社会労働委員会 第4号
- 発言数
- 193 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1980/03/25
会議録
○委員長(久保亘君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。 昨二十四日、田代由紀男君及び小笠原貞子君が委員を辞任され、その補欠として長田裕二君及び内藤功君が選任されました。 —————————————
○委員長(久保亘君) 次に、理事の補欠選任につ いてお諮りいたします。 小平芳平君の一時委員異動に伴い理事が一名欠員となっておりますので、この際、理事の補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保亘君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に小平芳平君を指名いたします。 —————————————
○委員長(久保亘君) 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。野呂厚生大臣。
○国務大臣(野呂恭一君) ただいま議題となりました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 戦傷病者、戦没遺族等に対しましては、その置かれた状況にかんがみ、年金の支給を初め各種の援護措置を講じ、福祉の増進に努めてきたところでありますが、今回、年金等の支給額を引き上げるほか、障害年金、遺族年金、戦没者の父母等に対する特別給付金の支給対象範囲を拡大するなど一層の改善を図ることとし、関係の法律を改正しようとするものであります。 以下この法律案の内容の概要について御説明申し上げます。 第一は、戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部改正であります。 改正の第一点は、障害年金、遺族年金等の額を恩給法に準じて引き上げるものであります。 改正の第二点は、障害年金の支給対象の範囲を拡大し、勤務に関連して負傷し、または疾病にかかり、自後重症により、一定時点以後に第五款症以上の障害者になった軍人軍属または準軍属であった者に対し、障害年金を支給するものであります。 改正の第三点は、遺族年金、遺族給与金の支給対象範囲を拡大し、勤務に関連して負傷し、または疾病にかかり、一定期間内に他の疾病を併発して死亡した軍人軍属または準軍属の遺族に対し遺族年金または遺族給与金を支給するものであります。 第二は、未帰還者留守家族等援護法の一部改正であります。 これは、未帰還者の留守家族に支給される留守家族手当の月額を遺族年金に準じて引き上げるものであります。 第三は、戦没者等の妻に対する特別給付金支給法の一部改正であります。 これは、昭和五十四年の遺族援護法の改正により遺族年金等を受ける権利を有するに至った戦没者の妻に、特別給付金を支給するものであります。 第四は、戦没者の父母等に対する特別給付金支給法の一部改正であります。 これは、昭和五十四年の遺族援護法の改正により遺族年金等を受ける権利を有するに至った戦没者の父母等及び戦没者の死亡後他の子や孫が改氏婚したこと等により戦没者の戸籍抹消時点に他に氏を同じくする子や孫がいない戦没者の父母等に、特別給付金を支給するものであります。 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要であります。 何とぞ慎重御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願いいたします。
○委員長(久保亘君) 以上をもって趣旨説明の聴取は終わりました。 これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。
○片山甚市君 私は、本法改正の審議に加わるたびに胸を締めつけられる思いがいたすものです。 戦争犠牲者に対し、生き延びた者の責任をどう果たすかについて、いまでは戦争を過去のものとしてとらえ、あるいはみずからの体験を懐古的に受けとめ、新しい戦争の危機さえもあるという国際情勢の中で、これを美化するがごとき風潮があることは、特に戦争犯罪者への憤りとともに、国家責任である戦争への政府の対策に問題があると思います。 たとえば、東條英機が靖国神社に祭られております。そこに大平総理大臣は頭を下げていますが、大臣に所見を聞きたい。東條さんの家族には恩給は幾ら支払われておるか。東條さんの御家族には恩給は支給されておるのか、されておらないのかということをまず聞きたい。そうして、こういうようなことがいつの間にかやみにやられたということについて何とも思わないのかどうか、まずお聞きをしたい。
○政府委員(松田正君) 東條元首相が靖国神社に合祀をされておりますことにつきましては、靖国神社の独自の立場で実施がされているものでございまして、私どもといたしましては、これらの問題につきましては一切関知をいたしてないところでございます。 それから、扶助料につきましては、恩給法によりまして文官としての公務扶助料が支給されているというふうに聞いております。
○片山甚市君 幾らですか。
○政府委員(松田正君) 個人の問題でございますので、額は従来申し上げてないということでございます。
○片山甚市君 じゃ、よろしいです。言えないほどの金をもらっておるということはわかった。 そこで、すでに昭和四十八年の第七十一国会から提案し続けてきました一般戦災障害者救済の戦時災害援護法は、第八十四回国会から全野党の皆さんの共同提案となりまして、本委員会においても、参議院クラブの御同意も得られて提案をされる運びになっておりますが、歴代の大臣は、その必要性を認めつつも一般社会保障の充実強化の中で対策を講じていきたいという答弁を繰り返しておりますが、野呂大臣としてはこれについてどのような御所見があろうか、お伺いします。
○国務大臣(野呂恭一君) 御指摘のように、一般、戦災者の援護につきましては、従来から一般社会保障の充実強化を図っていく中で対処することが適当であるというふうに考えておるのでございます。戦災者を特別に取り上げて、これに対して新しい処置をするということは大変むずかしい問題であるということが従来から政府の考え方でございました。したがって、私といたしましても従来からのこの政府の方針に従って、戦災者に対しての特別の処置を講ずることは大変むずかしい問題であるというふうに考えておるわけでございます。 問題は、援護というものが一体本来どうあるべきものなのであるか、したがって、本土決戦というところまで最終的には追い込まれたけれども、一体その戦闘行為というものの中に入っておったのかどうか、いろいろ援護法それ自体の本質から考えてまいりまして、一般戦災者をその中でとらえることは大変むずかしいのではないかというふうに考えるわけでございます。心情的には、いろんな問題において私どもは大変ああいうふうな状態そのことについては心情察するものがございますけれども、その実態論から考えてまいりましても、援護法として特別な処置を講ずることは大変むずかしいということをいま今日でも考えておるわけでございます。
○片山甚市君 一番愚にもつかない答弁をしたのはあなたが初めて。この六年間国会におりましたが、野呂大臣ほどわれわれにとっては、いや、失礼でございますが、官僚の答弁をそのままに読み上げて心のないことを言ったのはあなたが初めてです。覚えておきましょう。いわゆる人の痛みも悲しみも苦しみもない。東条英機が靖国神社に祭られて天皇が頭を下げる、こういうようなのにかかわらず、生きてなお痛みを感じ泣きながら叫んでおる、こういうことがわからないような程度の大臣であるということがよくわかりました。程度のほどがわかった。こういう大臣に聞いてもしかたないけれども、与えられた時間、あなたの土根性がどういうものであるか、しっかり確かめながら聞きたいと思いますから。いわゆる人間はやはり涙もあり血もなければならぬ。法律が言うんなら大臣なんか要らぬのです。ここは法律をつくる場所です。かつていままでの大臣の中ではあなたのように言わないで、よく話を聞きながらやってきたけれども、官僚上がりといいますか官僚的といいますか、それでよろしいから、きょう時間ないから、きょう責めぬと思ってもまた別の日に責めますから、心配しなさんな。いいかげんに官僚答弁はやめておきなさい。 そこで、一般社会保障で処理をする問題だとあなたは言われておりますけれども、「東京百年史」というものがここにあります。その中のこれは第五巻ですが、昭和四十七年に発行しております。当時の都民は、「おほすめろぎのいませる」おほすめろぎというのは天皇です、知らぬでしょうけれども。「おほすめろぎのいませる絶対唯一不二のものである。」、東京のことです。「故に東京を護ることは即ち日本を護ることであり、」「官民上下、須臾と雖も」、一瞬の期間といえども「忽諸に附すべからざるは、東京都の決戦態勢でなければならない。」と都政方針で述べております。そうして疎開や隣組体制などの強化に組み入れられ、みずからの意思で被害を避けられる状態になかったのでありました。 あるいは、陸軍大将であった西尾都長官が、就任の第一日の「都民に告ぐ」や、告諭一号、昭和十九年八月二十六日で明らかにしているように、官民一丸となり都の使命として最先頭に立って物心両面にわたる戦力の増強を図ることを指示しております——これは千二百七十七べージですが——ことでも、首都決戦、首都防衛が都民に強制されていたことは、すなわち軍の指示に従った結果であることは明らかではないでしょうか。なぜ国の責任を同じ国民に対して身分関係のみで区別するのか。 何回でも言いますけれども、天皇が物を言ったのか言わなかったのかというと、天皇は国民を赤子だと言い、青人草だと言った。あなたは知らぬでしょうけれども、学校を出ておらぬから。学校出ておったらわかるんです、小学校でも教わるんですから。われわれ言ったのは、なぜそれだけ差別するのか、同じ子供で。命令をしたか、せぬか、ちゃんとあるんです。あんたに答えてほしいと言ってない。私はいま返事しておるのです。そういうようなのがありますから、いわゆる確かに戦争責任は全国民に対してありますが、傷跡を残す戦争犠牲者に対して、どちらかと言えば戦争責任を問われる高級軍人には恩給があって、先ほども言ったら、言えないほど。その指示のもとに死んだり障害になったり強制された者を放置する。いわゆる一般社会保障で十分だ、救済されておるんだからいいんだと。こういうようなことについては納得できないのでありますが、あなたはもう一度、社会保障が充実しておるからそれでいい、こういうふうにお考えだとお答えください。遅いじゃないか。後ろに来ている人たちが、どのくらい冷たい三重県出身の代議士かよくわかるでしょう、野呂さん、お答えください。
○国務大臣(野呂恭一君) 私も戦争経験者でございまして、恩給はもらっておりませんが、最後の戦争に参加をさせられた一人でございます。また親族の中には戦災者もおるわけでございます。十分その実態、心情については私は理解しておるつもりでございます。 しかしながら、問題は、政府として責任ある処置をどうするかということについて、これは大変むずかしい問題であるということを申し上げたわけでございます。私どもは戦災者の実態というものが、いわゆる援護法の制定の趣旨に基づいてその中で処理でき得るかどうか。こういう点に大変むずかしい問題があると正直にそのことを申し上げたのでありまして、私もその戦災者の心情は、身近な親族の中にあるだけに十分承知をいたしておるわけでございます。私も戦争における犠牲の一人であると自分も考えてまいっておるわけでございます。どうかそういう意味で、決して一般戦災者に対しては社会保障の中で、充実強化する中でその犠牲に報いられるんではないかと私は強調しておるわけではないのであります。政府がその法律の中でどのようにこれをとらえていくかということのむずかしさ、ただ言葉だけのお答えを申し上げることではむしろ片山先生に失礼であると思って、私はその現状の実態を申し上げたわけでございます。
○片山甚市君 昨年、橋本龍太郎前厚生大臣は、サンプル調査になるので大変失礼だけれども、それを基礎にして前進できる問題があれば前進をして努力をしてみたいと言っておりましたから、引き継がれて何かあるかと思ったから聞いたのですが、何もないということがわかりました。 それならば、結局援護法ということになれば補償が過大になるということから、それを恐れておるためにこれができないのかということを聞きたいのです。それは、戦争の記録の風化が進んでいる今日、いまや戦争を告発する人々ももう少なくなってきました。激減しているんです。そんなことよりも何よりも、日本の国が何らかの形でこれらの人々に対して具体的な措置を考える必要があると思う。 といいますのは、せんだって名古屋における幾つかの試みがあり、今度は大阪府においては調査費が大体五十五年度として実態調査をすることになっておる。すでに戦災者の団体、杉山千佐子さんが会長になっておる会から詳しい調査の内容が進められておりますが、その実態をお知りでしょうか。
○政府委員(松田正君) いま先生お尋ねの、愛知県におきます一般戦災傷害者につきましての措置が五十五年度におきましては見送られたということは、私ども聞いてはおります。 ただ、そのいきさつあるいは経過、そういったことにつきましては、つまびらかにいたしておりません。ただいま大臣から申し上げましたように、一般の戦災によりますいろんな傷害を受けられた方、亡くなられた方も含めまして、こういった方々に対する措置というものにつきましては、御承知のように、援護法の制定の趣旨あるいはその目的等から考えますと、その対象に現行の制度の中では取り入れることは非常に困難であるということでございます。ただ、そういった方々につきまして今後どういうふうにしていくかということは、私たち課題として十分承知をいたしておるところでございます。
○片山甚市君 私が聞きたいのは、金が要るからいやだと言っているのですねと聞いておるんです。
○政府委員(松田正君) 財政的な問題は、制度を創設しあるいは運営する場合に大きな要素になることはもちろんでございますけれども、ただいま大臣から申し上げましたように、一般戦災者といった者をどういう仕組みの中でどういうふうに構築していくかということのむつかしさを考えておるわけでございます。
○片山甚市君 天皇はわれわれを赤子と言った。子供に差別があるのかと聞いているんです。差別があるとあなたは言っているんです。田舎の言葉で言うと、ぬかしておるんです、ぬけぬけと。私は、雇われたとか雇われないとか、命令されたとかされないといっても、みんなやったんです。一億一心火の玉だと言ったんです、このときに、やっぱりその人たちに対して。もう風化してますよ。七十、八十近くなっとるんです。あと幾ばくもないですよ。それは野呂さんみたいなこれからまだまだ総理大臣にでもなろうかといってがんばる人だったら別ですが、なかなかですよ、これ実際は。その痛み。私が会うたびにおばあちゃんやおじいちゃん死んでいるからね。火が消えていくんです。あなたらはわかりませんでしょう。そんな法律論と違うんです。何とかしてください言っているんです。 援護局長が、ニューギニアへ行きましただの遺骨とりに行きましたといって話して、これはお楽しみでもございましょうが、現実に生きている人間にやってもらいたいんです。私は遺骨とりに行った、いかんと言っているのと違うんです。金が要るのか、要るんなら何ぼと一遍ぐらい計算したらどうか。計算する資料をつくれと言ったら、うんのすんのうんのすんの言って、今度国勢調査の中でも入れましょうかと言ったけれども、入れそうもなさそうだし、あなたに聞いてもしようないですがね。ぬかにくぎ、豆腐にかすがい。 とにかく既成の軍人、肩章つけた者どもがえらそうに言う、のためになっていませんか。いわゆる肩章の数の多い方の人間が物を言うたのは物になるけど、何もつけとらん人間、平服の人間に対しては十分でないというふうに思いませんか。言葉のあやと違うんです。天皇陛下がかしこくもと言うとる。われわれを青人草、いわゆる赤子と言った以上は、差別しちゃいかんじゃないですか、戦争で。これをあなたたちは法律をつくって、東條英機という人ですら祭って、天皇が頭下げる世の中になってしまった。ところが、生きている人間が大事にされる社会保障の充実だけで足りない、こういうことで言っておるんでありますから、あなたに言っても仕方がないでしょうが、もし大臣が答えることがあったら答えてください。
○国務大臣(野呂恭一君) 片山先生の言われるお気持ちは十分私も同感でございますが、問題は、国の行政という立場でこういう問題を処理する場合、その法律に該当しない接点にある人、あるいは戦争のために犠牲になった方々に対しては恩給法が適用される場合があり、あるいは援護法が適用される場合があり、いずれにも適用されない谷間にある、しかもやはり戦争の結果与えられた犠牲というものに対して、国がどう処遇しその犠牲に対して報いていくかということは、政府全体の問題として今後検討しなきゃならない問題である。 恐らく、きょうの片山先生からいろいろ御質疑の中で、そうした恩給法にも適用を現行法ではさせることができない、援護法の上におきましても適用できない、その谷間にあるいろいろの問題が実は出ておるわけでございます。それらの問題は、これは政府全体の問題として私はこの前衆議院の委員会でも答弁を申し上げたわけでありますが、そういう接点もしくは谷間にあるそういう戦争犠牲者というものにどう対応するかということについては、別途関係機関と連絡をとって積極的にその対応を進めてまいりたい、こういうことを申し上げたわけでございます。御趣旨の点は十分理解いたすわけでございますが、今後そのようにどう対応するかということは、決して財政的立場で私はあってはならないと思うのでございます。そういう点は十分理解をいたしております。
○片山甚市君 お金のことでないとおっしゃったからそれでわかりましたが、実は対馬丸が遭難された模様と、非戦闘員である学童に対してとられた措置は当然だと思いますが、それはどのようになっておりますか。
○政府委員(松田正君) 対馬丸で遭難をされました学童の遺族に対しましては、現在沖繩開発庁から見舞い金の形で給付がなされております。この中身は、遺族年金の約半分相当ということで支給をいたしているところでございます。
○片山甚市君 あなたは私の質問を全然聞いてない。それで私の質問をとりに来たお二人の方も、私が一時間ほどレクチャーしたにもかかわらず何にもやってない。これほど耳が遠くなっているということ。対馬丸の遭難の模様をと言ったんです。それは模様を聞いたんです。抜けておるでしょう。もういいです。 私の方でよくわかっておるんですが、そんなの聞いてたら……。遭難者は乗船者が千七百四十七名、死亡者が千五百八名、船員が二十四名、学童が七百三十六名、引率教師が二十四名、付き添い父兄が七百二十四名、生存者が二百三十九名、うち船員が六十二名ということになっております。これはあなたの方の調査を見ておるんです。こういうような形で雇用関係がなくても一定の関係でちゃんとしておるということを覚えておいてほしい、明確に。 戦争でB29が来て、日本の町にぐるぐる火をつけて、二重に回して焦げ焼けにしたのは御承知のとおりですね。それはアメリカが、昔で言うヤンキーというか、鬼畜米英が来てやったんです。そうでしょう。私が言ったんじゃない、そのときの言葉で言ったんです。私はそんな失礼なことは言いません。そういった蒸し焼きになった人間やけがをした人間はほったらかしになるけれども、アメリカの潜水艦がばっと水雷を撃って、沈んだ人間には開発庁でも金を出すんです。何かできるでしょう。沖繩開発庁でもこれだけやっておるんですから。本土におる人間はいかぬのですか、沖繩だけですか。沖繩はよけい殺したからですか。これはどうですか、援護局長。
○政府委員(松田正君) 問題は、そういった戦時中にいろんな形で被害を受けられた方、それは精神的あるいは肉体的な被害があろうかと思いますけれども、それぞれの態様に応じてどのようにそれを対処していくかという問題であろうかと思います。 現在、私どもが援護法、現行制度の中で処遇が非常にむずかしい対応のものがたくさんあるわけでございます。そういった問題を今後政府全体としてどういうふうに処理していくかという基本的な考え方につきましては、ただいま大臣から申し上げたとおりでございまして、そういったようなものにつきまして今後検討の課題だというふうに認識をいたしておるところでございます。
○片山甚市君 まず、雇用関係がなくても身分関係がなくても金を払っておるということだけ覚えておいてほしい、どこであろうと。払えないなどと言うのは払う意思がないからだ。 そこで、橋本前大臣が戦災傷害者の調査をやる、本年度実施するということで予算をつけましたということでありました。ところが、それはサンプル調査でありますから調査結果が非常に不十分だと思うんですが、作業の状況は、そして見通しはどうですか。
○政府委員(松田正君) 五十四年度身体障害者の実態調査の中で、一般の戦災者関係につきましても調査をするということは申し上げておるとおりでございます。現在のところ調査時点は二月の十五日現在を予定をいたしておりまして、客体といたしましては七千八百名ほどを対象にいたしております。そういうことでございますので、調査結果が判明いたしますのは恐らく来年度の六月ごろになろうかと思いますので、その調査の結果を待って検討いたしたい、かように考えております。
○片山甚市君 そのときに橋本前厚生大臣は、総理府の官房ともよく相談をしながら実を上げたいと言われておったのですが、実は、すでに戦災者に対しての調査は愛知県などでやられておりますが、国が資料が非常に不十分だ、こう言われたようですが、昭和五十四年三月、内閣総理大臣官房管理室でこういうものが出ています。これをもらっても大体どういうことかということが大方推測はできるはずでありますが、見たことはありませんか。
○政府委員(松田正君) 承知をいたしております。
○片山甚市君 見て何とも思いませんでしたか。
○政府委員(松田正君) 戦災によりますいろんな調査の結果、これは戦災の史実調査でございまして、被害地域でありますとか被害の人員でありますとか、どういう範囲であったかということの史実としての調査をいたしたものと考えております。中身につきましては、いろいろ御議論あろうかと思いますけれども、いろんな態様で被害を受けられた方につきましては、心情的には全く先生のお考え方と同様でございます。
○片山甚市君 いわゆる一市や一つの県で措置ができると思いません。といいますのは、この報告によりますと、三十九ページ、「初めのころは燈火管制や焼夷弾による火災消火が主であったが、太平洋戦争に突入して事態の急をつげるにおよんで、陸、海、空ともに本土攻撃に備え、バケツ送りによる消火訓練ばかりか、はしごにのぼって屋根の上での演習、突破器の操作訓練、さらには家庭防火群と職域の防空器具、機械整備など、当時としては実戦的な訓練を主にしておこなわれるようになった。」、「戦力がますます深刻化すると、一億特攻の名のもとに家庭の主婦はモンペ姿も勇ましく、ついには本土決戦に備えて、竹やり訓練が連日くりひろげられた。」、こう言っています。これは室蘭の人の例です。 そういうようにして家を守り、町を守ってきた人が戦争に行って、召集令状をもらった人だけは何とかなるけれども、家の中で家庭を守った人間はこういうことについて置き去りになるんでしょうか。このことについてわかったけれども、法律の谷間がある、谷間をつくるからこれは委員会をやっておるんです。わかりますか。私は毎年同じことを聞いておるんです。これを六回やっておるんです。誤解ないように。ことしで私はもう首ですから、首を洗って話しておるんですが、化けて出る以外にないんですな。とりつくか、もう野呂厚生大臣にのろいをかけてわっといくか、とにかくどちらにしても大平の首の方へ向いていくか、これは知らぬけれども、総理大臣に言うか知らぬけれども、これはどうしても日本の国の生きておるところの戦争の原体験を持っておる者というのは、やはり民間の方々が最も一般の社会保障と違った意味で受けとめておる。こういうことについてはもう一度、私の言うことが間違いなら間違い、そう思わないなら思わないと答えてください。
○政府委員(松田正君) 先ほど来申し上げておりますとおり、一般戦災者の方々のそれぞれの態様に応じてどういうような対策を持つべきかということにつきましては、私どもも先生のおっしゃるお気持ちは十分理解をいたしているつもりでございます。ただ、先ほど来大臣から申し上げておりますとおり、現行の制度の至らぬ点あるいはどうしても救いがたい点、こういったものを今後どうするかということでございますので、その点につきましては、大臣が申し上げましたようなことで、今後の課題として受けとめていきたい、かように考えております。
○片山甚市君 それじゃ、先ほど言った、愛知県もそうですし、名古屋市もそうですし、松島市もそうですし、今度は大阪、岸昌さんが知事になりまして、これは調査をいたしますね。それでお金を出したりするでしょうから、そのときに、けしからぬと言ったりすることはないと思いますが、全国に広げていく。スモン病と同じですが、また薬害と同じですが、燃えなければもう厚生省はやらないということなのか、いわゆる率先してやられるようになるんですか、こういうことについてお聞きをしたいんですが。
○政府委員(松田正君) 先ほど来申し上げておりますように、個々の地方公共団体でいろんな施策を検討されておる話は、幾つかお聞きをいたしておるわけでございます。これにつきまして、国が現在のところとやかく申し上げる筋合いのものではないかと思いますけれども、国全体としてそういったシステムをどういうふうに今後考えていくか、これは最前から申し上げておりますとおり、現行法のたてまえとその谷間、あるいは足らざるところ、不十分なところを今後の課題として受けとめていきたい、かように考えております。
○片山甚市君 私は、軍人軍属遺家族等についての措置がよ過ぎるとか、これで十分だなどとか言っておるんじゃないんです。戦争というものは、それほど大きな傷跡と責任をとるんだから、なまはんかな考え方で戦争の準備をしたり、軍備拡張をしてみたり、戦争に備えるなどと言って税金を多くすることは必要ない。いまおる人たちに対する具体的な措置をして、なるほど日本という国はありがたい国だ、この国はこのように守らなけりゃならぬということが安全保障の基本だと思っておる。皆さんと私と違いがある。 なぜならば、いまそういうように焼夷弾や艦砲射撃でどんどんやられた人たちが死んでいくのを待って、何も知らぬ連中にまた——この間、日向方斉さんじゃないけれども、民間のことだから関係ないと言うんだけれども、あの人は財界の大物ですからね、関西経済団体連合会の会長です、住金の社長だったでしょう。それが言うのに、有事に備え徴兵制度、そして一年間に五兆円ほどのいわゆる兵器をつくる、生産をやらないと日本の国は独立できぬじゃないかと。それは一つの言い分はありましょう。その人は、金もうけするためには人が死んだ方がいいんでしょうけれども、私たちはいま生きておる人を大事にしてもらいたいんです。それだけ言っておきます。何ぼ言っても、あなたたちは官僚ですからやりません。 それから第一、総理大臣がかわらぬとだめです。総理大臣が人の心を、ハートを暖かく包んで、それで調査をきちんとしてほしいと言うんですが、調査をきちんとするという約束をしてないけれども、言っても大臣またかわるんでしょうから、もうあきまへん。何遍でも約束したって、一年もたたぬうちにころころかわるような大臣ばかりに言ったって、それは寝言です。私ここに六年おります。丸茂先生と一緒に来まして、丸茂先生はお医者さんでりっぱな人ですが、とにかくいろいろとお世話になってきました、籍は違いますが。いまちょっと留守して、おりません。それでも反対しませんでした。いろいろとありましょうが、軍人と一般の人とを差別することについては納得できない。人殺しした人間が靖国神社などというわけのわからぬ神社に祭られて、それに頭を下げに行くやつもおるけれども、そんな気持ちはわからぬ。好き好きだから行っていいんでしょう。だけど、総理大臣であるとか天皇とかということで行くんなら、言い分がある。これは好き好きだから、自由の国ですからな、立ち小便だけしなきゃ軽犯罪法にかからない。それはよろしい。 時間がありませんから、次に移ります。 八十七国会の本委員会の審議の際採択した附帯決議についての実行を質問します。 旧日赤救護看護婦について、不十分ながら慰労金という形の援護法に準ずる措置で決着がつけられておりますが、元陸海軍従軍看護婦についてはどうなっておりましょうか。
○政府委員(松田正君) 日赤の救護看護婦さんにつきましては、五十四年度から慰労金というかっこうで給付金が支給されておりますことは御案内のとおりでございます。旧陸海軍に使用されておりました看護婦さんにつきましても同じような処遇をすべきではないかという議論がございまして、これにつきましては、日赤の看護婦さんの場合は資料が非常に整備をされておりまして、それぞれの個人別の資料が完備をいたしております。 ただ、旧陸海軍の看護婦さんにつきましては、どこの病院でどのような態様で勤務をしたか、それがどのぐらいであるか、その地域的な問題はどうか、こういうような資料が実は全くないわけでございますので、もとの陸海軍の看護婦さんをどう処遇するかをまず考えます前に、その実情を調査をいたしたいということで、五十五年度予算には千七百万円の調査費を計上いたしまして、現在予算の御審議を願っているところでございます。この調査の結果を踏まえていろいろと検討をしてまいりたい、かように考えているところでございます。
○片山甚市君 当時の従軍した看護婦の証言によりますと、「本土で軍隊教育を受けた上、転属命令で日赤看護婦と同じ船で南方に送られました。志願だとはいえ、内地勤務の陸軍病院からの転属命令は拒否できません。その上、戦地で全く同じ服務についた者が区別されるのでしょうか。」という言葉がございます。調査するまでもないと思いますけれども、いつごろまでに調査を終えられて、その対象とする者が確定次第、日赤従軍看護婦に比べ不利とならない程度の必要な措置がとられるかどうか。とられるように期待したいのですが、いかがでしょう。
○国務大臣(野呂恭一君) いま援護局長からお答え申し上げましたとおり、本年度中に調査を完了いたしまして、五十六年にはぜひ日赤従軍看護婦と同様な処遇をいたしたいという考え方で調査費を計上し、その準備に入っておると申し上げたいのであります。
○片山甚市君 その次に、満州開拓青年義勇隊開拓団について、昭和五十三年度から、訓練中の死亡者のうち軍隊に関連のあった者は援護法の適用を受けることになった。しかし、訓練中に病死した者、義勇隊開拓団に移行して死亡した者は適用外とのことでございますが、附帯決議に沿った措置はどのようになされましたか。
○政府委員(松田正君) 御承知のように、満州開拓の青年義勇隊の隊員につきましては、現在のところ援護法の適用の範囲の中にあるわけでございます。義勇隊をいわば卒業いたしまして開拓団に移行した者につきましては、現在未処遇の状態でございます。これにつきましては関係方面からも、青年義勇隊と全く同じ態様であった、こういうことから同様の処遇をすべきではないか、こういうことでいろいろと議論がなされておる状況でございます。これにつきましては、私ども関係の団体等からも資料その他お話を伺うと同時に、現在資料の整備、実態の把握ということで、鋭意検討をいたしておるところでございます。現在のところまだ結論を得ておりませんけれども、いろんな整備を考慮しながら検討をいたしてまいりたい、かように考えております。
○片山甚市君 日本の国の生命線といわれた旧満州国、東北のことであり、そこで御承知のように石炭やあるいは大豆などを生産をして、とにかく日本の国民を飢えから守るために大変大きな貢献をした人々であるということについても御理解を賜っておきたい。いまごろはアメリカとかよそから入ってきますけれども、その時分はやはり酷寒の地で大変な御苦労を願った方々ですから、御苦労さまですと、靖国神社などに参らなくても、こういう人たちに手を合わす気持ちで政治家としてはやってもらいたいと思います。そんなことをするのはいやでしょう、そんなのはしりに敷いて歩きたいでしょうけれども、まあひとつああせい厚生省で命令だけして何もせぬ、こういうところでございましょうけれども、私から要望しておきます。 旧満州国への遺族慰霊団派遣が日中両国で合意されたと聞いていますが、その構成、日程、派遣計画の継続性についてどうなっておるか、お聞きしたい。
○政府委員(松田正君) 先般十八日の日に発表いたしましたとおり、四月の三十日から十日間の予定で遺族の友好訪中団を派遣することにいたしております。なお、場所は瀋陽それから長春、ハルビンの三カ所でございますけれども、細かい日程につきましては、現在現地の方と折衝をいたしておるところでございます。 そういう状況で、旧満州地区におきましては慰霊巡拝の実現を見ることになったわけでございますけれども、私ども関係者それから旧満州地区の関係者、全国民が要望いたしました慰霊巡拝が三十数年ぶりで初めて実現する運びになったわけでございます。私どもとしましては、最初の問題でもあり、日中友好のためにこういった事業が成功裏におさめられるということを念願をいたしておるところでございまして、当面そういった問題をうまくおさめていく、実施をしていくというところに全力を注ぎたい、かように考えております。
○片山甚市君 継続性はまだ考えられぬ、今度行って失敗したら大変だから失敗せぬようにする、こういうことで御答弁があったことと思いますが、厚生省の調査によれば、中国東北地区、旧満州地区で死亡した日本人は、ソ連参戦の二十年の八月の九日以後だけでも二十四万人余り、軍人軍属はそのうち六万六千、残り十八万人が婦女子を含む民間人であったそうですが、遺骨収集なども可能であるのか、慰霊団派遣を機に遺骨収集についての見通しはどうなっていますか。
○政府委員(松田正君) 私どもといたしましては、旧満州地区のみならず、戦争の行われました各地域におきまして遺骨収集また慰霊巡拝ということで、国民の皆様方の御要望にこたえる方策をとってまいってきたわけでございます。旧満州地区におきましても考え方は基本的には同様でございまして、遺骨の収集あるいは慰霊巡拝といったものにつきましてもかねてから要望をしてまいったところでございますが、昨年十二月、大平総理大臣が訪中をいたしました際に、慰霊巡拝について双方原則的な合意を見たわけでございますので、当面この事業の成功裏におさめられますことを全力をもって努力をしてまいりたい、かように考えておるところでございます。
○片山甚市君 遺骨収集というところまではまだいってない、こういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○政府委員(松田正君) 私ども外交ルートを通じて申し入れをいたしておりますけれども、その実現はまだ見ていないということでございます。
○片山甚市君 それでは、大臣に本当のことを聞きたいのですが、私に質問をとりに来た人に渡しておきました、全国戦災傷害者連絡会の杉山千佐子がつくりました一九八〇年三月一日現在ということで一般戦災傷害者実態調査表というもの。悪い言葉でなくていい意味で、女の細腕というか、片一方しか目がないのにこうやってがんばっておるんですが、これを見ていただいたと思うんですが、この程度のことは今度調査をしてくれるのかどうか。まだ見せてないのかね、大臣に。生意気じゃないか。とにかくこのくらいのことはしてくれるんですな。おためごかしに調査しましただの、適当なことをしましただのと言わないで、これを基礎にちゃんとしてくれるという約束してくれぬ限り、ちょっと休憩してもらいたい。委員長に申しわけないけど、きょうあなたをもう本会議に出れぬようにしようと思う。これ頼みます。——いや、大臣が答えてください。もう援護局長は当てにならぬ、これは大臣に。ほかのことは事務屋に任せておいていいが。答えてください。
○国務大臣(野呂恭一君) いま一般戦災傷害者の実態調査表、こういう形で調査をしてはどうかという御提案でございますが、五十五年の二月十五日現在調査時点におきましては、その調査の結果がことしの六月末に中間発表が行われる予定でございます。その時点に立ちまして、いま御指摘のこうした実態調査をやるべきかどうか、これは前向きにひとつ検討さしていただきたいということで御了解願いたいと思います。
○片山甚市君 前向きにやるのはもういつも言っておるから聞き飽きました。そうすると、この人たちが集めてきた資料は今度は大臣の方で、援護局長の方はこれ捨ててしまうかもわからないけど、大臣ぐらいはちゃんと見てくれる、今度持ってくるから。わかりますか。 名古屋でも五百名から六百名ぐらいおって、ちゃんと措置をすることになっておった。名古屋というのは愛知県だけど。ですから、軍需工場のあったところ、艦砲射撃がうんとあったところにはまだ生き延びている人がありましょうから、そういうことでひとつ前向きと言わないで、これが少なくとも原型、これだけのことは調査してほしいということなんです。これは入れてもらいたいということです。前向きはいいんですけど、前向かぬでもよろしいから、このような趣旨に沿うてやりますというのか。前向きというのは、前向いて後ろに下がりますか、こうやって。前向いてこう行きますか、ちょっときちんとやってください。
○政府委員(松田正君) いま先生御提案になりました、こういったような一般戦災者の中で傷害を受けられた方の実情の状況がございますれば、私たちはその実情をお聞きすることにはやぶさかではございません。ただ、先ほど大臣から申し上げましたとおり、ことしの身体障害者の調査の中でこういったことも盛り込まれておりますので、その結果を踏まえて十分検討していきたいと考えております。
○片山甚市君 私は、尊重して検討してくれるのか、見当違いの検討はやめてもらいたい。尊重してやってくれるのかどうか。
○国務大臣(野呂恭一君) いろんな実態を私どもは調査をするのは当然であると思います。したがいまして、その戦災者の気の毒ないろんな実態というものを十分承知しなければ、これからの行政の展開もできないわけでありますから、そういうことに対しては十分意を尽くしていきたいと考えております。
○浜本万三君 片山委員と重複しないように、最初、一般戦災者の援護の措置について質問をいたしたいと思います。 まず、戦争被害者の傷害者の方の一般調査なんですが、先ほどの御答弁では、五十五年六月にその調査結果がまとまるはずだという御答弁がございましたんですが、その後の作業はどのように継続されるわけですか。
○政府委員(松田正君) 身体障害者の一般的な調査につきましては、これは社会局の更生課の方で実施をしていただいているわけでございまして、それにあわせまして傷害者の調査も行っておるという状況でございます。先ほど申し上げましたように、その結果が大体六月ごろでないとまとまらないということでございますので、その結果を踏まえて、どのように今後考えていくか、その時点で十分に検討いたしたいと考えております。
○浜本万三君 この調査結果というもののわれわれの希望するところは、一般戦災者の援護の措置に通じなければならない、そこに趣旨があるわけなんです。そういう趣旨に沿うように調査をされておると思いますが、そのとおりで結構でございますか。
○政府委員(松田正君) これは、先般のこの話が問題になりましたときの委員会でもお答えを申し上げているかと思いますけれども、一般戦災者の中の特に傷害を受けられた方の実情につきましては、一般の身体障害者の実態調査の中で調査をしたいということを申し上げたわけでございます。これにつきましては、現在の法的規制あるいは制度、そういったものとのいろんなバランスも当然検討しなければならないと思うわけでございます。したがいまして、そういった点も含めて、結果が出ました点で検討をするということでございます。
○浜本万三君 だから、そこのところをはっきりしてもらいたいんです。単なる調査でなしに、戦災者の方たちは、特に傷害者の方たちは、この調査の結果というものが援護の措置に通ずるかどうかということが一番決め手なんです。大臣、調査の趣旨として、そういう趣旨に沿うような調査がなされておるんでしょうか。
○国務大臣(野呂恭一君) その一般戦災者に対して、これは援護処置を講ずる目的を持って特別に調査をいたしておるとは考えていないわけでございます。しかしながら、その実態調査の中からいろんな問題が出てまいるかと思います。つまり、一般社会保障の枠の中で処置できないそれ以上の傷害者として特別の対応を必要とするかどうか、それはやっぱり調査の結果を判断しなければならないのではないか。したがって、目的があって、それに対する調査でなくって、一般的なその戦災者の実態調査ということでございますが、結果によってはいろいろこれは政治判断をしなきゃならぬ問題ではなかろうか、こういうふうに考えております。
○浜本万三君 それでは、調査の結果御判断をいただくということで、これ以上質問は詰めませんが、重ねて一般の基本的な考え方についてお尋ねをしたいと思うんでございます。 つまり、当時の状況から言えば、一般の戦災者も国家の要請に従ってそれぞれの立場で任務についておった、そういう現状につきましては否定することができないと思います。そこで、これらの方々の心情は、少なくとも私は次のような三つを希望されておると思うんであります。 その一つは、過去の心の償いをしてもらいたいという御希望があると思います。それは、国家の目的を遂行するために家庭その他それぞれ配置についたわけなんで、そのために大きな犠牲を受けたというんでありますから、心の問題として国がそれらの方々に謝罪をすると同時に、慰謝をしてもらいたいという気持ちがあると思います。 それから二番目は、将来のあかしが欲しいという問題があると思います。これは戦争によってそういう犠牲を受けられた方々でございますから、再び戦争の起きないようなあかしが欲しい、そういう心情があると思います。 それから第三は、いまの生活の保障として経済的な裏づけをしてもらいたい、こういう考え方が非常に強いんではないかというふうに私は思っております。 戦後三十五年たったわけでございますから、そろそろそういう犠牲者の方々の心情を察しまして、われわれは援護の措置を講ずる道を考えなければ大変申しわけないんじゃないか、私はそう思います。大臣、私のいま申したことについてどのような心境をお持ちでしょうか。
○国務大臣(野呂恭一君) 三つの点において戦災者の方々の希望と申しますか、お考えを御指摘になりました。 確かに、国を挙げての戦争目的遂行のために犠牲になった過去のその心の償い、これに対して国はどう対応するか、あるいはまた、将来再びこういう戦争を起こしてはならないというその将来へのあかしと申しますか、決意といいますか、そういうものにもつなぐ形においてその犠牲者に対して十分考えろということ、あるいは今日の特に障害を受けておる方々の生活保障、そういうものを国がめんどうを見るべきではないかといった三点が一般戦災者の犠牲になった方々の御希望であるというふうにお話しになったわけです。私もそれに対しては十分その心情は理解いたすわけでございます。 ただ、国がどの範囲にどういう形で戦争の犠牲者というものに対してお報いし、処遇するかという行政の立場から申しますと、現行法の中には限られた問題でございます。しかし、戦後三十年、今日に至ってあの大きな戦争の犠牲者ということに対してどう国は対応するかということになりますと、先ほども申し上げたように、谷間にある人、あるいは接点にあって二つの法律でどの処遇もできないといった場合に、これは国全体の問題として内閣自体がいろいろの実態調査の上から判断をしながら、戦災者の期待あるいは国としての責任をどう果たしていくかということについては、私は検討をしなきゃならぬ問題であるというふうに考えております。
○浜本万三君 国との因果関係のなかった方々に対する救済がだんだん拡大をしておることは、先ほど片山委員からも申されましたが、確かにそれぞれ国との因果関係のなかった方々に対して国の援護措置が拡大しておることは、私は結構だというふうに思います。したがって、一昨年だったと思うんですが、小沢厚生大臣は、衆議院におきましてか参議院におきましてか、その辺ちょっと私、記憶ないんでございますが、特に社労の皆さんともよく相談をして逐次援護対策を進めていきたい、こういう御発言をされておるわけでございます。野呂厚生大臣は、恐らくそういうお気持ちを引き継いで大臣の職務を執行されておると思うんでございますが、いずれにしましても、いままで谷間におられたり、あるいはまた未処遇の方たちの強い希望を入れていきますためには、早急にその対応をしていかなきゃならぬと思っております。 私は、そのための提案といたしまして、大臣の私的な諮問機関か何かで結構なんですが、あるいは懇談会でも結構なんですが、そういう問題を検討する諮問機関をつくっていただきまして、早急に問題の解決を図っていただきたいというふうに思います。特に、これは先ほどもお話がございましたように、傷害者の方々の調査が五十五年六月までに一応のめどがつくというお話でございますので、そういう結果等も参考にしながら諮問委員会で十分検討いただきまして、早急にそれらの方方の希望を入れるような処遇を考えていただきたい、かように思いますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(野呂恭一君) 援護法の接点あるいは恩給法上から考えての接点にある人、もしくは二つの法律の谷間にある人々で、具体的にいろんな問題がいま提起されてきておるわけであります。 その一つは、たとえば日赤の従軍看護婦の問題については一応の処遇の解決をいたしました。また続いて陸海の従軍看護婦の問題、あるいはそれから拡大されていくいろんな満蒙地域におきまする義勇軍の問題など、大変幅広い範囲になります。その事態事態を結びつけて検討していかなきゃならないわけでございまして、あるいはまた、韓国のかつて日本人であった人々に対する犠牲に対して一体どう処遇するか。これは外務省も含めての問題でもあろうかと考えますので、一つ一つの問題について、適当な関係機関との連絡協議を進めて一つ一つ解決をする以外にないのではないか。 一般的に、戦争のいろんな犠牲というものを全部羅列して、これはどうだといって一括処理といったような簡単なものではないと考えますが、いま御趣旨の点につきましては、十分検討いたしながら、一つ一つの、特に接点であって、これは援護法でとらえるべきではないかといったような問題が数多くあるわけでございます。そういった問題からまず解決をしていくというふうに私どもは考えておるわけでございます。
○浜本万三君 一段と努力を要請したいと思います。 次は、ソ連の抑留者の問題につきましてお尋ねをいたしたいと思います。 先ほど言いましたように、戦後三十五年経過をしておるわけでございます。戦後処理の問題としての戦争犠牲者に対する援護措置は、先ほどのお話のように、遅々ではありますけれども一定の前進を遂げておると思います。しかし、ソ連抑留者の援護措置はいまだまだ放置されておるままでございまして、関係者や遺族の方々の心情を思いますと、まことに忍びないものがあると思うんであります。 そこで、これに関連することを二、三お尋ねをさせていただきたいと思います。 まず第一は、遺骨の送還の促進についてちょっとお尋ねするんですが、この点につきましては、政府も一定の努力をされておることを私認めておるわけです。しかし、さらにその促進を図るために、墓参でありますとか、あるいは遺骨の収集についての一層の努力を要請したいところでございます。しかし、いろいろ事情がございましょうから、そこで現在の状態とそれからソ連政府のこれに対する態度、さらに政府の対策といいましょうか、これらにつきましてまず最初にお尋ねをいたしたいと思います。
○政府委員(松田正君) ソ連の抑留中に亡くなられました方につきましては、現在二十六カ所の地で埋葬をされております。二十一カ所につきましては慰霊巡拝を従来行ってまいったところでございます。遺骨の収集それから本土への送還につきましては、従来ともそういった方法が承認を得られるに至っておりませんでした。昨年の七月の二十三日、いま申し上げましたソ連側から通報のありました二十六カ所の墓地の埋葬者につきまして、外交ルートを通じて遺骨の収集方をソ連側に申し入れたところでございます。さらに本年の三月十三日には、現地大使館を通じてこれまたその回答の督促方を要請をいたしたところでございますが、今日現在の時点では、まだソ連側からの回答に接していない、これが現状でございます。私どもといたしましては、御遺族の方々の御心情を思いますときに、やはりでき得れば遺骨の収集をもあわせて未実施の地域にはいたしたいということで、かねて努力をいたしておりますけれども、現状はいま申し上げましたような状況でございます。
○浜本万三君 国際的ないろんな関係もあるでしょうから、慎重にかつ早くわれわれの要求が実現するように努力をお願いいたしたいと思います。 次は、抑留中の労務補償の問題につきまして関係者からわれわれに強い請願がございます。せんだっても私、その会合に参りましていろいろお話を承ったんですが、まことに悲惨かつお気の毒な状態を伺いまして、その要求される趣旨も心情的には非常によくわかるわけでございます。したがいまして、私どもといたしましては、何とか政府の方でもそういう考え方を検討していただいて促進をするようにお願いをしなきゃならぬというふうに思っておるわけです。 特に、私が聞きましたところでは、ソ連の戦後復興五カ年計画遂行のために五十数万人の抑留者の方々が動員をされまして、非常に寒い地域で、しかも粗食、粗衣と申しましょうか、のもとに、過酷な役務に服したということが報告をされ、こもごも述べられておるわけでございます。あの時期にああいう状態になったということは、もちろん御本人の責任でもございませんし、これは極端に言えばわれわれのかわりに犠牲になったというふうに思って差し支えないんじゃないかと考えておるわけでございます。 そういう点について、まず厚生大臣から心情を承って、これに対する考え方を、内閣の参事官ですか、見えておるのは、伺いたいと思います。
○説明員(末次彬君) このソ連抑留者につきましての補償の問題につきましては、かねてから総理大臣あるいは官房長官の方からるるお答えしているとおりでございまして、戦後、シベリア等で抑留生活を送られました方々の御苦労というものには、これははかり知れないものがあるというふうに考えるわけでございますが、戦中、戦後を通じまして、すべての日本人が、程度の差こそあるわけでございますが、何らかの意味でいろんな犠牲を払ってきている、こういうことでございまして、抑留生活を送られたという方々に対してだけ特別の処遇をするということは、均衡上きわめて困難であるというふうに考えているわけでございます。
○浜本万三君 ただ、外国の例を見ますと、西ドイツにおきましては、ソ連の特殊な事情というものを考えられまして、ソ連抑留者に対する援護法及び戦時捕虜賠償法というものをつくりまして、関係者の方々を慰謝しておるという実態が出ておるわけでございます。しかも、日本がソ連との日ソ共同宣言によってソ連に請求しなければならないいろんな要求を放棄したとするならば、これはやっぱり国がかわって補償すべき関係になるだろうというふうに私は理解をするわけでございます。特殊な条件に置かれたということは、西ドイツの捕虜も日本の捕虜もソ連の復興五カ年計画に参加させられたという点から言えば、その役務についてはほとんど変わりないんじゃないかというふうに思っているわけなんです。西ドイツにできてわが国にできない、その事情がわかりませんので、それに対する見解を承りたいと思います。
○説明員(末次彬君) 西ドイツの事情につきましては、必ずしも全般的に把握しているわけではございませんですが、国によりましていろいろ戦後処理のあり方というものは、その国情に応じておのずと相違があるというふうに考えているわけでございます。 全般的な戦後処理の考え方といたしましては、日本の場合につきましては、戦傷病者あるいは戦没者等々につきまして手厚い援護をするということで、その他の損害につきましては先ほど申し上げましたように、程度の差こそあれ、いろんな犠牲を払ってきているという観点に着目いたしまして、重点的な援護の措置を特に必要な方々に対して手厚くするという観点で戦後処理というものを行ってきているということでございまして、西ドイツの事情は事情といたしまして、日本の戦後処理のあり方というものはそういうことでまいってきている、こういうふうに御理解をいただきたいと思います。
○浜本万三君 また、その会合の中で関係者の方が強く私どもに訴えておられましたのは、例の戦地加算という制度があって、これは恩給法の関係だろうと思うのでございますが、ソ連の抑留者の過酷な状態というのを他の戦争の死亡率と比較をされておったわけでございますが、日露戦争及び第二次大戦の死亡率はわずか五%、わずかというのはおかしいんですが、五%であった。ソ連抑留者の死亡率はそれよりもはるかに多くて、約一一%近い数字になるという話でございました。そういう数字の実態から見ましても、現在の一対一の加算というのは苛酷なのではないか、これをさらに改善してもらいたいという希望があるわけでございます。きょうは恩給局から呼んでおりませんが、そういう希望もあるわけなんでございます。 私が思いますのには、いずれにいたしましても、ソ連抑留者の今後の援護の措置につきましては、やはり重大な問題の一つだというふうに思います。したがって、この問題を真剣に早急に検討いたしまして結論を出すために、内閣の適切な機関の中に一定の諮問機関等もつくりまして、早急に検討してもらいたいという希望を持っておるんですが、いかがでしょうか。
○説明員(末次彬君) 先ほどから申し上げておりますとおり、この問題につきましては、政府といたしましては大変むずかしい問題であるというふうにとらえております。したがいまして、この問題につきまして、改めて全体的に何か検討するような、そういうふうな対応すること自体が、これはむしろ無用な期待と申しますか、あるいは新たな不公平感を生み出すというようなおそれもございますので、ただいま御提案のお話はきわめて困難であるというふうに考えております。
○浜本万三君 戦後処理の責任官庁であります厚生大臣にちょっと伺うのですが、いまのようなことで放置しておくことがむしろ不公平だという議論があるわけなんでございます。したがって、関係省庁と十分連絡をいただきまして、この具体的な措置を早急に図っていただきたい、要望したいと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(野呂恭一君) 私どもはソ連の抑留者のいろいろな実態を考えながら、これは援護法の中で処理できるものは処理をいたしております。あるいは恩給法上において処理できるものは、恩給法の中で適用されておるはずでございます。しかし、それ以外のもの、もしくは先ほど御指摘になりました戦地加算に対してのこれを改正してはどうかというような問題等になってまいりますと、法令の解決範囲内で処理できるものであるかどうか、あるいは制度を改正する必要があるのではないかといったような問題が大変多くございまして、なかなかこういう援護法の接点にあるもの、恩給法上の接点にあるもの、そういった問題全体の中で、ソ連の抑留者の実態から考えて、今後これに対してどういう処遇を与えていくべきかということについて、厚生省としては援護局にプロジェクトチームを設けまして、その実態調査に当たっておるわけであります。 同時に、厚生省の関係法律で対象にならないものにつきましては、これは総理府と厚生省とが十分話し合いまして、こうした戦争犠牲に対する今後の処遇をどういうふうな方向で持っていくかということについて、根本的にひとつこれは政府全体の問題として検討する必要があるというふうに考えておるわけでございます。
○浜本万三君 次は、満蒙開拓団の問題につきましてお尋ねするのですが、これは先ほどの御答弁では、資料の整備、実態の把握をいま一生懸命やっておる、こういうお話なんですが、その作業の見通し、どういう状態でしょうか。
○政府委員(松田正君) この問題につきましては、衆議院の社会労働委員会でも御指摘を受けた問題でございます。私ども乏しい資料の中でどういうふうに整理をしていくか、まずどういう資料があるのかというところから収集を始めなければなりませんので、正直申し上げまして余り作業は進展をいたしておりません。ただ、関係団体としては御承知のように拓友会というのがございまして、そこの方ともお話を申し上げておりますし、また国際善隣協会の中に東北地区の委員会もございますので、そういった方々ともいろいろ資料の提供その他お話を伺っております。漸次資料の整備と体系づくりを検討をいたしていきたいと思いますが、いま具体的にここまで、あそこまでということをちょっと申し上げる段階ではございません。
○浜本万三君 結局、関係者の方にいろいろ聞いてみますと、確かにお話のように、開拓団は未処理になっておる。しかし、もうほとんど義勇隊に入った人もみんな同じなんだということを強く主張されておるわけなんです。ですから、そういう生きた証人といいましょうか、そういう方々の証言というものを尊重されて、多少疑問のある者でも救済するという方向で問題の処理の促進を図ってもらいたいと思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(松田正君) 戦傷病者戦没者遺族等援護法の運用なり、法令の解釈その他におきましては、私ども一方ではきわめて厳正な態度で臨むことを旨といたしております。と同時に、処遇を受ける方の立場に立って血の通う行政をすることもまた、私たちの任務であろうかというふうに認識をいたしております。したがいまして、現在の法の運用につきましては、私どもとしては、できるだけの範囲の中で処遇をされる方の立場に立って運用をいたしているつもりでございます。これにつきましては、従前もそうでございますし、また、今後ともこの方針は変わらないと考えております。 ただ、先ほどお話しになりました開拓団の関係につきましては、援護法の趣旨、たてまえからいたしまして、従来とも義勇隊と全く同視することができない実情ではないかという考え方のもとに整理をしてまいったわけでございますが、先ほど来申し上げておりますように、義勇隊を卒業して開拓団に入られた方と義勇隊との実情がどうであったかということをまず認識することが大切と考え、現在その資料の収集等に努めているところでございますので、なお若干の時間をおかしをいただきたいと思います。
○浜本万三君 要するに、早急にひとつ救済できるように努力をしてもらいたいと思います。 それから、最後の問題になりますが、満州国軍兵士の援護措置でございます。 これも、せんだって関係者の代表にお会いをしたんでございますが、ほとんど未処理のままになっておるということで、きわめて強い不満を訴えられておりました。それで話を伺いますと、請願書も一回お出しになりまして、その理由等を伺ってみますと、ほとんど満州国軍の命令に従って行動をしたという実態であるということでございます。つまり、上下関係の仕組みにつきましては、あくまでも任務を与えたのは日本政府であり日本陸軍であり、当時の満州の軍に入っておりました兵士は、そういう命令に従って行動をしておった。特に所属については、関東軍司令官に隷属をしておったというような実態が報告をされておるわけでございます。 しかも、文献によりますと、満洲国軍事最高顧問中野英光という陸軍中将の言葉が載っておるんですが、「旧満洲国軍に於ける日本軍人の採用は関東軍の要請に基き陸軍省に於て銓衡決定の上、これを関東軍に送り満洲国軍に編入した」と、軍に入るまでの経緯について証言をされておるわけでございます。 また、関東軍の総司令官であった山田乙三大将とかその他の将官も、次のようにその指揮命令系統を説明しておられる文書がございます。それは、まず第一に、日系の軍官から日本軍人である満州軍の軍人に命令が出る。そういう制度は昭和七年に日本の政府の方針として決定しておるんだということを言っておる。それから「日系軍官は勅令の定むるところに従い日本軍人としての身分を保有し関東軍司令官の指導監督下にあって国防の第一線に日本軍と同様の任務に服していた。」ということもあわせて言われておるわけでございまして、そういう文章の中から私どもが判断をいたしますと、相当緊密な関係というか、関東軍の指揮命令系統に入っておったということはもうはっきりしておるのじゃないかというふうに思うんですが、それが放置されるということは不公正ではないか、こういうふうに思いますが、いかがでしょうか。
○政府委員(松田正君) 当時の満州におきますいわゆる満州の軍人、これは日系、満系を問わずそういった方々、あるいは満州国のお役人、官吏の方、あるいは満州国の警察官の方、こういったいろいろ満州国の役人等の身分を有する態様は幾つかあるわけでございますけれども、これらの方々が現在の現行法制上どういう処遇を受けているかと申し上げますと、まず、ほとんど処遇の対象になっていないのが実情でございます。これはいま先生御指摘のとおりでございます。ただ、援護法にいたしましても、また恩給法にいたしましても、その他の制度にいたしましても、形の上では満州国に身分を有する者であるということで、生の姿で法律の適用は非常に困難であろうかと思います。 ただ、援護法の関係だけについて申し上げますと、御承知のように、援護法には具体的な戦闘の行為に参加した者、これも軍の要請によりまして参加した者については処遇する道を開いておるわけでございます。そういうこともございまして、それぞれのいろんな事例を私たち見たり聞かされたりしておりますので、むずかしい事例ばかりでございますけれども、制度的に満州国軍あるいは満州国の官吏、警察官吏、こういったものについて現行法をそのまま適用することは非常に困難がございます。また、新しい制度としてそれをどういうふうに処遇するかということになりますと、援護法の範疇を越える問題も当然含んでまいることになるわけでございまして、この辺はやはり一般戦災者と同様な意味でのこれからの検討課題になろうかと認識をいたしております。
○浜本万三君 時間が来ましたので終わりますが、いずれにしても戦後三十五年たったわけでございますから、早急にいま申し上げました諸問題について検討をしていただきまして、皆さんの御不満がないように援護の措置を講じてもらいたいと思います。 以上、希望いたしまして質問を終わりたいと思います。 —————————————
○委員長(久保亘君) 委員の異動について御報告いたします。 本日、柄谷道一君が委員を辞任され、その補欠として柳澤錬造君が選任されました。 —————————————
○渡部通子君 先ほど片山委員の方からも御質問がございましたが、もう少し突っ込んで私もお尋ねをしたいと思います。 政府は、元陸海軍従軍看護婦さんたちの実態調査を始めると先ほどの御答弁にもございましたが、調査の方法、それから結果の発表時期、それから救済の形について伺いたいと思います。
○政府委員(松田正君) 旧陸海軍の看護婦さんの問題につきましては、ただいま大臣からも御答弁がございましたように、現在実施をいたしております日赤看護婦さんに対する慰労金の給付の制定経過を踏まえて検討するというのが基本的な態度でございます。ただ、問題になりますのは、先ほども申し上げましたように日赤の看護婦さんにつきましては非常に資料が整備をされております。それで、現在日赤の看護婦さんにつきましては、実在職三年以上で戦時加算等を含めまして十二年以上の者を対象にいたしておるわけでございますが、そういった資料が現在のところもとの陸海軍の看護婦さんにつきましてはございません。そこで、そういった点を中心にして調査を行うということになろうかと思います。 具体的に申し上げますと、現在私ども厚生省で把握をいたしておりますもとの陸海軍の看護婦さんは約五千五百名程度でございますが、現在の推計では約二万三千人ほどおられるのではないか。したがいまして、各都道府県の援護課等所管課を通じまして昔の帰還名簿なりあるいは留守名簿、こういったものからそれぞれの看護婦さんを抽出をいたしまして、その方々に調査票を配付いたしまして、履歴その他を書いていただく。それを集計をいたしまして実情を明らかにする、こういうことになろうかと思います。
○渡部通子君 結果の発表時期と救済の形と。
○政府委員(松田正君) まだ予算が成立いたしておりませんけれども、予算が成立しました早々にも実施をいたしたいと考えております。ただ、先ほど申し上げましたように、相当昔の、三十年あるいは四十年近く前の実情を調べますので、どの程度所要日数がかかるかここで申し上げるわけにまいりませんけれども、できるだけ早く、来年度予算には十分間に合うように調査を実施し集計をいたしたい、かように考えております。
○渡部通子君 もう一つ、救済の形というのを落としているんですが。
○政府委員(松田正君) これにつきましては、調査の結果を踏んまえて、どういうふうにするか関係省庁検討することになろうと思いますけれども、ただいま申し上げましたように、日赤看護婦さんの処遇に至りました経過を踏んまえて検討するということになろうかと思います。
○渡部通子君 その看護婦さんたちの陳情の中に、日赤看護婦さんたちと同様の処置を講ぜられたい、あわせて在職期間を各種公的年金に通算する処置をお願いできないかという陳情になっておりますが、この点はいかがでございますか。
○国務大臣(野呂恭一君) 処遇問題につきましては、先ほど答弁申し上げましたようにまだ詰めておりません。 第一に、どこの役所と申しますか、これは総理府が扱うのか厚生省が扱うのか、そこもまだ決めていないわけであります。五十五年は実態調査をする、こういうことでございまして、その結果五十六年から実施したいという考え方でおるわけでございます。したがいまして、その処遇の内客につきましても、いま申し上げるような段階ではないということで御理解をいただきたいと思っております。 いずれにしても、日赤従軍看護婦と陸海軍の従軍看護婦とはその実態においては同じであるというふうに私どもは認識をいたしておるわけでございます。したがいまして、御苦労された心情は十分察することができるわけでございますから、日赤従軍看護婦の処遇において考えられるものと同様のことが行われるべきではないかというふうに私は考えておるわけでございます。 今後、処遇内客につきましてはもう少し検討さしていただきたい。しかも、実施はなるべく五十六年から実施したいという準備を進めてまいりたいと考えております。
○渡部通子君 いまの大臣の御答弁で大体大綱はわかりましたけれども、この前、日赤看護婦さんの問題で質疑をいたしましたときに、当時の稻村総務長官は日赤従軍看護婦の方々を実質的な軍人とみなすと、そして、女性兵士という発言の認識をなすったわけです。日赤看護婦さんたちをそうみなしていただいた以上は、この元陸海軍の看護婦さんに対しても同じ認識で厚生大臣も総理府も当たっていただけると考えてよろしゅうございますね。
○国務大臣(野呂恭一君) 前稻村総務長官が女性兵士ということを申し上げたんですが、果たして女性兵士というのは適当な言葉であるかどうか。ただ、そのような心情、本当に一般の軍人と同じように御苦労をなさったという意味で女性兵士という言葉がたまたま出たのであろうと思います。したがって、その心情を察しますときには、日赤従軍看護婦と同じような処遇はなされるべきものだというふうに考えておるんです。 ただ、軍歴その他いろいろの問題、該当者というものを的確に掌握することにはかなりの時間がかかる、調査をしなきゃならないということでございますので、調査費を計上いたしまして、まずその実態調査をし、そしてその処遇についてはどうするかということについては、たとえば総理府などとも十分協議の上で、どこがどういう形で進めていくかということにおいては今後の問題として御理解を願いたいと思います。
○渡部通子君 大変積極的な御答弁でございますので、ぜひとも来年度から現実に救済の手が差し伸べられるような、そういうテンポで進めていただきたいと思うわけでございます。 いま、どこがどういう形でということまでは詰めていないというお話でございますので、これ以上伺いませんけれども、支給形態が日赤ではございませんので、いま厚生省になるか総理府になるかというようなお話でございますが、これも早急に実施のめどがつきますようにお願いをしたいと思います。 旧日赤従軍看護婦さんたちへの慰労金が出るようになりまして、これは不十分とはいいながら大変に喜ばれております。この慰労金額の積算根拠についてちょっと伺っておきたいんですけれども、実在職年が三年から五年の方は年額十万円となっているわけでございますが、同程度の期間であった場合に軍人でしたらどのくらいの恩給がいただけるわけですか。
○説明員(勝又博明君) 恩給においてどの程度の額が出るかという御質問でございますが、私どもが承知しておりますところでは、恩給公務員として支給される年額に相当する額を日赤救護員について設定したというふうに承知しております。
○渡部通子君 相当する額というんですけれども、ですから軍人恩給額だったら幾らになりますかと伺っているんです。計算していただいたのを私持っておりますから、なければこちらから申し上げます。
○委員長(久保亘君) 質問に適切に答えなさい。
○説明員(勝又博明君) 先生のおっしゃいました例でございますと、十一万六千六百円に相なります。
○渡部通子君 日赤従軍看護婦さんに対する慰労金も恩給制度に準じて、それで戦地加算をしたというふうに報ぜられておりますけれども、十万円と十一万六千六百円のこの差というものはどうお考えでございますか。
○説明員(勝又博明君) お答え申し上げます。 冒頭申し上げましたとおり、日赤救護員の慰労金の額の設定につきましては、恩給におきます在職年数別の年金の額をにらみながら設定したというふうに承知しておるわけでございますが、若干の差が出たことをどう評価するか。これは私どもとしてとやかく申すべき立場でございませんので、答弁は差し控えさせていただきたいと思います。
○渡部通子君 いや、十一万六千六百円と、同じように軍人とみなして計算してくだすったのが十万円と。まあ慰労金だからという形で削られたのかもしれませんけれども、やはりこれの一万六千六百円という額は、十万円の中においての大きなものだと思うんです。そういった意味で、本当に軍人さんと同じに苦労したという認識をなさって、そして慰労金を出してくださったのならば、端数を切り捨てるなら切り捨てるでまあ十一万、六千六百円を切り捨てたというならわかるんですけれども、十万円にすぱっと切ってしまう。その辺わりに安易に考えられたのかどうなのか、私はその辺の根拠を伺っておきたかった。
○国務大臣(野呂恭一君) いまのところ所管外でございますけれども、この問題を私は、かつて政調にあるときに各党の方々と話し合いをしてまとめたことでございますので、その経過からいまの御疑問について私の感じたことを申し上げたいと思うんであります。 まず第一に、これは恩給法を適用したのではないということでございます。恩給法を準用すると申しましても、これも法律の準用ではございません。恩給法を勘案しながら日赤自体が処遇することについて、その財源を国が出すんだ、こういうことでございます。したがって、支払っておりますのは日赤でございます。日赤が終身年金のような形で功労金を出した、それに対して国がその財源を全部負担します、こういう日赤との約束のもとになしたことでございます。したがって、これは恩給法を準用したものでもない。どこかで処遇の具体的な内容を決めなければならない、それには軍人の恩給の処遇内容を検討して、まずそういうところでどうだろうかという判断が日赤になされ、それに対して国がその資源をすべて負担をしたということでございますから、十万円という切り方をしたというのは、恩給法との準用でないからでございます。これは日赤自体の考え方であり、それに対して国がその財源を持っておる、こういうことであると私は考えております。
○渡部通子君 じゃ、次の問題に移ります。 私はいまここに奉公袋の会という会の方々の陳情書を持参してきているのでございますが、この奉公袋の会ということについては厚生省は掌握をしていらっしゃいますんでしょうか。
○政府委員(木暮保成君) 奉公袋の会につきましては、私どもの方にも御陳情いただいておりますので承知いたしております。
○渡部通子君 承知をしていらっしゃれば説明の要はないかと思うんですけれども、やはりこの方々も戦時中日本軍人として駆り出された人たちです。その在任期間が十二年に満たないために国家の保護は、措置は何も受けられない。復員後民間企業あるいは自営業、農業、こういったところに従事したために、公務員とは違いまして国からの恩恵が与えられない。厚生年金等に加入したのは当然でございますけれども、いまだその制度が日が浅くて、六十五歳になっても受領額は非常にわずかです。こういうことでだんだん年をとってくるものですから、非常に皆さん生活が脅かされているわけでございます。 兵庫県の田舎の但東という近辺だけでも一千人ぐらいの人がたちまちの間にこの奉公袋の会に集まってきたというような事実がございますんですけれども、こういう方たちに対して何らかの対策を講ずるお考えはございませんでしょうか。
○政府委員(木暮保成君) 戦時中戦地に参られました場合には、兵隊の場合には十二年、士官の場合には十三年で恩給が出るわけでございますが、それに満たない場合には一時恩給が出るケースがございますけれども、恩給が出ないという形になっておるわけでございます。 いま御指摘のように、そういう方々が共済組合が適用されます職場に終戦後就職をいたしますと、通算ということが行われるわけでございます。それに対しまして民間に就職をされる、あるいは自営業をなさる場合には、厚生年金と国民年金で通算をするということがないわけでございます。それで、共済組合の場合になぜ通算になるかということでございますが、恩給を引き継ぎまして共済組合ができましたので、先行制度をいわば当然引き継いだということだろうというふうに思うわけでございます。 私どもの方の厚生年金につきましても、当初労働者年金ということで発足をいたしまして、その後厚生年金というふうになったわけでございますが、労働者年金時代の被保険者期間等は全部厚生年金で引き継いだということでございますので、それは先行制度を引き継ぐという形で恩給期間を引き継いだことになるというふうに思うわけでございます。 それで厚生年金、国民年金は、御存じのように民間の方々が相互連帯の精神に基づきまして、すべての加入者の方々が保険料を納めるという前提の社会保険制度でございます。昭和三十六年に皆年金体制ができたわけでございますが、その前の期間につきまして兵歴のある方だけを通算をするということになりますと、軍属とか準軍属の方とのバランスもとれないことになりますし、何よりも私どもがお預かりしておりまする民間保険でございます厚生年金、国民年金の立場から言いますと、一般の民間人の方々とのバランスもとれなくなってしまうということでございますので、兵役で御苦労されたことはよくわかるわけでございますが、その期間を厚生年金、国民年金で通算するという措置はとれないというふうに私どもも考えておるわけでございます。
○渡部通子君 かつての軍人は復員をして、いま御説明にあったとおり、軍人恩給の支給対象にならない人でも公務員になった場合にはその軍人の在職期間が通算される。ところが、そうでない民間で働いた場合には、厚生、国民年金に対する通算はできないといま局長さんの御説明でございますが、これはやはり官民格差とは考えられませんか。
○政府委員(木暮保成君) 兵役に服された方から見ますと、終戦後共済組合に行った方は通算される、国民年金、厚生年金の対象者になられた方は通算されないということでございますので、いわば官民格差という面があるわけでございますが、一方、厚生年金なり国民年金の立場から見ますと、兵役に服された方だけを通算する、銃後でいろいろ苦労された方は通算しないということになりますと、また逆の意味の官民格差と申しますか、軍民格差と申しますか、そういう面が出てくるわけでございます。ですから、民間保険といたしましては、兵役に服された方が大変御苦労されたということはわかるわけでございますが、そういう方だけを通算するという措置はとりにくいというふうに考えておるわけでございます。
○渡部通子君 総理府にもおいでいただいておりますけれども、これは恩給法の骨格にも触れてくる問題だと思いますけれども、そちらの方で何かの救済措置は考えられませんか。
○説明員(勝又博明君) 恩給におきましては、相当長期の勤続をされたという方に対しまして年金、恩給を支給するということで、百年余の伝統的な運営をいたしておるわけでございます。そういうことから申しまして、比較的短期の方には一時恩給等支給しているわけでございますが、これを現在時点において年金、恩給を支給するというのはきわめて困難なことでございます。
○渡部通子君 非常にこういうところ落ちこぼれちゃうんですね。私もこの問題を厚生省さんにお聞きしたときにも、それは恩給法絡みで骨格はやはり総理府ではないかとおっしゃる。総理府にお聞きしますと、それは何だか連絡協議会の方の話だとかということになりまして、きょうは実は無理やりに御出席いただいたようなわけでございまして、現実に、実態ではこういう御本人たちの主張によれば大変な差別だ。そういう中で年をとってしまって所得がない、非常に厚生年金、国民年金の支給額だけでは二、三万しかない、そういう中で年をとってしまって、あとどうしようもないという方たちが、やっぱりこれは戦争の後遺症としていま老齢化しているわけでございます。そういう形が、行政の範囲で縦割り行政でどこで手を差し伸べていただけるかがわからないというのは、これは非常に私も困るし、本人たちも絶望に暮れるでございましょうし、行政の当局にあっても、それは私たちの範囲ではないという、どっちかと言えば逃げの姿勢が濃い。こういう問題、厚生大臣、どう考えたらよろしゅうございますか。
○国務大臣(野呂恭一君) 私も、恩給関係の問題についていままで勉強してまいった者の一人でございます。何とかこういう恩給資格年限に達していない方たちの軍歴期間というものが通算される方法がないか、公務員の場合においては共済年金が、かつて恩給制度というものの前身があるために、公務員に関してはこれが通算されている。たとえば役場に勤務しておった、あるいは県庁に勤務しておった、で、戦争に行った、帰ってまいりますとその軍歴期間というものは通算されておる。つまり、それは官民格差だという御指摘はそのとおりだと思います。 一般の者が戦争から帰ってきた、しかし、その軍歴期間というものが戦地加算も含めまして十二年あるいは十三年に満たない、したがって恩給はもらえない。わずか一時恩給の一万五千円とか一万八千円とか二万円程度で一回ぽっきりである。ところが、恩給が改善されてまいりまして、かなりの格差が広がるばかりである。いかにもわずか一年あるいは一カ月足らないのに、何か戦争公務という職場の中で御苦労を願ったそのことが何ら老後における保障の中にとらえられていないということは、大変私は問題であると考えておる者の一人でございます。 しかし、恩給は国家補障の考え方に基づいて、基本的には旧軍人や文官に対する国の約束の履行である。これに対しましていわゆる厚生年金、国民年金というものは、相互連帯の精神に基づいてすべての加入者が保険料を納めていくということが前提でございまして、いわゆる社会保険制度でございます。竹と木のように全くその本質は違っておる。それをどうつなぎ合わせるかというところに私は大変むずかしい問題がございます。したがって、皆年金になる以前の軍歴期間というものだけを通算するということ、ここに大きな問題があると私は思うのであります。 むしろ、問題は何かと言えば、その軍歴期間というものが十二年、十三年という資格年限によって区切られておるところに恩給法上の問題があるのではないか。しからば、それならばそれをもっと制限緩和をして、あるいは五年にしたらどうだと言ったら、四年と十一カ月の者はどうなりますかということになってまいります。しかも、これは過去の約束事でございます。したがって、いまの時点に立ってその約束を変えることも大変恩給法上むずかしい問題が出てまいっておるわけであります。したがって、私は軍歴の期間が恩給資格年限に達していない者については、その社会保障の中につなぎ合わせることでなくて、その名誉あるいはその犠牲にどうこたえていくかということは恩給法の問題でなくて、これは国全体が戦争犠牲者に対してのこれをどのように扱っていくかという一般論として今後検討すべき課題であるというふうに考えておるわけでございます。 ただ、厚生年金あるいは国民年金におきましては、制度発足以来高齢に達しておる方々に対しては、それなりに高齢加入者に対する優遇処置をもって進めてきておる、こういう一般的な社会保障制度としての処置しかできないのであるというような問題でございまして、大変この点については私も苦悶をしておるわけでございます。十二年に一カ月しか足りない人が一時恩給だけで終わっておるという場合は、これを何とか救済する処置はないのかということは、これは私は、大きな戦後処理全体の問題の中の一つの問題として検討すべき問題であると思いますが、いまのところ二つの立場から、一つは社会保障制度の立場、一つは国家保償の立場、これをつなぎ合わせるということが大変むずかしい問題で、むしろ困難であると申し上げざるを得ないのでございます。しかし、一般問題、政府として今後そういう方々をどう処遇するかということは、検討に値する問題であると考えております。
○渡部通子君 いま厚生大臣のお話では、国全体の姿勢の問題だということでございました。姿勢も大事なんですけれども、現実に処遇をどうするかという具体的な政策がより大事になってまいりますので、その具体的なことを手厚くしていただきたいと私はお願いをしたい。 それから、基本的な姿勢を厚生大臣はおっしゃいますから、その姿勢についても一言念を押して伺っておきたいんですけれども、今後援護の水準をも引き上げることに努力をすると、これは法律でも附帯決議ででも厚生大臣の決意ででもおっしゃっていらっしゃることです。また、いまのようにいろんな落ちこぼれた人たちの要求や陳情も起こってくる。この戦後処理というのはなかなかこれまた根の深い、幅の広い問題にならざるを得ないと私は思います。 そういう中で、日本の国の財政的な問題が非常に厳しくなってまいりますと、厚生省としての基本的な姿勢、見通し、こういったものにはっきりとした温かな基本的なものを持っていてほしいと私は思うわけです。対象の人員にいたしましても、処遇のレベルアップにいたしましても、そういう落ちこぼれた人を拾い上げていく問題にいたしましても、戦後処理全体の問題として基本的な問題だと厚生大臣はおっしゃった、その基本的な姿勢は前向きに積極的に少々財政が厳しくなっても、この問題だけはという形で臨んでいただけるのか、その見通しと位置づけについて伺っておきたいと思います。
○国務大臣(野呂恭一君) 御趣旨の点を十分踏まえて今後努力いたしたいと思いますが、先ほど片山先生から、大変冷たい厚生大臣だという御指摘を受けたんでありますが、ただ言葉だけで皆さんに期待、あるいは国民の方々に期待を持たすことは政府側として私はむしろ無責任であると考えるのでございます。現状できないことはできないということを申し上げる、しかしそれに対しては、国民サイドの中で検討すべきものは検討しましょうということを申し上げておるわけでございまして、戦後処理という問題をどのように扱っていくか、私はもう限界のときに来ておるんではないか、いつまでも放置することはできないと思います。戦争犠牲者というものは年をとってまいりましてだんだん亡くなっていくわけであります。早く救済をし、当然国が国家保償として報いるべきものは報い、社会保障の観点から救済すべきものは救済するということで、これは政府としてこれらの問題の決着をいよいよつけるべきではないか。 いろいろ問題点が提起されております。片山先生から御指摘のものもありました。あるいは浜本先生からの御指摘の面もありました。これらの問題が山積していると思います。こういう問題を一つ一つを速やかに処理する、これは国の責任でございます。これ以上は御勘弁願いたいとか……やはりこれらの問題の決着を急ぐべきであって、いつまでも放置し、ただ期待感だけを持たしていくということは、私は政府として無責任と言わざるを得ないのではないか。そういう意味で、国務大臣の一人として十分これらの問題について、単に厚生省の問題だけでなくて十分検討さしていただきたい、かように考えておる次第でございます。
○渡部通子君 期待感がぜひ絶望感にならないようにお願いをしたいと思うんです。 じゃ、この問題でもう一点、何ですか、奉公袋の会、これだけ厚生省にも陳情が来ているとしますと、実態調査を行っていただきたいと思うんですが、いまからでもそれを準備していただくおつもりはございませんか。その点を一点伺っておきます。
○政府委員(松田正君) 私からお答えを申し上げるのが適切かどうかでございますけれども、現在のところ奉公袋の会の方々がおっしゃっている中身はわりあいにはっきりしておる点が多うございますので、特別の目的を持ってこれだけの調査をするということは、厚生省としてはただいまのところ考えておらないわけでございます。
○渡部通子君 それでは次に、もう一点伺いたいと思います。 今度、東北地区死没者遺族友好訪中団、これが四月に派遣されることが決まったそうでございまして、遺族の方々の長い間の念願が実現される、こういう意味では非常によかったと思っております。 その具体的内容は先ほどちょっとお話も承りましたので、今回のこうした派遣という実現された処置を政府がどう位置づけていらっしゃるかを伺いたいと思うんです。今後もずっとお進めになるのか、日中友好の立場にどういう影響を持つと判断をなさるのか、そういった位置づけを伺っておきたいと思います。
○政府委員(松田正君) 先ほども御質問にお答え申し上げましたとおり、来月の月末から十日間の予定で友好訪中団を派遣をする予定にいたしておるわけでございます。 この問題につきましては、もう改めてくどくど申し上げるつもりはございませんけれども、この問題は、昨年大平総理大臣が訪中をされました際に、中国の華総理との会談の中で実現を見たという経過がございます。華総理の決断なり、あるいはこの事業そのものが全国人民代表大会常務委員会の承認のもとで、また地方機関への説得、こういう手続を経まして実現を見た経緯もございます。同時に、日本におきます遺族の心情について十分な理解を示されました中国側の行為というものにつきましても、十分に考えておかねばならない問題であろうかと思うわけでございます。したがいまして、問題はまず、先ほども申し上げましたように円滑に訪中の成果を上げてくる、そういうことが私どもとして最も努力をすべき現在の問題であろうかと考えております。したがいまして、こういったような今回の評価を踏まえて今後とも相談をしてまいる、こういうことに相なろうかと思います。
○渡部通子君 今度は逆の問題ですが、引揚者に対する援護措置として、中国から帰ってきた方たちが日本社会に復帰できるようになるためには、これは大変なまた御苦労をいただいていると思うんですが、特に言葉とか就職の問題が一番ネックになるのではないかと思います。帰還者の多くはほとんど四十代とか五十代とか年をいっている方だと思いますし、厚生省はこれに対してきめ細かい施策をする、こうおっしゃっておられますが、具体的にはどういうことを進めようとしていらっしゃるのか、五十五年度予算の中ではどういう位置づけをされて組み込まれているのか、その辺を伺っておきたいと思います。
○政府委員(松田正君) いわゆる引き揚げの問題につきましては、御案内のとおり、戦後六百三十万に上る引揚者を日本は迎え入れたわけでございます。ただ、その中で旧満州地区を中心にいたします地区につきましては、必ずしもすべての者が帰り得たということではございませんで、心ならずも子供を残したりあるいは夫を残したり、あるいは母を残したりという方も多数おられるわけでございます。現在引き揚げの問題はほとんど片づいたかに見えますけれども、満州地区からの問題につきましてはなお手を打つべき問題がたくさんあろうかと思います。 最近では、特に中国から引き揚げてこられる方につきまして、まず第一番目に、日本の土地に早くなじんでいただくということが私たちの行政の中でも重要なポイントに考えて施策を立ててきたわけでございます。 具体的に申し上げますと、一つは、帰ってまいりましたときに、現在は成田ということになりますけれども、いろんな日本の役所の仕組みだとか、どこへどう手続をするだとか、どこへ行けばどうなるかという、まずこういったようなオリエンテーションが必要でございますので、これには十分時間をかけて導いていくということがまず手初めの仕事でございます。 それから第二は、いま御指摘のとおり言葉が通じない方がまず一〇〇%近い率であるわけでございまして、そういった方々に早く日本語を覚えていただくために日本語の練習用のテキスト、カセットテープ、それからテープレコーダー、この三点を必ずそれぞれに支給をすることにいたしております。 それから、一応定着をするために宿なりあるいは身寄りの方のところへ参るわけでございますけれども、そういったところには大体平均いたしまして月に三回から四回生活指導員を派遣をする、こういったことが主な仕事でございまして、こういった方々の生活の相談とか、そういった身寄りのためのいろんな指導とかいうために、都道府県の中に関係部局によります連絡会議を設けていただきまして、常にそういった方々の生活状況を把握しながら、関係機関が協力して指導に当たるという体制をそれぞれの県にとっていただいておるところでございます。 五十五年度につきましては、まず新しい施策といたしまして幾つか考えておりますけれども、こういった引揚者の方々が定着するために、私たちはいま申し上げたようなことをいろいろやっているわけでございますけれども、それでも実情に合わないようなことをやっているんじゃないかというおそれもございますので、引揚者の定着化対策委員というものをお願いをいたしまして、これは主としてそういった方面に十分な経験のある方でございますけれども、そういった方々のお知恵を拝借しながら、定着化対策をより有効に適切に実施をしていく、そういった委員会を設置をする予定でございます。 それからもう一つは、やはり定着をいたしまして仕事を身につけるということが重要でございますので、職業訓練校に入りました場合に、もう一つ言葉の問題だとか習慣の問題だとかということでちょっと足りないところがある、そういった補いをいたしますために、訓練校に協力生活指導員というものを設ける予定にいたしております。これは八県各一校に一人ずつ現在設けるように準備を進めております。 それから、四十八年以降ここで相当な年月を経たわけでございますけれども、帰ってこられました方の生活の実態はどうか、あるいはどういうようなシチュエーションにあるかという問題につきましてまだ実情がよくわかっておりませんので、来年は改めてこれを調査をして定着化対策の資料にいたしたいということで、実態調査も予定をいたしております。 それから、先ほど申し上げました生活指導員の訪問回数を、大体現在は三回から三・五回ぐらい平均でございますけれども、これを一回程度ふやして、さらに濃密に生活指導ができるような体制をとりたい。それから帰還手当も若干増額をいたしたいと考えております。 以上が厚生省で実施をいたします五十五年度の新しい施策でございますけれども、その他厚生省以外に、たとえば住宅の問題でありますとか、職業訓練あるいは教育の問題、それぞれ関係省庁にお願いをいたしまして、できるだけ効率的に運営できますように都道府県の委員会、協議会等を利用しながら定着化対策を強化をしていきたい、かように考えておるわけでございます。
○内藤功君 まず、ソ連地域の抑留者の墓参、遺骨収集の問題についてお伺いをいたしたいと思います。言うまでもなく、関係者の方々の切なる願いであります。本年の七月には、全国抑留者補償協議会の方々も民間使節としてソ連に行きたいという希望を持っておられるというふうに伺っております。 そこで、昨年の十二月に日ソ両国の共産党の会談が開かれました。この席上で、この問題が一つのテーマになりまして、ソ連側の正式な意思表示として、墓参、遺骨収集は一挙に解決はできない、しかし、できるだけ好意的な態度をとりたい、日本で具体的な墓参団が形成をされたら言ってきてほしい、こういう意思表示がソ連共産党の代表からなされたわけでございます。このような経過から、私どもは遺骨収集には一つの明るい見通しが加わってきたのではないかというふうに思っております。政府側のこれに対する対応を簡単で結構ですが、まずお答え願いたい。
○政府委員(松田正君) ただいま先生お話しのソ連との会談につきましては、私は承知をいたしておりませんけれども、先ほど申し上げましたように、昨年の七月、さらに本年の三月になりまして遺骨収集につきましてソ連側に対して要請をいたしましたけれども、現在のところはまだ回答に接してないというのが実情でございます。
○内藤功君 外務省にお伺いをいたしたいんですが、十二月の日ソ両党会談以後ソ連当局に反応は確かめられたかどうか。もしやっていないとすれば、先方の返事をこの際督促をするという意味合いも含めてやってみられたらどうか、かように思いますが、いかがでございますか。
○説明員(兵藤長雄君) お答えいたします。 ただいま政府側から御答弁を申し上げましたように、遺骨収集の問題につきましては、昨年の七月、外交ルートを通じましてモスクワにおきまして正式にソ連側に協力要請をいたしたわけでございますが、以後、機会をとらえ督促をいたしておるわけでございますが、ただいまの御答弁にもございましたように、本年の三月初旬、いろいろのお話の事情も踏まえまして、ソ連側にこの検討結果の回答の督促をいたしたわけでございます。その結果、ソ連側は、実はまだ検討中の段階であるので回答をするわけにはいかぬということを申しまして、まだいろんな困難な問題があるということを申しました。私どもは、重ねてできるだけ早くソ連側の肯定的な回答を得たいということを督促をした次第でございます。
○内藤功君 さらにその面での御努力を要求をしておきたいと思います。 墓参はこれまで二十一カ所、七回というふうに聞いておりますが、政府の基本方針は一巡方式ということを聞いております。私は、一度行ったら済むというものではなく、同一場所でも必要に応じ何度墓参団を派遣してもいい、こういうふうに思っておりますが、この点の御検討はどういうふうになっているのか、まずこの点を伺いたいと思います。
○政府委員(松田正君) ただいま御指摘のように、ソ連側から明示をしてまいりました二十一カ所につきましては、一通りの墓参を終了した段階でございます。 なお、私どもの希望いたしておりました二十六カ所、あとの五カ所につきましては、立入禁止区域という理由であろうと思いますけれども、そこへ入ることの許可を得られてないのが現在の実情でございます。 御指摘のとおり、墓参につきましては私どもとしましてはやはり二十六カ所、少なくとも私どもが希望いたしておるところでなるべく早い機会にお参りをしたい、これが切なる遺族、関係者の希望でございますので、当面そういった方面に努力をいたしたいと考えております。墓参でございますので、何回行ってもいいという考え方ももちろん私たちはあるわけでございますけれども、当面そういったような方面に全力を注ぎたい、かように考えております。
○内藤功君 一巡方式というのは、遺族や関係者の方々のお気持ちをくみ尽くしているものとは言えないと思います。いまの御答弁の線でさらに一層の努力を要望を申し上げておきます。 なお、関係者の方の間には、旧収容所跡地や病院等についても行ってみたい、それから慰霊碑等についての御希望もあるようでありますが、これは外交上の問題もあるように思いますから、別の機会に詳しくまた外務当局にお聞きをすることにして、次の質問に移ります。 シベリアの抑留者について、シベリア帰還者の中の後遺症者の調査をやってほしい、こういう関係者からの御要望がかなり聞かれます。高齢でだんだん亡くなっていかれる方も多く、遅くなればなるだけ証言が得られなくなります。ぜひともこれを実現をしてほしいと思うんです。 そのことと、もう一つそこで、シベリア帰還者の後遺症の件に関連してお聞きしますが、現行法では、いま当委員会で審議中の援護法で年金等の支給が、戦傷病者特別援護法によりまして医療給付全額国庫負担が受けられるように措置をされております。現実には本人の申請主義でありますために遺漏がある。さらにいわゆる加齢現象も加わって、シベリア抑留の事実と疾病の発生との因果関係を立証しにくいという問題が存在しております。関係者の話では、約四万七千人の方がこうした後遺症で苦しんでおられ、一般の疾病として扱われている実態があると聞き及んでおりますが、厚生省はこの点把握なさっているかどうかという点を伺いたい。
○政府委員(松田正君) ただいま先生おっしゃいました四万七千人になんなんとする多数の方がどうこうという問題につきましては、数字的には把握をいたしておりません。 ソ連の抑留期間中に傷害を受けて、いろんな障害が残るとか、現に障害が残っておって入院加療、治療が必要であるとか、こういった方々につきましては、戦傷病者特別援護法によりましてその医療給付、必要な措置を行っているところでございます。したがいまして、ソ連に抑留されておられた方で、けがをするなりあるいは病気をしてその後遺症によりまして障害がある、そういう方々につきましては、相当因果関係が認められる限りにおきましては、特別援護法の適用あることはもう論をまたないところでございます。 ただ問題は、御指摘のようなその相当因果関係をどう認定するか、こういった問題が個別の問題であろうかと思います。ただ、これは非常に医学的な問題を含んでおりますので、行政調査であるとか行政措置で単純に処理をするわけにはいかない性質のものであろうかと思います。そこには医学的な見解というものも入ってまいりますので、私どもとしましては、できるだけその際申請者側の立場に立って物事を見ていく、温かい気持ちで行政を実施するということは先ほど申し上げたとおりでございますけれども、そういったような医学的因果関係について行政がすぐにくちばしを差しはさむのはいかがかというふうに考えております。 なお、こういった方々のすべてを対象にして調査を実施することの可否につきましては、現在のところそういう計画を持っておらないわけでございます。
○内藤功君 ケース・バイ・ケースで申請者の立場に立ってできるだけ温かい気持ちで対処していきたいと、柔軟な御答弁、態度というふうに承っておきます。その方向でひとつやっていただきたいと思うのです。 次に、現実には後遺症的症状で苦しんでおられる方がたくさんいらっしゃるというふうに聞いております。時間の関係でその一つの例を出してみます。人道的見地からの政府の御調査を求めたい問題であります。 それは、かつて昭和四十五年に、ここに私も持ってきておりますけれども、鹿児島大学の名誉教授であります縄田先生から、いわゆるシベリアけい肺と申しますか、シベリア抑留中の鉱山での強制労働で約五万人の方がけい肺となった、この件につきまして厚生省に救済を要求する上申書が出された。その結果、結核と間違えられておった人が救済されて、当時の毎日新聞の報道によりますと五十四名に上った、こういうふうに報道をされております。さらにこの繩田名誉教授は四十八年五月に、「逓信医学」という雑誌の二十五巻八号の巻頭言に寄せて、繩田先生の手元にシベリア鉱山で強制労働に従事をした百九十名の方の住所氏名があること、それからエックス線写真で見たすべて一〇〇%がけい肺の所見が見られたということです。それからもう一つは、鉱山でいわゆる強制労働に服した方は約五万人くらいあったということをこの中で述べておられまして、まだまだ発見されないでいるシベリアけい肺患者が相当多数あるはずである、こういうふうに結んでおられるわけであります。 厚生省に伺いますが、シベリア抑留者中の鉱山での労働従事者、また、帰還者の中でこういうような方が何人ぐらいおるのか、概数でもいいんですが、つかんでいらっしゃるのかどうかという点でございます。これはいかがでしょう。
○政府委員(松田正君) 当時の実情がよくわかりませんので、数字はつかんでおりません。
○内藤功君 しかし、この医学の専門家の方が約五万人という数字を出しまして医学の雑誌にお書きになっている。これを前提にいたしますと抑留者の約一割の数字であります。私は、いまわからないというそれだけの御答弁ですが、これでは帰還者の後遺症問題に真剣に手がつけられているのかどうかということを疑わざるを得ないことにもなります。可能な限り局長、手を尽くして調査をしていただけないだろうか、していただくべきではなかろうかと思いますが、これはどうでしょう、大臣、いまの調査をやるように大臣の御英断をひとつ求めたいのですが、いかがでございましょう。
○政府委員(松田正君) いま挙げられました症例、確かにある点も私は承知をいたしております。それがどの程度の数字になっておりますのか当時の実情からよくわかりませんけれども、むろん問題は、やはりこれは医学的に所見をどういうふうにそれぞれの立場で判断をするかということが本質的な問題であろうかと思います。そういう意味で、やはり医学的に判断基準だとか所見をどういうふうに考えるとか、そういったセオリーなり実例の確立が必要ではないか、そういった問題がございますので、実態調査をしてどうこうという問題には少しなじみが薄いのではないかというふうに考えております。
○内藤功君 やはりこれは、私はいまの御答弁は不満であって、繰り返しますが、これだけの専門家が一つの医学雑誌に出しておられる問題でありますから、これを厚生省のお立場として調査をするということが必要だろうと思います。これは大臣、いかがでございますか。局長はそう言いますが、あなたの別の答弁をするというのはやりにくいだろうと思うけれども、政治的な判断をひとつ求めたい。
○国務大臣(野呂恭一君) 医学の専門分野でございますから、行政機関として調査をすることは大変むずかしい問題ですが、しかし、すでに具体的にかなりその実態が明らかにされた専門家の御意見でございますから、十分厚生省としてこれをひとつ検討さしていただいて、果たして行政機関としての調査の中でこれが掌握できるかどうかは別として、新聞等にすでに出ておりますから、その当事者と十分検討さしていただくようにいたしたいと思います。
○内藤功君 やや不満ですが、一応御答弁として承って御努力を要請したい。 最後に、時間が来ましたのでもう一点ですが、これは別の問題ですが、元陸海軍従軍看護婦の処遇の問題を一つお伺いしたい。 昭和五十五年度の予算案でこの実態調査費にたしか一千七百万円が計上されたわけでございます。先ほど同僚議員の質問に対して、これは調査の主体、方法、期限はまだ決めていないが、至急検討はしたいという御趣旨の御答弁と承りました。 まず、重ね重ねですが、この調査をどこがやるのか、どういう方法で、どういう期限でやるのかということを早急にひとつ決めて調査にかかっていただきたい。その作業の過程の中では、日赤従軍看護婦の方に比し、不利にならぬようにという附帯決議の趣旨に基づいて、調査が終わってからいろいろな作業をやるというんじゃなくて、調査はもちろん早くやるが、そういう必要な検討作業はやる。厚生省の所管にはまだなっていないと言うでしょうが、国務大臣としての御責任はあるわけですから、その点、大臣の御決意をまず伺っておきたい。
○政府委員(松田正君) 調査の主体は厚生省でございます。ちょっと私の説明が舌足らずだったと思いますけれども、この調査の結果を踏まえて、どのようにするかは、先ほど申し上げましたように、日赤の看護婦さんの処遇の実現の経過を踏まえて検討をいたしたいということでございます。
○国務大臣(野呂恭一君) 日赤従軍看護婦の功労金を出すということについて各党間と、私はその座長役で推進を図ってきた一人でございます。したがいまして、その時点においてすでに陸海軍従軍看護婦についてどうするのか、この問題が残されておるのではないかという御指摘もあったわけでございます。しかし、まず日赤従軍看護婦を発足させて、その後続いてこの問題を考えなきゃならぬ、かように考えておったわけでございます。 そういう立場におきまして、お話しのように五十五年に千七百万円の、まず実態調査をしなければならないということで、厚生省がその予算を計上いたしたわけでございます。したがいまして、その後は日赤と同じような形で一体どこが支払いの窓口になるのか、その所管は総理府なのか、厚生省なのかまだ決められていないわけでございます。 ただ、日赤従軍看護婦に対する処遇の内容がわかっておるわけでございますから、それに準じ、あるいはそれと同等の処遇をすべきものだと私は考えて、今後調査と並行しながらこれからの問題内容についていろいろ検討してまいりたい、かように考えておるのでございます。実施は五十六年に実施したいという考え方でございます。
○内藤功君 広報の問題ですが、新聞を活用したやはり政府としてのPRをやっていく必要があると思うんです。元陸海軍従軍看護婦の会で本年の一月に三つの新聞に記事を載せてもらったところ、百二十名の方からその会の方へ御連絡があったと言われておりますので、これは政府が、こういうふうになっているという状況をひとつ広報の面で十分に努力をしてほしいと思うんですが、これは局長ひとつ。
○政府委員(松田正君) いずれにいたしましても、都道府県、市町村、それから関係団体の皆様方の御協力を仰ぐ必要もございますので、その点のPRについては十分に努力をいたすつもりでございます。
○前島英三郎君 国際障害者年の政府の推進本部の設置がきょう閣議決定されたと伺いましたけれども、今度の国際障害者年のメーンテーマは完全な参加と平等という大変な重要な問題が掲げられております。この際、推進本部の副本部長となられる厚生大臣に、このテーマをどのように受けとめ、どのように推進しようとしているのか、まず御所見を伺いたいと思います。
○国務大臣(野呂恭一君) 国連が国際障害者年のテーマとして掲げております完全参加ということにつきましては、私は社会の一般の方と同じように、社会、経済、文化のいろいろの活動について変わりがないというような社会をつくり、環境を整備していくことにあると考えておるわけでございます。したがいまして、これを具体的にどのように進めていくかということについて、推進本部として今後それぞれの分野をとらえまして、雇用の問題あるいは教育の問題あるいは所得保障の充実の問題あるいは生活環境の整備、各種の情報文化を受けられるようなそういう社会というものをどのようにつくり上げていくかということを、具体的に今後進めてまいりたいと思うのでございます。しかし、この事柄については、何と申しましても国民の理解と協力、また同時に、障害者御自身の御努力をも私どもは期待してまいりたい、かように考えております。
○前島英三郎君 そういう意味では、大平総理が推進本部長ということも伺っているわけでありますが、実質は私は、厚生大臣が本部長と言っても過言ではないほど厚生省の責任というものは大きいと思いますので、完全な参加という点に踏まえていけば、もちろんいま大臣がおっしゃったように、社会一般国民のコンセンサスを得た上で障害者自身も積極的に社会参加するということは当然でありますが、これはプロセスヘの参加、いわゆる政策立案への参加も率先して障害者の参加に門戸を広げるべきだ、かように思っております。 たとえば、中央心身協のメンバーに障害者が一人も入っていない。こういう点から見ましても、実際福祉を受ける側の声というものが行政の中に反映されないというふうな歴史的経過もあるわけですが、その辺はいかがでございましょうか。
○政府委員(山下眞臣君) 障害者の完全参加を実現するためには、国、地方公共団体におきます政策形成過程に対しまして障害者の方も参加をされる、こういったことが必要であるということはもう御指摘のとおりだと考えております。 現在厚生省にございます身体障害者福祉審議会、これには障害者の代表の方数名に参加をいただいておるところでございます。また、昨年から新たに始めました障害者福祉都市の推進事業、これを地方で行うわけでございますが、その企画推進委員会には必ず障害者の方が代表としてお入りになるようにということで、通牒等を出して指導いたしておるところでございます。 ただいま御指摘の中央心身協、御指摘のとおりでございます。ちょうど明年障害者年を迎えます。この機会に、ぜひひとつ中央心身協、同時に地方心身協にも障害者の代表の方にメンバーとして参加をしていただくような取り運びで進めてまいりたい、かように考えておる次第でございます。
○前島英三郎君 その辺、よろしくお願いをいたします。 参加と平等ということになりますと、たとえば戦傷病者の援護について言いますと、いわゆる銃後の人がカバーされないのは私は平等ではない、こういうぐあいに考えるわけなんです。この問題は片山委員を初めとして、いろいろな形で意見が出されておりましたので差し控えさせていただきますが、同様に現在の障害者の年金制度におきましても、無年金の障害者がいるのは私は平等とは言いがたいのではないか、こんなふうに思うわけなんです。 幾つかのケースについて伺いたいと思うのですが、ここに一つの手紙がありまして、 私は林千代子と言います。実は昭和五十一年の九月十一日、香川県小豆島で五十数名の死者を出した豪雨の被害者です。小豆島は本籍で、嫁いだ先は大阪だったのですが、そのとき、たまたま五十一年交通事故で死亡した弟の法事に帰郷して、この難に遭ったのです。祖父、父母三人が死に、私は首まで土砂に埋まり十数時間後、母の死体を足場にして引き出され、救出されたものの、脊損になりました。助かったのは、兄と兄の子供だけだったのです。主人は会社員で厚生年金に加入しているのですが、私は国民年金にも加入していないので年金はもらえず、その上、他府県の人というので一銭の見舞い金ももらっておりません。ただ、医療費として一週間分のみ見てもらっただけです。脊髄損傷になったがゆえに、主婦としてやっていけないので、女の子二人いたのですが、主人は子供を育てていかなければならない自分の方が被害者といって、一銭の慰謝料もなく離婚されてしまいました。天災事故によってすべてのものを失ってしまった。 こういうふうな御投書もあったわけなんですが、厚生年金の加入者の妻で国民年金に任意で加入している人の比率というのはどのくらいなのか、ちょっと伺いたいと思います。
○政府委員(持永和見君) 厚生年金の加入者、いわゆる被用者の保険に入っておられる方の奥さんは、御指摘のとおり国民年金に任意加入できますけれども、現在およそ私どもの方で推計しておりますところによりますと、任意加入の対象一いわゆる被用者の妻としての任意加入の対象は大体一千万というふうに推計いたしております。五十四年、昨年の十月末の私どもの方の、こういった奥さん方、配偶者の任意加入は七百五十万おられますので、大体八割近くの方が国年の任意加入にお入りになっているということが言えるかと思います。
○前島英三郎君 そうすると、いま私が手紙を引用しましたけれども、こういうケースというのはかなりの数あると思ってよろしいわけですか。
○政府委員(持永和見君) 被用者の妻の方は、いま申し上げましたように任意加入でございますので、大体二百万以上の方が、まだ国民年金に任意加入されておらない。したがって、そういう方につきましては、国民年金制度上障害年金を出すという余地はないわけでございまして、そういう方については、障害になっても年金が出ないということがあり得ると思います。
○前島英三郎君 大学生が、在学中に二十歳になって障害者となった場合は、どういう年金が出されるわけですか。
○政府委員(持永和見君) 大学生の場合につきましては、法律上やはり国民年金で任意加入の対象になっております。したがいまして、大学生の方で国民年金に任意加入しておられれば、いま申し上げました支給要件に該当する限りは障害年金は出ますが、任意加入しておられないと、いまの任意加入されていない奥さんと同様なケースになるかと思います。
○前島英三郎君 それでは、大学生で国民年金に任意加入している人というのはどのくらいいるんですか。
○政府委員(持永和見君) 国民年金は二十歳以上の人を対象にして加入することになっておりまして、二十歳以上の中の大学生の方でどのくらい国民年金に加入しているかというのは、非常にこれは推計がむずかしい問題でございます。ただ、おおよそ言えますことは、やはり大学生の方は将来被用者になられるとか、そういうケースがございまして、かなり加入率としては奥さんに比べると非常に低い加入率でございます。全体で二十歳以上の大学生が大体八十万から九十万ぐらいの間おられると思いますけれども、加入しておられる方はほんのわずか数%じゃないかと思います。
○前島英三郎君 ここにアメリカンフットボールの名選手で、大学生ですが、猿木さんという方が試合中に実は頚椎損傷になりまして、やはりその方はもちろん国民年金に加入していなかったものですから、何ら年金的な制度の恩恵にあずかれない、こういうようなケース、いろんな形で一つの事例が無年金者の問題としてたくさんあるわけなんです。国民皆年金ということが言われているわけですが、制度創設後五年間の強制加入者の加入率の推移というものが、じゃ果たしてどういう形になっていくのかということを見てきますと、私はまだまだそういう意味ではPR不足でもあるし、実際問題として任意加入でありますからなかなか問題点もあろうかと思うんです。その強制加入者の加入率の推移というのはどのようになっているのか、お示しいただきたいと思います。
○政府委員(持永和見君) 御承知のとおり、拠出制の国民年金が昭和三十六年から発足いたしております。三十六年当時の私どもの方の調査は、被保険者数を強制、任意合わせて推定いたしまして、それに対してどのくらい実際に入っているかという数字を出しておりますが、これを見てみますと、三十五年度、制度が発足しました当時およそ二千二百万人の被保険者があるだろうという推定がございました。それに対しまして三十五年度は千七百万、適用率がおよそ七七%、それから三十六年度が千九百五十万、適用率が八八%、三十七年度末が八八・四、三十八年度八八・五というような数字が出ております。その後市町村の実績をもとにいたしまして、実際のその強制加入の対象者、いわゆる強制被保険者を積み上げて推定をしておりますが、それによりますと、昭和三十九年度が千六百六十三万人の強制加入になっておりまして九六・七%、四十年度が千七百十八万人で九八・三%という適用率でございます。
○前島英三郎君 大変適用率は高く推移しているわけですけれども、制度が行き渡るまでにはある程度の時間もかかりますし、あるいはまた国民年金の対象者の場合、PRが比較的行き届きにくい面というものもありますから、こういう一つの事例の中で未加入のまま障害者となったというケースが、やはり無年金となった人たちというのが実際あるわけなんです。その辺は相当数あると思うんですけれども、いかがですか、その辺の調査というのはできているんでしょうか。実は私もその未加入の一人でこういう車イスになりましたから、まさにそういう歴史的な経過の中におきましては知らず、気がついたら、あ、そういう制度があったのか、ああ入っておればよかったなあという部分というものはずいぶんあるんです。その辺相当数あると思うんですが、いかがでございますか。
○政府委員(持永和見君) 国民年金サイドの方から申し上げますと、先ほど申し上げましたように、任意加入であって、入ってない人の中でどれくらい障害の該当者がいるかということにつきましては、これは実際私どもの方でなかなか把握することは困難でございます。 国民年金サイドの方で、仮に障害年金が出ないケースというのはどういうのがあるかということを申し上げますと、いま申し上げましたように未加入、任意加入の対象でありながら任意加入していない人、それから中には先ほど適用率を申し上げましたが、ほんのわずか強制加入でありながら漏れている人たちもおられます。そういう人たちは、障害年金を受ける場合にはやはり一定の拠出要件がございますから、そういう保険料を拠出する要件に該当しないというケースがございます。そういう場合には、したがって障害年金が受けられないということがあるかと思います。実際にその任意加入も含めまして、全体の障害者の中で、障害年金を受けられる廃疾の状態でありながら受けられない数というのは、それは私どもの方としてはなかなかつかみにくいというのが実際でございます。
○前島英三郎君 認定日主義から初診日主義に切りかえる以前は、認定日からさかのぼって一年間保険料を納付してあれば、拠出制の障害年金は受給できたわけなんです。ところが加入の申込手続をしたのに対して、係官が拒否したために無年金者となったケースというのもかなりあるんです。ですから、実際障害を受けてそうした者が適用から除外されているケースというものもあるわけなんですが、以上いろいろなケースで無年金障害者となっている人がかなりの数いると私は思っております。政府はその実態を把握することが当然必要だと思いますし、さらによく実態を調べた上に、老齢年金の特例納付に類似したような救済処置を私は考えるべきだと思うんですが、その辺はいかがでございますか。
○政府委員(木暮保成君) ただいま先生の御指摘のようなお気の毒なケースがあると思うわけでございますけれども、国民年金も、御承知のように、国民年金の対象者の方々が共同連帯の精神であらかじめ保険料を掛けていただいて、老齢とか廃疾とか死亡とかという保険事故が発生いたしましたときに保険給付をするという制度になっておるわけでございます。障害年金につきましても同様でございまして、ただいま部長からも申し上げましたように、障害の原因となった病気やけがが発生した時点まで制度に加入して、かつ一定の保険料を納めてもらうという条件があるわけでございまして、社会保険の立て方をしている以上、そういう方々に対しまして事故が発生してから特例納付をしていただくという方法はとりにくいというふうに考えております。
○前島英三郎君 なかなか制度上むずかしい面もあると思うんですけれども、実際なかなか、夫は厚生年金に入っている、自分は国民年金に入ればいいんだけれども、御主人が入っているんだからいいじゃないかというようなもので未加入の人もいる。実際問題そういう人たちが事故になった場合には、何ら年金というものに対してのそうした処置がとられていないという、この辺も、先ほどからよく言われておりますまさに落ちこぼれた谷間の人たちだというふうにも思うんです。年金というのは確かに相互扶助という原点がありますから、自分が掛けてなければそれはもうだめだと言えばだめなわけなんですけれども、こうしたいろんなケースの形によって、また歴史的の推移の中で、どうしてもその辺の谷間の人たちというのも数多くいるわけですし、そういう人たちに対する救済処置というものを今後積極的に厚生省で取り組んでもらいたいと思うんです。大臣いかがでございましょうか。
○国務大臣(野呂恭一君) 任意加入の制度をとっておるわけでございますが、これを強制的に果たしてできるかどうか、ここも問題点があると思います。しかし実態は、任意加入といってもほとんど八〇%に近い、あるいはそれ以上の加入者があるわけです。もうほとんど、いわゆる任意加入と申しましても、国民皆年金制度の中ではこれが吸収されておるという現状でございますが、なおいま無年金者に対しましては、御趣旨を踏まえまして何か救済処置がないかということも検討していきたいと考えます。
○前島英三郎君 補装具という問題につきまして実は伺いたいわけなんですけれども、身障福祉法による補装具の給付は、諸外国に比べてその内容がかなりおくれていると指摘する専門の人たちがいるわけですけれども、なかなか国内で開発されたものも取り入れられない部分がありまして、さらに厚生省の補装具給付と労働省の補装具給付の非常な格差という問題がございます。実はこれはきょう質問さしていただこうと思いましたが、今度予算委員会でこの補装具の問題も取り上げたいというふうに思っているんですけれども、実はその補装具のあり方について、厚生省として今後こういう形をとりたいというようなものがございましたら、ちょっと伺いたいと思います。
○政府委員(山下眞臣君) 御指摘のとおり、補装具の給付というのは身障福祉法に基づく施策の中で重要な地位を占めておるものでございまして、私どもとしてはできるだけ新製品の開発などにも対応できるように努力をいたしていきたいと思っておるんでございますが、現在二つの。プロジェクトチームをつくっておりまして、一つはスタックと申しますか厚生科学研究費で専門家の方にお集まりをいただいて研究、それからもう一つは、身体障害者福祉審議会の中の一つの補装具の部会でそのあり方等につきましても検討をいたしておる最中でございます。できるだけ実情に応じていくように、そういう内容等の検討を進めたいと考えておるところでございます。
○前島英三郎君 国庫負担でつくってもらえるのは、ひざの関節にストッパーがなく、ひざががくんとなり危ないので、別のものがないかと業者に聞いたところ、労災で開発した義足があるが、これは労災では適用されるが、身障者は差額金十万円を負担しなければならないとのことです。つまり同じ装具を要求しましても、労災の方では完全給付になっているけれども、もしあなたが国の枠の中の装具ならばひざはがくんとなるし、これは余り使いものにならないけれども、もっといいものにするならば、国の規定からさらに十万円上積みすればつくってあげるというふうなことですから、非常に補装具の国の処置の対応の仕方に問題点があるように思うんです。今後これは積極的に改善を図る必要があると思うんですけれども、もう一度その辺の改善に対するお気持ちを伺っておきたいと思うんです。
○政府委員(山下眞臣君) ただいまお話ございましたのは、いわゆるラポックと申しますか、骨格構造の義肢、御指摘のとおり、現在の一般の交付基準では私どもの方ではいわば殻構造と申しますか、そういう義肢の交付が取り上げられておるわけでございます。ただいま御指摘のございましたラポックにつきましては、労災の義肢センターで開発されまして労災で採用されておるということでございますが、私どもの方におきましても一般基準にはまだ入っておりませんけれども、特別基準では必要に応じて支給をするという道は開いております。このラポックを、そういった義肢を一般基準の中にも入れるということにつきましても現在検討中でございまして、気持ちといたしましては、前向きで検討さしていただきたいと考えております。
○下村泰君 大臣は次の場所へ急がなきゃならないとかで、時間の制限があってまことに質問のしにくい時間でございますけれども、先ほどから各委員の方がお話をなさっていらっしゃいましたけれども、聞いていて私はどうも実に腑に落ちない。それから不思議でならないのが、あれだけ戦争中一般市民が竹やりを持たされたりあるいは何といいますか、火の粉を払うようなものがありますね、ああいうものを持たされて非戦闘員とはいいながらほとんど戦闘員と同じような仕事をさせられる、そしてその傍ら生産に従事して、もろもろの軍需品を外地へ送る、こういうような仕事をしていた人たちが一つも救済法がない。いまになってもまだこういったような願いが各委員の方から出されている。実に日本という国はこういう点締まらない国だなと、いまつくづくお話を聞きながら考えたんですけれども、果たして厚生省の方は全面的にこういうものに取り組むというお気持ちはあるんでしょうか、それともないんでしょうか、それとも逃げたいんでしょうか。
○政府委員(松田正君) 戦争中におきますいろんな戦時中の活動につきまして、国民それぞれの立場におきましていろんな態様があることは私も十分承知をいたしておるところでございます。現在の制度、恩給法も含めましていろんな制度があるわけでございますけれども、戦傷病者戦没者遺族等援護法の現行の仕組みといたしましては、国と国民とのかかわり合いをどの時点で考えるか、またその基準をどのように設定をするかということが制度の発足の原点に一つ問題としてあるわけでございます。 したがいまして、あるいは現行制度で申し上げますと、戦闘参加者ということでその範疇の中に入られる方もおりますれば、あるいは軍の命令によって協力をしたということで入る方もあるわけでございますが、ただ現行法では、先ほど来当委員会におきましても御議論ございましたように、すべて賄い切れない点があることも事実でございますし、全く新しい分野として考えていかなければならない点もあることも事実でございます。私たちは、その問題につきましては先ほど来申し上げておりますように、問題意識は十分あるわけでございますが、それを政府全体としてどういうふうに今後取り運んでいくかということにつきましては、まだ結論が出てない段階でございます。そういう問題意識は十分持っておるつもりでございます。
○下村泰君 持ってはいるけれども現状ではやれない、こういうことでございますね。
○国務大臣(野呂恭一君) 先ほどからいろんな先生方に対し私お答え申し上げたわけであります。私たちの世代は戦争の真っただ中で大なり小なりいろんな犠牲を受けておるわけでございます。したがって、戦争の犠牲に対し国がどの範囲までこれは国家が責任を持って救済し、あるいはその犠牲に報いるべきであるかどうか、これは大変私は大きな課題であり、単に厚生省とかあるいは恩給を扱っております総理府とかいった分野の問題でないと私は思います。これはもう戦後処理において一体何がまだできていないのか、ある意味においてはできていないことばかりではないだろうか。しかし、国が責任を持つということは国家がそれなりの補償をする、補償の対象というのはどこまで伸ばすべきものか、国家補償とは一体何なのか、いろんなことにまで私どもは検討しなきゃならぬ問題でございます。したがいまして、ただいつまでもこれは放置するわけにはまいりません。戦後処理としてもう決着を国全体としての責任においてつけるべきではないだろうかというふうに考えて、関係閣僚とも私は速やかにこれらの問題に取り組もうではないかということを申しておるわけでございます。 御指摘の点については、決してこのままでいいとは考えておりません。ただ、国の責任というものをどの程度に考えられるのか、どこまでいくべきものなのかということについては、これはもうすべての戦争のあの事態の実態から考えて検討をし直さなきゃならぬ問題でございます。これはまさに大平内閣の政治姿勢として今後急ぎ検討して結論を出していくべき問題であると考えておるのでございます。あえて申しますならば、援護法という立場だけでとても掌握し、また同時にその責任を果たし得る問題ではない、こういうことでございます。
○下村泰君 軍の命令で動いたとか動かないとかいうことよりも、あの当時軍が正面切っての発令がなくても、その下で働いている下級軍人——下級軍人といっても将校でしょうけれども、そういう人たちが右へならえと言えば右へならえしなきゃならなかった状態なんですから、軍の命令があったとかなかったとかいうような私は状態ではなかったような気がするんです。もちろん大ぜいの方がいらっしゃいますから、その財源をどこに求めるかといったら、これも大変な問題だと思います。しかし、同じ敗戦国である西ドイツがこれこれこういうことをやったというようなことを言われる前に、敗戦国の日本がこれだけのことをやつたんだということの何か見本が示されることを私は望みたいんです。何かというと外国の例を日本へ引っ張ってこなきゃ日本という国は何もできないのかと、つくづくそういうふうに思いたくなるんです。少なくともこの問題は野呂厚生大臣在任中に何とか形にしてください、永久に残りますから。 それでは、遺骨の収集のことについて伺いますけれども、八十七国会、五十四年四月三日の予算委員会で、大平総理がこういうふうにお答えになっているんです。「私どもといたしましては亡くなられた方々の心を心として戦後経営に当たらなければなりませんが、同時に、亡くなられた方々の冥福のためになすべきことは全力を挙げてやらなければならぬと考えております。」、こういうお答えがあるんです。それから前橋本厚生大臣が「これから先も厚生省の職員は一生懸命努力をしてまいります。」と、こういうお答えが出ている。そして、ことしも予算が計上されておりまして、各地の遺骨収集の名前が出ておりますけれども、今後どういうふうな形で厚生省がおやりになるのか、伺わしてください。
○政府委員(松田正君) 海外におきます戦没者の数は約二百四十万と推定をいたしております。そのうち約半数が遺骨収集済みの数でございまして、したがいまして数字の上では百二十万程度がまだ残っている、こういうことでございます。私どもといたしましては、昭和二十八年以来これら遺骨の収集につきましては非常に努力をしてまいったわけでございます。昭和五十年まではそれぞれ年次計画を立てまして、できる限りの努力をいたしてまいりました。 ただ、最近に至りましては非常に遺骨収集は技術的にも、また地域、そのポジションが非常にむずかしい状態になっております。したがいまして、必ずしも数字の上では成果を上げ得ない場合もございますけれども、特に最近では遺骨がどこに埋没しておるかという情報なり、的確なあらかじめの調査ということがなかなか困難な地域が多くなっております。それぞれ各国におきましても戦後開発をされましたし、あるいはいろん関係でその地域が昔と違っておったりというようなところが非常に多くなっておりますので、遺骨収集そのものが非常に技術的にも問題がむずかしくなっております。したがいまして、できるだけ相手国から情報を得ると同時に、積極的に私たちも調査団を派遣いたしまして、遺骨の収集し得る地域について一応事前の調査を含めて現在遺骨収集の作業をいたしておるところでございます。したがいまして、この作業は遺骨の埋没が予想される限り、これでおしまいというような性質のものではないわけでございますけれども、いま申し上げました事情もございますので、いろんな情報を収集しながら、その場所その場所で的確に収集作業を今後とも続けていく、こういうことでございます。
○下村泰君 ことしはどうするんですか。この五十五年度はどういうふうな計画ですかと私はお尋ねしている。
○政府委員(松田正君) 五十五年度におきましては、まずフィリピン、それからマリアナ、パラオ諸島、それからソロモン諸島、沖繩、硫黄島、小笠原、それから海没をいたしております航空機が発見されました場合にはそれも着手をする、こういうことでございます。
○下村泰君 これは外務省絡みのところはあれでございましょうけれども、いわゆる国内に近いもの、小笠原ですね、ここなぞは本当にやってますか。
○政府委員(松田正君) 実施をいたしております。
○下村泰君 そして、厚生省からこういう何か文書みたいのが出ておりまして、政府派遣団の遺骨収集の仕方みたいのがあるんです。これはマリアナ諸島の戦没者の遺骨収集の要領みたいのが書いてあるんですが、これを見ますと、「大腿骨二本をもって一体と数える」、これはあたりまえのことだと思うんですけれども、「地表面にバラバラに散在しているときは、骨と骨との離れ具合等により判定すること。(例、二十メートル〜三十メートルの間隔をおいてそれぞれ骨一個を収容したときは、二体としてよい。)」、こういうふうになっています。そうしますと、本当に収集したのは、いまあなたのおっしゃいました二百四十万、そして百二十万、百二十万というのは完全な数じゃないということですな。
○政府委員(松田正君) 散逸して埋没いたしております骨を収集いたしまして、どの程度その骨の収集によりまして一体と数えるかということについてはいろいろむずかしい問題がございます。地域によりましては相重なって遺骨が埋没しているところもございますし、何メートルか離れてあるところもございます。果たして、それが同一人の骨であるかどうかという識別もつきがたい場合もないことはないわけでございますので、ただいま先生お読み上げになりましたような方式で一体と数える。たとえば大腿骨二本あればこれは一体であろうということで一柱と、こういう計算をしているわけでございます。
○下村泰君 大臣、この写真ごらんになったことございますか。これは前の予算委員会で使った写真なんですが、ごらんになったことございませんですな。(写真を示す) ここにあるのが全部いわゆる頭骸骨です。そして、ここにお見せしますが、そこの距離からおわかりにならないかもわかりませんが、これは地下たびなんです。これは地下たびに小指が一本ついているんです。そして、これはちょっと暗くて見えませんけれども、ここに鉄かぶとがあるんです。その鉄かぶとの下へ手を突っ込むと下から頭骸骨がくっついて出てくるわけです。うっかり鉄かぶとだけ出すとばらばらになります。これは私はサイパンへ行って荼毘に付したのです。こうして多くの遺骨を私は収集してきました。このときに、最終的には骨が泣くというんですけれども、私どもも野戦におりまして、戦友が亡くなって、その戦友の遺骨を荼毘に付したことございますけれども、事実笛が鳴くような音がするんです。目鼻へ空気が吹き込んでいくからそういう音が出るんですけれども、ちょうどみたまが泣くような気がします。厳粛な気持ちに打たれることがたまたまあります。 それで、今後一体いつまで続けるのか、だらだら続けるわけにはいかないと思うのです。そしてビルマの方にはまだ行かれませんね。戦闘というのは広範囲にわたって行われたわけなんです。国内でさえもまだ処理がつかない。たとえば沖繩にしても、いまお答えになった硫黄島にしたってまだ調査できていないでしょう。しかも諸外国へ行くとなれば、これは外交問題もあります。こういう国々とどこまでどう話をして、いつ一体どこでけじめをつけるのか、これはお考えですか。
○政府委員(松田正君) 理屈の上では、二百四十万体すべてを収集すればそれで終わりということになるわけでございますが、先ほど申し上げておりますようないろんな地域の実情によって、なかなか収集困難な地域もございます。ただ、私どもとしましては、いま先生御指摘のような、何年計画でどこそこを何年までに終了してどうするという明確な計画を持ち得ませんのは、片ややはり国民の関係者の皆様の中には、一体たりともぜひとも収集したいという切なる願いの方々も多うございます。さりとて何年までに遺骨収集は打ちどめというわけにもまいらない実情もございます。確かに無計画ではないかという御指摘は甘んじて受けざるを得ないと思いますけれども、やはり現在の骨が埋没しております実情をもう少し精細に調査をしながら、実施を当分の間は続けざるを得ないんじゃないかというふうに考えております。
○下村泰君 それはよくわかります。しかし、もうちょっと小まめに動いていただきたいと思うのです。どうもお役人さんのやることというのは、二日やりゃ一日休んだり、三日やりゃ一日休んだり、グアム島の方でもって、サイパンから骨を拾った帰りに大宴会を開いているという記事もありますし、その事実も見ております。これはもっとも野呂さんが大臣のときじゃございせんまから御安心なさってください、そういうようなこともございます。 してみると、一般の国民の側から言わせれば、本当に自分の肉親の遺骨を収集に行った方々から見れば、厚生省の役人というのは一体何をやっているんだというような批判ばかり高まるんです。それだけにもうちょっと細かにやっていただきたいと思うんです。 なお、厚生大臣に伺いますが、厚生大臣のお考えはどうなんでしょうか。
○国務大臣(野呂恭一君) 先ほどお示しになられましたあれはサイパンでの遺骨収集だと承りますが、私も数年前に、これは政府の関係でなくて、ある民間の団体のサイパンでの遺骨収集に三日間参加をいたしました。三十有余年の年月を経た、そして鉄かぶとをかぶって眠っているその遺骨に対しまして、本当に涙がとまらなかったわけでございます。そういう実態経験もいたしておるわけでございます。 お話しのように、遺骨収集については、やはりこの付近にまだ遺骨が散在しているというような的確な情報を得ることが大事だと思います。同時に、相手国の協力がなければまた収集もできないという事情でございますから、厚生省は決して怠慢で事を構えておるわけではないのでございます。的確にその情報を得次第、計画を立てて遺骨収集を行ってきておるわけでございます。ただ、遺骨収集に当たる者が、当然そこに遺族の方々も参加をするということでございますから、年齢の関係もございまして、毎月それならばそればっかりに専念できるかというと、なかなかそれもむずかしいわけでございますから、毎年この程度なら遺骨収集ができるであろうという計画のもとに進めてまいっておるわけでございます。しかし、なるべく早く全地域にわたりまする遺骨収集は、速やかになされるべきであると私は考えるのでございます。いろいろ情報の収集をさらに一層強めまして、それらの地帯に対してどういうふうに計画的に行っていくかということを改めてひとつ検討をさしていただきたい、かように思います。
○下村泰君 私のところにある人から、サイパン島のある地区にこういう遺骨がまだあるんだ、取りに来てくれというふうに厚生省にお願いしたところが、厚生省は、他地区とのあれもあるので少し待ってほしいというような返事があったと、こういうふうに承っているんです。それだけに、ですから、もう少しまめにやってほしい、こういうふうに御希望をしておきます。 終わります。 —————————————
○委員長(久保亘君) 委員の異動について御報告いたします。 本日、森下泰君が委員を辞任され、その補欠として岩崎純三君が選任されました。 —————————————
○委員長(久保亘君) 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保亘君) 御異議ないと認めます。 それでは、これより討論に入ります。 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。——別に御発言もなければ、これより採決に入ります。 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を問題に供します。 本案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(久保亘君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。 この際、片山君から発言を求められておりますので、これを許します。片山君。
○片山甚市君 ただいま可決されました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対し、自由民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党、日本共産党、民社党、参議院クラブ、第二院クラブ共同提案による附帯決議案を提出いたします。 案文を朗読いたします。 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、次の事項につき、速やかに格段の努力を払うべきである。 一、一般戦災者に対し、戦時災害によつて身体に障害を受けた者及び死亡した者に関する援護の検討を目途としてその実態調査を実施すること。 二、戦没者遺族等の老齢化の現状及び生活の実態にかんがみ、国民の生活水準の向上等にみあつて、今後とも援護の水準を引き上げ、公平な援護措置が行われるよう努めること。 三、戦地勤務に服した陸海軍看護婦の当時の実情にかんがみ、日赤従軍看護婦に比し不利とならないよう必要な措置をとるよう検討すること。 四、満洲開拓青年義勇隊開拓団について関係者と連絡を密にし、一層資料の収集に努め、問題解決のため努力すること。 五、戦没者遺族等の老齢化の現状にかんがみ、中国における慰霊巡拝の実現を含めて海外旧戦域における遺骨収集、慰霊巡拝等について、更に積極的に推進すること。 六、生存未帰還者の調査については、引き続き関係方面との連絡を密にし、調査及び帰還の促進に万全を期するとともに、中国からの引揚者が一日も早く日本社会に復帰できるよう関係各省及び地方自治体が一体となつてその対策に遺憾なきを期すこと。 七、法律の内容について必要な広報等に努める等更にその周知徹底を図るとともに、相談体制の強化、裁定等の事務の迅速化に更に努めること。 右決議する。 以上であります。
○委員長(久保亘君) ただいま片山君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕
○委員長(久保亘君) 全会一致と認めます。よって、片山君提出の附帯決議案は、全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。 ただいまの決議に対し、野呂厚生大臣から発言を求められておりますので、これを許します。野呂厚生大臣。
○国務大臣(野呂恭一君) ただいま御決議になられました附帯決議につきましては、その御趣旨を十分尊重いたしまして、努力をいたす所存でございます。
○委員長(久保亘君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保亘君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 —————————————
○委員長(久保亘君) 次に、戦時災害援護法案を議題といたします。 発議者片山甚市君から趣旨説明を聴取いたします。片山君。
○片山甚市君 私は、ただいま議題となりました戦時災害援護法案につきまして、日本社会党、公明党、日本共産党、民社党、参議院クラブ及び第二院クラブを代表いたしまして、提案の理由を御説明申し上げます。 すでに戦後三十四年を経て、あの忌まわしい戦争への記憶が一段と風化しつつある中で、なお、戦争の傷跡が生活を圧迫し、生命と健康を失った多くの一般戦災者が、いまなお、国から何らの援護を受けることなく、戦争犠牲者として、傷病苦と生活苦にあえぎながら、余命をつないでいる現実を放置することはできません。 私は、これら戦災者の心情と、報われることなく高齢で亡くなられる方々の続出する日々に思いをいたすとき、援護の手が一日も早く差し伸べられる必要を痛感せざるを得ないのであります。 振り返ってみますと、さきの大戦では、原爆による被災者を含め、米軍の無差別爆撃はとどまることなく、銃後と思われていた非戦闘員と、その住居までも、一瞬にして戦場に変え、わが国全土にわたる諸都市を焼き払っていきました。 昭和二十年四月十三日、状況窮迫せる場合に応ずる国民戦闘組織に関する閣議決定は、新たなる兵役義務により、兵として動員し、統帥権下に服役せしめ得る必要な法的措置を講ずることを決め、昭和二十年六月二十二日に、即時公布された義勇兵役法では、国民義勇隊に参加せしむべきものは、老幼者、病弱者、妊産婦等を除くのほかは、可及的広範に包含せしむるものを徴兵し、いわゆる国民皆兵体制をつくり上げたことによっても、当時、すでに平和な銃後は存在せず、戦場そのものとなっていたことは明白であります。 これによる一般市民の死傷被害は、沖繩を除いても、優に八十万人を超え、罹災人口は、実に一千万人を超すと言われています。 中でも昭和二十年三月十日の東京大空襲は、わずか二時間余りの爆撃によって全都の四割が一瞬にして灰じんと化し、炎の中で約十万の都民の生命を奪いました。その惨状は、イギリスの一物理学者が、原子爆弾攻撃による荒廃化を除けば、いままでになされた空襲のうち最も惨害をほしいままにした空襲と指摘するほどでありました。 昭和十七年二月二十四日に公布された戦時災害保護法では、昭和二十一年に廃止されるまでの間に十二万七千人の民間戦災者、傷害者、同遺族に対し、救済、補償もなされました。 しかるに、政府は、今日まで、戦争犠牲者対策を、軍人軍属及びその遺家族など、昭和五十四年三月末現在約十四万人に限定してきているのであります。 法制定後、準軍属といわれる人々など、わずかな範囲の拡大はあったものの、銃後の犠牲者に対する援護の手は、基本的に皆無に等しいまま、今日に至っているのであります。 一方、今次大戦の同じ敗戦国である西ドイツでは、すでに昭和二十五年に、戦争犠牲者の援護に関する法律を制定し、公務傷病と同視すべき傷害の範囲をきわめて広範に規定したため、援護の手はあまねく一般市民にまで行き届き、その対象は、昭和五十二年六月末現在においても実に二百十七万八千人にも上っています。 わが国の戦争犠牲者対策について、原爆被爆者に対する特別措置は別として、あくまでも軍人軍属等に限定しようとする政府の態度は、大戦の過ちを衷心から悔い改めようとする姿勢に欠けるばかりか、その態度のよって来るところが、軍事優先の思想にあるのではないかとの疑念さえうかがわせるものであります。 戦後三十四年を経て、いまだに放置されたままの一般戦災者に対し、国の援護措置を望む国民の声は戦災地域にとどまらず、それ以外の自治体から決議、意見書が多く寄せられている事実とともに、もはや一刻の猶予も許さないところに来ています。本案はこのような国民の声を背景に、本案成立の日まで、いまだ戦後は終わらないとの確信を持って作成し、再び提案するものであります。 次に、本案の要旨について簡略に申し述べますと、さきの大戦で空襲その他の戦時災害によって身体に被害を受けた者及び死亡した者の遺族に対し、戦傷者特別援護法及び戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下それぞれ特別援護法、遺族援護法という)に規定する軍人軍属等に対する援護と同様、国家補償の精神に基づく援護を行おうとするものであります。 ただし、遺族に対する援護については、遺族年金にかえて、一時金たる遺族給付金六十万円を支給することとしております。 援護の種類別に申し上げますと、第一に、療養の給付、療養の手当、一万七千八百円支給及び葬祭費八万五千円を支給することであります。 第二は、更生医療の給付は、補装具の支給及び修理、国立保養所への収容並びに日本国有鉄道への無償乗車等の取り扱いであります。第三は、障害年金または障害一時金を支給することであります。 以上、支給要件、給付内容はすべて軍人軍属等におけると同様であります。 第四は、遺族給付金、五年償還の記名国債として六十万円の支給であります。 遺族の範囲は、死亡した者の父母、子、孫、祖父母で、死亡した者の死亡の当時、日本国籍を有し、かつその者によって生計を維持し、またはその者と生計をともにしていた者といたしております。 第五は、弔慰金五万円の支給、遺族の範囲はおおむね軍人軍属等におけると同じであります。 なお、この法律による援護の水準を、特別援護法または遺族援護法による軍人軍属に対する援護の水準と同じレベルにしたことに伴い、これらの法律による準軍属に対する援護でなお軍人軍属に対する援護の水準に達していないものについては、同一レベルに引き上げる措置を講ずることといたしました。 最後に、施行期日は、公布の日から一年以内で政令で定める日としております。 何とぞ御審議の上、速やかに本案の成立を期せられんことをお願いいたしまして、提案理由の御説明を終わります。
○委員長(久保亘君) 以上をもって趣旨説明の聴 取は終わりました。 本案の自後の審査は後日に譲ります。 —————————————
○委員長(久保亘君) 次に、請願の審査を行います。 第一号社会保障・社会福祉の拡充と福祉予算の大幅増額等に関する請願外六百五十六件を議題といたします。 三月十四日までに本委員会に付託されております六百五十七件の請願につきましては、理事会において協議の結果、第四号国の保育予算の大幅増額等に関する請願外三百一件は議院の会議に付するを要するものにして内閣に送付するを要するものとし、第一号社会保障・社会福祉の拡充と福祉予算の大幅増額等に関する請願外三百五十四件は決定を留保し、後日審査することに意見が一致いたしました。 以上のとおり決定することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保亘君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(久保亘君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後一時四十九分散会 —————・—————