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94回国会衆議院1981/05/14

外務委員会 第14号

発言数
57
登壇者
13
会派数
5
開催日
1981/05/14

会議録

青木正久自由民主党

○青木委員長代理 これより会議を開きます。  委員長が所用のため、委員長の指名で私が委員長の職務を行います。  難民の地位に関する条約の締結について承認を求めるの件及び難民の地位に関する議定書の締結について承認を求めるの件の両件を一括して議題といたします。  本日は、両件審査のため、参考人から意見を聴取することといたしております。  御出席願っております参考人の方々は、上智大学講師安藤勇君、愛知県立大学助教授田中宏君、東京学芸大学助教授殿岡昭郎君、弁護士原後山治君及び明治大学教授宮崎繁樹君の五名でございます。  この際、一言ごあいさつ申し上げます。  本日は、参考人各位には御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。本委員会は、難民の地位に関する条約の二件につきまして参考人の方々から忌憚のない御意見をお伺いし、今後の審査の参考にいたしたいと存じます。  次に、議事の進め方でございますが、御意見の開陳はお一人十五分程度にお願いすることといたしまして、その後、委員からの質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。御意見の開陳の順序は、安藤参考人、田中参考人、殿岡参考人、原後参考人、宮崎参考人の順でお願いいたします。  まず、安藤参考人にお願いいたします。

安藤勇上智大学講師

○安藤参考人 御紹介いただきました安藤勇と申します。  きょう、こちらに皆さんからの招待を受けて、私は感謝の心をまず第一に示していきたいと思います。  私の言葉の中でいろいろ不十分な表現があるかもしれませんが、自分もその限界を感じておりますので、くれぐれもよろしくお願いいたします。  きょうは在日難民のためにかなり明るい日だと思っております。きょう、ここに来るまでは、この在日難民、流民の課題は大変むずかしいと感じていたのですが、しかし先生方の善意を完全に信じます。この日は、在日のすべての難民には大変大事な日だと思っております。  私に与えられた課題は、短い時間の中で在日難民の現状とその声を取り上げ、そして国際社会の中で日本が恥ずかしくない難民の扱いについて多くの日本人はどう思っているのかを皆さんに伝えたいと思います。  条約難民は、厳しく解釈されると政治亡命者だけに限っております。ところが、難民条約はそれだけではありません。さまざまな抑圧を受けて自由を求めている難民は、世界じゅうに何百万人もいるのです。また、貧困のために自国を脱出する人が多くおります。彼らも難民、いわゆる英語でディスプレイスドパーソンであり、広い意味で難民条約の中にも含まれております。大事なのは、この条約の精神です。これを認めることです。国連の決議した世界人権宣言、国際人権規約に並んで、人道的な視点からこの難民問題を解決しなければいけないと思います。  さて、インドシナ半島からの難民は、戦争の犠牲者であり、自由を求め、貧困で大変苦しんだ人です。彼らを保護することは、難民条約の精神に基づいていることです。日本にすでにこの六年間で数千人が来ている、こういうすべての難民を保護するのは、国際社会の中であたりまえなことだと思います。  在日インドシナ難民の中で一番弱い立場にあるのは、難民という名前さえも許されていない流民という実質難民です。彼らはまじめな若者で、日本に数百人がいるようですが、その家族はほとんど皆難民です。その出身地はインドシナ半島、ラオス、ベトナム、カンボジアです。一九七五年以降、自国を脱出した際、第三国のパスポートをお金で手に入れて、ほかの難民はお金でボートなどを買ったのですが、来日してからビザが切れたか帰る自国がなく、仕方なしに日本に残っております。しかし、実質的に難民でありながら、日本政府、特に警察、入国管理事務所から犯罪者扱いを受けています。逮捕、それから起訴されて、終わりに強制送還までいくのです。よく人権が侵害されているものです。  時間が許されたら、現在、四、五日前から足立区の綾瀬警察に入っている一人の流民の件を話したいのですが、ここでは省略いたします。  しかし、こういう実質難民は、多くの市民からの支援を受けています。その動機は、本人に対して申しわけがない、それから国際的には余りにもこういう取り扱いは恥ずかしいという動機なのです。  私は、ほかの在日難民、一時難民、定住難民、留学生などの問題を、ここでは省略いたします。  多くの日本人の代表として、まず今度こそ国連の人道的な精神を生かしてほしいのです。この条約の深い意味はそこにあるのです。それから、大経済国である日本は、本当に日本らしく難民の受け入れを行ってほしいのです。  それから、すべての在日難民を保護するようにお願いしたいと思います。特に在日インドシナ流民を保護してほしいのです。日本の歴史にまたこういう差別を残さないでほしいのです。流民の数が少ない上、その人道的な解決は日本国家には大きな利益をもたらすのです。アジア諸国だけでなく、西洋にもその影響が大きいとされています。  それからまた、日本にまだ残っている一部の鎖国主義を破って、日本の若者にも希望と明るさを返してほしいのです。日本の本当の偉大さがこういうところにあらわれてくると思います。  そして最後に、具体的なお願いをしてみたいと思います。  まず第一に、難民の認定機関は入国管理事務所の中にあるべきではないと思います。  第二に、難民の認定をするには、民間、いわゆる市民の専門機関がふさわしいと思います。  第三に、難民性を証明するには、書類だけでなくて、生きた証明、たとえば二人の証人が最もふさわしい解決だと思っております。  それから一番最後に、ばらばらになった難民の家族は、安心できる社会でまた一緒にさせるのが最もよい人道的な対策です。在日難民の場合、そういう方がたくさんおります。  在日インドシナ難民や彼らの支援に努力し続けている多くの日本人にかわって、改めて深く感謝を申し上げます。どうもありがとうございました。(拍手)

青木正久自由民主党

○青木委員長代理 ありがとうございました。  次に、田中参考人にお願いいたします。

田中宏愛知県立大学助教授

○田中参考人 御紹介いただきました田中でございます。お手元に簡単な要旨をお配りいただいたかと思いますけれども、時間が大変限られておりますので、ごく大ざっぱな問題点だけを申し上げたいと思います。  私は、ほぼ二十年ぐらいの間、当初は留学生ですけれども、いまでは大学の教師をして、授業で外国人の地位というような問題を考えながら、日常的に相談を受ける外国人の問題を経験してきたものですから、その経験を踏まえて意見を申し上げたいと思います。  私は、日本におけるインドシナ難民の受け入れということは、かなり国際的な視線の中でやむを得ず受け入れてこざるを得なかったというように率直に理解をすべきではないかと考えております。従来同じような問題が生じても本国に送還するというようなケースがあったにもかかわらず、今回は無差別でやってきたボートピープルの上陸を許可するというようなかなり異例な措置がとられたことは、日本が新しい国際環境の中で従来の政策が維持できなくなったというように理解をしております。  ところで、その後難民に対して日本国に定住してよろしい、最終の定住先として日本を選ぶことをも許すという新しい政策がとられるようになってすでに三年を超えるわけですけれども、現在日本に定住しているインドシナ難民は、昨日外務省で数字をいただきましたところ六百六十一名ということになっています、これは政変前から日本に残留している者は含まない数ですけれども。ところが、この六百六十一名の中で、現実に日本の国内に一たん上陸して、日本の国の様子を見たのでそれではひとつここに安心して住みつこうではないかというように決心をした難民はわずか六十二名なんですね。しからば残りの六百名近い人はどこからやってきたかといいますと、これはすべて海外のキャンプからダイレクトに日本に入ってきた。しかも、日本には恐らく二千人近い一時上陸者が現在でもいるわけですが、この人たちはひたすら第三国の許可がおりるのを待っている。なかなか日本に住みつこうとはされないようですね。私は、ここに日本の難民政策の持っている非常に厳しい一つの現実を見たような気がするのです。  当初以来、一時上陸ではすでに四千五百人近い人が一たん日本に上陸をしながら、その中から六十二名だけが日本を定住地として選んだ、多くの人は第三国へ出ていくという現実、これは何を意味しているかということを御留意いただきたいと思います。  次に、今回の条約の批准によって条約上の難民という問題が中心に議論されるきらいがあると思いますけれども、しかし、条約上の難民の保護ということだけでは、残念ながら今後の難民政策の振興はむずかしいという理解がなされているというように私は理解をしています。  それはなぜかといいますと、今度難民の認定業務を担当する法務省自身の見解によると、すでに定住をしている六百六十一名、この人たちの中に条約上の難民がどの程度いるかについては、そう多数には上らないだろうという認識をすでに法務省が披瀝されているところを見ますと、狭義の難民だけを考えたのでは従来の難民政策を維持することさえできない。そうしますと、難民もその一人であります日本における外国人の全般的な地位、処遇の問題を抜きにしてこの条約の批准を考えることは正しくないだろう。  恐らく政府当局も、今度の条約改正に伴う国内関係立法の整備の中で、国民年金法等については、難民だけを対象にするということではなくて、日本国籍という要件を撤廃するという形で提案をされているようですから、政府当局でもこれは条約上の難民についての政策を改めるということではなくて、より広い意味の外国人政策の修正を迫られているというように私は理解をしているわけです。  ところで、しからば日本にいる日本国籍を持たない人たちはどのような地位、処遇にあるのかということがしょせん問われることになってくるわけです。とりわけ今度の条約の批准が通常の条約とやや異なった面があると思いますのは、個々人の生活次元に直接かかわる問題をはらんでいるわけです。それは、一人の人間が日本の社会の中で生きていく上にとりあえずは条約上の難民をひな形にするわけですけれども、いかなる地位、処遇を有するかということを定めた条約なわけですから、したがって、日本における外国人政策全般が問い直されることになってきていると思います。  たとえば国民年金法の国籍要件の撤廃というのは、従来の国民年金法の考え方に根本的な修正を迫られることになったわけですね。従来の国民年金法は、日本に住所を有する日本国民を対象に国民年金制度をつくる、この発想の中にはわれわれの社会の持っている大変恥ずべき体質が表現されていると思うのです。しからば、日本に住所を有さない日本人の年金はだれが考えてくれると考えて立法府は法律をつくったかというように設問をしてみますと、それは恐らく滞在先国がめんどうを見てくれるであろうということを期待して衆参両院はこの法律をつくられたのだろうと思うのですね。しからば、滞在先国が日本である外国人についてはだれがめんどうを見るのか、これは日本政府はめんどうを見ないという法律をつくってしまっているわけです。  こういう法律の根本が実は条約の批准によって問われて、日本に住所を有するすべての人々を、すなわち内国人、外国人を問わず年金の対象にするという政策変更を迫られたということは、従来の社会保障制度の基本的な考え方が問われているということになりはしないだろうか。  それで、生まれてから死ぬまでの間の人間を追跡していきますと何時間あっても足りませんけれども、そのことは、一人の人間が日本の社会で日本国籍を持たない者として存在した場合にどういう違いがあるのかということを、たとえば子供さんが三人以上になったら児童手当がもらえるかもらえないかというような細かいことをずっとお考えいただければ、巨人軍の王助監督がかつて国民体育大会に出られなかったかの有名な話は、国民体育大会というのは外国人は出られない体育大会として現実に運営されているということを一つお考えいただいてもおわかりいただけると思います。  時間もございませんので、細かいことは御質問の中でお答えをしたいと思いますけれども、今後の問題点を若干申し上げておきたいと思います。  先ほど申し上げたように、一人の人間が日々の生活の上で、あなたは日本の国籍がないからこれはだめですよと言われることがたくさんあるわけですね。ところが、今度の条約の批准によっていろいろなところで変化が出てくるわけで、先ほど申し上げた国民年金なんかはさしずめ変わるわけですけれども、これについても経過措置については大変大きな差別が残るような法案になっているようですが、こういうさまざまな問題が国会で条約を批准し、関連法案を国会で通過させたところでもしとまるとすれば、これは大変大きな問題を残すだろうという点を申し上げたい。  といいますのは、個々人の生活は、非常に細かな行政機関の出先機関の接触によっていろいろなことが取り計らわれていくわけですね。ところが、条約の批准というような国家レベルの出来事がすみずみの行政機関にどういう意味を持つかということは、往々にして一般的になおざりにされてきたきらいがあるわけです。  一つだけ具体例を申し上げますと、たとえばわが国は国際人権規約に加入いたしましたけれども、昨年の秋に鳥取県の小学校に入学を求めた日本に定住を許された難民の小学校への入学が何と大変問題になったわけです。それで、本来の日本人の教育がおろそかになると困るのでということで、鳥取県のある町でしたか村でしたかの教育委員会は入学を渋ったわけですね。  ところが、人権規約に加入した以上初等教育について外国人の入学を拒むことはできないというのが通常の解釈のようであります。今度の条約にはそれがもっとストリクトに入ってくるわけですが、テレビドキュメントで明らかにされたごとく、残念ながら当の教育長さんなりあるいは町長さんなりは、わが国が人権規約に加入してすでにそのような状態に置かれているということを、当事者が人権規約のコピーを差し出して説明するまで全く知らなかった。ああ、そんなものがあるのですか。これが残念ながら日本の行政機関の直接外国人に携わるその役所の一つの出方だったわけですね。これは大変社会の批判を受けて、数カ月おくれてやっと入学ができたようですけれども、さようなことがたくさんあり得ると思うのです。これも多岐にわたりますので多くは申し上げませんけれども、何か御質問があればお答えをしたいと思います。  一つだけ総括的に申し上げますと、実は行政府が行ういろいろな行政サービスと呼ばれる住民に対するサービスは、通常住民基本台帳をもとに、いろいろな案内だとか、あるいはいろいろな権利付与、さまざまな手続の機会が保障されるわけですね。ところが、余り知られてないことですが、住民基本台帳は外国人が全く登載されていないわけです。したがって、住民基本台帳をもとに住民サービスを行っている行政機関は、外国人には何もしないわけで、外国人が出てくるとわざわざはねるのではなく、もともと外国人は対象にならないように行政システムがすでになっている。  したがって、外国人に特定のことを何かしようと思えば、住民基本台帳とは全く別に管理されている外国人登録原票を一々繰り出して、この人に予防接種の案内状を出さなければいけない、この人に老人無料パスの発給をしなければいけないという余分なことをしなければ、外国人というのは行政サービスの対象にならないような全体的な仕組みができ上がっているわけです。したがって、外国人に対していろいろな排除をするというのは、これは外国人だからやめておけというのではなくて、もともと外国人というのは通常の業務では住民の中に入ってないのですね。これは非常に重要な点だと思うのです。いかに役所が気をつけないと外国人を顧みないか。  わが国では、新憲法になって基本的人権については大変重要な事項であるという認識があるようですけれども、その権利の享有主体、だれの持つ権利かということについては、私は大変不十分な問題が内外人の関係ではあると思うのです。憲法の二十五条には、通常生存権と呼ばれる最低限度の文化的な生活を営む権利を有する、これで生活保護法とか児童手当法とか国民年金法とかさまざまな立法が行われてきたわけですけれども、その運用なり具体的な解釈は、国民というのは日本国籍を持つ者であるという解釈が通常とられているのですね。ところが、憲法三十条には、例の納税の義務を定めた条項がございます。国民は、法律の定めによって納税の義務を負うというような趣旨があるのですが、この納税の義務というときに使われる国民、これはどの税法を繰っても必ず、日本に住む人、日本国居住者という定義づけになっているようです。  したがって、お金をいただくときには内外人平等なんですけれども、いただいたお金を行政機関を通じて交付するときには、しばしば、あなたは日本国籍がないからだめですということが行われてきたわけです。そして、そういう行政の対象はだれであったかということをお考えいただければお気づきのように、それはかつてわが国が植民地統治をしたお隣の朝鮮、さらに台湾あるいは中国大陸から日本に移住を余儀なくされた人たちでなおかつ残った人たち、これが日本における外国人の九〇%を占めているわけですね。この人たちに対する私たちの社会の持っている残念ながらきわめて強い偏見あるいは差別感、そういうものといかに闘うかということがいまや問われてきているというふうに私は思うわけです。  私も大学の授業でこんな話をしながら、ところで、学生諸君の外国人体験とでも言うのでしょうか、何か思い出すことがあったら書いてみないかということをやることがありますけれども、こういうことを書く学生がかなり多いので私もびっくりしているのです。子供のころに、あそこのうちは朝鮮人だから、夜遅くなると危ないから遠回りをして帰るように母親から言われた、こういう種類の記憶を、まあ私が教室でこういうような話をすると思い出す人というのは意外と多いのですね。  もう戦後三十六年、朝鮮を植民地化したと同じ期間過ぎたわけですけれども、残念ながらそういうものが残っているということは御承知のとおりでございまして、日本が内外人の間でどういう関係を保持していくかということにとって、人権規約の批准、さらに今回の難民条約への加入、そういうことは早晩日本の内外人平等の新しい起源にしなければいけない。恐らく国際社会が日本に求めていることはそういうことではないだろうか。  先日の新聞によりますと、外務省も、やっと難民条約も国会に出せるようになったので、国連の人権委員会に戦後初めて立候補できる条件ができたと判断をして、立候補をされたようです。めでたく当選されたので外務省の方は非常にお喜びかと思います。しかし、国連中心外交を標榜しているわが国が、人権関係の国際条約の批准に著しくおくれをとっているということにそろそろ踏ん切りをつけなければいけない時期が来ているわけです。  私は、かつて留学生の仕事をしているときに、ある親しい留学生から、田中さん、日本では普通外国人というのを外の国の人と書きますけれども、実は私は日本に外国人として数年住んでいて、本心は国を害する人と書いて、それでは非常に露骨だから外の国の人というように書くのではないでしょうか、何か外国人というのはよほど日本に悪いことをしている人というように受け取られているとしか思えないということをしみじみ話をしてくれたことがありましたけれども、本当に国を害する人としてしかわれわれを見ていないのじゃないかという疑いを持たれるような国から、いかに早く自分たちが変わるかということに今回の条約の批准が結びつかなければ、条約に入った数がふえたということでは、早晩日本に来た難民が受ける処遇と東南アジアから他の国に行った難民の処遇とが逐一比較されるわけですから、そのうちに日本に行った難民の地位の問題というのは、従来の在日朝鮮人が歩んできている揺りかごから墓場までと同じことを繰り返すとすれば、条約に入ったことの意味は薄れてくるわけです。  そういう意味で、従来の人権規約の批准の場合にも感じたのですが、国内措置について最も安易な、たとえば人権規約については選択議定書に加入しないという抜け道をとるとか、今度の場合でも、細かいことは省略しましたけれども、国内的な措置を十分にとるよりは何か外交日程として消化するというような感じがなきにしもあらずなので、批准そのものに私は大賛成ですけれども、しかしその後、やはり日本も条約に加盟して、誠実に従来の社会体質の変革にいどんでいるということを外国人が実感するようなそういう社会でありたいと思いますし、立法府におかれましても、そのような努力の決意とともに、条約の批准に御尽力をいただきたいと思います。  どうも失礼しました。(拍手)

青木正久自由民主党

○青木委員長代理 ありがとうございました。  次に、殿岡参考人にお願いいたします。

殿岡昭郎東京学芸大学助教授

○殿岡参考人 御紹介いただきました殿岡でございます。  私は政治学を専門にしておりまして、特に東南アジア地域の勉強をしておるものですから、必然的にインドシナの問題あるいは難民の問題とかかわりが出てまいりまして、日本の国内で難民との接触がもちろんございますけれども、さらにタイですとか、マレーシア、香港、そういった地域の難民キャンプを調査いたしましたり、また、日本を経て第三国に再定住をした人たち、アメリカとかカナダとかフランスにおります難民を訪ねて調査をいたしますとか、そんなこともやっております。また、日本から東南アジア地域の難民キャンプに物資を送る団体といたしましてインドシナ難民救援センターというのがありますけれども、そこの代表をいたしまして、さらに最近、今回の御審議とも深い関係のあります日本に定住した難民の問題を考えますインドシナ難民共済委員会、これは難民同士が助け合うのをさらに日本人が助けていこうということで先月発足したものでありますけれども、この事務局長を務めております。そんな関係のある者といたしまして、この難民条約、インドシナ難民との関連におきまして少し御意見を申し上げたいというふうに思います。  最初に私、難民問題にかかわるときの率直な気持ちをまず申し上げてみたいと思うわけでありますけれども、この気持ちは大変分裂した気持ちといいますか、悩ましい気持ちといいますか、自分の気持ちの中に衝突する二つの考え方があるというふうに思うわけであります。  一方におきましては、インドシナ半島の方ですとか、あるいは日本に来られた方ですとか、さらに第三国へ行かれた方、難民の方に接触して、やはり大変気の毒に思うわけです。できることは何でもしてあげたいし、またこの日本は非常に豊かな国で自由な国ですからもっといろいろなことができるのではないか、そしてまた、政府もそういうことについてもっと努力していただきたいということを一面で非常に強く感ずるわけです。  ところが一方に、これまた率直に申し上げますが、日本の社会というのは日本人が単一民族として長く生活をしてきて、それゆえに平穏であったというふうな気持ちがありまして、難民を受け入れてこれから三十年、五十年、ほとんど半永久的にわれわれと一緒に住んでいくということについてちゅうちょする気持ちがないと言ったらうそになると私は思うわけです。これは私の個人的な感情だけでなくて、実は日本人の多くの人々にそういう二つの気持ちが交錯をして、そして日本人にとってこの難民問題が非常に特殊なむずかしい問題となっているのであろうと思うわけです。  これは私は日本人が単に冷たい民族だとかいうふうなこと、あるいは政府の姿勢が非常にかたくなであるということだけでなくて、歴史的な背景というものがやはりあると思います。二千年ぐらいの間、みずから難民になった経験が幸いにしてなかったわけですし、また難民問題に深くかかわるという必要もないままにやってこられたわけです。さらに、難民を受け入れたくないということが国際的に、まあ許されてきたわけではありませんけれども、それほど強い反発を招かないでこれまでは来られたというふうなことから、やはり単一民族で住んできたし、これからも住んでいきたいという気持ちが一方にある。これは否定できないことですし、またわれわれが難民問題を考えるときに基礎的な一つの要件として心得ていかなければならないことだろうと思います。  しかし、すでにもうそれだけでは済まない、そういったことは国際世論からすれば余りに利己的だというふうな批判にも直面しまして、われわれとしてはいままでの考え方を修正せざるを得ないところ、ぎりぎりのところまで来ているということだろうと思うのです。したがって、この難民条約の批准ということもこうして御審議に出てきたかと思います。  しかし、先ほどの二千年の経験と申しますか、またその経験に裏づけられた感情というものは非常に根深く存在をしていて、これからわれわれがこの二千年の経験というものを違った方向に、国際社会で要求されている方向に次第に変えていく、つまり国を開いて難民を受け入れ、そしてその定住を認め、さらにその定住の条件をよくし、そして五年、十年住む問題ではなくて、われわれと永久的に生活をしていくという決意を国民全体が持つというふうなことになっていくわけでして、そういう意味では大変重大な問題であり、また、日本の社会の本質にかかわる画期的な問題であると思うわけであります。そういう意味で、私は日本人全体が、マスコミなりあるいは本委員会を含みます立法府というものも、そういう決意に立ってこの問題を考えていかなければならないのではないかというふうに思うわけであります。  さてそこで、私は、難民条約及びそれに関連します法律改正全体につきまして、基本的には、遅きに過ぎたことかもしれないけれどもここで批准をなさるということはいいことだというふうに思うわけです。  この難民条約を批准することによって、いままで単に外国人として日本に居住を許される、しかもその権利関係というものが不安定であった人々に対して、この難民条約にありますように、日本人と全く同じような待遇が受けられるというものとして第十四条、十六条、二十二条あるいは二十四条というふうなものがあるのは御承知のとおりでありますし、また、最恵国待遇という形で十五条、十七条の定めがございます。また、一般に外国人に対して与える処遇より不利でない条件で処遇を受けられるという定めが十三条、十八条、二十一条というふうなところにありまして、難民として認定を受けた人たちに対して従来よりもその立場が有利になるということは明らかであり、この点からしましてこの難民条約を批准するということはその人たちにとって大変いいことであるということは間違いないところであります。  しかし同時に、この関連法規の制定の仕方、改正の仕方によってはさまざまな問題があるということもすでに指摘されているとおりでありますけれども、先ほど申し上げました日本人の感情というふうなこと、あるいは経験の乏しさというふうなことから、次第にその内容を向上させていくということを期待したいというふうに思うわけであります。そして、この難民条約を批准することが、国際社会においていままで日本社会が受けてきた国際的な批判というものを緩和するという方向も出てくると思いますし、また、実際日本に難民として入ってきた人たちに対する処遇の改善ということが結びつくことはいいことであると思うわけです。その反面に日本の負担が増加するとかいうふうな問題がありますけれども、これは国際的にわれわれが引き受けるべき義務の一端であるということで、日本社会が、日本国民が納得していけるところであるというふうに思うわけであります。  しかし、そうした全体的な評価とは別に、私は一面に非常に深刻な問題があるというふうにやはり考えざるを得ない面がございます。  それは、第一条にございます「難民」の定義が非常に厳しいものであって、これでは、たとえばいま日本社会が一番深刻な問題として直面をしておりますインドシナ難民の救済という問題についてはどこまでこの難民条約が有効になるかということは疑問である、これは多くの方々が指摘されているところであります。つまり「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために」というようなことが要件になっておりますけれども、そのおそれが十分に理由があるかどうかということ、これは非常に説明しにくい点があると思います。  申請をして、そして審査に当たる人にこの十分な理由を付して果たして説明ができるものかどうか。たとえば証拠書類その他を滅失しているということもあるでしょうし、また、いまの考えとしては個別の迫害というものが一つの基準になるように聞くわけであります。つまり、体制が変わって全般的に生活がむずかしくなってきたとか、あるいは自由について制約が出てきた、あるいは自由の抑圧ということが出てきた、そしてそれを恐れて脱出したとか、あるいは生活困難というふうな理由でもってインドシナの地域を離れた人というのが実は多いわけでありますけれども、こういった場合にはこの第一条で言う「難民」に当たらないということになると思われるわけです。  そうしますと、この難民条約の提案趣旨の中にもちょっとございますけれども、現在アジア地域に出ている難民の問題に対処するという意味を含めてこの難民条約を批准するということは多少矛盾しているように私は思うわけであります。これは、この定義はもちろん国際的に共通のものでありますから、日本だけの問題ではないと思いますけれども、いままで諸外国でも相当厳しいものとしてこの適用に問題が指摘されてきたわけでありまして、日本としてもこうした厳しいものをそのまま適用するのかどうか、私はこの辺に大変関心を持つわけでございます。  それからもう一点御指摘をしたいのは、第三十四条に帰化の問題が定められてございまして、その中に「社会への適応及び帰化をできる限り容易なものとする。」こういうふうにうたわれておりますけれども、具体的にそれでは社会への適応を容易にするためにどういう措置を考えているか、あるいは帰化をできる限り容易なものとするためにどんなふうなことを考えられているのか、法的にまたそういう準備をなさっているのかどうか、これは私の見ました限りの資料にはないようでございまして、こういう用意がないままにこの三十四条の定めを受け入れていくことが実際にこの適用を受ける人たちにとってどういう法的効果があるのかということを心配するわけであります。  現に日本に入ってきておりますインドシナの難民につきまして、御承知のとおりインドシナ難民定住促進センターというところで、ここで言う言葉ですと、「社会への適応」ということの援助が行われていると思いますが、いま行われております三カ月の訓練、語学、職業訓練、職業あっせんあるいは日本社会の学習というふうなことが、現在私の考えでは非常に不十分な形でしか行われていないと思われるわけです。  日本語という言葉ができないで日本の社会で生活することはほとんど不可能に近いわけでありますけれども、現実にインドシナから出てくる人たちは、日本語の素養が全くありませんで、むしろフランス語とか英語ならば多少はできても、日本語という言葉は全く初めての言語であって、これを三カ月、確かに集中的にやっているというふうなことも伺いますけれども、実際そこを出てきた人たちに会って話をしてみても、日本の社会で自立してやっていける、あるいはやっていけるに違いないというふうなことを感ずることがかなりむずかしいわけであります。  また、そのセンターを出た後、日本の社会で就職をしたり学校に入ったりして現に生活をしているわけでありますけれども、日本人との間にトラブルがかなり起きていて、その多くは言語のほかにいろいろ日本の社会についての無知というふうなことから来ていることが多いわけでありまして、日本の社会に対する教育も不十分ではないかと思います。  また、就職につきましても、中小零細のところが多いのは仕方がないとしましても、難民の間には、定住センターで聞いたような就職条件とは大変違っている、給料が半分くらいであったとか、あるいは労働時間が十二時間あるいはそれ以上であったとか、休日を望むようにはくれないとかいうことで、最初に就職したところから短期間で転職をしている、転職をするたびに職場が悪くなってくるということも例として少なくないわけであります。  こうした状況を考えまして、また日本の社会に難民条約の適用を受ける人たちの適応の措置がこれとどういうふうな関係になるのか。担当者の中のお一人の意見では、たとえばいまインドシナ難民の中でこの難民条約の適用を受ける人が出てきた場合には、この難民定住促進センターの中に入って教育その他を受けることになるでしょうということでございましたけれども、そうしますと、「社会への適応及び帰化をできる限り容易なものとする。」この難民条約三十四条でうたっている一つの措置が、現在大和あるいは姫路で行われているあの定住促進センターの教育であるということになりますと、私は非常に不十分なことになりはしないかと思うわけであります。  せっかく日本に定住先を選んで、そして定住を始めた人たちが、最初は大変な期待を持って日本の社会に入ってきて、やがて失望落胆して日本の社会に対して不満を持ち、あるいはそれが恨みになっていくとしたら、われわれ日本人にとっても大変不幸なことであり、また難民自身にとっても同じく不幸なことでございまして、それが歴史的にいままでございました在日朝鮮人の問題あるいは在日中国人の問題と同じような問題となってしまうのではないかというふうに思うわけであります。  時間の制約もございますので少し省きますが、最後に申し上げたいのは、日本人の難民に対する感情からして、私は出てきた難民を受け入れるということはもちろんのこととして、しかし、問題はそれだけではないように思うわけであります。一部の国々が、自分の国民で望ましくない者を外に意図的に出しているというようなうわさも聞くわけであります。あるいは出ていく国民は放置してどこへでも行ってくれという政策をとっておるといううわさも国際的に非常に聞くわけでありますけれども、その結果として、日本を含めて難民の問題で非常に苦慮する国々が出ているとしたら、これは大変問題であると思います。  日本人がいま現に直面しているこの難民問題に対する悩みというふうなものを考えるにつけても、政策的にこういうことをやっておるということであれば、私は外務委員会のようなところでもそういう政策について強く抗議をするというふうなことも必要になってくるのではないかと思います。その国家から国民を追い出すというようなことは人道的に全く許されないことでありますけれども、さらにそれを受け入れざるを得ない国々が非常に苦しむということも道義的に許されないことであるというふうに思うわけです。  私は、そうした日本人の伝統的な民族感情というものを一面に認めながら、しかし、国際社会の責務を果たし、そして日本人として広く世界に心を開いていくというふうなちょうど曲がり角にこの難民条約の批准ということがあるかと思いますけれども、国民全体でこういう方向について努力をしていく、また考えていくいい機会ではないかというふうに思っております。  以上でございます。(拍手)

青木正久自由民主党

○青木委員長代理 ありがとうございました。  次の原後参考人は御出席がおくれておりますので、宮崎参考人にお願いいたします。

宮崎繁樹明治大学教授

○宮崎参考人 現在、国際社会は密接な相互依存関係にあり、人権の保障というのは国際的人類的な視点と広がりをもってしなければ満足な結果が得られぬまでになってきております。  このような時代に、一昨年の国際人権規約批准に続いて、このたび、政府が難民の地位に関する条約及び難民の地位に関する議定書への加入の方針を決め、国会にその承認を求められるようになりましたことは、遅きに失したとはいえ、歓迎すべきことであります。つまり、私は、人権の国際的保障の見地からこの難民条約、議定書の加入に賛成でございますが、この機会に若干私見を述べさせていただきます。  私どもが難民条約、議定書への加入の必要を唱えましたのは、すでに二十年近い昔になり、具体的に、政治亡命者保護に関する請願書を衆議院に提出いたしましてからでも、すでに十二年の歳月が流れております。  この間、一九六九年、一九七六年、一九七七年、一九八〇年と四回にわたり政治亡命者保護法案が国会に提出され、今国会にも継続いたしていることは、皆様御承知のことと存じます。しかるに、この間、政府はそのような国内の要望に対して十分な考慮を払われませんでした。今回の難民条約、議定書への加入が、この国内の世論をくみ上げるという形ではなく、インドシナ難民をめぐる諸外国からのいわば外圧により、政府がようやく重い腰を上げられたものであることは、残念なことであります。  一九七五年四月三十日のサイゴン陥落以来、海外に流出したインドシナ難民は実に百二十五万とも言われておりますが、わが国にたどり着いた難民の数も四千五百人に達すると伝えられております。従来、これに対応する国内法制はわが国には全くなく、わずかに出入国管理令に定められた法務大臣による特例的処置である特別入国、在留許可によって切り抜けてまいりました。しかし、このような事態に対しては、例外的、特例的な処置で処理されるべきではなく、難民条約、議定書への加入、そして国際的な基準と視点によって処理すべきことは当然であります。  このように申しますと、この難民条約、議定書によってインドシナ難民問題が一挙に解決するとお考えの方がおられるかもしれませんけれども、すでに私より前に述べられました参考人がおっしゃいましたように、そうではございません。難民条約、議定書が対象としております「難民」は、第一条A(2)に書かれておりますように、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者」、そして無国籍者の場合には「これらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる」者、つまり政治的迫害を避けて外国に逃れた者でございます。  インドシナ難民の中にも、本国に帰れば政治的迫害が待っており、難民条約、議定書の「難民」に該当する者もありましょうけれども、そうではない、いわゆる経済難民や流民、ディスプレイスドパーソンズと呼ばれる者もあります。国連難民高等弁務官事務所では、このような者にも保護範囲を拡大し、あっせんの対象にしておりますので、それらを含めてあっせん難民とも呼ばれておりますが、経済難民や流民は条約上の難民ではありませんので、難民条約、議定書の直接保護対象にはなりません。  もっとも、現在法務委員会にかかっております、難民の地位に関する条約等への加入に伴う出入国管理令その他関係法律の整備に関する法律案によって改定が予定されております出入国管理及び難民認定法、以下入管法案と申しますが、その第十八条の二によりますと、「難民条約第一条A(2)に規定する理由その他これに準ずる理由により、その生命、身体又は身体の自由を害されるおそれのあった領域から逃れて、本邦に入った者」については、入国審査官はその者を一時的に上陸させることが相当であると考えれば、一時庇護のために上陸を許可することができることになっており、この「これに準ずる理由」という解釈の運用いかんによっては、難民条約、議定書の難民に該当しないインドシナ難民も一時庇護だけは認められる可能性があるかと存じます。しかし、この条約、議定書自体の保護は受けられないわけであります。  当面のインドシナ難民に対処できないのならば、条約、議定書に加入してもしようがない、入る必要がないのじゃないかとお考えの方があるかもしれませんが、そうではございません。政治的迫害を受けている人を庇護することや、特にそのような人たちを迫害の待っているところへ追放したり強制送還しないといういわゆるノンルフルマンの原則は最低限の要請であり、それを条約の上で明確にすることは十分に意義があります。それ以上に難民に保護を与えたり、条約上の難民以外の者にも保護を拡大することは条約も禁止しておらず、国内法によって処理できるわけであります。現在法務委員会に提出されている入管法案はそういう意味で十分ではないと思われますが、これは国内法の問題でございますので、ここでは深入りするのをやめておきます。  第二に、この難民条約第一条A(2)の難民の定義に関する条文で、日本語の訳文が「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること」などを理由に迫害を受けるおそれがあるために「国籍国の外にいる」となっておりますが、国籍を理由に迫害を受けるおそれがあるので国籍国の外にあるというのは、日本語としておかしいのではないでしょうか。もっと具体的に言えば、たとえば日本国民であるがゆえに日本政府から迫害を受けるから、日本から外国に逃れるというようなことがあり得るでしょうか。この部分は英文で「ナショナリティー」、そのちょっと後に「ザ・カントリー・オブ・ヒズ・ナショナリティー」と書いてございますので、ともに「国籍」と訳されたのでしょうが、前者のナショナリティーを理由に迫害を受けるという場合の「ナショナリティー」は国籍ではなく、むしろ民族とか民族籍と訳さるべきではないかと思います。  念のためにドイツ語の訳文を調べてみましたところ、前の「ナショナリティー」はナチオナリテート、後の「国籍国」の場合は「ナショナリティー」をシュターツアンゲヘーリヒカイトと訳し分けてありました。西ドイツの人にどう違うのかと聞きましたところ、東独の人も西独の人もナチオナリテートは同じでドイツ人だけれども、私はドイツ連邦共和国のシュターツアンゲヘーリヒカイトを持っていると答えてくれたのであります。つまり、ナショナリティーを理由に迫害を受けるというのは、日本人だから、ドイツ人だからという理由でたとえば帰化したアメリカの国から迫害を受け、その国外に逃れるというようなことで、日本国民だからという理由で迫害を受け、日本国から外に逃れるという意味ではないと思います。  なお、この国籍を理由にというのは、国籍がないという理由で迫害を受ける場合も考えられると言う人がいるそうでございますが、それでは国籍のない人が「国籍国の外にいる」というのは理屈に合いません。また、無国籍者についてはその後に規定があるわけでございますので、そのような説明は成り立たないと思うのでございます。御検討いただきたいと思います。  三番目に、これは特に強調しておきたい点なのでございますが、難民の認定や異議申し立てに対する審査について公正が保障される制度の裏づけが必要だということを申し上げます。  難民の認定や異議申し立てに対する審査をどのようにして行うかは条約自体には書かれておりませんが、西ドイツ、フランス、アメリカなどでは委員会形式をとり、それに法曹資格者や難民救済に当たっている民間団体の代表の参加を認めたり、国連難民高等弁務官代表の関与を認めております。現在法務委員会で御審議中の入管法案では、一時庇護のための上陸許可は入国審査官の判断、難民の認定は難民調査官の調査に基づき法務大臣が行うことになっておりますが、実際には法務大臣が一々みずから行うのではなく、法務省令によって主任審査官などに任せられるということになろうかと思います。そうなれば行政機関の裁量でございますから、政治的、恣意的に行われる可能性があり、公正さの保障という点で疑問があります。少なくとも異議申し立ての審査、裁決に当たっては、行政機関以外の第三者並びに国連難民高等弁務官の代表の関与を認めることが望ましいと思われます。この最後の点は、条約の前文や、第三十五条の条約の適用を監督する責務の遂行に際し国連難民高等弁務官に締約国が便宜を与えるべき旨定めた規定の精神にも沿うものと思われます。  四番目に、難民条約加入後の取り組みの問題を、場当たり的でなく腰を据えてやっていただきたいと思います。  難民の保護には一時庇護と恒久的対策があり、恒久的対策としては、一、本国への自発的帰国、二、難民の受け入れを認める第三国への定住、三、一時庇護国への定住とあります。  最も望ましいのは、本国の政情がおさまり難民が自発的に本国に帰国できる条件が整うことであり、さらに進めば、難民を発生させるような状況をつくり出さないことであります。そのような国際協力について、政府は一層強く推進すべきであると思います。  二番目の第三国に対する定住についても、すでに四年にも及ぶ一時滞在難民がいると聞き及んでおりますが、関係国との交渉がさらに必要と思われます。  三番目に、わが国への定住枠についても当初の五百人から一千人、またごく最近三千人に広げられましたが、今後の長期的展望に立って、方針とその受け入れ体制を法制度的にも整備していかなければなるまいと思います。  前に述べましたように、インドシナ難民の場合は今回の難民条約、議定書の加入によって十分にカバーされない、しかし人道的見地から保護が要請されておりますだけに、その法的裏づけが必要になると思われます。  懸念されますのは、一、難民の受け入れ枠は適当であるか、二、難民の人権は十分に守られるのか、三、将来にわたって少数者問題は起こらないのか、四、他の在日外国人との取り扱い上の均衡はどうかというような諸点でございますが、人道的見地を基盤にしての対処が望まれるところであります。  難民条約では、「難民の当該締約国の社会への適応及び帰化をできる限り容易なものとする。」という三十四条の条項がございます。法務委員会で審議中の入管法案にはこれに対応する規定はなく、インドシナ難民が日本への定住を余り希望しない理由の一つに、在留期間が短いことや、将来の帰化、国籍取得の困難も挙げられております。  最後に、私は、従来国際人権規約の批准や今回の難民条約加入に当たって見られた政府の慎重に過ぎる、率直に申せば消極的な姿勢について懸念を表明せざるを得ないことは残念なことであります。  国際人権規約批准承認に当たって、衆議院で付せられました附帯決議の中のB規約議定書の批准や、B規約四十一条の宣言、留保の解除についても、その後何ら前向きの措置がとられているようには聞いておりませんし、また、あらゆる人種差別撤廃条約、それから婦人差別撤廃条約など、他の人権の国際的保障に関する諸条約についても他の国の多くが批准し、六十番目、八十番目ということになってようやく批准、加入が行われるというのではなく、もっと積極的に取り組んでいただきたいと願うものであります。  現在、国際社会は密接な相互依存関係にあり、しかも日に日にそれは密接の度を加えてきております。従来の政府間のインターナショナルないしインターガバメンタルな関係だけでなく、トランスナショナルな発想に立って、経済、社会、文化の各方面にわたる外国人に対する総合的な対策を希望したいと思います。  なお、外務省提出の説明書によれば、政府は条約加入に当たり、難民条約第一条B(1)について「「欧州又は他の地域において生じた事件」と解することとする旨宣言する予定である。」と書いてございますが、その点は適当な処置であると存じます。(拍手)

青木正久自由民主党

○青木委員長代理 ありがとうございました。  次に、原後参考人にお願いいたします。

原後山治弁護士

○原後参考人 弁護士の原後でございます。現在、第二東京弁護士会で実務にかかわっております。  本日お呼び出しをいただきました理由をちょっと考えてみますと、一つには韓国人の弁護士第一号である金敬得君、これが昭和五十一年に司法試験に合格しまして、従来最高裁がそういう合格者に対しては日本国籍を取得させる、帰化させることによって修習生の採用をしていたという二十年来のやり方を金君の力でやめさせた、これもいわば内外人平等と申しますか、あるいは日本国内における鎖国主義の打破と申しますか、そういう意味で私がそのことにかかわった。そして、この金君が現在本件の改正案になっております国民年金について訴訟を二つやっております。その訴訟を私、傍らで見ております。そういう意味で私に関係がある。  もう一つは、現在樺太におります旧朝鮮人、約三千人と推定されますが、この方々が日本ないしは出身地である南朝鮮の方へ帰ることについての訴訟を昭和五十年の十二月以来やってまいっております。この訴訟はまさに日本国自身の抱えた難民中の難民、まさに日本が終戦処理として当然行うべき義務を日本の政府が果たせないでいることについて裁判を担当しております。そのようなかかわりからきょうお呼び出しをいただいたのかと考えるわけでございます。  ただ、今回の改正案ないしは条約を拝見しますと、問題は難民条約の批准自身の是非よりも、それに伴う国民年金法その他の国内法の改正の方がむしろ大事でございまして、私は、この問題はこの外務委員会でお取り上げになることとともに、社会労働委員会その他国民の福祉に関係のある、つまり内外人平等を言い、難民に内国民と同じ待遇を与えると言うならば、そのことに直接かかわりのある委員会と合同してこの問題を取り上げるのが正しいのではないかと思うわけです。  と申しますのは、本年の三月二十三日に国民年金審議会会長の山田雄三さんの名前で園田厚生大臣に出された国民年金改正についての意見書によりますと、「国民年金制度の基本に触れることのないよう留意されたい。」という意見がつけられております。内国民待遇を与えることはいいけれども、その改正については国民年金制度の基本に触れることのないように留意されたい、このような意見というものは、本件の難民条約の基本の精神にかかわる問題でございます。  もう一つ、同じ三月二十七日に社会保障制度審議会の大河内一男会長名で出された意見によりましても、「国籍要件を撤廃しようとするものであり、やむを得ないものとして了承する。」という意見でございます。まことにこの国民年金審議会ないし社会保障制度審議会の態度は、いま御紹介申し上げたような非常に消極的な立場からやむを得ないという発言がなされているわけで、このようなことで内外人平等というものが国際潮流の中にある、しかも人権条約のB規約を批准した日本の態度としてこれでいいかということを、日々市民の立場から個々の権利を取り上げるのを業務としております弁護士として大変遺憾に思うわけでございます。そういう遺憾な点がこの法案の中にあらわれておりますので、二、三指摘申し上げます。  ただ、これも、私が申し上げたいのは、外務委員会の先生方にはもちろんながら、こういう国民の福祉を扱う方々に一緒に聞いていただきたいと思うのでございます。この国民年金法の改正につきましては、厚生省が非常に消極的な態度である、外務省の方は積極的であったというような話も伺いますので、きょう私が二、三法律的な問題点を御指摘申し上げまして、ぜひともこの問題は社会労働委員会その他国民の福祉を直接取り扱っている先生方と協議していただきたいと思います。  問題の第一点は、国籍条項の撤廃に伴う国民年金法の改正でございますが、もう先生方おわかりのように、この国民年金法の改正は経過措置がございません。経過措置がないという意味は、現在日本国に定住しております外国人の数は約七十七万人、そのうち韓国、朝鮮人が六十六万人、中国人が五万人で、しかもそのうち七五%以上はこの国で生まれた人たちだということでございますが、こういう人たちはかなり年をとっている方が多いようでございます、しかし、今度の改正案でございますと、三十五歳以上の人はこの国民年金法の改正の恩恵を受けられないということでございます。この国民年金法ができましたときには、経過措置をつくりまして三十五歳以上の人を救済したわけでございますが、今度の改正案を見ますと、その救済措置がとられるという改正案が出ていないわけでございます。これはまことに致命的な欠陥であろうと思います。  このように経過措置を無視する、つまり、国民年金法の改正の恩恵を受けるのは千人余りの難民、枠で三千人のその難民の数よりも、七十何万人という中の約二十一万人と推定される長年定住しております韓国、朝鮮人あるいは中国人の人たちの権益、その人たちをどうするのだという問題が無視されていいはずがないわけでございます。  プロセスで見ますと、難民条約の批准の中に、内国民待遇という条項で国籍条項を撤廃するという形で国民年金法ないしは児童手当法その他の改正が盛り込まれておるようでございますが、このような改正の仕方にも、実は手続的に疑義もあるわけでございます。  なおもう一つ、本法案と一緒に出される出入国管理令の改正案の一つは、永住権を取得していなかった法律百二十六号の二の六に該当する方、これは主として韓国籍をとらなかった在日の朝鮮人の方々が多いのでございますが、そういう方々に一般永住権を与えるという法案が出されるわけでございますが、まことに不思議なことは、出入国管理令の改正案が二つほとんど同時に出る、こういう改正手続にもまことに奇妙な感じがするのでございます。  少し意地の悪い見方をいたしますと、いわばサミットの連続の中で、外圧の中で生み出されて承認せざるを得ないというところに来た難民条約を適用しようとすると、国内で日本自身の植民地支配のそれを改めるための長い間の問題であった在日の韓国、朝鮮人あるいは中国人が永住権を与えられないでいる、それとのバランスがまことにおかしなことになる、そういう観点から同じ時期に同じ出入国管理令の改正案が二つの形をもって、一足先にこの改正案の方を出す、それによって一応一二六の方々に永住権を与えるという措置をとるように見受けられますが、その辺の立法手続がわれわれから見ますとまことにぎくしゃくとしているわけで、これで本当に内外人平等の国際精神に沿った改正であろうかと思うわけでございます。  その辺から見ましても、いま申し上げました経過措置をきちんとおとりにならないと、せっかく世界に向かって日本も難民条約に加盟した、これで人権後進国であったという国際的な非難に十分こたえ得るというのは、形をつくって、その中身のところでまことに残念ながら片手落ちだという批判を受けるであろうと考えるわけでございます。  次に、同じ欠陥の一つは障害福祉年金の問題でございます。これもまた、二十歳を超えている方で障害を受けている方についても、年金法の八十一条のような規定を設けない限り障害福祉年金が受けられないという非難が起こるわけでございます。ことしは障害者年として国際的に日本がさまざまの努力をする中でこの点の措置をとらないということは、これまた非難さるべきことであろうかと思います。若干おくれて来ましたので話がダブっても恐縮でございますので簡単に申し上げますが、そのような経過措置につきましては、たとえば国民年金法を四十五年に改正するようなことで沖繩に関しては経過措置をとっているということも御参考にしていただきたいと思います。  問題は、私ども実務家の目から見ましてこういう法案が実際本当に法律どおり実行されるかということで、問題は難民の認定の方法であろうと思うのです。この難民の認定の方法が厳しければ、難民条約が批准されることによって難民の枠をかえって狭めてしまう。現在日本に受け入れている人たちも、難民条約の解釈いかんによってはかえって難民としての認定を受けないということになりかねないわけでございます。  そこで、法というのは常に実施の立場で問題になるわけで、私ども、たとえば刑事訴訟法などをやっておりまして、弁護士というのは被告人あるいは被疑者といつでも自由に会えるというのが刑訴法三十九条の規定でございますけれども、私ども実際は逮捕された被疑者と逮捕当時の三日間ぐらいはほとんど会えない。そして、勾留時に会いに行っても二十分程度の制限を受ける。そのために弁護士がどれだけ苦労しているかわからない。ですから、問題は、法律ができたらそれでそのとおりできるのじゃなくて、法律の実行が大事でございます。  そこで、難民の認定機関というものがこのような法案でいいのであろうかという点を心配するわけでございます。これは理論的に言えば、むしろ難民の認定機関、あるいは難民に認定されない場合の不服について異議の申し出を法務大臣に出せることになっておりますが、法務大臣の下にいる入国審査官、難民調査官が難民でないと認定したものを、同じ法務大臣に異議申し立てをしてみてもそれは余り効果がないだろうと思うので、私は、難民認定の方法は何らかの審議会のようなものを設けて第三者機関で審議するのが妥当ではないかと考えております。  それは、大体、日本の出入国管理令の立法の趣旨そのものが、日本という国は一億人の人間を抱えて非常に生活がむずかしい、外国人にこの上来られては困る、つまり、日本人の労働市場を確保する、外国人によって荒らされないというような点から実はこの出入国管理令ができて、外国人の入国を厳しく制約するということの立法趣旨があったわけで、ですから出入国管理令をおやりになる方々はそういう観点から極力排除的に物を見るわけでございます。この難民条約で考える趣旨はそういうことではなくて、外国を追い出されて自分の国にも帰れないという気の毒な人たちを救おうではないか、ですから、日本の労働力の問題ではないわけです。     〔青木委員長代理退席、松本(十)委員長代理着席〕  そういう趣旨でできた難民条約の難民の認定は、新しい観点から審査さるべきでございまして、いままでの入国審査官と同じ方が異なった理念のもとに審査をするというのはいかにもむずかしいのではなかろうか。したがって、たとえば社会保険審議会のような、他にもございますが、そういった審査機関を設けるべきであろうと考えます。それでなければ仏つくって魂入れずの結果に終わるのではないかと思います。  大分時間がたちましたので、そろそろ終わりますが、樺太の現に日本に帰りたいという望郷の念に胸を焦がしている人たちが推定三千人ございますが、この方々はもはや戦後三十五年を過ぎまして、七十五歳以上の人が多うございます。日々死んでいっているわけでございます。この人たちこそはまさに難民中の難民でございまして、日本に行きたい、南朝鮮の自分のふるさとに帰りたいというのが、国際情勢の中で志を遂げられないでいるわけです。それは日本の政府に言わせるともう日本人ではないのだから日本の力ではいかんともしがたい、あるいは日本人としての扱いはできないということでございます。  何年か前に園田外務大臣が、この問題は法律的以上の道義的、政治的責任である、全力を挙げて解決したいとおっしゃってくださったのですが、一向にその問題は進んでおりません。難民条約をここで批准するならば、まさに日本独自の、日本でなければできない難民の処理を真っ先にやるべきであろう、私はその点を考えておりますので、後ほど時間をいただきましたら御質問に答えてその実情を申し上げたいと思います。  以上、簡単でございますが、とりあえずの意見を申し上げます。(拍子)

松本十郎自由民主党

○松本(十)委員長代理 ありがとうございました。  これにて参考人の意見の開陳は終わりました。     —————————————

松本十郎自由民主党

○松本(十)委員長代理 これより参考人に対する質疑に入ります。  なお、委員各位におかれては、質疑の際、お答えいただく参考人を御指名の上お願いいたします。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。土井たか子君。

土井たか子日本社会党

○土井委員 それぞれきょうはお忙しい中を御出席くださいました参考人の皆様方に、まず御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。  限られました時間ですから、順を追ってお尋ねを進めるのが至当なんですが、大変失礼かと存じますけれども、それぞれの参考人の方々にお尋ねしたいことを一括してここで申し上げますので、あと、それに対してのお考えなり御見解のほどをお聞かせいただければ幸いだと思います。  安藤参考人にお尋ねしたいのですが、先日ある韓国籍の方が私の部屋に来られまして、今回帰化について容易になるという、手続上のいろいろな問題について考えることは非常に大切だとは思われるけれども、ただ、日本は従来日本に帰化をして日本の国籍を取得した、また取得をする人たちに対しては日本名というものを強制する、これはおかしいのではないか、例を挙げると、アメリカあたりでは市民権を獲得する場合も、従来日本人として持っていた、たとえば私、土井たか子という名前を変えないで、土井たか子のままで市民権は取得できるわけなんですが、日本の場合にはそうはいかない、これはやはり人権尊重という立場からすると、もともとその名前を変えないで日本に帰化するということをもっと強力に考えてみる必要がありますよという指摘があったのですが、こういう問題について安藤参考人御自身が御自身のお考えも体験を通じておありになることだと思いますので、私は率直に申し上げて失礼かと思いますが、いろいろ聞かせていただくことができれば非常に幸いだと思うのです。  さて、それから田中参考人にお尋ねをしたいのは、きょうのお話の中で大切なのは、やはり難民条約を日本としては国内法制上どのように受けとめて実行に移していくかという問題だと思うのですが、国内の法制、行政運用の中でいま通常の行政サービスは住民基本台帳のもとに行われておる。ところが、外国人に対してはこれは排除されておりますから、全く外国人に対してこの住民基本台帳というのが物を言いません。そういうことからいたしますと、最も生活にとって大切な住居であるとか、教育であるとか、健康を保全する問題等々について、取り扱いの上でやはり基本問題をどういうふうに考えていくか、この住民基本台帳にかわるものあるいは同等の取り扱いということになると、どのような取り扱いをしていくことが必要なのであるかということも含めて、そのあたりのお話を少し承ることができればありがたいと思います。  さて、殿岡参考人には、きょういろいろお話を承った中で定住促進センターのお話が出てまいりました。現状では不十分ということも御意見としてここでお述べになりましたが、定住促進センターそのもののあり方を、どうも収容所ではないかというふうな受けとめ方で、基本的にもっと考え直すべきだ、たとえば大和と姫路にあるのを合体させて全国で一つ、姫路にもっと大きな規模での、収容所的色彩でない、本来の、教育も含めて日本に対しての理解を特っていただけるような、また逆に言うと、日本人自身が外国人の方や難民に対して、国際的な視野からもっと国際人としての理解を持てるようなあり方が大変問われているのではないかということをおっしゃる方々があるわけであります。殿岡参考人御自身がこの定住センターを通じて現状では不十分とおっしゃっている点、十分にするためにはどこをどのようにすることが当面大切だとお考えになっていらっしゃるか、そのお考えを承りたいと思うのです。  さて、宮崎参考人には、国際法学者としていろいろきょう御意見をお伺いしたわけですが、特にいろいろの大切な問題の中に、本国へ自発的に帰国できるような条件をわれわれも努力してつくっていくことは国際的に問われている問題だと私は思うのですね。日本のみならず国際的に問われている問題だと思うのです。しかしながら、日本もこの点に対しての認識の立ちおくれというのは、国際的な立場で見ていった場合には否めないことがたくさんあると思うのです。当委員会は外務委員会でございますので、この場所でやはり考えていくべき側面というのは、本国へみずから自発的に帰国できるような条件を国際的に日本がどういう協力をやることによってつくり上げていくかという側面は大変問われていると思うのですが、この点、宮崎参考人のお考えの中に国際法学者として十分お持ちになっていることを存じ上げておりますから、きょうもここで御披瀝いただくことがあれば大変幸いだと私は思っております。  最後に、原後参考人にお尋ねしたい点がこれまたたくさん出てまいりましたけれども、きょうは年金の取り扱いなどについて救済措置が全くないということは致命的であるというふうなことをおっしゃいました。私もそれ自身同様に考えている一人なんですが、そうなってまいりますと、次に問われるのは経過措置の問題なんです。この経過措置の問題についてはいろいろな取り上げ方がございまして、きょうは沖繩返還協定のときのあの経過措置も参考にして考えてみることも一つのあり方だという御指摘がございましたが、原後参考人御自身が最も好ましい経過措置のあり方として、今回はこうなければならないのじゃないか、そういうお考えがおありになるであろうと私は考えまして、その点、お尋ねをさせていただきたいと思うのです。  それから、大切な難民の認定に当たりまして、この認定機関というものが、日本においては特に認定するそれ自身も法務大臣、しかも、その認定に対して異議のある場合に異議申し立てを受けるのも法務大臣、どうもそれはおかしいという考えを私自身も持っている一人なんです。第三者機関があればということも当然考えてみなければならないわけなんです。しかし、第三者機関のあり方によっては、その第三者機関をわざわざ置いた意義が十分に生きない場合も多々ございます。第三者機関と言われる場合の望ましい第三者機関の構成なりあり方というものをどのようにお考えになるかも、ここでお聞かせいただければ大変参考になると思います。  さらに、樺太の例などについて、非常に大事な問題ですから、時間があればこの実情を御説明賜れば幸いだと思います。  最後に、各参考人の皆様方にこの点についてどういうお考えをお持ちになっていらっしゃるかということをお伺いしたいのです。  難民条約に伴う国内措置の中で、従来日本に在住をしてこられました外国人に対しても国籍条項を今回取り除くことによって、初めて内国民待遇として、年金の上から考えましても、教育の問題から言っても、住居の問題から言っても、従来とは少し違った形が進んでまいりました。でも、これは本来外国人は外国人であって、それぞれの経過がございましてただいま日本に居住されている外国人であって、難民とは違うのです。難民条約を締結する国内措置として初めて、たとえば日本に在住されている一番数の多い朝鮮国籍の方々の待遇に対しても初めて問題にしていくということは本来間違っていると思っている一人なんです。このことについてお考えがおありになれば、お考えをお聞かせいただきたいと思います。  外国人については、特に朝鮮国籍の方、それから中国国籍の方については戦前、戦中、戦後それぞれ経過がございますから、特に外国人の中でも取り扱いが配慮されてしかるべきところが放置されて今日まで至ったということもございますので、その点も含めていま私が申し上げている質問の意味の中におくみ取りをいただいて、御意見をお聞かせいただければ幸いだと思います。  以上でございます。

安藤勇上智大学講師

○安藤参考人 先ほどの土井議員の言葉の中には、大変大事な問題が二つ含まれていると思います。  確かに、帰化を手続するに当たって日本名をほとんど強制的に選ばなければいけないという強い指示を受けるのです。この部屋におられる皆様のうちで多分私だけが自分で自分の名前を選んだということで、それを誇りにしておりますが、しかし、日本名を選ばなければ帰化ができないという、それは法律的にはそうではない、もちろんそう思いますが、帰化の手続をしている人は、せっかく帰化を決めて日本人になろうとしたので、もしも日本名を取らなければ日本人になれないのだという、そういう恐怖があります。  私の仲間の中には、帰化した人で昔からの名前もそのままがんばって帰化した人もおります。しかし、私は五年前に帰化の許可を受けましたが、もしも日本名を取らなければ帰化できないとそのときには思った一人です。ただ、難民条約とどういう関係があるのかといいますと、帰化の手続をやっているときには、私どもはどういう基準でどうすれば帰化が手に入るのかさっぱりわかりません。いろいろもちろん決まっておりますが、何でも法務省のやり方によるのです。  難民条約との関係がありますのは、結局難民たちは日本に来てたとえばインドシナ難民を見てください。定住センターに入って三カ月間日本語の勉強をします。私は二十二年前に日本に来て、二年間ほど勉強しました。それから二十二年たっていまのような日本語ができるのです。三カ月間で何が日本社会の中でできるのですか。これは人権侵害ではありませんか。  その人たちは定住センターで子供からお年寄りまで三カ月間勉強して、その後は、どうぞ仕事をやりなさい、その人たちは本当にどういうふうに日本社会の中に入ることができるのでしょうか。私はそれを経験しております。いまでも私でも普通のところで勤めることが無理なのです。特別なところでなければ、私は普通の日本人として勤めることができません。  それから、日本社会の中で、弱い人は、もし経済的な力がなかったら全然生活ができません。経済的に生活できない定住センターを卒業した難民たちは、どういうふうに帰化ができるのでしょうか。帰化の手続の中には、経済的な力が一番優先的なのです。それからまた、帰化のために日本語をよく知らなければならない、これは一つの本当に力のあるその条件ですね。ですから、日本名を選ぶということはそれほど深い問題も含まれております。  それから第二番の問題ですが、時間の制約で簡単に率直に言いますと、やはりここに日本社会全体の問題が含まれております。なぜ日本社会の中で外人として生活がそれほどむずかしいのか、ほかの社会にはそういう複雑な問題は、確かに差別はどこにもあります、しかし、朝鮮人は朝鮮人として、アメリカ人、ベトナム人、ラオス人はラオス人として、なぜ本当に同じ人間のように、日本人と同じように生活することがそれほどむずかしいのだろうか。  私は解決の一つの道だと思っているのは、やはり難民条約の中に流れている精神です。人道的な見地からどなたも見るということですね。私たちはみんな人間です。人間として取り扱いを受ける、そういうふうに、難民条約を批准するに当たって思いますことは、本当に国籍を超えた人間同士の交流、いまあらゆる国際的な場の中で言われているように、人間社会はみんな同じ共同体だということです。  どうもありがとうございました。

土井たか子日本社会党

○土井委員 ありがとうございました。  それで、いま安藤参考人の方から御意見をいただきましたこの帰化の問題について、あと殿岡参考人、宮崎参考人がそれぞれおっしゃった中で、今回の難民条約の三十四条に従って国内法的な措置というのが帰化を容易にすることに対してどうもとられていないというふうな御指摘がございましたけれども、それではその点、どういうふうにしていくことが望ましいのか、その辺を後の御意見をいただくときにあわせてお話しいただければ大変ありがたいと思います。

田中宏愛知県立大学助教授

○田中参考人 私が申し上げた中で、日本の行政の仕組みとして、外国人をわざわざのけるのではなくて、もともと通常の行政の対象に入ってないということを申し上げたことに関連して、若干補足をさせていただきます。  一つは、確かに一握りの難民の問題から難民条約の批准に至るわけですけれども、難民条約の狭義の難民といえども、日本における外国人一般の処遇と異なって内国民待遇を受けるというようなことになる部分がはっきりしているところもあるわけです。しかし、現在の法務省の案では、難民に、あなたが難民であるという特別な証明書を常時特たせるというような仕組みにはなってないのですね、条約で義務づけられた身分証明書は、通常の外国人が使用している外国人登録証明書、これでかえるという措置になっているようですから。  したがって、実は通常の市町村に生活していても、難民が固有の在留資格だとか、あるいは難民だけが持ち得る身分証明書というのはないわけです。認定証明書は出るようですけれども、それは恐らく自分で保存する程度で、持ち歩けるような形では出ないと思います。そうすると、結局は難民は外国人として扱われるということになるわけですね。そうしますと、一般的な外国人として扱われますと、住民登録には全然外国人が入っていない。  その問題を、内国民待遇をするということになりますと、たとえば具体的に私たちが住民票の転居手続をとりまして、転出証明をまずもらうと、あなたはここで国民年金に入っていましたか、国民健康保険に入っていましたかというようなことをちゃんと答えなければいけないようになっています。いや、自分は勤め先があるので、社会保険の方で年金ないし健康保険に入っているから該当していませんということをちゃんと答えるようになっている。  ところが、外国人登録というのは、これは御存じかと思いますけれども基本的には外国人を取り締まるための登録なので、登録証を持っているからということでいろいろな恩典があるということはほとんどないのです。登録証を持っていないときにつかまらないという意味での消極的な恩典しかないのです。私は外国人登録をしているから、そこでたとえば年金に入れるということでは従来なかったわけですから、したがいまして役所の方で国民年金の掛金を徴収しようと思いますと、住民票の中に外国人登録からわざわざ転写してはさみ込まなければいけないのです、本来入れてはいけないものを。そうしないと大変めんどうなことになるわけです。  それから、特に健康保険なんかでは世帯単位でありますけれども、外国人登録というのは全く個人単位で、全国一連番号があって、外国人にはとっくに外国人総背番号制はできているわけです。日本の社会では総背番号制がこれから入るということが非常に言われていますけれども、外国人には、いや私たちの方はもうとっくにできていますよという意識があるわけです。  ところが、この番号というのは全国一連番号ですけれども、家族で番号がくっつくというような管理体制に全くなっていないのです。したがって、同じ家族を抽出するというときには技術的に非常に困難なわけです、ばらばらの番号で入りますから。生まれた順番に登録されたり、入国してきたときに外国人登録をして、それが登録のスタートになるわけですから。そうなってきますと、このままいろいろな行政サービスを拡大していくと、恐らく市区町村の役場は、そうでなくても超過負担で大問題になっている現今、大変なことになるのじゃないかと私は思うのです。  そうしますと、具体的な解決方法としては、日本に定住している人、これは難民という意味じゃなくて先ほどの私が申し上げた戦前からの在日朝鮮人、中国人を中心とする在日外国人人口の九二、三%に達する人たち、この人たちについては住民基本台帳に組み込んで外国人登録の対象から除外する、少なくとも日本の国内では内国民と完全に同じ行政サービスが受けられる対象にしておくということをそろそろ考えるべき時期に来ているのではないかと思うのです。  そして、難民の受け入れとこういう体系との間にどういう関連性があるかといいますと、難民といいますのはごく最近日本に入ってくる、要するに通常は一般外国人の入国と同じような形態で入国が許される外国人なわけですね。ところが、難民に関しては事柄の性質上、一足飛びに一般外国人から住民基本台帳法の登載ができるような外国人の地位にスキップすることを認める。通常の外国人は、留学生なり、あるいは貿易の仕事なり、新聞記者なり、いろいろな目的で日本に入ってきますけれども、そういう人は従来の外国人管理行政の状態に基本的には残す。そして、日本に住みつく、現に定住している在日朝鮮人を中心とした部分については基本台帳に盛り込むというまず基本的な制度の変更を迫られるのではないか。そこに難民をスキップさせる形で、入国して比較的早い時期にその住民票に登載される外国人のカテゴリーに昇格させるというか、そこに移行させる。そういう外国人の地位を制度的に確立しませんと、いろいろな技術的な問題について恐ろしく不都合が現実に市町村の窓口で生ずるわけですね。  今度児童手当の支給が始まりますと、たとえば一番可能性が、数が多いと思われます三人目の子供さんから児童手当を出すという一番最後にできた社会保障法と呼ばれているもの、これをやるためには、三人子供を持っているかどうかということで、三番目の子供がだれかということを特定しなければいかぬわけですね。ところが、外国人登録というのはばらばらですから、それぞれの子供がどうであるかというようなことを、世帯が一緒に住んでいても一枚の紙に夫婦、親子が出てこないようになっています。恐らく市町村の窓口では大変困るのではないかと思うのです。今度の批准で自治省あたりとどの程度の協議をされたのかと私は実は心配をしているわけで、その辺のことを早晩考えざるを得ない。私のアイデアは、住民基本台帳の中に日本に住みついている外国人については組み込むということでございます。  それから、あと全体についてお尋ねになった問題は、戦前からの朝鮮人、中国人の日本における在留の問題をきちっと解決する。日韓の間にはたとえば日韓法的地位協定というのを結びましたけれども、実は日本と中国の間で日中国交回復が図られて間もなく十年になるわけですが、残念ながら旧植民地の人たちの日本における地位、処遇をどうするかという点では実は何の解決も図られてなくて、一見大変日中は友好ムードですけれども、私がきょう一部申し上げたような差別なりあるいは排除の対象に中国人もやはりとどめられているわけですね。そういう点を考えても、長期的に考えて植民地統治にまつわるいろいろな問題については思い切った内国民対遇を盛り込んだものをつくらないと、非常に奇妙な現象になる。  一つだけ申し上げますと、今度の難民条約によって、日本は難民が海外渡航をする場合には旅行証明書の発給を義務づけられたわけです。この旅行証明書を難民が入手しますと、旅行証明書を持つ難民は日本に戻ってくるときに再入国許可を受けなくてもいい外国人となる。これは日本では初めての制度なんですね。すなわち、私たち日本人が日本の旅券を持って外国に出て戻ってくる場合には、あらかじめ戻ってきてよろしいという許可は要らないわけです。旅券を持っていることイコール日本への帰国が手続的にも保証される、もちろん、旅券がなくても帰国のための証明書で戻ってこられるということはありますけれども。  ところが、難民の旅行証明書は、有効期限が一年という若干の違いはありますけれども、あたかも私たちが使う旅券と同じような効果を実は今度持つわけです。したがって、受け入れ国が査証さえ出せば、日本の政府に対して、私はちょっと外に出てきますよという許可をもらわないでストレートに外に出て戻ってこられる。成田に戻ってきても、とがめられることはない。あなたは再入国許可をとらずに行っていますから上陸を許可しません、これは通常の外国人は全部そういう扱いをいま受けているわけですが、今度難民はそういうことがなくなるわけですね。  さてそこで、旅券を持つことができない状態にいる在日朝鮮人、中国人がかなりの数に上っているということは御存じのとおりですが、この人たちの海外渡航はかごの鳥と呼ばれるほど不自由なわけです。この二つを考えた場合に非常に何か奇妙な感想を持たざるを得ないわけです。難民は日本人とほとんど同じように自由に海外旅行ができるのに、在日朝鮮人で旅券を持てないような状態にいる人はほとんど外国に出られない。もちろん、日本で生まれて日本しか知らないという世代がどんどんふえているわけですから、一生日本から外に出られない、出るときには戻ってこれないことを覚悟せざるを得ないということがいまでもあり得るような状態になっているわけですね。  こんなことを考えましても、戦前からの問題を抜きにしてはできないという点で、この際、そういうための新しいスタートラインにわれわれの社会は立つべきではないかというように思うわけです。  どうも失礼しました。

殿岡昭郎東京学芸大学助教授

○殿岡参考人 定住促進センターについてお尋ねがございましたけれども、促進センターについては、土井先生を初めとして外務委員会の方々はすでに視察をされているように聞いておりまして、内容については御存じかと思います。  私も定住センターを見ましたり、あるいは定住センターに入っている人あるいはそこを出た人の意見を聞くわけでありますけれども、この定住促進センターを運営しているアジア福祉教育財団難民事業本部あるいはその周辺の方々の御意見を伺いますと、あれは諸外国に比べても大変いいもので、アメリカやその他の国々と比較してもひけをとらないどころか、たとえば語学の訓練なんかについては一番長時間時間をとってやっていることで、あれは国費留学生で外国から入ってくる人に対する対遇と同じであって問題はないと伺うわけです。     〔松本(十)委員長代理退席、稲垣委員長代理着席〕  さらに、中には日本語が非常に上手になって卒業していく、そしてその後の生活もうまくいっているというふうなことを非常に強調されるわけですけれども、しかし問題はおっしゃるようなケースでない、しかもそれが少なからずあるのではないかと思うわけです。担当者の方々も、日本語が非常に上手になる人とそうでない人がいて、そうでない人については補講をやっていますとか、あるいは一度就職してうまくいかなくて帰ってくる人もいますけれども、その人についてはさらに保護をして、そして語学の再訓練なり、あるいは日本社会についての教育なり、あるいは新たに職業紹介とか、そういうものをやっていますというふうなお話で、ですからほとんどの人はうまくいっていますという反面、かなり深刻な問題があるというふうに私は理解をしているわけでございます。  また、そこをごらんになった方々は、環境としても余りいいものでなくて、先ほどおっしゃいましたけれども、中には収容所から別の収容所へ来たような感じがするというふうなことでかなり不自由な生活である、これも言わざるを得ないところだと私は思うのです。  それで、どうしたらいいのかということですけれども、私は、理想的な定住センターというのはこういうふうにあるべきだという意見をいますぐお示しすることもできないのですが、アメリカその他で見ました制度を参考にしますと、定住促進センターのようなところで集団教育を受ける期間、これはやはり必要だと私は思いますし、集団生活の中での不自由もある程度やむを得ないかと思うのですけれども、その期間の後、社会の中に入っていく経過措置といいますか、そういうものが何かあったらいいのではないかというふうに思うわけです。  アメリカあたりでは、普通キャンプからは非常に短期間で外に出まして、そして、たとえばベトナム人の例で申し上げますけれども、各地にあるベトナム人の組織や、あるいは教会ですとか福祉団体がアメリカ人社会に入っていくについて身元引受人になって家庭の中に入れて、そして一緒に生活をして、あるいは旅行をしてアメリカの社会のいろいろなところを一緒に見せて、しかもそのかかった費用は自治体に請求してそれが連邦予算の一部から出てくる、さらに、先ほど申し上げたような教会ですとかいろいろな福祉団体が負担をするというふうな制度もあるわけです。こういうふうな形でだんだんその社会になじんできて、そして社会に入っていく、これが非常にいい効果を上げているのではないかと私は思います。  また、御承知のとおりアメリカには、アメリカの社会はよくわからないけれどもアメリカに住んでいるという人は大変多いわけで、英語のしゃべれないアメリカ市民というものもたくさんいるわけですから、語学だけでなくてアメリカ社会に入っていくための制度なり機関があちこちにあると思いますけれども、こういう全体的な環境の中で、さらにそうした経過措置があることによってアメリカ社会の中に比較的スムーズに入っていっているのではないかと思うわけです。  もちろん、アメリカの社会でも大変深刻で複雑な問題があって、自殺者が出ているとか、ノイローゼになる人が出ているとか、せっかく出てきたところに帰りたがっている人がいるとかいうことも事実ですけれども、全体の比重からすればうまくいっていて、日本ではむしろ例外的にうまくいっているケースがあるかもしれないけれども、実際にはこれから時間がたつにつれて、先ほど申し上げたような転落といいますか、だんだん悪くなっていって、日本の社会の一番低いところに滞留するのではないか、そこに日本の社会に対する非常な恨みというものが出て、かえってむずかしい問題が出てくるのではないかというふうに思うわけです。  ですから、いま理想的なということまで申し上げられませんけれども、そういった経過措置の中で、語学を含めて日本の社会の勉強ができれば非常にいいのではないかというふうに思います。  それから、帰化の問題について私も先ほどちょっと触れましたが、すでに御承知のとおり、今回の難民条約に関連します法改正においては、永住許可要件の特例というところで、永住許可を申請する場合に「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること。」の要件を満たさないときにあってもという、いわゆる独立生計維持の要件というものが取り払われて永住許可を受けやすいようになっておりますけれども、帰化についてはございませんで、難民条約での難民の認定か非常に厳しい要件でなされていることにかんがみても、私は帰化についても一般の外国人の帰化申請よりは緩やかな条件があってしかるべきではないかと思います。担当の方に伺いますと、そういう形では特別に書けなかったということと、私がお尋ねしたインドシナ難民の例については別の基準を設けるということも問題かもしれないということで、お考えはいまのところ全くないようでございますけれども、私はやはり先ほどのような理由で緩やかにすべきではないかと思います。  それから、一般的な問題で、私、在日朝鮮人の問題、中国人の問題についてはちょっと御意見が申し上げられないのでございます。ただ、外国人が日本の難民問題に対する対策を見てどういうふうに思っているかということは、想像するわけでございますけれども、たとえば日本が難民の問題について漸進的な対策を打ち出したのはいつかといいますと、大抵外圧が非常に厳しくなる時期でありまして、サミットがあるとか、首相が外遊するとか、いつもそういうときの引き出物、手みやげというふうになってしまう、これは事実であります。難民の間では、失礼ながらそういう笑い話、つまり次の大きな国際的イベントのときにしか前進はないというふうなことも言われているわけであります。これは非常に残念なことでありまして、今回の難民条約につきましても、ほとんどが認定を受けないかもしれないと思われるものが、インドシナ難民の問題が高まったこのときに批准が出てくる、これはみずから誤解を招くようなことをしているのではないかと思っております。  以上でございます。

宮崎繁樹明治大学教授

○宮崎参考人 大変むずかしい御質問でございますけれども、私は、難民を生み出さない条件をつくっていくということを申し上げました。ベトナム難民を考えましても、ああいうインドシナ難民が百二十何万も出たのはベトナム戦争が原因になっております。あの紛争の本質は民族解放の運動であったと考えられるわけですけれども、そのときにあそこに投入された戦費が平和的にベトナムのために使われていたならば、こういう悲惨な事態は起こっていないわけであります。また、日本はそのときにアメリカの政策に追従したわけでございますけれども、そうではなくて、本当にベトナム戦争は間違っていると、日本が心からベトナム人民の植民地解放に協力したということがあれば、ベトナムの政府に対して真の友として、こういう難民を海外に送り出すようなことは国としても好ましいことではないと助言できると思うわけであります。  過去のことを言ってもしょうがないのでございますけれども、難民問題で一つの問題は、私は韓国、朝鮮だと思います。もし再び南北朝鮮が争うことになりましたならば、恐らく百人、千人ではない数の難民が日本に殺到するでありましょう。そういうことを考えた場合に、現在日本が韓国の全斗煥政権だけにてこ入れをする、南北対立をあるいは強めるかもしれないことに手をかすならば、将来難民が殺到するという原因をつくっているわけであります。そういうことではない、南北朝鮮が争わないような面に、朝鮮半島の人民の真の利益のために力を尽くすことが、あるいは起こるかもしれない難民問題を事前に防ぐのであります。そういうことについての発想、つまり、当面の権力を握っている政府あるいは政府関係者との間のつながりを強めるというのではなくて、真に人民の利益になるための外交的努力を進めることが、難民問題についての基本だと私は思うのであります。  そしてそのことは、実は事後の問題についても当たります。アメリカがベトナム難民を引き受ける、あるいはキューバ難民を引き受けるという場合に、その意図は人道的なものと必ずしも言えません。キューバ難民を使って訓練して反攻するというようなことも現にありました。わが国が難民に対処するのはそういうようなことであってはならないと思います。真にベトナムあるいはカンボジアの友として、その人たちが幸福になる道をまさぐっていく、そういうことが解決されなければならないと思います。いろいろな国際会議があって、難民に対する援助ということにしぼられて会議が開かれておりますけれども、そうではない、そういう難民を生み出す国も含めて、本当におおらかな気持ちで、その国の将来がどのようにあるべきかということを忌憚なく話し合う会があってしかるべきではないかと思います。  一昨年でございましたが、赤十字の関係で国際人道法の会議がクアラルンプールでございまして、私はそのときにマレーシアの難民キャンプも見たのでございます。たまたまそのときには、そういう会議でございましたからベトナムの人も来ておりまして、一緒に話し合う機会ができたのであります。そういうときに人間として接してみるならば、自分の国を捨てて外国に国民が逃げていくことをいいと思う人はないわけであります。そういう人間的な気持ちを引き出すための努力が何にも増して大事だと私は思います。  そのことにつきまして、国内での人権問題についてほかの国が発言をすることは内政干渉になるのだというようなことを、韓国に関連いたしましても政府は考えておられるようでありますが、私はその考え方が間違っていると思います。現在においては、国際人権規約におきましても、人権を尊重することは国の義務であります。隣人として人権を尊重しようではないか、そういうことを言うのがどうして干渉になるでありましょうか。現在アジアにおいて、フィリピンはA規約には入っておりますけれども、多くの国が国際人権規約に入るように、そしてB規約の議定書に入るように日本も積極的に勧める、そういう形で人類的な見地から解決をすることに外交的努力を変えていくべきである、国家的な利益、権力的な視点というもので難民問題に接してはならない、そういうふうに思うわけでございます。土井先生のお答えにはなっていないかもしれませんけれども、そういうようなことを申し述べたいと思います。  そういう点におきまして、最近、ユーゴの中江要介大使がみずからつくられたシナリオで、オペラでございますか、上演がされたということは、すばらしいことだと思いますね。こういう外交といいますか、そういうものをぜひ進めていただきたいと思います。  帰化の条件につきましては、すでに殿岡参考人が申されましたので、補充することはないのでございますけれども、入管法案の中にございます一定の期間在留するとか独立生計能力というようなことにつきまして、条約の考え方からいいますと、緩和することが望ましい、そういうふうに思います。

原後山治弁護士

○原後参考人 年金制度に関する経過措置についての具体案をお尋ねのようでございます。私はこれは、国民年金法の七十四条以下に、当時の日本人に対する経過措置が詳細な規定がございます、そっくりそのとおりやっていただきたい。沖繩に関しては、同じような経過措置もございまして、九年間のブランクを埋めるためにさまざまの措置をしております。  内外人平等、日本人もたくさん外国に行っているのです。社会保障に関しましては、定住要件と国籍要件、二つありますが、日本国籍で外国に行った人は、外国ではその外国の社会保障をその外国並みに受けてもらいたい。この島国からあふれて、日本の国の中では貧乏と戦争がなくなってもうやることがない、ディスコへでも行こうかという青年たちに、外国へ行って、日本は幾らか早いかもしれぬ、ちょっとおくれた東南アジアその他の友人たちに力をかそうじゃないか、それが君たちの生き方だよと、私も子供に言い聞かせる。そのときに、うちの子供が東南アジアへ行って、国籍ゆえにあるいはその他のために、定住しようと思ってもどうも社会保障を受けられない、こういうことでは困るわけです。  どうもいつも日本が人権後進国と言われるのは、サミットがあると難民受け入れをふやすとか、何かがあるとやる。外務委員の先生方は外国との接触が深くて、よそへ行くと恥ずかしくてしようがない。いつまでもトランジスタ商人だと言われそうなひけ目から今度できた。口が悪いのはお許しください。私がいつも考えるのは、日本人はどんどん外国へ行かなければいかぬ。資源小国の日本は、あるのは頭だけじゃないか、この魂と能力。外国へ行って、いつまでもブラジルへ行って帰ってくる式の時代ではなくて、外国に定住させなければならぬ。そのためには、外国で外国と同じ社会保障を受けさせなければならぬ。  そういう観点で考えるならば、日本にいて日本に定住しようという人たちに真っ先に日本人と同じ社会保障を与える、これがもう日本民族の行き方なんですよ。そういう点で、経過措置を必ず設けていただきたい。具体的には、外務委員会ですから細かいことは省略いたします。  次に、問題はいまの点もかかわりますが、難民の認定機関、これを本当に内外人平等の精神にのっとったものにするにはどうしたらいいかという点で、差し当たって参考になりますのは社会保険審査会がございまして、これは総理の任命と厚生大臣の任命による参与、委員によって構成されているようですが、この際申し上げたいのは、難民の認定というのはいわば全人類的な観点から物を見るわけですから、やはりそこに外国人、安藤先生もここにいらっしゃいますが、こういう方々は学識経験者として推薦されるのでしょう、そういう外国人であった人、あるいはその他やはり当事者として自分自身の経験の中で問題を公平に考えられる人が参加できるような第三者機関をぜひつくるべきであろう。  この点はいまの年金の審査に当たっても同じでありまして、年金の審査会にもかつて外国人であった人あるいは外国人の代表も入れる。つまり、もうそういう窓を取っ払って、事社会保障に関しては日本人も外国人もありません、そういうことをぜひ取り入れてもらいたいと思います。  と申しますのは、私、先ほどの金敬得弁護士が韓国籍のままで日本の弁護士資格を取りたいという問題を提起したときに調べてつくづく感じたのですが、韓国人である金敬得君が日本の弁護士になるということは、在日朝鮮、韓国人六十六万の権益を正しく擁護するということでございます。そのことはすなわち、アメリカに何人日本人がいるか知りませんがたくさんの日本人がおります。ヨーロッパ、東南アジア、さまざまな国に日本人がたくさんおります。その人たちの正しい権益を擁護するには、日本国籍を持ったままその国で弁護士資格を取ってもらいたい。  端的な例は、伊藤さんという弁護士さんがいますが、この方に手紙を出したら直ちに返事が来まして、自分は日本の弁護士で、アメリカへ行ってアメリカ弁護士の資格を取った。そして一番喜ばれたのは、相続問題が起こったときに日本の戸籍謄本を取っていろいろアメリカでやってみたけれども通らなかった、しかし自分がアメリカ弁護士の資格でやったら一遍に解決した、そういう例を書いてきました。しかし彼女は、自分は日本民族の誇りを持っているからアメリカ人になりたいとは思わない、その誇りを持ったままでアメリカ弁護士の資格を持つということで在米の日本人の権益を正しく擁護できるのだ。まさに内外人平等の先兵をなすのは弁護士でございます。そういう活動の先頭に立つのは、日本国内、国外を問わず弁護士でございます。  そういう意見で、韓国人であった金君が、断固として韓国籍のままで弁護士になりたい、それを受けられないならば自分は弁護士にならぬでいいのだ、それが自分の生きがいだと言ったことは、その後かなり大きな影響を与えまして、外国人の方を国立大学の教授にするこの問題も出たり引っ込んだりしているようですが、こんな口幅ったいことを私、言う資格がないので、後ろの田中先生がまさに先覚者であり、実行者であり、私はたまたま資格が弁護士なのでお世話したにすぎませんが、そういう観点から、要するにこの日本の狭い国の社会保障にちょっと外国人をお世話して入れようじゃないかということではなくて、日本人がどんどん外国に行ったときに、その外国で正しいちゃんとした社会保障が得られる、そういう道を開いていくことは、軍備をやるよりよっぽど日本民族の権利を擁護し、世界の平和に貢献する、そういうふうに考えるわけでございます。  樺太裁判の実情につきましては、しゃべれば幾らもありますので、これもなるべく簡単に申しますが、要するにサンフランシスコ条約が一九五二年にできまして、そして直ちに日本の民事局長は、旧植民地にいる人たち、朝鮮人で言えば朝鮮人の人たちは日本国籍を喪失したという扱いを民事局長通達で出して、そして最高裁がそれを追認したのが一九六一年でございます。これはいま学問的に厳しい批判にさらされているわけでございます。  といいますのは、要するに、日本が植民地支配をやめたということは各民族の自決主義を認めるということでございますが、サンフランシスコ条約はその利害関係人の韓国、朝鮮人が入ってできた条約ではございません。したがって、日本は領土権を放棄するのはいい、対人主権を放棄するのはいい、しかし、放棄された人たちがどういう生活の道を選ぶかということは、その解放された人たちが選ぶことでございます。一番端的な例は、ドイツがオーストリアを占領しておりましたときにどの国籍を選ぶかは、そのオーストリアのかつてのオーストリア人に任された、これがいわば国際法の常識でございます。したがって、サンフランシスコ条約の後も日本国籍を選択するかどうかは旧朝鮮人に任されてしかるべきことであったわけです。それが本当の民族自決なんです。  そういう自決主義というものを否定した形で、君たちはもう日本人でない、日本国籍がなくなったのだから、引き揚げるときにはめんどうを見ない。米ソ引き揚げ協定で日本が物を言えなかったとはいえ、その引き揚げについては当然の責任を果たすべきであったわけです。日ソ共同宣言が一九五六年にやっとできまして、その後非常な努力の中で、一九五七年から五九年にかけて七次にわたってほとんどの日本人が帰ってまいりましたし、なお朝鮮人の夫を持つ日本人妻は夫とまたその家族とともに帰ることが許されたのでありますけれども、それ以外の人たちは樺太に残されたままでございます。  悲惨な例を一つ申し上げますと、たとえば朴魯学さん、これは樺太の引き揚げ問題の中心人物として、一九五八年に日本に帰って以来今日まで献身的に努力をしている方ですが、この方と一緒に乗った船の中に日本人と偽って乗った人がいた、それを日本の入国審査官が乗っておりまして船の中で発見して、下船させております。これは、もはやソビエトは間違ったにせよ出国を認めたわけですね。そういう人間をわざわざつまみ出して外へ出している。それからその後、日本人妻を持っておれば帰れるということで、偽装結婚をして乗った人がいます。船中で正直にそのことを述べた。そうすると、舞鶴に来たらすぐさま大村の収容所に移して、そして韓国の方へ強制送還した。  これも、政府がいままで言ってきているのは、帰してやりたい、それは義務だけれども、ソビエトの方が許してくれないのでやむを得ないと言っておるのです。しかし、彼はもうソビエトの手から離れているわけですね。そういう人たちを黙って乗せれば何のこともなかった。それをわざわざ強制送還させるとかいう処置をとっているわけで、結局、戦前日本の領土にいた人、樺太も戦前の領土でございますが、そういう人たちが原状復帰をする、つまり原状回復というのがサンフランシスコ条約の精神ですから、あるいはそれ以前のカイロ宣言以来の精神なんですが、その原状に復帰させる、そういう点で本人がもう原状復帰の状況にあるのに、それをわざわざ帰すというような扱いをしてまいっているわけでございます。  ソビエトの態度は、大体一九六二年から七六年ごろまでは、出国を希望する者は許すという態度であったわけでございますが、その間、日本の方は先ほど申し上げた国籍を理由に日本人でないからということでなかなか渡航証明書も発給しなかったのですが、一九七六年ごろから渡航証明を出すようになりました。しかし、その証明の手続がきわめてむずかしいために、先日、社会党の栂野代議士が四月九日に社労の委員会で質問したのに対する答えによりますと、百二十四世帯、四百十一名の帰還希望者が許可になっている、渡航証明が出ているということでございますが、これは実際はもっと多いわけでございます。ただ、非常に手続きがむずかしい。日本に縁故があるとか、あるいは韓国政府が受け入れることができるとか、さまざまの厳しい条件のためにこの程度の数でございますが、私どもの推定ではやはり三千人程度の方々が帰国を、自分の郷里へ帰ることを希望しているわけでございます。  ソビエトが出さないためだということでございますけれども、これも植民地を原状に復帰させる、そして自分の国へ帰る権利、これはもう申すまでもなく自国に帰る権利というのは人権宣言の十三条の二項にもうたわれております。それから、何人も国籍をほしいままに奪われてはならない、そういう点は世界人権宣言の十五条にもございます。特に人権規約の十二条四項では、何人も自国に戻る権利を有する、これが国籍国かどうかは問題がありますが、要するに日本から連れていった者ですから、連れて帰るという義務、これが本当の原状復帰でございますから、それへの扱いとしては終戦処理として扱えばソビエト側も承知するはずでございます。  グロムイコさんなどは、これはどうも韓国とソ連の問題で日本の問題でないというような公式的なお話をしておられるようですが、日本が旧日本人を自分の国へ戻すという、その日本国の終戦処理という態度で政府が臨めば、必ずやソビエト側その他も承知していただけると思います。  そういう意味で、少し長くなりましてすみませんでしたが、原状復帰の第一として、この問題はぜひ外務委員会でも直接お取り上げいただくようにお願いしたいと思います。

土井たか子日本社会党

○土井委員 ありがとうございました。

稲垣実男自由民主党

○稲垣委員長代理 高沢寅男君。

高沢寅男日本社会党

○高沢委員 参考人の先生方、きょうは大変ありがとうございました。せっかくの機会でありますので、貴重な御意見をたくさん聞かしていただきたい、こういう気持ちもいたしますし、同時に、委員会の運営として次々に質問の順序や予定者が決まっておりまして、余り長くなってもいけないというふうなこともありますので、私からの御質問はごく短い時間でやって、そしてそれぞれの先生からも、大変失礼ながらその内容を集約しながらひとつお答えをいただければ幸いだと思います。  初めに、安藤先生、つい最近のニュースでございますが、アメリカが最近ベトナム難民の受け入れに対して非常に制限的な姿勢に変わってきたというふうなことを私、テレビのニュースで見たのでありますが、そういうことを承知していらっしゃるかどうか、あるいはまた、そういうことがいまの日本の難民条約を受け入れるということの背景に非常な外圧があるという皆さんの御意見ですが、私、全く同感です。そうなってまいりますと、アメリカの姿勢がそういうふうに消極的に変わったというふうなことが、また日本の今後のこの問題の推進にとってマイナスの影響が出はしないかという心配もございますが、そういう点は安藤先生、いかがお考えか、それをひとつお尋ねしたいと思います。   それから田中先生、きょうは大変具体的なレジュメをいただきまして、大変ありがとうございました。ただ、私、きょうお尋ねしたいのは、先生のお話の中で、学生にいままで外国人との関係で経験したことを書かせたところが、母親に、あのうちは朝鮮人のうちだから夜遅くなったら余りそばに寄るなというふうなことを言われたという例もお話しになりましたが、こうしたたぐいの外国人に対する考え方、特にその中でも、私は外国人と言ってもアメリカ人に対する考えと朝鮮人に対する考えは大変違うと思いますが、そういうふうな意識が全体にあって、そしていままでのわが国の行政の立ちおくれもまた出てきた、こう思います。こういう問題を変えていくために、これは教育も含めて包括的な対策が非常に必要であると思いますが、そういう面についてのお考えを聞かしていただければありがたいと思います。  それから殿岡先生、難民条約で具体的に規定される難民が、たとえば国籍とか、あるいはまた宗教とか、政治的信念とか、いろいろ具体的にありますが、いまのインドシナ問題等は、そこに起きたたとえば戦乱の状態、あるいはそこに起きた革命の状態というふうなことの中で大量の人がどっと出てくるという場合には、一人一人、この人は宗教の関係だとか、この人は政治的な意見の関係とかいうふうにとても特定できない、そういう状況があるわけですが、この場合にはそういうものも含めて難民条約の対象に救済すべきである、こう思うわけでございます。御意見でもお述べになりましたが、そういう場合に、一人一人の人が自分は難民だということを証明する、難民の認定をされるのに本人が証明しなければならないというふうなケースが出てくるわけですが、そういう場合どういうやり方が可能であるかというふうなことについての御意見がありましたら、聞かしていただきたいと思います。  それから宮崎先生、きょうのお話の中では触れられておりませんが、先生はかねてから、かつての日本の植民地であった台湾、その台湾の人たちが、かつては日本人ということで第二次大戦の中で戦争に出動させられる、そういうふうな事態があって、その中で多くの戦死者もあり、戦傷者もあり、そういう多くの戦争の被害を受けている人たちに対して日本として当然補償すべきであるというふうな立場で先生が大変御努力されているということをお聞きいたしておりますが、この機会にその関係についての先生の御見解を聞かしていただければ幸いだと思います。  原後先生は、大変失礼ながら個人的にお聞きするチャンスもありますので、きょうは時間の関係もありますので原後先生については省略をさせていただきます。  以上、お願いをいたしたいと思います。

安藤勇上智大学講師

○安藤参考人 私のわかっている限り簡単にお答えいたします。  去年のいまごろ、一週間ぐらい米国に招待されて、いろいろなところで難民問題の状況について調べ、そして議員たちのところでもいろいろ話を伺ったことがあります。そのときはカーター政権の時代です。人権問題を掲げ、そして一生懸命にやっていられたカーター政権の時代にも、アメリカの中での雰囲気は、もうインドシナ難民は御免だという風潮があったような気がいたしました。といいますのは、なぜアメリカだけが東南アジアからの難民を受け入れなければいけないのか。それにはいろいろ問題があったようでございます。  しかし、最近の話は私は正確にわからないので申し上げられませんが、レーガン政権になってから確かにインドシナ難民の受け入れに対しての態度が厳しくなったということを伺っております。その反面、多くの先進国は前よりはもっとインドシナ難民を受け入れていますので、それほどアメリカは力を尽くさなくてもいいという判断もあるようです。たとえばカナダあるいはオーストラリアの例を見ますと、特にオーストラリアは非常に積極的にインドシナ難民を受け入れている国でございます。  それから、米国にも事情がありまして、特にキューバからの多くの難民を受け入れなければという事情もありますので、米国にはもうそういう限界が見えたのじゃないかと判断しております。

田中宏愛知県立大学助教授

○田中参考人 私がちょっと御紹介した私の大学での生徒の反応のことは、私も教師の端くれとして大変深刻なことだと思って、私も大学の授業では、在日外国人の地位というような名前をつけて、私がいろいろ感じていること、経験したことを多少話しているのですけれども、率直な学生たちの反応で私も非常に複雑な気持ちを持つのは、どうもおまえの言っていることはうそではなさそうだと、そこのところは信用してくれるらしいのです、政府の統計を使ったりいろいろやるものですから。ところが、事ここに及んでというか、大学の入学試験を受けてやっとほっとして、これから少しのんびりしようと思っているときに、急にいままで聞いたこともないような話をされてもちょっと面食らうというのが、一般的な教室の雰囲気なんです。  かなり限られた数の学生が非常に強い関心を示して、以後私のところへいろいろやってくる。けれども、大半の学生は、余りああいうのに深入りしない方が得ではないか、そういう知恵をすでに大体身につけている感じなんです。それで事態は大変深刻で、大学の教師をやっていてもこのことはさまにならぬなというようなことをときどき感ずるほど、実はそれ以前の段階にいろいろ問題があるということを感じているわけです。  それで、どうしたらよかろうかというお尋ねなんですが、私は愛知県で、私の学校にもそういう希望者がいるのですが、大学を卒業して教員免許をもらって公立学校の教師になりたい、そのときにオリンピックをやろうということで、本院でも促進のための決議をしてくださったようですけれども、実は私は名古屋で仕事をしている者として大変複雑な気持ちになっています。と申しますのは、公立学校の教員試験を、私の大学を卒業する、あるいは卒業した朝鮮人なり中国人の学生が受けようと思うと、愛知県と名古屋市の教員採用試験の募集要項には日本国籍を有する者に限るというのが明確に入っていまして、試験が受けられないのです。オリンピックの方では熱心なんですが、私が辞令をいただいている愛知県庁はどうもそういう門戸を開くことには非常に消極的で、私は日本における国際化とは何だろうかということをいつも考えるわけです。  実はその問題に取り組むようになりましたのは、去年の春ごろにある中学の先生が突然私のところへ訪ねてこられて、実は自分が中学のときめんどうを見た卒業生で朝鮮人の子が最近大学に入っているのだけれども、ふらっと私のところへ遊びに来て、先生、私、教師になろうと思ったら、試験も受けられないのだということを最近知って、頭に来ているんだ、そういうことを中学の恩師のところへ訴えてきたわけです。訴えてきたというより、親しかったので話をしたらしいのですね。それでその先生が私のところに来られた。  私も前々からそのことを感じていたものですから、最近、教育現場、特に小、中、高の教育現場におけるいろいろな問題を直接そういう教師から聞いているのですけれども、そこで出てきた話は、やはりどこを見ても日本人だけしかいないということが非常に問題だ。  それから、朝鮮人がいても、先ほどの安藤さんのお話のように、日本の社会では自分が外国人であるということを正面に立てて生きるということは大変むずかしいわけですね。したがって、御存じのように日本名を使っているわけです。安藤さんは顔かたちでわかる珍しい存在なんですけれども、日本名を使ってしまいますと安藤さんでも、雑誌に顔写真の載らない論文が載るとだれが読んでも普通の日本人が文章を書いていると思ってしまうのですね。そういう意味では、かたかなの名前で日本の国籍を持つような制度にした方がかえって日本のためだと私は思うのですけれども、そこで教育現場でそういう通名によって見えなくなっている。したがって気がつかない。  これは私も大学で授業をするときに一番最初にときどき、皆さん、日本に一番たくさんいる外国人はどこの国だと思いますかというアンケートをやることがあるのです。そうすると大体半数以上は、アメリカ人が一番たくさんいると答えるのですね。こういう現実があるわけです。  そこで、先生なんかと相談したときの一つの方法というか、方向というのは、公立学校の先生の中に朝鮮人が教壇に立つ、しかも本名で立つというような事態が生ずると、かなりいろんなことが変化が起きるのではないか。  たまたま実は私の仕事をしておりますお隣の三重県で、昨年、李慶順さんという三重大の教育学部を卒業した女の方が、小学校三年の担任になって教壇に立たれたのです。ちょうどそういうことを考えていたものですから、一年たったところでお会いして、日本人の生徒を一年持たれてどうですかといろいろ伺ったのです。  その方も大変苦労をされておるようですけれども、小学校三年ですから理屈は通用しない年代ですね。そうすると、当然子供たちは、先生、どこで生まれたの、先生のお父さん何人、というようなことをいろいろ興味本位に聞くらしいのですね。そこで彼女は、私が生まれたのは日本だ、ところがお父さんは若いころに朝鮮から日本に来たんだ、そのときは日本と朝鮮の間には国境がなくて、朝鮮では御飯が食べられないので日本に来て働くようになって、その後お母さんと結婚して私が生まれたんだというような話をするのですね。そうすると、日本にそういう朝鮮人がいるということを直接教師の存在を通じて知る。  その先生もいろいろ工夫をされているようで、まだ教師一年生で本当に手探りだと言われていましたけれども、昔話なんかを国語の授業なんかでするときに、きょうはひとつ先生の国の民話を話して聞かせましょうということで何か話をされるようです。そうすると、隣のクラスの子供同士で、おまえのところは日本人の先生だろう、だから日本の話しか聞けないけれども、おれのところはちゃんと朝鮮の話も聞いたぞというような会話が生徒たちの間で交わされるというのですね。  私はこの話を聞いたときに、これは大変重要な現象ではないか。もちろん私はその先生に、いま教室には朝鮮人の子供はいないらしいですが、しかしあなた、万一朝鮮人の子供と日本人の子供がけんかを始めた、さてその朝鮮人の教師がどっちの側に立つかというようなことが起こってきて、PTAから教育委員会にどういう話が行ってどこへどうなるという話が起きないという保証はないので、大変御苦労だけれども、とにかく誠心誠意教育者としてがんばってください、何かあれば私もお手伝いはいたしますからと言ってこの間別れたのです。  一つの方法は、やはり目に見えるところにいろいろな国の人がいる、地球上にいろいろな国があるごとく、日本の国内にもいろいろな人がいる、朝鮮を三十六年植民地化したことは、今日私たちの社会の中にたくさんの朝鮮人がいるという形で歴史化されているわけですから、やはりそういうことを教育の中で——昨今教科書のことか議論されているようですけれども、余りそういうことは議論にならないですね。したがって、私の大学に共通一次試験を受けて合格してくる学生たちは、日本に一番たくさんいる外国人はアメリカ人であると思っているのです。外国人とか外人という言葉で日本の社会でイメージするのは、大体白人なんですね。これは事実と全く違う。その事実認識さえ直されていないわけです。なぜ朝鮮人がいるのかという話になれば、それはほかでもない、過去の日本の営為のもたらせる結果ですから、そういうことが当然その次に問題になってくるわけです。  そういう点で、一昨年ですか、埼玉県の上福岡三中で朝鮮人の中学生が飛びおり自殺をした事件があった。これはテレビなんかでも報道されて、多分ごらんになったと思いますけれども、小学校六年の卒業のときの、日本人の生徒が飛びおり自殺をすることになった朝鮮人の生徒に書き送った寄せ書きの文言をブラウン管で見たときに、私は本当にぞっとしましたね。よくこういうことをあどけない子供たちが平気で書けるなと思いました。これは結局全部親の影響なんですね。私たちが子供たちを教育するときに、学校教育、社会教育、家庭教育を含めて、どういう教育をしているのかということが実際には問われているわけです。教育の問題というのはいろいろな意味で大変むずかしい問題で、私も教育現場に立つ一人としてしみじみ感じているわけです。  そういう意味では、先ほど原後先生のお話にもちらっと出ましたが、大学の教師に外国人を採用すると困るというようなことをいまだに行政見解と称して言っているわけですね。この行政見解の基礎になっている考え方なんというのは、本当は江戸時代ではないかと思われるようなところがあるわけです。  ちょっとそこのところを読み上げますと、これは外国人についてわれわれの社会がどういう考え方を持っているかという一例ですけれども、昭和二十四年につくられて、いまでも使われている人事院規則一−七というのがあるのです。これは外国人を政府が雇うときの考え方みたいなものを書いたものだというように理解しているのですけれども、「当該職の職務がその資格要件に適合する者を日本の国籍を有する者の中から得ることがきわめて困難若しくは不可能な性質のものと認められる場合、又は当該職に充てられる者に必要な資格要件がそれに適合する者を日本の国籍を有する者の中から得ることがきわめて困難若しくは不可能な特殊且つ異例の性質のものと認められる場合に限り、」政府は外国人と契約をして雇ってよろしい、こういうのがいまでも生きているのですね。ということは、簡単に言いますと、日本人にやれることは外国人にさせてはいかぬということなんです。政府がこういう形でやっているわけですからね。  たとえば、私の愛知県で生まれた朝鮮人の朴鍾碩君というのが日立製作所の就職試験に合格した。これは日本人名で合格したのですが、後で調べてみたら朝鮮人だということがわかって首を切ったわけです。これは幸い、一たん採用した後で首を切ったものですから、労働法上非常に問題があるということで、裁判所で勝訴の判決を受けて、彼はいま日立製作所で働いていますけれども、私企業が、私のところは朝鮮人なんか採りませんということが平気でできる。  なぜできるかと言えば、政府の方が、日本人でできる仕事は外国人にさせない、日本人にできない特殊かつ異例の職務の場合は外国人を雇っていい、こういう考え方で、人事院の方がここにいらっしゃるかどうか知らないけれども、そういう精神構造で公務員管理をやっているわけです。政府が率先して外国人を排除しているわけですから、日立製作所が排除してもこれは労働省は何も言えない。日立製作所はたまたま運悪く、一たん採用して首を切ったので、実際には裁判に負けて、いまは雇用していますけれども、あらかじめわかっていれば当然採らなかったわけで、そういうことをしたことを政府の側では是正できないのですね。  日本の非常に深刻な問題というのは、年金なんかもそうですけれども、政府が関与したところが一番外国人に厳しく対応しているわけです。私は現場でよく留学生から言われたのですけれども、日本人というのは一人一人はわりあい親切だと言うのです。ところが、役所とか、何か集団との関係になると、おまえは外国人だというのをもろに出されるという感じなんですね。これは大変考えさせられるコメントだと思うのです。ですから、むしろ政府の方が、植民地支配などというのは国のなせるわざですから、こういうことをわれわれは過去にやったので、この問題を戦後こういう形で解決するためには、このようにわれわれは心しなければいけないということで、たとえば部落差別問題について、同対審の答申を受けて新しい政策が行われたわけです。細かい実態は知りませんけれども、それも結局は、歴史上のそういう差別をなくすために、国としては特別な措置をとりましょうということでやってきたわけですね。ところが、朝鮮人についてどういうことをやってきたかということは全然問われていないわけです。  たとえば、こういうことをひとつお考えいただきたいと思うのです。私は、実は朝鮮人からよく言われるのですが、地震対策というのは最近大変熱心になっていますね。それで、地震が起きるかもしれない、起きたときにはどうするか、食料の保存あるいは交通をどうするかということですが、私はこれで一つだけ非常に重要なことが欠けていると思うのです。今度地震が起きたときに、関東大震災のときに行われた朝鮮人虐殺が再び繰り返されないためにどうすべきか、このことはだれも言い出さないのです。しかし、朝鮮人は、今度地震があったときにわれわれがどうなるかということは決して他人事ではない、こういうことで本当に危機感を感じていますね。私のところにはそういうものが伝わってくるわけですから、そういう点で大変根の深い、まさに国を挙げて取り組まざるを得ない非常に重要な問題で、私も教育現場で可能なことはしたいと思っていますけれども、国政のあらゆる部面でやはり真剣に取り組んでいただきたい。  外務委員会の参考人としてはやや出過ぎたことを申し上げたかもしれませんけれども、私は生まれて初めて国会で発言をする機会を許されたものですから、御勘弁をいただきたいと思います。

殿岡昭郎東京学芸大学助教授

○殿岡参考人 難民であることを証明するのに非常に困難が伴うであろうということでございますけれども、全くそのとおりで、しかも問題として深刻なのは、現実に迫害があったとかあるいは迫害のおそれを証明できる人というのは、少数であるだけではなくて、難民の中では非常に恵まれた方に属するといいますか、たとえばかつての社会で高い地位にあったり、あるいは外国で生活するのに基本的な条件を持っているような人々が多いということが考えられるのではないかと思われるわけです。  そうしますと、難民であることの認定を受けられない人というのは、つまり本国においてももともと弱い立場あるいは不利な立場にあった人たちで、この人たちが日本でせっかくの難民条約の保護から外されてしまう、こういう問題が出てくるわけでございますけれども、外国の例なんかをちょっと聞いてみますと、諸外国でもこの点はわりに厳しくやられているように聞くわけであります。難民条約と、たとえばアメリカに行きましたいわゆる難民と呼ばれる人たちの関連を見てみますと、難民条約の適用ではなくて、御承知のとおりむしろ移民として受け入れられていって、そして市民権を獲得してアメリカの社会に入っていく。ヨーロッパではむしろ外国人労働者として入っていくということで、難民条約の適用そのものはかなり厳しいものになっているように聞くわけであります。  先ほどほかの参考人の方々から、その認定に先立つ審査の段階で、国連難民高等弁務官あるいは専門家、学識経験者のような方が入ってそういう審査をやっているというふうなことですけれども、しかし決定権というのは、主権国家である限りにおいてその国々で、つまり難民高等弁務官事務所の認定をそのままというふうなことではなくて、やはり相当限定的に認定をやっているようであります。  この点について、私も法務省の方々の御意見を伺ったわけでありますけれども、国際的な常識からして、あるいはこの条約の現実の適用の面において、日本だけが非常な特例をつくるということはむずかしいのではないかということを一面言われます。同時にしかし、それは主権国家の裁量であって、そういう意味では日本が独自のことをやっても、それはやることはできないわけではないというふうな御意見だと思うのですけれども、やはり一面では国際的な適用の基準というものがある程度あるのは仕方がないのではないかというふうに私は思うわけです。  しかし、それでは難民であることを証明できる人あるいは認定を受けた人と受けられない人のギャップはそれでいいのかというと、私はそうは思いませんで、冒頭にも申し上げましたけれども、これはインドシナ難民を二つに分けて、恵まれた難民とそうでない難民を分けてしまう、これは多分難民条約の結果として出てきてしまうと思うわけです。そして、いま日本に難民という名前で入ってくる人すべてこの難民条約でカバーすることにやはり少し無理がありはしないか。それは国際的にそういう形でいま適用されて、すでに八十カ国においてそういうことが過去にあるというふうなことを考えますと、私は、難民条約適用から漏れたいわゆる定住難民の定住の実態というものを、難民条約適用の人と変わらないくらいに引き上げていくということでそれをカバーできないであろうかというふうに考えております。  ただ、本来そういうふうな過去の出来事ですとか、あるいは諸外国の例というようなことをいま考えなければ、まさに難民である人たち、特にそういうことの証明のむずかしい人たちこそこの保護を受けるべきですから、まず難民条約の適用を受ける中心としなければいけませんけれども、そういう困難はあるのではないかというふうに私は思っております。

稲垣実男自由民主党

○稲垣委員長代理 参考人の方々に申し上げますが、時間も限られておりますので、答弁はなるべく簡潔にお願いいたします。  次に、宮崎参考人。

宮崎繁樹明治大学教授

○宮崎参考人 高沢先生から御質問のあった点でございますが、実はこの難民条約に関連いたしまして、日本で関心を持つ契機になりました事件に、林啓旭、柳文卿、陳玉璽三君などの台湾青年の人たちが台湾に強制送還されそうになったという事件がございました。そのことについて、迫害の待っている国へ強制送還するということがいいかどうかということで、日本は難民条約には入っておりませんが、その後国会でも人道的精神に従って迫害の待つ国へは送還しないというふうに政府も表明されるようになったと思います。  そういうことに関連いたしまして、台湾の状況ということが思われるわけでございます。私は「台湾人元日本兵士の補償問題を考える会」というのに関連いたしているのでありますが、五年ほど前に中村輝夫という方が見つかりまして、モロタイから帰ってきたという事件を御記憶かと思いますけれども、中村さんは実は台湾の人でありまして、日本のために戦争中に軍に参加し、そして戦後二十余年依然として日本兵としてモロタイにあったということで、そのとき大きく取り上げられました。そのときに、中村さんに対しては果たしてどういうような処置がとられているのかというふうに考えましたところが、実は先ほどお話もございましたように、対日平和条約で国籍を失ったということで、日本人ならば当然その間の恩給とかあるいは給与とか、いろいろな補償がなされるのでございますけれども、なされていない。  それでは、ほかの台湾の人たちで戦争中日本軍に参加させられ、あるいは徴用として働いた軍属の人たちはどうかというふうに聞いてみましたところが、全くの補償もなされないで現在まで打ち捨てられてきたということがはっきりしたわけであります。  日本は日清戦争以後、台湾を植民地として統治しておりましたけれども、戦争が始まりまして実に二十一万人にわたる人たちを日本軍の軍人軍属として戦争に参加させたわけでございますが、そのうち三万人ぐらいが戦死されました。そうして靖国神社にも実は奉祀されているわけであります。日本の場合には、今国会においても審議されたと思いますけれども、戦死者、戦傷者あるいはその遺族に対して相当多額の恩給とか扶助料が支払われております。もちろん、戦争中の給与とかそういうもの、葬祭料も払われておりますけれども、同じく日本人であるとして戦争中日本政府が出征を命じ、そうして協力を求めた、そうして日本のために命を失い、手を失い、足を失い、あるいは親を失い、夫を失った台湾の人に対しては一文も補償がなされていないのであります。  人間として、みずからの手足を失い、肉親を失ったという悲しみは全く同じはずであります。そうして、終戦の記念日には、政府の方とか総理大臣とか天皇陛下とか、無名戦士の墓にもうでてその労をねぎらわれるのでありますけれども、実際には、そういう日本の植民地統治下に置かれ、日本人として命を失い、手足を失い、肉親を失った人に対して全く補償をしていないということは、人道的に考えましてもほっておけないと思います。そういう人たちが、遺族が、戦後三十五年余を経まして日に日に亡くなっております。日本人は日本のためにそういうふうに命を投げ出させ、肉親を失わせても何もしてくれないということが後世に永久に残っていいのかというふうに思うのであります。  このことについては、実は日台平和条約におきましては両国政府でその問題を解決すべき主題とされていたのでありますけれども、国際情勢の変化によりまして、日中国交正常化のときに日台平和条約が打ち切られるということでそのままになってしまいました。  この問題は外交的な問題というふうにお考えの方がありますけれども、そうではございませんで、戦前日本人であった人に日本政府が出征を命じ、日本のために働かせて、そして日本のために命を失い、手足を失い、肉親を失ったという事件であります。普通の個人であっても、お願いしますよというふうに頼んで一生懸命働いてくれた人がけがをした、亡くなったという場合に、それは気の毒だったということで補償するのが人情であります。当然であります。ところが、日本国家が戦後GNP世界第三位ということになり、そうして開発途上国に対しても相当の援助をしております。また、難民に対しても援助をしておられます。それ自身はいいのでありますけれども、日本人であって、日本のために命を失い、肉親を失った人に一文も補償をしていないということは、道義的に言ってもどうしてもほうっておけないというふうに思うのであります。  このことは東京地方裁判所の裁判になりまして、四月二十七日に結審になり、判決を迎える状況になっておりますけれども、この問題の解決は、そういう一つの訴訟ではなく、やはり立法によってそういう人たちに対する補償をするということがなされませんと抜本的な解決にならないのであります。議員の中におきましても、この問題の議員懇談会が結成されておられるようでございますけれども、ぜひともこの点について、日本人の道義として、また人道の見地から、関係者が全部地球上からいなくなってしまうということになる前に御解決いただきたいということを、発言のお許しを得ましたので申し上げたいと思います。

高沢寅男日本社会党

○高沢委員 どうもありがとうございました。

稲垣実男自由民主党

○稲垣委員長代理 午後一時三十分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。     午後一時十分休憩      ————◇—————     午後一時三十六分開議

青木正久自由民主党

○青木委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。  参考人に対する質疑を続行いたします。玉城栄一君。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 玉城でございます。  諸先生方には大変御多忙の中、午前、午後にわたりまして、また大変貴重な御意見を賜りまして、心から感謝申し上げます。ありがとうございます。  私も諸先生方に多々お伺いしたかったのですが、午前中の先生方の御意見で伺いたかった点も大体お述べいただきましたので、私、一点安藤先生にお伺いをしたいわけであります。  先生はこの難民の問題については、流民の問題についての本もございますけれども、市民運動と連帯をしながら流民の方々の保護の問題等を御熱心にやっていらっしゃって、大変敬意を表する次第であります。  問題は、先生も午前中におっしゃっておられたわけですし、諸先生方もおっしゃっておられたわけでございますが、難民条約で言う「難民」、いわゆる一条二項に言う「難民」の定義の問題で、広い意味のインドシナ難民の中にこの流民という問題も入るのかなという感じもするわけでありまして、この条約の「難民」の定義というものを本当に文字どおり解釈するということになりますと、いろいろな問題が出てくるような感じがいたすわけであります。  そこで、先生、この本の中にもございますけれども、流民の方々が二百名余りいらっしゃるということでございますが、そういう方々の救済の運動を通して、この難民条約で言う「難民」としての法的な地位と申しますか、立場というものをどのようにして与えていくか、これはちょっとむずかしい問題等もあろうかと思うわけでありますが、その点、先生の御意見をもう少し詳しくお聞かせいただければ幸いに思うわけであります。よろしくお願いします。

安藤勇上智大学講師

○安藤参考人 在日インドシナ流民の問題ですけれども、私などは二年間以上この問題の現状をいろいろ調査して、いろいろなところを把握しておりますが、私たちの使っている、そしていまいろいろなところでよく普及している流民という言葉は、実は私どもは使用したくないのです。実質難民でありながらなぜ難民という言葉を使えないのかということですが、これは法務省あたりのほかの見解がありますので、その流民という言葉を使っております。しかし、彼らは実質難民です。  といいますのは、彼らの出身地はラオス、ベトナム、カンボジアです。それから、彼らが来日したのは七五年以降です。インドシナ半島の政変があったのは一九七五年四月以降ですね。それから、彼らはラオス、ベトナム、カンボジアから出て日本にたどり着いてきたのですが、彼らの家族はベトナムの中にいるか、ラオス、カンボジアの中にいるか、それともインドシナ周辺の国の難民キャンプにいるかということなんです。私どもの調査によりますと、大体九〇%ぐらいの在日インドシナ流民の家族は難民です。もう五、六年たったのですから、多くの場合、家族のお父さん、お母さん、きょうだいはカナダ、フランス、オーストラリア、アメリカに行っております。彼らだけが日本に残っているのです。  それでは、なぜ日本政府は、特に警視庁、法務省入国管理事務所は彼らを難民として見ないのか、なぜ彼らを犯罪者として見ているのか。  具体的な例を申し上げますと、ちょうど先週の水曜日に電話がありまして、あるインドシナ流民、ラオス人のタオ・インという青年が足立区の綾瀬警察につかまって、そこの留置場に入っております。いろいろ調べてみますと、彼はラオスの出身です。そして七七年に日本に入ってきております。彼のパスポートはもちろん、脱出したときには自国のパスポートを手に入れるわけにはいきませんので、第三国の台湾のパスポートをお金で手に入れました。彼の国籍は台湾ではありません。どこの国でも国籍法がありまして、あらゆる条件を満たさない限りその国の国籍をとるわけにはいきません。彼は、パスポートは台湾ですけれども、台湾国籍ではありません。警察は彼のアパートに直接行って、アパートで逮捕しました。彼は別に悪いことをやっておりません。  それから、いろいろな在日流民の厳しい状況なんですが、この青年はラオス人であることを証明できる人が一人いまして、実は一年間ぐらいのビザを持っているラオス人です。逮捕された人は、このラオス人のそばの家に住んでいた人なんです。私は警察までこの人を連れていきまして、二時間以上綾瀬警察に拒否されました。会わせないということだったのです。大変なけんかになりましたけれども、とうとう二時間半たってからその人に会ったのです。連れていったラオス人の証人は、確かにこの人はタオ・インという青年で、流民で、ラオス人だという証明をしたのです。  こういう青年たちは、ほとんど二十四、五歳ぐらいの若者ばかりで、圧倒的に華僑が多いのです。若者のやっている生活は大変厳しいのです。自分の名前さえも使うことができませんし、いつでも潜行生活をやらなければいけない青年ばかりなんです。何にも悪いことをしていません。彼らは帰る国がありません。問題になっているのはお金で買ったパスポートだけなんです。  状況は詳しく話すと切りがありませんが、とにかく問題は、この流民たちの難民性の強い証拠をつかむことです。難民であるという一つの大きな証拠は、先ほど話したように生きた証拠です。彼らをよく知っている証人です。同じ国の人ですね。言葉、それから同じ学校で、隣の家で暮らした人とか、家族は難民であるとか、そういう証明のできる人がほとんどみんないますので、そういう生きた証人を利用して彼らを救うという道を皆様にお願いしたいと思います。

玉城栄一公明党・国民会議

○玉城委員 もう一点だけ。  先生の午前中の御意見にもありましたし、諸先生方の御意見にもあった難民の認定の機関、いわゆる法務省の入管でやるということでなくて、もっと専門的な機関がぜひ必要ではないかというお話があったわけでありますが、先生とされては、そういう専門的な機関を実際に行政的な位置づけとしてどんなふうにしたらいいのかという点、御意見があったらお聞かせいただきたいと思うのです。

安藤勇上智大学講師

○安藤参考人 たとえばカナダの例をとりますと、カナダには難民を決めるという特別な委員会があります。これは民間の委員会です。それで、難民問題に詳しい、あるいは法律にも詳しい、国際法、国際社会に詳しい民間の方々が集まって、そこへ一人一人、自分が難民であるというケースが出てきて、その訴えに対してこの委員会でいろいろ調査するのです。調査した結果を決まった政府の機関にお伝えするということですね。  ですから、日本でも特にこういう厳しい在日インドシナ流民の状況がありますので、やはり日本もこういうことを真剣に考えなければいけないじゃないかという、これは私だけでなくていろいろの市民団体の意見でございます。

青木正久自由民主党

○青木委員長代理 林保夫君。

林保夫民社党・国民連合

○林(保)委員 参考人の皆様方、本当に御苦労様でございます。先ほど来大変専門的な、また実際的な高い御見識と理念を持たれての御意見をお出しいただきまして、本当にありがとうございました。傾聴させていただきました。  そしてその中で改めて思うのでございますけれども、今回の難民条約は、ただ一片の条約というのとちょっとわけが違う、このように考えるわけであります。それはなぜかといいますと、先生方が先ほど来おっしゃいましたように、有史以来といいますか、あるいはまた近代国家形成以来といいますか、閉鎖的で単一民族の国としてやってきたものが国として公に門戸を開くといったような感じのものでもございますので、よほどしっかりした対応がなければならぬと思います。  先生方にぜひお聞きしたいと思っておりますのは、難民とは一体何なのだ、この定義でございます。もちろんこの条約の第一条に「「難民」の定義」というものがございまして、「千九百二十六年五月」に始まりましていろいろと書いております。これは国際法上の、あるいは国と国との約束ではございましょうけれども、今回これを批准する、それからその後に出てくるであろう問題、なければいいのでございますけれども、やはり問題が起きるとすれば、この機会にきっちりとした対応を日本なりにしておくのが、私たち政治の中に入っておる者としての大変大きな務めだろう。  そういうふうに申しますものも、実は過日来、帰りまして、今度難民条約を勉強してやっておるのだという話をして、いろいろの人に聞いてみました。率直に申し上げまして、見解は非常にまちまちでございます。遅過ぎたなという意見もございます。早過ぎるのじゃないかなという意見もございます。将来、十年先、二十年先に一体どのような定着があるのだろうか、こういうこともございました。そこで、いろいろございますけれども、政府側の皆さん方にはまた改めてそのことについて御質問したいと思いますが、とりあえず、先ほど宮崎先生からいろいろと難民の種類といいますか、こういうものもある、ああいうものもあるだろうというような分類的なお話が出ておったのでございますが、どういうものがありましょうか、まずそれを承りまして、先生に、難民とはこういうものだぞというような私ども日本人の心組みとするような定義についてひとつお聞かせいただければと思います。  御参考までに広辞林を引いてみました。そういたしますと、難民とは困窮する人民である、二番目は、戦争、天災などで困難に陥った人民である、ことに戦禍、政難を避けてふるさとを逃れた亡命者、このように書かれております。法律的な国際法上の問題ではなくて、いわゆる人間として、あるいは一人の国民として難民とはどういうものと理解したらいいのか、どういうものがあるかということと、その定義をお示しいただきたいと思います。

宮崎繁樹明治大学教授

○宮崎参考人 お答えいたします。  日本語で難民というのは、いまお話がございましたように、災害を避けて自分が従来住んでいたところから別のところに移るという人を意味しているようでございます。ただ、この難民条約で言っております「難民」というのは、原語はレフュジーでございますけれども、それを一応難民と訳されたわけでございまして、日本国内では従来、亡命者という訳もあるわけでございます。ですから、難民の地位に関する条約というのに対して、亡命者の地位に関する条約と呼んでいる例もあるわけでございます。  この一番狭いといいますか、条約上保護された難民を条約難民とか、あるいは実質をとりまして政治難民というふうに呼んでいる方もあります。その中には国籍を持っている難民と、それからその後半にございます国籍のない難民の二通りあるわけでございますし、国籍がある中にも二つ以上の国籍を持っている難民がございます。しかし、いずれもこれは条約上保護を受ける難民でございます。  それ以外に、最近ではインドシナ難民などを国連の難民高等弁務官事務所が実際上救援する、これはわかりませんので、救援するという動きが出てまいりましてから、難民条約以外のものについても含むという意味でレフュジーズ・アンド・ディスプレイスド・パーソンズという表現を使ったり、あるいは単にディスプレースドパーソンズという言葉を国連決議などで使っております。この用語は実は国際避難民機関当時にもあったわけでございまして、難民条約に規定する条約難民よりも広いものをどうも意味しているようでございまして、わが国ではそれを流民と訳す一部慣行が出てきたのでございますが、その中には政治的迫害ではなくて、経済的な困窮とかあるいは生活上の好みとか、戦争の危険を避けるという、いずれにいたしましてもそういう危険を避けて外国に逃れるという者が含まれているわけでございます。  これにつきましても、実は最近法務省の入国管理局から出されました本を読んでみますと、ボートピープルのようにいわゆる政治迫害ではないけれども外国に逃れた者、それと、その中で第三国に一応立ち寄りまして、タイだとかあるいは香港などに寄ってパスポートを取得し、そうして観光客などで日本に参りまして、定められた在留期間を超えて不法滞在している者が流民だというふうに一応その本では見ておりますけれども、そういう流民そのものにつきましても解釈が分かれております。  しかし、いずれにいたしましても、条約難民に該当しないような理由で、政治的な迫害ではなくて経済的困窮とか戦争の危険とかそういうことを避けて国外に流れた者が流民と言われるものであります。しかし、日本語では必ずしもそれだけに限定いたしませんで、戦争とか天然の災害あるいはそれ以外の理由によりまして現にいたところから別の場所に移る、すなわち国内で別の場所に移るような人も難民とか避難民というふうに呼んでおります。これは国内難民というふうに申しまして、当然難民条約には含まれないわけであります。  ですから、日本語で通俗的に申します難民というのは非常に広い概念でございまして、このたびの条約における難民というものの間に大きな開きがございます。このことが、今後条約の運用の上で混乱を来す理由になろうかと懸念いたしております。

林保夫民社党・国民連合

○林(保)委員 ありがとうございました。  続きまして田中先生に、先ほど来いろいろと御意見を承ったのでございますが、簡単で結構でございますから、定義を承らせていただきたいと思います。難民とは何ぞやということで、この条約に言う難民ではなくて、常識的な定義をひとつ。

田中宏愛知県立大学助教授

○田中参考人 何か大変むずかしい問題だと思うのですけれども、私は、この難民問題を考えるときに、地球上の国家間の相互関係というのが非常に変わってきているという全体の状況で考える必要があるのじゃないかということを思うわけです。  それは、一つは、物の動きが量的にもそれから頻度の上でも非常に拡大をしてきている、日本の自動車が行く先でどういう問題が生じているかということをちょっと御想像いただいてもわかるように、お金と物と人とが非常に激しく動くようになってきた現代の社会、その中で難民を基本的にどういうふうにとらえるかということは、私は、一つは、事実上の問題としてその本国から保護を受けることができないような状態になっている人々、それからもう一つは、本人の意思によって自分の国の保護を受けることを望まなくなる人、そのあたりがアプローチをしていくべきではないか。したがって、物、人がどんどん動いていって、その動きの結果生じた一つの現象として、人の動き、移動が起こった後、その人々がどうも自分の国とはもう関係を持ちたくないというように意思を表明するというような場合と、それから、どうも自分の国では暮らしにくいとかあるいは非常に自由が侵されるというようなことでほかに出ていくというような、そういう意思の問題と、それから事実上そういうことをやろうと思ってもできないという場合がある。  これは実は私、昨年の四月にフィリピンで開かれたアジアの難民に関する会議にここにお見えになる宮崎先生と一緒に参加したのですが、その際、UNHCRから来られた人と個人的に雑談をしたときに、実は在日朝鮮人の問題を少し出してみたのです。その方の御意見では、もちろん条約上の難民というわけにいかないでしょうけれども、北朝鮮、すなわち朝鮮民主主義人民共和国と日本が外交関係がないために、あらゆる意味で自国の保護を受けることができない数十万の人が日本にいるということになれば、それは一般的には難民、すなわち居住国がその人の権利なり生活なりに責任を持たざるを得ない立場にいるというようにやはり基本的には考えるべきではないかというお話をそのUNHCRのジュネーブから来られた方がおっしゃられたのをいま思い出したのですが、そんなことで、さっき申し上げたような大枠でとらえるというのが私の整理でございます。

林保夫民社党・国民連合

○林(保)委員 ありがとうございました。  それから、大変御苦労なさって樺太の問題そのほか実際にやっておられます原後先生に、どういうふうに解釈をしたらいいか、先生の難民についてのお考えを、法律、条約にとらわれずにひとつお願いできたらと思うのでございます。

原後山治弁護士

○原後参考人 具体的に樺太にいる人について考えてみますと、ソビエト側は樺太にいる旧朝鮮人、朝鮮半島出身者に対してソビエト国籍をとるように勧めているわけです。それからまた、朝鮮民主主義人民共和国の国籍をとるように勧めているわけです。ところが、どうしてもそれがいやだと言ってとらない人、これが無国籍とされているわけですね。この数をちょっと御紹介します。     〔青木委員長代理退席、稲垣委員長代理着席〕  データによりまして一九七四年度の帰還希望者の数字で見てみますと、これは一九七五年八月一日現在で日本にあります樺太抑留帰還韓国人会が集めたデータによるのでございますが、これで日本ないしは韓国の方へ帰りたい人たちの数字が出ております。世帯数で言いますと、韓国に行きたい人が四百五十一世帯、数で一千七百七十六人、そのうち独身の方が百七十人ございます。これを国籍で分けてみますと、国籍をとってない方が二百三十四ございます。朝鮮民主主義人民共和国の籍をとっている人が百二十七ございます。それからソビエト籍をとっている人が六十六。それから何にも書いてないというのがあるのですが、これが二十四ございます。それから、日本に行きたいという人を見ますと、世帯数で十一世帯、数で六十五人、そのうち独身の方が三人。それで国籍で分類しますと、いわゆる無国籍の方が九、そして朝鮮民主主義人民共和国の籍をとっているのが一、それからソビエト籍をとっているのが一。  つまり、この数字で見ますと、国籍をとらない人が韓国に行く希望の人で二百三十四、日本に行きたい人で九、合わせて二百四十三世帯でございます。それから朝鮮民主主義人民共和国の国籍をとっている人が百二十八ございます。それからソビエト籍の方が六十七ございます。それから全く記入のない方が二十四。数で申し上げますとそういうふうに、すでに朝鮮民主主義人民共和国の国籍をとったり、それからソビエト籍をとっている人でも、韓国へ帰りたい、あるいは日本へ帰りたいという希望者がございます。それから全く何もとらない人がいま二百四十三世帯と申し上げましたが、それだけの数がございます。  結局、トータルで人員では千八百四十一人の方が、いま申し上げたように無国籍であったり、あるいはソビエト籍をとったり、朝鮮民主主義人民共和国の籍をとっているけれども、とにもかくにも日本ないし韓国に帰りたいと考えている、こういう人がやはり難民ではなかろうか。ですから、国籍があるとかないとかどうとかということよりも、本人が、やはり自分が生まれ育ったところへ帰りたいと考えている人、こういう人は私どもはやはり難民と考えていいのじゃないか。  これは私の非常に個人的な考えかもしれませんが、つまり、なぜそう言うかといいますと、結局は、人権宣言、人権規約等を見ますと、たとえば先ほど申し上げましたように、世界人権宣言の十五条は、何人もその国籍をその意思に反して奪われたり、あるいは国籍を変更したい権利を否定されることはない、これが人権宣言の考えでございます。そういう自由を奪われる人、これが難民じゃなかろうか。それから世界人権宣言の十三条の二項で「何人も、自国を含むいずれの国をも去り及び自国に帰る権利を有する。」とございますから、やはりそういった自由を拘束されている人、自由を得たいと思っている人、これも難民じゃなかろうか。それから、国際人権規約のB条項の十二条の四項に「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない。」とございますね。そういう権利を奪われている人、それを難民と考えていいのじゃないか。  大変いま思いつきの、個人的な考えでございますが、人間は本来自由に世界のどこへでも行き、どこででも幸福追求の権利を有する、そういうのが人類の理想だと思いますので、その理想の面からみて、国家その他の経済理由、その他さまざまの理由によって制約を受けている人、こういう人を難民と考えて、世界じゅうどこの国でも受け入れてその人の自由と幸せを守ってあげる、これが理想だと思いますので、そういうところで考えたらいかがかととりあえず考えております。

林保夫民社党・国民連合

○林(保)委員 実際的に、また高い理念のもとに分析いただきまして、ありがとうございました。  時間がもうなくなってしまったのでございますが、殿岡先生にひとつその定義と、それから難民問題にはネジ締めをしてもう難民が発生せぬようにしなければいかぬという大変大きな命題がございます。世界的な広がりで、アジアばかりでなくてアフリカもある、中近東もある、もとをたどれば戦後は欧州から始まったというような不幸な事態が実はあるわけでございまして、このことにこそこれから力を注がなければならぬと思うのでございますが、その辺も含めまして、大変時間がなくて恐縮でございますが、先生の御所見を承りたいと思います。

殿岡昭郎東京学芸大学助教授

○殿岡参考人 定義につきましてはもうほかの参考人の方々が大変詳細にお話ししたわけでありますけれども、しかし、議論が非常に分かれて、しかも問題がむずかしいのは、先ほど林委員がおっしゃったような困難な状況に陥っているというその困難の内容が非常にばらばらで、原因がいろいろであってということだと思うのですけれども、この難民条約の中にも幾つかその条件が挙げてあります。私、ほかの参考人の方々がおっしゃった中で特に難民条約が注目しております人種、宗教、国籍、それから政治的意見というふうなことがございますけれども、天災ですとか、あるいは経済的困難ですとか、こういう問題と、それからこの人種、宗教、国籍あるいは政治的意見というふうなものは、少し難民の条件として違うのじゃないかというふうに思うわけです。  たとえば天災というふうなことでしたらば国際的な支援ということも比較的容易ですし、あるいは天災ということについてもこれは事態が非常に困難な中でも救援ということは比較的やりやすいと思うのです。ところが、相手国があって、そして特にこの人種、宗教、国籍、政治的意見というふうなことで、この難民をそういった条件を理由として迫害し外に追い出すというふうなことが見える場合には、いわゆる内政干渉というふうな問題があって非常にむずかしい問題になりますし、また、その地域から追い立てられて、まさに根こそぎにされてほかの国へ行かなければならない、これは同じ難民といっても問題の性質が少し違うように思うわけです。  深刻なのは、この人種、宗教、国籍、政治的意見、特にいま私たちがインドシナ難民で直面しているのは、インドシナの戦争及びその後の体制の変革、その中であらわれた自由の抑圧、制限の問題であるとか、あるいはそこに体制の変革と伴ってできた異常な経済的困難というふうなことがあると思うわけです。そういう意味で、確かに人道的な立場から難民を救援することが根本であることは間違いないことでありますけれども、しかし政治というのは広く実現するべきものであるというふうに考えますと、私は、人道は政治をいつも超えるもので人道の方がカテゴリーが広いというふうには必ずしも思いませんで、いつか難民が出ないで済む地域にしていくとか、あるいは難民が帰れる場所にしていくということを政治の目標としても追求することが必要であると思うわけです。  冒頭にも申し上げましたけれども、難民があちこちで出てくるのは非常に不幸なことで、それに対してわれわれはできる限りの対策をとっていかなければならないと思います。しかし同時に、難民が出ない、あるいは難民が帰れる、そういう状況をつくり出していくことが根本的な問題であって、そのために日本政府あるいは日本国民も努力していくことが一番根本的な問題ではないかと考えております。

林保夫民社党・国民連合

○林(保)委員 ありがとうございました。  政治、行政に対するこれからの指針というのはそういうものだろうかと思いますが、もう一分だけ時間をちょうだいしたいのでございます。遅くなりましたが、安藤先生に、先ほど来出ております難民の定義につきまして何か御意見があれば一言ちょうだいしたいのと、もう一つは、特に難民をどうしたら出さないで済むかということについての御助言がありましたら一言承りまして、私の質問を終わりたいと思うのでございます。

安藤勇上智大学講師

○安藤参考人 難民の定義について、別に先ほどのいろんな御意見に加える意見がございません。ほかの参考人がお話ししたように、政治亡命者だけでなくて、自由を求め、それから貧困のため、戦争の犠牲者というものはすべて難民として取り扱わなければいけないと思います。条約難民よりはもっと幅広い難民だと思います。いま世界じゅう千五、六百万人ぐらいの難民がいると言われております。しかし、条約難民は六十万人以上いないと言われております。その難民として認定されている人々のほとんどは条約難民じゃないということが言われているのです。というのは、幅広く難民、ディスプレースドパーソンズということを考えなければいけないのです。インドシナ難民は二百万人ぐらいいるかもしれませんが、ほとんどすべては条約難民ではないのです。ディスプレースドパーソンズのようにほとんどの国は受けております。  それから、どうすれば難民の脱出、その流れをとめることができるのか、言葉で言えば簡単です。国連の認めている人道的な人権宣言、国際人権規約に基づいた政権をつくって、それを保ってやらなければいけないのです。ただ、問題はそこなんです。どうすればその国連の精神を本当に各国で認めて政策をつくるのかが国際社会の悩みなんです。  ちょうどけさのニュースでヨハネ・パウロ二世がピストルでやられたというニュースが入りましたが、ヨハネ・パウロ二世が広島で平和講演をなさったときおっしゃったように、戦争というものは人間のしわざです。戦争をつくったのは人間です。しかし、平和をつくるのも人間です。どうすれば難民が脱出することをやめるのか一とめられるのか、結局人間らしく本当の国連の精神を認めた上での政権をつくらなければいけないと思います。国際社会の上で非常にむずかしい問題ですが、これ以上私は言うことがありません。

林保夫民社党・国民連合

○林(保)委員 参考人の皆さん、大変ありがとうございました。政治的な課題はまさに難民問題に象徴されるような気がいたします。戦争がない平和、そして自由があれば、民主的であれば、こういう難民は出てこないと思います。何か政治のゆがみあるいは人間の欲望がこういう問題を結果していることに対する現代の責任というのを感じながら審議に当たったり、お互いに努力していきたいと思います。  時間を延長いたしまして恐縮でございました。終わります。

稲垣実男自由民主党

○稲垣委員長代理 野間友一君。

野間友一日本共産党

○野間委員 参考人の皆さん、本当にきょうは御苦労さんでございます。大変貴重な御意見を拝聴いたしまして、感謝を申し上げる次第でございます。きょう私が最後の質問者になりますので、お疲れのところ大変恐縮でございますが、あとしばらくよろしくお願いしたいと思います。  最初に、それぞれの参考人の方を御指名申し上げまして、どういうことをお聞きしたいかということを申し上げたいと思いますので、よろしくお願いをいたしたいと思います。  まず、安藤参考人に対しましては、世界的に見て日本の人権感覚とかあるいは人権に対する位置づけ、これをどうごらんになるのか、この点についてお伺いをしたいと思います。  次に、宮崎参考人に対しましては、一つは、先ほどから難民の定義についていろいろと言われております。大変むずかしいことだろうと思います。しかし、少なくとも難民の経過、歴史的な経緯をいろいろ踏まえて見ますと、幾つかの特徴的なものが出てくるのじゃないか。ところが、いま私どもが審議を始めております条約なりあるいは議定書、これからいたしましても、難民の定義はすでに古いのじゃないか、社会的な実態としては、新たに難民というものの実態が広がっておるのじゃないか、これに対してはこの定義では非常に古いのじゃないかという感じがするわけです。それを踏まえまして、国連の中で条約上の難民の定義をもっと変えていこうじゃないかというような意見、論議があったのかなかったのか、この点をお伺いしたいと思いますし、特に日本の場合には、国連の人権委員会の委員としてトップ当選をしたというような実績を持っておりますので、このような問題については積極的に提起をすべきではないか、こう思いますけれども、いかがでしょうか。  さらに、同じように宮崎参考人に、条約上の難民の認定についてのお尋ねですが、この条約には難民として認定された後の一定の保護措置は確かにございます。ところが、条約の中には、難民としての認定以前の庇護なり保護措置がないわけですね。したがいまして、条約上の一つの限界を感ずるわけですが、特に認定以前の問題についてもあれこれ重要な問題があると思います。これも条約の中にぜひ盛り込むべきではなかろうかと思いますけれども、どうお考えなのか。  さらに、関連して認定の問題ですけれども、確かに法務省なり入国審査官の認定では恣意的な認定のおそれがあると私も思います。第三者機関とか法曹資格あるいは委員会形式等々のお話がございましたけれども、同時に国連なり国際的な機関で一つのガイドラインというものをつくる必要があるのではなかろうか、こう思います。国際法学者としてどういう御見解を持っておられるのか。最も主権的な事項に属しますのでこれまた大変むずかしい問題であろうかと思いますけれども、あわせてお答えいただきたいと思います。  それから殿岡参考人には、難民としての認定を受けた人たちの地位と受けない人たち、つまり非常に範囲が狭いわけですから、そういう人たちの地位は諸外国ではどのように位置づけておるのか、もしおわかりでございましたらひとつ教えていただきたいと思います。  それから田中参考人、そして原後参考人には、この条約の批准と、それからこれを受けた国内法の改正がございますけれども、これによってとりわけインドシナ難民、こういう方々の法的地位が具体的にどのようによくなるのか、どう変わるのかということ、同時に、難民の認定が非常に範囲が狭いということになりますと、これから認定されない人たちの地位は一体どうなるのか、関連してそれをどうすればいいのか、この点についての御所見を承りたいと思います。

安藤勇上智大学講師

○安藤参考人 日本国内の人権認識についての質問ですが、いろいろむずかしい問題がありますが、できるだけ簡単に説明したいと思います。  まず、人権についての見解です。私どもみんな共通のところだと思うのは、国連の場での特に人権宣言に基づいた人権という定義だと思います。そういう定義のもとでこれから私の考えを申し上げます。  質問を承って簡単に分けてみますと、まず国民の中の人権についての認識、また企業の人権についての認識、あるいは政府側の人権の認識、それから国会の人権認識です。  まず国民の中での人権認識の問題ですが、教育の場では幼稚園から小学校、大学まで国連の人権精神が十分に生かされていないような気がいたします。特に中、高等学校以上のたとえば平和教育などは、まだまだいろいろ偏見があるような気がいたします。それから一般の人の実際生活の中での人権認識はどういうものであるのか。残念ながらまだ鎖国主義の面があらわれています。差別問題は先ほどのほかの参考人のお話のとおりだと思います。そういうふうに人権認識はまだ弱い、いい方へ向かっておりますが、まだいろいろ改めなければいけないところが多いような気がいたします。  それから、日本国家は経済活動で大変よく知られている国家で、企業の活動は人権認識との関係が深いものであります。国内には先ほどの話にも出ているようにまだそういう差別、部落差別、外国人を雇うか雇わないか、そういうものの人権認識がまだ浅いような気がいたします。国外になりますと、経済協力を主に行っているのは多国籍企業、日本系企業ですが、こういう人権問題を全然問題にしていないような気がいたします。  それから、政府の人権認識はどういうものであるのか、これは政策をつくることによってあらわれるのですが、難民条約は一つなんですね。国際社会が望んでいるような日本の強い指導がまだまだ実っていないような気がいたします。だんだん葉っぱが出ているような気がするのです。まだ春ですか、秋になっておりません。  それから、国際の場で人権規約の批准は大変最近のものですし、難民条約はもう八十一カ国が批准しているのに、きっとできると思いますが、まだいまの段階ではしていない。やはり国際社会の中での日本にふさわしい姿ではまだないような気がします。  国会に関しては、ここには多くの市民の声も見えますし、あらゆる政党の声が強く出ていますので、大変明るい見通しのように私は判断しております。  以上です。     〔稲垣委員長代理退席、青木委員長代理着席〕

宮崎繁樹明治大学教授

○宮崎参考人 お答えいたします。  第一の問題でございますが、この条約は御質問のように第一条にいわば政治的な迫害ということを要件にしているわけでございます。第二次大戦後に生じました難民につきましては、戦乱とかその他いろいろの事情のために外国に逃れたという者がございまして、これに対して連合国復興機関でございましたか、それが援助の手を差し伸べたり、その後、国際避難民機関が援助の手を差し伸べて事実上救済に当たっていたのでございますけれども、この条約によりまして、条約上の難民としては一応A項(2)の「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受ける」というふうにしぼられましたので、それ以外の者をどうするかということが問題になったわけでございますが、実際上は国際避難民機関あるいはその仕事を受け継ぎました国連難民高等弁務官事務所において、厳格にはこの条約に当てはまらない者もその保護の対象にするということが実は行われてきたわけでございます。  インドシナ難民につきましても、先ほど来お話がございましたが、国連の決議などでその救援をうたっておりますけれども、その中ではレフュジー以外にディスプレイスドパーソンズというものも保護の対象にしようという決議になってきているわけでございます。すなわち、国連難民高等弁務官事務所の実際上の救援につきましては、この条約よりも広くその対象を考えるようになってきているという実情にございます。  それから第二の難民認定以前の保護処置はどうかという御質問でございますが、御指摘のように、この条約は難民として認定を受けた者についての保護処置を規定しております。これにつきまして、世界人権宣言の第十四条ではもう少しそれを広くといいますか、「何人も、迫害からの庇護を他国において求めかつ享受する権利を有する。」そういうふうに書いておりまして、この書き方によりますと庇護を求めることができるのではないかという庇護権の問題が出てくるわけでございます。これにつきましては西ドイツなどでは外国人法という法律がございまして、その法律によって庇護を求めるのは個人の権利である、庇護権は個人の権利であるという考え方があるわけでございます。  この点につきましては、実は領土的庇護ということにつきまして一九六七年十二月十四日に領土的庇護に関する宣言というのが国連でなされております。しかし、これは世界人権宣言十四条を確認いたしまして、庇護を与えた場合にほかの国はそれを尊重しなければならないということを確認するにとどまっております。それで条約によってこの領土的庇護を明らかにしようということで、一九七七年一月十日から二月四日まで領土的庇護に関する全権代表会議というのがジュネーブで開催されました。そのときに西ドイツの代表などは、個人が庇護権を持つのだ、そういう形で明らかにしなければ難民についての十分な保護は全うできないというふうに主張したのでございますけれども、その考え方はイタリアとかバチカンとかそういう三つほどの国が支持をしただけで、ほかの国はそこまで行くのは行き過ぎではないかということになったわけでございます。  この点につきましては、実はカーネギー平和財団がそれに先立ちまして、一九七一年四月に北イタリアのベラジオと、その後一九七二年一月にジュネーブで原案をつくったのでございますけれども、その原案は、条約上書いてありますような事情で政治的な迫害を受ける十分のおそれがあるという者に対して領域への滞在許可を含む自国領域内における庇護を付与するよう最善の努力をしなければならないというような第一条の原案規定をつくったのであります。しかし、これにつきましても、それが採択されればかなり効果があったかと思いますけれども、審議中に、最善のというのはやや行き過ぎだということでそれを削る案が出されまして、それが一票差と申しますか、ごくわずかの表決で修正案が通るということになったのであります。  そうなりますと、最善の努力じゃなくて、単に努力すればいいということになります。それで積極派の西ドイツなどは、そんな条約ならばつくっても仕方がないというふうに考えますし、消極派の方はそういう庇護を認めるというようなことは行き過ぎであるというようなことで、結局二回以後の会議が開かれないことになったのであります。  したがいまして、先生御質問の難民の認定以前に庇護を認めるかどうかということは、一応そういう全権会議まで行ったわけでございますが、現在の国際社会の状況ではそれを認める段階に行っていないということになります。しかし、条約はございませんけれども、それぞれの国が、西ドイツのように、国内の法律によりまして迫害を受けて本国にも帰れないという人々に対して庇護を与えるということは国家の自由でございますので、国内法によってそういう処置をすることは十分可能ということになるわけでございます。

野間友一日本共産党

○野間委員 国連か何かがガイドライン的なものをつくって、できるだけ同意したらという御質問をいたしたわけですけれども。

宮崎繁樹明治大学教授

○宮崎参考人 そのガイドラインというのは、一応世界人権宣言、それから領土的庇護に関する宣言ということがガイドラインということになるわけでございまして、先ほどの条約というのは、それを一歩進めて条約化しよう、そういうことだったわけであります。現在のところは、そういうガイドラインといいますか、そういうものをつくるという動きはございません。一応全権会議の流産ということで終わっております。

殿岡昭郎東京学芸大学助教授

○殿岡参考人 お尋ねの条約の認定する難民と認定を受けることのできない難民の法的地位の関係でございますけれども、私、これについては詳しく存じませんで、間違えるといけませんので申し上げることはできませんが、ただ、アメリカで行われていることについてだけちょっと申し上げます。  先ほどお話ししましたとおり、アメリカでは移民を受け入れるという制度のもとで難民の受け入れということをやっているわけでありますけれども、通常、向こうに再定住しましてから二年ないし三年でグリーンカードというものを交付されておりまして、これは日本人でいいますと永住権に近いものだと思います。これを持ちまして外国を旅行することを含めて行動の自由というのはほとんどカバーされているわけであります。  国籍につきましては、私の知る範囲ではインドシナ難民でまだ取得したということがないようですけれども、御承知の属地主義の制度をとっているところですので、生まれた子供についての国籍の問題も大きな問題にならないということで、この永住権ということで特に大きな問題は起きてないのではないかというふうに思っております。

田中宏愛知県立大学助教授

○田中参考人 具体的に条約を批准したことによってどういう点が改善されるかというお尋ねだと思うのですけれども、いろいろ細かいことはありますが、多分非常に際立ってはっきりしてくるのではないかと思われる点を幾つか申し上げてみたいと思います。  現在の段階ですと、閣議了解で入っているような状態のままでは、難民の人たちが海外旅行することが非常にむずかしい。現在は実は入国管理局長の局長証明書というものが発給されていますけれども、これは証明書そのものが非常に簡単なもので、渡航先国が査証を発給するときにどうも旅券とみなさないというようなことがあったりして、非常に海外旅行が不便だと思うのです。今度は条約によって、難民旅行証明書という条約の付属文書についていますような様式の定まった、しかもそれに一九五一年コンベンションに基づく旅券ということがちゃんと明記されるような旅券の発給が義務づけられますので、したがって、先ほど私が申し上げましたように、海外旅行は日本人が日本国の旅券を持って海外へ旅行する場合と非常に近いような状態で可能になるということが一つあるかと思います。  それから、これもせんだって私はある大学のことで相談を受けたのですが、現在いる難民の中で、本国でたとえば高等学校を卒業しているというような人が、日本の大学で勉強したいというケースが出てくることがあるのです。その場合に、卒業証明書だとか学業成績証明書を保持していないのが通常なわけです。したがって、大学に出願をしようと思った場合に、自分が学校教育の十二年を終了しているかどうかということを証明しようがない。したがって願書が受け付けられないというようなケースが現に出てきているわけですけれども、条約が発効しますと、二十五条に基づいて、そういう公文書、自国から受け取っていたいろいろな資格証明というようなものについては、日本側がかわって発行する。恐らく本人からの供述に基づいてそれを間接証明するというような方式をとるのかと思います。  ただ、日本の場合には具体的な文書の発給を裏づけるような国内法の改正は行われていないようですけれども、当然条約上の効果として、私は難民なので卒業証明書がないけれども間違いなくかくかくしかじかの学校を卒業しているというように自主申告をした場合には、恐らく卒業証明書がないというそれだけの理由で出願を拒むということは許されなくなる。したがって、そういう人が試験を受けることはできるようになるのではないか。これが第二点。  それから、第十二条に法的地位の関係で属人法の問題がございますけれども、これによりますと、条約上の難民という認定を受けた者については、いわゆる身分法関係ではすべて日本法を適用するということが条約上でうたわれておりますので、こういう人たちがいろいろ身分にかかわる婚姻だとか養子縁組みだとか、あるいは離婚ということもあるかもしれませんけれども、そういう場合に、通常法令に基づいて本国法が適用される現在の日本の法運用の中で、唯一例外として、外国籍を持つ者であるにかかわらず日本法で処理するということになりますので、たとえば婚姻届を区役所の窓口に出すときに、本国法に基づく婚姻資格の具備を立証しなければ婚姻届が受理できないというようなことで不利益をこうむることは恐らくなくなるのではないか。  それからもう一つ、これは関連する入管令の方にすでに盛り込まれているようですけれども、日本に不法入国あるいは不法残留というようなことになった場合に、もちろんかなり要件は厳格なようですけれども、刑罰を科せられることを免除される、そういう規定が盛り込まれていますので、一定の要件を備えた難民については日本側は不法入国、不法残留でもって刑罰を科すことができなくなる。これは安藤先生なんか苦心されている流民に適用されるかどうかというのは、「直接」日本に来たという表現に条約上なっておりますので、その「直接」というのがどういうふうに解釈されるか、大変デリケートな問題はありますけれども、従来すべての外国人に刑事訴追が可能な法制度になっているわけですが、難民の認定を受ける場合には刑事訴追を免除しなければいけないという規定が盛り込まれていますので、この点では違った扱い方が行われる可能性が出てきたというあたりは、直接いま難民として日本に暮らしている人たちが生活の上でいろいろぶつかる問題に即して考えてちょっと思いついたものを拾い上げたのですけれども、そんなことではないかと思います。  それから二つ目のお尋ねは、認定されなかった人たちの問題をどう考えるのかというような御趣旨かと思いますけれども、これは幾つかの点で条約の批准そのものの影響が免れないだろうという気がいたします。それは、他国で難民として認定されている人が例の条約によって義務づけられている旅行証明書を持って本邦を訪れるというようなことが多分非常に頻繁に起こってくると思いますので、そういうことになりますと、他国で認定を受けた人が日本に来て、場合によってはそのまま日本に住みつきたいというようなことを考える場合が起こり得るのじゃないかと思うのですね、これは家族再会というような形で起きると思いますけれども。そういう場合に、日本ではその人は日本の審査基準では難民に該当しないという認定をすることは、余りこういうときに外圧を持ち出すのは適当でないかもしれませんけれども、多分かなり日本政府としては勇気が要ることになるのではないか。そういう形で認定を受けた人が移動することによって、認定基準のある程度の国際的な平均化というのが行われてくる可能性があるわけですね。  その場合に、たとえばアメリカなんかですと条約上の難民というのは非常に少ないようですけれども、アメリカの場合には特別立法、しかも時限立法をかなりたくさんつくって難民の救済を行っているようです。ですから、たとえばキューバ難民法なんという法律があるようですけれども、これは一九五九年から六四年までの時限立法として、キューバの特殊な状態で生じた難民を保護する、その難民に与える具体的な地位、処遇というのはかなり条約上の難民に準じた扱い方をしているというようなことがあるようです。  それから、西ドイツだとかあるいはフランスあたりになりますと外国人関係の法的地位に関する一般法がかなり整備されているようで、難民でなくなったからといっていきなり不法残留で退去を強いるとか、あるいは途端に難民として得ていた地位、資格を剥奪するというのは、これは具体的な問題としても大変やりにくいと思うのですね。冒頭で申し上げたたとえば旅行証明書の発給一つ考えてみましても、途中で難民の地位が消滅するというようなこともあり得ると思いますけれども、それで途端に国外旅行の機会を奪うということは非常にむずかしいと思うのですね。  それから、日本の方でもそのことはある程度予想したと思われて、先ほど申し上げましたように国民年金なんかでも国籍要件撤廃という方式をとっていますので、難民なら年金に入れるけれども、なくなったらだめになるというのではなくて、外国人一般に開放されるという形で受けているわけですから、難民でない者が難民との間に著しい格差を生ずるということは、事柄の性質上非常にやりにくいと思うのですね。  現在では実際の運用はまだわれわれは見てないわけですから何とも言えませんけれども、恐らく具体的な推移の中では難民が一つの牽引車の力を持ちながら、難民という認定は受けられなかったけれどもそれに準ずる人たちは、難民に準じた扱いをしていかざるを得なくなる。特に日本の場合には閣議了解で入国許可をし、定住を許可してきたすでにいる人たち、この人たちの中で、法務省の書いたものでは条約上の難民はかなり少ないだろう、こう見ているわけですから、もしそのことがこのまま認定業務の中に反映されるとすれば、閣議了解で日本政府が責任を持って入国定住を許した者に、後になってどうも条約上の難民ではないからこの人たちの保護はいたしませんと言うことは、これまた日本政府として大変むずかしいのではないか。不利益処分の不遡及の原則というような点から考えても、やはり難民としての認定を受けない人についても難民に準じた扱い方をしていかざるを得ない。  フランスとかドイツなんかでも、一般的な外国人法の中でできるだけ有利に扱うというような形でその間を埋めているようですから、やや希望的観測かもしれませんけれども、私は、そういう運用の中で両方をうまく整合性を持たせて統一的に行政運用をするということをやらざるを得ないのではないか。特に欧米の場合には大体受け手の方の一般外国人法がかなり整備されて、国内的な地位、処遇も国民との間の格差がそれほど大きくないようになっていますので、そういう方向で日本もむしろ進むべきではないかということにあるいは私の意見はなるかもしれませんけれども、そんなことでございます。

原後山治弁護士

○原後参考人 いま田中先生が大方おっしゃったので、余り言うことはございませんが、条文上気のついた点を申し上げますと、まず、この条約批准の結果どういう利点といいますか、そういうものが難民と認定された人に与えられるかですが、法的地位から言いますと、第十二条で難民の身分は住居国の法によるか、または住所がないときは居住国の法によって規制されるということでございますから、日本法の適用ということが問題になってくる。日本法の適用で不利な点で考えますと、どうも国籍法あたりとの解釈、運用の問題が出てくるのじゃないか。父権血統主義をとっております日本の国籍法自身がこういう面から批判を受けることが出てくるだろうと思っております。  それから、職業的に言いますと、第十七条で賃金運用の点で外国の国民に与える最恵国待遇を与えるということがございます。そこで、私、先ほど来の司法修習生になった金敬得君のことに触れて考えてみまするに、アメリカの場合には日米友好通商航海条約というのがございまして、そこで相互主義をきちんとしている。したがって、アメリカでの自由業の職業があれば日本でも同じように待遇しなければならない。したがって、司法試験に合格すれば当然にアメリカ人の場合は問題なしに日米友好通商航海条約によって司法修習生に採用せざるを得なかったであろうと思うわけです。  たまたま彼が韓国人であるために日米友好通商航海条約を持ち出すことができなかったのですが、しかし、長い歴史的理由その他によって最高裁判所は採用しました。ただ、採用に条件をつけまして、日本国籍を有する者を司法修習生採用の要件とするという最高裁の原則はまだ変えておりません。ただ例外を認めるという形で金君も採用したし、その後韓国系の人も何人か採用されてきておるわけですが、最恵国待遇的に考えるともっと採用の幅が広くなるであろう。その点は十九条の自由業との関係でも、自由業を営むことを希望する者に対してできる限り有利な待遇を与えるというような点もございますので、少なくとも私どもの法律関係では、最高裁判所はいままだ残しております日本国籍条項というものをもっと全面的に撤廃する必要をこういう面からも考えなければならなくなるだろうと思います。  それから教育の面では、二十二条で初等教育に関して自国民に与えるのと同一の待遇を難民に与えるとございますから、当然就学通知などをしなければならなくなるだろう。外国人の方は役所から就学通知が来ないものですから、自分でやらなければなかなか入れてもらえないということであったのでございますが、そういう就学通知義務なども日本人同様になるであろう。  それから、国民年金の点は前に申し上げましたから省略いたします。  それから、行政措置の二十五条の第二項あたりでいろいろ文書の整備をするということがございます。たとえば大学に入るのに卒業証書が要るという場合に、難民の多くはそういうものを持っておりません。そういう点について適切な配慮をする必要が出てくるであろう、そんなことも考えられるわけでございます。  その他、この難民条約だけじゃなくて、人権規約の批准に伴って国内法上検討すべき問題はたくさんございます。それへのきっかけがこれではっきり出てきたという点で、難民条約の批准の意義はきわめて大きいと思います。  それからもう一つの、難民に認定されない場合の法的地位をどういうふうに考え、また処理すればいいかという点でございますが、最初に申し上げましたように、難民認定が厳し過ぎればそれは仏つくって魂入れずになるではないか、かえって難民排除の理由に行政的に利用される危険をわれわれは感ずるわけでございます。その点で、先ほど私は認定機関を第三者的な妥当なものにするように申し上げたのですが、問題は、仮にその認定が認められなかった場合にどのような救済を考えるか、その救済の最後は裁判所でございます。  ただ、問題は、裁判所での救済を待つ間の身分をどう保障してあげるかという点でございます。たとえば、思い起こせば四十三年の三月二十六日に、柳文卿という人が日本に留学しておりまして、そしてその更新が許可されずに不法残留となって、異議申し立てをしたがそれも通らない、それで仮放免をさらに求めようというので出頭したところ収容されてしまいまして、しかも収容の翌日には午前九時三十分に飛行機で強制送還するというようなまことに過酷なやり方をやって、そのためにその周辺の人たちが刑事事件を起こすようなことすらあったのですが、そういうような発想、そういうような扱いは絶対にあってはならないと思います。  やはり日本は最後は裁判所の救済を待つわけでございますから、裁判所の救済を待たせる間に適切に、仮放免するなりしかるべき処遇を与える、そして最後のところは、私も弁護士ですから、そういう問題を日本の憲法に照らし、その他国際人権規約に照らして、正しい難民認定であるかどうかについて十分に司法救済、最後の裁判所の救済を与えさせたいと思いますし、それについての仮の保全処分、保全処置、これについては立法上も十分工夫する余地があろうと思います。  具体的にはちょっと私もまだ用意がございませんが、そこら辺はぜひ御検討願いまして、条文の中にないじゃないかとか、たとえば先ほど申し上げました経過措置なども条文に書いてないからいいじゃないかというような非常に消極的な解釈がともすればあるのでございます。しかし、こういう実体法的なものは手続法的な保護なしには実現しないのです。むしろ手続法こそが権利実現の最も大事なものでございますので、私も手続にかかわる一人として、ぜひこの問題の認定ないしは認定の運用の細かい点についての国会での御討議、御配慮をお願いしたいと思います。  以上でございます。

野間友一日本共産党

○野間委員 どうもありがとうございました。

青木正久自由民主党

○青木委員長代理 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。  この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。  本日は、大変貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼申し上げます。  この際、暫時休憩いたします。     午後二時五十五分休憩      ————◇—————     〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕

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