はどういう勤務をしたかということから考えてみますと、みんな同じじゃなかったかというふうに私は考えられるのですが、その点の御認識は一体どうなんでしょうか。
○関(通)政府委員 実は旧陸海軍従軍看護婦の勤務実態につきましては、昨年の夏から秋にかけてでございますが、厚生省が実態調査を実施されております。実は五十六年度から措置することといたしましたのも、その実態調査の結果に基づくものでございますが、この実態調査等によりましても、先ほど申しました戦地、事変地等に派遣されました看護婦さん方は、陸海軍病院のみならず、特に戦争の後半におきましては、兵たん病院あるいは野戦病院、さらには第一線の救護隊等に派遣されまして、第一線の戦時衛生勤務に服されているという実態が明らかになっております。この慰労金の趣旨は、そういう方々の特別な御苦労に報いるためのものというぐあいに理解いたしておりますので、やはりそういう戦地、事変地で格別に御苦労になった方々を対象にしている、かように申し上げられるかと存じます。
○渡部(行)委員 しかし今後も、もし事変地以外でも事変地と何ら変わらない、そういう勤務状況があった場合には、ひとつ何らかの方法で考えていただきたいと思います。 それから、旧陸海軍従軍看護婦に対する今度の慰労給付金やあるいは旧日赤救護看護婦に対する給付金等は、戦後処理というふうに考えていいのでしょうか。
○関(通)政府委員 この慰労給付金の措置をとることといたしましたのは、先ほど私もちょっと触れましたように、昭和五十三年に各党の合意もございまして、推進するようにという御要望があったわけでございますが、私ども理解しております趣旨は、諸般の問題の中で特に従軍看護婦の問題につきましては、女性の身でありながら召集を受けまして、そして第一線の勤務をしておられるという非常な特殊事情に注目して措置したもの、かようなことでございます。
○渡部(行)委員 私の聞いているのは、特殊性があったということを認めたからやられたものだということですが、従軍看護婦というのは戦争のためにできたわけですから、その戦争が終わった際の戦後処理としてやらなかったのが、いまにしてその特殊事情を発見したので、これを戦後処理として処理した、こういうふうに理解するのが当然じゃないかと思うのです。 たとえば、この中にも書かれているように、「政府は、旧陸海軍看護婦は旧日赤救護看護婦と異なり、後方勤務が多く、該当者も明らかでない」としていたわけです。そしてこれを阻んでいたわけですね。ところがだんだん陳情や請願が出てきて、政治的な圧力も大きくなってきて、「五十五年度に調査費を計上し、厚生省が調査を行った。その結果、旧陸海軍従軍看護婦に対しても、五十六年四月から旧日赤救護看護婦と同様、日本赤十字社から慰労給付金が支給されることとなった。」こういうふうになっているのです。これはやはり戦後処理の一環と考えてしかるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
○関(通)政府委員 この問題は戦争に起因した問題であるということはもとよりでございます。しかし、先ほど私が申しましたのは、この問題が女性の方である、それから現地での御苦労の実態、その特殊性に非常に注目をいたしまして措置をされたもの、かような趣旨であると申し上げられるかと存じます。 〔染谷委員長代理退席、委員長着席〕
○渡部(行)委員 その特殊性があったから戦後処理としてやったのだ、こういうふうに理解していいですね。
○関(通)政府委員 戦争に起因した問題であることは先生おっしゃるとおりでございますが、措置を決めましたのはこの問題の特殊性に注目して措置した、かように申し上げられるかと思います。
○渡部(行)委員 それでは次に移りますが、旧軍人は国家公務員なのか、それともどういう位置づけをされておるのか、これについてお答え願いたいと思います。
○小熊政府委員 恩給公務員ということで位置づけております。
○渡部(行)委員 そうすると、この軍人の恩給公務員の身分はどこから発生してどこで終了したのか。これはたとえばソ連の抑留者あるいはその他の抑留者について具体的にお答え願いたいと思います。
○小熊政府委員 その恩給公務員として位置づけている期間、在職期間ということかと思いますが、就職のときから退職のとき、すなわち、たとえばソ連抑留者で言いますれば、軍隊に入ったときから復員して帰ってくるまで、復員手続の完了するまでということで、一般の文官でございますれば、退職手続の完了したときまで、こういうことに相なります。
○渡部(行)委員 そうすると、入隊したときから、抑留された者は復員をしたときまで、これを恩給公務員という身分として見ている、そしてその期間は公務員の勤務期間であった、こういうふうに解釈していいわけですね。
○小熊政府委員 もうちょっと詳しく申し上げますと、現役軍人の就職というのは、任官したときあるいは入営、入団したとき。それから退職というのは現役を離れたとき。それから非現役軍人、予備役とかあるいは補充兵役でございますが、これの就職というのは、召集によって部隊に編入されたとき、あるいは志願によって軍人の勤務についたとき。退職というのは、召集解除のときあるいは解職されたとき、こういうことでございます。それから勤務についたというお話でございますが、在職しておった、こういうふうに御理解いただきたいと思います。
○渡部(行)委員 つまりは、ソ連抑留者というのは、召集されたり何かのいろいろな手続によって軍に編入されてから舞鶴へ復員する、この期間は公務員とみなされる、そしてしかも恩給公務員としてその期間は恩給の対象になる、こういうことでいいわけですか。
○小熊政府委員 その期間在職したと考えて結構でございます。
○渡部(行)委員 そうすると、公務員でありますから、これは当然国が給料を支払わなければならないはずですね。終戦時の昭和二十年八月まではみなこの軍隊は給料をもらっているのですよ。ところがそれ以降、ソ連に拉致されてからは全然給料をもらわない。だとすれば、その捕虜の人たちの家族に対して、国家は給料を引き続き支払わなければならない責任があったはずです。その点はどうでしょうか。
○持永政府委員 軍人でまだ復員されてない方々に対しましては、未復員者給与法というのがございまして、それによりまして給与を支払うことになっております。
○渡部(行)委員 その給与を支払うことになっているのが、なぜ払われていないのですか。私は受け取っていませんよ。もしあなたが支払われたと言うなら、私に支払ったという証拠をお示しください。ソ連の抑留者は恐らく一人もその給料は受け取っていないはずです。
○持永政府委員 私どもの方は都道府県の世話課を通じて支払ったはずでございますが、先生の問題につきまして、もしそういう御事情におありになるとすれば調査をさせていただきたいと思います。
○渡部(行)委員 これは非常に重大な問題だと思います。それでは、私が復員したのは昭和二十三年の十二月二十二日なのですが、このとき舞鶴で支給されたのが九百数十円です、千円足らず。それは後から調べてみると旅費と食費だ。そして乾麪包が二袋だと思いましたが、これだけ支給されました。全然給料というものは入っていない。家に帰ってきても、それを支給された形跡は何一つありません。しかも、当時は物価がどんどん上がっておりましたし、この旧軍人の俸給というのは、昭和二十三年ではどのくらいになっておったでしょうか。
○持永政府委員 いまちょっと手持ちがございませんが、後で調べて御報告させていただきます。
○渡部(行)委員 ですから、ソ連の抑留者というのは大変な苦労をして、強制労働をさせられながら全然報いられない。したがって、当然支払われるべき給料もそれは払われていない。こういうことを私は自分の体験を通して申し上げているわけでございまして、しかも、この昭和二十年八月現在では、陸軍上等兵の俸給は月額にして十円五十銭ですよ。しかし、これは昭和二十三年ごろになるとものすごく上がっているはずなんです。しかし、そういうものの、軍隊の俸給というものと公務員の俸給を比べてみますと一番はっきりするわけですが、大体昭和二十三年ごろは、一番低い人で四級俸で月三千百八十四円、こんな調子で相当の額になっているわけです。こういうふうにして支給時に換算して俸給というものを考えると、相当の金になるのではないか。かりそめにも国が当然支払わなければならないその俸給というものはきちっと払っておかないと、まさに国が軍人の給料を横取りしたような、横領したようなかっこうになりますから、これは十分調査をして、そして仮にもこれから支払うとなれば、もういまの時点の金額に換算して年限をこれに掛け合わせて考えなければならないと思いますが、その点はいかがでしょうか。
○持永政府委員 先生先ほどお尋ねの未復員者給与法でございますが、二十年の八月から二十二年の六月までの間、この間は階級に応じてそれぞれ従前の俸給を支払っております。それから未復員者給与法ができまして、階級差別をなくしてその後支払うことになっておりますが、二十二年の七月から二十四年の十月までは月額百円、二十四年の十一月から二十五年の十二月まで月額三百円、それから二十六年の一月から二十八年の七月まで千円というような給与を支払うことになっております。 それで、先生がおもらいになっていないという話でございましたけれども、実はけさほども自民党の中でのそういった関係者の方々のお集まりがございまして、それで一部もらっていないという方もおありになったようでございましたけれども、県の援護担当をやっておられた先生のお話で、当時の県の援護課を通じて支払ったというような話もされておるようでございますから、先生の件については、なお調査をさせていただきたいと思います。
○渡部(行)委員 月額百円くらいでいいかげんな支払いをするから問題が残るわけです。公務員の給料と比べてみて、それは生活給になりますか。命がけで国のために戦った軍人に対するそれが処遇ですか。人間の血が通っているなら、現実にそれで生活している公務員の生活給というもの並みに保障してやるのが国策として当然じゃないか、私はこういうふうに思うのですが、いかがでしょうか。
○持永政府委員 ただいま御説明いたしましたように、二十年の八月から二十二年の六月までは、従前の階級に応じてそれぞれ給料を支払っておりまして、当時のその後の情勢なりああいう戦後の混乱期でございまして、二十二年の七月に未復員者給与法ということで、一本の法律で未復員者の方々に対しまして給与を支払うことにいたしました。そのときの月額が百円ということでございます。
○渡部(行)委員 そうすると、そのときの給与支払いの対象になった人員はどのくらいですか。
○持永政府委員 ちょっといま手持ちございませんが、後で御報告させていただきます。
○渡部(行)委員 それでは実際正確には人員の掌握が政府においてされていないと思うのですよ。抑留者の正確な数L字はこの外務省の調書に基づくと七十万人となっているのです。ちょっと読んでみます。これは一九五〇年四月一日、「在ソ日本人捕虜の処遇と一九四九年八月十二日のジュネーブ条約との関係」こういう文書ですが、この調書によりますと、「日本政府が発表し、総司令部が算定の基礎としているシベリア抑留者数は推定七十万名である。この数字に対してソ連側は終戦直後五十九万四千名の数字を抑留者総数かのように発表した。しかしこれは一九四五年九月十二日の発表であって、その後一九四六年春頃迄にどれだけ入ソしたかは明らかにされていない。」こういうことで、まず政府が最初に発表した七十万名というのが正確じゃないかというふうに外務省の調書はなっておる。ところがこの前宮澤官房長官が答えたのは、五十七万五千名だと答えている。開きが大分多過ぎるのですが、この点はどんなものでしょうか。
○持永政府委員 外務省が出されたという数字でございますが、これも基礎は恐らく私どもの方で出した数字だと思いますので、便宜私からお答えさせていただきたいと思います。 私どもとしては、二十二年に引き揚げ業務が始まります際に、各戦場におきます引き揚げ者の基本数を推計いたしております。この推計がいま先生おっしゃいました七十万という数字になっております。ところが実際にその後ソ連からの引き揚げが始まりまして、具体的にソ連への抑留の形が、大部分の方たちが作業大隊として編成されて送られたというようなことでございますので、舞鶴で帰還者がお帰りになりました際に、それぞれ数字を把握いたしまして、それを積み上げたものが先ほど先生おっしゃいました、官房長官がお挙げになりました五十七万五千人というような数字でございます。したがいまして、当初の数字は、私どもが引き揚げ業務を始めます際に、当初概数として推計いたしました数字ということで御理解いただきたいと思います。
○渡部(行)委員 それでは、この五十七万五千名というのはどういう調査の結果出てきた数字ですか。
○持永政府委員 五十七万五千人というのは、先ほど申し上げましたように、ソ連に抑留された人たちが作業大隊として編成されて送られております。したがって、各作業大隊の幹部あるいは帰還者の方々、そういった方々につきまして各作業大隊ごとに何人ぐらいの人がおられたかということをずっと積み上げて計算したものでございます。
○渡部(行)委員 次に移りますが、北方地域の戦務加算年がありますが、この加算の問題についてですけれども、北方地域戦務加算年というのが適用されたその一番最後の日はいつだったのですか。
○小熊政府委員 北方地域戦務加算年の終期でございますが、これは戦争終結の日、昭和二十年九月二日とされておるわけですが、これはミズーリ艦上で降伏文書が調印された日でございます。この日が終期になっておるわけでございます。
○渡部(行)委員 そうすると、これはどういうことになりますか。この「恩給のしくみ」というのを総理府が発行したのですが、北方地域戦務加算となって——加算の種類ですね。「昭和二十年八月九日以後、北朝鮮、満州、樺太において戦務に服したとき。」これが加算の割合が「一月につき三月」こういうふうになっているわけです。
○小熊政府委員 「恩給制度のしくみ」の九ページかと思いますが、ここにありますように、昭和二十年の八月九日以後、これはソ連が参戦した日でございます、それ以降いま申し上げた九月二日までの間、こういうことになるわけでございます。
○渡部(行)委員 先ほど九月二日と言ったのですか。私、八月二日と聞こえたものですから、どうも合わないと思いまして、失礼しました。 それでは、この北方地域戦務加算とか海外抑留加算とか、いろいろ加算の種類が設定されております。戦地戦務加算というふうなものですね。こういう種類は何を基準に考えたものでしょうか。
○小熊政府委員 加算年というのは、公務員というか軍人が大部分ですが、在職中に特殊な勤務に服したというような場合、その間実際の在職年にさらに従たる在職年としてつけ加える年数でございます。それで、これはその地域で非常に危険な職務、戦務に従事したとか、あるいはその地域自体が非常に危険であったとか、そういったものを勘案しましていろいろな加算年ができておるわけでございます。 戦地戦務加算というのは、職務として戦務に従事して非常に危険の度合いが高かったということで、一カ月おれば三カ月の加算年がつく、つまり四倍に計算されるというようになっておるわけでございます。
○渡部(行)委員 つまりはこういうことですね。その地域にいる軍人が、危険度がどのくらいであり、あるいはその苦労の度合いがどのくらいである、こういう地域ごとにその危険と苦労の度合いを区割りをしてこの加算年の種類をつくった、こういうふうに理解していいでしょうか。
○小熊政府委員 そのとおりでございます。
○渡部(行)委員 そうすると、この危険度と苦労度というのは、シベリア抑留について考えると、これは大変なものなんです。むしろ戦争以上にその苦労と危険の度合いは強かったと思うのですよ。それは入ソの人員と帰還者の人員との差を見ただけでもおわかりになると思うのです、それは皆犠牲者ですから。そういうふうにすると、戦争以上の犠牲者が出ているわけで、しかもこれは、外務省の調べたものの中にもソ連で非常にひどかったということは認めているのですよ。それにもかかわらず、これを全部一緒くたに海外抑留者という範疇でくくって一月の加算年を決めておる、これは私は非常に不合理だと思いますが、いかがでしょうか。
○小熊政府委員 先生おっしゃいますように、確かにソ連に抑留された方々が非常に苦労されたという話は承っておるわけでございますが、ただ、ほかの中国とかあるいは南方で抑留された方でも非常に苦労された方がおられたという話も聞いておるわけでございます。そういった一人一人、あるいはその国による差、これを実態としてつかまえるというのはなかなかむずかしい問題でもあるし、またいまの加算の種類の中でも、辺陣地加算とかあるいは不健康地加算、これが大体三分の二カ月あるいは二分の一カ月というようなことになっておるわけでございますが、それらとの均衡も考えまして、一カ月に対して一カ月という加算年をつけたわけでございます。
○渡部(行)委員 戦勝国の中でも、ジュネーブ四条約とかあるいは陸戦の法規というようなものを非常によく守った国の中で抑留された者と、これを全く無視した中で抑留された者とはまるきり違うと私は思うのです。この現実に違うことを政府は把握しているのですよ。読んでみますから。 外務省調書「在ソ日本人捕虜の処遇と一九四九年八月十二日のジュネーブ条約との関係」、これは要点だけ読みます。「捕虜の人道的取扱に関する国際法上の原則は次第に拡充されつつあるのみならず、国連憲章、集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約、ならびに人権に関する世界宣言を通じ基本的人権、人の生命及び価値に対する尊重の原則は、国内法及び国際法の領域において偉大な普遍的原則として漸次確定されつつある。」「ソ連の管下に入ったすべての日本人が当初動物以下の取扱を受け、しかも冷酷、無慈悲に酷使され、その結果として厖大な死亡者を出したことは明白である。何人もこれを否定し隠蔽することは出来ない。」「一九四九年八月十二日のジュネーヴ条約は、捕虜に関する国際慣習を闡明し且つ詳細な諸点を明確にしたもので、いやしくも捕虜をとらえた国は本条約の原則を無視することは許されない。」こういうふうに外務省はちゃんとこの実態を把握しているんですよ。ところが現実に事務的な作業の段階になると、この実態が出ていないんじゃないですか。こういうことについて見直すお気持ちはありますかどうか。
○小熊政府委員 抑留中の軍人さん方なんですが、この方々はその期間軍人としての勤務そのものではなかった。しかし、まあ非常に苦労されたということで、全く特例的な措置として、一カ月について一カ月という加算年をつけるということにいたしたわけでございます。
○渡部(行)委員 非常に都合のいい返答をされておりますが、さっきは恩給公務員として抑留中も認めると言って、今度支払いを迫られると、あるいはそういう特例の適用について迫られると、それは軍人としてではなくて、特殊なものとして見ておる、こういうことが通用するのでしょうか。軍人恩給公務員なら軍人恩給公務員として、どれだけの危険と苦難とがあったかということが基準になるなら、それではかったらいいじゃないでしょうか。
○小熊政府委員 軍人としての在職年としては見ておるわけでございます。ただ、その勤務そのものは軍人としての勤務そのものではなかった。ただ、延長線にあるといいますか、非常に苦労された、こういうことを申し上げているわけでございます。
○渡部(行)委員 だから、延長線ということは切れていないということですよ。引き続いているということですよ。そうでなければ、一たん捕虜になる前にぷつんと切れて、捕虜になった瞬間から今度別のものにならなくちゃならないわけです。延長線というのは、少なくとも続いているということなんですから。しかも、その状態は戦争以上に過酷なものだったんです。戦争なんていうものじゃないんですよ。極寒零下四十度の中で作業をしてみなさい。小便をたれると小便は全部山のようにもりもりと盛り上がるんですよ。普通なら氷が解けて掘れていくんだけれども、逆なんですよ。その中で凍傷にかかる。私だっていまうんと寒い冬は足の指が痛みますよ、いまでも。 そういうものに対して国は全然配慮していないじゃないですか。その違いというもの。しかも、この強制労働というものは何も兵隊の好みによってなされたものじゃないのですよ。兵隊の意思は全く無視される。兵隊ばかりじゃない、軍隊全体の意思が、抑留者全体の意思が無視されて、強制的に動物以下の取り扱いを受けたんですよ。このことをどういうふうに具体的な事務の中で見るかということを考えるのは当然じゃないでしょうか。これは政治的判断ですから、ひとつ長官にお願いいたします。
○中山国務大臣 シベリア抑留の方々の御苦労のことは、先生御自身が体験なさった体験者としていまお話をしていただいているわけでございまして、私ども痛いほど御苦労のことはよく理解をいたしております。 私ごとにわたりますけれども、私の母は当時衆議院の海外同胞引揚に関する特別委員長として、シベリア抑留の方々の引き揚げのために幾たびか当院を代表して国連にも参ったこともございます。そういう実態をよく私も記憶をしておりますが、政府が従来とってまいりました政治的な経過というものは、いま局長が御答弁申し上げましたようなことで今日までいわゆる処理をされ、戦後処理が終わったということで、特別給付金を給付するという形で戦後処理を終了するということが行われてきた。ただし、最近与野党の先生方を初めいろいろな方々からシベリア抑留の問題について再考せよという御意見がたくさん参っていることは十分承知をしております。私どもといたしましては、やはり心の痛む問題でございます。私どもとしては、政治的にどう判断するか、与党、野党、いろいろな関係の先生方の御意見もこれから聞いてまいりたい、このように考えております。
○渡部(行)委員 それでは次に移りますが、いまの問題はまた後でちょっと議論したいと思いますけれども、共済年金に仮定俸給方式を採用されておりますが、この意味はどういうことなんでしょうか。ほかの年金制度と比較した場合、この仮定俸給方式というのは一体どういう意味を持っているのか、この辺をひとつ御説明願いたいと思います。
○野尻説明員 共済年金の場合は、基本的な年金額の算定の仕組みが本俸に対する一定の割合ということになっておりますために、たとえば五十四年に退職した人は、五十四年の給与ベースの本俸に対して一定の割合の年金が計算されるわけでございます。その方が二、三年たったときに、たとえば五十六年に退職する方の場合は五十六年のベースで、その本俸で計算される。二年前の退職の方々の基本になった給与というものは二年前のベースでございますから、これを追っかけて新しいベースにバランス上置き直すという作業をまずするわけでございます。そこで、実際にやめたときの俸給は、まさに本当の俸給なんですが、それを新しいベースに置き直すための作業をいたす場合に、新しい俸給を仮定俸給、こう称しているわけでございます。これは恩給と全く同じやり方でございます。
○渡部(行)委員 そうすると、これは軍人恩給が適用がなくなるまでこれにだけ仮定俸給方式を適用して、あとはそのまま自然消滅になっていく、こういうことに理解していいでしょうか。
○野尻説明員 恩給の部分にかかわりませず、共済年金の部分につきましても同じような計算をいたしますので、特に軍人の部分あるいは文官の部分といったような区分けで用いているわけではございません。 このスライドの仕方が今後どうなるか、ちょっとわかりませんけれども、俸給に対して一定の割合で年金を払うという仕組みを持っている間は、新しいベースの俸給に現役が置き直ってくると、過去に退職した人たちの俸給も見直しをしなければいけない。その見直しの作業が続く間は、この仮定俸給というのは続くのではないかというふうに考えております。
○渡部(行)委員 そうすると、これはこの前の委員会では、結局いまの退職時の給料に一定の率を掛けていくと、やがて非常に格差が広がるばかりであるから仮定俸給方式をとってその調整をしているのだ、こういうふうに言われたと思うのですが、そうすると、退職してからずっと長くなっていけば、結局この方式によって計算をする、こういうふうに受け取っていいでしょうか。
○小熊政府委員 いま先生御質問の話はベースアップの話じゃないかと思います。恩給の場合は、もうすでに昭和三十四年にはなくなっておるわけでございます。また軍人さんも本俸そのもので計算するというわけにはいきません。先生先ほどおっしゃいましたように、上等兵で十円ぐらい、二等兵であれば七円ぐらいの俸給ですから、それで計算するわけにはいかぬわけでございまして、それで仮定俸給というのを決めておるわけです。それでいまの公務員がどんどんベースアップしていく、それを据え置くわけにはいかぬということでベースアップをしておるわけです。そのベースアップのやり方として、一律に公務員が平均四%上がったから四%というのではだんだん格差が大きくなっていく、そこで回帰分析いたしまして、それに基づいて上薄下厚というようなベースアップのやり方をやっていく、こういうお話をこの前申し上げたわけでございます。
○渡部(行)委員 こういうことじゃないですか。共済年金の場合には、退職時の給料にそのベースアップの率を掛けて、それを基礎に年金を計算する、そうじゃないのですか。そして軍人恩給は、いまの仮定俸給制度、当時の給料では問題にならないから、一定の仮定した俸給で計算をしている。それが今度の仮定俸給による四・二%プラス五千三百円、こういうふうになったんじゃないでしょうか。
○野尻説明員 軍人恩給に限らず文官恩給の場合も同じだと思いますけれども、要するに、退職時の俸給を基礎にして年金を算定する場合には、その後の俸給の変動があった場合には、その俸給を変動させることによって実質的に年金の改定が行われる、こういう仕組みをとっている限りは共済年金も同じようなかっこうで算定されるわけでございますから、軍人あるいは共済年金とそういう差は特にこの仮定俸給の問題に対してはないのではないか、同じだと思っております。
○渡部(行)委員 そのことはこのくらいにして、次にお伺いいたしますが、戦争中台湾人で兵役に服した者あるいは軍の徴用に服した者、こういう者が相当いるはずです。特に高砂族というのが多く軍務に徴用された、こういう事実についてどの程度実態を把握しておるか、お聞かせ願いたいと思います。
○持永政府委員 厚生省の方でわかっておりますのは、台湾人の方で旧軍人軍属になられた人の数でございますが、総数で二十万七千人の方が軍人軍属になられております。うち軍人が八万、軍属が十二万七千人ということでございます。
○渡部(行)委員 いまその人たちはどういうふうになっておりますか。またそれらの人たちの運動についてどの程度情報を集めておるか、その辺をお聞かせ願いたいと思います。
○池田説明員 お答えいたします。 日本と台湾との一般的な請求権の問題でございますけれども、これはサンフランシスコ平和条約の第四条に規定がございまして、将来、ただいま先生がおっしゃいました台湾人の軍人軍属の問題等も含めまして、特別取り決めの対象として扱うという規定があったわけでございます。ところがその後、一九七二年に日本と中華人民共和国の間で外交関係ができまして、そのために日台間においては外交レベルでの処理ということができなくなったわけでございまして、そのために、それ以外の何らかの方法によって解決を図らなければならないというような状況になっているわけでございます。 ただ、その際にも、台湾住民のわが国に対します請求権には二種類ございまして、一つは、日本政府として国内法上の規定があって支払い義務を有するもの、それからもう一つは、国内法上支払い義務を有さないものというものがあるわけでございます。特に前者につきましては、たとえば軍事郵便貯金とか未払い給与というような問題がございまして、これは日本政府としての支払い義務を有するものでございます。ただ、後者としまして、たとえば台湾の軍人軍属の中で戦争に参加されて亡くなられた方々あるいは戦傷を受けられた方々、こういう方々につきましては、実定法上の根拠がないために、政府としては国内法上の支払い義務を有していないということでございます。 それから、現状でございますけれども、現在台湾の住民の方から、特にただいま申しました後者の例につきまして民事訴訟が提起されておりまして、国との間で係争中の問題になっております。 ただ、ただいま申しましたように、軍人軍属で戦死されたあるいは戦傷された方の遺族の中には、お気の毒な境遇の方もいらっしゃるというようには聞いておりますけれども、日本国の国籍を保持されておりませんので、国内法上支払いの義務を有さないというのが現状でございます。
○渡部(行)委員 非常に不思議な議論を聞くのですが、実定法上の根拠がないから支払い義務はない、ただし郵便貯金とか俸給の未払い分については責任がある、責任があると言いながら訴訟をしておる。こういうことでいいだろうか。いま日本は経済大国として世界の中でも目をみはるほどの発展を遂げておる。そして、それほどまあ関係がないと言うとなんですけれども、直接的な関係のない発展途上国にはどんどんと援助をしておる。ところがこの台湾の方々が日本の公権によって徴用されたり軍務に服せられて、そしてその犠牲になったのは、法律がないから仕方がないんだ、これで済まされるでしょうか。こういうことで外交の体面が保てるでしょうか。法律がないからと言うが、いまここにおぼれ死のうとしておる者を、おれは法律がないから助けないと言っておれますか。そういうことをいまの外務省は考えていかないと、口先で平和を叫んだってどうにもならないと私は思うのですが、いかがでしょうか。
○池田説明員 ただいま先生御指摘のとおり、確かに日本と台湾との間にはいろいろな関係もございますし、お気の毒な方々もいらっしゃるわけでございますが、他方、日本人の側で台湾に対する請求権というものをまだ主張されている方々もいらっしゃるわけでございます。たとえば終戦後台湾当局によって接収された資産というものが残っておりまして、その請求権を持っていらっしゃる日本の方々もいらっしゃいます。したがいまして、全般的な枠の中で日台間の請求権の問題を扱わなければならないというのが従来の政府の立場であったわけでございます。 ただ、先ほど申しましたように、外交関係がなくなったために、それではどういう手順によって台湾側の意向を把握するのかという問題がございまして、そのために、たとえば交流協会等を通じて台湾側の意向も探って、全般的なこういう台湾の日本に対するもの、日本の台湾に対するものを含めまして、どういうように扱うのかということをいま検討している段階にあるわけでございます。
○渡部(行)委員 長官にお尋ねしますが、確かにいまは、日中国交回復ができてから、今度は台湾は中国のものである、中国の領土であるというふうに日本は正式に承認したわけでございますから、政府間交渉は非常に新たな問題が出てくるかと思うのです。しかし、いま直接台湾の人たちから訴えが出され、陳情をされている、こういう現実について、これから世界の中で日本は本当に誠実な国だと言われるように威信を築いていくためにはどうすべきか、その点について長官からのお答えをいただきます。
○中山国務大臣 きわめてデリケートな問題が含まれていると私はまず感じております。少なくとも、外交関係が断絶している台湾と日本の間の民間のいわゆる権利、財産権の請求につきましては、外交的にはいま外務省の説明員がお答えを申したとおりであろうかと思います。いま改めて私に御指名がございました。われわれの同胞も、旧満州国においては相当多数の人たちが財産を放棄しております。中華民国においても同様なことが行われておったと思います。やはり戦争というものはきわめて冷徹なものだ。先ほども先生からお話がございましたけれども、感情的に理解ができても、外交的にあるいは法律上処理が困難なものが、しかも無条件降服という状態の中での戦争処理にはついてきているということは現実の問題として認めざるを得ない、私どもはそういうふうな考えを持っております。
○渡部(行)委員 これが終戦後間もなくの問題ならば、私はいまの長官の御答弁を理解することができるわけですが、いまや経済大国として、しかもアメリカも日本に対しては非常に問題を抱えるという主客転倒したような時代になった今日、現実にいまそういう問題があるときに、日本が法律がどうだからこれはできないのだということでは、台湾の人たちは理解できないと思うのです。そこで政治家が必要なのじゃないか。現行の法律でできないものはつくればいいのじゃないですか。日本のこれからの外交をスムーズに進めていき、また日本が世界の人類から本当に日本は誠実な国だというふうに思われるためにはどうしたらいいか、これが国威の発揚でしょう。大臣は、国威の発揚のためにいろいろとその全力を尽くして、日本の法体系でも何でも直す責任があるのじゃないでしょうか。
○中山国務大臣 先生の御主張は、先生なりの理論というものがそこに存在していることは、私も御主張として承らせていただきますが、私どもが終戦時において無条件降伏をした際に、かつての中華民国を支配した当時の主権者である蒋介石総統が、日本にはいわゆる請求をしないということと、あだに報いるに恩をもってするのだということで、われわれ国民全体がきわめて感激をした、しかもいち早く大陸におられた日本の軍人軍属、日本人を無傷のままで日本に送り返していただいたということは史実が物語っているところでございまして、私どもとしては、そういうことが過去にあったということを記憶して、それ以来今日まで日本の政治が行われてきた。ただ、その過程で中国人民を支配する主権者が蒋介石総統の政府から中華人民共和国という中国共産党の支配する政府によって取ってかわられた、そういう中でこういう歴史の悲劇が起こっておるということはまことに残念なことだと考えております。
○江藤委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○江藤委員長 速記を始めて。 中山総務長官。
○中山国務大臣 先生のお尋ねに十分お答えができなかったということで補足をさせていただきます。 旧日本軍人あるいは日本軍属であった台湾人、朝鮮人民共和国の人あるいは韓国の人、これらの人に対しては、日本は今日まで苦難の道を通りながら、経済的に復興したから、また日本は誠実な国だから、当然何らかの補償措置をすべきではないかということがポイントであろうと思いますが、事はきわめて重大なことであろうと思います。政府においても、この問題については閣議において承認がなければなりませんし、また納税者としての国民を代表される国会の議決がなければ、この問題は軽々に一国務大臣が言及することのできない問題であろうと考えております。
○渡部(行)委員 軽々に一国務大臣が言及できないとなれば、きょうの議論を閣議の中に持ち込んで検討するというお約束ができますか。
○中山国務大臣 先生も御案内のように自由民主党政府でございます。自由民主党の中で御議論があり、またわれわれ政府部内でも議論があり、さらにいろいろな論議があって、その結果どうするかということがこれからの作業の過程としては出てくる。しかし、きょうの先生の御意見は、私が閣議で申し上げるというよりも、私は、関係各省において先生の御議論があったことを中心に御相談をしてみたいとは考えております。
○渡部(行)委員 次に、一九〇七年のヘーグ陸戦法規がわが国に適用されたと解釈される年月日はいつからなのか、それからその拘束についてはどうなのか、こういうことについてお伺いいたします。
○栗山政府委員 先生の御質問の御趣旨を、私、必ずしも正確に理解いたしたかどうか、ちょっと自信がないのでございますが、御指摘のヘーグの陸戦法規はわが国に対しても適用があるかという意味での御質問であれば、そのように私ども考えております。
○渡部(行)委員 適用されるというふうに解釈していいわけですね。この陸戦法規は、日本国は一九一二年二月十二日に発効しているわけですから、当然これは第二次世界大戦前からの適用になるというふうに解釈して差し支えありませんか。
○栗山政府委員 一応そのように考えております。 ただ、先生御承知のように、ヘーグの陸戦法規についてはいわゆる総加入条項というのがありまして、すべての国がお互いに加入しておる国の間で適用するということになっておりますので、わが国と第三国との関係におきましては、その相手国も陸戦法規に入っておるということが前提になろうかと思います。
○渡部(行)委員 ここにはロシアの国が入っているのですが、ソ連というのはロシアを継承したと見るべきなのか、国際的にはどうなんでしょうか、全然打ち切られてソ連は入っていないと見るべきなんですか、その辺お聞かせ願いたいと思います。
○栗山政府委員 帝政ロシアとして陸戦法規に加入したわけでございますが、陸戦法規に掲げられております国際法上の義務というものは、当然ロシア革命後もソ連が引き続き負っておるというふうに考えております。
○渡部(行)委員 そうすると、ソ連も日本も入っておったのですから、このシベリア抑留者に対しては当然陸戦法規が適用される、こういうふうに解釈して間違いありませんか。
○栗山政府委員 先ほど申し上げました総加入条項との関係で、厳密に申し上げますと、第二次大戦中すべての交戦国の間でヘーグの陸戦法規の適用がそのままあったかどうかということになりますと疑問がございますけれども、陸戦法規の中に掲げられております一般的な義務というものは、陸戦法規を離れまして一般国際法上の義務というふうに考えられますので、わが国もソ連も当然この法規に従わなければならないという状況にあったというふうに考えております。
○渡部(行)委員 この陸戦法規は戦時の国際的法秩序、すなわち戦時国際法の中の一部門である、それは国際的武力紛争、すなわち戦争の際、実際の戦闘の遂行に当たって守るべきルールである、また戦時法規は国際法の他の分野と異なり、国際法の主体たる国家のみならず個人までも法的に直接拘束する、こういうことを外務省は支持しますか。
○栗山政府委員 そのように考えております。
○渡部(行)委員 そこで、いま陸戦の法規について私が言いましたが、これは相手国も加入しているということが法律のたてまえでは必要であるけれども、いまやこれは国際法上の慣例として、一つの常識としてこの陸戦法規は認められている、こういうふうに解釈して差し支えありませんか。
○栗山政府委員 陸戦法規の個々の細かい規定になりますと、先ほど申し上げましたような一般国際法との関係でどこまで厳密に適用があるかということについてはいろいろ意見があろうかと思いますが、基本的には、いま先生のおっしゃったとおりのように私ども考えております。
○渡部(行)委員 そこで、陸戦法規というのは非常に重要な法規であるにもかかわらず、あるいはこれと一体となっておるジュネーブの四条約というものがあるにもかかわらず、日本ではこれの普及教育というものを怠ってきたのではありませんか。
○栗山政府委員 陸戦法規、それからただいま先生御指摘のジュネーブ四条約の普及の問題につきまして、これは必ずしも外務省の所管ということではないかと思いますが、私の承知しておりますところでは、防衛庁の方におきまして幹部教育の一環として、そういうものの内容等につきましては、自衛隊の幹部に対する教育を行っておるというふうに承知しております。
○渡部(行)委員 いまの自衛隊はわかりませんけれども、私どもが入った当時の軍隊ば、この教育は全然なかったと言っていいのです。国際法がわからない。したがって、そのために、ソ連に抑留されてどれほど不利益をこうむったかはかり知れないわけです。この点についてはどういう御認識を持っていますか。
○栗山政府委員 私がお答えするのが必ずしも適当かどうかわかりませんけれども、およそ戦時法規を含めまして国際法というものを関係者が十分に知っておるということは当然必要なことだというふうに私ども考えております。 戦前のわが国におきましても、軍隊の中で、かつては戦時法規を含めまして国際法については相当徹底した教育が行われた時期もあったというふうに私は書物等で読んだことがございます。戦争中におきまして、そういう点について必ずしも十分な教育が軍隊の中で行われなかったといういま先生の御指摘でございますが、そういうことがございますれば、それはきわめて遺憾なことであろうというふうに私は個人的に考えます。
○渡部(行)委員 この条約とそれから陸戦の法規というものの教育宣伝が行き届いていないために、ソ連がやった不法行為をみすみす抵抗できずに、ただそれを甘受せざるを得なかった、この捕虜の立場を考えれば、当然国民にその教育をしておかなければならない義務を怠った政府に相当の責任があるのじゃなかろうか、こういうふうに私は思うのですが、その点はいかがですか。
○栗山政府委員 ただいまの先生の御質問の御趣旨は、国として、ソ連が抑留者の方々に対してなしました種々な国際法上認められないあるいは陸戦法規上認められない不法な行為についての責任を追及すべきではなかったかという御趣旨でございますか。ちょっと先生の御質問の御趣旨を必ずしもよく理解いたしませんでした。
○渡部(行)委員 私は最初、外務省が答えられないのは内閣官房長官を呼んだのですが、内閣官房長官がどうしても出席できないと言うものですから、それではだれか答えられる人ということで答弁者を要求したわけです。したがって、これは内閣官房長官の分野に入るのですかどうか、ちょっと私もわかりませんが、要は、私は一つの、政府に対して問題を投げかけたり問いかけたりしているわけですから、これは十分対応できるように今後お願いしたいと思うのです。よく予算委員会は大臣が全員そろって対応するのだけれども、こういう小さな分科的な委員会になると、今度は担当大臣しか来ない、あとは課長でごまかしておる。これは改めないとどうにもしようがないと思うのですよ。少なくとも局長以上で、政治的な問題に答えられる、そういうふうな一つの答弁の体制を整えていただきたいことを委員長を通して申し入れておきたいと思います。 そこで、いまのを実は詰めたいのですけれども、どうも適切な答弁者がいないようですから、今度話が変わります。外務省にお伺いいたしますが、昨年九月二十二日、イラン、イラクの戦争が勃発しました際に、その翌二十三日にジュネーブの赤十字国際委員会が、当日ジュネーブにおられたイラン、イラクの両国代表部を通じて、ジュネーブ四条約に基づく義務についての注意を喚起したいわゆるブレスリリースというものが発表されたわけでございます。これについて、このプレスリリースの持つ意味というものはどういうものでしょうか。
○栗山政府委員 私どもの理解しますところでは、御指摘の国際赤十字委員会のプレスリリースの中で言及されております一九四九年のジュネーブ四条約というものが広く国際社会において受け入れられておって、およそ国際的な武力紛争というものが起きましたときには、当事国の間で当然適用されるべきものである、こういうことで、国際赤十字委員会が、紛争当事国であるイラン、イラクの注意を喚起した、こういう性質のものと理解しております。
○渡部(行)委員 そこで、イラン、イラクはこの条約に調印しておりますか。
○栗山政府委員 両国とも入っております。
○渡部(行)委員 このプレスリリースというものの資料を外務省に要求したら、横文字のままのが出てきたのです。私は日本人で、外国の言葉はわからないのですよ。語学は小学校卒業程度の学力しかありませんから。 〔委員長退席、愛野委員長代理着席〕 こういうものをなぜ素早く日本語に直して、外務卿の資料として備えないのか。必ずしも外務大臣は皆英語が達者だというふうにはなっていないのじゃないか。そうすると、やはりここに手落ちが出てくるのじゃないかと思うのです。外国の文字は、日本国は日本国の文字にいち早く直して、そうして外交文書をきちっと備えるというのは非常に重要なことではないか、こう思いますが、その点はどうなんでしょうか。
○栗山政府委員 先生から御要求がありました資料につきまして、日本語訳を作成しないままお渡ししたことにつきましては、大変申しわけないと思います。
○渡部(行)委員 今後はひとつそういうことのないようにお願いいたします。 さてそこで、先ほどから大分陸戦の法規、ジュネーブ四条約について議論をしてきたわけですが、第二次世界大戦の当時、戦時法規の現行法というふうに解釈されるものは何であったでしょうか。これは外務省、お願いします。
○栗山政府委員 典型的なものは、先ほど先生が御指摘ありました一九〇七年のヘーグ陸戦法規だろうと思います。
○渡部(行)委員 これは、そればかりじゃないのですよ。大体一九〇七年のヘーグ陸戦法規、それから一九二九年のジュネーブ傷病者条約、これが基本的な骨格となっておったと思います。それに一九二九年ジュネーブ捕虜条約の尊重が期待されるということを日本政府も認めておりますので、この三つが基本になって当時の現行法として適用されているわけじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○栗山政府委員 ただいま先生御指摘の一九二九年の条約になりますと、わが国自体も加入しておりませんしソ連も加入しておらないというような状況で、必ずしも一九〇七年のヘーグの陸戦法規のような普遍的な適用があったというふうには申し上げられないかと思いますが、ただ、他方、いずれにしても国際法上捕虜となった者については、これに対して一定の人道的な待遇を与えなければならない、そういう基本的な規則につきましては、これはいわばいま申し上げましたようなあらゆる条約を離れまして、国際慣習法として第二次大戦中にもうすでに十分確立しておったものであるというふうに理解いたしております。
○渡部(行)委員 そこが私は非常に重要だと思うのです。こういう道徳法規といいますか、人道法規といいますか、こういうものは、その加盟した日から発効するのだ、その前は効力はないのだと言って逃げられる性格のものではないだろうと思うのです。つまり加盟するということは、もしその前にもこういう道徳上の問題が残存しておった場合には、そういう人道的な見地に立って対処するというのがこのジュネーブ四条約やあるいはこれに付随する諸法規の精神ではないか、私はこういうふうに思いますが、いかがでしょうか。
○栗山政府委員 ただいま先生のおっしゃられたことは、戦時法規の形成という観点から見ますと、おっしゃるとおりだろうというふうに考えます。
○渡部(行)委員 大体、私の主張していることが認められたわけでございますが、そこで、このソ連に抑留された人たちについてでございますが、こうなると、私は当然政府が捕虜に対する責任というもの、条約上の責任というものが出てくると思いますが、いかがでしょうか。
○栗山政府委員 ただいまの先生の御質問は、抑留者に対する日本政府の責任という点でございますか。——条約との関係で申し上げれば、これは私からお答えするまでもなく、先生十分御承知のことと思いますが、条約関係におきましては、当然のことながら相手国が捕虜とした者に対して一定の義務を負うというものでございますので、条約の関係から、即日本政府の抑留された方々に対する義務というものが条約から出てくるというふうには、私理解いたしません。
○渡部(行)委員 大分苦しんでお答えしておられるようですが、あなたの言ったのは、この条約は現行法として、しかも一つの国際慣習としても認められておる実定法である、こういう趣旨のことを言われて、それじゃいま現実に、その条約の適用について、ソ連に抑留された人たちに対する日本国が条約上の責任があるのではないかと聞いたら、それはないというのは、これは論理が一貫していないのじゃないでしょうか。
○栗山政府委員 私が申し上げましたのは、言葉が足りなかったかもわかりませんけれども、条約上の権利義務の関係は、当然のことながら条約に加入しております国と国との間の問題でございまして、先生御指摘のシベリアで抑留されて、ソ連のそういう陸戦法規その他国際法規に反した行為によって非常に被害を受けられた、苦しい目に遭われた方を国内的にどのように処遇するかというのは、直接条約から出てくる問題ではないというふうに申し上げた次第でございます。
○渡部(行)委員 それではこのジュネーブ条約の六十八条を読んでみます。 第六十八条(補償の請求) 労働による負傷又はその他の身体障害に関する捕虜の補償の請求は、利益保護国を通じ、捕虜が属する国に対してしなければならない。抑留国は、第五十四条に従って、いかなる場合にも、負傷又は身体障害について、その性質、それが生じた事情及びそれに与えた医療上の又は病院における処置に関する細目を示す証明書を当該捕虜に交付するものとする。この証明書には、抑留国の責任ある将校が署名し、医療の細目は、軍医が証明するものとする。 第十八条に基いて抑留国が取り上げた個人用品、金銭及び有価物で送還の際返還されなかつたもの並びに捕虜が被った損害で抑留国又はその機関の責に帰すべき事由によると認められるものに関する捕虜の補償の請求も、捕虜が属する国に対してしなければならない。但し、前記の個人用品で捕虜が捕虜たる身分にある間その使用を必要とするものについては、抑留国がその費用で現物補償しなければならない。抑留国は、いかなる場合にも、前記の個人用品、金銭又は有価物が捕虜に返還されなかった理由に関する入手可能なすべての情報を示す証明書で責任のある将校が署名したものを捕虜に交付するものとする。この証明書の写一通は、第百二十三条に定める中央捕虜情報局を通じ、捕虜が属する国に送付するものとする。 こういうようなものが書かれており、その他、これは読むと大変ですから、捕虜の労働に対する問題、いかなる場合でも労働を強制してはならないというような問題もあり、そして実際この中には大変な、いろいろな捕虜の権利、身分、そして人命というものが尊重された条文が書かれているわけですよ。これに日本が拘束されているという判断を持っていながら、そのことについては何ら関知しないということは、どうしても理解できないのです。どういうことでしょうか。
○栗山政府委員 先ほど私からお答え申し上げましたとおりに、捕虜を人道的に扱わなければならない、それから強制労働のような過度な労働に使役してはならない、こういう基本原則は、一般国際法としまして、個々の陸戦法規その他個別の条約を離れて、国際法上第二次大戦中も十分に確立していたものであるというふうに理解いたしております。先ほど私が御答弁申し上げましたのもそういう趣旨でございます。 いま先生が御指摘になりましたジュネーブ条約の第六十八条、第六十八条に限りませず、ジュネーブ四条約全体を含めての性格というふうに申し上げてもよろしいかと思いますが、第二次大戦までの経験というものを踏まえまして、戦時法規というものを一層整備する必要があるという観点から、一九四九年に、いま先生が御指摘になられたいわゆる第三条約も含めまして四つの条約ができたということでございますので、先ほど申し上げましたような基本的な原則というものは別といたしまして、いま先生がお読み上げになりました第三条約の六十八条、これに限りませず、その他一連の細かい実定規定というものが第二次大戦中も適用があったというふうに解しますことは、これは非常に困難であろうというふうに存じます。
○渡部(行)委員 先ほどは第二次世界大戦時の現行法規は何か、こういう問いを私はしたのです。そのときに、あなたは現行法規というものを具体的にこの陸戦の法規というものを挙げたわけです。そこに私がジュネーブ条約の一部を追加して言ったら、そのとおりです、しかも、いまやそういうジュネーブ四条約は国際的慣例としてもう常識化している、こういうお答えだった。だとすれば、第二次世界大戦のソ連捕虜についてこの規定が該当しないという解釈はどこからも出てこないのじゃないですか。
○栗山政府委員 大変申しわけございません。先ほど先生がおっしゃいましたことについて、そのとおりであるというふうに私申し上げましたのは、実はちょっと私聞き間違えたかもわかりませんが、先生たしか一九二九年のジュネーブ条約というふうにおっしゃられたように私伺いましたので、そういう個々の条約については加入している国、加入してない国もあって、その条約自体が適用になるかどうかということになるといろいろ問題はあろうかと思いますが、基本的なルールについては先生のおっしゃるとおりでございますとというふうに申し上げた次第でございまして、あるいは私誤解いたしましたかもしれませんが、一九四九年のジュネーブ条約ということになりますと、この一連の条約が第二次大戦中においても国際的に適用があったというふうに考えますことは困難だろうというふうに申し上げざるを得ない次第でございます。
○渡部(行)委員 どうも理屈がわからないのですが、ジュネーブ四条約は後で日本が批准したからという意味だろうと私は思いますが、陸戦の法規の中では、その条約の付属書として「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」というものがあるのです。だから、これは陸戦法規の条約にすでに付随しているもので、この内容を守っただけでも捕虜の身分やあるいは生命、身体の危険というものは保護されたはずなんです。これは適用しているのでしょう。
○栗山政府委員 それば先生御指摘のとおりでございます。したがいまして、私も申し上げましたように、ソ連の終戦後におきます抑留者に対する行為あるいは待遇というものが、ヘーグ陸戦法規に照らしまして、当時と申しますか、第二次大戦中に適用されるべき国際法に反した行為であるということは、そのとおりだろうというふうに政府として考えております。
○渡部(行)委員 時間も大分たってきましたから、そこでなぜ私がこうしつこくこの問題を取り上げるかというと、実際に五十七万五千名という捕虜たちがなめた辛苦に対して政府は全くスズメの涙程度のことしかやっていないわけです。この人たちに対して何とか政治が考えてやらなければならないのじゃなかろうか、こういうふうに私は思うわけです。 そこで、政府のいろいろないままでの委員会等の答弁なり、あるいは質問主意書に対する答弁書等の中身を見てみますと、まず一貫しておるのは、カナダ裁判の最高裁の判決を引用して憲法上の義務がないと突っぱねている点であります。しかし、ここで考えられるのは、このカナダ裁判の最高裁判決というのは、御承知のとおり在外財産の補償に対する訴訟の問題なのです。この判決を即時にソ連の抑留者に対して当てはめるという考え方は、法律的に言っても余りにも乱暴ではないか、こういうふうに思われるわけです。その点についてはいかがでしょうか。 〔愛野委員長代理退席、委員長着席〕
○石川(周)政府委員 判決の解釈の問題も含みますので、私が御答弁するのにふさわしくない部分もあろうかとは存じますが、御指摘のいわゆる戦争損害に対する政府の補償の義務の問題については、御指摘の四十三年の最高裁判決におきまして判示されておりますその法的な判断に従いまして考えているところでございます。ソ連に抑留された方々の御苦労にははかり知れないものがあったということは重々わかるところでございますけれども、判決にもございますように、さきの大戦に関する戦争損害は、これを完全に償うということは実際上不可能でございまして、国民の一人一人にそれぞれの立場で受けとめていただかなければならないものというふうに考えているところでございます。
○渡部(行)委員 これを完全に償えなどとはだれも言ってないですよ。いままでの手当ての仕方が不十分だということを言っているのです。だからそれを誤解しないでください。これは総務長官もいままでの議論の中で答えてきたはずですが、カナダ裁判の判決をなぜこれに引用しなければならないのか、法律上から言っても私は非常に不正確だと思うのです。カナダ判決というものは、物的財産に対して戦争損害としてこれを認めたからあのような判決が出てきたのであって、この場合はそれと条件が違う。今度の抑留者の要求というものは、先ほどから議論をしたヘーグ条約やあるいはジュネーブ四条約、そういう条約上の背景があっての請求であるわけなんです。だから、その請求権の内容が違っておる。それに対して同一答弁をするというのはつじつまが合わないじゃないですか。これは長官にお伺いします。
○中山国務大臣 政府は、昭和四十二年でございますか、戦後の処理の問題に関して、この法的取り扱いあるいは政治的な決断というものをつけまして、国会ですでにそれに関する法案等も国民の代表である国会の先生方に御審議をいただき、そうしていわゆる法案としても処理をし、成立をさしていただいた、それを忠実に政府は履行しております。それに対して御不満をお持ちの方が最高裁に提訴される、最高裁の判決が、政府の判断というものは間違いないというふうな判断をして判決をしておりますので、政府としては従来の考え方というものを今日まで維持してきておるというふうに理解をいたしております。
○渡部(行)委員 私の言うのは、カナダ判決に対する政府見解を言っているのではなくて、抑留者の要求問題とカナダ判決を混同しているという点について言っているのです。事案の内容が違うでしょう。それなのに同じ結論をもって当たるというのは余りにも無謀過ぎるじゃないですか。乱暴じゃないですか。その点はどうでしょうか。
○石川(周)政府委員 御指摘の昭和四十三年の最高裁判決をお読みいたしますと、「このような戦争損害は、他の種々の戦争損害と同様、多かれ少なかれ、国民の等しく堪え忍ばなければならないやむを得ない犠牲なのであって、」こういう表現をとっておりまして、この判決の示すところは、いわゆる戦争損害全部についての考え方を前提としているというふうに理解いたしております。
○渡部(行)委員 都合のいいところばかりとって解釈したのでは弱い者はどうしようもないのですよ。このカナダ裁判は東京高等裁判所に控訴して、昭和四十年一月三十日に判決が出た。その判決は一応棄却はしているものの、中にどういうことが書かれているか、ちょっと読んでみます。時間の関係で要点だけ読みます。「元来交戦国といえども自国内にある敵国民の私有財産を恣に没収することができないとするのは、確立された国際法上の原則である故、交戦国が戦争遂行の必要上、敵国民の資産を管理し、時にこれを処分することがあっても、その管理にかかる財産又は処分された財産に変るべき代価は、戦争終結と共にこれを原所有者に返還すべきであり、相手国の承認を取り付けない限り直ちに賠償に充当することはできない筋合であると解される。」このことは何かと言うと、結局手続の問題でそういう請求権が成り立たないということを言っているのですね。しかし、その請求権を決して否定していないのですよ。そしてさらにその次に、「本来ならば私有財産不可侵の原則により原所有者に返還さるべき在外資産が、平和条約締結の結果賠償に充当されたことは、国が戦争損害の賠償義務履行という公共の目的のために自らこれを処分したのと結果において何ら異なるところなく、従って国はかくして在外資産を喪失せしめられた国民に対し、平和条約自体に補償条項がなくとも、国内的には憲法第二九条第三項の規定の趣旨に照らし、正当な補償をなすべき責務を有するものといわなければならない。」こういうふうに言っておいて「しかしながら、憲法の前記規定(第二九条第三項)は、国が国民の財産権を保障し、これを公共の用に供する場合には正当な補償をなすべきであるとの一般的原則ないし方針を明らかにしたに止り、直接同条により具体的な補償請求をなしうることを定めたものと解することはできない。そして在外資産に対する補償の措置を講ずる場合国の財政状態を慎重に勘案する必要のあるのは勿論のこと、今次大戦中及び終戦後の困難な経済建直し時期を通じ、直接間接戦争に基因して各方面に亘り国民が蒙つた犠牲と苦痛との関係において損害負担の公平を考慮すべきことは、国民感情の上からも当然であるから、この意味で社会政策的経済的配慮をも加え、納税者たる国民が真に納得し得る範囲において合理的に補償の程度、方法、手続等を決定すべきであって、それは正に法律の規定をまつべきものと考える。」したがって別な法律をつくってやりなさいと言っているのですよ。そうすれば、憲法二十九条が生きるのです、ということをこの判決は判示している。このことについてはどうですか。
○石川(周)政府委員 判例の法的な厳密な解釈は、私必ずしもその立場にはないと存じますけれども、その判例の趣旨は、簡単に申し上げれば法的な義務はない、しかし政策的には財政上の条件とかいろいろなことを考えてできるだけのことをしてやる必要があるのではないか、そういう考え方ではないかと思っております。政府といたしましては、まさにそういう考え方に基づきまして、ソ連抑留者につきましても、これまでできるだけの措置は講じてきたところでございまして、恩給法や戦傷病者戦没者遺族等援護法、そういったような法律に基づきまして各種の援護を行ってきたところでございまして、政府の政策の意思といたしましては、これ以上の新しい観点からの新しい措置はとらない、こういうことでございます。
○渡部(行)委員 これは長官に聞きますが、さきに了解事項というものがあるわけです。この了解事項というのは、自由民主党幹事長、総務会長、政務調査会長、そして総理府総務長官、大蔵大臣、これらが署名をして、昭和四十二年六月二十七日に出ているものでございます。この中で「引揚者」というのは具体的には何を指しているのか、それから「在外財産」というのは具体的に何を指しているのか、「戦後処理」というのは何を指しているのか、これをひとつお聞かせ願いたいと思うのです。
○中山国務大臣 用語の意味でございますので、政府委員から答弁をさせます。
○関(通)政府委員 ただいま先生の御質問は、政府と与党との了解事項についての御質問でございますが、御存じのように、その了解事項に基づきまして政府は閣議決定をいたしまして、引き揚げ者に対します特別交付金の法律を国会に提出いたしております。したがいまして、引き揚げ者の範囲は、考え方といたしましては引き揚げ者交付金の法律に盛られました引き揚げ者の範囲、かように解しております。(渡部(行)委員「もっとわかりやすく言ってください」と呼ぶ)ちょっと突然の御質問でございまして、私手元に法律の条文を持っておりませんが、私記憶いたしておりますのでは、法律で定めております引き揚げ者の範囲は、一定期間海外及び外地に居住された本邦人と定義していると承知しております。
○渡部(行)委員 当時の総務長官は塚原俊郎さんであったわけですが、この中身はわかって調印したと思うのですが、やはりこういうものが出てきて、そしてこれは閣議決定されて、いわゆる「在外財産問題処理のための引揚者等に対する特別交付金の支給に関する措置要綱について」というものができて、これによってもう在外財産問題、引き揚げ者問題は全部戦後処理という形で一括された、こういうふうに考えられるわけですが、しかし、その後の政府の動きを見ると、決して戦後処理がここで終わったというものではないということが明らかになったわけですね。従軍看護婦の問題にしても、いまの台湾人に対する問題にしても、あるいはまだまだソ連に抑留された人たちが今日非常に努力をして請願、陳情の運動を展開しておる、またそれに対して現実に自民党や社会党、その他の各政党が超党派で議員連盟をつくってその運動を支えている、こういう現実を見たときに、戦後処理が終わったという認識は、まさにこの事実によって私は破られたと思うのですよ。だから、まだまだ戦後処理はあるんだ。そこで、法的なものは別として、政治的にこの不満を持つ人たちに国がどう対処していくか、この判断がいま迫られていると思うのですが、そういう点では、この通り一遍の戦後処理は終わったという宣言みたいなもので押しつけるということは、余りにも過酷過ぎるのじゃないか、こんな過酷なことでソ連の条約違反を責める資格があるだろうか、私はそういうふうにさえ考えられるわけでございます。ひとつその点について長官のお考えをお願いいたします。
○石川(周)政府委員 長官が御答弁される前に、いままでの事実関係、考え方につきまして事務的に御答弁させていただきます。 いろいろな新しい措置が行われたではないか、こういう御質問でございますけれども、私ども再再申し上げておりますように、いわゆる戦争損害というものにつきまして完全に償うことは事実上不可能でございます。したがいまして、そういう意味での御不満なり問題なりが残るのはある程度やむを得ない、まことに残念なことではございますけれども、申しわけない、やむを得ないところではないかと考えております。 ただ、そのためにいままでできるだけの措置をしてまいりましたし、特別の施策を必要とするものにつきまして諸措置を講じてきたところでございます。そして、その措置の対象としていなかったものにつきまして新たな事情が判明したり、あるいはこれらの措置を及ぼすことが適当、必要と認められた場合には、そういう措置、何といいますか、いわば部分改正といいますか、改善措置といいますか、そういうことが逐年行われていることは事実でございます。しかし、戦後処理に関しまして新たな観点から新しい措置をとる、新しい制度を設けるということにつきましては考えておりませんし、これまで講じてきた一連の措置をもって戦後処理に関する措置は終了したものと考えておる次第でございます。
○中山国務大臣 政府といたしましては、まことに残念とは思いますけれども、ただいま審議室長が答弁をいたしましたとおりの考え方でございます。
○渡部(行)委員 それでは、この了解事項というのは拘束力はどの程度なのか、その範囲はどこに向かって拘束できるのか、お伺いいたします。
○石川(周)政府委員 この四十二年の了解事項の趣旨は、その後何度か国会でも総理あるいは国務大臣の方々が御答弁されておられますし、それからその趣旨に基づきまして、質問主意書が何回か出ておりまして、全く同様のお答えを閣議決定を経て申し上げているところでございまして、私どもといたしましては、これが私どもの政府全体を拘束する政策の考え方であるというふうに理解いたしております。
○渡部(行)委員 そうすると、全然見直す考えはない、こういうふうに言われるのですか。そうなると、自民党の諸先生方がこの抑留者の人たちの待遇を何とか改善して、そしてその要求にこたえよう、こういうことで議員連盟をつくっているということはペテンになるわけですね。政府・自民党が全然それば考えていないと言いながら、その抑留者の代表の人たちの前では、いやおれはやってやる、こういうことで大みえを切っておる先生もおるわけですから、そうなると、これは一体どういうふうに解釈したらいいのでしょうか。
○石川(周)政府委員 同じ御答弁の繰り返しでまことに申しわけございませんが、最近ではこの五十六年一月三十日に鈴木総理が本会議で御答弁申し上げてございますが、最後の部分をちょっと読まさせていただきます。「これまで講じてきた一連の措置をもって戦後処理に関する措置は終了したものと考えております。したがって、今後、戦後三十五年を経過した現時点において、戦争による被害について改めて特別の措置を講ずることは考えておりません。」政府といたしましては、この方針に従いまして対応していかなければならないものと考えております。
○渡部(行)委員 それは一応答弁としてはそういうふうになっておりますが、しかし、この従軍看護婦の問題なんかはその後に処置しているのではありませんか。そういう事務的な答弁を繰り返されたって仕方ありませんから、大臣の判断をお伺いいたします。 先ほど大臣の御答弁の中では、大分前向きに考え直してみたいというような趣旨の御答弁があったというふうに私受けとめておるのですが、やはりこういう現実があるならば、何も過去に答弁したことにいつまでもこだわっている必要はないわけですよ。あの従軍看護婦の問題だってそうでしょう。これは過去にはいわゆる後方勤務が多くて該当者も明らかでないと突っぱねておったのですよ。それが今度五十五年度から調査して今日の適用になったわけですから、こういうふうに変化しているのですよ。それをコンクリートするみたいな言い方をしたのでは、これは味もそっけもないものになってしまう。政治というものは人間のように真っ赤な血がそこに通っていなくちゃならぬのです。だからこそ私は、そういう意味でこの問題を大臣という最高の機関の人が判断して、この現実を見て、そうしてこれに何とか政府は対処して、国民に公平感というものを与えるというのが国の責任のあるべき姿じゃないか、こういうふうに思いますが、大臣の御答弁をお願いして、時間が参ったようでございますから、これで終わりたいと思います。
○中山国務大臣 第二次世界大戦におきましていろいろと戦争被害を受けられた方がいらっしゃいます。私どもは外地で戦死あるいは戦傷、戦病あるいは抑留をされた方々あるいは財産を敵国に略奪された方々、請求権を失われた方々、こういう方々に対する政府の措置にそれらの方々が御不満を持っていらっしゃることもよく存じておりますけれども、一方国内においては連合軍の無差別爆撃によって多数の方が亡くなられております。この方々に対しては調査のしようもございません。私どもはこういう観点もとらえながらでき得ることばすべてやるということで、いわゆる昭和四十二年に政府としては戦後処理終わるという方針を決定したわけでございますので、ひとつその点は十分御理解を賜りたいと考えております。
○渡部(行)委員 いま時間がなくなったと言いましたが、あと四分あるそうですから……。 それで、一つ忘れましたが、実際はこのほかにノモンハンの問題があるのですね。ノモンハンの問題についてはほとんど知らされていないわけです。ところが現実には、もうその文書を読む暇もありませんから略しますが、外務省の調べも皆ある程度できておるのですよ。そうしてまたいろいろなソ連抑留者がソ連の地でそのノモンハンの捕虜に会っているのです。ところがそのノモンハンの捕虜は、もはやうちでは戦死したことになっているし、当時は捕虜になるということは死よりも重い罪であるというふうに教え込まれておったから、もう日本には帰れない、こういうふうにしてシベリアの地で働かされておるわが同胞がいまだにいるという事実なんですよ。 これについて一つはあるし、まだそれから、捕虜の当時犠牲になって死んだ人がどれだけ確認されているか、この問題もありますし、あるいはそのほか、この抑留期間中、ソ連がどういう国際法規に違反したことをやったか、具体的にこの調査、そしてその上で、その憲法上の補償の義務はないとしても、今度はその請求権の復元ということの請求はできるんじゃないか、そういう問題についても私は調査検討すべきだと思うけれども、その点についてぜひひとつ調査をお願いしたい。この調査くらいはいい返事をいただけると思いますが、大臣、いかがでしょうか。
○中山国務大臣 厚生省の所管の事項でございます。厚生省では戦後問題点をずっと引き続き調査をしておりますし、現在もいろいろないわゆる戦跡等につきましても調査を続けておると私は伺っております。詳しいことは厚生省政府委員に答弁をお願いさせていただきたいと思います。
○持永政府委員 先生御指摘のノモンハン事件の件でございますけれども、ノモンハンの事件で向こうに捕虜になった人たちの件につきましては、いま先生がお話しになりましたような実情がございまして、なかなか実態をつかむのはむずかしいといったような実情でございます。
○渡部(行)委員 いや、だからその調査をしていただけないものか、こういうふうにお願いしているわけですよ。わからないから調査をしたらどうなのか。かつて日本の国民ですよ。その人を、わからないからそのまま放置したままでいられるものかどうか。私は人道上非常に問題があると思うのです。だから、そういう調査をお願いしているわけです。
○持永政府委員 ノモンハン事件で捕虜になられた方々につきましては、私どもといたしまして、調査をしたいということで、外務省を通じましてソ連側にいろいろとお願いしておりますけれども、ソ連側がなかなかそれに応じてくれないというような実態のようでございます。
○渡部(行)委員 今後なおしつこくソ連側に要請していく御意思があるかどうか、そしてまた抑留者の犠牲等に対しては、墓参りをさせるなり遺骨の送還を図るなり、そういうことに御努力する意思があるかどうかをお伺いいたしまして、私の質問を終わりたいと思います。
○中山国務大臣 私ども日本政府がただいま望んでおりますことは、やはり重要な隣国であるソビエト連邦との平和条約の一日も早い締結でございます。このために、北方領土の返還という問題を踏まえて、私どもとしては、一九七三年の田中・ブレジネフ会談の時点に戻って、ソビエトは誠意を持って日本政府と平和の構築の話し合いをしてもらいたい、あわせて領土問題の解決もしていただきたいということで、先般二月七日には、各党が御同意の上で北方領土の日に御参加をいただき、国論を統一して、平和条約締結へ向けて政府は鋭意努力をいたしておるところでございます。 日中平和条約が締結をされ、今日中国大陸にいるかつての日本の人たちがこの祖国へ両親を求めてやってきていることも、この平和条約の締結が行われたからこそ実現を見たものだと私は考えております。 われわれは、平和条約締結後に、改めて日ソ政府間でこの問題の突っ込んだ話し合いをすることが必ずできるというふうに信じております。
○渡部(行)委員 どうも大変ありがとうございました。
○江藤委員長 次回は、来る三十一日火曜日午前十時理事会、十時三十分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後六時五十五分散会