議院運営委員会 第33号
- 発言数
- 66 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1981/08/04
会議録
○山下委員長 これより会議を開きます。 国政調査権の行使に関する基本問題についてでありますが、去る七月十四日、本院議員二階堂進君から議長に対して上申書が提出され、議長から「上申書の中に提起されている三項目については、議院の国政調査権の行使にかかわりのある問題であると考えられるので議院運営委員会において御検討願いたい」との諮問がありました。諮問のありました三項目については、先般の理事会の協議によりまして、参考人から意見を聴取し、調査を進めてまいることになっております。 つきましては、国政調査権の行使に関する基本問題について、本日、参考人として駒沢大学教授林修三君、中央大学教授橋本公亘君、慶応義塾大学教授田口精一君から意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○山下委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 —————————————
○山下委員長 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 参考人各位には、御多用中のところ当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。 本日は、特に深い御見識を有せられる参考人各位のそれぞれのお立場から、忌憚のない御意見を承り、もって当委員会の調査の参考にいたしたいと存じます。何とぞ、よろしくお願い申し上げます。 次に、議事の順序について申し上げますが、初めに、林参考人、橋本参考人、田口参考人の順序で御意見をお一人十分程度に取りまとめてお聞かせいただき、次に、委員の質疑に対してお答えいただきたいと存じます。 それでは、まず林参考人からお願いいたします。
○林参考人 私、林でございます。 本日は、国政調査権の行使の基本問題について意見を述べよということで出てまいったわけでございますが、ただ、当委員会でいかなる問題が重点的な御議論か、よく、つまびらかにいたしておりませんので、私の述べますことが、あるいは不十分かもわかりません。そういう点につきましては、後ほど、また御質問があれば補充をいたしていきたいと思います。 まず第一に、国政調査権の本質と申しますか、これにつきましては憲法六十二条の規定の解釈として、いろいろ諸説のあることは御承知のとおりだと思います。私はやはり、国会が本来の権能として有しておられる法案の審議あるいは予算の審議、さらには行政監督、そういうことの作用の補助的権能として、これが認められているものではないか、かように考えるわけでございます。 こういう意味の国政調査は、旧明治憲法時代の帝国議会においても、ある程度は法案審議とか予算審議に関連してはあったと思いますが、明治憲法下においては現在の憲法六十二条のような規定はございません。したがいまして、そういう調査の権限はもっぱら政府当局者を相手にしてやる、そういうことでございました。いまの憲法では六十二条で、国務大臣、政府委員以外の一般の人に対して、参考人として喚問し、あるいは証人として出頭を求めて、宣誓の上で証言させる、あるいは記録の提出を求められるという点に非常な特色があろうか、かように考えます。 この国政調査の範囲につきましては、国政調査でございますから、国政にかかわり合いのある問題全般に及び得るわけでございますが、しかし、従来学説上においては、司法権の行使これにつきましては、やはり三権分立のたてまえから国政調査の範囲外であるとするのが一般の通説のように考えられます。私もさようでないかと思っております。 それから、国政調査でございますから、国政にかかわりのない一般の私人の全くの私的な関係について国政調査権が及び得ないことも、これまた当然であろうと思います。ただ、そういう私的な問題でも、やはりこれは国政にかかわりを持つような場合があるわけでございます。こういう場合につきましては、そういう限りにおいての国政調査ということは、これはあり得ることではないかと思うわけでございます。 先ほど申しましたように明治憲法と違う点は、いまの憲法が六十二条で、ある範囲の国政調査に関連して強制権限、つまり証人の出頭を求め証言をさせる、あるいは記録の提出を求められる、そういう強制権的な権限を認めている点でございます。この点において国政調査の権能の深みは非常に幅広く深くなったわけでございますが、ただ、国政調査におきましても、そういう強制権限の行使はもちろんあるわけでございますが、その行使に当たっては、いわゆる適正手続と申しますか、いまの憲法の基本原則であるデュー・プロセスと申しますか、適正手続の原則はやはり適用されるべきだと思います。 これは一般の予算とか政策問題については余りそれが問題になることはないかと思いますが、あるいは具体的な案件について、いろいろの人のいろいろな行為が問題になるようなケースにおきましては、特に、この適正手続の点が問題になるのではないかというような気がいたします。これは参考人として出頭を求められる場合にも、証人として出頭を求められる場合にも、やはりそこに適正手続、つまり人権の保護とか、あるいは十分に意見を述べる機会を与えるとか、そういうものを参考にして国会がいろいろの判断を下される、そういう点において適正手続の要請があるものだろうと思います。 特に、いわゆる証言の問題、証人の問題でございますが、これにつきましては現在、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律、いわゆる議院証言法がございまして、議院に証人として喚問した場合の証言を求める手続がこの法律に定められております。 これはアメリカなんかの運用を見ますと、日本と違いまして一般的な予算問題とか法案の問題についても証人を呼んで証言を求めるというようなことがあるわけでございますが、わが国の場合は、従来のいきさつから考えますと、どうもいわゆる刑事事件、あるいは刑事事件とは言わないまでも刑事事件に関連のあるような問題について被疑者と目される者、あるいは被疑者ではございますまいが、それに何か関連を持つと思われるような人を呼んで証言をさせるというケースがもっぱら多いようでございます。 こういうような国政調査権の運営が果たしていいのかどうかということについては、いろいろな議論があるだろうと思いますが、しかし、そういうような運営がなされていることを考えますと、この議院証言法の運用につきましては、特に証人として呼ばれる者の人権の保護ということが大切ではないかと思います。証人は、もちろんこれは被疑者ではございませんで証人でございますから、一定の事実について証言をすることなんでございますが、しかし、従来の運営等を見ますと、どうも被疑者に近いような立場でのいろいろな質問がされる。それについてのいろいろな質疑応答については、やはり証人の人権を守るための適正な手続が必要ではないか、こういう気がいたします。 現在、すでに国会においては、そういう場合に法律専門家の補佐人をつける制度もできておるわけでございまして、これは非常に結構なことだと思うわけでございますが、その場合でも補佐者が発言ができない。これはやはり私は問題ではないかというような気がいたします。特に証言を求める質問が伝聞に基づくものであるとか、あるいは意見を求めるものであるとか、誘導尋問であるというような場合に、証人自身がこれに対して異議を述べることはほとんど不可能だと思います。したがいまして、それについてやはり補佐者が若干の意見が述べられるような手続があってしかるべきじゃないか。 それからまた委員会において、やはり委員長が裁判長的な、両者の意見、国会議員の先生方の質問と証人の立場を適正に考慮して判定をするような機能を営まれるような運営も必要ではないか、そういうような気がするわけでございます。 それから、特に議院証言法の運用において問題になるのは、いわゆる秘密の問題でございます。従来からも、これはもちろん議院証言法だけではございませんが、一般の参考人とか政府に対する国政調査権の運用におきましても、当局側から、秘密であるというようなことに基づく答弁拒否があるわけです。これにつきましてはいろいろな批判があるわけでございますが、国政調査というのは非常に重要な国家的な立場での権能の行使でございますから、なるべくこれは政府当局者においても、あるいは一般のそこに出席している民間人も、それに協力すべきは当然でございますが、しかし、他面から申すと、秘密にすべき事項というものはやはり国家的秘密もございます。あるいは特に公務員なんかは、いろいろな行政の運営の上において、私人のプライバシーに属することとか、あるいは企業の営業上の秘密等にかかわりを持つような問題についての知識も持っております。こういうものについては、それをただ、すぐ明らかにするということは、やはりプライバシーの侵害問題もございます。それから行政運営の継続性ということから、あるいは行政に対する国民の信頼保持という点から、やはり問題があるだろうというような気がいたします。 したがいまして、秘密の問題は、その範囲をどう見るかはいろいろ問題のあるところでございますが、議院証言法に決められているような形における証言拒否とか、あるいは議院証言法でない一般の場合でもそうでございますが、政府が、記録の提出を場合によっては拒むとか、あるいは答弁を拒むというようなことも、これは大きな意味の法益権衡という点からやむを得ないことではないか。その運営は余りルーズではいけませんが、そういう問題はあるだろうというような気がいたします。 それから最後に、国政調査権の行使をされる場合の議員におけるスタッフの強化でございます。これは前から言われております。ただ、国政調査権は、各委員会が実際上は行っておられるわけで、これは憲法上はハウスの権限だと思いますが、実際は委員会が大体行っておられるわけであります。この委員会が国政調査を行われる場合に、資料の収集等につきましては、やはり相当充実した機構を持つべきだというような気はいたします。 どんな機構を持つべきかについては、私はまとまったアイデアはございません。ただ、そういう機構を充実する場合でも、問題になるのはやはり権限の問題でございますが、これはいまも憲法六十二条で、ある範囲の強制権限があるわけでございますが、議院の委員会にそういう調査機構を設けた場合でも、強制権限につきましては、憲法で、ああいうふうに証言の問題あるいは記録提出要求しかないことからいいまして、それ以上の権限を認めることは、やはり私は憲法上問題じゃなかろうか、かような気がいたします。 時間を若干オーバーしたかもわかりません。皆様方の御要求に果たして応じているかどうかわかりませんが、一応私の意見の陳述を終わりまして、あと御質問があれば、また、それに対してお答えすることにいたします。
○山下委員長 ありがとうございました。 次に、橋本参考人にお願いいたします。
○橋本参考人 私は、中央大学の橋本であります。国政調査権の問題について、これから十分間ほど意見を述べたいと思います。 国政調査権の本質につきましては、ただいま林先生がお述べになったのと私も全く同じ見解であります。国政調査権は各議院が独立の権能として持っているという性格のものではなくして、国会の立法その他の権限を行使するために必要な事項を収集するために、補助的に認められたいわゆる補助権限説というのが学界でも通説であります。 アメリカなどでもどうかと申しますと、アメリカ憲法には国会の国政調査権の規定はございません。ございませんが、憲法一条一節にある議会の立法権を達成するためにインプライドされた権限である、含まれている権限である、このように考えられています。立法権を行使する、立法作用を行使するに必要不可欠な適当な補助権限であるというように最高裁判所なども考えております。 そこで、次に国政調査権の範囲でありますが、国政調査権の範囲としては、言うまでもなく国会の権限が非常に広いですから、これに応ずる国政調査権の及ぶ範囲は、国会の権能の及ぶ範囲ということになると思います。したがいまして、国会は立法権限を持っておりますので、新しい法律をつくるとか、あるいは既存の法律を改正ないし廃止するということのために必要な情報等を収集しなければならない、そういう意味で、非常に立法に関して広い。また、財政についていわゆる国会中心主義がとられておりまして、予算の議決それから決算の審議等の権限がございますから、したがって財政に関しても非常に広い調査権がございます。そのほかに、さらにいわゆる行政監督権がある。内閣は国会に対して責任を負いますから、したがって行政監督の意味で非常に広い調査権の範囲があると思います。 ただ、これらの調査権の範囲は、広いと言っても決して限界がないわけではありませんので、次に国政調査権の範囲の限界ないし、その行使の乱用の問題について考えてみたいと思います。 まず、国会の権能と関係のない事項について調査権を行使することはできない。たとえば純粋な私的事項について調査権を行使することはできない。あるいは犯罪捜査というような本来他の機関の専権に属するような事項について、犯罪捜査のみを目的とする国政調査権ということは行使ができないというふうに考えます。 次に、国民の憲法上の権利を侵害することはできない。思想の自由、良心の自由、その他もろもろの自由に対する侵害を来すような調査権の行使はできないということであります。さらにまた、いわゆる自己に不利益な供述を強要されない権利が国民にございますが、憲法三十八条一項を侵害するような調査をすることはできないということになります。それから憲法三十一条のデュー・プロセスの問題がございますが、この公正な手続の要請は両議院の国政調査についても当然及んでくる、そのように考えます。 また、司法権の独立を侵害するような調査ができないことも当然であります。検察権につきましては、これは司法権ではございませんけれども、検察権の行使が公正中立に政治的な影響を受けないように行われなければならないのでありますから、したがって、これについても不当な政治的圧力を加えるような国政調査権の行使はできない、こういうことになります。 ところで、この国政調査につきましては、どこの場合でもそうだと思いますが、たとえばアメリカの場合でも乱用が非常に問題になっております。一、二の言葉を挙げてみますと、たとえばハーバード大学のトライブ教授は、議会の調査権は広く用いられるし、また乱用されるというふうに述べております。それからレビ教授は、調査権が、しばしば乱用された強い権力であるということを否認することはだれもできない、こういうことを言っております。それから評論家のウォルター・リップマンは、議会の国政調査権のことを、合法化された暴力行為だ、暴行行為だというようなことを言ったこともございますし、あるいは野蛮な狂信的なマンハントになりやすい、人間狩りになりやすいというようなことを言ったこともございます。それから最高裁のウォーレン裁判官も、暴露のための暴露をする権限は存在しない、こういうことを言っておりますし、また、被調査者を処罰することのみを目的とした調査は許されないというようなことをウォーレンは述べております。 それでは、国政調査権はどうして乱用されやすいのかということを考えてみますと、その原因は二つほどあろうかと思います。 その第一は、何といっても議院は各政党の政治的闘争の場であります。裁判所のように公正中立な立場で、事実を認定し法律を適用するというところではなくして、政治的闘争の場でありますから、したがって、そこにどうしても各党の思惑が働き、そして調査を自党の有利に結びつけやすいということがあるのであろうかと私は思います。 それから第二に、やはり手続の不備があると思います。現在、議院証言法がございますが、手続は非常に不備でありますから、したがって、どうしても乱用されやすいというようなことがあろうかと思います。 将来考慮すべき問題点を少し考えてみたいと思いますが、何といっても第一は人権問題であります。私は憲法を専攻しておりますので、やはり人権問題についてどうしても関心を持つわけであります。それには多少、議院証言法の改正なども必要であろうと思います。 それから第二は、他の国家作用との関係でありまして、若干の論点を挙げてみますと、第一は証人の人権。先ほど林先生も申されましたが、証人の人権問題ということを考える必要がある。前回のロッキード問題のときに、テレビで放映されたそのもとで、証人が被疑者のように恐れおののきながら証言をしている場面も目撃いたしました。見ているときは、みんなおもしろいと思ったわけですけれども、あれはやはり人権問題であると私は思います。 それから三十八条一項の自己に不利益な供述を強要されない権利というものが実質的に果たして担保できたのであろうか。実質的にであります。形式的には、確かに議院証言法でも宣誓あるいは証言の拒絶ということができるわけでありますけれども、果たして実質的に証言の拒否ができる状況であったのかどうかというようなことを考えますと、そこでいわゆるマンハントがあったのではないか、いわゆる人間狩りがあったのではないかという感じも多少考えられます。 第三に、弁護人を付することも必要であろうと思います。あのような状況の場合に、やはり弁護人を付して、証人では言えないことを言わせる必要がある、補佐する必要があったのではないだろうか。 そのほか、三十一条に関連していろいろ問題がございますが、大変厄介な問題で、恐らく後で、いろいろまた質問が出るのかもしれませんけれども、三十一条で一番大切なことは、やはり自己に不利益な事実の認定をされる場合には、当事者に十分な防御の機会を与えなければならないという精神だと思います。果たしてそれが国政調査権の行使の段階で守られているのかどうかということについて、やはり若干の疑問を感じます。 それから司法権、検察権との関係でありますが、もう余り時間がございませんが、司法権の独立を侵害することはできないことはもとよりであり、また同時に、検察権の行使について、いわゆる政治的な圧力が加えられるようなことがありますと、ある意味で非常な疑念を残すことになります。 それからもう一つ、つけ加えておきたいことは、国政調査権の行使の過程におきまして人権の侵害を受けた場合に、果たして救済の方法があるであろうかということであります。現行法のもとでは遺憾ながら適切な救済手段がない。これを一体どうすべきかということを考える必要があるのではないか、私はそのように考えます。 以上で一応陳述を終わりまして、後でまた御質問を受けたいと思います。
○山下委員長 ありがとうございました。 次に、田口参考人にお願いいたします。
○田口参考人 慶応大学の田口と申します。 すでに林先生と橋本先生から十分に御説明がなされておりまして、私から、さらに加えることは大してございませんので、私の考えの要点だけをつけ加えさせていただきます。 国政調査権は、国会の権能、つまり衆議院、参議院の権能を的確に効果的に行使するための方法、手段として認められたものであります。物事を調べるということは、調べること自体がすべての目標ではなくて、調査をする必要に応じて、その目標を達成するための方法、手段として考え、必要になってくる行動であります。調査というのは、したがいまして国会、衆議院、参議院の活動を効果的に実現するために必要な実情を正確に調べなければならない。誤った情報を根拠にして方針を決めたのでは的確な行動ができない。それを防ぐためには正確に調べる必要がある。正確に調べるためには正確な情報材料が提供されなければならない。その協力を求め、その協力を義務づける意味におきまして、国政調査権という権能を特に憲法が明示したものであろうと考えております。 国政調査につきましては特に限定は置かれておりません。したがって、国会の活動として及び得る範囲におきましては、皆それに調査が伴ってくるということは、これはあり得ることであります。ただしかし、国家内部におきましては、それぞれの国家機関の権能及び権能を認めたことについて認められる権能の独立ということを無視することはできません。それから、国家組織の外にありましては、たとえば個人の場合には個人の人権の尊重が考えられます。あるいは地方自治につきましては自治体の自主性ということも考えられます。いずれも、それらのものを尊重しなければならぬ。いかに国政調査が認められたといいましても、それを奪い、あるいは、それに取ってかわるような調査のあり方が許されるわけではありません。 むしろ国会は、そういうものの維持、尊重を確保するために国会の機能というものが果たされるわけでありますから、人権の侵害のおそれがあれば、それがないように、そのおそれのあるような状況をむしろ調査して、その人権の侵害がないような状況に持っていくための調査ということになりましょうし、地方自治が侵されるおそれがあるならば、その侵される実情を調査して、そうならないような方向に向かうための国政調査であると思います。逆に、国会の国政調査が国家機関の権能の自主性を害し、人権を侵害し、地方自治を侵すという方向に向かって調査がなされたのでは、目的と手段が全く相反することになってしまうと考えております。 要するに、国家内部におきましては権力分立を考え、あるいは地方自治を尊重する、人権の尊重を考えるといたしますと、それらの活動に的確に国家機関が作用しているかどうかということを、最後のとりでとして国会が国民の立場で実情を調査するという意味においての国政調査になりますから、国政調査が逆の方向に向かったのでは、むしろ国会に対する国民の信頼というものが最後に失われてしまうことになります。むしろそれでは逆効果でありますから、国政調査というのはそういう方向であるべきではないと考えております。 それから、相手の協力を求める意味におきまして、証言を義務づけ、記録の提出等を求め、そして偽りを述べてはならない。これはどうしても国民の立場から見ましても、それから、それぞれの国家機関の立場において職務を担当する立場の者から見ましても、国会の活動というのは、国民の国家共同生活のすべての基本になります。それを誤らせてはならないという意味で協力をすべきものでありましょう。しかし、その協力の求め方も、最後には権力をもって義務づけて、義務に違反すれば処罰のおどかしをもって強制するというには、おのずから限度があるわけでありまして、それを認められた調査であるからということで、逆に強い力を持って調査を強行するというのでは、先ほど言いましたように、国民の信頼をかえって失ってしまうことになるかもしれぬ。 したがって、林先生や橋本先生も指摘されましたように、国政調査のあり方そのものを考慮するとすれば、結局は、国会というものは国民との結びつきが国家機関の中で最も直接であり、密接であるわけでありますから、その国民の信頼に応ずる活動によって、国民の立場というものを真っ先に保護すべき役割りを果たすところにある。その国会の活動がかえって国民に脅威を与えるというような調査のあり方であったのでは、国民が最後のよりどころを失ってしまいますから、そういうような調査のあり方というのは、むしろ国会の調査のあり方をみずから認識されて、慎重を期してもらうということになるだろうと思うのであります。 それらを確実に維持するために議院証言法を含めて幾つかの法律が必要となるわけでありますが、確かに法律でそういうような手続を決めるということは必要であるのかもしれませんが、基本的には、法律をもって、あらかじめ基準を決めなければ国民の信頼が得られないというのではなくて、むしろ法律がなくても、国会の調査のあり方は国民を脅かすような調査はやらないという信頼が得られていくならば、国民の協力も求められるようになるだろうと思うのであります。 法律をつくって枠をつくることも必要ですが、むしろ基本的には、調査のあり方が国民の立場から離れない一ただ、事実を明らかにするということをよく国民は期待を持たれますけれども、その事実を明らかにする国民の立場が、果たして国民全体の立場を反映しているかどうか。そこで、先ほども両先生から指摘されましたように、国民の立場といいましても、それぞれの部分的には利害の対立関係がありますし、その立場が個々の国会議員の政治的な立場にも反映してまいりますから、調査のあり方というのが、場合によっては、自分たちの立場に同調するような調査結果については歓迎をする、反対の結果が出れば、むしろそれは拒絶反応を示すというような調査の大きな違いになって出てくるおそれがあるのでありますが、その辺の調整は、結局は、国民全体の立場に応ずる調査を行うというところで、国会の自主的な調査の運営のあり方によって調節がなされるべきものであろうと思います。それをあらかじめ一々法律をつくって、がんじがらめにするということは、かえって国政調査の運営のあり方を不必要に阻害するかもしれません。 しかし、両先生の指摘されましたような人権の問題ということになってきますと、国民は本能的に国家の権力作用というものに対する脅威というものを持っております。その脅威を除く意味におきましては、手続というものは正確でなければならぬ。その最も典型的な実現の仕方が訴訟手続、裁判制度の運営に出てくるわけでありますけれども、国会は、その裁判、刑事手続、訴訟手続、司法制度の運営のあり方、それについて果たして的確に担当機関が行動しているかどうかを調査する意味においては、むしろ国政調査ということが必要になるかもしれませんが、裁判所や捜査機関の立場にかわって事実を明らかにするというような意味で国政調査を行うということまでも求めるとするならば、それは国会の権能がかえって司法機関の立場に取ってかわるということになるかもしれない。そこにはおのずから調査にも限度があるであろう、このように考えているわけです。 その限度を的確に保つ必要がある。その基準を、国民の信頼を受ける意味において明らかにする必要があるとするのであるならば、もちろん正確な的確な法律を克明に定めておく必要がありますけれども、しかし法律を定めても、運営を直接に担当する各院の調査のあり方というものが、法律を根拠にすれば、どのような調査でもなし得るというような運営のあり方であれば、かえって国民の信頼を失ってしまうかもしれない。むしろそれよりは、調査の運営のあり方が常に国民の立場に応ずるように慎重に行われるという態度で調査が行われるならば、法律は最後のとりでとしての制定は必要でありましても、運営によって、その欠陥を十分に補うことができると考えております。 以上でございます。
○山下委員長 ありがとうございました。 以上で参考人からの御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○山下委員長 次に、質疑の申し出がありますので、順次これを許します。 なお、本日は時間も限られておりますので、質疑時間につきましては、理事会での申し合わせのとおり御協力をお願いいたします。 森美秀君。
○森(美)委員 私、自由民主党の森美秀でございます。 きょうは、大変お忙しいところを諸先生方おいでいただきまして、ありがとうございます。 私どもは、国民の負託によりまして国権の最高機関たる国会に身を置く者でございます。その権能を有効に活用し、国民に対するその責めを十分に果たしていくためには、議会制度の改善を含めて、私たちの毎日毎日の努力が必要であると考えておるわけでございます。そういう見地から、きょう、こういう機会を得まして先生方のお話をお伺いできることを大変好都合と考えておりますが、何せ私に与えられた時間が大変短うございます。そしてまた、いま御意見のありました中に、私の考えと全く重複しているものもございますが、明確を期する意味で、私の気持ち、そして質問をこれから述べさせていただきたいと思います。 本日は、特に国政調査権のあり方にしぼって先生方の御意見をお伺いして、今後の改善の糧にしてまいりたいと思うわけでございますが、まず最初に橋本参考人にお伺いいたします。 議院の国政調査権は、議院の権限事項とは別個の独立の機能であるという説もあるわけでございますが、しかし一般には、先ほどお話しのように、憲法第四十一条の国権の最高機関と申しますのは、特段に法律的意味を有するものではなくて、国会が選挙を通じて直接、主権者たる国民を代表している関係上、多くの国家機関のうちで最も重要であるという意味合いから、政治的意義としての権能であると私は理解をしておるわけでございます。したがって、国政調査権は、議院が立法、行政監督等の本来の権能を有効適切に行使するための補助的機能であると理解をしております。 そこで、国政調査権が補助的機能である以上、調査の目的が、立法の準備とか予算の審議とか行政監督など、ハウスの憲法上の権能を実効あらしめるためのものでなくてはならないと思います。私どもは、調査権が有効に機能することを願うものでありますが、一方、調査の対象、調査の方法等について、権力分立の原理や基本的人権の保障など、憲法上からも幾ばくかの制約があるのは当然だと思うのでありますが、いかがでございましょうか。この点について、後で参考人の御意見をお伺いしたいと思います。 次に国政調査権の行使の目的について田口参考人にお伺いいたしたいと思います。 国政調査権の調査の目的は、議院の権能として憲法上認められている立法、予算審議、行政監督などの権能を有効適切に行うものでなければならない。そこで、調査権の行使が国会の権限になじまないものであったり、または個々の事例を引き出すことによって、その摘発のみを目的としたり、あるいは極端に言えば暴露、糾弾することを目的として国政調査権を行使するようなことは当然許さるべきことではない、好ましくないと考えておるものでございますが、田口参考人に後でお伺いいたしたいと思います。 最後に、国政調査権の対象、特に準司法的な検察権との関係について林参考人にお尋ねしたいのでございますが、裁判所の司法権との関係については、司法に関する立法はもちろん、裁判所の司法行政の分野については国会の監督のもとにあることは当然であります。したがって、これを除外いたしまして、本来の裁判作用そのものについては、司法権の独立、すなわち権力分立の原理は、国政調査権によってもこれを侵害することが許されないことは憲法上確立していると思います。 そこでお尋ねいたしたいのは、行政、特に準司法的性格を持つとされている検察事務が調査権の対象となるかという問題であります。 一般的には、行政権の一作用である以上、犯罪捜査あるいは公訴の提起、不起訴処分の妥当性等々の問題も調査権の対象となり得るとされながら、しかしながら、国政調査権の行使に当たっては、準司法的性格を持つものであるから、裁判所の司法作用に準じ周到な配慮を要するものであると思います。 このような意味での検察の準司法的性格から考えますとき、たとえば不起訴処分とされた事件、人物について、それが係属中の事件に直接関係ある場合あるいは捜査段階にある場合あるいは他の事件の裁判にかかわりある場合等、このようなケースの調査は違法であり乱用であるという見解、別の表現をいたしますと行き過ぎ、あるいは好ましくないとの意見もありますが、この点について、議会の国政調査権の行使との関連で忌憚のない林先生の御意見をお伺いしまして、私の質問を終わりたいと思います。よろしくお願いします。
○橋本参考人 ただいまの御質問の第一点でありますが、私、先ほど述べた意見と、ただいまの御質問にあらわれました御意見と全く同じだと思います。 要するに現行憲法で六十二条により定められている議院の国政調査権は、国会の本来担当しておる任務を適切に遂行するために補助的に与えられた権限である。これはまた学界の通説でもあり、先ほども申し上げましたように、アメリカ憲法などの場合におきましても、そのように考えられているわけでありまして、これを国会の本来の権限とは全く別個に与えられた独立権限だとする考え方には根拠はないと思います。 以上です。
○田口参考人 いまの御質問でございますが、その一般的な考え方は、すでに最初の発言のときに申し述べさせていただきました。まさに個別的な事件をとらえて調査をするということが、すぐに国会の活動に必要になるかどうかということについては、私自身は、むしろそうではなく、もっと一般的な、国民の国家共同生活全般に通ずる一般的な政治的な調査あるいは財政的な調査というような意味で国政調査というふうな活動が必要になる、また、それが最も目的に適合した調査のあり方であろうと思います。 それを、個々の事件や個々の個人的な問題をとらえ、それを明らかにするというのはいいのですが、悪く言えば、それを暴露するという、ただそれだけの目的で行われるというのでは、国政調査というような権能にはふさわしくない。国政調査という重大な機能を果たす意味での目的からすれば、余りにその目標から外れた微々たる問題ではないだろうかという印象を持ちます。 また、それのみならず、橋本先生、林先生からも指摘されましたように、そのような調査が行われたとするならば、今度はもっと弊害といたしまして、個人の生活の安全、人権の享有というものが脅かされるおそれがある。もし、それが国会でなされるとしますと、それに対する自後の救済という措置がほとんど考えられません。その意味では、国会の調査のあり方というのは、むしろそういうふうな目的と趣旨においてなされないことを国民は期待しているであろう、こう考えております。
○林参考人 森先生の私に対する御質問にお答えいたします。 先ほど私も、あるいは橋本先生からも陳述がございましたけれども、国政調査につきまして、いわゆる純粋の司法権の行使、これが国政調査の範囲から除外さるべきことは、これはやはり三権分立のたてまえからいって当然のことだろうというような気がいたします。 検察権の行使は、カテゴリー的に考えれば行政権に属することでございます。行政権に属することでございますけれども、これはやはり司法権の行使に密接な関連を持つ問題でございます。検察権の行使というのは、非常に独立的に、公正に行われることが必要とされる権限でございます。したがいまして、これに対して他の機関がいろんな、特に検察権の行使をしている段階、捜査段階あるいは裁判の段階において、そのあり方について批判を加え、これに対して不当な圧力を加えるというようなことが妥当でない、あるいは国法、国政のたてまえ上許されないことであることは、おっしゃるとおりではなかろうかという気がいたすわけでございます。 また、国会における国政調査と申しましても、検察権の行使と同じようなことができるわけでもございません。その権限ももちろん違うわけでございます。国会のあり方から考えましても、検察権の行使に取ってかわるような権限の行使ができないことは当然のことでございます。したがいまして、検察権の行使について、差のあり方についていろいろ注文をつけたり、あるいは不当な圧力を加えるということは、たとえ検察権が行政権の一部に属することでありましても、裁判の公正というもの、刑事訴訟法の運用を適正にするという意味からいって許されない。少なくとも著しく不当なことではないか、かように考えるわけでございます。 それから不起訴処分等がありましたような場合あるいはまた起訴されたような段階におきましても、御承知のように刑事訴訟法の四十七条は、「訴訟に関する書類」は公判の前には公にしてはならないということになっております。この裁判に関する書類には、捜査官は捜査をされたけれども、不起訴等によって起訴されない関係の事件も含まれるというふうに考えられております。これを秘密にして公にしないということは、やはり捜査対象になった者の人権の保護ということもございますし、それから裁判とか検察権の行使に対する不当な圧力の防止、そういういろんな見地から、こういう規定はあるものと考えられるわけでございます。したがいまして、国政調査がそういうことに及ぶことは、私は、原則としてはやはり許されない、少なくとも好ましくない、かように考えるわけでございます。全然別の見地から、あるいはそういう問題について本当の国政運営の見地からの調査が行われることは別問題でございますが、少なくとも、そういう検察権の行使についての批判を加えるような形における調査は、やはり差し控えるべきものであろう、かように考えるわけでございます。
○山下委員長 よろしゅうございますか。
○森(美)委員 はい。どうもありがとうございました。
○山下委員長 広瀬秀吉君。
○広瀬委員 社会党の広瀬でございます。 国政調査権の問題について御三人の御意見を伺ったわけでありますが、大体国政調査権の運用については、国会の各議院が立法権、予算議決権、行政監督権、議員の懲罰権など、国会または各議院の憲法上の諸権限を実効的に行使するために、みずから必要事項に係る資料を収集して、事実を発見かつ判断、公表をする、このようなものが各議院の固有にして補助的な権限だろう、大体こういう見解が今日多数説になっているように私は思います。その流れでお話があったというように理解をするわけであります。 ただ、私どもとしては、日本における国政調査のあり方、先ほど橋本参考人からも、やや常識を逸脱した威迫的なことがあったのではないかというような御批判も一部にありましたけれども、今日なお国民が考えておる、国政調査権に期待している問題は、やはり憲法四十一条の国権の最高機関であるという今日の法体系の中で、もう少ししっかり国民のために事態の真相を明らかにして、特に刑事訴追に至らない——刑事の訴追を受けるような者は、それなりに裁判の中でやられるわけですけれども、国会はそれを目標にするものではない。ロッキード事件の場合にも、国会の、いろいろその問題をめぐる長い空白があって、議長裁定が出される。そういうことで、それを特別に調査をする特別委員会が設定をされる。その場合に、事態の真相を明らかにして、政治家なり、あるいは高官と言われる行政府の幹部、そういう者についての政治的、道義的責任を明らかにする、このことがやはり国政調査権のあるべき姿である。 刑事訴追は、司法の独立で裁判所がやられることであるけれども、政治的、道義的責任ということになりますと、国権の最高機関というものとの絡みにおいて、もう少し国民が真相を知りたいということ、皆さんの御発言の中にはいささかも聞かれなかったことでありますが、言うならば国民の知る権利であります。議会制民主主義の本質を踏まえて国政調査権の問題を考える場合には、どうしても国政調査権における政治的、道義的責任の追及、こういうものが一番基本になって、それで議会制民主政治は、そういう国政に携わる者、特に、これは単に行政府に対する監督という権限だけではなしに、行政と議員自身、ハウスを構成している個々の議員、そういう人たちが関与をしているというような場合に、その人の真相を解明して、政治的、道義的責任を国民の前に明らかにする、そういう役割りを持つわけですね。 そういう問題では、やはり国民からは、今日の国政調査は何と手ぬるいことか、何とまだるっこしいことであるか、もう少しどんどん証人でも何でも呼んで、そしてまた、そういう疑いを持たれているような人たちは、どんどん国会に出て証人となって、実際の宣誓の上に堂々と所信を述べる、事実を述べる、こういうようなことで、国民の前に政治的、道義的責任が明らかになっていくと思うのです。 そういった国政調査権における刑事とのかかわり合いやなんかになりますと、司法権の独立の問題だとか、準司法的機関たるべき検察との関係とか、いろいろむずかしい問題が出てきますけれども、そういう点と、もう一つはいわゆる人権の擁護の問題これが国政調査権ではやはり一つの問題にはなるであろうという認識は私どもも持っております。 しかし、そういう場合に、その名誉あるいは人権というようなものについて、議員たるべき者あるいは政府高官たるべき者、そういう者は、やはりある程度そういう国政調査に協力もしなければならないし、また、その中で一般人と同じように人権ということの主張だけが余りにも強過ぎれば、国政調査権は見るも無残な、何をやっているのだかわからないようなものになってしまう。そういう面についての御三人の認識を伺いたい。 国民の知る権利に対してこたえるということが、やはり今日国政調査権における一つの大きな側面をなしているだろう。しかもそれは、刑事事件として犯罪を立証するというようなことではないけれども、少なくとも政治に携わる者、特に議員の政治的、道義的責任を明らかにすることが国政調査権の主たる任務で、たとえばロッキード事件のような場合、あるいは造船疑獄のような場合、そういうときにはそういうものがより強く働く、個人の名誉というような問題を超えて、そういうものがあり得るのではないか、こう考えるのですが、御三人の意見を率直に、かつ簡潔にお願いします。
○林参考人 では私から最初にお答えいたします。 国政調査というものは、一般的に申しまして、先ほど申しましたように法案の審議とか、あるいは予算の審議とか、あるいは行政監督権限の行使、こういうものに関連した一般的あるいは個別的問題について行われるものでございまして、特定の具体的な刑事事件あるいは刑事事件に類似するもののみを対象として行われるべきものでないことは、これは言うまでもないことでございます。その一般的な国政調査の権限の行使において、国民の知る権利にこたえて議院が十分に活動される、これは当然のことでございます。 ただ、個別的な犯罪事件あるいは犯罪事件にかかわりを持つような問題になってまいりますと、これは実は、おのずからそこに国会における権限の限界の問題があるわけでございまして、特に刑事事件として捜査の対象になるものにつきましては検察権の行使ということがございまして、あと、また起訴された者については裁判所によって判定される、これは一定の訴訟手続によって黒白が明らかにされるわけです。国会における国政調査が、そういうものに取ってかわるべき性質のものでないことは、これは申すまでもないわけでございます。これは広瀬先生も御承認になっているところだと思います。 ただそこで、いまおっしゃったのは、たとえば不起訴になったような問題について、その不起訴になった方の政治的、道義的責任を追及するようなことがもっとあってもしかるべきではないかというようなお話でございます。そこらは非常に問題のところでございまして、やはり不起訴というのは、捜査段階で検察当局が不起訴にしたのだろうと思います。いろいろな理由があるのだろうと思いますが、そういうものだけを取り上げて国会で御審議になるというようなことが果たしてどういうものか。というのは、これも一種の広い意味の刑事事件あるいは刑事事件にかかわりのあるような問題についての御調査であり、しかも、そういう不起訴になった事件についても、これは十分にお調べになろうとすれば、いまのたとえば検察権の行使のような権限は国会にはないわけでございまして、証人として喚問されて、あるいは記録の提出を求めるというようなことでございまして、その範囲で政治的、道義的責任というものがどこまで追及できるのか。これはやはりそこの限界があるのではなかろうかと私は思います。 政治家についての政治的、道義的責任の追及ということは、これは原則としては当然あってしかるべきことだと思うのでございますが、具体的な問題になりますと、いま言ったような特定の問題については、やはり議院における権限の問題と関連いたしまして、相手になっている人の人権の保護とか、そういう点において、いまのような国政調査のあり方で十分にそれに対応することができるかどうか、ここらはやはり相当問題があるのではないかというような気がするわけでございます。 もしもおやりになれば、相当、相手になっている方の人権を保障するようないわゆる適正手続が必要でございましょうし、また、そのもとになっている資料そのものが、つまり検察権の捜査したところだけが問題になるわけでは、もちろんないわけで、もしもそういうことをおやりになるなら、当然、議院においていろいろな資料を十分に収集なさった上で広い意味で議論される、そういうような配慮があってしかるべきものじゃなかろうか。単に不起訴になったものだから、それを今度は国会で受け持ってやるというようなことが直ちに適当かどうかについては、私は若干疑問を持つわけでございまして、もしおやりになるとすれば、そこにはよほど十分な配慮と調査の準備があって、やるべきものではないか、そういう気がいたします。
○橋本参考人 先ほど与えられた時間が十分でありましたので、いわゆる知る権利との関係については何も申しませんでしたが、国政調査権の行使が、いわゆるインフォーミング・ファンクション、知らせる機能を持つということを私は否定いたしません。これは何も国政調査に限らず、国会の議事手続にしてもそうですし、あるいは裁判所の裁判の公開もそうですし、国民に知らせる機能を持つということは国政調査に限らないわけです。それが一つ。 それから、ロッキードのような問題について御調査になること、私は決して反対ではありません。大いにやってください。私の申し上げているのは、別段、特定の事件をとらえて言っているわけではございません。ですから、たとえば国家の政治全体に影響の及ぶような大きな事件があった場合に、政治的な意味でこれを取り上げて、将来たとえば政治献金をどうするかとか、こういうような形で物事を考えることは決して反対ではございません。それはもとより賛成です。あるいは別の例を挙げるならば、たとえば公選法違反の事件が多発した。その場合、特定の公選法違反事件を摘発するのではなくして、将来、公職選挙法をどのように改めたらよいのか、こういう立場から物事をお取り上げになることは大いに賛成です。その点は全く同感です。 それから、もう一つ申し上げますと、それにもかかわらず、国政調査権を行使する場合にもルールがあってほしい。つまり憲法上の人権を守るような形で行使をやっていただきたい。これは裁判所が裁判する場合にも国民の人権を守っておりますが、同じように国民の人権についての配慮が望ましい、望ましいのではなくして、必要であるということを申し上げたわけでございます。
○田口参考人 人権の尊重ということを一つ出せば、それは絶対に尊重しなければならぬという結論はすぐ出てまいります。知る権利を尊重しなければならないということになれば、それはそのとおりだという結論は出てまいります。憲法上の悩みは、その両方を考えなければならないというところに出てくるのでありまして、知る権利というのが国民の人権の一つの要求のあらわれである、それが優先するのだという結論が出ておるならば、国政調査権はそれに応ずる意味におきまして、個人のプライバシーを侵し名誉を傷つけるような結果が出てきたとしても調査を行うということがあるかもしれません。しかし、憲法の要求する人権の尊重というのは、知る権利も認めると同時に、個人のプライバシーを侵すようなことがあってはならないということも要求しているわけでありますから、おのずから、そこで国政調査のあり方にも工夫をしなければならないということになってまいります。 つまり、知る権利にはある程度応ずると同時に、名誉を侵してはならない、プライバシーを侵してはならない。その意味で、国政調査のあり方にもおのずからやり方の調整がなければならない。プライバシーを尊重した結果、的確な事実が明らかにならない、国民は、それじゃ煮え切らないではないかという意見が出てきたとしても、それならば国民のその意見に応ずるためにプライバシーを侵していいのかということになってくれば、必ずしもそうとはいえません。おのずから、それは国会議員を通して行われる国政調査の段階における運営のあり方の調節によって、国政調査としては、ここまでしか実現できないのだ、これ以上行えば場合によっては人権侵害のおそれがあるのだというときには、潔く勇敢に、そこで思いとどまってもらわなければならないということになってくると思うのであります。 この調節のあり方はどうあるべきかと言われましても、これは個々の場合によって、いろいろ違いが出てくるでしょうから、その場合には、その運営の担当の立場にある個々の国会議員の良識による調節を期待しなければならないと思うのであります。 どうも過去の経験から、その調節がうまくとれないというのであれば、おのずから過去の経験に基づいて、法律や手続に関する規定をもって基準を一つ一つ定めていかなければならないということになるのでしょうけれども、しかし先ほども申し上げましたように、その基準というのは常に一〇〇%完全に形づくるということは不可能に近いのでありますから、おのずから個々の場合に、どのような調査のあり方を行うかということにつきましては、やはり担当される国会議員の方々のバランスのとれた調査のあり方に期待しなければならないということになります。 以上であります。
○広瀬委員 ありがとうございました。 それで、橋本参考人にお伺いしたいのですが、人権の保障について、われわれも新憲法の三つの柱の一つである基本的人権ということを決して忘れておるわけではありません。一般的に「疑わしきは罰せず」というようなことが言われるわけでありますが、たとえばロッキード問題というような場合、国民が非常に真相を知りたがっている。真相を明らかにして政治家の政治的、道義的責任を明らかにするという期待が国民に充満している。そういうような場合に、これはむしろ「疑わしきは罰せず」ということではなくて、「疑わしきは権力担当者の不利益に」というぐらいに、権力担当者というものは、それだけの重要な、国民の期待にこたえなければならない立場にあると思うのですね。 そういう特別な地位にある場合には、そのぐらいの受忍義務といいますか、そういうものがむしろあっても、人権擁護という問題について、これは行き過ぎであったというようなことにはならないのじゃないか。権力担当者には、それだけのモラルと政治的責任というものが負託されている、私はこういう考えを持つわけですが、一般論としての立場と、権力担当者が疑いをかけられ、それが事実はどうであったのか、その人の政治的、道義的責任はどうであったのかと国民が注目しているようなときには、そういう原理というかイデアというか、そういうものが働いてもいいのではないか。 それはもちろん証人喚問の際だとか何かにおいて、国政調査権を行使するわれわれ国会議員が、そういう点は三権分立ということも知っているし、基本的人権の憲法を持っているということも知っておるのですから、そういう中で十分自制をするというような、そういうものは必要だと思うのですけれども、特定のそういう権力者的な立場に立っている場合には、そういう道義的、政治的責任という問題と、国民の知る権利の前に、ある程度不利益は受忍するだけのものでなければならぬのではないか、こういうように思うのですが、いかがですか。
○橋本参考人 権力担当者は、疑わしければ道義的、政治的責任を負うべきであるという御意見ですが、どうも私にはちょっと納得がいかないので、疑わしい場合に道義的、政治的責任を問うということになりますと、何か疑いをかけて、いわば政治的暗殺を図るという傾向が出てくると思います。これは何といっても政治の場でありますから、ある人間に疑いをかける、疑いをかければ、その人間はポストを去らなければならない、こういうことになりますと、恐るべきいろいろな密告政治だとか暗い政治になるのではないでしょうか。私はやはりその点について、疑わしいなと思われた人間についても人権があると思っております。
○広瀬委員 国政調査権と司法の関係との接点といいますか、この問題で刑訴法四十七条、そしてまた、ただし書き、こういうものがあるわけでございます。その理由は、いろいろあの刑訴法四十七条の趣旨も私ども理解しているつもりでありますが、国家を構成している、国民が主権者でありますから、その国民が、田口先生も先ほどおっしゃいましたように国会が、国民と一番直接的な結びつき、接触というものがあるのだという、そういう観点に立って、一定の汚職事件、涜職事件というような場合に、国民が本当に知りたがっている、そしてまた特定の権力を担当している人たちの政治的、道義的責任を明らかにしてもらいたいという気持ちがある、そういう場合に、この国政調査権に基づいて四十七条ただし書きを援用して、資料の提供あるいは書類の提供、こういうようなものを要請するということに対しては、これは当然応じて何ら差し支えない。特に不起訴になったという場合であっても、そういうことが決定された後においては、特段捜査に支障があるとかというようなこともあり得ないはずだし、その裁判の進行の妨げになるというようなこともあり得ないわけでありますから、そういう点については、やはり今後の国政調査権の行使の場合においても、政府において、これは四十七条ただし書きを積極に解して、大いに積極的に協力すべきだと思うのでありますが、田口先生、いかがですか。
○林参考人 いまの刑事訴訟法の四十七条の問題の御質問でございますが、これは実は、この刑事訴訟法四十七条に限りませんで、いわゆる公務員とか、あるいは政府は、いろいろな点において秘密を守る義務を負っております。これはいろいろな法律で、公務員がその知り得た秘密を守らなければならない、そういう義務をかぶっておるわけでございます。刑事訴訟法四十七条も、この「訴訟に関する書類」の保管者である公務員、これは裁判官である場合も検察官である場合も警察官である場合もございましょうけれども、これもやはり秘密を守る義務をかぶっておるわけでございます。 一面において、いまおっしゃったように国会における国政調査というのは非常に広い意味の公益のために行われるもので、国民的要望に基づいて国会がなさるものでございますから、これについてもやはり最大限に応じるべき問題は当然にあるわけであります。 しかし、一面から申しまして、すべて物を秘密にするという理由は、やはり秘密にすべき理由はあるわけでございまして、いわゆる人権の保護あるいはプライバシーの問題もございますし、あるいは国家的な問題もございます。それから、たとえば刑事訴訟法について言えば、将来における検察権の行使の問題についての保障等の問題もございます。いろいろな点からの、あれを秘密にしなければならぬという理由はあるわけでございます。 これは国会の国政調査に基づく御要求があれば、当然にその刑事訴訟法の四十七条のただし書きに基づいて公にすべきだということは、私は必ずしもすぐには出てこないのではないか。これはやはり個別的な問題に応じて、そのときに国会において国政調査をなさろうとする趣旨と、それから刑事訴訟法四十七条等で一定の書類等を秘密にしておくだけの理由、こういうものを総合、比較検討いたしまして、そうしてその上で法益権衡と申しますか、そういう見地から当該担当の公務員がどう判断するかということを決めてしかるべき問題だろうという気がいたします。 それに対して国会で御納得のいかない場合には、また後の、どういう手続をとるかという問題は、これは政治的にはございますけれども、やはりいま申しましたような刑訴法の四十七条をとってみても、国政調査の御要求があれば直ちにこれを公にすべきだということは、すぐには私は出てこない、やはり個別的な問題における具体的な問題に照らして考えるべき問題だろうという気がいたします。 同時に、これはたとえば国会においては、出しても秘密会というものもあるではないかという御議論もあるかと思いますが、これは従来の経緯に徴して、秘密会は必ずしも秘密が保持されておらない状況がございます。それからまた、これは憲法の問題もございまして、原則としては秘密会においても速記録は印刷されるわけでございます。そういう点もございますので、やはりどうしてもいろいろな見地から秘匿を要する問題がそこに残るということは、私は考えなければいけない、かように考えます。
○田口参考人 いま答弁を求められましたから、一言またお話しさせていただきますが、知る権利と、それから責任という点との絡み合いで、一般国民と違って国会議員であるとか公務員であるという立場の人は、それなりにその職務上責任というものを認識していなければならぬであろうという御指摘ですが、それはそのとおりだと思います。 しかし、それだから一般国民と違ってプライバシーを享有する権利というものがそれだけ狭くなるのだ、名誉というものが場合によっては傷つけられるような結果が出てきてもやむを得ないのだというふうに単純に結論は出てこないわけでありまして、やはりその職務に関連して職務上の責任を果たすという意味においては、まさに、そのとおりに責任を追及されるような場合が出てきてもやむを得ないのでありますけれども、また同時に、その立場にある人にも個人的には人権の享有というものが認められていなければならぬ。おのずから調査のあり方につきましても、その辺を十分にバランスをとうた調査のあり方があってしかるべきであろう。 真相を明らかにすべきだという声が高まるということが一般によく言われますけれども、これは実際には無視できないことだろうと思います。しかし、一般に言われる声は一面的に出てくるものでありますから、真相を明らかにせいということになるならば、それに応ずる結果プライバシーを侵されてもやむを得ないのかというと、今度はプライバシーを侵すようなやり方をすれば、そのような調査の仕方は限度を超えているではないかという批判も出てくるのであります。一つ一つそういうような要求が出てきたときに、それに応ずるようなやり方をしておれば、これは常にバランスを欠いた調査の仕方しか出てきておりません。それでありますから、その場合に、調査のやり方といたしましては、真相を明らかにすべきだという要求があれば、それに応じますけれども、同時に、声が出てなくても、プライバシーを侵してはならない、あるいは人権を侵害してはならない、また、そのおそれがあるならば調査のやり方については慎重を期さなければならないという、常にそのような配慮が行われていなければならないはずであります。 その辺のところは、国会における運営のあり方として、個々の国会議員が独走するわけではありませんから、個々の国会議員の合議の上で調査の方針が決まってまいります。それでおのずから調節がとれると考えております。
○広瀬委員 もう時間がオーバーのようですから、これで終わります。
○山下委員長 山田太郎君。
○山田(太)委員 公明党の山田でございます。 参考人の先生方には、大変お忙しい中を御出席いただきまして、ありがとうございます。 先ほど来、御意見の開陳をいただいたわけでございますが、議長の諮問の三項目のうち、私は、主として国政調査権の行使のあり方について、これをいかにして充実強化すべきであるかという点と、人権擁護に対する措置はいかにあるべきかという二点についてお尋ねいたしたいと思います。持ち時間の都合によりまして、まず私がお尋ねする点をまとめまして、参考人の諸先生からそれぞれ御意見をお述べいただきたいと思います。 まず第一点は、国政調査権の充実強化についてであります。 先ほどの御意見の開陳の中にもありましたが、憲法第四十一条あるいは六十二条などに規定されておりますとおり、国会が国権の最高機関として、その権能を遺憾なく発揮するためには、国政調査権の行使が強力に機能するものでなければならないと思います。先ほどの参考人の方の中には多少意見を異にしていらっしゃる先生もおいでのようでございましたが、わが党は、こうした見地から国政全般に及ぶ正確な知識、情報等を入手するための資料収集、さらには行政府の活動に対する行政監督の手段としての国政調査権の強化を図るため、現在体系化されていない国政調査権に関する諸規定を整備し、さらに実効性あらしめるための、全く仮の名称でございますが、国政調査法を基本政策の一つとして検討いたしておるところでございます。 しかし当面は、議院証言法の運用強化を図るとか、あるいは議員立法の強化を図るため、両議院の法制局あるいは委員会調査室等の充実強化を図ることを考えているのでありますが、国政調査権の強化について参考人の方々の具体的な御意見があれば、お伺いいたしたいと思います。 次に、お尋ねいたします第二点は、国政調査権の行使と人権擁護についてであります。 もとより私ども議会人は、議会の行使する国政調査権がより強力なることを望むものでありますが、しかし反面、それは国民の人権に対する十分なる配慮という裏打ちがなされているものでなければならないと思います。議会がいかに強力な権限を持とうとも、もしそれが国民の人権をじゅうりんして顧みないようなものであるならば、先ほどもお話がございましたように、国民の信頼と協力を得ることはできない、真の議会制度の発展を期することはできないと考えるからであります。法のことわざにも「一人の罪なき者を苦しめるよりは、むしろ十人の罪人を逃がした方がよい」とありますように、議会におきましても、その権限が強力であればあるほど、その行使には慎重な配慮が払われなければならないと考えるのであります。 そこで参考人の先生方にお伺いいたしますが、万一、国政調査権の行使により不幸にして人権の侵害を受けた者が生じた場合に、国会としていかなる救済の方途があるとお考えになられますか。ただ国会議員の良識とバランス感覚に期待するというのみでいいかどうか、その方途についてもしお考えがあれば、お聞かせ願いたいと思います。 また、政治家の政治的、道義的責任を含めての倫理基準、この倫理基準の問題はさりながら、たとえば、何か問題を究明している委員会に国民の方々が証人として喚問されたばっかりに、世間一般から疑惑を持って見られ、社会的信用を失墜したり名誉を棄損されてしまったような場合、その人は一種の制裁を受けた状態による不利益を永久にぬぐえないことにもなりかねないのであります。この点は、憲法に規定されている人権保障の諸条項の精神に照らしても、なおざりにできない問題であります。また、これは極論かもしれませんが、もし多数党が少数党弾圧を企図して国政調査権を乱用するようなことにでもなれば、議会政治の破滅を招くような、まことに恐るべき事態に立ち至るおそれがあります。 この際、これらの点について適切な、できれば具体的な御意見があれば、お伺いいたしたいと思います。 以上で質問を終わらしていただきます。よろしくお願いします。
○林参考人 いま山田先生の御質問でございますが、適切なお答えができるかどうか、ちょっと危惧いたすわけでございますが、最初の国政調査に関する調査機構の充実というお話でございます。これはやはり必要であろう、当初の意見陳述のときにも申しましたが、必要であろうという気がいたします。 ただ、具体的にどういう方法でやるかということでございますが、これは先ほど山田先生からも御指摘のとおりに、あるいは議院法制局あるいは各委員会、常任委員会なり特別委員会の調査室とか、あるいは事務局あるいは国会図書館とか、そういうところに何らかのそういう調査機構を置くかというような問題があろうかと思います。国政調査の対象となる事項は非常に幅が広いわけでございまして、必ずしもいわゆる犯罪事件的なものばかりでないことは言うまでもないわけでございます。したがいまして、これは委員会に置くとしても、各常任委員会全部にわたる事項が当然に問題になるわけでございます。それから立法的な作用のものもございますし、いろいろなものが含まれておるわけでございますから、やはり置くとしましても、国会の事務局に何か特殊機構を設けるとか、あるいは国会図書館にしかるべき機構を設けるかというようなことが考えられるのかなという気がいたしますが、どうも私は余り具体的な意見を、余り的確な意見は持ち合わせておりません。 それで、山田委員がおっしゃったことの中では、たとえば国会に国政調査の補助的機構のみならず、行政監察的な機構を持っている機関も何か置いたらどうかというようなお話があったのかというような気がいたしますが、後者の点につきましては、確かにそういう議論があるわけでございますし、それからスウェーデンのオンブズマンのような制度がある。スウェーデンのオンブズマンは、最近私が実は座長をいたしまして報告を出しましたように、必ずしも行政監察が主体ではございませんで、行政上の苦情処理のことが主体でございますが、スウェーデンは国会に機関が置かれております。そういうものが考えられるかどうかということかと思いますが、ただ、行政監察のような行政権限を与える場合には、これは私の個人的な意見になりますが、日本の憲法構造から申しまして、そういう機関はやはり私は行政部に置くべきものではないかというような気がしております。ただ、国政調査の補助的な調査機構、調査機能の機関、これは国会でお持ちになることが当然のことであろうという気がするわけです。 それからもう一つの、国会における国政調査権の運用で、たとえば、そこに参考人とか証人として呼ばれた者が、人権についていろいろ好ましからざる影響を受けた、あるいはいろいろな不利益な措置を受けたというようなことについての救済方法いかんというようなことでございますが、現在の制度では、そういう制度はございませんわけでございます。それから国会議員の議院内における発言等につきましては、御承知のように憲法上、議員の免責特権がございますから、これは刑事責任を問われたり、民事責任を問われるおそれはないわけでございます。したがいまして、国会ではそういう特定の者の権利の侵害とか人権侵害になるようなことは恐らくあるまいと思いますから、それは国会において十分に自制をされて国政調査権の運用をなさるものと思いますから、そういう問題は起こり得ないと思うのでございますが、万一の問題があれば、やはり何らかの任意的な苦情処理機構、何らか任意的にそこに行って若干の救済、これは法的なものではございませんが、事実上の救済を求めるようなものを置くことができるかどうか。これはいまの国会議員の免責特権の問題と関連いたしまして非常にむずかしい問題で、そう簡単な問題ではないと思いますが、強いて考えれば、そういうことが考えられるかどうかということの問題があろうかと思います。私もこの点はちょっと自信を持ち得ません。 しかし、いま申しましたように、国政調査権の運用は慎重であるべきでございまして、やはり先ほど広瀬委員からもおっしゃったように、国民の知る権利に対応して政治に関するいろいろな事の真相を明らかにするということは当然必要なわけでございますが、その手続は、やはりあくまでも適正手続のルールに従って行われる。それで、いかに政治家あるいは公人といえども不当に人権を侵害されるというようなことはあってはならない。プライバシーの範囲については、公の人のプライバシーの主張は若干制約されてもしかるべきだという考え方がございますけれども、しかし、それにしてもプライバシーを全然無視していいという問題ではございません。国政調査の運営の手続は、おっしゃるとおりにやはり人権保障のルールにのっとって行われるべきものだ、さように考えるわけでございまして、そういうことが保障されれば、先ほどおっしゃったような救済方法もなくて済むのではないか、こういう気がいたします。
○橋本参考人 国政調査権の充実強化という問題ですが、確かに国政調査権を行使するにつきましても、いま十分なスタッフがいないという問題があることは事実であります。アメリカなどでは、この点相当多数のスタッフがおりますので、いろいろな問題の調査などが可能である。ところが、わが国では例のロッキード問題のときにも、スタッフがいないために十分なる調査ができなかったということが言われていることは確かであります。そのようなスタッフの充実は、国政調査権を的確に行使する上において望ましいことではありますが、また同時に、もう一つの問題があることは確かだと思います。 それは、そのスタッフがいかなる権限を行使できるのか。その権限が他の機関との関係でどのような問題を生ずるのか。特に捜査というようなことに関連がありますと、当然問題が出てまいります。六十二条の国政調査権は証人の喚問、それから記録の提出等を除く以外の強制手段を定めておりませんから、したがって、刑事捜査において与えられている各種の強制手段は認めることができないと思います。そういった意味で、いろいろむずかしい問題が出てくることは確かだろうと思いますので、その両方あわせて御検討いただいたらいかがでしょうか。 それから、もう一つは救済の問題ですが、現行法上救済の手段はないと思います。しからば、いかなる救済手段を今後考えるべきかということになりますと、これは本当にむずかしい問題で、国会の権限、議院の権限を考えますと、適切な救済手段が非常にむずかしい。それだけに、先ほども申しましたように、できるだけ手続的な権限行使の規制を行いまして、そして救済問題が起こらないように配慮していただきたいというのが私の考えであります。
○田口参考人 国政調査法という法律をつくるということに関連してお尋ねがありましたが、国政調査権の効果的な実現をねらうためには、どうしてもスタッフの充実が必要であるということは、これは言うまでもありません。 ただ問題は、その国政調査の目標でありまして、いま橋本先生が言われましたように、アメリカの実例が出てまいりました。これはアメリカの権力分立のあり方がわが国と違いまして、まさに議会は自給自足で活動しなければならない。わが国の国会制度というのは、旧憲法以来の運営の伝統もありますから、どちらかといえば国会というのはアメリカ式と違いまして、国会と内閣の信頼関係というものを前提にして成り立っております。もちろん政治的には与党、野党の差がありますけれども、しかし、憲法の制度の上では内閣というのは与党の内閣ではないのでありまして、国会と内閣との信頼関係というものを前提にして権力分立を考えているわけであります。そういう点を考えると、国政調査のあり方も、アメリカ式のすべてを自給自足で調査しなければ国会の目標が達せられないというふうになるかというと、必ずしもそうとは思えません。 そこで国政調査のスタッフの充実のあり方というのは、実は基本問題としては、国会と内閣の結びつきがアメリカ式の権力分立にいくのか、議院内閣制の考え方をもとにするのかという基本問題に結びついてまいりますから、議院証言法及びそれに基づく充実という点が、どのような方法でとられるかということは、基本方針に基づかなければ結論は出てまいりません。 それから国会の国政調査によって人権侵害がなされたときに、いかなる救済を考えておくべきかというのは、私も予想はしておりませんでした。と同時に、国会までも人権侵害のおそれを持たなければならないのかというのは、実を言うと残念なことであります。 行政機構や裁判機構の中で人権侵害が行われるおそれがあるからこそ、国会は国民の立場で、間違った裁判が行われないように、目標から外れた行政の運営がなされないように法律を制定するわけでありますけれども、その本家本元の国会の活動のあり方の中に人権侵害の心配をしておかなければならないということになりますと、国民は立憲主義のよりどころを失うのであります。 その意味では、いま橋本先生が言われたとおり、まさに的確な方法がないのがあたりまえなんでありまして、その方法がないところに人権侵害を出さないようにするところに、国民の国会議員に対する信頼があるのであります。それが失われるということになるとすれば、これは法律も当てにならない。それこそ国民は、いかなる国家機関をもって国民の信頼すべき国家機構としての土台を支えてもらえるか、よりどころを失ってしまいますから、だから不幸にしてという御質問の指摘でありましたけれども、もしそのおそれがあるならば、これはもう裁判手続以上の慎重な手続が定められていなければならないということになるかと思います。 以上でございます。
○山田(太)委員 どうもありがとうございました。
○山下委員長 西田八郎君。
○西田委員 民社党の西田でございます。本日は大変御苦労さまでございます。 最初に林先生にお伺いしたいのですが、憲法四十一条で国会は最高機関というふうに規定されておるわけでありますが、同時に唯一の立法機関というふうに決められておるわけであります。六十六条で行政権、七十六条で司法権がそれぞれ決められておりまして、三権分立のたてまえをとっておるわけでありますが、それと関連をして六十二条で国政調査権が決められておる。先ほどのお話の中では、立法のための調査あるいは行政監督あるいは予算執行に対する状況調査というものが国政調査権であって、それは補助機関的な機能であるというふうにお話があったわけでありますが、そうしますと、立法権を持っておる国会が立法に関する調査まで補助機能ということになりますと、いささか立法活動というものが停滞し、あるいは手抜かりができてきたりするのではないか。したがって、立法に関する調査については、国会は唯一の機関でありますから、これに対しては他の行政監督権あるいは予算執行に対するものとは、また別の権能があってしかるべきではないかというふうに考えるわけでありまして、その辺のところをどのようにお考えになっているか、お聞かせいただきたい。 もう一つは、国政調査権を行使するについて、行政権というものが、秘密というものは守られるという立場から、それを拒否する、かたくなにこれを拒否するということになりますと、国政調査権というものは行政に関しては空洞化、形骸化されるおそれがあるわけであります。まして、先ほどもお話がありましたように、与党と野党の立場というものは国会におきましてもいささか違うわけでありまして、そういう立場からいたしますと、時の政権を持っている政党が行政権を振り回して、かたくなに調査、資料提出等を拒否した場合、一体どうなるか。非常に重要な問題が起こってくると思うのですが、その辺の点について、どのようにお考えになっておるのか、ひとつお聞かせをいただきたいと思います。 次に、橋本参考人にお伺いしたいのですが、個人のプライバシー、基本的人権は守らなければならぬということ、これは当然のことでありまして、田口参考人も、国会が基本的人権を侵すようなことがあっては、そのようなことを心配しなければならぬようなことでは大変だという意見の御開陳があったわけですが、私は、基本的人権は絶対侵害してはならないものであるけれども、少なくとも国会議員という、いわゆる国民の選択のもとで国民の信託を受けてきたわれわれは、特殊な義務を憲法上負わされておると思うのですね。そういう立場にある者は、いわゆる一般的に言われる国民のプライバシーあるいは自由、基本的人権というものと、また別個のものを持たされているのではないだろうかというふうに思うわけであります。 したがって、当然のこととして、そこには道義的、政治的責任がついて回るということは考えられることであります。その点を追及されることが個人の人権あるいはプライバシーの侵害だということになりますと、ますます国民の信頼を失うことになりはしないか。したがって、議会制民主主義を守り、そしてまた国民の信託、信頼にこたえる意味からも、議員には一般の国民よりもより幅の狭いプライバシーというものがあるのではないかというふうに思うわけであります。その辺のところをどのようにお考えになっておるのか、ひとつお聞かせいただきたい。 しかし、先ほども申し上げますように、わが国の場合は政党政治制をとっておるわけでありまして、そういう立場からいきますと、やはり野党と与党の立場の違いがございます。また政権奪取の政争の場所でもあるわけでございますから、やはり通常一般に言われる利害関係以上の利害、権力奪取の利害関係を持っておるわけでありますから、したがって、当然のこととして、先ほども山田議員から質問がありましたように、少数党であるがゆえに多数の前でかなり厳しい追及を受けるということもなきにしもあらずであります。しかし、調査を受けたけれども、結果的には道義的にも政治的にも責任がなかったという結論が出たときに、これは一体どう救済するかというのは一つの問題であろうと思います。 そういう救済をする必要があるということについてお述べになりましたのは同感でありますけれども、しかし、その方法は非常にむずかしい。したがって、当然そこには国政調査権の自己抑制という問題が議院には出てまいると思うわけであります。その自己抑制と国政調査権の関連性は非常にむずかしい問題だと思うのですけれども、その辺について、どのようにお考えになっておられるのか、ひとつお聞かせをいただきたいと思います。 次に、田口参考人ですが、国政調査に基づくいろいろの調査の中で、議院の証言や質問について、いろいろ法律によって規制することは余り好ましくない、これは国会の自主的な判断によって行われるのが望ましい、こういう御意見の御開陳であったわけでありますが、それができないがゆえに、われわれは実際は非常に頭を悩ましておるわけであります。 やはり国会は国権の最高機関であると同時に、先ほど政府が与党の立場ばかりで、政党の立場ばかりでというふうにおっしゃり、また、そういう立場だけによっていてはいけない、国民全体の立場に立たなければならぬがということでありましたけれども、しかし現実には、政党の立場というのが前面に出てくるのが今日の日本の国会の制度あるいは運営面のあり方であります。したがいまして、そういうことでありますと、政権を握っておる政党が、どうしても我田引水といいますか、それに対して有利、不利と言えば、いささか語弊があるかもしれませんが、有利な方向へリードしていこうという立場に立つことは当然であります。したがって、そこには何らかの法律的規制というものが必要であり、そして、その法律で規制することによって、これまた、みんながそれを守っていこう、こういうことになるのではないか。そこに規律されるものがなければ、かえって混乱を招くように思うわけでありますが、この点について参考人はどのようにお考えになるか、お聞かせをいただきたいと思います。
○林参考人 私に対する御質問の最初の二点についてお答えいたします。 一つは、立法権の行使についてと国政調査の関係について御質問でございます。 国会は唯一の立法機関であるということ、これは申すまでもございません。最重要の権能であることも申し上げるまでもないわけでございます。この立法権の行使につきましては、私がいまさら申すまでもなく、国会の各議院において法律案を提案されまして、それが国会で議決される、あるいは内閣が提出した法律案を審議して議決される、その二つで立法権が運営されておるわけでございます。この段階においては、それぞれの段階で、ある法律を制定し、あるいは改廃する必要があるかどうかということについては、国会において法案を、議院提案のものであろうとあるいは政府提案のものであろうと、その妥当性について御審議をなさる前提として、いろいろ資料を収集される必要は当然あるわけでございます。また、それに関連していろいろな質問というような形で事態を明らかにするというようなことが当然あるわけでございます。 国政調査と申しましても、いわゆる国政調査という名前をとらなければ国政調査はできないという問題では、私はないと思うのでございまして、法律案の御審議の過程で、いろいろ政府に対して、あるいは部外の参考人等に対して、場合によっては証人を喚問してもいいと私は思うのでございますが、そういうものを通じて法案に必要な事項について質問される、あるいは資料を集められる、これは当然にあってしかるべきことではないか。そういうことを通じて立法権は行使されるものだろうと思うのでありまして、御心配のようなことは、私ちょっと了解が十分でないのでございますが、余り問題はないのではないかという気がしたわけでございます。 それから第二の、国政調査権の運用と秘密の問題でございますが、秘密というものは、いわゆる公務員の守秘義務あるいは国家的秘密というものは客観的にあると言わざるを得ないわけでございます。たとえば外交とか防衛とか、あるいは検察の捜査上の秘密とか、そういうような問題があると同時に、公務員は、これは検察官や警察官も当然でございますが、あるいは税の仕事をしておる者とか、いろいろな統計関係の仕事をしておる者とか、その他の行政事務に従事しておる者は、私人のいろいろのプライバシーに関する問題であるとか、あるいは営業に関する秘密を当然に知り得る立場にございます。こういうものを当該公務員としては秘密にしないと、これはプライバシー侵害にもつながりますし、同時に行政に対する信頼が失われる。 一般の国民から、いろいろな法律等に基づいて、個人のプライバシーに関する問題とか営業の秘密に関する問題をいろいろ政府に、あるいは国家機関に提出させます。提出させたものが片っ端から漏れるようでは、これは恐らく国民の側では、そういう書類を提出するのを非常に渋るようになる。これでは行政の信頼が失われるわけで、行政執行がうまくいかないことになるわけであります。 したがいまして、ある範囲においての公務員の守秘義務とか、あるいは国家的秘密の保持、これは私は客観的に必要なことだと思います。ただ、これを余り広く見て、何でもかでも秘密だと言って答弁を拒否するという態度はよくないことも当然でございます。 これは御承知だと思いますが、この公務員の守秘義務の対象になる秘密の範囲につきましては、従来の判例もございますし、これは政府の行政解釈も、前はいわゆる形式秘と申しますか、つまり書類に秘とか極秘という判この押してあるものは秘密である、それは漏らすことができないというような観点をとっておりましたけれども、現在では、そういう観点はとっておらないはずでございまして、いわゆる実質秘と申しますか自然秘と申しますか、客観的に見て秘匿を要すると思われる合理性のあるもの、これを秘密にできるのだ。またマル秘とかマル極秘という判こも当然に、そういうものについて押すべきである、そういう考えを行政府もとっていると思います。それから裁判所の、最高裁等の判例も同じような見解をとっております。したがいまして、この秘密の保持ということは、ある範囲ではやむを得ないことで、ガラス張りの行政とか国民の知る権利ということを一方では申しますけれども、しかし他方では、そういう一定の範囲の秘密ということは必要でございます。 これは、たとえばアメリカの情報公開法をごらんになりましても、情報公開制度はございますけれども、同時に、ある範囲の事項は秘密にできるということで、秘密にできる事項を相当いろいろと並べてあるわけでございます。これは事柄の性質上そういうことは必要である。ただ問題は、それがバランスをとった範囲で調整され、決められているか、そして運用されるかということだろうと思います。
○橋本参考人 第一のプライバシーの権利でありますが、おっしゃるとおり公人、公職の候補者のプライバシーの権利は、一般国民のプライバシーの権利より狭いということが言えます。内閣総理大臣、国務大臣、国会議員、都道府県知事というような公職についている人及びその公職の候補者にある人は、一般の国民よりプライバシーの権利は狭いと思います。アメリカの判例などもそうです。プライバシーの権利とは、簡単に言えば個人にお城があるという考えであります。その個人のお城には他人は立ち入るべからずということです。公職についておる人たちは、みずから公職に出ることによって、ある程度開放している、こういうことが言えると思います。 それから第二の、少数党の議員は多数党の議員から抑圧される可能性があると言われますことは、確かに論理上ございます。現実にわが国にあるかどうかわかりませんけれども、少数党の議員は多数党の横暴にさらされているということは言えると思います。そのとおり言えると思います。 さて、そこで自己抑制の問題ですが、国政調査権の行使を厳格に自己抑制すれば、その目的を達成できないのではないかと言われましたが、自己抑制ということは何の場合でも考えられることでありまして、国政調査権を乱用するという問題が実は各国で起こっているわけでありますから、国政調査権を乱用しないように、今後は法的な規制を考えた方がよいのではないか、私はそのように思います。
○田口参考人 国政調査法という法律をつくることについてはどうかという点についてのお尋ねでございますが、私の話としては、むしろそれは法律にせずに自主的運営にゆだねた方がよろしいというふうに受け取られたわけでありますけれども、もちろん話には段階があるわけでありまして、どうしても最後には法律の基準が必要だというのであるならば、国政調査法というような法律を制定されることは当然の成り行きであろうと思います。 しかし、法律の制定というには法律の意味があるわけでありまして、国民の生活を規制したり、あるいは他の国家機関の組織機構を定めたりというようなときには、法律の制定が必要になることは言うまでもありませんが、国政調査ということになると、その調査の運営のあり方の主体は国会自体にあり、衆議院、参議院自体であるということならば、衆議院、参議院の規則で調査手続を定めるということで、その手続が維持されるのであれば、それはそれで目的は十分果たし得るわけであります。規則ではどうも頼りない、むしろ法律の方が望ましいというのであれば、これは立法技術の問題と、それから国会の信頼の問題に帰すると思います。どうしても必要だというならば、これは法律に基準を定めるということは当然のことだろうと思います。ただ、それに至るまでの段階を考えた場合、いきなり法律ということを考えなくても目的は果たせるのではなかろうか、こう考えたわけです。 ところが、それに対する御指摘が、与野党の対立というのはそんななまやさしいものではないのだ、現実はもっと厳しいものだということですが、その現実は私は経験がありませんので、何ともお答えのしようがないのです。しかし、憲法の規定というのは、決して与党の国会ではない。与党の内閣とは定めておりません。私どもが憲法の条文から読み取るところは、国会はまさに全国民を代表する国会であるし、内閣は国会の信任のもとに置かれた内閣であるということで受け取るのであります。与野党の対立というのは、国会全体の意思合成に至るまでの準備段階の政治的対立であろうと考えております。その政治的な内部の問題につきましては、私には何とも答えようがございません。
○山下委員長 東中光雄君。
○東中委員 共産党の東中でございます。 三参考人に三つの点についてお聞きしたいと思うのです。 一つは、国政調査権の発動の対象の問題でありますが、補助的権能説であろうと独立権能説であろうとにかかわらず、結果は同じようになっておるのではないかと思うのです。たとえば政界と官界と財界の癒着、あるいは金によって政治がゆがめられておる、あるいは行政がゆがめられておるというふうな問題が明らかになってきた場合、あるいはそういう疑惑が出た場合に、国会は当然これに対して国政調査権を発動して徹底的に調査をし、必要があれば、その対策の立法もするし、その事態の中での政治的な責任も明らかにするし、あるいは証人喚問その他いろいろ方法があるでしょうけれども、そういうことはやるべき責務があるのではないか。国政調査権というものはそういうものだと思っておるのですが、そういうふうに考えていいかどうか。 それと関連をしまして、裁判事項について、すでに行われた裁判の内容について、国政調査権の名によってそれを蒸し返すというふうなことは、これこそ人権侵害になり、司法権の独立に対する侵害にもなる、そういうことは許されないということ、これもはっきり言えるのではないか、こう思っておるのですが、国政調査権の対象について、二つの例について御意見を承りたい。 二番目は、議院証言法なり、あるいは衆議院規則の五十六条に基づきまして、官公署その他私人に対しても書類の提出の要求をする、あるいは証人喚問をする、あるいは必要な報告を求め、記録を求める、こういう規定があるわけでありますけれども、それに基づいてやる場合に、先ほど来出ておりますように官公署の場合に、本当に秘密であって出せないという場合もあると思うのです。ところが問題になっているような、たとえば不正事項である、あるいは、そのことを言うことが責任を追及されることになる場合に、秘密に名をかりて出してこないということが間々あるのですね。そういう場合にどうするのか。これは理屈としてはいろいろ言えるでしょうけれども、実際の面で言いますと、それが隠蔽されることになってくる。ここのところは、国権の最高機関の国会の国政調査には、公益の立場から、むしろ例外的な場合以外は明らかにすべきだというふうに私は考えるのですけれども、そういう点についてのお考えをお聞きしたい。 次に、いまロッキード事件で問題になっております刑事訴訟法の四十七条ただし書きの範囲の問題であります。これは、ロッキード特別委員会が五十一年十一月四日に、いわゆる灰色高官についての政府の報告を求めているのです。それに対して政府側が報告書を出してきた。十一月四日の会議録によりますと「政府から寄せられた報告書を御披露申し上げます」ということで委員長が発表しておるわけです。その具体的なことは申し上げませんが、「ロッキード事件の捜査の過程において得られた資料、すなわち、全日空関係者及び丸紅関係者の供述、米国における嘱託証人尋問の結果等によれば、」次々のことが認められる。それは犯罪にならないとか、時効であるとか、こういうふうに言っているわけです。こういう政府の報告というものは、国会が求めて、政府が刑事訴訟法四十七条ただし書きの趣旨を踏まえて、そういう報告書を出してきた。これが人権の侵害というふうなことになるのかならぬのか。 それを人権の侵害だというふうにとらえるとしたら、国政調査というのは——根拠も示して、責任をもって政府が言うているわけです。そういう問題を、漠然とした国政調査権による人権侵害、こういうふうに問題を取り上げるのはいかがなものかと私は思うのでありますが、こういう経過での報告書が出された。それについては刑事訴訟法四十七条の本文の趣旨からいって許されない、違法だというふうに、もしお考えでしたら、そう言ってもらったら結構でございますし、それはそれぞれの官署が責任を持って判断してやったことであるから相当であると言われるんだったら、それで結構だと思いますが、その御見解を承りたい。 最後ですが、証人の喚問などの場合、国会議員を証人に喚問するのには反対だというふうな意見が委員会で出たり、出てきた証人が、皆さんもテレビで見られたと思います、私も何回か質問に立ちましたけれども記憶にございませんという証言ばかり。記憶にございませんと言えば偽証にならないと思っていらっしゃるのかもしれぬけれども、記憶にあるのに記憶にございませんと言えば、これは偽証なんです。しかし、国民が見ておって非常に不自然な証言が多々なされた。それで偽証事件がいっぱい起こったということがありますね。あるいは一々具体的に挙げませんけれども、実際にそういう国政調査権の行使に対する妨害行為、だから犯罪行為にもなるということだと思うのでありますけれども、これは当然のことではなかろうか。警察官が密室で調べるときに机をたたいたりするような、そういう人権侵害というようなものは、国会の証人喚問においてはいまだかつてないです。ただ、みすみす違ったことを言うから、それについての質問がいろいろとなされるということはあったと思うのです。そういうのは公開の場所で、特に、いままでの例で言えばテレビで放映されるというような状態でやっているわけですから、それこそ国会の良識に従って、証人は、憲法の六十二条の趣旨からいったって、そんなに遠慮せずに、披疑者と思わぬで、出てきて堂々と真実を述べるというふうにすべきではないか、私はそう思っているのですが、御見解を承りたい。 以上、三点について三参考人の御意見を承りたいと思います。
○林参考人 ただいまの御質問にお答えいたします。 第一点でございますが、国政調査は、一般的な問題あるいは非常に具体的に、法律とか、あるいはその他の制度上いろいろ問題になるべきこと、たとえば選挙に金が不当に使われるようなことがあるとか、あるいは必ずしも妥当でないような政治献金が行われるとか、あるいは法律を改正する必要がある、あるいは運用を是正する必要がある、そういう前提で、いかなる事態がそこにあるかというふうなことを調査される、これは当然国政調査の対象事項だろう、かように思うわけでございます。それが、たとえば犯罪捜査のような形で行われることは当然あり得ないわけで、おのずから、それは国会の立場において政治的に、いま言ったようないろいろな問題を究明されるという立場で行われるべきものだろうという気がいたします。 最初に申された国政調査権の範囲外の問題で、たとえば過去においての司法権行使の裁判を調査するなどということは範囲外であることは、おっしゃるとおりだと思います。と同時に、いまの検察権なんかの行使と同じようなことを国会ができるわけでもないわけで、これが最初に申しましたように、ある犯罪事件があるというような場合、あるいは犯罪事件めいたものがあるというような場合に、それに関連して国会が国政調査をされるというふうなことは、場合によってはあり得るかもわかりません。しかし、それはおのずから検察権や警察のやることとは違った趣旨で行われるべきものだろう。あるいはまた権限も当然違うわけでございますから、それは当然別な見地で、先ほどおっしゃったとおりに、制度の改正としては、どういうことが必要かということの見地で行われるというのがたてまえではないかというような気がいたします。 それから二番目の秘密の問題でございますが、この秘密につきましては、先ほども西田先生にお答えしたとおりに、ある範囲の秘密の存在というものは、私はやはり認めざるを得ないと思います。議院証言法では、公務員の秘密の場合に、その秘密について証言を拒否できる手続あるいは方法が規定されております。議院証言法の場合は、ああいう手続によって最後には内閣声明までいくことになっております。 いま御指摘のは、たとえば国会法百四条で官公署等に対して記録の提出を求めたというふうな場合の問題であろうかと思いますが、これについては、お話のとおりに、議院証言法のような秘密であるということを理由として提出を拒むという規定はございませんが、事柄の性質上やはりどうしても客観的に見て公にすることができない、そういう性質のものについては、私は、これは秘密であると言って提出を拒むこともできるものと考えております。 これに対して、それを国会側が納得できない場合にどうなるかというような問題でございますが、これは現在としては法律的にはその手続がないわけで、結局政治的な解決というような問題に恐らくなるのだろうという気がいたします。 それで、具体的にロッキード事件に関して不起訴決定があった者についての書類の提出の御質問でございます。私は、内容はつまびらかにいたしておりませんから余り適切なお答えはできないのでございますけれども、刑事訴訟法四十七条で言っております「訴訟に関する書類」というのは、訴訟に関するいわゆる生の書類だろうという気がいたします。つまり判決であるとか起訴状であるとか、あるいはいろいろな供述書であるとか、あるいは実況見分書であるとか、そういうものを言っているのだろうと思います。ある問題について、政府機関が訴訟に関して決定したものが、果たして、あそこに言う刑事訴訟法四十七条の書類に当たるかどうか、これは私は若干疑問を持っております。 先般、政府が国会に御提出した書類が、果たして四十七条の書類として提出されたものか、それ以外の、たとえば不起訴に関する従来の捜査経過をまとめた報告書として提出したものか、この点は私にはよくわかりませんので、的確なお答えはできないわけでございます。しかし仮に四十七条に当たる書類であったとしても、ただし書きで、国会から国政調査の要求があった場合に直ちに全部を出さなければならないかということは、先ほど申したとおりに必ずしもそうではない。やはりそれを明らかにする公共の利益と、それを秘匿するための公共の利益、その両方を勘案した上で決めるべき問題だと思います。また仮に出すといたしましても、それは外部に秘匿を要することであれば、やはり国会の秘密会を条件として出すというようなことの配慮があってしかるべきだというような気がいたします。ただ、国会の秘密会がなかなか秘密が保てないという現状、また速記録に当然載るというような現状からいって、また逆に申しますと、そういうことがありますので、果たして書類が出せるかどうかというような問題があるわけであります。 私は、これは当時、政府当局から聞いたわけでもございませんから、先ほど御指摘の書類が、果たして刑事訴訟法の四十七条ただし書きに基づいて政府としては公益上出す必要があると考えて出したものかどうかについての意見は、ちょっと私としてはよくわかりませんので御答弁は差し控えたいと思います。 もう一点、第三点でございますが、国会議員を証人に呼ぶことについての問題でございます。これは理屈から言えば、国会議員を証人に呼んで悪いということはないわけで、一定の手続で国会議員が証人として出られることは法律的には別に制限はないわけでございます。ただ政治的に、国会議員は当然国会に議席を持っておられる、あるいは自由に国会において発言できる立場でおられますから、必ずしも証人でなくてもいいじゃないかという、政治的あるいは妥当性の問題の御議論があるのだろうと思います。そこは国会の運営でお決めになることだろう、かように考えます。
○橋本参考人 第一の政財官界の癒着について調査するのは当然である、私もそう思います。いま言ったような大規模な汚職事件があった場合に、そのような汚職事件が起こらないように一あったかどうかわかりませんけれども、まず、あったかどうかということを調査し、そして、それがもし仮にあったとするならば、今後起こらないように調査することは当然だと思います。そのほか、先ほど例に挙げましたように公選法の運営上問題があるというようなことが、大規模に何か事件があったというようなときに、これをしかるべく改正するために必要な情報を調査するというようなことは当然であると思います。もちろん裁判の内容に立ち入ることができないことは、先ほどちょっと触れたと思いますので、省略します。 次に、書類の提出の問題ですが、これは林先生の言われたことと大体同じなんですが、一、二追加いたしますと、裁判記録を事前に提出せよという要求をした、それに対して政府がどのようにこたえたかというと、私の理解する範囲では、ロッキード事件の記録を、事務局の方から議事録などをいただきまして読みましたが、どうも裁判に関する記録の提出ではないと私は思います。むしろ捜査をした措置、今後どうするかというような措置の決定の一部を報告したにすぎない、そのように思います。 それが違法か、それは違法ではないと思います。その扱いがどうかということについては問題があったように、私は議事録の上で思いますけれども、政府が報告したということは別段違法ではない、そんなふうに思います。 それから第三番目の証人の点です。国会議員を証人に喚問するという問題ですが、国会議員を証人に喚問してもよいと私は考えます。一般国民よりも国会議員をよけい保護する必要はないのではないかというふうに思います。 それからテレビの放映の問題で、差し支えないではないかということに対しては反対です。テレビジョンで放映しているもとで、証人が果たして真実を述べることができるであろうか。私が見た範囲では、たとえば署名すらできないほどふるえている証人を見ました。ややこっけいな感じがいたしましたけれども、こういう状況で果たして証人が真実を述べることができるのであろうかという感じを受けたわけであります。テレビジョン放映のもとで証人の喚問をすることは考慮をしなければならないと私は思います。
○田口参考人 国政調査でありますが、御指摘のように一般的に調査をするということについて、憲法、法律の上で特に限定はございませんので、国政調査の可能性はあると思います。 問題は、最初にお話ししましたように調査のあり方でありまして、限度を超えるようなやり方で行えば、これは国政調査としては目的から外れてしまうということでありますから、調査のやり方さえ慎重を期して行うならば、特に国会の国政調査というものについての限定はないと思っております。したがいまして、いろいろ国民の疑惑を呼ぶような状況が発生した、その実情を調べ、将来それを繰り返さないようにするための経験則をそこから導き出すというような意味で調査を行うとするならば、もちろんその調査が行われてはならないという制限はないのであります。 それから二番目に、秘密の問題でありますけれども、国会の立場からする秘密の認定のあり方と、職務を担当する国家機関の立場にある担当者の秘密の認定のあり方との食い違いの問題であろうと思います。結局は相互の信頼の問題になります。その信頼が十分に期待できないということになるならば、まさに、その一部分はすでに証言法の中に取り入れられて調整の手続がとられているわけでありますけれども、それで不十分であるとするならば、あの法律はなお充実をさせなければならない。 その場合に、国会議員の側の要求が常に通るような方向において、秘密というものを、国会側から求めた場合には秘密として拒否できないというふうな趣旨の法律に変えるべきかということになりますと、一概にはそうは言えない。やはり権力の分立がありますから、それぞれの立場で権限の担当の自主性というものを侵すことができませんので、果たして公表するのが職務に忠実であるか、あるいは公表しないのが職務に忠実であるか、この判断はひとまず担当者に権限としてゆだねているわけでありますから、それを一挙に奪うような意味での法律はつくり得ないだろうと思います。これは権力分立の権限の調整の問題になると思います。 それから三番目に、証人として国会議員を呼ぶに関連しましての国政調査というものが十分に成果を上げない、相手がみすみす知っておっても、記憶にないということで逃れてしまう、その辺の抜け道を封ずるような方法はないかということでありますが、確かにそれは信頼の問題でありますから、一応は国政調査にどれだけ国民が協力を求めてくるかということで考えなければなりませんけれども、十分にそれが期待できないということになるならば、まさに証言を義務づけるというようなことになるとすれば、もちろん法律が必要になります。 しかし、その法律の制定につきましても、憲法の趣旨として自白は強要されないということが裁判手続について要求されるとするならば、国会はそれを無視してよろしいということにはならないのでありまして、当然に、それ相応の考慮が法律の中に払われなければならない、こう認識しております。
○山下委員長 甘利正君。
○甘利委員 先生方には、まことに御苦労さまでございます。私、新自由クラブの甘利正でございます。 私は、国政調査権の行使の一つの型であります議院における証人の制度について二つの点をお尋ねしたい、このように考えております。主として人権擁護の立場からお尋ねを申し上げますので、先生方どなたでも結構でございまするから、御答弁をいただきたい。 私、証人の制度と申しましたが、今日国会で議題になっておりますのは議院証言法の改正問題であります。証言法の改正問題は、本院法務委員会において議論をいただき、六党合意分を含めて当委員会に移され、当委員会の問題となっております。私は、六党合意分以外の二つの点について、私の考え方を申し添えながら御意見を承りたいと考えます。 まず第一に、証人尋問に際し会議の公開、非公開の問題でありますが、私は、テレビ、ラジオの放映、放送、写真撮影は証人の同意を要するものとの考え方を評価するものであります。 私も政治とマスメディアの関係につきましてはよく承知しておるつもりでございますが、証人の制度を考えてみます場合、主として院外から証人として罰則を伴う出頭、証言を得ようとしている。この場合、国政調査権の名のもとに行われるものではありますが、証人の人権とか名誉の問題を十分に考えておかなければなりません。会議そのものの公開、非公開とは直接の関係はないにいたしましても、審議における放映、放送は、一部でございますが、ややともすれば国民の理性に訴える政治的効果より、むしろ感情に訴えたショー的効果をもたらしていると評する向きもあることに、私どもは冷静に耳を傾けるべきではないかと思うのであります。国政調査権行使の協力者であるべき証人が、たとえでございますが、たとえば犯罪者のごとく扱われ、この情景が直ちに茶の間に送られるとしたら、きわめて遺憾であり、やむを得ないと言い切ってよいものでしょうか。私たちは、証人として呼び出された人たちの人権について十分配慮すべきであると思います。この意味におきまして私は、証人の同意を要することが少なくとも必要ではないかと申すわけでございますが、御意見を承りたいわけでございます。 質疑を続けます。 次に、尋問の内容の整理と、いわゆる尋問における秩序についてでありますが、重複質問は行わない、威嚇的、侮辱的な尋問の禁止、意見を求める尋問の禁止、伝聞事項についての尋問の禁止を考えるべきであると私は思いますが、御意見を承りたいわけでございます。しかしながら、私はもちろん国政調査権を狭める立場ではございませんので、御了承をお願いするわけでございます。 次に、委員長の議事整理権でございますが、明確に制定する、いわゆる明定するか、委員長の運営かの議論がありますが、たとえば与野党の対立のきわめて厳しいときにおいても委員長の議事整理権が十分に機能し、冗長、重複、議題との関連が全くないというような尋問が行われないようにするためには、尋問についての一般的なあり方や、委員長職権行使の基準を明定しておくことが、人権保障の見地からも、委員会の円滑な運営の確保の見地からも意義あることであると私は思うのでありますが、先生方の御意見を承りたいわけでございます。 終わります。
○林参考人 橋本参考人からもお話があると思いますが、私からとりあえずお答えを申し上げます。 第一の問題でございますが、いまおっしゃいました証人喚問についてのあり方でございますが、特に証人の尋問の方法について私ちょっとお答えをいたしたいと思うのであります。 テレビ等に対する放映の問題と関連いたしまして、私ども一般の国民の立場で、従来の国政調査についての、特に刑事事件に類似するような事件についての国政調査の状況を見ておりますと、証人は本来は証言をする立場で出ておるわけでございますが、あたかも被疑者の立場に立たされたような形で証言を求められる、あれでは本当の意味の証言が得られないのではなかろうか、そういうふうな気がいたします。これについては、証人の人権を守る、あるいは証言を求める方法を一つのルールに従って行うような方式が必要なのではあるまいかという気がいたします。 それにつきまして、いまお話のございましたように、たとえばテレビとかラジオの放映は、少なくとも証人の同意を必要とするということにしたらどうかという御意見でございます。私はこれは賛成でございます。さらに進んで、少なくともテレビは、本人の同意いかんを問わず、やはりやめるべき性質のものじゃないかという気がいたします。これは非常に国民の視聴覚に直接訴えるマスメディアでございまして、こういうもので放映すると、本来証人に証言を求めたい、真実を述べさせたいという目的が、どうもゆがめられる可能性があるのではないか。証人に不当な心理的圧迫を加える。それで先ほど東中先生も言われたようなことで、本来述べるべきことも述べないというようなことになるのではないか。そういうふうな点から申しまして、ほかのマスメディアも同じでございますが、少なくともテレビの放映はやめるべきではないかという気が私はいたしております。 それから質問におきまして、おっしゃったような、たとえば威迫的な言辞を使うとか、重複質問をするとか、伝聞証拠に基づく質問とか、誘導質問とか、あるいは意見を求めるようなこと、これは証人に対する証言を求める実はイロハの問題であろうと思います。これは裁判所においては当然そういうことは許されないはずでございます。国会における国政調査においても、重複質問はこれは各党の委員がなされる点で若干やむを得ない点があるのかもわかりませんが、しかし、これは全く同じ質問というのは、いたずらに証人に心理的圧迫を加えることにもなりますし、また、本当に証言を得る目的からいっても私はどうかと思います。こういう点は、やはり質問を分担されて、おのおのが分担された質問を深くされる方が本当はいいのじゃないかという気がいたします。 先ほど申しましたように、伝聞証拠に基づく質問とか、あるいは意見を求める質問とか、そういう性質のものは、これは証言を求めるときのイロハの問題で、こういう問題は当然に、あってはならないことで、その点において私は最初の陳述でも申しましたけれども、現在では、証人の場合に補佐者として法律専門家をつけることが許されるようになったようでございますが、この発言が認められておりません。しかし、いま申しましたように、裁判所であれば、これは当然に一方の検察側なり弁護人側、あるいは原告、被告いずれかの質問が、いまのルールから外れるような場合には、相手方は当然に異議を述べられるわけでございます。ところが国会においては、発言できますのは証人以外は全部委員であります。委員は、そう言ってはなんでございますが、委員長以下全部検察官のような立場でございます。これで証人が果たして、そういう証言を拒否できる場合あるいは宣誓を拒否できる場合の判断をして、その適切な意見を述べられるかどうか、これは非常に疑問でございます。したがいまして、やはりそこは、法律専門家を補佐人としてつけることを認める以上は、少なくとも、そういう問題については私は発言権を認めるべきだという気がいたします。 と同時に、先ほど最後におっしゃいました委員長の立場でございますね。これは少なくとも証人に証言を求める場合、しかも刑事事件とか刑事事件と紛らわしいような事件について、証人がまことに被疑者的な立場で証言を求められている場合は、私は、委員長は公平な裁判長的な立場にあるべきものであると思います。 従来のあれで見ますと、委員長がまず質問をされるわけでございます。これは、あるいは委員会が喚問したという立場で、委員長が委員会を代表して、されるのかもわかりませんが、ああなりますと委員長はどうも公平な第三者とは、証人の方からは見られないと思うのですね。やはりこれは一種の非違を摘発する側の立場におられるというふうに見るだろう。そうすると、ますますそこの問題がございますので、少なくとも委員長は、たとえば委員からの質問がルールから外れるというような場合に、証人自身が異議を言うか補佐人が異議を言った場合に、それを判定するような公平な第三者的立場を委員長はとられるべきだろう、そういう気がいたします。 この点は、いま甘利先生がおっしゃったことと同じになるかどうかわかりませんけれども、こういう問題は、私は必ずしも法律とか規則に書かなくても、当然に運用で、そうされたらいいのではないか。これは法律で書くことは、あるいは規則で書くことについては、なかなかむずかしい点もあろうかと思います。そういう点は、そういう実際上の慣行で確立されていったらいいのではないか、こういう気がいたすわけでございます。
○橋本参考人 同じですが、いかがでしょう。よろしいですか。
○山下委員長 よろしゅうございますか。
○甘利委員 はい、いいです。
○山下委員長 小沢一郎君。
○小沢(一)委員 参考人の先生方には、お忙しいところ、ありがとうございます。自民党の小沢でございます。 先ほど来、同僚の森議員初め各党の先生方からいろいろ質疑がございまして、国政調査権の本質あるいはその目的、範囲、対象等につきまして、あるいは国政調査権の本来のあり方等につきまして、私どもも理解を深めることができたわけでありますが、私からは、実際の国政調査権の行使に当たっての問題につきまして、いままでの質疑と重複する点もあるかもしれませんけれども、二、三御質問をさせていただきたいと思います。 議院の国政調査権につきましては、憲法六十二条で、具体的実効の方法として「誰人の出頭及び謹言並びに記録の提出」を求めることができると規定しております。これを受けまして国会法百三条、百四条、百六条あるいは議院証言法にそれぞれ定めてあるわけでございますが、議院証言法につきましては、ただいま甘利先生からいろいろと具体的なお話がございました。すでに本院の法務委員会におきまして、本日お見えの林先生を初め、それぞれ参考人の先生方の御意見も伺いながら討議してきたところであります。当委員会にかかっておるわけでありますが、残念ながら、まだ完全な合意には至ってはおりませんけれども、さらに私ども今後鋭意その成案を得られるよう努力してまいりたいと思います。 ことに、わが国における議会の証人喚問というのが、先ほどからテレビの放映のもとにおいては証人が本当に真実を述べることができるかどうかというような疑問を先生方もお述べになっておりましたが、とにかく証人として国会に出頭を求められただけで、あたかも被疑者のような感じに受け取られる、そういう現状の中にあることは先生方もお話しいただいたわけですが、こういう人権のじゅうりんの弊風、弊害は、少しでもわれわれとしては制度的な改善をいろいろ考えてまいらなければならない、そのように考えております。 本日は、議証法の議論は別といたしまして、憲法六十二条の後段、国会法百四条を中心といたしまして、議長の諮問にもありますように、その場合の国会の委員会における国政調査権の行使のあり方あるいは国会の現実の調査機能あるいは権能、この権能を行使する制度的な体制は現状として十分であろうか、どうあるべきであろうか。その際に、先ほど来たびたびお話がございました基本的人権保障の原理と、この国政調査権というものをどう調和させていくべきなのかというような問題につきまして、最近の国政調査の事例を参考にしながら御意見を伺いたいと思います。 先ほど同僚の森議員の質問に対しまして林参考人から、係属中の事件に直接関連する不起訴処分の書類につきましては、原則として許されるべきではないのではないだろうか、国政調査権の発動をするべきではない、少なくとも妥当ではないのではないだろうかという御発言もありました。もちろん他の目的からの要請の場合は、またいろいろ考えられるかもしれないというお話があったわけであります。私自身といたしましては、やはり係属中の事件に直接関連ある不起訴処分の書類の提出を求めるということの国政調査権の発動は許されないと考えておるわけでございますが、仮に、ほかのいろいろな目的から、そういう国政調査権の発動がなされたということを前提といたしまして、具体的事例を引いてお聞きいたしたいと思います。 昭和五十一年十一月二日の衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会におきまして、委員長が、いわゆるロッキード事件に関し「時効で不起訴になった者、職務関係はないがトライスターの売り込み等に関して金銭を受け取った者など五名、すなわち三十ユニット関係五名をとりあえず政治的道義的責任がある者といたしたいと存じます。」こう発言いたしまして、政府に対し、「この五名について氏名及び受け取った金額並びに事実関係についてその資料を御発表を願いたい。」そういう要求をいたしました。これを受けて政府が五名の議員につきまして口頭による資料提供を行った結果、いわゆる灰色高官として議員名が公表されたわけでございます。 当時、政府、法務省は、報告の根拠規定として、五十一年の十月十五日の同じロ特委員会におきまして安原政府委員が、刑訴法四十七条を含めて、刑訴法は、捜査密行、人権の保護あるいは捜査や裁判に対する影響ということを考えて、公にすべきではないという前提に立ちながらも、国政調査権等の要求のある場合、もちろん政治的道義的責任の要件を決め、あるいは秘密会という要件を備えて、あった場合には、刑訴法四十七条ただし書きのぎりぎりの限界の適用となると述べておるわけであります。 しかし、先ほど林参考人もお話しになりましたとおり、国会法上の秘密会というのは秘密が完全に守られるわけではない。要するに議事録の秘密ということは、憲法の規定を受けまして特別の決議をなさない限り、非公開の処置にはならないわけであります。そういうような現状にあるわけでございます。 そこで、最初に林参考人にお尋ねいたしたいと思いますが、刑訴法四十七条は「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」と規定してあります。四十七条の解釈につきましては先ほど来種々参考人からお話がありましたが、当時の安原政府委員の議事録を見ますと、先ほど申し上げましたとおり、いろいろ原則を述べていますが、結論としては、一定の要件を定めて国会が要求した場合には、四十七条ただし書きの適用ありとしておるわけでありまして、このことは、言いかえますと、国会が一定の要件を備えた要求をすれば、すべての報告、資料の提供をするということに、私はなってしまうと思うのであります。このようなことを憲法初め現在の法が予想しているとは思いません。まず第一に、この四十七条ただし書きの判断の主体は一体だれが判断をすべきなんだろうかという疑問を持つわけであります。 国政調査権の発動による要請というのは、もちろん四十七条の公益上の事由の一つであることは間違いないと思いますけれども、公開するのが相当と認めるかどうかということは、そういった事由を勘案して政府自身、いわゆる資料を保持している、保管している者自身が、まず第一に判断をすべきであると私は思うわけであります。そうでなければ、国会にその判断を任せてしまうということであれば、政府自身が四十七条の判断を放棄して、責任を回避したものと私は言わざるを得ないと思っております。 重ねて、この四十七条ただし書きの解釈あるいは、ただいま申し上げました判断の主体はだれにあるのか、そういう点を中心にいたしまして、林参考人に御意見を伺いたいと思います。
○林参考人 ただいま御質問のことでございますが、刑事訴訟法は、全体的に人権の擁護とか、あるいは訴訟についての外部からのいろいろな圧力の排除とか、いろいろな点で秘密のうちに事を運ぶようなたてまえをとっております。四十七条も、公判開廷前には訴訟に関する記録は出さない原則は、起訴された問題については裁判所に不当な予断を与えないというようなことの配慮からも来ておるだろうと思います。あそこに言う「訴訟に関する書類」には不起訴の書類も入ると言われております。したがいまして、不起訴処分については、裁判というよりは、やはり不起訴になった者の人権の擁護とか、そういう問題から来ているものと思うわけでございます。 これに対してのただし書きの規定でございますが、公益上その他相当な理由があるというような場合のことでございますが、この判断は、いま御質問がございましたが、結局これは私は書類の保管者だと思います。この「訴訟に関する書類」というのは、先ほどもお答えいたしましたが、いろいろな書類が含まれておりまして、中にはもちろん判決書もございましょうし、あるいは起訴状もございましょうし、あるいは不起訴処分の決定書もございましょうし、あるいは供述書とか実況見分書とか、いろいろな書類があるだろうと思います。あるいは弁護人がつくった書類もございましょう。これはそういうようなものを全部包含したもので、それぞれこの「訴訟に関する書類」は、特に事件が完結する前は各機関が持っているわけであります。各機関が持っているものについて、それを公にするかどうかは当該機関が判断すべきものだろうと私は思います。 これについて安原さんが、一定要件が備わっている場合には出すと言ったことの趣旨は、ちょっと私にはよくわかりません。いまおっしゃったことだけではよくわからないのでございますが、これは一定の要件と申しましても、その要件はやはり個別的な問題ごとに決めるべき問題だと私は思います。国会において、いかなる目的でそういう書類が必要とされるのか、何が国政調査の目的であり、何のためにそういうものが必要かということと、それから刑事訴訟法が原則として「訴訟に関する書類」は、不起訴に関する書類を含めて非公開主義をとっていることとの両者のいわゆる法益権衡と申しますか、そういうことをよく判断した上で、この書類の保管者が決定して、出すか出さないかを決めるべきものだ、一般論としては、そういうことじゃないかと私は思っております。
○小沢(一)委員 ありがとうございました。 ただいまの林先生の御意見によりましても、要するに四十七条ただし書きの判断も、先ほど申し上げました事例におきましては、まず第一には書類を保管している法務当局自身が判断しなければならない。その際には行政府、政府は、国民の基本的権利を守り、保持していかなければならない任務があるのだから、当然それらの法益を十分検討して資料の提供というものの判断を行うべきであるという御意見であったと思います。 次に、これは林参考人、また橋本参考人にお伺いいたしたいと思わけであります。 ただいまの質問が前提になりますが、仮に公益上の理由がありまして、相当と認め、国会に報告、資料の提出を行う場合でありますが、その事実につきまして法務省当局の認定と当事者の間に全く主張が対立しているという場合には、どうすべきであろうかということであります。 たとえば、前述のロ特委員会におきまして氏名を公表された二階堂進議員の議長あての上申書からその一部を引用いたしますと、同議員は、「本員はもちろん、本員の身辺の者も天地神明に誓って、ロッキード社の航空機売り込みに関して、何人からも、政府報告にいうような金銭を受け取った事実は全くありません。」と主張いたしております。(「おかしいよ、議題外だ」と呼び、その他発言する者あり) 私のお尋ねしたいと思いますことは、その事実そのものではありません。このように当事者が強く事実を否定して、裁判を経れば無実が立証される余地があるのに不起訴処分でありますから、法務省当局が、訴訟を提起しない者についての捜査結果だけを国会に報告するということは許されることでありましょうか。訴訟を提起しない者についての捜査結果については、法務当局も再三国会で説明しているとおり、裁判のような確定力を有しないものであります。すなわち、裁判のように当事者に十分の反対立証の機会を与えた結果得られたものでない事実認定を国会に報告するということが、果たして許されるであろうかということであります。 書類あるいは資料を報告する場合でも、仮に公益上の理由があるということでやる場合にも、法務省の認定の結果はこうだ、その根拠はこれである、しかし当事者の主張はこうであり、その根拠としているところはこういうことだと、そのように双方の言い分を資料としてなり報告としてなり出すというのでなければ、国会は一体何を判断の材料として責任ある結論を出すことができるのだろうか、私はこういう点につきまして全く理解ができないわけでございます。 こういうことは先ほど来のいわゆる憲法三十一条のデュー・プロセス・オブ・ロー、法律の適正な手続とも関連するものでありまして、次にまた御質問申し上げますが、国会が本当にその事実の認定をするにも、そういう前提の資料がなければできないのではないだろうかという質問でございます。両先生に御意見をお願いいたします。(「純粋な国政調査権行使の問題となれば、固有名詞を挙げるのは問題だよ」と呼び、その他発言する者あり)
○林参考人 ただいまの御質問のことで、いま御指摘になりました法務省の報告書、私は余りよく存じませんけれども、あの当時の記録等を拝見いたしますと、果たして、あれが刑事訴訟法四十七条に言う「訴訟に関する書類」なのかどうか、先ほどもちょっと疑問を申しましたが、少し疑問があるような気がいたします。むしろ、あれは法務省当局がそれまでの捜査の結果をまとめて国会に報告をしたものではないか、そういうような気がいたします。当然に、それについては法務省自身の判断、あるいは検察庁の判断かわかりませんが、判断が入っておるような気がいたします。 したがいまして、法務省としては、それを出すときには、それに対するまた他方の反論があることは当然に予想していただろうと思うのであります。これは法務省当局としては、検察庁がいままで捜査した段階のものをまとめて出す以上は、その相手になった方がいかなる見解を持っておられるかは必ずしも十分に承知しておらないと思うのでありまして、これはその相手の方から十分に反論の機会があるということを予想して出しているものだろうというような気がいたします。これは、先ほども申しましたように、どうも訴訟に関する生の書類ではないような気がいたします。法務省が、それまでの捜査段階について、不起訴にした経過を法務省的にまとめて出したものだろうという気がいたします。しかもそれは、非常にいろいろな微妙な問題を含んでおりますから、秘密会ということを条件にして出したものだろうという気がいたします。法務省当局としては、これに対しては国会の委員会において、それはそれとして、また、そこで名前の出ている方からの十分な反論が当然ある、そういうことを委員会で十分に御審議になった上で委員会で何らかの意見をまとめられる、あるいはまとめられない、そういうことを予定して出したものではないかという気がするわけでございます。 そういうことで見ませんと、ああいうときに、ああいう書類を、これが一方的な一つの権威のある見解として出したものとはどうも考えられないような気がいたします。また、そういうことを出すような性質のものではないような気がするわけでございます。あれは一定のことを要約して書いてあるようでございますから、そこらについては相手の方の反論があれば、あるということを当然に委員会で討議される、それを前提として秘密会に出したものじゃないか、そういう気がしております。
○橋本参考人 いまの御質問についてお答えいたしますと、私もロッキード特別委員会の議事録を精査いたしました。そして、その結果考えてみますと、法務省当局は、裁判に関する書類の提出はできないということで、かなり抵抗をしていたようであります。したがって、委員会に出したのは、委員長の要請によって、その結果を要約して出したにすぎないというように思います。きわめて簡単な内容のものであります。したがって、もちろん当事者のこれに対する弁解等は入っておらなかった。その報告を出したのは、恐らく委員会においてさらに審議が行われ、果たして、それが事実であるかどうか、いわゆる灰色高官の問題について委員会が調査、審議するであろうという前提で出したということがうかがわれます。 それ以後の、五十一年十一月二日ですか、さらに四日、その辺の経過については、私は、記録の上で疑問を感じております。
○小沢(一)委員 私が御質問いたしたかったことは、要するに国会が本当にその調査権を行使し、その事実あるいは責任を明らかにするためには、やはり政府が協力するという以上、その資料を出すという判断に立った場合も、そういう十分な配慮をした上で判断しなければならないのではないかということを御質問いたしたわけであります。 次に、橋本参考人にお尋ねいたしたいと思いますが、国政調査権を行使する、国会の運営のあり方、また国会機能の現状と、その本来あるべき姿等につきまして、制度的な問題を含めまして、国会の側面から御意見を伺いたいと思います。 私自身の理解を容易にするため、前述の事例を参考にしながらお聞きをいたしますが、仮に前述のロ特委員会におけるごとく検察の一方的認定の結果だけが報告されたというケースであるにしろ、あるいは法務省当局もしばしば述べているとおり、検察当局の職責は刑事責任の追及であり、政治的、道義的責任の追及ではないこと、また、その判断は裁判のように確定力を有しないこと、基本的人権の保障、関連事件の裁判に対する影響等の理由から、これを政府みずからが公表することは相当でないと述べています。仮に資料を提出するという判断をした場合にも、先ほど私、御質問申し上げましたように、双方の主張、資料を出して調査を進める、本来の正当なやり方で行った場合のケースであるにしろ、国会は、その出されてきた資料をどのように取り扱っていくのが正しい国政調査権のあり方なのだろうかということであります。 特に、前述のロ特委員会における事例のように当事者間に争いがある場合は、双方から十分に主張を聞き、事実の確認作業を国会みずからが行うべきではないか。それは先ほどのお話のように、国政調査権の発動で、証人あるいはそういう問題があった場合も、適正な手続の憲法上の条項は当然適用され、保障すべきではないかという御意見がありましたけれども、そのような観点から、私は国会のもっと自主的な委員会運営のあり方というものを期待するべきであろうと思うわけであります。もちろんその間、基本的人権の保障には、議事録の問題も含めて十分配慮がなされなければならないのは言うまでもないのですが、国会がその作業を怠って、(「自民党が証人として出頭させなかったんだ」と呼び、その他発言する者あり)政府の認定結果の報告を公表するだけならば、国会はみずから国権の最高機関としての権威を失墜することになりますし、国政調査権の権能のほとんどを放棄することになってしまうと思います。 もちろん一方、こういった議論に対しまして、先ほど来お話がありましたが、現実の国会の状況の中では、そんな事実確認の作業や、それに基づく判断などをしようとしても、いまの国会の委員会のスタッフあるいはスタッフが持つ権能等の面から考えても、無理な要請だという反論があるかと思います。 現実に、たとえばアメリカの国会におきましては、先ほどお話がありましたが、一委員会三十人ほどのスタッフと言われ、わが国でも有名になりました、たとえばチャーチ小委員会のときのスタッフは、ピーク時総勢百人以上、またロバート・ケネディを有名にしました、労組の腐敗を暴露した委員会が、これまた総勢百人以上のスタッフを抱えていたのでありますが、今日のわが国の調査室のスタッフは、量的に言っても全部合わせて百七十八人しかおりません。また、アメリカのように議員個人がスタッフを抱えるというような国家的な保障措置もない。これは否定のできない現実であろうと思います。 しかし、だからといって、事実かどうか確定していない、確定力のない一方的報告を単にオウム返しに公表してよいということにはならないのであり、現実の状況の中ででき得ないのであれば、私は国政調査権というものはそこまで踏み込むべきではないと考えるわけであります。もしそれを期待するならば、まず、それを可能にするための委員会制度の充実、スタッフの拡充を含め、国会機能を高めていくための改善の努力に、第一にわれわれは手をつけていかなければならないと考えております。 日本の国会の実態を分析しながら一もちろんアメリカの政治制度は三権分立を厳格に守っております。日本の議院内閣制をとっている場合とは若干異なるかとは思いますが、そういう国会が本当に国政調査権を効果的に発動していくために、どのようにあるべきかということに関しまして、アメリカ等の比較を交えまして、橋本先生に御意見をお伺いできれば幸いであります。
○橋本参考人 ただいまの御質問のうち、いわゆる憲法三十一条に関連する公正手続の問題について申し上げます。 私は、ロ特委員会の議事録をよく読んでみましたが、十一月二日に政府の報告が口頭で述べられて、それが当日の午後八時四十分秘密会とありますから、とにかく夜、秘密会が開かれて、その翌日、新聞で公表され、われわれは新聞で知ったわけですが、それから四日の日に、午前十時四十三分に委員会を開いて、弁明を十分間ずつ許しております。 この関係を見てみますと、それは冷静、公平に考えて、別に私は党派的な利益を代表するものでもありませんし、だれかの意見を代弁するつもりで言っているわけではありませんから、公正にお聞きを願いたいのです。この点につきまして私は詳細に考えてみますと、やはり灰色高官というレッテルを張ることは政治家にとって致命的な打撃であろうと思います。そのような打撃、不利益を与える場合には、当事者の弁解を求めることが憲法三十一条の精神であると思います。不利益な処分をする場合には、必ず当事者の弁解、防御の機会を認めなければならないわけであります。 逆転して十一月四日の弁明を私は読んでみましたが、政府側の報告では、丸紅の伊藤宏は二階堂議員に対して五百万円贈ったとありますが、二階堂議員の弁明だと一回も会ったことはないと、こう言っております。それから、そのほかの議員も調べてみますと、丸紅の副島勲という人が佐々木議員に三百万円贈ったとありますが、佐々木議員は面識がないと言っております。それから、丸紅の副島勲が加藤議員に二百万円贈ったとありますが、本人は面識がないと言っております。それから、丸紅の副島勲が福永議員に三百万円贈ったとありますが、福永議員は三百万円ではない、二百万円である、しかもそれは政治献金で後援会に入れた、自治省に届け出がしてある、このように弁明しております。 この事実を、どちらが本当かそれはわかりませんが、これを見てみますと、一回も会ったこともない、面識もない人からどうやって金が受け取れるのか、これは調べなければならないと思います。それを黙って、そのまま灰色議員だ、こういうレッテルを張ることは公正な手続ではないと私は思います。
○小沢(一)委員 ありがとうございました。 私どもは、国権の最高機関といたしまして、国政調査権という非常に強大な権限を与えられておるわけであります。先ほど公明党の山田先生、民社党の西田先生からもお話がございましたけれども、この強大な権能が、いわゆる通常の場合には権力から反権力に、体制から反体制に向けられるということも予想されるわけでありまして、私ども国会議員といたしましては、本当に国権の最高機関としての権威を守っていくためには、国会自身が本当に調査権を有効に使って、そして国会独自の判断を私どもはしていかなければならない。そうでなければ国権の最高機関としての権威を守ることはできないと思っておるわけであります。 それから最後に、橋本先生にお伺いいたしたいと思いますが、先ほど来の政治家の道義的、政治的責任あるいはプライバシーの問題につきまして、政治家は公職の立場にあるものですから、基本的人権の保障、プライバシーというのは当然一般国民より制約があると思います。しかし、だからといって、政治家は一切そういう点を考慮しなくてもいいという議論にはならない。やはり私はそういう点でも十分配慮をしながら、われわれ国会が本当に権威ある判断をしなければならないと思いますが、重複する質問になりますけれども、その点について御意見を伺いたいと思います。
○橋本参考人 先ほどお答えしたとおり、公職についておる人及び公職の候補者は、一般の国民よりプライバシーの範囲は狭いと私は思います。
○小沢(一)委員 ありがとうございました。 以上で私の質問を終わりますけれども、委員長、この際、私から要望いたしたいと思います。 すなわち、本日の委員会開会の発端は二階堂議員の上申書でありますので、同議員の上申書を会議録に参考掲載方お取り計らい願いたいと思います。(「反対」と呼ぶ者あり) 以上で終わります。ありがとうございました。
○山下委員長 山口鶴男君。
○山口(鶴)委員 ただいまの小沢一郎君の動議には反対です。そのことをまず明確に申し上げておきます。 それから委員長に申し上げたいと思うのですが、ただいま小沢委員から固有名詞を挙げて御質疑がございました。理事会の申し合わせ、理事会決定は、議長から諮問された純粋に国政調査権行使にかかわる基本問題について、本日の委員会で論議をしようということを確認をいたしております。したがいまして、固有名詞を挙げての議論につきましては、まさに議題外であると言わなければなりません。したがいまして、この部分につきましては議事録からの訂正を要求いたします。具体的には、ひとつ理事会で相談をいただきたいと思います。その点、委員長に強く要請をいたしておきます。 それからなお、この際申し上げておきますが、固有名詞を挙げての議論をしようとするならば、われわれ、航空特を復活して、そこで御本人も証人として出てくる、あるいは関係者の方々も証人として出頭をしていただく、そうして徹底的にこの問題について議論をすべきであるということを主張し続けてまいりました。そういう意味では、次期臨時国会においては航空特の復活を強く要求をいたしておきます。 それから、参考人の林さんと橋本さんに簡単にお尋ねをいたします。 後の措置については時間がありませんから聞きません。この部分のお答えは結構です。問題は、五十一年十一月二日、当時のロッキード特別委員会が政府に対して資料の報告を求めたわけです。この場合、政府として拒否する道は残されているわけです。具体的に、これは国会法百四条に基づいて資料の報告を求めたのですが、これを拒否する道は政府はあるわけです。断れば、これは議院証言法の五条に従って、さらに要求もできましょう。その場合、断るのだったら、その理由を付して疎明をすればいいわけですから。しかも、それでもいかぬということになれば、内閣声明を出して拒否する道も政府は残されておるのです。しかるに、そういうことを政府は一切やらないで、そうしてこの資料の提供に応じたわけですね。とすれば、憲法体系、議院内閣制というわが国の政治形態というものを考えた上で、このことは私は全く妥当な措置だったろうと思うのです。 かつて内閣法制局長官をされた林さんと、それから橋本さんの御見解を、この点、承っておきたいと思います。
○林参考人 ただいまの資料要求は、恐らく国会法百四条ということは山口先生のおっしゃるとおりだろうと思います。したがいまして、それに対して政府はどう措置するかは、政府の判断だと思います。いまおっしゃったように、秘密で答えられないと言えば答えない方法もあったかと思います。 したがいまして、そのとき政府はどういう判断で出したか、これは私は当時の政府当局者でございませんから、そのときの考え方は私にはわかりません。ただ、あのときの速記録等を読みますと、要するに、やはり秘密会を条件として出すということ、それから政府の方は当然に、これはそれがそのまま生の形で即委員会の決定と申しますか判断というようなことになることは恐らく予想してなかったのじゃなかろうか、そういうことが考えられます。そこらは政府の当時の判断と委員会の判断が食い違っていたのじゃないか。その結果として若干、妙なことになったのじゃないか、そういう気がいたします。
○橋本参考人 ただいまのお尋ねの件でありますが、ロッキード委員会の方で資料の提出を要求する、これは当然許されたことで、合法的です。これに対して政府がどのような態度をとるか、これもまた道はいずれでも選べたと思います。どちらをとっても差し支えないと思います。ただし、その場合に政府は、やはり将来の裁判に対する影響を考えて、裁判資料を生では提供できないと考えた、これもまた私は間違っていないと思います。報告という形で出しました。報告という形で出して、私が問題にするのは、その後の処理に問題があったのではないだろうかということです。そのことを私は言ったわけです。
○山下委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人各位には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。どうぞ御退席いただいて結構でございます。 —————————————
○山下委員長 この際、委員長から申し上げます。 議長から諮問のありました三項目については、議院の国政調査権の行使に関する基本問題でありますので、先ほど小沢君から要望がありましたとおり、二階堂進君提出の上申書は、本日の会議録に参照掲載いたしたいと存じますので、御了承願います。(「反対、反対」と呼び、その他発言する者あり) なお、本問題につきましては、今後とも議会制度に関する協議会におきまして検討してまいりたいと存じます。 本日は、これにて散会いたします。 午後四時十五分散会 ————◇—————