法務委員会 第10号
- 発言数
- 224 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1980/03/28
会議録
○木村委員長 これより会議を開きます。 お諮りいたします。 本日、最高裁判所矢口事務総長、柳瀬刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○木村委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 この際、最高裁判所矢口事務総長から発言を求められておりますので、これを許します。矢口事務総長。
○矢口最高裁判所長官代理者 福岡高等裁判所長官に転出いたしました牧前事務総長の後を受けまして、三月二十二日最高裁判所事務総長を命ぜられました矢口でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。 いまさら申し上げるまでもないことではございますが、裁判所は裁判を通じて基本的人権を擁護し法秩序の維持に当たるという思い責務を負託されております。この裁判所の使命を達成することができますように、司法行政の面において微力を尽くしてまいりたいと存じます。幸いにして、今日に至りますまで当委員会の皆様の深い御理解と力強い御支援によりまして裁判所は人的にも物的にも逐次充実してまいっております。今後ともなお一層の御支援を賜りますよう切にお願いを申し上げます。 簡単ではございますが、私のごあいさつとさせていただきます。 ————◇—————
○木村委員長 内閣提出、刑事補償法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山崎武三郎君。
○山崎(武)委員 今回、刑事補償金の額の算定基準となる日額について、その上限を四千百円から四千八百円に引き上げるとともに、死刑の執行による補償金の額の上限等を千五百万円から二千万円に引き上げる理由をお伺いします。 また、刑事補償金の額の算定基準となる日額の下限千円について今回改正しなかった理由はどういう理由であるか、お伺いいたします。
○前田(宏)政府委員 今回お願いしております法案によりますと、刑事補償金の額の算定基準となります日額の上限を四千百円から四千八百円に引き上げることといたしております。 このいわゆる基準日額でございますが、現行法が制定されました当初、この額は一日二百円以上四百円以下ということになっていたわけでございますが、これは旧刑事補償法当時は一日五円以内ということでございましたが、それを基礎として、いま申しましたように一日二百円以上四百円以下ということになったと承知しておるわけでございます。その後数次にわたる改正がございまして、その都度額が引き上げられておるわけでございますが、いずれも、当時の賃金あるいは物価そういう上昇率等を考慮いたしまして、経済事情の変動を考慮いたしましてそれぞれ額が引き上げられておるわけでございます。 今回の改正の引き上げでございますが、お手元にお配りいたしております資料の終わりの方に参考資料として「賃金・物価指数調」というのがございますが、それによってごらんいただければおわかりかと思いますけれども、前回の改正が昭和五十三年にございまして、その後における賃金並びに物価の変動を見ますと、五十三年を一〇〇といたしました場合の五十五年の推定指数が賃金関係では一一四・一、また物価関係では一一一・四という数字がここに挙がっております。これを従来と同じような考え方で平均いたしますと、一一二・八というのが下の角の方にある数字でございますが、これで必ずしもこの基準日額というものはストレートにこういうものの伸び率を掛けて出すわけでもないわけでございますが、従来から大体そのような考え方で改正が行われているわけでございまして、今回もそのような従来の例にならいましてこの率を用いまして計算いたしますと、四千八百円ちょうどにはもちろんならないわけでございますが、若干の切り上げをいたしまして四千八百円にした、こういうことでございます。 それから第二の問題でございますが、死刑の執行に関します補償額の上限等の引き上げでございます。御案内のとおり、現行法では原則的に「千五百万円以内で裁判所の相当と認める額」ということになっておりまして、それに加えまして、本人の死亡によって生じた財産上の損失額が証明された場合には、その損失額に千五百万円を加算した額の範囲内ということに相なっておるわけでございます。この現行の千五百万円という金額は、いわゆる精神的苦痛に対する慰謝料というような性格を持っているというふうに理解されておると思いますが、これがやはり先ほどと同じようなことで当初は五十万円でございましたが、その後何回か引き上げがありまして現在に至っておるわけでございます。これも、いま申しましたようなことでございますから、きちっとした率があって、それを掛けて出すというようなものではございませんで、いろいろな総合判断の上で決められておるわけでございます。この千五百万円は昭和五十年に決められたままでございますが、今回、いま申しました基準日額の方も引き上げようとしておるわけでございますので、この死刑関係の方も引き上げるのが相当ではないか。そこで、最近の民事事件の損害賠償請求訴訟の実情等あるいはいわゆる自賠法、自動車損害賠償保険法による死亡した場合の保険金額、これらをにらみ合わせまして二千万円ということにさしていただいたらどうかと考えておるわけでございます。 第三の下限の問題でございますが、下限は千円ということで今回は引き上げるようにはいたしておりません。これは従来引き上げた場合もあり据え置いた場合もあるというようなことでございますが、最近の運用の実績等を見ますと、現在の下限千円というもので決められた例もあるわけでございますが、これはいろいろと御指摘も受けておるわけでございますが、精神障害者等につきましても、精神障害によって責任能力がない者につきましても憲法上のこともこれあり補償するというような仕掛けになっておりますので、そのような観点から余り高額の補償をすることはどうかというような場合もあるというような点も考慮されまして、裁判所の裁量の幅を残しておいた方がいいのではないか、かような考え方によるものでございます。
○山崎(武)委員 最高裁にお聞きしますけれども、最近五年間における補償請求事件の処理の実情について御説明願います。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 お答え申し上げます。お手元の参考資料第二表、第三表に基づいて御説明を申し上げたいと存じます。 第二表によりますと、昭和四十九年から昭和五十三年までの五年間におきまする刑事補償事件の終局人員は合計三百三十一人でございます。そのうち、補償決定のなされた人員は合計三百十八人、請求棄却等の人員は十三人でございます。 次に第三表によりますと、昭和四十九年から昭和五十三年までの五年間に抑留または拘禁による刑事補償決定のありました人員は合計三百十八人であります。その一人当たりの平均拘束日数は百六十八日、一人当たりの平均補償金額は三十四万五千七百五十一円となっております。 なお昭和五十三年、前回の改正によって補償日額が千円以上四千百円以下ということに増額されておりますが、その後この改正法を適用いたしまして昭和五十三年と五十四年に補償決定のありました人員は合計五十三人でございます。その一人当たりの平均拘束日数は二百二十七・六日、一人当たりの平均補償金額は六十九万七千六百七十七円、また一人一日当たりの平均補償金額は三千七十一円となっております。 以上でございます。
○山崎(武)委員 刑事補償法は無罪等の裁判を受けた者のうち抑留または拘禁された者についてのみ刑事補償を認めているが、身体を拘束されていなかった者についても刑事補償を行うべきであるという意見もあるようであります。その点についていかがお考えであるかをお答えください。
○前田(宏)政府委員 御指摘のように、現行刑事補償法は身柄の拘束を受けた者についてのみ補償を認めるということに相なっておりますが、ただいまも御指摘のございましたように、いわゆる非拘束の者につきましても同じような補償を行ってはどうかという御意見が前々から一部にあるわけでございます。 しかしながら、この刑事補償法の本質と申しますか基本的な考え方は本来国家補償でございますので、大原則からいきますと公務員の故意または過失というものを要件とするわけでございますけれども、この場合の特殊性にかんがみまして故意過失というようなものを問わないで補償するということで、原則から見ますといわば例外、それもきわめて例外だという考え方であろうと思います。また、そういうことでございますので、この刑事補償は定型的な形での補償をする、若干の幅はもちろんございますけれども、考え方としては定額的な補償をするというようなことになっておるわけでございます。 そういうことを基本に考えますと、現行法の考え方は身柄を拘束された者が無罪になったというところに特に着目をいたしまして、いま申しましたような形で補償を行うということであろうと思うわけでございますので、いま御意見にございましたような非拘束の場合につきましては、基本的な考え方また技術的なものからいたしましてもその定型化が困難だというようなこと、これも両面でございますがあるわけでございますし、さらに、そういうことで非拘束つまり身柄を拘束されなかった場合にも行うということになりますと、国民の権利義務に相当深いかかわり合いのあります海難審判であるとかあるいは行政処分の取り消しであるとかいろいろな場合がございまして、それによって損害も起こる場合もあるわけでございますが、そういう場合にどの程度の補償をしたらいいかということになりますと、先ほど申しましたような原則に立ち返って国家賠償ということになるわけでございますので、いわばそういう横並びとの関係もあるわけでございますので、この刑事補償法の面におきましては現行法のような考え方でいくのが適当ではないか、かように考えておる次第でございます。
○山崎(武)委員 いわゆる心神喪失を理由に無罪となった場合については補償を行う必要はないという意見がありますが、それらの場合にも補償を行おうとする理由は何であるか御説明願います。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの点も前々から御議論のあるところでございます。 その御議論も一面ごもっとものような感じもするわけでございます。と申しますのは、その典型的な例が、人を殺した場合にその犯人が心神喪失というようなことで無罪になった。それが犯人として一時拘束されておった。確かに人を殺したという事実はあるわけなので、それに対して補償を行うというのは少し行き過ぎじゃないかというようなお考え方があり得ると思います。 しかしながら、これも改めて山崎委員に申し上げるまでもないと思いますが、犯罪が成立する要件といたしましては、各罰則の構成要件に当たるということ、また違法有責であるということ、これがいわば同等の要件というふうに考えられておるわけでございまして、責任のない行為、心神喪失等によって責任がないとされました場合でも、やはり裁判になりますと無罪という判決になるわけでございます。憲法四十条で「何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けた」という表現をして、そういう規定をしておるわけでございます。したがいまして、いま申しましたように、責任能力のない場合裁判ではやはり無罪ということに相なるわけでございまして、憲法の規定では無罪について区別をしてないわけでございますので、この場合も含まれるというふうに解するのが憲法の趣旨、解釈ではなかろうか、かように考えております。
○山崎(武)委員 本法改正法案の附則第二項は「この法律の施行前に無罪の裁判又は免訴若しくは公訴棄却の裁判を受けた者に係る補償については、なお従前の例による。」旨規定しておりますが、これはどういう意味であるか御説明願います。
○前田(宏)政府委員 この附則の第二項はいわゆる経過規定でございまして、改正の前後にまたがる場合にどういうことにしたらいいかということを決めておるわけでございます。つまり、今回お願いしております法案が通りました場合それが施行になるわけでございますが、その施行後に無罪の裁判あるいは免訴、公訴棄却の裁判を受けた者に対してこの改正後の規定が適用されるということを明らかにしたわけでございます。 その考え方は、この刑事補償の請求権というものは無罪等の裁判を受けてこれが確定したときに発生するという基本的な考え方をとっておるわけでございますので、改正によります前後の新法、旧法の適用の区分は、いま申しましたような裁判の確定時をもって区分をするという考え方であるわけでございます。そこで、いまお読み上げになりましたような附則の規定に相なっているわけでございます。
○山崎(武)委員 被疑者補償規程による補償の最近の実情はどういうことになっているか。また、今回の刑事補償法の改正に伴い被疑者補償規定も改正されることになると思うが、いかが相なりますか御説明願います。
○前田(宏)政府委員 御案内のとおり、被疑者補償規定というのが大臣訓令で定められておるわけでございますが、この被疑者補償規程の運用状況についてのお尋ねでございますので、数字的なことを若干加えて申し上げますと、この被疑者補償規程によります補償の要否を検討するためにいわゆる立件の手続がとられました者が、昭和五十年が三十七、五十一年が四十八、五十二年が四十五、五十三年が百六十七、五十四年が二百七という数字になっておりまして、その中で現実に補償をいたしました人員が、五十年十、五十一年九、五十二年七、五十三年三十七、五十四年十、こういう数字になっております。昭和五十五年は最近の時点で三十一人につきましていわゆる立件手続をいたしまして検討がなされております。 それから最後の被疑者補償規程の改正の問題でございますが、これも従来からの例でございますけれども、刑事補償法の改正がなされますと、それによりまして基準日額が引き上げられることに相なりますので、御指摘の被疑者補償規程におきます補償の基準日額もこれに合わせて引き上げる、つまり上限を四千八百円に引き上げるという改正を予定しておるわけでございます。
○山崎(武)委員 被疑者補償規程を法律とし、被疑者であった者に補償請求権を与えるべきであるとする意見もありますが、この点についてどのようにお考えであるか御説明願います。
○前田(宏)政府委員 被疑者補償規程は、先ほど申しましたように法律ではないわけでございますけれども、これにつきましていまも御引用になりましたような意見があるわけでございます。 つまり、これを法律化したらどうだということでございますけれども、刑事補償法の方は改めて申し上げるまでもなく裁判によって無罪等になるわけでございますが、被疑者補償の場合は、検察官の処分によって、それがもとになって補償が行われるというものでございます。そのことからも、改めてつけ加える必要もないと思いますが、検察官の不起訴処分は裁判所の判決とは性質を異にするものでございまして、裁判の場合には、無罪になりますと改めて同じ事実について裁判をするというわけにはまいりませんが、検察官の不起訴処分の場合には、その後に新たな証拠が出ました場合には起訴することもあるということでございまして、裁判所の判決と同じような性格ではございませんし、実質的にもいわゆる被疑者の無罪を確定するというほどの強い性質を持っていないわけでございます。 そういうような基本的な前提がございますので、その場合の補償についてこれを刑事補償そのものと同じようにするということにはいろいろな問題があるというふうに考えておるわけでございまして、現行のような扱いが適当ではないかというのが私どもの考えでございますが、そのような御意見もあることを踏まえまして、この被疑者補償が適正に行われるようには十分配慮してまいりたいと考えております。 現に、昭和五十年にこの補償規程の一部手直しをいたしまして、検察官側でこれの補償をすべきかどうかを検討すべき場合につきましては、進んで立件手続をとって検討するというふうに規定を改めたりしておるわけでございまして、そのようなことを含めて、この運用につきましてはより一層適正に対処してまいりたい、かように考えている次第でございます。
○山崎(武)委員 終わります。
○木村委員長 稲葉誠一君。
○稲葉(誠)委員 この法律の質問に入るわけですけれども、まず、これについて予算関係がどういうふうになっているわけですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 お答え申し上げます。 先ほど前田局長の方からお話がございましたが、本年度日額の上限を四千八百円に上げるということをお願いしてございますが、その関係におきまして、裁判所といたしましては大蔵省に対して次のような予算の要求を申し上げております。まず、旧基準によりまする昭和五十五年度の推定の所要額といたしまして三千百九十九万六千円、また基準改定に伴います増加分の推定所要額といたしまして二百七十二万円、これを合計いたしまして三千四百七十一万六千円という予算を求めてございます。
○稲葉(誠)委員 それは具体的に刑事補償の件数がどのくらいあり、そしてその内訳はどういうふうになっているのですか。たとえば死刑の場合などは恐らく予算要求に含んでいないわけでしょう。それから、いま言った金額は何件ぐらいあって平均幾らぐらいだということを前提としているわけですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 まず死刑の関係については予算の要求はしてございません。また、先ほど数字を申し述べましたけれども、これは昭和五十三年度の支出の実績に対する昭和五十五年度の事件数の推定伸び率を考慮した上、先はどのような数字を出したものでございます。
○稲葉(誠)委員 これはぼくの方が悪かったかもわからぬけれども、これは最高裁じゃなくて法務省の方で司法法制部ですか、あそこが全部やっているわけですから、そこの方から説明を聞くのが筋だったかもわかりません。 ちょっとよくわからないのですが、去年からの伸びはわかったけれども、実際は何件ぐらいで、平均すると一件幾らぐらいという形でこの数字が出ているのですか。そこまで細かく通知しなかったものですから、ぼくが悪かったのですが……。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 先ほどお答え申し上げましたが、一件幾らというふうなことで計算をいたしておりませんで、昭和五十三年度の全体の支出の実績に対して事件の伸び率を掛けるという計算で金額を出してございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、伸び率というのはどういう率ですか、ちょっとよくわかりませんが。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 過去三年間の高裁、地裁、簡裁の事件の伸び率、それぞれの事件の実数を基準にいたしまして計算をしております。
○稲葉(誠)委員 そうすると、全体の事件の中の刑事補償を受ける率というのは何%、一%までいかないでしょう、どの程度になっているのですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 御案内のとおり、無罪の事件そのものが大変少のりございます。そして無罪になった事件のうち刑事補償を請求する割合が大体六割くらいということでございますので、全体としては非常に数は少ないということになります。
○稲葉(誠)委員 これは私の方が悪かったので、法務省の司法法制部か、あれを呼んでおけばよかったのですが、ちょっとその点連絡が不十分というか私の方もそこまでしなかったので悪いのですが、そうすると、無罪の率そのものは変化がないわけですか。無罪の率がふえているわけですか。件数だけがふえるからということで、無罪の率をそのまま掛けたというだけですか。そこら辺はどういうふうになっているのですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 無罪の率とは特に関係はございません。要するに過去における支出の実績、これを基準としておるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 無罪の中でも刑事補償を請求しないのもあるし、却下になるのもありますからね、無罪の率でいくのはこれは間違いかもわかりませんね。 従来の刑事補償の請求率というものは動かさないわけですか。動かさないでおいて、事件数だけふえたからそれに掛けた、こういうふうなことなんですか。そうすると、従来の刑事補償の請求率というのは、パーセンテージでいくと全体の事件から見るとどのくらいになっているわけですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 全体の事件とおっしゃいます御趣旨でございますが、これは判決のあった全体の事件ということでございましょうか。 そういたしますと、判決のあった全体の事件の中で刑事補償の請求がどのくらいの割合になるのか、こういう御趣旨かと思いますけれども、その数字は正確には出しておりません。ただ先ほど申し上げましたように、全体の判決の中で無罪判決の占める率が非常に少ない。これは恐らく一%を割る数字だと思います。その全体の中できわめて少ない無罪判決のうち五ないし六割くらいのものが刑事補償を請求しておる、こういうことになるのでございます。
○稲葉(誠)委員 それはわかるのですが、刑事補償を請求しているわけですね、それに対して、だからそれを動かさないでただ金額をアップさせた分だけを計算した、こういうことですか。そういうことのようですね、それは。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 委員のおっしゃるとおりでございます。
○稲葉(誠)委員 たしかそうだと思うのです。そうすると、一件平均幾らぐらいになるわけですか。これはここに出ていますね。一人当たりの平均金額というのが、ここに出ておるこの数字、第三表ですね。五十四年のはまだ統計がないのですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 五十四年の統計はまだ出てございません。
○稲葉(誠)委員 それは概算要求の場合とそれから予算になった場合とはどういうふうに違っておりますか。概算要求は四千八百円でなくてもっと大きな一日当たりの金額というものを要求したわけですか。その根拠はどういうふうな根拠でその金額を要求したわけですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 概算要求は拘禁補償の日額の上限額を六千円ということで要求してございます。この金額は、概算要求の時点で推定いたしました賃金及び物価の伸び等を考慮いたしまして、拘禁補償の日額の上限額としてはこの程度がどうであろうか、こういうことで算出したものでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、これはその八割が認められたということだな。最初から八割ぐらいだということで山かけて要求したのかな。どういうわけか知らぬけれども。そうすると、その六千円のときは、付属の第一表の「賃金・物価指数調」というのがありますね、これと比べるとどこがどういうふうに違いますか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 概算要求の時点でのいま仰せの賃金、物価の伸びの正確な数字につきましては、ただいま手元に資料を持ち合わせてございません。ただ、その後上限を四千八百円として最終的に要求するに至った時点におきましては、先ほどの第一表のような正確な数字が出ましたので、これに基づいて要求をした、こういうことになります。
○稲葉(誠)委員 いや、それは刑事局長に聞いても無理ですね。私の方がこれは悪かったので、この次、一日ですか、これは司法法制部長を呼んで、そのときにまた残った分として聞きましょう。これは司法法制部が全部責任を持っているのだから、最高裁の方に聞いても無理ですね。 そうすると、いまのあなたのお話だと、よくわからぬけれども、四千八百円のときに正確な数字が出たので、六千円のときは正確な数字じゃなかったように聞こえるね。ちょっとおかしいのじゃないかな。六千円のときの要求というのとどこがどういうふうに違うのだろう。法務省の方のあれですがね。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 ただいまの概算要求の時点における数字につきましては後刻お届けさせていただきたいと思います。
○稲葉(誠)委員 余り細かいことを聞いてもあれですからこの程度にしておきますが、これは、最高裁の経理局なり法務省の司法法制部なりにこの次来てもらって、残った分として聞きたいというふうに思います。 そこで、第二表に関連をしてお聞きいたしたい。無罪になったときに、検察庁としては一体どういう態度をこれに対していままでとっておるわけですか。まず無罪が出る、そうすると次席にこういう無罪が出たという報告をする、そしてなぜ無罪になったかということでいろいろ検討する、検事控訴するかどうかということを内部で決めて、高検へ行く。高検へ行く場合と行かない場合とあるけれども、高検へ行って検事控訴しろというようなことを言われて検事控訴するという場合もあるし、しない方がいいだろうということでしないこともあるけれども、そこら辺は具体的には主任検事なり立会検事なりが内部的にどういうふうな手続をとるわけですか。
○前田(宏)政府委員 私からお答え申し上げる前にもう稲葉委員が仰せになったようなことでございまして、繰り返す要もないかと思いますけれども、一般論といたしまして、無罪になりますと、立ち会いの検事がおるわけでございますから、それが報告をする、地方検察庁でございますれば、部長があるところは部長、いないところは次席、さらに検事正というようなことで報告があるのが普通だと思います。そこで、当該地検なら地検で控訴するかどうかということを決めるわけでございますが、場合によっては先ほど仰せのように上級庁の意見を聞くということもあるわけでございまして、そのような過程を経て、上訴の要否というものが決まって上訴が行われる、こういうことでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、ここにあるのは刑事補償事件終局人員というのだから、これは無罪の人員とは必ずしも一致をしないわけですね。 それでは、まず無罪の人員というものをお聞きしていって、なぜその事件が無罪になったのか。たとえばどこに捜査の不備があった、捜査の不備においては、自白を偏重したとかいろいろな理由があるでしょう。あるいは法令の解釈を誤ったという場合もあるし、途中からいろいろな予期しないような事情が生まれてきて無罪になった場合もあるし、いろいろなことがあると思うのです。そういう点について、無罪になった場合に一体それがなぜ無罪になったかということを一つ一つ捜査当局としては検討しておるはずだ、私はこう思うのですね。どういう検討の仕方をしているわけですか。
○前田(宏)政府委員 御趣旨を十分理解しないでのお答えになるかと思いますが、無罪になります場合は千差万別、ただいま稲葉委員が仰せのようにいろいろな理由によるわけでございます。したがいまして、ケース・バイ・ケースということに相なるかと思いますが、先ほどのような手続といいますか検討の過程におきまして、それぞれどこに原因があったかということは究明もし、それに対してどう対処するかということをその事案、事案によって検討しているわけでございます。
○稲葉(誠)委員 だから、その無罪になった事件の究明の仕方、それを具体的にはどういうふうに究明をしておるのですか。そうして究明をした結果として、この事件については内部的にこういう捜査の誤りがあったので無罪になったのだ、だから起訴しなければよかったとかいろいろあると思うのです。一々なぜ、どういう事情から無罪になったかということを検討して、それを一つの統計というか内部書類、そういうものにちゃんとまとめておいて、この次そういう同じような轍を踏まないように十分準備をしなければいけないのじゃないか、こう思うのですが、その点についてはどういうふうなことをやっておるのですか。 ここに書いてあります刑事補償になった事件だけでもいいです、一つ一つについてちゃんと表があるはずですよ。表がなければおかしいのであって、この事件はこういう事情で無罪になったのだという表は当然なければならぬ。なければ、この事件についてのこういう表が出てこないはずですからね。その一つ一つの事件について、なぜ無罪になったのか、どこに責任、原因があるのか、そういうような表を第二表に関連して全部出していただきたいと私は思うのですね。これはできるわけですよ。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの第二表は刑事補償が行われた件数でございまして、無罪件数そのものではないわけでございます。それが前提でございます。 そこで、無罪になりました場合には、抽象的に言えば先ほどのようなことでございますが、それぞれの地検、むしろ高検単位というふうにお考えいただいた方がいいかと思いますが、先ほどのような手続もございまして実情が把握されておるわけでございます。したがいまして、稲葉委員の仰せのように今後の反省の資料にもしなければならないという面が当然ございますので、全国的に無罪の一覧表というものまでは実はつくっておりませんけれども、高検なら高検単位におきましては、無罪審査という手続もございますので、無罪になったものはどういうものであったか、その場合に当然検事控訴するかしないかということでございますから、検事控訴したものはどういうものであったかというようなことを一定の期間に応じてまとめまして、それを部内の資料として、また管内の会議等ももちろんございますのでそこで配るというようなこと、それが実情であろうと思います。 なお、特異な事例でございますと、当然最高検あるいは私どもの方まで報告が上がってくるということで、無罪でございますからそれぞれ重大なことではございますけれども、今後の反省というような面からいたしますと、通常あり得るような例とそうでない特異な例とありますし、その中には当然それぞれ反省すべき要素があるわけでございますが、いままでの例と同じようなことであれば、それなりのことで当然注意をしていく、また新しいようなことが起こればそれを徹底してさらに反省の資料にする、こういうようなことを常時繰り返しておるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 いまはどうしておるのですか。無罪が確定した場合、検事に上申書か何か、捜査上こういう点がこういうふうなミスだったという反省などを含めた上申書を書かしているの。書かしている場合と書かさない場合とあるのですか。その点はどういうふうにやっているのですか。
○前田(宏)政府委員 上申書といいますと何か始末書みたいな印象があるかと思いますけれども、気持ちはそういうこともあってしかるべきと思いますが、事務的なことといたしましては報告書と申しますか、結局、先ほどもお話がございましたように上級庁に報告するということもございますので、それで上級庁の審査を受けるということもあります。無罪審査と私ども中で言っておりますが、地検単位なら地検の段階で無罪審査をする。場合によって上級庁の審査を受けるということで、無罪審査資料というような形で事案の概要はもちろん、その問題点、どうなったか、どういうことでこうなったか、どう対処すべきかというようなことを、そういう報告書と申しますか審査資料と申しますか、そういうような形で取りまとめているわけでございます。
○稲葉(誠)委員 だから、そういうような審査資料というものは高検単位にあるのか、著名な事件は法務省に来ると思うのですけれども、それが一件一件についてどういうような状況で無罪になったかということを明らかにしなければ、今後の捜査全体の反省にならないわけですよ。ことに今後再審の問題が出てくる、監獄法の問題が出てくるということになれば、その点が当然あれなんで、これはよく司法研究の課題なんかになって裁判官や検察官が勉強しているのもありますけれども、そういうものをきちんと出してもらわないといけないですよ。 それは各高検単位にあるというなら、それを全部集めてきて一件一件全部、名前はいいですよ、著名な人、公知の人は別として、そうでない場合ABCでいいけれども、具体的な資料をちゃんとつくってごらんなさいよ。そういうふうにして検討しなければ無罪は後を絶たないですよ。ただ、日本の場合の無罪の考え方と、英米法流の無罪の考え方と違いますからね。そこら辺のところは確かに問題があると思う。藤永君に言わせれば、おおらかな起訴だということを言っているけれども、藤永君はきょうはいないな、どうしたんだ、藤永君に後でいろいろ聞くことがあるんだけれども、きょういないのか、連れてこいよと言っちゃ悪いけれども、任意同行じゃ悪いけれども、ジュリストのあれを聞くんだから。そういうことをちゃんとしなければいかぬということが一つ。 それからもう一つ、いま刑事局長が言われた通例の事例というのは一体何なんだ。通例の事例の場合に何とかかんとか言っているが、無罪になる通例の事例というのは一体どういうことなのか。前の問題が一つ、後の問題が一つ。
○前田(宏)政府委員 通例というのはちょっと言葉が適当でなかったと思いますが、道交法違反等で人違いがあったとか身がわりがあったとか、そういうものも無罪になるわけでございますので、そういうものをちょっと頭に置いて申したわけでございます。
○稲葉(誠)委員 いや、道交法違反の身がわりというのは無罪になる場合が多いけれども、これは恐らく普通の場合は確定しちゃって後、非常上告か何かで無罪になる場合が多いでしょう。非常上告までいかない場合もあるかもわからぬけれども、大体身柄を拘束されていない場合が多いのじゃないですか。だから、刑事補償の対象には普通の場合はならないのじゃないか、こういうふうに思いますね。 あなたの言われた通例の場合というのは、いわゆる自白を尊重し過ぎた、手を抜いた、現実に結果として捜査の場合に手を抜いたというような場合が一つ。自白を強要し過ぎた、警察の段階や何かで強要し過ぎた、こういうふうな場合が第二点ぐらいじゃないか、こういうふうに思うのですね。一番こわいのは、検事の段階で簡単に自白されちゃって、だから自白しているから捜査の手を抜いちゃっている。公判へ行って否認された、さあそこで証拠を集めようと思ったら、このときにはなかなか証拠が集まらないというのが検事としては一番こわい。そういう点がいろいろある。あるいは警察が自白を強要しているのに、検事のところに行ったら黙って頭を下げろと言われて頭を下げてしまうものもあるし、そういうのはとてもおっかない事件ですよ。 そういうのがいわゆる通例の事件として考えられるのではないか、こういうふうに思うので、私が言うのは、無罪になったという理由の中で、自白を強要というか自白について公判廷において任意性がなかった、こういうことから無罪になったという場合が相当あるのではないかと思うので、そういう点についてお聞きをしたい、こういうふうに思うわけです。
○前田(宏)政府委員 刑事補償の法案でございますので、関連的には無罪の問題があるかと思いますが、さしあたっての資料といたしましては、そういう観点から実は整備しておらなかったわけでございまして、不十分と言えば不十分であったと思いますけれども、ただいま委員の仰せになりましたように、自白が問題になって無罪になった例も全くないというわけでもございませんし、まあある程度あると言えばあるわけでございます。 しかし、先ほどのことではございませんが、通例という言い方が適当かどうかと思いますけれども、私が頭にありましたのは先ほど申し上げたような例でございまして、自白が問題になるということは、最近の再審事件、重大な事件についての再審開始決定等でも問題になっていることは検察当局といたしまして十分頭に置いているわけでございますので、そういうような問題につきましては、先ほど申し上げたような手続の過程で十分検討して今後反省するということにしておるはずでございます。
○稲葉(誠)委員 道交法違反で身がわり事件として無罪になったというのは、一審が確定してしまってからわかって、そして後から非常上告かあるいは再審か何かして、それで無罪になったというのが多いのじゃないですか。公判の途中でわかったというのは少ないのじゃないですか。それから身柄拘束した場合はどの程度ありますか。身柄拘束した場合はそんなにないので、道交法の場合は刑事補償の対象にはならないのじゃないかなと思うのですがね。 それからもう一つの大きな問題は、ロッキードの裁判などで田中角榮氏の裁判とかいろいろなルートがありますね。日本の場合、無罪の推定を受けているのですから、有罪判決があるまでは無罪の推定を受けている以上は、被告人になったからといってすぐ呼び捨てにするという行き方はよくないとぼくは思うんだな。法務省で呼び捨てにしているわけじゃないだろうけれども、あれはよくないとぼくは思います。 それは別として、あの場合よく出てくるのは、伊藤氏とかなんとかみんな言っているのは、調書は検事の作文だ、創作だという言い方を盛んにしていますね。確かにそうです。作文だ。考え方によっては作文ですね。だってあれは供述を録取したという形になっているんでしょう、形は。だけれども、検事は一々録取したと言っているけれども、問いによって答えが出てくるのだから、問いを全部略してしまって答えだけずっと並べて書いてあって、任意に供述したという書き方をしているわけでしょう。問いによって答えがみんな変わってくるわけですよ。たとえば刃物で刺した。夢中になって刃物で刺したんだから、おまえ殺意があったんだろうと聞けば、殺意なんか、人を殺すつもりはありませんでしたと答えるわね。だから、刺しどころによっては場合によっては死ぬかもわからないというふうに思ったろうと聞かれれば、はあ、なるほどそうですねと答える。そうすると調書では、夢中で刺したのですが刺しどころによっては死ぬかもわからないと思いましたという調書になってくる。それで未必の故意が出てくる。そういうことで一種の作文だなというふうに考えていいわけだ。 そこで、ああいうロッキードの裁判でも何でも、どうしてああいうふうにみんな調書が作文だ、検事の創作だというふうに出てくるのですか。それについてどういうふうに考えるのか。どこに原因があるのですか、これは。
○前田(宏)政府委員 お答えの前に、作文という言葉がございまして、最近新聞報道等でも、ロッキード事件等の報道の中で被告人が申しておることからその字が目につくような感じがいたすわけでございます。 稲葉委員も御案内のことなので私から申し上げるまでもないと思いますが、作文というといかにも作り事というような印象が出ますのはいかがかと思うわけでございまして、確かに供述調書の作成につきましては、先ほどのような警察官あるいは検察官いわゆる取り調べ官が何も言わないでずっと相手方が述べたというわけではなくて、問いを発し、いろいろ質問もし、本人の記憶を呼び返したりするというような過程を経まして供述を得て、それを供述調書という形に取りまとめておるわけでございますので、そのようなことから、いまのような御批判も一部には出てくる余地はないとは言えませんけれども、私どもといたしましては、相手方の言わないことを勝手につくったという意味での作文というようなことではないはずだというふうに理解しております。従来から自分の述べないことが調書に書かれているというような言い方はあったわけでございまして、作文というような言葉が出ましたのはどうもむしろ最近ではないかというような印象もするわけでございます。 なぜそういうことが最近目につくかということでございますが、これは何分にも相手方がそういう主張をしておられるわけでございますので、検察官側として、どういう原因かといっても的確にはお答えできないわけでございますが、要するに、本人が自分の調書が証拠になることを避けたいと申しますか、そのような趣旨で自分の本来述べたことでないという、検察官の立場から見れば否認的な感覚で述べている場合が多いのではないかと思います。
○稲葉(誠)委員 作文というのは括弧がついて「作文」という形でみんな出てますね。あるいは「創作」という形でみんなかぎ括弧がついて出ている。 それは被告人の方の主張として出ているわけですけれども、これは現在の調書のとり方に問題があって、そこから非常に混乱というかあれが起きている。なるほどそれについては保障がありますよ。任意性がないとか特信性がないとかいろんなあれがあるけれども、そこで問題が出てくるわけですが、それが一つの無罪の原因になり、あるいはいかにも検察官に対する信頼を失わせるという形になってくるわけですね。問いがないのに答えだけが出てくるというわけはないので、問いによって答えが変わるのですから、それを答えだけずらずら書くという行き方はおかしいと思うのですよ。いかにも任意に供述したようになる。最初は全部自分で勝手に調べて、それでメモをとっておいて、後からメモをずっと続むわけでしょう。それでこのとおり相違ないかと言われれば、大抵の人はそのとおり相違ないというふうに答えちゃうわけですよ。 ぼくは、ぼくの質問をしたある事件で、国会の議事録をもとにして名誉棄損のある事件があった。ぼくは、参考人として来てくれ来てくれと言うから、それじゃぼくも協力して行きましょうと言って行ったことがある。検事の名前も知っているけれども。午前中やっぱりそのとおりですよ。メモをたくさんつくっておいて、午後いっぱいずらずら調書をつくるわけよ。だから、調書をつくっていて、そこのところは違うから、ぼくの言い分はこういうふうな言い分だと言ったら、いやそれは関係ありませんからと言って検事はそれを書かないわけですよ。自分の方の一定の枠にはめてみんな聞いちゃっているわけですよ。構成要件の枠にはめて聞いているわけで、それに関係あるかないかわからないのに、こっちはそれに対してこういう点が言いたいのだと言ったって、いやそれはもう関係ありませんから結構ですと言って書きはしない。その検事の名前をぼくは忘れない。こういうふうな検事がいる間は、もういまは田舎の次席検事をやっているけれども、だめだよ、そういうのは。やっぱりそういうのが多いんだな。これが非常に検事に対する信頼を失わせるわけですよ。 そんなことはそれでいいけれども、そうすると、ちょっと話は違うけれども、アメリカであったミランダ判決、あれは現在どういうふうになっているのですか。
○前田(宏)政府委員 いわゆるミランダ判決は大分前のことでございまして、その後どうなったかということを、ちょっとよく御趣旨もわかりませんが、現実にもその後のことについては承知しておりません。
○稲葉(誠)委員 そうすると、だれかミランダ判決について詳しい人いないかな。どういう内容であって、その後の情勢はどうなったか。藤永君なんかよく知っている。もう一人いないかな、刑事局付の参事官の人は。 これは問題はあるけれども、確定したのかどうかちょっとどうもよくわかりませんが、その後の運用がどういう状況なのかもよくわからないのですが、その要旨は、結局被告人が希望すれば最終調書をとるときには弁護人の立ち会いを認めるということなんでしょう。認める場合もあるというのか。これはいまでもアメリカでは、特に日本の場合たとえば外国人が入管令違反か何かでつかまりますね、絶対しゃべらないのですよ、黙秘。弁護士が来ればしゃべると言っている。弁護士が来ればしゃべる。弁護士に一々イエスかノーか聞いて、イエスと言えば、弁護士がしゃべっていいと言えばしゃべるという形です。そういう点はアメリカは非常に違った行き方をしているわけなんです。 ただ、それをやると、ことに涜職の場合だとか選挙違反なんかの場合になると証拠隠滅の材料を与えるようなかっこうになるから、そこら辺のところは非常にむずかしいところがあると思う。あるいは希望する場合には調書についてはソノシートをとらせる。そうすれば問いがわかるわけですから、そうすると、それが任意に行われたかどうかということが後で内容が全部わかるわけですけれども、いまの段階では全然わからぬわけです。ただ調書が余りうまくできていると、読んでみた裁判官は、これはなるほどどうもでき過ぎているから作文だと思って真相は違うというふうに見るけれども、ただ有罪にしようということを考えるというか、とにかく事件をさばけばいいと考えておる裁判官の人は、頭からそれはなかなか信用しないですね。 こういうふうな形になってくるので、どうもそういう調書のとり方、現在の調書のあり方——もちろんそれに対する例外規定というか保障の規定は確かに条文にはありますよ。任意性を争う方法だとかいろいろあるけれども、争うといったって、密室で行われたもので、取り調べ官が出てきてあるいは立ち会いの事務官が出てきてやれば、そんなことはありませんでしたと言うに決まっているので、そこら辺のところは非常にむずかしい問題があるし、それから捜査の密行性の問題との関連で私もむずかしい問題があってわからぬと思いますけれども、そういうふうに一概には言えない、こういうふうに思うのですけれども、しきりに検事の作文だ、創作だというのが括弧つきにしろ出てくるものですから、どうもそこら辺のところがね。 非常にむずかしい言葉を使った調書なんかあるわけです。こういうのは検事が法律的な頭でつくったものですね。詐欺の取り調べのときでもそうでしょう。おまえ詐欺をしたかと言えば、大体皆、いや私は詐欺はしていませんとだれだって言うのだから、そういう質問をしたのじゃまずいので別な形で質問していくと欺罔の意思があったことが出てくるという形で、質問の技術にもよるのだけれども、いろいろな問題があるから、調書のとり方というものがいまのような行き方ではいけないのではないか、こういうふうにぼくは思うのですが、これはいずれまた幾らでもチャンスがあるし、あるいはむしろ一般質問で具体的な事例を挙げた中でやっていくのが筋かと思いますので、この程度にしておきます。 そこでもう一つ聞きたいのは、再審の場合で請求があった、それから開始決定があった、開始決定があって、やって無罪になったというので刑事補償が交付されたというか補償決定があったというのは、この第二表、第三表の中でどの程度あるわけですか。
○前田(宏)政府委員 この資料の第二表の中に含まれておるものといたしましては二件ございます。両方とも有名な事件といえば有名な事件でございまして、一件はいわゆる弘前大学教授夫人殺害事件でございます。もう一件はいわゆる加藤老事件と呼ばれている事件でございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、再審があった事件で刑事補償というのは二件しかありませんか。ばかに少ないな。おかしいな、これは。もっとあるのではないのですか。あるいはいきなり国家賠償へ行っちゃっているの。いきなり国家賠償へ行っちゃっているから刑事補償のあれはないのですか。再審で無罪になった場合ですよ。無罪になった場合で二件くらいのものかな。ちょっと理解に苦しむのですが、そういうことならそれでもいいと思います。 そうすると、再審の開始の場合は、たとえば弘前の事件、米谷事件ですか、何回ぐらいの再審請求があって何回目にこれは再審の開始決定があったわけですか。
○前田(宏)政府委員 弘前大学の教授夫人殺害事件におきましては、一回目の申し立てで再審開始決定になっております。それから、先ほど申しましたいわゆる加藤老事件と呼ばれている事件では六回目の申し立てによって再審開始決定になっております。
○稲葉(誠)委員 弘前大学の教授夫人の場合は別の犯人が名のり出て、そしてやった特異な例ですね。その別な犯人を東京地検では起訴したわけでしょう。そういう特殊な事件ですから、それが直ちに例に当たるとは思わないので、むしろ例外的な事件だ、こういうふうに思うわけです。 そこでお聞きしたいのは、いま再審の場合についてこの前どこかでありましたね、再審決定があったのについて検察官の方で即時抗告しています。これはどこの事件だかちょっと忘れましたが、新しい事件ですね。ドイツの刑事訴訟法では、再審に対して検察官側が即時抗告できないことになっています。この経過はどういうふうになって検察官側が即時抗告できないようになっているわけですか。
○前田(宏)政府委員 正確な年次とかあるいはどういう背景があってそういう改正になったかまでは、ドイツのことでそれほど詳しく聞いておりませんのでわかりませんが、ある時期の改正でそういう検察官の不服申し立てが認められないことになったと承知しております。
○稲葉(誠)委員 それはどういう理由で検察官側の再審開始決定に対する即時抗告が認められなくなったか。これは政府提案じゃないのです。それに対して議員がドイツ議会で修正してそういうふうにしたわけですね。どういう理由からですか。
○前田(宏)政府委員 そういうこともございまして理由が正確でないというふうに申したわけでございます。私どもとしては、ドイツのたしかあれは刑事訴訟法の改正でなったわけでございますので、でき上がった改正法案はもちろん資料として入手しておりますが、そのことについては若干刑事法学者等が触れておったような記憶がございますけれども、どういうわけでそうなったかまで詳しく書いておったようにも思いませんし、また私どもの公的な調査によりますと、いま委員も御指摘のようにいきさつがよくわからない点があるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 これは率直に言ってよくわからないのですね。全部で六回くらい改正されている。六回くらい改正されて、一番最初の改正と一番後の改正はわかるのです。あとの真ん中の改正がよくわからぬ。なぜそんなふうに改正しなければならなかったかということがわからない。ただ、政府の提案ではなくて議会の修正で検察官側の即時抗告ができないようになったということは明らかになったわけです。その理由も大半はきわめて常識的な理由ですからわかるのですね。 そこで、再審の問題については、ここでも再審の小委員会をつくろうという話が出ているのです。国会の中で法務委員会で、きょうも自民党の山崎君はそんなものは自民党として反対だなんて言っておりましたけれども、再審の小委員会というものをつくって、再審法の改正の問題、具体的な内容の問題、手続の問題、いろいろ問題があると思うし、いまの問題を含めて再審法というものの改正をする必要があるのじゃないか。特に、戦争に負けて日本が新しい憲法ができて刑事訴訟法をつくりましたね。特例法をつくって二年くらいやったかな、それから刑事訴訟法になったのかちょっと忘れましたが、そのときには再審のところは全然触れなかったわけですね、ほかは全部触れて、再審だけは昔のまま残っておる、こういう形でしょう。 だから、そこら辺について再審法全体について一体法務省としてはどういう立場をいまとっておるのか、再審法の改正が新聞紙上などでちらちら出ていますから、それについてどういう立場をとっておるのかということをお尋ねしたい、こういうふうに思います。
○前田(宏)政府委員 再審法、再審に関する規定の検討のことでございますが、御案内のとおり、日弁連の案とかまた現に社会党の御提案というものもあるわけでございます。 したがいまして私どもといたしましても、その案のみならずいろいろとそれをめぐって論議されている点につきましては勉強もさせていただいておりますし、それなりの検討をしておるわけでございますけれども、余り端的に申しますと誤解を受けるかもしれませんが、いわゆる再審事由自体の拡大あるいは緩和ということにつきましてはなお慎重に対処すべきではないかというふうに考えております。また手続的には、いま委員も仰せになりましたように、規定が少ないといいますかわりに簡単だといいますか、そういうような点はあるわけでございまして、あるいは手続的な面で整備を要する点がないとは言えないというふうには考えておりますが、その実体の方がやはり問題と言えば問題でございますので、あわせて考えていきたいと思っております。
○稲葉(誠)委員 これはもちろん最高裁側にお聞きした方がいいかと思うのですけれども、現在の場合には再審はその事件を取り扱ったところの部で取り扱うようになっておりますね。構成メンバーが変わっている場合が多いですけれども、必ずしも変わっているとは限らぬということで加藤老の場合でも六回目ですか、ある裁判官は法的安全性というものを非常に重視をする、ある裁判官は非常に人権感覚というものを重視をするという裁判官の個性によって、個性というか人権感覚というか、裁判に対する理解の仕方について非常に違いがあるわけです。そのことが、再審開始決定がいままで却下されておったのに、たまたまある部に行ったとき、ある裁判長のところに行ったときにそれが開始決定が出るということになるわけで、そこら辺のところを含めて、一つは同じ部に再審請求が行くということがいいかどうかということですね。 それから、どうしてそんなに裁判官によって法的安全性を重視する裁判官と人権感覚豊かなというかそういう点を重視して再審請求を認める裁判官とが、同じ事件について同じ証拠についてあるのかということですね。そこら辺はどういうふうに理解をしたらいいのかということですね。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 まず再審請求事件の配点の問題でございますけれども、委員の仰せられましたように、もとの判決をした部に配点するという扱いの裁判所もございますし、またそうではなくて順点に配点するという部もございます。また、もとの部に配点すると申しましても、先ほど仰せられましたように大分年月がたっている場合が多うございますので、もとの裁判官の構成する裁判所ということはほとんどないと存じます。 それから、配点される部によっていろいろと結論といいますか扱いの方向が異なるのはどういうわけであるか、こういう御指摘でございますが、裁判官はやはり証拠によって判断をいたすわけでございまして、再審の場合には新しい証拠が出てきたということでございますので、そのときそのときの証拠がどの程度あるかということによって、裁判官のあるいは裁判所の判断もその証拠に応じて異なってくるということだと存じます。
○稲葉(誠)委員 それはそのとおりで、事実は証拠によって認定するのですからそうなんですけれども、やはり何というか地獄部、極楽部というのは実際あるのよ。東京高裁でも刑事部は一部から十二部まであるかな、やはり地獄部と極楽部があって、それは在廷証人だって調べないところもある。それから非常に丁寧に調べるところもあるし、人によって違うから何とも言えない。だけれども、それはやはり裁判官は独立ですからそれをわれわれがかれこれ言うべき筋合いのものではないというのですけれども、ただ地獄部と極楽部があるということは事実だ。あそこへ行ったらもうだめだ、というのがよくある。それは非常にあれですがね。 そこで問題は、この刑事補償の場合に、これと国賠との関係ですね。刑事補償法のある中でまた国賠を請求しているのはどの程度ありますか。国賠を請求している主な事件はいまどんな事件があって、幾つくらいありますか。
○前田(宏)政府委員 この刑事補償がなされていることと国賠との関係はちょっと正確ではございませんが、無罪になった場合の国賠請求事件ということで申し上げますと、昭和四十五年から五十四年までの間に刑事裁判におきまして無罪になった者から国家賠償が請求された事件で、全部が全部把握しているわけじゃございませんが、一応私どもで承知しておりますものは合計で七十九件でございます。その中で、すでに裁判が確定しておりますものは四十一件ということでございまして、その結果の内訳でございますが、国側が敗訴したものが二件、それから請求が棄却されましたものが三十三件、それから請求の取り下げがあったものが六件、こういうふうに承知しておるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、国賠を請求する場合には、刑事補償でもらった金額というものは、同じ事件での一種の損害賠償ですから当然控除されるという形になるわけですね。そうすると問題になってきまするのは、国賠でまず国側が敗訴したという事件二つですね。ということは、どの事件とどの事件、詳しいことは午後でいいのですが、どの事件とどの事件で、どういう理由によって国側が敗訴をしたのかということです。
○前田(宏)政府委員 一件はたしか道交法事件でございまして、一件は詐欺事件ではなかったかと思います。 一件は、私の記憶では、細かいようなことになりますけれども、消火栓のそばで車をとめてはいかぬという道交法の規定がございますが、その消火栓が運転者にとって非常にわかりにくいのに消火栓のそばに車をとめたということで有罪になった。被告人がいろいろとそのことを主張しまして再検討した結果、なるほど被告人の言い分のようであるということで無罪にもなり、そのことで国賠も起こったというふうに聞いております。 それからもう一つの事件は共犯関係がございまして、共犯者の供述によってだけではないのでしょうけれども、それが一つの資料になりまして共犯者と目される者が起訴されて、結局それが無罪になったというような事案であったと思います。
○稲葉(誠)委員 そうすると、松川事件だとか青梅事件とかいう著名な事件ですね、国賠が確定した事件は、古いからいま言った統計の中には入っていないわけですか。
○前田(宏)政府委員 そのとおりでございます。
○稲葉(誠)委員 私は率直に言いまして、無罪になり刑事補償が与えられた——いまの場合は無罪との関連で言っているので、刑事補償との関連で言っているわけじゃありませんけれども、無罪になれば当然もっともっと国賠による補償というものも数が多いはずだというふうにちょっと考えていたのですが、いま話を聞くと、著名事件は別として、そうでない事件はずいぶん逆に被告人側の敗訴が多いということを聞いて、私もちょっと意外に思ったのですが、その理由その他については午後にお聞きをしたいというふうに思います。 それから、さっき話しました六千円を要求したときの根拠、そういう点を午後司法法制部に来てもらって明らかにしてもらいたいと思うのです。 それから、せっかく藤永君のジュリストの論文がありますから代用監獄の点について聞きますが、同時にこれは矯正局長の方に、代用監獄という制度による自白がやはり無罪の原因になり刑事補償の原因にもなったのではないかということを中心として、それから監獄法の改正問題も含まれると思いますが、牛後にお聞きをしたい、こういうふうに考えております。 ちょっと弾劾裁判所の方へ行かねばならぬものですから、午前中はこれで終わらせていただきます。
○木村委員長 午後一時三十分から委員会を再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午前十一時三十六分休憩 ————◇————— 午後一時五十三分開議
○木村委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 この際、お諮りいたします。 理事楯兼次郎君から、理事辞任の申し出があります。これを許可するに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○木村委員長 御異議なしと認めます。よって、許可することに決しました。 引き続き、理事の補欠選任についてお諮りいたします。 その補欠選任につきましては、先例によりまして、委員長において指名いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○木村委員長 御異議なしと認めます。 よって、稲葉誠一君を理事に指名いたします。 ————◇—————
○木村委員長 刑事補償法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。稲葉誠一君。
○稲葉(誠)委員 私、午前中ちょっと勘違いしておりまして、法案は最高裁で出せなくて法務省の法制調査部ですか、あれですが、予算は二重予算の制度ももちろんあり、当然最高裁から直接要求するわけですから、これはちょっと勘違いしておりました。 そこで最高裁にお聞きをしたいのは、初め概算要求のときに六百円というのを出したわけですね。その根拠は第一衣の「賃金・物価指数調」というのがありますが、これと比べると、どこがどういうふうに違うわけですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 お答え申し上げます。 ただいま御質問の中で一日の上限六百円と仰せになりましたが六千円でございます。そういう概算要求を昨年の八月時点でいたしております。 その根拠でございますが、昭和五十三年におきます労働者の平均の賃金日額が約七千円というふうに把握いたしました。そしてこれを前提といたしますと、拘禁者について一日当たりの財産上の損害等の補償の日額の上限としては五千円という線が相当であろう、このように積算いたしました。そしてその五千円に対しまして、昭和五十四年、五十五年の賃金、物価の伸び率、これを勘案いたしまして計算いたしますと、五十五年の拘禁者に対する一日当たりの補償の上限額としては六千円という数字が相当であろう、このように概算要求の時点においては考えまして要求した次第でございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、第一表のこれに当てはめるといまの数字はどこがどういうふうに違ってくるわけですか。それは五千円という数字がここから出てくることになるのですかな。あるいは五十四、五十五年度で千円というのは、この表から言うとどこから出てくるということになるわけですか。この表から直接千円というのは出てこないわけですけれども、いずれにしてもこの表に当てはめて説明をしていただきたいのですがね。そうでないとわからないものですから。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 午前中前田刑事局長の方から山崎委員にお話がございましたが、この資料の第一表の関係につきましては、昭和五十三年における補償の日額の上限四千百円でございますが、これについてそれが四千八百円というように今回アップするについて、その積算の根拠を説明する表であるというように述べておられますが、四千百円についてその後の賃金、物価指数の平均を勘案して四千八百円という数字が出る、こういう関係での根拠がこの第一表の数字であるというふうに存じます。
○稲葉(誠)委員 それはそれでいいのですが、私の言うのは、そうすると概算要求のときの出した数字の根拠というのはこの第一表の数字とは関係ないのですか、関係なしに別個に出したということなんですか。しかしその五千円というのは根拠があるわけでしょう。この第一表との対比においてどういうふうになっているのですか。それがわからないのですよ。全然別のものなら別のものでもいいですよ。 この第一表というのは大蔵省が査定した結果出てきたもので、結局そこへいま刑事局長が言ったような理論づけを後からしたのだということになると思いますが、別なものなら別なものでもいいし、これを修正したという——これを修正したのじゃないな、前のものが修正されてこれになったというのなら、またそれも一つの説明だと思うのですが、それを聞いているわけですよ。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 概算要求の根拠につきまして先ほど御説明申し上げましたが、それはこの参考資料第一表の数字とは別個のものというふうに御理解いただきたいと思います。
○稲葉(誠)委員 別個のものはわかりましたが、そうするとどこがどういうふうに違いますか。その統計のとり方がどこか違うわけでしょう。五十三年の消費者物価指数全国一〇〇と見てこういうふうにやっているとか、あるいは一日の平均現金給与額を常用労働者が昭和五十三年七千八百四十六円ですか、これは一日平均ですね、いろいろ出てきますね。 概算要求のときの数字はどこがどういうふうに違っているのか、こういうことですよ。これは概算要求ですから、どうせ大蔵省で削られることがわかっているから多少山をかけて要求をしているにしても、どこがどういうふうに違うのかということです。きわめて数字が恣意的にとられているということ、これはある程度やむを得ませんけれども、どこがどういうふうに違っているのかということを聞きたいわけです。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 先ほど、概算要求の六千円を算出する根拠とこの第一表をもとにいたしました最終の四千八百円という数字とは根拠が別個であるというように申しましたので、第一表の数字は概算要求の時点では用いておりません。また概算要求の時点では、ここに出ておりますような正確な数字はまだ私どもとして承知しておりませんでした。
○稲葉(誠)委員 ではそれでいいでしょう。概算要求の数字を具体的に出せというのもあれですからそれはそれでいいのですが、そうすると、この金額というのは四千百円が四千八百円になったということですね。それはこの第一表からどういう計算で出てくるのですか。賃金・物価指数の平均だとかいろいろ書いてあるけれども、四千八百円が出てくる根拠がちょっとよくわからぬ。この表に基づいてもう少し説明してください。
○前田(宏)政府委員 この表でまず賃金関係が、五十三年を一〇〇といたしますと五十五年の推定は一一四・一になります。それから物価の関係では、五十三年を一〇〇といたしますと一一一・四になります。これを両方足して二で割るというのがいいかどうかという問題もございますが、このaとbを足しまして二で割りますと一一二・八という数字が出てまいります。そこで四千百円にこの一一二・八を掛けますと四千六百二十五円、こういう数が出てまいるわけでございます。それを切り上げると四千七百円という数字にもなるわけでございますけれども、さらにもう少しならないかということで、二重の切り上げといいますか四千七百円を四千八百円にした。これは一面、証人日当の額とは必ずしもパラレルでないわけですけれども、そちらの方で一応の見込みとして四千八百円ということを考えておりますので、それと差があっても余り適当でないというのが一つそこへ入りまして、それが二重の切り上げというような要素になりまして四千八百という数字に落ちついたわけでございます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、今度はほかの刑事訴訟法の費用法とか民事訴訟法の費用法が出ていますね。あれは参議院先議ですからこっちへ来ていませんけれども、それでもいろいろな証人日当とかその他のものは上がっておるのですか。それはどういうふうに上がったわけですか。
○前田(宏)政府委員 その点が、さっきちょっと触れましたように、証人日当額が四千八百円というふうに引き上げられるということに予定しておるわけでございます。
○稲葉(誠)委員 証人日当を四千八百円といったって、これはどういうふうにしているの。時間によってあれしていますか。国会の場合の参考人は時間によって二時間の場合と四時間の場合に分けているわけだね。あの場合は幅があるのじゃないですか。刑訴でも民訴でも幅があって出しておるわけで、民訴の場合は別ですね、刑訴と比較しますか、それと刑事補償の拘禁をされたときの日額とを同じにしなければならぬという論理的な帰結はないのじゃないですか。こっちはそれだけ無事の罪に苦しめられて拘禁をされて——そうした者が証人に呼ばれて一時間か二時間ちょっとやって四千八百円もらう、これも少し安いなと思いますがね。これはそれとパラレルでなければならぬというのは論理的には理由がないですね。これはどういうわけですか。
○前田(宏)政府委員 先ほど申しましたように、当否は別といたしまして、賃金、物価でやりますと切り上げても四千七百円ぐらいになるということでございましたが、一面、証人日当の方のそれなりの考え方で四千八百円という数字が出てまいったので、少なくともそれを下回るのは適当でなかろうという意味で、四千七百円をまたさらに四千八百円までにしたという趣旨でございまして、またそれが性格が違うということは申し上げるまでもないわけでございますから、それは両方が同じでなければならぬ、そういう意味で申したつもりではございません。
○稲葉(誠)委員 これはよくわかりませんが、外国の例でやはり刑事補償制度があると思うのですが、拘禁された場合の刑事補償は大体ほかの国では、これは立法例は出ていないけれども、どの程度になっておるのですか。 貨幣の換算の率や何かがあるから何とも言えませんけれども、これは安いんじゃないかな。一日朝から晩まで拘禁されて、あそこでいろいろな苦痛をなめて無罪になった、それで一日四千八百円ぐらいだというのではね。それは安いんで一日最低一万円ぐらいにしたっていいんじゃないですか。これはあなた入ったことないからにやにや笑っているけれども、入って苦労してごらんなさいよ。矯正局長、一遍入ってみなさいよ。入って苦労してみなければだめだ。前の人権擁護局長の鬼塚さんなんか、志願囚でちゃんと刑務所の中に入っていろいろ苦労したり実験しているのでしょう。矯正局長でも正木さんなんかそういうふうにやったことがあるんだから、入ってやはり苦労してみなければわからぬのじゃないかな。やはりこれは安過ぎるな。一万円ぐらいにしたっていいんじゃないかな。(「あなたも入ってみなさいよ」と呼ぶ者あり)ぼくも入ってもいいけれども、ぼくら入ってもだめで、品がいいからすぐわかっちゃうから、品のよくないのが鹿児島県あたりにいるから、そういうのを連れてきて入らせれば、これはわからないよ。仲間が来たと思ってみんな喜ぶよ、そういう人たちは。 それはそれとして、とにかくこれは安過ぎるなと思いますね。それで今度いつごろ上げるんだ。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの中で外国のことが出ましたが、私ども十分に調査をしてございませんけれども、大分立て方が違う法制もあるようでございます。 たとえば西ドイツでは非財産的損害については一日十ドイツ・マルクで、財産的損害があればそれを加算するというような考え方ですね。そういうものもあるようでございます。ただ、それがなければ、いま申しましたように一日につき十ドイツ・マルクとなりますと、一ドイツ・マルクというのは大体百十五円ぐらい、となりますと千円幾らというような計算もあるわけでございますが、それは基本的に定型的な補償でやるか、まあ実損に近い形でやるかという基本的な考え方もあろうかと思うわけでございまして、先ほど申しましたように、現行の刑事補償法の基本的考え方は故意過失を問わないで定型的にやるという基本的な構想に立っているわけなので、そういう意味で故意過失がなくてもとりあえずこの程度のものは差し上げる、故意過失があれば国家賠償法によってその分を補償する、こういう二段構えみたいなことになっているわけでございます。 なお、ドイツの方は先ほど申しました財産的損害の場合は立証を要するということになっておりますので、それもまた逆に、被害者といいますか請求人といいますか、その立場からすれば手間のかかることでもあるわけでございまして、いろいろ一長一短ではなかろうかと思います。 それから次回の引き上げでございますが、従来経済事情等も考えまして、毎年毎年では必ずしもないわけでございますが、今回は一年たってやっておる。その前には二年ぐらいたってやったこともたしかあったと思いますけれども、なるべく時代おくれにならないように常時気をつけながら、最高裁の方で予算要求もしていただきまして、法案をなるべくおくれないように出したい、かように考えております。
○稲葉(誠)委員 さっき山崎先生から非常にいい質問があったわけですが、その質問の中にもあったかと思うのですが、これはそうすると慰謝料的性格ですか。どうなんです。故意過失を問わないのはわかったけれども、性質としては法律的には何なの。
○前田(宏)政府委員 どれだけの要素が入っているかということになりますと、金額との関係もありましてそう大きなことも言えないわけでございますが、そういう拘禁されたことによるもろもろの損害が入っているという理解であろうと思います。と申しますのは、規定の上でも、その補償金額を定める場合に裁判所がその規定にありますようないろいろな要素を勘案して定めなければならぬということからもうかがえるのではないか、かように考えております。
○稲葉(誠)委員 そうすると、国賠の関係では逸失利益と慰謝料と分けて請求しますね、普通の交通事故でもそうですが。そうすると、この刑事補償の金額は慰謝料の金額への充当という形で引くわけですか。そうなればまた逸失利益は逸失利益で全部生きてきますからね。あるいは両方絡めて引くのか。そこら辺のところによって国賠の場合の請求金額と違ってきますね。それはどういう考え方か。そうすると慰謝料として引くの、これは。
○前田(宏)政府委員 精緻に考えますとなかなか細かくわからない点が出てくるわけでございます。 確かに、仮に四千八百円となりました場合に、そのうち慰謝料分が幾らでいわゆる逸失利益的なものが幾らでということも内訳はないわけでございまして、それがさっき申し上げたように、ある意味ではあいまいかもしれませんが、もろもろの損害というものを一本の定型化した被害、拘禁されたことによる被害といいますか損害といいますかという面でとらえて、それを一本化しているということでございますので、国賠との関係では細かく議論しますと御指摘のようなことがあり得ると思います。
○稲葉(誠)委員 そこで、話は別になりますが、無罪で刑事補償をもらう、その無罪というのが近ごろ盛んに言われておるのは、代用監獄での自白ですね、これが公判でひっくり返って、そして無罪になるというのが多い、それで代用監獄での自白が人権侵害があったというようなことが盛んに言われていますね。大きな事件の無罪はほとんどそうですね。藤永参事官のジュリストの論文を読んでみると「確かに、代用監獄制度の下で人権侵害の事例も過去には少数ながら存在した」こう言っているわけですね。その少数というのは具体的にはどんな例ですかな。きょう藤永君出張でいないというけれども。
○前田(宏)政府委員 藤永参事官が個人的な立場で書きましたもので、ちょっと具体的なことをどういうことを頭に置いて書いたかということは判然といたしません。
○稲葉(誠)委員 判然としないのはあれですがね。 そこで、これは矯正局長、代用監獄に入っている場合と拘置所に入っている場合と、被拘禁者、普通被疑者ですね、被告人の場合もありますけれども、その処遇は一体どこがどういうふうに違うの。
○豊島政府委員 現行法におきましては、明確な監獄法準用の規定がないわけでございますけれども、実際上の扱いといたしましては、拘置施設に収容しております被疑者、被告人と同様な扱いをしておるという実情だと私ども聞いております。
○稲葉(誠)委員 それはたとえば運動時間だとかそれからふろへ入る回数だとか、たばこを吸うとか吸わないとかということがあるでしょう。そういうのはどういうふうに違うか。もっとほかに違うところもあるでしょう、夜の時間の調べの問題だとか。それから引き当たりというのか、あっちこっち連れていくんだからね、窃盗犯なんか。ああいうときなんかどうなんだ。令状なんかなくたって連れていくんでしょう。普通なら令状がなくちゃいけないんじゃないの。ああいう引き当たりの場合はどういうふうな形になっているのか。まあ引き当たりの場合は後でもいいや。いま言ったような運動時間だとか入浴だとか、それからたばこだとか、そういうのはどういうふうに違うのか。
○豊島政府委員 警察留置場におきますところの処遇の実態について詳細な知識は持ち合わせませんけれども、また警察留置場も施設によりまして、たとえば運動場の広さであるとかそれからその設備の程度であるとか差はあると思うのでありますけれども、原則的には私ども、拘置所における処遇と同様の処遇をすることに努めておる、事実そういう処遇をしておるというふうに報告は受けております。
○稲葉(誠)委員 矯正局長、あなた方はいま監獄法の改正をやっているわけでしょう。代用監獄の問題が大きな問題になっているわけですね。これは委員会の中でまあ一応終わったようですがね。代用監獄の実態について詳しいことを知らないというのでは、これはちょっとまずいぞ。行ってよく調べてみなくちゃだめだよ。中へ入ってみてもいいし。一日入ったんじゃだめだよ、二日、三日あそこへ泊まってみなくちゃわからぬのだ。そういうふうな形をとっていくとだんだんわかるわけだよ。うれしそうに笑っているのがいるけれども、うれしそうに笑っているのが入った方がいいんだ。 それで聞くんだけれども、ずいぶん違いますよ。一番違うのは、あなた、それはたばこじゃないの。拘置所でたばこのませないでしょう。それから代用監獄ではたばこをのませるんですよ、引き出して。そこが一番違うでしょうが。だから、たばこをのみたい者はがまんができなくて、たばこをのませられるとつい自白しちゃう。それはいろいろ多いんですよ。酒飲みの方はがまんできるのです。ぼくは酒飲まないし、たばこものまないから全然わかりませんけれども、いろいろな経験者から聞くと、酒の方はがまんできると言う。たばこはとてもがまんできないと言うんだな、選挙違反で入った連中なんかも。がまんができなくて、そこへ引き出されて、ぷうっとたばこを調べ官が吸って、たばこの煙を吹っかけるんだよ。そうするとまいっちゃうんだな、たばこを吸わしてくださいというわけで。それじゃたばこ吸えと言って吸わせるでしょう。じゃ自白しろということで自白しちゃう。そういうのが多いんですよ。たばこを片っ方の方では吸わせなくて、片っ方の方では吸わせるというのはどういうわけなんだ。そこがうんと違うのよ。それからふろも違うよ。ずいぶん違うけれどもね。
○豊島政府委員 法律的に申しますと、委任命令的なものは、これは代用監獄にも適用があるわけでありますけれども、執行命令的なものは、これは代用監獄には適用がないという法律論になっております。 そのために、たばこの問題につきましては、私どもの施設ではこれは絶対吸わせません。しかし留置場におきまして、代用監獄におきまして吸わせておるという話を私ども耳にいたしております。改正法におきましては、監獄の規定はもう原則的には代用監獄にも適用するという発想で論議が遂げられておりまして、代用監獄の実態につきましては、部会、小委員会の委員の皆さんも見学においでになりましたし、私も、入ったことはないのでありますけれども、現場につきましてはできるだけよく施設の実態を確かめた上で、両者の処遇を平等にしていくということに努めなければならぬというふうには考えております。
○稲葉(誠)委員 見に行ったというのは、委員の人は見に行きましたよね。これは安村さんが委員長でしょう。これはりっぱな方ですからね。あと、女の方でも俵萌子さんとかそれから高原須美子さんかな、あの人たちが委員ですね。それからほかの人もいますがね、朝日新聞の末松さん。いろいろな委員の方がりっぱな方もおられた。それで見に行ったんだけれどもね。 そうすると、いま言ったたばこは、代用監獄で吸わせると言ったって取り調べ室ですよ。取り調べ室へ引っ張り出してきて、それで取り調べのときに吸わせるのですよ。中で吸わせるわけじゃないですよ。これはあたりまえの話ですけれども。それは、たばこを吸いたくてしようがないんですよ、もうがまんできなくなっちゃうんです、みんなたばこ吸いは。だから調べるときには、もうたばこの好きな者を一番最初にねらって調べる。そうすると、それがだんだん自白してくる。選挙違反のときはそれからだんだんほかの連中を調べていく。普通これが選挙違反の手ですよ。それから涜職のときも大体これはそうですね。それから一番弱そうな、一番おとなしそうな、すぐ家族のことを思って泣くような連中を調べる。そうするとだんだん自白してくるから、それから糸をたぐってだんだん広がっていくというのが大体の筋だ。そのたばこの問題で、多いのですよ、たばこを吸わしてあれするのが。 それから弁当なんかはどうなんだ。弁当は、拘置所の場合には差し入れもあるけれども、代用監獄ではときどき警察官の方で特別なものをおごってやっているんじゃないか。この前自殺した保田さんのときは何かカツどんを出したという話だな。そうしたら、カツどんを出して保田さんは喜んだというんだけれども、死んだ後で遺書を見たら、あんなまずいものを食わしたといって怒っていたといって、警察の方で大分むくれていたけれども、あれだけ便宜を図ってやったのにと言って怒っていたけれども。 だから、そういうように食事をときどき食べさせるのですね。天どんを食べさせたり何かする。そして自白しろと言って、いままである被害届けが出てきているものをみんな調べて、みんなくっつけちゃうんだ。そうすると、いままでの未済の事件が片づいちゃうから。それで喜んでいると、公判へ行ってひっくり返っちゃった、さあ証拠がないというので無罪になっちゃうというのがよく新聞に出てくるでしょう。そういうようないろいろな例があって、代用監獄というのは非常に悪用されているんですね。これは実際の例としてですよ。見に行ったというけれども、どこを見に行ったかわからないけれども、見に行くときにはちゃんときれいに掃除している。あなた、取り調べているところを見ているわけではない。あんなところを見たってそんなことはわかりやしないんです。 そこで、代用というんだからどっちが一体これは本当なのか。立法のときには、拘置所をつくるということが本則だったんでしょうそれがどうして拘置所をつくらないで代用という形になってしまったのか。拘置所を全国で裁判所の付近とか検察庁に付属してつくれば大体二千七百億で済むというのでしょう。二千七百億で済むのを、金がないから代用監獄にして便宜を図っていくということでは、これは理由は足りないですよ。これは刑事局長が言っている。二千七百億だといって、それだけじゃ理由にならないと言っているけれども、二千七百億という数字はどこからどういうふうに出てきたのかということですね、そういうような点。それからどっちが本則なのか、なぜいままで、拘置所がちゃんとできないで代用監獄という制度が行われているのか、こういう点ですね。
○豊島政府委員 最初のお尋ねの歴史的縁由でございますが、明治十四年に監獄則ができまして、また明治二十三年に改正監獄則ができておるわけでありますけれども、この監獄則におきましては留置場は監獄の一種であるというふうにされておりまして、刑事被告人を一時留置するほか、拘留刑に処せられた者も、また罰金の換刑処分としての自由刑に処せられた者も使用することができるというふうにされておったわけであります。 その後、監獄行政と警察行政の所管が司法省と内務省に分かれまして現行監獄法を明治四十一年に制定するときに、留置場は監獄の種類から除外をした、そしてこれを監獄にかえて使用することができるという形にいたしたわけであります。 それ以後戦前も戦後も結局、代用監獄、警察留置場を拘置所、拘置監のかわりに用いるという形がずっと引き続き行われておるわけでありますけれども、その理由の大半は、先ほど御指摘のありました設備の充足ができていないということにあろうかというふうに思うのであります。 そこで第二の御疑問の点でありますけれども、現在それでは代用監獄にどのような意味を付しているのかという点でございます。先ごろ監獄法改正の部会、小委員会の中で代用監獄をめぐりまして大変時間をかけて論議をいたしているわけであります。恐らく五分の一ぐらいの時間はかけておるんじゃないかというふうに思うのでありますけれども、そういう議論の中で出てまいりました意見を見てみますと、一つは、先ほど申した施設の充足が困難だという問題がございます。 充足が困難な理由はおよそ三つございまして、一つは金がかかるという問題がございます。それからもう一つは、金だけの問題でなくて、これは組織、人を充足しなければいかぬという問題がございます。これもしょせんは金の問題になってくるのでありますけれども……。もう一つは、現在の施設の改築とかあるいは新築とかそういった問題を見ましたときに、いつも起こってくる問題でありますけれども、拘置所につきましても大変改築が困難だというような状況がございます。ましていわんや増築は非常に困難だという状況があるわけであります。しかしながら、そういう中で、たとえば名古屋市におきましては、名古屋市内に名古屋拘置所を、これは議員の皆さん方、市民の皆さん方の大変な御協力を得まして新設の運びに至っております。しかし一方では、神戸の拘置所のように、都心から鵯越と火葬場の間に移転を余儀なくされたというような施設もあるわけであります。そういう施設におきましては、被疑者の親族あるいは弁護士さん、こういう方々の大変な御不便があるわけであります。代用監獄を存置しなければならぬもう一つの理由として、いまの、不便なところへ行けば被疑者、弁護人その他関係人の大変な不便があるだろうということが出てくるわけであります。 それから最近の論議の中でもう一つ大きな論議は、警察留置場のメリット、つまり代用監獄のメリットを主張する意見がかなり強く出まして、この議論は議論された委員の方々の中でも賛同される方はかなりあるわけであります。その議論は結局、捜査の迅速適確な遂行という面を考えますと、警察に付置された留置施設というのは必要なんだ、こういう論議になるわけであります。 それに対しまして、稲葉委員から御指摘のありましたような、そこが問題なんだ、先ほどの利害誘導的なことあるいは暴行脅迫的なこと、そういうことによって不当に自白が得られる、それは代用監獄があるがゆえなんだという御議論が一方ではあるわけであります。 そういう両者の激しい御議論が今回の監獄法改正の中でもあったわけでありますけれども、いま申したような設備の増設の困難性とかあるいは捜査遂行上の問題とかあるいは関係人の便不便とか、そういった点を総合した結果、一応の結論は部会は出しておるわけであります。 もちろん私どもの立場からいたしますと、施設の増設というのはやらなければならぬことでございますので、増設に努めるという点についてはやぶさかでございませんし、従来も国会答弁等において、戦前においてもやはり増設を図ろうという答弁は行われてきておるわけでございます。現在におきましてもその点は変わらないわけでございますけれども、大変困難を伴うことは事実でございます。監獄法の改正部会におきましても、これは条文になりにくい事柄でございますので、部会の付帯要望事項といたしまして、法務省傘下の未決拘禁施設というものを充実せよということを指摘いただいております。恐らく受けざらなくして代用監獄の廃止論はできないという大前提があるからだろうと思います。
○稲葉(誠)委員 これはむずかしいというかいろいろな問題を含んでおりましてね。 そこで一つ聞きたいのは、恐らく警察が検事のところへ事件へ送るときにはぺらぺらをくっつけてくるわけだ。ぺらぺらに代用監獄へまた帰してくれということが書いてあるわけです。それに基づいて代監の請求をしますね。裁判官がそれを却下して拘置所へ指定するというのも特に若い裁判官に間々見られる例です。わかっている範囲で、こういうのは一体どの程度あって、それはどういう理由からですか。特に余罪があるから代監にしてくれという理由がこれはほとんどですね。そこら辺は裁判所としてはどういうふうに考えておるわけですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 ただいまお尋ねの数字の点でございますけれども、この点用意してございませんので後ほど……。
○稲葉(誠)委員 数字の点はいいです。余りありませんし、またなかなかむずかしいことだから、一々聞くのは大変だからそれはいいです。 それはいいですが、いま言ったように余罪があるからという理由がほとんどじゃないですか。法務省の方はどうですか。警察の方からただぺらぺらをつけてくるだけだから、理由は表面に書いてないのです。余罪があるからもとへ戻してくれというのがほとんどだと思いますが、どういう理由で代監へというのが多いのですか。
○前田(宏)政府委員 いろいろと理由があると思いますので一概には言えないと思いますが、基本的には当該事件そのものの補充捜査と申しますかそれが必要な場合があるわけでございます。またその具体的な方法として、たとえば証拠物がたくさんあって、それが警察にあるのでそれを利用しながら調べなければならぬという場合、これはむしろ典型的な場合だろうと思います。 余罪ということも本件の処分との関連において必要だということもございますから、それをあえて否定するわけではございませんけれども、一言ではなかなか言えないといいますかいろいろな理由がございまして、取り調べの便宜というといかにも言葉は適当でございませんけれども、悪い意味ではなくて取り調べがスムーズにいく、そういう観点からのことであろうかと思います。いろいろな問題があることは御指摘を受けておりますけれども、そういうことは別な面で除去するといたしまして、捜査をなるべく早くやって事案を明らかにすることも被疑者にとってプラスの面もないわけではございませんので、そういうことも当然考えられているものと思います。
○稲葉(誠)委員 そこでやはり問題になってくるのは、刑事訴訟法で警察が逮捕して四十八時間で検察庁に送らなければならない、検察官というのは二十四時間以内に決めなければならない。警察は四十八時間しか元来持てないという原則が刑事訴訟法にあるわけです。それならば、その原則自身がおかしいのではないですか。ドイツやフランス、あっちの方は一月も二月も、もっと持てるのかな。これは最初から検事が持てるわけだ。警察が持つわけではないから捜査の指揮権の問題もそこで絡んでくるかとも思うけれども、四十八時間しか警察が持てないという原則が刑事訴訟法に立ててある。立ててあるならば四十八時間以内に捜査をして検事に送り、検事は拘置所で調べるというのが筋ではないのですか。 いま実際どうなっていますか。十日間勾留して十日間の八日目か九日目じゃないですか、検事のところに書類を送ってくるのは。検事はちょっと見て警察がとったと同じ書類を要約して、三分の一くらいとってそして起訴しておる、こういう段階ではないですか。警察でとった調書を要約する、ほとんど自白事件はそうですよ。そうじゃないですか。だからこんなのは検事がやることではないのです。副検事で結構なんで、そんなことを言うと怒られるかもわからないが、こういうのは壁塗りと言うのです。検事は壁塗りと言っているでしょう。警察と同じことをやっているのです。壁を塗っているのです。ただそれを短くしているだけの話です。それは意味ないのです。四十八時間と刑事訴訟法で決めてあるのはどういう理由なんですか。
○前田(宏)政府委員 見解の違いもあるかもしれませんけれども、四十八時間以上警察の手元に置いて、それ以上拘束を続けるかどうかは勾留というところでふるわなければならぬという面からの時間的制限であろうと思うわけでございまして、四十八時間までで、警察は後一歩も手を触れてはならぬという意味の制限ではないだろうと思っております。 それから、いま御指摘もありましたように、外国の例では警察と検察庁との関係が日本とも違いますし、そういうこともありますだけでなくて勾留期間というものが相当長期間認められているということもあるわけでございますから、それぞれの国情なり立法の経過なりいろいろあろうと思いますので、どれがいいかどうかということは一概には言えないので、日本の方がいいという面もないわけではないと思うわけでございます。 それから後の方でお述べになりました実情でございますが、これはいろいろあるので一言では申しかねますけれども、あるいは稲葉委員の頭におありになるのは、一時大変忙しい時期などにおきましては、警察が送ってきまして勾留がつきました場合でも、検事の手が回らなくてしばらく警察の方で調べておって、勾留満期近くになって検事が調べをするというようなことも過去にはやむを得ない実情としてあったかと思いますけれども、最近はいろいろなことから比較的事件数が少ないということもございまして、以前の非常に繁忙であった時代に比べますと、検事の取り調べの方が早くなっているように理解しております。
○稲葉(誠)委員 実情を調べてみますと必ずしもそうでもない、そういうときもありますよ。四十八時間で送ってきて、すぐ検事の手元に事件がきてしまう場合もありますよ。書類と一緒に身柄が来てしまう場合もありますけれども、そうでなくて、大体十日間勾留したら最後のころですよ。 こっちから検事のところに早く調べてくれと言っても、まだ警察から追送の書類や何かが来ないから調べられないという形でおくれてしまう。検事は一部起訴してしまう。一部起訴してしまうと、後の追起訴はなかなか警察から送ってこない。仮に送ってきても、一部起訴してしまえば、検事の方もほかの仕事があって忙しいから、同じ事件については後回しということになってしまって、それで事件がおくれて公判が延びたりしているのはずいぶんありますよ。一部起訴してしまうと警察から送ってこないのです。これは悪い癖です。検事も、送られてきても新しい事件の処理があるからなかなか処理しないという弊害がある。 これは刑事補償法と余り関係はない別のことですが、いま言ったような形で日本の場合は無罪が非常に少ない、外国の場合は無罪が一〇%から二〇%出てくる。これは考え方が違う。日本の場合は起訴が非常に厳格ですね。ドイツの場合は起訴法定主義をとっているし、その他の国でも、アメリカでもどこでもそうですが、起訴がおおらかと言うと語弊があるけれども、まあおおらかです。無罪が出ても平気です。日本の場合は無罪が出ると大変な騒ぎになりますから、そういう点で日本のあり方と違うことは違うのですけれども、無罪を出すのはいやだというので、ちょっとめんどうくさい事件は不起訴にしてしまうというのもある、こういう弊害も逆にまた出てきているわけです。ちょっとややこしい事件になると、転勤までしまっておいて不起訴にしてしまう。高検で年に何回か各地検へ監査に行くでしょう。事件の処理の監査に行きますね。あれはどういう点を中心にして監査をしているわけですか。
○前田(宏)政府委員 高検で監査をしておりますのは検察運営全般にわたってでございますから、捜査についていえば、いま御指摘のようなことが万一にもあってはいかぬということであろうと思います。 したがいまして、不起訴記録なりあるいは中止事件の扱い、そういうものが捜査の方では問題になろうかと思いますし、公判の方は公判の方で長引いておったりしてはいかぬというようなことで公判の進一行状況を見る、捜査、公判についてはそのようなことでございますし、その他万般についてでございます。
○稲葉(誠)委員 実際は、不起訴事件について不起訴が妥当であったかどうか、ことに告訴事件を不起訴にした場合の処理を中心として高検は監査をしているのではないか、こういうふうに思います。必ずしもそうではないけれども、そこへ重点を置いていることは事実です。いろいろな情実や何かで不起訴にしたことがあってはいけないということを中心としている、こういうふうに思うのです。 そこで、いろいろ聞きたいことがあるわけですが、たとえばよく例に引かれるのはやはり拘置所が中心であって警察に置くのは人権その他の例から例外だということの国際的な事案の例として、たとえばニューデリーにおける国際刑事法会議ですか、あるいはハンブルクにおける会議かな、二つの会議のことがよく例に出ますね。これは具体的にはどういう会議であって、それで日本からだれか列席したのですか。それで最終的にどういう決議をしたのですか。
○豊島政府委員 ハンブルクの会議につきましてはむしろ先生の方がお詳しいのだと思うのでございますけれども昨年行われまして、ちょうど監獄法改正の部会の小委員長をやっておりました東大の平野教授がおいでになりましたし、それから中京大学でございますか庭山教授がお見えになりましたし、役人といたしましては現在最高検の総務部長をやっております石原検事が参っております。それから弁護士の方では五十嵐二葉弁護士がおいでになったというふうに聞いております。それで代用監獄廃止の決議があったわけであります。参加された方々、そのほかに広島大の森下教授も参加されておるはずであります。(稲葉(誠)委員「岡山大学じゃないか」と呼ぶ)両方やっておられるようでございます。 参加された方々のお話を伺いますと、ハンブルクにおきましては実のある審議といいますか十分な論議はなかったようであります。五十嵐弁護士とそれから石原検事双方から書面が出まして、若干の説示といいますか説明があったという程度で、決議に至る過程もいわば形式的な決議であったということのようであります。それで言えることは、日本の代用監獄制度をエイムしてというのですか目的にして、それをどうこうという論議ではなかった。むしろ低開発国におけるいわば警察拷問といいますか、そういう観点からの代監廃止論というのがございまして、それを受けてのハンブルクの決議であったというふうに聞いております。
○稲葉(誠)委員 いまの五十嵐二葉さんというのは前の風早二葉さんですね。 そこで、前のときのニューデリーの会議というのは五九年かな、あれはどういう会議なんですか、これは大分前だけれども。
○豊島政府委員 一九五五年に開かれておるようでございますが、私、内容をつまびらかにいたしておりません。
○稲葉(誠)委員 それらの会議全体を通じて、まあそれは後進国に対してのことかもわからぬけれども、やはり代用監獄というものの制度がいろいろ弊害があるということを明らかにしているんじゃないかと思うのです。 そこで、さっき言われた代用監獄のメリットの問題の中で、調べの時間が自由にやれるということが一つ、それから長くやれるということ、夜遅くまでやれるということだな。拘置所に入っていると、一々警察が拘置所の許可を得てくるのを非常にいやがるのですね。拘置所のところへ行って頭を下げて拘置所の看守の人たちに先生、先生と言わなければならないものだから、それをいやがって警察は行かないんだよ。そういうメリットというか、彼らに言わせればメリットが非常にあるんだな。 それから、引き当たりというふうに犯人をあちこち連れていきますね。あれは拘置所に入っちゃうとなかなかめんどうくさいのですか、どうなの。拘置所へ入っちゃうと勾留されているわけだから、片方だって勾留なんだけれども、あれは具体的にはどういうふうにしてやっているの、法律的に。勾留されてから引き当たりやる場合がありますね、犯人連れていく、それは令状も何も要らないのですか。あれはどういうふうにしてやるのですか。
○豊島政府委員 きわめて正確ではないのでありますけれども、戒護の看守がつきまして令状等なしにやっておるのだろうと思います。もっとも現場検証だということになりますと、検証令状が当該場所を検証するために出ておるということはもちろんあるわけでありますけれども、連行のための特別の令状というものは得ていないと思います。ただ看守が戒護についておりますので、いわば拘束の延長があるという理解であろうかというふうに私は考えております。
○稲葉(誠)委員 だけれども、どこどこの代用監獄に勾留するという令状でしょう、仮に令状だとしても。拘置所の場合はもちろん拘置所に勾留するというので、それを引き当たりか何かでよく窃盗の場合に多いね、殺人でもそうだけれども。それを遠くまで連れていって県外まで連れていく場合もあるでしょう、それは看守はついているかもわからぬけれども。それなら検証の場合だって検証令状なんか要らなくて行けばいいので、それはおかしいのじゃないの。ちゃんと令状なら令状をもらって行くのが筋じゃないですか。勾留の延長だからといって遠くまで県外まで連れていって、そういうようなことは警察側としても、しかも検事の相談も何もないですよ。検事に全然相談も何もなしにどんどんやっているわけですよ。そんなことは一体法律上許されるのか。そういう引き当たりというのは条文でいうとどれなんだ。刑事訴訟法でいうとどれなのか、警察法でいうとどれなのか。
○前田(宏)政府委員 的確なるお答えになるかどうかと思いますけれども、逆に令状といいましてもそういう制度はないわけでございますね。結局、身柄を拘束しておることは根拠があって、その原則的な勾留場所がどこどこの警察署の留置場であるということでございまして、それを極端に言いますと、警察の留置場にずっと一歩も出ないで置かなければいかぬかということになりましょうけれども、現に検察庁に連れてくる、裁判所に連れてくるということもあるわけでございまして、場所の移動は原則のたてまえを崩さない限度において可能であろうというふうに思うわけでございます。 したがいまして遠隔地の場合には、その遠隔地の当該目的地の所在の拘置所なり警察署なりにそれが長期的になったりすれば移監をする手続をして、またそこを中心といたしまして行動半径内で引き当たりと申しますかそういうことをやる、こういうことに相なるだろうと思います。
○稲葉(誠)委員 その引き当たりに対して本人がいやだと言ったらどうするのだ、それは。
○前田(宏)政府委員 それは極端に申せば、警察の留置場から検察庁の検事の手元に来るのがいやだと言った場合と性質的には同じことだろうと思います。
○稲葉(誠)委員 そんなこと聞いていないよ。検事のところへ来るといったってそれは取り調べのためでしょう。検事の方の指示で来るわけだから。片方も取り調べかもわからぬけれども、だから、引き当たりに対していやだというふうに言ったときどうするのだと聞いているのだよ。どういう手続をとるのか。
○前田(宏)政府委員 引き当たりと申しますのも調べの一態様であろうと思います。結局、留置場だけでなくて警察の調べ室に来てそれで証拠物を見るということも調べの一態様でございましょうし、その現場に行ってその現場に即して本人の説明を求めるということが必要であれば、それも調べの一態様として考え得ることでございますから、取り調べとしてそれだけの必要性がある、合理性があるということになりますと、その限度内においては身柄の同行というものが許されるのではないか、かように考えます。
○稲葉(誠)委員 そうすると、引き当たりというかそういうようなものについては、令状がなくても本人が同意しない場合にも強制力を持って連れていくことができる、そういうことですか。そういう結論でいいの、それは。
○前田(宏)政府委員 そういうことでございますと目的とするいわゆる取り調べが現場でできないわけでございましょうから、実際問題としては意味のないようなことになりますので、無理やりに担ぎ込んでいくということはあり得ないだろうと思います。
○稲葉(誠)委員 だから、本人がいやだと言った場合にはどういう法律上の措置をとって本人を連れていくことができるのですかと聞いているわけです。
○前田(宏)政府委員 それも先ほど申しましたように、たとえば仮の名前ですが同行状というような令状制度があれば別ですけれども、同行状というようなものはないわけでございます。
○稲葉(誠)委員 だからどうするんだって聞いているんだよ。そういうときできるのかできないのか。あなたの話を聞いているとできるようにも聞こえるし、できないようにも聞こえるし、わからないから聞いているんだよ。
○前田(宏)政府委員 ですから、いわば形式的な理屈といたしましては、取り調べの範囲内の事柄であって、そのために必要であればその勾留状なら勾留状の効力としてできる場合があり得るであろうということを申したわけでございますが、一面、どうしてもいやだと言ってしがみついている者を手とり足とりして持っていっても説明を受けられないだろうということにおいて事実上不可能になることが実際であろう、こういう理解でございます。
○稲葉(誠)委員 だけどそんなことは、しがみついている者を連れていくわけじゃないので、勾留状というのは裁判官が出しているんでしょう。裁判官が出してるのに裁判官の許可も得ないで、連絡もしないで本人の承諾を得たと称するのでしょうね、来いと言えばだれだって行くからね。そしてほかへ連れていく。勾留状というのは警察署なら警察署を代用監獄にするというあれだからね。それをほかへ連れていって現場の——窃盗なんかやってますね。いまのサツキどろぼうだとかいろいろなどろぼうがある。そういうときずっとやってきてますね。そういうのは一体警察の判断で許されるのか。あなたの話だと、警察が捜査のため必要だと思うならば警察の判断で許されるんだということなのかな。どうもよくわからない。わかったようなわからないような話だな、これは。
○前田(宏)政府委員 先ほど申しましたように、勾留場所というものが勾留状によって指定されているわけでございますから、その趣旨に反するようなことができないことは事実でございます。 しかし、それは先ほども申しましたように一日じゅうまるまる指定された留置場に閉じ込めておくというほど狭いものではなくて、検事のところへ連れていくのも警察の中の調べ室に行くのも留置場から言えば離れた場所でございますし、それから事件現場であるということになれば若干また離れますでしょうけれども、そこへ数時間なら数時間連れていって、また本来の留置場へ戻るわけでございますので、その全体を通じて当日なら当日に留置場に拘禁されておるという実態が崩されない限りよろしいのではないか。ですから先ほど申しましたように、非常に遠隔地で一晩泊まり二晩泊まりということになれば、他の留置場あるいは拘置所に移監をしてその行動半径内でしかできないであろう、こう申したわけでございます。
○稲葉(誠)委員 何だかわかったようなわからないようなことですけれども、後で議事録を読んでみましょう。一面、本人においても外の空気を吸いたいからといって出ていくのが楽しみな人もいるわけだけど、それは別だけれども……。 さっきのニューデリーのは一九五五年と言いましたね。五九年の一月じゃないの。
○豊島政府委員 五九年の誤りでございます。
○稲葉(誠)委員 それで、もうさっき言った二千七百億ということ、これはどこから出てきた数字ですか。二千七百億というのは拘置所の施設だけだね。それに伴って看守の宿舎やなんかいろいろなものができると全部で五千何百億になりますけれども、二千七百億というのはどこからどういうふうに出てきた数字なのかな。時間がありませんから、また別にどうせ監獄法のときにやりますからいいのですけれども、後でいいですよ、わからなければ。
○豊島政府委員 大変単純な計算なのでございますけれども、各簡易裁判所ごとに拘置施設を設けろという御議論がございますので、そういうことにいたしますと四百二十庁新設の必要がある。これは現在百五十五庁持っておりまして、簡易裁判所単位で考えますと五百数十あるはずでございますので四百二十庁の新設が必要である。その他、すでにあります百五十五庁につきましても増設の必要が起こってくるということであります。それで購入必要の土地面積というものを考えてみますと二百数十万平米要るだろうということになってきます。それから、そういう施設の整備所要額をそろばんを入れますと先ほど申した三千億ぐらいの予算が出てくるわけであります。 いずれにいたしましても、一応土地が確保できるということ、それから標準的な土地の価格がこれぐらいという設定で、それから施設の方も整備費がこれぐらいでという現状での一応の設定で計算いたしますと、先生御指摘のような金額になってくる。しかし実際問題といたしまして、簡易裁判所単位に土地の取得などというのはおよそむずかしい問題であることは間違いないのでありまして、一挙にそんなことは考えようがない、やるとしても順次やるということしか手はないだろうというように思っております。
○稲葉(誠)委員 時間が来たので質問を終わりますけれども、その二千七百億というのはぼくらの方で出したのじゃなくて法務省で計算した数字じゃないの、刑事局で。そうじゃないのかな、よくわからぬけれども。それと、それはいつのころの計算なの。いまになるとずいぶん値段が違うでしょう。それが一つ。 それから、代監の問題で一番大きな問題は面会をさせないことですよ、弁護士は別として。家族が行っても面会させないのですよ、取り調べ中だと言って。取り調べ中ではないのですよ。本人はちゃんと留置場にいるのだけれども、面会させないのですよ、自白してないからとかなんとか言って。まあ言わないけれども。そして面会させるのについていかにも恩を着せるわけよ。拘置所ならばちゃんと日に一回だれか三人までは面会できるわけだからね。面会が権利としてできるわけなんだけれども、代監では面会はさせないので、いかにも面会させるのを恩恵のように言ってさせるわけだ。なかなかさせないというわけですよ。そういうところに非常に問題があるのですね。差し入れもああだこうだ非常にやかましく言って、いろいろな問題があるのですね。これは別の機会でやりますから。 時間が来ましたから、法案は法案ですけれども、この法案については私どもも本当はもっとふやした方がいいのですけれどもね。賛成ですから、これ以上ここで質問することはしませんけれども、いまのことで豊島さんの方で何か答えがあれば答えていただいて、それで私の質問を終わります。
○豊島政府委員 先ほど申しました数字は昨年末にざっと計算をした数字でございます。
○稲葉(誠)委員 どこが計算したの。
○豊島政府委員 矯正局でございます。矯正局におきまして計算した数字でございます。
○木村委員長 沖本泰幸君。
○沖本委員 矯正局長がいらっしゃるついでに、いまの稲葉先生の御質問に関連したことで疑問に思いましたので、お伺いしておきます。 拘置所に関してなんですけれども、市民的な感覚からいきますと、拘置所と刑務所の区別がつかないのです。だから、先ほど矯正局長のお話の中で拘置所が都心部にあることが望ましいことなんだ。それは使うための便利さ、被疑者の家族なり弁護士さんなりの連絡なり何なりで都心部にあることの方が非常に望ましいということなんですけれども、都心部にある拘置所というのは市民の目から見ると刑務所なんです。だから、われわれの生活環境の中に刑務所があるのは困るという単純な考え方で忌みきらうわけですね。おまけに拘置所には、面会人の中に暴力団関係の人たちが多く来る、うようよする、そういう点も目ざわりになるわけです。そのために自分の周辺の環境が非常に壊れるというような感覚が強いわけですね。おまけにそこはへいが高いわけです。だから、形の上から見て刑務所と拘置所と区別がつかないというのが現状です。ですから、われわれの町の中に刑務所ができるのは困るという考え方で拘置所は困るということになるわけですね。 それから一つの区分として、拘置所の中に死刑台があるのが当然なんでしょうか、死刑台は刑務所に置くべきものなんでしょうか。実際に私、大阪の都島の拘置所に行きましたときに、その他の説明の中で都島の拘置所の中には死刑台はないという話を聞いていたような気がするのですね。ところが行ってみましたら、移転して間もなくなんですけれども、死刑台があったということで、町の人はそれを知ってないわけですね。そういう事柄があるのですけれども、純粋な面から考えますと、死刑台というのは刑務所に置くべきものであって、死刑囚というものは刑務所に入れられておって拘置所にあるのではない、あるいは拘置所で死刑を執行する場合に刑務所から拘置所へ連れてくるのか、その辺がわからないわけですね。 市民感覚とすれば、拘置所に死刑台を置いてもらうのは困る、あるいは自分の町の中の生活環境に近いところに刑務所があって、そこに死刑台があるということは非常に困るというのが市民感情なんですけれども、そういう観点から、その辺の区分はどうなっておるのか。
○豊島政府委員 現行法を見ますと、死刑囚は拘置所に置くということになっておるわけであります。 どうしてそうなっておるかという理由でありますが、刑務所というのは、刑を受けた確定囚、受刑者の教育の場所である、もちろん拘禁の場所でもございますけれども、そこで矯正、社会復帰を図るための教育を施す場所である、私どもはそう考えておるわけであります。一方死刑囚の方は、大変特殊な立場なんでありますけれども、すでに刑が確定し死刑を待つ身である、そういった意味で、いわば行刑、矯正の対象であります受刑者とは身分、地位が異なるということで、むしろ拘置所に近いというのは少し表現が悪いのでありますけれども、拘置区に置くべきものだというふうに考えておるわけであります。 それでは、すべての拘置所に死刑執行のための設備があるかというふうに申しますと、それはそうではございません。特定の場所にしかございません。それともう一つ、たとえば死刑囚がおりますので有名な宮城刑務所というのがあるわけでありますけれども、ここは刑務所の中に拘置区を持っておるという施設でございます。したがいまして、全体として見れば一画だということにも相なろうかと思います。
○沖本委員 話が外れたわけなんですけれども、実際に一般の国民は、網走の刑務所に一番罪の重い人がいて、あっちの方に島送りみたいな状態でいるんだ、都心に近いところの刑務所には罪の軽い人がいるんだ、そういうことから、死刑囚の人たちはわれわれの環境から非常に遠いところに置かれているんだという感じでいるわけですね。ですから、実際に都心の拘置所の中に死刑台があって、そこで死刑を執行されているということを聞くとぎょっとなるのですね。これはいろいろな面もあると思いますけれども、そういうものがありますから、わかったときに皆都心に置かれることを忌みきらうわけです。その辺をよく考慮していただきたいということになるわけです。 そこで、この刑事補償法になるわけですけれども、先ほど稲葉先生の、六千円の要求をしたときにそれが大蔵省案で削られてしまったといういきさつはどういうことなんですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 先ほど稲葉委員の御質問にお答えいたしましたが、概算要求の根拠と最後の時点において要求いたしました根拠と別個になっております。 それで、最後四千八百円というところで予算折衝の結論が出されたわけでございますけれども、概算要求後予算折衝を繰り返す過程の中におきまして、先ほども申し上げましたが、賃金及び物価の上昇率等について正確な数値が出たということ、従来から、拘禁補償の日額の上限額を算出するに当たりましては前回の改正の時点以後における賃金及び物価の上昇率等を考慮してその金額が決定されてきておるということ、そして、従来の経緯等も考えてみますとこのような算出の方法自体それなりの合理性があるというふうに思われますこと等の理由によりまして、最終的には四千八百円を拘禁補償の日額の上限額として大蔵省に要求をし、その額がそのとおり認められたということでございます。
○沖本委員 稲葉さんがお触れになったように、額としては六千円でもいまの経済事情なり社会情勢から見たら非常に低い額じゃないかという指摘をなさっておったわけですけれども、裁判所の方でいろんな中身を検討なさってこれが一番適当だ、まだまだ低いかもわからないけれどもこの金額をお決めになった。ところが、大蔵省の方では予算削減的な考え方から一律に削っていくという考えでこれを削られたが、これは性質が違うと思うのですね。裁判所で決められたこの金額というもの、これはやはり裁判所に対する国民の信頼を得ていくあるいはそういう内容の固まってきている問題ですからね。こういうところから、ほかの各省が施設費とかそれぞれの経費をいろいろ削られていくのと同じようにこの中のものが削られるというのとは少し違うと思うのですね。ただ法律で決めてないだけのことですから、大蔵省の方で削ったのかもわかりませんけれども、この辺はやはりきちっとしたもので要求していただいて、これでも足りないんだ、だけれどもいろいろな事情を考えてここで決めたんだから、こういうものは削るなということを交渉していただいて、固めていただくなり何なりしていただきたいと思います。要求したけれども、要求したものをほかのものと同じように削られてきたということになって、やはり司法問題に対する国民の信頼を得ていくためにも、このあたりがきちっとしておるということが大事ではないか、私はこう考えるわけですが、その辺はいかがですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 最終的に四千八百円を日額上限の額として要求し認められたということでございますが、この金額が拘禁補償の日額上限額として相当な額であると言うことができるかどうかにつきましては、ただいま委員の御意見にもございましたようにいろいろな見方ができるかと存じます。 しかし先ほど申し上げましたように、この金額は従前と同様に、前回昭和五十三年の改正時点以後における賃金、物価の上昇率、さらにはまた、先ほど前田局長が申されましたように、本年度証人の日当額も引き上げられるというふうな事情も考慮して決定されたものでありますこと、さらにはまた、拘禁補償は本人のこうむった財産的または精神的な全損害を賠償するというものではございませんで、抑留、拘禁の結果生じた損害を、公平の観念上国民の負担において一定の限度で補償しようとするものである、こういったこと等からいたしますと、四千八百円という日額上限額もあながち低きに過ぎるものであるとは言い得ないのではないかと考えます。しかし私どもとしては、なお刑事補償の趣旨を十分に頭に置きまして、委員の仰せのような方向で努力をしたいというふうに存じます。
○沖本委員 これは去年の十一月の新聞に出ていたのですけれども、中身を読んでみますと 二十六年間にわたって無実をさけび続け、昨年七月、ようやく再審判決で青天白日の身となった青森市の米谷四郎さんが、国を相手どって約四千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。 訴えの趣旨は、誤った裁判で老女殺しの犯人にされ、長年月の間、ひどい苦しみを受けたが、これは事件当時の捜査官の違法な逮捕、取り調べ、起訴によるものだ、従って国は「国家賠償法」により償いをする義務がある、というものである。 だが、この賠償請求が認められるためには、米谷さんはこれから、当局の捜査に「故意・過失」による不法行為があったことを、一つ一つ法廷で立証していかねばならぬ。むずかしい、根気のいる作業である。その審理には、またまた長い日時がかかることだろう。 米谷さんは、すでに五十八歳である。晴れて無罪となった者は、当然、国から十分な償いをしてもらう権利がある。その「十分な償い」は、もっと簡単な仕組みで受けられるようにできないものか。 現在、無罪が確定した者に対する国の償いとしては、まず「刑事補償法」による補償金がある。これは、いわば無条件に支払われるものである。しかし、この補償は、被告人の座にあった全期間について行われるのではなく、実際に身柄を拘束されていた日数に応じて、一日いくら(現行では千円以上四千百円以下)の割で支払われるだけだ。 だから、たとえば、二十年間、無実の罪を着せられていたとしても、そのうち身柄を拘束されていた期間は三十日で、あとは保釈などで出所していたとすれば、最高額でも十二万三千円の補償しかもらえないことになる。犯人にされたことによる苦痛は、なにも身柄を拘束されていた期間だけに限らない。これは、なんとも不合理な話ではないか。 そこで、長年月にわたる物心両面の損害についての「十分な補償」を受けるためには、別に訴訟を起こして国家賠償法による償いを求めねばならないということになる。時間もかかれば金もかかる。そのうえ、「無罪になったからといって、直ちに捜査、起訴が違法となるわけではない。事件当時の状況では、起訴される容疑が全くなかったとはいえない」などといった理由で請求が蹴(け)られることも、ままあるのだ。 しかし、たとえ法律上、不法行為はなかったとしても、長い間「犯人」として苦しめられたうえ、「別に他意はなかった。かんべんしなさい」というのでは、泣くにも泣けまい。この不合理を解消するためには、刑事補償法を改正して、身柄不拘束の期間についても、相当の補償金を支払うようにすることが必要であろう。 この点についてはいかがですか。
○前田(宏)政府委員 ただいまお読み上げになりましたような新聞記事も承知しておりますし、そういう御議論が前々からあることも十分承知しているわけでございます。 確かに、いまのような観点からいたしますと、もう少し何らかの方法があってもいいのではないかということも言えないわけではないと思いますけれども、同じような御説明で恐縮でございますけれども、刑事補償法は、先ほど来申しておりますように、国家補償のきわめて例外的な形といたしまして公務員の故意過失を問わないで、額はいろいろ御批判もございますけれども、なるべく早く、そういう立証とかいうものを義務づけないで補償金を決めてそれを差し上げよう、こういう制度でございます。したがいまして、よく言われておりますように、特異な形でのいわば定型化された国家補償であるということでございますので、そこは基本にあるわけでございます。 そうしますと、一方国の補償の原則は、先ほどもその新聞記事にもありましたように、国が補償するということになりますと国民の負担ということであるわけでございますから、やはりたてまえとしては、関与した公務員の故意過失というものがある場合に限って補償するというのが基本原則と考えられておるわけでございまして、ほかのいろいろな国の措置によりまして一般の方々に御迷惑をかけた場合でも、御議論はありましょうけれども、そういう基本原則によって従来から来ているわけでございます。 そういう意味ではこの刑事補償は、内容は必ずしも十分でないという御意見はありましょうけれども、そういう基本をいわば打ち破った特異な形のものであるわけで、それがなぜそういう基本原則を打ち破れるかということになりますと、身柄を拘束されたことによっての損害だから、非常に特殊、例外であるから、そういう基本原則を打ち破るんだ、こういうことでございまして、それにさらに加えて御意見のように、身柄を拘束されなくても、非拘禁の者でも、起訴されて結局無罪になったという場合をそれと同列にしてはどうかという御議論も成り立ち得ないわけではございませんけれども、それを取り入れますと、もろもろの国の措置によっていろいろな形での被害をかけた場合との均衡とか、さらにはさかのぼって、いま申しましたような国の補償制度の本質論というようなところにもかかってくるわけでございます。したがいましていわばこの制度は、本来の基本的な考え方を打ち破った特異なものであるという御理解の前提に立ちますと、やはり現在のような形がさしあたってはやむを得ないというか適当であるというか、そういうことにならざるを得ないのではないか、こういうことでございます。
○沖本委員 私は、いま述べましたような扱い方の方が、むしろ調べる方の側に過ちがあった場合は、同じようにそれを十分償わされてしまうということになれば、調べの方も慎重になるし、その調べの方の責任もいろいろ問われてくるということになってくるわけですから、自然と誤認とかあるいは誤った捜査があるとかという面が減ってくるのではないか、そういう点よけいこういうふうな例がだんだん少なくなるのではないかというふうに思います。 たとえがおかしいかもわかりませんけれども、日本の国では警察官が発砲しても発砲した理由なり根拠なりあるいは正当であるか不当であるかということを問われるわけですから、同じように、捜査した場合にも厳しくその面が追及されていく、だから、誤っておったという点がはっきりしてくるとそれ相応の補償をしなければならぬというふうなことが起こってくると、やはりそれなりの捜査官に対する責任を問うということになってまいりますから、当然慎重に、先ほど稲葉さんがお触れになっておったような、ほうり込んでおいてほっておくというようなことがなくなってくるんじゃないか、取り調べがおろそかだというそしりも免れるのじゃないか、こういうふうに考えます。 それと、これからお読みすることとの関連を御説明いただきたいのですけれども、昭和五十年八月二十一日の「被疑者補償規程の運用について」の通達事項ですが、 既に御承知のとおり、内閣から第七五回国会に提出され審査されていた刑事補償法の一部を改正する法律案は、衆議院を通過した後、参議院法務委員会において可決されたものの、参議院本会議で可決されるに至らず審査未了廃案となった。したがって、近く開会が予定されている臨時国会に右法律案が再び提出されるものと考えられる。 ところで、国会における右法律案の審査の過程において一部の議員から被疑者補償規程について十分な運用が図られていないとの指摘があり、その結果、衆議院法務委員会において、「政府は、被疑者補償制度につき、その規程を整備するとともに、その適切な運用を図る所要の方策を講ずべきである。」との附帯決議がなされるに至った。 本省としては、右の附帯決議の趣旨を体し、同規程の適切な運用を期するため、右法律案の成立とともに右規程の改正を行うこととし、その準備を整えていたところであるが、右法律案の廃案により、一時これを見合せ、臨時国会における右法律案の成立をまって行うこととされた。 そこで、右改正に至るまでの暫定措置として身柄を拘束した後、嫌疑なし又は罪とならずとの裁定主文により不起訴処分に付した場合、その他被疑者補償規程第二条に該当すると認められる場合には、必ず補償に関する事件として立件の上、補償の要否を裁定することとされたい。 というふうに通達をされているわけですけれども、この通達をされたことによりどういうふうな変化が起こってきておるかどうか。
○前田(宏)政府委員 当時そのようないきさつがございまして、とりあえずの措置として内部的な運用を定めておったわけでございますが、そのお読みになりました中にもございましたように、法律自体の改正が実現いたしましたので、補償規程もそれにあわせて改正をしたわけでございますが、単に金額の引き上げだけではなくて、ただいま御指摘のようなことも十分勘案いたしまして、被疑者補償規程の手続につきましても改善と申しますか改正をしておるわけでございます。それが現在にも至っておるわけでございますから、その通達はその被疑者補償規程自体の改正までのつなぎでございまして、その後正式に改正をしているわけでございます。
○沖本委員 あと一つは、いわゆる心神喪失によって有罪であった者が結局無罪とされて、それを補償しなければならないという問題に係るわけでございます。私の方からもいま刑事補償法の改正案を提出しておるわけですけれども、この点きょう国会で犯罪被害者に対する給付法案が成立して参議院へ送られたわけで、いわれなき殺しに遭った遺族の方の補償がされることになったわけですが、これも来年の一月一日からということですから、それまでの間に殺された人の遺族は補償されないということでもあるわけです。 それに関連して一番疑問に思っておることは、結局、確かに殺した当人であるけれども心神喪失という規定によって無罪とされた、それに対する補償がされておるということなので、過去にずっとさかのぼってあるわけです。そういう請求があってそれに支払っているということに関して、法務省の方としてはどういうお考えなんでしょうか。
○前田(宏)政府委員 御疑問と申しますかお尋ねの前提は、やはり心神喪失による無罪の場合に補償することが適当ではないのではないかというところからお話が出ておるように思うわけでございます。 これは、これまでもこの法案の質疑を通じまして御議論のあったところでございまして、まあいろいろな見方はあろうかと思いますけれども、現在の憲法の規定で無罪の裁判があったときはとだけ書いてあって、その限定がない。無罪の裁判があったときはとなりますと、現行憲法下における国内法の中でどういう場合が無罪になるのかということになるわけで、そうなりますと、心神喪失による場合もやはりひとしく無罪である、こういう三段論法的な議論から、無罪の裁判があったときという中に心神喪失による場合も当然入ってくるであろう、こういう理解で従来から来ておるわけでございます。それは現行の刑事補償法ができましたときから現在に至るまでそういう解釈で来ておるわけでございまして、この補償法ができる以前のものにさかのぼってやっているわけではないわけでございます。 ところが、いまお尋ねの関連した問題点は、犯罪被害者等給付金支給法による被害者の方々に対する給付金の支給について、この法律の施行後でなければ給付が行われない、これまで過去にそういうお気の毒な立場にあった方々に対してはさかのぼらない、何とかならないかというまた問題であろうと思いますが、これはやはり法律のたてまえといたしましては法律ができた後の問題だというふうに考えておるわけでございまして、さかのぼる、さかのぼらないという議論だけを取り上げますと差異はないわけでございます。ただ、これをさかのぼらせるべきかどうかということになりますと、それは一つの立法論であろうかと思いますが、心神喪失の無罪についての刑事補償が法律の制定前にさかのぼっているということではないわけでございます。 〔委員長退席、中村(靖)委員長代理着席〕
○沖本委員 もう一つ理解しにくいのですけれども、憲法に規定する無罪は結局憲法の規定、精神から解釈しなければならないわけで、無実なのに抑留され拘禁された人を救済するため、無罪判決を受けた人に謝罪の意味で刑事補償をするという規定があるわけであって、事実上犯罪があった、殺しをちゃんとしたというのに、その人に心神喪失で無罪だからといって国が補償しなければならない。現実にいまあったとすれば、殺された方の側は全然補償はないのです。殺した人に補償するというのはどうしても納得できないわけなんです。 ですから、結果的には補償しても最低額で補償しているという点は、やはり司法の立場としてもその辺にこだわって最低額の補償で終わらそうとしているという無理があるのじゃないかと考えるのですけれども、そうであればむしろ改正してしまった方が筋が通るのじゃないかとも考えますし、現実にいままでそういう被害に遭った人あるいはその遺族、そういう関係にある人たちから見れば、これほどむごい内容のものはないと思うのですね。一切補償されない、そして悲惨なところへ追い込まれている。現実に殺された人あるいはその人の家族なり何なりという人たちがおるわけですから、そういう立場から、殺した方の側が国から補償されるというのはどう考えても理屈に合わぬということになるわけで、その辺を改めるお考えはありませんか。何らかの研究をして、そういうことに当たらないように筋が通る、国民が納得するような方法に変えるというお考えはお持ちじゃございませんか。
○前田(宏)政府委員 私どもといたしましても、御意見の実質的なことはごもっともな点があるというふうに申したいところでございますけれども、先ほどもちょっと申しましたように、憲法の四十条の解釈ということで、解釈にはいろいろあり得ると思いますけれども、要するに無罪の裁判ということしか書いてない。従来、無実有実というような御議論があったことも私も聞いておりますけれども、無罪の裁判ということになりますと、先ほど申しましたように心神喪失による場合も入ると言わざるを得ないのではないか。 心神喪失の者でも結局は無罪ということになるわけでございまして、結果論から言えば、その人は拘束されるべきでなかったという意味もあるわけでございます。したがいまして、実際に人を殺しているなら殺しているということはあると思いますけれども、法律的に言えばその人は拘禁されるべきでなかったと言わざるを得ない。そうなりますと刑事補償の面では、いまおっしゃいましたような事情も勘案して裁判所が適正な御判断の上で補償金額を定められるということはあり得ると思いますけれども、補償をゼロにしてしまうということは、憲法の解釈といたしましてはどうも無理ではないかというふうに考えるわけでございます。 たまたま犯罪被害者給付の問題はなかなか立法が進んでおりませんので今日に至っておったわけでございますが、十分であるかどうかは別といたしまして近く制定されるであろうという情勢になっております。確かに御指摘のように、過去の殺された方の被害者の方、これについては補償というか給付がさかのぼらない、現時点だけで見ますとそういうことになりますが、今後の場合で考えますならば、並行的に片方も補償があり片方も給付がなされるということにはなるわけでございまして、確かに無視できないことではございますが、いわば過渡的なことと言えば過渡的なことでもあるわけでございます。 それから、国が二重支払い的な感じになるのじゃないかという御疑問も含まれておるように思うわけでございますが、これも形式論的な制度論でございますけれども、加害者に対して被害者は損害賠償の請求ができるわけでございまして、国が補償なり給付をした場合には、それに代位して損害賠償請求権を国の方が行使できるというような調整もあるわけでございます。 それから、裁判所が御議論を頭に置いて最低線で補償しているのじゃないかという御質問も含まれておったように思いますが、これは裁判所の問題でございますので私から答えるのは適当かどうかと思いますけれども、直ちに疑問があるからということではなくて、御指摘のような事情を勘案して、国民感情等も勘案して余り多額な補償金を払うということはやはり納得を得られないであろうということは確かに入っていると思います。
○沖本委員 前の川井刑事局長も、健全常識から見て非常識であるという答えをしておられるわけですね。ですから、それに対して裁判所の方も最低額の補償というふうに聞いておるのですけれども、その辺に対する裁判所のお考えはどうなんですか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 ただいまの御質問につきましては、先ほど前田局長が答えられましたように、やはり憲法の解釈ということを頭に置きますと、現行のたてまえというものは相当なたてまえではないかと思います。ただ現実の補償金額決定につきましては、先ほどおっしゃいました非常識というふうな趣旨も含めて最低の額で決めていくという例が多いように思われます。
○沖本委員 「責任無能力無罪の者に対する刑事補償事例」というのをいただいたのですけれども、五十年から五十四年までの間に大分実例はあるのですね。 罪名としては殺人未遂、銃砲刀剣類所持取締法違反、無罪理由としては覚せい剤中毒症状の被害妄想で、刑事補償金額が五十三万一千円、これは五十一年の徳島地裁の例ですね。それから水戸地裁では、殺人未遂、偏執性嫉妬妄想で三十六万四千二百円、日額六百円、これは五十一年一月三十日に決定しているわけです。五十二年の例では東京高裁で、傷害致死、アルコールによる病的酩酊で百六十一万八千円。こういう例で、五十年から五十四年まで合計しますと千五百五十万七千円刑事補償をしておるというふうになっております。たとえば福岡地裁では、殺人、精神分裂病で日額二千二百円、これは五十二年九月十二日に決定しておって、補償額が百三十七万五千円、こういうことなんですね。 それで、殺された方の遺族の人たちは、一家の柱が殺されて、きょう決まった内容は八百万円です。これもいままでの人は何ももらってないことになるわけです。こういうものを並べてみて、どうしても納得できないですね。納得できないことを司法当局でおやりになるということは国民自体が納得できないことであり、憲法の上だからいたし方がないと言われても、これは非常に困ることだと私思いますけれども、法務大臣、いま申し上げたことに対してどういうふうな御感想ですか。
○倉石国務大臣 本日の委員会であなたからこのお話を提示されるということでございまして、われわれも部内においていろいろ相談をいたし研究いたしました。その結果を先ほど刑事局長からお答えをいたしたような次第であります。
○沖本委員 いま責任を追及とかなんとかいうことではないのですね。いままではたてまえ上お立場で御説明になっていらっしゃるだけだと思うのです。 最近よく言われますように、六法全書にだんだん数が多くなってきて要らないものがいっぱいある。だから、むしろその中から要らぬものは抜いて改めた方がいいということになり、その辺からいろいろ議論が起こっていまに至っているわけですから、そういう点からいくと、不必要なものはやはりわれわれの感覚に合うように改めていただくことが大事じゃないかと思うのですね。 そういう意味から、こちらも防止するための法案を出したわけです。ただ、そのことを成立させようという意味合いで申し上げているのではなしに、余りにもこれは社会常識に欠ける内容になって逆さまですからね、どうしてもこれは改めてもらいたいということになるわけです。ですから、この辺はやはり十分研究していただいて、何かの形で速やかに改めるように努力をしていただきたい、こういうふうに私考えるのですが、刑事局長いかがですか。
○前田(宏)政府委員 私どもも、なるべくならば社会常識に合うようにしたいと思いますし、別に従来こうしていたからということでこだわっているつもりはないわけでございます。 しかし先ほど申しましたように、無罪の裁判という一言でございますが、その中には心神喪失による無罪も当然と言えば入ってくるわけです。心神喪失による無罪ということになった人は、やはり結果論から言えば、やったかやらないかということは抜きにいたしまして、刑事手続の面で考えますと身柄を拘束されるべきでなかったということにおいてはそれを否定するわけにはいかないということに、どうも形式論かもしれませんけれどもなるわけでございまして、憲法の解釈を限定的に考えるということはなかなか困難ではないかというふうに申し上げるほかないわけでございます。
○沖本委員 犯罪被害者の給付法ができて来年一月から実施されるわけですけれども、それが実施されれば殺された方の側も形の上では補償されるし、殺した方の側もいわばいままでの補償制度があるということで見合うことは見合うわけなんですけれども、いかに見合うにしたって、殺した人が補償されるというのは、先ほど刑事局長がお述べになった理由はあるにしましても、これは明らかに不合理であるということが国民の目にちゃんと映るように何らかの形である程度の方法を加えていただくことが大事だと思います。 裁判の記録からいきましても、裁判所の方も最低限のぎりぎりのところでしか認めないという形でもあるわけです。それと同時に、こういう法律があるからということで堂々と請求してくるという点もあるわけですけれども、請求したからといってその人をつかまえて、おまえさん非常識ですよ、引っ込めなさいということも言えないわけです。ですから、やはり頭からよくないことだというふうになるような形に改めていただくことの方が大事な問題じゃないか、私はこう考えるわけです。これからの御研究に私たちは期待するわけですけれども、その辺を十分御配慮いただきたいわけです。 以上できょうは終わります。残った分は同僚議員の方へ回していただきます。
○中村(靖)委員長代理 木下元二君。
○木下(元)委員 午前中からこの刑事補償法の問題点をめぐって論議がされておりますので、なるべく重複を避けて簡単に質問をいたしたいと思います。 私も、今回の刑事補償法改正によります補償金額の引き上げははなはだ不十分だと思います。抑留、拘禁等による補償金の日額上限を四千百円から四千八百円に引き上げるという点でありますが、確かにこれは一七%増ということで一定の改善ではありますが、それでも今日の国民の平均賃金八千九百四十九円にはるかに及ばないわけであります。平均賃金の約五割強というレベルであります。前の答弁によりますと、当初概算要求をしましたときは一日六千円とお出しになって要求をされたということでありますが、二年前にこの法律が改正されましたときも同額六千円であります。二年前と同額というのは、私はどうもよくわからないわけであります。物価も賃金も上昇をいたしておりますのに、二年前と同じ六千円で要求をしておる、これはどういうことでありましょうか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 御指摘のとおり、二年前昭和五十三年の改正の際の概算要求額は日額の上限を六千円ということで大蔵省に要求いたしました。 その際の数字の根拠でございますが、先ほど申したと同じような積算の形式によるわけでございますけれども、賃金、物価等の上昇率等におきまして、今回の場合とその数字が違っております。結論的には同額六千円ということでございますけれども、そういう理由によって結果的には同額になっておる、こういうふうなことでございます。
○木下(元)委員 ちょっと私、前の答弁はよくわかりませんが、二年前も六千円、今度も六千円。物価、賃金は上昇しておるじゃないか、しかるに前と同じ六千円というのはどうしてかということを聞いておるのです。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 先ほど、本年度の概算要求六千円の根拠といたしまして、五十三年における労働者の平均賃金日額七千円、それとの対比において補償日額の上限を五千円というあたりが相当ではなかろうか、その五千円について、その後の昭和五十四年、五十五年の賃金、物価の伸びを勘案いたしまして六千円という数字を出した、このように説明いたしました。その前の五十三年の改正のときの数字でございますけれども、これは五十二年の八月に概算要求をしておるわけでございますけれども、その際には四十九年における労働者の平均賃金日額あるいは四十九年以後五十年、五十一年、この間における賃金、物価の上昇率、こういったものを勘案いたしまして、その積算の結果が六千円、こういうことになったわけでございます。
○木下(元)委員 どうもその説明ではわからぬですね。五十三年のときに物価、賃金を基礎にして六千円という数字を出した。それから五十三年以降物価、賃金は上昇しているのでしょう。これはもうだれの目にも明らかですね。その上昇した物価、賃金を基礎にして今度の分が出た。そうすれば、当然前よりも、六千円よりももっとアップされた額が出るのではないかと思うのですね。それが同じ額だというのはおかしいではないかと聞いているのですよ。
○前田(宏)政府委員 予算の折衝は最高裁の方で行っているわけでございますが、法案提出をいたしております法務省の立場で私なりに理解しておりますことは、その前提として予算要求は八月末にやるわけでございます。その作業はまたそれより前に行われるわけでございまして、実際に予算が決まりますのは、その年の年末あるいは年を越してからということでございますので、半年ぐらい違うわけでございますね。 そこで、いまの御質問に対しての私の理解は、五十三年当時やはり夏の時点で一応六千円ということで要求をしたけれども、査定といいますか予算決定の段階、半年ぐらいおくれた後の段階では四千百円ということに落ちついたわけでございます。というのは、その賃金なり物価なりの正確な見通しが立ちまして四千百円ということになったわけでございますので、平たく申しますと六千円という要求はそこで御破算になって、やはり四千百円というのが合理的であっただろうということで、そこからまた出発いたしまして、では今回どうするということになりますと、これもいまと同じようなことで見通しがはっきり立たない時点で六千円というもので、大づかみという言葉は適当でないかもしれませんが要求しておって、それがしばらくたちました最終の段階でいろいろと賃金、物価の指数等もできまして、そこで四千八百円という数字に落ちついた、こういうことではないかというふうに理解しております。
○木下(元)委員 その点はこだわりませんが、二年前に六千円の要求をしたのだから、今度物価も賃金も一層上昇した今日において概算要求としてする場合は、やはり前と同じ額ではなくてもっと以上の要求をしてしかるべきではないか、こういうふうに思うのです。それは結構です。 いずれにいたしましても、私は六千円でもこれは少ないのではないかというふうに思っております。第一に、この制度が発足をいたしました当時と比較をしましても、その当時の賃金との格差というものが大きく開いてきております。当初この補償金は二百円から上限は四百円でありました。これに対して、勤労統計調査総合報告書によりますと、労働者の一日当たり賃金は二百九十四円であります。二度目の改正が三十九年に行われております。このときは補償金は四百円以上千円でありました。そしてこのときの労働者の一日当たり賃金は千百九十二円であります。ですから、大体このころまでは補償金は賃金日額とほぼ照応しておりました。つり合っておりました。 その後だんだん差が開いてきたわけですね。補償金は上限が賃金の約半分という状態になっているわけであります。抑留、拘禁されることによりまして、当然その期間は少なくとも働くことができなくなるわけであります。その逸失利益、これはもちろん個々によって違うわけでありますが、通常は労働者の一日当たりの賃金というものが補償されなければならないと思うのですね。この最大限賃金の五割強ぐらいしか補償しないという根拠というものは、私はどうも考えにくいと思うのです。この点はいかがでしょうか。
○前田(宏)政府委員 御指摘のとおり、過去の時点におきましてはこの補償金額の日額と平均賃金とが、たまたまという言葉がいいかどうかわかりませんが、おおむね合致しておった時代があったわけでございます。 それに比べますと、現在はその限度においては差があり過ぎるではないかということはごもっともだと思うわけでございますが、繰り返して申しておりますように、刑事補償という制度の本質といいますか基本的な考え方が損害の全部を補てんするということではなくて、そうなりますと、やはり国家補償の基本原則に立ち返って担当者の故意過失というような問題が要件になってくる。しかし、この刑事補償の制度ではそういうことを問わないで、いわば定型的な補償をする。ここが基本的に違うのだろうと思います。 したがいまして、逆にまた違いと申しますと、実際に賃金収入を得ている方であろうとなかろうと補償をする、こういう面も反面あるわけでございまして、その逸失利益をそのままストレートでまるまる補償するということになりますと、やはり国家補償の基本の方の問題にも関係してくるように思うわけでございます。 〔中村(靖)委員長代理退席、委員長着席〕 ちなみに、そういうことが裁判の事例で問題になりましたことがございまして、高等裁判所の抗告事件についての判断でございますけれども、その中で、この刑事補償金の交付はいわゆる生活費の補償ではない、したがって賃金の額をもって当然に補償しなければならぬものではないというような議論といいますか裁判もなされていることもありますので、つげ加えさせていただきます。
○木下(元)委員 この刑事補償法の四条の二項によりますと「本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、精神上の苦痛及び身体上の損傷」をも考慮して補償金額を定める、こういうたてまえになっておるわけであります。単に逸失利益というだけでなくて、財産上の損失とかあるいは慰謝料、こういうものも考慮をする、こういうたてまえであります。 だから、つまり労働者の平均賃金にさらに慰謝料その他を加えたものを補償をする。もちろん、個々に補償される具体的ケースによってこれはいろいろありましょう。しかし、たてまえはそういうたてまえであります以上、やはり私はそういったことを加味したものを最高額として考えるべきではないか、こう思うわけであります。これが刑事補償法の本来の趣旨であります。にもかかわらず、この平均賃金の五割強にしかアップされない。どうも私は不十分ではないかと思います。今度の改正は幾らかの改善でありますから反対は考えておりませんけれども、今回はともかく、私は、この刑事補償法の本来の趣旨にのっとって抜本的な引き上げを考えていただきたい、検討していただきたい、こう思うのでありますが、いかがでしょうか。
○前田(宏)政府委員 この法律によります補償の内容の充実と申しますかそのことにつきましては、私どもまた最高裁当局におかれましても努力すべきことは当然であろうと思いますけれども、その前提といたしまして、先ほど刑事補償法の条文を御引用になりましたが、これは現行刑事補償法のたてまえの中で一定の幅があるわけでございますから、その日額の幅の中で金額を決める場合の要素として、こういうもろもろの要素を裁判所は考慮すべきである、こういう趣旨でございまして、その全部について補償するということまでは言っていない。 どういうふうに申したらよろしいかと思いますが、そういうもろもろの要素があるので、それを全額いわば実質的に補償するということになりますと、先ほどのような基本論になるわけでございます。したがって、その人によりましていろいろといわゆる被害があるわけでございますが、それをぐっと圧縮した形で、とりあえず故意過失を問わず定型的な形でこの刑事補償法による補償金を支給する、その圧縮された補償の内容としては、全体の被害のいわば圧縮された形になるわけでございますので、その中での要素としていろいろなことを考えるべきである、こういう趣旨で少なくとも現行法はできているのではないか、こういうふうに存ずるわけでございます。
○木下(元)委員 前回の改正のときも、これはわが党の安藤委員の質問に対して、刑事局長は抜本的な検討をしてみる必要を否定しなかったのであります。たとえば西ドイツのように上限を書いていないところもある、そういう国の運用の実情なども十分調査研究して、しかるべき措置をとりたいという趣旨の答弁をしております。だから私はこういう質問をするわけであります。 いまの答弁を聞いておりまして私感じますのは、国家賠償法がある、そして刑事補償法がある。その刑事補償法というものは、これはいろいろ損害があるだろう、その損害の一部を補償すれば足りる、とても全部を補償するというたてまえになっていない。それは国家賠償法との兼ね合いで言っておられると思うのでありますが、刑事補償法の条文をずっと検討しましても、言われるようにそういうふうな刑事補償法というものは一部の補償だなんという根拠というのはどこから出てくるのでしょうか。私はそういうふうに考えないのです。もちろん幅というものはあります。だから上限と下限が置かれておる。しかし、やはりこうむった損害の賠償というものをできる限り補償してやる、これが補償法の趣旨ではないかと思うのです。それはもう一部でよろしい、別に国家賠償法があるから、こういうふうな根拠、言われるような根拠はどこにあるのか、これを聞きたいのです。
○前田(宏)政府委員 私も一部でよろしいというような意味で申したつもりはないのでございますが、仮に額がもっと上がりました場合でも、そういう意味でも一部になることはあるだろうということを申したわけでございます。 その額が現在御指摘のように低過ぎるではないかということから、いかにも一部が——ほんの一部といいますかそういう感じが強いわけでございますが、仮にもう少し引き上げられました場合でも、今度は五割であるとか六割あるいは極端に言えば九割であるとかいうことになるかもしれませんが、全額を補償するということになりますと、やはり基本の方に立ち返って故意過失というものが議論されてくることになるのではないか、そういうことを申したわけでございます。 たとえば御指摘の西ドイツの法律でございますが、若干研究もいたしたわけでございます。それによりますと、先ほどもちょっと他の委員のお尋ねについて申したところでございますけれども、西ドイツの例で見ますと、財産的な損害に対する補償分と非財産的な損害に対する補償分と二つに分けておるようでございまして、非財産的損害については全一日につき十ドイツ・マルクというふうに定額制になっております。ところが一方、財産的損害に対する補償の分は立証された損害が五十ドイツ・マルクを超えるときにのみこれを行うという規定になっているようでございまして、その規定から見ますると、損害額が立証されなければならないということになっておるわけでございます。 これでも現行法に比べれば有利であろうかと思いますけれども、これはやはりわが国の刑事補償制度と基本的な考え方が違うのじゃないかというふうに思うわけで、そのことについて抜本的にこの補償制度を考えなければならない、これは私どもといたしましても、従来これで来ているからこのままでいいんだとは申しませんけれども、繰り返して同じようなことで恐縮でございますけれども、現在の刑事補償法が定型的な補償制度、つまり故意過失を問わずまた内容もいろいろなもろもろの要素を頭に置きながら、一定の幅の中ではありますけれども、いわば定額制に近いような補償をする、こういうたてまえをとっているわけでございまして、その事の当否というものはもちろん検討しなければならぬと思いますけれども、全体の法制、国の補償制度のあり方ということの基本にかかわる問題でありますので、私どもだけの問題でもないという点もございまして、広く検討しなければならないと考えております。
○木下(元)委員 国賠の場合は故意過失がある場合である、これはわかるのです。刑事補償は故意過失の有無にかかわらず補償という問題が起こるということであります。しかし、故意過失がある場合は国賠でいくのであって刑事補償はないのかというと、そうではないのですね。故意過失がある場合それから故意過失がない場合、両方とも刑事補償の問題であります。だから、確かに刑事補償というのは故意過失を前提にして補償をさせる、そういう仕組みではないわけでありますが、故意過失がある場合についても判断をするという仕組みになっているわけですね。 四条二項によると、補償金の額を定めるには、拘束の種類及び期間の長短などの点とともに「警察、検察及び裁判の各機関の故意過失の有無その他一切の事情を考慮しなければならない。」とうたっておるわけですね。きちんと明文で、故意過失について判断せよ、こう書いてあるわけですよ。つまり、刑事補償法は国家機関の故意過失の存在を前提にしてないわけでありますけれども、その有無等について考慮すべきことを、それを補償金額を定める一ファクターとしておると思うのです。だから、故意過失のない場合でも補償をいたします。もちろんその場合は金額は低いでしょう。しかし故意過失のある場合はそれをしんしゃく考慮して額を決める、こういう仕組みになっているわけですね。そのことは理解を共通にするのでしょうか、いかがですか。
○前田(宏)政府委員 ただいまおっしゃいましたように、その金額を定める場合の一つの要素として考慮することはそのとおりでございます。
○木下(元)委員 だから、刑事補償法では故意過失のない場合だけ補償するとかあるいは故意過失の有無を全く度外視をして額を決めるとかそういうことならば、これは国賠に比べて金額がより低くなる、故意過失分だけ低くなる、こういうことになると思うのです。 しかし、そういう制度になってないと思うのです。故意過失のない場合も補償をするという点でこれは国賠とは違いますが、故意過失のあるときはそれをしんしゃくして額を決める、こうなっているのですね。ですから、その点で言いますと、理論上は国賠で認め得る賠償額を刑事補償で認め得るとしてもよいわけであります。刑事補償の上限を常に国賠よりもずっと低くしなければならない、こういうふうな根拠というものは私全くないと思うのですよ。いかがです。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの点は、基本的な物の考え方といたしましては御指摘のとおりかと思いますけれども、この二項にありますことは、先ほどもちょっと触れたかと思いますが、まず一項で金額の上限、下限が決められておるというのが前提でございまして、その前提の枠の中で上の方あるいは下の方ということで決まってくるわけで、その場合の判断要素としてこういうものを考えろということでございまして、前提が違うという言い方が適当かどうかと思いますけれども、いまおっしゃいましたようなことはそういうことではなくて、刑事補償法の基本の考え方として、およそ故意過失があった場合についてはそれを全部見て、その実損額を全部補償すべきである、こういう考え方でありましょうと思いますし、現行法の二項は一項を受けての規定でございますから、同じような表現といいますか言葉が出てまいりましても、その意味合いといいますかそれは違うのではないかというふうに思います。 なお、私が申しておりますのも、故意過失の有無を問わず補償するのがこの法律だということでございまして、そこで補償するということが決まった場合にその枠の中で、適当な言葉かどうかわかりませんが、圧縮された補償金の額の中でいろいろな要素を考えるということであろうと先ほど申しましたのも、そういう趣旨でございます。
○木下(元)委員 ちょっと観点を変えますが、この刑事補償手続が個々の請求に対してどういうふうに進められておるかという実際の実務の問題でありますが、これはいかがでしょうか。簡単で結構です。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 その前に、先ほど私お答えしました中で、前回の要求額を算出するに際して四十九年の賃金それからその後の物価上昇率というふうなことを申しましたが、あれは五十一年の賃金という誤りでございますので、まずこの点を訂正させていただきます。 次に、どのような手続で刑事補償金額の決定がなされておるかということでございますが、刑事補償の請求を受けた裁判所におきましては、申立書の記載、検察官及び請求者の意見を、多くの場合これは書面によるものと思われますが考慮いたします。また、本案につきましての公判審理の過程にあらわれました刑事補償法四条二項、先ほど来御議論の各事情を考慮いたしまして、いわゆる書面審査のみで決定されるのがほとんどであるというふうに思われます。
○木下(元)委員 六条によりますと「補償の請求は、無罪の裁判をした裁判所に対してしなければならない。」とあるわけでありますが、この裁判所というのは当該刑事事件を担当した受訴裁判所という意味でありますか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 これは国法上の裁判所であるというように解釈されております。もっとも、裁判所内部の事務分配におきまして訴訟法上の裁判所に事件を配点していく例が多いのでございます。
○木下(元)委員 国法上の裁判所であるけれども、実際上は当該刑事事件を担当した、つまり無罪の判決をしたその裁判所がやっておるということですね。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 仰せのとおりでございます。
○木下(元)委員 それで私は思うのですが、その書面でやっておるということはわかりますが、結局、刑事事件の一件訴訟記録、それはあるわけですね。 その一件訴訟記録というものはいろいろ証拠が出ております。証人尋問調書あるいは書証、証拠物、それもいわゆる厳格な証明手続によって選択された証拠であります。そういうものに基づいて審査を行うということでありますから、これは書面で簡単にやるということが趣旨でありましょうけれども、正確な判断というものは十分期待できると思うのですね。しかも、その刑事裁判としてみずから行った事実審理に基づいて判断できる、こういうことであります。しかも、必要に応じてさらにこれは任意に事実調べを行ってもよろしいわけであります。そういうことで私は、刑事補償というものは迅速性ばかりではなく正確性も十分担保されておるのではないかと思います。そういうふうに解してよろしいでしょうか。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 おっしゃいましたように、先ほど申し上げたような各般の資料に基づいて、各裁判所においては慎重に正確を期してやっておると思います。
○木下(元)委員 ですから、その刑事補償の請求を受けた裁判所は、つまり無罪判決をした刑事裁判所でみずから事実審理を行っているわけですね。それに基づいて、たとえば警察あるいは検察庁の故意過失が認定できるという場合はかなり多いと思うのですね。そういう場合に、その点も含めてその裁判所に考慮、判断をさせるということは非常に合理的ではないかと私は思うのです。 ところが、その場合に金額の上限を抑えられておりますと、つまり上限がずっと低いと、その上限の範囲でしか決められない。その捜査当局の故意過失を認定した上で、これはたとえば日額が八千円の損害が相当であると考えられても、上限があって最高四千八百円しか認定できない、こういうことになるわけであります。不服があるなら国賠でいけ、これはいかにも不合理な感じが私はするわけであります。せっかくこういう刑事補償手続というものがあるわけですから、これを十分使いこなして、そして簡易迅速になればこれが非常にうまく使えるのではないか、こういうふうに私は思うのですよ。この点いかがでしょう。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 ただいまの点につきまして、故意過失の認定も含めて四条二項所定の諸般の事情につきましては、先ほど申し上げました資料の中で判断できる限度で正確に慎重に判断をしているわけでございますけれども、さらに国賠の訴訟の時点で認定されると申しますか、国賠の時点で取り上げられますような証拠まで刑事補償の裁判に当たる刑事裁判所として十分な資料を徴収するという状況にはございませんので、先ほどの資料の範囲内でできる限度で金額の裁定についてそれをしんしゃくしていく、こういう運用であると思います。
○木下(元)委員 国賠の方がいかにも証拠がたくさん集まるように言われますが、私はそうではないと思いますよ。 国賠の場合だって、結局無罪の判決をした裁判所の訴訟記録というものが基礎になるわけでしょう。その訴訟記録を国賠を担当する裁判所は新たに一からもう一遍読み直して、しかもその記録の上でそれを検討するということになるわけですね。そうでなくて、無罪の裁判をした裁判所はもう数年間にわたってずっと裁判をやってきて、実際に直接審理と申しますか、その事件の背景なり捜査当局の態度なり、あるいは落ち度があったかどうか、故意過失があったかどうか、そういうふうなことまでもよく調べられておると私は思うのですね。だから合理性という点から言うと、新たに一からもう一遍国賠で全く初めての裁判官がやるよりも、その刑事裁判をして無罪を出した裁判官がやる方がずっと迅速に簡易に合理的にやれる、そのことを私は聞いているのですよ。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 御質問の御趣旨は、拘禁等によって生じた損害について極力刑事補償で賄うようにすべきではないか、またそうすることが可能なのではないかという御趣旨であり、また刑事補償によって財産上の損害、精神的損害をすべて補償する、そういう方向で考えるべきではないか、こういう御趣旨のように承りますが、そのような考え方も確かに一つの考え方であるとは存じます。 ただ、その場合問題となりますのは、先ほど来繰り返し述べられていることではございますけれども、現在、国家機関の故意過失を要件とせず、しかも補償額が定型化さてれておりますので、無罪の裁判が確定すれば迅速にとりあえず一定の額を補償し、なお個々的な事情がある場合には国家賠償という方法で対処する、こういう二本立てになっておるわけでございます。御指摘のような方法によりますと、刑事補償の請求を受けた裁判所が個々の具体的事案につきましてやはり大変な事実調べなどを行い、国家機関の故意過失の有無あるいは本人の受けた損害額等を厳密に認定しなければならないということになろうかと存じます。そうなりますと、結局補償決定をするまでに相当の長期間を要することになる。身柄拘束を受けた後無罪となった者に対する補償を迅速に行おうという現行の刑事補償のメリットが失われるということにもなろうかと思います。したがいまして、先ほど来お話しのような制度を採用することの是非につきましては、やはり十分慎重に検討することが適当だろうというように考えます。
○木下(元)委員 余り議論をしませんが、私は、無罪を出したその裁判所がもう一遍国賠のような裁判をやれというようなことを言っているのでは決してないのですよ。もっと十分損害額について認定判断できるような幅を持たしてやったらどうか、そういうことを言っているのですよ。 私、質問をちょっと変えますが、これは前にも言われておったと思いますが、刑事訴訟手続で無罪となった者が国賠で請求してきた事例、これは最近どのぐらいに上るでしょうか。四十五年以降五十四年末の十年間で結構です。
○前田(宏)政府委員 最近の十年間、四十五年から五十四年までの数字でございますが、刑事訴訟手続で無罪になりました者から提起された国家賠償事件は、全部を把握しているわけではございませんが、当局で把握しておりますものが七十九件でございます。 その中で、これまでに裁判が確定いたしましたものは四十一件でございまして、さらにその内訳といたしまして、請求が認容されたものが二件、請求が棄却されたものが三十三件、それから請求を取り下げましたものが六件、本年の一月現在でまだ未済といいますか裁判が係属中のものが三十八件あるわけでございます。
○木下(元)委員 その三十八件のうちには、一審判決があって、その一審判決で認容になったケースというのも相当数あるのでしょうか。
○前田(宏)政府委員 係属中のもの三十八件でございますが、そのうちで一審に係属中のものが三十件、控訴審に係属中のものが七件、上告審に係属中のものが一件という内訳になっておりまして、その控訴審で係属中のもの七件のうちに二件が一審で国側が敗訴したもの、こういうことになります。
○木下(元)委員 全部で七十九件ということを言われましたが、そのうち刑事補償を受けて訴訟を起こしたというケース、件数は幾らでしょうか。
○前田(宏)政府委員 大変申しわけありませんが、そういう両面からのかみ合った調査を実はしておりませんので、現在のところでは判明しておりません。
○木下(元)委員 国賠訴訟の一審の係属期間は平均どのくらいでしょうか。
○前田(宏)政府委員 全体的な期間は全部把握しておりませんが、ちなみに、先ほど認容された二件がございましたので、それだけはとりあえず調べておりますが、一件の方は実は判決までいきませんで請求の認諾という形で終結しております。これが、そういうこともございましたので大変短期間でございまして約三カ月ということで終わっておりますが、もう一件の方は一審が約三年かかっております。
○木下(元)委員 この刑事補償において上限が低い額で抑えられるということになっておるわけでありますが、そういうことをなくして国賠並みに損害額の認定ができるということになれば、私は、刑事補償手続で終了するケースというのは相当ふえるのではないかと思うのです。国賠までいかずに終わる。刑事補償額が非常に低い額で抑えられておるから国賠訴訟を起こす。これはどのくらいの人が国賠を起こすのかどうかよくわかりませんけれども、まあ相当数が起こす。起こせない人も相当おるわけであります。起こせない人というのは、結局満足しておる人というのは私はそういないのじゃないかと思う。これは非常に低い額で抑えられておるわけでありますから国賠で争いたいけれども、いままで裁判やってきてまた国賠の訴訟ということになると、裁判をやるということは大変なことであります。費用も要ります。もうとても大変だということで、まあ泣き寝入りのような状態でおさまってしまう、こういう人が多いわけであります。 だから、こういう低い上限を抜本的に引き上げるかあるいはなくせば、国賠というものは相当減るし、そしてまた刑事補償で満足される方々も多くふえるわけであります。しかも、この国賠で争うということは非常なエネルギーを要します。これは国側はもとよりでありますが、原告側も大変な苦労であります。これはもう私弁護士の経験から言いましても、裁判ことにこういう国賠というような裁判を起こすということは、それは本人にとってみますと一つの事業を起こすようなものであります。お金も要るし、また精神的にも大変なことです。で、国賠で長期間争って結論ということになるわけでありますが、私は、できることなら、訴訟経済上から言いましてもこういう訴訟というものはなるべくなら避けて解決できることが望ましいと思うのですね。 だから、私がずっと指摘をしておりますのは、こういう刑事補償手続において仕組みをひとつ改めて、これはその仕組みを改めると言いましても、何もいまの法律制度をそんな、金額以外に改正する部分は私ないと思います。金額だけ上限を変えればいいことであります。あるいは上限をなくすればいいことであります。それを改めて国賠並みの判断ができるあるいは少なくとも国賠に近い線の判断ができる、そういうふうにすることが必要ではないか。そうすれば非常に国賠の裁判もなくなるし、国も助かるし、また関係者も助かる、こういうことだと私は思うのですよ。 ですから私は、この問題はひとつ裁判所も法務省もぜひ本腰を入れて取り組んでいただきたい、検討してもらいたいと思うのです。ただ二年か三年に一回賃金や物価に合わせて幾らかずつ上げるということではなくて、そのあり方をも含めてよく検討いただきたい、こういうふうに思うわけであります。ひとつ大臣の方からも答弁をいただきたいと思います。
○前田(宏)政府委員 御趣旨はそれなりに理解いたしておるつもりでございますが、ただ、いまのようなお考えに立ちました場合には、金額を上限をなくすあるいはもっとずっと上げるというだけではどうも済まないような気がするわけでございまして、やはり手続的な面での改正も必要ではないかというふうに考えるわけであります。 確かに、委員のおっしゃいましたような面からいたしますと便利な面が多いように思いますけれども、広い意味での国家賠償でございますので、その金は国民の負担でもあるということも基本にあるわけでございます。そうしますと、職権手続だけで果たして——現行の刑事補償法はいわば職権主義でございまして、裁判所だけの判断でといいますか、もちろん資料等は十分御検討の上ではございますけれども、原則的には職権主義でおやりになるわけでございますが、やはり民事的な訴訟ということになりますと、そういう簡便な手続だけで果たしていいものかどうか。 つまり、国側の反証ということも一つの問題であろうと思いますし、それが国民の負担につながるという意味において国の立場というものもそこに反映されなければならないということになるのじゃないかと思いますので、そういう手続になりますと、先ほども最高裁の方からお話ございましたが、比喩的に申しますと刑事裁判所で民事裁判をやるというようなことにもなるわけでございますので、直ちにその金額の点だけの改正では済まないような気もするわけでございます。 ただ、基本的な物の考え方はいろいろあると思いますが、この制度の全般的な充実という意味におきまして、いまの御指摘の点も抜本的な、基本的な問題という意味においてなお検討を続けたいと思います。
○柳瀬最高裁判所長官代理者 先ほどもお答えいたしましたが、御趣旨の点は十分に踏まえますけれども、なおおっしゃるような制度の採否につきましては十分慎重に検討されるべきであるというように考えます。
○倉石国務大臣 今回の改正につきましては、いまもお話しのとおり上限の問題でありますが、これは担当者がそれぞれ大変な努力をいたしましてこういうことになったのはもう御存じのとおりであります。しかし、経済情勢の進展に伴ってできるだけ改善をしてまいるようにわれわれは努力いたしたいと思います。
○木下(元)委員 もう一点聞きますが、被疑者補償規程の問題でありますが、これは五十年に改正になっております。 幾つか改正点はありますが、そのうち一、二点聞きたいのであります。二条におきまして「抑留又は拘禁を受けた者につき、公訴を提起しない処分があった場合において、その者が罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときは、」「補償をするものとする。」とあるわけであります。これは以前は「補償をすることができる。」とあったのを「するものとする。」と改めました。それからもう一つ、その不起訴の理由が「罪とならず」「嫌疑なし」である場合等のときに、検察官は職権で補償に関する事件の立件を行うことになりました。 この二つでありますが、この「補償をすることができる。」というのを「補償をするものとする。」と改めたのは、これは補償しなければならないという義務規定と解していいのでしょうか。それからまたこの立件手続は、これも義務的に行うべきものというふうに読んでよいのでしょうか。
○前田(宏)政府委員 結論的に申しますと、御指摘のように御理解をいただいてよろしいわけでございますが、若干補足をいたしますと、改正前の二条におきましては、「できる」ということでいわば裁量でございましたのを「ものとする」ということに改めたわけでございまして、その実質は、こういう場合には補償をするんだということを確定的にしたわけでございます。「ものとする」ということと「しなければならない」ということとの違いのようなことが起こるわけでございますが、これは法律と違いまして法務大臣の訓令ということでございますから、いわば内部的な基準の設定といいますか運用の根拠といいますか、そういうものを決めたものでございますので、対国民の関係ということでもないわけでございますので、そういうニュアンスもございまして「ものとする」という表現になったことと、それから一部または全部をしない場合がございます。四条の三になっておりますが、そういうこともありますので、たてまえとしては義務的にするんだという気持ちを含めまして、このような表現になったものと御理解をいただきたいわけでございます。したがいまして、この二条に当たりまた四条の三に当たらない場合には当然するという結論に相なるわけでございます。 それから四条の立件手続は、これはもう言葉のとおりでございまして必ず行う。これも部内のことでございますから、こういうことでこういう場合には行うのだよということをはっきりしたわけでございます。
○木下(元)委員 それから、補償の全部または一部をしないことができる場合としまして、四条の三というのが設けられました。その四条の三の三号、四号というのがあるわけでありますが、特に四号について聞きたいのであります。「特別の事情が認められる場合」その場合にはしないことができるということでありますが、その特別の事情というのはどういう場合でしょうか。
○前田(宏)政府委員 これはいろいろな場合が想定されるということで、補償の一部または全部を行わないことが適切妥当であると申しますか、そういう場合があり得るだろうということで、そういうことをおもんぱかって包括条項的に規定したものでございまして、一つの例といたしましては、犯人たちが実際に麻薬でないものを麻薬だと思い込みまして取引をした、ところが、その鑑定の結果等によりまして、麻薬でないというか麻薬であることが確定できないといいますか、そういうことで実際には起訴に至らなかった。ところが本人たちの認識は麻薬と思って堂々と売買をしたというようなことになりますと、どうも国民感情といいますか正義感といいますか、そういうことから見て適当でないんじゃないかというのが一つの例でございますし、また想定される例といたしましては、賭博の現場で現行犯として逮捕された。それはそれなりの状況があって逮捕したわけでございましょうけれども、よくよく調べてみたらば、もう少しでやるところだったんだけれどもまだ手をつけていなかったということで、究極的には起訴に至らなかったというようなことになりますと、もうやったも同然というような実態でございますので、そういう場合までやるのはいかがかというような例を頭に浮かべまして、特に例外の場合として一部または全部をしない場合も残した方がよかろう、こういうことでございます。
○木下(元)委員 特にその点を聞きますのは、「特別の事情が認められる場合」というのがどうも拡張解釈をされるようなことがあると困るので聞いておるのであります。 ことにまた、しないことができる場合としまして、被疑者本人があらかじめ辞退の意向を示している場合というのがあるわけでありますが、結局「罪とならず」あるいは「嫌疑なし」だけれども、どうもそういうのはお上の手を煩わしている、ひとつ遠慮したらどうかという趣旨ではないかと思うのです。そういたしますと、自然検事の方がもう要らないだろうというふうなことを押しつけがましく言って辞退をさせる、こういうケースも起こらぬではないのではないか、こういう懸念があるわけであります。あらかじめ辞退の意向を示している場合というのは一体これまでにおいてどのくらいあったのか、そういうことはおわかりでし ようか。わからなければ結構です。
○前田(宏)政府委員 数字はちょっとはっきりいたしませんけれども、例は絶無ではなかったと思います。何件かあったと思います。 しかし御指摘のように、検察官の方で強制的にと申しますか無理強いをして辞退をさせるということがあってはならないことは当然でございまして、そのようなことはあり得ないものと考えておりますし、「その他特別の事情」ということにつきましても、ことさらに拡張解釈するというようなことは毛頭考えていないわけでございます。もともと、この改正をいたしましたこと自体、被疑者補償規程をなるべく活用してできるだけの補償をすべきであるという精神から出たものでございますので、その趣旨は現地の検察官に十分徹底しているものと思いますし、今後とも徹底させたいと思います。
○木下(元)委員 こういうふうにいろいろお尋ねしましたのは、この規程に基づいて補償されたケースというものが案外と少ない、数字も調べて聞いたわけでありますが、どうも少ない、そこで伺ったわけであります。この規程が改正をされましたのは、ひとつこれを大いに活用してやっていこう、こういう趣旨で私は改正になったのだと思います。一体、改正前と比べて補償されたケースというものがふえておるのかどうか。この点も私は、幾らかふえておるのだと思いますが、若干疑問に感じておるところであります。 きょうはもう時間がありませんので質問はこのくらいにいたしますが、ひとつ大いにこの規程を活用してやってもらいたいと思うわけであります。しかし、もとよりその前に一番大切なことは「嫌疑なし」や「罪とならず」の事件で強制捜査を進めるというようなことは極力避けてもらいたいということであります。人権侵害にわたるようなことのないように捜査を進めてもらいたい、これが第一であります。しかし万一、そういうつもりでおっても「嫌疑なし」あるいは「罪とならず」こういう事案が出てきた場合あるいは罪を犯さなかったと認めるに足りる事由があるとき、そういうときには必ずきちんと立件をして補償されるべきものは必ず補償をする、こういうことでやってもらいたいと強く私は要望したいと思います。 その点について答弁をいただきたいのと、大臣の方からも、最後に金額についても今回の改正にのっとって十分配慮してやってもらいたいと思うわけでありますが、答弁をいただきたいと思います。
○前田(宏)政府委員 捜査当局といたしまして、誤った捜査をするというようなことがあってはならないことは当然でございます。 したがいまして、できるだけ無罪というような事態の生じないように今後とも努力すべきものと考えておりますし、また不幸にしてそういう事態が起こりました場合には、先ほども申しましたけれども、最大限現行法あるいは現行規程を活用して補償するという精神で現に改正もしているわけでございますし、そのことは今後とも維持してまいりたいと考えております。
○倉石国務大臣 御意見のような線に沿うて最善の努力をしてまいりたいと思います。
○木下(元)委員 終わります。
○木村委員長 次回は、来る四月一日火曜日午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時四十五分散会