法務委員会 第6号
- 発言数
- 172 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1980/03/05
会議録
○木村委員長 これより会議を開きます。 この際、理事補欠選任に関する件についてお諮りいたします。理事柴田睦夫君が委員を辞任されたことに伴い、現在理事が一名欠員となっております。その補欠選任につきましては、先例により、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○木村委員長 御異議なしと認めます。よって、委員長は理事に柴田睦夫君を指名いたします。 ————◇—————
○木村委員長 法務行政及び検察行政に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。横山利秋君。
○横山委員 現在ロッキード、ダグラス、グラマンの法廷における審理か客観的に言えばかなり順調に進んでおると思うのでありますが、この際、その法廷における審理を参考にしながら、国会として長らくこの問題を追及をしてまいりました者として、現状を確認し、また将来の展望、また国会として何をすべきであるかという点について整理をして御質問をいたしたいと思います。 まず、丸紅ルートでございますが、丸紅ルートは、大久保、檜山が証言を終わり、伊藤段階もほぼ終了をいたしたのでありますが、一体この次、榎本、田中の証人喚問はいつごろになる予定でございますか。一応丸紅ルートの現状と将来への展望について、裁判の進行状況について伺いたいと思います。
○前田(宏)政府委員 お尋ねのロッキード事件のいわゆる丸紅ルートの公判状況でございますか、おおむね毎週一回公判期日が開かれておりまして、本年の二月末現在で九十四回の公判が開かれたことになっております。 内容的には、いま横山委員かおっしゃいましたように、昨年の四月から被告人質問ということで大久保被告人、檜山被告人の質問がありまして、これがおおむね終了いたしまして、本年の一月からは伊藤被告人に対する被告人質問が始まっておりまして、現在その質問が続いておる状態でございます。 最後にお尋ねの他の被告人関係のことでございますが、いまのところ伊藤被告人関係の尋問が行われている段階でございまして、その後、すでに御案内のように、いわゆる検察官調書についての被告人側の主張と申しますか、そういうこともこれあるわけでございまして、その関係の必要があれば取り調べに当たった検察官等も証人に立つというようなことも考えられるわけでございます。したがいまして、先ほどお尋ねの他の被告人関係の質問がいつから入るかということは、現段階では明確に申しかねるわけでございます。
○横山委員 この問題で国政調査権と守秘義務の関連は国会の論争の焦点になりました。このことについて政府側としては、検事立証がほぼ終わった段階で資料を国会へ提供ということを再三言っておられたのであります。この資料を国会に提供する検事立証がほぼ終わった段階というのは、いまのところどういう時期になると思われますか。
○前田(宏)政府委員 お答え申し上げる前提といたしまして、ただいま横山委員が、ある程度の時期になったら資料を国会に提出するということになっておるがと、こういうことでございますが、そういう言葉遣いの問題と言えば問題かもしれませんけれども、一応明確にしておかないといけないかと思いますけれども、これも前々から申し上げておりますように、公判に提出しました資料そのもの、これは裁判所の手に移るわけでございます。別な言い方をすれば公判記録の一部になるわけでございますので、それを現物そのものを法務、検察の方から御提出申し上げるということは筋としてできないわけでございますし、また公判に提出しません捜査資料、これは、これも前々から申し上げておりますように捜査の秘密等の関係がありまして、その生のものを出すことももちろんその内容にわたる詳しい説明もいたしかねるような、これは性質上そういうことになるわけでございます。 従来からお答え申し上げておりますことは、公判に提出された証拠、いろいろとあるわけでございますが、そのことは当然公開の法廷で出されたわけでございますので、できるだけ国政調査に御協力申し上げるという立場から、御要望があれば、その後どういうことが行われたか、どういう内容のものを取り調べたかということは、それぞれに応じた適当な段階で御要望に応じて申し上げる、こういうことを従来から申しておる次第でございます。 そのような前提に立ちましてのお答えでございますか、先ほども申し上げましたように、まだ公判の審理状況は大変流動的でございますので、いつごろになったらある程度まとまったことが申し上げられるかということ自体、先ほどと同じような意味でこの段階でははっきりとは申しかねるわけでございます。
○横山委員 同じく資料で、米国との司法取り決めで入手した資料は機密保持、公開禁止の約定がある。これは国会で大平総理大臣が言われたことであります。この機密保持、公開禁止の約定というのは未来永劫の約定と考えられるのか、あるいは政府外務省の文書公開、十年たったら、十五年たったらという、その国民のための公開の中に入るものであるかどうか。 一方、この司法取り決めで入手した資料は、裁判で使うということは向こうが了解しておるわけですから、裁判で使われておるわけでありますが、入手した資料であることを裁判で明らかにしておるのかどうか。これはロッキードの約定でありますが、その後ダグラス、グラマンにも拡大されておるわけであります。全部にわたって司法取り決めで入手した資料の取り扱いについて見解を伺いたいと思います。
○前田(宏)政府委員 いわゆる司法取り決めによりまして入手することになっております証拠につきましては、先ほども横山委員の方からお話がありましたように、その司法取り決め自体で提供された資料は捜査あるいは公判のためにのみ使用するということが明記されておるわけでございます。したがいまして、この協定のといいますか司法取り決めの上ではそういう条件といいますか限定がついておるわけでございますので、このままの状態では公開するということは、両国間の合意ということに反するわけでございますので、できないということにならざるを得ないと思います。 また、具体的にこの司法取り決めによりまして入手した資料はどういうふうに使われておるかということでございますが、現にアメリカにおきます嘱託尋問調書等も公判に出ておることは御案内のとおりでございます。出します場合には、その証拠がどういう経路で入手されたかということは当然に説明することになっておりますので、そういう意味で明らかになっておるというふうに御理解いただきたいわけでございます。
○横山委員 五十一年十一月十二日にロッキード閣僚協が再発防止のための対策についてかなり具体的に問題点を整理し、政府の態度を明らかにいたしております。私は、この閣僚協の決定並びに五十四年九月五日の汚職防止協議会の提言、この二つが一向に実現がされないことをしばしば指摘したわけであります。 特にきょうは法務省側に明確にしてほしいのは、この五十一年十一月十二日ロッキード閣僚協の決定のうちで、周旋第三者収賄罪の新設、贈賄罪に関する国民の国外犯規定の新設、賄賂罪の推定規定の新設、これは逃げ隠れもできない法務省の責任なのであります。にもかかわりませず、一向これが何の話もない。こういうことについて、きわめて奇怪に考えておるわけであります。きょうはあなたに時間を上げますから、なぜそれができないのか、その問題点は何か、整理をして御報告を願いたい。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの点につきましては、横山委員から以前にもお尋ねがたしかあったと思いますし、その際にも当時の刑事局長からお答えをしておるかと思いますが、当時の閣僚協におきまして、ただいま御指摘のいわゆる周旋第三者収賄罪の新設あるいは国外犯規定の新設さらには推定規定というようなことが取り上げられていたわけでございます。 これに対する御説明は、従来の御説明と同じようなことになって恐縮でございますけれども、特段何らかの意図があるということではもちろんございませんで、もっぱら刑法における法律的な問題というふうに御理解いただきたいわけでございますが、経過的には、これも御案内で改めて申し上げるまでもないと思いますが、刑法の贈収賄罪の関係の規定を整備することによって、ああいうような事件の防止に役立てるというようなことから、いろいろなことが一応検討されたわけでございます。 そこで、とりあえずの措置といたしまして、贈収賄罪の法定刑の引き上げということか取り上げられて当時の国会に提出され、現に再提出をいたしまして今国会で御審議を願っておる次第でございますが、その際は、いま申しましたように法定刑の引き上げだけに限っております。いま御指摘のように、周旋第三者収賄罪とかほかのものか取り残されたような形になったままになっていることは形の上では事実でございまして、その当時から形は並列的になっておりますけれども、やはり刑法の改正ということでございますので、一部だけを取り出してやるということは、他の規定との関係でいろいろと問題があるわけでございます。したがいまして、法定刑の引き上げにいたしましても、他の規定との整合性ということにおいてどうしても困るということがあれば、さしあたってはできないわけでございますけれども、法定刑の引き上げ自体はそういうようなさしたる問題はないということで、問題がないものをとりあえず緊急という観点から取り上げて改正案に盛り込んだということでございます。 残った方の周旋第三者収賄等につきましては、いま申しましたような観点から、関係規定との整合性とかいうことにやはり大きな問題があるわけでございまして、できるものなら刑法の全面改正の中で他の規定との関連も十分勘案しながらやっていく方が適当であるし、またむしろそうすべきものではないかというのが私ども事務的な考え方でございまして、そういう観点から形の上で積み残しということになっている次第でございます。 それぞれにつきましては、これもすでに何回か申し上げているところでございますので、改めて申し上げるまでもないかと思いますけれども、御案内のように、いわゆる周旋第三者収賄罪というのが現行の刑法規定にございます。しかしその要件は、御案内のとおり大分しぼられた形になっております。いわゆる周旋第三者収賄罪となりますと、その構成要件の上に立って賄賂が御本人でなくて第三者の方に帰属するという場合をとらえるように広げるわけでございますが、その場合でも、他の構成要件か現在の斡旋収賄罪と同じようなものであります場合には、やはり要件が相当しぼられているという関係で、果たしてうまく運用できるかどうかという問題がございます。 また反面、そういうことでは実際に動かないような規定では困るということで、もう少し要件を緩和したらどうかという議論が出てくるわけでございますけれども、そういうことをいたしますと、いろいろと自分の職務以外のことで依頼を受けてあっせんをして、そしてその対価としていわゆる賄賂を収受するということになるわけでございますが、場合によっては、その対象といいますか処罰の範囲が広がり過ぎるというようなおそれもないわけではございません。まして、その賄賂の帰属が第三者になりますと、第三者にはいろいろあるわけでございまして、一例で言えば後援団体というようなものもその中に入ってくるわけでございます。そういうようなことから、従来から問題でございましたけれども、その後の情勢等を見ますと、一層この点につきましては慎重に、いろいろな構成要件を適切妥当なものに定めるためには、いろいろな観点から慎重な検討をしなければならないのではないかというふうにも思われるわけでございまして、そういう意味で、早急にこの規定を抜き出して新設するということはいかがかという感じを持っておる次第でございます。 また、第二の贈賄罪に関する国民の国外犯処罰規定でございますけれども、これも先ほど冒頭に申しましたように、対策の一つとして列記はされておりますけれども、法定刑の引き上げに比べますと、ロッキード事件等の経験にかんがみましても、特に急いでやらなければならぬかということになりますと、若干緊急性において程度が低いと申しますか、そういう感じのものでございますし、これも御案内のように収賄罪につきましては国外犯規定があるわけでございますので、とりあえずはそれで運用上は賄える。また国外犯規定そのものにつきましては、現在の刑法といわゆる改正刑法草案とでは大分考え方が変わっておりまして、相当広く処罰するような考え方もあるわけでございます。そういう横並びとの関係もございますので、全面改正の際に全般的な見直しをして決めるのが適当な事柄であろうというふうに考えられて、さしあたっての立法からは除かれておるというふうに御理解いただきたいわけでございます。 また、推定規定でございますが、これは一面から申しますと贈収賄罪における立証の困難性ということがあるわけでございますので、そちらの困難性を緩和すると申しますか、そういう観点からすれば、便利という言葉が適当かどうかわかりませんけれども、いわば便利な面もあるわけでございますけれども、やはり刑罰のことでございますので、これを推定という形で処罰すること、これは余り例のないことでもございますし、一番議論のあるところではないかというふうに考えられるわけでございます。 この点は、これも御案内かと思いますが、刑法改正作業の中でも議論をされましたけれども、結論的には適当でないということで草案の中でも規定されないことになっているものでございますし、そういうようなことでそれぞれ理由があるわけでございますけれども、これを通じて申せますことは、最初に申しましたように、いろいろと賄賂罪関係の規定を整備することは、公務員の綱紀粛正の面から、また類似の不正事件を防止する上から、一般的には必要なことであるということは認識しておるわけでございますけれども、その中で大きく分けると、急いでやってもほかの方に影響がない、またそういう意味において急いでやることができるというものと、やはり他の関係をいろいろと比較考量しながら考えていかなければならない問題、しかもとりあえずそういう困難性をおいてやるほどの緊急性においてやや低いものがあるというような観点から区分けかできるというふうに考えておるわけでございます。
○横山委員 理論上には局長のおっしゃるようなさまざまな問題を含むことはよくわかります。 しかし五十一年十一月十二日、ロッキード閣僚協が当面次のような諸方策について推進を図ると決定をいたしましたことは、当時の国民感情としてはかなり政府が決意を込めて決めた、しかも、それは当然のことでありますが法務大臣も中へ入って決めた、こう理解しておるのですが、いま聞けば結局法定刑の引き上げ以外は刑法全面改正にまつ、しかも賄賂罪の推定規定については刑法の草案にもないからとても実現ができない、こういうような趣旨でありまして、まことに大山鳴動ネズミ一匹と、こういうことであり、また政府が決める際には法務省が、法務大臣が、関係の職員が責任を持って物を言い決めさせなければ、これは国民を欺くものだと私は痛感をいたすところであります。 越えて、五十四年九月五日、航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会の提言のところで抜粋いたしますと、政治資金の見直しについて国会に要請をする、こういう趣旨がございます。政治資金規正法の見直しを検討する、国会においては倫理委員会の設置等政治倫理の確保のための体制その他を要請する。それから第四項に制裁法規等の整備強化として、賄賂罪につぎ、刑の加重と公訴時効期間の延長を行うとともに云々があります。また、直接税の脱税事犯につき、刑の加重と公訴時効期間の延長を図る等が目につくわけであります。これらのことを実行をしたのかしないのか、ほうりっ放しになっておるのかどうか、その経過を御報告を願います。
○長尾説明員 お答えいたします。 第一の政治資金規正法の問題でございますか、これにつきましては、実は自治省におきましていろいろ細かく現在検討いたしておるところでございまして、たとえば政治家の方が政治資金をいただかれた場合、それをたとえばその人の政治団体に入れてそこで経理していく方法とか、あるいはまたその他いろいろな方法もあるやに聞いております。目下それを鋭意検討されておるというところが政府としての対応の仕方でございます。 それから自民党におかれましても、選挙制度調査会、ここの政治資金及び政治倫理に関する小委員会、これが設けられておりまして、これはすでにこれまで八回くらい開催されておりまして、相当突っ込んだ議論がなされており、たとえば第八回目には、例の航空機疑惑問題等防止対策協議会の有識者の一人であった江幡さんを呼んで、その方からも意見を聞くというようなことで非常に熱心に検討されておるということでございます。ただ、いまの段階で直ちに法律案がこうでありますというところまでは私ども聞いておりません。政治家個人の政治資金の明朗化の問題については以上でございます。 それから国税の、直接税の脱税事犯の刑の加重の問題でございますが、これにつきましても大蔵省の方で非常に検討されておられまして、法制局の方にも持ち込んでいろいろ準備が着々となされておるというふうに聞いております。 それから、これはちょっと違うかもしれませんが、刑法の一部改正の問題につきましては、いま刑事局長からお答えされたとおりでございます。 そのほか制裁法規の問題としては、いわゆる国際的に犯罪が広まってきておるというようなことで、これに対処いたしますためにも国際犯罪捜査共助法案、これは仮称でございますが、こういったものも現在考えられておるということでございます。 それから、ちょっと順不同になりまして大変恐縮でございますが、例の先生御指摘の政治家の資産公開の問題とかいうような問題につきましては、総理がたびたびお答えしておりますように、国会でいろいろ御検討いただきますものを見ながら、私ども十分御協力申し上げていかなければならぬというふうに考えております。 以上でございます。
○横山委員 法務省関係のお答えありますか、公訴時効期間の延長。
○前田(宏)政府委員 制裁法規の関係でございますが、賄賂罪の刑の加重と公訴時効期間の延長ということは、これも横山委員御案内のとおりでございまして、いま御審議をいただいております法定刑の引き上げが刑の加重ということでございますし、そのことによりまして、当然と申しますか必然的にと申しますか、法定刑が上がることによって公訴時効の期間もおのずから延びるわけでございますので、一体的にこのことが実現することになろうというふうに考えておるわけでございます。 また、税の方の脱税事犯の刑の加重と公訴時効期間の延長、これも法定刑を引き上げることによりましていまの刑法改正の場合と同じような結果か生ずるわけでございます。このことにつきましては、先ほど御説明がありましたように所管が大蔵省でございまして、私どもも罰則の関係から御相談に乗って案がおおむね固まりつつあるという状況でございます。
○横山委員 田中元首相については、五十二年六月十五日に担保手続終了という報告を国会は受けておるのでありますが、現状において田中元首相の収賄容疑五億円の課税問題について報告をいただきたいと思います。課税所得総額はどのくらいか、課税額は幾らか、担保設定はどう行われたか、徴収額は幾ら、未徴収額は幾らか、御報告をいただきたい。
○矢島政府委員 お答え申し上げます。 五十三年六月の衆議院のロッキード特別委員会におきまして長官が答弁申し上げましたように、田中元首相の五億円の問題につきましては、税務処理上必要な実態を調べたところ、課税すべきものだということで適正に課税処理してございます。 それから、いまお尋ねの課税額の内容、それから担保の設定の具体的な内容、それから徴収額あるいは未徴収額ということにつきましては、個別の案件の内容にわたりますので答弁を差し控えさせていただきたいと思います。
○横山委員 いま国民は、田中首相の五億円の課税についてどう行われておるか、うやむやになっておるのではないかという非常な疑問を持っておるわけであります。しかも、国会は担保手続の終了の報告を具体的に受けておるわけです。いまになって、その課税所得総額や課税額、担保設定、徴収額、それが報告できないというのはおかしいと思うのでありますが、重ねて御答弁をお願いしたい。
○矢島政府委員 お答え申し上げます。 課税額の内容につきましては個別の問題にわたりますので、重ねて控えさせていただきたいと思うのでございますが、仮に、仮定の問題でございますが所得税法の規定によりますと、課税所得のうち八千万円を超える分につきましてはその七五%の税率が適用されるということになっております。これは所得税法八十九条に規定がございますが、したがいまして、仮に五億円について七五%の税率が適用されるということになりますと、算出税額は約三億七千五百万円ということの一応計算になるわけでございます。こういったことからひとつ御推察いただきたいというふうに思います。 それから保全の問題でございますが、これも具体的な内容についてお答え申し上げることは御遠慮させていただきたいと思うのでございます。先生のお立場よくわかるのでございますが、やはり具体的な内容につきましては、私たち守秘義務という問題がございますので御遠慮さしていただきたいと思いますが、一般論として申し上げれば、当然必要な場合には国税徴収につきましては十分な保全措置を講ずるといったような万全の措置をとっておるというのが普通でございます。
○横山委員 この件は後で児玉、小佐野にも触れますから締めくくりをいたしますけれども、あなたのお話は納得できません。個人の課税上の問題については秘密という一般論を、私も大蔵委員を長くやっておりますから承知いたしております。いたしておりますが、この種のロッキード、グラマン、ダグラスについては、総理大臣は可能な限り国会の国政調査権に協力をするという協力の範疇に入っておって、かつて予算委員会で児玉譽士夫に関する具体的な資料をお出しになったわけでありますから、その前例を踏まえてさらに後で御答弁を願うことにいたします。 次に、国会が政治的、道義上の責任の基準を決めれば灰色高官の名前は出す、こういう五十二年二月十四日の国会における政府の答弁であります。これについて法務大臣に政治家としてお伺いしたいのであります。この灰色高官についてはすでに裁判の中身である程度明らかになっておりまして、私の承知するところ田中角榮一千万、福田五百万、二階堂五百万、加藤二百万、福永三百万、あとは佐藤孝行氏でありますか、これらが報告と いうか裁判で、伊藤証人でございましたか、明らかになっておるところであります。この政治的、道義上の責任の基準というものを国会に求めても、これは当時も各党いろいろ議論したのでありますが、無理だと思うのであります。 そこで私は、私どもが提案しております国会議員の資産公開法、年々の政治家の資産を公開することによって国民の判断にまつ、こういうことが素直なわかりやすい道だと思うのでありますが、法務大臣の御意見を伺いたいと思います。——もう一遍言いますか。これは判断の問題でございまして、要するに私の言うのは、灰色高官問題で政治的、道義上の責任の基準を決めてくれれば政府は資料を提出してもいいと言った、しかし国会はなかなかそれは言うはやすく行うは、基準を決めることはむずかしいから、観点を変えて資産公開法がそのことにかわり得る要訣ではないか、法務大臣としては資産公開法について御賛成をなさらぬか、こう言っておるわけであります。
○倉石国務大臣 お尋ねの国会議員の資産公開の問題でありますが、法務大臣としてお答えいたしますのが適当であるかどうか問題ではあると思いますけれども、閣僚の一員として、国民各層の意見を聞きまして、また各党間においてもこういう問題は十分議論を尽くしました上で慎重に対処する必要があるのではないか、このように存じております。
○横山委員 これは私の意見でありますが、政府は政治的、道義上の責任の基準を決めれば報告すると言っているのだけれども、それは実際言い方が抽象的で決められないのだから、政府としては、この種の問題についてはこの立場に立った方がいいのではないか、こういう私の意見でありますから、そのつもりで聞いていただきたい。 いま申しました灰色高官でございます。これは五十三年四月三日に伊藤証人が述べたことについて、私のいま名前と数字を挙げたことが間違いないかどうか御報告を願いたい。御報告と同時に、この件について二階堂氏は、五十三年四月三日に伊藤氏に民事訴訟を提起をしたはずであります。それは一体現在どうなっておるか、それから二階堂氏は告発をしたか、それから最高検に提出したという上申書の内容はどういうものであったか、御報告を願います。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの第一点は、伊藤証言のことかと思いますが、その内容は横山委員がおっしゃったとおりでございます。 それから、二階堂議員が民事訴訟を提起しているということは新聞等にも載りましたので承知いたしておりますが、その後その訴訟がどういうふうになったか、実は直接関係がないこともございまして正確には把握しておりません。 それから、告発したかどうか、また上申書が出ているのではないかという点でございますが、告発という形のものは出ていないというふうに承知しております。なお、いま御指摘の上申書というものが出ておることは事実でございますが、その内容は、やはりこれも上申書の御趣旨から言いますと、捜査の再捜査と申しますかそういうようなことを御要望されているようなことでございますので、その内容は広い意味で捜査の内容になるというふうに御理解いただきたいわけでございますが、御趣旨は二階堂議員が当委員会で御説明になったようなことが主体になっているものというふうに理解しております。
○横山委員 次に大蔵省に、重ねて田中氏のことと関連して、児玉の脱税所得は一体幾らであるか、税額は幾らであるか、徴収状況はどうであるか、担保は設定されたか、四十七年度分を一億追徴と国会に御報告がされました。五十三年六月七日のことでございます。児玉の状況並びに小佐野の状況についても御報告を願います。
○矢島政府委員 お答え申し上げます。 最初に児玉譽士夫の問題でございますが、これも先生御承知のとおり、五十三年六月の衆議院のロッキード特別委員会におきまして長官が御答弁申し上げましたとおり、脱税所得が約二十九億円、脱税額が約二十二億円ということになろうかと思います。これはその内容につきましては、公訴事実によりますと四十七年から五十年にわたっておるわけでございます。 それから次に、児玉譽士夫の滞納額でございますが、これも磯邊長官から御答弁申し上げましたとおり、当時約二十億円というふうに申し上げたと思いますが、現在約十九億円の滞納ということになっております。その内容について申し上げますと、本税で約二十二億円、加算税で約六億五千万円、それから延滞税で約七千万円ということで、合計約三十億円ということでございますが、収納額が十一億円ございまして、差し引き約十九億円の滞納額ということになります。 それから保全の状況でございます。この御質問につきましても、長官から御答弁申し上げましたように、土地、建物、別荘といったような不動産が主なもので約十三億円、それからその他の財産で約十五億円ということで、合計約二十八億円の差押えを行っているという状況になっております。 以上が児玉譽士夫関係に関する内容でございますが、小佐野賢治の課税状況につきましては、前回も申し上げておらなかったわけでございますが、先生も御高承のとおりやはり個別にわたる事柄でございますので、答弁は差し控えさしていただきたい、かように考える次第でございます。
○横山委員 児玉についてはかなり詳細に御報告があって、小佐野と田中氏についての御報告がない理由は何でございますか。
○矢島政府委員 もう先生御専門でございますのでよく御承知のことでございますが、御案内のように、私どもは、税務職員には一般の公務員に比しまして重い守秘義務が課せられているわけでございます。特に納税者との関係において信頼関係が申告納税制度の基本でございまして、そういうことで、特にこういう問題については慎重に取り扱っておるということをまず前提として申し上げたいというふうに思います。 ただ先生のおっしゃるように、国政調査権との関係、児玉との関係からいって、なぜ言えないかということでございますが、先般のロッキード特別委員会におきましても、国政調査権の問題も含めまして、長官の方からぎりぎりの御答弁として最大限の御協力ということで先般申し上げたことについて申し上げたわけでございます。そういうようなこと。それから児玉譽士夫の場合には……(横山委員「ばかにするなよ、ロ特なら言えるけれども、法務委員会なら言えないというのかね」と呼ぶ)いや、そういうことではございません。児玉譽士夫につきましては、脱税事件として公訴が現在提起されているという事実から、課税状況の一部を申し上げたわけでございます。 くどいようでございますが、あるいは先生のおしかりを受けるかもしれませんけれども、やはり田中元首相、小佐野賢治の両氏につきましては、そういう意味におきまして児玉譽士夫とは異なる内容の事案であるということで、私どもはその事案の内容に応じまして答弁の内容が異なるということもやむを得ないというふうに考えておる次第でございます。
○横山委員 きわめて奇怪な話であります。児玉と小佐野と田中と何が違うか、事案が違うとこう言う。何の事案が違う、同じ脱税事件じゃありませんか。しかもロ特なら言う、法務委員会では言えないというばかな話がどこにありましょうか。委員長からひとつ請求してもらいたい。
○矢島政府委員 重ねておしかりを受けるような御答弁になるかと思いますが、ロッキード特別委員会であるからとか法務委員会であるからということで私が申し上げないわけではございません。公務員の守秘義務という問題につきまして……(横山委員「それならなぜ児玉は話したか」と呼ぶ)これはロッキード特別委員会におきまして、最大限の御協力を申し上げるということで、当時のああいうような雰囲気の中におきまして、長官がぎりぎりの御答弁として申し上げたつもりでございます。
○横山委員 これはますます腹が立ちます。当時のああいう雰囲気だからやむを得ず児玉だけ述べた、いま平静な法務委員会ではそういう雰囲気ではない、だからしゃべるわけにはいかぬ、法務委員会を侮辱しているじゃありませんか。そんなばかな説明がどこにありますか。これはひとつ委員長から正式に提出命令を出してもらいたい。
○矢島政府委員 再三にわたって申しわけございませんけれども、私ども、やはり申告納税制度をたてまえとしております以上、納税者と税務当局の間にはかたい信頼関係がないと税務調査に非常に支障を来すわけでございます。こういう意味におきまして、私どもとしては非常に限定された範囲でしか御答弁申し上げられないということをひとつ御理解いただきたいというふうに思います。
○横山委員 一般論としてでも、国民にこの種のロッキード、グラマン、ダグラスの被疑者の課税状況はどうかということを明らかにすることによって納税者の信頼が得られるのです。当時税務署へ行くと、まあ三月十五日の確定申告もいま迫っておるわけでありますが、何だあんなもの、田中も児玉も脱税しやがって、よう取りもせぬくせに、われわれにだけ何でそうわあわあ言わんならぬということが随所に聞かれたものであります。 したがって、これらの課税状況を明らかにすることによって、国税庁がきちんとやっておるということを明らかにすることによってこそ納税者の信頼が得られる、そう私は痛感をしておるから、しかも児玉は報告をしているんですから、その児玉の報告はなぜしたんだと言えば、当時のロッキードの特別な雰囲気だそうです。それなら法務委員会が慎重に冷静に議論しておったら甘く見られておる。そういう雰囲気ではないから言えぬ、こういうわけですね。それではまことに私は不満きわまる。法務委員会をばかにしておる。委員長からとりなしてもらいたい。提出命令を出してもらいたい。同じことを答弁するな。
○矢島政府委員 先生のおしかりごもっともでございますが、児玉譽士夫のことにつきましては公訴事実ですでに明らかになっております。この公訴事実によりますと、先般来申し上げておりますように、合計金額につきましても通脱税額につきましても申し上げているということでございます。
○横山委員 そんなこと答弁にならぬ。正確にここで報告しろと言っておるのに、そういうことでは委員長、納得できません。一「休憩中に理事会をやって相談しようじゃないか」と呼ぶ者あり一
○木村委員長 ちょっと待って。 矢島君、いまの横山委員の発言について、あなたの方ではもうこれ以上答弁することはありませんか。いま言ったとおりで、ほかにありませんか。どうです。 もう一遍だめを押して、それから後で御相談するようにしますから。
○矢島政府委員 ではもう一度お答えを申し上げます。 私どもでお答え申し上げることについては限界があるということにつきましては、先生も十分御承知だと思うのでございますが、田中元首相につきます保全措置を一般論として講じておるというふうに申し上げたわけでございますが、その滞納額につきましては、国税通則法百五条第三項の規定に基づく差押えの猶予の申請がなされておりまして、それに見合う担保といたしまして財産の提供がなされておるという事実はございます。 それから児玉譽士夫の状況につきましてはすでに申し上げたと思うのでございますが、小佐野賢治の課税の状況につきましては、やはり各種の情報を含めまして、私どもはできる限りの情報とか資料に基づいて検討を行いまして適正に処理しておるわけでございます。しかし、この内容がどういうふうになっているかというその個別、具体的なことになりますと、個人自身の問題に非常に立ち入ってくる問題になろうかと思いますので、この点につきましては、ひとつ何分事情を御賢察していただきまして、答弁を差し控えることについて御了解いただきたいと考えるわけでございます。
○横山委員 だめだ。委員長、これでは納得できません。
○木村委員長 それでは後刻協議をいたしまして、もう一遍大蔵省の意見を聞くことにしましょう。 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○木村委員長 速記を始めて。 この問題につきましては、いま横山委員の質疑を一応終わって、その後に理事会において協議をするということにいたします。
○横山委員 次に、嘱託尋問調書について質問します。 コーチャンとクラッターの尋問調書は、裁判官面前調書ではなくて刑訴法三百二十一条の一の三で採用されました。この面前調書と三百二十一条の一の三の違いは一体何か。またエリオット調書を法廷に提出しない理由は何か。聞くところによりますと、エリオット調書を提出をすることによって検察陣に不利な内容がある、コーチャン、クラッターと話の内容が違う、したがって不利になるから出さない、こういうことがひそやかに言われておるのでありますが、その点について御報告を願いたい。
○前田(宏)政府委員 まず第一の刑事訴訟法の規定に関することでございますが、いわゆる裁判官面前調書と申しますのは刑事訴訟法の三百二十一条の一項一号の書面でございまして、この一号の書面と同じ三百二十一条一項三号の書面とでは、いわゆる証拠能力につきまして取り扱いが異なっております。詳細は申し上げるまでもないかと思いますが、平たく申しますと三号書面の方が要件が厳格であるということになっておるわけでございます。 そこで、お尋ねのコーチャン、クラッターの嘱託尋問調書につきましては、一応検察官側の意見といたしましては、いま申しましたいわゆる一号書面に当たるのではないかということでございましたが、第二次的に三号書面にも当たり得るということで証拠調べの申請をいたしましたところ、裁判所におかれまして一号書面というよりは三号書面であるという御判断で、三号書面としての採用ということになった次第でございます。 それから第二のいわゆるエリオット調書についてでございますが、いっとき、横山委員がお尋ねのように、その調書を出さないことについて何か問題があるのではないかというようなことが言われたかと思いますけれども、その後この調書につきましては結果的には取り調べは済んでおります。どういう形で取り調べが済んだかと申しますと、これも細かい規定のことでございますが、刑事訴訟法の三百二十六条のいわゆる同意書面ということで、検察官側も弁護人側も裁判所がこれを取り調べることについて同意するという形で取り調べが行われた次第でございます。
○横山委員 田中角榮氏への五億円の支払いでございますが、法廷において、大久保証言によれば、これは昨年の五月九日の証言でありますが、これは丸紅がその主役を演じた立場、丸紅の発案である、それに対して檜山証言、十月十七日の証言によればロッキード社の発案である、こういうような食い違いがきわめて明らかになったように思うのであります。 で、伊藤証言にも関連をいたしますが、一体検察陣としては、この五億円の支払い問題というものはどちらの立場に立って立証なさっていらっしゃるわけですか。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの中で発案という言葉を使うことが適当かどうかと思いますけれども、検察官側の認定と申しますか主張といたしましては、検察官側の冒頭陳述に述べられておるところでございまして、発案という言葉か適当かどうかということは先ほど申したところでございますが、強いて言えば、丸紅側の方が主体になってしたものという理解で立証を進めているわけでございます。
○横山委員 丸紅側が主体となってこの五億円の支払いを考え、ロッキード社を説得をして出さしめた、こういう立場だそうでありますが、その立場から言うとロッキード社は日本流で言うと封円助、主役になったのは丸紅だ、こういうふうに大久保証言の方に立っての話だそうであります。 ちょっと別な形でお伺いをいたしますが、いまの政治資金規正法では、たしか外国人から政治献金をもらうということは違法とされておるはずでありますが、当時は一体どうでございましたか。これが政治献金であるか贈賄であるかの争いが一つあるわけですが、政治献金として見て、一体当時外国人から政治献金をもらうことについてはどういう法律の定めでありましたか。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの点の法的規制は、政治資金規正法あるいは公職選挙法による規制の問題であろうと思いますので直接の所管ではないわけでございますが、私どもの理解しております限りでは、その関係の政治資金規正法及び公職選挙法の規定の改正が五十年にたしか行われたわけでございまして、それ以前の状態では、いわゆる選挙に関しという要件がございまして、選挙に関する場合にはいまお尋ねのように外国人からの寄付は禁止されるということでございましたが、五十年後には選挙に関しという要件が外されたように記憶しておるわけでございます。
○横山委員 そういたしますと、当時では選挙に関しもらってはいかぬけれども、選挙に関係しない政治献金ならば外国人からもらっても差し支えなかった、こういう意味でございますね。わかりました。 次は、松野頼三氏に関する問題であります。日商岩井が松野頼三氏に渡した五億円は、岩井側に贈賄の意思あり、受け取る側は政治献金として受け取った、こういう状況でございますか。検察陣としてのお考えはどうでございますか。
○前田(宏)政府委員 委員のおっしゃるように簡単には言えない問題かと思いますけれども、検察官側の冒頭陳述等によりますと、いろいろと依頼事があって、その謝礼のような趣旨を含めて金の供与があったという形になっておりますが、松野氏のいろいろな供述の面におきましてはそういう御認識はなかったということで、若干食い違っているというふうに理解しております。
○横山委員 時効と職務権限と両方、特に時効の問題が働いておるのでありますから、この問題についていろいろと議論するのが必ずしも現実的な問題ではないのでありますが、念のために伺っておきます。 松野頼三氏は五億円を受け取ったことは明白にいたしておるわけでありますが、松野頼三氏は当時職務権限があったという立場に検察陣が立っているのでありますか、ないのでありますか。これに関連して、昨年の大阪におけるタクシー汚職の判決要旨は、きわめてシビアに職務権限を、国会議員全員が一般的職務権限がある、こういうふうに規定しておることは判決要旨にあるわけであります。これとの関連からどうお考えでありますか。
○前田(宏)政府委員 いわゆる大阪タクシー事件につきまして御指摘のような判決があったわけでございますが、あの事案は、国会議員である被告人の方か他の国会議員に勧誘、説得と申しますか、そういうことをした、そのことについて賄賂の収受があったという形の事案でございます。 松野氏の関係は、そういう立場で何かされてそれについて金の授受があったということではございませんので、前提となる事実関係といいますかが違う場合であろうと思います。
○横山委員 それでは、タクシー汚職裁判で検察陣としてはこの種の主張をなさったわけですか。つまり 案件が本会議に上程されると全議員がその審議、議決に加わる一般的権限がある。このようにみてくると、法案等案件の審議の便宜のために内部的に設けられた事務配分的な問題である委員会制度のために議員の地位に伴う一般的権限は何等制限されるべきものではないといわなければならない。したがって、委員会活動の段階においても、各議員は、どの委員会に所属していようと、すべての委員会に付託されている議案の審査について、一般的な職務権限があるといわなければならない。結局、国会議員は、自己の属する院の議事一般につき関与できる一般的権限がある。 この論理というものは、検察陣、最高検から高検、地検に至りますまでお持ちでございますか。
○前田(宏)政府委員 大阪タクシー事件の判決におきまして、いまお読み上げのような判示になっていることは事実でございます。 その前提として検察官側がどういう主張をしたかということでございますが、言い回しはある程度違うと思いますし、一言一言そのとおりではないかと思いますが、趣旨においてはおおむねそういうような主張をしておったわけでございますけれども、検察官側の主張と申しますのはやはり具体的事件に即してのことでございます。一般論と言えば一般論という形にもなっておるかと思いますけれども、やはり具体的事案に応じまして理論構成もするわけでございますので、いわゆる一般論ということで述べたわけではございません。
○横山委員 地検が国会議員についてのこの種の解釈をとり、そして地裁がこの判決要旨を、判決の中の理論的な国会議員の分析として職務権限をこういうふうに規定をしたということは、私はきわめて重大な理論構成であると思います。いま、これについて論争する時間がございませんけれども、あなたも、こういう判決が出たんだから地検も恐らくこういう主張をしたんであろうと、一般論としておっしゃったわけでありますが、国会議員についての理解、国会における運営についての認識というものについて欠けたるものがある、そう私は思うことを付言します。 もう一つは、松野頼三氏の立場をも含めて私は申し上げたいのでありますが、私もこれで二十五年にぼつぼつなるわけであります。国会へ初めて来たときの言うならば横山利秋の政治力とでも申しましょうか、それと、野党ではありますけれども二十五年たっております私の政治力といいましょうか、格段の違いを、われながらやはり経験も持っておるわけであります。つまり、国会議員というものはその職務にあると否とにかかわらず、その経験と力量、ある意味では派閥のボス、何の役職もついていなくても派閥のボスとか長年の経験者、いわゆる実力者、そういう者のことは一体法律論上の職務権限についてどうお考えになりますか。法律論として、事実関係としてのいわゆる実力者に対する職務権限と初めて国会へ出てきた人の職務は、委員会の職務は同じであるけれども、その職務権限の実態というものはどうお考えになりますか。
○前田(宏)政府委員 大変むずかしいお尋ねでございましてお答えもできないようなことでございますが、やはりケース・バイ・ケースでございまして、汚職の疑いがあるという事案におきます当事者の立場といいますか、そういうものは当然事案に応じてそれなりの評価をされるものと考えます。
○横山委員 このことは、法務大臣、私の言っていることは政治家としてよくおわかりでしょうね、私の言わんとしていることは。法律論としては非常にむずかしいが、実態論としてはそうだと思うというような趣旨ですが、法務大臣、何か御意見ありますか、この点について。——ありませんか。ない、ないものかな。不思議なことだな。 次に、四十七年十月六日、コーチャンの証言について触れます。いわゆる陰謀の転覆工作と言われたコーチャン証言についてであります。ここで中曽根康弘氏の存在、児玉との関係がきわめて明らかになっておるわけであります。公判では、この問題は私の承知する限りはなかなか出てきませんけれども、検察陣はこの問題に触れておるのでありますか、今後触れる予定がありますか。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの点につきましては細かい公判の内容のことになるわけでございますが、私の理解しております限りでは、当時そういう問題につきまして、いわゆるコーチャン氏が児玉氏に協力といいますか助力を要請し、通訳的な立場にあった福田という人の話として児玉氏が中曽根氏に電話をしたという事実があるということ自体は、提出された証拠の中で一部触れられていたように思います。
○横山委員 五十四年十一月十五日、四十八枚十九億の児玉領収証の筆跡が、大刀川かあるいは死んだ福田かということについて、いままでの問題について筆跡鑑定は大刀川と判定をされたようであります。この十九億の児玉の領収証は、先ほど質問いたしました課税の中に全部含んでの問題でしょうか、伺います。
○矢島政府委員 十九億円の児玉領収証の分につきまして、その課税に含んでいるかという御質問でございますが、御指摘の件につきましては、課税対象となるべきものにつきましては全部含んでおります。
○横山委員 児玉に先ほども御報告があったような膨大な金が行っておる。その児玉に渡った金は一体どこへ行ったのでしょうか。これが今度の問題のなぞとなっておるわけでありますが、国税庁としては児玉の年次別の財産増減を整理をされたかどうか。また法務省としては、その金がどこへ渡ったのであるか調べましたかどうか、この御報告を伺いたいと思います。
○矢島政府委員 お答え申し上げます。 児玉誉士夫の通脱所得金額及び通脱税額につきましては、公訴事実によりますと、四十七年分は通脱所得金額は十三億一千六百万円、通脱税額は九億八千四百万円、四十八年が三億八千六百万円と二億八千七百万円、四十九年分が通脱所得金額は六億五百万円、税額が四億五千百万円、五十年が通脱所得金額は二億六千二百万円、通脱税額は一億九千七百万円、合計で、四年分で二十五億六千九百万円、それから通脱税額が十九億一千九百万円ということになっております。 先ほどちょっと御答弁のときに若干間違えまして、その公訴時効前の四十五年、四十六年分を含めますと、脱税所得金額で約二十九億、それから脱税額で約二十二億円ということでございますので、訂正させていただきたいと思います。 それから財産増減をしたかしないかということでございますが、いずれにいたしましても、調査の過程におきましてはやはり私どもとしてはいろんなアプローチをやっておりますので、その内容いかんということにつきましてはひとつ御答弁は差し控えさせていただきたいと思いますが、できるだけのことはやっておるということでひとつ御了解いただきたいと思います。
○前田(宏)政府委員 いまの公判係属中のことの内容にも関することでございますので、明確なお答えはいたしかねる面がございますけれども、当時、当然のことながら検察当局といたしましては、その後の流れ等につきましても捜査をしたということでございますけれども、十分その行き先がはっきりしなかったというふうに理解しております。
○横山委員 この問題のポイントは、児玉譽士夫がもらうことについての立証はかなりできたけれども、この金がどこへ流れたかという立証が、私ども国会はもちろん国民の目に少しも入ってこない。そして後で触れますけれども、児玉の犯罪行為というものは脱税、所得税法違反と外為法、まさにこのロッキードなりあらゆる航空機汚職の一番の黒幕とも言うべき人物の犯罪がどっかへ消えてしまっていくという焦慮の念を禁じ得ないのであります。二十五億になんなんとする金がどこへ行ったかわからない。まあもちろん国税庁でそれを捕捉をし課税をするということもあろうけれども、それにしてもどこへ行ったか明らかでないということは、国民に対する本件の理解と認識信頼を法務省なり国税庁が集めるには、これが欠けたる重大な問題だと思います。 次に丸紅ルートでありますが、この次には榎本証言、田中証言と続いていくと思うのでありますが、榎本の存在というものは一体どういうふうに検察陣は理解をしておるのでありましょうか。五億円を四回に分けて英国大使館裏の路上、九段高校の前の電話ボックス、ホテルオークラ、伊藤宅等々で金を受け取る主役になっておるのが榎本であります。昨年の十二月十八日、田中側弁護人の檜山への質問は、まあ私どもが推察するところ、榎本がすべてもらって、榎本がすべて政治献金として処理し、かつそれなるがゆえに田中は知らなかったという防波堤をそこで構築しようとしているのではないかというふうに考えられるわけであります。田中か——田中、田中ってえらい何ですが、田中角榮氏がと言いましょうか、田中角榮氏が実際問題として自分がもらったないしはもらった事実関係というものの立証が十分できていないという感じを受けるのでありますが、その点差し支えない範囲内でひとつ御報告を願います。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの点は、当然この事件の核心と申しますか重要な部分であるわけでございますが、いままでのところは外形的な金の授受というところが立証の表面に出ておるわけでございまして、さらに実質的なと申しますか、内容的なことはこれからの公判立証の問題というふうに御理解いただきたいわけでございます。 さらに、いまお尋ねの中で横山委員が御理解になったようにとれるかもしれないような質問もあったやに聞いておりますけれども、その趣旨はまだ現段階では明らかでございませんし、一面検察側といたしましては、起訴いたしました事実に即してその立証に最大限の努力を尽くしておるところでございます。
○横山委員 全日空ルートでは橋本氏と佐藤氏、この行政指導の経緯がいま立証中でございますが、一体全日空ルートは今後どのような裁判の進行になりますか。
○前田(宏)政府委員 いわゆる全日空ルートにつきましては横山委員がいま御指摘のような状況でございまして、他のルートに比べましてやや進行がおくれているというような感もないわけではございませんけれども、特に逆に問題があるというふうにも理解してないわけでございまして、ただそういうような状況でございますので、今後の見通しになりますと他のルートに比べましても一層明確にしがたい点があるというふうに御理解いただきたいわけでございます。
○横山委員 児玉ルートでございますが、児玉ルートが一番早いという予想をされておる向きがきわめて多いのでありますが、児玉ルートで私の承知する限り、児玉を残して双方の立証が終わって、大刀川の筆跡の鑑定も先ほど触れたようにまず証拠として採用されるということになりますと、児玉ルートは一番これらの問題の中で早いと思いますが、その展望はどうですか。
○前田(宏)政府委員 いままでの公判の進行状況は横山委員が御指摘のとおりでございます。その点から推しますと、他のルートに比べて早く結審になる可能性が強いのではないかということが一応言えるかと思いますけれども、事はやはり裁判のことでございますので、私どもの立場から、いつ済むとか早くいきそうだとかということは申しかねる次第でございます。
○横山委員 小佐野ルートはどうでしょうか。小佐野ルートのポイントは、二十万ドルを空港で、ロサンゼルスですか、空港で小佐野氏が受け取ったかどうかというポイントでありますが、小佐野氏はそのときゴルフをしておっていなかったという反証について、検察陣はどう反証しましたか。
○前田(宏)政府委員 いわゆる小佐野ルートにつきましては、御指摘の点が大きな争点の一つになっていることはそのとおりでございます。進行の上では弁護人側の反証という形になっておりますが、検察官側といたしましても、その弁護人側の反証にまた応じまして必要な立証をするということになるわけでございます。
○横山委員 ダグラス、グラマンの方では、海部、山岡等日商岩井側の三人、四月に検察陣側が終了いたしたようでありまして、次に弁護側というふうに承っております。有森は終了してもう完結ということになりましたが、このダグラス、グラマンの法廷の状況はどうですか。
○前田(宏)政府委員 この関係の公判状況は横山委員が御指摘のとおりのような状況でございます。
○横山委員 中村長芳元秘書の存在について伺います。 中村長芳元秘書が西独のドレスナー銀行口座へ一千万円を送れと言って指示いたしました。中村長芳氏のその金額はいかなる理由で、そして送られてからどこへそれが使われたか、それらについて御報告を願います。
○前田(宏)政府委員 お尋ねの点は、これまでの委員会等におきましても、一つの関心事と申しますか、ということでお尋ねを受けたことがあるわけでございますが、その際にも当時御説明があったと思いますけれども、結論から申しますと、その行き先といいますか流れははっきりしていないというのが実情でございます。
○横山委員 この問題も深くまだ霧に包まれておるところでございますが、この問題について岸信介氏から事情を聞いたのですか、あるいは岸信介氏が上申書を出したといううわさでありますが、その点はどうでありますか。
○前田(宏)政府委員 これも従来からお尋ねがあり、お答えしていることの一つであろうかと思いますが、私どもの立場といたしましては、犯罪事実に直接関係がないと申しますか公判で立証されないような関係のことにつきましては、捜査の秘密というようなこともこれありまして、御答弁を差し控えさしていただくという立場をとっておるわけでございます。ただ、この関係につきましては、中村長芳氏の検察官調書が海部メモとの関係で公判に出ておるということを申し添えておきたいと思います。
○横山委員 海部氏はこの点について公判で証言をしましたか。
○前田(宏)政府委員 お尋ねのこの点でというのはちょっと具体的でないわけでございますが、関連する点につきましてはそれなりの供述をしておったと思います。
○横山委員 公判の中でもう一つ霧に包まれておりますのがE2Cに絡まる疑惑であります。 本来の私ども国会で問題にいたしております基本的な問題がいつの間にやら影をひそめてしまって、先ほど指摘いたしましたように、児玉の偽証だとか児玉の所得税法あるいは外為法違反、そういうところへ歪曲化してしまって、問題の本質というものがこの公判で明るみに十分に出てこない、そういう焦燥感を私ども国会議員として免れがたい、そう思っておるわけであります。しかも児玉譽士夫に至っては最も軸心におった人間、小佐野もそうだと私は思うのでありますが、軸心におった人間が単なる所得税法違反あるいはまた外為法違反、そして税金を出せば後はもうそれで本人たちは終わりという点について、検察陣として本当に問題の真実に触れて調査をした、そして公判を争っておる、そういうふうに本当にお考えになりますか。
○前田(宏)政府委員 いまの点を含めまして、先ほど来いろいろと御指摘を受けておるわけでございます。確かに、国民の方々また国会の御関心というものに十分こたえ得たかどうかということになりますと、いろいろと御批判、御評価はあろうかと思いますけれども、当時検察当局といたしましては最大限の努力をいたしまして、いろいろな面での限界もございましたけれども、最大限の努力を尽くしまして、できるだけのことをやったというふうに私どもとしては考ええておる次第でございます。
○横山委員 法務大臣にお伺いをいたします。 あなたが就任当時物議を醸しました発言、要するに、これらの関係者が親しい友人であり青天白日であることを私は期待しております、もう一遍あのときのことを蒸し返そうとは思いません、あなたもわびられたから。蒸し返そうとは思いませんが、しかし就任以来もう相当の日数も経ておりますし、いまいろいろと、短い時間でございますけれども、法廷における諸事実というものが検察陣、弁護人一裁判官、法廷関係者の必死の攻防戦という状況であり、新聞にも事克明に報道されておる問題であります。むしろ私の感想をもっていたしますと、国会側の舞台が法廷に移っておる、さらにKDDやいろいろなものが出てきたためもありますけれども、国会側のこの種の問題についての追及審査あるいは対策の樹立、そういうものが欠けてきておる。冒頭申しましたように、ロッキード閣僚協は大上段に振りかぶったけれども、これがもう大山鳴動ネズミ一匹の状況だ、こういう状況について私は本当に心配をいたしておるわけであります。 あなたは、これらの被告人が古い友人である、無実であることを確信するなんて、びっくり仰天するようなことをおっしゃいましたが、いまの法廷の推移その他から考えて、今度は改めて法務大臣の所信を伺いたいと思います。
○倉石国務大臣 私は、こういう事件が再発しないようにということで、第三者の権威のある方々に政府も委嘱をして、そういう手段について意見を徴しまして、そういうようなことに基づいて、不十分であるという御批判はありますけれども、刑法の改正案というものを国会に提出いたしておるというようなことで、こういう忌まわしい事件というものが再発をしないようにあらゆる角度から力を入れなければならない、こう思っておるわけであります。
○横山委員 私の質問はこれで終わります。
○木村委員長 午後一時委員会を再開することとし、この際、暫時休憩をいたします。 午前十一時四十八分休憩 ————◇————— 午後一時十分開議
○木村委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。楯兼次郎君。
○楯委員 私は、中国からの引き揚げ者の国籍問題について質問をいたしたいと思います。話に聞きますると、相当多くの人がこういう二重国籍の不遇といいますか日本国籍の除籍の不遇に泣いておるわけでありますが、一つの例を申し上げまして質問を申し上げたいと思います。 まず簡単に、私が質問をする人の概要を冒頭申し上げまするので、お聞きをいただきたいと思います。 私の質問しようという中心は柘植という人であります。柘植秀人の母久乃は戦前内地で結婚し、昭和十四年一家は開拓団として中国に渡り開拓に従事をいたしました。昭和十六年六月二十日、長男の先ほど申し上げました秀人が出生をいたしました。そこで岐阜県恵那市に父母が出生届けをいたしまして日本国籍を取得をいたしたのであります。ところが、満州に渡りましたこの夫婦は、昭和二十年に夫の弘が現地応召をいたしました。軍隊にとられたわけであります。そして昭和二十一年四月の六日捕らえられましてソ連アムール州ムヒナ収容所というところで戦病死いたしました。妻の久乃はその後、生活のためというわけでしょう、中国人と結婚をいたしました。昭和三十九年に久乃、秀人親子は中国国籍を取得したのであります。これはなぜ三十九年に中国の国籍を取得したかといいますると、子供の秀人が成長いたしまして小学校の先生に就職をするということになったわけであります。ところが教師の仕事は日本の国籍では就職をすることが中国ではできなかったようであります。したがって、三十九年まで日本国籍にありましたこの親子は、就職のためといいますか生活のために三十九年に中国の国籍を取得した、つまり先生になるためには中国国籍というのが必須条件であったわけです。そこで二重国籍となったわけであります。 昭和五十一年に子供の秀人は永住のため帰国をいたしました。当時は中国人として外国人の登録をしておったのですが、その後秀人は日本人としても戸籍が現存をしていることが判明をしたわけです。したがって、外国人登録証を返納して中国国籍を放棄したいと法務省に申し出をいたしました。ところが法務省は、本人が中華人民共和国許可入籍証を所持しており、その記載から見て国籍法第八条の自己の志望によって中国国籍を取得したと考え、日中国交回復の日、昭和四十七年九月二十九日をもって日本国籍が喪失したものと考え、昭和五十三年一月二十三日、日本国籍の除籍扱いをしていると言っておるのであります。結論がまだ出ておりませんので、そういうことを法務省としては言っておる、こういう状態に置かれた家族であります。 そこで、まず第一に御質問申し上げたいことは、日中国交回復の日に中国国籍を持っていた日本人は本人の意思を無視して一方的に日本国籍を喪失させるという法務省、政府のやり方というのは不当ではないか。先ほど申し上げましたように、出生すれば父母が届け出をする、こういう戸籍を、ただ日中国交回復したからというので日本国籍を除籍するということは、国民の権利を一方的に剥奪する人権じゅうりんの行為ではないか、こう私は思うのでありますが、この点法務省の見解はどうですか。
○貞家政府委員 お尋ねのケース、おおむね承知いたしておりますが、まず第一に、日本国籍を喪失した原因と申しますのは、いま楯委員御指摘になりましたとおり、国籍法第八条の「自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。」ということになったわけでございまして、その規定によって日本の国籍を失ったというふうに認めたわけでございます。 ただ、その時期が日中国交正常化の日に急にそういう効力を生じたのかという点でございますが、その点につきましては、いわゆる中国に対しまして入籍をいたしましたのはその前の時点でございます。これは正確に申し上げますと、入籍許可証が出ておりますのが昭和四十二年でございます。ところが昭和四十二年当時におきましては、わが国は中華人民共和国を承認しておりませんでしたので、その入籍許可というものの効力を直ちに認めるということはできなかった。ところが国交正常化の日にその効力が完全に生じたというふうに考えられるわけでございます。したがいまして、昭和四十二年三月四日の入籍許可から昭和四十七年九月二十九日までは本件の柘植という方は、中国側では中国人として取り扱われておりましたけれども、わが国の方ではまだ日本国籍を保有しているというふうに取り扱われていたわけでございますが、これが日中国交正常化によって完全に中国におきます入籍許可というものの効力を認めて、同時に日本国籍を失った、こういうふうに考えているわけでございます。
○楯委員 いま御答弁いただいたのですが、私は経過について質問をしておるわけではないのです。子供が生まれた、出生届けを出した。これは政府がおまえのところで子供が生まれたから名前は何という名前だと言ってつけておいたわけではないのですよ。父母が出生届け出をして日本国籍を取得したわけです。今度は、奪う方は物も言わずに本人の承諾もなく、本人に通知もなく、日本へ帰ったらおまえは日中国交の回復の日をもって日本国籍は除籍をした、剥奪をしたというやり方というものは不当ではないか、こういうことを聞いておるわけです。
○貞家政府委員 問題は、国籍法第八条の当不当ということと、その認定が果たして妥当であるかどうかという問題に帰するのではないかと思うわけでございます。 国籍法第八条は、日本国民が自分の意思によって外国の国籍を取得いたしました場合には当然に日本の国籍を失うというたてまえをとっているわけでございまして、これは自分の意思で他国の国籍をとった者が依然として前の国の国籍を持っているということが妥当ではないという考え方でございまして、これは各国の立法例にも数多く見られるところでございます。したがいまして、国籍法第八条が著しく妥当を欠くということは申せないであろうと思います。 ところで、その認定といいますか、これを具体的に適用するに当たってどうかという問題になるわけでございますが、これは自己の志望によりということでございますから、自己の意思に基づかないという場合には無論問題にならないわけでございますが、一応その入籍手続が中国の官憲が証明するところによりまして正規の手続を踏んでいるということでございますと、これは特段の事情がない限りそれを無効であるというような判断をいたすということは必ずしも妥当ではないのではないか。本件につきましては、本人にいろいろ話を聞きまして、入籍許可証も提出されて、それを確認いたしましてそういう手続をとったわけでございます。
○楯委員 これは本人も法務省の担当官にいろいろ陳情したり、すでに話を何回もやっておると思いますが、私の聞きたいのは、あなたや、まあ私も最近国籍法なるものを研究したわけですが、そういう法律の予備知識があるとか知り尽くしておった場合に当てはまるような答弁ではないかと私は思うわけです。 これが中国に今後も永住をするということになれば、当然日本の国籍が除籍になっても問題は起きぬでしょう。ところが、現実に二重国籍の人が日本に永住をしたい、当然自分は日本の国籍があるものだと思って帰ってきた人に対して、法務省の国籍法を熟知しておる考え方で物事を処理するという点が誤りではないかということを聞いておるわけです。つまり、届け出をさして、除籍をするときには一方的に第八条でだめだ、こういうやり方がどうかということを聞いておるわけです。
○貞家政府委員 確かに、国籍法の知識のない方にとってはまことにお気の毒と申しますか非常に一方的だという感じをお持ちになるケースがあるかと思います。 ただ私どもといたしましては、法律の規定を尊重し、また事実関係を十分調査いたしました上で——やみ討ちと申しますか抜き打ち的にそういうことをいたすということはございませんので、多くの場合には本人からよく事情をお伺いいたしまして、それで実はこういうことになっているわけでございますというような御説明をいたすのが通例でございます。ただ先ほど申し上げましたように、個々の具体的な例に応じて逐一取り扱いを変えるということもなかなかむずかしいところでございます。 そこで、いろいろお気の毒な場合があるわけでございますが、もちろんこれは本人の志望によりというわけでありまして、本人の意思に基づかない、真正な意思が中国の国籍を取得するということはなかったというふうに認められる場合には、これは入籍とそれによって日本国籍を喪失するというふうには必ずしも認定できないわけでありまして、極端に申しますと、中国への入籍手続が何らかの強制でございますとか意思を抑圧された状態でそういう意思表示が行われたというような場合には、もちろん事実を調査いたしましてさような認定をいたさなければならない場合もあると思うのでございます。ただ、中国に入籍した方が便利であるとか、その方がこういうことで都合がいいから入籍したというような場合に、それが本人の意思に基づかないで入籍させられたという認定はむずかしいかと思うわけでございます。そこで、そういった場合に一応日本国籍を喪失したという効果を御納得いただきまして、数多くのケースにおいては、そういうことであれば改めて帰化の申請をいたしたいという申し出を受けるわけでございます。 そこで帰化ということになりますと、これは国籍法の六条という規定がございまして「日本の国籍を失った者で日本に住所を有するもの」つまり、前に日本人で日本の国籍を失って現に日本に住所を設定しているものという要件がありますと、きわめて簡易に帰化を認めております。つまり、通常でございますと、引き続き五年以上日本に住所を持っていなければいけないとか、いろいろ要件があるわけでございますけれども、そういった要件は大部分の要件が要らない、しかも調査も非常に簡便にいたしてこれを許可するというような取り扱いをいたしまして、そういった面で特別の配慮と申しますか、できる限りお気の毒な実情に対して配慮いたしているということでございます。
○楯委員 別に帰化の手続を聞いておるわけじゃないのです。本人の意思に反してということになれは、これは第八条ところじゃなくて——この人たちは満州に渡って応召を受けて戦病死した、そして五十年ごろまで中国に生活のためにとどまらざるを得なかったといえば、これは大きく言えば全部自己の意思に反しておるのですよ。政府の方針あるいは戦争政策で強制的にこういうことが行われた悲惨な戦争の後遺症といいまするか、そういうことを言っておるわけですから、第八条どころじゃなくて、これは全体がもう本人の意思に反しておる。 それから私が先ほど概況説明のときに、三十九年まで日本国籍を維持してきた、われわれの言葉で言うと堅持してきたわけですよ。帰化とかなんとかいうことではなく、私は日本人だ、私はあくまでも日本国籍にあるんだというので、昭和十四年から三十九年まで日本の国籍を維持してきたんだけれども、子供が大きくなって就職をするために中国の国籍が必須条件となったので、やむを得ず取得せざるを得なかった。こんなことは本人の意思じゃないですよ。だから、これは後でやりますが、あなたの答弁と私の質問とは食い違っているわけです。私は、国籍法八条にそういうことがあるんだけれども、そういう点を十分考慮して、この気の毒な人たちに対しては最大の便宜を図るべきではないか、結論的にはそういうことを言おうとして前提を言っておるわけです。 私はこれをもっとやりとりしたいのでありますが、四十分しか時間がないそうでありまするので、時間の進行上、今度は具体的な問題にひとつ入ってみたいと思います。 いま言っております子供の柘植秀人は、日本に帰ってきたら日本の国籍が現存をしておったので、中国の証明書——証明書といいますか、あれを返上したいということになっておるのです。これはもう話をしておるより一遍これを見てください。これは昭和五十五年二月の十八日、岐阜県恵那市長西尾道徳という人の公印があって、柘植秀人は現存しておるのです。それで、この人はどういう人かといいますると、昭和二十年の十月十五日に死亡をしたということか伝えられたわけですね。昭和二十年の十月十五日に死亡をしたということか伝えられて、それで除籍になっておるのです。ところが昭和五十年の三月二十三日に戸籍訂正の裁判をやりまして、その結論として昭和五十年四月十七日に訂正申請回復というので除籍が回復になっておるのです。だから、これは現存しておるのですよ。別に除籍でも何でもない。日本国民としての籍があるわけです。ちょっと見てください。昭和五十五年二月十八日、恵那市長でしょう。昭和二十年ごろ死亡したと伝えられたけれども、裁判の結果、生存しておるというので除籍回復になっておる。これはどうですか、日本人と認めて取り扱いすればいいじゃないですか。わかりましたか。
○貞家政府委員 お答えいたします。 実は非常に複雑でございまして、仰せのとおり昭和二十年十月十五日に秀人という人が中国で死亡したという届け出がなされました。それで、それによりまして一たん除籍をされたわけでございます。ところが秀人という人が生存しているということで、いまおっしゃいましたように、五十年の四月十七日でございますか戸籍訂正で戸籍が回復したわけでございます。ただ、その時点におきましては、先ほど申し上げました中国との関係、つまり中国籍に入籍したかどうかということはわかっていなかったわけでございます。そこで戸籍を戻したのでございますが、ところが、その後に至りまして、今度はいま申し上げました中国への入籍云々という問題が出てまいりまして、それによって今度はまた国籍を喪失したということで、現在の戸籍からはまた除籍されているということでございます。つまり、戸籍は経過を追って正確にやらないといけないわけでございまして、一たん回復をいたしまして、その後国籍喪失により除籍と、現在はそうなっておるようでございます。
○楯委員 日中国交回復は昭和四十七年ですね。除籍をしたのは日中国交回復の日で、昭和四十七年ですね、年は。ところが、この裁判をして除籍が回復をしたのは昭和五十年三月二十三日ですよ。だから、これはだれがどこで誤ったかは知りませんけれども、現実に戸籍は生きていますよ。五十五年の二月の十八日に恵那市長の戸籍謄本をもらってきて、必要な個所に提出すれば異議を言う人だれもおりませんよ、除籍とかなんとかないですよ、五十五年の二月ですから。 〔委員長退席、金子(岩)委員長代理着席〕
○貞家政府委員 確かに時間的に申しますと楯委員おっしゃるとおりで、非常に奇異な感じを与えるわけでございますけれども、昭和五十年の時点におきましては秀人という人が生存している、しかも日本国籍があるという前提、当時の認識としてはそういう認識に立ちまして戸籍訂正、戸籍回復をいたしておるわけでございます。 ところがその後に至りまして、最近に至りまして、中国への入籍許可云々という問題が判明いたしました。判明いたしましたその事実は、結局四十七年の九月二十九日にさかのぼるということでございますから、形式的に前後いたしますけれども、結局現在の戸籍、現在の除籍でございますか、除籍の面から見ますと、四十七年の九月二十九日に日本国籍を喪失して、それが五十三年に判明して除籍をされたという形になるわけでございます。
○楯委員 戸籍回復と戸籍を除籍した一般的な除籍の日は大分食い違うわけですね。三年ばかりさかのぼって除籍を一般的にしておいて、三年後に除籍回復になったものを、さかのぼって除籍だ除籍だという取り扱いは私はおかしいと思うのです。おかしくないですか。私の言うのがおかしいですか。だって認めたんじゃないですか、籍のあることを。
○貞家政府委員 繰り返して申し上げまして大変恐縮でございますが、事実認定によって戸籍を訂正するという場合に、その事実がある時点においてどこまでの事実が判明していたか、その後の事実の調査によってどこまで判明したか、その判明した事実が過去の事実でございますとどうしてもさかのぼるという、結果的にはそういう形にならざるを得ないと思うのでございますが……。
○楯委員 では、具体的に私はこういうことを申し上げたいと思います。 この人が日本の国で就職をしたと仮定いたしますね。この戸籍謄本を出して日本の国籍があるという認定で、就職でも何でもいいです、とにかく日本の国であるところに就職したとかあるいはそれに類した事柄があったとして、この戸籍を見ればだれが見たって日本人である、日本の国籍があると認定せざるを得ないのですよ。ところが法務省の方では、二年、三年あるいは五年、十年たって、あれは日本国籍の除籍者であると、そういうふうに言われるのか。どうもわかりが悪いのだが、どうですか、この点。
○貞家政府委員 確かに戸籍の記載内容をしさいに読んでいただきませんと、一見これは間違いではないのだろうかというような疑問をお持ちになる方もあるかもしれませんが、先ほど来申し上げておりますように、経過を追って戸籍をお読みいただくと、やはり私の申し上げたようなことになって、現段階では日本の国籍を持たないものとして取り扱われているというふうに御理解いただけるのではないかと思うわけでございます。
○楯委員 日本国籍ということで本人がいろいろ、まあ就職したとかそういうような問題があって、しかし除籍をされておったということで起こる損害は、これはどこが責任を持つのですか。日本国籍があるのですがね。そういう不利な取り扱いを受けた場合の責任はどこが持つのですか。
○貞家政府委員 問題は、もしこれは違法な取り扱いであるということになった場合の責任ということであると思いますが……(楯委員「違法じゃないのですよ、別に日本国籍で謄本があるんだから」と呼ぶ)もし不当な取り扱いをした者があれば、その者は国家賠償責任ということになるわけでございますが、本件につきましては、事実関係から申しましてそのようなおそれはないのではないかと私は考えます。
○楯委員 国籍法の八条は自己の志望によって中国国籍を取得した場合、こういうことになっていますね。 ところが、繰り返すようでありますが、この親子は昭和十四年から三十九年まで日本国籍であったのです。しかし中国国籍にならなければ就職ができない、生活ができない、夫は戦死し、子供一人抱えて苦労しながら三十九年まで日本国籍であったわけです。しかし、もうやむを得ない、就職して生活をするためには中国国籍を取得せざるを得ない、こういうことですから、国籍法八条の「自己の志望によって」云々という条項は当てはまらないんじゃないですか。
○貞家政府委員 まさに本件の問題は、自己の志望により外国の国籍を取得した場合に当たるかどうかという問題の一点に帰すると思います。 確かに就職その他、いろいろの都合によりまして中国国籍を選ぶ、そういった動機においていろいろな事情が恐らくあったと思います。これは、 一般に外国に帰化する場合でありましても、全くその動機なしに帰化するということはあり得ないわけでありますから、それはいろいろあったと思いますが、やはり自己の意思に基づくかどうかということになりますと、特別の事情がある場合、自由な意思の形成を抑圧されたというような状況でないと、それは自己の意思に基づかないとは言えないのではないかというふうに考えておるわけでございまして、中国の場合には、自分の意思によりまして日本国籍を保持すると申しますか、中国への入籍をがえんじていないという方もあるようでございます。戦後の混乱時代におきまして、海外でいろいろそういうケースがございますけれども、中国で本件のような場合にはやはり自分の意思に基づかない入籍ではなかったというふうに私は考えております。
○楯委員 同じことを言うのですが、三十九年までがんばっておって、異国で乳飲み子を抱えて何十年も苦しんで、そうして生活のためにやむを得ず中国国籍を取得したというのを自己の志望でと解釈するのはむしろどうかしておるのだと思うのですが、次へ進みます。自己の志望による中国国籍の取得とその認定について判例を見ますと、あなたは専門家ですから私か表題を言うだけでわかると思うのですが、東京地方裁判所昭和五十二年行ウ第三百五十四号国籍喪失無効確認請求事件の判決が昭和五十四年一月二十三日に出ています。いま私が質問したのと全く同じケースですね。その場合の五十四年一月二十三日のこの判決では「原告が日本国籍を有することを確認する。」こういうふうになっておるのですよ。こんな分厚いものですからここで読む時間もないし、あなたの方がよくおわかりと思いますので要約を申し上げますと、当時の新聞が焦点をうまく要約してあるのです。 この裁判で「争点となったのは、国籍法八条の自己の志望で外国籍を得たときは、日本の国籍を失うとの規定。」「この日の判決は、自己の志望によって、とは、表面的な志望の形式では足りず、真にその意思を持って中国籍を取得したものでなければならない」こういうことで「原告が日本国籍を有することを確認する。」という判決が出ておるのです。私は、いま私の質問しておるのは全く同じだと思うのです。この点について法務省の見解を聞きたいと思います。 大臣も私が質問しておることはおわかりになりますね。これは大体あなたのところの県に関係のある人ばかりですから、私が質問している人は。この判決と比べてどうお考えになりますか、あわせてひとつ答弁をしていただきたいと思います。
○貞家政府委員 昭和五十四年一月二十三日に東京地裁でいま楯委員がおっしゃいました判決がなされております。この判決は、国は控訴をいたしませんで確定いたしております。 これは本件と全く回しだとおっしゃいますけれども、実は非常に違った点がございまして、それは入籍許可証というものの提出がないままに認定したわけでございます。したがいまして、判決にも言っておりますけれども、中国国籍を取得する手続はしていない、こういう判断をしているわけでございます。ですから、護照、旅券を持っているというようなことからこれは入籍手続をとったというふうに市町村の方で認定したわけでございますけれども、これは実はその認定が正しくはなかった、正規の手続をとっている証拠がないということでございますから、結局、自己の志望により外国の国籍を取得した、そういう手続はしてないのだという認定に立っておるようでございます。
○楯委員 時間がないから後で一括してやってもらいます。 どうも法務省の見解というのは、中国の国籍を取得した、二重国籍というのを、何か自分たちが中国へ出かけていって好きこのんで勝手なことをやったんだ、だからだめだ、簡単に言うと、そういういままでの経緯、歴史的過程を無視した全く冷酷無比な取り扱い、解釈であるというふうにしか私はとれないのです。これらはみんな戦争の犠牲者ですよ。そうでしょう。それは何か、自分が好きこのんで行って勝手なことをやっている、そんなものは相手にできるかというやり方のようにしか私はとれないわけです。そういう点を余りしゃくし定規に自己流に解釈をしないで、似たような事件ですから、いまの判例にあるような取り扱いをやってもらいたい、こう私は思います。 そこで、これは厚生省へ聞くのが本当かもしれませんが、常識的なことですからちょっと簡単に聞きたいと思いますが、この秀人の母の久乃は三十九年まで日本の国籍であり、夫が軍隊の召集を受けて戦病死しておる。したがって遺族援護法の適用を受けるのが、公務扶助料を支給されるのが当然だと思うのですが、どうですか。
○貞家政府委員 社会保障の点につきまして私所管ではございませんので正確な知識は持ち合わせてはおりませんが、日本国籍を失うということによってその道はないということはおっしゃるとおりだと思います。ただ本件につきましては、久乃さんは昭和四十年に婚姻証明書がありまして、四十年に中国人の、名前はちょっと私何と読むのかわかりませんが、婚姻をしているようでございますので、その点からもこれはだめになるのではないかというふうに考えますが……。
○楯委員 これは厚生省の関係ですから、また厚生省の方へお聞きします。 私は、これは大臣に質問してやめますが、非常に気の毒な人たちですね。だから、法務省的な解釈ではこれは解決しないのです。日中とも国交回復をしたことですから、こういうかわいそうなといいますか不幸の立場に置かれた人たちの国籍問題を解決をするために中国とどんどん交渉をされて、こういう不安定な日々を解消してやってもらえないか、こう思うのですが、どうですか。いままでに法務省としては、こういう問題について中国と交渉をするとかしようとか、あるいは何か具体的にやったことがありますか。私は、国籍法の改正なりあるいは特別立法でもつくって、こういう悲惨な人たちの問題を解決してやればいいんじゃないか、こう思っておるのですが、ひとつ大臣の見解を聞いて終わりたいと思います。
○倉石国務大臣 お話を承っておりますが、戦争の犠牲者でございます中国在留の婦女子につきまして十分な考慮を払うべきものであるということは当然なことであると存じます。したがって、中国に帰化することによりまして日本の国籍を失いました者、お話のありました国籍法第八条でありますか、そういう方の日本への帰化申請につきましては特別な配慮を払うように実は指導をいたしておるわけでございます。いろいろなケースがございましょうが、両国の間で協議をするということは大変大事なことだと思います。
○楯委員 帰化、帰化とおっしゃいますが、帰化という言葉をいやがる、きらうというか、外国人になったわけじゃないということなんですよ。自分はあくまでも日本人である、日本の国籍があるんだ、こういう人たちはそういう考えに立っておりますから、帰化、帰化という前に何か解決方法を考えてやってもらいたい。だから、先ほど読み上げました判例でも、それは厳密に言えば名前が違い、形が違うでしょう。しかしケースとしては全く同じなんですよ、こういう人たちは、だから、そういう点で今後の積極的な解決の善処をお願いして、質問をやめたいと思います。
○金子(岩)委員長代理 木下元二君。
○木下(元)委員 私は、法人問題ことに特殊法人及び認可法人の法的性格を中心にして質問をしたいと思います。 昨年末閣議決定がありました五十五年行政改革、これにおきまして、その第一に特殊法人の整理統合を掲げまして、一つに統廃合、二つに内部組織等の合理化、三つに役職員の人事、給与等の適正化、この三項目にわたる計画を出しておりますが、ここで言う特殊法人というのはどういうものでありましょうか。また最近の新聞報道によりますと、全特殊法人を行政監察の対象にするというふうな記事が出ております。これまで四十八法人に限られておりました行政監察の対象を百十一の全特殊法人に広げるという方向が出ております。それからまた、行政管理庁長官が最近表明されましたが、特殊法人のあり方を再検討するために民間有識者による研究会を設ける、こういう方向も打ち出されております。 それで、ここで言う特殊法人というのは狭義の特殊法人百十一法人のことでありましょうか。これには認可法人は含まれていないのでしょうか。法的には特殊法人と認可法人はどこがどういうように違うのでしょうか。こうしたことについてお答えいただきたいと思います。
○門田説明員 お答え申し上げます。 先ほど三点にわたりまして先生の方から、こういう問題について特殊法人と言っているのは一体どういうものかという御質問がまず第一点でございます。 私ども行政管理庁で申しております、あるいは行政改革の方で掲げております、通常特殊法人と言っておるわけでございますが、これは行政管理庁設置法の第二条第四号の二の規定に基づきまして、それぞれの法人の新設、改廃につきまして行政管理庁が審査に当たる、こういった法人を指しております。したがいまして、先生が狭義とおっしゃいましたのでございますが、数といたしましては百十一法人、これを特殊法人と称しているわけでございます。御承知のように、こういった特殊法人は、ただいま申し上げました行管設置法第二条第四号の二にございますように、法律によりまして直接に設立される法人または特別の法律により特別の設立行為をもって設立すべきものとされる法人、これを指している次第でございます。 なお、御質問の第二点でございますが、それでは特殊法人と認可法人、これはどういうふうに違うのかという御質問であったように拝察いたしました。いわゆる認可法人と申しますのは、法律上にそういった概念規定は別にございませんし、定まった定義もないというものでございます。したがいまして、いわゆるという言葉を使わしていただいたわけでございますけれども、この認可法人という言葉は、通常、特別の法律によりまして監督規制は受けますけれども、その設立に当たりましては民間等の関係者が主務大臣の認可を得て設立するというたぐいのものに使われているようでございます。 したがいまして、特殊法人と認可法人はどこが違うのかということでございますけれども、特別の法律により設立されるという点では同一でございますけれども、特殊法人は、国が必要な事業を行う、そのために国みずからの手で強制的に設立する、そういったたぐいのものでございますのに対しまして、先生がおっしゃいましたいわゆる認可法人というものは、民間等の関係者が主務大臣の認可を得ていわば自主的に設立するという点で異なるということになるかと存じます。
○木下(元)委員 一応説明を聞きましたが、実定法上特殊法人と認可法人を分ける根拠というものはあるのでしょうか。
○門田説明員 お答えいたします。 実定法上というお尋ねでございますけれども、先ほどお答えいたしましたとおり、特殊法人というものは申し上げましたように強制設立型の設立行為がかかっております。それなりに国家意思が強く働いているということでございます。したがいまして、一般的に申しまして国の事業というものを処理していく上において国の別働隊的な性格が強く出てくる。そういう観点から、私ども行政管理庁の方でも広く国家行政組織全体の審査に当たっているわけでございますが、ただいま申し上げましたような観点から、特殊法人というものも国の別働隊的な性格から広い意味での国家行政組織を構成するというふうに考えられますので、行政管理庁の審査の対象としているわけでございます。 認可法人につきましては、冒頭お答え申しましたように、法令上確たる明示的な規定はもちろんございませんし定義もないわけでございます。その点で大きく異なっているであろうというふうに考えております。
○木下(元)委員 いま、いわゆる認可法人と違う特殊法人の性格を一般的にお述べになりました。実質的には一応わかるわけでありますが、私がいまお尋ねをいたしましたのは、実定法上特殊法人と認可法人を分ける根拠というものはあるのかというふうに伺ったのでありますが、この点はいかがですか。
○門田説明員 再三お答えいたしておりますとおり、特殊法人、認可法人とも法律にそういった概念が出ておらないものでございますから、したがいまして実定法上どうなのかという御質問に対しましても、やはりそれはないというふうにお答え申し上げざるを得ないと思います。
○木下(元)委員 認可法人ばかりではなく、いわゆる特殊法人についてもいま御説明がありまして、行政管理庁設置法の第二条の四の二で定められておるのが特殊法人だ、こういうように言われましたが、しかし何ら特殊法人という用語は出てこないわけであります。「法律により直接に設立される法人又は特別の法律により特別の設立行為をもって設立すべきものとされる法人」というふうにうたわれておるわけでありまして、それを特殊法人というように言っておるわけであります。便宜特殊法人というように言っておるのではないか。実定法上は何ら特殊法人というものは出てこないわけであります。それに間違いないでしょうか。
○門田説明員 そのとおりでございます。
○木下(元)委員 ただ、これは法務省に聞きたいのでありますが、法務省所管の政令に特殊法人登記令というのがございます。 これを見ますと、第一条に「別表の名称の欄に掲げる法人(以下「特殊法人」という。)とありまして、この法人の「登記については、他の法令に別段の定めがある場合を除くほか、この政令の定めるところによる。」と定められております。そしてこの第一条に基づく別表を見ますと、この中に多くの認可法人が特殊法人として掲載されておるのであります。そうしますと、法務省は認可法人を含めたものを特殊法人というように言っておるわけでありますか。
○貞家政府委員 御指摘のとおり特殊法人登記令という政令はございますが、この対象といたしております法人は、必ずしも行政管理庁の審査に服する狭義の特殊法人には限られておりません。実はこの特殊法人と申しますのは、現在一般に使われておりますいわば独立行政法人といいますか、行政組織の一環というような意味合いを持っている法人のことを対象とするわけではございませんで、むしろ登記の技術面からこういう分類をいたしたわけでございまして、出入りがございます。 つまり、行政管理庁の審査の対象になっておりますいわゆる狭義の特殊法人の中でも、株式会社形態をとっているものは除いております。株式会社形態をとっておりますものは、登記面では商業登記法の系列でそちらの方の規制に従っていただくということになるわけでございまして、たとえば電源開発株式会社とか日本航空株式会社、国際電信電話株式会社というようなものがございますけれども、そういったものは株式会社としての登記をやっていただく。したがって、そういった株式会社形態のものは除く。そのかわり、いわゆる認可法人等でありましても、主務大臣の認可を受けて設立は一個に限るというようなものは、この特殊法人登記令の対象にいたしておるわけでございます。これは、登記技術と申しますか登記すべき事項について、そういったものは法律できちんと決まっているから目的を書く必要がないとか、そういうような観点でございまして、法人の性質に応じまして、これが行政組織の一環であるとかないとか、あるいは法律上こういう性質を持った法人であるというような観点から分類いたしたわけではございません。
○木下(元)委員 技術的な観点から分類されておると思うのでありますが、ただ「特殊法人」というふうにお書きになって、そしてその特殊法人の中に、狭義の特殊法人ばかりではなく、しかもその狭義の特殊法人の一部を除いたもの、そしていわゆる認可法人も含めたものを(以下「特殊法人」という。)というふうにお書きになっておりますので、これは非常に混乱をするわけであります。政府部内では、あるときには狭義の特殊法人だけを特殊法人と言っておるようだけれども、このように特殊法人登記令に示されるように、認可法人を含めたものを特殊法人と言ったりしておる、こういうことになりますと、どうも概念の使い方がばらばらでありまして、混乱を招きかねないわけであります。言われることはわかるわけでありますが、どうも概念が明確でない、こういうふうに思うわけであります。 この特殊法人の法的性格につきましては、たとえば元行政管理局長の岡部史郎氏は次のように述べております。岡部史郎氏の「公社・公団・事業団」という書物でありますが、 公共企業体の研究を進めるに当たって、必ず突き当たる制度——概念の一つは、「特殊法人」である。特殊法人という用語は、元来、ジャーナリスティックな慣用語にすぎないが、その便利さのために、次第に公用語あるいは学術的用語として用いられることが多くなり、ついには、法令用語として取入れられるかもしれないいきおいである。しかし、無内容な、このような用語が、何か実体を示すかのように安易に用いられる傾向には賛成することができない。たとえば、「公共企業体は、特殊法人である。」という説明で、何か判ったような気がするような傾向は、警戒を要する。 と言っております。そしてさらに 法人理論の角度からは、公社・公団・事業団の区別について有効な基準を見出し難い。 と、述べております。さらに昭和三十九年の臨時行政調査会意見でも 現行の公庫、公団、事業団その他の特殊法人等は、明確な行政法学上の概念に基づいて設立されたものではない。すなわち、政府関係機関等の中には、政府の出投資を受け入れるため等予算会計制度上の必要によって設立されたもの、中央官庁の人事管理の行きづまりを打開するために設立されたもの、あるいはまた政治的圧力の解消策として設立されたもの等が混在し、その設立理由はきわめて多元的で、これらについての統一的な設立基準を見い出すことは困難である。 と指摘をしているところであります。さらに元内閣法制局参事官で現在上智大学の教授をしております佐藤功氏も、雑誌「経済人」七七年八月号の「行政改革の諸問題」の中で次のように述べております。 現在の特殊法人は非常に不統一なものとなってきております。例えば同じ性質の業務であっても各省庁の内部部局に任せているものもあれば、特別会計によるもの、それから特殊法人となっているものもあって、全く基準がないわけです。特殊法人の中でも公社、公団、事業団、公庫、銀行、基金、協会等々いろいろの種類がありますが、この法制上の区別も必ずしもはっきりしておりません。また政府各省の監督の範囲も強弱いろいろで不統一であります。 こういうように述べて ですからそういう制度そのものを全体として再検討し、真に特殊法人として行わせるべきものはどういう場合のものなのかということを考えた上で、現在ある百いくつかの特殊法人をみていくことが必要なのではないかと思うわけであります。というように締めくくっておるのであります。 法制局に伺いたいのでありますが、現行法令上特殊法人はどのように位置づけられておるのでしょうか。特殊法人と認可法人とはどのように区別されておるのでしょうか。そして政府部内で特殊法人という場合、行政管理庁が言うように狭義の特殊法人のことを指しておるのでしょうか。
○味村政府委員 特殊法人というのは何かということが第一のお尋ねと存じますが、先ほど行政管理庁からもお答えがございましたように、特殊法人という言葉を使いました法律は、現在のところ先ほど御指摘のございました特殊法人登記令があるだけでございます。これは民事局長の答弁されましたように、登記技術上の観点から、要するに登記令の別表に掲げたものを特殊法人と総称したにすぎないわけでございます。 政府部内でよく特殊法人と言いますときには、行政管理庁設置法の二条の四号の二の規定に基づきまして行政管理庁が新設とか変更等について審査をいたしますもの、これを政府部内では特殊法人と呼ぶのがいわばならわし的なものになっているわけでございますが、これを特殊法人と呼ぶのだという法律上の根拠はないわけでございます。 そして特殊法人についての法規制でございますが、各特殊法人の設立根拠法につきましては、それぞれ各省か原案をつくりまして、政府から御提案を申し上げて国会で御可決をいただいているものばかりでございますが、何分にもその事業の目的とか事業内容、組織、いろいろなものがそれぞれの法人ごとに違いますので、その組織が先ほどお読みになりました論文にございますようにいろいろになっております。ただ、公庫なら公庫あるいは事業団なら事業団、同じ事業団でございますれば若干性格に似ておるというようなところはございますが、しかし名称もさまざまでございまして、必ずしも統一がとれていないということは御指摘のとおりかと思います。
○木下(元)委員 特殊法人というのは、実定法上の直接の根拠規定もない、概念も非常にあいまいであるということでありまして、法的にはまさに正体不明であります。しかも見過ごせないのは、法的な性格がはっきりしていないことが認可法人を含む特殊法人全体の機構を膨張させ、腐敗不正をはびこらせる重大な要因の一つになっているのではないか、——こういうふうに思うのであります。 政府は、一九六八年以降スクラップ・アンド・ビルド方式による機構膨張抑制策を講じてまいりましたが、それとともに一九七八年以降常勤役員を縮減するなどの措置を講じてきました。そして、さらに一九六五年以降数次にわたる閣議了解や閣議決定を行って天下り人事を規制してまいりました。しかし、これらの措置は狭義の特殊法人だけを対象にしておりますために、認可法人も含めた広義の特殊法人全体について申しますと、機構膨張抑制という点でもまた天下り人事の規制という点でも、どうも効果を上げてこなかったのではないか、こういうふうに思うわけでありますが、この点はいかがでしょうか。
○門田説明員 お答え申し上げます。 先生は認可法人を含む広義の特殊法人という用語をお便いになったわけでございますが、先生御指摘のとおり、累次にわたります行政改革あるいは関連閣議決定等におきまして、特殊法人につきましては乱設の抑制でございますとかあるいは役員人事の適正化の問題ということを決めてきたわけでございますが、認可法人も全体くるんでやるべきではないかという御趣旨に拝察いたしました。 先ほどお答えしたことと関連するわけでございますが、いわゆる認可法人と申しますものは、当庁としましては審査権限が及んでおりません。政府全体としましては、当然のことながら各主務大臣が主管しているわけでございます。従来から、それぞれの主管大臣が中心となりまして関係者が協議しながら、毎年度の予算編成あるいは関連法案の作成、立案でございますとかあるいは認可というふうないろいろな過程を通じまして、その必要性などについて十分審査を行っているところでございます。 最近の例を申し上げますと、現に昭和五十五年度予算におきましては、二省から認可法人の二つの要求がございました。財政当局といたしましては、関係者間の協議の結果、いずれも認められなかったというふうに聞いております。認可法人につきましては、現在そのように厳しい事情にございます。 こういった諸事情にかんがみますと、みだりに設立されるようなことは当然厳に戒めなければならないところでございますし、またそれぞれ特別の法律の目的に沿った円滑な、そして効率的な運営が図られるべきことは当然でございます。今後とも予算編成などの過程におきまして、各主務大臣が中心となりながら適切に運営されていくことがしかるべきか、こういうふうに考えております。
○木下(元)委員 たとえば一九六八年から七八年までの十年間をとってみますと、この間に特殊法人は二法人削減されておりますのに、認可法人の方は二十五法人から五十一法人に二倍に膨張いたしております。それから認可法人への天下りは特殊法人のように規制されておりませんので、特殊法人以上にひどい状態にあります。昨年三月時点でありますが、給与の出ている役員二百二十四人中百五十二人が天下り官僚でありました。 ですから、機構の膨張抑制とかあるいは天下り人事の規制ということを言いましても、特殊法人いわゆる狭義の特殊法人だけを対象にしておりますと、これはもうまさにざるではないか、こういう感じがするわけであります。特殊法人の機構の膨張を抑制する、天下り人事を規制するというならば、当然これは認可法人を含む特殊法人全体を対象にして行うべきではないかと思います。なぜこの認可法人を含めようとしないのでしょうか。
○門田説明員 お答えいたします。 先生ただいまの御質問で御指摘になりました認可法人の設立あるいは役員の数のうちの天下りの数などの数字につきましては、私どもつまびらかにいたしませんが、数としまして御指摘の期間に認可法人がふえてきているということは事実であろうというふうに考える次第でございます。 こういったことについて、いわゆるざるではないかという御指摘でございますけれども、先ほどお答え申し上げましたとおり、いわゆる認可法人につきましては当庁審査権限が及ばないところでございますし、かたがた各主務大臣が適切に運営され適切な人事を行っていかれるということを関係者間の協議を通じてできるだけ確保していくということが現在の段階では緊要なことではないだろうか、こう考える次第でございます。
○木下(元)委員 審査権限が及ばないから行政管理庁の方を責めてもらっても困るという趣旨のようでありますが、この点につきまして行政監理委員会は、昭和四十二年七月二十日の「特殊法人の整理と行政管理庁の審査権限について」と題する意見が出まして、その中で次のような指摘を行っております。 現在、行政管理庁が調査の対象としているいわゆる特殊法人は行政管理庁設置法第二条四号の二により同庁の審査の対象となっている合計百八の法人である。 現在は百八が百十一になっておるわけであります。 しかるに、同条の規定が行政管理庁の審査対象としている法人は、(一)法律により、何らの設立行為を要せず、直接に設立される法人(二)特別の法律により、且つ政府が設立委員を任命するという特別の設立行為をもって設立される法人に限られている。その結果、これら特殊法人と何ら異ならない政府の監督・助成をうけ、しかも特別の法律によりながら、単に特別の設立行為によらないこととすることによって、行政管理庁の審査の対象とされていない相当多数の法人が存在する。また、行政管理庁の審査の結果、特殊法人としては設置を認められなかったものが、この形式に衣がえをして設立されるという実例もないではない。この点は、行政監理委員会の遺憾とするところであり、このような状態を放置するならば、特殊法人の整理は十分な成果を収めることができないといわざるを得ない。 よって、行政監理委員会としては、整理・統廃合に不可欠な措置として、いわゆる特殊法人の性格、定義を明確にするとともに行政管理庁設置法の前記規定に所要の改正を加えるよう再検討する必要があると認める。 こういう提言を行っておるわけであります。これは四十二年でありますが、さらに昭和五十年四月二日の「今後における行政改革の課題と方針」と題する意見の中では、次のような指摘を行っております。要点だけ申しますが、 時代の要請に十分適合しなくなった特殊法人の整理再編成を進めるとともに、その経営合理化を推進する必要がある。 なお、この場合においては、単に特殊法人に限定することなく、いわゆる認可法人等も含めて検討を進めるべきであると考える。 こう言っておるのであります。 こういうように行政監理委員会から出てまいりました意見、この意見を政府としましては当然尊重し、これに基づいて認可法人を含めた特殊法人全体についての法的な性格、定義を明確にしてもらいたいと思うのであります。そして、それとともに機構の膨張抑制等の規制を認可法人も含めた特殊法人全体に対して行うべきであると考えるわけであります。いかがでしょうか。これは行政管理庁と内閣官房と法制局、そして法務大臣にも法務に関して所管をする立場から聞きたいと思うのでありますが、いま席を外しておりますので、後で伺いたいと思います。順次伺いたいと思います。
○門田説明員 先生ただいま御引用になりました昭和四十二年の行政監理委員会あるいは昭和五十年の行政監理委員会五人委員意見、こういった御意見をちょうだいしたことは事実でございます。 これらの御意見につきまして当庁内部でも種々検討してまいったところでございますが、先ほど来お答え申し上げておりますように、行政管理庁というのは国家行政組織を管理するという立場にございまして、そういう観点から、行政管理庁設置法二条第四号の二に定義されておりますような法人について、国の別働隊であるというふうな性格から国家行政組織に準ずるものとして同時に管理していく、そういうことでございますので、いわゆる認可法人という民間主導によって設立され主務大臣がこれを認可するというたぐいのものにつきまして、これを行政管理庁の組織管理の対象とするということにつきましては、なお慎重に考慮しなければならないということで今日に及んでいる次第でございます。先ほど来お答え申し上げておるところでございますが、今後とも各主務大臣が中心になりまして十分にその必要性等について考えていく必要があろうか、こう存じている次第でございます。 以上でございます。
○清水政府委員 ただいま御指摘の問題でございますが、ただいま行政管理庁からも御答弁を申し上げたわけでございますが、形の上では必ずしも、たとえば御指摘の監理委員会の答申のような形にまだなっていないというようなことがあるわけでございますし、そのほか、先ほど来御指摘のような状態にはございます。 しかしながら政府全体という立場から申し上げさしていただけば、最終的には内閣あるいは閣議という場を通じまして締めくくりをつけているわけでございますし、ただいま各主務大臣においてそれぞれ所管の問題について責任を持ってやっていただいているということがございましたが、そういうものはすべて内閣として統一的にやっているということで、もし必要であればそれは内閣官房において実質的にも十分注意を払ってやってきているということは御理解いただきたいところでございます。 内容的な点で申し上げれば、やはり乱立になってはいけないというようないまの監理委員会の御提言の趣旨もそこにあろうと思いますし、あるいは天下り規制の問題というのも、これは何と申しますか、一方ではやはり人材の適正な配置というようなことがその趣旨であろうと思います。そういうような実質面につきましては各省でも責任を持ってやっていただいていると考えておりますけれども、必要に応じては内閣官房としても注意を払ってやっていかなければならない、そのように考えているところでございます。
○味村政府委員 先生の御質問は認可法人のいわば規制というような問題でございますので、非常に政策的な問題でございます。したがいまして、法制局といたしましてお答えすることは、仮に法律になった場合にどういうふうに考えるかというようなことでございまして、これは結局、各省を含めました内閣全体がどういうふうに規制をするか、それを法律によってやるかあるいは行政指導といいますかこういったものによってやるかというようなことが決まってからの問題でございます。 一つだけ申し上げておきますが、認可法人については現在のところ統一した定義がないわけでございまして、先ほどから行政管理庁の方から申されておりますとおり、いわゆる認可法人でございまして、認可法人の中身、どういうものが認可法人に属するのかということは決まっていないわけでございます。大体のところ、何となく特殊法人に似ているというような感じで認可法人という言葉をお使いになっていると思うのですが、仮に立法化いたすということになりますれば、規制の対象となる認可法人というものをちゃんと定義づけるということが必要になるであろう。しかし現段階におきましては、まだそのような認可法人についての明確な定義を下すという段階にはなっていないということを申し上げたいと思います。
○木下(元)委員 法制局にちょっと聞きますけれども、機構の膨張抑制等の規制を加えるというふうな問題については政策的な事柄であるということで、それはそうなんですが、そのことを法制局の方に聞いているわけではないのでありまして、ずっと議論をしましたように、特殊法人め認可法人、これがいろいろに、特殊法人の中に認可法人も含めたようなふうにもたとえば登記令で使われておったり、あるいはまちまちに使われておる。やはり共通した実態があるわけでありますので、ひとつ共通した法的な性格あるいは定義をすることが可能ではないかということを聞いているのですが……。
○味村政府委員 現在のところ、先ほども申し上げましたように、特殊法人ということについての定義は特殊法人登記令以外にはないわけでございます。そして政府部内で特殊法人と言っておりますものは、これは行政管理庁設置法の二条四号の二に規定しておりますものをいわば特殊法人と便宜上称しているわけでございます。しかし、それは便宜上のものではございますが、一応この行政管理庁設置法の二条四号の二に規定してある性質を持ったものとして把握をいたしているわけでございます。その中にはいわゆる認可法人は入っていないわけでございます。 そこで先生の御指摘が、特殊法人に似ていて規制をする必要のある認可法人があるのではないか、それといわゆる特殊法人とをひっくるめて何らかのもう一つ上位の法概念ができるのじゃなかろうか、そういう御質問だと拝察したのですが、ただ、確かにそういうお考えも検討すればないことはないと思いますが、現在のところでは認可法人と言われておりますものの性格というのはまだ非常に確たるものがございませんで、現段階におきましては、認可法人と特殊法人とをひっくるめてもう一つ上位の法概念をつくるというまでには熟していないのではないかというように考えるわけでございます。
○木下(元)委員 行政管理庁にもう一度伺いたいのですが、いまの問題については慎重に考慮をする、また各主務大臣が中心になって協議をというお話があったのですが、私がいま援用いたしましたように、行政監理委員会は二度にわたって意見を出しているわけですね。もう再々にわたって援用はいたしませんけれども、結局、特殊法人も認可法人も一緒になって整理統合を進めるように考えていけ、そういうことでしょう。で、先ほどの問題の行政管理庁設置法二条四号の二、これもひとつ所要の改正を加えるように再検討する必要があるとはっきり明言しているわけですよ、意見の中で。これはつまり、百十一の特殊法人だけを対象にして審査をするということでなくて、いわゆる認可法人も含めて行政管理庁が審査できるように、そういう方向でひとつ検討を加えてもらいたい、こういう意見を行政監理委員会が二度にわたって出しているわけですね。 ところが、いまの行政管理庁としての見解はこれと大分ずれがあるように思うのですよ。一体そういうことでいいのでしょうか。私はちょっとそれは困ると思うのですよ。この行政監理委員会の意見については、行政監理委員会設置法第三条というのがありまして、これによって行政管理庁長官は意見等の尊重義務というものが明記されております。行政監理委員会がこういう意見を出しているのですから——そういう意見を出していることは、これは否定できませんね。そうすれば、その意見を当然行管の長官は尊重して、それにのっとった方向を打ち出すべきことが当然でございます。ところが、いまのお話を聞いていると、行政監理委員会がそういうすぱっとした意見を出しておりますのに、どうもそれと違った、大分ずれ込んだようなことを言っておられる。それは困るじゃありませんか。いかがですか。
○門田説明員 お答えいたします。 行政監理委員会昭和四十二年の御意見あるいは五十二年の——五十二年のは行政監理委員会の御意見というよりは行政監理委員五人委員の御意見ということでございましたようでございますが、いずれにせよ御意見の中身は先生御指摘のように二点ございまして、一つは、乱立抑制等を含む見直しの問題でございます。もう一つは、行管の所掌審査の権限に追加せよというふうな御意見、この二点であろうと思います。 後者の行政管理庁の審査の対象に含めようというふうな点につきましては先ほどお答えした次第でございますけれども、私ども行政管理庁が広い意味での国家行政組織というものを管理していく立場からしますと、なおこういった性格のものについては慎重に検討する必要があるんじゃないかということで今日に及んでいると申しました。ただいま先生の御趣旨、これも含めまして改めて慎重に検討を続けていきたい、かように考えております。 第二の乱立抑制等を含む見直しの問題、広義で言う行政改革の問題でございましょうが、こういった問題に関連いたしましては、先ほど内閣官房の方からもお答えがございましたけれども、私どもあるいは内閣官房、必要がございますれば、各主務大臣の方で適切にやっていらっしゃることと考えますけれども、またそうでなければならないと考えますが、必要がございましたら適宜協議を進めさしていただきたい、かように考える次第でございます。
○木下(元)委員 慎重に考慮をするということは、これは特に慎重ということを言われるのですが、どこに問題があるのか私は理解に苦しむのでありますが、その審査の対象に加えると行政監理委員会が打ち出した方向にのっとって、そういう方向で進めることについて前向きで検討していく。ただ、いろいろと問題があるから慎重に考えておるんだということでございますか。
○門田説明員 再三同じことをお答えするようでございますけれども、行政管理庁というのは広い意味での国家行政組織を管理する、こういう立場でございます。 先ほど来冒頭から御説明申し上げておりますが、特殊法人というのは国が強制的に設立を行い、その法人によって国の業務の代行をさせるという性格のものでございます。かつ、それを担保するために特別の設立行為をもって設立されるべきもの、されている法人、こういうふうに外形的な基準を設けられているわけでございまして、そういった行政管理庁の所掌事務そういった審査という観点からややはずれることは間違いございません。いわゆる認可法人につきましては、民間等が自主的に設立し主務大臣の認可を受けるということでございますので、国家行政組織というものになじむかどうか、そのあたりにつきましては慎重に検討を要する、かような意味でお答え申し上げた次第でございます。
○木下(元)委員 ただ、そういうふうに言われますと、たとえばその認可法人と言われておるものを見ましても、実態はもう千差万別だと思うのですよ。民間、民間と言われますが、民間に近い色合いもいろいろとある、あるいはもう特殊法人と全く変わらぬようなものもある、特殊法人とされておるものと比べてみても何ら国家的事業という性格において遜色のない認可法人もあるのですよ、実態をいろいろ見ますとね。 一々議論はしませんけれども、たとえば日本銀行なんというのは認可法人でしょう。認可法人だからこれは民間に近い、特殊法人と違うという、そういう実態的な区分けをされようといたしますけれども、そういうことを言われるのだったらなかなかこれは議論が尽きないと思うのです。決してそうではないと思いますよ。ですから、慎重に考えられるということも言われましたが、私は今国会が終わりましたら関係省庁が協議をして詰めるというお話も聞いておるのであります。ひとつぜひこれは早急に進めていただきたいと思います。 また、法務大臣はさっき席を外しておられましたので、ちょっとお尋ねするのをやめたのでありますが、結局、特殊法人と言われておるものと認可法人と言われておるものかある、その膨脹を抑制するとか、あるいは天下りを規制するというのは特殊法人だけを対象にしてやられておる。しかし、そうではなくて、やはり実態が変わらないような認可法人も含めてやるべきではないのか、こういう理論でございます。その特殊法人と認可法人を一つのものとした定義づけもできるのではないか。行政管理庁が審査の対象にしておりますのはいまの法制上特殊法人だけでありますが、しかし行政監理委員会は、認可法人も含めて審査の対象にすることを考えてはどうか、改正を検討してはどうか、こういう意見もはっきり出しておるわけであります。ですから法務大臣も、これは法務を所管されるわけでございますので、ひとつこうした問題等についてもよく御検討を加えていただいて、閣議の中でもひとつ積極的に、私がいまいろいろと申し上げましたような方向で進んでいきますように考えていただきたいと思うのであります。いかがですか。
○倉石国務大臣 いわゆる特殊法人はそれぞれの目標を持って設立されるものでありますので、したがってその監督等は一番それらの特殊法人に近い省庁がやるということは、それは大変いいことだと思います。しかし、ただいまお話しのように、これはひとり行管の今度の整理の問題に限らず、いろいろな行政をやってまいるのに、いまお話のございましたように統一した目的で、統一した方向でやったらどうだという御意見、これは私どもといたしましても行政全般の上から見て大事なことだと存じますので、そういうふうなことについて検討をしてみたいと思っております。
○木下(元)委員 それでは、一応これで終わります。
○金子(岩)委員長代理 飯田忠雄君。
○飯田委員 昨年の九月におきます解散の状況を私は思い出すわけですが、野党から内閣不信任案を提出いたしまして、その提案理由を社会党の多賀谷書記長がなさろうとして演壇に近づいていかれた、その途端にいわゆる紫のふくさが出てまいりまして、議長がお読みになって、それで解散、こういうことに相なったわけでございます。 私は、この状態を見ておりまして、これが本当に現行憲法の精神に沿うた解散方式であろうか、大変疑ったものであります。このような方法であるならば、旧憲法における天皇の衆議院解散命令権に基づく解散方式とちっとも変わらないではないか、旧憲法と現行憲法の違いは一体どこにあるだろうかということを痛切に感じたものであります。 と同時に、天皇は国事行為として解散詔書を発布されました。その国事行為として発布された解散詔書であるならば、その解散詔書の持っておる効力は国事行為としての効力しかないはずであります。つまり解散詔書では、衆議院を解散いたしましたということを天皇が国民に向かって宣言される、そういう宣言行為があるだけではないか。そうしますと、そういう宣言行為は、元来そのもとになる衆議院解散の議決がどこかでなされて、それを宣言されるのがたてまえでありますが、それが先に宣言がなされてしまって、その宣言を議長がお読みになって、衆議院議員が皆これにならって全員が服従して解散が成立した、こういう形でございます。 私は、こういう解散が無効だとは思いません。これで有効だと思いますけれども、やり方、解散の仕方に憲法の精神、憲法の構造に反するものがありはしないかということを思いますので、本日この問題を取り上げると同時に、もしこの解散が無効であるということになりますと、落選した議員の損害賠償権が生ずるのではないか。その賠償額というものは相当の数に上ります。ですから予算の問題として重大な問題であろう、このように考えるわけであります。 政権を握りました者が解散、総選挙に当たりまして反対派を倒すために国家の持つあらゆる手段を動員することができることはよく言われることであります。報道機関や町内会長や婦人会長その他地域の有力者を巧妙にかつ合法的に組織いたしまして、これを動員することもできます。また、政権を取った人たちは金に困ることもございません。一九三三年一月三十日、連立内閣の首相に指名されましたヒトラー、彼はその前年の十一月に行われましたばかりの国会、これを再び二月に解散することを決意しております。このようにしてナチスの政権は、当時ナチス党よりも多いところの保守党、連立内閣の中でも保守党は多かったのですが、それも倒してナチスの単独政権をつくったわけであります。総理大臣が国会の解散権を握るということが政治的にどんなに大きな意味を持つか。これはヒトラーの例をまつまでもない問題だと思います。 わが国におきましては、従来自由民主党が絶対多数であったから、これは国会が解散権を持とうと内閣が解散権を持とうと、実質において変わりはない。だから余り問題にならなかったのです。だから、この問題は余り取り上げられることがなかったと思います。しかし、今日の段階においては違います。今日は御承知のように与党と野党が伯仲勢力であります。次に来る参議院の選挙でどうなるかもわかりません。こういう段階におきまして、憲法問題をしっかりと固めないで、ただ従来の明治憲法の方式をそのまま襲用するような現在の解散方式をとっておりまするならば、いつかはヒトラーのとったあの方法がとられないとは保証できないのであります。そういう意味におきまして、私は今日この解散権の問題は重要だと思います。簡単に申しましても、内閣が解散権を持って最高権能機関である国会の組織を破壊するといったようなことがちっとも不思議に思われないでいままで行われてきたこと自体は重大な問題だと思いますが、ことにこれからは一層この問題は重大であろうと思います。 私は、この憲法の従来における問題をいろいろ研究しました。この間の解散問題につきまして、予算委員会で三十分時間をいただきましてお話を聞こうとしたのでございまするが、そのときのお話では、憲法問題はすでに過去において数回国会でも取り上げられて、問題は解決したと考えられるようなものであるといったような御答弁があったことを覚えております。過去におけるそうした憲法問題がありましたことは私も存じております。これは議事録を全部調べました。その結果、昭和二十三年十月から十一月にかけて第一回の大議論があったことは承知しております。昭和電工事件で芦田内閣が倒れまして、その後に成立した第二次吉田内閣が第七条解散を実行しようとしたときであります。このときにGHQの方から干渉がございまして、憲法六十九条による解散でなければならないということが起こったということも、この議事録で知ることができました。 それから第二回には、昭和二十六年サンフランシスコ平和条約の締結のときの前後でございます。このときには各党の党利党略による解散論争に決着をつけるために、同年十月十日第十二回国会において両院法規委員会が設置されました。それ以後、翌年の六月十七日、この日に両院法規委員会で衆議院の解散制度に関する勧告というのが出されましたが、それまで十カ月にわたって検討が行われております。この両院法規委員会の各参考人の御意見、これも全部私は詳細に検討いたしましたが、まことに残念なことには、この人たちの考え方は、まだ旧憲法と時間が隔たっていないために旧憲法の考え方をそのまま心の奥底に持って、そして行われておる解散論議であるというふうに感じました。つまり、内閣が解散権を持つことは当然のものだということを前提に置いて、その上においての問題でございます。こういう問題につきまして当時の権威者は、イギリスの国王の権限に由来する解散権論を振り回しまして、日本においてはイギリスの制度がいいということを論じておられます。しかしこの問題も、考えてみますれば、旧憲法における天皇主権における解散命令権、この問題に対する郷愁にほかなら、ない。それを何とかして新憲法の中に持ち込むための方便として、イギリスの国王の権限に由来する解散権、こういうものを持ち込んでおいでになっておるように思われてしょうがないのであります。こういう国会の論議というものが、今日の現行憲法の本当の構造、本当の精神から言いまして必ずしも正しいものではないということを私は痛感せざるを得ないわけであります。 こういう問題につきましては、当時昭和二十八年の十一月一日に、私どもの公法学者で組織しておりまする公法学会、その第一部会で多数をもって確認した結論がございます。それは、内閣は天皇の行為に対する助言、承認者としての資格においては何ら実質的決定権を持たない、こういうものでございまして、学者の大多数の意見はそういう意見なんです。ところが今日、先般の予算委員会で伺いましたところの御議論では、これに反する、内閣が実質的決定権を持つんだ、こういう前提を置いての御議論であったと思います。今日、この伯仲国会におきましてこの問題を度外視しておきますならば、私は、必ずわが国は将来非常に困る状態に陥る可能性があるということを心配いたします。 したがいまして、ここに二、三御質問を申し上げたいわけでございます。 この解散権につきまして、私は昨年において二回質問主意書を提出いたして御答弁を得ております。それから本年に至りまして二回やはり御答弁を得ております。この主意書の御答弁を見まして感じますることは、余りにもその御答弁が簡単過ぎて、私どもには理解しがたい御答弁であります。つまり論理的根拠、法的根拠を正確に示されていない。それからまた、一方的な、高飛車的な、託宣的な御議論が多い。自分はこう考えるんだ、これでおまえは了承せい、こういう形のものが多いわけでございます。こういう議論は幾ら重ねても問題の解決にはならない、このように私は思います。 そこで質問を申し上げたいのでありますが、まず、最近の質問主意書につきまして御質問を申し上げたいと思います。これは二月二十三日に再質問主意書というのを内閣に提出いたしました。これに対する答弁を本日いただいたのであります。ところが、この御答弁は余りにも簡単過ぎてわかりかねますので御質問を申し上げます。 まず、私が質問しました内容を申します。 内閣の行う助言は天皇の国事行為についての助言であって、国政に関する助言ではない。従つて内閣に国事行為に対応して存在すべき国政行為についての決定権がなければならないものではない。 つまり内閣の方では、助言から内閣に実質決定権が生まれてくるんだ、こういうふうにおっしゃっているんだが、そんなことはおかしいではないか、天皇の国事行為についての助言なのであって、国政行為に関する助言ではないのではないか、こういう意味でございます。 内閣以外の機関が衆議院解散を決定すれば、それに基づいて助言をすれば足りるからである。 よつて答弁書のいう「衆議院の解散は、国政に関するものであるが、右にいう内閣の助言と承認とは、衆議院の解散について内閣が実質的にこれを決定することを意味し」 といったような答弁が前の答弁書に出てまいったのですが、それは 我田引水の解釈であると言わねばならない。 このような解釈は、憲法の構造及び精神に照らし、三権分立の原則、立法、司法、行政の各権力機関の相互不可侵の原則、国会の最高機関たるの地位の規定に反する何ら正当な根拠のない独断的解釈である。 内閣に対し、答弁書に言うがごとき国家の最高機関たる強大な権限が与えられているとするためには、憲法にその旨の明文がなければならない。 答弁書の解釈は、法理論上到底認めることのできないものである。よって、次の質問に答えられたい。 一 天皇の発布した衆議院解散詔書は、国政に関する権能を有しないから、この詔書が発布されただけでは、実質的に衆議院を解散する効力は生じない。 内閣の助言と承認は、詔書が有効に成立するための要件であるにすぎない。 それは、解散詔書が天皇の国事行為として作成された詔書自体の性質を変更するものではない。従って、天皇の名において作成された解散詔書には、国政に関する権能がないという詔書の性質に変動はないと言わねばならない。 右のように解するのが正当と思うが、どうであるか。 こういう質問につきましていただきました答弁は次のようであります。 衆議院の解散は、天皇が内閣の助言と承認により行うものであることは、憲法第七条に規定するところである。 なお、天皇の行為は、内閣の実質的決定に従い行われる形式的・名目的なものであるから、憲法第四条第一項の規定に矛盾するものでないことは、先の内閣衆質九一第五号(昭和五十五年二月二十二日)の答弁書の一から三までにおいて答弁したとおりである。 こうあります。 そこで私はお尋ねいたしたいのですが、この答弁書ではわかりません。「衆議院の解散は、天皇が内閣の助言と承認により行うものであることは、憲法第七条に規定するところである。」こういう答弁ですが、ここに言う「衆議院の解散」ということはどういう意味の衆議院の解散であるのか。憲法第七条に書いてある衆議院の解散は国事行為であります。国事行為と国政行為は違う。国事行為というのは解散を宣言するだけです。実体的な解散を生ずるのは国政行為なのです。答弁書で言っておられるところの「衆議院の解散は、天皇が内閣の助言と承認により行うものであることは、憲法第七条に規定するところである。」という御答弁ですが、ここに言われる「衆議院の解散」というのは、一体国事行為としてのものなのか国政行為としてのものなのか、御答弁をお願いいたします。
○角田政府委員 質問書に憲法七条を引用してありますが、まさに七条の三号に「衆議院を解散すること。」ということが書いてあるわけであります。「衆議院を解散すること。」というのは、事の本質から言えばきわめて政治的なことであり、そういう意味では国政に関するものでありますけれども、しかし、それが内閣の助言と承認によって行われるために、天皇の実質的な権能と実質的決定権は権能としてはなくなりまして、そして天皇は形式的、名目的な行為を行われるわけであります。そういう意味のことを答弁書で申し上げたつもりでございます。
○飯田委員 どうもいまのお話はわかりません。第七条にはどう書いてあるか読んでみましょう。「天皇は、内閣の助言と承認により、國民のために、左の國事に關する行爲を行ふ。」こうありますよ。そして三に「衆議院を解散すること。」ですから、衆議院の解散ということは「左の國事に關する行爲」に当たる。「衆議院を解散すること。」と書いてあることそのことは「左の國事に關する行爲」でしょう。どうですか。
○角田政府委員 その御質問に直接お答えする前に、結局飯田委員のお説は、四条というものをまずお読みになって、いわば四条というものを先取りされて、そして天皇は国事に関する行為のみを行う、国政に関する権能を有しない、そこで天皇の行為はいわゆる国事行為だけであって非政治的なものである、それを前提として今度七条をお読みになりまして、そういう「左の國事に關する行爲を行ふ。」から非政治的ものしかおやりにならない、それに対して内閣は助言と承認をするだけだ、こういう論理構成だと私どもは拝聴いたします。 ただ私どもの立場は、四条と七条というものを総合的に読んでいるわけです。つまり本来ならば「國會を召集すること。」とかあるいは「衆議院を解散すること。」とか「國會議員の総選擧の施行を公示すること。」ということは、きわめて政治的な決定を含んだ行為であろうと思います。しかし憲法の趣旨から見て、そういうものは天皇の権能としては認めがたい。そこで内閣の助言と承認によって、天皇からいわばそういう実質的な権能を奪うのであるというふうに考えているわけであります。 ですから、四条を先にお読みになって、それをそのまま形式的に七条にお移しになる議論と、それから四条と七条とを一緒に読むといいますか総合的に読む議論と、そこに基本的な出発点の違いがあるのではないかと思います。「左の國事に關する行爲を行ふ。」という言い方に若干飯田委員の文理解釈上の御議論の根拠があるように思いますが、私どもは、四条と七条とを総合して読めば、その点についてはそれほど気にならないということになるわけであります。
○飯田委員 四条を読んだ、七条を読んだという質問を私はしているのではないのです。七条そのものを見てくださいと言っているのです。 七条にはどう書いてあるか。憲法の条文ですよ。これは天皇は「左の國事に關する行爲を行ふ。」としまして、国事に関する行為が十並べてあるのです。三番目に並べてあるのが「衆議院を解散すること。」とある。衆議院を解散するということは国事に関する行為なんです。国政に関する行為とは書いてない。「國事に關する行爲」と書いてあるでしょう。どうですか。
○角田政府委員 確かに「左の國事に關する行爲を行ふ。」というふうには書いてございますけれども、しかし二号とか三号とかいうことは、この表現から言えば、ここは私どもの文理解釈の方が正しいと思いますけれども、「解散すること。」と書いてあって、決していわゆる形式的な宣旨行為的な書き方はしてございません。また総選挙の施行をいつにするかなどということは、これまた重大な政治的決定を含んでいることなのであって、そうしますと憲法の規定が、こういうことを申し上げてはなんですけれども、文理的にはどちらに重点を置いて読むかということに結局はなるのだと思います。 そういう意味で、四条と七条を総合的に読めば、私どもの考え方の方がより合理的ではないかというふうに申し上げているのです。部分的に切り離せば、飯田委員のお説も確かにそういう読み方は成り立つと思います。
○飯田委員 私は総合的に読んでいるのですよ。四条と七条を総合的に読むから国事行為という問題が問題になるのです。国政行為と国事行為を区別することが起こるのですよ。 一緒に読まなかったら、国事行為は何か、国政行為は何かということはわからぬでしょう。一緒に読んでも、なお七条に書いてある「衆議院を解散すること。」というのは国事行為なんです。あなたは公示以外の問題だからこれは実体的なことだといったような言い方をなさったけれども、それはおかしいですよ。二番目に「國會を召集すること。」とある。国会を召集することは行為ですか、そうじゃないでしょう。現実に国会を召集することです。これも天皇の国事行為です。召集することは国事行為なんです。 本来、七条に一つずつ書いてあることは、一つ一つのことを正確に読まなければいけない。たとえば十番目に「儀式を行ふこと。」とあるでしょう。儀式を行うことは現実に儀式を行うことです。なぜ儀式を行うことが国事行為かといいますと、実際の国民の政治には関係ないから、国民の生活をどうするとか、そういうこととは関係ないことだ、だから国事行為なんです。国事行為というのは国家行事ということ、国の行事なんです。国の行事としてのことだけを天皇はやりますよ、政治にはタッチしませんよ、政治にタッチしてはいけないから四条で禁止しましたね。天皇は国政の権能を有しない、こういうふうに四条で決めてしまったのだ。もともと天皇には国政に関する権能はないのです。そういうことをおやりになる力はないわけです。ですから七条の場合だって、衆議院の解散という実体的な、本当に解散してしまうようなことを天皇がおやりになることはないわけだ、そうでしょう。どうですか。
○角田政府委員 前段でおっしゃいました「國會を召集すること。」というのは行為ではないというのは、私には何の意味なのかわかりません。召集することはまさに法律的な行為だと思います。(飯田委員「公示、公に示す」と呼ぶ)ああそうですか。私は公示と申し上げたつもりはないのですが、「總選擧の施行を公示すること。」ということで公示という言葉を使いましたが、国会の召集は別に公示とは申しません。国会を召集するというのはりっぱな一つの行為だと思います。 それから「儀式を行ふこと。」というのは、これは事実行為ですから、そういう意味ではいわゆる法律的な意味を持った行為ではないと思います。確かに七条の一号から十号までに書いてあるものの中には、先ほど来申し上げている「國會を召集すること。」「衆議院を解散すること。」「總選擧の施行を公示すること。」というようなそれ自体きわめて政治的なものと、それからたとえば認証することというようなものだとか——憲法改正や法律を公布することも多少政治的なものがあるかもしれませんが、そのほか外国の大公使を接受することとか儀式を行うことというふうに、比較的事実行為的なもので本来余り政治的でないものも含まれている。そういう意味では、七条の一号から十号までにはいろいろな性格のものが入っているように思います。 それから、後段にお尋ねになったことについて若干視点を変えてお答えをいたしますが、たとえば国事に尽瘁するとか国事を憂えるというふうに、国事という言葉は、憲法において使われる前にはむしろ非常に政治的な意味を含んだ言葉だと思います。ですから日本語から言えば、「國事に關する行爲」と言えば、それは完全に非政治的なものだなどということを言うのがむしろおかしいと思います。 では、それがなぜおかしくないかと言いますと、御指摘のとおり、また私どももそう言っているわけですが、「國事に關する行爲のみを行ひ、國政に關する權能を有しない。」ということで、これはなるほど天皇は政治的な権限をお持ちになってはいけないんだぞということがそこで意味がはっきりするわけです。そこで私どもは四条と七条を総合的に読めば、衆議院を解散することというような本来きわめて政治的な行為が、四条とあわせて読むことによって、それは「國政に關する權能を有しない。」天皇なんだから、そういうことは天皇が実質的に決めてはいけない。 〔金子(岩)委員長代理退席、委員長着席〕 その助言と承認はだれがやるかというと内閣がやると七条に決めてありますから、そこで内閣が実質的決定権を持つのであろう、こういうことで、「國事に關する行爲」というのを何か先験的にお決めになるお考えを先ほど私は四条を先取りだというふうに申し上げたのですが、もともと「國事に關する行爲」という言葉自体は概念としてはわからない概念だと思うのです。それ自体は従来の日本語から言えばきわめて政治的な言葉だろうと思います。それを日本国憲法で、飯田委員も御理解になり、われわれもそのとおりだと言っているような意味で使えるのは、四条と七条を総合的に読んだ場合に初めて言えるのじゃないだろうか。ただし、七条の中にはそういうことを考える必要のない「儀式を行ふこと。」というような、そういう初めから政治的でないようなものも入っていることは事実でございます。
○飯田委員 あなた、そういう詭弁を弄してはいけませんよ。 私が質問しているのは第七条です。第七条に「左の國事に關する行爲」としてこう並べてあるでしょう。ここに「衆議院を解散すること。」と書いてある言葉は「國事に關する行爲」のことでしょうと聞いたのです。第四条に書いてある「國政に關する」ことではないでしょうと聞いたのですよ。どうです。それに対する答えとして国語の解釈みたいなことをおっしゃる。国語の解釈ならこっちからお聞きしたいのです。 国政ということと国事ということを内閣はどのように区別して理解しておられるか、これを私から内閣に聞きたい。国語の解釈じゃありませんよ。これはどうせお答えになることはわかっておるから時間の関係でいいが、それで問題は、先ほどおっしゃったことで非常に気になることがある。 内閣の助言と承認によるんだ、内閣の助言と承認によって天皇は国事行為を行いになるのだ、だから、その助言と承認によるんだから内閣が実質的決定権を持つんだ、こうおっしゃったね。これはどういうことです。こんな飛躍論法がありますか。助言と承認というものの内容が実質的決定権だといったような、その内容を持ち込むということはおかしいでしょう。そういう内容を持ち込むのなら、憲法上の明文による規定がなければなりませんよ。内閣の助言と承認という意味は実質的決定権のことでありますという、そういう定義かどこかになければいかぬ。それからまた、そういう定義を思い出させるような、内閣に衆議院を解散する実質的決定権があるような規定がなければいかぬ。 これは旧憲法ではありましたね。旧憲法では第七条に、天皇は衆議院の解散を命ず、こういう規定があった。それで国務大臣は天皇の輔弼機関として天皇の解散命令権を行使したのです。そして天皇が黙っておられるから勝手に内閣の方で決めてしまって、自分の権限のようなことにしておやりになった。実はあれは天皇の権限なんです。 現在の憲法の場合、天皇の権限はないでしょう。天皇の権限がなければ、助言と承認ということは本来は輔弼責任です。昔で言うならば昔の憲法で言う輔弼責任ですよ。それでいきますならば、もとのものがないのに、それに対してどういう助言と承認をするかということになってくる。元来、助言と承認の中に政府の実質決定権があるという考え方は、これはおかしいのであって、本来は憲法の規定に基づいてどこが解散をやるかということは導き出さなければならぬ問題なんです。憲法の明文がなければ、憲法の構造または憲法の精神に基づかなければならない。 憲法の構造からいきますと三権分立でしょう。しかも国会は最高機関である。それから立法、司法、行政はお互いの権力を侵し合わない、これは原則ですね。例外はありますよ。例外はありますが、これは原則なんです。そういう原則から、一体衆議院の解散権というものはどこが持つのが憲法に最も合致しているかという問題なので、内閣が握るというたら行政権による国政支配じゃありませんか。行政権による立法支配。立法権を支配すれば、これは独裁国家の体制でしょう。今日、独裁国家と独裁国家でない違いは政府行政権力が立法を握るかどうかの問題ですよ。行政権力が立法、司法を握ってしまう、これが独裁国家の体制。そうでないところはみんな三権分立でしょう。そういう意味におきましても、三権分立ということ、憲法の一番大事にしている、議会制民主主義の根本になるこの原則を大事にするのなら、内閣が握るなんということをお考えになるのはおかしいじゃないか。どこからそういう議論が出てきて助言と承認の中身になるのか、これは非常に不思議なことでありますが、どうですか。
○角田政府委員 助言と承認という言葉は、これはさっき申し上げたことと逆になって恐縮なんですけれども、国語学的に言うと、だれかが実質的な決定権を持っていてそれを助言をするとか、あるいはだれかが決定したものを別の人が承認をするというので、何か別の人がむしろ決定権を持っていて、それで内閣がそれを助言と承認するというふうに、確かに飯田委員の言われるような解釈というか、言葉自体からはそういう解釈が出てくると思います。そこを飯田委員はつかまえられて、おかしいじゃないかと言われているのだと思います。 確かにそのこと自体は私も真正面から否定はいたしませんけれども、しかし日本国憲法の条文の三条あたりあるいは四条あたり、七条を見ますと、まさか天皇が実質的決定権を持っていて、ただ内閣がそれに対して助言をするとか承認をするというようなことではあるはずがないわけです。もうこれは、天皇は初めからそういう政治的な権能はお持ちにならないということでこの憲法をつくったはずでありますから、確かに言葉としては、天皇の方が先に出ていまして、内閣が助言と承認というふうに後からくっつくような表現にはなっていますけれども、私どもはそういう解釈はむしろ——言葉の上では確かにそういうニュアンスが出てきますけれども、それはどういうつもりでそういう言葉を使ったかわかりませんけれども、憲法の正しい解釈としては、あくまで天皇はそういうことは初めから、何といいますか、実質的決定権はお持ちにならないということを大前提とした議論から言えば、助言と承認という言葉が使われていることがそれほど気にならないといいますか、差し支えないのじゃないかという気がいたします。 それから、その次におっしゃいましたことにつきましては、私は立場上政治的な議論は避けなければならないと思います。おっしゃるとおり国会は国権の最高機関であり、また行政権が立法府を支配するなどということはあり得るものではない、それはもう憲法のとおりだと思います。ただ私どもの立場から言えば、いろいろ理屈はありますけれども、憲法七条の規定によって内閣が衆議院の解散権を持つことが、直ちに憲法の三権分立なりあるいは国会は国権の最高機関であるという論理と直接かつ重大な矛盾であるとは思いません。無論、先ほど申し上げたように政治論は避けたいとは思いますけれども、衆議院を解散する権限を内閣が行使するに当たっては、それは乱用してはならないとかいろいろな議論が当然出てくると思います。ですから、その辺については飯田委員と全く同感でありますけれども、憲法の規定の上で内閣が解散権を持つということ自体が、直ちに何か日本国憲法のほかの規定と非常に直接かつ重大に矛盾をするというふうには思いません。
○飯田委員 内閣の助言と承認によるという言葉があるから、その言葉の意味は、政府が決定権を持つんだ、こういう意味だ、それだからあるんだ、こうおっしゃいましたね。 それならば、内閣の助言と承認という言葉がそういう政府の決定権というものを当然含むんだという御解釈なら、第六条をちょっと見てみましょうか。第六条を見ますと、わざわざ「天皇は、國會の指名に基いて、内閣總理大臣を任命する。」という規定がありますのと、その次に「天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。」という規定がありますね。もし助言と承認という言葉に内閣が決定するということが当然含まれておるのなら、第六条の第二項「内閣の指名に基いて、」という言葉は要らぬのですよ。「天皇は、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。」だけでいいわけです、当然天皇の行為はすべて助言と承認を必要とするのですから。そうでしょう。ところがわざわざ「内閣の指名に基いて、」と断ってあるのは、助言と承認という言葉の中には、内閣に決定権があるということを当然には含まないから、含んでいないから、わざわざ憲法はこういうふうに書くんですよ。それから第六条の第一項、これは総理大臣を任命する場合に、国会の指名に基づいて内閣は天皇に助言と承認をしているのですよ。たとえば大平正芳先生を指名しますと国会で言うたから、それで大平正芳さんは天皇に助言したんだ。大平正芳を総理に任命してください、こう助言したんでしょう。そうしますと、その場合わざわざ国会の指名に基づいて——内閣の助言と承認という言葉は書いてないですね、書いてなくても助言と承認でやっているでしょう。 そうしますと、そういう点から全部考えますと、この助言と承認という言葉の中に当然政府の決定権があるといったものだと言い切れる根拠がどこにもない、そういう根拠がどこにもないということです。そうじゃないですか。
○角田政府委員 六条と七条と書き方が違うことは私も認めます。 ただ、飯田委員にちょっとお尋ねを許していただきたいのは、六条の天皇が総理大臣を任命するというのも国事行為だという御前提でお尋ねになっているのでしょうか。それとも七条だけが国事行為で、六条の天皇が総理大臣を任命するというのは国事行為でないという御前提なのか。それをちょっと伺った上で……。
○飯田委員 国政行為と国事行為と二つしかないというふうに限定すれば——いいですか、言葉を限定していけば、国政行為ではないのだから国事行為になるのです。しかし国事行為と任命行為という、別に任命行為もあるというふうにしまして、任命行為は国政行為でないというふうに限定すれば任命行為です。
○角田政府委員 ちょっと私にはよく意味がわかりませんけれども、私どもは六条で天皇が総理大臣を任命するのも国事行為だというふうに理解しております。 その場合に、実質的決定権は国会にあるわけで内閣にはございません。そしてその場合、内閣は天皇か総理大臣を任命するのに当たって——これは形式的な行為ですね、実質的には国会が持っているわけです。それについて、形式的な行為ではありますけれども、内閣の助言と承認がそこで行われるというふうに解しております。ただし学者の中には、その場合には助言と承認は必要でないという学説もあることも承知しております。 さらに申し上げれば、六条と七条と書き方を変えているのは、内閣総理大臣というものと国会との関係で、やはり七条とは別のスタイルの書き方をするのが適当であろうということで、六条の一項というものが出てきたのだろうと思います。六条の二項については、これはまた御引用になって「内閣の指名に基いて、」と書いてあるからもう助言と承認は要らないじゃないかという御趣旨だと思いますが、これは、もう御承知だと思いますけれども、制憲議会で修正で追加されて六条二項に入り込んできた規定でございます。そのときの趣旨としては、やはり三権というものからいって、総理大臣の任命だけを六条の一項に天皇の権限として書くのは、最高裁判所の長官としての権威にややあれがあるというので、わざわざ六条二項というものをつけ加えたというふうに私どもは理解しております。
○飯田委員 私の言うたことを勝手に変えておっしゃってはいけませんよ。私が申し上げたのは、第六条の第二項の場合も助言と承認が必要だと言うた。助言と承認が必要なのに、なお「内閣の指名に基いて、」という言葉があるではないかと。内閣の助言と承認の中にもし内閣の実質的決定権が含まれておるとするなら、憲法に何も「内閣の指名に基いて、」という言葉がなくてもいいではないか、こう申し上げたのです。あるというのは、内閣の助言と承認という言葉の中には、決して政府に実質的決定権があるということを含んでいるのではない、その証拠として六条を見なさいと言っているのですよ。一項の場合も同じですよ。両方とも、これは助言と承認が要るのです。第六条の場合要るのですよ。そのことを申し上げているのです。 そこで、これは私は先に進めるために別途の議論をいたしますが、内閣の助言と承認ということは具体的には一体どういうことをおやりになるのですか、具体的に。
○角田政府委員 先ほど私、内閣が解散権を持つというような言い方をしたと思いますが、実はこの議論ではきわめて慎重に、内閣が解散についての実質的決定権を持つという言い方をずっと続けておりましたので、途中でちょっと内閣が解散権を持つというような政治的な言い方をしましたので、その点はちょっと訂正させていただきます。 いまの御質問ですが、七条の行為の中には、本来から言えば、事の本質から言えば、政治的な権能というものとして掲げられているものもあるわけですけれども、それは助言と承認によって実質的決定権は内閣へ移るということを申し上げておりますが、同時に、先ほど申し上げましたように、七条の中には本来形式的、名目的なものもあるわけであります。それについては、内閣の助言と承認というのは行われても、それはもう実質的決定権だとかいうことを論議する必要もないようなきわめて形式的なものであるということは、七条各号に掲げる行為の中にも実はあるわけでございます。 そういう目で見ますと、六条の一項で総理大臣の任命は国会の指名ですから、もう実質的決定権は国会へ移っております。それから第六条の二項では内閣が別の立場で最高裁判所の長官を指名いたしますから、そういう意味では、そこの場合の助言と承認というのは、むしろ内閣の指名ということで、同じ内閣ではありますけれども、指名権の方へ移っているわけです。ただし、その手続をやっていくきわめて形式的、名目的な点については、やはり内閣の助言と承認というものがそこに働いてくるわけです。その点は飯田委員と私どもと同じだと思います。
○飯田委員 それでは別の観点からまた聞きますが、この答弁書によりますと「天皇の行為は、内閣が実質的に決定したところに従って行われる形式的・名目的なもの」だ、こうありますね。だから四条に矛盾しないんだ、こういう御説ですが、それはどういうことかといいますと、天皇の行為は国事行為だから、四条に国政行為は含んでない、これはそういうことをおっしゃりたいのだと思います。 だが、天皇の行為は国事行為であるけれども、別に内閣が実質的決定権を持っているんだよ、こういうことなんですね。内閣が実質的決定権を持っておるんだ、だから衆議院が実際に解散したということは、内閣の実質的決定権によってやったんだから、天皇の行為は形式的なものです、そういうことですね。天皇の行為は形式的なものだということをお認めになっていることは、それはそれでいいですよ。ところが、内閣の実質的決定権に従って行われたというところが問題なんです。これは助言と承認によって行われたのならいいですよ。助言と承認の内容は、内閣の実質的決定というものとは別なんです。 これはたとえば例を挙げますと、衆議院において衆議院の解散動議が出される、あるいは解散の事案が出される。そうしまして、それに対して討論が行われて解散議決がなされた。その解散議決がなされたことを内閣に通報した。そうすれば、内閣はその議決があったということで助言と承認ができるでしょう。衆議院で解散の議決が成立しました、だからどうか解散詔書を発布してください、これは助言でしょう。で、できた詔書を見まして、間違いかないか見て、よろしい、これが承認でしょう、実質的にやるのはそれなんだから。そういうことからいきますれば、何も内閣の実質的決定権があるから、助言と承認というものが内閣の実質的決定権がなければできないといったようなものではないわけだ。助言と承認は何でもいいのです。天皇に申し上げることなんです。内容は別のところで決めたものを申し上げてもいいわけだ。そういうものでしょう。 そうしますと、ここで答弁書に内閣の実質的決定権に従って行われたんだからいいとおっしゃっている、このことは非常に重大な問題ですが、このことは、言いかえれば内閣が解散権を持っているんですよということなんです。ということは、内閣が解散命令権を持っているんですよということですね。ある学者はそういうことを書いていました。佐藤功さんの本ですね、書いていましたよ。よく考えてみると実際には内閣に命令権があるんだ、こう書いているんだね。これはとんでもない話なんだ。内閣に衆議院の解散を命ずる権限があるなんていったような、そういう学説をお読みになって信奉しておられたら、それは困ります、そういうものを信奉されたんじゃ。そうじゃなしに、本当に憲法からいくとどうなんだということからいけば、衆議院というものは衆議院議員が自分で集まって組織したものでしょう。憲法に書いてありますね、衆議院議員というのは衆議院を組織する権能を持っておる。そして衆議院は衆議院議員によって組織するものなんだ、こう書いてある。 これは、その次の問いに対する答え、ちょっと私は変に思っておるのですが、答弁書の問題を引き出すために言いますよ。私の質問はこういう質問であったのです。「答弁書は「衆議院自体がこれ(解散)を議決できるとするためには憲法上明文の規定を必要とする」」こういうふうに言うておる。つまり私は、衆議院か自分で解散議決ができるではないか、そして解散することがなぜできないのか、こう聞いた。それに対する答弁が、それは憲法上の明文がないから衆議院は解散議決ができないんだ、こうおっしゃっておる。 これはおかしな話なんで、そのときに私はこういう質問をまたしております。 一般的に、組織を作った者がその総員の決議によってその組織の解散を行うことができるものであることは、団体法の一般理論として認められているところである。 衆議院の組織が、全国民を代表する選挙された衆議院議員により行われることは、憲法第四十三条により明白である。 従って、憲法に衆議院解散について実質的決定権を有するものを規定していない以上、組織者である衆議院議員全体の意思に解散決定権があることは、法理論上当然のことと言わねばならない。 なお、憲法第七条は、内閣に衆議院解散の決定権を与えた明文ではないし、そのように解することも憲法の構造と精神に反するものであり、 つまり、内閣に衆議院解散の決定権を与えたと解釈することは憲法の構造と精神に反するものだ、こういう質問を私が出しました。その質問に対する答弁書は次のように言われております。 衆議院は国の機関であって団体ではなく、また、衆議院の解散についての根拠規定として憲法第七条の規定があるのであるから、御質問において示されたような立論をとることはできない こうおっしゃっておる。私が申し上げたのは、衆議院というのは衆議院議員で編成しておる組織体でしょう。人間が集まって組織をつくれば団体でしょう。私は法人だと言っているのじゃありませんよ。団体と言っているのですよ。人間が集まってつくる団体ではないか。その団体を解散するということは団体をつくった人が解散する、これが一般的な普通の論理じゃないか、法律に何も書いてなければそれでいくのが当然ではないか、こう実は聞いたのです。 それに対して、衆議院は国の機関であって団体ではない、こういう答弁書なんです。衆議院が国の機関であることは間違いないですよ。しかし、団体ではないとはどういうことなんですか。衆議院は衆議院の全体の議決をする権能を持っております。衆議院の意思を決定する権能を持っていますね。権限もありますね。そうすれば、それは集合体としての意思決定をする権限はございましょう。衆議院議員の集まりなんです。衆議院議院の集まりは団体じゃありませんか。国の機関には、単独機関と団体としての機関とあるのですよ。それをごっちゃにしまして、国の機関であって団体ではないから、おまえの言うことは取り上げるわけにはいかぬ、こういう御答弁なんですが、これはちょっとおかしいと思いますが、いかがですか。
○角田政府委員 飯田委員の再質問の一の問題については、先ほど来いろいろ御答弁申し上げましたけれども、結局私どもの申し上げていることも御納得いただけなかったわけで、飯田委員のおっしゃることも私どもはどうも御同意申し上げられなかったわけです。 ただ結論として申し上げれば、要するに、私どもは憲法七条が根拠規定であるということを申し上げて、それで飯田委員は、憲法七条は根拠規定ではない。しからば憲法のその以外の規定にどこか根拠規定があるかというと、それは飯田委員も根拠規定はないという前提で、その場合には、根拠規定がないんだから憲法の趣旨とか精神とかそういうものを兼ね合わして、特にいま御引用になりました団体の一般理論と申しますか、そういうものをこの場合の解釈の理論としておっしゃっておられるんだと思います。 私ども第一にちょっと疑問に思うのは、衆議院の解散というようなことについて根拠規定がないということは、飯田委員は原則的には根拠規定がないということはおかしいことであるということはお認めになっておられるんだと思います。というのは、私どもに対する批判として、七条は根拠規定にならないので、根拠規定にならないのになぜそういうことを言うかと言われておられるわけです。ですから、根拠規定がないということは本来おかしいことだということはお認めになっておられる。しかし、明文の根拠規定がない以上は解釈によって決めなければいけないというので、団体の一般理論というものをそこに持ち出されていらっしゃるわけです。しかし憲法の解釈として、衆議院の解散というような重要なことについて、根拠規定がないからそこで一般理論をもってそれを補充するというような考え方自体には、実は私どもは基本的に疑問を持っているわけです。むしろ七条が根拠規定であるという立場から言えばそれで十分に説明できると思います。 ただし、それはそれとして飯田委員は、団体の一般理論ということから見て、団体自体が解散というその団体の組織を解く権限はその団体自体が持つべきである、明文の根拠規定がないときは衆議院が解散権というか自分の組織を解くための解散権を持つんだ、こういう御議論をしていらっしゃるわけです。それで、そういうわけで二についてお答えをしたわけですが、二についてのお答えが非常に簡単でおしかりをいま受けたわけですが、詳細については第一部長に答弁させていただきたいと思います。
○味村政府委員 まず、衆議院は衆議院議員が組織する組織体であるという点でございますが、憲法第四十三条では、両議院は国民によって選挙された国民の代表者である議員で組織すると書いてございます。これは、選挙によって議員となられた方々がそれら全員の合意によりまして両議院を構成する、こういう意味ではございませんで、まず、国には国会という機関がある、国会には衆議院、参議院とそれぞれの二院がある、そういうことが前提になっておりまして、それの構成員となられる方はこういう方なんだということを言っているわけでございます。 つまり、もっと申し上げますれば、およそ法律上両議院の構成員になられる方は憲法で決まっているわけでございます。構成員になられる方が決まってから、そこで衆議院をつくるんだということを合意されて衆議院をつくるというわけではございません。そういう意味で団体ではない、このように申し上げたわけでございます。国の機関であるということについては、これはもう当然のことでございますので申し上げませんが、団体法の一般理論の適用上、当然その団体の構成員が全員で合意をすれば解散できるじゃないか、こういうお尋ねでございました。 団体にもいろいろございまして、たとえば地方公共団体であるとか先ほど問題になった特殊法人とかいろいろあるわけでございますが、ここで問題になりますのは、多数人が特定の目的で構成いたします団体、これを普通は団体と言っておると思うのでございます。典型的なものとしては民法の社団法人とか商法上の株式会社でございますとか、ああいうものが典型的な団体であろうかと存ずるわけでございます。こういったものにつきましては、それぞれ民法なり商法によりまして、たとえば社団法人でございますれば社員の四分の三以上の同意によって解散ができるんだとか、商法で株式会社でございますれば株主総会の特別決議で解散できるんだというような特別のちゃんとした明文の規定があるわけでございます。 では、明文の規定がなければ解散はできないのかということになりますと、これは事実私も、すべての法人、すべての団体についての知識の持ち合わせがございませんが、少なくとも法人につきましては解散についての法律上の明文の規定があるように存じます。もしなければどうなるかということになりますと、団体の構成員が自分たちの意思で集まって、おれたちは集まって団体として何かをやろうや、こういうことでございますれば、もうおれたちは全員やめた、この団体をつくることはやめましょうと言えば、あるいは一般理論としてはそこで構成員全体の意思でもって解散できるということがあるかもしれません。 しかし先ほど申し上げましたように、衆議院は国の機関でございまして、決して、衆議院議員として選挙された方々が、おれたちが衆議院をつくろうということでおつくりになったものではございません。したがいまして、衆議院議員の全体の御意思によりまして今度は衆議院をやめようや、衆議院を解散しようや、衆議院をなくそうやということは、これはできない相談であると思うのでございます。もちろん憲法上明文の規定がございますればそれは可能だと存じますが、そのような明文の規定もない。 以上が、前回の先生の質問主意書に対します私どもの答弁の二のあらましでございます。
○飯田委員 あなたはずいぶん詭弁を弄されると思って私は感心しておりましたが、これは行政官僚の一番悪い点なんだ、こういう詭弁は。 四十三条は「兩議院は、全國民を代表する選擧された議員でこれを組織する。」とありましょう。議員で組織する。だから衆議院議員で組織するんでしょう。衆議院議員で組織すると書いてあるだけなんですよ。いいですか。組織する以上は、組織する者がなかったら組織できないでしょう。一体これは内閣が衆議院を組織するのですか。それをお聞きしたいのです。内閣が組織するのなら、内閣が解散命令権を出しなさい。そうじゃないでしょう。衆議院議員で組織するという以上は、衆議院議員が組織しなかったら、一体だれが組織するのですか。だれが組織するか、その組織の主体をおっしゃってください。
○味村政府委員 衆議院は、憲法によってその存立の根拠が定まっているわけでございます。そして衆議院を構成される方々は、これは三十四条で選挙によって選ばれた方々だということが決まっておる。これも憲法によって決まっておるわけでございます。私が申し上げましたのは、衆議院議員の方々が御自分の意思によって相集まりまして衆議院をつくろう、そういうことでおつくりになったということではないんだということを申し上げただけでございまして、決して内閣がつくるなどということを申し上げているわけではございません。
○飯田委員 もっと憲法論をまじめにやらなければ、そういうはぐらかした議論でごまかそうとされてはだめなんです。従来みんなそういうごまかし議論でだまされちゃって、みんな黙ってしまったんだけれども、そんなことでは私は黙らないんだ。 これは憲法を正直に読んでごらんなさいよ。憲法には「兩議院は、」とあるけれども、これは衆議院はと読んでもいいね。衆議院は、全国民を代表する選挙された議員、衆議院議員ですよ、選挙された衆議院議員でこれを組織する。「で」とは何です。「で」という言葉、「で」の意味、詳しく言うてください。
○味村政府委員 先ほど私、三十四条と申し上げたかと思いますが、四十三条の誤りでございますので訂正いたします。 これは全国民を代表する議員によりまして組織するんだということでございまして、結局、先ほど申し上げましたように、両議院の構成員は全国民を代表する選挙された議員であるということを述べておるものであると考えます。
○飯田委員 選挙された衆議院議員により組織するとあなたはおっしゃいましたね。「組織する」だね。その場合に、それじゃ、衆議院議員が選挙されたら、ぼさっと出てきて集まってきたら自然と組織ができる、こういう御意見ですか。議長を選ぶということも要らぬのだということですね。議長を選ぶということは衆議院の全体的の意思として選んでいるでしょう。衆議院議員の全体的意思でしょう。選んでおるでしょう。そういうことも要らぬのだ、何もない、とにかく選挙すればそれで衆議院ができておるんだから、ほっておけ、こういう条文だとあなたはおっしゃるのです。 そんなことないでしょう。衆議院議員が集まって衆議院を構成しているのですよ。この委員会も衆議院議員が構成したんでしょう。憲法によって、ほっておけば当然できたものではない。皆衆議院議員の中から選びまして、委員も選んだ。全部これは構成しておる。主体があるでしょう。構成の主体がありましょう。それは衆議院議員か主体なんです。そのことをこの四十三条は言うておる。それを、そういうことじゃないんだ、衆議院というものはほっておいたら、選挙すれば勝手にできておるんだからそれでいいんだ、こういう御議論で、だから勝手にできたものだから解散は許さぬ、そんなばかな議論がありますか。衆議院議員が衆議院を組織した以上は、組織した衆議院議員に自分たちの組織を解く権限が当然ある、これは当然のことでしょう。 それを否定するために、七条を持ってきて否定されようとしますけれども、七条は明文じゃありませんよ。つまり、内閣に実質的決定権があることを決めた明文ではないのであります。七条は決して明文じゃありません。明文の場合は必ず——例を挙げますが、一つ、これは三権分立で三つの機関がお互いに権限を侵し合わない、これが原則なんです。ところが侵し合わなければならぬ場合がある。たとえば臨時会の召集の場合は、臨時会というのは行政上の必要からやることが多いのです。ですから、行政機関に持たした方か都合いいから、本来立法機関がやることであるけれども行政機関に持たした。そして臨時会の規定の明文をわざわざ置いた。それから弾劾裁判所の規定、元来弾劾裁判所は司法権なんだ。しかし国会に持たした方が都合かいいから、わざわざ弾劾裁判所の規定を置いた。それから最高裁の規則制定権の規定、元来規則制定権は立法でしょう。国会の仕事なんだ。国会の仕事であるけれども、その規定する内容が最高裁に持たした方が都合がいいから最高裁の規則制定権を設けた。はっきりと明文があります。最高裁判所はこれこれの規則を制定することかできると書いてある。どこに一体、内閣は衆議院の解散を決定することができるという条文があるのですか。第何条ですか。
○角田政府委員 それは先ほど来申し上げているとおり、私どもは憲法七条がその明文の根拠であるというふうに理解しております。 飯田委員は、憲法七条は明文の根拠ではない、しかしほかにも明文の根拠はない、団体の一般理論で衆議院が解散を決定する権限を持つというふうなお立場をとっておられるわけで、そこは飯田委員の再質問書の一については、先ほど、遺憾ながら私どもの意見も御採用いただけなかったし、飯田委員の御意見も私どもは同意いたしかねましたということで一応済んだと思ったのですが、結局もとへ戻ったような気がいたします。
○飯田委員 執行機関というものはどんな団体でも必ず執行権の内容が法に明確に決めてある。これが立憲制度の根本です。 立憲主義国家においては、どんな場合でも執行機関の権限は限定されております。無制限に許すものではない。無制限に許すならこれは独裁国家です。だから憲法に内閣のやることが明確に書いてあるんだ。明確に指定されている内閣の仕事以外のこと、たとえば衆議院を解散するといった国の根本の問題に干渉することを行政機関である内閣が持つといったことを解釈でおやりになることはおかしいです。第七条には、どこを見たって内閣に衆議院解散を命ずる権限とか衆議院の解散を実質的に決定する権限があるとか書いてないのです。これは天皇の国事行為に関する規定なんです。 明文ということは、読んで文字どおりということなんです。そうでなければならないのです。ほかのところの明文ははっきりしているのです。たとえば最高裁のところを見ましても、規則制定権について「最高裁判所は、訴訟に關する手續、辯護士、裁判所の内部規律及び司法事務處理に関する事項について、規則を定める権限を有する。」とはっきり明文がある。これが明文なんだ。それからまた、そのほか弾劾裁判所のところを見ましても「國會は、」とはっきり書いてある。「國會は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する彈劾裁判所を設ける。」こうありましょう。こういうように明文があります。ところが第七条には、どこを見たって内閣は衆議院の解散を実質的に決定する権限を有するとは書いてない。そういう明文はどこにもありません。明文がない以上、明文にないことを執行機関である内閣が勝手に行われるということは立憲制度に反します。そうではありませんか。
○角田政府委員 三権がお互いに抑制し合う場合には明文の根拠が必要であるという一般的な理論としては、これは飯田委員のおっしゃるとおりで、私どももそのとおりだと思います。 先日の衆議院の予算委員会で、私はお答えの中で申し上げたと思いますか、たとえばいま御指摘になったように、内閣は衆議院を解散することができるという意味の最も明文の規定というのは確かに憲法の中にはないと思います。逆に、衆議院はその議決により解散することができるというような意味の最も明文の規定もないわけでございます。しかし私どもは、私どもの立場から言えば七条が、そういう意味の最もはっきりした規定ではございませんけれども、十分内閣が実質的決定権を持つという明文の根拠になると思います。 そういう意味では、大変失礼ですが、四十三条を援用される飯田委員の議論よりも明文性は私どもの方があるんじゃないかという立場で実は申し上げているわけで、第一の明文の根拠か必要であるということはおっしゃったとおりだと思いますし、それから明文の根拠が七条はないないと言われますけれども、私どもはそれか十分明文の根拠になり得ると考えております。 それから国会の召集について言及なさいましたけれども、恐らく飯田委員のお説から言えば、国会の召集も国会か自主的に何か国会を構成する者が集まってそこで召集されたということになるのだろうと思います。臨時会の召集だけは行政上の必要があるから内閣に与えているというお話でございましたけれども、そういう説に立てば、臨時会の召集請求権を国会に与えているというのはむしろ論理的にはおかしいので、本来主人役である国会議員がみずから、召集というのか何か知りませんけれども集合して国会は成り立つのだろうと思いますから、わざわざ臨時会の召集請求権を国会に与えるような規定もどういうふうに理解するのか、私どもにはよくわかりません。
○飯田委員 憲法の規定を抜きにすれば、本来は国会の召集は国会で行うべきです。これは別に国民に対して影響を及ぼすことじゃありません。衆議院の召集ならば衆議院議員だけを呼ぶのですから、衆議院議長か本来呼んだらいいのです。 しかし、いつ呼ぶかという点について、臨時会の場合には内閣の都合でやった方がいい場合がある、臨時国会ですからね。臨時国会というものは、われわれ国会議員にとっては、そんなものは開かぬでいいのです。しかし内閣の方の御都合で開かなければならぬでしょう。だから内閣の方で召集してもよろしいですよという規定を憲法に置いただけです。この憲法の規定がなければ、内閣は国会の召集権はありません。当然でしょう。
○角田政府委員 私はどうしてもよくわかりません。もし飯田委員のお説のようであれば、五十三条の規定は、本文とただし書きを逆にすべきだと思います。 いま飯田委員は憲法の規定を前提としないような御議論をちょっとされましたので、私も多少それに便乗した気持ちで申し上げておるわけですけれども、本来国会が御主人役であれば国会は任意のときに集まればいいので、ただし内閣から要求があったときには国会がいいと思えば集まってやるぞということで、本文とただし書きは逆にすべきだと思います。
○飯田委員 あなたの議論は憲法論ではない。あなたのおっしゃるのは立法論だ。憲法では臨時会の召集を内閣に与える規定を置いたのです。これは特別規定です。特別規定であるけれども、それを主にしたわけです。それが本文です。ただ本文だけでは困るので、本来持っている国会の権限まで抑えてしまう必要はないので、ただし書きを置いただけです。そういう問題なんです。それを持ち出して内閣の、いま議論している解散権の問題をごちゃごちゃとしてしまうなどということは困りますよ、そんなことをやられたのでは。これは私は一つの明文の例として挙げたのです。明文はこういうふうに明確に書いてなければいかぬのです。 それで、先ほど衆議院が解散ができるという規定がないから衆議院には解散権がない、こうおっしゃった。明文の規定がなければ解散することができない、こういう大前提を置けば、憲法の論理から、憲法の構造とか精神とかそういう論理から導いたものは一切だめだ、こういう理論をあなたがおっしゃるなら、それもまた正しいというなら、規定がないのだからいかなる場合にも解散できない。ただ、憲法の構造理論からいきまして、立法府が立法府を解散することですから、それは当然許されてもいいではないかという論理からいけば解散することはある。 私は、何も内閣で決定して解散なさらぬでも、衆議院議員の与党の方でやりたいとおっしゃるならば、与党で決定して、与党で解散の決議を出して通してしまったらいいのです。与党が絶対多数の場合はできるでしょう。いままでなぜこの解散権の問題が起こらなかったかといいますと、自由民主党が絶対多数だからどうせ投票をやってみても同じことじゃないか、そんなことならやかましく言うなというわけで黙っておっただけなんです。しかし、これからはそうはいきませんね、先ほど言いましたように。これからは与党と野党が伯仲です。 こういうときにおいて、この次の参議院でもし自民党が負けてしまうという事実が出た場合、当然連立内閣が起こる。連立内閣ということになってきますと、その中の悪賢いのが自分で権力をふるって勝利を占める。ナチスのヒトラーのやり方かそこであらわれる憂えがあるから——あのヒトラーが政権をとったときはナチス党よりも保守党の方が多かったのですよ。ヒトラーはそれでも総理になった。総理の権限を利用してあらゆる政府機関を通じて巧妙に宣伝をやって、そして大勝利を得た、そしてナチス党の天下をとった。それは全部連立内閣から始まるんです。私は、日本における連立内閣がそれをやるとは言いませんよ、そういうことをやるとは言わないけれども、そういう憂えが生ずるような憲法違反をいままでやってきたんだから、そうした憲法違反をやめて憂いの根を絶ったらどうだ、この際憲法は厳格に解釈してやるのが正しいのではないか、こう申し上げておるのですよ。この点はどうですか。
○角田政府委員 最初におわびをいたしておきますが、五十三条について申し上げたのは、そのときもちょっと申し上げましたけれども、多少便乗的に申し上げたので大変申しわけございませんでした。 御質問にお答えいたしますけれども、私どもは、立場上、政治的な判断を加えて、いろいろな政治情勢を加味した上で憲法解釈をやっている気持ちは毛頭ございません。あくまで私どもとしては、客観的な憲法解釈として当然出てくる結論を申し上げているつもりでございます。ただ飯田委員の、私どものような解釈では非常に憂うべき政治情勢か出てくるのではないかという御議論に対しては、ただ承っておくと言う以外には申し上げられません。
○飯田委員 私がこの問題を取り上げましたのは、実はわが公明党においてはこの問題を非常に重視しておるからです。実は心配しているのです。場合によれば、私どもの党を含めて非常にひどい目に遭う、そういう事態が生じないとも限らない。だから憲法問題を正確にしておこう。憲法問題をごまかして悔いを残すよりは、憲法問題をがっちりして、そしてやって、それでなおだめなら仕方がない、こういうところから論じておるのですよ。 本来、私はもっと早くこの憲法問題をやるべきだと思うのです。従来、いかに自民党が多数のときでも、やはり国会で、衆議院で議決をしてやるべきだ。一日でできるのですから。いま解散動議を出せばすぐできる。何も内閣が閣議を開いてやっている必要はないのです。どっちが早いかといったら衆議院でやった方が早い、人数さえそろえば。そういう問題なんですから。私がこの憲法論をここにやりますのは、衆議院というものは衆議院議員で組織されておるんだから、その衆議院議員が全員で解散しようじゃないかという意思決定が多数決で出れば、それでいいではないか。それで選挙をやればやっていく。それならば、内閣が決定して解散をするよりは安全だ、これは衆議によって決する問題ですから。内閣がやるということは独裁国家のやり方でございますね。だから、そういう点で憲法論からいきまして、組織者である衆議院に解散権があるというのが正しいのではないか、またそういうふうにやるべきだと私は考えますので、特に皆様方の御尽力を得たいということなんでございますよ。 実はこの問題については、きょうは一つのところだけで終わってしまいましたが、まだその前にあと四つも出しておって、みんな不満なんだ。みんなやらなければならぬ。しかし、きょうは時間が来てしまいましたから、これ以上もう申しわけありませんので、きょうはここでやめますが、私は委員長に申し上げたいのです。この問題は国家の非常な重大問題ですから、これは法務委員会としてやはり継続的な調査をやることを許していただきたい、こう思うのであります。 きょうは、これをもってこの段階でやめます。
○木村委員長 承っておきます。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後四時六分散会